1: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:41:56.91 ID:DHQvvpBJo




男(中学入学当時、席が隣だったことから交流が始まったクラスメイトの女子がいた)



『あ、ごめん! 消しゴム貸してくれる?』

『ちょっと、それ面白すぎ!』

『あー、そうだそうだ。一緒に帰ろーよ!』



男(忘れ物を貸しあったり、ちょっとした冗談で笑いあったり、タイミングがあえば一緒に帰り道を歩いたり……)

男(俺はそんな彼女に次第に引かれていった)



男「好きです! 付き合ってください!!」

男(ある日の体育館裏、俺は呼び出したその子に対して右手を突き出しながら頭を下げた)

男(告白するのは初めてだった)

男(断られるとは思っていなかった)

男(どっちから告白するかだけが問題で、ここは男である俺からだろうと一念発起して行動した結果だった)




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1541083316

引用元: ・男「恋愛アンチなのに異世界でチートな魅了スキルを授かった件」

2: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:43:12.15 ID:DHQvvpBJ0



『……あー、勘違いしちゃったか。女慣れしてなくてからかうの面白かったよ、おもちゃ君』



男(俺は男として、いや人間として見られていなかった)

男(両思いだと思っていたのは……幻想で)

男(自分の都合の良いように思いこんでいたのだ)



男(このときから俺はその失敗を否定するように――恋愛アンチになった)




3: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:43:38.78 ID:DHQvvpBJ0

男「…………っ!!」

男(またあの夢か……)

男(あれから三年経ち、遠くの高校に進学して中学のメンツとは顔を合わすこともなくなった)

男(それなのに今でも夢に見るトラウマ。朝から嫌な物を思い出してしまった)



男「ていうかいつの間に寝てしまったんだ?」

男(登校した俺は教室の自分の席で机に突っ伏し寝たフリを始めたはずだった)

男(なのに寝オチしたのか……? 確かに昨日は夜遅かったが……)



男(少しの混乱と共に地に伏していた体を起こす)

男(そして周囲の状況を確認したところで――それ以上の混乱に陥った)




4: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:44:24.99 ID:DHQvvpBJ0

男「ここは……どこだ?」

男(目の前にあったはずのカバンや机、それどころか教室すら無くなっている)

男(現在地は屋外。中央に身長ほどの高さのある石碑が鎮座している広場。どうやらそこに寝ていたようだ)



クラスメイト1「何が起きたんだよ?」

クラスメイト2「え、私たち教室にいたはずだよね?」

クラスメイト3「集団誘拐……いや、でも……」



男(クラスメイトたちも同様に困惑している)


5: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:45:31.30 ID:DHQvvpBJ0

男(何が起きたのか、俺は少し記憶を振り返る)



男「………………」

男(そういえばいつも通り寝たフリをしていて……でも、ある時ピタリと教室中の話し声が止まったんだったっけ?)

男(珍しくはあるが、不思議ではない。俗に天使が通ったとか言われる現象だ)

男(問題はその後だ。クラスメイトたちが理解できないといった様子で)



クラスメイトA『何……この模様?』

クラスメイトB『これってアニメとかである魔法陣……?』

クラスメイトC『つうか何か光ってるぞ……!?』



男(そんなことを口にして、俺も異様な雰囲気に目を開けようとして……その後の記憶は途絶えている)


6: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:46:03.81 ID:DHQvvpBJ0

男「魔法陣か……見てはいないけど、超常的な現象に巻き込まれたってところか?」

男(自分でも荒唐無稽なことを言っているとは思うが、現状を見るに認めざるを得ない)

男(広場の外は森に囲まれている。学校の近くにこのような場所は無かったはずだ)

男(俺たちクラスメイト28人全員に気づかせないまま学校から遠くまで運び出すといった芸当が常識的に出来るとは思えない)

男(だとしたら……俺たち全員を一瞬で別の場所に転移させるような、魔法が発動されたのだと考えるしかない)



男「いや魔法と決めつけるのは早すぎるか……? 全員を催眠ガスのようなもので眠らせてから運べば……でもその場合流石に他のクラスや先生たちが気づいて警察に連絡するはずだし……」



女「みんな見て!! この石碑なんだけど……」



男(そのときクラスの委員長、女がみんなに呼びかけた)

男(その声に従って石碑の前に集まると、そこにはこのような文章が書かれていた)


7: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:46:31.34 ID:DHQvvpBJ0

 異世界の子らよ、まずは謝らなければならないでしょう。

 申し訳ありません。

 この世界に突然呼び出したことを。

 混乱しているであろう、あなたたちに使命を課すことを。

 無礼は承知…す。

 で…がこの手段しか無かっ…のです。

 この世…に散っ…宝玉を集め…くだ…い。

 そ…がこの世界…救い、…なた…ちを元…世界に戻す…しょう。

 為すた…の力は…なた…ちに分…与えま…た。

 武運…祈っ…いま――――――――


8: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:47:02.36 ID:DHQvvpBJ0

男(途中から記述が霞んできて最後の方に至っては途切れている。これが限界だったという事だろうか?)

男(必死さは伝わってくるが、それを汲んでやるには現状がキツすぎた)



クラスメイト1「異世界の子……って、ここ違う世界なのか?」

クラスメイト2「勝手に呼び出しておいて、使命って何なのよ!?」

クラスメイト3「つうかさっさと元の世界に返してくれよ!!」



男(石碑に罵声を浴びせ始めるクラスメイトたち)

男(当然ながら返事はない)

男(だが、その行為を一向に止めようとしない)



男(こんな事態に巻き込まれて参っていたんだろうな)

男(今までは不平・不満をどこにぶつけていいのか分からなかったが、こうして主犯らしい者が残したメッセージが見つかった)

男(感情を爆発させてしまうのは仕方ないことだ)


9: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:47:30.84 ID:DHQvvpBJ0

クラスメイトA「早く出てこい!!」

クラスメイトB「ドッキリなんだろ!! どこかにカメラでもあるんだろ!!」

クラスメイトC「お母さん……っ」



男(しかし、ヒートアップしすぎているな)

男(このままでは集団パニックに陥る。それはマズい……と思ったそのとき)



女「みんな落ち着いて!」



男(毅然とした声を上げたのは先ほど石碑を見るように呼びかけた委員長の女だった)

男(女さんは整った顔立ちに手入れの届いた黒髪。学業優秀で容姿端麗ながらも、お高く止まらず気さくに接してくれることで、男女問わずに慕われている。クラス内のカーストの頂点に位置する人物だ)


10: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:47:58.64 ID:DHQvvpBJ0

クラスメイト1「落ち着いてって……でもどうすればいいの、女」

男(異世界でも変わらない調子の女に、突然の事態で憔悴したクラスメイトたちは縋る)



女「まずは現状を認識しないと。どうやら私たちは違う世界ってのに呼びだされたみたい」

クラスメイト2「だからその違う世界ってどういうことだよ!? この世界は何なんだ!? どうして俺たちが呼び出されたんだ!?」



女「それは……私にも分からない。でも元の世界に帰る方法はそこの石碑に書かれている」

クラスメイト3「宝玉……っていうのを集めるんだよね?」

女「そうみたいだね」



クラスメイト4「そんなの集められるのかよ!? そもそもそれはどこにあるんだ!?」

女「分からない、でも――」



男(女に文句を言っても仕方が無いのに、女は嫌な顔をせず一人一人の不安を解きほぐすように答えた後、宣言した)




11: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:48:36.54 ID:DHQvvpBJ0



女「絶対にみんなで元の世界に戻ろう!! 私たちクラスメイト28人が団結すれば、不可能な事なんて無いはずだよ!」



男(女は根拠など無いはずなのに力強く断言した)



クラスメイトA「……そうだな、現状を嘆いたところで何が始まるわけでもないし」

クラスメイトB「私たちなら出来る……うん、そうだよ」

クラスメイトC「訳わかんねー事態だけど……頑張ってみるか」



男(するとそれに触発されるように、ポツポツと前向きな言葉が口をつき始めた)



男「一応収まりはしたか……」

男(毅然とした態度で応えることでみんなの不安を和らげて、元の世界に戻ると目標を掲げることで現状の不満から目を逸らさせる)

男(誤魔化しな面もあるが、パニックを防ぐのには十分だ)



女「ほっ……」

男(女がみんなの注目を外れた場所で胸をなで下ろしている)

男(それだけ緊張していたという事だろう。確かに簡単なことではない。女が少しでも不安を見せれば、たちまちこの場が崩壊していた可能性だってある)

男(しかしそれでも成し遂げた)

男(俺にはそこまでの度胸はないし、もしやれたとしてもクラスでの影響力皆無な俺では意味がない)

男(女の胆力とカリスマが為した結果だ)


12: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:49:09.49 ID:DHQvvpBJ0

男「そういや石碑に気になることが書いていたな」

男(注目したのは『為すた…の力は…なた…ちに分…与えま…た。』という部分だ)

男(かすれているが『為すための力はあなたたちに分け与えました。』といったところか?)



男(つまりは呼び出した者が、俺たちに力を分け与えた)

男(宝玉とやらをその力を使って集めろということなのだろうが……一体何の力を与えられたんだ。



男「どうにか力を確認したいところだが」



男(その瞬間、音もなくホログラムのようなウィンドウが目の前に展開された)

男「……は?」

男(テレビの次世代技術特集で見たことがあるような光景。いや、そのための機材が見当たらないのでそれ以上だ)

男(驚きながらそのウィンドウを確認すると枠の上部に『ステータス』と書かれている)



男(これは……あれか? ゲームとかによくあるステータス画面ってやつか?)

男(だとすると力を確認したいという言葉に反応して展開されたという事だろう。どういう技術だ? いや、異世界だとしたら、超常の力が働いているとかなのか?)


13: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:49:36.22 ID:DHQvvpBJ0

男(ステータス画面枠内の一番上段には『名前(ネーム):男』と俺の名前が書いてあり、その横に『職(ジョブ):冒険者』と表示されている)

男(後の画面の残り9割はスキル欄という項目が占めていた)

男「もうちょっとレイアウトのバランス考えろよな……スキルが一つしかないからスカスカじゃねえか」



男(どうやら俺には一つだけスキルが備わっているようだ)

男(これが分け与えられた力とやらなのだろう)

男(『魅了』とだけ書かれている)



男「どんなスキルなんだ?」



男(試しにその『魅了』という表示をタッチしてみると、どうやら反応したようで詳細が展開される)


14: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:52:00.92 ID:DHQvvpBJ0

 スキル『魅了』

 効果範囲:術者から周囲5m

 効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ



・発動すると範囲内の対象を虜にする。

・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。

・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。

・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。

・一度かけたスキルの解除は不可能。


15: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:52:29.17 ID:DHQvvpBJ0

男「これは……」

男(思っていたより説明が長くて細かいな……)



女「ねえ、男君。それ何なの?」

男「っ……委員長!?」



男(いつの間にか近くまで来ていて声をかけられる)

男(しかしどうしてこのタイミングで声をかけられて……あ、そっか)

男(気づけばクラスメイト全員が俺の方を、正確には俺の少し前方を注目している)

男(どうやらこのステータス画面というのは俺以外にも見えているようだ)

男(異世界で未だに右も左もよく分からない中、偶然とはいえステータスを開き覗いている人間がいれば目立つ。声をかけられて当然だ)


16: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:52:59.50 ID:DHQvvpBJ0

男「えっと、これは……」

男(周囲の目を気にするのを忘れていたのは良くなかったな)



女「スキル……魅了……? 効果が…………」


男(気になるのか女の視線は俺の開きっぱなしのステータスウィンドウの文字を追っている)

男(まずはステータスを閉じるか。文字が小さいため近くにいる女にしか読まれていないようだがそれでも気になる)

男(その後偶然見つけたステータス確認方法をみんなにも教えればいい)



男(俺は判断して行動に移そうとするが、そこで一つ問題があった)

男(どうやってこのステータスを閉じればいいんだ?)

男「ステータス、閉じろ」

男(……反応ないな)

男(だったら魅了スキルの詳細を展開したように、ウィンドウにタッチすればいいのか? でもどこをタッチすれば………………)


17: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:53:26.80 ID:DHQvvpBJ0

男(――後からの結論なのだが、ステータス画面枠の右下に小さく×のマークがあり、そこにタッチすればステータスを閉じることは出来た)

男(しかし閉じるといえば右上という固定観念を持っている俺はテンパってたこともあり気づけない)

男(とりあえず画面の中央辺りをタッチすると)



『魅了スキルを使用しますか?』



男(という表示が出てくる)

男(いやいや、今は使用している場合じゃねえ! いいえだ!)



『いいえ はい』



男(俺は迷わず右をタッチして…………タッチした項目を二度見した)



男「………………」

男「………………」

男「………………」


18: ◆YySYGxxFkU 2018/11/01(木) 23:53:52.30 ID:DHQvvpBJ0



男「……このクソUIがっ!!!」



男(思わず叫んだ俺を誰が責められるだろうか)



『魅了スキル、発動します』



男(そんな表示が出るとともに、効果範囲の周囲5m――石碑の前に集まっていたクラスメイト全てをその中に捉えてピンク色の光の柱が立ち上がった)


21: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:31:16.86 ID:dY7GkpCm0
男(暴発してしまった魅了スキルの効果と思われるピンク色の光の柱は1秒ほど光った後に消えた)

男(周囲を見回すとクラスメイトたちは何が起きたのかと一様に疑問顔を浮かべていた)

男(光に攻撃力は無かったようで誰も傷ついている様子はない)



男「………………」

男(えっとこれはどうなるんだ……?)

男(スキルの詳細画面をもう一度見る)



 スキル『魅了』

 効果範囲:術者から周囲5m

 効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ



・発動すると範囲内の対象を虜にする。

・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。

・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。

・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。

・一度かけたスキルの解除は不可能。


22: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:32:31.25 ID:dY7GkpCm0

男(効果範囲5m……ちょうど今、光の柱が立ち上がったのがそれくらいの範囲だった)

男(ということはクラスメイト全員に魅了スキルをかけてしまったということだ)



男(ということは……えっ、男たちにもかけてしまったのか!?)

男(クラスメイトは全員で28人。男女ともに14人ずつである)

男(俺以外の13人の男子が俺の虜になってしまうというおぞましい結果を予想するが)



クラスメイト男子1「今の光……何なんだ?」

クラスメイト男子2「特に変わりはないが」

クラスメイト男子3「えー……あー……おまえの仕業なのか?」



男(男子たちの様子は変わりない。というか最後のやつ俺の名前覚えて無かったな。まあボッチだから仕方ないが)

男(でも、これはどういうことだ? 魅了スキルが失敗した様子は無かったし…………)

男(あ、効果対象に『異性のみ』って書いてあるな。つまり対象じゃない同性、男には効果がないのか)


23: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:33:16.43 ID:dY7GkpCm0

男(ならば女子14人には全員かかったのか……と、見てみるが)



クラスメイト女子1「その変な浮かんでるやつ何なの?」

クラスメイト女子2「ステータスって……ゲームとかで見るあれ?」

クラスマイト女子3「さっさと教えなさいよ」



男(女子たちの様子も変わりがない。どころか剣呑な視線を向ける者もいる)

男(おかしいな……ウィンドウの表示からして、スキルはちゃんと発動したはずだ。それなのに虜になっていない)

男(どういうことだ……?)


24: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:34:16.65 ID:dY7GkpCm0



女友「えいっ♪」



男「っ……!?」

男(突然背中に衝撃を受ける。後ろから抱きつかれたようだ)



男「女友さん……何しているのでしょうか?」

男(クラスメイトなのに思わず敬語で聞いてしまう)

男(いや、スクールカースト上位の美少女に突然抱きつかれたら、誰だって面食らうだろう)



女友「駄目でしたか、男さん?」

男「え、あっ、いや……」

男(理由を聞いたのに質問が返ってきてあたふたする俺。その間も女友は俺に抱きつくのをやめない)

男(おっとりしている中にも芯のある彼女らしい行動だ)



男(どうしていきなりこんなことを……女友とは同じクラスだが、交流関係が違いすぎてほとんど話したことがない)

男(なのに今こうして抱きつかれている。その表情は無理やりや強制によるものではないとはっきり示すように、まるで彼氏彼女のような好意を俺に向けているのが見て取れた)

男(……好意? もしかして魅了スキルが関係するのか? でもどうして他の女子にかからず、女友にだけ効果が現れて……)


25: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:35:14.28 ID:dY7GkpCm0



女「お、女友っ!? 何してるの!? ちょっと離れなさいよ!」



男(委員長の女が気づいて注意する。女と女友の二人は親友だったはずだ。親友の奇行を止めたいのだろう)

男(しかし)



女友「女の言葉でもそれは聞けません」

男「は?」

女「え?」



男(きっぱりと断った女友に俺も女も間抜けな言葉を漏らす)

男(その隙に俺の腰に抱きついていた腕を首元まで回して上体を起こした女友は、しなだれかかるようにしながら俺の耳元で囁く)


26: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:36:03.59 ID:dY7GkpCm0



女友「ねえ、男さん。私、もう抑えられないんです」

男「な、何が……?」



男(呑まれっぱなしの俺はしどろもどろになっている)

男(体勢を変えたことで女友の二つの膨らみが背中で押しつぶされてその柔らかさを伝えてくる。彼女いない歴=年齢の男子高校生の俺には耐え難い刺激だ)



男(ステータスウィンドウを開いていたこと、魅了スキルを暴発したこと、そしてクラスの有名人である女友に抱きつかれていることで、ここまでクラスメイト全員の視線を俺は集めている)

男(その注目の中で女友は爆弾発言を投下した)




27: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:36:42.33 ID:dY7GkpCm0



女友「私と子作りしませんか?」

男「……、……、……。……なっ!??」



男(余りに衝撃的すぎて数瞬も脳が理解を拒んだ)

男(そしてようやく驚く反応を取れた俺と同じくして)



女「お、女友っ!? な、何を言っているの!?」

イケメン「これは……」

モブ女「そうよ、考え直しなさいよ、女友!!」

ギャル「女友ってその冴えないやつが好きだったの? 趣味悪っ」

モブ男「女友さんがぁぁぁぁぁっ!? どうしてあんなやつに!?」



男(周囲のクラスメイトも口々に叫ぶ。かなりのオーバーリアクションを取っている者もいるようだ)

男(自分よりも驚いている人間がいると逆に落ち着くことが出来るということで、俺は幾分か正気を取り戻す)

男(このままじゃまずい……何がまずいかはよく分からないが、とにかくまずい。女友から離れなければ)


28: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:37:23.08 ID:dY7GkpCm0

男「ぐっ…………って、動かねえ!?」

男(首元に回された女友の腕を力ずくで離そうと手をかけるが……ビクとも動かない)

男(どうやら力はあちらの方が上のようだ。男なのに女に力で負けて少々凹む)



女友「もう、照れ屋さんですね。でも逃がしませんよ」



男(俺の抵抗を涼しい顔で受け流した女友の言葉)

男(深呼吸をして心を落ち着けてから、俺は質問する)



男「どういうつもりだ? 何が狙いだ?」

女友「人を腹黒みたいに言って酷いですね。純粋な好意ですよ」

男「これまで特に接点が無かったのにこんなことされたら裏を警戒するもんだろ」

女友「それにつきましてはさっきの光を浴びてからどうにも男さんが愛しく思えてきて」

男「光……やっぱり魅了スキルが影響して……」


29: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:38:03.22 ID:dY7GkpCm0

男(会話している間もどうにか拘束を外そうと試みるが、まるで子供のようにいなされる。さすがにここまでの力の差はおかしいと思って気づいた)

男(そうか、俺の魅了スキルと同じように女友も異世界に来て力を授かっているはず。その影響なんだろう)



男(そしてやはり女友には魅了スキルがかかっているようだ)

『虜になった対象は術者に対して好意を持つ』

男(急に抱きついて子作りをせがむほどの好意を持ったのは魅了スキルによるものだろう)

男(どうして他の女子に変わった様子が無く、女友にだけ効果が発揮されたのかは分からないが、ならば出来ることがある)



女友「まあそんなことより子作りです。皆に見られるのが恥ずかしいなら、そこの森にでも入って……」

男「互いに愛し合っていない関係でそんなこと出来るか。――離れろ、これは命令だ」


30: ◆YySYGxxFkU 2018/11/02(金) 22:38:50.14 ID:dY7GkpCm0



『虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う』



男(魅了スキルの効果の一つ)

男(それによってあんなにも固執していた女友が自分から抱きつくのをやめて俺と距離を置いた)



女友「……あれ?」

男(自分で自分が何をしたのか理解できないように手元を見つめている)

男(命令に身体が従うということで、心の方の理解が追いついていないのだろう。



男(異性に好意を抱かせて命令できる……ちょっと不明な部分もあるが、魅了スキル、これチート過ぎるだろ)


33: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:23:57.00 ID:wiS+VjWp0

男(女友の拘束から命令で開放される)

男(そのまま魅了スキルが何故女友にだけ効果が現れたのか考察したいところだったが)



クラスメイト「「「………………」」」



男(周囲を囲むクラスメイトたちのそろそろ何が起きているのか事態を説明しろという圧力をひしひしと感じる)

男(そのため俺はステータスの開き方をみんなに教えた。言葉にするだけで開けるという言葉に半信半疑の表情だったが)



クラスメイト「ステータスオープン……うおっ、何か出た!?」



男(直後ステータスウィンドウが次々に浮かぶのを見て払拭された)


34: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:24:55.95 ID:wiS+VjWp0



クラスメイト1「職は剣士……王道だな」

クラスメイト2「魔法使いって……え、魔法が使えるの? 呪文は……『ファイア』! あ、炎が出た」

クラスメイト3「『影分身』! うおっ、ニンジャ凄え!!」



男(広場に散ってそれぞれに備わった力を確認するクラスメイトたちだが……)

男(え、何その戦闘に使えそうな力?俺には何も無かったんですけど?)

男(どうやら職の力によるものらしい。改めて自分のステータスを確認すると職には『冒険者』とある。タッチしてみると詳細が出た)



『職:冒険者』

『誰もが最初に通る職。経験を積んで力を身につけよう』

『使える職スキル:無し』



男(どうやら俺だけ初期の何も力を持たない初期職のようだ)

男「えー……何この不公平さ……」

男(俺だって剣を使って戦ったり、ド派手な魔法をかましてみたかったのに)


35: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:25:28.41 ID:wiS+VjWp0

女「女友の『魔導士』ってすごいね。たくさん魔法が使えるみたいだし」

女友「女の『竜闘士』程じゃありませんよ。それにスキルもたくさん持っているみたいですし」

男(委員長の女と俺に抱きついてきた女友の二人が互いのステータスを確認している。二人とも親友とは聞いていたが、ずいぶん仲がいいようだ)



男(にしてもステータスウィンドウの9割を占めてレイアウトを考えろと思っていたスキル欄も、それぞれたくさんのスキルに溢れているようで結果的にバランスが良くなっている)

男(俺のようにスキルが『魅了』一つだけといったものは誰もいない)



男「もしかして……俺、外れを引かされたのか?」



男(初期の職にスキルも一つだけ。つまりは戦闘力は0ということで随分と格差を感じるが……)

男(その一つのスキル『魅了』がチートなためバランスが取れているという事だろうか? 実際他のクラスメイトに『魅了』スキルを持っている人はいない)


36: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:25:59.64 ID:wiS+VjWp0

男(クラスメイトたちは一通り力を確認したところで、みんな石碑の前に戻ってきた。もう一つの疑問を解消するためだ)



イケメン「ステータスウィンドウについては理解したよ。これがあの石碑にかかれていた力ということだね」

イケメン「でも女友が君に抱きついたり、子作りをせがんだりした理由はまだ不明だな。僕が知らないだけで、君たちそのような仲だったのかな?」



男(副委員長のイケメンがみんなの疑問を代弁する。爽やか系のイケメンでトップグループの一人だ。女友もそのグループの一人のためこのような物言いになったのだろう)

男(ここで「実は隠れて付き合っていたんですよ、HAHAHA」と言っても信じてもらえないだろう。おそらく冗談とも認識されないかもしれない)

男(手の内を明かすのは嫌だったが、このままだと納得してもらえなさそうだったため、俺は魅了スキルの詳細について開示する)



 スキル『魅了』

 効果範囲:術者から周囲5m

 効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ

・発動すると範囲内の対象を虜にする。

・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。

・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。

・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。

・一度かけたスキルの解除は不可能。


37: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:26:28.47 ID:wiS+VjWp0

男(スキルの詳細を見たクラスメイトの反応はというと)



クラスメイト男子1「……はぁっ!? 何だよこれ!? 男の夢みたいなスキルじゃねえか!! 俺の『剣士』の職スキルと取り替えっこしてくれよ!!」

クラスメイト男子2「ハーレム作り放題じゃねえか!! くっそリア充爆発しろ!!」

クラスメイト男子3「おう、俺爆発魔法使えるけど、手伝おうか?」




クラスメイト女子1「……汚らわしい」

クラスメイト女子2「それで女友さんをあんな目に合わせたってことね」

クラスメイト女子3「外道め」



男(男子からは羨望の声が飛び。女子からは罵声が飛ぶ)

男(見事に分かれたなー……まあ当然の反応か)


38: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:26:54.98 ID:wiS+VjWp0

女友「ということは私はその魅了スキルにかかったから男さんに好意を持ったということですね?」

男「その……女友さん。ごめんなさい。こんなことになってしまって」

女友「女友、でいいですよ。それに元々男さんには興味を持っていましたし」

男「興味?」

女友「……あ、でも悪いと思っているならば、お詫びに抱きついてもいいでしょうか? 抱き心地も素晴らしかったですし」

男「それは駄目だ。……ったく」

男(異性に対する免疫の足りない俺は、蠱惑的な態度の女友の対応に苦労する)


39: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:27:35.00 ID:wiS+VjWp0

イケメン「女友の件は分かった。さっきの光の柱が魅了スキルだったということか」

イケメン「対象は異性のみということで男子たちはかからなかったようだが、そうなると他の女子が魅了スキルにかかっていないのが気になるな」



男(イケメンが次の疑問点を提示すると、声を上げた女子が一人いた)



ギャル「もう、イケメン! 自分の彼女があんな冴えないやつを好きになって良いっていうの!?」

イケメン「そんなことないさ、愛しているってギャル。だけどギャルだってあの光には飲み込まれたはずだろ? 不思議じゃないのか?」

ギャル「そう? かかってないんだからどうでもいーじゃん」



男(ギャルっぽい見た目そのままの中身のギャル。トップカーストの一人で、イケメンと付き合っている)

男(俺のことを冴えないやつとさりげなくディスってくることから分かるようにプライドや攻撃性が高い)

男(俺の苦手なタイプで――だからこそ魅了スキルがかからなかったのかもしれない)

男(そう、俺は魅了スキルの説明を改めて見たことでギャルやクラスの女子たちが魅了スキルにかからなかった理由に気づいた)

男(だが、それを口走ると余計な争いを招くので黙ったままに――)


40: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:28:10.42 ID:wiS+VjWp0



女友「ひょっとして魅了スキルの『効果対象 魅力的だと思う異性のみ』が原因じゃないでしょうか?」

女友「男さんがギャルさんを魅力的に思っていないから、魅了スキルがかからなかったと」



男「あっ、バカっ!」

男(余計な言葉を投げた女友に、俺は思わず言葉が口を突いて出る)



男(さっきまで見落としていたが魅了スキルの対象は正確にいうと『効果対象 魅力的だと思う異性のみ』である)

男(これはつまりブスに魅了スキルを間違ってかけてしまい迫られたりしないというわけだ。都合のいいスキルだ)



男(だが、問題はこの『魅力的だと思う』という表記だ)

男(……正直に言うとギャルの容姿だけなら整っている方だと俺も思う。だが、高圧的な態度に苦手意識を感じていた)

男(魅了スキルはどうやらそこらへんの事情も組んで、やつを魅力的ではないと判断したらしい)

男(つまり魅力的かどうかは基準は個人の主観によるものということだ。例えばブス専であるなら、ブスにも魅了スキルをかけることも出来るということだろう)


41: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:28:50.76 ID:wiS+VjWp0

男(それはいいが……不名誉なことを指摘されたギャルはというと)



ギャル「……はぁ? 何それ? 私に魅力が無いっていうの?」

ギャル「別にイケメンの彼女だからそいつに好かれる必要なんてないけど……何かムカつく」



男(予想通りの反応。自尊心が高く自分の容姿に自信を持っているギャルに、魅力が無いなんて言えばどうなるか火を見るよりも明らかだ。)



女友「少なくとも男さんの中ではギャルさんより私の方が魅力的だったということです」

男(その反応に面白くなったのか、女友は新たな爆弾を投下する)

男「女友、ちょっと黙ってろ!!」

ギャル「……絶対に潰す」

男(あわてて命令するも時すでに遅し。ドスの利いた恐ろしい言葉が聞こえた気がする)


42: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:29:29.84 ID:wiS+VjWp0

イケメン「もう、そんなに怒ったら愛らしい顔が台無しだよ、ギャル」

ギャル「……でも、イケメン。あいつが」

イケメン「大丈夫だって、俺の中ではギャルが一番だから」

ギャル「イケメン……っ!」



男(ギャルのご機嫌を取る彼氏のイケメン。これで一件落着――)

ギャル「(キッ……!)」

男(とは行かないようだな。イケメンに抱きつきながらも、こっちを睨んでいる)



男(怖くなってきたためそちらから視線を外すが、その移動先であるクラスメイトの女子たちにも敵意を向けられていた)



クラスメイト女子1「女友さんに勝っていると自惚れるつもりはないけど……こうも魅力がないと思われると癪だわ」

クラスメイト女子2「ボッチのくせに生意気」

クラスメイト女子3「あんたの方が魅力無いわよ」



男(ギャルと同じように他の大多数の女子を俺は魅力的だと思われなかったわけで、その扱いに腹を立てられている)

男(とはいっても仕方ないだろう。教室というのはその人の素が出るものだ。一目惚れという言葉があるように内面を知らない方が夢を見れる)

男(つまり内面を知ってまで魅力的と思えたクラスメイトは女友だけということに…………いや)


43: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:30:05.61 ID:wiS+VjWp0

女友「ですがそうなりますと、女も魅了スキルにかかっていないのは彼女を魅力的に思っていないからということになりますが……どうなのでしょうか、男さん?」

男「ほんとおまえも懲りないよな。それにちょっと黙ってろと命令したよな……魅了スキルで虜になってるから命令に従うはずだが……」

女友「ですからちょっと黙ってましたよ」

男(微笑を浮かべる女友。どうやら命令内容の曖昧な部分は受け手側が解釈出来るようだ。一時間は黙っていろと命令するべきだったか)



男「うーん……でも、それは俺も分からないんだよな……」

男(ギャルや他の女子が魅了スキルにかからなかった理由は分かったが、委員長の女が魅了スキルにかからなかった理由が分からない)

男(容姿や性格、異世界に来てすぐみんなをまとめた度胸、全部評価しているし特に悪い印象は持っていない)



女友「親友の私が言うのも難ですが、非の打ち所が無い美少女ですし、性格も文句無いですよ」

男「……まあ、その、俺もそう思う……って何言わせてるんだ」

女友「ノリツッコミですか、面白い人ですね」

男(ああもう余計なことを口走ってしまった。女友が相手だと調子が狂う)


44: ◆YySYGxxFkU 2018/11/03(土) 21:31:14.29 ID:wiS+VjWp0

女「も、もうそんなに誉めても何も出ないって!」

男(女にも聞こえていたらしい。恥ずかしいやつだな俺)



女「でも……このままだと………………なら」

男「……?」

男(ぼそぼそと何やらつぶやいた女は何やら決心をした顔で告白した)



女「私も男君の魅了スキル……かかっているかもしれない」




47: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:10:05.12 ID:CNVzLp6E0

男「……え?」

男(女の言葉に驚く俺だが……論理的に考えてその可能性は高いと思っていた)

男(魅了スキルの効果範囲にいて、対象の『魅力的だと思う異性のみ』にも当てはまっている。失敗する理由が思い当たらない)

男(だが、ネックとなっていたのは)



男「だったらどうして女友と反応が違うんだ?」

男(魅了スキルによる好意から抱きついてきた女友と違って、女の俺に対する反応は今までと変わりが無い)



女「そ、それは私に聞かれても困るけど……」

女友「……なるほどそういうことですか」

男(しどろもどろになる委員長の女に対して、女友が謎が解けたという顔をしている)


48: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:10:57.35 ID:CNVzLp6E0

女友「そういえば女は先ほど確認したステータスでスキルに『状態異常耐性』を持っていましたね」

女友「それのせいで魅了スキルのかかりが中途半端なのでは」

女「そう、それ! そういうことだよ! ほら見て!!」

男(女友の言葉に女は身を乗り出して同意するとステータスウィンドウを開いて見せる。スキルの中に『状態異常耐性』という表示があった)



男「これで魅了スキルがかからなかったってことか」

女友「いえ。耐性であって無効ではありません。魅了スキルはかかってはいるはずです」

女友「女もあの光を浴びてから男さんにそれなりの好意を持ったんじゃありませんか?」

女「え、えっと……言われてみればそうかも」

男「つまり中途半端に魅了スキルにかかったってわけか」

男(好意が女友ほど上がらなかったから突然抱きついたりしなかったってことだろう)


49: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:11:31.36 ID:CNVzLp6E0

女友「ですから、男さん。女に命令を出してみたらいかがですか?」

女友「中途半端とはいえかかっているなら、命令にも従う可能性もあります。そうなればあんなことや、こんなことをさせることも……」

女「ちょ、な、何を言っているの女友!?」

男「衆人環視な状況でそんなことをするかっての」

男(そもそもそんなことをしたら、今も嫉妬の眼差しで俺を射殺さんばかりに睨んでいるクラスメイトの男子たちに本当に殺されるかもしれない)



クラスメイト男子1「女友さんに飽きたらず……女さんまで!?」

クラスメイト男子2「やっぱり爆発だな。頼めるか?」

クラスメイト男子3「スタンバーイ、オッケー」

男(ほらな)


50: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:12:01.35 ID:CNVzLp6E0

男「………………」

男(まあでもどういう状況なのかは気になる)

男(好意に関しては中途半端だっただけで命令には完全に従う、とかだとしたらちょっとした言葉尻を命令と受け取って暴走する可能性もあるわけで面倒だ)



男「すまん、確認のために命令するけど、委員長はいいか?」

女「へ、変な命令は駄目なんだからね! 絶対駄目だからね!!」

男(顔を真っ赤にして念押しされる)

男(……何だろうか。押すなよ、押すなよ言っているようでお約束を守りたくてムズムズするが、しかし命がかかっているので我慢する)


51: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:12:50.17 ID:CNVzLp6E0



男「よし、命令だ――右手を挙げろ」

女「え……はい」



男「左手を挙げろ」

女「えっと……こう?」



男「右手を下げるな」

女「……おっと」



男「左手を下げるな」

女「……っ、よしっ」



男(右手も左手も挙げて、バンザイした状況の女)

男「ん、どうやら命令は聞くよう――」

女友「駄目です、男さん」


52: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:13:22.21 ID:CNVzLp6E0

男「どうした?」

女友「こんな脳トレで何が分かるって言うんですか?」

男「いや、でも命令に従ってはいるだろ」

女友「こんなのフリでも従えます」

男「いや、女がそんなフリする意味がないだろ?」

女友「とにかく。本当にどこまで魅了スキルにかかっているか確認するには、やはり本人がやりたがらないことを命令するべきです」

男「いや、でも……おまえこの状況分かっているのか?」

男(周囲の嫉妬の眼差しを向けている男子を指さす)



女友「分かってますとも。ですから……ちょっと耳を貸してください」

男(女友は耳打ちで女に出すべき命令を伝える。そして最後にフッと息を吹きかけられた)

男「っ!? く、くすぐったいだろうが!!」

女友「ふふっ、ちょっとした悪戯心です」

男(クスクスと笑みを浮かべて離れる女友。くそぅ、翻弄されているな)


53: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:13:57.91 ID:CNVzLp6E0

女「ねえ、何の話? そろそろ両手下げていい?」

男「ああいいぞ……ってずっと挙げてたのか。いやこれも命令の効力か?」

男(下げないと言った命令をずっと下げてはいけないと受け取ったのだろうか)

男(俺としてはその瞬間だけのつもりだったが、曖昧な命令は受け手側で解釈できるのはすでに分かっている)

男(つまり女が律儀な性格だということだろう)

男(この件からしてもう女に命令できると確信してもいい気がするが…………女友に言われた命令を最終試験にするか)



男「じゃあ最後に委員長に命令だ」

女「何かな?」

男(安心している表情の女。変なことを命令されるという不安から、脳トレが始まったのですっかり俺が次も普通の命令を出すと信じているのだろう)

男(……まあ、それは裏切られるのだが)


54: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:14:40.52 ID:CNVzLp6E0



男「委員長の……ス、スリーサイズを教えろ」



女「………………へ?」

男(間の抜けた表情を見せる女はそのままフリーズする)

男(さっきとは違ってすぐには命令に従わないようだが……これも耐性で魅了スキルのかかりが悪いからだろうか)



女「………………」

男(黙ったまま見る見る内に顔が赤くなっていく女)

男(口を開かないということは命令が効いていない……これは耐性のせいか……)

男(いや、そもそも魅了スキルが失敗していたという可能性もある。優しい性格の彼女だから、クラスメイトには一定の好意を持っているのだろう。それを魅了スキルによる好意だと思ってしまった。脳トレには反射的に対応してしまったというところだろう)

男(でも、だとしたらどうして魅了スキルが失敗したのか……そんな可能性があるのか……?)



女「84・60・80……です」



男(ボソっと答えた声に、思考から現実に引き戻される)

男(女は命令を順守した。どうやら失敗したという危惧は無駄だったようだ)


55: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:15:10.80 ID:CNVzLp6E0

女「…………」

男「そ、そうか……悪い……」

男(顔を真っ赤にして羞恥に震えている女を見て、罪悪感を覚える俺に対して)



女友「え、何て言いましたか? 男さん、もう少し大きな声で言うように命令してください」

男(まさに死人に鞭を打つ女友)



男「鬼だな、あんた」

女友「本当に命令できるかの確認ですよ、ほら男さん」

男「……もう少し大きな声で言え、女」

男(やけっぱちで命令を追加する)



女「だ、だから……84・60・80よ!! 悪いっ!?」

男(女に涙目で睨まれた)



男「す、すまん」

女友「ふふっ……そういうことですか」

男(どうして俺が……いや女友に従って命令を出した以上俺が悪いのだが)


56: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:15:41.55 ID:CNVzLp6E0

クラスメイト男子1「……おいおい、聞いたかよ」

クラスメイト男子2「ああ、バッチリだ」

クラスメイト男子3「ふう……まあ爆発させるのは止めておくか」

男(周囲の男子が、女のスリーサイズを聞き出した俺を英雄視する。みんなが得する命令ならば嫉妬されない。女友の提案は流石だったが……)



クラスメイト女子1「サイテー」

クラスメイト女子2「卑劣」

クラスメイト女子3「死ね」

男(直球の罵倒が女子から浴びせられる。……これは甘んじて受けるしかないか)


57: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:16:19.46 ID:CNVzLp6E0

女「……どうよ!! これで分かったでしょ!! 私にもちゃんと魅了スキルがかかっているって!!」

男「分かった、分かった。疑って悪かった、委員長」

女「女。女友も名前で呼んでるんだから私も名前で呼んでよ」

男「え、えっと……ごめん、女」

女「ふん……」

男(まだ少し涙目が残っている女が仁王立ちで訴えると、俺は両手を挙げて降参を示す。勢いで名前呼びも要求された)



男(疑惑は晴れて女に魅了スキルがかかっていて、命令も効くようだと判明した)

男(それはいいのだが……少し違和感を覚える)

男(それは女の態度についてだ)

男(どうして女は自分が魅了スキルにかかっていると主張してきたんだろうか? 分かったところで、俺なんかに命令されるリスクを負うだけだというのに)

男(律儀な性格だから曖昧にしたくなかった……ということなのだろうか?)


58: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:17:59.19 ID:CNVzLp6E0

女友「これで一件落着ですね」

女「女友? あんたも許してないんだからね」

男「きゃー怖いですっ! 男さん、助けてください」

男(俺の身体を盾にする女友。いや、どうしろと)

男(というか女さんも俺が庇っているように見ないでください。何なら熨斗を付けて差し出してもいいんで)





男(しばらく怒りの表情が収まらなかった女だが、首を振って切り替えると)



女「全く、色々あったけど……よろしくね、男君。頑張って元の世界に戻ろうね!」



男(俺に右手を差し出してきた)

男「……」

男(本当にすごいスキルだ)

男(女友もそうだったが、女だって元の世界ではほとんど話したことがない)

男(それなのにこんな俺によろしくなんて言葉を投げかけるほどには好意を持ってしまっている)


59: ◆YySYGxxFkU 2018/11/04(日) 16:18:42.85 ID:CNVzLp6E0



男(向けられた好意にトラウマがフラッシュバックする)



『……あー、勘違いしちゃったか。女慣れしてなくてからかうの面白かったよ、おもちゃ君』



男(彼女たちが俺に向けている好意は……トラウマのあの子と同じで本物ではない)

男(魅了スキルによって作られた偽物の好意だ)









男「……こんな俺でもいいならよろしく頼む、女」

女「うん!」



男(おそるおそる握り返した俺に、女は朗らかな笑顔を浮かべる)



男(……大丈夫だ、今度こそ俺は間違わない)

男(揺れ動く心を落ち着けるため、もう一度自戒の言葉を胸中でつぶやいた)


64: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:07:54.87 ID:zgd3yvvu0

女「よし、状況も確認できたし、次は周囲の探索をするよ!」

男(魅了スキルの確認作業から立ち直った女が全体に方針を伝える)

男(みんながそれを当然の風景として受け取っていることが、彼女のリーダーシップの高さを表している)



男「探索か……まあ妥当な判断だな」

男(俺たちが召喚されたこの広場は、どうやら一通り拠点として機能するようだ)

男(メッセージが記されていた石碑しか気にしていなかったが、広場の隅には倉があり中には一通りの得物や生活道具が置いてあった)

男(田舎の公民館のような広いだけで中に何もない建物があり、そこにはみんなが寝るだけのスペースもある)

男(しかし生活するために足りないものが一つだけあった)



女「とりあえず今日は食料を探すよ! 人里の探索はまた明日からね!」

男(女が目標として告げたように、この拠点には食料が無かった)

男(おそらく俺たちを異世界に召喚した何かがこの地に拠点を築いたのだろうが、ここまで準備してくれたなら缶詰めの一つくらい置いてくれれば良かったのに)


65: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:08:51.33 ID:zgd3yvvu0

男(というわけで食料調達は急務だ。拠点は360°森に囲まれているため、そこで見つけなければならない)

男(となると、現代の高校生が森の中で食べ物を見つけられるのか、見つけたとして食べられるのか毒があるのか、調理法が分かるのか、など疑問に思うだろうが……ここは異世界だ)



女「可食かどうかは『鑑定』スキル持ちが確認するから、食べられそうなものがあっても勝手に判断しないで回してね!」

女「倉に調理道具があったし、『調理師』スキルを持っている人もいるからちゃんとした食事にあり付けることは私が保証するから!!」



男(『鑑定』は発動することで触れた物がどういうものなのか調べることが出来るスキル)

男(『調理師』は未知の食材であろうと調理方法が分かるスキルだ)

男(どちらもクラスで四、五人ほど使い手がいるようだ)



男「使い勝手が良さそうなスキルだなー」

男(もちろんそのどちらも俺は所持していない。俺のスキルは『魅了』一つのみだ)



女「よし、というわけでみんな行くよ!」

男(女のかけ声に、クラスメイト総勢28名は森に足を踏み入れるのだった)


66: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:09:44.13 ID:zgd3yvvu0

男(それから数分後。一同はすっかりピクニック気分だった)



クラスメイト1「このキノコ食えるかな?」

クラスメイト2「……その毒々しい紫色無理だろ。早く捨ててこい。それよりこのシイタケに似たやつ食えるんじゃね?」

クラスメイト3「いやそっちの紫は可食で、しいたけっぽいのは猛毒持ちだ。鑑定して驚いたが」

クラスメイト1&2「「マジかよ!?」」



男(クラスメイトたちの和気藹々とした雰囲気の中)

男「くっそ……俺はインドア派なんだっつうの……」

男(俺は既に疲労困憊だった)

男(体育会系の多いウチのクラスがずんずんと進んでいくのに着いていくだけで精一杯だ)

男(それにみんな異世界でもらった職のおかげで体力面も補強されている)

男(つまり特に力を持たない初期職『冒険者』の俺は二重に遅れを取っている)


67: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:10:36.83 ID:zgd3yvvu0

クラスメイト「女さん、このキノコは食べられるでしょうか」

女「ちょっと待ってね……『鑑定』発動! ん、食べられるみたいだよ」

クラスメイト「では同じものを集めるように言っておきますね」

女「うん、お願い。あ、でも取ったキノコは全部鑑定するように言ってね」

女「元の世界でも食べられるキノコとよく似た毒キノコを食べて病院に搬送されたなんてニュースを聞いたことがあるし、見た目が似ているからって全部食べられるって判断するのは危ないから」

クラスメイト「……流石女さん、的確なアドバイスです! 分かりました!」



男(集団の先頭で女が女子のクラスメイトの信用をさらに上げている)

男(職『竜闘士』とスキルを複数持つ女だが、どうやらその中に『鑑定』スキルもあるいるようだった。加えて『調理師』スキルも持っているという話で、どちらも持っているのは女だけらしい)

男(……やっぱり元の世界と同じように、この異世界でも天は才あるものに二物も三物も与えるようだ)



男「にしても魅了スキルがかかっているってのに、あんまり様子が変わらないな」

男(クラスメイトと談笑する女の姿は、元の世界と変わりないように見える)

男(魅了スキルのような人を強制的に虜にする力の出てくる創作物では、かかった相手が術者に病的なまでに心酔する様子がよく描かれるが、俺の魅了スキルはそこまで強力なものではないようだ)

男(いや、それとも……)


68: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:11:17.52 ID:zgd3yvvu0

女友「どうしたんですか、男さん。そんなに考え込んで……いや、これは隙有りと見るべきでしょうか。ならば……」

男「女友、俺に近づくな、命令だ」

女友「ああもう、早すぎます」

男(両手をワキワキさせている女友に、先手を打って命令する)



男「全く、油断も隙もないな」

女友「少しくらい抱きつかせてもらってもいいじゃないですか。男さんの恥ずかしがり屋!」

男(ぶうたれる女友だが、そんなことを許しては嫉妬された他の男子に何をされる分からないので、警戒するに越したことはない)



男「しかし、女はいつもと変わらない感じなのに、女友は結構ぐいぐい来るよな。何が違うんだ?」

女友「魅了スキルのかかり方の違いでしょう。状態異常耐性のせいで、女はそこまで好意が上がっていないということになっています」

男「なっていますというか、その通りなんだが……にしては振れ幅が大きいような……」

男(色々あって流されたが、最初女友は子作りをせがんでくるほどだったのだ。それはもう結婚相手に感じるほどの好意であろう。耐性があるとはいえ、女の態度と落差が大きい)


69: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:12:19.74 ID:zgd3yvvu0

女友「なるほど……それは私の価値観のせいでしょう」

男「……え?」

女友「このような性格なので意外でしょうが、私はずいぶんと古めかしい家柄の出身で。幼いころから男女交際は生涯を共にする伴侶とのみするべきだという価値観を植え付けられているのです」

男「そうか……」

男(思いもよらなかった言葉だが、聞いてみれば腑に落ちた)

男(好意を持った相手にどのような反応するかは人によって違う。照れて否定すればツンデレだし、相手を独占したいと思えばヤンデレだ)

男(女友は好意を持った相手とは、結婚まで行くべきという価値観だった。だから子作りをせがんだと)



男「一言でまとめると古きよき大和撫子ってことか? 全然そう見えないけど」

女友「酷いです。私はこんなに一途じゃないですか」

男「俺的には抱きついて子作りをせがむやつはビッチだ」

女友「あれはいきなり魅了スキルにかかったからですよ。突然好意が沸き上がるなんて初めてで、どう対応すれば分からなくて衝動的に迫ってしまったんです」

女友「でもほら、あれから子作りはせがんでいないでしょう?」

男(言われてみれば俺もアニメで好きになったキャラのグッズを衝動的に買い集めたことがある。あれの人間版と考えると女友の行動も理解できる……のか?)


70: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:13:19.58 ID:zgd3yvvu0

女友「もうこの状況にも慣れてきたのでいつも通り好意をコントロール出来ると思います」

女友「今後子作りをせがむような酷い暴走はしないと誓いましょう」

男「……そうか」

男(さらっと言われたが好意のコントロールか)

男(おそらくだけど嫌っている相手にも好意的に対応しないといけなかったり)

男(逆に好意的な相手にも他の人と同じように接しないとといけない立場だったが故に身につけたのだろう)

男(好意を一律でシャットアウトしている俺より、よほど苦労している)



女友「それより一般的にみれば男さんの行動の方がおかしいですよ。こんな美少女に好意を持たれて、どんな命令でも出来る立場を得たのに、何もしないんですから」

男「自分で美少女っていうか、普通?」

男(軽口で返すが言われたことには分かるところがあった。女性にどんな命令も出来るなんてR18展開に移ってもおかしくない)



男(それでも俺は命令して欲望を満たすつもりはなかった)

男(いや……俺の欲望を満たすことが出来ないと言った方が正しいだろう)

男(心まで操ることが出来ないこのスキルではどこまでいっても人形遊びにしかならないからだ)



男(女と同じく、目の前の女友も過去と重なる)

男(こうして俺に対して好意的に接している彼女……本当は俺のことをどう思っているのだろうか、と)


71: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:13:54.60 ID:zgd3yvvu0

男「………………」

男(ズン、と落ち込む俺に対して、女友は気づいているのかいないのか、調子を変えずに聞いてくる)



女友「そういえば、そろそろいいでしょうか?」

男「いいって何が?」

女友「忘れていますね……ならば、いいでしょう。えいっ!」

男「っ!? だから、抱きつくなって!? くそっ、さっき近づくなって命令したはずだろ!?」

女友「ええ、ですがその命令も忘れていそうなのでいいかと思って」

男「良いわけあるか! つうかこれも暴走じゃねえのか!?」

女友「こんなのただのスキンシップの範疇ですよ」

男「ああもう、おまえの価値観は分からん!! もう一回離れろ、命令だ!!」


72: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:15:09.15 ID:zgd3yvvu0



 そうやって男と女友がどたばた騒ぎしているのを嫉妬の籠もった眼差しで見ている男子たちとは別に、神妙な面持ちで見ている者たちがいた。



イケメン「男……か。女友が魅了スキルのせいで好意を持ってしまった相手は。女も同じものにかかっているが、大丈夫か?」

女「大丈夫だって、イケメン君。そんなに心配しなくても」

イケメン「……少し警戒が薄いぞ。男は今、女にどんな命令でも出来る。何をされるか分かったものじゃない」

女「男君はそんなことしないよ。……ス、スリーサイズの件は、女友がけしかけたみたいだし」

イケメン「そうか……これが魅了スキル……。どうして…………」

女「……? それより女友もあんなに男君に抱きついて…………私も……いやでも……」



 異世界の森の中であることも忘れて、元の世界の教室のようなやりとりが続く……そんな気の抜けたタイミングでそれは起きた。




73: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:15:54.15 ID:zgd3yvvu0

クラスメイト「っ……おいっ、何か現れたぞ!?」

男(一人のクラスメイトが指をさして声を上げる)

男(全員がその方向を見ると、森の奥から自分たちの腰の高さくらいあるイノシシに似た生物が三匹がそこにはいた)



男「これが魔物か……」

男(広場にあった倉にはこの世界における常識について書かれた書物があった。探索に出る前にクラス全員で共有したその中の一つを思い出す)

男(どうやらこの異世界には魔物という、人間に害を為す生物があちこちに生息しているらしい)

男(一般人にとってかなり驚異で、魔物に襲われて死亡するという事故はこの世界ではよくある話のようだ)



女「っ、みんな魔物から離れて! 後衛職は遠距離から魔物を攻撃! 前衛は襲って来たらガード出来るようにして!」

男(なので女は最大限に警戒するように全体に指示を出すと、それが伝わったのかさっきまでの和やかなムードも一変して無言で動く)



男(配置に付いた俺たち異世界召喚者と魔物との初めての戦いが幕を開けて)


74: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:16:33.86 ID:zgd3yvvu0



女「先手必勝! 『竜の拳(ドラゴンナックル)』!!」



男(――次の瞬間には終わった)

女「……あれ?」

男(『竜闘士』の女が出した拳の余波によって三体のイノシシは一撃で倒された)



女「牽制のつもりだったのに……」

男(思ったよりの手応えの無さに、倒した女が一番驚いている)



クラスメイト1「な、なんだ……びびったけど、弱っちいじゃねえか!!」

クラスメイト2「おいっ、『鑑定』したらこいつらの肉食えるみたいだぞ!」

クラスメイト3「おおっ、肉! キノコだけじゃ物足りないと思ってたんだ!」

クラスメイト4「あっちにもいるぞ! 倒しに行こうぜ!!」

男(調子に乗ったクラスメイトたちが、近くにいた別のイノシシに似た魔物に突撃。それを一撃で屠った)


75: ◆YySYGxxFkU 2018/11/05(月) 23:17:09.97 ID:zgd3yvvu0

女「ふう、驚異じゃなかったのは良かったけど……あんまり離れすぎないでね!! はぐれたら探すのも大変なんだから!!」

男(女は緊張を解くと、今度は注意を飛ばす)

男「危険といっても……それは一般人に限った話で、力を授かったやつらにとっては敵じゃないのか」

男(どうやら俺たちが授かった力は、この世界基準でかなり強い方らしい)



男(そうして人数分の食料を手に入れた辺りで、その日の探索は終了。拠点に戻って『調理師』のスキルを持つ者たちが、キノコとイノシシ肉のソテーを作って振る舞った)

男(調味料は探索中に見つけた岩塩のみだったが、朝から異世界に召喚されて、昼の探索で腹ペコになった高校生にとってはごちそうであった)


81: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:23:03.20 ID:xS52Z/Jn0

男(異世界召喚されてから三日が経った)

男(その間俺たちは召喚された広場を拠点として、周囲の森の探索を続けていた)

男(目標は二つ。食料の調達と人里への到達である)



男(食料については一日目から継続してである。食べ盛りの高校生が28人もいる以上、いくら取ってきてもその日の内に消費してしまうためだ)

男(森にいる魔物が驚異でないと分かった二日目からは探索の効率を上げるために、女の提案の元四つの隊に分けて行っている。というのも、二つ目の目標である人里の到達を早めに為したいからだ)

男(未だ俺たち以外の人間に会ったことがないので実感が沸かないが、どうやらこの世界にも文明はあるらしい)



男(そもそも俺たちの最終的な目的は元の世界に戻るために宝玉とやらを集めることだ)

男(宝玉について石碑に書いている情報はなく、どんな見た目なのか、集めろということは複数存在するはずだがそれが何個あるのか、そして一体どこにあるのかと分からないことばかりだ)

男(この拠点に止まっていても進まない)

男(といっても宛もなく探しても見つからないだろうので、人里で情報収集するべきというのが俺たちの共通見解だった。もしかしたらこの世界の人たちなら宝玉について知っているかもしれないという期待もある)


82: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:23:32.29 ID:xS52Z/Jn0

男「疲れた……ようやく拠点に戻って来れたな」

男(拠点の北側を探索する女をリーダーとする隊に入れられた俺は、今日の探索で食料こそ手に入れたものの、人里の痕跡はなく空振りだった)

男(夕方になり拠点に戻ってきたが、どうやら四つの隊で一番の到着のようだ)

男(早速『調理師』のスキルも持つ女が、今日の獲物で夕食を作り始める。厨房はスキル『調理師』を持つ者の独壇場であり、俺のやることはない)

男(手持ちぶさたにしていると南の探索に向かった隊が帰ってきて、そのメンバーである女友が俺を見つけて近寄ってきた)



女友「お疲れさまです、男さん」

男「女友か。そっちの探索はどうだったか?」

女友「残念ながら人里の手がかりは何も。西に行った一行に期待ですね」

男「だな。昨日人の痕跡を見つけたらしいしな。今日で何か掴めていてもおかしくない」



男(そのときちょうど俺の言葉を裏付けるように)

クラスメイト「やったぞ!! ようやく人里を見つけた!!」

男(西に向かった隊が帰ってきて、その成果を報告するのだった)


83: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:24:01.41 ID:xS52Z/Jn0

男(その後、調理を終えたようで夕食が振る舞われた)

男「ふぅ食った食った。しかしそろそろ違うものも食べたいよな……」

男(三日連続でイノシシ肉とキノコのソテーだ。それ以外に食料が見つからないため仕方がないのだが、こうも続くと飽きる。生活が安定しているからこその贅沢な悩みだ)



クラスメイト1「今日は祭りだぁぁっ!!」

クラスメイト2「ウェェェェイ!!」

クラスメイト3「ひゃっほぉぉっ!!」



男(もうみんな食べ終えたようだが、新たな発見に沸いたクラスメイトたちはテンション高く騒いでいる)

男(どうやら今日の調査で森を抜けて、整備された道路を発見。それを辿ることで人里、規模からして村を見つけたらしい)

男(というわけで明日はその村に行くつもりのようだ。そして自分たちを受け入れてもらえるようなら、この広場から生活拠点をそちらに移すとのこと)

男(まあこの広場は生活できるというだけで、居心地はどちらかというと良くない方だったので村に移れるならありがたいことだ)


84: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:25:11.39 ID:xS52Z/Jn0

女「人里も見つけたし、これからどうするか、だよね」

男(騒ぎに巻き込まれないように避難していた俺のところに、女がやってくる)



男「委員長様、あの騒ぎを収めないでいいのか?」

女「あはは、私でも無理だよ。まあ時間が経てば収まると思うから」

男「女でも無理となると相当だな。……ああ、そうだ。夕食おいしかったぞ」

女「ん、ありがと。隣、座るね」

男(俺が座っていたベンチの空いたスペースに女も腰掛ける)



男「それでどうするかって言ってたが、何か考えでもあるのか?」

女「うん。私たちの目的である宝玉だけど、集めろって言葉から複数存在するはずでしょ?」

女「それなのにどこにあるのかすら分からないわけだし……クラスでまとまって探していたら途方も暮れるような時間がかかると思って」

男「つまりクラスを分散して、手分けして各地に探索に向かわせるってことか?」

女「とりあえず今日見つかったっていう村にはみんなで行くけどその後はってこと。その方が探索の効率は上がるから……どうかな、男君」

男「へいへい、委員長様の指示に従いますよ」


85: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:25:57.25 ID:xS52Z/Jn0

男(冗談めいた雰囲気で肯定するが、女の顔は晴れない)

女「そうじゃなくて……ねえ、男君の考えを聞かせて?」

男「いや、だから委員長様の――って、あ……」

男(女がこちらを真剣な目つきで見ていることに気づいた。膝に置かれた手は微かに震えている)



男「………………」

男(そうだな、教室にいたときと同じように、この異世界でもリーダーシップを取っていた女)

男(それはいつもと変わらない光景のようで……その実、大きな負担を女に強いていたのだろう)



男(突然の異世界召喚で混乱しないはずがないのに、頼れる大人はおらず、縋ってくるクラスメイトしかいない)

男(クラスメイトたちにとって、自分が最後の拠り所なのだと分かっていた。だから毅然とした態度を取るしかなかった)

男(だから気づけなかった。そうやってみんなを支えるために頑張っていた女を……支えてあげる人が誰もいなかったということに)


86: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:26:32.42 ID:xS52Z/Jn0

男「……そうだな、探索効率を上げるために分散することに賛成だ。そのおかげで人里も素早く見つけることが出来たんだしな」

男「そもそも宝玉がどこにあって、どれだけ集めないといけないのか分からないし。ちんたらやって元の世界に戻れたのがやっと老人になったころなんて、浦島太郎も笑えない話は勘弁だ」

男「どうやらそこらの魔物も俺たちにとっては敵じゃないって事が分かったし、分散しても十分な戦力は維持できると思う」

男(誠意を持って、女の判断を尊重する意見を出す)



女「そう……かな。そこまで言ってもらえると助かるよ。ありがとね、男君」

男「どういたしまして」

男(女の声のトーンが少し上がったことにホッとする)



女「学校でも……こっちの世界でも……男君には助かってるよ」

男「それは買いかぶりだと思うが……って、学校?」

男(女とは元の世界ではほとんど接点がなかったはずだが……女の勘違いか?)


87: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:27:05.13 ID:xS52Z/Jn0

男「………………」

女「………………」



男(それからしばらく二人の間に会話は無かった。単に俺は話すことが無いだけなのだが、女は何かを切り出そうとして躊躇しているのが見て取れた)

男(だが、それを聞き出せるほど俺のコミュニケーションスキルは高くないので居心地悪いながらも待つしかない)

男(また数分が経って、いきなり女が口を開いた)



女「それで……宝玉の探索だけど、効率を上げるためとはいえ流石に28人全員がバラバラになるのは良くないと思うの」

男「え……ああ、そうだな」

男(まさかそれを言うためだけにこんな時間をと思った俺だが、どうやら前置きだったようだ)



女「だから3人から4人くらいかな。前衛後衛支援職のバランスを考えながらも、気の合う人たちでパーティーを組むように言おうと思ってるんだけど……」

女「その私のパーティーに……男君も加わってくれない?」


88: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:27:32.39 ID:xS52Z/Jn0

男「…………」

男(なるほど、女が言い渋っていた理由が分かった)

男(宝玉探索には時間がかかる。それは俺も言ったことだ。つまりパーティーを組めば、その長い探索の間ずっと一緒にいることになる)

男(そのパーティー分け……修学旅行の班決めより荒れるだろうな……。余り物グループに入ったので俺は関わらなかったが、喧々囂々していた教室を思い出す)

男(そして女が俺をパーティーに誘った……と)



男(女子には慕われ、男子には想いを寄せられる女)

男(そんな高嶺の花に求められる、誰もが羨むようなシチュエーションに)



男(しかし、俺は渋面を作って答えた)


89: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:28:19.79 ID:xS52Z/Jn0

男「……どうして俺なんだ? 魅了スキルなんてものしか持ってない役立たずだぞ」

女「役立たずと組みたいって思ったら駄目なの?」

男「ああ、駄目だな。その分宝玉を集めるのが遅れて、元の世界に戻るのが遅くなる。女の職『竜闘士』は優秀なんだから、優秀なスキルを持ったメンバーと組んで宝玉をガンガン集めてもらわないと」

女「でも、スキルだけじゃその人の優劣は決まらないよ。さっきだって私の考えに、ちゃんと自分の意見を伝えてくれた。そうやってこれからも支えて欲しいの」

男「そんなの誰だって出来ると思うぞ。おまえの親友の女友とかまさに適任だ」

女「どうして……そんな否定ばっかりするの?」

男「事実だからだ。……もういいか?」

男(半ば強引に会話を打ち切り、立ち上がって逃げようとするが)



女「じゃあ最後に一つだけ。私が男君とパーティーを組みたいのは、この異世界でも一緒にいたかったから。それだけの理由じゃ駄目かな?」



男(俺のにべもない態度にも食い下がる女)

男(どうやら言葉はそれが最後のようで、口を閉じて俺の返事を待つ)


90: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:28:59.04 ID:xS52Z/Jn0

男(逃亡に失敗した俺は一度あげた腰を下ろした)

男「………………」

男(俺は子供でもないし、馬鹿でもないし、鈍感でもない)

男(故に今の言葉が……女が俺に好意を持っているからこそ出たのだと分かっている)

男(それを理解して……俺は……)







女友「そういえば、女。私はパーティーに誘ってもらえるのかしら?」

女「もちろんだって。私は前衛だし、後衛の女友がいてくれれば百人力だし………………………………え?」

女友「まあそうですか。良かったです♪」

男(手を合わせて喜びを表現する女友を、オイルの切れた機械のようにギギギと効果音が出そうなほどゆっくりと振り向いて見る女)


91: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:29:52.58 ID:xS52Z/Jn0

女「…………一体いつからそこにいたんですか?」

女友「それはもう、『それで……宝玉の探索だけど、効率を――』」

女「はああああああああああっ!? そこからぁぁぁっ!?」

男(錯乱して叫び声を上げる女)

男(パーティーのお誘いからということは、つまり女が弱った部分を見せて俺の意見を頼った場面は見られていないということだが、その程度の事実は焼け石に水のようだ)



女友「二人きりで隣に座って雰囲気を作っていれば、それは注目しますよ。みなさん、そうですよね?」

男(さらに女にとって最悪なことは、さっきまで騒いでいたクラスメイトたちがいつの間にか静かになり、二人を囲んで見守っていたことだった)



クラスメイト男子1「っ……正直羨ましすぎるが……」

クラスメイト男子2「くっ……だがあそこまで乙女な一面を見せた委員長の思いを……俺たちは踏みにじることは出来ん……!!」

クラスメイト男子3「俺たちの分まで……幸せにしろよ」

男(今まで俺と女の関係に嫉妬していた男子たちが、血涙を流しながらも祝福ムードになり)



クラスメイト女子1「……いいわね」

クラスメイト女子2「私たちも……あそこまで思える人が欲しいわ……」

クラスメイト女子3「お幸せにね」

男(女子たちはうっとりとしている)


92: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:30:33.79 ID:xS52Z/Jn0

女「ちょ、へ、変な雰囲気にしないでよ!? 私が男君をパーティーに誘ったのはそんなつもりじゃ――――」

女友「そんなつもりでは?」

女「無い……と言えなくも無いような気がしないでもないけど……」

女友「要するに『ある』というわけですね?」

女「………………女友のイジワル」



クラスメイトたち「「「Fooooooo!!」」」



男(女が暗に認めたことによりヒートアップする観客たち)

男(口々にはやし立てたり、いじったり、祝ったりする中、当事者でありながら置いていかれている存在に気づいた者が現れた)



クラスメイト1「それで男の返事はどうなんだよ!?」

クラスメイト2「そうだぞ、女さんがここまで言ってるんだぞ!?」

クラスメイト3「早く答えなさいよ、それが男ってもんでしょ!!」

男(口々に俺の返事を催促する)


93: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:31:29.23 ID:xS52Z/Jn0

男「ああ……そうだな」

男(一連の流れに圧倒されて思考を放棄していた俺は、その言葉で復活した)



女「男君……」

男(女が胸の前で両手を合わせて答えを待つ。周囲も黙って待ちかまえる)

男(そんな中俺は小さくため息を付いて……口を開いた)







男「全く揃いも揃って――――馬鹿ばかりだな」








94: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:32:05.01 ID:xS52Z/Jn0

女「……へ?」

男(YESかNOが返ってくると思っていた女と周囲のクラスメイトたちはその言葉に困惑した)



男「分かってない。女のその言葉は……魅了スキルで植え付けられた偽りの好意によるものだ」

女「…………」

男「二人の様子があまり変わらなかったから、心配してなかったが……ここまで影響を及ぼすとは。……まあスキルを暴発させた俺が言えた義理ではないか」

男(俺は自嘲気味に発言して、次の宣告を行った)



男「二人にかけた魅了スキルを解除する」



女「………………へ?」

女友「どういうことでしょうか、男さん」

男(女も女友も雰囲気が変わっていない)



男「やっぱり無理か……」

男(魅了スキルの詳細に『一度かけたスキルの解除は不可能』と書いていたので駄目で元々ではあったが)


95: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:32:41.83 ID:xS52Z/Jn0

男「なら、命令だ。二人とも俺に対する好意を忘れろ」

男(自分でもゾッとするような冷たい声音で続ける。魅了スキルにかかった二人に対する命令は絶対のものになるはずだったが)



女「ねえ、男君? さっきから何をしているの?」

女友「忘れられる訳が無い……ってふざける場面ではなさそうですね」

男(やはり様子の変わらない二人。これも想定済みではある)

男(魅了スキルの一文には『虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う』とあった。つまり命令できるのは肉体のみで心にまで影響を及ぼすことは出来ないということだろう)

男(それでも一縷の望みをかけてだったが……駄目みたいだな)



男「しょうがない、なら対症療法でしかないが、物理的に近づけさせなければいいだけだ」

男「命令だ、二人とも俺への接触を禁――」

女「ちょっと待ってよ!」


96: ◆YySYGxxFkU 2018/11/06(火) 20:33:43.44 ID:xS52Z/Jn0

男(女の気迫の籠もった声に、俺は命令を中止させられる)



女「ねえ、さっきから男君私たちを遠ざけようとしてどういうことなの!?」

男「どういうことも何も、魅了スキルに蝕まれた二人をあるべき姿に戻すためだ」

女「蝕むって……私はそんなこと……!」

男「無い、という言葉に魅了スキルが関わっていないと証明できるのか? 偽りの好意から来ている言葉じゃないのか?」

女「それは……」

男(その言葉は予想外だったようだ。否定しきれない女から、周りのクラスメイトに視線を移す)



男「みんなも今日の女の行動は忘れてやってくれ。あれは魅了スキルによって歪められた行動だ」

女「何で……そんなことを……」

男「どうしてか……それは」

女「…………」

男「いや、知る必要の無いことだな。――命令だ、二人とも絶対に俺を追ってくるな。他のみんなも願わくば俺を一人にしてくれ」

男(感傷的になり口を滑らせそうになった俺は、今度こそ命令をかけて踵を返す。向かうのは広場の外に広がる森だ)



男(色んな感情がごちゃ混ぜになっている)

男(一人になって整理をしたかった)


105: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:12:50.85 ID:YRuZMajN0

男(どこをどう走ったのかは覚えていない)

男(気が付くと俺は森の中でも少しだけ開けた場所に出た)

男「……ここらでいいか」

男(近くにあった切り株に腰掛ける)

男(月明かりだけが見守る中、俺は物思いに耽ることにした)





男(俺は自分のことをボッチで、卑屈な人間だと理解している)

男(それでも自分でいうのも何だが、昔は普通の少年だった……はずだ)

男(歪んだのはあの出来事を経験してからだろう)


106: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:13:35.82 ID:YRuZMajN0



男『好きです! 付き合ってください!!』

『……あー、勘違いしちゃったか。女慣れしてなくてからかうの面白かったよ、おもちゃ君』



男(中学生、思春期というのは恋愛事に非常な興味を持つ世代だ)

男(俺たち二人だけの出来事だったはずの告白失敗は、当然のように多くの人に広まった)

男(ボッチな今と違って、あのころは友達がかなりいた。その全員から同じような質問を受けた)



『なあ、おまえ告白失敗したんだって?』

男(ニヤニヤとしながら、興味津々であることを隠そうとせずに)

男(嬉々として人の傷を抉ろうとする彼らが、得体の知れない怪物のように思えて、その質問全てを無視して縁を切った)

男(こうして俺は人間関係の全てを放り出した。これ以後の中学三年ずっとボッチで通した)

男(高校は遠くに進学したため、今のクラスメイトに当時のことを知るものはいない)

男(リセットしたこの場なら新しい友達を作ることも出来ただろうが、長年のボッチ生活が災いして、俺は人間関係を作るのに億劫になっていた)

男(高校でもボッチが続いているのはそういう理由である)


107: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:14:15.70 ID:YRuZMajN0

男(対人関係だけではない。俺の内面にも影響はあった)

男(告白失敗から俺が学んだのは、人間とは心の奥底で何を考えているか分からないということだった)

男(あの子の好意は嘘だった)

男(俺が勝手に勘違いして、期待したのも悪かったかもしれない)

男(それでも当時の俺はただ裏切られたとしか思わなかった)



男(告白というのは自分の好意を晒け出すことだ)

男(失敗すれば心をズタボロに引き裂かれる)

男(ともすれば、自分自身を否定されたようにも感じるだろう)



男(その傷を癒す方法は色々ある)

男(例えば勉強やスポーツに打ち込んで失恋の傷を癒すなんてのはよく聞く話だ)

男(他にも新しい恋を探すなんて方法もある)



男(そんな中、俺は自己否定を重ねて傷を癒した)


108: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:14:57.82 ID:YRuZMajN0

男(相手に好意を持ったのが悪かった。告白したのが悪かった……と)

男(恋愛なんてしたのが悪かった、と)



男(過去の自分を否定して、今の自分を守った)

男(もちろんその代償は存在する)

男(度重なる自己否定で俺の思考は偏り、恋愛アンチとなったのだ)



男(人に好意を持たないようにした。誰にも心を許さないようにした)

男(最初から好意を持たなければ報われず傷付くこともない。信じなければ裏切られることはない)

男(その二つを強要する恋愛なんてもってのほか)

男(本気で打ち込むやつらの考えが知れない)



男(こうして俺は歪みと引き替えに心の安寧を勝ち取った)

『人は一人では生きていけなくても、独りでは生きていける』

男(これを俺の座右の銘にした)

男(順風満帆ではなく……凪のようにひたすらに平穏な人生を送っていくつもりだった)


109: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:15:39.10 ID:YRuZMajN0

男(なのに)

男(この異世界に来てその目論見は崩れ去った)

男(魅了スキルのせいで俺に好意を向けるようになった女や女友の存在だ)

男(偽りの好意だと分かっているのに……かつて捨て去ったはずの理想が叶うのではと期待してしまう俺がいた)

男(ああ、そうだ。俺は恋愛アンチになった今でも、恋愛に夢を見ているんだ)

男(それは、いつの日か俺の前に心の底から――――)


110: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:16:13.26 ID:YRuZMajN0



魔物「ブモオオオオオッ!!」



男「……っ!?」

男(近くで上がった鳴き声に俺は思考を中断して立ち上がる)

男(月明かりしか無かった森に、いつの間にかイノシシ型の魔物が現れていた。俺の目の前5mほどの距離にいて、完全にこちらを認識している)



男「っ、なんだおまえか。雑魚の相手をしている場合じゃないんだ。とっとと…………………………」

男(そこまで言って俺は気づいた。この森には何度も入っていたが、毎回誰かと一緒でそいつが魔物を蹴散らしていた)

男(俺は一度も戦闘をしたことがなかった)

男(それも当然だ。俺に備わった力は『魅了』スキルのみ。戦闘で使える力ではない)



男(当たり前すぎて、なのにごちゃごちゃした感情のせいで忘れていた。今さらのように注意を思い出す)

男「一般人が魔物によって殺されるという事件はよくあること……」

男(そして、俺の戦闘力は一般人と同じかそれ以下だ)


111: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:16:50.08 ID:YRuZMajN0

男「………………」

男(浮かび上がるは恐怖)



魔物「ブモオオオオオッ!!」


男(再度雄叫びを上げると、イノシシの魔物は地を蹴り、俺に向かって突進してきた)



男「く、来るな……!!」

男(その言葉には、いかほどの力もこもっていない)

男(速度にして人間が走ったのと変わりないくらいの突進だったのに、まともに食らって俺は冗談のように吹っ飛んだ)



男「ぐっ……」

男(突進の衝撃で腹部を強く打ち、地面を転がったせいで腕や足の至る所に擦り傷が付く)

男(重傷ではない。だが、大きな怪我をしたこともなく、スポーツもケンカもまともにやったことのない俺は初めての味わう大きな痛みに動けないでいた)

男(さらに悪いことは、イノシシの魔物は追撃を加えようと俺に迫っていることだ)


112: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:17:52.83 ID:YRuZMajN0

男「…………」

男(立ち上がる力が沸かない)

男(自分が嫌になって逃げたその先で襲われて死ぬ)

男(なんと惨めな終わり方だろうか)

男(いや、でも……それが俺にふさわしいんだろうな)
 
男(目の前に迫る最期に、俺は諦めて――)



男「嫌だ……俺は、まだ……っ!!」

男(諦めきれずに漏れた声に応えたのか)





???「『影の弾丸(シャドウバレット)』!!」





男(黒い弾丸が音も無く月明かりに照らされた森を進み標的を打ち抜いた)


113: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:18:50.25 ID:YRuZMajN0

男「……え?」

男(気づくとイノシシの魔物は倒れていて……)

男「助かった……のか?」

男(何が起きたのか信じられない俺は呆然となる)



イケメン「間一髪だったみたいだね」



男(その背後には人差し指を標的に向けたポーズで副委員長のイケメンが立っていた)

男(俺は腰が抜けて、へたりこんだ状態のままイケメンに話しかける)



男「ど、どうしてここが……」

イケメン「元々あの夕食後の騒ぎには加わってなくてね。遠くから見ていたんだけど、そしたら君が一人森の中に向かうからあわてて付いてきたんだ。君が魔物と戦う力を持っていないのは承知済みだったからさ」

男「そうか……すまない、失念していた」

イケメン「いいさ、いいさ。気にしないでくれ」

男(様になる笑みを浮かべるイケメン)


114: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:19:57.96 ID:YRuZMajN0

男「とにかく助かった……ここは危険だな、すぐに拠点に戻らないと。悪いけど護衛を……………………………………」

男(言いかけて俺は言葉が止まる)



男(何かがおかしい。失念している)

男(助けてもらったことは感謝しているが……イケメンは、こいつは……ああ、そうだ)

男(さっきの表情、顔は笑っていたけど……目はぎらついて濁っていた)





男「なあ、イケメン。助けてもらってなんだが……おまえは本当に俺を助けに来たのか?」



イケメン「くくっ、中々鋭い……まあ隠すつもりも無かったけどね」





男(善人としての仮面を脱ぎ捨て、本性丸出しの笑みを浮かべるイケメン)


115: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:21:08.03 ID:YRuZMajN0

イケメン「ところで僕の職は『影使い(シャドウマスター)』っていうんだ」

男(ふいにイケメンはそんな話を始める)

イケメン「これが中々に強力なスキルが目白押しでね。音もなく対象を打ち抜く『影の弾丸(シャドウバレット)』」

イケメン「影を操ることで任意の映像を出す『影の投影(シャドウコントロール)』」

イケメン「影に潜み敵をやり過ごすための『潜伏影(ハイドシャドウ)』とまあ色々あってね」

イケメン「中でもお気に入りがこれさ! 『影の束縛(シャドウバインド)』!!」



男「くっ……!」

男(イケメンがスキルを唱えると、俺の足下の影が蠢き、主である俺の体をかけ走って拘束する)



イケメン「くくっ、すごいだろう? 誰だって自分の影を掴むことは出来ない。その影が主を拘束する。完璧な拘束術さ!!」

男(俺を空中に磔にしてあざ笑うイケメン)


116: ◆YySYGxxFkU 2018/11/07(水) 20:22:00.87 ID:YRuZMajN0

イケメン「さてそろそろ疑問に答えようか。僕は君を助けに来たのか、だったね」

イケメン「それは愚問だろう? こうして君を魔物から守ったことからさぁ!」

男「……ここまで胡散臭い言葉もあったんだな」



イケメン「ははっ、何を言っているんだ。僕は失うわけにはいかないんだよ」

イケメン「君を……いや、君の魅了スキルをね!!」

男「俺の魅了スキルを……?」

男(どういうことだ。俺の魅了スキルがこいつに利するなんてことは…………)



男「いや、まさか……」

イケメン「そうだ、君には――」



男(愉悦の表情を浮かべ、両手を広げたイケメンは、自身の欲望を語る)





イケメン「手当たり次第に魅了スキルを女どもにかけて、僕に奉仕するように命令するための道具になってもらうってことさ!!」






120: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:36:15.52 ID:INPf73SG0

男(いつもの善人面を脱ぎ捨てたイケメンが語った欲望はつまり)

男「ハーレム願望ってことか」

男(恋愛アンチな俺が珍しいだけで、魅了スキルなんてものを持てばまずは考えることだろう)

男(モテない男が魅了スキルに類するものをもらって、女性相手に欲望の限り好き放題する作品がごまんと存在するのがその証拠だ)

男(だが……それをイケメンが語ったのは不可解だった)



男「おまえにはギャルって彼女がいたじゃねえか。随分と惚れられているようだし、あいつじゃ満足しないのか?」

男(リア充で彼女持ちのやつが、浮かべる欲望には似合わない)



イケメン「ギャルか……あんなやつで僕が満足すると思ったのか? あいつはただのキープさ」

イケメン「あっちから寄ってきて、見てくれも良いから側に置いておくことにした。それだけさ」

イケメン「本命が手に入れば捨てるつもりだった」



男「冷酷なやつめ」

イケメン「何を言ってる、ギャルも夢見れてるんだ。むしろ慈善事業だと思ってほしいね」

男(そこに虚偽も誇張もない。イケメンは本気なのだろう。何とも自分勝手なやつだ)


121: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:37:32.94 ID:INPf73SG0
男「にしても……おまえの願いは俺に魅了スキルをかけさせて、自分に奉仕するように命令させるだったか」

イケメン「その通りだ。素晴らしいだろう?」

男「どこが。一ミリも引かれねえよ。それに何か勘違いしてねえか?」

イケメン「勘違い?」



男「ああ、だって俺の魅了スキルは術者に好意が向くスキルだ。それに命令では人の心を操れないことも確認している」

男「つまり、おまえが言う通りにしたところで……心までは手に入らないんだよ」

男(俺に好意が向いている女子に奉仕されたところで空しいだろう)





イケメン「くくっ、何を言い出すかと思えば、そんなことか」

男「何がおかしい?」



イケメン「――別に心なんて必要ないだろう? 従順に命令通りの行動をする身体、それさえあれば十分さ!」

イケメン「むしろ心が自分に向いてない方が、無理やり感や征服感があって良いくらいだ!!」


122: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:38:26.64 ID:INPf73SG0

男「…………」

男(イケメンの言葉に俺は黙る。というのもイケメンの返答が思ってもいないものだからだった)



男(……いや、でも考えてみればそうだな。女を物扱いだったり、屈服させることが好きという人種もいる。それくらい俺だって分かってはいる)

男(なのに失念していたのは……ああ、そうだ)



男「ちっとも良くねえよ。身体だけ手に入っても……こちらに好意的な素振りを見せたところで、心が伴っていなければ意味ねえだろ」



男(俺の理想と相反する考え方だからだ)



男「お互いが心の底から愛し合う……恋愛ってのはそれが理想だろうが!」




123: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:39:03.29 ID:INPf73SG0

イケメン「へえ……」

イケメン「なるほど魅了スキルなんてものを貰っておきながら、どうして女友や女にあらゆる命令を出さずに自重しているのかようやく分かったよ」

イケメン「君は純愛家なのか。似合ってないな」



男「そんなこと分かってるっつうの」

イケメン「お節介な忠告だが、君のその態度では一生叶わないよ」

男「叶わないことを追い求めるからこそ理想なんだろ」

イケメン「心なんて無駄なものを追い求めるのは、やはりロマンチストだからか?」

男「身体だけで満足する即物主義者には分からねえだろうよ」


124: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:40:38.61 ID:INPf73SG0

イケメン「平行線だね……まあ、君の主張なんてどうでもいい」

イケメン「君はこれから道具になる。道具には理想なんてもの必要ないからな」

男「ぐっ……!?」



男(イケメンが『影の束縛(シャドウバインド)』の拘束の力を上げる。締められた四肢が痛み、俺は声を上げる)



イケメン「話はここまで。これから君を痛め続け……泣いても、叫んでも、喚いても止めない。心を破壊するまで」



男(痛みによる調教。魅了スキルが無くても出来る、相手を自分の意のままに動かすための原始的な方法)



イケメン「君のステータスは確認済み。職(ジョブ)が『冒険者』で戦う力は無く、スキルも『魅了』のみ」

イケメン「魅了スキルは相手を命令を聞かせることが出来るがその対象は異性のみ。つまり男の僕には効かない以上、この場で君は無力だ」



イケメン「クラスメイトたちの前でこんなことをしたらスキルを使って止められただろう」

イケメン「だからみんなに付いてこないように命令し、わざわざ自分からこの森の中に入ったのはまさにカモがネギをしょってきたようなものだったよ!!」

イケメン「さあ、もう一段階上げようか!! 時間をかけてはいられないのでね!!」


125: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:41:22.44 ID:INPf73SG0

男「ごほっ……ごほっ……」

男(影が首にまで及び締められ酸素が欠乏する)

男「……ああ……そうだな。馬鹿は俺の方じゃねえか……!」

男(それでも俺は自嘲の言葉を出さずにはいられなかった)



男(魅了スキル。俺には無用の長物なスキル……だが、どうして他の者まで同じ評価をすると思った?)

男(その強大な力に引かれ、イケメンのように我が物にしようとするやつが現れるのを予想してしかるべきだった)

男(男と女。世界の半分を意のままに出来るこのスキルは、残りの半分に対して無力で羨望の対象になることを分かっていなかった。)

男(そして今さら認識したところで……もう遅い)



男「うっ……っ……ああっ……」

男(四肢の拘束は堅く、ずっともがいているが抜け出せる気配すらない。首の拘束により、呼吸も困難になってきて………………俺、は…………)


126: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:42:13.58 ID:INPf73SG0



イケメン「ああ、これで世界中の女性を僕の物に出来る……! ああ、だがどんなに美しい女性を手にしても一番は……そう。女、君だからね……!」



男「おん…………な……」

男(俺が魅了スキルをかけてしまった少女の名前を、イケメンが口にする)



男(この状況、自力でどうにかするのは不可能だろう)

男(だが、俺を助けに来る者がいるとは思えなかった)

男(クラスメイトとはろくに話したことも無く、俺を助ける義理なんて無い)

男(可能性があるとすれば、魅了スキルをかけてしまった女と女友がその好意に従って助けに来ることぐらいだったが)



男『――命令だ、二人とも絶対に俺を追ってくるな』



男(二人には他でもない俺が付いてくるなと命令を出している)

男(こんな事態になったのも……日頃の俺の行いのせいだろう)


127: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:43:35.43 ID:INPf73SG0



男「ははっ…………おまえ、なんかに………言われなくても………………分かって……るんだ、自分でも」

男「…………そもそも……傷つくのおそれて、誰も信じない俺が………………」

男「お互いを信じ合う、関係を………………作れるはずが無いって、そんなことくらい……!!」



イケメン「今さら後悔か! 遅い、遅すぎる!! その教訓は来世にでも生かしてくださいねぇっ!!」

イケメン「今世は僕に尽くす道具として働いて貰うからさぁ!!」



男(苦痛と酸素の欠乏により麻痺した思考が、もう全てを諦めようとしていた)

男(いいじゃないか、こいつの道具になることくらい)

男(どうせ生きてたっていいことはない)



男(分かってるのに……ああ、そうだ。さっきイノシシ型の魔物に襲われたときも思ったが、どうやら俺は諦めが悪いようだ)

男(何がそこまで俺をかき立てるのか)



男(そうだ、俺は恋愛アンチになっても捨てられない理想……)

男(いつかこんな俺の全てを愛してくれて、俺も全てを愛することが出来る……そんな相手が現れてくれないかと思っているんだ)

男(もちろん自分から誰も信じない俺はその土俵にも立てない。宝くじを買っていないのに、3億円で何をするか考えているような馬鹿だ)





男「こんなことなら……俺は…………誰かを……信じて…………みるべきだったな……」

男(今さらな言葉が宙に消えようとした――そのとき)




128: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:44:27.67 ID:INPf73SG0




???「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!!」





ゴォォォォッ!!

男(夜の森の静寂を破るように、重低音のうなり声と同時に風切り音が轟いた)



イケメン「ぐはっ!」

男(その正体は指向性の衝撃波。対象にされたイケメンは踏ん張ることも出来ずに吹き飛ばされる)



男「っ……げほっ、ごほっ…………はあ、はあ……」

男(イケメンがダメージを負ったことで集中が途切れたのか『影の束縛(シャドウバインド)』が解除される)



男「はぁはぁ……はぁはぁ……」

男(呼吸できることがこんなにありがたいことだとは……)

男(空中での磔を解かれた俺は、地に倒れ込んで大きく深呼吸する)


129: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:50:35.82 ID:INPf73SG0





女「大丈夫だった、男君?」





男(そんな俺に言葉と共に手を差し出したのは……ここに来れるはずが無い少女)

男(女だ)



男「……どうして? 追ってくるなって魅了スキルで命令したはずなのに」

女「私が男君を助けようと思ったから……それだけじゃ駄目かな?」

男「それは…………」



男(あり得るはずがない)

男(確かに、女は状態異常耐性で魅了スキルのかかりが中途半端だ。それでもスリーサイズを聞いたときのように命令には従うはず)

男(……いや、でも命令についても中途半端で、効かないときがあったということか?)



男(だとしても、助けたいという思いは好意を起点に発する感情だ)

男(魅了スキルから生まれた思いなら、同時に追ってくるなという命令も干渉するのが道理で女がこの場に現れることは出来ないはずだ)

男(しかし、女はこうして俺を助けてくれた。それを成し遂げられたのは……論理的に考えると……)


130: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:52:33.05 ID:INPf73SG0



男「魅了スキルの外で……女自身が、俺を助けようと思ったから……。だから命令が効かなかった……ってことなのか?」

女「ふふっ……どうだろうね?」



男(女は俺の質問を軽やかにかわすと、守るように俺を背にしてイケメンに問いかける)



女「それで……イケメン君? これはどういう状況なのかな?」

女「男君を魔物から守ってくれたのは助かったけど……私の目にはあなたが男君が拘束して痛めつけているように見えた。どういうことなの?」





イケメン「そ、それが……き、聞いてくれ!」

イケメン「あ、あの拘束は男君を本当は守るための物だったんだ。魔物がたくさん現れたのでそうするしかなかったんだ!」

イケメン「それでどうにか魔物を倒したところで、勘違いした女に吹き飛ばされて……」

イケメン「ああ、そうだ男の言葉を信じては行けないからな、どうやら魔物に襲われた衝撃で混乱しているから。そして――――」



女「うん、説明ありがとう。よく分かったよ」



イケメン「そ、そうか。良かったよ、誤解が無くなって。じゃあ、これで――」


131: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:53:28.47 ID:INPf73SG0



女「本当によく分かったよ――反省する気が無いって事が。『竜の震脚(ドラゴンスタンプ)』!!」



ゴォォォォォッ!!

男(再び放たれた衝撃波がイケメンに直撃する)

イケメン「ぐはっ……!」



男(先ほどと違って天空から放たれた攻撃は、イケメンを吹き飛ばさず、地面に押しつけることでダメージを逃させない)

男(無慈悲な鉄槌を下した女は哀れみの表情を浮かべていた)



女「ここで非を認めてくれれば更正の余地もあったんだけど……はあ、どうして私がこの場所を分かったと思っているんだろう」

男「そういえば……どうしてなんだ?」

女「言ったでしょ、男君を魔物から守ってくれて助かったって。全部見ていたんだよ」

女「竜の眼は千里を駆ける。竜闘士のスキルの一つ『千里眼』でね」

男「……ずいぶんと便利なスキルだな」



男(女の職『竜闘士』この火力に広域探知能力付きとは……強力だと思った『影使い(シャドウマスター)』を持つイケメンがまるで赤子のようだ)


132: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:54:17.23 ID:INPf73SG0

イケメン「…………」

男(衝撃を一身に受けたイケメンは動く様子がない。どうやら今の一撃で気を失ったようだ)



女「とりあえずこれで一見落着かな。イケメン君をどうするかは考えないと行けないけど……」

女「あっ、そうだ!」 ポンッ!



男「何か気づいたのか?」

女「男君が私のパーティーに入った場合のメリットだよ! 男君の身に危険が迫っても、私の力でこうやって守ることが出来る。これって大きいんじゃない!?」

男「……まだそんなこと言ってたのか」

女「ま、まだって……そ、そんなに私と一緒のパーティーが嫌なの? でも、私は諦めたり――」



男「いいぞ」

女「しないんだから…………って、え?」


133: ◆YySYGxxFkU 2018/11/08(木) 21:56:56.88 ID:INPf73SG0

男「俺は馬鹿だからこいつに襲われてようやく身に染みて分かったんだ。俺のスキルが欲望の対象になるってことに」

男(最初から理解していれば今回の騒動は起こらなかっただろう)



男「これから先も魅了スキルのことが知られれば、その力を手に入れんと狙われることもあるはずだ」

男「そんなときに戦闘能力0な俺を護衛してくれる人がいてくれたら……今回みたいに守ってくれる人がいたらとても心強いと思ってな」

女「じゃ、じゃあ私のパーティーに入ってもらえるの!?」

男「いや、そうじゃないんだ」

女「え……?」



男(断りの言葉を発した俺に、女はまた否定されるのではないかと顔を強ばらせる)

男(そんな顔をさせるのは本意ではなかったが、俺にも男の意地がある。そのまま頷くことは出来ない)

男(つまり、俺は頭を深々と下げて)



男「お願いします。俺を女のパーティーに入れてください」

女「……うん、もちろんだよ!!」



男(飛び上がり全身で喜びを表現する女)

男(それには魅了スキルによってもたらされた好意も関わっているだろうとは分かっていたが……)



男「よろしく頼む、女」

女「こちらこそだよ!!」



男(死の間際にあんな後悔をするくらいなら……少しくらい人を信じてみるかと俺は手を差し出し、女が握り返すのだった)




137: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:30:10.81 ID:Rwugbgsq0

男(イケメンの騒動も収まり、パーティーについての話もまとまった。そんなタイミングを狙ってなのかは分からないが)

女友「ふぅ、ようやく追い付けました……って、あらこの状況は……」

男(女友がその場に顔を出した)



女「あ、女友。どうしたの?」

女友「どうしたの、じゃありませんよ。女が突然『男君が危ない』って言って森の中に飛び込むから、みんな浮き足だってしまって」

女友「それを落ち着けて待つように言ってから追ってきたんですよ。気持ちは分かりますが、女は現在クラスのリーダーなんですから、もう少し落ち着いた行動をお願いします」

女「あはは、ごめん……フォローありがとね、女友」

女友「それくらいはどうということありません。リーダーの重圧を押しつけているのも理解していますから」


138: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:30:52.88 ID:Rwugbgsq0

女友「それで状況は……ああ、なるほど。イケメンさんが暴走したってところですか。いつかはすると思っていましたが、大変でしたね男さん」

女友「しかし、二人とも無事にパーティーが組めたようで何よりです」

男(地に伏して倒れたイケメンと傷ついた俺、喜んでいる女などの情報を総合的に判断した女友はすぐに状況を理解する)



男「いや、どうして分かるんだよ。察しが良すぎやしねえか?」

女友「これくらい乙女の嗜みですよ」

男「そんな乙女がいてたまるか。というか、大体俺を追ってくるなって魅了スキルで命令したはずだよな? 耐性を持つ女はともかく、あんたには絶対の効力を発揮するはずだが」

女友「ええ、ですから私は男さんではなく、女を追ってきたんですよ。そうしたら……まあ、男さんが偶然いてビックリです!」

男「……へいへい」


139: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:31:27.64 ID:Rwugbgsq0

女友「しかし、そうですね。私はともかく、女はどうして命令を破ることが出来たんでしょうか?」

女「えっ!? そ、それは……その、私の魅了スキルのかかりが中途半端だからで……」

男「いや、それだとおかしいだろ。俺を助けたいという好意が十分に働いているのに、命令だけ効かないなんてやっぱり勝手すぎる」



女「え、えっと……そ、それは……」

男「だから魅了スキルがかかっていない部分で俺を助けたいと思い行動に移した。さっきは答えてもらえなかったがそんなところじゃないのか?」

女「ち、違うんじゃないかなー……何となく…………ううっ……」

男(目がきょろきょろと泳いでいる女。どうやら思い当たるところがあるようだ)



男「俺も思い当たるところがあるんだ。つまり――」

女「……もう誤魔化せないみたいだね。そう――」


140: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:32:25.01 ID:Rwugbgsq0



男「俺がクラスメイトだからってことか」

女「私は………………え?」

男(女はきょとんとしている……あれ、ハズレだったか?)



男「考えてみれば女は学級委員長だもんな。責任感も強いし、クラスメイトの俺を守らないといけないって思った。だから助けに来た……ってところだろ」

女「………………そうそうそう!! そういうことだよ!!」

男(と、思うと今度は残像が出るほど首を縦に振りまくっている。やっぱり合ってたか)





女友「全く……女も不器用ですね。そろそろ真実を問いただすことにして……今はそれよりあちらですか」


141: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:33:05.29 ID:Rwugbgsq0



ギャル「……どういうこと? どうしてイケメンが倒れてるの?」



男「イケメンの彼女……ギャルだったか」

男(この場にさらに増えた人影)

男(今時のギャルで高圧的な態度を苦手に感じた結果、俺の魅了スキルが対象外の評価を下した相手の名を呼ぶ)



女友「イケメンさんを追ってきたってところでしょうか。……まずは状況を説明しないといけませんね」

男「そうだな」

男(イケメンだけが倒れているこの状況は、それが俺たちの仕業であることを示している)

男(正当防衛ではあるのだが、俺たちがイケメンを襲った悪いやつに見えかねない)

男(だから説明するために口を開こうとしたその矢先――)


142: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:34:01.24 ID:Rwugbgsq0



イケメン「た、助けてくれギャル!! 男が魅了スキルの命令で女と女友をけしかけて、為す術も無くて!!」



男(気絶していると思っていたイケメンが起き上がり、恐怖を訴えた)

男「っ……!?」

女友「狸寝入りでしたか!」

女「ち、違うよ、ギャル! 本当は……」

男(女が慌てて否定しようとするが、ギャルは彼氏優先の女。その言葉には耳を貸さずに)



ギャル「だ、大丈夫なの、イケメン!?」

イケメン「そ、それは……いや、大丈夫だ。ここにいたら君も危ない。ギャル、君だけでも早く逃げて――」

男(イケメンの嘘はまるで俺たちに襲われたが、ギャルを危機に巻き込まないように必死に逃がそうとするヒーローのようだ)

男(現実は真逆でイケメンが襲ってきた悪役なのだが、ギャルは嘘を盲目的に信じてスキルを発動)



ギャル「私だけ逃げるって……そんなこと出来ないって!! 今助けるから……『雷速駆動(ライジングスピード)』!!」



男「くっ……!」

男(カッ! と、辺りに閃光が走り一時的に俺たちは目が眩む)


143: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:34:54.62 ID:Rwugbgsq0



男(視力が回復して目に飛び込んできた光景は、ギャルがスキルの効果により一瞬でイケメンの元まで駆けつけて背負い超スピードで戦域を離脱するところだった)



男「速い……!?」

女友「落ち着いて話を聞いて貰うために捕らえます! 『森の鳥籠(フォレストケージ)』!!」

男(驚くだけの俺と違って、何をするべきか理解していた女友。その身に宿す職『魔導師』は魔法使い系の職でも最上級で、様々な高位魔法が使える)

男(その中から選択したのは拘束魔法のようだ。イケメンを背負ったギャルの行く手を阻むように周りの木々からツタが走り、捕らえて――)



女「違う、女友!! そっちじゃない!!」

女友「え……?」

男(ツタが二人をすり抜けた。するとラグが走ったように、二人の姿が揺れて消える)


144: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:35:30.01 ID:Rwugbgsq0

男(その光景には思い当たる物があった)

男「っ……イケメンのスキル『影の投影(シャドウコントロール)』だ!!」

男(俺はイケメンが正体を明かしたときの言葉を思い出す。影を操ることで任意のビジョンを映し出すスキルだったか)

男(おそらく俺たちが閃光で目を眩んだ一瞬に発動したのだろう。逃げる映像を見せることで、そちらに注意を向けさせた)

男(だが、本体はどこに――?)



イケメン「解除『潜伏影(ハイドシャドウ)』」

男(映像が逃げたのと反対の方向から声が聞こえてイケメンとギャルの姿が現れた。……確か影に紛れることで見えなくなるスキルだったか)

男(映像に気を取られている隙に隠れて逃げる。単純だがしてやられた。距離も大きく稼がれ、これではどうしようもない)



女「待ってギャル! あなたは……!!」

男(女の叫びも空しく、イケメンとギャルは夜の森に消えた)


145: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:36:34.52 ID:Rwugbgsq0



 男たちから逃げて尚、駆け続けるイケメンとギャル。



ギャル「酷い傷……イケメン、大丈夫なの?」

イケメン「何とかね。『影の装甲(シャドウアーマー)』でダメージは減らしたから」



イケメン(女の一撃『竜の震脚(ドラゴンスタンプ)』を食らい気絶したようにみせかけて、実は防御スキルを発動して僕は何とか耐えていた)

イケメン(しかし彼我の力の差からまともにやりあっても勝てないと判断し、やられたフリをして不意打ちの機会を窺っていた)

イケメン(でも女は男とパーティーを組めるようになって喜んでいる間も警戒を解いていない様子で、さらに女友までやってきて戦力差が絶望的になったのを知り、ギャルがやってきたのに合わせて逃走を選んだというわけだった)


146: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:37:16.13 ID:Rwugbgsq0

ギャル「しゃどうあーまー? そういやイケメンの職って何だったっけ?」

イケメン「ああ『影使い』って職なんだ。言ってなくてごめんね」

ギャル「へえ、かっこいーじゃん」

イケメン(自分の彼女にすら手の内を晒したくなかったというわけなのだが、ギャルは特に気づいた様子はない)



イケメン「それでさっきの状況なんだが……」

ギャル「分かってるって。どうせあの男って根暗が調子乗ったんでしょ。女と女友を従えて気を大きくしたあいつが、イケメンを襲った」

イケメン「……ああ、どうにも横暴が過ぎてね。操られている女と女友の為を思って、注意をしたんだが……逆上されてそれで……」

ギャル「イケメンってば優しー。それを……あの根暗私を魅力がないって言うに飽きたらず、イケメンの優しさまで無碍にするなんて……本当ムカつく」



イケメン(僕の言葉を都合のいいように誤解して、男に敵意を向けるギャル)

イケメン(あまりにも飲み込みが良すぎて、どうやって操るのか考えていたのに拍子抜けだな)


147: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:38:04.53 ID:Rwugbgsq0

ギャル「それで……これからどうすんの? あいつが女と女友を言いなりにしてるのってやっぱりヤバくない?」

イケメン「ああ。竜闘士の力は莫大だし、それに女の言葉を操ればクラスのみんなだって従えられる。だからみんなの元には帰れない」

ギャル「マジ無理じゃん」

イケメン「そんなことない、大丈夫さ。今は逃げるしかない。でも、いつか必ずやつを倒しみんなを解放する。それまで協力してくれるか、ギャル」

ギャル「もちろん!」

イケメン(ギャルは頷く。嘘だらけの状況認識を全く疑う様子がない)



イケメン「………………」

イケメン(この女も利用して力を蓄えてやる)

イケメン(女はあいつを守ることを決めてしまった。少なくともあの竜闘士の力を退けるだけの力を用意しなければ今日と同じ結末になってしまうだけだ)

イケメン(おそらく女には酷いことをしてしまうが……魅了スキルさえ手に入れば問題ない。どんな命令でも効かせられるから)

イケメン(僕が知る限り最上の女。手に入れるために……)



イケメン「今はせいぜい安心しておくがいい……必ずや復讐してみせる……!」




148: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:39:07.79 ID:Rwugbgsq0



女(私たちは、猛スピードで去り闇夜に紛れたイケメン君とギャルの追跡を諦め拠点に戻ってきた)



女「おやすみ、男君」

男「ああ、おやすみな、女、女友。……しかし、俺には聞かせられない話なのか?」

女友「乙女の秘密を殿方に明かすわけには行きませんので」

男「うーん……そういうことなら」

女(男君を寝所まで無事に届けると、女友が二人きりで話したいことがあるというのでまた外に出る)







女友「明日が出発ってときに、ごめんなさいね、女」

女(拠点内、男君と二人で話したこともあったベンチに腰掛けると女友が申し訳なさそうに口を開いた)



女「それで話って何なの、女友? 何か重大なこと?」

女友「いえ、ちょっとしたことです。本格的な冒険に出る前にそろそろ真実を――女にかかった魅了スキルについて、明らかにしようと思いまして」

女「……し、真実? 魅了スキル? な、何のことかな?」

女友「思い当たる様子があるみたいですね」

女(動揺したことで、こちらの胸の内を当てられる。この親友は本当に人の機微に鋭い)


149: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:39:56.66 ID:Rwugbgsq0

女「そ、それよりイケメン君とギャルをどうするか考えないとね! このまま帰ってこないなら、みんなにどう説明するかも考えないといけないし」

女友「……まあ、真実を言うわけにも行きませんね。仮にも副委員長で人望を集めていたのでみんな動揺してしまうでしょうし。適当に嘘を付くとしましょうか」



女(女友は露骨な話題逸らしに乗っかりながらもジト目を返される……これ追求を諦めてないかも)

女(どうにか勢いで忘れさせられないかと、私は矢継ぎ早に話題を変える)



女「そ、そういえば『千里眼』で見てたんだけど、イケメン君の目的って男君の魅了スキルを使って好き勝手する事だったんだって! ねえ、酷いと思わない!?」

女友「……別に、あの男ならそれくらいやりかねないでしょう。爽やかな表層と裏腹な欲深い本性は分かっていたので」

女「まあ……それは私も時々ぎらついた視線を向けられていたから分かっていたけど……。ギャルって彼女がいるのに、酷いよね」

女友「あの人からすれば、彼女とも思っていないでしょう。イメージを保つための道具くらいの認識かと」



女友「……それより、女がイケメンになびかないことが意外でしたね。少々性格の問題はありますが、外面はイケメンで優良物件のように思えましたが」

女「正直タイプじゃないのよねー……ああいうタイプよりむしろ――」

女友「ああ別に意外ではないですか。男君の方がタイプなんですよね」

女「そうそう、男君みたいな…………って、い、今のは魅了スキルで好意を持っているから当然の返答なんだからね!!」

女友「はぁ……」


150: ◆YySYGxxFkU 2018/11/09(金) 22:40:47.72 ID:Rwugbgsq0

女友「しかし、イケメンも馬鹿げたことを考えたものです。女を支配するために魅了スキルに頼ろうとは。……いえ、それが男の性なんでしょうね、私には理解できませんが」

女友「そうです、私に分かることといったら……もしイケメンさんが目論見通りに事を運んだとしても一番に望むもの――女の身体は手に入らなかっただろうということです」



女「え、えっとー…………それはー…………」

女(逸らしたはずの話題を軌道修正される。私はどうにかここから挽回する手が無いか模索するが、時既に遅く)





女友「何故なら――本当は女に魅了スキルなどかかっていないのですから」





女「………………」

女(言い当てられた真実に私は言葉を返すことが出来なかった)


158: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 21:51:51.47 ID:hc/kgHeB0
女友「その反応……やはり、思っていた通りなんですね」

女「……いつから、気づいていたの?」

女友「最初から疑っていました。というより、今まで気づかれなかったのが不思議なくらい綱渡りでしたよね? 私がフォローしなければ今ごろどうなっていたことやら」

女「それは感謝しているけど……気づいていたなら見逃して欲しかったなあ……って」



女友「そんなこと出来るわけありません。こんな親友が面白……悩んでいる状況を見過ごすなんて……!」

女「ねえ、今面白いって言おうとしたよね?」

女(よよよ、と嘘泣きしている親友を半眼で睨みつける)



女友「それよりはっきりさせておきましょう」

女友「まずは魅了スキルの詳細について振り返っておきましょうか」

女「えっと……こうだったっけ」


159: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 21:52:33.71 ID:hc/kgHeB0

 スキル『魅了』

 効果範囲:術者から周囲5m

 効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ



・発動すると範囲内の対象を虜(とりこ)にする。

・虜(とりこ)になった対象は術者に対して好意を持つ。

・虜(とりこ)になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。

・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。

・一度かけたスキルの解除は不可能。


160: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 21:53:29.09 ID:hc/kgHeB0

女友「それで女。あなたは男さんが魅了スキルを発動した際に、効果範囲5mの内にいました」

女「はい」

女友「男さんが漏らした言葉から、効果対象の魅力的な異性にも当てはまっているはずです」

女「……えへへ、魅力的だって。男君、私を魅力的だって思ってるんだって!」

女友「そこ、ニヤケない! 真面目な話をしているんですよ」

女「真面目なのかな……?」

女友「とにかく、ここまで条件が揃っているのに、女が魅了スキルにかかっていない理由です。それは――」



女「私が……魅了スキルにかかる前から……元の世界にいたときから、男君をその……す、好きだから……ってことだよね」



女友「それによって魅了スキルの詳細にあった文の一つ『元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない』が当てはまり、そもそも魅了スキルは女に対して失敗していたということですね」



女(普通に考えれば好意を持たれている相手を虜にしようなんて思わない。無駄な手間だからだ)

女(ということで、男君もおそらく重要視していないこの一文こそが私にとって厄介な状況を作っていた)


161: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 21:54:37.17 ID:hc/kgHeB0

女友「そう、ここまでは事故のようなものです。女は悪くないでしょう。つまりこのヘタレがやらかすのはここからなのです」

女「ヘ、ヘタレって……否定できないけど……」

女友「『魅了スキルが失敗した理由……それはつまりあなたのことが好きなんです』と男さんに告白する度胸が無く、あろうことか誤魔化すために自分にも魅了スキルがかかっていると嘘を付きだしたのです」

女「あのままだと失敗した理由にたどりついたかもしれなかったからね。咄嗟にしてはいい判断――」

女友「ではもちろんありませんでした」

女「うわーん、酷いよぅ」



女友「すぐに子作りを迫った私との反応の違いを指摘されて、魅了スキルがかかってないんじゃないか? と男さんに疑われたでしょうが」

女「あのときはありがとね。状態異常耐性なんて言い訳をくれて」



女(状態異常耐性のおかげで魅了スキルが中途半端にかかっているというのは、魅了スキルが失敗している以上もちろん嘘である)

女(女友が言い出した苦肉の策だったが、案外上手くハマっていた)


162: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 21:56:19.47 ID:hc/kgHeB0

女友「それで対応の違いを誤魔化し、命令にも一通り従った姿を見せて、どうにか男さんに魅了スキルがかかっていると思わせることに成功しました」

女「……そういえば、最初から私が魅了スキルにかかってないと疑ってたって言ったよね? だったらどこで気づいたの?」

女友「正直元の世界にいたときから女の気持ちには薄々気づいていましたから」

女「え、そうなの!? 初耳だよ、それ!!」

女友「ですが、実際状態異常耐性があるのも分かっていたので半々の可能性といったところですね。確信したのは、男さんにスリーサイズを言うように命令されたときです」

女友「スリーサイズ?」



女友「ええ。女が言ったのは84・60・80でしたか」

女「そうだね」

女友「……この数値、鯖を読んでますよね?」

女「い、いやそんなこと……私はナイススタイルで……」

女友「親友の目を誤魔化せると思ったのですか。本当はもっと貧乳でしょう。パッドを入れた数値を申告した時点で、命令に従っていない=魅了スキルにかかっていないと判断しました」

女「な、何で私の本当のスリーサイズを知ってるの!? ていうか酷いっ! そんな判断方法を取るなんて!」

女友「あなたが空しい見栄を張るのが悪いんです」

女(女友の言葉は容赦がない。ちなみに女友との胸囲格差も容赦がない)



女友「となれば後の出来事は簡単です。男さんがイケメンさんに襲われた際、魅了スキルで追ってくるなと命令されていたのに駆けつけられたのは」

女友「そもそも魅了スキルになんてかかっていなかったから命令の意味が無かったということですね。魅了スキルの外で助けたいと思ったとか関係ありません」

女「はい……その通りです」


163: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 21:57:03.51 ID:hc/kgHeB0

女友「ここまでボロが出てるのに気づかれなかったのは、色んな要因が重なったからでしょうか。まずは女が元の世界で男さんが好きだってことをおくびにも出したことが無かったこと」

女「隠すのは上手いからね!」

女友「まあ、ヘタレなだけですが。次に男さんの自己評価の低さからでしょうか。学校にいたときから女に好かれているなんて、おそらく一片たりとも考えたことが無いのでしょうね」

女「うーん……これはどう反応すべきなの?」

女友「ヘタレ女と自己評価の低い男で相性がいいんじゃないですか、適当ですけど」

女「やったー……って適当なの!?」

女友「こんなの真面目に付き合ってたら、精神力がいくらあっても足りないです。後は女と男さんが釣り合いが取れてないからでしょうか?」

女友「スクールカーストトップが、言い方悪いですが最低辺に恋するなんて思いもよらないですからね。一体どういう経緯で好きになったのかは気になるところですが」



女「え、えっと……言わないと駄目?」

女友「いえ、お楽しみはまたの機会に取っておきましょう。……ではなくて、あまりに一度にたくさん聞き出すと女も大変でしょうからね遠慮しておきます」

女「今の言い直す必要あった!?」

女(面白がっていることを隠そうともしていない)


164: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 21:58:44.46 ID:hc/kgHeB0

女友「というわけで状況の整理は出来ましたが……これからどうするつもりですか?」

女「どうするつもり……って、宝玉を集めて元の世界に戻るためにみんなで頑張って」

女友「そういう大局的なことではありません。男さんとの仲をどうするつもりなのかってことです」

女「お、男君と!?」

女友「話の流れで分かりませんか?」

女(だんだん女友の迫力が増している。……それほど私のヘタレさにイライラしているのかもしれない)



女「えっと……それを聞いて、どうするの?」

女友「そう構えないでください。アドバイスをしようと思っているだけです。あわよくば楽しもうなんて思っていません」

女「それ思ってるよね……でも、女友も魅了スキルにかかって男君に好意を持っているはずなのに、私にアドバイスって……その大丈夫なの?」



女友「最初こそ突然の好意に振り回されて子作り宣言してしまいましたが、慣れた今は完全に支配下においています。心境としては親友が良き男性とくっつくのを応援したいといった感じでしょうか」

女「そ、そう……良かった、女友が恋敵になんてなったら、一瞬で負けてもおかしくないし」

女友「まあ、ヘタレに負けるとは思えません」

女(酷い言われようだ)


165: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 22:00:01.03 ID:hc/kgHeB0

女友「それで男さんとの仲はどうするつもりなのですか」



女「そ、それは……せっかく一緒のパーティーになったんだし、宝玉を集めながらも仲を深めて……こっちも魅了スキルで好意を持っているって言い訳で迫ることが出来るし……それでいつの日か男君から告白してきてゴールインって感じで……」



女友「全く、脳内お花畑ですね♪」

女「辛辣すぎない!?」



女友「男さんがどうして一人拠点を飛び出したのか忘れたんですか? 事情は分かりませんが……どうやら、男さんは嘘の好意にトラウマを持っているようです」

女友「……勝手な予想ですが、自分に好意的な女子に告白したけど、相手は眼中に無かったとかいう出来事を過去に体験しているとかでしょうか」

女「まるで見てきたことのように話すね……」



女友「つまり女にいくら迫られたところで、男さんの視点では女は魅了スキルにかかっていると思っています」

女友「となればそれは作られた好意により起こした行動、心の籠もっていない行動となり、受け入れることはあり得ません。つまり二人が結ばれる日は永遠に来ないのです」



女「…………ど、どうしよう、女友」

女友「今ごろ事の重大さに気づいたのですか」


166: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 22:00:43.77 ID:hc/kgHeB0

女友「しょうがない親友のために二つ選択肢を示しましょう。いいですか?」

女「はい、女友様!」

女友「調子のいい子ですね……一つ目は、すぐに自分が魅了スキルにかかってないことを明かし、元の世界にいたときから好きだったと告白することですが」

女「(ブンブンブン)」

女友「残像が出るほどに首を横に振っている以上無理でしょうね。そんな度胸があるならこんなややこしい事態になっていません」

女友「……全く、どうしてああやってパーティーに誘うことは出来たのに告白は出来ないんでしょうか?」



女「だ、だって……あれはまだ魅了スキルのせいって心の中で言い訳出来たから……。あ、あれでも心臓が張り裂けそうだったんだよ! 告白なんてしたら、心臓が破裂して死んじゃうって!!」

女友「死ぬわけ無いでしょうが」


167: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 22:01:37.65 ID:hc/kgHeB0

女友「はぁ……では二つ目の方法です。それはこのまま誘惑を続けることです」

女「誘惑……って、ん? 私が言った男君に迫るってのと何か違うの?」

女友「まあ、似たようなものですね」

女「えー……なのに私お花畑って罵倒されたの?」

女友「黙らっしゃい。似てはいますが、狙いが違います。男さんはトラウマにより、このままでは女を恋愛対象と見ることがありません」

女「ふむふむ」



女友「しかし、男さんは年頃の男の子です。トラウマを抱えているとはいえ、性欲はあるはずです」

女「なるほ……えっ!?」



女友「なので誘惑することで既成事実を作り、責任を取るように迫りましょう」

女「ちょ、そ、それはあんまりだよ!」


168: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 22:02:29.84 ID:hc/kgHeB0

女友「そうですね……女の心配も分かります」

女「よ、良かった……女友が分かってくれて」



女友「つまり、女はこう言ういたいのですね――流石に妊娠はマズいと」



女「そんな心配してないって!? ああいや、確かに言っていることは正しいけど!?」

女友「男さんが重すぎる責任を恐れて、逃げるという可能性を考えているんですね」

女「いや、そうじゃなくて……女友はさ、こう、倫理的って言葉を覚えようって!!」

女友「倫……理……? はて……?」

女「いや、知らない振りしないでよ」



女友「というわけで既成事実はマズいですから、まあ行為ぐらいで我慢しましょう。男さんならばそれくらいでも責任は感じてくれるはずです」



女「こ、行為って……それって……////」

女(顔からプシューと煙が出そうなくらい熱くなる)

女(そういえば女友は男君にいの一番に子作りを迫っていたり、どうにも思想が過激だ)


169: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 22:03:18.10 ID:hc/kgHeB0

女友「煮え切らないですね。自分から告白する勇気がないならばこれが一番の近道なのですが……何が不満なんですか?」

女「だ、だって…………」

女友「……?」

女「理由言っても笑わない?」

女友「内容を聞かないことには分かりませんとしか」



女「そこは嘘でも笑わないって言って欲しかったけど……そ、そのね。そうやって男君の一時的な衝動から負い目作ってそこに付け込んで付き合っても……心が通じ合っているとは言えないじゃない」

女友「心……」



女友「お互いがお互いを想い合う……それが私の恋愛の理想なんだけど……あはは、やっぱり夢見過ぎかな?」

女友「………………」



女(照れ臭くなった私は笑って誤魔化すが、思いの外女友は真面目な顔つきだった)


170: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 22:03:56.54 ID:hc/kgHeB0



女友「いえ……そういう人がいてもいいと思いますよ。私には理解できませんが……その考えは尊重します」

女「女友……」



女(親友が遠い目をしている)

女(これでも長年の付き合いなので何となく分かる、女友の家庭環境が関係するのだろう)

女(でも、それを自ら言いださないということは踏み込むタイミングではないということだ)

女(ならばその女友の意志を尊重するし……逆に助けを求めてくれれば、いつだって絶対に駆けつけると決心する)







女友「っ……」

女(女友は珍しく感傷に浸っていたことが恥ずかしいのか気まずそうに顔を伏せて)

女友「………………まあそれとは別に、自分から告白する勇気もない人が心を通じ合わせられるのかは疑問ですが」

女「そ、それは言わないでもらえるとありがたいです……」

女(ここまで切れ味鋭い毒が飛んでくるなら、もういつも通りに戻っているかな)


171: ◆YySYGxxFkU 2018/11/10(土) 22:05:17.59 ID:hc/kgHeB0



女友「では、女の要望をまとめておきましょうか。過激なことをするのはNGで、負い目に付け込むのではなく心が通じ合った関係を作るために、相手は自分をトラウマに思う状況を作っていますけど、それでも自分から告白する勇気はないので相手から告白するように仕向けたいということですか」



女「……あ、あれ? そうやって並べられてみると私わがまま過ぎない……?」

女友「今さらですか」

女「女友えもん、何か解決策出してよ~」

女友「ネコ型ロボットではありません。……まあなら方法は一つしかないでしょう。男さんのトラウマから来る恋愛アンチを克服させるということです」

女友「逐一指示は出しますが、基本的には男との距離を縮めればいいでしょう。出来ますね?」

女「うん! 頑張るよ!」



女(元の世界に戻るために宝玉を集めるのも大事だけど……でも、この異世界にいる間に絶対に男君といい仲になってみせる!!)

女(私は決まった方針にガッツポーズを作って奮起した)









女友(トラウマから来る恋愛アンチの克服……言葉にすれば簡単ですが、それがどれだけ茨の道なのかは……分かってなさそうですね)

女友「はぁ……」

女友(のうてんきな親友を見て、今夜何度目になるか分からない溜め息を吐いた)


178: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:01:32.30 ID:R0pBPhLP0

男(俺の自己嫌悪から陥った危機、イケメンの襲撃、パーティーの結成など色々あった濃い夜も明けて朝を迎える)



女「それじゃ出発するよ!」

男(女の言葉に、クラスメイトたちは森へ一歩踏み出す)

男(異世界に来てからずっと生活の拠点としていた広場を出て、人里を目指すときが来た)



男「こんな短い期間だったけど、少しは感慨深く……ならないな」

男(本当生活できるってだけで最低限の施設しかなかったし、現代の日本の暮らしに慣れた俺たちにとって充実度は最悪だった)

男(まあでも未練がないわけではない)



男「あの石碑はやっぱり気になるよな……」

男(俺たちを異世界に呼んだと思われる者によるメッセージ……宝玉を集めれば、世界を救い、元の世界に戻れる……どういうことなのだろうか?)


179: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:02:49.38 ID:R0pBPhLP0

クラスメイト1「しかし、イケメンも自分たちだけ別行動するとか水臭いよな」

クラスメイト2「何がだ。ちゃんと彼女のギャルも連れて行ってるんだろ? さながら異世界デートってところじゃねえのか?」

クラスメイト3「デートってより旅行じゃね。羨ましいよな」



男(魔物が出る森を気楽に進んでいるクラスメイトたちの話し声が聞こえてきた。まあ、俺以外のやつにとっては危険じゃない場所ではあるが)



男「にしても……イケメンとギャルか……」

男(昨夜、猛スピードで去ったため追跡を諦めた二人は、結局今朝になっても拠点に戻ってくることはなかった)

男(突然の消失に騒ぎになるクラスメイトたちだったが、女が二人は今から向かう村以外に人里を見つけてそちらを見てくるために急遽出たという嘘で収めていた)

男(後で事情を聞いたが、あんなやつでも表では人望があったので、真実を伝えては動揺するだろうから配慮してとのことらしい)

男(結果、昨夜起きたことを知っているのは俺と女と女友の三人だけのようだ)


180: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:04:04.89 ID:R0pBPhLP0

男「あいつ絶対また襲ってくるよな……」

男(反省しているなら戻ってくるはずだ。それが逃げて潜伏するのを選んだということは……俺の魅了スキルをまだ諦めていないということだろう)

男「まあ、そのときのために女とパーティーを組んだんだ。考え無しに突っ込んできたら返り討ちだ……女の手によって」

男(他力本願でイキる小悪党のような発言をしたところで)



女「……あれ、私の名前呼んだ?」

男「あ、女」

男(集団を先導していたはずの女が、後ろの方にいる俺のところまで戻ってきていた)



男「一番前にいなくていいのか?」

女「私たちは拠点から東を調査していたけど、今は人里がある西に向かってるでしょ? だから正直今どこにいて、どっちに向かっているのかも分からなくて……正直私が先導する意味って無いの」

女「まあ何かトラブルがあったときは対処しないといけないけど」

男「なるほどな」

男(リーダーとして前には立っていたが、道案内は他に任せていたってことだろう。で、今は順調だからこうやって後ろに来る余裕もあると)


181: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:05:07.43 ID:R0pBPhLP0

男(しかし余裕があるのと、実際に行動するのは別だ。ずっと前にいても良いのにわざわざ下がって俺なんかのところまで来た理由は)

男(……ああ、そういえば昨夜も自分がみんなを導く立場に押しつぶされそうになってたな。それ関連だろう)



男「もしかしてこの後についての相談か? この異世界で初めて人に会うってわけで、どうすればいいか不安になるのも分かるが、俺だって出たとこ勝負だとしか言えないぞ」

男(パターンとしては良くある旅人として無関心に対応されるか、よそものとして排斥されるか……)

男(いや、意外と異世界召喚がメジャーで事情を完璧に把握されているという可能性とかもあるのか)

男(とにかくこの世界の文化が分からない以上、俺たちがどんな態度をとられるかは想像も付かない)



女「あ、うん、そうだね」

男「……あれ、この用件じゃなかったか?」

女「いや気にはなってたけどそうじゃなくて。……あっ、でも男君と同じで出たとこ勝負だと思ってたから、同じ意見ってのは嬉しいよ」



男「……? なら、どうしてわざわざ俺のところなんかに来たんだ?」

男(昨夜みたいに相談でないのならどうして?)

男(何か他に大層な理由があるのかと俺が考えていると)


182: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:05:58.56 ID:R0pBPhLP0

女「え、特に用はないよ」

男「だったら……」

女「男君と話したかったから……じゃ駄目かな?//」

男(女は少々照れたのか頬を染めて、こちらを上目使いに見てくる凶悪コンボをかましてくる)



男「い、いや……そう言われてもな……」



クラスメイト「……ん? 委員長! ちょっと来てくれないか!?」



女「何かトラブルかな……? ごめんね、男君来たばかりなのに。私行かないと」

男「……ああ、俺のことなんか気にせず行ってこい」

女「うん、じゃあまた後でゆっくり話そうね!」



男「………………」

男「………………」

男「………………」



男「だあっ、もう! ……あれは魅了スキルによるものだ、好意的な仕草に心を動かされるのは仕方ないが……ああ内心どう思っているのかなんて分かりやしない」

男「……勘違いするな、また失敗を繰り返したいのか俺…………信じる? いや無理だろ…………そうだ…………結局…………」


183: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:06:49.54 ID:R0pBPhLP0

 歩きながらぶつぶつと自戒の言葉をつぶやく男は端から見たら不審者であった。

 男は気にする余裕もなかったが、クラスメイトたちからも奇異な視線を向けられている。

 だが、その内の一つは興味深い物を見る視線で。



女友(思っている以上に女の言葉に心を動かされていますね。トラウマを持っていたとしても、そこは思春期の男の子といったところですか)

女友(糸口が見えてきたように思えますが……反面難しさも明らかになりましたね。執拗なまでの自戒はトラウマの深さの現れですから)

女友(しかし女の上目使い……狙ってやったのならなかなか小悪魔ですが……天然だとしたらなおのこと恐ろしい娘ですね……)


184: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:08:27.26 ID:R0pBPhLP0

男(女が呼ばれたというトラブルも大したことが無かったようで、一行はその後特に障害無く目的地近くまでやってきていた)



男「聞いてはいたが、規模からしてやっぱり村って感じだな」



男(家や教会など建物がまばらに並んでいるのを見て俺は評価する。あまり大きくは無いが……それでも異世界で初めての人里だ)

男「周辺には畑や田んぼ……農耕で生計を立てているってところか」

男(元の世界の田舎と何ら変わらない光景……強いて言うなら、さらにその外縁を堀や柵で囲っているのが違うか)

男「魔物対策……なんだろうな」

男(この世界で暮らす以上、無視できない驚異への備えといったところだろう)



男(と、観察しながら歩いていたところで先頭が村に後一歩というところまで近づいたようだ)



青年「ふわぁ……っ……。……って、何だ、ちょっと止まれ!」



男(警備なのか村の入り口で突っ立っていた青年が俺たちの姿を認めて制止を要求する。……だが、その直前の大きなあくびのせいで緊張感が全然感じられない)


185: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:09:18.32 ID:R0pBPhLP0

女「……どうやら言葉は通じるみたいだね。良かった」

男(異世界人とコミュニケーションが取れそうなことに胸をなで下ろす女。……そういや異世界なのに日本語が通じるんだな、石碑も読むことが出来たし心配はしてなかったが)

男(まあ異世界召喚ならよくある話で、勝手に翻訳されてるとかそんなところだろう。



青年「しかしこうもぞろぞろと東から人が来るとは……何の用だ、おまえたち!」

女「申し遅れました。私は女といいます。この村には――」

青年「……って、東? でも、ここより先はあれしか………………思い当たるのは……まさか……!? ちょっと待っていろ、おまえたち!!」

女「あ、あの……話を……」

男(女の自己紹介の途中で、何かに気づいたのか血相を変えて村の中に走って引き返す男)



男(取り残される俺たちだが、相手ははっきりと俺たちに待っていろと要求した。なら、勝手に村に入るのは良くないだろう)

男「しかしあの反応は……俺たちの存在について何か心当たりがあるというところか……?」

男(ならばこの後、無関心な対応は無いだろう)

男(歓待か敵対か。出来れば前者であって欲しいが……後者であっても、これだけの実力者が揃っていればどうにか出来るだろう)


186: ◆YySYGxxFkU 2018/11/11(日) 22:10:14.53 ID:R0pBPhLP0

男(しばらくして青年は戻ってきた)

青年「村長、この人たちです! 東からやってきたというのは!!」

村長「……ふむ」

男(村長と呼ばれた老人は顎に手を当て値踏みするように俺たちを見回す)



村長「なるほどな……」 

村長「ここは大陸の東の果て……ここより東に人里は存在しない。あるのは……忘れ去られし女神教の祭壇場のみのはずじゃ」

村長「察するに……おぬしらは女神様の遣い……なのじゃろうか。まさかこんな日が来るとは……」

男(女神教……祭壇場……女神様の遣い。次々に発せられる聞き慣れぬ名詞)



女「つまり……どういうことなのでしょうか?」

村長「おっと、すまぬな若人よ。これだから年を取るというのは辛い。相手の都合にまで気が回らなくなる」

女「は、はぁ……」

村長「ワシは村長じゃ。女神教の神父も兼任しておる。おぬしたちを歓迎しよう」

男(反省はしているようだが、次々と畳みかける言葉はやはり俺たちを置いてきぼりにしている感は否めない)



男「とりあえず……歓迎してくれるようだな」

男(俺たちがはっきりと分かったのはそれくらいだった)


191: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:22:51.31 ID:8qMeLV5G0

青年「この家も随分前に主が死んで空き家になっていましてね。息子もいたんですけど、都会に住み慣れたのか帰っても来なくて」

青年「家財道具もそのまま残っているし、ときどき掃除はしていたんで寝ることくらいは出来るはずです。使ってください」

女「ありがとうございます」



男(村長に歓迎すると言われた俺たち)

男(その村長は何やら準備があるということで、村の案内は残った青年がすることになった)

男(今は一通り村を見て回ったところで、最後に俺たちが泊まる場所に来ている)



青年「あともう一件空き家があるんで、そちらも案内しましょうか。それで人数的には十分ですかね」

女「ありがとうございます、青年さん。じゃあこっちの空き家は男子が使って、もう一つは女子が使うことにしようか」



男(元々異世界にやってきたクラスメイトは28人。その内イケメンとギャルは失踪してどうやらこの村にも来ていない)

男(俺たちが訪れることが分かっていたから避けたのだろう。というわけでここにいるのは26人)

男(男女比は半々ということで、一つの空き家に13人が泊まることになる。

男(だが、十分にその人数を収容してあまりあるスペースだった。かなり立派な家である。これが息子も帰ってこないで、空き家になっているということは……)



男「魔法もあるファンタジー世界なのに過疎農村ってわけか。世知辛いな」

男(ここも一つの現実なのだと俺は再認識した)


192: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:23:41.84 ID:8qMeLV5G0

男(荷物を置いた俺たちは、準備が整ったという村長の要請に従って、村の隅にある教会に向かう)

男(教会には参列者用の席が置いてあり俺たちがそこに座ると教壇に立った村長が口を開く)



村長「おお、参ったな女神の遣いたちよ。色々と確認に時間がかかった。本当にこのような機会が来るとは……」

村長「伝承がワシが生きている内に本当に起こるとは思わなんだ。しかし、同時に世界の危機ともいうわけで……悩ましいのう」



男「いや、だから……」

男(相変わらずのこちらの事情を考慮しないマシンガントークに言葉を上げたのは意外な人物だった)



青年「ああもう、だから親父! みんな置いてきぼりじゃねえか!!」

男(俺たちをここまで案内した青年だ。先ほどまでの丁寧な口調をかなぐり捨てている)



男「親父……? その青年さんって」

青年「ああ、そこの村長の息子だ。すまんな、親父もちょっとボケが回ってきていてな」

村長「失礼な! ワシはボケておらんわい!!」

青年「それはボケ老人の口癖だっつうの!!」


193: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:24:20.27 ID:8qMeLV5G0

村長「全く。村の番もろくに出来ない、親をバカにする息子でワシは悲しいわい」

青年「ったく、口が減らねえジジイだな。とにかく、こいつらが理解できるように一から説明しろってんだ!」

青年「女神から遣わされたってことは、この世界について何も知らないはずなんだからな!」

村長「言われんでも分かっておるわい!」

男(分かってねえだろ、と俺は心の中でツッコむ。さすがに青年さんのように口に出す勇気はない)



村長「気を取り直して……青年も言っておったが、おぬしらは別世界より呼ばれし者。この世界についての知識はほとんど無いということでいいんじゃな?」

女「はい、その通りです」

村長「ふむ、ではどこから話せばいいのか…………うむ、ではまずこの大陸について話そう」


194: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:25:04.78 ID:8qMeLV5G0

男(それから数分後……俺は世界共通の真理を見つけていた)



男「どこの世界だろうと老人の話は……支離滅裂だな」



男(最初こそちゃんと説明していた村長だが、話が脇に逸れたりあまり関係ない自分の体験談を挟んだりでとても理路整然とした話では無かった)

男(度々青年さんが注意してくれてその直後は大丈夫なのだが、少しするとまた話が脇に逸れる)

男(そんな何が大事なのか分からなくなる会話を、どうにか俺の中でまとめた)



男(まず、俺たちは巨大な大陸にいるらしい)

男(大陸には王国、帝国、新興国、商業都市、学術都市などさまざまな生活圏があるようで、村長は多くの国に訪れたことがあるようだ。そのせいで体験談などを挟み話が長くなったのだが)

男(今いる村は大陸の東、人里としては最東端に位置しているようだ。これより東にあるのは女神教の祭壇場のみ、とはこの村に来たときも聞かされてはいたが……)


195: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:26:53.78 ID:8qMeLV5G0

村長「女神教とは太古の昔、この大陸に降りかかった災いを鎮めた女神様を祀る宗教のことじゃ」

女「災い……とは何なんですか?」



村長「そこまでは記されておらぬ。この大陸の危機、人類の存亡にまでかかわつような大きな出来事だったそうじゃが……」

村長「とにかく女神様……いや、祀られる前じゃから一人の女性じゃが、災いを愛の力を活用して収めたのじゃ」

村長「その功績を讃えて、女神として祀られるようになった」



女「なるほど」

男(女神に愛の力ねえ……胡散臭く感じるのは俺が日本生まれの無宗教者だからだろうか)



村長「災いから救って貰った感謝の念があったのか、女神教は瞬く間に大陸全土で信仰されるようになった」

村長「全盛期には、教会の決定は絶対であったほどじゃ」

村長「じゃが、先ほども言ったように災いがあったのも太古の昔、伝承も感謝の念もうつろい風化し……」

村長「次第に女神教を信仰するものは少なくなっていった」

村長「今では女神を信じるものはほとんどおらず……教会がちゃんと残っておるのはこの村くらいじゃ」



男(一つの宗教の栄枯盛衰の物語。ちゃんとこの世界にも歴史があることを実感する)


196: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:30:52.61 ID:8qMeLV5G0

村長「しかし、それで諦めるワシではない。少しずつ布教活動を繰り返して、最近では――」

女友「それで私たちが女神様の遣いというのはどういうことなのでしょうか?」

男(女友が村長の言葉に割り込む形で質問する。放っておけば自分の過去を語り出す村長の扱いを徐々に分かってきたようだ)



村長「おう、その話があったな。それは女神様が亡くなる最期の言葉のことじゃ。有名な話で、代々伝えられたそれが……こうじゃ」



村長「『災いはまだ終わっていない。この大陸に再度降りかかる。しかし心配はいらない。その時には我が遣いがこの世に召喚され防ぐであろう』……とな」



女友「それは……どういうことでしょうか……?」

村長「ワシにも分からん。こう言っては罰当たりかもしれんが、当然ワシは災いも女神様もこの目で見たことはない。太古の昔、教えの中の存在なのじゃ」

村長「抽象的な、こう概念だと思っておったのが……こうして女神の遣いが目の前に現れたことでワシも驚いているというのが正直なところじゃ」

村長「そして同時に女神の遣いが現実だったということは……」



女友「災いだって現実に起きてもおかしくない……というわけですね」



男(災い……石碑にこの世界を救うとは、再び降り注ごうとするその災いを防ぐということなのだろうか?)


197: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:31:45.27 ID:8qMeLV5G0

青年「正直親父に言われて祭壇場を定期的に掃除していた俺も驚きましたね」

青年「こんな面倒なことを続ける意味があるのかと思ってましたが……どうやら役に立ったようで良かったです」

男(あの広場……祭壇場の施設は妙に整備が行き届いていると思っていたが、そんな裏話があったとは)



村長「あの地はその昔上からの指令で、代々この村の教会に仕えるものが整備を任されておってな」

村長「女神の遣いが召喚される場所だとは聞いておったが……ワシが生きておる間に本当に起こるとは……」



村長「しかし、どういうことじゃ!? 今おぬしは神聖な祭壇場の掃除を、面倒と言ったな!?」

青年「実際面倒じゃねえか! 魔物が現れる森の中を切り抜けるのが、どれだけ手間なのか分かってるのか!?」

村長「ふん、おぬしには信仰心が足りんのじゃ!」

男(唐突に始まる親子喧嘩。村長に意見してくれる青年もありがたいが……正直これにもかなり時間を取られたような気がする)



村長「説明はこんなところじゃな。分からぬところがあったら聞くぞ」

女友「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……村長は宝玉という物に心当たりは無いでしょうか?」

女友「石碑に記されていたのですが、どうやら私たちの使命はそれを集めることらしくて……」


198: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:32:40.12 ID:8qMeLV5G0

村長「宝玉……ふむ、教えにはそのような存在が記された覚えは無かったが……」

青年「石碑にメッセージ……? そんなの見た覚えないですが、召喚と同時に刻まれたんですかね?」

青年「俺も宝玉なんて聞いたことが無いですが……もしかして……」



女友「何かありますか?」

青年「ええ、女神教では教会毎に女神様の像を祀っていたのですが……その胸元にかかっているアクセサリーには本物の青い宝石が使われているんです。この教会にもあって……あれです」

男(壇上に立つ村長の頭上を示す。そこには教会を見下ろすように女神の像が祀ってあった)



女友「言う通り胸元が青く光っていますね」

女「宝石……見せてもらってもいいでしょうか?」

村長「うーむ……神聖な女神像をいじるのは恐れ深いことじゃが……女神の遣いの頼みじゃ。仕方がないのう。倉に整備をする際のはしごがあったはずじゃ。取ってこい」

青年「分かってるっつうの。大体、毎年誰が整備していると思ってるんだ」



男(文句を言いながら青年が教会の外に出て、はしごを取って戻ってくる)

男(それを教会の壁に立てかけて登り、宝石だけを取り外して降りてきた)


199: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:33:35.02 ID:8qMeLV5G0

青年「ほら、これだ。中に魔法陣みたいな模様があるし特別な代物であるとは思っていたが……でも、本当にその宝玉ってやつなのかは分からないぞ」

青年「正確に判断するには……そうだな、都会に行けば鑑定スキルを持っているやつもいるだろうしそれに頼んで……」



女「いえ、その必要はありません。鑑定スキルなら私も持っています」

青年「……マジかよ。持っていれば多方面から引く手数多で就職にも困らないレアスキルを?」

女「そんなに珍しいんですか?」

村長「食料や鉱石の採集にも役立つから民間からも引っ張りだこじゃし、商品偽造を取り締まる監察官など公務員にもポストがある」

村長「ワシのせがれにもそのようなスキルがあれば、就職に失敗して村に戻ってくることも無かったんじゃがな」

青年「う、うっせえよ、親父! よけいなお世話だ!」

男(どうやら青年は就職に失敗して故郷に戻ってきた口のようだ。……本当この世界は世知辛い)


200: ◆YySYGxxFkU 2018/11/12(月) 17:35:15.26 ID:8qMeLV5G0

青年「しかし、鑑定スキルまで持っているやつがいるとは……女神の遣い、あんたたちがどんな力を持っているか気になってきたぜ。後で見せて貰ってもいいか?」

女「それくらいなら。ですが、今はこっちの確認を……」

青年「ああ、気にせずやってくれ」

女「では……『鑑定』!!」

男(女は青い宝石に触れてスキルを発動した)

男(すると、宝石からウィンドウがホップアップして……そこに表示されたのは)



『名称 宝玉
 効果 世界を渡る力を持つ。数を集めることで力が増す』



女「宝玉……やった一つ目見つけたよ!!」



男(俺たちが目的とするその物であることが判明した)

男(一つ目だからかあっさりと手に入ったな)

209: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:05:46.17 ID:+Qc41FMC0

男「宝玉……こうもあっさり見つかるとはな」

男(女の鑑定スキルによって表示されたウィンドウにはしっかりと俺たちが集めるべき宝玉の名が記されていた) 



青年「おう、正解だったのか。良かったな」

村長「ふむ、喜ばしいが……しかし……」



女「よし、宝玉一つ目を見つけたね。これが何個かあってどれくらい集めないといけないのかも分からないけど……他の在処もこれで検討が付いた」

女友「そうですね、教会の女神像のアクセサリーに使われている……ということは、他の教会を回っていけば自然と集められることになりますから」



男「いや、そう簡単には行かないぞ。さっき言ってただろ、女神教は既に廃れた宗教。信者も少なくなり……教会が残っているのはこの村くらいだって」

村長「悔しいが、そこの少年が言う通りじゃ。信仰者のいない教会ほど無駄な建物は無い。取り壊しの際に女神像も一緒に壊されてしまったじゃろう」


210: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:06:31.92 ID:+Qc41FMC0

女「えっ……じゃあ宝玉も壊されて……」

青年「いや、それは無いと思いますね。ここまで綺麗な宝石は珍しいですから、目敏い人間が壊す前に取っているでしょう」

青年「そのまま所有しているか売ったかは分かりませんが……人の手に渡っていると思います」



男「そうだな。壊されていないだろうが、これで面倒な手順が増やされた」

男「教会を壊した際に、誰の元に宝玉が手渡ったのか調べて、さらに今の持ち主にそれを譲って貰うように頼まないといけない」

村長「女神の遣いという立場も、世界を災いから救うという理由も、信仰が失われて久しい今では通じないじゃろうな」



女友「つまり正面から価値のある宝石を譲ってもらわないといけないということですか」

女友「交渉手段として、お金を積む、頼みを聞くなどありそうですが……いずれにしても簡単に行くとは思いませんね」



男(これなら異世界にあるダンジョンの奥地に宝玉があるとか、謎の敵が持っているから奪えとかの方が、力押しが出来て楽だったな)

男(とはいえ、それならそれでやりようがある。……というより、魅了スキルを持つ俺の独壇場だ)


211: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:07:11.59 ID:+Qc41FMC0

女「村長さん、女神教の教会がどこにあったのか、何か地図でもありませんか?」

村長「それなら探せばすぐに見つかるじゃろうが……一時は大陸全土で信仰されていた宗教じゃ。教会もかなりの数があるぞ?」

女「大丈夫です。すいませんがすぐに用意してもらえますか?」

村長「それならお安いご用じゃ」



女「じゃあそれを待っている間にみんな聞いて!」

女「話の通り教会の数も多いみたいだから、昨夜もちょっと言っていたけど私たちクラスを分けて事に当たることにするね」

女「といっても分散しすぎは良くないから……一つのパーティーは三人以上で構成すること。職やスキルの戦闘スタイルのバランスも考えて組んで欲しいけど……」

女「おそらく長い旅になると思うから、個々人の相性がやっぱり一番かな」

女「というわけで早速だけど……パーティー分け開始!」



男(女の突然の宣言は、二人組作れーならぬ、三人組以上を作れーである)

男(体育の授業ですら争いの種となるこれが、この異世界で期限が検討の付かない生活を左右するのだ)



「…………」

男(教会の空気が一瞬でピリッと張りつめる)


212: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:08:05.48 ID:+Qc41FMC0

男「……まあ、こうなるよな。良かった先に決まっといて」

男(すでに女と女友、三人でパーティーを組むことに決まっている俺はこれより始まる争いに参加する必要が無いため気楽だ)



村長「……ん、何か皆の様子がおかしいぞ?」

青年「あーこれは……うん、親父逃げた方がいいぜ」

男(察した青年が村長を引っ張って、地図を探しに教会を辞したその直後)



クラスメイト1「俺とパーティー組んでくれませんか!?」

クラスメイト2「あっ、ずるいぞ!! 俺が先に言おうと思っていたのに!!」



クラスメイト3「あ、じゃあ私たち一緒に組もうか」

クラスメイト4「え……う、うん」



クラスメイト5「私もそのパーティーに入りたいけど……駄目?」

クラスメイト6「俺も、俺も! 立候補します!」

クラスメイト7「え、あんたが入ってくるなら止めようっと」



クラスメイト8「……ねえ、私たち友達だよね?」

クラスメイト9「あら、そう思っているのはあなただけよ?」



男(そこかしこで始まる大競り合い、小競り合い)

男(参加していれば胃痛が止まらなかったのだろうが、安全地帯にいるならばこんなにも悲喜交々が混じった面白いエンターテイメントも無いのだな、とまさに人ごとな感想を俺は思い浮かべるのだった)


213: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:08:42.67 ID:+Qc41FMC0

男(そうして昼ごろに始まったパーティー分けが何とか終わったのは夕方だった)

男(その後は用意してもらった地図を見て俺たちは各パーティーがどこの町に向かうかを話し合った)

男(無事に決まった後、その他細々としたことを決めて明日の朝には旅に出れるほどに準備がまとまったころには夜になっていた)



男(村長はどうやら地図を探しに行った際に村の人たちに事情を説明していたようで話が広まった結果、村の中央の広場で俺たちの歓迎の宴が始まることになった)

男(村の中央には篝火がたかれ、それを村民やクラスメイトたちが囲んでいる。用意された料理や酒を手に、飲めや食えや騒げやで大盛り上がりだ)



クラスメイト1「はっはっは! 初めて飲んだけど、俺って酒強いみたいだな! 全然酔ってねえぜ!」

クラスメイト2「……いや、おまえどっち向いて話してんだよ? 俺はこっちだぞ?」

クラスメイト3「酔ってるやつほど酔ってないって言うの本当なんだな」



男(クラスメイトの中には酒を飲んでいる者もいる。どうやらこの世界では15才から飲酒がOKなようで、高校二年の俺たちは全員その条件を満たしている)

男(元の世界ではまだ飲める年齢ではないので、憧れながらも体験出来無かった飲酒に挑戦している者もいるようだ)


214: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:09:31.94 ID:+Qc41FMC0

男「しかし光あるところに影があるか……死屍累々が転がっているところもあるな」

男(盛り上がっている一団から視線をはずし広場の一角に目を向けると)



クラスメイト男子A「………………」

クラスメイト男子B「………………」

クラスメイト男子C「………………」



男(クラスメイトの男子三人が顔を付き合わせて放心している)

男(そういや見てたがあいつらは三人一緒のパーティーだったな。……まあ、そりゃ男三人だけで組むことになったときには、ああなってもおかしくないか)

男(クラス全体の男女比は半々であるが、俺が女と女友の女子二人と組むことが決まっている以上、その時点で男女の数は偏っている)

男(また最小単位が三人で奇数なのも、偏らせる原因となったのだろう。気づけば男三人が余り……それに気づいたときの絶望顔は見ているこっちまで胸が痛んだ)

男(これから長い異世界生活に華が無く、むさいことが決定しているのだ。騒ぐ元気も無いということだろう)

男(恋愛アンチの俺ではあるが、それが=女の顔を見たくもないというわけでは無いし、断じてホモでも無い)

215: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:10:00.16 ID:+Qc41FMC0

男「本当料理が旨いな……酒も飲んでみたいが、また今度の機会だな。ちょっと考えないといけないこともあるし」

男(用意されたサラダや唐揚げを俺は摘む。拠点ではクラスメイトが作る料理を食べていたので、異世界人による料理を口にしたのは初めてだ)

男(文化的に違いはあまり無いようで、元の世界に似た食べ物が散見されるのはありがたい)



村民1「あんたらが女神の遣いか! 話は聞いてるぞ!」

村民2「おう、俺の酒が飲めねえのか!?」

村民3「向こうの世界ではそんなことが……すげえな!」



男(村の人たちにも村長の村長から俺たちの事情が話されたようで歓迎ムードで騒いでいる声が聞こえてくる)

男(しかし、この歓迎もこの地に女神教の信仰が残っているからで、他の場所ではそう行かないだろうと言われている)



男「そういう意味で本当に居心地がいい村だな……明日にはここを出ないといけないのが寂しいくらいだ」

男(今日で準備も出来たとなれば長居は無用。宝玉集めがどれくらい大変なのか分からない以上、少しでも早く取りかかった方がいい)

男(ということで明日朝にはそれぞれの目的地に出発することになっている))


216: ◆YySYGxxFkU 2018/11/13(火) 22:10:37.31 ID:+Qc41FMC0

男「さて腹も満たしたし……向かうべきはあそこだろうな」

男(広場には大小さまざまな集団が出来ているが、その中でも真面目な話をしている一団がいる。そこには)



女「あ、男君」

村長「おお、少年か」

女友「ちょうど良かったです、男さんも一緒に聞いていてもらえませんか?」

青年「魅了スキルの少年ですか」



男(女に村長。生徒側と村側のトップに、女友と青年もいる)



男「ああ、いいぞ。こっちも聞きたいことがあるしな」




222: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:46:29.20 ID:kc1O/Kdp0

男(俺、女、女友、村長、青年とこの場にいる五人で最初に口を開いたのは女だった)



女「まずお礼を言わせてください。私たちに宝玉を譲ってくださり、旅の資金までも工面してもらって……本当にいただいても良かったのでしょうか?」

村長「ほっほっ、気にするで無い。女神の遣いの使命なのじゃ。宝玉はおぬしらが持っておいた方がいいであろう」

村長「宝玉が無くとも、女神像さえ残っておれば信仰の偶像として成り立つ」

村長「資金だって教会への寄付金を取っておいたものじゃ。なら女神の遣いのために使っても文句は無かろう」



男(今の話は夕方ごろにパーティーが決まり、地図でどこに向かうか決めた後、村長が突然言い出したことだった)

男(教会で見つけた宝玉はそのまま持って行っていいということ。そして教会に集まっている寄付金から、俺たちの旅の資金を援助すると)



男(宝玉は代表して女が受け取り、旅の資金は出来上がった8つのパーティーで分配することにした)

男(女神教は廃れた宗教でもう寄付金も少ないと村長は謙遜したが、それでも分配して尚、およそ二週間は過ごせるだろうという額らしく、先立つものがない俺たちにはありがたかった)


223: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:47:20.62 ID:kc1O/Kdp0

青年「とはいえ資金援助出来るのもこの一回きりなので、尽きたら自分たちで稼いでもらうしかないですね。……まあ皆さんのステータスからすれば楽に稼げるでしょうが」

男(少しやさぐれている青年)

男(宴の前に話をしていた俺たちのステータス確認を行ったのだが、どうやら俺たちのステータスはこの異世界基準でもかなり高いらしい)



青年「伝説の傭兵も持っていると言われる『竜闘士』の職に、その他有用なスキルを多数持っている女さん」

青年「覚えている呪文数が、学術都市の大魔術師に迫る勢いの女友さん」

青年「唯一、初期職の『冒険家』で親近感も沸いた男さんも『魅了』なんて聞いたこともないスキルを持っていて、ここにいる人だけでもすごい人ばかりじゃないですか」

青年「あーあ、俺もその内一つでも持ってれば、楽に就職出来たのに」



村長「全く。おぬしのそういう性根が見抜かれて、採用され無かったんじゃろうな」

青年「うぐっ……痛いところ突くなよ、親父」

男(どうやら就職に困っているらしいことは聞いていたが、青年は俺たち異世界召喚者が持っているスキルが羨ましいようだ)


224: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:47:59.75 ID:kc1O/Kdp0

男「しかし……やはり魅了スキルというのは、これまで確認されたことがないスキルなんですね?」

村長「そうじゃな、ワシももう長い間生きておるが聞いたこともない」

男(魅了スキルがこの世界にありふれていたら、それぞれが欲望の限りを尽くして社会がまともに回らないだろう)

男(だから俺はレアなスキルだと踏んでいたが、どうやら当たっていたようだ)



男(にしても齢80は過ぎていそうで、過去の話からして色んな体験をしている村長さんが知らないと言うのだから)

男(レアどころかこれまでこの世界に魅了スキルの使い手は俺だけしかいないと見るのが正しいのだろう)

男(となると、どうして俺がそんなスキルを持っているかは気になるところだが……ふむ)



青年「魅了スキルによって男さんは、この女友さんと女さんにも好意を抱かれているって話でしたよね」

青年「いやー羨ましいです。どんな命令も聞くって事は、あんなことやこんなこともしたんですか?」

男(実に下世話な話を振ってくる。言動が軽い青年だ)


225: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:48:37.17 ID:kc1O/Kdp0

男「してません。女と女友に対しても暴発みたいなもので……俺は以降、この魅了スキルは宝玉を集めるためにしか使わないつもりです」

村長「うむ。真面目な少年じゃな。うちのせがれのような者が、強大な力故に身を滅ぼしかねないスキルを持たんで良かったわい」



青年「何だよ、親父。いいじゃねえか夢見るくらい。俺だって魅了スキルがあれば大勢の女がかしずくハーレムを作って……」

村長「それを聞きつけた欲深い者に殺されかけて、力で従うように言われるオチじゃろうな」

青年「うえっ、そうか。厄介事も背負いそうだな。なら、噂にならないくらいの規模でハーレムを作って……」

村長「おぬしがそのように欲望を制御できるわけ無かろう」

青年「……ぐっ。くそっ、言い返せねえ」

男(青年が村長にぐうの音が出ない正論をぶつけられる。……しかし鋭いな、今の懸念は正に俺を襲ってきたイケメンのことを言い当てている)


226: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:49:05.68 ID:kc1O/Kdp0

女「でも宝玉を集めるために魅了スキルを使うってどういうこと?」

男「ああ、言ってなかったな。宝玉が人の手にあるって聞いて思いついたんだ」

男「例えばもし女性が宝玉を持っているなら、俺が魅了スキルをかけて譲るように命令するだけで手に入れることが出来るだろ」



女「そ、それは……」

女友「宝玉は価値ある宝石だと思われています。正面から譲ってもらうのは大変とは先ほども話してましたが……まさかそのような方法があるとは」



男「まあ、その反応も分かるさ。つまるところ俺のやろうとしていることは強盗だしな」

女「そうだよ!! そんなことやっちゃ駄目だって!!」

女友「……ですが、そうやって一概に否定する方法でもないと思いますよ。金を積んで譲ってもらえるならやりやすいですが」

女友「例えば宝玉が親の形見になっている人なんていたら、譲ってもらうのは困難です。そういうときは男さんの魅了スキルの強引さも必要だと思います」



男「まあなるべく犯罪はしないようにするって。普段は円滑にゲットするためのサポートに使うくらいだ」

男「そういう強引な手段は最後にする。これも元の世界に戻るため、ひいては世界を救うためなんだ」

女「世界を……うーんいや、でも」

女友「私はいいと思いますよ」


227: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:49:35.97 ID:kc1O/Kdp0

村長「これこれ、全くワシの前で堂々と犯罪相談をするでない」

男「あ、村長さん」

村長「女神教の教主としては犯罪に手を染めることは賛成出来ぬ」

青年「でも、親父よう。男さんの言うことも一理あると思うぜ」

青年「大体元々女神教のものだったんだ。それを取り返すって考えればいいんじゃねえか?」



村長「取り返す……? うーむ……そうか。……そう考えると……悩ましいが…………」

村長「………………」

村長「少年も言っていたように、なるべく犯罪にならないように手段を尽くすこと」

村長「それでもやむを得ぬ場合は……女神教最後の教主として、そなたの行動を赦そう」

男「お墨付きか。ありがたいな」



女「……分かった。でも、ズルは駄目だからね。私が見逃さないんだから」

男「分かってるって。そもそも魅了スキルのことを余り多くの人に知られたくないんだ。目立つような行動は避けるって」

男(多くの人に知られれば、その中にイケメンのように俺の魅了スキルを手に入れようとする者が現れるかもしれない)

男(元から目立つような犯罪をするつもりはなかった)


228: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:50:11.24 ID:kc1O/Kdp0

男「というわけでそんな感じで集めるとして……でも、やっぱりどうして女神像に宝玉が使われていたのかは気になるよな」

女友「……そうですね、どこの教会も同じだったということは、誰か指示したものがいたということです。もしかしたらその方は宝玉の価値を分かっていたのかもしれません」

村長「そうじゃな。ワシは宝玉について知らんかったが……その昔、女神教の中枢にいたものなら知っておってもおかしくはない」

村長「といっても組織も崩壊して久しいから、知っておった者も亡くなっておるじゃろう。知識を記した書物などが残っておればいいが……」

男「そういうのが見つかったらありがたいんだけどな」



男(この村に来て分かったことも多いとはいえ、未だに宝玉が何個あって何個集めれば元の世界に戻れるのか)

男(大昔に起きて今また起きようとしている災いとは何なのか)

男(なぜ宝玉を集めることが世界の危機を救うことになるのか、など疑問は尽きない)


229: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:50:40.23 ID:kc1O/Kdp0

村長「まあ難しい話はここらへんで良かろう。今宵は宴、そろそろ若人らしく飲んで食べて騒いではどうじゃ?」

女「そうですね、お言葉に甘えさせてもらいます。ちょっとみんなに挨拶して回ろうかな」

女友「なら、私も付き合いましょうか」

男(女と女友は一礼すると、未だ続いている騒ぎの中心に向かう)



青年「っと、俺もそろそろ手伝いに戻らないとやばいか。……あーでも若いからってこき使われるんだよなー、嫌だなあ」

男(青年も実に気が進まない様子でその場を離れる)



男「………………」

村長「………………」

男(残ったのは俺と村長だけになった。何となくこの場を離れるタイミングを逃したな……)


230: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:51:06.78 ID:kc1O/Kdp0

村長「少年、おぬしは少女たちと一緒に行かなくていいのか?」

男「あー……二人と違ってみんなと挨拶するような仲でも無いので。明日からしばらく会えないって言ってもそれでという感じで……まあなのでそろそろ空き家に戻って寝ようかと」

村長「ふむ、これが近頃話題のドライな若者といったやつなのか?」

男「あ、こっちの世界でも問題になってるんですね」

男(この世界に来てから何度も同じようなことを思っている気がする)



村長「しかし……」

男「……?」

村長「先ほどは真面目な少年と言ったが……どうやらそうではないようじゃな」

村長「大きな歪みを抱えておるのに、それを表面上は取り繕って過ごしておる。実に危うい状態じゃ」

男「っ……!?」


231: ◆YySYGxxFkU 2018/11/14(水) 21:51:49.83 ID:kc1O/Kdp0

村長「良ければ事情を聞いても……」

男「どうしてそんなこと話さないといけないんですか?」

男(感情が制御できず、ありったけの拒絶の意がこもってしまう)



村長「……それもそうじゃな。いやはや出過ぎたことを言った、忘れてくれ」

男(気まずそうに頬を掻く村長)

男(俺の事情を表に出したつもりはないが……年の功と教会の神父といった立場から見抜いたってところだろうか? だとすれば流石である)



男「いえ……こちらこそすいません」

男「ですが、俺自身でどうにかするつもりなので大丈夫です」



村長「そうか……やはり余計な言葉だったな」

村長「女神教の神父として、そなたの行く末に祝福を願おう」



男「ありがとうございます」

男(一礼して俺は空き家に向かった)


237: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:48:39.85 ID:X9VmG+0p0

男(宴の翌朝。これより俺たちは元の世界に戻るため、この世界の各地に赴き、宝玉を集めることになる)

男(そんな旅立ちの朝にふさわしい晴れ空の下には――)



クラスメイト1「あー……飲み過ぎた……」

クラスメイト2「二日酔いってこんなに辛いのか……」

クラスメイト3「うげえ……吐きそう……」

男(実に顔色の悪いクラスメイトたちがいた)



女友「全く締まりませんね……ほら、二日酔いにも効く魔法をかけますから、一列に並んでください」

男「そんなのあるんかい」

男(女友が軽く言い出したことに驚く俺。どうやら状態異常を治す魔法の一種らしいが、その中でも系統上位の魔法は二日酔いに効くらしい。それを女友は持っているというのだ)


238: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:49:32.49 ID:X9VmG+0p0

女「青年さんも言ってたけど、女友が覚えている魔法ってすごい多いみたいだね」

女「そういえば男君は二日酔い大丈夫だったの?」

男「ああ、昨日は酒飲む気分じゃなくてな」

女「私と同じだね。私の家系って下戸が多いからたぶんすぐ酔っちゃうだろうし遠慮しといたんだ」

男「そうか。俺は両親ともに酒に強かったしおそらく大丈夫だとは思うが」



男「というか二日酔いが状態異常扱いなら、耐性がある女は大丈夫じゃないのか? 魅了スキルだってかかり悪くしているわけだし」

女「あ、そう言われてみるとどうなんだろう……? な、なら……え、えっと……その、今度機会があったら、お酒付き合ってくれる?」

男「……まあ一緒のパーティーなわけだし、機会くらいあるだろ。そのときにな」

女「うん、約束したからね!」



男(顔をほころばせて嬉しそうにしている女)

男(……うん、まあ、あれだ。サラリーマンだった両親も、飲みニケーションは大事って言ってたしな)

男(これよりしばらく行動をともにするわけだしその一環で女も提案しているだけだろう。そうに違いない)

男(……しかし、お酒付き合ってってなんか大人なセリフだよな)


239: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:50:15.39 ID:X9VmG+0p0

女友「最後の一人も終わり……っと」

女「女友、お疲れさま」

女友「これくらいお安い御用です。それより見てましたが、自然と男を誘えてましたね」

女「……しょ、正直未だにすごく心臓がバクバクしてます」

女友「それでも誘えたなら上出来ですよ。……しかしお酒の席、酔った二人、一夜の過ちには絶好のシチュエーションなんですけど……」

女「だ、だからそういう強引なのは駄目だからね!!」





男「……ん、何か二人で話してるな」

男(女が女友を労いに向かい少し離れたので、何を話しているのか聞こえないが……)

男(どうやら仕草から見て女が女友にからかわれているようだ)



男「しかし、あの女をからかえるなんて、やっぱり大物だよな女友は……」

男(俺から見ると女にそんな隙は無いように思えるのだが……親友の前だと違うのだろうか?)


240: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:50:49.02 ID:X9VmG+0p0

男(二日酔いも治り、気を取り直した俺たちはそれぞれ荷物を持って村の広場に集合する)



クラスメイト1「また……絶対に会おうな」

クラスメイト2「当たり前だろ!!」



男(ガッシリと固い握手を組むクラスメイトの男子二人)

男(広場ではパーティー間での交流が行われていた)

男(これより俺たちは8つに分かれて行動を開始する。同じパーティーなら長い間行動を共にするわけだが、それは裏返すと違うパーティーとは長い間会えないことになる)

男(そのため違うパーティーに仲のいい友達が存在するようなやつらはその別れを惜しんでいるというわけだった)


241: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:52:02.48 ID:X9VmG+0p0

男「つまり、俺にとってはどうでもいいってことだな」

男(魅了スキルで繋がりが出来た女と女友以外とは未だに馴染めていない。興味も無く、所在なさげに佇んでいたところに)



クラスメイト1「そういや男! おまえの魅了スキルは頼りにしているからな!」

クラスメイト2「そうよ、女の話によると女性からなら無条件に宝玉を譲ってもらえるんでしょ?」

クラスメイト3「すげースキルだが……俺の方が絶対集めてやるんだからな!!」



男(何故か人だかりが出来ていた)



男「……どういうことだ、これ?」

男(ほとんどが話したこともないクラスメイトだ。なのに妙に馴れ馴れしいというか……)


242: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:52:44.97 ID:X9VmG+0p0

女友「昨夜の宴で女が魅了スキルの有用性について説いて回ったからかもしれませんね」

男「女が?」

女友「ええ。村長の村長さんの話を聞いた後に挨拶に回ったって言いましたよね? そのときに、話の流れから女が男の力について力説して……」

男「そんなことがあったのかよ。……ったく、どうして女友も止めてくれなかったんだ?」

女友「それは止める理由が無かったからですわね」

男「いや、あるだろ。俺の力についてあんまりアピールされるととマズいんだっての」

男(女性を支配するスキルなんて、知れば欲しがるやつは出てくるだろう。その内イケメンのような強硬な行動を取るやつが出てきてもおかしくない)



女友「だからこそです。魅了スキルの強力さと同時に危うさも伝えて、なるべく言いふらさないように注意しておきました」

男「なるほど……女もそのつもりで」

女友「いえ。女は子供を自慢気に話す母親のように、男さんを誉め讃えるだけでしたから、私が補足したところです」

男「駄目じゃねえか」


243: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:53:21.20 ID:X9VmG+0p0

クラスメイトA「期待してるぞー」

クラスメイトB「頑張ってね」

クラスメイトC「応援しているからな」



女「わっ、すごい人だかり。もしかしてこれって……男君に対する応援!? 良かったね、男君!」

男「いや、どこに喜ぶ要素があるんだよ。正直俺をよくも知らないのにどうしてあんなに期待できるんだか呆れる気持ちの方が大きいな」

男「まあ言うだけならタダだし、俺が頑張ってくれればラッキーだからな。ノーリスクハイリターンってわけか」

女「え、えっと……ずいぶん個性的な考え方だね」



男「まあな。そりゃ俺だって元の世界に戻りたいんだ。やる気はあるが、失敗する可能性もある。期待されても困るんだっつーの」

女「でも、ほら。期待されてると、それに応えてやるぞーって感じで力が漲ってこない?」

男「こないな」

女「全否定っ!?」



男(女が驚いているが、そのような楽観論に基づいた思考回路は俺の脳内に存在しない)

男(あるのは勝手に期待しておいて、失敗したら勝手に失望するだろうウザい反応が気にくわないという思いだけだ)


244: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:53:55.81 ID:X9VmG+0p0

女友「二人とも逆のベクトルなんですね。期待に対して女は正の面に、男は負の面に捉えていると」

男「みたいだな。……まあでも女の考え方も分かるさ。そうでもないとみんなの期待を一身に背負うリーダーなんて出来ないからな」

男「ただ理解は出来るが、俺にはゴメンってだけだ」

女友「そうですね。ただ逆のベクトルとはいえ、二人とも期待に誠実に向き合っています。似たもの同士ですね」

男「対極故に近しいってやつか」



女「似たもの同士って……もう、恥ずかしいじゃない、女友!」

男(何故か恥ずかしがっている女。似てはいるが真逆のため相容れ無いという話なのだが……分かっているのだろうか?)



男「まあいいか……ところで女友、あんたは他人に期待されたらどうするんだ?」

女友「それはもちろん……期待を裏切るに決まってますわ。良い方向か悪い方向はともかく、期待通りの行動なんて詰まらないですもの♪」

男「ああ、あんたは期待に対して最も不誠実なやつだよ」


245: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:54:31.05 ID:X9VmG+0p0

男(そんな出発直前とは思えない緊張感の無い会話だったが、時間になりみんな整列して女が前に立つとさすがに引き締まる)



女「これより私たちは宝玉探索のための旅に出ます。目標は元の世界への帰還、並びに世界の危機を防ぐこと」

女「人の手に渡った宝玉を譲ってもらうことには苦労がかかると思う。だから、みんなの尽力を期待しているね」

男(女の言葉に小さく、しかししっかりとうなずくクラスメイトたち)



女「きっと多くの困難も待ちかまえていると思う。でも、私は信じているから。みんななら、私たちなら成し遂げられるって!!」

男(女の言葉は大仰であるが……異世界でその世界を救うなんて事態になっているのだ。その言葉にあうだけのスケール感はあるだろう)



女「みんなバラバラになることに心寂しく思うかもしれない」

女「でも、忘れないで。離ればなれになってもこの世界のどこかに仲間がいて、一緒に頑張っているってことを!」

女「それではしばしの別れを……必ずの再会を願って!!」



クラスメイトたち「「「うおおおおおおっっ!!」」」



男(雄叫びのような声が上がる)


246: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:54:57.73 ID:X9VmG+0p0

男「……大したやつだな」

男(異世界に来て力を授かったとはいえ、元の世界では高校生だった身)

男(何が起こるか分からないこの異世界でバラバラになることに不安を持っているやつだっていたはずなのに、今の女の言葉がそれを吹き飛ばした)



男(とはいえ、もちろん女の言葉だって無責任な期待だ。先ほど俺に投げられた言葉と何ら代わりやしない)



男「いつか俺も人を信じて……こういう言葉に応えたいって思うようになるんだろうか……?」

男(死の間際に後悔して、治そうとは思っている俺の性格。とはいえ深く根付いたそれは一朝一夕で変えられるようなものでは無いが……)



男「この長くなるであろう異世界の旅路で……変われるのか?」




247: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:55:36.62 ID:X9VmG+0p0

男(それから村の外まで場所を移した)



村長「頑張るんじゃぞ、女神の遣いたちよ!」

青年「まあほどほどにな!」

村民「また帰ってきたときは宴を開くからな!」

男(村長やその青年、その他村民に見守られながら)



女「行くよ!」



男(俺たち26名は、それぞれの目的地に向け、八つの方向に一歩踏み出した)

男(旅の開始である)

248: ◆YySYGxxFkU 2018/11/15(木) 19:57:04.77 ID:X9VmG+0p0
一章完。
続きの二章『商業都市』編は新スレを立ててやろうと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
これからもどうかよろしくお願いします。



この作品は同タイトルで小説家になろうに投稿している作品を、ss用にいじって投下しています。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/