1: 名無しさん 2017/06/22(木) 00:49:01.49 ID:ypqxdl+p0
「ここまででいいよ」

「お母さん一人で大丈夫?」

中年女性は、自分の母親に訊いた。

「平気だよ」

老婆は微笑みながら返した。

墓地の駐車場に停められた車から
一人の老婆が降りた。
おかっぱ頭の髪型は若い頃から変わらないが、
髪の毛は総白髪になっている。
白いワンピースは、年老いた今でも似合う。
右手には白百合の花束を持っており、
皺だらけの手と艶やかな花弁が対照的に思えた。
左手にはウイスキーの瓶を持っている。

老婆は、足を引きずりながら石畳の上を歩いた。
8月の暑気……湿り気を含んだ暑気に覆われている。
草木は青々と茂り、セミの鳴き声が聞こえ、
自然は活気に満ち溢れている。
墓石の群れは静まりかえっており、周囲の自然と対比をなしていた。
時が止まってしまっているかの様に、沈黙する墓石たち……

やがて、老婆はひとつの墓石の前で立ち止まった。
よく磨かれて艶やかな灰色の花崗岩の直方体。
そんな墓石には「多田家」と家名が彫られている。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498060141

引用元: ・80年後のシンデレラガールズ

2: 名無しさん 2017/06/22(木) 00:49:53.58 ID:ypqxdl+p0
「みりあちゃんが、先日そちらに逝きました。
眠る様に安らかな最期だったそうです。
……シンデレラガールズは私・みく一人になりました
今年で95歳になります。
体のあちこちが弱ってしまったけど、まだ生きています」

老婆こと・みくは、墓前で挨拶を済ませると、
ウイスキーの瓶の蓋を開けて中身を墓石にかけた。
そして、ウイスキーの空き瓶を地面に置き、
白百合の花束を墓前に捧げた。
みくは、合掌して墓石を拝んだ。

「リーナちゃんはウイスキーが好きだったよね。
『ロックならウイスキーだ!』って言って飲んでいたけど……
お酒弱いくせに飲み過ぎるから、
介抱する私たちは大変だったんだよ。
そんな事もずっと昔の出来事だね……」

みくは、空を仰いだ。
燦然と輝く日輪が、巨大な入道雲を照らしている。

「アイドルを辞めた後、二人は別々の道に進んだね。
私は演劇の道に進み、リーナちゃんは歌手の道に進んだ。
夏樹ちゃんと一緒にグループを組んでいたね。
夏樹ちゃんが、バイク事故で逝った時は、
リーナちゃんかなり乱れていたよね。
毎日毎日……泥酔して周囲の物を壊して……
『なつきちが死んだなんで嘘だ!』
『なつきち! 独りにしないで!』
……って繰り返しながら泣いていた。
あの時、私はこう言ったよね。
『みくがついてるよ! リーナちゃんは独りじゃない!』
リーナちゃん。私の胸元に飛び込んで泣きじゃくった。
あれから……もう50年経つんだ」



3: 名無しさん 2017/06/22(木) 00:50:51.04 ID:ypqxdl+p0
いくら墓石に話し掛けても返事はない。
遺骨となったリーナは墓石の下で沈黙している。
それでも、みくは、語り続けた

「私が、独り暮らしを始めて、ネコを飼い始めた時……
リーナちゃんは、ネコ用の玩具をたくさん買って来てくれたね。
あの子は、リーナちゃんによく懐いていたよ。
私が、共演した俳優と結婚した時も、
リーナちゃんは結婚式に来てくれた。
ブーケトスをした時、ブーケを受け取ったね。
……でも、リーナちゃんは男運が悪かったよ。
何人もの遊び人に騙されて、失恋の度、ヤケ酒に付き合った。
結局、晩婚だったけど、リーナちゃんは良い人を見つけたよね。
相手もロックな人かと思ったら、御堅い役人でびっくりした。
真逆な性格の旦那さんだったけど、最期まで一緒にいたね。
私が子供を身籠った時は、ロックを流してくれたよね。
『ロックは胎教にいいんだから!』って……
私の娘とリーナちゃんの娘さんは、仲が良かったね。
アイドルを辞めた後も、私とリーナちゃんは、一緒に仕事したよね。
私の主演映画の主題歌を歌ってくれた時は、本当に嬉しかった。
今では良い思い出だよ……。
リーナちゃんの娘さんは、作詞家になったよね。
息子さんは商社マンになった。
先日、娘さん一家と食事をしました。
お子さんと一緒に元気でやっているそうです。
音楽に対して情熱的な所は、リーナちゃんとそっくりでした」

4: 名無しさん 2017/06/22(木) 00:51:30.19 ID:ypqxdl+p0
みくは、再び合掌して墓石を拝んだ。
さっきまで鳴いていたセミたちが鳴くのをやめた。
辺りは静寂に包まれた。
みくは、墓石をじっと眺めた。
そして、思い出話を続けた。

「リーナちゃんと初めて組んだ時は、
こいつとは合わないなって思ったよ。
だけど、実際には良いコンビだったよね。
最初の仕事は、ミントキャンディーの販促だったっけ。
リーナちゃん。ミントが嫌いって言っていたから、
あれは我慢してやっていたんでしょ。
カレイの煮付けを作ってくれた時、
みくはお魚が苦手だって突っぱねたけど、
本当はとても嬉しかったんだよ。
目玉焼きにはソースか醤油かって喧嘩をした時、
みくは文化の違いを感じたよ。
あれもいい思い出だね、
私たちのユニットがアスタリスクに決まって、
初めて一緒に舞台に立った日……
あの日も今日みたいに暑い日だったね。
あの日の事は、今でも昨日の事の様に思い出すよ」

墓石は沈黙している。
それでも、みくは、語り続ける。

5: 名無しさん 2017/06/22(木) 00:52:24.28 ID:ypqxdl+p0
「リーナちゃんが逝ってから、もう10年になる。
月日が経つのは早いよね。
こうしてお墓参りをするのも、
今回で最後だと思うの。
そろそろ……みくもそっちへ行くね。
自分の死期が近い事は分かるんだ。
リーナちゃん。向こうで待っていてね」

そう言ってから、みくは墓石から離れた。
墓石を背にした時、微風が吹いた……

「みくちゃん! 待っているからね!」

みくは、振り返って墓石を見たが、
そこには誰もいなかった。
しかし、みくは、確かに声を聴いた……
懐かしいリーナの声を!
間違いなく聴いたのだ。

「うん、分かった」

みくは呟いた。
そして、石畳の上を歩き、車へと戻って行く。
墓地は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。

              ―完―