882: とある白衣の一方通行(1/4) 2010/05/11(火) 18:55:45.30 ID:Pk3xZs20

(上位個体、こちらは無事に標的を確保しました、とミサカは答えます)
(りょーかい! それじゃあミサカも行くねってミサカはミサカは待合室で待機中!)

 打ち止めは手足をぶらつかせながら、待合室の二人掛けソファを一人で優雅に陣取っていた。
 今日は定期調整の日であり、学園都市に在住の妹達は皆この病院に集合している。
 上位個体の打ち止めも例外ではない。
 彼女の場合、調整が他の妹達とは異なるためにこうして後回しにされているのである。

 ぶらんぶらんと足を揺らし、打ち止めは想像に浸る。
 少女を病院まで連れてきた少年は、今頃白衣を着用しているに違いなかった。
 そう仕組んだのは打ち止めなのだが、彼女の順番は最後であるために、まだ彼の白衣姿を拝めない。
 十数分前、ネットワークを介して知りえた彼の様子を思い出して、少女は口元に笑みを浮かべた。

(白衣似合ってるかなー、どうなんだろうなーってミサカはミサカは胸の高鳴りが止まらなかったり!)

 そもそも彼女の付添い人である一方通行は、打ち止めを病院まで連れてきたらそのままふらりとどこかへ立ち寄るつもりだった。
 どこへ行こうというはっきりとした予定を組んでいなかったせいで、彼はまんまと打ち止めに出し抜かれ、カエル顔の医者の手伝いをさせられている。

 ――君も僕の患者だけど、僕には少しやることがあってね?
 ――なに、君に任せようとしているのは妹達の定期調整の仕事だけだから、赤の他人というわけでもないだろう?
 ――頼まれてくれるね?

 矢継ぎ早に言うでもなく、言い聞かせるような口調で提案されてしまっては、さしもの一方通行も断りきれなかったのだろう。
 まして、彼には妹達に対する負い目がある。そこにつけ込んだ、と言えばなるほどその通り。打ち止めは彼の良心につけ入ったのだ。

 それもこれも、最近のミサカネットワークの話題がとある医療ドラマで持ちきりだったからに他ならない。
 学園都市在住のミサカ13577号が、ひょんなことから医療ドラマにハマってしまった。
 妹達は彼女ら特有の感覚共有をもって、全員がものの見事にその医療ドラマにハマりまくり、八割の妹達が「白衣萌え」を口癖にするまでに伝染した。

 下位個体がハマっているものに興味を抱かないほど、打ち止めは大人ではない。
 どちらかといえば感受性豊かなこの少女は、案の定他の妹達同様に医療ドラマにハマりだし、
 今ではすっかり昼のアニメタイム終了と同時にレンタルしてきてもらったDVDを観る始末だ。

 もちろん、レンタルを頼まれたのも一方通行である。
 彼は少女が医療ドラマを熱心に見つめる傍らで「なンでいきなりこンなドラマにハマってンだ」とぶつくさぼやいていた。
 彼から言わせてもらえば、こんなドラマの医療方法はいちいち間違っているし、くだらないとも思うのだが、
 隣で目を輝かせて食い入るように観続ける少女に言い出せるはずがない。

 まあ、そのうち飽きるだろう。
 そう結論を下し、借りてきてと言われるたびに文句を言いながらも律儀にレンタルしてきてやったのにも関わらず――
 こんなことになるとは、と一方通行は診察室でうなだれていた。
 彼の手元にある数枚のカルテはすでに終わったもの。
 そして、最後の一枚が最難関だった。

「ンだよ……、このカッコでクソガキの診察しろってかァ!?」

 医者になるならまずは白衣から、とカエル顔の医者に言われてあれやこれやと着替えさせられた現在の彼は、
 普段の服装にそのまま白衣を着用し、さらに一体何のオプションなのか、伊達眼鏡をかけていた。

引用元: ・▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ2冊目」【超電磁砲】

883: とある白衣の一方通行(2/4) 2010/05/11(火) 18:56:51.43 ID:Pk3xZs20

 この伊達眼鏡は先ほど診察を終えたミサカ19090号から渡されたものである。彼女は力説していた。
 
 ――医者なら眼鏡、眼鏡は知的、知的は素敵なのです!
 
 まったくもって理解不能な言葉だったが、一方通行が受け取りを拒否する前にさっと白衣の胸ポケットにつっこまれてしまった。
 仕方がないのでかけてみて、とりあえず鏡で自己確認をし、そこまで似合っているわけではないにしてもまあまあいけるんじゃないかと思った矢先のこと。
 一番初めに診察を終えたミサカ10032号が、ノックをせずに入室してきたのである。
 ちょうど鏡を覗き込んでいる瞬間だったために一方通行はらしくもない声をあげてしまったが、そのことに構う御坂妹ではない。
 すたすたと一方通行に歩み寄り、一枚のカルテを渡すと彼女はこう言った。

『これは上位個体のカルテです。本来ならミサカがあの医者に頼まれていた仕事ではありますが、
 どうせミサカ達の診察もしたんだしついでに上位個体のもよろしくお願いします、それでは失礼、とミサカは立ち去ります』

 こちらの言い分などはなっから聞いていない。言うだけ言って満足したらしい御坂妹は、そのまま診察室を出て行った。
 残された一方通行は自分が置かれた状況に納得がいかずデスクを叩いてみたものの、
 上に乗せられていた打ち止めのカルテがほんの少し横にずれるだけで、状況が変化することはない。

 診察、と言ってみたところで、一方通行が妹達にしたことは「飯食ってンのか」「どっか痛ェとこねェか」と訊ねるくらいで、
 その問いかけに彼女達は「食べています」「どこも痛くありませんがしいていえばあの人のことを考えると胸が痛みます」と冷静に返して終わった。
 あの人とはおそらく上条当麻のことであるが、面倒くさいと一方通行は込み入った質問をしなかった。
 もしも訊き返せば、彼は淡々と、だがきわめて密度の濃い上条当麻トークを聞かされるはめに陥ったであろう。

(なンでガキの調整だけ、面倒な仕事があンですかァ?)

 打ち止めの調整は、先ほどまで妹達にした単なる質問だけでは済まされないらしい。実際に脈を計り、扁桃腺が腫れていないことを確かめ、聴診をする。
 もはや完全に小児科の仕事ではないかと一方通行は心中でつっこみを入れたが、誰かに押し付けようにもここにはカエル顔の医者の息がかかったナースしかいない。

 当たり前のことだが、一方通行が項垂れている間にもナースは急かすように「先生、そろそろ来ますよ」と脇から口を挟んでくる。
 先生ではないしどちらかといえば患者だしそもそも頼まれた仕事の管轄外だ。
 一方通行はこのまま帰ってしまおうかと思った。
 妹達に白衣姿を見られただけでも恥ずかしいというのに、よりによって一番騒ぎそうなあの少女に見せなければならない。
 こんな恥ずかしいことがあってたまるか、と言いたかった。

884: とある白衣の一方通行(3/4) 2010/05/11(火) 18:58:02.28 ID:Pk3xZs20

 一方通行はすでに電極のスイッチを入れている。
 つまり、聴診器がなくても聴診はできるのだが、「こういうのは雰囲気が大事です。形から入ることが重要です」と御坂妹に説得されたこともあり、首から聴診器を下げていた。
 たしかに、見た目はものすごく若い医師に見える、かもしれない。
 かもしれないが、こんなものは誰だって白衣を着て聴診器を首からぶら下げていればそれらしく体裁が整うものなのだ。

「失礼しまーすってミサカはミサカは元気に挨拶して入室してみるー!」
「ばっ、オマ、早い!」

 心の準備が出来たら呼びに行かせようと思っていた一方通行は、診察室に飛び込んできた打ち止めにたじろいだ。
 しかし、来てしまったものはどうしようもない。ナースのどこか生暖かい視線に耐えながら、一方通行は立ち上がる。
 そして、打ち止めに診察台に腰掛けるように促したのだが、なぜか彼女は一方通行を凝視したっきり、診察室の入り口から動こうとしなかった。

「あン? おいクソガキ、とっとと座りやがれ」
「……、えっと」
「ンだよ」
「……、そ、の、眼鏡、どうしたの? ってミサカはミサカは普段とは打って変わって理知的なイメージを纏っているあなたに少なからず動揺してみたり……」
「はァア?」

 ついに頭がいかれたのかと一方通行は訝しげな顔をしつつ、打ち止めの額に手をのせる。ひゃ、と小さな声がもれたが気にしない。
 熱はないようである。つまり、一応目の前の少女は正常である、ということだ。

(じゃあなンで顔が赤いンだ、こいつ)

 ぎこちなく診察台に腰掛けた打ち止めは、どこかぽうっとしている。何を見ているのかわからない、焦点の定まらない目だった。
 とりあえず手首出せ、と告げると、おずおずと手首を差し出してくるあたりはまだ素直で可愛げがある。
 そのうち反抗期になるんだろうか、とどうでもいいことを考えながら、一方通行は打ち止めの脈が少し速いことに気づき眉間に皺を寄せた。

「おい」
「な、なあに? ってミサカはミサカは動揺がまだ続いていることを押し隠して冷静に訊ねてみる」
「いや、隠しきれてねェから。そォじゃなくて……あァ、オマエ走ってきたンだな?」

 これですべての説明がつく、と一方通行は納得し頷いたが、打ち止めからしてみればバレなくて良かったけどなんか複雑、である。
 彼女の頬に紅が差している理由は目の前の一方通行が予想を上回る白衣の似合いっぷりだったからで、
 動悸が速い理由は医者の格好をしている彼がためらいなく彼女に触れたからだ。
 ここのところひたすらに医療ドラマを観ていた打ち止めにとって、医者という人種だけでもはしゃぎまわりたくなるのに、
 その格好をしているのが普段は仏頂面で無愛想な一方通行なのだから、これは興奮しないほうがおかしい。

(やっぱりこの人には白が似合うのねってミサカはミサカは再確認してみる。でも、眼鏡を渡した19090号の働きは評価するべきかも)

 一方通行の視力が悪いという話は一度も聞いたことがないため、今後彼が眼鏡をかける機会はないのだろう。

(ってことは、今のうちにたっぷり白衣眼鏡聴診器装備の理知的一方通行を堪能しなきゃってミサカはミサカはさりげなく感覚共有を切ってしてみたり)

885: とある白衣の一方通行(4/4) 2010/05/11(火) 18:59:20.75 ID:Pk3xZs20

 感覚共有を切る直前に数名の妹達の悲鳴が聞こえたような気がしたが、まあ気のせいだろうと打ち止めは片付ける。
 気のせいでないとしても、今の彼女にこの光景を誰かと分かち合おう、だなんて感情はまったく湧いてこなかった。

「ねえねえお医者さん! 聴診器は使わないのってミサカはミサカは期待に瞳を輝かせてみる!」
「なンでオマエはそンなに嬉しそォなンですかァ!? まさかオマエの差し金じゃねェだろォなァ!?」
「ぎっくう! べっ、べつにリアルゲコ太先生にあなたをどうにか白衣姿にしてねって頼んだことはないよってミサカはミサカは……、……あ」
「ほォ……?」

 にい、と一方通行の口端がつりあがる。
 理知的にもみえた雰囲気は霧消し、一方通行はやけにゆっくりと聴診器を耳にかけた。
 その動作に魅入っているうちに、打ち止めはふと自分が冷や汗を流していることに気づく。

(ま、待ってなんだかすごく嫌な予感がするかもってミサカはミサカは)

「検体番号20001号、今から服ひン剥かれて聴診されるか、おとなしく自己申告するか選びなさい」

 口調が、おそろしい。突き放したような言い方は彼の専売特許だが、少し丁寧にしただけでこうも冷酷な響きを伴うとは思わなかった。
 冗談のつもりだったのだ。ちょっと、エプロン装備の彼を見たいと思ったときと同じノリで、白衣姿の一方通行が見たかっただけ。
 目論みはたしかに成功したし満足だ。でも。

「ごめんなさぁぁぁああい!!!! ってミサカはミサカはあなたに土下座!」

 とりあえず、謝っておかないと後が怖い、と打ち止めは診察台に乗ったままで土下座する。
 一方通行は数秒停止していたが、すぐに我を取り戻すとつむじが見えている茶髪の頭に問答無用で必殺チョップを食らわせた。

「いったあ!」
「うっせェクソガキ。テメェの勝手にまわり巻き込ンでンじゃねェよ」
「だ、だって、あなたが白衣を着たらぜったいに似合うと思ったんだもんってミサカはミサカは頭を抱えつつも反論を試みる!」
「だから、白衣姿が見てェなら言え、直接」

 ぴたり、と打ち止めが泣き止む。
 そろそろと頭から手を離し、彼女は一方通行を見つめ返す。

「言ったら、もしかして着てくれたの!? ってミサカはミサカは最初からそうすればよかったって思いなお」
「着るわけねェだろクソったれ」

 瞬殺。希望の光が見えた瞬間に暗幕のカーテンを投げつけられた気分だった。打ち止めは沈み込む。
 べつに白衣くらい、と小さく呟く声が聞こえて、一方通行はため息を吐いた。
 打ち止めのカルテをつまみ、さらさらと必要事項を記入していく。日本語で書いてもいいとカエル顔の医者は言っていた。
 だから、彼は簡潔にこう書き記したのである。

〝異常なし〟


886: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/11(火) 19:01:42.73 ID:Pk3xZs20
終わりです。
白衣いいんじゃないかって思ってみただけです。