1: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:55:03.10 ID:+EtVRVLso
このお話は


・向日葵「ずっと一緒に」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441552207/
(修正版→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5770271


・櫻子「みんなで作る光のパズル」/向日葵「葉桜の季節」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1442140558/
(修正版→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5773979
(修正版→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5787825


の続きです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1504770902

引用元: ・櫻子「これからも一緒に」

2: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:56:46.35 ID:+EtVRVLso
真夜中だった。

どこからか、声が聞こえる。

はっきりとしたものではなく、耳元でもぞもぞと、こぼれる吐息に乗せたようなくぐもった声。

熱く優しく私の脳に染み渡っていく、聞き慣れた声。


“ひまわり” って。


向日葵「んぇ……?」

「あっ」


向日葵「……え……っ」

「…………」

向日葵「……なに、してるんですの?」

「……いや、えっと……その……///」


声の主は、まさか私が起きるとは思っていなかったらしい。

残念ながら今夜の私の眠りはいつもより浅かった。季節はすっかり夏。日中の暑さには心の底から参るが、夜だって決して過ごしやすいものではない。

とにかく今年は暑いのだ。暑いので寝つきが悪い。ついさっきまで起きていたという意識がまだ残っている。

きっと時刻はまだ午前1時ほど。明日は何も用事がないので寝不足を心配する必要などはないのだが、特別にすることもないので、いつも通りの時間に身体を休めていた次第だった。

布団が恋しくなる寒い季節とは……あの頃とはもう違うということを、声の主はわかっていなかった。

いくら低血圧で、一旦スイッチが切れてしまえば再起動に時間がかかる私とはいえ、こうも暑い夜に至近距離で人のぬくもりを感じるとなれば暑苦しいことこの上ない。


向日葵「……鍵はどうしたんですのよ……かかっていたはずでしょう……」

「いや……それは向日葵が悪いんだよ? 今日夕方うちに来たとき落としてったんだよ、ほら」


そういうと、私が普段使っている自宅用の鍵をちゃりっとポケットから取り出した。

視界はおぼつかないが、わずかな月明かりを反射する鉄の光がきらきらと目に入った。どうやら本当に私が忘れてしまったものらしい。


向日葵「……だからって、こんな時間に返しに来ることないじゃない……」

「……ぃぃじゃんかぁ」


声の主……櫻子は暗闇の中で、口をちょこんと尖らせて小声で文句を言った。

そういう子供っぽいところ、本当に昔から変わってませんわね。

3: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:57:27.72 ID:+EtVRVLso
櫻子「明日から夏休みって考えたら、わくわくしちゃって眠れなくてさ」

向日葵「だとしても、家で大人しくしてなさいな……なんで私のところに来るんですのよ……半年前は言いそびれましたけど、軽く住居侵入罪ですわよ?」

櫻子「ちぇー……」

向日葵「……それとも、あのときみたいに……寝ている私を抱きしめて、寂しさを紛らわせたかった?」

櫻子「は、はぁ!?」どきっ

向日葵「ほんとあなたって、大胆なんだか奥手なんだか……」

櫻子「ち、ちがうもん! そんなんじゃないもん!///」

向日葵「しーっ! 静かにしなさい……! みんな寝てますのよ……」

櫻子「あ……ご、ごめん」


つい反論で大きな声を出してしまった櫻子は、慌てて口を押さえて壁の方へ目を向けた。

壁の向こう側では、小学生にあがって自分の部屋を持たせてもらえるようになった楓が寝ているのだ。


櫻子「…………」

向日葵「…………」


真夜中の静寂の中、言葉を続けることができなくなった櫻子は、ふたたび私の方へ向き直り、ふわりと穏やかな表情になった。

私も仰向けになったまま頭を枕に乗せ直し、ほんのりとした月光を背に映す櫻子を、薄目で静かに眺める。


櫻子「……向日葵」

向日葵「……なあに?」

櫻子「……私、うそついた。ごめんね」

向日葵「うそ?」

櫻子「うん。今の『ちがうもん』って、嘘だった……」


そういうと櫻子は、やんわりと倒れ込むように私の横に身体をうずめて……首元に顔をすり寄せた。


櫻子「懐かしいなあって思ってさ……こうして向日葵のところに来るの……///」

向日葵「……ほら、やっぱりそうだったんじゃないの」


……子供っぽいところは小さい頃と同じだが、そんな櫻子も高校生になって、変わったことがある。


こうして私に、素直に好意を向けてくれるようになった。


ついつい反射的に反発してしまうことはあっても……その後で本当の想いを伝えてきてくれるようになったのだ。

4: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:57:55.76 ID:+EtVRVLso
櫻子「どれくらいぶりだろ……たぶん、あの冬の日以来……かな」もぞもぞ

向日葵「……ほんとあなたって、夜になるとまた一段と素直になりますわよね……」

櫻子「……うるさいっ」

向日葵「まったく……少しだけこうしててあげますから……満足したら、帰りなさいね……?」

櫻子「うん……///」


向日葵「…………」すぅ


櫻子「……ひまわり……」

向日葵「……ん…?」


櫻子「明日から……夏休みだよ」

向日葵「……ん」


櫻子「……なにしよっか?」

向日葵「…………」


櫻子「……ねえ、聞いてる……?」

向日葵「…………」すぅ


櫻子「……ばか……///」もぞもぞ

向日葵(ふふ……)


櫻子の体温、櫻子の重み、櫻子の匂い、櫻子の髪のくすぐったさ。

夏の夜にとろけていく意識の中……とても心地いい櫻子の存在を全身で感じながら、眠りに落ちていく。


私の名前は古谷向日葵。

大室櫻子と同じ高校に通い……大室櫻子と付き合っている、高校二年生。

5: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:58:31.84 ID:+EtVRVLso


「……ちゃん、おねえちゃん……」


最初に意識に飛び込んできたのは、妹の声。

そして次に伝わってきたのは、柔らかな人肌が私の身体に密着している温かい感触だった。


楓「おねえちゃん、櫻子おねえちゃん、もう朝なの」

向日葵「ん……」

楓「ふふ、起きた?」

向日葵「あ……楓……」


お気に入りの麦わら帽子を胸に抱いた楓が、にこにことこちらを見て佇んでいる。

そういえば楓はお出かけするんでしたっけ……と寝ぼけた頭で思い返していると、私の頬に誰かの熱い寝息がかかる感触がした。


向日葵「……っ……!?」はっ

櫻子「…………」すぅ


楓がやけに笑顔を浮かべている意味がわかった。

いつものように可愛らしく微笑みかけてくれているのではない……単純に、笑われているのだ。

視線を向けると……すぐ真横に、安らかな可愛い寝顔があった。


櫻子「んん……」むにゃ

向日葵「あ……あぁぁああぁああ!///」がばっ

櫻子「んにゃ……っ」

向日葵「ちょ、バカ! 起きなさい! 櫻子っ!」ぺちぺち

櫻子「んぁ! なにっ!?」びくう


昨日まではただ隣に横になっていただけなのに、いつの間にか抱き枕のように私にへばりついて、気持ちよさそうに寝ていた櫻子を叩き起こす。


楓「お、おねえちゃん、あんまり叩いちゃだめなの」

向日葵「なっ、なんでもないんですのよ楓っ! これはただ、あの、その……ほらあなたも何とか言いなさい!」

櫻子「あ~、えっと、これは違くて! べつに一緒に寝るのが気持ちよかったから寝落ちしちゃったとか、そういうことじゃなくて~……」

向日葵「下手か!!///」ぼふっ

櫻子「痛ぁ!」

楓「ふふっ、二人ともお寝坊さんなの。楓はもうお母さんとお出かけしてくるからっ。行ってきまーす」たたっ

櫻子&向日葵「「い、行ってらっしゃ~い……」」

6: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:59:00.10 ID:+EtVRVLso
楓は小さく手を振りながら、そそくさと私の部屋を出て行った。

ぼさぼさの髪と、よだれのあとが付いた櫻子のだらしない顔を見る。


向日葵「……あなた、何やってるんですの……」

櫻子「……うん」

向日葵「うんじゃないですわよ! なんで家に帰ってませんの!? 一緒に寝てるところ楓にばっちり見られちゃったじゃない!」

櫻子「しょうがないじゃん! 帰ろうと思ったけどそのまま寝ちゃったんだもん!」

向日葵「だからなんで寝ちゃうんですのよ! っていうか何で昨日来たんですのよ!」

櫻子「それはだから……!」


ぴりりりりり……


櫻子「…………」

向日葵「……電話鳴ってますけど」

櫻子「誰だぁ……?」


唐突に鳴りだした携帯の着信音が私たちの喧嘩を遮った。櫻子がポケットからスマートフォンを取り出し、発信者を確認する。


櫻子「げっ!///」

向日葵「?」


さっきまでのだらしない顔から一瞬で険しい表情になると、慌てて画面をスワイプして通話に出た。


櫻子「も、もしもし!?」

『……どこにいるんだし、今』

櫻子「え、えっと……あの、向日葵の家に……」

『……いつから』

櫻子「き、昨日の夜から……」

『ばかー! まだそんなことやってんのかし!!』

櫻子「ひー!///」びくぅ


私たちしかいない静かな部屋では、当然電話口の相手の声もよく聞こえる。部屋が静かなだけじゃない、電話口の相手が声を張り上げて怒っているせいだ。

いつものごとく100%自分に非がある櫻子はただただ謝ることしかできず、電話先の相手には見えないのにぺこぺこと頭を下げて謝った。

櫻子は以前にもこうして夜中に私に会いにくることがあったが、そのまま夜を明かしたことは今までになかった。


『せめて行くなら行くって言ってからにしてほしいし! 朝起きたら急にいなくなってたから、お母さんも心配してたんだよ!?』

櫻子「あ、あ~ごめ~ん……」

7: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:59:29.02 ID:+EtVRVLso
私は平謝りする櫻子の手から携帯をすっと抜き取り、寝起きであることを感じさせないように、少々はっきりめの声で語りかける。


向日葵「もしもし、花子ちゃんですか?」

花子『あっ、ひま姉?』

向日葵「ごめんなさいね、私は何度も帰れって言ったんですけど……櫻子が勝手に寝落ちしちゃったんですの」

櫻子「帰れなんて言ってな」ぼふっ

向日葵「ええ……ええ。二度とこういうことがないように、私からもよく言っておきますわ。とりあえずすぐに帰らせますから……はい、お母さんにもよろしくお願いしますわね」

櫻子「むぐ……む!? こらー! 勝手に切るな!」


櫻子に枕を押しつけて黙らせながら、花子ちゃんにささっと話をつけて電話をきった。

携帯を返し、ベッドから降りて背伸びをする。


向日葵「ん……はぁ、そういうわけだから、ひとまず帰りなさいよ。花子ちゃんに直接謝ってきなさい」

櫻子「今謝ったじゃんか」

向日葵「ちょ・く・せ・つ。お母さんも心配してるって言ってたでしょう」

櫻子「お母さん、もうそろそろ仕事に行っちゃったと思うんだけどな……」


櫻子はベッドに腰掛け、くしゃくしゃになった髪を手櫛で整えた。その隣に座り、かきあげられた髪からのぞいた耳に話しかける。


向日葵「あなた、今日の用事は?」

櫻子「べつに、なーんもないよ……ってぇ! それ昨日私が聞こうと思ってたのにー!」

向日葵「何もないんだったら、私も後であなたの家に行っても構いません?」

櫻子「えっ! 遊ぶの!?」ぱあっ


子供のようにぱっと目を輝かせ、笑顔でこちらに振り向く櫻子。私も同じくらいの笑顔で、しかし櫻子が嫌がる言葉をかけてあげる。


向日葵「一緒に宿題しましょっか」

櫻子「……え~~~」ぶー

向日葵「……嫌なら、私はうちで一人でやりますけど」

櫻子「わかったよ! やるよ、協力しようよ……!」


高校二年生になっても、相変わらず学校からは宿題が出る。むしろ中学生の時よりも大変なくらいに。

中学生までは、夏休み最終日になるまで宿題という存在から現実逃避していた櫻子だが、さすがに今では、できるうちにやってしまいたいという思考になってくれたようだ。


向日葵「あとで道具持って行きますから」

櫻子「ん、待ってる。じゃね」


ポケットに手をつっこんで部屋から出ていく櫻子の後ろ姿を見送って、反対側の部屋の窓から外を眺めた。


向日葵(いい天気……)


すっかり暑くなった眩しい日差しが差し込んでいる。元気な蝉の声が、遠くの方からじーわじーわと聞こえる。

突き抜けるような高く青い空が、これから始まる長いようで短い、短いようで長い夏休みの、無限の未来を感じさせた。


今日から、夏休み。

8: 名無しさん 2017/09/07(木) 16:59:59.16 ID:+EtVRVLso


向日葵「…………」さらさら

櫻子「…………」もくもく


クーラーの効いた大室家のリビングで、同じ問題集を、同じくらいの速度で進める。

中学生の頃の櫻子は……いつだって集中が続かなくて、すぐにソファに横たわって休憩していたっけ。


櫻子「向日葵、チャートある?」

向日葵「ありますわよ。はい」

櫻子「えーと……ここかな」ぺらぺら


私と櫻子は、七森中学校を卒業して……別々の高校へ進んだ。

二人とも、その時の学力相応の高校へと進んだ。私は撫子さんも通っていた高校へ。櫻子は自宅から近い、普通の公立校へ。

けれど櫻子は……入学後の一年間をひたすら勉学に励み、凄まじい努力を重ねた結果、なんと私のいる学校へ転校してきた。


今でも少し信じられない。あの櫻子が、あの勉強が大嫌いで図画工作や体育くらいにしか関心を示さなかったあの櫻子が、そんなに勉強を頑張るなんて。

けれどこうして問題集の難問とにらめっこする姿を……転校してきてからの学校生活の中でずっと見させてもらった。

試験前も一緒に勉強していた。私には及ばないにせよ、櫻子は私の高校でもそこまで悪くない成績を叩き出してみせた。

「どうだ!」といばられた。私はとても純粋な気持ちで、櫻子の努力を褒めた。勉強のことで櫻子を褒めるなんて今までほとんどしてこなかったから、褒めた後でなぜか無性にむずがゆくなったりもした。


櫻子「はーん……なるほどね。わかったかも」ぱたん

向日葵「ふふ……」

櫻子「ん、なに?」

向日葵「いえいえ。櫻子が勉強してるなぁと思って」

櫻子「は……?」

向日葵「うふふ……やっぱりまだちょっと見慣れない部分がありますわね。ああ似合わないこと」くすっ

櫻子「ひっど! 私だってやるときはやるんだぞ!?」


「ひま姉仕方ないし。それくらい今までの櫻子は、確かに勉強してこなかったんだから」かちゃ

向日葵「あら、花子ちゃん」


櫻子がむかし着ていたおさがりのTシャツをラフに着た花子ちゃんが、私たちのいるリビングへとやってきた。

9: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:00:26.24 ID:+EtVRVLso
向日葵「今朝はごめんなさいね」

花子「いいしいいし。悪いのは全部櫻子なんだから」

櫻子「なんだとー!」

花子「ほんと、勉強は昔よりできるようになったかもしれないけど、中身は昔とそんなに変わってないし」

櫻子「小学生に言われた!」がーん

向日葵「まったくですわね。花子ちゃんが頼もしくなっていくスピードに、櫻子はついていけてませんわ」

花子「ふふっ……♪」


花子ちゃんは、今年で小学六年生。すっかり背も大きくなってきて、なんだかどんどん撫子さんに似てきたような気がする。

私と櫻子が離れた一年間、撫子さんのいなくなったこの家で、ずっと櫻子を支えてくれていたのが彼女だ。

目的を達成するまでこの私にも自分にも決して甘えないと誓った櫻子のそばに寄り添い、努力を褒め、道を違えそうになれば誰よりも厳しく叱っていたそうだ。気づけば撫子さんよりも櫻子をたしなめ慣れている。

冷たい麦茶の入ったポットとグラスを持ち、櫻子の後ろのソファにぽすっと腰掛けた。


花子「去年の夏休みも櫻子、よくここで勉強してたね」ちゃぽぽぽ

向日葵「あら、部屋じゃなくてここで?」

櫻子「ずっと部屋に閉じこもりっきりもよくないでしょ。宿題する花子と一緒にここでやってたの」

花子「櫻子にわからないところを教えてもらえるようになる時が来るなんて、信じられなかったし……」

櫻子「わははは! もうなんでもこーい!」


花子ちゃんの櫻子に対する目線が、いつの間にか変わっているような気がする。

それはまるで尊敬する撫子さんに向ける “憧れの目” のようで、しかしそれよりもどこか柔らかく、昔の櫻子を知るがゆえに成長を見守ってきた、親のような目。

花子ちゃんにとっての櫻子は、他に例を見ない不思議な立ち位置の “お姉さん” なのだろう。


昔からやたらと花子ちゃんに対してお姉さんぶりたい櫻子が「今年も宿題見てあげよっか~?」と鼻を高くしていると、花子ちゃんは思い出したように言った。


花子「あ……そういえば、去年一回だけお友達を連れてきたんだっけ」

櫻子「えっ!?」どきっ


櫻子は突然目をぱちくりさせて驚いた。素っ頓狂な声がリビングに響く。


花子「来たでしょ? 花子、お茶を出した覚えがあるし」

向日葵「お友達?」

櫻子「ま、前の学校の子だよ! 女の子!」

向日葵「……そりゃ女子高に行ったんだから、女の子でしょうね」

櫻子「わ、私のクラスメイトだった子で……たまたま一緒にいるときにうちの前まで来たから、寄ってもらったんだよっ。花子よく覚えてたなー!」

花子「うん。今ひま姉が座ってるとこに座ってたの、思い出したから」

櫻子「っ……」


櫻子はシャープペンシルを片手に固まってしまった。問題集にまっすぐ視線を向けてはいるが、その目は焦点が合っていない。

どうやらその友達とやらの話を、私の前でされるのが困るらしい。

10: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:00:55.07 ID:+EtVRVLso
向日葵「……櫻子?」

櫻子「…………」

向日葵「……ちょっと、聞いてます?」つんつん

櫻子「へっ!? な、なに!?」

向日葵「どうしたんですのさっきから。その子の話になったら急にそわそわしちゃって……喧嘩別れでもしちゃったんですの?」

櫻子「」ぎくっ


自分で適当に言った言葉だったが、櫻子の反応からして図星をついてしまったようだった。

そして同時に思い出す。

去年の冬……まだ櫻子が転校してくる前、バレンタインデーの前日に、偶然目にしてしまった櫻子の向こうでのお友達のこと。


花子「……ちなみにその人、結構可愛かったし」ごくっ

櫻子「そ、それ関係ある!?」

花子「関係って、何に?」

櫻子「いや、だから……それ今言わなくたってよくない!?」

花子「何を動揺してるんだし。ひま姉はこんなことくらいで櫻子なんかに焼きもち焼かないし」

櫻子「ちょっ! だからそういうことを言うなー!!///」


はっきりと顔まで見たわけではなかったが、あのときに見た光景は、そのインパクトの強さで未だに妙に忘れられなかった。

駅前のオブジェのすぐそばで、櫻子にもたれかかって泣いていたサイドテールの女の子。偶然通りかかった私は、それを見て思わず硬直してしまったっけ。

おそらく今言っている “友達” とやらは、その子のことを指しているのだろう。喧嘩別れという言葉もなんとなくしっくりくる。


向日葵(櫻子の……友達)


あのとき櫻子は「付き合ってください」と言われていたのだと、後から教えてもらった。すでに私の高校への編入試験を目前に控えていたので、その告白は断ることとなってしまったようだ。

夏休みに家に遊びに来たということは、やはりその子と櫻子は、一年を通して近い関係の友人同士だったんだろう。

私が高校で新しく作った友人たちと櫻子は、転校してきてからの数日であっという間に友達になっていたが……私は中学卒業以降の櫻子の友好関係をまだよくわかっていない。

11: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:02:48.67 ID:+EtVRVLso
向日葵(友達ねえ……)

櫻子「ひ、向日葵……?」

向日葵「えっ?」

櫻子「あ、あの……私のこと、おこ」


てこてこっ♪


向日葵「あら、LINEですわ」

櫻子「びっくりしたぁ! 」

花子「そんなびっくりするもんでもないし……」


何か言おうとした櫻子をよそに、私は携帯を取り出して通知を確認する。


向日葵「あっ!」

櫻子「ん?」

向日葵「ふふ……お友達の話をしてたら、ちょうど来ましたわよ。お友達からの連絡が」

櫻子「ええええ!? 向日葵っ、あの子と連絡先交換してたの!?」

向日葵「そっちじゃないですわよ。ほら見てごらんなさい」

櫻子「え……あー! ちなつちゃんだぁ!」


突然LINEでコンタクトをとってきたのは、中学時代のクラスメイトの吉川さんだった。

櫻子は急に目を輝かせ、私の携帯なのに勝手に奪い取って返信を打ち始めた。


櫻子「なつかしいな~ちなつちゃん! 最近会ってないんだよ~」

向日葵「私も……高校に入ってすぐの頃はたまに会ってましたけど、頻度はだんだんと減っていってしまいましたわね」

花子「ちなつって……?」

櫻子「ほらほら、中学生の頃うちに来たことあるでしょ。髪がもふもふの」

花子「あー……!」


吉川さんへのメッセージを打っていたと思ったら、櫻子はいきなり電話をかけはじめた。文字でのやり取りがわずらわしかったのか、それとも久しぶりに吉川さんの声が聴きたかったのか。両方だろう。


櫻子「あっ、もしもしちなつちゃんー?」

ちなつ『あれっ? 向日葵ちゃんじゃない……? どなたですか?』

櫻子「ちょっと~! わたしわたし! わたしー!」

ちなつ『え……わたしわたし詐欺ですか? そういうの困るんですけど』

櫻子「何言ってんの!? わたし! 櫻子だよ!」

ちなつ『わかってるよ。今向日葵ちゃんと一緒にいるんだ?』

櫻子「そうそう! えへへ、久しぶりだね~♪」


気兼ねなく楽しそうに話す櫻子を見ていると、私までどこか嬉しくなってきた。

久しぶりのお友達からの連絡。なんだか夏休みらしいというか、特別な気分だ。

12: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:03:19.95 ID:+EtVRVLso
櫻子「で、いきなりどしたの?」

ちなつ『それなんだけど……あ、ちょっと替わるね?』

櫻子「?」


『……あ、もしもしー? あかりだよ~』

櫻子「あかりちゃーん! うわあ久しぶり~!///」


吉川さんは赤座さんに電話を替わったようだ。櫻子は一層明るい表情になって、うきうきしながら通話していた。

赤座さんと吉川さんの二人は同じ高校に進んだから、きっと今もよく一緒にいるのだろう。一年生の時に、同じクラスになれていると聞いたことがある。


櫻子「そっちも一緒にいるんだね!」

あかり『うん! 今は二人でカフェに来てるんだよ~』

櫻子「いいね~」

あかり『それで……櫻子ちゃんたちも、もう夏休み入ったよね?』

櫻子「うん今日から。あ、もしかして……?」

あかり『よかったら、みんなで集まって一緒に遊ばない? って思って』

櫻子「うわー! やったーー!」ぴょんこ

あかり『えへへ、向日葵ちゃんにも聞いてみてくれる?』

櫻子「向日葵! あかりちゃんたちが遊ぼうだって! いいよね!?」ばっ

向日葵「ふふ、もちろん構いませんわ」

櫻子「もしもしー? 向日葵も大丈夫だってよ!」


突然の連絡は、どうやら遊びの約束のようだった。

櫻子が喋ってはいるが、お二人は私の携帯に連絡を寄越してくれたんだなぁ……と思うと、吉川さんと赤座さんへの感謝の気持ちがじわじわと胸にこみあげてきた。

こういう友人からの気兼ねない連絡というのは、本当にありがたい。


櫻子「うん……うん! じゃあ明日ね、はーい!」ぴっ

向日葵「……なんですって?」

櫻子「明日あそぼーだって! 二人がうちに来てくれるよ!」

花子「ここに?」

櫻子「よかったね花子、あかりちゃんもちなつちゃんも花子に会いたいって言ってたよ」

花子「え……あ、でも花子、明日は未来のおうちに行かなきゃだから……///」

櫻子「なーんだ、それじゃしょうがない」

13: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:03:53.47 ID:+EtVRVLso
向日葵「明日ですか。楽しみですわね」

櫻子「ね~……あ、写真送られてきたよ?」てこてこっ


吉川さんから送られてきたのは、どうやら今赤座さんと一緒に撮ったらしい自撮り写真だった。

楽しそうに身を寄せ合って、顔をくっつけあわせて撮られている。吉川さんは昔から自撮りが上手だ。


櫻子「わ~みてみて、あかりちゃん昔より髪伸ばしてるよ」

向日葵「お二人とも、なんだか大人っぽくなったような気がしますわね」

櫻子「そうだ! 私たちも写真撮って送ろうよ!」

向日葵「ええっ?///」

櫻子「ちなつちゃんたちに送ってあげよ? ほら花子も入って!」

花子「な、なんで花子も入らなきゃいけないんだし!///」

櫻子「せっかくだから! ほら一緒に!」


恥ずかしがる花子ちゃんをなぜか真ん中にして、3人で一緒に身を寄せ合って写真を撮る。

思えばこの3人だけで一緒に写真を撮るのは……はじめてかもしれない。


櫻子「とるよー!」


ぱしゃり!

14: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:04:39.88 ID:+EtVRVLso


ぴんぽーん♪


あかり「こんにちは~」

櫻子「来たー! 入って入って!」

ちなつ「二人とも久しぶり~♪」きゃっきゃっ


翌日。

昨日と同じように朝から櫻子の家にいて待っていると、涼しそうな夏らしい私服を着た赤座さんと吉川さんがやってきた。

赤座さんはお団子頭をそのままに後ろ髪を少し伸ばし、背も私と同じか私以上に大きくなっていて、昔よりも吉川さんとの身長差が開いているような気がした。吉川さんもすらっとした体躯がだいぶ大人っぽい。


櫻子「あー! ちなつちゃんメイクしてるでしょ!?」

ちなつ「ちょっとだけだよ? 日焼け止めの上からほんの少し」

櫻子「ほらー! みんなの目はごまかせても私の目はごまかせないんだからね!」

向日葵「べつに吉川さんはごまかそうと思ってやってるわけじゃないでしょう……」

あかり「お邪魔しま~す♪」


四人で一緒に櫻子の部屋に入る。

この四人が一緒にここに集まるのは……いや、四人がこうしてあつまること自体、なかなか久しぶりのことだった。もしかしたら中学生以来かもしれない。


あかり「櫻子ちゃん大きくなったねぇ~。少し髪も伸びたかな?」

櫻子「あかりちゃんこそー」

向日葵「お二人ともお綺麗ですわ」

ちなつ「向日葵ちゃんが一番綺麗だよ~。昔からね♪」

向日葵「そ、そんな……///」


あかり「ふたりとも元気そうでよかった~」

ちなつ「ほんとほんと。みんなもっと連絡ちょうだいよ~、いつだって遊びに来るんだから!」

櫻子「あー……ちょっと忙しくて、去年はあんまり遊べなかったね。ごめんごめん」

あかり「学校大変なの? 櫻子ちゃん」

櫻子「いや、学校っていうか……」

ちなつ「じゃあバイト? そうだ、私もバイトしてるんだけど櫻子ちゃんのところの制服の子がよく来るよ~」

向日葵「あ……」


吉川さんたちの話を聞くうち、私は重大なことに気づいてしまった。

どうやら櫻子は転校のことについて……この二人に、まだ報告をしていなかったらしい。

15: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:05:27.55 ID:+EtVRVLso
一体どうするのだろうと櫻子の方を確認すると、頭の後ろに手を当ててなんだか恥ずかしそうな笑顔を浮かべていた。ああ、どうやら言っちゃうみたい。


櫻子「それなんだけどさー……えっと、二人に報告しなくちゃいけないことがあるんだよね」

あかり「えっ、なに?」

ちなつ「嘘でしょ!? 勉強出来なさすぎて中退しちゃったとか!?」

櫻子「そんなわけないでしょ! 逆!!」

あかり「逆……?」

ちなつ「中退の逆ってなに? ……在学?」

向日葵「……櫻子、こういうことはしっかりお話しておかないといけませんわ」

櫻子「わかってるって」

ちなつ「なになに!? こわいこわい!」

櫻子「こわくないよ! えっと、私さ……転校したんだよ!」

あかり「えっ……」どきっ

ちなつ「……!?」


櫻子「ち、違うよ!? そんな悲しい系のやつじゃないよ!?」ぶんぶん

ちなつ「ええーどゆことー!? 悲しい系じゃなかったら何なの!?」

櫻子「あーもー面倒くさいなぁ! 黙って聞いてよ!」

向日葵「ふふ……///」





櫻子「……ってなわけで、私いまは向日葵と同じ学校に行ってるんだよね」

あかり「…………」

ちなつ「…………」

櫻子「……はい! この話おしまい!」ぱんぱん

ちなつ「ちょちょちょ、おしまいにしないで! ええ!? 櫻子ちゃん!? あなたほんとに櫻子ちゃん!?」ゆさゆさ

櫻子「疑わないでよ!」

あかり「向日葵ちゃん、本当なの……!?」

向日葵「ええと……信じられないかもしれませんが、本当なんですの。そこのクローゼットに櫻子が着てるうちの高校の制服も入ってますわ。撫子さんのおさがりの」


赤座さんと吉川さんは、目を合わせてひどく驚いていた。二人は中学の頃の櫻子と三年間一緒に過ごしてきたから、正直無理もないと思う。

突然のカミングアウトにより、部屋はなんだか微妙な雰囲気になってしまって……櫻子がもじもじとやりづらそうにしている。

吉川さんがベッドに腰かける櫻子の隣に座り、その手をやさしくとった。


ちなつ「櫻子ちゃん……すごいじゃん」

櫻子「で、でしょ?」

ちなつ「すごい……そんなに向日葵ちゃんのこと好きだったんだぁ!!」がばっ

櫻子「はえっ!?」


そう言うと、おもむろに櫻子に飛びつき、ベッドに押し倒して脇腹をくすぐった。

あまりのことに櫻子は足をばたつかせながらきゃーきゃー叫ぶ。

16: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:05:54.19 ID:+EtVRVLso
櫻子「ちょっと! なにー!?///」

ちなつ「勉強がどうとかよりそっちの方がびっくりだよ~!! ねえあかりちゃん!?」

あかり「うんっ! 実はあかり心配してたんだよ~、櫻子ちゃんと向日葵ちゃんのこと……」

向日葵「えっ……?」


あかり「志望校のことも知ってたから、高校にあがったら二人は離ればなれになっちゃうなあって、中学の頃からずっと気にしてたの。受験期の頃から櫻子ちゃんが元気なさそうにしてたのも覚えてるよ~……」

ちなつ「でも……そこから転校までして向日葵ちゃんの元に戻ったってことはさ?」

あかり「つまり櫻子ちゃん……それだけ向日葵ちゃんのこと大好きなんだよねっ♪」

櫻子「ちょ、ちょっとやめてよ! 恥ずかしいじゃん!///」

ちなつ「このこの~!」こちょこちょ

櫻子「きゃーー!!」


吉川さんが、まるで犬をあやすみたいに櫻子のお腹を揉みしだく。昔と変わらない懐かしいやり取りだ。

やかましい二人をよそに、赤座さんが私の隣に距離を詰めてきた。


あかり「よかったねぇ、向日葵ちゃん」

向日葵「え?」

あかり「あかり、すっごく嬉しいよぉ。二人がまた一緒になれたなんて……!」

向日葵「赤座さん……///」


近くで見ると実感するが、赤座さんはやっぱり大きくなった。

身体のことだけじゃない、昔から変わらない穏やかな優しさに加えて、どこか大人の余裕のようなものを纏っているようが気がする。


あかり「それで……ひょっとして二人って、付き合ってたりとかするの?」

向日葵「え……っ!?」どきっ


しみじみと感慨にふけっていたら、ふわふわのスローモーションから予期しない剛速球がいきなり投げ込まれた。


あかり「あれ、違った?」

櫻子「ちょちょちょ、あかりちゃん!? いつの間にそういうこと聞くような子になっちゃったの!?」がばっ

あかり「いつまでもあかりを子ども扱いしちゃだめだよ~」くすくす


……なんとなく、今しがた感じた赤座さんの「大きさ」の正体がわかったような気がした。

あらゆる意味で大人になっている。

17: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:06:21.88 ID:+EtVRVLso
ちなつ「で、どうなの?」

向日葵「いや、それはその~……こ、こういうのは櫻子に任せますわ!」

櫻子「ええ!? えっと、だから……付き合ってないと言えば嘘になるというか、なんというか……」

向日葵「下手か!!///」べしっ

ちなつ「あははは!」

あかり「も~、それならそれでちゃんと報告して? 大事なことだから」ぎゅっ

櫻子「あ、あかりちゃん……!」


赤座さんと吉川さんに両サイドから腕を抱きしめられ、櫻子は真っ赤になってしまった。

助けを求めるような目で私の方を見てくる。「言っていいの?」と視線だけで語りかけてきた。このお二人になら構いませんわ、とうなずいてあげる。


ちなつ「付き合ってますか、付き合ってませんか。YESかNOでもいいよ」

あかり「どっち……?」


櫻子「……い……いぇす……///」かああっ


ちなつ「やったぁー!」ぱちぱち

あかり「おめでと~♪」


よくわからない二人の祝福に包まれる。女性同士という点についてはまったく気にしていないようだった。もしかして私たちのことを……中学時代からずっとそういう目で見守ってきてくれていたのだろうか。


櫻子「あぅ~……恥ずかしいなぁ……///」

あかり「櫻子ちゃんよかったねぇ、頑張ったんだねぇ」

櫻子「ま、まーね!」

ちなつ「よし、じゃあ私たちのことも言っちゃおうか」

あかり「櫻子ちゃんも言ってくれたし、ちゃんと報告し合わないとね」

櫻子「え……なにを?」

ちなつ「あのね、私たちも付き合ってるんだよ」

あかり「よろしくね~」

向日葵「……えっ」

櫻子「は……はあぁぁー!?///」


ちなつ「さて、今日は何して遊ぼっかー」

櫻子「ちょ待って待って! なに今の! さらっとすごいこと言われた気がしたよ!?」


またもナチュラルなモーションから突然ずばんと爆弾発言が投げ込まれる。

赤座さんは吉川さんと視線を合わせ、赤く染まる頬に両手をあてた。

18: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:07:22.31 ID:+EtVRVLso
あかり「えへへ……いつ報告しようか迷ってたんだけど、櫻子ちゃんたちが先に言ってくれたから勇気出せたよぉ~……///」

向日葵「お二人とも、そうだったんですのね……!」

櫻子「どおりで『付き合ってるの?』なんて簡単に聞いてくると思ったら……二人の方がラブラブだったってわけかーい!」こちょこちょ

ちなつ「やぁー! やめてよ~!」

向日葵「ちょっと詳しい話を聞いてみたいですわね」

ちなつ「もう向日葵ちゃんったら、朝っぱらからそんな話したいなんて……///」はぁん

向日葵「そ、そんな艶めかしい話なんですの!?」

櫻子「ははぁなるほど……? 二人はそっちの学校でたっぷりイチャイチャしてると見た!」

あかり「確かにそうだけど、でも付き合い始めたのは中3のときだよぉ」

櫻子「高校関係ないんかい!!///」


向日葵「ちゅ、中3って……あのときからすでに!?」

ちなつ「ちゃんと告白したのはね。でも私は、初めてあかりちゃんに出会った時からずっとあかりちゃんのこと好きだよ」

あかり「あ、あかりも……♪」

櫻子「こらこらこら! 急にイチャイチャするな! まだ私たち見慣れてないから二人のそういうやつ!///」

向日葵「こ、これは興味深いですわ……聞きたいことが多すぎて……///」

あかり「今日はお話だけで一日終わっちゃいそうだねぇ」

19: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:07:56.82 ID:+EtVRVLso



櫻子「……は? 同棲?」

向日葵「え……?」

ちなつ「うん、まだ数ヶ月程度しか経ってないんだけどね」


離ればなれになった私たちが再び一緒になり、こうして付き合うことになる……

こんな出来事はそうそうないだろうと自分でも思っていたが、世間には……いや意外と近くに、同じくらい波乱にまみれた人生を送っている人たちがいるらしい。


櫻子「ちょ、ちょっと……嘘でしょ!? 本当に同棲なんてしてるの!?」

ちなつ「そりゃもう朝から晩までぴったり一緒にね~」

向日葵「えええ……!///」

あかり「ち、ちなつちゃんっ、あんまり誤魔化しすぎはよくないよ~」

櫻子「どういうこと?」

あかり「べつにあかりたち、二人っきりで一緒に住んでるわけじゃないよ? おねえちゃんたちと四人で暮らしてるの」

ちなつ「あーん言っちゃった、つまんないの」ごろん


櫻子「おねえちゃんって……あかりちゃんのおねえちゃんと、ちなつちゃんのおねえちゃん?」

ちなつ「うちのおねえちゃんたちも付き合ってるんだ。二人とも春に大学卒業して、地元で一緒に働いてるの」

あかり「でも今年から実家を離れて一緒に暮らすことになったから、そこにあかりたちもお世話になってるんだよ~」

向日葵「へぇ……!」

櫻子「そういうことかぁ……!」

ちなつ「まあお世話になってるっていうか、あかねさんがあかりちゃんと離れたくないから、なりゆきでそうなったって感じだけど……」

あかり「そんなあ。ちなつちゃんだっていつもお姉さんとべたべたしてるでしょ~」

ちなつ「あかりちゃんのとこほどじゃないよ!? 絶対!」


聞けば聞くほどすごいと思った。一緒に暮らすだなんて……そんなこと、高校生ができるわけないって思っていた。

ふたりの間になんとなく感じる “見えない繋がり” のようなものは、きっと時間を共にしていく中で芽生えた絆のようなものなのだろう。

自分たちと比べるわけではないが……そんな二人のむつまじい関係を、羨ましいと思った。

20: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:08:27.55 ID:+EtVRVLso
ちなつ「……はい! てなわけで、私たちの近況報告はこんな感じかな」ぱんっ

あかり「ふたりも今度うちに遊びにきてね~」

櫻子「す、すごいなぁ……」

向日葵「そういうのもありなんですのね……」

あかり「ううん、あかりはね……櫻子ちゃんの方がすごいと思うよ」

櫻子「えっ?」


ちなつ「私たちは、ただ流されるように……周りにくっついてるだけだもん。まだまだおねえちゃんたちに甘やかされてるって、自分でも思う」

あかり「でも櫻子ちゃんは、きちんと自分で頑張って、それで向日葵ちゃんのところに戻ってあげたんでしょ?」

ちなつ「それって本当にすごいことだと思うよ! 本当に……向日葵ちゃんは、幸せ者だね」

向日葵「えっ!///」どきっ


櫻子のことを褒めていたと思ったら、急に私に話が振られてしまった。赤座さんと吉川さんに同時に笑顔を向けられる。


ちなつ「なんとなく思ったからできることじゃ決してないじゃん。本当に強い気持ちを持って、ずっとずっと向日葵ちゃんのために努力してきたんだよね?」

あかり「その時間があったからこそ、二人の距離は……今までよりもっともっと近くなったんだって思うなぁ」

櫻子「う……///」


櫻子と離れた時間。

櫻子と会わないままに過ごした日々。

今こうして私たちが一緒になれたのは、櫻子が強い気持ちで頑張り続けてくれたから。

離れている間にも……私を想って、私のことを考えて、私のために努力してくれていたから。


向日葵(確かに……)


私も櫻子と離れてしまってからの日々で……自分の本当の気持ちに、やっと静かに向き合うことができた。

櫻子がいなくなってはじめて、ぽっかりと空いた穴の大きさがよくわかった。

櫻子が好きなんだって、揺るぎなく想えるようになった。


向日葵「……おっしゃる通り、櫻子は本当によく頑張ってくれましたと思います」

櫻子「なっ……!」


向日葵「実は私……今まで言ってなかったけど、ずっとあなたに申し訳ないって気持ちがあったんですの。あなたはこうして努力して戻ってきてくれたのに……私はあなたに、何もしてあげられてないって」

櫻子「そ、そんな……!」

向日葵「だって……もし一年生の頃の私が、あなたのことを思い出さずに過ごしていたって、あなたは今と同じように転校してこれてたかもしれないじゃない……」

櫻子「それは違うよ!!」ぱっ

向日葵「えっ……?」


櫻子は突然私に詰め寄って手を取ると、普段は決して見せない真剣な表情になった。

赤座さんと吉川さんの目があるのに……と思ったけど、そんなのお構いなしに、まっすぐに私を見つめてきた。

21: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:09:17.83 ID:+EtVRVLso
櫻子「向日葵は……今までずっと、ずーっと私に色々してきてくれてたんだよ!」


櫻子「私はいつも向日葵に何かしてもらう側で……それが当たり前なんだって、いつしか思うようになっちゃってた……」


櫻子「だから……私は向日葵に甘えてばっかりだったから、受験の時にあんなことになっちゃって……!」ぎゅっ

向日葵「櫻子……」


櫻子「今回はね、ただ『私が頑張らなくちゃいけない番』だったんだよ……!」

向日葵「!」


櫻子「はじめからわかってたの……もし私が向日葵のいる学校に戻れたとしたって、向日葵がもう新しい道を楽しんで歩んでいたなら、必ずしも距離は戻らなかったかもしれないって。ねーちゃんにも最初に口酸っぱく言われてさ……」


櫻子「でも私……それでもよかったんだよ……っ!///」

向日葵「っ……」


想いが溢れて涙となって、櫻子の目がうるんだ。

握られた手を通して櫻子の感情が流入してくる気がして、思わずこちらまで泣きそうになってしまう。


櫻子「もしそうだったら怖いなってずっとずっと思ってたけど……それでも向日葵のところに、帰りたかったんだよ……っ」

向日葵「そう……でしたの……」


櫻子「……私ね、忘れてないよ。向日葵が……『あなたがいないときの方が、あなたのことでいっぱいですわよ』って言ってくれたときのこと……」にこっ

向日葵「あっ……///」


櫻子「あのとき……本当に、心の底から嬉しかったの。向日葵も私と同じなんだって……ここまで頑張ってきて本当によかったって、初めて思えたときだから……///」


櫻子「向日葵は何もしてなくなんかない。ずっと私を待っててくれてたんだよ。だから私はこうして……」ぎゅっ

向日葵「さ、櫻子……///」



ちなつ「……もしもしー?」とんとん

櫻子「うわあっ!?」びくっ

22: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:09:46.27 ID:+EtVRVLso
ちなつ「ちょっとさ~、二人の世界に入るなら私たちのいないところでしてよ~」

あかり「ちなつちゃん止めちゃだめだよぉ。もうちょっと見てたかったのにぃ」

向日葵「赤座さん!?///」

ちなつ「なんかむしゃくしゃしたの! 二人がイチャイチャしてるところ見てたら。そういうのは人前でやらないでくださーい」

櫻子「い、イチャイチャしてたわけじゃ……」


ちなつ「それよりさ、ここで話してるのもいいけどどこか出かけない? せっかく一緒にいるんだから」

向日葵「あ、いいですわね」

あかり「久しぶりに中学校でも遊びに行ってみない? 先生たちがいるかもしれないよぉ」

櫻子「おおーいいねー!」


吉川さんの提案で、みんなで近所に出かけることになった。

櫻子のせいで大きく拍動してしまった胸を一生懸命クールダウンさせながら平静を装う。

いつも一緒にいるけれど……共に過ごす時間が経ってしまうほど、改めて何かを聞くというのが気恥ずかしくて、こうして本心を伝え合うことはなかなかできるものじゃない。

四人で一緒に散歩している最中も櫻子と目を合わせるのが恥ずかしくなってしまって、少し距離を置いて歩いてたのに、吉川さんに「手でもつないだら?」と言われ、また私たちの胸の鼓動は大きくなってしまった。

23: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:10:14.51 ID:+EtVRVLso



櫻子「……よかったね、昨日ちなつちゃんから連絡貰えてさ」とぼとぼ

向日葵「ええ、本当に」


遠くの方で、かなかなとヒグラシが鳴く帰り道。

吉川さん赤座さんと別れて、暑さの落ち着いた夕方の道を歩く。ひとしきり話し合って疲れてしまったのか、今の櫻子はだいぶ落ち着いていた。


櫻子「私、これからももっと二人と連絡とろ。しばらく会ってないうちになんだか気まずくなっちゃって、こっちからあんまり連絡とかできなかったんだけど……二人とも変わらないままでいてくれて、嬉しかったなぁ」

向日葵「またみんなで一緒に遊びたいですわね」

櫻子「うん」


櫻子と歩幅を合わせながら、二人から聞いた色んなお話を思い返す。

二人はこの後、お姉さん方と一緒に暮らしている家へと帰るのだろう。

一緒に住むとはどんな感覚なのだろうか。私と櫻子は家が近すぎて、わざわざどっちかの家に偏るなんてことがないので、よくわからなかった。


向日葵「櫻子は、赤座さんのお姉さんと吉川さんのお姉さんに会ったことあります?」

櫻子「家に遊びに行ったときに会ったことはあるけど……まさか付き合ってるなんて思わなかったよ。すごいね、姉妹揃って同じ家の相手と繋がるなんて」

向日葵「姉妹だからってこともあるかもしれませんけど……四人はそれぞれ、本気でお互いを想い合ってるんでしょうね」

櫻子「そうじゃなかったら、一緒に暮らすなんてきっとできないもんね」


お姉さん方は今年の春に大学を卒業して、今はもう立派な社会人。

きちんと仕事をして、好きな人と支え合って一緒に暮らす……それはどんなに幸せなことだろうか、想像もつかない。

きっと最高級の幸せなのだろうということしか、今の私にはわからない。


櫻子「……向日葵」

向日葵「はい?」

櫻子「向日葵はさ……将来の夢とか、ある?」

向日葵「え……」


両手を頭の後ろに組んで、暮れゆく空を見上げながら、櫻子が突然尋ねてきた。

こんなに改まって聞かれるのは初めてだ。

24: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:10:43.14 ID:+EtVRVLso
向日葵「……明確にこう、っていうのは……正直ないですわ」

櫻子「……私も」

向日葵「でも……」

櫻子「?」


向日葵「今日、赤座さんたちのおうちのお話を聞いて……いいなあって、思いました……///」

櫻子「…………」


視線を下げて、素直な気持ちを言葉に出してみる。

視界の端で櫻子がこちらを見てきたのがわかった。私の顔は赤くなってしまってはいないだろうか。


櫻子「……どうなるんだろね、将来の私たちって」

向日葵「あら。あなたにしては真剣なテーマで悩んでますわね」

櫻子「当たり前じゃん」ぴたっ

向日葵(えっ……?)


櫻子が突然歩みを止める。

垂れ下がった髪で目を隠し、不安げな声で小さくつぶやいた。


櫻子「私、もう同じことは繰り返したくないんだよ……」

向日葵「!」


櫻子「怖いの……向日葵と離れちゃうのが……」

向日葵「櫻子……」


ゆっくりと顔をあげた櫻子は、いつになく弱々しい表情だった。

知らずのうちに、櫻子は何らかのスイッチが入ってしまったようだった。受験を境に私と離れてしまったことがトラウマになっているらしい。

将来に対する漠然とした不安に苛まれている。うかうかしてたら大切なものを失いかねない、今の櫻子はその気持ちを誰よりも強くわかっていた。


向日葵「げ、元気出しなさいなっ。未来は暗いことばかりじゃありませんわ」

櫻子「うん……」

向日葵「そう……仮に、私の夢がもしあったとしたら、あなたはどうしてくれるんですの?」

櫻子「そしたら……私も向日葵と同じのにする」

向日葵「……本当に? いいんですの?」


家に到着するまでもう少しという場所で、私たちは隣り合って話し合った。

もう夕方だから、家に到着したら別れてしまう。そんな気持ちもあって櫻子は立ち止まったのだろうが……奇しくもここは、桜が散る季節に私が初めて櫻子に「付き合ってください」と告白した道端だった。

あのときの櫻子のいたずらっぽい笑顔をまだはっきりと思い出せる。

不安げな私を優しく抱きしめてくれたことも、「大好き」と言ってくれたことも。

25: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:11:15.88 ID:+EtVRVLso
向日葵「じゃあ逆に、あなたは何か夢とかありませんの? こういうことはあまり聞いたことなかったですけど」

櫻子「……こ、ここで言うの?」

向日葵「あら、ここじゃ言えないようなこと?」

櫻子「いや、いいけど……夢っていうか……」

向日葵「?」


櫻子「私はただ……向日葵と、一緒にいたいんだよ……///」かあっ

向日葵(あ……)


だんだんと陽が落ちてきて、暮れゆく空が赤く染まっていく。

夕陽に照らされる櫻子の顔は、いつもより何倍も増して可愛く思えた。


櫻子「だから、向日葵が何かになりたいって言ったら……私も同じのになりたい。どこに住みたいとかがあったら……私も同じところに住みたい」

向日葵「…………」


櫻子「向日葵と……ずっと一緒がいい」

向日葵「櫻子……」


勇気を振り絞って、一生懸命に気持ちを打ち明けてくれる櫻子。少しだけ声が震えていた。


私たちはなぜ毎回、こんな道端で告白をし合っているのだろう。もうすぐ家についてしまうという感覚がそうさせるのだろうか。

思えば小学生の頃も中学生の頃もこうやって、家に着く寸前が一番会話が弾んでいたような気がする。

あの番組面白いから見てね、とか。提出物を忘れないように、とか。いつものように喧嘩になるときも、数えきれないほどあったっけ。

それが今では、一生に何度と言えるかわからない、本気の告白をするまでになっている……なんだかおかしく思えてきた。


櫻子「な、なんで笑ってんの……///」

向日葵「ふふっ……いえいえ。可愛いなあと思って」

櫻子「ちょっと! 今すごい頑張って言ったんだよ!? もっと真剣に聞いてよ!」

向日葵「わかってますわ」ぽすっ

櫻子「っ……!」


櫻子の華奢な肩に顔をつけて身体をあずける

手の指を小さく絡め合って握りながら、耳元で言ってあげた。


向日葵「私も……櫻子と、同じ気持ちですから」

櫻子「ひ、向日葵……」

向日葵「将来つきたい職業とか、そういうのはまだわからないですけど……そういうのも含めて、櫻子と一緒に探していけたらいいなって、思います」

櫻子「!」


絡めた指を、しっかりと握りしめられた。

26: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:11:50.68 ID:+EtVRVLso
櫻子「……あ、あのさ!」

向日葵「はい?」

櫻子「先生から言われたでしょ? 夏休み中を使って、行きたい大学のオープンキャンパスに参加しとけって」

向日葵「ああ……」

櫻子「私、まだどこの大学に行きたいとかは考えてないんだけど……ねーちゃんが、私の大学でも試しに見に来てみればって、言ってくれてるんだよね」

向日葵「!」


櫻子「一緒に……いってみない?///」にこっ

向日葵「櫻子……」


優しい眼差しで微笑みかけられ、思わず直視できなくなり目をそらす。

櫻子って……やっぱり、すごく可愛い。


向日葵「い……いいと思いますわ。すごく……///」

櫻子「ほんと?」

向日葵「ええ。あなたそんなことまで考えてくれてたんですのね」

櫻子「いやー、実はわりと前から、いつ誘おうかなーって迷っててさ……」

向日葵「……あら」

櫻子「日程がね、確かもうすぐだったと思うから……ねーちゃんに相談してみるよ! 案内してくれるんだって」

向日葵「わかりましたわ。詳しいことが決まったら教えてくださいな」

櫻子「うん。帰ったらすぐ……」


「まーたこんなところでイチャイチャしてるの?」

櫻子「うわー!?///」びくっ

向日葵「は、花子ちゃん!?」ぱっ


振り返ると、友達の家から帰ってきたところらしい花子ちゃんが、いつの間にかすぐ後ろまで来ていた。


花子「ほらほら、近所の人に見られたら恥ずかしいからせめて家の中でやってほしいし」ぐいぐい

櫻子「ちょっと、違うから! 普通に話してただけだからね!?」

花子「明らかに普通の話の距離じゃなかったし……」


花子ちゃんに背中を押される形で、家までの道を歩く。

恥ずかしいことに、まだまだストッパーがいなければ手を離すタイミングさえもつかめないのは事実だった。


――――――
――――
――

27: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:12:29.50 ID:+EtVRVLso




花子「うん……櫻子? もうお風呂入っちゃった。うん……伝えたいことがあったら、花子が代わりに言っておくし」


“おーぷんきゃんぱす” とやらに参加するため、櫻子とひま姉は明日、撫子おねえちゃんのいる大学に行くらしい。

花子も撫子おねえちゃんに会いにいきたかったけど、まだ大学なんて見てもしょうがないから、明日は一日お留守番することになった。

撫子おねえちゃんと明日の予定を確認していた櫻子は、要件が終わるとそのまま花子に電話を渡してお風呂に行ってしまった。「せっかくだから話せば」ということらしい。夏休みに入った近況報告や、撫子おねえちゃんの向こうでの様子をしばらく話し合っていた。


撫子『櫻子たちを案内したら、私も一緒にそっちに帰るから』

花子「えっ! 帰ってこれるの?」

撫子『ちょっとだけね。色々とそっちで用事もあるんだ』

花子「そうなんだ……///」


用事があるのは本当のことかもしれないけど、撫子お姉ちゃんはきっと、花子のために帰ってきてくれるんだと思った。

もうすぐ、花子の誕生日だから。


撫子『じゃあ、そろそろ切るね』

花子「うんっ」

撫子『何か困ってることとかない? 大丈夫?』

花子「ないない。櫻子とひま姉が毎日お熱いのが困りものなくらいで」

撫子『ふふ……そっか』

花子「撫子おねえちゃんこそ、体調に気を付けてね。忙しいと思うけど、無理しないで」

撫子『ありがとう。じゃあまた帰るときに連絡するから』

花子「はーい」


撫子お姉ちゃんは、都会の大学の教育学部に通う4年生。

花子は詳しいことはよくわからないけど、きっとこの夏は本番の試験とかがいっぱい待ち構えていて、今が一番大切な時期のはずだ。

もしかしたら……こっちにくるのは、先生になるための試験を受けるからなのかもしれない。


花子(……言ってくれればいいのに)


撫子おねえちゃんは、自分が頑張っているところをいつも隠しちゃう。

そのくせどんな大変なこともスマートにやり遂げて、成し遂げた結果だけ持って帰ってくる。

妹に対してもそうなんだから、友達に対してももちろんそうなんだろう。

撫子おねえちゃんと “お熱い” あの人にだけは、弱い部分も見せてるのかもしれないけど。


こっちに帰ってきたら、花子の誕生日なんてどうでもいいから、まずは撫子おねえちゃんをいっぱいもてなしてあげなきゃ。当番も増えてぐんぐん上達した花子の料理の腕をぞんぶんに振るうときが来た。

明日は一日かけて家のお掃除をしよう。食材の買い出しにも行って……撫子お姉ちゃんが好きな料理を作ってあげよう。

そうとなったら今日は早く寝なきゃ。明日は一日忙しい。櫻子が出たら花子もさっさとお風呂に入ってしまおう。

28: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:13:29.63 ID:+EtVRVLso
撫子おねえちゃんとの通話が終わった櫻子の携帯を、机の上に置こうとした。


てこてこっ♪


花子(ん……?)


ちょうどそのとき、LINE通知が来た。

べつに花子には、他人の携帯を覗き見するような趣味はない。それがたとえ櫻子の携帯であったとしたって、やっていいことと悪いことの分別はついている。

けれど偶然目に入ってしまった。一瞬何事かわからなかった。


[ごめん]


たったそれだけの文字を送ってきた、差出人。

その名前を……花子はどこかで耳にしたことがあった。


花子(こ、この人……)


前にうちに来た……櫻子の、前の学校の友達だ。



数日前の出来事を思い出す。ひま姉の前で花子がこの人の話をしたとき、櫻子はやけに慌てていた。

ひま姉に焼きもちを焼かせちゃうから焦っているんだと思ってた。たかが友達にひま姉が嫉妬なんてするわけなのに。

けれどこの「ごめん」という一文を見て、花子の考えはどこか間違っていたのかもしれないと思った。


ロック画面に現れた通知は数秒で消えてしまう。真っ暗になった液晶に、無表情な自分の顔が映る。

このたった3文字しかない不穏な文に込められた思いは、いったいどういうことなんだろう。櫻子はこの人と喧嘩でもしているのだろうか。

考えを巡らせていると……また気の抜けた通知音と共に、次のメッセージが届いてしまった。


[やっぱり、会いたいよ]


花子「……!?」どきっ


ど……どういうこと?


花子(櫻子に……会いたがってる……?)


去年櫻子の家にきたとき……櫻子とこの人は普通に仲のいい友達のような間柄に見えた。

それから約半年して、櫻子はひま姉のいる学校へ転校してしまった。

この人にしてみれば、仲のいい友達がたった一年でいなくなってしまったんだから、ひどく寂しいことだろう。

それでもこうやって連絡を寄越して、学校が離れても変わらずに会おうとしてくれているなんて、とても良い友人関係のはずだ。


なのに……この「ごめん」という言葉は……「やっぱり会いたいよ」とは、一体何を表しているのだろうか。

29: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:14:07.37 ID:+EtVRVLso
胸がじんじんと痛む。不自然にゆがんだ何かを感じる。櫻子を取り巻く何らかの問題。すさんだ人間関係の片鱗。

これ以上見てはいけない。これは櫻子の問題だ。けれど花子の頭はどうしても櫻子とこの人の関係を変に邪推してしまって、とても見なかったことにはできない。

そして、また無情にも通知音が響いてしまう。


[花火大会の日、休みとれたよ]


[去年みたいに、一緒に行けないかな?]


花子「っ……」


櫻子「ふー。花子、お風呂あいたよ」がちゃ


髪にタオルを当てながら、お風呂上りの櫻子がのんきな顔をして出てきた。

櫻子の携帯を持って立ち尽くす花子は今、どんな顔をしているのだろう。

勘の鈍い櫻子の表情が一変するくらいだから、よほど不穏なオーラを出していたに違いない。


櫻子「ど……どしたの? ねーちゃんとの電話終わった?」

花子「…………」

櫻子「花子……?」

花子「櫻子……これ、なに?」すっ

櫻子「っ!!」どきっ


黙っていればよかったのかもしれないけど……我慢できなかった花子はロック画面を点け、緑色のアイコンの並ぶ通知表示を櫻子に突き出した。

この距離では細かい文字まで見えないだろうに、櫻子はそれだけで全てを察したようだった。

30: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:14:41.43 ID:+EtVRVLso


花子「どういうこと!? 何があったの!?」

櫻子「だから花子には関係ないって言ってんじゃん! 関わらないでよ!」

花子「だっておかしかったし! 今の文見たら仲良さそうに見えなかった! 喧嘩してるの?」

櫻子「し、してないよ……」

花子「うそつき! すぐ顔に出る!」

櫻子「してないってば! 早くお風呂行きなよ!」

花子「この前ひま姉の前で、この人の話をしたときに嫌がってたのと……関係あるよね!?」

櫻子「くっ……」


花子「どうして!? こんなの櫻子らしくないし……! 喧嘩してるなら仲直りしなよ! 遊びたいって誘われてるなら、遊んであげればいいじゃん……!」

櫻子「……だめなんだよぉ」

花子「え……?」


突き出した携帯を奪い取ってずんずんと部屋に戻る櫻子のあとにつき、一体何が起こっているのかを問い詰めた。

櫻子は力なくベッドに腰かけ、俯いて携帯の画面に向き合う。


櫻子「向日葵に……見られちゃったから……」

花子「な、なにを……?」

櫻子「この子に……告白されたとこ」

花子「!」


櫻子のこんなに重い声を……花子は初めて聞いたかもしれない。今にもため息をつきそうなくらい、気落ちしている姿も。


花子「告白されたって……櫻子、この人と付き合ってるの……?」

櫻子「そ、そんなわけないでしょ! 向日葵がいるんだから……!」

花子「じゃあ……」

櫻子「……でも向日葵には、ちゃんとこの子を振ったって思われちゃってるんだよぉ……」

花子「えっ……?」


両の手で顔を覆い、蚊の鳴くような声でつぶやいた。

これが……櫻子の抱える「弱み」らしかった。


櫻子「ちゃんと振れなかったんだよ……私……! 友達のままでいいじゃんって言ったんだけど……それじゃ嫌なのって言われてさぁ……」


櫻子「そのときは私もすごく不安なときで……向日葵の元へちゃんと戻れるかもわからなかったし、戻れたとしても向日葵に好きな人がいたらどうしようとか、色々悩んでた時期で……」


櫻子「一年間ずっと一緒にいてくれた仲良しの友達を、振れるわけないじゃん……! でも、言っても聞いてもらえなくて……そのまま走って逃げられちゃって……ちゃんと話し合いができないまま、未だに続いちゃってて……」

花子「…………」

31: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:15:43.10 ID:+EtVRVLso
……花子はまだまだ、恋愛のこととかはよくわからない。そういうのはきっと経験のある櫻子の方がよくわかってる。

でも今の櫻子が、誰に見られても恥ずかしくない恋愛をしているとはどうしても思えなかった。後ろめたい何かを感じる。

この人は櫻子のことが大好きで、告白までした。櫻子もそれをわかってる。

でも櫻子にはひま姉がいるから、この人とは恋愛関係じゃなくて、友達関係のままでいたいと望んでる。けどこの人はそれじゃ納得しなかった。


花子「会いたいって、言ってたよ……」

櫻子「うん……」

花子「……会うの?」

櫻子「…………」

花子「花火大会の日、休み取ったって……櫻子のためだよね。去年も一緒に行ってたもんね」


花子は覚えてる。去年の夏休みもずっと勉強を頑張ってた櫻子が、「今日くらいは」って浴衣を着て友達と一緒に花火を見に行ったときのこと。

きっとその日のことがすごく楽しかったから、また今年も櫻子と一緒に過ごせたらいいなって思ってるんだ。


櫻子は倒れるようにベッドに横たわると……携帯を枕元に放り置き、ため息をついた。


櫻子「花火、向日葵と行こうと思ってたのに……行けなくなっちゃったなぁ……」はぁ

花子「っ……!?」


櫻子のその言葉を聞いて……気づいたら、花子は櫻子の腕をひっ掴んでた。


櫻子「痛っ!?」

花子「ひま姉の話はしてない!! この人と櫻子だけの問題でしょ!」

櫻子「な、なんだよ……! なんで花子が怒るの!?」


驚いた櫻子が身をこわばらせている。

自分でも驚くほどの大きな声が出ていた。


花子「だって去年はあんなに仲良かったじゃん! 花子覚えてるもん! それに櫻子が転校しちゃってからも、こんなに会いたいって言ってくれてるんでしょ!? 会ってあげてよ!」


中途半端な対応を取っている櫻子に、めちゃくちゃむかついた。

この人と櫻子とひま姉の3人の中で、櫻子が一番わがままを言っているような気がした。

32: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:16:09.70 ID:+EtVRVLso
花子「櫻子はひま姉のところに戻れるかわからなかったから、きっぱり振れなかったんでしょ!? ってことは櫻子、もしも転校できてなかったらこの人と付き合おうって思ってたんでしょ!?」

櫻子「はぁ!? 思ってないよ!」

花子「ならちゃんと断ればよかったはずだし! 結果的にひま姉のところに戻れたから、今になって冷たい対応をとって、それで諦めてもらおうとするなんて……!///」

櫻子「……!?」びくっ


抵抗する櫻子の手の力が弱まった。

花子の頬には……熱い何かが伝っていた。


花子「会いたいって……言ってくれてるんだから、会ってあげてよ……櫻子のことが好きだって言ってるんだから、冷たくしないであげてよ……っ!///」

櫻子「花子……っ」


花子「ばか櫻子っ!! そんなひどい人だなんて思わなかった!」ぶんっ

櫻子「きゃっ!?」ぼすん

花子「櫻子なんかに……ひま姉と付き合う資格ない!!!」

櫻子「!!」はっ


顔面におもいっきりクッションをぶつけ、思いの丈を大声で浴びせかけて花子は部屋を飛び出した。


階段を下りて脱衣所に入り、誰も入ってこれないようにすぐに鍵をかける。お風呂に入らなきゃいけないのもそうだったけど、今は櫻子の顔を見ていたくなかった。

グレーのシャツの生地に涙の跡がぽつりと目立ってしまっている、櫻子のおさがりTシャツを乱暴に脱ぎすて、脱衣カゴに放り投げる。

洗面所の鏡に映った自分の顔が目に入り……真っ赤で情けない泣き顔を見たら、余計にみじめに思えた。


櫻子とあの人のことなのに、なんで花子が泣いてるんだろう。


――――――
――――
――


33: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:16:44.66 ID:+EtVRVLso


ちゅんちゅん……


花子「…………」もぞ


花子(あ……)


目が覚めると、静かな朝が来ていた。

時計を見ると、もう朝9時をすぎていた。いつもよりだいぶ長く眠ってしまった。昨晩泣き疲れたせいで、目が腫れぼったく重たい。


花子「…………」すとっ


やけに家が静かだ。そう思いながら部屋を出て階下のリビングの扉を開く。

ただただ空虚で静かな一室が、そこにはあった。


花子(誰もいない……?)


人がいた気配を感じさせないリビングのテーブルの上に、小さなメモ用紙が置かれているのを発見する。

櫻子の字だった。


[                    
  行ってくるね。            
  ねーちゃんと一緒に帰ってくるから。  
  何かあったら電話してね。       
                     
                櫻子   
                    ]


花子(……そっか……)


オープンキャンパスのことはよく知らないけど、撫子おねえちゃんの大学は遠くにあるから、行くとしたら早朝出発になるんだということに今更気づいた。

花子が寝てる間に出かけてくれたことにせいせいする。昨日櫻子にあれだけ怒鳴り散らしてしまった手前、ひま姉と一緒にいる姿を見ることさえ今は嫌だった。


顔を洗って髪をととのえ、冷蔵庫の中で冷えていた牛乳を飲む。なぜか花子は胸が緊張していてお腹が減ってなくて、ごはんを食べる気にはなれなかった。

リビングの大窓の、レースのカーテンをしゃっと開けて外を眺める。

今日も相変わらず、夏の快晴が静かに広がっていた。


花子(今日は……ひとり)


ソファに座って、特に眠くはなかったけどそのまま横たわる。

聴こえるのは外の小鳥の鳴き声と、遠くで鳴いている蝉の声だけ。

それらから意識を外せば、きーんとなりそうなくらい部屋は静かだった。


思えば……こうしてまる一日一人きりになるのは、もしかしたら初めてかもしれない。

この家にはいつも誰かがいた。去年の櫻子はほとんど家から出ることは無かったし、その前の中学生の時は、まだひま姉がうちに来てくれたりしていた。

楓もよく遊びに来たし、それより前にはまだ高校生だった撫子おねえちゃんが家にいてくれた。


花子(ひとり……ぼっち……)

34: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:17:13.78 ID:+EtVRVLso
誰もいないテーブルを眺める。去年はここに、せっせと勉強する櫻子の姿があった。

ここで一緒に宿題をした。一緒にごはんを食べた。櫻子はもくもくと頑張っていたけど、話しかければいつだって答えてくれた。

花子の友達の話も聞いてくれた。櫻子の学校の話もしてくれた。ひま姉との昔話に花を咲かせた。撫子お姉ちゃんに一緒に電話をかけたりもした。


毎日、毎日、ここにいてくれたっけ。


花子(……あの頃は、まだ仲良かったんでしょ……?)


櫻子が去年家につれてきた女の子。

ひま姉のためとはいえ、少々張りつめすぎてはいないかと心配になっていた花子の櫻子に対する不安を、あの人の笑顔は解消してくれた。

こんなに必死に頑張ってるけど、櫻子は今の学校でも楽しくやってるんだなって初めて実感できて、花子はすごく安心した。

そしてあの人は……きっとあの夏の日からずっと、櫻子のことが好きだったんだ。


花子(櫻子って……やっぱりモテるんだ……)


櫻子が友達の多い子だっていうのはわかっていたけど、こうも人に恋い焦がれられるタイプなのかといわれると、花子はどこか納得できない。

姉妹だからか、いつも一緒に暮らしているからか、花子には櫻子の悪い部分がよく見えてしまう。なんでこんなだらしない人のことを好きになるのかわからない。正直ひま姉のことも意外に思う。櫻子のどこが好きなんだろう。


花子(モテるくせに……いい気になってるから、昨日みたいなことになるんだし……)


自分を好きだと言ってくれる人がいるのに、会いたいとまで言ってくれてるのに、その人のことを見てあげないなんて。

昨日は本当に腹が立った。友達思いが櫻子の数少ない取り柄だと思ってたのに。


花子(どうなるんだろう……これから)


あの調子だと櫻子は、花火大会の日も会ってあげないのだろう。あの人から目を背けることで、相対的にひま姉に注力できているのだと思い込んでいる。

可哀想に。遠く離れた櫻子のために予定を作ってまで会おうとしてくれてるのに。ひとたび離れてしまえばないがしろにされてしまう存在でしかなかったんだ、あの人は。

ひま姉と離れている間、元気をなくした櫻子を支えてくれていたはずなのに。


櫻子はひどい。

やっぱり櫻子はばかだ。

勉強はできるようになったかもしれないけど……中身がてんでだめ。

そんなことじゃ、きっといつかひま姉にも見放されちゃうときがくるに違いないし。

35: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:17:46.15 ID:+EtVRVLso
花子「…………」


時計を見ると、もう起きた時からだいぶ経っていた。ぼーっとしているだけで時間はどんどん過ぎていく。

思い切って気だるい身体をむくりと起こし、深呼吸して発想を転換させる。


そうだ、今日は櫻子がいないんだ。

こんなにせいせいする日はない。今まで櫻子がいたからできなかったようなことも、今日ならばなんでもしていいんだ。

それに今夜は撫子おねえちゃんが帰ってくる日。今日はお掃除を頑張ろうって、昨日予定を立てたのを思い出した。のんびりうかうかしていられない。


花子(……よしっ!)ぱっ


花子はぱっと思い立ち、さっそくパジャマを着替えた。

何を着ようかな、と悩んでいるとき……ふといいことを考えてしまった。今日しかできない特別なことがある。

櫻子のクローゼットを勝手に開ける。ごそごそと漁って、花子の目当ての洋服を探した。


花子(あったあった……♪)


櫻子のお洋服を取り出す。もとは撫子おねえちゃんが大切に着ていた洋服で、花子から見てもすごく可愛いと思う。

最近の櫻子はほとんど着ていない様子だから「ちょうだい」とたびたび言ってるのに、「まだ私が着られるから」と言って一向に譲ってくれない。

今日くらいは勝手に着てしまおう。帰ってくる前に元に戻せばいいだけだ。

憧れの洋服を着て、姿見の前で綺麗に整えた。スカートをひろげたり、くるりと回ったりしてみる。少しサイズは大きいかもしれないけど、そこまでの問題ではなかった。

ほーら、やっぱりこの服は櫻子が着るよりも花子が着た方が似合うんだし。


花子(お、おでかけしちゃおうかな……///)


外は暑いけど、せっかくだからどこかに出かけでもしないともったいない。近くのコンビニでアイスでも買ってこようか。

ひとたび考え始めるといろいろな “したいこと” が思い浮かんできて、なんだかわくわくしてきた。

もう一度洗面所に行って髪を梳いて綺麗に整え、外出する準備をして家を出た。忘れずにちゃんと鍵もかける。

花子だってもう、六年生なんだから。

36: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:18:46.52 ID:+EtVRVLso




櫻子とどこか遠くに出かけるのはどれくらいぶりだろう。

早朝から出発して電車に揺られ、外の景色もだんだんと都会に近づいてきた気がする。

読んでいた本から目を外し、隣に座る櫻子を横目で見た。


櫻子「…………」


今日はあまりにも大人しいので、早起きがたたって寝ているのかと思ったが……ここまで一回も寝ていない。

目はきちんとあけたまま、ぼんやりと外をながめている。


向日葵(……何か、あったかしら)


今回の旅は櫻子の方から誘ってきたくせに、どうにも一抹の不安のようなものを抱えているような気がした。

この子は普段が普段なだけに、大人しくしている方が不自然だ。


向日葵「……櫻子」

櫻子「…………」

向日葵「ねえ」つんつん

櫻子「ん……何?」

向日葵「……どこで降りるんでしたっけ、駅」

櫻子「えっとね……あれ、今どこだっけ?」

向日葵「…………」


ずっと外を眺めていたと思っていたのに、櫻子は窓の外に注意をこらしてここがどこなのかを確かめようとした。

同時に車内アナウンスで次の到着駅が知らされ、携帯電話で表示した時刻表と照らし合わせて確認する。


櫻子「ああ、えーと……あと5駅だね。もうすぐ乗り換えなきゃ」

向日葵「…………」じっ

櫻子「……な、なに?」

向日葵「……こっちのセリフですわよ。今日はずっと何を悩んでるんですの?」

櫻子「な、悩んでないよ!? 何も!」ぶんぶん

向日葵「ほんと嘘が下手ですわね……」

櫻子「うぅ……」

37: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:19:16.88 ID:+EtVRVLso
向日葵「何でも相談しなさいな。大学でもそんな感じで説明聞いてたら、せっかくこうして来てるのにほとんど頭に入らないですわよ?」

櫻子「…………」

向日葵「……どうしたの? 大学のことで不安があるとか?」

櫻子「ううん……」

向日葵「じゃあ何? ちゃんと自分の口から教えて」

櫻子「…………」はぁ


……やっぱり今日の櫻子はおかしい。

朝は私もぼんやりしていて気が回せなかったが、この様子だと昨日のうちぐらいから何かあったのではないだろうか。

考えても思い当たる節があまりない。最近は櫻子とほぼ毎日一緒にいるから、何かあるとすればなんとなくでも気づけるはずだ。

そしてここまで思いつめているとなると、軽い悩みではないことが伺える。


向日葵(……もしかして、私に言えないような悩み?)


向日葵「……櫻子」すっ

櫻子「え……」


元気のない櫻子に少し詰め寄り、前後の席の人には聞こえない程度のボリュームで囁く。


向日葵「私、あなたの彼女ですわ」

櫻子「っ!」どきっ


向日葵「ですから、その……あなたが悩んでるところを見るの、嫌なんですけど」

櫻子「な、何言いだすの急に……///」

向日葵「これでも真剣に言ってますわ。些細なことなら相談してほしいし……私が解決できることだってあるかもしれないじゃない」

櫻子「うん……わかったよ、言うよ」


櫻子は観念して、花子ちゃんのことで悩みがあるのだと打ち明けた。


櫻子「昨日の夜に喧嘩しちゃってさ……仲直りできないまま、今朝出てきちゃったんだよね」

向日葵「もう何やってるんですのよ……ちゃんと謝りなさい。どうせあなたが悪いんでしょ?」

櫻子「き、決めつけないでよっ」

向日葵「じゃあ花子ちゃんが悪いんですの?」

櫻子「っ……」


櫻子と花子ちゃんは昔から喧嘩の多い姉妹だが、そういう時はたいてい……いやほぼ100%、櫻子の方が悪い。なぜなら花子ちゃんは自分が悪いときにはきちんと謝れる子だからだ。

櫻子もだいぶかしこくなって物事の判別がつくようになってきたと思ったのに、まだそんな子供っぽい一面を持っているのだろうか。

こんなに思いつめるほど悩むんだったら、さっさと謝ってしまうのが得策だとは思えないのか。

38: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:19:44.52 ID:+EtVRVLso
櫻子「花子、ってさ……」

向日葵「?」

櫻子「ほんと……いい子だよね」

向日葵「は、はぁ……? どうしたんですの急に、あなたがそんなこと言うなんて」

櫻子「ううん……そう思っただけ。私の妹とは思えないくらい、いい子」

向日葵「……それはつまり、あなたは花子ちゃんよりも悪い子ってことですの?」

櫻子「…………」


電車が刻一刻と目的地に近づく中、櫻子はまた黙り込んでしまった。

なんだか今回は、今までの些細な姉妹喧嘩とは違う気がした。ついこの前まで仲良かったはずだから突発的に起こったことには違いないだろうが、花子ちゃんのことでここまで思いつめる櫻子は今まで見たことが無かった。


向日葵「もうすぐ乗り換えですわね。荷物まとめましょ」

櫻子「うん……」

向日葵「次に乗るのは何線でしたっけ。えーっと……」

櫻子「花子って……もしかして、向日葵のことが好きだったのかな……」

向日葵「…………え?」


肘掛けに頬杖をついたまま、櫻子は急にそんなことを言ってきた。

櫻子がここで言う「好き」は……人間的に好きという類のものではないのだろう、きっと。

39: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:20:56.47 ID:+EtVRVLso




花子「……?」


先にアイスを買ってしまうとこの暑さの中では溶けてしまうので、いろいろと散歩してから最後にアイスを買って家に帰った。

そうして家の前まで来ると……花子の家の玄関付近に立ち止まって、女の人が二階の窓を眺めていた。


花子(あ……っ!)

「あ……」


そこにいたのは……


「あれ……花子ちゃん、だよね?」

花子「はっ、はい」

「えへへ、あー……私のこと覚えてるかな? 前にあったことあるんだけど~……」

花子「お、覚えてます……」


昨日櫻子にLINEでメッセージを送ってきた、あの女の人だった。


花子(なんでここに……!?)


「あ、その服……櫻子も前に着てた気がする」

花子「あ……そうなんです。これ櫻子の服だから……」

「やっぱり! 懐かしいなぁ」

花子「……えっと、どうかしたんですか? うちに何か用でも……」


勇気を出して花子が尋ねてみると、そのお姉さんは恥ずかしそうにサイドテールをくるくるといじりながら答えた。


「んーん、たまたま通りかかっただけなの。櫻子いるかなあって思ったから、立ち止まっちゃった♪」

花子「…………」


……花子でもわかるくらいの嘘。昨日のメッセージを見てしまっている花子に、そんなのは通用しなかった。

このお姉さんは、櫻子に会いたいから、来たんだ。


「それであの、櫻子は……?」

花子「あのっ、ごめんなさい! 櫻子は朝早くから、電車で出かけてて……」

「ああそっか。そうなんだ……」

花子「き、聞いてないんですか? 櫻子から」

「うん、櫻子は何も……っじゃなかった! えっと、その……今日はたまたま来ただけだからさ! あはは……///」

花子「…………」

「あはは……ぁ……」

40: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:21:24.36 ID:+EtVRVLso
じりじりと暑い空の下、お姉さんはみるみる元気をなくしていった。

ごまかすことはできないと何となくわかったのか、急にさびしそうな顔になった。


「……ごめんね、ありがとう……また来ます」とぼとぼ

花子(あっ……)


作り笑顔でそういうと、くるりと踵を返して行ってしまった。

寂しそうな小さい背中を見送る。


あのお姉さんはどんな気持ちでここまで来たんだろう。櫻子とお姉さんは、今どんな状況にあるんだろう。

家に入って、かるく溶けかけたアイスを冷凍庫にぱたんとしまい、先ほどの寂しそうな笑顔を想い浮かべる。


[ごめん]

[やっぱり、会いたいよ]

[花火大会の日、休みとれたよ]

[去年みたいに、一緒に行けないかな?]


切ない笑顔と一緒に、昨日のLINEメッセージまで脳裏をよぎった。

こうして会えるかもわからないのに訪ねてきてしまうくらいだ。やっぱりそのくらい……櫻子に会いたいんだ。それくらい二人は会えてないんだ。


花子(今日出かけちゃうことくらい……教えておいてあげなよ……っ!)


会いたいなら、予定を合わせて会えばいいだけ。あのお姉さんはそれすらもできていないんだろう。だからこうして強硬手段に出てしまったんだ。


「櫻子は何も……」と言ったときの、悲しげな笑顔がフラッシュバックする。


花子「っ……!」だっ


気づけば花子は、つっかけを履いて外に走り出していた。

お姉さんが歩いて行った方向へと走る。まだ遠くまでは行ってないはず。まだ追いつけるはず。

なんとなくこっち側だろうという感覚を頼りにひた走る。

角を曲がって視界が開けると、遠くの方にあの寂しげな小さい背中があった。急いで追いかける。


花子「あ、あのっ!」たたたっ

「っ!」びくっ


花子「あの……ちょっと、いいですか……!」はぁはぁ

「は、花子ちゃん……!?///」

41: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:22:12.20 ID:+EtVRVLso


近くにあった公園の日陰のベンチで、お姉さんと花子は並んで座った。

「ちょっと待っててね」と言うと、自販機でつめたいお茶を買ってきてくれた。走った後でものすごく喉が渇いていたので、ありがたく受け取ってすぐに飲む。


花子「…………」ふぅ

「ふふ、まさか花子ちゃんが来てくれるなんて思わなかった」

花子「えっ……?」

「やっぱり櫻子の妹なんだねぇ。そういうところ、すごく似てると思う」

花子「…………」


この人と一対一で話すのはもちろん初めてだ。

櫻子があんな調子だから、この人のことはよく知らされていない。どんな人なのかも正直よくわかってない。

ただ、あんな櫻子のことでも好きでいてくれている人。それだけは間違いなかった。


花子「櫻子と……何があったんですか?」

「えっ……」

花子「ご、ごめんなさい。でも……気になって」

「…………」


花子「昨日、お姉さんが櫻子に送ったLINEを……偶然、見ちゃったんです……」

「!」


お姉さんはあからさまにぎくっと反応した。でもここで怖がっちゃいけない。本当のことをきちんと話さなくちゃ。


花子「それで花子も昨日……櫻子と喧嘩しちゃって。なんで櫻子がちゃんとお姉さんに向き合ってあげないのかが、わからなくて……」

「……そうだったんだ。知ってたんだね」

花子「ごめんなさい……!」

「あ、謝らないで? ほんと……うん、悪いのは私だからさ」


お姉さんは小さく手を振って自重すると、うつむきがちに話してくれた。


「櫻子は……今日どこに?」

花子「えっと、大学のおーぷんきゃんぱすってやつに朝から行ってて……」

「ああそっか……! 櫻子頭いいもんね。大学行くんだ……そっかぁ」


「櫻子頭いいもんね」というひどく聞き慣れない言葉がひっかかる。

けれどこのお姉さんの学校で、櫻子はトップの成績にまでのぼりつめたのだから、この人の中ではそういう印象なのだろう。

42: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:22:40.48 ID:+EtVRVLso
「やっぱりすごいね、櫻子って……そんなに大学に行きたかったんだぁ」

花子「え?」

「だって、そのために転校しちゃったんだもんね? うちの学校じゃレベルの高いところは目指せないから……だから転校したんだよね、きっと」

花子(ち、違う気がするし……)


お姉さんの言うことに違和感を覚えた。櫻子は大学への執着はそこまでないはずだ。そんなのあまり聞いたことが無い。

転校したのは、ただひま姉のところに帰りたいからで……


花子(あっ……!!)はっ


もしかして櫻子は……ひま姉の存在自体、この人に教えていないのだろうか。


「どこの大学目指してるんだろ? もしも遠くに行くんだとしたら、私もその近くでお仕事探そうかなー、なんちゃって……」

花子「っ……」

「花子ちゃん、わかる?」

花子「いや、櫻子は……そこまで詳しいことは……」

「ふふ、そっかぁ」


お姉さんの物憂げな笑顔が見ていられない。

この人は、櫻子のことを知らなすぎる。

知らないのに、教えてもらえないのに……こんなに櫻子のことが好きなんだ。


「……櫻子からはね、あんまり連絡ないんだ」

花子「!」


「昔は些細なことでもLINEで話し合ったり、お休みの日はたまーに遊んだりしたんだけど……転校してからはもうめっきり。向こうから話しかけてくれたことは全然ない。たまに『元気?』って聞くと、『元気だよ』って返してくれるくらいで」

花子「…………」

「なんでだろう……やっぱり私が、詰め寄りすぎたからかな……気持ち悪いって、思われちゃったのかな……」はぁ

花子「そ、そんなことないし!」

「えっ?」


思わず大きな声を出してしまった。お姉さんが悲しむ顔をするのが嫌で、なんとかいい表情になってほしかった。


花子「昨日、櫻子はお姉さんのことを話してたし。一年間ずっと一緒にいてくれた、仲良しの友達だって」

「さ、櫻子が!?」

花子「はい……っ」


花子がそう言ってあげると、お姉さんは顔をぱあっと輝かせて驚いた。

ああ、この楽しそうな顔……去年うちに遊びに来た時に見た、この人の元気なときの笑顔だ。

43: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:23:18.67 ID:+EtVRVLso
花子「お姉さんのこと……櫻子もきっと大切に思ってます。櫻子は友達のことを大切にする人だから……」

「そうなんだ……でも、じゃあなんで……なんで櫻子はいなくなっちゃったのかなぁ……」


私は櫻子と違ってばかだからよくわからなくてさ、と自虐的に笑う。


花子「…………」


ひとつだけ……たったひとつだけ櫻子のことを知らないだけで、この人は櫻子に縛られているんだ。

櫻子には、ひま姉がいるという……そのことだけ。



花子(……教えて、あげなきゃ)ごくっ


昨日の調子では、櫻子はこのお姉さんに会うことすら避けたいような感じだった。

楽しみにしていたひま姉との花火大会を取りやめるくらい、この人にひま姉のことを知られたくないんだ。

櫻子のことを「好き」って言ってくれてるから。

この人に……残酷な真実を打ち明けるのが、怖いんだ。



花子「……お姉さん」

「ん、なあに?」


花子「櫻子は……どうして転校するのか、言ってなかったんですか?」

「うん……そもそも転校するってちゃんと教えてくれたのも、ほんとギリギリになってからだったんだよ。生徒の間でなんとなく『櫻子が転校するかもしれない』って噂だけが独り歩きして、そうしてる間に……学年が変わったら、もう櫻子はいなくなっちゃった」


――思い出した。

去年の春休み、櫻子が撫子お姉ちゃんと泣きながら電話していたこと。

まだ入学すらしていないのに……「転校したい」と言っていたときのことを。


花子「……お、お姉さん……実は……」

「ん?」

花子「櫻子は……そっちの学校に入学した最初の時から……ずっと転校したがってたんです……」ぐっ

「え……っ?」


握りしめた拳に力をこめて、なんとか喉の奥から声を出した。

お姉さんの顔が怖くて見られない。でもこれは、きちんと知っておくべきだ。

櫻子はどうせ言わないのだから。花子が言ってあげるしかない。


花子「櫻子には……大好きな、幼馴染みの女の子がいるんです」

「……!」

44: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:24:10.93 ID:+EtVRVLso
小さい時からずっと一緒で……家も隣同士。

小学校も中学校も、毎日毎日一緒に通い続けた。

でもそれまでの櫻子はバカだったから……高校受験を境にして、その幼馴染みとは別れることになった。

初めてそこで、二人が離ればなれになった。


櫻子は自分の成績の悪さを自覚したときから、一緒の高校には行けないという事実を痛感していた。

もしかしたら幼馴染みの方が、櫻子の行く高校に合わせてくれるかもしれなかったけど……

ちゃんと自分の身の丈にあったところに行った方がいいよって、送り出した。

送り出したくせに、櫻子はぜんぜん納得いってなくて……受験期は、家に帰ってきてよく泣いてた。

自分が勉強してこなかったのが悪いのに。ずっとずっとその人に勉強の面倒まで見てもらってたのに……

差し伸べてもらっていた手に素直に向き合えなかったこと、死ぬほど後悔してた。

失って初めて、その大切さに気付いた。


花子「お姉さん……櫻子が転校したのは、その幼馴染みがいる学校なんです」

「!!」


一年間死ぬほど努力して。

暑い日も寒い日も、せっせと勉強して。

その子のことを考えながら、その子に会いたいって思いながら、毎日毎日がんばって。


花子「それくらい好きな人が……櫻子には、いるんです……」

「っ……」


そよ風がさわさわと小枝を縫う。蝉の鳴き声が、花子たちの無言の間を包んだ。

お姉さんはずっと高い空を見つめていた。青く澄み渡る空、夏の入道雲。


「そっか……そうだったんだ」

花子「…………」


「ありがとう……どおりでわかったよ! 櫻子があんなに眩しく、輝いて見えてたわけ……///」

花子「え……?」

「好きな人のために……ずっと頑張ってたんだよね、最初から。私はそんな櫻子を見てきたんだ……」


「学校終わったらすぐに帰るわけも……お休みの日も忙しいからってあんまり遊べないわけも……」


「私の告白が叶わなかったわけも……全部、その子のためだったんだよね。きっと……///」


空を見上げていたお姉さんの目の端から、涙がひとしずくこぼれおちた。


花子「あ……っ」

「知らなかった……そんな大きなことさえ、知らなかったんだなぁ……私……///」

花子「な、泣かないで……!」

「うん……うん。でも……なんとなくわかってた。わかってたよ……」

45: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:24:51.91 ID:+EtVRVLso
指でつっと目を拭うと、安らかな微笑みを浮かべて、はっと小さく息をついた。

傍に置いていたお茶をのむ。ひとくち飲むだけかと思ったら……そのままごくごくと、ペットボトルの半分以上を飲んでしまった。


「……っふぅ!」ぷはっ

花子「あ……」


「ふふ……櫻子ってね、いっつも謝ってばっかりなの!」

花子「え……?」

「ほんと、よく謝ってたなぁ。予定が合わなくて一緒に遊べないとき、放課後の寄り道を一緒にできないとき、クラス活動で居残りができないとき、私の告白を振った時もそう! “ごめんね” って、ずっと言ってたっけ……」


純粋にびっくりした。あの櫻子が謝ってばかりなんて……そんなの初めて聞いたことだった。


「でもね、それでもみんなからは好かれてた。秘密の多いところがなんかミステリアスで、やるときはやるって感じで、話してみれば楽しくて! みんなに勉強も教えてくれたし、それに……可愛いしさ」

花子「……///」


「今思えば……櫻子は、ずっと申し訳ないって思ってたのかな……私たちに」


「最初から転校したいって気持ちで、私たちのクラスの一員でいたことを……ずっと心の奥底で、悩んでたのかな」


花子は、櫻子の転校前の学校でのことは知らない。もちろんひま姉も知らないだろう。

一年間。ひま姉と離れた一年間の櫻子は、本当に頑張り屋さんだったけど、たまに弱々しくなっていた。

努力がすぐに形に実らなくて、調子の悪いときは、本当にこんなことでひま姉のところに帰れるのかなって不安になって……突然泣き出すこともあった。

そんな櫻子を支えてくれていたのが、お姉さんたちだったんだ。お姉さんたちに元気をもらえたからこそ、櫻子はここまで頑張ってこられた。

櫻子にとっての大切な人が……そこでも新しく生まれてしまっていた。


花子(でも……それなら……)


花子「お姉さん……櫻子はお姉さんたちに、本当はすっごく感謝していると思うし」

「えっ……」

花子「こんな私なんかと一緒に居てくれてありがとうって、思ってたはずだし。もしも櫻子がお姉さんの学校で、人付き合いが悪すぎていじめられてたとしたら……こうして成績を伸ばして転校できてたかもわからない。もともと行きたくないって言ってたくらいだし、学校ごとやめちゃってたかもしれない……」

「…………」

花子「お姉さんたちが櫻子の友達でい続けてくれたから……今の櫻子がある。だから櫻子は、お姉さんたちのこと……大切な存在だって思ってるし。きっと」


このお姉さんは、花子と一緒だ。

ひま姉と離れた一年間の櫻子を支えてくれた、影の立役者だ。


花子「櫻子がお姉さんたちに、その幼馴染みのことを秘密にしたのは……それだけ櫻子にとって、お姉さんたちが大切な存在になっちゃったってことの裏返しかもしれないし」


花子「もしもお姉さんたちのことを何とも思ってなかったら……私には先約があるんだって、きっぱり言えたはずだから。LINEとかだけで振ろうとしなかったのも……話をつけるときは、直接会って話したいって思ってたからじゃないかな……」

「…………」


花子「真実を伝えることで、お姉さんたちを傷つけちゃうのが……怖かったんだと思うし。櫻子は」

「……そういうことかぁ」


お姉さんはほっと溜め息をついた。花子の予想に妙に納得がいったらしい。きっとこの人もこの人なりに、櫻子の人柄というものをよくわかっているのだろう。

櫻子はあまり器用じゃないから、うまいこと振る舞うことができないんだって。

46: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:25:59.72 ID:+EtVRVLso
花子「櫻子が帰ってきたら、花子が思いっきり引っ叩いておくし!」

「えっ!?」

花子「……櫻子は、やっぱりバカだった。きっぱりと真実を伝えないで何も言わないことが、お姉さんを一番苦しめてたのにまだ気づいてない……」

「…………」


櫻子への片想いが、どれだけ辛いものか。

それは、花子が一番よくわかってるから。


花子「……お姉さんは、何か櫻子に伝えたいこと……ありますか?」

「……あるよ、いっぱい……花子ちゃんが覚えきれないくらいある」にこっ


お姉さんはふんわり微笑むと、ベンチから立ち上がって、花子に勢いよく頭を下げた。


「花子ちゃん……一生のお願い」ぺこっ


「私と櫻子を……あと一回でいいから、合わせてくれないかなぁ……!」

花子「!」はっ


「その一回で……私の想いも全部伝える! もうあの時みたいに逃げない! だから……櫻子の口から、本当のことを全部聞きたいの……!」ぎゅっ

花子「……!」

「そうしたら……もう私、前に進めるようになると思うから……///」


お姉さんの目は、もう晴れやかだった。

この人の笑顔を……花子はちゃんと櫻子に伝える義務がある。

櫻子に恋をした者同士として。

櫻子のことを、嫌いになってほしくないから。


花子「……では、そろそろ花子は行きます」

「あっ、うん。気を付け……」

花子「きゃっ!?」


そろそろ家に帰ろうと思ってベンチをたったとき、洋服のフリルがベンチのどこかにひっかかってしまったのか、ぴーっと糸が伸びてしまった。


「だ、大丈夫っ?」

花子「あ~……だ、大丈夫です! このくらい直せます。もう六年生だし」

「あはは、そっか……えらいね」

花子「じゃあ、きっと櫻子をお姉さんのところへ向かわせますから。待っててください!」たたっ

「あ……ありがとー!」


すっかり話し込んでしまった昼下がりの夏空の下、花子は小走りで家へと帰った。

今朝から牛乳しか飲んでいないからか……少しふらふらする。

でもごはんを食べようという気にはなれなかった。

そんなことより、櫻子とお姉さんのことに夢中だった。

47: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:26:40.63 ID:+EtVRVLso


家に戻ると、相変わらず怖いほどの無音に包まれていた。


花子「た、ただいま……」ぱたん


櫻子たちが帰ってくるのは夜のはず。やっぱりまだまだ誰もいない。

しーんとした家に耳を澄ませていると……ちょっとだけ怖くなった。なんだか胸がばくばくする。


花子(いけないいけない……そんなことより、撫子おねえちゃんたちが帰ってくるんだから、その準備をしなきゃ)


すっかり忘れてた。今日は本当は遊んでる場合じゃなかった。


掃除機をごとごと引っ張り出し、大きなリビングからかけていく。普段はちょっとうるさいと思う掃除機君の音も、静かすぎて怖い一人きりの家では寂しさを紛らわせてくれた。


お部屋を掃除して、お夕飯のお買いものに行って、撫子おねえちゃんたちを迎える。ああ、間に合うだろうか。


撫子おねえちゃんが帰ってくるのは春休み以来だった気がする。何かお土産をくれるかな。いつも向こうから帰ってくるときに買ってきてくれる、甘いお菓子がまたもらえるかもしれない。


櫻子が帰ってきたら、今日は気合いをいれてお説教しなきゃ。お姉さんと話したことをちゃんと伝えなきゃいけない。子供みたいな意地を張ってないで、ちゃんとお姉さんと仲直りしてからじゃなきゃ、やっぱり櫻子にひま姉と付き合う資格はないと思う。


色んなごたごたを片付けてから、花子の誕生日をめでたく迎えたい。こんなの本当は花子じゃなくて櫻子が自分から率先してやることなのに。本当にしょうがないんだから。


お姉さんは櫻子と会って、何を一番話したいんだろう。別れ話をちゃんとつけたいのか。それともまだほんの少しの望みをかけて、櫻子にアタックしたいのか。櫻子に謝ってほしいのか。櫻子をビンタしたいのか。櫻子と一緒に、花火大会に行きたいのか。


お姉さんの流した涙を思い出す。水色の空を閉じ込めた涙。櫻子は幸せ者だ。自分のことであんなに綺麗な涙を流してくれる人がいるんだから。


お姉さんは櫻子のどこが好きだったんだろう。だって櫻子は向こうの学校で、人付き合いがよさそうな感じではなかったのに。


ミステリアスだとかなんとか言ってた。櫻子がミステリアス? そんなのおかしくて笑っちゃう。でもやるときはやるところとか、話せば楽しいところとか、そういうのはなんとなくわかる。花子も……櫻子のそういうところは、尊敬してるから。


二人はどのくらいの友達だったんだろう。きっとあのお姉さんが、櫻子の前の学校で一番仲の良かった子のはずだ。


花火大会以外にも、たくさんの思い出を作ったのかもしれない。席が前後同士なんだって、櫻子が昔言ってた気がする。櫻子がすぐ傍の席にいるって、どんな感じなんだろう。授業中でもいっぱいちょっかいを出してきそう。居眠りとかもしちゃいそう。でもそれはきっと中学までの話だ。高校での櫻子は……たぶん、かっこよかったろうから。


掃除機を切ってリビングを眺めた。あのテーブルで勉強していた去年の櫻子を思い出す。テレビも何もつけずに、静かな部屋で、櫻子のシャープペンがさらさらとんとんと紙の上を走る心地よい音だけがする空間。そこで花子もお昼寝をしたっけ。陽が落ちて夕方になっても櫻子のペンのペースは変わらなくて、本当に櫻子は頑張ってるなあって、毎日思ってた。


大学のオープンキャンパスってなんなんだろう。そこが気に入ったら、櫻子もひま姉もその大学に言っちゃうのかな……撫子おねえちゃんみたいに。


花子「…………」


掃除機の音はやっぱりけたたましくて、たまらずにスイッチを切った。突然ものすごい身体から力が抜けていった。

48: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:28:05.50 ID:+EtVRVLso
部屋の端っこから、リビング全体を見渡す。なんだかいつもより、とっても広く見えてしまう。


再来年、櫻子が都会の大学に行くことになったら。

櫻子は、この家を出ていくことになる。

きっとひま姉も、櫻子と一緒に行っちゃうんだ。

撫子おねえちゃんは大人になって、お仕事をするようになって。

楓はそのときまだ小学生だから、中学生の花子とは離れちゃう。



あ、花子は一人になるんだ。


中学生になったら、もう誰もこの家にはいないんだ。


学校が終わって夕方家に帰ってきても、一緒に宿題をしてくれるお姉ちゃんはもういない。撫子おねえちゃんも櫻子も、もういない。

お母さんたちが帰ってくるまで、花子は一人。そう、今みたいに。

こんな静かな家に、一人っきりなんだ。


花子は一人でごはんを作らなきゃ。夕飯の当番をやってくれる櫻子はもういない。


簡単なごはんを作ってきて、こんなのしか作れなくてごめんねって、情けない顔で笑う櫻子はもういない。


たまにはいいもの食べなきゃって、レシピを調べて一生懸命作っても、おいしいおいしいと食べてくれる櫻子はもういない。


お夕飯の後のデザートを買ってきたから、それまで勉強頑張るぞって、このリビングで気合いをいれて勉強する櫻子はもういない。


こがらし吹く寒い日に家に帰ってきても、先に帰宅してリビングの暖房をつけておいてくれる櫻子はもういない。


今テレビでこうしてる子が映ったから! って、抱き付いてぎゅーしてくる櫻子はもういない。


花子がお風呂に入ってるときに、時間節約とかいって、勝手に乱入してくる櫻子はもういない。


背中を流してくれて、花子の髪を褒めながら優しい手つきでシャンプーしてくれて、ドライヤーをかけながら髪を梳いてくれる櫻子はもういない。

49: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:28:51.53 ID:+EtVRVLso
せっかく勉強ができるようになった櫻子に、これから先の難しい中学の範囲を教えて欲しかったのに、花子の勉強を見てくれる櫻子はもういない。


そろそろ疲れたでしょって、缶に入ったクッキーと紅茶を差し入れてあげることもない。新調したティーセットを使ってくれる櫻子はもういない。


みてみてすごいでしょ、私また一番になったんだよって、テストの成績を見せてくれる櫻子はもういない。


ざあざあの雨が降っても、お化けの声みたいな強風が吹いても、けたたましい雷が鳴っても、「大丈夫だよ」って頭を撫でてくれる櫻子はもういない。


学校であったこと、お勉強して気づいたこと、友だちと話したこと、いっぱい遊んだこと、それを聞いてくれる櫻子はもういない。


靴下を履いたまま眠りたいくらい寒い夜に、こっちの方があったかいじゃんって、ベッドに入ってきてくれた櫻子はもういない。


並んでベッドに入って寝たふりをしているときに、花子を抱きしめて「いつもいつもありがとう」って言ってくれる櫻子はもういない。


早く起きなきゃ遅刻しちゃうのに、あと5分、あと5分と、むにゃむにゃ人のベッドにしがみつく可愛い櫻子はもういない。


雪かきしなきゃ家から出られないからって、二人で一生懸命雪をかくうち、雪合戦をしかけてきて花子に怒られる櫻子はもういない。


この服はいいよ、この服はまだだめ、この服はこうしたら似合うんじゃない? と、花子に洋服をゆずってくれる櫻子はもういない。


今日は久しぶりに向日葵に会えたんだよって、楽しそうに話してきたあとに、突然感情が決壊して泣き出す櫻子はもういない。


おなかいたい、おなかいたいってうなりながら、花子がそばについてお腹をさすってあげなきゃいけない櫻子はもういない。


勉強で疲れてソファでお昼寝しちゃって、花子が揺り起こしたら「今ね、花子が夢に出てきたよ」って笑いかけてくれる櫻子はもういない。



この広い静かな家に、

花子はひとりになる。


もう、櫻子はいない。


花子(……やだ)


そんなの、やだ。


花子「やだ……やだ、やだぁ!」だんっ

50: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:29:18.78 ID:+EtVRVLso
頭がガンガンと痛む。

全身に力が入らなくなり、ひざから崩れ落ちる。

ものすごいめまいがして、乗り物に酔ったみたいに気持ち悪くなる。


花子は倒れた。ものすごい疲労感に襲われた。

視界の端に、ほつれた白いレースがひらついた。さっきベンチでひっかけたときに、着ている服のレースリボンがとれてしまったのだ。

急いで直さなきゃ。櫻子が帰ってくるまでにこの服を元に戻さないと、怒られちゃう。

そうだ、櫻子はまだこの家にいてくれる。花子と一緒にいてくれる。今日このあと帰ってきてくれる。

またあとでこの服を譲ってもらえないかお願いしてみよう。花子が可愛く着こなせているのを見たら、櫻子もこころよく譲ってくれるかもしれない。


ソーイングセットはどこだっけ……ふらふらする頭で必死に考えて、よろけながら探した。このくらいのほつれ、花子だって頑張れば直せるんだから。

櫻子の大切な服。櫻子の大切なもの。これを着て、また櫻子と一緒にどこかへ出かけたい。

花子と、櫻子と、ひま姉と、楓と、撫子おねえちゃんで。みんなで一緒に、遊びに行きたい。


櫻子、櫻子、櫻子。小さく名前を呼びながら、戸棚を漁ってソーイングセットを探す。

生地のはしくれをどかし、ミシンをどかし、確かここにあったはずなのにと、薄れた記憶を頼りに目的のものを探す。


ふと、戸棚の奥に、何か紙が落ちているのを発見した。


少々古ぼけた、折りたたまれた謎の紙。

こんなところ滅多に開けないから、今まで気づかなかった。


誰かの落とし物だろうか。

開いてみると、それは……



花子(え……)



子供の字で、落書きがされている……婚姻届だった。

51: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:29:53.97 ID:+EtVRVLso
花子(なに……これ……)ぱさっ


婚姻届の記入枠なんてほとんど無視した、普通の落書き用紙と何ら変わりない一枚の紙切れ。


つまになる人、おおむろさくらこ。

妻になる人、ふるたにひまわり。

ご丁寧に、撫子お姉ちゃんが証人の欄にサインしている。


そして大きく、二人の可愛い女の子が並んで描かれていた。

ヒマワリのカチューシャ。桜のヘアピン。


幼いころの、ひま姉と、櫻子だった。



花子(こんなこと……してたんだ……///)


花子が生まれて間もない頃か、はたまた生まれてもいない頃か。

二人は……こんなにも、仲が良かったんだ。


花子(っ……)


やっぱり、最初からそうだったんだ。


櫻子はひま姉のことが大好きで。

ひま姉も櫻子のことが大好きで。

もう、誰の入り込む余地も無くて。


どれだけ努力しても、

どれだけ可愛く着飾っても、

どれだけ同じ屋根の下で過ごしても。


櫻子は……ひま姉を選ぶんだ。


花子「…………」


わかってる。

生まれた時から、ずっと見てきたから。

去年の一年間だって、結局はひま姉のために頑張り続ける櫻子だったんだから。

どれだけ花子が櫻子のことを想っても、どれだけお姉さんが学校で親しくしていても。

櫻子は、ひま姉を選ぶんだ。

52: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:30:26.44 ID:+EtVRVLso
いいなあ。

ひま姉は、いいなあ。


櫻子にこんなに想ってもらって。


こんなに櫻子に大切にされて。


どれほど幸せなことなんだろう。

想像もつかない。櫻子と両想いになれる幸せ。

櫻子に好きと言ってもらえる幸せ。

櫻子に恋をし、恋される幸せ。


血が繋がっちゃってる花子には、一生わからないほどの、幸せ……


花子「……ぁ……」


花子「あ……あぁぁ……」


花子「っ……あぁ……ああぁぁあああぁあああ……っ!!///」ぽろぽろ


櫻子。


櫻子。


大好きな櫻子。


まだ一緒にいたいのに。

まだまだ離れたくないのに。

櫻子は、どんどん大きくなってゆく。


花子「櫻子ぉ……さくらこぉぉお……っ……!」


誰もいない家には、花子の小さい泣き声しか響かない。


誰も慰めてくれない。

誰も助けに来てくれない。


洋服を直さなきゃいけないのに。

フローリングに落ちた涙も拭かなきゃいけないのに。

この婚姻届を見なかったことにして、元の場所に戻さなきゃいけないのに。


頭が割れるようにいたくて、吐きそうなくらい気持ち悪くて、花子は倒れてしまった。

恐ろしいほどの気だるさにつつまれる身体をなんとか動かして、ポケットから携帯を取り出す。

じんじんと熱を発しているのがわかる頭を押さえながら、必死に櫻子への通話ボタンをタップした。


櫻子。櫻子。はやく助けに来て。


どうやら花子は、さびしすぎると、死んじゃう生き物みたいだよ。



花子「さくらこ……ぉ……っ……///」

53: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:31:09.13 ID:+EtVRVLso




向日葵「大学って本当に、中学や高校とは全然違うんですのね」

櫻子「もうびっくりだよ~……何もかもが全然違う! 教室とか図書館だけじゃなくて食堂も何あれ! レストランじゃん!」

撫子「ま、大学によって色はぜんぜん違うから。ここよりももっと変わったすごいところもあれば、高校の延長みたいな大学だってあるかもしれない」

向日葵「でも一番驚くのは……人の多さかもしれませんわね」

櫻子「これだけのライバルと、争わなきゃいけないってことだもんね……」

撫子「そっか。櫻子にとっては事実上の初受験になるのか」

櫻子「ちょっとー!///」


学校が主催するオープンキャンパスのプログラムが一通り終わり、私と向日葵はねーちゃんと合流して、団体行動で見られなかった細かいところまでを個人的に案内してもらった。

自分が大学にいくかもしれないというビジョンさえ持っていなかった私だから、今日は来てみて本当によかった。漠然とした将来の不安に、なんとなくの色と形がついてくる。


撫子「……さて、まだ見たいところはある?」

櫻子「もうだいぶ見たよね! 見てないところが思いつかないもん。よくわかってないだけだけど」

向日葵「でもだいぶいい見学になりましたわ。撫子さんのおかげです」

撫子「そういうお礼は、実際に合格して入学できてからにしてね」


櫻子「あっそうだ! ねーちゃんの下宿先は? この近くにあるんでしょ?」

向日葵「ああ。ちょっとそっちも気になりますわね」

撫子「えぇ? いいよそれは……関係ないでしょ」

櫻子「関係ないことはないでしょー! 一人暮らしがどんなもんか見ておくのも大事だって!」

向日葵「確かに櫻子がいきなり一人暮らしなんか始めたら命の危険につながりますから、ここは撫子さんのお手本を見せていただきたいところですわ」

櫻子「命って!」


撫子「だめだめ。私の家めっちゃ散らかってるから。ゴミ屋敷だから」

向日葵「撫子さんに限ってそんなことあるわけないじゃないですか……」

櫻子「あー! さては見られたら困るものでもあるんだな~?」うりうり

撫子「……よし、それじゃそろそろ富山に帰ろうか。ちゃんと荷物も持ってきたから、このまま帰れるよ」

櫻子「ちょっと!」

向日葵「撫子さん、まさか本当に……///」

撫子「ふふ……大学生は結構自由なもんだよ。あんたたちも頑張れば……」


ぴりりりり……


撫子「……電話鳴ってるよ? 櫻子でしょ」

櫻子「誰だろ? あ、花子だ……もしもしー?」

向日葵「そうだ、うちにおみやげ買っていかないと」

撫子「それならいいお店知ってるから、このあと行こうよ。おいしいお菓子とか……」



櫻子「え……花子……!? 花子!? ちょっと、どうしたの!?」

向日葵「っ……?」

54: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:31:36.88 ID:+EtVRVLso
花子からの突然の電話。

べつに大したことのない、向日葵の言うようにお土産の催促をしてくる電話だとでも思ってた。

けれどそこで思い出す。私は昨晩花子と喧嘩してから、まだ仲直りできてないこと。

それでも万が一何かあったら困るからと、朝は机の上に書き置きをして出て行ったこと。

そんな花子が電話してくるということは……よっぽどの緊急事態ということなのだ。

そしてその異常は……電話口の苦しそうな息づかいだけで存分に伝わった。


櫻子「大丈夫!? 今どこにいるの!?」

『櫻子……さくらこぉ……っ』はぁはぁ

櫻子「はなこぉ! なんかおかしいよ……!? 具合でも悪いの!?」

撫子「か、貸して!」ぱっ


非常事態を察したねーちゃんが電話を奪い取る。


撫子「もしもし、花子? 今どこ!?」

『あぁ……撫子おねえちゃん……』

撫子「嘘でしょ……やだ、何があったのっ!?///」

『はやく……帰って、きて……』はぁはぁ

撫子「花子ぉっ!!!」


向日葵「ど、どうしたんですの!? 花子ちゃん何ですって!?」

櫻子「わかんないよ……でも様子がおかしいの! なんか具合悪そうで……!」

撫子「は、花子! すぐに助けを呼ぶから! 大人しくしてるんだよ! お姉ちゃんたちもすぐに帰るからね!」ぴっ


櫻子「ね、ねーちゃん……花子は!?」

撫子「ひま子携帯出して! 櫻子はすぐにお母さんに電話! ひま子も自分の家に電話して! 私は家に救急車を呼ぶから! 早く誰かを花子のそばに向かわせてあげて! 家にいるみたいだから!」

向日葵「ええっ!?」

撫子「ああもう、何でこんなことになってんの……っ!!///」


私は、まさか花子がこんなに急に弱るなんて想像もしていなかった。

花子が私に助けを呼ぶなんて……よっぽどのことだ。


――――――
――――
――

55: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:32:25.17 ID:+EtVRVLso


熱中症。

花子が倒れた理由は、簡単に言えばそういうことらしかった。


撫子「たかが熱中症って思うかもしれないけどね……場合によっては後遺症が残ったり、障害が残ったり、最悪の場合死んじゃうことだってあるんだよ……」

櫻子「っ……」

向日葵「…………」


帰りの新幹線の中で、ねーちゃんは目を赤くさせながら、こまめにお母さんたちと連絡を取り合って状況を確認していた。


ねーちゃんの素早い機転によって、一番最初に花子のもとへ向かってあげられたのは向日葵のお母さんと楓だった。すぐに介抱してくれたそうだ。

すぐにうちのお母さんも帰ってきて、救急車までくる大騒ぎに。花子は意識がなくなるほどじゃなかったから、専門の応急処置を受けた後、家で安静に寝かせられることとなったらしい。


向日葵「……櫻子、あなた今朝出てくる前、花子ちゃんが体調悪そうにしてたとかはありませんの?」

櫻子「今朝はすごく早かったから、花子はまだ寝てて……」

撫子「昨日の夜は? その前は?」

櫻子「昨日の……夜……」はっ


向日葵「あ……あなたそういえば、今朝……!」

撫子「なに!?」


うそ。

それのせいなの?

私と喧嘩になっちゃって、そのせいで花子は弱っちゃって、倒れちゃったの?


撫子「櫻子……?」

櫻子「……ごめん……」


撫子「ごめんって……ごめんって何!? なにがあったの!」

櫻子「っ……」

撫子「ちょっと、ちゃんと教えておいてよ……! 私は何もわからないんだからさぁ……!///」ぎゅっ


私とあの子のことで、なぜか怒っていた花子。

腕をひっつかんできて、クッションで顔をひっぱたいてきて、そのまま泣きながら逃げてしまった花子。


「櫻子なんかに、ひま姉と付き合う資格ない」


そういわれた時の、あの真っ赤な泣き顔を最後に……私は、花子を見ていない。

あのとき、もうすでに体調が悪かったんじゃ。

熱いお風呂からあがってすぐ、冷房もつけずに、熱帯夜の中で倒れるように寝ちゃったんじゃ。

56: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:33:04.70 ID:+EtVRVLso
撫子「櫻子!」ぐっ

向日葵「な、撫子さん……!」

櫻子「け、喧嘩……したの……」

撫子「……喧嘩……?」

櫻子「喧嘩しちゃって……仲直りできないまま、今日出てきちゃったの……」


さっきの電話で聞いた、弱々しい花子の声が頭から離れない。

いつの間に、あんなことになっちゃってたの。

こんなことなら、今日ここに来るんじゃなかった。

ちゃんと謝って、体調悪そうにしてる花子のそばに、ずっとついていてあげればよかった。


撫子「なんで喧嘩なんかしちゃったの……あんたももう高校生なんだからさ、子供っぽいことしてないでよ……!」

向日葵「そういえば私も、どうして喧嘩したのかは教えてもらってませんでしたわ……櫻子、いい加減教えてちょうだい」


……言えないよ。

言ったら向日葵、怒るもん。

私がまだあの子と繋がってたなんて知ったら。

まだあの子からのメッセージが、たびたび届いてることを知ったら。


なんとか転校してきて、向日葵と一緒にいられるようになってからも、

授業中とか、一緒に勉強してるときとか、遊んでるときとか、

あの子への返信を考えながら過ごすときもあったなんて知ったら、怒るでしょ……向日葵。



そんなことを思っているとき……バッグの奥の携帯が、てこてこっと小さく鳴った。

まさか、と思った。全然関係ない人から急に来たメッセージだとは、とても思えなかった。

おそるおそる携帯を取り出してみる。


櫻子「!!」

57: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:33:48.23 ID:+EtVRVLso
表示されたLINE通知は、たった今来たものだけではなかった。


何件も羅列されている、あの子からのメッセージ。

「花子」というワードが……ところどころに書いてある。


それは、私が富山にいない間に起こった出来事が……なんとなく読み取れるものだった。


向日葵「だ、誰から?」

櫻子「…………」はぁ


撫子「櫻子……?」

櫻子「ごめん……向日葵、ごめんねぇ……///」ぽろぽろ

向日葵「え……!?」どきっ


……終わった。

全部、終わっちゃった。

あの子に、向日葵のことがばれちゃった。

花子が、言っちゃったみたい。


告白までしてもらえたのに、受け入れてあげられなかった理由がばれちゃった。

転校することになった理由もばれちゃった。

最初からそんな半端な気持ちで友達になったこと……全部全部、ばれちゃった。


櫻子「もうやだ……こんなことになるんだったら、最初から隠さなきゃよかったのになぁ……///」

向日葵「さ、櫻子……」

撫子「…………」


自分が正しくないことをしているって、なんとなくわかってた。

だって正しくて真っ当なことができてたら、胸が苦しくなるはずがないんだから。ごめん、ごめんって、謝ることもないはずなんだから。

それでも、自分は間違ってないんだって思っちゃって、素直になれなかった。

嘘ついて、かっこつけて、結果的にみんなを悲しませた。


向日葵と付き合う資格のある人になれないのは、私が隠し事をしてたからなんだよね。

花子が怒ってたのは……私のそういうところだったんだよね。


向日葵のハンカチを受け取って、涙を拭きながら打ち明けた。


櫻子「今……前の学校の友達から、連絡が来たの……今日花子と会ったんだって……」

向日葵「ま、前の学校の子……? お友達?」


櫻子「半年前……駅前の」

向日葵「!」はっ


それだけ聞くと、向日葵の目の色がかわった。

きっと向日葵もあの子のことを忘れていなくて、まだ何か思うところがあったんだ。


私はこれまでにあった全てのことを、あらいざらい向日葵とねーちゃんに話した。

揺れる新幹線の中、向日葵とねーちゃんに、懺悔するかのように告白した。

向日葵にも、あの子にも、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

58: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:34:16.09 ID:+EtVRVLso
――あの子とは、入学後すぐに仲良くなった。

向日葵と離れてしまった過去を後悔しながらぼーっとしているときに、向こうから話しかけてきてくれたんだっけ。

本当はそこまで外交的でもないくせに、一生懸命フレンドリーにふるまって、私を友達グル―プのひとつに誘ってくれた。

その子のおかげで、私は向こうの学校での生活も面白いと思えるようになった。

向日葵がいない間の寂しさは、その子たちが解消してくれた。もしもこの友達グループの中に向日葵がいてくれたらなあ、なんて思いながら楽しく過ごせた。

授業中、休み時間、放課後、休日、学校行事のときも、私は友達や花子のおかげで元気にすごすことができた。

向日葵のことはずっと秘密にしてた。一回もその名を出したことはない。みんなは仲良くしてくれてるのに、本当は転校したいんだなんて誰にも言えなくて、テストもないのに勉強漬けだった私のことを、みんなはよく怪しんでたっけ。

夏休みには、花火大会に誘ってくれた。綺麗な綺麗な花火をみんなで見た。夜空の火花に見とれてたら、突然あの子がほっぺにキスしてきた。「いまどき友キスくらい珍しくないよね」って笑う真っ赤な顔を見た時、私の心は確かに揺れ動いた。


――向日葵、覚えてる? バレンタインデーの前日。

私、あの子から誘われてたんだよ。バレンタインデーに会えないかって。でも向日葵が先に予定をつけてたから、その前日でも構わないかってお願いした。

普通さ、だめじゃんそんなの。バレンタインデー当日に会うことに意味があるのにさ。でもあの子は……私と一緒に過ごせるのならそれでも構わないって、承諾してくれた。

隠しごとができない子なんだよ、私なんかより全然。もっと私にわがままとか言ってくれていいのに、いつもわたしのことを一番に優先してくれちゃうの。

私は一言も口を割らなかったのに、いつの間にか学校では、私が転校するっていう噂がどこかから漏れちゃったらしくて、噂話がちょこちょこ耳に届いてきた。

その子もそれを知ったから、会おうと決めた日に勝負をかけたんだと思う。私はすっごく悩んだ。どうすればいいのかわからなくて、前日も勉強しなきゃいけないのに頭が働かなくなっちゃって、逃げるように眠りの世界に逃げ込んだ。

でもやっぱり、付き合うわけにはいかなかった。そんな中途半端な気持ちで編入試験を受けたら落っこちちゃうって。

向日葵があれくらいの時期になって、急にお菓子を届けにきてくれるようになったから、私は強く向日葵のもとに戻るんだって決意し直せるようになったんだよ。

この一年間やってきたことを無駄にしないように、私は必ず向日葵のもとへ戻る。だから……あの子とは、友だちのままでいようねって言った。


「それじゃ嫌なの」って、言われちゃった……はじめてあの子が自分の意見を強く言った。


はじめてだよ? はじめて。友達よりも先の関係になってほしいって誰かに言われたのは。

向日葵よりも先に、あの子に言われてたんだよ……私。


櫻子「ちゃんと断れなかったんだよ……あのとき、向日葵が見てたとき……」


向こうの学校と私を結びつける最後の鎖を断ち切れないまま、私は向日葵のもとへと戻った。

向日葵に転校のことを打ち明けて、向日葵にキスしてもらって、向日葵に告白されて、向日葵と一緒に手をつないでいるとき。

手首につながったあの子との鎖を見ながら、自己嫌悪してた。


櫻子「昨日、花子にあの子からのLINEを見られて……めちゃくちゃ怒られた。私なんかに、向日葵と付き合う資格はないって……」

向日葵「…………」

櫻子「私……ひどいことしてた。向日葵にも、花子にも、あの子にも……///」ぽろぽろ


許してほしかった。

誰に対しても中途半端に接してたこと。

誰も傷つけたくないなんて思いが、結果的にみんなに対して失礼な対応になってたこと。

あの子と繋がった鎖は、私を引き留めるためのものだと思ったけど……違った。

私があの子を縛りつける鎖でしか、なくなってたんだ。


櫻子「ごめん……本当に、ごめん……っ」

向日葵「櫻子……」


本当に謝る相手はここにはいないのに、私は謝り続けた。

向日葵もねーちゃんも、そこからは何も言ってくれなかった。

59: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:34:44.41 ID:+EtVRVLso


真夜中。

ベッドの中でねーちゃんたち家族が眠るのを待って、静かになってからこっそりと花子の部屋に行った。

すっかり闇に慣れた夜目に、花子の安らかな白い顔が映る。

みんなのおかげで、私たちが家に到着するころには、もうだいぶ体調も回復してきたらしい。


櫻子(花子……)

花子「…………」


冷えピタの貼られたおでこに手を当てる。

ごめんね、花子。

こんなになるまで、私のこと心配してくれてたんだね。

今までずっと、ずっと、私のことを気にかけてくれたんだね。

こんなお姉ちゃんで……ごめんね。


花子「……ん……」もぞ

櫻子(あ……)


花子「ぁ……さくらこ……?」

櫻子「花子……!」はっ

花子「帰ってきたんだ……おかえり」

櫻子「た、ただいま……」


花子はそっと目を覚ましてくれた。

ずっと寝ていたからか、声は少々かすれていたが、意外と元気そうで本当に安心した。


花子「……はぁ、すっかり心配かけちゃったし。こんな大騒ぎになるなんて……花子がいちばんびっくりしてるし……」

櫻子「た、体調は大丈夫なの? どこか痛いとかない……?」

花子「へーきへーき。ちょっと食欲がなくて、朝から飲み物くらいしか飲んでなかったから……ふらっときちゃっただけ」

櫻子「っ……」


温かい花子の手を握る。握力を感じさせない小さな手。


花子「花子ね……今日、お姉さんに会ったし」

櫻子「お姉さん……?」

花子「櫻子の前の学校のお友達の。散歩してたら偶然会って……いっぱいお話しちゃったし。櫻子が秘密にしてたひま姉のこととかも全部喋っちゃった……ごめんね」

櫻子「うん……もういいんだよ。隠してる方が悪かったんだから。LINEも来てたよ……花子と会えてよかったって言ってた」

花子「そう……ちゃんと返信してあげた?」

櫻子「うん……」

花子「よかった……お姉さんも、きっと喜ぶし……///」


花子は胸のつかえが取れたように、大きく深呼吸してリラックスした。

ふんわりと目を閉じて微笑みかけ、昨日の大喧嘩のことを許してくれた。

60: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:35:54.25 ID:+EtVRVLso
櫻子「ごめんね……花子……」

花子「……なんで、謝ってるの?」

櫻子「私のせいで、こんなことになっちゃって……私がもっと花子に気を回せてあげられてたらよかったのに……っ」


花子「……ふふ、お姉さんが言ってたし。櫻子はいつも謝ってばかりだったって」

櫻子「えっ……」

花子「でもやっぱり、櫻子に謝る姿は似合わないし。過ぎたことなんて気にしないで、前だけ見てる方が櫻子らしいよ」

櫻子「で、でも……」


花子の手が、ゆっくりと私の頬に添えられる。

涙の軌跡をそっと指で拭われた。


花子「それじゃあ……謝ってもらう代わりに、花子のお願い事を聞いてくれる……?」

櫻子「う……うん! 何でも聞くよ……! 言ってみて?」


花子「……櫻子、もうすぐ何の日だか覚えてる?」

櫻子「花子の誕生日、だよね」

花子「よかった。覚えててくれて」

櫻子「忘れないよ……」


花子「その日……花子と一緒に、どこか遊びにいこう?」

櫻子「遊びに……?」

花子「お誕生日デートだし。そのくらい……してくれてもいいでしょ?」

櫻子「うん……わかった」

花子「その日は……そうだ、櫻子の服を貸して? 前から欲しいって言ってたやつ」

櫻子「え……ああ、あれか」

花子「花子、あれ着ていきたい。じつは今日櫻子がいないときにこっそり着てたんだけど……花子もちょうどよく着られたから。いいでしょ?」

櫻子「……ふふ、いいよ。貸すんじゃなくてそれも花子にあげる」

花子「ありがと……それから、もうひとつ」


花子は私の手をゆっくりと取り……小指に小指を絡めて、囁いた。


花子「一緒に……お姉さんと会おう?」

櫻子「……!」はっ

61: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:36:22.71 ID:+EtVRVLso
花子「今日お姉さんに頼まれちゃったんだし。最後に一回だけ、櫻子と会わせてほしいって……花子も一緒にいってあげるから、お姉さんとお話しよう? ひま姉にも秘密にするから」

櫻子「そ、そんなこと……約束してたの……///」

花子「もう二人のことに関係ないなんて言わせないし。花子もお姉さんとお話したんだから……それじゃあ、デートの日の最後にお姉さんと会おうよ」

櫻子「……わかった。私ももう、ちゃんと話すって決めたから」

花子「そうなの?」

櫻子「うん……もう、誰にも秘密は作らない。向日葵のためにも、あの子のためにも……花子のためにも」

花子「……櫻子、ちょっとだけ大人になったし」

櫻子「まだまだ……花子の方が全然お姉さんみたいだよ。いつもいろいろ……ありがとね」

花子「……///」はぁ


櫻子「明日は私が一日中花子の看病するから。ねーちゃんは用事があるって言ってたから、私がずっとついててあげるからね」

花子「ええ……? そんなにしてもらわなくても、花子ももうほんとに体調は大丈夫だから……」

櫻子「だーめ。まだ何があるかわからないんだから……それに、特に用事もないもん」

花子「用事がないなら、ひま姉と遊べば?」

櫻子「…………」


向日葵。

帰りの新幹線であの子のことを打ち明けてから、向日葵とは特に言葉を交わせなかった。

うちに寄って安らかに眠る花子を見て安心すると、楓と一緒に自分の家へ帰っていった。

向日葵は今頃……どんなことを考えているんだろう。


花子「……まさか、ひま姉とも何かあったの?」

櫻子「い、いや……それは特にないよ? ただ……」

花子「ただ?」


櫻子「あの子とちゃんとお別れして……それからじゃないと、私には向日葵と付き合う資格、ないと思ってさ……」

花子「……花子の言ったこと、気にしてたの?」

櫻子「気にしてるっていうかね……それが正しいって私も思うから。今度こそ向日葵に……まっすぐに向き合ってあげたいの」

花子「…………」


櫻子「でも今日、今まで秘密にしてたあの子のこと、向日葵にも教えちゃったから……もしかしたら、幻滅されちゃったかな? はは……///」

花子「……櫻子」

櫻子「え……?」


花子の目がぱっちりと開かれる。

まっすぐで、大きくて、月明かりをゆらゆらと映す綺麗な目。

思わず見惚れていると……ふっと笑顔になり、私をさとすように言った。


花子「もうちょっと、自分の彼女のことをわかってあげた方がいいし」

櫻子「!」

62: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:37:13.04 ID:+EtVRVLso
花子「ひま姉が……そんなことくらいで、櫻子のことを嫌いになるわけないでしょ?」

櫻子「…………」


花子「ひま姉はね……本当に、本当に心の底から、櫻子が大好きなんだから……!」

櫻子「あ……」


花子「だから……絶対に、待っててくれるし……っ」


花子の目の端から、涙がつうっとこぼれおちた。


櫻子「な……なんで花子が泣いてるの……」

花子「ふ、ふふ……わかんないけど……///」


やっぱり……花子はすごくいい子だ。

誰かの気持ちをよく考えることができて、

その人の立場になって、物事を考えられる。

その人の気持ちになって、同じことを想ってあげられる。


花子「花子ね……今日、思ったし」

櫻子「……?」ぐすっ


花子「櫻子の妹で……よかったなあって」

櫻子「っ……!///」じわっ


花子「こんなにいいお姉ちゃんがいて……幸せだって、思ったよ……」

櫻子「う……うぅぅうっ……!」ぽろぽろ


花子「泣きすぎだし……櫻子……」

櫻子「花子……はなこぉ……っ///」


花子「ほら、もう遅いから……そろそろ戻って寝た方がいいし」

櫻子「……やだ」

花子「えっ?」


櫻子「ここにいる……ここにいたい……!」

花子「……ふふ、大きい甘えたさんだし」


櫻子「花子……ありがと……いつも……」ぎゅっ

花子「うん……」


昔に比べてすくすく大きくなってきた妹を抱きしめ、一緒に眠った。

大きいけど、まだまだ小さくて……か細くて、軽くて、温かかった。


――――――
――――
――

63: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:38:07.88 ID:+EtVRVLso




向日葵「それじゃ、行ってきますわ」

楓「行ってらっしゃいなの♪ あっ、ちゃんと帽子はかぶって行った方がいいの」

向日葵「ああそうですわね……楓、私の部屋に麦わら帽があるんですけど」

楓「待っててね、取ってくるの」とたとた

向日葵「ふふ、ありがとう」


楓は昨日、花子ちゃんが倒れたところに真っ先に駆けつけてくれたらしい。

裏庭の植木鉢の下に大室家の鍵が隠してあることもいつの間にか知っていて、倒れた花子ちゃんを親と一緒にいち早く看病してくれたそうな。

本当に……いつの間にか、こんなに立派に大きくなって。


楓「お待たせなのっ」

向日葵「ありがとう。じゃあまた夕方ごろに帰ってきますわ」

楓「はーい、行ってらっしゃい」


家を出ると、今日も絶好調の太陽がぎらぎらと照りつけていた。

こうして身近に倒れる人が出ると、とたんに暑さというものが恐ろしく思えてくる。今日は風があって体感は涼しいのだが、甘く見てはいけない。帽子をきちんとかぶり、目的地へと歩きだした。

大室家の前を通る。櫻子や花子ちゃんは中にいるのだろうが、今日の私の行き先はここではない。櫻子の部屋のあるあたりの窓を眺めながら前を素通りする。


向日葵(…………)


昨日、櫻子に言われたこと。

あのバレンタインデーの前日に偶然見かけてしまった女の子と、未だにきっぱりとは別れられていなかったこと。

涙をこぼしながら打ち明ける櫻子に、私は正直言って圧倒されてしまった。そして、ものすごく申し訳なくなってしまった。


あの子があんなにも思いつめていたのに……私はずっと気づかずに、あの子の隣にのほほんといただけだったなんて。


櫻子はべつに二股をかけていたわけでもないだろうに、私に頭を下げて謝り続けた。

複雑な気持ちが入り乱れた。怒るでも悲しむでもなく、櫻子の謝罪をどう受け取ればいいかわからなかった。

夏休みに入ってすぐの辺りで、花子ちゃんが “その人” の話をしていたことを、昨日になって思い出した。ただの友達だろうと思っていたけど、櫻子が尋常でなく焦っていた理由がようやくわかった。今になって思えば、なんともまあわかりやすいサインを出していたのに……なぜ私は気づけなかったのだろう。

64: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:38:36.10 ID:+EtVRVLso
向日葵(どんな人だったのかしら……)


私がいない間、向こうの学校で櫻子と一緒にいた人。

バレンタインデーの前日に見た時は、櫻子のコートに顔をうずめてもたれかかっていたので、顔まではよくわからなかった。垂れ下がったサイドテールだけは思い出せる。花子ちゃんは「結構可愛かった」って言ってたっけ。

うつむきがちに考え事をしていると、急に後ろから強い風が吹いた。髪がふわりと浮きあがるのを感じて、慌てて頭を押さえたが間に合わず、麦わら帽子が前方に飛んで行ってしまった。


向日葵「ああっ……!」


帽子はつばをタイヤのようにして、ころころと転がっていってしまう。小走りで追いかけると、ちょうど曲がり角から現れた人が見つけて素早く捕まえてくれた。


「おっと!」

向日葵「あっ……」


軽やかな動きで、転がった帽子を掬うように拾ってくれた。私と同じくらいの年ごろの女の子だった。


「えへへ……どうぞ♪」

向日葵「ああ、どうもすみません……!」

「よかったですね、車とかこなくて。あぶないあぶない」

向日葵「助かりましたわ。どうもありがとうございます」ぺこっ

「わぁ……なんかお嬢様みたい……!」

向日葵「えっ?」

「あはは、ごめんなさい……ええと、似合ってますよ! その帽子♪」

向日葵「ど、どうも……///」


女の子はそれだけ言うと、「それじゃ」と言って、私の来た道の方へと歩いていった。


向日葵(このあたりじゃ、見かけない子ですわね……)


笑顔の可愛らしい顔が垢ぬけていて、夏らしい薄着がお洒落でよく似合っている。

セミロングのサイドテールが、風に吹かれてぱたぱたとなびいていた。


向日葵「…………」


てこてこっ♪

向日葵(あら……?)


ふと携帯に通知が届く。道端によけて、帽子を押さえながらもしやと思って開いてみると、吉川さんからのメッセージがきていた。


向日葵(もうすぐ、着きます……っと)てちてち


吉川さんと赤座さんのお家にお邪魔してみようと思い、不躾だが昨日の夜に突然アポをとった。すぐにこころよい返事がもらえて、今日は久しぶりに一人でのお出かけ。

吉川さんたちのお家の様子を見たいという気持ちも大きかったが……それよりも、個人的な相談のために向かうという意味合いが大きかった。

櫻子には、内緒で。

65: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:39:06.92 ID:+EtVRVLso



ちなつ「……元カノ、ってこと?」

向日葵「ど、どうなんでしょう。付き合ってはいないとは思いますけど……」

あかり「櫻子ちゃんは、今日は?」

向日葵「家にいると思いますわ。花子ちゃんが昨日ちょっと具合悪くなってしまって……撫子さんも出かけてしまったようなので、その看病ということで」

あかり「あらら……」


予想していなかったわけではないが、吉川さんたちのお家は、4人で住むには少々手狭な気がした。

しかし狭さで苦労しているという様子ではなさそうで、むしろ仲の良さがうかがえる。ふたつある部屋を姉妹同士でわけあっているのかと思ったら、カップル同士で分け合っていたのには驚いたが。


ちなつ「まあ櫻子ちゃんはすごく人に好かれやすいタイプだから……そりゃ一年も離れてたら、そういう仲のいい子はできちゃうよねー普通」

向日葵「ええ……」

あかり「向日葵ちゃんは知ってるの? その子のこと」

向日葵「全く知らないんですわ。そういう子がいるってこと自体、つい昨日知らされたので……」

ちなつ「いいんじゃないの? べつにそういう子がいたって。向日葵ちゃんが負けちゃうとは思えないもん」

向日葵「か、勝ち負けを気にしてるわけではなくて……! その、なんて言うんでしょうか……」

あかり「ただのお友達なんじゃないの?」

向日葵「でも、その子は櫻子に告白をしたらしいんですわ。櫻子は友達として関係を続けようとしたかったらしいんですけど、うまく断りきれずにそのまま逃げられてしまって……それで今の今まで、ちょこちょこ連絡を取り合ったりしていたようで……」

ちなつ「ええっ、二股……?」

向日葵「二股……というわけでもなさそうなんですの。櫻子は転校してから、その子に少し冷たく接するようになってしまったって……ひどいことをしてしまったと、泣いて自己嫌悪してましたわ」

あかり「ううん……複雑だねえ」

向日葵「…………」


赤座さんのお姉さん方は今日はお仕事がお休みで、一緒にデートにいってしまったらしい。

吉川さんたちは親身になって私の相談に乗ってくれているが、もしかしたら二人も今日はどこかに出かける予定だったのかもしれない。

くらげのようなキャラクターのクッションを抱いていた吉川さんは、しばらく目を閉じてうんうんと唸っていたが……突然顔をあげて、新鮮な顔で聞いてきた。


ちなつ「……向日葵ちゃん、今日何しにきたの?」

向日葵「えっ」

あかり「ち、ちなつちゃん!?」


ちなつ「いや、なんか深刻な相談をされるのかと思ったら、そこまでの修羅場じゃなさそうだったからさぁ」

向日葵「ま、まあそうですわね……」

あかり「修羅場だったら修羅場だったで困るけど……」

66: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:40:01.67 ID:+EtVRVLso
ちなつ「まずそもそも、向日葵ちゃんはどうしたいわけ?」

向日葵「どうしたいって?」

ちなつ「そりゃもう、根本的な願いだよ! 櫻子ちゃんとこれからもずっと付き合っていきたいんでしょ?」

向日葵「え……ま、まぁ……その……///」

ちなつ「今更はずかしがるなー!」ぽん

向日葵「きゃっ!」

あかり「ちなつちゃーん!?」


バスケットボールみたいにクッションをパスされる。吉川さんがずっと抱きしめていたせいで温かい。


ちなつ「私ね、わかっちゃったよ? 向日葵ちゃんが悩んでる理由」

向日葵「えっ!」


ちなつ「向日葵ちゃんはね、今まで一回も櫻子ちゃんを誰かにとられたことがないんだよ。そういう恋愛経験がてんでゼロなの」

向日葵「……!」

あかり「ど、どういうこと?」


ちなつ「昔の二人はしょっちゅういがみあってたけどさ、そのころから本当は仲がいいって、私たち周りの人はよーくわかってたでしょ? あかりちゃんも」

あかり「うん……喧嘩ばっかりだったけど、お似合いの二人って感じだったよねぇ」

ちなつ「それまでずっと腐れ縁で、ずーっと一緒にいて、ずーっとつかず離れずでやってきてたから……つまり、他の誰も二人の間に割って入ることはなかったんだよ」


吉川さんは身振り手振りを使って得意気に語った。恋愛経験豊富な雰囲気が醸し出されている。


ちなつ「それがここにきて、一年間離れることになっちゃって……櫻子ちゃんにお邪魔虫がくっついちゃった。つまり向日葵ちゃんに、生まれて初めてライバルが出現したってことだよね?」

あかり「ライバル……?」

向日葵「か、顔は見たことないですけど……」

ちなつ「それだよ! それがいけないの!」びしっ

向日葵「へっ?」


ちなつ「はっきり言って、もしその櫻子ちゃんの元カノのことを向日葵ちゃんが知ってたとしたら、うちに相談なんか来てないよ」

あかり「なんで……?」

ちなつ「向日葵ちゃんがその元カノに負けるわけないから」

向日葵「!」

67: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:40:34.39 ID:+EtVRVLso
ちなつ「いい? 向日葵ちゃんはその元カノのことをよく知らないから、なんだか強大なライバルに思えちゃって、こうして怖くなって私たちのところに相談に来ちゃってるんだよ。その子と多少でも面識があって、その子の人となりまでわかってたら、脅威だなんて思わないはずだよ。たった一年間で向日葵ちゃんから櫻子ちゃんを奪えるわけがないんだから!」

あかり「ちなつちゃん、ぶっこむねぇ……!」

ちなつ「それに二人は、この前教えてくれたとおり両想いで付き合ってるんでしょ? なんにも怖いことなんてないじゃん! 向日葵ちゃんは絶対大丈夫だよ♪」

向日葵「よ、吉川さん……///」


ずばずばと切り込む吉川さんに赤座さんも私も圧倒されてしまうが……間違ったことはなにひとつ言ってなくて、むしろ私が抱えているひとつひとつのよくわからない悩みを的確に抽出し、そして同時に解決してくれるものでもあった。

吉川さんは私の問題をあっという間に論破して満足げになると、携帯をいじりはじめた。

今度は赤座さんが、吉川さんの言葉を受けて話を続けてくれた。


あかり「でもあかり、今の話聞いて……なんだか櫻子ちゃんのこと、すごく櫻子ちゃんらしいなって思ったよっ」

向日葵「櫻子が……櫻子らしい……?」

ちなつ「あかりちゃん何言ってんの?」

あかり「ち、ちがうよぉ! そんなおバカなこと言ってるわけじゃないよぉ!///」ぷんぷん

向日葵「なっ、なんとなくわかりますわ。大丈夫です」


あかり「櫻子ちゃんって……ちょっとやんちゃだけど、すごくお友達を大切にしてくれるから。状況が複雑になっちゃって、ちょっと慌てることになっちゃったけど……そのお友達のことは今でも大切に想ってると思うよぉ」

向日葵「……ふふ、そうなんでしょうね。きっと」


ちなつ「私が思うに、向日葵ちゃんは待ってるだけでも大丈夫だと思うよ。櫻子ちゃんは自分で全部片付けて、向日葵ちゃんのところに帰ってきてくれるって」

向日葵「…………」


片手間に携帯をいじりながら、吉川さんはそう助言してくれた。


本当にそうなのだろうか。本当に櫻子は……私の元へ帰ってきてくれるのだろうか。

「その元カノのことをよく知らないから」と吉川さんは言ったけれど……だからって不安が消えることはない。

ひょっとしたらものすごく可愛い子のなのかもしれない。櫻子の好きなタイプにどんぴしゃなのかもしれない。


ちなつ「……なに? ちゃんと戻ってきてくれるのか心配なの?」

向日葵「そ、それはもちろん……」

ちなつ「だとしたら、それは櫻子ちゃんに対して失礼だよ」ぴっ

向日葵「えっ……?」


ちなつ「よーく考えてみてよ……ここまでの二人の歴史を。出会ってから今まで一緒に過ごしてきた、ぜーーーんぶの時間を!」

あかり「……!」


ちなつ「どんなときだって一緒だったじゃん……どんなに喧嘩したって、元に戻ったじゃん。受験で初めて距離が離れちゃったけど、あのおバカな櫻子ちゃんが死に物狂いで勉強して戻ってきたんだよ!? 信じられるあかりちゃん!?」がばっ

あかり「じ、実は未だにちょっと、信じられない……///」


ちなつ「向日葵ちゃん……櫻子ちゃんはね、向日葵ちゃんのことが大好きなんだよ。わかる? 大大大大好きなの!」

向日葵「っ!///」かあっ


ちなつ「もしかしたら……向日葵ちゃんが櫻子ちゃんに想ってる “好き” より、櫻子ちゃんが向日葵ちゃんに想ってる “好き” の方が大きいかもよ」

向日葵(わ、私より……?)

68: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:41:22.21 ID:+EtVRVLso
ちなつ「そのくらい櫻子ちゃんは向日葵ちゃんのことが好きなの! 向日葵ちゃんも櫻子ちゃんのことが好きなんだったら、櫻子ちゃんを信じて待っててあげなさい」

向日葵「はっ、はい……!」

あかり「そうだねえ、待つのも愛って言うもんねぇ」

向日葵(待つのも……愛……)


櫻子を、待つ。

あの子が私の元へ帰ってきてくれるのを……待つ。


全ての問題を片付けて……そのお友達のことも片付けて、あの子は帰ってきてくれる。

私の、ために……


あかり「吉川先生、質問です」ぴっ

ちなつ「はいっなんですか赤座さん」

あかり「向日葵ちゃんは、ただ待ってるだけでいいんですか?」

向日葵「えっ……」

ちなつ「いい質問ですねぇ!」がばっ

あかり「ああっ、ちなガミ先生だ!」


突然赤座さんが挙手してわざとらしく質問すると、待ってましたとばかりに吉川さんは、本当に先生のように語りかけてきた。


ちなつ「そう……待ってるのはもちろん大事なこと。せっかく櫻子ちゃんが自分で問題を片付けようとしてるんだから、ここで向日葵ちゃんが昔みたいに手助けをしちゃうのはよくないよね」


ちなつ「でも、だからってただ待ってればいいってわけじゃない。向日葵ちゃんは準備をしてあげなきゃ」

あかり「準備?」

ちなつ「帰ってきた櫻子ちゃんを、迎えてあげる準備♪」

向日葵「……!」はっ


ちなつ「いーい向日葵ちゃん? これで櫻子ちゃんが帰ってきたら、今度こそ本っっ当に櫻子ちゃんは、100%の気持ちで向日葵ちゃんを選んだってことなんだよ?」

向日葵「ひゃく、ぱーせんと……///」


ちなつ「もうこれは告白……ううん、プロポーズと同じレベルだよ! どんな言葉を聞かされるよりも幸せなことだと思う! だって正真正銘向日葵ちゃんだけを選んでくれたってことなんだから!」

あかり「ふふふっ……それなら向日葵ちゃんも、櫻子ちゃんの強い想いに応えてあげなきゃいけないねぇ」

向日葵「そ、そうですわねっ。どうしてあげたらいいのかしら……?」

ちなつ「そこはもう自分で考えなさいって。向日葵ちゃんが櫻子ちゃんに、『これだけあなたのことが好きなんですわよー』ってことをしてあげればいいじゃない」

向日葵「はぁぁ……///」かああっ

あかり「向日葵ちゃんが真っ赤になっちゃったよぉ……」ひそひそ

ちなつ「何する気なんだろうね」こそこそ

向日葵「そ、そんな目で見ないでください!///」

あかり「あははははっ♪」


ちなつ「まあまあそういうことだから。わかったら早くおうちに帰って、櫻子ちゃんを待っててあげたら? 私たちの家で遊んでる場合じゃないんじゃな~い?」

あかり「うんっ、向日葵ちゃんまた遊びにおいでよ。今度は櫻子ちゃんと一緒に!」

ちなつ「っていうかWデートしようよ! 夏休みなんだからさ!」

あかり「賛成ー!」

向日葵「わ、わかりましたわ。きっと近いうちにお二人に良い連絡をしてみせます」

ちなつ「うん、待ってるからね」

あかり「向日葵ちゃん……頑張ってねっ!」

69: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:41:49.47 ID:+EtVRVLso
お二人の心強い助言を貰って……私は赤座&吉川家をあとにした。

本当にここにきてよかった。本当にお二人とお話ができてよかった。お二人が私たちのお友達で……本当によかった。

きっとまたここに来る、今度は櫻子と手をつないで。そう固く決意しながら、私は自分の家へと戻る……前に、商店街のお菓子屋さんへと向かった。

明日は花子ちゃんのお誕生日だ。とびっきりのケーキを作ってお祝いしてあげなくっちゃ。



あかり「……行っちゃった、向日葵ちゃん」

ちなつ「はーあ。ほんと手のかかる二人だよね~」

あかり「ちなつちゃん……あんなに自信満々に言っちゃって、大丈夫だったの?」

ちなつ「なにが?」

あかり「だって……もしも櫻子ちゃんが、元カノさんの問題をちゃんと片付けられなかったら……」

ちなつ「あー大丈夫大丈夫。今LINEしたら『ちゃんと全部片付けてくるよ』って。ほら」

あかり「え~!? ちなつちゃんなんで携帯いじってるんだろうと思ったら、櫻子ちゃんとLINEしてたの!?///」

ちなつ「だって面倒なんだもん! あの二人両想いってことがわかりきってるのに、細かいことで悩みすぎ!」

あかり「先生カンニングだよぉ~……」

ちなつ「いいのいいの。これでわかったでしょ? もうあの二人は放っておいても大丈夫だって」

あかり「まあ、そうだけど……」

ちなつ「それよりさ……向日葵ちゃん、どうしてあげると思う? 櫻子ちゃんに」ずいっ

あかり「えっ?」


ちなつ「向日葵ちゃんの元に帰ってきてくれたとき……櫻子ちゃんをどうやって “迎えてあげる” のかなぁ……///」のそっ

あかり「ち、ちなつちゃん……!?」

ちなつ「もしかしたら……こーんなことまでしちゃうかもよ……っ♪」ちゅっ

あかり「んーっ!?///」

70: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:42:38.46 ID:+EtVRVLso


向日葵「あっ」

撫子「あ」


ケーキの材料を買おうと街の方へ行くと、偶然にも撫子さんと出くわした。


向日葵「撫子さん、こんなところにいたんですの」

撫子「うん、今いろいろ用事がおわったから。これから帰るとこなんだ」

向日葵「ちょうどよかった、これから花子ちゃんのバースデーケーキの材料を買いに行くところなんですけど、一緒に行きませんか?」

撫子「あ……その前にちょっとそこのカフェ寄ってかない? 何か飲みたいんだけど」

向日葵「あら。じゃあそうしますか」


撫子さんは珍しくぴしっとスーツを着ていた。私にとっては見慣れないものなので、ものすごく新鮮だ。それでも初々しさを感じさせずに着こなしているあたりが、さすが撫子さんといったところ。周囲の視線を引いている。

カウンターで飲み物を受け取って席に座る。このお店で撫子さんと二人きりでお茶を飲むのは、あの冬の日以来だ。


向日葵「こっちにはいつ頃までいられそうなんですの?」

撫子「長くないよ。花子の誕生日が終わったらすぐ帰らなきゃ」ずずっ

向日葵「あらら……忙しいんですのね」


撫子「ひま子……私今日、どこに行ってたと思う?」にやっ

向日葵「えっ?///」


珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべる撫子さんにドキッとする。

スーツを着ているあたり、とても大事なところに行ってきたのだろうが……はっきりいって全然わからない。


向日葵「ど、どこでしょうか」

撫子「……教えてあげるけど、まだ櫻子たちには言わないでね。言うときはちゃんと自分から言いたいからさ」

向日葵「はい……?」


撫子「七森中だよ」

向日葵「……ええっ!?」


撫子「今年募集してるみたいなの、教員。受けようと思ってさ……いろいろ話聞いてきたの。卒業生はこういうときにすごく有利なんだ」

向日葵「な……七森中の先生になるんですの!?」

撫子「なかなかないんだけどね、新卒で私立は……でもまあ、運が良かったら入れるかもしれない」

向日葵「そ、そうだったんですのね……!」

撫子「落ちたら恥ずかしいから内緒にしてね。特に櫻子には」

向日葵「まあ、撫子さんなら大丈夫だと思いますけど……わかりましたわ」


撫子さんの秘密計画に驚かされる。そして同時に、この話を櫻子でも花子ちゃんでもなく私に初めてしていることにも驚く。

こんな大事なこと……私なんかが最初に聞いていいのだろうか。


撫子「もしも受かったら……来年から、花子と一緒にいられる」

向日葵「ああ、花子ちゃんも来年から中学生ですもんね……って、まさかそれで受けようと思ったんですの?」

撫子「それもあるし、って感じ。七森中は先生も生徒も大切にしてくれるいい学校だからさ、行きたいってずっと思ってたんだ」

向日葵「確かに……そうですわね」


撫子「……昨日、痛感したんだよ。私はやっぱり都会じゃなくてこっちにいたいんだって」

向日葵「あ……」

71: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:43:59.81 ID:+EtVRVLso
撫子「言ったって花子も3年経てば高校に行っちゃうわけだけど……それでも少しでも一緒にいてあげたくてさ。昨日のせいで、余計にそう思ったの……もうあんな思いしたくない……」

向日葵「…………」

撫子「……シスコンとか思ってる?」

向日葵「お、思ってません思ってません!///」ぶんぶん

撫子「……いいけど。とにかく将来はこっちで働こうと思ってるんだ。がんばらなきゃね」

向日葵「……応援してますわ。叶うといいですわね」


撫子さんは安心したように微笑むと、残ったコーヒーを飲みほした。

撫子さんの昨日の泣き顔はまだ思い出せる。都会に出てしまった四年間で、きっと初めての出来事だったはずだ。本当に心配していたのだろう。

改めて、花子ちゃんの様態がそれほど重くなかったことに私も安心する。昨日は色んなことがありすぎた。


撫子「それより、人の心配もいいけどひま子も自分のことがあるんだからね?」かちゃり

向日葵「えっ?」


撫子「どうするの? 高校卒業したら」


まるで先生や親に尋ねられるかのように、急に緊張した。

それでも撫子さんは、未来を大切に見つめてくれるような優しい目をしていて、きっとこの人は良い先生になるだろうなと思えた。


向日葵「えっと……まだ具体的なことは、ぜんぜん決めてなくて……」

撫子「……昨日のオープンキャンパスの話ね、私から持ち出したんじゃないんだよ実は。櫻子が自分から聞いてきたの」

向日葵「え、そうだったんですの?」

撫子「あの子なりに考えてるんだよ、将来のこと……まあ本気で目指すとしたらちょっと遅れてるけどね。本当はもっと早く行動しなきゃ」


向日葵「……ちょっと前に、そういうことを話したんですわ。将来の夢とかについて……」

撫子「へえ」

向日葵「それであの、一緒に探していけたらいいですわねって……///」

撫子「何それ、ノロケ?」

向日葵「ち、ちがいます! でも……そう話しあったんですわ。初めて」

72: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:44:42.66 ID:+EtVRVLso
撫子「……私は櫻子とひま子の未来について、ああしろこうしろって口出しするつもりはもちろんないよ。そういうことなら、二人が一緒に選んだ道を目指してほしい」


撫子「ただ、その未来の道を歩むにおいて……花子と楓のことを心残りにはさせない。もう私がこっちに帰ってくるから」

向日葵「!」はっ


撫子「遠慮しないで……安心して、二人でどこでもいっておいで。世界は広いよ」ふっ

向日葵「撫子さん……///」

撫子「もちろん富山にいてもいいけどね。そしたら私は彼女とどこかに部屋借りるけど。ノロケられたくないから」

向日葵「ちょっ……まあ、そうですわねっ。しっかり話し合って決めますわ」


彼女のことはものすごく気になるが、今は撫子さんの顔がかっこよくて直視できなかった。

そのまっすぐな目は、ここ最近でよく櫻子から向けられた真剣な眼差しに本当にそっくりで。この人のかっこよさは……規格外だ。


撫子「……ひま子」すっ

向日葵「えっ?」


突然、撫子さんがすっと手を伸ばして私の手を両手で包み込んだ。


撫子「櫻子を……よろしくね」

向日葵「!!」


撫子「あの子には……ひま子しかいないんだよ。だから……お願いね……///」ぎゅっ

向日葵(な……撫子さん……///)うるっ


かたく、かたく手を握りしめられた。


生まれてから今まで、ずっと櫻子を見守ってきた、ずっと花子ちゃんを見守ってきた撫子さん。

私たちの全てを見届け、私たちの距離を戻し、私たちの背中を押してくれる、私たちみんなのお姉さん。

撫子さんの内に秘められた本気の熱い想いが、包まれた手を通して一気に流れ込んでくるような気がして……思わず涙がこぼれてしまいそうになった。


向日葵「ありがとう……ございます……っ!///」ぺこり


撫子「……よしっ、それじゃ帰ろうか。花子のケーキの材料買いに行くんだよね」

向日葵「あ、はいっ……手伝っていただけますか?」

撫子「もちろん」

73: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:45:20.38 ID:+EtVRVLso


楓「おねえちゃん、冷蔵庫にお菓子の材料がいっぱいあったの!」とたとた

向日葵「ふふ、私が買ってきたんですわ。明日は一緒に花子ちゃんのケーキを作りましょっか」

楓「わーい♪」


夜。

吉川さんと赤座さんに今日のお礼をLINEでやり取りしているところに、楓がうきうきと部屋にやってきた。


向日葵「楓、今日は何か楽しいことありました?」

楓「あったの! 花子おねえちゃんと櫻子おねえちゃんと遊んだの♪」

向日葵「あら! 花子ちゃんもう大丈夫でした?」

楓「もう元気にだったの。心配かけてごめんねって言ってたの」

向日葵「ふふ……元気になったならよかったですわ。安心しました」


楓「花子おねえちゃんね、明日デートなんだって♪」

向日葵「へぇ~…………え、えっ!? デート!?」

楓「うんっ」

向日葵「だ、誰と!?」

楓「ふふっ、櫻子おねえちゃんとだって~」


突然聞き慣れない「花子ちゃんのデート」というワードが頭に入ってきて、一瞬混乱した。

小学生にして誰かお熱いお相手がいるのかと思ったら、ただの姉妹のおでかけだった。


向日葵「はぁ、デートっていう言い方するからびっくりしちゃいましたわ……」ほっ

楓「でも花子おねえちゃんがそう言ってたんだよっ」

向日葵「花子ちゃんが……? 櫻子がふざけて言ったんじゃなくて?」

楓「櫻子おねえちゃんは恥ずかしそうにしてたよ~」


いったい今日どんな会話が大室家で繰り広げられていたのか、まったく想像もつかない。

あの花子ちゃんが櫻子に “デート” を持ちかけたのだろうか。もしかしたら熱中症のせいで理性の一部が溶けちゃったのかもしれない。


向日葵「デートですか……でも、夜は花子ちゃんのお誕生会をするんですもんね?」

楓「うんっ。花子おねえちゃんと櫻子おねえちゃんがデートしてる間に、楓たちが準備をするの!」

向日葵「なるほど、そういうことですのね」


明日の大室家の予定はなんとなくわかったが、私の思い描いていたプランとは少し違った。


せっかく今日吉川さんたちにアドバイスを貰ったのに……これでは明日も、櫻子と離れたままだ。

74: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:46:37.13 ID:+EtVRVLso
向日葵(櫻子……)


一緒にオープンキャンパスから帰ってきて、花子ちゃんの具合を確かめてから、私は櫻子の顔を見ていない。携帯にも何の連絡も入ってなくて、あれから言葉のひとつも交わしていない状態だ。


今思い返せば、私たちはものすごい気まずい別れ方をしてしまった。

櫻子はこの半年間ずっと心に秘めつづけ、悩み続けてきた隠し事を、泣きながら打ち明けた。

私はいまいち櫻子が感じている罪悪感を把握してあげられていないが、櫻子があれだけ泣くのを見たのはものすごく久しぶりだ。

もしかしたらこの問題は、一日やそこらで解決できるものではないのかもしれない。


私は明日、花子ちゃんの誕生会の前に大室家で準備をしている際に櫻子と会い、ぱぱっと話して解決できるものくらいに思っていた。

しかし櫻子は花子ちゃんとデートにいってしまうようだ。どうやら楓の説明からして花子ちゃんの方が誘ったようだが、櫻子はそんなことをしている場合なのだろうか。


『櫻子ちゃんは自分で全部片付けて、向日葵ちゃんのところに帰ってきてくれるって』


……吉川さんの言葉を思い出す。ただ待っているだけでも櫻子は帰ってきてくれるから、安心していいと言ってくれた。

でも具体的に、いつ戻ってきてくれる? いつその問題とやらを解決してくれる? そもそもその問題って、どうやって解決されるもの?

これまで秘密にされていたことに、今更私が首を突っ込んで解決に導くことはできない。あの子はやはり、その問題を一人で片付けなきゃ。

でもそれじゃあ……私はその間どうしていればいいんですのよ。


向日葵(待っててあげるって……具体的にどうすれば……)はぁ


待つのも愛、って言われたけど……こんなに大変なものだとは知らなかった。


楓「それじゃあ楓、もう寝るね~」

向日葵「ええ。おやすみなさい」


楓「……おねえちゃん、今夜は櫻子おねえちゃん来てくれるかな?」

向日葵「えっ!?///」どきっ

楓「うふふ、おやすみなさーい」ぴゅーん


おませさんになってきた楓が、からかうように笑って部屋に逃げて行ってしまった。

最近は私が携帯を見ながら大人しくしているだけで、櫻子のことで悩んでいるのだと思うようになったらしい……まあ実際そうなのだけれど。


向日葵(楓ったら……)ふぅ


でも、楓の言うとおりだった。

私は櫻子が来ることを望んでいる。

75: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:47:30.91 ID:+EtVRVLso
私はすっかり、櫻子との関係に対して受け身になってしまっている。

気持ちの問題だけじゃない、今だってそう。あの子が帰ってくるのを待つことしかできないんだから。

吉川先生に貰った助言を一生懸命思い返す。

昼間の助言を振り返りながら、何気なく吉川さんたちとのトーク画面をさかのぼっていると……あるものが目に飛び込んできた。


向日葵(あっ……)


それは、夏休みに入ってすぐに櫻子の家で撮った、花子ちゃんと櫻子と私の3ショット写真だった。


花子ちゃんが真ん中に写っている写真。

私たちの間に挟まれて、恥ずかしそうに遠慮しながら、顔を寄せる櫻子を横目で見ている。


向日葵(花子ちゃん……)


そうだ、忘れていた。

この問題には、花子ちゃんも大きく関わっているということを。


櫻子の隠していた秘密を暴いたのは、他でもない花子ちゃんだった。

それで大喧嘩して、仲直りしないままに櫻子は私と一緒にオープンキャンパスに来てしまって、花子ちゃんは家で一人で苦しんでいた。

ただの熱中症じゃないことはなんとなくわかっていた。花子ちゃんもこの問題に心を痛めていたのだ。


どうして花子ちゃんは、そうまでして櫻子のことを怒ったのか?

大学へと向かう、行きの電車の中で櫻子がふと呟いた意味深な言葉を思い出した。


『花子って……もしかして、向日葵のことが好きだったのかな……』


向日葵(……ばかですわね、櫻子……)


花子ちゃんは、もちろん誰に対しても優しくて、まがったことは許せない正しい子だ。

櫻子より五つも年下なのに、櫻子の妹なのに、櫻子を正しく叱ってあげることのできる女の子だ。

花子ちゃんがどうして櫻子に怒ったのか。その真意をあの時の櫻子はわかっていなかった。


私のことが好きだから、中途半端な態度で私と付き合っていたことに怒った……それもあるかもしれないけどそうじゃない。


向日葵(花子ちゃんは……他でもない、あなたのことが好きなんですわよ……櫻子)


写真の中の花子ちゃんを見ているだけで、それが私にはよーくわかった。

花子ちゃんは……櫻子のことが、大好きなんだ。



私はベッドに横たわりながら、花子ちゃんへ電話をかけてみた。急に花子ちゃんとお話がしたくてたまらなかった。

もしかしたら寝ているかもしれない……そう心配したが、少しだけコール音が鳴った後に、小さな声が電話口から届いた。


向日葵「あ……もしもし?」

花子『ひま姉……!』

向日葵「こんばんは。夜分遅くにごめんなさいね」

花子『ううん、平気だし』

76: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:48:38.37 ID:+EtVRVLso
向日葵「楓からも色々聞いたんですけれど……体調はもう大丈夫ですか?」

花子『あはっ……もうすっかり。ひま姉もごめんね、迷惑かけて……』

向日葵「いえいえ、無事でよかったですわ本当に。明日は無事に出かけられそうですわね」

花子『え……』

向日葵「あ……えっと、ちょっと小耳に挟みまして! その……」


明日、櫻子と……デートなんですのよね。


花子『……楓が言っちゃったの?』

向日葵「も、もしかして……秘密にしたかったことでした……!?」

花子『ううん、べつに。ただ櫻子とお出かけするだけだから……誰に知られたって、恥ずかしくもなんともないし』

向日葵「そ、そうですわよね」


花子ちゃんは穏やかな声で答えてくれた。あんまり大きな声を出すと撫子さんや櫻子に話し声が聞こえてしまうのだろうか、ボリュームは少々抑えめだ。


花子『ところで……急にどうしたの?』

向日葵「えっ! えっと……ああ、明日の誕生会のことなんですけど……」

花子『あ……うん』

向日葵「ケーキ作っていきますから、楽しみにしててくださいね♪」

花子『…………』

向日葵(あ、あれ……?)


急に花子ちゃんは黙り込んでしまった。もしもし? と応答を確認する。


花子『……ごめんね、今櫻子が部屋の前を通ったから』こそっ

向日葵「あ……そういうことでしたか」

花子『でもひま姉……誕生日のことは嬉しいけど、電話してきたのはそれが理由じゃないでしょ?』

向日葵「え……?」


花子『櫻子とあの人のこと……気になってるんだよね』

向日葵「!!」


ついつい電話した理由をごまかしてしまったが、花子ちゃんは真相をずばりと言い当ててきた。

やっぱり花子ちゃんも……気にしてくれているんだ。


向日葵「……じつは私……何もわからないんですの。櫻子とその人のこと……」

花子『…………』


向日葵「私、どうすればいいかわからなくて……! 櫻子にどうしてあげればいいか、わからなくて……」

花子『……ひま姉、落ち着いて』

向日葵「え……」

花子『櫻子は、ひま姉のこと大好きだよ』

向日葵(!)


花子『だから大丈夫……ひま姉は、何も心配しなくて大丈夫』

向日葵「花子……ちゃん……///」

77: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:49:10.12 ID:+EtVRVLso
花子『……怖くなっちゃったの? 櫻子のことで』

向日葵「……だって、何も言ってくれないんですもの……あの子……」

花子『ふふ……そりゃあ櫻子は、ひま姉には何が何でもばれたくなかったんだし。ひま姉の前では格好よくいたかったから』

向日葵「……!」


花子『でもきっと……いや絶対、櫻子はひま姉のところにちゃんと帰ってくるよ。花子が約束してあげる』

向日葵「……そう、ですか……」

花子『明日。明日で全部終わるんだし……本当に、すべてが』

向日葵「……?」


花子『櫻子とあの人の恋も……そして……』



『花子の……この恋も』


向日葵「!!!」はっ


花子『ごめんね、ひま姉……最後だから……最後に一日だけ、櫻子を……花子にちょうだい……?///』

向日葵「で、デートって……そういう……!」


花子『わかってる……ひま姉の気持ちもわかってる……! でも最後に一回だけ、花子も櫻子とデートがしたいの……』

向日葵「っ……!」


今にも泣きそうな切ない声が、私の心につきささった。

花子ちゃんから私への……心からの、お願いだった。


向日葵「……花子ちゃん、私はべつに、花子ちゃんの敵じゃありませんのに……っ」ぐすっ

花子『ひま姉……花子はね、ひま姉のことを一番応援してるよ……///』

向日葵「花子……ちゃん……っ……///」ぽたぽた


花子『そうだ……じゃあひま姉に、いいこと教えてあげるし』

向日葵「いいこと……?」



花子『明日……櫻子は、あの人と会うの』

向日葵「!」

78: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:49:37.54 ID:+EtVRVLso
花子『たぶん夕方ごろに……二人の場所が知りたかったら花子に連絡して。すぐに教えてあげるから』

向日葵「え……そ、それは……私も行けっていうことですの……!?」

花子『来てもいいし、来なくてもいい。どっちにしたって未来は変わらないから……櫻子の結論は、もう決まってるから』


花子『ひま姉はもう、お家で待ってるだけでも大丈夫。でも……それでも櫻子のことが心配だったり、戻ってきてくれるかが不安なんだったら、櫻子が頑張るところを見守ってあげればいいと思うし。それが今ひま姉が抱えてる心配をかき消す、唯一の方法だと思う』

向日葵「……!」


花子『もう一回言うね。櫻子は、ひま姉のことが大好きなの』


きっと全てを片付けて、綺麗になってひま姉のところに帰ってくる。


明日で……全部終わる。


櫻子をただ待ってるだけなのが辛いんだったら……櫻子が頑張るところを見てあげて?


櫻子がひま姉のために頑張ってるところ……櫻子が、ひま姉を選ぶところ。


花子『それじゃ……また明日』ぷつっ


向日葵(…………)


花子ちゃんは、すがすがしいような声で電話を切った。

私の心臓が……急激に縮こまって緊張する。予期していなかった誘いで、胸が痛いほどに高鳴った。


明日で……全て終わる。


櫻子が……帰ってくる。


向日葵(さく……らこ……)


待ってる。

櫻子のことを……ずっと待ってる。

でも、ただ待ってるだけじゃだめなんですのよね。

あなたは頑張っているんだから……

私のために、頑張ってくれるんだから……


向日葵(っ……)ぎゅっ


――――――
――――
――

79: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:50:32.21 ID:+EtVRVLso




花子「ほら、似合うでしょ?」くるり

撫子「ほんとだ。櫻子より可愛い」

櫻子「くぅ~……しょうがない、約束通り花子にあげよう……」


8月7日。花子の誕生日。


今日は朝から、櫻子とデート。熱中症で倒れちゃったお詫びみたいなことになってるけど、他でもない……櫻子からの一番のプレゼントだって思ってる。

予想外だったけど、ひま姉にもついに打ち明けちゃったんだから。今日はもう、心から楽しまなくっちゃ。


櫻子「……花子、ちょっとこっち向いて?」

花子「?」


姿見の前でおめかししていた花子をしばらく眺めていた櫻子に呼ばれ、正面から向き合わされる。

何をされるのだろう……と思ったら、櫻子は髪につけていたふたつのヘアピンを、花子の髪に留めた。


花子「あ……///」

櫻子「ほら、こっちの方が可愛くない?」

撫子「いいじゃん、またちょっと違って見えるよ」

花子「そ、そうかなっ」

櫻子「このピン花子にあげるよ。大事にしてね」

花子「え……いいの!?」

櫻子「いいのいいの! もう今日は色んなものを花子にあげちゃうからね。ぜーんぶ誕生日プレゼント!」

撫子「いらないものあげてるだけなんじゃ……」

櫻子「そんなことないよー!///」


これは……櫻子が小さい頃からずっとつけていたヘアピンだ。

櫻子と同じようにして、左側のこめかみのあたりにつけられている。櫻子との心の距離が近くなれたような気がして、なんだかとっても……嬉しかった。


花子「あ、ありがとう……でも櫻子はヘアピンいいの?」

櫻子「んー、じゃあこの後買いにいこっかな? そろそろ私もイメチェンしなきゃ」

撫子「うわー……花子ついてってあげて。櫻子が変なの買わないように」

櫻子「ちょっと! 私だって可愛いの選べるってば!///」

花子「ふふっ、わかったし」


こうして朝から家族がいっぱいいてくれる家は、なんて幸せなんだろう。

この前は静かすぎて怖かったくらいなのに、お姉ちゃんたちがいるだけで、ものすごくあたたかい。


櫻子「よし……それじゃそろそろ行ってくるね、ねーちゃん」

撫子「気を付けてね。こっちは準備しておくから」

花子「行ってきまーす」

撫子「うん、行ってらっしゃい」


お気に入りの靴を履いて、櫻子に続いて外に出る。

今日も相変わらず、太陽がじりじりと大地を照らし続けていた。

80: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:51:12.22 ID:+EtVRVLso
櫻子「花子、なんか体調悪かったらすぐに言ってよね! ねっちゅーしょー対策いっぱい持ってきたから!」ごそごそ

花子「わ、わかってるし……それより早く涼しい所いこ?」

櫻子「心配して言ってるのにー」


櫻子と二人きりでどこかに遊びにいくなんて、どれくらいぶりだろう。

軽快に隣を歩く櫻子は、花子がまだ見たことのない服を着ていた。


花子「その洋服、どうしたの?」

櫻子「これ? ちょっと前に今年の夏用で買ったの。なんか特別なときに着ようかなって思ってたんだけど……今日しかないなって思って。似合う?」

花子「うんっ……! ちょっとお姉さんっぽいし」

櫻子「おねーさんだからね!」


櫻子は本当に、ちょっとずつあの頃の撫子おねえちゃんに似てきている。

制服を着ているときの後ろ姿なんか、撫子おねえちゃんが帰ってきたのかと思うくらい似ているときもあって、やっぱり姉妹なんだなあって実感する。

いつか花子も……そのくらい大きくなって見せるんだから。

ちょっと背伸びがちに足を伸ばして、櫻子の隣に寄った。

ほらほら、花子は今日で12歳になったんだよ。


櫻子「ん……手でも繋ぐ?」

花子「えっ!」

櫻子「だってこれデートなんだもんね? やっぱそういうことした方がいいか」

花子「ええ~、恥ずかしいし……///」

櫻子「花子がデートって言ったんじゃん! それに大丈夫だって、他の人が見ても仲良し姉妹としか思われないよ」

花子「そ、それが恥ずかしいんじゃ……?」

櫻子「じゃあ恋人同士って思われた方がいい?」

花子「!」どきっ

櫻子「ふふ……今日は花子が主役なんだからさ、やりたいこと全部やった方がいいって!」ぎゅっ


櫻子は花子の腕に腕を絡め、そのまま手を握り合わせた。


花子「ちょーっ!? 恋人つなぎはやりすぎだし!」

櫻子「そうかなぁ……あっ! あそこにいるのみさきちじゃない?」

花子「ええっ!? みさきちいるの!?」きょろきょろ

櫻子「へへ、うっそー♪ でもお友達にこんなとこ見られたら恥ずかしいね」つん

花子「かっ……からかうなぁ~!///」ぎゅっ

櫻子「あ痛たたた! ごめんってー!」

81: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:51:40.56 ID:+EtVRVLso




撫子「なるほどね……そういうことなんだ」とんとん

向日葵「ええ……」

撫子「まあなんとなくわかってたよ。帰りの新幹線で泣いてた時からね」


お菓子の材料を持って楓と一緒に大室家へ行くと、もう櫻子と花子ちゃんは出発した後だった。

さっそく撫子さんと一緒にキッチンで準備にとりかかる。楓はせっせと飾りつけを頑張ってくれているようだった。


撫子「……で、ひま子は行きたいの? その櫻子とお友達が会うところに」

向日葵「……まだ、迷ってて」

撫子「そう……でも迷うっていっても、完全にひま子の気持ち次第だよね。櫻子とその子はひま子が見てようがどうだろうが、話をつけちゃうんだから」


花子ちゃん指定したタイムリミットは夕方。それまでに答えを出さなければいけなかった。


撫子「……怖いの?」

向日葵「…………」

撫子「私の考え言っていい? ……絶対に行くべき」

向日葵「ど、どうしてですの?」

撫子「百聞は一見にしかず。このまま櫻子が無事に帰ってきたって、決定的なシーンを見ないことには、いずれ心のどこかで『まだ元カノを引きずってたらどうしよう』っていう疑念が出てきちゃうもんだと思うよ」

向日葵「っ……」


淡々と述べられる撫子さんの正論。頭ではわかっているのに、まだ私の恐怖心は壊れてくれない。


撫子「……恋は盲目だね。まさかひま子の心がこんなに不安定になるなんて思わなかった」

向日葵「うぅぅ……」

撫子「でもありがたいよ。それだけ櫻子のことが好きだってことなんだもんね」ふっ


てきぱきと食材の下ごしらえをしながら、撫子さんは笑った。

手が止まってるよ、とたしなめられる。ちょっと考えを巡らせるだけですぐに作業が中断されてしまう。頭の中はしっちゃかめっちゃかだった。


撫子「わかるよ。わかる……好きな人の言葉って、何でも信じられるけどさ」


撫子「好きな人が言ってくれる『私も大好きだよ』だけは……心から信じてあげられないんだよね。他に誰かいるんじゃないかとか思っちゃって」

向日葵「はい……」


撫子「当事者は悩んでるかもしれないけど、周りからすればひま子が馬鹿らしく見えるよ。どう考えたって櫻子はひま子を選んでるのに、気づかないんだから」

向日葵「……最近、櫻子と会えてないんですわ。だから余計に……」

撫子「最近ったって、たった二日くらいでしょ……?」

向日葵「私たちにとって二日は大きいですわ……」

撫子「その発言がもう、矛盾しすぎだって……櫻子は元カノと半年近く会ってないんでしょ。っていうか元カノって呼んでるけど、そもそも付き合ってすらいないんでしょ、その子と」

向日葵「そうらしいですけど……でも、もしかしたらそれも嘘で、本当は二人は付き合ってたのかも……!」

撫子「……だめだこりゃ」はぁ

82: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:52:07.44 ID:+EtVRVLso
撫子さんは料理道具が置かれている棚からすりこぎ棒を取り出した。

なにか料理に使うのかと思ったら、まるで剣先を向けるかのように私にぴっと指してきた。


向日葵「なっ……!?」

撫子「極端に言っちゃえばさ、私が今ひま子をこれでぽこっとやって、気絶させたとする。そのまましばらく起きなくて、夜になって目が覚めたとき、櫻子は隣に帰ってきてくれてるよ」

向日葵(…………)

撫子「要はその間をどう過ごすかってことだけでしょ。贅沢な時間だと思うなぁ……私だったら、翌日に一緒に遊びに行くデート先でも下調べして待ってるけどね」


そうだ、吉川さんたちと約束したんだった。

次は必ず、櫻子と一緒にあの家に遊びに行くんだって。


撫子「マイナスなことを考えない。もっと楽しいことと明るいことに目を向ける。これも大事なことだよ」

向日葵「そう……ですわね」

撫子「行ってくればいいじゃん……櫻子の元カノに会いに。今まで櫻子を支えてきてくれてありがとうって言ってあげてもいいくらいだよ。ライバルって思わない方がいい。向こうも同じ女の子なんだから。ひま子も一緒に友達になってきちゃえば」

向日葵「わ、私がその人のところに行ったら……刺されちゃったりしないでしょうかっ」

撫子「……悪いけど、そんな病んでる子を櫻子は好きにならないと思うよ……」


撫子さんは呆れた様子で携帯をいじりだした。気づけば自分の手はぜんぜん進んでない。しゃかしゃかとボウルの中をかきまぜていると、突然耳元にぴたっと何かがあてられた。


向日葵「ひゃっ!」びくっ

撫子「ほら、話しな」

向日葵「えっ、ええっ!? ちょ、これ何ですの!?」

撫子「櫻子に電話かけたから。これが一番でしょ」

向日葵「えー!?」


勝手に耳と肩の間に携帯をはさまれてしまって、慌ててボウルを作業台の上に置き、しっかりと両手で電話を取る。コール音はいくつもしないうちに繋がってしまった。


『もしもしー? ねーちゃん?』

向日葵「あ、あ……櫻子?」

櫻子『え、向日葵っ!? な、なに……どしたの?』

向日葵「ち、違うんですのよ!? 撫子さんが勝手に携帯を渡してきたんですの!」

撫子「ひま子が早く櫻子に会いたいってよ」ぼそっ

櫻子『え……///』

向日葵「ちょっとぉ! 変なこと言わないでください!」


撫子さんが顔を近づけてきて、勝手に声を吹き込んでくる。電話口の櫻子もなんだか困惑している様子だった。

83: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:52:52.60 ID:+EtVRVLso
向日葵「あ、あの……ちょっと久しぶりですわねっ」

櫻子『あーうん、そうだね……』

向日葵「え、えっと……楽しんでますの? 花子ちゃんと」

櫻子『うん、もうばっちり。あ、花子に替わろっか!?』

『いいしいいし、二人で話しなよ』

櫻子『ちょっと!///』


向日葵(あ……)


久しぶりに聞く櫻子の声。つい数日前まで一緒にいたのに、なんだかやっぱり懐かしく感じてしまう。

明るくて楽しげな雰囲気がうかがえる声は、私の一番好きな櫻子の声だ。


向日葵「あ、あのっ」

櫻子『ん?』


向日葵「今日は、その……何時くらいに帰ってきますの?」

櫻子『え……』


勇気を出して、一番聞きたかったことを尋ねた。視界の端で撫子さんがほほ笑む。


櫻子『ご、ごめん……何時かはまだわからないんだけど……』

向日葵「あ……そう」


櫻子『でも……待っててくれるかな』

向日葵(え……っ///)


耳に入ってくる話し声から、電話口で恥ずかしそうな表情を浮かべている櫻子が頭の中に思い描かれた。

私の不安をかき消してくれる一番の特効薬。櫻子の声。櫻子が発するメッセージ。全てがじわじわと私に染み渡っていく。


櫻子『あー……向日葵さ、この前ちなつちゃんの家行ったんでしょ?』

向日葵「えっ!? なんで知ってるんですの!?」

櫻子『え? だってちなつちゃんがLINEで教えてくれてたから』

向日葵「や、やだぁ……なんで言っちゃうんですの吉川さん……」はぁ

櫻子『えへへ、怒られちゃったんだよ……ちなつちゃんに。“彼女を不安にさせるなー!” って』

向日葵「え……」


櫻子『だから言ったの。“ちゃんと全部片付けてくるよ” って』

向日葵「!!」


櫻子の魔法の一言で、私の固まった心は解け壊れていった。

84: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:54:40.88 ID:+EtVRVLso
向日葵(う……うぅ……///)かあっ

楓「?」とたとた


私の話し声を聞いて、楓もキッチンにやってきた。

ついつい緩んでしまう顔をなんとかひきしめようと携帯を持ちなおしたら……どうやら誤操作で、音声発信をスピーカーモードにしてしまった。

すると突然……櫻子の思い切りのいい声が、大音量で響き渡った。


≪向日葵……私は、向日葵の彼女だよ!///≫


向日葵「あっ!?///」どきっ

撫子「あ」

楓「あっ……」


≪だから私、もう向日葵を不安にはさせない! 向日葵の心配してる顔見るの、嫌だから!≫


向日葵「あーっ! あーっ! ちょっとタイム! やだこれ、どうやって戻すんですの!?///」

撫子「くくくく……///」ふるふる

楓「わぁ……♪」


櫻子の大胆な告白がやかましく携帯から発せられる。慌てて戻そうとしたが、撫子さんの携帯なのでよく勝手がわからない。

“好き” だとか “彼女” だとかの、こっ恥ずかしい告白がじゃんじゃん漏れ聞こえてしまって、たまらずに私は通話そのものを切った。

撫子さんは両手で顔を押さえてぷるぷると笑いをこらえている。楓はなぜか目をきらきらさせていた。


向日葵(は、はぁぁ……)

撫子「……よ、よかったじゃん。なんかいい感じの内容が聞こえてきた気がするよ」

向日葵「は、恥ずかしい……死んじゃいそうですわ……///」かああっ

楓「おねえちゃんが見たことないくらい真っ赤なの……!」


撫子「でもこれで、不安はなくなったでしょ? 櫻子は帰ってきてくれるよ」ぽん


撫子さんがうずくまった私の右肩に手を置く。なぜか楓も左肩に手を置いた。


撫子「楓も聞いたよね? 櫻子なんて言ってた?」

楓「わたしは、ひまわりの彼女だよーって言ってたの♪」くすっ

向日葵「か、かえでぇ!///」

撫子「ほら、もう何にも不安なことなんてないじゃん」


二人のあたたかい手の温度が、両肩から伝わって私の心にまで届く。

いつの間にか……もう何かをこわがる感情なんて、どこにもなくなっていた。

携帯を取り出し、ささっと花子ちゃんへメッセージを送る。


撫子「そう。それでいいんだよ」

向日葵「あ……ありがとうございました……」ぺこっ

撫子「あとは時間まで、ここで私たちに櫻子との面白エピソードでも聞かせててよ」

向日葵「え……えええっ!?」

撫子「楓もいろいろ聞きたいよね?」

楓「うんっ。お姉ちゃんの “こいばな” ききたいの!」

向日葵「楓……どこでそういう言葉を覚えてくるんですの……///」はぁ

楓「学校なの!」

85: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:55:14.16 ID:+EtVRVLso


夕方になって、花子ちゃんから指定されたのは……駅前だった。

特別な荷物も持たずに急いで外に出た。少しずつ暮れゆく空の下、小走りで目的地へと向かう。

例のお友達がそこにいる……なんてことよりも私にとっては、そこには櫻子がいるんだという意識しかなかった。


目的地が見えてきて、呼吸を整えながらきょろきょろと歩き回る。いったい駅前のどこにいるんだろうと思ったが、直感的に場所がわかった。


駅前にある特徴的なオブジェ。半年前……バレンタインデーの前日に偶然見かけてしまったあの場所。

走ってきたこととは別の意味でドクドクと高鳴る胸を押さえながら……遠巻きにオブジェに近づいた。


向日葵(……!)


私たちくらいの女の子が二人、隣り合っていた。


見慣れない服を着ていたが、片方は櫻子だった。

そして、その隣にいたのは……


向日葵(あの人……)


いつしかに見た、サイドテールの女の子だった。



向日葵(やっぱり……あの人が……)


「ひま姉」とんっ

向日葵「きゃっ……!」

花子「よかったし……間に合って」


いつの間にか後ろに花子ちゃんが来ていて、私の腰に抱き着いてきた。


向日葵「さ、櫻子と一緒だったんじゃなかったんですの?」

花子「ちゃんと一人で話せるからって、花子はのけ者にされちゃったし。先に帰ってていいよって」


花子ちゃんはすがすがしい笑顔だった。

櫻子たちが並びあって言葉を交わす様子を眺める。残念ながら声までは聞こえない位置だった。

でも二人とも……悪いムードではなさそうだった。


向日葵「私……あの子をうちの近所で見かけましたわ、昨日」

花子「櫻子が全然会ってくれないから、よくこっちまで来てたんだって。偶然会えたことなんて一回もなかったみたいだけど……でも、しょっちゅう家の方に散歩にきてたって」

向日葵「…………」

花子「そのくらい……櫻子のことが好きだったんだし、あの人は」


恥ずかしそうに髪をいじったり、時折笑いあったりしながら、二人は話していた。

積もる話もあるだろうに、人通りも少なくない夕方の駅前で。

まだ雪が残っていたあの冬の日、可愛らしいコートを着ていた二人は、半年たってこの夏空の下、あのときとは違う笑顔を浮かべられるようになっている。

86: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:55:57.18 ID:+EtVRVLso
向日葵「……ふふっ。あの子……嬉しそうですわ」

花子「……うん」

向日葵「なんだか私……知らぬ間に申し訳ないことをしてたんですわね。あの人から櫻子を奪ってしまって……」

花子「…………」

向日葵「辛かったでしょうに……櫻子と離れて……会えないままの日々が続いて……」

花子「ひま姉……」もぞ


花子ちゃんは二人から目を外し、私の胸に顔をうずめてきた。


花子「あの人のぶんも、そして花子のぶんも……ひま姉は、櫻子を好きでいてあげなきゃ、だめなんだからね……///」ぎゅっ

向日葵「っ……!」


花子「約束だよ……///」にこっ


私を見上げる花子ちゃんは、とびきりの笑顔だった。

視線の先のあの女の子も……笑顔だった。

私だけが、涙をうかべてしまっていた。


向日葵「……守ります」ぎゅっ

花子「あ……」


向日葵「必ず……かならず……っ///」

花子「……ありがとう……」


オレンジに染まりゆく夕焼けの中、二人を目に焼き付けた私は……花子ちゃんの手を引いて、一緒に家へと帰った。

ちゃんと見てくれるかはわからないけど、途中で櫻子に携帯でメッセージを送った。


[いくら遅くなっても構いませんから、ちゃんと全部謝ってから帰ってきなさい]


花子「……よかったの? ひま姉」

向日葵「ええ。笑い合ってる二人を見たら、心に余裕が出てきましたわ……あの二人には仲良くいてほしいんですの」

花子「…………」

向日葵「だから、今日一日くらいは、あの子に櫻子を預けます。一時間やそこらのお話で解消できるものじゃないでしょう……きっと」

花子「…………」


向日葵「納得のいく話し合いができたら、自然に帰ってきてくれると思いますわ」


櫻子は、私の彼女だから。


花子「……ひま姉」ふっ

向日葵「はい?」


花子「帰ったら……花子の部屋に来てくれる? 渡したいものがあるんだし」

向日葵「渡したいもの……?」

花子「うん。花子からひま姉へのプレゼント」

向日葵「プレゼントって……そんな、今日の主役は花子ちゃんですのに」

花子「それでも! どうしても今日渡したいものがあるの。じつは撫子おねえちゃんにも協力して、用意してもらったものがあるんだし……」

向日葵「?」


いったい何なのか、さっぱりわからなかった。

87: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:56:27.84 ID:+EtVRVLso


大室家につくと、撫子さんと楓に迎えられた。櫻子はあとから来るからその前に済ませちゃいたいと花子ちゃんが言って、楓と一緒にリビングで待たされた。


すぐに撫子さんと花子ちゃんは、自室から後ろ手に何かを持って戻ってきた。

座ってとうながされ、お二人の前に向き合って正座する。


二人の改まった神妙な面持ちが少し怖い。楓も不思議そうにしながら、私の隣にちょこんと座った。


花子「…………」ふぅ

向日葵「…………」


花子「……ひま姉」

向日葵「は、はい」


花子「……花子からは、これを」すっ

向日葵「?」


花子ちゃんはそう言うと、背中の方から一枚の紙を取りだし、しずしずと差し出した。

一体何だろう……とも思いながら受け取る。

二つ折りにされている意外と大きなその紙を、覗き込む楓の前で開いた。



向日葵「えっ……!?///」


撫子「ふふ……懐かしいでしょ、それ」

花子「この前花子が家の中で見つけたんだし。戸棚の奥で……ずっと隠れてたみたい」


それは……幼い頃に私と櫻子が一緒に落書きをした、婚姻届だった。

88: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:56:59.37 ID:+EtVRVLso
楓「わぁ……///」

撫子「……私は覚えてたよ。二人が仲良くこれを書いてた時のこと……楓はこのとき生まれてたっけなぁ」

楓「そ、そんな昔っ?」

撫子「そう」

向日葵「っ……///」

花子「ひま姉と櫻子は……やっぱり、いちばん最初の最初から、結ばれてたんだし」


ヒマワリのカチューシャの女の子と、桜のヘアピンの女の子が、手をつないでいる。


つまになる人、おおむろさくらこ。


妻になる人、ふるたにひまわり。


撫子「二人はきっと……これから先も、喧嘩とかいっぱいしちゃうでしょ」


花子「でも、忘れちゃいけないことがあるし……二人はいつだって、お互いのことが大好きなんだってこと」


撫子「今まで二人で過ごしてきた、いくつものかけがえのない時間を……忘れないでね」


向日葵「ううぅ……うぅっ……///」ぽろぽろ


突然のことに耐え切れなくなって、


私は、泣き崩れた。


せっかくの思い出の品に涙が落ちてしまう。撫子さんと花子ちゃんと楓に笑顔を向けられて、何も考えらないくらい感情の器が満たされてしまって、どうしようもなかった。


花子「ま、まだ泣いちゃだめだし……ここからもうひとつあるんだから!///」

撫子「ひま子、今度は私から」

向日葵「な……なんですか……っ」ぐすっ


撫子さんが、さきほどの花子ちゃんと同じように、一枚の紙を取り出した。


まったく同じくらいのサイズの紙。けれどさっきのものと違って、真新しかった。


向日葵「!!!」


それは、何もかかれていないまっさらな婚姻届だった。


いや……何も書かれていないわけではない。

保証人の欄には、撫子さんと花子ちゃんのサインと押印があった。

89: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:57:25.68 ID:+EtVRVLso
向日葵「こ、これ……っ」


花子「撫子おねえちゃんにとってきてもらったの。もう一度……二人にちゃんと書いてほしいから」

撫子「提出しなくてもいいけど……私たちみんなからのプレゼント。大事にしまっておいて」

花子「ペン持ってきたから、楓もサインしちゃお。開いてる所に」

楓「い、いいの?」

撫子「しっかり書いてあげて」


二人は目を見合わせると、綺麗に手をついて深々と頭を下げた。


撫子「……ひま子……」

花子「……ひま姉……」



――うちの櫻子を、よろしくお願いします。



花子「ずっと見てきたし……二人のこと」

撫子「あの子にはもう……ひま子しかいないんだよ」


花子「ひま姉のことが大好きみたい。本当に……本当に」

撫子「ふつつかな妹だけど……そんなのひま子が一番よくわかってるかもしれないけど……」


花子「櫻子を……幸せにしてあげてください……!」

撫子「もちろんひま子も……幸せになってね……///」



涙で何も見えなくなる。


嗚咽を止められないまま、私もお二人の前に頭をさげた。



向日葵「い、いっしょう……」


向日葵「……一生、櫻子を……大切に、します……っ」ぺこっ


撫子「……ありがと」

花子「おめでとう……ひま姉……///」ぎゅっ

楓「おねえちゃん……おめでとう……!」


撫子さん、花子ちゃん、楓……三人に優しく抱きしめられ、みっともなく、子供みたいにわぁわぁと泣いてしまった。


この家族が……楓が、大好きでたまらなかった。


目蓋の裏には……櫻子の優しい笑顔が見えた。


――――――
――――
――

90: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:58:12.19 ID:+EtVRVLso




駅から家まで、走り続けて家に帰った。


時刻はもう夜の9時。今日は花子の誕生日なのに、パーティーの時間をほとんどすっぽかしてしまった。

向日葵から送られていたメッセージを見て、本当に悔いなく全てのことを話し終わるまで、今日という日を使わなきゃいけない気がした。

私は正しい選択ができているだろうか。頭の中に花子の顔を思い浮かべて考えた。花子もあの子のことが好きだから……きっと、これでよかったんだよね。


熱帯夜の中を走り、汗をかいてしまいながら、なんとか家に到着した。


息を切らしながら玄関を開ける……リビングをあけると、かちゃかちゃとお皿を洗ってるねーちゃんがいた。


撫子「……お帰り」きゅっ

櫻子「あれ……も、もう終わっちゃった!?」はぁはぁ

撫子「謝ってきな。花子は上にいるから」

櫻子「うん……」


せっかくの誕生パーティーに、ついに間に合わなかった。ねーちゃんは事情を知ってくれているのかわからないが、特に怒っている様子ではなかった。

むしろ今のは……すごく優しいときの顔だったような気がする。


二階にあがって花子の部屋に行こうとする……前に、あるものが目に入ってしまった。


私の部屋の扉が、少し開いている。

そっと開けて覗いてみると……机のそばに、小さな人影があった。


櫻子「え……?」

楓「あっ……///」


真っ暗な部屋の中……誰かと思ったら、楓だった。

私の机に手を置いていたが、慌てて何かを後ろ手に隠した。真っ暗なので電気をつけてあげる。


櫻子「楓……どしたの?」

楓「あ、あわわ……///」

櫻子「私の机に何か用でもあった……?」

楓「え、えっとね、その……ああー……///」もじもじ


もじもじと返答に困る楓。悪いことをしていたわけではないと思うが、楓がこんな姿を見せるのは初めてだ。


楓「……は、花子おねえちゃん! どうしよ~……」

櫻子「えっ?」

91: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:58:48.80 ID:+EtVRVLso
楓は声をあげて助けを呼んだ。声を聞いた花子が隣の部屋から慌てて出てくる。


花子「あーあーあ! 帰ってきちゃったの!?」

櫻子「え、だめだったの?」

花子「もう! あと1分でいいから遅く帰ってこいし!」

櫻子「ひどっ! 花子の誕生日会に間に合うように走って帰ってきたんだよ!? 間に合わなかったけどさ!」

楓「ど、どうしよぉ……///」

櫻子「なんなの? 何かあるの?」

楓「うぅ~……えいっ!」ぽすっ

櫻子「うわっ」


突然楓が腰元に抱き着いてくる。私の顔を見上げて、その小さな手に持っていた何かを渡してきた。


楓「あ、あのね……おねえちゃんがこれ、櫻子おねえちゃんにって」

櫻子「え……?」


楓「ほ、本当はこっそり置いてきてねってお願いされたんだけど……えへへ、ばれちゃったの♪」てへっ

花子「まったくタイミング悪いし……」はぁ


楓に手渡されたのは……


向日葵が使っている、古谷家の鍵だった。


櫻子「!!」


楓「おねえちゃんね、待ってるって。櫻子おねえちゃんのこと」

花子「楓は今日、このまま花子の部屋に泊まることになったから」

櫻子「え……!」


楓「ふふふ……早く行ってあげてほしいの!」

花子「ほらほら、早く」ぐいぐい

櫻子「わ、わかったよ! わかったって!///」


妹たちに押され、また家の外へと追いやられてしまった。

手の中で光る鍵を握りしめ、隣の古谷家の門をそっとくぐる。


外から見た限り、古谷家に明かりはついていなかった。


櫻子「…………」がらっ


玄関にも明かりは無く、誰もいないようだった。そういえば今日は古谷家のお母さんたちがいないんだっけ。昨日楓に聞かされたような気がする。

忍び足で玄関を抜け、闇に慣れてきた目で、通い慣れた廊下を静かに歩いた。


居間をぬけ、楓の部屋の前をぬけ、向日葵の部屋の前に来る。


とんとん


櫻子「……向日葵……?」


戸をノックしてみたが、返事はなかった。

92: 名無しさん 2017/09/07(木) 17:59:41.10 ID:+EtVRVLso
櫻子「あれ……入るよ?」すっ


思い切って開けてみる。

向日葵の部屋にも……やはり明かりはついていなかった。


櫻子(えぇ……!?)


室内に静かに入ってみる。

なんだ、誰もいないじゃん……そう思って振り返ろうとした矢先、



櫻子「うわっ!!///」ぎゅっ


ぼすん!


背後から、何か柔らかい物がつっこんできて……私はそのままバランスを崩し、ベッドに押し倒された。


櫻子「ちょ、ちょっと! 向日葵!?///」ばたばた


「……ふふふふっ……///」

櫻子「!」


布団の海でもがいて、つっこんできた何者かを確認しようと振り返ると、聞き慣れた笑い声が耳に入ってきた。


向日葵「…………」

櫻子「あ……」


わかっていはいたけど……向日葵が、私の上に覆いかぶさっていた。


向日葵「……お帰りなさい、櫻子」

櫻子「……た、ただいま……」はぁはぁ


向日葵「…………」

櫻子「……あ、えっと……」


向日葵「ふふ、懐かしい……もう一回言ってみて? “ただいま” って」

櫻子「え……?」

向日葵「あなたが転校してきてくれたとき……学校で初めて言ってくれたんでしたわね。みんなの前で」

櫻子「!」


向日葵「ほら、もう一度言ってみてくださいな……」もぞ

櫻子「た、ただいま……?///」

向日葵「……おかえりなさい」にこっ

櫻子「どうしたの……? なんか雰囲気おかしいよ……?///」

向日葵「そう?」ずいっ

櫻子「ち、近いって……!」

向日葵「いいじゃない、私はあなたの彼女なんですから」

櫻子「!」


窓から差し込む月明かりを映す白い肌。

向日葵は……とても優しい顔をしていた。

93: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:00:14.32 ID:+EtVRVLso
のそのそと私の身体の上によじのぼってくる。すごくくすぐったくて、たまらずに後ずさりしようとするが、がっちりと抱きしめられてしまって動けない。


櫻子「ちょ、わっ! なに!?///」

向日葵「終わったんですの?」

櫻子「え……?」


向日葵「ちゃんと全部……片付けてきたんでしょうね」

櫻子「…………」


向日葵は、ほんの数センチの距離まで顔を近づけてきた。

私にはもう、向日葵しか見えない。


櫻子「ぜんぶ……話してきたよ」

向日葵「…………」

櫻子「きちんと別れようと思ったら、向こうの方から別れてって言われちゃったんだけど。もう別の人に向かって歩き出したいんだって……」


櫻子「花火大会とかも、約束してたんだけど……向日葵を誘ってあげて、って言われちゃった」

向日葵「そう……」

櫻子「ごめんね遅くなっちゃって……花子の誕生会も、間に合わなくてさ……」

向日葵「……いいんですのよ、誰も怒ってませんわ」

櫻子「……そ、そう?」

向日葵「ええ」


近い。

近すぎる。


もう向日葵の前髪が、私の肌をくすぐってる。

向日葵の柔らかい身体が、私に密着しすぎてる。

向日葵の匂いしかしない。

94: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:00:42.66 ID:+EtVRVLso
向日葵「……櫻子」

櫻子「は、はい……?」


向日葵「私この前……吉川さんに言われたんですわ。櫻子が今日私の元に帰ってくるということは……どんな言葉よりも意味を持った、プロポーズなんだって」

櫻子「!」


向日葵「それを待つ私は……一体どうしてあげればいいんですの? って聞いたら……“櫻子のことがこれだけ好き”っていうのを、行為で示せばいいだけだよって、教えてもらいました」


向日葵の目に吸い込まれそうになる。

かかる吐息が熱い。

今までみてきたどんな向日葵より……色っぽい。


向日葵「あなた……いつだかに言ってましたわよね。昔の私は、いつも櫻子に何かをしてあげる側で……いつしかそれが当たり前になっちゃったから、『今度は櫻子の番』ってことで、一生懸命頑張ったんだって」

櫻子「う……うん……///」


向日葵「私……ここ最近、ずっとあなたの頑張ってる所を見てきましたわ。ぜんぶぜんぶ私のために頑張ってくれてるんだって思うと、本当に嬉しかった……」


向日葵「だから……今度は、また私の番ですわよね……?」ぴとっ

櫻子「……っ!」


おでこに、おでこをくっつけられた。


向日葵「櫻子……」

櫻子「……なに……?」


向日葵「今日はね……うち、誰もいないんですわ……」

櫻子「うん……」


向日葵「親もいないですし……楓も、花子ちゃんの家に泊まっちゃいましたので」

櫻子「…………」


向日葵「だから……今日は、私たちだけなんですの……///」

櫻子「!!」


向日葵はもぞもぞと手をひっぱり出してきて、私の顎に当てた。


そして……ゆっくりと顔の角度を変えて……


向日葵「櫻子……大好きですわ」


唇を、重ねた。

95: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:01:10.90 ID:+EtVRVLso
向日葵「ん……」


櫻子「っ…………」


キス、してる。


向日葵と、キスしちゃってる。


どれくらいぶりだろう。


私たち、付き合いだして半年だけど。


最後にキスしたの……転校前の、あのとき以来だよ。


両想いなのに、タイミングがつかめなくて、なかなかできなかったんだよね。


かぶりつくような、向日葵の熱いキスを受ける。


向日葵「櫻子……大好き……」


櫻子「ひま……わり……っ」はぁはぁ


私の顔を両手で覆ってきて、何度も、何度も求められる。


向日葵の体重を全身で感じる。


肺が爆発しちゃいそうなくらい緊張してる。


必死に酸素を求めようとしても、向日葵が口を塞いじゃう。


苦しさに耐え切れなくて、向日葵を腰元から抱きしめて横に倒した。


櫻子「ま、待ってぇ……!」はぁはぁ

向日葵「え……?」


櫻子「やだ……もっと、ゆっくりがいい……///」

向日葵「……ふふ、可愛い」ちゅっ

櫻子「んんっ!」どきっ

向日葵「あなた、心臓ばくばくしすぎですわ」

櫻子「しょ、しょうがないでしょ……!」


向日葵「さっきも言いましたでしょ。今日はもう、うちは誰もいませんから……」


向日葵「だから……あなたを、好きなだけ愛せますわ」

櫻子「!!」

96: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:01:54.13 ID:+EtVRVLso
もう、頭がどうにかなっちゃいそう。


向日葵とこんなに身体を密着してるだけでもやばいのに。


こんなにかわいい向日葵の顔を……久しぶりに見る。


向日葵「大好き……櫻子」

櫻子「向日葵……」


向日葵「もう……どこにも行かないくださいね……?」ぎゅっ

櫻子「行かない……ずっと向日葵のそばにいるよ……!」がばっ

向日葵「!」


櫻子「私……向日葵の、彼女だもん……っ///」


向日葵は目を閉じて、また唇を重ねてきた。

上手にキスをしながら、なにやらもぞもぞと手を動かしている。


櫻子(……えっ)


向日葵「……櫻子、腰浮かせて?」

櫻子(ちょっ……!?///)


不器用な手つきだが、私のシャツの袖から手を突っ込んで、キャミソールごと一気に持ち上げた。


そのままするっと脱がされてしまって、私の上半身は涼しくなった。


やばい。


向日葵が、ついに、しようとしてる。


櫻子「ま、待って待って!」

向日葵「なんですの……」


櫻子「ほ、本当に……するの……?」

向日葵「……するって、何を?」

櫻子「いぃ、言わせんなぁ!///」

向日葵「あら、言ってもらえなきゃわかりませんわ」くすっ


寝ている体勢から二人とも起き上がって、座位で呼吸を整えた。

向日葵が背中の後ろに手を伸ばしてる。たぶんきっと、ホック的なものを外してる。


櫻子「だ、だめだよぉ……」

向日葵「あら、どうして?」

櫻子「だって、これ……大人がするやつだよ……?///」かあっ


向日葵「……あなた、自分のこと何歳だと思ってますの?」

櫻子「まだ16で、もうすぐ17だけど……まだまだ子供だよ!」

向日葵「でも、結婚はできますわ」

櫻子「!」


するりと何かを抜き取って、ぱさっと床に置いた。

97: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:02:42.46 ID:+EtVRVLso
向日葵「お願い……櫻子」

櫻子「え……」


向日葵「今日くらいは……あなたのこと、好きにさせてもらいますからね……///」のそっ

櫻子「ひ、ひまわり……」


向日葵「私、今日はもう……あなたのことが大好きで仕方ないんですわ……///」ちゅっ


髪を耳にかけながら、向日葵はキスをした。

ついばむように、執拗に口元をねだられる。その手は裸になった私の胸を優しく包み込んでいた。


こんなはずじゃないのに。

向日葵とこうなりたかったって、ずっと思ってたけど。

本当は、私が向日葵をリードする予定だったのに。


櫻子(もう……ずるいって……!)がばっ

向日葵「あっ……///」


もぞもぞと動いて、丸め込むように向日葵を私の下に引きずり込む。

よく見えない視界の中で、その柔らかい身体を確かめた。


向日葵「お願い……櫻子」

櫻子「……?」


向日葵「もっと……私を、好きにして……?」はぁはぁ

櫻子「っ……!」


向日葵って、こんな顔するんだ。

こんなに一緒にいるのに……そんな顔、初めて見たよ。


櫻子「だいすきだよ……向日葵……!」

向日葵「んっ……///」

98: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:03:40.22 ID:+EtVRVLso
好き。


好き。


大好き。


もう私は、向日葵を好きでいていいんだ。


もう、何も我慢しなくていいんだ。


全部全部、向日葵に捧げていいんだ。


櫻子「ずっとずっと……大好きだったよ……///」

向日葵「私も、ですわ……っ」


向日葵がすき。


向日葵と一緒になりたい。


向日葵をよろこばせてあげたい。


胸の内から溢れてくる想いを、全て向日葵の身体へと刻み込む。


私たちの想いが重なり合って……夏の夜に溶けていった。


――――――
――――
――

99: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:04:30.21 ID:+EtVRVLso
――朝。


うっすらと目を開いて、そこにあったものは……私の大好きな人の後ろ姿。


朝弱いくせに、私よりも早起きしちゃって。

こんなときくらい、私が起きるまで待っててくれたらいいのに。

手を伸ばして、向日葵の背中をつんとつついた。



向日葵「あら……?」

櫻子「……ふふっ」


向日葵「おはよう。だいぶお寝坊ですわよ」

櫻子「……なにしてるの? 宿題?」

向日葵「ちょっと待っててくださいね……もうすぐ書き終わりますから」


丸テーブルを出して、向日葵は卓上で何かを書いていたようだった。

目をこすって起きながら、後ろから近寄ってそれを眺める。


櫻子「え……」


そこにあったのは……大きな落書きがされている婚姻届と、真新しい婚姻届だった。


向日葵「……よし、できた。あなたもほら、こっちにサインして?」

櫻子「な、なにこれ……こんなの持ってたの……!?」

向日葵「花子ちゃんたちが昨日くれたんですわ。そっち覚えてます?」

櫻子「あははは……こんなん書いたんだっけなぁ……///」

向日葵「それじゃあペン持って……ほら、こっちにあなたの名前を」

櫻子「わぁ……」


向日葵にうながされ、渡されたペンで該当箇所に名前を書く。


ちょっとだけ手が震えちゃったけど、上手にかけた。

100: 名無しさん 2017/09/07(木) 18:04:58.27 ID:+EtVRVLso
櫻子「よし……っと」

向日葵「……櫻子」

櫻子「ん?」


向日葵「あの……私、花子ちゃんやあの人のぶんまで……あなたの彼女として、立派につとめますわ」

櫻子「!」


向日葵「あなたのことを……本当に、心の底から……愛しています」ぺこっ

櫻子「向日葵……」


向日葵「け、けんかしちゃうこととかもあるかもしれませんけど……私はどんなときでも、あなたのことが大好きですから。それを絶対に忘れないでちょうだいね……///」

櫻子「わ、私だって……! 向日葵のこと、大好きだよ!」


向日葵「ふふっ……じゃあそうですわね、ゆびきりでもしましょうか?」

櫻子「ゆびきり……」


婚姻届の上で、向日葵の差し出した指に、小指をからめた。


向日葵「約束、ですわ……///」

櫻子「うん……約束」



一生忘れない、大切な約束。


大好きな向日葵との、心のこもった約束。


守るからね。


ずっとずっと……守っていくからね。



向日葵「櫻子……」


櫻子「……向日葵」



私と……


これからも……ずっと一緒にいてください。



~fin~