102: 名無しさん 2019/05/11(土) 22:07:43.16 ID:ZCL6p4FIo

「おはようございます」 


 レッスンルームの扉を開けて、声をかけられた。 
 まさか、居るとは思わなくて、び……ビックリしちゃった……。 
 あ……そ、そうだ……! 
 私も、ちゃんと……あ、あ、挨拶しないと……! 


「お、お……おはよう……ご……あうぅ……」 


 ……思ってても、やっぱり出来なかった。  
 挨拶も言えないのに、初レッスンなんて……。 
 う、動きやすい格好で、って言われたけど……これで、良かったのかな? 
 いつものパーカーが、一番楽だから……え、えと、 


「あの……な、なにから……?」 


 言ってから、気付く。 
 この聞き方だと、きゅ、急過ぎたかも……ううん、かもじゃなくて……! 
 レッスンは、最初に何をするのかを聞きたかったんです……。 
 だから、その……え、と……。 


「そう……ですね」 


 目の前の男の人――プロデューサーさんは、ほんの少しだけ考えて、 



「白坂さんが――自信のあるものを」 



 低い声で、言った。 


「自信……?」 


 そんな事を言われても、な、何をしたら……。 
 だって―― 



「――何にもない……です」 



 ――自信のあるものなんて、無いから。 


「大きな声は出せないし、体力も無いし……」 


 自信がない事に、自信があります……なんて言ったら、駄目だよね。 
 俯いて垂れた前髪の隙間から、プロデューサーさんを覗き見る。 
 そして、ほんのちょっとだけ、また考えた後、 



「……ホラー映画が好き、と言っていましたが」 



 それ……私が、オーディションの時に言った……。 
 お、覚えててくれたんです……ね。 
 …………あ、 



「じゃあ……あれをやってみよう、かな……」



                                                                                                       引用元: ・武内P「援助交際、ですか」 
103: 名無しさん 2019/05/11(土) 22:33:54.30 ID:ZCL6p4FIo
  ・  ・  ・ 

「ううう、やっぱり……このお芝居だけじゃダメ……かな」 


 主人公に無視される……倒れたゾンビのマネ……。 
 倒れた状態から、また、前髪の隙間からプロデューサーさんを見る。 
 プロデューサーさんは身長が高いからか、片膝をついてる。 
 ずっとその体勢にさせてるのも、悪い……よね。 


「しゅ、主人公に無視される……倒れたゾンビのマネ……」 


 両手をついて立ち上がりながら、説明する。 


「その……出来る限り……やってみたつもりだけど……」 


 ゾンビらしい手の動きを見せたかったから、少しだけまくっていた袖。 
 それをモソモソと元に戻して、反応を待つ。 
 プロデューサーさんは、何故か片膝をついたまま、話し始めた。 


「アイドルとしては、足りないものがあります」 


 プロデューサーさんは、無表情。 
 鋭い、ホラー映画に出てくる動きが早い子達みたいな、そんな目。 
 ゾンビになったら……どんな目になるんだろう? 
 多分、きっと、かわいいゾンビに……じゃ、じゃなくて……! 


「ア、アイドルとして……何が足りなかったですか?」 


 真っ直ぐ、目線が合う。 


「動き、ですね」 


 それから、アイドルは歌とダンスをする。 
 主人公に無視されるゾンビだと、ファンの人にも気づかれない。 
 ……プロデューサーさんは、そう、ゆっくり説明してくれた。 


「あ……そうですよね……」 


 ほっぺたが熱くなる。 


「これ、動かないんです……」 


 少し考えれば、わかる事なのに……うぅ……! 


「前のシーンの爆発で……吹き飛んじゃった設定だから……」 


 聞かれてもないのに、口が止まってくれない。 
 プロデューサーさんは、そんな私を無表情に見つめている。 
 その視線から逃れるように、袖が余っている両手で顔を隠して、俯く。 


「……成る程」 


 な、何を言われるんだろう……? 



「それで――右足の動きが全くなかった、と」 



 ……やっぱり、私は顔を上げられなかった。

104: 名無しさん 2019/05/11(土) 23:05:27.36 ID:ZCL6p4FIo

「……やっぱり、今の私には……まだまだ……」 


 無視されなかった、無視される設定のゾンビ。 
 今の私の、自信のある……せ、精一杯……でした。 
 だけど、それじゃあ足りない……んです、よね……。 
 ……わかってました、けど、 


「アイドル……むずかしすぎます……」 


 頑張って良かった……って思って良い、ですよね……? 
 ほんのちょっと顔を上げて、プロデューサーさんを見る。 


「はい。貴女の言う通りだと……そう、私も考えています」 


 ……えへへ。 
 やっぱり、わ……私には―― 


「――ですが」 


 ――……えっ? 
 また、俯きそうになった私の目をプロデューサーさんはまっすぐ見て、 



「‘今後’の貴女がどう思われるかは、まだわかりません」 



 そう、言った。 
 こ……今後の、私……? えっ……えっ……? 



「私は……今後、貴女がアイドルとして輝いていくだろうと……そう、考えています」 



 この人は……本気で言ってる。 
 こんな私が、アイドルしてやっていけるって……。 
 でも……だけど……。 


「歌もダンスも……想像出来ないし……」 


 私は、そう思う事は出来ない……です。 
 少しの間だけ、沈黙が流れた。 
 すると、プロデューサーさんは片手を膝について立ち上がり、 
ポケットから電話を取り出して、どこかへ電話をし始めた。 


「……すみません、お待たせしました」 


 時間にすると、ほんのちょっとの間。 
 何かの確認をしてた、みたい……だけど……。 



「それでは――行きましょうか」 



 あ、あの……? 


「どこへ……?」

105: 名無しさん 2019/05/11(土) 23:27:48.76 ID:ZCL6p4FIo
  ・  ・  ・ 

「わぁ……」 


 プロデューサーさんに連れてこられたのは、 
プロダクションの近くにあるライブハウスだった。 
 電話をしていたのは、今、誰も使用してないかを確認するためだったみたい。 
 階段を降りながら、光の当たっている場所へと近づいていく。 


「ここがステージ……」 


 客席の方は暗いけど、ステージの上だけは明るい。 


「ここで……アイドルが叫ぶんですね……」 


 ……あっ、叫ぶとは違う……よね。 
 え、と……あっ、ロック? な人達は叫ぶのかも……。 
 そうしたら、ゾンビ達がいっぱい寄ってきて……ふふ、ふふふ。 
 ……じゃ、なくて。 



「あ、あの……それじゃあ、ありがとうございました……」 



 ちゃんと……お、お礼はしないと。 
 挨拶は、出来なかったけど……出来た……出来ました。 


「…………?」 


 あ……あれ……? 
 そ、そうだ……! 頭をさげないと……! 


「最初から……無理かなって思ってたんです……」 


 アイドルに、なるなんて……。 


「でも……楽しい夢、ちょっとだけ……見られたから……」 


 顔を上げて、プロデューサーさんを真っ直ぐ見る。 


「私、今日のこと……忘れません……」 


 背がとっても高いから、首が疲れちゃうけど。 


「これから先も……ずっと……」 


 あ……だから、レッスンルームでゾンビのマネをした時……? 



「……大切な思い出、ありがとう……じゃあ――」 



 そう言って、横を通り抜けようとする私を……プロデューサーさんは、 



「待ってください」 



 行く手を阻むゾンビみたいに立ちはだかって、引き留めてきた。

106: 名無しさん 2019/05/11(土) 23:51:59.07 ID:ZCL6p4FIo

「諦めるのは、まだ早すぎます」 


 プロデューサーさんは、また片膝をついた。 


「もう少しだけ、続けた方が良い、と……私は思います」 


 低い声に、力が込もっているのがわかる。 
 今まで、ずっと無表情な人だと思ってたのに……。 


「……!」 


 凄く、真剣に。 
 こんなにも必死に、私を見てくれている。 
 だから、 



「で、でも……いいん、ですか……?」 



 沢山のゾンビ達に囲まれた……大ピンチの主人公みたいに。 
 私は……あ、諦めなくても良いんですか……? 
 ぜ、全然、主人公じゃない……私、が……? 



「はい、勿論です」 



 プロデューサーさんは、力強く頷いた。 


「……わかりました」 


 目に見えない何かに背中を押されたみたいに、そう言っていた。 



「あ、あの……私、なんにもできないけど……」 



 だけど……! 



「今、から、はじめます……!」 



 あ、ア……アイドル……を……! 



「し、死ぬ気で……やりますから……!」 




 その帰り道……車の中で、言われた。 


 ――今の白坂さんは、ゾンビのマネが上手く出来ます。 


 ……って……えへへ、嬉しいな……! 
 でも、そう言った後のプロデューサーさん……恥ずかしそう、だった……かも? 
 ……どうしてだろう? 


おわり

403: 名無しさん 2019/05/20(月) 21:38:05.21 ID:7d1IUKD6o


「……あら?」 


 シンデレラガール総選挙の結果発表。 
 それが終わって、お城はパーティー会場になって。 
 会場には、皆が居る……と、思ってたのに。 


「こんな所で、何してるの?」 


 屋上にある庭園の、花壇の横。 
 体育座りをしている、小さな人影を見つけた。 


「――うぇあっ!?」 


 うふふ! バレないように、コッソリ近づいたの。 
 そんなに驚いてくれると、忍び足をした甲斐があったわ。 
 大きな目を見開いて、座ったままこっちを見上げてる―― 


「高垣楓……さん」 


 ――新人の、夢見りあむちゃん。 


「はい、高垣楓です」 


 ニッコリと、笑顔で。 
 あ、そうだわ。 
 せっかくドレスを着てるんだから、裾を摘んで……はい。 
 うふふ、似合ってるかしら? 


「……尊い」 


 りあむちゃんは、呆けた顔をしてポツリと言った。 
 その後、ゆっくりと顔をおろして、立てていた膝と膝の間に埋めた。 
 そして、 


「……これが、アイドルだよぅ」 


 と言って、何も言わなくなってしまった。 


「はい、アイドルでーす♪」 


 だから、りあむちゃんの隣に、よいしょと腰掛ける。 
 さすがに、ちょっぴりお尻がヒンヤリ。 


「えっ!? なっ、何で!?」 


 肩が触れ合って、りあむちゃんは私が隣に座ったのに気付いたらしい。 
 驚いた顔で、こっちを見てる。 
 そんなりあむちゃんに対して、私は、 



「貴女も、アイドルよ」 



 笑顔で言った。 


「ふふっ! 尊い、と言うと良い……うふふっ!」

404: 名無しさん 2019/05/20(月) 21:56:50.99 ID:7d1IUKD6o

「う……あぅ……!?」 


 口をモゴモゴとさせて、何か言いたそう。 
 もしかして、叱られちゃうかしら? 
 ドレスで、屋上とは言え地面に座っちゃいけません、って。 
 でも、この子も座ってるから……ふふっ、おあいこ様、ね。 


「こんな所で、何してるの?」 


 出来るだけ、優しく。 
 もう一度、最初にした問いを投げかける。 


「それ、は……」 


 答えてくれるのを待つ。 


「……」 


 待つ。 


「……独り反省会」 


 ……ええ、と。 


「独り反省会?」 


 聞いた事の無い言葉だったから、聞き返しちゃった。 
 視線で、説明してくれるよう、お願い。 
 ……そんな私のお願いは聞き届けられたようで、 


「いつもは、お家で壁に向かってして……うぅ」 


 しどろもどろになりながらも、教えてくれた。 


「でも、今日はすぐにしないとで……でも、背中が何か……不安で」 


 ……と、言う事は。 
 私は、この子に謝らなきゃいけない。 


「ごめんなさいね、りあむちゃん」 


 体育座りをしたまま、両手を膝に置き、首を曲げて頭を下げる。 


「なぇう、な、何が!?」 


 えっ? だって…… 



「独り反省会の邪魔をして、二人反省会になっちゃったでしょう?」 



 それを聞いたりあむちゃんは、ポカンと口を開いて、 


「反省しなきゃなのは、ぼくだけだよぅ……!」 


 と、また顔を膝の間に埋めた。

405: 名無しさん 2019/05/20(月) 22:18:52.71 ID:7d1IUKD6o

「反省すること?」 


 りあむちゃんに、聞く。 


「……発表の……時」 


 くぐもった声が聞こえてくる。 



「努力なんて無駄……って言ったこと」 



 発表の時に、コメントを求められて。 
 大きな声で、自分が頑張ったかって、問いかけて。 
 アイドルって何なんだって、叫んで。 


「……めっちゃやむ」 


 ……とりあえず、聞いておかなきゃいけないわよね。 
 でないと、わからないから。 
 反省会をしてるのに、それじゃいけないと思うの。 


「ねえ、りあむちゃん」 


 声をかけると、肩がビクリと震えた。 



「やむ……って、何?」 



 今、若い子の間で流行ってる言葉……よね、きっと。 
 昔から、そういった流行語には疎かったけれど……ちょっとショック。 
 そんな事も知らないの、って言われたらどうしようかしら。 
 瑞樹さんなら、知ってる……かも? 


「――あっ」 


 もしかして! 


「やむを得ない……の略?」 


 ねえ、合ってる? 


「……」 


 不思議そうな顔を向けられちゃった。 
 これって、間違ってるって事……よね? 



「何で……笑いかけてくれるの?」 



 何で、って言われても……ええ、と、 


「私、笑ってた?」 


 自分じゃ、よくわからなくって。

406: 名無しさん 2019/05/20(月) 22:47:31.75 ID:7d1IUKD6o

「……めっちゃ良い笑顔だった」 


 まあ! 


「うふふ! 褒められちゃった♪」 


 笑いかける私をりあむちゃんは見つめてくる。 
 だから、無言で。 
 笑顔で、待つ。 


「……アイドルになって、事務所に入って」 


 冷たい風が、ピウと吹いた。 


「皆が、すっごく努力してるのを……実際に見て」 


 整えられていた髪が、乱れる。 


「なのに……頑張ってないぼくが、三位になって」 


 左手で、右の頬にかかる髪をかきあげる。 



「どこを見てるんだオタクども、って……めっちゃムカついて!!」 



 静かな叫び声が、私の鼓膜に響いてくる。 


「気付いたら口から出てた……けど」 


 段々と、声が小さくなっていく。 



「……ぼくが、一番皆を馬鹿にするような事言っちゃってた」 



 声は、最後の方は震えていた。 
 両手は、自分を抱え込んで……小さく、小さくなるように。 


「……ええ、確かにそうね」 


 私がそう言うと、りあむちゃんは顔を上げてこっちを見た。 
 眉間にシワがよっていて、眉がハの字になっている。 



「もう、あんな事言っちゃダメよ?」 



 言いながら、メッと人差し指で眉間をチョイッと突く。 
 そのまま、のの字を描いて、寄っているシワを伸ばす。 
 ……うふふ! 楽しい――じゃなくて。 
 アイドルが眉間にシワが寄ってちゃいけないから、やむを得ない。 


「……怒ってないの?」 


 えっ? 
 今、怒ったと思ったんだけれど……。

407: 名無しさん 2019/05/20(月) 23:21:46.83 ID:7d1IUKD6o

「ぼ、ぼく! ひどい事言ったんだよ!?」 
「でも、反省したんでしょう?」 


 よいしょっ、と立ち上がり、 


「だったら、皆の所に戻りましょう」 


 笑顔で、手を差し伸べる。 


「む……無理だよぅ……!」 


 顔と手、交互に視線が向けられる。 
 こういう時は……先輩として、教えてあげないと。 


「良い? りあむちゃん」 


 差し伸べている手とは反対の手の、人差し指。 
 それをピンッと立てて。 



「そういう時は――ごめんなさい――って言わないと」 



 中には、この子がああ言った理由がわかってる子も居る。 
 ……でも、そうじゃない子も、中にはきっと居る。 
 人が――アイドルが、沢山居るんだもの。 
 それが、個性ってものでしょう? 


「で、出来ない……だから、ぼくはぼっちで……うわーん!」 


 この子は、とっても個性的。 
 総選挙の順位が高くて、あんな風に言う子は今まで居なかった。 
 今だって、パーティーの主役の内の一人なのに。 
 こんな所まで、逃げてきちゃって。 


 でも……それでも―― 



「だったら、頑張らないと」 



 ――アイドルになったんだから。 
 皆が、ファンの人達が、貴女を待ってる。 


「が……頑張る……?」 


 そう、頑張るの。 
 トントン……と、今日の靴のヒールの具合を確認する。 
 そして、軽くダンスのステップを。 
 お酒が入ってるから……簡単なステップで許してね? 



「私、ダンスは苦手だったの」 



 もう一度、手を差し伸べる。 
 おずおずと重ねられた手をしっかりと握り返す。 
 うふふっ! 王子様って、こんな気分なのね!

408: 名無しさん 2019/05/21(火) 00:09:40.05 ID:uCE861gxo
  ・  ・  ・ 

「そんなに大変なの!?」 


 廊下に声が響き渡った。 


「そうねぇ、普段のお仕事もあるし……」 


 りあむちゃんの、今後のスケジュール。 
 大まかにだけど、それがどうなるかを教えてあげた。 
 ふふっ! 何かを言う度に、コロコロと表情が変わるの! 


「新人だから、レッスンもあるでしょう?」 
「あ、ある……!」 


 注目が集まって、取材の申し込みも増える。 
 歌うメンバーとの、コミュニケーションをとる時間も必要。 
 一時的とは言え、ユニットとして活動するんだもの。 
 新人はりあむちゃんだけだし……。 


「うふふっ! 一人になる時間、減っちゃうわね♪」 


 そう笑いかけると、 


「うわーん! 完全に他人事だよう!!」 


 頭を抱えて、ブンブンと髪を振り乱しだした。 


「私は、スケジュールに余裕があるから……」 
「来てくれる!? の!?」 
「久々に、ゆっくり温泉に行けるかしら、って」 
「やむ! 期待してこれはやむ! はーん!?」 


 そんなやり取りをしながら、廊下を歩いていたら、 



「……!」 



 廊下の向こうから、大きな人影が。 
 私達を見て、焦っていた表情が少し穏やかなものになった。 
 けれど、 


「アイドルになったら速攻詰んだ! もっとぼくに優しくして!? ね!?」 


 そう詰め寄られ、右手を首筋にやって、困った顔をした。 
 思わず、笑みが溢れる。 
 助けを求める様な視線を向けられたが、 



 ――頑張って下さい。 



 と、口の動きだけでそう返した。 




おわり


610: 名無しさん 2019/05/25(土) 21:39:11.70 ID:IhDi396o0
みりあで思い出したけど、みんな8年間成長してないってことはみりあの妹も8年間産まれたての赤ん坊なのか 
無限に夜泣きと付き合うのは心が折れそう

655: 名無しさん 2019/05/27(月) 21:12:01.55 ID:y9YVmpAIo

「……」 


 誰にも言えなかった、私の悩み。 
 だって、言ったら絶対困らせちゃうもん。 
 それだったら、言わない方が良いよね。 


「……」 


 ……って、思ってたの。 
 だけど……えへへ、気付かれちゃった。 



「成る程……お話は、わかりました」 



 シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルーム。 
 私の座ってるソファーの正面で、困った顔をしてる男の人。 
 右手を首筋に――やらず、スーツの上着から手帳をとりだした、 
私の……プロデューサー。 


「……ごめんなさい」 


 今日は、雑誌の取材のお仕事だったの。 
 だけど、私じゃない子が質問されてる時、考え事をしてボーッとしちゃって。 
 普段は、そんな事無いんだよ? 
 だから、心配させちゃって……バレちゃったの。 


「赤城さんが謝る必要はありません」 


 手帳から目を離したプロデューサーが、そう言ってくれた。 


「でも……」 


 お仕事が終わった後、話があるって言われたの。 
 それで、最近の私の様子がちょっと変だと思ってた、って。 
 プロデューサーには、わかっちゃってたみたい。 
 だから……ごめんなさい。 



「お母様の体調が優れないのならば、当然の事です」 



 私の悩み――最近、お母さんがずっと疲れた顔をしてる、っていう事。 
 プロデューサーを困らせちゃうだろうから、本当は言いたくなかった。 
 でも、内緒にし続けられないなら……嘘をつくしかなくなっちゃうでしょ? 
 ……嘘は絶対駄目だよ、ってお母さんが教えてくれたんだ。 


「お仕事、ちゃんと出来なくて……ごめんなさい」 


 だから、私は謝る。 
 だって、それしか出来ないから。 
 プロデューサーが、右手を首筋にやって困っても。 
 それしか―― 



「――私も、気付く事が出来ず……申し訳ありませんでした」 



 ――って……なんで? 
 どうして、プロデューサーが、私に頭を下げてるの?

656: 名無しさん 2019/05/27(月) 21:36:08.65 ID:y9YVmpAIo

「ぷっ、プロデューサーは悪くないよ!?」 


 私は、慌てて立ち上がった! 
 プロデューサー、軽く握った両手を膝の上に置いて、 
チョロッと立った寝癖が見える位……思いっきり頭を下げてるんだもん! 
 テーブルを回り込んで、近くに! 


「いえ……申し訳ありませんでした」 


 私が近づいても、プロデューサーは体を起こさない。 
 横から覗き込んでみたら、目を閉じてこっちを見てないの。 
 だけど、私はプロデューサーに謝って欲しいんじゃない。 
 大きいな肩に両手を当てて、体を起こそうと力を込める。 


「良いの! プロデューサー、謝らないで~……!」 


 でも、全然起き上がらない! 
 もうっ! 良いって言ってるのにー! 


「ですが……申し訳ありませんでした」 


 どれだけ力を込めても、全然動かない。 
 だから……ちゃんと、わかって貰うしかない。 



「……悪くないのに、謝っちゃ駄目だよ!」 



 そう言うと、全然動かなかったプロデューサーの体が、 
ゆっくりと起き上がってきた。 
 立っている私と、座ってるプロデューサー。 
 目の高さが、距離が、さっきよりもずっと近い。 



「――はい。悪くないのに、謝ってはいけませんね」 



 そう言って、プロデューサーは笑った。 


「……」 


 笑顔の力……パワー・オブ・スマイル。 
 笑顔には、すっごい力があるんだ、って。 
 だけど、それって……アイドルだけが持ってる力じゃないよね? 


「……っふ」 


 ファンの人の笑顔は、私達に力をくれるんだもん。 
 それに、今のプロデューサーの笑顔。 


「うっ……ふ、うぅっ……えっ……!」 


 その笑顔が、閉じ込めていた私の気持ちの蓋を開けてくれたから。 



「うええぇぇっ……ううっ、ええぇぇぇ……!」 



 こんなに泣いたのって、初めてかもしれない。 
 プロデューサーは、悪くないのにずっと謝ってきた。

657: 名無しさん 2019/05/27(月) 21:53:54.63 ID:y9YVmpAIo
  ・  ・  ・ 

「……いっぱい泣いちゃったぁ」 


 スンと鼻をすすりながら、プロデューサーに笑いかける。 


「……はい」 


 プロデューサーは、まだ心配そうに私を見てる。 
 でもね、なんだかすごく楽になったの。 
 だから、私が今、言いたい言葉は一つだけ。 


「えへへ……プロデューサー、ありがとね」 


 泣いた後だけど、今の私はちゃんと笑えてると思う。 


「……良い、笑顔です」 


 ホラ、ね? 


「……赤ちゃんが泣くのも、仕方ないもんね」 


 お母さんの調子が悪い理由は、わかってるんだ。 
 妹の……夜泣き? が、凄いんだって。 
 私はあんまり泣かない子だった、って言ってたから……。 
 それで夜、寝られなくて……ずっと、落ち着けないんじゃないかなぁ。 


「……」 


 もちろん、妹は大好きだよ。 
 でも、お母さんも大好き。 
 だけど、お父さんも……私も、お仕事があってずっと一緒にはいられない。 
 お手伝いを頑張ってるけど、それでも……。 


 ――私がアイドルじゃなかったら、お母さんはもっと楽だったのかな。 


 ……って、どうしても考えちゃう。 


「その事に関してですが……」 


 プロデューサーは、少し言いにくそうに話し始めた。 



「お休みを取って頂く、というのは……如何でしょうか?」 



 ……えっ? 


「お休み……?」 


 プロデューサー? それって……どういう事? 
 やっぱり、ちゃんとお仕事が出来ない私は―― 



「はい。赤城さんのお母様に、お休みを」 



 ――……えっ?

658: 名無しさん 2019/05/27(月) 22:19:30.51 ID:y9YVmpAIo
  ・  ・  ・ 

「よいしょ……よいしょっ……!」 


 玄関を開けて、荷物の入ったバッグを運び出す。 
 えへへ、皆で合宿に行った時を思い出しちゃう! 
 でも、今持ってるバッグは、その時よりもずっと重い。 
 そして、門をくぐって外に出た途端、 



「にょっわ~っ☆ きらりーん、へる~ぷっ☆」 



 持っていたバッグの重さが、フッと無くなる。 


「きらりちゃん! 来てくれたの?」 


 左手に、さっきまで私が持っていたバッグを持って! 
 右手でポーズをバッチリ決めてる、きらりちゃん! 


「うぇへへ! 一緒に、お迎えだゆ!」 


 そう言って振り向いた、きらりちゃんの視線の先には、 



「赤城さん。おはようございます」 



 プロデューサー! 


「諸星さん、バッグは私が……」 
「ん~ん! みりあちゃんのバッグはぁ、きらりんが持ちます!」 
「いえ、ですが……」 


 バッグを受け取ろうと出した手が、まるで迷子みたいにフラフラしてる。 
 それを見たきらりちゃんは、 


「にゅぷぷ!」 


 って、笑いながら、 



「ちょっとの間だけど~、みりあちゃんはきらりんの家の子だもんにぃ☆」 



 私に言った。 
 だから、 



「ねーっ! きらりちゃんっ!」 



 私は、バッグを持ってるきらりちゃんの手に、手を重ねて。 
 下から、よいしょっと力を入れる。 


「「……えへへっ!」」 


 笑い合う私達を見て、プロデューサーは右手を首筋にやって困った顔をした。 
 そんな顔しても駄目だよ、プロデューサー!

659: 名無しさん 2019/05/27(月) 23:08:50.79 ID:y9YVmpAIo
  ・  ・  ・ 

「「輝いてぜったい♪ だってぜったい♪」」 


 お母さんに、お休みを。 
 今日から十日間……お母さんは妹と二人で、おじいちゃんとおばあちゃんの所に行く。 
 それだったら、お家の事もお休み出来るし、妹を見ててくれる人もいる。 


「「元気百倍のみ~らいへ~♪」」 


 ……私の悩みは、バレちゃってた。 
 様子がおかしいって、きらりちゃんは真っ先に気付いてたみたいなの。 
 だから、プロデューサーに「見ててあげてにぃ」って言ってたんだって。 
 それで、お仕事で失敗しちゃった後、すぐ話し合いをするべきだと思ったらしいの。 


「手をふって、声に出して♪」 


 本当はね、きらりちゃんのお家じゃなく……女子寮の予定だったんだよ? 
 蘭子ちゃんやアーニャちゃん、みくちゃん達も居るし、空いてる部屋もあるし、って。 
 でも、きらりちゃんは絶対に家じゃないと駄目、って言ったんだよね……。 


「……うゆ? ど~したのー?」 


 お母さんに、お休みの話をした時。 


 ――お母さんが居ないと、みりあが困るでしょう? 


 ……って言われた。 
 後で聞いたんだけど、私の時はお母さんは実家に戻ってたみたいなの。 
 でも、私がアイドルを始めて、居なきゃ駄目だー、って思ってたらしい。 


「……んーん! なんでもなーい! せーの――」 


 そんなお母さんを一緒に説得してくれた、きらりちゃん。 


 ――私が居るから大丈夫です。 


 ……って! 



「「一緒だから、大丈夫!」」 



 あの時のきらりちゃん、すっごくかっこよかった! 
 後部座席、隣に座ってるきらりちゃんの腕に、ギュッと抱きつく。 


「……」 


 バックミラー越しに、プロデューサーの顔が見える。 
 プロデューサーは、私が見てる事に気付いてないみたい。 


 ――笑顔です。 


 ……って、お母さんとお父さんと話してた時、プロデューサーは言ってた。 
 私のため……私の一番のファンであるお二人のため、って。 
 それを聞いて、お母さんもお父さんも決心したみたい。 


 ちなみに……お父さんも、同じことを提案しようか迷ってたんだって。 
 もうっ、悩んでたんだったら言ってよね、お父さん!


661: 名無しさん 2019/05/27(月) 23:48:15.90 ID:y9YVmpAIo
  ・  ・  ・ 

「えーっ!? チョー楽しそうじゃん!」 


 シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルーム。 
 莉嘉ちゃんの大きな声が響き渡った。 


「うんっ! あのねあのね、お姉ちゃんが出来たみたいなの!」 
「うぇへへ! きらりんも、妹が出来たみたいでとぉっても楽しいゆ!」 


 二人並んで座って、笑い合う。 
 夜になったら、お母さんとも電話してるんだよ! 
 おかげで、ゆっくり休めてる、って! 
 帰ってきたら……えへへ、もっといっぱいお話しようって約束もしたんだー! 


「イイなー! チョーうらやましいー!」 
「だったらぁ……莉嘉ちゃんもきらりんの妹になっちゃえ、それ~っ☆」 
「それ~っ♪」 
「わっ、ちょっと二人共……アハハッ☆」 


 お休みって、すっごく大事なんだなって思った。 
 お母さんは今、お母さんをお休みしてる。 
 私も今、お姉ちゃんをお休みしてる。 


「「「あははははっ!」」」 


 だから、お休みが終わったら。 
 いっぱい……いーっぱい、頑張っちゃうんだから! 


「――皆さん、そろそろレッスンの時間です」 


 とっても低い、プロデューサーの声。 
 私達は、それに揃って―― 



「「「はーい♪」」」 



 ――笑顔で返事をした。 


「……良い、笑顔です」 


 そう言ったプロデューサーの顔は、ちょっと疲れてる様に見える。 
 今回の事で、プロデューサーは色々としてくれた。 
 きらりちゃんの家から学校に行くまでのルートを一緒に回ってくれたり、 
色々な所に連絡してくたり、本当に……私のわからない事も、色々。 


「……?」 


 私がジッと見てるから、プロデューサーは不思議そうにしてる。 
 ありがとうは、いっぱい言った。 
 だから、 



「―、―、―、―」 



 私は、口の動きだけで言った。 
 だって……えへへ、声に出したら困っちゃうかもしれないでしょ? 



おわり


815: 名無しさん 2019/05/30(木) 23:46:04.80 ID:EPUVMVyOo
明日は、>>774-775をマイルドにしたのor久川颯担当の専務を書きます 
寝ます、おやすみなさい

774: 名無しさん 2019/05/30(木) 18:57:11.19 ID:aVJ+vK3kO
てっきり楓さんは武内pに当たるまで酒を飲んで担当ガチャを引くかと思ってた

775: 名無しさん 2019/05/30(木) 20:10:44.78 ID:QpwdALMJO
Pとアイドルがお互いに意中の相手を当てるまで続ける悲しいリセマラか

826: 名無しさん 2019/05/31(金) 21:57:19.69 ID:78PZL0E/o

「……」 


 ――良くも悪くも普通。 


「……」 


 それが、はー自身の評価。 
 個性や武器が無いと生き残れない時代、っていうのはわかってるつもり。 
 オーディションの時は、本当にギリギリだったみたい。 
 受からなくてもおかしくなかった、って感じでさ。 


「……」 


 ……はぁ、思い出してもヘコむなぁ。 
 『miroir』としてデビューして、アイドル活動を始めて。 
 なーとこれから一緒に頑張っていこー! と、思ってたんだよね。 
 だけど……たまたま、立ち聞きしちゃったんだー……。 


「はーっ……」 


 話してたのって、他の部署のプロデューサーさんだよね。 
 ヤバッ、と思って気づかれない内に回れ右したけど……。 
 オーディションに受かった時は、浮かれてるばっかりだった。 
 でも、あんな風に思われてたなんて……。 


「……」 


 ――久川凪は、面白い。 


「……」 


 ――双子ユニットとしては、成功だった。 


「……」 


 悪く言われてないのは、わかるんだよ? 
 なーが褒められるのは、自分の事の様に嬉しい、勿論ね。 
 それに、『miroir』が成功だと思われてるのも、すっごく嬉しいよ。 
 ……でも、 



「なーじゃなくても良かった……みたいにさ」 



 ……言われると、胸の奥が締め付けられる。 
 まだ、始まったばっかりだって言うのに。 
 これから頑張っていくための何かが、磨り減っていく。 
 それに耐えるため、座っていたソファーに倒れ込む。 


「……あはは、やっぱり意味ないやこれ」 


 口に出して確認してみても、起き上がる気にはなれない。 
 手に力が入らないし、ソファーはフカフカだし、瞼はどんどん重くなってきたし。 
 アイドル活動だけじゃなく、女子寮に入ったり、通う学校が変わったり。 
 もう……とにかく色々、 


「なーんか、疲れちゃった……」 


 ……しょうがないよね?

827: 名無しさん 2019/05/31(金) 22:27:39.33 ID:78PZL0E/o
  ・  ・  ・ 

 ――パンッ! 


「っ!?」 


 すぐ近くで、何かが破裂するみたいな音! 


「なっ、何っ!? えっ!? ふぇっ!?」 


 慌てて体を起こして、周囲を見渡す。 
 すぐ目に飛び込んできたのは、何かの黒いファイル。 
 そして、それを持つベージュカラーのネイルの女の人の手。 
 白いシャツの袖口、黒いレディーススーツ、 



「そのソファーは、君のベッドでは無い筈だが?」 



 冷たく見下ろしてくる、専務。 


「すっ、すみません!」 


 やばいやばい! すっかり寝ちゃってた! 
 うあああ!? ヨダレ垂らしちゃってたあああ!? 
 袖で拭いて……ば、バレてない!? 大丈夫だよね!? 
 もおおおおおお! やっちゃったああああああ! 


「……」 


 専務は、カツカツと音を立てながら自分のデスクへと向かっていく。 
 その音と同じくらい、心臓の音がうるさい。 
 バサリと、黒いファイルがデスクに置かれ、専務はゆっくりと椅子に座った。 
 表情は逆光でよく見えないけど、少なくとも機嫌は良さそうじゃない。 


「それで? 私に何の用だ?」 


 セーフ! ヨダレ垂らしちゃってたの、バレてない! 
 ……じゃ、なくって! 


「ええっ、と……質問があって来ました!」 


 立ち上がって、言う。 


「……良いでしょう。続けなさい」 


 専務に、聞きたい事。 
 それは―― 



「どうして、はー……私を合格させてくれたんですか?」 



 ――専務が、はーを選んだから。 
 はーは、なーみたいに個性的じゃない……良くも悪くも普通って言われてた。 
 顔は可愛いし将来美人になるけど、この事務所はレベル高いもん。 


「……!」 


 だから、どうしても聞きたい……聞いてみたい。

828: 名無しさん 2019/05/31(金) 23:02:12.83 ID:78PZL0E/o

「専務、教えて下さい!」 


 思わず、腰が浮き上がる。 
 それとは逆に、専務は椅子に深く腰掛け直し、頬杖をついた。 
 光に、目が慣れてきた。 
 はーの目に映った専務の表情は……何か、すっごく怒ってる!? 



「今更、それを聞いて何になる?」 



 ふひいぃ!? 眉間にシワが寄ってて、超怖いぃ! 


「ちょっ、ちょっと……気になっちゃってー、あはは」 


 だけど……聞かなきゃ! 



「……」 



 軽い感じを出してみたんだけど、なんか全然駄目ぇ! 
 さっきよりも怒ってる様に見えるんだけど!? 
 はー、そんなに怒らせるような事聞いた!? 



「君は、私に選ばれた事に不満があるのか?」 



 そういう感じぃ!? 


「ぜっ、全然そんなんじゃなくってぇ!」 


 アワアワと身振り手振りをするけど、良い返しがわからない。 


「すっごく感謝してるんです! だって、アイドルになれたんだし!」 


 専務の表情は、変わらない。 


「でも、個性って言われると、確かに弱い気がするって……普通かなー、みたいな!」 


 専務の眉が、ピクリと動いた。 


「なのに、どうしてオーディションに受かったんだろう、って……」 


 専務は、じっとはーの事を見てる。 
 だけど、それ以上うまく言えなくて……黙っちゃう。 
 専務は……ゆっくりと口を開いた。 



「普通の女の子は、お姫様になれないとでも?」 



 ……えっ? 
 もしかして、今……お姫様って言った?

829: 名無しさん 2019/05/31(金) 23:29:43.26 ID:78PZL0E/o

「お姫様、って……アイドルの事?」 


 専務の口からは、出てきそうにない単語。 
 それを聞いたせいか、疑問はすんなりと口から出た。 


「それだけではない」 


 専務は、頬杖をつくのをやめて、ハッキリと。 


「階段を登り、より高みを目指すアイドル――」 


 真っ直ぐ、はーに向けて、 



「――トップアイドルだ」 



 考えてもみなかった事を言った。 
 でも、それって……もしかして。 


「専務は……はーが、トップアイドルになれると思ったの?」 


 だから、はーを選んだの? 
 とんでもない事を聞いちゃったと、言った後で気付いて……ツバを飲み込む。 


「……!」 


 ……心臓が、ドキドキいってる! 



「君は、そうなりたいとは思わないのか?」 



 ……爆発しちゃいそう! 



「なりたいっ! なる! はーは、トップアイドルになりたいっ!」 



 そのためには、悩んでる暇なんか無いよね! 
 だって、元気で前向きなのが、はーの取り柄だもん! 
 今よりも、もっといっぱいレッスン頑張って……お仕事も、沢山! 
 それで、皆に好きって言ってもらえる――そんなトップアイドルになるんだ! 


「ならば、君のするべき事は何だ?」 


 眉間に寄っていたシワは無くなっていて、どことなく……楽しそうな感じ! 
 へへー! 怒られるより、断然その方が良い! 
 こういう時、どうすれば良いかは知ってるよ! 



「久川颯、トップアイドル目指して頑張りますっ!」 



 とびっきりの笑顔で、こう言うの!

830: 名無しさん 2019/05/31(金) 23:51:57.24 ID:78PZL0E/o
  ・  ・  ・ 

 ――パンッ! 


「んー……」 


 すぐ近くで、ソファーの背もたれを叩く音が聞こえる。 


「あと五分だけー……」 


 ソファーに寝転がったまま、薄目を開けて専務へ言う。 


「……私は、あまり気が長い方では無い」 


 そんな事言ったって、レッスンまではまだちょっと時間あるんだもん。 
 ちょっとでもお昼寝して、体力を回復させておきたい。 
 それに、寝る子は育つ、って言うでしょ? 
 今でもスタイル良いんだから、絶対寝かせておいた方が良いって! 


「……君は、何故此処を選んで寝る?」 


 振ってくる声から逃げるように、背もたれ側に顔を向けて寝る。 
 そして、そのまま聞かれた事に答える。 


「他に比べて人が来ないから、静かで寝やすいんだもんー……」 


 ……あ、寝れそう。 


「……」 


 ――パンッ! 


「もー……何ー……?」 


 寝られそうだったのに、ちょっかい出さないでよー。 
 さては、はーの事好きだな? 



「君は、礼儀というものをどこに置き忘れてきた?」 



 ちゃんと練習したから、敬語は出来るよ? 
 だけど、皆が言うほど厳しい人……ではあるけど、結構寛容な部分もある。 
 それがわかったから、堅苦しいのは楽しくないなって思って! 
 でも、そうだなぁ……ポエミーに返したら、面白いかも! 



「シンデレラは、靴を忘れて帰っちゃう慌てん坊なんだよ♪」 



 …………あれっ? 
 なんか、すっごく怒ってない!? 




おわり

926: 名無しさん 2019/06/04(火) 21:51:18.57 ID:+TYRyj6no

「ふーっ……!」 


 息を吐き出しながら、交差させた両脚を持ち上げ、お尻を上げる。 
 その時、反動を利用しないように意識する事が大切。 
 トレーナーさんに教えてもらった、腹筋を鍛えるための運動。 
 レッグレイズって言うらしいんだけど……結構、キツい。 


「ふーっ……!」 


 始めの頃は、全然回数がこなせなかった。 
 初日の次の日なんか、ちょっと笑ったら腹筋がつりそうになった位。 
 だけど、今は……この通り。 
 やりすぎても良くないみたいだから、一日三十回。 


「ふーっ……!」 


 チラリと横目で見ると、ハナコがジーッとこっちを見てた。 
 床に横になってする運動だから、遊んで貰えるのかとジャレついてきてたのに。 
 私の真剣さが伝わったのか、それとも、終わるまで待っているのか。 
 もしかしたら、応援してくれてるのかも……なんて、ね。 


「ふーっ……!」 


 筋トレを始めたのは、歌のため。 
 腹筋が強くなれば、ニュアンスを出せるだけの息が続くようになるから。 
 それとは別に、週に一回の休みの日に1km泳ぐ日を作ってる。 
 あ、勿論トレーナーさんに相談してるからね? 


「ふーっ……!」 


 泳ぐ日を週二回に増やそうと思ったけど、難しい。 
 学校もあるし、シンデレラプロジェクトに、プロジェクトクローネも。 
 他にも、家の手伝いもあるし、両立と言うには忙しすぎる日々を送っている。 
 むしろ、何もしてない時は、逆に落ち着かないかも。 


「ふーっ……!」 


 こんな生活を送るようになるなんて、思ってもみなかった。 
 元々、運動はあまり得意じゃなかったし。 
 それもこれも、全部……は、言い過ぎかな。 
 半分くらいは、プロデューサーのせい……おかげ? 


「ふーっ……!」 



 ――夢中になれる何か。 



「……ふぅっ」 


 三十回終えて、両脚をゆっくりと床につける。 
 終わったと思って、勢いよく下ろして踵とぶつけて痛い思いをしたからね。 


「……」 


 寝転がったまま、張っている腹筋に手をやる。 
 熱を帯びたそれは、これからの私の歌に力を与えてくれるだろう。 
 そう思うと、これが苦労とは全く思わない。 
 だって、そうでしょ? 


 今は、楽しくなってる途中なんだから。

927: 名無しさん 2019/06/04(火) 22:19:03.94 ID:+TYRyj6no
  ・  ・  ・ 

「……どうだった?」 


 ボイスレッスンを見に来ていたプロデューサーに、聞いてみる。 


「とても、良い感じですね」 


 低い声が、耳に心地良い。 
 心なしか、いつもは表情に乏しいプロデューサーの顔も、綻んでいるように見えた。 
 でも、今日の私はそれじゃあ満足出来ない。 
 こういったコミュニケーションが得意じゃないのは、わかってるけど。 


「それだけ?」 


 わざとらしく、少しだけ不満そうな顔をして、言う。 
 別に、拗ねてるとかそんなんじゃない。 
 私が、アイドルになった時から、ずっと見てきたんでしょ? 
 だったら、他にも言える事、あるんじゃないの? 


「そう、ですね……」 


 プロデューサーは、右手を首筋にやった。 
 きっとそれは、困ったからじゃなくて、 
言うべき言葉を言わなかったって事に気付いて、しまったと思ったから。 
 こうやって催促しないと、この人は当たり障りのない事しか言わないのが、たまに困る。 


「……以前に比べて、かなり良くなってきています」 


 両手を横に、姿勢を正して真っ直ぐにかけられた言葉。 


「ふーん……まあ、悪くないかな」 


 プロデューサーには、そんなつもりは無いんだろうけど。 
 以前に比べて、って……手放しで良い、って意味じゃないよね。 
 だけど、良くなってきてる、って言ってくれた。 
 とりあえず、良しとしておくから。 


「……何か、特別な事をされているのですか?」 


 プロデューサーが、問いかけきた。 
 でも、私は、 


「別に? 普通にしてるだけ」 


 努力してるとか、そんなのは言わない。 
 トレーナーさんにも、秘密にして欲しいって伝えてある。 
 私の答えを聞いて、プロデューサーは不思議そうな顔をした。 
 ちょっと目を見開いた顔が、なんだか間抜けに見える。 


「ふふっ! 何、その顔?」 


 私は、努力している姿を褒められたいんじゃない。 
 見て欲しいのは、アイドルとして輝いてる姿。 


「……良い、笑顔です」  


 そうでしょ? 
 気付いてないかも知れないけど、プロデューサーも良い笑顔してるよ。

928: 名無しさん 2019/06/04(火) 22:51:23.61 ID:+TYRyj6no
  ・  ・  ・ 

「……」 


 夜の、ハナコの散歩。 
 アイドルになってから、散歩コースはちょっと長くなった。 
 それまで意識してなかったウォーキングにもなるし、 
落ち着いて考え事も出来る上に、何よりハナコが喜んでくれるから。 


「……」 


 歩きながら、空を見上げた。 
 薄暗くなってきた夜空には、都会でも見える星が、いくつか輝いている。 


 ――だから、私が輝かなきゃね。 


 あの人は、きっとあの星の中でも、一番大きな光を放っている人。 
 どんなに暗い空でも、見失う事無く、キラキラと輝く星。 


「――ワンッ!」 


 不意に、ハナコの鳴き声。 
 尻尾を振りながら私を見上げるハナコのリードは、ピンと張られている。 
 考え事をしていたら、いつの間にか立ち止まっていたらしい。 
 ごめん、ハナコ……それと、ありがと。 


「……」 


 私はまた、歩き始める。 
 少し歩を進めて横に並ぶと、ハナコも一緒にチョコチョコと歩きだした。 
 ハナコは賢いから、リードをグイグイ引っ張ったりなんてしない。 
 大好きな私の家族は、無駄に走ったりはしないから。 


「……」 


 プロデューサーが、参考になると言った、アイドルの姿。 
 私は、あの輝きに近づけてるのかな。 


「……」 


 リードを握ってるのとは逆の、左手で。 
 夜空に手を伸ばすと、指の隙間で、それまで見えていなかった星がキラリと輝いた。 
 その星の光はまだ弱くて、一番だとはとても言えない。 


「……」 


 でも、光ってる。 



「待っててね」 



 星に願いを――なんて、ガラじゃ無かったんだけどな。 
 私は、まだ十五歳の高校生で……まだ、子供。 
 それがもどかしくもあるけど、どうしようも出来ない。 
 だったら、子供らしくお願いするだけの権利位は、あっても良いと思う。 


「――ワンッ!」 


 また立ち止まってたみたいで、慌てて歩きだした。 
 お祈りしてる暇があったら歩けと叱られてる気がするのは……気のせいじゃないかも。

929: 名無しさん 2019/06/04(火) 23:36:31.54 ID:+TYRyj6no
  ・  ・  ・ 

「歌詞のイメージ、ですか?」 


 ソファーに腰掛けながら、プロデューサーが聞き返してくる。 
 反対側に座った私は、テーブルの上に置かれた新曲の歌詞に指を這わせる。 
 私の指が示す部分に、プロデューサーの視線が向けられた。 


「うん、ちょっとわからない所があるんだけど」 


 澄ました顔で、聞く。 


「ここ、どんな言葉をイメージすれば良いのかと思って」 


 一秒、二秒、三秒。 
 過ぎていく時間が、答えを待つ私にはとても長く感じられる。 
 それだけ、私のこの質問には意味が込められているから。 
 ……プロデューサーは、何て答えるんだろう。 


「……そう、ですね」 


 言いながら、プロデューサーはソファーに座り直し、姿勢を正した。 
 背筋を伸ばして、軽く握った両拳を膝に乗せて。 
 真っ直ぐ……真っ直ぐに、私を見た。 



「貴女のイメージする言葉の通りで、良いと思います」 



 聞こえ様によっては、何の答えにもなってない言葉。 
 だけど、私にとっては違う。 
 この言葉は――私を信じてくれているからこそ、出る言葉。 
 手を引かなくても、自分の足で歩いていける―― 


「ふーん……そっか」 


 ――安心して見ていられる、って信頼の表れ。 
 それが少し照れくさくって、私もソファーに深く座りなおし、前髪を指で少しいじる。 
 色々と、予想してはいたんだけどさ。 
 そんな風に言われちゃ、納得するしか無い。 


「何となく、わかった」 


 私がイメージするのは、いくつもの言葉。 
 低い声で放たれたその言葉達は、今でも全部私の中に残り続けてる。 
 儚くも、薄れもしない……絶対に、苦しみを乗り越えられるだけの強さを持って。 
 ……でも、良かったの? そんな事言って。 


「……渋谷さん?」 


 プロデューサーは、不思議そうな顔をした。 
 それはきっと、今の私のしている表情が、見せたことのないものだったから。 
 だけど私は、それをさっとひっこめて、平静を装う。 
 そのくらいの事が出来る程度には、私はもう……大人だから。 


「楽しみにしててよね――『AnemoneStar』」 


 笑いながら、テーブルに広げていた資料を集め、綺麗に整える。 
 いくつもの花言葉の中から、私は誰にも言えない一つを選びだした。 



おわり

939: 名無しさん 2019/06/05(水) 17:42:00.29 ID:ab3mvNF1o
うんこ書くのを絞った甲斐のある、完璧な反応です 
トレーニングの元ネタは、中の人のブログタイトル『AnemoneStar』からです 
成長について熱く語っている、とても良い内容だと思いました 


からの、 

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1510490903/595-618 

これをもう一度読んでみたら、どう思うでしょうか 
恐らくですが、ダシ茶漬けをサラリといくかのような貴方が居る筈です