※前作(本編とは関係ありません) 

万里花「所詮はニセコイ」

つぐみ「二人のニセコイ」(前編)

210: 名無しさん 2015/08/03(月) 20:59:00.31 ID:9Zy4974d0







「――探しましたわ、つぐみさん」 







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1436528601

引用元: ・つぐみ「二人のニセコイ」

211: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:00:12.32 ID:9Zy4974d0






つぐみ「っ!?」 





「こんな時間、こんな雨の日に、一人で出歩いているなんて、随分色気の無い話じゃありませんの」 


「コイをするなら、それなりに格好付けなさい、と、アドバイス差し上げたと言うのに、もう」プンスカ 






つぐみ「……そんな事、お前に言われた覚えは無いが」 






「確かに言いましたとも」 


「方言で」テヘッ 





212: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:01:30.82 ID:9Zy4974d0





つぐみ「……まあ、いい」 


つぐみ「随分と元気そうじゃないか。最近休みがちだったのは、サボりか何かか?」 






つぐみ「――橘万里花」 











         ザアアアアアアアアアア 






213: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:02:27.69 ID:9Zy4974d0



万里花「失礼な。そんなはしたない真似、私がするとお思いでして?」 


万里花「私の病弱設定、お忘れになったワケではございませんでしょうに」プンスコ 


つぐみ「……」 


万里花「……」 


万里花「私が病弱であることを、お忘れに……」 


つぐみ「……茶番は結構」 


万里花「あら」 


つぐみ「用事があるなら、手短に済ませろ」 


つぐみ「この豪雨の中で遊んでいては、お前でなくとも、風邪ぐらいひいておかしくはない」 


万里花「……そう、ですわね」 


万里花「では、用件だけお伝えしておきます」 



214: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:03:19.22 ID:9Zy4974d0









万里花「私、今夜限りで、この街を去ることにいたしましたの」 








215: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:04:02.85 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……は?」 


万里花「ですから、この街から出て行くことにしたのです」 


つぐみ「……お嬢から、話は聞いているが」 


つぐみ「一条楽がお前を相手にしていない事など、お前自身も承知の話だったろう。何を今更……」 


万里花「……どう受け取って頂いても結構ですわ」 


万里花「私がここから居なくなると言う事実は、変わりませんので」 


つぐみ「……」 


万里花「……アメリカに、凄腕のお医者様がいらっしゃるんです」 


万里花「まだお若い方なんですけど、私の病気を熱心に研究していらして」 


万里花「私の病状を噂で聞いたのか、是非にと治療を申し出て下さいましたの」 


つぐみ「……そう、か」 


万里花「ええ、そうなんです」 


216: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:05:17.11 ID:9Zy4974d0



つぐみ「長く、かかるのか?」 


万里花「高校生のうちには、帰って来られないと思います」 


つぐみ「……それならば尚更、こんな所で油を売っている暇は無いだろう」 


つぐみ「今夜中に街を出るつもりならば、他に会うべき人間がいくらでも居るはずだ。私などに時間を割く必要は……」 


万里花「……ありますよ、つぐみさん」 


万里花「言ったでしょう」 


万里花「貴女は、私にそっくりだって」 


つぐみ「……それは、確かに言われたな」 


つぐみ「ショックだった」フフ 


万里花「あら」フフ 


万里花「……」 


万里花「貴女も、私も」 


万里花「強がっているけれど、本当は、誰よりも弱いんです」 


万里花「だから、愛する何かに縋りつかなければ、生きていけない……」スッ 


つぐみ「……馬鹿な、私は……」グッ 


つぐみ「……」 


つぐみ「……私は……」スッ 


万里花「……」ニコッ 



217: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:06:18.97 ID:9Zy4974d0



万里花「だけど貴女は、私よりも、少しだけ強い」 


万里花「今の自分を支えてくれる”何か”から離れて」 


万里花「自分で見つけた、本当に手に入れたい何かに、手を伸ばせる強さがある人だと思います」 


つぐみ「……」 


万里花「ですから」 


万里花「似たもの同士の貴女に、私から、最後のプレゼントを差し上げに来たのです」ススッ 


つぐみ「……お前、これは」 


万里花「ええ」 




       チャリン 





万里花「楽様との、約束の鍵です」 





218: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:07:10.59 ID:9Zy4974d0




つぐみ「馬鹿なッ!?」ガシッ 


万里花「痛つっ……」 


つぐみ「何故これをお前が手放す!!!」 


つぐみ「お前の慕情は、そんなに軽いモノではなかったはずだろうが!!!」 


つぐみ「こ、この鍵がっ、お前と、お前、お前達にとって」 


つぐみ「どれほど大事なものか」 


つぐみ「そこまで、私が、想像できないとでも、思っているのか、橘万里花ッ!!!!!」 


万里花「……」 


万里花「……嫌ですわ、そんなムキになって」ハァ 


万里花「無邪気で思慮の足りない子供同士が、お遊びで交換したオモチャじゃありませんか」 


つぐみ「貴様ァ!!!!」 


万里花「……落ち着いてください、つぐみさん」 


万里花「これは、私にはもう、必要の無いモノなんです」 


つぐみ「だから……」 


つぐみ「……」 


万里花「……」 



つぐみ「……橘、万里花、まさか」 



219: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:08:31.04 ID:9Zy4974d0



万里花「私が持っていても、仕方のないモノなんですよ、つぐみさん」 


万里花「アメリカで凄腕のドクターとラブロマンスを狙っている私が」 


万里花「前の男との思い出の品を持っていても、邪魔になるだけじゃありませんの」ニコニコ 


つぐみ「……」 


万里花「そりゃあ、楽様は素敵な男性ですけれど」 


万里花「私の10年に渡る花嫁修業と、私のこれからの人生を天秤にかけて」 


万里花「釣り合うほどの殿方だとは、正直思えない所もございますし」 


万里花「たまたま似たもの同士で、鍵をお持ちで無いとお嘆きのつぐみさんに、捨てるよりマシと差し上げるだけのお話です」 


万里花「腹を立てるような話では、ございませんでしょう?」 


万里花「まあ、中古品を押し付けられる気分と言うのは、あまり良いものではないのかも知れませんけれど……」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……」 


万里花「……」 


つぐみ「……本当に」 


万里花「はい」 


つぐみ「……いいんだな?」 


万里花「……」 


万里花「ええ」スッ 



220: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:09:18.64 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……確かに、ちゃちな鍵だな」 


万里花「はい」 


万里花「……これからの私には、きっと、似合いません」 


つぐみ「……」 


つぐみ「そう、だな」 


万里花「……」ニコ 


万里花「それでは、不用品の処分も済んだ所で、私は失礼させていただきます」 


つぐみ「……ああ」 


万里花「どうぞ、お達者で」クルッ 


つぐみ「……」 


万里花「……」ザッ ザッ 


つぐみ「……」 


万里花「……」ザッ ザッ 


つぐみ「橘万里花」 


万里花「……」ピタ 


つぐみ「私も一つ、お前と私が似ているところを見つけたよ」 


万里花「……」 


万里花「……それは?」 



つぐみ「嘘が、ヘタクソだ」 




221: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:10:26.99 ID:9Zy4974d0



万里花「……」 


つぐみ「……」 


万里花「……」 


万里花「……楽様が」 


万里花「凡矢理第三公園、ドーム型の遊具の中で、意識朦朧としたまま倒れていらっしゃいます」 


つぐみ「……分かった」クルッ 


万里花「……」 


万里花「つぐみ、さん」 


つぐみ「……?」 


万里花「……つぐみさん」 


万里花「願わくば、本物のコイを、手に入れられますよう」 


つぐみ「……ありがとう」 


つぐみ「さよなら、橘万里花」タタタタッ 


万里花「……ごきげんよう」 


万里花「……」 




万里花「……」 





万里花「けほっ」 



222: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:11:13.86 ID:9Zy4974d0


~ 同日 PM11:28 鶫誠士郎 セーフハウス ~ 



  グルグル ジャキッ 


楽「っぐ……うう」 


つぐみ「……」ペタペタ 


つぐみ(一見出血もしているし、殴られすぎた上に雨ざらしになって、意識も混濁しているようだが) 


つぐみ(脳や重要器官にはダメージが入っていない。骨も間接も無傷同然だ) 


つぐみ(これだけ処置してやれば、後は放っておいても大丈夫だろう)スクッ 


つぐみ(……親父殿の仕業だろうな。見せしめの親子喧嘩もお手の物、と言う訳か) 


ガラガラ ピシャッ 


ドサッ 


つぐみ「……はぁ」ゴロン 


つぐみ(……どっと疲れた) 



          カチャ チャリッ 


つぐみ(……) 



223: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:12:53.14 ID:9Zy4974d0




         ―― 万里花「貴女も、私も」 


         ―― 万里花「強がっているけれど、本当は、誰よりも弱いんです」 


         ―― 万里花「だから、愛する何かに縋りつかなければ、生きていけない……」 




つぐみ(私が、弱い? 何かに縋らなければ、生きていけない?) 


つぐみ(……見当違いも甚だしい) 


つぐみ(組織に、クロード様にお仕えするのは、私の選択だ) 


つぐみ(お嬢を護りたいのは、私の意志だ) 


つぐみ(……一条楽への想いを断ち切ることは、私の義務だ) 


つぐみ(断じて、縋りついてなどいない) 


つぐみ(断じて、私の弱さの言い訳になど) 


つぐみ(拠り所になど、していない――) 




         ―― 万里花「だけど貴女は、私よりも、少しだけ強い」 


         ―― 万里花「今の自分を支えてくれる何かから離れて」 


         ―― 万里花「自分で見つけた、本当に手に入れたい何かに、手を伸ばせる強さのある人だと思います」 



つぐみ(――) 



224: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:15:03.94 ID:9Zy4974d0



つぐみ(……) 


つぐみ(……やはり間違いだよ、橘万里花) 


つぐみ(私はきっと、自分自身やお前が考えている以上に) 


つぐみ(情けなくて) 


つぐみ(弱い) 


つぐみ(……今の生活を) 


つぐみ(組織に繋がれ、クロード様に仕え、お嬢の傍で生きられる今をかなぐり捨てて) 


つぐみ(……一条楽への、お嬢の思いから目を逸らして) 


つぐみ(自分のコイに生きることなど、できない) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……そして) 


つぐみ(そんな中途半端な、小さなニセの恋心でも) 


つぐみ(私は、捨て切れずにいる……) 


つぐみ(……) 



225: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:16:49.87 ID:9Zy4974d0



つぐみ(……) 


スクッ 


つぐみ(もし) 


テク テク 


つぐみ(この襖を開いて) 


テク 


つぐみ(一条楽に取り縋れば、奴は私の事を、ひと時でも愛してくれるだろうか) 


   ピタ 


つぐみ(……馬鹿馬鹿しい。奴はお嬢のコイビト) 


つぐみ(汚れた世界を生きる、私のような汚い野良犬相手に、心を揺らがすわけがない) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……いや、それも嘘か) 


つぐみ(難しいことじゃない) 


つぐみ(私のように、恋愛のいろはなど知らぬ者でも関係ない) 


つぐみ(単純明快で、女の機能を持っている者になら、誰にでも出来る方法がある) 


つぐみ(例えば) 


つぐみ(……) 



226: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:17:55.26 ID:9Zy4974d0



つぐみ(……)グッ 


つぐみ(抱かれてしまえば、奴の心の片隅くらいになら、残れるかもしれない) 


つぐみ(心の寄る辺を失い、打ちのめされた奴の心の隙間に、染み込む事くらいは、できるはずだ) 


サワッ 


つぐみ(サラシで縛り付けるばかりで、生活の邪魔にしかならなかったこの胸も) 


つぐみ(……皆は綺麗だと、うらやましいと、言ってくれたが) 


 スルスル スルッ 


つぐみ(……そう、一条楽とて、きっと喜ぶ) 


つぐみ(きっと……) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……泣くな) 


つぐみ(涙を見せるな、つぐみ) 


つぐみ(重い女だと思われて、相手にされなかったらどうする) 


つぐみ(軽薄に笑え、いやらしくしなを作って、傍らで奴を抱いてやれ) 


つぐみ(そして、なんという事の程でもないように、奴の下着に指先を挿し入れて、耳元で囁いてやればいい) 


つぐみ(”憂さ晴らしに、私の体を貸してやる”) 


つぐみ(”お前はお嬢の大事なコイビトだからな”) 


つぐみ(”下手を打たれて、お嬢の心に、傷を残されては敵わん”) 


つぐみ(”何、このような些細な話、犬に噛まれるようなものだ”) 


つぐみ(”安心しろ、誰に言うでもない。私も明日になればさっぱり……) 


227: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:18:53.06 ID:9Zy4974d0



つぐみ(……) 


つぐみ(さっぱり……) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……忘れられる、わけ、) 


楽『……つぐみ?』 


つぐみ「」ビクッ 


つぐみ「……起きたのか」 


楽『朦朧としてたけど、飛び飛びに意識はあった』 


楽『……世話かけちまって、ごめんな、つぐみ』 


つぐみ「構わん」 


つぐみ「貴様は……お嬢の、大事な交際相手だからな。道端に転がっていれば、拾ってくらいはやるさ」 


楽『……』 


つぐみ「夕飯もまだだろう? 余り物で用意してやるから、少し寝て」 


楽『つぐみ』 


つぐみ「……」 


228: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:20:30.61 ID:9Zy4974d0



楽『知ってるんだろ、さっきのコト』 


つぐみ「何のことだか」 


楽『そうでもなきゃ、いくら千棘のコイビト相手だろうが』 


楽『いや、コイビトだからこそ、こんな時間から自分の家に上げて手当てなんてしねーよ』 


楽『いいトコ、組に連絡して引き取らせるか、119番かけて病院に任せるか、そんぐらいだ』 


楽『……ありがとな、気ぃ使ってくれて』 


つぐみ「……何があったかは、本当に、想像でしか分からんが」 


つぐみ「本気で喧嘩できるだけ、良い親父殿ではないか。意地など張らず、とっとと頭を下げてしまえば」 


楽『それはできない』 


つぐみ「……どうして」 


楽『……』 


楽『……俺はさ』 


楽『今まで自分が、ちゃんとできてると思ってたんだ』 


楽『ヤクザの息子だけどさ』 


楽『親父の男として、人として格好いい所は認めて、だけど同じヤクザにはならないって決めて』 


楽『堅気の世界で生きていけるように、一生懸命勉強して、友達は信頼して、女の子には優しくしてってさ』 



229: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:21:31.37 ID:9Zy4974d0



楽『つまづいたり、失敗したり、悩んだりしたことも、そりゃあ一杯あったけど』 


楽『それでも、お天道様に恥じるような生き方はしてないって』 


楽『俺は、俺が望むような、正しい生き方ができてるって、思い込んでた』 


つぐみ「……」 


楽『でも実際は、そんな事無くてさ』 


楽『俺にはコイビトがいるってのに、他の女の子とも中途半端に仲良くしてさ』 


楽『……橘のコトだって、真剣に考えずに逃げてばっかで、最後は手ひどい突き放し方してさ』 


楽『……』 


楽『……それでも』 


楽『最後の最後』 


楽『自分が本当に守りたいものだけは、絶対に守ろうって、やっと決めたのに』 


楽『……笑っちまうよ』 


楽『俺には最初っから、スタートラインに立つ資格すら無かったんだってさ』 


楽『結局、親父やヤクザモンの世界に囚われたまんまで、むしろそいつらに守られてさえ居て』 


楽『そのことを自覚すらせず、一人前ぶっていきがってたんだ、俺は』 



230: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:22:24.57 ID:9Zy4974d0



楽『そんな俺の未来は、結局、ヤクザモンはヤクザモンらしく、沈んだまんま、くたばるしか無いってモノで』 


楽『……夢見る資格すら、なかったん、だってっ……』 


つぐみ「……話が見えん」 


つぐみ「貴様が、宮本様に極道の人間として忌み嫌われた事はわかる」 


つぐみ「小野寺様はお前を好いていたようだが、お前が極道の人間と思い知らされ、悩んだ末にカルト宗教に堕ちた。それも、知っている」 


つぐみ「……だが、貴様はお嬢のコイビトだろう」 


つぐみ「貴様が、貴様の愛した平凡な夢と、平和な暮らしから突き放された事は、気の毒に思うが」 


つぐみ「貴様が最も大切にするべき」 


つぐみ「お嬢は、失われていないではないか」 


楽『……』 




231: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:23:01.79 ID:9Zy4974d0




つぐみ「……幸い、クロード様と行動していたお嬢は、今回の件をまだろくに知らない」 







             (……何だ、この手応えの無さは) 







つぐみ「傷つかないよう、悟られないよう、うまく伝えるさ」 






             (……何故私は、こんなに焦っている) 






つぐみ「そして二人、よその学校に転校するなりなんなりすればっ」 






             (まるで、自分の語る言葉が) 





232: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:23:56.04 ID:9Zy4974d0










つぐみ「形は違えど、今までどおりの平穏な生活が、送れるはずではないかっ!!!」 










              (まるっきり質量を持たない、薄っぺらな嘘とでも言うかのように!!) 








233: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:24:25.98 ID:9Zy4974d0



楽『……』 


楽『……あのな、つぐみ』 


楽『落ち着いて聞いてくれ』 



つぐみ「……」 









楽『俺と千棘は、コイビトなんかじゃない』 









234: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:25:30.11 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……」 


つぐみ「……そういうこと、か」 


楽『ああ』 


楽『ビーハイブと集英組は抗争を抑えるために、お互いの娘と息子を利用したんだ』 


楽『俺達はそれを受け入れて、高校の三年間、ニセのコイビトを演じることになった』 


楽『だから、本当の俺と千棘はコイビトじゃない。皆の目が無いところでは、時にいがみ合ってすらいる関係だ』 


つぐみ「……」 


楽『笑えるだろ?』 


楽『そんな男が警視総監の娘と許婚で、中国マフィアの若き女ボスと同居してんだ』 


楽『ああ、コイビトのお付の凛々しい女ヒットマンにも、ときめいたコトが何度かあったな』 


楽『……まあ、本人が本当に好きなのは、クラスメイトの内気で可憐な女の子なんだけどさ』ハハ 


つぐみ「……」 


楽『……』 


楽『殺せよ』 



235: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:26:34.40 ID:9Zy4974d0




楽『ずっと、そうしたかったんだろ』 


つぐみ「……」 


楽『……俺は』 


楽『死ぬのはすげぇ怖いし、絶対に嫌だけど』 


楽『お前やビーハイブの殺し屋から、逃げ切れる力も技術もないし』 


楽『親父に泣きついて、半端なヤクザモンとして生きていくことも、今更できない』 


楽『……ビーハイブと組が本格的な抗争に入れば、どうせ今まで通りの生活なんて送れやしないし、きっとみんなにも迷惑がかかる』 


楽『だったら最期くらい、潔く我慢するよ。それくらいカッコつけたっていいだろ?』 


楽『……ただ、小野寺のことだけは、助けてやってくれ』 


楽『千棘もきっと、それは望むはずだから』 


楽『だから――』 





  ガラガラガラガラガラ 





楽「」ビクッ 



ピシャァァン!! 


236: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:27:27.81 ID:9Zy4974d0



  ズイ ズイ ズイ ズイ ズイ 


つぐみ「……」ユラァ 


楽「つぐ、」グイッ 


つぐみ「……一条楽」 


楽「……はい」 


つぐみ「案ずるな」 








つぐみ「私がお前を、護ってやる」 







237: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:28:25.93 ID:9Zy4974d0



~ AM0:33 鶫誠士郎 セーフハウス ~ 


つぐみ「……ここからが重要だ」 


つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”は四半期に一度、奴等の総本山がある神粍(シンミリ)町の団体施設で大々的なイベントを行う」 


つぐみ「組織の中核人物らが集まり、その期に集った新たな構成員を、本腰入れて洗脳し直すという訳だ」 


楽「……」 


つぐみ「そこで……」 


楽「……何で、だよ」 


つぐみ「……?」 


つぐみ「ああ、別に団体に参加しているわけでも、信仰しているわけでもないぞ」 


つぐみ「暗殺者としての、基本的な教養だ」 


つぐみ「活動する国において、自らの組織と主に仇成す可能性のある相手の存在や、大まかな沿革程度は、予め知っておかねば差し障る……」 


楽「いや、そうじゃなくて!!」 


つぐみ「……夜中だぞ、騒々しい」 


楽「……悪ぃ」 


楽「だけど、おかしいだろ」 


つぐみ「だから何が」 


楽「この流れ全部だよ!!」 


つぐみ「……」 



238: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:29:39.56 ID:9Zy4974d0




楽「俺のこと」 


楽「……殺すんじゃ、なかったのかよ」 


つぐみ「……そのことか」ハァ 


つぐみ「何も難しい話じゃない。自分の望む仕事は、自分でやれと言うだけの話だ」 


つぐみ「私や組織に殺されることを、言い訳に使ったりせずに、な」 


楽「……っ」カァァ 


楽「そんな事言ったって、俺は!」 


つぐみ「愛しているのだろう、小野寺様の事を」 


楽「……俺に、そんな資格……」 


つぐみ「愛される資格がなければ、愛してはいけないのか?」 


楽「……」 


つぐみ「……胸を張れ、一条楽」 


つぐみ「お前は弱いし、頭も悪いが、他人の為に自分を犠牲にできる優しい人間だ」 


つぐみ「私はそんなお前の事が、大好きだよ」 



239: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:30:54.52 ID:9Zy4974d0



楽「……よせよ」ハハ 


楽「俺だってつぐみの事は、尊敬するところのたくさんある、素敵な友達だと」 


つぐみ「……ヌルい逃げ方はさせんぞ、一条楽」 


つぐみ「私は、お前の事を、異性として真剣に愛している」 


つぐみ「冗談でも、慰めでも、なんでもない。本気でお前の事を愛しているんだ」 


楽「……」 


楽「……」 


楽「……えっと、その」カァァァァァァ 


つぐみ「……そ、そしてっ!」 


楽「はいっ!」 


つぐみ「お前はニセコイ関係だったと信じているようだが」 


つぐみ「お嬢もお前のことを、本気で愛している」 


楽「……い、いやいやおいちょっと待てよ」 


楽「何でお前がそんなことっ」 


つぐみ「付き合いの長さ」 


楽「うっ」 



240: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:32:24.35 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……それに、お嬢の本気の愛情と、ニセコイ関係の縛りを含めて考えれば、最近不審が目立ったお嬢の行動に全て説明がつく」 


つぐみ「論理的に経験的に考えて間違いない。お前はお嬢にも愛されている」 


楽「……だけどっ」 


つぐみ「橘万里花は言うに及ばず。小野寺様も宮本様の言うとおり、お前を愛している、あるいはいたのだろう」 


つぐみ「先生にしても、あの年齢の女性が、わざわざ男の家に同居を願う理由など、恋愛しかあるまい。そう考えた方が自然だ」 


つぐみ「もしかしたら、春様やポーラもそうなのかも知れんな。いや人気者じゃないか、良かったな、一条楽」ハハハ


楽「……」ガクッ 


楽「……何なんだよ、それ……」 


つぐみ「……」フゥ 


つぐみ「……お前は、自分自身の事を不誠実で、他人に恥ずべき所ばかりの薄汚い存在だと落ち込んでいたようだが」 


つぐみ「そんなお前を、皆が愛した」 


つぐみ「私の知っている一条楽は、例えコイビトとして結ばれない運命でも」 


つぐみ「自分の大切な人を救いに行かずにはいられない、男気と勇気のある奴だ」 


つぐみ「……だが、もし」 


つぐみ「お前自身が、お前自身でいることに自信を無くしたと言うなら、私がお前を支えてやる」 


つぐみ「お前自身の強さが、お前自身の優しい心が、無くならないように」 


つぐみ「それはきっと、お嬢の望むことでもある」 


つぐみ「だから、私はお前を殺したりしない。お前がお前であるために、私はあらゆる手段を尽くす」 


つぐみ「それだけの話だよ」 



241: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:33:13.30 ID:9Zy4974d0



楽「……お前は」 


楽「それで、いいのかよ」 


つぐみ「……意地悪な奴だな」 


楽「……ごめん」 


つぐみ「いい」フフ 



~ AM1:00 鶫誠士郎 セーフハウス リビング ~ 


楽「いづっ」 


つぐみ「……食事は朝まで止めておけ。ミルクティ位なら飲めるか?」スッ 


楽「せっかく用意してくれたのに、悪ぃ……ん、こっちは大丈夫そうだ。美味いし」 


つぐみ「世辞はいい」ニコ 


楽「」ドキッ 


つぐみ「……何か、おかしかったか」カァァァ 


楽「な、何でもねえよ」ゴクゴクゴク 


つぐみ「……むう」 


つぐみ「……さっきは上の空だったようだから、もう一度説明しておくが」 


つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”は、いわゆる普通のカルト宗教団体だ」 


楽「ゴク……色々突っ込みどころがあると思うんだが」 



242: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:35:59.30 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……”テンパンチ・プロジェクト”が、元々定収入を持たない人間達の互助組織だとは聞いているな」 


つぐみ「その中で、元プロボクサーの”お父様”と呼ばれる人間が核となり、今日の政治結社じみた宗教団体の形成に至っている」 


つぐみ「その本質は、フィクション作品に登場するような”ありふれたカルト教団”と同じだ」 


つぐみ「教祖、それに一部の幹部が定めたルールで下級構成員をハードに洗脳し、利用する」 


つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”の場合は金銭こそ巻き上げないが、政治的なアジテート活動に信者を活用しているんだ」 


楽「……うーん?」 


つぐみ「……例えば、日本の自衛隊は戦争に参加できないが、”テンパンチ”の幹部は、自衛隊に戦争をさせたいと思っているとするだろう」 


楽「……うん」 


つぐみ「法治国家において、意見を主張するにはヒトとカネが必要だ。”テンパンチ”は各種活動を通じて、自分達の仲間を増やす」 


つぐみ「地域のコミュニティ施設から、いじめられっ子の救済まで、とにかく何でも手を出して、自分達に忠実なコマを作るわけだな」 


つぐみ「ある程度コマが集まれば、今度はそれを使って更なるヒトとカネを引き出すことが可能になる」 


つぐみ「直接信者から搾取しなくても、自分達主催のスポーツイベントだの、コンサートだのを開いて稼ぐことも可能だし」 


つぐみ「ストライキやデモの旗頭に、世間知らずの可愛い女子高生を派遣する事だってカンタンだ」 


つぐみ「”自衛隊による先制防衛を!! 今だ必殺、天・パンチ!!”とでも言った具合にな」 


楽「……つくづく悪の組織じゃねえか」 



243: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:37:04.93 ID:9Zy4974d0



つぐみ「擁護する訳ではないが、現代の法治国家で少数派の意見を押し通そうとするならば、こんな形にならざるを得ないのも現実だ」 


つぐみ「それに参加者の多くは、”テンパンチ・プロジェクト”に所属することで、人生の安寧と、満足感を得ている」


つぐみ「信じて、救われているってコトだよ」 


つぐみ「若い信者に売春をさせたり、老人からカネを巻き上げる団体もある中、なかなか健全な運営をしている方だと思うが」 


楽「……」 


つぐみ「話を続けるぞ」 


つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”は、四半期に一度大々的なイベントを開き、新規入会者に強力な洗脳を施している」 


つぐみ「小野寺様や宮本様は、まだその段階までは達していないようだ。十分引き返せる余地がある」 


楽「なるほどな……で、そのイベントって」 


つぐみ「今日の夜から3日間」 


楽「」ブホッ 


つぐみ「……」ムスッ 


楽「ご、ごめ、で、でも!! 急がなきゃっ」 


つぐみ「そうだな。今日駅前にたむろしていたのも、恐らく施設に移動するためなのだろう」フキフキ 


つぐみ「しかし、まだ動くわけにはいかない」 


楽「どうして!!」 



244: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:39:15.57 ID:9Zy4974d0



つぐみ「敵の本陣に乗り込むには、あまりに準備が足りなさ過ぎる」 


つぐみ「私が知っているのは、調べれば誰でも分かるような、インターネットで拾える程度の知識に過ぎん」 


つぐみ「相手のスケジュール、施設の設備、人員、その他諸々。何も知らずに飛び込んでも、受付で追い返されるのがオチだ」 


つぐみ「二人を説得して連れ帰るにしろ、強引にさらうにしろ、それなりの準備が必要になる」 


楽「……くそっ」ダンッ 


つぐみ「幸い、イベント自体は泊まりがけで行われるらしい」 


つぐみ「恐らく、本格的な仕上げに入るのは最終日、明後日。明日の夜までに手を打てば、なんとかなるはずだ」


楽「そう、か……」 


楽「……」 


楽「……ちなみに、つぐみの言う”準備”ってのは」 


つぐみ「弾薬とか、爆弾とか」 


楽「待て待て待て待てお前何するつもりだよ」 



245: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:39:52.42 ID:9Zy4974d0


つぐみ「……」フゥ 


つぐみ「宗教の根底にあるものは、個人の思想、他人に侵されたくない人格の根底だ」 


つぐみ「人を動かす原動力として、これ以上強いものはそう無い」 


つぐみ「そのような輩に一度恨みを買えば、死ぬまで付け狙われる事を覚悟せねばならん」 


つぐみ「ましてや”テンパンチ・プロジェクト”の異常性は、さっきお前自身が語ったばかりではないか」 


つぐみ「相手の本陣に飛び込んで、二人を説得して連れ帰れば全ておしまい、と考えているのならば、状況を舐め過ぎているぞ」 


楽「……そうなると、また話が別なんじゃないのか?」 


楽「そんな危険な組織相手に、俺達二人だけじゃ」 


つぐみ「……どうやら私のことも舐めているようだな」 


つぐみ「こう見えて私も、ビーハイブでは指折りの実力を持つ殺し屋だ」 


つぐみ「いかに狂信者の集団とは言え、烏合の集相手にワンマン・アーミーをこなす位、わけない」ニヤ 


楽「……頼もしいことで」 


つぐみ「ふふ」 


つぐみ「……まあ、まずはそういう準備だ。後は私自身の問題もある」 


楽「?」 


つぐみ「私はビーハイブの所有物だからな。自由に使える道具や時間を工面するのにも、ちょっとした手間が要るんだ」 


つぐみ「お前はその間、小野寺様をどうやって口説き落とすか、じっくり考えながら体を休めればいい」 


つぐみ「傷つきながら女を救うのは絵になるが、親父様に負わされた傷で動けませんでした、では、話にならんぞ」ハハハ 



246: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:41:41.26 ID:9Zy4974d0


楽「……」 


つぐみ「はは、は……」 


つぐみ「……」 


楽「……」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……それとも、一条楽」 


つぐみ「あるいは、お前にとって……」 


楽「……?」 


つぐみ「……いや、なんでもない」 


つぐみ「話は以上だ。今日はこの部屋で寝ていけ」 


楽「」ドキッ 


楽「い、いやお前、それってっ」 


つぐみ「……何を想像している、馬鹿者」カァァ 


つぐみ「お前が一人で先走らないように監視するためと」 


つぐみ「そもそも服が血と泥にまみれた制服しかなくて、とても外に出られるような状態ではないこと」 


つぐみ「そして家に帰り辛いであろう貴様が、集英組の者に出くわさないよう、気を使ってやっているだけだ!!!」カァァァァァ 


楽「で、でもお前は」 



247: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:42:40.28 ID:9Zy4974d0



つぐみ「私はソファーで寝る。ポーラやクロード様が来た時、不在では言い訳も立たんしな」 


楽「……じゃあ俺がソファーで寝るよ。部屋の主がベッドを使うべきだろ」 


つぐみ「パンツと包帯しか着ていない怪我人を、ソファーで寝かせられるか。それにお前では頭がはみ出るだろう」 


楽「大して身長変わらねーだろ!! 第一女の子の匂いの染み付いたベッドで寝るなんてっ」 


つぐみ「匂い!? 匂いと言ったか!? 何をするつもりだ貴様!!!!」 


楽「何ってお前……」カァァァァ 


楽「……別に何も」 


つぐみ「……何だよ、今の間は」 


楽「……何でもねーよ」 


つぐみ「……」 


楽「……」 



248: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:43:48.46 ID:9Zy4974d0



~ 15分後 ~ 


つぐみ「……電気、消すからな」 


楽「……おぅ」 


カチャ カチャ シーン 


つぐみ「……」モゾモゾ 


楽「……」 


つぐみ「……もっと端に寄れ」ギュム 


楽「……無理だ、落ちる」ギュム 


つぐみ「ではやはり、私がソファーで……」 


楽「いや、俺が……」 


つぐみ「……」 


楽「……」 


つぐみ「……おやすみ」 


楽「……おやすみ」 



249: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:46:18.71 ID:9Zy4974d0



~ 深夜 ~ 



つぐみ(……) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……この状況) 


つぐみ(……お嬢が知ったら、どうなってしまうのか……) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……) 



     ―― 「私は、お前の事を、異性として真剣に愛している」 


     ―― 「冗談でも、慰めでも、なんでもない。本気でお前の事を愛しているんだ」 



つぐみ(……) 


つぐみ(告白、してしまった) 


つぐみ(……あんな、色気の無い、無様な) 


つぐみ(……) 


つぐみ(もっと、他に言いようがあったはずなのに……) 


つぐみ(……或いは、もっと上手に伝えられていれば……) 


つぐみ(……) 


つぐみ(いやいやいやいや) 


250: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:47:08.82 ID:9Zy4974d0



つぐみ(ダメだろ、上手くいっちゃ) 


つぐみ(奴はお嬢の想い人だし、奴自身は小野寺様の事を好いているのだから) 


つぐみ(……私の介入できる余地など、最初からありはしないんだぞ) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……だけど) 


つぐみ(……嬉しい) 


つぐみ(言葉にして、ようやく分かった) 




     ―― 「一条楽を憎からず思う気持ちは、多分単純なコイとは違って」 


     ―― 「私の大切な存在であるお嬢が、心を揺り動かされていることへの敬愛、尊敬とか」 

  
     ―― 「日本の、普通の学生が送るような、穏やかな日常への憧憬とか」 




つぐみ(そんなんじゃ、なくて) 


つぐみ(私は、一人の女として、一条楽のことが大好きだって) 


つぐみ(愛している。愛されたい、ずっと、いっしょにいたいって) 


つぐみ(自分が、ちゃんとコイをしているんだって事が、わかったから) 


251: 名無しさん 2015/08/03(月) 21:48:23.18 ID:9Zy4974d0


つぐみ(だから……) 


つぐみ(……) 


つぐみ(……だから、何だというのだ) 


つぐみ(例えニセコイだったとしても、お嬢が一条楽を愛している事実に、何も変わりはないというのに) 


つぐみ(お嬢のことを考えたら、想いを抱く事自体、間違っているコイだというのに) 


つぐみ(……) 


ムクッ 


ガサガサ 


テク テク 


スッ 



       チャリン 



つぐみ(……橘万里花) 


つぐみ(……私は……) 


楽「……どうしたんだよ、それ」 



252: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:01:41.97 ID:9Zy4974d0


つぐみ「……起きていたか」 


楽「……寝れねーだろ」プイ 


つぐみ「そうだな」フゥ 


楽「……」 


つぐみ「……橘万里花から、貰った、鍵だよ」 


つぐみ「お前の事を諦めたから、今夜中でこの町を出るそうだ」 


つぐみ「……その様子を見るに、知らなかったし、知らされなかったらしいな」 


楽「……」 


楽「……俺」 


つぐみ「……?」 


楽「……橘に、嘘、ついたんだ」 


つぐみ「……」 


楽「橘のこと、小野寺と同じようにしか、見れないって」 


つぐみ「酷い嘘だな」 


楽「ああ」 


253: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:02:56.54 ID:9Zy4974d0



つぐみ「お嬢と、新聞部員の前だから、そんな嘘をついたのか」 


楽「……違う」 


楽「違うんだよ」 


楽「俺は」 


楽「本気の橘を前にして」 


楽「最後まで、本当の事が、言えなかったんだ」 


楽「かっこつけたから」 


楽「自分が、痛い思いをしたくなかったから」 


楽「結局、最後の最後まで」 


楽「本気で、橘に応えることが、できなかったんだ……」 


つぐみ「……」 


ニギッ 


楽「……つぐみ」 


つぐみ「橘万里花は、笑っていたよ」 


楽「……」 


つぐみ「きっとお前に会えば、決心が鈍ると思ったのだろう」 


つぐみ「だが奴は、お前を恨んでいる様子など、微塵も無かった」 


つぐみ「だから……」 



254: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:04:00.82 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……今からでも、橘万里花を愛してやると言うのなら、追いかけてやれ」 


つぐみ「そうでないならば、せめて」 


つぐみ「忘れてやれ」 


つぐみ「……それが、手を取らぬ者が与えていい、唯一の優しさだと、私は思う」 


楽「……」 


つぐみ「……ソファーで寝るか?」 


楽「……ここでいい」 


つぐみ「わかった」モゾモゾ 


楽「……つぐみ?」 


つぐみ「少し風に当たってくる。お前が寝付いた頃にでも、戻ってくるさ」 


楽「……」 


つぐみ「今度こそおやすみ、一条楽」 


楽「……つぐみ」 


つぐみ「うん?」 


楽「……ありがとな」 


つぐみ「……」 




 ガラガラガラ ピシャン 



255: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:05:13.82 ID:9Zy4974d0

~ 鶫誠士郎 セーフハウス前 ~ 



つぐみ「……」 


     ―― つぐみ「……今からでも、橘万里花を愛してやると言うのなら、追いかけてやれ」 


     ―― つぐみ「そうでないならば、せめて」 


     ―― つぐみ「忘れてやれ」 


     ―― つぐみ「……それが、手をとらぬ者が与えていい、唯一の優しさだと、私は思う」 



つぐみ(……我ながら、ご立派な説教だったな) 


つぐみ(追って行って欲しいとも、忘れて欲しいなどとも、欠片も考えていないクセに……) 


カサッ 


つぐみ「!」 


ポーラ「こんばんわ」 


ポーラ「面白そうなこと、始めたみたいじゃないの」ニヤニヤ 


つぐみ「……盗み聞きとは、趣味が宜しくないな」 


ポーラ「あら、アンタたち二人っきりの気配を察して、入室を控えるくらいには良識派のつもりなんだけど」 


つぐみ「……それは、どうも」 


ポーラ「……それより、どうだったのよ」 


つぐみ「一緒のベッドで寝ていたところだ、と言ったら、信じてくれるか?」 


ポーラ「……つまーんなーい」ブゥ 


256: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:08:16.03 ID:9Zy4974d0


つぐみ「……すまんが、一人にしてくれないか。色々と考えたいことがあるんだ」 


ポーラ「あら、冷たいじゃない。組織の命令に背いて、新興宗教家相手に戦争でもおっ始めようってワケでもあるまいに」 


つぐみ「……」 


ポーラ「……ぇー」 


ポーラ「いや、まぁ……アンタの人生だからさ、何がどうとか言うつもりは無いけど」 


ポーラ「そこまでする必要、あるの?」 


ポーラ「奪回対象はお嬢の親友だし、消されるまではないにしても、万一バレたらアンタは……」 


つぐみ「もちろん、分かっているさ」 


つぐみ「だが、どうしてもやらねばならない」 


つぐみ「……例えそれが、お嬢やお前、組織と決別する選択だったとしても」 


つぐみ「私自身が、私自身で愛したものを、守るためには……」グッ 


ポーラ「……あっ、そ」 


ポーラ「それなら私も、手ぇ貸してあげちゃおっかな」クルッ 


ポーラ「冴えないもやし小僧の護衛には、黒虎と白牙の二枚看板ぐらいで丁度いいと思わない?」ニィ 



257: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:08:56.16 ID:9Zy4974d0


つぐみ「……止しておけ、ポーラ」 


つぐみ「お前の言う通り、この件は私が犯す重大な命令違反だ。手を貸すどころか、知って黙っている事すら厳罰を被りかねん」 


つぐみ「お前にはお前の、大事なものがあるのだろう。関わらん方が身のためだよ」 


ポーラ「……何よソレ、かっこつけちゃってさ」ブー 


ポーラ「この状況だって、私が一条楽に口添えしてあげたおかげで……」 


つぐみ「……」ピクッ 


ポーラ「……あっ」 


つぐみ「……ポーラ」 


つぐみ「貴様」 


つぐみ「自分がいったい、どれだけのことをしたのか!!」 


ポーラ「……な、何よ、何よっ」 


ポーラ「黒虎だって、この状況、楽しんでない訳じゃないんでしょ」 


ポーラ「わ、私ばっかり責めないでよね! あ、アンタ、アンタだってっ」 


つぐみ「……」 


ポーラ「……そ、そ、そうよ、そもそも、この状況だって、各々がそれぞれで考えた結果こうなってるんでしょ」 


ポーラ「確かにきっかけを作ったのは私かもしれないけど、そんなに怖い顔される筋合いは……」 


つぐみ「……」 


ポーラ「だから……」 


258: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:10:14.57 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……確かに」 


つぐみ「お前の言うとおりだよ、ポーラ」 


ポーラ「……へ」 


つぐみ「この状況に、私が少なからず喜びを感じているのは、事実だ」 


つぐみ「私がお前に説教をする道理もない。むしろ、感謝するべきなのかも知れん」 


ポーラ「……わ、分かればいいのよ」フン 


つぐみ「だが、ポーラ」 


つぐみ「……」 







つぐみ「自分の果たせなかった幸せの形を、他の誰かに投影するのは、もう止めておけ」 


つぐみ「……空しさが、残るだけだ」 





259: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:11:20.31 ID:9Zy4974d0




ポーラ「……」ギロッ 


ポーラ「そんなんじゃないわよ」 


つぐみ「しかし」 


ポーラ「そんなンじゃないっつってんのよッ!!!」ダッ 


つぐみ「おい、ポーラ、ポーラっ!!」 


つぐみ「ポーラ……」 


つぐみ「……」ハァ 


つぐみ「……幸せの形、か……」 




260: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:12:00.73 ID:9Zy4974d0






~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  








~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  





261: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:12:42.47 ID:9Zy4974d0



つぐみ「……」 


楽「……」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……それとも、一条楽」 


つぐみ「あるいは、お前にとって」 


楽「……?」 






つぐみ「私は汚れた存在か」 






楽「……アホな事、言ってんじゃねーよ」 


つぐみ「否定に力がないな。女はおろか、子供ですら騙せんぞ」 


楽「……」 




262: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:13:56.22 ID:9Zy4974d0



つぐみ「認めろ、一条楽。お前は結局、自らの境遇に反発して、外に救いを求めているだけだ」 


つぐみ「だからお前にとっての”別の世界”に生きる、私達を傷つけようと何も思わない」 


つぐみ「”普通の世界”の象徴である平凡な女、小野寺小咲を逃げ道にしているだけなのだろう?」 


楽「違う!!」 


つぐみ「いいや、違わんさ」 


つぐみ「そうでなければ、何故橘万里花の気持ちに応えない」 


万里花「……楽様にとって、私は暴力団と警察が手を取り合うために決められた、形ばかりの婚約者」 


万里花「けれど、私の気持ちがそれだけではないことを、私は全身全霊をかけて貴方に伝えてまいりました」 


万里花「結果は拒絶すらない、延々と続く肩透かし。それももう、終わりましたけれど」 


万里花「ありがとうございます、楽様。最後にはっきりと、私を傷つけていただいて」 


楽「橘っ」 


小野寺「……一条くん、大好きだよ」 


小野寺「でも、一条君にとって私は……」 


楽「……」 


小野寺「……どうして、否定してくれないの?」 


小野寺「一条君がそんなだから、私は!!」 



263: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:15:16.66 ID:9Zy4974d0



楽「……俺は橘の事も、小野寺のことも、いいかげんになんて考えてない!!」 


千棘「今更いい子ぶってんじゃないわよ、糞モヤシ野郎」 


千棘「アンタは結局、平凡な大人にも、はみ出し者にもなりきれない、中途半端で優柔不断なクズ野郎なのよ」 


千棘「私の気持ちにだって、気づいてなかったわけじゃないんでしょ」 


千棘「ヤクザの世界の出来事だからって、真面目に考えてなんていなかったんでしょ」 


千棘「ニセコイって言葉に逃げて」 


千棘「万里花の事も、小咲ちゃんの事も」 


千棘「……私のことも」 


千棘「真剣に考えずに、今のぬるい関係をずっと続けていきたいなんて、思っていたんじゃないの?」 


楽「……」 


千棘「……いや、案外本気で理解してなかったのかしら」 


千棘「わざと目をそらして、自分自身すら騙して、気づかないフリをしてごまかして」 


千棘「結局、私の独り相撲だったってことかしら。酷い話」 


羽「……みんな、あんまり楽ちゃんを責めないであげて~」 


羽「楽ちゃんだって、まだまだコドモな男子高校生なんだから」 


羽「ちょっとくらい、独りよがりだって、自分勝手だって 


羽「不幸を自分の生まれのせいにしたって、仕方ないわ」 



264: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:16:51.20 ID:9Zy4974d0



羽「時には失敗だってするよ」 


羽「自覚無しに誰かの心を傷つけたりしても、それは楽ちゃんが悪いんじゃないの」 


羽「楽ちゃんだって、かわいそうなんです」 


楽「……羽姉、なんで、そんな言い方」 


羽「だって、そうじゃなきゃ」 


羽「……私、楽ちゃんのこと、許せなくなっちゃう」 


楽「っ……」 


万里花「ねえ、これからどうされますの、楽様」 


千棘「どうするのよ、楽」 


小野寺「一条君……」 


羽「楽ちゃん」 


「楽様」 

「楽」 

「一条君」 

「楽ちゃん」 

「楽楽様一条君楽ちゃん楽楽楽様一条君一条君いちじょ 









楽「うるっせえええええええええ!!!!!!!!」 








265: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:18:05.31 ID:9Zy4974d0


楽「はあっ……はあ、はあっ……」 


つぐみ「一条楽」 


楽「……」 


つぐみ「お前がどんなつもりであろうが、周りの人間を傷つけて回っている事実は消せない」 


楽「……そう、だな」 


楽「それ以上は、ただの俺の自己満足、言い訳だ」 


楽「だけど、俺は……」 


つぐみ「……勘違いするな、一条楽」 


楽「……?」 


つぐみ「別に私は、お前を咎めている訳ではない」 


楽「どういう意味だよ」 


つぐみ「私はお前の生き方を肯定する」ファサ 


楽「わっ、よせ、お前、いきなり何をっ!!」 


つぐみ「今日び女の乳くらい、そう珍しいものでもないだろうに。やはり面白い奴だな」フフ 


楽「いいから、服着ろってっ」 


つぐみ「……」ギュッ 


楽「~~~~~~~ッ!!」 



266: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:19:23.05 ID:9Zy4974d0


つぐみ「……愛したいだけ、愛すればいいのだ、一条楽」 


つぐみ「偏りさえさせなければ、本妻と別に愛人を持つこともできる」 


つぐみ「あるいは、単に性欲の捌け口としても……」ツツツ 


楽「……やめ、ろよ」 


つぐみ「そう固く考えるな。私は千棘お嬢様の忠実なる僕だが、所詮ビーハイブの殺し屋、使い捨ての駒だ」 


つぐみ「お前が性欲処理の道具として拾ってくれるなら、少しは寿命も永らえる。人助けだとでも思え」 


つぐみ「そうして、せめて人並みの幸せと愛を、ひとときでも与えてくれるなら、私は……」 


楽「……」 


つぐみ「さあ、一条楽」 


つぐみ「……いえ、一条様」 


つぐみ「今だけでもいい」 


つぐみ「私のことを」 


つぐみ「あいして――」 




267: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:20:19.99 ID:9Zy4974d0




楽「……つぐみっ!!」ガバッ 






楽「……」 






楽「……」 


楽「……」バタッ 





楽「……夢」 


楽「じゃ、ねえよな、今のは……」ゴロン 




268: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:21:19.00 ID:9Zy4974d0


~ 鶫誠士郎 セーフハウス 寝室 ~ 




楽(……そう) 


楽(夢なんかじゃない) 


楽(俺は心のどこかで、避けてるんだ) 


楽(マフィアの娘としての千棘や、殺し屋のつぐみ達と、向き合うことを) 


楽(本当のみんなのことを、見ようともしないで、だから……) 


楽(……) 


楽(……置き手紙? 


カサッ 




『よく寝ているようだから、準備のため先に出かける。 
 午後7時丁度に、凡矢理駅の東口前で落ち合おう。 

 服を私の変装用備品から見繕っておいた(未使用品だ) 
 家の鍵と一緒にテーブルの上へ置いた。 
  
 もし、私の助力が迷惑ならば、その時間前に出発してくれ。 
 お嬢には私から、うまく伝えておく。 


                    鶫 誠士郎』 

269: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:23:10.97 ID:9Zy4974d0


楽「……」 


楽(千棘のため? 小野寺のため?) 


楽(……俺のため、なんだろうな、やっぱ) 


楽(俺のこと……愛してくれてるって、言ってたし) 


楽(だけど) 


楽(俺は一度、橘を裏切ってる) 


楽(あんなに俺のことを愛してくれていた橘のことを、相手にもしないで) 


楽(そのくせ、夢の中とは言え、つぐみの事をあんな風に……) 


楽(……) 


楽(やっぱり、つぐみを巻き込むのは……) 





    プルルルルルルルルルルルッ  プルルルルルルルルルルルッ  プルルルルルルルルルルルッ   




270: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:23:44.54 ID:9Zy4974d0



楽「……」 



    プルルルルルルルルルルルッ  プルルルルルルルルルルルッ  プルルルルルルルルルルルッ   



楽「……え、俺の携帯?」 



    プルルルルルルルルルルルッ  プルルルルルルルルルルルッ  プルルルルルルルルルルルッ   



楽(着信音、こんなんじゃなかったよな……番号も表示されてねーし) 


楽(……) 


    プッ 


楽「……もしもし」 


???『おはよ。それとも、もうこんにちは、かな?』 


楽「用事があるなら、普通にかけてきてくれよ……」 


楽「……羽姉」 



271: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:25:00.15 ID:9Zy4974d0



羽『ごめんね。どうしても電話が繋がらなかったから、焼豚会の専用回線、使っちゃったの』テヘヘ 


楽「……そういや昨日の晩、電話帳の連絡先全部着拒したんだっけ」 


羽『みたいだね。組のみんなも心配してたよ?』 


楽「……」 


羽『そっちは、ごめんねできないよ。大事な人達を心配させるのは、例え楽ちゃんであっても、いけないことでーす』 


楽「どうせ、大方の事情は知ってんだろ。放っておいてくれよ」 


楽「羽姉の事だって、俺はっ」 


羽『……小咲ちゃん達の話なら、やっぱり謝る気にはならないよ、私は』 


楽「どうしてっ!!!」 


羽『今の楽ちゃんになら、わかるんじゃないかな?』 


羽『それとも、自分がヤクザの子供としての運命から逃れられないと知った今でも、小咲ちゃん達を自分の人生に巻き込みたいと思うの?』 


楽「……でも、それとテンパンチ・プロジェクトは」 


羽『気の毒だとは思うけどね。それでも、自分達で選んだ道だよ』 


羽『成功も失敗も自分持ち。私達が何かするよりも、よっぽどシンプルで、健全だと思うけど』 


楽「……」 



272: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:25:34.05 ID:9Zy4974d0



羽『……なんてね。こんな意地悪な話をするために、電話したわけじゃないんだ』 


羽『今日の夜、時間作ってもらえないかな? 楽ちゃんに会いたいの』 


楽「……悪いけど、無理だ」 


羽『どうして?』 


楽「……先約があって」 


羽『それなら、大丈夫だよ。こっちで楽ちゃんの都合に合わせるようにするから』 


羽『たとえば』 



273: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:26:01.25 ID:9Zy4974d0






羽『今日の夜7時ちょうどに、凡矢理駅の東口前で待ち合わせだったらどうかな?』 





274: 名無しさん 2015/08/03(月) 22:26:48.11 ID:9Zy4974d0





         ~ つづく ~ 




275: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:12:01.79 ID:QDWtMbLU0



~ 同日 昼過ぎ 桐崎邸 桐崎千棘 私室前 ~ 



バターン カチャ 


千棘『ちょっとクロード、ふざけんじゃないわよ、こら、出せ、出しなさい、出せッ!!!!』 


クロード「……申し訳ありません、お嬢」 


クロード「何しろ、一度根絶やしにしたと思っていた反乱分子の残党が発見されたということですから」 


クロード「どこに、どの程度、どのように存在するのか把握するところから始めなくてはなりませんので」 


クロード「お嬢の安全を確保するために、再びこうして閉じこもっていただく以外、お嬢を守る方法がないのです」


千棘『私の安全なんてどーでもいいわよ! 今こんなトコで閉じこもってるわけにはいかないの!!』 


クロード「……思うところは様々ございましょうが、私はお嬢の命を第一に考えております」 


クロード「小野寺様の件についても、こちらで調べを進め、手筈を整えておきます。どうかご理解ください」 


千棘『……』 


千棘『……ダーリンにも、連絡できないの?』 


千棘『昨日から電話、つながらなくって、あんな別れ方した後だし……』 


クロード「……」 


クロード「どこから情報が漏れるか、わかりませんゆえ」 



276: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:12:34.32 ID:QDWtMbLU0



千棘『……じゃあ、つぐみに頼んで』 


千棘『アイツ、興奮してたし、何やらかすかわからないから……つぐみに面倒見させてあげてほしいの』 


クロード「……」 


千棘『前回から続きでの仕事なら、信頼できる部下の選定もできているんでしょ?』 


千棘『つぐみ一人ぐらい、外したって大丈夫でしょ?』 


クロード「……お嬢」 


千棘『お願いよ、クロード』 


クロード「……検討しておきます」 


千棘『……よろしくね』 


クロード「……失礼致します」 





~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  



カッ カッ カッ カッ カッ カッ カッ カッ  



千棘の父「クロード」 


クロード「はっ」 


千棘の父「千棘は?」 


クロード「自室に篭っていただきました」 


千棘の父「……困ったねぇ」 


クロード「……はっ」 


千棘の父「ニホンのカルトなど、そこらを探せばいくらでもあるだろうに。何故”テンパンチ”などを……」 


クロード「……」 



277: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:14:29.53 ID:QDWtMbLU0



千棘の父「どうするつもりだい」 


クロード「……小野寺小咲は集英組の小僧とも親交があり、消せば間違いなく騒ぎになります」 


クロード「小僧が勝手に動いて、上手くやればそれでよし。もたもたしているようならば」 


クロード「本人か、宮本るりの方を交通事故にでも遭わせ、手脚の一本も無くしてやれば、家族が絡んで宗教どころでもなくなるかと」 


千棘の父「相変わらず、酷い男だ。千棘の悲しむ顔を想像すると胸が痛いよ」 


クロード「申し訳ございません」 


千棘の父「誤解しないでくれ。君の仕事ぶりをそれだけ評価しているという意味さ」 


クロード「はっ」 


千棘の父「しかし、まさか裏切り者どもが、新興宗教と手を組んでいたとはね」フゥ 


クロード「……」 


千棘の父「彼女らが千棘の友人、言い換えればビーハイブに対して有効な人質だと知れればコトだ」 


千棘の父「せっかくのゴミ虫共を根絶やしにするチャンスを、みすみす逃すことになる」 


千棘の父「……ビーハイブがテンパンチ・プロジェクトに興味を持っている事を、絶対に感づかれてはならんのだよ」 


クロード「……千棘お嬢様には、一切知らせずにございます」 


千棘の父「千棘ももう大人だ。その辺りの機微を、話してやってもいい時期とは思っているんだが」 


クロード「千棘お嬢様が、知る必要は、ございません」 


クロード「そのために、私が居るのですから」 


千棘の父「……そういう男だから、僕は君が好きなんだ」 


クロード「恐悦至極にございます」 


千棘の父「君に一任するよ。よろしく頼む」フリフリ 


クロード「はっ……」 




278: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:17:00.64 ID:QDWtMbLU0



クロード「……立ち聞きとは悪趣味だな、ポーラ」 


ポーラ「はっ」シュタッ 


クロード「好奇心は猫を殺す。知っていたか」 


ポーラ「クロード様が本気ならば、私はとうに殺されていますゆえ」 


クロード「可愛げのない奴め」チッ 


ポーラ「申し訳ありません」 


クロード「……聞いた通りだ。今回の件、”テンパンチ”に一切手出しはするな」 


クロード「一週間、様子を見る。その間に集英組の小僧が解決すればそれでよし。でなければ私が動く」 


クロード「ポーラ、貴様は誠士郎を監視しておけ」 


ポーラ「……質問があります」 


クロード「言ってみろ」 


ポーラ「何故黒虎でなく、私を使おうと?」 


クロード「下らん」 


クロード「誠士郎より貴様の方が使いやすい。そう判断したまでだ」 


ポーラ「……」 


ポーラ「……」 










ポーラ「承知致しました」ニヤァ 




279: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:19:53.66 ID:QDWtMbLU0



~ 午後6時45分 凡矢理駅東口前広場 ~ 



楽「……」 


羽「あ、楽ちゃん。こっちこっちー」ペケペケ 


楽「……早ぇな、羽姉」 


羽「うん、一刻も早く楽ちゃんに会いたくってね、ずっと待ってたんだよ」ニコニコ 


楽「……後ろの護衛も?」 


夜(イエ)「……」 


羽「ううん、隠れてるだけでもっと居るよ?」 


楽「……そうかい」 


楽「で、羽姉の用事ってのは何なんだよ」 


楽「小野寺の事を助ける気がないってんなら、せめて俺達のことは邪魔しないで……」 


羽「え? 助けるつもりだよ?」 


楽「……電話で言ってたことと、違うじゃねーか」 


羽「そんなことないよ。私の気持ちがどうであろうと、私は必要なら必要な事をするの」 


楽「どういうことだよ」 


羽「えっとね、楽ちゃん」 








羽「小咲ちゃん達をテンパンチ・プロジェクトから救いたければ、私のものになって欲しいの」 






楽「……」 


羽「言っちゃった、言っちゃった」キャッ 



280: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:22:08.62 ID:QDWtMbLU0



楽「……どうしちまったんだよ羽姉」 


楽「何で、いきなりそんな事ッ……!!」 


羽「……いきなりじゃないよ」 


羽「私の気持ち、知っちゃったんでしょう?」 


羽「だから、私は私のできる限りの手段を使って、欲しいものを手に入れようと思ったの」 


羽「ね、とってもシンプルでしょ?」ニコッ 


夜「……」スッ 


羽「焼豚会のみんなは、とっても優秀なの」 


羽「傷ひとつつけずに、二人を救い出す事ができると思う」 


羽「どのみち、千棘ちゃんとはニセコイなんだし、小咲ちゃんと楽ちゃんとじゃ、絶対幸せになんてなれないよ」 


羽「……だから、ね?」 


楽「……」 


楽「……正直、羽姉が何考えてんだか分かんねーし」 


楽「羽姉の言ってる事も、間違っては居ないと思う」 


楽「けど……」 


281: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:23:32.97 ID:QDWtMbLU0



羽「……」クスッ 


羽「あのね、楽ちゃん」 


楽「……?」 


羽「つぐみちゃんなら、ここには来ないよ?」 


楽「」ドキッ 


楽「まさか、羽姉……!!!」 


羽「私はなにもしていないよ」 


楽「じゃあどうして!!」 


羽「……」 


羽「……どうして、か」 







羽「どうして、なんだろうね……」 






~ 同日 夕刻 桐崎邸備品倉庫 ~ 



シュタッ 


つぐみ(……) 


282: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:25:41.53 ID:QDWtMbLU0



タタタタタタタッ  カチャッ 


つぐみ(……)ガサガサ 


????「……そんな真似をせずとも、正面から堂々と入ってくればよかろう」 


つぐみ「っ」シュタッ 


????「何をそんなに驚いている」 


????「それにどうした、拠点攻略用装備など持ち出そうとして。自衛隊基地でも潰しに行くつもりか?」 


つぐみ「……」 


????「答えろ、鶫誠士郎」 


つぐみ「……見逃してください、クロード様」 


クロード「……無能な飼い犬は、せめて飼い主に忠実であれと、何度も叩き込んでやったはずだがな」 


つぐみ「お嬢のためなのです」 


クロード「お為ごかしとは反吐が出る」シュッ タタタタッ  


つぐみ「うっ……」ガスッ 


クロード「道具が物を考えるな」ガスッ ビシッ 


クロード「勝機を取らずに勝負をするな」バシッ ガシッ 


クロード「情報は命を削って隠せ」ブオンッ ドゴッ 


つぐみ「がは、あっ……」 





クロード「全て基本だ」 


つぐみ「……ッ」ドサッ 


クロード「……愚か者めが」フキフキ 



283: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:26:34.88 ID:QDWtMbLU0



つぐみ(……頭が朦朧とする。暫くまともに歩ける気がしない) 


つぐみ(しかし、こうもあっさりとやられてしまうか) 


つぐみ(血の滲むような、人知を超えるような努力を重ねてきたつもりだったのに) 


つぐみ(こうも、絶対的か……) 





クロード「”テンパンチ・プロジェクト”には、先日潰した反乱分子との繋がりが確認されている」 


クロード「小野寺小咲と宮本るりが、ビーハイブに有効な人質と悟られる可能性は、限りなく下げておかねばならん」 


クロード「そのためにビーハイブの人間は、いかなる形であっても、関与させるわけにはいかんのだ」 


クロード「……子供同士の恋愛ごっこはジャパニーズ・マフィアとそのクソガキどもに任せろ」 


クロード「その辺りの機微が分からんお前には、しばらく屋敷の地下でのんびりしていてもらう」ダキッ 




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  





羽「ねえ、楽ちゃん。お願いだから、私の言う通りにして」 


羽「つぐみちゃんが来なければ」 


羽「楽ちゃん一人で小咲ちゃん達を連れ戻すなんて、できないでしょう?」 


楽「……」 


羽「楽ちゃんは、頭がいいんだから」 


羽「どうするのが一番いいかは、分かってるよね」 



284: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:28:03.29 ID:QDWtMbLU0



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  



ドサッ 



つぐみ「ぅ、あ……」 


クロード「……もう、黙っていろ」 


つぐみ「……」 



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  




羽「楽ちゃんは頑張ったよ。立派だったと思う。私が保証してあげるから、だから」 


羽「もう、いいじゃない。現実を受け入れようよ」 


羽「だって、楽ちゃんには」 



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  


クロード「お前は私の忠実な手駒として生かされてきた、私達の所有物だ」 


クロード「少しばかり人として扱われたからと、夢を見てしまったに過ぎない」 


クロード「お嬢や年頃の娘を眺めるうちに、自分にもそのような感情が抱けると血迷ってしまっただけだ」 


クロード「すぐに醒める」 


クロード「なぜなら、お前には」 


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  

285: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:30:29.35 ID:QDWtMbLU0








『最初から、夢見る資格なんて、なかったんだから』 







286: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:31:20.48 ID:QDWtMbLU0


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  



楽「……」 


楽「……羽姉、ありがとう」 


羽「じゃあ、」 


楽「おかげで、ようやく腹が据わったよ」ドスン 


羽「……楽ちゃん?」 


楽「どうしていきなり、羽姉がこんな真似を始めたのかは、わからないけど」 


楽「俺は絶対、羽姉の思い通りには、なってやんねー」 


羽「……楽、ちゃん」 


楽「例え資格があろうとなかろうと、俺は俺が決めたように、俺のやりたいようにやる」 


楽「そうじゃなきゃ後悔するって、散々思い知らされてきたばっかりだからさ」フフ 


羽「……」 


夜「……浅はかアル、集英組のコソウ」 


夜「私達が本気になれば、無理矢理オマエを連れ去る事なんてソッサもナイネ」 


夜「肉便器にスルタけナラ、両手両足と舌クライなら無くっても用は足りるヨ」 


楽「黙ってろ三下」ペッ 


夜「」 


楽「俺の事を力ずくで連れ去れるなら、最初っからそうしてるはずだろ?」 


楽「そうならないって事は、羽姉がそんなやり方を認めてないって事だ」 


楽「違うって言うなら、今すぐにでも俺の事、殴ってみろよ」 


夜「……」ギリッ 


287: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:34:32.26 ID:QDWtMbLU0




羽「……あんまり意地悪しないであげて。みんな真面目な子達なの」 


楽「……一応、俺もヤクザの息子だから。その辺の仕組みは分かってんだ」 


楽「ちょっと脅かされて、イラついちまったんだ。ゴメンな」 


夜「……」イライラ 


楽「……って言うか、羽姉は変なトコ生真面目だからな」 


楽「説得するって決めたなら、実力行使には訴えないだろうな、とは、最初っから思ってたよ」ポリポリ 


羽「……楽ちゃん」 


夜「然しトゥスルネ、集英組のコソウ」 


夜「貴様一人では結局、娘っ子助けられない。同穴の狢ネ」 


楽「……決まってんだろ」 


楽「つぐみを待つ」 


羽「……つぐみちゃんは、ビーハイブから今回の件に関わらないよう、指示が下されているはずよ」 


羽「ここに来られるとは思えないし、万が一、来たとしたなら、それは……」 


楽「あいつは来る。絶対に」 


楽「約束したんだ」 


楽「だから、俺もここで待ってる」 


楽「そんで、あいつがビーハイブに戻れるように、どんな事でもするし、どんな償いだってするつもりだ」 


楽「だから……」 



288: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:35:59.21 ID:QDWtMbLU0


羽「……」ハァ 


羽「じゃあ、お隣失礼」ドッコイショ 


楽「……羽姉」 


羽「もしつぐみちゃんが来なかったら、私を頼ってくれるかな、って」 


羽「それくらいは、期待してもいいでしょう?」 


楽「……おう」 





~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  




つぐみ(……そうさ、私には、夢見る資格なんて最初からなかったんだ) 


つぐみ(それは多分、お嬢や普通の女の子にはあって、私にはないもの) 


つぐみ(昨日ああして、一条楽と過ごした時間も) 


つぐみ(想いを告げることができた、あの瞬間も、結局はすべて偶然で) 


つぐみ(私が愛されたわけじゃない) 


つぐみ(単にタイミングさえ良ければ、誰だって……) 


つぐみ(……) 


289: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:37:00.11 ID:QDWtMbLU0



つぐみ(……) 


つぐみ(では) 


つぐみ(私が一条楽に愛されるには、どうすればよかった?) 


つぐみ(結局、私は) 


つぐみ(お嬢の存在を言い訳にして、自分のコイから、逃げていただけなのではないか) 





         ―― 「だけど貴女は、私よりも、少しだけ強い」 


         ―― 「今の自分を支えてくれる何かから離れて」 


         ―― 「自分で見つけた、本当に手に入れたい何かに、手を伸ばせる強さのある人だと思います」 


  
         ―― 「私は、お前の事を、異性として真剣に愛している」 


         ―― 「冗談でも、慰めでも、なんでもない。本気でお前の事を愛しているんだ」 




ピクッ 



290: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:39:40.31 ID:QDWtMbLU0



つぐみ(……想いを告げたら、それだけで満足) 


クロード「……?」 


つぐみ(そんなんじゃあ) 


ガサッ 


つぐみ(お前は許してくれないよなぁ) 


クロード「……」 


つぐみ(橘、万里花ッ……!!!!) 


クロード「……愚かな」 




つぐみ「………ぉおおおおおおおおおおああああああああああああああ!!!!」バッ 




クロード「……」ヒュン 


ガッ 


クロード「!!?」 


つぐみ「そして私もッ!!!」 


つぐみ「到底」 


つぐみ「納得なんて」 


つぐみ「できるはずがないッ!!!!!」バギィ!!! 


クロード「ぐぉあっ……!!」 



291: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:41:27.52 ID:QDWtMbLU0




つぐみ「まだまだぁ!!!」ブォンッ 


クロード「……調子に乗るなッ……!!」 


つぐみ「ええ、命賭けですともッ!!!」ガスッ 


クロード「……っぐ……!!」 


つぐみ「たアッ!!」クルクル スタッ 


クロード「……何故だ、誠士郎」 


クロード「お嬢のご学友と、集英組の小僧がどうなろうと、お前が命まで張る必要はあるまい」 


クロード「何故、お前がそこまで……」 


つぐみ「……分からないから、貴方にはお嬢が懐かないのですよ」ニヤ 


クロード「利いた風な口をッ……!!」 


つぐみ「甘いッ!」ビュッ 


クロード「くッ……!」シュタッ 


つぐみ(……いける) 


つぐみ(原因は分からんが、クロード様が戸惑っている今ならば) 


つぐみ(クロード様を躱して、一条楽の下へ……) 


タァンッ!! 


つぐみ「……なッ」 


クロード「……」 


292: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:43:10.71 ID:QDWtMbLU0


つぐみ「気は確かですかクロード様!? 屋敷の中で、実銃などとっ」 


クロード「……どうあっても、お前を小僧の下へ行かせる訳にはゆかん」 


クロード「今一度、お嬢と組織に恭順を誓え」 


クロード「さもなくば死ね、誠士郎」 


つぐみ「……」 


ヒョイ 


クロード「……両手を挙げたそのままで、こちらに来い。妙な真似は」 


ヒュッ 


タタタタン!!! 


クロード「ぐっ……!!!」 


つぐみ「”情報は命を削って隠せ”」 


つぐみ「仕込み銃、最後まで取っておいた甲斐がありました」 


クロード「……どこまでも小賢しいッ!!」ダッ 


つぐみ「ぐあ……っ!!」 


つぐみ(……やはり、正面からの戦いでは、力の差がありすぎる) 


つぐみ(致命傷を与えるのは避けたとはいえ、これほどまでに……!!) 



293: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:43:56.49 ID:QDWtMbLU0



クロード「何故だ、何故だ誠士郎」 


クロード「何故今になって、私を、お嬢を裏切ろうとする」 


クロード「結局は貴様も一人の女、集英組の小僧に誑かされたとでも言うのかッ!!」 


つぐみ「私は私の信じる愛のために、私の力を使うと誓った、ただそれだけです、そこには何の打算も無いッ!!!」 


クロード「組織の事はどうするッ!! 小僧には集英組がついているのだ、どんな形でも小野寺嬢は救い出される、お前が関わる必要は、」 


つぐみ「そうして一条楽と小野寺様を睦み合わせ、お嬢から引き離すのが真の目的でしょうがッ!!!」 


クロード「違うッ! 私はッ!!!!!」 


つぐみ「お為ごかしはどちらですかッ!!!」 


つぐみ「あなたに、あなたなんかにッ!!!!」 


つぐみ「人の恋路を、操る権利なんて、あるはずがないんだあああああああッ!!!!」 


クロード「誠士郎おおおおおおおおおおおぉぉぉッ!!!!」 


つぐみ「クロード様ァァァァァァアアアアァ!!!!」 


294: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:45:34.35 ID:QDWtMbLU0





つぐみ(……思ったとおり) 


つぐみ(私ごときの力量では、クロード様を止めるには、全力で殺す以外はなかった) 


つぐみ(そして、今このまたとない機会) 


つぐみ(この引き金を引けば、クロード様を確実に) 


つぐみ(殺す事ができる) 


つぐみ(……躊躇はある) 


つぐみ(殺し屋としてとは言え、私の事を守り、育ててきてくれた恩人) 


つぐみ(今は上司でもある。殺すような事になれば、まず組織には、お嬢の近くには、戻ってこれまい) 


つぐみ(だが、一条楽を選ぶという事は、組織を、お嬢を捨てるという事でもある) 


つぐみ(……そう、一条楽を、愛するという事は……) 


つぐみ(……) 


つぐみ(――!!) 




  ガタァァァァ ァ ァ ァ ン  ……… 


295: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:46:03.22 ID:QDWtMbLU0







カチャン 


クロード「……」 


つぐみ「……」 


クロード「……とどめを刺す前に、一つ聞いておきたい事がある」 


つぐみ「……はい」 


クロード「最後の瞬間」 


クロード「何故、引き金を引かなかった」 


クロード「……お前にとって、唯一の勝機だった筈だろう」 


つぐみ「……そう、ですね」 


つぐみ「……私にとって、一条楽はかけがえの無い存在です」 


つぐみ「お嬢と同じぐらい……もしかしたら、それ以上に」 


つぐみ「だから彼のためなら、クロード様にとどめを刺して、組織を捨てる事だって構いやしない」 


つぐみ「直前までは、そんな風に考えていたんです」 


つぐみ「だけど」 


296: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:47:07.18 ID:QDWtMbLU0



つぐみ「……もし、貴方が」 




         ―― 「何故今になって、私を、お嬢を裏切ろうとする」 


         ―― 「結局は貴様も一人の女、集英組の小僧に誑かされたとでも言うのかッ!!」 





つぐみ「本当は最初から、私が女である事を知っていて」 


つぐみ「私の”女”を護るために、わざと”男”の殺し屋として育ててくれたのかな、とか」 




         ―― つぐみ「そうして一条楽と小野寺様を睦み合わせ、お嬢から引き離すのが真の目的でしょうがッ!!!」 


         ―― クロード「違うッ! 私はッ!!!!!」 




つぐみ「私の事を、娘と思ってくださって、おかしな男と駆け落ちされるのが嫌で、必死に止めてくださったのかな、とか」 


つぐみ「そんな妄想が、ふつふつと浮かんできて……」 


つぐみ「……私にとって、一条楽はかけがえの無い存在です」グス 


つぐみ「お嬢と同じぐらい……もしかしたら、それ以上に、だけど」ヒグッ グスッ 


つぐみ「貴方を……切り捨でてまで……手に入れたいものじゃ、ながった、ですっ……」ボロ ボロボロ 



297: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:47:36.02 ID:QDWtMbLU0



クロード「……」 


クロード「……私はお前が、優秀なヒットマンになると信じて育てた」 


クロード「それだけだ」 


つぐみ「……」 


クロード「だが、それも見込み違いだったらしい」 


クロード「私の与えた名前を墓標に、ここでくたばれ、誠士郎」 


つぐみ「……」 


つぐみ(お嬢) 


つぐみ(ポーラ) 


つぐみ(橘万里花) 


つぐみ(……一条、楽) 


つぐみ(ごめんなさい) 


つぐみ「……さよなら」 



298: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:48:10.21 ID:QDWtMbLU0








              バスッ 






299: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:49:11.04 ID:QDWtMbLU0


シュウウゥゥゥゥ 



つぐみ「……」 


つぐみ「……ぇ」 


つぐみ(右耳が凄く痛い……けど、撃たれたわけじゃない) 


つぐみ(……弾痕?) 


クロード「……」クルッ 


つぐみ「……クロード様」 


クロード「……ビーハイブのルーキー、”黒虎(ブラックタイガー)”誠士郎は、たった今俺が殺した」 


クロード「その残りカスがどこへ消えようと、俺の知った事ではない」 


クロード「とっとと失せろ」 


つぐみ「……クロード様」 


クロード「失せろ!!!」 


つぐみ「……ありがとう、ございます」 


つぐみ「さようならっ……!!!」ダダダッ 



300: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:50:02.28 ID:QDWtMbLU0



カチッ  シュボッ 


クロード「……ふぅ」 


ポーラ「……まったく、我侭な娘を持つと、父親は大変ですね」 


クロード「……俺を殺しに来たのか、ポーラ」 


ポーラ「……何故、そう思われるので?」 


クロード「俺は俺自身のエゴで、殺し屋候補のガキを贔屓し育てた」 


クロード「お前からすれば、さぞかし腹の立つ話だろうよ」 


ポーラ「ご冗談を」フフ 


ポーラ「私は私自身で築き上げた、今の世界を結構気に入ってるんです」 


クロード「……そう、か」 


ポーラ「……それにね」 


クロード「?」 


ポーラ「私の分の仕返しは、ある人に代わりをお任せしてますから」 


クロード「ある人……?」 


ポーラ「……」 


クロード「……」 


???「……」 


301: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:51:39.09 ID:QDWtMbLU0



クロード「……ぽ、ぽぽぽポーラ、貴様、お前、まさか」 


ポーラ「すみませぇん、私、組織に忠誠を誓っておりますのでぇ」 


ポーラ「より上位の命令には背くことができないんですぅ。本当に、ごめんなさい」ニパッ 


クロード「……」 


???「……ねぇ、クロード」 


クロード「……はい」 


千棘「ポーラから全部聞いたんだけど」 


千棘「……まずは、ありがとうね」 


千棘「私の事、本気で守ってくれようとしてくれていたんだよね」 


クロード「……私の行動はすべてお嬢のための」 


千棘「だけどね」 


千棘「私だって、いつまでも子供じゃない。子供でいたくないの」 


千棘「知るのが辛いことであっても、私は私の意志でそれを知りたい」 


千棘「知って、悩んで苦しんで、それでも選んだ選択なら、きっと後悔せずに受け入れる事が出来る」 


千棘「そうでなきゃ、いつまで経っても私は、私になれないよ」 


クロード「……お嬢」 


302: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:53:05.22 ID:QDWtMbLU0




千棘「……でもね」 


千棘「そんな貴方のおかげで」 


千棘「つぐみは私があげたリボンを引きちぎっちゃうくらい悩んで苦しんだし」 


千棘「私は、つぐみと、私の最愛の相手が、二人っきりで私の一番の親友を助けに行く場面を、何も知らずに見送る羽目になっちゃったのよねー……」 


クロード「……」カタカタカタ 


千棘「あーあ。心が痛いなー。寂しいなー、悔しいなー、切ないなー」 


クロード「……」 


千棘「ねえ、これって誰のせいかな、ポーラ?」 


ポーラ「クロード様ではないでしょうか」 


クロード「……」カタカタカタカタ 


千棘「……ねえ、クロード」 


千棘「貴方の事、嫌いじゃないのよ。酷い事はしたくないの」 


クロード「……はい」 


千棘「……だから、私のために」 


千棘「私の鉄拳、一発限りでいいから、避けずに食らって下さるかしら……?」 


クロード「御い 










                       ズボッシャアアアアアアアアアアアア!!!!! 






303: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:54:18.85 ID:QDWtMbLU0


~ 午後6時59分 凡矢理駅東口前広場 ~ 



楽「……」 


羽「……」 


夜「……」 


羽「……」チラ 


楽「……」 


タッタッタッ タッ タッ 


楽「……よう」 


つぐみ「……待たせたな」 


羽「……」ハァ 



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  




つぐみ「……それでこの監視か」 


つぐみ「憎悪の視線で、体中に穴が開きそうだ」ハァ 


楽(……今更ながら、よく無事だったな俺) 


つぐみ「ともかく大丈夫だ。私は予定通り、お前と共に行く」 


つぐみ「邪魔をするというのならば……」チラリ 


羽「……大丈夫よ、つぐみちゃん。私だって自分の生徒が助かるなら、それが一番良いもの」 


つぐみ「では……」 


304: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:55:01.75 ID:QDWtMbLU0



羽「だけどつぐみちゃん、ちょっと迂闊よ」 


羽「学生二人がこんな時間に、大荷物を抱えて神粍町なんて、どうやって行くつもりだったのかしら」 


つぐみ「……電車を使うつもりでした。”テンパンチ”の関係者と偽れば、そう不確実な話では……」 


羽「ダメよぉ。途中の駅で補導されたらどうするつもり?」 


つぐみ「……羽先生には、関係の無いことでしょう」 


羽「待って待って、私も意地悪でこんな話をしたんじゃないの」 


ブオン ブロロロロロロ ブオンブオン 


つぐみ「あ……」 


羽「……少しは大人を頼りにしてみても、バチは当たらないでしょ?」ニコッ 


楽「……羽姉だって、俺らと大して歳、変わんねーだろ」 


羽「……運転は私じゃないから、大丈夫よ?」 


夜「……乗る、乗らない、はっきりするヨロシ」イライライラ 


305: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:55:52.09 ID:QDWtMbLU0



~ 同日 PM11:21 神粍IC付近 飲酒検問 ~ 



警官1「はい、そのまま脇に寄って車を止めてくださーい」 


警官2「こんばん……ちょ、ちょっと運転手さん随分若いね!?」 


警官1「誰か大人は乗ってないのか……あっ。だめだよお姉さん、こんな女の子運転席に乗せちゃあ!!」 


夜「……私もう大人ネ」イライライライラ 


警官1「」ビクッ 


警官2「?どうしたんスか先輩。お嬢ちゃん、じゃあ運転免許証を見せてもらえるかな」 


夜「私の故郷、車の運転に免許要らないヨ」 


楽「わーっ!! わああーッ!!! ごめんなさいコイツまだ日本語よく分かってなくてッ」 


夜「……うっかり失敬。この前偽造してもらったばかりヨ」スッ 


警官2「」 


つぐみ(終わった) 


羽「……こらこら、また日本語間違えてる。”偽造”じゃなくて”発行”でしょう?」ゴゴゴゴゴゴゴ 


夜「」ビクッ 


夜「……オマワリサン許してヨ。私の故郷、なんでも偽造するから、まぎらわしかったネ」 


警官2「……あ、あは、あははははは……か、確認させていただきますね」ニコッ 


警官1「特に、厳重に、念入りにね」ニコッ 


楽「」 



306: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:56:50.61 ID:QDWtMbLU0



警官1「……確認が取れましたので、行ってもらって大丈夫です。ご協力ありがとうございました」 


夜「……謝々」ブオーン 




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  



警官1「……あの4人組、何か感じなかったか」 


警官2「……まあ、変な4人ではありましたけど」 


警官1「対応を間違ったら、俺達、全員死んでたかも知れんぞ」 


警官2「何すかソレ」ハハハ 


警官1「……それよりも、ぼちぼち本番だぞ。さっき、隣のICを通過したと連絡が入った」 


警官2「……ワケわかんねっすよねぇ……何でこんな田舎に向けて」 


警官1「さぁな。俺達は俺達の仕事をするだけだ。バリケードの準備始めるぞ」 


警官2「了解」 



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  



307: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:57:21.03 ID:QDWtMbLU0


羽「……楽勝だったでしょ?」ニコニコ 


夜「焼豚会の偽装技術は世界一。私の日本語も完璧アル」 


楽「ど こ が だ よ」 


つぐみ「……」グッタリ 


羽「つぐみちゃんも、疲れでぐったりしちゃってるみたいだし」 


つぐみ(違うが) 


羽「少しは楽ちゃん達の力に、なれた、かな」エヘヘ 


楽(正直電車の方がマシだった) 


羽「……」 


楽「……」 


羽「……ねえ、楽ちゃん」 


楽「うん?」 


羽「楽ちゃんはさ」 


羽「もし」 


羽「私が、こんな風にじゃなくって」 


羽「清楚で優しい、みんなのお姉さんとして、楽ちゃんに想いを告げていたら」 


羽「……」 


羽「楽ちゃんは、受け入れてくれた?」 



308: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:58:00.62 ID:QDWtMbLU0



楽「……」 


楽「どー、かな」 


楽「羽姉の年上ぶるところとか、口うるさいところとか、実は昔っからちょっと苦手だったんだよな」 


楽「皆にはゼータクだとか色々罵られるだろうけど、結局付き合ったりはしなかったと思うわ」 


楽「なんか、ごめんな羽姉」ハハハ 


羽「……そっ、か」 


楽「……おう」 


羽「……ありがとね、楽ちゃん」 


楽「……」 




~ PM11:42 神粍町 ”テンパンチ・プロジェクト”総本部付近 空き地 ~ 


つぐみ「……羽先生、ありがとうございました」 


羽「大丈夫だよ。私の代わりに、大事な教え子を助けに行ってくれるんだもん、このくらいは」 


つぐみ「……焼豚会の首領ともなれば、プライベートの都合で私兵の時間を割くような真似、簡単ではなかったはず」 


つぐみ「ましてや、組織に益のない、宗教団体との抗争など。派閥が黙ってはいなかったでしょう」 


楽「……羽姉」 


309: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:58:34.99 ID:QDWtMbLU0



羽「集英組を取り込めるって話があれば、少しは目があったんだけどね」 


羽「単なるプライベートのカチコミじゃ、運転手をこの子にお願いするぐらいで、精一杯」テヘ 


夜「……」ムスッ 


楽「……世話かけたな、羽姉」 


羽「だから、大丈夫だって。それよりもつぐみちゃん」 


つぐみ「はっ」 


羽「小咲ちゃん達と」 


羽「楽ちゃんのこと、よろしくね?」 


つぐみ「……」 


つぐみ「一命に、代えましても」 


羽「うーん、一命に代えて、じゃ困っちゃうんだけどなぁ」 


つぐみ「しかし……」 


羽「……じゃあ、余分な事を考えないように、つぐみちゃんにはこれをプレゼントしまーす」 





          チャリッ 




つぐみ「……この鍵は」 



310: 名無しさん 2015/08/18(火) 22:59:43.84 ID:QDWtMbLU0



羽「知っての通り、壊れちゃってるけどね。これからのつぐみちゃんには、きっと必要なモノだよ」 


羽「楽ちゃんにキッパリ振られちゃった、私と違って、ね?」ニコッ 


楽「……羽姉」 


羽「さ、さ。急がないと夜が明けちゃうよ。早く行った行った!」グイグイ 


つぐみ「……」 


楽「……」 


楽「羽姉」 


羽「うん?」 


楽「またな」 


羽「……うん」 




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  



つぐみ「……」 


楽「……」 


つぐみ「……頑張ったな、とでも、言ってやればいいのか?」 


楽「……放っとけよ」 


つぐみ「……」 


ポン ポン 


つぐみ「頑張ったな」 


楽「……へっ」スタ スタ スタ 



311: 名無しさん 2015/08/18(火) 23:00:17.53 ID:QDWtMbLU0



つぐみ「……」 




        ―― 「……今からでも、橘を愛してやると言うのなら、追いかけてやれ」 


        ―― 「そうでないならば、せめて」 


        ―― 「忘れてやれ」 


        ―― 「……それが、手を取らぬ者が与えていい、唯一の優しさだと、私は思う」 




つぐみ(……) 




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  




羽「……」 


夜「……生意気な餓鬼ネ」 


羽「……楽ちゃんは、いい子だよ?」 


夜「お前の事ヨ」 


夜「こんな辺鄙な片田舎のど真ん中、男に捨てられて一人。涙の一つでも流すほうがカワイゲアルヨ」 


羽「……」 


羽「……ぐすっ」 


羽「うっ、うえっ、うあ、うあうぅぅぅう…………」 


夜「……」ヤレヤレ 



312: 名無しさん 2015/08/18(火) 23:00:52.49 ID:QDWtMbLU0





              ~ つづく ~ 





313: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:43:26.62 ID:jQQ1wPqN0


「テンッ!」  『パンチッ!!』 


     「テンッ!」  『パンチッ!!』 


「テンッ!」  『パンチッ!!』 


     「テンッ!」  『パンチッ!!』 



るり「パンチっ!! パンチっ!! っはぁ、パンチッ!!」 


るり(……こんな締め切った部屋で、もう何時間こんなことしてるんだろ) 


るり(……疲れた) 


るり(……暑い) 
              


「テンッ!」  『パンチッ!!』 


     「テンッ!」  『パンチッ!!』 


「テンッ!」  『パンチッ!!』 


     「テンッ!」  『パンチッ!!』 


るり「はあっ、パンチっ、パンチっ」 


るり(施設に着くなり小咲と引き離されて、別のグループに入れられちゃった時も結構焦ったけど) 


るり(これはちょっと、厳しくなってきたっていうか……) 



314: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:44:11.93 ID:jQQ1wPqN0



るり(”対象を極限状態に置いて、自意識や倫理観をいったん滅茶苦茶にリセット”) 


るり(宗教団体じゃなくたって、警察や軍隊、本格的な学校の運動部だってやってるような、単純で浅はかな手口) 


るり(予備知識は、不足無いくらいに、勉強してきたけれど) 


るり(だけどっ、分かってたって、辛いものは、辛い……) 


スタッフ「おやー? 1213番さん、パンチから力が抜けちゃってますねぇ~」 


るり「……パンチッ、はあ、パンチッ」 


スタッフ「1213番さん」 


るり(……小咲、は、大丈夫、かしら) 


スタッフ「1213番さん!!!」グイッ!!! 


るり「っあ!!」 


るり(1213番、って、私のこと、だっけ?) 


スタッフ「はい皆さん、ストップ、ストップ、すとぉぉぉっぷ」 


   シーン 


スタッフ「いけませんよ1213番」ハァー 


るり「っ、ぜはっ、はっ、はあ、はあっ……」 



315: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:44:54.61 ID:jQQ1wPqN0



スタッフ「周りを御覧なさい。疲れているのは皆一緒なんです」 


参加者1「ふぅー……ふぅ」 


参加者2「……」ゴクゴク 


スタッフ「そんな中であなただけ疲れた様子を見せて、手を抜いているのでは、皆の気持ちを一つにすることなどできはしない」 


るり「っは、でも、私はっ」 


スタッフ「無理な事をお願いしているんじゃありません。皆で力を合わせて、皆で同じ目標に向かってパンチを捧げる」 


スタッフ「それが”お父様”と皆さんを繋ぐ、最初にして最大の絆なのですよ」 


参加者3「さっすが先輩、いい事仰る!!」 


参加者4「僕ももう待ちきれませんよ、早く次のパンチをしましょう、パンチッ、パンチッ!!」 


るり「……」 


るり(……”関係者に周りを囲ませて、一方的に人格を否定して――) 


スタッフ「……よし」 


スタッフ「せっかくの機会ですから、1213番にはステージに上がってもらって、皆に正しいパンチのアドバイスを貰うことにしましょうか」 


るり「……は?」 


スタッフ「さあ1213番、こちらへ」グイグイグイ 


るり「きゃっ、あっ、嫌、やめてっ」ズルズル 


ドサッ 


るり「ぐッ……」 



316: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:45:40.81 ID:jQQ1wPqN0



スタッフ「さあ、1213番」 


参加者5「早く立てよォ」 


参加者6「お前のパンチを見せてみろ! なァーんてね! ハハハハハ」 


参加者7「ワハハハハハハ」 


参加者「……」 


参加者「……」 


参加者「……」 


るり「ひッ……」 


参加者「……」 


参加者「……」 


参加者「……」 


るり「……」カタカタ 


るり「……ぱ、ぱんちっ、パンチッ、パンチッ!!!」 


参加者1「ちょっと腰が入ってないかなー。もうちょっとなんだけどね」 


参加者2「声が足りないよ!! 頑張って! ほら腹筋に力入れて!!」サワサワ 



317: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:49:06.55 ID:jQQ1wPqN0


るり「や、嫌、いやッ」 


スタッフ「おっと」ガシッ 


スタッフ「皆さんはあなたの為に心を尽くして指導をしてくれているんですよ」 


スタッフ「悲鳴を上げる元気があるなら、もっと力を込めてパンチを放ちなさい、さあ!」 


るり「うっ、ううっ、ぱん、パンチ、ぱん、ぱんちっ」 


参加者3「体勢が崩れているね、ほら背筋を伸ばして!!」サワサワ 


参加者4「パンチっ! パンチっ! パンチっ! パンチっ! 」 


るり「パンチっ、ぱんちっ、ぱんちっ、ぱん、ちっ 」 


るり(……やだ) 


るり(怖い、苦しい、暑い、疲れた、辛い) 


るり(もう、やだよ) 


るり(誰か、誰か) 


るり「……誰か」 


るり「助けてっ……!!」 



318: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:54:58.93 ID:jQQ1wPqN0












「止めたまえ、君達」 









319: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:58:11.14 ID:jQQ1wPqN0




参加者「!?!?!?!?!!?!?」ババッババッ 


スタッフ「あ、ぐ、ああ……!?」 


るり「っはっ!!」 ドサッ 


スタッフ「ど」 


スタッフ「どうして、貴方様が、ここに……」 


???「なに、僕の理想に共鳴してくれた皆が、こんなに遅くまで頑張っているんだ」 


???「僕も少しくらいは、力を分けてあげられないかと思ってね」ニカッ 


るり「はぁ、はぁ、はぁ……」 


るり「あな、た、は……」 


スタッフ「恐悦至極にございます」 





スタッフ「……”お父様”」 




320: 名無しさん 2015/09/05(土) 22:59:18.90 ID:jQQ1wPqN0




るり(……ああ) 


るり(この人が) 


るり(私を助けてくれた、この人が) 


るり(”テンパンチ・プロジェクト”の象徴的指導者) 


るり(……”お父様”) 


お父様「……宮本るり君、だね」 


るり「……なんで、私の、名前」 


お父様「家族に迎える子の名前を、覚えられない父親などいるものかね」ニイッ 


るり「……家族なんて、そんな」 


お父様「重荷に思わないで欲しい。あくまで僕にとって、君は家族同時に大事な存在なんだ」ギュッ 


るり「きゃっ」 


お父様「……すまなかった。私の力が足りないばかりに」ギロッ 


スタッフ「」ビクッ 


参加者達「」ビクッ 


お父様「このような下衆な振る舞いを、見逃すような事になる……!!」 


スタッフ「お父様、違うのです、これはぶご」ゴシャア 


参加者2「い、ひ、いひいぃぃッ!!」ダダッ 


お父様「ごぉりゃあああァ!!!」ブオン 


参加者2「どふッ……」ズタァン 



321: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:00:12.12 ID:jQQ1wPqN0



るり「あ、お」 


るり「……おじさま、暴力は、そのぐらいで、私は大丈夫ですから」 


お父様「……彼女に感謝したまえ、君達」 


お父様「”テンパンチ・プロジェクト”の理念に背く行い、今後二度と看過せんぞ」 


スタッフ・参加者『ははァ~ッ!!』 


お父様「……申し訳ないね、宮本るり君」 


お父様「組織が肥大化してくると、こういう事が時折起きる。僕としても本意ではないんだが」 


るり「……そう、ですか」 


お父様「許してくれ、とは言わない。これもまた僕の罪だ」 


お父様「だがそれでも、僕は”テンパンチ・プロジェクト”を通じて、一人でも多くの人に、笑顔を与えたいと思っている」 


お父様「無論、宮本るり君、君にもね……あんな出来事の後で、何を調子の良い、と、思うかも知れないけれど」


るり「……おじさま、私は」 


お父様「嫌でなければ、”お父様”と呼んでくれると嬉しい。おかしな話だが、それ以外の名前は捨ててしまったのでね」ハハハ 


るり「……」 


るり「……」 


るり「……お、とう、さま……」 


お父様「……」ニコッ 



322: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:00:47.19 ID:jQQ1wPqN0


お父様「……君、彼女に冷たい飲み物を」 


スタッフ「はっ」タタタタッ 


お父様「少し休んだら、今日はもう寝なさい。既に本来の消灯時間は過ぎているしね」 


お父様「明日は僕直々に、新しく来た子達に話をする予定なんだ。今日みたいな出来事は、もう二度と起こさせないと誓うよ」 


お父様「もちろん君の友達、小野寺小咲ちゃんも一緒にね」ニコッ 


るり「小咲……小咲は大丈夫なんですか?」 


お父様「ああ。彼女はもう部屋で休んでいるよ。彼女の事は僕が保障する」 


スタッフ「失礼します。お飲み物、お持ちいたしました」スッ 


お父様「さあ、それを飲んで、今日はもうお休み。シャワールームも準備させよう」 


るり「……」 


お父様「……」ニコッ 


るり「……」ニコ 


るり「……」 




るり「……」コク 

323: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:01:43.10 ID:jQQ1wPqN0





『何ぁにが”お父様”だこんのクソジジイ!!!!!』ドサッ 







るり「」ブホッ 







『……ああ、もう!!!』スタッ 







るり「……」 


るり「つぐみ、さんと……」 


るり「……一条、くん……?」 




324: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:02:53.57 ID:jQQ1wPqN0



~ AM0:00 神粍町 ”テンパンチ・プロジェクト”総本部 2階西館”フェザー”室内 ~ 




るり「どうして……きゃ」ズイッ 


お父様「やあ、こんばんは。宮本るり君のお友達かな」 


楽「宮本。その飲み物持って今すぐこっちに来い」 


お父様「……」ギロッ 


つぐみ「だから、お前は何でそう勝手にッ!!」 


つぐみ「私が天井裏から奇襲をかけた後で宮本様の所に向かえと、何度も打ち合わせしただろうが!!」 


楽「二人を説得して連れ帰れば全ておしまいじゃねぇ、っつったのはつぐみだろ!?」 


楽「”テンパンチ”のやり口を一旦味わわせなくちゃ説得できない、って話は我慢するさ、でもよ」 


楽「確実に証拠を手に入れるために、宮本にドリンクを飲ませてから突入しろ、なんて話、納得できるわけねーだろ」 


楽「信用されなきゃ、宮本は一緒に帰ってくれやしない、当たり前だ!!」 


つぐみ「……」チッ 


楽「宮本いいかよく聞け、そのドリンクには多分お前を洗脳するための薬物が入ってる!!」 


楽「中毒にならない程度の弱い薬と洗脳カリキュラムで、知らず知らずのうちにのめりこませる典型的なカルト宗教の囲い込み方」 


楽「……らしいぞ」 


楽「そのドリンクは警察に渡せる証拠になる、証拠があれば警察だって動いてくれる」 


楽「テンパンチの善悪を決めるのはそれからでも遅くはねーだろ!?」 


楽「俺達を信じてくれ、頼む宮本ッ!!!」 


325: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:04:04.35 ID:jQQ1wPqN0



るり「……」チラ 


お父様「……」ニコ 


つぐみ(自分に不利な発言や行動は、敢えて沈黙で聞き流す……) 


つぐみ(……流石に教祖、こんな状況でも動揺をちっとも見せない) 


つぐみ(せめて取り乱して暴れるなり、手下に暴れさせるなりしてくれれば、こちらにもやりようがあると言うのに……) 


楽「宮本、頼む、宮本ッ!!」 


るり「……」 


お父様「……もし彼を哀れに思うなら、彼の所に行ってくれても、構わないよ」ニコ 


るり「……えっ」 


お父様「僕はるり君、君の事を家族だと思っている」 


お父様「もちろん君の友達、小野寺小咲君のことも、ね」 


るり「」ビクッ 


お父様「だからこそ、僕は君の決断を信頼する、それだけさ」ニコニコ 


楽「耳を貸すな宮本!! 宮本がここを離れなければ、逆に小野寺もここから離れられない」 


楽「このまま”テンパンチ”の思い通りになり続ける気かよ!!」 


お父様「……」 


るり「……」 



326: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:04:54.44 ID:jQQ1wPqN0



るり「……一条君」 


楽「……おう」 


るり「……貴方は、間違っている」 


楽「……」 


お父様「……」ニヤ 


るり「もし私と小咲を、ここから連れ出せたとして」 


るり「それから貴方はどうするの?」 


るり「私は」 


るり「小咲を救う事ができなかった」 


るり「だから、小咲と一緒に堕ちた、ただそれだけ」 


るり「……そして、お父様に救われた」 


お父様「……」 


るり「ねえ一条君、私は、多分小咲も、今のままで幸せになれると思うわ」 


るり「少しくらい洗脳をしていようが、薬を使っていようが、それがなんなの?」 


るり「引き換えに手に入る小さな幸せは、それだけは本当に在るって言うのに、どうしてわざわざ、あなたに壊されなくちゃいけないの?」 


るり「貴方が、代わりに小咲を、幸せにできるわけでもないクセにッ!!!!」 



327: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:05:46.52 ID:jQQ1wPqN0



楽「……」 





        ―― 「アンタは私のこと、救ってくれるのかな」 


        ―― 「汚くて、暗くて、臭くて醜い私の人生を、全部まるごと綺麗なキラキラに塗り替えてくれるぐらいの」 


        ―― 「人並みの愛と幸せを、アンタは、私にくれるのかな?」 







楽「……ああ」 


楽「今の宮本から見れば、俺は間違ってるのかも知れない」 


るり「……」 


楽「……それでも」 





        ―― 「何も難しい話じゃない。自分の望む仕事は、自分でやれと言うだけの話だ」 




        ―― 「例え資格があろうとなかろうと、俺は俺が決めたように、俺のやりたいようにやる」 





楽「俺はお前と小野寺を、ここから連れ出す」 


328: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:07:35.93 ID:jQQ1wPqN0



るり「……」 


楽「後の事なんて知らない。そのままにしておくのが正解なのかもしれない。ただの俺の、自己満足なのかも知れない」 


楽「だけど、これが俺だ」 


楽「ドジな所もあるし、頭も大して回らないし、不器用だし鈍感だし情けない奴だけど」 


楽「皆が好きだ、って、必要だ、って言ってくれた、俺なんだ」 


楽「だから俺は、俺が正しいって思うことをする」 


楽「だから、宮本も協力してくれ」 


楽「……頼む」 


お父様「……聞いていれば、随分と身勝手な話だね、君」 


楽「……」 


お父様「安心してくれ、るり君。君と小咲君の幸せは、僕が必ず与えてあげるから……」 


るり「……ありがとうございます、お父様」 



329: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:08:40.23 ID:jQQ1wPqN0



楽「……宮本」 


つぐみ(……止むを得ない、か)グッ 


るり「だけど」 



ダダッ 



お父様「!!」 


楽「みやも……むぎゅ」ドフッ 


るり「……幸せって、与えられるだけじゃ、ダメみたいなんですよね、どうやら」 





         ―― 「アンタのせいよ」 


         ―― 「アンタがボンクラだから」 


         ―― 「アンタがっ、救えなかったからっ、小咲はインチキ臭い宗教団体にひっかかってえっ」 


         ―― 「わだしが、その、ざいごの、背中を押すハメになったのよお゙っ……」 





るり「……例え間違っていても、小咲をより苦しめることになったとしても」 


るり「私は私が思うやり方で、小咲を救ってあげなきゃいけなかった」 


るり「そうじゃなきゃ、後悔するから」 


るり「……きっと、今みたいに」 


楽「……」 



330: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:09:38.96 ID:jQQ1wPqN0




るり「ごめんね、一条君」 


楽「……こちらこそ」 


お父様「……」 


スタッフ「……お父様」 


お父様「……やれ」 


スタッフ「は 


     ガシュブシュビシュバシュガコーン ドーン ベシャ 


スタッフ 「っ……はぁ!?」 


参加者達『うぉ……ぐう……あう……』 


お父様「」 


つぐみ「……時間を掛けすぎだ、一条楽。最初からこうしていれば楽だったのに」フゥ 


楽「はは、悪りぃな……だけど」 


つぐみ「ああ、分かってる」 


つぐみ「そんなお前だから、好きなんだ。私も、多分お嬢も」 


るり「」ブッ 


るり「あ、あ、あなた達突然何を……」 


楽「……帰ったらゆっくり話すよ」 


つぐみ「……できれば止めて欲しいんだが」カァァ 


楽「……了解」カァァ 


るり「……」イライラ 



331: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:11:30.01 ID:jQQ1wPqN0



つぐみ「だが、その前に始末を付けねばな」 


楽「ああ……!!」 


お父様「……止めておきなさい」 


お父様「少しは荒事の覚えがあるようだが、僕も元プロボクサーでね。人を傷つけるような真似はしたくないんだ」 


つぐみ「それは良かった、プロの殺し屋なら何回も殺しているが、元プロボクサーを手に掛けるのは初めてなんだ」カッ カッ カッ 


楽「つ、つぐみ、出来れば穏便に」 


つぐみ「知らんな。必死こいてこんな辺境くんだりまでやって来た上、散々待たされてやった仕事は雑魚散らし」 


つぐみ「私のストレスにも行き場を与えて貰わんと、今後の生活に影響が出る」カッ カッ カッ カッ 


お父様「……君、手始めに彼女の相手を」 


スタッフ「人を呼んで参ります、お父様、しばしお待ちを」ダダダダダダダダ 


お父様「――」 


つぐみ「……最期まで泣き喚かないその豪胆さだけは、評価してやろう」 


お父様「……小野寺、小咲」 


つぐみ「ああ、脅しに使うつもりならば無意味だぞ」 


つぐみ「文字通り、この建物の中をしらみ”潰し”に探させてもらう――!」 


楽「――止めろ、つぐみ!!!」 







お父様「――”おいで”」 




332: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:12:17.81 ID:jQQ1wPqN0





???「……はい」カチャ 




333: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:12:54.92 ID:jQQ1wPqN0



つぐみ「ぬぐ……ッ!!」 


楽「っ……!!」 


るり「……」 


るり「……小咲?」 


小野寺「……」ボー 


つぐみ「……やられた」 


楽「……小野寺」 


楽「おい」 


楽「どうしちまったんだよ」 


楽「頭のソレ、何だよ」 


楽「下ろせよ、なあ」 






楽「小野寺ッ……!!!」 





334: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:16:07.79 ID:jQQ1wPqN0



小野寺「……」 


るり「……つぐみさん」 


つぐみ「……」 


るり「”テンパンチ・プロジェクト”は、小咲に何をしたの?」 


るり「あんな」 


るり「自分の頭に拳銃を突きつけさせるような真似さえさせるような」 


るり「恐ろしい洗脳を施したって、そういうことなの?」 


つぐみ「……私にも、判断がつきかねます」 


つぐみ「命の取り合いに免疫のないタダの一般人を、こんな短期間で意のままに操るなど……」 


つぐみ「……私の見立てが甘かったと言う事か、クソッ……」 


お父様「……これで、形勢逆転かな」ニヤ 


信者達『ドヤドヤドヤドヤ』ダダダダダダッ 



335: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:18:34.49 ID:jQQ1wPqN0




楽「……おの、でら……」 


小野寺「……」 


つぐみ「……」チラ 


つぐみ(若い男ばかり10人ぐらい……手に持っているのもモデルガン、と言う訳ではないのだろうな) 


つぐみ(そして”お父様”と……小野寺様) 


つぐみ(殲滅するだけならば容易いかも知れんが、小野寺様が構える拳銃は、間違いなく本物) 


つぐみ(小野寺様が引き金を引くより早く、小野寺様を止めることは、おそらくできない……) 


るり「……小咲、どうしてなのよ」 


るり「桐崎さん達の事が大事だから、一条君の事が好きだから!! アンタは悩んでいたんじゃなかったの!?」 


るり「……ねえ、そうよね、銃を下ろしなさいよ、こっちに来て?」 


るり「貴女の安全さえ確保できれば、一条君達がきっと、貴女を受け止めてくれる」 


るり「私が間違ってた。間違ってる手段で、貴女を助けられると思っていた」 


るり「でも、やっぱり違うの」 


るり「お願い、小咲。私達にもう一度だけチャンスを頂戴」 


るり「お願いだから、戻ってきて、小咲……!!!」 


小野寺「……」 


お父様「撃鉄を上げなさい、小咲」 


小野寺「はい」カチャ 


るり「――!!」 



336: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:19:49.22 ID:jQQ1wPqN0


つぐみ「貴様ッ……!!」 


お父様「もう騒がない方がいい。申し訳ないが君達三人は、このまま捕らえさせてもらう事に決めたんだ」ニコニコ 


楽「……どうして」 


つぐみ「……」 


お父様「彼女は人一倍僕の”教え”をよく吸収してくれてね」 


お父様「代わりに色んな事も、僕に教えてくれたんだ……なあ、”集英組の一人息子”の一条楽君?」 


るり「アンタ……そんな事まで……」 


小野寺「……」 


お父様「一応の用心と言うことでね。君達が来た時のために準備はさせてもらっていたんだ」 


お父様「たった二人で……と言うのは想定外だったがね。おかげで最初は肝を冷やしたよ」ハハハハ 


お父様「……さあ、夜遊びはここまでだ」 


お父様「つぐみ君、と言ったかな。そこで服を全部脱いで、両足を衣服で縛ってこちらに這いずって来てくれ」 


お父様「……”凄腕のヒットマン”と聞いた時には眉に唾を塗りかけたものだが、先ほどの手管を見るとね」 


つぐみ(……チェックメイト、だな) 


つぐみ(クロード様は二人が人質として利用される可能性を危惧していたが、本人がここまで染まっていてはどうにもならん) 


つぐみ(……いや、こうなってしまっては、我々が使われる可能性の方を危惧するべきか) 


つぐみ(カルト教団と組織の反乱分子に、みすみす身代金を与える結果に……) 


つぐみ(……或いは……) 



337: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:21:09.89 ID:jQQ1wPqN0



楽「……小野寺、っ」 


お父様「……何かする気かね」 


楽「そう、見えますかね」ペッ 


楽「ご覧の通り怖くて震えて、どうしようもない有様ですよ」 


お父様「……君、彼の持ち物を調べてくれないか」 


信者「はっ」ダダッ 


楽「ばっ、うわっ、やめろッ」 


つぐみ「貴様ァ!!!」 


お父様「落ち着きなさい。荷物を調べるだけだよ。今はまだ、ね」 


お父様「それとも、今すぐ決着を付けた方が、君としては気が楽なのかな?」ニコニコ 


つぐみ「っ……」 


信者「……お父様、こちらを」 


お父様「……これは、変わった形の携帯電話だね。110番でもかけようとしていたのかな?」 


楽「……」 


お父様「だが分かってのとおり、無意味な話だよ。警察も令状なしに宗教法人の建物に突入してくるような真似はできない」 


お父様「あちらの準備が整う前に、君達を移動させればそれでおしまいさ。何の証拠も残らない」 


お父様「君もヤクザの息子ならば、少しは理解しておいたほうがいい」 


お父様「警察は正義の味方などではなく、法の番犬だ。よりルールに詳しい者の味方なんだよ」ニコニコ 


楽「……」ギリリッ 



338: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:22:04.28 ID:jQQ1wPqN0



お父様「……まあ、それでも不安要素が残るのは、私としても喜ばしくないからね」 


お父様「壊しておこうか」グシャ 


楽「……」ガク 


つぐみ「……一条楽、あれは」 


楽「ちょっと前に……ポーラから貰った、専用回線に通じる携帯電話、だそうだ」 


楽「……お前の事、心配してるんだってさ」 


つぐみ「……そう、か」 


つぐみ「だが、どの道無駄だったよ」 


つぐみ「私はポーラを、組織を裏切って、ここに立つ身だ」 


つぐみ「よしんば連絡が取れたとして、私達の事を助けに来てくれることなど、有り得ない……」 


るり「……ちょっと待って、どう言う事?」 


つぐみ「……宮本様と一条楽の騒ぎの後、一条楽は親父殿と縁を切って、家を出た」 


つぐみ「ここに宮本様がたを助けに来るのは、組織の方針に反していたので、私はビーハイブを抜けた」 


つぐみ「申し訳ありません、宮本様。私達にはもう、助けを求める後ろ盾が、ひとつも無いのです……」 


るり「……」 


るり「……そっ、か」 


つぐみ「ええ……」 


るり「……いいえ、違うの」 

339: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:22:48.15 ID:jQQ1wPqN0




るり「多分私達3人は、今までまったく同じことを、間違えていたんじゃないかな、って」 


つぐみ「……」 


楽「……」 


楽「……そう、だな」 


つぐみ「……一条楽、それはどういう、」 


楽「つぐみ、頼みがある」 


つぐみ「……言ってみろ」 








楽「ポーラのことを、呼んでくれ」 






340: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:23:55.77 ID:jQQ1wPqN0



つぐみ「……馬鹿馬鹿しい。今更お前に……」 


楽「違うんだよ、つぐみ」 


楽「俺達は全員、間違えていたんだ」 


つぐみ「……」 


楽「俺達はさ」 


楽「ヤクザだから、普通の世界の人とは仲良くしちゃいけないとか」 


楽「組織を裏切ったから、組織の人間には顔向けできない、とか」 


楽「同じ宗教を信じて寄り添っていないと、友達ではいられない、とか」 


楽「そんな形ばっかりの事に囚われて、本当に大事なことを忘れていたんだ……と、思う」 


つぐみ「……それ、は」 


楽「……俺にもうまく、説明できねーけどさ」 





    ―― 「……ねぇ」 


    ―― 「あたし、黒虎とあんたのやりとり、見てたんだよ……」 


    ―― 「地獄の果てまで飛んでくるー、なんてさぁ」 





楽「……ポーラはずっと、お前の事、心配してたんだ」 


楽「多分お前が呼べば、ポーラは俺達を……お前を助けに来てくれる」 


楽「俺達が見誤っていたのは、多分、そういう事なんだ」 



341: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:25:46.00 ID:jQQ1wPqN0



つぐみ「……」 


お父様「……お喋りは終わりかな? 」 


楽「もうちょっと待ってくれよ、オッサン」 


楽「ひとのケータイまでぶっ壊しておいて、まだ不安かよ。案外肝が小さいんだな」 


お父様「……」 


つぐみ(……) 




     ―― 「……あっ、そ」 


     ―― 「それなら私も、手ぇ貸してあげちゃおっかな」クルッ 


     ―― 「冴えないもやし小僧の護衛には、黒虎と白牙の二枚看板ぐらいで丁度いいと思わない?」ニィ 



つぐみ「……一条、」 




つぐみ「……楽」 



342: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:26:46.49 ID:jQQ1wPqN0




楽「……おう」 


つぐみ「私は」 


つぐみ「橘万里花の言葉に背中を押され」 


つぐみ「私のコイの為に、裏切った」 


つぐみ「組織を」 


つぐみ「クロード様を」 


つぐみ「ポーラを」 


つぐみ「……そして、お嬢を」 


楽「……ごめん」 


つぐみ「……私が、そうしなければいけないと、思ったんだ」 


つぐみ「私が組織の中で、お嬢の隣に居られるのは、私自身を代価に差し出しているから」 


つぐみ「私が何かを欲して、私自身のために何かをしようとするなら、それまでの全てを捨て去らねばならないと、思ったから」 


るり「……」 



343: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:27:41.11 ID:jQQ1wPqN0



つぐみ「……怖いんだ」 


つぐみ「もし私がポーラの名を呼んで、何も起こらなかったら」 


つぐみ「私には本当に、何も残らなかったって、思い知らされるのが怖いんだ」 


つぐみ「その現実と向き合いたくないから、お嬢に会わなかった」 


つぐみ「ポーラのことは、突き放した」 


つぐみ「クロード様の事を、殺してもかまわないとすら、一時は思った」 


つぐみ「”組織の殺し屋でなくなった私に、価値なんてない”って、言われたくなかったから」 


楽「……」 


つぐみ「……代わりに愛してくれ、とまでは言わん」 


つぐみ「ただ、一つだけお願いがある」 


楽「……」 


つぐみ「私の手を、握っていてくれ」 


楽「……ああ」 


ギュッ 


つぐみ「……」 


楽「……」 





スウッ 





344: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:28:38.83 ID:jQQ1wPqN0










つぐみ「助けてくれ、ポーラああああああああああああぁぁぁぁッ!!!!」 









345: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:29:05.48 ID:jQQ1wPqN0









     ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!! 







346: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:29:38.29 ID:jQQ1wPqN0



???「あーあーあーあーあーもーもーもー!!!!」ダダダダダッ ガガガッ 


信者達『!?!?!?!!?』ガッ バスッ ドゴーン 


つぐみ「あ……あ」ガクッ 


???「ちょっとねえあんた一条楽ッ!!」グイッ 


楽「はひっ」グイッ 


???「アンタが直前で余計な事言い出すから、なんかタイミング計って突入したみたいになっちゃったじゃないのよ!!」 


楽「すみません」 


???「ちょっと勘違いしないでよねブラッ……つぐみッ!! 別にアンタに呼ばれるまで待ってたわけじゃなくっわぶっ!!」ギュッ 


つぐみ「っ……ううっ……」ギュウウウ 


つぐみ「……ありがとう」 


つぐみ「……ポーラ……!!」 


ポーラ「……大したこっちゃないわよ」ナデナデ 



347: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:30:22.58 ID:jQQ1wPqN0



チンピラ1「オラァ!! 坊ちゃんの敵はどこじゃあ!」ズォン!! 


チンピラ2「出入りじゃあ出入りじゃあ」 


チンピラ3「一発殴れば人殺し、10に分ければバラバラ殺人、擦って流せば不法投棄じゃぞ、ぉお!?」オラオラ 


るり「……あちらの方々は」 


楽「……えっ、と」 


親父「……情けねぇツラしやがって」 


楽「……おや、じ」 


親父「勘違いすんじゃねえぞ」ペッ 


親父「よそ様からお願いされなけりゃ、お前みたいなクソガキ助けに来るつもりなんぞ……」 


???「ちょっと、ケンカは最後にしてください、ってお願いしたでしょう!?」 


親父「……おう」 


楽「あ……」 


るり「あ、あなた、どうして」 


???「そういうのもいいから!! 親玉はどこなの!?」 


るり「……えっ、と」チラ 


???「ふぅん」テクテク 


348: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:31:04.98 ID:jQQ1wPqN0



楽「あっ、おい止せ、そいつはっ」 


お父様「……どうやら私にも、運が向いてきたようだ」 


お父様「君は小野寺小咲君の友達で、ビーハイブのボスの一人娘だったね」 


お父様「君さえ人質になってくれれば、私は……」 


???「……ビーハイブ流星拳」ボソッ 


お父様「?」 




                 ズボシュ 



お父様「」 


千棘「……相手は死ぬ」ペッ 


楽「……」 




349: 名無しさん 2015/09/05(土) 23:31:30.54 ID:jQQ1wPqN0



            ~ つづく ~ 




353: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:36:08.06 ID:ToiP/4130



~ 前日 PM6:45(つぐみ桐崎邸侵入の頃) 桐崎邸 桐崎千棘 自室 ~ 



千棘「……これ、って……」 


ポーラ「お嬢様が、黒虎に与えたリボンです」 


ポーラ「……任務の後、黒虎本人がズタズタに千切った後、捨てるに捨てられなかったのか、クローゼットの奥に仕舞い込んでいました」 


千棘「……どうして」 


ポーラ「何故知っているのか、と言う問いでしたら、黒虎の様子がおかしかったので、別れたフリをして後をつけ、様子を観察していました」 


ポーラ「何故このような事を、と言う問いでしたら、黒虎にしか分からないことです」 


ポーラ「……あるいは、黒虎自身にも、分からないのかもしれませんが」 


千棘「……」ギリリッ 


ポーラ「……その後の黒虎と一条楽の行動については、申し上げたとおりです」 


ポーラ「これから黒虎は、この屋敷に装備品を取りに戻り、一条楽と共にテンパンチ・プロジェクトの総本山に乗り込むと思われます」 


ポーラ「しかしそれは、ビーハイブに背く行い。クロード様が見逃すはずも無い」 


ポーラ「組織に、クロード様に阻まれ、黒虎の計画は失敗する。そうなる前に私は、お嬢様の部屋に忍び込み、全てをお伝えした次第でございます」 


千棘「……」 


ポーラ「……お嬢様にすべての顛末を申し伝えた事、こうしてお嬢様の私室に忍び入っている事実」 


ポーラ「すべて私の独断専行です」 


ポーラ「覚悟はできています。然るべき処罰を」 


千棘「黙りなさい」 


ポーラ「……」 



354: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:36:37.97 ID:ToiP/4130



千棘「……」 


千棘「ポーラ」 


ポーラ「はっ」 


千棘「……何が望みなの?」 


千棘「温室暮らしの憎たらしいお嬢様に、現実を思い知らせてやりたい、って言うだけの話にしては」 


千棘「……アンタ、辛そうな顔してるわよ」 


ポーラ「……」 


ポーラ「……黒虎に、言われました」 


ポーラ「自分の果たせなかった幸せを、他人に投影して叶えるような真似は、やめろと」 


千棘「……」 


ポーラ「ですが、違うのです」 


ポーラ「私は」 


ポーラ「……私、は」 


千棘「……」 



355: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:37:19.45 ID:ToiP/4130



ポーラ「……好きなんです」 


ポーラ「ずっと憧れだった黒虎も、千棘お嬢様も、一条楽も、学校の皆も」 


ポーラ「例え、いつか手放さなければいけないものだとしても」 


ポーラ「私は、この生温い世界が、大好きなんです」 


ポーラ「……私は、殺し屋としての生き方を、変えたくありませんし、変えられません」 


ポーラ「だけど、黒虎はそうじゃなかった」 


ポーラ「黒虎は」 


ポーラ「暗くて汚い、ドブ川の底みたいな殺し屋の世界に生きて、生き続けてなお」 




    ―― 「……アンタ、何とも思わないの?」 


    ―― 「こんな日に、こんな……」 


    ―― 「……いや、別に何も」 


    ―― 「……あっ、そ」 



356: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:38:00.02 ID:ToiP/4130


ポーラ「ドブの底で野垂れ死ぬ野良猫みたいな運命を、受け入れて、それでも」 



    ―― 「……自分でも、よくわからない」 


    ―― 「どのみち、形になる事のない想いだからな、辛く思う時もあるけれど」 


    ―― 「ふとしたことで暖かい、優しい気持ちになれるコトも、いっぱいあるんだ」 



ポーラ「誰かを愛して、誰かに愛されて、そんな生き方がっ、まだっ、だからっ!!!」 



    ―― 『お嬢の仕事は』 


    ―― 『……疲れた家族の為に、不恰好なパンプキン・パイを焼いてやる事だ』 


    ―― 『キッチンシンクの下に何匹ネズミがいて、飼い猫が何匹殺したかなど、知る必要は一生ない』 




ポーラ「……知ってあげて、ほしいんです」 


ポーラ「そしてっ……」 



357: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:38:34.47 ID:ToiP/4130



千棘「……もういいわ、ポーラ」 


ポーラ「お嬢様ッ!!」 


千棘「私は”もういい”と言っているの」 


ポーラ「……はっ」 


千棘「……」 


千棘「……ポーラ」グイッ 


ポーラ「……お、お嬢様、」 


千棘「……貴女の望み、叶えてあげるわ」 


千棘「だから、私だけに忠誠を誓いなさい」 


千棘「ビーハイブじゃなくて、ただ私自身に、命を賭けて仕える事をここで誓いなさい」 


ポーラ「……どうする、おつもりで」 


千棘「……決まってんでしょ」 


千棘「あんたの願いを、叶えてやるのよ」 


千棘「私なりの、やり方でね……!!」 



358: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:39:12.03 ID:ToiP/4130



~ 現在 神粍町 ”テンパンチ・プロジェクト”総本部 2階西館”フェザー”室内 ~  



るり「……それで、集英組の人達も巻き込んで、私達の事を連れ戻しに……?」 


千棘「うん、そーゆーコト。怖い思いさせちゃって、ごめんね」 


るり「いいえ。来てくれて、嬉しかったわ。本当に」 


るり「……だけど、大丈夫なの? ビーハイブは組織として、私達への関与を認めなかったんじゃ」 


千棘「……パパと直接話して、我侭、聞いてもらったの」 


るり「……」 


千棘「めんど臭い話を始めたトコで、2,3発ブン殴ったら、今動けるビーハイブの人間、全員任せてくれたわ……」 


るり「……そ、そう……」 


千棘「本当はもっともっとこっちに向かってるんだけど、みんなで移動するのって結構大変なのね」 


千棘「改めて、パパやクロードを見直しちゃったわ」ハァ 


るり「……?」 


359: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:39:49.44 ID:ToiP/4130



~ 同時刻 神粍IC付近 飲酒検問(正式名:「暴力団関係者多数接近に対する緊急検問警戒 ポイント6」) ~  



  ブオンブオン   パーパー     プアー 


       ドルン ドルルルルン    ギャー ワーワー 



警官1「……それで、この重いダンボールは」 


インテリ風ヤクザ「ですから、真空パックされた備長炭ですよ。使うまで湿気ないように封をしてあるんです」 


警官1「では中身を」 


コワモテヤクザ「お巡りよォ、テメエ話聞いてねぇのかよおぉオオ!?」 


コワモテ2「湿気っちまうっつってんだろうがよオラァ!! テメェが明日朝炭に火が一個一個付くまで世話してくれんのかよあぁ!?」 


警官1「それは……しかしですね」 


コワモテ3「しかしもカカシもないわなァ!! ええわ開けてやるわ、そん代わりテメエ非番でワシらのバーベキュー場来るんやぞ」 


警官2「いえっ、止めてください、それは」 


コワモテ4「ガタガタガタガタ煩いヤツじゃのォ!!! テメエが開けろ言うたんちゃうんかオラア!!!」 


コワモテ2「開けないで居ても進ませない! 開けようとすりゃあ文句垂れて止める!! これ不当拘留じゃぞお巡りさんよォ」 


コワモテ3「令状も無しになァ!! なぁどういう法的根拠でワシらの足止めしてるんじゃ!! 出るトコ出てもええんやぞ今から」 


警官2「まあまあまあまあ……」 


警官1「……」 



  ブオンブオン   オラオラー     プアー 

   ビーハイブノアニキカオイロワルイッスヨ          

             ワタシノコトハ ホッテオケ 

       ドルン ドルルルルン    ギャー ワーワー 

 ハヨセイヤー      イテコマスゾー      ボッチャーン 



警官1(……どこまで続くんだ、この車列はよォ……) 



360: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:40:46.40 ID:ToiP/4130


~ 神粍町 ”テンパンチ・プロジェクト”総本部 2階西館”フェザー”室内 ~ 


親父「……」 


楽「……」 


親父「……”こんなことなら、最初っから組の人間を頼ればよかった”」 


親父「なんて、下らねぇ後悔してんじゃねェだろうな」 


楽「……悪いかよ」ゴヅッ 


楽「っ痛ってェ……!!」 


親父「男がテメェの決断を、軽々しく引っくり返すんじゃねェや」 


楽「……俺の名誉なんざ、どーでも良いんだ」 


楽「俺が下らねェ意地さえ張らなけりゃ、誰も危険にさらす事なんて、なかったハズだっつーのに……!!」ギリリッ 


親父「……」 


親父「ガキが生意気言いやがる」 


楽「……放っとけよ」 


親父「……」 


親父「気に食わねえってんなら」 


親父「テメェで、力付けろや」 


楽「……」 


楽「おう」 



361: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:41:21.23 ID:ToiP/4130


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  


楽「……それで、小野寺は」 


チンピラ1「……すんません、坊っちゃん。突入のドサクサで見失って、それっきりで……」 


るり「……仕方ないわよ、一条君」 


るり「テンパンチの信者達を建物の外に出したりしたら、警察が来て厄介な事になるわ」 


るり「外を固めながら、慎重に探していかないと……」 


チンピラ1「あ、いや。そっちの方はある程度大丈夫でして」 


るり「……え?」 


チンピラ1「何と言うか、そのぉ……」チラッ 



362: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:42:00.33 ID:ToiP/4130

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  


信者A「お姉様」ハハーッ 


信者B「お姉様の誕生だ」ハハーッ 


信者C「お姉様、お姉様!!」ハハーッ 


千棘「ちょ、ちょ、ちょっと何なのよアンタ達」 


信者D「ご謙遜なさらないでください、お姉様」 


信者E「我らが父と崇めていた男、お父様を一撃の下に粉砕した御力、御見事にございました」 


信者F「その上、かのような荒くれ者どもを指先一つで操られるその深遠なるカリスマ」 


信者G「我々は感服し、思い知りました」 


信者H「”この御方こそが、我等を真に導く救世の使者である”と!!」 


信者I「お姉様に感謝を!!」 


信者達『感謝を!!』ウ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ !! 


千棘「……」 


千棘「……ポーラ」 


ポーラ「……意のままに動く手駒は、多いに越した事はないかと」ニコ 


千棘「……」 


千棘「……我ガ言ノ葉ハ救世ノ導キ也」 


信者達『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!』 


千棘「……」 


363: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:42:50.30 ID:ToiP/4130

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  


楽「……」ボーゼン 


るり「……馬鹿らしいわ、ホント……」ハァ 


チンピラ1「そんな訳で、この部屋の信者はどうにかなっとるんですが」 


チンピラ1「一応外部の警戒もせにゃなりませんし、この建物、半ば迷路みたいな構造になっとって、捜索に時間がかかっとるんですわ」 


チンピラ1「まだ頭数も十分に揃っとりゃしませんし、今から山狩りを始めるのは……」 


つぐみ「……私が行く」スクッ 


楽「……いや、つぐみはここで待っててくれよ。俺が、」 


るり「……止めたほうがいいわ、一条君」 


楽「どうして」 


るり「あの時の小咲は、一条君の事を前にしても、まったく動揺してなかった」 


るり「つまり、一条君が小咲を見つけたとしても、一条君に小咲を止められるアドバンテージは無い」 


るり「……引き金より早く動く自信はある?」 


楽「……」 


るり「それに、この事態を知らない信者にあなたが襲われたりしたら、事態がまたややこしくなるわ」 


るり「ここはつぐみさんや、ポーラさん達に任せましょう」 


364: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:43:35.02 ID:ToiP/4130


るり「……そうすべきよね、桐崎さん?」 


千棘「……そ、そうね……」ゼェゼェ 


ポーラ「適切な判断です、お嬢様」 


ポーラ「この状況で一条楽が小野寺小咲を救い出せば、ほぼ間違いなく恋愛関係が成立します。つぐみを行かせ妨害を図れば」シュッ ババッ 


千棘「……次は当てるわよ」ゴゴゴゴ 


ポーラ「……差出がましい真似を。失礼しまし」 バゴッ 


ポーラ「……っ痛たぁ……何すんのっ」 


つぐみ「……ポーラ」ゴゴゴゴゴゴゴ 


ポーラ「申し訳ありませんでした」 


つぐみ「……」ハァ 





365: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:44:08.53 ID:ToiP/4130



千棘「……つぐみ」 


つぐみ「……はい」 


千棘「ニセコイの事、知っちゃったんだ」 


つぐみ「……はい」 


千棘「……で、私の気持ち、ダーリ……楽に、バラしちゃったってホント?」 


つぐみ「……はい」 


千棘「その勢いで、楽に告白したって言うのは」 


つぐみ「……全て、本当の事です」 


つぐみ「罰は、如何様にも……」 


千棘「……やめよう、そういうの」 


千棘「ビーハイブ、もう抜けちゃったんでしょ」 


千棘「私につぐみを罰する資格なんて、もう無いよ」 


千棘「それに私も、同じくらい貴女を傷つけてきたから……おあいこ」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……お嬢、私は」 


千棘「……”お嬢”も、もう止めて」 


つぐみ「……」 



366: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:44:46.42 ID:ToiP/4130


千棘「……」 


千棘「……ねえ、つぐみ」 


つぐみ「……はい」 


千棘「私、ずっと悩んでいたの」 


千棘「万里花や小咲ちゃんと遊びに行った、あの日から」 


千棘「ううん、つぐみが鍵の本当の持ち主かもしれない、なんて話が出た時から」 


千棘「……あるいは、もっともっと前から気づいていたのに、目を逸らしてただけなのかもしれない」 


千棘「つぐみの事を大切な友達だって言いながら、いろんな隠し事をしたり」 


千棘「つぐみの幸せを願いながら、従者として仕えさせている現実」 


千棘「口では甘い事を言いながら、結局つぐみに色んな事を我慢させてる矛盾を、私はずっと考えずにいた」 


つぐみ「……私は、そんなっ」 


千棘「わだしはッ!!!」グスッ 


千棘「……私は、色んな物に、ずーっと、ずーっと、守られてきたの」 


千棘「お父様に、クロードに、つぐみに、ポーラに、ビーハイブのみんなに、守られてきたの」 


千棘「だけど、それはもうおしまい」 


千棘「……私が、そう決めたの」 


つぐみ「……」 



367: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:45:33.84 ID:ToiP/4130



千棘「……」 


千棘「……ねえ」クルッ 


千棘「誰か、タバコ吸う人居る? ライター貸して欲しいんだけど」 


親父「……ほらよ」スッ 


千棘「……ありがとうございます」スッ 


つぐみ「……お嬢、そのリボンは、私の!!」 


千棘「……」シュボッ 


つぐみ「あ……っ」 


メラメラメラ 


メラメラ 


ポトッ 


つぐみ「……そん、な………」 


千棘「……」 


千棘「……ね、つぐみ」 


つぐみ「……はい」 


千棘「今まで、ごめんなさい」ドゲザ 


つぐみ「お……っ、千棘様ッ!?」ダダダッ 


千棘「……お願いだから、このまま、話を聞いて」 


つぐみ「しかしっ、私はこんな事っ!!」 


千棘「……分かってる」 


千棘「分かってるから」 


千棘「私が、こうしなくちゃいけないの」 


つぐみ「……」 


368: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:46:16.74 ID:ToiP/4130



千棘「……あのね、つぐみ」 


千棘「私は、一条楽が好き。大好き」 


千棘「だけどね」 


千棘「……貴女の事も、ほんとうに、大好きなの」 


つぐみ「……私だって……っ!!」ガシッ 


つぐみ「お嬢の、千棘様の事が、好きに決まっています」 


つぐみ「従者とか、ボディガードとか、そんな事を抜きにしたって、だからッ!!」 


千棘「……」 


千棘「だから、私に遠慮するんでしょう?」 


千棘「遠慮して、耐え切れなくなって、私から、離れて行ってしまうんでしょう?」 


つぐみ「それはっ……」 


千棘「私は、そんなのイヤ」 


つぐみ「……」 



369: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:47:07.12 ID:ToiP/4130


千棘「……だから、ね」 


千棘「……お願い、つぐみ」 


千棘「貴女がもし、もし許してくれるなら」 


千棘「今度こそ、本当に」 


千棘「対等で、何でも話せる」 


千棘「一番の友達に、なって欲しいの」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……あ、あの……」チラ 


楽「……」ソワソワ 


るり「……」ボーゼン 


ポーラ「……」ヤレヤレ 


つぐみ「……」 







千棘「……」 


つぐみ「……」フゥ 







つぐみ「……私でよければ、喜んで」ニコ 







370: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:47:53.09 ID:ToiP/4130


千棘「ふんじばってでも連れてくるんだからね、分かった!?」 


つぐみ「お任せくださ……」 


千棘「」ギロッ 


つぐみ「……任せておけ、ち、とげ………………さま」 


千棘「むう」 


千棘「これからはコイのライバルになるって言うのに、そんな及び腰で大丈夫なの?」ムスッ 


るり「……」 


楽「……えーと、あの、俺の意思って」 


親父「……楽」 


楽「……あんだよ」 


親父「……諦めは、逃げじゃねえぞ」 


楽「……」 


371: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:48:33.41 ID:ToiP/4130


つぐみ「……一条、楽」 


楽「……ああ、悪ぃ、水差しちまったな」 


楽「小野寺の事、よろしく頼む」 


楽「全て任せる以上……どんな結果になったって、俺は、受け入れるつもりだから」 


千棘「……」 


つぐみ「……ああ」 


つぐみ「上手く出来るかは、わからないが」 


つぐみ「私なりの、方法で……」 


るり「……それって、どういう」 


ポーラ「……」グイッ 


るり「むぐ……」 


つぐみ「……それでは、皆さんこの部屋に固まっていてください。決してポーラの傍を離れないように」 


ポーラ「こっちは任せときなさいな。下手打つんじゃないわよ」 


楽「……」コクッ 


るり「~~~」ムームー 


372: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:49:34.04 ID:ToiP/4130


千棘「……」 


千棘「……つぐみ」 


つぐみ「……はい」 


千棘「これ、あげるわ」 



              チャリッ チャリン 



つぐみ「……どうして」 


千棘「リボン燃やしちゃったからね。その代わりと」 


千棘「……その」 


つぐみ「……?」 


千棘「……~~~ッ!!」 


千棘「ハンデみたいなもんよッ!」クルッ 


千棘「私はそんなちゃっちぃ鍵が無くったって、正々堂々アンタや小咲ちゃん達と戦って」 


千棘「クソもやし野郎の心ぐらい、掴み取って見せるんだから」 


千棘「だから……」 


千棘「……だから」 


千棘「ちゃんと、帰って来なさいよ」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……ああ」 


つぐみ「約束するよ」 






つぐみ「千棘」 






373: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:50:15.33 ID:ToiP/4130





 シュタタタタ タタタ タタタッ  スタタタッ    ターン 


狂信者「ぐぶっ」ドサッ 


つぐみ「……」 


タタタタタタッ 


つぐみ(……) 


つぐみ(……すまない、千棘) 


つぐみ(……すまない、一条楽) 



つぐみ(私は、私の信じたやり方で) 


つぐみ(小野寺小咲を) 










つぐみ(殺す) 







374: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:53:12.24 ID:ToiP/4130


~ AM1:00 神粍町 ”テンパンチ・プロジェクト”総本部 屋上 ~ 


トボ トボ トボ 


???「……」 


ガチャッ 


???「!?」 


つぐみ「建物外周はビーハイブと集英組が固めていて、敷地の外には出られない」 


つぐみ「ほとんどの信者とは昨日今日が初対面、誰を信じられるわけでもない」 


つぐみ「隠し部屋やトイレに一人、閉じこもるような勇気もない」 


つぐみ「逃げて、逃げて、ただ逃げるばかり。それが貴様の本性だ」 


つぐみ「それさえ理解していれば、貴様の逃げた先を推測する事など、造作もない……」 


小野寺「……!!」カチ 


              タンッ 


小野寺「……ぐっ」カチャーン 


小野寺「ああああああああああああああ痛い痛い痛い痛いああああああああああっ!!!」ジタバタ 


つぐみ「勘違いしているな、小野寺小咲」 


つぐみ「私は、お前が引き金を引くより先に”動けない”ワケではない」 


つぐみ「宮本様や、一条楽が目の前に居なければ」 


つぐみ「言い換えれば」 


つぐみ「”貴様を傷つけることさえできるならば”」 


つぐみ「貴様の動きを封じて、自殺させない事など、たやすい」 


つぐみ「動くな。次は二の腕を撃ち抜く」 



375: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:53:44.73 ID:ToiP/4130


小野寺「ひっ、あひっ、ひいっ」ズルズル 



               タァン!! 



小野寺「ぎゃああああっ!?」ドサッ 


つぐみ「動くなと言ったぞ」ツカ ツカ 


つぐみ「傷を増やすと言い訳が面倒だ。弾が尽きる前に言う事を聞け」 


小野寺「うっ、ううっ、ううううっ」 


つぐみ「……そうだ、貴様は知らなかったようだが」 


ガボッ 


つぐみ「拳銃で自殺するときにはなァ、こうやって銃身を咥え込まなきゃ、頭蓋骨で弾が逃げるんだ」グリグリ 


小野寺「ぐっ、ごっ、ごぼっ、おえっ」ジタバタ 


つぐみ「……或いは、そんなに死にたいなら、このまま撃ってやろうか?」 


つぐみ「千棘や一条楽には、見つけた時には死んでいたと、尻でもつねりながら報告してやるさ……」 


小野寺「ぐっ、ぐ、ううっ……」カタカタ 


小野寺「……」ダラン 


376: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:54:24.57 ID:ToiP/4130



つぐみ「……」 


つぐみ「……なァ、小野寺小咲」 


つぐみ「いつまでその猿芝居を続けるつもりなんだ」 








つぐみ「貴様、本当は洗脳など、されてはいないのだろう?」 








小野寺「……」 


つぐみ「何とか……言えよッ!!!」ゲシッ 


小野寺「ばぶっ……ぐっ、げほ、げほげほげほっ!!」 



377: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:55:14.25 ID:ToiP/4130



つぐみ「……」 


小野寺「……」ズル ズル ズル カチャ 


つぐみ「……」 


つぐみ「……そうかい」ザッ ザッ 


つぐみ「そこまで意地を張るというなら」グイッ 


小野寺「ぅぐっ!!」ビィーン 







つぐみ「こんな玩具みたいな鍵、もう要らないよなァ!!!」ブチイッ!! 







小野寺「やめてええええええええええっ!!!!」バッ グイッ!! 






378: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:55:44.56 ID:ToiP/4130


つぐみ「っ!!」ババッ 


小野寺「……ふう、ふうっ、ふっ、ふーっ、ふーっ……」ギュッ ガタガタガタ 


つぐみ「……ようやく猿芝居を止める気になったか」チッ 


小野寺「……ふーっ、ふーっ」フイ 


つぐみ「……何を考えて、あのような真似をした」 


小野寺「っ、ふーっ……」 


小野寺「……つぐ、つぐみちゃんには、分からないよっ」 


小野寺「ケンカも強くて、しっかりしていて、自分の進む道を自分で決められるつぐみちゃんには」 


小野寺「弱くてみみっちい私の考え方なんて、絶対に、わかんない」 


379: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:56:17.07 ID:ToiP/4130


~ 二日前 夜 神粍町 ”テンパンチ・プロジェクト”本館四階 ”父の間” ~ 


お父様「……それでは君は、弱い自分を友達に見せたくなくて、逃げてしまったと言うのだね」 


小野寺「……そう、です」 


お父様「月並みなアドバイスで悪いが、気に病むことはないよ。誰しも、失敗をせずに生きてきた奴などいないさ」 


お父様「もちろん、この私も含めてね」ニコ 


小野寺「……お父様」 


お父様「”テンパンチ”を立ち上げるまでに、私は色々な失敗をしてきたし、沢山の人を泣かせてきた」 


お父様「後悔して泣き崩れるのは容易い」 


お父様「しかし、我々の人生は、そこで終わりじゃない。どんな最悪の失敗をした後も、当たり前のように続いていくんだ」 


お父様「その全てを後悔で埋めるような事は、絶対にしたくない」 


お父様「……そう思って僕は、”テンパンチ・プロジェクト”を立ち上げたんだ」 


お父様「全ての過去に、さよならを告げて、ね」 


小野寺「……無理です、私には……」 


380: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:56:43.06 ID:ToiP/4130


お父様「……過去と決別する事は、罪ではないよ、小野寺小咲君」 


小野寺「えっ」ドキッ 


お父様「君が過去と向き合い続けている間、過去もまた、君の事を見つめ続けている」 


お父様「心配を、かけているんじゃないかな」 


小野寺「……」 


小野寺「……過去と、決別」 


小野寺「……一条君達に、嫌われるようなことをすれば、もうこれ以上、迷惑をかけずに済む……?」 


お父様「一つの考え方かもしれないね」ニコ 


お父様「なに、いつまでも嫌われたままでいることもないさ」 


お父様「君が”テンパンチ”で新たな人間のステージに昇華され自立した後で、再び手を取り合えばいいじゃないか」 


お父様「君の友達もきっと、喜んでくれるはずだよ」 


小野寺「……」 


お父様「さあ、ゆっくりと聞かせておくれ」 


お父様「君と、君の友達の、長い長いお話を……」 


381: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:57:23.27 ID:ToiP/4130

~ 現在 神粍町 ”テンパンチ・プロジェクト”総本部 屋上 ~ 


小野寺「……お父様の話は、変だと思ったよ」フーッ フーッ 


小野寺「飲まされた飲み物も変な味がしたし、気持ち悪いとも思った」 


小野寺「だけど、身を任せると、とっても楽になれるの」 


小野寺「こんな私でも、許されているような気分になって、お父様の言う事が、実は正しかったような気がしてっ」 


小野寺「……馬鹿だよね、情けないよね」 


小野寺「こんな事したってっ!! 一条君は、私の事見捨てるはずないのにっ!!」 


小野寺「そういう人だからこそ、私、苦しかったはずなのに」 


小野寺「そんな人、だからっ……」グスッ 


小野寺「……好ぎになった、はず、なのにっ……」ボロ ポロポロ 


つぐみ「……」 


つぐみ「……小野寺小咲、聞け」 


小野寺「……」 


つぐみ「……小野寺小咲」 


つぐみ「私は、貴様が思うような、強い人間ではない」 


小野寺「そんなのッ!!」 



382: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:58:19.15 ID:ToiP/4130


つぐみ「……私は」 


つぐみ「私は、一条楽の事を愛している」 


小野寺「……」 


小野寺「……えっ?」 


つぐみ「笑える話だろう? 命を賭して敬愛している主のコイビトに、懸想する殺し屋などと」 


つぐみ「私自身、認めるつもりはなかった。自分自身を、誤魔化していたと言ってもいい」 


つぐみ「……逃げていたんだ、私も」 


小野寺「……」 


つぐみ「組織の人間としては、正しい、当たり前の行動だ、しかし」 


つぐみ「私は逃げていた」 


つぐみ「自分の本当の気持ちから」 


つぐみ「それより、なによりも」 


つぐみ「……お嬢と向き合う事から、逃げていた」 


つぐみ「友達と言うなら、信頼し合っている関係だと言うならば」 


つぐみ「……この胸の内、欠片でも、明かすべきだったはずなのに……」 


小野寺「……」 


383: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:59:15.34 ID:ToiP/4130


つぐみ「……そして、私は逃げた」 


つぐみ「自分は殺し屋で、組織のコマなのだから」 


つぐみ「こんな気持ちを抱くのは、最初から間違いだったのだと」 


つぐみ「人に恋心を抱くなど、自分には許されない、分不相応な夢だったのだと」 


つぐみ「そんな風に言い聞かせて、自分を誤魔化した」 


つぐみ「人を愛するとか、人を信じるとか、そんなキラキラした感情を抱く事は」 


つぐみ「貴様や千棘、一条楽のような」 


つぐみ「穢れた世界や、醜い争いとは無縁な、キラキラした世界に生きる者にしか、許されないコトなのだと」 


つぐみ「私のように、両手全身を血に染めた、争い戦う事しか知らぬ生き物には、必要ないコトなのだと」 


つぐみ「そう思い込んで、逃げ出したんだよ、私は!」 


小野寺「……」 


384: 名無しさん 2015/10/11(日) 23:59:42.16 ID:ToiP/4130


つぐみ「……」 


つぐみ「……けれど」 


つぐみ「違ったんだ」 


つぐみ「コイの幸せを」 


つぐみ「キラキラした感情を」 


つぐみ「自分が、本当に望む未来を」 


つぐみ「手にするために、必要なコトは」 


つぐみ「優しさなんかじゃない」 


つぐみ「諦めなんかじゃない」 


つぐみ「……お前達の見せてくれた、平和な日常なんかでもない!!」 


385: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:00:09.03 ID:SJdQJekm0












つぐみ「戦いなんだよ、小野寺小咲ッ!!!」 










386: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:00:39.18 ID:SJdQJekm0


小野寺「……」 


つぐみ「本当に欲しい”何か”に手を伸ばすためには」 


つぐみ「戦わなくては、いけないんだ」 


つぐみ「今まで愛したもの、大事なものを踏みつけて、牙を剥いて刃を突きつけてなお、躊躇することなく」 


つぐみ「戦って、奪い取らなければ、ならないんだ……」 


小野寺「……」 


小野寺「……つぐみちゃんの言ってる事」 


小野寺「わけ、わかんないよ」 


小野寺「そんなに一条君のことが欲しいなら、一条君の事だけ追いかけていれば良いじゃない」 


小野寺「私の事なんて、放っておいたっていいじゃない」 


小野寺「わけわかんないよ!!」 


小野寺「わたしは! 誰にも迷惑かけたくなくって!! ひたすら一人で、誰にも迷惑かかんないとこに逃げたかっただけなのにッ!!!」 


小野寺「何で私が、勝手に追っかけてきたつぐみちゃんに撃たれて、怒鳴られなくちゃいけないの!?」 


小野寺「私の事なんてもう放っておいて!! つぐみちゃんだって戦う相手が減るならその方がいいんじゃないの!?」 


小野寺「帰ってよっ!! そして、私の知らないところで、皆で勝手に幸せにでもなんでもなってればいいじゃないッ!!!」 


387: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:01:11.64 ID:SJdQJekm0


つぐみ「……それは無理な話だ、小野寺小咲」 


つぐみ「私は貴様と、戦わなくてはならない」 


つぐみ「私は貴様や一条楽、千棘達と過ごす、当たり前で、それでいて尊い日常の中で」 


つぐみ「貴様と正々堂々戦って、完膚なきまでに叩き潰して」 


つぐみ「一条楽の心に巣食う貴様を粉々に粉砕して、貴様から一条楽を奪い取らなくてはならない」 


つぐみ「……わからんだろうが、小野寺小咲」 



     ―― 「人同士の関係性というものは、約束事や結論だけを元に出来上がるのではないと、改めて気づかされたよ」 


     ―― 「その合間にある、お嬢や小野寺様、そしてお前達と過ごす、日常の尊さのようなものを」 


     ―― 「全く理解しないまま、その秘密だけ暴き出そうと言うのは、少しばかり破廉恥だった」 



つぐみ「私の求める”日常”の中には、貴様もまた、必要な存在なんだ」 


つぐみ「だから、貴様を舞台から降ろすわけにはいかない」 


つぐみ「小野寺小咲」 


つぐみ「戻って来い」 


つぐみ「そして、無様に私に敗北しろ」 


つぐみ「その為に、私は貴様を連れ戻す」 


つぐみ「どんな手段を使っても……!!」 


388: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:01:50.16 ID:SJdQJekm0


小野寺「……は、はは、なるほどね」 


小野寺「つぐみちゃん、一条君の前でいいカッコしたいから、私を連れ戻したいって、そういうこと、なのかな」 


つぐみ「……」 


小野寺「でも、馬鹿にしないで。私だって、お父様から、いっぱい教えてもらってるんだもん」 


小野寺「逆洗脳、って言うんでしょ?」 


小野寺「ショッキングな出来事で頭の中身を一旦ぐちゃぐちゃにしてから、新しい情報を流し込んで考え方を操っちゃうって」 


小野寺「拳銃で私を撃ったら、私がパニックを起こして、いいように操れるようになるとでもっ、思っているんでしょっ!!」 


小野寺「甘いよッ!! 私はつぐみちゃんなんかに騙されたりしないっ!」 


小野寺「つぐみちゃんがそういうつもりなら、私はっ」 


小野寺「つぐみちゃんをっ、こっ、こっ、殺してっ、私はここから出て行くっ」 


小野寺「もう、きっ、決めたんだからっ」 


小野寺「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!!!」カチャ ガタガタガタガタ 


つぐみ「……」ズイ ズイ スッ 


小野寺「こ、来な、ッ」 






         ダンッ!!! 






小野寺「……」 


小野寺「……っ、う、あ……?」 



389: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:02:33.32 ID:SJdQJekm0



つぐみ「……づっ……」 シュウウウ 


小野寺「……つ」 


小野寺「つぐみちゃん」 


小野寺「なんで……!?」 


つぐみ「なんで、は、無いだろう、小野寺小咲」 


つぐみ「貴様の銃を持つ手が、みっともないほどに震えていたから」 


つぐみ「手本を示してやったまでのこと」 


小野寺「だ、だからって、なんで」 


小野寺「自分で自分を撃つのよ……!!」 


つぐみ「……脚の一本撃ったくらいで、何をそんなにビクついているんだ、っ」 


つぐみ「貴様が狙おうとしているのは、ココ、だろうがっ……!!」グイッ 


小野寺「ひゃああああっ!?」 


つぐみ「きちんと狙え、小野寺小咲!!」グイッ 


小野寺「ひ、ひ、ひっ」カタカタ 


つぐみ「……そうだ、そこが私の心臓だ。僅かに左に寄ってはいるが、その実ほぼ体幹の中心部にあるのが特徴だな」 


つぐみ「女の場合乳房で、男の場合胸筋によって弾が食い込みづらい恐れがある。下乳か鳩尾の辺りに銃口を当てれば失敗が少ない」 


つぐみ「そら、後は引き金を引くだけだ。簡単だろう?」 



390: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:03:27.57 ID:SJdQJekm0


小野寺「……っ、ううっ、うううっ」 


小野寺「……」 


小野寺「……つぐみ、ちゃん」 


小野寺「つぐみちゃん、頭、おかしいよ……」 


つぐみ「……」 


小野寺「私もたいがい、おかしくなっちゃったと思っていたけど」 


小野寺「あなたは本当に狂ってる」 


小野寺「たかだか高校生同士の、ひとつのコイのやりとりのために、どうしてここまでするの?」 


小野寺「……私には、理解できない」 


つぐみ「……そのたかだか高校生のコイ一つのために、自爆テロ紛いの奇行に走った貴様に、説教をされたくはないな」 


小野寺「……」 


つぐみ「……なぁ、小野寺小咲」 


つぐみ「貴様も、戦え」 


つぐみ「逃げ出したいなら、ここで私を殺して、どこへでも去ればいい」 


つぐみ「その度胸がないのなら、私に隷属しろ」 


つぐみ「後ろめたさとみっともなさを背負って、無様に足掻きながら、私達の居る日常に戻って来い」 



391: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:03:59.05 ID:SJdQJekm0


小野寺「……やだ」 


小野寺「どっちも、嫌だよ、わたし……」 


つぐみ「貴様を想い、皆が苦しんでいるんだ」 


つぐみ「……逃げ道など、とうに無い」 


つぐみ「代償を払わずに、楽になれると思うな……!!」 


小野寺「……」 


小野寺「……」 


小野寺「……ぅ」 


小野寺「う、う、うぅ、う」 



392: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:04:27.04 ID:SJdQJekm0


小野寺「うわあああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!」 









       ダンッ 













                         ドサッ 





393: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:04:57.47 ID:SJdQJekm0






















394: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:05:40.42 ID:SJdQJekm0


~ 数年後 ~ 




ガタタン ガタタン タタン 


『……つぎはぁ、ぼんやり、凡矢理……』 


集「……」 


集「……ん」 


集「……次、か……」 





395: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:06:43.84 ID:SJdQJekm0


集(……あの日) 


集(羽先生に話を聞かされた、あの日から) 


集(俺はずっと、ずっと悩んでた) 


集(……もちろん、楽との付き合いをどうするべきか、なんて、つまんない話についてじゃない) 


集(だって、考えるまでもない話だ。俺は絶対にアイツの味方で、アイツはきっと、ずっと俺の味方だから) 


集(ポッと出の可愛い先生にちょっといじめられた位で、俺の気持ちは微塵も揺るがなかった) 


集(……だけど) 


集(あの日から、アイツと、アイツの周りの世界が、ほんの少しだけ歪んでしまったように見えて) 


集(……どうしていいか、わからなくなって) 


集(そして、ある日の朝、いつも通り教室に顔を出したら) 


集(誰も、居なくなってた) 


集(万里花ちゃんも、羽先生も) 


集(るりちゃんも、小野寺も) 


集(千棘ちゃんも、誠士郎ちゃんも) 


集(……そして、楽も) 


396: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:07:43.47 ID:SJdQJekm0



集(……周りから色んなコトを聞かれたような気もするし) 


集(今考えれば、春ちゃんやポーラちゃんのところに行って、話を聞く事もできたと思うけど) 


集(あの日の俺は、そのまままっすぐ家に帰って) 





集(学校を辞めた) 





集(……何日か部屋の中で、ぼーっと引きこもった後) 


集(親に我侭を言って、今まで名前も聞いた事のなかったような遠い遠い町に、一人で引っ越して) 


集(馬鹿みたいに勉強して、大検を取って、結構いい大学に入った) 


集(元々勉強は苦手じゃなかったし、とにかく何も考えたくて、必死に勉強したから、特に苦労したような覚えは無くて) 


集(そのまま俺は、俺の事を誰も知らないところで、まあまあ楽しい生活を送った) 


集(新しい友達もできたし、サークル活動も充実してた。色んなアルバイトをやって、恋人もできたし、失恋もした)


集(出会いがあって別れがあって、笑ったり泣いたりして、平凡だけどあったかい、楽しい時間を過ごして) 


集(瞬く間に時が過ぎて、俺も大人になって) 


集(うっすらと、これからの俺の人生とか、やりたい事について、ふと考えてみたとき) 


集(俺は) 











集(皆の事を、ちっとも忘れられてない自分に、気がついた) 









397: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:08:28.78 ID:SJdQJekm0



パン ポーン 


集「……うん、今改札出たトコ。夜には帰るよ」 


集「……うん、久しぶりに、友達と。うん、そう、うん……」 


集「……心配ないって。何年も帰ってなかったのは悪かったけどさ、大丈夫……」 





集(……できる限り、色んな所を探して回った) 


集(さすがにビーハイブのあるアメリカや、焼豚会のある中国のスラム街までは、行けなかったけど) 


集(日本国内、北から南まで、あるいはインターネット、新聞、警察の行方不明者情報なんかも調べて) 


集(フリーライターの真似事みたいなこともして、それでも、皆の足取りは、全く掴めなくて) 


集(……) 


集(できれば、凡矢理には、帰りたくなかったけど) 


集(今、こうしている間にも、胸が締め付けられるようで、たまらないけど) 


集(……もう一度だけでいい) 


集(……もう一度だけ) 


集(会って、伝えなきゃ) 


集(そうしなきゃ、俺は……) 


集(……) 



398: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:09:42.06 ID:SJdQJekm0








集「……俺」 


集「何、やってんだろうな……」 









399: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:10:23.05 ID:SJdQJekm0



~ 凡矢理駅前 本海苔商店街 ~ 


  トボ トボ 


集(……) 


集(携帯も繋がらないし、家の電話番号なんて、実家の住所録でも調べないとわかんないよな) 


集(いきなり組の事務所を訪ねるのも気が引けるし、まずは……) 


集(……?) 

   

    ギャーギャー      アンタネェー 


       オチツイテクダサイ      オキャクサマ 


   ザケンジャナイワヨ     ワーワー 



集(……騒ぎ声……って、あそこは、確か) 


集(……小野寺の……!!) 



400: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:11:02.29 ID:SJdQJekm0


~ 凡矢理駅前 本海苔商店街 和菓子処「おのでら」 店内 ~ 


集(……)ソーッ 


クレーマー「だぁぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!!!! アンタんとこで買ったおはぎに、これが入ってたっつってんのよ!!!」 


集(何だありゃ……でかい……ゴ、ゴキブリ?!) 


クレーマー「うちの旦那半分以上口に入れちゃったんだからね?! ぴー・てぃー・えす・でぃーで寝込んで仕事にも行けないっつーのよ!!!」 


クレーマー「どうしてくれんのよ私達が飢え死にしたらアンタのせいですからね!? 責任取れんの!? あぁ!?!?!?!」 


女店主「……」 


集(……あれ、小野寺のお母さんじゃないよな、でも……) 


集(……何でもいいや、とりあえず仲裁に) 


女店主「少し、静かにしていただけませんか」 


女店主「クソババア」ボソッ 


集(……) 


集(……ん?) 


クレーマー「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? アンタ今なんてッ」 


女店主「申し訳ございません。他のお客様のご迷惑になりますので、店先でそのようなお話は困ります」 


クレーマー「あぁぁなぁぁぁたぁぁあねええええ!!!!!!!」 


女店主「……あの、お静かに願います。レシートか何か……」 


クレーマー「無かったらどうだっつぅのよ!!! 入っていたのよ!!! ゴキブリがあああぁ!!!!」ギャンギャン 

401: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:12:01.31 ID:SJdQJekm0

女店主「……」 


女店主「分かりました。ではそちらにお掛け下さい」 


クレーマー「はぁぁあ嗚呼あああああ!?!?!?!? そちらってアンタ床じゃないの馬鹿にしてんのッ」 


女店主「さっさと座れや」ギロッ 


クレーマー「ひッ……」 


女店主「……」ドスン 


女店主「ここで膝突き合わせて、じっくり話し合いましょうよ」 


女店主「和菓子屋におはぎで喧嘩売りに来てるんですから、それなりの準備と覚悟はお持ちですよね?」 


クレーマー「……なっ、何がよ、悪いのはアンタの店じゃっ……」 


女店主「……」 


女店主「は?」ギロッ 


クレーマー「……こ、こここ、この会話はっ、録音してるんですからねッ!!!」 


クレーマー「ご、ご近所と警察に、ばらまいてやるんだから……こんな店ッ、ぶっ潰してッ……」 


女店主「……試してみますか?」 


クレーマー「っ」ビクッ 


402: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:12:45.79 ID:SJdQJekm0


女店主「私もね、命の獲り合いに覚えが無いわけじゃないんです。これはその時の傷ですね」メクリッ 


女店主「そうそう、こっちもその時の」ヌギッ 


クレーマー「……な、あ」 


クレーマー「アンタ、何なのよッ……」 


女店主「ちなみに、そのとき、私」 







女店主「ひとり、殺してるんですよねぇ……」ニマァァァ 






403: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:13:19.73 ID:SJdQJekm0


クレーマー「……」ガタガタガタガタ 


女店主「……ねえ、自称お客様のクソババアさん」 


女店主「うちの店と、アンタのず太い神経」 


女店主「どっちが長く持ちますかねぇ……」ズイ ズイ ズイ 


クレーマー「……ひ」 


クレーマー「ひっ」 


クレーマー「ひいいいいいいいッ!!!!」ダダダダダッ 


ガタン ドンッ 


集「うおっ」ヨロッ 


バタン!! ガン!!!!! 


クレーマー「ひいいい……わぶっ」ボフッ 


ヤクザ風の男「……何や、ワレ」 


クレーマー「あ、あの、すみませ、あの、あ」 



404: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:13:58.35 ID:SJdQJekm0


ヤクザ風の男「……こいつや。オイ」 


手下風の男「へい」ガチャ ボスッ 


クレーマー「ぎゃっ」ドスッ バターン 


ヤクザ風の男「行くぞ」ガチャ バタン 


手下風の男「へい」ガチャ バタン 



ブロン ブロン ブオオオオーン…… 




集「……」 


カチャ キィィ 


女店主「……あ、いらっしゃいませ」ニコッ 


集「……」 


集「……あ、あの……」 


女店主「和菓子をお買い求めですか? 宜しければご案内を……って」 


女店主「なんだ、舞子君じゃない。久しぶり」ニコニコ 


集「……やっぱりか」 


集「できれば、間違いであって欲しかったんだけど……」 





集「……久しぶり、小野寺」ビクビク 




405: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:14:42.48 ID:SJdQJekm0

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  


小野寺「……そんなワケで、何とかお菓子も作れるようになってね。今は修行も兼ねて、店主の真似事してるってワケ」 


集「……さっきの啖呵は」 


小野寺「……色々、あったんだよ」 


小野寺「ほら、自営業って苦労が多いから。自然とこう、ね?」 


集(納得いかない) 


小野寺「って言うか、おはぎの作業工程で、丸のままのゴキブリが紛れ込むはずないなんて、小学生でも分かるハナシでさ」 


小野寺「ほんと、世間様の風当たりって、冗談抜きに強くて冷たいんだよぉ」ケラケラ 


集「……そ、っか」 


小野寺「……うん」 


小野寺「後は……学生時代の、ちょっとショッキングな体験のおかげでね」 


小野寺「他人よりちょっとだけ強く、生きてみようと思うようになったから」 


集「……ひとり、殺したって話?」 


小野寺「……やだなぁ、全部見られちゃってたんだ」テヘ 


集「……」 


406: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:15:40.17 ID:SJdQJekm0


小野寺「……あのね、そんなに重い話じゃないんだ」 


集「本当に殺したわけじゃないってコト?」 


小野寺「うーん……舞子君が考えてるような事件じゃないから、とりあえず安心して」 


集「……りょーかい」フゥ 


小野寺「……私が殺したのは、あの日までの、私自身」 


小野寺「死んだ気になって立ち向かえば、どんな重荷を背負ってたって、怖いことがあったって、逃げ出さなくても済むんだって」 


小野寺「ある人に教えてもらったから、それまでの私に、さよならしたんだ」 


集「……立派な奴もいたもんだな」 


小野寺「うん、私の恩人で、今でも一番の友達だよ」 


小野寺「……あの時殺しとけばよかった、って、時々思ったりもするけど」エヘヘ 


集「また、そんな冗談……」 


小野寺「……」 


集「……」 


小野寺「……」 


集「……で、で、でも正直ほんとにびっくりしたよ!! 小野寺、昔とだいぶイメージ変わったよなっ!!!」 


小野寺「ふふ、ありがと。舞子君も、ちょっと大人っぽくなって、ステキになったよ」ニコ 


集「」ドキッ 


小野寺「わ、赤くなって。うぶなんだー」ツンツン 


集(何か悔しい) 



407: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:16:39.02 ID:SJdQJekm0


小野寺「……それで、今日はどうしたの?」 


小野寺「何の目的もなく、わざわざ帰郷してきた、ってワケじゃあないんでしょ?」 


集「……」 


集「俺は、あの時の皆を……」 


小野寺「……」ジッ 


集「……」 


集「……やっぱ、わかる?」 


小野寺「……うん」 


小野寺「ちゃんと、お話しして?」ニコッ 


集「……」 


集「……俺は」 


集「楽を、捜してる」 


小野寺「そうなんだ」 


小野寺「惜しかったねー。30分くらい前に来てたよ」 


集「」ブッ 


集「……なんで?」 


小野寺「なんでって……常連だから」 


集「」ブフウッ 


408: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:17:39.66 ID:SJdQJekm0


集「だ、だってアイツ、この街から出て行ったんじゃ」 


小野寺「何ぁに言ってんの」ケラケラ 


小野寺「凡矢理市随一の指定暴力団”集英組”の若き組長、実力派の先代を後見人に持ち」 


小野寺「海外の組織にもぶっといパイプを張ってる極道界隈の超大型ルーキー」 


小野寺「一条楽の名前ぐらい、凡矢理市民なら幼稚園児でも知ってるよ?」 


小野寺「舞子君も、その筋から情報辿ってたら、すぐにでも見つけられただろうにね。残念残念」 


集「……なんで、そんな」 


集「だって、アイツは……」 


小野寺「……言ったでしょ。色々あったの」 


小野寺「私にも、一条君にも、みんなにも、ね」 


集「……」 


小野寺「見てたんでしょ、さっきのクソババアの末路」 


集「……まさか、あれって」 


小野寺「そ。集英組の人達だよ」 


小野寺「警察じゃ捕まえてくれないような悪い人を、この街から締め出すために、色々やってくれているの」 


小野寺「……”色々”の内容は、私にもよく、わからないんだけどね?」 


409: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:18:56.86 ID:SJdQJekm0

集「……大丈夫なのかよ、それ」 


小野寺「私には、わからないよ」 


小野寺「だってあの人達は、”お店とは関係ない人達”だから」 


集「……小野寺、お前」 


小野寺「……分かるかな、舞子君」 


小野寺「今の一条君は、そういうお仕事をする組織の、一番偉い人になってるの」 


小野寺「私はそんな一条君を受け入れて、同じ目線の世界に落ちたから、今でも一条君と仲良くしてる」 


小野寺「……つまんない感傷で、もう一度会いたい、なんて思ってるだけなら、このまま帰ったほうがいいと思うよ?」ニコニコ 


集「……」 


集「……俺は」 


小野寺「……うん」 


集「……それでも、楽に」 


集「楽に、会わなきゃいけないんだ」 


集「謝らなきゃ……俺っ……!!」 


小野寺「……」ハァ 


410: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:19:49.30 ID:SJdQJekm0


小野寺「……この時間なら、組の奥の間にいると思うよ」 


小野寺「手土産に、うちのおはぎでもどう? 大丈夫、ゴキブリなんて入ってないから」ニコッ 


集「……頼むよ」 


小野寺「まいどありぃ♪」 


集「……」ハァ 


集「……あれ、そういえば小野寺」 


小野寺「ふんふ~ん♪ ……なあに?」 


集「……例の鍵」 


集「首に提げるの、やめたんだな」 


小野寺「……舞子君、デリカシーないなぁ」ブゥ 


集「え……? だって小野寺、今でも楽と」 


小野寺「……一条君に会えば、全部わかるよ」 


小野寺「きっと……ね」 


411: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:20:29.53 ID:SJdQJekm0


~ 集英組 奥の間 ~ 


集「……」 


集(この奥に、楽が……) 


チンピラ1「……楽様がお許しになったからご案内しやしたが」 


チンピラ1「楽様の一のご学友でありながら、楽様が一番辛い時に手を差し伸べなかったアンタに、腹ぁ立てとる旧い衆も居やす」 


チンピラ1「……あるいは、楽様も、同じ思いかも知れやせん」 


集「……分かっている、つもりです」 


チンピラ1「でしょうな……そうでもなけりゃ今更、のうのうとこんな所に顔出そうたぁ思わんでしょう」 


チンピラ1「俺ぁアンタの男気、買いやすよ。……せいぜい、お気をつけて」 


集「……はい」 


ガラガラガラ 


チンピラ1「……お連れしやした」 


楽「おう、入りなよ」 


集「……」 



412: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:21:10.43 ID:SJdQJekm0

集「あ……」 


集「ああ……」 


楽「久しぶりだな、集」 


集「……っ、うう」 


楽「……どうした?」 


集「……っ」 


集「楽ッ!!」ダダダッ 


楽「あっ、おい止せ待てッ!!」 



       ダダダダダッ バッ シュタッ ズダーン!! 



集「げふっ!?」 


???「……動くな」 


楽「……あーもー」 


楽「筋モンの家ん中、しかも奥の間に来て急に走るなよ……撃たれても文句言えねーぞ……」 


集「がっ、ふっ、痛いっ、いっ、痛たたたたたたっ!!」 


楽「……つぐみも、もう離してやれよ。動きと持ちモンで、害意なんざ無ぇって分かってたんだろ?」 


つぐみ「……」ギュウウウウウ 


集「あででででででででッ!!」 


413: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:22:12.00 ID:SJdQJekm0


楽「……つぐみ!!」 


つぐみ「……わかった」パッ 


集「づうっ……ふう、ふうっ……」 


楽「何もそんな、意地悪してやらんでもいいだろうに」 


つぐみ「……楽は、脇と性根が甘すぎるんだ」フキフキ 


つぐみ「私が過敏に反応するくらいでなくては、バランスが取れん」フキフキ 


楽「……そっか。ありがとな」 


楽「でも俺は、ほんとに集の事なんて、恨んじゃ……わぶっ」ムギュ 


集「……ッ」ギュッ 


つぐみ「……やれやれ」ムスッ 


楽「ちょ、おい、集っ……」 


集「……楽」 


集「楽っ……」 


集「ごめん」グスッ 


集「今まで、ごべんなっ……!!」 


楽「……」 


楽「……いいってことよ」ポン ポン 



414: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:23:02.08 ID:SJdQJekm0

~ 集英組 応接室 ~ 


チンピラ1「……舞子様がお持ちくださった、”おのでら”のおはぎです」スッ 


楽「おう、サンキュな」 


つぐみ「……”Dear 一条君 いっぱい食べてね♪”とか彫りこまれた、ハート型のおはぎは混じっていなかったか」 


集「」ブフォ 


楽「……やんわり文句言っといたから大丈夫だよ。家庭が荒れるから勘弁してくれとも」 


つぐみ「どうだか……」 


楽「……いや、本当に荒れるだろ」 


つぐみ「……」 


楽「……お前が一番だよ、つぐみ」 


つぐみ「……」カァァァ 


集「……どういう経緯を辿れば、こんな結末に辿り着くんだよ……」 


楽「……まあ、その、色々あってな」ハハ 


楽「つぐみはビーハイブを足抜けして、今は俺の嫁、兼ボディーガード、ってトコなんだ」 


集「……そっか、ビーハイブを足抜けして……」 


集「……え?」 



415: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:23:59.18 ID:SJdQJekm0

つぐみ「……何だ」ギロッ 


集「ひっ」ビクッ 


楽「どうどう、どうどう」ナデナデ 


つぐみ「……」ギュッ 


集「……は、ははは……」 


楽「……色々あって、小野寺とつぐみが……」 


つぐみ「……」シュン 


楽「……つぐみと小野寺が」 


つぐみ「……」カァァァ 


集「……」 


楽「……つぐみと小野寺が、俺の事を奪い合うみたいな話になっちまってな」 


楽「つぐみはすっかりデレデレだし、小野寺は結婚式にも来てくれたのに、未だに時々俺の貞操狙ってるし」 


楽「ホント、参っちまうよ」ハハハ 


集「……そんな楽しそうな顔で、言うセリフじゃないだろ」フフ 


楽「……そうかもな」フフ 

416: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:25:05.70 ID:SJdQJekm0


つぐみ「……そうだ、楽。せっかくだから千棘にも連絡してやろう」 


集「」 


楽「おう、そうだな。今は日本に戻ってるんだっけ?」 


つぐみ「ああ。今朝方、例の総本部に着いたとメールが来ていた。良ければこのまま繋ぐが?」 


楽「ああ。プロジェクターに回してくれ」 


つぐみ「分かった」ピピッ 


集「……えっ、と?」 


楽「……つぐみがビーハイブを抜けて、二人はようやく対等の友達になれた、んだと」 


楽「お互い仕事があるから、なかなか会う事はできねーけど、時々テレビ電話とかで連絡取り合ってんだ」 


集「……へえ……」 



  プププッ プププッ プッ 



つぐみ「……繋がったぞ」 


楽「おう、サンキュ。久しぶりだな、千棘」 


千棘『よっすー。あっ、ほんとだ舞子君じゃない!! ねえねえ、ポーラ、るり、こっち来なさいよ!!』 


集「」 


ポーラ『御意』シュタッ 


るり『少々お待ちを……あ、舞子君。お久しぶり』ヒラヒラ 


417: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:26:16.88 ID:SJdQJekm0


集「……」アゼン 


つぐみ「……アホ面を晒してばかりだな。大丈夫か」 


集「……ん、まあ、一応……」 


楽「……つぐみが抜けた後、千棘の護衛にはポーラが付く事になった」 


楽「るりちゃんは、とある事件がきっかけで、この世界に足を踏み入れることになってさ。ビーハイブで翻訳と、経理の仕事やってる」 


楽「俺が集英組を継ぐって決めたのも、そん時の話で」 


集「……うん」 


楽「……同じ時に、とある新興宗教を暴力で乗っ取った千棘は、今は教祖様兼ビーハイブのボスやってる」 


集「……あっ、そう……」 


千棘『教祖役、未だに慣れないのよね……アメリカでドンパチやってる方がよっぽど気楽だわ……』 


ポーラ『”テン・パンチ”傘下の孤児院を慰問されているときの千棘様は、とても良い顔をなさっています』 


ポーラ『自身の優しさ、柔らかさを悪し様に否定して見せる癖は、なかなか改善なされませんようでっ』ヒュンッ 


千棘『……アンタの余計なクチを聞くクセも、なかなか直んないみたいだけどね……』イライラ 


ポーラ『これは差出がましい真似を。失礼致しました……』シュッ シュタッ 


千棘『このっ、このっ』ブオン フォン 


るり『……旦那様、旦那様ー。千棘様がまた暴走を……』 


418: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:27:19.90 ID:SJdQJekm0


集「……旦那様、って、桐崎の親父さん?」 


楽「……いや」 


???『お止めなさい、ハニー。ポーラには特殊な訓練をさせてはいるが、私より丈夫だと思わないほうがいい』


千棘『……分かってるわよ、ダーリン。ちゃんと加減して鎖骨折る』 


クロード『ああ。それでこそ私のハニーだ』チュッ 


千棘『ありがと、ダーリン』チュッ 


集「」 


つぐみ「……本当に大丈夫か?」 


集「……自信無くなってきた」 


楽「……千棘は事件の後少しして、クロードと付き合い出して、結婚したんだ」 


楽「お互いの組織にニセコイの話はバレてたし、それでも俺と千棘は良い友達でいたから、大した問題も起きなかったんだよな」 


楽「だから、つぐみをすんなり集英組に招き入れることもできたし、こうして結ばれることもできた」 


つぐみ「……」 


クロード『ごきげんよう、楽殿、つぐみ様』 


つぐみ「……ごきげんよう、千棘、クロード様……」 


楽「……」 


クロード『……』 


419: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:28:02.93 ID:SJdQJekm0


千棘『……ダーリン、いい加減その芝居やめなさいよ』 


千棘『アンタだって本当は、つぐみともっと話したいんでしょ?』 


クロード『ははっ、他所の奥方と話したいなどと、無粋な趣味は私にないよハニー。第一私は集英組と』 


千棘『マジ殴るわよ』 


クロード『……』 


つぐみ「……クロード、様」 


クロード『……楽殿』 


楽「……どうぞ」 


つぐみ「……」 


クロード『……』スウッ 


クロード『……せ』 


クロード『……いや、つぐみ』 


つぐみ「……はい」 


クロード『……その』 


クロード『……幸せそうで、何よりだ』フイ 


つぐみ「っ……!!」 


つぐみ「……ありがとう、ございますっ……!!」ウルッ 


千棘『……』ヤレヤレ 


ポーラ『……』ニヤニヤ 


るり『……』ニコニコ 


420: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:29:03.98 ID:SJdQJekm0


クロード『……部屋に戻る。失礼するよ、ハニー』ズイズイズイズイ 


千棘『あっ、ちょっと、待ちなさいよ、ダーリンっ……!!』ダダダダッ 


ポーラ『……あーあー』ニヤニヤ 


るり『……ごめんね、一条君、うちのボスがあんな感じだから、また掛け直すわ』 


楽「いや、大丈夫だよ。また今度、落ち着いたらでいいさ」 


るり『うん。小咲は元気?』 


楽「……相変わらずだよ」 


るり『……なら、安心ね』 


楽「ああ……でも、アメリカ戻る前に、こっち寄るんだろ?」 


るり『多分ね。千棘様も、楽しみにしてるみたいだし』 


楽「了解。待ってるよ」 


るり『ええ、それじゃあ、ね』  プツッ 


楽「ふぅ……」 


集「……皆、変わったな」 


楽「……そうでもあるし、そうでもない、かな」 


楽「俺も、千棘も、結局のところ、社会に弓引く厄介者、って事実自体は、なんにも変わっちゃいないんだ」 


楽「……小野寺のトコに寄ったなら、あのオバサンがさらわれてくトコも、見てたんじゃねーのか?」 


集「……ああ。あの人って……」 


楽「……」 


集「……いや、やっぱいい」 


楽「ん。そうしとけ」 


421: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:29:38.61 ID:SJdQJekm0

集「……」 


楽「お前がどう思うかは知らないし、世間様に言わせれば、とんでもない悪党集団、ってトコなんだろうが」 


楽「俺はこの道に入ったこと、後悔してないし、これからも突き進んでいくつもりだ」 


楽「……あれだけヤクザの仕事と生まれを否定してた俺が、そんな風になっちまったんだ。笑えるだろ?」 


楽「おかしいと思うだろ?」 


楽「変わっちまったと、思うだろ?」 


楽「……それでも俺が、俺達が、あの頃と同じように、笑い合えてるように見える、って言うなら」 


楽「それはきっと、俺の周りのみんなが、そうあるように力を尽くしてくれているってだけだよ」 


楽「……だから集、お前は……」 


集「……今更寒いこと、言わせんなよ」 


集「俺は」 


集「どんな事があったって、ずっとずっと」 


集「絶対に、お前の味方だよ」 








楽「……ありがとな、集」 




422: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:30:35.55 ID:SJdQJekm0


~ 元”テンパンチ・プロジェクト”総本山 本館四階”姉の間”前廊下 ~ 


ズイ ズイ ズイ ズイ 


千棘「はっ、はっ、はっ……もう、ダーリン、そんなに恥ずかしがらなくってもいいじゃない」 


クロード「……ああ言う事は、困ります。またポーラが調子付く……」 


千棘「あー、まあ、うーん……」 


千棘「でもあの子だって、ダーリンにとっては可愛い娘でしょ? ちょっとは可愛がってあげなさいよ」 


クロード「……甘やかさない愛と言うのもあるのですよ、ハニー」 


千棘「私はそういうの、きらーい。いっぱい甘やかしてよね、ダーリン♪」ムギュ 


クロード「……」 


クロード「……未練ですか、ハニー」 


千棘「……」 


千棘「……そんなんじゃ、ない、けど……」 


千棘「……」 


クロード「……」 


千棘「……今日はいっぱい、優しくして……?」 


クロード「……ええ、喜んで」ギュッ 


423: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:31:24.41 ID:SJdQJekm0


~ 夕刻 集英組 裏口 ~ 


楽「夕飯くらい、食って行ってくれてもいいのに。つぐみの飯、美味いんだぜ?」 


集「今日は遠慮しとくよ。この何年か、実家にも顔見せてないからさ」 


楽「親孝行か。俺もちっとは考えないとな」ハハハ 


集「……」 


集「……そう言えば、羽先生は?」 


楽「……俺も、あの頃から会ってない」 


楽「焼豚会自体は元気に活動してるみたいだし、時々ビーハイブやウチを助けてくれたりもするけど、本人とは話もしてないよ」 


楽「……羽姉なりの、ケジメなんだと思ってる」 


集「……」 


楽「……」 


集「……あの、さ」 


楽「……おう」 


424: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:32:17.29 ID:SJdQJekm0







集「俺」 







集「お前に、伝えなきゃいけない事があるんだ」 







425: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:32:57.46 ID:SJdQJekm0


~ 深夜 集英組 一条楽 寝室  ~ 



楽「……起きてるか?」 


つぐみ「……寝ていたとしても」 


つぐみ「お前に名前を呼ばれれば、すぐに覚めてしまうよ」ムギュ 


楽「ばっ、かでー」ツン 


つぐみ「……私は、本気だ」プイ 


楽「……知ってるよ」 


つぐみ「……ばか」 


楽「?」 


つぐみ「何でもない!」 




426: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:33:31.53 ID:SJdQJekm0



楽「……友達ってのは、いいモンだな」 


つぐみ「舞子集の事か?」 


つぐみ「……あいつは、特別だぞ」 


楽「……分かってるよ」 


楽「小野寺も、宮本も、お前にとってのポーラも、きっと」 


楽「世界に二人といない、得難い友達だよ」 


つぐみ「……私は?」ブゥ 


楽「最愛の人」 


つぐみ「~~~♪」 



427: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:34:35.71 ID:SJdQJekm0


楽「……初めての夜の事、覚えてるか?」 


つぐみ「もう忘れろ」 


楽「鬼気迫る表情の、裸のつぐみに抱きつかれて、丸々一晩拘束された状態で朝を迎えたっけな」 


つぐみ「思い出すんじゃない」 


楽「その後こっそり小野寺んトコ行って、二人で雑誌読みながら手技手管を練習したとか」 


つぐみ「貴様それをどこから!!」 


楽「小野寺にこっそり怒られた。ちゃんとリードしてあげなさいってさ」 


つぐみ「……~~~~~~~~ッ!!!!!!」ジタバタジタバタ 


楽「……その頃じゃなかったっけか」 


楽「お前が、小野寺の鍵を持ち歩くようになったのって」 


つぐみ「……そうだよ」 


   ガサガサ 

              チャリッ 


つぐみ「……内緒話の記念品として、奴が私にくれたんだ」 


つぐみ「”これでコンプリートだね、つぐみちゃん!!”だと。……そういうゲームの類だったか? この鍵は……」 


楽「……いや、多分違うと思うんだが」ポリポリ 


つぐみ「だよな」ハハハ 


つぐみ「……話はこれで終わりだ」 


つぐみ「もう二度と、私の前であの時の話をするんじゃない」 


楽「……俺にとっては、大事な思い出なんだけどな」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……いい」 


楽「……?」 


つぐみ「……たまになら、いい!!」プイ 


楽「……はは、は……」 



428: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:36:06.13 ID:SJdQJekm0



つぐみ「……楽」 


楽「……おう」 


つぐみ「言いづらい事があるんだろう」 


楽「……お見通しか」ポリポリ 


つぐみ「わかるよ」フフ 


楽「……」 


楽「つぐみ」 


つぐみ「……はい」 


楽「明日、ちょっと、付き合ってくれないか」 


つぐみ「……もちろん、構わんが……?」 


楽「……」ゴロン 


つぐみ「……?」 


楽「……俺も」 


楽「ちゃんとケジメ、つけようと思ってさ」 


つぐみ「……」 



429: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:36:53.74 ID:SJdQJekm0


~ 翌日 九州地方 某県某所 小高い丘の近く ~ 


楽「……」ザッ ザッ ザッ 


つぐみ「……」ザッ ザッ ザッ 


楽「……」ザッ ザッ ザッ 


つぐみ「……」ザッ ザッ ザッ 



楽「……」ザッ ザッ ザッ 


つぐみ「……」ザッ ザッ ザッ 




  ザッ ザッ ザッ    ザッ 





???「……」ギロッ 



430: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:38:50.50 ID:SJdQJekm0



楽「……お久しぶりです」 


???「おおちゃっか口、聞きようてからに……ッ!!!」ブオン ガスッ 


楽「ぐ……ッ」ヨロッ 


つぐみ「楽っ!」ダダダッ 


楽「止めろッ!!!」 


つぐみ「!!」 


???「……がめんちょろが」 


???「泣き言吐いて、女にねんかかる位しちょうば、余程可愛げもあるけんに」 


楽「……俺も、いつまでもガキじゃいられないんです」 


楽「いつまでも、だらしない姿は、晒しちゃいられないんですよ……」ヨロッ 


楽「橘の、親父さん……!!」 


つぐみ「……」 


万里花の父「……ちっ」 


万里花の父「付いて来い」クルッ ズイ ズイ 


楽「……もう、いいんですか」 


万里花の父「オレも歳を取ったからな。殴りすぎると、こっちが疲れる」ヒラヒラ 


万里花の父「それに、渡世の義理は一発限り」 


万里花の父「これ以上殴ったら、君の嫁に殺されてしまうよ」 


楽「……ありがとう、ございます」 


万里花の父「……分かったなら、来い」ズイ ズイ 


つぐみ「……」 





つぐみ(橘、万里花……) 




431: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:40:07.18 ID:SJdQJekm0



~ 某県某市 丘の上緑地霊園 橘家墓前 ~ 






       『橘家之墓』 







万里花の父「……」ボシュッ スッ 


楽「……」 


つぐみ「……」 


万里花の父「……君も、供えてやってくれ」スッ 


楽「……いいんですか、俺」 


万里花の父「マリーは、喜ぶ」グイッ 


楽「……ありがとう、ございます」 







 ボシュッ      スッ 




432: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:41:03.03 ID:SJdQJekm0



万里花の父「……最期まで、健気な子だったよ」 


万里花の父「何度君を呼びつけて、励ましてやろうと思ったことか」 


楽「……」 


万里花の父「だが」 


万里花の父「マリー自身が、それを許さなかった」 


万里花の父「”楽様の重荷になりたくなくて、嘘までついてお別れしたんです”」 


万里花の父「”お願いします、お願いだから、楽様にだけは、報せないで下さい……”」 


万里花の父「……そればっかりでね」 


楽「……すみません、本当に」 


万里花の父「……いいんだ。分かっている」 


万里花の父「……マリーがいかに君を愛したとして、君にそれに応える義務はないし」 


万里花の父「君がマリーの死を背負って、これからの人生を、暗く沈んだ思いで生きる義務もない」 


楽「……」 


万里花の父「……やけん」 


万里花の父「……マリーの父親としち」 


万里花の父「きさんば、許せん、一条の……っ!!」 


楽「……」 


楽「……すみません」 


万里花の父「ぐっ、うっ、うううッ………!!!!」 


万里花の父「マリー……」 


万里花の父「……マリーっ……!!」 



433: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:43:03.77 ID:SJdQJekm0


万里花の父「……取り乱して、済まなかった」 


楽「……大丈夫、です」 


つぐみ「……」 


万里花の父「……鶫誠士郎さん、だね」 


つぐみ「……今は、一条つぐみと名乗っております」 


つぐみ「当時は、ビーハイブの一人娘の護衛を兼ね、クラスメイトとして同じ学校に通っていました」 


つぐみ「万里花さんとも……仲良くさせて、いただいていました」 


万里花の父「……マリーから、君の話もよく聞いたよ」 


つぐみ「私の……?」 


万里花の父「大切なものを君に託したと、楽しそうに話していたよ」 


万里花の父「君に後を任せたから、安心して逝けると」 


つぐみ「……」 


万里花の父「……他の女を連れてきていたら、殺してやろうと思っていたんだがね」 


万里花の父「君と結ばれたと言うならば、マリーも喜んでくれることだろう」 


万里花の父「……どれ、君も……」 


つぐみ「……私は、こちらを供えさせてください」 






            カチャン  チャリン 





楽「……」 



434: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:44:01.33 ID:SJdQJekm0


万里花の父「……その鍵は」 


つぐみ「全部で4つあります」 


つぐみ「もう私には、必要のないものですから」 


つぐみ「……本当に似合う持ち主に、お返しします」 


万里花の父「……好きに供えてくれ」 


つぐみ「ありがとうございます。それと……これを」ゴソゴソ 


万里花の父「……これは……」 


つぐみ「このようなモノ、不謹慎かとも思うのですが……」 


万里花の父「……構わんよ」 


万里花の父「その代わり、と言っては何だが、できればオレにも、一枚くれないか」 


万里花の父「マリーたっての希望でな。マリーに関する写真や思い出の品は、全部燃やしてしまったんだ」 


つぐみ「……喜んで、お譲りします」 


万里花の父「……ありがとう」 







  ペタ  ペタ 


楽「……それ、何時の間に」 


つぐみ「……そう言えば、話した事がなかったか」 


つぐみ「これはな……」 




435: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:45:13.10 ID:SJdQJekm0


~ 数年前 駅前デパート 9階 アミューズメントフロア プリクラ筐体 書き込み用スペース内 ~ 



千棘「ふんぎぎぎぎぎ……」グイグイグイグイ 


万里花「くぬぬぬぬぬぬ……」グリグリグリグリ 


小野寺「ああ、もう、もー!!」オタオタワタワタ 


つぐみ「……」 


つぐみ「……」 





つぐみ「……」カキカキ 





千棘「……っぶ、あっ、つぐみ、ちょっとあんた勝手に何書いて、っ……」 


小野寺「……なんだか、しんみりしちゃうね、こういうの」 


つぐみ「い……っ、けませんでしたかっ! すみませんすみませんっ」 


つぐみ「ただその、十年前に出会った我々が、こうしてまた集まって得られた日常の尊さと言うかですね、そのっ……」 


つぐみ「……すみません……」 



436: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:46:16.35 ID:SJdQJekm0


万里花「……良いんじゃありませんの、こういうのも」 


千棘「……そう、ね。まあ、これなら許す、かな?」 


小野寺「うふふ、私もいいと思うよ。流石だね、つぐみちゃん♪」 


つぐみ「あっ、その、えーと……」テレテレ 


千棘「……と言うワケで、あと35秒、私の筆が光って唸るわよッ!!」ガリガリガリガリ 


万里花「また貴女はそうやって!! 今度こそこの地上から消し去りますわよ」ケシケシケシケシ 


小野寺「もうっ、せっかくいい話で終わりそうだったのに、二人ともッ!!」 


二人『黙れよ花びらライン』 


小野寺「んもーっ!!!」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……」ニコ 


437: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:46:52.40 ID:SJdQJekm0








     


             『十年後も、きっと一緒に』 









438: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:47:31.47 ID:SJdQJekm0


~ 現在 某県某市 丘の上緑地霊園 出口 ~ 


楽「……」 


つぐみ「……」 


楽「……橘の事、知ってたのか?」 


つぐみ「……薄々な」 


つぐみ「そうでなければあの鍵を他人に、ましてや私になど渡そうとは、思わんだろうよ」 


楽「……そう、か」 


つぐみ「ああ」 


楽「……」 


つぐみ「……」 


つぐみ「……お前はどうなんだ、楽」 


楽「……」 


楽「……確信は無かったよ」 


つぐみ「……」 


439: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:48:30.21 ID:SJdQJekm0


楽「橘が無尽蔵に、俺の事をずっと好きって、愛してるって、叫び続けてくれていたから」 


楽「きっとこいつは永遠に、俺の事を好きでいてくれるんだろうな、なんて想像して、嬉しさと恐ろしさを同時に感じたこともあって」 


楽「橘の事を一方的に突き放して、その結果、橘がいなくなった事に、安心感を感じてみたり、喪失感を感じてみたり」 


楽「……勝手な話だよな、ホント」 


楽「……だけど」 


楽「そのおかげで、分かった事もあって」 


楽「……俺は結局、鍵の約束をした女の子に憧れていて、それでも当時は小野寺の事が大好きで」 


楽「だけどニセの恋人ができて、ニセの婚約者ができて、年上の同居人ができて、とか」 


楽「周りに振り回されるばっかりで、自分から本当のコイに向かって、踏み出そうとしてなかった」 


楽「……もっと早く気づいてれば、橘にコイをして、結ばれる未来もあったかも知れないのに」 


つぐみ「……後悔、しているのか?」 


楽「……かもな」 


つぐみ「……」 


440: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:49:04.22 ID:SJdQJekm0



楽「だけど」ギュッ 


つぐみ「!」 


楽「……今、ここでお前とこうしている未来は、間違いなく俺自身で選んだモンだ」 


楽「お前と向き合って、共に歩める幸せを捨てて、後戻りしたいなんて絶対に思えない」 


つぐみ「……楽」 


楽「……愛してるよ、つぐみ」 


楽「まだまだ未熟で、優柔不断な俺だけど」 


楽「これからの未来を、横で一緒に選び続けてくれれば、嬉しい」 



441: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:49:36.66 ID:SJdQJekm0


つぐみ「……馬鹿なことを」プイッ 


楽「……つぐみ」 


つぐみ「私は、鈍感ではあるが、馬鹿じゃあないんだ」 


つぐみ「……貴様が行き場をなくした私を案じて、わざわざ集英組を継いだことも」 


つぐみ「殺し屋としての私を否定しないように、わざわざ悪ぶって組に汚い仕事をさせてみたり」 


つぐみ「私が橘万里花に罪悪感を抱かないように、下手な気を回して歯の浮くようなセリフを並べ立ててみたりしていることも、分かっている」 


つぐみ「それで横に並べだと? 一緒に選び続けろ、だと!?」 


つぐみ「そんな関係の、どこが対等だ」 


つぐみ「……私が結局、お前に、支えられ続けている、だけじゃないかっ……」 


楽「……つぐみ、俺は」 


つぐみ「……知らん」 


楽「つぐみ!!」 



442: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:51:02.53 ID:SJdQJekm0


つぐみ「……」 


楽「……つぐみ、俺は」 


つぐみ「……ごたくはいい。今ここで約束しろ、楽」 














つぐみ「二人のニセコイ」 





つぐみ「今日この場で、終わらせることを」 









443: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:52:08.38 ID:SJdQJekm0



楽「……」 


つぐみ「私を本当のパートナーにしたいなら、もっと本音をぶつけて来い」 


つぐみ「でなければ本当の意味で、私はお前を、お前は私を、愛せない……」ギュッ 


楽「……つぐみ」ムギュ 


つぐみ「……顔は見ずにおいてやる」 


つぐみ「……他の女の事を想っても、今だけは許してやる」 


楽「……」 


つぐみ「……橘万里花のために、泣いてやれ」 


楽「……」 


楽「……ぐっ」 


楽「ううっ、うっ、ううっ」 


楽「……うわああああああっ…………!!」 


つぐみ「……」ナデナデ 



444: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:53:09.71 ID:SJdQJekm0

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  


つぐみ「……そうだ、楽」 


楽「うん?」 


つぐみ「例のペンダントはどうした」 


楽「……一応、今もぶら下げてるけど。捨てたほうがいいか」 


つぐみ「馬鹿を言え。それもまた、私達の大事な思い出の品だろうが」 


楽「そりゃ……でも、鍵は全部、橘にやっちまったし、今更思い出の女の子が分かったって……」 


つぐみ「……その事なんだが、一つ閃いたことがあってな」 


つぐみ「そのペンダント、貸してくれないか」 


楽「いいけど……」スッ 


つぐみ「……あと、お前がいつも付けてる、そのクロスヘアピンも」 


楽「……?」ゴソゴソ 


楽「ほい。……で、どうすんだ?」 


つぐみ「まあ、見ていろ」 

445: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:53:54.37 ID:SJdQJekm0



   カチャ カチャカチャ  カチャ 



      クイッ   カチャカチャ 



          カチン 



つぐみ「……よし」 


楽「……なるほど」 


つぐみ「……そう言う事だ」 


つぐみ「当時の私にも、この程度の鍵開けは造作も無くできた」 


つぐみ「つまりは、私そのものが一つの鍵。最初から、私に鍵は、必要なかったんだ」 


楽「……で、他の4本の鍵で、ペンダントが開けられなかったってことは……」 


つぐみ「……さすがに、そこまで決め付けられはしないだろうが」 


つぐみ「予期しない故障のせい、鍵の取り違えなども、あったかも知れないし、な」 


446: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:54:38.52 ID:SJdQJekm0



楽「……開いてるのか、これ」 


つぐみ「手応えはあった。もしかしたら、開くかもしれない」 


楽「……」 


つぐみ「……開けずに、しまっておくか?」 


楽「……いや、開けてみよう」 


楽「中から何が出てきたとしても」 


楽「俺は、今の選択を、後悔したりはしないから」 


つぐみ「……そう、か」 


楽「……つぐみ」 


つぐみ「……言うな」 


つぐみ「……分かってるから」カァァ 


楽「……」フフ 



447: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:55:15.63 ID:SJdQJekm0









つぐみ「それじゃ、開けるぞ……」 









448: 名無しさん 2015/10/12(月) 00:55:42.03 ID:SJdQJekm0










              ~ おしまい ~ 








449: 名無しさん 2015/10/12(月) 01:14:28.04 ID:SJdQJekm0

書き直し、方針転換、内容の増加、私事多忙等あり、3ヶ月もかかってしまいました。 
毎回待っていただいていた方には、お詫び申し上げるほかありません。 
そして、本当にありがとうございます。 

今後の予定ですが…… 
容量の問題があるので、このまま続けるか、別のスレに移すかは分かりませんが 
近いうちに本編の別視点的な話を一つ書いて、完結とする予定です。 
本編の矛盾点や謎がいくつかスッキリするはずなのですが、全体的に閲覧注意の内容となるため 
そして本編自体がクソ長いため、ここまでで読み終えて頂くのもアリかと思います。 

ここまでの間、お付き合いいただき、ありがとうございました。 


452: 名無しさん 2015/10/12(月) 07:56:43.29 ID:CCBbzVRY0
最後に改めて、他作品について紹介させて下さい。 
お時間のあるときにでも、ご覧になって頂ければ幸いです。 


万里花「所詮はニセコイ」・ 
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1402231432/ 


オリジナル 

男「俺のT○SOウッディ28Bキャップを挿入してやるぜ」・ 
http://morikinoko.com/archives/51954659.html・ 
男「ここがカーテンチ○ポレールバトルロワイヤル世界大会会場か」・ 
http://morikinoko.com/archives/51964318.html 


それでは、一旦失礼致します。