1: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:46:35.63 ID:4VTMtEH9o
戯言シリーズと物語シリーズをクロスさせるssです
よかったら見ていってください

この作品を、木賀峰約、円朽葉、匂宮理澄、紫木一姫に捧げます

引用元: ・真宵「これも、また、戯言ですかね」

2: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:47:15.91 ID:4VTMtEH9o
戯言×化物語 アダシノプロフェッショナル

           チ ュ ー ス ト ゥ ー ス
まよいマイマイ 甘 い 曖 昧 少 女の戯言

3: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:48:40.58 ID:4VTMtEH9o
  登場人物紹介


戦場ヶ原ひたぎ (せんじょうがはら・ひたぎ)――――――――――蟹。
八九寺真宵 (はちくじ・まよい)―――――――――――――――蝸牛。
神原駿河 (かんばる・するが)――――――――――――――????
千石撫子 (せんごく・なでこ)――――――――――――――????
羽川翼 (はねかわ・つばさ)――――――――――――――????
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード――― ????
(きすしょっと・あせろらおりおん・はーとあんだーぶれーど)
阿良々木火憐 (あららぎ・かれん)――――――――――――????
阿良々木月火 (あららぎ・つきひ)――――――――――――????


ドラマツルギー (どらまつるぎー)――――――――――――????
エピソード (えぴそーど)―――――――――――――――????
ギロチンカッター (ぎろちんかったー)――――――――――????

忍野メメ (おしの・めめ)――――――――――――――――――平等。
忍野忍 (おしの・しのぶ)―――――――――――――――なれの果て。
忍野扇 (おしの・おうぎ)――――――――――――――――????
貝木泥舟 (かいき・でいしゅう)―――――――――――――????
影縫余弦 (かげぬい・よづる)――――――――――――――????
斧乃木余接 (おののき・よつぎ)―――――――――――――????
臥煙伊豆湖 (がえん・いずこ)――――――――――――――????

               ――――――――――――――――????
沼地蝋花 (ぬまち・ろうか)―――――――――――――――????


              ――――――――――――――――????

4: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:49:17.76 ID:4VTMtEH9o
井伊遥菜 (いい・はるかな)―――――――――――――――????
玖渚友 (くなぎさ・とも)――――――――――――――――????
想影真心 (おもかげ・まごころ)―――――――――――――????
西東天 (さいとう・たかし)―――――――――――――――????
哀川潤 (あいかわ・じゅん)―――――――――――――――????


零崎人識 (ぜろざき・ひとしき)―――――――――――――????

阿良々木伊荷親 (あららぎ・いにちか)――――――――――戯言遣い。

5: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:50:00.47 ID:4VTMtEH9o
人間は、努力するかぎり迷うものである――ゲーテ


6: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:51:09.04 ID:4VTMtEH9o
「真宵ちゃんは、死というものをどう定義する?」
「なんとなく、ネタバレの予感がするのですが……まあ、いいでしょう。読んでいる方の
ほとんどが、戯言も物語も、読んでいるでしょうし……そうですね、わたしは――みんな
に死んだと思われたときだと思います」
「……どういう意味?」
「ほら、死んでも、死んだ気のしない人っているじゃないですか。現実を受け入れられな
いというか一緒にいてくれている気がするというか……そういう人は心の中で生き続けて
いるんです。楽しいときは楽しそうにして、泣きたいときに泣いている。肉体的には、死
んでいても、意識の中では死んでいないんです」
「へえ、なるほどねえ……けれどさ、そんな幸せ者はこの世に今まで何人いたんだろうね」
「全員当てはまると思いますけれどね。別に、些細なことでもいいんですよ。もし、あの
人が一緒にいたら、どんな風に言うだろう。とか、結構生きている人にもこの機会はある
と思いますけれどね」
「真宵ちゃんは大人だなぁ」
「当然ですよ。阿良々木さんとは人生経験が違います」
 ……小学五年生にも負けうる人生経験だったのか……なんというか……ショックだなぁ。
「まあ、心配しなくとも、阿良々木さんは、なかなか[ピーーー]ないですよ」
「不死性的な意味で?」
「意識的な意味でです。文脈から考えてくださいよ。その頭はスポンジでできているんです
か?ああ、すいません。スポンジなら吸い取ってしまいますね。怪異もびっくりするくらい
の記憶力の無さを誇る阿良々木さんの頭は、空っぽの空洞と申し上げた方がよいでしょう。
あるいは、あってもなくても意味のない、それこそ怪異のような欠陥だらけの頭ですね」
「……いくらオリジナルよりひたぎちゃんが多少丸いからって、君が刺々しくならなくても
いいんじゃないかな?」
「私はね、バランスを取っているんですよ。言うなら、それが私の仕事なんです」
「……どっかで聞いたことあるような台詞だね」
 春休みだっただろうか。

7: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:52:28.39 ID:4VTMtEH9o
 とにかく、僕がなかなか死なないとはどういう意味だろうか?
「本当に鈍いですね阿良々木さんは、いや、わかってて無視しているのかもしれませんが…
…あなたに何が遭っても、私はあなたを忘れないということです」
「……そりゃ嬉しいな」
「ええ、何が遭っても。例えば、アメリカのテキサス州ヒューストンあたりから刺客がきて、
早くも人生を終えてしまっても」
「ネタバレを企んでいるのは真宵ちゃんだったんじゃないか!」
 例えにしては、かなり限定されている……
「登場人物表からして、あの「ストップだ。それ以上は作者が困る」
 メタネタが過ぎると、原作からどんどん遠くなっていく。
 って、何を心配しているんだ僕は。
「まあまあ、これを見ている人はこれも戯言だと思ってくれますよ」
「本気の戯言ほど見ていて痛々しくなるモノってないんだけどね……」
 これこそ、戯言だけれど。
 しかし、忘れない……か。
「そりゃ嬉しいね。僕にはもったいない言葉だ」
「そうですかね?一度見たら忘れられないような人ですが」
 ……真宵ちゃんの中の僕は、どんな人物なのだろうか。
「一人称で事細かに書いてもいいですか?」
「却下だ。真宵ちゃん一人称は今まで無いんだ」
「と、目の前のロリコンが言う――」
「却下だと言っているだろうが!」
 『――』とか、どうやって発音しているんだろう。

8: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:53:45.08 ID:4VTMtEH9o
「今の突っ込み、なかなか、元の阿良々木さんぽかったですよ」
「それじゃ、駄目だろう」
 とは、言わない。
 正直、真宵ちゃんにぼくの事情がどれほど知られているのかはわからないけれど。
      ・ ・ ・ ・ ・ ・
 しかし、阿良々木さんか……
                           ・ ・ ・ ・ ・ ・
 そう、真宵ちゃんが覚えつづけるのは――阿良々木さんなのだ。
 メタの申し子とまで呼ばれる真宵ちゃんは、僕は阿良々木ではないと言うことを知ってい
るのだろうか?
 知らないのだとしたら、結局、やっぱり、僕は死んだと同時にすぐ死んでしまうのだ。
 知っていたのだとしたら、僕は、すでに、死んでいる。
 限りなく戯言のような感傷であるけれど、限りなく本気の戯言だ。
 本当に、見苦しい。
 本当に、息苦しい。
 けれど、これが、これこそが――

 ぼくと、彼の望んだ世界なのだ。

 どうしようもなく矛盾だらけで、どうしようもなく偽者な、どうしようもなく受け入れな
ければいけない世界なのだ。
 たとい間違っていたとしても、望んでこうなったのだから、責任は取らねばならない。
 ぼくのため、彼のため、死んだように、死にそうに、生きなければ、生き続けなければな
らないのだ。

9: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:55:20.69 ID:4VTMtEH9o
000
無から人は有を学び、有から人は無駄を学ぶ。
 

001
 八九寺真宵と遭遇したのは、五月の十四日、日曜日のことである。女の子に対して遭遇と
言う言葉が使われるのもなかなか不思議な響きだが、そんな些細な戯言は無視して。この日
は全国的に母の日だった。お母さんが好きな人でも嫌いな人でも、お母さんと仲がいい人で
も仲が悪い人でも、日本国民ならば誰もが平等に享受することになる、母の日。いや、母の
日の起源は、確かアメリカだっただろう。ならばクリスマスやハロウィン、バレンタインデ
ーなどと同列に、一種のイベントと考えるべきなのかもしれないが、僕はそんな日の存在な
ど、ちっとも知らなかった。大体、アメリカが起源だったところで、あの、一切の一般常識
が訊かないようなところでは、イベント事はほとんど無いのである。僕が忘れてしまうこと
も無理は無いはずだ。(火憐ちゃんと月火ちゃんには、信じられないと、目で言われたが…
…)
 そんなわけで、今日、いきなり、イベントの存在を知った僕は、数年のアメリカ暮らしで
常識と言うものは意外と大事なものであることを知っていたので、日頃お世話になりっぱな
しのお母さんに、プレゼントを買おうと思って、早朝に家を出たのだが、しかし、来て1ヶ
月くらいでは地形も全くわからず、僕は迷子中だった。もうかれこれ何時間も似たような道
を走っている気がする。

10: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:56:10.09 ID:4VTMtEH9o
 そんな日。
 そんな日の、午前九時。
 僕は見知らぬ公園のベンチに座っていた。馬鹿みたいに青い空を、馬鹿みたいに見上げな
がら、疲れた身体を休めるため、見知らぬ公園のベンチに座っていた。見知らぬどころか聞
いたこともない、そこは、公園だった。
 浪白公園と、入り口にはあった。
 それが『なみしろ』と読むのか『ろうはく』と読むのか、あるいはもっと他の読み方をす
るものなのか、僕にはまるでわからない。何に由来するものなのかも、だから当然、わから
ない。勿論、そんなことがわからなかったからといって、どうということもない。何の問題
も生じない。あの、大統合全一学研究所でもないのだから、知的好奇心など、どこかへ捨て
てしまえばよいのだ。
 自転車を使用していたのだが、それは入り口付近の駐車場に停めた。
 駐車場には、放置されすぎ、雨風に晒され過ぎて、もう自転車なのだか錆の塊なのだかよ
くわからない二つの物体が二台ほどあったくらいで、他には一台も、僕のママチャリ以外は
一台も、停められてはいなかった。

11: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:57:00.02 ID:4VTMtEH9o
 結構広い公園だった。
 といっても、それは絶対的に遊具が少なく人間がいない所為だろう。広く見えているだけ
なのだ。端っこの方にブランコと、猫の額ほどの砂場があるだけで、他には、シーソーもな
ければジャングルジムもない、滑り台すらない。僕としては、公園というその場所は、本来
もっと思い出深い座標なのだが……まあ、いい、語る必要のない戯言は、語るべきではない。
 最近よく言われる。公園遊具の危険性、子供の安全を考えての結果、みたいな話で、昔は
いろいろと設置されてあった遊具が、撤去されてしまっての、その結果だというのだろうか。
もしそうだったとしても、僕の感想は変わらないのだけれど。
 数年前はいろんな無茶をしていたなあ、と。
 ノスタルジィとは違う感覚で、そう思った。
 いまでも、無茶をしているようにも思えるけれど。
 しかし、と、思った。
 いくら遊具がないからといっても、それでも、あまりに寂しい公園だ。僕以外、誰もいな
いのだ。今日は天下の日曜日だと言うのに。遊具がない分、気持ち広くなっているのだから、
ゴムボールとプラスチックのバットで、野球でもやればいいのに。それとも、最近の小学生
の間では、もう遊びと言えば野球、それに次いでサッカー、みたいな習慣は、なくなってし
まったのだろうか。最近の小学生は家でビデオゲームばかりやっているのだろうか――それ
とも塾通いが忙しいのか?そんな小さいうちから勉強する必要はないだろうに。と、僕は、
もう完全に外出した目的を忘れていた。

12: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:57:39.59 ID:4VTMtEH9o
 それにしたって、日曜日の公園に、僕しかいないだなんて、まるで世界に僕一人しかいな
いみたいじゃないか。とても孤独だ。とてもとても孤独だ。しかし、この状況こそが僕には
ふさわしいのかもしれなかった、こんな――生きているだけで――他人を殺してしまうよう
な――できそこないの僕には――独りこそふさわしい。
「戯言なんだろうけどな、ったく」
 やはり、一人でいる寂しさが僕を考えさせるのかもしれない。僕だけ、独りだけだから。
……ん。いや、一人、いた。僕だけではなかった、僕の座っているベンチから、広場を挟ん
で反対側、公園の隅っこの方、鉄製の看板、案内図――このあたりの住宅地図を眺めている、
小学生が一人。背中を向けているので、どんなこかはわからない。大きなリュックサックを
背負っているのが印象的だ。一瞬、仲間を見つけたような気になって――そんなモノがいる
はずがないのに――僕の心はかすかに緩んだが、しかし、その小学生は、その案内図にしば
らく向き合った後、何かを思いついたように、公園から去っていった。そして僕だけになっ
た。
 また一人か。
 また独りか。
 そんなことを思った。
 そんな最高のコンディションから――蝸牛にまつわるそのエピソードは、始まった。

13: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:58:29.77 ID:4VTMtEH9o
002
「あらあら、これはこれは。公園のベンチの上に犬の死体が捨てられていると思ったら、阿
良々木くんじゃないの」
 人類史上恐らくは初めての試みになるであろう奇抜な挨拶が聞こえた気がして、地面から
顔をあげると、そこにいたのは、見知らぬ可愛い女の子だった。ポニーテイル風に結わえて
いる綺麗な髪。露出が多いわけでもないのに、妙に胸が強調された上半身のコーディネート
――それに、キュロットの丈。スカートというわけでもないのに、黒いストッキングが、生
足よりも艶かしい。
「何よ。ただの挨拶じゃない。冗談よ。そんな、本気で鼻白んだみたいな顔しないで欲しい
わ。阿良々木くん、ユーモアのセンスが決定的に欠如しているんじゃないの?」
「……」
 いや、ちょっと、待て。誰だこの子。

14: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:59:03.25 ID:4VTMtEH9o
「それとも何。うぶな阿良々木くんは、私のチャーミングな私服姿に見蕩れちゃって至福の
瞬間ということ?」
 そんな、面白くも何ともない駄洒落を聞きながら、必死に考える。誰だこの子は……クラ
スメイトなのだろうか。
「それにしても、見蕩れるの蕩れるって、すごい言葉よね。知ってる?草冠に湯って書くの
よ。私の中では、草冠に明るいの、萌えの更に一段階上を行く、次世代を担うセンシティヴ
な言葉として、期待が集まっているわ。メイド蕩れー、とか、猫耳蕩れー、とか、そんなこ
と言っちゃったりして」
「……うん、なかなかにいいんじゃないかな。流行るかもしれないね」
「……ところで、この服についてあなたはどう思うのかしら?阿良々木くん」
 何かを期待したような眼差しでこちらの目を見てきた。
「えっと……」
 どうして、僕に振ってきたんだろう……ひょっとして、仲がよいのだろうか。しかし、服、
服か……あまり興味ないんだけれどな……まあ、でも、人の期待にはこたえておいたほうが
いいだろう。
「うん、よく似合うと思うよ」
「そう、ならいいわ」
 ……悪い場合があったのだろうか。

15: 名無しさん 2011/08/16(火) 10:59:59.85 ID:4VTMtEH9o
「……」
「……」
「……」
「……」
 き……気まずい……これは……この状況は何だというのだろうか……
 さっきまでの変な寂しさはなくなったものの、これでは一人のときと――いや、それ以上
に居心地が悪い……なぜこの子は僕の事を知っているのだろう?というか、むしろ、何故こ
の子のことを僕は覚えていないのだろう?それさえわかれば、なんとなくこの場を切り抜け
られると思うのだが……
「ところで、阿良々木くん。こんなところで、一体全体、何をしているの?私が休んでいる
間に学校を退学になってしまったのかしら。家族にはそんなこと話せないから、学校に通っ
ている振りをして、公園で時間を潰しているとか……だとすれば、私の恐れていた事態がつ
いに、といった感じだわ」
「何故そのような誤解をされるのかも、君が何を恐れていたのかも、僕にはわからないよ」
 どうやら、クラスメイトらしいことはわかったが……
「実は、どこかを目指していたことは覚えているのだけれど、どこを目指していたのかわか
らなくなっちゃったんだよ」

16: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:00:36.38 ID:4VTMtEH9o
「……」
「……」
「……」
 なんだこれ……まじで何だこの状況…………
「ところで、阿良々木くん。隣、構わないかしら?」
「いいよ。可愛い女の子をずっと立ちっぱなしにさせていることに、若干の心苦しさを感じ
ていたところだったんだ」
「そ……そう。では遠慮なく」
 彼女はそう言って、僕の隣に座った。
 肩が触れ合うくらいに隣に座った。
「……………………」
 え……もしかして、この子と僕、本当に仲がいいのか?近すぎるくらいに近い。ぎりぎり
の位置で、まあかろうじて身体同士は触れ合ってはいないものの、ちょっとでも身じろぎす
ればというものすごく絶妙なバランスで、クラスメイト同士としては、いやたとえ友達同士
としても、ちょっとこれは……なんというか……これでこっちが距離を取るように移動した
ら、まるで僕がこの子を避けているみたいな印象になりかねない。そう安易に、僕としては
動くわけにはいかなかった。結果――固まる。
「この間のこと」
「えっ」
「改めて、お礼を言わせてもらおうと思って」
 本当に、この子と僕は一体どんな関係なんだ?

17: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:01:35.73 ID:4VTMtEH9o
「いや、お礼だなんて」
「謙遜しなくてもいいわ。阿良々木くんがいなかったら、私、あの蟹に殺されていたのかも
しれないし」
「蟹?」
 あっ!
 そうだ。思い出した。
 本来ならば忘れるはずのない、忘れられるはずもない子じゃないか。何故覚えていなかっ
たのだろう。
「そんな、別に、僕がいなかったところで、結果は変わらなかったよ。戦場ヶ原ひたぎちゃ
ん」
「あら、いきなり、フルネムで呼んでくれるなんて、嬉しいわ。阿良々木くん」
 ん?なんだろう。まだ、僕は何か忘れているのだろうか。不思議な感じがする。不自然な
感じがする。そうだ。何故、ひたぎちゃんは、こう何度も、「阿良々木くん」と呼ぶんだ?
まあ、特に、意味はないのかもしれないが。
「でも、私、阿良々木くんには本当に感謝しているのよ。何かして欲しいこととかそんなの
でもいいのよ?何かないの?」
「――感謝ねぇ」
 忍野にでもしとけばいいのに……まあ、でも、あいつなら、一人で勝手に助かっただけと
か、そんな風に言うんだろうけれど……
「ま、でも実際、そんな恩に感じられるほどのことはしたとも思ってないんだから、僕に対
して、恩を感じるとか、そういうのは、見当違いだよ。きみは何も気にする必要はないんだ。
これから仲良くやっていきにくくなるしね」
「仲良く、ね」
 ひたぎちゃんは、口調を全く変えずに言う。

18: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:02:54.89 ID:4VTMtEH9o
「私――阿良々木くん。私は、阿良々木くんのこと、親しく思ってもいいのかしら?」
「そりゃ、勿論。この戯言遣い、あなたに危害を加えないことを約束しましょう」
「……そういう意味じゃないのだけれどね」
 「というかそのキャラは何?」と、突っ込まれたが、詳細は僕にもわからない。
「そう……そうね、お互い、弱みを握り合った仲だものね」
「そう、互いによきビジネスパートナーとして……って違うだろ!」
 戯言遣い驚きのあまり乗り突っ込み。
 弱みを握り合うって……すごいギスギスしてそう。
「弱みとかそういうことじゃなくて、当たり前に親しく思ってくれりゃいいんだよ……」
「でも、阿良々木くんって、あまり友達を作るタイプの人間ではないわよね」
 ぐはぁ!
「どうしたの?阿良々木くん。なんだか、とても強いショックを受けたかのような顔をし
ているけれど」
「わかっているのだったらそっとしておいてくれ」
 そんな、僕みたいな人種に、それは禁句だ……
「本当に大丈夫?ちょっと言い過ぎたかしら……まるで、心臓に杭を打ち込まれたかのよ
うに苦しそうね」
「心臓を抜かれたようだったけどね……」
 悪気はなかったのかもしれないが……いや、ないほうがこの感情をぶつける対象がない
から辛いのかもしれない……
「私の悪意ある一言がここまで阿良々木くんを傷つけるだなんて……」
 あったのかよ。

19: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:03:21.55 ID:4VTMtEH9o
「とにかくね、阿良々木くん。阿良々木くんがなんと言おうと、私は、あなたに、お返し
がしたいと思うのよ。そうでないと、私はいつまでも、阿良々木くんに、引け目のような
ものを感じてしまうと思うの。仲良くやっていくというなら、それが終わって初めて、私
達は、対等な友達同士になれると思うの」
「友達……」
 友達。
 友。
「どうしたの、阿良々木くん。私としてはそれなりに格好いいことを言ったつもりなのに、
阿良々木くんは、どうしてなのか今にも泣きそうな顔をしているわ」
「ひたぎちゃんがそんな風に思っていてくれてることがわかって、感激のあまり泣きそう
なんだ」
「そう」
 当然だけど、納得していないようだった。
「まあいいわ。とにかく――そういうわけで、阿良々木くん。何か私にして欲しいことは
ないかしら?一つだけ、何でも言うことを聞いてあげるわ」
「……何でも?」
「何でも」
「これで二度目だけど、クラスメイトから、何でも言うことを聞いてあげるといわれるの
には、やっぱり慣れないよなぁ」
「……え?」
「なんでもないよ。ただの戯言だ」
 ふむ。しかし、何でもか……

20: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:03:57.36 ID:4VTMtEH9o
「いきなりこんなことを言われても、阿良々木くん、やっぱり戸惑っちゃうかしら?だっ
たら、そう、ああいうのでもいいわよ。ほら、その一つの願いを百個に増やして欲しいと
か」
「…………え?それありなの?」
 絶対服従宣言みたいなものじゃないのか?
「何でも言って頂戴。出来うる限りのことはさせてもらうつもりだから。一週間語尾に
『にゅ』とつけて会話して欲しいとか、一週間下着を着用せずに授業を受けて欲しいと
か、一週間毎朝裸エプロンで起こしに着て欲しいとか、一週間浣腸ダイエットに付き合
って欲しいとか、阿良々木くんにもいろいろ好みはあるでしょう」
「……僕はそんなレベルのマニアックな変態だと思われてたのか」
 いくらなんでも失礼すぎる。
「いえ……あの、申し訳ないけれど、さすがにそういうのを一生とか言われると、ちょ
っと、私としては、ついていけないというか……」
「いや、自分のマニア度を不当に低く評価されていることに対していったわけじゃない。」
「あらそう」
「というか、ひたぎちゃん、そんなアホみたいな要求を、一週間なら呑めるのかよ……」
「そのくらいの覚悟はあるわ」
 そんな覚悟は捨ててしまえ。
「参考までに、私の個人的なお勧めは毎朝裸エプロンで起こす、かしらね。私、早起きは
得意というよりは最早習慣だし、なんならついでに、朝食を作ってあげてもいいのよ。勿
論裸エプロンのままで。それを後ろから眺めるなんて、なかなか男のロマンじゃない?」
「男のロマンという言葉をそんな風に気軽に使うな。」
 もっと、こう、大宇宙神になってプリンセスにプロポーズするとか、そういう偉大なも
ののはずなのだけれど。

21: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:04:39.56 ID:4VTMtEH9o
「仮にそんなような交渉が成立してしまったら、僕達の間に、その後の友情はありえなく
なると思うんだよ」
「成立しなくても、あなたはその後の友情とやらを育むつもりはないように思うけれど」
「そんなことはないよ」
 多分。
「まあ、いいわ。では、エロ方面は禁止ということで」
 まあ、妥当だ。
「でも、どうせ阿良々木くんはエロ方面の要求なんてしてこないだろうとは思っていたけ
れどね」
「えらく信用されているね」
「べ……別にそんなことはないわ」
 ひたぎちゃんは赤面した。何故かは僕にはわからない。
「じ……実際のところ、何かないのかしら?阿良々木くん。もっと単純に、困っているこ
ととか」
「困っていること――ねえ」
「私、口下手だから、うまく言えないけれど、阿良々木くんの力になりたいと思っている
のは、本当なのよ」
「……むしろ回りすぎるくらいに回っているような気もするけれどね」
 頭も、舌も。

22: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:05:40.02 ID:4VTMtEH9o
「引きこもりを解消する方法を教えて欲しいとか」
「風呂に入るのが大嫌いで、パソコンを百二十八台同時に動かせるうえに、大金持ちでこ
のまま一生遊び尽くしても余ってしまうくらいお金を持っていて、人とのコミュニケーシ
ョンがうまく取れない。そんなレベルの引きこもりを、解消する方法を君は知っているの
かい?」
「いえ、さすがにそこまで重症の引きこもりは治せないわ」
 できれば、とひたぎちゃんは言った。
「私にしかできないことを頼んでみて欲しいわね」
「ひたぎちゃんにしかできないこと……?」
「そうね……例えば……友達ができやすいように、皆が呼びやすいあだ名を考えてあげる
とか」
「……参考までに聞いてみようか」
「えーと……

いーちゃん

……とか?」
「却下だ」
「あら、どうして?」
「僕にもよくわからないけれど、そのあだ名だけは駄目だ」
 そう――それだけは――何があろうとも――それだけは――
 意外に変なところにこだわりがあるのね。と、ひたぎちゃんに言われた。
 こだわりというか、ただ、それは禁忌なだけだ。

23: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:06:38.44 ID:4VTMtEH9o
 黙りこんでしまった僕を見て、ひたぎちゃんは残念そうに言った。
「仕方ないわね……それにしても、エロ方面を禁止した途端、何の案もなくなっちゃうだ
なんて、驚きよね」
「それは確かに事実だけれど……禁止する前から案なんて何もなかったじゃないか」
「わかりました、阿良々木くん。ちょっとくらいなら、エロくってもいいことにするわ。
戦場ヶ原ひたぎの名に基づいて、欲望の解放を許可しましょう」
「…………」
 ひょっとして何か期待されてるのかな……。
 どうだろう、それならば、期待にはこたえておいた方がいいのか?
「本当に何もないの?勉強を教えて欲しいとか」
「それはもう諦めているよ。卒業できればいい」
 できなくてもいいのだけれど。しかし、できることはやっておいたほうがいい。
「じゃあ、卒業したいとか」
「君の権限で何とかなることなのか?!」

24: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:07:16.64 ID:4VTMtEH9o
「じゃあ、そうね――」
 ひたぎちゃんは、間合いを計った風に、頃合いを見計らって、言う。
「彼女が欲しいとか」
「…………欲しいって言ったら……どうなるの?」
「彼女ができるわ」
 平然と言うひたぎちゃん。
「そういうことよ」
「…………」
 うん……。
 深読みしようと思えば、いくらでもできる台詞だけれど。
 この場合は、額面どおりに受け取っておいたほうがいいだろう。
「誰か紹介してくれるのかな?」
「……………………………………………………………………………」
 何故かひたぎちゃんはがっくりと肩を落とし、そのまま押し黙ってしまった。
 うん。なかなかに可愛い。
「まあ今度、ジュースでもおごってくれよ。それでちゃらってことにしようぜ」
「そう。無欲なのね……」
 心なしひたぎちゃんの元気がなさそうだ。どうかしたのだろうか。
 と。そこで僕は、正面を向いた。随分長い間、ひたぎちゃんの顔を見ていた気がしたの
で、意図的に、あるいは、気まずさに目を逸らすように、そっちのほうへと視線をやった
のだが――そこに。
 そこに、一人の女の子がいた。
 大きなリュックサックを背負った、女の子が。

25: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:07:50.61 ID:4VTMtEH9o
003
 その小学校高学年くらいの年齢だろう女の子は、公園の端っこにある、鉄製の看板、案
内板――このあたりの住宅地図に、向かっていた。こちらに背中を向けているので、どん
な顔をした女の子なのかはわからないが、背負った大きなリュックサックがとにかく印象
的で――だから、僕はすぐに思い出すことができた。そう、その女の子は、ついさっき、
ひたぎちゃんがここに現れるその前にも、ああやって、住宅地図に向かっていた。あのと
きは、すぐに立ち去っていったけれど――どううら、また戻ってきたらしい。なにやら、
手に持っているメモらしきものと、看板とを、見比べているようだ。
 ふむ。
 ふまり、迷子って奴なのだろう。持っているメモには、手書きの地図か、あるいは住所
が書かれているに違いない。
 じっと、目を凝らしてみる。
 すると、リュックサックに縫い付けられた名札が見えた――『五年三組 八九寺真宵』
と、太いマジックペンで、記されている。

26: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:08:43.84 ID:4VTMtEH9o
 真宵……は、『まよい』かな。
 しかし『八九寺』……あの苗字はどう読むのだろう。『やくでら』……かなあ?
 語学は苦手だ。
 ならば、得意な人に訊いてみよう。
「……ねえ、ひたぎちゃん。あの看板の前に、小学生がいるでしょ。リュックサックの
名札の苗字、あれ、なんて読むかわかる?」
「は?」
 きょとんとするひたぎちゃん。
「見えないわよ、そんなの」
「あ……」
 そうだった。
 うっかりしていた。                                   ・ ・ ・ ・
 今の僕は、もう普通の身体ではないのだ――そして昨日、忍ちゃんに血を飲ませてきた
ところである。春休みほどではないにせよ、今日現在の僕は、身体能力が著しく上昇して
いる。それは視力にしたって例外ではないのだった。ちょっと加減を間違うと――とんで
もない距離にあるものが、はっきりと見えてしまう。別に見えること自体は何も問題じゃ
ないのだが――畜生、なんでもかんでも忘れやがって――本当に呑気な奴だ。
 周囲との不調和。
 それは、ひたぎちゃんの最近までの悩みでもあり、
 そして、僕の産まれてからずっと抱えている悩み。

27: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:09:35.51 ID:4VTMtEH9o
「えっと……漢数字、十中八九の『八九』に、『寺』で、『八九寺』って並びなんだけれ
ど……」
「……?まあ、それは、『はちくじ』ね」
「『はちくじ』?」
「ええ。阿良々木くん、その程度の熟語も読めないの?そんな学力で、よく幼稚園を卒園
できたわね」
「……幼稚園くらいなら、誰でも卒園できるだろ……」
「その『誰でも』に当てはまらないのが阿良々木くんの個性でしょ?」
「きみは僕の個性を何だと思っているんだ!」
「真面目な話、『八九寺』くらい、少しでも歴史や古典に興味があれば、つまり知的好奇
心がある人間なら、知っていそうなものよ。阿良々木くんの場合、聞くも聞かぬも一生の
恥という感じね」
「何を言うか。この知的好奇心の塊ともとれる戯言遣いを捕まえてそのような無礼なこと
を」
「自覚があるのも自覚がないのも、どちらにせよ悪いことだと思っていたのだけれど、な
るほど、自覚がないほうが、何かと腹立たしいわね」
 何かと、って……ただの戯言じゃないか……気が付かないうちにひたぎちゃんを怒らせ
ていたようだ。これが自覚がないということなのかもしれない。
 まあ、とにかく、あれは『はちくじまよい』と読むのか……ふうん。
「えっと……」
 と、ひたぎちゃんのほうを窺う。
 うーん。
 この子は……どう考えても、こどもが好きってタイプじゃないよな……転がってきたボ
ールを、全力でその子にぶつけそうなイメージがある。
 となると、一人で行くのが無難か。

28: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:10:01.26 ID:4VTMtEH9o
「ねえ、ちょっとここで待っててくれる?」
「いいけれど、阿良々木くん、どこかへ行くの?」
「小学生に話しかけてくる」
「やめておきなさい。傷つくだけよ」
「…………」
 本当、酷いことを平気で言うよなあ……。
 いいや、後で話し合おう。
 今は、あの子だ。
 八九寺真宵。
 僕はベンチから立って、広場を挟んだ向こう側――案内図の看板の位置、そのリュック
サックの女の子の位置まで、小走りに近付いていく。女の子はどうやら地図とメモとの照
らし合わせに必死らしく、後ろから寄っていく僕に気付きもしない。
 一歩分、距離を置いた場所から、声をかける。

29: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:11:24.42 ID:4VTMtEH9o
「どうしたの?お嬢ちゃん。道にでも迷ったのかな?」
 ……なんだか忍野みたいになってしまった。
 彼のように行動したいのに。
 女の子は振り向いた。
 ツインテイルの、前髪の短い、眉を出した髪型。利発そうな顔立ちの女の子だった。
 女の子――八九寺真宵は、まずじっと僕を、吟味するように見て、それから口を開いた。
「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」
「………………」
 ………………。
 ゾンビのような足取りでベンチにまで戻った。
 キョンシーのような心情でベンチにまで戻った。
 ひたぎちゃんは不思議そうな顔をしている。
「どうしたの?何かあったの?」
「傷ついた……傷つくだけたった……」
 思いの外大ダメージを受けた。
 回復まで十数秒。

30: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:11:57.23 ID:4VTMtEH9o
「……もう一回行ってくる」
「だから、何をしに、どこへ行くのよ」
「それは僕にもわからない」
 とにかく、再チャレンジ。
 少女八九寺は、僕との遭遇なんてまるでなかったかのように、看板に視線を戻していた。
メモと照らし合わせるように。背後から肩越しに、そのメモを覗いてみる――書かれてい
たのは、地図ではなく、住所だった。土地勘がないのでわからないが、まあ、このあたり
の住所なのだろう。
「ねえ、君」
「………………」
「迷子なんだろう?どこに行きたいんだい?」
「………………」
「そのメモ、ちょっと貸してみせてよ」
「………………」
「………………」
 ………………。
 ゾンビのような足取りでベンチにまで戻った。
 キョンシーのような心情でベンチにまで戻った。
 ひたぎちゃんは不思議そうな顔をしている。
「どうしたの?何かあったの?」
「無視された……小学生女子にシカトされた……」
 思いの外大ダメージを受けた。
 回復まで数十秒。

31: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:12:36.03 ID:4VTMtEH9o
「今度こそ……行ってくる」
「阿良々木くんが何をしたいのか、何をしているのか、私にはよくわからないのだけれど
……」
「ほっていてくれ……」
 とにかく、再三のチャレンジ。
 少女八九寺は、僕に声をかけられたことなんてまるでなかったかのように、看板に向か
っている。メモと照らし合わせるように。
 先手必勝とばかりに、僕はその後頭部を平手ではたいた。全く警戒していなかったらし
く、(当然だ。僕にも何故このような暴挙に出てしまったのかわからない)真宵ちゃんは、
看板に思い切り、むき出しのおでこをぶつけることとなった。
「な、何をするんですかっ!」
 振り向いてくれた。
 ありがたい。
「後ろから叩かれたら誰でも振り向きますっ!」
「いや……叩いたのは悪かったよ」
 度重なるショックに、ちょっと気が動転していた。
「でも、知ってるか?命という漢字の中には、叩くという漢字が含まれているんだよ」
「意味がわかりません」
「命は叩いてこそ光り輝くってことさ」
「目の前がちかちかと輝きましたっ」
「うん……」
 誤魔化し切れなかった。
 今日の戯言遣いは不調のようだ。

32: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:13:30.69 ID:4VTMtEH9o
「ただ、君がなんか困ってるみたいだったから、力になれるかなと思ってさ」
「いきなり小学生の頭を叩くような人に、なってもらうような力なんてこの世界にはあり
ませんっ!全くもって皆無ですっ!」
 滅茶苦茶警戒されていた。
 いつも通りながら。
「いや、だから悪かったって。本当、ごめん。えっと、僕の名前は阿良々木伊荷親って言
うんだ」
「どうやって書くんですか?」
「難しいなあ……えっと……苗字の『あららぎ』は、阿吽の呼吸の『阿』に、優良の『良』
を『ら』と、読ませる。その次の『ら』も同じ漢字で、『ぎ』は木曜日の『木』だ。名の
方は伊賀の『伊』に、荷物の『荷』、そして『ちか』は『親』と書いてちかと読ませるん
だ」
「……やたら、長い説明を要する上に、全部当て字みたいですね。中二の不良が考えたよ
うな名前です」
 ぐはぁっ!
「何ですか?その反応――まさか自分で考えたんですか?こんなセンスのない名前を?」
 落ち着け落ち着くんだ僕。
 まずは信頼――だったよな。

33: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:14:03.47 ID:4VTMtEH9o
「き……君はなんて名前なの?」
「わたしは、八九寺真宵です。わたしは八九寺真宵といいます。お父さんとお母さんがく
れた、大切なお名前です」
「へえ……」
 どうやら、読み方はあっていたようだ。
「とにかく、話しかけないでくださいっ!わたし、あなたのことが嫌いですっ!」
「なんでだよ。そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。もっと仲良くしようぜ」
 勿論戯言。
「後ろからいきなり叩くからですっ」
 正論だった。これ異常ないくらいに。
 どうやら、今回は、正論vs戯言のようだ。
 前回が何だったのかは知らないが。
「でも、叩かれる前にもう既に僕のことを嫌いだって言ってたじゃないか」
「ならば、前世からの因縁ですっ!」
「さすがにそんな嫌われ方をされたのは初めてだ……」
「前世でわたしとあなたは、宿命の敵同士だったのですっ!わたしは麗しきお姫様で、あ
なたは悪の大魔王でしたっ!」
「それ、君が一方的に攫われているだけじゃない?」
 知らない人についていっちゃいけません。
 知らない人に話しかけられても無視しましょう。
 こんなご時世だし、最近の小学校じゃ、そういう教育が、よっぽど徹底されているのだ
ろうか……それとも単に、僕が見るからに怪しい奴だということなのだろうか。
 なんにしても子供に嫌われるってのは凹むよなあ。

34: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:14:40.38 ID:4VTMtEH9o
「まあまあ、とにかく落ち着いて。別に僕は君に危害を加えたりしないよ。この町に住ん
でいる人間で、いやさ、この世界に生きている人間の中で、僕ほど人畜無害な奴なんて、
一人もいないと自負しているくらいだ」
 戯言ここに極まれり。
 生きているだけで迷惑な人畜無害な奴ってどんな奴なのだろう。
 真宵ちゃんは納得したのかどうなのか、むう、ともっともらしく唸って、それから、わ
かりました、と言った。
「警戒のレベルは下げましょう」
「そりゃ、助かるね」
「では、人畜さん」
「人畜さん!?誰のことだ、それは!?」
 本日二度目の人類史上初めての体験である。
 今日は本当になんて日なんだ……。
「怒鳴られましたっ!怖いですっ!」
「いや、むしろ、ここで怒鳴らない方がおかしいだろ」
 とは、言わない。ここは圧倒的に下手に出るべきだ。
「いや、怒鳴ったのは悪かったよ。けどさ、人畜さんは酷いと思わない?」
「そうですか?あなたの方から言い出されたことに誠意を持って答えたまでなのですが」
「誠意がこもっていればそれで何でもいいって問題じゃないと思うけれど……とにかく、
人畜無害は略したら駄目な言葉なんだ」

35: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:15:27.11 ID:4VTMtEH9o
「はあ。そうですか。なるほどです。つまり素っ頓狂という言葉みたいな感じですね。興
奮すると『スットンキョー!』と奇声を発するキャラを受け入れることはできても、『頓
狂な行為に身を任せる男であった……』なんて地の文で紹介されてしまうキャラは受け入
れられないのと、同じようなものですか」
 そうそう、と、頷きつつも、僕は少し焦っていた。もしかしたら今、僕は頓狂な行為に
身を任せているのではないだろうか?だとしたら、僕はこの子には受け入れてもらえない。
 何故、この子に受け入れてもらいたいと思っているのだろうか?わからないような気も
するし、わかりたくもないような気がする。
「では、なんとお呼びいたしましょう」
「そりゃ、普通に呼べばいいよ」
「ならば、阿良々木さんで」
「ああ、普通でいいね」
「わたし、阿良々木さんのことが嫌いです」
「…………」
 何一つ改善されていなかった。
「とにかく、近寄らないでくださいっ!迅速に全速力でどっか行っちゃってくださいっ!」

36: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:15:52.68 ID:4VTMtEH9o
「………………」
 しかし、こうも嫌われてしまったか。本当、今日は何て日だ……
 やはり、彼のようには行かないか……。
 悲しいが仕方がない。僕は諦めることにした。

37: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:18:30.94 ID:4VTMtEH9o
004
 ベンチに戻ると、ひたぎちゃんはもういなかった。待っててくれと言ったのに、どうや
ら、帰ってしまったらしい。これでまた、一人だ。これでまた、独りだ。真宵ちゃんは、
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
数には入れられないし、また、この公園を僕が独り占めすることになってしまった。
 全く。無駄に疲れたな。目的も見失ってしまい、知り合いも失ってしまい、他人も失っ
てしまった。
 なんだか、もういいや。
 どうでも、いいや。
 全てが、全て。
「戯言だ」

「危ない!」

 その瞬間、真横から何かが吹っ飛んできて、僕に直撃し、僕はそのまま右に吹っ飛んだ。
吹っ飛んできたそれは、まだ僕の上に覆い被さるように乗っかっている。
 痛い。
 なんだ、いきなり。
 僕に覆い被さっている物は――さっきまで話していた八九寺真宵ちゃんだった。
 えっ……ちょっと待って。何がどうなって。
「なにをぼーっとしているんですか阿良々木さんはっ!危うく殺されるところだったんで
すよっ!」
 殺される?
 ベンチの方を見ると――いた。ちょうど僕が座っていた位置の前でナイフを持っている
男が。
「あらあら、どうしたんでしょうかねぇ。完全に意識から消し去ったはずなのに、横っ飛
びでかわすとはねぇ」
「!!!!!!!!」
 絶句。
 僕が殺されかけたことはどうでもいい。
               ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・   
 問題は、そう、この男、いつから現れた?
「とにかく、逃げよう!真宵ちゃん!」
 僕は真宵ちゃんをそのまま抱きかかえて自転車置き場へと向かう。
 ママチャリの後ろの台に真宵ちゃんを乗せ、僕は、全速力で自転車を漕ぎ、公園をあと
にした。
 とにかく、そう、どこでもいい。逃げなければ。

38: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:20:57.95 ID:4VTMtEH9o
005
 僕は、自転車を漕いでいた。とにかくとにかく、漕いでいた。
 おかしい。なにかがおかしい。
 何がおかしいのかはわからないけれど、とにかくおかしい。
 いや、何かが起きているのは確実だ。
 だって、こんなにも明確な変化がこの町では起きていた。
 いや、もっと、限定された範囲。
 僕の周りで、何かが起きていた。
 こんなにも、こんなにも自転車を漕いでいるのに。
  ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 道路には、誰一人として、人がいなかった。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・
 どこを通っても、何もいない。動物もいない。
  ・ ・ ・    ・ ・
 生命が――ない。
 おかしい。いくらなんでも、これはおかしい。
 まるで、この世界に僕と真宵ちゃんしかいないみたいじゃないか。
 いくら、今日が天下の――何曜日だ?今日は――何曜日だ?
 というか、今――僕は何をしているんだ?
 何故、自転車を漕いでいるんだ?
「八九寺ちゃん!どうして、僕は、君を乗せて、自転車を漕いでいるんだっけ?」
「えっ!なっ何をいきなりっ!」
「答えろっ!」
「こ……公園にいたら、あなたがいきなり殺されそうになって、それで、あなたはその人
から逃げているんですっ!」
「そうか!そうだったねっ!」
「はいっ!そうでしたっ!」
 畜生。何て日だ。何がどうなってやがる。何で僕は自転車を漕いでいるんだ?
 わからない。わけがわからない。
 つい昨日、忍ちゃんに、血をあげたばかりだから、あと何日かは自転車を漕ぎ続けるこ
とができそうだけれど。あれ?ちょっと待てよ。忍ちゃんに血をあげたのはいつだったっ
け?さっき?きのう?おととい?いっしゅうかんまえ?いっかげつまえ?
 モウ
  ナニガナンダカ
        ワカラナイ
 頭がくるくると、クルクルと、狂狂と、
    まわって、マワッテ、回って、
     おかしい。オカシイ。犯しい。
                              狂ってしまいそうだ。
 いや/もう既に/僕は/ボクハ/クル/ッテシ/マッテイ/ルノデショ/ウカ
 もう駄目だ。もうだめだ。モウダメダ。

 いや、待てよ。あほか僕は。こういうときは家に帰ればいいじゃないか。数ヶ月前まで
とは違い、僕には帰る家があるのだ。そうだ。帰ろう。今から、家に向かうのだ。

39: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:21:32.24 ID:4VTMtEH9o
006
 僕は、自転車を漕いでいた。とにかくとにかく、漕いでいた。
 おかしい。なにかがおかしい。
 何がおかしいのかはわからないけれど、とにかくおかしい。
 いや、何かが起きているのは確実だ。
 だって、こんなにも明確な変化がこの町では起きていた。
 いや、もっと、限定された範囲。
 僕の周りで、何かが起きていた。
 こんなにも、こんなにも自転車を漕いでいるのに。
  ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 道路には、誰一人として、人がいなかった。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・
 どこを通っても、何もいない。動物もいない。
  ・ ・ ・    ・ ・
 生命が――ない。
 おかしい。いくらなんでも、これはおかしい。
 まるで、この世界に僕と真宵ちゃんしかいないみたいじゃないか。
 いくら、今日が天下の――何曜日だ?今日は――何曜日だ?
 というか、今――僕は何をしているんだ?
 何故、自転車を漕いでいるんだ?
「八九寺ちゃん!どうして、僕は、君を乗せて、自転車を漕いでいるんだっけ?」
「えっ!なっ何をまたっ!」
「答えろっ!」
「こ……公園にいたら、あなたがいきなり殺されそうになって、それで、あなたはその人
から逃げているんですっ!」
「そうか!そうだったねっ!」
「はいっ!そうでしたっ!」
 畜生。何て日だ。何がどうなってやがる。何で僕は自転車を漕いでいるんだ?
 わからない。わけがわからない。
 つい昨日、忍ちゃんに、血をあげたばかりだから、あと何日かは自転車を漕ぎ続けるこ
とができそうだけれど。あれ?ちょっと待てよ。忍ちゃんに血をあげたのはいつだったっ
け?さっき?きのう?おととい?いっしゅうかんまえ?いっかげつまえ?
 モウ
  ナニガナンダカ
        ワカラナイ
 頭がくるくると、クルクルと、狂狂と、
    まわって、マワッテ、回って、
     おかしい。オカシイ。犯しい。
                              狂ってしまいそうだ。
 いや/もう既に/僕は/ボクハ/クル/ッテシ/マッテイ/ルノデショ/ウカ
 もう駄目だ。もうだめだ。モウダメダ。

 いや、待てよ。あほか僕は。こういうときは家に帰ればいいじゃないか。数ヶ月前まで
とは違い、僕には帰る家があるのだ。そうだ。帰ろう。今から、家に向かうのだ。

40: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:22:33.06 ID:4VTMtEH9o
007
 僕は、自転車を漕いでいた。とにかくとにかく、漕いでいた。
 おかしい。なにかがおかしい。
 何がおかしいのかはわからないけれど、とにかくおかしい。
 いや、何かが起きているのは確実だ。
 だって、こんなにも明確な変化がこの町では起きていた。
 いや、もっと、限定された範囲。
 僕の周りで、何かが起きていた。
 こんなにも、こんなにも自転車を漕いでいるのに。
  ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 道路には、誰一人として、人がいなかった。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・
 どこを通っても、何もいない。動物もいない。
  ・ ・ ・    ・ ・
 生命が――ない。
 おかしい。いくらなんでも、これはおかしい。
 まるで、この世界に僕と真宵ちゃんしかいないみたいじゃないか。
 いくら、今日が天下の――何曜日だ?今日は――何曜日だ?
 というか、今――僕は何をしているんだ?
 何故、自転車を漕いでいるんだ?
「八九寺ちゃん!どうして、僕は、君を乗せて、自転車を漕いでいるんだっけ?」
「えっ!まっまたですかっ!」
「答えろっ!」
「こ……公園にいたら、あなたがいきなり殺されそうになって、それで、あなたはその人
から逃げているんですっ!」
「そうか!そうだったねっ!」
「はいっ!そうでしたっ!」
 畜生。何て日だ。何がどうなってやがる。何で僕は自転車を漕いでいるんだ?
 わからない。わけがわからない。
 つい昨日、忍ちゃんに、血をあげたばかりだから、あと何日かは自転車を漕ぎ続けるこ
とができそうだけれど。あれ?ちょっと待てよ。忍ちゃんに血をあげたのはいつだったっ
け?さっき?きのう?おととい?いっしゅうかんまえ?いっかげつまえ?
 モウ
  ナニガナンダカ
        ワカラナイ
 頭がくるくると、クルクルと、狂狂と、
    まわって、マワッテ、回って、
     おかしい。オカシイ。犯しい。
                              狂ってしまいそうだ。
 いや/もう既に/僕は/ボクハ/クル/ッテシ/マッテイ/ルノデショ/ウカ
 もう駄目だ。もうだめだ。モウダメダ。

 いや、待てよ。あほか僕は。こういうときは家に帰ればいいじゃないか。数ヶ月前まで
とは違い、僕には帰る家があるのだ。そうだ。帰ろう。今から、家に向かうのだ。

41: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:23:01.47 ID:4VTMtEH9o
「阿良々木さん!」
 真宵ちゃんが聞いてきた。
「阿良々木さんはどこへ向かっているのですかっ!」
「どこ?どこへって……」
 どこだっけ?あっ!そうだ!
「家だよ。僕の家に帰って、一旦、体制を立て直すんだ」
「大変申し上げにくいことなんですが……その……」
 真宵ちゃんは言った。
「――多分、無理だと思います」
「えっ!」
「多分という言葉がご不満でしたら、絶対」
「…………」
「わたしは……蝸牛の迷子ですから」

42: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:23:38.32 ID:4VTMtEH9o
016
 その後、僕と真宵ちゃんは、結局、どこにも行けなかった。
 家に帰ろうとしても、何故かたどり着くことができず、逆に真宵ちゃんのメモの住所の
方に行こうとしても、着くことができなかった。気が付けば、もう、日が暮れそうになっ
ていた。
 道行く人、というものも、一切出てこなかった。登場人物は真宵ちゃんと僕の二人だけ
である。
 そんな、そんな、絶望的な状況下で、そいつは僕達の前に現れた。
「おお、阿良々木くん。やっと来たのか。待ちくたびれたぜ」
 と。
 忍野メメが、道路にいた。
 まるで、ここで会うのが当然のように、真っ赤なアロハシャツを着こなしていた。
 しかし、いつもと違うのは、隣に、見知らぬ可愛い女の子がいたことだ。ポニーテイル
風に結わえている綺麗な髪。露出が多いわけでもないのに、妙に胸が強調された上半身の
コーディネート――それに、キュロットの丈。スカートというわけでもないのに、黒いス
トッキングが、生足よりも艶かしい。
 けれど、そんなことは気にならない。もう、何時間もずっと、他の人間に会っていなか
ったのだ。妙な懐かしさがこみ上げてくる。

43: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:24:39.48 ID:4VTMtEH9o
「まったく、女の子に無駄な心配をかけさせちゃいけないぜ。阿良々木くん。本当は、君、
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
全部わかっているんだろ?蟹のお嬢ちゃんの……ツンデレちゃんの乙女心をわからなくて
もいいから、わかろうとする努力くらいはした方がいいんじゃないのかな」
「蟹?」
 あっ!
 思い出した。何故忘れていたのだろう。本来ならば、忘れるはずのない子じゃないか。
 襲われる直前まで一緒にいた。戦場ヶ原ひたぎちゃん。
「今思い出したって顔をしてるな。やっぱりそうか。ツンデレちゃんから聞いたときから
もしかしたらと思っていたんだ。全く、拭森め。えげつないことしやがって」
「温もり?」
「ああ。君は気にしなくていいよ。阿良々木くん。奴が君を狙ったのは確かだけれど、で
も、君の世界には関係のないことだ。これは僕の所為なんだよ。これは僕が解決しなけれ
ばいけない問題なんだ」
 そう訳のわからないことを言って、忍野は言った。
「阿良々木くん、君の追っ手は片付けてあげるから、君は君がやらなければならないこと
をしなさい」
「僕が――やらなければいけないことですか?」
「そう。君の仕事。大丈夫。ヒントくらいは教えてあげるから」

44: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:26:34.31 ID:4VTMtEH9o
017
「迷い牛」
 とてつもなく不機嫌そうに、とてつもなく怒ったように、唸るように低い声で、忍野メ
メはそう言った。普段飄々としている男なので、このような直接的な感情表現はとても珍
しい。というか、初めて見た。ひたぎちゃんと何か一悶着あったのだろうか、それとも、
僕の追っ手とやらに対して怒ってくれているのだろうか。どっちにしても、僕には関係な
さそうだけど……いや、この、僕の態度が気に入らないのかもしれない。周りの人間に嘘
しか言ってない、この僕に。
 けれど、そんなことは後でどうにでもなるはずだ。今は、僕ができることをせねば、
「牛?違いますよ。あれはどう見ても人でした」
「追っ手の方じゃない。今、君が遭っている怪異のことだよ。少し考えればわかんだろう
が!」
 おおう……こうも怒られるとは……忍野メメ……意外と熱い男なのかもしれない。
「それにしても、ですよ。そういえば、スムーズに話が進んでしまったので説明がまだで
したが、そいつは、僕に気付かれないように僕の前に来て、僕に気付かれないようにナイ
フを出し、僕に気付かれないように僕を殺そうとしたんですよ。あれは怪異といってもい
いんじゃないですか?」
「おそらく、あ……僕の知る限り、あいつはそんなもんじゃないよ。人の癖に、化物のよ
うな有象無象――怪異なんかよりもっとおぞましいモノだ。気が付いたらあいつの術中に
嵌っていて、術中に嵌った時点で死を待つしかない。そんなやつだ」
 話を戻していいかな、と、忍野はそう言った。

45: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:28:11.16 ID:4VTMtEH9o
「君が遭っている怪異――迷い牛は、ついている者を迷わせる怪異なんだ。憑いているじ
ゃなくて、ついている。迷い牛についていくものを、迷い牛をつれているものを、迷わせ
ているのさ。だから、ただ迷いたくないだけなのならば、迷い牛から離れればいい」
「………………」
「そんな不満そうな顔をするなよ。ちゃんと、教えてやるさ。根本的な解決方法のヒント
も」
「ヒントだけですか?」
「そんななんでもかんでも人に頼ろうとするなよ。甘えるな。最近ちょっと甘やかしすぎ
たかな?ん?まあ、あまり気負うなよ。ちゃんと阿良々木くんが回答にたどり着けるよう
なヒントにちゃんとなっているからさ」
 甘え……なのだろうか。
 甘えなんだろうなあ。
 この生活も。
 この日常も。
「迷い牛は、目的地に向かうのに迷う怪異ではなくて、目的地から帰るのに迷う怪異なん
だ」
「えっ」
 じゃあ、家に帰れないのも、真宵ちゃんの家にいけないのも、
 全部、 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「全部、この子の所為だっていうんですかっ!」
「まあ、全部って訳じゃないんだけどね。ここに一般人が立ち入れないようになっている
のだったり、君がすぐに目的地を見失ってしまうのは、さっき話題に上がってた拭森の所
為さ。二つが合わさって、二重に君は呪われていたのさ。これはたぶん、あいつも予想外
だっただろうね」

46: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:28:45.61 ID:4VTMtEH9o
 近寄らないでください。
 迅速に全速力でどっか行っちゃってください。
 それは、そういう意味だったのか。
「迷い牛は、世間一般的な言い方をすると、幽霊とでも言うべき存在なんだ。だから、そ
の性質上、自分の知っている道路でしか対象者を迷わせるところできない。ここまで言え
ば、何だかんだ言って聡明な阿良々木くんならわかるよね。じゃあ、後は頑張って。行っ
てらっしゃい」
 ………………それほぼ答え言っているようなもんじゃねえか。
 厳しいんだか甘いんだか良くわかんない奴だ。
 まあ、壮大な嫌味である可能性が一番高そうだけど……聡明な阿良々木くんって……。
 しかしそんなことを気にしている場合でもない。
 僕は一瞬だけ迷って、それに返すことに決めた。
「じゃあ、行ってきます」

47: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:29:17.01 ID:4VTMtEH9o
018
 忍野と別れ、ひたぎちゃんとともに、僕は真宵ちゃんの目指す家を目指すことにした。
の、だが、
「…………」
「…………」
「…………」
 うん。さっぱり、わからない。
 いや、忍野が教えてくれた回答は既にわかっているのだが、そう、僕はこの町の地形を
全く知らないのだ。どうしよう。もう一回、公園にでも戻るか?でも、怪異やら追っ手や
らで、右も左もわからないし……。
「そこは西も東も、と言うべきでしょう。右と左がわかったところで、目的地にはたどり
着けません」
「心を読むな真宵ちゃん。君にそんな特殊能力はなかったはずだろう」
 それはともかく……本当にどうしよう……。
 そんな風に困っていると、ひたぎちゃんは「はあぁ」と溜息をついて、こう言ってくれ
た。
「私は昔、この辺りに住んでいたから、だいたいの道はわかるのだけれど」
「えっ!そうなの?」
「そうよ」
「じゃあ、悪いんだけど、この住所に案内してくれるかな」
 僕は住所を読み上げる。
「お安い御用よ。阿良々木くんのためですもの」
 こんな風になんでもかんでも人に頼ってばっかりだから、忍野にいろいろ言われてしま
うのだろうか……。
「ひたぎちゃん、あの……」
「わかっているわ。ここ最近できた道だけを選んでそこへ向かえばいいのよね。本当にあ
の人は、何だかんだ言って甘いわよね」

48: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:29:58.31 ID:4VTMtEH9o
 それからしばらく進んで、まばらだが人が出てくるようになった。忍野の方は仕事を終
えたらしい。そんな中、ひたぎちゃんがいきなり立ち止まった。
 なんだか困ったようにしていて、顔にほんのり朱がさしている。
 どうしたのだろう。新しい道が見つからなくなってしまったのだろうか。
 ひたぎちゃんは口を開いた。
「この辺り」
「え?」
「この辺りだったのよ。私の住んでた家」
「家って――」
 ひたぎちゃんの指差した方向を、言われるがままに見るけれど、そこにあるのは、ただ
の――
「……道になってるね」
「道ね」
「…………」
「たどり着きやすくなってて良かったわ」

49: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:30:25.74 ID:4VTMtEH9o
 どんな、どんな気持ちなんだろう。以前の自分の居場所がなくなっているのは。僕には
わからない。もう人ではない僕には。
 これでこの話は終わりかと思われたがひたぎちゃんは動かなかった。何かをためらって
いるようだ。
 それから、三秒ほどして――ひたぎちゃんは、そこで決心したように、口を開いた。
「あの、阿良々木くん」
「なにかな?」
「…………I love you」
「………………………」
 ………………………。
 更に数十秒間考えて、どうやら僕は、同級生に英語で告白された、日本初の男になって
しまったようだということを、理解した。今日はいろいろ初尽くしである。
「おめでとうございます」
 真宵ちゃんが言った。
 全ての意味で、場違いで的外れな言葉だった。
 「じゃ、行きましょうか」と、何事もなかったように、ひたぎちゃんは進みだしたが、
後ろからでもわかるくらいに耳まで真っ赤である。
 …………何だこの展開。

51: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:31:22.45 ID:4VTMtEH9o
 それから、何分たったのか、何時間たったのか、動揺しすぎてわからないが、とにかく、
真宵ちゃんの目指していた場所――あのメモに書かれていた通りの住所の場所に、僕達は
着いた。
 が、しかし――
「……でも、こんな」
 とはいえ――達成感はなかった。
 目前の光景に達成感はなかった。
「ひたぎちゃん――ここで間違いないのかな」
「ええ。間違いないわ」
 断言の言葉に、覆る余地はなさそうだった。
 その場所は――すっかり綺麗な更地だった。
 真宵ちゃんがどこを目指していたのかは知らないが、真宵ちゃんが目指したのは、おそ
らく、誰かの家だったはずだ。しかし、それは――それはもう――
 フェンスで囲まれて、私有地、無許可での立ち入りを禁ず――の看板が、むき出しの地
面に刺さって、立っていた。その看板の、端の方の錆び具合からして、随分と昔から、そ
れはその形であり続けてきたのだろうことは、否定のしようがなかった。
 「……こんなことってあるのかよ。そんな、そんな都合よく行かないってことなのか?」
 そうだ。
 これだけ町並みも道行も代わっているのに――目的地だけは何も変わっていないなんて、
そんな都合のいいことがあるわけもない。一年足らずの期間をあけたに過ぎなかったひた
ぎちゃんの家ですら、道になってしまったのだ。そもそもこの方法自体、目的地のそばに
新しい道がなければ、単なる机上の空論に過ぎない。必然的に、目的地そのものが変わっ
てしまっている可能性は、本来なら、最初の段階から予測できるほどに、高かった。

52: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:32:12.79 ID:4VTMtEH9o
 世の中はそんなにうまくいかないものなのか。
 願いは叶わないのか。
 「う、うあ」
 隣から真宵ちゃんの嗚咽が聞こえた。
 あまりの現実に、とにかく驚くことだけに精一杯で、肝心の真宵ちゃんのことを、全く
気遣えずにいた自分を恥じながら、僕はそちらを向く――
 真宵ちゃんは、泣いていた。
 ただし、俯いてではなく――前を向いて。
更地の上――家があったのだろう、その方向を見て。
「う、うあ、あ、あ――」
 そして。
 たっ、と、まよいちゃんは、僕の脇を抜けて、駆けた。

「――ただいまっ、帰りましたっ」

 忍野は。
 当然のように――当たり前のこととして、この結末を――こんな最後を見透かしていた
のだろう。
 言うべきことを――言わない男。
 全く最初に言っておいて欲しい。
 大きなリュックサックを背負った女の子の姿は――すぐにぼやけて、かすんで、薄くな
って……僕の視界から、あっという間に、消えてしまった。
 見えなくなってしまった。
 いなくなってしまった。
 けれどあの子は、ただいま、と言った。
 家に帰ったときのように。
 それは。
 とてもいい話のように、思えた。

53: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:32:42.72 ID:4VTMtEH9o
 とても、とても。
「……お疲れ様でした、阿良々木くん。そこそこ格好良かったわよ」
 やがてひたぎちゃんが言った。
 何故か、いまいち感情のこもらない声で。
「何もしてないよ、僕は、別に。むしろ今回働いたのは君だろう」
「確かにそうだけれど――そうかもしれないけれど、私なら、私なら見知らぬ小学生に、
声をかけようなんて思わないし、そして、あなたがそんなことをするとは、思わなかった
わ」
「そんなに、非常そうに見える?僕」
「非常って言うか……自分に関係ないことには、絶対に首を突っ込まない、傍観者だと思
っていたから。最初、あなたのキャラじゃないって思っていたわ」
「………………」
 ともあれ、これで、一件落着……か。
 終わってみれば、非常にあっけない。気が付けば、もう太陽は沈みきっていた。七時く
らいだろうか……そうだ、カーネーションを買ってない。そう、思い出した。僕はそれを
買いに外に出たのだった。

54: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:33:11.62 ID:4VTMtEH9o
「じゃ……帰ろうか。ひたぎちゃん。何なら送っていくよ」
 一応、何があっても、何に遭っても二人を逃がせるように、ママチャリは押してきてい
た。
「そう。ところで阿良々木くん」
 ひたぎちゃんは動かず――更地の方角を見たままで言う。
「まだ返事を聞いていないのだけれど」
「…………」
 返事って……。
 やっぱり、誤魔化しきれなかったか。
「えっとね、ひたぎちゃん。そのことなんだけれど――」
「言っておくけれど阿良々木くん。私は、どうせ最後は二人がくっつくことが見え見えな
のに、友達以上恋人未満な生ぬるい展開をだらだらと続けて話数を稼ぐようなラブコメは、
大嫌いなのよ。」
「…………」
「ついでに言うならどうせ最後は優勝することが決まっているのに一試合一試合に一年く
らいかけるようなスポーツ漫画も嫌いだし、どうせ最後はラスボスを倒して平和が訪れる
ことがわかりきっているのに、雑魚との戦闘がいつまでたっても終わらないようなバトル
漫画も嫌いだわ」
 ……少年漫画と少女漫画を全否定しやがった。
「どうするの」
 考える隙も与えないような畳み掛けだった。
「ここで少し考えさせて欲しいなんて腑抜けた言葉を口にしたら、軽蔑するわよ、阿良々
木くん。あまり女に恥をかかせるものではないわ」
「……わかってるよ」
 まあ、こういう場合は、いつも通り、その場の流れに乗らせてもらおう。
 ほら、人の期待にはこたえておいたほうがいいって言うし。

55: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:36:02.73 ID:4VTMtEH9o
019
 後日談と言うか、今回のオチ。
 翌日、いつものように二人の妹、火憐ちゃんと月火ちゃんに優雅に起こされたかったの
だが、この日はそんな夢のような状況を味わうことができなかった。
「…………」
          ・ ・ ・ ・
 くそ……昨日あんな事があったから癒されたかったのに……。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 痛んだ全身を無理やりに起こす。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 やたら右腕が痛いので、引き抜いてみると、カッターの刃が骨にまで到達していた。
              ・ ・ ・ ・ ・
 怒ったからと言ってこんなことをするひたぎちゃんもひたぎちゃんだが気付かなかった
僕も僕である。
 さすがにこれで学校に行くのはちょっとあれなので一応全身を検査してみたところ、シ
ャー芯が五十六本、鉛筆の芯が二十四本、ロケット鉛筆の弾が三十二本、ホッチキスの針
が七十八本、カッターの刃が十七個が、全身から見つかった。
 どうやら、人類史上初の同級生に何度も殺された高校生に僕はなってしまったようであ
る。高校生でなくてもいてたまるかと思うけれど。そして僕個人的に、初めて吸血鬼にな
ってよかったとも思う瞬間だった。
           ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 何はともあれ、生き残れたのだ。

56: 名無しさん 2011/08/16(火) 11:36:33.62 ID:4VTMtEH9o
 とにかく、月曜日。何のイベントもありえない、最悪の平日。しっかりと朝ご飯を食べ
て、学校へと向かう。ひたぎちゃんも今日から出席しているはずだと思うと、ママチャリ
のペダルを漕ぐ足も、とてつもなく重くなる。そんななか、道中、まだそんなに距離を稼
いでいない下り坂で、よたよたと歩いていた女の子と衝突しそうになって、僕はブレーキ
をかけた。
 前髪の短い、眉を出したツインテイル。
 大きなリュックサックを背負った女の子だった。
「あ……、阿良々木さん」
「やあ、真宵ちゃん……何してんの?」
「あ、いえ、何と言いますか」
 女の子は、戸惑いの表情を見せてから、照れ笑いを浮かべる。
「えーっとですねっ、わたし、阿良々木さんのお陰で、無事に自縛霊から浮翌遊霊へと出世
しましたっ。二階級特進というわけですっ」
「へえ……」
 そんなルールがあったのか。まあ、そんなのもありなのかもしれない。
 ともあれ、そのことは積もる話もないではなかったが、とりあえず出席日数のことを常
に考えるべき立場にある僕としては、遅刻しないように学校へ行かなくてはならなかった
ので、ここでは二、三、言葉を交わすだけに留め、「んじゃ」と、サドルに跨り直す。
 そこで言われた。
「あの、阿良々木さん。わたし、しばらくはこの辺り、うろうろしていると思いますから
――」
 その女の子から、そんなことを。
「見かけたら、話しかけてくださいね」
 だから、まあ。
 きっとこれは、戯言抜きで、とてもいい話なのだろう。

Mayoiusi is Very GOOD END. 
Mayoi Maimai is the END.