夕陽のような暖かさが、月明かりのような美しさが、私を私にしてくれた

雪のように白く、細い指が私の手をとってくれた

海のように深く、空のように澄んだ瞳が、私を繋ぎとめてくれた

貴女がいなくなっても、その記憶がどんどん崩れていっても、それだけは忘れられない

だから、せめて、私の中に残った貴女の残滓を僅かでも良いから世界に遺したかった

生きるに値しない私でも、ただただ虚ろな私でも、そうする事で貴女の願いに応えられると思ったから

だけど、



『お前は………………誰、なんだ…………?』



だけど私には、何もなくて

なのに私は、救いようのない罪を重ね続けて

それでも私は、生きようとして



空っぽの自分を突きつけられた



当たり前だ

だって、私は何も積み重ねてこなかったのだから

それどころか、大切な人の大切なものを奪い、偽り、汚した

その罪が白日の下に晒されたとしてもそんなの自業自得で、私が、全て悪くて、

それなのに私は、真っ白な世界でまだ生きている

沢山の人を裏切り、大切な人達を傷つけたのに

それでも私は


過去に縋り

今を否定し

あるはずのない未来を願ってしまう


つまるところ、私はどこまでも愚かで、無様で、虚ろで



救いようのない人間だった




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1553347133

引用元: ・【ガルパン】みほ「私は、あなたたちに救われたから」

2: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 22:26:07.66 ID:cpswsJVq0





夕暮れはとうに過ぎ、周囲を照らすのは規則正しく立っている街灯と月明かりだけになっていた。

プラウダ高校との準決勝を終え、傷ついた戦車たちを車庫に収めた大洗女学園の戦車道チームの面々は、学校の校門前に集合していた。

準決勝は過酷だった。寒さに、プラウダの強さに、極限まで追いつめられた。

結果的に勝利できたとはいえ、その疲労は凄まじい。

けれど、立ち並ぶ彼女たちの顔は疲れとはまた違った様相を呈している。

それを一言で表すことは難しく、それでもあえて表すとしたら―――――動揺と困惑だった。


重く、息苦しい空気が辺りを満たしている。

事実、試合会場からここに来るまでの間、何か一言でも発した者はいなかった。

そんな空気を散らそうとするかのように、校門を背に彼女たちの前に立つ小柄な少女―――杏が気の抜けたような声を上げる。


杏「あー、みんな今日はお疲れさーん。いやー寒かったねー」


この場の空気に全くそぐわないその様子は、けれども重い空気に波一つ立てる事はできない。

しかし、杏はそれを気にせず……気にしていないかのように振舞う。


杏「とりあえず、これで次は決勝だよ。試合までまだ時間があるから各自ゆっくりと休んで。みんな、今日はお疲れ様でした!」


杏はそのセリフを解散の号令として言ったつもりだった。

今日はこのまま自分たちの家に戻って、ゆっくり休んで欲しい。

その気持ちは本心だった。そして、そうしてくれと内心懇願していた。

しかし、空気は重いまま、誰一人として帰ろうとはしない。

そもそも、皆の視線は既に杏を見ていなかった。

彼女たちが見ていたのは杏の更に後ろ、校門に寄りかかって腕を組んでいる少女だった。


そこだけ世界から切り離されているかのように真っ白な髪の少女は、皆の視線が自分に向けられている事に気づくと一瞬、逡巡したように視線を揺らす。

そして決意したかのようにゆっくりと杏の隣に歩いてくる。


杏「……じゃ、じゃあ逸見ちゃんからも何か一言もらえる?ほら、決勝にあたっての激励とかさ」


杏は引きつった笑顔で無理やりおどける。

やはり、空気は重いままだった。


3: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 22:37:09.49 ID:cpswsJVq0


そして白い髪の少女、逸見と呼ばれた少女がゆっくりと口を開く。


「……今日の試合は、私のせいで迷惑かけちゃったわね。結果的に勝てたとはいえ、ピンチを招いたのは私よ」


その口調は気が強い少女のものだった。

ここにいる誰もが何度も聞いてきた声で、話し方だった。

その姿は強くて、凛々しい姿だった。


「だから、決勝はもっと、ちゃんと……」


けれど、その凛とした姿がまるで油の切れた機械のようにぎこちなく、声が、息が、途切れ途切れになっていく。

鋭く細めていた瞳が怯えたように見開かれ、まるで助けを求めるかのように周囲を見渡す。

そして、何もかも諦めたかのようにうつむくと、


「……さよなら」


呟くようにそう言って、逃げるように走り去っていった。


沙織「ま、待って!!」


その後を沙織、優花里、華、麻子の4人が追いかけていく。

残された生徒たちは走っていく彼女たちの背中をしばし見つめるも、やがて杏の方を振り向く。


杏「……みんな、今日はもう帰ろう」

梓「帰れると、思ってるんですか」


ふるえた声を出したのは梓だった。

その瞳は声とは対照的に真っ直ぐに杏を見据えている。


杏「……やっぱり、ダメだよね」

梓「会長、教えてください。あの人は、誰なんですか。エリカ先輩は……誰なんですか」



4: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 22:49:11.37 ID:cpswsJVq0



『こいつの名前は――――――西住みほ。黒森峰の隊長西住まほの妹にして、去年の敗戦の原因を作った元副隊長よ』



プラウダの隊長であるカチューシャがまるで死刑宣告のように告げたその名前を、梓たちは知らなかった。

そして、『逸見エリカ』という人間が既に亡くなっている事も。

当たり前のことだ、自分たちの目の前にいる人の生死を疑う様な人間はいない。

ましてや、死者の名を騙っているだなんて事を想像しろというほうが無理なのだから。

故に、梓たちは未だにカチューシャの言葉を信じようとはしなかった。

だから、聞かないといけなかった。

何かを知っているのであろう杏に。

杏もそんな梓たちの気持ちを理解しているのだろう、自身の言葉を待っている生徒たちをゆっくりと見渡すと、諦めたような吐息と共に口を開く。


杏「……私たちの知っている逸見ちゃんは、今日まで私たちを導いてくれていた隊長は――――『西住みほ』だよ」


求めていた答えは、けれども最も聞きたくなかった真実となる。

アリクイさんチームの車長であるねこにゃーが呆然と呟く。


ねこにゃー「プラウダの隊長の嘘じゃなかったんだ……」

杏「ごめんね、黙ってて。でも、私が勝手に言う訳にはいかなかったから」


アヒルさんチームの車長である典子が、動揺をぐっとこらえて一歩前に出る。


典子「会長。隊長はなんで、名前を騙っていたんですか」

杏「……私が知ってるのは、本当に上っ面の部分だけだよ。あの子が何を思って、どうしてそうしたのかはきっと理解できないと思う」

典子「それでも。このまま何も知らずにいられるわけないじゃないですか」


本当は叫びたいのだろう。典子の声は低く、震えている。

そしてその気持ちは、ここにいる全員同じだった。


杏「……そうだよね。うん、わかった。話すよ。きっともう、それしか無いんだと思う」



そうして、杏は静かに語り始める。

物語というにはあまりにも断片的で、

事実というのはあまりにも悲劇的な

現実感のない、けれども確かにあった過去を。

常人では理解できない、けれども確かな『結末』として自分たちの前に存在していた『彼女』を。




5: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 22:59:36.76 ID:cpswsJVq0





沙織「ねぇっ!!待ってってば!!」


学校を離れ、住宅街に差し掛かるあたりで、沙織たちは白い髪の少女の背中を捉える事が出来た。

しかし、必死にその背中に呼びかけ、引き留めようとするも、みほは一向に止まる気配が無い。

遠くなっていく影を繋ぎとめるため、沙織は彼女の『名前』を叫ぶ。


沙織「っ……西住さんっ!!」


白い影が、ピタリと止まる。


沙織「ねぇ、西住さん……お願いだから、ちゃんと、話をしよ?」

「……」


振り向かないまま返ってきたのは無言の拒絶。

ならばと、沙織はさらに言葉を重ねる。


沙織「教えて。あなたは誰なの?」

「何度も言わせないで。私は、逸見エリカよ」


その返答を沙織は無視する。

答えは既に出ているのだから。

誤魔化すことは出来ない。それは、みほも理解しているはずなのに。


沙織「去年の決勝で亡くなったのは……えり、エリカさんだったんだね」

「違うわ。言ったでしょ?あの事故で死んだのは西住みほ。生きているのは逸見エリカ」

優花里「違いますっ!!」


沙織を押しのけるように前に出た優花里が涙交じりの声で否定する。


優花里「あの事故で亡くなったのは……逸見、エリカ殿です。私は、あの決勝の会場で、エリカ殿が乗った戦車が流されるのを見ました。それを、助けに行ったあなたも」


みほは振り向かない。


優花里「たとえ被害者の名前が伏せられたって、ちょっと調べればわかります。あなたは……西住、みほ殿です」



7: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 23:08:09.63 ID:cpswsJVq0


優花里は知っていた。

逸見エリカと名乗る少女が、西住みほだという事に。

あの日、逸見エリカという少女が転校してきたと聞いた時、優花里は同姓同名の別人だと思った。

優花里は見ていたから。

あの日、決勝の会場で起こった悲劇を。


だから、ある日、廊下で真っ白な髪の少女を見た時彼女が『逸見エリカ』だと気づいた。

そして、こう思った。


彼女は、壊れている、と。


優花里「西住殿っ!もうやめましょうよ!?こんなのっ……こんなの辛すぎます……」


だけど優花里にはどうすることも出来なかった。

かつてみほが言ったように優花里は知識だけで、何も知らないから。

そしてどうすることも出来ないまま今日、彼女の真実が明るみに出されてしまった。


優花里の目から涙がとめどなく流れる。

いつか、みほの行いがいつか破綻するだなんてわかっていたのに何もしてこなかった自分の不甲斐なさが情けなくて、

きっと、何かしたところでどうしようも無かった事を理解してしまう事が悔しくて。

感情に任せて泣き叫んだところで、何一つ現状は良くならないのに。



8: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 23:17:51.72 ID:cpswsJVq0



華「……教えてください。あなたはなぜ、そんな事をしたのですか」


泣き崩れそうな優花里を支えながら、今度は華が問いかける。

たとえ理解できないとしても、本人の口から理由を聞かなくてはいけない。

華はそう思った。


「……ねぇ、あなたたちから見て私はどう見えた?」


返答の代わりにみほは逆に問いかける。


「優しかった?カッコよかった?強かった?」


どういう意味かと考えている沙織たちに、更に問いが重ねられる。

その答えに沙織たちが窮していると、みほがそっと振り返る。

その表情からは凛々しさは消え、柔らかく、今にも崩れ去りそうな笑みを浮かべていた。

彼女とは毎日のように会ってきたはずなのに、沙織たちはまるで初めて彼女と会ったかのように感じてしまう。


「私にとってのエリカさんはそんな人だった。どんな時でも凛々しくて美しくて、私を救ってくれた人だった」


みほがそっと月を見つめ、手を伸ばす。

少し欠けた月の輪郭を指先でなぞり、降り注ぐ月明かりをそっと手のひらで受け止めて、その手を閉じる。

そして、胸元に持って来た手をそっと開く。


「……ははっ」


もちろん、そこには何もなく、みほはそれを見て乾いた笑い声を出す。


その行動の意味を理解できない沙織たちは訝し気な表情をする。

やがて、みほは何事も無かったかのように向き直る。


「そんなエリカさんと比べたら、私の価値なんて無いのと同じで、だったら、エリカさんがいたほうが良いでしょ?だから私は――――逸見エリカになったのよ」


みほの表情が凛々しさを取り戻す。

それがつまり、みほにとっての『エリカさん』で、自分たちが見てきた『彼女』の真実なのだと沙織たちは確信を得る。


華「……西住さん。あなたの道は、あなただけのものなのです。誰かの姿を借りて進める物じゃありません」


華の諭すような言葉に、みほは何か思うところがあるかのようにそっと彼女を見つめる。


「華、前に言ったわよね?私は、納得できないことが嫌いだって」

華「……はい」


みほの顔から表情が消え去る。


「私が一番納得できないことはね、私が生きている事。エリカさんが死んだ事」

華「っ……」

「最初から道なんて無かったの。だって……エリカさんのいない世界に納得できることなんて一つもなかったから」


9: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 23:25:48.08 ID:cpswsJVq0


華はもう、何も言い返すことが出来ず、悲しみに目を逸らしてしまう。

先ほどまで支えていた優花里に、今度は支えられるようにその身を預けてしまう。

その様子にみほは満足げに頷くと、沙織たちの知っている『エリカ』のように優しい声を出す。


エリカ「大丈夫よ。決勝さえ勝てれば学園艦は守られるから。みんなだってそれはもう知っている。だからきっと私の事も受け入れてくれる。それで、いいのよ」


これでもう話は終わり。そう言わんばかりにみほはまた沙織たちに背を向ける。

しかし、


沙織「……西住さん。きっと、エリカさんはあなたにそんな事して欲しくないよ。ちゃんと、自分の人生を生きて欲しいって思ってるよ」


沙織の呆れたかのような、吐き捨てるかのような言葉がその背中に突き刺さり、みほが振り返る。

その顔に浮かぶのは、怒りだった。


「……あなたに、あなたに何が分かるの?あなたがエリカさんの、何を知ってるの?」

沙織「……私は、エリカさんと会った事無いよ。顔も知らない」


淡々と、何を分かり切った事をとでも言いたいかのような沙織の言葉にみほは更に苛立つ。


「ならっ……勝手な事言わないでっ!私のほうが、ずっと……ずっとエリカさんを良く知ってるっ!」

沙織「それなのに気づいてないからだよ。……ううん、きっと気づいてるはずなんだ。西住さん、あなたの見てきたエリカさんはホントにそんな人だった?」

「私よりも、エリカさんがいるほうが正しいんだよ」

沙織「そんな話していない。正しいとか、正しくないとか、そんなのどうでもいい。

   私は……西住さん、あなたの言葉が聞きたいの。あなたの知っているエリカさんは、あなたがエリカさんのフリをして喜ぶような人だった?

   あなたが、そこまでして生きていて欲しかったエリカさんは、本当にそんな人だった?」

「っ……」


沙織がみほに近づく。

鼻先がぶつかりそうなほど顔を寄せて、逃げる事も、誤魔化す事も許さないと言葉に力を籠める。


沙織「答えて」


沈黙が彼女たちの間に流れる。

みほを見つめる沙織の瞳は揺らぐことが無く、耐えきれなくなったみほは目を逸らす。

そして、絞り出すかのようにかすかな声で、


「……それでも、私にはもうこれしか無いんだよ」


そう言って今度こそみほは去って行く。

その背中は何もかも拒絶していた。きっと、他でもない自分自身も。

だから沙織は追わなかった。

今の彼女にこれ以上何を言っても通じないと思ったから。



10: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 23:43:32.77 ID:cpswsJVq0



沙織「……私たちも帰ろう。それで、ちゃんと考えをまとめて、あと他のチームの人たちとも話し合って……」


沙織が今後の行動を確認も込めてみんなに伝えようとすると、沙織の後ろ、優花里と華の更に後ろから小さな影が出てくる。


優花里「麻子殿……?」


のそりと、まるで足を引きずるかのようにゆっくりと麻子は歩く。

どこか虚ろなその瞳は、沙織の後方、みほが去って行った方を見ていた。

学園艦に戻ってからずっと黙っていた幼馴染のおかしな様子に、沙織が心配そうに声を掛ける。


沙織「麻子、どうしたの?」


沙織はかがんで、麻子の顔をのぞき込むように見る。

麻子はちらりと沙織と視線を合わせると、再びみほが去っていった方向に視線を戻す。

いったい、どうしたのだろうかと沙織たちが心配していると、麻子がぼそりと口を開く。


麻子「……なぁ沙織」

沙織「何?」

麻子「いつっ……西住さんは、大切な人を失ってたんだな」

沙織「……そうだね」


みほにとって、逸見エリカという人間はどれほどの存在だったのだろうか。

それを推し量る事なんて誰にも出来ないだろう。

それでも、計り知れないほどの想いをエリカに持っている事は沙織にもわかる。

それでも、みほのしたことを理解できなかった。

その事に沙織が内心歯噛みすると、目の前で麻子が崩れるように膝をつく。


麻子「……なんで、私は気づけなかったんだろうな」


呆然と呟かれた言葉。大きく見開かれた瞳から涙が静かに流れだす。


麻子「なんで、私は西住さんの気持ちが理解できないんだろうな」


その表情が怒りと悲しみと、悔しさに歪む。


麻子「大切な人を失った気持ちは、一番、私が理解できるはずなのにっ」


その細い手が舗装された道を殴りつける。


麻子「私は……『友達』だって、言ったのに……」



11: ◆eltIyP8eDQ 2019/03/23(土) 23:46:51.74 ID:cpswsJVq0



必死で声を押し殺し、それでも堪えきれない泣き声が漏れ出してくる。

その肩を沙織が抱きすくめようと手をのばすと、麻子が首を振ってそれを拒絶する。


麻子「なのに私は、わからないんだ。沙織、私は……西住さんに何をしてあげればいいのか、わからないんだ……」


沙織は知っている、麻子は不愛想なように見えて、誰よりも情に厚い子なのだと。

その麻子が、自分から友達だと言った『彼女』の事を、気にしていないわけがないと。

だから沙織は麻子をぎゅっと、正面から抱きしめる。

額を合わせ、かつて泣きじゃくる自分に母がそうしてくれたように、優しく語り掛ける。


沙織「……麻子、私もだよ。簡単に答えが見つかれば苦労しないよね」


麻子の潤んだ瞳が沙織の瞳と合わさる。


沙織「だから、一緒に考えよう。きっとみんなも、そう思ってくれてるから」


沙織はここにはいない人たちを想う。

今頃、彼女たちもみほの『真実』を聞いているのだろう。

それを今すぐ理解することなんてできないだろう。

それでも、同じ戦いを乗り越えてきた彼女たちとなら、仲間たちなら、

決して、考える事をやめないだろうから。

だから、自信を持って麻子に笑いかける。


その笑顔に麻子は苦笑して、大きく深呼吸する。

肩を貸そうとする沙織の気遣いを固辞して、ゆっくりと立ち上がる。


麻子「……すまない。ちょっと取り乱した」

沙織「良いんだよ。友達なんだから」

麻子「……ありがとう」

沙織「あれ?随分素直にお礼言うんだね」


気恥ずかしそうに頬をかく麻子に、沙織がからかうように笑いかける。


麻子「……善意には感謝で返せ。そう、教えてくれた人がいたからな」

沙織「……そっか」

優花里「でも、西住殿はどうすれば……」

華「彼女の心は深い底で、固く閉ざされてます。生半可な説得ではさらに頑なになるだけでしょう」


沙織がみほが去って行った先を見つめる。

先ほどみほを見つめた時のように揺るがず、強い決意を込めて。



沙織「だけど、このまま終わりになんて出来ない。終わりになんてさせない……絶対に」



その言葉に、ここにいる全員が問われずとも頷いた。




40: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/06(土) 18:05:20.69 ID:QSadOSIn0






誰だって友人の一人や二人いるだろう。

そして、特に仲の良い親友と呼べるような存在がいる者もいるだろう。

その友人を失って悲しみに暮れる気持ちがわからない者はいないだろう。

その原因が自分だと、そうこじつけられてしまうとしたら、そう考えてしまう気持ちもわかる者はいるだろう。

けれど、その果てに自身がその友人になろうとする。その気持ちを理解できる者は、いないだろう。


杏が語った一節は、つまりそういう事だった。


校門の前に並ぶ少女たちは、先ほどよりもずっと重く、暗く、ともすればそのまま夜の闇に消えてしまいそうなほど沈み込んでいた。

杏の口から語られたそれは、あまりにも理解を越えていた。いや、理解できる部分は確かにある。

みほに共感して瞳を潤ませるものも多数いた。だけど、みほが導き出した結論を理解できるものはいなかった。


梓「……嘘じゃないんですか」


そんな中、最初に口を開いたのは梓だった。


杏「嘘だったら私の笑えない冗談で済んで良かったんだけどね」

梓「……あなたは、このことを―――」

桃「会長は……最初から、全部知ってたんですか?」


梓の問いかけは杏の隣にいる桃の言葉にかき消された。

呆然と見開かれた瞳は、杏を見ているようで別の誰かを見ているかのように揺れている。

そんな桃を見つめ、杏は躊躇うように、諦めたように頷く。


杏「……うん」



41: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/06(土) 18:07:46.41 ID:QSadOSIn0



その瞬間、桃が杏の胸倉を掴みあげる。元より腕力は人並み以上だった桃によって小柄な彼女の体は難なく吊り上げられ、その表情が息苦しさに歪む。


柚子「桃ちゃんっ!?」


突然の事に柚子が驚き、止めようと近づくも桃の鬼気迫る表情の前に彼女は動けなくなってしまう。


桃「なんでっ……なんで言ってくれなかったんですかッ!?なんでッ!?」


怒りと動揺がないまぜになった声に杏の瞳が大きく開き、揺れる。

けれど、すぐにその表情をかき消して代わりにいつもの様におどけたような、軽い笑みを作る。


杏「……そっちのほうが色々都合が良かったんだよ。それだけ」

桃「ふざけないでくださいっ!?あいつは私たちのために必死で戦ってたのにっ!!なのにっ、なのにっ……」


喉が裂けそうなほどの怒声がどんどんとその勢いを失っていく。

真っ白になるぐらい力の込められていた手から力が抜けていき、すり抜けるように杏の胸元から離れ、垂れ下がる。

それに合わせて崩れ落ちるように桃は膝をつくと、合わない焦点で地面を見つめながら呟くように声を出す。


桃「私は、逸見に……西住に……取り返しのつかない事を……」


桃の脳裏を駆け巡るのはただただ後悔の念だった。

自分がかけた期待が、激励が、我儘が、全てみほを傷つけていたのだと。

そしてみほを戦車道の場に引きずり出したのは杏で、そうした理由に桃は心当たりがあった。


桃「……私が、廃校を嫌がったからですか?私が、会長にそこまでさせてしまったんですか?」

杏「違う」


その言葉を杏は即座に否定する。

しゃがみ込んで、へたり込む桃に目線を合わせて、その瞳をまっすぐ見つめる。


42: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/06(土) 18:12:57.09 ID:QSadOSIn0


杏「河嶋、悪いのは全部私だよ。事情を知ってて、いつかこうなる事もわかってたのに、私は西住ちゃんを引っ張り出したんだ」

桃「そんなのっ……」

杏「お前の気持ちなんか関係ない。廃校が嫌だったのは私も同じで、私は……私が、そのためなら何でもしようって思っただけなんだ」


桃が瞳を涙で潤ませ、悔しそうに歯を食いしばる。


桃「そうやって……あなたはまた全部一人で……」

杏「……ごめんね河嶋」

桃「謝らないで、ください……」


その言葉を最後に、桃はうつ向いて何も言わなくなった。

震えるその肩を杏は哀しそうに見つめると、二人の様子を見守っていた他の生徒たちに向き直る。

そして、強く瞼を閉じてゆっくりと開く。


杏「みんな、もう一度言うね。もう、帰ろう」


一人一人を見つめるように視線を配る。

最初に声をだしたのは、レオポンさんチームの車長であるナカジマだった。


ナカジマ「……わかったよ。みんな、帰ろっか」


数少ない最上級生であるナカジマの言葉に、少女たちはどこか納得できないという面持ちを抱えながらも各々の家路につこうとゆっくりと歩きはじめる。

しかし、その流れに逆らって梓が飛び出した。


典子「澤っ!!」


典子の声に、駆け出した影―――梓は引き留められる。


典子「どこに行く気だ」


梓は振り向かずに答える。


梓「……隊長のところです。あの人の口から、本当のことを聞いてきます」

典子「ダメだ」

梓「嫌です」


43: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/06(土) 18:17:59.82 ID:QSadOSIn0



典子の説得に梓は頑なに首を振る。

見かねたチームリーダーたちも梓を諭そうと声を掛けてくる。


ナカジマ「澤さん、今隊長に話を聞いたって仕方が無いよ。お互いが動揺したままじゃ会話になんてならないんだから」

カエサル「急いては事を仕損じる。気持ちは分かるが、焦った所で拗れるだけだ」

そど子「とりあえず、落ち着きなさいよ」


ナカジマ、カエサル、そど子が次々に言葉をかけてくる。

しかし、梓はそれに我慢できないといったように怒りを露わにして叫ぶ。


梓「っ……みんなは納得できるんですかっ!?今日まで信じてきた人が、既にいない人で、私たちの知っているエリカ先輩は、そう名乗ってるだけの別人だったって言われてっ!!」

典子「澤……」


典子の呟くような声には梓への理解と同情が込められていた。


おそらく、この中でみほを、いや『エリカ』を最も信頼し、尊敬し、その背中に憧れていたのが梓だった。

未経験で何も知らないからと自主練に励み、初心者用の教科書まで買って読み進めていた。

プラウダとの試合、追いつめられ、教会に立てこもっていた時、自身の無力さに涙を流していた。

それらは偏に尊敬する隊長の力になりたいという一心からであり、それを知ってるからこそ、皆は何も言えなくなってしまう。


梓「私は、私は納得できませんっ!!ちゃんと、ちゃんとあの人の口から本当の事を聞きたいんですっ!!」


目元を真っ赤にして吐き出すようにそう叫ぶと梓は再びみほたちが走っていた方に向かおうとする。

その手をアリクイさんチームのリーダーであるねこにゃーが掴む。

梓は振り払おうとするが、バレー部の過酷な練習に放り込まれた事により鍛えられたねこにゃーの手はびくともしない。



44: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/06(土) 18:23:01.27 ID:QSadOSIn0



ねこにゃー「……澤さん。それはボクたちも同じだよ。あの人から本当のことを聞かないと納得なんてできないよ」

梓「ならっ!」


必死の形相で訴えてくる梓の目をねこにゃーは厚いメガネのレンズ越しにじっとみつめる。

あえてすぐには答えず、梓の呼吸が落ち着くまでぎゅっとその手を握りしめる。

やがて、梓の息が落ち着くと微笑んで語り掛ける。


ねこにゃー「だから、ここは帰ろう?帰ってご飯食べて寝て、それでちゃんと言いたい事、聞きたい事を決めてまた話そうよ。だよね?ナカジマ先輩」

ナカジマ「うん、そういうこと」


振られたナカジマがテンポよく同調し、他の生徒達もそれに頷く。

これ以上強情を張っても仕方がない。

梓はそう理解し、ゆっくりと肩の力を抜いていく。

その様子にねこにゃーは安心したように手を離すと、入れ替わるように典子が梓の肩を叩く。


典子「さ、帰ろう。何か食べてくか?」


典子は気安く、気遣いを見せないように誘ったつもりだったが、梓はその手をそっと払うと先ほどとは逆の方へと走っていく。


あや「ちょ、待ってよ!!」

あゆみ「梓ってば!!」

優季「私疲れてるんだけどぉー!」

桂利奈「置いてかないでってばー!!」

紗希「……」


その後をウサギさんチームの面々が叫びながら追いかけていく。

小さな背中達が去って行くのをねこにゃーと典子はどこか悲しげに見送った。


45: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/06(土) 18:29:26.85 ID:QSadOSIn0


カエサル「……私たちも帰るか」

そど子「疲れたわね……」


カエサルのため息交じりの号令とそど子の同意を合図に今度こそ生徒たちは去って行った。


残されたのはカメさんチーム……生徒会の三人だった。


未だうずくまったままの桃を柚子が心配そうに見つめる。

見かねた杏が肩をかそうと手を伸ばす。


杏「ほら、河嶋」

桃「っ!!」


その手を拒絶するかのように払い除け、桃はゆらりと立ち上がり、どこか覚束ない足取りで去って行こうとする。

杏はその背中に手を伸ばすも、その手は空を掴む。

そして届かなかった背中は揺らめくようにゆっくりと、闇夜に消えていった。


柚子「……ごめんね杏。桃ちゃんも色々分からなくなってるんだと思う」


その痛ましい姿を見かねたのか、柚子は友人としての立場で、杏を気遣う。


杏「……いいんだ。河嶋が怒るのも無理ないんだから。ううん、むしろ嬉しいのかもね。河島が怒ってくれて」


柚子から見えるのは杏の小さな背中だけで、彼女がどんな表情をしているのか見えなかった。

だけど、杏が今にも泣きそうな顔で笑っている事だけはわかった。


77: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/13(土) 22:17:41.75 ID:xS+etstB0






プラウダ高校はその校風というべきか気質というべきか、比較的高緯度の海域を航海する。

故にプラウダの気温はいつだって低く、集まる生徒たちも東北から北海道にかけて寒さになれた者が集まってくる。

とはいえ、流石に今日のように雪が吹雪いている中、外に出るような生徒はおらず暖房をガンガンにつけた部屋に籠っていた。

そして、そんなプラウダの中にある談話室にカチューシャはいた。

暖炉がパチパチと音を立て、窓を打つ雪の音がどこか心地よい。

いつもならそれらを子守歌に昼寝でもしているカチューシャであったが、今日は目の前にいる来客を迎えるためにあくびをこらえていた。

その来客とは、聖グロの隊長であるダージリン。

いつだって人を食ったような言動をして、それを咎めたところでどこ吹く風でおしゃべりを続けるダージリンだが、今日はどうも様子がおかしい。


カチューシャ「まったく、あなた自分の学校が負けて暇だからって遊びすぎよ。……私が言えた義理じゃないけどね」


カチューシャはそう言って、ペチーネを齧る。

目の前の来客はわざわざ吹雪に見舞われている中やってきた。

突然の訪問にカチューシャは訝しむも、ダージリンの様子にただならぬものを感じ、腹心であるノンナですら部屋に入れず一人でダージリンと机を挟む事にした。

だというのに、先ほどからダージリンは一言も口にせず、好物であるはずの紅茶にすら口を触れていない。

そんなダージリンの殊勝な態度を最初は面白がっていたカチューシャだが、流石にそろそろ飽きてきてしまった。

せっかく自分が入れてあげた紅茶が冷めてしまうのはもったいないし、何よりもこのまま沈黙が続いてしまうと睡魔に意識を持っていかれてしまいそうだから。

いくらなんでもダージリンの前で惰眠を貪るような無様は見せたくない。

そう思い、カチューシャは今一度、ダージリンに声を掛ける。




78: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/13(土) 22:24:29.47 ID:xS+etstB0


カチューシャ「それで?いきなり来たと思ったらだんまり?お茶とお菓子の分ぐらいは私を楽しませてくれてもいいんじゃない?」


黙り込んだままのダージリンが顔を上げ、カチューシャを見つめる。

その碧眼はカチューシャを見つめようとしているのかそれとも目を逸らそうとしているのか、どうにも落ち着かない。

そんなダージリンをカチューシャはめんどくさそうに見つめ、ジャムを口に含んで紅茶を飲む。

紅茶が喉を通り抜け、その温度をカチューシャの小さな体に行き渡らせても、まだダージリンは口を閉ざしていた。


いい加減追い出そうかしらと、寒風吹きすさぶ窓の外に目をやると、そっとダージリンが口を開く。


ダージリン「……カチューシャ、あなたはなんであんな事をしたの」

カチューシャ「……あなたにどうこう言われるような事したかしら?」


ダージリンの曖昧な言葉の意味をカチューシャは理解していた。

元より、ダージリンがプラウダに来る理由と言えば一つしかないのだから。


先日行われた準決勝で、まさかの勝利を収め決勝へ駒を進めた大洗女学園。

その隊長である逸見エリカの『真実』を、カチューシャは大洗の生徒たちの前で告げた。

逸見エリカは、西住みほだと。

ダージリンが聞きたいのはその事なのだろう。



79: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/13(土) 22:33:34.51 ID:xS+etstB0



ダージリン「エリカさ……みほさんの事情はあなたが一番知っていたはずでしょ」

カチューシャ「そうよ?死んだ奴の影に隠れていつまでも情けないったらありゃしない」

ダージリン「……その理由もあなたは知っていたはずでしょ」

カチューシャ「ええ、知ってたわ。だからやったの」


ダージリンの責めるような声に、カチューシャは一向に悪びれる様子が無い。

元より、カチューシャは正しい事をしただなんて思っていないのだから。

どれだけ恨みを買おうともそれでも、やらなければならないと思ったのだから。

そんなカチューシャの気持ちをダージリンも理解しているのだろう、今度は自分を恥じるかのようにうつ向く。


ダージリン「……そうね、本当はもっと早く誰かが伝えなければいけなかったのかもしれないわ」


あの時、大洗との練習試合で初めてみほと会った時、言うチャンスはいくらでもあった。

たとえそれでみほや大洗の生徒たちが傷つくことになったとしても、あの時ならばまだ傷は浅かったかもしれない。

そんな結果論に過ぎない後悔を割り切る事も出来ず、ダージリンは自らを苛む。


ダージリン「ケイさんやアンチョビさんや私が。あるいは杏さんが。誰か一人でも、もっとはやく踏み込んでおけば……」

カチューシャ「あなたちがどうこうする義理はないでしょ」

ダージリン「……カチューシャ、あなたが去年の事を悔やんでいるのはよく知っているわ」

カチューシャ「なんのこと?」


シラを切るカチューシャに構わずダージリンは続ける。




80: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/13(土) 22:37:33.25 ID:xS+etstB0


ダージリン「……あれは、誰の責任でもない、不幸な事故。それで決着がついているし私もそうだと思っている。

      だけど、そう簡単に割り切れるものではないわ」

カチューシャ「あなたに、何がわかるのよ」


苛立ちを露わに、ペチーネを口に放り込んで乱暴にかみ砕く。

そんなカチューシャの抗議にダージリンは申し訳なさそうにうつ向く。


ダージリン「……ごめんなさい。口が過ぎたわ」

カーチュシャ「いつもの事ね」


そして、ようやくダージリンが紅茶に口をつける。

カチューシャが以前教えた『ジャムを口に含んでから飲む』というロシアンティーの作法を忘れたわけではないのだろう。

しかし、今のダージリンにはそんな余裕はなかった。

紅茶を楽しむためではなく、ただ乾いた口内を潤すためだけにわずかに口に含んで飲み込む。

何よりも紅茶に対してうるさいダージリンのそんな様子に、彼女がそれほどまでに心を疲弊させているのだとカチューシャは察した。

なんとか話を続ける事が出来るようになったのだろう。ダージリンは再び口を開く。


ダージリン「私は、みほさんと直接会った事は無いわ。だけど、知ってはいた。……次代の黒森峰を率いるであろう一人だったんだから」

カチューシャ「知らないほうが難しいでしょ。西住流の姉妹だなんて」

ダージリン「……優しく、思いやりがあって、どこか頼りなさを感じるけど戦車に乗っているときは冷静であのまほさんの意志を誰よりも理解して行動できる副隊長。

      私が知ってるみほさんは、そういう人だった」


ティーカップを持つダージリンの手がカタカタと震える。



81: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/13(土) 22:39:57.18 ID:xS+etstB0



ダージリン「でも、私が会ったみほさんは、『逸見エリカ』だった」


言いたくなかった事、信じたくなかったことを吐き出すように伝えると、あとはもうため息のように言葉が続いていく。


ダージリン「信じられなかった。あの子が持っていたであろう柔らかく、穏やかな雰囲気が全て失われていたから」

カチューシャ「失われていた。じゃなくて、捨てたのよ。あいつは」


切り捨てるようなカチューシャの言葉にダージリンは悲しそうに目を細める。


ダージリン「……私には、みほさんの気持ちを理解する事は出来なかったわ」

カチューシャ「できるわけないでしょ。私だって理解できないわよ」


そう、理解なんてできるわけがない。

過去を求めて現在さえ歪めて、未来を捨てる。

そんなみほの気持ちを理解するだなんて事ができるわけがない。

どれだけ失われた命を悼んでも、どれほど自身の無力さを悔やんでも。


それでも、それでもみほはそうする事を選んだのだ。

きっと、誰かの理解なんか求めていなくて、だからこそ、それほどまでの決意が、絶望が、みほにはあったのだと、二人は感じていた。


ダージリン「それでも、もっと……やり方があったんじゃないの?」



82: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/13(土) 22:45:21.24 ID:xS+etstB0

それは、咎めるというよりも縋りつくような言葉。

ダージリンはカチューシャなら、自分以外の誰かならもっと誰も傷つかない、方法があったのではないかと、そう思いたかった。

だから、カチューシャははっきりと告げる。


カチューシャ「その『やり方』を探しているうちに、あの子は決勝で西住まほと対面することになってたでしょうね」


ダージリンは納得と悔しさを沈黙で表す。


まほは間違いなくみほの真実を詳らかにする。

その確信がダージリンたちにはあった。

まほが持つみほへの怒りを、ダージリンは試合の中で感じていた。

もしもみほが何食わぬ顔で『逸見エリカ』として決勝の場に立とうとしたのならば、まほは躊躇なくその足元を崩しただろう。

そして、大洗の生徒たちが決勝という大舞台で自分たちの隊長の真実を知ったらどうなるのか、その先は考えるまでもない。


ダージリン「……そうね。カチューシャ、あなたが正しいのかもしれない」


カップをソーサーに置き、ダージリンはスカートの裾をぎゅっと握りしめる。


ダージリン「私は……逃げていたのよ。みほさんから、エリカさんから」

カチューシャ「それこそ、あんたたちがどうこうすることじゃないでしょ。そもそも、ダージリンは無関係なんだから」


カチューシャの正論にダージリンは唇を噛みしめる。

そしてそれを解くようにそっとため息をついた。


83: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/13(土) 22:50:09.92 ID:xS+etstB0



ダージリン「そうかもしれないわね……私の心配は、ただのお節介で、ともすれば傲慢なのかもしれないわ……」


ダージリンが何も見たくないと言うかのように両手で顔を覆う。

その両手をそっと離して、潤んで、揺れる瞳でカチューシャを見つめる。


ダージリン「ああそうよカチューシャ。私は、善意や正義感であの子をそっとしておいたんじゃない。私は、私はただ……怖かったのよ」


それは、ずっと言うべきだった、ずっと言いたかった本心。


ダージリン「みほさんに触れることが怖かった。あの子の笑顔が怖かった。当たり前のように他人を演じる彼女が、怖くてたまらなかった」


大洗で初めてみほと会った時、ダージリンは内心動揺を隠すことで必死だった。

みほの現状は知っていたのに、覚悟していたはずなのに。


ダージリン「指先で触れるだけで壊れてしまいそうな彼女をただ、遠巻きにして、偉そうに心配して、それで自分を納得させていたのよ。何もしないくせに、できもしないくせに、それが、あの子のためだって」


仕方がない。自分に出来る事なんて無い。そうつぶやくたび安堵してしまい、同じくらい自身への嫌悪が押し寄せた。

そんな自問自答なんて何の意味もない自己満足だという事なんて気づいていたのに。



ダージリン「あの子が逸見エリカでいたいのであれば、それで良いのだと。時間がいつか解決してくれると。私は、そう思いたかった」

カチューシャ「私は、そうは思わなかった」


その独白を、カチューシャが打ち切る。


カチューシャ「誰かがやらないといけなかったのよ。最悪の結末なんてとっくに迎えているのだから。あとは、どれだけ傷が広がるのを防げるか。

       たとえ最後に深い傷をつけることになるとしても、やらないといけなかった。そしてそれが出来るのは、やるべきだったのが私だった。それだけよ」

ダージリン「……答えなんて、あったのかしら」

カチューシャ「……わかんないわよ。それでも私は――――覚悟して選んだわ。あの子を『壊す』選択肢を」


101: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/21(日) 23:49:45.00 ID:U8m/w75d0




大洗女子学園に点在する学生寮、その一つであるアパートの一室の前に沙織はいた。

扉の前でじっと何かを考えていた沙織だが、覚悟を決めたように扉の横のチャイムを押す。

鳴り響くチャイムの音が扉を通して沙織の耳にも届く。

しかし、扉が開く気配はない。


沙織「西住さん」


ノックと共に沙織が部屋の主の名前を呼ぶ。


沙織「私、武部沙織だよ!今日は練習だからさ、一緒に行こう?」


努めて変わらず、以前と同じように明るく声を掛けたつもりだったが、やはり沙織の声はどこか強張っていた。

結局、扉は開かず廊下に沙織の独り言が響き渡っただけになってしまった。


沙織はため息を一つつき、小さく謝りながらドアノブに手をかける。

何度か力を入れて、ドアノブを回そうとするも僅かに音を立てるばかりで開くことは出来ない。


いっその事ベランダの方から侵入してやろうかと沙織が内心で空き巣まがいの事を考えていると、携帯の着信音が鳴り響いた。

確認してみると、送り主は『えりりん』。

文面は、


『ごめんなさい。今日は体調が悪いから休むわ』


それを見た沙織は悔しそうに、悲しそうに唇を噛みしめると、また先ほどのように明るい声を出す。


沙織「……わかった。何かあったら呼んでね?すぐ駆けつけるから!」


そう言って、逃げるように扉の前から去った沙織を、学生寮の前で優花里たちが迎える。


優花里「どうでしたか……?」


恐る恐ると言った優花里の問いかけに沙織は無言で首を振る。


優花里「やっぱり、今はまだそっとしておいた方が良いのでは……」

麻子「だからといって何もせずにいるのも違うんじゃないか」

華「私たちは、私たちで出来る事を考えるべき、ですね……」


優花里、麻子、華がそれぞれ意見を述べる。


沙織「私たちに出来る事……」


ポツリと沙織はそうつぶやくと、そのまま学校へと向かっていく。

そのあとを3人は小走りで追いかけていった。


102: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:00:30.36 ID:jQ2XiiXS0






準決勝が明けて、休日を挟んだ後の練習。

既に学園は夏休みに入っているが、間近に迫った決勝の為に練習を怠るわけにはいかなかった。

既に作成されているメニューの通りに練習をこなし、朝から始まった練習が終わったのは夕方に差し掛かる頃だった。


杏「みんなお疲れー。もうすぐ決勝だし、色々詰めていこうね。それじゃあ解散ー」


相変わらずどこか気の抜けたよな声で締める杏に、各々思う様な顔を見せつつも、その場を離れていく。

残ったのは生徒会チームと、その前に立ちふさがった沙織だけだった。


柚子は何事かとおろおろして、桃はじっと表情無く沙織を見つめ、杏はわかっていたかのように微笑む。


沙織「会長」


いつもの明るさのかけらもない沙織の声に、杏は困ったように笑う。


杏「……やっぱり、隊長がいないとみんなどこかぎこちないね。やっぱり、隊長がいないと……」

沙織「会長……あなたは、どうするつもりですか」

杏「……西住ちゃんの事はなんとかしてあげたいと思ってる。でも私は……今は大会の事を考えるよ」

沙織「……あなたが、巻き込んだんじゃないですか」


苛立ちを隠しきれてない震えた声が杏に刺さる。

沙織の怒りに杏はそれでも笑顔で答える。


杏「そうだよ。それを咎められても私は何も言い返せない。悪いのは全部私なんだから」

沙織「開き直らないでくださいッ!!」


沙織の怒声が校庭に響き渡る。

杏に怒りをぶつけたところで何も変わらない。それは沙織もわかっている。

どうすればいいかわからない自分への苛立ちもその怒りには込められていた。




103: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:04:13.33 ID:jQ2XiiXS0



杏はやっぱり困ったように笑うと、顔を伏せる。


杏「……ごめんね。でも、私は最後までやらないといけないんだ。優勝して、廃校を阻止出来たら……どんな報いでも受けるよ」

沙織「出来なかったら。廃校が決まったら今度はどうするつもりですか」

杏「……」


杏は何も言わない。

言いたいのに言えないのか、何も考えてないから言えないのか。

どちらでもいい。沙織はそう吐き捨てるように顔をしかめる。


沙織「私はっ……大会とかどうでもいい。西住さんの事をなんとかしてあげたい」


悔しさをこらえるように強く手を握りしめる。

廃校は嫌だ。だけど今、沙織にとって大事なのはそのことじゃない。

みほが辛いのなら、苦しんでいるのなら、助けてあげたい。

それが沙織にとっての最優先事項だった。


沙織「どうすればいいかなんてわからない。でも、あんな状態が正常なわけがない。だからっ」

桃「出来るわけないだろ」


その時、ずっと黙っていた桃が口を開いた。


沙織「……」

杏「河嶋……」

柚子「桃ちゃん今は……」


引き留めようと袖を引く柚子の手を振り払い、杏を押しのけ桃は沙織に迫る。


桃「お前が、あいつの何を知ってる。どんな気持ちで『逸見エリカ』と名乗ってたのかわかるのか?」

沙織「……」

桃「わかるわけがない。そんなの分かる奴なんていないんだ。あいつ以外には」


沙織と桃の視線がぶつかり合う。



104: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:05:06.15 ID:jQ2XiiXS0


桃「なのに、他人が横から口を出すなんて、そんなの上手く行くわけがない」

沙織「だからっ!!試合の事よりもそっちの方を考えるべきだってっ」

桃「いい方法がある」

沙織「え……?」

桃「西住にまた、元気になってもらう方法だ」

沙織「……何」

桃「西住にまた隊長をしてもらえばいい」


名案だとでも言いたげな桃に沙織は舌打ちしそうになる。


沙織「それで解決するならこんな事に……」

桃「あいつの望みを叶えてやればいいんだ」

沙織「それって……」

桃「『逸見エリカ』に戻ってきてもらえばいい」

沙織「ダメだよ……それじゃあ何も変わらない」

桃「変わらなくたっていいじゃないか」



105: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:22:43.63 ID:jQ2XiiXS0


沙織「……西住さんのお姉さんは、西住さんの事を嫌ってる。ううん、憎んでるように見えた。決勝に行って平穏無事に終わるとは思えない」

桃「だったら私たちが守ってやればいい。既に西住の事はみんな知ってる。いまさら暴露したって動揺するやつはいないさ」

沙織「それで、その先はどうするの。エリカさんのままにして、その後はどうするのっ」

桃「……時間が解決してくれるさ」

沙織「本気でそう思ってるの?本気で、あのままにしておけば西住さんが元気になるって思るの!?そんなのっ、桃ちゃん先輩だってわかってるでしょっ!?」


沙織がこらえきれず怒鳴ると、両肩を桃が荒々しく掴んだ。


桃「あいつはっ!!ずっと自分を責めていたんだッ!!逸見の事だけじゃないッ、プラウダとの試合で追いつめられた事だってッ!!」



『……桃ちゃん、あなたは自分を嫌いになった事がある?』



ずっと桃の中で繰り返されたいつかの問いかけ。

その意味が、今なら痛いほどわかってしまう。



沙織の肩を掴む手が震える。

こぼれた涙が校庭を濡らす。


桃「なのに私たちは……何も知らずに、あいつに何もかも押し付けて、勝利を喜んで……」



106: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:25:47.19 ID:jQ2XiiXS0


桃は廃校が嫌だった。みんなと一緒にすごしてきた学校がなくなるなんて嫌だった。

だから、みほを巻き込んだ。

たとえ恨まれたって学園を守れればそれで良い。そう思っていた。

だけど、今は、


桃「私は、私はもう嫌だ……何もできないくせに、責任ばかり押し付けるだなんて真似、できない……」



『私は―――――――エリカさんになれないの? 』



雪のなかに崩れ落ち、呆然と自分を見つめる真っ白な姿。

夢に見る、脳裏に蘇る、その姿が、出会った日から今日までの彼女に重なっていく。


そんな彼女に自分がどれほどの重荷を背負わせていたのか。

その事実は桃にとって、学園よりも重く、許せない事だった。


桃が沙織を突き飛ばすように肩から手を離す。


桃「もういいんだ……負けたって構わない。戦車道が嫌だというのなら、それでも良い。あいつの、好きにさせてやってくれ……私にはもう、それしかできない……」


そしてとうとう桃は泣きじゃくってしまう。

その背中を柚子がさすり、杏はやはり動けなかった。

そして、そんな生徒会の姿を見て、桃の言葉を聞いた沙織は、


沙織「……嫌だ」


それでも、


沙織「そんなの、私は嫌だよ」


揺るがなかった。



107: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:27:11.64 ID:jQ2XiiXS0



沙織「もう現状維持なんて無理なんだよ。私たちが西住さんの事を知った時点で、『私たちが知った』事を西住さんが知ってしまった時点で」


どのみち、先なんて無かった。たとえみほの真実を知らなくても、終わりは近づいていた。

そして時は巻き戻せない。どれだけ自分たちが彼女を気遣おうと、どれだけ守ろうと、沙織たちの知ってる彼女は『西住みほ』なのだ。


沙織「今ここで私たちが『エリカさん』を認めちゃったら、『西住さん』から目を逸らしたら、もう誰もあの子の事を見ることが出来なくなる」


罪悪感を抱えているのは桃だけじゃない。

出会ってからずっとそばにいたのに気づかなかった沙織も、同じように罪悪感を抱えていた。

みほに触れたくない。触れて、これ以上傷つけたくない。

その気持は痛いほどわかってしまう。


だけど、だからこそ、沙織はその願いを否定する。


沙織「たとえ傷つける事になったとしても、引っ叩いてでも、私は『西住さん』の言葉が聞きたい」

桃「そんな事する権利、お前たちにあるのか」


赤くなった瞳で、桃がにらみつける。

沙織はその視線をまっすぐ受け止める。


沙織「無いよ。でも、私たちは―――――西住さんの友達だから」


理屈や論理ではなく、どこまでも真摯な感情論。

その言葉に桃がはっと目を見開く。

その様子に沙織はふっと微笑むと、


沙織「桃ちゃん、あなただってそうでしょう?」


そう言って走って行った。




108: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:41:18.94 ID:jQ2XiiXS0





結局、沙織はそのままみほの部屋の前まで走ってきた。

元より戦車道を始めるまで運動らしい運動なんて体育の授業でしかやってなかった沙織の体は悲鳴をあげ、

その痛みや息苦しさを乙女らしくないかな?なんて軽口を脳内で叩いて無理やりごまかす。

そして呼吸が整うのも待ちきれず、沙織は扉に向かって呼びかける。


沙織「西住さんっ」


返事は帰ってこない。

チャイムを鳴らしても、ノックしても同様。

だから、沙織はみほに呼びかけ続ける。


沙織「西住さんっ!!私、私あなたとちゃんと話がしたいの!!」


周囲の部屋への迷惑だなんてこの際気にしていられない。

沙織は疲れて息混じりの声で必死に声を上げる。


沙織「お願い、私と話をして。このまま終わりなんて、私……嫌だよ」


呼吸も整わない内に大声を出したからか、沙織の体はふらつき、前のめりに扉に寄りかかってしまう。


沙織「西住さんっ……」


その時、思わず手にかけたドアノブが抵抗しないことに気づく。

沙織は一瞬逡巡するように目を伏せるも、手に力を込め、引き剥がすように扉を開いた。


沙織「……西住さん」



109: ◆eltIyP8eDQ 2019/04/22(月) 00:47:42.61 ID:jQ2XiiXS0



廊下はもちろん、部屋も明かりがついていない。

部屋に向かって沙織はもう一度呼びかけるも、返事は帰ってこない。

物音一つせず、まだ少し荒れている沙織の呼吸がやかましいほどだった。


やはり、勝手に部屋に入るのは……と、踵を返そうとする自分の足を沙織は必死で引き止める。

ここまで来たのだから、後で謝って怒られよう。

沙織はそう、頭の中で言い訳をすると、靴を脱いでそっと、廊下に上がった。


沙織「……お邪魔するね」


薄暗い廊下を沙織は締め切られたカーテンからわずかに差し込む夕日を目印に恐る恐る進んでいく。

そうして、部屋にたどり着く。

けれども、


沙織「いない……」


そこには誰もいなかった。


沙織「留守……?」


明かりをつけ、部屋を見渡す。

沙織たちが以前来た時と変わらない、飾り気のなく、どこか生活感のない部屋。

床には飲みかけのペットボトルと、試合の時にも持ってきていたカバンが落ちている。

ふと、沙織の瞳がベッドへと向く。

そこには『前の学校の子から預かっていた』とみほが言っていた黒森峰の略帽をつけたクマのぬいぐるみが置かれている。

そのぬいぐるみはベッドの下に乱暴にしまわれていたのに、今はまるで話し相手にでもしていたかのように姿勢正しく置かれていた。

そしてその横には、投げ捨てられたかのように携帯も置かれていた。


沙織「西住さん……」


嫌な予感が、沙織の脳裏をよぎった。



143: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/04(土) 23:46:53.35 ID:Ujk9qPiQ0






カーテンを閉め切って、電気も付けていない部屋には明りと呼べるものはカーテンの隙間からわずかに差し込む明りしかなかった。

部屋の主のはずのみほは、まるで虜囚かのように小さく膝を抱えて縮こまっている。

身じろぎ一つせず、時間が過ぎるのをただ待っていた時、チャイムの音が部屋に響き渡った。


その音にみほの肩がびくりと跳ねる。

けれども玄関には向かわず、じっと体育座りのまま動かない。

少しして、今度はノックの音がしてくる。


『西住さん』


それに合わせて聞き知った、なのに懐かしい声が自分を呼ぶ。

みほがぎゅっと目を閉じて震える体を抱きしめるように腕に力を籠める。


『私、武部沙織だよ!今日は練習だからさ、一緒に行こう?』


まるで何も気づいていないかのような明るい声。

そんな彼女の優しさが、みほにとってはどうしようもないぐらい辛く、苦しい。


だから、無造作に床に置いていた携帯を手繰り寄せ、


『ごめんなさい。今日は体調が悪いから休むわ』


震える指でなんとかそう打ち込んで送信する。

もう、『彼女』を保つのは文章ですら精一杯になっていた。


そして、どれほどの時間が過ぎたのか。

恐らく1分も経っていないだろう。

けれども、みほにとっては永遠のように感じた沈黙の末、


『わかった。何かあったら呼んでね?すぐ駆けつけるから!』


やはり、先ほどと同じような明るく、けれども気遣う様な声が聞こえてくる。

そして走り去って行くかのような足音が小さくなり、何も聞こえなくなる。

ようやくみほの震えがおさまる。


「……ごめんなさい」


144: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/04(土) 23:55:05.00 ID:Ujk9qPiQ0


小さく呟いた謝罪はもちろん、伝えたかった相手には届かない、ただの自己満足だった。

そうしてまた、膝を抱いて小さくなる。みほの頭に浮かぶのは何故こうなってしまったのかという疑問だった。

そして、その疑問の答えはすぐに見つかってしまう。


「私は、何も変わってない」


エリカと出会った日から、エリカを失った日から、エリカになった日から。

みほは一歩も進んでいない。

それは当然の事で、何もかもから逃げている自分が変われるわけがないのだから。

そうみほは自嘲して乾いた笑いが口から洩れる。

そしてそっと顔を上げ周囲を見渡す。

瞳に写るのは薄暗い部屋だけで、みほは失望したかのようにまたうつ向く。


「ああ……やっぱり私は……」


大洗に来てから幾度とみほの前に現れていた栗毛の少女の幻は準決勝の時を最後に一度も現れていない。

自分を責め立ててきたその幻影は、まぎれもなくかつてのみほの姿で、その言葉はまぎれもない今のみほの本心だった。

その幻影が見えなくなった。

その理由もみほは理解していた。


「私は……もう……」


結論を口にするのが怖くてみほは口を閉ざす。

そのまま倒れこんでベッドの下に手を伸ばし、そこに隠すように置いてある略帽を被ったボコのぬいぐるみをゆっくりと引っ張り出した。


無造作に置いてあったぬいぐるみは、けれども埃一つ付いてない。

みほはボコをベッドの真ん中に座らせると、自身は床に座ったまま向き合う。


「エリカさん……私、どうすればいいのかな……」


目の前のぬいぐるみはもちろん何も答えない。

それでも、みほは続ける。


「私じゃ、やっぱりダメなのかな……」


そう問いかける事自体が答えなのだと、みほは気づいていた。

なら、それならば、


「私は……どうすればいいのかな」


何も答えないぬいぐるみに救いを求めるように手を伸ばし、その手は届くことが無かった。



145: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 00:05:27.41 ID:GKT/EkqT0





夕方の刻もだいぶ過ぎ、夕日に陰りが見え始めてきた頃、学園艦の町の中を戦車道チームの面々は必至に走り回っていた。

沙織から届いた『西住さんがいなくなった』というメール。

慌てて学校に集合するも、どういう事かと尋ねる暇もなく杏の指示により捜索が始まった。


大洗の学園艦は他校と比べて小さいが、それでも街一つを内包してる。

財布と携帯を持っていない事から飲食店やカラオケにいない事は想定できたが、それでも捜索範囲は広い。

圧倒的に人手が足りない中、頼れるのは自分たちの足だけだった。


カエサル「いたかっ!?」

エルヴィン「いやいないな……」


カエサル、エルヴィンが合わせて肩を落とす。

ならば残った二人はと、期待を込めておりょうと左衛門座を見つめる。

そんな二人をみておりょうは残念そうに首を振ると、親指で左衛門座を指し示す。


おりょう「さっき左衛門座が白髪のお婆ちゃんと西住さんを間違えていたぜよ」

エルヴィン「節穴!!」

左衛門座「あ、焦ってたんだからしょうがないだろ!?」



おりょうの告げ口にエルヴィンは思わず声を上げてしまう。

ふざけている場合かと左衛門座とおりょうに内心舌打ちをするも、すぐに首を振って苛立ちを追い出す。

今は言い争いをしている場合じゃない。早く西住さんを探さないと。

焦った所でしょうがない。わかっているが、それでも焦りは生まれてしまう。

みほがどこにいるのか、何をしているのかわからない現状は、皆にとって何よりもの不安要素だった。


146: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 00:12:19.91 ID:GKT/EkqT0





レオポンさんチームは街の中の探索ではなく、学園艦の外周を自動車部の愛車であるソアラで走っていた。

学園艦の外周に点在する広場を捜索するためだ。

いつも飛ばしに飛ばしている道路を今は陸での法定速度で速度で走っている。


スズキ「ナカジマ―見つかったかー?」

ナカジマ「いなーい!!」


助手席の窓から顔を出したナカジマが大声で後部座席のスズキに返事を返す。


ホシノ「ツチヤーやっぱもっとスピード落としてくれ」

ツチヤ「はーい」


ホシノの指示に合わせて運転しているツチヤがスピードを更に緩める。

長い直線にツチヤはついつい癖でアクセルをふかしてしまいそうになるが、一刻の猶予もないからこそ慎重にいかなくてはと、ペダルを踏みこもうとする自身の足を努めて制御していた。


ナカジマ「……まずいなぁ。そろそろ日が沈む……」


不安げに呟くナカジマの視線の先で、街灯がぱっと明りを灯し始めた。



147: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 00:19:43.80 ID:GKT/EkqT0




そど子「そっちはどう?」

寄りかかっている自販機で今しがた買った緑茶の缶を持ちながらそど子は尋ねる。

尋ねられたゴモ代はクリップボードに留められた地図に×を付けながら答える。


ゴモ代「それらしき人物は見つからず」

そど子「……了解。そのまま捜索続行で。私ももう行くわ」


飲み干した缶を自販機横のゴミ箱に入れると、そど子はゴモ代が持っているのと同じ、地図が留められているクリップボードを片手に歩き出す。

そんなそど子の向かいから疲れた様子でパゾ美がやってきた。


パゾ美「そど子ー見つからないよー……」

そど子「もうちょっとだけ頑張ってよ。……でも、流石にそろそろ次の事を考えるべきかもね」

パゾ美「やっぱり警察に言った方がいいんじゃ……」


不安げなパゾ美にそど子はため息交じりに答える。


そど子「まだ明るいし、一人暮らししてる子がほとんどの学園艦で今日いなくなりましたーって言っても様子見が関の山でしょ。

    ほら、今は口よりも足を動かしなさい。……今日は門限破りになりそうね」

パゾ美「一人暮らしなのに門限とかあるの?」


パゾ美が首を傾げると、そど子は不満そうな顔をする。


そど子「私が決めたの。規則正しい生活は風紀委員として当然の事なんだから」


本当に真面目だなーとパゾ美が感心半分呆れ半分に思っていると、そど子はため息をついて、キッと前を見つめて歩き出す。


そど子「でも、今は後回しよ」


148: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 00:30:06.72 ID:GKT/EkqT0




ウサギさんチームの面々はバタバタと手足を振りながら走り回っていた。

探せども探せども、目当ての人物は見つからず、探した場所は地図に印を付けるという指示すら忘れて同じ場所を探してしまう始末であった。

それでもなんとか自分たちの持ち回りの場所を探し終えた一年生チームはあらかじめ決めておいた集合場所に集まってきた。


普段は元気の塊といったような少女たちの表情は随分とくすんでいて、そんな中半分泣きそうな表情であやが情けない声を上げる。


あや「見つかったー?もう疲れたー!!」

桂利奈「全然見つかんないよー!」

優季「私の方もダメだったぁ」

あゆみ「こっちもね」

紗希「……」

桂利奈、優季、あゆみが口々にそう告げて、それを紗希が無言の視線で締める。

声だけは普段の姦しさを残しているものの、自分たちの苦労が徒労にしかなっていない現状はどうしても堪えてしまう。

だからといって、捜索をやめるつもりは毛頭無い。

とりあえず次はどこを探そうかとあゆみがポケットにしまいっぱなしだった地図を広げると、紗希がきょろきょろと周りを見渡していることに気づく。


あゆみ「紗希、どうしたの?」

紗希「……」


紗希が小さく口を開けて何かを言おうとしたとき、隣にいた桂利奈が驚いた様子で声を上げた。


桂利奈「あれ!?梓ちゃんは!?」

あや「え?まだ戻ってないの?」

優季「紗希、梓見てない?」

紗希「……」


紗希が無言で首を振る。


あや「もー!!梓まで行方不明ー!?」


苛立ちを隠しもしないあやの声が薄暗い街中に響いた。



149: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 00:52:16.10 ID:GKT/EkqT0




ねこにゃー「あ、キャプテン」

典子「猫田か」


大通りから外れた街角で偶然、ねこにゃーと典子は鉢合わせた。


典子「そっちの様子はどうだ」

ねこにゃー「さっきチームのみんなと合流したけどまだみたい……とりあえずまたバラバラに探し回ってるけど……」

典子「こっちもだ。とりあえず会長に報告はしたが……」


典子が腰に手を当てため息を吐く。

いつも元気に満ち溢れている典子のそんな姿にねこにゃーもつられてため息を吐いてしまう。


ねこにゃー「……西住さん、どこ行ったんだろう……」

典子「……それを探してるんだ。口より足を動かそう」

ねこにゃー「うん……あれ?」


その時、ねこにゃーが視線の先に見慣れた影を見つける。

小さく、どこか頼りなさを感じるその影は不安そうな顔で周囲を見渡していた。

ねこにゃー達は顔を見合わせ、その影に近づいていく。


ねこにゃー「澤さん」


ねこにゃーの呼びかけに、梓はびくりと肩を震わせるも声を掛けてきたのがねこにゃーと典子である事に気づくと安心したようにため息を吐いた。


梓「猫田先輩に磯辺先輩……びっくりさせないでください……」

典子「澤、ウサギさんチームの捜索範囲はこっちじゃなかったはずじゃ」


典子の言葉に梓はキョトンと首を傾げる。

そしてすぐに自分がみんなからはぐれてしまった事に気づくと、恥ずかしそうに顔をそむけた。


梓「え?……あ、私いつのまにこんなところにまで」


梓はぺこりと頭を下げる。


梓「ごめんなさい、あっちにいるかも、こっちにいるかもってやってたらいつの間にかみんなからはぐれちゃったみたいです……」

ねこにゃー「あはは……」

典子「熱心なのはありがたいが、ちゃんと周りも見ておこうな」

梓「はい……」

典子「……澤、ちょっといいか?」

梓「え……?」

典子「まだ、隊長の事で怒っているのか」

ねこにゃー「キャプテン、今はそれどころじゃ……」




150: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 00:58:47.38 ID:GKT/EkqT0


ねこにゃーが少し焦った様子で止める。

梓がみほの事で動揺を未だに抑えられていないのは心配だが、だからといって当事者であるみほを探している今、その事を梓に尋ねるのは時期早々だと思ったからだ。

しかし、典子は梓を見つめたままキッパリと答える。


典子「いや、今話しておくべきだ」


その言葉に、典子にも考えがあるのだとねこにゃーは察すると、その視線を梓に向ける。

二人の視線に梓は視線を揺らすと、ぎゅっと手を握りしめる。


梓「……私、わかんないです。エリカ先輩が西住みほさんだって急に言われて。エリカ先輩はもう死んでるだなんていわれて」

ねこにゃー「……僕たちもだよ。急にいろんな情報が入りすぎて正直、今も混乱してる」

梓「隊長は……私たちを騙してたんですか?」


梓の声は震えていて、その瞳は否定を求めているかのように潤む。

ねこにゃーは、典子は、何も言わない。


梓「そんなわけない、そんなはずがないって何度も否定しても、心のどこかで思ってしまうんです。私たちに見せた姿は、

  私たちにかけてくれた言葉は、全部嘘だったんじゃって……」

ねこにゃー「……まぁ、そう思うのも無理はないかもね。亡くなった人の名前と姿で生きるって相当だもの」

典子「同感だ」

梓「っ……」


当然といった風に語るねこにゃーたちの言葉に梓は辛そうに顔を背ける。

そんな彼女の様子をねこにゃーは分厚いレンズ越しに優しく見つめると、その肩にそっと手を置く。


ねこにゃー「……だけど、私たちが見てきたあの人が、全部嘘だったかはわからないと思う」


梓にはその言葉の意味がわからず、どういう事かと視線で尋ねる。


ねこにゃー「澤さん、ボクたちはあの人に見つけてもらったんだよ」

梓「……はい」

ねこにゃー「戦車が好きで、だけど戦車道を履修するほどの度胸は無かった僕たちを見つけて、引っ張ってきてくれたんだ」


ついこの間の出来事なのにまるでずっと昔の事のようにねこにゃーは思い出を語る。


ねこにゃー「あの人は確かに僕たちに嘘をついていたんだと思う。それに傷つくのは仕方がないよ」


梓の気持ちが分からないなんて、ねこにゃーは言えなかった。

信頼していた人が嘘をついていたのは間違いなく、その事に傷つくななんてことを言えるわけが無かった。

だけど、


ねこにゃー「でもね、あの人が教えてくれたことに嘘は一つもなかった」


肩を掴むねこにゃーの手に力が籠められる。




151: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 01:02:30.73 ID:GKT/EkqT0


ねこにゃー「バレー部の特訓を受けさせられて、本当に大変だった。インドア派な僕たちがみんなについていくために必要だってわかっててもね」

典子「お前たちは鍛えがいがあったな!」


楽しそうに笑う典子にねこにゃーは「キャプテンは笑いながらボクたちを地獄に落としてたよね……」と小さく苦笑すると、そっと梓の肩から手を放す。

梓の顔をのぞき込むように屈んで、ゆっくりと、噛んで含めるように、


ねこにゃー「でも、あの人は特訓を乗り越えればもっと戦車を好きになれるって言った。……その言葉に嘘はなかったよ」


真っ直ぐなその言葉に、真っ直ぐなその瞳に、梓は視線をそらしてしまう。

そんな梓の姿にねこにゃーは一瞬悲しそうな顔をするも、今度は典子が口を開く。


典子「澤。私は、一度は八九式を信じられなくなった。足を引っ張るだけで、何も出来ないんじゃ……って。そしてその言葉を隊長は否定しなかった」


梓の頭に想起される聖グロとの練習試合の記憶。

最後の一手を任された自分たちの奮闘は届かず、敗北を喫した事は苦い思い出として今も梓の中にあった。

そして、いつだってやる気に満ちていた典子が自分たち以上にその敗北を気に病んでいたという事に梓は驚きを隠せなかった。

けれども、典子ははっと笑うと少し気まずそうに頬をかく。


典子「でも、結局私たちは八九式に乗ってる。正直、戦車道をやればやるほど性能差を嫌でも実感する。でも……それでも私たちはあの子で戦うって決めたんだ。

   正しさとか合理性とか、そういうのを無視して、それでも私たちは今のままで頑張ることを選んだ。そして、私たちの覚悟も隊長は否定しなかった。

   だから―――私は隊長に感謝しているよ」



典子の言葉に何も言えない梓に、ねこにゃーはそっと語り掛ける。


ねこにゃー「澤さん、逸見さんが西住さんだったとして、僕たちを騙していたとして、何もかも嘘だったってあなたは思える?」

梓「……わからない、わからないよそんなのッ!!」


二人の視線に耐えられなくなった梓が、泣き叫ぶように怒鳴る。


梓「私は、本当の逸見先輩に会ったことがないっ!!西住さんがどんな人かだなんて知らないっ!!なのに、一緒に戦った時間が全部嘘かだなんて、決められない……」


けれども、その声はどんどんと小さくなっていき、梓の瞳から涙が流れだし、最後には嗚咽としゃくりあげるような音だけがあたりに響いた。

ねこにゃーたちはそんな梓が落ち着くまで、何も言わずに待っていた。


152: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/05(日) 01:07:39.15 ID:GKT/EkqT0





しばらくしてようやく泣き止んだ梓が、真っ赤な瞳を伏せたままポツリと声を出す。


梓「……ごめんなさい。急に泣き出しちゃって」

ねこにゃー「良いよ。ボクたちこそ、急に色々言っちゃってごめんね」

典子「……澤、隊長に会って何を聞くか決まってるか?」


梓は何も言わず頷く。

その様子に典子は満足そうに笑う。


典子「なら良い。さっさと隊長を見つけよう。それで、お前の気持ちをぶつけてやれ」

ねこにゃー「ちゃんと話して、ちゃんと聞いて、怒りたいなら怒って、それで……許すかどうか決めよう?」

梓「……はい」


今度はちゃんと声を出して、しっかりと二人を見つめて頷く。


典子「なら、捜索再開だなっ!走れっ!!」


典子の号令に、3人はまた走り出した。



180: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/12(日) 23:31:22.43 ID:NXdKQUru0




同じ頃、あんこうチームと生徒会チームは校門前で合流していた。


沙織「会長!みんなからは!?」


焦りを隠す余裕も残っていない沙織に会長はゆっくりと首を振る。


杏「……まだだって」

沙織「っ……私、また探してくる!!」

杏「待って武部ちゃん」

沙織「そんな時間っ!!」

杏「分かってる。だから、聞いて」


どこか抑揚のない杏の声に引っ張られるように、沙織の中に冷静さが戻ってくる。

大きく息を吸って、吐く。


杏「ん。落ち着いたね」


沙織が落ち着いたのを確認すると、杏はいつものように歯を見せて笑う。

そして、直ぐに表情を引き締めて、額をとんとんと叩きながらフラフラと沙織たちの周囲を歩き出す。


杏「現状、出来る限り捜索はしている。艦内も河嶋の伝手で探してもらってる。……それでも見つからない」


考えながら喋っているのだろう、杏の言葉はどこか独り言のようだ。

そして、その歩みがピタリと止まる。


杏「なら、見落としがあると考えるべきだ」


時間が無いからこそ、現状への疑念を無視しない。

杏は一人一人の目を見て語り掛ける。


杏「みんな。何か、西住ちゃんのいそうな場所に心当たりはない?」

優花里「そう言われましても……」

麻子「そんなのわかっていたら、とっくに言っている」

華「学校は……もう探してますよね」


優花里たちが顔を見合わせて、そう答える。

杏は思わずため息を吐きそうになるも、ふと、沙織に顔を向けると表情が鋭くなる。


杏「……武部ちゃん」

沙織「え……?」

杏「私は、武部ちゃんならなにかわかるんじゃないかと思う」


それは単なる直感で、理屈じゃなかった。

過ごした時間なんて、あんこうチームの面々ならそう変わりはない。

それでも、杏は沙織なら何かわかるかもしれないと感じた。



181: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/12(日) 23:44:22.18 ID:NXdKQUru0



杏「何か、何か聞いてない?なんてことない思い出話とか、他愛もない事でいいんだ」


杏の声に焦りが僅かに滲む。

その声に桃も焦りを露わに声を荒げる。


桃「武部!!何か知ってるのなら早く言え!!」

柚子「桃ちゃん落ち着いて……」

桃「っ……」


柚子がそれを抑え、桃は悔しそうに唇を噛みしめる。

自分が何も思いつけない、何も手助けが出来ない現状は桃にとってあまりにも辛く、歯がゆいものだった。

そしてそれはここにいる誰もが、今みほを探している誰もが感じている事だという事も桃は理解している。

焦って逸る自分を恥じ、桃はじっと沙織の答えを待つかのように見つめる。


沙織「……どこか、西住さんが行きそうなところ……私が、知ってる事……」


ぶつぶつと呟きながら必死で頭の中を覗きまわる。

みほと出会った時、一緒に戦車道をすると決めた時。

初めて乗った戦車に困惑した時、そんな自分にみほが落ち着いて指示してくれた時。

訳も分からないまま乗った戦車で、訳も分からないまま戦って、段々と戦車道が分かってきて、

段々と、戦車道が楽しいと思えてきて、

みほの言葉に怒りを覚え、みほの言葉に怒りを覚える自分に怒りを覚え、

仲直り出来て、

そして、みほの真実を知った。


182: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/12(日) 23:58:09.37 ID:NXdKQUru0


沙織「っ……」


想起したみほとの今日までの記憶に涙がこみあげてくる。

それが零れ落ちないように沙織が空を見上げる。

その視線の先には薄っすらと月が浮かんでいた。

……今日は雲が無い。

きっと、月が綺麗に輝くんだろうなと、呑気な事を一瞬考えてしまう。


その瞬間、沙織の脳裏にいつかの記憶が蘇る。




沙織『えりりんっ!』

エリカ『沙織?』

沙織『こんなところで何してるの?』

エリカ『別に。……月がきれいだなって』

沙織『……ホントだ。高地だからいつもより大きく見えるね』

エリカ『……ええ。照らすものすべてが煌めいて見える銀色の光』




ついこの間の事なのに、もうずっと遠くの事のように感じる記憶。

アンツィオ戦後に、月を見上げていたみほ。

その横顔はいつものような張り詰めたような表情ではなく、嬉しそうな懐かしそうなもので、

その声色に宿る感情は、彼女にとって月がとても大きな意味を持つのだと、持っていたのだと、沙織は気づく。


沙織「山……学校の、裏山」


月を見上げながらうわ言のように呟いたその声に、杏が真っ先に反応する。


杏「そこに、西住ちゃんがいるの?」

沙織「わからない……でも、西住さん、月が綺麗って。嬉しそうに、言ってて……このあたりで一番高いところって艦橋か、裏山でしょ……?」


高さだけなら艦橋の方が高い。

しかし学園艦の環境は船舶科でも一部の人間しか入ることが出来ない。

少なくとも、普通科であるみほが入ることは出来ないだろう。

杏は納得したように頷く。


杏「……なるほど、なら」

桃「っ!!」

柚子「桃ちゃんっ!?」


杏が指示を出そうとする前に桃が柚子の制止も聞かずに裏山に向かって走り出す。


優花里「私たちも行きましょうっ!!」


優花里の言葉を合図に、皆桃の後を追いかけていった。



183: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:08:01.46 ID:bVfjB2rg0





日は沈み切り、月が空高く上がっている。

そんな月を、みほは一人裏山の山頂で見上げていた。

別に、何か目的があって山を登ったわけではない。

ただ、あの部屋にいるのが怖くて、飛び出した時最初に目についたのが裏山で、



『だから……少しだけ、少しだけで良いんです。前を向いていきませんか? 』



遠く、色褪せた記憶が後ろ髪を引いたような気がしたから。

けれども、山頂まで来たところで何の感慨もなく、

みほはこうやって膝を抱えて日が沈み、月が昇るのを見つめていた。


「エリカさん、私は…」


結局、自分はまた逃げただけなのだ。

沙織が扉の前で何度も呼びかけてくれた時、みほの脳裏を埋め尽くしたのは、罪悪感よりも恐怖だった。

何者でもない、空っぽな自分を知られて、それでも自分を想って呼びかけてくる沙織が怖くてたまらなかった。

こんな価値のない自分にまだ、優しくしてくれる彼女が、理解できなくて怖かった。

だから、逃げ出した。


そうして制服のまま山を登り、体が悲鳴を上げても無視して、山頂にたどり着いた。

呼吸が落ち着くと、今度は自分を責めだした。

こんな自分に優しくしてくれる人たちを裏切って、恐怖を感じた自分自身が、嫌いでしょうがないと、膝を抱えて俯いていた。

そしていつの間にか日は沈み、月が出ていた。


「エリカさん……やっぱり、私じゃダメだよ。貴女がいてくれなきゃ、私は……何も出来ないよ……」


目元に涙をためながら月に向かってそう呟く。

いっその事あの時のように曇り空ならば月に縋る事すら出来なかったのに。

いつもより大きく見える月は否が応でもみほのエリカへの想いを掘り起こす。

そうやって、何度目かの泣き言を呟こうとしたとき、茂みから音がした。


「何……?」


184: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:17:28.64 ID:bVfjB2rg0



裏山に鳥や小動物以外の野生動物がいるだなんて聞いていないが、まさか……とみほの背中を冷たい汗がつたう。


どうする、逃げられる?流石に熊などはいないだろうが野犬の類ならばあるいは……

みほは周囲を見渡し、手のひらほどの大きさの石を掴む。

無論、これで撃退するなどとは考えてはおらず、一瞬でも隙が作れれば程度のものだ。

立ち上がり、周囲を見渡し退路を探る。

麓へ続く道は音のする茂みの傍にある。

……隙を見て一気に走るしかないか。

みほは覚悟を決め、茂みを注視する。


そして、茂みから黒い影が飛び出してくる。



みほが石を構えた時、その影を月明かりが照らす。

その見知った影に、みほは手の中の石をポトリと落とす。


「桃、ちゃん?」


桃の着ている制服には所々土埃や葉っぱがついていて、裾のあたりは枝でも引っかけたのだろうか、少し裂けていた。

ボロボロという言葉で充分表せる桃の姿に、みほは言葉を失う。

対して桃はみほの姿を認めると呆然とした表情のまま、ポツリと呟く。


桃「……西住」


そしてそのままヨロヨロとみほに近づくと、倒れこむように抱き着いてきた。


「え、ちょっ……」

桃「良かったっ……良かったあああああああああああああっ!!」

「え?え?何、何?」


何で桃がこんなところに。

何で抱き着いてきたのか。

何で登山道ではなく茂みから飛び出してきたのか。


何がどうしてこうなったのか全く分からないみほの胸の中で、桃は声を上げて泣き出す。

わけがわからずオロオロと周囲に視線を彷徨わせるみほの耳に、また別の声が聞こえてきた。


沙織「こっちから桃ちゃん先輩の声が!!」


その声が途切れるやいなや、先ほど桃が飛び出してきた茂みから今度は4つ、いや6つ、見知った影が出てくる。

最初に出てきたのは沙織、その後を優花里、華、麻子が。

更にその後を杏と柚子が続いて出てくる。


桃の事を処理しきれていないみほの頭は今度こそパンクする。


「え?みんな?なんで?」


185: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:23:58.63 ID:bVfjB2rg0


疑問符がとめどなく浮かび続けるみほに対して、先頭の沙織はみほの姿を見るとうっ、と口元をおさえて目を潤ませる。


沙織「西住さんっ……よかった、無事だったんだね……」


優花里たちも同じように目に涙をため、杏と柚子は安堵のため息をもらす。


「みんな……」


一体何事なのだろう。

みほがまわりの反応に全くついていけず、胸の中で泣きじゃくる桃→沙織たちと視線をフラフラと移動させていると、

泣いてばかりで言葉になっていなかった桃がガラガラになった声で喋りだす。


桃「ごめんっ!!ごめんなあ西住いいいいいっ!!」

「あの……え?桃ちゃんなに謝って……」

桃「全部全部っ!!私たちが悪いんだっ!!お前に廃校なんか押し付けて、お前の事情なんか考えもしなくてっ!!」


桃の肩を掴んでいた手がピクリと反応する。


桃「お前に負担をかけていることなんてわかっていたのにっ!!お前がっ……辛い気持ちを隠していた事に気づいていたのにっ!!」

「……」


桃がみほの胸元を握りしめる。


桃「だからお前はっ、何にも悪くないんだっ!!廃校の事だって、なんだってみんなみんな、私たちのせいにしていいんだ!!」


涙を拭いもせず、桃はみほを見上げる。


桃「だから、だから……死ぬなんて考えるなっ!!」


額がぶつかりそうなほどの距離で桃はそう叫んだ。



「……そっか」


ようやく、みほはこの状況を理解する。

みんな、自分を心配して探してくれていたのだと。


186: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:27:19.27 ID:bVfjB2rg0


「桃ちゃん、私が変な気を起こしたと思ったの?」

桃「だって、だって……」


慌てている人を見ると冷静になるというが、胸の中で泣きじゃくる桃の姿を見てみほはようやく自分のした事に気づく。


ずっと嘘をついていた人間がその嘘を暴かれ、狼狽した姿を見せた挙句にどこかに消えた。

……勘違いするのも当然だろう。

そんな事すら気づけなかった自分はやっぱり、自分の事しか見ていないのだなと、みほは内心自嘲する。

けれども今、桃に聞きたい事があった。

桃の肩を掴んでいた手を腰に回し、顎を肩に乗せる。

耳元で囁くように、問いかける。


「桃ちゃん、私が死んだら悲しい?」

桃「当たり前だっ!!」


一瞬の躊躇もなく答えた桃に、みほは嬉しそうに口元を緩め、ぎゅっと、先ほどの桃のように強く抱きしめる。


「……そっか。私、私ね。大切な人を助けられなかったの。大好きな人、私を、救ってくれた人を」


耳元で桃が息をのむ音がした。


「だから私が死ねばよかったんだって。私の人生を、エリカさんに生きてほしかった。だから、私がエリカさんになろうと思ったの」


それが、ついこの間までのみほの行動原理だった。

そうすることでしか、みほは生きる事が出来なかったから。


「でも、そんなことできなかった。見た目を変えても、話し方を変えても、考え方を変えようとしても、どうやってもエリカさんになれなかった」


一人の時、そうじゃない時、何でもない言葉選びに、ちょっとした仕草に、みほは『自分』がいる事を感じてしまった。

あの人ならばこうする。あの人ならこう言う。

結局のところそれはみほの主観でしかなく、水が低いところへと向かってしまうように、自分が演じやすい『逸見エリカ』へと変質していっている事に、みほは気づいていた。


「いつだって、私の前に『私』が現れた。私を、嘲笑ってた。……それは、私の本心だったんだ」


187: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:34:43.71 ID:bVfjB2rg0



聖グロとの練習試合、サンダースとの一回戦、プラウダとの準決勝。

目の前に現れた栗毛の少女の幻影は、いつだってみほを蔑んで、嘲笑っていた。

その意味にみほは最初から気づいていた。だから、拒絶し続けた。


「それがもう見えなくなった。私は……もう、エリカさんのフリも出来なくなった」


自分を否定する幻が見えなくなった。それはつまり、もう否定する必要すら無くなってしまったという事だ。

エリカでいられなくなった自分はもう、嘲笑う価値すら無くなったのだと。

なのに、そんな自分をこんなボロボロになってまで探してくれた。

それが、嬉しかった。


「桃ちゃん、あなたは私に廃校を背負わせたっていうけど、私本当に嬉しかったんだよ?戦車道は私の、何にもない私の唯一の取柄で、エリカさんに褒めてもらった事だから」


戦車道が無い学校でも戦車道を続ける。母親にそう吐き捨てたものの、結局みほ自身ではどうしようも出来なかった。

転校して、何もできずただ『エリカ』のフリをし続けてた日々に、確かな光が灯ったように感じた。


「きっと、あなたたちが声をかけてくれなかったら、私は……」


その先は言葉にならなかった。

桃がぎゅっと、胸元を掴む手に力を込めたから。

『その先は言わないでくれ』と、瞳で訴えてきたから。

みほは桃の髪をそっと手で梳く。


「だから、会長もそんな顔しないでください」


そして、辛そうにこちらを見つめる杏に、微笑みかける。

けれども杏の表情が緩むことは無い。

むしろ、先ほどよりも辛そうに顔を歪める。


杏「西住ちゃん、私は……」

「まぁ、確かに最初はムカッとしたけどでも……どのみち、私には戦車道しかなかったんですから」


軽くおどけてみたものの、やっぱり杏は辛そうにしたままで、みほも困ったように笑う。



188: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:35:34.38 ID:bVfjB2rg0



杏「……ごめんね」

「謝らないでください。……覚悟して、やった事なんでしょ?」

杏「……うん」


頷く杏の顔はとても、納得している様にも、気に病んでいないようにも見えず、そんな彼女の様子にみほは自嘲を込めて息を吐く。


「ああ……私は、やっぱり貴女みたいには出来ないや。貴女ならきっと……もっと……」


そうしてまた、月を見上げた時沙織が一歩前に出てくる。


沙織「西住さん」


先ほどまでの嬉しそうな、泣きそうな顔ではない、決意を込めた表情にみほも何かを感じ、

桃をそっと立ち上がらせて、離れる。

果し合いでもするかのように向き合うと、沙織が口を開く。


沙織「私はね、ショックだったよ。あなたがエリカさんじゃないって知って」

「……」

沙織「私だけじゃない、みんなそう。今日まで一緒に戦ってきた人が別人だって言われてショックを受けない人なんていないよ」

「……うん。そうだよね」


当然だ。自分のしたことはそういう事なのだから。

気づかなかった。そうなるとは思わなかったなんて事言えるわけがない。

この事態は全部、自分勝手な自分が招いた事なのだから。

沙織が怒るのならそれは当然の事なのだからと、みほは覚悟していた。

だけど、釣りあがった眉は落ち、沙織の表情に優しさが戻る。


沙織「……でもね、だからって私たちがあなたと過ごしてきた今日までが無くなるわけじゃない」


まるでいつものように、なんてことのない食事時の世間話をするかのように、沙織は微笑む。


沙織「辛かったことも、楽しかったことも、『逸見エリカ』じゃなくて、『あなた』と過ごした時間なんだよ。だから、」


結局、沙織は答えなんて見つけられていない。

みほがエリカを騙る事が間違いだとわかっていても、それを咎めるつもりは沙織には無かった。

大事なのは、助けたいのはみほだから。

だから、みほに伝える。

みほの過ごした大洗での日々は、偽物なんかじゃないと。

『西住みほ』が紡いできた絆なのだと。


189: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:36:32.82 ID:bVfjB2rg0



沙織「西住さん。……ううん、みほ。私は、私たちは、あなたの友達だよ。エリカさんだったあなたと出会った日から、今日までの全部が私たちにとって、あなたとの大切な思い出なんだよ」


沙織の言葉に皆が頷く。

それを見て、みほが遠くを見るように目を細める。


「……そっか。私達は、友達になれてたんだね」


そして、一人一人を見つめる。


  「麻子さん」

麻子「おう」

  「優花里さん」

優花里「はいっ」

  「華さん」

華「はい」

「沙織さん」

沙織「うんっ」


みほの声に4人が嬉しそうに返事をする。

その音をみほは目を閉じて何度も何度も頭の中で繰り返し、そしてゆっくりと目を開く。


「私、こんなにもたくさんの友達ができたんだ」

沙織「そうだよ、みほ。だから、だからあなたも……自分を、許してあげて。ちゃんと、前を向いて。あなたは……西住みほなんだから」


みほの言葉に、沙織が微笑んで伝える。

『逸見エリカ』のフリをする必要なんて無いのだと。

私たちと一緒に、前に進んでいこうと。

みほに向かって手を差し出す。


その手をみほはじっと見つめ、微笑む。


「……そうだね。私はもう、エリカさんにはなれない。だって、エリカさんはもういないから。そんなエリカさんに、なれるわけがないんだから」


みほが、ゆっくりと沙織に近づく。

優花里たちが涙ぐんでその様子を見つめる。

沙織も、泣き出しそうな自分を必死に抑えて笑顔をみほに向ける。

そして、みほは沙織の差し出す手に手を伸ばすと――――沙織の手を、ゆっくりと下ろさせた。


190: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:37:05.10 ID:bVfjB2rg0


沙織「みほ……?」


どういう事なのかと、沙織が動揺を隠せずに問いかける。

みほは先ほどと同じように微笑みながら、沙織の瞳を見つめる。


「でもね……ううん、だから」


みほの微笑みが、どんどん崩れていく。いや、変質していく。

口元は微笑んだまま、その瞳に喜びではない感情が宿っていくのを沙織は感じる。


「だから、だから」


沙織が感じたその感情は、


「私は、私を許せない」




怒りだった。





191: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:38:30.84 ID:bVfjB2rg0



「私が自分を許しちゃったら、私が、自分の罪を忘れちゃったら、きっとエリカさんの事も忘れちゃう」


先ほどまでの穏やかな空気は消え去り、みほはくしゃりと、自分の髪を荒々しく掴み、瞳孔の開ききった目で、微笑んだままで、怒りを表す。


「優しいあなた達と一緒にいたら、そんな未来を受け入れたら、きっと毎日が楽しくて。エリカさんを失った事が過去になっちゃう」


みほの瞳はどこでもない虚空を、かつてエリカといた過去を見つめ続ける。


「そうなったらもう、私は……私じゃなくなっちゃう」


微笑んだまま、瞳に怒りを宿したまま、今度は涙が流れだす。

ごちゃ混ぜになった感情は、けれどもみほにとっては当たり前の、変わりのない事実を核に纏まっていた。


「エリカさんからたくさんの事を教えてもらったのに、エリカさんが私を形作ってくれたのに、エリカさんに、私は救われたのに」


蘇るのはエリカとの日々。

自分の人生と等価な銀色の時間。

それはもう、永遠に過ぎ去った時間で、それをみほも理解していた。


「エリカさんはもう戻ってこない。私がやってたのはただただ自分を慰めるための馬鹿げた真似事だって、わかってた」


どうなるかなんてわかっていた。

姉を憎悪に狂わせ、母の心を擦り減らし、友達の優しさを裏切り、新しい友達を欺き、裏切る。

結論なんて、結末なんてわかりきっていたのに、それでもみほは選んだ。


「だけど、やっとわかった。私は……エリカさんじゃなくても生きてしまうんだって」



『生きて』



その呪いが、みほを生かし続けている。

その微笑みだけは、未だに色褪せずに残っている。

彼女の声も、姿も、美しさも、全部掠れているのに。


最期の瞬間だけは刻みつけられたかのように思い出せてしまう。

だからみほは今日まで生きてきた。

嘘を暴かれ、空っぽの中身を晒されても、それでも生きてきた。




192: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:39:18.30 ID:bVfjB2rg0



「だけどね、エリカさんのいない世界は真っ白なんだ」


大洗での日々は楽しかった。それは嘘ではない。

確かな絆があった。それを否定するつもりは無い。

ただ、それでも、


「私にとって、エリカさんのいない世界は真っ白で、痛くて、悲しくて。エリカさんを救えなかった私が、憎くて、許せなくて、たまらないんだ」


揺るぎない想いがみほの中にある。

エリカへの想いと、そして――――自らへの憎悪が。



「この悲しみが、怒りが、憎しみだけが、私を証明してくれるの」



193: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:39:57.56 ID:bVfjB2rg0





みほ「私は、西住みほなんだって」






194: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/13(月) 00:53:20.24 ID:bVfjB2rg0


誰もが沈黙し、動揺する中最初に口を開いたのは桃だった。


桃「違うだろっ……そんなの、おかしいだろっ!?」


桃が泣き叫ぶように怒鳴る。


桃「お前は、何も悪くないっ!!お前がそんな苦しんで良いはずがないっ!!」


みほの手を掴み振り向かせ、感情をぶつける。


桃「お前はっ!!救われて良いんだっ!!」


涙ながらに訴える桃に、みほは本心からの笑顔と、感謝を向ける。


みほ「……ありがとう、桃ちゃん。やっぱり私、あなたの事が好きだよ」


感謝と、好意を表したその言葉に込められた意味は、拒絶だった。

桃は絶句し、そんな彼女を悲しそうに見つめるとみほは沙織たちに向き直る。


みほ「桃ちゃんだけじゃない。沙織さんたちの事も、みんなみんな、大好きだよ」


みほは今にも泣きそうな笑顔で微笑みかける。

沙織も、優花里も、華も麻子も、何も答える事が出来ない。


みほ「それでも……みんな、ごめんね。私は……今ここにいるあなたたちよりも――――エリカさんとの過去の方が大事なんだ」


大洗での日々は楽しかった。

紡いだ絆は確かにあった。

それでも、みほにとっての『世界』はエリカと共に過ごした日々のままだった。


みほ「エリカさんはもう、いない。全部全部過去で、今も、未来にも、あの人はもういない」


残った記憶さえ崩れていく。それでも、エリカと過ごした日々以上は無いと、みほは断言する。


みほ「だから私は、あの人がいた過去を、あの人を過去にしてしまった自分への怒りを失うわけにはいかないの」


みほが自身の胸元をかきむしるかのように掴む。

そこに宿った怒りは、憎しみは、痛みは、いつだってみほを苛み、みほを生かしている。


みほ「エリカさんを失った『痛み』まで失ったら私は……死ぬことさえできなくなるから」


みほにとってそれは死ぬことよりも怖いものだった。

例え全てを失っても、家族も、友も裏切っても、それでも、守らなければいけない決意だった。


みほ「私は生きるの。生きないといけないの。死ねない代わりに、生き続けるの。それが、エリカさんの望みだから」


大きな月の銀色の光の下、みほの静かな慟哭が響き渡った。



220: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 00:43:19.67 ID:HjQKnQVP0




よろよろと、遭難者のように覚束ない足取りでみほたちはふもとを目指して歩く。

誰からも言葉は出ず、その面持ちはみほの行方を捜し焦っている時よりも沈痛なものだった。

それでも、歩む足取りは止まらず何とかふもとまで下りる事が出来た。

聞こえたため息は誰のものか、あるいは全員のものだったのか。

尋ねるものはいないまま、どうすればいいのかと皆が自問自答を繰り返していた時、ふと沙織が視線の先に人だかりが出来ている事に気づく。


沙織「みんな……」


集まっていたのは戦車道チームの面々。

山頂から下りる時に、沙織は全員にみほを見つけた事。全員帰宅するように。とメールを送っていた。

しかし、今目の前にいる戦車道チームには欠けは無く、皆がどれほどまでにみほを心配していたのか、当人も含めて感じることが出来た。

故に、その皆に何を言えばいいのか。どう答えればいいのか。みほは迷ったまま何かを言おうとしてぎゅっと唇を結ぶ。

そんなみほをねこにゃーが見つけ、駆け寄ってくる。


ねこにゃー「西住さんっ!良かった……無事だったんだね」

みほ「……ごめんなさい」


何はともかく、謝らなくてはと頭を下げるみほにねこにゃーは気にしないでと言うかのように微笑む。


カエサル「ああ、なんだ。謝る事はないさ。私たちが勝手に心配しただけなんだから」

典子「私も夜中にランニングとかよくしますし!」

そど子「いや、こんな夜中に出歩いてた事に関しては風紀委員として注意するわよ」

ナカジマ「園さんそれは後で……でも、本当に無事でよかったよ」


チームリーダーたちが口々にみほが見つかった事への安堵を示し、ほかの生徒たちも同じように喜び、微笑む。

そんな空気を切り裂くように、無言で、張り詰めたような表情の梓が生徒たちの真ん中を突っ切るように、みほの前へと歩いてきた。


梓「……」

みほ「梓、さん……」

梓「……っ!!」


瞬間、梓がみほの頬を叩く。

止める間なんて無く、みほの頬がみるみると赤くなっていくのを月明かりが照らす。



沙織「ちょっ!?」

桃「お前何をっ!?」


驚いた沙織と桃が、梓に詰め寄ろうとしたとき、その行く手をねこにゃーと典子が遮った。



221: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 00:50:22.31 ID:HjQKnQVP0


ねこにゃー「待って」

沙織「でもっ!」

典子「ちょっとだけ、待ってください」


ねこにゃーと典子の覚悟のこもった表情に沙織と桃は何も言えなくなる。

そんな彼女たちの様子を気にも留めず、梓とみほは向かい合っていた。


みほ「……」

梓「……いきなりぶたれたのに何も言わないんですか」

みほ「……理由は、分かってるし、私が悪いのもわかってるから」

梓「……私は、エリカ先輩が大好きでした」


脈絡のない梓の言葉をみほは黙って聞く。


梓「強くて、凛々しくて、風になびく髪が雪みたいにキラキラしてて、本気で戦車道に臨んでる姿が、本気になれるものが無かった私には輝いて見えて」


強張っていた梓の表情が言葉が紡がれるたびに柔らかくなっていく。


梓「だから、エリカ先輩みたいになりたいって、あの人の力になりたいって。そう思ってました」


口ずさむように思い出を語る梓が今度は唇を噛みしめ、悔しそうに、悲しそうな表情をする。


梓「でも、そうやって憧れた人はもう死んでて、嘘をついてたあなたは、そんな姿で、私……馬鹿みたいですね」

みほ「……ごめんなさい」


力なく肩を落とす梓に、みほが力ない謝罪で返す。

そんなみほを梓は舌打ちでもするかのように鋭く睨む。


梓「ねぇ、ありもしない人に憧れて、もういない人を信じてた私の気持ちは、憧れは、想いはっ…どこに行けば良いんですか……?」


信じていた人に裏切られた。それならまだ良かった。憧れが怒りになるのなら、あるいはあんな人を信じた自分が悪かったと言えるのならば、こんなにも梓の心は乱されなかっただろう。

けれども、梓が信じていた人なんて最初からいなかった。

目の前にいるのは憧れの人を騙っていた偽物で、

何よりも、『本物』なんて知らない事が、梓はたまらなく辛く、歯がゆかった。

握りしめた拳が真っ白になっていく。


梓「なんで、なんであんな嘘ついたんですか。なんで、私にあんな優しい言葉をかけたんですかっ!?なんで私に微笑んだんですかッ!?」




222: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 00:55:13.01 ID:HjQKnQVP0



厳しくも暖かい言葉が、笑顔が、梓の脳裏に蘇る。

それがあったから戦おうと思えた。

それがあったから強くなろうと思えた。

なのに、美しいと思った白い髪が今は忌々しく思えてしまう。


みほ「……嘘ついて、ごめんなさい」


梓を見つめながらやはり、みほが力なく謝罪する。

その言葉に、梓の目が大きく開く。


梓「私が、嘘を吐いたことに怒ってると思ってるんですか……?」


呆然と、信じられないものを見るような目。

その理由が分からず、みほは瞳で疑問を表す。

その瞬間、準決勝の日からずっと燻っていた梓の怒りが爆発した。


梓「違う……違うっ!!私が怒ってるのはっ、許せないのはっ!!」


みほの胸倉を梓が掴む。

鼻先を噛みちぎらんばかりに顔を寄せ、怒りを吐き出す。


梓「あなたがッ!私からエリカ先輩を奪った事だッ!!」


その言葉にみほが色を失い、見開いた目がぐらぐらと揺れる。


梓「信じてたのにっ、大好きだったのにッ!!」



223: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 01:19:09.19 ID:HjQKnQVP0



胸倉を掴む梓の手にギリギリと首を絞めるかのように力が込められていく。

その小さく細い体が放つ怒りは、先ほどまで梓を止めようとしていた沙織たちまでも飲み込むほどだった。


梓「貫き通せない嘘なら最初からつかないでよッ!!」


そう叫ぶと、梓の手からゆっくりと力が抜けていく。

胸元を離れようとした手がトン、とみほの胸を打つ。


梓「……私はっ、大好きな人を失ったっ……あなたが、そうした」


涙交じりで所々掠れているその言葉は、けれども一番強い意味と感情が込められていた。

みほはもう、息をすることすら精一杯になっていた。


梓「勝手に憧れてたのは私で、私に文句を言う権利なんて無いのかもしれない。でもっ……やっぱり、私はあなたのした事が許せない」


胸を打った手をそのまま押し込み、みほを突き放す。

辛うじて倒れなかったみほは、動揺したまま呟くように声を出す。


みほ「……私は、私はあなたに、同じことを……」

梓「同じ……?」


怪訝な顔をする梓をみほはどこか焦点の合ってない瞳で見つめる。


みほ「大切な人を、失わせた。その気持ちがどれだけ辛いのか、私は知ってるのに。空っぽの自分を埋めるために、あなた達を、利用した」

梓「同じなんかじゃないっ!!」


みほの言葉が言い終わるや否や、梓が再び激昂する。


梓「私はっ、あなたとは違うっ!!」


224: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 01:38:28.65 ID:HjQKnQVP0


そう言い切った梓は、浅い呼吸を繰り返す自分を落ち着けるためゆっくりと呼吸をする。

そして、少し落ち着きを取り戻すと真っ赤な瞳のままみほを睨みつける。


梓「私は、エリカ先輩のおかげで本気になれるものを見つけました。負けて悔しいって思えて、勝って嬉しいって思えるものに出会えました」


戦車道の授業が再開すると聞いた時、初心者の自分が大会に出るなんて考えていなかった。

友人たちに流されるように履修することを選んだ。

その戦車道に本気で打ち込んでいる人を見た。

強くて、凛々しくて、美しいその姿に自分も近づきたいと思った。

だから梓は、ここにいる。


梓「例えあなたの全部が嘘でも、私が見つけたその気持ちだけは本当です。どれだけ辛くても、どれだけ大きなものを失ったとしても、私は――――空っぽなんかじゃないっ!!」


みほに、皆に、梓は宣言する。

私は、私だと。

梓はみほの嘘の中で実(まこと)を見出した。


梓「だからっ、勝手に哀れまないでください。あなたなんかに、そんな顔される筋合いは無いっ!!」


その否定が、みほの中に響き渡る。

反響して、より強く心に刻みつけてくる。

みほの唇がゆっくりと弧を描いていく。

その瞳には目の前の後輩への尊敬と、敬意が込められていた。


みほ「……あぁ。あなたは、『強い』んだね」

梓「……私だけじゃないです。ここにいるみんな、同じ気持ちです」



225: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 02:03:25.13 ID:HjQKnQVP0


そう断言する。

みほが周りを見渡す。

二人の様子を固唾をのんで見守っていた皆の表情はどれも強張っていて、誰もがその瞳に強い意志があった。


空っぽなんかじゃなかった。


みほの表情が月を見つめていた時のように穏やかになっていく。

今まで見ていた『逸見エリカ』とは似ても似つかないその柔らかくどこか頼りなく見えるその姿こそが、『西住みほ』なのだと、皆は理解した。

そして、梓はようやく『本題』に入る。


梓「だから、答えてください。……あなたは、私たちと一緒に戦ってくれますか」


手を差し伸べたりはしない。

梓の瞳は突き放すかのように冷たく、鋭い。


みほ「……私は嘘つきだよ。あなたたちを、裏切ってたよ」

梓「知ってます。絶対に許しません」


欠片も温情を込めていないその言葉に、みほは安心感を覚えてしまう。

だから、もう一度訪ねる。


みほ「私は、エリカさんみたいに強くないよ。無様で、惨めなこの姿が、本当の私なんだよ。私は……あなた達の期待に応えられるような人間じゃないよ」

梓「わかってます。でも、あなたは私たちを本気にさせたんです。その責任を、果たしてください」


その言葉をみほは何度も何度も咀嚼するように頭の中で繰り返す。

ゆっくりと飲み込み、梓の目をまっすぐ見つめる。


みほ「……そうだね。それが、私に出来る事なら」


その答えを聞いた梓は、何も言わず皆の元へと歩いていく。

ねこにゃーと典子が、心配そうにみほを見つめる沙織たちの背中を押して、その中に連れていく。

残されたのは、みほ一人。

31人の視線がが、みほに注がれる。

それに気圧されそうになる心をぐっと抑えて、みほが皆と向き合う。


みほ「皆さん。私は……西住みほです。逸見エリカの名を騙って私は、あなたたちを騙していました。嘘をついていました。

   何を言われても返す言葉もありません。本当に……すみませんでした」



226: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 02:11:50.21 ID:HjQKnQVP0


そう言って頭を下げる。

罪悪感が胸の内で暴れる。

全部投げだして逃げ出したくなる。

そんな自分の心を、しっかりと抑え込む。


みほ「私にとって大洗(ここ)は、今でも他所です。私の世界は、今でも黒森峰です」


いつか、今日と同じように山頂で見た黒森峰の街並みは、今でもみほの中で輝いている。

数えきれないほどの思い出がそこにはあった。

思い出があった事だけは、覚えていられた。


みほ「この学園艦を守りたいなんて、私は言えない。そんな覚悟も決意も私には無い。だけど……」


きっともう、彼女以上なんてみつからないのだろう。

自身の贖罪の為に今度は大洗の皆を利用するのかと問われれば、否定はできないだろう。

それでも、


みほ「お願いします。私に、力を貸させてください。私に、戦車道をさせてください」


みほは、大洗(ここ)で戦うと決めた。


みほ「私に、何があるかなんてわからない。一番大切な人はもう、どこにもいない。それでも……こんな私が、力になれるのなら。私に、やらせてください」


『逸見エリカ』じゃない『西住みほ』には戦車道への誇りも、喜びも何も持っていない。

そんなものは最初から無かったから。

だからこれは、ただの『手段』だ。

自分にできるただ一つの、誠意の表し方だ。

本気で戦車道を楽しんでいる、本気で戦車道に向き合っている彼女たちと比べれば自分が戦車道をするだなんて、おこがましく、許されない事だとわかっている。

それでも今は、そうする事しか、みほには思いつかなかった。


227: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 02:21:37.04 ID:HjQKnQVP0


ねこにゃー「西住さん。それが、キミの本音?」


深々と頭を下げるみほにねこにゃーが最初に声をかける。


みほ「……はい」


顔を上げないまま、みほが答える。


典子「西住さん、私たちじゃ、あなたの心を埋められませんか」


続けて典子が尋ねる。

やはり、みほは顔を上げないまま答える。


みほ「ごめん、なさい」


その様子にねこにゃーと典子は苦笑して顔を見合わせ、後ろを振り返る。


ねこにゃー「……そっか。みんな、どうする?」

カエサル「いや……どうするもなにも、決まってるだろ?」

典子「……これからもお願いします隊長!!」


ねこにゃーの問いにカエサルが答え、典子が勢いよく頭を下げる。

それを音頭に皆が頷いたり、そうだそうだと声を上げ同意を表す。

みほはゆっくりと顔を上げ、どこか信じられないといった面持ちで尋ねる。


みほ「……良いんですか?」

ナカジマ「良いも悪いも無いよ。元より君無しで勝てるとは思ってないし。……でも、ちょーっとだけ怒ってるかも?……ふふっ」


そう冗談めかすナカジマをそど子が肘で突く。


そど子「今さら一抜けたとか許さないわよ。ここまで来たんだから、ちゃんと最後までいなさい」

ねこにゃー「……澤さん」


228: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 02:22:49.09 ID:HjQKnQVP0


ねこにゃーがじっと、みほを見つめていた梓に声をかける。

梓は一瞬躊躇するかのように地面を見つめると、ため息をついてみほへと向き直る。


梓「……皆はどうか知りませんが、私はあなたを許しません。だから―――今度は、あなたの姿を見せてください。許すかどうかは、その時また考えます」

みほ「梓さん……」


みほに背を向けてつかつかと去って行く梓の手をねこにゃーが掴み、典子が首に手をまわす。

急に引き留められた梓の喉からうぇ、っと詰まったような音が漏れる。


ねこにゃー「頑張ったね、澤さん」

典子「よく言ったぞ!!その根性最高だ!!」

梓「根性とかそういうんじゃなくて……私はただ、言いたい事を言っただけですって」


そう言ってそっぽをむく梓の髪をわしゃわしゃと典子が撫でまわし、ねこにゃーがうんうんと、頷く。

そんな3人の様子を、みほがどこか羨ましそうな目で見つめていると、優花里たちが声を掛けてきた。


優花里「西住殿!!また一緒に戦車道をしてくれるんですねっ!!」

華「今度こそ、あなたの花を咲かせましょう。私たちと共に」

麻子「私も、ちょっと頑張ろうと思う。だから西住さんもあんまり気負いすぎるな」

みほ「皆さん……」


優花里が、華が、麻子が、口々にみほへの想いを口にする。

そんな3人から一歩下がった所で、沙織がぎゅっと胸の前で手を握ったまま、みほへと語り掛けてくる。


沙織「みほ……あなたにとってエリカさんがどれだけ大きいのか、私はきっとちゃんとわかってないんだと思う」


わかるわけがない。わかってもおうだなんて思っていない。

みほは言葉に出さず、瞳でそう伝える。

それを受け取った沙織は、一歩も退かない。目を逸らさない。


沙織「でも、それでも、私たちはあなたの友達だよ。それだけは、忘れないで」

みほ「……はい」



229: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 02:24:06.81 ID:HjQKnQVP0



みほの力ない返事に沙織は少し悲しそうな表情をする。

二人の間に重たい空気が流れる。

どうしようかと優花里たちが顔を見合わせていると、その間を割って、桃が飛び出してきた。


桃「西住ぃ!!」

みほ「うわっ!?」


突然頭を抱えられ、ぐりぐりと撫でられる。


桃「良いかっ!?辛かったらちゃんと言うんだぞっ!?今度は私が……守っでや゛る゛がら゛!!」


力強い言葉は最後まで持たず、最後はダラダラと泣き出して判別のつかない言葉になってしまう。

けれど、みほには桃の言いたい事が痛いほど伝わった。

いつだって、誰かのために泣いている彼女の姿が、似ても似つかないはずの『彼女』になぜか重なって、

みほの声が優しくなる。


みほ「……うん。お願い、桃ちゃん」

桃「桃ちゃん言うなっ!!」

柚子「そこは譲らないんだね……」


後ろにいた柚子が呆れたように笑い、泣きじゃくる桃の背中をさする。

それを見たウサギさんチームの面々が面白がって桃を慰めに行って、それがどんどんと他のチームにも連鎖していく。

いつの間にか騒ぎの中心から外れたみほとそんな騒ぎを尻目に杏が向き合う。


杏「西住ちゃん」

みほ「会長……?」


230: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/19(日) 02:32:03.04 ID:HjQKnQVP0



杏は何かを言おうと口を開け、二度三度瞳を揺らす。

何を言うべきか、結局思いつく言葉は一つだった。


杏「……ありがとう」

みほ「……私こそ、無理やり引き込んでくれてありがとうございます」

杏「言い方ちょっと棘がない?」

みほ「……ふっ」


僅かに口から息が漏れる。

反射的なもので、別に大した意味のあるものじゃない。

みほも、自分が笑ったと気づいていない。


けれども確かにみほは笑った。

エリカを失った日から作り笑いしかしてこなかったのに。

それが兆しなのか、一度きりのものなのか、まだわからない。



あや「桃ちゃんせんぱーい、いい加減泣き止んでよー」

桃「うるさいっ!!桃ちゃん言うな!!あと泣いてないっ!!」

おりょう「目ぇ真っ赤にしてそれは無理があるぜよ……」

桃「うるさいうるさい!!」


もうみほの事なんか関係なく好き勝手に騒ぎ出した皆をみほは目を細めて見つめる。

決勝で勝てる見込みがあるかなんてわからない。

彼女たちのために空っぽな自分に何が出来るかなんてわからない。

結局自分に出来る事は昔と変わらず戦車道だけで、

それすら縋りつくには余りにも錆びついて、崩れている。

だけど、それしか無いのだから。それだけは、残されているのだから。



『強さも、戦車が好きって気持ちも持っているあなたなら、戦車道だって好きになれるわよ。……私は、そう思ってる』


いつかの夕焼け色が蘇る。

あの時、彼女はどんな顔をしていたのだろうか。

呆れていたのか、笑っていたのか、怒っていたのか。

結局、思い出せないまま、みほは空を見上げる。

記憶がどれだけ崩れていっても、月明かりの美しさが彼女と似ていた事だけは覚えているから。



見上げた月は大きくて、それが空っぽの自分には随分と眩しいと、みほは目を細めた。



250: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:29:08.09 ID:GNcdhecc0







生徒会室に置いてあるテレビに映画の終わりを示す『FIN』の文字が浮かび、消えていく。

それを見届けた優花里がリモコンの停止ボタンを押し、振り返る。


応接用のソファーに座っているのは優花里を除いたあんこうチームの面々と各チームリーダーたち。


沙織は乾いた笑い声を出しながら小さく拍手。

華は爪を見ている。

みほは決勝のための資料を纏めると言ってそもそも観ていない。

カエサルは沈痛な面持ち。

ねこにゃーはゴミを見るような目。

典子は寝ている。

梓は席を立って窓の外を見ている。

そど子は映画を見ているようで『世界の風紀を正すには』をテーマに脳内討論を重ねていた。

ナカジマは無の表情。

杏は口元は笑っているものの目は笑っていない。

柚子は開始10分でトイレに立ちたった今戻ってきた。

桃は『難解な映画だな……』と首を捻りながらうんうんと考えている。


そんな面々の様子に優花里はため息を堪えて尋ねる。


優花里「……感想をどうぞ」


そう告げて即座に質問タイムを打ち切ろうとするもそうはいかぬぞといった風に麻子が挙手をする。

優花里が一瞬舌打ちでもしそうに顔をしかめたものの、しぶしぶと言った様子で指名する。


優花里「……はい、麻子殿」


優花里の指名に麻子はゆらりと立ち上がり、こほんと咳ばらいをする。


251: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:41:51.92 ID:GNcdhecc0



麻子「……2作目は駄作の法則ってのがあるがそんなところまでリスペクトしなくてもいいんじゃないか?」

優花里「うぐぅっ!?」


大仰に胸を抑えるリアクションを意に介さず、麻子は更に優花里を刺し貫いていく。


麻子「というか『サンダーフォース』の2作目って銘打ってはあるが実質別物だろこれ」

優花里「な、何を言ってるんですかぁ?ちゃーんと続編ですよ?」

麻子「……秋山さんの持ち味は細かい事情なんてクソくらえだと言わんばかりの爽快な映画だったはずだ。なのに今回はやれ人種差別だやれ男女平等だやれ地球環境だ。挙句の果てには仲間内での喧嘩までおっぱじめる始末だ」

優花里「同じことやったって飽きられるだけですし、そういうテーマだって必要ですって!」

麻子「それらの要素が悪いという訳じゃない。そういうテーマを持って名作にしている映画はいくらでもある。

   だが今回の場合テーマが別にあるのにそればっか前面に押し出して結果的に本来のテーマがおろそかになるのはいかがなものかと思うぞ。ていうかなんであいつらあんなギスギスしてるんだ」

優花里「チーム内での諍いなんて前作でもあったじゃないですかぁ!」

麻子「あれは諍いというよりもじゃれあい。お互いがお互いを信頼しているが故に出る軽口であって、実際そういう部分はギャグとして描写してただろ」

優花里「は、はは……」


優花里の苦しい言い訳はどんどんと打ち返されて行き、とうとう乾いた笑いしかだせなくなってしまう。


麻子「そしてこれが一番の不満なんだが……なんで前作のメインメンバーを冒頭で殺した?」

優花里「い、いやそれは……」

麻子「理由があって殺すならまだしも大したドラマもなく本当にただの事故死って……何を考えているんだ」

優花里「……スポンサーからの要望がメインキャストの交代でして」


『やっぱりな……』と麻子がため息をつき、ポリポリと頭をかく。

252: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:45:34.86 ID:GNcdhecc0


麻子「いきなり知らん顔たちがさも『いつものメンバーだ!』みたいな顔で出てくるから『ケイさんあんな色黒だったか……?』って一瞬本気で混乱したぞ」

優花里「ま、まぁ、元より作品ごとにメインメンバーを変える予定でしたからね?」

麻子「……OK。その言い訳は認めよう」

優花里「言い訳なんかじゃ……」

麻子「だが他にも言いたい事は山ほどある。そうだな……予算の使い方がおかしくないか?」

優花里「え?」

麻子「キャスト変更もだが、やたら爆破してたな。あれサンダースの校舎の1/3くらい吹っ飛んでたぞ」


麻子は思い返すのも苦痛なレベルの映像を脳内で再生して苦い顔になる。

そんな麻子の内心を知ってか知らずか、恐らく知ったうえで優花里はおどけたように笑って見せる。


優花里「……爆破の豪快さは前作でも人気だったから必然的に増えただけですよ。爽快だったでしょ?」

麻子「……予算が増えたのはセットや爆破のド派手さでなんとなく察せるが肝心のストーリーがあれじゃな……爆破だけ見るなら花火みたほうがずっとマシだ」

優花里「なっ!?」

麻子「なんというか全体的に優花里さんらしくないというか……『こうすればユカリ・アキヤマっぽいだろ?』っていうのが透けて見えたな。そこに秋山さんのクレジットが前作までの監督から制作総指揮になってたのも考えると……」


麻子が優花里の隣に立ち、首に手をまわして屈ませる。

そしてその耳元でそっと呟く。


麻子「……秋山さん、あんまりタッチしてなかっただろ?」

優花里「う……」


優花里が視線を逸らすのを麻子は見逃さなかった。



253: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:46:45.66 ID:GNcdhecc0




麻子「撮影期間はどのくらいだ?準決勝前からあれこれしてたと考えても一ヵ月無いだろ?直接指揮するのはもちろん制作状況すらまともに把握できてなかったんじゃないか?」

優花里「そ、それは……」

麻子「人気が出て、絡む金も大きくなる。そうすると色んなしがらみも増える。私にだってそのぐらいはわかる。次回作をすぐに作るよう要求されたんだろ?」

優花里「……そ、そうです。お金はあっても時間は無くて……全国大会の事が第一ですしどうしても……だ、だから今回の出来は」

麻子「だからといって観客を蔑ろにするのはいただけないな」

優花里「ぐっ……」


優花里の甘えた態度に厳しく返す麻子。

まだ麻子のターンは終わらない。


麻子「興行収入や観客動員数は知らないがサンダースで人気だってのを考えると1000や2000じゃきかないだろ?それだけの観客を裏切った気分はどうだ?」

優花里「そ、それはちょっと恣意的な意見が過ぎると思います……」

麻子「キャストの変更は自分で告げたのか?どうせ代理に任せたんだろ?いきなり降板を告げられた挙句こんなのが続編だと言われたケイさんたちはどう思うだろうなぁ?」

優花里「そ、そんなの麻子殿に言われる筋合いはありませんよっ!!?」


開き直って声を上げる優花里を麻子は寂しそうに見つめると、そっと離れる。


麻子「……ああ、その通りだな。ならこう尋ねようか。……秋山さんはそれを許せるのか?」

優花里「うっ……」

麻子「初めて映画を撮った時の自分に今の映画を見せられるか?仕方ないんだって言い訳するのか?」


254: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:47:44.71 ID:GNcdhecc0



元々映画に興味なんかなかった。

たまたま友人が撮ってきた映画だったから見ていただけだった。

気づけば名作大作B級駄作問わず色んな映画を借りては見ていた。

麻子の趣味にいつの間にか映画鑑賞が加わっていた。

きっかけは間違いなく優花里で、だからこそ麻子は怒っていた。

夢と希望と趣味を大鍋で煮詰めたような優花里の作品は確かに粗も欠点も多かった。

だけど、確かに光るものがあった。

そんな優花里の最新作は駄作というのもおこがましいものだった。


麻子「小難しいお題目や色んな人に配慮した展開の挙句なんの爽快感も無い映画は秋山さんから見てどうだ?それが自分の名前で世に出された事はどうだ?――――世に出された作品は消すことが出来ないのにな」

優花里「う……うわあああああああんっ!!ごめんなさいいいいいいいいいっ!!」

沙織「もうやめて麻子!ゆかりん泣いてる!!」


とうとう我慢できなくなりわんわんと泣き出した優花里を見かねた沙織がレフェリーストップを入れる。

今ここに、秋山優花里のクリエイターとしてのプライドは粉々に砕かれた。


麻子「駄作がダメなんじゃない。クリエイターが好き勝手すれば良い物が出来るだなんてのは幻想だとわかってる。それでも、本気で取り組んだ結果の駄作なら次につながる。駄作としても中途半端なものは本当にただただ『無』なんだ。それだけは、忘れないでくれ」

優花里「は、はいぃ………」


床に手を着き涙を流す優花里に麻子がそっと寄り添い思いを伝える。

次があるかなんてわからない業界だ。

それでも、次こそは良い物を、面白いものを。

その気概が、決意こそが明日の名作を作るのだと、麻子は信じている。



255: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:50:15.03 ID:GNcdhecc0


杏「それで決勝だけどさー、どうする?」


そんな優花里と麻子のコントを見届けた杏が干し芋を齧りながらみんなを見渡す。


カエサル「今の一幕必要だったか?」

ねこにゃー「ゴミクソ映画見せられて無駄に時間の浪費しただけなんだけど」

優花里「うぁーーーーーーんっ!!」


カエサルとねこにゃーの辛辣かつ的確な意見に再び優花里が床に突っ伏して泣き出してしまう。


沙織「お願いっ!!今はゆかりんをそっとしといてあげて!!」

杏「えっと……とりあえず西住ちゃん、お願い」

みほ「あ、はい」


おいおいと泣きじゃくる優花里の背をさする沙織を尻目に、杏の指示を受けみほが皆の下へとやってくる。

なんとなく、空気が引き締まるのを感じ、皆の背筋が伸びる。


みほ「えっと、決勝戦で戦う黒森峰は高火力にして堅牢な重戦車を中心とした編成を好んでとっています」

優花里「硬くて強い!質実剛健こそがドイツ戦車の華ですね!!」

沙織「あ、復活した」


立ち直りの早い優花里にみほは苦笑して説明を続ける。


みほ「そこに厳しい訓練と厳格な規律によって維持される隊列が加わることで正面からの勝負では無敵と言っても過言じゃありません」

沙織「なら、どうするの?」


沙織の疑問にみほは一瞬考え込むように押し黙ると、覚悟を決めたように口を開いた。


みほ「……私が提案できる最善の策は、フラッグ車を孤立させて撃破する」

沙織「それって……」

みほ「はい。サンダース戦で本来とる予定だった作戦です」


結局、サンダース戦では作戦通りにはいかず、そもそも作戦通りに行った試合など一度もない。

けれども、これしかないのなら、やるしかないのだ。


256: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:52:20.97 ID:GNcdhecc0



みほ「……結局のところ戦力に乏しい私たちが出来る戦術はこれしかありません。真正面から戦って勝てる相手なんてアンツィオぐらいでした」

沙織「その言い方はちょっと聞こえが悪いかなーって……」

華「ですが、それが最善なのでしたら」

優花里「……勝てますか?」


優花里がおそるおそる尋ねると、みほはゆっくりと首を横に振る。


みほ「……勝てるだなんて、とても言えません。黒森峰は、あの人たちは強いです」


他でもないみほがそれを一番よく知っている。


みほ「戦車だけじゃない、積み重ねてきたものが違います。鍛え上げてきた実力があります」


4年間、ここにいる誰よりも近くで見てきたから。どれほどの努力を積み上げ、どれだけ挫折してきた人がいるのか、

そして―――そんな黒森峰を誰よりも愛していた人を知っているから。


みほ「断言します。黒森峰は、今大会……いいえ、高校戦車道最強の学校です。そして私の……大切な場所です」


たとえもう戻れなくても、疎まれ、恨まれていたとしても、かつての母校は今でもみほの中で輝いている。

それでも、


みほ「それでも、私はあなたたちを勝たせたいです。嘘だらけの私を受け入れてくれた恩に報いたいです。だから……私を、信じてください」


それでも今は、彼女たちの為に。

全てが終わった後、どんな報いでも受けるとしても。

……元より、私はもう終わった身なのにね。

みほが頭を下げながらそう内心で自嘲する。



257: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:55:47.64 ID:GNcdhecc0


沙織「……信じるよ。あなたと、私たちならきっと勝てるって」

華「ここまで来たのですから、最後まで美しく走り抜けましょう」

麻子「信じているさ、頑張ろう西住さん」

優花里「私はまぁ、戦車に乗れただけで満足な所ありますから……あ、でも勝ちたいのは同じですよ!!優勝して凱旋パレード目指しましょう!」


沙織たちがそう笑いかける。


カエサル「ここまでこれた事自体が奇跡みたいなものなんだ。だったらもう一回ぐらいならいけるさ」

そど子「あなたに対しては風紀的に色々言いたい事あるけど、今はやめておくわ。……頑張りましょう」

ナカジマ「今さら疑う様な事しないよ。君たちの努力と頑張りと本気さは君たちの戦車が何よりも教えてくれたからね」

杏「西住ちゃん、巻き込んだのは私なんだからそんなに気負わなくていいよ」


カエサル、そど子、ナカジマ、杏がそう言ってみほの肩を叩いていく。


すると、みほの事を窓際の梓がじっと見つめている事に気づく。


梓「……あなたが一番戦車道に詳しいんですから、言われた事には従いますよ」


そう言ってまた窓の外に目を向ける背中を、典子が苦笑しながらポンポンと叩く。


典子「澤はこう言ってるが、ちゃんと隊長の言葉を信じていますよ。私も」

ねこにゃー「後悔とかそういうのは全部終わってからにするよ。今は……西住さん、キミを信じるよ」


信頼が揺らいだことがあった。あの人を信じて良いのかわからなくなった事もあった。それでも、典子もねこにゃーも今はみほを信じることにした。

きっと、梓もそうであると信じて。



258: ◆eltIyP8eDQ 2019/05/26(日) 23:57:17.85 ID:GNcdhecc0


桃「やるしかないんだっ!!だから……やるしかないんだっ!!」

柚子「桃ちゃんおんなじこと言ってるよ?」

桃「う、うるさいっ!!いいか西住!!私たちはお前を信じるぞっ!!」


みほの言葉にやっぱり目元を赤くした桃が勢いのままがなり立てる。

それを柚子が宥めるも、火に油を注ぐ形となり桃は更に声を上げて、そしてみほをしっかりと抱きしめる。


桃「でもっ……気負うな、背負うなっ……何があっても、自分のせいだなんて思うなっ」

みほ「……うん。わかったよ桃ちゃん」


そっと桃の肩を押し、みほは微笑む。

その笑顔が嘘なのだと、桃にはわかった。

けれど今は、その言葉が聞けただけで良しとするしかなかった。

そんな桃の気遣いもみほは気づいていた。

だから、みほはまた頭を下げる。

桃だけではなく、ここにいる全員への感謝を込めて。


みほ「……ありがとうございます。それじゃあ作戦を詰めましょう。黒森峰が使ってくるであろう戦車はティーガー、ティーガーⅡそれに――――」


全てが終わった後、自分がどうなったって構わない。

だけどせめて……この学校は救いたい。


かつて大切な人の手を掴みきれなかった右手をぎゅっと握りしめて、みほはそう決意した。



275: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/02(日) 00:04:08.76 ID:z9x6Xcan0





決勝が二日後と迫ったある日の昼下がり、いつも戦車たちが出番を待つばかりで静かな車庫の中は騒々しい賑わいを見せていた。

全チームが各々の車輛の整備、清掃に奔走して、来るべき決勝へと備えている。


優花里「マークⅣスペシャル!それにヘッツァーも!!良いですねぇ!!」


そんな賑やかな車庫の中でも一際大きな優花里の歓声が響き渡った。

優花里の目の前には砲身の換装とシュルツェンを増設したⅣ号戦車と、『元』38tが並んでいた。


38tはその車体上部を丸々交換し、元々の戦車然としたシルエットから四角錐台に砲塔が生えているといったような見た目へと変貌を遂げ、その名もヘッツァーへと変わっていた。


強化された二輌をじっと見つめるみほの後ろに杏と柚子と桃がやってくる。


杏「決勝進出が決まって義援金が結構集まってねー。ヘッツァー改造キット買っちゃった」

柚子「その義援金ももうすっからかんだけどね……」

桃「だが、それでも何もしないよりはマシだ。打てる手は全て打っておく、最善を尽くすのが今の私たちに出来る事なのだから」


杏は一歩前に出てみほの隣に並ぶ。


杏「ホントはさ、西住ちゃんに相談するべきだったんだろうけどね。時間が無くてさ、悪いけどこっちで勝手に決めちゃったんだ。ごめんね」

みほ「いえ、これで正解だと思います。戦車が増えても乗員を探している暇はありませんし、なら今ある戦車の強化に努めるべきです」

杏「そっか。なら良かった」


それで、会話が途切れる。

金属が鳴らす音、慌ただしく動く足音、あれこれと話す声。

騒がしい車庫内なのに、二人の間には静寂が流れる。

それが耐えられなかったのか、杏はヘッツァーを見つめながらいつもの様に気の抜けた声を出す。


杏「にしてもヘッツァーって面白い形してるねー。実物を見ると猶更そう思うよ。これ上手い事突っ込めばジャンプ台にならない?」

みほ「それはちょっと厳しいかなーって……」

杏「うーん、残念」


しかしながら杏の小ネタではみほとの間に会話のラリーを繋げられず、また黙り込んでしまう。

いい加減どうにかするべきだろうかと柚子と桃が心配になってきた辺りで、また杏が声を出す。

今度は、真面目に、静かに。


杏「……色々あったけどさ、それでもここまでこれたのは西住ちゃんのおかげだよ」

みほ「……それでも、私のしたことが許される訳じゃありません」

杏「……それも、私のせいだから」

みほ「違います。私がやったことは、全部私のせいなんです。あなたの思惑は私がみんなを騙した事とはなんの関係もありません」


先ほどとは真逆に、間を置かず即座に返球されたことに杏は内心で苦笑する。


杏「……西住ちゃんは頑固なんだね」

みほ「……」


その言葉に、みほは返答しなかった。


276: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/02(日) 00:15:40.37 ID:z9x6Xcan0





そんな二人をM3の整備をサボってあやが見つめていた。

みほの正体が判明したあの日以来みほと杏はいつも重い空気を纏っていて、正直言って辛気臭いとあやは思っていた。

事情は分かったが、だからといってあんな風に陰鬱とした雰囲気は一年生らしい後先考えず目の前の出来事を軽く受け止め大いに楽しんでいるあやには随分と奇異で、近寄りがたく写っていた。

そして、そんな辛気臭い空気を纏った人が身近にいる事もあやの頭痛の種となっている。


埃と煤に汚れたメガネを拭きながら、一心不乱に整備をしている梓に声を掛ける。


あや「梓―いい加減隊長と仲直りすれば?」


その言葉に、梓以外の面々も手を止め、目を合わせて同意する。


優季「そうだよーせっかく頑張ろう!ってなってるのに空気悪くなっちゃうー」

梓「別に、仲直りしなくても試合は出来るから」

桂利奈「あいぃ……」


優季の同調に梓は手を止めず抑揚のない声で拒絶する。

その冷たい声に桂利奈が恐れ慄き口から怯えた声が漏れてしまう。


あゆみ「まぁ梓だって好きでツンケンしてるんじゃないからさ。今はそっとしておこうよ」


これ以上突っ込んでもケンカになるだけだと判断したあゆみが、そう言って皆を宥めるも、

あやは納得いかないといった様子で唇を尖らせ、ため息をつく。


あや「はぁ……あんなに先輩!先輩!って懐いてたのに」

梓「私が好きだったのはエリカ先輩だから。あの人は違う」


若干嫌味を込めた言葉も梓には響かなかったようで、ただただ冷たい拒絶だけが帰ってくる。

もちろん、あやも梓の気持ちは分かっている。

なんだかんだ今日まで6人でつるんできた仲で、彼女が逸見エリカという先輩にどれだけ入れ込んでいたのかも近くで見てきたのだから。

その気持ちが裏切られたと思うのも当然で、簡単には仲直りなんてできないだろうというのもあやには分かっているが――――だからと言ってそのせいで自分に被害が出るのは御免被りたいというのが本音だ。


あや「梓ー……」

紗希「……」


不満を露わに梓の名前を呼ぶと、その肩をポンポンと紗希が叩く。

振り向くと、ゆっくりとその首を横に振りあやに意見する。

それでもう、あやはお手上げとなった。


あや「……わかった。もう言わないってば」


あやとしては心残りではあるものの、今ある友情にヒビをいれてまで解決したい問題ではないのだ。

まぁ、時間が解決してくれるよね。

そう、後回しにしてあやは綺麗に拭き終わったメガネを装着し、再び整備へと挑んだ。


277: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/02(日) 00:44:47.32 ID:z9x6Xcan0




夕暮れの車庫でみほは一人Ⅳ号と向き合っていた。

履帯のゆるみが無いか、増築したシュルツェンに不備はないか。

Ⅳ号だけではなく、ほかの戦車も見回って不備が無いかチェックしていた。


沙織「まだやってるの?」

みほ「え……?」


突然後ろからかけられた声に振り向くと、そこには呆れたような顔でこちらを見つめる沙織と、

心配そうに見つめる優花里たちがいた。


沙織「整備、皆頑張ってたし大丈夫じゃない?」

みほ「別に、それを心配しているわけじゃありません。ただ……」

沙織「ただ?」

みほ「……何もせずにいられないだけです」


その呟くような声に、優花里がため息交じりに感嘆する。


優花里「西住殿は真面目ですねぇ……」

みほ「違うよ。ただ、こうやって無心で戦車をいじっている時だけは、私がしたことを考えなくて済むから」


そういうと沙織たちから視線を外し、再び目の前のⅣ号の点検を始める。


みほ「罪悪感に潰されるのも、自分への怒りへ飲み込まれるのも、全部終わってからにしたいから。だから……」

沙織「ねぇみほ。明後日、決勝が終わったら何しよっか」

みほ「え?」


そんなみほの目の前に割り込むかのように沙織がⅣ号に腰かける。

何をしているのというみほの視線をあえて無視して、沙織は小首をかしげて思案する。


沙織「私は……うーん、どうしよう。とりあえずお風呂入って、ご飯食べてー……」

優花里「それいつもの事じゃないですか」


優花里が即座に突っ込んで沙織はそれにむー!と頬を膨らませる。

すると、今度は華が両手の指先を合わせて思い付いたように頭頂部のくせ毛を揺らす。


278: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/02(日) 00:46:49.70 ID:z9x6Xcan0


華「決勝後なんですからもっとこう、いつもと違う事がしたいですね」

麻子「寝る」

沙織「それこそいつもの事じゃん……」


相変わらずな麻子に沙織はジト目で呆れると、その視線を未だ状況を理解してないみほに向ける。


沙織「ねぇみほ。何がしたい?」

みほ「……そんなの、考えてられませんよ。だって、決勝で勝てなかったら……」

沙織「それでも、だよ」


みほの言葉が言い終わる前に沙織は言葉をかぶせてくる。


沙織「勝っても負けても明日は来るんだから。だから、何をしようか考えるの」


車庫の天井を見上げて、沙織は嬉しそうに語る。


沙織「勉強でもいいし、遊びでもいいし、とにかく予定を立てるの」

華「なら私、行ってみたいレストランがあります」

優花里「それたぶん一人前が4人分とかそういうところですよね?」

麻子「打ち上げするならちゃんと予約しないとな」

優花里「あー生徒会に頼んで良いところ予約してもらいますか」

華「アンツィオの皆さんに頼めたら良いですね……料理、とっても美味しかったですから」

優花里「頼めばやってくれそうなのがあの学校の凄いところですね……」


あれやこれやと好き勝手に語りだす面々に沙織は再び頬を膨らませる。


279: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/02(日) 00:54:41.02 ID:z9x6Xcan0


沙織「もー!ご飯の事ばっかじゃなくてさー!!ほら、旅行とかそういうの!!」

麻子「めんどくさい」

華「あまり、どこに行きたいというのは……」

優花里「あ、自衛隊の総火演行きたいです決勝後にありますし。プロが動かす戦車は迫力満点です!!」

沙織「また戦車ぁ?」

優花里「聞いたの沙織殿じゃないですかっ!」

沙織「はぁ……ま、いっか。とりあえずその方向で」

優花里「やったー!!」


蚊帳の外のままいつのまにか話が纏まっている事にみほがオロオロとしていると、

沙織は悪戯っぽく微笑んでみほに語り掛ける。


沙織「みほ、決勝頑張ろうね」

みほ「……私に出来る事なんてたかが知れてますけどね」

沙織「もぉ……」


相変わらず自虐的なままのみほをどうしたものかと沙織が腕を組むと、優花里が拳を握って力説しだす。


優花里「西住殿の力があったからこそ、ここまでこれたんですってば!」

麻子「謙遜も過ぎれば嫌味になるぞ」

みほ「……ごめんなさい。でも……」


申し訳なさそうに頭を下げるものの、一向にその表情に明るさが灯る事は無く、

沙織はもういいと言わんばかりに、ジェスチャーで頭を上げるよう伝える。


沙織「わかったわかったから!そんな落ち込まないでよ」

華「気落ちしたところで芽吹くものはありませんよ」

みほ「はい……」


気遣われるばかりで、何も出来ない自分をみほが恥じて俯く。

それを見かねて沙織たちが口々に励ましの言葉をかける。

ようやくみほが顔を上げようとした時―――――コンクリの床を何かが打つ音がした。


280: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/02(日) 00:57:18.45 ID:z9x6Xcan0


その音がした方にみほたちが振り向くと、夕日を背負って立つ人影があった。

その顔は影になって見えない。


「ここにいたのか」


けれども、その声を、その姿を、みほは良く知っている。


みほ「え……?」


知っているが、だけどその人物はここにいるはずのない人のはずだ。


また一つ、床を打つ音がする。

その音は、影が履いているローファーの底が鳴らしていた。


「勘というものもバカにならないな。まぁ、お前がいそうな場所なんて見当がつくが」


ふっと、鼻で笑う音が聞こえる。

その声色は嘲るかのように上ずっている。

そしてその言葉とは対照的にみほがどんどんと青ざめていく。


281: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/02(日) 00:59:51.59 ID:z9x6Xcan0




みほ「なん、で……」

「ん?ああ、せっかくだからな。決勝で戦う隊長さんと話をしようと思って」


呆然と、息も絶え絶えなみほの姿をまるで気にせず、影は世間話でもするかのように返答する。

そんなみほの姿を見て影はまた一つ、鼻で笑う。


「どうした。そんな驚く事ないだろう?試合前じゃゆっくり話せないだろうからな。……まぁ、なんにしても」


その靴底が、最後だと言わんばかりに大きく音を刻む。

倉庫の明りに照らされその表情が露わになっていく。

光に照らされ、夕日を背負うその影は、



まほ「久しぶりだなみほ。元気そうで何よりだよ」




侮蔑と、怒りを露わにするように牙を剥いて笑った。





291: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 00:23:40.17 ID:r9PzCrqV0




昼下がりの隊長室。

黒森峰の戦車道チームをまとめ上げる者のみが使える部屋で、まほは一人机についていた。

片手でペンを弄びながら気だるそうに書類を眺めていると、に荒々しく扉を開く音がこだました。


まほ「ノックぐらいしたらどうだ?」


手元の書類から目を離さず、まほは来客に向かって声を掛ける。


「堅苦しい事言うなよ。私とお前の仲だろ?」

「ごめんなさい突然……でも、私たち隊長に言いたい事があってきたの」


入ってきたのは二人。一人は短髪の活発そうな少女。もう一人はお淑やかな長髪の少女だった。

普段の彼女たちを知っている者ならばその様子が決して穏やかなものでは無いと察することが出来ただろう。

片方は目じりを険しく吊り上げ、もう片方は憔悴したように、心配している様に陰を写していた。


まほ「決勝の事なら心配ない。万全を期している。それはお前たちもよくわかっているだろう?」

「とぼけんなよ。私たちが言いたいのはそんな事じゃねぇ。お前……最近無茶しすぎだ」


短髪の少女はそういって爪先で床を叩く。

その音にまほは苛立つように眉根を寄せるものの、やはり書類からは目を離さず答える。


まほ「……練習量の事なら決勝前なのだから多少負荷をかけるのは仕方が無い。お前たちも納得してるだろう」

「私たちの事じゃねぇ。お前の事だ。それと……赤星も」

まほ「……どうしてだ」

「お前の乗員が訴えてきたよ『隊長がこのままじゃ倒れちゃう』って。あんま乗員に心配かけさせるものじゃないぞ」


292: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 00:36:02.50 ID:r9PzCrqV0


小さく舌打ちが聞こえた。


まほ「……余計な事を」


忌々しさ、苦々しさを隠さず顔をしかめるまほにたち短髪の少女が前に出ようとするも、その肩を長髪の少女が掴んで止める。

そして入れ替わるように前に出ると、優しく、気遣う様な声をかける。


「あなたが一生懸命なのはよくわかるけど、だからって今のやり方はおかしいわよ」

まほ「……私が乗るフラッグ車のメンバーなんだ。私の指示についてこれるよう他の隊員以上に練習するのは仕方がない」

「だからっ!!そうじゃねぇって言ってんだろっ!?」


我慢できなくなった短髪の少女が机を叩いて体を乗り出す。

額同士がぶつかるほどの距離でも、まほはまったく表情を変えない。


「お前、昨日はいつ寝た?食事はちゃんとしてるのか?」

まほ「……お前には関係ない」

「目元、クマが酷いぞ」


その指摘の通り、まほの目元にはクマが濃く表れている。

目は充血し、髪はツヤが無く、短く切りそろえているからこそ辛うじて人前に出られる程度には整えられている。

そんなまほの様子に長髪の少女が懇願するように両手を胸の前で握りしめる。


「お願い隊長、ちゃんと休んで……みんな、心配して……」

まほ「問題ない。この程度なら決勝でも問題なく戦える」

「お前っ……」

「……なら、せめて赤星さんを止めて。あの子はある意味……あなた以上に危ういわ」


今にも殴り掛かりそうな短髪の少女を手で制しながら、長髪の少女がそう訴える。

今のまほには説得が届きそうにはない。ならせめて、後輩の事だけでもなんとかしておきたい。

そんな彼女の考えを知ってか知らずか、まほはまるで心配した様子もなく、


まほ「……普段の練習はしっかりやってる。副隊長としてもまぁ……及第点だ。私から言う事は無い」

「お前の目は節穴か?あいつ、今にもぶっ倒れそうだぞ」

まほ「……まぁ、それならそれで仕方ないさ」

「あ?」


まほが軽く、まるで明日の天気でも伝えるかのように言った言葉に、低く唸るような短髪の少女の声がぶつかる。


まほ「言って聞くようならそもそもあそこまでにはならないだろう。それに……」




まほ「別に、副隊長なんていてもいなくても変わらないさ。私がいれば充分なんだからな」




293: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 00:43:04.61 ID:r9PzCrqV0


殴り掛かろうとしたその拳はまほの目の前で掴み止められた。

短髪の少女は震える拳を更に握りしめて、それを遮った長髪の少女を睨みつける。

けれどもその視線に返事はなく、長髪の少女はまほをじっと見つめている。


「……隊長、いえ西住さん。今のは聞かなかったことにするわ」

まほ「……」


その言葉には返事をせず、まほは席を立つ。

掴む手を振り払って短髪の少女がその背中を声で引き留める。


「おい、どこ行く」

まほ「悪いがおしゃべりはここまでだ。実家に行く用があってな」

「んなもん後にしろ。まだこっちの話が終わってないんだ」

まほ「私は最初からお前たちと話すつもりは無いよ」

「っ……」


ドアノブに手をかけたまま、まほは振り返らず答える。


まほ「安心しろ、ちゃんと優勝させてやるさ」

「……お前は、それでいいと思ってるのか」

「西住さんあなただってわかってるでしょ?このままじゃ……」

まほ「お前たちに、私の何がわかる」


声色が変わる。

深く、重く、怒りと悲しみを混ぜ合わせた色を二人は感じ取った。

まほが振り返る。

二人に近づき、その眼を見つめる。

視線だけで眼球が押しつぶされるかと思うほどの迫力に、二人はたじろいでしまう。

その姿にまほは興味を失ったのか、あるいは怒りを通り越したのか。見下すように冷たい視線を向けて再びドアノブに手をかけ、扉を開く。


まほ「私の気持ちがわかるやつなんてもう、この世にはいないんだ」


その言葉を最後に扉は閉ざさた。

扉の外からコツコツと床を鳴らす音が聞こえ、段々と小さくなっていき―――聞こえなくなった。

主のいなくなった隊長室に、二人は無言でたたずむ。

そして、


「――――――クソッ!!」


閉まった扉を前に一歩も動けず、そんな自分への苛立ちを込めて短髪の少女は机を殴った。



294: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 01:08:52.94 ID:r9PzCrqV0





まほ「お母様に報告するために家に帰ろうとしたんだが、たまたまこの学園艦が近くにいると知ってな。せっかくだから寄らせてもらったんだ」


大洗女子学園の車庫。

夕陽が窓から入り込む中で、まほは世間話でもするかのようにみほたちにそう語る。

けれどもその雰囲気には一切の喜びも、あるいは気楽さも感じず、

気安い態度から発せられる刺すような緊張感がみほたちを竦ませる。

特に沙織はその空気に耐えきれず、逃げるように後ずさりをした。

その様子にまほは口だけ笑顔を作ると、指でみほを指す。


まほ「おいおい、そんな怖い顔をしないでくれ。別にこいつをどうこうする気は無いさ」

「沙織さん……大丈夫ですから」

沙織「でもっ……」

まほ「……ああ、やっぱりあのふざけた真似事はやめたのか」

「お姉ちゃん……」


みほの態度から自分の推測が正しいと確信すると、まほは蔑むようにみほを見つめる。


まほ「仲間たちの前で嘘を暴かれて、それでも嘘を貫けるような面の皮は持っていなかったようだな?」


みほは何も言い返せず、俯く。

そんなみほを庇おうと、麻子がまほの視線を遮って前に立つ。


麻子「嫌がらせに来たのなら帰ってくれ。私たちは忙しいんだ」

まほ「あなた……確かこいつの友達だったわね。おばあ様の容態はどう?」

麻子「……おかげさまで元気だ」


警戒を解かず睨みつけてくる麻子に対してまほは優しく、嬉しそうにその表情を緩ませる。


まほ「そう、それは良かった。本当に……家族は大事だものね」

麻子「……ああ」


先ほどとは打って変わって気遣う様な素振りをみせるまほを怪訝に思いつつも、麻子はみほをまほの視界に入らないようその小さな体で隠し続ける。

すると、まほの視線は麻子―――その後ろのみほから離れ、今度は隣に並ぶ沙織たちに向けられる。


295: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 01:30:54.43 ID:r9PzCrqV0




まほ「そういえば……そこの3人も前に見たな。お前の戦車の乗員か?」

みほ「……友達、だよ」


麻子をそっと手でどかし、みほが震える声を出す。

まほはまた、先ほどと同じく蔑むようにみほを見つめる。


まほ「へぇ?4人も友達が出来たのか。凄いじゃないか。こっちにいた時よりも随分社交的になったんだな?」


その軽口にみほがなんと答えようかと逡巡するも、答える前に新たな質問がかぶせられてくる。


まほ「それで?次は誰になるんだ?」

みほ「え……?」


自然と喉から漏れた声。

まほが何を言っているのかみほには理解できなかった。


まほ「エリカになれなくなったのなら、今度はそこの中から選ぶんだろう?ルーレットか?くじ引きか?それとも四人一役か?」

みほ「お姉、ちゃん……」

まほ「もっとも……そんな事したってお前はまた逃げ出すのだろうけどな」


まほがみほに近づく。

みほが後ずさると、その後退は先ほどまで整備していたⅣ号によって止められた。

厚く冷たい鉄の感触と、それ以上に冷たい汗が伝うのを背中に感じた。


まほ「まさかお前のようなクズが決勝にまで出られるとは思わなかったよ。実力もだが何よりも心が弱いお前がな」


みほはもちろん、麻子も沙織も優花里も華も、まほの気迫に動けなくなる。


まほ「途中で嫌になって逃げださなかったのを誉めてやろうか?あははっ、それは気が早いか。明日にでも逃げてるかもしれないしな」


嘲りを、侮蔑を、怒りを隠さずまほは笑う。

その姿は、その嘲笑にはみほの知っている姉の姿はどこにもない。


296: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 02:18:53.69 ID:r9PzCrqV0


まほ「貧弱な戦車と、素人を集めてお山の大将は楽しいか?やりたいようにやって、好き勝手振舞うのはさぞかし楽しいだろうなぁ?」


そう言って隣で震えて縮こまる沙織たちに目を向ける。


まほ「お前たちも災難だな?こんなのにそそのかされて、たまたま運が良かったばかりに大舞台で笑いものにされるんだから」

みほ「お姉ちゃんっ!!」


友達を馬鹿にされ、みほがたまらず叫ぶ。

すると、まほの表情から笑顔が消え不機嫌そうにため息を吐く。


まほ「……今さら正気に戻ったつもりか?なら、もう遅い」

みほ「お姉ちゃんっ……私はっ!!」

まほ「あの時こう言ってたな?『大洗に来て友達がたくさんできた』って。なぁ、みほ。エリカから奪った名前と、エリカから奪った姿と、お前の空っぽの中身で作った友達はどうだった?」

みほ「お姉ちゃんっ……私の友達は、みんなはとても素敵な人たちなのっ!!だからッ」

まほ「黙れッ!!」

みほ「っ!?」


突然、弾けるようにまほの怒りが轟く。

怒りのあまり目元に涙を浮かべ、まほはみほを睨みつける。


まほ「全部全部偽物だっ!!お前もっ!!その友達もっ!!」


空気を薙ぎ払うように腕を振って、弾劾するようにみほたちを指さしていく。


まほ「エリカが亡くなったのは不幸な事故だ……それだけなら皆悲しみを受け入れられた。だがみほっ!!お前は、エリカの全てを奪ったんだっ!!

   エリカの家族からッ!!私からッ!!みんなからッ!!」


慟哭が、激昂が、車庫に響き渡る。

あるいは呪詛のようにみほへと向けられたその言葉は、他でもないみほが実感している事だった。


まほ「お前は……お前がッ!!エリカをもう一度殺したんだッ!!」



実感していた、はずだった。




297: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 02:31:28.88 ID:r9PzCrqV0


呼吸が乱れ、肩を揺らすまほ。

その眼前でみほは虫の息のようにか細い呼吸しかできなくなっていた。


みほ「お姉……ちゃん……」


それでも何とか声を出す。

その言葉が自らを指し示している事が不快だと言わんばかりにまほは顔をしかめる。


まほ「なんだその顔は?『そんな事思ってもいなかった』とでも言うつもりか?だとしたら、お前は本当に救えないな」

みほ「……ごめ、んなさい」


絞り出すようにそう告げると、その胸倉をまほが掴み上げる。

勢いのままⅣ号に押し付けられ、ただでさえか細かった呼吸が更に小さく、絶え絶えになる。

けれども、まほの激昂は止まらない。


まほ「今さらなんだッ!?それで許してもらうつもりかッ!?それでッ!!エリカに顔向けできると思ってるのかッ!?」


まほを掴むみほの手からどんどん力が抜けていく。

だけど、まほの声はどんどんクリアに、まるで脳内に直接響いてるかのように伝わってくる。

その怒りが、哀しみが、どうしようもないぐらい伝わってくる。

だから、

まほ「エリカの……私の大切なものを奪ったくせにッ!!お前がッ!!全部壊したくせにッ!!なのにお前はッ!!」


もしもまほがこの怒りのまま自分を裁いてくれるのならそれで姉が満足してくれるなら。

みほが諦めではなく、そう望んだ時、


沙織「やめてッ!!」


298: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 02:55:28.14 ID:r9PzCrqV0


まほの手がみほから引きはがされ、離れていく。

磔のようにされていたみほはそのまま膝から崩れ落ち、意志とは無関係に荒い呼吸を繰り返し酸素を取り込む。


優花里「大丈夫ですか!?」


駆け寄ってきた優花里の気遣いに答えようとするものの、未だ呼吸を繰り返すばかりで満足に声を出す事も出来ずみほは手をあげる事で無事を表現する。

そのみほの前では沙織と華がまほにしがみつき、麻子が先ほどのようにみほの前に立ち両手を広げてまほに立っていた。

まほは沙織たちを振り払おうともがくものの、無理やり引きはがそうとはしない。


まほ「離せッ!!部外者は引っ込んでろ!!」

沙織「部外者じゃないっ!!」


その言葉に、まほの動きが止まる。

今度はゆっくりと沙織たちの手を離していき、みほではなく、沙織を睨みつける。

突き刺さり、体の内側で暴れているのかと思えるほどの視線。

それでも沙織は逃げずに視線をぶつけ、食らいつく。


沙織「私は……私たちは、みほの友達ですッ!!」


その言葉を鼻で笑う。


まほ「……こいつの名前も素性もついこの間知ったばかりなのに友達か?」

沙織「違うっ!!私たちは、みほと出会ってた!!初めて会った時からずっと、私たちが過ごしてきたのは西住みほだよ!!」


恐怖に負けないよう必死で拳を握る。

気圧されないように瞬きすらせず睨みつける。


沙織「名前を知らなくたって、素性を知らなくたって、私たちはっ、今日まで一緒に戦ってきたみほの友達だッ!!」



沙織は喧嘩なんてしたことが無い。あるとすれば精々そこで座り込んでいるみほの頬を叩いたぐらいだ。

だけどもし、まだまほがみほに危害を加えようとするのなら、立ち向かうつもりだった。

そしてそれは他の3人も同じだ。

華も優花里も麻子も。その瞳には先ほどまでの怯えは一切なく、まほへ揺るがぬ視線を突きつける。

みほを守るように周りを囲む沙織たちを見て、まほが目を閉じる。

空気から重さが消え、刺すような緊張感が解けていく。

そして、まほがゆっくりと目を開きみほを見つめる。



299: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 02:56:39.87 ID:r9PzCrqV0


まほ「……ここが、お前の居場所なのか。あの子たちはお前にとって大切なものなのか」


敵意のこもってない声にようやく整った呼吸でみほはたどたどしく返す。


みほ「……私は、何もかも投げ出して、逃げ出してここに来た。嘘をついて、誰かを傷つけて、その先でまた誰かを騙して傷つけた」


許さる事ではない、許されてはいけない事だ。

自分がした事を考えればそれは当然の事だ。

それでも、


みほ「それでも、私が嘘をついてた時から、沙織さんたちは優しくて、強くて……私は、私はずっと憧れてた」


嘘が白日の下にさらされても、彼女たちは自分を案じてくれた。

何一つ真実なんて知らなず、嘘で塗り固められた自分を本気で心配して、それでも友だと言ってくれた。

だから、


みほ「だから、だから……こんな私を見捨てないでくれるのなら、友達だと言ってくれるのなら……私も、それに応えたい」


償いから逃げ罪だけを重ねてきた。

けれども、もう逃げたくない。


みほ「空っぽの私が、それでも皆の為に何かできるのなら……私の全てを尽くしたい」


未だに、大洗を居場所だとは思えていない。

思うつもりもない。

こんな自分に彼女たちがいる『世界』は相応しくないから。

今ここにいる事さえおこがましいから。

だから、みほはせめてもの恩返しをしたいと思った。


みほ「お姉ちゃん……私のした事、許せなくて当然だと思う。あなたは何も悪くないのに、私は自分勝手にあなた達を傷つけた」


姉の気持ちは痛いほどわかる。

己のしたことを考えれば姉の態度はむしろ優しいとまで思えた。


みほ「だけど……決して私は黒森峰に、お姉ちゃんたちに敵対するつもりはないの。ただみんなの為に、出来る事がしたいの」



300: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 03:00:39.63 ID:r9PzCrqV0


床に手をつき、額を付ける。

差し出せるものなど何もなく、プライドも何もない自分の土下座なんて何の意味も無いとみほはわかっている。

それでも今はこうすることしか出来ないから。

みほは額をこすりつける。


みほ「手加減してとか、許してくれとかじゃなくてただ……決勝が終わるまで待ってください。それさえ終われば……私はどんな報いでも受けます」


まほがじっと自分を見下ろしているのを感じる。

やがて、そっとまほが跪き、みほを起こした。

姉の行動に動揺するみほを立ち上がらせ、その肩を押し沙織たちの下へとやると、ゆっくりと目を閉じる。

何かを考えるかのように天井を見上げ、ゆっくりと目を開く。


まほ「……みほ、訂正するよ。お前の友達は偽物なんかじゃない。本当にお前の事を大切に思ってくれている」


ちらりと瞳だけで沙織たちを見ると、

その口元に微笑みが浮かぶ。

瞳が嬉しそうに潤む。


まほ「そしてお前もまた、ここにきて何かが変わろうとしてるのかもな。自分勝手に生きてきたお前が、皆の為に何かをしたいだなんて……良かった」


感慨深そうにそう頷くと、まほは右手で目を覆う。

手の隙間から零れた涙がコンクリートの床を濡らした。

そして、


みほ「お姉ちゃん……」

まほ「ああ、良かった。本当に……本当に……」


その涙を乱暴に拭う。

隠れていた表情が露わになる。


真っ赤に充血した瞳が、

裂けそうなほど吊り上がった唇が、



まほ「だって……だってこれで、お前に罰を与えられるんだからなッ!!」



どす黒い歓喜を称えていた。




301: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/09(日) 03:03:50.53 ID:r9PzCrqV0


憎しみを喜びで包み込んだらこんな表情になるのだと、

こんなにもおぞましいものになるのだと、

みほたちは初めて知った。


まほ「空っぽの偽物を壊したところでなんの報いにもならない。お前が、本当に大切なものを見つけたというのなら。居場所を見つけたというのなら、全部叩き壊してやる」

みほ「お姉、ちゃん……」

まほ「知ってるよみほ。明日の決勝に負けたら、大洗は廃校になるのよね?」


うっとりと、思いを馳せるようにまほの笑顔に艶が入る。

みほたちを見ているのにまるでみほたちを見ていない。

恐らく、まほが見ているのは未来――――決勝の日。その結末。


まほ「くふふっ……その時お前はどんな顔をするんだろうな?今度はどんな言い訳で自分から逃げ出すんだろうな?」


我慢しきれないといった風に口の端から笑い声が漏れる。

その口元をおさえ、粘土細工でもするかのように唇を結ぶと、今度はしっかりみほを見つめる。

その瞳に宿る感情に、みほはようやく理解する。

―――自分の罪が、ここまで姉を変えてしまった、と。


まほ「覚悟しろ。私が、お前から命以外の全部を奪ってやる」


そう言い切ると、再び我慢できなくなりけらけらと笑いだす。


まほ「ふふっ、あぁ……楽しみでしょうがないよ。……みほ。もう一度、全てを失え。それが――――お前への罰だ」



最後通牒。

―――お前を、許さない。


元より姉はそのつもりだったのだとみほは理解した。

夕陽の中呪いのような笑い声をあげながら去って行く背中にみほは、みほたちはただ立ち尽くし、目を逸らす事も出来なくなっていた。、



319: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/23(日) 00:17:05.10 ID:+nuVNca90





西住邸。その一室でしほはまほ向かい合っていた。

本来ならまほは夕方には来ていたはずだったが用事があったとの事で遅れ、今はもう夜になっていた。


まほ「……お母様、次はいよいよ決勝です」

しほ「ええ」


最初に切り出したのはまほだった。

全国大会の決勝。今までの、今の黒森峰にとってその言葉が示す意味はとても重い。

前年度の優勝を逃し、今年度こそという士気は確かにある。


まほ「まさか、大洗が勝ち進んでくるとは思いませんでしたが所詮は素人集団。黒森峰の敵ではありません」

しほ「……」

まほ「ましてや隊長が逃げ出したやつだなんて……これ以上無様を晒させないためにもしっかりと終わらせます。……もっとも、あいつが決勝に出ない可能性もありますが」


はっ、と鼻で笑うまほ。

侮蔑と嘲りの混じった表情とは対照的にしほの頬は、目じりはピクリともしない。

しかしテーブルの下で握りしめた手には痛いほど力が込められていた。

自分の娘がその妹を嘲笑う。

そんな日が来るだなんて思ってもいなかった。

けれど、そんな現実から目を逸らせるほどしほは弱くは無かった。弱く、なれなかった。


320: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/23(日) 00:20:48.96 ID:+nuVNca90



しほ「……まほ」

まほ「なんですか」


なんと言えばいいのか、どの言葉を選べば伝わるのか。

これが、戦車道の事であれば誰よりも的確な言葉が言えるのに。

しほは内心で自嘲しながら、それでも伝えたい事を伝えるために選んだ言葉を告げる。


しほ「……戦車道は、復讐の道具ではありません」

まほ「……」

しほ「ましてや、あなたとみほは姉妹なのですよ」

まほ「それは、西住流の師範としての言葉ですか?」


冷たい問いかけ。

そこには一切の感情は乗ってない。

だから、しほは精一杯の温度を乗せて答える。


しほ「……あなた達の母としての言葉です」


その返事に、まほは興味を失ったように目を逸らす。

娘の拒絶に胸を掴まれたように心臓が跳ねる。

それでも、諦めるつもりはなかった。

もう一度、まほに伝えようと口を開いたとき、ため息をつきながらまほが立ち上がる。


まほ「……お母様、私はそろそろ戻ります。雑魚相手とはいえ、準備を怠るわけにはいきませんから」

しほ「待ちなさい、まだ話は終わってません」


引き留めようと立ち上がるしほを、まほは瞳で押しとめる。


まほ「……黒森峰は優勝します。……これ以上必要ですか?」

しほ「違います。まほ私はあなたの事を心配して……」

まほ「今さら母親面?」

しほ「っ……」


今度は明確な感情――――侮蔑がそれに乗る。


321: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/23(日) 00:31:47.87 ID:+nuVNca90



まほ「お母様は……お母さんはいつだって、私たちに勝利を望んでたでしょ?今回だってそうするよ。それでいいんでしょ?」

しほ「……まほ、勝利の為に犠牲を厭わない。それは確かに西住流に必要なものです。ですがそれは他者を……自分をみだりに傷つけて良いという理由にはなりません」

まほ「理由ならあるよ。あいつはエリカを騙った。私に、唯一残ったものを奪った」


まほは、わなわなと震える手を胸にあて、握りつぶすように掴んでその震えを止める。

怒りに染まった瞳はしほを見ているようで見ていない。

きっと、『あの子』を見ているのだと、しほは察した。


まほ「全部あいつが悪いのに、誰もあいつを裁かない。なら、私がやる」

しほ「……エリカさんを理由にしたって、あなたが苦しんでいい理由にはなりません。エリカさんだってそれを望むような子じゃ……」

まほ「何も知らないくせにエリカの事を語らないでッ!!」


まほの叫びに押し込まれそうになるも、唇を噛みしめぐっとこらえる。

その姿に何を思ったのか。

まほは戸に手をかけると、しほを見ずに伝える。


まほ「師範、決勝見に来てください。あいつが『終わる』瞬間を見届けてください。それが……あなたの義務です」

しほ「……ええ。元よりそのつもりです」

まほ「ならよかった」

しほ「まほ」


僅かに震える声がまほを引き留める。

信じて欲しいと、向き合って欲しいと、懇願する。


しほ「…………私に、チャンスをくれませんか」

まほ「……もう、元通りになんてならないんだよ」


まほは吐き捨てるように呟くと、振り向くことなく出ていった。 

冷たく閉ざれた戸がまほの心のようには見えるも、戸を開け、その背中を追う事が、しほには出来なかった。



324: ◆eltIyP8eDQ 2019/06/23(日) 00:41:13.18 ID:+nuVNca90
【ガルパン】エリカ「パラレル対談会?」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561217761/

こちらになります。

登場人物はエリカさん他一名です。