185: 名無しさん 2018/03/21(水) 21:28:06.99 ID:g8DxQDoio

「ククク……今宵もグリモワールに魔力を注ぐとしよう……!」 


 お風呂にも入ったし、後はもう寝るだけ。 
 いつものように、ベッドに寝転がりながらスケッチブックを開く。 
 ちょっと描きにくいけど、我慢。 
 この前、机で描いてそのまま寝ちゃったから……。 


「次なる衣には、如何なる魔力を込めるか……」 


 イメージは、どんどん湧いてくる。 
 それをこうやって描いておく事で、プロデューサーに伝えやすくする。 
 前までは、好きで描いてただけなんだけど……。 
 まさか、こうやって、この中を誰かに見せる日が来るとは思わなかった。 


「ふむ……今宵記すのは、我が友の纏う戦衣装が放つ魔力!」 


 決めた! 
 今日は、プロデューサーみたいな、大きくて、頼もしい感じのにしよう! 
 一見怖いけれど、本当は、とっても温かい……。 
 そんな、プロデューサーをイメージした衣装! 


「――魔を統べる王!」 


 プロデューサーをイメージするなら、写真を見ながらが良いよね。 
 スマフォは……あった。 
 えっと、プロデューサーの写ってる写真は、これと、これと……あっ、これも良い! 
 どれにしようかな……うぅ、迷っちゃう。 


「……あ、これ」 


 初めて、二人で……二人だけで一緒に撮った写真だ。






引用元: ・武内P「クローネの皆さんに挨拶を」

186: 名無しさん 2018/03/21(水) 21:43:16.41 ID:g8DxQDoio

「……」


 普通とは違う……変わった言葉を話す私に、
必死になって、とっても真剣に向き合ってくれたプロデューサー。
 おかしな子だ、って、そう言って離れていっちゃうのが当たり前だったのに。
 プロデューサーとして……大人として、真剣に向き合ってくれた。


「魂の繋がりは……我が望む限り、断ち切られる事は決して無い」


 私が、大切な担当アイドルだから、って……そう、言ってくれた。
 えへへ……今思い出しても、嬉しいな。
 それにしても、あ~! せっかく一緒に撮った写真なのに!
 ニッコリ笑ったつもりなのに、本当に笑顔が下手んこつある!


「ククク……! これも、魂の共鳴によるものか!」


 でも、プロデューサーも笑顔が下手だからお互い様だよね!
 こうやって、画像を大きくしてみたって――


「――コキュートスに、微かな灯火が……!?」


 ま、待って待って待って!?
 えっ、えっ、これ……プロデューサー、ちょっと笑ってる!?
 も、もっと拡大して……もう! なんで画像が汚くなってしまうと!?
 これじゃあ、プロデューサーの笑顔が見れ~ん!


「グリモワールよ! 今こそ、その力を示す時!」


 こうなったら、描くしか無いよね!
 次の衣装のイメージを決めるのは、明日でも出来るし!
 今日は、プロデューサーの……笑顔を描いてみよう、っと!

187: 名無しさん 2018/03/21(水) 22:09:23.05 ID:g8DxQDoio
  ・  ・  ・

「煩わしい太陽ね」


 プロジェクトルームに行くと、プロデューサーが居た。
 なので、言の葉で以て、プロデューサーに――我が友に声をかける。
 我が魔力をその魂で感じ取ったのか、我が友はその邪眼を私に向けた。
 不変の相貌は、魂の揺らぎによって微かな波が立っていた。


「神崎さん。おはよう、ございます」


 永きに渡る交差の果てに、我が友の魂には変質が起きている。
 其れは、私を含む乙女達との饗宴によってもたらされた、絆によるもの。
 私も、我が友も未だ笑みを得意とはしていない。
 だが! 我らの魂は、夜の闇の如く、漆黒が深まっている!


「我が友よ。約束を果たそうぞ」


 自らの魂の一部であるグリモワールを預けるのは我が友のみ。
 儀式により、我が友はグリモワールから魔力を引き出し、我を次なる覚醒へと導く。
 だが、魔力を引き出すのは容易くは無い……。
 しかし、我が友ならば、必ずや緑の悪魔を打倒し、黒き翼を広げるだろう!


「ありがとうございます。少し、お借りしても宜しいですか?」
「構わないわ。我が友よ、魂の安息を忘れなきよう……」
「はい。神崎さんのおっしゃる通り、無理は、決してしないようにします」


 我が友は、その強大な魔力満ちる空間へと消えていった。
 そこで、グリモワールから魔力を引き出し、戦に備えるのであろう。


「……」


 あれ?
 何か……忘れてるような。


「――ぴっ!?」


 あああああああっ!?

188: 名無しさん 2018/03/21(水) 22:23:47.12 ID:g8DxQDoio

「待って……ちょっと待って!」


 見ちゃ駄目です、プロデューサー!
 そのスケッチブックには!


「あ、開かない! 開かない!」


 ドアノブを回しても、全然ドアが開かない!
 ガチャガチャと音を立てるばかりで――そうよ、押さなきゃ開かんわー!
 ――開いた!


「プロデューサー!」


 部屋に入って、すぐにプロデューサーに声をかける。
 まだ中は見てないよね……見てない――


「か、神崎さん……?」


 ――あああああ見てるううううう!


「ちょっ、ちょっと、ちょっ、ちょっ!」


 急いでプロデューサーに駆け寄り、その手に持っていたスケッチブックを奪い取る。
 その時に視界に入ったのは……プロデューサーを描いたページ。
 見られた……・見られた!?
 私が描いた、プロデューサーの絵を!?


「あの……神崎さん」


 プロデューサーが、こちらを見ている。
 あの、見なかった事に――



「さきほどの……怪物の絵は、私ですか……?」



 ――ならない、ですよね……。

189: 名無しさん 2018/03/21(水) 22:39:35.67 ID:g8DxQDoio

「こ、これは……!」


 誤魔化しようがない。
 だって、我が友、って書いちゃったし……!
 その隣に、私の絵も描いちゃったし……!


「……」


 プロデューサーは、右手を首筋にやって困っている。
 そうですよね……自分が、あんな風に描かれたらそうなっちゃいますよね。


「これは……その……」


 プロデューサーが見たのは、ゴーレムの様に描かれた絵。
 私は格好いいと思うんだけど……やっぱり、怪物に見えちゃいますよね、普通は。
 正直、ちょっと強そうに描きすぎたとは思ったんだけど……。
 うぅ……どうしよう、落ち込んじゃってるみたい。


「……」


 そう、だよね……担当するアイドルが、自分を怪物の様に‘だけ’描いてたら……。
 だけど、こっちの絵を見せるのは……は、はは、恥ずかしいよう~|!
 考えただけで、顔から火が出そうになっちゃうよ~!
 でも……だ、だけどっ!



「こ、これは……――我が友の、仮初めの姿!」



 誤解されたままじゃ、イヤだから!
 

 このまま、嫌われてると思われるのなんて……絶対、絶対駄目だもん!


「魂の共鳴は……我だけでなく、我が友をも覚醒させる!」


 私は、スケッチブックを開いて、プロデューサーに向けた。
 プロデューサーが見ていた、次のページを見せるために。

190: 名無しさん 2018/03/21(水) 23:06:12.34 ID:g8DxQDoio

「……あの、神崎さん……その絵も――」


 あああ駄目! やっぱり恥ずかしい! 無理!


「封印!」


 バシィッ、と音が立つ勢いで、スケッチブックを閉じる。
 見せると決めたけど、まじまじと見続けられるのは、無理、死んじゃう。


「くっ……! 灼熱の業火がこの身を灼いている……!」


 今すぐにこの場を離れないと、恥ずかしさでどうにかなっちゃいそう!
 早く……早く、ここから逃げないと!
 ゆっくり、ゆっくり……気づかれないように、ドアまで近づいて……!


「――闇に飲まれよ!」


 と、ドアを開けて逃げた。
 追いかけては……うん、来てない!


「……はぁ、良かった」


 多分、誤解はとけたと思うんだけど……うぅ、どうしよう。
 だって、こんな……こんな――


 ――二人で手を繋いで、飛んでる絵を見られて!


「あうう……!」


 ……数分後、私はもっと苦悩することになる。
 だって、結局はプロデューサーにスケッチブックを見せなきゃならないんだもん。
 そうしないと、次の衣装の打ち合わせが出来ないから。


「あるまじき、ふれあい……!」


 傷ついた悪姫に差し伸べられる、漆黒の魔王の手。
 手を取り合った二人は、魂の共鳴により覚醒し、光を纏い生まれ変わる。
 光は翼となり、その身を包む鎧と化し、祝福の歌声響く。
 嗚呼、其れこそが我が秘めたる望みとは、知られたくは無かった……!



おわり

195: 名無しさん 2018/03/21(水) 23:57:27.06 ID:g8DxQDoio

「……」


 バラエティ番組というのは、過酷だ。
 程度の差はあるが、出演すると、彼女達が普段していない動きを要求される。
 当然、それに対するレッスンなどはしていないし、
また、年若い彼女達にそこまで求めるというのは、酷だろう。
 それに、テレビを見る視聴者の方も、
テレビに慣れていない、彼女達の新鮮さも求めている。


「……」


 私の目線の先には、そんなアイドルの少女が一人。
 ベッドの上で、仰向けで大の字になって寝転がっている。
 布団は蹴り飛ばしたのか、ベッドのすぐ脇に落ちていた。


「……」


 私は、彼女が所属するグループのロケに同行していた。
 グループの他の一人は、私が担当しているアイドルだ。
 眼の前の彼女と、もう一人の方は担当している訳ではないが、
仲の良い彼女達三人組は、しばしばプロジェクトルームに集まっていた。
 その流れで私とも話すようになり、彼女達から、是非同行して欲しいと頼まれたのだ。


「……」


 ……ああ、何故、私はそれを承諾してしまったのだろう。
 こんな事になるならば、断っておけば良かったと、そう、思います。


「……」


 バラエティ番組というのは、過酷だ。
 番組内で、罰ゲームが発生する場合もある。
 彼女は、番組内でのゲームに敗れ、その罰ゲームを受けた。
 その罰ゲームとは――


「……おしりヒリヒリする」


 ――激辛スープを飲み干す事。


「……そう、ですか」


 激辛スープが、生きて腸に届いた……届いてしまった。
 その結果が、そう、寝グソです。

196: 名無しさん 2018/03/22(木) 00:12:38.67 ID:gc7gwcFro

「……」


 辛い物を食べた翌日のトイレは、辛い……からい、つらい。
 唐辛子の成分が、去り際に出口を痛めつけて行く。
 彼女は、今、まさにそれに苦しんでいるのだろう。


「ヒリヒリする」


 ――無。


 感情表現が豊かで、コロコロと表情の変わる彼女は、とても魅力的なアイドルだ。


「おしり、ヒリヒリする」


 ――だが、無。


 感情、表情……そして、未来すら、何一つ感じられない。
 全てを飲み込む闇とはまた違う、只々、虚ろなだけのモノ。
 カプサイシンがもたらした結果を報告するだけの、ただそれだけのモノ。
 アイドルとは、いや、今の彼女を人と呼んでもいいのかすら怪しい。


「ヒリヒリする」


 動かない、動こうとしない。
 彼女は、これからどうしたいのか。
 それがわからなくて、はい、イライラします。


「聞いて」


 頭を抱えようと思った次の瞬間、彼女は今まで口にしていなかった言葉を紡ぎ出した。


「ここだけの話」


 当然、ここだけの話にするつもりです。
 アイドルの方が寝グソをしたなど……到底、他の人間に知られてはなりませんから。
 貴女は、何を私に伝えようというのですか?


「夢のような続きを~♪」


 歌っている場合ではないです!
 そう、叫びたかったが、しなかった。
 この異臭のする空間で、大口を開けたくはなかったからだ。

197: 名無しさん 2018/03/22(木) 00:13:26.72 ID:gc7gwcFro
>アイドルの方が寝グソをしたなど……到底、他の人間に知られてはなりませんから。

>アイドルの方が寝グソをしたなど……絶対、他の人間に知られてはなりませんから。

198: 名無しさん 2018/03/22(木) 00:30:28.19 ID:gc7gwcFro

「っ……」


 幸い、このホテルは346グループの系列のホテルだ。
 彼女が寝グソをしてしまったという情報が漏れる可能性は、低い。
 いや、漏れてはしまっているが。
 なので、今解決すべき問題は、今の彼女の状態だ。


「ヒリヒリする」


 感情の無い瞳で見上げる天井には、何が見えているのか。
 私が彼女に見て欲しいのは、現実。
 ただ、その一点だけ。
 ……嗚呼、それだけなのに、何故彼女は――


「おしり、ヒリヒリする」


 その目をこちらに向けてきたのか。
 泣くでも、喚くでもなく、淡々と吐き出されていく、おしりがヒリヒリするという事実。
 ……これは、もう、私一人の手には負えないのではないか?
 ホテルの入り口の待合所で待っている、二人を呼んだ方が良いのではないか?


「……」


 いいや、それは駄目だ。
 こんな事が知られてしまっては、彼女のお腹だけでなく、心が壊れてしまう。


「ヒリヒリする」


 既に、彼女の心は半ば壊れてしまっている。
 それに飲み込まれる事無く、速やかに事態の解決を図らなければならない。
 そのためには、上着は邪魔だ。
 シャツも、ネクタイも必要ない。


「……」


 脱いだそれらをクローゼットのハンガーにかける。
 準備は……整った。

199: 名無しさん 2018/03/22(木) 00:43:20.54 ID:gc7gwcFro

「ヒリヒリする」


 浴室の扉を開け、中からバスタオルを持ち出す。
 未使用のそれは、真っ白で、汚れ一つ無い。
 彼には、犠牲になってもらいます。
 床にしかれたカーペットが汚れるよりは、遥かにマシですから。


「下を……脱いで頂けますか」


 汚れたパジャマを着たまま浴室に移動は出来ない。
 そんな事をしては、パジャマから悲しみが滴り落ちてしまう。
 それを避けるために、服を脱いで欲しいと言った。
 アイドルである彼女に対し言う言葉ではないが、そうも言っていられる状況ではない。



「えっち」



 ……えっ?


「あの……今、何と?」


 何かの聞き間違いだろう。
 そんな事を言っていられる状況では――



「えっち」



 ――何ということだ。
 彼女には、まだ現実が見えていないのか。
 まだ逃げ続けようというのか、この状況から。


「……わかりました。それでは、失礼します」


 でしたら、私もここで失礼させていただきます。

200: 名無しさん 2018/03/22(木) 01:00:44.60 ID:gc7gwcFro

「……ヒリヒリする」


 クローゼットへと向かう。
 扉を開け、中から上着とシャツを取り出した。


「ヒリヒリする。おしり、ヒリヒリする」


 シャツを着て、ネクタイを締める。
 その間にも、絶え間なく投げつけられる、声。
 私は、それを一切意に介す事なく、上着を羽織った。


「ヒリヒリ、ヒリヒリ!」


 部屋の出口に居る私に届かせるため、彼女の声が大きくなった。
 だが、彼女のヒリヒリするという報告は耳に入っても、心には届かない。
 また「えっち」と言われたら、正直、怒りを抑える自信がありません。
 ドアノブに、手をかけた。



「……――助けて」



 小さい、小さいつぶやき。
 だが、そのつぶやきは、確かに私に届いた。
 私は、プロデューサーだ。
 担当でないとは言え、助けを求めるアイドルの声を無視出来ない。


「はい、わかりました」


 踵を返し、再びクローゼットへ向かい、上着とシャツをかけた。
 そして、彼女へ歩み寄り、


「少し、強引な手段を取らせていただきます」


 と、声をかけた。

201: 名無しさん 2018/03/22(木) 01:20:42.05 ID:gc7gwcFro

「……」


 彼女は、その言葉を聞き、無言で頷いた。
 そして、両の手で顔を隠した。
 あくまでも自分では脱がないと、そう、受け取りました。


「……」


 私は、そんな彼女に――脇に落ちていた、掛け布団をかけた。


「えっ?」


 その突然の柔らかな感触に、戸惑いの声があがった。
 しかし、そんな声に反応するのは、もうやめにします。


「……」


 そのまま掛け布団で、彼女の体をグルグルと簀巻きにしていく。


「はっ? えっ? う――わっ!?」
「……」


 掛け布団で簀巻きになった彼女を抱え、浴室へと向かう。
 お姫様抱っこ……と、言うよりも、大物だぜ、という感じですね。
 浴室の前に辿り着き、簀巻きを縦に降ろし、彼女を浴室内に立たせる。
 これで、第一段階は終了だ。


「先に、シャワーを浴びて下さい」


 そう言って、浴室のドアを閉めた。
 はじめから、こうしておけば良かった。
 やはり、最終的に頼れるのは、己の力だという事が証明された。


「……あはは、なんか今の言い方、やらしい感じがするな」


 状況が先に進み未来が見えた事で、彼女は少しだが、普段の調子を取り戻したようだ。
 これなら、もう問題は無いだろう。
 ひりつくような痛みに耐える必要は、もう無い。
 ポケットから携帯電話を取り出し、電話をかける――出た。


「もしもし」


 後は、二人に任せよう。
 そして、事が済んだら、ハッキリと言おう。
 辛い仕事は、もうゴメンだ、と。



おわり




273: 名無しさん 2018/03/23(金) 23:07:59.83 ID:wXGZ8jyno

「今日は、クローネのレッスンになりますね」


 プロデューサーが、今日の予定を確認してきました。
 私は、シンデレラプロジェクトと、プロジェクトクローネ、
どちらにも、アー、入っています。
 だから、皆よりも、少し忙しい、です。
 仕事も、レッスンも、とってもいっぱいあります。


「ダー。頑張ります」


 だけど、これは私が、望んだからですね?
 新しい事に、挑戦したい……私が、そう言ったからです。
 毎日が忙しいけど、毎日が楽しい、です。
 でも、一つだけ、アー、不満、不安?……そう、不安があります。


「プロデューサーは、今日はどうしますか?」


 プロデューサーは、とっても忙しい。
 今までのように、シンデレラプロジェクトの事も、見ます。
 それに、アー、今度から二期生の事も見ますね?
 だから、もっともっと、忙しくなってしまうと思います。


「そうですね、今日は――」


 プロデューサーは、私を……アーニャを見てくれていますか?
 私は、プロデューサーのアイドル、です。
 プロデューサーの言うことには、絶対、従います。
 だけど、もっと見て欲しいと思うのは……ワガママ、ですか?



「――アナスタシアさんのレッスンを見学しようと、思っていました」



 とても……とっても、ビックリしました!
 プロデューサーが、私のレッスンを見てくれるのは、久しぶり!


「ハラショー! 今日は、一緒ですね?」
「はい、一緒です」


 今日は、良い一日になりそう、です!
 プロデューサーに飛びつきたい気持ちは、ガマンガマン。

274: 名無しさん 2018/03/23(金) 23:26:33.46 ID:wXGZ8jyno
  ・  ・  ・

「~♪」


 今日は、ダンスレッスン!
 アイドルになったばかりの時より、とっても上手く出来るようになりました。
 プロデューサーが、アー、最後に見た時よりも、ずっと上手く!
 ふふっ! さっきのお返し、です!


「~♪」


 プロデューサーは、嬉しいで、驚かせてくれました。
 だから、私が上手く出来るようになってる所を見せて、驚かせます。
 プロデューサーは、きっと、喜んでくれるはず、です!
 嬉しいに、嬉しいでお返しするのは、とっても良い事!


「~♪」


 いつもより、上手にダンスが出来るように、体をほぐします。
 アー、はしゃいで怪我をしたら、心配、させてしまいます。
 それは、いけません。
 プロデューサーに、アー、迷惑をかけます。


「あら、今日はなんだかご機嫌ね」


 私が、アー、鼻歌を歌っているのを聞いて、そう、思ったのでしょう。
 だけど、それは本当の事。
 今日の私は、とってもご機嫌、です!
 嬉しい気持ちが、歌になってしまうくらい!


「ダー。今日は、プロデューサーが、見に来てくれます♪」


 だから、今日のアーニャは、とっても頑張ります!
 プロデューサーに見てもらうのですから、とても!
 失敗は出来ない、です。
 失敗したら、プロデューサーをガッカリさせてしまいますね?

275: 名無しさん 2018/03/23(金) 23:46:58.33 ID:wXGZ8jyno

「あら、あのチャーミングな彼が?」


 プロデューサーをガッカリさせたくない、です。
 ガッカリは、悲しいですね?
 悲しい思いは、アー、絶対に、いけません。
 私は、プロデューサーに、喜んで欲しいです。


「ダー! だから、今日は、とっても頑張ります!」


 私を見ていると、嬉しいと、思って欲しいです。
 嬉しいがいっぱいだと、笑顔になれますね?
 笑顔は、とっても素敵――パワーオブスマイル!
 プロデューサーも、笑顔で、元気になって欲しい、です!


「~♪」


 ……それに……もしかしたら、ですが。
 もっと、アーニャを見たいと、思ってくれるかもしれない、です。
 見ると嬉しくなると、もっと、見たくなるかもしれない、です。
 だから、頑張ります。
 アーニャは、もっと、プロデューサーに見て欲しい。



「――失礼します」



 ドアが開いて、低い声が、聞こえました。
 この声は、プロデューサー、です!
 プロデューサーの方へ行きたいけど、ガマンですね?
 まだ、アー、準備運動の途中ですから。


「まあ、私のレッスンを見に来てくれたのかしら?」


 ニェート! 違い、ます!
 プロデューサーは、アーニャを見に来ました!


「いえ……今日は、アナスタシアさんのレッスンを見に……」


 プロデューサーと、目が、合いました。
 ムッとした顔……見られて、しまいましたか?

276: 名無しさん 2018/03/24(土) 00:07:57.18 ID:nu5mU5gDo

「つれないのね。でも、そこも魅力の一つかしら」
「……」


 プロデューサーが、右手を、アー、首筋にやって、困っています。
 皆が、言っていました。
 プロデューサーは、からかわれると、ああやって困る、って。
 困らせるのは、駄目、ですね?


「自分では、よく、わかりません……」


 もう、大丈夫です。
 すぐにでも、踊れます。
 だけど、その前に――


「――スパシーバ。ありがとうございます、来てくれて」


 ――こう、言いたかった、です。
 忙しいのに、私のレッスンを見に来てくれて、嬉しい、って!
 だから、私の練習の、アー、結果? 成果……成果を見てください、って!


「今日は、とっても、頑張ります!」
「……アナスタシアさん」


 私の言葉を聞いて、プロデューサーは、困った顔をやめました。
 右手もおろして、とっても綺麗な、アー、姿勢で、こちらを見ています。
 私の――アーニャのプロデューサー。
 だから、今日は、アーニャを見ていてください。


「はい、頑張ってください」
「ダー!……はいっ!」


 プロデューサー、見ててください。
 アーニャは、とっても、頑張ります。


「……なんだか妬けちゃうわね」


 それは、アー、当たり前ですね?
 プロデューサーは、アーニャのプロデューサー、です。

278: 名無しさん 2018/03/24(土) 00:33:21.38 ID:nu5mU5gDo
  ・  ・  ・

「……」


 ザアザアと、シャワーから出るお湯が、音を立てています。
 ちょっと、アー、勢いが強いので、当たると痛い、です。
 もう、レッスンの時の汗は、流し終わりました。
 だけど、どんどん、出てくるものが、あります。


「……・ふ……ひっく……!」


 喉の奥からも、声が漏れてしまい、ます。
 だけど、これを他の人には、聞かせられませんね?
 もしも、聞かれたら、その人に心配させてしまいます。
 シャワーの勢いを強くして、聞こえないようにしないと、駄目です。


「……う……ふぅっ……!」


 プロデューサーは、アーニャのダンス、見ませんでした。
 急に、他の所で、問題が起こってしまったらしい、です。
 何が起こったかは、わかりません。
 ……何も、知りたくない、です。


「……っく……ぐすっ……!」


 知ったら、アーニャは、悪い子になってしまいます。


 ――どうして、今日? 誰が? 何を?


 ――……どうして、プロデューサーが行かなくては?


 ――プロデューサーは、アーニャを見てくれるはずだったのに!


 ……と、嫌な気持ちになってしまうから、です。
 悪い子になったら、プロデューサーに、嫌われてしまいます。
 それは、絶対に、嫌です。


「……ふぐっ……うっ、うぅ……!」


 誰にも、知られては、いけません。
 アーニャは良い子だと、プロデューサーに思って欲しいから。

280: 名無しさん 2018/03/24(土) 01:25:21.01 ID:nu5mU5gDo
  ・  ・  ・

「……」


 まだ、寝るには早い時間、です。
 だけど、今日が早く終わって欲しいと、思いました。
 横になって、目をつぶれば……明日になりますね?
 明日は、良い一日になって欲しい、です。


「……」


 目をつぶったら、涙の雫が、流れてしまいました。
 だけど、もう、声を上げては泣きません。
 泣いていては、眠れない、です。
 眠れないと明日が来ない……今日が終わらないのは、困ります。



「ひとりにしないで……」



 絶対に言えない、想い。


「シトー……?」


 その声に、返事をするように、アー、携帯電話が光っています。
 こんな時間に、珍しい、ですね?
 誰、ですか?


「……っ!」


 枕に、顔を押し付けて、涙も、押し付けました!
 アー、アー、と声を出して……大丈夫、です!


「――はい、大丈夫、です! まだ、起きているつもりでした!」


 ……嘘をついてしまいました。
 アーニャは、悪い子ですか?

281: 名無しさん 2018/03/24(土) 01:48:53.50 ID:nu5mU5gDo

「ニェート、気にしないでください」


 ダンスを見て貰えなかったのは、残念、でした。
 だけど、こうやって、電話をしてくれましたね?
 それだけでも、アーニャは嬉しい、です。
 それに、次にダンスを見てもらう時は、もっと、もっと上手くなってますから!


「……空を?」


 ベッドから出て、言われた通り、窓の方へ。
 そして、カーテンと窓を開け、空を見ました。
 そこには――


「……ハラショー」


 ――とても綺麗な、星が輝く、夜空が広がっていました。


 見える数は、とても少ない、です。
 光も、あまり、アー、届いては来ない、です。
 なのに、今日という夜の星空は、とても輝いて見えます。


「そうですか……一緒に、見ているのですね?」


 電話の向こうでも、同じ星空を見上げているよう、です。


「だから……プリクラースナ――綺麗」


 一緒に見上げる星空が綺麗なのは、当たり前、です。
 こんなに綺麗なズヴィズダーなら、お願いしても……良い、ですね?



「パジャールスタ……もう少しだけ、一緒に見たい、です」



 今日が……今が、もっと続いて欲しい、とは言わない、です。
 ほんの少し、ちょっぴりだけで、アーニャは構いません。
 お願い、聞いてくれますか?


「……――スパシーバ!」


 今日は、良い一日になりました!
 アーニャの予感は、当たっていましたね?



おわり



※聖闘士星矢×モバマスコラボ

349: 名無しさん 2018/03/26(月) 01:44:37.36 ID:3t9V0xEko
アーニャ「……はぁ……はぁ……!」


白装束A「……」


アーニャ「まだ……追ってくる……!」


白装束B「……」


アーニャ「っ!? こっちにも!?」

アーニャ「っ……!」


小さい男「ひっひっひっ! 逃げても無駄だぁ!」

小さい男「大人しく我らと来るんだな~~~っ!」


アーニャ「ニェート! それは、出来ません!」

アーニャ「貴方達は、どうして私を追いかけるのですか!?」


小さい男「どうしてだぁ?」

白装束達「……」


アーニャ「っ……囲まれ……!?」


小さい男「それは、お前の体に用があるからよ!」

小さい男「ひ~~っひっひっひっ!」


アーニャ「……!」

350: 名無しさん 2018/03/26(月) 01:56:04.33 ID:3t9V0xEko
アーニャ「貴方達は……私のファンではない、ですね?」


小さい男「あぁん? ファン? お前の?」

小さい男「……ひゃ~~っはははぁ!」

小さい男「この期に及んで、ま~だそんな事を言ってるのか!」

白装束達「……」


アーニャ「……!」


小さい男「必要なのは、お前の体だけよぉ!」

小さい男「それ以外には、お前なんぞに何の興味もないわーっ!」

白装束達「……」


アーニャ「貴方達は……一体……?」


小さい男「さあ、こっちへ来い」

小さい男「ひ~~っひっひっひっ!」

白装束達「……」


アーニャ「っ――!?」


小さい男「ん? なんだ? 急に寒気が……ぶええっくしょん!」

小さい男「げええーっ!? か、体が凍りついていく……!?」

白装束達「……!?」

ピキピキピキッ…!


アーニャ「シトー……? 一体、何が……?」

351: 名無しさん 2018/03/26(月) 02:08:50.63 ID:3t9V0xEko
??「――女一人を大勢で取り囲むのは、さすがに見過ごせん」


小さい男「だ、誰だあっ!? 姿を見せろっ!」

白装束達「……!」


??「――良いだろう」

トンッ!……スタッ!


アーニャ「貴方は……一体……?」


??「下がっていろ」

??「……――氷漬けになりたくなければ」


小さい男「こ、この闘気……!」

小さい男「「いや――凍気!?」

小さい男「きっ、貴様ーっ! 何者だーっ!?」

白装束達「……」



氷河「……白鳥座」


氷河「キグナス――氷河!」


アーニャ「……ヒョーガ……?」

352: 名無しさん 2018/03/26(月) 02:18:56.70 ID:3t9V0xEko
小さい男「きっ、き、ききっ、キグナスだとお~~~っ!?」

小さい男「貴様、女神……アテナの聖闘士か!?」

白装束達「……!」


氷河「黙れ」

氷河「お前如きが、軽々しくアテナの名を口にするな」


小さい男「聖闘士が、どうして我らの邪魔をする!」

白装束達「……!」


氷河「言ったはずだ」

氷河「女一人を大勢で取り囲むのは見過ごせんとな」

氷河「……それに、お前たちこそ何者だ?」

氷河「お前たちからは、微かだが邪悪な小宇宙を感じる」


小さい男「……!」

白装束達「……!」


氷河「逃げられると思うな」


パキィィン……!

小さい男「か、体が……凍りつく……!?」

白装束達「……!?」


氷河「カリツォー」

氷河「お前たち如きでは、その氷のリングから逃れる術はない」

353: 名無しさん 2018/03/26(月) 02:27:55.86 ID:3t9V0xEko
氷河「さあ、話してもらうぞ」

氷河「……お前たちは、一体何者だ」


小さい男「……ぐ……ぐううっ! ふっ、ふ……」

小さい男「ふざけるなああっ!」

小さい男「もう二度と……氷漬けになってたまるかああっ!」

白装束達「……!」


氷河「……何?」


小さい男「我らは……必ずその女の体を手に入れる……!」

白装束達「……!」

ボワアアッ…


氷河「消えていくだと……!?」

氷河「お前たちは、一体……!?」


影「その女の体を手に入れ、必ずや……!」

…フッ


氷河「ちっ!……逃げられたか」

354: 名無しさん 2018/03/26(月) 02:47:19.57 ID:3t9V0xEko
アーニャ「あの……」


氷河「怪我は無いか」


アーニャ「ダー! 貴方のおかげ、です」

アーニャ「お礼を言わせてください」

アーニャ「スパシーバ、ありがとう、ございます」


氷河「礼を言われる程の事はしていないさ」

氷河「男ならば、ああして当然」

氷河「……しかし、キミの言葉……ロシア人か?」


アーニャ「ハーフ、です」

アーニャ「アナスタシア――アーニャと、呼んでください」


氷河「ああ、そうさせてもらう」

氷河「俺の母もロシア人で――ハーフだ」


アーニャ「ハラショー! 一緒、ですね?」ニコッ


氷河「……」


アーニャ「シトー? どうか、しましたか?」


氷河「……いや、気にしないでくれ」

氷河「アーニャの笑顔が……少しだけ、マーマに似ていると思っただけだ」


https://www.youtube.com/watch?v=KeEzMaQiu78


360: 名無しさん 2018/03/26(月) 14:32:54.16 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・

美波「アーニャちゃん! 今までどこに行ってたの!?」

アーニャ「美波!」

アーニャ「イズヴィニーチェ……すみません、仕事中だったのに」

美波「急に居なくなっちゃうんだもの……とっても心配したわ」

アーニャ「プラスチーチェ……ごめんなさい」

美波「もう……それじゃあ、約束してね」


美波「今度から、どこかへ行く時は、ちゃんと言ってからにして」

美波「じゃないと、怒っちゃうんだから!」

美波「……約束出来る?」


アーニャ「美波……」

アーニャ「ダー! アビシシニャーニエ、約束、します!」

アーニャ「美波に怒られるのは、ふふっ、怖い、です!」


美波「アーニャちゃんったら!……ふふっ!」

アーニャ「ふふふっ!」

美波「それで、アーニャちゃん……あの人は?」



氷河「……」



アーニャ「彼は、ヒョーガ、です」

アーニャ「ロシアから来てくれた、私の――」

361: 名無しさん 2018/03/26(月) 14:41:50.97 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・
少し前


氷河『――アーニャは、奴らに狙われているようだな』

氷河『何か、心当たりは無いのか?』


アーニャ『ニェート……わからない、です』

アーニャ『ファンの人たちでは、無い、と言っていました』


氷河『ファン?』


アーニャ『ダー! 私、アーニャはアイドル、です!』


氷河『……なるほど』

氷河『奴らからアーニャを守り切るのは、簡単ではなさそうだ』


アーニャ『守る?』


氷河『無論』

氷河『地上の愛と平和を守るのが、俺たち聖闘士に課せられた使命』

氷河『その中には、アーニャのような罪のない人々も含まれている』

氷河『それに、奴らから感じた邪悪な小宇宙……見過ごすわけにはいかない』


アーニャ『! だったら、いい考えが、あります!』


氷河『……何?』


  ・  ・  ・


アーニャ「――私の、アー、イトコです!」

362: 名無しさん 2018/03/26(月) 14:50:59.03 ID:3t9V0xEko
美波「イトコ……?」


氷河「氷河だ」

氷河「ロシアから、アーニャに会いに来た」


アーニャ「ヒョーガが来ていると聞いて、アー、慌ててしまいました」

アーニャ「イトコに会うのは、アイドルでも大丈夫ですね?」


美波「それだったら、言ってくれれば良かったのに」

美波「はじめまして、新田美波です」

美波「美波、って呼んでくださいね♪」


氷河「ああ、俺も氷河で良い」

氷河「しかし、アーニャは――」


氷河「――迷惑をかけたくない――」


氷河「――と、言っていたのに、早速迷惑をかけてしまったようだな」


アーニャ「ヒョーガ! からかわないでください!」

美波「ふふっ、仲が良いのね?」


氷河「……さあな」

氷河「そんなことより、ゆっくり話している時間はあるのか?」


美波「そうだわ、早く戻らないと! 行きましょ、アーニャちゃん!」

アーニャ「ダー! わかりました、美波!」

アーニャ「ヒョーガ! また、あとで!」ニコッ


氷河「……ああ」

363: 名無しさん 2018/03/26(月) 15:03:31.30 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・

氷河「……今のアイドルというのは、変わったこともするんだな」


アーニャ「ダー! テレビの、アー、収録も楽しい、です!」

美波「最近では、バラエティ番組のお仕事も増えてきたわよね」

アーニャ「どんどん、新しい事、増えていきます」

アーニャ「とっても大変、です」

アーニャ「だけど、アー、挑戦するのは、楽しいことですね?」

美波「ええ! これからも、頑張りましょ♪」ニコッ

アーニャ「ダー! 一緒に頑張りましょう、美波♪」ニコッ


氷河「フッ……良い笑顔じゃないか」


アーニャ・美波「……」

アーニャ・美波「ふふふふっ!」ニコニコッ


氷河「……何だ? 何がおかしい?」


アーニャ「ヒョーガ、プロデューサーと同じ事、言いました」

美波「それが、なんだかおかしくって。気を悪くしないでくださいね」


氷河「そういう事なら構わないさ」

氷河「さて……俺は、行くとしよう」

氷河「俺が周りをうろついていては、いけないからな」


アーニャ「……ヒョーガ、お願い、します」


氷河「任せろ」


美波「……?」

364: 名無しさん 2018/03/26(月) 15:10:51.01 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・



氷河「……」


氷河(あれから三日……奴らは、一向に姿を現さない)

氷河(俺を恐れて出てこない?)

氷河(いや……違うな)

氷河(奴らから感じた、邪悪で……怨念のような小宇宙)

氷河(あんな小宇宙の持ち主達が、簡単に諦めるはずがない)


氷河「……」


氷河「! この小宇宙……来たか……!」


氷河(だが……なんだ、この懐かしさは?)

氷河(あんな奴らから、懐かしさを感じるのは妙だ)

氷河(それに、この感じは……)


氷河「……いや、そんな筈がない」


氷河「――そんな事があってたまるか……!」

365: 名無しさん 2018/03/26(月) 15:23:40.93 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・
女子寮 周辺


小さい男「ひっひっひ! 今度は逃さんぞ~~~っ!」

白装束達「……」


  ・  ・  ・


輝子「ふ、フヒ……完全に、囲まれてるな」

輝子「パック詰めされた……き、キノコ状態だ」

幸子「そんな事言ってる場合じゃありませんよ!」

幸子「いくらボクがカワイイからって、マナーがなさすぎですよあれは!」

小梅「ち、違うと思う……よ?」


小梅「だって、あの人達は……もう、生きてない、から」


輝子・幸子「……へっ?」


蘭子「あっ、あああっ、安心するが良い我が友よ!」ガクブル

蘭子「我が闇の魔力の前では、ではでは……うう~っ!」ガクブル

ぎゅううっ!

アーニャ「蘭子、大丈夫です」

蘭子「えっ?」

アーニャ「私達は、ズヴィズダーが――」


アーニャ「――白鳥が、守ってくれて、います」

366: 名無しさん 2018/03/26(月) 15:42:37.73 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・

小さい男「体を寄越せ……!」

小さい男「我らに、体を……!」

白装束達「……!」


氷河「――止まれ」


小さい男「……現れたな、キグナス!」

白装束達「……!」


氷河「彼女には――アーニャには指一本触れさせん」


氷河「そして――」

ヒョオオオオ……


氷河「――もう、逃さん!」



小さい男「邪魔をするなあ~~~っ!」

小さい男「我らには、もう時間が無いのだ~~~っ!」

白装束達「……!」


氷河「言ったはずだ。止まれ、と」


小さい男「そんな言葉に誰が従えるかぁ!」

小さい男「そこをどけ! キグナスーっ!」

白装束達「……!」


氷河「いいや、止まって貰うぞ」

氷河「このキグナスの――ダイヤモンドダストの凍気によってな!」

ヒョオオオオ……!


小さい男「な、なんだ……!? 急激に奴の小宇宙が高まっていく……!?」

白装束達「……!?」

368: 名無しさん 2018/03/26(月) 16:07:01.24 ID:3t9V0xEko
氷河「おおおおおぉっ……!」

ヒョオオオオ……!


小さい男「あと少し……! もう少しの所でええっ!」

白装束達「……!」


氷河「受けろ! 邪悪な小宇宙を持つ者達よ!」

氷河「そして、あるべき所へ帰るが良い!」



氷河「ダイヤモンドダスト――ッ!!」



小さい男「こ、凍りついていく……逃げられ……」

小さい男「ひ、ひっひっひっ――」

小さい男「ひっ」

パキィィィンッ!


氷河「完全に凍りついてしまえば、影となって逃げる事も出来まい」

氷河「その悪しき小宇宙――魂を砕かせてもらう!」



「――待ちなさい」



氷河「う!?」

氷河「こ、この声……この懐かしさ……!?」



??「――そんな事をしてはいけませんよ」



氷河「あ……ああっ……!?」

氷河「その顔……間違えるはずがない! 間違えようものか!」

氷河「何故……どうして、ここに……!?」



ナターシャ「――氷河」



氷河「マーマ!」

369: 名無しさん 2018/03/26(月) 16:31:00.57 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・

幸子「な、なんだか様子がおかしいですよ!?」

輝子「こ、氷が急に出るのも、お、おかしいけどな、フヒ」

小梅「あの人……あれは、な、何? あの子も、怯えてる……!」

蘭子「うーっ、うう~~っ!」ガクブル

ぎゅうっ!

アーニャ「……ヒョーガ……!」


  ・  ・  ・


ナターシャ「そこを通して、氷河」

ナターシャ「私達が完全に蘇るためには、あの子の体が必要なの」

ナターシャ「だから、ね?」

ナターシャ「――お願いよ」ニコッ



氷河「や、やめろおお~~~っ!」

氷河「マーマの顔で……俺に……俺にそんな笑顔を向けるああ~~~っ!」

ヒョオオオオ……



ナターシャ「どうして、そんなひどい事を言うの?」

ナターシャ「私の可愛い氷河」

ナターシャ「さあ、あの子の体を私達にちょうだい?」ニコッ



氷河「やめろ……! やめてくれ……!」

氷河「その顔を……声を……笑顔を俺に向けないでくれ……!」

氷河「俺の命ならいくらでもくれてやる! だから……!」

氷河「マーマの体を弄ぶのはやめてくれええっ!」



ナターシャ「……もう、聞き分けのない子ね」


ナターシャ「イネビテブル・ドラウン!!」



氷河「うおおっ!? 小宇宙が、押し寄せて……!」

氷河「お、溺れる……! 飲み込まれる……!」

370: 名無しさん 2018/03/26(月) 16:45:32.93 ID:3t9V0xEko
氷河(こ、この小宇宙……!)

氷河(なんという、悲しみと絶望に包まれた小宇宙だ……!)

氷河(俺が感じているのは、この小宇宙の――魂の嘆き……!)

氷河「い、いかん……飲まれる……!」



ナターシャ「氷河、貴方もこっちへいらっしゃい」



氷河「うおおおっ!?」

氷河(幻影などではない……! あの体は、確かにマーマのもの!)

氷河(そうか……体に、脳に残る記憶を使っているのか)

氷河(……ならば、奴の言葉は……マーマの言葉でもある……?)


氷河「ごほぁっ!」

氷河(駄目だ……もう、考えられない……)

氷河(体に、力が入らん……)



ナターシャ「ふふっ♪」ニコッ



氷河「……ああ、マーマ……」



アーニャ「ニェート! いけません、ヒョーガ!」



ナターシャ「あら! わざわざ出てきてくれたの?」

ピタッ


氷河「ぐふうっ!?」

…ドシャリッ!


アーニャ「……目的は、私、ですね?」

アーニャ「私が、一緒に行けば、皆には……何もしないでくれますか?」


ナターシャ「ええ、もちろんよ!」


氷河「っ!? よ、よせ……アーニャ……!」

372: 名無しさん 2018/03/26(月) 16:59:01.48 ID:3t9V0xEko
アーニャ「イズヴィニーチェ、すみません、お願いがあります」


氷河「待て……! 行ってはならない……!」


アーニャ「私は、もう、戻って来られない、です」

アーニャ「だから、皆にとっても、アー、 迷惑をかけます」

アーニャ「……でも、他に方法が無い、です」


氷河「ぐ……く、お……!」


アーニャ「アイドル、続けるのは出来ませんね?」

アーニャ「とっても……悲しい」

アーニャ「だけど、美波との約束を破るのは、もっと悲しいです」

アーニャ「アビシシニャーニエ、約束、破りたくない、です」


氷河「……!」


アーニャ「パジャールスタ、だから、美波に伝えてください、お願いします」


アーニャ「スパシーバ……ありがとう、と」ニコッ


氷河「あ……アーニャ……君は……!」



アーニャ「……イズヴィニーチェ、お待たせ、しました」

ナターシャ「うふふっ♪ 貴女、とっても良い子ね」

アーニャ「ニェート、アーニャは、良い子ではない、です」

ナターシャ「あら、そうなの?」

アーニャ「ダー。皆に、アー、迷惑をかけてしまいました」

ナターシャ「そんなことは良いのよ……もう、気にしないでも」

アーニャ「……」



氷河「待て……行くな……!」

氷河「……ぐうっ!?」

ガクッ!

375: 名無しさん 2018/03/26(月) 22:48:21.45 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・

氷河「……――はっ!?」

氷河「ここは……どこだ……!?」


美波「ここは事務所内の医務室です」


氷河「……美波?」

氷河「っ! すまない……! アーニャが連れ去られてしまった!」


美波「そう……みたいですね」

美波「寮住まいの子たちに聞きました」


氷河「……美波、君はどうしてそんなに冷静でいられる」

氷河「アーニャが居なくなったというのに、何故……!?」



美波「だって、約束しましたから」

美波「どこかへ行く時は、ちゃんと言ってからにして、って」

美波「約束したから……そう、約束……う、ううっ……!」ポロポロッ



氷河「……すまない」

氷河「俺が……クールでいられなかったばかりに」


美波「うっ……ぐすっ、い、いえ……ごめんなさい、泣いちゃったりして」

美波「……アーニャちゃんは、何か言っていましたか?」



氷河「……」

氷河「――いや、‘何も言っていなかった’」


…ガチャッ


美波「氷河……? そんな体で、どこへ……!?」



氷河「俺は、アーニャに‘任せろ’と……そう言った」


氷河「約束は破るなと……マーマにきつく言われていたからな」

376: 名無しさん 2018/03/26(月) 23:00:19.30 ID:3t9V0xEko
  ・  ・  ・
甲板上


ナターシャ「ふふふっ……今日は星がとても綺麗ね」


アーニャ「……」


ナターシャ「私が――私達が事故で死んだ夜も、こんな夜だった」

ナターシャ「だから、蘇る夜には、相応しいと思わない?」


アーニャ「……貴女は、間違って、います」


ナターシャ「あら、どうして?」


アーニャ「人の命は、一生に……一つきり、です」

アーニャ「だから、皆、頑張って生きています」

アーニャ「だから、とても輝いて……綺麗」


ナターシャ「……」


アーニャ「事故で、アー、亡くなったのですね?」

アーニャ「それは、とても悲しいこと、です」

アーニャ「……だけど、安らかに……眠って欲しい」

アーニャ「そうする事は、出来ませんか?」


ナターシャ「そんな必要ないじゃない?」

ナターシャ「だって、私達は、貴女の体を使って甦れるんですもの!」


アーニャ「……ニェート……とても、アー、残念、です」

アーニャ「けれど、私が死んでしまっては、それは無理、ですね?」


ナターシャ「えっ?」

377: 名無しさん 2018/03/26(月) 23:11:05.33 ID:3t9V0xEko
ナターシャ「そうね……私達は、貴女の体でなければ復活出来ない」

ナターシャ「それは、貴女の体が……」

ナターシャ「貴女の魂が――小宇宙が、最も適しているから」

ナターシャ「他の人じゃあ、私達の魂を受け止められないわ」


アーニャ「ハラショー、それを聞いて、安心しました!」

アーニャ「……っ!」

アーニャ「……えっ? どうして……!?」


ナターシャ「うふふっ! 舌を噛んで死のうとしても、無駄よ?」

ナターシャ「もう、貴女の体の乗っ取りは始まっているの」

ナターシャ「手足の感覚が、もうなくなってきてるでしょう?」


アーニャ「……っ!……っ!」


ナターシャ「夜が明ける頃には、貴女の体は私達のもの」

ナターシャ「それに、舌を傷つけるのはやめてちょうだいね」

ナターシャ「貴女の歌、とっても素敵だもの……ふふっ!」



「――それは、是非聞いてみたいものだ」



アーニャ「っ! この声は……!?」


ナターシャ「ああ、やっぱり来てくれたのね!」

ナターシャ「マーマの新しい誕生会に! そうでしょう?」ニコッ



氷河「その口を閉じろ」




アーニャ「ヒョーガ!」


氷河「……遅くなってすまなかった、アーニャ」

378: 名無しさん 2018/03/26(月) 23:24:31.54 ID:3t9V0xEko
ナターシャ「まあ、どうしてそんなひどい事を言うの?」

ナターシャ「それに……その格好は何?」


氷河「聖衣を纏った俺は、女神――アテナの聖闘士として此処に居る」

氷河「貴様の好きにはさせんぞ、亡霊」


ナターシャ「ひどいわ、氷河!」

ナターシャ「貴方は、私に――マーマにその拳を向けるつもりなの!?」

ナターシャ「もう少しで……生き返る事が出来るのに!」

ナターシャ「この女の体があれば――」


アーニャ「ヒョーガ!」


氷河「……その口を閉じろと、そう言ったはずだ」

ヒョオオオオ……!


ナターシャ「凍気……!?」

ナターシャ「そう……本気、なのね?」


氷河「お前は、確かにマーマの体……それは本当だろう」

氷河「――だがっ!」

氷河「俺の愛した母は、他を犠牲にしてまで己の欲望を満たす者ではないっ!」

氷河「むしろその逆!」

氷河「自らを犠牲に他を助ける――」


アーニャ「……!」


氷河「――アーニャのような、美しい魂を持った人だった!」

氷河「それを貶めるような真似は、たとえ神々が許したとしても――」


氷河「――この、キグナス氷河が許さんっ!」

ヒョオオオオ……!


ナターシャ「むうう……!? この気迫、そして闘気……!」

ナターシャ「おのれぇ……! あと一歩の所で邪魔をおお~~っ!」


氷河「黙れ」

氷河「その声で……ゲスな事を言うのは、許さん」

379: 名無しさん 2018/03/26(月) 23:42:54.71 ID:3t9V0xEko
ナターシャ「……ひっひっひ!」

ナターシャ「どうやら、お前も我らの仲間に入りたいらしいな……!」


氷河「……その口調」

氷河「あの時の小男や、白装束達の姿が見えないとは思っていたが……」


ナターシャ「もう、まともに動く体が‘これ’だけになってしまったからな……!」

ナターシャ「既に、我らの魂――小宇宙は一つとなっている!」

ナターシャ「貴様にもわかるだろう、この強大さが! 怨念が!」

ナターシャ「お前如きでは、太刀打ち出来ぬわーっ!」

ナターシャ「ひ~っひっひっひ!」



氷河「ほう……ならば、やってみるが良い」



ナターシャ「抜かせええ~~~っ!」

ナターシャ「嘆きの波に飲まれろ、キグナス!」

ナターシャ「イネビテブル・ドラウン!!」


氷河「……」


ナターシャ「ひ~っひひひっ! そのまま溺れ死ね!」

ナターシャ「そして、お前も我らの一部となるのだ~~~っ!」



氷河「――むん!」

パキィィィン!


ナターシャ「なあっ……!? 波が、凍っただと……!?」


氷河「聖闘士に、同じ技は二度は通じん」

氷河「そもそも……」

氷河「クールになった俺の前では、この程度は水たまりの水面が揺れる程度よ」

ヒョオオオオ……!


ナターシャ「むうう……!? こ、これほどまでとは……!?」

380: 名無しさん 2018/03/26(月) 23:59:14.94 ID:3t9V0xEko
氷河「覚悟は良いか、亡霊」

ヒョオオオオ……!


ナターシャ「ひいっ!?」

ナターシャ「……ま、待って氷河!」

ナターシャ「私に……マーマに生き返ってほしくないの!?」

ナターシャ「あの体があれば、また一緒に暮らせるのよ!?」


氷河「くどい!」

氷河「マーマの体を使い、俺をたぶらかそうとするな!」

ヒョオオオオ……!


ナターシャ「来るな……来るなああ~~~っ!」


氷河「……マーマの体から出ていって貰うぞ」

氷河「はあああああっ……!」

ヒュゥオオオオオオッ……!


ナターシャ「やめろおおお~~~っ!」


氷河「マーマ……魂無き体とは言え、貴女にこの拳を向ける事を許してください」



氷河「KHOLODNYI SMERCH!!」

ドゴオオオオオ!!



ナターシャ「……ぐうううっ!?」

ナターシャ「か、体が崩れていく……!」

ナターシャ「そんな……こんな所で……!」


氷河「……終わりだ」

382: 名無しさん 2018/03/27(火) 00:12:25.25 ID:HWxyULaNo
ナターシャ「ま、まだ終われるかぁ……!」

ナターシャ「その体……体さえあればぁっ……!」


氷河「まだ動けるか」


ナターシャ「体を寄越せええ~~っ!」


アーニャ「っ……!」


ナターシャ「――っ!?」

ナターシャ「何故だ!? お前は、生き返りたくはないのか!?」


氷河「……何だ? 奴の様子が――」



ナターシャ「――氷河、このまま……私を楽にして」



氷河「な、あっ……!?」

氷河「マーマ……本当の、マーマなのか……!?」


ナターシャ「貴方の魂を感じて、ようやく声を出す事が出来たわ」

ナターシャ「さあ、今のうちに、早く」

ナターシャ「余計な事を言うなああ~~~っ!」

ナターシャ「ひ~っひっひっひ! キグナス! お前に母が討てるものかぁ!」


氷河「お、俺は……一体、どうしたら……!?」


ナターシャ「――ねえ、貴女にお願いがあるの」


アーニャ「……私、に?」


ナターシャ「最期に……歌を歌って貰える?」

ナターシャ「貴女の歌が素敵だと思ってるのは……私達、皆そうだから」


アーニャ「……ダー。わかり、ました」

383: 名無しさん 2018/03/27(火) 00:33:20.60 ID:HWxyULaNo
https://www.youtube.com/watch?v=NXjVQtYNsUI



ナターシャ「……氷河」


氷河「う、ああ……! ま、マーマ……!」

氷河「本当に……マーマなんだね……!」

氷河「会いたかった、ずっと……ずっと会いたかった……!」


ナターシャ「こうやって、大きくなった貴方の姿が見えて嬉しいわ……」

ナターシャ「本当に……本当に、大きくなって」ツーッ…


氷河「俺も……! 僕も……!」

氷河「僕も、今の姿を見て貰えて……嬉しいよ……!」ポロポロッ


ナターシャ「こら、男の子が泣いてちゃ駄目でしょう?」

ナターシャ「さあ……お願い、氷河」


氷河「うん……うん……!」

氷河「マーマにお願いされたら……断れないさ」ポロポロッ

―パァアアアッ!


ナターシャ「……綺麗」


氷河「……神聖衣」

氷河「小宇宙が最大限に高まった時の……このキグナスの聖衣の真の姿」

氷河「地上の平和と……生きとし生ける全ての生命を守る、聖闘士の姿だよ」

氷河「そして、これが……!」

ヒュゥオオオオオオッ……!


氷河「全てを凍りつかせる、絶対零度の凍気!」


氷河「我が師、カミュより受け継いだ……キグナス最大の拳!」



ナターシャ「――スパシーバ……ありがとう」ニコッ



氷河「オーロラエクスキューション!!」



氷河「……マーマ……今度こそ、安らかに――」ツーッ

384: 名無しさん 2018/03/27(火) 00:47:24.64 ID:HWxyULaNo
  ・  ・  ・

アーニャ「ヒョーガ!」


氷河「どうしたアーニャ」

氷河「もうすぐ、LIVEが始まる時間だろう」


アーニャ「見ていっては、貰えませんか?」


氷河「すまないが、俺には聖闘士としての使命がある」

氷河「……それに、君の歌はもう聞かせてもらったからな」


アーニャ「そう……ですか」

アーニャ「スパシーバ、ありがとう、氷河」


氷河「急に改まってどうした」

氷河「……だが、俺からも言わせてくれ」

氷河「あの時、マーマのために歌ってくれた事、感謝する」

氷河「スパシーバ、ありがとう、アーニャ」


アーニャ「また……会えますか?」


氷河「さあな、俺にもわからん」

氷河「いつ、どこで倒れるともわからん身だからな」


アーニャ「アビシシニャーニエ、約束、です!」


氷河「約束か……なら、破るわけにはいかないな」


氷河「男ならば、約束は破るものではない、と」


氷河「……俺は、愛する人、尊敬する人達に教わったのだから――」


https://www.youtube.com/watch?v=80Y-jf8M8Ic





おわり



388: 名無しさん 2018/03/27(火) 22:26:22.43 ID:HWxyULaNo

「……」


 恋する乙女は無敵、って言うよな?
 いや、あたしの話じゃないからな!?
 そこんとこ、勘違いしないでくれよ!


「……」


 無敵、って言うことは、とにかく物凄いパワーが出てると思うんだよ。
 大した事無い相手だったら、ぶつかっただけで倒せちゃうくらい。
 あー……今のは、ちょっとアレだった、ゴメン。
 今の例え、アイドルっていうか、スターだった。


「……」


 と、とにかくさ! 凄いんだよ、もう!
 ちょっと見ただけで、今までと全然違うんだ!
 輝いてるって言うか……そう、キラキラ!
 目から体から、とにかくもう、すっごくキラキラしてる!


「……」


 あたしは、友達の一人が、その恋する乙女になった瞬間を目的した。


 遠ざかっていく、黒いスーツの、背の高いプロデューサー。


 そのプロデューサーに抱えられているのが、恋する乙女、ってわけ。


 お姫様抱っこだぞ! お姫様抱っこ!
 いやー! いつもはからかわれてばっかりだけど、
今度はあたしがからかう番が回ってきたかー!?


「なあ?」


 ニヤニヤ笑いながら、一緒に居たもう一人の友達を見た。
 ……おいおい、どうしたんだよ、そんな顔して。
 あの人に任せておけば、ちょっとふらついた位なら安心だろ?

389: 名無しさん 2018/03/27(火) 22:42:36.09 ID:HWxyULaNo
  ・  ・  ・

「いやー、あの時の、あの顔!」


 今日は仕事は無かったけど、レッスンはあった。
 最近のレッスンはハードになってきたから、もうクタクタだよ!
 でもま、やりがいがあるから、それも悪くないなって思ってるんだよな。
 っとと、そんな事より、今はこの前の話だった!


「青かった顔が、急に赤くなったからビックリしたぞ!」


 神妙な振りをしてみるけど……やっぱり無理!
 普段のお返しをしなきゃと思うと、どうしても笑っちゃうぜ、へっへっへ!
 ……って、おい、なんでそんなに平然とポテトをつまんでるんだよ。
 それじゃ、からかっても楽しくないだろー!?


「そんなにアタシの心配してくれたんだ?」
「いや、だからそうじゃなくてな!?」
「優しい友達を持って、アタシは幸せ者だねぇ」
「……んぐぐ!?」


 っだー! 駄目だ!
 普段からかわれてるからって、からかい方なんかわかんねーよー!
 おい! お前も何か言ってくれよ!
 何で何も言ってくれないんだよ―!
 もしかして、あたししかからかっちゃいけないルールでもあるのか!? そうなのか!?



「――まあ、プロデューサーは、あれが仕事だから」



 ……――ん?


 なんか、今の……ちょっと、おかしくないか?
 いつもとはちょっと違うって言うか……あー、なんだ!?
 なんだかわからないけど、とにかく、ちょっとおかしい!



「――うん。でも、働いてる男の人って、格好いいよね」



 ……あ、わかった。
 いや、でも……なんでだ?
 ちょっと目を合わせず話してる位で、どうしてこんなにおかしいと思うんだ?

390: 名無しさん 2018/03/27(火) 23:01:15.51 ID:HWxyULaNo

「そうかな? だったら、働いてる男の人だったら、全員格好良く見える?」


 おい、お前ら……なんで、さっきから目を合わせないんだ?


「どうだろうね。でもさ、やっぱり頼りがいが有ると良いよねー」


 なんだよ……やめろよ、この感じ。


「だったら、‘私の’プロデューサーは失格かな」


 割って入……れない。


「そう? 頼れると思うな、‘シンデレラプロジェクトの’プロデューサー」


 今のあたしには、二人の間に割って入るだけのパワーが無い。


「案外抜けてる所もあるよ……知らないだろうけど」


 もしも、割って入ったら――


「ふふっ! そういうギャップもあるんだ……良いよね、かわいいじゃん」


 ――簡単に、消し飛んじゃう。


 でも、駄目だ、このままじゃ。
 このまま放っておいたら、絶対に良くないことになる。
 なんとか、二人を止めなくちゃいけない。


「い、いやー! あたしの魅力も、そういうギャップかなー!」


 ……って、この入り方は我ながら雑すぎるうう!


「……そうだね、案外乙女な所もたくさんあるし」
「……可愛い服とか着て、照れてるのもねー」


 良かった。


「お、お前らなぁ!?」


 なんとか、なった。

391: 名無しさん 2018/03/27(火) 23:21:43.85 ID:HWxyULaNo
  ・  ・  ・

「……はぁ」


 休憩スペースで、一人、ため息を吐き出す。
 二人の様子は、なんだかずっとおかしい。
 一緒にいると楽しいは楽しいんだけど……さ。
 時々、んー、緊張感? みたいなのが走るんだよ。


「……なーんでかなぁ」


 まあ、あたしだって、これでも花も恥じらう乙女だからな。
 理由なんて、とっくにわかってるんだよ。
 でもなぁ……どう考えても、その……可能性なんてないだろ!?
 それなのに、なんで、あんな感じになっちまうんだよ。


「……ばーか」


 とっとと諦めるか、玉砕しちまえってんだ。
 ……とは、思えないんだよな。
 だって、二人共、大切な友達だから。
 だからさ、出来れば……実って欲しい、なんて思っちゃうんだよ。


「……はぁ」


 多分だけど、あいつらのどっちもそう思ってるんだよな。
 だけど、自分は諦めたくないんだ。
 それで、相手に諦めて貰おうとしてる。
 相手よりも自分が先へ……少しでも、相手の足を止めて。


「……なーんでかなぁ」


 ほんと……ユニット内で、真剣勝負なんてするなよなぁ!
 やるんだったら、とっとと決着をつけてくれよ!
 そりゃ、お前らは当事者だから良いだろうけどさ?
 それを間近で見てるあたしの身にもなってみろっての!



「……ばーか!」
「っ!? す、すみません……?」



 頭の中がグチャグチャしてて、気づかなかった!
 っていうか、違う!
 今のは、プロデューサーさんに言ったわけじゃ……あれ?
 この人にも、文句言っても良いんじゃないか、あたしは!?

392: 名無しさん 2018/03/27(火) 23:37:05.12 ID:HWxyULaNo
  ・  ・  ・

「……正直に、ですか?」


 ……まあ、文句なんて言えないんだけどさ。
 二人の気持ちをあたしが言うのは、駄目だろ?
 だけど、この人の考えも、ちょっと気になるんだよ。
 あの二人の事をどう思ってるか、って。


「うん。正直に」
「そう、ですね……」


 缶コーヒーを片手に、ちょっとリラックス……してた、のかな?
 まあ、なんだか、落ち着く空気を出してたプロデューサーさんの空気が、変わった。
 目付きも鋭く、あいや、元々鋭いんだけど……ああもう、わかるだろ!?
 すっごく、真剣な顔になったんだよ。
 だから、質問したのを一瞬後悔したけど――


「お二人は――とても、素晴らしいアイドルだと思います」


 ――ほんと、後悔なんて一瞬だった。


「歌唱力、ルックス共に非常に水準が高く、ダンスの上達ぶりも素晴らしいです」


 二人はアイドルで、この人は、プロデューサーなんだ。
 プロデューサーさんは、あくまでも二人をアイドルとしてしか見ていない。
 ……だけどさ、あたしは思うんだよ。


「それに、近頃は、彼女たちの輝きが増しているように見えます」


 アイドルとしてでもさ、こんなに真剣に見てくれるって、良いな、って。
 真面目で、誠実で、不器用で……まあ、鈍感で。
 そんな人に見ていて欲しいと思うのは、当たり前なんじゃないか、って。


「何か、きっかけがあったのだろうと、そう、思います」


 ……訂正。
 アンタ、超鈍感だな!



「なので――今、心配なのは、貴女です」



 ……へ? あたし……?

393: 名無しさん 2018/03/27(火) 23:58:09.48 ID:HWxyULaNo

「最近の貴女は、何か、悩みを抱えている様子なので」


 ちょっ、ちょ、ちょっと待ってくれ!
 あんた、あたしの事も見てたのか!?
 た、担当でも無いのに!?
 うわ……ちょっと、はぁ!?


「え、えっと……どうして、そう思ったんだ?」


 落ち着け! とにかく落ち着け、あたし!
 この人は、別にあたしの事だけを見てたわけじゃないぞ!
 仕事だから! アイドルを見るのは!
 プロデューサーだったら、当然の事だっての!



「笑顔です」



 ……――あ。


「笑顔が、少し、曇っているように見えましたので」


 ――これ、


「私は、貴女の笑顔にかかった雲を払う手伝いをしたいと、そう、思っています」


 ――やばい――!


「私に、何か出来る事はありませんか?」


 ……いや、もう、無い……というか、無くなった。


「……――ううん、大丈夫!」


 そっかぁ、二人共、こんな感じだったんだな。
 これは無敵だ、負ける気がしない。
 でも、相手も無敵だから……ははっ、どうやって勝つんだこれ!


「ありがとなっ! おかげで、楽になった!」
「いえ……私は、まだ、何も……」


 いいや、そんな事ないって!


「プロデューサーさんには、パワーを貰った!」

394: 名無しさん 2018/03/28(水) 00:18:59.71 ID:Q8yPIu9co

「パワー……ですか?」


 あーもー! やっぱり、わかってない!
 へへっ、ホント、こういう所は子供みたいだな!


「ふふっ、プロデューサーさん、キョトンとしすぎ!」


 体中を巡る血液に、今までなかったものが通っていく感じ。
 どんどん、どんどん力が湧いてくる!
 さぁ、どうだプロデューサーさん!
 今のあたしは、アンタの目にはどう映る?


「――良い、笑顔です」


 だろ?
 って、うわっと、お、おい!?
 そ……そんな笑顔で、見るなよなぁ……!?


「あの、顔が赤いようですが……」
「なっ、なんでもない! なんでもないから!」


 アンタまであたしをからかうのか!?
 あ、いや……でも、そういうのも、良いかも……って、いやいや!
 急にそこまでは、あたしにはレベルが高すぎる!


「あ、あたし、もう行くから!」


 立ち上がって、声をあげる。
 プロデューサーさんは、今も、あたしの事を見てるだろう。


「はい。頑張って、ください」


 そして、これからも……見ていて欲しい。
 そのためには、二人に遠慮してビクビクしてる暇は無いよな!
 だって、キラキラしてるアイドルの方が、プロデューサーさんも見たいと思うだろ?


「おうっ!」


 今のあたしじゃ、多分、見続けて貰うのは難しい。
 だから、あの二人と一緒に、三人でお互い高めあっていこうと思う。
 無敵の三人が集まったらさ、どこまでだって行けるし、何だって出来るよな!
 こういうの、友達じゃなくて……仲間でもなくて……ああ、そうだ!


 ――ライバル!



おわり

395: 名無しさん 2018/03/28(水) 00:19:52.51 ID:Q8yPIu9co
なんか爽やかになっちった
寝ます
おやすみなさい



403: 名無しさん 2018/03/28(水) 22:10:49.27 ID:Q8yPIu9co

「よっ! 今日もナイスなお尻だね、しまむー!」


 事務所の廊下、プロジェクトルームに向かう廊下。
 後ろから声が聞こえたと思ったら、


「ひゃあっ!?」


 お尻を……こう、ペロンッ、って感じで撫でられちゃいました。
 突然そんな事をされたら、ビックリするじゃないですか!


「も、もう! 未央ちゃん!?」
「あっはは、ごめんごめん!」


 笑いながら、未央ちゃんは片手を顔の前にやり、頭を下げました。
 その、とっても元気な笑顔を見て、怒る気が失せちゃいました。
 ……って、こんなだから、お尻撫でられちゃうのかなぁ。


「前を見たら、桃が歩いてたものだから、つい!」
「も、桃って……未央ちゃ~ん!?」
「あはははは!」
「謝る気あるんですか……ふふふっ!」


 未央ちゃんは、私が所属するニュージェネレーションズのリーダーです。
 とっても明るくて、素直で、いつも元気いっぱい!
 一緒に居ると、こっちまで元気になっちゃいます♪


「――おはよ、未央、卯月」
「ひょおわあっ!?」


 そして、もう一人のメンバーが、とってもクールな凛ちゃんです。


「しっ、しぶりん!? なんで私のお尻触ったの!?」
「卯月がやられてるの見たから、お返し」


 凛ちゃんは、歌もうまくて、シンデレラプロジェクトだけじゃなく、
美城専務が選んだ、プロジェクトクローネにも参加してるんですよ!
 とっても綺麗で、大人びてて、すっごくカッコイイんです!


「あっ、そうだ! 二人共、おはようございます♪」
「……遅くない?」


 そして、そんな凄い二人と一緒に居るのが、私、島村卯月。
 何の取り柄もない、アイドルに憧れてた、普通の女の子。
 だけど、笑顔だけは自信があります!

404: 名無しさん 2018/03/28(水) 22:29:35.25 ID:Q8yPIu9co

「って、私も言うの忘れてた! おはよ、しまむー、しぶりん!」


 明るく笑いながら、未央ちゃんが言いました。
 とってもキラキラしてる、素敵な笑顔で!


「……お尻を撫でる前に、挨拶が先じゃない?」


 呆れたようにため息をつきながら、凛ちゃんが言いました。
 その仕草がとっても大人びてて、年下だとは思えないです!


「そう? それじゃ、今度から、よろしくお願いします、って言いながら撫でるね!」
「あ、あはははは……!」
「そういう意味じゃないから……っていうか、ふふっ、何それ?」


 とっても素敵な二人に挟まれている、私。
 色んな事があって、泣いて、ぶつかって……それでも、今、こうして一緒にいる。
 それって、とっても凄い事だと思うんです!
 私達自身が頑張ったのもありますけど――


「良い、お尻です」
「……えっと、プロデューサーさんの真似、ですか?」
「島村さん、貴女の長所は、笑顔と、お尻です」
「え、笑顔と……お尻ですかぁ!?」
「はい。咲き誇る薔薇の様な笑顔と、触り心地が良いお尻です」


 プロデューサーさんの声を真似ている、んですよね。
 未央ちゃん、頑張って低い声を出してますもん。
 あ、声を出さずに……え? そう聞けって?


「え、えっと……その心は?」
「ズバリ! 長所はローズヒップでしょーう!」
「――っぶふうっ!?」
「り、凛ちゃん!?」


 凛ちゃん、さっきから黙ってると思ったら、笑いをこらえてたんですか!?
 今も、口とお腹を抑えて震えてますけど……それ、こらえられてませんよ!?



「――皆さん、おはようございます」



 そんな私達に、とっても低い声がかけられました。
 この声は――


「おっはよー、プロデューサー!」
「プロデューサーさん、おはようございます♪」
「おはよう、プロデューサー」


 私達に魔法をかけてくれた、プロデューサーさん!

405: 名無しさん 2018/03/28(水) 22:43:28.95 ID:Q8yPIu9co

「今ね、しまむーの話をしてたんだよ!」
「島村さんの……ですか?」
「みっ、未央ちゃん!?」


 何を言うつもりですか!?


「しまむーってさ、良いお尻してると思わない?」
「もう、未央ちゃ~ん!?」
「未央、調子に乗りすぎ」


 なんで言っちゃうんですかぁ!?
 そんな事言ったら、プロデューサーさんが困っちゃいます!
 それに、は、恥ずかしいじゃないですか!


「は……はぁ」


 プロデューサーさんが、右手を首筋にやって困ってます。
 そして、私の方を見た――


 ――から、


「へ、へうぅ!?」


 お尻を抑えて、凛ちゃんの後ろに隠れました。


「プロデューサーは見なくていいから」
「すっ、すみません……つい、流れで」
「未央ちゃん! もう、恥ずかしいじゃないですかぁ!」
「ごめんごめん、しまむー!」


 謝ってくれたけど……ごめんね、未央ちゃん。
 お尻を服越しに見られても、そんなに恥ずかしくないんです。
 だって、アイドルをやってたら、そういうのって普通ですもん。


 ――だけど、


「あうぅ……」
「す、すみません……島村さん」


 こうすると、プロデューサーさんは、私を意識してくれるんです。
 憧れてたアイドルじゃない。
 普通の、女の子として。

406: 名無しさん 2018/03/28(水) 22:59:29.88 ID:Q8yPIu9co

「い、良いんです……すぅ、はぁ」


 深呼吸をして、呼吸を整えるフリをします。
 だって、そうしないと不自然……普通じゃないから。


「――はいっ! もう、大丈夫です♪」


 プロデューサーさんに、私の、精一杯の笑顔を向けます。
 だって、プロデューサーさんは、笑顔がとっても好きだから!
 私の笑顔、とっても褒めてくれるんですよ!


「良い、笑顔です」
「……えへへっ!」


 ……こうやって!
 それに、困らせちゃうのは駄目ですもんね。
 プロデューサーさんには、いつまでも、私の事を見てて欲しいですから!
 そのためなら、島村卯月、頑張ります♪


 ――だから、


「ふーん。プロデューサーって、お尻が好きなんだ」
「しっ、渋谷さん!? ご、誤解です!」
「……ふふっ、冗談。ちょっと、からかいたくなっただけ」


 ――二人にも、


「ああっ! やっぱり、プロデューサーも男――狼なのねっ!」
「本田さんまで……もう、許してください」
「「――あはははっ!」」


 ――協力して貰っちゃいます。


「……」
「? 島村さん? どうか、されましたか?」


 あっ、いけない!


「えっ? 私が、どうかしましたか?」
「あっ、いえ……何でも、ありません」


 笑顔、笑顔♪

407: 名無しさん 2018/03/28(水) 23:23:39.50 ID:Q8yPIu9co

「さあさあ、プロジェクトルームに急ごうではないか!」
「……そのテンション、いつまで続ける気?」


 私、アイドルになるのが夢だったんです。
 一緒に頑張ってきた子達が居なくなっていく中、頑張ってきて……。
 そして、あの日、プロデューサーさんがやって来て……魔法をかけてくれたんです!
 普通の女の子だった私を――キラキラした、アイドルにする魔法を!


「~♪」


 だからね、本当は、私の夢はもう叶ったんです。
 今は、夢の続き……プロデューサーさんの、魔法のおかげです♪
 そうじゃなかったら、多分……ううん、きっと――


 ――二人とは、一緒に居ないと思います。


「おっ、しまむー、なんだかご機嫌だね!」
「うん。卯月が笑ってると、なんだかこっちまで笑顔になっちゃう」
「えへへっ♪ 笑顔には、自信がありますからっ!」


 プロジェクトクローネに抜擢される位凄い、凛ちゃん。


 お芝居っていう新しい挑戦を見つけられる、未央ちゃん。


 それに比べて、私には、何にもない。


「はい。とても、素敵な笑顔だと思います」
「プロデューサーさん……えへへっ、ぶいっ♪」


 だけど、私も見つけたんです!
 二人には……ううん、誰にも負けたくない、譲れないものが!
 そのためだったら、協力してもらっても、良いですよね?


 ――相談なんか、絶対にしないですけど。


「こんな感じかな? 良い、笑顔です」
「……さっきは言いそびれたけど、似てないから」


 ねえ、未央ちゃん、凛ちゃん。
 二人が言う、友達、って、そういうものなんですよね?
 私、相談も無しに、どんどん話が進んでいって……ショックだったんですよ?
 だけど、私達は、友達なんですよね?


 ――友達だったら、何も言わなくても応援してくれますよね?

408: 名無しさん 2018/03/28(水) 23:58:01.62 ID:Q8yPIu9co

「~♪」


 楽しい時は一緒に笑って、苦しい時は一緒に頑張って。
 辛い時は一緒に乗り越えて、嬉しい時は一緒に喜んで。


 二人と一緒のグループになった時、そうなると良いな、って思ったんです。
 私が、今まで考えてた友達……そんな仲間になれた、と思ってたんです。


「~♪」


 ――でも、二人の考える友達は違いましたもんね。


 自分が輝くために、自分だけで考えて決める。
 他の二人なんか関係無い、他の二人に相談もしない。


 それが、悪いことだとは言いません。
 でもね、私、馬鹿みたいじゃないですか。


 ――友達なら、何か言ってくれると思ってたんですよ。


 私、あのまま皆がバラバラになっちゃう、置いてかれちゃう、って思ってました。
 だけど、あの日、あの時公園で。
 二人は……私に、友達だ、って言いましたよね。


 ――ああ、二人の考えてる友達と、私の考えてた友達、違ったんだ。


 ……って、わかって……えへへ、お姉ちゃん、ちょっぴり寂しかったです。
 おかしいですよね、ニュージェネレーションズなのに、少ししか違わないのに、
ジェネレーションギャップ、でしょうか?


「~♪」


 だから、二人には内緒です。
 二人がそう思ってるなら、一人の私がそれに合わせるのが普通ですもんね。


「~♪」


 前を歩く、大きな背中を見つめます。
 この人は、私がアイドルとして、頑張っているから、見続けてくれているんです。
 とっても真面目で、誠実で……私を二度もすくい上げてくれた、プロデューサーさん。


 二人と一緒に居れば、プロデューサーさんが見てくれる。
 二人が協力してくれれば、普通の女の子として意識して貰える。
 だから、これからも――友達で居てくださいね。


 きっと、この願いを叶えるのは、もの凄く大変です!
 でも、二人が一緒なら、時間がかかっても叶えられると思うんです!
 応援してくださいね、未央ちゃん、凛ちゃん!


 島村卯月、頑張ります!



おわり

419: 名無しさん 2018/03/29(木) 22:10:53.06 ID:iO8DUVtpo

「渋谷さん。頑張って、ください」


 プロデューサーが、いつもの調子で激励の言葉をかけてくれる。
 今日は、シンデレラプロジェクトじゃない、プロジェクトクローネの予定が詰まっている。
 本当は、こっちに顔を出す必要は無い。
 直接そっちに行っても良いって、昨日のうちに言われてた。


「うん、ありがと」


 だけど、私は今の言葉が聞きたくて、ここに来たんだよ。
 鈍いから、そういうのわかってないと思うけど、ね。
 まあ、わかって貰おうとは思わない。
 だって、そういうのって、何だか照れくさいし。


「……ねえ」


 私がこっちに顔をだして、どう思った?
 居ないはずの私が居て、嬉しかった?


 ――なんて、嬉しかったに決まってるよね。


「はい? どうか、されましたか?」


 だって、アンタは私のプロデューサーだから。
 私は、アンタに笑顔が見たいと言われてアイドルになったんだから。


 ――嬉しいに、決まってる。


「ううん、なんでもない」


 プロデューサーが喜んでくれると、私も嬉しいよ。


 プロデューサーは、約束してくれたからね。
 プロデューサーは、ちゃんと見ててくれる、って。
 プロデューサーは、私を見続けていたいって言ってた。
 プロデューサーは、どんな時でも私を見てくれてる。
 プロデューサーは、離れてても私を見守ってくれてる。
 プロデューサーは――


「――渋谷さん?」


 ――私のだから。

420: 名無しさん 2018/03/29(木) 22:30:27.94 ID:iO8DUVtpo

「……最近、クローネの仕事が増えたな、って思って」


 プロジェクトクローネには、プロデューサーは関わってない。
 プロダクションの方針で結成された、選抜プロジェクト。
 そこに選ばれた事自体は、素直に嬉しい。
 だけど、プロデューサーとの時間が減るとは思わなかった。


「そう……ですね」


 正直、意味がわからない。
 だって、プロデューサーは、私のプロデューサーなのに。
 だったら、クローネの活動にも同行するのが普通じゃない?
 ……まあ、普通じゃない理由は、わかってるんだけどね。


「ファイトだよ、しぶりん!」
「凛ちゃん、頑張ってください!」


 未央と、卯月。
 シンデレラプロジェクトのメンバーで、ニュージェネレーションズの同じメンバー。
 私の、友達。


 ――プロデューサーと一緒の時間を作ってくれる、大事な友達。


「未央、卯月……うん、ありがと」


 二人が居るから、私がシンデレラプロジェクトに居られる。
 もしも二人が居なかったら、蘭子みたいにソロでデビューしてたのかな?
 ……ん?
 もしそうなら、二人が居ない方が、二人っきりの時間が出来た?
 ……まあ、そんな事を考えても仕方ないから、別に良いけど。


「いやー! しぶりんは、すっかりうちのエースですなぁ!」
「ちょっと未央、そういうのいいから」
「凛ちゃん、とってもキラキラしてます!」
「卯月まで……もう、からかわないで」


 だけど、こうやって二人が言ってくれると、実感出来る。


 私は、間違ったことはしてない。
 私は、アイドルとして正しい道を進んでる。
 私は、プロデューサーが見てくれるアイドルだ。
 私は、プロデューサーが担当する、アイドルだ。


「私も、最近の渋谷さんを見ていると、そう、思います」


 ほら!
 プロデューサーは、やっぱり私を見てくれてる!

421: 名無しさん 2018/03/29(木) 22:46:50.91 ID:iO8DUVtpo

「ふーん。まあ、良いけど」


 最近、一緒の時間が減ってきてたよね。
 それは、しょうがないと思って諦めてた。


「さあて! 私も今日はお芝居の稽古、頑張りますかー!」
「未央ちゃん、ファイトです!」


 だって、プロデューサーは、シンデレラプロジェクトも見ないといけないから。
 見ておかないと、また、何が起こるかわからないからね。
 また、辞める、って言われたら困っちゃうし。


「私は今日はレッスンです。島村卯月、頑張ります♪」
「しまむー、ファイトだよ!」


 二人が辞めたら、ニュージェネが無くなって、私と一緒の時間が減る。
 だから、プロデューサーは二人も見ないといけない。
 そのせいで私と二人の時間が減るのは……許せない。


 ――許せないけど、友達だから許してあげる。


「三人共、頑張ってください」


 ほら、こんな感じで、私個人への言葉と、ユニットへの言葉がある。
 やっぱり、友達と一緒だと嬉しい事が沢山あるね。
 未央と卯月には、感謝しないと。


「はーいっ!」
「はいっ♪」
「うん」


 プロデューサーも、感謝してると思うよ。
 私と一緒の時間を作る、手伝いをしてくれてて。
 プロデューサー、口下手だし、態度には出ないけどさ。
 私には、わかる。
 だって、私のプロデューサーだから。


「そういえば、プロデューサーは今日はどうするの?」


 確か、今日は特に予定は決まってなかったよね。


「そうですね……今日は、島村さんのレッスンを見ようと思っています」


 ――……は?

422: 名無しさん 2018/03/29(木) 23:03:55.96 ID:iO8DUVtpo

「最近は、皆さんのレッスンを見る機会が無かったので」


 意味がわからない。
 何、それ?


 ――全然、笑えないんだけど。


 アンタ、私のプロデューサーでしょ?
 それなのに、どうして卯月のレッスンを見る必要があるわけ?


 たかがレッスンなんだから、見る必要ないでしょ。
 だったら、私の仕事の方を見に来るのが、当然だと思う。
 レッスンと仕事、どっちが大事かくらいわかるでしょ。


 ――卯月のプロデューサーで居るのは、私のプロデューサーだからでしょ?


 卯月が居なかったら、私と一緒の時間が減る。
 そうなったら困るから、卯月の担当をしてるだけなのに、どうして?
 ……有り得ない。


「ええっ!? わ、私ですかぁ!?」


 そうだよね、卯月だって驚くよね。
 やっぱり、卯月は私の友達だな。
 私の考えてること、ちゃんとわかってくれてる。


 私を放って置いて、卯月を見るなんて有り得ないよね?


 ――だって、私のプロデューサーなんだから。


「おおっ! こりゃ気合が入るね、しまむー!」


 ……は?
 未央、何言ってるの?
 私のプロデューサーが、私じゃなくて卯月を見るって言ってるんだよ?
 友達だったら、それはおかしい、って一緒に言ってくれると思ってた。


 そうじゃないってことは、未央は私の友達じゃなかったのかな?


「我々も、プロデューサーが居なくても、信頼に応えなければいかんね、しぶりん!」


 ……信頼?


 ――そうか、プロデューサーは私を信頼してるんだ!

423: 名無しさん 2018/03/29(木) 23:33:51.16 ID:iO8DUVtpo

「はい。お二人ならばと、安心しています」


 ごめんね、プロデューサー。
 私、ちょっと子供みたいな事を考えてた。


 プロデューサーは、私を信頼してるから卯月の方を見るんだね。
 ずっと目を離さないって約束を守るために、頑張ってるのに。


 ……もう、それならそうと、最初に言ってくれればいいのに。
 なんて、プロデューサーには、そういうのは難しいか。
 相手が、私で良かったね。
 そうでなかったら、絶対、怒って声を張り上げてたと思う。


「ふーん」


 でも、未央が友達で良かった。
 未央が気づかせてくれなかったら、誤解する所だった。
 あ、もしかして……こういう所も含めて、三人でユニットを組ませたの?


 ――凄いね……本当に、プロデューサーは私の事をわかってくれてる。


 私を見続けるために、私のために、考えてくれてたんだね。
 やっぱり、プロデューサーは、私のプロデューサーだな。
 その気持ちに応えるために、もっと早く、大人にならなきゃ。


 ……だけど、ちょっと、もどかしいかな。
 この気持ちをプロデューサーに、言葉に出して言いたい。
 私だって、自分の素直な気持ちを言いたい時ってあるんだよ。


 ――言わなくても、わかってるだろうけど。


「本田さんと、渋谷さんのレッスンも、予定を調整して見学させていただきますので」


 そんなの、言わなくてもわかってた。
 だって、プロデューサーは、本当は私のレッスンを見たいんだよね。
 だけど、私だけ見たら、他の二人が拗ねちゃうかもしれないしね。


 ありがと、プロデューサー。
 私の友達を大切にしてくれて。
 大切な私の友達を見てくれて。


 もしかして、見続けないのも、私を見た時の喜びを大きくするためなのかな。
 ああ、きっとそうだ……そうに決まってる。
 だとしたら――



「――まあ、悪くないかな」



おわり

431: 名無しさん 2018/03/30(金) 23:32:11.52 ID:uYMHyhlKo

「久しぶりの皆でのレッスン、楽しかったねー!」


 嘘だ。
 私は、今日のレッスンはずっと必死だっただけ。
 しまむーと、しぶりんと、一緒にやる……今日のレッスンが。


「はいっ! やっぱり、一緒だと違いますね♪」


 本当に?
 ねえ、本当に、しまむーはそう思ってる?
 私が居て良かったって、そう、思ってくれてるの?


「うん。やっぱり、ニュージェネって……良いよね」


 本当に?
 ねえ、本当に、しぶりんはそう思ってる?
 ニュージェネが続いて、良かったって、思ってくれてるの?


「もっちろん! だって、私達はサイッコーの友達だからね!」


 自分に言い聞かせるように、二人に、言い聞かせるように言う。
 大きな声で、笑顔で。
 心の中は、絶対に見せない。
 見せられない。


「はいっ♪」
「うん、そうだね」


 良かった、二人は、私を友達だと思ってくれてるんだ。
 今の言葉を聞いて、やっと、今日を乗り切ったって気がするよ。
 今日はさ、レッスンが始まるまで、心臓がバクバク言いっぱなしだったんだ。
 ……なんて、二人には絶対に気づかれちゃいけない。


「明日からも、また別々で仕事があるけど、お互い頑張ろうねっ!」


 今度、一緒に三人で行動するのは、いつだっけ。
 それまでに、もっと、もっと頑張らないと。
 レッスンは勿論だけど……お芝居の方も、しっかりやらないとね。
 ……でないと、二人に気付かれちゃうかもしれないから。


「へへへっ♪」


 今、私の笑顔……ちゃんと出来てるよね?

433: 名無しさん 2018/03/30(金) 23:49:56.49 ID:uYMHyhlKo
  ・  ・  ・

「……はぁ」


 二人には、まだ用事があるからって、先に帰ってもらっちゃった。
 レッスンで疲れてるし、演技にボロが出ないとも限らないしね。
 もしも、二人に私の気持ちが知られたら、友達で居られなくなる。
 ニュージェネは、続かなくなる。


「……あーあ」


 休憩スペースのソファーにもたれかかり、ため息をつく。
 ゆっくり、ゆっくりと、体にたまっていた緊張を吐き出すように。
 本当に、二人は凄い。
 しまむーも、しぶりんも、すっごくキラキラしてる。


「……」


 しぶりんがプロジェクトクローネに選ばれた時、私は怖かった。
 このまま、しぶりんがニュージェネから離れていっちゃうんじゃないか、って。
 だって、シンデレラプロジェクトを解体しようとする人の企画だよ?
 それに参加するなんて、もう私達が要らないんだと思った。


「……」


 だから、残された私は必死に考えて、お芝居に手を出した。
 私だけの、二人には無いスキルを持てば、大丈夫だと思ったんだ。
 結果的に……うん、そっちの方は、成功したと思う。


「……」


 しまむーが、自分には何にもない、って泣いてたよね。
 ……ごめんね、私、あの時ちょっと安心したんだよ。
 しぶりんも、ポロポロ涙が溢れるくらいでさ――


 ――これで、なんとかなりそうだな。


 って、思ったんだよね。
 だけど、なんとかなる所か、ずっとずーっと、キラキラ輝いて戻ってきた。


「……」


 しまむーも、しぶりんも、アイドルとして、立派に成長してる。
 私は、中途半端になっちゃってる。
 今の私は、アイドルとしての二人に食らいついていくのに必死。
 でも、お芝居はやめられないんだ。


 お芝居をやめたら、もっと怖くなった時の笑い方、わからないかも知れないじゃん?

434: 名無しさん 2018/03/31(土) 00:03:42.44 ID:pJmNavXKo

「……」


 膝を抱き寄せ、ちょっと行儀が悪いけど、椅子の上で体育座り。
 抱え込んだ両腕は、気付かない内に、震えてた。
 それを必死で両手で抑えようとするけど、あっはは、駄目だね。
 だって、両手も震えちゃってるんだもん。


「……」


 怖い。
 私は、二人が怖い。
 どんどん輝いて、どんどん前に進んでいってる。


 ――それじゃあ、間に挟まれてる私は?


 頑張っては、いる。
 努力だってしてる、前よりもずっと。


「……」


 だけど、私よりも速い速度で、二人はアイドルとして成長してる。
 隣に居ても眩しく感じるくらい、輝いてってる。
 それが、怖い。


 ――私は、大切な友達二人が、怖くて怖くてたまらない。


 いつ、お前は要らない、って言われるか、怖い。
 いつ、二人だけで良い、って言われるか、怖い。
 いつ、もう友達じゃない、って言われるか、怖い。


 怖い、怖い、怖い、怖い!


 なんで、私はお芝居なんてやろうと思ったんだろう!
 そんな事せずに、ずっと歌っておけば良かった、踊っておけば良かった!
 そうしてたら、今も、二人と対等な友達で居られたかも知れないのに!


 なんで!?
 どうして、私だけがこんなに悩まなきゃいけないの!?
 こんなに辛いなら、もう、アイドルなんて――



「――本田さん?」



 ――ああ……この、声。
 この声があるから、私はアイドルをやめられない。
 ニュージェネレーションズから、離れられない。

435: 名無しさん 2018/03/31(土) 00:16:16.47 ID:pJmNavXKo

「プロデューサー……?」


 膝の間にうずめていた顔を上げて、声の主を見る。
 大柄で、知らない人が見たら怖い顔の、私のプロデューサー。
 他の皆はわからないだろうけど、私はわかる。
 プロデューサー、心配してくれてる。
 ……演技の勉強をして、こういう変化に気づけるのは、良かったかも。


「どこか、具合でも悪いのですか?」


 体調が悪いんじゃないよ。
 だけど、本当の事は秘密。
 こんな事言ったらさ、プロデューサー、困っちゃうもんね。
 私、もうプロデューサーを困らせたくないんだ。


 だから、


「――ええ、そうなの!」


 必死に、


「――どなたか、私をここから連れ去ってくれないかしら!」


 演技する。


「……なーんてねっ! どう? 未央ちゃんの演技は?」


 笑顔で、プロデューサーに聞く。
 この笑顔は、演技じゃないよ。
 だってさ、プロデューサーって笑顔が好きじゃん?
 嘘の中に、本当の事を混ぜるのが、コツなのですよ。


「はい。良い、演技でした」


 プロデューサーが、フッ、と笑った。
 普段、全然笑わないのに、たまにこうやって笑顔を見せてくれるよね。


 ……知らないだろうけど、


「えへへっ♪」


 私、その笑顔に救われてるんだよ?

436: 名無しさん 2018/03/31(土) 00:45:18.41 ID:pJmNavXKo

「本田さん……疲れは、たまっていませんか?」


 疲れてない、って言ったら嘘になるよ。
 だけどさ、今、元気を貰ったから。
 だから、私はまだ大丈夫だよ、プロデューサー。


「問題ないない! 絶好調だよ!」


 ありがとね、プロデューサー。
 私が辞めるって言ってた時、すくい上げてくれて。
 そうじゃなかったら、私、もうとっくにアイドル辞めてたよ。
 それに、今も、こうして私を見てくれてる。


 ――私、プロデューサーの期待に応えたい。


 だから、頑張るね。
 もっともっと頑張るから!
 いつも元気いっぱいで、明るく、ちょっぴりおバカな未央ちゃんでいるよ!


 ――だから、お願いします。


 ――どうか私を……本田未央を切らないでください。


「ほら、この通り!」


 私は、しまむーとしぶりんの、足手まといにはならないから。
 私は、二人には無い特技の、演技だってあるんだから。
 私は、二人を引っ張っていく、ニュージェネのリーダーだから。


 ――私は、二人の友達だから、欠かせない存在だから。


 笑ってよ、プロデューサー。
 笑って、私を安心させてよ、ホッとさせてよ。
 自分じゃ、もうわからないんだよ。
 プロデューサーじゃなきゃ、駄目なんだよ。


「はい……どうやら、余計な心配をしてしまったようです」


 プロデューサーが、少しだけ、口の端を釣り上げた。
 見る人によっては、怖いと思うかも知れない、不器用な笑顔。


 でもね……私は、この笑顔を見ると、すっごく安心する。
 私はここに居ても良いって、認められてる実感が湧く。
 どんな言葉を並べられても足りないくらいの、幸せな気持ちになれる。


 プロデューサーの笑顔、好きだなぁ。

437: 名無しさん 2018/03/31(土) 01:10:37.36 ID:pJmNavXKo

「よーっし、そろそろ帰ろうかな!」


 プロデューサーの笑顔を見るためなら、努力は惜しまない。
 そのためだったら、どれだけ怖くても頑張れる。
 あの、二人の友達とも、ちゃんとやっていける。


 ――そう! 闇を抜けた先に、光はあるから!


 ……へへっ、なーんてね!
 プロデューサーの笑顔を見たら、調子が出てきちゃった!
 これも、パワーオブスマイルってやつかな?
 だとしたらさ、笑顔の力って、やっぱり凄いよね!
 もう、サイッコー!


「はい。気をつけて、帰ってください」


 プロデューサー、無表情に戻っちゃったけど……まあ、いいか!
 うんうん、やっぱりプロデューサーはそうでなくちゃね!
 でないと、笑顔を見た時のありがたみってものが薄れちゃうし!


「はーいっ!」


 帰り道、どこかに寄って帰ろうかなぁ。
 なんだか、久々にショッピングでもしたくなっちゃったかも!
 ん? プロデューサーって、まだ仕事なのかな?
 買い物、付き合ってくれたりなんか、するかな。


 私だけに、笑顔を向けてくれるかな。
 そしたら、私は最高に幸せな気持ちでいられる。


 ……なーんて、駄目って言うに決まってるよね!
 あっはは! 未央ちゃん、欲張りすぎる所だったよ!


「お先に失礼しまーすっ! また明日っ!」


 明日は、プロデューサーは私に笑いかけてくれるかな。
 そうしたら、2日連続で、幸せな気持ちになれるなぁ。
 へへへ、明日の目標、出来ちゃった!



「良い、笑顔です」



 プロデューサーは、アイドルの私に、笑顔を向けてくれる、幸せにしてくれる。
 だから、私は、二人の友達と一緒にアイドルで居続けようと、心に決めている。



おわり



459: 名無しさん 2018/03/31(土) 22:35:27.14 ID:pJmNavXKo

「……この声は?」


 事務所のドアを開けると、呻き声が聞こえた。
 ああ、うう、と、明らかに意識的ではない、漏れ出てしまっている声。
 何かに耐えている……苦しんでいる、声。
 この声は――私の担当する、三人組のものだ。


「皆さん! 一体、何が――」


 何か、良くない事が起こっている。
 それも、とてつもない程の、良くない事が。
 私は、その予感に震えながらも、声のする方へと急いだ。


 声がするのは、衝立の向こうからだ。
 あの向こうで、彼女たちが苦しんでいるのならば、すぐにでも助けなければならない。


 ――彼女たちは、私の担当する、大切なアイドル達なのだから!


「おっ……おおぉ……!」
「ひぃっ……ふっ、ふおぉ……!」
「ふっ、ふっ……ふぐぅっ……!」


 想像していた通り、彼女たち三人は苦しみ、悶えていた。
 ソファーに座りながら――姿勢を保てないのだろう――眼の前のテーブルに頭をこすりつけて。
 そのテーブルの上には、蓋が開いているスタドリの瓶が、三本転がっていた。


「皆さん……スタドリを飲んだのですか!?」


 何ということだ!
 だとしたら、彼女たちは非常に危険な状態にある!


「スタドっ! り、りなんか、あっ、あぁ~!」
「のっ……飲んで、でっ、でっ、でっ!」
「無いか、らぁっ、あ、だめだめだめだめ!」


 ……あの、明らかに飲んだ形跡があります。
 今のは、質問ではなく、確認のつもりで言ったのですが。
 しかし、この状況で嘘をつかれるのは、


「……では、取り込み中のようなので私はこれで失礼します」


 放っておきたくなってしまっても仕方ないと、そう、思います。


「「「飲んだ!」」」


 ……どうして、すぐバレる嘘をついたのですか、皆さん。

460: 名無しさん 2018/03/31(土) 22:55:41.66 ID:pJmNavXKo

「スタドリは、購入した本人以外が服用すると――」


 スタドリは、ただの栄養ドリンクでは無い。


 考えても見て欲しい。
 どうして、同じ量を摂取したのに、年齢や性別、身長体重に関係なく、
おなじだけのスタミナが回復するのかを。


 理由は、単純にして明快。
 スタドリは、プロデューサーそれぞれに合わせた調合がされているからだ。
 それ故に、即効性がある、高い効果が得られる。


 つまり、スタドリは、本人以外にとっては、なんら効果の得られない、
むしろ、マイナスの効果しかもたらさない物なのだ。
 マイナスの効果は、


「――非常に強い腹痛に襲われます」


 彼女たちが、今まさに経験している最中だろう。


 私は、彼女たちを苦しめるつもりは、毛頭ない。
 だが、勝手にスタドリを三本飲んだ事に関しては、注意しておくべきだ。


「……なので、今後は絶対に飲まないでくださいね」
「「「……!」」」


 私の言葉を聞いて、三人はテーブルに突っ伏しながら頷いた。
 額がゴリゴリとテーブルに押し付けられているので、顔に痕が残らないか心配だ。
 だが、今はそんな事を言っている場合では、ない。


「トイレには、行けそうですか?」


 あまり期待しては居ないが、聞いてみる。


「うぴーっ!」


 意味がわからない。
 だが、恐らくだが……無理、という事なのだろう。
 わかっては、いた。
 事態は既に、どうにもならない所まで深刻化している、と。


「ここで、していただくしかないようですね」


 私の言葉を聞いて、三人はテーブルに額をこすり付けるのをやめ、顔を上げた。


 ――マジで?


 と、そう、顔に書いてあった。

463: 名無しさん 2018/03/31(土) 23:17:29.10 ID:pJmNavXKo

「もう少しだけ、頑張ってください」


 そう彼女たちに言い、背を向けた。
 備え付けているゴミ箱の底には、袋が大量にある。
 それをあてがって、零さないようにして貰うしかない。
 そうすれば、最悪の事態は免れ――



「――できたて――」



 ――……えっ?



「エッボリュ――ッ!」



 破裂音。
 続けて、ううう、と……とても力強い声が聞こえてきた。
 私の背後で、何が起こっているのだろう。
 わかってはいますが、確認したくないという気持ちも、わかってください。


「あの……袋に、していただきたかったのですが」


 後ろを振り返らずに、私に出来る精一杯の抗議をした。
 漂ってくる悪臭が、つんと鼻を刺激する。
 いつも元気いっぱいの彼女は、今、どんな顔をしているのだろうか。
 苦しみから開放されて、スッキリした顔をしていたら、私は彼女を許せないかもしれない。


「後ろを向いてるから、出せって事かと思っちゃった」


 リーダーである彼女は、いつも他の二人を引っ張ろうと頑張っていた。
 その、前に前に出ようとする気持ちが、生んだ悲劇。
 取り返しのつかないミスをしてしまったと、そう、思っているのですね。
 今回の事を反省し、次に活かし――



「ねえねえ、そう思ったよね? ねえねえ」
「ひぎぅ!? あっあっ……うぎゅううう!?」



 ――何をしてるんですか!?


「ねえねえ、私、悪くないよね? ねえねえ」
「やめやめやめてえっ!? 揺らさなっ、揺らさっさああっ!?」


 彼女は、他の二人も一緒に弾け飛ばそうとしている!?

464: 名無しさん 2018/03/31(土) 23:34:16.71 ID:pJmNavXKo

「待ってください! それは、あまりにも!」


 お願いします!
 貴女達の仲が良いのはわかっています!
 ですが、貴女のしようとしていることは、間違っています!


「ねえねえ、ほら、てじなーにゃ」
「揺らさないでえええ! お願い、お願いします!」


 てじなーにゃ。
 その言葉の、あまりの懐かしさに、彼女たちの方を見た。
 ……見て、しまった。


「ねえねえ、てじなーにゃ、てじなーにゃ」
「うぎっ!? ぎっ、いっ、いいいっ!?」


 そこには、てじなーにゃの台詞に合わせて、友の体を揺らす少女が居た。
 その目に光は、ない。
 私は、先日見た映画のワンシーン、ゾンビが仲間を増やすために人を襲う光景を思い出した。
 そして、思ったことを……つい、口にだしてしまった。



「あの、どこも手品要素が無いのですが……」



 静寂に包まれる、事務所。
 そして、


「――うっ、く、くっ……そんなの笑っちゃうじゃないですかあああ――」


 もの凄く、怒られました。
 心の中で謝罪し、彼女から目をそらす。


「レッボリューッ!」


 爆発音。
 ひひひ、と、引きつるような笑い声が聞こえてくる。
 いつも優しく、とても、いい笑顔をする彼女。
 そんな彼女に、決壊のきっかけを与えてしまった事を後悔した。


「……」


 後ろを振り返る事なく、袋を取りに歩みを進める。
 もう、これ以上のく……悲しみは、生み出すわけにはいかない。

465: 名無しさん 2018/03/31(土) 23:55:54.19 ID:pJmNavXKo

 私には、まだ救える少女が居る。
 そう思うことで、折れそうになる心を奮い立たせる。
 そうとでも考えなければ、やってらないと、そう、思います。



「ふううぅぅぅううん!? ふううぅぅぅううん!?」



 背後から、悲鳴が聞こえた。
 焦燥にまみれたその声からは、いつもの凛とした空気は一切感じられない。
 私は、ゴミ箱の底から袋を取り出し、すぐさまその声の主に目を向けた。
 ……嗚呼、なんという事だ。



「ふっ、ふっ、ふっふふふっ!?」



 他の二人はスカートを着用していたのに対し、今日の彼女はパンツスタイル。
 焦った彼女は、そのボタンが外す事が出来ずにいるのだ。
 震える手はカリカリとボタンを掻くばかり。


「ふうううぅぅぅん! ふうううぅぅぅああああなんでええええ!?」


 諦めてそのまま脱ごうとしたようだが、脱げない。
 なんでも何も、そんなに簡単に脱げてしまってはこまると思うのですが。
 そして、彼女のその慌てようから、悟った。



「――あっ」



 もう、間に合わない、と。



「……ジェネレーション」



 彼女は、落ち着き払っている。
 だが、その目は私に助けを求めている。
 私は、そんな彼女から目を背け、他の二人に助けを求めた。


 ――なんとか、


「よーっし! それじゃ、お先に失礼しまーす!」
「はいっ♪ 後のことは、よろしくお願いします♪」


 してください――


「――待ってください! せめて、後始末だけでも!」


 私の言葉は届いているはずなのに、彼女たちの動きに淀みはない。

466: 名無しさん 2018/04/01(日) 00:21:16.30 ID:nBFQQ9nko

「お願いします! 待ってください!」


 彼女たちは、置いていこうと言うのか。
 友人の一人と、自らが生み出した悲劇を。


「私達、ずっと友達です!」
「それじゃあ……私達、行くね」


 スタスタと、私の脇を通り抜けながら、残る一人に声をかける二人。
 その動作があまりにも自然すぎて、捕まえようとする私の手は空を切った。


「……!」


 閉まる、ドア。
 彼女達は、戻ってくる気が……はい、全く無いですよね。


 取り残された、一人のプロデューサーと、一人のアイドル。
 そして、二人分の悲劇。


 全てから逃げ出し、即座にこの部屋を出たい気持ちも、ある。
 これからしなければならないだろう事を考えると気が重い。
 そして、何よりこの部屋は、とても臭う。


 だが、やらなければならない。


 私は、彼女のプロデューサーなのだから。


「ねえ……これから、どうすれば良い?」


 彼女が――アイドルが、指示を求めている。
 答えを求めて彷徨っている彼女に、示さなくては。
 進むべき、道を。



「自分で考えてください」



 こういった事で頼るのは、やめて欲しいです。


 大人げないとは思うが、漏らした彼女に、私の本音を少し漏らしてしまった。



おわり

476: 名無しさん 2018/04/01(日) 22:13:26.61 ID:nBFQQ9nko

「うふふっ! ドアの内側が、お家、ふふっ!」


 目の前に、家のドアが見える。
 灰色をしてるけど、とってもハイになっちゃう!
 だって、この向こうには、あの人が居るんですもの。
 嬉しくなっちゃうのは、当たり前だと思うわ。


 ピンポーン♪


「せいか~い♪」


 今ではもう聞き慣れた、チャイムの音。
 初めてここに来た時も、同じ事を言った気がする。
 うふふっ、そうしたら、あの人ったらコッソリ笑ってたのよ!
 他の人に見えないように、私だけに見えるように、コッソリ!


 ガチャリ。


 もうすぐ帰ってくるってわかってたのか、鍵を開けておいてくれたのね。
 でも、連絡なんてしなかったのに。
 それなのにわかっちゃうなんて、貴方ったら、本当に私の事なら何でもわかっちゃうのね。
 でも、私だって、貴方の事なら何でもわかっちゃうんだから。


「「おかえりなさい」」


 私の声と、彼の声が重なった。
 うふふっ……ほら、どう?
 ニンマリと笑って見せたら、右手を首筋にやって苦笑しちゃって……もう!
 って、ちゃんと言わなきゃ駄目よね、いけないいけない。


「ただ~いまっ♪」


 大きな彼の胸に、飛び込んだ。
 背中に手を回して、ぎゅう、と抱きつく。
 胸いっぱいに広がる、彼の匂いと、私達のお家の匂い。
 私と彼がここで暮らしているという、日常の匂い。


「ふふっ、ただ~いま~ふふふっ♪」


 だけど、一番いっぱい私の胸を満たしてるのは、幸せな気持ち。
 私が居て、彼が居る。
 ただそれだけで、嗚呼……なんて嬉しくて、楽しくて、輝いてるのかしら!
 本当、世界が輝いて見えるの!


「……大分、飲んだようですね」


 は~い♪ いっぱい飲みましたよ~♪


「……久しぶりで、盛り上がったからね」
「……でも今は、テンション下がってるわ」

477: 名無しさん 2018/04/01(日) 22:32:43.57 ID:nBFQQ9nko

 だけど、あんまり飲みすぎたって知られたら、叱られちゃうわね。
 そして、それ以上に心配させちゃうかも。
 お酒は好きよ、大好き。


 だけど、貴方の方が、もっと好き。


「ありがとうございます。送っていただいて」
「良いのよ別に、気にしないで」
「珍しいものが見られたから、良い事にするわ」


 ……なのに、どうして私の方を見てないの?
 貴方ったら、いつもそうやって他の子の事を見るんですから。
 お仕事だとは、わかってるんですよ。


 でも、お家に居る時は、貴方は……私の。


 勿論、私も、貴方の。


「ん~! ん~!」


 こら、こっちを見なさい!
 でないと、頭でグリグリしちゃうわよ!
 でも、グリグリすると……頭がグラグラしてきちゃった。
 貴方のせいですよ、なんとかしてください。


「そう言って頂けると、助かります」


 とっても近くで、彼の声が聞こえる。
 低くて、とっても安心する、私の大好きな声が。
 そして、背中を優しく撫でられる。
 それだけなのに、


「ん~っ♪」


 彼の手が触れた所から、幸せな気持ちが広がっていく。
 元々胸いっぱいに広がってた幸せが溢れ出して、頭のグラグラも追い出しちゃったわ!
 貴方って凄いわ。
 だって、こんな魔法が使えるんですもの!


「……でも、腹いせに写真でも撮ろうかしら」
「……私は動画にするわ。次の集まりまで、からかってやるんだから」
「いえ、あの……もう遅いですし、玄関先ですし……!」


 魔法のお礼には、やっぱり魔法でお返ししないとね。
 でも、どうしましょう。
 私、魔法なんて使えないわ。

478: 名無しさん 2018/04/01(日) 23:00:50.44 ID:nBFQQ9nko

「ほら! 早く面白い事しないとタイホするわよ!」


 魔法、魔法……魔法瓶……タイガー、大河、ドラマ。
 う~ん……ここまで出かかってるんだけど、出てこないわ。
 私に出来る魔法って、何かしら。


 ――笑顔?


 でも、ちょっとそれじゃ弱い気がするの。
 今は、もっと、もっと強い魔法が使いたいの。
 幸せがいっぱいで、溢れ出しちゃうような、そんな魔法が。


「ほら、愛しの彼にしたい事とか無いの~?」


 彼に、したい事?
 してあげたい、して欲しい事は、とってもいっぱいあるわ。
 だけど、したい事、って言われると……。


「ま、待ってください! 撮るのは……撮るのは、勘弁してください!」


 もう! 考えがまとまらないでしょう!
 それに、今は何時だと思ってるんですか!
 大きな声を出したら、近所迷惑になっちゃうでしょ。
 これは、注意しないと……注意、ちゅうい――


 ――チュウ!


「は~い♪ チュウしたいで~す♪」


 チュウなら、したい事と、それに、魔法にもなってお得だわ!
 それに……うふふっ! チュウで注意、意中で、


「ちゅ~っ」
「あっ、い、今……!?」


 えっ?
 今、しちゃいけないの?
 でも……今、したくなっちゃったから、します。
 貴方が魔法をかけたんだから、責任を取ってチュウしなさい。


 あれ? でも、チュウすると、魔法が解けるんだっかしら?
 困ったわ……そうしたら、また魔法をかけられちゃう。
 本当に、悪い魔法使いさんね。


「ちゅ~っ♪」


 魔法をかけて、とかせて。
 私の唇をずっと塞いでしまうつもりなのかしら。
 そうだとしたら……うふふっ、この隙に言っておかなきゃ。



「好き」



 って。

479: 名無しさん 2018/04/01(日) 23:24:55.62 ID:nBFQQ9nko
  ・  ・  ・

「……」


 ベッドにうつ伏せに寝転がり、枕に顔を埋める。
 口からは、昨夜の事を思い出し、ああ、とか、うう、と呻き声。
 思い出すだけでも、恥ずかしい。
 あんな……ああ、もう!


「……もう!」


 左手で、私の枕の、隣の枕を叩く。
 一緒に選んだ、二人の、お気に入りの枕。
 枕カバーがポフンと音を立てたけど、感触はモニュンとしてるの。
 この感触が、彼はとっても気に入っている。
 私は……たまに違う枕を使う時もあるけど。


「……」


 モニモニと、枕の触り心地を楽しむ。
 こういうのを触ってると、落ち着くって言うけど……駄目。
 だって、次に会った時、絶対からかわれるもの!
 こんな事になるなら、お家でも普通ですよ、なんて言わなければ良かった!


「……」


 枕から、ちょっと顔を上げる。
 ……昨日は、彼にも随分と甘えてしまった。
 メイクを落とすのまで手伝ってもらって……。
 終わった後、ふふっ、スッピンですっ、ピーン、って……うふふっ!



 カチャリ。



 小さな、寝室のドアが開く音。
 きっと、私がまだ寝てたら起こさないようにって、気を使ってくれたのね。
 でも、ごめんなさい。


 ――照れくさくて、どんな顔をすれば良いかわからないわ!


「……起きてる?」


 寝てます。
 貴方が部屋から出たら、何事も無かったように起きて行きますから。
 だから、早く行ってください。

480: 名無しさん 2018/04/01(日) 23:39:08.05 ID:nBFQQ9nko

「……」


 ねえ、どうしてベッドに腰掛けちゃうの?
 起き上がって、伸びをする余裕くらいください。


 薄目を開けて見てみると、彼は、私に背を向ける形でベッドに腰掛けていた。
 そして……何か、手元でいじってる?
 何をしてるのかしら……少し、気にな――



『は~い♪ チュウしたいで~す♪』



 ――るっ!?


 えっ、今の、私の声よね!?
 動画……あの、どうして貴方がその動画を持ってるんですか!?


『ちゅ~っ』
『あっ、い、今……!?』


 それは置いておくにしても……なんで、ここで見るんです!
 いや、ちょっと、待って! 待って待って!
 酔ってる時の行動をそんなにマジマジと見返さないでください!
 私だって、さすがにそれは恥ずかし――


『ちゅ~っ♪』


 ――ううう!
 もう、駄目!
 耐えられないわ!


「おはよう、止めて」
「おはよう、どうして?」


 ……はい? どうして?


『好き』


 どうしてって、そんなの決まってるじゃない!


「これから、良い所だから」


 だからよ!

481: 名無しさん 2018/04/02(月) 00:13:12.15 ID:EPABWD1bo

『好き、大好き』


 この人、どうしてたまに意地悪になるのかしら!
 恥ずかしいから、やめて欲しいってわかってるくせに!


「ちょっ……と!」


 背中から手を伸ばしても、この人が手を伸ばすと、届かない。
 左手を前に出して、画面をこちらに向けている。
 まるで、二人で見よう、って感じね!


『貴方と居ると、私はとっても幸せ』


 もう……もう!


『一緒に居るだけで、世界がキラキラして見えるの』


 ……もう。


『貴方は、どう?』


 後ろから、彼の首筋に額をこすりつける。
 ここまで自分をさらけ出した姿を自分で見るのは、ちょっとした拷問よ?
 もしかして、昨日飲みすぎたから、お仕置きも兼ねてるのかしら。
 ひどいわ、私を弄ぶなんて!


『もう嫌! 見てられないわ! 無理! 無理だわ!』
『返事は直接聞いて! もう帰る! 死にたくなるもの!』


『『帰る! 次の飲み、覚えておきなさい!』』


 ……すみません。
 私ったら、自分のことばっかり、考えちゃってました。
 今も、彼の右手が私の寝癖をいじってて、私はお返しに彼の寝癖をいじってて……。
 ふふっ、楽しくなってきちゃった!


「うふふっ、それじゃあ……聞かせて貰える?」


 ベッドに膝立ちになって、座る彼に覆いかぶさる。
 こうすれば、言葉に出す他、無いでしょう?
 昨日の夜は、チュウで、注意を逸らされちゃったから。


 思わぬ反撃で照れているのか、彼の耳は赤く染まっていた。
 それが可愛くて、愛おしくて、私は彼の耳を人差し指で弄び、言葉を待った。




おわり

549: 名無しさん 2018/04/03(火) 22:55:01.73 ID:W1R41Hajo

「Pちゃん、おっつおっつ!」


 事務所のドアを開けたらぁ、Pちゃん、とーっても疲れた顔をしてゆ。
 こんな時は、きらりのきゅんきゅんぱわーで、ハピハピして貰うにぃ☆
 だって、Pちゃんは、きらりにとって……うぇへへ、恥ずかすぃー!
 もうもう、そんな事考えてないで、それっ! きらりんダーッシュ☆


「も、諸星さん?」


 うぷぷ、Pちゃん、お目々をま~んまるくしてビックリしてるにぃ☆
 ごほん! お客さ~ん、肩はこってませんかぁ~?
 きらりんパワーで、疲れなんか、えいやっ、パーンチッ!
 って、お空の彼方へバイバイしちゃうゆ☆


「いつも頑張ってるPちゃんに、きらりんサービス☆」


 Pちゃんは、いっつもいっつも、頑張ってるからにぃ。
 きらり達のために、自分の事なんか考えないで、いっつもいっつも。
 だけどねぇ~、きらり、もっとPちゃんはおサボりしても良いと思うゆ。
 でもでも、Pちゃん、そういうの苦手でしょ~?


「きらり、頑張ってるPちゃんは、とっても素敵だと思うゆ」


 きゃっ、言っちゃった!
 だけど、今、きらりが言いたいのはそれだけじゃないのだぁ~!
 皆はね、Pちゃんをす~っごく頼って、とっても大好きだと思ってるにぃ☆
 頑張ればぁ、それをず~っと、Pちゃんが見ててくれると思ってゆ。


「……でもね、お休みするのもぉ、お仕事の内! だゆ?」


 Pちゃんはやさすぃーから、見て見てーって言われたぁ、見る見るぅってなゆでしょ~?
 そしたら、皆もっとも~っとファイトー! ってなるよにぃ。
 そしたらそしたら、Pちゃんも、もっとも~っと見る見るぅってなゆの。


 Pちゃんに見て欲しいよ~って子は、い~っぱいいるよにぃ。


 でも、それじゃあ、いつかPちゃんが壊れちゃう。


「休憩も仕事の内……そうですね、はい」


 だからね、Pちゃん。


 きらりは、Pちゃんに見てって、言わないゆ。

550: 名無しさん 2018/04/03(火) 23:23:25.58 ID:W1R41Hajo

「しかし、あの……アイドルの方に、肩を揉ませる訳には……」


 Pちゃんはぁ、きらりに魔法をかけてくれたんだゆ?
 きらり、こぉ~んなにキラキラしたアイドルになれゆなんて、思ってなかったにぃ!
 前はね、きらり、おっきぃーとしか言われなかったんだゆ?
 でもねぇ、ジャジャーン!
 いっぱいのファンの人に、かわゆぃって言われるようになりました! えっへん!


「良いから良いからぁ! きらりにお任せ☆ モミモミー☆」


 これも、Pちゃんのおかげなんだゆ。
 だから、これはお礼のきらりんマッサージ☆
 にょわー! お客さ~ん、疲れが溜まってますにぃ!
 ……むえー、ホントに、疲れが溜まっちゃってますにぃ。


「……すみません、では、少しだけ……ん」


 と~っても、おっきぃ背中。
 皆、Pちゃんの背中がおっきぃから、どうしても甘えたくなっちゃうんだよにぃ。
 きらりもね、Pちゃんにずっと、ずーっと甘えてたいと思ってたんだゆ!
 Pちゃんに甘えてるとねぇ~、えへっ、すっごくきゅんきゅんすゆの!


「……」


 しか~し!
 ある日、きらりは思っちゃったのです☆ ピキーンッ☆


 きらり達が、お疲れモードでPちゃんに甘えます、うっきゃー!
 うきゅ? それじゃあ、Pちゃんが甘える時間が無くなっちゃいます。


 Pちゃんに甘えたい子はたくさんいゆの。
 でもねぇ、Pちゃんを甘えさせてあげゆ子は、ちょ~っとだけ。


 それだとね、いつかね、Pちゃんが擦り切れちゃうゆ。


 ……だから、きらりはPちゃんを甘やかす事にしました! いえーい☆


「Pちゃん……いつも、おっつおっつだゆ」


 きらり、Pちゃんが居なくなったらね、ずっと泣いちゃうと思うゆ。
 わーんって、涙がドバーッって、溺れちゃう! ブクブクー!
 そうならないために、きらりんパワー☆ にょっわー☆
 きらりに甘えて、ハピハピしてくれると、うれすぃー☆

551: 名無しさん 2018/04/03(火) 23:47:41.70 ID:W1R41Hajo

「……」


 あれー? いつものPちゃんだったら、何か言ってくれるよにぃ?
 どうかしたのかにぃ? きらりん、心配モードなのです。
 にゅぷぷ、もしかしてぇ、きらりんマッサージが効果ばつぎゅんぎゅん? にゃは☆
 だらしな~い顔してたり? えいっ、きらりんチェック☆


「……」


 あ、寝てる。


「……」


 きらり、Pちゃんがそうやってウトウトーって寝ちゃうの初めて見たゆ。
 それだけ頑張って、みぃ~んなのために、疲れちゃったんだにぃ。
 ずっとずーっと、皆がハピハピ☆ 笑顔でいるために。



 きらりね、誰にも言わないんだけどね――



「……皆――」



 ――にょわー! やっぱり今のはナッシン! 言わないゆ!



 言ったら、きっとPちゃんは困っちゃうからにぃ。
 きらりは、Pちゃんを困らせたくありません! ませ~ん!
 だからぁ、い~っぱい、Pちゃんを甘やかしちゃうのです! ハピハピ☆
 おかげでー、えへへ、Pちゃんのきゃわゆい寝顔、独り占めだゆ。


「……Pちゃん」


 きらり、Pちゃんの事が大好きだゆ。
 だから、Pちゃんが頑張れるように、きらりが守ってあげるにぃ!
 お手伝いだってします! きらりんレスキュー!……うきゅ? ヘルプ?
 そのかわりにぃ、うぇへへ!



「――そばにいて」



 きらりのことは、見てくれなくても良いです。
 ただ、きらりは、Pちゃんにそばにいて欲しいだけなのです。

552: 名無しさん 2018/04/04(水) 00:19:12.21 ID:I39q6V6ho

「……」


 本当はわかってる、わかってるんです。
 きらりが、他の皆に比べて、きゃわゆくないなんて。
 変わってるって言われるけど、心ではどう思ってるかなんて。


 ――大きい……のに。


 ――大きい……癖に。


「……」


 ……きらりだってね、自分でもそう思う時があるんだゆ?
 でもねぇ、Pちゃんは違ったの! びっくり!
 きらりの事、いっかいもそーゆー風に思った事が無いでしょ? でしょ?
 それって、きらり的には、と~ってもオドロキ☆ ドキドキ☆


「……」


 それがね、きらりにとって、どれだけハピハピで、うれすぃーか、わかるかなぁ?
 Pちゃんは、男の人だから、わからないかもしれないにぃ。
 Pちゃんも、きらりよりおっきぃから、ちょっとだけわかるかなぁ?


「……」


 本当は、うれすぃー気持ち、ぜーんぶ知ってほしいにぃ。
 このまま後ろから、ぎゅーってしたいんだゆ!
 それでそれでぇ、どれだけだーい好きか言っちゃうの!
 それでね、このキュンキュンをね、チューって、ちゅーにゅー! チュッ☆


 ……でも、しないゆ。


 そんな事したら、きっとPちゃんはきらりから離れてっちゃうにぃ。
 プロデューサーと、アイドルだからぁ、えちぃのはメッ! って!


 ……そんなの、イヤ……イヤ、イヤ、イヤ――


「――はいっ! きらりんパワー、チャージ完了だゆ!」


 ごめんにぃ、せっかくスヤスヤーしてたのに起こしちゃう。
 でもね、そうじゃないと、


「っ! す……すみません、少し、寝ていました」


 にょわぁ……きらり、何するかわかんなかったの。

554: 名無しさん 2018/04/04(水) 00:49:46.01 ID:I39q6V6ho

「うぇへへ! きらりんマッサージで、ハピハピしたぁ~?」


 あぶあぶ! もうちょ~っとだけでもああしてたら、大変だったにぃ!
 きらりんキュンキュン乙女パワー! が、はじけちゃう所だったゆ!


「ありがとうございます。かなり、疲れが取れました」
「にょわー☆ Pちゃんがハピハピで、きらりもうれすぃー☆」


 うっきゃー、Pちゃん、とぉ~っても喜んでくれたにぃ! いぇーい!
 お疲れモード、しゅーりょー! りらくす、りらーっくす☆
 ……でも、そうしたら、Pちゃんはまた頑張っちゃうんだよにぃ。


「諸星さん? どうか、されましたか?」


 あっ、いっけなぁい!
 Pちゃんに、心配してゆ、ってバレちゃダメダメ!
 バレちゃったら、Pちゃんは、心配させないようにぃ~、って、隠します! ドロン!
 そんなの、も~っと疲れるようになるすぃー……かなすぃーにぃ。


「なんでもないにぃ! それよりぃ、もうお昼の時間だゆ!」
「……もう、そんな時間でしたか」


 がんばり屋さんでも、ゴハンはちゃ~んと食べなさい!
 そうじゃないとぉ、お腹ペコペコで、バタンキューしちゃうにぃ!
 そうなったら、Pちゃん、プロデュース出来ちゃくなっちゃうゆ!
 うぇへへ! だから、大人しくランチターイムっ☆


「まだ……カフェの席は空いていると思います」


 うんうん! きらりもそう思うゆ!
 だけど、急がないとペコペコさん達大集合! Pちゃんピーンチッ!
 ふふふー! こんな事もあろうかと!
 きらりんマッサージで、疲れはピューッ! 飛んでってるにぃ☆



「よろしければ、諸星さんも一緒にいかがですか?」



 きらりはどうしようかな~? 何を食べようか迷っちゃうにぃ。
 お外にお散歩に行くのも、気持ちいいだろうしぃ。
 にょわー……ハピハピなのは、何だろ? どれだろ?

 
 ――って……


「……ふぇ?」




おわり

640: 名無しさん 2018/04/06(金) 22:55:40.30 ID:x4ZUOz8Jo

「昼食は、外に食べに行こうと思っています」


 何の気無しに聞いたみたら、思ってもない答えが返ってきた。
 私、てっきりプロデューサーはゴハンとかは簡単に済ませるタイプだと思ってたよ。
 外に食べに行く、って事は、よっぽど食べたいものがあるのかな?
 自分の欲望の赴くまま……おおっ、これってロックじゃない!?


「あっ、良かったら、なんですけど」


 今、他の皆は仕事やレッスンで誰も居ない。
 みくちゃんは、うくく、嫌々お魚関係のお仕事に行ってるんだよね!
 なつきちも、確か何かの収録もある、って言ってた気がする。
 だから、今日のお昼はどうしようか迷ってたんですよ。


「私も、一緒に行って良いですか?」


 あんまり、プロデューサーと話したことって無かったですもんね。
 なんと言うか、ビジネスライクな関係? みたいな?
 だけど、もう少しコミュニケーションが取れたらなぁ、とは思ってたんです。
 あ、決して、みくちゃんの居ない隙に、ロックのお仕事を増やしてください、
ってお願いするつもりはないですからね!……多分。


「そう、ですね……はい、では、一緒に行きましょうか」


 おおっ!?
 私、てっきり、プロデューサーとアイドルがー、って言われると思ってましたよ!?
 だから、駄目で元々のつもりで言ってみたんですけど……。
 うーん、これは素直に喜んでいいのかどうか迷うなぁ。


「少しだけ歩くことになりますが、大丈夫でしょうか?」


 プロデューサーは、外に出かける準備をしながら、言った。
 へー、外に行くって、すぐ近場で済ませるんじゃないんだ。
 もしかして、そこに行くのが楽しみで、仕事をちょっと忘れてるんですか?
 あのー、私、ボーイッシュだとはちょくちょく言われますが、アイドルなんですけど!


「はい! 今日はスニーカーなので、大丈夫です!」


 なーんてね!
 このプロデューサーが、そこまで楽しみにするなんて、気になる!
 仕事を忘れても求める……これは、真のロックだよ!


「何を食べに行くつもりだったんですか?」


 教えてください、プロデューサーが求める、ロックな食べ物を!


「ハンバーグです」

642: 名無しさん 2018/04/06(金) 23:17:01.87 ID:x4ZUOz8Jo
  ・  ・  ・

「そこの、路地を入った所になります」


 ビル街を少し離れた所にある、小さなお店が立ち並ぶ商店街。
 事務所の近くに、こんな所があるなんて知らなかった。
 歩いて十分程度だけど、こっちに来る事なんて無かったからなー。
 うっわ、お肉屋さん!? 初めて見た!


「その店には、よく行くんですか?」


 道中気になっていたけど、言えなかった台詞。
 やっぱり、まだちょっと距離感があるから、世間話って振りにくい。
 だけど、お肉屋さんを見て驚いた勢いを活かして、聞いてみる。
 だ、だってしょうがないじゃん!
 年の離れた男の人と、どんな話すれば良いかなんてわからないもん!


「そう、ですね……週に一回は」


 週一!? 結構な頻度ですよね、それ!?
 ……あっ、でも、そっか。
 プロデューサーって、私と違って、確か実家暮らしじゃないんだもんね。
 だったら、週に一回外食をするのって、普通なのかな?


「そんなに、そこのハンバーグって美味しいんですか?」


 角を曲がりながら、ちょっとだけ小走り。
 あの、プロデューサー?
 気付いてないかも知れないですけど、ちょっと歩くの速くなってますよ?
 どれだけ楽しみなんですか、ハンバーグが!


「絶品です」


 初めて見る、プロデューサーの顔。
 笑顔ともちょっと違う、ワクワクした感じ。
 まるで、宝物を見せびらかす前の男の子みたいな、そんな顔。
 プロデューサーのこんな顔を見る日が来るなんて、想像もしてなかった。


「――ここです」


 えっと、洋食亭……英語? 違う?
 なんて読むんだろ?
 あの、プロデューサーさん――って!


 カランカランッ。


 と、木製のドアを開けて、プロデューサーさんはもう中に入ろうとしていた。
 慌ててその背を追うのに必死で、店名は、聞けずに終わった。

644: 名無しさん 2018/04/06(金) 23:44:04.38 ID:x4ZUOz8Jo

「今日は、二名です」


 外観からはわかっていたけど、お世辞にも広いと言えない店内。
 入り口のドアと同色の木目調の壁に、少しだけ濃い色の床。
 その壁には、真鍮製のインテリアや、もしかして……鳩時計? など、
ずっと見ていても飽きない程の、遊び心で埋め尽くされていた。
 ……ドア一枚をくぐっただけで、まるで、別の世界に放り込まれたみたい。


「多田さん?」


 キョロキョロと店内を見回す私に、低い声がかけられた。
 う、うわああ、いきなりやらかしちゃったよ、恥ずかしい!
 プロデューサー、なんか、笑ってません!?
 私が、こういうオシャレな感じな所に居たら、やっぱり変ですか!?


「……私も、初めてこの店に来た時、同じ反応をしました」


 笑顔。
 滅多に見ることのない、プロデューサーの、自然な笑顔。
 だけど、今はその笑顔が、このお店の雰囲気に、妙に似合っている気がする。
 ロックと言うには、レトロすぎるけど……うん、素敵な所だと思います。


「今日は、私達だけのようなので、奥の席にしましょうか」


 そう言うと、プロデューサーは店の奥に歩を進めた。
 革靴が木製の床を踏みしめる時の、コツンという音がとっても低くて、笑いそうになる。
 今の足音、なんとなくプロデューサーっぽいな、って。
 っとと、いけないいけない!
 またボーッとする所だった!


「どうぞ」


 店の奥にある、小さな木製のテーブル。
 テーブルの一辺は壁にくっついていて、その真上には、
最初に目に入った真鍮製のインテリアが掛けられていた。
 二人用だろうそのテーブルには、椅子が向かい合って、ちょこんと鎮座していた。
 この椅子……プロデューサーには、小さくありません?


「ありがとうございます」


 ……なんて、そんなの言うのは、ロックじゃないよね!
 引いてくれていた椅子の前に立つと、
私の膝の動きに合わせて、とても自然に椅子が前に出された。
 お尻に当たるクッションの部分が、ポフリと小さな音を立てる。


「……さて、今日はどのハンバーグにしようか」


 自分の席についたプロデューサーは、メニューとにらめっこを開始した。
 やっぱり、椅子はちょっと小さかったみたいだ。

645: 名無しさん 2018/04/07(土) 00:06:39.03 ID:JpkQfEvTo
  ・  ・  ・

「お待たせしました、ハンバーグです」


 厨房から出てきた、真っ白いコックの服を来た、おじいちゃん。
 眼鏡の奥から覗くその目は、とっても優しい雰囲気がする。
 髪の毛は真っ白だけど、綺麗に切りそろえられていて、清潔感がある。
 コックさんを絵に描いたような、そんな見た目。


「……」


 テーブルの上に置かれた、ハンバーグ。
 白い、大きなお皿の真ん中で存在感を放つそれには、
色を見ただけでもわかる、濃厚なデミグラスソースがかかっている。
 付け合せは、ニンジンのバターソテー、ポテトフライ、そして、クレソンが少し。
 誰もが想像する、ハンバーグの中のハンバーグ。


「どうぞ、冷めない内に」


 プロデューサーが注文したのは、煮込みハンバーグだった。
 煮込むのに少し時間がかかるって言ってたから、まだかかるのかな。
 私は、とりあえず、プロデューサーがオススメだって言うからこれにしたんだけど。
 でも、どうぞ、って言われても、先に食べるのって気が引けますよ。


「あっ、私、待ちますよ?」


 目上の人を差し置いて、先に食べ物に手を付けはしませんって。
 親しき仲にも礼儀あり、ロックの中にも流儀あり、ですから!
 確かに、そんな待ちきれないって顔の人の前で先に食べるのはロックかもですけど。


「いけません」


 は、はい?
 あの、私って、そんなに食べ物にガツガツ行くように見えます?


「お願いします。どうか、冷めない内に」
「お、お願いします、って……」


 そこまで言うなら、食べますけど。
 ナイフとフォークを手に取り、


「それじゃあ、すみません。お先に――」


 言われるがままに、


「――いただきます」


 ハンバーグに、ナイフを入れた。

646: 名無しさん 2018/04/07(土) 00:27:13.63 ID:JpkQfEvTo
  ・  ・  ・

 カランカランッ。


 プロデューサーが、ドアを開けた。
 このドアをくぐれば、このお店とも、しばしのお別れになる。
 それがちょっとだけ名残惜しくて、私は、後ろを振り向いた。
 あの真鍮製のインテリア、私の部屋にも飾りたいな。


「ありがとうございます」


 ドアを開けてくれているプロデューサーにお礼を言いながら、外に出る。
 本当に、お店の中と外で全然雰囲気が違うなぁ。
 ネコチャンモードのみくちゃんより、オンオフがきっちりしてるかも。
 タシッ、と、スニーカーでアスファルトを踏みしめる。


「……」


 後ろで、パタンッ、とドアが閉まる音が聞こえた。
 もう、私とプロデューサーは、お店の外に完全に出たんだよね。
 ……だから、もう、良いですよね?
 止めようったって、そうはいきませんよ!


「プロデューサー!」


 振り向いて、声を出す。
 こんなに大きな声を出すつもりじゃなかったんだけどなぁ!


「は、はい? なんで、しょうか?」


 何でしょうか? 何でしょうかじゃないですよ!
 言うことなんて、決まってるじゃないですか!



「すっ~~…………っごくっ! 美味しかったです!」



 あれなら、プロデューサーの様子がいつもと違ったのもわかりますよ!
 口に入れて、舌に乗せた時の、滴る肉汁の甘みとジューシーさ!
 そこに絶妙に絡むデミグラスソースは、それに負ける事無く、より旨味を引き立ててました!
 それでそれで! あのソースを付け合わせのパンに付けて食べるのも、くう~っ!


「喜んでもらえたようで、何よりです」


 喜ぶに決まってますって!
 この喜びをどう表現すれば良いんだろう!
 こう!? それとも、もっと激しい感じですかね!?


「あ、あの……エアギターは、ここでは……!」

647: 名無しさん 2018/04/07(土) 00:55:35.25 ID:JpkQfEvTo

「っとと、す、すみません……!」


 溢れ出す衝動を抑えられなくて……あれ? 凄くロックだった?
 ああでも、さすがにこんな往来でエアギターはまずいよね。
 アイドルだから目立つのには慣れてるけど、悪目立ちは良くない。


「多田さん、一つだけ、お願いがあるのですが」


 私が落ち着くのを見計らって、プロデューサーが言った。


「このお店の事は、出来る事ならば……その、他の方には、内密に」


 驚いた。
 プロデューサーなら、こんな美味しいハンバーグのお店、皆に教えるかと。
 ラッキーな私が、その、第一号に選ばれたんだとばっかり思ってた。
 あっ、もしかして。


「プロジェクトメンバー以外に、って意味ですか?」


 きっと、そうですよね!
 こんな美味しいハンバーグが食べられるお店、秘密にしたい気持ちわかるなぁ。


「いいえ。このお店は、多田さんにしか教えていません」


 えっ? えっ? 私だけ?
 あの、えっと、それって……どういう意味ですか?


「……その日仕入れたお肉が終わったら、その日のハンバーグは、終わりなので」


 ……あー、そういう意味ですか。
 なんか、ちょっと残念かなぁ、その理由は。


 ……って、なんで残念なんだろ?


 んー、まあいいか!
 プロデューサーに教えてもらったんだし、内緒にして欲しいなら、そうしますよ!
 私、口は堅い方ですから! お口にチャック! いや、お口をロック!



「へへへ、それじゃあ、その代わりに……また、連れてきてもらえます?」



 プロデューサーは、右手を首筋にやりながら、はい、と言ってくれた。


 この約束をした時を思い出して、その夜、私はベッドの上でのたうち回った。
 プロデューサーは、いい笑顔です、と言っていたが、どう思ったのだろう。


「うああ……!」


 今日は、私とプロデューサーだけの、秘密が出来た。
 そして、私にもよくわからない……けれど、
プロデューサーには絶対言えない秘密も出来た。



おわり

730: 名無しさん 2018/04/09(月) 23:56:09.40 ID:elOJHando

「……」


 カタカタと、キーボードを叩く音だけが部屋に流れている。
 時々、その音が止まるのは、何か考え事をしてるのかな。
 その目はとても真剣で、プロデューサーが、
本気で私達の事を考えてくれているんだな、ってわかる。


「……」


 ソファーに深く座り直しすと、ポフリ、と音がした。
 でも、プロデューサーは、それに構うことなく、画面に集中してる。
 それが……なんとなくだけど、面白くない。
 だから私は、コホン、と咳払いをする。


「渋谷さん?」


 本当に、小さな咳払いだったのに、プロデューサーはそれにすぐ気付いた。
 それは、私がアイドルだからで、体調に気をつけてくれているから。
 プロデューサーの、そんな仕事熱心な姿勢。
 私は、それを確かめるように、時々こうしてテストのような事をする。


「うん、大丈夫」


 今の反応は、まあ、悪くないかな。
 だけど、心配をさせないように、鞄からペットボトルを取り出し、水を一口だけ飲む。
 その間もプロデューサーはこっちを見てるんだけど、妙に気恥ずかしい。
 プロデューサーは見なくていいから。


「喉に何か違和感があるようでしたら、すぐ仰ってください」


 蓋を閉めていると、そんな声がかけられた。
 思った以上に心配させちゃったみたいで、悪いことしたかな。
 あまり、気を遣われすぎるのも息苦しく感じるかもしれない。
 この人、真面目だけど、不器用なんだよね。


「心配しすぎ」


 だから、歳上なのに、放っておけない感じがするのかも。

731: 名無しさん 2018/04/10(火) 00:17:09.76 ID:qPN5OJ/Do

「……」


 再開される、カタカタという音。
 今日は、ニュージェネ三人での仕事が入っている。
 だから、二人が来るまで、プロデューサーと二人きり。


「……」


 ちひろさんが今日休みなのは、聞いていた。
 それで、プロデューサーが早く来て、ここで事務作業をしている事も。
 事務所で一人で作業をするプロデューサー。
 昨日の夜、それを想像したら、自分のことじゃないのになんだか悲しい気持ちになった。


「……」


 せっかく、未央と卯月と一緒するのにさ。
 そういう、悲しい気持ちを抱えたままじゃ、上手く笑えないかも。
 そう思ったから、私は、予定の時間よりも早く事務所に来た。
 別に、それ以外の意図は無いから。


「……」


 だけど、やっぱり早く来て良かったと思う。
 昨日の夜の悲しい感じは、綺麗サッパリ無くなったから。
 プロデューサーもさ、一人で作業してるよりは良いよね、多分。
 つまり、お互いにとってメリットがあるんだし、来て正解だったね。


「……」


 ふふっ、でも、私がドアを開けた時のプロデューサー、凄く驚いてたな。
 普段は見られない顔を見られたから、その点では私の方が得したかな?
 その点、私は……うん、クールに振る舞えてたよね。
 年下の女の子に気を遣われた、なんて、思わせたくないし。


「……」


 携帯の画面を操作するフリをしながら、プロデューサーの方を見る。
 プロデューサー、今、どんな仕事をしてるんだろ。
 ちょっと気になるけど、邪魔しちゃ悪いよね。
 案外、私に関する事してたりして。


「……ふふっ」


 なんてね。

732: 名無しさん 2018/04/10(火) 00:50:15.61 ID:qPN5OJ/Do

「……」


 二人が来るまで、あと十五分、って所かな。
 そうすれば、この時間も終わり。
 何にだって、終わりは来る。
 ……この言い方じゃ、未央と卯月が終わりを運んでくるみたいになっちゃうか。


「……」


 だけど、十五分って、結構長いよね。
 その時間、ほとんど何の会話もしないって、勿体無いと思う。
 プロデューサーは、あんまり自分から話しかけるタイプじゃない。
 だから、こっちが話しかけないと、会話が始まらない。


「……」


 プロデューサーって、アイドルとコミュニケーションを取るべきじゃないかな。
 そうじゃないと、困ることって、色々あるでしょ。
 っていうか、それで前に失敗したんだからさ。
 だから、そっちから話しかけて、会話を始めないと。


「……」


 じいっ、とプロデューサーの横顔を見つめる。
 いつの間にか、キーボードを叩く音は、止まっていた。
 もしかして、作業の方が一段落したのかも。
 それを聞いてみる位なら……まあ、サービスしてあげるよ。


「作業、全部終わったの?」


 何気ない風に、聞いてみる。


「……いえ、まだですね」


 ……ふーん。


「ですが、キリが良いので、一旦ここで終わろうかと」


 まあ、悪くないかな。

733: 名無しさん 2018/04/10(火) 01:13:17.16 ID:qPN5OJ/Do

「……」


 作業が終わったなら、やる事は限られてるよね。
 今、この部屋には二人しかいないんだよ?
 だから、正解なんて一つしかない。
 テストするまでもないかな、こんなの。


「お二人が来られるまで、まだ、時間がありますね」


 プロデューサーが、時間を確認しながら言った。
 うん、そんなに時間は無いけど、コミュニケーションを取るには十分。
 どんな話題を振ってくるかな。
 今日の仕事の話は、二人が来てからするだろうから……ちょっと楽しみ。


「少し、待っていてください」


 カタリと、椅子のキャスターが音を立てた。



「飲み物を買ってきます」



 えっ? なんで?


「えっ? なんで?」


 疑問が、そのまま口から飛び出した。
 せっかくの話すチャンスなのに……どうして?
 あのさ、私、プロデューサーの手が空くの、待ってたんだけど。
 それなのに、どこかへ行っちゃうって……有り得なくない?


「先程、咳をされていたので……喉に良いものをと、そう、考えました」


 そういう事を聞いてるんじゃないんだけど。
 それに、さっきの咳は違うから……とは、言えない。


 プロデューサーは、私の事を想ってくれている。


 けれど、私の思っている事をわかってはくれない。


「……」


 悪くないけど、悪い。

734: 名無しさん 2018/04/10(火) 01:34:06.54 ID:qPN5OJ/Do

「すぐ、戻りますので」


 すぐ、って言っても、帰って来る頃には、二人が来ちゃうかも。
 そうしたら、二人っきりで話すタイミング、無いよ。
 それでも良いの?
 私、プロデューサーが話題に困った時のために、
何を話そうか、一応だけど流れを考えてきてたんだけど。


「……」


 最近、あんまり二人で話すタイミング無かったね、って。
 そうしたら、渋谷さんは頑張っていますから、って。
 それで、毎日が楽しいから辛くは無いよ、って。


 いい笑顔です、って。


 ちゃんと見ててよね、って。


「……!」


 それだけで、良いのに。


 なのに、どうしてアンタって、いつも――


「あの……渋谷さん?」



 ――ホント、わかってない!



「申し訳ありません、その、スーツを掴まれると……」


 プロデューサーが、右手を首筋にやって困った顔をした。
 何なの?
 そんなに、急いでこの部屋から出て行きたいわけ?
 だったら良いよ、こっちにだって、考えがあるんだから。


「私も一緒に行く」


 置いて行くだなんて、承知しないんだから。

735: 名無しさん 2018/04/10(火) 02:06:34.81 ID:qPN5OJ/Do

「そう……ですか」
「うん、そう」


 ソファーから立ち上がり、言う。
 何を言われても、着いて行く。
 それに、プロデューサー、どんな飲み物を買ってくる気だったの。
 私が好きじゃないのを買ってきちゃったら、何の意味も無いでしょ。


「変な飲み物を買って来られても、困るから」


 そうだよ。
 行く前に、何が飲みたいかって聞くべきじゃない?
 基本的なコミュニケーションすら出来ないって、どうなの。
 私だから、まあ、許してあげるけど。
 普通の女の子に対してもそんなんだから、彼女とか居ないんじゃないの?


「ホットレモネードを……買って来るつもりだったのですが」


 ……。


「……早く行こう。二人共、来ちゃうし」


 欲しい飲み物がわかったからって、彼女が居るとは限らない、よね。
 大事なのは、結果もそうだけど、過程もだから。
 そういう所が、プロデューサーは駄目だと思う。
 だから、私みたいな年下の女子にも、放っておけないなんて思われちゃうんだよ。


「そうですね……では、行きましょうか」
「うん」


 だけど、まあ、今回の結果自体は……悪くないかな。
 一緒に行けば、話す時間は十分取れるしね。
 うん、考えてみれば、一緒に買い出しに行くって……良いんじゃない?
 私のために、飲み物を買いに行こうとしてくれたんだから。


「……」


 だけど、プロデューサーは、歩きだしも、話しだしもしない。
 このままモタモタしてたら、二人が来ちゃうのに。
 二人っきりの時間が、終わっちゃうのに。


「あの……渋谷さん」


 ねえ、何考えてるの?
 わかるように、ちゃんと説明して!



「スーツから……手を離してくれますか?」



 …………うん、わかった。




おわり




768: 名無しさん 2018/04/10(火) 21:17:01.14 ID:qPN5OJ/Do

「魚嫌いを克服したい、と」


 事務所のデスクの前で、Pチャンが難しそうな顔をしてるにゃ。
 あのね、みくだって、好きでお魚が嫌いなんじゃないよ。
 好きで嫌い? 好き嫌い! 好き嫌いは、悪いと思ってるの!
 だけど、無理なものは無理にゃ!


「っていうか、もう限界にゃ!」


 なのに、みくに入ってくるお仕事って、お魚関連の仕事がすっごく多いの!
 どういうことにゃ!?
 ……いや、まあ、理由はわかってるんだけどね。
 みくが、ネコキャラを通してるからなんだけど。


「お魚を嫌いなままだと、死んじゃうもん!」


 みくがアイドルじゃなかったら、お魚が嫌いなままでも良いと思うにゃ。
 だけど、みくはアイドルなんだから、そうも言ってられないでしょ?
 仕方なく……そう、本当に仕方なく、魚嫌いを克服しようと思うの。
 そうじゃなきゃ、今のアイドル生活が辛すぎるにゃ!


「Pチャンは、みくが死んじゃっても良いの!?」


 ネコチャンは、いつも気まぐれでにゃあにゃあ鳴いてるものにゃ。
 それなのに、うえーお魚まずいー、って頑張ってるなんて、絶対駄目!
 ネコチャンになりきるには、まずはお魚嫌いを克服!
 ふっふーん! これが、プロ意識ってもんにゃ!


「それは……本当に、困りますね」


 まあ……あとは、ちょっぴりだけど、お魚を食べ続けるのが辛いってのもあるにゃ。
 あの生臭さがもう……もう!
 鼻を近づけるだけでも嫌なのに、それを口の中に入れるんだよ!?
 みくにとっては、口の中に爆弾を放り込まれるようなもの、イコール死!


「だからPチャン、協力して!」


 今まではなんとか耐えてきたけど、来週のスケジュールを見て絶望したにゃ。
 来週は、お料理番組の収録が、二つもあって、どっちもお魚関係なの!
 みくがネコチャンですっごくキュートだからって、これはなくない!?
 いや……頑張るって……頑張るって言ったのは、みくだけどね……!?


「してくれないなら、ストライキにゃー!」


 なんて、本当はストライキするつもりなんてないけど。
 こう言ったら、優しいPチャンは絶対協力してくれるにゃ!
 にゅっふふふ!

769: 名無しさん 2018/04/10(火) 21:35:36.50 ID:qPN5OJ/Do
  ・  ・  ・

「Pチャン、今までありがとにゃ」


 ここ数日、Pチャンは仕事が終わったら、ずっとみくに付き合ってくれたにゃ。
 晩ごはんに、美味しいって評判のお店に連れてってくれたんだよ。
 お魚嫌いを克服するには、新鮮なものが一番って聞いたにゃ。
 だから、一人じゃ入りにくいようなお店に、一緒に行ってくれたの。


「ま、前川さん! 諦めないでください!」


 でもね、結果は散々だったにゃ。
 みくは悟ったよ。


 新鮮でも、魚は魚。


 ……ってことに。
 新鮮でも生臭いものは生臭いし、むしろ噛んだ時の食感がやばかったにゃ。
 それでね、みくは考えたにゃ。


 あれ? 嫌いなお魚をなんでこんなに食べてるんだろう?


 あれ? 好きな物よりも嫌いな物を食べ続ける人生って?


 あれ? 人生って、生きてるってなんだろう?


「ありがとね、Pチャン。でも、もう時間が無いの」


 お料理番組の収録は、明日に迫ってる。
 後一日でお魚嫌いを克服するなんて、どうやったって無理にゃ。
 っていうか、明日いっぱい食べなきゃいけないんだから、今日は許してください。
 明日、お魚にまみれて死ぬのはわかってるけど、せめて、一日だけでも長生きしたいの。


「次に生まれ変わったら、草食動物になりたいにゃ」


 それだったら、草だけ食べてれば平気だもんね。
 みくだって、本当はネコチャンに生まれ変わりたい。
 でも、ネコチャンに生まれて、まだお魚嫌いが治ってなかったら?
 ……うえっぷ、想像しただけでやっべーにゃ、これ!


「ウサギさんはナナちゃんが居るから、何が良いかな……」


 事務所の窓から外を見ると、綺麗なお星様がピカピカ光ってたにゃ。
 星に願いを。
 願わくば、この世から全てのお魚が消えてなくなりますように。


「……」


 Pチャンが、右手を首筋にやって困ってる。
 でもねPチャン、みくは頭を抱えて困ったりしないよ。
 つけたネコミミが、ずれちゃうかもしれないからね。

771: 名無しさん 2018/04/10(火) 22:03:39.98 ID:qPN5OJ/Do
  ・  ・  ・

「……」


 前を歩くPチャンの背中を追いかけながら、夜の街を歩く。
 繁華街から離れていってるけど、どこに向かってるの?
 な、なんか……ピンク色の看板が目立ってるような気がするにゃ!
 あ、ただのスイーツショップとか、ファンシーな雑貨店の看板だった。


「ね、ねえPチャン? どこに向かってるの?」


 だけど、目的地を教えてくれないのは、どうなの!
 ちょっとだけ付き合って欲しいって言ってたけど……。
 もしかして、正攻法じゃ駄目だから、催眠術とか?
 それとも、他に何か、方法が……?


「私が、稀に利用する所です」


 Pチャンが、稀に利用する所?
 いやいや、そんなの言われたって、みくにはわからないにゃ。
 それに、そこにみくを連れて行くって、どういうこと?
 お魚嫌いを克服出来そうな所に、Pチャンがたまに行ってるってこと?


「私は、前川さんの笑顔を失いたくないと、そう、思っています」


 Pチャンが振り向いて、言った。
 その顔があまりにも真剣で、ちょ、ちょっとドキッとしたにゃ。
 だ、だってしょうがないでしょー!?
 みくだって、アイドルだけど、普通の女の子なんだもん!


「う……うん」


 急に、こんなに真剣な顔で、こんな言葉を言われたら、ドキッと位するよ!
 そりゃ、Pチャンに、そういう意図が無いなんてわかってるよ?
 だけど、それでもこんな状況、誰だってドキッとするにゃ!
 ネコにマタタビ、女の子に歳上の男の人、って感じで!


「今、向かっている場所は……そのために、役に立つかと」


 そう、思いました……って、言ったPチャンは、また、歩き出した。
 距離が離れないように、華麗にネコチャンステップで、すぐ後ろに追いつく。
 とっても大きな背中で、みくなんか、すっぽり収まっちゃいそう。
 ネコチャンみたいに、簡単に抱っこされちゃいそう……って、アイドルだからそれは駄目!


「もうすぐ、着きます」


 そう言われて、慌ててPチャンから目線を外し、前を見た。
 目に飛び込んできたのは、紫色の看板。


「んなぁっ……!?」


 どっ、どどど、どういうことにゃPチャン!?
 あの紫色の看板って、ちょっ、ちょっとPチャン、何をする気にゃ!?
 みくを失いたくないって……てっ、手に入れるってこと!?
 にゃ、にゃああ……!?


 みくは……みくは、一体どうなっちゃうのおおおおお!?

772: 名無しさん 2018/04/10(火) 22:31:13.38 ID:qPN5OJ/Do
  ・  ・  ・

「……」


 どうもならなかったにゃ。


「今日、この時間に、やっていて良かったです」


 小さな丸い椅子に、窮屈そうに腰掛けながら、Pチャンが言った。
 本当はお酒を飲みたいんだろうけど、みくと一緒だからお茶を飲んでる。
 お茶を飲みながら、目の前のお皿に載せられたオデンをパクついてるにゃ。
 トロットロに煮込まれた牛串に、カラシをつけて口に運ぶPチャンは、とっても幸せそう。


「っ……」


 カラシをつけすぎたのか、Pチャンの動きがちょっと止まった。
 しっかりそうに見えて、あわてん坊さんだね!
 その点みくは、辛くないようにちょびっとだけカラシをつけるの!
 ……んー! コンニャクも、染みてて絶品にゃ!


「ほふっ、ほふっ!」


 あっつあつのコンニャクだから、口の中に入れてもすっごく熱い!
 十分にフーフーしたと思ったんだけど、あっちちち!
 でもでも、こうやって猫舌なのって、ネコチャンアイドルとしてプラスにゃ!
 ……大好物のハンバーグの時は、残念だけど。


「……ふぅ」


 お茶を一口飲んで、やっと落ち着いた。
 うん、関東風のお出汁のオデンも、中々やるにゃ!


 Pチャンに連れられて来たのは、とっても小さな屋台。
 赤い提灯がついてる、漫画やアニメでしか見たことのないようなお店。
 みくとPチャンは、その屋台の椅子につき、オデンをつついてる。
 なんでも、この屋台が来てるかは誰にもわからないらしく、
運良くやってる時にだけ、Pチャンはここでゴハンを食べてるらしい。


「……」


 全く! それならそうと、早く言ってくれれば良いのに!
 思わせぶりな言葉を言って、勘違いするでしょー!?


 あ、紫色の看板は、ネイルサロンでしたにゃ。


 ……で、でもでも、みくは悪くないもん!
 それもこれも、Pチャンが全部悪いにゃ!
 仕返しの、目からネコチャンビーム!


「やはり、ここのオデンは絶品ですね」


 くううううっ!? 微塵も効いてないにゃ!

773: 名無しさん 2018/04/10(火) 22:53:37.39 ID:qPN5OJ/Do

「……オデンが美味しいのはわかったけど」


 お魚嫌いを克服するためなのに、どうしてここに来たの?
 これじゃあ、ただのデー……にゃああ、無し! 今の無しにゃ!
 最近お魚ばっかり食べてたから、調子が狂いっぱなし!
 みくは、これでも真面目なアイドルなんだからねっ!


「はい。もう少しだけ、待ってください」


 もう少しって……あっ、なんだか、香ばしい匂いがする。
 七輪で、何かを炙ってるのかな。
 クンクン……この匂い、お魚?
 だけど、それにしては、妙に甘い匂いで……。


「――来ましたね」


 みくの目の前に、何かの切れっ端が置かれたにゃ。
 黒く焦げてる所もあるけど、これをさっきまで炙ってたの?
 乳白色で、何だろうこれ……えっ、何?
 多分お魚なんだろうけど、みく、こんなの見たこと無いにゃ。


「Pチャン……これ、何?」


 多分、これが、Pチャンがお魚克服のために用意してくれた最終兵器だよね。
 だけど、ちょっと得体が知れ無さ過ぎて、い、いきなりは口に入れられないよ。
 なんか、まだジュウジュウ言ってるし……。
 ちょっと冷めるまで、説明を求む! にゃ!


「エイヒレです」


 エイヒレ? 何それ? お肉の、ヒレ肉の親戚?
 牛さんや豚ちゃんに、こんな真っ白いお肉があったの?


「私の魚嫌いの友人の好物が、何故かエイヒレでして」
「ええっ!? Pチャン、友達いたの!? 嘘でしょ!?」
「……前川さんの、克服のきっかけになるかもしれない、と」


 いやいやいや、その話はちょっと置いておいて!
 Pチャンに友達が居たっていう方が、みくには衝撃だよ!
 てっきり、Pチャンは仕事人間で全然友達居ないと思ってたにゃ!
 でも……そっか、Pチャンにも、友達居たんだね!


「Pチャン……みく、嬉しいよ!」
「…………良い、笑顔です」


 あれ? なんか、Pチャン複雑そうな顔してない?

774: 名無しさん 2018/04/10(火) 23:12:05.31 ID:qPN5OJ/Do

「どうぞ、冷めない内に」
「どうぞ……って言われても」


 これ、どうやって食べれば良いにゃ?
 お箸で……あ、これは固くてお箸じゃどうにも出来ない。
 お皿の横に、七味唐辛子? がかかった、マヨネーズがあるけど……。
 これに付けて食べる、んだよね?


「こう、手で直接割いて、小さくすると食べやすいです」


 あっ、直接手で触っても良いやつなんだ。
 それならそうと早く言って――


「――あつっ!?」


 熱い!


「っ、だ、大丈夫ですか、前川さん」
「う、うん……あー、ビックリした」


 考えてみれば、さっきまで火炙りにされてたんだから、熱いに決まってたにゃ。
 だけど、せっかくPチャンが、みくのために考えてくれたお肉だし……。
 冷めない内にってことは、熱い内が美味しいんでしょ?
 でも、みくにはそれは難しいと思うの。
 だから、


「Pチャ~ン♪」


 甘えん坊なネコチャンだよ!
 ほ~ら、やってあげたくなっちゃうでしょー!


「……はぁ、私で良ければ」


 にゃっは♪ おねだり成功にゃ!
 だけど、Pチャン凄いにゃ!
 みく、熱くて触るのも大変だったのに、平気な顔でちっちゃく割いてくんだもん!
 あっ、食べやすそうな大きさになったね!


「あ~ん♪」


 さあ、Pチャン! エイヒレ肉、実食にゃ!
 お肉だからあんまり意味無いと思うんだけど……Pチャンが言うんだから、
何かきっと、お肉以上のものが待ってるに違いない!
 勝負にゃ!……って、


「……まだー?」


 口を開けっ放しにしてるのって、疲れるんだけど!
 冷めちゃうでしょ、早くしてにゃ!


「あ~んっ!」

775: 名無しさん 2018/04/10(火) 23:33:14.37 ID:qPN5OJ/Do
  ・  ・  ・

「……みくちゃん、大丈夫?」


 収録が終わって、控室。
 李衣菜ちゃんが、心配そうに声をかけてくれてるにゃ。
 でも、ごめん、李衣菜ちゃん。


「みくはもう駄目にゃ……みくの分まで、ネコミミに生きてね」


 結局、みくのお魚嫌いは直らなかったにゃ。
 そもそも、お肉を食べて、お魚が好きになるはずないもん!
 エイヒレ肉は美味しかったけど、マジでそれだけだったにゃ!
 っかー! Pチャンに、文句言わなきゃ気がすまない!


「……みくちゃんの分までネコミミって、一体耳がいくつになるのさ」


 李衣菜ちゃんがため息混じりに言った。
 ネコミミは可愛いんだから、いくつあっても困らないにゃ。
 ……とりあえず、今日もお魚じゃなくて、お肉!
 なんだかんだで、一昨日までお魚尽くしだったんだから!


「晩ごはんは今日もお肉! 美味しいハンバーグ! 決定にゃ!」


 外食続きだったから、食生活も正さないと!


「あっ、それなら――……な、なんでもない」


 ん? 李衣菜ちゃん、今、何を言いかけたにゃ?
 もしかして、美味しいハンバーグのお店でも知ってるの?


「そ、それよりさ! 今日も、って事は、昨日もお肉だったの?」


 んんー? なんか、誤魔化したでしょー?
 みくには、そんなのお見通しだよ!
 その質問に答えたら、じっくり追求させてもらうにゃ!


「うん、昨日はオデンと、エイヒレ肉だったにゃ」


 あれなら、ハンバーグと一緒でも良いかな。
 お肉&お肉! お肉フェスティバルの、開幕にゃ!
 でも……エイヒレ肉って、スーパーに売ってるのかな。


「……エイヒレ肉って、エイヒレのこと?」
「そうだよ。白くて……ヒレ肉が、エイッって頑張ってるようなの!」


 李衣菜ちゃんも知らなかったんだね。
 これで、また一つ、美味しいお肉が知れたんだから、みくに感謝しても良いよ!


「エイヒレって……思いっきりお魚だよ?」


 ……。


「えっ?」



おわり



782: 名無しさん 2018/04/11(水) 12:20:54.68 ID:Yel9VPXao

「ふわぁ~あ」


 寝て、起きて、寝る。
 その繰り返しだけで毎日が送れれば、最高にハッピー。
 だけどさ、起きてる時に何をするか、って話だよね。
 お菓子を食べたり、ゲームしたり、ネットしたり。
 それに加えて、杏ってば今ではお仕事までしてるんだよ。


「おやすみなさ~い」


 その分、寝る時間が増えるのはしょうがないよね。
 それに、今は仕事が終わって車で帰る途中だし。
 こうやって時間を有効に使うのがポイントかな。


「はい、おやすみなさい」


 助手席に座りながら、そう言ってきたプロデューサーの方を見る。
 その背は高くて、座高も杏より大分高い。
 そんなにでっかく育ったなんて、小さい頃はよっぽど寝て過ごしてたんだねぇ。
 それとも、美味しいものをいっぱい食べてたとか? なんてね。


「……」


 流れてく景色、差し込んでくるライト。
 まばらに照らされたプロデューサーの横顔には、ちょっと疲れが見える。
 全く、休むのが下手だからそうやって疲れが残っちゃうんだよ。
 杏みたいに、ちゃ~んとメリハリをつけなきゃ。


「……」


 プロデューサーには、倒れられたら困るんだよね。
 印税生活のために、効率よく、極力働かずに働く必要があるんだから。
 そういう事を考えて、しっかり杏をプロデュースしてもらわないと。
 今更他のプロデューサーに変わって、馬車馬の様に働かされるなんてゴメンだし。


「……」


 だからまあ、杏に出来るだけのフォローはしてあげるよ。
 本当なら、それに関してもお給料を要求しても良いんだけどね、へへ。
 でもまあ、その分働かせないでくれてると思えば、それでトントンかな。
 あれ? そう考えると、なんか杏って損してない?


「……」


 ほんと、そんな役回りだよ、とほほ。

783: 名無しさん 2018/04/11(水) 12:43:43.85 ID:Yel9VPXao

「……」


 ま、そんな役回りって言っちゃえば、プロデューサーが一番か。
 個性的なアイドルを集めるのは良いんだけど、それって大変だよね。
 皆が皆、色々違って、バラバラ。
 そんなバラバラな皆を一人一人見るなんて、杏だったらゴメンだよ。


「……」


 お、そう考えると、杏ってばもの凄く優秀じゃないかな。
 だってさ、寝てる間は見てなくて良いんだもん。
 寝顔が見たいって言うなら止めないけど、乙女の寝顔はタダじゃないよ。
 杏の寝顔だったら、いくらぐらいが相場かな?


「……」


 プロデューサーの寝顔だったら、いくらぐらいかなぁ。
 案外、プロジェクトのメンバーとかはそこそこ出したりして。
 おおっ、これは、ビジネスチャンスってやつかな。
 寝てるプロデューサーの顔を写真に撮って……あ、めんどくさいから却下。


「……」


 楽して稼げるかと思ったけど、プロデューサーの寝顔を撮るのが大変だもん。
 うたた寝でもしてるのすら見たことないんだからね。
 あ、それなら、合宿の時に部屋に忍び込むってのはどうだろ。
 ……あー、プロデューサーが寝る頃には、杏は寝てるね、絶対。


「……」


 それに、寝てる男の人の部屋に忍び込むのは、さすがにねー。
 何にも起きないだろうけど、世間体ってものがあるからさ。
 もしもスキャンダルにでもなったりしたら、印税生活は夢のまた夢。
 他の皆にも迷惑がかかっちゃうし、やっぱり無しだね、無し。


「……」


 だけど、そういうスキャンダルが出た時は、どういう記事になるんだろ。
 『プロデューサーとアイドルの禁断の愛!』とか『ただれた夜のプロデュース!』とか?
 やー、でも、『変態ロリコンプロデューサー!』って可能性が高いかな。
 杏は十七歳だけど、この見た目だからねー。


「……」


 そういう記事のネタを週刊誌に売ったら、いくらになるかな。
 メリットとデメリット、生涯年収とか諸々考えると……んー、やっぱり駄目だね。
 プロデューサーを巻き込んだら、その後、プロデューサーも養う必要があるからなぁ。
 杏ともう一人が暮らしてけれるだけの金額なんて、到底出そうにないもん。


「……」


 この人、プロデューサー以外出来そうにないからなぁ。

784: 名無しさん 2018/04/11(水) 13:08:26.97 ID:Yel9VPXao

「……」


 やろうと思えば出来るんだろうけどさ、駄目だよね。
 プロデューサー以外の仕事をしてるの、全然想像できないよ。
 もしやったとしても、なーんかしっくりこないかな。
 働く意欲に溢れる杏、ってくらいしっくりこない。


「……」


 はー、大人しく、普通に働くしかないかー。
 そもそも、杏じゃあスキャンダルにならない可能性すらあるしね。
 プロデューサー相手にスキャンダルになりそうなのは、
プロジェクト内だと、んー、やっぱりきらりかなぁ。


「……」


 どっちも背が高くて、並んでてお似合いだもんね。
 きらりが思いっきり迫ったら、プロデューサーも落とせるんじゃない?
 いけません諸星さん、良いではないかだにぃ、ってさ、へっへっへ!
 ……なーんて、何考えてんだろ。


「……」


 でも、そうだなぁ、杏がきらりみたいに背が高くて、スタイルも良かったら。
 そうしたら、プロデューサーを襲っちゃうのも悪い選択肢じゃないかな。
 その前に、責任問題にならないように、アイドルを引退したりして。
 あー、でも、アイドルを引退するのも、色々と準備が必要だなぁ。


「……」


 まず、智絵里ちゃんとかな子ちゃんが、杏離れが出来てないからなー。
 二人にも、もうちょっとしっかりして貰う必要があるね、間違いなく。
 それに、きらりとやってるコーナーもあるし、そこも考える必要があるね。
 うーん、杏がアイドルを引退するのって、思った以上に面倒臭いなぁ。


「……」


 んま、お仕事をするの、楽しくないわけじゃないんだよね。
 ただちょっと、疲れるし面倒臭いだけで、悪くはないんだよ。
 はー、誰か、杏の代わりに外で働いて、お金だけくれないかな。
 その分、お家で寝たりダラダラするのは杏に任せてくれても良いからさー。


「……」


 そういうお仕事も、無くはないんだよね。
 でもなー、そのお仕事って、基本的に休み無しって言う激務なんだよね。
 そんなの、杏からしたら、地獄だよ、じ・ご・く!
 杏からやるー、なんて、とてもじゃないけど言う気にはなれないね。


「……」


 でも、プロデューサーがやれって言うなら、やっても良いかな。

785: 名無しさん 2018/04/11(水) 13:40:24.00 ID:Yel9VPXao

「……」


 なーんて、プロデューサーが言うわけないよね。
 でも、言ったとして、杏がそれにオッケーしたとしたら、どうなるだろ。
 プロデューサーの事だから、業務内容を分担してくれそう。
 割合的には、七対三くらいで……あ、勿論杏が三ね。


「……」


 ま、言うわけないから、勝手に想像出来ちゃうんだけどね。
 想像するのはタダ! ドヤ!
 タダより安いものはないっていうけど、タダだから易いとは限らない。
 タダのただの想像でも、只々想像するだけでも、難しい。


「……」


 ――杏が、きらりみたいだったらなぁ。


「……」


 きらりは、杏の事を可愛いって褒めてくれるよね。
 悪い気はしないよ、っていうか、うん、恥ずかしいけど、嬉しいよ。
 でもさ、それじゃあ、駄目な事もあるんだよね。
 杏じゃあ手の届かない所にも、きらりは手が届くんだよ。


「……」


 例えばさ、今の状況なんか、すっごくわかりやすいよね。
 ほら、ちょっと座席を後ろに倒した位で、杏の手は全然届かない。
 どれだけ手を伸ばしてみても、無理なものは、無理なんだよ。
 横に並べば、なんとか手が届くかも知れないけどさ。


「……」


 それって、すっごく大変だよね。


 ――30センチ。


 杏には、30センチ足りない。
 どれだけ頑張っても届かないなら、頑張る理由ってなくなくなくない?
 だから、杏は手を伸ばさな――


「双葉さん?」


 ――あ。


 気がついたら、車は、目的地に到着していた。
 んー、


「起き上がるの面倒だから、よろしくお願いしま~す」


 こう言えば、差し出した手の理由、誤魔化せるよね。

786: 名無しさん 2018/04/11(水) 14:08:24.75 ID:Yel9VPXao
  ・  ・  ・

「ふわぁ~あ」


 杏にはさ、足りないものがそれこそいっぱいある。
 それこそ、一々挙げてくのが面倒な位に、たくさん。
 そんなのを一つ一つ数えるなんて、時間の無駄で寝ちゃうよね。
 それよりさ、出来ることを無理せずやる方が、効率が良いと思うんだよ。


「あの……すぐなので、起きていてくださいね」


 例えば、今。
 眠いからって言って、事務所に着くまで、杏はおんぶして貰ってる。
 こんなの、他の十七歳には出来ない事だよね。
 勿論、何かトラブルがあったら別だけど、杏はこういうのを日常的に出来る。


「ふわぁ~い」


 その点では、もの凄くお得だよね、これって。
 おんぶして貰って、くっつけて、甘えられて、しかも、歩かなくて済む!
 一石何鳥?
 あーでも、石を投げるのは面倒だから、養鶏とかの方が効率良さそう。


「……」


 すれ違う人がこっちを見てるけど、すぐ、いつもの光景だと気にもとめない。
 他の皆だったら、きっとギョッとすると思うんだよねー。
 だから、こういう、杏にしか出来ない、許されるようなのって、重要じゃない?
 へっへっへ、杏は、杏の事をよーくわかってるのです!


「……んー」


 眠いフリをしながら、プロデューサーの右の首筋に、顔をうずめる。
 一瞬くすぐったそうにしたけど、抗議の声は無い。
 プロデューサーは、今は仕事中だから無理に起こすのは悪い、と思ってるんだろうね。
 ふっふっふ、杏は、プロデューサーの事は大体わかるのです!


「……あ~眠い」


 寝て、起きて、寝る。
 その繰り返しだけで毎日が送れれば、最高にハッピー。
 だけどさ、起きてる時に何をするか、って話だよね。


「……ん」


 起きてる時に、無理のないように、出来る範囲で、効率良く。
 手が届かないならさ、向こうから、届く範囲まで来て貰えば良いだけだよね。


 杏だって、両手は届くし、首筋に口づけだって出来る。


 その後、やる事は決まってる。
 杏的には、ちょっと頑張りすぎちゃったからね~。


「おやすみなさ~い」


 その分、寝る時間が増えるのはしょうがないよね。



おわり


883: 名無しさん 2018/04/14(土) 23:21:15.06 ID:69MkvKRDo

「あっ、コラ!」


 ちょっと手の力を緩めた隙に、足元から茶色い影が飛び出した。
 ソファーに座ってたから、反応が一瞬遅れ、紐を掴みそこねる。
 前にも、同じ様な事があったっけ。
 あの時も、姿を見た途端にこうだった。


「おはようございます」


 プロデューサーが、後ろ手で事務所のドアを閉める。
 勝手に出ていかないように、って事だったんだろうけど、その心配は無かった。
 だって、茶色い影――ハナコは、プロデューサーの足元で、尻尾を思い切り振ってるから。
 もう、いつもは大人しくて良い子なのに、なんなの?


「おはようございます、ハナコさん」


 しゃがみこみ、出来るだけ目線をハナコに合わせての挨拶。
 前みたいに紐を掴もうとしたみたいだけど、ちょっと手間取ってる。
 その理由は、差し出したプロデューサーの手に、ハナコがじゃれついてるから。
 思いっきり手の匂いを嗅いでるのか、鼻をヒクヒクさせてる、可愛い。


「……」


 プロデューサーも同じ事を考えたのか、とても穏やかに、笑った。
 前は大型犬に吠えられてたような気がするけど、案外、動物好きなのかな。
 どう、プロデューサー。
 うちのハナコ、可愛いでしょ。


「……」


 大きな手で、小さなハナコの背中を優しく撫でる、プロデューサー。
 されるがままのハナコは、もっと色んな所を撫でて欲しいのか、お腹を見せて寝転んだ。
 もしかして、遊んでもらってると思ってるのかも。
 そんなハナコのお腹を、さっきよりも少し強く、ワシワシと。


「ハナコー?」


 だけど、あそこまでプロデューサーに心を開いている姿を見るのも、ちょっと複雑。
 飼い主の私が居るのに、その前で他所のお家の人に甘えすぎ。


「おーい、ハナコー?」


 飼い主なのに、負けてられない。
 別に、独占欲とか、そういうんじゃないから。
 っていうか、こういうのって、普通にあると思う。


「!」


 やっと私の声に気付いたのか、ハナコはクルリと体勢を変える。
 そして、両の前足とお腹を床にピタリと貼り付けたまま、


「ワンッ!」


 と、鳴いた。
 こっちに来る気配は、全く無かった。

884: 名無しさん 2018/04/14(土) 23:44:24.93 ID:69MkvKRDo

「……」


 プロデューサーが、右手を首筋にやって反応に困ってる。
 その、立ち尽くす足元から、ハナコは一向に離れようとしない。
 つぶらな瞳でこっちを見るのは良いんだけど……いや、良くない!
 なんだか、負けた気がする!


「トゥットゥットゥットゥッ!」


 口の中で舌を弾いて、音を出す。
 床付近で、右手の親指、人差し指、中指をすり合わせ注意を引く。
 ハナコが、それにピクリと反応する。
 前足を伸ばし、お座りと、寝そべる中間の体勢に。


「トゥットゥットゥットゥッ!」


 おいでおいで、ハナコ、こっちへおいで。
 口に出したら、負けを認めるようなもの。
 だから、飼い主として、愛犬のハナコに、心の中で語りかける。
 おいでー、こっちおいでー、ハナコー、おーい。


「ワンッ!」


 立った!
 やっぱり、ハナコは私の方が好きだよね、知ってた!
 そう、立ち上がったら、そのままこっちに来るんだよー。
 おいでおいでー、私はここだよー。


「ま……待ってください……ひ、紐が……!」


 立ち上がったハナコは、グルグルとプロデューサーの周りを回りだした。
 クンクンと高い声で鳴きつつ、時々、チラリとこっちを見てくる。
 ちょっと、そんなにソイツから離れたくないわけ!?
 アンタ、私の飼い犬でしょ!?


「トゥットゥットゥットゥッ!」


 ほら、来なさい! こっち! カモン!
 そういう態度を取るなら、私にも考えがあるからね!
 最近お気に入りだった、サツマイモのオヤツ、もう買ってこないよ!
 それでも良いの!? 良いんだ、へー、ふーん!?


「……クゥーン」


 私の、ハナコに対する愛情が通じた。
 ゆっくりトボトボ歩いてるのは、きっと、
他の人に夢中になってごめんなさい、って意味だと思う。
 絶対、プロデューサーから離れるのが嫌だからじゃないよね、そうだよね。


「……」
「……」


 無言で見つめ合う、ハナコとプロデューサー。
 ちょっと、なんで無理矢理引き裂かれるような、そんな空気出してるの。

885: 名無しさん 2018/04/15(日) 00:13:15.02 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「――それじゃあ、二時間だけ、ハナコをお願い」


 ドアに手をかけながら、振り返って、デスクに座るプロデューサーに言う。
 デスクで見えないけど、その足元にはハナコが寝そべっている。
 最初は、簡易ケージの中で待ってて貰おうと考えてたんだよね。
 だけど、今日はそれを妙に嫌がって、無理矢理入れたら、キュンキュンと鳴いた。


「はい。レッスンの間、お預かりします」


 どうしようか相談したら、外に出してても構わない、ってさ。
 勝手にどこか行かないように紐をつけておこうかと思いもしたんだよ。
 だけど、ハナコったら、プロデューサーから離れる気配がゼロ。
 まるで、ここが自分が居るべき場所だ、って感じだから、今は首輪だけ。


「……」


 今日は、家にお父さんとお母さんが居ない。
 たまには、という事で、私が一泊二日の温泉旅行をプレゼントしたのだ。
 アイドルとして働いて、お給料も、まあ、そこそこ溜まってたから。
 たまには親孝行も悪くないかな、って思ったんだけど。


「おーい、ハナコー?」


 まさか、こんな所で家族に裏切られるとは思わなかった。
 お家で一人でお留守番するのに慣れてないから、連れてきたのに。
 ちょっと、レッスンの間だけ、預かって貰おうと思っただけなのに。
 頑張って終わらせて、すぐ戻ってこようと思ってたのに。


「……ハナコやーい」


 顔も見せないって、どういう事!?
 お散歩の時なんか、クンクン言って甘えてくるのに!
 この状況は何なの!?
 私とハナコの間の絆って、そんなものだったの!?


「……渋谷さん」


 プロデューサーが、右手の人差し指を口元に当てている。
 は? 何? 静かにしろ、ってこと?
 納得できない! だって、ハナコはうちの子だもん!
 ちょっと気に入られたからって、良い気にならないでよ!


「……寝ていますので」


 ……有り得ない。
 これからお仕事に行こうとする飼い主を放って、お昼寝する?
 お昼寝するハナコは、そりゃあ、確かに可愛いけど。
 こう、時たま鼻をヒクヒクさせて……もう、なら、しょうがないか。


「……行ってくる」


 内心、荒れ狂っている私の背中に、頑張ってくださいと声がかけられた。
 小さく、うん、と返事をし、ドアを閉める。
 当たり前だけど、寝てるハナコを起こさないよう、静かに閉めたから。

886: 名無しさん 2018/04/15(日) 00:35:56.07 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「……」


 目を開ける。
 レッスン半ばの、五分間だけの休憩。
 こういう、短い時間で、いかに体力を回復させるか。
 それがとても大事だと言われ、私は短時間だけでも眠る練習をしている。


「……」


 多分、一分間は寝られたと思う。
 寝るのって、体力を回復するのに一番良いらしい。
 最初、やろうとしても全く眠れなかったけど、今ではこの通り。
 こういう事もしていかないと、二つのプロジェクトを掛け持ち出来ないしね。


「ワンッ」


 後半のレッスンが終わったら、急いでシャワーを浴びて、事務所に戻らなきゃ!
 事務所では、ハナコとプロデューサーが二人っきりだし。
 これ以上、ハナコとプロデューサーが仲良くするのは、ちょっと腹が立つ。
 ハナコはうちの子だから。


「ワンワンッ」


 ふふっ、だけど、おかしいよね。


 レッスンルームで目をつぶって、目を開けたら事務所に居る。


 座って、壁に背中をあずけてたはずなのに、寝転がったみたいに視線が低い。


 それに、


「ワンッ」


 声っていうか、鳴き声しか出ない。



「おはよう、ございます」



 プロデューサーって、こんなに大きかったっけ。
 ……って、ちょっと、何?
 手なんか差し出してきて。
 もしかして、起こしてくれようとしてる?


「ワンッ」


 ふーん。まあ、悪くないかな。
 良いからほら、起こしてよ。


 私、ハナコになってる夢見てるんだけど。


 差し出しされた大きな、大きなプロデューサーの手の平。
 その上に、小さく茶色い、見覚えのある前足が乗せられているのを間近で見ながら思った。

887: 名無しさん 2018/04/15(日) 01:00:19.64 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「――ハッ!」


 ポンッ、とゆるやかな軌道を描きながら、ボールが放り投げられる。
 青い、蒼いそれから私は目を離さずに、全速力で追う。
 ツルツルの床が少し滑って走りにくい。
 だけど、そんなのは……気にしてなんかいられない。


「ハッハッハッハッ!」


 走る、走る、走る、走る。
 振り返らず、前を向いて。
 もう少し、あともうちょっとで前足が届く。
 よし、届いた! って、ちょっと、うまくつかめない!
 もうっ! 咥えた方が早い!


 ――よし!


「……!」


 ボールを口に咥え、全速力で走る。
 ずっと強く、そう、強く。
 あの場所へ、走り出そう。


 ――プロデューサー! ボール、取ってきたから!


 今度は、もっと上手く、もっと早くボール取ってくるから。
 ちゃんと見ててよね。
 もう終わりなんて、言わせないから。


「ワンッ!」


 早く! 早く投げてよ!
 アンタ、私のプロデューサーでしょ!?
 何? あ、撫でてくれるの?
 遠慮しないで、もっとワシャワシャしてくれて良いよ。
 うん、そうそう、そんな感じで頭を全体的に。


「クゥーン」


 ……わふーん、まあ、悪くないかな。
 あ、別に、もうちょっと撫でてくれても良いから。
 って、ちょっと待って、反対の手でボール投げようとしてない?
 困るんだけど、そういうの、本当に困る。


「それっ」


 ちょっと! ボール投げたら、撫で、な、あ、ボール、あっ、あっ――



「ワンッ!」



 ――あははははっ!
 何なの!? たっ、た、楽しい! 楽しい楽しい! なんで!?
 ボール! あっ、ボール! プロデューサー! ボール!

888: 名無しさん 2018/04/15(日) 01:26:29.58 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「プフッ!」


 優しく撫でてくれてると思ったら、鼻をくすぐられクシャミが出た。
 それに驚いたのか、プロデューサーの手の動きがピタリと止まる。
 吠えて抗議をしようと思ったけど、まあ、良いかな。
 大きな声で鳴いたら、驚かせちゃうだろうし。


「……」


 プロデューサーは、仕事を中断して私と遊んでくれた。
 今は、ボール遊びにも飽きたから、ソファーで二人でまったり。
 体が斜めになる位深くソファーに座ったプロデューサーの上半身。
 今の、ハナコの体の私には、寝そべるのに丁度良い広さ。


「……」


 優しく、頭から背中までを何度も撫でられる。
 それがとても、とても気持ち良くて、眠ってしまいそうになる。
 まあ、寝ちゃっても良いのかな。
 夢の中で寝たら、どうなるんだろ。


「……」


 プロデューサー、いい匂いがする。
 他の皆はどう思うか知らないけど、私、この匂い好きかな。
 ハナコの体だからかも知れないけど、うん、悪くない。
 ああ、もしかして、ハナコがプロデューサーに懐いてた理由って、これかも。


「クァ~ッ……!」


 大口を開けてアクビなんて、普段はしない。
 だけど、まあ、今の私はハナコだから、気にしない。
 うん、今、とっても幸せなのも、体がハナコだからだよね。
 私がプロデューサーにこうしたいわけじゃないから。


「……おやすみなさい」


 低く、優しい声がかけられる。


 なんとなく、だけど。
 このまま目をつぶって眠りに落ちたら、夢から覚める気がする。
 だから、このまま寝てしまおう。
 レッスンの途中だったし、それに……うん、十分楽しんだから。


 だって、本当の私は、犬――ハナコじゃないから。
 プロデューサーの担当する、アイドル――渋谷凛だから。


 ガチャリ!


 夢の中で眠りに落ちる直前、事務所のドアが勢いよく開いた。
 だけど、瞼はもう閉じ、眠りに落ちるのは、止まらない。



「大変だよ! しぶりんが、レッスンルームでオシッコ撒き散らした!」



 ……どうか、夢でありますように。



おわり

920: 名無しさん 2018/04/16(月) 13:13:58.31 ID:UPydNCuto

「お昼……それだけなんですか?」


 プロデューサーさんのデスクの上を見ながら言う。
 半分ほど食べたあとがある惣菜パンに、缶コーヒー。
 それに、栄養補給のゼリー飲料……でも、開けてすらいない。
 プロデューサーさん、体が大きいんだから全然足りないと思うんですけど……。


「そう、ですね。基本的に、昼はこの程度で済ませています」


 その言葉を聞いて、驚いちゃいました。
 プロデューサーさんが、いつも私達のために頑張ってるって、知ってます。
 それなのに、私、全然知りませんでした。
 あうう……だけど、どうしたら良いんだろう。


「……島村さん?」



 ――そうだっ!



「プロデューサーさん! 私、お弁当、作ってきます!」


 プロデューサーさんには、いつもお世話になってますし!
 こういう事でなら、私も、プロデューサーさんの助けになれると思うんです!
 ちょ、ちょっと自分一人で作るのは自信がないですけど……。
 でも、大丈夫です!


「し、島村さん?」


 プロデューサーさんが右手を首筋にやって、困ってる。
 もしかして、私の料理の腕に、不安があるんでしょうか……。
 でも、安心してください!
 ちゃ~んと、ママに相談して、手伝ってもらいますから!


「お願いしますっ、やらせてください!」


 両手で握りこぶしを作り、やる気をアピール。
 私、他の皆みたいに、プロジェクトのために何かって、思いつきません。
 思いつくのは普通のことばかり。
 全部、プロデューサーさんなら絶対に思いついてるだろうな、っていうのばっかりで。


「……いえ、ですが」


 ……だから、じゃないんですけど。


 プロジェクトのために、何かを考える事は私には難しいけれど。
 プロジェクトのために、頑張ってるプロデューサーさんのために、何かしたいな、って。


「……!」


 ……そう、思ったんです。 

921: 名無しさん 2018/04/16(月) 13:39:15.92 ID:UPydNCuto
  ・  ・  ・

「う~ん、このお弁当箱だと、小さいかなぁ」


 私にとっては十分大きいけど、プロデューサーさん用だと、小さい気がする。
 もう少し大きい方やつにしよう、っと。
 あっ、このピンクのお弁当箱可愛いー!
 ……って、いけないいけない、ちゃんと選ばないと!


「あっ、この大きくて黒いの、プロデューサーさんみたい」


 デザインはとってもシンプルで、飾り気のない黒くて大きいお弁当箱。
 だけど、ちゃんと仕切りもしっかりあって、蓋にお箸を入れる所もある。
 蓋に入れる用のお箸は、普通のお箸に比べると、やっぱり短い。
 だけど、この短いお箸でちょこちょことお弁当を食べるプロデューサーさんを想像すると、
それが、とっても可愛い光景なんじゃないかと、思う。


「よし、このお弁当箱にしようっと!」


 あの後、遠慮するプロデューサーさんを必死に説得して、約束しちゃいました。
 明日は、私がお弁当を作ってきますー、って!
 申し訳なさそうな顔をしてたけど、気にしなくてもいいのに。


「あと、お弁当包みも選ばないと……」


 頑張ります、って言いましたよね。
 でも、お弁当を作るぞー、って気持ちは、頑張るとはまるでかけ離れてます。
 だって……えへへ、


 ――誰かのために、何かをしたい気持ちは、努力とは違いますから。


 あっ、も、勿論、頑張りますっていう言葉に、嘘なんか無いですよ!
 私が頑張るのは、美味しく作るぞー、とか、そっちの意味で言ったんです!


「あっ、このピンクの包み、可愛いー!」


 許可を貰った後、急いでママに連絡したら、あはは……ちょっと叱られちゃった。
 その場の思いつきで、明日すぐにお弁当を作るだなんて困る、って。
 中身に関してはどうにかなるとしても、お弁当箱が無い、って。
 だけど、どうしてちょっと機嫌良さそうだったんだろう、ママ。


「サイズが小さいのと大きいのがある……」


 大きいのは、さっき選んだのお弁当箱に丁度良い。
 小さいのは、私が普段使ってるお弁当箱に……うん、丁度良いかも。
 これにしちゃおうかなぁ、でも、ピンクのお弁当包み……うーん。
 男の人って、こういうの気にするかな?
 でも、これ、可愛いなぁ。


「……えへへ、すみませんっ!」


 この場にいないプロデューサーさんに、小声で謝った。
 ピンクの包みでも、プロデューサーさんなら許してくれますよね?

922: 名無しさん 2018/04/16(月) 14:07:16.49 ID:UPydNCuto
  ・  ・  ・

「ええっと……ひき肉ひき肉」


 お弁当箱とお弁当包みは買ったから、あとはママに頼まれたおつかい。
 プロデューサーさんの好きな物は、ハンバーグ。
 それをママに伝えたら、ひき肉を買ってきなさい、って言われたんです。
 きっと、ちっちゃいミニハンバーグを作るんだと思います!


「ど、どれだろう」


 牛ひき肉、豚ひき肉、鳥ひき肉、合い挽き肉。
 いつもうちで出るハンバーグは……合い挽き肉?
 えうう、いつも美味しいーって思ってるだけで、全然気にしたことありませんでした!
 それに、よく考えてみれば本当にミニハンバーグを作るかも、確かじゃないです!


「……」


 買い物かごに、全部の種類のひき肉を入れちゃいます。
 どの位使うかもわからないから、大、って書いてあるのを全部。
 ほ、ほら! もし違っても、そぼろにすれば日持ちしますし!
 ママに電話して、どれを買えば良いか聞けば良いんだろうけど……。


 ――それは、妙に、照れくさい。


「よしっ!」


 これだけあれば、何を作るにも困らないです!
 あとは、買って帰るだけで……。
 あっ、でもでも、せっかく大きなお弁当箱なんだから、色々入れたいなぁ。
 卵焼き……卵は、卵はお家にあったと思います、多分。


「……」


 でも、もし切らしちゃってたら、どうしよう。
 プロデューサーさん、甘い物って結構好きでしたよね。
 だから、あま~い卵焼きがお弁当に入ってたら、喜ぶと思うんです。
 無くても、きっと喜んでくれるとは思うんですけど、でも……。


「……四つ入りのなら、良いかな」


 それなら、買って帰ってもママも困らないだろうし!
 それに、もし使わなかったとしても、朝ごはんに使うでしょうから!
 四つ入りなら、いっぱい入ってるのと同じ値段で、良いのが買えちゃいます。
 よーし、美味しそうな卵選び、頑張りますっ!


「あ、ウィンナー」


 卵売り場へ向かう途中、ウィンナーが目に入った。
 ……タコさんウィンナーって、喜ぶかな。
 それに、ベーコン……アスパラのベーコン巻きも、お弁当の定番ですよね。
 生ハム……生ハムをお弁当に? さ、さすがに無しかな? いや、でも……。


「……」 


 お小遣い、足りるかなぁ。

923: 名無しさん 2018/04/16(月) 14:34:31.64 ID:UPydNCuto
  ・  ・  ・

「はいっ、プロデューサーさん♪」


 ピンク色の、大きな包みをプロデューサーさんに差し出す。
 差し出されたそれを見て、ちょっと驚いた顔をされた。
 どっ、どうして驚いたんでしょうか?
 も、もしかして、お弁当箱、大きすぎましたか!?
 それとも、やっぱりピンクの包みが駄目でしたか!?


「……ありがとう、ございます」


 プロデューサーさんが、両手を差し出し、包みを受け取る。
 その時に指先同士が触れ合って、ちょっぴりドキッとしちゃいました。
 デスクの、キーボードの横の置かれるお弁当。
 私は、それと、プロデューサーさんを交互に見つめる。


「……」


 そんな私の様子に気付いたのか、プロデューサーさんがこちらを見てくる。
 早く、包みを開けてみてくれないかなぁ。
 あのですね、プロデューサーさん。
 そのお弁当――


 ――物凄い、自信作なんです!


 自分でも、どうしてこんなに上手くいったのが、わからないくらい!
 ママに手伝って貰うから、そんなに失敗はしないだろうと思ってたんです。
 だけど、それどころか、本当に美味しく出来たんですよ、それ!


「……」


 朝だけじゃ、絶対時間が足りないなって思って、昨日の夕方から準備をしたんです。
 ほら、煮物って、染み込んでる方が美味しいじゃないですか。
 だから、帰ってすぐにママと一緒に作って、一晩寝かせたんですよ。
 やっぱり、野菜を食べないと、栄養が偏っちゃいますし、煮物って大事です。


「……」


 彩りも大事だなって、ブロッコリーに、プチトマトも!
 卵焼きも、お砂糖で味にムラが出ないように、なんと、ガムシロップを使ったんです!
 そうするとですね、そこまでかき混ぜなくても味が混ざるし、ふんわり焼けるんです!
 最初の一個目は失敗しちゃいましたけど、それは、パパが朝ごはんにしましたから!


「……」


 何と言っても、メインは、大好物のハンバーグですっ!
 昨日の夜に下準備して、早起きして焼くだけにしておいたんです!
 プロデューサーさんの好物ですし、ママの得意料理でもあるんですよ!
 えへへっ、私も、ハンバーグ大好きですっ!
 ちょっと焦げちゃったのもあったんですけど、それは、パパが朝ごはんにしましたから!


「……」


 本当に、本当に自信作なんです!

925: 名無しさん 2018/04/16(月) 15:00:25.36 ID:UPydNCuto

「……島村さん?」


 プロデューサーさんが、口を開いた。
 だ、だって、気になるんですもん。
 その自信作を食べて、プロデューサーさんがどんな反応するのかなー、って。
 タコさんウィンナーだって、綺麗に足がクルンってなってますよ。


「あの、食べないんですか?」


 早く、包みを開けて欲しい。
 お弁当箱の上に、シャケのふりかけもあるんですよ。
 シャケのふりかけって、すっごく美味しいですよね!


「いえ、いただきます。いただきますが……その……」


 プロデューサーさんが、右手を首筋にやって困ってる。
 も、もしかして、私、何か失敗しちゃいましたか!?
 やっぱり、ピンクのお弁当包みは、嫌でした!?
 それとも……あうう、お弁当箱、それじゃ小さかったですか、逆に大きすぎました!?


「……まだ、お昼には早いので」


 チラリと、卓上時計に目をやりながら、言われた。
 あんまりにも楽しみすぎて、時間を忘れてしまっていた……その、色々。
 急がないと、レッスンに遅れちゃうし、お昼ゴハンには、早すぎる時間。
 慌ててその場から離れた……理由は……その、色々。


「れっ、レッスンに行ってきますっ!」


 顔が熱い。
 えうう……きっと、タコさんウィンナーよりも、真っ赤な顔になっちゃってます。
 振り返って、プロデューサーさんの顔を見るのが、とっても恥ずかしいです。
 だから、こ、このまま行っちゃおう、そうしよう!


「島村さん、頑張ってください」


 そんな私の背中に、いつものように、低い声がかけられる。
 その声を聞いて、なんとなく、プロデューサーさんは、待っててくれるとわかった。
 私がレッスンを終えて戻ってくる、お昼の時間。
 その時まで、包みを開けずに、プロデューサーさんは、待っててくれる、って。


「――はいっ!」


 レッスンの後の楽しみが、出来ちゃいました。
 だから、その楽しみを作ってくれたプロデューサーさんに、お礼をしないと。
 だけど、急がなきゃいけないから、あんまり話してる時間はないですよね。
 それに……恥ずかしいですから。


「島村卯月、頑張りますっ♪」


 だから、笑顔で――私の一番自信があるもので、その声に応えた。


 プロデューサーさんがお弁当を食べた時の反応は、ちょっぴり不安だけど、大丈夫。
 だって、そのお弁当、本当に自信ありますから!


 作ってる時の私を見て、ママもニコニコ笑ってましたもん!
 ……でも、パパが妙に寂しそうだったのは、一体何だったんでしょうか?



おわり



986: 名無しさん 2018/04/17(火) 23:52:52.90 ID:VCAFjJNMo

「私がリーダー?」


 専務の執務室に呼び出されて、何事かと思えば。
 曖昧だった私達、プロジェクトクローネの関係性をハッキリさせるつもりなのね。
 成る程、そういう事なら、呼び出しも納得。
 でもね、呼び出しについて納得はしたけれど、わからない事が一つあるの。


「はい。速水さんが、適任だと思います」


 それは、貴方。
 朝一でチャーミングな貴方に会えるのは悪くないけれど。
 けれど、それでも、私としては合点がいかないの。
 だって、貴方は、シンデレラプロジェクトのプロデューサーでしょう?


「彼の言う通りだ。私も、君以外にリーダーを任せるつもりは無い」


 専務は、自分のデスクに座ったまま、彼の言葉の補強をする。
 ソファーに座る彼と、専務を交互に見てみるけれど、
今の言葉に、嘘偽りは無いみたい。
 まあ、もっとも、二人共嘘という言葉からは程遠い人達だけれどね。


「お話はわかりました。けれど……」


 と、彼に視線を少しだけ向け、また、専務に向き直る。
 どうして、彼がここに居るのかの説明が欲しい。
 そう、直接聞いてみても良いんだれど、私は、これでも女子高生なの。
 歳上の男性相手に、その場に居る理由を問いただす程図々しくはないつもりよ。
 それが、チャーミングな人だったらなおさら、ね。


「彼が居る理由が、気になるかね」


 そんな私の心情をわかっていながら、専務はあえて聞いてくる。
 これがアメリカ式っていうやつなのかしら。
 だとしたら、私としては、もう少しお手柔らかにお願いしたい所だわ。
 だって、思いの全てを相手に伝えてしまうなんて、情緒に欠けるじゃない。


「はい」


 だけど、これはお仕事。
 私はあくまでも、この事務所に所属するアイドルの一人で、
専務は、そのアイドル部門の統括重役。
 プロジェクトクローネを立ち上げた人でもあり、私にとってはボスに当たる存在。
 彼女が望むなら、可能な限り、それに応える必要があるものね。


「それは、君をリーダーにと強く推薦したのが、彼だからだ」


 この人が? 私を? 担当していないプロジェクトなのに?
 頭の中に、次々と疑問が浮かび上がってくる。
 その疑問を視線に乗せて、彼の方を見る。
 相変わらずのポーカーフェイスで……案外、食わせ者なのかしら?

987: 名無しさん 2018/04/18(水) 00:25:06.91 ID:Z68f/yjYo

「……」


 じい、と彼を見つめる。
 この人、何を考えてるのか、本当にわかりにくいわね。
 アーニャや凛からは慕われてるようだし、私も……そうね、悪い人では無いと思うわ。
 だけど、それとこれとは、話が別。


「私は、君のそういう所を高く評価している」


 専務は、満足そうに言った。
 そうね、他の子だったら、最初に疑問を浮かべはしないんじゃないかしら。
 誰かに認められるのって、ただ、それだけで嬉しいから。
 けれど、私は、褒められて認められて、ただ喜んでるだけじゃ、満足しないの。


「ありがとうございます」


 でもね、そういう部分を褒められるのも、それはそれで複雑。
 だって、疑り深くて素敵だって言われて喜ぶのも、おかしな話じゃない。
 ああ、でも、貴女の評価は、素敵さ、綺麗さだけじゃないですものね。
 だから、今の言葉は素直に褒め言葉として受け取っておくのが正解かしら。


「君の、その強さ。それこそが、私が君を推薦する理由だ」


 強さ……強さ、ねぇ。
 確かに、弱いよりは強い方が何かと対応しやすくはあるわよね。
 そういった意味じゃ、ええ、確かに、クローネのリーダーは、私って事になるわ。
 誰も彼も個性的だけれど、見ていてとても危なっかしいか、
集団にとらわれない程、強すぎるか……だもの。


「その話、お受けします」


 私としては、あまり、リーダーって柄じゃないと思うんだけど。
 けれど、メンバーの適正を考えると、私以外に適当な人間が居ないわね。
 今までは、美波に話を聞いて、なんとなくだけれど、まとめ役をしていた。
 必要だと思ったからしていただけで、まさか、実際にそうなるなんてね。


「ですが、その前に一つだけ質問が」


 そう言って、彼に向き直る。
 座ったまま、まっすぐに背筋を伸ばし、真っ直ぐにこちらを見ている彼。
 私が気になっているのは、貴方が、私を強く推薦した理由。
 今更になってリーダーをちゃんと決めようっていうのも、貴方の意見なんでしょ?


「私をリーダーに推薦した……理由を聞いても?」


 頬にかかった髪をツイとかきあげ、問う。
 別に、怒ってるとか、そういったネガティブな感情は無いわよ。
 ただ、単純に知りたいだけ。
 知的好奇心、とでも言えば良いかしらね。



「笑顔です」



 ……は?

988: 名無しさん 2018/04/18(水) 00:57:44.67 ID:Z68f/yjYo

「以前、LIVE終了後に、クローネの控室にお邪魔させていただいた時です」


 ええ、あの時の事はハッキリと覚えてるわ。
 あの時は、文香が体調を崩したり、トラブルもあったわね。
 けれど、貴方のおかげで、何とか成功を収める事が出来たのよね。
 そして、終了後の控室で、初めて貴方と会ったんですもの。


「その時の、貴女の、他のメンバーの方を見る時の笑顔」


 何? 貴方、そんな所を見てたわけ?
 笑顔を褒められて悪い気はしないけれど、でも、それが何?
 笑顔だけじゃあ、納得出来ないわ。
 それが、リーダーの資質に関する、本来、関係の無い貴方が口出しをする程の、
そんな大きな理由になるとは到底思えない。



「――あの、優しい笑顔」



 ……優しい笑顔?


 ……私が?


「貴女の、その優しさ。それこそが、私が貴女を推薦する理由です」


 今まであまりされた事のない、評価。
 大人っぽい、それに、色っぽい、クール。
 そう言われる事は今までに何度もあったけれど、優しいは、本当に珍しい。
 そんな珍しい事が、理由になるだなんて……そんなことって、ある?


「聞いての通り。私と彼の、君を推薦する理由はまるで違う」


 専務が、彼の言葉を引き継いで言う。


「――だが、平行線では、無い」


 君ならば、その意味がわかると思う、と、専務は締めくくった。
 これ以上話すことはないと、そう思っているのだろう。
 事実、私は、この人達の言っている意味がわかる。


 強さと優しさは、両立出来ないものじゃないから。
 むしろ、その二つが揃ってこそ、それぞれが、より輝くから。


「……」


 だけど、もう一つ、わからない事があるの。
 貴方が、どうしてそれを専務に具申しようと思ったのかが。

989: 名無しさん 2018/04/18(水) 01:36:03.61 ID:Z68f/yjYo
  ・  ・  ・

「確かに、私はプロジェクトクローネとは、直接的な関係はありません」


 今日は、プロジェクトルームには、クローネのメンバーが全員集まっている。
 彼は、多忙な専務に変わって、私がリーダーを正式に務めると発表するらしい。
 そのため、今はその道中を一緒にしている。
 疑問を晴らす良い機会だと思ったけれど、よくよく考えてみれば、
どうして貴方がそこまで関わってくるのか、っていう謎がまた一つ増えちゃったわ。


「ですが私は、部署の垣根を超える事も、時として必要だと知りました」


 彼が言っているのは、きっと、専務が来てからの一連の流れ。
 346プロダクションのアイドル達に、多かれ少なかれ、影響を及ぼした、それ。
 それは、アイドルだけでなく、彼にも、影響を与えていたのね。
 真面目さの中に、ワイルドな一面が生まれた、って所かしら。


「それに、プロジェクトクローネには、渋谷さんも、アナスタシアさんも参加されています」


 二つのプロジェクトを掛け持ちする、エースの二人。
 あの子達は彼の影響か、とてもシンプルに、強い。
 クローネの他のメンバーが負けてるってわけじゃないわよ?
 ただ、エースじゃなくて、ジョーカーが多すぎるの。


「彼女達がより輝くために必要だと、そう、考えた結果の行動です」


 ふうん? あの子達のために……ね。
 でも、それってなんだか面白くないわ。
 だって、他の子のために、私に面倒事を任せよう、って言う事でしょう?
 頼られるのは嫌いじゃないけれど、使われるのは、あまり気分が良いものじゃないわね。


「そういう事なら、ご褒美を貰っても良いのかな?」


 彼の進路を塞ぐように、小走りで前へ回り込む。
 ゆっくりと、後ろ歩きをしながら、覗き込むように見る。
 速度を落として、足を止め……足を止めさせる。


「だって、貴方のせいで、これから大変になりそうなんだもの」


 口の端を釣り上げ、魅了するように笑う。
 そんな私の表情を見て、彼は、右手を首筋にやって困っている。
 こういう反応をするから、可愛らしくて、チャーミングなのかしら。


「キスしてくれたら、許してあげる」


 そう言うと、彼は、


「……リーダーを務めれば、そういった発言も減ってくれるかと、思いまして」


 少し顔を赤くしながら、そう言った。


「ふふっ! それは、どうかしらね?」


 何だ、私の事も考えてくれてたのね。
 だけど、そうそう貴方の思い通りに事が進んでたまるものですか。


 プロジェクトクローネのリーダー、アイドル、速水奏を甘く見ないでちょうだい。

990: 名無しさん 2018/04/18(水) 02:06:26.71 ID:Z68f/yjYo
  ・  ・  ・

「……」


 いつもは、プロジェクトルームで思い思いに過ごしてる皆。
 それが今、全員が整列して、真面目な顔をしてる。
 すごく不思議なその光景をこれから何度か見ることになるのだろう。
 駄目ね、早く慣れないと。


「……ふふっ!」


 でないと、笑っちゃうもの。
 本当に、早く慣れて欲しいわ。
 だって貴女達、そんな真面目な顔をして、大人しく待つ質じゃないでしょうに。
 ああでも、フレちゃんはそろそろ限界みたいね。


「――なので、これからは速水さんをリーダーとして、活動していただく形になります」


 隣に立つ彼の、説明が終わった。
 いけないいけない、皆の様子がおかしくって、あまり、耳に入ってなかったわ。
 まあ、別に、構わないわよね。
 もしも本当に必要な事を言ってたなら、この人と、また話す機会が増えるだけだし。


「それでは、速水さん。お願いします」


 彼が、私に視線を向ける。
 どこまでも真っ直ぐで、誠実な、その視線。
 その視線を絡め取って、迷わせるのって、どれだけ大変かしら。
 ……ああ、駄目ね、凛とアーニャに睨まれちゃってる。


「ええ」


 ふふっ、これから、大変だけど、色々と楽しくなりそうね。
 だって、貴方が私に教えたのよ?


 ――垣根を超える。


 って。
 その垣根が何で出来ていようと、何であろうと、関係無いの。
 貴方の心の垣根は、とっても高そうだけれど、ね。
 それを越えたら、ご褒美を貰えるかしら。
 この場合、貰えると言うよりも、勝ち取るって言った方が正しいかも。


 でも、今はお庭の中で――


「クローネの皆さんに挨拶を」


 ――リーダーとして、良い子にしてるわ。



おわり