1: 名無しさん 2016/10/05(水) 00:56:06.41 ID:s9Lbk9F1O
19世紀末ロンドン
ある男娼少年のお話です

少年「10シリング、確かに受け取りました」チャリン

男「ヘヘヘ……。じゃあ、いいだろう? ほら早く……」ニヤニヤ

少年「……うん、いいよ、お好きにどうぞ」

……
…………
………………

男「今日も最高だったよ」

男「キミくらい綺麗な男の子、なかなか居ないからねぇ……」

少年「ありがとう。……また来てください」ニコ

男「ヘヘ……また来るよ」ニヤニヤ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1475596566

引用元: ・男娼少年「汚い街だなぁ……」

2: 名無しさん 2016/10/05(水) 00:58:18.96 ID:s9Lbk9F1O
少年「ハァ、最悪」

少年「あのおじさん、喋り方が気持ち悪くて嫌いなんだよな」

少年「ハァ……」

少年(男娼なんて、もう辞めたいんだけどなぁ)

少年(でも、これ以外に生きる方法知らないし……)

少年(これ以上に簡単に稼げる仕事もそうそうないんだよなぁ)チャリン

少年「たまには散歩でもしよ」

……
…………
………………

キーンコーンカーンコーン

少年「ん。ビッグベンの鐘の音」

少年(この音、落ち着くなぁ)

ゴーンゴーンゴーン

少年(まだ3時か。さすがに街も静かなわけだ)

少年「さすがに歩き回ってるような人はいな――」

??「おい、そこの!!」

少年「っ!」ビクッ

少年(ひ、人の声……?)クルッ

??「お前、画家の知り合いはいるか?」

3: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:02:36.35 ID:s9Lbk9F1O
少年(ジンジャー――赤毛――で、僕と同じくらいの男の子……?)

少年(――画家の知り合いだって?)

少年「……いない」

少年(ウソだけど)

赤髪「マジか!」ガクッ

赤髪「はぁ、まあいいや」

赤髪「俺、赤髪っていうんだけど」

少年「僕は少年。あの……なんで、こんな時間に?」

赤髪「仕事さ!」ニッ

少年(赤毛、そばかす、汚い身なり……)ジーッ

少年(同職……なワケないな)

少年「仕事って、どんな?」

赤髪「あ、正確には仕事場へ向かう途中なんだけど」

赤髪「牛乳配達と電報の配達夫。装飾具と靴の工場も。それがない日は溝攫いと煙突掃除と靴磨き」

赤髪「あと、ガス・メーターの……って、どうしてそんな目見開いてんの」

少年「だ、だって……」パチクリ

4: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:03:47.75 ID:s9Lbk9F1O
少年(ここはイースト・エンド――治安の悪い貧民街)

少年(労働者は多いけど、ここまで働き詰めな人は珍しい気がする)

少年(僕と、同じくらいの年なのに)

赤髪「あっ! 俺がめちゃくちゃ働き者だから驚いた?」

少年「(コクコク)」

赤髪「ハハハッ! こんなもん、フツーだぜフツー」ニッ

少年「そ、そうなの……?」

赤髪「そ。明日のご飯と――夢のため、だからな」

赤髪「これでも週1ポンドが精々なのが、ちょっと悲しいけど」

少年(1ポンド。僕の仕事1、2回分と同じか……)

赤髪「お前、何かいい仕事知ってたら教えろよ」

少年「……うん」

……
…………
………………

5: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:05:24.64 ID:s9Lbk9F1O
キーンコーンカーンコーン

赤髪「お! また会ったな」

少年「……偶然だね」

少年(ウソだけど。本当は待ち伏せしてた)

赤髪「昨日聞き忘れたけど、お前は何でこの時間に?」

少年「えーっと……散歩」

少年(今日の場合、これは本当のはず)

赤髪「へえ。いい趣味だな」

赤髪「霧に覆われた道も、灯の消えたガス灯も……」

赤髪「この誰もいない雰囲気だって、すごく良いよな」

キーンコーンカーンコーン

少年「あと、ビッグベンの鐘の音もね」

赤髪「ハハハ! 忘れてた」

ゴーンゴーンゴーン

6: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:08:15.45 ID:s9Lbk9F1O
少年「あのさ、昨日言ってた夢って」チラ

赤髪「知りたい? 知りたい?」ニッコリー

少年「……。食い気味な返事だね」

赤髪「引くなよ。夢だろ、俺の夢」

赤髪「俺、画家になりたいんだ」

少年「!」パチクリ

赤髪「何だよ、その目。貧困層の泥ひばりが夢見ちゃ悪いってか」ジトー

少年「ち、ちがう!」

少年「こんな所で……、皆、その日生きるのに精一杯なのに」

少年「赤髪は夢の為に頑張ってるって……。なんか、ビックリして」

赤髪「褒めてるのか?」ニッコリー

少年「いや、……べつに」

赤髪「何だよ!」


少年「君の一週間の稼ぎって、1ポンドだっけ」

赤髪「おう」

赤髪「稼ぎが少ないのは、俺がまだ見習いだからナメられてるってだけで」

赤髪「俺の仕事への真剣さは――」

少年「そういうのは聞いてない」

赤髪「フン、何だよ。急に俺の稼ぎなんか聞きやがって」

少年「んー……」

少年「……なんでもないよ」ニコッ

7: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:10:45.43 ID:s9Lbk9F1O
少年(仕事や生活に必要なお金は確保して……)チャリンチャリン

少年(残ったお金は30ポンドか)

少年(なぁんだ、僕って超お金持ちじゃん)ニッ

コンコン

少年(あ、ヤバっ! 今日お客来るんだった)ガサガサッ


「入っても良いかね」コンコンコンコン


少年「は、はい!」

ガチャ

少年「ごめんなさい。……ちょっと、準備してて」ニコッ

男性「大丈夫だ」

男性「画材を運ぶから、手伝ってくれるかね」

少年「はいっ」ニコニコ

ガタン ガタガタッ


男性「それでは、そう。右腕を少し引いて」

男性「布を足に絡ませて」

男性「ウム。それでいい。そのまま動かぬように」

少年「……」

少年(ハァ。このおじさんも嫌いだな)

少年(僕を"男娼"として買うくせに、絵のモデルにするんだもん)

少年(何もしなくていい分、楽ではあるけど)


男性「フム、それでは又来月に」

少年「……はい」ニコッ

男性「ウム、それでは」

少年「はい。……お待ちしています」

8: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:13:55.80 ID:s9Lbk9F1O
……
…………
………………

少年「僕をモデルに?」

赤髪「おうっ! お前、よく見れば綺麗な顔してるし」

少年(僕が綺麗、ねぇ……)


"キミくらい綺麗な男の子、なかなか居ないからねぇ……"


少年(……)

赤髪「だめか?」

少年「ううん! 大丈夫」

赤髪「ヨッシャー!」

少年「で、どこで描くの? 戸外は嫌だよ、僕」

赤髪「えっ!?」

少年「戸外のつもりだったとか言わないよね」

赤髪「ハハハ! え、えーと……」アセアセ

赤髪「俺んち……は、駄目だし」

少年「駄目なの?」

赤髪「色々あるんだよ」

少年「へぇ……。じゃ、僕の家で描く?」

赤髪「いいのか!」パァッ

少年「構わないよ。じゃ、馬車呼ぼうか」

赤髪「ええぇ!? お前散歩に馬車使ってたのか!?」

ガタンガタンッガタンガタンッ

赤髪「すげー! 馬車すげー!」キラキラ

少年(二輪馬車くらいで、よく喜べるなぁ)チラ

赤髪「馬車乗ったことないから超感動」キラキラ

少年「乗ったことないの!?」

赤髪「俺の場合、自分で走った方が早いんだよ」ニッ

少年「あぁ……。なるほど」

ヒヒーン

馭者「8ペンスです」

少年「はい」チャリン

9: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:16:25.12 ID:s9Lbk9F1O
少年「ここ、僕の家」

赤髪「フラット(集合住宅)の一室を一人で? すごいな、お前」

少年「そんな事ないよ」

少年(このフラットに住んでる人は、皆娼婦か男娼だもの)

赤髪「んじゃ、お邪魔しまーす」

少年「どうぞ」

赤髪「おう。なんか家具少なくね?」

少年「……ゴチャゴチャしてるの嫌いなんだ」

少年(本当は、客が来るとき物があると邪魔だからだけど)

少年「でも、あっちの部屋はちゃんとした生活スペースになってるから」

少年「椅子持ってくるね。ちょっとまってて」ガタガタ

少年「で、モデルってどんなポーズとればいいの? ヌード?」

赤髪「えっ! いや、脱がないでくれ」

少年「ふぅん」

赤髪「その服のままで、ベッドに座って」

少年「うん」

赤髪「壁の方にもたれ掛かって。あ、それでいい」

赤髪「そのまま動かないでくれるか? スケッチなので時間は掛からないから」

少年「大丈夫」

少年(いつも来る画家の人のおかげで慣れてるし)


赤髪「よし、出来た」

少年「見せてもらってもいい?」

赤髪「ん、恥ずかしいけど」カサッ

少年「……」

赤髪「無言やめろよ」

少年「思ってたより上手だったから」

赤髪「まじか! ありがとな」

少年「うん。他にもポーズとろうか?」

赤髪「いいのか? じゃあ次は――」

10: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:18:43.05 ID:s9Lbk9F1O

赤髪「ありがとうな!」

少年「こちらこそ」

少年「今度、正式に肖像画をお願いしてもいいかな」ニコッ

赤髪「うん」

赤髪「って、えええ!?」

少年「僕からの依頼じゃダメ?」

赤髪「い、いや、俺まだ素人だし」

少年「君に描いてもらいたいんだよ」

少年「必要な画材が無いなら、僕が揃えるよ。いくら?」

赤髪「画材はある! 自分の持ってくる!」アセアセ

少年「じゃ、制作費だけか。10ポンド?」

赤髪「そんな貰えねえよ! 友達なのに!」

少年「……」キョトン

少年("友達"……)

赤髪「普通に知らない人からの依頼でも、俺なら、多くても10シリングが妥当だよ」

少年「今ギニー金貨(1ポンド1シリング)しかないや。倍額になっちゃうけど、いい?」

赤髪「うーん」

少年「いいから受け取って!」グイッ

赤髪「うぉっ」

赤髪「これは、半端なモン描けなくなったなあ……」

少年「頑張ってね」ニコッ

11: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:42:36.06 ID:s9Lbk9F1O
少年(街の灯がレンガ道を照らしてく)

少年(ハァ……。夜って嫌いだ)

「少年クン、いるかい?」コンコン

少年(……。今日は仕事したくないな……)

「おや、いないのかな……」

少年(……)ギュッ

「少年クン、いないのかい?」

少年「ハァ……」

ガチャッ

少年「ごめん、ちょっと寝てました」

貴族「少し来るのが早かったかな」

少年「ええ、まぁ……」

貴族「どうしたんだい? 今日は元気がないと見える」

少年「……ううん、大丈夫」ニコッ

少年「そういえば、今日の新聞に貴族さんが載ってましたよ」

貴族「あの低俗なデイリー誌か」

少年「ふふっ、やっぱり偉い人なんだなって思いました」

少年「そんな偉い人がこんな所に入り浸っているのがバレたら……」

貴族「ハッハッハ!君は誰かに密告したりはしないだろう」

少年「……ええ」ニコッ

貴族「ほら、ギニー金貨だ」

少年「……いつも、ありがとうございます」

12: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:45:46.04 ID:s9Lbk9F1O
赤髪「ふぅ……ふぅ……」ガチャガチャ

少年「あ、赤髪!?」パチクリ

少年「その画材、全部担いで持ってきたの?」

赤髪「ば、馬車を使うより……ふぅ……楽だからな」ドサッ

少年「ああっ! 倒れたっ!!」


赤髪「ごめんな、来てすぐ絵描くつもりだったのに」

少年「いいよ。それより、自分の事大切にして」

赤髪「はは、そうだな」ニッ

少年(今まで気付かなかったけど、彼、体が細い)

少年(健康そうに見えて、きっとご飯も食べてないんだ)

少年「……今朝の余りで、パンとベーコンがあるんだ。食べる?」

赤髪「そんなのいいって」

少年「ていうか食べて。君ってば木の枝みたいな体してるよ」クスクス

赤髪「ムッ。お前は贅沢しすぎの貴族みたいだぜ」

少年「さすがにそこまでじゃない!」

少年(昨日の貴族のおじさんみたいな体型とか、ゾッとする……)

少年「ほら、パンとベーコン。紅茶も」

赤髪「ありがとう」

赤髪「美味っ! 美味っ!」ガツガツ

少年「……」ニコニコ

少年「食べ終わったら描いてね」

赤髪「おう! 任せろ」モグモグ

13: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:47:00.15 ID:s9Lbk9F1O
少年「ポーズってどんなのがいい?」

赤髪「お前が依頼人なんだから、お前が決めていいよ」

少年「君が決めてよ。良い構図とか知ってるのは画家の方でしょ」

赤髪「うーん、じゃあ、どんな肖像画にしたい?」

少年「どんなって?」

赤髪「例えば、カッコつけた感じがいいとか、今の自分をそのまま描いて欲しいとか」

少年(今の僕、か)

少年(今の僕は、君の隣に居られて嬉しい)

少年(なんてね)

少年「あ! あのさ、僕の隣に君を描くことってできる?」

赤髪「えぇ!?」

少年「勿論、その分増えた材料費とかは出すから……」

赤髪「お金はいらない! できるけど、俺でいいのか?」

少年「いいよ。……君の隣なら、僕の美しさも際立つもん」クスクス

赤髪「そういう魂胆か!」

少年(勿論、嘘だけどね)

少年(本当は……本当は。今の僕と君を、君の手で形に残して欲しかった)

赤髪「んじゃ、そこの窓際で談笑してる姿とかどう?」

少年「いいよ」

赤髪「疲れたら言ってくれよ。じゃ……」

14: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:47:37.42 ID:s9Lbk9F1O
赤髪「日が暮れてきたな。今日はここまででいいか?」

少年「大丈夫。ねぇ、ちょっと見ていい?」

赤髪「ん。まだ下描きだけど」

少年「あ、すごい……。僕と君だ」

赤髪「そういう注文だったからな」

少年「すごい! これ、どれくらいで完成するの?」キラキラ

赤髪「早ければ1ヶ月くらいには……。それまで、毎日来ても?」

少年「えっと……そうだな、夕方くらいまでに帰ってくれれば」

赤髪「分かった!」

少年「あと、君の家と僕の家って結構離れてる?」

赤髪「割と」

少年「それなら、往来には馬車を使って。1クラウン(2シリング6ペンス)で足りるかな」チャリ

赤髪「え……」

少年「君が毎日倒れちゃったら、絵が完成するまで何年もかかっちゃうよ」

少年「もちろん"友達"としても心配してる。遠慮しないで、さぁ」チャリン

赤髪「そういうことなら。ありがとな」

少年「余ったら好きな物買って。それじゃ、また明日」

赤髪「おう!」

15: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:49:42.62 ID:s9Lbk9F1O
少年「いらっしゃい」

男「へへへ……久しぶり」ニヤニヤ

男「ほら、10シリング。さあ早く……」ニヤニヤ

少年「待って!」

少年「……僕、もうこの仕事やめようと思ってるんだ」

男「!? そんな! おれ、キミがいなくちゃ何も」

少年「1回10シリングでは……やっていけないんだ」

少年「……近々、孤児院へ入ろうと思ってる」

男「ま、待ってくれ! いくらならいいんだ!?」

少年「そんなの聞いたって……」

男「10ポンドか!? 今日、ちょうど給料が出たんだ」

少年「ダメだよ。そんな値段じゃ、毎日来てくれないでしょ」

男「じゃあ、2ポンド! 1回2ポンドで、毎日来てあげるから」

少年「本当に? 本当の本当に?」

男「ああ!」

少年「それなら僕……ずっとここにいるよ」

男「ああ、良かった……。おれ、キミがいないと、もう……」

少年「……僕も、おじさんがいないと……。ありがとう。大好きだよ」

男「へへへ……ほら、2ペンスさ。ほら、これでいいだろう?」ニヤニヤ

少年「うん、いいよ」

少年(全部嘘だけど、騙されてくれてよかった)

男「いつ見てもキミは綺麗だ……」

少年(この人は唯の商人だから2ペンス)

男「へへへ……」

少年(貴族のおじさんからは、幾ら貰えるかな……)

16: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:54:03.86 ID:s9Lbk9F1O
赤髪「よ!」

少年「こんにちは」

赤髪「お前、今日疲れてない?」ジー

少年「え! ……き、昨日、なかなか寝付けなくて」

少年(おじさんがなかなか帰ってくれなかったから……)

赤髪「ふぅん? あ、今日ビスケット持ってきたぜ」

少年「本当だ! フォートナムズのだね。僕これ好きなんだ」キラキラ

少年「でも良かったの? 君ひとりで食べなくて」

赤髪「ばーか。馬車代のお礼だよ」

赤髪「そのままお金返したって受け取らないだろ」

少年「うん、正解」クスクス

少年「……」モグモグ

赤髪「……」モグモグ

少年「美味しい。いつもの倍は美味しいや」

赤髪「そりゃよかった」

少年(君がいるおかげかな、なんて)

17: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:54:56.77 ID:s9Lbk9F1O
赤髪「お前、他に好きな物あるか?」

少年「好きなもの? うーん……」

少年「ビスケットでしょ。紅茶も好き。あとは」

少年「君の事も」ニコッ

赤髪「俺ビスケットと同列かよ!」

少年「あー! 僕のビスケット愛知らないな?」

赤髪「知るかよ!」

少年「僕ほどビスケットを愛している人間はいないね」

赤髪「どんだけ好きなんだよ。そんなら、土産は毎日ビスケットでいいか」

少年「うん。ビスケットと君ね」

……
…………
………………

赤髪「それじゃあ、今日もこのくらいで」

赤髪「下描きも終わったから、明日から色付けできるよ」

少年「楽しみにしてるね。はい、馬車代」

赤髪「おうっ! また明日な!」

少年「うん」

18: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:57:03.24 ID:s9Lbk9F1O
少年(君が帰る頃、次第に街は人工の灯に包まれ出す)


少年(まるで、本当の僕を照らし出すみたいな……)

少年(忌々しい、汚い街の灯が)

少年(そうすると……、僕の仕事の時間だ……)

少年(君には何も見えていないんだろうな……。街の灯も、僕の本当の顔も)

少年(僕は……君に盲目のままでいてほしい……)

少年(……知ってほしくない……)ギュッ

コンコン

少年(あぁ、もう客が来た)

コンコンコン

少年「はい、ちょっと待って……」

ガチャッ

赤髪「あ、少年……」

少年「!」ビクッ

19: 名無しさん 2016/10/05(水) 01:59:02.17 ID:s9Lbk9F1O
少年「赤髪! な、なんで、帰ったハズじゃ……!?」

赤髪「ごめん、帰ってから少し色付けしておこうと思ったんだけど」

赤髪「ここに道具忘れちゃってたみたいでさ」

少年「え、あっ、本当だ……とってくる」

少年「はい! 今度から忘れないでね。じゃ……」

赤髪「少年? 何でそう追い出そうとしてんだ」

少年「してないよ」

赤髪「いや、だってお前」

少年「いいから! 馬車代無くなったの? ほら、あげるから」チャリ

赤髪「おい……」

20: 名無しさん 2016/10/05(水) 02:00:00.37 ID:s9Lbk9F1O
少年「もういいでしょ! 早く、早く帰って……」

少年(でないと、客が来ちゃう……!)

赤髪「……そうかよ」

赤髪「絵だけど、下描きは出来たからもうモデルは要らない」

赤髪「だから明日からは来ない。ちゃんと完成はさせるから安心しろ」

赤髪「馬車代は返す。今まで貰った分も、あとで返すから」

少年「あ……っ……」

赤髪「それじゃあ」

パタン

少年「……」

少年(怒った……? 僕が、追い出そうとしたから……?)

少年(『明日からは来ない』)

少年(……それなら、昼からでも客がとれるな)

少年「……はは……」

26: 名無しさん 2016/10/05(水) 19:02:59.63 ID:swEtPUujO
貴族「やあ、少年クン」

少年「貴族さん……」

貴族「どうしたんだい、そんな顔をして」

少年(言うことは、昨日と同じ……『お金がなくて孤児院へ』って)

少年(それから、払ってくれるお金を増やしてもらうんだ)

少年(だけど、僕がお金を求めるのは……)


"これでも週1ポンドが精々なのが、ちょっと悲しいけど"


少年(……)

少年「……何でもないよ」

貴族「そうか。では、1ギニー……」チャリ

少年「いいよ、そんなの」グイ

貴族「ん?」

27: 名無しさん 2016/10/05(水) 19:03:59.12 ID:swEtPUujO
少年「いつも余分に貰ってるし。これからはタダでいいよ」

貴族「や、それはしかし……」

少年「……貴族さんが好きだもん」

貴族「う、うむ……」ゴクリ

少年「ほら、いいよ。好きにして」

貴族「……」ガバッ

少年(ああ、気持ち悪い)

少年(こんな嘘ついて……)

少年(何してるんだろうな、僕)

少年(でも、もうなんでもいいや)

少年(彼と僕の絵、本当に完成するのかな……)

28: 名無しさん 2016/10/05(水) 19:06:40.43 ID:swEtPUujO
キーンコーンカーンコーン

ゴーンゴーン

少年(午前2時……)

少年(貴族さんが帰ってから2時間か)

少年(何にもしたくないや……)

コンコン

少年「!」ガバッ

少年(まさか、赤髪……)

ガチャッ

男「やあ」

少年「え……男、さん」

少年(あ、そうか、毎日来るって……)

29: 名無しさん 2016/10/05(水) 19:08:16.09 ID:swEtPUujO
男「約束通り今日も来たよ。さぁ、2ペンスだ」

少年「いらない」

男「え?」

少年「もう、いいんだ。タダでいい」

少年(だって、赤髪はもう……)

男「だけどそれじゃ、君は」

少年「……ここの大家さんが、全部面倒見てくれるって」

少年「……孤児院へはいかなくて済むよう、食事も家賃も」

少年「だからいいんだ。……男さんの事大好きだもん」

少年(もちろん、全部嘘だ)

男「へへ……そ、そうか……」

少年「今まで、お金のせいでなかなか来られなかったんでしょ?」

少年「……いつでも来ていいよ。朝も昼も夜も」

男「えぇ?! いいのかい? へへ、へへ……」ニヤニヤ

少年(気持ち悪……)

……
…………
………………

30: 名無しさん 2016/10/05(水) 19:09:40.07 ID:swEtPUujO
ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン

男「それじゃ、店を開けてこなくちゃ……」ゴソゴソ

少年「行っちゃうの?」ギュッ

男「いや、へへへ……」

男「今日は休みにするかな……」ニヤニヤ

少年「……ん」

男「服着ちまったなァ……」ニヤニヤ

少年「また脱げばいいよ」スルッ

コンコン

少年「?」

男「おや? おれ以外の客か?」

少年(朝5時……こんな時間には誰も来ないはず……)

コンコンコン

男「少年ちゃん、服着た方がいいんじゃないかい?」

少年「うん……」

少年(あれ。僕、鍵掛けたっけ)

コンコンコンコン

「おーい、少年ー!」

少年「!」ビクッ

男「子供の声か?」

少年(こ、この声……赤髪だ!)

「いるのか? あけるぞー」

少年(は、早く鍵かけ……っ)バタバタッ

ガチャ

31: 名無しさん 2016/10/05(水) 19:13:55.87 ID:swEtPUujO
赤髪「少……年……?」

少年「っ!」ビクッ

赤髪「な……」

赤髪「どうしたんだ、服脱げてるぞ」

少年「……か、帰って!」

赤髪「待てよ、何があったんだ?」

少年「いいから!」

赤髪「ん?」

赤髪「おい、少年、あいつ何なんだよ……」

少年「何でもないから、お願い……」

赤髪「何でもない!? だったら何でお前の服が脱げていて、あいつは裸なんだよ!」

32: 名無しさん 2016/10/05(水) 19:18:14.43 ID:swEtPUujO
赤髪「おい! お前、少年に何した!?」グイッ

男「何って、そりゃあ……」ニヤニヤ

少年「違う、違う……っ」

男「少年ちゃーん! 君の友達か? このジンジャーは?」

少年「違う、僕、僕は……」

赤髪「そうだよ! 俺は少年の友達だよ! 何したってんだ、言ってみろ!!」

少年「違う……! 違う……っ!」

男「何だよ、ジンジャーちゃん」

男「男娼に手ェ出して、悪いってか?」

赤髪「え――」

少年「男さん!!!!」

少年「男……さん、お店、開けてきなよ、ね?」

男「……」

少年「ごめん、なさい。僕の友……友達が」

少年「絶対、埋め合わせはするから、お願いします」

男「埋め合わせ? ヘヘ、楽しみにしてるよ……」ニヤニヤ

赤髪「……」

少年「……」


パタン

36: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:24:23.89 ID:C1vj7INAO
少年(客が帰ってから何分も経ったのに、僕も彼も声を発しない)

少年(怒った? 気持ち悪いと思われた?)

少年(怖い。僕はどういう風に見えてる?)

赤髪「少年」

少年「……」

赤髪「少年!!」

少年「っ」ビクッ

赤髪「……。べつに、返事はいらない」

赤髪「これは独り言だからな」

赤髪「俺、お前は上流階級の家の息子かなって思ってた」

赤髪「すげー金持ちだったし。馬車代とか絵の依頼料とか」

赤髪「自分で稼いでいるなんて、到底考えつかなかったよ」

少年「……」

少年「軽蔑、した?」

赤髪「ああ」

少年「……そっか。そうだと思ったよ」

少年(嘘だ。本当は、それでもいいよって言って欲しかった)

少年「……」

赤髪「ふっ」

37: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:25:18.23 ID:C1vj7INAO
赤髪「はははははっ!」

少年「!?」

赤髪「ひーっ! ふふふ、はは! あっはっは!!」

少年「え……。え?」キョトン

赤髪「ふふっ、はは、だって、お前、ひーっ! あはは!」

少年「な、何! 何で笑ってんのさ!」

赤髪「お前……ふふっ」

少年「怒るよ!?」

赤髪「ごめんごめん!」

赤髪「お前、嘘つくとき一瞬黙るだろ。その癖やめたほうがいいぞ」

少年「え?」

少年(一瞬黙る? 僕が嘘をつくとき?)

赤髪「『そうだと思ってた』わけじゃないだろ?」

少年「ま、待ってよ。知ってただって? じゃ、今までの嘘も……」

赤髪「何で嘘をついたのかは知らなかったよ。でも、嘘ついてる事自体は分かってた」

38: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:27:22.11 ID:C1vj7INAO
赤髪「隠すため、だったんだな」

少年「うん……」

少年「嫌いになった?」

赤髪「こんくらいで嫌いになんねーよ」

少年「でも、軽蔑したって」

赤髪「お前のやってる仕事にはな」

赤髪「お前は、何があっても俺の友達」

少年「僕の仕事……、男娼……」

赤髪「自分を大切にしろって前言われたけど、そのまま返すぜ」

少年「僕、気持ち悪い?」

赤髪「あー……」

赤髪「なんだろ、ほら、びっくりはした」

赤髪「こう、俺には想像つかない世界っつーか」

赤髪「俺はこんなナリだから、その……男娼……とかはできないけどさ」

赤髪「それでも、靴磨いたり煙突掃除して必死に生きてるんだよ」

赤髪「お前にとっても、生きるために仕方なかったんだろ。金稼ぎとしてさ」

少年「僕、さっき、お金貰ってない」

赤髪「はぁ!?」

39: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:28:12.81 ID:C1vj7INAO
少年「じ、自分でも、何やってたんだろって。ヤケになったっていうか……」

少年「ごめんなさい」

赤髪「なんで俺に謝るんだよ」

少年「……」

赤髪「うーん……」

赤髪「俺も、仕事とは別に趣味で靴磨きとかするし。そういう事だろ?」

少年「それとは違――」

赤髪「てか、そういう事にしてくれ」

少年「う、うん」

少年(僕は最低な人間なのに)

少年(なんとか僕を理解してくれようとしてる?)

少年「――あのね」

少年「僕、お客の人たちは好きじゃないよ」

赤髪「?」

少年「だけど僕、君のことは――」

40: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:29:35.23 ID:C1vj7INAO
少年「優しいところ、元気なところ、笑い声がうるさいところ」

少年「その赤毛も、そばかすも、青い瞳も、汚れた手も」

少年「好きだよ。君が大好き。心からそう言える」

赤髪「……やめろよ」

少年「真っ赤になってる」ニコニコ

赤毛「うるせー」

……
…………
………………

41: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:43:53.73 ID:C1vj7INAO
ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン

赤髪「お前、これからも男娼続けるの?」

少年「だめ?」

赤髪「『だめ?』って。駄目だろうが、普通に」

赤髪「聞いた話だけど、そういう仕事してると長生きできないんだって」

少年「それでいいよ。無駄に長生きしたって……」

赤髪「アホか! 友達に死なれる方の気持ち考えろよ!」

少年「で、でも……」

赤髪「なんだよ?」

少年「でも僕、ずっとこれで生きてきたんだもん」

赤髪「あ……」

少年「今よりも子供だった頃、両親がいなくなったんだ」

赤髪「いなくなった?」

42: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:44:36.65 ID:C1vj7INAO
少年「僕を売ったんだ。娼館に。すごく安いお金でね」

少年「幸い、僕は綺麗だったみたい。だから……」

少年「今より小さな頃からずっと……。それでお金を貰ってたよ」

少年「ある日、嫌になってね。娼館を逃げ出した」

少年「でも、靴磨きも煙突掃除も、何一つ上手くできなくて、お金も稼げなくて」

少年「僕は何にも出来ないんだって思って……」

少年「それから、こうなっちゃった」

赤髪「少年……」

少年「男娼を辞めちゃったら。貯金はあるけど、それが尽きれば路頭に迷う」

少年「君みたいに器用じゃないんだ。君みたいには生きられない」

赤髪「俺、ごめん。何ていうか……」

少年「いいよ、いいんだ。ね、君、仕事はいいの?」

赤髪「済ませてから来たよ。早く会って謝りたかったんだ」

43: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:45:46.17 ID:C1vj7INAO
赤髪「あん時、嫌われたのかと思った。そんで腹立てて」

赤髪「だけど! お前とはずっと友達でいたかったから、謝りに来た」

赤髪「ごめん、少年……」

赤髪「ごめんな……気づけなくて。友達なのに」

少年「ううん。いいんだ」

少年「僕……、僕は……っ」

少年「きみ、君とっ、ひっく……、ずっと……」

赤髪「……おう」

少年「友達で……っ、いっしょに、いたくって……っ!」

赤髪「ああ」

少年「だけど、こんな……っ、こんな仕事……っ」

赤髪「……」

少年「ぼく、ぼく……っ!」

少年「こんな、僕は、きみの隣にはいられないかもって……!」

赤髪「そんな事、ないよ」

少年「赤髪……」

44: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:46:42.49 ID:C1vj7INAO
少年「ぼく……っ、ずっと」

少年「怖かった、寂しかった……っ!」

赤髪「ん……」

少年「ごめんなさい……、ぼく、ごめんなさい……っ!」

赤髪「……だから、何で謝るんだよ」

少年「ううっ、ぼく……、うそ、ついた! いっぱい……」

赤髪「気にすんなって」ギュッ

赤髪「俺ら、友達だろ」

少年「うん……っ」

少年「おねがい。もっと……、もっと強く抱きしめて、おねがいっ……」

赤髪「……」ギュッ

少年「……っ、ううっ……」

赤髪「……」

何も言わず、僕を抱きしめてくれた彼の腕は

とても細かったし、汚れていたけど

何よりも、優しかった。


45: 名無しさん 2016/10/06(木) 22:48:48.18 ID:C1vj7INAO


赤髪「俺さー」

赤髪「こんな赤い髪だし、そばかすだらけだし、身なりも汚いし」

赤髪「ジンジャーって揶揄われる自分が嫌いだったんだよな」

赤髪「お前には分からないだろうけど」

少年「……うん」ズビッ

赤髪「肯定すんなよ」

赤髪「ま、だからさ、好きって言ってもらえて……」

少年「舞い上がるくらい嬉しい?」

赤髪「あー! やっぱなんでもねえ!」

少年「えへへ……」

赤髪「……やれやれ」

赤髪「あ、そうだ。お前、男娼辞めたら行く場所はないんだろ?」

少年「もちろん」

赤髪「そうか。それなら簡単だ」

赤髪「お前、うちに来ればいいんだよ」

48: 名無しさん 2016/10/07(金) 19:03:20.95 ID:x3Y0ILgxO
ガタンガタンッ

少年(そういえば、赤髪について何も知らなかったなぁ……)

少年(家。"いろいろあって"人を呼べない家……だっけ)

少年(それに、働き詰めなきゃいけないくらい困窮している家?)

少年(ていうか)

少年「馬車なのになかなか着かない!」

赤髪「俺んちウエスト・エンドだもん」

少年「はぁ!?」

少年(僕の家はイースト・エンド。つまりロンドンの東側)

少年(で、ウエスト・エンドはロンドンの西側……つまり真反対)

少年「ウエストエンドから走ってきてたの!? 画材も持って!?」

赤髪「いい運動――」

少年「そりゃ倒れるよ、馬鹿!」

少年「ていうか、ウエスト・エンドに住んでるならそこで働きなよ!」

49: 名無しさん 2016/10/07(金) 19:04:50.83 ID:x3Y0ILgxO
赤髪「あんな所で働いてみろ! あそこは上流階級のヤツばっかだぜ!?」

赤髪「貴族ってのは文句しか言わないんだぞ!? 精神疲労で死ぬわ!」

少年「毎日何千ヤードも走るよりマシだよ! 馬鹿、馬鹿!」

赤髪「だから、走るくらい何とも――」

少年「ただでさえ不健康な体なのに余計な運動を毎日! 死ぬよ?!」

赤髪「……」

少年「……」ハァ、ハァ

赤髪「今度から必ず馬車使う」

少年「それでよし」ニコッ

50: 名無しさん 2016/10/07(金) 19:05:51.11 ID:x3Y0ILgxO
ヒヒーン

馭者「半クラウンです」

少年「はい」チャリン

赤髪「……そのカバンの中、全部お金?」

少年「ん? そうだよ。全部で60ポンドある」

赤髪「5年は働かずに暮らせるな……」

少年「5年? 相当節約しなきゃね」クスクス

ギィ……

赤髪「入りなよ」

少年「門!? す、すごい。豪邸だ」

赤髪「あー、これはなぁ……」

「赤髪いぃぃーーっっ!!!!」

少年「!」ビクッ

赤髪「いつもの事だよ」

赤髪「はいはーい、今いきまーす」タッタッタ

赤髪「君もおいで」

少年「う、うん……」

51: 名無しさん 2016/10/07(金) 19:07:45.55 ID:x3Y0ILgxO
赤髪「師匠! 今帰りましたー」

少年「"師匠"?」

少年(って、あの人は……!!)

男性「赤髪! お前今日の仕事は配達だけだと――」

男性「ん!? き、君は!!」

赤髪「?」

少年(やっぱりそうだ! この人)

少年(僕のお客で、僕をモデルにする画家だ!!)

男性「どうしてここに? 赤髪と知り合いなのかね!?」

少年「そ、そうです。でも、何で男性さんと赤髪が……」

男性「赤髪は私の弟子だ。ここに住まわせている」

赤髪「師匠、少年? なんだ、知り合いなのか?」

少年「えっと……」

男性「いかにも。私は彼を買っていたのだ」

赤髪「はぁ!? 師匠、こいつに何か――」

少年「違うよ赤髪! この人は、僕を絵のモデルとして買ってたんだ」

赤髪「……モデルとして……?」

52: 名無しさん 2016/10/07(金) 19:09:00.52 ID:x3Y0ILgxO
男性「左用。赤髪は弟子としては優秀だが、モデルとしてはね」

少年「ふふっ」クスクス

赤髪「な、何だよ」

男性「街角に立ち客引きする少年を見て、声を掛けたのだ」

男性「男娼をしていると言うから、それと同じ値段でモデルを頼んだ」

男性「無論、手は出していない」

赤髪「え、じゃあ、やっぱり――」

赤髪「師匠が倉庫に隠している絵のモデルって、少年だったのか……」

男性「ウム。何故私の倉庫に無断で入ったのかは後で聞こう」

赤髪「あっ!」

少年「ドジ」クスクス

赤髪「でもお前、画家の知り合いはいないって言ったよな!?」

少年「嘘だよ」

赤髪「なんだよー!!」

53: 名無しさん 2016/10/07(金) 19:10:24.84 ID:x3Y0ILgxO
少年(ああ)


"お前、画家の知り合いはいるか?"


少年(だから赤髪は僕に声をかけたのか)

男性「して赤髪。何故少年を連れてきたんだね?」

赤髪「師匠」

赤髪「こいつをここに住まわせてください!!」

少年「お、お願いします!」

男性「ウム……」

男性「いいぞ」

赤髪「あっさりすぎる!」ガーン

男性「無論、家事雑用をする事と絵画モデルになる事が条件だがな」キリッ

少年「! ありがとうございます……!!」

赤髪「師匠! マジありがとうございます!」

男性「ウム」


54: 名無しさん 2016/10/07(金) 21:54:17.46 ID:el+3tjyPO


少年(こうして、僕が彼らと生活を共にするようになってから時間が経った)

少年(こんな立派な家なのに赤髪が働いていたのは)

男性「自分の為の金は自分で稼げ。生活費は入れろ」

少年(という教えのもとらしい。それもそのはず)

赤髪「美味い! 肉うまい!! このケジャリーもうまい!!」ガツガツ

少年(赤髪はそこそこ食べるから)

少年(多分、食費だけで相当使っている)

少年(ロクなもん食べてないんじゃ……って心配してたのに、拍子抜け)

少年(食事量に運動量が優ってるから、痩せていただけみたい。変な話だなぁ)

少年「馬車を使うようになってから、少し太ったよね?」

赤髪「それは言うな、少年!」

少年(ま、健康が一番かな)

55: 名無しさん 2016/10/07(金) 21:55:24.79 ID:el+3tjyPO
少年(僕の方はというと)

男性「少年、モデルを頼む」

少年「はい」

少年(家事手伝いと、絵のモデルをしている)

少年(どうやらモデルを他人に頼むのも結構お金がいるらしく――ていうか僕もお金とってたし)

男性「いつもすまないね。非常に助かっているよ」

少年(お金は貰えなくても、結構楽しんでる)

少年(あと、赤髪の絵)

赤髪「あともう少しで完成だーっ!」

男性「馬鹿弟子め。筆致が荒すぎる。もっと描き込まねば、これが人間だと誰もわからないぞ」

少年(厳しい師匠のせいでもう少しかかりそう)

少年「僕はこの感じも好きだよ」

赤髪「サンキュー少年!」

赤髪「ほら師匠! もう写実主義だのの時代は終わったんですよ!」

男性「過去の芸術を重んじない時点で芸術家としては終わりだ。グズグズ言わず描け」

少年(正直、完成までは何年かかってもいいかな)

少年(毎日表情を変えるキャンバスを見るのは楽しいから)

少年(そして……僕の前の仕事について)

56: 名無しさん 2016/10/07(金) 21:56:22.53 ID:el+3tjyPO
少年(男さんへは、今までの感謝の手紙と、嘘で貰った1ポンド分のお金を送った)

少年(それ以外のお金は、ちゃんとやることやったから返さなくていいと判断)

少年(一応、これが埋め合わせって事にしておこう)

少年(もうひとりの常連だった貴族さんは……)

少年「あ」

貴族「あ」

少年(なんと散歩中に会ってしまった)

少年(ウエストエンド――上流階級の街――にいれば、そりゃ会っちゃうよね)

貴族「おや、はは……。君か」

少年「はい。あの、僕」

貴族「分かっているよ。今まですまなかった」

少年(なんで謝るんだろうと思った)

貴族「最後に会った日……、お金を渡していなかったな」

少年「僕がそう言ったんです。気にしないでください」

貴族「そうはいかない。いつも通り1ギニーだ。払わせてくれ」グイッ

少年「……。ありがとうございます」チャリッ

貴族「あの仕事は、もう辞めたんだろう」

57: 名無しさん 2016/10/07(金) 21:57:08.25 ID:el+3tjyPO
少年「はい。あの、ごめんなさ――」

貴族「いや、いい。こちらこそすまない」

貴族「ああいった事から足は洗ったよ。キミのおかげだ」

貴族「また会ったとしても、その時は他人同士だ。いいね?」

少年「はい、分かってます」

貴族「それでは。今までありがとう」

少年「こちらこそ、ありがとうございました」

少年(この時の言葉は嘘じゃなかった)

少年(気持ち悪いと思っていた貴族さんも、その時は正真正銘の紳士に見えたんだ)

……
…………
………………

58: 名無しさん 2016/10/07(金) 21:57:53.17 ID:el+3tjyPO
コンコン

「誰だ? 入っていいぞー」

ガチャ

少年「僕だよ」

赤髪「あぁ、少年か」

少年「触っていい?」

赤髪「は!? ちょっと待て、触る!?」

少年「いいから」

赤髪「よかねーよ!」

赤髪「どこだ!? どこを触るんだ!?」

少年「んー?」

少年「手だよ、手」

赤髪「手? それならいいけど」

少年「どこだと思ったの?」

赤髪「聞くなよ!」アセアセ

少年「やらしー」

少年「……」スッ

赤髪「急に手なんて。どうした?」

59: 名無しさん 2016/10/07(金) 21:58:56.06 ID:el+3tjyPO
少年「なんとなく、見たくなって」

少年「やっぱり君の手は綺麗だね」

赤髪「怪我だらけだし絵の具まみれだぞ?」

少年「うん。かっこよくて綺麗な手」ニコ

少年「僕の手は――」

少年(怪我なんてない。赤ちゃんみたいな情けない手だ)

赤髪「俺はお前の手が羨ましいよ」

少年「やめてよ。こんな汚い手」

赤髪「汚くない」グイッ

赤髪「お前は――お前の手も、お前の心も――綺麗だ」

少年「……っ」

少年「また泣いちゃうよ?」

赤髪「お前って泣き虫だよな」

少年「誰のせいだと思ってるの」

赤髪「さあな」

少年「嫌じゃなかった?」

赤髪「は? またどうした急に」

60: 名無しさん 2016/10/07(金) 21:59:52.95 ID:el+3tjyPO
少年「だって僕、男娼だったんだよ」

少年「触られたくないなーとか、思わないわけ?」

赤髪「なんでだよ」

少年「君に触るこの手で、知らないおじさんの事も――」

赤髪「……昔の話だろ」

少年「でも」

赤髪「少なくとも、今の俺には今のお前しか見えてない」

赤髪「昔何やってたとしても、お前は今、普通の人間だろ」

少年「赤髪……」

少年「――キスしていい?」

赤髪「はぁ!?」

少年「したことないんだ」

61: 名無しさん 2016/10/07(金) 22:00:38.93 ID:el+3tjyPO
赤髪「え、は、マジ?」

少年「娼婦のおばさんがね、キスだけは大切な人としなさいって」

少年「律儀に守っててよかった」

少年「ね、してもいい?」

赤髪「駄目だろ馬鹿!」

少年「真っ赤」クスクス

赤髪「ちょ、近づいてくんな――」



チュッ



赤髪「っ――!!」

少年「ふふっ」クスクス

赤髪「な、な――」

64: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:12:25.69 ID:fFjE5TBRO
少年「馬鹿だなぁ。口にするわけないじゃん」クスクス

少年「『額の上は友情のキス』だよ。覚えててね」

赤髪「お、おまえなぁ!」

少年「口がよかった? 君って結構いやらしいんだね」

赤髪「お前が変な言い方するから!」

少年「君も、キスは大切な人とするんだよ」

少年「ガールフレンドとか……って、いないか」クスクス

赤髪「マジお前、怒るぞ!」

少年「こわーい」クスクス

少年(照れくさくて、つい誤魔化しちゃう)

少年(ただ、本当の本当は、すごく嬉しいんだよ)

赤髪「なんだよ! ビックリしたじゃんか!」

少年「ふふっ、ごめんね」

少年(君と出会えてよかった)

……
…………
………………

66: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:51:54.70 ID:fFjE5TBRO
少年「気になってたんだけど」

赤髪「ん?」モグモグ

男性「どうしたんだね、少年くん」

少年「赤髪は何故ここに住んでいるの?」

少年「赤髪と男性さんに血の繋がりはないよね」

赤髪「そうだよ。俺もともと親と離れて救貧院にいたし」

少年「そうなんだ」

男性「そこを私が拾ったのだよ」

少年「どうしてですか?」

赤髪「俺、救貧院の壁にラクガキする趣味があってさ」

少年「掃除する人にとってはいい迷惑だね」

男性「ハッハッハ! それを見た私が、彼の腕を見込んで我が家へ迎え入れたのさ」

赤髪「でも、こき使われっぱなしだぜ? 救貧院で労働生活の方が良かったかも」

男性「フン、どの口が言う」

少年「ふふふっ」クスクス

67: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:52:45.59 ID:fFjE5TBRO
赤髪「ま、でも――」

赤髪「そんな風に誰かが救ってくれる瞬間って、きっとあるはずだからさ」

赤髪「どれだけつらくても、諦めちゃだめだよな」

男性「……突然ポエミーだな」

少年「ですね。詩人へ転向するのかな」

赤髪「冷やかすなよっ!」

少年「だって、ねぇ」クスクス

男性「だな」ハハハ

赤髪「うぅ……。このポーチドエッグ美味い」モグモグ

少年「それ僕の手作り」

男性「ハッハッハ。少年くんは料理が上手いな」

少年「そんな事ないですよ」

68: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:53:12.88 ID:fFjE5TBRO
赤髪「そうだぜー。俺だって料理くらいできるぜー」

少年「自分で獲ったうなぎのゼリー寄せでしょ」

赤髪「なんでわかるんだよ!」

男性「あんな物は二度と食べたくないな」

赤髪「師匠ひどいっす!」

少年「ふふっ」

少年(あぁ、なんか僕)

少年(すごく幸せだなぁ……)


69: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:54:19.53 ID:fFjE5TBRO


赤髪「おーい、少年ー!」

少年「何? 僕洗い物してるんだけど」

赤髪「いいからいいから。こっちこいよ!」

少年「もう……。君のせいでディナーの皿が増えてるんだからね」テクテク

赤髪「急げ急げ!」

赤髪「見てみろよ。窓の外」

少年「ん? 一体何があるって――」

少年「……!」

赤髪「この家、結構高い場所にあるんだ」

少年「そっ……か」

赤髪「イーストエンドまで見渡せるとは、俺も思わなかったけど」

少年「うん……」

赤髪「な、すごいだろ?」

少年(街灯の光に包まれ、人々が行き交う、東西の街……)

70: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:55:39.93 ID:fFjE5TBRO
少年「――すごい」

赤髪「へへっ、俺も初めて気づいたよ」

少年「ねぇ、君にも見えてる? この街の灯が、僕のことが」

赤髪「俺は盲目じゃないぜ」

赤髪「ちゃんと見えてるさ」


"聞いた話だけど、そういう仕事してると長生きできないんだって"


もしかすると、僕の命もそう長くはないのかもしれないね。

この街の灯のように、明日の朝には何もなかったかのように消え去っているのかも。

だけど、君が隣にいてくれるのなら――


少年「ねぇ、赤髪」


何だって、怖くはないや。

71: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:58:02.73 ID:fFjE5TBRO
僕を照らす街の灯も。

まだ分からない未来も。


少年「僕にもちゃんと、見えているよ」


行き交う人々。

あの中に、僕みたいな人もいるのかな。

美しい世界に怯えて、美しい街の灯に怯えてしまう人が。


ねぇ、赤髪。盲目なのは僕の方だったんだよ。


少年「ちゃんと、ちゃんと見えてるよ……」

72: 名無しさん 2016/10/08(土) 19:58:30.57 ID:fFjE5TBRO



だって、この街は、この世界は――




少年「綺麗な街の灯が」





美しく輝いている。





-END-