45: 名無しさん 2018/12/10(月) 21:12:58.77 ID:jw/TSgdjo

「双葉さん」 


 歌番組の収録が始まる、ほんの十分前。 
 椅子をいくつか並べて寝てたんだけど、声をかけられた。 
 その低い声の主は、プロデューサー。 
 杏とは対照的で、仕事一筋の真面目人間。 


「ん~……あと五分~……」 


 枕代わりにしていたウサギに顔を埋める。 
 人間って、五分だけでも寝たら違うんだよ? 
 だからさ、五分と言わず五十分は寝かせて欲しい所だよね。 
 そしたらさ、寝てる間に収録も終わってるだろうしねー。 



「――すみません……少し、席を外します」 



 いつもの様でいて、いつもとはまるで違う。 
 普段だったら、収録は見ててくれるもんね、プロデューサーは。 
 そりゃあ、いつもって訳じゃないけどさ。 
 今日は、朝のミーティングの時に「見る」ってハッキリ言ってた。 


「……はいは~い」 


 なのに、席を外すって事は……ま、そういう事だよね。 


「後の事は、お願い出来ますか?」 


 プロデューサーのその言葉に、ウサギに顔を埋めたまま、 
片手を上げてヒラヒラと返事をする。 



 ――これから、命賭けの戦いに行ってくる。 



 ……なのに、担当しているとは言え、アイドルの心配をする仕事人間に向かって。 
 そりゃ、プロデューサーはプロデューサーだけど、働きすぎだよね。 
 それにさ、杏だって十七歳の乙女なんだから、気を遣って欲しいよ。 


「ありがとうございます」 


 めんどくさいから、笑顔で見送りはしないからね。 
 杏は、アイドルだからさ。 
 ここで笑顔をすると、収録の時に笑ってられなくなっちゃうし。 


「……では、失礼します」 


 ……はーあ、たまには怪人も引きこもってて欲しいよ。

引用元: ・武内P「笑顔です……変身ッ!」

46: 名無しさん 2018/12/10(月) 21:39:05.26 ID:jw/TSgdjo

「……」 


 あーあ、働きたくないなぁ。 
 働くにしても、ほんのちょっぴりで、ガッポリ儲けたいよね。 
 その方が、効率が良いし! エコだよ、エコ! 
 エネルギーを無駄に消費しない事が、世界平和につながるのだー! 


「……よっこらせ、っと」 


 な~んて、言ってる場合じゃないよね。 
 智絵里ちゃんとかな子ちゃんには、何て説明しようかな。 


「う~ん」 


 今日の収録は、杏達それぞれのソロ曲に、ユニット曲。 
 一回の収録で二回も本番があるなんて、ひどい仕事だよ! 
 あの二人に言ったら、きっと心配するだろうしなぁ。 
 それで仕事が駄目駄目でした、ってなるとさ、 


「うう~ん」 


 プロデューサーの信頼を裏切ることになるじゃん? 
 そういうのは……ま、嫌だからね。 
 あ! プロデューサーが戻ってきたら、特別手当を貰わないと! 
 こういうのは、業務内容とは別腹で計算しないとね! 


「……ま、なるようになるか」 


 衣装のまま寝転がってたから、このままスタジオに向かおう。 
 皺にならない寝方をマスターした杏に敵は居ない! ドヤ! 
 さ~て、杏のソロは一発で終わらせますか! 
 そしたら、ユニット曲の時までゆっくり寝られ―― 


「あ」 


 ドアノブにかかった手、震えてるじゃんか。 


「……!」 


 いけないいけない、これじゃ撮り直しする羽目になっちゃうよ。 


「……あーあ、働きたくない」 


 ま、本気出すけど。

47: 名無しさん 2018/12/10(月) 22:21:19.18 ID:jw/TSgdjo
  ・  ・  ・ 

「GYUGGGGG……!」 


 収録スタジオへと至る大通りから外れた、ビルに挟まれた路地裏。 
 時刻は遅く無いにも関わらず、差し込む光はほとんど無い。 


「……」 


 其処で、男と――怪物が対峙していた。 
 男は、何一つ声を発すること無く、無表情に。 
 怪物は、鳴き声を上げ、殺意を込めて。 
 両者に共通するのは、互いが敵であると認識している事。 


「GYUGGGGG……!」 


 全身が緑色の――カマキリの怪人が、顎を鳴らしギチギチと鳴く。 
 両腕の、肘から先にあたる部位は巨大な鎌となっており、 
その刃は試すまでもなく、何物をも両断出来るだろうと思える光を放っている。 


「ここから先へは、行かせません」 


 しかし、男――プロデューサーは、臆する事無く、言い放った。 
 今の言葉は、注意ではなく……決定事項。 


「GYUGGGGGG……!」 


 彼が、彼である限り。 
 プロデューサーである限り、アイドルの命を狙う怪人を見逃しはしない。 


「……」 


 プロデューサーは、上着のボタンをプチリプチリと外し、上着を翻した。 
 その腰元では、大きな銀色のベルトが、輝きを放っていた。

48: 名無しさん 2018/12/10(月) 22:39:38.57 ID:jw/TSgdjo
  ・  ・  ・ 
https://www.youtube.com/watch?v=bFlsQXsISMI




「――うん、バッチリだね」 


 歌の収録は、当然一発オーケー! 
 そりゃそうだよね、なにせ杏が本気出したんだからさ。 
 もう一回やれって言われたって、そりゃちょっと無理かな。 
 四年くらい冬眠させてくれれば、考えなくも無いけど。 


「はーい、ありがとうございま~す!」 


 へっへっへ、こうやってスタッフさんにも愛想を振りまいておくんだよ。 
 そしたら、多少ミスがあっても見逃してくれるかもじゃん? 
 今回に限っては、映像を見た感じそんな心配は無いけどね! 
 これは、飴玉百個分位の働きぶりだよ、ほんと! 



「杏ちゃん、お疲れ様」 
「お疲れ様~」 



 智絵里ちゃんとかな子ちゃんが声をかけてきた。 
 その表情は、いつもよりも……やっぱり、ちょっと硬い。 


「う~い、ありがとー」 


 杏はさ、誤魔化そうとしたんだよ? 
 だけど……すぐにバレちゃったんだよね。 
 杏自身の態度には、何の問題もなかったと思うんだけどなぁ。 
 ほんと、変な所で妙に察しが良いんだから。 


「それじゃあ……次は、わたしの番だね」 
「うん! 頑張って、智絵里ちゃん!」 


 此処には居ない誰かさんのせいで、ちょっとまずいかも。 
 やれやれ、全く……世話が焼けるんだから。 


「ほらほら、二人共。笑顔笑顔」 


 気合の入りすぎは良くないよ。 
 過ぎたるは及ばざるが如し、ってね。

49: 名無しさん 2018/12/10(月) 22:52:45.35 ID:jw/TSgdjo
  ・  ・  ・ 

「私には、守りたいものがあります。それは、彼女達の――」 


 プロデューサーは、右のポケットからスマートフォンを取り出した。 
 ホームボタンを素早く三回押し、画面を起動。 
 画面を見ず、流れるように暗証番号をに打ち込んでいく。 



 ――3――4――6! 



「笑顔です」 



『LIVE――』 



 スマートフォンから、女性二人分の音声が発せられた。 
 そして、スマートフォンを銀色のベルトにかざし、 



「変身ッ!」 



 プロデューサーは、言った。 



『――START!』 



 大きな体を光が包み込んでいく。 
 光の粒子は、形を成していき――鈍く輝く、鎧を纏わせた。 


「……」 


 鎧は黒を基調としたもので、所々白い箇所があり、まるで鋼鉄で出来たスーツ。 
 全身を覆う鎧の胸元では、ピンク、ブルー、イエローの宝石が輝いている。 
 頭部は、目つきの悪いぴにゃこら太のフルフェイスに覆われ、 
その中の表情を伺うことは出来ない。 



「仮面ライダー……プロデュース」 



 しかし、その仮面の下の瞳には、確かな決意が宿っているだろう。

50: 名無しさん 2018/12/10(月) 23:21:55.80 ID:jw/TSgdjo

「GYUGGGGG……!」 


 カマキリ怪人の頭部は、表情が変わることは無い。 
 ただ、無機質に……虫そのものの様に。 
 ギチギチと顎を鳴らし、様子を見るその姿は、正に狩人。 
 狩人は、障害を排除するために、動き出した。 


「GYUGGGGGG!!」 


 瞬きする程の間に、両者の距離がゼロになる。 
 しかし、 


「――!」 


 プロデューサーは、カマキリ怪人の行動を予測していたのだろう。 
 右の鎌による振り下ろしの一撃――その出鼻を挫くように、 
左の拳を繰り出し、後の先でもってその攻撃を防ぎ状況を有利にしようとした、 


「善処します!」 


 が、 



「GYUGGGGGG!!」 



 カマキリ怪人の鎌の鋭さは、プロデューサーの予想を超えていた。 


「ぐうっ!?」 


 結果、プロデューサーの左の拳からは白煙が上がり、左拳の装甲に亀裂が入った。 


「GYUUGGGGGOOOO!!」 
「くっ……!?」 


 カマキリ怪人は、即座に左の鎌を振り下ろした。 
 身をよじり、プロデューサーは何とかその攻撃を回避し、大きく飛び退く。 


「GYUGGGGG……!」 


 それを見た狩人は、表情を変えず、嗤った。

51: 名無しさん 2018/12/10(月) 23:40:00.03 ID:jw/TSgdjo
  ・  ・  ・ 

「プロデューサー……遅いね……」 
「うん……大丈夫かな……」 


 後は、ユニット曲の収録を残すだけ。 
 結構な時間が経ったって言うのに、プロデューサーは戻ってこない。 
 さすがに、二人も心配を隠せそうに無い。 
 杏だって、自分がどんな表情をしてるかわかんないし。 


「……ま、考えてても始まらないよね」 


 こういう時は、 


「「杏ちゃん……?」」 


 文明の利器に頼るに限るでしょ! 


「ポチッとな、ってね!」 


 スタジオ脇のテーブルに置いておいた携帯電話。 
 その画面の――ビデオ通話のコールボタンを押す。 


「だっ、駄目だよ杏ちゃん!」 
「今、たた……っ! 取り込み中だと思うよ!?」 


 智絵里ちゃんとかな子ちゃんが、慌ててそれを止めようとする。 
 でもさ、冷静に考えてみなって。 



「プロデューサー、『見る』って言ってたっしょ?」 



 二人に、笑いかける。 


「「……!」」 


 約束したもんね。 
 だからさ、出てよ。 


「ねっ?」 


 やる気、補充しないと。

52: 名無しさん 2018/12/11(火) 00:00:13.30 ID:AXSptHcQo
  ・  ・  ・ 

「GYUGGGGG……!」 


 路地裏は、カマキリ怪人の鎌によって破壊され尽くしていた。 
 ビルのコンクリートの壁面には、破壊の爪痕が幾筋も走っている。 
 そしてまた、 


「はぁ……! はぁ……!」 


 プロデューサーの纏う鎧も、同様。 
 彼は、喰らえば致命的な攻撃を回避し続け、反撃の機会を窺っていた。 
 だが、カマキリ怪人は隙を晒すこと無く、狡猾に、いたぶるように。 
 少しずつ、プロデューサーの体力と、装甲を削り取っていったのだ。 


「GYUGGGGG……!」 


 プロデューサーの限界が近い事をカマキリ怪人は察知していた。 
 このまま、何も起こらなければ障害を排除出来る。 
 そして、その後はゆっくりと、アイドルを―― 



「――待ってください」 



 ――プロデューサーは、煙を上げる左の手をカマキリ怪人に向け、言った。 


「GYUGGGGG……」 


 ――何かをするつもりか。 
 ――お前にはもう、勝ち目はないと言うのに。 
 ――無駄な足掻きはやめろ。 


 ……そう、カマキリ怪人が警戒して、様子を見る中、 



「はい、もしもし」 



 プロデューサーは、電話に出た。

53: 名無しさん 2018/12/11(火) 00:23:05.66 ID:AXSptHcQo
「はい……すぐに収録、ですか」 


 戦いの場には、全く相応しくない会話。 
 プロデューサーと、アイドルのそれ。 


「ビデオ通話で、その映像を……はい……はい」 


 それが――それこそが、彼に与える。 


「……はい、見えました」 



 プロデューサーに、力を与える。 



「――良い、笑顔です」 



『CANDY ISLAND!!!』 



 黒い鎧が、その形を変えていく。 
 スライドした装甲の下は、ピンクに輝いている。 
 その輝きは、まるで血の様に鎧を縁取り、白い箇所もピンクに染めていく。 
 胸に輝いていた三つの宝石は、全てピンクに。 



「GYUGGGGGOOOOO!!」 



 完全に無防備に立つプロデューサーに、カマキリ怪人が詰め寄った。 
 破壊を生み出す巨大な右腕の鎌。 
 最早、回避不能な鎌による一撃は、 



「すみません、身だしなみを整えていました」 



 ピンクの光を纏う右のチョップに、付け根から両断された。

54: 名無しさん 2018/12/11(火) 00:47:05.27 ID:AXSptHcQo
https://www.youtube.com/watch?v=PMgia32wGOk




「GYUGUUGGGGYYYY……!?」 


 ――コイツは、先程までとは、違う。 


「……」 


 カマキリ怪人は、失った右腕を見る事は無かった。 
 目の前の獲物……敵……狩人から、視線を逸らすことが出来なかった。 


「GYUGGGGGGGYYYY!!」 


 背中の翅を広げ、可能な限りの威嚇を試みる。 
 が、 


「……」 


 プロデューサーは、止まらない。 
 音楽に合わせ、軽くステップでも踏むように、歩を進める。 


「GYUGGGGGG!!」 


 カマキリ怪人は、残った左の鎌を振るうべく、振りかぶった。 
 対する、プロデューサーは、 


「企画――」 


 ピンクの光を纏う右手を空に……素振りのように、ヒュッヒュッと、二回。 
 すると、右手を包んでいたピンクの光が、一際大きな輝きを放った。 
 そして、放たれた右のチョップは、 


「――進行中です!!」 


 ピンクの光の軌跡を描きながら、 


「GYUGGGGUUYYYYY!?」 


 カマキリ怪人の残った鎌を真っ二つに断ち切った。

55: 名無しさん 2018/12/11(火) 01:01:47.37 ID:AXSptHcQo

「おおおっ!!」 
「GGGGYYYYYYYUUU!?」 


 防ぐ術を失ったカマキリ怪人の腹に、強烈なパンチ。 



『Happy×2 Days!!!』 



「はあっ!」 


 掛け声と共に、プロデューサーは右から袈裟懸けにチョップ。 
 鮮やかなピンクの光が、カマキリ怪人の体を斜めに走る。 


「せめて!」 


 そして、残光を残しながら右腕を振り上げ、左から袈裟懸けにチョップ。 
 ピンクの光が交差し、カマキリ怪人の体を四つに切断した。 
 切断されたそれらは地面に落ちる事は無く、光の粒子になって消えていく。 


「……名刺だけでも」 


『LIVE SUCCESS!!』

56: 名無しさん 2018/12/11(火) 01:25:09.01 ID:AXSptHcQo
https://www.youtube.com/watch?v=boM8orI7LUo


  ・  ・  ・ 

「――そう言えばさ、何ですぐにバレちゃったの?」 


 収録終わりの控室、智絵里ちゃんとかな子ちゃんに聞く。 
 ほら、こういうのはちゃんと聞いておかないとね。 
 でないと、サボる時に困っちゃうじゃん? 
 ほうら、包み隠さず話してごらんよ! 


「それは……」 
「……ねえ」 


 二人は、顔を見合わせてクスクスと笑いだした。 
 えっ、何々? もしかして、そんなにバレバレだったの? 
 杏としては、女優も裸足で出かけようとしてやめるレベルだったと思うんだけど。 
 あ、女優とかの仕事って効率的にはどうなのかな。 


「えー、どうしてさ~?」 


 まっ、そのへんは後回し! 
 今後のサボりを成功させるために、白状するのだー! 
 ふっふっふ! はーっはっはっは! 
 二人には悪いけど、杏は今日のでエネルギーがスッカラカンなんだよ! 


「わたし達が起こしに行く前に……ふふっ!」 
「杏ちゃんが起きてるなんて、ねえ? うふふっ!」 


 ……あー……そゆこと? 


「――それじゃっ! その分、今寝まーす!」 


 この話を続けたら、きっと厄介な流れになりそうだからね。 
 そんな時は、寝て、起きて、寝て、忘れる! 


「おやすみなさ~い」 


 うさぎに顔を埋めて、片手を上げてヒラヒラと。 
 寝てる間に、帰ってくるだろうからね。 



おわり

58: 名無しさん 2018/12/11(火) 20:45:37.49 ID:AXSptHcQo
>>57 
その二つは実は見てないんです 
グリッドマンは電光超人で記憶が止まってます 


ライダーネタなので玩具用の書きます

60: 名無しさん 2018/12/11(火) 21:21:49.60 ID:AXSptHcQo

「う……ううっ!」 


 我が友の背に身を隠し、迫り来る恐怖の権化を見る。 
 其の姿、醜悪にして凶暴。 
 立ち並ぶ牙は、鋭い眼光、金色と漆黒の毛皮は……虎。 
 虎の怪人が、我が魂を欲さんと現れたのだ。 


「大丈夫です、神崎さん」 


 我が友の、地の底より響く言の葉により、魂は一時の安息を得た。 
 しかし、それはあくまでも魔力が安定したに過ぎない。 
 この身を狙う怪人は、未だ、其処に居るのだから。 
 ……嗚呼、けれど、 


「我が友……!」 


 魂は、この身は、守られるだろう。 
 我が友――プロデューサーに。 
 言の葉を読み解き、導く者。 
 グリモワールを閲覧する権利を有する、資格者。 



「私が、貴女を守ります」 



 漆黒の衣の拘束を解き、其れを翼の如く翻す。 
 我が瞳は、此処からでは視る事は無い。 
 だが、我が友の腰元には、銀色の装具が。 
 魔力に満ちた銀色の装具は、我が友を真の姿へと至らせる。 


「なので……少しだけ、離れていて貰えますか?」 


 言われて、気付く。 


「ぴっ!? す、すみません……」 


 いつの間にか、スーツを握っちゃってた! 
 うぅ……は、恥ずかしい……!

61: 名無しさん 2018/12/11(火) 21:35:23.41 ID:AXSptHcQo
「貴女に似合うのは、怯えた表情ではありません」 


 我が友は、右の翼からアーティファクトを引き抜いた。 
 其の心臓を三度鼓動させ、命を吹き込む。 
 視線は、怪人を見据えたまま、高速で封印を解く。 


「神崎さん。貴女に似合う表情、それは――」 



 ――3――4――6! 



「笑顔です」 



『LIVE――』 



 アーティファクトから、女神達の声が響いた。 
 そして、それをを銀の装具にかざし、 



「変身ッ!」 



 覚醒の言葉を唱えた! 



『――START!』 



 我が友の肉体を煌めく光が包み込んでいく。 
 光の魔力は、幻想から現実へと至り、漆黒の甲冑となる! 


「……」 


 漆黒の甲冑は、闇だけでなく光の魔力も有している。 
 其の胸元には、薄紅、青碧、山吹の宝玉が爛々と光を放っている。 
 兜は、鋭い眼光を持つぴにゃこら太みたいで、ちょっと可愛い。 



「仮面ライダー……プロデュース」 



 ……はあああん! 格好良か~っ!

62: 名無しさん 2018/12/11(火) 21:53:30.89 ID:AXSptHcQo

「GRROOOOOOOO!!」 


 虎の怪人の咆哮。 
 獣の叫びは衝撃となり、我が身を凍りつかせる。 
 だが、その氷はいとも容易く砕け散り、霧散する。 
 我が友の背が、無音の詠唱にて結界を紡いでいるから。 


「っ!?」 


 だが、我が友はその背を虎の怪人に向けた。 
 そして、 


「ぷっ、ぷぷっ、プロデューサー!?」 


 だ、だだっ、抱き締め―― 



「ぐうあああっ!?」 



 ――苦悶の声を上げた。 



「…………えっ?」 



 一体、何が起こっていると言うのか。 
 何故、我が友はこの身を胸に抱き続けるのか。 
 あまりにも近くから、破壊の音が耳へと届けられてくる。 


「ぷっ……プロデューサー……?」 


 鼓膜を震わせる、刃が擦れ合う音。 
 されど、我が友は其の拳も、脚も振るってはいない。 
 ただ、私を抱き締めながら、守りながら、 


「――プロデューサー!」 


 振るわれる凶刃に、其の身を斬り刻まれ続けていた。

63: 名無しさん 2018/12/11(火) 22:17:37.81 ID:AXSptHcQo

「な、なんで……!?」 


 どうして、反撃しないんですか!? 
 そ、それに、さっきも急に私を抱き締めて……! 


「ぐっ、ぐううっ!?」 


 プロデューサーの苦しそうな声、そして、破壊の音は止まらない。 
 何が起こってるか、わからない。 
 私の頭は、プロデューサーの胸に抱かれて、何も見えない。 
 聞こえるのは、苦しむ声と、 



「GRRRROOOOOO!!」 
「GRRRRAAAAAA!!」 



 怪人の――二匹分の、叫び声!? 


「……ぐ、おおあっ……」  


 プロデューサーが、私を抱き締めたまま、崩れ落ちていく。 
 私の力では、重くて支える事が出来ず、一緒に地面へと座り込んだ。 
 そして、気付いた。 
 胸に光る、ピンク、ブルー、イエローの光が弱くなっている事に。 


「プロデューサー!? わ、わた、私は良いから!」 


 離して、反撃してください! 
 このままじゃ……このままじゃ! 


「でないと、プロデューサーが死んじゃう!」 


 この距離だから、聞こえていない筈は無いのに。 
 プロデューサーは、私の体を決して離そうとはしない。 


「お願い……お願いですからっ!」 


 プロデューサー!

64: 名無しさん 2018/12/11(火) 22:33:08.95 ID:AXSptHcQo
https://www.youtube.com/watch?v=I-oZuAi-ANs




「プロデューサ――~~っ!」 



『Rosenburg Engel』 



 腰のベルトから、女の人二人分の声が聞こえた。 
 プロデューサーの胸の、私の目の前にあった三つの宝石。 
 ピンク、ブルー、イエローの宝石が―― 



 ――黒く、輝いた。 



「GRRRROOOOOO!!」 
「GRRRRAAAAAA!!」 



 怪人二匹の、大きな叫び声。 
 プロデューサーに、トドメを刺そうとしている……んだと思う。 
 でも、その攻撃が振るわれることは、 


「――!」 


 無かった。 
 私を抱き締めていたプロデューサーが、いつの間にか立ち上がり、 


「……」 
「GRGG……!? GGOO……!?」 
「GGO……OOO……GUUU!?」 


 二匹の怪人の首を……片手で、それぞれ締め上げていたから。 


「……」 


 黒い鎧が、その姿を変えていく。 
 スライドした装甲の下は、漆黒に輝いている。 
 その輝きは、まるで血の様に鎧に巡っていき、全てを黒く染め上げた。

65: 名無しさん 2018/12/11(火) 22:52:37.71 ID:AXSptHcQo

「ぷ……プロデューサー!」 


 平気だったん―― 



「――おおおおおおっ!!」 



 ――です……えっ……? 
 今の声は、プロデューサー? 
 で、でも、いつものプロデューサーの声じゃないみたい……。 
 いつもは低くて、最初は怖いと思ったけど、 



「ああああああっ!!」 



 優しい声をしてるのに……! 


「ぬううおおおおっ!!」 


 プロデューサーは、二匹の首を締め、持ち上げた。 
 そして、暴れる怪人を持ちながら走り、その体を壁に叩きつけ、磔にした。 
 衝撃で、コンクリートの壁に亀裂が入る。 


「GRRRUUUU!?」 
「GRRRAAAA!?」 


 怪人は、苦しみながらもプロデューサーを攻撃した。 
 二匹の――虎の怪人達は、その爪を滅茶苦茶に振り回している。 
 爪が当たった箇所の装甲が、火花と煙を上げている。 


「おおおおおおっ!!」 


 でも、プロデューサーは、怪人達の首を締め続けた。 
 このままなら、勝てるかも知れない。 


「っ……!」 


 けれど、きっと……プロデューサーも、無事では済まない。

66: 名無しさん 2018/12/11(火) 23:06:05.19 ID:AXSptHcQo

「おおおあああっ!!」 



 きっと、今のプロデューサーに私の声は届かない。 
 プロデューサーは、何かに飲み込まれている。 
 そうでなきゃ、あんな声出す筈無いもん! 
 でも……だけど……どうすれば良いの!? 


「っ……!」 


 わからないけど、立ち上がる。 
 座り込んだままじゃ、何も出来ないから。 



「おおおおおおっ!!」 



 届けなければ、いけないから。 
 私の、この想いを。 


「プロデューサー!」 


 魂の――言の葉を! 



「闇に飲まれよ!!」 



『――Encore!!!』 



『Rosenburg Engel!!!』

67: 名無しさん 2018/12/11(火) 23:21:59.06 ID:AXSptHcQo

「GRRRUUUU!!」 
「GRRRAAAA!!」 


 怪人達が、その爪をプロデューサーの頭へと振るった。 


「っ!」 


 でも、プロデューサーはそれを体を屈めて……避けた! 
 当然、体を屈めた事で首の拘束は解かれ、怪人達の体は自由になる。 
 けれど、プロデューサーは即座に、 


「フンッ!!」 


 右の拳と、 


「ハアッ!!」 


 左の脚を振るい、 


「GRRRUUUU!?」 
「GRRRAAAA!?」 


 怪人達を吹き飛ばした! 



「……ありがとうございます、神崎さん」 



 プロデューサー……我が友は、闇に魅入られた! 
 見よ! 漆黒の鎧を走る、真紅の魔力の輝きを! 
 其の眼、其の宝玉、其の威容! 
 あれぞ正しく、赤き闇! 


「お陰様で、みだしなみが整いました」 


 ハーッハッハッハ! 
 我が祝福により、魔王は覚醒した!

68: 名無しさん 2018/12/11(火) 23:42:42.85 ID:AXSptHcQo

「来い、ピニャコラッター!!」 


 我が友は、召喚の呪文を唱えた。 
 喚び出すは、漆黒の――鋼鉄の愛馬。 



『ぴにゃぴっぴ』 



 意志を持たぬ筈の身なれど、呼応する声には魂が宿っている。 
 其の巨体は、何者をも寄せ付けぬ力を有している。 
 我が友は、愛馬を駆り双璧を打ち砕かんとしているのだろうか。 


「GRRRUUUU……!」 
「GRRRAAAA……!」 


 二匹の獣達が唸り声を上げる。 
 だが、我が友は愛馬の背に乗ることは無く、 


「……」 


 其の巨体から―― 


https://www.youtube.com/watch?v=vRZCAVxg-Nk




 一振りの剣を引き抜いた! 


「古の伝説にある……魔王の剣!!」 


 真紅の刀身に、漆黒の柄! 
 グリモワールにも記されている、あの! 



「えっ? 新型の武装……なのですが……」 



 ……も~っ! 我が友!

69: 名無しさん 2018/12/12(水) 00:03:55.39 ID:EbMDRVx0o

「……!」 


 確かに、そうかも知れないけど! 
 でも、魔王の剣なの! 


「……」 


 プロデューサーは、右手を首筋にやった。 
 そして、 



「……魔王の剣を振るいます」 



 心なしか、照れくさそうに言った。 


「~~っ! 我が友よ、力を示す時!」 


 右の掌を向け、魔王の剣へと魔力を送る。 
 剣より溢れし力は、我が友をも輝かせるだろう! 


「GRRRUUUUOOO!!」 


 一匹の獣が、我が友を引き裂かんと疾駆する。 
 だが、我が友は静かなる湖面が如く、 


「企画――」 


 真紅に輝く刀身を水平に構え、  


「――進行中です!!」 


 迎え撃つべく振るった魔王の剣により、獣の運命を両断した! 


「……」 


 獣は、光の粒子となり、跡形も残さず消え去った!

70: 名無しさん 2018/12/12(水) 00:24:59.11 ID:EbMDRVx0o

「……」 


 我が友は、残されたもう一匹の獣を見据えた。 
 剣の魔力は、深淵より這い出る魔力によって深まっていく。 


「……」 


 構えは、無い。 
 悠然と歩を進める姿……それこそが、魔王の行進! 



『-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律!!!』 



 眩い魂の煌き! 
 赤き闇は生まれ変わり、純白の光で世界を照らす! 


「せめて!」 


 白い刀身が、魔力の軌跡を描きながら獣の体を過ぎ去った! 
 末期の声すら上げる慈悲すら与えない、其の所業! 
 光の粒子となった獣が最期に見たのは、光の饗宴! 


「……名刺だけでも」 


『LIVE SUCCESS!!』 


 我が友を包んでいた甲冑は、次元の狭間へと還っていった! 
 佇むのは、背が高く、いつも無表情な、いつもの我が友! 
 う……うううっ! 



「プロデューサーっ!」 



 良かった……本当に、良かったよぉ!

71: 名無しさん 2018/12/12(水) 00:44:35.57 ID:EbMDRVx0o
  ・  ・  ・ 

「……成る程、彼に抱きついてしまった、と」 


 プロダクション内にある、休憩スペース。 
 最近、様子がおかしいからと、飛鳥に問い詰められていた。 
 初めは、言わないって言ってたんだけど、根負けして話してしまった。 
 その結果が、これ。 


「だからって、避ける事は無いんじゃないかな」 


 ……そう。 
 私は、恥ずかしさから、プロデューサーを避けてしまっていた。 
 でも、しょうがないと思うの! 
 だ、だって……だって、だって! 



「――神崎さん、ここに居たのですね」 



 ぷっ!? 


「ぴっ!?」 


 どっ、どどど、どうして此処に!? 
 まさか、飛鳥!? 


「ほら、蘭子。キミの王子様が迎えに来たよ」 


 ウィッグをかき上げながら、意地悪な笑みを浮かべる飛鳥。 
 その表情は楽しそうで……も~っ! 


「あの……」 


 プロデューサーは、困った顔をしながら右手を首筋にやった。 
 何か、言わなきゃいけない。 
 でも、どうしたら良いかわからない。 
 だから、 



「やっ、闇に飲まれよ!」 



 お疲れ様と一言残し、逃げる事にした。 




おわり


95: 名無しさん 2018/12/13(木) 16:37:26.03 ID:nDJQFV5So
こ、恋のスパイスかもしれない

96: 名無しさん 2018/12/13(木) 20:22:15.51 ID:GeW4lDbLo
>>95 
では、そんな感じのを

97: 名無しさん 2018/12/13(木) 20:45:07.22 ID:GeW4lDbLo

「おはようございます」 


 私――ううん、私達は今、フランスに滞在している。 
 映画の撮影のために、部屋を借りて、二人暮らし。 
 最初は、色々と驚き、戸惑いも、衝突もあった。 
 けれど、今では……そうね、仲良く……なれたんじゃないかしら。 


「はい、こんばんは」 


 そんなあの人の、楽しそうな声が聞こえてくる。 
 普段も、知っての通り楽しそうよ? 
 いつも明るく笑って、周囲の人間も笑顔にして。 


「ふふっ! 時差はわかってはいましたけど……」 


 その人の、 


「なんだか、不思議な感じがしますね」 


 魅力的な大人の女性の、 


「あら、そんなに飲んではいませんよ」 


 無邪気で、子供みたいな声。 


「ふふっ! 体に、ワインは良いん、ですよ? うふふっ!」 


 ……そして、ダジャレ。 
 本当に、黙っていればおとぎ話に出てくる女神の様なのに。 
 そうでないから、貴女はきっと、貴女なんでしょうね。 


 私の――憧れ。 


「はい、帰ったら……思う存分、日本酒を飲もうと思います」 


 待って。 
 貴女、日本酒の小さな瓶も持って来てたでしょう? 
 ワインばかりじゃ、ホームシックになるかも知れないから、って。 
 あれだけじゃ足りない、って言うこと? 



「良かったら、一緒に飲みに行きませんか?」 



 ……ああ、そういう事ね。

98: 名無しさん 2018/12/13(木) 21:04:54.29 ID:GeW4lDbLo

「……」 


 ドアをそっと開けて、中を覗き見る。 
 野暮で、はしたないとはわかってるのよ。 
 けれど、私にだって人並みの好奇心はあるの。 
 それが、彼女に関する事だったら尚更、ね。 


「ふふっ! 皆も誘って……思いっきり、パーッと!」 


 ベッドにうつ伏せに寝転んで、緑の寝巻きからのぞく細い足をパタパタと。 
 耳にはイヤホンをしてるから、こっちには気づいてないみたい。 
 ……って、本当に、子供みたいじゃないの。 
 貴女のそんな姿、見せて貰ってないんだけど? 


「えっ?」 


 左右別々に曲げ伸ばしされていた足が、止まった。 
 そして、飛んでいる最中に羽ばたきをやめてしまった鳥のように、 
ボフリとベッドに真っ逆さまに墜落。 
 何が、あったのかしら。 
 あの様子だと、誘いを断られでもしたんでしょうけど。 



「今晩……飲み会、ですか?」 



 ……成る程ね。 
 それが理由で、断られてしまった……って所かしら。 
 でも、それなら仕方ないのかな。 
 お酒を飲んだことは無いけれど、連日は厳しい、って……彼女以外は言ってるし。 


「ええ、と……場所は、決まっていますか?」 


 枕元に置かれた、小さな目覚まし時計を見ながら。 
 私の寝顔を見るために買ったらしいんだけど、お生憎様。 
 時計の大きさの割にアラームの音が大きくて、 
違う部屋で寝てる私も、その音で目が覚めちゃったのよね。 


「えっ? どうして、って……」 


 両の踵を揃えて、膝が曲げられ、 



「頑張れば、間に合いそうなので」 



 ベッドに、ポフリと振り下ろされた。 


 ……待って。 
 間に合いそう、って……参加、するつもりなの!?

99: 名無しさん 2018/12/13(木) 21:30:05.53 ID:GeW4lDbLo

「時差が、八時間。飛行機で、十二時間」 


 時計を見ながら言ってるけど、本気? 


「最悪、二次会には間に合わせます」 


 本気だわ。 
 彼女、本気で言ってる。 


「……ええ、勿論冗談ですよ」 


 嘘だわ。 
 彼女、嘘をついてる。 


「はい……はい、楽しんできてくださいね」 


 頬杖をついていたのに、その両腕を投げ出して。 
 ベッドの上に、とても細い大の字が描かれた。 
 けれど、声の調子はさっきまでとほとんど変わらない。 
 落ち込んでいるのを悟られないよう、取り繕ってる。 


「ええ……はい、そうですね……」 


 駄目ね、見てられないわ。 
 憧れの人の無様な姿――……じゃ、無く。 



「また機会があれば……はい……」 



 不憫で、不憫で。 


 他の大人の人達は、どうして世話を焼いてしまうんだろう、なんて思ってたけど。 
 何のことはない、ただ、何かしてあげたくなってしまうだけだったのね。 
 自分が何かしないと、見ていられない。 
 目に入ってしまった時点で、もう駄目。 


 本当に、面倒くさい人ね、貴女って。

100: 名無しさん 2018/12/13(木) 22:03:58.40 ID:GeW4lDbLo

「……」 


 私って、何処に居てもこういう役回りが多い気がするわ。 
 アイドルになるまで、そうでもなかったと思うんだけれど。 
 困っちゃうな、あまり喜ばしくない部分が、板についてきちゃった。 


 ……そう思い、動き出そうとした矢先、 



「えっ? 明後日も、飲み会があるんですか?」 



 跳ねた。 
 透き通るような声は言わずもがな。 
 クタリと力を失っていた足も、ピョンと曲げられて。 
 膝から曲がった足の先――足首が、リズミカルに動いている。 


「瑞樹さんが……ふふっ、そうなんですね」 


 モゾモゾと両腕が動き、持ち上がった頭を支える。 
 両手は頬を挟み、左右の両足は再び交互に前後する。 
 傍から見て、わかりやすい程の変化。 
 ……まあ、見られてるとは、思ってないんだろうけど。 


「えっ? 参加、されますよね?」 


 微塵も疑ってないような言い方。 
 それが本心からなのか、ノーと言えない状況を作ってるのか。 
 表情は見えないし、人生経験の差……って言えば良いのかな。 
 あの人が、何を考えて、今の発言をしたのか、私にはわからない。 



「ふふっ! お猪口で、ちょこっとだけですから、うふふっ!」 



 でも、これで余計なお世話を焼かなくて済みそう。 


「……」 


 気付かれないよう、そっとドアを閉める。 
 閉じかけたドアの隙間から、 



「行ってらっしゃい……はい、おやすみなさい」 



 なんて、幸せそうな声が聞こえた。 



 けどね、私は知ってるの。 
 貴女、今晩は遅くまで飲むつもりだったでしょう? 
 テーブルの上に、ワインとグラスとオツマミが出しっぱなしだもの。 



おわり

104: 名無しさん 2018/12/14(金) 22:26:01.11 ID:wmxCrzy+o

 今年の風邪は、腸に来る。 


「う……ううっ……!」 


 毎年の様に言われているその言葉を苦々しい思いとともに噛みしめる。 


「大丈夫、ですか?」 


 そう、隣に座る彼女に声をかけてみるものの、顔色はすぐれない。 
  

「っ……!」 


 両手で腹部を押さえ、温めているのだろう。 
 今日のLIVEで使用した衣装は、所謂ヘソ出し……腹部が露出したものだった。 
 それによって腹が冷え、元々体調が優れないのも合わさっての、この状態。 
 歯を噛み締めながら、目に涙を浮かべ、返事をする余裕すら無い。 


「……」 


 念の為、バスの前方席に座っておいて良かった。 
 この顔色ならば、嘔吐をしてしまうかも知れない。 
 その場合、他の方も……もらってしまう可能性が高いだろう。 
 別行動で病院に……と、そう提案したのだが、 


「大……丈夫、だから……!」 


 いつもの、年齢の割に大人びた表情で断られてしまったのだ。 
 その時の笑顔が、私の判断を鈍らせた。 
 凛とした、輝くような笑顔に……いや、言い訳はよそう。 
 そんな事をしても、何の解決にもならない。 



「あ、駄目……駄目……!」 



 艷やかな黒髪が、バサリと振り乱された。 
 波が、彼女を襲ったのだ。 


「頑張ってください……!」 


 心の底から、彼女に声援を送る。 
 身悶え、脂汗をかく彼女を見ていられず、通路を挟んだ反対の席を見る。 
 そこには、 


「は~い、頑張りま~す……むにゃむにゃ」 


 幸せそうに眠る、可愛らしい寝顔があった。 
 申し訳ありません、貴女にかけた言葉では……無いのです。

105: 名無しさん 2018/12/14(金) 22:44:08.57 ID:wmxCrzy+o

「ひっ……ひぅ……!」 


 バスの走行による微かな振動すら、彼女を苦しめる。 
 あくまでも例えだが、私が今、彼女の体を揺さぶりでもしたならば、 
ダムはいとも容易く決壊し、下流を土砂で埋め尽くすだろう。 
 故に、一挙手一投足は、慎重に行わなければならない。 


「……」 


 隣に座る彼女に触れないよう、座席の下に置いていた鞄に手をやる。 
 皆さんの荷物と一緒に、トランクに積み込まずにいて正解だった。 
 不幸中の幸いと言うべきか、はたまた、死中に活と言うべきか。 
 何にせよ、最悪の事態を避けるだけの物を私は用意していた。 


「……」 


 鞄を開け、起死回生の一手を打つべく、時を待つ。 


「はぁ……ふ、うぅっ……!」 


 ‘それ’は、この状況を打破するに足るだけの効果を有している。 
 だが、‘それ’を使用してくださいと差し出された時、 
彼女は小さくは無い衝撃と、同様に見舞われるだろう。 
 波に乗っていたら、悲しみの離岸流にさらわれてしまうのだ。 


「……はぁ……ふぅ」 


 震える肩の動きが、止まった。 
 彼女は、何とか己の肉体があげる悲鳴に耐え、峠を越したのだ。 
 しかし、道は険しく……いや、走行している道事態は平坦ですが……ともあれ、 
いつまた、大きな山が立ちはだかるとも限らず、それを越せるかもわからない。 


「……」 


 だから、私は差し出す。 


「……ねえ、何……それ?」 


 涙で潤んだ瞳。 
 すがるようなその視線に対して、私は努めて冷静に、 



「オムツです」 



 隣に座る、大切な担当アイドルの方に……そう、答えた。



107: 名無しさん 2018/12/14(金) 23:04:44.04 ID:wmxCrzy+o

「……!?」 


 信じられないようなものを見る目。 
 大声を上げて、罵声を浴びせられる事は……無いと思っていた。 


「……」 


 大声を出すために、腹筋に力が入る。 
 それは、そのまま地獄の蓋が開くことを許可する行いであるし、 
何の罪もない、バス内の仲間達を危険に晒す事になる。 
 そして、 


「っ……!」 


 もう、これ以外に道は残されていない。 
 彼女も、それを理解しているからだ。 
 むしろ、私がオムツを所持していたという奇跡に感謝して欲しいと、そう、思います。 


「……承知しないから……!」 


 震える手で、オムツを受け取りながら睨みつけられる。 
 何を承知しないと言うのだろう。 
 彼女は何故、このような状況にあって尚、気高くあろうとするのか。 
 私には理解出来ず、また、理解したいとは……はい、あまり思えません。 


「パンツタイプなので、履くだけです」 


 小さな、小さな声で補足をしておく。 
 後ろに座っている方に聞こえないよう、最新の注意を払いながら。 
 それを聞いた彼女は、借りていた膝掛けの上にオムツを広げ、凝視した。 
 これからそれを履くと、自分に言い聞かせているのかも知れない。 


「……ふーん」 


 心は、決まったようだ。 
 揺れ動いていた瞳に、決意と諦めの光が宿っている。 
 そして、 


「まあ、悪くないかな」 


 などと、いつもの調子で言い放った。 


 ――悪いです。 


 と……喉まで出かかった言葉を飲み下した。 
 彼女自身も、もう冷静な思考が出来ずにいるのだから。 


 オムツを使わざるを得ない状況が、既に最悪です。

109: 名無しさん 2018/12/14(金) 23:26:01.95 ID:wmxCrzy+o

「……」 


 今日の彼女が着用しているのは、スカート。 
 いつもの私服は、ズボンを好んで着用しているが、僥倖だ。 
 スカートならば、そのままオムツを履けば良いのだから。 
 私は、アイドルの神に感謝しようとして……やめた。 


「ん……んっ!」 


 彼女は、走行の振動で不安定な状態の中でも、器用に腰を上げた。 
 オムツを履く姿を私に見られたくないから、だと思います。 
 現に、膝掛けは未だ彼女の脚の上に乗ったまま―― 


「っ!?」 


 ――オムツも、乗ったまま!? 
 待ってください! 
 貴女は、今、一体何をしているのですか!? 
 あの、まさかとは思いますが! 


 ……ふぁさ。 


 聞こえる筈の無い音が、私の耳に飛び込んできた。 
 私と、彼女の膝……そして、膝掛けでよくは見えない。 
 見えないが、彼女の足元に、ある。 



「プロデューサーは……っふ……見なくていいから……!」 



 彼女のパンツが、其処にある。 



「あのっ……!」 


 パンツの上から、そのままオムツを履けば! 
 確かに、パンツは犠牲になってしまいますが、それでも! 
 それでも、作業の手順が簡略化され、ん……んんん! 


「っ……!」 


 慌てて、視線を逸らす。 
 何であれ、今は彼女を刺激するのは得策では、ありませんから。 
 今、彼女の行動を咎めるのは、詮無きこと。 
 むしろ、頑張りと言う名の栓が、シャンパンの様に飛んでしまうかも知れない。 


「こっ……は、あぁっ……!」 


 助けは、呼べない。 
 爆弾処理班の方は、こういう気分なのでしょうか。

110: 名無しさん 2018/12/14(金) 23:49:01.36 ID:wmxCrzy+o

「ふっ……うぃぅ……!」 


 普段よりも高い、聞いたことの無い声。 
 泣き声、なのだろうか。 
 彼女は、一体何をしているのだろうか。 
 見ない様に顔を横に向けているので、 


「笑顔で~す……んふふ~」 


 口の端から涎を垂らしながら眠りこけている顔が、視界に入る。 
 彼女が、今もこうしてアイドルとして頑張り続けている姿。 
 それに、私はいつも勇気づけられ、元気を貰っています。 


「……」 


 ですが……今は、その……何でもありません。 
 今は、兎にも角にも解決しなければならない問題がある。 
 その問題が解決しなければ、大問題に発展する。 
 想像するだけで、恐ろしい程の大問題に。 


「……」 


 あってはならない未来予想をしていると、 



「助けて……」 



 弱々しい、ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声が聞こえた。 


「っ!?」 


 私は、慌ててその声の主へと視線を向けた。 
 果たして、彼女は苦しんでいた。 


「……ぁ……ぁ……!」 


 オムツを足に通す所までは、良かったようだ。 
 だが、完全に履けた訳ではなく、 


「っ……!」 


 膝まで上げた時点で、波が彼女を襲ったようだ。 
 その証拠に、彼女は腰を浮かせて反り返り、両手で尻を必死に抑えている。 
 膝掛けはずり落ち、ピッチリととじた足の間に、オムツ。 


 そこから、どう助けろと……?

111: 名無しさん 2018/12/15(土) 01:51:25.11 ID:KdKGsJk7o

「……!……!」 


 何かをしなくてはいけないのは、わかる。 
 だが、間違った選択をすれば、それはそのまま終焉を意味する。 
 彼女は当然そうであるし、私もまた、同様に。 
 ……何より、とても嫌です。 


「……!……!」 


 絶え間ない波が、彼女を襲っているのが表情から見て取れる。 
 寄せては返す波ではなく、洪水の様に怒涛の勢い。 
 高波と表現するには、あまりにも高い波。 
 きつく引き結ばれた口元は、普段の形の良い唇とは結びつかない程だ。 


「……!……!」 


 最早、言葉を発する余裕すらないのだろう。 
 息を呑めば、その分だけ外に出てしまうのだろう。 


「……」 


 限界。 
 その二文字が、頭の中をよぎり、諦めようとした。 
 その時、 



「……!……!」 



 光を見た。 


「……!……!」 


 彼女の横顔からほんの少しだけ見える、瞳の奥の輝き。 
 彼女は、諦めていない。 
 嵐の中の、ほんの少しの空白を待っているのだ。 
 ならば、 


「頷いてくださるだけで、結構です」 


 私も、諦めるわけにはいかない。 
 私は、彼女のプロデューサーなのだから。 


「……!……!」 


 オムツに手をかけ、引き上げる準備を整える。 
 羞恥も、躊躇も、危機的状況の前では邪魔でしかない。

112: 名無しさん 2018/12/15(土) 02:05:30.93 ID:KdKGsJk7o

「……」 


 彼女の出すサインを見逃すわけにはいかない。 
  

 ――ちゃんと見ててよね。 


 やめよう。 
 ステージに向かう時に言われた、あの言葉。 
 それを今思い出すのは、精神衛生上良くない。 


「……!……!」 


 バスの前方座席は、さながら西部劇。 
 コインが落ちる瞬間を待つ。 
 デッド・オア・ダイ……大? 
 まずい……私の方が、緊張感に耐えられなくなってきた。 


「……」 


 まだ、ですか。 
 この光景を見られただけでも、かなりまずい事になってしまいます。 
 早く……早く。 
 波よ……早く! 


「――!」 


 今! 


「っ!」 


 顎が引かれた瞬間に緩んだ足の間をオムツが駆け上っていく。 
 一瞬で彼女の尻を包み込み、横モレ、安心。 
 そして、すぐさまスカートの中から手を抜き去り、 
何事も無かったかの様に前を向き、座り直す。 


「っ……ぅ……!」 


 彼女もまた、座り直――えっ!? 
 オムツをはいて、限界を超えて、それでもまだ……我慢するつもりですか!?

113: 名無しさん 2018/12/15(土) 02:31:39.20 ID:KdKGsJk7o

「ぉっ……ぁ……!」 


 オムツを履いたとしても、トイレ以外で大をするのは、 
貴女位の年齢になったら精神的に厳しいかと思います! 
 ですが……ですが! 


「うっ……ぉぇ……!」 


 便意を我慢しすぎて、えずいているではありませんか! 


「……!」 


 オムツを履いている下だけならば、今の所被害は最小限で済む。 
 だが、滝まで発生してしまっては、阿鼻叫喚……地獄絵図だ。 


「ぉぅ……ぇっ……!」 


 きっと、上も出たら、下も出る。 
 そして、このままではそれは避けられない、不可避の未来。 
 ならば……私が彼女のために出来る事は、一つ。 


「……失礼します」 


 彼女の小さな手に、そっと手を重ねる。 
 冷え切ったその手が、私の掌から熱を奪っていく。 


「ぇ……?」 


 まだ、あどけなさの残るその顔が、私に向けられた。 


 ――嘘でしょ? 


 すがるような表情をされたが、 


「笑顔です」 


 私は、 


「ふざ――」 


 彼女の……お腹を抑えている手を押し込んだ。 
 バスの窓から沈む夕日を眺めながら、この先に起こる出来事に思いを馳せる。 


「ふざ、け……ふ……うん……!」 


 一先ず、臭いが出来るだけ外に漏れないよう、膝掛けをかけよう。 
 今、私に出来ることは……それだけなのだから。 



おわり


576: 名無しさん 2019/01/12(土) 21:35:59.58 ID:OWaII7a+o

 #有名人 


「……」 


 頭の中にそんなハッシュタグが浮かんでいる。 
 棚の向こう側、服の隙間から見えるのは、知ってる顔。 
 自分は知ってるけど、向こうは知らない。 
 そーゆーの苦手そうな感じがする。 


「これなんか、どうでしょうか?」 


 何を着ても映えそうだけど、それだとコーデムズくない? 
 ……あ、似合う。 
 背が高いからどうかと思ったけど、雰囲気出てる。 
 売れ残りそうだったから、買ってくれないかな。 


「似合っていると思います」 


 弾む様な声とは反対の、低い声。 
 どんな顔をしてるかは、隠れてて見えない。 
 でも、あんまり楽しそうじゃないのは、わかる。 
 声の調子とかじゃなく、 


「あの……そろそろ、時間が」 


 店に入って来てから、ずっとこの調子なんだもん。 
 服をゆっくり選ぶ暇すら無いのかな。 
 だったら、手に取ったのは全部買ってくれた方が自分的には嬉しい。 
 お客サン来なくて暇だから、気分転換にレジ打ちたい。 


「それなら、まだ大丈夫な筈ですけど?」 


 ニッコリ笑ってるのに、#怖い。 
 SNSにアップ……しちゃ、マズいか。 
 お客サンの写真を勝手に撮るのは、さすがにね。 
 それに、バズるだろうけど、炎上とセットかな。 


「……」 


 言い返せない男の人は、右手を首筋にやって押し黙った。 
 #暇ではないけど、#余裕ではあるんだ。 
 良いデスよー、ゆっくり買い物してってください。 
 確か元モデルだし、参考になるコーデあるかも知れないから。 


「ふふっ! あのニット、きっと似合うと思うんです」 


 さっき広げて見せた服を手に持ち、鼻歌を歌いながら歩き去る。 
 自分より年上で、大人なのに、#子供っぽい。 
 残されて、立ち尽くす男の人。 
 ポツリと聞こえる、低い、 


「……どうしようもない人だ」 


 #優しい声。

577: 名無しさん 2019/01/12(土) 22:14:07.26 ID:OWaII7a+o

「……」 


 在庫整理も終わってるから、店内の掃除。 
 大掛かりなのは、閉まってる時だけどね。 
 この時期は、どうしてもホコリがたまりやすい。 
 棚の上の方とか……うわ、マスクしとけば良かった。 


「……」 


 お客サンは、あの二人だけ。 
 #デート……じゃ、さすがに無いよね。 
 身長差は良い感じだけど、それ以外。 
 女の人は、言うまでもなく美人。 


「……」 


 男の人は、#ホラー。 
 最初に注意書きしとかないと、コメ欄大荒れ、最悪垢BAN。 
 マネージャー? ボディーガード? マジ謎い。 
 ……っとと、掃除掃除。 


「これなんか、どうですか?」 


 綺麗な声。 
 手に持ってるのは……アレ、男物のサングラスだけど。 
 見ると、かけてみてって、男の人に差し出してる。 
 冗談ぽく笑ってるけど、似合いそうすぎでしょ。 


「……」 


 あれ、受け取るんだ。 
 あんまり高くないから、お勧めデスよー。 
 後で拭くの面倒だから、買ってくださーい。 


「……どう、ですか?」 


 ……#似合う。 
 でも、あんまり店内をウロついて欲しくないかな。 
 外から見たら、お客サン入って来なくなりそう。 
 楽なのは良いけど、暇なのはつまんないし。 


「……ふふっ!」 


 一瞬、目をパチクリさせたのは、サングラスをかけると思ってなかったから? 
 だから、耐えきれなくて笑ったのかな。 
 そーだよね、似合いすぎてるから。 
 自分も、働いてる最中じゃなかったら笑ってたかも。 


「あっ、すみません……うふふっ!」 


 #笑顔#溢れる#止まらない。 
 左手に服を持って、右手で口元を隠してる。 
 お仕事で笑ってるのに、今隠してるのは、悪いと思ってるからかな。 
 でもさ、どっちも、 


「……いえ、問題ありません」 


 #笑顔。

578: 名無しさん 2019/01/12(土) 22:43:01.48 ID:OWaII7a+o
  ・  ・  ・ 

「……すみません、そろそろ」 


 左腕の時計を確認しながら、男の人は言った。 
 どうやら、本当に時間が無いみたい。 
 #美人サンも、わかりました、と頷いた。 
 選ばれた服は、気づけば、男の人が抱えていた。 


「……」 


 チラッと、レジの方を見ると……誰も居ない。 
 んー、自分が行くしか無いかな。 
 とりあえず、気をつけよ。 
 面白いやり取りがあったら、配信中にその事ポロっと言っちゃいそう。 


「……」 


 声をかけられる前に、レジに。 
 ポイントに先回り、これ基本ね。 
 慌てて行動すると、そこを狙われるから。 
 ま、自分もたまにやっちゃうんだけどさ。 


「いらっしゃいませ」 


 レジを挟んだ向こう側の二人に、挨拶をする。 
 見ると、服以外にも……あっ、サングラス。 
 お買い上げ、どうもデース。 
 へへへ……まずっ、#思い出し笑い。 


「あの……」 


 カウンターに服を置いた男の人が、スーツの胸元に手を入れた。 
 #ナイフアタック?……無い無い。 


「はい……?」 


 取り出したのは、小さなケース。 
 そこからさらに、取り出したのは、 


「私、こういう者ですが……」 


 一枚の、#名刺。 



「アイドルに、興味はありませんか?」 



 差し出された名刺に書かれている、346プロダクションの文字。 
 興味が無くは無いけど……え、何? 
 もしかして、 



「……#スカウト?」 



 お客サン、そーゆーの困るんデスけど。 
 もう一人が、#無表情デスよ。

579: 名無しさん 2019/01/12(土) 23:06:51.32 ID:OWaII7a+o

「え、と……」 


 あー、どうしよ、これ。 


「――すみません」 


 反応に困ってたら、#メシア。 
 微笑みを浮かべながら、カバーが来た。 


「先に行って、車を回しておいて貰えますか?」 


 聞きようによっては、偉そうな言葉。 
 でも、自分を#ヘルプするためのものだと、わかる。 


「いえ、あの……」 


 #粘る。 


「お願いします」 


 #お辞儀。 


「……わかりました」 


 男の人はそう言いながら、ズボンからお財布を取り出し、 
中から紙幣を抜いてレジに置いた。 


「領収証をお願いします」 


 あ、もしかしてと思ったけど、お仕事で使う服だったんだ。 
 うん、そうだよね。 
 普通に私服を選ぶんだったら、プライベートだから。 
 #デートのタグは、つけないのが正解だったね。 


「宛名は、先程の名刺の通りで。但し書きは、衣装代でお願いします」 


 お釣りは……女の人が、受け取るか。 
 男の人は、そう言うと――サングラスをひょいとつまみ上げた。 
 まあ、会社のお金でそういう#私物は買わないか。 
 似合ってると思ったんだけどね。 


「では……先に、行っています」 


 言い残し、店外に出る途中でサングラスを棚にかけ直す。 
 どーせ後で拭かないといけないから、構わないんデスけどね。 
 でも、そーゆー気配りは結構嬉しいもんデス。 
 #スカウトには驚いたけど、悪い人じゃなさそう。 


「……」 


 さ、#仕事、#仕事。

580: 名無しさん 2019/01/12(土) 23:35:49.41 ID:OWaII7a+o

「ごめんなさいね、さっきは突然」 


 微笑まれ、声をかけられる。 


「あ、いえ……大丈夫デス」 


 タグについているバーコードを読み込みながら、そう返す。 
 #お礼を言ったほうが良いのかな、#迷う。 
 ……って、考え事をしてる間に、居なくなってる。 
 ゲーム中だったら、マズった所じゃないやつ。 


「――あ、すみません」 


 #戻り。 
 #笑顔。 
 #右手。 


「お会計は、別でお願いします」 


 #サングラス。 
 カウンターにコトリと置かれたそれに、自然と目が行く。 
 視界の端に、バッグからお財布を取り出してるのが映った。 
 これって……。 


「?」 


 視線を向けると、キョトンとした顔をされた。 
 そして、何かに気づいたのか、 
右手の親指、中指、薬指、小指でお財布を挟んだまま、 


「しーっ、で♪」 


 人差し指を口元にやり、悪戯っぽい笑み。 
 左の瞼を閉じたウインク。 
 自分と同じ位置にある泣きボクロが#セクシーだけど、#可愛い。 
 所謂、オフレコ、デスね。 


「へへ……わかってますよ~!」 


 二人が、どんな関係なのか。 
 あの男の人が、何者なのか。 
 それは、自分にはわからない。 
 でも……いいね! 


「「……ふふっ!」」 




 この時の自分は、考えてもみなかった。 
 また、この人と、こうやって笑い合う時が来るなんて。 
 この日から、ファッションアカウントをチェックされてたなんて。 


 #始まる。 


 #アイドル。 



おわり

809: 名無しさん 2019/01/22(火) 22:19:52.56 ID:gNI1FyNyo

「……!」 


 車を降り、無言で走り去った担当アイドル。 
 その後を追って、私は今、此処に立っている。 
 彼女は今、どんな表情をしているのか。 
 後ろ姿しか見えていないので、確認は出来ない。 


「……!」 


 ――ガチャリ、ガチャリ。 


 ドアノブが、無慈悲で、無機質な音を立てている。 
 ドアノブをひねり、引いている。 
 開かないドアを何度も、何度も、一定の間隔で開けようとしている。 
 どうやら……鍵が、かかっていたようだ。 


「……」 


 ――ガチャリ、ガチャリ。 


 その行動に、何の意味が有るというのだろうか。 
 私には、到底理解出来ないし、尋ねるのは憚られる。 
 そんな事をする前に、他にやるべき事があるでしょう。 
 ……そう、思っているのだが、私の口は、うまく動いてはくれない。 


「あれ……あれ……?」 


 ――ガチャリ、ガチャリ。 


 何度も、何度もドアノブをひねる。 
 しかし、施錠されたドアが開くことは、無い。 
 もしも、鍵が開いていたのならば。 
 彼女は、あんな声を出さずに済んだのだろうか。 


「鍵……あれ……? なんで……?」 


 ――カチャンッ。 


 彼女の問いに答えるかの如きタイミングで、鍵が開く音。 


 ――ガチャリ。 


 何の準備もする暇も無く、重たいドアは内側から開かれた。 



「ゴメンゴメン! 鍵開けとくの、忘れてた★」 



 そう言いながら、中から出てきたのは、一人のアイドル。 
 仕事中とはまた違う、プライベートの笑顔。 
 大切な肉親に向ける、親愛の笑み。 
 それが―― 



「……あっ」 



 ――瞬く間に、凍りついた。

810: 名無しさん 2019/01/22(火) 22:46:23.99 ID:gNI1FyNyo

「えっ、あっ……えっ!?」 


 彼女は、慌てふためき、視線を彷徨わせる。 
 その場に居る人間――私と、彼女の妹と、その足元を巡り続ける。 
 やがて、彼女は一つの結論を導き出した。 
 希望と言う名の、細い糸を離さぬように握りしめて。 


「いっ、イタズラはやめてよね!」 


 そうであったなら、良かったでしょう。 
 しかし、貴女も……理解していますね。 
 今、この現状は、イタズラなどと可愛らしいものではなく、 
戦いに破れた者が迎えざるを得なかった、過酷な現実という事が。 


「イタ……ズラ……?」 


 普段の、大人でいようと背伸びをしている、彼女の声では無い。 
 理性を全て剥ぎ取られ、剥き出しになった本能。 
 鸚鵡返しに発された、受動的な言葉ではない。 
 能動的を通り越し、最早自動的と言えるようなそれは、 


「――アハッ☆」 


 同じ血を分けた、尊敬する姉へと、 


「カブトムシに見える?」 


 時代を切り開くカリスマ特有の鋭さで以て、容赦なく突き立てられた。 
 あまりの切れ味に、 


「っ……!?」 


 先輩アイドルである彼女も、流石にたじろいだ。 
 それは、言葉の暴力によってか。 
 はたまた、吹き付ける風で、家の中に異臭が入り込まないようにするためか。 
 ……どちらにせよ、開かれたドアが、ほんの少し、 
ほんの数センチだけ、閉じようとした。 


「カブトムシに、見える?」 


 しかし、閉じようとしたドアは、小さな手によってその動きを制限された。 
 よく見れば、ドアを掴む手は、微かに震えている。 
 手首を飾っているヒマワリのアクセサリーが、 
太陽の光を浴びてキラリと輝いた。 


「み……見えない」 
「だよねー☆ だって、カッコよくないし☆」 


 食い気味の、明るい声。 


「っ……!」 


 それを受けた彼女は、肩越しに見える私に、 


 ――助けて。 


 ……と、視線で救難信号をこれでもかと送ってきた。

811: 名無しさん 2019/01/22(火) 23:08:31.25 ID:gNI1FyNyo

「……」 


 どう、したものか。 
 車の中に忘れていった、彼女の鞄に目を向け、思考する。 
 これを此処に置いて、立ち去るのが……恐らく、最善だろう。 
 彼女たちにとってはどうかわからないが、私にとっては――最善だ。 


「……」 


 確かに、彼女は私の担当するアイドルだ。 
 そして、私に助けを求めている視線の主も、 
プロジェクトを勧めていく中で多いに助けられもした。 


 ……が、 


「……」 


 もう、これは家庭の問題なのではないだろうか? 
 私が口を挟み、手を出すべき範囲を逸脱しているように思える。 
 ハラスメントに厳しい、この現代社会。 
 それを生き抜くためには、危険を犯す愚は避けねばならない。 



「――Pくーん、ゴメーン」 



 振り返らず、放たれた銃弾。 
 逃走を図っていた私の足は、悲しいかな、その場に縫い留めれた。 
 放たれたのが矢ならば、それを引き抜き、 
血を流しながらでもその場から立ち去る事が出来ただろう。 



「ゴメーン、Pくーん」 



 謝られた。 
 謝られて、しまった。 
 ……ああ、これはもう……仕方がない。 
 謝罪をされてしまったら、他に選択肢がない。 



「大丈夫です」 



 正直に申し上げますと、まるで大丈夫ではありません。 
 ですが、大丈夫です。 
 信じれば、きっと……大丈夫です。 


「……ホントに?」 


 振り返った彼女の顔に浮かぶのは、不安。 
 下がった眉、震える唇、目尻に浮かぶ涙。 
 それら全てを押し流し、安心させる事が、私に出来るだろうか。 


 ――否。 


 しなければ、ならないのだ。 



「私を信じてください」

812: 名無しさん 2019/01/22(火) 23:35:46.26 ID:gNI1FyNyo
  ・  ・  ・ 

「……アンタが居て、ホント助かった」 


 私の前に置かれたコップには、オレンジジュースが注がれている。 
 それは、さすがにそのまま帰すのも、と、 
彼女が出してくれたものだった。 
 コップと手に取り、軽く一口だけ飲み、喉を潤す。 


「いえ、ご自宅で起きた事なので」 


 後処理は楽でした、などとは言うまい。 
 この様な作業に、苦楽の判断をつけるのは、違うと思うのだ。 
 比較的速やかに、安全に事が運べた。 
 ……ただ、それだけだ。 


「それでは……私は、これで失礼します」 


 今、彼女はシャワーを浴びている。 
 出てきた時に、いかに担当プロデューサーとは言え、 
事件の全貌を知る私と顔を合わせるのは気まずいだろう。 
 まだ幼さが残るとは言え、彼女は、女の子なのだから。 


「う……うん、そうだね」 


 それは十分に理解されているのだろう。 
 一瞬引き止めようとしたのか、伸ばそうとした右手は引き戻され、 
キュッと握りしめられて彼女の胸元に収まった。 
 もしも止められても、問答無用で帰っていましたが。 


「……あ、あのさ!」 


 リビングのドアに手をかけた時、声がかかった。 
 ドアノブは回され、あとはもう、引くだけで開く。 


「……何でしょうか?」 


 何を言おうとしているのだろうか。 
 此処に居続けては、シャワーを浴び終わった彼女と鉢合わせてしまう。 
 そうなっては、元も子もない。 
 それに何より、私も早く帰ってシャワーを浴び、寝て、今日の事を忘れたい。 


「もし、アタシがああなった時も……助けてくれる?」 


 ゆっくりとドアを開け、一歩踏み出す。 


「……頑張ってください」 


 振り返って、彼女を顔を確認はしない。 


「担当じゃないアタシは、助けてくれないの!?」 


 違います。 
 ……そもそも、ですね。 



「――ああいった事態にならないよう、頑張ってください」 




おわり


891: 名無しさん 2019/01/26(土) 16:20:43.40 ID:G+GE+eRUo

「あ、起きた?」 


 仰向けに寝ていた顔の上に、声が降り注いだ。 
 出所は近く、少し体を起こせば触れてしまう距離。 
 瞼が一気に開き、脳が瞬時に覚醒する。 


 ――何故、彼女が此処に? 


「……」 


 何と言うのが正解かわからず、しばし黙考する。 
 その間にも、向けられた視線は私を捉えて離さず、 
彼女の微かな息遣いが私の頬をくすぐってくる。 


 ――何故、彼女はこんな真似を? 


「寝ぼけてる? 珍しいね」 


 確かに、彼女の前でこんな姿を見せたことは、無い。 
 しかし、それは当然の事であるし、そもそも、 
私達の関係性からして、あって良い事では無いのだ。 


 ――何故、貴女は、 


「……良い、笑顔です」 


 そんな笑みを私に向けているのでしょうか? 


「っふふっ!」 


 不意を突かれたのか、彼女は目を見開き、笑いながら顔をあげた。 
 それは、とても良い笑顔。 
 私の見たことのない、美しい表情だった。 


「それ、久々に聞いた」 


 そう、だっただろうか? 
 口癖だと言われる程、繰り返して言っていると思うのだが。 
 顔を横にし、ベッドの横に立つ彼女を見上げる。 


「ほら、早く起きないと遅刻するよ」 


 その姿は、私の知る彼女よりも幾分か年齢を重ねている。 
 声も、ほんの少しだが低くなっていて、 
何より、落ち着きの中に……穏やかさを感じるのだ。 
 駆け抜ける風ではなく、朗らかな春風のように。 


「二度寝なんかしたら、承知しないから」 


 そう言い残し、部屋を出ていく彼女の後ろ姿を見る。 
 閉まる、ドア。 


「……はあ」 


 私は、右手を首筋にやって、人知れずため息をついた。 


 ……なんという夢を見ているのだろうか。

892: 名無しさん 2019/01/26(土) 16:55:25.39 ID:G+GE+eRUo
  ・  ・  ・ 

「~♪」 


 身支度を整え、テーブルにつきながら、 
機嫌良さげに鼻歌を歌っている彼女をチラリと見る。 
 テレビから流れてくるニュースの音声よりも、 
私の耳は彼女の奏でる音色に傾いているようだ。 


「~♪」 


 聞こえてくるのは、彼女のソロ曲。 
 本来の調子ではなく、アップテンポにアレンジされている。 
 時折、リズムが跳ねるのは、フライパンを持ち上げたり、 
食器を用意し、料理をそれに盛り付けているからか。 


「どうしたの?」 


 私の視線に気づいたのか、彼女が問いかけてきた。 
 だが、それに対する答えは無い。 
 彼女の姿を眺めていただけ。 
 ただ、それだけなのだから。 


「……すぐ出来るから、ちょっと待ってて」 


 それを察したのか、彼女は呆れた顔をし、鼻歌を再開した。 
 曲は、『お願い! シンデレラ』。 
 先程よりも、より大胆にアレンジされている。 
 澄ました顔からは、今にも笑顔が零れ落ちそうだ。 


「……」 


 幸せな夢。 
 しかし、これは私が見てはいけないものだ。 
 早く、目を覚まさなければいけない。 
 そうでなければ、‘彼女’に対して失礼であるし、 
私が、自分自身を許せないからだ。 


「……」 


 左腕に巻いた時計を確認する。 
 いくら目を凝らしても、針はぼんやりとしか見えず、 
ハッキリとわかるのは、12のアワーマークのみ。 
 目に入る時刻を表すものは、ずっとこの調子だ。 


「お待たせしました」 


 コトリと、横から皿がテーブルの上に置かれた。 
 丁寧な口調なのは、時間を確認していた私へのちょっとした抗議だろう。 
 焦らせるつもりはなかったのだが、機嫌を損ねてしまっただろうか。 
 ここで余計なことを言っても、何にもならない。 


「いただきます」 


 私が口にするのは、それだけ。 
 美しく輝くスクランブルエッグの味がしなかったのは、 
彼女が頬を膨らませているからか、私を気遣って塩分を控えているからか。 
 きっと、これが夢だからなのだろうが、 
そう断じてしまうのは、あまりにも味気ない理由な気がする。

893: 名無しさん 2019/01/26(土) 17:18:43.21 ID:G+GE+eRUo
  ・  ・  ・ 

「ねえ、いつ帰ってくるの?」 


 玄関で、靴を履いている途中、後ろから声をかけられた。 
 不思議と、このドアをくぐって外に出れば目が覚めるという確信があった。 
 なので、「帰って来ない」と言うのが、正解だ。 
 そもそも、この状況が間違っているのだから。 


「……わかりません」 


 ただ、そう答える事は、私には出来なかった。 
 夢の中とは言え、彼女を笑顔になれない思いはさせられない。 
 本当に、余計な考えなのだろう。 
 確かに彼女は大切な存在ではあるが、ここまでする必要はあるのだろうか? 


「ふーん……まあ、そう言うと思ったけど」 


 納得はしていないのだろうが、理解はしてくれたらしい。 
 少し尖った彼女の口元を見て、申し訳なさがこみ上げてくる。 
 夢の中の彼女は、何故、この状況を受け入れているのだろうか。 
 それが、私にはわからなかった。 


「ちょっと、そんな顔しなくて良いから」 


 彼女はそう言いながら、スーツの背中をポンと叩いた。 
 仕方ないとばかりに苦笑している彼女を見て、 
果たせないにも関わらず、早く帰って来ようと決心する。 
 出来ない約束なので、口には出す事は無いのだが。 


「……」 


 玄関のドアノブに、手をかける。 
 ここを一歩踏み出せば、私は現実の世界へと戻る事が出来る。 
 私は、彼女のプロデューサーで。 
 彼女が、私の担当アイドルである現実へ。 


「あの……」 


 その前に、一つだけ質問してみよう。 



「いつから、貴女はこうなる事を望んでいましたか?」 



 何にもならない、愚かな質問。 
 そんな、無意味な問いかけに、 



「ねえ、またその質問?」 



 彼女は、 



「最初、アンタに会った時から」 



 良い笑顔で答えた。

894: 名無しさん 2019/01/26(土) 17:47:48.40 ID:G+GE+eRUo
  ・  ・  ・ 

「プロデューサーって、どんな人と結婚するんだろうね!」 
「しーっ! あんまり大声を出すと、起きちゃいますよ」 


 起きた。 
 有り得ない。 
 あの夢、何なの? 


「あ……お、おはようございます」 
「っとと、ごめんごめん! 起こしちゃった?」 


 事務所で寝ちゃってた……んだよ、ね。 
 今日は、外が寒くて。 
 それで、暖房がきいてる此処に居たら……。 
 二人が変な話してたからか、変な夢見たし。 


「……」 


 二人を睨みつける。 
 もう少しだけ、夢の続きが見たかったからじゃない。 
 ただ、何となく。 



「最初、私に会った時……どう、思いましたか?」 



 あの、穏やかな顔を見てたいって思っただけ。 
 それに、何? その質問。 
 さっき、同じ話をしたばっかりでしょ。 
 もう、何なの? 



「恥ずかしいから、何度も言わせないでよ」 



 言いながら、デスクに座って眠って居たプロデューサーを見る。 
 寝ぼけてるの? 
 忙しいからって、ちゃんと寝ないからそうなるんでしょ。 
 遅刻しても、知らないんだから。 


「えっ?」 


 私の言葉を聞いて、上がった声は誰のものだったのか。 
 それは誰のものかわらなかったし、もしかしたら、 
私自身があげた声だったのかも知れない。 
 何にせよ、とんでもない事を口走ったのは、間違いない。 


「か、帰る!」 


 慌てて立ち上がり、宣言する。 
 今の会話をこれ以上続けるのは、まずい。 


「「い、今?」」 


 不審げな二つの視線と、向けられたもう一つの視線。 
 その、なんとも言えない視線の主に、私は言った。 



「プロデューサーは見なくて良いから!」 



おわり

989: 名無しさん 2019/01/30(水) 19:32:26.35 ID:Bo1GBMA1o


「不審者?」 


 言われて、間の抜けた声が出た。 
 誰の事を言ってるんだろうと考えた時、思い当たる人物は――……居た。 
 そう言えば、名前を教えてなかったっけ。 
 ……でも、さすがにまだ不審者呼ばわりは無くない? 


「プロデューサー」 


 私の携帯の画像を見ているクラスメイトに訂正を求める。 
 声がちょっと低くなったのは、まあ、ムッとしたから。 
 だって、今の言い方だと、 
私が不審者と一緒に写真を撮るような子になるでしょ。 


「……もうっ」 


 笑いながら、口々に謝られる。 
 からかい半分の冗談だとはわかってるけど、一応……ね。 


「……」 


 今は、学校の昼休み。 
 お弁当を食べてたら、携帯のアルバムにどんな写真があるかって話に。 
 それで、順番に皆で見せ合いっこして、今は私の番。 
 今、皆が見ているのは――アイドルになってからの写真。 


「……」 


 見せられないような写真は無い、と思う。 
 変な写真を撮るのって、私じゃないし。 
 私が撮るのって、ハナコがほとんどだから。 
 グループLINEのアルバムには、 
合宿中に取られた寝顔とかがあったりするけど。 


「何?」 


 皆の視線が、私に向けられた。 
 そして、携帯の画面と交互に行き来して、何かを比べられてる。 
 ……何なの? 
 何か、変な写真でもあった? 


 ――キーンコーンカーンコーン。 


 疑問を口にする前に、昼休みの終了を告げるチャイムが響いた。 
 返された携帯の画面を覗いてみても、別におかしな物は写ってない。 
 私達と、プロデューサーが一緒に写ってるだけの写真。 
 皆はこれを見て、どう思ったんだろう。 


「……?」 


 ひっかかりながらも、次の授業の準備をする。 
 いつもは、始業のベルが鳴るまでお喋りしてるのに。 
 とりあえず、携帯は電源を切って鞄にしまう。 
 マナーモードだと、グループLINEがひっきりなしに携帯を振動させ続ける事があるから。

990: 名無しさん 2019/01/30(水) 19:58:48.20 ID:Bo1GBMA1o
  ・  ・  ・ 

「……」 


 授業が終わり、携帯を起動して何か無いか確認する。 
 いつもだったら、この時間はあまりLINEは来ない。 
 私達はアイドルだけど、学生でもあるからね。 
 仕事もあるし、授業中遊んでばかりもいられないって事。 


「ん」 


 でも、今日はLINEに一件のメッセージが来ていた。 
 グループにじゃなく、私に、直接。 
 何? 何か、問題でも起こった? 
 私に直接って事は、クローネにも関わってくる事? 


「……」 


 ほんの少しだけ緊張しながら見た画面には、 


 『授業中、申し訳ありません』 


 なんて、謝罪の言葉から始まるメッセージ。 


「……」 


 LINEでも、ですますの丁寧な口調は崩れない。 
 何度か改行されたメッセージをしっかりと確認する。 
 その内容は、思っていたようなものじゃなく、 
むしろ、私としては手間が省ける嬉しいものだった。 


「……」 


 どう返そうかと考えて、 


 『わかった』 


 という、シンプルな言葉だけを打ち込んだ。 
 あんまり長くしてもあれだし、次の授業の準備もある。 
 既読がついたのを確認して、ほんのちょっとだけ待つ。 


 『勉強、頑張ってください』 


 なんて、 


「余計なお世話」 


 誰にも聞こえない小さな声で、言う。 
 返事はせずに、携帯の電源を切り、また鞄へ。 


「何?」 


 顔を上げると、隣の席から不思議そうな目が向けられていた。 
 それだけじゃなく、私の鞄を指さしながら、首を傾げている。 
 その、無言の問いかけに対し、 


「別に、何でもない」 


 とだけ返したのは、素っ気なさ過ぎたかと少し思う。

991: 名無しさん 2019/01/30(水) 20:39:19.87 ID:Bo1GBMA1o
  ・  ・  ・ 

「……」 


 『もうすぐ』 


 と、LINEを送る。 
 帰りのショートホームルームが終われば、下校の時間。 
 私のクラスの先生は、朝も帰りも手短に済ませる。 
 だから、授業が終わったらすぐにこう送っても大丈夫。 


「ん」 


 すぐに携帯が音を鳴らし、メッセージが届いた事を告げる。 
 フリックすると、 


 『今日は有給を申請しま~す』 


 なんて、気の抜けるようなメッセージが。 
 それをきっかけに、グループLINEが徐々に盛り上がっていく。 


「はぁ……」 


 思わず出たため息は、窓の外から吹く風にかき消される事なく、 
クラスメイトの耳へと届けられてしまった。 
 どうしたの、と聞かれたから、正直に答える。 
 プロジェクトメンバーの、こういう些細なやり取りは、 
別に隠すような事じゃないしね。 


「ん」 


 グループトークから画面を切り替えると、別のトークに赤いマークが。 
 開く。 


 『はい、お待ちしています』 


「……」 


 プロデューサーが、私に送ってきたメッセージの内容。 
 それは、プロデューサーが私の学校に近くに外出して戻る時間と、 
私の下校時刻が近いので、事務所まで車で拾っていってくれる、というものだった。 
 私だけズルいと言われるのも何なので、皆には内緒。 


「……?」 


 ふと気付くと、また、さっき向けられた不思議そうな目が。 


「何?」 


 聞いても、返事は来ない。 
 私を置いて、顔を見合わせて。 
 何とも言えない、むず痒い居心地の悪さを感じる。 
 ……この状況は、何? 


「何なの?」 


 私の追求は、教室のドアが開いた音に止められた。 
 帰りのショートが終わってからとも思ったけど、あまり待たせるのも悪い。 
 待ってる間に、警官の人に捕まらないとも限らないし。

992: 名無しさん 2019/01/30(水) 21:09:22.91 ID:Bo1GBMA1o
  ・  ・  ・ 

「ごめん、お待たせ」 


 走ったせいで、少し弾む息を整えながら言う。 
 座るのは、今日は後部座席じゃなく、助手席。 
 道中、少し話したい事もあるしね。 
 クラスメイトが、プロデューサーのあだ名を「不審者」にしてた事とか。 


「いえ、問題ありません」 


 低い声でそう答えながら、私の準備が終わるのを待っている。 
 シートベルトを締める前に、鞄は後部座席に置いておこうかな。 


「あ、そうだ。ちょっと良い?」 


 鞄を膝の上に置き、携帯を取り出す。 
 電源は入ったままで、暗証番号を打ち込むだけ。 
 ちょっと、わからない事があったから。 
 プロデューサーなら、わかるかも知れないし。 


「ねえ、この写真なんだけど」 


 プロジェクトメンバーとプロデューサーが一緒に写ってる写真。 
 それをプロデューサーに見せて、聞く。 


「はい」 
「何か、変な所ある?」 
「変な所……ですか?」 


 少しだけ目を細めて、プロデューサーは写真を確認している。 
 だけど、私と一緒で、おかしな所は見当たらなかったようだ。 


「皆さん、良い笑顔をしています」 
「……だよね、ありがと」 


 携帯を手元に引き寄せた時、親指が画面に触れた。 
 そして、スライドしたアルバムは、皆で撮った後、 
プロデューサーと二人で個別に撮った写真を映し出した。 


「……」 


 その写真の中の私は、良い笑顔をしていた。 
 勿論、皆で撮った写真もそうなんだけど。 
 私は、あの時こんな笑顔をしていたのか、という思いに駆られる。 
 クラスの友達は、きっと、この写真を見たのだろう。 


「? どうか、しましたか?」 


 いつまで経ってもシートベルトを締めない私に、声がかかった。 
 慌てて携帯の画面を鞄にしまい込み、後部座席へ。 
 顔を合わせないようにして、シートベルトを締める。 
 今晩にでも、皆にLINEをして誤解を解いておかないと、なんて考えながら。 


「……別に、何でもない」 


 窓枠に肘をついて、外の景色を眺めるフリ。 
 プロデューサーは、不審げな視線を私に向けていた。 




おわり