524: :2018/12/09(日) 19:47:24.09 ID:
~~~~ 


女騎士「...まるで迷宮だな」 


魔剣士「あァ...地図がねェと、どうしようもねェな」 


女騎士の前髪は汗でぺったりとしている。 

魔剣士を支えながら、かなりの時間を彷徨っているのが伺える。 


魔剣士「...悪ィ」 


女騎士「...このくらいどうということはない」 


本当は片腕が乳酸でパンパンだというのに。 

女騎士は顔色を変えずに、平然と嘘をつく。 


魔剣士「クソッ...まるで光魔法が身体の中に宿っているみてェだ...」 


女騎士「...やはり、そうか...お前ほど症状はひどくないが、そのような感覚がするんだ」 


女騎士「もしかして...この施設全体に光魔法が宿っているのか?」 


魔剣士「...光魔法が関与しているのはありえるがよォ」 


魔剣士「さっきも言ったが俺様が感じるのはこの施設からじゃなく、身体の内からだァ」 


魔剣士「そもそも、光魔法は希少だ...この施設全体に宿らすってなるとォ...」 


魔剣士「それができる人物は限られるぜェ? それでこそ女勇者が────」ピクッ 


魔剣士が可能性を否定しようとした瞬間、あることを思い出す。 

女勇者、彼女は神によって選ばれたと伝えられている、勇気ある者。 


魔剣士「...拉致られたんだよなァ?」 


女騎士「...あぁ、まさか...そうなのか!?」 


魔剣士「この俺様をここまで抑えられるんだァ...可能性は高いぞ」 


女騎士「...」 


魔剣士「この施設全体に云々はともかく、女勇者が関与してる可能性は高いなァ」 


女騎士「...この施設にいるかもしれんな」 


魔剣士「敵側に寝返ってなければいいけどなァ...今の状態だと瞬殺されるぞ」 


女騎士「良くて洗脳だろ...どちらにしろ戦闘にならなければいいが」 


魔剣士「とにかく、急ぐしかねェ...きゃぷてんたちと合流しねェとまずい...」 


女騎士「あぁ、それに彼らも丸腰だろう...この武器を渡さなければ」 


~~~~ 

525: :2018/12/09(日) 19:48:35.90 ID:
~~~~ 


隊長「────なぜここにいる」 


その発言にはあらゆる感情がこもっていた。 

ただならぬ雰囲気に、魔闘士は困惑する。 


魔闘士「...知り合いか?」 


???「はて、知らないな」 


魔闘士「黙れ...質問の相手はこっちだ...」 


隊長「...」 


魔闘士「おい...どうした?」 


魔闘士の質問には答えない。 

隊長は質問に答えられる精神状態ではなかった。 


???「...自己紹介でもするかな」 


研究者「ここでは研究者と名乗っているが、君はこっちのほうが知りたいみたいだね」 


研究者「過去の名前は────」 


聞き取ってしまう、かつて追い求めた犯罪者の名前。 

マッドサイエンティスト、狂気の研究者。 

間違いない、奴だ。 


隊長「────なぜここにいるんだあああああああああああッッッッ!!!!!」 


怒声にしか聞こえない、その質問。 

怒り、憎しみが含まれるその声にはもう1つ意味があった。 


隊長「お前のような奴がァッ! なんでこの世界に居やがるッッ!!!」 


研究者がいない、奴の実験によって喪われた人たちがいない世界。 

この異世界は、罪もない子どもや女性が奴の意味不明な実験台にされていない世界などと勝手に思っていた。 

つみ木の城を壊された子どものように、叫ばないと崩壊してしまいそうだからであった。 


研究者「...あぁ、もしかして私を追っていた特殊部隊の誰かか?」 


魔闘士「...お前が言っていたのはこいつか!?」 


隊長「お前ぇ...なぜこの世界にィ...ッ!?」 


研究者「さぁね、気づいたらこの世界にいたんだ...10年前くらいにね」 


隊長が追ってきた10年間は無残にもたった一言、あっさりとした一言で無駄に終わってしまった。 

当然だった、異世界にいる犯罪者を捕まえることは不可能。 

怒りのボルテージがさらに上昇する。 
526: :2018/12/09(日) 19:51:09.45 ID:
隊長「ふざけるなァ...お前が殺した子どもたちの親は、どのような気持ちで過ごしているか────」 


研究者「────知らないね、私はやりたいことをやるだけだ」 


研究者「自由の国で自由にやってなにが悪い、そのためにアメリカの国籍を獲得したんだよ」 


隊長の頭の中でなにかが切れる音が通った。 

過去の被害者、そして自分自身の無念が隊長の身体に纏わりつく。 

復讐に襲われる、彼の感情はすでに爆発していた。 


隊長「────ッ!!!」ダッ 


魔闘士「──落ち着けッ!! お前らしくないぞ!」 


隊長「──止めるなッッ!!」 


研究者「いや、止まりなね」スッ 


白衣の懐から、あるものを取り出してきた。 

それは大男が所持することを許される、大型のリボルバー拳銃。 

科学者にありがちな細い腕で、絶大な威力を誇る銃を突きつけてきた。 


魔闘士「あれも、あの武器と同じものか...」 


隊長「...FUCKッッ!!!」 


研究者「それ以上動くと撃つからね...さて、本題に入ろうか」 


研究者「実は異世界から来た...という話はもう要らないね」 


研究者「それじゃあ、こっちを見てもらおうか」 


魔闘士「...これは...硝子の壁か?」 


研究者「そう、硝子...本当はミラーガラスといって向こう側からは可視できない壁なんだけど」 


隊長「────お前ェ...ッ!!」 


そしていち早く隊長は気がついた。 

この硝子の向こう側にある物体、またも怒りを誘うものであった。 

非現実的で超科学的な代物に魔闘士は質問を投げかけるしかなかった。 


魔闘士「...あれはなんだ?」 


研究者「あれは生体ユニット...大きな試験官って思ってくれていいよ」 


研究者「よく見てご覧、君の身体が抑えられている原因だよ」 


魔闘士「...? どういう...ッ!?」ピクッ 


研究者「気づいたみたいだね...って、おや?」 


~~~~ 
527: :2018/12/09(日) 19:52:19.09 ID:
~~~~ 


女騎士「────嘘だろ」 


その光景をみた女騎士の瞳は濁っていた。 

それも当然、かつての仲間と再会できたのだから。 


女勇者「────」 


謎の液体が入った大きな試験管に彼女は存在していた。 

身体のあちこちに管が埋め込まれ、とてもじゃないが生命を感じるものではなかった。 


魔剣士「女勇者...やっぱりいたかァ、いやそれよりも...」 


魔剣士がひやりと汗を垂らす。 

彼ほどの者が焦る理由、それは女勇者の番犬に見つめられているからであった。 


女騎士「...さっきの光魔法を使うドラゴンか」 


魔剣士「そうだなァ...差し詰め、"光竜"とでも名付けるか」 


光竜「グルルルルルルルル...ッッ」 


魔剣士「これ以上動いたら、襲ってくるだろうなァ...」 


女騎士「...おい、あれって」スッ 


女騎士が指を指す、別の試験官だ。 

女勇者の衝撃に囚われてか、見えていなかったものがようやく目に入る。 


魔剣士「──あれは俺様の魔剣ッ!?」 


光竜「──ッッ」ピクッ 


女騎士「大きな声をたてるな...あいつに刺激を与えないほうがいいぞ」 


魔剣士「あァ...すまねェ...だが、あれがあれば...」 


女騎士「...なんとかできるのか?」 


魔剣士「...」 


迂闊にこの状況を打破できると言ってしまえば、嘘になるかもしれない。 

身体の自由は奪われ、満足に魔力も使えないこの現状。 

彼は深く葛藤する、軽く言える言葉ではなかった。 


女騎士「...もう一度言うぞ」 


女騎士「なんとかできるのか?」 


これは彼女なりの足掻きだった。 

先ほど彼らを完膚なきまで叩きのめした光竜と対峙してしまった以上、ほぼ詰み。 

もう魔剣士の言葉にすがるしかなかった。 
528: :2018/12/09(日) 19:53:23.36 ID:
魔剣士「...」 


魔剣士「...あァ、できる」 


長い沈黙の末に口を開く、その重すぎる責任を彼は背負う。 

いつも背負っている魔剣よりも、遥かに重たいこの代物を。 


女騎士「...私が取ってこよう」 


魔剣士「あァ...頼んだぞ」 


女騎士「ここで...待ってろ」 


支えていた魔剣士の肩を、ようやく開放する。 

それと同時に魔剣士が静かに腰をついた。 

1人身となった女騎士、身体に若干の違和感が残るけれども身軽にはなった。 


女騎士「さて...どうするか」 


光竜「グルルルルルルルルル...ッ」 


魔剣士「あいつの警戒が強いぞ、既に跳びかかってきてもおかしくはない状況だァ」 


女騎士「...まず、武器を選択だな」 


音を立てずに、持っていた武器をソーっと床に置く。 

あるのは、アサルトライフル、ショットガン、手榴弾、ナイフ。 

魔剣士が申し訳程度にもっているハンドガンは端から眼中になかった。 


女騎士「...これとこれだな」スッ 


選ばれたのはナイフとアサルトライフルであった。 

最も、女騎士は隊長がショットガンと手榴弾を使用している場面に遭遇していない。 

使い方がわからない、消去法による選択だった。 


女騎士「...行ってくる」 


魔剣士「...頼んだ」 


ついに、足を動かしだす。 

まずは試験官の近くへ行かなければならない。 

光竜の様子を伺いながら移動を開始する。 
529: :2018/12/09(日) 19:55:04.33 ID:
光竜「グルルルルルルルルルル...ッッ」 


女騎士(...見られている...目で追われている) 


女騎士(だが...まだ襲ってこない...なぜだ?) 


光竜に睨まれながら、着々と進んでいく。 

驚くほどにすんなりと、事が進む。 


女騎士(...ついた) 


女騎士(さて、どうやってあれを取ろうか) 


試験官は少し高い場所に設置されている。 

少し不安定だが、試験管を支えている細い管を登れば辿り着けそうな高さだった。 


女騎士(武器は背負うしかないな...今は襲わないでくれ...っ!) 


アサルトライフルを背負い、管を支えに。 

身体の倦怠感、鎧という重り、そして光竜による威圧感。 

それらも背負いながら、健気に登っていく。 


魔剣士(...順調だなァ、このままうまくいってくれ) 


光竜「グルルルルルルルルルルル...ッッ」 


魔剣士(にしても...なんであいつは襲わねェんだァ...?) 


魔剣士(まるで...調教された犬みてェだな) 


???≪あー、マイクテスト≫ 


魔剣士が推理を進めた矢先、聞いたことのない音声が聞こえる。 

頭に軽くキンと響く、とても不快な音だ。 


魔剣士「...なんだァ?」 


???≪待たなくていい、やれ≫ 


その指示、まるで調教された犬。 

この竜には竜としての威厳は全く無く、知性は失われていた。 

待ての指示を忠実に行う畜生、そしてその褒美は目の前に。 


光竜「──ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」 


~~~~ 
530: :2018/12/09(日) 19:57:00.32 ID:
~~~~ 


研究者「...調教したはいいが、どうも要領が悪いのが玉に瑕だね」 


隊長「お前ェ...!!!」 


魔闘士「──下衆がッ!」 


研究者「動くと撃つよ...さぁ、話を戻そうか」 


話を戻す、というより話したくてたまらない。 

そんな、嬉々とした表情をしていた。 


研究者「もう、ほとんど答えはわかっているね?」 


研究者「その身体の倦怠感...それは女勇者の光魔法を細工したものだ」 


魔闘士「...異世界の人間が、それも光魔法を細工しただと?」 


魔闘士「ふざけるな...この世界の賢者ですら、光について熟知していないんだぞ...」 


魔闘士はその質問を反する答えを出した、出さざる得なかった。 

この世界で何百年と過ごしてきた彼ですら、未知の領域である光魔法。 

それを異世界の、たった10年しか住んでいないこの人間に。 

まるで光魔法について熟知しているような口ぶりが許せなかった。 


研究者「悪いけど...熟知して当然なんだよね」 


研究者「はっきり言って、この世界は私のいた世界よりも遥かに遅れている」 


研究者「この世界にいる賢者は...私より頭が悪い」 


魔闘士「...」 


研究者「そうだろ? その身体の倦怠感がそう物語ってるじゃないか」 


魔闘士「...ふざけるな」 


研究者「...納得いってないみたいだね、なら一旦別の話をしてあげよう」 


魔闘士「...?」 
531: :2018/12/09(日) 19:57:54.48 ID:
研究者「──さぁ、握手だ」スッ 


魔闘士「────ッッ!?」ビクッ 


──ギュウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥッッッ...! 

気づいた時には目の前に研究者が。 

そして気づいた時には手は結ばれていた。 

その音はあまりにも激しく、激痛が伴うモノであった。 


魔闘士「──がああああああああああああああああああああッ!?」 


研究者「ほら、痛がってないで...わかったかい?」スッ 


魔闘士「────ッ...!?」 


掌に鈍い痛みが残る。 

しかし、どうしても考えを進めなければならなかった。 

なぜ、奴がこの力を持っているかという質問を。 


魔闘士「な...なぜだ...?」 


研究者「なぜ私が君の力を得ているか...だね?」 


あらゆる推理をする、だが答えが見つからない。 

おそらく永遠に彼1人では見つからない、着々と研究者が答え合わせを行う。 


研究者「悪いけど、君の力は研究させてもらった...それが私がこの世界にきて、初めての研究だった」 


魔闘士「ど、どうやって...」 


研究者「...Mosquito、蚊だよ」 


魔闘士「蚊だと...?」 


研究者「あぁ、そうだ...どんな人体実験も始めは血液検査から始めるのが私流なんでね」 


研究者「それが大当たりだ、悪いけど君の身体は1年で熟知したよ」 


魔闘士「い、1年...」 


正確な誕生日は覚えていない。 

ただ、数百年は生きていたのは確実、だがそれがたった1年で研究しつくされた。 

ただならぬ絶望感が魔闘士を襲う。 
532: :2018/12/09(日) 19:59:08.29 ID:
研究者「まぁ、研究自体は半年もなかったんだけどね...君の血を得た蚊の取得や研究機材の作成のが大変だったね」 


研究者「1から説明しよう...まず、この世界の魔力についてだ」 


研究者「まず魔力は不可視とされているが...そんなことはなかったよ」 


研究者「魔力と呼ばれている物質は血液の中に存在している...それは自作の顕微鏡で確認できた」 


研究者「その発見によりわかったのは、魔力という物質が身体を強化しているということ」 


研究者「魔力を含んでいる分だけ、身体は鍛えられる...それが魔物というわけさ」 


研究者「鍛えられるのは身体だけではない、脳細胞だって...動物に近い魔物が言葉を発するのはそういうことだね」 


研究者「今のは単純な説明でしかない、あとで詳しく教えてあげるよ」 


研究者「まぁあとは簡単だ、君の血を注射するだけで超人的な力を得ることができるはずだ」 


研究者「初めの人体実験は異端者って人にやってもらった...みごと成功したよ」 


研究者「副作用は発熱程度だったから、私も続いて君の血を入れさせてもらったよ、血液型も一致してたようだし」 


魔闘士「な...」 


口をあんぐりさせるしかなかった。 

この男の言っていること、頭の理解が追いついていない。 

魔闘士の頭が悪いわけではない、この世界の研究水準がかなり低いのが原因であった。 


研究者「次に魔力という物質がどんなものなのか...まずは創生を語ろうか」 


研究者「これはまだ推測にすぎないんだけど、答えは空気から発見できた」 


研究者「魔界の空気には大昔から姿を変えてない微生物...ある小さな小さな魔物が存在しているんだ」 


研究者「それが原始の魔物...すべての魔物の祖というべきか」 


研究者「その魔物が、初めて魔力というものを作ったと思われるよ」 


研究者「魔物の歴史の最初は、恐らく魔界の空気を吸った人間や動物から始まったんじゃなかな」 


研究者「魔力に目覚めた人間が子どもを産めば、産んだ子どもは先天的に魔力を持っているはずだ」 


研究者「それが歴史を重ねることで、突然変異として人の形を離れたの魔物が生まれ...今に繋がるんじゃないかな」 


研究者「まぁ、歴史はそんなに好きじゃないんでね...これ以上は調べる興味がわかないね」 


研究者「それから考えると、人間界にいる人間が魔力を持っていないのは魔界の空気を摂取していないから」 


研究者「もしくは、過去に摂取をした祖先等が血縁者にいないという結論に到れるね」 
533: :2018/12/09(日) 20:00:20.97 ID:
研究者「じゃあ、後天的に魔力に目覚めた人間はどういうことかというと...これはなかなか骨が折れたよ」 


研究者「私の考えが合っているなら、空気を吸った瞬間に魔力を得ることができると思ったんだけど」 


研究者「そうはいかなかった...現に、私は君の血を入れるまで魔力に目覚めることはなかったしね」 


研究者「じゃあなぜか、それは微生物...いやこの場合はVirus...いや、ウィルスと言ったほうがわかりやすいかな」 


研究者「ウィルスと微生物は正確には同じではないんだけど、便宜上今はそう呼ばせてもらうよ」 


研究者「そう、このウィルスには潜伏期間というものが存在していたんだ...厄介だね」 


研究者「私の世界でも潜伏期間には手を焼かされるよ...まぁ、もう判明したから問題はないけどね」 


研究者「魔界の空気に存在するウィルスを摂取する...だが、それだけでは魔力は目覚めない」 


研究者「なぜなら...身体にはとてもすごいモノがあるからだ、それは異物への抵抗力」 


研究者「風邪を引くと無意識に咳をしたり、花粉を感じると鼻水で防御をする...まぁ後者は過剰反応なんだけど」 


研究者「身体にの中に侵入したウィルスは身体の中で殺されるんだ...白血球とかにね」 


研究者「なら、人間が魔力に目覚めることはないと思うだろ? だけどそのウィルスには特性があったんだ」 


研究者「それは無性生殖だ...あちこちに自身の一部分を残しまた成長を始めるんだ」 


研究者「白血球がウィルスを殺し、ウィルスは殺される前に身体をどこかに残す...イタチごっこが始まるわけだ」 


研究者「その行動に身体は徐々に慣れて、やがてウィルスを殺さなくなる...時間はかかるが次第に適応していくのさ」 


研究者「その適応が魔力に目覚めるということだ...まぁ完全に殺しきって魔力に目覚めない場合もありそうだけど」 


研究者「その時間のズレが潜伏期間...骨が折れた箇所だよ、なにせ潜伏期間は自覚ができないからね」 


研究者「君の血を入れた時、発熱が起きたのは身体の抵抗が原因だったみたいだね、予防接種みたいなものさ」 


研究者「まぁ、生まれた時から適応している魔物にとってこの話は意味なかったか」 


研究者「...次は魔法について語るね、これも仮説なんだけどね」 


研究者「魔力を源にする魔法...どうやって魔力を使用しているかという話だね」 


研究者「もともと、魔力というのはさっきの微生物が活動するに必要なただの動力源に過ぎないみたいなんだよね」 


研究者「だけど...それはその微生物での話、人間及び魔物なら話は別」 


研究者「何が違うか、それは脳...魔力は脳の電気信号に反応することが発見できたよ」 


研究者「例えば、手から風を出したいと思えば脳へ電気信号が走るんだけど...まぁ普通は無理だよね」 


研究者「だけど...魔力はそれを実現させるんだ」 
534: :2018/12/09(日) 20:01:32.19 ID:
研究者「そう、魔力は思ったことに変化をする夢の物質なんだ」 


研究者「その事実を発見したときは、思わず感極まってしまったよ...夢が詰まりすぎた代物だ」 


研究者「だが、2つほど弱点があったんだ...1つは思い込みが足りないと全く実現しないということさ」 


研究者「例えば、お腹が空いたから目の前に料理を出したいと思っても...そんな一時的な思い込みは受理されない」 


研究者「何千年も思い込み続けてたら出せるかもしれないけど、そんなことする奴はいないだろうね」 


研究者「...でも、何千年も思い込み続けられたモノがこの世界にあるね?」 


研究者「そう...この魔法について書かれている本だ」 


研究者「魔法というのははるか昔、書物さえ残されていないときから存在しているらしいね」 


研究者「きっと初めは妄想や愚行だったんだろう、じゃんけんのようなお遊びとして語り継がれたんだろうか」 


研究者「でもあるとき、魔力に目覚めた者がそれを変えた」 


研究者「炎をだしたり、水をだしたり、風をだしたり、土をだしたり、傷を癒やしたり」 


研究者「思い込みが電気信号の道を舗装し、長年お遊びとして思い込み続けてきたものが...実現した!」 


研究者「そして思い込みが受理された後、汗腺などの細かい穴から魔力が放出され、変化を始める」 


研究者「それが魔法だ」 


喜々として語る。 

この男、わずか十年でここまでの物言いができる。 

その語り部に魔闘士は頷くしかなった。 


魔闘士「...」 


研究者「...まぁ一説に過ぎないけどね、あくまで私の考えさ」 


研究者「プラシーボ効果は侮れないね...さぁ、もう1つの弱点を語ろうか」 


研究者「といっても、あっけない結論なんだけどね...」 


研究者「よくある弱点だ、この微生物は塩分を含んだ水に弱く、海水が蒸発した水蒸気ですら触れたら死ぬ」 


研究者「まぁ一度身体に取り込めば微生物自体が体外へ放出されることはない、海に浸かったら魔力を失うことはないさ」 


研究者「血管に塩水を注入すれば、もしかしたらだけど...そんなことしたらそれ以前に死んじゃうよね」 


研究者「魔法は魔力によって発動するけど、魔力自体にはそんな性質はないから海中でも使えると思うよ」 


研究者「とにかく、魔界の空気は海を超えられない...人間界の空気に微生物が存在しないのはそういうことだ」 


研究者「まぁ、あの大橋を運良く渡りきり、人間界へ訪れる場合もあるね」 


研究者「その結果、普通の人間が魔力に目覚める要因になるわけだ」 


研究者「蛇足だけど、人類の進化と同様、人魚族とかが海に生息しているのも突然変異の賜物だろうね」 
535: :2018/12/09(日) 20:02:28.57 ID:
研究者「話がズレた...塩水に触れるともう1つ、それは微生物には塩水に触れたら硬度を増す性質がある...紐付けできることがあるね」 


研究者「人間界側の崖には魔法の欠片とよばれるものが存在しているよね?」 


研究者「あれは微生物の死体の成れの果て...可視できるほどに死体が集まったものだ」 


研究者「どうやら、微生物が死んでも魔力は残るみたいだよ...まだ詳しくは調べてないけど」 


研究者「まぁこれで、魔法の欠片が魔法を維持する理由、これでわかったかな?」 


研究者「...1人でしゃべりすぎたね、要点をまとめよう」 


研究者「1つ、魔力は血液に存在する」 


研究者「2つ、魔力は元々、魔界の空気に存在する微生物の原動力である」 


研究者「3つ、その微生物を摂取することで、潜伏期間を得る」 


研究者「4つ、そしてその潜伏期間を超えると、魔力に目覚める」 


研究者「5つ、なお魔力に目覚めた者の血液を投与すれば潜伏期間なくして同等の魔力に目覚めることができる」 


研究者「6つ、魔力には身体を強靭にする作用がある」 


研究者「7つ、魔力は脳の電気信号...そして思い込みに反応する、その結果が魔法だ」 


研究者「8つ、魔法などの思い込みに反応をした後、魔力が体外へ放出され魔法へと変化する」 


ついに、長い長い演説が終える。 

1人でぺらぺらと論を語る様は不快なものだった。 

だが、その不快なものにすら遅れを取っているのがこの世界の水準。 

真実かそうでなくても、信じざる得なかった。 


魔闘士「たった10年で...ここまで語れるのか...?」 


研究者「そうでなくては、生かしてもらえないしね」 


研究者「なんたって、この施設と私は魔王様のお墨付きなんだからね」 


魔闘士「...チッ」 


悪態をつくしかない。 

身体が鈍い今、彼に言葉で勝るしかない。 

だが、そのような試みはもう無意味だった。 


研究者「さて...じゃあ、話をもどそうか」 


研究者「硝子の向こうを見てご覧...って、あれ?」 


魔闘士「──ッ...!?」 


話に夢中になりすぎて、気が付かなかった。 

ガラスには真っ赤な液体がこべりつき、向こう側への目視が不可能な状態であった。 
536: :2018/12/09(日) 20:05:08.44 ID:
研究者「...はぁ、後で掃除しなきゃね」 


魔闘士「魔剣士...」 


研究者「君のお仲間、やられちゃったみたいだね」 


魔闘士「...」 


呆然とするしかなかった、もう、否定する気力すらわかなかった。 

最後に見た光景は動きが鈍っていた魔剣士と女騎士。 

そしてこの施設に送り込まれた原因である光竜。 


研究者「じゃあ...本題に移ろうか」 


研究者「その、身体のだるみをね」 


魔闘士「...まだ語るか、もううんざりだ」 


研究者「言いたくてたまらないのさ、私の研究結果をね」 


研究者「まぁ、理由はさっきの話があれば簡単さ」 


研究者「さっき、硝子の向こうに女の子がいたよね」 


先ほどの記憶は曖昧だが、覚えている。 

その女は魔闘士にとって、忘れることはない人物であった。 

人間界、女騎士と同様にあちこちの新聞に掲載されていた彼女だ。 


魔闘士「...女勇者」 


研究者「そう、女勇者...彼女の魔力を使ったのさ」 


魔闘士「...なるほどな」 


段々と理解してきた、おのずと答えが脳内で導かれていく。 

いくら研究水準が低いこの世界の住人であれ、学がないわけではない。 
537: :2018/12/09(日) 20:07:48.46 ID:
研究者「答えはさっきの微生物、そこに女勇者の魔力を与えたんだよ」 


研究者「これも骨が折れたね、彼女のあらゆる要素を使って実験したんだけど」 


研究者「まぁ...一番初めに手を加えたリザードたちは完全に出来損ないになっちゃったけどね」 


研究者「そういった礎の上に、あのドラゴンや光を含む微生物の創造に成功したよ」 


研究者「彼女の魔力、つまり光属性の魔力...君たち魔物にとって天敵だよね」 


研究者「光属性についても、研究させてもらったよ...なんでもありとあらゆる物を抑える属性だってね」 


研究者「だけど、それは惜しい認識だったよ、本当の性質は"魔力を抑える"属性さ」 


研究者「それは顕微鏡で確認できたよ、光属性の魔力がその他の魔力の活動を停止させていたよ」 


研究者「この世の生物は魔力にあふれている、潜伏期間中で自覚がなくてもね」 


研究者「光で魔法を抑えられるのも当然、武力を抑えられるのも、その当人に魔力が存在するから」 


研究者「よって、ありとあらゆる物を抑えると誤認しちゃったんだね...仕方ないと思うよ」 


研究者「話は戻して、光は魔力を抑える性質...それが微生物を通して体内へ侵入するんだから...ね」 


研究者「まぁ、後天的な魔力の所有者には、魔物より体内の魔力が少ないので効果が完全に発揮されないし」 


研究者「潜伏期間中はそもそも身体の抵抗力で魔力が殺生の繰り返しをしているから効果が非常に薄かったりするしね」 


魔闘士「...あの村にバラ撒いたというわけか」 


研究者「そうさ、まぁ実験中にたまたま通りかかったのが運の尽きだったね」 


魔闘士「...お前は...人間なのか...?」 


研究者「...あぁ、そうさ」 


魔闘士「...人間」 


人間には驚かされてばかりだ、この研究者といい、キャプテンといい。 

人間は魔物よりはるかに弱い生き物だと思っていた。 

そんな、大きな挫折感を味わっているうちにあることを思い出した。 


魔闘士(...奴が静かだ) 


研究者「...ところで、君はさっきから黙っているけど生きているかい?」 


魔闘士が振り向く、そこにはとても人間という枠を超えそうな何かが沈黙をしていた。 

復讐者の予言、それは見事に的中することになってしまった。 


隊長「────■■■...」 


~~~~ 
538: :2018/12/09(日) 20:10:58.92 ID:
~~~~ 


光龍「────ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」 


時は少し巻き戻り、不快なノイズとともに発せられた命令が光竜を動かす。 

狙いは女騎士、全力の突進が彼女を襲う、管上りの最中だというのに。 


魔剣士「──女騎士ィッ!!!!」 


女騎士「────クソっ!!!」ダッ 


登っていた管から離脱をする。 

もう少しで魔剣に手が届いたかもしれないが、仕方がない。 

着地と同時に受け身を行い、急いで走り始める。 


女騎士「魔剣士ィっ! そんなに持たないっ!」スチャッ 


──バババババババババババババッッッッ!!!! 

アサルトライフルを走りながら構え、射撃する。 

本来なら音を建てずに光竜をやり過ごしたかったが、もう手遅れであった。 


魔剣士「────なるほどなァッ!!!」 


パキッ、そのような音が連続するのとよくわからない液体が流れる。 

するとそこに重量感のある音も続く。 


女騎士「ほらっ! こっちだ光竜っ!」 


光竜「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」 


光竜は他のことに目もくれず女騎士を追う、彼女が行ったのは陽動。 

アサルトライフルによって乱雑に射撃された大きな試験官、それが砕けたことによって落ちてきた魔剣。 


魔剣士「グッ...ハァッ...!」ズルズル 


そしてプライドを殴り捨てた這いつくばり。 

しかし、まだ距離がある。 


女騎士「はぁっ...はぁっ...ほら私はここだぞっ!」 


──バババババババッ!!!! 

女騎士とて武人、初心者ながらも射撃に成功する 

しかし効果がないようだ、光竜は構わずに突進してくる。 


光竜「ガアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」 


女騎士(──怯みもしないかっ!) 


広いとはいえほぼ密室。 

きた道を戻ろうとすれば魔剣士が巻き込まれてしまうかもしれない。 

身体もだるい、全力で走るのも数秒が限界だろう。 
539: :2018/12/09(日) 20:12:45.79 ID:
女騎士(──だが、やり通さなければ) 


魔剣士「クソッ...動けッ...俺様の身体ァッ...!」ズルズル 


女騎士「はぁっ...はぁっ...はぁっ...」チラッ 


小走りしながら目視をする。 

魔剣士は遅いながらも、確実に魔剣に迫っている。 

このまま行けばうまく行くはずだった、やけに静かでなければ。 


光竜「...」 


女騎士(────視線が違うっ...!?) 


女騎士「──クソっ!!! 魔剣士ィっ!」 


魔剣士「──チィッ!」グッ 


女騎士「おいっっ!! こっちだっ!」 


──バババババッ!!!! 

アサルトライフルを発砲するが、無に終わる。 

空っぽの力を振り絞り、這いずりの速度を上げる。 

言われなくても気づくこの雰囲気、魔剣士は光竜に睨まれていた。 


光竜「...ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」 


継ぎ接ぎだらけの翼を扱い、突進のモーションに移る。 

ヘイトは魔剣士、女騎士などもう飽きたらしい。 


女騎士「────だめだっ!!!」ダッ 


竜に駆け寄るしかなかった。 

その圧倒的威圧感を臆さず、仲間のために。 

そして彼女は、突撃しながら銃を発砲する。 


女騎士「────っっ!」スチャ 


──バババババッッッッ!!! 

────グチャァッ...!!! 

そして聞こえたのは、何か柔らかいモノが潰れる音であった。 


光竜「────ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!?!?!?」 
540: :2018/12/09(日) 20:14:06.97 ID:
女騎士(──怯んだっ!?) 


幸運の一撃、それは生物共通の弱点。 

彼女のへたっぴな射撃は近寄ることで精度を増し、光竜の片目にヒットした。 

潰れた瞳からは赤い液体が、尋常じゃない量を撒き散らし、一部の壁を染め上げる。 


光竜「...」 


そして沈黙、弱ったわけではない。 

生物としてのすべての感情が竜を黙らせていた。 


女騎士「...くるっ!」 


光竜「────ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」 


女騎士「────こいっっ!!!!」スチャ 


再びアサルトライフルを構える。 

彼の武器であるこれが、唯一の抵抗手段。 

絶望的な状態でも勇気があふれる、だが。 


女騎士「...え?」 


──カチッ...カチッ... 

彼女はしらなかった。 

リロードという概念を、弾切れという概念を。 


光竜「────ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」 


この世のものとは思えない雄叫びを叫びながら向かってきている。 

本来なら、彼女は回避を行うであろう。 

だが武器の仕様にあっけにとられて、彼女の反応が大幅に遅れてしまっていた。 


女騎士「──死んだか」 


すべての出来事がゆっくりと、頭には走馬灯のように過去の思い出が。 

死を悟った彼女は不思議と余裕ができていた、しかしその余裕が新たな希望を発見した。 


女騎士「...あれは?」 


そこには男のようななにかが立っていた。 

その表情は醜悪、彼が彼であることを忘れている。 

その格好は邪悪、彼の元の形状を連想できない程。 


魔剣士『────くたばれェッッッッッ!!!!!!!!』 


殺すことだけを目的とした剣気が竜を追う。 

竜は気づいておらず完全に不意打ち、そして反撃を許さない威力。 
541: :2018/12/09(日) 20:15:45.04 ID:
光竜「────ッ...!」 


────────サクッ... 

まるで果物を裂くような綺麗な音だった。 

首から離れる直前、畜生は知性を取り戻す。 


光竜「──あぁ...我が盟友よ、よくぞ我を開放してくれたな...」 


魔剣士『当然だ、俺様は竜人...魔剣士だからなァ」 


光竜「────」ズドンッ 


女騎士「...終わったか」 


魔剣士「あァ、助かったぜェ」 


女騎士「調子は...戻ったか?」 


魔剣士「駄目だァ、絶えず魔剣から魔力をもらってるだけな現状だ」 


魔剣士「数分もしたら立っているのが限界だろうなァ」 


女騎士「それでも、さっきよりはマシだな」 


魔剣士「...とりあえず、あいつを助けてやらねェとな」 


女騎士「そうだな...いま助けるからな、女勇者」 


~~~~ 


~~~~ 


────■■■... 

聞き取れない言葉、まるで復讐の言語。 

思わず、聞き返してしまう程。 


魔闘士「どうした...?」 


隊長「...お前、なにをしているかわかっているのか?」 


魔闘士(...気のせいか?) 


研究者「わかっているさ、研究をしているんだ」 


悪びれもしない、彼の中ではこの行為は正義なのだろう。 

それが隊長をおかしくさせる、させてしまうのであった。 
542: :2018/12/09(日) 20:16:57.01 ID:
隊長「...やはり、あの時殺しておけばよかったな」 


魔闘士「...らしくないぞ」 


研究者「お国の特殊部隊が物騒なことを言うね...まぁ特殊部隊自体が物騒なんだけど」 


隊長「テロリストにも劣るクズが...お前のような人間に生きる価値はない」 


研究者「...そうかな?」 


魔闘士「おい...落ち着け...相手に飲まれるな」 


魔闘士ともあろう男が、人間である隊長をなだめる。 

その異様な雰囲気に魔の武人もそうせざるえなかった。 


隊長「お前はどれだけ他者の未来を奪う気なんだ?」 


隊長「殺された子どもたち、女性...どれも男のお前に襲われたらどうすることもできない者たちだ」 


隊長「お前はMadscientistを謳っているが、実際は臆病で卑怯者のNardにすぎない」 


研究者「...言ってくれるね、Jockさん」 


研究者「それに、他者の未来を奪うどころか...私は研究で技術の未来を進めているじゃないか」 


研究者「進展に犠牲はつきものだろ...どの先進国もそうしてきたじゃないか」 


隊長「ふざけるな...そんな屁理屈で...奪われる命などあるわけないだろッ!!」 


研究者「...だいたい、君だって人を殺しているじゃないか」 


隊長「黙れ...ッ!」 


隊長「お前だけは絶対に...絶対にッ!!!」 
543: :2018/12/09(日) 20:17:23.34 ID:
「地獄に叩き込んでやる...ッ!」 









544: :2018/12/09(日) 20:18:19.70 ID:
魔闘士「ッ...!」 


────ピリピリッ... 

まるで空気に馴染むような、生々しい殺意が場を包み込む。 


研究者「...どうやら、相当恨まれているみたいだね私は」 


研究者「でも、その殺意も怖くないね...動くと撃つよ?」スッ 


再び、大きなリボルバーを構える。 

ひょろひょろな腕だが、魔闘士の力を得た彼なら問題なく撃てるだろう。 


隊長「お前だけは絶対にッ!」 


魔闘士「──ッ、落ち着け!」 


研究者「...それに、まだこちらには手はあるんだよ?」 


魔闘士「黙れッ! これ以上刺激をするな!」 


今にも魔闘士の制止を振り切って暴れだしそうな局面。 

だが、研究者には切り札が存在していた。 


研究者「────魔法使いの女の子」 


隊長「──ッ」ピクッ 


研究者「...お仲間だよね?」 


隊長「...」 


研究者「この施設、電力供給が少し不安定でね」 


研究者「今は奴隷みたいな魔物に雷魔法を経て、維持しているんだけど...」 


魔闘士「────よせ」 


研究者「彼女は素晴らしい...いい電力になりそうだよ」 


研究者「...君が暴れるなら、彼女はどうなるかなぁ?」 


魔闘士「────やめろッッ!!」 


禁断の一言、女騎士と魔剣士の生存は絶望的。 

残る仲間は魔女1人、それが人質にとられている。 

先にその言葉に怒りをぶつけたのは、魔闘士であった。 


魔闘士「今は堪えろッ! あの女がどうなるかわからん────」 


怒りを保ちつつ、隊長を落ち着かせようと試みる。 

先ほどまでは只ならぬ雰囲気を感じ取り、しっかりと顔を合わせていなかった。 

隊長の様子を確かめるべく後ろを振り返る、そこに居たのは。 
545: :2018/12/09(日) 20:18:46.49 ID:
「────やはりお前はここで死ぬべきだ■■■■■■」 









546: :2018/12/09(日) 20:20:30.46 ID:
──■■■■■■■■■■■■... 

謎の擬音が部屋を響かせた、そして、次第に隊長を包み込む。 

それだけではない、その闇はあまりにも膨大であった。 


魔闘士「な...ッ!?」 


研究者「──これは?」 


隊長「■■■■■■■■」 


魔闘士「────どうして闇をまとっているッ!?」 


研究者「...へぇ、これが闇魔法か」 


研究者「気になるなぁ...ぜひ、実験台になってもらいたいね」 


魔闘士(この状況で...頭がおかしいのか!?) 


魔闘士「──チィッ!」ダッ 


無理やり、身体を動かして距離を取る。 

闇魔法と対峙したことがある者にとっての定石である。 


研究者「さて...君のそれは私の作った光に抗えるかな────」 


──■■■■■■■■■■■■... 

気づけば、身体のほとんどが闇に飲み込まれていた。 

そこには感覚はなく、わかることはただ一つ。 


研究者「が...え...?」 


隊長「...■■■」 


──ガチャンッ... 

握られていたグリップを離すことで、大型リボルバーが床に落ちて滑る。 

その様子を眺めるのは、闇の恐ろしさを熟知した魔闘士。 


研究者「身体が...左半身が...?」 


魔闘士「...愚かな、おおよそ女勇者の光を利用した策でもあったようだが」 


魔闘士「この闇、すでに女勇者のモノを遥かに超えているぞ...」 


研究者「あっ────」 


■■■■■■■... 

再び闇が研究者を包み込む。 

今度は全身を、右半身と顔だけのこった彼を跡形もなく屠る。 

もうこの世界に、研究者という存在は居なくなった。 
547: :2018/12/09(日) 20:23:28.47 ID:
魔闘士「...この俺の力を得たとしても、所詮人間か」 


魔闘士「だが...いい土産ものをくれたな」ヒョイ 


魔闘士「これもまた...未知の武器か」 


床に転がった、大型リボルバー。 

これもまた隊長の世界の武器であり、唯一の抵抗手段。 


魔闘士「さて...一度、大幅に距離をとったほうがよさそうだな」 


隊長「■■■■■■■■」 


どうみても暴走を起こしている。 

このままこの部屋にいれば、巻き込まれる可能性は大いにある。 

夢中で研究者を葬っている今がチャンス、きた道を歩いて戻ろうとする。 


魔闘士「...どうやって、正気に戻させるか」スッ 


隊長「──■■■■■■」クルッ 


魔闘士(────走れ、俺の身体よッ!)ダッ 


──■■■■■■■... 

後ろから闇が追いかけてきている。 


魔闘士「はぁッ...はぁッ...」ダダダッ 


魔闘士(どうやら、無差別な破壊衝動に駆られているようだな...) 


魔闘士「はぁッ...闇に追われるなど...魔王子振りだな」ダダダッ 


微生物、研究者の仕業により身体は人間程度の力しかでていない現状。 

走ってもすぐ息を乱してしまう、だが早くも最初に捕まっていた牢屋を通過する。 

土地勘もクソもない、ただひたすら走って逃げるしかない。 


魔闘士「クッ...どこか一度身を潜めるか」 


魔闘士「──ッ、丁度分かれ道...右が左どちらだ...?」 


──......■■ 

微かに、遠くから闇の気配を感じる。 

それが魔闘士の判断を焦らせる、決断している暇などない。 


魔闘士(──迷っている暇はない)ダッ 


──ガチャッ! バタンッ! 

答えは左、するとすぐに扉が見えた。 

その扉には偶然にも、一部に硝子が取り付けられていた。 

これで向こう側を確認することができる。 
548: :2018/12/09(日) 20:25:08.37 ID:
魔闘士「...」チラッ 


魔闘士(来ているな...分かれ道に差し掛かっているな) 


魔闘士(頼む...こちらにくるな...) 


魔闘士「...」 


魔闘士「......」 


魔闘士「.........」 


魔闘士「............」 


魔闘士「...撒いたか」ガクッ 


闇は分岐すら選ばず、もとの道を戻っていった。 

思わず、安著をして腰を落としてしまう。 

だが、すぐに復帰をしなければならなかった。 


魔闘士「...さて、なにか策を練らねば」 


魔闘士「それよりも...距離を稼がなければ...」スッ 


音を立てないように、ゆっくり足を進める。 

ひとまず、冷静を取り戻した彼に様々な考察が浮かび上がる。 


魔闘士(なぜ、闇を...闇魔法を使えるのか) 


魔闘士(奴の魔法は光じゃなかったのか...?) 


魔闘士(光と闇を扱う者...聞いたことがない) 


魔闘士(...やはり、異世界人...いや、神に祝福されているものは違うな) 


魔闘士(この状況...非常にまずいな) 


魔闘士(...) 


魔闘士(...魔剣士よ、本当にくたばってしまったのか?) 


ここ数十分で様々な衝撃的出来事が多発して、すぐには受け入れられなかった。 

そしてようやく、腐れ縁だが数百年もつるんでいた彼のことを思い返す。 

特に言葉が浮かび上がらない、それに反比例するように足が進む。 
549: :2018/12/09(日) 20:26:09.26 ID:
魔闘士「...」 


魔闘士(...もう、どうでもよくなってきた) 


???「...あれ?」 


魔闘士(魔剣士...そして奴...俺になんの関わりがあるんだ) 


???「ちょっと! 魔闘士っ!」 


魔闘士(......らしくなかったな、仲間など) 


魔闘士(結局は、己を極めるのが一番だ) 


???「まちなさいよっ! 聞いてるのっ!?」 


魔闘士(...立ち去るか) 


???「ちょ..."逃げる"なってばっ!」 


魔闘士「────ッ」ピタッ 


この瞬間、集中していた影響で耳に入らなかった言葉がようやく伝わる。 

しかし、それと同時に彼の過去がフラッシュバックする。 


(「────逃げるのか、この魔王子に挑戦しておきながら」) 


魔闘士「...」 


(「...最後まで立ち向かったことを、誇りに思え」) 


魔闘士「......」 


(「よォ、お前も負けたクチかァ?」) 


魔闘士「.........」 


(「へェ...この俺様と互角かァ...やるじゃねェか...」) 


魔闘士「............」 


(「魔王子がやられたァッ!?」) 


魔闘士「...............」 


(「探して数年経つがァ...なんも見つからなくてつまらねェな」) 


魔闘士「..................」 


(「おい、なんでも復讐者が人間界でやられたみてェだぞ」) 


魔闘士「.....................」 
550: :2018/12/09(日) 20:28:32.05 ID:
魔闘士「...いい拳だった、人間にしてはな」 


魔闘士「...絶望のあまり、忘れていたようだな」 


フラッシュバックが終わる。 

それには様々な思い出が、彼を強くしていた。 

敗北、そして数々の交流が肉体ではなく、精神を成長させていた。 


???「やっとしゃべったわね...」 


魔闘士「──ッ、誰だ!?」 


ようやく会話が成立する。 

声のする方向へ視線を送ると、馴染みのある顔が牢屋の中に現れる。 


魔女「誰って...魔女よ、魔女」 


魔闘士「...そうか」 


魔女「そうかって...あのねぇ」 


魔闘士「...無事か?」 


魔女「...そうね、魔法が使えないのと倦怠感があるの以外は無事ね」 


魔闘士「...鍵がかかっているのか」 


魔女「うん...」 


魔闘士「...下がっていろ」スチャッ 


先ほど拾った、大型リボルバーを握りしめる。 

そして、隊長の見よう見まねで構える。 


魔女「...え?」 


──ドンッッ!! ガチャァァンッ!! 

あまりにも鈍い射撃音とともに、金属が砕ける音が響いた。 


魔闘士「──ッ!?」 


魔女「──きゃっ!?」 


魔闘士「...なんて反動だ」 


魔女「び、びっくりした...ってそれどうしたの...?」 


魔闘士「...後々教える、それよりも現状を簡潔に説明してやる」 


魔女「え...う、うん...」 
551: :2018/12/09(日) 20:29:24.27 ID:
魔女(なんか...雰囲気が丸くなった?) 


そして、魔闘士は語る。 

長くなりそうな研究者の戯れ言を大幅に添削して。 

途中で止めて質問したくなる説明を、魔女は終わるまで聞き入れる。 


魔闘士「...以上だ」 


魔女「そう...そんなことがあったのね」 


魔女「魔剣士...女騎士...そしてきゃぷてん...」 


魔闘士「...」 


魔女「...これからどうする気なの?」 


魔闘士「...俺は」 


魔闘士「...」 


魔闘士「...もう一度、奴との接触を試みるつもりだ」 


魔女「...私もついていくわ」 


魔闘士「あぁ...」 


魔女「あ、まって!」 


魔闘士「...なんだ?」 


魔女「あんたのその武器、必要なものがあるでしょ?」 


魔闘士「...そうだったな」 


魔闘士「だが、それを作るのに魔法を要するのではなかったのか?」 


魔女「そうなんだけど...これがあるわ」スッ 


魔女「大賢者様からの餞別の魔法薬、これを飲んですぐに魔法を唱えるしかないわ」 


魔闘士「...なるほどな」 


魔女「正直、飲んでもすぐに魔力が消えちゃうかもしれない...けどこれしか方法はないわね」 


魔女「あんたも身体の中の光魔法に抑えられ...頼れるのはその武器だけ」 


魔女「なら...やるしかないわね」 


魔闘士「...頼んだぞ」 


~~~~ 
552: :2018/12/09(日) 20:31:39.85 ID:
~~~~ 


隊長「...」 


──■■■■■... 

何もない空間、その辺りには闇が渦巻いていた。 

そして、中心には人物が1人。 

異世界の人間、この世界で健闘を続けてきた彼が目を覚ます。 


隊長「...ここは」 


隊長「どこだ...俺は一体なにをしているんだ...?」 


隊長「...あぁ、思い出した..."また"...やってしまったか」 


隊長「どうして...こんなことに...」 


隊長「...俺も、所詮人殺しか...目の敵にしている犯罪者共と変わらないということか...」 


心の闇が、比例するかのように辺りの闇を強くする。 

自分が自分でないような感覚に囚われていた。 


隊長「...誰か」 


隊長「誰か...俺を...」 


隊長「────殺してくれ」 


自分自身に追い詰められた結果、そうつぶやいてしまった。 

本当に彼が言ったようには感じられないほどに、異質感のある発言だった。 


???「...まだお前は殺せない」 


隊長「...お前は?」 


???「俺はお前だ」 


まるで双子のような精巧な造りをした人物がそこに居た。 

全体的に黒いが、それを除けばそっくりであった。 


???「苦しいのなら、楽にしてやる...少し待ってろ」 


隊長「...そうか、なら頼んだぞ」 


???「あぁ、まかせろ」 


そういうと、謎の人物は目の前から消え去ってしまった。 

そして、耳に鋭く刺さる声が届く。 


??1「────きゃぷてんっ!」 


~~~~ 
553: :2018/12/09(日) 20:33:35.92 ID:
~~~~ 


魔女「────きゃぷてんっ!」 


隊長「■■■■■...」 


魔闘士「...やはりな」 


魔女「...なにか、わかったの?」 


魔闘士「..."ドッペルゲンガー"だ」 


魔女「...え?」 


魔闘士「奴は、ドッペルゲンガーという魔物に憑かれている」 


魔女「それって、出会うと死ぬってやつ...?」 


魔闘士「少し訂正箇所があるがそんなとこだ」 


魔闘士「どこで憑かれたかはわからんが...このままだと奴は死ぬぞ」 


魔女「どうすればいいのっ!?」 


魔闘士「...一度気絶させるしかないな、それよりも攻撃に備えろ」 


魔女「──っ!」 


魔闘士「くるぞッ!」 


────■■■■■... 

じわりじわりと闇が迫ってきている。 


魔闘士「──ッ!」スチャッ 


──ドンッッ!! ドンッッ!! 

リボルバーのダブルアクション。 

隊長のハンドガンと勝手は違うが、その性質に早くも勘付いていた。 


魔闘士「...効果はなしか」 


魔女「生産に成功したからって無駄撃ちは控えてよねっ!」 


魔闘士「あぁ...努力はしよう」 


隊長「■■■■■■」 


魔闘士「さて...どうしたものか」 


魔女「魔王子の時みたいなことはどう?」 


魔女「さっき飲んだ魔法薬...徐々に抑えられてきてるけど今なら1回分の魔法を使えるわよ」 
554: :2018/12/09(日) 20:35:54.04 ID:
魔闘士「...やれるのか?」 


魔女「やるしかないじゃない...そうでしょ?」ニコッ 


この状況で、魔女は笑顔を作った。 

先ほどこの闇に絶望していた魔闘士とは比べ物にならない精神力。 


魔闘士「女という者は...ここぞという時に強いな」 


魔女「じゃあ...頼むわよ」 


魔闘士「あぁ...陽動はまかせろ」スチャッ 


──ドンッ!!! ドンッ!!! ドンッ! 

歩行と同時に、リボルバーを構え射撃する。 

すると起こるのは弾切れ、不慣れな動きでシリンダーに弾をこめる。 


魔闘士「...こっちだッ! しっかりついてこいッ!」 


闇は魔闘士を追いかけてきている。 

その速度は遅く、小走りならギリギリ距離を保てるものだった。 


魔闘士「...ッ!」チラッ 


隊長「■■■■...」 


魔闘士(どうやら、今のところ奴自体は動かないみたいだな...) 


魔闘士「────いまだッ!」 


魔女「うんっ! "属性付与"、"雷"っ!!!」 


魔女(──う゛っ...身体が一気に重く...使いきっちゃったか...) 


魔女(まだあの小瓶はあるけど...あれはまだ大事に取っておかなくちゃ) 


──バチッ... 

小さな雷音と共に、隊長付近の闇に稲妻が走る。 

作戦は成功、魔王子の時のように隊長の闇の質は著しく下がるはず。 


魔闘士(──よし、とりあえずは成功だな...) 


魔女「ごめん...今ので魔力を使い果たしちゃったわよ...」 


魔闘士「想定内だ」スチャッ 


──ドンッ!! ドンッ! 

大きすぎるその射撃音、先程は闇に飲まれるだけであった。 

だが今違う、その銃弾は彼に大きな傷を与えた。 
555: :2018/12/09(日) 20:37:27.64 ID:
隊長「──ッッ! ■■■■■ッッ!」 


魔闘士(...通った、光魔法がなくともうまく行ってくれたか) 


闇の質が低くなる、銃弾という物質を完全に破壊できないまでに。 

隊長の腕に2発の銃痕が出来上がる、それに伴い今まで動かなかった隊長は怒りを露わにする。 


隊長「■■■■■■■■■■■ッッッ!!!」 


魔闘士「...このまま続けて、痛みを蓄積させ気絶させるぞ」 


魔女「わかったわ...ごめんね、後で治してあげるから...」 


魔闘士「後は任せて、下がっていろ...」 


魔女「えぇ...お願いねっ...」 


魔女が戦線を離脱する。 

ヨロヨロと、小走りで部屋の入口付近に向かった。 


魔闘士「...さて、続けるか」スッ 


隊長「■■■■■■■■ッッッ!!!」 


魔闘士「待っていろ、目を覚まさせてやる」スチャ 


──ドンッ!!! ドンッ! ドンッ!! 

リボルバーの反動が凄まじく、腕に痺れが伴い始めていた。 

だが彼は動かなければならない、この人間の男を止めるために。 

再びなれない手付きでリロードを行った。 


隊長「──■■■ッ!!!」 


魔闘士「...3発とも的中、この武器にも慣れてきたところか」 


魔闘士「ドッペルゲンガーというのも...大したこと──」 


魔闘士(────まて、相手はドッペルゲンガーだぞッ!?) 


戦闘に余裕ができたからこそ、思い出せた。 

ドッペルゲンガーという魔物がどれだけ恐ろしいものかを。 

悪い予感が的中する、それは後方で待機している彼女がいち早く気づけた。 


魔女「──魔闘士っ! 後ろっ!!」 
556: :2018/12/09(日) 20:38:45.06 ID:
魔闘士「しまっ────」 


隊長「──■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!」ガシッ 


──メキメキメキメキメキメキッッッッ!! 

突如として背後に現れたのは彼であった。 

魔法ではない、ただ死ぬほど素早く動いたように見えた。 

これが魔物に取り憑かれた人間の力、血と闇と雷を纏わせた隊長の腕が魔闘士を掴む。 


魔闘士「ぐおッッッッッ!?!?」 


魔闘士(質を下げてもこの威力かッッ! いや即死しないだけでもマシか!) 


魔闘士「は、離れろッ!!!!」グググッ 


隊長「■■■■■■■■」グググッ 


魔闘士「ち、くしょお...ッ!」 


魔闘士(どうするッ!? このままじゃ殺されるぞッ!) 


力がだめなら考えるしかない、抵抗を諦め集中する。 

すると思い出すことができた、ドッペルゲンガーの生態についてを。 

これが逆転の一撃。 


魔闘士(──そうだ...)スチャ 


魔女「...え?」 


魔闘士「動くな、魔女」 


──ドンッ!! 

鈍い射撃音が、彼女に向かった。 

その狙いは魔女の眉間、人は愚か魔物ですら一撃で葬ることができる威力。 

このままでは彼女は魔闘士に殺される。 


~~~~ 
557: :2018/12/09(日) 20:40:37.11 ID:
~~~~ 


隊長「もう...やめてくれ...」 


ここは隊長の精神世界。 

本来であるなら訪れることはあり得ない、未知の領域。 

だが、彼はここに閉じ込められていた。 


隊長「俺はもう...仲間を失いたくない...」 


過去の記憶が蘇る。 

数々の戦闘によって失った部隊の仲間、そして帽子。 

そのことに狼狽える隊長...絶望の一言だった。 


???「...それでいい、絶望が俺を強くする」 


隊長「あぁぁ...」 


その表情は廃人寸前。 

とても、人様に見せられないものだった。 


???「ほら、お前の仲間の腕を掴んだぞ」 


──メキメキメキメキメキメキッッッッ!! 

その何かが砕けてしまうような音と共に、魔闘士の叫びが響く。 

それはまるで、自分がやったかのような感覚に襲われる。 


???「お前がやったんだぞ」 


隊長「違う...俺じゃない...お前がやったんだ...」 


???「言っただろ、俺はお前だと」 


隊長「やめろォ...」 


???「もう、こいつはおしまいだな」 


???「このまま握りつぶして...おや?」 


???「...どうやら、抵抗もあきらめたようだな」 


そう、確信する。 

だが隊長は弱りながらも、最も大切な人を見ていた。 

これからなにが起こるかを察する。 


隊長「────魔女」 


絶望の淵にいながらも彼女を守るために光を強くする。 

それが男という生き物、尽きることのないその原動力。 

胸に秘めた彼女への思いが、彼を目覚めさせる。 


~~~~ 
558: :2018/12/09(日) 20:41:38.24 ID:
~~~~ 


魔女「ひっ────」ビクッ 


──ドンッ...! 

射撃をした時を最後に瞳を閉じる、だが一向に痛みは生じない。 

おかしい、確かにあの射撃音は聞こえたはずだというのに。 


魔女「...?」 


不思議に思い、ゆっくりと目をあけてみる。 

すると、そこにはいつもの背中が立っていた。 


魔女「──きゃぷてん...?」 


隊長「■■■■■...」 


魔女「かばってくれたの...?」 


隊長「...」 


魔女「どうして...?」 


魔闘士「...やはりな」 


左腕が絶対に曲がらない方向に曲がっている。 

そんな痛みを無視して隊長たちに語りかける。 


魔闘士「ほら...お前の愛する者が狙われているぞ...助けてやらんか」スチャッ 


──ドンッ!! 

その軌道の先には魔女がいた。 

しかし着弾位置はおおよそギリギリ当たるか当たらないかの瀬戸際であった。 


隊長「──■■■■ッッ!!!」 


──グチャッ!! 

リボルバーの着弾と共に、隊長の左肩の肉がミンチになる。 

再び隊長は魔女をかばった、なぜなのか。 


魔女「...なんで?」 


魔闘士「──魔女ッ! 逃げろッッ!!」スチャ 


──ドンッ! ドンッ!!! 

発砲しながら、矛盾めいたことを言う。 

隊長は再び庇う、それに続き魔闘士は語る。 
559: :2018/12/09(日) 20:42:40.84 ID:
魔闘士「ドッペルゲンガーの性質ッ! それは精神を犯すことッ!」 


魔闘士「取り憑いた宿主の精神を覗き、じわりじわりと性格を歪ませ自己嫌悪感を産ませるッ!」 


魔闘士「そうして得た負の感情を力にして、宿主の身体を奪うッ!」 


魔闘士「そして奪った身体で宿主の大事な物を壊し深い絶望を与えるッ!」 


魔闘士「最後に宿主が殺してくれと懇願するをの待つッ! それがドッペルゲンガーだッ!」 


出会ったら死ぬと伝えられているドッペルゲンガー、その本質は上記のもの。 

なにを伝えたかったのか、魔女にはわかった。 


魔女「────っ!」ダッ 


空っぽになった魔力、そして体力を振り絞り走り出す。 

その速度は人ではギリギリ追いつけない、それでいて弾速ならば簡単に追いつく速さだ。 


魔闘士「時間を稼げッ! ドッペルゲンガーに殺されるなッ!」 


魔闘士「────そして俺に殺されるフリをしろッッ!」スチャ 


隊長「■■■■■■ッッ!」 


──ドンッ...! グチャッッ...! 

隊長が魔女を庇い、右足に被弾する。 

もう動けるはずがない、だが彼は動き続ける。 

魔物としての性なのか、それとも彼自身の性なのか。 


魔女「こっちよっ! きゃぷてんっ!」 


隊長「■■■■...」ヨロヨロ 


魔闘士「...読み通りだ」 


なぜドッペルゲンガーが魔女を庇うか、ドッペルゲンガーは感情を餌とする生き物であった。 

中でも大切な物を自ら壊し絶望する時に起こる感情は甘美と言われている。 

魔女という隊長が最も大切にしている者を、他人に破壊されてはその味を味わうことはできない。 

守らざる得なかった、しかしそれだけではなかった。 


隊長「...■□■■■■」 


~~~~ 
560: :2018/12/09(日) 20:43:34.71 ID:
~~~~ 


???「グゥゥ...やめろォ...」 


隊長「やめるのは...□□□...お前だ...」 


隊長の精神世界、ここでも争いは起きていた。 

絶望する中、弾丸が魔女を襲うヴィジョンが見えていた。 

それだけが彼の原動力になる、それだけが彼の光を強くする。 


???「俺を邪魔すると...魔女は撃たれるぞ...」 


隊長「魔闘士は...そんな...□□...ヘマをしない...ッ!」 


???「どうして魔物のあいつを信頼できる...」 


???「あの武器だって...さっき拾ったばっかりの物だぞ...」 


普通に考えれば、ずぶの素人が細かいエイミングができるわけない。 

ましては魔闘士は本調子ではない、客観的にみてもドッペルゲンガーが庇わなければ魔女は撃たれる。 

これは揺さぶりであった、だけども隊長には通用しなかった。 


隊長「────やるしかないんだッッ!!」 


瞳に光が満ち溢れる。 

一見、魔女を弾丸から庇うことを妨害している風にも見える。 

だが、それが最善の一手であった。 


???「クソッ、遊ぶんじゃなかった...ッ!」 


???「はじめから魔女を狙っていれば...今からでもッ!」 


そう、ここで妨害をしなければ魔女はこのドッペルゲンガーに殺されてしまう。 

他の誰でもない、自分自身の身体を使って殺されてしまうだろう。 


隊長「────□□□ッ!」 


~~~~ 
561: :2018/12/09(日) 20:44:40.54 ID:
~~~~ 


魔闘士「────これはッ!?」 


魔女「──光っ!?」 


現実世界、隊長とドッペルゲンガーの問答の末。 

それは軽く小走りをしている魔女にもわかった。 

振り返る、そこには闇に覆われた彼はいなかった。 


隊長「■■■■■□□■□...ッ!」 


光と闇が隊長にまとわりついている。 

これが意味するもの、真っ先に気づき笑みを浮かべるのは魔闘士だった。 


魔闘士「──目は覚めたかッッ!?」 


隊長「■□■...撃■■□て...■□...ッ!」 


光と闇の言語に挟まる、人間としての言葉。 

光が闇の一部部分を払い除け、左肩を露出させる。 


魔闘士「戻ってこい..."キャプテン"ッ!」スチャ 


────ドンッ!  

最後の一撃、光を貫通する攻撃。 

生身の人間が食らったのならば、意識を保つことは不可能。 
562: :2018/12/09(日) 20:45:06.95 ID:
「────■■■■■■■■■■ッッッ!!!」 









563: :2018/12/09(日) 20:46:06.41 ID:
この世の者とは思えない叫び声が木霊し、闇は消え失せた。 

それに伴い、彼がまとっていた光も消失する。 

意識を失った彼は、そのまま倒れ込むしかなかった。 


隊長「────」 


魔女「──きゃぷてんっ!!」 


急いで魔女が駆け寄る。 

それに伴い、魔闘士も折れた腕を抑えながら近くによる。 


魔女「...まだ息はあるみたい」 


魔闘士「あぁ...だが、出血がひどい...」 


魔闘士「なんとか気絶させたはいいが...このままでは死んでしまう...」 


魔女「...どうしよう、魔法も使えないし」 


魔闘士「...泣くな、こいつはこんなような所で死ぬような奴ではない」 


魔闘士「信じろ...キャプテンという男を」 


魔女「うん...そうね...でもせめて、血は止めてあげないと...」シュル 


魔女は着ていた服の一部を裂き、包帯代わりに施術する。 

少し肌寒いが、隊長のためとなると思えば寒さなど微塵も感じなかった。 


魔闘士「...急いでここを脱出するぞ」 


魔女「...女騎士たちは?」 


魔闘士「...」 


その質問に頭を抱えるしかなかった。 

どう考えても、あの状況で生きている可能性は限りなく低い。 

仮に生きていたとしても、捜索に時間をかけていると隊長が死ぬ。 


魔女「...ごめんなさい、行きましょう」 


魔闘士が答えを出す前に決心したのは魔女のほうであった。 

女騎士を見捨てたわけではない、彼女は極めて理にかなった決断を下しただけであった。 


魔闘士「...すまん」 


魔女「あんたのせいじゃないわよ...さぁ、いきましょ?」 


魔女は帽子を深くかぶり、目元を隠す。 

それが精一杯の強がり、虚勢であった。 
564: :2018/12/09(日) 20:46:54.06 ID:
魔闘士「...行くぞ────」 


魔闘士たちが動こうとする、すると突然視界が奪われる。 

すると同時に、館内に嫌な警告が流れ出した。 


魔女「──きゃっ!? なにっ!?」 


魔闘士「灯りがッ!?」 


???「警告、電力供給が不足したため、一時的な停電を起こしました」 


???「それに伴い、実験室の折が解錠されました」 


???「係の者は即座に実験室を鎮静させよ」 


???「繰り返す────」 


聞いたことのない電子の音と、警報が鳴り響く。 

それと伴い、遥か遠くから悲鳴のようなものが聞こえてくる。 


魔闘士「...とことん運がないな」 


魔女「ど、どうしよう...この暗さじゃ何もみえないわよっ!」 


魔闘士「いや...確かキャプテンが灯りになるような棒をもっていなかったかッ!?」 


魔女「そ、そういえば...」ゴソゴソ 


魔女「...あったわっ!」カチッ 


スイッチを押すと、前方が明るくなった。 

十分ではないが、視界を確保することができた。 


魔闘士「これで進むしかない...キャプテンは俺が運ぶ」 


魔女「それなら私が周囲を警戒するわ...行くわよっ!」 


魔闘士「あぁ...なるべく敵に遭遇しないことを祈るしかない...」 


──ガキンッ! ガキンッ...! 

いたるところから、鉄格子を破る音が木霊する。 

この忙しい時に、厄介な奴らが現れてしまった。 


リザード1「アアアアアアアアアアアア...」 


魔闘士「...こんな時に、リザードもどきかッ!」 


魔女「────見てっ! あそこに扉が!」 
565: :2018/12/09(日) 20:48:55.98 ID:
魔闘士「────走れッ!」スチャッ 


──ドンッ!! ドンッ! 

重厚な発砲音とともに、敵を一撃で葬る。 

なんとか扉に到着する、だがそれはみたことのない材質でできた扉であった。 

開け方がわからない、ドアノブは愚かつかむ場所すらない。 


魔女「──この扉どうやって開けるのよっっ!」 


魔闘士「魔女ッ! なんとかしてくれッッ!」 


──ドン! ドンッッ! 

走行しているうちに退路は塞がれ、完全に囲まれてしまった。 

もう戻ることはできない、この扉をどうにかして開かなければ待っているのは死である。 


魔女「────このっっ!」スッ 


苛々が募り、手持ちにあるものを確認する。 

唯一没収されていなかった、例の小瓶。 

大事に大事に取っていたものを投げてしまうほどに苛ついていた。 


魔女「──開きなさいってばぁっ!!」ブンッ 


──パリィンッ...! バチバチバチバチッ...! 

しかし調節を誤ったか、その雷は申し訳程度のものだった。 

扉の破壊は愚か傷1つついていない光景、自分の調整ミスとその現状に半ば絶望しかける。 


???「...システムに異常、ドアが開きます、ドアが閉まります」 


まるで扉が喋ったかのように聞こえた。 

言葉が矛盾している。隊長の世界でいうバグというものだった。 


魔闘士「────ッ!」グイッ 


魔女「───きゃっ!?」ドサッ 


扉が開いたのは理解できた、それを見逃さずに魔闘士が隊長と魔女を突き飛ばしたのも理解できた。 

ここは扉の先、いるはずの人物が1人見たらない、肝心の彼がいない。 

つまりどういうことか、魔女にはわかってしまった。 


魔女「────魔闘士っ!?」ガバッ 


魔女「なんでっ!? せっかく仲良くなれたのに!?」 


閉まった扉に飛びつき声を荒らげる。 

扉に向かって罵声にも近い、そんな声かけを行う。 

そして返答はすぐに帰ってきた、扉に耳をつけないと聞こえないぐらいの声だった。 
566: :2018/12/09(日) 20:49:26.81 ID:
「...だからこそだ」 









567: :2018/12/09(日) 20:50:06.34 ID:
魔女「──っ」 


思わず涙が溢れる。 

彼らしくない言葉を聞き、魔女は覚悟を決める。 

重たい隊長の身体を支え、前にするもうとする。 


魔女「────っ」 


無言で足をすすめる、力奪われた魔女には進むことしかできない。 

悔しさでたまらない、思わず唇を噛んでしまい、血が流れるほどに。 

孤高の魔闘士、その最後は仲間を助けるための足止めで終わる。 

聞こえるのはリザードもどきの声と鈍いの発砲音。 

彼は最後まで闘い続ける、そのはずであった。 
568: :2018/12/09(日) 20:51:04.41 ID:
『なァに辛気臭ェ顔してんだ、嬢ちゃん』 









569: :2018/12/09(日) 20:51:52.81 ID:
魔女「────魔闘士がっ!」 


魔剣士『わかってる、なんたって俺様はァ...あいつの相棒だからよォッ!』 


その言葉とともに、彼は扉に疾走してゆく。 

魔女は振り返らずに進む、後ろから聞こえるのは扉が破壊された音と。 


魔闘士「お前という奴はこうでなくてはなッッ! 魔剣士ッ!」 


魔剣士『ぱーてぃとやらの始まりだぜェ! そうだろ、魔闘士ッ!』 


初めて聞いた、彼らの心底嬉しそうな大声であった。 

そして続くのは、再会することができた彼女の声。 


女騎士「──魔女っ! 急げこっちだっ!」 


魔女「────女騎士も無事だったのねっ!」 


魔女の顔面はもうボロボロ。 

涙で顔をめちゃくちゃにしている。 

出会えたのは女騎士、そして誰かを背負っている様だった。 


女騎士「あぁ! 今は彼らに任せて脱出するぞ!」 


魔女「うんっ!」 


魔女は隊長を支えながら、女騎士は女勇者を背負いながら。 

着々と戦場から距離を離していく、その中で彼女はある成果を教えてくれた。 


女騎士「先ほど、魔剣士とともに列車とやらを発見したぞ」 


魔女「本当っ!? きゃぷてんが重症なの...急いでここを離れて落ち着いた場所で処置をしないとっ!」 


女騎士「あぁ...本当なら彼らを待ちたいが...列車についたら迷わず出発する...いいな?」 


魔女「...ふふ、あいつらならきっと足止めどころか全部ぶっ飛ばしてくれるわね」 


女騎士「当然だ、私の仲間なんだ、そう簡単にやられてはこまる」 


魔女「...あれが列車っ!?」 


軽く雑談しているうちに、列車が姿を表す。 

列車というよりかは汽車に近い形であり、車両もたった2両しかない。 


女騎士「そうだ、急ぐ────」 


二人が急いで駆け込み乗車をしようとする。 

しかし、それを阻むような出来事がきてしまう。 

重低音とともにそれは現れた。 
570: :2018/12/09(日) 20:56:01.64 ID:
魔女「────嘘でしょ」 


女騎士「...なんだってこんな時にッ!」 


言われなくてもわかる。 

巨大な剣に黒い鎧を着た大柄の男。 

その見た目こそ醜い手術痕だらけだが、黒騎士と形容できる見た目であった。 


黒騎士「...」 


女騎士「奴もここで実験をうけてた口か...」 


魔女「そうみたいね...でもどうするの!?」 


女騎士「...私も魔女も負傷者を負ぶさっている、まともに動けんぞ」 


女騎士「万事休すか────」 


────■■■... 

その時、闇の言語が聞こえる、黒騎士からではない。 

聞こえた方角を振り向く、そこにいたのは最も頼りになる男。 

彼だけは捕まっていなかった、ようやく彼女らを見つけることができた。 


女騎士「────魔王子ッ!」 


魔女「無事だったのねっ!?」 


魔王子「俺を誰だと思っている...」 


魔王子「...黒騎士よ、醜くなったものだな」 


黒騎士「...」 


魔王子「喋れないのか...お前ほどの男の最後がこれだとは...嘆かわしいものだ」 


魔王子「ならば一瞬で葬ろう...■■■■■」スッ 


────ブン■■■■ッ...! 

その言葉とともに、闇が黒騎士を切り裂く。 

抜刀とともに現れた闇の剣風が真っ二つにする。 


黒騎士「...暗黒の王子よ...我が無念、託しましたよ────」 


魔王子「...当然だ」 


女騎士「──魔女っ! 急げっ!」 


こうして、3人と意識のない2人は列車の乗り込む。 

幸いにも動かし方の説明書が備え付けであったためにすぐに出発できた。 

研究所に残ったのは不気味な実験物の死骸と2人の男の楽しそうな雄叫びであった。 


~~~~ 

572: :2018/12/10(月) 21:14:12.37 ID:
~~~~ 


魔女「...」 


女騎士「...魔女、大丈夫か?」 


魔女「...うん、大丈夫...だけど」 


そういいながら、横たわっている2人に視線を送る。 

魔女は列車に備え付けてあった魔法薬を飲み、隊長と女勇者に治癒魔法を行っていた。 

そして再び魔力がつき、今の状態に至る。 


女騎士「...魔力が微量しかない私にだってわかる、なんども魔力を使い果たしては辛いにきまっている」 


魔女「...でもふたりとも目を覚まさないから」 


女騎士「...だが、傷は完全に塞がっただろう」 


魔女「でも...でも...」 


魔女が自分を責めている。 

もっと魔力があれば2人はもう目をさましているかもしれない。 

そんな葛藤に覆われている中、ついに男が口を開く。 


魔王子「...息はある、死んではいない」 


魔王子「あとは祈るしかないぞ...」 


女騎士「魔王子の言うとおりだ、いまは休んでくれ...とても見ていられない」 


魔女「...わかったわ」 


女騎士「...列車にあった茶を入れたぞ、これで少し落ち着くといい」 


魔女「ありがとう...」 


女騎士「ほら魔王子、お前の分だ」 


魔王子「...礼を言う」 


女騎士「...お前はなんともないのか?」 


淡い期待を抱いて、そう質問する。 

だが、そんなことは彼の表情である程度は察していた。 


魔王子「...俺も蝕まれている」 


女騎士「そうか...いや、それでも黒騎士を一撃で倒せるほどの力か」 


魔王子「この俺をここまで抑えるとはな...この小娘」 


ある程度、身体の異変については魔女に聴いたようだった。 

皮肉のようなことを言いながら、女勇者に視線を送る。 

そして、ユニコーンの魔剣を抱えながら小じんまりを座り込んだ。 
573: :2018/12/10(月) 21:16:44.08 ID:
女騎士「あぁ...なんたって我らが勇者様だからな...」 


魔女「......」 


女騎士「...今のうちに状況を確認しよう」 


女騎士「正直にいって、私と魔女は戦力にならない...」 


女騎士「きゃぷてんも女勇者も目覚めない...」 


魔王子「...まともに戦える俺も、力をある程度抑えられている」 


女騎士「あぁ...ここからどこまで抗えるか、不安でしかたない」 


魔女「...もう、どうすればいいのかしら」 


魔王子「......」 


女騎士「...辛気臭い話はここまでにしよう」 


女騎士「魔女、この武器の使い方を知っているか?」 


魔女「えぇ...ある程度は...使ったことないけど」 


女騎士「そうか...でも、これがあるだけでだいぶ違うぞ」 


魔女「...そうね」 


研究所に槍を置いてきてしまったため完全に丸腰。 

幸いにも隊長の武器はすべて所持しており、マガジンは没収されずに隊長が初めから所持している。 

話し合いの結果、魔女がハンドガン、女騎士がショットガン、アサルトライフルは隊長の側に置いておくことになった。 


魔女「これなら...きゃぷてんが目覚めたときにすぐに戦える...わよね?」 


そういいながら、アサルトライフルを隊長の横に置いた。 

無くさないように銃器についていたベルトを隊長に引っ掛ける。 

その様子をみながら、女騎士はショットガンに目を輝かせる。 


女騎士「前方を全面的に攻撃するものか...すこし使うのが楽しみだ」 


魔女「...女騎士は強いわね」 


女騎士「あぁ...楽観的な部分は私の自慢でもあるぞ」 


魔女「...ふふっ」 


女騎士「ははっ」 


魔王子「...」 
574: :2018/12/10(月) 21:18:31.42 ID:
女騎士「さて...すこし仮眠を取らせてもらおう」 


魔女「そのほうがいいわ、なにかあったら起こしてあげるわよ」 


女騎士「あぁ、頼む」 


魔王子「...俺が見張っている、貴様も休め」 


魔女「え...で、でも...」 


魔王子「......」 


魔女「...ありがとう」 


女騎士「...頼むぞ、魔王子」 


魔王子「...あぁ」 


その返答を終えると、2人は寝具も必要とせずに眠りに落ちる。 

男がいるというのに寝顔も気にせずに寝入る姿から、限界が近いようだった。 

しかし彼の視線は、目を開かない女勇者に向けられていた。 


魔王子「...これほどに小さな身体で、この光か」 


魔王子「侮れん...人間という者は」 


魔王子「...さて、呼ばれたようだ」 


~~~~ 


~~~~ 


魔王子「...」 


魔王子の衣服が靡く。 

移動した先は列車の屋根、常人では立つことすら不可能な風を受けている。 

しかし、この風は列車の速度によるものではなかった。 


???「...流石は魔王様の息子、暗黒の王子なだけはあるな」 


魔王子「...それで気配を殺したつもりか?」 


???「吾輩は完全に殺していたつもりではあったが...」 


彼に問いかけるこの男。 

腕には魔王軍の入れ墨、間違いなく追手である。 


???「...まぁいい、一度相まみえたかったものである」 


魔王子「貴様も親父の言いなりか」 


???「当然である、吾輩は魔王軍四天王────」 
575: :2018/12/10(月) 21:19:12.54 ID:
「"風帝"であるぞ」 









576: :2018/12/10(月) 21:20:26.17 ID:
名乗りを上げる、それと同時に嫌な風が纏う。 

敵は魔王軍最大戦力の1人、すぐさまに魔王子は抜刀をする。 


魔王子「...死ね」 


風帝「はて、弱りきった貴方になにができるであるか」 


魔王子「戯言を...」 


風帝「..."風魔法"」 


まるでそよ風のような自然な詠唱。 

気づいたときには魔法が発動している様に見えた。 

それほどに素早く、隙きのない先制攻撃。 


魔王子「────ッ!?」 


──ギィィィィィィィンッッ!!! 

光っていないユニコーンの魔剣が風を切り裂く。 

その音はあまりにも鈍く、風の威力を物語っていた。 


風帝「いつもの剣も...その魔剣も、本来の力を得ていないようであるな」 


魔王子「..."属性付与"..."闇"■■■■■」 


風帝「得意の闇魔法であるか...これは厳しいであるな」 


魔王子「──■■■■ッッッ!」 


一瞬で詰め寄る。 

これは魔法ではなく、ただ単純に前に出ただけ。 

極められた剣術が織りなす疾走抜刀。 


風帝「────速いであるなッ!」 


魔王子「──ッ!?」ピクッ 


ピタッ、そう音を立てて急ブレーキを行った。 

魔王子の攻撃は失敗に終わったが、そんなことを気にせずに魔王子は問いかける。 


魔王子「貴様、何をした?」 


風帝「...はて?」 


魔王子「とぼけるな、貴様のその速さ...」 


魔王子「...風の様に見えたぞ」 


彼は振り返る、風帝という男を。 

確かに風帝は昔から魔王軍四天王の座に君臨しており、その身のこなしは評判であった。 

だが今の速度はその過去の速さを遥かに凌駕していた、驚きで魔王子は攻撃を自ら止めてしまっていた。 
577: :2018/12/10(月) 21:21:26.79 ID:
風帝「申し訳ないであるが...敵に情報を与えるほど吾輩は甘くないのである」 


魔王子「...チッ」 


風帝「...ご覚悟を」 


再び風が襲いかかる。 

詠唱はない、おそらく1回目の詠唱で生まれた風魔法。 

賢者の修行を終えた魔女ですら額に汗をかく芸当を、この男は淡々とこなす。 


魔王子「────■ッ!」 


────キィィンッ...! 

闇魔法を要して、風を壊すのが精一杯な現状。 

とても反撃をする機会がない、しまいにはユニコーンの剣が弾かれてしまった。 


風帝「...できれば万全の状態で相まみえたかったのである」 


風帝「光に侵されつつあるその身体も、背負っている最強だった魔王様も」 


風帝「...残念である」 


魔王子「...ッ!」 


怒りがこみ上げてくる。 

かなしげな表情をしている、かつての同胞に。 

そして、力を蝕まれているとはいえ反撃すらできない無力さに。 


風帝「...その魔剣、使えないのであろう?」 


魔王子「ならばその目で確かめてみろ...」スッ 


鞘から不自然なほどに綺麗な剣を抜く。 

だが、1箇所だけその綺麗さと矛盾したものがあった。 


風帝「ヒビ割れであるか...歴代最強と言われた魔王様の魔剣がここまでやられるとは...」 


風帝「...誰にやられたあるか?」 


その表情は先程とは全く違う。 

新たな強者を知った嬉々とした表情。 

魔王軍最大戦力の1人風帝はこのような性格であった。 
578: :2018/12/10(月) 21:22:45.53 ID:
魔王子「...フッ」 


魔王子「この俺を差し置いてその顔をするか...」 


風帝「...これは失敬」 


魔王子「...心底虫唾が走る」 


────■■■■... 

あたりが黒に包まれる。 

女勇者によって奪われつつある魔力。 

それでいて魔剣士や魔闘士とは比べ物にならない量を未だ保持している。 


風帝「────やめるである」 


魔王子「...今更遅い」 


風帝「そのまま魔剣に力を注ぎ込めば折れてしまうである」 


風帝「歴代最強の魔王様を折るわけにはいかないのである」 


風帝「...鞘に収めるである」 


魔王子「名のある魔王だ、そうやすやすと折れんだろう」 


────ピリピリッ...! 

風帝も魔王子も、今までと比較にならない殺気をぶつけ合っている。 

そして、お互いに禁忌の言葉が発せられる。 


魔王子「──最も...ここで折れるのであれば"その程度"のモノだ」 


風帝「..."青二才"がァッ! 偉人を侮辱するかァッ!?」 


魔王子「────殺してやろうか?』 


────バキバキバキバキバキッッ!! 

風とは思えない擬音が魔王子に向かう。 

風帝の怒りが、感情が魔法に注ぎ込まれる。 


魔王子『死ね■■■■■■』 


────■■■ッッッ!!! 

暗黒の擬音が風を飲み込む。 

その黒い剣気は先程の比ではない。 
579: :2018/12/10(月) 21:24:58.23 ID:
風帝「一体化かッ...なんて無茶をッ...!」 


魔王子『死ね』 


風帝「────ッ! "風魔法"ッ!」 


周囲に多量の竜巻が起こる。 

そしてその竜巻から、とてつもない数の風が魔王子に襲いかかる。 

風帝は自力でハリケーンを生み出す、とてつもない魔力量が伺える。 


魔王子『──死ね...』スッ 


────ブン■■■ッ...! 

語彙力を失いながらも、風を殺す。 

それでいて、常軌を逸した射程の剣気を風帝に向ける。 

しかしそれは紙一重で避けられてしまう。 


風帝「当たらなければ意味がないであるぞッ!」 


魔王子『死ね』 


風帝「まるで餓鬼のようであるなッ!」 


その絶大な威力を誇る剣気に冷や汗をたらす。 

だが、魔王子も驚く身のこなしの速さで次々と風魔法を回避する。 


風帝(まずい...このままではあの魔剣が折れるのである) 


風帝(それだけは阻止しなければ...) 


魔王子『死ね』 


────■■ッッ! 

研ぎ澄まされた黒い剣気が、風魔法を産んでいる竜巻の1つに当たる。 

とてつもない大きさを誇る竜巻が、小さな小さな黒に負け消滅していく。 


風帝「──ッ! 相変わらずとてつもない威力であるな」 


魔王子『ならば死ね』 


風帝「...言っていることが滅茶苦茶なのである」 
580: :2018/12/10(月) 21:27:44.77 ID:
風帝(このままではイタチごっこなのである...仕方ない) 


風帝「貴方様よ、吾輩のこの速さの秘密...気になるであるか?」 


魔王子『...!』 


風帝(──かかった...) 


風帝「どうやら図星のようであるか...ならばしかと見るである」 


魔王子『...まさか、属性付与か?』 


発言とともに風が完全に止む、そして魔王子は語彙力を取り戻す。 

取り戻したした結果、考え出されたのは属性付与という魔法であった。 

風のような身のこなし、自身に風の属性付与をかけていた様にも思える。 


風帝「...それなら我が身は疾風で切り裂かれるであろう」 


以前魔剣士も言っていた、下位属性と上位属性の差というもの。 

身体を浮かせる程度の風なら話は別だが、ここまで速度を出せる風となると話は違う。 

風帝の言うとおり、そんな速度の風を纏えば身体はバラバラになってしまう。 


風帝「魔王子様よ...貴方様が隔離されていた数年で魔法は進んだのである」 


魔王子『馬鹿げたことを────』ピクッ 


皮肉を言うつもりだったが、つい止めてしまう。 

隔離されていたのはたかだが数年、その間に自分が絶句するような魔法が産まれるなどありえない。 

だが魔王子は事前にあの話を聞いていた、はじめは魔闘士から、そこから魔女へ、最後に自分に。 


魔王子『────研究者』 


風帝「ご存知であるか...」 


魔王子『まさか...』 


風帝「ではご覧あれ、進化した魔法を────」 
581: :2018/12/10(月) 21:28:24.95 ID:
「"属性同化"..."風"」 









582: :2018/12/10(月) 21:30:27.32 ID:
再び風が吹きあられる。 

その風は魔王子の違和感をようやく吹き飛ばす。 


魔王子『──同化だと?』 


風帝「その通りである」 


風帝「吾輩のこの速さの秘密は風」 


風帝「我が身を風にすることであるッ!」 


強く発言するとともに片腕を前にだす、すると腕が徐々に消えていく。 

消えていった箇所から突風が生まれ始まる、まるで風帝自身が風へと変貌していく様。 


魔王子『な...』 


あまりにも現実離れした光景に絶句する。 

このような現象はスライム族の水化でしか見たことがない。 

あの強屈な男が徐々に消え失せていく。 


風帝「貴方様の闇魔法、たしかに吾輩の風を殺すなど容易いであろう」 


風帝「しかし、貴方様...いや、魔王子よ」 


風帝「貴様に不可視かつ超速である風を捉えることが可能であろうか?」 


風帝の身体が自然へと溶け込んでいく。 

そして暴風がどこからともなく吹き荒れていく。 


風帝「..."風魔法"」 


魔王子『────チィ■■■■ッ!』 


──ビュウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥ...! 

再び、竜巻があらわれ風魔法を産み出していく。 

魔王子は防御をするために身体の周りを闇で覆った。 

それと同時に完全に風と化した風帝が吠える。 


風帝「守っていては吾輩に攻撃すらできんであるぞッ!」 


魔王子『────後ろか?』 


──■ッ! 

真後ろに剣気を打ち込む。 

手応えはない、それは当然であった。 

風を射ることなど、果てしなく難しいはずだ。 


風帝「...風向きは急に変わるのであるよ」 


魔王子『...黙れ』 
583: :2018/12/10(月) 21:32:36.07 ID:
魔王子『...』 


耳を澄ませる。 

風を目視することは不可能だが風がくる方向ならある程度音で把握できる。 

今度は身の回りの闇魔法を使用して、無防備にはなるが気配を感じた方角へ全面的な攻撃をするつもりであった。 


魔王子『...』 


魔王子『────そこだ』スッ 


────■■■■■■■■ッッ!! 

微かなな風音を感知し、すぐさまに行動する。 

剣気とともに闇の塊が風を飲み込んだ。 

手応えあり、だがそれは果たして本当に風帝なのか、それとも。 


風帝「...それはただの風である」 


魔王子『──ッ! 上かッ!?』 


風帝「闇に守られていない貴様にこの疾風は少し痛むであろう」 


気づけば、真上に姿を表していた。 

そして次の瞬間、再び風となり魔王子に降り注いだ。 

闇はまださっきの風を殺している、完全に無防備な状態。 


風帝「────喰らえ」 


──ドガアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! 

その音は余りにも、衝撃的であった。 

魔法で生まれたとしても、風がこのような轟音を上げるとは思えない。 


魔王子『────ッッッッ!?』 


風帝「直撃...もう終わりであるか?」 


魔王子『...ゲホッ...黙れッ!』 


風帝「姿を現しているというのに、反撃もできないであるか」 


気づけば背後に立っていた、それもそのはず。 

風帝は己の風で魔王子に攻撃した、つまりは宙から体当たりをしたわけであった。 

その威力は列車の屋根を凹ますものであり、魔王子が闇をすぐさまに操作できないほど鈍い痛みであった。 
584: :2018/12/10(月) 21:34:14.79 ID:
魔王子『──ゲホッ...』 


風帝「もう一息であるな」 


魔王子『失せろ...■■■』 


ようやく闇が戻る、それと同時に風帝は姿をくらます。 

闇の戻りの遅さから察すると、相当疲労している。 

自身の魔法の操作すら難しくなってきている。 


魔王子『......』 


魔王子(...厄介だ) 


魔王子(あの竜巻から無数の風が飛んできている状況...) 


魔王子(どれが風帝自身の風なのかを判断するのは無理だろうな...) 


長考に入る、その片手間で竜巻から来る風魔法を闇で殺している。 

身体に鈍みと倦怠感が残る劣悪な状況でも、出来る限り隙きを作らずにいた。 

もう二度と風が直撃することはないだろう。 


風帝「考え事はいいであるが...おそらく覆すことはできないのである」 


風帝「...諦めるがいい」 


魔王子『...』 


確かに、今のままではイタチごっこ。 

風を殺すことはできても風帝自体は殺すことが極めて困難。 

この状況が続けば間違いなく、先に疲弊している魔王子が負ける。 


魔王子『......フッ』 


風帝「...なにもできずに、笑うしかないのであるか」 


魔王子『風帝よ...貴様忘れているな?』 


皆目検討が付かない。 

忘れ物をした覚えのない風帝は沈黙するしかなかった。 
585: :2018/12/10(月) 21:37:15.98 ID:
魔王子『俺は...闇だぞ』 


魔王子『闇はすべてを壊す...』 


魔王子『風の居所がわからないのなら...すべて壊せばいい』 


──■■■■■■■■■... 

ありったけの魔力が闇へと変わる、すべての感情が黒に染まる。 

なにをするか察した風帝は思わず姿を現した。 


風帝「まさか...ッ!?」 


魔王子『────死ね』 


──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 

──■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! ■■■■■■ッ! 


地獄のような光景、魔王子は列車の屋根でひたすら抜刀剣気を放った。 

風の居場所がわからなければすべてに向かって攻撃すればいい。 

彼の出した結論はそうだった、風の気配を感じる場所全てに攻撃をしている、竜巻などあっという間に破壊した。 


魔王子『──ッ! ...ゲホッ』ピタッ 


身体の危険信号がでて、ようやく攻撃を止める。 

あたりに風の気配がないのを確認し、闇を収めた。 

この圧倒的な闇の剣気を前に、生き残れる者など居やしない。 


魔王子『...死んだか』 
586: :2018/12/10(月) 21:37:47.90 ID:
「魔王子よ、貴様忘れているな?」 









587: :2018/12/10(月) 21:39:02.28 ID:
魔王子『────ッッッ!?』 


──バチバチバチバチッッ!!! 

気づけば前方から、なにかが魔王子を貫通した。 

聞き慣れた痺れる音、そして再び背後に姿を現す。 


風帝「...吾輩は風帝、風魔法の超越者ではなく風属性の超越者」 


風帝「したがって雷魔法の超越者でもあるぞ」 


魔王子『──いつのまに...」 


風帝「同じことである、属性同化の雷...詠唱すら気づかぬほどに夢中だったであるか?」 


魔王子「畜生────」ガクッ 


風帝「...まぁあの光景には正直命の危険を感じたのである」 


風帝「身柄を持ち帰らせてもらうのである...そしてその魔剣も大事に保管するのである」 


風帝「...もうじき夜明け、間に合ってよかったのである」 


風帝「さて..."転地────」 


???「...まちなよ」 


背後から誰かが声をかける。 

魔王子は気絶している、そもそも柔らかい声であった。 


風帝「────貴様は」 


???「...コレ、使わせてもらうね」 


彼女が拾ったのは弾かれて手元から離れていたユニコーンの魔剣。 

そしてまばゆい光が生じ、姿がしっかりと現れる。 

ほぼ裸の状態で、なんらかの大きな布で身体を隠している女がそこにいた。 


風帝「────女勇者...」 


女勇者「久しぶりだね...よくわからないけど、その人を連れて行かせないよ」 
588: :2018/12/10(月) 21:42:31.57 ID:
風帝「貴様...なぜここに...研究者の実験台になっていたはず」 


女勇者「僕にもよくわからないんだ...女騎士は深く眠っているし...他の人も起きないし」 


女勇者「そこで倒れてる人も...なんだか味方のような気がするんだ」 


風帝「愚かな...コヤツは魔王子...貴様の敵である魔王様の息子であるぞ」 


女勇者「...それでも連れて行かせないよ」 


風帝「ならば我が風の塵となれッ! "風魔法"ッッ!」 


女勇者「────"光魔法"」 


────□□□... 

あたりが光に包まれる、その光は余りにも輝かしくそれでいて優しいもの。 

風はその光に包まれ消滅していく、その光景は魔物からするとあまりにも恐ろしかった。 

風帝の風魔法によって再び竜巻が創られたかと思えば、あっという間にそれは抑え込まれてしまった。 


風帝「──やはり勇者は恐ろしい...ただの光魔法でそれか...」 


女勇者「悪いけど、寝起きはいいんだ...絶好調だよ」 


風帝「力技は無理であるな...ならば」 


──バチバチッ... 

痺れるような音とともに姿が消える。 

彼の属性同化はまだ続いていた。 


女勇者「──消えた?」 


風帝「...その光は、雷を捉えることができるであるか?」 


────バチバチバチバチッッ!! 

風帝の策は極めて単純、魔王子にもやったアレをするだけであった。 

攻撃が困難になる属性付与を女勇者が行う前に、致命傷を与えることができれば勝利は確実。 

人間には雷よりも早く言葉を発することは不可能、よって属性付与に必要な詠唱ができないはずだ。 


女勇者「────っっっ!?!?!?」 


風帝「...直撃である」 


女勇者「──けほっ...」ガクッ 


彼女が倒れる。 

雷と化した風帝が身体を貫通、女勇者は焦げだらけに。 

とても人の形をしていない荒んだものだった。 


風帝「魔王子と違い、長期戦なら負けていたのである...」 


風帝「...さて、今度こそ────」 
589: :2018/12/10(月) 21:43:23.96 ID:
「まちなよ」 









590: :2018/12/10(月) 21:45:04.79 ID:
風帝「────な...」 


デジャブ。 

再び背後から柔らかい声が聞こえる。 

そのあり得ない出来事に風帝は驚愕する。 


女勇者「...悪いけど、友だちじゃない人には用心深くしているんだ」 


女勇者「それに、間接的にだけど君のお陰で僕は捕まったんだ、警戒するよ...初めから分身魔法だよ」 


風帝「──貴様...」 


──バチバチバチッ... 

再度雷へと変貌しようとする、その音がなるはずだった。 

次に感じたのは身体が雷になる痺れるような感覚ではなかった。 

身体の力が抜ける、あの忌々しい魔法の感覚であった。 


風帝「な...ッ!?」ガクッ 


風帝「──何時、どこでだッッ!?」 


檄を飛ばしながら女勇者に答えを求める。 

自分は光魔法を食らった覚えがない、不可解で仕方なかった。 


女勇者「...分身魔法に光の属性付与をかけてたのさ」 


女勇者「最初の光魔法は嘘、ひっかかったね?」 


その周到っぷりに風帝は鳥肌を立てた。 

この女、微笑ましい顔つきに似合わずかなりの策士だった。 

魔法使いが陥れていなければ、魔王軍はすでに壊滅的被害を受けていたかもしれない。 


女勇者「あの攻撃...雷の身体ですごい速さの体当たりってことだよね?」 


女勇者「つまりは自分から光に当たりに行ったってとこだよ」 


風帝「...魔王様、この女は危険すぎます」 


女勇者「...しばらく、おやすみだね」 


その優しい声は、風帝からしたら恐怖そのものでしかなかった。 

ハッキリとした意識は次の言葉で淡くなってしまう。 


女勇者「"属性付与"、"光"」 


風帝自らの身体が光に包まれていく。 

光のエキスパート、彼女ならではの使い方。 

強い光が身体の内から魔物を拘束していった。 


~~~~ 
591: :2018/12/10(月) 21:48:38.86 ID:
今日はここまでにします、近日また投稿します。 
下記はTwitterIDです、投稿をお知らせする手動BOTです。 
誤字脱字が多いので気をつけます。 

@fqorsbym
592: :2018/12/11(火) 20:13:54.97 ID:
~~~~ 


??1「......」 


どこか、暗い部屋の中。 

1人の少年が布に包まっている。 


??1「......とうさま」 


少年は嘆く、その孤独感は文字通りの意味。 

呼び名からして心底尊敬している風に思える。 

きっと威厳のある父なのだろう。 


??2「...坊や、おいで」 


いつの間にか柔らかな声が聴こえる。 

少年はその声の主に頭を預ける、とても素直であった。 

母だ、こんな小さな子が心を許せるのは母親以外ありえない。 


??1「かあさま、とうさまはいつもどるの?」 


??2「...わからない、でもあの人は私の為にしてくれているの」 


??1「...そんなぁ」 


??2「嘆かないで、もうしばらくの辛抱だから...」 


??1「...うん」 


??2「...ほら、きもちいい?」スッ 


──ふわりっ... 

母と思しき人物が、少年の頭を優しくなでた。 

それと同時に香るのは、心地の良い母の香り。 

悲しみに近い表情だった彼に笑みが溢れる。 


??1「かあさま...もっとして」 


??2「...ふふ、甘えん坊ね」 


??1「かあさま...」 


~~~~ 
593: :2018/12/11(火) 20:15:24.44 ID:
~~~~ 


魔王子「────ッ」ピクッ 


???「...起きた?」 


柔らかい声を投げかけてきた。 

しかしそれは過去のものとは違う。 

心地の良い夢から覚めた魔王子は、女勇者に問いかける。 


魔王子「...どうなっている」 


女勇者「あはは...やっぱりそう思うよね」 


女勇者「...君が倒れたあと、僕がこの人を倒したんだ」 


風帝「────」 


女勇者「その後、この人を光で完全に動けなくさせたんだ」 


魔王子「...俺が敗北した風帝を、貴様が討っただと?」 


女勇者「うん」 


魔王子「...ふざけるな」 


女勇者「ふざけてないさ」 


魔王子「...」 


彼女を見つめるが、傷など1つも見当たらない。 

自分との差に苛立ちが募るが、寝起きの風が彼を冷静にさせている。 

この女は自分と何が違うのか、それは明白であった、白と黒の差であった。 


魔王子「...光とは恐ろしいものだ」 


女勇者「そんなことないよ、ちゃんと使い方を間違えなければね」 


女勇者「っていうか、君も光の魔力を持ってるじゃないか」 


魔王子「...どの口が言うか、これは貴様のだ」 


女勇者「へ?」 


魔王子「説明は省く...下にいる者に聞け」 


女勇者「えぇ...よくわかんないなぁ」 


女勇者「光の魔力を持ってたから、味方だと思ったんだけどなぁ...」 


魔王子「...■」 


女勇者「──うわっ、闇だっ!?」 
594: :2018/12/11(火) 20:17:14.33 ID:
女勇者「ってことは魔王の息子ってのも嘘じゃなかったのか...」 


魔王子「...こいつが勇者なのか」 


女勇者「わ、笑ったな?」 


魔王子「──ッ」ピクッ 


そんなことはないはず。 

彼の顔が一瞬にして強張った。 

彼の笑顔を見るのは、ただ1人の存在にしか許されない。 


魔王子「...笑うものか」 


女勇者「...」 


ただならぬ雰囲気に彼女は追求することをやめた。 

なんとなく察した、彼には笑顔を嫌う理由があるのだろうと。 

そんな時だった、馴染みの顔が語りかけてきた。 


???「暗黒の王子ともあろう者が...このような小娘に振り回されているのである」 


魔王子「...風帝」 


風帝「...身体は依然動かないのである...だが、喋ることは苦しいながらできるのである」 


女勇者「ふぅん...風帝って言うんだ」 


風帝「...」 


風帝は魔王子に対して話を続ける。 

この女に恐怖感を植え付けられたからであった。 

どんなに可愛らしい見た目であろうが、返事をすることが怖くなっていた。 


風帝「...吾輩はもうすぐ死ぬであろう」 


女勇者「僕は殺す気なんてないよ」 


風帝「......このまま魔王城に帰還しても、魔王様に殺されるのである」 


魔王子「...なにが言いたい?」 


風帝「...魔王子よ、吾輩は四天王最古参...貴方様の小さい頃を唯一知っているである」 


風帝「敵に情報を与えるなど、二流がやること...ですが今は魔王軍としての発言ではないである」 


風帝「かつての同胞として聞いてほしいである...」 


魔王子「...」 
595: :2018/12/11(火) 20:18:31.51 ID:
風帝「──今日日は"日食"である...」 


女勇者「...え?」 


魔王子「そのような日だったのか...」 


風帝「気をつけるである...もうじき、日が登るである...」 


女勇者「ど、どういうこと...日食だとなにが起きるの?」 


風帝「...あ、ある種類の魔物の群れが活動的になるである」 


風帝「そいつらは強靭かつ迅速...そしてなによりも人海戦術が得意である」 


風帝「...この列車にすら簡単に追いつくである」 


女勇者「...そんな」 


魔王子「数十年に1度の日食だ...奴ら血気盛んだろうな...」 


風帝「...言いたいことは以上である」 


魔王子「...あぁ」 


風帝「では、頼むである」スッ 


動けず、横ばいの状態である。 

だが首を差し出した風に見えた。 

一体何を頼むのか、女勇者には見当がつかなかった。 


女勇者「...え?」 


魔王子「...さらばだ」 


風帝「...我が弟子よ、今逝くである」 


魔王子「────逝け」スッ 


────ガギィィィィィィンッ!! 

魔王子の抜刀、それにしてはあまりにも鈍い音であった。 

いつもならあの尖すぎる空気を裂く音が聞こえるというのに。 

なぜなのか、それは彼の剣術が彼女の持つ魔剣によって妨害されたからである。 
596: :2018/12/11(火) 20:19:28.97 ID:
風帝「...邪魔をするな、である」 


魔王子「...何をする」 


女勇者「待って、意味がわからないよ」 


女勇者「さっきまでは確かに敵だったよ」 


女勇者「でも、今の会話を聞いてたら...僕には家族のように見えていたよ?」 


女勇者「...どうしてそんな簡単に殺そうとするの?」 


風帝「...やめるである」 


女勇者「この人は君のためを思って、日食の情報を教えてくれたんだよっ!?」 


女勇者「君が負けても、この人は殺そうとせず連れ去ろうとしてたんだよっ!?」 


女勇者「もしかして、日食が来る前に...君だけでも安全な場所に連れて行こうと────」 


風帝「────やめるであるッッ!!!」 


雷のような叫び声、彼女は口を閉じるしかなかった。 

察してしまったのであった、この魔物の覚悟を。 

だが察した所で、女勇者は納得できずにいた。 


風帝「...頼む、魔王子」 


女勇者「──なんで?」 


魔王子「────誇りだからだ」 


────スパッ...! 

果物が切れるような音だった。 

転がり落ちるその顔は、非常に穏やかなモノ。 

まるで、聞きたかった言葉が聞けたような顔つきであった。 


女勇者「────っ!?」 


女勇者「......やっぱり闇ってわからないよ」 


魔王子「それでいい...光は闇を知る必要はない...」 


女勇者「......急いで女騎士を起こさないと」 
597: :2018/12/11(火) 20:20:02.09 ID:
「ツヨイ、マリョク、カンジル」 









598: :2018/12/11(火) 20:23:07.16 ID:
彼らは勘違いをしていた、まだ時間に猶予があると思った。 

だが日食が起きるということは、日が登っても暗いままということ。 

もう夜明けだというのに明かりが登らない、日食はすでに始まっていた。 


魔王子「──"属性付与"、"闇"■■■■」 


女勇者「──"属性付与"、"光"□□□□」 


???「コトバ、ヒサシイ、コロス」 


光と闇が現れた魔物に直撃する。 

敵を確認してから1秒も立っていない。 

ずば抜けた判断能力が謎の魔物を消し飛ばした。 


女勇者「──いまのはっ!?」 


魔王子「..."死神"だ、死霊が媒体を必要とせずに進化した者と言われている」 


魔王子「死霊同等に触れると即死だ...気をつけろ」 


女勇者「──くるよっ!」 


死神1「コヤツラ、ツヨイ、マケン、ホシイ」 


死神2「マケン、ナル、ヒツヨウ」 


今度は2匹の死神が現れた。 

そしてそのうち1匹は形状を変え始める。 

その光景はとても神秘的であった、過去に見たことがあるあの光景。 


魔王子「..."魔剣化"か、いとも簡単にやられると貴重な場面だと到底思えんな」 


女勇者「これが魔剣化かぁ...僕も魔剣ほしいなぁ、これは借り物だし...」 


死神1「シネ」 


────スパッ...! 

死神の横切りが空を裂いた。 

魔剣化が進み、死神の1匹が鎌のような形状へ変化していた。 

彼らはお互い原始的に、しゃがむことで剣気を回避をした。 


魔王子「剣気でこの威力か...」 


女勇者「まずいなぁ...僕は剣気を使えないからあの距離だと攻撃できないよ」 


魔王子「...ならば指を加えて見てろ■■■」スッ 


────■■ッ! 

限りのある魔力を節約した、少量の闇が死神に直撃する。 

少ないと言ってもその質はあまりにも高純度、死をもたらす威力であった。 
599: :2018/12/11(火) 20:24:36.51 ID:
死神1「ヤミ、イタイ、モウスグ、シヌ、オマエモ、シネ」 


闇に悶ながらも、死神は特攻を仕掛けてきた。 

2人に急接近しながら、鎌を振り回そうとしてきた。 


女勇者「──□□ッッ!」グッ 


────バキィィ□□□□ッッッ! 

光をまとった女勇者のシールドバッシュが炸裂した。 

現在は盾を持っていないので、実際は鉄山靠といえる。 


死神1「────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!?!?」 


魔王子「耳障りだ...■」 


闇が魔物を飲み込む。 

光がそれを照らすと、死神の姿は確認できなかった。 

とても初めてとは思えない連携で、厄介なあの魔物を倒した。 


魔王子「...触れたら即死だぞ、何を考えている」 


女勇者「うーん、今のは纏っていた光に当たった感じかな」 


魔王子「愚かな...それでも人類の希望か?」 


女勇者「心配してくれてありがとう、次から気をつけるね」 


魔王子「...戯言を」 


女勇者「それよりも、早く戻ろう!」 


魔王子「そこの梯子から車内に降りろ────」ピクッ 


死神3「──ヒトツ、マケタ、フタツ、ホシイ」 


死神4「マケン、マケン」 


死神5「コロス、マケン、ナッテ、コロス」 


魔王子「...先にいけ」 


女勇者「うんっ!」 


魔王子「────ッ!? 待てッ!」 


死神3「..."テンイマホウ"」 


詠唱には気づいたが静止の勧告は遅かった。 

気づけば、梯子の着地地点に死神がいる。 

避けようがない、このまま着地とともに死神に接触してしまうだろう。 
600: :2018/12/11(火) 20:26:07.10 ID:
女勇者「しまっ────」 


──ダァァァァァァァァァァンッッ! 

死は免れない、それ故に彼女は瞳を閉じていた。 

すると聞こえたのは、聞いたことのない炸裂音であった。 

そして続いたのは、久々の仲間の声であった。 


女騎士「...そのそそっかしさは間違いなく女勇者だな?」ジャコン 


女勇者「──女騎士っ!?」 


女騎士「話は後だ、まずはこいつを倒すぞ!」 


死神3「イタイ、コノブキ、シラナイ」 


女勇者「僕も知らないんだけど...」 


女騎士「私も知らない...だが、前方を全面的に攻撃するモノらしい」スチャ 


──ダァァァァァァァァァンッッッ! 

死神の頭部に命中し沈黙を余儀なくされた。 

アサルトライフルとは違い、簡単に狙いに当てることができる。。 


女騎士「...爽快だ」ジャコン 


女勇者「いいなぁ、どこで手に入れたの?」 


女騎士「借り物だ、それよりきゃぷてんと魔女を守らねば」 


魔王子「...目覚めたか」スッ 


女騎士「あぁ、魔王子か...屋根に居たのか、道理で見当たらないわけだ」 


魔王子「...気をつけろ、奴らの真骨頂は人海戦術だ」 


魔王子「今のは斥候程度と考えたほうがいい」 


女騎士「ということは本番はここからか...早く彼らを起こした方がいい」 


女勇者「あ、そうだ...あの魔物に触れたら即死らしいよ」 


女騎士「...それは、もっとはやく言ってくれっ!」 


──ガチャッ! 

おそすぎる注意にツッコミを入れる中、到着する。 

これを開いたら彼らがいるはずだ、女騎士は力強く扉を開けた。 


女騎士「...まだ起きていないか、襲われていなくてよかった」 


女勇者「あの人たちは?」 


女騎士「あぁ、紹介するさ...長旅で疲れていると思うが起きてもら────」 
601: :2018/12/11(火) 20:26:50.21 ID:
「ソコダ」 









602: :2018/12/11(火) 20:28:56.21 ID:
────ザンッッッ!!!! 

女騎士が魔女へと駆け寄ろうとした瞬間に、視界がずれた。 

同じ車両にいるのに、魔女たちがどんどん離れていっている風にみえる。 


死神6「ハズシタ、ツギ、アテル」 


女騎士「──魔女っ!」 


死神の鎌による剣気よってこの車両は切断された。 

切り離された車両は徐々にバランスを崩し始める。 

そして、タイミング悪く彼女が目覚めた。 


魔女「────っ!」 


前方の部分が傾き、線路と摩擦し合う。 

その騒音で魔女の言葉はかき消されている。 

ついには車両が跳ね上がり、左方向へ吹き飛ぶ。 


女勇者「────"防御魔法"っっ!!」 


──ガタンッッ!! 

吹き飛ぶ直前、魔女と隊長に魔法がかかる。 

そして、彼らは視界から完全に消えてしまった。 


女騎士「──魔女おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」 


この列車が走っているのは橋の上、そして下には湖。 

身を乗り出し、そのまま湖に向かって飛び込もうとする。 

しかし、それは仲間によって阻止される。 


女勇者「魔法はかけたっ! 祈るしかないよっっ!!」 


魔王子「...周りをよく見ろ」 


先程の剣気によりこの列車の見晴らしはとても良いモノに 

そこから見えたのは、大量に展開している死神共であった。 

この列車の速度がなければ簡単に追いつかれている。 


魔王子「いま列車を止めるわけにはいかん...助けに行くのも無理だ」 


女騎士「...この薄情者っっ!!」 


魔王子「なんとでも言え...ここで俺らが死ぬのをあの人間が望むと思うか?」 


女騎士「...っ!」 


その言葉を聞いて、冷静になる。 

軍人としての自分が頭に水をかけたような感覚だった。 

戦う者として1番大事なこと、それは犠牲を払ってでも目標を達成すること。 
603: :2018/12/11(火) 20:30:55.44 ID:
魔王子「...正直、防御魔法をかけたからといって生きてるとは思えん」 


魔王子「最善手は、ここを退けこのまま最速で魔王城へ突入することだ」 


非常に非情な決断だった、だがこれが最大に理にかなったものであった。 

少人数精鋭が得意な戦略といえば速攻、逆を言えば時間がかかるほどに消耗させらせやすい。 

この場を退けても、助けにいく時間すら惜しい。 


女騎士「────っ!」 


悔しさのあまり、口から血が滲む。 

怒りのヘイトは魔王子でもなく、死神でもなく、理解してしまえる自分だった。 


魔王子「だが...」 


不思議とある物が視線を捉えた。 

それは女勇者が持っているユニコーンの魔剣だ。 


魔王子「...俺は祈る、それも強く」 


この場合の祈りの意味、女騎士には理解できた。 

彼の口から初めて聞いた、あまりにも人間臭い言葉だった。 


女騎士「...彼らは強い、私も祈ろう、諦めずに」 


背負っているショットガンを構える。 

この武器を持っていると不思議と勇気が湧いてくる。 

この世界で何度も修羅場を乗り越えた彼の気持ちが篭っている。 


女勇者「...2人とも、こんなに強いんだね」 


女勇者が魔法をかけたのは、彼ら2人が弱いと思ったから。 

きっと、このままだと死んでしまうだろうと思ったからであった。 

だが魔王子と女騎士はそうは思っていない、防御魔法がかかっていなくとも同じことを祈っただろう。 


女勇者「あの2人のことは知らないけど、君たちがそう言うなら生きてるさ」 


魔王子「俺の全力を破った男と女だ...簡単に死なれたら困る」 


女勇者「へぇ、君の全力かぁ...それも気になるけど、彼らも気になるなぁ」 


女勇者「次はちゃんと紹介してよね!」 


女騎士「当然だ、まず彼の出身を聞いたら驚くぞ?」 


笑みをこぼしながら、雑談を始める。 

大量の死神が展開しているというのに、呑気な光景であった。 
604: :2018/12/11(火) 20:32:34.01 ID:
死神6「シネ」 


──■ッ! 

言葉を発した死神の1匹が闇の剣気に切り裂かれた。 

無粋な魔物に待っているのは、死あるのみ。 


魔王子「死ぬのは貴様らだ...」 


女勇者「そういえば、女騎士からも僕の魔力を感じるね」 


女騎士「あぁ、話せば長いがな」 


女勇者「...ちょっと試すね?」 


女騎士「うん?」 


女勇者「..."属性付与"、"光"」 


返答も待たずして行われた実験。 

女騎士の身体が光りに包まれる、先程風帝にも行ったモノ。 

待っているのは身体の力が抜けるような感覚、のはずだった。 


女騎士「...これはっ!?」 


魔王子「...なるほどな」 


女勇者「やっぱり...うまくいった!」 


女騎士「な、なにがおきているんだ...?」 


自分の身体が光り輝いている。 

本来なら、風帝のように行動不能になるはず。 

しかし決定的な箇所が奴とは違う、だからこそ光を受け入れている。 


女勇者「僕の魔力を持っているってことは、光を受け入れられるはずだよ!」 


光は光を抑えることができない、フグが自分の毒で死なないのと同じ。 

自分の魔力が女勇者の魔力に侵されている、つまりは光に抑制させられる魔力が存在していない。 

倦怠感や自分の魔力が使えないが、女勇者による光の恩恵を受け入れられる身体を得ている。 


女騎士「これは...非常に頼もしいぞ」 


女勇者「悪いけど...僕は遠距離攻撃ができないから、魔法で援護させてもらうよ!」 
605: :2018/12/11(火) 20:34:28.43 ID:
女勇者「"治癒魔法"」 


──ぽわぁっ...! 

別の光が3人を包み込むと、身体にできた傷がみるみる塞がっていく。 

賢者の修行を終えた魔女の魔法には劣るが、それでも十分なモノだった。 


魔王子「...強い光だ」 


女騎士「そうか...女勇者は普通に魔法が使えるのか」 


女勇者「えへへ」 


女騎士「...完全に魔法が使えないのは私だけか」 


魔王子「そう悲観するな、俺も徐々に抑えられている」 


魔王子「...あと1日持つかどうかだな」 


自分の魔力はすでに枯渇しているというのに。 

だが彼女はその差にへこたれない、自分には自分のできることをする。 

それが彼女の騎士道、絶対に折れない心の要因であった。 


女騎士「せめて足を引っ張らないようにするさ」スチャッ 


──ダァァァァァァァァァァン□□□ッッッ!! 

光に包まれた散弾が複数の死神の命中する。 

肉眼では目視できない弾速、威力、拡散力、そして光。 

あらゆる点が優れている攻撃に、奴らは一撃での死亡を余儀なくされた。 


魔王子「...どの口がいうのか」 
606: :2018/12/11(火) 20:36:06.82 ID:
女勇者「すっごいねその武器...」 


女騎士「予め魔女が弾とやらを大量生産していたようだな...それが吉となったか」ジャコン 


弾とやらを作っていたその光景、それは列車に乗り込んですぐであった。 

抜け目のない魔女は治癒魔法と伴に、弾丸の精製も行っていたようだ。 

鎧の収納に入れた実包を確認する、残り30発程度だが派手にばら撒かなければ十分。 


魔王子「...貴様は接近した奴らにソレをぶち込め」 


魔王子「遠くの奴らは俺がやる...」 


女勇者「僕は魔法であいつらの動きを鈍らせてるかなぁ」 


女騎士「...ふふ」 


女勇者「どうしたの?」 


女騎士「いや...久々に一緒に戦えるな」 


女勇者「...そうだね」 


女騎士「この絶望的な状況...だというのに、希望が湧いてくる」 


女騎士「ここを乗り越え、彼らの生還を祈り...魔王に打ち勝とう」 


自暴自棄や楽観的すぎる発言ではない。 

彼女自身が心底そう思っている、女勇者の復帰が彼女をみなぎらせている。 


魔王子「────くるぞ」スッ 


──■■ッッッ! 

魔王子の闇の音が、戦いの火蓋を切った。 

だが直面しているのは絶望的な兵力差、決して楽な戦いではない。 

しかし彼らの心には、少しばかりの余裕を保つ事ができていた。 


~~~~ 
607: :2018/12/11(火) 20:36:42.15 ID:
今日はここまでにします、近日また投稿します。 
下記はTwitterIDです、投稿をお知らせする手動BOTです。 

@fqorsbym
608: :2018/12/12(水) 21:46:30.35 ID:
~~~~ 


???「...ここは?」 


身体が冷える、まるで水に浸かっているような感覚。 

周囲を確認すると、どうやら浜辺で横たわっていた様だ。 

彼女の名前は魔女、そしてその横で倒れているのは当然彼であった。 


魔女「──きゃぷてん...っ!」 


隊長「────」 


少し離れたところに彼は横たわっていた。 

列車ごと湖に落ち、流されて浜辺に打ち上げられた様子であった。 

未だに目を覚まさないが呼吸はしている、どうやら女勇者による防御魔法が一命をとりとめた。 


魔女「...どうしよう」 


自分の手持ちを確認する。 

幸いにも無くし物はなかった。 

目覚めない彼の横で、ハンドガンを力強く握る。 


魔女「...」 


彼ならどのような決断を下すだろうか。 

ここぞという修羅場では、いつも彼の判断に身を委ねていた。 

塀の都で、判断に困っていた帽子の気持ちが今になってわかる。 


魔女「...こんなに難しいことなんだ」 


こんなにも絶望的な状況なのに不思議と涙がでなかった。 

これは希望があるからではない、諦めの意味が強かった。 


魔女「...進まなきゃ」 


か細い腕で、隊長の支える。 

体重のある彼を肩で支えるのは厳しいもの。 

ただでさえ光に侵されているというのに、それでも彼女は前に進もうとする。 


魔女「ここは...」 


浜辺を離れると、すぐに景色が変わる。 

鬱蒼とした密林の入り口が立ちはだかった。 
609: :2018/12/12(水) 21:48:07.31 ID:
魔女「...そういえば」 


暗黒街の宿で見せてもらった地図を思い出す。 

列車に乗れば湖、密林、そして城下町を通過し魔王城に到着する。 

無計画に進んだ道は正解だった。 


隊長「────」 


魔女「...行くわよ」 


1人で会話をすることで正気を保つ。 

頼れる人が誰もいない、自分自身でどうにかしなければならない。 

あまりにも過酷な状況であった、ゆらゆらと彼を支えてゆっくりと歩み始める。 


~~~~ 


~~~~ 


魔女「...ひどい臭いね」 


密林に入って間もなく、感じたのはその悪臭であった。 

生物が腐った匂い、探せば死体が転がっていると思われる。 


魔女「...っ」 


──ぐちゃっ 

次に感じたのは足場の悪さ。 

植物の根っこと泥と思しきものが組み合わさって最高に歩き辛い。 


魔女「...暗いわ」 


そして最後に感じ取ったのはその暗さ。 

木々が鬱蒼としすぎて空が見えない、まるでまだ夜が開けてないような感覚だった。 


魔女「...借りるわね」 


隊長からライトを再び拝借する。 

照らす範囲は限られるが、その頼もしさは健在であった。 

左手は隊長の肩を支えている、右手はハンドガンを握っている。 


魔女「もう1本腕がほしいわね...」 


自虐めいたことをいいながらハンドガンを収納した。 

自衛できる武器が手元から離れるが、前に進めなくなるよりはマシだった。 
610: :2018/12/12(水) 21:49:57.10 ID:
魔女「......」 


──かさ...かさ...かさ... 

明かりを頼りに前に進む、不気味なほどに静かな密林に響くのは。 

それは葉っぱが身体にこすれる音、それらが徐々に魔女の精神を蝕んでいった。 


魔女「...うぅ」 


──かさ...かさ...かさ... 

進めど進めど、同じ音。 

足取りの悪さと疲労が相まって、気が狂いそうになる。 


魔女「...ぐすっ...ひぐっ」 


──かさ...かさ...かさ... 

おかしくさせてるのは、それだけではなかった。 

暗さ、臭い、そして極めつけは、大事な大事な1つの要因。 


魔女「起きて...私を1人にしないで...ひぐっ」 


隊長「────」 


魔女「もう無理だよぉ...」 


魔女「誰か...助けてよぉ...」 


魔界の密林の恐ろしさがそこにあった。 

理性があるほどに蝕んでいく、とてもじゃないが生きていける環境ではない。 

この木々の集まりに魔物など存在しない、あるのは植物と狂気だけであった。 


魔女「ひっぐ...ひっぐ...」 


──かさ...かさ...かさ... 

それでも前に進むことをやめない、なぜだろうか。 

足が無意識に動く、精神はもう限界なのに身体が勝手に動くというのだ。 


魔女「辛いよぉ...」 


(「...ツギはあきらめるな」) 


魔女「うぅ...ぐすっ...諦めたくないよぉ...」 


その言葉は魔女の村で聞いたモノ。 

未来永劫に忘れることのない、心の支えであった。 

彼に支えられながらも彼女は彼を支え歩き続ける。 


~~~~ 
611: :2018/12/12(水) 21:51:35.42 ID:
~~~~ 


隊長「...お前がドッペルゲンガーか」 


ここは隊長の精神世界、そこには同じ人物が2人も佇んでいる。 

1人はいつもの彼、そしてもう1人はとても黒い見た目をしていた。 

あの時魔闘士が言っていた言葉は聞こえていた、険しい目つきで質問を投げかける。 


ドッペル「...あぁ、そうだ」 


隊長「...いつ憑いた?」 


ドッペル「...事実を知ったら、後悔するぞ」 


隊長「...言え」 


ドッペル「...じゃあ教えてやる」 


ドッペル「ユニコーンの魔剣だ」 


ドッペル「お前が帽子の形見として持った剣に俺は憑いていた」 


ドッペル「正確に言うと、ユニコーンの時点だがな」 


ドッペル「お前があの時...形見を拾っていなければこんなことにはならなかった」 


隊長「...ふざけるな」 


ドッペル「事実だ、お前ならわかるだろう?」 


ドッペル「...俺はお前だ」 


隊長「...」 


思わず頭を抱えてしまう、あまりにもひどい言葉であった。 

顔も声も隊長そのまま、まるで自分自身がそう言ってるような錯覚に陥る。 

爆発しそうな感情を抑え次の尋問に移行する。 


隊長「...何が目的だ?」 
612: :2018/12/12(水) 21:53:02.54 ID:
ドッペル「魔女を殺し、それで生まれた絶望を餌として得るためだ」 


隊長「...なぜ、いままで身体を奪わなかった?」 


ドッペル「...お前が人を殺すのに慣れているからだ」 


ドッペル「絶望が俺を強くする...前にそう言ったよな?」 


隊長「...あぁ」 


ドッペル「身体を奪うには、ある程度の絶望という感情が必要だ」 


ドッペル「普通の人間なら生き物を惨殺した瞬間に、自己嫌悪で絶望する」 


ドッペル「だから俺はお前の身体で...偵察者や魔法使いを惨殺するように感情を弄った」 


ドッペル「だが...お前は絶望どころか嫌悪すらしなかった」 


ドッペル「...お前の中の"正義"が強すぎる」 


ドッペル「あのいけ好かない人間と対峙して、ようやく俺が出てこれたわけだ」 


隊長「...そうか」 


苦言を呈された、自分でも殺し慣れしていると自覚している。 

だが、その正義がなければ何人のも仲間がやられてたかもしれない。 

この正義がまともじゃないことを示されても、彼は嫌悪をしなかった。 


ドッペル「...1つだけ、忠告してやる」 


ドッペル「これからはあの光を使うな...力が欲しければ魔力と闇を貸してやる...」 


隊長「...そんな都合のいい提案があってたまるか」 


~~~~ 
613: :2018/12/12(水) 21:54:15.89 ID:
~~~~ 


魔女「...」 


──かさ...かさ...かさ... 

彼女は進む、葉っぱが肌に触れこそばゆくとも。 

泣き言は言わなくなったが、涙は止まらない。 

その顔は泣き疲れた子どものようなものであった。 


魔女「──っっ!?」グラッ 


──ガッッ! 

足元が引っ掛かった、それと同時に転んでしまう。 

彼女が転べば支えている彼も同じ、ましては彼は受け身など取れない。 


隊長「────」ドサッ 


魔女「──きゃぷてんっ!?」 


魔女「ごめんね...ごめんね...いたかったよね...」 


魔女「ごめんなさい...」 


魔女「許して...魔法を使えない私を許して...」 


明らかに様子がおかしい。 

完全に情緒不安定、いつもの気の強い魔女はいなかった。 

一通り謝罪が終わると彼女は膝を立てた状態で座り、縮こまってしまった。 


魔女「...ぐすっ」 


隊長「────」 


こんなにも辛そうな、可哀想な表情をしているのに彼は起きない。 

きっと起きていたら慰めてくれているだろうに、その時だった。 


魔女「────むぷっっ!?」 


──どくっどくっどくっ... 

何かが口もとに張り付いて、口内に侵入してきた。 

急いで剥がそうとするが徒労におわる、液体が注入されていく。 
614: :2018/12/12(水) 21:56:18.47 ID:
魔女「──むぐううううううううううううっっ!?」 


その異物感に、身体は吐き気を催す。 

苦しさのあまりじたばたしたのが幸運だった。 

右手に握っているライトが、張り付いているものを照らした。 


魔女「むぐうううううっっ!!」スチャ 


──ダンッ! 

そのような音と共に、魔女は開放された。 

口に張り付いていたのは触手、それはウツボカズラのようなものから伸びていた。 

ギリギリ残った理性がハンドガンによる射撃を可能にした、急いで口内に侵入した触手を引っ張り出すと。 


魔女「────っっ」 


──びちゃびちゃびちゃ...っ! 

女子が出すような音ではない。 

激しい嘔吐感に負け、口から液体を吐き出してしまった。 

四つん這いになりすべての液体を排出し終える、ムゴすぎる光景であった。 


魔女「げほっ...げほっ...」 


魔女「...あれ?」 


しかし、吐瀉物を見て彼女はあることに気づく。 

左手にライト、右手にハンドガンを握りしめて勇気を振り絞る。 


魔女「これって...?」 


吐瀉物をじっくり見てみる。 

胃液と液体と共に、何かが混じっているのを感じた。 

通常なら気づけない量のモノ、賢者の修行を終えているからこそ気がついた。 


魔女「...魔力?」 


混じっていたのは魔力、肉眼では確認できないがそのような雰囲気を感じた。 

だが、今は光によって魔女の魔力はない状態。 

自分の魔力ではないのは確かだった。 


魔女「...まさかっ!?」 


自分の魔力ではない、じゃあ誰の魔力なのか。 

先程の失っていた理性が希望に導かれ舞い戻ってくる。 


魔女「もしかして、女勇者の魔力...?」 


どうやら、この植物の液体は魔力を抽出する作用があるらしい。 

恐らく魔物の魔力を奪うことで拘束し、捕食するためのモノと説明できる。 
615: :2018/12/12(水) 21:58:01.12 ID:
魔女「じゃ、じゃあ...」 


未だにお腹から感じる、液体の異質感に耐える。 

先程撃ち落としたウツボカズラに接近してみる。 


魔女「...まだ、入ってる」 


魔女「これを...飲めば...」 


まだ、大量の液体がそこには残っていた。 

これを飲んでは吐き出すことで、女勇者の魔力を排出することができる。 

彼女はそう仮説を立てた、だがそれはどれほどのリスクがあるのか。 


魔女「...」 


仮説を否定したくなる要素がいくつもあった。 

その液体には動物の死骸のようなものが沈み、虫が浮いてたりする。 

さらには明らかな腐敗臭と極めつけはその蛍光的な青い色、生物が口にしていい代物ではない。 


魔女「でも、飲まなきゃ...」 


魔女「...ひどい臭い」 


だが彼女は決行する、毒性の有無も考えずに、頭の回る魔女にしてはありえない。 

密林に狂わされた理性が、魔力を取り戻したいという焦燥感が、そして隊長を助けたいという執念が。 

カタカタと手を震わせながらも錬金術用の器に液体を掬った、それが彼女の決断であった。 


魔女「...」スッ 


掬ってみてわかる、かなり粘度が高い。 

飲み込んでも、すぐにすべてを吐き出すことは難しい。 

お腹に残る異質感の原因はそれであった。 


魔女「...行くわよ」 


──ごくっ! 

すぐさまに身体から拒絶反応が現れた。 


魔女「────っっ!!」 


飲み込んで、すぐに吐き出した。 

魔力とともに、身体中の全てが飛び出しそうな感覚だった。 


魔女「ぼえっ...げほっ...」 


たった一口でこのありさま。 

さっきの分と合わせても、ごくごく僅かな魔力しか排出できていない。 

少なく見積もっても、あと数十杯は飲まなくてはいけない。 
616: :2018/12/12(水) 21:59:19.78 ID:
魔女「はっ...はっ...はっ...」スッ 


──ごくっ! 

軽く過呼吸になるが、再び液体を飲み込む。 


魔女「────っっっ!!」 


立ち膝状態の足元に多量の吐瀉物が広がる。 

二口目、わずか二口目で彼女の限界が来てしまう。 


魔女「む、むりぃ...むりだよぉ...」スッ 


──ごくっ! 

泣き言をいいながら、新たに掬う。 

彼女の顔は涙と液体等でぐちゃぐちゃになっている。 


魔女「────っっ!!」 


誰かに脅迫されているような、そんな動き方だった。 

口では嘆いているが、身体は勝手に動いている。 

彼を助けたいという強迫観念が身体を操っている。 


魔女「────はっ、はっ、はっ、はっ、はっ...」 


今度はひどい過呼吸が彼女を襲う。 

そして、身体から様々な拒絶反応が新たに生まれている。 

頭がズキズキと、お腹がキリキリと、喉がイガイガと。 


魔女「もう嫌あああああぁぁぁぁぁぁ...」 


たった3杯で、掬う手を完全に止めてしまった。 

このまま止めていれば、辛い目には合わないだろう。 

だが、不幸なことに目線にあるものが入ってしまう。 


隊長「────」 


魔女「──うっ...の、飲まなきゃ」スッ 


──ごくっ! 

救いたい者が見えてしまったのなら動かない訳にはいかない。 

かすかに理性が残っている、それはいかに残酷なものか。 

歯をガチガチと震わせながら再度液体を飲んだ。 


魔女「────っっ!」 


吐き出したものの一部がサラサラし始めてきた。 

胃液が残っていない証拠だ、次からは液体が胃液に希釈されずに胃に入ってくるだろう。 
617: :2018/12/12(水) 22:00:27.15 ID:
魔女「ま...まだよ...」スッ 


──ごくっ! 

飲んだはずなのに嘔吐感はなかった。 

それもそのはず、身体は何度も嘔吐できるように作られていない。 


魔女「────っ!?!?」 


彼女の腹筋や横隔膜は疲労し、胃の収縮を止めてしまっていた。 

お腹にはあの液体が入りっぱなし、地獄の片道切符であった。 


魔女「──痛いっっ!?」 


身体の中が燃えているような感覚だった。 

胃液の希釈もなし、ダイレクトに液体が入り込んでいる。 

異質を感じているというのに、吐き出すことができない。 


魔女「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっ!!!!」 


魔女「────っ!?」 


しかし、幸いにも身体の筋肉はすぐに動いてくれた。 

ラグがあったものの、5杯目も吐き出した。 

だが、そのラグが魔女を非常に苦しめる。 


魔女「...っ」 


ピタッ、と再び手が止まる。 

今度は癇癪を起こしたからではない。 

理性があるからこそ、止まってしまった。 


魔女「また...吐き出せなかったら...?」 


今度ばかりは、本当に吐き出せないかもしれない。 

先程味わった恐ろしさがその手を止めていた。 

一度感じた恐怖を振り払うことは極めて困難だろう。 
618: :2018/12/12(水) 22:01:43.54 ID:
魔女「...」 


掬うための手は止まり、ガタカタと震えているだけ。 

飲むための口は、歯をガチガチと鳴らしているだけ。 

もう二度と飲むために動くことはない、そのはずだった。 


魔女「...ごめんね、借りるね」 


液体を飲むのを諦めてた魔女は、隊長に近寄る。 

そして、震えている手を彼の手に合わせる。 


魔女「...汚くなっちゃうかもだけど」スッ 


──ごくっ! 

互いの指の間に指を絡める、すると震えは止まった。 

不思議と勇気が湧いてきたような気がした、液体を飲もうとする腕が進む。 


魔女「────っっっ!!」 


──びちゃびちゃびちゃ...っ! 

目覚めぬ隊長に掛からないように位置取りをしている。 

筋肉の疲労に臆することなく嘔吐し続ける、彼女が彼の手を結ぶ限り。 


魔女「...私、がんばるからね」 


このあと、魔女は23杯分もの液体を吐き出すことに成功する。 

経過時間は日没までの約8時間、途中に何度も発狂しかけたりする。 

だが握っている手が何度も勇気をみなぎらせた。 


魔女「────っっっっ! これでぇ...24杯目ぇ...」 


魔女「────っ」ガクン 


その1杯が終わると意識が消える。 

その消えかけの記憶には、ある感覚が通り過ぎていった。 

太陽のような光が抜け稲妻のような光が戻ってくる、そんな幻覚のようなものが彼女を見送った。 


~~~~ 
619: :2018/12/12(水) 22:02:35.20 ID:
今日はここまでにします、近日また投稿します。 
下記はTwitterIDです、投稿をお知らせする手動BOTです。 

@fqorsbym
620: :2018/12/13(木) 22:17:42.70 ID:
~~~~ 


女騎士「はぁ...はぁ...」 


疲労困憊した様子だった。 

遠距離は魔王子に任せたところで、近距離は自分で対処しなければならない。 

接触させらたら即死、一瞬の判断が強いられる緊張が数時間も続けば当然疲れる。 


女勇者「大丈夫?」 


汗1つかいていない、かなり余裕な表情。 

それもそのはず、この中で唯一光に侵されていない。 

しかし、もう1人の方は深刻な表情だった。 


魔王子「...ッ」 


同じく、汗1つかいていない。 

だが苦虫を噛み締めたような顔をしている。 


女騎士「...私はまだ大丈夫だ」 


女勇者「魔王子くんは?」 


魔王子「...」 


女勇者「...駄目みたいだね」 


魔王子「黙れ...まだやれる」 


女勇者「嘘だよ、2人ともちょっと休んでて」 


女騎士「お、おい...なにをするつもりだ?」 


魔王子「...周りをよく見てみろ」 


前に出る女勇者は周囲を確認する、死神は数百匹はいる。 

魔王子が次々と倒していくが、増援のスピードについていけずこのザマ。 


魔王子「...奴ら、列車と同等の速度をだしているがそれ以上の速度を気軽に出せんようだ」 


魔王子「接近されることは稀...だが、この列車も次第に目的地へと到着するだろう」 


女騎士「...今走っている橋の下は城下町だ、もうじき魔王城につく」 


女騎士「そして魔王城についたのなら...この列車は止まる」 


女騎士「...万事休すだ」 


目的地に到着したのなら、列車は止まるために必然的に速度を落とす。 

そうなったのなら、死神は接近が容易になりあとは物量に押され敗色は濃厚だろう。 
621: :2018/12/13(木) 22:22:57.46 ID:
魔王子「...」 


自分の持っている魔剣を握りしめる。 

再び一体化をし風帝戦のように全面を攻撃しようと試みる。 

そうすれば機転になるかもしれない、しかし不安要素が彼を悩ませる。 


魔王子(今度こそは、剣が折れてしまうかもしれん...) 


女勇者「...僕にまかせて」 


女騎士「...わかった」 


この修羅場になにを言い出したか、遠距離攻撃もできない分際で。 

なにをするかはわからない、だが彼女は彼女に託した。 

女騎士はどうすることもできない無念を悔やんだ顔をしていた。 


魔王子「...まだやれると言っている■」 


闇を出そうとした瞬間だった。 

女勇者が魔王子に目線を合わせてきた。 


女勇者「────"属性付与"、"光"」 


──□□□□□... 

眩い光と音が彼を包み込む。 

光の魔力に侵食されていると言っても、魔王子自身の魔力が残ってはいる。 

身体に重みが現れた、残りが限られている彼自身の魔力が抑えられてしまった。 


女騎士「な...!?」 


魔王子「──なにを考えているッ!?」 


女騎士「ごめんね、でもこうでもしないと眩しいと思うから──」 


死神「────モラッタ、シネ」 


裏切りにも近い女勇者の光。 

その時だった、その機会を逃す訳がなかった。 

1匹の死神が急接近してきた、このままでは接触は免れない。 
622: :2018/12/13(木) 22:24:46.30 ID:
魔王子(...だめか) 


女勇者「────"光魔法"」 


────□□□□□□□□□□□□□□□□□□ッッ...! 

遠距離攻撃はできない、それは光魔法でも同じであった。 

彼女の魔法では遠くの敵まで無力化することはできない。 

だが彼女は攻撃する為に魔法を唱えた訳ではない、皆を護るために唱えたのであった。 


魔王子「...これは」 


女勇者「このまま...日が沈むまで...僕が太陽の代わりに...」 


事前に光に包まれていなければ、力は奪われさらには失明していただろう。 

眩しすぎていた、それほどに巨大で強力な光だった、とてもじゃないが近寄れない。 

これを作るには相当な魔力が要する、それを証明するように女勇者は汗を垂れ流していた。 


女騎士「凄い...しかも持続させているのかっ!?」 


女勇者「うんっ...だから、ちょっと集中してるから話しかけないで...!」 


女騎士「す、すまん...だがこれは凄まじすぎるぞ」 


死神「──グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ、ッ!?」 


魔王子「...!」 


女騎士「...死神共も苦しんでいるぞっ! どうやら近寄れないみたいだっ!」 


女勇者「──日没まであとどのぐらいっ!?」 


死神がいる理由、それは日食だから。 

つまりは日食が終われば、食われている日が沈めば。 

彼女が創り出したその太陽が、この世の光の肩代わりをしている。 


魔王子「────あと少しだッ!」 


~~~~ 
623: :2018/12/13(木) 22:28:08.67 ID:
~~~~ 


隊長「────ッ」ピクッ 


ある1人の人物が目覚める、周りが暗くてよく見えない。 

あるものを手に取ろうとするがいつもの場所にない。 

仕方なく数本しかないサイリウムを折った、すると淡い緑色の明かりに包まれた。 


隊長「...?」 


──ずる...ずる...ずる... 

足元に何かが巻きついている。 

そして、何者かに足を引きずられている、そんな音が聞こえた。 

触手のようなものが見えたが、もう1つの光景が彼を目覚めさせる。 


魔女「────」 


隊長「──魔女...ッ!?」 


魔女がウツボカズラのような植物に捕食されかけていた。 

彼女は気絶して動けず、自身は足を拘束されている。 

絶体絶命のピンチだが、彼には心強い武器があった。 


隊長「──ハンドガンがないッ!?」 


いつもの収納場所にその武器はない。 

しかし誰かが自分の身体にベルトでアサルトライフルを持たせておいてくれたようだ。 

この武器は長さがありハンドガンよりかは扱いづらい、だが彼は難なく発砲をする。 


隊長「────ッ!」スチャ 


──ババババババッッ! 

実弾に耐えられるわけもなく、植物は沈黙した。 

拘束していた触手も同時に沈黙し、隊長は魔女に駆け寄った。 

その顔は植物のせいなのか色々な液体まみれだった。 


隊長「魔女ッ!? 無事かッ!?」 


隊長「すまん...もっと早く気づけば...」 


隊長「...お前が持っていてくれたのか」 


魔女の両手に握りしめてある、ライトとハンドガンを見つける。 

そっと、ほぐすように手を優しく開いてあげた。 
624: :2018/12/13(木) 22:29:34.00 ID:
隊長「魔女...しっかりしろ...」 


隊長「俺だ、Captainだ...わかるか?」 


魔女「────」 


隊長「...鼓動はある、息もしている...死んではいない...よかった」 


隊長「...ここは危険のようだな」 


ここは危険な場所、ましては仲間が気絶している状態でこの場に留まるわけにはいかない。 

彼女の持ってるハンドガンやライトをしまい、彼女を背負う。 

そして暗い密林をアサルトライフルとライトを構えながら進もうとする。 


隊長「記憶が確かなら俺は...」 


思い返しながら、足を進める。 

研究者のこと、闇に飲まれた自身のこと、ドッペルゲンガーのこと。 

あまりにも規模の大きい出来事が自分に降り注いでいた。 


隊長「...」 


過去のことを振り返りながら、苦悶する。 

魔女がちゃんと生きていることを確認し安心する。 

両極端な気持ちがせめぎ合うなか、ある感情が芽生える。 


隊長("あの野郎"は結果的に俺ではなくドッペルゲンガーによって殺された) 


隊長(...結局、仲間の仇すらとれなかったのか) 


そのドス黒い感情は、狂気。 

狂気が彼の過去をフラッシュバックさせた。 


~~~~ 
625: :2018/12/13(木) 22:31:50.75 ID:
~~~~ 


???「...CAPTAIN!」 


若い男の声が、車内に響いた。 

その声は青くもあり、これからの伸びしろに期待できる声でもある。 

キャプテンと呼ばれる男、これは彼がフラッシュバックした記憶。 


隊長「...あぁ、すまん...寝不足なんだ」 


男「しっかりしてください、あなたがこの部隊の責任者なんですから」 


隊長「そうだな...軽率だった」 


男「...今度は、1人で徹夜せずに私を頼ってください」 


寝不足の原因、それは昨夜の書類仕事だった。 

この頃の隊長には今のような威厳はなく、少しばかりルーズな印象があった。 


隊長「それで、奴は?」 


???「現在、動きがない模様です」 


その声は同じく若い、それでいてハッキリとした喋り方。 

芯の強そうな女性の部隊員が現状を報告した。 

運転手を除くと、この車内には3人。 


女「...本当にこの人数でいいのでしょうか」 


隊長「報告によれば奴の逮捕には過去14回も失敗に終わっているらしい」 


隊長「8回目ぐらいまでは本部も躍起になって追っていたらしいが...」 


隊長「末端の俺たちにこの仕事がきたんだ...あとは察してくれ」 


隊長「通信は逮捕に成功した時のみ送れとさ...参ったな」 


女「はぁ...腐ってますね、なんて自由な国なんでしょうか」 


男「問題児の我々にまわして来るなんて何を考えているんでしょう」 


隊長「...その"我々"には俺も入っているのか?」 
626: :2018/12/13(木) 22:33:33.86 ID:
男「...気に入らない上司をぶん殴って、問題児ではないとでも?」 


隊長「...お前は気に入らない上司に淡々と暴言を吐いたんだってな」 


女「そんなことをして...まともなのは私だけのようですね」 


隊長「いやお前が一番...まぁ、もうじき現場につくから最終セッティングをしておけ」 


男「わかりました」 


女「...了解しました」 


隊長はいつもの、男も同じくアサルトライフルとハンドガン、そしてC-4。 

女はその華奢な身体つきに似合わず、ショットガンとハンドガンを調整していた。 

すると彼らを運んでいた車は動きを止めた、それが意味していることは1つしかない。 


女「...どうやら、到着した模様ですね」 


隊長「...ここか」 


男「これが14回も特殊部隊を追い返した家ですか...」 


女「居場所がわかっているのに逮捕できないなんて、一体なにが...?」 


隊長「...何人も死傷者がでている、気をつけて行動してくれ」 


いつも通りにやればいい。 

ただ少しばかり難しい仕事が来た程度にしか思っていなかった。 

この出来事が、彼の人生を変えるモノになるとは、この時は思いもよらない。 


~~~~ 


~~~~ 


隊長「...これは」 


この家の外見は富裕層の1軒屋。 

近辺には何も存在せず、孤立した立地ではあるが妙な所などなかった。 

だが潜入して間もなくその異常さが測れてしまう、玄関に散らばっていたモノとは。 
627: :2018/12/13(木) 22:36:15.87 ID:
女「Marijuana、Coke、Meth...全部ドラッグですね」 


隊長「...どうやらこの建物自体は、ギャングたちのたまり場と化しているみたいだな」 


男「まずいですね...そんなに手錠もってきてないですよ」 


女「こんな奴ら、ぶっ殺してやればいいのでは?」 


玄関は愚か、家の全体の床に転がっていた。 

注射器、そして何かを燃やしたような跡、不快な香り。 

そして極めつけは自力で起き上がることのできないギャングたちが横たわっていた。 


隊長「...こいつらは動かなさそうだ、放置しておけ」 


隊長「それよりも、ここがたまり場になっているならば..."奴"はここを家として使用していないようだ」 


男「...隠し部屋、地下室、それとももぬけの殻」 


女「その3つが有力ですね...私としては隠し部屋だと思います」 


隊長「もぬけの殻はありえないだろう、奴は何度も実験を繰り返しているらしい」 


隊長「実験道具ごとの逃走は時間も費用もかかるだろう...まだ潜伏しているはずだ」 


男「私もその意見に賛成です」 


女「...探索するために、散開しますか?」 


隊長「あぁ...注意を怠るな、この屑共が目覚めて襲ってくるかもしれんからな」 


~~~~ 
628: :2018/12/13(木) 22:39:14.75 ID:
~~~~ 


隊長「...」 


いくら広めの家だとしても、野外に比べたら狭い。 

その狭さの中、器用にアサルトライフルでクリアリングを行う。 

隊長の顔つきは若く、この頃から卓越したセンスの持ち主だということが伺える。 


隊長(...それにしても、キマっている奴らが多いな) 


彼は今2階部分と探索している。 

その途中で通過した階段、廊下、そして2階の部屋にまでギャングたちが横たわっていた。 

どれもこれも起きる気配は無く、不気味なものだった。 


隊長(こいつら、なぜここに溜まってるんだ?) 


珍しく勘が鈍い、いつもならある程度察しがついていたかもしれない。 

それもそのはず、これは過去の記憶、キャプテンを務めてはいるがまだ青い。 


隊長「────ッ!」ピクッ 


そして、彼は見つけてしまった。 

犯罪者嫌いを助長させる、無残な姿を。 


隊長「...レイプか」 


その子は両手両足がベッドに拘束され、身体は穢れていた。 

ドラマや映画、現場の後始末、間接的にはその光景を何度も見てきた。 

だが、現場での直接的な場面には初めて遭遇した。 


隊長「...」スッ 


乱れたブロンドヘアーを整えてあげ、顔を露出させる。 

可憐な風貌だが、その顔に命は感じなかった。 

そっと、目を閉じさせてあげた。 


隊長「...Shit」 


嫌悪感が沸き立つ。 

今現在の隊長が犯罪者を毛嫌いするルーツがここにあった。 

そのストレスに耐えきれず、設置されていた録画カメラを蹴飛ばした。 
629: :2018/12/13(木) 22:42:14.16 ID:
隊長「...」 


──ガタッ!! 

その時だった、この音は蹴飛ばしたカメラの音ではない。 

物音がした方にアサルトライフルの照準を合わせる、そこに居たのは。 


???「AAAAAAAAAAAAAA...」 


隊長「...お前か? これをやったクソギャングは...」 


ギャング「────AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!」ダッ 


隊長「────ッッ!」スッ 


──バキィィィッッッ!! 

隊長の拳が顔面にぶち当たる。 

飛びかかってきた勢いもあってか、顔面崩壊レベルの骨折になっている。 


隊長「Fuck you...」 


手をプラプラさせ、自身の拳に走る痛みを拡散させようとする。 

手袋のおかげか、幸いにもコチラは骨折せずに済んだようだ。 

じたばたと暴れているギャングの腕を手錠で拘束し、胸ぐらをつかむ。 


隊長「ギリギリ生きてるな? 悪いが喋ってもらうぞ」 


ギャング「aaaaaaaaaaaaaa...」 


隊長「...チッ、やりすぎたか」 


騒ぎを聞きつけてか、階段を登る音が聞こえる。 

2人分の足音、おそらく部隊の仲間だ。 


男「Captain? なにかありました...ってすごいことになってますね」 


女「...レイプ犯ですか? なら当然の報いですね」 


隊長「あぁ...こいつ下半身だけ裸だし、ほぼ確定だろう」 


隊長「ただ、やりすぎた...喋れないようだ」 


男「うわ...これ治るんですか?」 


女「歯が何本も折れてますね」 
630: :2018/12/13(木) 22:43:49.94 ID:
ギャング「aaaaaaaaaaaaaaaaaa...」グッグッ 


隊長「...おかしいな」 


男「なにがです?」 


隊長「対峙したときもそうだったが...興奮しすぎではないか?」 


ギャングの腕は手錠で拘束されている。 

派手に動けば痛みが走るだろう、それなのに手錠を引きちぎろうとしている。 

まるで、人間の理性を失っているような光景だった。 


女「確かに...言われてみればおかしいですね」 


男「キマっているのでは?」 


隊長「...情報を吐かないなら、放置だな」 


男「念のため私の手錠で足も拘束しておきますか」 


女「当然です、レイプ魔に人権などありません」 


隊長「...まだ容疑の段階なんだけどなぁ...問題児チームと言われるのがわかる」 


男「致命傷を与えたあなたがいいますか」 


隊長「...減給で済めばいいさ」 


女「それよりも、地下室を発見しました」 


女「扉はかなり歪んでいて、開けることはできませんでしたが...」 


隊長「Jackpotだ、早速向かうぞ」 


~~~~ 


~~~~ 


──ボンッッ!! 

小さな炸裂音とともに、歪なドアは破壊された。 

彼の所有していたあの装備は、このように使われた。 


男「C-4は便利です、さすがマスターキー」 


女「何を言っているんだか...」 
631: :2018/12/13(木) 22:45:45.72 ID:
隊長「...どうやら、奴はここにいるな」 


3人がクリアリングをしながら辺りを確認する。 

その内装はいかにも、ラボといえるようなモノだった。 


男「真っ白ですね、形から入るタイプなんでしょうか」 


女「Clear...大学のラボですらこんなあからさまじゃないですよ」 


隊長「様々な実験装置のようなものがあるな...奴の資金源が気になる」 


女「どうせマネーロンダリングですよ、そっちを潰すより直に逮捕したほうが早いと思います」 


隊長「あぁ...逮捕したら尋問しなければな」 


──ガタンッッ! 

奴に資金を与えている奴らも、今後調査しなければならない。 

増える仕事の段取りを考えているその時だった。 

奥の方の扉から、裸の女性が現れた。 


隊長「──Freez...」スチャ 


男「...Civilian?」 


???「...」 


女性が沈黙するが、息がかなり荒い。 

裸ではある上に髪の毛は丸刈りにされている。 

まるで、映画にでてくるような実験体のような見た目であった。 


隊長「そのまま動くな、ここでなにを──」 


実験体「──AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!」ダッ 


女性が全速力でこちらに走ってきた。 

その顔は人であることを忘れているような顔。 

隊長目掛け飛びかかってきた。 
632: :2018/12/13(木) 22:48:22.10 ID:
実験体「──ッッッ!?」 


──ダァァァァァァァァンッッッ!! 

鈍い銃声とともに、女性は吹き飛ばされた。 

ジャコンッ、そのようなポンプの音とともに女は叫ぶ。 


女「────FUCK OFFッッ! BITCHッッ!!」 


男「...なにを考えている、死んで尋問できなくなったらどうする」 


女「明らかに向こうに殺意がありました、正当防衛です」 


男「殺意があろうと向こうは丸腰だぞ、テーザーを使え」 


隊長「...この際、女のトリガーハッピーのことは置いておこう」 


隊長「だが...この女性、明らかに様子がおかしい」 


撃たれた女性は足を中心に被弾した模様だった。 

これでは立つことは不可能だろう、しかし女性はもがいている。 

そのもがき方は痛みに耐えきれなくてという風には見えなかった。 


実験体「AAAAAAAAAAAAAッッ!」 


女「まだ襲いかかろうとしてますね」 


男「...Zombieですか?」 


隊長「そんな非現実的なことがあってたまるか」 


女「...見てください」 


女が女性の首元に指をさす。 

そこには大量の注射器の跡があった。 


隊長「...なにかを投与されたのは間違いないな」 


男「ドラッグですかね...」 


隊長「なんとも言えん...」 


──ガタンッッ!! 

再び、奥の扉から裸の女性が現れる。 

その数は多く、わらわらとこちらの部屋に入ってきている。 


隊長「...あながちZombieなのかもしれんな」 


男「どれもこれも女性ばかりですね...」 


女「...虫唾が走りますね」 
633: :2018/12/13(木) 22:50:56.56 ID:
実験体A「AAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!」ダッ 


隊長「彼女らも、なにかを投与されているみたいだな」 


隊長「...発砲は控えるな、でないとこちらが殺されるぞ」 


──ダァァァァァァァァンッ!! 

その言葉を聞いてか、それとも彼女のトリガーが軽すぎるのか。 

射撃音とともに3人のエネミーが倒れ込んだ。 


女「──KILL THE BITCHッッ! HAHAっ♪」ジャコン 


男「トリガーが軽すぎる...と言ってられませんね」スッ 


──バババッ!! バババッ!! 

精密な射撃回数と精度とともに、エネミーを排除していく。 

単純な話、激しく動いているとはいえ直線上に走る彼女らなど唯の的に過ぎない。 


隊長「...14回も失敗しているのはこいつらが原因なのか?」 


男「わかりません...たしかに危険なのはわかりますが...」 


女「これなら、銃をもったギャングたちのほうが危険ですね」 


すべてのエネミーを倒し、冷静になった彼らたちが疑問に答えた。 

異常な興奮状態で襲いかかるとはいっても所詮は丸腰。 

銃を持っている特殊部隊の敵ではないのは確かだった。 


隊長「...進むぞ」 


被弾して横たわってもなお、うごめいている彼女らを素通りする。 

扉を越えた先は先程の白の空間とは別の色で彩られていた。 

鼻に刺さる腐敗臭、そしてそこには遺体が大量に転がっていた。 


女「──ひどい」 


男「Captain...これはもしかして」 


隊長「...14回目の作戦は1ヶ月前だそうだ」 


隊長「この遺体の状態からして...別の部隊と断言できる」 


隊長「...今回はお前のトリガーの軽さに助けられたな」 


そこには銃器と肉塊が大量に転がっていた、形状が保てない程にめちゃくちゃにされている。 

おそらく、この部隊は女性たちをできるだけ射殺せずに対処したと思われる。 

それは失敗に終わり、暴虐の限りを尽くされた無残な結果に。 


女「...あそこで撃ってなければ私たちもこうなっていたわけですね」 
634: :2018/12/13(木) 22:52:31.94 ID:
男「首元は歯型でいっぱいだ...とんだキスマークですね」 


隊長「しかし...なぜ襲いかかるのか」 


女「...私としては、薬物による影響としか思えません」 


男「キマった奴が理性を失い、殺人事件を起こすなんてよくある話ですね」 


隊長「...そうだな」 


部下の言葉に納得をしてしまう、過去の隊長にはするどい勘など備わっていなかった。 

血みどろの部屋を通り抜け奥に進む、隊長が言葉にしなかったある1つの考えが今後彼を苦しめる。 


~~~~ 


~~~~ 


──ガタンッッ!! 

2人の足がドアを蹴破った。 

そしてすかさずに彼らは行動を始める。 


隊長「...Clear」 


女「こっちもClearです」 


男「異常なし...どうやらここが実験施設のようですね」 


辺りを見渡せば簡単に察することができた。 

大量の医療器具のようなものと、ホルマリンが詰まった大きなカプセルが並んでいた。 

そしてその中には、肉塊のようなものが浮いていた。 


隊長「なんなんだこれは...」 


男「まるで、サイコホラーの映画みたいですね...」 


女「一体、なにを実験しているのでしょうか」 


あまりの光景に、3人は目を奪われてしまった。 

3人とも大学は出ており、ある程度の知識は所有している。 

だがそれを遥かに凌駕する情報がこの部屋には詰まっていた。 


男「...これは」 


男が落ちていた注射器を手に取った。 

そのラベルには、ある物質名だけが載せられていた。 
635: :2018/12/13(木) 22:56:05.90 ID:
男「..."α"アドレナリン?」 


女「──もしかして...」 


隊長「なにか...わかったのか?」 


女「...仮説を立ててもよろしいですか?」 


隊長「あぁ、頼む」 


女「おそらくですが...彼女たちが打たれたのはドラッグではなくアドレナリンです」 


女「アドレナリンには興奮成分が含まれています...おそらくそれが影響して攻撃的になっているのかと」 


女「ですが...」 


彼女たちが攻撃的な理由が判明したが、1つ疑問点が生まれていた。 

それは得意分野でない隊長や男でもわかったことだった。 


隊長「医療にもアドレナリンは使われているはずだ...だが」 


男「それが原因であのような状態になっている...そんな事例は聞いたことないですね...」 


男「...大量摂取でああなったということは?」 


女「...それなら副作用で強い疲労感などが起こるでしょう」 


女「あんなにアクティブに動けるはずがありません...」 


女「...やはり仮説に過ぎませんね」 


柄にもなく自虐めいたことを吐き出す。 

だがこの仮説にはある1つの考慮が抜けていた、それは奴のことであった。 


隊長「...いま追っている奴は優れた科学技術を持っていると聞いた」 


隊長「αというのは...手を加えたということか?」 


女「...かもしれませんね」 


隊長「...見ろ」スッ 


隊長が指を指したその先。 

病院などでよく見るカーテンに仕切られたベッドだった。 

影がカーテンに写り込んでいる、2人はその光景を確認すると行動を始めた。 


男「...」 


男が先陣を切った、アサルトライフルを構えながら。 

カーテンつかみ一気にそれを引っ張った、そこに居たのは。 
636: :2018/12/13(木) 22:57:45.21 ID:
隊長「...これは?」 


女「投与前の状態ですかね...」 


実験体B「────」 


そこには、裸で坊主頭ではあるが眠っている女性がいた。 

身体は拘束されているが、健康状態は良好そうであった。 


隊長「...まさか」 


その顔を見て、思い出す。 

髪型は変わり果てているが見覚えがある。 

昨夜の書類に強い心当たりがあった。 


隊長「──ッ!」ピッ 


インカムに手をかけた、本部に連絡を入れるつもりだ。 

本来なら逮捕に成功した時のみに許される行動だった。 

しかし、それは失敗におわる。 


隊長≪急いで調べてもらいたいことがある、昨日送られてきた失踪届を──≫ 


≪ザーッ...ザーッ...≫ 


隊長「──こんな時に故障か?」 


男「...どうしましたか?」 


隊長「...それがだな」 


──ガコンッッ! 

核心をついた仮説を行おうとしたその時だった。 

その音と同時にあたりが暗闇に包まれた。 


女「──なんですかっ!?」 


男「ブレーカーが落とされたか?」 


隊長「...いや、それだけではなさそうだ」 


女「今、ライトを──」ピクッ 


女がライトをつけようとしたその瞬間。 

隊長に引き続き、状況に気づいた男がそれを制止した。 


男「...耳を澄ませ、いるぞ」 


その言葉通り冷静に耳を研ぎ澄ます。 

微かに聞こえる鼻息、音は小さいがとても荒い、彼女らだ。 
637: :2018/12/13(木) 23:00:07.50 ID:
隊長「...今の状況、こちらもあちらも目視できないはずだ」 


虫の羽音並の小声で、状況を伝えた。 

お互いに闇に包まれている、こちらが動けば奴らも動くだろう。 

このまま静止状態でいればやり過ごせるかもしれない、そんな時だった。 


実験体B「──AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!」 


──ガチャンッ! ガチャンッ! 

この唸り声と騒音は隊長の辺りから鳴ってしまっていた。 

ベッドに横たわっていた彼女はすでに投与済みだった模様。 

その音に釣られ、彼女たちが向かってくる音が暗闇に響いた。 


女「──FUCKッッ!」 


──ダァァァァァァァンッ!!! 

暗闇に向けて射撃した銃弾は、あまり効果的ではなかった。 

ぺたぺたぺたぺた、と可愛らしい裸足の音が聞こえるが当人たちにとっては恐怖の音でしかなかった。 


男「くっ...ライトを──」カチッ 


実験体C「──AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!」ガバッ 


男「────HOLY SHIIIIIIIIITッッ!」 


──ババババババババババッッ!! 

男の冷静な性格には似合わない、フルオート射撃。 

射撃音の後には、まるで肉が何かに刺さったような音が響く。 


男「──がああああああああああああああああああああッッ!?!?」 


隊長「────ッッ!!」スチャ 


悲鳴のする方にライトを構えた。 

そこには、数人に群がられる男が叫んでいた。 

ライトに照らされた場所を確認すると、トリガーハッピーが超精密射撃を行った。 


女「...っ」スチャ 


──ダンッ ダンッ ダダンッ!!! 

その音はサイドアームのモノ、素早く取り出したハンドガンが彼女らを葬った。 


女「──MOTHER FUCKING ENEMYSッッッ!!」 


いくら青いとはいえ、その隙を隊長が見逃すわけがなかった。 

負傷した男の肩を支え、急いで戦線離脱を試みる。 
638: :2018/12/13(木) 23:01:35.24 ID:
隊長「──I NEED BACKUPッッ!」 


女「UNDERSTANDッッ!!」 


暗闇の中、無我夢中で距離を作ろうとした瞬間だった。 

隊長の持っているライトが、入ってきたドアとは別のドアを見つけた。 


隊長「──MOVEッッ!!」 


その声に反応して、女が腰にあるモノに手をかけた。 

黒くてまんまるでピンが刺さっているものだ。 


実験体D「AAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!」 


女「ROOM SERVICE♪ FUCK...」 


──からんからんっ 

急いでドアを越え、彼女らが入らないように2人がかりで入り口を抑えている。 

すると、けたたましい炸裂音のあとに沈黙が訪れた、彼女らはグレネードによって処理された。 


隊長「...やったか」 


確証を得るため、少しだけドアを開けた。 

そこにあったのは、肉片と絵の具のように赤い液体だった。 


女「いません、殲滅しました...」 


隊長「...具合はどうだ?」 


男「大丈夫です、このまま作戦を続行しましょう」 


脂汗をかきながら、そう返答した。 

しかし、その小芝居はすぐに見破られてしまう。 

隊長がライトで、彼の手を照らした。 


隊長「...かなり深く噛まれているな」 


女「こ、これは...」 


男「...すみません、しくじりました」 


隊長「もはや野生動物だな...彼女らは」 


女「応急処置をします、動かないでください」 


男「...ッ!」ピクッ 


女「エグいですね...こんなにも深く...」 


収納から、包帯をとりだした。 

手早く処置を行う様は、トリガーハッピーとはいえ女性らしさが詰まっていた。 

その傍らに、隊長がこの部屋のあたりを散策しているとあるものを発見した。 
639: :2018/12/13(木) 23:03:15.40 ID:
隊長「...ブレーカーがこんなところに」 


──ガコンッッ! 

すこし重たいレバーを上げるとあたりが光に包まれた。 

どうやらこの部屋は監禁部屋のようで、いくつもの鉄格子付きの個室があった。 

そして、男の全貌が明らかになった。 


女「...装備越しにも噛まれてますね」 


手のひらには1箇所だけだったが、足の方は数カ所も噛まれていた。 

布でできているとは言え、特殊部隊の装備である。 

かなり頑丈にできているというのに、その噛み跡からは血が少し混じっていた。 


男「...ここから先は役に立てなさそうですね」 


隊長「今はそんなことを言っている場合ではない」 


隊長「...2人はここで待機していろ」 


女「それは危険すぎます...ここは撤退しましょう」 


隊長「...それはできない」 


女「なぜですっ!?」 


怪我人が出ている、普通なら撤退は許可されるであろう。 

しかしそれは許されなかった、その理由はこのブレーカーに存在していた。 


隊長「...このブレーカーは手動で下げられた可能性がある」 


隊長「彼女らがこれを下げれるとは思えない」 


女「...それはつまり」 


隊長「そうだ...誰かが俺たちを監視している」 


男「..."奴"ですね」 


隊長「あぁ、そいつは過去14回も逮捕を逃れている...ここで撤退すれば相手の思う壺だ」 


隊長「だが、怪我人は許容できない...だから、俺1人で行く」 


男「...なるほど」 


隊長「...わかってくれ」 


女「...」 


隊長「...お前らは、ここで待機しながら本部への通信を試してくれ」 


隊長「ここで得た情報はなんとしても持ち帰らないといけない」 
640: :2018/12/13(木) 23:06:10.18 ID:
隊長「...おそらく、ここに関する情報は過去14回とも持ち帰れずに全滅したと思われる」 


男「でしょうね...彼女らの情報なんて一切知らされていませんでしたし...」 


隊長「...頼んだぞ」 


2人とも返事を行わなかった、その指示に不満があったからだろう。 

しかし、最善案は隊長が提示したものであることは間違いない。 

部下の2人は沈黙、その沈黙を肯定と受け止めた彼は1人進んで行く。 


女「...」ピッ 


≪ザーッ....ザーッ...≫ 


女「この分だと、ジャミングされていますね」 


男「監視を受けているかもしれないんだ、当然ですね」 


女「...足の方も処置します」 


男「...」 


痛いほどに、静かだった。 

なによりも心に響いたのは、現状立つことすら厳しい状況の自分だった。 

自分のせいで、女はここに留まらなければいけない。 


男「...この処置が終わったら、Captainと一緒に行ってくださ────」 


女「──それはできません」 


男「...この作戦の目的は奴の逮捕です、私の護衛ではありません...行ってください」 


女「...それはできません」 


女とて、それはわかっている。 

いま自分が隊長についていけば逮捕できる確率は上がるだろう。 

だがここを離れてしまったら男の安否は保証できない。 


男「...わかってください...私を必要としてくれたCaptainの邪魔だけはしたくないんです」 


男「こんなひねくれ者の私と仲良くしてくれる上司は彼だけなんです」 


女「...私だってそうです」 


男「なら...わかりましたね...?」 


女「...ごめんなさい」スッ 


処置を終え、ショットガンを力いっぱい握りしめる。 

そしてそのまま男から離れていった、何度も振り返りそうになるが、女は前を見て去っていった。 


~~~~ 
641: :2018/12/13(木) 23:06:59.86 ID:
今日はここまでにします、近日また投稿します。 
下記はTwitterIDです、投稿をお知らせする手動BOTです。 

@fqorsbym
642: :2018/12/15(土) 14:17:28.90 ID:
~~~~ 


隊長「...」 


いつ敵が現れるかわからない、いつ罠を踏むかわからない。 

極度の緊張状態が続く中、行き止まりに扉を見つけた。 

一呼吸おいてドアを蹴破ろうとした瞬間だった。 


女「──まってくださいっ!」 


隊長「──ッッ!」 


後ろから声をかけられて軽く身が浮いた。 

しかしその聞き慣れた声に鼓動は平常通りに戻っていく。 

そして少しばかり圧のある声で返事をする。 


隊長「...待機を命じたはずだ、命令無視は許されんぞ」 


女「申し訳ございません...ですが、彼と私の意思で来ました」 


女「処罰なら逮捕後にお願いします...」 


隊長「...とっとと終わらせるぞ」 


女「...はいっ!」 


隊長「...Three、Two、One」 


────ドガァァァッッッ!! 

2人の蹴りがドアを吹き飛ばした。 

そしてその部屋の中には白衣を着た男がいた。 


女「──PUT YOUR HANDS UPッ! MOTHER FUCKERッ! 」 


研究者「...やぁ」 


女がかなり汚い言葉で叫ぶが、それを無視してのんきに挨拶をした。 

異世界では研究者と名乗っていた男が背中を向いてパソコンをいじっている。 

手を挙げないどころかこちらすら向こうとしない研究者に、再度命令をだそうとした時だった。 
643: :2018/12/15(土) 14:19:29.50 ID:
隊長「こ、これは...」 


研究者「見ての通りさ、失敗作だよ」 


ここは隔離所なのだろうか、大量の遺体が転がっていた。 

女性たちと共に、子どもの遺体も存在していた。 


女「...Jesus」 


研究者「子どもの身体はだめだね...変化に弱すぎる」 


研究者「男性の被験体がほしいところだけど...私では女性や子どもしか拉致できないよ」 


隊長「...狂っているのか?」 


研究者「その言葉は学生の時から聞き飽きてたよ」 


研究者「...それにしても、ここに来るなんて君たちが初めてだよ」 


研究者「大体は撃つのを躊躇ったり、パニックになったりして全滅なのに」 


研究者「随分と...人を殺し慣れているんだね?」 


女「...ふざけたこと言わないでください」 


研究者「だってそうだろ、彼女らは異常興奮しているだけだよ」 


研究者「...ただの市民じゃないか、それに発砲するだなんて君たちのほうが狂ってるよ」 


隊長「────ッッ!!」ピクッ 


この研究者の煽りが、想像以上に隊長を揺さぶった。 

たしかに言われてみれば彼女らは薬を投与された市民である。 

罪のない彼女らを射殺したという事実に変わりない。 


研究者「...ほら、狼狽えているじゃないか」 


女「...Captain?」 


研究者「所詮君らは、正義を謳った殺人鬼なのさ」 


隊長「...黙れ」 


女「Captain、冷静になってください...これは挑発です」 
644: :2018/12/15(土) 14:21:14.81 ID:
研究者「...ほら読んであげるよ」 


そういうとタイピング作業をやめ、ある冊子を取り出した。 

無機質な作りのノート、そしてそこには鉛筆で殴り書きしたような文が見えた。 


研究者「これは投与してからどれぐらいまで理性が残っているかの実験に使った日記だよ」 


研究者「ここに来るまでに監禁部屋があったろ? そこに備え付けてたんだけど」 


研究者「...この子はかなり不安がっていたみたいだね、投与前から書いてるや」 


研究者「..."お母さんごめんなさい、わたしがまちがってたよ"」 


研究者「"死にたくない、死にたくない、お父さん助けて"」 


研究者が朗読したというのに、隊長にはまるでその日記を書いた女性の声に聞こえた。 

犯罪者なら状況によっては射殺することはある、だが市民を殺してしまったのはこれが初めてだった。 

自分の中の正義がグラつく感覚が、幻聴じみた声を産ませていた。 


隊長「...やめろ」 


研究者「かわいそうに...私は薬を投与しただけで殺してはいないさ」 


女「──CAPTAINッ! 耳を貸してはいけませんっ!」 


研究者「だから...殺したのは君たちだよ」 


──ダンッ! 

ぐらっ、そう音を立てて自分の中の何かが崩れた。 

そして、その音がある感情に変わり右腕を動かしてしまった。 


研究者「...随分感情的だなぁ、殺されかけたよ」 


隊長「フーッ...フーッ...フーッ...」 


右腕にはハンドガン、そして思わずトリガーを引いてしまっていた。 

しかしそれは別の手によって阻まれた、自分の左腕ではない、両手で止められていた。 


女「...落ち着いてください」 


この状況で、一番落ち着いていたのはトリガーハッピーであった。 

抑えていた両手をそのまま動かし、隊長の手を包んだ。 
645: :2018/12/15(土) 14:23:26.17 ID:
女「初めてここに来て襲われたとき、私は躊躇なく発砲しました」 


女「...あの時、私が発砲していなければCaptainたちが殺されていたかもしれません」 


隊長「...ッ!」 


女「なぜ私はトリガーハッピーなのか...銃を撃つのが好きだからという理由ではありません」 


女「...この銃で仲間の無事を得られて嬉しいからですっ!」 


女「この事件が明るみになって、市民を躊躇なく殺した殺人鬼と罵られようと」 


女「この銃で仲間を助けたことを誇りに、トリガーハッピーを続けていきますっ!」 


倫理的には、治安を守るものとしては大きく間違っている。 

だが彼女の正義は大きく、そして揺らぐことのないモノだった。 

その言葉が隊長の正義を持ち上げ、舗装していく。 


隊長「...とてつもない覚悟だな」 


女「見直しましたか?」 


隊長「...初めから歪んだ目でお前を見てないさ」 


ここに、隊長の強すぎる正義のルーツが存在していた。 

たとえ人殺しの偏見を受けても、仲間を守れる誇りが彼の心を支える。 


研究者「なんとまぁ...都合のいい話だね」 


研究者「聞こえはいいけど、人殺しだよ?」 


隊長「...そんなことは銃を持ったときにわかっていた」 


隊長「おしゃべりはここまでだ...逮捕だ」 


研究者「...はいはい、手をあげますよ」 


──ガチャッ...! 

2人が研究者に近寄って、手錠をかけようとしたその時だった。 

ドアに誰かが立ち止まっていた、振り返るとそこには見慣れた顔の人物がいた。 


男「...」 


隊長「...男か、大丈夫か?」 


女「もう、歩けるんですか?」 


男「...」ズルズル 


研究者「...おや?」 


足を引きずりながら、こちらに近寄ってくる。 

その息は少しばかり荒かった、その様子をみて研究者はほくそ笑んだ。 
646: :2018/12/15(土) 14:25:44.84 ID:
男「──Cap...tain...」 


隊長「...?」 


研究者「あらら」 


女「...まさかっ!?」 


先に声に出したのは女だった。 

しかし隊長もうすうすと感づいていた。 

だが認めたくなかった、どうしても認めたくはなかった。 


男「...私が、私であるうちに...殺してくだ...さい...」 


人としての最後の理性、そして最後の言葉がこれであった。 

そして研究者は余計な一言を女に添える、運命はこのマッドサイエンティストに追い風を送る。 


研究者「仲間がまた襲われそうだよ、撃たないのかい?」 


女「こんなの...ひどすぎます...」 


男「──AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!」ダッ 


隊長「──No...」スチャ 


異常興奮した男が女に駆け寄った。 

それに気づいた隊長はハンドガンの照準を男に向ける。 

撃てるわけがなかった、仲間のために仲間を撃つだなんて、そんな正義など彼らにはなかった。 


女「────っっ!!!」 


──ブチブチッッ!! 

女の首元が噛みつかれた。 

その音はあまりにもエグく、深く食い込んでいた。 

そして、この隙に研究者は逃げ出した。 


研究者「いいものを見せてもらった、これをあげるよ」 


──からんからんっ! 

隊長の足元に、注射器を投げた。 

そんなことなど気にせずに隊長は立ち尽くしていた。 


研究者「αアドレナリンは血液感染の性質を持っている、このままだとどんどん蔓延するかもしれないよ」 


研究者「だから、このワクチンを使うといい...問題はここで使い切るか、持って帰るかだね」 


研究者「これは1人分しか入ってないけど、量産は容易だと思うよ...じゃあまたね」 


この外道はこの状況で究極の選択を押し付けてきた。 

仲間のためにここでワクチンを使うか、人類のためにワクチンを持って帰るかの選択。 

自分の言いたいことを言ったらすたこらと逃げてしまう、だが隊長はそれどころではなかった。 
647: :2018/12/15(土) 14:27:38.05 ID:
隊長「────NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッッ!!」ダッ 


──ドカッッ!! 

だいぶ判断に遅れたが、ようやく行動に移る。 

射撃ができないのなら取り押さえることしかできなかった。 

男にタックルを浴びせ、そのままマウントをとり拘束する。 


男「AAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!」グググ 


隊長「頼む...ッ! 抵抗しないでくれ...ッ!」グググ 


馬乗りになっているはずの隊長が押され気味であった。 

リミッターが完全に外れている成人男性の力はとてつもない。 

あっという間にマウントは解除され、隊長が突き飛ばされた。 


隊長「──ッ!」ドサッ 


突き飛ばされ、仰向けの状態から起き上がろうとした瞬間だった。 

完全に理性を失った男の視線が合う、そして先程の最後の言葉が頭を巡った。 


隊長「...やるしかないのか」 


ハンドガンを力一杯握り占める。 

その手は震えており、照準がかなりぶれる。 

正義のために、初めて仲間を殺す覚悟をきめる。 


隊長「許してくれ...」スチャ 


──ダンッ! 

部屋に、小さめの銃声が響いた。 

その音は隊長からではなく、女の方から聞こえた。 


女「...」 


トリガーハッピーはこの日初めて、静かに発砲を行った。 

発砲した向きが関係し、2人とも返り血を浴びずに済んだ。 


男「────」 


いくらモンスターめいた状態でも、彼は人間である。 

頭に浴びた銃弾を受け、そのまま倒れ込んでしまった。 


隊長「...なんてことだ」 


そのあまりの光景に、隊長は頭を抱えてしまった。 

理由はどうあれ、仲間が死んでしまった。 

仲間が仲間の手によって、死んでしまった事実が彼を襲った。 
648: :2018/12/15(土) 14:29:18.60 ID:
女「Captain...」 


首元を深く噛まれた女が近寄ってきた。 

そのあまりの痛々しさに隊長は静かにパニックに陥る。 


隊長「俺は...どうしたらいいんだ...」 


女「...行ってください」 


隊長「どこに行けばいいんだ...部下を残して...」 


女「もうここに部下はいません...直に私も...」 


すでに血液感染が進んでいると思われる。 

もうここにまともな状態な人間は、隊長しかいないだろう。 

だが1つだけこの最悪な状態を打破できる代物が存在していた。 


隊長「...そうだ、ワクチンがッ!」 


乱雑に投げしてられたワクチンを入手する。 

これを打てば、女だけでも助けることが可能。 

早速女に注射器を刺そうとした瞬間だった。 


女「──だめですっ!」 


しかし、それを大声で否定をした。 

軽いパニック状態の隊長はその声を聞いて動きを止めてしまった。 


隊長「...なぜだ」 


女「これを使えば貴重なワクチンがなくなります...」 


女「近い将来...このウィルスめいたものが蔓延し、国中がパニックになるかもしれません」 


女「その時までに...これを量産しておくのが最善です...」 


隊長「...ふざけるな」 


隊長「これ以上...仲間を失ってたまるか...」 


隊長「...使うぞ」 


女「──動かないでくださいっっ!!」スチャ 


そう言うと、女は自分の頭にハンドガンを突きつけた。 

その顔は、血と涙でめちゃくちゃであった。 


女「このまま使ったのなら、頭を撃ち抜きます」 


女「Captainに言いたいことも言わずに...死にます」 


隊長「...頼む、わかってくれよ...ッ!」 
649: :2018/12/15(土) 14:31:40.27 ID:
女「そちらこそ...わかってくださいっ!」 


女「ソレがどれだけ重要なものかを...っ!」 


ワクチンの価値、そんなことは隊長にだってわかっている。 

何度も仲間の死に遭遇した、だがこれほどまでに残酷な場面は初めてであった。 

あまりにもひどい現状に隊長はついに沈黙するしかなかった。 


女「...忘れないでください、人を撃つことを躊躇ってはいけません...」 


女「それが犯罪者でも...市民でも...仲間でも...障害になるなら...殺すしかないんです...」 


女「そこで殺すという選択肢を取らなかったことで、誰かが殺されるかもしれません...」 


女「仲間を守れるのなら...たとえMURDERと罵られても私は満足です...」 


女の強すぎる正義、それ隊長の心を完全に支えた。 

障害になるなら殺すしかない、そこで殺せば被害は最小限に留めることができる。 

特殊部隊という仕事の真骨頂がそこにあったのかもしれない。 


隊長「...どうしてそこまで強くなれる」 


女「...こんな私に偏見もなく、ありのままを評価してくれる仲間がいるからです」 


女「あなたも...彼も...たった2人しかいませんが、私には十分でした...」 


女「さっきの言葉は...彼の受け売りです...」 


女「いくら犯罪者が相手でも、人を殺しすぎて悩んでいる私に彼はそう言ってくれました」 


女「私にはトリガーが軽すぎると怒りますが...彼だって結構軽いんですよ」 


エグい傷口には似合わない微笑ましい笑顔だった。 

男と女、彼らがこの末端の部隊にとばされた理由はそのトリガーの軽さだったのかもしれない。 

少なくとも男はそのトリガーの軽さで上司と口論になった、そのような背景が思い浮かべられた。 


隊長「...トリガーの軽さなんて気にしていなかった」 


隊長「2人とも...今まで一度も市民や仲間に誤射などしなかったからな」 


隊長「...いい腕だ、いい腕だったな」スチャ 


女「...はいっ」 


隊長「...いいな?」 


女「絶対に...あのMOTHER FUCKERをぶちのめしてくださいね...?」 


隊長「当然だ...仇は討つ」 


──ダンッッ! 


~~~~ 
650: :2018/12/15(土) 14:34:22.10 ID:
~~~~ 


隊長「...すまない」 


どれだけ時間が経過したのだろうか。 

フラッシュバックは終わった、今も足は進めている。 

最後に聞こえたハンドガンの銃声が今も耳に残っている。 


隊長(10年もの間、アイツを追った...) 


隊長(身体も、精神も、すべて鍛えたつもりだった) 


隊長(なのに俺は...怒りに囚われ...身体を乗っ取られた) 


隊長(...この手で仇すら討てずに終わった) 


隊長「...すまない」 


すべてが無に終わったような感覚だった。 

彼の正義はまだ生きている、だがそれを支える彼の精神は完全に崩れた。 

2度目の謝罪、そして目から熱いものが流れ、ついには進めていた足すら止まってしまう。 


魔女「...泣いているの?」 


背後から、弱々しい声が聞こえた。 

本当なら嬉しいというのに、今はすべてが無気力になっている。 

目を覚ました喜びを捨て、おぶさっている魔女に淡々と返答をする。 


隊長「魔女...起きたか」 


魔女「うん...おはよ」 


隊長「...俺はもう、動きたくない」 


魔女「...どうして?」 


隊長「もう、だめなんだ...」 


隊長「心が折れてしまったような気がするんだ...」 


魔女「...一回、座ろうか」 


その弱々しくもあり、優しさのつまった小声に彼は従った。 

ある程度の太さのある木の根元に、2人が寄りかかった。 
651: :2018/12/15(土) 14:35:28.41 ID:
魔女「もう、辛いの?」 


隊長「あぁ...」 


魔女「...そっか」 


隊長「...」 


魔女「喋りたくもない...?」 


隊長「...あぁ」 


魔女「そっか...」 


ただ時間が過ぎていくだけの不毛な会話だった。 

一向に話は進展しない、だが魔女がそれを打破してくれた。 


魔女「...私はね、辛いことがあったらお姉ちゃんにいつも慰めてもらってたの」 


魔女「こうやってね...」スッ 


隊長の手に自分の手を重ねてきた。 

基礎体温の差なのだろうか、手袋越しでも温かみを感じる。 


隊長「...」 


魔女「...ゆっくりでいいから、私に教えて?」 


魔女「何があっても、この手を離さないから」 


魔女「何があっても...あんたの味方でいるから」 


口を縫った糸がほつれていく感覚があった。 

重く閉ざされた隊長の思考がどんどん開放され始めていった。 

魔女の手を強く握りしめた、彼女に全てを明かす覚悟ができた様だった。 


隊長「...俺は───」 


過去にあった出来事、人を殺せる理由も、研究者がどれほど憎かったかも。 

生まれて初めて両親以外の前で弱音を吐いた、情けない光景だったのかもしれない。 

全てを話した、それでも魔女はずっと手を握っていてくれていた。 
652: :2018/12/15(土) 14:36:43.65 ID:
隊長「...仇すら討てない男になにができるのだろうか」 


隊長「部下の想いを紡ぐことができなかった今...帽子の想いも継げる自信がないんだ...」 


魔女「...こっちの世界に来る前も、大変だったんだね」 


隊長「あぁ...」 


魔女「...がんばったね」 


隊長「...頑張っていない」 


魔女「がんばったんだよ」 


隊長「...頑張っても、達成できなければ意味がないだろ」 


魔女「それでも、がんばったんだよ」 


隊長「やめてくれ...」 


目頭が熱い。 

思わず、顔を反らしてしまった。 

泣き顔なんてモノは、彼女に見られたくない。 


魔女「...私が同じ立場なら、すぐ心が折れちゃうよ」 


魔女「さっきも...もうダメかと思ったことがあったんだ」 


隊長「...」 


魔女「でもね...なんとか乗り越えられたんだよ」 


魔女「...なんでだと思う?」 


握られている手をさらに強く握られた。 

それに反応して反らした顔を元の位置に戻した。 

そこには、こちらを見つめている魔女の顔があった。 


魔女「...ちゃんと言ってなかったから言うね」 
653: :2018/12/15(土) 14:37:18.05 ID:
「"あなた"のこと...好き...なの...」 









654: :2018/12/15(土) 14:39:00.38 ID:
その言葉を聞いた瞬間、心臓の鼓動が早まるのを感じた。 

どくどくと、初めてビールを飲んだ時のように。 

目頭の次は顔全体が熱くなっていた。 


魔女「あなたが居てくれたから...心が折れずに済んだの」 


魔女「...護りたいと思える人がいるから、折れなかったの」 


魔女「私は...何があってもあなたに着いていくよ」 


魔女「辛いことがあったのなら...私が支えてあげるから...」 


隊長「...魔女」 


その愛の告白は、甘酸っぱいものではなかった。 

慈しみに近い、まるで往年の夫婦が使う言葉だった。 

その暖かみのある言葉に、ついに隊長も吐露をした。 


隊長「...俺だって、お前のことが好きだった」 


隊長「いい年こいて、一目惚れだった」 


魔女「...」 


隊長「...俺は37だ、お前とは歳が離れている」 


隊長「俺の世界じゃ変態扱いされるかもしれん...だがもうどうでもいい」 


隊長「──お前が居てくれるなら頑張れる...一緒に着いてきてくれるか?」 


魔女「...もちろんよ、どこまでも」 


強い握手を交わした、新たに護るべき者が増えた。 

背負うべき命が新たに増えた、その命の重みがまた1つ彼を支えていった。 

強すぎる正義を支えられる精神が、彼女のお陰で培っていく。 


隊長「...魔女」スッ 


──ぱちーんッ! 

映画のラブシーンなら、ここでキスの1つぐらいは定石だろう。 

だが次の瞬間、彼が得られたのは唇ではなかった、それはその音が証明してくれる。 


隊長「...なぜ叩いた?」 


魔女「...ごめんなさい」 


魔女「でも、できない理由がこちらにはあるのよ」 


それもそのはず、魔女は先程までかなりの量の吐瀉物を出していた。 

できるわけがなかった、隊長が痛みで涙を流すのはこれが初めてだろう。 

頬が痛いのか、心が痛いのか、両方なのかは本人のみぞ知る。 
655: :2018/12/15(土) 14:40:16.72 ID:
隊長「...」 


魔女「...そんなに落ち込まないで、あとでしてあげるから」 


隊長「あぁ...あ、あぁ...」 


魔女「...そうだ、"アレ"を試してあげるわ」 


隊長「...アレ?」 


魔女「..."治癒魔法"」 


──ぽわぁっ...! 

身体に染み渡る、いつもの感覚。 

魔女の手のひらから何かが身体に浸透していった。 

それを見て隊長は驚愕をした。 


隊長「──魔法が使えるのかッ!?」 


魔女「えぇ、言えないけど使えるようにしたの」 


魔女「でもそんなことは今はどうでもいいの..."治癒魔法"」 


──ぽわぁっ...! 

再び、暖かみのあるなにかが身体に浸透していった。 

心なしか、いつもより心地の良い感覚だった。 


魔女「...ねぇ、知ってる?」 


隊長「...なんだ?」 


魔女「治癒魔法ってね、相手を想っていれば想ってるほど、心地よくなるんだよ?」 


その言葉がどのような意味を持っているのか。 

身体に走る心地よさが身にしみている。 

それは愛の言葉やキスよりも情熱的なモノだった。 


隊長「...暖かいな」 


魔女「悪いけど...もっとしてあげるから」 


魔女「止めれないわ...魔力も、この気持も...」 


隊長「...お、お手柔らかに頼む」 


みなぎる魔力で創られた愛が、隊長を包み込む。 

それは、これまでの苦い記憶や激しい闘いを癒やすモノ。 

密林の狂気など、もう寄せ付けないだろう。 


~~~~ 
656: :2018/12/15(土) 14:41:32.89 ID:
~~~~ 


女勇者「はぁ...はぁ...」 


女勇者の創り出した太陽は沈んでしまっていた。 

あの巨大な魔法を長時間も維持させるのは不可能だった。 

眩い光が沈むとあたりには静寂が現れていた、どうやらもう1つの太陽も同様であった。 


魔王子「...間に合ったか」 


女騎士「敵影なし...日食も沈んだ...やったぞ!」 


女勇者「はぁ...よかった...」 


魔王子「...これが、勇者という者か」 


女勇者「...えへへ、照れるね」 


女騎士「身体は大丈夫か? あれほどの魔法を続けたんだ...疲れてないか?」 


女勇者「ちょっとね...でも、そこまで疲れてるわけじゃないよ」 


魔王子「...見ろ」スッ 


会話をする2人を遮って、魔王子が指をさした。 

停泊している列車から下車すると、そこには目的地。 


女騎士「...これが、魔王城か」 


女勇者「おっきな橋だね」 


女騎士「橋の下は...街みたいだな」 


魔王子「この橋を通ったら、いよいよ本拠地だ...」 


女騎士「...きゃぷてん、先に行っているからな」 


女勇者「...いよいよ、本番ってことだね」 


魔王子「あぁ、気を引き締めろ」 


3人がそれぞれ、覚悟を決めた顔つきになる。 

これから先かつてない激しい戦闘になることは間違いない。 

光に包まれた彼らが橋に向かって歩きだした、すると橋の奥にこちらに向かってくる者たちが現れた。 


魔王子「雑魚か...蹴散らしてやろう」 


女騎士「...光に包まれている今なら楽勝さ」 
657: :2018/12/15(土) 14:42:54.28 ID:
女勇者「あっ、魔王子くん」 


光と言うフレーズで女勇者が思い出した。 

その締りのない声、若干苛立ちながらも返答をした。 


魔王子「...なんだ?」 


女勇者「光の属性付与を解除した方がいいかな?」 


魔王子は今現在光に包まれている。 

たしかに心強いが、彼の力の源は闇である。 

たとえ抑えられているとしても得意な闇を使用したほうがいい。 


魔王子「そうしてもらおう...」 


女勇者「わかった! じゃあ解除するね──」 


──ゴオォォォォォッッ!!!! 

女勇者が魔王子に触れようとした瞬間だった。 

上空から、けたたましい炎が襲い掛かってきた。 

先程の雑魚から放たれたものではないらしく、雑魚たちは呆然としていた。 


女勇者「────"光魔法"」 


────□□□□□□□ッ! 

仕方なく属性付与の解除を中断し、光を創り出した。 

その光は巨大な炎を包み込み消滅させていった。 

そして、その様子を見て魔王子は冷や汗を垂らす。 


魔王子「...炎帝、よりにもよって貴様か」 


空を見上げると、炎に包まれた小柄な美少年がこちらを見ていた。 

炎帝と呼ばれるもの、そしてその実力を知る魔王子は苦言を申していた。 


炎帝「君たちは下がってなよ...巻き添えを食らうよ?」 


先程現れた雑魚たちに話しかけていた。 

急いで城内に戻る姿を確認すると、今度はこちらに話しかけた。 


炎帝「やぁ...久しぶりだね」 


魔王子「...お前の出る幕か?」 


炎帝「あれほど眩い光を出されたら、興味がでるのは当然さ」 


魔王子「...チッ」 
658: :2018/12/15(土) 14:44:14.93 ID:
女騎士「魔王子...あいつは?」 


魔王子「炎帝だ、魔王軍最大戦力の1人...」 


魔王子「そして、魔王を除けば最強と言われている人物だ」 


魔王子が若干臆する理由がわかった。 

この炎帝という男、かなりの実力者。 

前哨戦でこのような男が来るとは思いもしなかっただろう。 


女騎士「...早くも全力で潰しにきたか」 


炎帝「...悪いけど、これは私が自主的にここにきたんだ、魔王様の命令じゃないよ」 


女騎士「なんだと?」 


炎帝「私がここにいる目的、それは女勇者だよ」 


女勇者「...僕?」 


炎帝「研究所から連絡がきてないけど...君がここに居るということは、そういうことだろう」 


炎帝「君は側近様のお気に入りだ...再び拉致させてもらうよ」 


女騎士「...そう安々とやらせてたまるか」 


魔王子「まさか前哨戦で貴様と戦うとは思わなかったが...」 


魔王子「...今ここで貴様を殺してやる」 


炎帝「...君たちには用はないよ」 


炎帝「"爆魔法"」 


──バコンッッ!! 

この時3人は、ほんの少しばかり油断をしていた。 

なぜなら身体が光に包まれているからであった、普通の魔法なんて無力化できるはず。 

魔王子と女騎士の真後ろで爆発が起きた、光がその威力を抑え込んだはずだった。 


魔王子「──なッ!?」 


女騎士「──ぐあっっ!?」 


痛みと共に、なぜか身体は吹き飛ばされていた。 

2人は魔王城の橋の下、その奈落へと突き落とされてしまった。 


魔王子「──炎帝ィィィィィィイイイイイイイッッッ!!!」 


地獄の雄叫びのような、怒声が奈落に響いた。 

分断作戦は成功してしまった、ここには炎帝と女勇者しかのこらなかった。 
659: :2018/12/15(土) 14:45:39.83 ID:
女勇者「みんなっっ!?」 


炎帝「...光については対策を練らせてもらったよ」 


女勇者「...よくもっ!」 


炎帝「この橋の下は城下町の中心だ、雑魚の魔物しかいない」 


炎帝「女の方はともかく、魔王子様なら無事だろう...」 


炎帝「もっとも、ここに戻ってくるのには時間がかかると思うけどね」 


女勇者「...時間稼ぎかい?」 


炎帝「...あのヤンチャな子と一緒にいられたら困るんだよ」 


炎帝「あの子と一緒だと、君を殺さずに拉致することなんて難しいからね」 


空に浮いていた炎帝が地上に降りてきた。 

お互い睨み合い、いまにも戦いが始まる雰囲気を醸し出す。 

女勇者がユニコーンの魔剣を強く握りしめる。 


女勇者「...」 


炎帝「じゃあ...いくよ」 


炎帝「"属性同化"、"炎"」 


先制したのは炎帝。 

みるみると身体が炎へと変化していく。 

身体の原型はなくなり、完全に炎と化した炎帝が話しかける。 


炎帝「風帝が羨ましいよ...炎は風と違って目視できるからね」 


女勇者「...おいでっ!」 


女勇者の戦法は変わらずであった。 

接近したところを狙い、一瞬で光を包み込ませる。 

風帝戦で行ったものだった、炎帝も拉致が目的なら接近は不可欠だろう。 


炎帝「...」 


──ゴウッッ!! 

燃える炎が身に迫る音だった。 

しかし狙いは女勇者ではなく、その周りであった。 


女勇者「どこを狙っているんだい? "光魔法"っ!」 


────□□□□□□□□□□□□ッ! 

比較的に接近してきたので、光を試みた。 

だが、炎は素早く身をこなし回避に成功した。 
660: :2018/12/15(土) 14:47:01.36 ID:
炎帝「その光に包まれるわけにはいかないんだよ」 


女勇者「...早く私を捕まえないと、魔王子くんたちが追いついちゃうよ?」 


炎帝「煽るねぇ...君、結構戦略的だね」 


──ゴウッッッ!! 

熱風とともに、女勇者の周りを燃やす。 

再びの行動に彼女も若干困惑をする。 

同じく光魔法を行おうとしたが、今度は距離を取られてしまった。 


女勇者(...狙いが読めない) 


女勇者(僕の魔力切れが狙いなのかな...) 


女勇者(さっきから光魔法を無駄に使わせようとしている風にも思える...) 


女勇者「...」 


炎帝「どうしたのかな?」 


女勇者「...悪いけど、魔力切れ狙いは無理だよ」 


女勇者「確かにさっき、ものすごい量の魔力を使ったけど...まだ元気だよ」 


炎帝「...へぇ、あれほどの魔法を行ってもか...すごいね」 


女勇者「...っ!」 


その炎とは裏腹に冷たい口調から察する。 

狙いは魔力切れではない、ではなにが目的なのか。 

この勝負は早速心理戦へと移行し始める、読めない行動に冷や汗を垂らす。 


炎帝「まだまだこれからさ...熱い戦いほど楽しいものはないよ」 


女勇者「...その割には冷めてるよね」 


炎帝「内心では燃えてるさ...君のような強い子と戦えるのは嬉しいよ」 


女勇者「じゃあ、まともに戦ってみようよ」 


炎帝「それはできない...私が負けてしまう」 


──ゴゥッ...! 

軽くお話をしている間に、炎帝が女勇者に仕掛けた。 

彼女の周り360度を炎の壁で取り囲む、しかしその光景に女勇者は意外にも冷静であった。 
661: :2018/12/15(土) 14:49:28.07 ID:
女勇者「...えいっ!」ダッ 


女勇者はそのまま炎の壁に飛び込んだ、列車で使用した属性付与はまだ続いていた。 

身体にまとっている光が一部を消火し焦げた匂いだけを残した。 

自ら炎に身を投げることに踏ん切りがついた女勇者は炎の壁から脱出をする。 


炎帝「...やはり魔力のこもった炎では簡単に消されてしまうね」 


女勇者「君はすぐに距離を取るなぁ...」 


その脱出劇を見て、すぐさまに炎帝はそれなりの距離に身をおいてた。 

遠距離攻撃が苦手な女勇者にはなにもすることができない。 

一向に勝負の展開が進まない、疲労からか汗が流れてきていた。 


女勇者「...本当になにが目的なんだい?」 


女勇者「魔王子くんが戻ってくる可能性がある...時間をかける戦いなんて無意味じゃないかい?」 


炎帝「...たしかに、そうだね」 


炎帝「私の炎なんて、光魔法の前では簡単に消火されてしまうしね」 


炎帝「...炎はね」 


女勇者「...?」 


なにか、含みがあった言い草だった。 

女勇者はその言葉に引っかかるが、答えは見いだせなかった。 

考えている間にも炎帝はしかけてきた、いや、既にしかけていた。 


炎帝「...ほら、足元だよ」 


女勇者「────え?」 


裸もほぼ同然の彼女、当然靴など履いていない。 

足裏の神経を注ぐとある点に気がついた、微妙に心地の良い温度だ。 


女勇者「...あったかい?」 


炎帝「その地面に光魔法を放ったらどうなると思う?」 


女勇者「どうって...」 


ありとあらゆるものを無力化すると言われている光魔法。 

だがそれは俗説であり、本来は魔力を無力化するものである。 

光属性の所有者である彼女はしっかりと理解をしていた。 
662: :2018/12/15(土) 14:51:10.09 ID:
女勇者「...なにも起きないさ」 


炎帝「...そうだろうね」 


女勇者「なにが言いたいんだい?」 


炎帝「...ははは」 


炎が笑っている。 

顔があるなら見てみたい、そのような高笑いが辺りに響いた。 

不審に思いながらも、彼女は再度問だたそうとすると彼は答えた。 


炎帝「...それが光の弱点さ」 


女勇者「...?」 


炎帝「わからないのなら、やってあげるようか...今度は暖かいじゃすまないよ?」 


──ゴォォォォウッ!! 

炎帝の炎の身体が激しく音を立てた。 

それに伴い、辺りの温度は急激に上昇し始める。 

離れている女勇者でさえも、その気温の変化に反応した。 


女勇者「──あっつっ!?」 


炎帝「ほら、もっとだよ」 


さらに温度は上昇し続ける。 

炎帝の足元の地面は融解をし始めている。 

その温度に伴い炎帝の身体は紅く、そして眩く光り始める。 


女勇者「────"光魔法"っ...!」 


────□□□□□□□□ッ...! 

あまりの出来事に反応が遅れた。 

光を使い、気温の上昇を防ごうとする。 


炎帝「"転移魔法"」 


その詠唱は女勇者のよりも速い。 

光には抗えない彼だが、彼女より遥かに経験を積んでいる。 

そんじょそこらの小娘に詠唱速度で負けるはずがなかった。 


女勇者「どこっ!?」 


炎帝「上だよ...さぁもっとだ」 


気づけば炎帝は上空に移動していた、かなりの距離をとられている。 

光魔法を遠方に飛ばしたところで簡単に逃げ切れてしまうだろう。 

安全な位置にいる炎帝は、なおも身体を激しく燃やし続ける。 
663: :2018/12/15(土) 14:54:24.02 ID:
女勇者「──あついっ!!!」バサッ 


肌を布1枚でしか保護できていない今、高温をモロに浴びている。 

地面もかなり熱くなっているので裸足での移動も厳しい。 

裸になってしまうが、その布を地面に敷くことで足元からの温度を防いだ。 


女勇者「これっ...どうすればっ!?」 


炎帝「どうもすることはできない、君には私を止められない」 


炎帝「光属性の弱点...魔力を抑えられても、魔力によって発生した現象は抑えられない」 


炎帝「炎は消火できても、炎によって上がった温度は抑えられない...そうだろう?」 


炎帝「だってこの超高温は魔法によって作用されたものであって、魔法ではないのだから」 


いままで、そのようなことを気にしたことがなかった。 

なぜ今になって光魔法の弱点に気づいてしまったのか。 

もっと前から知っていれば、なにか対策が練れたかもしれないというのに。 


女勇者「じゃあ、始めの爆魔法も...っ!?」 


炎帝「そうさ...わざと位置をずらすことによって、爆風だけを彼らに浴びせたのさ」 


光の属性付与を与えていた2人が吹き飛ばされた理由が分かった。 

爆魔法によって発生した爆風は魔法ではない、これが直撃であれば抑えられたはずだ。 

偏差魔法と言うべきか、このような緻密な魔法と対峙したことがなかったのが運の尽きであった。 


女勇者「そんな...」 


炎帝「悪いけど、光についてはここ数年で研究が進んだのさ...君はそこで指を加えて見ているといいよ」 


炎帝「そして...その意識が途絶えるまでの高温を肌で感じるといい」 


深い絶望感が彼女を襲った。 

遠距離攻撃ができない女勇者に、光魔法が通用しない戦術をとられている今。 

肌で感じる高温がジリジリと身体を燃やしていく、それを味わうことしかできない。 


女勇者「...負けた」 


???「...その魔剣にどのような思いが募っているか知っているのか?」 


女勇者「...え?」 


???「俺も聞いただけだが...その剣には平和の念が篭っているらしい」 


???「あの男...キャプテンという男に、そして魔女という女にそう聞かされた」 


ぽつりとつぶやいた敗北の言葉、それに誰かが答えてくれていた。 

握りしめているユニコーンの魔剣、それがどういう意味をもっているのか。 


~~~~ 
664: :2018/12/15(土) 14:56:10.54 ID:
~~~~ 


魔王子「...ゲホッ」 


少し前、爆風によって吹き飛ばされたあと。 

着地は失敗に終わり、もろに地面に叩きつけられていた魔王子。 

普段なら少し痛む程度であったはず。 


魔王子「...」 


今は女勇者によって身体が光に包まれている。 

よって、魔王子の身体は魔力が抑えられている。 

身体の強度は人間より少し硬いぐらいであろう。 


魔王子「折れたか...」 


両手両足、腰の一部の骨が折れている。 

とても立てる状況ではなかった、しかし折れているのは骨だけではなかった。 


魔王子「最強と言われた魔王の最後がこれか」 


魔王子「...風帝がこれを見たらどうするだろうか」 


魔王子が持っていた魔剣は折れてしまった。 

風帝は過去の偉人を重んじる性格、中でも歴代最強と言われた魔王を特に敬愛していた。 

その魔剣と化した魔王がこうもポッキリといっている、確実に卒倒するだろう。 


魔王子「...行かねば」 


思い出に耽っている場合ではない。 

いまもこうしている間に女勇者が炎帝と戦いを繰り広げているだろう。 

魔王軍最強と言われている奴が相手、すぐさまに助太刀をしなければならない。 


魔王子「──ッ!」 


──ズキッ! 

身体に鋭い痛みが走った。 

いままでまともに感じたことのない痛みであった。 


魔王子「...クソ」 


魔王子「立て...助けに行かなければ────」ピクッ 


無理矢理にでも身体を起こそうとした瞬間。 

自分の発した言葉に強い違和感を覚えた、一体誰を助けるのか。 
665: :2018/12/15(土) 14:57:24.41 ID:
魔王子(...この俺が、人を助けるだと?) 


魔王子(なぜだ...?) 


魔王子(目的が...わからない) 


痛みのあまりに感じたのは疑問。 

なぜ、暗黒の王子と恐れられた彼が人を助けることになっているのか。 

彼に敗れ、旅に同行するのはわかるが人を助ける理由にはならない。 


魔王子「...俺はなぜ人を助けようとしたんだ」 


思考がつい口にでてしまう。 

先程のような痛みをごまかすための愚痴ではない。 

誰もいないこの場に問いかけてしまった。 


???「...仲間だからじゃないのか?」 


誰もいないはずの場所から、答えが帰ってきた。 

ショットガンのストックで地面をささえ、杖のように扱っている。 

彼女もまた、女騎士も相当のダメージを負った模様であった。 


魔王子「...仲間だと?」 


女騎士「私はそう思っていたが...」 


魔王子「戯言を...俺は魔物だ」 


魔王子「お前らは...人間だ、相反すると思わないか?」 


女騎士「...私にはわからん」 


女騎士「前も言ったような気がするが...戦争相手がたまたま魔物なだけだ」 


女騎士「...別に魔物を忌み嫌っているわけではない...少なくとも私はな」 


魔王子「...」 


女騎士「...お前はなんで魔王を倒そうとしているんだ?」 


女騎士が、腰をおろした。 

信頼している仲間に見せる無防備な姿。 

あぐらをかいて、猫背で、そのような姿勢。 
666: :2018/12/15(土) 14:58:55.87 ID:
魔王子「...親父が気に入らないだけだ」 


女騎士「どこが気に入らないんだ?」 


魔王子「...」 


女騎士「...」 


女騎士「...じゃあ、私が...私たちがなぜ魔王を討とうとしているかを言おう」 


女騎士「私と女勇者は、人間側の平和のために魔王を討つ」 


女騎士「人間界には少ないながらも魔物がいる...中にはいい奴もいる...魔女とかな」 


女騎士「だが...悪い奴もいる...強奪や強姦、殺人までをする魔物がいるんだ」 


女騎士「そして最近は、その悪い奴らが蔓延りだしてきたんだ」 


女騎士「それで、人間界で一番大きい国の王が我慢ならないと魔王討伐命令を出したんだ」 


女騎士「魔王を討てば、魔物もいなくなると...今思えば短絡的な命令だったかもな」 


女騎士「...どうだ? 簡単だろ?」 


魔王子「...簡単だな」 


女騎士「はは、そんなもんさ...戦争のきっかけなんてな」 


魔王子「...俺も似たようなものだ」 


魔王子「今の親父の政策...人間界侵略を企てた政策が気に入らない」 


魔王子「人間のことなんかどうでもいいが...問題なのは人員だ」 


魔王子「侵略となると、魔界の各地から腕に自身のある者たちを集めるのだが」 


魔王子「その徴兵された屑共が非常に気に食わない...」 


女騎士「...なるほどな」 


魔王子「...俺は徘徊が趣味でもあった」 


魔王子「以前この城下町で歩いていると、武装した男たちが誰かを嬲っていた」 


魔王子「これでも俺は王子だ、話したりはしないがここの民の顔はある程度覚えている」 


魔王子「だがその男たちの顔は全くもって記憶になかった...つまりは徴兵された人員だろう」 


魔王子「...虫唾が走った、気づけば剣を抜いていた」 


魔王子「だが、奴らは俺が力を見せると急にヘラヘラとゴマすりをしやがった」 


魔王子「この俺に敵わないと瞬時に理解したのだろうな」 

667: :2018/12/15(土) 15:00:08.69 ID:
魔王子「...それが俺の逆鱗に触れた」 


弱き者を虐げていた、よそ者の傭兵たち。 

力を見せつけては傲慢し、力を見せつけられたら謙る。 

そのコウモリ野郎加減が、手のひらの回転力が彼の怒りを誘った。 


魔王子「屑共を殺したあとは、親父に直訴した」 


魔王子「あのならず者共をどうにかしろ、と」 


魔王子「そしたら親父はこう答えた」 


魔王子「"それはできん"...とな」 


魔王子「その時...俺の中にある親父の、崇高な父上が崩れた」 


魔王子「この魔界の王が、なぜ民を守らない...」 


魔王子「...以前の父上なら、そう答えなかっただろうな」 


魔王子「それから暫く...政策を変えようとしない親父に、気づけば俺は剣を向けていたわけだ」 


女騎士「...それが、魔王子の目的か」 


魔王子「そうだ...俺が魔王を殺し、新たな魔王になる」 


魔王子「...そして、この魔界で平和を求める魔物に答えていくつもりだ」 


そのためなら例え同胞ですら殺す。 

絶対的な覚悟が彼を動かしている。 

この暗黒の王子と恐れられた者の動力源は、民の平和であった。 


女騎士「...だから、さっきから見られているだけなんだな」 


女騎士が周囲を見渡した、ここは屋外の城下町路地だ。 

魔物が窓や影からこちらを見ている、ただ見ているだけであった。 


女騎士「...愛されているんだな」 


普通なら襲い掛かってくる、だがこの城下町にいる者たちは平和を願っている者が多い。 

話したことはない、だが顔なじみの魔王子が苦しそうな顔をしている。 

襲う理由なんてあるわけなかった。 
668: :2018/12/15(土) 15:01:09.84 ID:
魔王子「...」 


──からんからんっ 

魔王子たちのすぐそばに、瓶が転がってきた。 

そしてそれと同時に言葉がついてきていた。 


???「...魔王子様に使え」 


城下町に住む魔物が、薬草を液体状にしたものを投げていた。 

人間である女騎士に拒否感がある、そのような口調であった。 


魔物「今の魔王様には逆らえない...この街は暗くなってしまった」 


魔物「...魔王子様、託します」 


おそらく、厳しい箝口令が敷かれているのであろう。 

必要最低限の言葉だけで、魔物の男は希望を託した。 

魔王子の表情は変わらなかった。 


女騎士「...照れているのか?」 


魔王子「黙れ...早く飲ませろ」 


瓶の蓋を開け、横たわっている魔王子に飲ませる。 

ゴクゴクと、カラッカラの喉が水を求めているような飲みっぷりであった。 

身体の傷を癒やしてくれるモノとはいっても、薬草であるので苦いはずだ。 


女騎士「...なぁ」 


魔王子「...?」 


女騎士「さっき、仲間かどうかって言ってたよな?」 


女騎士「...仲間の絆とか、そういう臭いことを言うつもりはない」 


女騎士「お前と私は、いうなれば利害の一致」 


女騎士「きゃぷてんはただの同行の旅」 


女騎士「女勇者に至っては、王に命令されたから付いていっているだけだ」 


女騎士「長年の付き添いなんてもってのほか、女勇者以外は出会って1週間も経ってない」 


魔王子「...」 


厳しい言い方かもしれないが事実である。 

この関係性で仲間がどうのこうのなど言えない。 

だが、1つの要素が彼女らの結束を強めていた。 
669: :2018/12/15(土) 15:03:04.39 ID:
女騎士「...自分だけじゃだめなんだ」 


1人なら、この旅は必ず失敗に終わる。 

魔王子がいなければ、風帝に列車を破壊されていたかもしれない。 

女騎士がいなければ、魔剣士は今も牢獄の中だったかもしれない。 


女騎士「私は女勇者にも、そして..."キャプテン"にも助けられた」 


女騎士「なら私は...彼らの背中を護る義理がある」 


女騎士「ただ、それだけでいいじゃないか」 


女騎士「そういう間柄の仲間だって、きっとあるはずだ」 


自分だけじゃだめなら他者の力を借りるしかない。 

冷たい関係性、だがこれが大事なことであった。 

互いの背中を護れる信頼関係、それだけが重要であった。 


女騎士「そこから始めて、後から仲良くなればいいさ...私にとっての女勇者や魔女はそれだ」 


女騎士「私はお前になら背中を任せられる...お前も、キャプテンや女勇者に背中を任せられるだろう?」 


女騎士「絆とかではない、任せられる頼もしさを信頼しているからだ」 


魔王子「...フッ」 


嘲笑に近い、鼻を鳴らした音。 

楽しいから、愉快だから笑ったわけではない。 

この状況でこんなことを言い出す人間に呆れてしまっていた。 


女騎士「笑ったな?」 


魔王子「まさか、合理的に魔王に挑む者がいるとはな」 


魔王子「俺が読んだ物語では、勇者側はいつも絆を抱いていたぞ?」 


女騎士「いいだろ? これなら種族とか関係ないだろう」 


魔王子「あぁ...余計な気を回さないで楽だ」 


魔王子「ならば、俺は..."女勇者"を助けねばな」 


女騎士「もう、動けるのか?」 


魔王子「...さっさと行くぞ、"女騎士"」 


魔王子「"キャプテン"の無事も祈らればならないしな」 


絆、そのような軽い言葉の関係になったわけではない。 

背中を護るだけの薄い信頼関係が、彼を仲間に馴染ませていた。 

その薄さは紙よりも薄く、だがダイヤモンドより硬い。 


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