179: 名無しさん 2017/11/17(金) 00:06:28.56 ID:Z43aXat3o
美嘉「ま、ママー★」 

莉嘉「ママー☆ ナデナデしてー☆」 

武内P「……な、撫でる程度でしたら」 

ナデナデ 

莉嘉「……ニヒヒ! P君にナデナデして貰っちゃったー☆」 

武内P「……あの、もう」 

美嘉「えっ、莉嘉がナデナデ? じゃ、じゃあアタシは肩車?」 

武内P「は、はい!?」 

美嘉「ま、ママー★ か、肩車してー///」 

武内P「!?」

                            引用元: ・武内P「大人の魅力、ですか」
180: 名無しさん 2017/11/17(金) 00:10:51.43 ID:Z43aXat3o
武内P「じょ、城ヶ崎さん……!?」 

美嘉「あ、アタシだって恥ずかしいんだから、早くしてよね!?///」パカッ 


みりあ「お母さん、子供に差をつけるのはだめだよ!」 

莉嘉「P君! お姉ちゃん待ってるよ!」 

きらり「うゅ……きらり、あんな感じだったのぉ?///」 


美嘉「さ、さっさとしてよ!///」パカッ 

武内P「あ、あの!?」 

美嘉「早く! この格好、チョー恥ずいの!///」パカッ 

武内P「い、いけません! もうやめましょう!」

181: 名無しさん 2017/11/17(金) 00:14:38.92 ID:Z43aXat3o
美嘉「良いから! さっさとして!」パカッ 

武内P「あの、城ヶ崎さん! もうこんな事はやめましょう!」 

美嘉「ここまで来て何言ってんの!」パカッ 

武内P「ですが……!」 

美嘉「さっさと突っ込んで!」パカッ 


ちひろ「……何をですか?」 


武内P・美嘉「……」 

武内P・美嘉「!?」

182: 名無しさん 2017/11/17(金) 00:18:43.43 ID:Z43aXat3o
武内P「せ、千川さん!? いつからそこに……!?」 

ちひろ「美嘉ちゃんが、股をパカリと開いた時からです」 

美嘉「い、言い方!///」 

武内P「あ、あの! 誤解です!」 

ちひろ「誤解……ですか?」 

美嘉「そ、そう! アタシが子供で、コイツがママで!」 

ちひろ「……」 


ちひろ「特殊すぎる……!」 


武内P・美嘉「ああっ!? もっと誤解が!?」

183: 名無しさん 2017/11/17(金) 00:25:20.19 ID:Z43aXat3o
ちひろ「凸レーションの子達を避難させて正解でした」 

武内P「せ、千川さん! これは、おままごとで……!」 

美嘉「そ、そう! ごっこ! ごっこなの!」 

ちひろ「……なるほど」 

武内P「わかって頂けましたか……!」 

美嘉「ヤバかったー★ 本気だと思われたら大変だったし」 

ちひろ「……事情はわかりましたが、お二人はアイドルとプロデューサーです」 



ちひろ「……遊びでも……その、気をつけてください」 



おわり


298: 名無しさん 2017/11/19(日) 00:58:22.14 ID:ens/y4Rdo

 仕事の打ち合わせが終わり、帰路につこうとした時、346プロ内にあるカフェで彼を見つけた。 

 いつも通りのスーツ姿に、近くに寄っては見る事が出来ない頭頂部の寝癖。 
 ノートパソコンを見つめる難しい顔は、見る人にとっては怖いものらしい。 

 私は、彼を怖いと思った事はない。 
 感覚がズレていると偶に……いや、よく言われるが、そんな事は無いと思う。 
 彼の見た目、ぴにゃこら太みたいで可愛いと思うのよね。 

 私と同様、仕事が恋人と公言しているだけあって、彼の仕事に対する姿勢はいつも真剣だ。 
 恐らく、彼がカフェで格闘中なのも、担当するアイドル達や、事務員の千川さんに「休め」と言われての事だろう。 
 けれど、彼はそれを良しとしない。 
 その事を同僚として心配もするが……――同時に安心もする。 

 私は、アイドルとして、階段を登っている。 

 彼は、プロデューサーとして、階段を上る手助けをしている。 

 彼は私を担当しているプロデューサーではないけれど、偶に見かけるその姿がとても頼もしく見える。 
 無口な彼だけれど、仕事に打ち込むその背中を見ると、 

 ――貴女は一人ではないです。 

 こう、言っているように感じるから。 
 彼を専有している訳ではないのに、まるで戦友のような関係。 
 ……あら、今のは中々じゃない? 

 彼は、まだこちらに気付かない。

299: 名無しさん 2017/11/19(日) 01:10:21.95 ID:ens/y4Rdo

 思えば、偶々会った時も挨拶はいつも私からしている気がする。 
 アイドルに笑顔を向けられて挨拶されているのに、彼はいつもの無表情。 
 これは、とても不公平な話だと思うの。 


「……ふふっ、いつ気付くかしら」 


 抜き足、差し足、忍び足。 
 バレないように、見つからないように。 


「……」 


 もしかしたら、私には忍者の才能があったのかもしれない。 
 だって、彼ったら私に全く気付かないんですもの。 


「……」 


 彼にとって、アイドルの私の輝きは、目の前のノートパソコンの淡い光よりも弱いのか。 
 確かに、今はあまり気合の入っていない私服だし? 
 ああ、それならバッチリメイクをして、衣装を整えてたらもう気付いてたかもしれないわ。 
 今から取りに行ったら……さすがに彼も休憩時間が終わってしまうわね。 

 彼は、まだこちらに気付かない。

300: 名無しさん 2017/11/19(日) 01:22:35.78 ID:ens/y4Rdo

「……」 


 静かに椅子を引いて正面に座ってみても、彼の目はノートパソコンに釘付けのまま。 
 きっと頭の中は、彼が担当するアイドルの事でいっぱいなのだろう。 
 戦友としてとても喜ばしいけれど、まるで気付かれないのはちょっぴり腹立たしい。 


「……」 


 けれど、彼はいつ私に気付くのかしら? 
 ここまで気付かないのなら、逆に、どこまで気付かないか試したくなってきたわ。 


「……ふふっ」 


 っと、いけないいけない。 
 気付かれないようにしようとした途端、楽しくなって笑みが零れてしまった。 
 あまり大きな声は出なかったけれど、気付かれてはいないかしら? 


「……」 


 けれど、彼は、まだこちらに気付かない。

301: 名無しさん 2017/11/19(日) 01:32:20.92 ID:ens/y4Rdo

 全くもう、普段から笑顔しか言わない割に、目の前のアイドルの笑顔に気づかないなんて! 
 そんなに担当アイドル達は魅力的? 
 やっぱり、若い子の方が目を惹かれますか? 


「……」 


 なんて、貴方はそんな事は微塵も考えず、仕事の事を考えているのよね。 
 趣味と実益を兼ねた、とってもお似合いの仕事ですこと。 
 ……っと、ふふっ、それは私にも言えるわね。 


「……」 


 けれど、やっぱりちょっと疲れた顔をしてるみたい。 
 いつもより……そう、目がキリッとしてるもの。 
 そんなキリッとした目で見たら、気の弱い子は胃がキリキリしちゃうと思いますよ。 
 ……うーん、イマイチ。 


「……」 


 やっぱり、彼は、まだこちらに気付かない。

303: 名無しさん 2017/11/19(日) 01:44:38.63 ID:ens/y4Rdo
「……」 


 私が目の前に座っていると気付いたら、貴方はどんな顔をするのかしら。 
 そして、どんな言葉をかけてくるのかしら。 
 私からは挨拶しませんからね? 
 今回は、貴方から声をかけてくる番って決めたんですから。 


「……」 


 ……けれど、嗚呼、こんなにゆっくりしたのは久しぶりかもしれないわ。 
 何もせず、ただ目の前を見つめるだけ。 
 それだけのに、こんなにも楽しくて、こんなにもワクワクしている。 
 偶には、こんな時間があっても悪くない。 


「……」 


 けれど、もうすぐこの時間も終わり。 
 気付いたら大分時間が経っていたし、そろそろ彼も事務所に戻るだろう。 
 時間切れでの幕切れは、まあ、区切れとしてはありきたりよね。 


「……」 


 それでも、彼は、まだこちらに気付かない。

304: 名無しさん 2017/11/19(日) 01:53:55.69 ID:ens/y4Rdo

「……」 


 残念だけど、今回の勝負は私の負けになりそう。 
 だって、私から挨拶をするのはいつもの事だもの。 


 ――そう思った時、ピウと、少し強く風が吹いた。 


 肌寒くなってきたこの時期の風は、細身の私には少し堪える。 
 もう諦めて、時間切れになる前に、私から声をかけてしまお―― 


「楓?」 


 ――う……!? 


「は、はいっ!?」 


 突然彼の口から私の名前が出たので、素っ頓狂な声をあげてしまった。 
 これでは、アイドル失格だ。 


「っ!? た、高垣さん!?」 


 ……はい?

305: 名無しさん 2017/11/19(日) 02:07:18.97 ID:ens/y4Rdo
「あの、い、いつからそこに!?」 


 彼は非常に取り乱し、今にも椅子から転げ落ちそうになっている。 
 これは、一体どういう事? 
 それに、急に名前で呼んだと思ったら、次の瞬間には『高垣さん』に戻っている。 
 色々と納得出来ない。 


「ええと、大分前からですけど……」 
「それは……申し訳ありません、まるで気付きませんでした」 


 だったら、名前を呼ぶ前に取り乱して然るべきだろう。 
 まさか、嘘を……つけるタイプじゃないわね。 
 直接、聞いてみるしかなさそう。 


「あの、どうして、突然名前で……?」 
「ああ、それは……こちらが、先程の風で運ばれてきたので……」 


 そう言うと、彼は大きな手の平に何かを乗せて、こちらに見せてきた。 


「ふふっ、そういう事でしたか」 
「……」 


 彼の、右手で首筋を触るいつもの癖。 

 その反対の手の上には、風で運ばれてきたという、真っ赤に染まった楓の葉が乗っていた。 




おわり

595: 名無しさん 2017/11/24(金) 21:05:44.30 ID:5h7LlnG4o

 プゥッ。 


 今後の活動に関して、私達は話し合っていた。 
 黒いソファーに、ガラス製のテーブルの上に載せられた資料。 
 正面に座る彼女は、真剣にそれを覗き込んでいた。 


 そして、ふと、会話が途切れた瞬間、先の音が聞こえたのだ。 
 私は、プロデューサーと言えどもアイドルに幻想は抱かない。 
 彼女達の存在は現実であり、当然、放屁もする。 
 そこに人間としての違いなどあるはずもなく、仕方の無い事なのだ。 


 プロデューサーとして、いや、一人の大人として今取るべき態度。 
 注意をする、というのも正しい選択だろうが、私はそれを選ばない。 
 何故ならば、相手はまだ年端もいかない少女であり、 
私の様な男にそれを指摘されるのは非常に気恥ずかしいものであるだろうからだ。 


 故に、私がとるべき行動は一つ。 
 何もなかった事にする、これだ。 
 咳払い一つせず、さも聞こえなかったかのように自然に振る舞うのがベスト。 


 プッ、プゥブゥッ、ブリリッ、ブプッ。 


 私の予定は、儚くも崩れ去った。 
 響き渡る音と、異臭と共に。

597: 名無しさん 2017/11/24(金) 21:16:13.85 ID:5h7LlnG4o

 私は、今どんな顔をしているのだろうか。 
 恐らくだが、全ての感情が抜け落ちた無表情でいると思われるが、 
確認のしようは無いし、その必要はないだろう。 
 今、目を向けるべきは私の表情などではなく、目の前の少女の危機。 
 広がる染みは、未だ留まる事を知らない。 


「大丈夫、ですか?」 


 微塵も大丈夫ではない事は百も承知だ。 
 彼女は突然脱糞して大丈夫でいられる様な異常な神経の持ち主ではないし、 
申し訳ないが、私もその様な神経のアイドルを担当したいとは思っていない。 
 しかし、何か声をかけなければならないのなら、まずは安否確認から。 
 大事故が起こっているとしても、確認を怠るものではないのだ。 


「……――何が?」 


 何が? 

 彼女は、そう、言ったのか? 
 まさか、現実を受け入れる事が出来ないでいるのか? 


 私達は、無表情で見つめ合った。 
 こういう時にする表情を私は知らない。

599: 名無しさん 2017/11/24(金) 21:26:44.33 ID:5h7LlnG4o

 異臭が鼻にまとわりついてくる。 
 感覚器官の一部として、嗅覚は危険を教えるためにもあると何処かで聞いたことがあったが、 
目の前の危険から逃れる事は出来ないし、ただ、止まないアラームに成り下がっていた。 


「……」 


 自然と、右手が首筋にいった。 
 心を落ち着けるためのルーティーンという物が一時期話題になったが、 
私のこれもそうなのだろうか、よく、わからないが。 
 落ち着いて、現状を把握し直そう。 


 目の前には、脱糞し、現実を受け入れられないアイドルが一人。 


 駄目だ、冷静になって考えなどしたら、その瞬間に心が折れてしまう。 
 今の私は、人間ではないと考えるべきだ。 
 ただ、与えられた問題に対処するだけの、無口な車輪、それが今の私だ。 
 車輪ならば、道中汚物の上を走ることもあるだろう。 


 行こう、蒼い風が駆け抜けるように。 


 空調の暖房の風向は、私に向かっていた。 
 私は、無言でその不愉快な臭いを運んでくる風を止めた。

600: 名無しさん 2017/11/24(金) 21:38:10.13 ID:5h7LlnG4o

 私は立ち上がり、ゆっくりと彼女へ向かっていった。 
 その間にも彼女に特筆すべき反応は一切なく、ただ、机の上の一点を見続けていた。 
 視線の先には、今後予定されているシンデレラプロジェクトの企画書が並んでいる。 


 彼女が、どの点に注目しているのかわからない。 
 だが、彼女は今、必死で戦っているのだ。 


 アイドルとしての自分を必死に頭の中に思い描き、 
脱糞してしまった情けない自分と必死に戦わせているのだ。 


 その戦いを応援するのが私のプロデューサーとしての役目であり、 
邪魔をする事など出来はしない。 


 ――パブリュッ。 


 ……どうやら、まだ全てを出し尽くしてしまった訳ではなかったらしい。 
 だが、彼女の顔には微塵の動揺も見られないし、むしろ、堂々としているとさえ言える。 
 これも、ひとえに彼女がアイドルだからこそ成せる業。 


 ステージに立つ前の彼女もこんな顔をしていただろうか。 
 いや、今は考えるのは辞めておこう。辞めておくべきだ。

603: 名無しさん 2017/11/24(金) 21:47:07.97 ID:5h7LlnG4o

「足元、失礼します」 


 未だ微動だにしない彼女の足元に跪いた。 
 距離が近づいた事により、異臭はより強烈なものとなって私の鼻孔を刺激、いや、大打撃してくる。 
 この様な状況だからか、彼女の食生活に偏りがあるからか、それはわからない。 
 だが、私にとってそんなものはどちらでも良かった。 


 臭い。 


 とても、すごく、臭い。 


「……」 


 鼻をつまんで臭いを遮ってしまえば楽になれるだろう。 
 だが、それによって彼女はとても傷ついてしまうだろうし、今後の関係にも大きな支障が出るだろう。 
 それは喜ばしい事では無いし、私の望む所でもなかった。 


 私はプロデューサーだ。 
 アイドルが諦めない以上、私がそれを見捨てる事はない。 
 ああ、だが―― 


 ――とても……臭い。

604: 名無しさん 2017/11/24(金) 21:57:39.32 ID:5h7LlnG4o

「靴を脱がせますね」 


 幸い、座っていたソファーが少し沈み込んでいたため、彼女の足元は無事に済んでいた。 
 座り心地がとても良い、この黒い皮のソファーを私はとても気に入っていたし、 
これを使用したアイドル達も、初めて座った時に少しはしゃいでいたのを覚えている。 
 その思い出のあるソファーが物理的に汚されてしまった事に物悲しさを感じるが、 
彼は、その身を呈して被害を最小限に留めてくれているのだ。 
 ……長い間、お疲れ様でした。ゆっくり、休んでください。 


「……」 


 靴を脱がせるという私の言葉への反応はなく、彼女は未だ己と戦っていた。 
 なので、私は彼女の右の足先を左手で優しく持ち上げ、 
右手で、体が揺れない様、恭しく彼女の靴を脱がせた。 


 おかしなものだ。 
 シンデレラはガラスの靴を履かせて貰う物語だと言うのに、今、私がしているのはその真逆。 
 それだと言うのに、今、これは彼女がアイドルとして続けていくために必要な事なのだ。 


 アイドルに教えられる事も沢山ある。 
 だが、こんな教えられ方をするとは全く思っていなかった。

605: 名無しさん 2017/11/24(金) 22:06:52.98 ID:5h7LlnG4o
  ・  ・  ・ 

「……」 


 無事、両方の靴を脱がせるのに成功した。 
 今、彼女の靴は少し離れた位置に避難させており、安全は確保されている。 
 だが、問題はここからだ。 


「では、靴下も脱がせますね」 


 これは、私にも正しい判断なのかはわからなかった。 
 靴下を脱がせるというのは、靴を脱がせるよりも遥かに難易度が高いからだ。 
 脱がせる事自体は難しくはないのだが、問題は体の揺れ。 
 もしも、彼女が靴下を脱がせる時に体を揺らして、ソファーに体を横たえでもしたら? 
 ……そう、大惨事に陥ってしまう。 
 果たして、これが正しい選択なのだろうか? 


「……」 


 自問自答する私の目に、彼女がコクリと頷いたのが見えた。 


 私に、貴女を信じろというのか? 


 脱糞をしてしまったアイドルの貴女を? 


 ……答えは決まっている。 
 アイドルを信じるのが、プロデューサーだ。

606: 名無しさん 2017/11/24(金) 22:16:06.23 ID:5h7LlnG4o
  ・  ・  ・ 

「……」 


 今、私の目の前には滑らかな肌の、彼女の両の素足があった。 
 これもひとえに、彼女の普段のレッスンの成果。 
 鍛え抜かれたバランス感覚は、沈み込んだソファーに座りながら、 
他人に靴下を脱がされるという非常に難易度の高い行動すら乗り越えていった。 
 その事を褒めたい衝動に駆られたが、今はまだ、戦いの最中。 
 決して、今は褒めるタイミングではない。 


「……」 


 靴も、靴下も避難させた。 
 これ以上、余計な被害が増える事もないだろう。 
 さて…… 


 ……――ここから、どうしたものか? 


 私は、出来るだけの事はやったつもりだ。 
 これ以上は、本人が動くべきではないかと思うのだが。 


 しかし、彼女は動かない。 


 そして、異臭も止まらない。

607: 名無しさん 2017/11/24(金) 22:26:42.21 ID:5h7LlnG4o

「……」 
「……」 


 二人の間に流れる沈黙。 
 少し前に、この沈黙を破って彼女が脱糞したのが、今は遠い過去に感じられた。 
 しかし、問題は何一つ解決していなく、問題どころか、便も山盛りだ。 
 何故それが私にわかったかと言えば、何の事はない、少々下痢気味だっただけの事。 


「……」 
「……」 


 無言で見つめ続ける私の視線を振り払うかの様に、彼女はフルフルと、首を横に振った。 
 一瞬その意味が理解出来なかったが……理解したくはなかった。 
 彼女と、短くない期間アイドルとプロデューサーとして付き合ってきて、わかってしまった。 


 彼女は、この先も私の助けを必要としているのだ。 


 頼られている、のだろうか。 
 使われている、のだろうか。 


 そのどちらでも、私は構わない。 
 ただ、本当に私がやらなければならないのですか? 
 自分で後処理をする事は、本当に出来ないのですか? 
 答えてください。 
 お願い、シンデレラ。

608: 名無しさん 2017/11/24(金) 22:38:43.13 ID:5h7LlnG4o
  ・  ・  ・ 


「……」 


 アイドルとは何だろう。 
 プロデューサーとは何なのだろう。 


 自分自身に問いかけてみるが、鼻につく異臭が考えを纏めさせてはくれない。 


 私は、上着を脱ぎ、ネクタイを外し、ワイシャツを脱ぎ、遠方へ避難させた。 
 これからする事を考えれば、この判断は当然のもの。 
 アイドルの前で私がこの様な姿を晒すなど思ってもみなかったが、 
アイドルが私の前でこの様な姿を晒すなど思ってもみなかった。 


 私は、これから、アイドルの汚物を処理する。 


 自分に言い聞かせ、心を鎮める。 
 そうでなければ、心が沈まる。 


 ――彼女は、今、泣いているのだ! 


 ――それを笑顔にさせずして、何がプロデューサーだと言うのか! 


 ……私の心は、泣きたい気持ちでいっぱいだった。

609: 名無しさん 2017/11/24(金) 22:50:29.90 ID:5h7LlnG4o

「……」 


 無言で彼女の前に立った。 
 変わらない表情、姿勢、そして、異臭。 
 この状況が夢であれば良かったのにと思うが、紛れもない現実だ。 


 私の右手には、パンツを両断するためのハサミが握られていた。 
 彼女も、まさかここまで大惨事になったパンツを洗って再使用するとは思えなかったし、 
脱がせる時に私に汚物がかかるかも知れず、それは避けたかった。 


「パンツは切ってしまおうと思っていますが、宜しいですか?」 
「……」 


 彼女は、無言で頷いた。 
 返事くらいちゃんとしなさいと言えれば良いのだろうが、 
私は、生憎とそういったコミュニケーションが苦手だった。 
 だから、彼女がパンツを切っても良いと、首肯だけでも反応を見せた事を喜んでおこうと思う。 


 私の左手には、タオルと、ビニール袋が握られていた。 
 タオルはハンドタオルで面積は非常に心許ないし、ビニール袋もそこまで大きいものではない。 
 だが、今は、この二つがとても頼もしかった。 


 偶然にも、いや、奇跡的にも、この事態に対処するだけの道具は揃っていたのだ。 
 アイドルの神というのは、非常に気まぐれで、残酷かもしれないが、 
希望を残してくれていただけ感謝するべきなのかもしれない。 
 目の前にアイドルの神が居たら、私は全力で殴り飛ばしているだろうが。

610: 名無しさん 2017/11/24(金) 23:05:48.60 ID:5h7LlnG4o

「……」 
「……」 


 汚物の処理を始める前に、彼女には言っておかなければならない。 


「……人間、誰しも過ちを犯してしまうものです」 


 彼女の前に膝立ちになり、彼女が見つめる一点との視線を遮り、言った。 
 そこで、彼女が脱糞してから、初めて私達の目が合った。 


「……?」 


 首をかしげる彼女に向かって、私は言葉を続ける。 


「今回の事は、既に起こってしまった事です」 
「……」 
「ですが、今回の事を反省し、次につなげる事が出来る」 
「……」 
「次からは、気をつけましょう」 


 責めているように聞こえなかっただろうか。 
 私は、心の底から、次はこんな事の無い様にして欲しいと思っているだけなのだが。 


「っ……!」 


 彼女の目から、大粒の涙がポロリポロリと零れ落ちた。 
 そして、彼女はあろうことか、私に抱きついてきた。 


 鼻に広がる、シャンプーの香り。 
 態勢が変わった事で広がる、強烈な異臭。 


 私は、抱きつかれた事に動揺しながらも、 
二つの香りが織りなす絶望のハーモニーに歪む表情を見られなかったのに安堵していた。

611: 名無しさん 2017/11/24(金) 23:16:26.85 ID:5h7LlnG4o

「……」 


 そうだ、彼女はアイドルとは言えまだ年端もいかぬ少女なのだ。 
 それが他人の前で脱糞した時の気持ちは、私如きに推し量れるものではなかったのだ。 
 表面上の冷静な姿を見て自分一人で納得していたが、違った。 
 彼女は戦いながらも、不安に押しつぶされそうになっていたのだ。 


「うっ……ぐすっ……!」 
「……」 


 耳元から聞こえる彼女の嗚咽。 
 今の、抱きつかれている状況はアイドルとプロデューサーとしての、正しい距離感とは言えない。 
 しかし、状況が状況だ。 
 今は、彼女を突き放す場面では、無い。 


「大丈夫です、私に任せてください」 
「ひっく……うぅ……!」 


 優しく、小さな子供に言い聞かせるように、言った。 
 ハサミをソファーに置き、彼女の背中を安心させるように軽く、ポンポンと叩いた。 


 プッ、プッ。 


 その拍子に、放屁。 


「うぅ~~っ! ひっ、ぐ、ううう!」 


 彼女は号泣した。 
 やはり、慣れない事はするものではなかった。

612: 名無しさん 2017/11/24(金) 23:31:51.96 ID:5h7LlnG4o

「……」 


 今、私が彼女にかけられる言葉は何一つ無い。 
 兎に角、今は一刻も早く汚物の処理を済ませてしまおう。 
 彼女に抱きつかれたまま、耳元で鳴り響く彼女の泣き声をBGMに、 
私は彼女のスカートに手を回し、まくりあげた。 


 広がる、強烈な異臭。 


 しかし、私は負ける訳にはいかないのだ。 
 舌を噛み、漏れそうになったえずきをそのまま噛み殺した。 
 既に私の右手は、彼女の汚物によって汚れている。 
 これ以上自身の手が汚れる事に、何の躊躇いがあろうか。 


 脇に置いていたハサミを取り、彼女の肌を傷つけないよう、 
パンツと肌の間に滑り込ませた。 
 ハサミが冷たかったからか、これからパンツを切られるからか彼女の体がビクリと震えた。 
 しかし、今の私はその程度では止まらない。 
 ここまで来たら、もう、止まれない。 


 ジョキリ。 


 彼女のパンツの側面がハサミによって両断された。 


 広がる、強烈な異臭。 


 目に飛び込んでくる、未消化のコーン。

613: 名無しさん 2017/11/24(金) 23:38:43.52 ID:5h7LlnG4o

「……」 

 SAY☆いっぱい輝く 
 輝く星になれ 
 運命のドア 開けよう 
 今 未来だけ見上げて 


 輝くのは星ではなく、コーン。 
 残酷な運命のドアを開け、私は天を仰いだ。 


「……」 


 そっと 鏡を覗いたの 
 ちょっと おまじない 自分にエール 
 だって リハーサル ぎこちない私 
 鼓動だけかがドキュンドキュン(汗) 
 ファンファーレみたいに 


 鏡を覗いたら、私は今どんな顔をしているのだろう。 
 ちょっと、というか、とんでもない呪いに自分を応援したくなってくる。 
 鼓動だけでなく、脳が、ドキュンドキュンと警鐘を鳴らしている。 
 ファンファーレ? ファン、ファン、ファンファンファン、ファンファンのファン♪

615: 名無しさん 2017/11/24(金) 23:47:09.93 ID:5h7LlnG4o
「……」 

 慣れないこのピンヒール 
 10cmの背伸びを 
 誰か魔法で 変えてください 
 ガラスの靴に 


 こんな状況に慣れたくは無い。 
 10cm? 被害の範囲はそんなものではない。 
 シンデレラへの道とは、ここまで険しいものなのか。 


「……」 


 SAY☆いっぱい輝く 
 輝くSUPER ST@Rに 
 小さな一歩だけど キミがいるから 
 星(せい)いっぱい輝く 
 輝く星になれるよ 
 運命のドア 開けよう 
 今 未来だけ見上げて 


 広がる星々をビニール袋に詰めていく。 
 小さいどころではない、進捗状況は良好だ。 
 透けたビニール袋からコーンが見えるが、気にするのはよそう。 
 目立つ箇所の汚れも拭いた、さあ、袋の口を閉じよう。 
 今、未来だけ見上げて。

616: 名無しさん 2017/11/24(金) 23:56:58.13 ID:5h7LlnG4o
  ・  ・  ・ 

 全ての処理が終わった。 
 彼女は、今はシャワー室でシャワーを浴びているだろう。 
 履く物がないと汚れたスカートのまま移動せねばいけないと思っていたが、 
彼女のカバンの中にレッスンの時に使用するジャージが入っていたのは僥倖だった。 


 私はやり遂げたのだ。 


 誰にも彼女が脱糞した事実を知られる事なく、送り出す事が出来た。 
 これは奇跡と言っても過言ではないだろう。 
 だが、問題はまだ残っている。 


「……」 


 この、ソファーだ。 
 染みは誤魔化しようのない程広がっているし、何より、臭いがついてしまっていた。 
 私の鼻も大分麻痺しているとは思うのだが、この臭いだけは誤魔化しようがない。 
 どちらにせよ買い換えなければならないが―― 


 コン、コン。 


「っ……!?」 


 まさか、このタイミングで、来訪者が……!?

617: 名無しさん 2017/11/25(土) 00:09:21.38 ID:+hgZXj2wo

 ガチャリ。 


 ゆっくりと、ドアが開かれていく。 
 彼女を送り出した事に安堵し、鍵をかけ忘れてしまっていた私の迂闊さを呪った。 
 覆水盆に返らずとは正にこの状況だ。 


 ドアが開かれ、私の目に映ったのは、この部屋の異臭に気づき歪んだ表情だった。 


 ここで、対応を間違ってはいけない。 
 ここで間違ってしまったら、今までの努力が全て水泡に帰す。 
 それだけは、彼女の名誉と、私の犠牲のために、あってはならない。 


「……すみません、先程まで取り込んでいまして」 


 今、ここで私が脱糞して誤魔化すか? 
 いや、それは無理だ。 
 それでは、部屋に入った時に感じた異臭の説明にはならない。 
 どうすれば良い、何と言えば良い……!?

618: 名無しさん 2017/11/25(土) 00:24:25.71 ID:+hgZXj2wo

「……」 


 その時だった。 
 私の脳裏で、悪魔が囁いたのだ。 
 私の中にも、こんな悪辣な考えをする悪魔が潜んでいたとは、思いもしなかった。 


 今の私は、強烈な異臭によって、思考までも染まってしまったというのか。 
 しかし、この手は既に汚れている。 
 ならば、まみれようではないか。 


「せん――……いえ、すみません。体調が、悪かった様なので……」 


 悪魔の思考に。 


 私達は、アイドルのために存在している。 
 故に、共にまみれて頂きます。 
 明言はしなかったので、追求される事は無いでしょう、ご安心ください。 
 しかし……大変、申し訳ありません。 


「……ははは」 


 思わず、乾いた笑いが零れた。 
 部屋には、未だ異臭が立ち込めていた。 





おわり



789: 名無しさん 2017/11/27(月) 12:12:30.31 ID:oxYtAF5MO
最近しぶりんがネタ枠になってきて武凛が無いのが辛い 
武凛お願いします

791: 名無しさん 2017/11/27(月) 16:32:58.10 ID:/waBRMwOo
>>789書きます

792: 名無しさん 2017/11/27(月) 16:46:03.67 ID:/waBRMwOo

 流れていく景色を後部座席に座りながら横目で見る。 
 街はまだ眠る気配を見せず、夜はこれからだと騒いでいるようだ。 


「すみません……少し、迎えに行くのが遅くなってしまいました」 


 けれど、この人は帰りがこの時間になってしまった事を詫びてくる。 
 確かに、私はまだ15歳で高校生だから、あまり遅くなる訳にはいかない。 
 だから、こうして謝罪するのは、当然だと思っているのだろう。 


「良いよ別に。気にしてないから」 


 本当は、一人で帰る事も出来た。 
 むしろ、そうしていたら今頃は家に着いていたかもしれない。 
 しかし、私はこの人に迎えに来て貰い、家まで送ってもらう事を選んだ。 


 今のこの状況は……私の、ほんの少しの我儘。 


「そう言って頂けると、助かります」 


 私の我儘に振り回されていると、プロデューサーは全く思っていないのだろう。 
 それは、この人が私を信頼しているからで……今は、その信頼に甘えてしまおう。

793: 名無しさん 2017/11/27(月) 17:02:41.21 ID:/waBRMwOo

 近頃は、こうして二人になる時間はめっきり減っていた。 
 私も、シンデレラプロジェクトのメンバーとして、 
そして、プロジェクトクローネとしての、二つの企画に関わっているからだ。 
 参加するユニットも増え、ソロ活動も増え……今は、毎日がとても忙しい。 


「……」 


 私をスカウトしに来ていた時は、毎日の様に校門の前で待っていた姿が懐かしい。 
 その時に比べて軽んじられている……とは、思わない。 
 だって、この人はいつも、いつも真っすぐに私を見てくれているから。 


「最近、忙しそうだね」 


 だけど、プロデューサーとは、こうして会う時間がどんどん減ってきている。 
 アイドルとして、私が手のかからない程成長してきたと思ってくれているんだろうけど。 


「すみません。皆さんや……渋谷さんと接する時間が、減ってしまっています」 
「わ、私は大丈夫だから!」 


 思わず、大きな声が出てしまって、少し後悔。 
 本当に大丈夫だと思われて、これ以上会う時間が減るのは、その……何となく、嫌だ。

794: 名無しさん 2017/11/27(月) 17:17:22.84 ID:/waBRMwOo

「……」 
「……」 


 気まずい沈黙が、私達の間に流れる。 
 家に着くまで、もうそれ程時間は残されていないのに。 
 せっかくの機会なのだから、もっと、何か無かっただろうか。 


「……」 


 後部座席の斜め後ろから、運転するプロデューサーの顔を眺める。 
 いつの間にかこの位置が、この人が運転する時の私の定位置になっていた。 
 二人の時も、座るのはなんとなく、斜め後ろ。 
 横に座っていたら、もっとよく顔が見えるのかな……って、何考えてるんだろ。 


「……」 


 相変わらず、無表情で怖い顔。 
 最近は少し表情が柔らかくなってきたと思ったが、運転する時はいつにも増して表情がなくなる。 
 きっと、絶対に事故等起こさず、私を安全に送り届けようと思っているのだろう。 
 でも、この顔で出歩いたら何回職務質問を受けるのかなと思ったら、クスリと笑いが零れた。 


「渋谷さん?」 
「ううん、ごめん。何でもない」 


 プロデューサーの真剣な顔が怖くて、面白くて笑ったとはさすがに言えないよね。

795: 名無しさん 2017/11/27(月) 17:34:05.05 ID:/waBRMwOo

「そう言えば、ですが」 
「何?」 


 何を言われるのだろう。 
 突然で、まるで予想がつかない。 


「最近、学校の方はいかがですか?」 
「……ふふっ、何それ?」 


 まるで久しぶりに娘と会話をする時、話題に困った父親の様な問いかけ。 
 私、アンタみたいな父親を持った覚えはないんだけど? 


「いえ、渋谷さんの最近のスケジュールを考えると、学業の方が疎かになってはいないか、と」 
「……ああ、そういう事」 


 あくまでもプロデューサーとしての問いかけだったのかと思い、納得。 
 しかしながら、中々に痛い所を突かれてしまった。 
 レッスンに、ライブに、その他諸々の仕事もあって、私の成績は緩やかな右肩下がりになっている。 
 けれど、アイドルとして充実した日々を過ごしているのならば、仕方無いんじゃないかな。 


「もしも学業に支障が出ている場合……シンデレラプロジェクトとしての仕事を減らす必要があります」 


 ……は? 


「何それ?」 


 何を言ってるの、この人は?

796: 名無しさん 2017/11/27(月) 18:02:40.43 ID:/waBRMwOo

「プロジェクトクローネの方のスケジュールは、プロダクションの方針もあり調整がききませんから」 
「ちょっ、ちょっと待って!」 
「しかし、シンデレラプロジェクトは、私と、渋谷さんの裁量で調整が可能です」 


 シンデレラプロジェクトとしての仕事を減らす? 


 だって、そんな事をしたら――! 


「アイドルの貴女を見守りたいという気持ちは、これからも、決して変わりません」 


 会える時間が、今以上に――! 


「ですが、親御さんから貴女をお預かりしている以上、学業を疎かにするのを見過ごす訳にはいきません」 


 ……悔しいが、プロデューサーの言う通りだ。 
 この人は、アイドル活動が忙しいからと勉強に手を抜いても良いと言う人じゃない。 
 だけど、今、せっかくのこの時間に、こんなデリカシーの無い事を言うなんて! 


「ですが……渋谷さんならば、そんな事は無いと信じています」 


 その言葉を聞いた瞬間、理解した。  


「……プロデューサー、なんだか性格悪くなった?」 


 私は、からかわれたのだ。

797: 名無しさん 2017/11/27(月) 18:18:05.79 ID:/waBRMwOo

 私の成績が少し下がってきたと伝えたのは……誰だったろうか。 
 頭の中で指折り数えてみるが、プロデューサーに言いそうな奴の心当たりは少しだけ。 
 あとで犯人を特定し、仕返しをしてやらなければ気が済まない。 
 だが、その前に、 


「……大丈夫。勉強も頑張るから」 
「はい。渋谷さんならば、きっとそう仰るだろうと思っていました」 


 シンデレラプロジェクトの仕事を減らすと、冗談交じりに脅しをかけてきたコイツに復讐しなければ。 
 信号が赤になった。 


「でも、頑張っても成績が下がったらどうするの?」 
「それは……」 


 予想していなかった返しに、プロデューサーは大いに戸惑っているようだ。 
 眉をハの字にし、真剣に頭を悩ませている。 
 信号が変わるまでの間、それはずっと続いた。 
 信号が青になった。 


「その……とても、困りますね」 


 考え抜いた結果、それ? 
 そんな答え、もう、 


「……っくく! 何、それ……!」 


 笑うしかないじゃないか。

798: 名無しさん 2017/11/27(月) 18:41:40.40 ID:/waBRMwOo

「私は、プロデューサーであると同時に、アイドル渋谷凛のファンです」 
「うん」 
「その姿を間近で見られる機会が減るのは……はい、困ります」 
「……そっか」 


 プロデューサーも、会える時間が減るのを嫌だと思っていたのか。 
 そう思ったら、さっきまでの事も許そうと思えるから不思議だ。 
 考えてみれば、シンデレラプロジェクトとクローネの二足の草鞋状態になりたての時にも、 
この人は、担当を変わるつもりはないと言ってのけたじゃないか。 
 そう思うと、 


「プロデューサーって、案外独占欲強いよね」 
「そう、でしょうか? 自分では、よくわかりませんが」 
「そうだよ」 


 なんとも欲張りな人だろうか。 
 アイドルとして、学生として、一人の人間として、成長する様を自分に見せろと言うのだ。 
 欲のなさそうな風を装い、その実強引で、とても頑固。 


「私、頑張るから」 


 こんな強欲なプロデューサーの元に居ては、私が欲張りになるのも仕方ない。 


「だから、ちゃんと見ててよね」

799: 名無しさん 2017/11/27(月) 19:01:15.36 ID:/waBRMwOo

「忙しくなって、こういう時間が少なくなるのもわかるよ。だけど――」 


 だけど、アンタは私のプロデューサーでしょ。 
 そして、アイドルの私のファンだと言うのなら、目を離すのは許さない。 
 私は、プロデューサーにアイドルの道に招き入れられたのだ。 
 その責任は取ってもらわないと。 


「……渋谷さん」 
「プロデューサー、ちゃんと私を見ててよね」 


 この感情に名前を付けるのはよそう。 
 それをするのは憚られるし、そうしたら、この人は逃げてしまいそうだから。 
 これはただの我儘で、ちょっとした独占欲なのだ。 


「ふふっ……出来ないなんて、絶対に言わせないから」 
「はい。見守り続けると、お約束します」 


 その答えに満足し、ふと、前を見たら、 


「良い、笑顔です」 
「……ちょっと待って。もしかして、今も見てたの!?」 


 バックミラー越しに、プロデューサーと目が合った。 


 先程までの私は、一体どんな表情をしていたのだろう。 
 そう考えると、今は、一刻も早く自宅に着いて欲しい気持ちでいっぱいになった。 




おわり


782: 名無しさん 2017/11/27(月) 02:51:39.50 ID:M7+WYeW3o
楓さん大勝利を

808: 名無しさん 2017/11/27(月) 21:03:06.57 ID:/waBRMwOo
>>782書きます

809: 名無しさん 2017/11/27(月) 21:17:39.13 ID:/waBRMwOo

 早朝の冷たい空気が頬を撫でていく。 
 乾燥しているこの季節の風は、私達アイドルには厄介な敵だ。 
 髪のセットは乱れるし、ホコリっぽいから、喉も痛みやすい。 
 それでも、朝早いだけマシなのだろうけど。 


 事務所の敷地に入ると、横手にある緑地スペースに後輩アイドルの姿が見えた。 
 確かあの子は、彼が担当していた子だ。 
 大きなツインテールを揺らしながら、何かを必死に探している。 


 声をかけようかとも思ったけれど、今は、この風から避難するのが先決だ。 
 この渇いた風は、私には、とても良くない。 
 だから、早くお城の中に逃げ込まないと。 


 入り口を抜け、エントランスホールに敷かれた赤い絨毯の上を歩く。 
 上等なそれは、気を抜くと足を取られてしまいそう。 


「おはようございます」 
「はい、おはようございます」 


 声の聞こえた先で、アイドルの子と、その担当プロデューサーの男性が挨拶を交わしていた。 
 その、何気ない、とても当たり前のやり取りが、無性に羨ましくなる。 


 これは、冷たい、渇いた風に当てられたせい。 
 私が彼の姿を見なくなって、もう一ヶ月が経とうとしているのとは、全く関係が無い。

810: 名無しさん 2017/11/27(月) 21:35:16.74 ID:/waBRMwOo

 彼は、先月の頭から、アメリカの関連会社へ研修のため出向している。 
 何でも、第二期シンデレラプロジェクトへの空白期間の間に、 
彼の今後の事も考え、スキルアップのためにと専務が提案したらしい。 


 彼は、当然のように初めはその話を断った。 
 それもそのはずで、彼は現在もシンデレラプロジェクトの一期生を抱える、 
そうね、とても優秀なプロデューサーだもの。 
 そんな、仕事人間の彼が自分の今後のためとは言え、 
手放しで今担当しているアイドルを放って海外へ行くとは到底考えられない。 


 だが、最終的に彼はその話を受けた。 
 頑として首を縦に振らなかった彼を説得したのは、彼の関わったアイドル達だった。 
 でも、説得……と、言うのかしら、あれは? 
 エントランスホールで大勢のアイドル達に囲まれながら、 
正座されられている彼の姿はちょっぴり可哀想だったわ! 


 ……そう、丁度、この位置で正座してたのよね、彼。 


 勿論、この話が彼にとって良い話だというのはわかっている。 
 けれど、調子が狂ってしまうのだ。 
 あの、大きな背中と、低い声、そして、ちょっぴり立った寝癖。 


「……おはようございます」 


 ちゃんと周りに誰も居ない事を確認して、彼が正座していた場所に向かって挨拶。 
 誰かにこんな姿を見られたら、また高垣楓が変なことをしていると思われちゃうものね。

811: 名無しさん 2017/11/27(月) 21:57:40.47 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・ 

 仕事の打ち合わせが終わり、談話スペースでホットコーヒーでホッと一息。 
 お昼にはまだ早いからか、いつもは誰かが居るのに今日は私一人だ。 
 最近、調子が出ないからこういった一人の時間は、正直ありがたい。 


 そんな時、ふと、談話スペースの脇に置かれた黒いぴにゃこら太のぬいぐるみが目に飛び込んできた。 
 黒いぴにゃこら太は目つきが悪く、体色と同じ黒いネクタイをしていて、寝癖が立っている。 
 私はそれがとても可愛いと思うのだけど、あまり同意は得られない。 


「……」 


 立ち上がって、黒いぴにゃこら太に近づく。 
 見れば見るほど、この子と彼は似ているように思える。 
 そう考えたら、言いたい事の一つや二つは言っても良い気がしてきた。 


「いつ帰ってくるか位、教えてくれたって」 


 彼にその義務は無いし、私達はそんな間柄では無い。 
 だけど、行き場を失くした私の挨拶の責任はどう取ってくれるのかしら。 


「……」 


 ピン、と、黒いぴにゃこら太のオデコを指で弾いた。 
 それが彼にとっても、この子にとっても言いがかりの八つ当たりだと気づき、 
謝罪の気持ちを込めて、黒いぴにゃこら太の頭を優しく撫でた。 


 その姿を誰かに見られていたらしく、後日、瑞樹さんと早苗さんに飲みに誘われた。 
 気晴らしと言われたけれど、私には意味がよくわからなかった。

812: 名無しさん 2017/11/27(月) 22:14:09.87 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・ 

 彼の姿を見なくなって、もう二ヶ月が経った。 
 初めの頃は上手く回っていなかった歯車も、 
今では少しずつ噛み合い始め、彼が居なくても、大丈夫になりつつある。 


「――すみません! もう一枚お願いします!」 


 私を除いて。 


「はい、よろしくお願いします」 


 今は、雑誌に使用される写真撮影中。 
 モデル時代からこの手の仕事には慣れたものだったが、 
最近では、こうしてスムーズにいかない時がしばしば出てきた。 
 ばしばし撮ってくれてるけれど、どうにも、上手くいかない。 


「笑顔で! 良い笑顔を一枚、お願いします!」 


 ――良い笑顔。 


 その言葉を聞き、胸がドキリと跳ね上がった気がした。 
 ……そうだ、彼も向こうで頑張っているのだ。 
 それなのに、こんな体たらくとは……とても、情けない。 


 私はアイドル、高垣楓。 
 どんな時も、輝いていなくては。

813: 名無しさん 2017/11/27(月) 22:33:04.97 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・ 

「……」 


 自宅のベッドに腰掛け、携帯の画面をじっと見つめる。 
 今までも、そしてこれからも当然のように彼から連絡は無いだろう。 
 だったら、いっそ私から連絡してしまおうかとも思う。 
 そうすれば、今のこのモヤモヤから解放されるだろうから。 


「……」 


 彼の研修が長引いているのは、向こうのボスが彼を気に入ったかららしい。 
 本来の予定では、もうとっくに帰ってきていてもおかしくないようなのだ。 
 全く、あんな人を気に入るだなんて、向こうの人はよっぽどの変わり者なのね! 


「……」 


 だけど……彼が電話に出たとして、何と言えばいいのかしら? 


 いつ帰ってくるの? 


 早く帰ってきてください。 


 早く会いた――……違う違う! 今のは違いますから! 


「……!」 


 携帯をベッド脇に置き、体を投げ出して枕に顔を埋める。 
 ひんやりとした枕の冷たさが、顔の火照りを冷やしてくれる。 
 いい歳をして何をしているのだろう、私は。 
 これではまるで、恋する少女ではないか。

814: 名無しさん 2017/11/27(月) 22:51:11.26 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・ 

 今日の風も、とても渇いている。 
 とても強いそれに抗いながら、私は今日も事務所へ向かっている。 
 都会の人混みすらもすり抜けていく風は、私の心すらも凍えさせようとしているようだ。 


 だから、私はココロを閉ざし、仕事に打ち込んでいた。 
 一時期は調子を崩していたが、今では、元の通り何の問題も無い。 
 ファンの人達の笑顔に支えられているから、私は大丈夫だ。 
 ……ただ、ちょっとお酒の量が増えたかもしれない。 


 ヒュウと風が強く吹き、私は目を細めた。 


「っ……」 


 そして、その視線の先には、 


「……!」 


 人混みにおいてなお目立つ、黒いスーツの、長身の男性が歩いていた。 


 何故だろう、自然と足取りが早くなる。 
 気を抜いたら、今にも走り出してしまいそうだ。 
 だけど駄目、ここで目立ったら騒ぎになってしまうもの。 
 だから、バレないように近づいて……ふふっ、驚かしちゃいましょう♪

815: 名無しさん 2017/11/27(月) 23:07:43.13 ID:/waBRMwOo

「……ふふっ」 


 抜き足、差し足、忍び足。 
 バレないように、見つからないように。 


「……」 


 ……いつの間にか、私の足は止まっていた。 
 先を歩く男性は、背丈が同じくらいの、全くの別人だったのだ。 
 近づいてみれば、体格も違うし、特徴的な寝癖も無かった。 
 背筋の伸び具合も、歩き方も、何もかも。 


「……」 


 立ち止まった私を避けるようにして、通行人の人たちは通り過ぎていく。 
 中には、私が高垣楓だと気付いた人も居たようだが、今は朝の忙しい時間帯だ。 
 遅刻と引き換えにしてまでも、立ち止まって見ようという人は居なかった。 


 ……ああ、駄目だ。 


 もう、一度溢れてしまった想いは止められない。 


「……会いたい」 


 今すぐ、貴方に会いたい。 




「――高垣さん?」 


 忘れもしない……この、低い声は間違えようがない。 


「っ……!」 


 目の前には、記憶と変わらない、彼が立っていた。

816: 名無しさん 2017/11/27(月) 23:32:41.09 ID:/waBRMwOo

「お久しぶりです」 


 本当に久しぶりだと言うのに、彼は変わらない。 


「……お久し、ぶりです」 


 なんとか声を出したが、それだけで精一杯。 


「立ち止まっていては他の方の通行の妨げになりますから、歩きながら」 


 彼は、そう言うと私に背を向け、ゆっくりと歩き出した。 
 フラフラと、つられるように彼について私も歩き出す。 


「……」 


 彼の背中を見ているだけで、不思議な気分になる。 
 久々だと言うのに、変わらない彼の態度へ対する怒り? 
 私に会っても、全然嬉しそうにしていない事への悲しみ? 


「すみません、言い忘れていました」 


 彼は、立ち止まって振り返り、言った。 



「おはようございます」 



 その言葉を聞き、私の心に、とても言葉に出来ない痛みが生まれた。 
 私は、今、恋に落ちたのだ。

817: 名無しさん 2017/11/28(火) 00:01:07.13 ID:mEF11nT4o

「おはようございます」 


 自分の気持ちに名前がついた。 
 ただ、それだけなのに、彼が居なかった時のモヤモヤとした想いが、 
スルリと溶けるように胸の中に落ちてきた。 


「……やっと、帰ってこられました」 


 この気持を伝える勇気は私には無い。 
 けれど、愛しいと思う気持ちが、風の中で舞い踊ってしまいそう。 
 今は、少しでも近くに貴方を感じていたい。 


「ふふっ、もうアメリカから帰ってこないんじゃないかと思ってました」 


 無言で彼の隣に並び、歩みを揃える。 
 アイドルとプロデューサーでも、こうやって隣り合って歩くだけならば良いだろう。 
 これ以上踏み出す力は、私には無い。 
 こうやって、冗談交じりの会話が出来るだけで―― 


「いえ、それは有り得ません」 


 彼は、再び立ち止まり、私を真っすぐ見て、 



「向こうには、貴女が居ませんから」 



 ……そう、言った。 


 私がもしも鳥だったならば、今はあの白い雲を通り抜ける程高く飛べるだろう。 


 私達の間に吹く、溢れる想いの詰まった、こいかぜに乗って。 




おわり



827: 名無しさん 2017/11/28(火) 21:51:37.03 ID:mEF11nT4o

「こうやってくっついてると、恋人同士に見えるかな★」 


 冗談交じりに投げかけられた言葉と共に、絡められた腕の感触に驚く。 
 此処は、シンデレラ達の舞踏会終了後、事務所へ戻るためのバスの車内。 


「城ヶ崎さん?」 


 私に声をかけてきた主は、カリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉。 
 桃色の髪を結い上げ、所謂ギャルメイクをした彼女はとても魅力的なアイドルの一人だ。 
 彼女の突然の行動に驚き目を向けると、 


「……アタシ……無事に帰れたら、アンタに伝えたい事があるんだ」 


 顔面を蒼白にした彼女が、 


「……う……ヤバい……うっぷ……もう……!」 


 本来は入り口である筈の口を――出口にする寸前だった。 


「待ってください! 今、エチケット袋を!」 


 繰り返し言うが、此処はバスの車内……それも、酔いにくい筈の中頃。 


 沢山の魅力的なアイドル達を乗せた、見るものが見れば天国の様な車内。 


 それが今から、地獄に変わろうとしていた。

828: 名無しさん 2017/11/28(火) 22:01:44.69 ID:mEF11nT4o

 偶然が積み重なって起こった事象を人は奇跡と呼ぶ。 
 しかし、私が今体験しているのは奇跡と呼ぶには程遠い、悪夢だった。 


「城ヶ崎さん! ここに! ここにお願いします!」 


 誰しも、乗り物に酔った経験はあるだろう。 
 それは、揺れ等の原因があるものが大半だと思う。 
 しかし稀に、特に原因は無いのに酔ってしまった事はないだろうか。 
 原因はわからないのに……そう、偶々、偶然に。 


「……ゴメン……ゴメンね……うおえっ……!」 


 私……いや、私を除く彼女達――アイドルが、 


「大丈夫です、城ヶ崎さん。私が、ついていますから」 


 偶然にも、 


「美嘉ちゃん声抑えてーっ! オエッて声でこっちもくるから!」 


 全員、盛大に酔っていた。 


 今の声は誰だったろう……いや、そんな事を気にしている場合ではない。 
 そんな事を気にしている場合があるなら、目の前の事態に対処するのが先決。 
 そして、これから起こる二次被害、三次被害に備えてシミュレーションをするべきだ。 


「うっ……お、おうっ、ええええええっ!」 


 地獄のステージの、幕が上がった。

829: 名無しさん 2017/11/28(火) 22:13:28.11 ID:mEF11nT4o

 人が嘔吐する姿に、年齢、性別、容姿、その他諸々の要素はなんら関わってこない。 
 人はただ、嘔吐する時はマーライオンになるのみ。 


「おえっ……おおろおおっ!」 


 城ヶ崎さんの背中をゆっくりとさすりながら、彼女が吐瀉する声を聞いていた。 
 目の端に涙が浮かんでいるのは、人が物を吐く時に出る反射だけでなく、 
舞台の幕を上げてしまったという自責の念も含まれているだろう。 
 情けなさ、申し訳無さ……その他、様々な感情が篭った涙が、ポトリとエチケット袋の中に消えていった。 


「……うっ……ふうっ……!」 


 ……終わった、のか? 


「おええええっ!」 


 ただの間奏だったようだ。 


 カリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉のライブは終わらない。 
 口からどんどん流れ落ちていくカリスマは、音と、そして臭いを他のアイドル達にも届けていく。 
 アイドル達の吐き気は、加速度的にエスカレートしていく。

831: 名無しさん 2017/11/28(火) 22:24:52.71 ID:mEF11nT4o

「……ふぅ……ふぅ……もう、出ないっぽい」 
「お疲れ様です。これで、口をすすいでください」 
「……サンキュ」 
「すすいだ後は、そのままエチケット袋の中に吐き捨ててしまってください」 


 一つの戦いが、終わった。 
 胃の内容物を出し切ってしまった事で楽になったのか、彼女の顔色も先程よりはマシになった。 
 しかし、その顔には欠片程のカリスマも感じられず、今はただ、体調の悪い一人の少女がそこに居た。 


「……うん、吐いてちょっとスッキリしたかも」 
「そうですか。エチケット袋の口をしっかり縛り、休んでいてください」 
「……オッケー」 


 ひとまず、これで城ヶ崎さんは大丈夫だろう。 
 大丈夫でなければ、困る。 


「皆さん! 座席の前にエチケット袋が用意してあります!」 


「おえええええっ!」 


 私が言うまでもなく、それは理解していたようだ。 
 今の声は……いや、考えるのはよそう。 


「もし、助けが必要な場合は声をかけてください! それか手を挙げて――」 


 スッ、と、二桁近い数の手が挙がった。 


「……!」 


 絶望は、まだまだこれからだ。

833: 名無しさん 2017/11/28(火) 22:41:47.25 ID:mEF11nT4o

 いくら私とて、同時に複数の人間を助けるのは不可能だ。 
 しかし、不幸中の幸いと言うべきか……手を挙げているのは、並んだ席の片方のみ。 
 隣の席に座っている人には、まだ若干ながらも余裕があるという事だ。 


「可能な限りすぐに向かいます! それまで、席が隣の人は手助けをお願いします!」 


 これならば、最悪の事態は免れるだろう。 


「はいっ! わかりま……あ……うっぷ……おえええっ!」 


 私に返事をするために、大きく息を吸い込んでしまったのだろう。 
 しかし、それはこの車内に漂う臭いを考えれば自殺行為と言える。 
 今吐いた方の隣は……良し、まだ大丈夫そうだ。 


「返事はしなくて大丈夫です! 皆さん! 頑張りましょう!」 


 プロデューサーとして仕事をしてきて、これ程絶望的な状況はそうは無い。 
 だが、私はこんな状況にも関わらず、感動してしまっていた。 
 アイドル達は、自分が辛い状況だと言うにも関わらず、 
隣の席で吐いた友を気遣い、優しい言葉をかけ、背中をさす……ああ、貰いゲロをしている。 
 心動かされている暇が合ったら、体を動かさなくては。

834: 名無しさん 2017/11/28(火) 23:00:42.60 ID:mEF11nT4o

「――諸星さん、お待たせしました」 
「……ごめんねぇ……Pちゃん」 


 私が諸星さんの元へ向かったのには理由がある。 
 彼女の隣に座っている双葉さんは割と早い段階で嘔吐し、既にグッタリとしているからだ。 
 諸星さんは、自身の吐き気をこらえながらも、周囲のアイドル達を助けてくれていた。 


「いいえ、謝る必要はありません。よく、頑張ってくださいました」 
「にょうっぷ、わー☆……えへへ、照れる……んに゙ぃ……!」 


 そんな彼女が自ら助けを求め、手を挙げた時の覚悟はいか程のものだったか。 
 私には到底推し量ることは出来ないし、また、彼女もそれを望んでは居ないだろう。 
 今、彼女に対してすべき事はたった一つ。 


「諸星さん、エチケット袋は私が持っていますので、遠慮なくどうぞ」 
「Pちゃ……ん……うっぷ」 


 限界を越え、震えてエチケット袋が持てなくなった彼女の手の代わりをする事だけだ。 
 背中から片方の腕を回し、体を彼女に密着させ、まるで恋人のように寄り添う。 
 諸星さんが驚いて目を見開いた直後、 


「おぶううううえっ!」 


 体がくの時に曲がり、盛大に排出が始まった。 
 間に合って、良かった。

835: 名無しさん 2017/11/28(火) 23:15:04.82 ID:mEF11nT4o

「おうっ、お、えええっ!」 


 思えば、諸星さんにはいつも助けられてきた。 
 彼女の明るさと笑顔のパワーに、プロジェクトは陰ながら支えられていたのだ。 
 だから、今は、彼女を私が支えなくては。 
 そう、思った時―― 


「……あとは、杏に任せてよ」 


 そんな声と共に、エチケット袋を持つ手に小さな手が添えられた。 


「――双葉さん?」 


 先程までグッタリとしていた筈の双葉さんが、決意の篭った眼差しでこちらを見ていた。 
 顔色は決して良いとは言えず、お世辞にも頼もしいとは言い難い。 
 だが、 


「さっきはきらりが助けてくれたんだから、今度は杏の番っしょ」 


 双葉さんが浮かべた笑顔は、とても力強く、何よりも美しいものだった。 


「……うっぷ、杏ちゃ……おえええっ!」 
「ああもう、喋らないで良いよ……ほら、杏ときらりで、あんきらなんだからさ」 


 確かに、このバスの中は地獄かも知れない。 


 だが、地獄にも、花は咲くのだ。

836: 名無しさん 2017/11/28(火) 23:27:18.77 ID:mEF11nT4o

「……ほら、早く他の子の所に行ってあげなよ!」 
「うんうん……皆、うぷ……Pちゃんを待ってるにぃ……おうえっ!」 


 何とも頼もしい少女達――いや、アイドル達なのだろう。 
 私は、彼女達の担当をしている事を誇りに思う。 


「諸星さん、双葉さん、ありがとうございます! 何かありましたら、すぐに呼んでください!」 


 エチケット袋を持って両手が使えない双葉さんの代わりに、 
諸星さんがまるで普段双葉さんがしているようにサムズアップしてきた。 


 無理をしてでも私を送り出してくれた彼女達のためにも。 


 私の助けを必要としている、アイドル達のためにも。 


「……――お待たせしました、鷺沢さん」 


 この局面を乗り切らなくてならない。 


「……鷺沢さん?」 


 鷺沢さんは、顔面蒼白のまま、手を挙げて、窓の外を見続けていた。

837: 名無しさん 2017/11/28(火) 23:43:03.86 ID:mEF11nT4o

「あの……違う、んです……おえっ……!」 


 手を挙げている鷺沢さんの隣には、橘さんが顔を真っ青にして座っていた。 
 見るからに限界と言った様子の彼女の口元に、慌ててエチケット袋を当てる。 
 それを視界の端に捉えていたのか、驚くようなスピードで自分用のエチケット袋を開くと口元にやり、 


「おええええっ!」 


 鷺沢さんは、吐いた。 


「……おうえええっ!」 


 続けて、橘さんも吐いた。 


 橘さんの小さな手では、エチケット袋を取り落としてしまう可能性がある。 
 しかし、橘さんのエチケット袋を持っていては、鷺沢さんは自分のためのそれを持つことが出来ない。 
 既に限界を越えていた鷺沢さんは、この状況を作るために手を挙げていたのだ。 
 鷺沢さんは、橘さんも、エチケットも守ったのだ。 


「「おうぅえええっ!」」 


 専務……今なら、貴女が彼女達にユニットを組ませた理由が、良くわかります。 
 しかし、欲を言うならばこの状況でわかりたくはありませんでした。

838: 名無しさん 2017/11/28(火) 23:56:19.71 ID:mEF11nT4o

「……おうっ、ええっ!」 


 吐き続ける、橘さんを見る。 
 まだ12歳の彼女の背中はとても小さく、震えている。 


「橘さん、我慢せず全部出しきってしまいましょう」 


 私に迷惑をかけまいと思ってか、彼女は一度決壊した後も、吐くのを我慢しようとしていた。 
 その誇り高い、大人たらんとする姿勢はとても微笑ましい。 
 だが、今は我慢するべき場面ではないのだ。 
 ここで中途半端に終わらせて、再び波が来た時にすぐエチケット袋は用意出来ないだろう。 


「大丈夫です、橘さん」 


 橘さんの小さな胃に収まっていた物の量は、多くない。 
 なので、片手でもエチケット袋を支える事は十分に可能だ。 


「私が、ついていますから」 


 左手でエチケット袋を持ち、右手で橘さんの背中をやさしくさすった。 


「おっ……おうっ、えええっ!」 


 堰を切ったように橘さんの口から流れ出たものは、微かにイチゴの臭いがした。

839: 名無しさん 2017/11/29(水) 00:08:38.68 ID:abVgxl3vo
「……ふぅ……ふぅ……もう、大丈夫です……ずずっ!」 
「お疲れ様です。これで、口をすすいでください」 
「……ありがとう、ございます……ずずっ!」 
「すすいだ後は、そのままエチケット袋の中に吐き捨ててしまってください」 


 12歳と言っても、大人であろうとする橘さんは今回の事を恥ずかしく思っているのだろう。 
 しかし、今回は状況が状況だし、不運が重なった結果だ。 
 あまり気に病まないで欲しいと思うのだが……こんな時に私の口が上手く回らない事が悔やまれる。 


「ご迷惑を……ずずっ……おかけしました……ずずっ」 


 彼女の中で色々な感情が渦巻いているのがわかる。 
 流れる涙を服の袖でこすっている。 
 赤くなった鼻をすすって―― 




「……ずずっ」 




 ――パスタだ。 




 橘さんの、向かって右の鼻の穴から、チョロリとパスタが顔を出している。 


「いえ……お気になさらず」 


 一刻も早く、アレをなんとかしなくては――!

840: 名無しさん 2017/11/29(水) 00:29:47.06 ID:abVgxl3vo

「……橘さん。貴女は、とっても立派なアイドルです」 
「急に……ずずっ……どうしたんですか……ずずっ」 


 腰を曲げ、座っている橘さんと目線を合わせながら言った。 
 目線が合わせると、あれが見れば見るほどパスタだとわかる。 


「今回の事を恥ずかしいと思っているのですね」 
「はい……ずずっ……だって、当然です……ずずっ」 


 ポケットからティッシュを出し、一枚目で彼女の口の周りを拭う。 
 子供ではないのだからと嫌がる可能性も考えたが、 
今は私の話に耳を傾ける事に集中しているようだ。 


「しかし、人間ならばこういう事も有ります。例えそれが、アイドルであっても」 
「……だけど……ずずっ」 



「そうですね……では、またこの様な事態が起こった時に――」 


 そして二枚目で、橘さんの鼻を拭いつつ―― 


「――今度は、他の誰かを助けてあげられるよう、成長していく」 


 ――パスタを抜き取る。 



「……と、言うのはどうでしょうか?」 
「っ……! 凄い、です! なんだか、とてもスッキリした気分です!」 


 橘さんは、顔を輝かせて言った。 


 パスタの長さは、3センチ。 


 この輝きを消さないためにも、よく噛んで食べなさいと、今言うべきではないだろう。

841: 名無しさん 2017/11/29(水) 00:42:54.65 ID:abVgxl3vo

「スッキリしましたか……はい、それは何よりです」 
「はい!」 


「橘さん――良い、笑顔です」 


「……えへへ」 


 絶望的な状況の中でも、未来を見据える少女が居る。 
 アイドル、橘ありすは、とても強い少女だ。 


「その……えっと、ですね」 
「? はい、何でしょうか、橘さん?」 
「あの……あり――」 



「プロデューサー! 助けてー!」 



「っ!? すみません、もう、行かなくては!」 
「はっ、はい!」 
「それでは失礼します。もしも余裕があれば、鷺沢さんをお願いします、橘さん」 
「あっ……」 


 いけない、今はまだここは戦場なのだ。 


 立ち止まるわけには、いかない。 


 私の助けを待つ、アイドル達のためにも。 





「……ありがとうございました。それと……ありすで、良いです」

843: 名無しさん 2017/11/29(水) 01:00:54.59 ID:abVgxl3vo
  ・  ・  ・ 

 ……これが、346プロのアイドル達が袋を持って高速道路のSAに押し寄せた真相です。 


 この話が汚いと思いますか? 
 私は、そうは思いません。 


 私は、この件で彼女達の美しさを見せられました。 
 彼女達アイドルの、とても素晴らしい輝きを。 


 ……えっ? また、同じ状況になりたいか、ですか? 


 そうですね……はい、絶対に嫌ですね。 
 あんな状況はもう……はい。 


 聞いていただき、ありがとうございます。 
 やっと心の整理がついたので、誰か、口が堅い人に聞いて貰いたかったのです。 


 意外……ですか? 
 そう、ですね……そうかもしれません。 



 しかし――私にも吐き出したい時はあるのです。 




おわり


944: 名無しさん 2017/12/10(日) 21:22:59.39 ID:yXp2Ooj6o
「アイドルの気持ちがわかるのか」 


 今西部長にそう問いかけられた時、私は返す言葉を持たなかった。 
 部長の言葉が、私の心に突き刺さった。 


 私はあくまでもプロデューサーで、アイドルの、年頃の少女達の気持ちはわからない。 
 無言で首を横に振る私に、部長は言った。 


「ならば、やってみると良い」 


 その時の私には、部長の言葉の意味がわからなかった。 
 だが、翌日からアイドル達のレッスンに半ば無理矢理同行させられ、 
彼女達と同じようにボイスレッスンやダンスレッスンを受けさせられ、すぐに理解した。 
 部長は、私をプロデュースしようと言うのだ。 


 私の抵抗も虚しく、日々は過ぎていった。 
 始めた当初は踏めなかったステップも今では得意だし、 
ボイスレッスンに関しては元々才能があったのか他のアイドル達からも賞賛を浴びる程だった。 


 レッスンを続ける中、しばしば専務が顔を見せるようになった。 
 私が懸命に頑張る姿をジロジロとひとしきり眺めたらポエってくるので、 
嫌々ながらもポエり返すと満足そうに微笑んで帰っていった。 


 そして、遂に今日は私のデビューLIVE当日で、なんとセンターを務める事になっていた。 
 アイドルの衣装に身を包んだ私を激励するアイドル達。 
 そんな私達を良い笑顔で見ながら、部長は言った。 


「やってみて、どうだったかね」 


 無言で首を縦に振る私に、部長は言った。 


「アイドルの気持ちはわかったかね?」 


 今西部長にそう問いかけられた時、私は返す言葉を持たなかった。 
 私の拳が、部長の頬に突き刺さった。 
 衣装のスカートが、フワリと揺れた。 


おわり

948: 名無しさん 2017/12/10(日) 21:44:58.46 ID:yXp2Ooj6o

 もう私……アイドル辞める! 


 こう、プロデューサーに言ったのは私の中ではとても恥ずかしい過去だ。 
 思い出すと今でも顔が赤くなるのを抑えられないし、叫びたくなる。 


「……すみません」 


 私をあの時引き止めてくれたプロデューサー。 
 大恩人である彼が、今は申し訳なさそうに頭を下げていた。 


 あの時の私は、世間知らずで無鉄砲だった。 
 けれど、今の私は違う。 
 みんなと一緒に、プロデューサーと一緒に階段を登ってきたのだ。 


 今の私は、人気、知名度共にトップアイドルの仲間入りをしていると思う。 
 主演した映画は興行的に大成功を納めているし、今度の朝ドラのヒロインもやる予定だ。 
 舞台の方は撮影が忙しくて出演する機会は減ったけれど、それでも続けている。 


 私は、この人が居たからこそこうして成功出来た。 
 なのに、プロデューサーは私の担当を降りたいと申し出ているのだ。 
 どうして? 何故? わからない、全然わからないよ。 


「本田さんは……とても、頑張っていると思います」 


 プロデューサーの言葉はいつも真っすぐで嘘偽りは無いし、本心から言っているのだろう。 
 だから、尚更わからなかった。 


「しかし……その、今の本田さんはアイドルというか……ですね、はい」 


 アイドルに決まってるじゃん! 
 歌も……あれ? 最後に歌ったのっていつだっけ? 
 踊り……あれ? やっべ、振り付けどんなんだっけ? 
 あ、あれあれ? 最近、お芝居関係の仕事しかした記憶がないぞ? 


「もう私……アイドル辞めてた?」 


おわり

949: 名無しさん 2017/12/10(日) 22:02:31.96 ID:yXp2Ooj6o
「島村卯月、頑張ります♪」 


 笑顔と共に、プロデューサーさんに向かって言った。 
 迷っていた私を導いてくれたプロデューサーさん。 
 無表情なプロデューサーさんも、私が笑顔を向けると自然と表情が柔らかくなる。 


「はい、頑張ってください」 


 聞く人によっては、冷たい返しなのかもしれない。 
 けれど、私にとってはとても心強い励ましの言葉だ。 


 自信があると言っていた笑顔を忘れかけていた私に、 
プロデューサーさんは笑顔を思い出させてくれた。 
 頬を指で無理矢理釣り上げ作った、とっても不器用な笑顔で以て。 


 だから、私はこっそり誓った。 
 プロデューサーさんの前では、絶対に笑顔で居よう、って。 
 だって、プロデューサーさんが私を選んでくれた理由が、笑顔だから。 


「はいっ♪」 


 私に出来る、とびっきりの、最高の笑顔。 
 今度は、絶対に忘れたりなんかしない。 


「良い、笑顔です」 


 プロデューサーさんが、私を見て微笑んだ。 


「……あぅ」 


 私は、笑顔を忘れない。 
 だけど、出来ない時も稀にある。 


おわり

951: 名無しさん 2017/12/10(日) 22:23:48.95 ID:yXp2Ooj6o
 ちゃんと見ててよね。 


 私は、以前そう言った。 
 プロデューサーはその言葉に頷いたし、きっとその約束は守られているだろう。 
 けれど、本当に見ているか不安になるのも事実だ。 


 だから、私はプロデューサーが言った言葉が本当か確認している。 


「ねえ、この前のトライアドのLIVEの時の話なんだけど」 
「ええ。とても、素晴らしいLIVEでした」 


 熱心に語る様子を見るに、ちゃんと見てくれていたようだ。 


 また、別の時。 


「ねえ、前回のラジオのフリートークの話なんだけど」 
「はい。渋谷さんらしさが出ている、とても良いトークでした」 


 プロデューサーの語りを聞くに、ちゃんと聞いていたようだ。 


 また、別の時。 


「……」 
「? 渋谷さん、どうかされましたか?」 
「ふーん。まあ、悪くないかな」 


 私の視線にすぐ反応したから、セーフにしとこう。 


 そして、ある時。 


「渋谷さん……あの、言いにくいのですが……あまり、見ないで頂けますか……」 


 プロデューサーは、私から目を逸らしながら言った。 


おわり 
 

952: 名無しさん 2017/12/10(日) 22:51:07.69 ID:yXp2Ooj6o
「清純派路線でプロデュースして欲しい、と」 


 私の申し出に、プロデューサーさんは難しそうな顔をした。 
 無理を言っているつもりは無いんだけど、この人にとっては難題のようだ。 


「新田さん……本気で仰っているのでしょうか……?」 


 本気に決まってるじゃない! 
 私だって、まだ19歳なんですよ、プロデューサーさん! 


 思えば、今までの私の扱いは他の子と違っていた。 
 他の子達が可愛い路線なのに、私だけセクシー路線なのだ。 
 シンデレラプロジェクトで、私だけがセクシー。 


「お願いします」 


 プロデューサーさんの目をまっすぐ見つめ、言った。 


「……申し訳、ありません」 


 しかし、無情にもプロデューサーさんの返事は期待したものではなかった。 
 彼は、これからも私のプロデュース方針を変える気は無いらしい。 
 こんなにも必死に、こんなにも本気で頼んでいるのに。 


「……」 


 けれど、プロデューサーさんは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。 
 プロデューサーとは言え、この人も会社人なのだ。 
 きっと、私のプロデュース方針に関して自由のきかない所もあるのだろう。 


「ごめんなさい、なんだか無理を言っちゃったみたいで」 
「……いえ、こちらの力不足です」 


 これ以上、プロデューサーさんを困らせるのはよそう。 
 仕方ないのだ、私がセクシー路線でいる事は、変えられない。 
 346プロダクションの方針ならば、従う他に道は無い。 


「私には、いえ、346プロでは……これ以上清純派路線のプロデュースは出来ないのです」 


おわり

954: 名無しさん 2017/12/10(日) 23:46:21.49 ID:yXp2Ooj6o
「おはようございます、プロデューサー」 
「ドーブラエ ウートラ アナスタシーヤ」 


 プラヂューセル……違う、プロデューサーが、ロシア語で挨拶してきました。 
 私は、それに日本語で返しました。 


「ハラショー! とても、良い発音です♪」 
「良い、笑顔です」 
「……あっ!」 


 意識していないと、自然とラッシーヤ……違う、ロシア語が、出てしまいます。 
 けれど、今のはしょうがない、です。 
 だって、プロデューサーの……ロシア語が、とても素晴らしかったから。 
 顔が、悔しくて、クシャリとなりました。 


「アナスタシアさん……あまり、無理はなさらないでください」 
「いいえ、私、頑張ります! もっと、日本語を上手になりたい」 
「……」 


 私は、前から思っていました。 
 もっと、私の日本語が上手なら、もっと色んなお仕事が出来る。 
 もっと、沢山の事に……挑戦して、アイドルとして成長出来る。 


 だから最近は、考えるのも、ロシア語混じりじゃなく全部、日本語でしています。 
 プロデューサーがロシア語で挨拶してきたのも、私がお願いしたから、です。 
 釣られて私がラ……ロシア語で反応しないよう、試すため。 


「アナスタシアさん、私は……言葉よりも大切な物があると思います」 
「でも……」 
「お気持ちはわかります。しかし、焦ってはいけません」 
「……」 
「ハラショーと言った時のアナスタシアさんの笑顔は、言葉に関わらず、良い笑顔だと思いました」 


 言われて、気付きました。いえ、思い出しました。 
 私がアイドルになった時に言われた、褒められたのは、笑顔だと。 
 やっぱり、プロデューサーはすごい、です。 
 こういう時は、アー、お礼を言わなくっちゃ。 


「――スパシーバ!」 


 ありがとうございます! 


おわり

959: 名無しさん 2017/12/11(月) 14:57:34.19 ID:5y5HcG0go
「煩わしい太陽ね」 


 いつも通りの、朝の挨拶。 
 ここは、私が私らしくいられる、大切な場所。 


「闇に呑まれよ。宴は未だ開かれることはない。今はその翼を休める時」 
「わっ、我が友……?」 


 しかし、今日は様子が違っていた。 
 いや、私が私らしくいられる場所ではあるんだけど、様子が変なの! 


「どうした、我が友よ。無垢なる瞳に困惑の色が浮かんでいるが」 


 プロデューサーが変! 
 まるで、いつもの私みたいな言葉遣いで……。 


「く、くくく……! 遂に、秘術を理解し意思を伝える力を得たようね」 
「然り。我らの魂の共鳴はより輝きを増し、漆黒の光はより多くの迷える魂を導くだろう」 
「~~~っ!」 


 言の葉を交わした所、我が友は我との繋がりをより強固なものとするため、 
魔導書を読み漁り、闇の世界へと至ったという。 
 其の献身たるや、さしもの我も心動かされ、光の道へ誘われる所であった。 
 我が友の容貌に、地の底から響くような低い声が合わさり、 
紡がれる言の葉の調べは、まるで禁忌の呪いの如く我が心の臓に杭を打ち付けていった。 


 ……しかし、光に照らされた魂の開放は長く続かなかった。 


「一刻の猶予も無い」 


 夢とは覚めるもの……恐れていた、覚醒の時が来た。 


「我が此の侭では、堕天使の翼は完全にもがれてしまうだろう」 
「何でよ!? そんな事言わんと! 今のプロデューサー、カッコ良かとです!」 


 正直、たまらんもん! 


「今の問いかけが、そのまま答えです」 


おわり

962: 名無しさん 2017/12/11(月) 23:26:39.26 ID:5y5HcG0go

 働かざるもの食うべからず、っていう言葉があるけどさ。 
 杏はそりゃちょっと言い過ぎ何じゃないかと思うよ。 
 誰だって、働かないで食べていけたらそりゃあ良いと思うって。 
 毎日ゲームにネットに、ダラダラ過ごせたら最高だよねー。 


「双葉さん、ダンスレッスンの時間です」 


 でも、この人はいつも杏を沢山働かせようとするんだよ。 
 酷いと思わない? 他にもアイドルはいっぱい居るじゃんか。 
 杏はさ、出来るだけ働かず、出来るだけ儲けたいのにー。 


「いやー、ちょっと歩くだけの力が出なくてさ、杏も困ってるんだよー」 
「……」 
「レッスンには参加したいんだけどねー、いやー、困った!」 


 プロデューサーには悪いと思うよ? 
 今も、いつものように右手を首筋にやって、困った顔しちゃってるしね。 
 だけど、ダンスレッスンって大変なんだよ、マジで。 
 疲れる事をしに行くために、歩いて疲れるなんて最早拷問だよ、拷問! 


「……それでは、どうぞ」 


 プロデューサーは、そう言うと杏に背中を向けてしゃがんだ。 
 おいおい、杏は小さいとは言え花も恥じらう17歳の乙女なんだよ? 
 いくらなんでも、その提案には乗れないなー。 


「レッスンに参加したいと仰る双葉さんの希望を叶えるのが、私の役目ですから」 


 ……こいつはプロデューサーの技ありかな。 
 レッスンルームに着けばちゃんとやる、って言質を取られた形になっちゃった。 


「それに、楽をするのはお嫌では無いと思いまして」 


 なるほど、確かに言う通り……もう、参った参った! 
 杏の負けだよ! あわせ技一本ってやつだよ! 
 全くもう、最近のプロデューサーは、杏の扱いが上手くなった気がするよ。 


「しょうがないなぁ……飴くれる?」 


 よっこいしょと背中に体を預けながら、二つ目の飴をねだってみた。 


おわり

963: 名無しさん 2017/12/12(火) 00:18:06.71 ID:DzwIZtGwo

 初めは、無表情で、背も高くて、何を考えてるかわからなくて。 
 引っ込み思案な私にとって、プロデューサーはその……はい。 


「緒方さん? どうか、されましたか?」 
「いっ、いえ!……何でもない、です」 
「そう、ですか。何かあれば、すぐ仰ってください」 
「はい……ありがとうございます」 


 うぅ……見てるのが、バレちゃいました。 
 何となく恥ずかしくなって、俯いちゃったけど、変に思われちゃったかな。 


 わかったのは、プロデューサーがとっても不器用な人なんだな、って事です。 
 変わったのは、皆と一緒に頑張ってきて、私も頑張ろうって思えるようになった事です。 
 だから、今の私はプロデューサーを信頼してるし、そう思えるようになった事が嬉しいです。 


 だけど、プロデューサーはどう思ってるんだろう? 
 撮影の時に失敗しちゃった私達のために謝ってる姿を見た時、胸が締め付けられる思いでした。 
 あの後は結局うまく行ったけど、今度また失敗したら? 
 今度こそ見捨てられちゃうかもしれないと思うと……。 


 プロデューサーさんは、他の子の担当もいっぱいしています。 
 今度は二期生のプロデュースも始まるらしいし、もっと忙しくなると思います。 
 皆とってもキラキラしてて、私はその内見捨てられちゃうんじゃないか、って不安です。 
 そうならない様に、とっても頑張ってるし、四葉のクローバーもいっぱい集めてます。 


 私は、昔も今もプロデューサーが怖いです。 
 全然逆の気持ちのはずなのに、怖いんです。 


 私が、この気持を外に出す事はありません。 
 こんな風に思ってるなんて知られて、もしも見捨てられたらと思うと……。 
 だって、絶対大丈夫なんて言い切れる事なんて、無いです。 
 お父さんとお母さんだって……。 


「プロデューサー……私、頑張りますね」 
「? はい、頑張ってください」 


 私、一生懸命頑張ります。 
 アイドルをやるのは楽しいし、皆が怖がる仕事も精一杯やろうと思います。 
 だから、 


 見捨てないで、くださいね? 


おわり

964: 名無しさん 2017/12/12(火) 00:55:38.20 ID:DzwIZtGwo
「プロデューサーさん、クレープ買って来ました~」 
「三村さん……その、あまり間食をなさるのは」 
「美味しいから大丈夫ですよー」 


 この人は、私のプロデューサーさん。 
 仕事は中々に出来るが、いつも私が甘いものを食べるのを邪魔してくるのが玉に瑕だ。 
 しかし、私はその障害を取り除く方法を遂に見つけた。 


「イチゴ味とティラミス味なんですけど、どっちにしますか?」 
「……」 


 プロデューサーさんは、その容姿に似合わず甘い物が好物だったのだ! 
 こうやって、一緒に食べようと買って来てしまえば無碍に断る事はない。 
 一口どうぞと誘うのではなく、丸々一つ与えてしまうのが突破口なのだ。 


「そうですね……三村さんのオススメはどちらでしょうか?」 
「うーん、イチゴも甘すぎないし、ティラミスも上品な甘さで……迷っちゃいますー」 
「成る程……しかし、三村さんは何故それをご存知で?」 
「っ……!?」 


 ――謀られた。 
 プロデューサーさんは、私が甘いものに対して嘘がつけないのを利用したのだ。 


 私は、カロリー制限のためにプロデューサーさんに食べた物をリスト化し提出している。 
 それを元に栄養士との相談し、適切なカロリー計算の元、食事と甘味のバランスを取っていた。 
 ……そう、表向きは、だ。 


 当然、バランスを保っている程度の甘味では私は満足出来なかったし、 
自己申告制という穴だらけの隙間に、ケーキやクッキー、クレープが入り込むのは当然の事。 
 この店のクレープも、開いている穴に飛び込んできた内の一つだった。 


「そ、それは……昔食べた事があって……」 
「正直に言えば、甘い物の制限を少し緩めようと思います」 
「!?」 


 ――なんという、甘い罠だろう! 
 絶対嘘に決まっているのに、正直に話そうと思わざるを得ない! 
 だって、隠れてコソコソ食べるのも美味しいけど、堂々と食べる方がもっと美味しいのだ! 


 心を落ち着けるため、イチゴ味のクレープを一口パクリと食べる。 
 駄目、まだ足りない……ティラミスの方も……う~ん、美味しい~♪ 
 よし……美味しいから大丈夫だよね! 


 しかし、私が何か言う前に、既に制限が厳しくなるよう手配は終わっていたらしい。 
 プロデューサーさんは、微塵も甘くは無かった。 


おわり

967: 名無しさん 2017/12/12(火) 22:45:23.37 ID:DzwIZtGwo

「諸星さん」 
「にょわー! Pちゃんのおかげで、せふせーふ☆」 


 きらりんは、他の皆よりもとーっても背がおっきいの! 
 でも、Pちゃんはそんなきらりんよりちょーっぴり背がおっきいんだゆ! 
 だから、いつもこうやって頭がゴッツンしそうな所はおせーてくれるのです☆ 


「諸星さん」 
「はいっ! きらりん、今日もハピハピ、お仕事頑張るゆ☆」 


 それに、きゃわいい衣装も着せてくれて、アイドルとして活躍させてくれるんだゆ! 
 きらりんは、おっきいからこんなきゃわいい衣装は似合わないと思ってたの。 
 だけど、Pちゃんはいつもきゃわいいって褒めてくれるの! うっきゃー! 恥ずかすぃー! 


「諸星さん」 
「Pちゃん、きらりんに任せて!」 


 そんなPちゃんのお手伝いをしたいって思うのは、トーゼンだゆ☆ 
 Pちゃん、ちょーっとおしゃべりが苦手みたい! 
 だから、その分きらりんがいっーぱいしゃべって、皆でハピハピするにぃ☆ 


「Pちゃん」 
「はい。とても素晴らしい、良いステージでした」 


 うっきゃー! Pちゃんに褒められちゃったにぃ☆ 
 ステージがキラキラしてて、きらりんもキラキラして、とーっても楽しかったゆ☆ 
 これからも、いーっぱいLIVEしたいです! ノンスト―ップ、きらりん☆ 


「Pちゃん」 
「ええ、諸星さんらしさが出ている、とても可愛いらしい服装だと思います」 


 うぇへへ! Pちゃんに、きゃわいいって言われちゃったにぃ☆ 
 今日のきらりんの私服は、とーってもカラフルなのです! 
 きらりん特製のキラキラコーデ、Pちゃんもお気にでとーってもハピハピ☆ 


「Pちゃん」 
「諸星さん。いつも、ありがとうございます」 


 ……にょわー、先に言われちゃったにぃ。 


おわり

969: 名無しさん 2017/12/12(火) 23:30:22.50 ID:DzwIZtGwo
 アタシは今、チョー怒ってる! 
 なんでそんな事でって思うかもしれないけど、しょうがないじゃん! 


「ミンナ、カブトムシを集めるのはカリスマJCっぽくないって言うんだよ!」 
「それは……」 


 あ、Pくん困ってる。 
 やっぱり、Pくんもカブトムシとるのは駄目だって思うのかなー。 
 お姉ちゃんも、ご、ゴキブリと一緒にするくらいだもん。 
 うー、全然違うのに! カブトムシ、チョーカッコイイのに! 


「それは……困りましたね」 
「……やっぱり、Pくんもそう思う? シール集めだけにした方がイイ?」 


 ……Pくんもそう思うんなら、やっぱりやめた方がイイのかな。 


「いえ、その必要はありません」 
「へっ?」 
「城ヶ崎さんの大切な個性の内の一つを諦めてしまうのは、勿体ないと私は考えます」 
「でも……」 


 だって、カリスマってミンナの最先端でしょ? 
 それなのに、ミンナがカリスマっぽくないって言うんなら……。 


「私が困ると言ったのは、城ヶ崎さんのカリスマが、その程度で揺らいでしまうのか、という事です」 
「そんなコトない! だって、アタシはPくんがプロデュースしてるカリスマJC、城ヶ崎莉嘉だよ!」 
「……それを聞いて、安心しました」 


 あっ、Pくん笑った! 
 ……でも、そっか……そうだよね! 
 ミンナに言われて変わるんじゃなく、アタシのカリスマでミンナを変えていかないと! 


「ありがとPくん! アタシ、わかったよ!……えへへ、Pくんのおかげ♪」 
「お役に立てたようで、何よりです」 
「早速、ミンナにカブトムシのカッコよさわかってもらうため、いっぱい捕まえて事務所で放し飼いするね☆」 


  目指せ100匹! カブトムシプロジェクト、ファイトー! おー! 


「待ってください! 城ヶ崎さん! 城ヶ崎さーん!」 


おわり

972: 名無しさん 2017/12/13(水) 01:44:52.27 ID:9djDVpheo
「ねぇねぇ、プロデューサー」 
「はい、何でしょうか」 


 あのね、最近プロデューサーの表情がわかるようになったんだ! 
 今は、ちょっとお疲れみたい……心配だなぁ。 


「大丈夫?」 
「……はい、皆さんの笑顔のためですから」 
「えへへ、そっか♪」 


 プロデューサーが好きなのは、笑顔なんだ。 
 だから、プロデューサーの前では笑顔でいるようにしてるの! 
 そうすればプロデューサーも嬉しいし、笑顔のために頑張らなくていいでしょ? 


「良い、笑顔です」 
「うんっ!」 


それにね、笑いかけると、プロデューサーも笑うんだよ! 
 皆はわかりにくいって言ってるけど、どうしてだろう? 
 すっごくわかりやすいと思うんだけど……えへへ、独り占めしてるみたい! 


「ねぇねぇ、プロデューサー」 
「はい、何でしょうか」 


 あのね、最近よく聞く言葉があるんだけど、あんまり意味がわからないの。 
 だけど、みりあみたいな子の笑顔が好きな人の事、こう言うらしいんだ! 


「えへへ、プロデューサーってロリコンだよね♪」 
「……」 


 あれ? おかしいなぁ……笑いかけてるのに、全然笑ってくれない。 


おわり

975: 名無しさん 2017/12/14(木) 15:28:54.55 ID:qZqdRYado

「……もう、限界だと思います」 


 Pチャンが沈痛な面持ちで俯いている。 
 周りの皆もそう言っていたし、みくも薄々は気付いてたの。 
 だけど、今までの積み重ねがあったから。 
 そのおかげで、今のみくがあったから。 


「ネコキャラ……やめなきゃ、なのかな」 


 今まで、沢山のお仕事をやってきた。 
 すっごくキラキラして、とっても楽しかった。 
 ありがとう、Pチャンのおかげだよ。 
 だから、そんな悲しい顔をしないで? 


「次は何キャラにしようかにゃー……って、にゃあじゃないよね、えへへ」 
「前川さん……」 


 Pチャンと目が合う。 
 思わず出ちゃった口調に、みく自身も戸惑っちゃう。 
 そっかぁ、ネコチャンが大好きだからネコキャラにしたけど、 
みくの中でこのキャラはこんなに大きいものになってたんだ。 
 ありがとね、ネコキャラ。 
 今まで、本当にありがとう。 


「ねえPチャン。次は何キャラが良いと思う?」 


 泣いてなんかいられない。 
 みくはアイドル、前に進まなきゃ! 


「前川さん、魚関係の仕事はそんなに嫌ですか?」 


おわり

976: 名無しさん 2017/12/14(木) 15:43:23.85 ID:qZqdRYado

「プロデューサー、次のアスタリスクの曲はクールタイプでお願いします!」 
「多田さん?」 


 さっき、ちょっとした言い合いになった。 
 いつものことだと皆は笑っていたけど、今回ばかりは譲れない。 
 だって、ユニット曲が片方の属性だけだなんて不公平だ。 


「みくちゃんはキュートで、私はクールです。だから、クールタイプのユニット曲も!」 
「……少し、お待ち下さい」 


 みくちゃんは可愛い。 
 だけど、みくちゃんの属性の曲だけ出すなんて贔屓だよ。 
 プロデューサーは、必死に手元のパソコンを覗き込んでいる。 
 これは……もしかして期待出来るんじゃない!? 


「……」 


 プロデューサーの、いつもの右手を首筋にやる癖。 
 困った時に出るその癖をしているという事は……やっぱり駄目なのかな。 


「……!」 


 と、思いきや……プロデューサーは顔を両手で覆い、肩を落として俯いてしまった。 
 その落ち込み様は今まで見たことがない程で、私は慌ててプロデューサーに駆け寄った。 


「ど、どうしたんですかプロデューサー!?」 
「……申し訳、ありません……!」 


 クール曲を出せない事をこんなに申し訳なく思ってくれるなんて。 


 ……駄目だ! プロデューサーにこんな思いをさせちゃ! 
 私にはロックな熱い魂があるじゃないか! タイプがなんだ! 


 私は、私だ! 


「……多田さんは……ずっと、キュートタイプだと思っていました」 


おわり

977: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:30:43.32 ID:qZqdRYado
書きます 


武内P「キスマーク?」

978: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:32:12.58 ID:qZqdRYado
美嘉「いやー、カリスマJKだったら、キスマークの一つや二つ、ね」 

武内P「……はぁ」 

美嘉「ねぇ、アンタはどう思う?」 

武内P「どう……と、言われましても」チラッ 



未央「おお、助けを求める目」 

凛「面白そうだから、少し様子を見ようか」

979: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:35:08.02 ID:qZqdRYado
美嘉「だからさ、たまにはキスマークをつけた方が良いかな、って」 

武内P「いえ、アイドルにそういった事は……」 

美嘉「でもさ、ギャルだったら普通じゃない?」 

武内P「いえ、しかしアイドルですので……」チラチラッ 



未央「すっごい見てくる」 

凛「うん、チラ見ってレベルじゃないね」

980: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:37:37.20 ID:qZqdRYado
美嘉「アイドルだったら駄目、かぁ」 

武内P「はい、良い事ではないと私は思います」 

美嘉「じゃあさ、アイドルじゃないアタシがキスマークつけてたら?」 

武内P「……は、はぁ」ジッ 



未央「もうこっちから目を逸らさなくなったね」 

凛「美嘉、照れくさいのか気付いてないね」

981: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:39:59.34 ID:qZqdRYado
美嘉「アタシが普通のJKでさ、キスマークつけてたら……」 

武内P「……」 

美嘉「あ、アンタはどう思う?」 

武内P「……」ジーッ 



未央「いたたた! 視線が痛い!」 

凛「美嘉を気遣って口に出せないからって、顔怖すぎ」

982: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:42:14.28 ID:qZqdRYado
美嘉「ねえ、答えて」 

武内P「……一般的な意見でよければ」 

美嘉「一般的か……まあ、それでいいよ」 

武内P「……」ジーッ! 



未央「ここで、部屋から出たらどうなると思う?」 

凛「変なこと言わないで。視線、更に強くなったから」

983: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:44:50.27 ID:qZqdRYado
美嘉「一般的には、どう思うの?」 

武内P「そうですね……城ヶ崎さんも、そういった事をするのかと、少し、ショックかも知れません」 

美嘉「そういった……うーん、き、キスくらい普通じゃない?///」 

武内P「……はい?」チラチラッ 



未央「ここに来て困惑」 

凛「目線、定まってないね」

984: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:48:35.43 ID:qZqdRYado
美嘉「き、キスして移ったリップが、服についちゃうとかさ★」 

武内P「あの……城ヶ崎さん」 

美嘉「シャインリップだと、日の光で目立っちゃうかな?」 

武内P「……」タスケテクダサイ 



未央「目は口程に物を言うって、こういう事だね」 

凛「……しょうがない、そろそろ助けようか」

985: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:52:30.86 ID:qZqdRYado
未央「はいはい、ストーップ!」 

美嘉「み、未央?」 

凛「美嘉、プロデューサー困ってるから」 

美嘉「そ、そう?」 

武内P「……」 

未央「うんうん! 美嘉ねぇにあんなに情熱的に迫られたら、困るに決まってんじゃん!」 

美嘉「そ、そっかなー?///」 


凛「それに、キスマークがつくのは男の人だけだよ。移るほどリップなんてつけてられないし」 


未央「……」タスケテ! 

武内P「……」ムリデス!

986: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:56:11.73 ID:qZqdRYado
美嘉「……べ、別に? それくらい知ってたし?」 

凛「誤魔化さなくて良いよ。美嘉がウブなの、皆知ってるから」 

美嘉「ちょっ、ちょっと凛!?」 

未央「あの……美嘉ねぇはともかく、しぶりんはマジ?」 

凛「? 何が?」 

美嘉「アタシはともかくって……何の話?」 

未央「……」 

武内P「……」 

美嘉・凛「?」

987: 名無しさん 2017/12/14(木) 16:59:44.39 ID:qZqdRYado
武内P「……すみません、私は会議がありますので」 

未央「まあまあ! まあまあ落ち着こうよ!」 

ガシッ! 

武内P「っ……!?」ホンダサン、ハナシテクダサイ! 

未央「っ……!」ニガサネー! ゼッタイ、ニガサネー! 

凛「二人共、何遊んでるの?」 

美嘉「アタシ達、何か変な事言ってた?」 

武内P・未央「いえ、別に」

988: 名無しさん 2017/12/14(木) 17:04:09.47 ID:qZqdRYado
美嘉「あっ、もしかしてキスマークの話は恥ずかしかったとか?★」 

凛「そうなの? ふーん、未央も可愛い所あるね」 

未央「へっ!?」 

美嘉「もー、照れちゃって★ このこのー★」 

凛「そっか、だから最初は話に入っていかなかったんだ」 

未央「……」 

未央「……?」ワタシ、コイツラ、ブットバス、オーケー? 

武内P「……!」ノー!

989: 名無しさん 2017/12/14(木) 17:08:35.45 ID:qZqdRYado
美嘉「ニュージェネのセクシー担当がそれじゃ情けないぞー★」 

凛「まあ、未央が自分で言ってるだけだから」 

美嘉「そうなの? じゃあ、凛がセクシー担当しとく?★」 

凛「やめてよ、もう。でも……まあ、悪くないかな」 

未央「んああああああ!」 

武内P「本田さん! 落ち着いてください、本田さん!」

990: 名無しさん 2017/12/14(木) 17:13:47.24 ID:qZqdRYado
未央「二人共! キスマークって、そうじゃないから!」 

美嘉・凛「はっ?」 

武内P「待ってください! 二人には、刺激が強すぎます!」 

美嘉・凛「へっ?」 

未央「海より広い私の心も、ここらが我慢の限界だよ!」 

武内P「……そ、それでは、私は会議に」 

ガシッ 

未央「まさか、逃がすと?」 

武内P「っ……!?」タスケテクダサイ! ダレカ、タスケテクダサイ!

991: 名無しさん 2017/12/14(木) 17:19:11.66 ID:qZqdRYado
美嘉「キスマークがそうじゃないって……どういう事?」 

凛「そうだよ。ちゃんと説明して」 

未央「キスマークって言うのは、リップとかそういうのの跡じゃないんだよ!」 

美嘉・凛「はぁ?」 

未央「こう、キスというか吸い跡なの! わかる!?」 

美嘉・凛「わからない」 

未央「んああああああ! プロデューサー、何とかしてよ!?」 

武内P「……いえ、私にはとても」 


ガチャッ 


ちひろ「……どうしたんですか? 大きな声を出して……」

992: 名無しさん 2017/12/14(木) 17:25:02.71 ID:qZqdRYado
  ・  ・  ・ 

ちひろ「……成る程。なんとなくお話はわかりました」 

美嘉「キスマークの話をしてるのに吸い跡とか……おかしくない?」 

凛「未央、からかわれてムキになるのはやめなよ」 

未央「ちひろさん! この理不尽な屈辱、どうしたら良いと思う!?」 

ちひろ「……そうですね。あっ、プロデューサーさん」 

武内P「? はい、何でしょうか」 


ちひろ「んっ」 


ちゅううううううう! 


武内P「んあっ!?」ビクンッ! 

未央・美嘉・凛「!?」

993: 名無しさん 2017/12/14(木) 17:30:13.98 ID:qZqdRYado
ちひろ「……んっ」 


ちゅぽんっ! 


武内P「うっ……く、せ、千川さん!? せっせせ、千川さん!?」 

未央・美嘉・凛「!?……!?」 

ちひろ「……」ホラ、コレヲミテクダサイ 

グイッ 

武内P「……!?」 

ちひろ「……」コレガ、キスマークデス 

未央・美嘉・凛「……」 


未央・美嘉・凛「……」ハイ、ワカリマシタ 



おわり

996: 名無しさん 2017/12/14(木) 18:06:10.48 ID:qZqdRYado

 プロデューサーさんは、とても真面目な方です。 


「千川さん」 


 けれど、見ていてちょっと危なっかしい所もあります。 
 とっても頑固で、自分を曲げないのがそう思う原因でしょうか。 
 常務――今は専務ですが――に食って掛かったと聞いて、ヒヤッとした事もあります。 


「千川さん?」 


 プロデューサーさんは、アイドルの子達を一番に考えています。 
 自分の事は二の次で……全然、自分を大事にしません。 
 私はその事が同僚として嬉しくもあり、個人としてはとっても腹立たしいです。 
 仕事熱心なのは良いですけど、いつかそれで倒れてしまうんじゃないかと心配になります。 


「あの……千川さん?」 


 そして、この人は、アイドルの子達との線引きを明確にしています。 
 だから、絶対にアイドルの子達に手を出さないので、その点は安心です。 
 それがもどかしいと思う子も居るかも知れません。 
 けれど、だからこそプロデューサーさんは素敵なんだと、私は思います。 


「千川さん」 
「はっ、はい!?」 
「何か……考え事ですか?」 


 いけない、私ったら仕事中に何を考えてるのかしら。 
 プロデューサーさんの事を考えてました……なんて、言えるわけないじゃない! 
 ど、どうしましょう……? 


「え、ええと……プロデューサーさんは、周りが素敵な女の子だらけなのに、真面目だなぁ、って」 
「……はい?」 
「だって、可愛いアイドルに囲まれてるんですよ? そう思うのが普通です」 
「私はプロデューサーです。アイドルに手を出す事は、絶対に有り得ません」 


 プロデューサーさんは、とても真面目な方です。 


 でも、私はアイドルじゃない……事務員なんですよ、プロデューサーさん。 


おわり