87: 名無しさん 2018/01/06(土) 00:05:43.48 ID:B+U7VTfFo

「……」 


 もう、明日はオフだって言うのに、どうして誰も捕まらないのかしら。 
 今日は、お猪口でちょこっとだけで良いから、飲みたい日なのに。 
 お酒は一人で飲んでも美味しいけれど、誰かと飲むともっと美味しい。 
 せっかくなら、美味しくいただきたいじゃありませんか。 


「あら……?」 


 と、事務所の中をうろついていたら、思いもよらない光景。 


「キミは優秀だが、少し頭がかたいところがあるようだな」 
「それこそが、彼女達を笑顔にするために必要な事だと、私は考えます」 


 最近、346プロダクションの名物になりつつある、えーと、何て言ったかしら? 
 ああ、そうそう! ポエムバトル! 
 うふふっ、詩的に戦うだなんて、素敵、ですね! 


「それは傲慢と言うものだ。キミは、魔法使いにでもなったつもりか?」 
「魔法を使うのは、彼女達自身です。私は、あくまでもそのサポートにすぎません」 
「まあ! それじゃあ、素敵なステッキ、という事ですね!」 


 とっても自然に話に入り込めたわ。 
 あとは、この二人を居酒屋に誘導すれば……完璧ね! 


「……高垣くん?」 
「……高垣さん?」 
「はい、高垣楓でーす♪」 


 二人共、私に注目してる今がチャンスよね。 


「続きは、居酒屋で……というのが良いと、私は思います♪」


引用元: ・武内P「起きたらひどい事になっていました」

88: 名無しさん 2018/01/06(土) 00:22:40.83 ID:B+U7VTfFo
  ・  ・  ・

「……まさか、キミが私を酒の席に誘うとは思ってもみなかった」


 常務――今は専務でしたね――が、何度目かわからない言葉を口にした。
 とっても強そうに見えるのに、意外とお酒に弱かったなんて。
 だけど、見た目に変化は無いから、体質的には平気なのかも知れないわね。


「あら、どうしてそう思ったんですか?」
「キミと私の意見は対立している。同じ卓を囲まない理由が、他に必要か?」


 専務は、どうやらあの日のやり取りがひっかかっているらしい。
 けれど、それは私の中では一緒にお酒を飲まない理由にはならない。


「ですが……それは、お仕事の話でしょう?」
「何?」
「仕事とプライベートは分けて考えるべきだと思うんです」
「……」
「もう、専務ったら、アメリカに研修に行ったんでしょう?」


 と、笑いかけたら、とっても呆れた顔をされちゃった。
 私、何か間違ったことを言ったかしら?
 とても、当たり前の話をしただけだと思うのだけれど……。


「……高垣さんは、こういう人ですから」


 そんな、呆れとも諦めともつかない言葉を口にすると、
彼はビールをグイと煽り、箸の背で串焼きから丁寧に串を外している。
 大柄だから、こういう所も大雑把かと思いきや、意外に細かな作業も似合うのね。


「……成る程。少し、理解した」


 専務は、彼の用意した砂肝を一つ箸でつまみ上げ、ひょいと口に放り込んだ。
 少し塩が強かったのかしら、複雑そうな表情をしてるけど。

89: 名無しさん 2018/01/06(土) 00:35:48.65 ID:B+U7VTfFo

「もう、二人して馬鹿にしてます?」


 二人に、そんな意図が無いのはわかっている。
 けれど、お酒の席なんだもの、ちょっとふざけても良いじゃありませんか。
 そう、思いません?


「いっ、いえ! そんなつもりは……!?」


 そんな私のおふざけに、真面目に反応するのが彼だ。
 とっても不器用で真っすぐな人。
 だからこそ、からかうととっても楽しいし、可愛らしい反応が見られる。


「あら、じゃあ私はどんな人なんですか?」
「高垣さんは、その……とても素晴らしい方です」


 少し、すねた風を装っただけでこの慌てよう。
 うふふっ、これなら、女優としてもやっていけるかも?


「……どんな所が、ですか?」
「どっ、どんな……!?」
「……」
「え、笑顔がとても素敵で、神秘的な雰囲気があり……」
「……それから?」
「それから!? その、美しい容姿や歌声なども魅力的で……!」
「……それから?」
「!?」


 思わずクスクスと笑ってしまいそうになる。


「上司の前でアイドルを口説くとは、関心しないな」


「せっ、専務!?」


 ああ、駄目、おかしい!
 私達は、右手を首筋にやって困る彼を見て、笑い合った。

90: 名無しさん 2018/01/06(土) 00:49:05.23 ID:B+U7VTfFo

「……勘弁してください」


 自分がからかわれたとわかったのか、彼の声は弱々しい。
 それがまた可愛らしくて、我慢しようとしても笑みが零れてしまう。
 専務も私と同じ気持ちらしく、口の端を釣り上げている。


「まさか、キミにこんな愉快な一面があったとはな」
「……私も、貴女にからかわれるとは思ってもみませんでした」


 まだ笑いの余韻が残る中、二人は言った。


「ふむ……まだ、からかわれ足りないのかな?」
「……お気持ちだけ、いただいておきます」


 彼がそう言うと、また専務がクックッと声を上げる。


「――これはもう、乾杯するしかありませんね♪」


 やっぱり、お酒はこうでなくてはいけない。
 私の言葉を聞いた二人は、無言でジョッキとグラスを手に持ち、掲げた。


「新たな発見に――」


 そして、新しい飲み友達に――


「「「乾杯っ」」」

91: 名無しさん 2018/01/06(土) 01:12:15.38 ID:B+U7VTfFo
  ・  ・  ・

「美城さ~ん♪ はい、かんぱ~い♪」
「か……乾杯……!」


 お猪口とグラスをカチリと合わせ、読んで字のごとく杯を乾す。
 ああ、今日のお酒はとっても美味しいわ。
 こんなに美味しかったら、いくらでも飲めてしまいそう。


「そう、思いません?」
「はい、笑顔です」
「うふふっ! 笑顔に、かんぱ~い♪」
「かんぱーい」


 日本酒がスルリと喉を通り抜けていく。
 口当たりがとっても優しくて、鼻に抜ける香りもとても良い。
 だけど、お銚子を振ってみると残りがもう少なくなってるの。
 調子よく、お銚子の追加を頼まないといけないわ。


「すみませーん、お銚子2本追加、お願いしま~す♪」


 丁度、通りがかった店員さんに声をかける。
 でもどうしてかしら、こっちを見て一瞬ビックリした顔をしてたけど。


「まだ……飲むのか……!?」


 まあ、どうして美城さんもビックリしてるのかしら。
 ……あっ、そうよね!
 すみません、私ったらうっかりしてました。


「お猪口も、二つ持ってきてくださ~い♪」


 三人で、笑顔で、乾杯しましょう♪



おわり



173: 名無しさん 2018/01/08(月) 20:33:03.99 ID:yuli92kpo

「……」


 夜、寝苦しくて目が覚めた。
 季節は夏――シンデレラプロジェクトの、恒例の合宿中だ。
 普段と枕が違うと眠れない、という細やかな神経では無いつもりだったのだが、
蒸すような気温と、寝相で乱れたシーツのシワが気になる。


「……」


 聞こえるのは、虫の鳴き声。
 田舎の虫は大きく、数も多いためその鳴き声は都会の比ではない。
 だが、今はその鳴き声も夜のBGMとしては相応しい。


「……」


 モゾモゾと体を動かし、少しだけ体勢を変える。
 それだけで、また安らかな眠りの世界に戻れる。
 そう、思ったのだが、


「グッスリ寝てる」
「プロデューサーさんの寝顔、可愛いです♪」
「ふーん。まあ、悪くないかな」


 私の部屋に、侵入者が居た。


「!?」


 今の声は、ニュージェネレーションズの三人。
 何故、私の部屋に居るのですか、という疑問は一先ず置いておこう。
 今は、一刻も早く体を起こし、彼女達に注意をしなければいけない。
 よし、体を起こ――


「……!?……!?」


 ――まさか、ここで、金縛り……!?

174: 名無しさん 2018/01/08(月) 20:40:35.07 ID:yuli92kpo

 体が、動かない。


「……!……!」


 声が、出ない。


「……!?」


 金縛りは、疲れている時になるものだと聞いたことがある。
 しかし、まさか今、この状況でなるとは最悪の一言に尽きる。
 ニュージェネレーションズの彼女達の意図はわからないが、
このままでは、為す術無く思い通りに事が運んでしまう。


「さあ、宴の始まりぞ」


 神崎さん!?
 まさか、貴女まで居たのですか!?


「しーっ、蘭子ちゃん。あんまり大きな声を出しちゃ駄目よ」
「ダー。美波の言う通り、です」


 ラブライカのお二人まで!?


「プロデューサー……気持ちよさそうに寝てますね」
「まな板の上の鯉、だね~」
「どうせなら、一緒に飴玉も欲しいかなー」


 キャンディアイランドの方達も!?


「……!?」


 どれだけ、この部屋に集まっているのですか!?

175: 名無しさん 2018/01/08(月) 20:49:51.57 ID:yuli92kpo

「にょわー☆ Pちゃん、お酒飲んでたもんねぇ」


 諸星さん……!


「でも、莉嘉チャンとみりあチャンは良かったの?」
「寝ちゃってたもん。しょうがないって」


 アスタリスクのお二人まで……!?
 しかし、城ヶ崎さんと赤城さんが居ないのは……不幸中の幸いか。


「……!」


 体の自由がきかないため、耳に神経を集中する。
 私の耳に届かないように話しているつもりなのかもしれないが、
今の私は、押し殺した彼女達の息遣いさえ聞こえる気がする。


 彼女達は、一体何をしようと言うのか?


「それじゃあ、寝起きドッキリの練習開始だね」


 ……成る程、そういう訳だったのか。
 彼女達には、そういった仕事を入れた事はないが、今後に備えて、という事だろう。
 だとすればまあ、合点がいかないでもない。
 しかし、プロデューサーである私で練習とは……皆さん、今回限りにしてください。


「はいっ♪ まず、ぬるま湯を股間にかけるんですよね?」
「うん。そうすると、漏らしちゃうって話だけど……確かめないと」


 練習にしては、内容がハードすぎませんか!?

176: 名無しさん 2018/01/08(月) 21:01:40.25 ID:yuli92kpo

「……!」


 待ってください! それは、あまりに危険すぎます!


「……!?」


 金縛り!
 何故、こんな重要な時に私は金縛りにあっているのだ!


「聖杯より、我が友へ降り注げ」


 ちゃぷん、という音が聞こえる。
 彼女達は、本気で私の股間にぬるま湯をたらすつもりでいるらしい。
 何故、後先を考えないのか。
 もし、本当に私が漏らしたらどうするつもりなのか。


「布団はもう剥ぎ取ったわ」


 いつの間に!?


「浴衣は、アー、はだけさせますか?」


 いけません! 貴方達は、アイドルなのですよ!?


「それは……寝てても、寒そうだからやめてあげよう?」
「だねー。それは、さすがに気が引けるよ」
「うんうん、パンケーキ美味しい~♪」


 皆さんの優しさの基準が、私にはわかりません!
 そして三村さん、パンケーキの匂いが尋常でなく鼻につきます!
 この時間に、他人の部屋で焼きたてパンケーキを食べないでください!

177: 名無しさん 2018/01/08(月) 21:15:27.64 ID:yuli92kpo

「それじゃあ~、Pちゃんの股間に~……」


 まさか、もう!?
 待ってください、心の準備が!


「どうなるのか……ぷくく、楽しみにゃ」
「ちょっと、笑ったら起きちゃうって……うくく」


 後で、アスタリスクのお二人には個別で話をします。


「行くわよ、皆」


 新田さん……貴女をシンデレラプロジェクトのリーダーに指名したのは、
最初の合宿の時でしたね。
 それがまさか、こんな事になるとは思ってもみませんでした。
 彼女達の、統率の取れた動きは……恐らく、貴女によるものなのでしょうね。


「シンデレラプロジェクト、ファイトぉぉぉ……」


 おーっ、という、いつもの彼女達の掛け声は聞こえない。
 代わりに部屋に響いたのは、バシャリと、勢い良く私の股間に降り注いだ、


「んああああああああっ!?」


 熱湯、そして、私の叫び声だった。
 ぬるま湯とは明らかに違う、生易しい温度でないそれに、
私の体は危険信号を発し、金縛りを彼方へ吹き飛ばした。


「……!?」


 私の叫びを聞いた彼女達は、あまりの驚きに絶句している。


「うわあああああっ!? あっ、ああああっ!?」


 図らずも、逆ドッキリが成功した。

178: 名無しさん 2018/01/08(月) 21:29:05.05 ID:yuli92kpo
  ・  ・  ・

「……」


 私の前で、城ヶ崎さんと、赤城さんを除く、シンデレラプロジェクトメンバー12人が正座している。
 事情はわかっているので、特に聞くことはない。
 聞くことはないが……説教だ。


「皆さんの今回の行動は、行き過ぎています」


 いつもよりも低い私の声に、メンバー達は体をビクリと震わせる。
 彼女達を憎いとは思わない。
 だが、ここでしっかりと話をしておかなければ、私が今後もたない。


「今後は、絶対にこのような事は無いように、お願いします」


 はい、と、全員が揃って返事。
 その肩は震えていて、泣くのをこらえているのだろうか。
 しかし、泣いても今回ばかりは簡単に許す訳にはいかない。


「……あの」
「はい、何ですか本田さん」


 本田さんが、おずおずと挙手をした。
 何か、言いたいことでもあるのだろうか。


「ドッキリした?」


 彼女の言葉に対する私の返事をメンバー達はワクワクとした顔で待っている。
 此処に来てその質問が出来るとは、恐れ入ります。

179: 名無しさん 2018/01/08(月) 21:45:46.55 ID:yuli92kpo

「そうですね……はい、とても驚きました」


 私の答えを聞き、メンバー達は顔を見合わせ、笑った。
 それは、とても良い笑顔で、思わず見とれそうになるもの。


 しかし、心底腹が立った。


「では、イタズラのお仕置きとして、一発尻を叩こうと思います」


 メンバーがざわつく。
 私の表情を伺おうとしているが、恐らく、何の表情もしていないだろう。
 反省を促すためとは言え、体罰はしたくはない。
 だが、それが彼女達にとって必要な事ならば、私は鬼になろう。


「それじゃあ……リーダーの私から、お願いします」


 新田さんが手を上げた。
 その顔は、仕方ないという諦めの色が強い。
 まずは、彼女に反省してもらう事にしよう。


「では、両手を壁について、尻をこちらに向けてください」


 聞きようによっては、とても艶めいた言い回し。
 彼女もそう思ったのか、他のメンバーを安心させるためか、少しおどけた口調で、


「んっ……プロデューサーさん、優しくしてくださいね?」


 と、のたまった。
 さすがはリーダーですね……今の言葉を聞いて、メンバー達の緊張が少しほぐれたようです。


「いえ、駄目です」


 私は、それを無慈悲に打ち砕いた。

180: 名無しさん 2018/01/08(月) 22:01:05.44 ID:yuli92kpo

「……!」


 天を貫くように、右手を高く振り上げる。
 イメージするのは、鞭。
 硬さだけでなく、しなやかさも併せ持つ鋼の鞭だ。


「ぷ、プロデューサーさん……?」


 呼吸を整え、心を落ち着かせて、全身に回る血液を意識する。
 細胞の一つ一つを掌握し、全身の、髪の毛一本に至るまでの全てを連動させる。
 今の私は、プロデューサーではない。
 ただ一個の、尻を叩くためだけに存在する、兵器だ。


「あのっ!? や、優しく! 優しくお願いします!」


 筋肉が、爆発の時を待ち、今か今かと叫び声を上げている。
 骨が、寸分の狂いも無く尻を打ち据えるため、残忍な笑い声を上げている。
 一瞬で、何十、何百回と、理想の尻叩きをイメージしては、最高のものに近づけていく。


「……」


 果たして、それは成った。


「や、やめ……おねが」


「プロデュゥゥゥ――スッ!!」


 円運動の軌跡を描き、鋼と化した私の右手が、
新田さん……いや、イタズラをした少女の尻に叩き込まれた。
 破裂音にも似た打撃音。
 衝撃は尻だけでは止まらずに、彼女の体を一直線に突き抜け、パプリと鼻水を噴出させた。


「はああああっ!? ほっ、ほあああああ!?」


 辺りに、アイドルらしからぬ叫び声が響いた。

182: 名無しさん 2018/01/08(月) 22:12:30.69 ID:yuli92kpo

「……」


 お仕置きとは言え、彼女はアイドル。
 その体に痕が残るような打ち方はしていない。


「んんんんん! これやば、んんんんん!」


 だが、私のプロデューサーとしての全てを用いて、尻を叩いた。
 その結果が、これだ。
 新田さんは、その場で尻を押さえてのたうち回っている。


「では、次は誰にしますか?」


 私が視線を向けると、残されたメンバーがビクリと肩を震わせた。
 彼女達に、こんな顔をさせるのはとても心苦しい。
 しかし、やらなければならないのだ。


「皆あああああ! 逃げてえええええ!」


 新田さんが、残された力を振り絞り懸命に他のメンバーを逃がそうとする。
 鼻水を垂らしながらにも関わらず、仲間を思いやるその姿勢には胸を打たれる。


「では、次も新田さんという事で、宜しいですか?」


 その思いには、応えなければならないだろう。


「アーニャちゃああああん! ファイトおおおおお!」
「ミナアアアアミ!? なんで、私ですかあああ!?」


 わかりました、次はアナスタシアさんですね。

184: 名無しさん 2018/01/08(月) 22:37:08.69 ID:yuli92kpo
  ・  ・  ・

「ねえねえ、昨日の夜何かあったの?」


 赤城さんが、不思議そうに首を傾げている。


「なんか皆、お尻を気にしてるみたいなんだよねー?☆」


 城ヶ崎さんの、お尻、という言葉を聞いて昨夜のメンバー達がビクリと動きを止める。
 休憩時間中だと言うのに、他のメンバーは全員立ったままだ。
 いや、双葉さんはうつぶせの状態で寝転がっているか。


「いえ……私には、よくわかりません」


 右手を首筋にやろうと動かした途端、メンバー12人が身構えた。
 何故か、数名ほど壁に手をついて尻をこちらに向けているが、放置する。


「あっ! そういえば、昨日の夜のドッキリどうだった?」
「そうそう! アタシとみりあちゃん、寝ちゃったんだよねー☆」


 お二人の言葉を聞いて、少し考える。


「そうですね……成功、だったと思います」


 確かに、かけられたのが熱湯でなければギリギリセーフだったかもしれない。
 ドッキリ自体は私の金縛りがあったにせよ、成功だったとも言える。


「あーん! みりあも参加したかったー!」
「それじゃあそれじゃあ、今晩はアタシ達がドッキリしにいくねっ☆」
「……あらかじめ言ってしまっては、駄目なのでは」


 そう、言ってみたものの、赤城さんと城ヶ崎さんはやる気になっているようだ。


「皆さん……赤城さんと城ヶ崎さんを止めてください」


 私の言葉を聞いて、数名ほどが必死で彼女達の説得に回ってくれた。
 残ったメンバーが軒並み壁に手をついて尻をこちらに向けているのを見て、私は頭を抱えた。



おわり

187: 名無しさん 2018/01/08(月) 22:51:22.58 ID:5xk4dXvwo
大人アイドル組って脱糞してたっけ

193: 名無しさん 2018/01/09(火) 21:33:04.06 ID:ZhryCFPso

「……」


 キャハハ、と、女性達の明るい笑い声が響き渡る。
 アルコールが回っているのだろう、全員顔が赤く、とても良い笑顔だ。
 会話に流れなどなく、ただ、起こった事、起こりうる事を話しているだけ。
 にも関わらず、彼女達は必ず笑顔で話を続けている。


「……」


 此処、シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルームで。


「いえーい! 飲んでる~!?」


 飲んでいません。


「飲んでないわ」


 また、笑い声が響き渡った。
 本当に、どうして彼女達はここで酒盛りをするのだろう。
 確かに、広さ的には丁度良いし、ソファーもあって居心地は良いだろう。
 しかし、誰が後片付けをすると思って……ああ、だから此処に来るのですね。


「かんぱーい!」


 何度目かの乾杯を尻目に、巻き込まれないようにパソコンの画面を見つめる。
 さすがに、仕事中の私の邪魔を直接的にする程、非常識ではないらしい。
 間接的には尋常でない程の邪魔をしているのだが、それを抗議する勇気は、無い。


「……」


 早く、帰ってくれないだろうか。
 でないと、後片付けが出来ず、私も帰れない。

194: 名無しさん 2018/01/09(火) 21:45:10.92 ID:ZhryCFPso

「はーい! 一番バッター、オナラしまーす!」


 本当に、酔っぱらいというのは最悪だ。
 自分も酔ってしまえば気にならなくなるのだろうが、その選択肢は私には無い。
 私まで酔ってしまっては、後始末をする者が居なくなるからだ。


「Fight! Fight! Let's Go~! Fight! Fight! 頑張って!」


 自らのソロ曲に合わせてオナラをする事の、何が楽しいのか。
 私にはわからないが、彼女達は大いに盛り上がっている。


「Fight! Fight! Let's Go~! Fight! Fight! 負けないで!」


 お腹が千切れちゃう、と言いながら笑っている人も居る。
 さすがは酔っていてもアイドル、パフォーマンスはとても素晴らしい。


「フレーフレー、みんなでLet's Go! フレーフレー大きな声で!」


 この時のためだけの、オリジナルの振り付けだろう。
 彼女のダンスは、チアーを模したものというよりも、バッターのスイングのようだ。
 それを見られたのは喜ぶべきか、彼女がこれから放つアーチを悲しむべきか。


「フレーフレー気持ちを込めて!」


 渾身のスイング。


「Go~!」


 ブボッ!


 ――特大の、ホームランだ。


 ボッ、ボブリッ、ブッ、ブブッ!


「!?」


 ――場外ホームランじゃないですか!?

195: 名無しさん 2018/01/09(火) 21:56:37.61 ID:ZhryCFPso

「……!?……!?」


 スイングで、お腹をひねった瞬間にオナラを出そうとした。
 恐らく、それが彼女の放ったアーチを場外まで運んでしまったのだろう。


「……」


 しん、と静まり返る室内。
 アーチストは、スイングを終えた体勢のまま微動だにしない。
 目線の先を追ってみるが、そこはただの壁だ。
 彼女には見えているのだろうか……青空に吸い込まれていく、白球が。


「……」


 さて、ここから、私はどう行動すべきなのだろう。
 思考を巡らせてみるが、これが最善だ、というものは浮かばない。
 目の前で歌いながら脱糞したアイドルにどう対処するかなど、研修では習わない。
 どうすれば……どう――


「チャッチャッチャッチャッ、チャララ♪ チャッチャッチャッチャッチャ♪」


 ……この、軽快な前奏は――


「チャッチャッチャッチャッ、チャララ♪」

 待ってください!
 何故、貴女まで歌って踊り始めるのですか!?


「ズン、ズン、ズン!」


 う、うわあ、あああああっ!?


「バキューン!」


 ボブリッ!

197: 名無しさん 2018/01/09(火) 22:10:47.32 ID:ZhryCFPso

「……!」


 モコリ、モコリと彼女の体のラインを強調するような服の臀部が膨らんでいく。
 しかし、それを気にする事無く、元婦警はバッターに歩み寄る。
 そして、両手を高くあげ、


「いえーい! 2ランホームラン、ね!」


 ハイタッチを要求した。
 そして、パシンと打ち鳴らされる、友情の架け橋。


「今のだと、連続ソロホームランですよー!」
「あたし、野球そんなに詳しくないのよ!」


 こんな状況にも関わらず、彼女達の微笑み合う姿は、とても美しい。
 出来る事なら、腰から下を視界に映したくないと思える程に。
 いや……ああなったからこそ、彼女達の笑顔が輝いて見えるのか。


「……」
「……」


 残った二人が、すっくと立ち上がった。
 いやいや、もう十分です!
 もう、綺麗にまとまった感じがするではないですか!


「四番は任せるわ」


 よく通る、美しい声。


「トゥントゥントゥルトゥトゥーントゥトゥーン♪」


 ……そうですよね、口でやるとそんな感じになってしまいますよね。

198: 名無しさん 2018/01/09(火) 22:26:01.62 ID:ZhryCFPso

「ムゥーンムゥムゥムゥーン、ムゥーンムゥムゥーン♪ ムゥ~ン♪」


 沸き起こる、爆笑の嵐。
 完璧な振り付けに対して、あまりにも卑怯な言葉と表情。


「ティーンッ♪ ティーンティティーンティンティッティンッ♪」


 この元アナウンサーアイドル、完全に笑わせに来ている。
 既にバッターボックスから降りた二人は涙が出る程笑っている。
 そして、控える四番も肩を震わせ、ヒーヒーと呼吸困難に陥っているではないか。


「プゥープゥープゥッ♪ プゥープゥプゥプゥープゥプゥー♪」


 アナウンサー時代のボキャブラリーを活かしているのだろうか。
 擬音が全て違うものになっているのが、彼女のこだわりを感じさせる。


「これ……無理……!」


 ビチュッ!


 たまらず、四番が先にスイング。


「テトリテトリトン♪ テトリテトテテ♪」


 バブンッ!


 順番は逆になってしまったが、三番バッターも特大のアーチを見せてくれた。


「臭いわ」


 彼女達は、笑った。

199: 名無しさん 2018/01/09(火) 22:40:13.09 ID:ZhryCFPso

「……」


 笑いの後に訪れたのは、不気味なほどの静寂。
 誰一人言葉を発しようとせず、何一つ行動に起こそうとしない。
 プロジェクトルームに立ち込める異臭。
 あの……後片付けは私がやるので、本当にもう、帰ってください。


「「「「……」」」」


 そう、思った瞬間、四対八つの瞳が、ギョロリと私に向けられた。


「……!?」


 思わず息を呑む……臭い。
 彼女達は、何故私に視線を向けているのだろう。
 他言するつもりは毛頭ないし、言ったとしても誰も信じはしないだろう。
 なのに、どうして私を見て――


「アッ、ハイーヤーアーアーアアアーアー」
「ちゃちゃりりちゃらららちゃちゃりりちゃらら」


 何故、四番の前奏を!?


「待ってください! 私にも、しろと!?」


 抗議の声は、儚くもシンデレラ達の歌声にかき消される。
 彼女達の歌声は、止まらない。
 そして、私には理解出来る……出来てしまう。


 出さなければ、殺される。

200: 名無しさん 2018/01/09(火) 23:03:28.27 ID:ZhryCFPso
  ・  ・  ・

「……」


 プロジェクトルームの片付けが終わった。
 臭いはまだ残っているが、それはこの際仕方ないだろう。


「……」


 部屋の隅にあるビニール袋に目を向ける。
 あの中には、友情の結果と、恐怖の結果が詰まっている。


「……」


 結論だけ言わせてもらうならば、私は脱糞した。
 情けなく、悲鳴を上げながら。
 あの時の恐怖は決して忘れることは出来ないだろう。


 ――ティロン♪


「……」


 携帯に、LINEが入る。
 シャワーを浴び終えた、という連絡だろう。
 彼女達が戻ってくる前に片付けを終わらせた自分を褒めても良いと、そう、思います。


「……!?」


 確認のために、携帯を開き……――愕然とした。
 カツリと、携帯が床に落ち、転がる。


「何故……私の家で飲み直すという話になったのですか……!?」


 この時の私は、まだ知らない。


 これから先、何度も繰り返される悪夢を。



おわり

248: 名無しさん 2018/01/10(水) 23:42:08.09 ID:oWHtUYR3o

 私には、悩みがあります。
 結婚をしていた事も無いのに、未亡人の様に扱われるのです。
 プロデューサーさんには、「儚げな色気がある」と言われます。
 けれど、初めて出会った大切だと思える人にそう思われるのは、とても、複雑です。


「あっ、あそこに居るの、アイドルの三船美優さんじゃない?」
「ホントだ。まるで、ここまで未亡人の儚げな色気が漂ってくるみたいだ」


 街を歩くと、いつもこう言われてしまいます。
 褒められているのはわかっているし、悪気は無いともわかるんです。
 ……それでも、未亡人扱いされるのは、悲しいです。
 だって、私の大切な人は、今も生きて、私に笑いかけてくれているのに……!


「笑顔です!!」


 唇を噛み締め俯いていた私は、突然かけられた低い男性の声にハッと顔をあげました。
 この方は、確かシンデレラプロジェクトの、プロデューサーの……。
 それに、今の言葉は、一体?


「貴女の大切な方に……そして、ファンの方達に向けるのは、その表情で良いのでしょうか?」


 私は、ハッとなりました。
 確かに、私は未亡人の色気があるとも言われますが、あの人にいつも褒められるのは、笑顔。
 あの人と一緒に居ると自然に出る、笑顔を褒められていたと、思い出しました。
 そんな大切な事を思い出させてくれた男性は、警察の方から職務質問を受けています。
 私はまず、その男性に向けて、思い出させてくれた笑顔を向けました。


「良い、未亡人の様な笑顔です」


 やっぱりプロデューサーって凄い、私は改めてそう思いました。

249: 名無しさん 2018/01/11(木) 00:01:46.19 ID:TYMGDyEUo

「はぁ……」


 いつになったら、スプーン曲げ以外の超能力が身につくんだろう。
 サイキックアイドルとして売り出しているのに、このままじゃ駄目だ。
 今の状態が続けば、エスパーユッコじゃなく、スプーンユッコと呼ばれてしまう。


「ムムム……!」


 離れた所にあるスプーンに向けてサイキックを飛ばしてみる。
 だけど、何度練習してもスプーンが浮き上がる事はない。
 今度こそは、今度こそはと思っているのに。


「これが成功しなかったら……」


 もう、サイキックアイドルは卒業しよう。
 これからは、スプーン曲げアイドルとしてやっていこう。
 そう思い、サイキックを飛ばした瞬間、ドアが物凄い勢いで開き、大柄な男性が!
 あの人は、シンデレラプロジェクトの、プロデューサーさん!


「笑顔です!!」


 プロデューサーさんはそう叫ぶと、スプーンを手に取り、真っ二つに引きちぎりました。


「堀さん。私は、貴女のサイキックアイドルとしての輝きは素晴らしいと、そう考えます」


 私の目の前に、コトリ、コトリと二つに分かれたスプーンが置かれました。
 これは……私の超能力が、この超筋力を呼び寄せたという事ですね!?


「良い、さいきっく笑顔です」


 やっぱりプロデューサーは凄い、サイキックそう思いました。

254: 名無しさん 2018/01/11(木) 13:38:54.31 ID:TYMGDyEUo
変身、書きます

255: 名無しさん 2018/01/11(木) 13:49:11.33 ID:TYMGDyEUo

「渋谷さん、お疲れ様でした」


 LIVEが終わってステージ裏に戻ると、真っ先にプロデューサーが声をかけてきた。
 まだ会場は興奮冷めやらぬようで、ざわめきがこちらまで届いてくる。


「どうだった?」


 こうやってプロデューサーに感想を聞くのは、いつものこと。
 だけど、この人はいつも決まってこう言う。


「はい。とても素晴らしい、良いLIVEでした」
「……ん」


 今回のLIVEは、私だけのソロLIVE。
 少し緊張したけど、プロデューサーが見ていてくれたから、不安は無かった。
 だって、私が見ていてって言ったのに、かっこ悪い所は見せられないし、ね。



「きゃあああああっ!?」
「うわあああああっ!? なんだ、このバケモノは!?」



 そんな私達の耳に、明らかに、普通とは思えない叫び声が飛び込んできた。
 何か、あったのかな?
 それに、バケモノって……一体、何のこと?


「――渋谷さん。すぐに、避難を」


 プロデューサーは、真っすぐにステージに向かいながら、背中越しに言った。
 その歩みには一切の淀みが無く、まるで、何かを察しているかのよう。


「避難って……アンタ、どこへ行く気!?」


 避難するなら、そっちじゃないでしょ!?


「私は……プロデューサーですから」


 何それ……全然答えになってない!

256: 名無しさん 2018/01/11(木) 14:03:35.16 ID:TYMGDyEUo

「意味がわからない! プロデューサーだから、何なの!?」


 必死でプロデューサーに追いすがり、スーツの上着を掴んだ。
 すると、プロデューサーはこちらを見ることなく、首筋に手をやり、言った。


「今回のLIVEは、とても素晴らしいものでした」


 そんなの、関係無い。
 だって、わからないけど……会場では、絶対に変なことが起きてる。
 それなのに、アンタがそこに向かう理由は何なの?


「ちゃんと説明して!」
「その、素晴らしいLIVEを最後まで見届けるのが、私の役目です」


 プロデューサーは、ゆるんだ私の手を振りほどき、また歩みを進めた。



「助けて! 誰か、誰かあああああ!」
「うわあああああ! 来るなっ、来るなあああああっ!」



 待って。
 待って、待って、待って、待って!


「……渋谷さんは、避難を早く」


 低い、いつもの声がより一層低くなった。


「……逃げないでよ!」


 逃げようよ、一緒に!
 アンタ、私のプロデューサーでしょ!?


「逃げるのでは、ありません」


 プロデューサーは、上着のボタンをプチリプチリと外し、上着を翻した。


「戦うのが、プロデューサーの務めです」


 その腰元では、大きな銀色のベルトが、輝きを放っていた。

257: 名無しさん 2018/01/11(木) 14:18:21.87 ID:TYMGDyEUo
  ・  ・  ・

「助けて……! 誰か……誰か……」
「うああ……力が……力が入らない……」


 LIVE会場は、ひどい有様だった。
 会場の一角を中心に張り巡らされた、白い巨大な糸。
 それに捕らえられた人達は身動きすら出来ず、助けを求め続けている。


「――アナタが、これを?」


 プロデューサーが、白い巨大な糸の中心に立つ影に問いかけた。
 その影は人の形をしているが、シルエットが似ているというだけで、明らかに違う。


「SYAAAAAAAAAA!!」


 影――クモの異形の怪人は、此処は自分の巣だと言うように、咆哮した。
 耳をつんざくようなその咆哮は、ビリビリと会場を震わせる。
 それを聞いた、捕まった人達の上げた悲鳴が、絶望をより加速させていく。


「申し訳、ありません。今すぐに、お引き取り願います」


 しかし、プロデューサーはそれを何一つ意に介さず、平坦な口調で言い放った。
 クモの怪人は、ひるまなかったその様子が気に食わなかったのか、
シュルシュル、獲物を前に舌なめずりするかの様な音を上げた。


「聞き入れては、貰えませんか?」


 プロデューサーの、再度の問いかけ。


「SYAAAAAAAAAA!!」


 クモの怪人は、それに咆哮で応えた。


「……」


 プロデューサーは、右手を首筋にやると、少し困ったような顔をした。


「――それでは、少し強引な手段をとらせていただきます」

258: 名無しさん 2018/01/11(木) 14:36:36.47 ID:TYMGDyEUo

 強引な手段?
 こんな、異形のバケモノを相手に、一体何が出来るというのか。
 悪夢の宴を終わらせられるような何かが、彼に出来るというのか。


「……」


 プロデューサーは、右のポケットからスマートフォンを取り出した。
 そして、ホームボタンを素早く三回押し、画面を起動。
 流れるように、暗証番号を画面を見ずに打ち込んでいく。


 ――3――4――6!



『LIVE――』



 スマートフォンから、どこかで聞いたことのある女性の声が聞こえた。
 プロデューサーは、スマートフォンを銀色のベルトにかざし、



「変身ッ!」



 言った。



『――START!』



 彼の体を光が包み込んでいく。
 光の粒子はやがて形を成していき、プロデューサーに鎧を纏わせた。


 鎧は黒を基調としたもので、所々白い箇所もあり、まるでスーツのよう。
 すっぽりと全身を覆うその鎧の胸元では、
ピンクと、ブルーと、イエローの宝石のような物が輝きを放っている。
 プロデューサーが今、どんな顔をしているのかは、
目付きの悪いぴにゃこら太のようなフルフェイスに覆われ、見ることは出来ない。


「……」


 だけど、きっと、いつもの無表情に違いない。

260: 名無しさん 2018/01/11(木) 14:54:30.90 ID:TYMGDyEUo

「SYAAAAAAAAAA!!」


 明らかに、クモの怪人の空気が変わった。
 圧倒的捕食者の立場だと思っていたが、目の前の男は違う。
 この男は、ただ逃げ惑い、食われるだけのウサミン星人では、無い。


「SYAAAA!!」


 クモの怪人は、人間では……いや、生物ではあり得ない跳躍を見せた。
 数メートル程高く跳び上がったクモの怪人は、
放物線の軌道を描き、プロデューサーへ向けて異形の右腕を振り下ろそうとした。
 が、


「善処します!」


 プロデューサーは腰を落とし、真正面からそれを拳で迎撃。
 ぶつかり合う右腕と右腕。
 しかし、両者にもたらされたのは、あまりにも違いすぎる結果。


「GYAAAAAAA!?」


 クモの怪人の右腕は有り得ない方向に折れ曲がり、


「……」


 一方、プロデューサーの纏う鎧には傷一つなく、拳を放った体勢から微動だにしていない。


「GURYUUUUU……!」


 クモの怪人は、折れた自分の右腕に糸を巻きつけ、固定。
 しかし、先程までの勢いは完全に削がれていて、ジリジリとその足を後退させている。

261: 名無しさん 2018/01/11(木) 15:12:37.71 ID:TYMGDyEUo

「……勝てる」


 プロデューサーなら、あのクモの怪人に勝てる。
 そう思った瞬間、私の口から思わず言葉が漏れた。


「!?」
「!」


 私の声に、反応が二つ。
 一方は、鎧を纏ったプロデューサー。
 そしてもう一方は、


「SYAAAAAAAAAAA!!」


 クモの怪人だった。


「っ!?」


 クモの怪人の8つの目全てが、私を捉える。
 本能的な恐怖から足がすくみ、逃げようと思っても足に力が入らない。
 それでも逃げなければと思い足を動かそうとしてみたものの、その場で尻もちをついてしまう。


「SYAAAAAAAAAAA!!」


 クモの怪人は、咆哮と共に口から液体を私に飛ばしてきた。
 あれは、消化液だ。
 吐き出した時に散った飛沫が落ちた床が、ジュウジュウと音を立てて溶け出している。
 それをスローモーションの様に確認出来るのは、私に消化液が――死が迫っているからか。


「――っ!」


 理由が何にせよ、私は、あれを体に浴びて、終わる。
 万に一つ命が助かったとしても、アイドルを続けるのは絶望的だろう。
 ……ごめんね、皆。
 私、アイドル続けられなくなっちゃうよ。


「――ぐおおおおおっ!?」


 だけど、そんな私を守る、一つの影があった。

262: 名無しさん 2018/01/11(木) 15:26:35.78 ID:TYMGDyEUo

「――渋谷さん、お怪我はありませんか?」


 なんで。


「アンタ……私をかばって……?」


 なんで。


「見たところ、異常は無いようです。ですが、この後、医務室に――」
「私じゃなくて! 今、大変なのはアンタでしょ!?」
「……」


 プロデューサーの背中から、ジュウジュウと何かが溶ける音が聞こえてくる。
 この人は、私をあの消化液からかばって、こうなった。
 それなのに、いつもみたいに右手を首筋にやって、私を見て困っている。


「……渋谷さん」


 そして、


「笑顔です」


 いつもの台詞を口にする。


「笑顔って……そんなの、出来っこない!」


 自分を庇って傷ついた人に向けて笑顔なんて、出来ない!
 この状況で笑ってられるのが、アイドルだって言うの!?


「……私は、貴女の笑顔を見続けて行こうと思っています」


 プロデューサーは、立ち上がり、私に背を向けた。


「今までも――」


 振り返らず、


「――そして、これからも」


 前を向いて。

263: 名無しさん 2018/01/11(木) 15:45:18.66 ID:TYMGDyEUo

「ふっ――!」


 プロデューサーが、クモの怪人に向かって駆け出す。
 背中からあがる煙を置き去りにするかの様な速度に、クモの怪人は反応出来ない。


「――企画!」
「GYAAAAAA!?」


『Cute!!』


 ピンク色の光を纏ったプロデューサーの拳が、クモの怪人の腹部に突き刺さった。
 よろめくクモの怪人の頭部に、


「――検討中です!」
「GYUUUUUU!?」


『Passion!!』


 今度は、イエローの光を纏った拳が突き刺さる。


「GUUU……OOOOOOOOOO!!!」


 クモの怪人はひるみながらも、両手を振り上げ、プロデューサーに襲いかかった。
 その攻撃は、正に命を賭したもの。


「……」


『CoooooooooooL!!!』


 ブルーの光を纏った、プロデューサーの右足。
 その右足が高く振り上げられ、クモの怪人に叩き込まれた。


「せめて!」


 断末魔の叫びを上げながら、クモの怪人は光の粒子となって消えていく。


「……名刺だけでも」


『LIVE SUCCESS!!』

265: 名無しさん 2018/01/11(木) 16:12:07.54 ID:TYMGDyEUo
  ・  ・  ・

「……なんかさ、最近しぶりん」
「?」


 プロジェクトルームでゆっくりしていたら、未央にしては珍しく歯切れ悪く切り出してきた。
 視線を向けてみるものの、続く言葉が来ない。
 もう、一体何? 途中でやめられると、気になるんだけど。


「凛ちゃん……その、ですね」
「卯月までどうしたの」


 二人共、なんでそんなに言いにくそうにしてるの。
 もしかして、気付かない内に何か二人にしてた?


「ぷっ、プロデューサーと……!」
「……みょ、妙に仲が良くないですか!?」


 二人の予想外の言葉に、驚く。
 冗談やお巫山戯でない、二人の真剣な様子がおかしくて、クスリと笑いが溢れる。


「そう?」
「そうだよ! 何か、この前のソロLIVEの後から何か違うもん!」
「はい! 明らかに、こう、距離が近くなったように見えます!」
「そうかな。自分では、よくわからないけど」


 距離が近くなった、とは少し違うかもしれない。
 私は、二人の知らない、プロデューサーの秘密を知っているだけだ。
 もしかしたら、この二人もいつかはそれを知る事になるのかもしれない。
 だけど、口止めされてるし、変に怖がらせる必要は無いよね。


「白状しなさい、しぶりんや! ソロLIVEの時、何があったのか!」
「教えてください、凛ちゃん! まっま、ま、まさか……!?」


 ごめんね、未央、卯月。
 今は、まだ――


「内緒」



おわり

269: 名無しさん 2018/01/11(木) 20:15:43.44 ID:TYMGDyEUo

「「「私達、ピンクチェックスクールを――」」」


 大勢の記者さんに向けて、三人でせーのと掛け声を合わせ、


「「「よろしくお願いしますっ♪」」」


 精一杯の笑顔で、挨拶しました。
 練習通り、いえ、練習以上にうまくいったので、とっても嬉しいです。
 降り注ぐフラッシュとシャッター音の中、私は美穂ちゃん、響子ちゃんに笑いかけました。


「「「……エヘヘ」」」


 二人共同じ様に感じていたのか、自然と三人で笑い合う形に。
 私は今、階段を駆け上がっている最中です。
 皆と……そして、この二人とも一緒に。


「……」


 そして、私をアイドルにしてくれた、プロデューサーさんと一緒に。
 そう思うと、会場の隅で控えているプロデューサーさんに自然と目が行きます。
 いつも通りの黒いスーツに、無表情。
 背が高いから、探さなくてもすぐにわかりました。
 プロデューサーさん、私、今、とっても楽しいで――



「うわあああああっ!?」
「なんだ!? コウモリが急に……あっ、あああああっ!?」



 ――会場に響く、大きな悲鳴。
 明らかに普通ではないその様子に、私達は顔を強張らせました。

270: 名無しさん 2018/01/11(木) 20:30:43.05 ID:TYMGDyEUo

 記者さん達の居る所から、キーキーという鳴き声が聞こえてきます。
 その鳴き声はどんどん増え、一瞬の静寂の後……ブワリと、コウモリが飛び立ちました。
 会場中を埋め尽くす程の大量のコウモリの群れに、沢山の悲鳴。
 全員、パニックに陥っていました。


「なっ、ななな、何あれ……!?」


 当然、私達も平気ではいられませんでした。
 何か、とんでもない事が起こっているのはわかります。
 だけど、どうしたら良いか、わかりません。
 美穂ちゃんも響子ちゃんも、ガタガタと体を震わせています。


「――皆さん、すぐに避難を」


 だけど、私は怖くありませんでした。


「プロデューサーさんっ!」


 だって、こちらに向かってくる、プロデューサーさんが見えていたから。
 私はプロデューサーさんの元に駆け寄り、聞きました。


「あ、あのっ! 何か、出来ることはありませんか!?」


 私の口を突いて出たのは、そんな言葉でした。
 こんな状況で、私達に出来る事なんて無いのはわかってます。
 だけど、記者さん達は、私達のために集まってくれたんです。
 だから、せめて、何か……!


「……」


 プロデューサーさんは、困ったように笑いながら、右手を首筋にやりました。
 呆れてます、よね。
 でも、だけど、私は……プロデューサーさんが選んでくれた、アイドルだから――!


「笑顔です」


 プロデューサーさんは、上着のボタンをプチリプチリと外し、上着を翻し言いました。
 その腰元では、大きな銀色のベルトが、輝きを放っています。

271: 名無しさん 2018/01/11(木) 20:44:11.85 ID:TYMGDyEUo
  ・  ・  ・

「あ……うあ……!」
「……誰か……助け……」


 コウモリに襲われた記者さん達が倒れています。
 よく見ると、その体にはコウモリに噛まれた痕があり、とても痛そうです。
 その中心に、一つだけ立つ、大きな影。


「――申し訳ありません。今は、会見の最中です」


 プロデューサーさんの靴音が、カツリカツリと聞こえます。
 他にも音がするのに、何故か、プロデューサーさんの声がハッキリと聞こえるんです。


「KYUUUUUUUAAAA!!」


 大きな影――コウモリのような姿をした怪人が、その両手を大きく広げました。
 そうしただけなのに、腕と体を繋ぐような形の翼が、その怪人の姿をとても大きく見せます。
 プロデューサーさんも大柄だけど、それよりももっと大きく。
 実際、コウモリの怪人はプロデューサーさんよりも大きいから、余計に大きく感じます。


「今すぐに、お引き取りを」


 表情を変えず、プロデューサーさんが言い放ちました。
 私は、その背中をただ遠くから見ているだけ。
 ただそれだけなのに、その背中が、とても頼もしく見えました。


「KYUUUUUOOOO!!」


 コウモリの怪人が、そんなプロデューサーさんを威嚇するように吠えました。


「……」


 話の通じる相手ではないと、プロデューサーさんもわかっていたようです。
 それでも声をかけたのは、何か理由があったのかもしれません。
 プロデューサーさんは、右手を首筋にやり、少し困った顔をしていました。


「――それでは、少し強引な手段をとらせていただきます」

272: 名無しさん 2018/01/11(木) 20:50:51.32 ID:TYMGDyEUo

「……」


 プロデューサーさんは、右のポケットからスマートフォンを取り出しました。
 そして、ホームボタンを素早く三回押し、画面を起動。
 流れるように、暗証番号を画面を見ずに打ち込んでいきます。


 ――3――4――6!


『LIVE――』


 スマートフォンから、どこかで聞いたことのある女性の声が聞こえました。
 こういうの、ええと、複合音声って言うんでしたっけ。
 プロデューサーさんは、スマートフォンを銀色のベルトにかざし、



「変身ッ!」



 言いました。



『――START!』



 その体を光が包み込んでいきます。
 光の粒子はやがて形を成していき、プロデューサーさんに鎧を纏わせました。


 鎧は黒を基調としたもので、所々白い箇所もあって、まるでいつものスーツ姿のようです。
 すっぽりと全身を覆うその鎧の胸元では、
ピンクと、ブルーと、イエローの宝石のような物が輝きを放っています。
 プロデューサーさんが今、どんな顔をしているのかは、
目付きの悪いぴにゃこら太のようなフルフェイスに覆われ、見ることは出来ません。


「……」


 だけど、きっと、いつもの無表情に違いありません。

273: 名無しさん 2018/01/11(木) 21:01:15.29 ID:TYMGDyEUo

「KYUUUUUUOOOOOO!!」


 コウモリの怪人が、変身したプロデューサーさんを威嚇しています。
 だけど、プロデューサーさんはそれを気にせず、カツカツと歩みを進めます。


「KYUUUU!!」


 コウモリの怪人の叫び声に命令されたかのように、
大量のコウモリが一斉にプロデューサーさんに襲いかかりました。
 危ない! と、そう思った次の瞬間、


「善処します!」


 プロデューサーさんは体を翻し、
襲い来るコウモリ達をチョップで全て叩き落としました。
 叩き落とされたコウモリ達は、
地面に落ちると同時に、光の粒子となって消えてしまいました。


「KYUUUOOOO……!」


 コウモリの怪人がそれに驚いたのが、私にもわかりました。


「……」


 プロデューサーさんは、また、カツカツとコウモリ怪人へ向かって歩みを進めます。


「KYUAAAAAAA……!」


 まるで、来るなと言うようなコウモリ怪人の鳴き声。
 けれど、それを聞いてもプロデューサーさんの歩みは止まりません。


 

274: 名無しさん 2018/01/11(木) 21:13:39.82 ID:TYMGDyEUo

「……凄い……あれ、あれ、あのまま倒せちゃいそう!」
「シンデレラプロジェクトの、プロデューサーさん……凄いです!」


 美穂ちゃんも響子ちゃんも、目を輝かせています。
 勿論、私もプロデューサーさんから目が離せません。


「KYUUUUUUOOOOOO!!」


 だけど、そんな私達にコウモリ怪人が目を付けたようです。
 今までよりもひときわ大きな声で鳴くと、
コウモリの大群が、一斉にこちらに向かってきます。


「「ひっ!?」」


 それを見て、二人共悲鳴を上げました。
 だけど、私は表情を変えません。
 だって、プロデューサーさんは私に言ったんです。


 ――私に出来るのは笑顔だ、って。



「――皆さん、お怪我はありませんか?」



 いつの間にか私達の前に立ちふさがった、大きな背中。
 その背中越しに聞こえるのは、いつもより優しい口調の声。


「はいっ♪」


 島村卯月、笑顔で頑張りました!
 この笑顔……背中越しでも、届いてますか?

275: 名無しさん 2018/01/11(木) 21:25:14.06 ID:TYMGDyEUo

「プロデューサーさんが、守ってくれるって信じてました」


 プロデューサーさんの足元から、キラキラと光の粒子が舞い上がっています。
 こんな状況でちょっと不謹慎かも知れません。
 だけど、それがとっても綺麗で、私はドキドキしちゃいました。


「……」


 右手を首筋にやると、プロデューサーさんはコウモリ怪人に向かって駆け出しました。
 それがなんだか照れて逃げ出す子供みたいに見えたのは、気のせいでしょうか。


「KYUUUOOOOOO!!」


 コウモリの怪人が叫びながら、その手をプロデューサーさんに叩きつけます。
 だけど、鎧には傷一つつく事なく、二つの影の距離はゼロになり、重なりました。


「アイドルには手を触れないでください!」


 プロデューサーさんが叫びました。
 その声は、今まで聞いたことのない、怒った声です。


「――企画!」
「KYUUUUOOO!?」


『Cute!!』


 ピンク色の光を纏ったプロデューサーさんのパンチが、コウモリ怪人のお腹に突き刺さります。


「――検討中です!」
「KYUUUAAAA!?」


『Cute!!』


 そして、続けざまに、またピンク色の光が軌跡を描き、同じ箇所に叩き込まれます。

277: 名無しさん 2018/01/11(木) 21:44:46.23 ID:TYMGDyEUo

「KYUUUOOOOO……!」


 コウモリの怪人は、その体を大きくよろけさせました。
 そして、プロデューサーさんからは見えないように、でしょうか。
 背中から、小さなコウモリが飛び立ちました。


「……」


『Cuuuuuuuuuute!!!』


 今までよりも、一際大きなピンクの光を纏った、プロデューサーさんの右手。


『Groove!!!』


 その右手が真っ直ぐに突き出され、コウモリ怪人のお腹にパンチ。


「せめて!」


 コウモリ怪人は何一つ言葉を発する事無く、光の粒子になって消えていきます。


「……名刺だけでも」


『LIVE SUCCESS!!』

278: 名無しさん 2018/01/11(木) 21:57:15.33 ID:TYMGDyEUo
  ・  ・  ・

「おかしい!」


 未央ちゃんが、テーブルをダンッと叩き叫びました。
 それにビックリして変な声が出ちゃいました……うぅ、恥ずかしいです。


「どうしたの未央、急に大声出して」
「ごっ、ごめん」
「気をつけてよね」
「うん、気をつける……じゃなくって!」


 凛ちゃんが注意してくれましたけど、未央ちゃんの興奮は収まりません。
 一体、何が原因なんでしょう?


「しぶりんがプロデューサーに最近お熱だったじゃん?」
「何言ってるの。そんなんじゃないから」
「それに続いて、しまむーまで!」
「わ、わわっ、そんなんじゃないですよー!?」


 私がプロデューサーさんにお熱だなんて……はうぅ、顔が熱くなっちゃいました。
 確かに、あの事があってからプロデューサーさんとはよく話しますけど、
お、お熱とかそういうんじゃなくて……その、あ、あははは。


「そこまではまだ良いよ!? でも、なんで、みほちーやきょーちゃんまで!?」


 あの一件以来、美穂ちゃんと響子ちゃんもプロジェクトルームに顔を出すようになりました。
 私は二人とお話する機会が増えて嬉しいし、良い事だと思うんです。
 ……なんだか、ちょっとモヤモヤしますけど。


「ねえ、二人共、私に何か隠してない!?」
「あー……あははは」


 ごめん、未央ちゃん!
 あの時の事は誰にも言っちゃいけないって、口止めされてるんです!
 だから――


「この前も言ったでしょ、未央」
「――内緒です♪」



おわり

281: 名無しさん 2018/01/11(木) 23:49:22.12 ID:TYMGDyEUo

「ねえ、私に隠し事してるでしょ!?」


 喫茶店の奥、私はプロデューサーに詰め寄った。
 思いの外大声が出てしまい、慌てて回りのお客さん達に頭を下げる。


「……」


 目の前に座るプロデューサーは、右手を首筋にやって困り果てている。
 だけど、この困り方は説明に困っている訳ではない。
 どうやって誤魔化せば良いのかと思案する困り方だ。


「……しまむーも、しぶりんも何か知ってるみたいだし」


 私だけ、仲間はずれにされている。
 あの二人の事だし、このプロデューサーだ。
 話せない事情があるのはなんとなくわかるし、それが悪意の無いものだともわかる。
 ……でも、やっぱり寂しいじゃん。


「本田さん……申し訳、ありません」


 プロデューサーの答えは、私の望むものではなかった。
 思わず俯いてしまったが、顔を上げた時、どんな表情をすればいいのだろう。
 わかんない……全然、わかんないよ。



「きゃああああああっ!?」
「なんだこのバケモノは!? やめ、くっ、くるなあああ!!」



 外から聞こえる、大きな悲鳴。
 それにハッとなって顔を上げた時、プロデューサーはいつになく険しい表情をしていた。

282: 名無しさん 2018/01/12(金) 00:01:46.82 ID:kXQoLy7No

 悲鳴は、どんどんこの喫茶店に近づいてくる。
 何かが、ここへ向かってきている?
 私達以外の人もそれに気づいたのか、一目散に喫茶店から逃げ出していった。
 そして、中に居るのは私と、プロデューサーだけ。


「ねえ……何が、起こってるの……!?」


 プロデューサーに聞いても、わからないかもしれない。
 だけど、私には妙な確信があった。
 プロデューサーだったら、私の疑問に答えてくれるんじゃないか、って。
 自分でも変だと思うけどさ、そう、思ったんだよね。


「――本田さん。少し、隠れていてください」


 険しい表情から一転、穏やかな表情。


「プロデューサー……?」


 隠れてろって、プロデューサーはどうするの?
 ねえ、ちょっ、ちょっと待って、どこに行く気!?


「隠し事……というつもりは、ありませんでした」


 プロデューサーは、上着のボタンをプチリプチリと外し、上着を翻した。


「申し訳ありません。貴女に、寂しい思いをさせてしまっていたと、気付かず」


 その腰元では、大きな銀色のベルトが、輝きを放っていた。

283: 名無しさん 2018/01/12(金) 00:08:49.09 ID:kXQoLy7No
「……しかし、可能な限り、知られたくはありませんでした」


 プロデューサーは、右のポケットからスマートフォンを取り出した。
 そして、ホームボタンを素早く三回押し、画面を起動。
 流れるように、暗証番号を画面を見ずに打ち込んでいく。


 ――3――4――6!



『LIVE――』



 スマートフォンから、どこかで聞いたことのある女性の声が聞こえた。
 あの二人分の声、なんだか、どこかで聞いたことある気が……。
 プロデューサーは、スマートフォンを銀色のベルトにかざし、



「変身ッ!」



 言った。



『――START!』



 プロデューサーの体を光が包み込んでいく。
 光の粒子はやがて形を成していき、プロデューサーに鎧を纏わせた。


 鎧は黒を基調としたもので、所々白い箇所もあり、まるでスーツのよう。
 すっぽりと全身を覆うその鎧の胸元では、
ピンクと、ブルーと、イエローの宝石のような物が輝きを放っている。
 プロデューサーが今、どんな顔をしているのかは、
目付きの悪いぴにゃこら太のようなフルフェイスに覆われ、見ることは出来ない。


「……」


 だけど、私には、フルフェイスの向こうでプロデューサーが悲しげに微笑んでいる気がした。

284: 名無しさん 2018/01/12(金) 00:25:07.59 ID:kXQoLy7No
  ・  ・  ・

「助けて……痛い……痛いよぉ……!」
「母さん……母さん……!」


 喫茶店の外は、惨憺たる光景が広がっていた。
 背中や腕から血を流す人たちが地面に倒れ伏し、苦痛に喘いでいる。
 倒れ伏す母親に泣き縋る、小さな子供も居る。


「――これは、アナタがやった事ですね」


 プロデューサーが、その光景を作り出した張本人と思わしき人影に言い放った。
 確信を持って言えるのは、その人影の頭部と手から、赤い血が滴っていたから。


「GRRRRRRRRR!!」


 その人影の頭部は肉食獣――ヒョウのような怪人で、獰猛な唸り声を上げている。
 それに対するプロデューサーに一切の動揺は無く、あるのはただ、


「……」


 黒い鎧越しにもビリビリと伝わってくる、怒りのみ。
 直接顔を見ている訳ではないのに、
初めて触れるプロデューサーの怒りに、私は、ほんの少し恐怖した。


「私は、誰かを憎いと思った事はありません」


 プロデューサーの声が、低く、低くなった。


「――ですが、アナタと共に歩む事は、不可能なようです」


 それは、問答無用の、敵対宣言。
 プロデューサーが、ヒョウの怪人に向けて、駆け出した。

285: 名無しさん 2018/01/12(金) 00:38:26.00 ID:kXQoLy7No

「ふっ――!」


 鎧を纏っているとは思えない程の、高速の踏み込み。
 けれど、ヒョウの怪人はそれに反応し、大きく後ろに跳躍した。


「GURRRRRRRR……!」


 ヒョウの怪人は警戒してか、プロデューサーの周囲を回るように足を動かしている。
 それはまるで、本物の猛獣が獲物に飛びかかる前の動作。
 いまのやりとりを見た限りでは、ヒョウの怪人の方が動きが速い。


 ――プロデューサー、逃げて!


 そう、心の中で思う。
 だけど、肝心の言葉が口から出てこない。
 私は怖い。
 ヒョウの怪人だけじゃなく、それに立ち向かっている、プロデューサーも。


「GURRRRRRR……!」


 ヒョウの怪人の唸り声が、どんどん大きくなる。
 その声でもって、相手を威嚇し、萎縮させようとしているのだろう。
 現に、その声を向けられたわけではないのに、私の足は震えが止まらない。
 だけど、プロデューサーは違った。


「歌は、得意のようですが――」


 ポツリと、ヒョウ怪人に向けて、


「――ダンスの方は、苦手なのでしょうか?」


 かかって来ないのかと、そう言わんばかりの挑発をした。


「GRUUUUUUUOOOOOOOO!!」


 それを聞いたヒョウ怪人は、大きく咆哮した。

286: 名無しさん 2018/01/12(金) 00:53:25.19 ID:kXQoLy7No

「GRRRRRROOOO!!」


 ヒョウの怪人が、高速でプロデューサーの周囲を円を描くように高速で移動する。
 そして、プロデューサーの視線が外れた一瞬を狙い、


「GRRRRRRR!!」


 飛び出し、その両手の大きな爪でプロデューサーに斬りかかる。


「ぐおっ!?」


 爪で切りつけられた場所からは火花が飛び散り、苦痛の声があがる。
 幾度となく繰り返されるその攻撃に、段々とプロデューサーの鎧にヒビが入っていく。


 このままじゃ、プロデューサーが殺されちゃう!
 なんで逃げないの!?
 そんなの投げ出して、早くそこから逃げてよ、プロデューサー!


「GUUUURRRRRROOOOOOO!!」


 ヒョウの怪人が、トドメと言わんばかりに、
大きく腕を振り上げプロデューサーに斬りかかった。
 あんなのを受けたら、ひとたまりもない。


「プロデューサー!!」


 私は、思わず声を上げた。



「――本田さん」



 ……しかし、ヒョウ怪人のツメはプロデューサーの体を捉える事は無く、
ガシリと、イエローに輝くプロデューサーの左腕によって拘束されていた。


「笑顔です」


 いつもの、プロデューサーの台詞。
 それを聞いて、私は頬を伝う涙に初めて気づいた。

287: 名無しさん 2018/01/12(金) 01:04:13.11 ID:kXQoLy7No

「――おおおっ!」


 プロデューサーが、ヒョウ怪人を左腕で捕らえたまま叫び声を上げた。
 いかに素早く動けるとは言え、こうなってしまっては、為す術がない。


「――企画!」
「GYAAAAAA!?」


『Cute!!』


 ピンクの光を纏ったプロデューサーの右拳が、ヒョウ怪人の腹部に突き刺さった。
 くの字に折れ曲がるヒョウ怪人の体が、


「――検討中です!」
「GYAAAAAAAAA――!?」


『CooL!!』


 ブルーの光を纏った右足によって、天高く蹴り上げられた。


「AAAAAAAAOOOOOOOO!!?」


 暴れるものの、ヒョウ怪人の手足は空を切るだけ。
 その上昇が頂点に達しようとした時、


「……」


『Passioooooooon!!』


 イエローの光を纏った、プロデューサーの左手。
 その手は親指と人差し指を立て、銃を模したような形をしていた。


「せめて!」


 プロデューサーの左手から、流星の様にイエローの光が放たれた。
 それに撃ち抜かれたヒョウ怪人の体は光の粒子となり、地上に降り注いだ。


「……名刺だけでも」


『LIVE SUCCESS!!』

288: 名無しさん 2018/01/12(金) 01:20:19.82 ID:kXQoLy7No
  ・  ・  ・

「ちょっと未央」
「未央ちゃん、説明してください」


 しぶりんとしまむーが、二人して詰め寄ってくる。
 いやー、この前は逆の立場だったのに、不思議なもんだねー!


「説明って、何の?」
「とぼけないで」
「プロデューサーさんに、お弁当作ってきたんですよね!?」
「うんうん。我ながら、だし巻き卵が絶品だったと思うんだよね!」


 あの後、プロデューサーからこれまでの事を全部聞いた。
 そしたらさ、何ていうか、頑張ってるプロデューサーに何かしてあげたいな、って。
 最初は断られたんだけど、そこは未央ちゃんって事ですよ!


「「……!」」


 私の答えを聞いて、二人は言葉を失ったようだ。
 はっはっは、キミ達! 行動に移したもん勝ちだよー?


「明日は、私が作ってくるから」
「凛ちゃん、ずるいです! じゃ、じゃあ私は明後日!」
「それじゃあ、私はまた卯月の次の日ね」
「ちょいちょーい!? そこは私じゃないの!?」


 私は、今でもプロデューサーがちょっと怖い。
 あんな怪物に立ち向かうのなんて、誰にでも出来る事じゃない。
 理由を聞いてみたんだけど、プロデューサーだから、とした答えてくれなかったんだよね。


「もー! 二人共、順番決めるよ!」


 だから、これからプロデューサーの事をもっと知っていこうと思う。
 それが、私の出した結論だ。
 そして、もし怖くなくなった時、その時は……あれ?
 そしたら、そうなったら……


「未央ちゃん、なんだか顔が赤いですよ?」


 何でもない! と、思わず大きな声が出た。



おわり

292: 名無しさん 2018/01/12(金) 22:31:51.88 ID:kXQoLy7No
555良いすな、書きます

293: 名無しさん 2018/01/12(金) 22:42:44.35 ID:kXQoLy7No

「私を置いて……早く逃げてください……!」


 私達は、森の中を逃げている。
 道は無く、ガサリガサリと生い茂る葉が肌に刺さる。
 だけど、止まる訳にはいかない。


「いいえ……! それは出来ません……!」


 こんな風になるとは思って無かったけど、スニーカーを履いてて良かったわ。
 それに、スカートじゃなくてパンツスタイルなのも。
 ふふっ、不幸中の幸いっていうのは、こう言う事よね。


「高垣さんだけでも、早く……!」


 苦痛に喘ぐ声が、すぐ側から聞こえる。
 それは当たり前よね、だって、私がこの人を支えながら歩いてるんですもの。
 だけど、まだ歩ける程の怪我で良かった。
 そうでなかったら、私の細い手足じゃこの人を引きずるなんて出来ないし。


「しつこいですよ……! 見つからないよう、しーっ、ついてこい……!」


 本当、弱音を吐くだなんてらしくないじゃないですか。
 おかげで、私の駄洒落もちょっとイマイチな出来になっちゃいますよ。
 ……って、そんな状況じゃないのは、わかってるんです。



「SYAAAAAAAAAAA!!」
「GRRRRROOOOOOO!!」
「KYUUUUOOOOOOO!!」



 遠くから、とっても大きな鳴き声が、3つ。
 さっきよりも、どんどん近づいてきてるのが、わかる。
 だから、急いで逃げなくちゃ。
 そうしないと、私だけでなく、この人まで殺されてしまう。

294: 名無しさん 2018/01/12(金) 22:55:31.69 ID:kXQoLy7No

「……あっ!?」


 急ぐ気持ちが足元を疎かにしていたのか、木の根に足を取られてしまった。
 疲労で棒のようになってしまった足では、こらえきれない。


「っ……!」


 傾く私の体を支えたのは、支えられていたはずの彼。
 しかし、急に無理な動きをしたためか、その顔は盛大にしかめられた。
 だけど、倒れそうになった私の体の前に差し出された腕は、
私の体重がかかっているにも関わらず、微動だにする事は無い。


「……お怪我は、ありませんか?」


 そういう自分の方は、どうなんですか?
 私を逃がすために、怪人たち三体と戦って、ボロボロじゃないですか。
 スーツの袖は片方取れかかってるし、あちこち、傷だらけ。
 私を心配そうに見る顔の頬からは、未だに血が滴り落ちている。


「はい、おかげ様で」


 だけど、この人はそれを指摘しても無駄なのだ。
 この人は、プロデューサーとして、アイドルを一番に考える。
 アイドルのためならば、自分はどうなっても良いと……そう、本気で考えているのだ。


「……――私が、奴らを食い止めます」


 彼は、そっと体を離すと、来た道を戻るべく、私に背を向けた。


「私だけ逃げろと……本気で仰ってるんですか?」


 そんな彼の背中に、問いかける。


「貴方を犠牲にして、私だけ生き残れと……そう、言うつもりですか?」


 再度、彼の背中に、問いかける。


「……高垣さん?」


 彼が振り向いた時、私は、今まで誰にも見せたことのない表情をしていたと思う。

296: 名無しさん 2018/01/12(金) 23:10:24.65 ID:kXQoLy7No

「残念ですが……そのお話、お受け出来ません」


 私は、彼の提案を完全に突っぱねた。
 驚いたわ、この人は私がその提案を受けると思ってるのかしら。


「ですが……!?」


 だとしたら、


「貴方は――」


 それは、アイドル、高垣楓の事をわかっていなさすぎる。


「――プロデューサー、でしょう?」
「……」


 この人は、私が誰かを犠牲にして生き残っても、笑っていられると思うのかしら。
 そうだとしたら、飲み屋でお酒を飲みながらお説教をしないといけないわ。
 お猪口でちょこっとだなんて、とんでもない。
 ビールを浴びーる程飲みながら、叱ってやらなくっちゃ。


「アイドルから笑顔を奪うのは、プロデューサーの仕事ですか?」
「しかし……!」


 ペチリ。
 ……人のほっぺたを叩いたのなんて初めてだから、手加減しすぎちゃった。


「……」


 だけど、彼は叩かれた頬に手を当てて、呆然とこちらを見ている。
 うふふっ! どうやら、思った以上に効果があったみたい!


「しゃんとしてください」


 貴方がプロデューサーとしての使命を全うしようと言うのなら、


「貴方の前に居るのは、アイドル、高垣楓ですよ」


 私も、笑顔のために命を賭けようじゃありませんか。
 案外、ビギナーズラックでなんとかなると思うんです。

297: 名無しさん 2018/01/12(金) 23:24:58.57 ID:kXQoLy7No

「……申し訳、ありませんでした」


 彼の顔に、生気が漲った。
 傷だらけで、疲れ果てているはずなのに、とても綺麗なお辞儀。
 もう、今はそんな事してる場合じゃないでしょう?


「いいえ。こちらこそ、叩いてしまってすみませんでした」


 だけど、私も彼のほっぺたを叩いてしまった。
 だから、その事はちゃんと謝っておかないと、ね。
 後で飲んでいる時に、グチグチ言われたら嫌だもの。


「……」


 彼は、上着を翻し、大きな銀色のベルトを露出させた。



「……私は、笑顔が得意ではありません」


 右のポケットからスマートフォンを。
 そして、ホームボタンを素早く三回押し、画面を起動。
 流れるように、暗証番号を画面を見ずに打ち込んでいく。


 ――3――4――6!



『LIVE――』



「――しかし、笑顔を守る事は出来る。そう、考えます」



 そう宣言すると、スマートフォンを銀色のベルトにかざし、



「変身ッ!」



 言った。



『――START!』

298: 名無しさん 2018/01/12(金) 23:39:46.63 ID:kXQoLy7No
  ・  ・  ・

「SYAAAAAAAAAAA!!」
「GRRRRROOOOOOO!!」
「KYUUUUOOOOOOO!!」


 クモの怪人と、ヒョウの怪人が、コウモリの怪人を守るような位置取り。
 見れば、先の二人の怪人の体はボロボロで、まるでゾンビのよう。
 けれど、その動きはまるで生きている時そのまま。


「……先程は、お世話になりました」


 ズシャリと、彼が一歩前に踏み出す。
 此処は、工事が途中で中止になった採石場だろうか。
 彼は――いえ、私達は、追い詰められてここまで逃げてきたのではない。


「うふふっ♪ コテンパンに、やられちゃってましたものね」


 戦うために、此処に来たのだ。


「……」


 ……あっ、すみません。
 せっかく挨拶をしていたのに、余計な事を言ってしまいましたか?
 もう、首筋に手をやって困らないでください!
 顔が見えて無くても、その仕草をしたら困ってるって丸わかりなんですからね。


「高垣さん、避難を――」
「最前列で見るのが、最善です」
「……」


 さっき、あれだけ話したじゃないですか。


「うふふっ、頑張ってくださいね」


 ペチリ、と彼の背中を叩く。
 鎧に覆われた背中なのに、何故かあたたかく……そして、頼もしい背中を。


「はい……頑張ります」

299: 名無しさん 2018/01/12(金) 23:50:08.78 ID:kXQoLy7No

「SYAAAAAAAAAAA!!」
「GRRRRROOOOOOO!!」
「KYUUUUOOOOOOO!!」


 大きく咆哮する、三人の怪人。
 一度、手ひどくやられた相手だと言うのに、彼のどこにも不安は感じられない。
 ズシャリ、ズシャリと地を踏みしめるその足には、一切の淀みがない。


「このスーツには……私が、今まで起動出来なかった機能があります」


 ズシャリ、ズシャリ。


「何が欠けていたのか……それは、今でもわかりません」


 ズシャリ、ズシャリ。


「しかし、今の私ならば起動出来ると……そう、思います」


 ズシャリッ!



「笑顔を守るため――」



『……――Please!』



「――そのためならばッ!」



『Cinderella!!!』

301: 名無しさん 2018/01/13(土) 00:09:41.24 ID:NJCIoJsqo

「……!」


 彼の体を包んでいた黒い鎧が、その形を変えていく。
 スライドした装甲の下は、金色に輝いている。
 その輝きは、まるで血液のように鎧を縁取り、白い箇所も金色に染めていく。
 胸に輝くのは、ピンクと、ブルーと、イエローの宝石。
 そして、その中心には、一際多きな輝きを放つ虹色の宝石が現れていた。


「……綺麗」


 思わず、こんな状況なのにその姿を美しいと思った。
 可愛らしいぴにゃこら太のようなフルフェイスの下で、彼はどんな顔をしてるのだろう。
 もしかしたら……うふふっ、苦手な笑顔をしてるかもしれないわね。



「SYAAAAAAAAAAA!!」


 そんな彼に、クモの怪人が大きく跳躍し、飛びかかった。
 けれど、


「――企画!!」


『CoooooooooooL!!!』


 ブルーの眩しい程の光を纏った右足が、叩き込まれた。
 ただそれだけで、さっきは彼をあんなに苦しめたクモの怪人が、
光の粒子となって消えていく。


『Full Combo!』


「GRUUUUUUUOOOOOOOO!!」


 その隙をつこうと、ヒョウの怪人が恐ろしいスピードで駆けてくる。
 それでも、


「――進行中です!!」


『Cuuuuuuuuuute!!!』


 ピンクの眩しい程の光を纏った右拳が、そのお腹に突き刺さる。
 ヒョウの怪人も、クモの怪人と同じように光の粒子となって消える。


『Full Combo!』

302: 名無しさん 2018/01/13(土) 00:29:44.38 ID:NJCIoJsqo

「KYUUUUOOOOOOO!?」


 彼の、圧倒的な強さにコウモリ怪人は本能的に恐怖したのだろう。
 分が悪いと見るや、その大きな翼を広げ、羽ばたいた。


「――待ってください!」


 彼はそれを逃さず、銃の形にした左手から、イエローの眩い程の光を放った。


『Passioooooooon!!』


「KYUUU!? KYUUUOOOO!?」


『Perfect Combo!』


 イエローの光の直撃を受けたコウモリ怪人。
 ピンク、ブルー、イエローの光がコウモリ怪人を捕らえ、身動きをとれなくしている。
 何かをしようとしているように見えるけど、それも上手くいかないみたい。


「アンコールが残っています。まだ、席を離れぬよう、お願いします」


 彼はそう言うと、


「――ふっ!」


 大きく跳躍し、左足を前に突き出した。
 その左足は、今までよりも一際大きく――虹色に輝いている。
 彼の背中から、虹色の光が溢れ出し、一直線にコウモリ怪人に向かっていく。
 そして、まるで虹色の穂先の大きな槍の様に、


「せめて!」


 彼のキック、はコウモリ怪人の体に大きな穴を開けた。
 コウモリ怪人の体は、爆発したかのように、光の粒子となって消えていく。


「……名刺だけでも」


『LIVE SUCCESS!!』

303: 名無しさん 2018/01/13(土) 00:43:39.70 ID:NJCIoJsqo
  ・  ・  ・

「ええと……こういう挨拶って、あまり得意じゃないのだけど」


 今日は、待ちに待った快気祝いの飲み会だ。
 誰のって、それは勿論決まっている。


「……」


 神妙な顔つきで、ビールのジョッキを手に持っているこの人の、だ。
 大体、どうして私が乾杯の挨拶をしなきゃいけないんです?
 誰の快気祝いだと思ってるんですか、全くもう!


「楓さん! いっちょ、カッコイイ所見せてください!」
「ちょっと未央、静かにしなって」
「そ、そうですよ!」


 未成年の後輩達は、ジュースで乾杯。
 お祝い事だもの、こういう時はパーッとやらないと駄目よね。


「……今日は、とっても沢山の人が来てくれました」


 チラリと視線を向けると、彼は部屋を見渡した。
 此処に居るのは、事情を知った人間だけ。
 皆、彼にとても感謝している……勿論、私も。


「と、言うわけで、何か一言お願いしま~す♪」


 そう言って、私はペタンと腰を座布団に下ろし、挨拶の役目をバトンタッチ。


「は……!? あ、いえ、その……!?」


 自分にふられると思っていなかったのか、彼はとっても慌ててる。
 うふふっ、こういう所は、本当に可愛げがありますよね。
 ニコニコと笑う私に向かって、彼は言った。


「……その笑顔には、完敗ですね」


 乾杯と、皆が一斉にグラスを合わせた。
 私は、一人悔しい思いをしたのだけど、どうしてくれましょう。



おわり



328: 名無しさん 2018/01/13(土) 22:18:59.00 ID:OnURAjrRO
ちひろさんのキツイようでキツくない少しだけキツイ美少女ヒロインコスプレみたい…見たくない?

332: 名無しさん 2018/01/13(土) 22:31:05.03 ID:NJCIoJsqo
>>328
見たいので書きます

333: 名無しさん 2018/01/13(土) 22:44:36.05 ID:NJCIoJsqo

「えーいっ!」


 今日は、事務所の近くに出たから助かったわ。
 遠い所に出ると、移動が大変で困っちゃうものね。


「悪い心にさようならっ♪ 綺麗な心に、な~れ~♪」


 ステッキを振って、ガシャットモンスターに魔法をかける。
 そうする事によって、悪い心に取り憑かれた物は、元の姿に戻る。
 今回悪い心に取り憑かれていたのは、古い、ぴにゃこら太のぬいぐるみ。
 きっと、元の持ち主に捨てられて、悲しい思いをしていたのだろう。


「アナタも、寂しい思いをしてたのよね」


 私は、ぴにゃこら太のぬいぐるみを抱え上げた。
 少し古くなっているけど、きらりちゃんだったら綺麗に直せるかも。
 事務所に持って帰ってあげよう。


「……」


 かかえあげたぴにゃこら太のぬいぐるみを撫でる。
 私は普段、アイドル事務所で働く、普通の事務員だ。
 名前は、



「……千川さん?」



 千川ちひろ。



「……プロデューサーさん?」



 25歳、魔法少女も、兼業しています。

334: 名無しさん 2018/01/13(土) 22:57:02.75 ID:NJCIoJsqo

「あの……」


 まさか、こんな路地裏に誰かが来るとは思わなかった。
 それも、知っている人が現れるだなんて、なんて偶然。


「その、格好は……」


 この人は、私が働く事務所のプロデューサーさんだ。
 大柄で、無表情で、とにかく不器用だけど……凄く、真面目な人。
 そんなプロデューサーさんの、初めて見る表情。
 困惑の上から困惑を塗り固めて、ピクリとも動かなくなるほどメイクしたみたい。



「……」


 その理由は、今の私の格好にある。
 アイドルの子達の衣装よりもフリフリなスカートは、とっても短い。
 ノースリーブで二の腕は見せているのに、胴体はガッチリガード。
 髪型だって、普段のおさげじゃなく、フワフワと不思議な感じに纏まっている。


「……申し訳、ありませんでした」


 プロデューサーさんは、ペコリとお辞儀をすると、私に背を向けて歩き出した。
 心なしか、いや、明らかにその歩調は速い、速すぎる。


「ま、待って! ちょっと待ってください、プロデューサーさん!」


 慌ててその後を追う。
 声に反応して振り返ったプロデューサーさんは、本当に申し訳なさそうに、


「あの、本当に……はい、私は何も見ませんでしたから……」


 私から目を逸らしながら、言った。 

335: 名無しさん 2018/01/13(土) 23:10:00.39 ID:NJCIoJsqo
  ・  ・  ・

「私、魔法少女なんです」


 一日の仕事を終え、事務所で二人きりになったタイミングを見計らい、言った。
 今日はこの後誰も此処を訪れる予定は無い。
 鍵もバッチリ締めてある、ぬかりは無い。


「そう……ですか」


 プロデューサーさんは、私の言葉を正面から受け止め、華麗に流した。
 そんな器用な真似、出来るんですね!


「プロデューサーさんも、見たでしょう?」


 私の、魔法少女としての姿を。


「いえ……私は何も、見ませんでした」
「っ……!?」


 頑なすぎる!
 別に、趣味でああいう格好をしてるんじゃないんですからね!?
 変身すると、ああいう格好になっちゃうだけなんですから!


「そんなに、私のあの格好はキツかったですか!? 記憶から消したい程!?」
「いっ、いえ! 少しだけ、その、キツいかなとは思いましたが――」
「いやああああああ! キツいって! ひどすぎるううううう!」
「!? ま、待ってください! ギリ! ギリセーフだと、私は思います!」
「ギリって何ですか! ギリってええええええ!?」
「……!?」


 こんな辱めを受けるだなんて!

337: 名無しさん 2018/01/13(土) 23:21:23.20 ID:NJCIoJsqo
  ・  ・  ・

「私、魔法女なんです」


 良いわよ、別に。
 私だってね、魔法少女にカテゴリーされるかなー、
と思って魔法少女って言ってただけなんですから。
 少女じゃないなんて、とっくにわかってますよ。


「そう……ですか」


 プロデューサーさんは、私の言葉を正面から受け止め、頷いた。
 それが、少女って言ったことに納得してなかったみたいで、余計に腹が立つ。


「プロデューサーさんも、見たでしょう?」


 私の、魔法女としての滑稽な姿を。


「……はい、見ました」


 初めから、正直に見たって言えば済んだのに。
 気を遣ってくれたのはわかるんですけどね?
 明らかに私に優しくしてましたよ、プロデューサーさん。
 あんな、危険物を扱うような態度って、無いと思います。


「コスプレとかじゃ、ありませんから」
「……」
「アイドルの衣装を着たいとかじゃ、無いですから」
「……」


 バンバン、と机を叩く。


「はっ、はい! 仕方のない事なの、です……よね?」
「はいっ、そうなんです♪」
「……」


 プロデューサーさん、右手を首筋にやって困らないでください。

338: 名無しさん 2018/01/13(土) 23:34:14.19 ID:NJCIoJsqo

「変身すると、あの格好になっちゃうんです」


 変身しないと、ガシャットモンスターを綺麗な心に出来ないんです。
 編み込みもほどけるけど、変身を解いたら綺麗に元通りです。


「そう……ですか」
「はい」


 訪れる、沈黙。
 プロデューサーさんは、その沈黙を打ち消すべく、言った。


「それでは……私は帰ります、ね」


 そそくさと立ち上がり、カバンを掴むと早足でドアに向かう。
 一刻も早くこの場を離れたい気持ちが伝わってくる。


「待ってください! なんか……その態度、なんかなんかですよ!」
「千川さん!? あの、仰っている、意味が……!?」


 私は、プロデューサーさんの上着を両手で掴み、その場に引き止めた。
 けれど、プロデューサーさんは上着を引っ張って、それに抵抗する。
 男の人だけあって凄い力で、私はズルズルと引きずられてしまいそうになる。
 だけど、決して、この手を離すわけにはいかない。


「んぐぎぎぎぎ……!」
「千川さん……!? あの、離していただけますか……?」
「待ってくれたら離します!」
「……」


 突然、上着が私の胸に飛び込んできた。
 飛び込んできたのが上着だけという事は……、


「上着を脱ぎ捨ててまで、逃げることないじゃないですか!」
「帰してください! 私を帰してください、千川さん!」


 逃しませんよ、プロデューサーさん!

339: 名無しさん 2018/01/13(土) 23:44:25.62 ID:NJCIoJsqo
  ・  ・  ・

「ふーっ……! ふーっ……!」


 この部屋の唯一の出入り口であるドアに背中をつけ、死守。
 ここから一歩も出さないぞ、と睨みつける。


「……わかりました。もう、逃げませんから」


 プロデューサーさんは、観念したようだ。
 さすがに力づくで来られたら勝ち目はないけど、
私に怪我をさせないように気を遣ってくれている。


「一度、座って落ち着きましょう」
「……わかりました」


 一方私は、大暴れをしたから座りたくてたまらなかった。
 だから、プロデューサーさんの提案を受け入れ――


「……っ!」


 ――た、フリをした途端、この人は懲りずに部屋からの脱出を試みた。
 だけど、貴方はそんな器用な演技が出来る人じゃないです。
 お見通しなんですよ、そんな魂胆は!


「かーっ!」


 私は、再度ドアに背中をつけ、今度こそ此処から離れないと誓った。


「……」


 プロデューサーさんは、諦めてトボトボと自分のデスクへ戻っていく。
 その背中が、やけに小さく見えた。

340: 名無しさん 2018/01/13(土) 23:54:17.29 ID:NJCIoJsqo

「……千川さんは、どうすれば納得していただけるのですか?」


 椅子に腰掛けながら、プロデューサーさんはため息混じりに言った。


「実際に、私が変身する所を見てもらおうと思います」


 目の前で変身すれば、この人もきちんと理解するだろう。
 好きで、あの格好をしているわけではない、と。


「……わかりました」


 良しっ!
 今、わかりました、って言いましたよね!?
 やっぱり今の無しって、駄目ですからね!?


「それじゃあ、耳を塞いでください」
「はい? あの……何故、耳を?」


 そんなの、決まってるじゃないですか。


「さすがに、変身する時の言葉を聞かれるのは……恥ずかしいですから」


 あれを聞かれたら、私は生きていけない。
 どうして魔法少女が変身する時は、ああなのだろう。
 本気で仕事している時の、菜々さんよりもキツいと思う。


「……わかりました」


 私のそんな思いを感じ取ったのか、プロデューサーさんは素直に耳を塞いだ。
 一刻も早く帰りたい、という願いが、この人の行動を迅速にさせている。


「それじゃあ……いきますね」


 魔法のステッキを取り出し、天にかざした。

341: 名無しさん 2018/01/14(日) 00:06:43.44 ID:GmJL7RB/o

「リリカル♪ マジカル♪ シンデレラ♪」


 キラキラと、魔法のステッキから光が溢れ私の体に降り注ぐ。
 その光はやがて全身を包み込み、事務員の私を魔法少女に変えていく。
 あっ、魔法女でしたね、すみませんね。


「輝く世界の魔法で~♪」


 そう言えば、私が変身してる姿を見られるのって初めて。
 人から見たら、どんな風に映ってるのかしら。
 あとで、プロデューサーさんに聞いてみよう、っと。


「プリンセスにな~れ~♪」


 あっ、今、髪型が変わった。
 今までそんなに意識してなかったけど、
一回髪がほどけてセットしなおされるまでほとんど一瞬なのね。
 こう、しゃらら~ん、ぽんっ、って感じ。
 ……あ、終わった。


「魔法少女、マジカルチッヒ♪」


 これも、今まで言ってた癖で、変身した後は言わないと気持ち悪い。
 本当、耳を塞いでるように言って、良かった。


「アナタのハートに、ログインボーナスっ♪」


 気合で、変身後の決めポーズを省略。
 いつもの、キャルンとしたポーズを見られたら、私は死ぬ。


「……――さあ、どうでした!? 本当に変身したでしょう!?」


 どうでしたか!? 見ましたよね!? 私が変身したのを!


「……!」


 あらあら、まあまあ。


「……なんで目をつぶってるんですかああああああ!?」

343: 名無しさん 2018/01/14(日) 00:22:02.98 ID:GmJL7RB/o

「プロデューサーさああああああん!?」


 耳を塞ぎ、目を瞑るプロデューサーさんの体をガクガクと揺する。
 すると、プロデューサーさんはうっすらと警戒しながら目を開けた。


「……終わりましたか?」
「じゃ、ないですよ! なんで目をつぶっちゃったんですか!?」


 目をつぶってたら、変身してるかわからないじゃないですか!
 見てくださいよ、この格好!
 完全に変身し損じゃないですか! 何だ、変身し損って!


「……手に、持たれていたステッキから光が溢れ……」
「眩しかった、とでも!? そんなに強い光じゃなかったでしょう!?」
「その……」


 プロデューサーさんが、言いにくそうに口ごもった。
 ハッキリ仰ってください!
 見るって約束したのに、男らしくありませんよ!



「突然……千川さんが、全裸になったので……」



 私は、掴んでいたプロデューサーさんの服から手を離した。


「……」


 そして、ツカツカと入り口のドアへ向かう。


「あの……千川さん?」


 ドアの前にたどり着いたら、振り返り、ペコリとお辞儀。


「お先に失礼します」


 それだけ言って、ドアを壊さんばかりに勢い良く開け、部屋から脱出。
 ドアを閉める時間すら惜しんで、


「……見られた――!」


 私は逃げ出した。

345: 名無しさん 2018/01/14(日) 00:38:22.83 ID:GmJL7RB/o
  ・  ・  ・

「うーっ!」


 夜の闇に紛れ、私はビルの谷間を飛び、すり抜けていく。
 一刻も早く事務所から離れたい、そんな思いを抱きながら。
 誰かに見つかる心配はない。
 だって、これでも魔法少女ですから。


「……見られたぁ……!」


 路地裏に着地し、一人呟いた。
 まさか、変身する瞬間、他の人から見たら裸になっているとは思わなかった。
 知らなかったけど……裸の私を見て、って言ってたようなものじゃない!


「明日……どんな顔で出社すれば良いの……」


 トボトボと、路地裏をあてもなく歩く。
 当然、答えが返ってくる筈もない。


「……」


 あの曲がり角を曲がったら、変身を解こう。
 変身を解いたら、魔法も解けてしまう。
 だから、見つからない所で、元の姿に戻らないと――



「変身~♪」



 ――と、思い、曲がった先で、光が溢れた。


「……」


 ああ……あんな感じで、一回全裸になるんですね。
 ポンッ、ポンッって感じに服が変わって……はー、キャルリンッって髪型が。
 これは……確かに、突然見せられたらビックリしちゃいますよね、わかります。


「魔法少女――……っ!?」



 本当……見なかった事にして帰りたいです……。



おわり

393: 名無しさん 2018/01/16(火) 22:22:37.51 ID:MlvXbWbko

「魔法少女、マジカルチッヒ♪」


 変身後の、決め台詞。
 言わなければなんとなく気持ち悪くなっちゃうのよね。
 それに……言わないと、怒られちゃうもの。



「魔法少女、プリティーミッシー♪」



 専務に。



「アナタのハートに、ログインボーナスっ♪」
「課金もしないと、解散させちゃうんだからっ♪」 


 二人揃っての、決めポーズがビシリと決まった。
 今までは一人でやっていたから綺麗に出来るかわからなかったけど、
こういうのって案外ノリで出来るものなのね。
 身長差があるから背中合わせにはしなかったけど、それが良かった。
 私がちょっと前、専務がそのすぐ後ろに控える配置。


「さあ、覚悟しなさい! ガシャットモンスター!」


 魔法のステッキをビシリと突きつけ、言ってやる。
 それにグルルと唸り声をあげて抵抗しようとするガシャットモンスター。


「歯向かうつもりか? 理解出来ないな」


 専務が……いや、ミッシーがツインテールを揺らしながら言った。
 その姿は正に魔法少女、いや、


「行くわよ、ミッシー!」
「当然だ、チッヒ」


 美少女戦士……でもなく、


「三分で片を付ける。私は、あまり気が長い方ではない」


 歴戦の勇士。

395: 名無しさん 2018/01/16(火) 22:34:34.63 ID:MlvXbWbko
  ・  ・  ・

「……ふん、他愛ない」


 ミッシーがツインテールを一房かき上げ、言った。
 ガシャットモンスターは既に元に戻っており、路地裏にポテリと転がっている。
 今日のモンスターの元の姿は、ちいさな女の子用の人形。
 髪はグシャグシャで、お洋服も汚れてしまっている。


「……」


 ミッシーはその人形にツカツカと歩み寄ると、両手で優しく抱き上げた。
 その姿は、戦っている時の姿とはまるで別人。


「無様だな。見るに耐えないとはこの事か」


 とても乱暴な言い方だけど、私はそれに口を挟まない。
 だって、ミッシーは――魔法少女だから。


「キミには、以前よりももっと輝いてもらう。成功は私が保証しよう」


 そう言ったミッシーの姿は、慈愛に満ちていた。


「うふふ、専務ったら、お優しいんですね♪」


 職場では、こんな軽口を言ったら怒られてしまう。
 だけど、今の私達は大切なパートナーだ。


「チッヒ。今の私の事は、ミッシーと呼びなさいと言ったでしょう」
「あっ、そうでした……ごめんね、ミッシー」


 ついうっかり、専務とよんでしまう事もあるけれど。
 舌をペロリと出し、両手を合わせてミッシーに謝る。



「……・!?」



 その視線の先に……また、プロデューサーさんが居た。

397: 名無しさん 2018/01/16(火) 22:45:44.44 ID:MlvXbWbko

「? どうしたチッヒ、顔色が悪いぞ」
「……!?」


 ミッシーに指摘されたが、今はそれどころではない。
 前回は、何も無かったかのように振る舞い、事なきを得た。
 だけど、今回は二度目。
 それも……私だけでなく、ミッシーの姿も見られた。


「!? まさか、今の戦いで怪我を!?」


 ハッキリ言おう。
 ミッシーの見た目は、ガチでキツい。
 薄桃色に染まったツインテール、可愛らしいフリフリのドレス。
 手に持っている魔法のステッキの先端には、大きな星。
 それを妙齢の、高身長のきつい顔立ちの女性がしているのだ。


「……!?」


 そうですよね、驚いて目を見開きますよね。
 今は大分慣れましたけど……私も、最初は驚きました。


「チッヒ、見せてみなさい」
「……」


 心配そうに私に歩み寄る専務の背面を指差し、告げた。


「ミッシー、見られてるわ」
「? 何にだ」


 ガシャットモンスターは倒したはずだ……と、つぶやきながらミッシーが振り向く。
 そして、問題の人物の姿を確認し、全身をビクリと震わせた。


「……」
「……」
「……」


 流れる、沈黙。

399: 名無しさん 2018/01/16(火) 22:57:03.80 ID:MlvXbWbko

 誰かが、口を開かなければならない。
 けれど、誰もが言葉を失っている。
 こういう時にパパッと魔法で解決出来れば、と思う。
 そんなに便利じゃないんですよ、魔法って。


「……ふむ、見られてしまったか」


 ミッシーが、思いの外冷静につぶやく。
 さすがの人生経験か、前にもこういった事があったのかしら?


「その……申し訳、ありません」


 プロデューサーさんが、理由無く謝罪する。
 この人が謝る必要は無いのに、とても綺麗なお辞儀。
 その声が少し震えていたのは、気のせいじゃないと思う。


「気にする事はない。だが、私も初めての経験に戸惑っている」


 凄いです、専務!
 初めて変身中の姿を見られた時の私とは、落ち着き方が違います!
 やっぱり、偉くなる人っていうのはこういう所が違うのかしら。


「専務――」


「プリティイイイッ、バインドッ!!」


 路地裏に、プリティーとはかけ離れた裂帛の気合が響いた。


「うおおおおっ!?」


 ミッシーの魔法のステッキの先端から放たれた光が、
プロデューサーさんの体に絡みつき、その体を拘束する。
 突然の事に戸惑い、プロデューサーさんは叫び声を上げるが、


「静かにしなさい。今の私は、何をするかわからない」


 顔を真っ赤にし、頬をヒクヒクと引きつらせるミッシーが、
魔法のステッキを首筋に突きつけ、強引に中断させた。

400: 名無しさん 2018/01/16(火) 23:09:19.01 ID:MlvXbWbko
  ・  ・  ・

「……」


 専務の執務室。
 私達三人は、それぞれが居心地の悪さを感じながら座っていた。
 専務は、自分のデスクに。
 私とプロデューサーさんは、その前にあるソファーに対面で。


「……」


 コチリ、コチリと、部屋に置かれていた時計の針の音が響く。
 この空間は、なんというか……とても心臓に悪い。


「……!」


 主に、プロデューサーさんの。


「――さて、私の言いたい事は、わかるな?」


 専務が、口火を切る。
 話をするために、魔法で彼を拘束し、ここまで連れてきたのだ。


「……何の、話でしょうか?」


 大根役者にも程がある。
 けれど、プロデューサーさんは、専務の望む選択を選んだ。
 それに満足したのか、専務は満足そうに頷く。


「よろしい。私がプリティーミッシーだと言う事は、忘れたまえ」
「……プリティーミッシー、ですか?」
「何だ。何か、問題でも?」
「いえ、なんでも……そうですか、プリティーですか……」


 プリティーという単語に釈然としなさそうなプロデューサーさんの様子を見て、


「うっふふ!」


 私は、笑ってしまった。

401: 名無しさん 2018/01/16(火) 23:24:13.20 ID:MlvXbWbko

「どうした、何か可笑しいことでも?」


 すかさず、専務が私の笑いの理由を問うてくる。


「いっ、いえ! 何でもないです!」


 そうは言ったものの、彼女の視線が私から外れる事は無い。


「……」
「……」


 絡み合う視線。
 私達魔法少女ユニットは、今までで最大のピンチを迎えていた。


「……」


 そんな視界の端で、プロデューサーさんが体を小さくしているのが見えた。
 中腰の姿勢で、ゆっくりと、しかし一歩一歩確実に出入り口であるドアに向かっている。


「――んー! んー!」
「!? 離してください! 離してください、千川さん!」


 私は、そんなプロデューサーさんに駆け寄り、腰に抱きついた。
 上着を掴むだけでは逃げられてしまう。


「痛っ!? あの、爪が! 爪が突き立てられて!」
「んー! んー!」


 今の私に出来る、マジカルでも、プリティーでもない、全力の拘束。
 と言うか、普通、今のタイミングで逃げようとします!?


「……」


 専務は、そんな暴れる私達の様子を冷静に見つめていた。
 その目尻にうっすら涙が浮かんでいるのは、見なかったことにしよう。

402: 名無しさん 2018/01/16(火) 23:39:12.41 ID:MlvXbWbko
  ・  ・  ・

「……兎に角、今日は何も無かった。良いですね?」


 絞り出すような声。


「「……はい」」


 疲れきった声。
 暴れたせいで私の髪は乱れ、プロデューサーさんはシャツのボタンが二つ程飛んだ。
 痛み分けというには、痛みが大きすぎた。


「……」


 私は、魔法少女マジカルチッヒという事が知られ、変身中の全裸も見られた。


「……」


 専務は、魔法少女プリティーミッシーの姿を見られただけで、大ダメージだ。


「……」


 プロデューサーさんは、大きな秘密を二つ抱える事となった。
 魔法少女二人の正体を知るのは、どんな気持ちなのだろう。
 気にはなるが、それを聞く勇気は私にはない。


「それでは……私は、これで失礼します」


 今度は、誰もプロデューサーさんを止めない。
 そして、私もそれに続こうと、ソファーから立ち上がり――


「待ちたまえ。チッヒ、キミにはまだ話がある」
「……!?」


 ――かけた時、専務……いや、ミッシーがそれを止めた。
 多分、いや、絶対……プリティーで笑ったことを根に持ってるんだわ。
 ああ……今日中に帰れるかしら、私。

405: 名無しさん 2018/01/16(火) 23:52:26.53 ID:MlvXbWbko
  ・  ・  ・

「……」


 私は、二人の魔法……少女、はい、魔法少女の正体を知ってしまった。
 それは、不幸な事故であり、タイミングが悪かったとしか言いようがない。
 今後は、迂闊に路地裏に入るのは避けるべきだろう。


「……」


 上着のボタンをプチリプチリと外し、上着を翻した。
 シャツのボタンが二つ外れているので、風が吹くと少し寒い。


「……」


 彼女達は、平和を守るために戦っているのだ。
 ……そう、


「――笑顔のために」


 右のポケットからスマートフォンを取り出す。
 そして、ホームボタンを素早く三回押し、画面を起動。
 流れるように、暗証番号を画面を見ずに打ち込んでいく。


 ――3――4――6!



『LIVE――』



 スマートフォンから、二人分の女性の声が聴こえる。
 そして、スマートフォンを銀色のベルトにかざし、



「変身ッ!」



 私も、私の戦いに身を投じるため、変身した。



『――START!』



おわり

413: 名無しさん 2018/01/18(木) 17:02:11.36 ID:vsTCaTOpo
甘いの書きます

414: 名無しさん 2018/01/18(木) 17:09:18.75 ID:vsTCaTOpo

「……」


 シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルーム。
 彼は、自分のデスクに座りながら眠っている。
 きっと、ちひろさんがかけてくれたのよね、あの毛布。


「……」


 起こさないように、そっとドアを閉める。
 だって、この人が居眠りをするだなんて、本当に珍しいんですもの。
 ドアの開け閉めの音で起こしちゃうだなんて、勿体無いわよね。


「……うふふっ」


 どうやって驚かせちゃおうかしら。
 無難に、大きな声でワッと?
 それとも、毛布をバサッと取って?
 ああ、ダメ……考えただけで、ワクワクしちゃうわ!


「……」


 すぅすぅと寝息を立てる彼に、忍び足で近寄る。
 ぐるりと回り込んで、すぐ、手を触れられる所までたどり着いた。


「……」


 彼は、まだ起きない。
 

415: 名無しさん 2018/01/18(木) 17:17:41.27 ID:vsTCaTOpo

「……」


 本当に、よく眠ってるわね。
 もしかして、アナタの目付きが良くないのって、
そうやって寝ててちゃんとベッドで寝てないから?
 だとしたら、ちゃんと寝たらどんな顔になるのかしら。
 目が、キラキラしちゃったりするの?


「……」


 つい、と顔を近づけて、彼の寝顔を間近で観察する。
 いつもの、眉間により気味な皺は無く、まるで子供みたいな寝顔。
 それがとっても可愛らしくて、母性本能をくすぐられてしまう。
 あっ、くすぐって起こすのも面白そう!


「……」


 くすぐったら、どういう顔で笑うのかしら。
 アナタの大笑いする姿なんて、見たことがないもの。
 穏やかな笑みか、噛み殺すような笑みだけ。
 大口を開けて笑ったら……低い声も相まって、悪役みたいになっちゃうかしら?


「……」


 彼が、自分では気付いてないだろう頭頂部の寝癖。
 それを、人差し指でピコピコと揺らしてみる。
 それでも、彼は起きない。


「……」


 いつもだったら、この段階で起きるんですけど、ね。
 これはもう、もっとイタズラする他に無いと思うんです。

416: 名無しさん 2018/01/18(木) 17:26:24.10 ID:vsTCaTOpo

「……」


 デスクの横にしゃがみこんで、寝ている彼を目線を合わせる。
 と言っても、目を開けてるのは私だけ。
 一方的に、私がこの人を観察している。


「……」


 じい、と睨みつけてみる。
 ぷん、と怒った顔をしてみる。
 しゅん、と悲しい顔をしてみる。


「……」


 だけど、彼は目を開けない。
 それは当然よね、だって、寝てるんですもの。
 だから、ふにゃっ、と変な顔をしてみる。


「……」


 ――が、すぐにやめた。
 寝たふりをしているんじゃないかと思ったけど、そうじゃないみたい。
 私のあんな顔を見たら、この人は絶対に反応を示す。
 すぐにやめたのは……もし、あの顔をしている時に目を覚まされたら、
それこそどんな顔をしていいかわからなくなっちゃうから。


「……」


 高垣楓の、貴重な変顔を見逃しちゃいましたね。
 ちょっとアレな、レアな顔でしたよ。

417: 名無しさん 2018/01/18(木) 17:37:02.92 ID:vsTCaTOpo

「……」


 どうしたら、この人は驚くかしら。
 せっかくだから、この状況じゃないと出来ない驚かせ方をしたいわ。
 ワッと驚かせるのは、いつだって出来るものね。
 ……やった事は、無いけれど。


「……」


 そっと、彼の肩にかかっている毛布をはいでいく。
 思いもよらず、その毛布の手触りが良くて、ホゥ、となった。
 大柄な彼のためか、毛布は大きく、かなりの余裕があった。


「……」


 お邪魔しま~す。
 と、私は言葉に出さずに彼に断りを入れた。
 口の動きはちゃんと「お邪魔します」としてたんだし、見てないこの人が悪い。
 アイドルを見るのがプロデューサーの仕事でしょう?
 居眠りしてないで、仕事してください!


「……」


 座る彼の隣にしゃがみ、同じ毛布にくるまっている。
 だけど、離れていてはせっかくの毛布が台無しだ。
 だって、私と貴方の距離が空いてたら、冷たい空気が入り込んじゃうから。


「……」


 そうならない様、彼に体を密着させる。
 スーツ越しに感じる、体温。
 近づく事で、より鮮明に聞こえるようになった彼の寝息。


「……」


 まだ、彼は目を覚まさない。

418: 名無しさん 2018/01/18(木) 17:50:38.80 ID:vsTCaTOpo

「……」


 こんなに無防備で、この人は大丈夫なのかしら。
 もしも私が悪い人だったら、大変な事になってましたよ。
 わかってますか?


「……」


 間近で睨みつけても、彼の反応は無い。
 その事が、ちょっぴり寂しい。
 だって、この人は私が何かしたら、必ず反応してくれるから。
 心からの賞賛や、諦めたようなため息。
 そして、極々稀にだけど……お説教も。


「……」


 つん、と人差し指で彼の鼻をつついてみる。
 だけど、本当によく眠っているのか、反応は無い。
 つんつん、と二回つつく。
 それでも、彼は眠ったまま。


「……」


 鼻をつまむのは……それは、ちょっと可哀想よね。
 絶対驚くとは思うんだけど、まだ、もうちょっと彼を眺めていよう。
 不器用で、真っすぐで、とっても可愛らしい寝顔の彼を。


「……」


 カチリ、コチリと時計の針が時間が進んでいるのを告げている。
 それなのに、何故かこの穏やかな時間は、止まっているように思える。

419: 名無しさん 2018/01/18(木) 18:05:11.52 ID:vsTCaTOpo

「……」


 だけど、そろそろ彼を起こしてあげなくっちゃ。
 こんな体勢で寝てたら体が痛くなっちゃうし、風邪を引いちゃうもの。
 それに、イタズラをして起こすと決めてたし、ね。


「うふふっ」


 思わず零れた笑い声。
 それが、零れ落ちないように口を両手で塞いだ。
 あっ、良い事を思いついちゃった。


「……」


 そっと、彼の横顔に顔を近づけていく。
 普通は立場が逆だけど、私はしゃがんで、座ってるから逆でも良いですよね。
 ……ん? なんだかおかしいような、そうでもないような?


「……」


 居眠りをしちゃうような王子様には、お仕置きです。
 そう思う私は、今、どんな顔をしているのだろうか。
 わからないけれど、彼が起きた時に言う言葉はもう、決めてある。


「……」


 ゆっくりと、彼の頬に唇を近づけていく。


「……起きてくださ~い」


 こうすると目覚めるのが、掟、でしょう?



おわり



438: 名無しさん 2018/01/18(木) 21:06:19.18 ID:vsTCaTOpo

「っ……!?」


 ガン、ガンとバスの車体にまた衝撃が加えられた。
 その衝撃を与えてくる影の正体は――怪人。
 頭部がウサギ、と言えば可愛らしいが、
その顔は醜く、残忍な性格を隠すことなくこれでもかと表している。


「……」


 プロデューサーさんが、ゆっくりと立ち上がった。
 揺れる車内を悠然と歩く姿に、私達は息を飲んだ。


「新田さん」


 唐突にかけられた、声。
 その声はいつものように低く、落ち着いている。
 私達が何かした時の方が、焦ってるんじゃないかしら。


「は、はいっ!」


 思考して、返事をするのが遅れてしまった。
 きっと、プロデューサーさんは大事な事を言う。
 プロジェクトのリーダーとして、聞き逃す訳にはいかない事を。


「私は、此処を離れます」
「離れるって……何を言ってるんですか?」


 今も、バスは高速で走り続けている。
 止まったら、ウサギの怪人によって私達は終わりだ。
 だから、離れるなんて、出来ないはずなのに……。


「皆さんをお願いします」


 そう言うと、プロデューサーさんは上着のボタンをプチリプチリと外し、上着を翻した。

439: 名無しさん 2018/01/18(木) 21:12:38.84 ID:vsTCaTOpo

「……」


 プロデューサーさんの腰元では、大きな銀色のベルトが、輝きを放っていた。
 

「私が、奴を倒します」


 右のポケットからスマートフォンを取り出した。
 ホームボタンを素早く三回押し、画面を起動。
 流れるように、暗証番号を画面を見ずに打ち込んでいく。


 ――3――4――6!



『LIVE――』



 スマートフォンから、どこかで聞いたことのある女性の声が聞こえた。
 あの声は、確か……。
 プロデューサーさんは、スマートフォンを銀色のベルトにかざし、



「変身ッ!」



 言った。



『――START!』



 プロデューサーさんの体を光が包み込んでいく。
 光の粒子はやがて形を成していき、鎧を纏わせた。


 鎧は黒を基調としたもので、所々白い箇所もあり、まるでスーツのよう。
 すっぽりと全身を覆うその鎧の胸元では、
ピンクと、ブルーと、イエローの宝石のような物が輝きを放っている。
 プロデューサーさんが今、どんな顔をしているのかは、
目付きの悪いぴにゃこら太のようなフルフェイスに覆われ、見ることは出来ない。


「……」


 だけど私は、確かにその向こう側に希望を見た。

440: 名無しさん 2018/01/18(木) 21:24:28.59 ID:vsTCaTOpo

「だ、だけど……相手は物凄い速さで走ってるんですよ!?」


 今のプロデューサーさんは、とても強そうに見える。
 けれど、あのウサギの怪人よりも早く走れるというのか。
 あんな、高速で動く相手をどうやって……。


「はい。ですが――」


 カツン、カツンと歩く音が車内に響く。
 私達は、息を飲んで続くプロデューサーさんの言葉を待った。


「――私一人では、ありませんので」


 プシュウ、と音を立ててバス前方の出入り口が開いた。
 ウサギの怪人から逃げるため、景色が物凄い速さで流れていく。
 プロデューサーさんは、



「ピニャコラッター!」



 そう言うと、バスの車外へ躍り出た。
 いくら鎧を着ているとは言え、この速さで車外に出たらただでは済まない。
 そう思った私達の耳に届いた、低い、低い音声。



『ぴにゃぴっぴ』



 大きな、黒い影。
 その、巨大な黒い影はプロデューサーさんと地面の間に潜り込むと、
プロデューサーさんの体を乗せ、疾風のように走り出した。



『Unit debut!!』

441: 名無しさん 2018/01/18(木) 21:41:02.49 ID:vsTCaTOpo
  ・  ・  ・

「……」


 吹き付ける風も、スーツのおかげでほとんど影響は無い。
 ピニャコラッターも、今か今かと暴れる時を待っている。
 エンジンのあげる唸り声が、今はとても頼もしい。


「さあ、行きましょう」
『ぴにゃー』


 私が声をかけると、ピニャコラッターが返事をした。
 このマシンは、ただの大型のバイクではない。
 人工知能を搭載した、正に、相棒とも呼ぶべき存在だ。


「……!」
『ぴ~――……』


 速度を落として左足を地面に付き、少々強引にUターン。
 スーツを纏った私の脚は、彼の重量を支えきる。
 それに、こんな所で倒れる訳にはいかない。


「ふっ!」
『――にゃ~!』


 彼も、私も。
 ターン終了と同時に、急加速。
 地面についていた左足が、アスファルトに擦れ火花を上げた。
 高速道路を逆走し、すぐに目標を捉えた。



「UUUUKYUUUUUUU!!」



 私達は、バスに体当たりをせんとしていたウサギの怪人に、



「善処します!」
『ぴにゃっぴ!』



 速度を緩めること無く、全力で突撃した。

442: 名無しさん 2018/01/18(木) 21:56:10.08 ID:vsTCaTOpo

「おおおおっ!」
『ぴにゃ~っ!』


 高速で走る二つの物体の、正面衝突。
 勝ったのは、



「GYUUUUUUUU!?」



 私達だ。
 当然の結果です。
 何故なら、私達は一人ではないのだから。


「……!」
『ぴにゃっぴ!』
「GYUUUU!? GYUUUUUOO!?」


 ピニャコラッターは、ウサギの怪人をその前方に乗せ、バスから引き離していく。
 ウサギの怪人が暴れて脱出しようともがくが、それは叶わない。


「少し、お時間を頂けますか」
「GYUUUUU!? GYUUAAAA!?」


 私の両手が、ウサギの怪人を捕らえて離さないからだ。


『ぴにゃっ!』


 運転をピニャコラッターに任せ、距離を稼ぐ。
 ここまで来れば、もう心配は無いだろうか。



「ピニャコラッター!」
『ぴにゃぴっぴ』



 私の声を聞いたピニャコラッターは、壁を駆け登る。
 私達は一塊となり、高速道路の外へと飛び出した。

443: 名無しさん 2018/01/18(木) 22:17:46.09 ID:vsTCaTOpo

 一塊だった私達の影が、空中で二つに分かれる。
 それは当然、私達と、ウサギの怪人にだ。


「……」


 ピニャコラッターの上に立ち、彼を足場にして跳び、


「――企画!」
「GYUUUAAA!?」


『CooL!!』


 ブルーの光を纏った右の脚をウサギ怪人の頭部に見舞う。
 やはり、不安定な体勢で放った一撃では、あまり効果は望めない。


「――検討中です!」
「UUUKYUUAAA!?」


『Cute!!』


 しかし、それでも私は追撃の手を緩める事はない。
 ピンクの光を纏った拳をウサギ怪人の腹部に突き刺しつつ、地面に叩きつける。
 落下の衝撃が合わさったそれでも、仕留めるには至らなかった。


「KYUUUUUUUUU!!」
「ぐおっ!?」


 私の下で、ウサギ怪人が力を振り絞り、暴れた。
 あの速度が出せるだけの脚だ。
 その脚力は相当なもので、蹴り上げられた拍子に距離を空けられてしまう。


「――待ってください!」


 しかし、ここで逃がすわけにはいかない。
 ここで逃したら、いつ、またアイドル達にその牙を向けるかわからないのだから。


『Passion!!』


 私に背を向けて逃走を図ろうとしたウサギ怪人の脚を
銃の形にしていた私の左手から放たれたイエローの光が撃ち抜いた。

444: 名無しさん 2018/01/18(木) 22:33:40.21 ID:vsTCaTOpo

「KYUUU……KYUUUUU!!」


 それでも、奴は諦めなかった。
 最初の時の速さは見る影もないが、それでも、走り出す。
 一瞬、このまま逃してやろうと、そんな思いに駆られた。


「……」


 だが、それは出来ない。
 彼は怪人で、アイドルから笑顔を……その生命を奪おうとする者。
 そして私は、そんな彼女達を守る……プロデューサーなのだから。


「ピニャコラッター!」
『ぴにゃぴっぴ』


 呼ぶのが遅い、と言わんばかりに、ピニャコラッターが横に走り寄る。
 その背に跨り、私達は一つとなる。
 怪人を――倒すために。


『Tricoloooooor!!』


 ピンク、ブルー、イエローの3つの光を纏った‘私’は、ウサギの怪人に突撃した。
 3つの光の尾を引きながら、私はウサギの怪人を粒子にした感触を味わっていた。


『ぴにゃ~……』


 そんな私に、ピニャコラッターが声をかけてくる。
 彼のボディーを労るように撫でると、彼の鳴き声は止んだ。


 なくのはやめろ、ピニャコラッター。


 私達は、笑顔を守ったのだから。

445: 名無しさん 2018/01/18(木) 22:49:02.06 ID:vsTCaTOpo
  ・  ・  ・

「新田さん、ありがとうございました」


 合流したプロデューサーさんが、頭を下げてきた。
 それは、いつものとても丁寧なお辞儀。
 だけど、その表情はなんだか……。


「いっ、いえ……」
「……」


 プロデューサーさんがこんな表情をする理由が、私にはわからない。
 それなのに、今は、この人を放っておいては駄目な気がする。


「こちらこそ、ありがとうございました!」


 でも、こんな時にどんな顔をしたらいいかわからない。
 アイドルとして、リーダーとして、一人の人間として。
 こんな顔をしている人に、どんな表情を向ければ良いの?


「……」


 顔を上げて、プロデューサーさんを見る。
 私のそんな思いを察したのか、プロデューサーさんは右手を首筋にやって、困った顔をした。


「……新田さん」
「……」


 教えてください、プロデューサーさん。


「笑顔です」
「っ!?」


 思っていた事をズバリ言い当てられ、ビックリしちゃった。


「皆さんの笑顔のため、私はプロデューサーになったのです」


 だから、笑っていてください。
 そう言って笑ったプロデューサーさんの笑顔は、とても下手で、泣いている様に見えた。



おわり 

472: 名無しさん 2018/01/20(土) 00:55:51.69 ID:o0+VvCZ2o

「はぁ……んっ……はぁっ……!」


 千川さんの、美しい桃色の唇から艶めかしい吐息が漏れる。
 本来ならば聞くことはない、普段とは全く違う彼女の声。
 悶える姿から発せられる色気は、まるで極上の娼婦のよう。


「千川さん……!」


 千川さんに、声をかける。


「プロデューサー……さぁん……!」


 彼女も、息を切らしながらそれに応える。


「っ……!」


 私はプロデューサーであり、彼女は事務員だ。
 アイドル達よりも、近い関係。


「もう……! もう、私……!」


 彼女の、限界が近い。
 爪を立ててもがく千川さんが、苦しげな声を出している。
 私は、そんな彼女にかける言葉は一つしか思いつかない。


「……頑張ってください!」


 此処は、346プロダクションの社用車内。
 運転するのは私で、


「ぐっ……こ、こきゃっ、こ……!」


 千川さんは、助手席で腹痛に悶えていた。

473: 名無しさん 2018/01/20(土) 01:08:52.91 ID:o0+VvCZ2o

「っ……!」


 千川さんは、今日は午後からの出勤だった。
 プロジェクトメンバーを仕事先に送る、帰り道。
 その道程で、千川さんの自宅が近い事を知ってしまっていた。


「あっあっ……!」


 故に、事務所に戻る途中で千川さんを拾って帰る。
 そんな結論に至ったのは、至極当然の事だろう。
 仕事上の付き合いとは言え、人間関係は円滑にすべきだ。


「ひぃーっ! はっ、ほひぃーっ!」


 千川さんは、最初はその申し出を固辞していた。
 その事に彼女との距離を感じたものの、そのまま引き下がった。
 あくまでも、彼女の意思を尊重するべきだ、と。
 しかし、プロジェクトメンバー達が「せっかくだから」と強引に彼女を説得したのだ。


「……ふぅ……ふぅ……!」


 私達だけ、いつもプロデューサーさんに送迎をしてもらったりしている。
 だから、せっかくだからちひろさんもお願いしちゃいなよ、と。
 その時のプロジェクトメンバー達の、輝く笑顔が今は懐かしい。


「あっ……また波が……!」


 そんなメンバー達に説得された時の千川さんは、少し困った顔をしていた。
 しかし、上目遣いで茶目っ気を出しながら、はにかんだ千川さんの笑顔。
 ほんの少しの間だけど、ドライブデートですね……と、冗談交じりで。
 ああ、その台詞を聞いたメンバー達は、盛り上がっていましたね。


「ぐっ……おおお……!」


 千川さんは、今、何を思っているのだろう。
 出来ることならば、メンバー達を恨むような事は、しないで欲しい。

474: 名無しさん 2018/01/20(土) 01:20:03.72 ID:o0+VvCZ2o

「うん……うん……うっ……!?」


 波をやりすごそうとして、失敗したのだろう。
 チラリと横目で見た千川さんの顔は、普段の彼女とは似つかない。
 腹筋に力が入らないよう、顔の筋肉を全て弛緩。
 口はパカリと開き、視線は定まることなく宙を彷徨っている。


「はぁー……ほぉー……」


 最早、人の発する言葉ではない。
 壊れる寸前の蓄音機が奏でる、断末魔の音色。
 それを断続的に響かせる千川さんは、一体、何なのだろう。


「千川さん、もう着きます!」


 そんな事は、決まっている。
 プロデューサーの私を支えてくれる、大事な仲間だ。


「あっあっあっあっ!」


 千川さんが、一際大きな声をあげた。
 虚ろな目に飛び込んだ、城。
 私達が共に働く、346プロダクションの事務所だ。


「間に、合いましたね!」


 チラリと、横目で千川さんの様子を確認する。
 私の口元には、笑みが浮かんでいた。


「いいえ」


 だが、その笑みは続くこと無く、一瞬で掻き消えた。
 いつも、朗らかな笑みを浮かべる千川さん。
 彼女が一切の表情をなくしているというのに、どうして私が笑顔でいられようか。

475: 名無しさん 2018/01/20(土) 01:33:28.14 ID:o0+VvCZ2o

「プロデューサーさん」


 先程までとは違う、とても落ち着いた声。
 まるで、いつもの、優しい笑みを浮かべている時の彼女の声のようだ。
 しかし、


「私ね、今日はちょっと楽しみだったんです」


 無。
 今の彼女からは、何も感じない。
 そこに確かに存在するのに、その存在が虚空に飲み込まれているようだ。
 それは、彼女が消えて無くなりたいと、そう願っているからだろうか。


「お待たせしちゃいけないな、って準備もバッチリして」


 彼女の声を聞きながら、私は事務所の前に停車した。
 運転の片手間に聞くような、そんな話ではない。
 千川さんは今、とても大事な話をしているのだから。


「でも、こんな事になっちゃいました」


 彼女が目尻に涙を浮かべているのは、己の不甲斐なさからか。
 それとも、打ち寄せる後悔からか。


「……すみません、千川さん」


 私も、右手を首筋にやり、左手で自らの目元を軽く拭う。


「プロデューサーさんが、泣く必要は無いですよ」


 そう言って、千川さんは女神のような笑顔を私に向けた。


「……申し訳、ありません」


 違うんです、千川さん。
 あまりの臭さで、目がシパシパしてきただけなのです。

476: 名無しさん 2018/01/20(土) 01:48:47.71 ID:o0+VvCZ2o

「プロデューサーさんは、悪くありません」


 窓を開けても、良いだろうか。
 このままの状態が続くのは、非常にまずい。
 しかし、此処は事務所の前だ。
 いつ、誰が通って、窓から流れ出る悪臭を浴びるともわからない。


「全部、私が悪いんです」


 嗚呼、何故、私はこんな所に車を停めてしまったのだろう。
 前進し、社用車専用の駐車場に車を停め、脱出。
 後退し、どこか適当な所に車を停め、脱出。
 進むことも戻ることも、今となっては出来そうにない。


「……全部、私が」


 そう、全ては千川さんの許可を取ってからだ。
 この場に留まっていても、何も解決はしない。


「千川さん」


 可能な限り、優しく千川さんに話しかける。
 今の彼女は、とても傷ついている。
 自らを責め、全てを背負い込もうとしている。
 仲間として……断じて、見過ごすわけにはいかない。


「はい……何ですか?」


 気丈にも、彼女は涙を流していなかった。
 その強さは、私も見習いたいと、そう、考えます。
 しかし、私はこうも思うのです。
 その強さをお腹にも、少しだけ分けてあげて欲しい、と。


「……すみません。少し、待ってください」


 彼女が首を傾げた時に香った、シャンプーの香り。
 それが合わさった異臭が私の鼻を直撃し、意識が飛びそうになった。
 手を口元にやり、考え事をするフリをする。
 そうすれば、自然と鼻の穴を手で塞げるから。

477: 名無しさん 2018/01/20(土) 02:05:48.45 ID:o0+VvCZ2o

「……」


 千川さんが、私の言葉を待っている。
 次に発する言葉が、彼女のこれからに大きく関わってくるのは明白だ。
 出来ることならば、最善を。
 私と、千川さんのためになる、最も良い選択をしなければならない。


「……千川さん」
「……はい」


 だが、私はどの選択肢も選ばなかった。


「兎に角、この場を移動しましょう」


 選ばないという選択を選んだのだ。
 問題の先送りでしかない提案だが、今は、それで良い。
 私は今、一刻も早く窓を開けて新鮮な空気を肺に送り込みたい。
 申し訳ありません、千川さん。
 このままこの状態が続けば、私は地上で溺れてしまいそうなのです。


「そう、ですね」


 千川さんは、薄々だが私の様子を見て察していたのだろう。
 自分の生み出してしまったものが、とんでもない代物だという事に。
 自分だとわからないけれど、他人は鮮明に感じるという、アレです。


「では発車します」


 千川さんの同意を得た私は、すぐさま行動に移った。
 普段よりも口調が早くなってしまったのは気付いていたが、それは許して欲しい。
 この場を離れられるという事は、遂に、窓を開けられるのだから――!


「……!」


 しかし、焦った私は発車する前に窓を開けてしまった。



「あっ、ちひろさんにプロデュー……うえっ!? げほっ、ごほっ!」



 それが、さらなる悲劇を産んだ。

478: 名無しさん 2018/01/20(土) 02:28:41.46 ID:o0+VvCZ2o

「は、鼻が……!? それに、目が……!?」


 窓から解き放たれた悪臭の直撃。
 不意を付かれる形のそれは、彼女から嗅覚だけでなく、視覚まで奪ったようだ。
 突然の事に驚き、その両手は何かを探すように前に突き出されている。


「っ……!」


 彼女には申し訳ないが、時間とともに回復して貰うしか無い。
 今は、一刻も早く臭いの原因を取り除かなければならない。
 しかし、本当に申し訳ありません。
 外の世界を知ってしまった今、また、窓を閉めるのはとても難しいのです。


「どこ……!? どこ……!?」


 だが、このままでは発車出来ないのも事実。
 彼女の両の手が、車体に触れてしまう可能性がある。
 それだけは、なんとしても避けなければ。
 だから――



「Let’s go~♪ あのヒ~カリっ目指して~♪」



 ――私は、歌った。
 闇の中を彷徨う彼女を導くように、高々と、大声で。


「!」


 私の声は、彼女に届いた。
 その結果、彼女は『Star!!』の振り付けの通り、人差し指を天に向けていく。
 はい、これで安全に発車出来ますね。


「では、発車します」


 私は、感情を殺してつぶやいた。
 千川さんも涙と鼻水によって、視覚と嗅覚を奪われていた。
 だが、きっと私の声は届いただろう。
 その証拠に、千川さんの泣き声が一際大きくなったのだから。


おわり

481: 名無しさん 2018/01/20(土) 19:02:00.34 ID:o0+VvCZ2o
このスレはキワモノ多めでやろうと思っていました

キョン「ッ……仕方がない、変身ッ!」


8年前に書いた二次創作とのクロスオーバー三次創作を書きます
諸々やるので遅くからになります
面倒な人は飛ばしちゃってください

483: 名無しさん 2018/01/20(土) 21:40:19.89 ID:o0+VvCZ2o

 宇宙人、未来人、異世界人、超能力者。
 そんなもん居るわけねぇ! なんて思ってたのは、もう随分と昔のような気がするな。
 今の俺を取り囲む日常とやらは、そんな非日常的な人間達に囲まれるものになっている。
 
 宇宙人――長門有希。
 未来人――朝比奈みくる。
 超能力者――古泉一樹。
 そして、我らがSOS団の団長――涼宮ハルヒ。

 異世界人は残念ながら所属してないが、その代わりに神様が団長をやっている。
 そう考えると、お釣りが来る所かそれだけで大金持ちだ。
 そうは思わないか?


『異世界人と神の価値の違いとは』


 そんなもん知るわけねぇ!
 そもそも、異世界人とやらには会ったことすら無いんだぞ。
 もしかしたら、とんでもなく不細工な奴だったら、見た目が良い分ハルヒの方がマシだ。


『そう』
「そうだとも」


 なんて、他愛の無いやり取りをするのはいつもの事だ。
 俺がくだらない事を言って、律儀に長門がそれに答える。
 まあ、大抵は今みたいにグダグダになって終わっちまうんだけどな。
 それもまた、‘らしく’て良い。


『目標まで、あと20メートル』


 ああ、そうかい。
 この路地を曲がった先に――怪人が居るって訳だな。
 やれやれ、嫌になるぜ、本当。


「……変身」


 そう、俺は人知れずつぶやいた。

484: 名無しさん 2018/01/20(土) 21:52:59.17 ID:o0+VvCZ2o

 体中の細胞の一つ一つが、別のものに置き換わっていく。
 俺自身は、至って平凡な男子高校生だ。
 けど、変身をした後の俺は、違う。


「っ……!」


 腕が、脚が、体が、頭が、人間のそれとはかけ離れていく。


 ――化物!


 なんて、言われた事もあったっけな。
 ……そう、強がってみても、今でもハッキリと思い出せる。
 俺の今のこの姿を見た、ハルヒの怯えた表情を。


「…………」


 ああ、いかんいかん!
 アイツのあんな顔を思い出したら、余計に滅入っちまう。
 今はただ、いつもの、俺が愛する日常を守る事だけ考えよう。
 平凡で、たまに平凡とはかけ離れた刺激のある、あの日常を。


 ズシャリ、ズシャリ。


 地面を踏みしめる音が、ハッキリと聞こえる。
 強化された今の俺の聴覚は、ほんのささいな音すらも拾い上げる。
 普通だったら、まともじゃいられないんだろうな。


 だが、今の俺は普通ではないし、まともでもない。


 異形の――化物だ。


 そんな俺の耳に、いつもとは違う、電子音混じりの二人分の女の声が響いた。


『LIVE SUCCESS!!』


 ……やれやれ、一体何だってんだ?

485: 名無しさん 2018/01/20(土) 22:08:38.50 ID:o0+VvCZ2o

 あんな奇っ怪な音を聞かされて、はーいこんにちはー、
なんてヒョッコリと顔を出す程俺は間抜けじゃない。
 今はこんな見た目をしちゃいるが、本当は平和を愛する凡人だからな。
 ……なんて言っちゃみたが、どっちの姿が本当なんだろうな。
 わからんし、わかった所でやる事は変わらないが。


「…………」


 路地裏の突き当り、行き止まりの所に、男は居た。
 大柄で、無表情な男。
 黒いスーツの上下を着ちゃいるが、その顔つきはどう見ても一般人じゃない。
 現に、その男の足元からは、虹色の粒子が立ち上っている。
 ……仲間割れでもしたのか?
 だとしたら、アイツは‘どっち側’なんだ?


「――新手、ですか」


 低い声が、路地裏に響く。
 地の底から聞こえてくるようなそれは、隠れていても無駄だと、そう言っているようだ。
 やれやれ。
 どうやら、やるしかないみたいだな。


「…………」


 男は、姿を見せた俺の姿を見て、一瞬目を見開いた。
 おいおい、何を驚く必要があるんだ?
 アンタも、俺と似たようなもんだと思ったんだが。


「言葉を話す相手は、初めてだったものですから」


 顔に似合わず、随分と丁寧な口調だな。
 だけどな、油断させようと思ってしているなら、そいつは無駄だぞ。


「話し合いで終わるとは、思ってないだろ?」
「はい。そして、それは貴方も、でしょう?」
「違いない」


 男は、バサリと上着を翻し、銀色に光るベルトを露出させた。

486: 名無しさん 2018/01/20(土) 22:19:49.20 ID:o0+VvCZ2o

「…………」


 男は、右のポケットからスマートフォンを取り出した。
 見たことの無い機種だな。
 ホームボタンを三回押し、画面を起動。
 流れるように、暗証番号を画面を見ずに……って、器用だなオイ。


 ――3――4――6!


『LIVE――』


 スマートフォンから、さっきと同じ二人分の声が聞こえる。
 そして、男はスマートフォンを銀色のベルトにかざし、


「変身ッ!」


 言った。


『――START!』


 光に包み込まれた男の体に、黒い鎧が纏われていく。
 その胸元には、ピンク、ブルー、イエローの宝石のような物が輝きを放っている。
 目付きの悪い……なんだったっけか、あのキャラ。
 なあ、アンタのそのフルフェイス、どっかで見たことがあるんだ。
 こういうのって、すぐに思い出さないとボケるって言うだろ?
 戦う前に、教えてくれないか。


「……ぴにゃこら太、です」


 ああ、そうかい。


「不細工で、殴りやすそうな顔で助かったぜ!」


 可愛い顔だったら、殴ると心が痛むからな。
 今のアンタの顔なら、そんな心配はしなくて済む。
 変身前の顔だったら……おっかなくて、逃げ出してたかもな。

487: 名無しさん 2018/01/20(土) 22:33:49.99 ID:o0+VvCZ2o

「おおっ――」


 地を蹴り、一瞬で相手との間合いを詰める。
 その拍子にアスファルトがボゴリと凹んだが、後で長門に言わきゃならん。
 でないと、あの穴に躓く人が出ちまう。
 ……なんて、そんな考え事をしながらのパンチは、


「――らあっ!」
「善処します!」


 黒い不細工面の放った拳で、容易く迎撃された。


「っ……!?」


 速い。
 コイツ、直線で放った俺のパンチを‘横から’撃ち落としやがった!
 想定外の出来事に、あっけなく体勢を崩す。
 間違いない。
 コイツは、今まで戦ってきたどの怪人よりも、強い!


「くっ――!」


 慌てて後ろに飛び退こうとするが、奴の左手が銃を模した握りになっているのが見えた。
 ……おいおい、マジか。


「――企画!」
「う、おおおっ!?」


 夜の闇を照らすような、イエローの光が俺の体を貫いた。


『Passion!!』


 うるせえ!
 パッションだかファッションだか知らないが、飛び道具なんて聞いてねえぞ!


「――検討中です!」


『Cute!!』


 そんな俺の抗議の声は、輝くピンクの拳が腹に打ち込まれた事で中断させられた。

488: 名無しさん 2018/01/20(土) 22:50:11.15 ID:o0+VvCZ2o

「ぐ、あっ……!」


 強い。
 イエローの光が打ち込まれてから、全身が痺れる。
 ピンクのパンチをもらった腹は、まるで爆発したみたいだ。
 相手を舐めていた。
 そう、言わざるを得ない。


「…………」


 ズシャリ、ズシャリと、重量を感じさせる足音。
 それが近づいてくる事に、俺は恐怖を――……覚えない。
 例えコイツが何だろうと、俺は負けるわけにはいかない。
 負けは、俺の愛すべき日常が壊れる事と、同じなのだから。
 それに比べれば、どんな敵だろうと恐れる必要は無い。


「なあ……アンタの戦う理由は、何だ?」


 呼吸を整え、腰を落とした状態で、男に問いかける。
 悪いな、この技はちょいとばかし溜めが必要なんだ。
 卑怯だと思うかい? 必死なんだよ、俺だって。


「……笑顔です」


 その笑顔ってのは、アイツを殺して、って事か。
 だったら、こっちも全力でいかせて貰う。
 さっきと同じと思ったら、大間違いだぜ。


「アイツを殺して? あの、仰っている意味が、よく――」


 初めて見せた、大きな隙。
 それを見逃してやる程、俺はお人好しじゃあない。
 最も、今の俺が人と言えるかは微妙な所だけどな。


「ライダー――」


 両足に溜めた力を――


「――キック!」


 ――爆発させた。

489: 名無しさん 2018/01/20(土) 23:09:51.70 ID:o0+VvCZ2o

「っ!?」


『Cooooo――』


 ブルーの光を纏った右足で迎撃しようとしたようだが――遅い。
 悪いな、これは俺の必殺技なんだ。
 相手を必ず殺す技――ライダーキック。


「ぐおおおおっ!?」


 俺の脚が、男の体の中心を捉えた。
 すさまじく硬いが、確かな手応え。
 激突時に発生した衝撃波が、ビリビリと空気を揺らす。


「あ――ぐ、あっ!」


 吹き飛んだ男は背後の壁に叩きつけられ、磔になった。
 凄いな、壁にめり込む程硬いのか、アンタ。


『LIVE Failed……』


 響く二人の女の声と共に、変身が解けていく。
 だが、その姿はズタボロで、体中は傷だらけ。
 シャツには血が滲んでいるし、口からは血を流している。
 悪いな、上着の袖、取れちまいそうだ。


「貴方は……」


 男は、そんな姿になりながらも、倒れる事は無かった。
 歯を食いしばり、手で膝を掴み、必死の形相でこちらを見ている。
 良いぜ、最期の言葉くらい聞いてやるさ。


「アイドル達を狙う怪人、では……無いのですか?」


 ……は?


「……アイドル?」

490: 名無しさん 2018/01/20(土) 23:27:08.85 ID:o0+VvCZ2o
  ・  ・  ・

「…………」


 不幸な事故や、争いごとが無くならないのには、理由がある。
 その時は最善だと思った行動や、自分が正しいと信じて取った行動。
 そいつが、何の因果かおかしな形で噛み合って起こっちまう。
 神様の気まぐれだってんなら、俺はハルヒの頭にチョップをくらわさにゃいかん。

prrrr!prrrr!

 携帯が音を立てる。
 着信音の変更はしてなかったが、この機会だから着歌とやらを
ダウンロードしてみるのも悪くないかもしれないな。


「――はい、もしもし」


 通話ボタンを押して、日本人が電話に出たらよく言う台詞を口にする。
 電話の向こう側で、ハァハァと疲れたような息遣いがした。


『あの……すみません。道に……迷ってしまって……!』


 いや、説明しましたよね?
 さっき、イチゴとティラミスのクレープを買ってきたって聞いたばかりなんですが。
 あの、迎えに行った方が良いですか?


『! 申し訳ありません。少々お待ちを』


 電話口の向こうで、息を飲む声がした。
 やれやれ。
 年上だってのに、こんな高校生相手にも真面目なんですね、アンタって人は。


『すみません。アイドルに、興味はありませんか?』


 通話はそのままに、胸のポケットにスマートフォンを入れているのだろう。
 スカウトしようと、誰かに声をかけている様子が伝わってくる。


『あたし、アイドルには興味無いの。不思議探索の邪魔しないで』


 おい、今の声は……!?


『待ってください! せめて、名刺だけでも――!』



おわり



629: 名無しさん 2018/01/29(月) 22:55:04.63 ID:uyeMHfdLo
今西部長Pコミュ2書きます

630: 名無しさん 2018/01/29(月) 23:06:43.97 ID:uyeMHfdLo

「どうだね、高垣くん。ボイスレッスンの調子の方は」


 と、聞いてはみたものの、こりゃあただの世間話のきっかけにすぎない。
 彼女の歌声を聞いたのならば、そっちの方が順調というのはわかる。
 話をするには、まずは順序ってものが大事なのさ。


「はい……トレーナーの方も、褒めてくださいます」


 うんうん、そうだろうとも。
 さあて、ここからが問題だ。
 何せ、私が今から手を入れようとしているのは……人間関係に関してなのだから。
 彼女と――……あの、不器用な男との、ね。


「ふむ……あの男は、何か言っていたかい?」


 あの男、で通じる程度の期間は高垣くんと向き合ってきたつもりだ。
 現に、今の私の言葉を聞いて、目の前の美しい女性が顔を曇らせている。
 こりゃあいかん、いかんよキミ。


「ええと……特に、何も」
「何もかい? 一言も?」


 驚いた。
 あの男は、本当に自分が無口な車輪にでもなったつもりなのだろうか。
 車輪でも回ればゴトゴトと音を鳴らすというのに、何も……とは。


「……はい」


 高垣くんは、モデルの世界からアイドルの世界に飛び込んできた人間だ。
 不慣れなことに戸惑うだろうし、そのために彼を付き添わせたりもしたのだが。
 ……どうやら、あの男は、言葉を発するのを恐れているらしい。
 自分の言葉が、輝かしい未来が待っている彼女へ悪い影響を与えてしまうのではないか、と。


「ふうむ、そうか……」


 だがね、彼は思い違いをしている。
 言葉によって起こるすれ違いや、衝突もあるだろう。
 それを恐れて何も喋らず、無言で居続ける……それは、大きな間違いだ。
 無言も、‘言’という文字が入っているだろう?
 無言も、一種の言葉として相手は受け取る場合もあるのだよ。

631: 名無しさん 2018/01/29(月) 23:20:23.30 ID:uyeMHfdLo

「率直に聞くが、キミは彼が苦手かい?」


 高垣くんが話しやすいように、少しおどけた調子で。
 悪巧みをここだけの話で、というように、ニヤリと笑いかけてやる。
 内緒話というのは、人の口を時に硬く、そして軽くもするのだよ。


「あの……私、思い出したんです」


 黙って、続く彼女の言葉を待つ。
 こういうのは、焦っちゃあいけない。
 柔和な笑みを浮かべて、相手が飛び込んでくるのを待つ。
 飛び込んできた所をガブリ、だ。


「実は……人見知りだった、って」


 カツンッ、と私の張った意地悪な罠がマヌケな音を立てて不発に終わった。
 だが、それを表情に出すわけにもいかない。
 それにしても、高垣くんが人見知り?
 そりゃあ、一体何の冗談だい、ええ?


「今更ですよね……でも、何故か、今まであまり気にならなくて」


 続けて、と先を促す。
 しかし、ふむ……そうか、人見知りが気にならなかった、ねぇ。
 彼女にとっては一大告白なのかもしれないが、私の思考は別の所にあった。


「でも、こうして意識した途端に……」


 高垣くんは、彼に付き添われてレッスンを受ける事が多い。
 それで人見知りを感じる事が無かったというのは、果たしてどういう意味だろう。
 案外、あの男が無口を貫いていたのは、正解の一つだったのかも知れないね。
 その証拠に、不安を抱えもしたが、ボイスレッスンでは着実な成果を上げている。
 ……と、言うことは、だ。


「もっと相談したいんですけれど、うまく……言葉が……」


 ここからは、私の出番という訳だね。

632: 名無しさん 2018/01/29(月) 23:35:39.24 ID:uyeMHfdLo

「キミの様な美しい女性に意識されるとは、私もまだまだ捨てたもんじゃないねぇ!」


 はっはっは、と笑いながら言う。
 今はこの話は終わり、というサインだ。
 高垣くんもそれを察してか、うふふと上品に笑っている。


「――さて、この後の予定はわかっているかな?」


 笑いを上着のポケットにしまい込み、仕事の顔に。
 人間関係の事も大事だが、彼女のスキルアップも必要不可欠だ。
 彼女も、はい、と頷いた。


「ダンスレッスン、ですね」


 ビジュアル面も、歌の面も文句のつけようが無い。
 だが、彼女が目指しているのはモデルでも、歌手でもない。
 高垣楓が目指しているのは、アイドルなのだ。
 何故、その道を選んだのかはわからないが……。
 彼女の言葉を信じるに、なんとなく、の割にはやる気に満ち溢れているね、良い事だ。


「ポーズを決めるセンスは、多少あると思います」
「そうだね、元モデルだから、そこは心配していない」


 問題は、その先。


「でも……踊ったことはありません」


 彼女の年齢で、踊ったことが無い人間がアイドルとして大成した事があっただろうか。
 動きや筋力などは、若い内、十代の内に培われた物が大きく作用する。
 経験のない彼女が、果たしてどこまでやれるのだろう。


「……」


 高垣くんも、それを不安に思っているのだろう。


「まあまあ、まずは踊ってみてから考えようじゃあないか」


 そんな不安を取り除いてやるのも、今の私の役目だ。
 さあて、ちょいとばかり頑張ろうかね。

633: 名無しさん 2018/01/29(月) 23:52:42.99 ID:uyeMHfdLo
  ・  ・  ・

「……とりあえず、軽く音楽に乗ってみますね」


 ダンスレッスンをするホールには、私と、高垣くんと、


「はい。お願いします」


 必要な事以外は喋ろうとしない、この男だけ。
 本当ならば初日からトレーナーを付ける予定だったのだが、断った。
 踊ったことが無い人間に、いきなりトレーニングをさせるのは酷というもの。
 急がば回れ、と言うだろう?
 クルリクルリと回ろうじゃないか、なあ、キミ達!


「はぁっ……! はぁっ……!」


 真剣な顔で取り組む高垣くん。
 そのステップはとても拙く、見ていてこちらが不安になる。
 まるで、今にも折れてしまいそうな細い脚を懸命に動かしている。


「――はい、ストップ!」


 パンと手を叩き、彼女の動きを止める。
 流れ続ける音楽の中、高垣くんは不安そうな顔でこちらを見ている。
 問題点を自分でもわかっている‘つもり’なのだろう。


「踊ってみた感想は?」
「足が……フラフラします」
「うんうん」
「こうなってしまうのは、何が原因でしょう?」


 真剣な顔で質問してくる彼女に、思わず笑みを返しそうになる。
 だが、私が今からしようとしているのに、それは、まだ早い。
 せっかくの機会だ、より良いタイミングで、最高のものを。


「――キミは、どう思う?」
「わ、私……ですか?」

 隣に立っている男の顔を見上げ、問うた。
 話を振られると思っていなかったのか、驚いたようだ。
 右手を首筋にやって困っている場合ではないよ、キミ。
 キミにはアイドルのために、人働きしてもらわにゃいかんのだからね。

634: 名無しさん 2018/01/30(火) 00:11:16.01 ID:f1/TjlWLo

「ああ、まずはキミの意見を聞こうじゃないか」


 まずは、と付ける事で彼の本音を引き出しやすくする。
 次に私が発言するとなれば、言いにくい事も、言い易くなるだろう。
 大丈夫、フォローは私に任せ給えよ。
 ……なんて、そんな視線を彼に向けると、


「筋力不足かと、そう、思います」


 迷いなく、キッパリとそう言った。
 高垣くんを真っすぐ見た彼の顔は、プロデューサーの顔をしている。
 そうそう、それだよ。
 私はキミのそんな顔が見たくて、必死に引き止めたんだ。


「筋力不足……ですか」


 それに対し、高垣くんも彼と視線を合わせた。


「確かにそうかも知れません。私、脚が細いので大きな動きに耐えきれなくて……」
「ですが、それも高垣さんの魅力の一つだと、私は思います」
「そう、でしょうか? 何せ、ダンスの経験が無くて……」
「はい。なので、トレーニングの内容やステップの練習等は、よく考える必要があるかと」
「経験があるのは……精々踊り食いくらい、なんて」
「……高垣さん?」


 おっと、真面目な彼では、不思議な彼女の手綱はまだまだ握れないらしい。
 まだまだと言っても、今後も手綱を引けるようになるかはわからないが、ね。


「筋力不足、か。うん、確かにそれもある」


 脱線しそうな彼らの話を無理矢理本線に引き戻す。
 私の言葉を聞いて、二人はハッとなってこちらを見た。
 その顔は、真剣そのもの。
 うんうん、実に素晴らしい、やる気に満ち溢れている。


「よし、それじゃあ筋力がありそうなキミ、踊ってみたまえ」


 だがね、それだけじゃあ駄目だ。
 私は、男の肩にポンと手を置き、言った。

635: 名無しさん 2018/01/30(火) 00:26:56.50 ID:f1/TjlWLo

「わ、私がですか……!?」


 そんな事を言われるとは思ってもみなかったのだろう。
 この男がこんなにも面白く、慌てふためく様を初めてみたよ。


「キミはダンスの経験はあるかい?」
「あ、ありません」
「ならば、丁度良いじゃあないかね」
「何がですか!?」
「筋力のある、ダンスの素人が踊ったらどうなるのか、見せてもらおうじゃないか」
「……!?」


 優秀なこの男の事だ。
 私が冗談や酔狂でなく、本気で踊ってみろと言っているのがわかるだろう。
 だからこんなにも驚き、抵抗している。
 はっは、愉快愉快!


「まあ……それは、私も少し興味があります」
「だろう?」


 クスクスと笑いながら、高垣くんが言った。
 それに合わせて、私も少年の様にニヒヒと笑いながら相槌をうつ。
 大きな子供達を前に、大きな男はただただ困るばかり。


「いえ、しかし……私は……!」


 全く、キミも頑固で融通がきかないな。
 仕方がない……あまり話し込んでいては、レッスンの時間が無駄になってしまう。
 特別に、私の手の平の上で、


「私も一緒に踊ってやろうじゃないか、ほら!」
「ぶ、部長!?」


 強引に男の手を取り、簡単なステップを踏む。
 どうせ手を取って踊るなら、キミみたいな大男じゃあなく美しい女性が良かったよ。
 ん? 美しい女性が、この場に一人居るじゃあないかって?


「~♪」


 残念だが、彼女は今、笑顔で我々のダンスに歌を乗せている真っ最中なのさ。

636: 名無しさん 2018/01/30(火) 00:48:07.04 ID:f1/TjlWLo
  ・  ・  ・

「どうだい? ダンスレッスンは?」


 ダンスレッスンの終わり際、フラフラな様子の高垣くんに聞いた。


「――ええ、とても……楽しかったです」


 そう言った彼女の笑顔は、とても輝いていた。
 それはアイドルに相応しい、唯一無二の表情。
 真剣な顔も良いが……やはり、こうでなくてはいけない。
 その一方で、


「キミは楽しかったかい?」


 レッスンホールの壁にもたれかかって座る男が、息を切らしていた。
 上着はとうに脱ぎ捨てられ、ネクタイもとうに無い。
 シャツのボタンは二つ程外されているし、袖も思い切りまくっているね。


「そう……です、ね……はい」


 途中からパートナーを交代し、私は彼と彼女が踊るのを見ていた。
 そりゃあそうだろう。
 何が悲しくて、男なんかと踊り続けなければならないんだね。
 キミも本望だろう? とびきりの美人と踊る機会なんて、早々無いよ。
 しかしアレだね……彼女はまだ立って歩けるというのに、


「体力不足かと、そう、思うよ」


 私の言葉を聞いて、男はがっくりとうなだれた。
 それを見て、鈴の音を転がすような笑い声が響いた。


「――よし! 飲みに行こうか!」


 キミ達も、今日の仕事はもう終わりだろう。
 汗をかいた後のビールは、染み渡るように美味いからねぇ!
 きっと、今日の酒はとびきり美味いに違いない!


 弾むような声と、諦めたような声。
 二つの声が、同じ言葉で、重なって私に届いた。
 パート分けとは、洒落たことをしてくれるじゃあないか。


おわり

667: 名無しさん 2018/01/31(水) 22:21:41.67 ID:whmrO/bBo
今西部長Pコミュ3書きます

668: 名無しさん 2018/01/31(水) 22:44:08.41 ID:whmrO/bBo

「はい、行っておいで」


 今日は、高垣くんの宣材写真の撮影に来ている。
 さすがは元モデル、慌てることなく、落ち着いた様子だ。
 そんな彼女を送り出し、私は隣に立つ無口な男に声をかける。


「……さて、どうなると思う?」
「何も、問題は無いと思います」


 無表情に、カメラに向けてポーズを取る高垣くんを見ながら言った。
 ふむ、問題は無い、か。
 キミも、私と同じ事を考えていたようだね。


「あっさりOKを貰えてしまいました……」


 確かに、元モデルの高垣くんの魅力が引き出された、最高の一枚が撮れた。
 だが、


「あの……今ので良かったんでしょうか?」


 それじゃあ駄目だ。
 その事を彼女も自然とわかっていたのだろう。
 一発でOKが出たと言うのに、問いかける声には不安が混じっている。


「せっかくアイドルになったのに、モデル時代と変わらない、無表情な写真……」
「ふむ、OKは出たんだよ?」


 さあて、彼女は自分自身で気付けるかな?
 確かに、ここで私が答えを言うのは簡単だ。


「少し、何と言うか……心残りです」


 しかし……それでは面白くない。
 こちらだよと手を引いて辿り着けるのは、所詮手を引ける所までなのだから。
 今は、彼女自身の歩く力を養う場面。
 そうでなければ、この先もアイドルとしてやっていく事は出来ても、先細りになってしまう。
 目指す場所は同じでも、辿り着き方というのは非常に重要なのだ。


「……高垣さんは、いつも無表情なのでしょうか?」


 ほう、ここで助け舟を出すか。
 しかし……キミがそれを言うかね?

669: 名無しさん 2018/01/31(水) 23:04:53.88 ID:whmrO/bBo

「はい。雰囲気が良いから、そのまま……って」


 高垣くんは、モデル時代との違いに戸惑っている。
 カメラマンも、彼女の堂々とした姿にやられてしまっても仕方ない、か。
 しかし、忘れてはいけないのは、宣材写真の主役はあくまでアイドル。
 アイドル、高垣楓自身の魅力を最大限に伝えなければならない。


「普段から感情も出さない方ですし……」


 成る程、彼女は自分自身をそう評しているのか。
 それならば、撮影時にモデル時代のように振る舞ってしまうのもわかる。
 だがね、此処にはキミ以上に感情を表に出さない男が居るのだよ。


「そう、でしょうか? 私には、貴女がとても表情豊かに見えます」
「えっ?」


 ふうむ、今は少し感情的になっているようだね。
 そうなってしまうのは、キミがやはり根っからのプロデューサーだからだろう。
 よしよし、中々にいい傾向じゃあないか。


「アイドルらしく無い、と……思っていたんですけど」
「高垣さんの考える、アイドルらしさとは何ですか?」


 男の問いかけに対し、高垣くんは頬に手を当てて少し考え、言った。


「……試しに、表情を作ってみてもいいでしょうか」


 このままでは手応えがありませんから、と。
 はっは! 言うに事欠いて手応えがないとは、こりゃあ大物だ!
 さあて、キミは、一体どんな表情を見せてくれるのかな?


「こんな感じ?」


 それは、小さな微笑み。
 しかし、私にはそれが、先程の最高の一枚を軽く超えるものに見えた。
 小さな微笑みだが……これは、大きな一歩だ。


「もう少し、笑って頂けますか」


 おいおい、キミは誠実で不器用なだけかと思っていたが、案外欲張りだね!?

670: 名無しさん 2018/01/31(水) 23:29:25.68 ID:whmrO/bBo

「小さい……ですか?」


 私は、先程の小さな微笑みで満足してしまった。
 あれだけでも十分に彼女の魅力は伝わると思ってしまった。
 だが、隣に立つこの男はそうではなかったらしい。
 無言で頷く彼の横顔を見ながら、あの時引き止めて良かったと、心の底から思った。


「難しいですね……何か楽しい事でも思い出せれば……」


 だが、若造にやられっぱなしというのも癪だ。
 年寄りならではの、経験からくる老獪さというのも見せてやろうじゃあないかね。


「ふむ、楽しい思い出ねぇ」


 と、顎に手を当てて隣に立つ男を見る。
 私の視線に二人は気付き、それぞれが違う反応を示す。
 一方は、無言で右手を首筋にやり、


「……」


 そしてもう一方は、手を顔の前でパンと合わせ、


「ありました。あの思い出……ふ、ふふふふふっ」


 そのまま手を口元にやって、コロコロと笑いだした。
 彼女が何を思い出しているのかまではわからない。
 わからないが、男にチラリと視線をやる度に、その笑みが深くなっていく。


「思い出すと止まらなくなっちゃうから、忘れようとしてたのに……!」
「……」


 ううむ、こりゃあちょいとばかり笑いすぎじゃあないかな。
 確かにとても魅力的な表情ではあるが、体がカタカタ震えているよ。
 それじゃあ写真を撮ってもブレにブレてしまう。


「高垣さん……あの、もう」
「ああ、すみません……うふふっ! もう、こっちを見ないでください、ふふふっ!」
「……仕方ない人ですね」


 成る程、キミが苦笑いをするとそういう顔になるのか。

672: 名無しさん 2018/01/31(水) 23:55:58.51 ID:whmrO/bBo
  ・  ・  ・

「……ふふっ、あぁ、楽しい!」


 ひとしきり笑って満足したのか、高垣くんはふぅと息をついた。
 いつの間にか、撮影ブースに居るスタッフが全員彼女に注目していた。
 人を引きつける魅力。
 アイドルに欠かせない資質を彼女は持っている。


「もう一度、撮り直しをなさいますか?」


 それを引き出すきっかけを作った男は、無表情に言った。
 質問をしているが、彼女が返す答えはわかっているのだろう。
 勿論、私もわかっているとも。
 彼女ならば、こう言うに決まっている。


「はい、お願いします」


 ……とね。
 幸い、一枚目を撮るのに時間が殆どかからなかったので、まだ余裕はある。
 むしろ、最初の撮影時間よりも、彼女が笑っている時間の方が長かったくらいだ。
 ……おやおや、こちらが何も言わなくても、もう撮影の準備を始めているとは。
 撮影スタッフもリベンジ、といった所かな?


「――それでは、行ってきます」


 高垣くんの、綺麗なお辞儀。
 その、顔を上げた時の表情を見られたのは、幸運だった。
 それは、今まで見たことのない、とてもキラキラしたものだったから。


「良い、笑顔です」


 笑顔。
 それは、アイドルには欠かせないもの。
 それを最大限に引き出すのが、プロデューサーの役目だ。
 遠くなっていく高垣くんの背中を見ながら、隣に立つ男に問いかける。


「プロデューサー、またやろうとは思わないのかね?」


 返事は無い。
 だが、彼女に出会う前まで、彼はそれを頑なに拒否してきた。
 私は、無口な車輪に、昔と変わらない一本の軸が通ったのを感じていた。



おわり



675: 名無しさん 2018/02/01(木) 14:17:12.68 ID:BpE3Kw20o
今西部長Pコミュ4書きます

676: 名無しさん 2018/02/01(木) 14:35:24.18 ID:BpE3Kw20o

「待ってください! まだ、早すぎます!」


 部屋に、大きな声が響き渡った。
 予想はしていたが、これほどまでに大きな反応を見せるとは。
 いつもの無表情は鳴りを潜め、焦燥と困惑がその顔で陣取っている。
 だが、私は自分の意見を変え気は無い。


「いいや、彼女にはLIVEを行って貰う」


 彼女――高垣楓くんの、デビューLIVE。
 少々強引な形になってしまったが、なんとか取り付けた。
 プロダクションの規模からすれば、とても小さな小屋だ。
 だが、今はそれで十分。


「高垣さんには、まずは握手会等で経験を積んでもらい――」
「――場に慣れ、自信がついた時には……いくつになっているのだろうねぇ」
「それ……は……!」


 彼は、高垣くんが無理なく、一歩一歩階段を上れる道を示している。
 しかし、それではあまりにも時間がかかりすぎてしまう。
 彼女がまだ年若い、それこそ十代の少女だったならばそれでも良いだろう。
 着実に、踏み外さないようにゆっくりと階段を上る……結構な事だ。


「それにね、キミ」


 私自身も、これが必ずしも彼女にとって最善だと思っていない。
 だが、彼女を取り巻く環境等を考慮すると、今しか無いのだ。
 アイドルの寿命というのは、短い。
 一瞬でも輝ければそれで十分、とは、私の立場ではとても言えない。


「彼女……高垣くんのプロデューサーは私だよ」


 高垣くんには、駆け足で階段を昇ってもらう。
 当然、無理をさせてしまう事にもなるだろう。
 今回のように、次の段に足がかからないかもしれない場面も出てくるだろう。


「……!」


 そんな時のために、我々が居る。
 不器用で、誠実で、何よりも情熱を持った男よ。
 己の無力感に苛まれる前に、早く思い出せ。

677: 名無しさん 2018/02/01(木) 14:54:26.58 ID:BpE3Kw20o
  ・  ・  ・

「やあやあ、バッチリ決まっているじゃあないか!」


 控室に入り、目に飛び込んできた高垣くんの姿に目を奪われた。
 緑を基調とした衣装が、
アイドルらしい華やかさと、彼女の持つ神秘的な雰囲気を見事に調和させている。


「部長さん……」


 しかし、その表情はすぐれない。
 昨日は緊張でよく眠れなかったのだろうか、少し、目が充血している。
 人前で歌う、という事自体が初めての経験だ、無理もない。
 ぎこちなく上がった口角は、笑顔とはとても呼べるものではない。


「初めてのLIVE、緊張するかね?」


 わかりきっている事をあえて聞く。


「……はい、とても」


 言葉に出すことで、更にそれを自覚し、深みにはまっていく。
 いいや、今のは私がそうさせたのだったね。


「そうか……緊張するか」


 残念だが、キミのプロデューサーはとても意地悪なのだよ。
 キミがそうなってしまうのは、わかっていた。


「そりゃまた、どうしてだね?」


 しかし、この程度の苦難は乗り越えてもらわなければ。
 私はね、キミの姿を見て、歌声を聞いた時に確信したんだ。
 高垣くん、キミはトップアイドルになる、とね。


「どうして……ですか?」


 そのためならば、私も手を尽くそうじゃあないか。
 なあに、階段が高く、目の前にそびえる壁のように見えたとしても、何てことはない。
 軽いステップで、ひょいと次に進めると思わせてしまえば良いだけのこと。

678: 名無しさん 2018/02/01(木) 15:14:18.63 ID:BpE3Kw20o

「沢山の人の前で、歌を披露するのは初めてで……」


 彼女の言う事はもっともだ。


「遅かれ早かれ、経験する事さ。確かに、今回はちょいとばかり早いけどね」


 しかし、アイドルならば、やって当然。


「けれど、失敗をしてしまったら、お客さんをガッカリさせてしまいますし……」


 素晴らしいプロ意識だ。
 相手を――ファンを楽しませるのがアイドルだと、理解している。
 そのせいで身動きが取れなくなっているのなら、話は早い。


「はっはっは! デビューLIVEに完璧を期待する人間はいないよ!」


 元モデルという事の弊害、か。
 写真を撮り直し、完璧を求めていくのが今までの彼女の仕事だったのだろう。
 だが、アイドルは違う。


「高垣くん、キミは新人アイドルだ」


 完璧な歌を求めるのならば、レコーディングされたものを聞けば良い。
 完璧なダンスを求めるのならば、それこそその道の人間のものを見るのが一番だ。
 だが、LIVEは必ずしもそうではない。
 ましてや、新人アイドルのデビューライブなら言わずもがな。


「新人アイドルが皆完璧だったら、ベテラン達の立つ瀬が無くなってしまうよ」


 両手を上げて肩をすくめ、おどけた調子で言う。
 それを見て、高垣くんが小さくクスリと笑った。
 よしよし、まずは第一関門突破、と言った所かな。


「なあ、キミもそう思うだろう?」


 と、隣に立ち、空気に徹していた男に話をふった。
 彼は、右手を首筋にやり、無言。
 他人事ではないよ、キミ。
 キミにはこれから、アイドルのために大いに働いてもらうのだからね。

679: 名無しさん 2018/02/01(木) 15:34:08.74 ID:BpE3Kw20o

「高垣くん、キミは、アイドルだ」


 ゆっくりと、染み込ませるように。


「心細さも、わかる。不安も、わかる」


 それでも、キミならば大丈夫だと確信している。


「だが、キミは一人ではない」


 私も居るし、この男も居る。
 それに、何より――



「――キミには、応援してくれるファンが居るんだからね」



 新人アイドルの、デビューLIVEの、小さな箱。
 そこにわざわざ足を運び、彼女の姿を見、歌を聞こうとする人々。
 ハッキリ言ってしまえば、変わり者の集団さ。
 だが、変わり者のキミに相応しく……とても頼もしいファン。


「だろう?」


 と、ウインクをしようと思ったのだが、出来なかった。
 何故ならば、目の前のアイドルの卵のカラにヒビが入り、
中から溢れてくる光から目が離せなかったから。


「――はい」


 そこには、先程までの心細さと不安に押しつぶされそうな少女は居なかった。
 アイドル、高垣楓がそこに居た。

680: 名無しさん 2018/02/01(木) 15:56:51.64 ID:BpE3Kw20o
  ・  ・  ・

「初めてのLIVE、緊張するかね?」


 今日、二回目となる質問を高垣くんにする。
 此処はステージ脇。
 本番まで、時間は残されていない。


「ええ、少しだけ」


 だが、大丈夫だと、彼女の表情が物語っている。
 はっは、実に良い顔をしているじゃあないか。


「うん。実に、良い笑顔だ」


 彼女がこれから踏み出すステージは、最初の一歩。
 これから駆け登っていく階段の、一段目。
 だが、彼女はこの一歩目をとても大切にしてくれるアイドルになるだろう。
 その事で何か大きな機会を逃す事になるかもしれない。
 しかし、私は彼女の選んだ道が、素晴らしいものになると思っている。


「……うん?」


 そんな中、高垣くんが、両手をこすり合わせているのが目に入った。
 手が、冷えているのだろうか。
 LIVE前の緊張や、彼女の体型、空調等も考慮すると無くは無いが……。
 こりゃあ困ったな。


「キミ、彼女の手を握って温めてやりなさい」


 男に言うと、狼狽えたような様子を見せた。
 何を恥ずかしがってるんだね!
 思春期でもあるまいし、この程度で慌てるなど情けない!


「いえ、それは部長が……!」
「馬鹿を言っちゃいかん。私の手は冷たいんだよ?」


 手先どこじゃない、足先だって冷え切っている。
 ああ、これは別に緊張しているからとかじゃなく、普段からさ。
 だからと言って、煙草を辞める気が微塵も無いがね。

681: 名無しさん 2018/02/01(木) 16:19:16.01 ID:BpE3Kw20o

「それに、キミは私に言ったじゃあないか」
「あの……何をですか……?」


 やれやれ、もう忘れてしまったのかい?
 自分が言ったことには、責任を持ちたまえ。


「高垣くんには、まずは握手会等で経験を……とだよ」


 良かったじゃないか、図らずもキミの方針の通りになった。
 もしかしたら、これを想定していたのかい? なんてね。


「握手会……それなら、口下手な私でも出来そうですね」


 高垣くんが、クスクスと笑いながら、男に手を差し出す。
 男はチラリと時計を確認すると、観念したように手を差し出し、彼女の手を包み込んだ。
 じんわりと伝わる手の平の熱を感じてか、彼女の表情が和らぐ。


「握手会ならば、会話をしなければいけないね」
「会話するものなんですか? いきなりハードルが上がりましたね……」


 口下手を自称する彼女には、無茶な振りだったか。
 ならば、無口とは言え、キミがきっかけを作るべきだろう?


「アイドル、高垣楓のファン第一号として、何か言う事は?」


 後ろから、男の背中をポンと叩いてやる。
 LIVE直前の彼女に、キミは一体何を言うのか楽しみだ。
 男は、彼女の手を包み込んだまま、ふと考えた。


「笑顔で……楽しんできてください」


 その言葉は、アイドルである彼女を応援する、ファンとしての言葉だったのだろう。
 記憶を思い返してみても、今の彼の顔は初めて見る。


「……」


 男は、笑顔で言った。
 高垣くん……驚くのはわかるが、LIVE前だというのに表情が吹き飛んでいるよ。

682: 名無しさん 2018/02/01(木) 16:42:02.01 ID:BpE3Kw20o

「あの……高垣さん?」


 男は彼女からそっと手を離すと、呆けている彼女に声をかけた。
 すぐにハッとなって、すみません、と言いはしたが……。
 ううむ、別の困ったことにならなければ良いが。
 彼女には、これからアイドルとして活躍してもらわなきゃならんのだから。


「大丈夫、ですか?」
「えっと……ちょっと、ビックリしちゃって」
「ビックリ……ですか?」


 自分が何をしたかわかっていない男は狼狽えている。
 そんな男に、


「前から思ってたんですけど……可愛らしい所がありますよね」


 高垣くんは、これまた見たことの無い笑みを浮かべた。
 いたずらっぽく言うその仕草は、まるで子供の様に無邪気なもの。
 からかわれているのがわかっていないのか、男は右手を首筋にやって困惑するばかり。
 全く、女心――この場合は子供心か――が、わからない男だね、キミも。


「……さて、そろそろ出番だ」


 もう、十分に緊張もほぐれたことだろう。
 声をかけると、高垣くんの表情はアイドルのものになった。
 さて……プロデューサーとして、彼女に何と声をかけようか。
 初々しいものを見せられたから……うん、バランスでも取ろうかね。


「ここは、ライトがく、ライト思うんだよ。だから――」


 オヤジギャグ?
 ダジャレと言ってくれたまえ!


「――キミが輝いて、照らしてくれるかい?」


 返事は、正に輝くような笑顔だった。


 

683: 名無しさん 2018/02/01(木) 17:06:05.99 ID:BpE3Kw20o
  ・  ・  ・

「……」


 ステージの脇で、歌う高垣くんを見守る。
 見守るのは、私一人だ。
 彼かい? 彼なら、私の隣でアイドルに見入っているよ。


「良い、LIVEだねぇ」


 だが、私は仕事で此処に来ているんだ。
 一人のファンとして、彼女のLIVEに参加したい気持ちもある。
 しかし、今私に出来る仕事は彼女を見守る事だけではない。


「今度、新しく立ち上がるプロジェクトがある」


 十代の新人だけを集め、大きなグループを結成。
 さらに、その中で小さなグループを組み、それぞれが個別に活動する。
 346プロダクションでもやったことのない、新たな取り組みだ。


「だがね、プロデューサーが誰になるか決まっていない」


 非常に挑戦的な企画だ。
 今、担当しているアイドルが居るプロデューサーでは手がまわらないだろう。
 それに、有能さも求められる。
 十代の少女の集団をプロデュースするなど、私だったらゴメンだね。
 それこそ、とても大きな情熱でも無ければ、上手くいきはしないだろう。


「いやぁ……実に困った」


 当然、衝突は起こるだろう。
 プロデューサーとアイドルだけでなく、アイドル同士の衝突も。
 私が据えようとしている人間は、誠実だが不器用で無口なので、確実に起こる。
 だがね、それすらも糧として輝くアイドル達が居たとしたら?
 その輝きはきっと、とても素晴らしいものに違いない。


「……申し訳ありません」


 何度も聞いた、拒絶の言葉。
 だが、その言葉の響きは、それまでと違っていた。


「……高垣さんのLIVEが終わった後、詳しくお聞きしますので」


 燻っていた心に、風が吹き込み、火が燃え上がった。
 私は響く歌声に耳を傾けながら、二つの光に目を細めた。



おわり

685: 名無しさん 2018/02/01(木) 21:13:55.84 ID:BpE3Kw20o
今西部長Pコミュじゃないの書きます

686: 名無しさん 2018/02/01(木) 21:31:30.61 ID:BpE3Kw20o

「とても素晴らしい、良い、LIVEでした」


 彼が、あの時と同じように、同じ言葉を言った。
 その表情は、昔に比べて穏やかで、無表情とはとても言えない。
 知らない人からすればわかりにくい、とは思うのだけど、ね。


「えへへ!」


 あの時と違うのは、私の周囲には沢山のアイドルの子達が居ること。


 今日のLIVEは、346プロダクションに所属するアイドル達が集う、舞踏会。
 私達のような、所謂ベテランと言われる組。
 美城専務が直接指揮する、プロジェクトクローネ。
 そして、彼が大事に育ててきた、シンデレラプロジェクトのメンバー達。
 他にも、沢山の子達が舞踏会に参加した。


「プロデューサーって、いっつもそれだよね!」


 後輩の一人が彼をからかうと、笑い声が上がった。
 そうなの、彼ったら、いっつもあの台詞なのよ。
 右手を首筋にやって困った顔をしてるけど、たまには違う言葉が聞きたいわ。


「いえ、その……正直に、言っただけですので……」


 ええ、そうよね。
 いつだって、貴方は不器用だけど、とても真っすぐ。
 それが危なっかしくて、けれど、頼もしくて……ちょっぴり可愛らしい。
 皆もそう思っているのか、彼に向ける視線はとても優しい。


「今日は、ありがとうございました」


 彼を取り囲む列の中から、声をかける。
 すると、自然と皆の視線が私と彼に集まった。
 こういう時は、


「そんなに注目されたら、チューもください、って言いたくなっちゃうわ」


 と、ダジャレを言うタイミングだ。
 ねえ? と、振った子が、困ったような笑みを浮かべている。
 あら……いつも、貴女が言ってる台詞を真似てみたんだけど、失敗しちゃった? 

687: 名無しさん 2018/02/01(木) 21:52:01.32 ID:BpE3Kw20o

「お陰様で、笑顔で……とても、楽しめました」


 呆れたような皆に構わず、話を続ける。
 こういう時は、こだわってちゃ駄目なのよね。
 次に言うタイミングを探すのが良いって、教わったもの。


「それは、貴女達自身の力によるものです」


 貴方ならそう言うと、わかってました。
 だけどね、此処に居る皆はそれだけじゃないって思ってるんですよ。
 貴方が諦めず、シンデレラプロジェクトを存続させた。
 それだけじゃなく、他の多くの子達もすくい上げた。


「何謙遜してるの。褒められてるんだから、素直に喜べば良いのに」


 だからこそ、今日が。
 今日のこの日、このLIVEが最高のものになったんです。
 もっと、自分に自信を持ってください。


「はあ……」


 もう、十代の女の子にお説教されるだなんて。
 けれど、それは彼とこの子達との距離が近い事の証明。
 それがとっても嬉しくて、ちょっとだけ、寂しい。


「プロデューサーさんは、とっても頼もしいです♪」


 彼に自信をつけさせるためか、声が上がった。
 そこかしこから同じ様な声が上がる。
 それは当然だろう。
 だって、こんなに輝くアイドルをプロデュースする人が自信なさげで居るのは、違う。


「皆はこう言ってるんですが……信じられませんか?」


 意地悪な問いかけ。
 私は、彼がこう言われたら信じざるを得ないのを知っている。
 だって、彼はアイドルを信じているから。


「……」


 けれど、彼ったら無言で右手を首筋にやって困るばかり。
 もう! なんて頑固なのかしら!

688: 名無しさん 2018/02/01(木) 22:11:50.12 ID:BpE3Kw20o

「もう! 本当に、仕方のない人ね」


 私達がここまで言っているのに、自分を曲げないのは立派だと思います。
 それが、プロデューサーとしての貴方だとするなら。
 それならば、私がアイドルとして、魔法をかけてあげます。
 魔法だったら、頑張れば貴方を曲げられると思うの。


「あの……た、高垣さん……?」


 彼にツカツカと歩み寄り、首筋に行っていない、
手持ち無沙汰な左手を掴んで、強引に握手する。
 その手は温かく、昔あった光景が思い出される。
 あの時とは包み込んでいる側が逆だけれど、ね。


「今から、貴方に魔法をかけます」


 真っすぐに彼の目をみつめる。
 困惑しているけれど、彼は、私から視線を逸らすことはしなかった。
 だって、この人がアイドルから目を離すなんて事、出来る訳ないもの。


「……」


 続く言葉を待っている彼の左手に、少し力が込められた。
 何を言われるのかと、待ち構えているのね。
 緊張……しているとしたら、本当にあの時と立場が逆。
 首筋にやっていた彼の手が、ゆっくりと降ろされる。


「……」


 でも、どうしたら良いのかしら。
 つい、勢いで行動したけど……何を言うか、考えてなかったわ。


「……うふふっ」


 その事がおかしくて、笑いだしてしまった。

689: 名無しさん 2018/02/01(木) 22:29:43.63 ID:BpE3Kw20o

「ふふっ……うふふっ」


 魔法をかけるだなんて言ったけど、どうしましょう。
 ああ、けれど、楽しくなっちゃって、笑うのが止められない。
 きっと、皆も、彼も戸惑って呆れてるに違いないわ。


「ふふっ……うふふふっ!」


 そんな、笑う私の左手に、そっと添えられる手。
 わかったからもう離しなさい、という事かしら。
 そうでしょう?


「高垣さん」


 低い声に釣られ、顔を上げる。
 目に飛び込んできたのは、無表情……と言うより、夢遊病ね。
 彼のこんな顔、初めて見たわ。



「結婚してください」



 まあ、自信をもてと言われたら、すぐそんな話を?
 それはちょっと、急な話すぎると思うんです。
 結構、結婚――


「……」


 ――……待って?
 今、この人は何と言ったの?
 冗談……よね?


「……」


 彼の真意がわからなくて、ジッと視線を送り続ける。
 私も、彼も、回りに居る子達の誰も言葉を発しない。
 嵐の前の静けさ、というのは、正にこの事。

690: 名無しさん 2018/02/01(木) 22:49:04.36 ID:BpE3Kw20o

「……」


 誰でも良いから、何か言って欲しい。
 そうじゃないと、バクバクと鳴る心臓の音がうるさくてしょうがない。
 誰でも良いから、この状況を何とかして欲しい。
 そうじゃないと、彼から視線が逸らせないし、手の平の温もりを感じてしまう。


「……」


 お願いします、誰か。
 私が、アイドル、高垣楓でいる内に。


「――あっ」


 その誰かとは……目の前に立つ、彼だった。
 夢遊病のようだった顔が、波が引くように一気に青ざめた。
 目は口程にものを言う。
 彼の目は、とんでもない事を口走ってしまったと、雄弁に語っていた。


「……!」


 唇を引き締め、私の手を包んでいた右手をバッと離す。
 だけど、残った左手は私の手に捕まっているため、二人の距離はそのまま。
 私は、驚きのあまり彼の手を両手で思い切り握りしめていた。


「たっ、高垣さん!」


 慌てる彼が、この先言う言葉がわかる。
 きっと、プロデューサーとして相応しくない言葉を発した事を。
 そして、そんな言葉を放ってしまった私に対して謝罪する。


 それで、彼はプロデューサーで。
 私は、アイドルのままでいられる。


「――あっ」


 私の口から、間抜けな声が飛び出た。
 ……ねえ、今、私の背中を押したのは誰?
 おかげで、私が彼の胸に飛び込む形になって、彼の言葉が中断されてしまった。

691: 名無しさん 2018/02/01(木) 23:10:57.75 ID:BpE3Kw20o

「……あの」


 彼の胸の中で、顔を上げられないでいる、私。
 そんな私を見ながら、彼は何を思っているのだろう。
 そして、どんな思いで、あの言葉を放ったのだろう。


 ――知りたい。


「どうして、あんな事を……?」


 結婚に興味はあるけれど、今、貴方に求婚されるだなんて。
 そんな事露ほども考えてもいなかったし、本当に驚きました。
 ねえ、どうしてなんですか?


「……すみません」
「質問してるんです。謝らないで……答えてください」
「……」


 教えてくれるまで、逃しません。
 私は、貴方を立派なプロデューサーさんだと思っていたんですよ。
 理由によっては、絶対に許しません。
 だって、これは裏切り行為みたいなものなんですもの。


「……笑顔です」


 笑顔? と、問い返す。
 私の声が小さいのは、きっと彼の胸に顔をうずめているせい。
 決して、恥ずかしいとか、そんな乙女な感情からでは、無い。


「貴女の笑顔をずっと見ていたいと、そう、思いました」
「……だったら、プロデューサーと、アイドルで良いじゃないですか」


 そんな理由じゃ……今のお話、お受け出来ません。
 そもそも、私達はそういった関係じゃないでしょう?
 なのに、貴方はどうして――


「貴女の笑顔だけは譲れない、と……そうも思ったので」


 ――そんなに、真っすぐ私を見ているの?

692: 名無しさん 2018/02/01(木) 23:46:21.64 ID:BpE3Kw20o

「そう……ですか」


 我ながら、何て気が利かない台詞だろう。
 彼の視線が、私を捉えて離さない。
 けれど、私の両手もまた、彼の手を掴んで離さない。
 離れようと思えば離れられるのに、お互い、そうしない……そうさせない。


「はい」


 普段の彼だったら、絶対にこんな事はしないだろう。
 ……ああ、そうだったわ。
 私は、彼に魔法をかけると言ったんだった。


「お願いを……聞いてもらっていいですか?」


 でも、シンデレラは魔法を使えないはずよね。
 シンデレラは、かけられる側だもの。
 現に……今の私は、魔法にかけられている。


「はい。私に、出来ることでしたら」


 なのに、彼は本当に魔法にかかったように突き動かされたみたい。
 もしかしたら、私はシンデレラではなく、魔法使いだったのかしら。
 そして、魔法使いでも、魔法にかけられてしまうものなの?
 ……聞いてみないと。



「幸せにしてください」



 私達は今から少しの間だけお話が出来なくなるから……後で、ね。


 宙を彷徨っていた彼の右手が、私の背中に添えられた。
 皆が見ているというのに、なんて大胆なのかしら。
 ……でも、もうお願いを叶えてくれるなんて、とっても優秀な魔法使いさんね。


 最初のダジャレのお願いと、今のお願い。


 不器用だと思ってたのに、一度に叶えちゃうなんて。



おわり

805: 名無しさん 2018/02/07(水) 19:16:39.01 ID:HBuuUkLxO
絶対に武内Pから引き離そうとする専務(もしくは部長)VS絶対に引き離されない楓さん
見たいな!!!

809: 名無しさん 2018/02/07(水) 21:39:28.19 ID:7JNSQ+Gao

「キミ達の距離感について話したい」


 彼女専用の執務室に、押し殺したような声が響いた。
 震える彼女の肩から察するに、そうとうお冠のようだ。
 だが、大声を張り上げないだけ、彼女も成長したのだろう。
 年若い頃から知っている身からすれば、なんとも嬉しいものだ。


「私達の……距離感ですか?」


 自分が、何を言われているかわからないといった様子の男。
 不器用なこの男は、事態の深刻さを理解していないようだ。
 己が誠実だからと言って、他もそうとは限らないのだよ、キミ。


「……」


 私は、男の横に立つ高垣くんに目を向けた。
 真剣な表情の男とは対照的に、その顔には押し殺したような笑みが。
 ……そう、高垣くんは、笑いをこらえながら、


「……」


 彼の後頭部にいつも在る、チョロリと立った寝癖を人差し指で弄んでいる。
 まるで、じゃれつく猫のような高垣くんは、彼女の方を一度も見ていない。
 それが、ことさらに怒りを刺激するのだろう。

「……!」


 鋭い目から放たれる眼光は凄みを増し、哀れな男はその余波に晒されている。


 青ざめる男と、怒る女に、微笑む女。


「……やれやれ」


 そして、巻き込まれた、哀れな私。

810: 名無しさん 2018/02/07(水) 21:49:31.62 ID:7JNSQ+Gao

「そうだ。キミ達は、プロデューサーと……」


 彼女が、男に視線を向ける。
 その視線を受け、男は居住まいを正し直立不動。
 背筋を伸ばした彼は、元から長身なのも相まってより、大きく見える。


「……アイドルだろう……!?」


 彼女が、高垣くんに視線を向ける。


「……♪」


 が、高垣くんはそれを無視。
 寝癖を弄ぶ指の動きは激しさを増し、そしてリズミカルに。
 パンチングボールを叩くボクサーのようなその姿は、無邪気な子供そのもの。


「……?」


 先程から何も言葉を発しない高垣くんを不審に思ったのか、
男はチラリと横目で彼女の方を見た。


「――はい、その通りです」


 早い。
 そして、速い。
 今の高垣くんは、両手を前で組み、とても美しい姿勢で専務に目を向けている。
 凛としたその表情には、先程の無邪気さはどこにも見当たらない。


「……」


 男が、少し高垣くんに見惚れたのがわかった。
 が、それはプロデューサーとして正しいことではないと思ったのか、
かぶりをふって、また専務の方に視線を戻す。


「……♪」


 そして、また寝癖弄りが再開された。

811: 名無しさん 2018/02/07(水) 21:59:04.68 ID:7JNSQ+Gao

「……!」


 彼女の額に、青筋がクッキリと浮かび上がった。
 眉間に寄せられた皺、引き締められた唇。
 瞳の奥に見える炎は、正に怒りの化身。


「……!?」


 普段の彼女だったならば、詩的な表現で男と会話していただろう。
 だが、今の彼女は明らかに冷静さを欠いている。
 原因は、言うまでもなく、


「……♪」


 高垣くんだ。
 ……しかし、彼の寝癖を弄ぶのはそこまで楽しいのかね?
 なんだか、私もやってみたくなってしまったじゃあないか。


「……」


 厳しい視線に晒され、男は右手を首筋にやり、困った顔をした。
 彼も、随分と表情が豊かになったものだ。
 これもアイドルの――プロジェクトの、彼女達の影響かね?


「~♪」


 はっはっは、高垣くん。
 彼の右腕が作った空間は、キミの手をスポスポと通すための場所じゃあないよ。
 いやはや、あまり大きな空間では無いのに、器用に手を通すじゃないか。
 うんうん、やめようね? 本当に。


「……!」


 電流は通っていないが、それはイライラ棒だよ、高垣くん!

812: 名無しさん 2018/02/07(水) 22:11:00.10 ID:7JNSQ+Gao

「……いい加減にしなさい……!」


 人が感情だけで他者を害せる生き物だったならば、
恐らく私達は今頃物言わぬ躯になっていた事だろう。
 その怒りを高垣くんも察したのか、手をスポスポするのをやめた。
 が、


「……」


 左の手を首筋にやり、男と鏡の様に対称な姿勢を取った。


「っぶふっ!?」


 それはずるいよ、高垣くん!
 そんなの、笑うに決まってるじゃあないか、ええ!?


「……部長?」


 男が、不審げに私を見る。


「……」


 高垣くんが、ニッコリとドヤ顔で私を見る。


「笑っている場合ですか……!?」


 ハハハ、そうだろうね。
 こんな時に笑ったら、いくらキミでも爆ギレするというものだろう。


「いや、すまなかった」


 ゴホンと咳払いをし、今のは笑ったのでは無いとアピールする。
 それを信じたのは……悲しいかな、不器用な男だけだった。

814: 名無しさん 2018/02/07(水) 22:23:03.05 ID:7JNSQ+Gao

「……私は、専務の仰っている事が、よくわかりません」


 そりゃそうだろう。
 だって、キミは気付いていないんだから。


「はい……私も、ビックリしています」


 私はね、キミがビックリした事にビックリしたよ?


「ですが……誤解を招くような事があったのならば、今後は気をつけます」
「はい。私も、彼と同じ気持ちです」
「ほう……!」


 二人の真剣な表情とぶつかり合う、専務の怒り。


「……!」


 勝ったのは、


「……良いでしょう。今後は気をつけたまえ」


 不器用だが、誠実な男と、美しく、神秘的な女だった。
 専務のその言葉を聞き、


「――はい」


 男は、深々とお辞儀をした。


「――はいっ」


 高垣くんは、そんな男の背中に両手を付き、馬跳びの要領で跳んだ。

815: 名無しさん 2018/02/07(水) 22:40:00.82 ID:7JNSQ+Gao

 フワリ、と、そう表現するのが的確だろう。
 高垣くんは、女性にしては身長が高い方だが、とても軽い。
 長い手足も相まって、それは跳ぶと言うよりも、飛んでいるように見えた。


「……」


 カツンッ、と、高垣くんが履いていたサンダルが音を立てた。


「……」


 誰も、言葉を発さない。
 高垣くんは、やり遂げた顔をしている。
 専務は、あまりの怒りで絶句している。
 男は……さすがに気付いたのか、顔を上げられずにいる。


「……」


 全く、彼女は本当に仕方ない子だね。
 こんな状況じゃ、私が尻拭いをせざるを得ないじゃないか。



「――いやぁ、懐かしいね! 私も子供の頃はよくやったものだよ!」



 張り詰める場の空気を切り裂くように、努めて明るく、大声で。
 一斉に私に視線が集中するが、それを受け流して男の元へと向かう。


「ぶ、部長……?」


 何をする気ですか? と、男が視線で問いかけてくる。
 良いから合わせろ! と、私は視線で彼に命令する。


「――どうぞ」


 男は、両手を膝にやり、馬跳びの馬の体勢を取った。

816: 名無しさん 2018/02/07(水) 22:56:59.64 ID:7JNSQ+Gao

「……♪」


 ワクワクと、動向を見守る高垣くん。


「……!」


 イライラと、動向を睨んでいる専務。


「……」


 ハラハラと、流されるがままの男。


 正に、三者三様。
 そんな彼らを前にして、私が出来る事などほんのちっぽけなものだ。


「ふむ……これは、少し助走が必要だな」


 手を膝にやって腰を曲げている男を見ながら、つぶやく。
 そして、距離を測るように少しずつ後ろ歩きを。
 あと少し……もう少しで――


 ――ドアに辿り着く!


「……!」


 ドキドキと、逃げるチャンスを伺う私!

817: 名無しさん 2018/02/07(水) 23:20:54.36 ID:7JNSQ+Gao

 ……すまない、出来る事なら彼女の怒りを和らげてやりたかった。
 だけどほら、見てみたまえ。


「……!」


 専務の顔、とても人間とは思えない程歪んでいるよ。
 無理だよ、私には。
 尻拭いをしようと思ったけれど、出来ないものは出来ない。
 だってね、彼女の視線を浴びただけで思考が停止してしまったんだ。


「……!」


 ――よし、ドアまで辿り着いた。
 あとは、後ろ手でノブを回し、ドアを開けて――


 ガチャリッ。


「……!?」


 ――開かない!?
 何故!? どうしてだ!


「……♪」


 高垣くん?
 なんだい、その笑みは?
 とても、良い笑顔じゃないか。
 ふむ……何をしたかわからないが、キミが何かしたんだね。


「……」


 良いだろう、私も腹をくくった。
 本気を……出そうじゃないか!



 結局、あの後専務の怒りが爆発する事は無かった。
 何故かって?
 馬跳びに失敗した私の足が、彼の側頭部にモロに入ってそれ所じゃなくなったからさ。



おわり

900: 名無しさん 2018/02/11(日) 00:52:38.88 ID:xh6dBKoFo

「……!」


 コンコンと、控えめな音。
 意を決し叩いたドアは、シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルームのもの。
 私は、此処に居るであろう人に、会いに来ました。
 その人には……はい、とても言葉では言い表せない程の、恩があります。


「……」


 その人は、私が秋のLIVEで体調を崩した時、現場で指揮を執り、
私のせいで混乱してしまった現場を収めてくれたそうなのです。
 結果、プロジェクトクローネのお披露目とも言える初舞台は成功に終わり、
今も、クローネとして順調に活動し続けられています。
 正に、アイドルとしての命の恩人……と、言った所でしょうか。


「……」


 そんな、命の恩人には、直接謝罪をするのが道理と言うもの。
 あまり、人と話すのが得意では無いですが……今回は、
得意、不得意に関係なく、謝らなくてはいけません。


 迷惑をかけて、申し訳ありませんでした。


 此処に来る前に、何度も練習した謝罪の言葉を心の中で繰り返します。
 もっと、気の利いた事が言えれば良いのですが、生憎、上手く言葉が浮かびません。
 言葉自体は思い浮かぶのですが、それと、私が言えるかは別問題。
 出せない台詞を浮かべた所で、それは、相手には届きませんから。


「……」


 返事を待っているのですが、中からは何も聞こえてきません。
 居ない……と、言うわけではない、はずです。
 此処へ向かう途中に、美波さんが「今ならプロデューサーさんは居るわよ」と、
教えてくれたのですから。
 ノックをして、返答が無い場合は……声を出す、べきですよね。


「……」


 嗚呼……どうして、こんなにも……緊張、するのでしょう。

901: 名無しさん 2018/02/11(日) 01:09:40.54 ID:xh6dBKoFo

「……!……!」


 失礼します。
 ……その、たった一言が言えずに、私は愕然としてしまいました。
 アイドルとして、沢山のファンの方の前で、LIVEをした。
 それに比べれば、相手は男性とは言え、たった一人なのです。
 にも関わらず、レッスンで少しは鍛えられたであろう私の喉は、
声を発してはくれないのです。


「……」


 アイドルになれば、こんな自分を変えられると思っていたのに。
 いえ、変われると……思っていただけなのかもしれません。
 私の本質は、やはり、書の世界に篭っている姿、なのでしょう。
 そんな人間が、迷惑をかけた相手に会うのを躊躇うのは、極自然なこと。
 だから、私の体が無意識に声を発するのを拒絶するのは、仕方の無い事です。


「……!」


 けれど、それを受け入れてしまう事は……逃げる事は、出来ません。
 私の本質は、他者との交流を望まないものなのかも知れません。
 それでも私は、ありすちゃんや、クローネの皆と関わり、
そして、あの人のお陰で、アイドルとしての道を歩み始めました。
 ここで逃げるのは、その道からも逃げてしまうような、そんな気がするのです。


「……すぅ……はぁ……」


 トレーナーの方に教えてもらった、心を落ち着かせるための呼吸法。
 これもまた、アイドルの道に足を踏み入れなければ、知ることはないものでした。
 それを自然に実践しているのに気付き、私は、少し驚きました。
 自分の中で……アイドル、鷺沢文香という存在が、当たり前のものとなっている事に。


「……」


 誰も見ていないのが、本当に助かります。
 その、今の私の表情は、決意……そうですね、決意とは裏腹に、
緊張でとても強張っているのが、自分でもわかりますから。


「……失礼……します……!」


 ドアを隔てた相手に向けるには、あまりにも小さい声です。
 だけど、この向こうに居る人ならば、きっと気付いてくれる……。
 そんな、根拠のない自信のようなものが、私の中には確かに存在していました。

902: 名無しさん 2018/02/11(日) 01:33:46.65 ID:xh6dBKoFo

「……!」


 バクリ、バクリと、心臓の鼓動の音が耳に届いてきます。
 まるで、耳元に私の心臓が置かれているかのように錯覚する程、
その心音はとても大きく……大きく響いているのです。
 口から心臓が飛び出そう、という緊張を表現する言い回しがありますが、
今の私はそれすらも越えて、緊張していると言う事なのでしょうね。


『――はい、どうぞ』


 部屋の中から、とても低い男性の声が聞こえてきました。
 直接会ってお話した事は無いのですが、
奏さんが「彼はチャーミングだし、低い声がとってもセクシーだわ」と、聞いています。
 きっと、今の声が……‘そう’なのでしょう。
 セクシー、という感覚は私にはわかりませんが、それは、
会う以前にお世話になっている、という事実があるからかも知れません。


「……っ」


 ……などと、思考している場合では無い、ですよね。
 入室を促されているのに、いつまで経ってもこの場に留まり続ける事は出来ません。
 手を伸ばし、ドアノブに手をかけます。
 緊張のため握りしめていたのか、その手はいつもより白く、そして、小さく震えていました。
 これは武者震いだ、と自分に言い聞かせる強さがあれば、どんなに楽か。
 ドア一つ開けるのが、これほどまでに困難だとは、思いも寄りませんでした。


「っ……!」


 ガチャリ、と、ドアが開きました。
 部屋の中と外。
 ドア一枚ではありますが、その隔てられた二つの空間は、
私にとっては完全に別のものに思えます。
 ゆっくりと開いていくドア。
 目に入ってくる、シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルーム。


「――おはようございます……鷺沢さん」


 そして、デスクに腰掛け、こちらに視線を向ける、プロデューサーさん。
 来訪者が私だとは思っていなかったのか、その目が少し見開かれています。
 ……いけない、私も、挨拶を返さなければ。


「おはっ、よう……ございます……」


 私の第一声は、上ずった大声から、消え入るようなものへと流れるように変化しました。
 謝罪の言葉の練習はしていたのですが……まさか、挨拶の練習も必要だったとは。

903: 名無しさん 2018/02/11(日) 01:52:31.65 ID:xh6dBKoFo

「……」


 何事も、始めが肝心だと人は言います。
 ならば、挨拶をした時点で失敗してしまったなら、どうすれば良いのでしょう。
 考えてはみるのですが、緊張からか、思考がうまく纏まりません


「――申し訳ありません」


 と、何故か、プロデューサーさんが謝罪の言葉を述べてきました。
 私が此処に来た目的、言うべき言葉を先に言われてしまい、
また、どうして謝られているのか見当が付かず、余計に混乱してしまいます。
 その混乱は、私の表情や態度にも表れていたのでしょう。
 プロデューサーさんは、右手を首筋にやり、少し困った顔をしながら言いました。


「……最初のノックは、気の所為だと思っていました」


 ……嗚呼、この人は、最初のノックの時点で反応しなかった事を謝っているのですね。
 けれど、貴方は私が声を出した時に気づいてくれましたから……。
 それに、その、あのノックの音では気付かない方も居ると思いますので。


「あ……その……」


 そう、頭では思っているのに、口が上手く動いてくれません。
 謝りに来たというのに、逆に謝らせる事になってしまうのは、不甲斐ないにも程があります。


「……」


 それに、突然来訪して、両手を前で組み俯いて立ち尽くす私を、この人はどう思うでしょうか。
 考えただけで、今すぐにでも私をこの場から消し去ってしまう魔法が存在すればいいのに、と、
そんな思いが溢れてきて止まりませんでした。



「――ノックをされるのは、はい、久しぶりだったもので」



 なんて、とても不器用な苦笑いを見るまでは。

904: 名無しさん 2018/02/11(日) 02:18:52.30 ID:xh6dBKoFo

「プロジェクトのメンバーは……最近は、すぐにドアを開けてしまいますから」


 私もそれに慣れてしまって、と、プロデューサーさんが言葉を続けます。
 これは、恐らく……この人なりの、冗談なのでしょう。
 明らかに緊張する私をリラックスさせようと……してくれて居るのかも知れません。
 いえ、きっと、そうに違い無いのでしょうね。
 私が聞いていた貴方の人物像は、こういった冗談を言うものではなかったですから。


「そう……なのですね」


 今、私がするべきことは、それを申し訳なく思う事ではありません。
 この人の気遣いを無駄にしないためにも、早く、普段の調子を取り戻さなくては。
 そうでなければ、不慣れな事をさせているという自責の念で潰れてしまいます。
 そして、きっとそれは私も、この人も望む所では無いでしょうから。


「ええ……少し、困り物です」


 冗談で言っていらしたつもりだったのが、少し、本気で困っている調子に。
 私の想像では、とても頼もしい方だったのですが……不思議と、
男の方にこう思うのは失礼かも知れませんが、可愛らしい、と思ってしまいました。


「……」


 なんて、そんな事は口には出せませんね。
 けれど、今だったら奏さんがこの人の事を「チャーミング」と評していたのがわかります。
 背がとても高く、顔は……知らない人だったならば、避けて、しまうかもしれません。
 だからこそ、ギャップ、と言うもので、余計に可愛らしく思えてしまうのでしょう。



「――良い、笑顔です」



 言われて、初めて私が笑っていた事に気付きました。
 そして、先程までは意識していなかった心臓の鼓動の音が、より大きな音で鳴り響いています。
 ドクリ、ドクリと流れる血液が、私の顔を朱に染め上げているのがわかります。


 このままでは、此処に来た目的を果たせなくなってしまいます。
 また、倒れるような事になってしまっては、今度はもっと緊張してしまいます。
 お願いします……だからどうか、今は、私に微笑まないで下さい。



おわり

871: 名無しさん 2018/02/09(金) 07:45:33.22 ID:r5ke626fO
そろそろ美嘉ァが正妻戦争に勝ってもいいんじゃないでしょうか!

961: 名無しさん 2018/02/13(火) 23:24:12.58 ID:SZ27WewZo

 手を繋ぎたい。


「……!」


 今、アタシの頭の中はそんな思いでいっぱいになっていた。
 隣を歩くコイツは、何食わぬ顔で歩いている。
 その横顔が、ホントにいつも通りで……いつも通りすぎて、ちょっと憎らしい。


「? 城ヶ崎さん?」


 ヤバ、睨んでる顔、見られちゃったカモ。
 だけど、アタシはカリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉。
 とっさに笑顔を作るなんて、チョー余裕だし★


「んー? どしたの?★」


 逆に、急に声をかけてきてどうしたのー、なんて調子で言ってやる。
 そうしたらコイツは、いえ、なんて言いながら、小首を傾げてまた前を向いた。
 前を向き直してすぐは、コッチを向かないよね。


「……」


 じい、と、大きな手を見つめる。
 その左手にはカバンが握られていて、前後の動きはほとんどない。
 これって、チャンスじゃない?
 そのカバン重そうだねー、とか言いながら、手を添えちゃうの★


「……」


 その時、コイツはどんな反応をするんだろ。
 やっぱり、アイドルとプロデューサーのスキンシップは~、とか言うのかな。
 それとも、仕事に必要なものが入っているので~、とか?
 案外……案外、顔を赤くしたり……なんか、して。


「……」


 ……って、想像しただけで、アタシが顔を赤くしてどうするの!
 万が一にもこんな顔を見せるわけにはいかないから、帽子を深く被り直した。
 だって……ハズい、じゃん。

962: 名無しさん 2018/02/13(火) 23:40:56.08 ID:SZ27WewZo

 前から、若い男の子達の集団が歩いてくる。
 もうすぐ事務所に着くのに、見つかったらちょっと大変カモ。


「……」


 だけど、アタシの隣を歩く大男に目が行ったみたい。
 何事も無くすれ違ったら、後ろの方から男の子達のはしゃぐ声が聞こえた。
 あー、うん、キミ達ー? メッチャ聞こえてるよー?


「アンタ、アイドルのアタシより目立つってどうなの?」
「……」


 さっきの人めっちゃデカかったなー、なんて、まだ聞こえてくる。
 コイツが見た目とは裏腹に温厚でなかったら、マジでヤバいっしょ。
 っていうか、むしろアンタが怒った所って見たコト無いカモ。


「申し訳、ありません」
「べっ、別に謝らなくて良いってば!」


 ちょっとからかったつもりなのに、コイツは謝ってくる。
 そんなんじゃ、プロジェクトでもまだ困ったりするんじゃない?
 ホント、アンタって不器用にも程があると思う。


「ちょっとからかっただけ★」


 ホラ、ありがたく受取りな!
 カリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉がアンタのためだけに笑ってウインクしてるんだからさ★


「はい……良い、笑顔です」
「うん、サンキュ★」


 そんな短いやり取りをして、また、無言で歩みを進める。
 ニへへ、良い笑顔だって、知ってるケド……こんなにハッキリ言われると、ちょっと照れる。


「……」


 カツカツ、と、革靴立てる音。
 コツコツ、と、ブーツが立てる音。
 その二つの音を聞きながら、アタシはまた、最初の思考に帰った。


 手を繋ぎたい、って。

963: 名無しさん 2018/02/13(火) 23:53:54.42 ID:SZ27WewZo

「……」


 ケド、アタシは手を出しては引っ込めてを繰り返すコトしか出来ない。
 ちょっと伸ばせば届く距離なのに、ただ、ちょっと手に触れるだけなのに。
 ……こんな臆病なアタシを見たら、莉嘉はどう思うかな。
 動かない手を相手に、手が出ないだなんて……きっと、幻滅する、よね。


「……!」


 ――よし、決めた!
 あの角を曲がったら、手を繋ぐ!
 別に……手を繋ぐなんて、普通のコトだし!★
 変に意識する方がオカシイっていうか、なんか、そんなカンジ!


「……!……!」


 カツカツ、コツコツ。
 二つの音をメトロノーム代わりに、アタシはタイミングを図る。
 あと少し、もう少しで曲がり角。
 あっ、でも、角を曲がってすぐ手を繋ぐのって変!?
 曲がって、ちょっと歩いてからの方が良い!?


「……!?」


 ヤバい、どうしよう!
 ヤバいヤバい、もう、角を曲がっちゃうじゃん!
 っと、とりあえず――曲がってから考えよう!


「……!」


 曲がった……曲がったから、今度は手を――


「!?」


 ――って、いつの間に立ち位置が逆になってるワケ!?
 右……右手じゃん! 何も持ってない、右手じゃん!
 えっ、え、なんで!? どうして!?


「……!?」


 カバンをきっかけにするアタシの計画は、脆くも崩れ去った。
 もうすぐ、事務所に着いてしまう。
 ただ、手を握りたいだけなのに……本当に、うまくいかない。

964: 名無しさん 2018/02/14(水) 00:15:09.37 ID:Dr3kgV4ro

「……」


 少し前を歩く、大きな後ろ姿を見る。
 その頭には寝癖がチョロッと立っていて、やっぱり抜けてる所あるなー、と思う。
 今だって、歩く位置が変わってなかったら、アタシと手を繋げてたのに。
 残念だったね、ホント!


「……」


 シャーッと、凄い速さの自転車が走り抜けていく。
 オフィス街だけあって、ああいうメール便の人はよく見かける。
 十分に距離は離れてるケド、その勢いは見ただけでわかる。


「……!」


 うん……やっぱり、勢いって大事だよね!
 それに、ちょっと相手が揺れる右手に変わっただけで諦めるなんて、アタシらしくない!
 最初に決めたコトをやり遂げるのが、アタシのやり方!★


「……」


 カツカツ、コツコツ……ドクドク。
 二つの靴の音に、心臓の音も加わってきた。
 LIVEの前の緊張感に勝るとも劣らない緊張に、アタシの手が震えている。


「……!」


 ――ダメ! ちょっとタンマ!
 マジで心臓が爆発しそうなんだケド!?
 ちょっと深呼吸……深呼吸させて!


「すぅ……」


 ゆっくりと、大きく息を吸い込んだ。



「――着きましたね」



「……はぁぁ」


 吸い込んだ空気は、力なくプヒュルルと抜けていった。

965: 名無しさん 2018/02/14(水) 00:38:53.43 ID:Dr3kgV4ro
  ・  ・  ・

「……」


 プロダクションの敷地内のカフェで、アタシは突っ伏していた。
 行儀が悪いとは思ってるんだケドさ、仕方ないじゃん。
 アタシは、アタシがこんなにも臆病だとは思わなかったんだから。


「……」


 八つ当たりだとはわかってるよ。
 だけど、なんでアイツも急に立ち位置を変えるかなー!
 それが無ければ……もう! もう!


「……」


 明らかにおかしい様子のアタシに、からかうような声がかけられた。
 悪いケド、今のアタシは機嫌が悪いから。
 アンタ達の、オモチャになってる余裕なんか無いですよー。


「……」


 それに、今の情けない顔を見せるのは癪だ。
 こんな顔を見せたら、どんなからかわれ方をするかわかったものじゃないしね。
 アタシにも、カリスマJKアイドルとしてのプライドってものがある。
 ……ま、そのプライドも今はズタボロなんですケドね!


「……」


 何かあったのかと聞いてくるから、仕方なく答える。
 その時も突っ伏したまま、顔は上げない。
 ……そんなアタシに降りかかる、笑い声。
 良いですよー、笑えば良いジャン!


「……」


 は? アイツはどう思ってたか、って?
 立ち位置を変える理由なんて、考えたって、わかるワケ――



「っ!?」



 アタシが考えて辿り着いたのが、本当にアイツのそれと合ってるかはわからない。
 もしかしたら、考え過ぎかとも思うけど……正解であって欲しい。
 そうでなきゃ――この赤くなった顔を笑われた、割に合わない!



おわり

974: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:09:02.17 ID:Dr3kgV4ro

「もうすぐバレンタイデーだねー」


 プロジェクトルームで、誰かが言った。
 今日居るのは、ひの、ふの……、


「ねえ、皆はバレンタイデー、どうする?」


 ああ、数えてる途中だったのにわからなくなっちゃったよー。
 でも、バレンタインデーかぁ。
 バレンタインって、色々な会社が、色んなチョコを出すから楽しみなんだよね!
 でも、あんまり食べすぎるとプロデューサーさんに叱られちゃう。
 うう……でもでも、あのいい匂いには逆らえる気がしないよー!
 でも、そういえば――


「――プロデューサーさんって、甘い物は好きなのかなぁ」


 体は大きいから沢山食べそうだけど、甘い物はどうなんだろう。
 男の人って、甘いものは苦手だー、っていう人も居るよね。
 もったいないなぁ、甘い物って、あんなに美味しいのに!


「チョコって、食べるととろけて幸せな気分になるよねぇ」


 ただ甘いだけじゃなくて、ちょっとだけ苦味がある。
 だけど、それは苦いんじゃなくて、甘さを引き立たせてくれてるの。
 プロデューサーさんも、チョコを食べたら幸せな気分になると思う。
 えへへ、そしたら、今までの恩返しにもなっちゃうかも!


「いっぱいチョコを食べて、いっぱい幸せになって――」


 もしもチョコをあげたら、喜んでくれるかな?
 でも……ううん、きっと大丈夫!
 プロデューサーさんは甘い物は大好きだと思うの!
 美味しいから大丈夫!


「――笑顔で、喜んでくれるかなぁ」


 そう一人で呟く私に、視線が集まっていた。
 ええっ!? ど、どうしたの皆!?
 私、何か変なこと言ってたかな!?

975: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:13:36.54 ID:Dr3kgV4ro
かな子「ど、どうしたの皆……?」

未央「もしかして……今、無意識で言ってた?」

かな子「無意識って……ええっ、声に出ちゃってた!?」

杏「そりゃもう、ガッツリ出てたよー」

かな子「うぅ……さすがにちょっと恥ずかしいかも///」


智絵里「わ、わたしっ!」


かな子「ち、智絵里ちゃん? どうしたの、急に大声出して……」

智絵里「あ、えっと……」

CPアイドル達「……」


智絵里「今……かな子ちゃんが言ったの――」


智絵里「――とっても、素敵だと思う!」


かな子「……」

かな子「……えっ?」

976: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:18:34.69 ID:Dr3kgV4ro
https://www.youtube.com/watch?v=1w5URVEx_t0



かな子「私が言った事、って……」

杏「なーにトボけてるのさー」

かな子「えっ、えっ?」


智絵里「チョコだよ、かな子ちゃん!」


かな子「チョコ? もしかして……プロデューサーさん、に?」


智絵里「うんっ! 皆で、贈るの!」


かな子「ええーっ!?」

杏「もー、かな子ちゃんが言い出したんじゃんかー」

かな子「あれは、む、無意識だったんだよー!」

977: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:24:39.47 ID:Dr3kgV4ro
未央「ほうほう、無意識にチョコを贈ろうとした、と」

かな子「わ、私はただ、チョコを贈ったら喜んでくれるかなー、って」


蘭子「我が友よ! 汝の想い、我が魂を貫いた!」


かな子「らっ、蘭子ちゃん?」

蘭子「……しかし、壮大な曲を奏でるには、私はあまりに無力」

かな子「だ、大丈夫だよー。そんなに難しくないから」

蘭子「まことか!?」

かな子「うんっ♪」

蘭子「――ならば! 我に闇の饗宴をする力を!」

かな子「調理室が借りられると良いんだけど……」


卯月「す、凄いです! えと、蘭子ちゃんは何て言ってたんですか?」

美波「ええと……一緒に頑張ろう、かな?」

978: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:30:17.32 ID:Dr3kgV4ro
きらり「にょわー☆ きらりもぉ、Pちゃんにチョコを贈りたいゆ!」

莉嘉「アタシもアタシもー☆ あまーいチョコで、Pくんをメロメロに!☆」

みりあ「みりあもみりあもー! ねえねえ、一緒に良い?」

かな子「勿論だよー!」

きらり「み~んなで贈って、Pちゃんをハピハピさせるにぃ☆」

未央「おおっと! その皆には、私も入れて貰おうか!」

卯月「はいっ! 私も、プロデューサーさんにチョコを贈りたいです!」

かな子「うんうんっ、きっと……絶対、喜んでくれるよー!」


智絵里「かな子ちゃん……一緒に、頑張ろうね♪」

かな子「智絵里ちゃん……うんっ!」

杏「杏は面倒だから、試食係としてついて行こうかなー」


美波「――はいはーい! 皆ストーップ!」


CPアイドル達「えっ?」

979: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:33:49.95 ID:Dr3kgV4ro
美波「盛り上がるのも良いけど、一回落ち着こう?」

莉嘉「えーっ!? 良いじゃん!」

みりあ「うんうんっ! だって、すっごく楽しいんだもん!」

未央「みなみんリーダー! 盛り上がる許可を!」


美波「ダメです」


CPアイドル達「えー!」

美波「もう! もうすぐプロデューサーさんが戻ってきちゃうでしょ?」

CPアイドル達「……?」


美波「内緒にしておいて、ビックリさせたいと思わない?」


CPアイドル達「! それだ!」

980: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:39:29.48 ID:Dr3kgV4ro
美波「それに、今此処に居ないメンバーの子もいるし、ね」

卯月「確かに……凛ちゃんもアーニャちゃんも、クローネのお仕事ですし」

美波「みくちゃんも李衣菜ちゃんも……なつきちゃん、菜々ちゃんとお仕事中」

美波「……今、私達だけでやったら、後で怒られちゃうと思わない?」

CPアイドル達「確かに!」

美波「だから、プロデューサーさんには内緒にして――」


美波「――皆で、バレンタインのチョコを作りましょう♪」


CPアイドル達「おーっ!」

美波「も、もう! 皆、声が大きいったら!」

未央「いやー! しっかし、さすがみなみんリーダー!」

美波「あら? 今回のリーダーは私じゃないと思うな」

CPアイドル達「……」


CPアイドル達「……」ジッ


かな子「えっ? えっ?」

かな子「わっ……私がリーダー!?」

981: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:44:32.34 ID:Dr3kgV4ro
美波「うふふっ……ご指導お願いします、リーダー!」

CPアイドル達「お願いしまーす!」


かな子「むっ、無理だよ~! 私、リーダーなんて……」


杏「そんな事無いって。むしろ、これ以上の適任は居ないと思うよ」

かな子「あっ、杏ちゃ~ん!?」

智絵里「かな子ちゃん、わたしも、一緒に頑張るから!」

かな子「智絵里ちゃん……でも……」

智絵里「かな子ちゃんなら、絶対大丈夫だよ」

杏「そうそう。いつも言ってるじゃんか~」

かな子「えっ?」


智絵里・杏「美味しいから、大丈夫だよ!」グッ!


かな子「智絵里ちゃん……杏ちゃん……」

982: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:48:14.89 ID:Dr3kgV4ro
CPアイドル達「……」ジッ

かな子「……」


かな子「……うん! そうだよね、美味しいから大丈夫だよね!」

かな子「私、バレンタインのリーダー、やりますっ!」


CPアイドル達「いえーい!」

かな子「それじゃあ……」

CPアイドル達「……」ゴクリ

かな子「……」

CPアイドル達「……?」


かな子「とりあえず、お菓子を食べながら考えよう~♪」


CPアイドル達「……あはははっ!」

かな子「えっ? 私、何かへんな事言っちゃった!?」

983: 名無しさん 2018/02/14(水) 22:54:24.12 ID:Dr3kgV4ro
  ・  ・  ・

凛「――ん、グループLINEが盛り上がってる」

加蓮「グループLINEって、シンデレラプロジェクトの?」

奈緒「それで? 何だって?」

凛「プロデューサーに、皆でチョコを贈ろう、ってさ」

加蓮「あの人……チョコとか食べるの?」

奈緒「確かに! むしろ、ハンバーグとか好きそうだよな!」

凛「まあ、食べるんじゃない」

凛「……へぇ、調理室が借りられたんだ」

加蓮「ねえ、凛。それって、私達が参加しても大丈夫かな?」

凛「? どうして、加蓮達が?」

奈緒「ほら、いつも凛がお世話になってますー、ってね!」

凛「ふーん……まあ、聞いてみるけど」


加蓮「大丈夫、凛のプロデューサーさんを取ったりしないから」

奈緒「そりゃそうだろ。そんな事したら、何されるかわからない!」


凛「ちょっと、二人共!?」

984: 名無しさん 2018/02/14(水) 23:00:30.14 ID:Dr3kgV4ro
  ・  ・  ・

みく「にゃああ!? グループLINE、すっごく盛り上がってる!」

李衣菜「いやいやそんな……ってうわ、凄いねコレは」

夏樹「へー、何かあったのか?」

菜々「何か、盛り上がるような行事でもありましたっけ?」

みく「菜々ちゃん? もうすぐ、バレンタインデーだよ?」

菜々「はっ、そうでした!? い、いや、覚えてましたよ!?」

菜々「覚えてましたけど、縁遠いイベントだ――た、楽しみですねー!」

李衣菜「皆で、プロデューサーにチョコを渡すみたいだね」

みく「調理室も借りて……って、参加者多いにゃ!?」

夏樹「ハハッ! そりゃまた、お前達ってホントロックな事するな!」

菜々「ナナも……青春時代を思い出しますねぇ」


夏樹「――なあ、アタシも参加して良いかい?」

菜々「はいはーい! ナナも、参加したいです!」


みく・李衣菜「!?」

985: 名無しさん 2018/02/14(水) 23:07:12.88 ID:Dr3kgV4ro
李衣菜「なつきちがチョコを作るの!?」

夏樹「だりー、よーく聞きな」

李衣菜「えっ、何?」

夏樹「人が、やらないと思う事をやる……」

李衣菜「! それは――」


李衣菜・夏樹「――ロックだ!」


みく「……菜々チャン?」

菜々「ぎくっ!? ナナは、17歳のジェイケー! JKですよ!?」

みく「でも……それなら、確かにチョコ作りは楽しみだよね!」

菜々「そ、そうですよ! 他意なんかありませんってば!」

みく「なんだー、菜々チャンがPチャンの事好きなのかと思ったにゃ!」


菜々「危なああい! それは、とっても危険な発言ですよ!?」

986: 名無しさん 2018/02/14(水) 23:14:24.17 ID:Dr3kgV4ro
  ・  ・  ・

アーニャ「――ハラショー!」

奏・文香・ありす「!?」

アーニャ「……イズヴィニーチェ、すみません」

奏「それは構わないけど……どうしたの、珍しいじゃない」

ありす「はい。急に大声を出すなんて、普段は無いのに」

アーニャ「理由は、アー、もうすぐバレンタイデー、ですね?」

ありす「そうですね。最近、いっぱいお店にチョコが並んでます」

アーニャ「なので、プロデューサーに、皆でチョコを贈ります!」

アーニャ「とっても沢山……きっと、凄く、喜んでくれる♪」

奏「ふぅん? ちょっと、その話、詳しく聞かせてもらえる?」

アーニャ「ダー♪ プロジェクトだけじゃない、です」

ありす「凄いですね……でも、わかる気がします」

奏「ええ。だって、彼ってばとってもチャーミングだもの」

987: 名無しさん 2018/02/14(水) 23:21:39.99 ID:Dr3kgV4ro
アーニャ「良ければ、皆も、アー、一緒にどうですか?」

ありす「でも……私がチョコを贈って、喜んでくれるでしょうか」

アーニャ「ダー! 絶対、喜んでくれます!」

ありす「ぜ、絶対ですか?」

アーニャ「アリスは、可愛い♪ だから嬉しいのは当たり前、ね?」

ありす「は、はい……///」

奏「ふふっ、ホワイトデーには、甘いキスのお返しを期待出来るかしらね」

奏「……ところで」


奏「文香? さっきから、持ってる本が上下逆さまよ?」


文香「!?」ビクゥッ!

奏「嘘よ」

ありす「文香さんも、一緒にチョコを贈りましょう!」

文香「あ、ありすちゃん……ですが……」

アーニャ「フミカは、可愛い♪ きっと、喜んでくれます♪」


奏「……また、さっきと同じ流れをやるつもり?」

988: 名無しさん 2018/02/14(水) 23:29:51.20 ID:Dr3kgV4ro
  ・  ・  ・

美嘉「……はっ? えっ?」

美嘉「シンデレラプロジェクトに、クローネ……」

美嘉「他にも……ええっ!? こんなにいっぱい!?」

美嘉「……っていうか」


美嘉「完全にお祭り騒ぎになってるじゃん!」


美嘉「……はぁ、アイツも大変だねー」

美嘉「まっ、バレンタインデーだし、しょうがないか★」

美嘉「……うわっ、また参加者が増えたし!」

美嘉「こりゃ、アタシも参加しなきゃカリスマJKアイドルの名が廃るっしょ!」

美嘉「だ、だから別に、特に意味はないんだからね!?」


唯「……おーい、ゆいに言い訳されても困っちゃうんだけどなー」

989: 名無しさん 2018/02/14(水) 23:44:05.96 ID:Dr3kgV4ro
  ・  ・  ・

「かな子ちゃーん! どうすれば良いのー!?」


 また、助けを呼ぶ声。
 調理室に充満するチョコの香りを楽しみながら、そこへ向かう。
 ああ、今のチョコ美味しそうだなぁ!


「これはね、こうすると綺麗な形になるんだよー」


 一個だけ、お手本をやって見せてあげる。
 すると、キラキラした目が私に向けられる。
 えへへ、ちょっと照れちゃうなぁ。


「やばいわ! 焦げるわ! やばいわ!」
「だからあたしは言ったのに! 絶対無理だって!」
「チョコに、ちょこっとだけだから大丈夫かと……」


 ああ、大変! すぐに行かなきゃ!
 そう思った矢先、待って、と呼び止められる。
 振り返ると、私が作ったお手本を参考にした、綺麗な形のチョコが鼻先にあった。
 う~ん、とっても甘い香り!


「はい、お礼! ちょっと早いけど……ハッピーバレンタイン!」


 ハッピーバレンタインと返し、パクリとそのチョコを口に入れる。
 口に入れた瞬間から溶け出すそれは、幸せが凝縮されていたかのよう。
 それが‘さっきから何度も続いていて’私は、今幸せそのものになったみたい!


「食べ過ぎかも?……ううん、美味しいから大丈夫だよね♪」


 それに――とっても、楽しい!
 皆でお菓子作りをするのが、こんなに楽しいと思わなかった!
 誰かが――プロデューサーさんが幸せになるのを願っての、皆でのチョコ作り。
 バレンタインデーだけじゃなく、他の機会にも出来たら良いなぁ。


「かな子ちゃん……とっても、幸せそうだね♪」


 うんっ! 私、いまとっても幸せだよ~♪

990: 名無しさん 2018/02/14(水) 23:57:54.56 ID:Dr3kgV4ro
  ・  ・  ・

「ハッピーバレンタイーン!」


 プロダクションのエントランスホールに、大勢の声が響き渡った。
 ズラリと並ぶアイドル達が、それぞれ手にチョコを携えている。


「み、皆さん……!? これは、一体……!?」


 そのあまりの光景に、プロデューサーさんはすっごく驚いてるみたい!
 うふふっ、頑張った甲斐があったなぁ。


「ショコラリーダー!」


 誰かが、私の背中をトンと押した。
 って、待って待って!? 何も言うこと考えてなかったー!


「三村さん……?」
「あの、えっと……ハッピーバレンタイン、プロデューサーさん!」


 とりあえず、私の分のチョコを渡そう!
 ……と、言っても、私の分のチョコは小さい。
 とっても上手に、美味しく出来たと思って味見してて……気付いたら残り二つになっていた。


「……ありがとう、ございます」


 その、小さな二つをプロデューサーさんは優しい手つきで受け取る。
 二つだけど……ラッピングした方が良かったかなぁ。
 あっ、今食べてくれるんだ! えへへ、数は少ないけど、自信作なんですよ!


「どうですか?」
「はい。とても美味しいです」
「良かったー♪」


 残りの一つもどうぞ!
 と、思ってジッと見てたら……えっ、プロデューサーさん?
 皆が見てる前で、あーん、はさすがに恥ずかしいんですけど……。


「美味しいから、大丈夫です」


 ――そうですよね! それじゃあ、いただきま~す♪


 口の中いっぱいに広がる、幸せの味。
 なんだか、皆がすっごく大騒ぎしてるけど……それは、きっと幸せの前触れ。


 皆、ハッピーバレンタイン♪



おわり