722: ◆ecH57LqR9PZC 2013/05/21(火) 22:56:35.02 ID:1LwxdIR90
「インデックス…………貴女は…………っ!」 

悔しそうな、悲しそうな声、そしてこちらを睨む目には怒り、そして戸惑い。 
彼女を、インデックスをこの戦争に引き込んだことに対する怒りなのだろう。 
その怒りはもっともだとは思う、だけど、だけれども―――。 

「セイバー…………もう、私の為には立てない?」 

「!!」 

―――彼女は巻き込まれ引き込まれて、そして自らの戦争を始めているのだ! 
それはもう止まらない、止まることはない! 
勝つか―――生か! 
         
         死か―――負けるか! 
       
      決着がつかない限り自分で始めた戦争は終わらない! 

”ばっ!” 

「立ちます、あなたの、マスターの為であるならば、何度でも立ちましょう」 

身体についたいくつも切り傷から血を流し、身体を血で汚しながら立つ。 
この足で、常に戦場を駆けてきた足で立つ。 

「ありがとう、セイバー」 

「…………」 

感謝の言葉には無言で応える。 

”ざっざっ” 

そして彼女の前に踏み出した。 
本来の騎士と主の立ち位置に!




引用元: ・セイバー「問おう、貴女が私のマスターか?」禁書目録「え?」

723: ◆ecH57LqR9PZC 2013/05/21(火) 22:57:18.69 ID:1LwxdIR90
「…………」 

剣を手に呼び寄せ、離さぬように深く強く握る。 
無言で応えた感謝の言葉。 
本当に感謝したいのはこちらの方だけれども、それを言葉で返すことはしない。 
私は騎士だ、剣だ、守り手だ。 
ならば働きで応えよう、剣で報恩しよう。 

「怪我人と言えど容赦はしませんよ?」 

「……………………」 

相手がどれほどの強敵であるとしても、私がどれほど弱くても関係ない。 
この剣は主の為にある。 
主の願いを阻む輩を斬り伏せる為に存在している。 
それ以外の機能はひとつとして備えていない。 

「……………………行くぞアサシンっ!」 

「いつでも!」 

”ばっ!” 

主の前で身体を横たえる、そんな恥を二度と晒さぬように心に誓い、再び戦場を駆ける! 
今回はインデックスと共に! 
乗り越えるべき壁を乗り越える為に! 

「ぜっぁあああああああああああああああああああ!!!!」 

”ぎぃいいいんっ!!”

731: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/02(日) 08:10:04.39 ID:OnAIUfCl0
「ああっぁああああああ!! ぜっぁあああああああああ!!」 

”ぎぃんっ!” 
        
       ”がきっ!” 
   
  ”じゃりぃぃんっ!” 
              
             ”ぎきぃいんっ!!” 
              
「っ…………勢いだけ、ですか」 

「勢いだけかどうかは地に伏してから判断しろっ!」 

騎士の不可視の剣がアサシンを連続して襲う。 
速く、重く、鋭く、激しく。 
そして様々な角度からセイバーは休むことなく斬り続ける。 
私に情報を少しでも多く与えてくれる為に、格上相手に無謀な情報収集をしかけてくれている。 
上段からの一撃にどう反応するか? 
下段からの繋ぎにどう対処するか? 
斬りつけたら。 
切り払ったら。 
薙いだら。 
突いたら。 
どの攻撃にどんな風に反応し、どのように対処するか、その情報を私に教えてくれる。 
今まで見てきたかおりの動きの記憶をどんどん更新する。 
情報の更新をしながら私は―――。 

「くっ! しつこいっ! 七せ―――っ!」 

「どうしたアサシンっ! 動きが鈍いぞっ!!」 

「っ!!」 

―――常にセイバーの後方を位置取り、かおりの七閃、鋼糸による斬撃の間合いにギリギリはいるように移動する。 

732: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/02(日) 08:10:30.74 ID:OnAIUfCl0
「ちっ!」 

かおりは私に危害を加える気はまったくない。 
そこを念入りに利用させて貰おう、貴女を殺すために。 
舌打ちと共に彼女は初めて大きく後退した。 

「どうしたアサシン、臆したか? それともその位置が貴様本来の間合いか?」 

「…………」 

挑発する言葉を向けるが、セイバーはそこで飛びかかることはしなかった。 
相手との力の差は戦っている彼女自身が何より理解しているのだろう。 
だからこそさっきまでの勢いでの攻めを中断されては、動きを止める他なかったのだろう。 
力押しで行ける相手でもない、少し冷静になられたら不利なのはこちらだ。 

「っ…………」 

七閃を警戒してギリギリの距離までセイバーに近づきながらかおりを観察する。 
刀を手にしてはいるけれど抜く様子は見られない、ただセイバー越しに悲しそうに私を見つめている。 
何が悲しいか、何に悔いているかを考える暇はこちらにはない。 
今考えるべきは目の前の相手の効率良い排除のみ。 
それにはまだ情報が足りないし、またいつ光の槍がこちらを狙うかも解らない。 
どうあがいても状況は不利で不利で不利だ。 
情報をもう少しセイバーに稼いで貰えれば、ほんの少しだけど勝率が上がる。 
難敵を倒すためには犠牲はもちろん必要。 
そう、犠牲はどうしても必要になってくる。 

「……………………」 

「!」 

セイバーを犠牲に勝率が上がるなら、迷わず投じよう。 
アイコンタクトも何もなく、ただ一方的に念話のパスを繋ぎ指示を出した。 
とても簡単簡潔に―――。 

           飛び込め 
            
―――とだけ。 

733: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/02(日) 08:11:02.79 ID:OnAIUfCl0
「……………………了解しました」 

微かな沈黙、その後。 
こちらの思考を読み取ってくれたか、それともただ実直に指示に従ってくれたかは知らない。 
だけどセイバーは頷いてくれた。 
かおりの攻撃パターンの情報もなしに、ただただ飛び込めと言う指示。 
指示とも言えない突撃命令に彼女は文句もなく、ただ前を見た。 
ここでセイバーに今までで収集した情報から導き出されるかおりの動きの予測を教えてしまえば、動きが変わってしまうだろう。 
セイバーの動きにどう動くかが重要な所なのに、私の予測をねじ込めば、答えは変わっていく。 
それを避けるためには、何も知らず、何も持たず。 
ただただ危険な地帯に飛び込めと命令し、それに騎士は承諾してくれた。 

「行くぞ! っぜっぁあああああああああああああああああ!!!」 

「…………」 

”だっ!” 

いつものように、普段通り、何の策もなく。 
ただただセイバーはその身を戦場に投げ出した。 
真っ直ぐ王道ただそのまま。 
地面をかけ、地を砕き、血の線を空に描き、かおりの攻撃圏内に易々踏み込んだ! 

”ばっ!” 

「っ! はぁぁぁぁぁああ!!!」 

「ほう、上からですか」 

踏み込むと同時に地面を強く蹴り、その身を高く舞わせた。 
そのまま落下に身を任せるのではなく、急激な魔力放出で落ちるのではなく、突撃する! 

”ぎぃいいんっ!!” 

「っ!」 

「…………」 

しかし、その上空からの一撃もかおりの刀、少しだけ見せた刃に止められてしまう。

734: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/02(日) 08:11:43.07 ID:OnAIUfCl0
「くっ! くお、おおおおおお!!」 

止められ、地に足がついても尚セイバーは力を込める! 
渾身は今ここにこそと言わんばかりに、歯を食いしばり、1mmを押し込むために! 

「その小柄な体躯で中々の圧力ではありますが―――」 

だが、その力も絶対的上位の力の壁を崩すには至らない。 

「―――弱い、ですね」 

”ぎぃんっ!” 

「ぐっ!?」 

”ずざざざ!!” 

軽く、かおりにとってはほんの軽く力を込めて振り払っただけでセイバーの身は後退を余儀なくされた。 

「筋力A+…………基礎値の差は大きいんだね」 

「それは解っています…………が―――」 

地力の差、どうにも埋めがたい能力差。 
それを埋めるために私たちは二人で戦う。 
だけど、現状ではまだセイバー一人で戦っているに過ぎない。 
それでも―――。 

「―――戦わない、立ち向かわない理由にはならないっ!」 

「まだ、来ますか」 

―――セイバーは立ち止まることを自分に許さない!

735: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/02(日) 08:12:12.35 ID:OnAIUfCl0
「っふっ!」 

一拍の呼吸。 
血に塗れた身体に熱い闘志を秘め、呼吸で圧縮すると再びセイバーは跳んだ。 
真っ直ぐではなく、やや弧を描く様に角度を変え、かおりに迫る。 
新たな情報を私に届ける為に。 

「…………」 

そしてかおりは悲しそうに私を見つめる。 
自分に迫る青い騎士よりも私をただただ見つめ、悲しそうに、深い色の瞳で。 
その瞳を覗き込むことはしない。 
これから殺す相手の内情に肩入れしても仕方ないそれに―――。 

「ああああああああああああああああ!!!」 

”ぎぃんっ! ぎっきぃんっ!” 

「単調な…………」 

―――かおりの内情なんてとっくに知っている。 
重いハズの剣を軽く受ける彼女を冷たく見る。 
今必要なのは私に対する同情心でも、彼女の優しさでもない。 
どうやったら確実に勝てるか殺せるか。 
ただそれだけ、それ以外は既に不要。 
死んだ彼女をどうしようかなんて考えは最初から頭にない。 
徹頭徹尾勝つため殺すために考え考え脳みそを回す。 
その為の情報は既に揃いつつある。 
あとはかおりだけ。

736: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/02(日) 08:12:51.76 ID:OnAIUfCl0
「インデックス、私ばかりを見ていて良いんですか?」 

「貴様! 戦いの最中になにを!?」 

投げかけられた言葉。 
自分を観察して、これから殺そうとする私に対しての質問。 
戦っているというのに自分を眼中にないように捌くその態度はセイバーを激昂させる。 
剣は荒くなり、何度もかおりの刀を叩くけれど、それも気にせず彼女は私を悲しそうに見る。 
その眼の、さっきの言葉の意味―――。 

”かっ!” 

「っ!」 

―――思考を回す一瞬。 
そこを突く様に空気の焼ける感覚が身を包んだ。 
これから迫るのは光の槍。 
直撃すればセイバーでさえ致命傷になるかも知れないそれが降り落ちる空気。 
かおり一人も攻略できないところにそんなものが! 

”じゅしゅごぉおおおおおお!!!” 

「なっ!?」 

文字通り光の速さ、そのまま高速で降る光の槍。 
空気を焼き殺し進む進む。 
騎士を背中から貫こうと―――。 

『セイバー、言った通りのタイミング、多分もう誤差ないんだよ』 

「了解しました、マスターっ!!」 

「なっ、え?」 

―――した瞬間、セイバーは反応してからではなく事前に知っていたタイミングで飛んだ。 

「なっぐっ?!」 

その結果、背後からの一撃はその正面、かおりの身を焼いた。 
さしもの規格外のサーヴァントでも、その一撃は響いたようで大きく、大きく後方に吹き飛んで行った。 

「今必要なのはかおりの戦闘情報だけなんだよ? 言ってなくてごめんね」 

「貴様我がマスターを軽んじたか?」 

珍しく、セイバーにしては珍しく憤慨したように不可視の剣をバットみたいに肩に担ぐと、瓦礫を巻き上げたときの砂ぼこりの向こうにいるかおりに鼻息を荒くした。 
そう、必要なのはかおりの情報のみ。 
道中何度も何度も経験した光の槍なんて、もう攻略完了だ。 

「マスターは、インデックスは貴様の手の中でもがく小鳥ではない!」 

一言で断じて剣を向ける。 
その言葉その態度、私に対する信頼。 
それが私をもっともっと強く強く作り変えてくれる。 

「かおり、直ぐ殺してあげるんだよ」 

私『達』は卑怯にも二人で戦っている。 
でも、勝てばそれで良いんだ。

742: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/09(日) 13:09:21.44 ID:0wubLi7f0
正面から斬りかかると? 
           こう動く。 
右側から斬りかかると? 
           こう動く。 
左側から斬りかかると? 
           こう動く。 
回り込みながら斬ると? 
           こう動く。 
突くと? 
    払うと? 
        薙ぐと? 
             
     どう動く? 

「ああああああああああああああっ!!」 

「……………………」 

”ぎぃんっ!” 

私の騎士が戦ってくれている間、私の友人の情報をどんどん集め、脳内で分解し、そして組み立てて行く。 
不可視の剣が不器用ながら、見えない斬撃を弾き、そしてついでのようにその身を裂かれる。 
青い外套は血で染まり、既にドス黒い。 
国を守るために戦い抜いた、清廉な騎士とは思えないほど黒い彼女。 
何度も斬られ倒され、今もまた見えない斬撃を直感だけで打ち落とし、間合いに踏込また引き離される。 
時折狙ってくる光の槍は私の指示で防げても、その直後を狙われてまた血を流す。 
観察していて解るくらいの満身創痍。 
時を刻む度に動きは鈍くなり、力は身体から失われている。 
それでも。 

”だっ!” 

それでも! 

「懲りない…………」 

それでも!! 

「勝つまで止まらんっ!!」 

それでも!!! 
それでも彼女は私の命令に従い、大きすぎる強敵に立ち向かう!

743: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/09(日) 13:09:53.77 ID:0wubLi7f0
繰り返される攻撃をギリギリ、命の限界のギリギリで情報を与え続けてくれる。 
命尽きる瞬間が先か、それとも私の予測の完成が先か。 
どちらが先か解らない命を賭けたマラソン。 
普通なら心折れ、手を、足を止めて命消されるのを良しとしてしまうだろう。 
だけど、セイバーは折れない。 
どこまでも私を信じて、どこまでも自分の命を絞りきる。 

「っぜっ! ゃああああああああああああああ!!」 

”ぎぃんっ!” 

下段からの切り上げ、そのまま切り返す。 
地面を砕き、自らの身体から出る血の線を中空に引き、全てを打ち砕くような一撃! 

「っふ」 

”きいっぃんっ!” 

「くっ!」 

そんな一撃もかおりは容易く鞘で受ける。 
並みのサーヴァントなら防御していても吹き飛ぶような斬撃を、そよ風のように受けきればそのまま鞘に入ったままの刀を揺らす。 
刀を振るのではなく、揺らす。 
それにより発生する見えない斬撃、実に七。 
襲い掛かるに差はなく、同時に多方向より、まるで檻が迫る様に斬撃が閉じる。 
心眼(偽)というスキルを持つ、予知に近い直観力のセイバーでさえ捌き切れない、斬撃。 

「七閃」 

呟く様な送り言葉。 
それが始まりの合図で終わりの合図。 

「セイバー、ありがとう」 

「インデックス…………!」 

そしてこちらも始まりの合図で終わりの合図。 

「? なにを?」

744: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/09(日) 13:10:21.40 ID:0wubLi7f0
一瞬の疑問をかおりは浮かべたけれど、それより先にセイバーを排除しようと彼女は斬撃を放った。 

『半歩後ろに下がって右半身になり、左斜め上に剣を構え一瞬受けたらそのまま袈裟に滑らせそれと同時に半身のまま前に飛んで!』 

「! 了解っ!」 

”だっ!” 

完成した読み。 
完結した予測。 
それはそれはとても綺麗でそして、相手からしたらとても理解出来ないだろう。 

「な、え、抜けた?!」 

アサシンとして私の前に現れたかおりが見せる初めての表情。 
それは、驚愕。 
自分が放った回避不能、斬撃の檻、雨降るような攻撃。 
それをセイバーは”ぬるり”と避け、そして一歩踏み込んだ。 
さっきまで受けられ弾かれはしていたけれども、滑る様に流されることなんてなかった、だからこその驚愕で動きが止まる。 
一秒、一瞬でも動きが止まれば、セイバーの一歩は相手の間合いを即座に潰す! 
挙動静止しているかおりの胸元、まだ刀は防御に間に合わない! 
魔力放出のスキルで弾けるような接近。 
血を流す赤黒い流星となった彼女は、下段に構えた剣に力を込める。

745: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/09(日) 13:10:54.62 ID:0wubLi7f0
「くっ! なっ!?」 

既に接敵、完全にセイバーの間合い。 
このまま剣を振りぬけばきつい一撃がかおりを斬り裂く。 

ワタシヲミテイル。 

「っ!!!」 

コマ送りに見える景色。 
これから友達だった、もう死んでしまったかおりが血に塗れるだろう一瞬前。 
どうしてかクールビューティの死に顔が浮かんだ。 
私が殺した私の友達の顔が、瞼に焼き付いて、どうにも離れないあの顔が浮かんだ。 
何人も何人も何人も何人も何人も何人も。 
数えるのもバカらしいくらい殺しに殺した友人の顔が浮かんだ。 
浮かんだと言うか割り込んだ、私の脳みそに無理矢理。 
…………。 
……………………。 

「さぁて、ああああのちっちゃい娘はお友達をまた殺しちゃうのかなぁ? あはっ☆」 

外で起きてる戦い、それを高みの見物。 
野蛮は争いは野蛮な人たちにやって貰いましょう、それが私の考え。 
私みたいなお淑やかな女の子は、そう、ほんの少し戦いに手を添えてあげるだけ★ 
ほんのちょっぴり、かつて殺したお友達のお顔を脳みそに刻んであげる、それだけ。 
お友達が忘れられたら悲しいだろうから、優しい私の優しいサービス。 
そのサービスの行方は―――。

746: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/09(日) 13:11:29.01 ID:0wubLi7f0
……………………。 
…………。 

「    」 

セイバーがかおりを斬る瞬間、今一瞬。 
浮かんだクールビューティの感情の死んだ顔。 
斬りに斬って、殺しに殺したあの顔。 
浮かんだその顔は、ワタシヲミテイル。 
それが今繰り返さる!!! 












から、どうしたの? 
うん、繰り返される、また私は友達を殺す。 
そうだね、そうなるね、悲しいね、涙が出るね。 


だから? 

それが? 

どうか? 

したの? 

うん、そう、どうもしないんだよ。 
今から私は友達を殺すけどそれはどうもしないことなんだよ。 
セイバーを止めることなんかしない。 
する訳がない! 

「ぜぁぁぁああああああああああああああああ!!!」 

”ざしゅっ!!” 

「がっはっっっ!!!」 

限界突破、城門さえ破りそうな極地の斬撃がかおりを斬り裂いた!!

747: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/09(日) 13:11:55.76 ID:0wubLi7f0
「ぐっ!?」 

溢れる鮮血、歪む表情、崩れる体勢。 
圧倒的な性能差を見せていた彼女が崩れる一瞬! 

「インデックス、あ、あなた、はっ!」 

かおりもワタシヲミテイル、から笑いかけてあげた、にっこりと。 
そして―――。 

「セイバー! 止まらないで!」 

「! はっ!」 

―――情けはかけてあげない。 
崩れゆくかおりにセイバーを向かわせる! 

”ざっ!” 

「がっ!!!?」 

魂を削るような剣撃が、深く腕を抉る。 

『セイバー! まだ!』 

「まだまだぁあっぁぁあ!!!」 

”ざっしゅっ!” 

止まることなく剣を振るう! 
途中、足を縺れさせ、セイバー自身体勢を崩していくけれど、それでも止まらない! 止まらせない! 
鋭い暴風となり、敵を細切れにするように、まだまだまだまだ!! 
命尽きるまで容赦はしない!! 
…………。 
……………………。 

「あああら、あらあら? あらあらあらぁ?」 

―――失敗。 
私のサービスに彼女は迷いも戸惑いもなかったみた。 
友達を殺すことに対する躊躇いなんかなくて、感情を燃やすでも凍らせるでもなく。 

「フラットのままお友達をころころできちゃうわけぇ?」 

自分のしたことを理解したまま人を、お友達を殺せる。 
見た目は可愛らしい小さい女の子なのに。 

「ここの娘…………人間なのぉ?」

753: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/23(日) 09:15:20.93 ID:JWImWBFu0
「ぜっぁあっぁっぁああああああ!!!」 

「ちぃいいいっっ!! な―――七閃っ!!!!!!」 

剣撃をその身に受け体勢を崩しながらもかおりは技を繰り出す。 
焦り怒りそして、悲しみの混ざり合った顔で私を見ながらセイバーに立ち向かう。 
死んだはずの友人が生きている。 
死んだはずの彼女が生きて戦っている。 
死んだはずの大切な人が生きてまた死のうとしている。 

『光の槍射出まで3.2秒、一旦後ろに引いて、それからもういっかい、今度は二股で狙ってくるから』 

「っ!」 

指示、予測の通りそれに従いセイバーは動き、そして予定通りに光の槍が落ちる。 
それを簡単に、ボールを避けるようにセイバーは回避し、再びかおりに迫る。 

「っふっ!」 

「さっきからっ! 動きがっ!! がぁぁあああ!!」 

数度目の斬撃、かおりの身体はその度に血に塗れて行く。 
いくら圧倒的な能力があっても、それが予測できるのなら意味はない。 
ただ―――。 

「ちっ! 上手く躱すな、アサシンっ!」 

―――セイバーの剣が後一歩届き切らない。 
肉を裂き、血を噴出させてはいても、死には至らない。 

「逃げる技術だけは人並み以上だなっ!!」

754: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/23(日) 09:15:56.74 ID:JWImWBFu0
恐らく幸運EXがもたらしている奇跡。 
セイバーの何十もの剣が致命傷に届かない。 
ほんの数ミリの世界で、風で、足場で、音で、空気で。 
様々な要素が絡み合い、かおりの命をギリギリの位置で守る。 
だけどそれは―――。 

「無駄な足掻きは苦しみを長めるだけだぞっっっ!!」 

「ぁがっ!?」 

―――その通り。 
私の読みは動きが進む度に精度は上がっていく。 
リアルタイムでセイバーには既に3秒先の未来を伝えてある。 
繰り出される攻撃の技撃線も読み切っている。 

”ざしゅっ!” 

「ぁっがぁぁあ!!」 

セイバーの剣はかおりの肉を裂くが―――。 

「なっなせんっ!!!」 

「ふっっっ!!」 

”するっ” 

―――かおりの攻撃はセイバーに掠ることすらしない。 
気まぐれに降る光の槍も読み切り、後は持久戦のようにじっくり端から殺していくだけで終わる。 
かおりを殺し、次にこの面倒な光の槍を撃ってくる相手を殺す。 
そしてやっとキャスターだ。 
中々面倒で長い道のりだけど、一歩づつ丁寧に殺して行けばやがて刃は相手の喉を掻っ切るだろう。

755: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/23(日) 09:17:03.74 ID:JWImWBFu0
だから、少し手順を短縮しよう。 

「インデックス?! なにを…………」 

そっと踏み出し、そっとセイバーの前に出る。 
その行為に彼女は驚愕の表情を浮かべるが、止めようとはしない。 
血で黒く染まった騎士の前に、黒衣の私が出る。 

「インデックス、何の真似ですか?」 

息荒く、そこら中に血をにじませ、セイバーと良い勝負のかおりの前に立つ。 
拳を握る、構える、前を見る。 
戦う者としてアサシンの前に立つ。 
かおりからは怒りの感情が伝わる。 
セイバーの驚愕と、かおりの怒りに挟まれ、それでも構えを解かない。 

「インデックス、退いて下さい」 

「そうですマスター、今はふざけている場合ではありませんっ!」 

二人は解っている。 
これから私が何をしようとしているのか理解している。 
だけど、理解できていないふりをして制止する。 
まさかそんなことにはならないと願って止めている。 
だから私はその二人の願いに止めを刺す。 

「構えろアサシン、私が相手なんだよ」 

手順短縮。 
セイバーには狙撃してくる光の槍を破壊して貰おう。 
それで私はここで友人を破壊しよう。

756: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/23(日) 09:17:40.01 ID:JWImWBFu0
構えはそのままに念話で簡潔に作戦をセイバーに伝える。 

「っ! ……………………了解しましたマスター」 

「なっ?! セイバー!! 騎士は敵前逃亡を良しとするのか?! 主を怨敵の前に放り出し、逃げるのですか!?」 

「っっっっ!!」 

その場を離れようとしたセイバーをかおりは必死に引きとめる。 
状況、これから何をしようとしていて、何が起こるかを彼女は理解していたから。 
だから、声を荒げて騎士を自分の元へ留めようとする。 
その言葉にセイバーは身体を硬直させるが―――。 

「行って」 

「……………………っ! あ、主の命なればっ!」 

「なっ!?」 

―――私の言葉に押され、指示した方向に駆けた。 
唇を噛み切り、新たに血を流しながら彼女は一瞬でも早くこの場に戻ろうと神速を持った。 

「バカなっ、これでは、これでは…………私は」 

その背を震えながら見つめる愚か者のアサシン。 
そう、目の前に敵がいるのに目を離す愚か者。 
その愚か者に向かい、迷わず踏み込んだ

757: ◆ecH57LqR9PZC 2013/06/23(日) 09:18:14.14 ID:JWImWBFu0
”ごっ!” 

「……………………インデックス、本気ですか?」 

「本気なんだよ、正気じゃないかも知れないけど」 

踏込、腰を回転させ、理想的に力を拳に伝達させ振り切った。 
強化の魔術で煉瓦のように固くした拳はかおりに届かず、彼女の刀の鞘に受け止められた。 
そして投げかけられた問い。 
それに正直に答える。 
三歩下がり、再び構える私を前に、かおりは刀を握り締め震えていた。 

「どうして、こんなことが起こるのでしょうか?」 

「…………」 

彼女の嗚咽に似た言葉に私は答えない。 

「どうしても守りたいものが、どうして守れないのでしょうか?」 

私は答えない・ 

「あなたは何を考えているのですか?」 

答えない。 
言葉で答えない代わりに拳で応える。 

”だっ!” 

バカ正直に真っ直ぐに、さっきのように踏込、さっきのように拳を突きだす! 
黒衣をはためかせ、弱い拳が奔るっ! 

”ごっ!” 

「…………インデックス、私はあなたとは戦いたくはない」 

「…………」 

答えない。 

代わりに―――。 

        ―――あなたを殺してそれを答えにしてやるっ! 
涙を流す英霊に向かい、私は三度拳を振った。

764: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/07(日) 15:02:45.61 ID:SxW2Kkfm0
”ごっ!” 

「ひゅっ!」 

「っ! インデックス! 拳を引いて下さい!!」 

拳を構えたまま小さく踏込む。 
左足をやや前に踏み込んだら、前方に投げ出しそうになる身体を引きとめながら腰を回して拳を振りぬく。 
ここしばらくの間に映像で、書籍で集めてきた格闘技術を脳内で再現し、それを肉体に下ろす。 
一種の降霊術に近い技術のダウンロード。 
それは勿論私の身体にかなりの無理を強いる。 
見たこと、書かれている理論、それを鍛えていない身体で無理に再現しているのだから当然だ。 
本当なら自分の体格、手足の長さ、体重にゆっくり馴染ませ技術を身体に埋め込むのが正しいやり方だ。 
でも、それじゃあ間に合わない。 
この戦争を戦う為には私を無力過ぎるから。 
今まで守られるだけに徹していたそのつけだと思えばこの苦痛も報いだと受け入れられる。 

”びきぃっ!” 

「…………っ!」 

突き出した拳の勢いに右腕の筋が嫌な音が響いた。 
教本通りのフォームから繰り出した拳撃は身体の耐久能力を超えていく。 

「インデックス! もう止めてください!」 

「やめ、ないっ!」 

その身体能力を超えた拳もアサシンの鞘に容易く防がれる。 
この程度の拳では人は殺せても英霊にはまったく届かないことは解っている。 
でも、一瞬たりとも動きを止めない。 

765: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/07(日) 15:03:19.10 ID:SxW2Kkfm0
悲しい顔をして、肉体の痛みに蝕まれる私より何倍も辛そうな顔でかおりは拳を受ける。 
最初は長い刀の鞘で、それが掌になり、今は―――。 

”ごっ! がっ! どずっ!” 

「っは! はぁ! あ! …………っ!!」 

「やめて下さい、インデックス…………何になるんですか、こんなことっ!」 

―――彼女はその場を動かず身体で拳を受け止めていた。 
それは私の拳が傷つくのを恐れてか、それとも他の理由か。 
既に拳頭からは流れ出ている血が、彼女の服を汚す。 
私の渾身は彼女をぐらつかせることも出来ず、それでも拳を繰り出し続ける。 

「ふっっ!」 

左足をやや斜めに踏み込んだら、腰だめに構えた拳を捻りながら突き上げる。 

”どっ!” 

「…………」 

魔力で強化された拳に加えて、理想的なフォームで繰り出された拳は、以前の様に肉体強化をせずとも人を壊すことの出来る威力を秘めていた。 
それでも英霊には、アサシンには届かない。 
でも、それで良い、それでも拳を止めない。止める気はまったくない。 

「インデックス、止めてください! あなたの願いなら私が叶える」 

止めない。 

「上条当麻の捜索及び救出ならば、英霊として私が授かれる聖杯の願いで必ず実行します!」 

止めない。 

「もう止めて下さい、あなたの在り方は…………おかしいです」 

止めない。 
何度も何度も拳を振るい、必死に語りかけてくるアサシンを無視する。 
降り落ちる月光の海の中をもがく様に暴れ続ける。 

「インデックス、なにがあなたをそこまで変えたんですかっ…………!」 

止めない。 

…………。 
……………………。

766: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/07(日) 15:03:53.52 ID:SxW2Kkfm0
「…………! 速く、速く!!」 

インデックスを置いて、狙撃者に向かう私の胸中は焦りに満ちていた。 
今の彼女は危険すぎる。 
その彼女の前に現れた、友人である敵。 
既に死して、英霊として使役されている相手。 
そんなものと戦うなんて危険すぎる。 

「一刻も早く戻らねばっ!」 

空を駆けるようにビルの壁を飛び、インデックスより指示されたポイントに走る。 
彼女の指示は的確で、そこに向かうまでの攻撃の有無まで指示には入っていた。 

「6、5、4、3、2、1…………来るっ!」 

”ばしゅぅうううう!!!” 

「っっっ!!」 

進行方向からの光の槍。 
まるで大質量の物体が高速で飛ぶようなそれに剣を向ける。 
地面で止まっているときならいざ知らず! 

「加速している今ならばっ!! あああああああああああああ!!!」 

”ずじゃぁあぁぁぁああぁああ!!!!” 

魔力により加速の生んだ突破力で不可視の剣が光の槍を斬り裂くことも可能だ。 
それもインデックスの読みがあってこそなのは間違いないけれど。 

「お、おおおおおお!!!!」 

光を斬り、月夜を旬魚のように真っ直ぐ突き進む。 
この先に狙撃手がいる! 
それをいち速く斬り、いち早く戻る! 

「いたっ!」 

ビルの屋上、その背の高い手すりの向こうに人影を発見。 
手に細長い何かを持っている。 
近づくごとに見えてくるフォルム。 

「女か…………しかしっ!」 

容赦をする気は毛の先ほどもない。 
友人の死を目にし、友人を殺し、自分を守るために死んだ友と戦っているマスターの為に。 
不安定なままこの戦争に投げ込まれて、必死に目標の為に自分を誤魔化す戦う主の為に。 
そして―――。

767: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/07(日) 15:04:20.21 ID:SxW2Kkfm0
目標地点のビルの二つ手前の壁を陥没させる勢いで蹴り、その力をもって更に加速をする。 

「ああああああああああああ!!!」 

「っ!?」 

こちらに気付き、その手に持った何かを動かす前に接敵。 
風を切り裂き、瞬きの間に時間を奪った様に彼女の目の前に接近し―――。 

”ざしゅっ!” 

「…………」 

―――討ち取った。 
細い女性らしい体つきの、髪を二つに分けた狙撃手を斬り殺し、呼吸を一拍。 
足元にはガラスで出来た三角柱のようなものがいくつも転がっていて、いくつかは焦げているようだった。 

「こいつは能力者か、それともこの…………何といったか」 

右肩からばっさりと両断した死体を確認する。 
死者の身体を物色するような行為は不義ではあるが、今は不安の目を詰むことが大事だ。 
彼女のもっていた細長い物体を手に取り、知識と照合する。 

「かいちゅうでんとう、に似た物体があの光の槍を作り出していたのか?」 

科学と言う宝具に匹敵する知識はそこまでの英知を作り上げているのか、そう考えると悍ましい何かを感じないでもない。 
しかし、それを今考えることも問うことも私には必要ない。 
私は剣だ、主の目の前を切り開く為だけの道具。 

「行こう」 

”ばきんっ!” 

手にしたそれを砕き、再びビルを足場に跳躍、そして飛翔。 
狙撃手は倒した、それを直ぐにインデックスに伝える。 

『指示通り狙撃手は殺しました、直ぐに戻ります、無理をなさらずに』 

『直ぐに左斜め下に飛んで』 

『え? ―――あ』 

念話を送り、これから戻ろうとしたとき、インデックスから冷静な指示が送られた。 
慣れてしまった私はその言葉に身体が自然に動き、そのさっきまで私がいた場所を何度も何度も避け、そして最後には斬り裂いた光の槍が、大質量のそれが通り抜けて行った。 

「なっ!?」 

振り返った先、そこにはさっき殺したのとは別の女が立っていて、こちらに掌を剥けていた。 
…………狙撃手は二人いたのか!? 
インデックスの読みが外れた? いや、その前にやつを殺さねば! 
光の槍とすれ違うように身体を無理に反転させ、狙撃手を! 

「あ…………」 

そこで気付いた。

768: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/07(日) 15:05:01.31 ID:SxW2Kkfm0
さっき私と光の槍はすれ違った。 
それはつまり、私の進行方向に向かっていったということだ。 
その方向にいるのはインデックス! 

「くっ…………!」 

一瞬だけ動きが止まるけれど、直ぐに思い直す。 
さっき、どうしてだか二人目の狙撃手を知っていたインデックスは私に回避指示を出した。 
その彼女が当たるハズがない、そう信じ、信頼して目の前に専念する。 

「ここここここ来いよ経血くせぇしみったれた売女ぁぁぁああああああ!!」 

「っ!?」 

獣の様に髪の長い狙撃手が咆えた。 
手を前に突出し、その前方に光の玉が生まれる。 

「あれが光の槍か…………!」 

威力、速さ共に如何ともしがたいが、この距離なら避けてそのまま斬りかかることも可能だ。 
インデックス! 待っていて下さい! 
直ぐに、直ぐに戻りますから! 
剣を握り直し、身をかがめ、空を駆った。

775: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/14(日) 16:31:22.09 ID:dZatRlWz0
一撃の元にとる。 
改めて全身に力を込め、剣に意を乗せる。 
狙うは一人、狙撃手のみ。 
距離は短い、こちらに部がある。 

「っ!」 

「さささささささっさと飛び込んで来いよ腐れ穴ボコがっ!」 

音に勝る速度で突撃する私相手に”人間”でしかない狙撃手は恐れない。 
それがキャスターのより思考の変化によるものなのか、それとも彼女の本来の気概なのかは解らない。 
ただ、その純粋な戦欲は私の剣を震わせる。 

”きゅぃいいいいいっ――――――!!” 

灼熱する光の玉、そこにあるだけで周囲の空気を燃やし、威嚇するように音を響かせている。 
その光の玉が弾け、光の槍になる前に人知の枠より向こうの速度で荒れ狂う狙撃手に接近。 

「ぜぁぁぁあああああ!!」 

魔力放出の速度に乗せ、突進の威力をそのまま剣撃に切り替える。 

「ちちちちちちっとばっか速ぇだけでチョーシに乗れんなら世は早漏ども天下だっつーの!!!!」 

女はこの速度にも、圧力にもまったく恐れていない。 
20代程度に見える女だというのに、平和な時代に生まれているハズなのに、まるで戦士のような気迫を持っている。 
その気迫、獣のような圧力に私の剣も共鳴するように震える。 

「っ……………………っづぁぁぁあああああああああああああ!!!」 

”ざしゅっっっっ!!!”

776: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/14(日) 16:31:50.98 ID:dZatRlWz0
「……………………が、っ、あ。が」 

気迫の研がれるように震えた剣で、狙撃手の光の槍が弾ける前に相手を両断した。 
一撃必殺。 
胸を右から左に一文字。 
何の間違いのないように心臓を斬り裂いた。 

「このようなことはしたくはないが、念のために…………」 

”ざぐっ!” 

不可視の剣を振るい、転がる頭部に剣を突き刺した。 
心臓を潰しい頭を潰す。 
ここまで念入りにやる必要はないかも知れないが、もしもがある。 
相手はキャスター、反魂、もしくは死肉を操作することもあり得る。 
だとしたらその可能性は潰しておかなくてはならない。 
もしそれを怠れば、またインデックスが深く深く落ちて行く。 

「いや、もうインデックスは……………………っ」 

思考を無理矢理に引き戻す。 
今は戻ることを優先しよう。 

「…………」 

頭部に突き刺した剣を引き抜き、一振りで血を流し足に魔力を込めた。 
一足飛びに、最短距離を一気に駆け詰め、インデックスの元に向かった。 
そこでは既に決着がついていた。 
……………………。 
…………。

777: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/14(日) 16:32:42.36 ID:dZatRlWz0
「ふっ!」 

”どすっ!” 

「はぁっ!!」 

”がっ!” 

セイバーが飛び立ち、アサシンと一対一での戦い。 
私が殴りかかり、彼女は一歩も動かずただ拳を受け続ける。 

「インデックス、止めてください」 

拳を受け、ただただ止めるように促す。 
それには答えず拳をぶつけ続ける。 
技術を模倣し、拳を強化しても彼女に何のダメージも与えられず、むしろこちらが傷ついていく。 
それに彼女は心を痛めている様で、歯を食い縛り微かに血が流れでていた。 

「インデックスっ! あなたはこんな戦いに身を落とす必要はない!」 

「ふっぅっ!」 

一瞬左手を前に出し、その手で存在しない棒を掴むように自分の身体を引きつけ、スイッチをするように右の縦拳でかおりの鉄みたいな腹筋を穿つ。 

”どっっ!!” 

「…………止めて下さい、あなたが拳を握る必要なんかないのです」 

体重を乗せた渾身の一撃であっても、何のダメージも与えられない。 
それでも何度も繰り返し殴り続ける。 
鉄を叩く様な音を闇の舞台に響かせ、筋肉を、骨を軋ませ何度も繰り返していく。 

「ステイルもここにいます、先日私が捕えました」 

”ごっ!” 

「二人で逃げて、聖杯戦争から離脱して下さい」 

”がっ!” 

「その間に私がこの戦争を終結させ、上条当麻を救います、元はこちらのミスですから」 

”どっ!” 

「インデックスっ!!!」

778: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/14(日) 16:33:30.97 ID:dZatRlWz0
かおりは私を救おうと、この戦争からどうには助け出そうとしてくれている。 
一度死に、再びこの世に使役されているそんな状態でも生前の心をまったく失っていない。 
とてもとても美しい心を持っている。 
全てを手に入れられるほどの能力を持っているのに、生前その能力を全て救世に傾けた真の意味での聖人。 
その彼女に拳をぶつけ、自分の身体を軋ませていく。 

「やめて下さい…………インデックスっ!」 

この行為、私が自分の身体を傷つける行為にこそ彼女は悲しみ、悔しそうに歯噛みしている。 
私を救えないことに悔しそうに身体を震わせている。 

「インデックス…………どうして?」 

そして涙を流す彼女を前に、私はついに動きを止めた。 
手は痺れ、拳は砕け、歪な膨らみになっていた。 
無理に教本通りのフォームを続けたせいで下半身にはだるい疲れが蝕み、肺は機能していないように息苦しい。 

「かおり、私…………ぁ」 

俯き、黒衣に包んだ私の身体を彼女は優しく包み込んだ。 
そっと、岩石を破壊できる腕力で信じられないくらい優しく。 
全てを包み込み、全部許し、何でも受け入れるように、そっと、そっと。 

「良いのです、インデックス…………後は私に任せて休んでく、あ」 

「かおり、私、私っ!」 

その優しい腕に身体ごと飛び込んだ。 
さっきまでどれほど殴っても揺れもしなかった身体は簡単に揺れ、一歩、二歩と後退した。 

「……………………インデックス、辛かったですね」 

「うっぐ、ひっぐ、うぅううう…………」 

涙を流し顔を埋め、体重をかけていく。 
かおりのしなやかな身体に全てを預けるように、この身を捧げ、そっと―――。 

『指示通り狙撃手は殺しました、直ぐに戻ります、無理をなさらずに』 

―――彼女の身体を突き飛ばした。 

”ばしゅぅううううううう!!!!!!!”

779: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/14(日) 16:34:29.94 ID:dZatRlWz0
一瞬の閃光。そして灼熱。 
セイバーには狙撃手の嘘の位置を教え、協力者、おそらく光の槍をサポートしていた相手に向かわせた。 
それにより最後に狙撃、英霊すら直撃で死に至らしめる光の槍は私の想定通りの場所を貫いてくれた。 
優しく抱きしめ、そして素直に後退してくれた友人の頭部を。 

「イン、ッ―――ス、無事、で、す…………か」 

「…………無事なんだよ、ありがとう」 

彼女の死因は目の前でしっかり目に焼き付けていた。 
頭部への狙撃による死。 
それを再現させて貰った。 
だけど、普通なら彼女の規格外の幸運で光の槍は外れただろう。 
しかし、それも封じさせて貰った。 
私が彼女を頼り、縋り付いたことでかおりは『インデックスを守りたい』そう強く願ってくれたから。 
つまり彼女の幸運は私を守ることになっていた。 
だから、こうも容易くバーサーカーとも正面から戦えるだろう英霊は死する。 
私を守れたという満足感を抱いて、二度死ぬ。 

「無事、なら、良かっ、た…………あ―――あ」 

「うん、ありがとう…………アサシン」 

盾になって死んでくれた彼女の身体が光の塵となる。 
その光景をしっかり目に焼き付ける後ろで鎧の音が響いた。 

「討ち取ったのですか?」 

「うん」 

肩越しに振り返りながら答える。 

「さすがは我がマスターです」 

「それほどでも無いんだよ、伝説具象されてない分読みやすかったし」 

筋肉、そして骨の軋みに軽く肩を鳴らす。 
深い夜の中、聖人がついに光の一片すら残さず消えた。 
月の明かりしか無い世界、そこに躊躇わず踏み出す。 

「さ、セイバー、行こう」 

「……………………はい」 

……………………。 
…………。

780: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/14(日) 16:35:22.96 ID:dZatRlWz0
「……………………はい」 

主の声に頷き、その後ろに付き従う。 
どんな方法を用いたか、彼女は生身で、神秘も帯びぬまま英霊を打ち倒した。 
それは誉めるべきであり、称賛に値いし、何より尊敬すべき行為なのだろう。 
なのだけれど、それを素直に歓声で迎え入れることが出来ない。 
…………インデックス、あなたは一体どうしてしまったのですか? 
目の前で死んだ友人を、その手で再び死に戻す。 
そんなことをしているのに、何故貴女は落ちつている? 
そう、落ち着いているのだ、不安定じゃない。 
不安定なまま戦場に投げ出され、深い闇の中でもがいていた彼女は今はもう静かに安定してしまっている。 
友の死を見て震え、その手で殺した苦しみに囚われ、これからまた友人を殺すことに葛藤していた彼女。 
まだ少女であるが故の不安定、人間であるからこそあり得る不安定さ、それが今の彼女にはまるでない。 
心を壊した訳でも、強がっている訳でも、逃避している訳でもなく、彼女の心はしっかり安定している。 
友人を殺した今もこれ以上ないほど安定している。 

「……………………」 

それが私には恐ろしくてたまらない。 
かつて国の為に村を焼き払ったことも私にはある、言い訳にはなるが、そこには葛藤と苦悩が確かにあった。 
それを臣下に見せることはしなかったけれど、何度も何度も何度も苦しそうなくらい自問自答をした。 
だけど、インデックスにはそれがなくなってしまっていた。 
心を失った訳ではない。 
しっかりと意志を持ったまま、彼女の心は戦場に適応してしまっている。 

「……………………」 

恐らく、予想ではあるけれど、インデックス、彼女は今聖杯戦争最強のマスターだろう。 
主の背中を見て歩いているのに、私の背には嫌な汗が滲んでしまった。 
とても、とても恐ろしいものを目の前にしたように。

789: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/21(日) 14:45:29.31 ID:6BBU9hiL0
「凄い魔力濃度…………普通の人なら立ってるのもやっとなんだよ」 

「これほどとは…………もはや神殿クラスですね」 

インデックスが魔力の濃い場所や魔法陣の配置を読み取り、あるビルの内部に侵入していた。 
そこは魔力の濃度が異様なまでに濃く、一部は異界と化しているのか魔物の息づきを感じることさえ出来た。 
いくらキャスターのサーヴァントだとしても、異様なまでの造りだった。 
剣士であり、騎士である私はそこまで魔術には詳しくはないけれど魔術師が己が魔術を練磨するには工房と呼ばれる陣地の作成が必要らしい。 
そしてこのビルを元に作られた陣地、それは工房の上、大規模魔術や神霊級の召喚、道具の生成を可能とする神殿だ。 
凄まじいまでの魔力貯蔵量に唾を飲む。 
普通に見えるビル、その廊下を歩いているだけで感じる魔力の総量は小聖杯であれば満たせるほどの量だった。 
これだけの魔力を一騎のサーヴァントに注げばどれほどのことになるか想像もつかない。 
それにここまでの敵の数、多くの少年少女、能力者を操り、そしてあのアサシンも恐らく。 
それほどまでに大量の魔力、そして複雑な術をこなす魔術師、キャスターの神殿の内部に現在私たちはいる。 
ほとんど胃袋の中、これから消化されるのを待つしかない、そんな状況、私でも解る状況でもインデックスは揺るがない。 
小柄な身体を黒衣に包み、震える手足を迷わず動かす。 
微かな月明かりでまるで海のようなビルの廊下を、魔力の残滓、魔術の指向性を読み取り、確信を持って進んでいく。 

「……………………」 

その背中を見ながら考えに耽る。 
本来なら騎士である私が前を歩くべきなのだけれど、インデックスの前に出ることを何かが拒否していた。 
不安定な感情の塊だったのにいつしか安定しきったインデックスは、私には人間には見えなかった。 
アサシンを倒し、これで残る英霊は4体、倒すべき数は3。 
ついに半分まで上り詰めた聖杯戦争。 
このまま進めば間違いなく私のマスターであるインデックスが勝利を治める。 
そのことの予想は簡単についた、ついてしまった。 
この学園都市における聖杯戦争にて、彼女ほど強いマスターはいないだろう。 
それは魔術師の力量や、魔力量などではなく、戦うこと、そして勝ち抜くこと、この二点においてインデックスの能力値は桁外れだ。 
そこで疑問が生まれた。 

…………彼女を勝たせて良いのか? 


790: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/21(日) 14:46:00.40 ID:6BBU9hiL0
「この魔力、魔法陣の術式から考えて…………神代文字の一種なのは解るんだけど、うーん」 

「……………………」 

ビルの内部、その壁や床、天井に至るまでびっしり書き込まれた魔法陣の一部を見て悩む姿は普通の女の子だ、内容はともかくとして。 
そう、普通、普通の女の子。 
友達を一人殺した後だと言うのに普通の女の子だ。 
ぶれることない、狂っていない、それなのにこの安定した精神。 
安定しているマスターを見て、私はとても不安になる。 
だから、少しでも不安を減らそうと、その不安を口から吐き出すことにした。 

「インデックス」 

「なに?」 

「何故、狙撃手の位置を間違え―――」 

彼女の真意を確認する為にも言葉を隠さない。 

「―――狙撃手の、嘘の位置を私に教えたのですか?」 

「アサシンを殺すために必要だったから、ごめんね」 

吐き出した不安は一息で消し飛ばされた。 
彼女に真意も何もない、そうだ、さっき認識したばかりだったのに忘れてしまっていた。 
インデックスは勝つ為の数値が桁外れなんだ。 
全てのことは勝利への布石。 
私に対する嘘も、友人を殺すことも、殺した上で何一つ揺るがないことも。 
彼女にとっては勝利への道具なのかも知れない。 

「……………………」 

でも、だからこそもう一度思う。 
勝つことだけに特化した彼女、このまま勝利させて良いのか? 
勝利した後、彼女は、上条当麻相手にどんな顔をするのだろうか。 

「……………………どんな顔を」 

「ん? 何か言った?」 

「いえ、何でもないです…………先を急ぎましょう」 

主の考えに異を唱えてはいきない、私の家臣たちはそうしてくれていた。 
そんな風に言葉を押し込み思考を停止した。 

791: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/21(日) 14:46:28.10 ID:6BBU9hiL0
…………。 
……………………。 
神代文字の書かれた壁ばかり続くビルを進んでいく。 
既に迷宮、魔城とかした魔術師の神殿にはいたる場所に異界の口があり、複雑怪奇に入り組む迷路になっていた。 
あるはず無い道があり、あったハズの扉が消える。 
奥に進めば進むほどその怪奇異様さは際立って行き、天井に通路が開き、そこを朧な人影が歩く。 
ビル内に似合わない洋風の扉が大きく設置され、手足が煙のように揺らめく犬が足元を駆け抜けた。 
窓の外に見える空は何も変わらない海のような夜ではあっても、ビル内は泥のような異界になりはてていた。 

「…………インデックス、このまま進んで大丈夫なのですか?」 

「……………………一応、道は何本か用意されてるみたいだから大丈夫なんだよ」 

「道?」 

後ろをついてくるセイバーが不安そうに声をあげた。 
このあまりに異様な、人間界ではありえないようなビルの中を不用意に歩いて良いのかと。 
まるで捩じれた異次元のような道をこのまま歩けば、私たちもそこらを不透明に揺らめく”はざまのもの”になってしまうだろう。 
だけどしっかりとした道さえ理解出来ればその心配はない。 

「うん、道、人工的に異界を作るためにはその骨格が必要なんだよ」 

そう、骨格が必要。 
元となるもの、出来れば封鎖された場所が良い。 
その建物を骨格にして異界を張り付けて作るのだ。 
何もない場所にいきなり何かを作ることは難しいけれど、元からあったものを作りかえることは可能だ。 
そうなるとどうしても元からあった道が残る、それは一本だけかはたまたいくつかあるのか解らないけれど、その内の一つを選び歩いていた。 
そしてその正しい道の各所には、それなりに重要なものが配置されているハズ。 
だから私はそれを探しつつ、深部に向かっていた。 
私の言葉の少ない説明でも納得してくれたのかセイバーは何も言わず、遅れることなく付き従ってくれる。 

792: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/21(日) 14:47:31.42 ID:6BBU9hiL0
「…………ここ」 

「! この先にキャスターが!?」 

もうビルの中だとも解らなくなってしまい、上下の感覚も薄くなったそこで立ち止まった。 
全てが捩じれて、異界の深部のようなそこで立ち止まり、大きな門に手をかけた。 

「…………インデックス、私が先に」 

「大丈夫なんだよ、まだここじゃないから」 

剣を構え、前に出ようとする彼女を留めて中に入る。 
そこは監獄のような部屋、左右に牢がいくつか並び、不定型な影や、さっきまで見てきた”はざまのもの”が面白半分に入っていた。 
ただ、一つだけ実体が入っている牢屋があった、その前に立つ。 

「まさか、君にこんな情けない姿を見せることになるとはね」 

「インデックス、彼は」 

さすがにこの状況では余裕もないのか、普段彼から香るタバコの匂いもなりを顰めていた。 
忠誠の牢屋を思わせるそこで、傷ついた身体を横たわらせていたのは―――。 

「ステイル、助けに来たんだよ」 

「その黒い服は僕へのリスペクトかい?」 

―――炎を専門とする若きルーンの魔術師、ステイル・マグヌス。 
以前もとはるから「キャスターの捜索の末に消息不明」と言われている彼がそこにいた。 
かおりが捕えたと言う彼を見つけることが出来た。 

「セイバー、檻を壊して」 

「了解しました」 

793: ◆ecH57LqR9PZC 2013/07/21(日) 14:48:06.83 ID:6BBU9hiL0
”ぎんっ!” 

「…………ありがとう、助かったよ」 

セイバーの剣により壊された檻からステイルはその大きな身体を揺らしながら出てきた。 
かおりが捕えたと言ってたことからそれほど乱暴はされてはいないだろうけれど、この異界に長時間いた為に精神が擦り減っているのだろう。 

「ちっ…………」 

ふらふら揺らすと、癖の様に棟ポケットに手を向けてそこに普段ならあるそれがないことを思い出して彼は舌打ちをした。 

「どちらか、タバコを持っていたりは…………しないよね」 

「しないんだよ」 

「そうか、それは残念だけど仕方ないね」 

髪をかき上げ、彼は2mの長身から私を見つめる。 
その瞳の色はかおりのそれと良く似ていた。 
彼も知っているのだろう、私の戦争を全て。 

「ふぅ……………………インデックス、じゃあ、ありがとう後は僕がどうにかしておくから君は帰るんだ」 

「うん、そうするんだよ」 

「インデックス!?」 

ステイルの言葉に何の躊躇いもなく頷いた私を見て、セイバーは驚愕の表情で声をあげた。 
それに対して無言のまま背を向け、牢獄から出ていく。 

「くっ…………」 

「……………………」 

私の背中を直ぐにセイバーは追いかけてくれた、そしてステイルは悲しい目の色でないタバコを探しながら私の背中を見つめていた。 
それを感じながら、再びこのビルの深部に向かう。 
この先にいるキャスターを倒す為に。 
きっとステイルはそれを分っているのだろう。 
だけど、それでも私を止めないということは―――。 

「解ってくれてるんだね」 

―――変わりきった私を理解してしまったのだろう。 
時間の進みすら不確かな異界を一歩一歩進んで行った。 
この戦争の終わりを目指すように、ゆっくりと。

800: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/04(日) 17:11:38.04 ID:mlr7lDBp0
「インデックス、彼はあのままで良いのですか? 戦力になりそうな魔術師ではないですか」 

ステイルと別れ、帰ると宣言はしたけれど私は迷わず深部を目指した。 
元からステイルの救出が目的じゃないのだから当たり前だ。 
その間、セイバーはステイルのことを気にかけている。 
いや、気にかけているのじゃない、ステイル、ステイルじゃなくとも第三者を欲している。 
私の後ろを歩く彼女との距離、それが少し広がっている。 

「……………………」 

「彼を戦力として引き入れることが出来れば、この先も十分優位に戦えると思います」 

戦術的な理由を盾に、彼女は必死に言葉を並べる。 
足音も響かない異形の空間、キャスターにより喰われた人間の影のみが通り過ぎて行った。 

「魔術師が一人加わるだけで戦況は大きく変わると思います」 

私の言葉が返ってこないのに、彼女は言い訳のように繰り返す。 
言葉には焦りと、恐怖の色がしっかり滲んでいる。 
その色が向いている場所は―――。 

「まずは彼の魔術による遠距離からの―――」 

「セイバー」 

「―――!!」 

何の気持ちも込めていない、ただの人間の、私の一言で英英であるセイバーが震えた。 

―――私だ。 

剣の英霊セイバー、彼女は私が怖くて堪らないみたいだ。

801: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/04(日) 17:12:18.20 ID:mlr7lDBp0
…………。 
……………………。 

「ふぅぅう…………ちっ」 

インデックスが去った牢獄。 
気がおかしくなりそうな異界の空気の満ちたそこで、壁を背に息を吐く。 
赤い髪をかき上げ、タバコがない苛立ちに舌打ちをし、少女の黒い背中を思いだした。 

「君は…………何をそこまで思い詰める」 

彼女がいつでも身に着けていた白い修道服。 
元の魔術的障壁効果を失っても、それが自分を表す記号、自分であるための楔であるようにそれを着ていた。 
白く、何ものにも汚されていないその姿を。 
この薄汚れた世界で何より目立つ白を彼女は着ていた。 
きっと無意識的に、彼女が大切に思っているあいつが見つけやすように。 
その為に着ていた白く穢れない服だったハズなのに。 

「今のあの娘は黒く染まっている…………のかな」 

この学園都市で行われている聖杯戦争。 
それに偶然巻き込まれた彼女は、偶然にも願い持ってしまい、偶然にも勝ち進んでいく。 

「出来の悪い映画だな」 

自分なりにこの戦争を調べて、出来ることなら破壊してやりたかった。 
それも間に合いそうもないし、僕自身の能力では不可能だと見切りはついていた。 
それでも僕は彼女の為に動くことを止められない。 
死した神裂がそうであるように、今もどこかでしぶとく生きているだろう上条当麻がそうであるように。 
僕はインデックスの為に動き続ける。 
言い切るならば、僕は彼女の為に死ねる。 
例えもう報われない、奇跡の先にある夢のような恋心だったとしても、それを秘めて彼女を守ろう。 

「…………やぁ、遅かったね」 

目を閉じ、誓いをもう一度繰り返したとき異界の牢獄が再び開いた。 
そこにいた男に目線だけを向けると髪をかき上げ―――。 

「とりあえずタバコ、持ってないかな?」 

―――そう聞いた。

802: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/04(日) 17:12:58.60 ID:mlr7lDBp0
……………………。 
…………。 

「……………………」 

「……………………」 

無言の行軍。 
セイバーはあれ以来口を開かない。 
ただ一言私が名前を呼んだ、それだけで彼女は恐怖に囚われた。 
それでも私を守る、私に仕えてくれている彼女には感謝してもしきれない。 
彼女は原動力、私が動く為の、戦争に勝ち抜くためのエンジンだ。 
エンジンがなくなってはもう破綻しかない。 
そのエンジンは今必死に恐怖を押し殺し、胸の奥に秘め、剣になりきろうとしてくれていた。 
何も考えず、担い手が相手を斬る為だけの剣に。 
彼女はそうすることで自分を保とうとしているみたいだった。 
心を殺し、抑え込み、ただ一本の剣であれと、私に全てを投げ出した。 
それは少し寂しいことだ。 
二人で戦ってきた、協力し合った、信頼はあったハズだ。 
それはお互いに能力に対する信頼であったかも知れない、だけど確かにそれはあった。 
でも、その眼に見えない要素は消え去った。 
セイバーの私に対する信頼は恐怖で消し飛び。 
私のセイバーに対する信頼はまだあるのに。 

「ここだね」 

「っ! ………………………………この先にキャスターが?」 

異界の最深部。 
もう、上下も左右も関係なくなった世界、そこに設置されていた扉の一つの前で止まる。 
久しぶりに声を出したからか、少しかすれたような音をセイバーは響かせグッと前に出た。 
勇敢に前には出るものに、恐怖はそう簡単には消えないのか目は合わせてくれない。 
それでも声は聞いてくれている。 
目はいくら合わせてくれなくても耳は聞こえている。 
なら、きっと大丈夫。 
行く前に枷を解こう。 
それなら負けることはないから。 
異界の闇ですらない深い影の中、そこに溶け込むくらいの黒衣を纏い微笑んだ。 
セイバーが見ていなくて良かったと思う、多分私の笑みは人のそれではなかったと思うから。 
ああ、自分が変わっていく。 
いや、もう変わりきっている。 
だって私、インデックスという人格はあの日記憶の崩落を上条当麻に救われて以来、彼と共にあったのだから。 
彼がいない今、私の笑みはもう彼の知っているインデックスの笑みじゃない。 
その笑みを携えたまま閉じていた錠前を―――。 

「セイバー……………………ううん、アーサー王、聞いて」 

「インデックス!?」 

―――落とす。 

…………。 
……………………。 

803: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/04(日) 17:13:24.91 ID:mlr7lDBp0
「んん~? さぁてそろそろかしらぁん☆」 

異界の城、異常を孕んだ深部。 
そこの王座に座り、今後を考える。 
私の能力とキャスターの能力、これらを交えれば聖杯戦争なんて”小さな”ものでは及びもつかないことが出来る。 

「御坂さんも死んじゃったみたいだしぃ…………ん~、まずはこの街から壊してみようかしらぁ★」 

柔らかい髪をかき上げ、楽しさを滲ませた笑みを浮かべる。 
常盤台中の制服から伸ばした肉付き良い足を組み替え、このままどこまでも世界を覆えそうな感覚にヨダレが出そうになる。 

「あの黒い娘はちょっと怖いけどぉ、かるーくお脳みそに挨拶すれば手駒になるでしょ」 

今こっちに向かってきている少女、私の敵。 
この聖杯戦争で最も好戦的なマスター。 
学園都市のランクで私の上を行く御坂美琴をくびり殺した女。 

「っ」 

考えと身体が震えるのは嘘じゃない。 
能力の方向性の差異は確かにあった、私と御坂さんでは確かに。 
それでも判定上は名門常盤台の女王とまで呼ばれる私の上を行っていた彼女。 
それを殺した相手。 

「少し、興味でちゃうかも☆」 

震えるほどの期待、笑みが浮かぶほどの恐怖。 
自分でも理由知らずに気分が高ぶっていくのを感じられる。 
そんな娘の脳みそをくちゅくちゅ♥出来る興奮に舌なめず―――。 

「さぁ、楽しく遊びま」 

―――空を斬り裂く様な光に全て飲み込まれた。 

”ずがぁあっぁっぁぁぁあぁああああああああああ!!!!!” 

異界となったそこを、玉座に納まり待っていた私ごと光は斬り裂いた。 

……………………。 
…………。

804: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/04(日) 17:13:56.56 ID:mlr7lDBp0

「インデックス…………本当に、このような戦いはありえるのでしょうか?」 

「はっ、はぁ…………はぁ、あるんだよ、ほら、今ここに」 

崩落し、今にも異界が弾けそうになっている部屋、既に面影もない瓦礫の山に踏み入れた。 
息を乱すインデックスの後ろを取り、不可視ではない星の煌めきと謳われた剣を携え続く。 
そう、風王結界を鞘代わりに納めていた、私の剣を抜いたのだ。 
この聖杯戦争にて初めて”絶対勝利の剣”と呼ばれた、私の宝具を。 
しかし、その使用方法は不意打ち、ただのそれだった。 
かつては国を守るために大軍に向かい抜いた剣、それが不意打ちの道具にまで成り下がった。 
その悔しさに歯噛みする。 

「それにこれで良いんだよ、セイバー」 

「…………何が良いのですか?」 

「宝具が何で切り札か、解る?」 

「なんで、と言われても…………」 

インデックスの質問の意図が解らず、やや困惑をするけれど彼女はそれを気にしない。 

「宝具から簡単に英霊の正体が見抜かれるから、そして英霊は死因さえ解っていれば簡単に死んでしまうから、なんだよ」 

エクスカリバーの斬撃が斬り裂いた先、その脇には足と手が一本づつ残っていた。 
これが敵のマスターなのだろうかと、話を聞きながら思う。 

「だから宝具は極力切り札に置いて置くしかないんだよ、でもね」 

自分の指示でまた人が死んだのに、宝具使用の急激な魔力枯渇での荒い息以外自分を崩さないマスターを見ていると、やはり怖い。 

「もし最初の一撃で綺麗に殺しきれるなら、それは宝具使用しても良いんだよ、それも人間の方を狙えば簡単に話を済むから」 

彼女の言葉、彼女の考えは私の生きてきた道とは大きく異なる。 
戦いに何かを見出すなんてものじゃない、彼女は戦いすら計算に入れていない。 
インデックスは勝つことしか考えていない。

805: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/04(日) 17:14:33.13 ID:mlr7lDBp0
底冷えするような思考回路に手が震える。 

「特にここは準備万端だったし、正面からキャスターとやり合うより、さきに人間を潰しておけば楽なんだよ」 

「……………………そう、ですか」 

被害の少ない勝利を願う彼女の策は、部屋の外から宝具を打ち込み、サーヴァントではなくマスターを狙うこと、だった。 
魔術師の威信を問う聖杯戦争でここまで直接的な手を使う少女。 
彼女の背中には魔物が巣食っているようにすら見えた。 
しかし、これでまた一つ勝利が近づいたのなら、そう納得しようとしたとき、インデックスは思いもかけないことを言った。 

「うん、これでキャスターとの戦いが楽になるね、この魔力タンクのビルは潰したし、あとはどうにでもなるんだよ」 

「は?」 

まるでキャスター戦がまだ終わってないかなのような発言に面食らってしまう。 

「あの、インデックス? キャスターマスターが死亡した以上、彼女が現界出来る時間はほぼ無いと思われるのですが…………」 

そう、単独行動のスキルでもない限り、マスターという魔力の供給源を失ったサーヴァントは直ぐにその身を英霊の座に戻すことになる。 
だから、マスターが死んだ以上は、もう終わりに等しいハズだ。 

「あ、うん、私も最初はここが本命だと思ったんだけど、さっき言った様にここは魔力タンクだよ」 

「魔力、タンク?」 

「うん、集めた魔力を集積させておく為だけの異界、と、言うか容量未曾有の魔力を保存させるために異界を作った感じなんだよ」 

彼女の言葉に、やっと、遅ればせながら私は理解した。 

「では、キャスターはまだ…………」 

「うん、現界してるしまだ終わってないよ」 

「っ! …………そう、ですか」 

まだ終わっていない、そう頷く彼女の顔に笑みが浮かんでいたことを私は忘れない。 

806: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/04(日) 17:15:16.20 ID:mlr7lDBp0
…………。 
……………………。 

どことも知れない暗い闇。 
学園都市の暗部を示すような目も凝らせない世界で声は響く。 

「世界を構成する要素、その実六つ、方向性、未知、閃き、直進、限界、操作」 

「それがどうした今更」 

「これに誤りがあるんだよ」 

「誤り?」 

「そう世界の構成にはまだ一つ足りない、見えない何かが足りない」 

「それがお前の求めるものか?」 

「先日まではな」 

「今は?」 

「半ば手の内、と言ったところ」 

「この戦争はお前にとって色々有益のようだな」 

「だからこそ起こしているのだよ、聖杯戦争を」 

「それももう大詰めか」 

「いや、まだ、まだまだ煮詰まっていく、この戦争は」 

「世界の構成なんざ知らないが、お前には七つの大罪の方が似合うな」 

「ほぅ、私は強欲かね?」 

「いや……………………全部だ」 

闇の淵での会話は加速する。 
どこまでもどこまでも中心に向かって圧縮するように加速する。 

814: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/18(日) 10:52:45.67 ID:Ub47e4U30
キャスターの戦力を削ぐ戦を終了させて4日。 
あれから私とインデックスは3つの魔力タンクを破壊していた。 
最初に壊したほどの魔力貯蔵な無いものの、それでも一つ一つが中堅魔術結社の保存魔力程度の量があるそれらを壊しに壊した。 
しかも理由は解らないけれど、以前の様にこの学園都市の少年少女が操作されて襲い掛かってくることはなかった。 
インデックスは「多分、最初のタンクに重要な術式、もしくは依り代があったんじゃないかな」と告げていた。 
それだけで他に何か言うことはないようだった。 
彼女にとっては既に済んだことに思考を裂くことはせずに、この先のみを考えているらしい。 

「……………………ふぅ」 

相手の意識に介入する幻術初歩の魔術を利用して潜り込んだホテルの一室。 
インデックスは現在睡眠をとっている。 
寝る前に簡易的な治療をしたけれど彼女の身体はボロボロだった。 
強化の魔術で筋肉を骨を無理に動かし、彼女の筋量技量では不可能な動きを無理にトレースしたことによる負荷。 
何より命の端を削っていくような戦いの連続にもう限界は見えていた。 
それなのに尚彼女は鋭く、そして猛々しく戦う。 
戦闘時にそれがサーヴァントではない限り前に出て壊し殺していく。 
もっとも、異端のザーヴァンとたるあのアサシンを倒した以上キャスターの戦力には自身以外のザーヴァンとなどいる訳もなく、それはつまり後ろに控えてしかるべしのマスターが兵より前で戦っていたことを意味する。 
それは私にとっては恥でしかないはずだった。 
剣に誓った主を危機に晒すなどあってはならぬ不忠。 
で、あるはずなのに私はそれを止めることが出来ずにいた。 

「カミジョウトウマ……………………あなたは今どこに?」 

インデックスが戦う唯一の理由である男性。 
あなたの伴侶はいまあなたの為に命も何もかもを投げ出している。 


どうか、どうか――――――。 



「ん………………………………3時間12分ってとこなんだよ」 

祈る私の前でインデックスは痛みくすんだ髪をかき上げ時計を確認すると身体を起こした。 
短い睡眠で回復しきっていないのに、彼女は素早く黒衣を傷だらけの、火傷が目立つ身にまとった。 

「じゃあ、セイバー…………行こうか、そろそろキャスターを討ちに」 

「ええ、行きましょう」 

祈りは届かずにどこかに飲み込まれて消えた。 



―――――――――彼女を止めて欲しい。

815: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/18(日) 10:53:15.36 ID:Ub47e4U30
…………。 
……………………。 

「…………面白ぇ街、だよなぁ、マスターよぉ」 

「……………………」 

ビルの屋上に佇む蒼い槍兵は、広がる街並みを見下ろす。 
そこには多くの少年少女が暮らしている。 
そして、その中には英霊に匹敵するような戦力が存在している。 
平和そうに見える街、そして何の神秘も持たぬ子供が、だ。 

「この間の小僧は特に凄かったよなぁ…………」 

「……………………」 

彼が思いだすのは数日前に戦った一人の少年。 
どこからどう見ても普通の男であったの、彼は槍の名手、英霊・ランサーと4時間22分の激闘を繰り広げた。 
宝具出さないまでも音速を遥かに越える槍撃、一撃でビルを倒壊させるような一撃を何度も何度も繰り出した。 
そして何度も何度も躱され避けられ、あまつさえ反撃された。 

「はっ……………………あの小僧、良い戦士になるよなぁ」 

その愛より深く濃いような戦いを思い出すだけで身体が震えているようだった。 
目を閉じればそのときの戦いはいつでも思い出せる。 
それだけ濃い時間を彼は過ごしていた。 

「っ……………………」 

今にも暴れ出したいほどの衝動が体内に灯る。 
宝具を解放して魔力の奔流を爆ぜさせたいという欲望を必死に抑え込んでいた。 

「暴れないでくれよ」 

「……………………ああ」 

「君が暴れると…………色々困る」 

「わかってるよ、ああ…………わかってる」 

今にも暴れ出しそうに犬歯を剥き出したランサーに傍らに立つマスターが制止した。 
千切れそうな理性の鎖を必死に抑え込み、槍兵は下ではなく上を、空に挑む様に顔をあげ―――。 

「がっ!!!」 

「……………………」 

「がっぁぁあああああああああああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああああああ!!!!」 

―――我慢しきれないエネルギーを空に叫んだ。 

「それじゃ、行こうか」 

「ああっ!!」 

816: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/18(日) 10:53:43.40 ID:Ub47e4U30
……………………。 
…………。 

「一応初めまして、なんだよ」 

「そうねぇ私はずっと見ていたけどね」 

異界の淵。 
ビルの内部のはずなのにまるでその常識の通用しない広い空間に私とセイバー、そしてキャスターがいた。 
そこか中世の神殿を思わせる作りのそこで非常識に、当たり前のように中空に制止するキャスター。 
そしてその後ろには神殿には似合わないこの学園都市の技術品であろう中の見えないカプセルタイプのベッドが安置されていた。 
魔術師のサーヴァントはそれを守る様に立ちふさがり、無風の中ローブをはためかせていた。 

「……………………」 

キャスターを見つめながら頭の中で戦略を練る、脳みそを回転させる。 
おそらくセイバーの正体はバレている可能性が高い。 
しかしだからと言って然したる警戒は必要ない。 
むしろ相手がエクスカリバーに警戒してくれるなら誘導はグッと簡単になる。 

「…………」 

小さく唇を舐め、黒衣の中に仕込んだマジックアイテムを確認する。 
相手のマスターが見えない以上、私の戦力は見込めないけれど何かに使う可能性はある。 
魔力タンクも破壊してあるのでそれなりに戦力は削ってある。 
しかし、私はまだキャスターの戦闘法を見ていない不安がある。 
今までは人を操っての戦闘、それだけしか見てない。 
得ている情報は神代文字の使用、現代では解析不能の未知の魔術を納めていて、さらに英霊をイレギュラーに顕現させるほどの知識と魔力運用能力。 
攻撃的な面は確認できていないけれど、現代の魔術師のそれではあり得ないことは理解出来ていた。 
これまでの推測から危険度はあの逃げるしかなかったバーサーカーを上回る可能性もある。 

「……………………それでも戦うんだよ」 

「それでも戦うんですね」 

これから死に向かう戦いの始まりは二人の小さな会話。 
否、会話でもないような確認。 
小さな小さな確認。 
セイバーは私を見ることなく駆けだし―――。 


クラス 『セイバー』 

筋力 C 
魔力 C 
耐久 B 
幸運 B 
敏捷 C 
宝具 C 


―――キャスターは悠然と迎えた。 

クラス 『キャスター』 
  
筋力 E 
魔力 A+ 
耐久 E 
幸運 D 
敏捷 E 
宝具 C

817: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/18(日) 10:54:10.94 ID:Ub47e4U30
「っ!」 

まずは様子見、何てことはなくまだ指示も定まらないままセイバーは跳んだ。 
魔力放出による直線の突撃、その速さは人外のそれであるのは間違いないけれど―――。 

「この程度じゃねぇ」 

「くっ!」 

―――直線的過ぎる動きは容易く躱される。 
能力においてはセイバーの圧勝でも、こと空中戦になれば勝負は解らなくなる。 
セイバーは基本的には地で戦うべき存在だ、それが空中で自由にとはいかない。 
かつてライダーの天馬にも苦戦を強いられたこともあるが、それでも勝利は出来た。 
だけどそれはライダーが攻撃の為に突進してきたからだ。 
もしそれがなく空中より遠距離から攻撃をされたら―――。 

「             」 

「高速詠唱、しかも神言!?」 

―――ひとたまりもな ”ばしゅぅううぅうう! ばしゅっ! ばしゅっ!!” 

「ぐっぉおおおおおおおおおおお!!!!??!?」 

予想通り、ギリギリ範囲内の魔術の攻撃。 
先日大した光の槍に匹敵、それを超える威力の魔力砲がセイバーを襲う。 
空中で自在に動けぬ彼女は落下を加速させながら不可視の剣でそれらを弾き、叩き付けられることなく着地。 
そして見上げた先に広がるは―――。 

「なん…………と」 

「魔法陣、いったいいくつあるの?」 

―――異界の空を埋め尽くす魔法陣の数々。 
重なり合う様に設置されたそれは―――。 

「連鎖術式…………っ!」 

―――現代ではまずお目にかかれない代物だった。 

818: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/18(日) 10:54:36.13 ID:Ub47e4U30
歯噛みするしかない状況、全身にかいた嫌な汗を感じながらなんとか思考を組み立てる。 
空を重なり合いながら埋め尽くし連鎖術式の魔法陣。 
それは多数の魔法陣を一つを起点に全部ほぼ同時に発動させるものだ。 
魔法陣は描いてもそれを発動させなければならない、一つづつ起動させ魔術にする必要がある。 
と、言っても現代では同時に複数の魔法陣を操れる魔術師は存在していない。 
出来ても3つ、その程度ならば単発起動で問題はないだろう。 
しかしこれだけ大量、空を埋める魔法陣は一個づつ起動しては間に合わない。 
だからこそ連鎖術式を使用しているのだろう。 
どこの魔法陣を発動させても、そこを始点として一気に全魔法陣が起動する仕掛けになっているのだろう。 
そうなれば地上は焼き尽くされる、爆発的な魔力の奔流から逃れる策はあまりに少ない。 

「………………………………」 

口を半開きに脳みそを吐くほど回転させる。 
空中の魔法陣を読み取り、距離を測り、セイバーのスペックを再確認。 

「セイバーは貰って新しい門番に据えてあげるから安心なさい…………安心して―――」 

状況の確認、指示の作製が間に合わぬままキャスターは動き出した。 
一瞬にも満たない詠唱で魔法陣が起動し、起動した魔法陣と接する魔法陣が起動し、その魔法陣と接した魔法陣が起動する。 
光が奔るような連鎖により、地上を焼き尽くす光の槍はセットされた。 
キャスターは嬲るつもりも話つもりもないみたいで一瞬だけセイバーを見れば、私など眼中になく杖を揺らした。 

「―――消し飛びなさい」 

”ずばばばばばばばばばばばじゅぅうぅうううううう!!!!!!” 

千を超える砲撃が容赦なく一糸乱れず放たれた。 

そして光を光が斬り裂いた。

819: ◆ecH57LqR9PZC 2013/08/18(日) 10:55:04.94 ID:Ub47e4U30
”ばじゅぅううううううううううううううううううううう!!!!!” 

「!?」 

私たちを一瞬にして消し飛ばそうとした砲撃、それを真正面から斬り裂き”絶対勝利の剣”はその美を顕現させた。 

「ぜっ!」 ぜはっぁ! かひゅっ!」 

セイバーの後ろに隠れ、唐突な魔力の消耗に呼吸が定まらない。 
一息つき、再び宝剣は風の鞘に納められ、切り札を張ったセイバーは強い瞳で見上げた。 
それに倣いキャスターを見るが、残念なことにエクスカリバーの剣撃は届きはしなかったらしい。 
それでも、砲撃の雨を無傷で潜り抜けられたことをまずは喜ぶ。 
いきなり切った札ではあるが、セイバーの真名は既に知られているところだろうからデメリットはある意味少ない。 
それでも魔力の消費は大きく、本来攻撃のそれを防御に使わされた事実は重くのしかかる。 

「……………………げほっ」 

この防御法は考えていたそれではあるが、こうも速く使用に至るとは思っていなかった。 
戦力は見誤らなかったが、戦術は大きく誤差があるようだ。 
それを脳内で修正しつつ、キャスターを見る。 
自分で直接攻撃してこず、さらに魔術も大量放出の彼女の行動は読むに読み切れない。 
予想はある程度していたけれど戦いづらい。 

「でも」 

付け入る隙はどこにでもある。 

”ごぎり” 

と指の骨を鳴らした私は魔力の減少に軋む身体を揺らし、勝つ準備を開始した。 

842: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/01(日) 23:56:32.49 ID:IAdZ2VPA0
”ばしゅっ!” 
      ”ばじゅっ!” 
   ”ばしゅぅっ!” 
           ”ぼっ!” 
            
「遅いっ! この程度…………っ!!」 

…………うん、良い感じ、良い感じなんだよ。 
最初の一斉掃射以来、キャスターは高密度の弾幕を張らなくなった。 
視界を遮る、自身でさえ見えなくなるような攻撃は宝具の餌食になるとの判断を下してくれたらしい。 
それは私にとってはとてもありがたい。 
最初の一手から貴重なエースを切ったかいがあった。 
もし、それをしなければ私は魔力砲の掃射によって間違いなく殺されていたから。 
セイバーはその身を守るスキル、そして自身のスペックで乗り越えることは可能だろうけれど、私では耐えられない。 
だからこそ今の状況がありがたい。 
キャスターの単発から複数発程度の魔力砲をセイバーがギリギリで躱し、責め切れずにいる今が。 

「ちょこまか動いて可愛いわねぇ、良いわぁ…………とてもそそるわ、あなた」 

「っ!! 気色の悪いっ!」 

「……………………」 

うん、問題ない。 
セイバーの速度にキャスターは対応しきれず、私に関心は向いていない。 
だから今の内に、いつものように行動を脳に焼き付ける。 
それと同時に現状の詳しい把握を優先。 
現在のこちらの最大戦力宝具の使用、私の魔力とセイバーの高度の魔力炉によって一戦闘に二回から三回の使用が見込める。 
既に一度使用しているので、残りは一回、多くて二回。 
宝具のスペックからしたら破格の回数だろう、セイバーの魔力炉なくしては使えなかったのは確かだ。 

843: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/01(日) 23:57:07.65 ID:IAdZ2VPA0
「…………それにしても」 

セイバーの戦闘、一見一進一退のそれを見つつ周囲の魔力を観測する。 
以前の魔力タンクのように混沌として異次元でなく、しっかり天地が定められているこの場所。 
ここには異様なまで澄んだ魔力、高密度でありながら何にでも利用できるそれで満ちていた。 

「これを利用できれば…………」 

淀んだオイルを分離させ濾した様な澄んだ魔力、これをどうにか転用することが可能ならばセイバーの大きな力になるだろう。 
だけど―――。 

「なんで、こんなに純度の高い魔力が?」 

―――この魔力は不自然でもあった。 
ただ魔力を集めれば、それは淀み、歪み、捩じれていく。 
それを一つの場所に保管すればそこは異界と成り果ててしまう。 
そうして出来上がったのが魔力タンクにあった異界だ。 
と、言うかそうなって仕方ないものなのだ。 
魔力は世界に存在してはいるけれど、薄く広くあるもの。 
それは一か所に無理に集められれば、世界が歪み、その歪みが崩壊につながる前に異界になり崩壊を防ぐものなのだ。 
異界は世界崩壊の壁でもある、世界の自浄作用ともいえるけれど。 
それがここでは起きていない。 
それはどういうことなのか? 
現在必要のない思考かも知れないけれど、瞬時に脳みそを回転させていく。 
セイバーが攻めきれず、キャスターが攻めきれない今の時間を使って。 
もしこの魔力を転用できれば今この戦いだけじゃなくて、後に控えるランサー、そしてバーサーカーとも有利に戦えるハズだから。 
その為に思考を回していく。

844: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/01(日) 23:57:34.23 ID:IAdZ2VPA0
大量の魔力、自然ではあり得ない純粋な何にでも使える魔力。 
魔力とは色がある、使う魔術に適した魔力と言うものが存在している。 
だからこそそれぞれの魔術師に適合する魔術が存在している。 
どんな人間にも大なり小なり流れる魔力、それには色がついている。 
その色に適した魔術を使えば効果は高まるのだ。 
例えば赤い魔力なら燃焼理解の魔術、と言った様に。 
色のあったものなら術の効果、速度、消費、どれも高まるが、合わない魔力と魔術では反発し合い発動すらままならないことがある。 
色はいくつにも分かれていて細分化が激しい。 
10人いたら10人違う色が流れていると言っても過言でもないくらいに。 
赤は赤でも純粋な赤など1000年を超える魔術師の家系でも生まれるかどうかなのだ。 
それほどの魔力の色は多く存在している、それを一つの場所に集めれば色が混ざり合い、歪んだ色になってしまうのだ。 
いくつもの絵具を混ぜれば気色の悪い色になるように。 
だからこそこの無色の魔力は不自然。 
どんな魔術にも転用できる、つまり何でも出来る魔力――――――。 

「何でも……………………出来る?」 

――――――思考が引っ掛かった。 
何でも出来るとは、何だっけ? 
セイバーが戦ったくれている間に私の時間が止まった。 

何でも 
     
    出来る 

どんなことも 
       
      叶えられる 
    
   願いを 
      
      
      
      
      
      
     実現できる?

845: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/01(日) 23:58:11.74 ID:IAdZ2VPA0
大量の魔力、自然ではあり得ない純粋な何にでも使える魔力。 
魔力とは色がある、使う魔術に適した魔力と言うものが存在している。 
だからこそそれぞれの魔術師に適合する魔術が存在している。 
どんな人間にも大なり小なり流れる魔力、それには色がついている。 
その色に適した魔術を使えば効果は高まるのだ。 
例えば赤い魔力なら燃焼理解の魔術、と言った様に。 
色のあったものなら術の効果、速度、消費、どれも高まるが、合わない魔力と魔術では反発し合い発動すらままならないことがある。 
色はいくつにも分かれていて細分化が激しい。 
10人いたら10人違う色が流れていると言っても過言でもないくらいに。 
赤は赤でも純粋な赤など1000年を超える魔術師の家系でも生まれるかどうかなのだ。 
それほどの魔力の色は多く存在している、それを一つの場所に集めれば色が混ざり合い、歪んだ色になってしまうのだ。 
いくつもの絵具を混ぜれば気色の悪い色になるように。 
だからこそこの無色の魔力は不自然。 
どんな魔術にも転用できる、つまり何でも出来る魔力――――――。 

「何でも……………………出来る?」 

――――――思考が引っ掛かった。 
何でも出来るとは、何だっけ? 
セイバーが戦ったくれている間に私の時間が止まった。 

何でも 
     
    出来る 

どんなことも 
       
      叶えられる 
    
   願いを 
      
      
      
      
      
      
     実現できる?

846: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/01(日) 23:58:38.09 ID:IAdZ2VPA0

「あ」 

理解が出来たときには遅かったのかも知れない。 
この魔力を手にしようと宝具を見せ玉に使ったミス。 
硬直状態を作り出していい気になっていたミス。 
キャスターは所詮直接戦闘になれば私の思考から逃げることなん出来ないと思いあがったミス。 
セイバーとは相性悪くても私がいれば、そんな勘違いをしたミス。 
あのとき最初の一手でキャスターを宝具で消し去ること、それが一番の手だったハズなのに。 
それをしなかった、その大きすぎるミスに気づき、セイバーに指示を込めようとした、そのとき―――。 

「おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」 

”だっ!!” 

―――セイバーは最高速の突撃を以て、その身を守る対魔力で魔力砲を弾きキャスターに剣を突き刺した。 

”ざしゅぅう” 

「ぅっぐっぁおおおおお!!!」 

「!?」 

まるで受け入れるように障壁も張らずにキャスターはその身に剣を受けた。 
そのとき彼女の『願い』は叶ったのだろう。 
血の飛沫を口から出しながら彼女は深く笑った。 

「これが…………最後の、一滴、よ」 

その言葉。 
今この現状。 
この世界に溜められた『何でも出来る魔力』 
そこに英霊の魂、その魔力が注がれた。 
しかも事前に打ち込んでしまったセイバーのエクスカリバーの魔力まで含めて! 
キャスターが途方もない魔力を集め、濾し、純粋な魔力のみ集めためたこの場所! 
ここはまさに―――。 

「な、んだ、この魔力の鳴動は…………これではまるで」 

―――。 

「聖杯」

848: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/02(月) 00:00:53.97 ID:dEt36OxD0
…………。 
……………………。 
暗い畔で私は目を覚ました。 
そこが日本でこれが聖杯戦争でそして何をなすべきかは直ぐに情報を得た。 
キャスターと言うクラスで召喚され、そしてマスターと共に戦うことを理解した。 
それについては私はどうでも良かった。 
私は何にも希望なんてもっていなかったから。 
神の力の元全てを男に捧げ、そして全て失った私に叶えたい願いなんて―――。 

「無い訳、ないじゃない…………」 

―――願うならば人を愛したい。 
自分のこの身を燃やし尽くすような愛を誰かに捧げ注ぎたい。 
そして出来ることならば誰かに愛したい。 
英霊という形を以てしても所詮は女。 
その女のとしての欲望は実現と言う魔力を前に鎌首を上げた。 
この聖杯戦争を勝ち抜き、そしてこの世界で生きていけるならば私も普通に誰かと愛し愛せるのでは。 
そう、遠すぎる願いに目を向けた。 
そして直ぐにその願いは向きを変えた。 
自分のマスターを目にし、直ぐに、だ。 

「これが私の…………マスター」 

彼は自分の意志すら所有出来る状態ではなかった。 
渇望も何もないのだろう、その肉体、その精神、全てがもうほとんど原型を保っていなかった。 
その身を切り開かれ、脳みそを露出させられ、骨格も解剖され、標本以下の状態、それでも彼は生きていた。 
彼の意志ではなく神が作りたもう人体の性として生にしがみついていた。 
その姿はとてもとても美しく思えた。 
原型なんてまるでない、このまま生きても元の生活なんてありえない状態でも生きている。 
身体に機械を埋め込まれ、電気刺激によって反応することだけが全てのマスター。 
とてもとても見ていられないほど可哀想なその姿。 
その姿に私は―――。 

「マスター」 

―――愛を注ぐことにした。 
かつてこの手で八つ裂きにした弟を思い出すように、切り開かれたそのマスターの身体をガラス越しに撫でた。 
……………………。 
…………。

849: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/02(月) 00:01:29.53 ID:dEt36OxD0
「くっ!!! くぅうう!! インデックス!!」 

「!!!」 

世界に魔力の嵐が吹き荒れる。 
上下のハッキリした人造の異界、そこが崩壊していく。 
さっきまでここを満タンにまで満たしてた魔力が染まり、そしてキャスターの後方にあった機械に注がれていく。 
そして自分の血を流して最後の魔力を注いだキャスターの身体にも、途方もない魔力が集まっていく。 
学園都市の人間から集めた様々な色の魔力を蒸留して集めた純粋な魔力に加え、おそらくアサシンの魂、そこにエクスカリバーの魔力の塊、そして自分の魔力。 
それらを全て利用してキャスターは何かの願いをかなえようとしていた。 
その身に宿る知識を総動員して作られた聖杯を利用して。 
この異界は魔力を溜めるものではなく、魔力を逃がさない為のものだっただろう。 
ここでセイバーに魔力を使わせ、それさえも利用する為に! 
侮っていた、戦闘には向かないと侮っていた! 
きっとキャスターは私の戦い方を見ていた、宝具を使いだしたことを知っていた! 
だからこそ使わせたのだろう、宝具を! 
私がこの魔力に目を付けると予想して、その為には異界の創造者である自分を簡単には倒さないだろうと予想して! 

「っ!!」 

人の考えを読んだ気になって思い上がっていた。 
その代償は――――――白い翼と共に現れた。 

「……………………理解はあんまり出来てねぇ」 

「…………あ、れは」 

白い翼をもった人間がそこにいた。 
吹き荒れる魔力、それが止んだとき、中空に不自然に制止するように全裸の男がいた。 
髪を茶色に染めた、まだ少年らしき人物が空気を踏みつけるように立っていた。 

「ただ、何となく解ってることはある」 

彼はゆっくりと、羽根を利用しているのかいないのか羽ばたく様な見せかけをしながら地に下り、倒れているキャスターに近寄り抱き上げた。 

「あ、あ、ます、たー」 

「この美人さんが俺の為に尽力してくれたことは、何となく理解出来たんだよな理由なんか知らねーけど」 

「あ。あ。ああああ、ああああああああああ!!」 

その言葉、優しい眼差しに感極まったのか、私には知りえないドラマを抱えているだろうキャスターは涙を流していた。

850: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/02(月) 00:02:24.78 ID:dEt36OxD0
「インデックス…………これは?」 

「私にも、まだ」 

目の前で繰り広げられているドラマに理解がまだ及ばない。 
だけどセイバーは一瞬の油断なく剣を構える。 
それだけの理由を、全裸の、白い翼の男から感じているのだろう。 

こいつは危険だ 

と。 

「話は後で聞くとして、今は少し動きてぇな」 

彼は私たちなんかいないように振る舞い、そっとキャスターを下ろすと自分の背中にある翼に軽く触れ何かを思い出すように目を閉じた。 

「さて久しぶりの運動だ……………………少しは楽しませてくれるんだよなぁ、御嬢さん方?」 

「!!」 

再び目を開いたときに彼は私たちを強く見つめていた。 
口元には抑えきれない喜びで歪んだ笑みが零れ、何度も確かめるように、まるで身体をあることが嬉しいかのように手を握る。 
情報はまったく解らない、何が起きてるのかも予想でしかない。 
ただ目の前の全裸の男が強いことだけは嫌でも理解出来てしまった。 

「まぁ、とりあえず、なんだぁ…………あれだ」 

彼はさっと髪をかき上げると左手をこちらに突出し。 

「かっ消えろ」 

魔力砲とも、銃とも違う、今まで経験したことない大きな力がセイバーを吹き飛ばした。 

「がっ!?」 

「セイバー!?!?」 

見えない、何も見えなかった、何も映らなかったのにセイバーは後方に大きく吹き飛んでいく。 
その姿を目で追う私の後ろで彼は口を開いた。 

「一応名乗ってはおくぜ?」 


      学園都市LEVEL5第2位。 
       
         「垣根帝督だ」 

その名前を耳に入れた瞬間、私も吹き飛んだ。

864: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/08(日) 15:45:29.07 ID:aJUsxuZI0
「っっっっっがっ!!!!!」 

疑問も何もなく吹き飛んでいく。 
もちろんただ飛んだのではなく、正面から透明なダンプに轢かれたようなそんな衝撃を身に受け吹き飛んだ。 
広い異界の神殿、その床から数メートルの場所を距離にして20m以上滑る様に滑空して地面に叩き付けられた。 

”ずしゃぁぁぁぁぁぁああああ!!!!” 

「かはっ! あ、あ、あ、あああ、あっっっ!!!!!」 

地面に身体が触れても勢いは死なずにそのまま数メートルすべり、まるでボールみたいに跳ねて、何とか止まることが出来た。 
そして止まると同時に全身に耐えがたい、動くことさえ、もがくことさえ許されないほどの激痛が走った。 
黒い修道服の下には念の為に対物理の結界にも似た符を張ってはあったけれど、そんなもの最初の接触で全ておしゃかになっていた。 
だから人体ではそうはあり得ない遠距離の滑空と、その運動エネルギーそのままの落下はその身で受け止めるしかなかった。 

「ぐっ! ぐぅ、ぅううっぅぅぅぅぅうっっっっ!!!!」 

軽減したとは言えセイバーすた一撃で吹き飛ばした謎の衝撃は体内をぐちゃぐちゃにしているみたいで、意識はあるのに手足が動かせない。 
自分の意志とは関係なく死にかけた虫みたいに手足を震わせるのが精一杯。 
口は半開きで、鼻の奥からは鉄の匂いがしてきていた。 
全身が痛すぎて解らないけれど骨も何本かは折れているのだろう。 

「はっぁ。は。はぁ、がっ…………」 

追撃がこないことに感謝する余裕もなく、目を見開いて石畳の異界の神殿の床の一点をただただ見つめる。 
血混じりの泡を垂らし、どうにか身体のコントロールを正常に戻そうとしても上手くいかない。 
ただただ激痛に痙攣するしか出来ない。

865: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/08(日) 15:46:00.64 ID:aJUsxuZI0
「いん、デックス…………無事、ではないようですね」 

「…………っか、こぶっぁ」 

動けず悶える私の視界に青い外套と鎧が映りこんだ。 
それは先に吹き飛ばされたセイバーに他ならず、彼女は籠手の一部や胸鎧に皹を入れた姿ながらしっかりとした足取りをしていた。 
吹き飛ばされはしたものの、私ほどのダメージは残っていないようだ。 
彼女は英霊、この程度の耐久性は驚くには値しないもかも知れない。 
それでも、それでもだ、急に現れた全裸の男、垣根帝督と名乗った彼は英霊を吹き飛ばしその身にダメージを負わせたのだ。 
一介の人間であることは間違いないのに、と痛みでまともに働かない思考の中でまた間違いに気付いた。 
そう、アサシン、彼女を殺したのもまた人間が持ち得る能力だったことを思い出したのだ。 
そして彼は言った「学園都市第二位」と。 
あくせられーたが一位である以上、彼はその二番手、つまりアサシンを殺した超能力者よりも、雷を落とせる短髪よりも目の前の彼は強いのだ。 
その事実に今に至る。 
しかも彼はキャスターの用意した疑似聖杯の力をその身に取り込んでいるのだ。 
魔術と超能力の反発、それ以上に恐ろしい何かを秘めている可能性がある。 
学園都市第二位、その能力は未だ不明。 
見えているのは白い翼のみ、それだけ。 
そこから何も読めない、何も考えられない。 
何も思い浮かばない。 
痛みに押しのけ思考を組もうとしても、疑似聖杯の作製を行ったキャスター、それにより蘇った超能力者。 
その二つの脅威に私の身体は震えてしまっていた。 
答えをだそうにも恐怖が思考を途中で止め、思考が止まれば痛みが暴れ出す。 
血の泡を吹きながらもどうにか、どうにかしなくてはこのまま虫のように殺されると頭の中でもがくけれど。 
もう頭の身体も動くことを拒否しようとしていた。 
目の前で起こった『思考の追いつけない事象』と『肉体が追いつけない痛み』二つのそれに心身ともに折れていた。 

「なんだぁ…………一発でそっちは壊れちまったわけか…………ちっ」 

折れた姿をつまらなそうに見つめていた翼の男、垣根提督は「慣らしにもならねぇか」と肩を回していた。 
そしてもう一度、多分私を完全に殺そうと冷たい、射抜く様な目を向け、直ぐにその眼を少し開いた。

866: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/08(日) 15:46:34.12 ID:aJUsxuZI0
「……………………ふっ」 

「せい、ばー?」 

彼の眼は壊れかけの私ではなく、私の『前』に立ったセイバーに向けられていた。 
壊れかけた鎧を身に纏い不可視の剣を手に、前に立つ。 
その小さくも大きい、かつては一国を背負った背中を見ながら「セイバーの背中、久しぶりにしっかり見た気がするんだよ」と考えていた。 
いつからか私の前にあまり立たなくなった彼女の背中を痛む思考の中で見つめ、そして何か言うべきかと迷っていたら。 

「インデックス、戦の準備をお願いします」 

”ざっ” 

「え」 

彼女は足を大きく開き真っ直ぐ前を見た。 
いつしか私に向けることはなくなったその真っ直ぐな眼差しで。 
私がもう投げ出しそうになっている状況でも彼女は剣を構えた。 
その姿を眩しく見つめた。 

…………。 
……………………。 
キャスターとの戦いのさなか突如現れた男に私とインデックスは易々と吹き飛ばされてしまった。 
英霊でもない、ただの人間に、だ。 
騎士として守るべき相手と共に無様にもその身を宙に舞わせてしまった。 
しかし、私はその身を直ぐに起こし、改めて男を敵と認識、再び戦おうと心に決めた。 
直ぐにインデックスと連携を図り、どうにかこの戦を優位に運ばねば! と身体に力を込めた。 
そのときに見てしまった、小さな身体を横たえる主の姿を。 
それは私にとってはどうしてか衝撃的だった。 
理由はなんとなく解っていた。 
いつからか私はインデックスを恐れていた。 
彼女の身に孕む異常性を恐怖していた。 
そして彼女を人間ではない何かだと勝手に思い込んでいた。 
かつてはその願いの在り方、純粋さを眩しく思っていたのにも関わらず、あまりにも暗く強烈な意志にそれを見失っていた。 
だけど、倒れて血を吐く彼女を見て改めて実感した。 
インデックスは血の通った人間であると言う当たり前のことを。

867: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/08(日) 15:47:12.80 ID:aJUsxuZI0
身をよじり、血の泡を吹き出し、理解不明に怯える彼女。 
その姿はかつて私が救いたかった民の姿。 
救えなかったあの国を、救えなかったあのときの私を。 
その両方を救うために私は前に出た。 
正体不明の敵相手でも一歩も引く気はなく、インデックスを守る為、当然の行為を再び意識して。 
今でも彼女の奥にあるモノは怖い。 
全てを躊躇いなく投げ出すようなあれは怖い。 
正直人外よりもよほど人外にインデックスを恐れる。 
それでもやはり彼女はか弱く小さな少女だ。 
だとすれば守る以外に選択肢はどこにあるというのだ! 
眼前の強大な敵二人を睨み、身を沈み込ませる。 
いついつでも斬り捨てられるようにと! 

「インデックス、戦の準備をお願いします」 

……………………。 
…………。 

「戦の…………準備」 

セイバーの言葉を噛み締めるように反芻する。 
噛み締め、噛み砕き、粉にして、脳に浸透させる。 
折れかけた心を思考を立て直す。 
ボロボロになった身体を無理に、本当に無理に立ち上がらせた。 

「ぁっ、あ! あがっ! ああああああああああああ!!!!」 

黒い血を吐き出し、今にも倒れそうな足に力を込める。 
この聖杯戦争始まって以来何回もあった瀕死の状況でも立つ。 
そうたかが瀕死、一押しで死にそうなそれがどうした! 
立てる考えられる動けるつまり―――! 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! べっ!」 

”びちゃっ!” 

―――戦える! 

喉に溜まりだしていた血反吐を吐き捨て、青白い顔で仁王立ち。 
黒い袖で口を拭い、骨の何か所化折れていて内臓も傷ついている身体をチェック、そして把握。

868: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/08(日) 15:48:10.09 ID:aJUsxuZI0
「……………………よし」 

自分の身体の破壊状況、その深刻さを理解して上で視線はただ前に。 
半分死んでいる様な身体に強い意志の目で垣根提督を見据える。 

「へぇ…………まだ壊れた訳じゃねーんだな」 

立ち上がり戦意を見せれば電池切れの玩具がまた動いたような喜びを彼は見せた。 
正体不明の能力を操る学園都市の超能力者。 
難敵だろう強敵だろうしかし常敵。 
今までの相手もそうだったそうだった。 
一撃で理解不能のまま追い詰められたことで思考を止めた自分を恥じる。 
私がここに立っている理由はとうまのため。 
その大義名分を盾に人を殺してきたんだ。 
こんなとこで止まってなるものか、こんなところで諦めてなるものか! 

「セイバー!!!」 

「はっ!!」 

一声出すだけでも激痛に意識を持っていかれそうになりながらも声を上げる。 
痛みで活を、今まで通りの戦の準備。 

「戦って! 情報集めて!」 

「はいっ!」 

剣を構えるセイバーの背中に言葉を叩き付ける。 

「私を勝たせて!」 

「はいっ! あなたを勝たせます! だから!」 

”だっ!!” 

声に押されるようにセイバーは砲弾の速度で駆け出した。 
蒼い残像を残しながら、強敵に向かって堂々と、難敵に向かって獰猛に! 

「必勝の策を用意してください!!! っぜっぁあぁぁぁああああああ!!!!」 

久しぶりの信頼を強く受け止め、私は戦を開始した。

873: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/22(日) 14:33:57.05 ID:fYoE7SJR0
”だっ!” 

「っっっっ!!!!」 

インデックスが策を考えてくれている間に出来ること、それは立ち向かうことのみ。 
剣を構えて最初から最後まで徹頭徹尾手を抜かず、ただただ全力を振るう。 
相手は未知の能力を使う男、彼の攻撃は私には見ることも出来ない何かだった。 
見えない攻撃理解出来ない攻撃、それに立ち向かうのは恐怖だ。 
だけど、恐ろしいからと言って戦わない訳にもいかない! 

「ぜっやぁぁぁぁぁあっぁあああああ!!!」 

「おお…………早ぇな」 

背中に翼を生やした全裸の男、異界に満ちた魔力を全て吸い込み生まれたような魔の申し子ではあるが、彼からは魔力は感じられない。 
それだからこそ不安が強い。 
魔力側の人間である私としては、魔術師が術を使うときには魔力の波が大なり小なり起こるものだけどこの学園都市の能力者にはそれがない。 
気配と言うか、私には読めないだけなのかそれがない。 
私が剣士である以上呼び動作の少ないモノには対処がどうしても遅れる。 
かつてのアサシン戦でも動作の読みにくく見えない斬撃にはこの身を幾度となく斬り裂かれた。 
それでも勝つためには前進しかなく、接敵しかありえない! 

「はぁぁぁぁぁああああぁぁああ!!!」 

剣を強く握り、一足で接敵! 
下段構えから半月を切る様に上段に振りかぶり、そのまま潰すように振り切る!! 

”ぎぃいんっ!!” 

渾身を持って振り下ろした剣は白い翼の一つ防がれる。 
しかし、それは余裕を持っての防御で無いことは全裸の男の表情から読み取れた。

874: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/22(日) 14:34:40.67 ID:fYoE7SJR0
「ぐっ!!! 何だ、こいつ!! 本当に女か? 肉体操作の能力か!?」 

男は驚愕の表情のまま何事かと声を荒立て、そのまま数歩後退をしてみせた。 
キャスターはこちらに手出しする気はないのか、いつの間にか空に魔力の足場を組みそこでこちらを見ていた。 

「…………」 

一瞬キャスターにも意識を配るが、手出ししないならば捨て置いて問題はないだろう。 
今は確固撃破が先決、この目の前の情報不足過ぎる相手をどうにか攻略せねばキャスターに辿りつくことも出来ないようだから。 
その為に前に前に前に!! 

「まだまだぁぁぁぁぁっぁぁああ!!!」 

「ちっ!!!」 

…………。 
……………………。 

「……………………」 

セイバーが戦ってくれている間に思考を回す。 
目の前の全てに思考を向け続ける。 
目を閉じず、眼球が乾いて血走っても全てを脳みそに焼き付けていく。 
キャスターが作り出した疑似聖杯のようなものの魔力を吸って生み出された翼の男について。 
まずはあの男の存在について。 
名前は―――? 

―――垣根帝督。 

能力者―――? 

―――LEVEL5の能力者。 

能力は―――? 

―――不明。 

マスター―――? 

―――不明。 

聖杯の恩恵は―――? 

―――不明。 

思考を回しても不明が大半占めるのが現状。 
その不明に予測と予想を絡めていく。

875: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/22(日) 14:35:22.37 ID:fYoE7SJR0
おそらくではあるが彼はキャスターのマスターである可能性が高い。 
そしておそらく、キャスターは怪我を負ったマスターの治療、ないし蘇生の為に疑似聖杯の精製を行ったのだろう。 
しかし彼がマスターにしては魔力との拒絶が見られない、というか英霊の召喚に対する魔力行使の様子が全く見えない。 
聖杯戦争のマスターに選ばれ、英霊を召喚すれば、英霊が現界している以上常に魔力は消費されていくものだ。 
そうなればこの学園都市の存在する能力者たちは全て、魔力と能力の拒絶反応に苦しむハズなのだ。 
それはかつて戦った二人の能力者マスターたちを見て理解している。 
なのに、垣根帝督に拒絶反応はないようでその理由は私には読み切れない。 
マスターではないのか、魔力と能力を同時に保持出来る存在なのか、キャスターが何かを施しているのか、またはほかの理由か。 
もし拒絶反応を起こせるならば、戦力を一気に半減させることが出来るだろう。 
キャスターは垣根帝督を守りつつ戦わねばならないだろうから、そうなれば勝負は即座に決まる。 
思考/分割。 
思考/並列。 
垣根提督の能力とは何なのだろうか。 
少なくとも魔力は感じられなかったことと、彼が超能力者と名乗る以上、魔術ではないハズだ。 
吹き飛ばされたときに感じたのは衝撃だ。 
翼による風ではなく、固い何かに思い切り殴られたような、そんな一撃を感じた。 
だけど、その固い何かを私は目撃することは出来なかった。 
見えない、だけど固い何かに思い切り打ち据えられた。 
翼と能力の関係性はあるのだろうか? 
あの翼自体もセイバーの攻撃を受けた以上見せかけではないのは確かだろう。 
一方通行の様に反射、見えない力場などを操作する能力? 
思考/分割。 
思考/並列。 
キャスターの作った疑似聖杯。 
この世界を構成する六要素の純粋な零。 
根源に近い、何にでもなる魔力の塊。 
方向性 未知 閃き 直進 限界 操作。 
これらを内包しつつ、均等に何故か七等分。 
それを注ぎ込まれた超能力者。 
相反する二つの融合が何を生み出すのか? 
謎、及び不明が多すぎる。 
思考/分割。 
思考/直列。 

―――――――――。 

頭の中でいくつにも分けた思考を全て統一していく。 
未完成な部分を思考の予測で埋めていき、不完全ながら答えを予想する。 
不明なら不明なりに答えをつぎはぎで埋めて足して。 

「よし」 

小さく頷い。 

思考/終了。

876: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/22(日) 14:36:03.57 ID:fYoE7SJR0
ほとんどがまだ不明で予測の域は出すらしない。 
考えない方が時間を食わなかったかも知れない、そう思っても間違いじゃない思考。 
それでも私にはこれくらいしか出来ないので、セイバーが作ってくれている時間を活用する。 

『セイバー、行くよ』 

目を開き、念話のパスを繋ぐ。 
不明の領域に足を踏み入れた。 

…………。 
……………………。 

「!」 

何度目かの打ち込みの後に、インデックスからの念話が届いた。 
まずは彼女が集め予測した大量の情報に一時脳がパンクしかけるけれどそれは直ぐに馴染んだ。 
その情報を元に指示が送られてきた。 

「…………了解です」 

ほんの一瞬だけ動きを止めただけで、直ぐに命令を実行に移す。 

「っふ!!」 

身を屈め突進しながら、インデックスがさっきまでの私の動き、相手の動きから判断した『能力の射程ギリギリ』を滑るように狙っていく。 

”ちぃいいいいいいい!!” 

「っ!!!」 

ギリギリの位置だからか、見えない何かと私の鎧が擦れる甲高い音が響く。 
が、ダメージはならない。 
インデックスの読みは当たっているようだった。 
それを感覚をリンクさせているだろう彼女も理解しているようで、更に指示が飛ぶ。

877: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/22(日) 14:36:38.61 ID:fYoE7SJR0
『翼を狙っての攻撃をして欲しいんだよ、反応速度、耐久性を見たいの!』 

念話の指示に従い、剣を振るう。 
彼の白い、天使を思わせる翼に向かい、不可視の剣を振りかぶり―――。 

”ぎっきぃいんっ!” 

―――振り下ろす。 

「速いな…………!」 

翼の防御し易い範囲を意図的に狙っては見たものの、その防御反射速度かなりのものだった。 
防御できると言うことは剣の英霊である私の攻撃に反応できる、それだけで十分驚嘆に値する。 
そしてその驚嘆は何度も剣を振う度に、更新されていく。 
さっきより早く、強く、的確に、受けにくい位置を! 
狙って攻撃を与えているのに、防御を掻い潜れない、さらに言うならば翼を破壊することが出来ない。 
以前、防壁を張る能力者と対峙したことはあったが、そのときの防壁とは桁違いの硬度を誇っているようだ。 
何度やっても何度やっても防がれ、相手に剣を掠らせることも出来ない。 
このままではまずい、ジリジリ追い詰められていくことになる予感に足を止める。 

「ん? もう終わりか御嬢さん」 

「…………っ!」 

私の斬撃を受けた、避けたではなく受けたハズなのに何の問題もない敵の軽口に歯噛みする。 
魔力放出のスキルによって強化された斬撃を受けた相手を前に再び剣を構える。 
迅速に飛んできた檄にも似た指示に従い、構えた。

878: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/22(日) 14:37:15.42 ID:fYoE7SJR0
「っっ!! でゃぁぁぁぁあああああ!!」 

構え、一瞬沈み込むと何度目にかに爆発するような突進。 
構えた剣で風を斬りながら進む先にいる男は、片手を付きだした。 
さっきから放たれている不可視の攻撃を放つために。 
今ならばその射程。効果範囲も解る、が―――。 

「っああああああああああああああああああ!!!」 

―――あえて、その攻撃に身を投げ込む。 
鎧のまま、そこに飛び込み、その身を以て受け止める。 

「!?」 

避けようともしない私の行動、むしろ攻撃を迎え入れる動きに相手は眉を顰めた。 
一撃の威力をしっているハズの相手が、望んで攻撃を受けてくれるその異様に相手が凍る。 
その凍結をインデックスが解凍する! 

「っっがっぁ!!」 

血を吐くほどの状態のインデックスが身体を顧みず肉体を強化し、飛び込んだ! 

「はっ! 死にぞこないが何をしに来てんだよ!」 

敵は既に攻撃を当てた私から視線を切り、新たに表れた相手としてインデックスに目を向けた。 
既に満身創痍、それでも動く少女に警戒を裂いた一瞬! 

「っっっっっ!!!」 

攻撃を受けながら私は剣を構えた! 
魔力放出で空気の壁を蹴り、一気に距離を詰める! 
狙うは敵の首一つ! 
攻撃を食らいながらの無理な脱出に身体を痛めるも、インデックスが作ってくれた一瞬の隙を狙う!! 
相手の翼の動きは自動ではなく人間の反応反射によるものだとインデックス読んだ以上。 
反応できない位置から、反応させない速さで狙い、首を刈り取る!! 

「あああああああああああああああああ!!!!」

883: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/29(日) 18:40:10.47 ID:ZWDcasoo0
「っ!!」 

寒気を感じた。 
しかもそれは覚えのある寒気だ。 
かつて吐き気を催すほどムカつく第一位との戦闘のときに感じた寒気。 
それは『死』への間違いない恐怖。 
今ここにいる以外で一番新しい記憶、俺の死の瞬間。 
それと同じ空気を全身が察知した。 
一度死んだからこそなのか、その気配に限りなく敏感になっていた。 

「っぁ」 

強襲気味に現れた黒衣の女に視線を固めたまま現状を脳にインプットする。 
極力速く、一瞬、瞬きより速く全てを脳に叩き込み答えを探し出す。 
それが出来るだけの脳みそを俺は所持している。 
学園都市第二位。 
開発に次ぐ開発により研ぎ澄まされた最先端。 
枠組みの外の能力だ。 
あの蛆より悍ましい第一位も同じく。 
あいつと俺、それ以外との差はあまりにも大きい。 
あの訳解らない第七位もそうかも知れないけれど、確実に第三位、第四位、第五位、第六位とはステージが違う。 
超能力とは、如何に世界の仕組みを理解してそれを操作できるかが優劣を決める。 
第三位の電力操作が解りやすい例だ。 
あいつの能力は下位電気能力者の全てをカバーする。 
磁力を操作するもの、電気を放出するもの、電磁波を感じ取れるもの等、細分化された能力を全て『電気が操れる』ということでカバーしている。 
どうしてそこで差が出るのかというと、世界に対する認識の違いだろう。 
磁力しか操れないやつは、磁力というものしか認識出来ていない、その磁力がどういった働きで起きているかに目を向けていない。 
だから『自分だけの現実』に磁力操作しか書き込むことが出来ていない。 
だけど第三位は電気がどういったものか、果ては分子運動レベルまで認識し、それを操作できると書き込んでいる。 
だからこそ電気であれば全てに応用を可能としている。

884: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/29(日) 18:40:49.33 ID:ZWDcasoo0
だけど、それはあくまで『電気を応用的に使える』だけだ。 
分子単位で把握してもそれは狭い枠の中だ。 
その程度じゃあ壁は越えられない。 
枠は越えられない。 
俺たちのステージに上るには役者が不足している。 
第一位の能力の重要点は反射やベクトルの操作なんかではない。 
それは世界の絶対的な観測であり知覚だ。 
あいつはどこまでも世界を観測し、計算し、知覚認識、そして理解する。 
その結果二次的に零れ落ちた能力がベクトル操作だ。 
観測であり知覚、それが第一位が『自分だけの現実』に書き込んだもの。 
世界をあるがままにどこまでも認識する、それがあいつだ。 
そして俺は、俺の能力は未現物質の生成。 
この世界に存在しえない物質の生産、それが俺の能力だ。 
この能力の根本も同じく世界の知覚であり観測だ。 
世界を認識し、その世界に存在しない物質の作る。 
あいつが世界のあるものをあるがままに認識するように、俺は世界にないものを生産する。 
向かう角度は違うが、方向性は一緒だ。 
大別して俺とあいつの能力は世界の認識だ。 
あいつが世界の流れを認識するなら、俺は世界の形を理解する。 
ただ、俺は世界にないものから世界を認識する、その一手の遅れが第一位と第二位と言う差を生み出してしまったのだろう。 
そのままに世界を認識するに比べて、世界にないものからの理解、その遅れの結果が死だ。 
だから俺はもう二度と遅れてはいけない。 
あのときの遅れはもう俺の魂染み付いてしまっている。 
死への恐怖は染み付いてしまっているが、それと同じくして染み付いているモノがある。 
それは俺を死から救ってくれた認識外の力だ。 
この世界に俺を再び存在させてくれた力。 
ローブを着た美人さんが注ぎ込んでくれた、俺に納まりきらない力。 
それは力であり知識であった。 
大きな力、同時に深い知識。 
それを注ぎ込まれ持て余していたけれど、少しだけ理解できた。 
死の恐怖により思い出した、第一位のベクトル操作の向こうの能力。 
それと近い何かによって俺は今ここに生かされている。 
そして、その力は俺の未元物質を更に上に昇華させてくれる。 
今にも死にそうな状況を打破する程度には!! 

ここまで凡そ六徳に満たない時間。 
そして自分に出来たこと、そして今から出来ることを信じぬく。 
『自分だけの現実』とか理解だけではなく、それを出来ると信じること。 
俺は、俺の能力は――――――!!

885: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/29(日) 18:41:17.97 ID:ZWDcasoo0
時間が制止したような集中により、現状全てを脳に押し込んだ。 
黒衣の女の位置、死を感じる寒気の位置。 
それらを脳の中で処理し、気付けば自分を横視点で見ていた。 
第三者の視点、自分では見えないはずの位置も脳内では完全に補完された。 
それを見るに俺の首には後110cmもすれば届く位置に刃が迫っていた。 
速度計算、重量測定、角度算出。 
そこに俺の反射係数、肉体速度、反応計算を加えると―――。 

      死 

―――答えなんて一発で出る。 
だけど、それは今までの俺なら、の話だ。 
第一位にぶっ殺された俺ならの話だ。 
今の俺なら――――――。 

     天上に至る道―――未知 

――――――何の障害にもなりえない。 

現状認識―――。 

―――解読成功。 

常識変換―――。 

―――能力昇華。 

未元物質―――。 

―――能力使用。 



___LEVEL5system⇒『     』 



脳が焼き切れる。 
今まで気づいてきた全てが崩壊する。 
自己の精神領域が侵される。 
自分だけの現実に新たな常識が書き込まれる。 
科学の世界では知りえない知識が。 
科学の世界でしか手に入らない能力を磨く。

886: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/29(日) 18:41:54.73 ID:ZWDcasoo0
能力が体内で暴れる暴れる。 
世界は止まっているのに俺だけ、能力だけが暴れ回り、身体を内から食い破ろうとしている。 
俺の元から持っていた未元物質が、新たに注がれた力と混じり合い別の何かになろうとしている。 
それは耐えがたい苦痛。 
言葉にできない激痛。 
それが脳みそを焼いて焼いて燃やして焼いて焼き尽くす。 
それでも俺は能力を発動させる。 
そして超能力と言う大きな波と―――。 

―――名の知らぬ、魔術という領域の波が。 

ぶつかりあった。 

その瞬間全てが崩壊し、そして再構築され、静寂が生まれた。 
波と波がぶつかり、どこまでも高く飛沫があがり天に届き、そして凪いだ。 
世界が止まったような思考の中、能力を発動させた。 

…………。 
……………………。 

どこかの闇の淵。 
雨水が垂れるように滔々と言葉が流れる。 

「ふむ、また門が開いたか」 

「また?」 

「ああ、七要素の一つがまた開いたようだよ」 

「七要素…………」 

「世界構築の七要素だよ、その一つ」 

「…………」 

「期待はしていなかったのだけど嬉しい誤算だ」 

「またプランが短縮か?」 

「いや、未知が先に出る分、方向性が遅れるから一概に短縮とは言えないよ」 

「そうか…………しかし良いのか? 剣はさすがにここで折れるんじゃないか?」 

「前も言ったハズさ――――――」

887: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/29(日) 18:42:37.70 ID:ZWDcasoo0
……………………。 
…………。 

”ふわっ” 

「なっ!?」 

渾身の力で叩き込んだ剣が、男の首元で止まった、否受け止められた。 
見えない角度、インデックスが身体を張って作ってくれた完全な死角から打ち込んだはずの剣が見えない何かに受け止められた。 
そう、受け止められたのだ。 
その受け止めたナニカがゆっくりとこの世界に実現する。 

「なっ、は、な、これ、は、は!?」 

見えなかった、この世界に存在しなかった、存在しえなかったそれが実現していく。 
不可視の剣、私の剣を受け止める手、腕、爪、龍麟の生えた腕!! 
私にもその因子があるからこそ解るその存在感。 

「セイバー!!!!!!!!!!」 

インデックスの叫びが遠くから聞こえる。 
それに何を応えることも出来ず目の前の異常に身体を固めていた。 
そうこうしている内に、その存在は此の世に完全に実現した。 
存在してはいけない存在が当たり前のようにこの世界に!! 

「な、ぜ、龍種、いや、龍が…………」 

龍種等と分類することもおこがましいほど純然たる龍がこの世界に姿を現した。 
剣を掴まれたまま呆然と震え、目を見開く。 
遠くからインデックスの声が聞こえた。 

「聖人、ゲオルギオスが討ち倒した竜」 

その声と重なる様に私の身体はゴミを放る様に宙に投げられ。 

「やれ」 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!!!」 

咆哮一閃、強大な腕で殴り飛ばされた。 

「聖ジョージ・ドラゴン」 

その言葉を最後に私の意識は消えた。 

888: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/29(日) 18:43:14.02 ID:ZWDcasoo0
…………。 
……………………。 

「はは…………こりゃ、すげぇな」 

能力を発動させて見て自分でも冷や汗をかいた。 
俺が望んだのは死への恐怖の回避、それだけだったハズなのに、目の前には竜が現れた。 
そのままファンタジー映画に出れそうな強大な竜、その腕が俺を守った。 
此の世に存在しない竜を生み出してしまったのだ。 
竜が存在しているだけで世界が音を立てて軋んでいるのが感じられた。 
強すぎる大きすぎる桁が違い過ぎる竜と言うモノを世界は受け止めきれていない。 

「なんだよ…………これ」 

自分でも把握できていない能力。 
その強大さに身体は無意識に震えて行く。 
もう見えないほど遠くに吹き飛ばした金髪の女のことなんか思考の片隅にもなく、ただただ自分の能力の解析を急ぐ。 
此の世に存在しない物質がつくる未元物質が何がどうしてこうなったかを把握しようと思考しようとした、が―――。 

「おっと…………良く動けるなお嬢ちゃん」 

「がっ…………げぉ…………」 

―――黒衣銀髪のお嬢ちゃん、最初に吹き飛ばしてやり、さっきも攻撃を加えたハズのそいつは迷わず、竜に目もくれず殴りかかってきた。 
小さい癖に鋭い拳をかわし距離を取る。 
そうすれば今も口から濁った血を吐いてるそいつは動きを止めると思ったが、そうはいかなかった。 

「が…………あ、あああああああああああああ!!!!」 

竜の咆哮のような叫びを上げながら勢い良く突進してきた。 
よくもまぁそこまで動けるもんだと感心したとき、見えた。 
彼女の身体を動かしている力、とでもいうのかそれが。 

「骨子…………解明…………強化…………」 

少女の身体を強化しているそれを俺の目は読み取れた。 
見えないハズの何かを目は正確に読み取っていく。 
そしてその見えないそれを、読み解いていく、パズルを崩すように簡単にポロポロと。

889: ◆ecH57LqR9PZC 2013/09/29(日) 18:43:55.70 ID:ZWDcasoo0
「え? …………あ」 

少女を動かす何かを消し去れば、ガクっと身体から力を抜き、二歩三歩と歩いて膝をついた。 
彼女は何が起きているか理解出来ずに、自分の手足を確認し、そして怯えるような目を俺に向けた。 
その視線を受けながら、俺は自分の目に見える光景に恐怖してた。 
全てが見える。 
この世にあるもの、見えないものが全て俺の目に映った。 
この世界の成り立ち、力の動き、流れ、見えないハズの全てを俺は読み取り、そして飲み込んでいく。 
俺の能力。 
未元物質はこの世に存在しない物質を作る。 
その行き着いた先はこの世に存在してはいけないモノの製作。 
そしてこの世に存在しているモノ全てへの理解だった。 

「なんだこりゃ…………はは」 

乾いた笑いが漏れる。 
見上げた先には強大な竜、俺が作り出した名も知らぬ存在。 
だけど、俺の目にはその竜すら崩壊させることが出来る情報が映る。 
世界をも滅ぼせる能力でありながら、世界でさえ製作出来る能力。 

「無敵じゃねーか」 

”ざくっ!!” 

そう、感想を述べたとき俺の胸を赤い槍が貫いた。 
これでもう何も怖くはない、第一位でさえ殺せる、そう思った矢先。 

「無敵な奴なんざいねーよ……………………無敵だったのはお前の『能力』だけだ」 

「あ」 

死の恐怖への克服は、傲慢と言う隙を生み出してしまった。 
その教訓を胸に俺の意識は消えた。 
最後に見たのは消えゆく竜、俺の命の様に儚く消えた巨大な能力の結果だった。 
だけど、それでも一瞬でも味わえた頂点の感覚は悪くなかった。 

899: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/13(日) 14:17:32.60 ID:7u7vpxGs0
「……………………どういうつもり」 

ほんの瞬きひとつ前まで絶大な力で猛威を振るっていた垣根提督は、その心臓を槍で貫かれあっさりと倒れた。 
その槍の持ち主は―――。 

「槍使いだけあって横槍が好きなの?」 

―――ランサー、青いボディスーツを身を包んだ獣のような槍兵だった。 
突如現れ風より速くこの戦いを終わらせた彼はつまらなそうな顔をして槍を肩にかけた。 
もしかしたらこれは彼自身も不本意だったのかも知れないけれど、それはどうでも良い。 

「基本骨子解明―――強化開始」 

「ほー、強化魔術か」 

所在不明、マスター不明のサーヴァントが現れたのだ、ここで仕留めない訳にはいかない。 
さっきかきねに消し去られた強化魔術を再び肉体にかける。 
軋みだす筋肉、削れていく骨の苦痛、歪む内臓、それらを乗り越え立ち上がり、構えた。 

「おいおい、まさかやるってのかよお嬢ちゃん?」 

もちろんそんなつもりはない。 
呆れたように肩を竦める彼の前で、ただ構えるだけ。 
それに対する彼の反応を見極める。 
彼の目的が何なのか、どうしてここに来たのか、何故あのタイミングで割り込んだのかを。 
もし聖杯戦争の勝利が目的ならば私もこの時点で殺されているハズ、もしくは私が殺されてから、かきねが油断した瞬間を狙うハズ。 
それなのに彼は私が生きているタイミングで割り込み、そしてまだ殺そうとはしない。 
つまり現時点でランサーに戦闘の意志はなく、目的はかきねの殺害だけ、なのだろうか。 
と、そこまで考えたところで―――。 

「あ、あ、あああ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」 

―――遠くから絶望を孕んだ声があがった。

900: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/13(日) 14:17:59.84 ID:7u7vpxGs0
「…………キャスター」 

「んだぁ、まだ現界してやがったのか?」 

ランサーから視線を切らないまま確認すると、自分の顔に爪を立てながらキャスターが咆えていた。 
絶望色の深い悲しみの声、それはマスターが死んだだけにしては濃い響きを持っていた。 
私の知るところではないけれど、彼女はマスターを大事にしていたのだろう。 
その彼が死んだ悲しみが彼女を包んでいる。 
そしてその悲しみに包まれたままキャスターは時期に消えるだろう。 
如何に優れた英霊でもマスターの魔力供給なしに現界し続けることは難しい。 
魔力の蓄えはあるだろうけれど、戦闘するレベルの魔力はない、そう判断して彼女から視線を切った。 
彼女にどんな悲劇があり、どんな苦悩があったかなんてどうでも良い。 
解っていることはまた聖杯戦争が終結に近づいた、それだけ。 

「…………」 

「そんな目で見られると照れるぜ?」 

ランサーも壊れたように声を上げ続けるキャスターに興味はなくなったのか、構えを取る私を正面に見据える。 
彼の戦士としての習性なのか、どうあがいても自分に勝てない子虫のような私であっても構えている以上警戒はしているようだった。つまりは油断した部分を、とか。 
こちらを甘く見ている内に、とか。 
そんなことは通用しない。 
だからこそ構える、構えている限り相手は警戒してくれるんだから、構える。 
その姿に槍兵は溜息をつくと威嚇するように槍を構えた。 
真紅の魔槍・ゲイボルグを。 

「あのよぉ、何のつもりか知らねーけど構えて向かってくる以上手加減できる男じゃねーぞ俺は」 


901: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/13(日) 14:18:45.38 ID:7u7vpxGs0

強まる圧力。 
アイルランドの光の神子、ケルト神話最大の英雄。 
私だけではどう策を練っても勝てる相手ではない。 
今の一秒後にも殺される、抵抗も出来ずに殺される、それほどの相手だ。 

「勝てるつもりじゃねーよな」 

視線が突き刺さる。 
現実的な痛みを感じるほどに。 
あまりに差があり過ぎて怖いと言う感情すら生まれない。 
蟻が人に踏まれるような当然の摂理すら感じてしまう。 
だけど構える構える構える! 
私だけじゃ勝てないけど―――!! 

”だっ!!!!!” 

「何をしているランサぁぁぁぁぁあああぁぁあぁあああ!!!」 

―――私を勝たせてくれる原動力がいる! 

「!! ちっ! セイバーか!!」 

”ごっ!” 

「な?」 

一瞬、ほんの一瞬だけランサーが背後から迫るセイバーにのみ意識を持って行った。 
相手がセイバーだからこそ、一度戦い強さを理解している相手だからこそ、私みたいな蟻よりそちらに意識を完全に集中させた。 
その瞬間に一騎に踏み込み、前進の筋肉を破壊する勢いでランサーの腹を殴った。 
意識のない場所からの打撃、それは集中した意識を崩すのには十分過ぎる。 

「蟻に噛まれたら痛いんだよ」 

「ぜぁぁぁぁぁあああああ!!!」 

”ざしゅぅうううう!!!”

909: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/27(日) 07:26:38.92 ID:x5NOq/fY0
「ぐっぉ!! おおおおっ!!」 

「ふぅううううっ…………インデックス、お怪我はありませんか!?」 

ランサーを斬りつけ、私と彼の間に割り込む様にセイバーが降り立った。 
吹き飛ばされた傷は目立つものの戦闘にそこまでの問題はないようだった。 
私は彼女の問いに頷くと四歩下がり、さっきランサーを殴ったことで骨を痛めた手を庇いながら周囲を確認する。 
遠くでは未だに絶望の声をあげるキャスターがいあるが、それは排除。 
何かに使える可能性はあっても、現状での必要性は低い。 
だとしたらそこを無理に認識しておくより完全に排除した方が脳の効率は上がる。 
と、言っても手負いのランサー相手ではそこまで思考は必要ないだろう。 
ステータスの差はあれど、備えている性能でセイバーは圧倒できるだろう。 
セイバーに対して――― 

筋力 C 
魔力 C 
耐久 B 
幸運 B 
敏捷 C 
宝具 C 

―――ランサーがこれだ。 

筋力 B 
魔力 B 
耐久 B 
幸運 E 
敏捷 A 
宝具 B 

基礎的ステータスで負けてはいても、それをセイバーは魔力放出と直観で補える。 
となれば負けることはほとんどない、問題は宝具であるのだけれど、最初に傷を与えた為に急激な魔力消費は避けるだろうから、発動の可能性は低い。 
現状負けはない状況であることを認識し、セイバーに戦闘を任せると私は私の戦いを始める。 
この異界にランサー一人で来た可能性は低い、近くに彼のマスターがいるだろうから。 

”きいいぃん!” 

…………始まったみたいなんだよ。 
私が思考―――戦いを始めたと同時に、向こうも戦いを始めたようだ。

910: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/27(日) 07:27:04.93 ID:x5NOq/fY0
「ふっ! はぁぁあああ!!!」 

”ぎぃいん! きぃいいん!” 

気合いの声と共にセイバーは不可視の剣を振るう。 
それをランサーは槍で上手くいなしてはいるけれど、魔力放出にて上乗せされた一撃は手負いのまま受けるには重すぎるようで―――。 

「ぐっ! くぉお! 奇襲からの戦いなんざ、お利口な騎士様が出来るとは知らなかったぜ!」 

―――一撃ごとに身体を大きく揺らし、体勢を崩していた。 
その顔には苦悶の色が濃く、まるで負け惜しみのような言葉を吐きながら槍を操っていた。 
大きく背中を斬り裂かれているので動きは大分制限されているだろうに、彼は良く持ちこたえているようだった。 
しかし、それも時間の問題でしかない。 

「ぜぁぁあああああああ!!!」 

”ぎぃん!” 

「ぅお!?」 

踏込と同時に下方からの剣撃。 
救い上げるような一撃を槍で受けたランサーではあったが、痛みからか大きくのけぞってしまう。 
その大きな隙をセイバーは逃さず、容赦なく剣を振り上げた。 

「ぁあああああああああああああぁぁああ!!!!!」 

”ざしゅっぅ!!” 

「ぐぉおおぉおおおぉおぉぉぉ!??!」 

槍がかち上げられ無防備に晒された正面を不可視の剣は深く斬り裂いた。 
さらに追撃すればそのままランサーを倒すことも可能、まだマスターは把握できてはいないけれど、それもありだろうと静観していた。 
が。 

”轟!!” 

「……………………やっぱり」 

さっきのセイバーのように、二人の間に何かが割り込んだ。 
それと同時に上空から見覚えのあるものが何枚、何百、何千枚と雪の様に降り注ぐ。

911: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/27(日) 07:27:51.19 ID:x5NOq/fY0
「出来れば君とは顔を合わせず終わらせたかったんだけどね」 

セイバーとランサーの間に割り込んだものは―――。 

「あなたは…………」 

「うん? ああ、一度会ったことあったっけ」 

―――ステイル・マグヌス。 
今の私のように黒衣の神父。 
その彼がランサーを守る様に立ちはだかった。 
顔見知りのその姿を私は、しっかり予想していた。 
セイバーにはその予想を伝えていなかったので、彼女は少し動揺しているようだった。 
赤毛の神父、ステイルはこちらに視線を向けて咥えたタバコを揺らした。 
その視線には以前は無かったもの、あるモノが感じられる。 

「君は動揺していないみたいだね」 

彼は視線に潜めたものを隠す気はないのか、まっすぐ見つめながら愉快そうに唇を吊り上げた。 
そのどこか彼らしく、どこも彼らしくない笑みを見ながら小さく頷く。 

「ケルトの英霊とルーンの魔術師、相性なんて考えるべくもないんだよ」 

私がそう一言返すと、彼は「アーチャー戦の助太刀は露骨だったかな」と肩を竦めていた。 
一度彼が助けてくれたときを思い出し、それを脳に仕舞いこむ。 
そして真っ直ぐ彼を見つめ、小さく呟く。 

「セイバー」 

「はっ!」 

その一言で微かな動揺を全て流しきり、セイバーはステイルに向かって飛んだ。 

…………。 
……………………。 

912: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/27(日) 07:28:30.96 ID:x5NOq/fY0
僕、ステイル・マグヌスが聖杯戦争に参加したのは彼女、インデックスが参加していたから、それを助ける為―――ではない。 
何故なら僕は彼女より先に聖杯戦争にマスターとして参加していた。 
目的の為に、目標の為に、願いの為に、欲望のままに参加した。 
出来ればインデックスには聖杯戦争に関わらずに過ごして欲しかった、だが手違いで彼女を聖杯戦争、その渦中に招くことになってしまった。 
彼女の守護者である上条当麻を排除し、イギリスに送還させることを目的としてランサーに「マスター候補を排除しろ」と嘘を告げて送り込んだのだが、何故だか彼は僕の知らない理由で留守にしていた為に、間違ってインデックスに怪我を負わせてしまった。 
その場に居合わせた土御門のおかげでインデックスの命こそ救うことが出来たけれど、その代償は大きかった。 
インデックスの聖杯戦争への参加、それは彼女を危機に晒すことであり、それは僕の願うところではなかった。 
それでも願いの為に僕は進むことに決めた。 
彼女をサポートしながら、自分の目的の為に陰に動く日々。 
そして戦争を経て変わっていくインデックスの姿に苦悩した。 
それでこの戦争さえ勝ち残れば『全部元通りだ』そう思えば苦悩も払拭出来た。 
そう、全て元通り。 
全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て! 

――――――全てが元通りになる。 

そう、全て、彼女がインデックスが僕の手の中にいたあの頃に戻る為に!!!! 
彼女が幸せならばと殺してきた願望が芽生えてしまった。 
種のままだったそれは成長しだせば止まらない、養分(欲望)を吸って大きく育っていく。 
そこまで来たらもう止められない。 
願望は欲望を吸って育ち過ぎた、開花―――成就するまで止まらない! 
どんな犠牲を払ってでも、僕はインデックスを手に入れたい!!!! 
心を支配する欲望に身を苛まれながら、黒衣を纏ったインデックスを見つめる。 
熱い、火のように熱い視線で彼女の全てを見つめた。 
その視線を遮る様に、インデックスの一言でセイバーが動きだしこちらに向かってきた・ 

「ランサー…………動け」 

「…………ちっ」 

セイバーの後ろ、少し進めば彼女がそこにいる。 
その事実に笑みを浮かべながら手負いの槍兵に命じる。 
短い命令に浅くない傷を負った彼は槍を構え直し前に出て、セイバーを迎え撃った。。

913: ◆ecH57LqR9PZC 2013/10/27(日) 07:29:00.20 ID:x5NOq/fY0
「ステイル…………」 

彼女が、インデックスが僕の名前を呼ぶ。 
それだけのことで射精しそうなほどの快感だ。 
このまま果ててしまっても構わないと思える。 
いつもいつだって見つめてきた彼女が僕を見ている。 
それだけで世界が輝いて見える。 
叫びだしたい気持ちを押えながら、すっと手を差し出す。 

「君の願いは僕が叶える、だから戦争から手を引いてはくれないか?」 

抑えきれない欲望で作った笑顔。 
彼女の願い? ああ、叶えるよ大きい意味ではね。 
彼女が求めるのは上条当麻だ。 
そして、その位置にかつて座っていたのは僕だ。 
その座を取り戻すことにより彼女は満たされる。 
かつてアウレオウスがそれをしようとしたとき僕は「救われた人間をもう一度救うことは出来ない」そう斬り捨てた。 
だってそうしなければ、彼女が奪われてしまうから。 
救われた人間は救えない? だったら救われる前に戻せば良いだけじゃないか。 
そうだから僕は取り戻す『全て』元に戻して、あの頃を取り戻す。 
その為なら神にも唾吐くし、彼女を謀る。 
それが覚悟だ。 

「はぁぁぁああああ!!!!」 

「うっぉおおおおおお!!!」 

槍と剣が交差する向こうでは彼女が僕を見つめている。 
手が届く位置にいる彼女。 
そういつだってインデックスは手の届く位置にいた、そこに僕が手を伸ばさなかっただけ。 
だから、今回は手を伸ばそう精一杯目一杯。 

「…………返答はなし、か」 

「……………………」 

インデックスは僕の提案には答えず、ただ濁った暗い瞳で返すのみだった。 
その瞳を一度だけ奥まで覗き込み、直ぐに昔のような君に戻すと近い、タバコを投げ捨てた。 

”とんっ” 

くるくると回転しながら煙草は飛んで、ランサーとセイバーの近くに落下した。 

「魔女狩りの王」 

”轟!!!!” 

落下したタバコが火の粉を散らし、それが一気に膨れ上がり、酸素を吸い込み炎の巨人の姿を作る。 
周囲に展開したルーンを元に生まれた『魔女狩りの王』 

「!!?」 

ランサーとの戦いに集中していたセイバーはその巨人に目を見開く。 
その隙だらけの姿に口元を歪め、二人のサーヴァントに命じた。 


「やれ」

924: ◆ecH57LqR9PZC 2013/11/10(日) 10:57:51.34 ID:EU8agOnV0
「おっ、おおおぉおおおぉおおお!!!!」 

”轟!!” ”ぎぃいんっ!!” 

ステイルと名乗る魔術師、インデックスとの旧知の中であったようで、かつて手助けしてくれた彼ではあったが、今は敵。 
ランサーのマスターと解ってしまえば、片付けるしかないだろう。 
インデックスが躊躇わない以上、剣である私もそれに従うほかない、そう思い再び戦場の気を満たそうとしたときにそれは現れた。 
そう、炎の巨人。 
火を纏った人ではない、炎そのものが固まって出来上がった巨人だ。 
それが突如現れ、周囲の空気を焦がしながら私に襲い掛かった。 
その行動に面食らってしまい半歩下がったところに深手を負わせたはずのランサーの槍が迫る――――――が。 

「それがどうした?」 

迫りくる炎の巨人。 
触れたものを骨まで灰にする火の魔術。 
そのレベルは確かに高い。 
攻撃性、持続性、範囲。 
どれをとっても現代の魔術師ではかなりの高位、Aランクに属するのは間違いない、しかし―――。 

”だっ!” 

「突撃かい? イノケンティウスの身体をただの火の塊と思わない方が良いよ」 

―――そんなことお構いなしに剣を構えて加速した私を彼はあざ笑う。 
無知を嘲り、蛮勇を滑稽だと評するように。 
だが、それも直ぐに凍りつく。 

”ぼぅっ!” 
      ”きっぃいいんっ!!” 

「なっ!? あ、な!?」 

炎の巨人に体当たりするようにぶつかり、そのまま朱色の槍を剣でいなし槍兵の体勢を崩させる。 
触れたものを全て灰に還す様な火でも、私の対魔力のスキルの前では意味を為さない!

925: ◆ecH57LqR9PZC 2013/11/10(日) 10:58:20.87 ID:EU8agOnV0
「ちっ! 対魔力のスキルか! ランサー!」 

「わかってらぁっ!」 

イノケンティウス、炎の巨人を対魔力のスキルで押しのけるように前に出て、そのまま敵マスターに迫ろうとすると当然のようにランサーが追いついてきた。 
傷を感じさせない鋭い動きで槍を振るい私の道を遮る。 
その後ろでは巨人が再び形を取り戻すが、向かってくることはないようだ。 
そのまま向かってきてもさっきの二の舞になると判断したようだった。 
だけどそれではなんの解決にもなっていない! 

「はぁぁぁああああ!!!」 

”ぎぃいいぃんっ!!” 

「がっ! あああっぁあ!!」 

ただ前に進む様に剣を振り、手負いのランサーの槍をはねのける。 
技術もタイミングもなく、ただ剣を振るうことの繰り返しで相手は体勢を崩し続けていた。 

「ふっ! せっぁああ!!!」 

”がぃいんっ!” 

「くっそがぁぁぁあああ!!」 

”ぎぃいん!” 

       ”がぎぃっ!” 
        
   ”がっご!” 
叫び声を上げる槍兵は、槍の構えが既に攻撃ではなく防御を前提になっていた。 
隙あらば攻撃に転じる前向きな槍捌きではなく、今一撃を持ちこたえる為の無様な防御。

926: ◆ecH57LqR9PZC 2013/11/10(日) 10:58:56.31 ID:EU8agOnV0
その滑稽極まりない、アイルランドの光の神子とまで呼ばれた彼の槍使いをあざ笑う様に剣を振るう。 
一撃ごとに彼の顔色は悪くなっていき、反応もどんどん遅れている。 
下段から切り上げれば―――。 

”ぎりぃいん!!” 

「おおっご!!!」 

―――両手で鉄棒を掴む様に構えた槍をかち上げられ、背中から鮮血を滴らせ苦悶の表情を浮かべる。 
そして半歩退き、また槍を構えようとする姿勢は立派ではあるものの、その動きはやはり防御だ。 

”ひゅっ!” 

「っ!」 

深く踏込み、わざと動作を見せつけながら剣を振るう。 
横なぎに、さっきまでより遅めに振るうが、それでもランサーの動きは防御だ。 

”がぃいんっ!” 

「がっぁああああ!!!」 

不意打ちでつけた傷で上手く立ち回れない相手を責めることに私は何の感慨も抱かなくなっていた。 
日々掲げた騎士道であったとしても、それはあくまで勝利を前提にした言葉。 
勝つためには何でもしよう、それが道から逸れようとも! 

「くっ! い、イノケンティウス!!!」 

防戦一方のサーヴァントを目の当たりにしてか、ステイルは効果がないと知りながら炎の巨人を差し向けてきた。

927: ◆ecH57LqR9PZC 2013/11/10(日) 10:59:51.07 ID:EU8agOnV0
”轟!!” 

音だけは大層に、空気を飲み込みながらランサーの前に立ちはだかる。 
確かにこれでは彼の姿が見えず、体勢の立て直し、もしくは巨人の身体を陰に攻撃も可能だろう。 
効果ないと言え動きを確かに止めてしまった。 

「どうやら隠し布程度には使えるようだな」 

剣を構え直し、相手が動く前に動く!! 

”だっ!!” 
      ”ぼぅっ!” 
       
一足で炎の巨人を貫く。 
対魔力の膜は存分にこの身を守り、キャスターほどの魔術ではない巨人はまた霧散する。 
剣を構え、火の壁を抜けた先の物を斬ろうと力を込める!! 

「な…………?」 

巨人の身体を超えて見た先にまた動きを止める。 

「よぉ、遅かったな」 

「…………幻術、いや、これは」 

そこには火の海があり、ランサーが複数いた、否複数いるように見えた。 
魔術によるものなのは間違いなく、全員が同じ動きをする槍兵が3体。 
もし全て実体ならば脅威であることは間違いないが、実態はひとつだろう。 
目を凝らせば見間違えることはないのだろうが、大量の火が像を歪ませる。 

「…………」 

少し考えたが、全てを相手にするつもりで斬り倒せばよいと身を沈ませる。 
この身の怪我は少なくはない、倒せる相手に時間をかけるつもりはないのだ。 

「もうちっと驚いてくれてもいーんだぜ?」 

軽口を叩くランサーを見つめ、剣を強く握り―――。 

”だっ!!!” 

―――駆け出した。 

928: ◆ecH57LqR9PZC 2013/11/10(日) 11:00:19.87 ID:EU8agOnV0
「躊躇なしか!!!」 

「ふっ!」 

”ぶぉんっ!” 

迷わず踏込み、まずは左端の一体に剣を振るう! 

”がぃいっ!!” 

「いきなり当たりか」 

「どーゆー勘をしてんだよ騎士王様はよ!」 

衝撃の手ごたえを感じ、そのまま剣を振るえばさっきの焼回しだ。 
他の幻のランサーたちも実態と同じ苦悶の顔のまま踊る。 
おそらく蜃気楼を利用した幻術なのだろうが捕えてしまえば同じだ。 
幻術を一瞬で破られた焦りからかランサーの動きには更に歪みが見えていた。 

「ちぃっ!!」 

”だっ!” 

剣撃から逃れるように槍兵は火の壁をくぐりまたその身を隠した。 
次はどんな策かと警戒しつつ周りを見れば、幻術は既に消えていて、炎の巨人だけが空しく立っていた。 

”ぼぅう!” 

「!」 

数秒の間を置いて、周囲にあった火が風が吹いたように消えた。 
そして消えた先にはランサーと、そのマスターが並び立っていた。

929: ◆ecH57LqR9PZC 2013/11/10(日) 11:00:54.94 ID:EU8agOnV0
「どうした、かくれんぼは終わりか?」 

「……………………」 

何気なしに投げた挑発に近い問いには無言で返される。 
無論返事を期待していた訳でもないので、改めて剣を構えなおす。 
下段に構え、いつものように突撃そして斬り殺す準備だ。 

”だっ!!!” 

「っ!」 

ランサーに向かい突撃と同時に彼らの顔に緊張が走る。 
何かしらの策を用意してあるのだろうが、まずは砲弾そのままに突撃。 

”轟!” 

「また目くらましか!」 

呼び戻された炎の巨人が立ちはだかるが、一瞬も速度を落とさずその身を突き破る! 

「!」 

巨人の向こうにはランサーはおらず、マスターであるステイルがそこにはいた。 
恐らくランサーはどこかに身を隠しこちらを狙っているのだろう。 
しかし、ここでマスターを斬り捨てれば勝ちだ。 
迷うことなく深く沈み込み、赤毛の神父に向かい思い切り剣を振るう! 

”がぃいいんっ!!” 

930: ◆ecH57LqR9PZC 2013/11/10(日) 11:01:42.27 ID:EU8agOnV0
「!?」 

人間の肉を斬ったにしては鈍い音。 
それが意味することは―――。 

”ゆら” 

目の前のステイルの像が歪み、そこに現れたのはランサー。 
血を流し過ぎたのか血の気の引いた顔で汗を流し、何とか最後の一撃を受けきった彼。 

”かちゃっ” 

「ふむ、この手のものは初めて扱うが、あいつが言うのは簡単なものらしいね」 

崩れるように膝をついたランサーを見守ることもなく、後ろから聞きなれない音、いや、この戦争がはじまり何回か聞いた音が響いた。 

「例え英霊と言えど、実体化して触れられる以上有効だろう? これは魔術じゃないしね」 

「――――――」 

振り向こうとした瞬間―――。 

”ぱぁんっ!” 

―――慣れない痛みが身体に走り、血が流れた。

942: ◆ecH57LqR9PZC 2013/12/11(水) 08:01:45.64 ID:oXPXNaua0
「……………………」 

短い時間ではあったけれど練ったのは最善の策。 
今の手札で出来る最高のカード捌きは、最優のサーヴァントにもその牙を届かせた。 
魔術師としての矜持に反した”ジョーカー(銃火器)”まで切って、だ。 

「…………」 

ぼくの手の中にある不細工な鉄の塊。 
痺れるような反動、それが僕が魔術師の禁忌を踏んだことを告げてくる。 
超えてはいけないライン、それが世界にはある。 
魔術師の領分、科学の領分、それぞれ区切られているには意味がある。 
二つが合わさる部分、そこは酷く危険で不安定でそれでいて強大な力を得てしまうからだ。 
それこそ上条当麻が世界中から監視される理由だった。 
その領域に僕は少しながら足を踏み込んでしまった。 
その結果が目の前だ。 

「ぐっぁ、う…………これは、銃、か」 

「ああ…………そう呼ばれるものだよ」 

脇腹、腕、足より血を流し苦痛に顔を歪ませる騎士。 
現代の魔術では傷も負わせられないセイバーがただの科学、その中でもランクのそう高くない物体で膝をつく。 
矛盾のような、そうではないような状況に僕は戸惑っていた。 
自分でしたにも関わらず指が震え、そして堕ちる。 
心に湧いてしまった微かな優越感。 
銃を使うという行為が人の心に産み落とす一瞬によって強者に自分を伸し上げる快感。 

「……………………」 

自分の手の中で黒く光る暴力に羨望の視線を向けた。 

943: ◆ecH57LqR9PZC 2013/12/11(水) 08:02:22.84 ID:oXPXNaua0
「魔術師としての…………矜持は、ないのか…………ぐっ…………あ…………」 

かつては幻想の世界に生きた英霊が呻く姿に僕は勃起しそうな興奮を覚えた。 
覚えてはいけない暴力のエグイ興奮が僕の心を揺らす。 
少し離れた場所で息を切らせるランサーも、既に魔力枯渇で存在が消えかけているキャスターも何もかにも僕を動かさない。 
ただただ目の前で呻く騎士と、それを実行した鉄の塊のみが僕を突き動かす。 

「…………笑って、いるのか? 貴様」 

「笑って…………る?」 

セイバーの声を気付かされたけれど僕は、今笑っているようだ。 
銃を片手に笑みを浮かべているようだ。 
目の前の英霊に対してのアドバンテージを元に快楽に酔っているようだ! 
既に満身創痍のセイバー、そこに止めともいえる銃撃を加えた、強き者を落とした快感に心が震える。 
その震えのまま、銃をもう一度セイバーに向ける。 
何の変哲もない、10万円程度で手に入る不細工な鉄の凶器を。 
僕と相対する前に既に満身創痍、そこに来て更に満身創痍をかけたような騎士に向かって銃を向け―――!! 

”だっ!” 

「来たね」 

―――トリガーを引く前に聞こえてきた踏込音。 
強く地面を蹴った音。 
軽い体重音、だけど無理に重く打ったような響き。 
怪我の為かあまり足運びは美しくはない。 
小さく息切れも聞こえてくる。 
これを、それらを僕は知っている、ずっとずっと知っている。 

上条当麻が 
     彼女を知る以前から 
              僕はあの娘を知っているんだ。 

だから、このタイミングで彼女が向かってくることなんてとっくに読めている。

944: ◆ecH57LqR9PZC 2013/12/11(水) 08:02:55.64 ID:oXPXNaua0
…………。 
……………………。 
セイバーが撃たれた。 
読み切れていなかった事態。 
ステイルがここに参戦する可能性は考えていた。 
だけど、そこで彼が、私の知るステイル=マグヌスという魔術師が近代武器に手を出すとはまったく考えていなかった。 
魔術師と言う生き物は自分の領分を死の間際まで守る生き物、それを名前に刻み魔法名として生きるから。 
それなのに彼はその領域を踏込破った。 
銃を用いセイバーを撃った。 
Aランクの対魔力を持つセイバーを現代の魔術で打ち倒すことが出来ないから、現代の武器で、神秘を帯びない現実で打ち倒す。 
とても合理的判断だとは思う、正しい思考だ。 
だけど、それは魔術師がして良い考えじゃない。 
神秘を求め、根源に達することを願う魔術師がやって良いことじゃない。 
私に魔術師の矜持なんかないけれど、それで踏み込んで良い場所とそうじゃない場所くらい解る。 
例え嘲笑されようが、虚仮にされようが、何をされようが―――。 

     ―――殺されようが。 

最後まで魔術師として生きる、それが魔を進む者たちの命の在り方のハズだ。 
今まで出会った魔術師は皆それに準じた、かおりも! 
魔法名の元に自分という魔術に準じるのが魔術師じゃないのか? 
軋み軋み軋み続ける身体を無理に動かし何とか何とか戦場まで追いつく。 
ランサーが戦闘不能になり、ステイルのみになったこの瞬間に戦場に滑り込む。 
本当ならセイバーが撃たれる前に駆けつけたかったけれど、私の身体はそれを許さなかった。 
何より銃の存在を考慮していなかったから。 
だから一歩、いや三歩近く出遅れた。 
私を信じて戦ってくれたセイバーの前でなんたる無様! 
セイバーがランサーを下してくれたなら、私がマスターを下! 

”だっ!” 

「ぉぉぉ…………!!!!」 

身体に無理をかけ続けるような強化の魔術で補助しても、既にボロボロの身体は十全には動かない。 
それでも動かないなりに身体を動かし、ステイルの背後に迫る。

945: ◆ecH57LqR9PZC 2013/12/11(水) 08:03:51.01 ID:oXPXNaua0
拳を握り、構え、踏み込むと同時に体重を移動させ―――振るう! 

”ひゅっ!” 

「おっと! …………君は体術なんか覚える必要なんかなかったのに」 

突きだした拳は躱され、微かに彼のローブに触れるだけ。 
それと同時に悲しそうな、どこか独りよがりな声が響く。 

”びぎぃぃ!!” 

「お……………………」 

拳を突きだしただけで激痛が全身を襲う。 
繰り返してきた強化の代償であり、何より先ほどの垣根帝督との戦いでのダメージだ。 
呼吸一つで目の前がチカチカするような痛みに一瞬動きは止まってしまう。 
その一瞬を埋めるように、がむしゃらに身体を動かすしかない。 

「がっぁああああああ!!!」 

踏込、回転、そして打突。 

”しゅっ!” 

風斬る拳はステイルの身体に届かない。 
だけどそれで良い、必死さを見せることが重要な一つだから。 
彼はかおり同様、私を大切に考えてくれている。 
ならばそれを利用しよう、徹底的に利用しよう、骨の髄まで利用してしゃぶりつくして、そして私の願いの糧にしよう。 
私が好きなら大切なら、私の為に養分になって、ね。 
黒い何かが私の中で相変わらず蠢く。 
出口を求めて、とうまを求めて欲望が―――走る。

960: ◆ecH57LqR9PZC 2014/01/19(日) 19:11:36.19 ID:HducKYaj0
”だっ!” 

拳を突きだし、その勢いを利用して身体を回転させていく。 
強化魔術の代償で全身は既に死に体に近い、けれどまだ動く以上は動かす。 

「ぁあああぁぁああああ!!!」 

”しゅっ!” 

「君は本当に…………どうして、ここまで…………変化…………変わって」 

鋭く突きだした拳を闘牛士のように避けるステイルは、悦楽の色を見せる瞳を潤ませ、ぶつぶつと何かを呟いていた。 
その手には拳銃。 
科学の暴力が秘められている。 
セイバーという幻想を打ち倒した、ただの現実を持つ魔術師。 
魔術と科学の二律に触れて、禁忌の存在となったステイルは恍惚の表情を見せながら私の拳を踊る様に避ける。 
彼はそんなに敏捷性は高くないだろうけれど、まるで動きを読めるように拳をかわしていく。 
普段ならば決して口から離さないタバコを落としても、それを気にするそぶりもみせず、ヨダレを垂らし幸せそうに踊る。 
きっと彼は私を大事に思ってくれている、それはとてもとても利用できる。 
彼の優しさ思いやりそれらはじっくりしゃぶりねぶり、私の願いへの養分になってくれるだろう。 
ここで彼を打ち倒せば残る英霊はバーサーカーのみ、あと一歩なんだ。 

”ぱんっ” 

「え?」 

「インデックス!!!!!!!」 

音が聞こえた、そして二度目になる熱が腹部を襲った。 
そして私を強く呼ぶ声がした。 
痛みと熱に足が動かなくなり、歯を食い縛りながら見上げた”私を大事に思ってくれてる男”の顔は穏やかに歪んでいた。 
そのときにやっと気づけた、魔術師としての矜持も捨てて歪んでいる男がまともな訳がない、と。 
彼は私を殺すのだろう、そのことにやっと気づいた。 

「インデックス…………君は…………変わってしまったよ…………僕は…………あの頃の君を…………取り戻す」 

961: ◆ecH57LqR9PZC 2014/01/19(日) 19:12:03.00 ID:HducKYaj0
…………。 
……………………。 
僕は考えるどこで間違ったのだろうかと? 
インデックスを彼女を守る、彼女の幸せを守るそう誓って、自己を滅する覚悟もしてきた。 
だけど、だけど、だけど、僕が知っている彼女が会う度に失われていく姿を見ると心が痛んだ。 
ズキズキ痛み、僕の知らない彼女の姿が心にズカズカ上り込んできた。 
知っている、彼女のことは誰よりも知っているつもりだった、仕草も口調も心も何でも。 
だけど、彼女が救われて―――救われてしまって、上条当麻の惹かれて行く彼女は変わっていった。 
日々の暮らし積み重ねで彼との仲を深め、新しい経験をするたびに彼女は成長する。 
かつてのように記憶の積み重ねが無かったころではありえない精神の成熟を見せていた。 
それは僕が見たかったものであり、僕が知りえなかった彼女。 
それでも彼女が幸せなら良い、そう思っていた。 

          そう諦めてしまっていた。 

諦めていたからこそ、彼女を守るんだ、彼女の今の幸せを守るんだと誓えた。 
だけど、かつての彼女を、僕が一番知っていた頃の彼女を取り戻せる機会が目の前に落ちて来てしまった。 
最初はその機会を蹴り飛ばそうとして、どうせこの機会は上条当麻が破壊するだろうから。 
彼は世界の終着点、世界を揺るがす事柄、それを破壊する為にいるような存在だ。 
この世界に置いてすべての中心になるように義務付けられた、今代の主役、それが彼だ。 
その彼が自分の拠点、学園都市に落ちた聖杯戦争という大がかりな仕掛けを見過ごすハズがない。 
だから、今回も僕は見に回り、陰からインデックスを守ろう、そう思ってたのに。 

「っ! 何をやっている上条当麻……………………!」 

目の前で血を流し蹲る少女を見ながら、血が流れるほど手を強く握り締めた。 
そう、自分を止めなかった、この機会に飛びつかせた上条当麻に怒りを感謝を向けながら。 
ある男によってもたらされた情報、上条当麻の不在。 
それによる聖杯戦争の狂走。 
物語を終着させる主役の不在は脇役であるハズ、陰にしかいられない僕をここまで連れ出した。 
何よりこんな戦闘に参加するハズないインデックスを連れ出した。 
あまつさえ、彼女が上条当麻の代理を勤めることになっている。 
もし上条当麻がいればこんなことには間違いなくならなかったのに!! 

962: ◆ecH57LqR9PZC 2014/01/19(日) 19:12:33.28 ID:HducKYaj0
彼がいなかった、それだけで世界と言う物語は破綻していく。 
彼の周囲からこそ破綻していく世界、それだけ上条当麻という存在の与える影響は大きかった。 
僕とはまるで違う今代の主役、それが彼だった。 
その彼の知らぬ場所だ走り出した物語は誰も止められない。 

――――――だってもう、上条当麻は。。。。。。。。。。。。。 

そのことに怒り、感謝して僕は泣きながら銃を構える。 
魔術師として道を外れた僕は、ステイル・マグヌスという人間からも外れようとしていた。 
生涯を通して守ろうと違った存在を殺そうと、殺意を指に込めた。 

「インデックス!!!! 避けて下さい! インデックス!! 今行きますから!!」 

少し離れた場所から聞こえてくるセイバーの声。 
怪我も関係なくこちらに向かってくるだろう彼女、だけど―――。 


”ぎぃいんっ!!!” 

「いかせると思うか? 邪魔すんなよっっっ!!!」 

「っ! どけぇぇぇぇぇぇええぇぇええええええ!!!!」 

―――満身創痍ながら立ち上がったランサーがそれを阻止した。 
そのことに僕は興味を払わず、改めて彼女を見る。 
白かった彼女は今は黒い。 
その身から滲みだした黒に染まったような外套を着た彼女、僕が知らないインデックスに銃を向け―――。 

「ばいばい…………また、直ぐ会えるよインデックス」 

「インデックス、インデックス!!! どけ、槍兵、どいてくれぇぇぇええ!!!」 

「っ!!!!!」 

―――響く慟哭も今やどこか遠い。 
銃の重みもまったく感じず、どこか絶頂するような気持ちで引き金を引いた。

963: ◆ecH57LqR9PZC 2014/01/19(日) 19:13:10.74 ID:HducKYaj0
”かちん” 

「…………え?」 

引き金は殺意で引いた、だけど発射されたのは殺意ではなく間抜けな音。 

”かちん” 

繰り返し引いても音は変わらずだった。 

「弾切れ…………?」 

下から聞こえた苦しそうな声で僕はやっと理解した。 

「何故…………だ? あいつは、全部で8発、そう言って僕をこれに…………上条当麻も、これでって」 

呆然と銃を見つめる、入っているハズの弾丸が切れた事実に心の緊張の着れていた。 
ただただ、呆然と黒い暴力を撫でていたら―――。 

「っ! ステイル!!!!!」 

「え?」 

”ざくっ” 

「いやー、危機一髪だねぃ♪」 

―――その背中に痛みと熱さが走った。 
振り返るまでもなく誰か理解出来る軽薄な声に僕は理解した。 

「そうか…………君か」 

「………………………………ご苦労さん、腕だけ貰う」 

その言葉を最後に僕は退場することになった。 
守りたい、守ると決めた彼女を傷つけるだけ傷つけ、何も得られず、ただ退場する。 
それが脇役である僕に課せられた終着点だった。 

975: ◆ecH57LqR9PZC 2014/02/16(日) 20:01:10.61 ID:jVUzki1T0
どこか深く暗い場所。 
そこでまた声が響く。 
誰とも知れない声が。 
誰にも届かない声が。 

「手順は前後したがこれで一応揃ったな」 

「英霊の召喚、聖杯戦争の再現、世界の六要素の七つ目の解放、LEVEL5の能力回収」 

「剣による英霊の多数撃破、弓の撃破は必要外ではあったが今のところ問題はない」 

「そして今現在槍を持ち主から奪取、これにより求めていた、”再現”に必要な駒は揃った」 

「これで根源の渦、原初の一つが呼び寄せられるだろう」 

「条件を整えてやればそれをは形を成す、それが魔術だ」 

「これだけか条件を揃えたのだ、そろそろ動き出すだろう」 

”どくん” 
     ”どくん” 
      
  ”どくん” 
          ”どくん” 
           
「言ったそばからか、せわしないな」 

「しかし、剣の持ち主はの器とどちらが上かな―――」 

「―――英雄王よ」 


”どくん”

976: ◆ecH57LqR9PZC 2014/02/16(日) 20:01:47.15 ID:jVUzki1T0
「もとはる…………話を聞かせて貰える?」 

「なんのはなしかにゃー? 出来ればこっちが終わってからにしてほしいぜよ」 

「…………インデックス、あの男は、何を?」 

よろよろとまだダメージの抜けてないセイバーが前に出ながら質問する。 
それはもとはるのやっている行為。 
知人、場合によっては仲間でもあったハズのステイルの腕、それを切り離そうとしているのだった。 
まず、その前にもとはるはステイルを銃で撃っているのだ。 
絶命させるだけなら十分なダメージを与えたうえで、彼は更にその肉体に手を加える。 
サングラスで瞳を隠し、何事もないように、日常で出会った様に、街中で世間話をするような気楽さで彼は答えるが、していることは完全な異常の領域。 
それを前に私は納得した。 
かつて覚えた違和感、その正体、全ての後ろで奔っている影の正体を。 

「……………………もとはる、なんであの時『また狙撃か』って言ったの?」 

「ん?」 

「クールビューティとの戦いの時なんだよ、もとはるはそう言ったんだよ」 

「?」 

その場にいる全員が疑問の表情を浮かべた。 
何故急に私がそんな話をするのか、むしろ何のはなしかと首を傾げる。 
それは私しか気付かず、私しか覚えていない。 
だけど、クールビューティの集団に部屋を強襲されたとき”最初の狙撃”でもとはるは『また狙撃か』そう言っていた。 
確かに私はその以前に同じく狙撃を受けていた、だけどそれをもとはるには言っていない。 
状況説明も気が動転して出来ていなかった。 
聖杯戦争、魔術師の戦争に銃器が用いられる可能性は低く、考えにくい、だけどそれを直ぐにもとはるは狙撃と断じた。 
だから、もとはるは狙撃を、狙撃する敵がいること、そして私が狙撃されたことを知っていた。 
思えば最初から、私の聖杯戦争を導いたのはこの男だった。 

「……………………そっか」 

セイバーの召喚時もそう、とうまの消息不明の情報もそう、ステイルの行方不明のときも、全て全て全て全て全て全て。 

「この聖杯戦争を再現したのはもとはるなの?」 

977: ◆ecH57LqR9PZC 2014/02/16(日) 20:02:28.69 ID:jVUzki1T0
「再現、そこまで見抜いているとは流石だにゃー、でも違うぜい、こんな大それたこと出来る訳がない」 

「ふぅん」 

まるで世間話のように私たちは自分の位置を確認していく。 
どうやらもとはるは敵で、障害であるらしい。 
かつての戦友の腕を奇妙な石器ナイフみたいなもので刻む異常を続けるもとはるをただ見つめる。 

「おい、お前…………なんのつもりだ」 

その異常を前に、ランサーが傷だらけの身体を無理に起こした。 
目に怒りを溜め、手足に力が入らなくても決して槍を杖にはせず、堂々と立ち上がりもとはるを見つめる。 

「ランサーか、少し待ってろ…………お前はまだ使えるからな」 

怒りを持った英霊を前にしても、もとはるは居住まいを正さない、ただ作業を続ける。 

「何のつもりだって聞いているんだよ俺は!」 

「インデックス、私の後ろへ」 

「うん」 

槍を構えた姿に、標的はこちらでないと解っていてもセイバーは傷ついた身体で前に出てくれた。 
私に怯える雰囲気はそのままに、それでも主を守ろうと、ボロボロの身を盾にしてくれた。 
その影でそっと今の状況を読み込んでいく。 
おそらくもとはるのやっていることはステイルからの令呪の移植。 
自分自身がマスターになろうとしている、聖杯戦争に参加しようとしているのだろう。 
だとしたら今ここで斬り捨ててしまえばそれで決着だろう。 
ステイルというマスターが死に、魔力が枯渇していくランサーは既に敵ではないのだから。 
でも、どうしてか、攻撃を躊躇する。 
連戦の為の疲れか、セイバーの疲労を感じてか。 
どうしてか躊躇をしてしまう。

978: ◆ecH57LqR9PZC 2014/02/16(日) 20:03:22.33 ID:jVUzki1T0
「最初からお前は胡散臭かったぜ…………」 

「随分鼻が利くようだな、それ、合ってるぞ」 

躊躇いの中、二人を観察する。 
既にキャスターは魔力の枯渇で存在を失せていて、ゆっくり異界は崩壊に向かっていた。 

「あのときもそうだ、お前に言われてマスターの部屋を、嬢ちゃんの部屋を襲撃させ、その上で召喚までさせたな」 

「あの時点ではこの街に魔術師が少なくてな、効率良くマスターを埋めるにはそれしかなかった」 

もう隠す気もない会話。 
もとはるはあのとき既にランサー、ステイルと話をつけていたんだろう。 

『まー、悪いけどそいつを殺して貰っちゃ困るんだにゃー』 

『はぁ? 殺して貰っちゃ困るって何を―――ちっ!』 

この会話だ。 
記憶の中に残る二人の会話。 
ランサーはもとはるに言われマスターを殺しに来ていたはずなのに、彼自身がそれを否定するような演技をしてみせたのだろう。 
そして私をセイバーのマスターとして配置した。 

「うちのマスターが巻き込むなって言ってた嬢ちゃんを巻き込んで、そして今度は裏切りだぁ?」 

「……………………」 

もう魔力も枯渇、遠からず消える運命にある槍兵ではあるが、彼は思い足を引きずりながらもとはるに向かっていく。 

「さすがに許されねぇだろ、そりゃよ…………」 

槍を構え、怒り、ではなく悲しそうな顔で彼は進む。 

「マスターがよ狂いかけてるのは解っていたさ、でも…………思いは汚れてはいなかった」 

最期の一撃を下すために。 

「だから俺は気が乗らないなりに手を貸してたんだよ」 

紅い槍をもとはるに向ける。 

「俺は聖杯に託す願いなんかないからな、別にどうでも良かったさ、面白い奴らと戦えたし」 

そして―――。 

「だから、俺はこれで消える、思い残さず、お前を殺して、だ!」 

―――その槍をもとはるに向けて、彼の怒りは動きを止めてしまった。 
彼が槍を向ける一瞬前、小さな声、そして魔力が弾ける音がした。 

「令呪を以て命ずる、ランサー、俺に従え」

993: ◆ecH57LqR9PZC 2014/04/13(日) 20:39:06.21 ID:VK7Y5fJq0
許してはいけない。 
そう思った、だから俺は槍を手にモトハルと名乗るいけ好かない小僧に迫った。 
人の意志を思いを無視し、それを利用するだけ利用するような男を生かしておいてはいけない! 
倫理観でも正義感でもない、ただ俺の生きてきた人生感そのものが行動になった。 
マスターが死に、単独行動スキルの無い俺はそのまま消え失せる運命だろう。 
だから、せめてその前に意見の合わないマスターではあったが、主君であった以上、敵くらいとってやる。 
いや、取ってやるなんて恩着せがましい言葉じゃない、敵を取る、それだけだ。 
その言葉のみを最後の血潮とし、槍を片手に消えそうな身体で奔る。 
視界に掠った青い騎士の姿、そして脳に掠ったあの日戦った人間とは思えない小僧、決着つけられなかったのが心残りではあるが、勝ち逃げさせて貰うことにする。 
動かない身体だが、一突き分くらいは動く! 

「ああああああああああああああああああああ!!!!!」 

渾身、過去現在未来、どれをとっても比類ない一突き―――。 

「令呪を以て命ずる、ランサー、俺に従え」 

「がっ!?」 

―――は、ただの幻想と成り果てた。

994: ◆ecH57LqR9PZC 2014/04/13(日) 20:39:36.29 ID:VK7Y5fJq0
…………。 
……………………。 

”ぶしゅっ!!” 

「ぐっ、か、さすがに、この量の魔力を使うと、身体がぶっ壊れるにゃー」 

「てっめ、え…………」 

令呪の移植を終え、ギリギリのところでランサーに指示を出せた、が。 
令呪に効力はあまり大雑把な命令には響かない、ただ一瞬の硬直を起こせれば良い方ではあるが、そこに俺は自前の魔術を流し込んだ。 
西洋の術式とそれを形作る聖杯の大きな魔力に、東洋魔術を流し込み、無理矢理形を成させた。 
人の経絡、気と呼ばれるものの操作を可能とする魔術でランサーの肉体を掌握した。 
ただ、それにより俺の肉体は一気に崩壊しかけることになり、全身から血が噴き出した。 
魔術と超能力の反発、そこに西洋と東洋の魔術同士の反発。 
身体が破裂しなかっただけ俺は運が良い。 

「しばらくはそのまま固まってろ、ランサー」 

「て…………めぇ」 

「ほぼっ…………ぺっ」 

”びちゃっ” 

血の塊を吐きだし、ふら付く足でインデックスに歩み寄る。 
その前にいる騎士なんかまるで目にも入れず、数歩近づいた。 
それだけでも身体は崩壊しそうになる、身体中の骨が今にも全て折れそうなほどの痛み。 
だけど、それを踏み越えて前に進む、進むしかない。 
俺の聖杯戦争がやっと始まったのだから、アレイスターのお膳立てではあるが、利用出来るなら利用してやる。 
聖杯をもぎ取る、再現である聖杯戦争の枠を超えて、ランサーを使役し聖杯を奪う。 
願いを叶えるとはそういうことだ。 
獰猛な笑みをサングラスで隠し、俺は聖杯戦争に遅ればせながら参加した。 

……………………。 
…………。

995: ◆ecH57LqR9PZC 2014/04/13(日) 20:40:03.65 ID:VK7Y5fJq0
「インデックス…………指示を」 

「……………………」 

血を流し近づいてきたもとはるを前にセイバーは剣を構えた。 
傷だらけの身体でも一瞬で彼を斬り殺すことは可能だろう。 
だけど、私はその指示をしない。いや、出来ないと言うべきかも知れない。 
このもとはるという男、とうまの友人で隣人で、それでいて魔術師。 
魔術師でありながら科学の街に溶け込む、当たり前な人間としての資質を高く持っている彼。 
その彼から今は威容は圧力を感じてしまっていた。 
それは圧力と言うのが正しいのか、理解の出来ない感覚が行動を縛る。 
このまま斬り殺してそれで話は済むのか? 

「っ、口は動くか…………おいっ、嬢ちゃん! その男をさっさと殺しとけ! 碌なことになねーぞ!」 

「ランサー…………」 

思考を回していると、行動を縛られ槍を構えたまま動けないでいるランサーが叫んだ。 
怒りの表情のまま令呪の縛りに抵抗しているのか身体を小刻みに震わせ、怒りをそのままにもとはるを殺せと。 
そうしたら現在のマスターがいなくなり、彼は現界出来なくなるだろうに、そんなことは関係ないとばかりに。 
きっと彼は聖杯に託す願いなんかないのだろう、彼はそういう戦士なんだろう。 
その言葉を聞きながら考える、確かにこの場でもとはるを殺しておけば残るはバーサーカーのみだ。 
そうなれば戦争は即時終結の兆しを見せる。 
現在私もセイバーも傷を負っている、ランサー、バーサーカーの三竦みよりかバーサーカーのみ場合の方が休息も取り易い。 
何より、このもとはると言う男、野放しにしていてきっと脅威になる、それだけはしっかりと理解出来ていた。 
ならば殺すしかないだろう、と当然の様に友人だと認識していた相手を殺害することを決めた。 
そのことに最早何も思わない、罪悪感も後悔も何もない、本当に何もないんだ、殺すと言うことが当然に行為になっていた。 
願望の邪魔になる以上殺すことは当然のこと、仕方ないという言い訳すらしない。 
それほどまでに深く深く深く私の中に黒い物が染み込んでしまっていた。 

「インデックス、聖杯戦争に巻き込んじまって悪かったにゃー、かみやんにも悪いことしちまったし」 

「……………………とうま」 

セイバーに指示を出そうとしたとき、いつもと変わらない、一緒に遊んだ頃そのままのもとはるの言葉が被さった。 
そして、そこに含まれていた私の戦う理由に反応して目線をもとはるに向けた。

996: ◆ecH57LqR9PZC 2014/04/13(日) 20:40:32.06 ID:VK7Y5fJq0
「もとはるは…………とうまがどこにいるか知ってるんだよね?」 

「ん~? なんでそう思うのかにゃ~」 

本当に変わらない、血を垂れ流し、今にも倒れそうで、そしてステイルを殺した後なのに、まるで以前と変わらないその姿。 
それはまさに恐怖であり異常であり脅威だった。 
土御門元春という存在、その根源はどこにあるのだろうか判断も出来ないほど暗く深いものが彼の中にはあるのだろう。 
その彼に問う、私を聖杯戦争に導いた彼に、だ。 
ランサーの発言、今までの彼の行動からみるに私を聖杯戦争に投げ込んだのは彼だ。 
その最初の一手、とうまの消息不明がこの男と無関係とはとても思えない。 
だけど、彼は笑顔を浮かべたまま答えはしない。 
それは、つまり―――。 

「とうまは生きてるの?」 

「……………………」 

―――そういうことなんだろう。 
もとはるの笑みが固まる、笑みの形に口を歪めたまま、彼は今切り替えようと迷っているのだろう。 
表の自分と裏の自分を、今見せている笑顔の絶えない表の自分から、きっと暗くて重い裏の自分へと。 
そしてその切り替えは済んでしまったようだ、それに反応したのは私より先にセイバーだった。 
彼女は無言のまま、傷ついた身体で剣を構えると一歩前に出た。 
目の前のもとはるを完全に敵とみなした雰囲気。 
それを私は止めることはしない、だって私も既に彼を敵とみなしていたから。

997: ◆ecH57LqR9PZC 2014/04/13(日) 20:40:57.22 ID:VK7Y5fJq0
「セイバー―――」 

「―――はい」 

声に反応してすっと騎士の重心が低くなる。 
今にも襲い掛かり、斬り捨てる為の体勢。 

「殺そう」 

自分のとは思えないほど黒い声。 
しかし。自分の中を渦巻く黒い何か、その衝動に突き動かされた発言ではない。 
その黒い何かを全て受け入れ、そして自分の意志でその黒さを友達にぶつける為の声だ。 

「かしこまりました」 

”だっ!” 

声を引き金にセイバーという弾丸は迷わず真っ直ぐ最適最速に発射された。 
秒に満たない一瞬でもとはるとの間合いを詰める。 
もとはるは肉体戦闘技術に長けてはいるようだけれども、それは人間の域をまるで出ていない。 
英霊の最速を以てすれば殺害とは呼吸をするより簡単だろう。 
だけど、私は既にこの殺害が失敗に終わることは理解出来ていた。 
この聖杯戦争は前聖杯戦争の再現だ。 
もちろん細部は違うし、間違った大筋もある、だがそれでも再現は再現。 
起こりうる可能性と帰結は元を辿るしかない。 
そうなればここまで起きたイベントを並び立てて行けば、今何が起こるか予測は立てられてしまう。

998: ◆ecH57LqR9PZC 2014/04/13(日) 20:41:24.94 ID:VK7Y5fJq0
今まで起きてきた出来事―――。 

[第五次聖杯戦争]⇒[再現・仮想第五次聖杯戦争] 

・ランサーのマスター権の移動 
 ⇒成立 

・ランサーとアーチャーの戦闘 
 ⇒非成立 

・選定外れのマスターのセイバー召喚 
 ⇒成立 

・セイバーとアーチャーの戦闘 
 ⇒成立 

・セイバー陣営及びアーチャー陣営の共闘 
 ⇒非成立 

・ライダーのマスター権の分譲 
 ⇒成立 

・セイバーによるライダーの撃破 
 ⇒成立 

・キャスターによるアサシンの強制召喚 
 ⇒成立 

・セイバーのよるキャスターの撃破 
 ⇒成立 

他幾つものイベント、出来事が成立し、そしてまた成立しなかった。 
だけれども、今この聖杯戦争が成立し続けている以上再現は終わっていない。 
終わっていないならば起こるハズだ、起きたことは起こる。 
当然のように、そう―――。 

「ふははははははははははは」 

”しゅざざざざざざっ!!!” 

「なっ、これは!!?」 

驚愕、だけれども理解しているセイバーの声。 

「…………なるほど、これが根源の一つ、か」 

冷静、そのままに理解しているもとはるの声。 

―――黄金を纏った英雄王がこの場に下りたつ。 
いくつもの宝具を矢の用に射出し容易くセイバーの足を止めた彼は鷹揚に、全てを許し全てを見下す笑みを浮かべた。 

「ふむ、この空気この感覚、我様の鼻孔を汚す穢れた臭い―――」 

”がしゃんっ” 

鎧の音を響かせ、王たる威厳そのままに彼は立つ。 

「―――聖杯戦争か」 

夜がまた深まっていく。

1000: ◆ecH57LqR9PZC 2014/04/13(日) 20:45:48.32 ID:VK7Y5fJq0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397389496/ 
次です 
長い話ですがここまでお付き合いありがとうございました 
これからもよろしくお願いします