1: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:43:15.797 ID:TxQG0qSQD
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    穂積しおり(40) 専業主婦

    【エアロビの女たち】

    ホーッホッホッホ……。」

引用元: ・喪黒福造「例えば、エアロビクスでもなさってみたらどうです?」 専業主婦「エアロビ……ですか」

3: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:45:42.518 ID:TxQG0qSQD
朝。住宅街。家から出るサラリーマンの夫と、小学校高学年の息子。

塀の前では、中年になりかけた女性が立っている。

しおり「いってらっしゃーーい!!」

テロップ「穂積しおり(40) 専業主婦」

夫と息子を見送った後、家の中に入るしおり。

しおり「フーーーッ……」

居間。つけっぱなしのテレビ。しおりは机の下で横になる。

しおりのモノローグ「私は平凡な専業主婦だ」


回想するしおり。

しおりのモノローグ「大学卒業後、私は会社で事務として働いていた」

とある企業。机に向かってパソコンを操作する制服姿のしおり。

4: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:47:56.710 ID:TxQG0qSQD
しおりのモノローグ「合コンで、私はある企業の正社員の男性と出会った」

とある居酒屋。男性たちと女性たちが机に向かい、酒を飲みながら談笑している。

とある大企業社員の若い男性――穂積雅彦と、仲良く話をするしおり。

夜。酔っ払った雅彦としおりが、肩を組みながら道を歩いている。


しおりのモノローグ「私は、その男性と結婚し……」

結婚式。ウェディングケーキを大型のナイフで切る雅彦としおり。

しおりのモノローグ「1年後に、男の子を無事に出産した」

ある病院。安らかな表情で赤ん坊――優真を抱くしおり。


しおりのモノローグ「現在、夫は大企業で課長として真面目に働いている」

とある企業。受話器を取り、取引先と電話をする雅彦。

テロップ「穂積雅彦(41) 某大企業課長」

5: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:50:07.044 ID:TxQG0qSQD
しおりのモノローグ「息子は小学5年となり、しっかりした子に育ってくれた」

とある小学校。授業中の教室。先生の質問に対し、勢いよく挙手をする優真。

テロップ「穂積優真(11) 小学5年生」


場面はしおりの家に戻る。

しおりのモノローグ「私は平凡ながらも、ささやかな幸せを味わっているように見える」

掃除機を持って、家の中を掃除するしおり。

しおりのモノローグ「しかし、専業主婦というのは本当に退屈だ……」

台所で皿を洗うしおりの後ろ姿。


昼。居間。テレビの映像。うつろな表情で、テレビドラマを見つめるしおり。

家の中で口論をする夫役の俳優と、妻役の女優。

夫役の俳優「俺はお前を見損なった!!お前とはもう離婚だ!!」

驚いた表情で、夫役の俳優を見つめる妻役の女優。テレビの画面に「続く」の字幕が映される。

6: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:52:17.804 ID:TxQG0qSQD
しおり「ファ~~~」

大あくびをし、横になるしおり。テレビから、ドラマのエンディングテーマが流れる。

目を閉じたまま、眠り込むしおり。何かのコマーシャルを流すテレビ。


画面はワイドショーの映像に切り替わる。挨拶をする司会者と女性アナウンサー。

司会者と女性アナウンサー「こんにちは。『アフタヌーンライブ』です」

眠ったままのしおり。

女性アナウンサー「まず、今日の話題はこちらから……。夫を殺害し、保険金を騙し取ったとして……」
            「神奈川県に住む主婦の女性が警察に逮捕されました」

テレビの画面。ジャンパーで顔を隠した状態で、警察に連行されるある主婦。

しおりは眠り続けており、テレビの音声が耳に入っていないようだ。


住宅街の中を歩く喪黒福造。喪黒は、塀の門の前で立ち止まる。塀には「穂積」の表札が見える。

7: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:54:28.313 ID:TxQG0qSQD
ドアチャイムを押す喪黒。ピンポーーーーン!!チャイムの音を聞き、しおりは目を覚ます。

しおり「はい、穂積です!!」

玄関の外へ出て、喪黒と対面するしおり。塀の前の門が開く。

しおり「どなたですか?」

喪黒「私はこういう者です」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。

しおり「ココロのスキマ、お埋めします!?」

喪黒「私はセールスマンです。ただし、他のセールスマンとは一味違っていますが……」

しおり「セールスマン?悪いですが、うちは……。必要なものは、ほぼ揃っていますから……」

喪黒「いえいえ……。私のセールスは、一銭のお金も要りません」
   「せめて、お話だけでも聞いていただけたら……」

しおり「仕方ありませんねぇ……。じゃあ、話を聞くだけにしておきますから……」

家の中へ喪黒を招き入れるしおり。

8: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:56:39.194 ID:TxQG0qSQD
居間。机に向かって会話をする喪黒としおり。

喪黒「今の時代の日本は、周りがモノで満たされているように見えます」
   「しかしながら……。人々の心は満たされておらず、誰もが何かしらの寂しさを抱えています」
   「だから、私はその心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」

しおり「そうですか……。変わったお仕事ですね……」

喪黒「奥様。見たところ、あなたも心にスキマがおありのようですよねぇ?」

しおり「いいえ……。私は悩みなんかありません。今の生活には不満など何もありませんし……」

喪黒「果たして、そうでしょうか?いえ……、決してそうではないはずです。なぜなら奥様……」
   「今のあなたの生活は……。毎日家事を行い……。テレビを見ては横になり……。家族のために食事を作る……」
   「いつもその繰り返しですから……。退屈極まりないでしょう!?」

しおり「そ、そんなことは……」

喪黒「しかも……。年を取るにつれて、身体の調子も衰えますから……。家事をするのも一苦労になりがち……」

しおり「失礼なことを、おっしゃらないでください!私はまだ若いですよ!」

喪黒「果たして、本当に心の底から……。そう感じていらっしゃるのですかねぇ?」

9: 名無しさん 2018/09/23(日) 20:59:36.944 ID:TxQG0qSQD
しおり「そ、それは……」

喪黒「日々の退屈さを克服できて……。しかも、若いころのような健康な身体と美を保ち続ける……」
   「これは……。専業主婦の女性にとってはまさに、理想的な年の取り方とも言えます」

しおり「え、ええ……。確かにそうだけど……。そんなことできるのは、ごくわずかな人ですし……」

喪黒「奥様、あなたにもできます。毎日、適度な運動を心がければいいんですよ」

しおり「適度な運動……ですか。確かに、普段の私は運動不足ですからねぇ……」

喪黒「そのために、今の奥様にピッタリなものを紹介しようと思います」

喪黒は、しおりに一枚のチラシを渡す。

しおり「これは……」

喪黒「フィットネスクラブの案内状ですよ。この中から、お好きなメニューをお選びすることができます」

しおり「うーーーーん……」

喪黒「奥様……。例えば、エアロビクスでもなさってみたらどうです?」

しおり「エアロビ……ですか」

10: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:01:55.446 ID:TxQG0qSQD
喪黒「エアロビクスは身体にいいですよ。なぜなら、エアロビは有酸素運動ですから、脂肪を燃焼させてくれます」
   「しかも、心肺機能も向上させてくれますし……。全身の持久力も高まって、あらゆる面で健康に効果があります」

しおり「へぇ……」

喪黒「それだけでなく……。エアロビは誰でも気軽にできて、楽しめる運動です」
   「音楽に合わせて身体を動かすから、飽きることはありません。退屈の解消にもなり、生きがいもできます」

しおり「そうなんですか……」

喪黒「奥様。今のあなたには、間違いなく打ってつけだと思いますよ」

しおり「うーーーーん……。もう少し、考えてみます」

喪黒「じっくり考えて、結論を出してくださいよ。では、私はこれで……」

しおりの家を立ち去る喪黒。


夜。浴室。身体をバスタオルで覆ったしおりが、体重計の上に立っている。

しおり「うわあっ!!私、思ったよりも太ってる……」

11: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:05:02.631 ID:TxQG0qSQD
体重計から降りて、がっかりしたような表情になるしおり。

しおり(今の私は、中年のおばさんなんだ……。もう、若くないんだ……)

しおりの頭の中に、昼間の喪黒の声が思い浮かぶ。

(喪黒「奥様……。例えば、エアロビクスでもなさってみたらどうです?」)

しおり(エアロビ……ね。今の私には、ちょうどいいかもしれない……)


翌日。喪黒から貰ったチラシを頼りに、街の郊外を歩くしおり。

しおり「ここだ……」

フィットネスクラブ「キャピタルスポーツ」。建物の中に入り、受付の男性と話をするしおり。

受付の男性「館内のご利用は?」

しおり「は、初めてです……」

受付の男性「どのような目的で、ご利用になりますか?」

しおり「あ、あの……。実は私、エアロビクスを習ってみようと思って……」

12: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:07:20.336 ID:TxQG0qSQD
エアロビ教室。部屋の中で、音楽に合わせて踊る女性たち。彼女たちの衣装は、Tシャツ、ズボン、運動靴だ。

ぎこちない動きながらも、見よう見まねで女性たちに合わせて全身を動かすしおり。

しおり(エアロビって、レオタードを着てやるものかと思っていたけど……)
    (最近じゃあ、意外と軽めの服装でやってるんだ……)

参加者たちが集まる中、ひときわ目立つのはインストラクターの女性だ。彼女の顔には、小型マイクが装着されている。

引き締まった身体、整った顔立ち、生き生きした表情……。ショートヘアのボーイッシュな中年女性だ。

テロップ「槇村ひとみ(46) エアロビクスインストラクター」

しおり(この人、かっこいい……)

ひとみの方を見つめながら、顔を赤らめるしおり。


ある日。「キャピタルスポーツ」から出るしおり。いつの間にか、彼女の側に喪黒がいる。

喪黒「やぁ、穂積さん」

しおり「あ……、喪黒さん。あなたも、ここでスポーツを習っているんですか?」

喪黒「いいえ……。今日の私は日帰り入浴をするために、たまたまここへ寄っただけですよ」

13: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:09:25.432 ID:TxQG0qSQD
BAR「魔の巣」。 喪黒としおりが席に腰掛けている。

しおり「喪黒さん。エアロビクスを習うようになってから、今の私は毎日が楽しいものになりました」

喪黒「よかったですなぁ、穂積さん」

しおり「生きがいもできましたし、身体の調子も以前より良くなりました」

喪黒「それだけではないでしょう……。穂積さん、今のあなたは前よりも若々しく見えますよ」

しおり「そ、そうですか……?」

喪黒「間違いなく……。エアロビクスはあなたの心と身体に、いい意味で効果をもたらしたはずですよ」

しおり「ええ……。それは確かに言えます。何よりも、かっこよくて優しいインストラクターの先生が……」
    「私に対して手とり足とり指導してくれるんです……。この人に対してなら、私は心を許せますし……」

話をしながら、顔を赤らめるしおり。

喪黒「ひょっとして、穂積さん……。あなた、インストラクターの人に恋をしているのですか?」

しおり「い、いえ……。私はそんな……。私には、夫と子供がいますから……」

14: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:11:49.033 ID:TxQG0qSQD
喪黒「そうです、それでいいのですよ。何しろ、今の穂積さんは一家の主婦なのですから……」
   「あなたには……。家族を支える縁の下の力持ちという、大事な役割があるのですよ」

しおり「え、ええ……。それは十分、分かっていますよ……」

喪黒「だったら、穂積さん……。あなたには、私と約束していただきたいことがあります」

しおり「約束!?」

喪黒「はい。エアロビ教室のインストラクターと深い関係になってはいけません」
   「主婦としての生活を大切にした上で……。あくまでも、ほどほどにエアロビ教室と関わるべきなのです」

しおり「わ、分かりました……。喪黒さん」


さらにある日。スーパーから出るしおり。彼女の両手には、食べ物が入ったレジ袋が握られている。しおりの後ろから声がする。

ひとみ「あの……。もしかして、あなた……。穂積さんじゃないですか?」

しおり「槇村先生……」

一緒に道を歩くしおりとひとみ。

しおり「私、先生のことを尊敬しているんです。あんな風に、年を取っても輝き続けることができたらいいな……と」

15: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:14:30.442 ID:TxQG0qSQD
ひとみ「年を取っても輝き続ける……ですか。それが、そうでもないんですよ……」

しおり「え!?一体、どういうことなんです!?」

ひとみ「私は夫とは長年、仮面夫婦としての生活を続けています。だから、今の私は心が全く満たされていません」

しおり「そうですか……。大変ですね……」

ひとみ「あと……。あなただから、話そうと思っていたことがありますが……。実は私……、ビアンなんですよ」

しおり「何ですって!?」

ひとみ「……とはいっても、バイセクシャルですよ。まあ、男性よりも女性の方にときめきを感じますけどね……」

しおり「そ、そんなこと急に言われても……」

ひとみ「穂積さん、実はあなたもそうでしょ?だって、あなた……。エアロビ教室ではいつも……」
    「私の方を見つめながら、顔を赤らめているのですから……」

しおり「わ、私はそんな……」

ひとみ「隠さなくてもいいですよ。穂積さん。あなたも、夫との普段の生活に退屈さを覚えているはずでしょ?」

しおり「ええ……。まあ……」

16: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:17:07.195 ID:TxQG0qSQD
1か月後、夜。ラブホテル街。とあるホテルの前に、しおりとひとみが手をつないで立っている。

ひとみ「私、この日をずっと待っていました……。あなたと愛し合えるこの日を……」

しおり「先生、私もですよ……。今日は夫が出張中ですから……」

客室。ガウンを身にまとったしおりとひとみ。机の上には、ふたが開いた大きめの缶ビールがある。

缶の中のビールを口に含み、しおりに口移しをするひとみ。しおりもまた、ビールをひとみに口移しする。

ビールを全て飲み終えた2人は、そして……。真っ暗になる画面。


ホテルを出て、手をつなぎながら歩くしおりとひとみ。2人の目の前に……喪黒が姿を現す。

喪黒「穂積しおりさん……。あなた約束を破りましたね」

しおり「も、喪黒さん!!」

喪黒「私はあなたに忠告しました。エアロビ教室のインストラクターと深い関係になってはいけない……と」
   「にも関わらず、穂積さんは……」

しおり「す、すみません……!!でも、槇村先生にだって辛い事情があるんですから……」

17: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:20:23.832 ID:TxQG0qSQD
喪黒「弁解は無用です。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」

喪黒は、しおりとひとみに右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

しおり・ひとみ「キャアアアアアアアアアアア!!!」


1週間後。ある大企業。壁には、掲示物とともに写真が数枚貼られている。しおりとひとみが裸のまま、ベッドで熟睡する写真が――。

壁にある例の卑猥な写真を見つめる社員たち。自身の妻のあられもない写真を見つめ、怒りで身体が震える穂積雅彦。

「キャピタルスポーツ」。エアロビ教室の入口のドアにも、例の写真が数枚貼られている。写真を見つめ、驚愕するしおり。

しおり(な……、何これっ……!!)

レッスンは普段通り行われるものの……。冷たい目つきの参加者たち。憎しみの表情の槇村ひとみ。後ろめたそうな表情のしおり。


夜。穂積家、居間。しおりを詰問する雅彦と優真。机の上には、あの例の卑猥な写真が数枚置かれている。神妙な表情になるしおり。

雅彦「お前とは離婚だ!!とっとと、この家から出て行け!!」

優真「僕、これからはパパと一緒に暮らす。あんたなんか、僕のママでも何でもないから!!」

18: 名無しさん 2018/09/23(日) 21:23:55.823 ID:TxQG0qSQD
電話機の前にいるしおり。しおりは受話器を耳に当て、ひとみと通話をしている。

ひとみ「あんな写真を教室に貼りつけるなんて……。あなたがそういうことをする人だとは、夢にも思わなかった!!」

しおり「先生……、それは誤解です!!」

ひとみ「言い訳はよして!!穂積さん、もうエアロビ教室に来ないでちょうだい!!私、あなたとは2度と会いたくない!!」

受話器から電話が切れる音が、しおりの耳に聞こえる。ガチャッ!!ツーーー……、ツーーー……、ツーーー……。

受話器を握りしめたまま、へなへなと床に座り込むしおり。彼女はそのまま泣き崩れる。

しおり「ウ……、ウウウ……。ウワアアアアアアア……!!!アアアアアアアア……!!!」


フィットネスクラブ「キャピタルスポーツ」の前にいる喪黒。

喪黒「そもそも……。人間もまた動物である以上、身体を動かす何かしらの仕組みを誰もが持ち合わせています」
   「しかしながら……。文明の発達で便利な世の中になるにつれ、人々は運動をする機会が次第に減っていきました」
   「人間の身体は、全く使わないでいると必ず衰えますし……。身体の衰えは、心の状態にも負の影響を与えがちです」
   「従って……。適度な形での運動は、人間の身体と心を保つための必要不可欠なメンテナンスとも言えましょう」
   「まあ、それにしても……。穂積しおりさんと槇村ひとみさんの『夜の運動』は、さぞお熱いものだったのでしょうねぇ」
   「オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―