1: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:10:26 ID:6Iu0HE3U
これ「お別れかな?」

それ「お別れだね」

これ「僕はもう終わっているから?」

それ「僕ももう終わっているから」

これ「これで最後?」

それ「これで最後」

これ「最後ってなに?」

それ「最後ってなんだろう」

引用元: ・これ「さよならペンシル」

2: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:11:09 ID:6Iu0HE3U
先輩「よいしょっと…うわっ!」

後輩「あれ、先輩? 珍しいですね、卒業制作も終わったのに」

先輩「あー…あ、お疲れ。講義終わったの?」

後輩「はい、今日は午前しか取っていないので。……あの、足元が文房具だらけなんですが、これは一体」

先輩「ダンボールがひっくり返っちゃって」

後輩「なるほど」

先輩「そうそう。――ああ、ごめんね」

後輩「いえ。全部混ぜて入れてもいいんですか?」

先輩「大丈夫だよ」

3: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:11:52 ID:6Iu0HE3U
後輩「削れた鉛筆、毛先のつぶれた筆、インク切れのペン……ガラクタ市の準備ですか?」

先輩「ううん、お葬式なの」

後輩「ああ、そういう」

先輩「うん――よし。ありがとう、助かったよ。さて、よ、い、しょ……あれ? よ、よい、よいしょ……」

後輩「大丈夫ですか?」

先輩「はっはっは……私、筆より重い物持ったことないから。なんて……」

後輩「持ちますよ」

4: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:12:23 ID:6Iu0HE3U
先輩「ごめんね? いや、ほんと」

後輩「何処に運びますか?」

先輩「とりあえず、外までお願いしていい?」

後輩「はい。――あの、先輩?」

先輩「なに?」

後輩「葬式って、こんなに文房具が必要なのですか?」

先輩「あはは、違う違う。この子達のお葬式なんだ」

後輩「文房具の……?」

先輩「ほら、私、もう直ぐ卒業でしょう?」

後輩「……ええ」

5: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:12:58 ID:6Iu0HE3U
先輩「昨日ね、部屋の整理をしていたんだ。来月から一人暮らしだからさ。そうしたら、出てくる出てくる文房具達。もう百鬼夜行でも出来るんじゃないかってくらい」

後輩「化ける前に焼いてしまえって事ですか? 百どころか五百はありそうですよ」

先輩「あはは、今日集めた物も混ざっているからね。流石美大だよ」

後輩「それで来ていたのですか」

先輩「――放っておいたら、捨てられちゃうだけだからさ。引越し先はワンルームだから、持っていけないし……だから、ちゃんとお別れしたかったんだ」

後輩「……そうですか」

先輩「ちょっと、なんて顔してるの。これでも使える物は後輩達に譲ったんだよ?」

後輩「そういうことじゃなくて」

先輩「ん?」

6: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:14:18 ID:6Iu0HE3U
後輩「――もう外ですよ。先輩の車に積めばいいですか?」

先輩「……歩いてきちゃった」

後輩「ダンボールを持って?」

先輩「肩に担いで」

後輩「飛脚か」

先輩「佐川のトラックの絵じゃないもん」

7: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:15:01 ID:6Iu0HE3U
これ「何処に行くの?」

それ「何処かに行くの」

これ「誰がいくの?」

それ「誰もがいくの」

これ「君はいくの?」

それ「君もいくの」

8: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:16:10 ID:6Iu0HE3U
先輩「――傍から見てるとさ、確かに目立ってたね。飛脚スタイル」

後輩「傍から見ないで下さい。先輩もグルですよ」

先輩「あはは、ごめんごめん。疲れた?」

後輩「大丈夫ですよ、このくらい」

先輩「ダンボール、花壇の横に置いてくれる?」

後輩「はい――ふう」

先輩「うーん」

後輩「なんですか?」

先輩「ペンって、プラスチックでしょう? 焼いたら、有害物質が出ると思う」

後輩「あ」

先輩「どうしよう」

後輩「……とりあえず、鉛筆と筆だけ?」

9: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:16:41 ID:6Iu0HE3U
これ「これは辛いこと?」

それ「優しいこと」

これ「これは痛いこと?」

それ「穏やかなこと」

これ「これは寂しいこと?」

それ「寂しいこと」

10: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:17:59 ID:6Iu0HE3U
先輩「焚き火を囲む、土に突き刺さったペンや消しゴム達。味があるね、創作意欲をそそられる」

後輩「いや、これもう儀式に近いですよ」

先輩「お葬式だって、儀式の一種だもん」

後輩「仏教ってよりかは、魔術に見えますけどね。怪しい魔術」

先輩「否定出来ないことを言わないで」

後輩「――そろそろ、焼きましょうか?」

先輩「そうだね。じゃあ、一本目、投入!」

後輩「シュールですね……煙もそこまで出ていないし、もう次を入れても――先輩?」

先輩「……これで終わりかぁ」

後輩「先輩……」

11: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:18:54 ID:6Iu0HE3U
先輩「小中高に、もう大学まで終わってさ。私、来月から社会人なんだって。社会人だよ、社会人」

後輩「不安ですか?」

先輩「まあね。友達とも、今までよりは会えなくなるだろうし、会社は知らない人しか居ないし、それに、絵だって――2本目、投入っ」

後輩「……先輩なら、きっと上手くいきますよ」

先輩「そうかな」

後輩「はい、必ずです。僕が保障します」

先輩「あはは。君がそう言うなら、安心だね」

後輩「本心ですよ。先輩は、頭が良いですし、絵が上手いし、優しいし、それに……それに、とても魅力的です。だから、大丈夫です」

先輩「ありがとう」

後輩「あ、いや、その……三本目、投入です」

12: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:19:34 ID:6Iu0HE3U
先輩「――ずっと好きだったんだ」

後輩「え?」

先輩「三歳の頃から、ずっと描いてた」

後輩「……好きですよ、先輩の絵」

先輩「私も好きだったよ。いや、自信満々って訳じゃなくてね? 何時間も、何日も、時には何ヶ月もかけて描くから。筆を赤に湿らせて、キャンパスを緑で照らして、黄色を垂らして。そうやって出来た絵を、嫌いになれる訳ないんだ」

後輩「そうですね」

先輩「でもね、もう終わりみたい」

後輩「絵、続けないんですか?」

13: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:20:37 ID:6Iu0HE3U
先輩「あはは、無理だよ。頑張っても、好きでも、それだけじゃないみたい。社会って。卒業制作が箸にも棒にも引っ掛からなかったら、すっぱり止めようって決めていたの」

後輩「僕は、惜しいと思います」

先輩「ありがとう。君が一番、私を認めてくれていたよね」

後輩「今だって、誰よりも貴方を認めています!」

先輩「ありがとう」

後輩「先輩、だから続けて――!」

先輩「――あ、懐かしいな。ほら、見て」

後輩「鉛筆、ですか? 二本とも随分短いですね」

先輩「はじめて買って貰った鉛筆なんだ。嬉しかったなぁ、楽しかったなぁ……あは、は、悔しい、なぁ」

後輩「……先輩」

14: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:22:06 ID:6Iu0HE3U
先輩「なに?」

後輩「それ、僕に下さい」

先輩「だって、もう短いよ?」

後輩「お願いします」

先輩「君……」

後輩「先輩の鉛筆で、僕、描きますから」

先輩「あはは、眩しいなぁ」

後輩「ずっと、描きますから!」

先輩「――分かったよ、ほら」

後輩「一本、ですか……?」

先輩「それだけなら、あげてもいいよ」

後輩「じゃあ……」

先輩「これは、私が持っていたい。まだ、それでも、諦めないでいたい」

15: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:22:47 ID:6Iu0HE3U
これ「また会えるの?」

それ「また会えるね」

これ「嬉しいね?」

それ「嬉しいね」

これ「じゃあ、それまで」

それ「うん、それまで」

これ「さよならペンシル」

それ「さよならペンシル」


16: 名無しさん 2020/07/21(火) 14:23:46 ID:6Iu0HE3U
お読み頂きありがとうございました。