594: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/13(月) 21:05:08.96 ID:5lGyyo2Wo

施設内の素粒子振動装置が解除された事を知らせる着信音が鳴った。

その音に思わず天井は歓喜した。
それは一方通行が無力化されたことを知らせだと思ったからだ。

早速、天井は木原に無線を入れた。


「やったな木原! これで実験は―――」

『あァ? 天井くンか』


天井亜雄の思考能力が停止した。
木原数多はこんな声だったろうか?
木原数多はこんな喋り方だったろうか?
そんな見当違いな考えが天井亜雄の脳内を駆け巡る。


『一つお前にいい知らせだァ』


天井が顔を上げた。
これだけの状況でありながらも、希望に縋るように


『お前なンざ、アウトオブ眼中なンだっつの。
 通行人Aが調子乗ンじゃねェ。
 いつか気が向いたら殺してやるよ』


一方通行の声が聞こえなくなると同時にグシャリと音を立てて壊れた。

しかし、天井の体の震えは止まらなかった。
これからの天井の人生は一方通行の気分次第で終わるのだから

引用元: ・とある彷徨の一方通行

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595: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/13(月) 21:05:41.99 ID:5lGyyo2Wo

あり得ないことが起きた、と一方通行は思う。


―――――――――――------

一方通行の体に10発ほどの弾丸が迫る。
それは一カ所ではなく文字通り一方通行の全身を潰そうと襲い掛かった。

しかし、一方通行の体が弾けることはなかった。


「ごふっ………!?」


その銃弾は一方通行の体に触れたように見えた途端
まるでベクトルを反対に向けたかのように向きを変え
木原の体を貫いた。


「……はァ?」


木原は勿論、一方通行でさえ驚いた。
今、空間掌握は使えないし、
仮につかえたところでこんな結果にはならない。

ただ一つ分かるのは頭の中を謎の演算式が駆け巡ったことだった。
素粒子の演算とはだいぶ違うが、いつもの演算にくらべ
一方通行にとって馴染み深く感じられた。


「ま………、さか」


木原は気付いた。
目の前の不可解な現象の答えを


「あく、せら……れー、た……」


それだけ言い残し木原の体が動かなくなった。

596: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/13(月) 21:06:23.98 ID:5lGyyo2Wo


―――――――――――------


あれからいくらあの時の演算式を思い出そうにも思い出せず
構築すら出来なかった。

そこで一方通行は気づいた。


素粒子の演算式ですら、まともに出来なくっていることに。


「ッ!」


慌てて、能力を試しに発動してみるが
謎の翼はおろか、指定外の素粒子の干渉を防ぐ防御や
炎や氷柱さえ出来なかった。

唯一、成功したのは電力操作と大気操作ぐらいだった。


「どうなってンだ、こりゃ………」


しかし、そこに疑問を抱いている時間などない。
まだ、最期の仕上げが残っている。
一方通行は自らの怪我も無視して、研究所を後にした

597: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/13(月) 21:07:39.82 ID:5lGyyo2Wo
同時刻 第七学区の鉄橋


上条は立ち上がった。
立てるはずのないボロボロの足で、


「お前が行ったところで、一方通行が殺すはず………ないだろ」


少女を救うために


「それどころかアイツが死を選ぶかもしれない……」


少年を救うために


「何だって、どっちかが必ず死ななきゃいけねえんだ」


震える二本の足で


「そんな、ふざけた幻想はぶち殺す!」


上条は立ち上がった。

もはや美琴に上条に雷撃の槍を撃つことは出来なかった。


「お前、実験の場所を知っているよな?」


上条は美琴の顔を見る。
その目は泣きつかれて真っ赤になっていた。


「そいつはどこで―――」


瞬間、上条の携帯電話が鳴り響いた。
こんな時間に誰だ、と思いつつ電話を切ろうとディスプレイを開くと
そこには、”一方通行”と表示されていた。

611: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:41:08.06 ID:QMLPhi6wo
7月28日 午後8時 第17学区の操車場


空が闇を覆い、月が血まみれの一方通行を照らし出していた。
座り込んだ一方通行はそれを見上げていた。

一方通行は考える。


何故だろうか、


今まで、何も救えなかった。
―――それでも、救うことは出来そうな気がする。

今まで、死ぬ機会をずっと逃してきただけだと思っていた。
―――それでも、今生きていることを嬉しく感じられた。

今まで、ずっと腐った世界だと思っていた。
―――それでも、まだ、この世界は輝いて見えた。


(何だ……、救えるものだって救いようだってあるじゃねェか……)


その事に気付けたことが、とても嬉しく
今まで気付けなかったことが、どうしようもなく悔しかった。


そこに不意に足音が響いた。


「一方通行………!?」

「遅ェ、じゃねェ……か、よ」


そこに英雄が現われた。

612: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:41:41.67 ID:QMLPhi6wo


上条が呼び出された操車場に着いた時、
血まみれの一方通行がいた。


「一方通行………!?」

「遅ェ、じゃねェ……か、よ」


ボロボロになりながらも、それでもコンテナを背を預け
一方通行は立ち上がった。


「俺はもう『実験』について知っている。
 無駄な事は省こうぜ」

「そォかい。じゃあ、やる事は分かってるンだよな?」

613: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:42:08.57 ID:QMLPhi6wo

実験は一方通行が最強であるという前提で進んでいる。
では、その一方通行は実は弱かった、としたら?
言ってしまえば、無能力者の烙印を押されている上条に負ければ
実験の前提を崩すことができる。

それでも、上条は血まみれの友人を倒す事を躊躇っていた。


「同情は要らねェよ、俺は絶対を求めていたのも真実だ」


そんな上条にまるで懺悔すように一方通行は言った。
何故だかその態度が上条は気に食わなかった。


「何で、絶対を求めた?」

「………力が欲しかった、ただそれだけだ」

「ウソだな、本当の理由を話してくれ」


上条は一方通行を見る。
まるで、絶対に妥協しない、というふうに
一方通行は上条を睨んだ。
これ以上人の過去に干渉するな、というふうに

視線と視線がぶつかる。


「……強ちウソでもねェンだけどな」


折れたのは一方通行の方だった。
そう言って、一方通行は自分自身の過去を話し始めた。


614: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:43:22.02 ID:QMLPhi6wo


同時刻 風紀委員第177支部


そこには、まだ二人の少女が残業をしていた。


「かなり、遅くなってしまったわ。
 もう帰りましょうか」


そういう彼女の名は固法美偉。
177支部の中で上司的立場に当たる人間だ。


「そうですね。白井さんの明日はもっと遅いでしょうね」


固法の言葉に答える少女の名は初春飾利。
主にデスクワークを担当している。


「そこまで始末書は多くないわよ………多分」

「甘い希望的観測は本人の為になりませんよー、
 って、ええ!? 白井さん!?」


突如、何もない空間から白井黒子が現われた。


「ちょっと!? まさか今から始末書を書く気?
 今日はもう遅いから帰りなさい」

「いえ、ちょっと聞きたいことがあっただけですの」

「えー、じゃあいつ書くの?」

「今じゃないですの」

615: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:43:52.73 ID:QMLPhi6wo

「そこらへんにしときなさい。
 それで聞きたい事って?」


それもそうですわね、と白井黒子はふざけるの辞め
真剣なまなざしで聞いた。


「超能力者、第六位について教えて欲しいですの」

「第、六位……!?」


瞬間、固法の顔つきが変わった。
余裕だった顔色は焦燥へと色を変えていた。


「誰がそんな事を?」

「第一位が自分はかつて第六位であり、
 風紀委員のおかげで第一位になれた、
 というような趣旨の発言をしておりました」


固法の顔色が変わったことで白井は確信した。
何かが一方通行と風紀委員の間で起きたことに


「よく聞きなさい。白井さん、初春さん」


白井が尋ねる前に固法は口を開いた。
まるで自らの罪を懺悔するかのように


「このことは、風紀委員の機密なんだけど」

616: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:45:11.98 ID:QMLPhi6wo

――――――――――------


「初めて学園都市に来たのは、1年前だった。
 この髪と目は目立つからな。
 黒く染めて、カラーコンタクトで誤魔化したけど
 ばれることなく、学園都市に学生として入れた」


あの時の事を一方通行は覚えていた。
罪悪感や後ろめたさが在ったものの
奇妙に気分が高揚していた。

もう人を傷つけずに済む
―――一方通行は無意識にそのことを喜んでいた。


「ンで発現した能力は、暴風気流<<ウインドアタック>>
 強度は今と同じ5だったが、順列は第六位だった。
 能力も風や空気を操るだけだった。
 それで、諦めきれない研究者共は更なる開発を行おうとした」


上条は自らの知識にあった
”超能力者は過酷な実験の被験体にされる”という知識を思い出した。


「俺はそれから逃げ出した。
 研究施設はかなり頑丈に作られてたみてェだが、
 風の演算を工夫して真空空間を作り出し、それを突破した。
 思えば、それ自体が罠だったのかもしれねェ」

617: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:46:13.15 ID:QMLPhi6wo


――――――――――------


「1年前、風紀委員と警備員にある通報が来たの。
 ”新しい超能力者が暴れている”ってね。
 そこで、風紀委員と警備員を総動員して
 その能力者を総攻撃したわ。
 中々強かったみたいだけど、所詮は超能力者とはいえ
 自分の力に慣れていないひよこ―――簡単に半殺しにできたそうよ。
 でもね、それは罠だったの」

「罠……?」

「彼はある研究施設から逃げ出しただけだったの。
 そんな彼を私たち風紀委員と警備員は半殺しにして、
 抵抗が一切できない実験体として、研究所に送り返したのよ」

618: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:46:48.42 ID:QMLPhi6wo

――――――――------


「怪我でロクに動けない俺のあの時の日々は地獄だった。
 脳に直接電極を刺されたこともあった。
 変な薬を飲まされることもあった。
 そして、俺は一方通行となり、
 能力は空間掌握へと進化した。
 その頃はまだ能力対策も不十分だったのか知らねェけど
 研究者共を皆殺しにするには簡単だった」


――――――――------

「あの後、その事実が発覚して
 その研究所への強制捜査が行われたわ。
 でも、もうそこには無数の人肉の破片しか、なかったわ。
 そして、第六位の消息も不明。
 同時期ね、第一位が誕生したと発表があったのは」

「つまりは……」

「一方通行―――彼はかつてその第六位だった男よ」

619: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:47:50.77 ID:QMLPhi6wo

―――――――――------

「研究員どもを殺した後、ある研究者に匿ってもらってな
 比較的良心的な奴なのが地獄に仏だった。
 そいつを通して第一位を名乗ったわけだ。
 第六位だった過去を抹消して。
 それでも、俺の日々はまだどん底だった。
 最強の名を求めて、毎日馬鹿どもが挑ンでくる。
 毎日、襲われて返り討ち―――その繰り返しだった」


その日々は一方通行にどれだけの苦痛を与えていただろうか。
それだけの状況で人間性を保ていたのは奇跡だろう。


「襲われても、平然とあしらえるほど俺は強くなかった。
 それでも、返り討ちにできないほど俺は弱くなかった。
 だから、もう自暴自棄だったンだ。
 人との繋がりなンてもう要らないと思った。
 絶対になれば、
 挑もうとすら思えない絶対的な力を持てば、
 もう誰も傷つかない、傷つけずに済む。
 もう誰とも関わらないし、悲しむことも無い。
 絶対能力進化計画はある意味、俺の心の支えだったンだ」


自らを自嘲するかのように一方通行は続けた。
その顔はまるで泣きたくても、
泣くことを忘れてしまったかのように、歪んでいた。


「でもな、分っちまったンだよ。
 本当は人の繋がりが欲しかったことに。
 この力でも救えるものがあることに。
 分かっていて俺は逃げていた。
 怖かったンだ、また失うことが」

620: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:48:22.68 ID:QMLPhi6wo

一方通行にとって、そのことは
今までの人生で心的外傷の域にまでなっていただろう。


「だから、もう逃げたくねェンだ。
でも、まだ俺じゃ力不足みてェなンだ」


それでも一方通行は前を向いた。


「無関係なとこ申し訳ねェが、
 悪党の尻拭い頼むぜ英雄」


もう後悔などしない為に

621: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:48:49.99 ID:QMLPhi6wo


上条は聞いた。
一方通行の覚悟を


「無関係じゃねえ、俺とお前は友達だ。
 こんな事ならいくらだって手伝ってやる」


上条はそれに答えた。


「そォかい、じゃあ始めるか」

「ああ」


そして、二人の主人公による戦いが始まった。

622: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:49:30.72 ID:QMLPhi6wo


両者の距離は20m、
両者とも既にボロボロだが上条はまだ動けるのに対し
一方通行は既に動けないだろう。

上条が一方通行のもとにたどり着けば上条の勝ち。
それまで上条が倒れれば一方通行の勝ち。

ただそれだけの単純な勝負だった。


「「おおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」


叫び声が重なる。
二人の少年は本気でぶつかりあった。

空気の槍と暴風と電撃が上条を狙い、
それを押し退け、上条が一方通行のもとに迫ってくる。


(やっぱりか……)


一方通行はもう一度暴風を上条に叩きつけた。
当然、それは上条の右手で防がれた。

瞬間、一方通行は最後の力を振り絞って
上条のところまで一瞬で距離を詰めた。


(お前のその予知能力はただの”生存本能”だよ。
 俺や神裂みてェに格闘スキルの差がある場合は負けるだろォが
 異能みてェに触れるだけでいい攻撃は余裕だろォな)

623: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/15(水) 20:50:07.08 ID:QMLPhi6wo


そのまま生体電気を掌握する両腕を手錠をするかのように繋げ、
上条に向けて突き出した。


(数え切れないほどの悪意をぶつけられたンだろォな)


上条はその両腕を弾いた。


(俺じゃまだ力不足だけどな)


両腕を薙ぎ払われ、空中に身をゆだねる一方通行。
演算式が構築される前に上条の右手が一方通行の顔を捉えた。


(いつか強くなったらお前を救ってやるよ)


一方通行の華奢な体は地面をゴロゴロと転がり、
一方通行はそのまま意識を失った。

635: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/16(木) 19:55:37.63 ID:dWXShetao
7月29日 午後12時 とある病室にて


「君達また喧嘩したのかな?
 お互いにかなりの重傷の中、血の青春を過ごして
 看護師さんに会える時間を作りたいのは分かるけどね?」

「何一つわかってねェな、さっさと見回りに戻れ。
 空気が圧縮されない内にな」


そう言い割と本気の殺気を出すと、
医者は残念そうに去っていた。

医者によれば、1日もあればもう傷は完治するらしい。

だって、冥土帰しだもン

この一言で全て納得できてしまうのがある意味怖い。

636: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/16(木) 19:58:24.89 ID:dWXShetao


こんこん、と病室をノックする音が響いた。


「はぁ~い、お見舞いに来たんだゾ☆」

「何で知ってるンだよ……」


応じる前に扉が開かれ、食蜂操祈が現われた。


「私は心理掌握だゾ☆」

「とても分かりやすい解答をありがとう。
 そンじゃ来た理由は?」

「あなたの為よ」


その言葉に一方通行は呆れる様に言った。


「……それだけ情報知ってれば分かるだろ。
 俺がどンな人間かぐらい――」

「そんなの知らないわ」


ふざけた態度をやめ、一方通行の言葉を遮った彼女は
普段の彼女からは想像できない真剣な眼差しを向け、言った。


「情報としてのあなたなんでどうでもいい。
 一方通行だろうが空間掌握だろうが知らないわ。
 私が知ってるのは、目の前の男よ」


食蜂は微笑みながらそう言った。
その笑みはいつもに比べ柔らかいような気がした。


「………そォかい」

「どう、惚れたぁ?」

「それが無かったらな」

「えー!!!」

637: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/16(木) 19:58:51.10 ID:dWXShetao


――――――------


「それじゃ、私はこれでね」

「あァ、気をつけて帰れよ」

「その前に一つだけいいかしら?」

「ン?」


食蜂が俯きながらそう言った。
まるで緊張するかのように
何か期待しながらも怯える様に


「私の”名前”は?」

「? ”食蜂操祈”だっけか?」

「ありがとう、またね第一位様」


嬉しそうにそう言うと、食蜂操祈は病室から去っていた。
一方通行には最後の質問の意味が分からなかった。

652: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/17(金) 21:25:36.19 ID:CKng/d7Go
7月31日 10時 第七学区 診察室


「体の怪我はもう大丈夫なんだね。
 とても、健康には見えないけど」

「喧嘩売るなら相手を選べよ、生きてェならな
 ンで、能力については?」

「君の能力開発は機密事項でね、下手にいじると危険だから
 このままにしておくけど?
 結果的に言うとかなり弱体化しているね。
 一年前ほどじゃないけど、同じ超能力者と戦うのは、
 避けた方がいいね?
 特に第二位と第七位には気を付けるんだよ?
 君は強いんだから、自分の力量ぐらいはわかる筈だね?」


今の一方通行は能力が、かなり制限されたものになっていた。
時間がたっても、治る兆候はまったく見られなかった。
電流操作と大気操作。
両方の単純な強度は大能力級―――以下に精密な演算ができるとしても
もはや超能力第一位の片鱗はなかった。


「とにかく、これで退院していいんだね?」

「そォかい、じゃァな」


そう言い残し、一方通行は診察室を後にした。

653: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/17(金) 21:28:59.61 ID:CKng/d7Go

五分後、病院ロビー

一方通行は病院の椅子に座り、
防御を再構築していた。


(衝撃拡散空間生成完了っと)


能力がかなり制限された今でも以前使っていた防御が使えていることに
一方通行は安堵していた。
しかし、それと同時に違和感を感じていた。

以前はヒッグス粒子という物質に重さを与える素粒子を操作することで
触れた攻撃のスカラーを削り取っていたのだが
今の演算は力そのものを操作しているような感覚だった。

何故、未だに使えるのだろう。
もしかして、この力は空間掌握とは別の何かなのだろうか?
そもそも、素粒子操作
研究所で発現した力と同種の―――


「よう、思った通りムカつく面してんな」


一方通行の思考を声が邪魔をする。
その声を視線でおうと、そこには長身の少年が立っていた。
金髪でホストのような見た目の少年はさらに続けた。


「来いよ、話がある」

666: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/18(土) 17:59:44.44 ID:apR3LheIo
8月10日 とある路地裏


「ぐっ、ごふっ……」


一方通行の口から鮮血が吐きだされる。
その華奢な体はもはやボロボロで到底動けそうになかった。


「クソッ、タレが……」


そういえば、最近、自分がかなり変わったと一方通行は思う。
英雄か、それとも他の人間とのつながりがそうさせたのかは分からない。
人間は死期が近くなると穏やかになると言う。
自分のそのタイプなのだろうか、と一方通行は思う。


「今度こそ、死ぬ……のか」


今まで、何度も自分から死のうとしたくせに
今まで、何度も生きるのに絶望したくせに
今まで、何度も他人の人生を終わらせてきたくせに

いまだ、この世には未練がたくさんあった。
それほどまでに、世界は煌めいていた。


「うォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


少年の咆哮と同時に黒いコートの男が現れ、一方通行は『死んだ』

667: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/18(土) 18:01:10.17 ID:apR3LheIo
7月29日 午後12時15分  病院のベンチ


そこには二人の少年がいた。
右側には学園都市第一位の一方通行、
左側には学園都市第二位、垣根帝督が腰かけていた。

世界征服しようぜ、暇だしやってみるか
という会話が有言実行できそうな二人は互いに警戒していた。

ピリピリとした空気の中、垣根のほうが先に口を開いた。


「さて、絶対能力進化計画を潰したんだって?
 かっけーな、おい」

「言いてェことがあるなら、直接話法でどォぞ」


おどけるように話し出した垣根だったが、
やがて、一方通行と同じような雰囲気で話し始めた。


「何でつぶしたんだ? クローンにでも同情したか?
 日和もここまでいくと笑えねえな。
 お前は学園都市を敵に回したことを自覚してんのか?」

「別に味方だった覚えはねェよ」

「正義のヒーローのつもりか? ふざけんじゃねえよ。
 お前もこっち側の人間だろうが!
 今更、何かっこつけてんだお前は!」

「何イラついてンだが知らねェがこれでいいか?
 俺だって暇じゃねェンだよ」

「待てよ、何でテメエみてえなのに劣らなきゃいけねえんだよ。
 ここで順列はっきりさせてやるよ!」

「やめとけ、今の俺じゃお前に勝てねえよ」

「余裕だな、第い………、え?」


完全にキレていた垣根だが、一方通行の言葉で、
思わず我に返っていた。


「すまん、俺の耳がメルヘンになちまったぽい。
 もう一回言ってくれ」

「俺、今超能力者かどうかすら危ういから
 次の身体検査でお前が第一位だ、良かったな」

「え? ―――――え?」

「じゃあ、俺はこォいうことで―――」

「待て待て待てって。その話詳しく聞かせろ。な?
 お前今暇だろ?」

「いや、俺は―――」

668: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/18(土) 18:01:55.82 ID:apR3LheIo



第十五学区 バッディングセンター


垣根「そんなことがあったのか
   つかお前闘えたんだな。
   能力使えないと拳一発かと思ってたわ」カキーン、ヒット

一方「”まともに”入ったらな。
   ところで何で俺たちはこンなところにいるんだ。
   空間掌握VS未現物質を期待した人に謝れよ」カキーン、ヒット

垣根「異次元からの電波を受信すんじゃねえよ。
   そういう割に楽しそうじゃねえか」カキーン、ヒット

一方「何だかンだで、初めてだからなァ
   球は正確に捉えられるのに、ホームラン打てないのが恨めしい」カキーン、ヒット

垣根「もやし君(笑)
   打てるだけでも奇跡だろ」バサッカキーン、ホームラン

一方「球の速さ・角度・硬度、スイングの速さ・タイミング・インパクト
   それらを刹那の演算速度で弾き出してやっとこのレベルだ。
   普通の奴ならホームラン連発だ」カキーン、ヒット

垣根「……俺もやろうと思えばできるけどさ、
   これそんなスポーツじゃねえよな」バサッカキーン、ホームラン

一方「否定はできねェな」カキーン、ホームラン

垣根「お、出来たじゃねえか」

一方「当然の結果だ」b

垣根(すげえ目キラキラしてんじゃねえか
   ガッツポーズまでしてるし)

669: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/18(土) 18:03:22.84 ID:apR3LheIo


テニスコート

一方「これが絶対的な壁だ」バコーン

垣根「くそっ、ミスった!」

一方「これで40-0だな。
   次で決めてやるよ垣根くゥゥゥゥン!」

垣根「うおおおおおおおおおおおおおお」バコーン

一方「流体力学の法則が通用しねえ……だと」スカッ

垣根「俺のスマッシュに常識は通用しねえ!
   この世には存在しないからだ」バコーンバコーン

一方「くっ……」

垣根「これで40-40……、次で終わらせるぜ」

一方「お前のスマッシュは確かにこの世に存在しない。
   だがな、もしも世の中にお前のスマッシュは存在するとして
   それを流体力学の法則にぶち込んでしまえばいい」

垣根「何……だと!?
   俺のフォームさえも解析するつもりか」

一方「浅いフォームだ」

垣根「テメェに酔ってんじゃねえぞ一方通行ァァアアアアアアア!」

一方・垣根「うおおおおおおおおおおおおおお」


彼らは童心に心からかえり楽しんでいた。


後に本気で殺しあうことも知らずに

691: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/19(日) 22:36:57.29 ID:YECxqed2o
「じゃあ、またな」

「おォ」

(俺は何をしに来たんだ?)

(こいつは何をしに来たンだ?)


あれから各所を巡り、垣根が用事を思い出したので
五時を知らせる鐘で別れることにした。

お互い何やら忘れていることがあった気がしたがスルーすることにした。


(あ、やべ。そォいや上条の見舞い忘れてた。
 なンか見舞いの品でも持ってくかァ。
 ウニでも買っていっていけばいいだろォ、
 いやそれじゃ共食いか……
 つか、持ってても確実に上条の口に入らねェよな
 何故だかそンな気がする)

692: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/19(日) 22:38:01.81 ID:YECxqed2o

「ちょっとよろしいんですの?」


少女の声が響くが、一方通行はそれを無視して
そのまま歩き出した。
しかし、眼鏡をかけた少女が一方通行の前に立ちはだかった。


「あなたが元・第六位ね?」

「何で知ってンのかは聞かねェ。
 お前らを恨むのは筋違いだってのは分かってンだ。
 ただな、その紋章見るたびに殺したくなってくンだよ。
 俺の気が変わらねェ内に失せろ」


そう一方通行は分かっている。
目の前の少女たちはおろか、風紀委員や警備員に悪意はなかったことぐらい。
それでも、彼らにやられたことをその程度で許すほど
一方通行は善人ではない。
そんな考えは勿論、白井や固法にもわかるが
それでも彼女たちは引かない


「ふざけないでくださいまし。
 風紀委員にそんな印象を抱いたままの人間はほっときませんの」

「無駄な覚悟は抱くモンじゃねェぞ。
 長生きしてェならな」


白井の手には金属矢、一方通行の手には空気の槍が
それぞれ握られている。

白井は大能力の『瞬間移動』を持つ能力者だが
対する一方通行は弱体化したはいえ超能力者であることに変わりはない。
どっちが勝つかはおのずとわかるだろう。

そんな状況を見兼ねたのか固法が割って入った。


「あーもう、能力なんか使ったら死人が出るじゃない。
 やるなら能力無しでやりなさい。
 明日、風紀委員の訓練場で闘いましょう。
 あなたが負ければ、風紀委員に入ってもらうわ」

「応じるとでも? 現実の厳しさをここで―――」

「私たちが負ければ私たち風紀委員一七七支部は解散するわ」


聞く耳を持たず、空気の槍を二人の少女目がけて投げようとした
一方通行は思わず動きを止めていた。

693: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/19(日) 22:38:29.88 ID:YECxqed2o


「……本気か? お前だけが支部にいるわけじゃねェよな。
 そこにいる人間より自分の都合を優先するとは、
 偉くなったモンだなァ?」

「風紀委員一七七支部の総意ですの。
 だから、問題はありませんわ」


そういって白井は金属矢をうちもものホルダーに戻した。
つまり、彼女は最初から攻撃する気は無かったのだ。
一方通行はここで初めて動揺した。


「チッ……、分かった分かった
 やればいいンだろ、やれば」

「承諾してくれてありがとう。
 明日の四時に柵川中学校に来て頂戴」

「おーけェ、能力じゃなければ何使ってもいいンだな?」

「飛び道具でなければ、構わないわ。
 とにかく全力でかかってきなさい」


へいへい、と一方通行は気だるそうに返事を返し
そのまま、飛び去っていた。


「本当にあれで良かったんですの?」

「ええ」


固法は強い決意を秘めた眼差しで答えた。


「風紀委員が傷つけた人間は、責任を持って救い出すわ」

706: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/20(月) 19:04:41.81 ID:DFGVwazco
7月29日 午後五時 とある病室


「いや、おかしーだろ! そんなもん断れよ!
 いや、俺が代わりに行ってやる!」


一方通行の話を聞き、上条当麻は激怒していた。
しかし、それとは対照的に一方通行は冷静だった。


「落ち着けよ、俺だって本気で受けたわけじゃねェ。
 ただ、確かめたい事があってな」

「確かめたい事?」

「あァ、だりィけどな。
 行ってみるしかねェンだよ」


上条が聞き返すが、一方通行はそれに応じなかった。
どうやら、答える気はないらしい。
それが分かった上条当麻は深く追求しないことにした。


「でも、お前能力無しで勝てるのか?」


心配する上条の質問に一方通行は、
自嘲するかのように答えた。


「たかが正義ごっこを演じている程度のガキに負ける程、
 幸せな人生は歩ンだ覚えはねェよ」

707: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/20(月) 19:05:22.94 ID:DFGVwazco


7月30日 午後四時 柵川中学校


「来たわね、一方通行君」


少女たちが待つ中、一方通行は一人やってきた。
服装は黒の戦闘服に黒いコートと夏には到底似合わない服装をしていた。


「こっちだって暇じゃねェンだ。
 くだらねェことは、さっさと終わらせるに限る」

「そうね、相手は私よ。
 それじゃ始めま―――」


固法がそう言いつける前に一方通行は固法に向かって”何か”を投げつけた。
少女らがそれを視認する同時に、一方通行は自身の顔をコートを覆うように隠した。


「大抵の人間は俺を見て、”こいつには勝てる”と勘違いする。
 嘲笑、優越、憐れみ―――好きなものを感じればいい。
 そう思った多くの者が死ンでいったけどなァ!」

708: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/20(月) 19:06:12.03 ID:DFGVwazco

瞬間、その”何か”はあたりに光をまき散らした。

スタングレネード。

安易な殺人が許されない人質事件を解決するために開発されたそれは
周囲の人間の目と耳を狂わせ、無力化することが可能である。

その為、一方通行も耳栓とコートを用いて閃光と爆弾を防ぐ必要がある。
会話は読唇術を用いれば難しくないが、いずれボロが出ることを恐れ
早めに行動に移したのだ。


「くっ……、」


固法の目と耳は回復していたものの動くことなど出来なかった。
何故なら一方通行の手に握られている小太刀が固法の首に、
押し付けられていたからだ。

動けない固法は一方通行を睨み、
一方通行はそれを”観察”していた。


「はァ、やっぱりか…」


そう言って、彼は生体電気を操り固法を気絶させ
そのまま、同じ要領で他の風紀委員も気絶させていった。

709: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/20(月) 19:06:37.72 ID:DFGVwazco


五分後


「オイ、全員仕留めたぞォ。
 今すぐ出てこい、今なら水に流してやるよ」


誰もいないはずの空間に一方通行は問いかけた。
それでも、一方通行は気にも留めない。


「5、4、3、2………」

「待って! 今すぐ出るから!」


突然、工程の木の茂みから金髪の少女が出てきた。
食蜂操祈。
精神操作系の超能力である『心理掌握』を所持している少女だ。


「ったく、こンな真似しやがって、
 嫌がらせにしちゃ、性質が悪すぎンぞ」

「うーん、それでも第一位様には、
 風紀委員に入って欲しかったんだけどなぁ」

「全力で断る」


にべもない答えに食蜂は、人差し指を唇に当てながら
少し考えるような顔をすると口を開いた。


「そうねぇ、じゃあ簡単に死なないって約束してくれるかしらぁ?」


その言葉に少し違和感を感じたが、追求しないことにした。
何故だが今の彼女を責める気にはなれなかった。


「じゃあ、お前も今後一切こンなふざけた真似すンじゃねェぞ」

「はぁーい☆」

「ったく……」


そう言い、一方通行は去っていた。

710: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/20(月) 19:07:14.22 ID:DFGVwazco

それと同時に食蜂の前に一人の男が現われた。
外国人のような男はそのまま食蜂に話しかけた。


「あまり余計なことをしてほしくないのデスガ?」

「そんなの私の勝手よぉ」

「まあいいでしょう。
 今回、特に支障は出ていませんからネ」


その言葉に食蜂は舌打ちをした。
普段の彼女ならまず考えらない行動だろう。


「それでは、気を付けてくださいネ。
 長く生きていたいのならネ」

711: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/20(月) 19:07:43.48 ID:DFGVwazco


同時刻 とある研究所


―――アイテムの無力化、猟犬部隊の殲滅、木原数多の殺害、
   これらの行動により、超能力者第一位の反逆の意思を確認。

―――これにより『絶対能力進化計画』及び『超能力進化計画』は
   第二次計画<<セカンドプラン>>へと移行する。

―――準備が整い次第、一方通行を殺害し、
   『空間掌握』を更新<<アップデート>>せよ

720: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/21(火) 20:39:47.98 ID:9WTqnGnxo
8月10日 とある学生寮


一方通行は八月に入ってからの自身の日々を回想していた。


お前こそ漢の中の漢だ!
一緒に真の漢を目指そうぜ!
    ↓
よう一方通行、今空いてるか?
    ↓
異物の混じりあったカット
これはお前の知るテニスじゃねえんだよ
    ↓
はぁーい、今日も会いに来たんだゾ☆
    ↓
まずは学園都市一〇〇週を(ry
    ↓
なあ、これからゲーセンでも(ry
    ↓
今日こそ、あなたの心を掌握(ry
    ↓
なあ、俺のスマッシュはこの世界で(ry


平和そのものだった。

721: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/21(火) 20:40:30.55 ID:9WTqnGnxo

それでも、一方通行にはまだ気がかりなことがあった。


”妹達”


実験を潰した後、その後の消息は不明だ。
他の実験に回されることも危惧したが
絶対能力進化計画は凍結であって、破棄されたわけではない。

”最強であるはずの超能力者第一位が無能力者に負けた”という
決定的な誤差さえ修正できれば、実験は再開できるのである。
しかし、樹形図の設計者が破壊された今、機会に頼ってきた三流では
まず不可能だろう。

この状況を完全に作り出すために、
一方通行はアイテムと猟犬部隊を襲撃したのだ。

もしも、上条との戦闘中に割り込まれれば前提が成り立たない上
上条の身が危険にさらされてしまう。

上条当麻は能力に対しては完全な対処能力がある。
しかし、さすがに猟犬部隊の弾幕を防げるとは思えない。

だからこそ、アイテムは殺す必要はないが
猟犬部隊は殲滅しなければならないと一方通行は判断した。

さすがに木原数多のような存在や能力の弱体化は予想外だったが、
そのおかげで上条に対して”全力”を出せた、と一方通行は思う。

しかし、一方通行は逆に違和感を感じた。
まるで、何か別の力に妨害されてるような
まるで、何かに守られながら戦っているような
まるで、何かの試練に立ち向かっていくような

そんな奇妙な感覚だった。

722: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/21(火) 20:41:09.39 ID:9WTqnGnxo


そんな奇妙な感覚を抱きつつも一方通行は平和を過ごしていた。
そして、一方通行は失念していた。

平和は突然崩れ去るものだと


「ッ!」


瞬間、一方通行に生存本能が危険信号を送る。
体を逸らし、体制を整えるとさっきまでいた場所に
何かが突き刺さった。

空気の槍

無透明なまま固められた空気は床のフローリングに
深々と突き刺さっていた。

一方通行の能力は、超能力であるかどうかさえ
疑わしいレベルまで弱体化している。
正攻法でいくには危険な賭けだと感じていた。

フローリングの傷から、襲撃者は玄関にいると察知した一方通行は
ベランダのガラスを突き破り、そのまま飛び路地裏に移動した。

723: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/21(火) 20:41:52.49 ID:9WTqnGnxo

一方通行は路地裏に着地し、そのまま迎撃方法を模索することにした。

相手は恐らく分子間力を操作する能力者。
超能力者に第一位のほかにそんなことができる人間はいない。
槍の強度から見て恐らく大能力者といったところだろうか。


「さァて、どォする―――」

「貴様に選択肢などない」


声と同時に一方通行が現れたのと同じ方向から襲撃者が現れた。
顔は整っており、目の光彩は青く美しいが感情がなかった。
髪の色は黒で、どんな厳しい校則でも引っ掛からないと思うほど、
きっちりと揃えられており、服装はスタンダートな黒い戦闘服だった。


(どうなってやがる!)


それが一方通行の抱いた感想だった。
先程の空気の槍といい、高速移動といい、
まるで――――


「私の名は空間掌握。
 これより学園都市に刃向う不良品を始末する」

「言ってくれるじゃねェか三下風情が」


色んな事が頭を駆け巡るが一方通行はそれに蓋をし
生存本能が叫びをあげる中、闘いは始まった。
―――自分の惨敗で終わることも知らずに

732: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:11:42.04 ID:Ev+FEdI2o
8月10日 とある学生寮


『今まで、生きていることは苦痛でしか、……なかった。
 お前には感謝しかねェ………。楽しかったぜ。
 手放すのが惜しい、……ぐらいにな』


平穏な日常に戻れたとおもっていた矢先、
携帯電話に届いたのは、友人の留守電だった。
ところどころ息が切れている様子は深手を負っているようで
弱弱しい声は遺言のようだった。

その後、一方通行は消息不明となった。

733: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:12:35.32 ID:Ev+FEdI2o

8月17日  午後八時四〇分


「―――さようなら、とミサカはお姉さまに別れを告げます」

「そんな重々しくしないでよ、また会うかもしれないじゃない」


街を歩いていた御坂美琴は幸か不幸か自身のクローンと鉢合せした。
絶対能力進化計画の時は”助けなければ”という使命感があったが
いざ問題が集結し、それが無くなった彼女は複雑な心境に囚われていた。

命は大事だ、クローンも生きている。

そんな事は分かってる。分かっているつもりだった。
それでも、自身のクローンという現実を前にして
やはり、”気持ち悪い”という感情を拭うことが出来なかった。

734: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:13:23.63 ID:Ev+FEdI2o

そんな中、彼女と出会った。検体番号は〇〇〇一三号という。
初めは感情がない人形のようだと思った。

それでも、彼女は人間だった。
感情をあらわす術を知らないだけだろう。
例え、表情が乏しくても彼女をクローンとして
差別する気にはなれなかった。


「こういう時は”またね”っていうものよ」


だからこそ、向き合う覚悟を決めたのだ。
妹達はもちろん、いつか一方通行とも
向き合わなければならないと美琴は思った。


「いいえ、ミサカはもうお姉さまに会えませんので」


それでも、返ってきたのは取り付く島もない答えだった。
その答えに呆れながらも、美琴はあることを思いついた。

735: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:13:52.60 ID:Ev+FEdI2o

「ったく、じゃあプレゼントあげるわ」


そう言って、美琴は自身のお気に入りのマスコットキャラクターの
缶バッジを一三号のサマーセーターの裾に取り付けた。


「中々いいじゃない。
 客観的に見れる分、素晴らしさもよく分かるわ」

「いやねーよ、とミサカはお姉様は残念お子様センスであることにがっかりします」


返ってきた答えは、恩をまったく感じない文句だった。
美琴は溜息をつき、缶バッジを返してもらおうと腕を伸ばした。


「ったく、だったら返しな―――」


しかし、その腕は一三号によって、振り払われた。
あれ? と美琴はもう一度手を伸ばすもまたもその手は振り払われた。

736: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:14:34.89 ID:Ev+FEdI2o

「この缶バッジはミサカの所有物になりました、とミサカは述べます。
 よってお姉様の行為は強奪である、とミサカは訴えます」

「何だぁ!? その屁理屈はぁ!?」

「屁理屈ではありません。
 それにこれは、お姉様からいただいた初めてのプレゼントですから」

「……」

「もう少しマシなものはなかったのかよ、とミサカは嘆息します。はぁ」

「隠せてないわよ!……はぁ、もういいわ」


これ以上、彼女を追及しても無駄だろう。
どうせ絶対能力進化計画は凍結されているはずだ。
帰りながら携帯端末でハッキングでもすればいいだろう
と美琴は軽く考ることにした。


「さようならお姉様」

「ああ、じゃあね」


そう言って美琴は一三号と別れた。
二〇分後にそれを後悔することを知らずに

737: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:15:29.91 ID:Ev+FEdI2o

午後九時 とある路地裏


そこには、銃の安全装置を外し暗視ゴーグルをつける少女と
何かを待つように立ち尽くす少年がいた。


「午後九時〇〇分、第三次実験を開始します」

「問題ない」


そして避けられぬ悪夢が幕を開ける。

738: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:15:56.00 ID:Ev+FEdI2o


空間掌握の空気の槍を避けながらも
一三号はアサルトライフルの照準を空間掌握に合わせようとするが
彼が高速移動しているせいで、合わせられないでいた。

その間にも空気の槍は、一三号に身に降り注いでいく。


(ならば)


一三号は自らの発電能力で非常階段の灯りを破壊した。
これで路地裏に光は無くなり、空間掌握の目には何も映らなくなった。

一三号は暗闇の中、暗視ゴーグルで戦場を映し出し、
慎重に空間掌握へと照準を合わせ、そのまま弾倉を使い切るように発砲した。


「そこか」


しかし、それらは全て見えない何かに防がれ
空間掌握の体を貫くはずだった弾丸が空しく地面に落ちた。


「ッ!」


一瞬にして、狩るものと狩られるものが反転した空間で
一三号は銃を捨て、路地裏から逃げ去った。

739: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:16:23.15 ID:Ev+FEdI2o


御坂美琴は夜の街を走っていた。
手に握っている携帯端末の電源を切り忘れていることさえ
無視して。


(止めなくちゃ……)


その端末には『絶対能力進化計画 第二次計画』と表示されていた。

740: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:16:58.25 ID:Ev+FEdI2o

操車場へと降りる階段を見つけ、一気に下ろうとした瞬間
空気の槍が足へと突き刺さり、バランスを崩した一三号の体は
そのまま階段を転げ落ち、手すりから一気に地面に叩きつけらた。


「がはっ……」


落下の衝撃で意識が朦朧とする中、一三号の視界に隅にあるものが入った。
ゲコ太の缶バッジ。
美琴からもらったプレゼントだ。


「くぅ……」


今にも途切れそうな意識を奮い立たせ、
這いずるように缶バッジをとろうと体を動かす一三号を
空間掌握は、感情の無い目で見ていた。


「何をしている?」

「あれは、……ミサカの唯一の宝物です。
 よって、例え死が迫っていようとも蔑ろにできません。と
 ミサカは応答します」


そう言い捨て、缶バッジを取ろうと一三号はもがいた。

741: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:17:30.77 ID:Ev+FEdI2o

「くだらん」


しかし、缶バッジを取ろうしたその瞬間
その手は空気の槍に貫かれ、手としての機能を完全に失っていた。


「たかが実験動物が非合理的な感情を抱くな。
 実験に支障が出てしまうだろう」


そして、そのまま一三号の体を空気の槍が貫いた。
槍の分子間力がもとに戻ると同時に一三号の体から
大量の血が吹き出し、そのまま一三号は絶命した。


「MNWに漏れてなければいいが……」

「うらァァあああああああああああああああああ!!!」


瞬間、高圧電流が空間掌握を襲った。
自身の周りで無効化される電流を見つつ、空間掌握は
少し考えるような顔をした。


「実験はもう終わりのはずだが、この電流……。
 ああ、オリジナルか」

742: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:18:13.33 ID:Ev+FEdI2o

感情のまったく籠ってない事務的な声で美琴に言い放った。


「貴様は実験に不要だ。
 分かったら帰れ」

「ふざけんじゃないわよ!
 何であの子を殺したぁ!」

「絶対能力者へと進化するためだ。
 それにしても、まさかオリジナルとは接触するとは
 こいつといい、一方通行といい、
 非合理的な欠陥品が増えてきているな」


その言葉で充分だった。
美琴が人間に向かって超電磁砲を撃つ理由は―――

しかし、撃とうとした瞬間、
美琴の手は透明な何かに貫かれていた。


「痛ッ!」

「貴様を殺すと、実験に支障が出るばかりか
 学園都市にとって不利益だ。
 よって命を取りはしない。
 大人しく日常を謳歌すれ―――」

743: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:18:39.25 ID:Ev+FEdI2o

空間掌握の言葉は遮られた。
美琴の電撃の槍によって


「ざけんな!」

「そうか」


轟!!!と風が蠢き、風速120mの破壊の烈風の鉄球が
美琴を襲った。

空中に舞い上げられた美琴の体はそのまま勢いよく
コンテナへと、激突した。


「げふっ……」


血反吐を吐き、指一本動き出せない状況でも、
美琴はまだ空間掌握を睨みつけていた。


「しょうがない、まあ第三位の利益など絶対に比べれば
 たかが知れている」


そう言い、止めを刺そうと空気の槍を作り出した瞬間、
不意に声が掛かった。

744: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/22(水) 20:20:07.43 ID:Ev+FEdI2o

「そこまでです」

「これ以上の戦闘は」

「本実験に支障が」

「樹形図の設計者がない今」

「僅かな誤差も許されません」

「と、ミサカ達は警告します」


後ろから多くの美琴と同じ容姿をした少女が現われ
空間掌握に警告をした。


「まったく、次からは警備ぐらい雇え。
 合理的に実験を進められない」

「了解しました、その意思を研究員に伝えます、
 とミサカは注文を受理しました」

「待っ、…て」


美琴の意識はそこで途切れた。

754: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:22:01.18 ID:MWQRmJ+/o
8月21日 午後五時 とある病室


そこで御坂美琴は眼を覚ました。
そして、ふと隣を見ると見慣れたツンツン頭の少年が
そこに立っていた。


「起きたか? ずっと目覚めないから心配したんだぞ?」


美琴の頬に一筋の涙が流れる。
まるで何かを思い出し、悔しがるように


「そっか、私負けたんだね」

「何があったんだ?」


そんな美琴に上条は単刀直入に事情を聞いた。
まる6日間昏睡状態になるほどの重傷といい、
目を覚ましてからの雰囲気といい、
上条は心配でたまらなかった。
だからこそ、例え拒絶されても
絶対に聞き出そうと決めていたのだ。


「アンタにも話すべきよね……、
 一方通行にも関係あることだし」


しかし、そんな覚悟と裏腹に返ってきたのは
あっさりとした承諾と意外な単語だった。


「何でアイツが……?
 今、行方不明だけど。まさかアイツが!?」

「だったらまだ良かったんだけどね。
 まあいいわ、これを見て」


そう言って、美琴は自身の携帯端末を少し操作し
そして、上条に渡した。


「これって……!?」


そこには『絶対能力進化計画 第二次計画』と表示されていた。


755: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:22:28.34 ID:MWQRmJ+/o

(止めたはずじゃ……、第二次計画?)


そう思いながらも上条はさらに画面を下にスクロールさせ
そこに書かれている文章を黙読し始めた。


『絶対能力進化計画は被験者「一方通行」によって、防衛を無効化された挙句
 「一方通行」の敗北という形で実験は凍結された。
 よって、樹形図の設計者が破壊された今、我々は事前に用意した
 第二次計画へと移行することを決定した』


防衛力を無効、というのは上条がよく知らなかったが
思えば操車場で闘った時の一方通行は満身創痍だったことを思い出し
一人で研究所に突撃したのかと、予測した。

756: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:23:08.10 ID:MWQRmJ+/o


『詳細は別紙を参照だが、「空間掌握」は一方通行の能力ではない』


上条は息を呑んだ。
空間掌握は一方通行の所持している超能力のはずでは―――


『「空間掌握」は、学園都市が初めて開発に成功した能力である。
 その能力は学園都市の貴重な第一資料<<ファーストサンプル>>として
 今も記憶媒体に保存されている。
 「プロデュース」の研究成果により、空間掌握を被験者の脳内に移植し
 意図的に空間掌握を発現させることが可能になった』


脳内に移植して大丈夫なんだろうか……と上条は思った。
能力者は『自分だけの現実』をもとにした演算を行っている。
能力を移植するなんて果たして出来るのだろうか

757: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:24:12.34 ID:MWQRmJ+/o


『発現期待値は5
 ―――つまりは学園都市の現在の最高位の能力者に慣れることを意味していた。
 我々は「超能力進化計画<<エアロブラスト計画>>」として研究を開始した。
 しかしながら、発現された能力の最大値は大能力が限界だった。
 そこで我々は一人の被験者に注目した。
 それは、学園都市最高位の超能力者になるであろう一方通行である』


唐突に出てきた一方通行の名に上条は驚いた。
奇妙な違和感を抱きつつ、上条はさらに画面を下にスクロールさせた。


『彼は、原石に分類される能力者で、その能力は不完全だったが
 演算能力が非常に高く、開発を行えば超能力になれることが判明した。
 しかし、我々は「一方通行」より「空間掌握」を優先することを決断し
 彼に空間掌握を移植することを実行した。
 しかし、不完全であれ曲がりなりにも原石であるため
 生存本能による抵抗は避けられなかった。
 そこで我々は一旦、被験者を完全に無力化し移植を再開することにした』


だからこその、警備員と風紀委員による半殺し。
上条の頭で点と点が繋がっていく。

758: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:24:42.87 ID:MWQRmJ+/o

『そして計画は成功し、「空間掌握」は誕生した。
 そこで我々は、次なる計画として絶対能力進化計画を開始した。
 詳細は第一次計画を参照。
 しかしながら、最初に記載した通りどのような手を用いても
 一方通行の精神は屈せず、反逆の意思を変えることは出来なかった。
 だからこそ、第二次計画に移行することを改めて宣言する』


冷汗が止まらない。
上条の脳が警告している。
ここに書かれていることはどこか狂っていると


『第二次計画とは一方通行の能力進化を参考にして
 意図的に超能力に開発することである。
 今回、一方通行の次に能力を発現させた大能力者が選ばれた。
 そして、開発は成功し見事に超能力者を生み出すことに成功した』


上条の体が震える。
この先には最上級の狂気がまだ隠れているような気がした。

759: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:25:35.14 ID:MWQRmJ+/o

『しかし、一方通行のように何れ反逆することを恐れた我々は
 被験者の脳に学習装置を用いて、
 「学園都市の利益を最上位に置いた合理的思考」を強制入力した。
 多少の欠陥が生じたものの能力自体に大した影響はないと思われる。
 そして、我々は最終準備として第〇次実験と称し、
 空間掌握に一方通行を襲撃させ、殺害させることに成功。
 よって、一週間の調整を持って
 あらかじめ演算された計画に沿って実験を再開する』


上条の呼吸が止まった。
一方通行が殺害された
―――この事実が上条にのしかかる。

「本当はこんな事アンタに頼むのは筋違いかもしれないけど……」


美琴は自分の無力さを呪いながら
震える声で上条に助けを求めた。


「あの子たちを助けて……」

「分か―――」


応じようとしたとき、不意に上条の電話が鳴った。
知らない番号だったので警戒したが
一応出ることにした。


『よう、お前が上条当麻でいいんだな?
 ちょっと一方通行殺したクソ野郎始末するから手伝えよ』

760: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:26:51.60 ID:MWQRmJ+/o

行間


心理掌握を持っている少女は自室で涙を流していた。


一方通行が狙われていることが知っていた。
第二次計画の事も。

初めてだった。
今まで数え切れない程の醜い心を見続けてきた彼女は
初めて、心の読めない相手と出会った。
最初は浮かれこそしたが、段々とそれが怖くなっていた。
何を考えてるかまったく分からない人間は彼女にとって
もっとも信用できない人間だった。

それでも、一方通行はそんな彼女に”食蜂操祈”として接してくれた。
心理掌握を恐れることも利用しようともせずに
一切気にすることなく、唯一自分を名前で呼んでくれた。


しかし、自分にもうそんな資格はないだろうと彼女は考えていた。


結局、自分は、自分を見てくれる人間の命より
自分を優先した酷い女なのだから……

そんな彼女に一通の電話が入った。
知らない番号だったが、彼女はその電話に応じた。


「よう、今から一方通行殺したクソ野郎をスクラップしに
 いくんだが参加しねぇ?」


その電話は少女に負の活気を与えるのに充分だった。

761: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:27:18.29 ID:MWQRmJ+/o



「よし、これで全員だな」


垣根の合図と同時に食蜂と削板、そして上条は頷いた。


「んじゃ、第五位は妹達の足止め。
 第七位は猟犬部隊、俺はアイテムを迎撃するから
 空間掌握は上条、お前に任せていいな?」

「ああ、問題ない」


正直、上条は度肝を抜かれていた。
一人で行く予定だったが、
まさか三人の超能力者が協力してくれるとは思わなかった事だろう。


「それじゃ始めるか」


そして彼らの弔い合戦は幕を開けた。

762: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:28:19.11 ID:MWQRmJ+/o



八月二一日午後六時五分 とある研究所 


上条当麻は研究所を走っていた。
実験開始から時間が五分も経っていたからだ。

今回行われるのは第三一次実験で、場所は研究所内。
八月一七日に『戦場』を作成できなかったため
それまでの実験は止む無く屋外にしていたのだ。

上条は急ぐ、実験を止めるために

763: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:29:25.92 ID:MWQRmJ+/o

上条が『戦場』に着いた時、目に入ったのは
肩から血を流して倒れている少女だった。


「オイ、大丈夫か!」


まだ、息がある―――そう思った時、隣に一人の少年が着地した。


「また部外者か、ここの警備は実に非合理的だな」

「今すぐ、そいつから離れろ!」


上条は落雷のような怒号を上げる。
それに空間掌握は大した反応をせず淡々と言い放った。


「欠陥電気共の制止がないということは殺してもいいのか」


その言葉に上条の背筋が凍った。
目の前の男に殺気など微塵もない。
それでもれっきとした殺意があることに上条は戦慄した。

三一号に致命傷は無いは、怪我による出血で死ぬ恐れがある。
上条はそう考え、早急に決着をつけようと拳を握りしめた瞬間

764: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:31:08.47 ID:MWQRmJ+/o


「……え?」


一瞬の出来事に状況判断能力が追い付かない。
思考が凍結してる間に、少女の体から遅れて
血が噴き出した。

もう助からない―――その情報だけが
上条の頭に到達する。


「何で殺した!?」

「その方が合理的だろう」

「そいつらだって人間なんだぞ!」

「それは違うな。
 こいつらは、ただのタンパク質の塊だ」


目の前の少年も操られているだけの被害者なのかもしれない。
それでも、上条にとってそんな事はもうどうでもよかった。

765: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/23(木) 20:31:36.39 ID:MWQRmJ+/o

目の前の少女が殺された
―――目の前の男によって

何人ものクローンが殺された
―――目の前の男によって

美琴が意識不明の重傷を負わされた
―――目の前の男によって


一方通行が殺された
―――目の前の男によって!


ドロドロとした灼熱の憎しみが上条の体を包み込む。
この世のものとは思えないほどの殺気が上条の体から放たれる


「テメエを―――」


憤怒と悲哀が混ざりあった声は震えていた。


「そのふざけた幻想ごと殺してやるから覚悟しろ」

777: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:22:42.42 ID:qpL9xT/Ko
「死ね」


感情の無い無機質な声と同時に上条に向かって、
風速120mの烈風の槍が上条の体に襲い掛かった。

しかし、それは上条の右手の一振りで打ち消された。


「何?」

「ォォォおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオ!!!」


憤怒の咆哮と共に上条が爆発するように空間掌握目がけて前進した。
だが、空間掌握は軽く足元の地面を踏んだ。

空間掌握の足元で床がひび割れ、アスファルトの破片が
ショットガンのように上条を襲った。

778: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:23:15.71 ID:qpL9xT/Ko


「くっ……!」


空間掌握を殴り飛ばす事のみを計算に入れた姿勢は一瞬で崩され
上条の体は宙を舞い入口へと引き戻された。

そして空間掌握は垂直に飛翔し、そのまま
上空から上条に向かって落下した。

辛うじてそれを避けるも、空間掌握が勢いよく
地面に着地した衝撃波が上条の体を10m程吹き飛ばし
そして追い打ちをかける様に、空間掌握が蹴り飛ばした
開きっぱなしのドアが上条の体に直撃しさらに5m程吹き飛ばした。


「その力、物体に対しては無意味なのか」

「ッ!」


幻想殺しの弱点が見破られた上条は思わず空間掌握から逃げていた。

779: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:24:00.69 ID:qpL9xT/Ko


実験の為に作られた『戦場』は広大な空間だった。
そこに大小様々な芸術品のような壁が障害物のように存在していた。


「はあはあ……」


一方通行の時とは違う。
あの時は本気の能力使用だったとはいえ、一方通行には上条を殺す気などなかった。
だけど、今回は違う。
超能力者第一位の能力者との”殺し合い”なのだ。
上条は恐怖で心が折れそうになったが、あることに気付いた。


「……アイツらもこんな風に逃げたのか」


ただ殺される為に生まれさせてこられた少女。
夢を見られたのかもしれない。
希望を抱けたのかもしれない。
幸せを掴められたのかもしれない。

それでも、死んだ彼女たちにその可能性はもうない。


780: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:24:48.43 ID:qpL9xT/Ko


「こんな様じゃ……アイツに顔向けできねえよな」


上条は折れかけた心を鼓舞し、
傷ついた体を奮い起こした。
そして、上条はもう一度空間掌握を追いかけようとしたが

瞬間、壁が皿が割れる様に崩壊し、
合理的な怪物が顔をのぞかせた。


「そこか、実験の短縮プランには最適だが
 感情を持っているとは、少々非合理的だな」


クローンの制止が無いことで
空間掌握は上条当麻を標的と勘違いしているようだった。
かといってそのことが上条の身を助けてくれるわけではない。


「死ね」


空間掌握は真っ直ぐ上条の元へと跳躍した。
いとも簡単に壁を崩壊させた手を向けながら

781: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:25:23.49 ID:qpL9xT/Ko


上条の心に、やるせない思いが浮かぶ

―――自分は何も出来ず、殺されるのか

―――少女を救うことも、親友の仇も取れずに


「くっそォォォおおおおおおおおおおおおおお!!!」


恐怖で現実を見ることが出来ない中でも
上条は渾身の力で右手を握りしめ突き出した。

当たる筈のない拳は空間掌握の顔面に突き刺さった。


「がっ……、は」

782: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:25:50.01 ID:qpL9xT/Ko


空間掌握の誤算は二つ。

一つは上条の能力を空気の気流を停止させる能力者だと思ったこと。
だからこそ、自分自身の防御を無効化することを想定出来なかった。

もう一つは上条を実験体だと勘違いした事だ。
だからこそ、遠距離攻撃をしていればいいものの
実験結果に支障が出ることを危惧して接近戦を選んだのだ。

この二つの誤算が戦況を傾けさせる。

783: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:26:45.54 ID:qpL9xT/Ko

「そうだよな!」


上条の折れた心は建て直され、
体が軽くなっているような錯覚さえ覚えた。


「最強の能力を持ってるテメェが!
 身体能力を気にするなんざ、合理的じゃねえよなァ!」


上条の拳が何度も空間掌握に突き刺さる。
そして、止めを刺すように全力の拳が空間掌握に突き刺さり
その体はずるずると後ろに下がった。


「テメェの、その能力を持っていた人間はなァ!
 テメェよりずっとずっと強かったぞ!
 テメェみてえな奴には過ぎた力なんだよ!」


空間掌握は人生で初めて焦燥に駆られた。
もはや実験体など関係ない。
ここで負ければ、実験が今度こそ本当に終わる。
だからこそ、どんな手を使っても勝たなければならない。

784: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:27:17.88 ID:qpL9xT/Ko

しかし、そう考えた途端再び空間掌握は冷静さを取り戻した。
逆に言えば、ここから先はどんな手を使ってもいいのだ。


「どんなに強くても学園都市に仇名す欠陥品に変わりはない」


そう言った瞬間、空間掌握は上条に向かって跳躍した。
それを上条が先程と同じように迎撃しようとした瞬間、

これまでにない衝撃波が上条の体を襲った。
その体は障害物のなくなったアスファルトの床に叩きつけられた。


「くっ……」


空間掌握のしたことは、ただ移動しただけだった。
ただ、自分の周りの空気の障壁に溝を刻んだことにより
衝撃波の槍が周囲を蹂躙する攻撃手段へと化した高速移動だった。

785: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:27:58.89 ID:qpL9xT/Ko

「がッ……は」

「貴様の行動を見る限り、能力は右手のみだな。
 原石かどうかは知らんが、サンプルは回収させてもらおう」


そう言った瞬間、空間掌握は戦闘服のポケットから
手に収まるぐらいの大きさの缶を取り出した。
そして、一見缶ジュースの様に見えるそれを思いっきり蹴とばした。

缶がつぶれ、中から黒い砂のようなものが飛び出る。
正体は砂鉄。
舞い上がった砂鉄が空間掌握の能力によって
紙きれのように薄く纏め上げられた。


(私の能力は、合理的思考が自分だけの現実の障害となって、
 超能力級であるものの、空気と電気しか操れない)


だからこその欠陥。
認識のズレである自分だけの現実に
合理的思考は邪魔以外の何物でないだろう。

しかし、それでも空間掌握に焦燥は一切ない。
風と電気さえ操れば、ある大技が出来る事が可能になるからだ。


地殻破断。


文字通り地殻を切り裂く気体状のブレードは、
細い線となって上条の右腕を切り落とした。

786: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:29:24.58 ID:qpL9xT/Ko


「あれ?」


あまりの熱に出血すらせずに、目の前に落ちていく右手を前にして、
上条の思考は恐ろしく冷静だった。
そこには恐怖ではない、ある疑問がわいていた。


この右手があるから、自分は立ち向かったのか

この右手があるから、助けようと思ったのか

異能の力なんて怖くないからかたき討ちに向かったのだろうか


『人との繋がりなンてもう要らないと思った』

―――闇の中、一人で悩んでいた少年をを

『本当は人の繋がりが欲しかった』

―――それでも前を向いた親友を

『悪党の尻拭い頼むぜ英雄』

―――救いたいと思ったのは右手があるからなのか

787: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:31:38.81 ID:qpL9xT/Ko

「……違う」


上条当麻が行動する理由はそんなものでない。
一方通行は親友だった。

それだけの理由で上条は世界を掌握する化け物さえも敵も回す


「右手を失ったところで!
 上条当麻という存在は!
 揺ぎはしねぇんだよォォォおおおおオオオオオオオオオオオ!」


瞬間、上条の腕の切断面から何かが生えた。

その形は竜の顎のようで、上条の憎しみを表すかのように
限りなく、獰猛かつ凶暴で
どす黒く染まっていた。

788: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:32:44.09 ID:qpL9xT/Ko


「ひっ………」


合理的であるはずの空間掌握に非合理的な恐怖が襲い掛かる。
脳だけではない。
全身の細胞の生存本能が悲鳴を上げていた。

震える手でもう1度砂鉄入った缶を蹴り割り、
そのままもう1度地殻破断を上条に向けて放った。

もはや学園都市の利益など、どうでもいい。
細かい照準設定も何もない。
ただ、目の前の存在の全てを消し去るつもりの一撃。


「グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


しかし、それは竜の咆哮によって、簡単に打ち消され
同時に空間掌握の体は幾つのも壁を突き破り、そのまま
壁に大きなクレーターを作り、
空間掌握の意識は途絶えた。

それと同時に上条の体が力尽き
そのまま意識を失った。

789: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/24(金) 20:40:56.47 ID:qpL9xT/Ko


意識を取り戻した空間掌握は研究所の外に飛び出ていた。
追手が現れなかったことによって安堵が生まれ、
合理的思考がよみがえる。


「実験はどうな―――」

「余裕だな、これから殺されるって時に」


空間掌握の視線は前方へとくぎ付けになった。
そこには、背中から6枚の白い翼を生やした少年がいた。

分が悪い、と逃走を考え周りを見渡した空間掌握は
さらに二人に囲まれていることに気付いた。


「世界で初めての死に方でも体験するか?」

「それよりもぉ~、自分で自分の心臓取り出すって
 人体博物館にとって合理的だと思わない?」

「殺すのはよそうぜ、そんなもん根性で乗り切れちまう」


空間掌握は逃亡しようと必死に頭をフル回転させる。
合理的思考は、空間掌握に何の救済をもたらすことは無かった。

796: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 16:28:29.79 ID:T97j346Ao
上条の目が覚めたのは暗闇の病室だった。
麻酔が効いているせいで、首から下の感覚が一切なく、
出来ることといえば、視線を彷徨わせることだけだった。

見舞いの品がないことから考えるに、おそらく病院に運ばれてから
そう時間は立っていないのだろう。

病室にある者といえば、御坂美琴にそっくりの少女ぐらい―――


「はい!?」


上条は思わず飛び上がった。
正確には、麻酔のせいであくまで精神的なもので終わったが


「あなたに聞きたいことがあります、と
 ミサカ〇〇〇三二号は質問します」

「? 何だ?」

「あなたも一方通行も何故、実験を止めたのですか?
 とミサカは疑問をぶつけてみます。
 ミサカは必要な機材と薬品さえあれば、
 いくらでも作れます、とミサカは説明します。
 作り物の体に、作り物の心。単価にして18万円ほど、
 在庫にして九九六八―――」

「んなもん、どうでもいい」

797: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 16:29:04.08 ID:T97j346Ao


三二号には少年の言いたいことが分からない。
自分はいくらだって補充が効く。
たったそれだけの存在のはずだ。


「お前は、この世界でたった一人しかいねえだろ。
 何だってそんな簡単な事もわかねえんだよ」


それでも、上条の言葉は少女に届いた。
少年の言葉を信じたわけではない。
それでも、自分のようなちっぽけな存在を
失いたくないと叫んでくれる人が存在することを知った。


「分かったら、もう自分の命を絶対に金なんかに例えるな。
 一方通行の分まで生きてやれよ御坂妹」

「御坂妹………ですか?」

「ああ、御坂の妹で御坂妹―――まあ変な番号よりましだろ?」

「随分とダサいネーミングセンスですが、
 検体番号よりはマシだと、ミサカは妥協します」

「オイ! まあ、お互いなんとか帰ってきましたな」


上条は茶化すように言ったがいろいろと込み上げるものがあった。
実は、上条に右手が斬られてからの記憶が一切無かった。
それでも、上条は大した不安にはならなかった。
右手はちゃんとくっついているし、
目の前には三二号という二時間後に実験予定だった少女もいる。

そして、どんなに足掻いても失ったものは取り戻せない。

800: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 16:29:36.82 ID:T97j346Ao

「それについてなのですが、
 ミサカは未だにあなたと同じ世界に帰ることができません
 、とミサカは正直に答えます」


上条の心臓が止まりかけた。
まさか、まだ実験が―――


「いえ、そうではなくミサカは体細胞から作られたクローンで
 その上、様々な薬品の影響で寿命がかなり短くなっているのです。
 その為、体の細胞を調整することによって寿命を回復させる必要があります
 、とミサカは懇切丁寧に解説しますが聞いてんのかこの野郎」

「え? あ、ああ。まあ、一方通行の分まで生きろよ。
 アイツだってそれを望んでいるに違いない」


上条は想う。
かつて自分と同じ信念のもと、実験を止めるべく立ち上がった少年を


「なあ、あいつの墓ってどこにあるか知らねえか?」

803: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 16:31:09.87 ID:T97j346Ao

「それについてなのですが、一方通行は現在行方不明です、
 とミサカは返答します」


上条の動きが止まった。
確かにレポートには『殺害に成功』と書いてあったはずだと


「一方通行の死亡確認の報告はありました。
 が、直後、確認班の連絡が途絶え別部隊が駆け付けたときには
 確認班の死体だけが残されていました、と
 ミサカは事件の概要を説明します。
 犯人も、遺体もまだ見つかっていません、とミサカは補足説明をします」


上条には、事件の真相がまったく分からなかった


「それでは、また会う日まで
 と、ミサカは宣言します」


そう言うと少女はそのまま病室から去っていった。
その方が『もっともらしい』

そんな感想を抱きつつ上条は眠りについた。
また親友に会えることを夢見て。


後日、クッキーをもらうも一枚も食べられず
彼自身が食べられそうになったのは別の話。

816: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:32:03.74 ID:T97j346Ao
8月22日 午後5時


白井黒子は大能力の『空間移動<<テレポート>>』を所持していた。
彼女は、その能力を存分に生かし学園都市を転々として移動していた。

時速に換算して時速288キロを誇る能力を使っているのにはわけがあった。


(まったく、お姉様の体力がせっかく戻ったのに
 何で面倒な事が起こるんですの)


その面倒な事―――つまり事件の概要はこうだ。

第七学区でひったくりが発生した。
ただし、加害者は10人と強盗と言っていいほどの人数だった。
盗まれたのはキャリーケース。
本物か偽物か分からないラベルが貼ってあり、おまけに加害者・被害者双方が
拳銃を所持している可能性があり、
加害者グループは現在地下街を逃走中。

まるで、どこかの映画で出てきそうなシチュエーションだった。
この場合、一般人を巻き込まないようにするためには
地上でかつ、一般人のいない場所で確保するのが最適だと思われた。
と、不意に携帯電話が鳴り響く。

817: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:32:29.67 ID:T97j346Ao

白井はそれを空間移動を続けたまま手にとった。
電波の受信位置が瞬間的に移動するため、音声が途切れがちになったが
白井にとっては、気にするほどのことではないようだ。


『しら―――いさん。犯人達、に動き、です。
 ……地、下街…エリ、アスモールでぐ、……ち
 A……0.3から地、上に出たよう、です。
 地下街の―――』

「もう見えていますわ」


渋滞でレンガのように敷き詰められている車の隙間を
縫うようにして走っている人影がいた。
クラクションが鳴り響く空間の中、男たちの一人が
白いキャリーケースの車輪を転がして引き摺っているのが見える。

男たちは、隠密行動に戻ろうと路地の細道へと入っていた。
まさに取り押さえる絶好のチャンス。
当然、白井はこれを逃さない。

白井は一瞬で男たちの真ん中に入ると、
そのまま、キャリーケースに触れそのまま
男たちの目の前に躍り出る様に空間移動した。


「失礼、風紀委員ですの。
 何故私が来たかは、説明する必要は―――」

818: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:33:17.86 ID:T97j346Ao

見下すようにも聞こえる言葉が終わる前に、
男たちは迅速にポケットから拳銃を取り出した。

しかし、男たちが照準を定めようとしたときには
白井とキャリーケースは既に男たちの目の前から姿を消していた。

男たちがその現象に疑問符を浮かべた瞬間、
一番後方にいた男の悲鳴が聞こえた。

慌てて、振り返り引き金を指にかけた男たちが見たものは
一人こちらを向いて拳銃を向いている仲間の姿だった。


「なっ……!?」


男たちが驚きの声を上げた瞬間、8人の視線が集まった男が
蹴り飛ばされ、そのまま将棋倒しのように男たちは倒れる。

雁字搦めになり、身動きのとれない男たちは
結果として、たった一人の少女さえも傷つけられず
そのまま、意識を失った。

819: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:34:23.08 ID:T97j346Ao
―――――――――――――――――――――


「ご褒美もらいま―――」


電話先の相手の声もきかず一方的に電話を切った。

先程の話の内容を要約するとこうだ。

男たちは学園都市の『外』のプロ。
荷物の送り先は存在するはずのない場所。
そして送り主は機密性の高い第23学区の施設。

これほどの荷物ならば当然、移送の情報も簡単には漏れないはずだ。
ならば、その情報を知り奪った組織とは何者なのだろうか


そう考えたところで不意に白井の体を支えている感触が消え、
背中から地面に勢いよく落ちた。
傷は無いに等しいだろうが、突然の出来事のせいか
白井の背中をヒリヒリと痛みが襲った。


(は………?)


思わず車輪を転がしてしまったのだろうか、
そう考え、辺りに手を伸ばすもそこにキャリーケースの感触はなかった。
まるで、突然きえたかのように―――


(……空間移動?)

820: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:34:49.65 ID:T97j346Ao

瞬間、白井は危機感を抱いた。
それでも、思考と体がそれに追い付かなかった。
そして―――


ドン!と動かない白井の右肩に、
何かが食い込んだ。


「がっ……!」


鼓膜ではなく体内を震わせるように、
ブチブチと肉をかき分けるようなおぞましい音が響き渡る。

白井は、自身の肩をちらりと見る。
半袖のブラウスごと皮膚に食い込んだのはワインのコルク抜きだ。

今の時代、まさかワインのコルク抜きを投げる輩はいないだろう。
だとすれば、この現象は―――


(同じ空間転移系能力者!)

821: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:35:19.90 ID:T97j346Ao

そう結論付け、痛みで混乱する思考を鎮め、
そのまま空間転移で自身を90度垂直に起き上がらせた。
ぼとぼとと、自身の方から流れる血をなるべく見ないようにしながら
白井は、気配のする方向を見た。

そこには白井の様子を楽しげに見つめる少女がいた。
雰囲気からすると高校生だと白井は予想した。
服装は、制服の冬服。
青い長袖のブレザーだが、袖に腕は通されておらず
ただ肩にかけてあるだけでボタンも閉じていない。
その下は裸で胸のところにピンク色のさらしがまいてあるぐらいだった。

そしてスカートのベルトは、スカートをとめるではなく
金属板のホルダーのようなもので
その先に長さ40cm、直径3センチ程の大きさの軍用の懐中電灯だった。

はっきり言ってかなりおかしい服装だ。


そして、少女が腰かけているのはしろいキャリーケース。
先程まで、その上には白井が座っていたはずだった。

822: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:36:19.29 ID:T97j346Ao

「やはり空間移動!?」


それでも白井の脳内にいくつかの疑問が浮上する。
キャリーケースに触れられた覚えがない。
キャリーケースの前に空間移動して、キャリーケースごと
元の位置に戻った可能性もあるが、
その行動はあまりにも非合理的すぎる。

何かが違う―――白井の脳はそう警告を発していた。


「あら、もうお気づき? さすが同系統の能力者あって理解がはやいわね。
 でも、私は不出来なあなたと違っていちいち触れる必要がないのよ。
 さしづめ、座標移動<<ムーブポイント>>といったところかしら」


淡々とした声。
そして彼女は男たちを睨み


「それにしても使えない連中よね。
 使えないから、雑用を任せたのにそれすら出来ない程とは
 予想外だったわ」


その言葉からこの女が関係者だと白井は確信した。

823: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:36:46.62 ID:T97j346Ao
そして、警告するようにいう。


「私を誰だかわかっての暴挙ですの?」


彼女の身分を表す紋章が血で黒く染まっても、
白井が一向にひかなかった。


「ええ、分かっているから安心して仕掛けたのよ。
 風紀委員の白井黒子さん?」


白井は未だに事件の全体図が把握できていないが
これだけは分かる。

目の前の少女は、自分の敵だと


「チッ!」


瞬間、白井は大きく足を広げた。
反動でスカートがまい、露わになった太ももには革のベルトが
巻いてあり、そこに十数本の金属矢が仕込んであった。

824: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:37:16.52 ID:T97j346Ao

空間移動で金属矢を標的の座標に送り込むことによって、
敵を貫く必殺にして最終手段。

しかし、白井より少女が先に動いた。
一息で抜いた懐中電灯を少し上に向けると
まるで少女の盾になるかのように倒れていた男たちの体が
空中に転移され、白井の前に立ちふさがった。


「甘いですわよ!」


空間移動は11次元を介して行われる。
よって、3次元の障壁など無意味だった。

しかし、容赦なく少女の関節に食い込むはずだった
金属矢は全て空しく地面におちた。

答えは簡単。
少女がキャリーケースに座ったまま、地面を蹴り
ほんの3,4歩後ろに移動したからだ。

825: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:37:48.02 ID:T97j346Ao

「この!」


まるで、実力差があると言わんばかりの余裕を感じる行動に
腹が立った白井はそのまま少女の目の前に転移し
思いっきり殴り飛ばそうとした。

しかし、拳が握られた瞬間
白井の脇腹に背後から金属矢が突き刺さった。

あまりの痛みに、白井は体から力が抜けそのまま地面に倒れこんだ。
まるで、目の前の少女に屈するように


「だから、貴方みたいな不出来とは違うって言ったでしょう?」


ヒュンヒュンと空気を裂く音が連続し
気付けば、少女の手に白井の金属矢がすべて握られていた。


「残念ね。貴方、常盤台の人間でしょう。
 御坂美琴の奴、切羽詰まっているとはいえ
 私事に自分の部下や後輩を巻き込むような人間とは思えなかったけど
 まあ、あの女は実験阻止の時だって、
 第一次も第二次も時も特に何もしてないわね」

826: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:38:28.48 ID:T97j346Ao

その言葉に白井黒子は反応した。
肉体的な痛みとはまた違った何かが白井に動揺を与える。


「何故、そこでお姉様の名前が……」

「あら、知らなかったの?
 利用されている線は、超電磁砲だからないわね。
 知らないで巻き込まれるなんて本当に不幸ね」


少女は白井の問いには答えない。
ただ、自己満足の語りが少女の口から出てくる。


「私が運んでいるのは七月二十四日に撃墜された『樹形図の設計者』
 ―――その欠片である残骸よ」

「ば、かな。それは今でも衛星軌道上に浮かんでいるはずでしょう?」


ありえない、と白井は思った。
宇宙空間に保管されている演算装置が簡単に壊れるはずはないし
壊れたとしても、大体的に報じられるはずだ。

827: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/25(土) 23:39:37.97 ID:T97j346Ao

そこまで考えた白井にある写真が投げられた。
そこには、地球を背景にした宇宙空間で
見たことのあるシルエットがバラバラになっている光景が写っていた。


「そ、んな」


こんなことが起きたのにも拘わらず自分は何も知りえなかった。
恐らく、ほかの多くの生徒も同じ状況のはずだ。
―――学園都市で今何が起きている?
―――そもそも、学園都市とは元々こういった場所なのだろうか?


「そんなわけで私たちは、残骸から樹形図の設計者を組みなおすことを
 望んでいるのだけれど、御坂美琴も大変でしょうね。
 そんなことになれば、必然的に第三次計画が作られる。
 今度はどんな化け物が出来上がるでしょうね。
 だからこそ、あがきたい気持ちは分からないでもないけれど」


白井は、少女の言葉の意味を少しも理解できていなかった。
それでも、確信できることがあった。

今ここで少女を止めなければ、御坂美琴の身に何かが起きる。
白井が立ち上がる理由には充分だった。

白井が天に向かって咆哮をあげ、傷だらけの体を起き上がらせる。
対する少女は余裕そうに懐中電灯をくるくると回し光の輪を作っていた。

一瞬の静寂。

そして、車のエンジン音がなると同時に決着はついた。

血まみれになった風紀委員の少女は
そのまま、足音の鳴らすのを楽しむようにあるく少女を
弱弱しく睨みつけることしか出来なかった。

838: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 15:42:17.42 ID:xmBGbT46o
重傷の体を引きずり、白井は自身の寮に戻り応急処置をしていた。

現時点で分かったのは、自分と戦った少女の名は結標淡希。
自分よりかなり上位の空間移動系能力者で、
窓のないビルの案内人である可能性が高く、
学園都市の裏事情に精通している可能性があること。
そして、それに目をつけていた外部組織を接触し
キャリーケースを渡そうとしていることだった。


『えっと、いいですか白井さん。
 現場の地点から、死角と死角を渡って
 学園都市の外に出ようとした場合、
 自然と何本かのルートが浮かび上がります
 しらみつぶしではなく、そこを―――』

「しっ!」

839: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 15:42:45.58 ID:xmBGbT46o

白井は何者かの気配を感じ、慌てて通話を切った。
ユニットバスに鍵を書き忘れた事に気付いた彼女は
急いで鍵を閉めた。
静寂な空間にガチャリという音が不自然に響き渡る。


「……? 黒子?」


聞き間違えるはずのない声が響いた。
白井が敬愛してやまない御坂美琴の声だった。


「なに、お風呂入ってたの?
 帰ってきたなら、電気ぐらいつけなさい。
 暗闇の中で何やってた訳?」


まずい、と白井は思う。
今のこのボロボロの姿を見せるのは勿論
連想させてもならない。
御坂美琴は自分が連想しているより遙かに
他人の悩みを背負い込みやすいタイプだ。

840: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 15:43:14.68 ID:xmBGbT46o


「し、省エネというヤツですのよ。
 少しでも地球に対してやさし―――」

「はぁ、でも学園都市の風力発電メインじゃ―――」

「チッ、これを口実にムーディな薄暗闇にお誘いしようとしましたのに」


うげっ、という音がユニットバスの外から漏れる。
良かったばれていない、と白井が安心したところで
唐突に気づいた。

今日に限って、なぜ渋滞だったのだろうか。
原因は確か信号機の配電ミスだった気がする。
とすると、原因は―――

841: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 15:43:47.15 ID:xmBGbT46o

『御坂美琴も大変でしょうね。
 そんなことになれば、必然的に第三次計画が作られる。
 今度はどんな化け物が出来上がるでしょうね。
 だからこそ、あがきたい気持ちは分からないでもないけれど』


今回の事件に御坂美琴が深くかかわっていることは、
よく知らない白井にでも容易に想像がついた。

御坂美琴は白井に対して困っているようなそぶりを一切見せない。
見せたくないのだ。
それでも、白井はそんな彼女を地獄から救い出す、と覚悟を決めることができた。


「お姉様はこれからどちらに?」

「買いそびれたアクセサリーを買いにかな。
 最近探し回ってるんだけど見つからないのよね」

(精密機械の補助部品<<アクセサリー>>……
 言ってくれますわね)


詰めが甘い、と白井は思う。
もし自分がいつも通りの具合で、一緒についていくと言ったら
どうするつもりなのだろうか

842: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 15:44:24.82 ID:xmBGbT46o


「雨、降らないといいですわね。
 近頃は、天気予報も当てになりませんから」

「……、そうね。心配してくれてありがとう、
 なるべく早く帰れるように努力はするわ」


ユニットバスのドア越しの影が消え、
ドアの開閉する音が響く。
恐らく部屋から出ていったのだろう。


「さて」


そのまま、白井は替えの制服を乱暴に掴み
携帯電話を掛けなおした。
聞かなければならないことがある。


「ええ、はい。そうですの。
 そのクズ野郎の予想ルートをさっさと教えてくださいません?」

843: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 15:45:48.80 ID:xmBGbT46o
一旦ここまで

夜にまた来ます、多分(60%ぐらいの確率で)

そういやブログに書くネタがない件について
一旦カテゴリ変えた方がいいかな

それではまた次回の投下で~

846: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:19:32.84 ID:xmBGbT46o
どうも、60%のほうに転んでやってきた>>1です。

それはそうと>>795ミスってた

親しい人間がこうなる→親しい人間が殺されたらこうなる

インデックスが殺されたらそれこそ一方通行全盛期よりやばくなるんだろうな
って常々思います。


そんなことよりレッツ投下


>>844
来たぜ!

>>845
URL晒していいか分からんけど
自分のだからいいと信じて貼るぜ!
http://blog.livedoor.jp/moyashidenanigawarui/

847: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:24:17.52 ID:xmBGbT46o
結標淡希は、仲間と合流し、マイクロバスに乗り
目的地を目指していた。

学園都市の外に待機している外部組織との合流点
そこまで行けば己の答えが見つかると信じて

しかし、第七学区の建設中のビルの手前で異変は起きた。
突然、目の前で電撃が落ちクレーターが出来上がった。

衝撃波の影響を受けパニックに陥った運転手は
建設中のビルの敷地へとバスを進ませる。
しかし、それは襲撃者の策略だった。

それに気付かず落ち着きを取り戻した運転手は入り口とは別の出口をを見つけ、
そこに向かおうとハンドルを切った瞬間、結標が怒号を上げた。

848: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:24:51.47 ID:xmBGbT46o

「! 今すぐ、バスを止めなさい!」

「え?」

「早く!」

「は、はい」


運転手は言われた通りに、急ブレーキを踏み
バスを停車させた。
瞬間、結標は全員と自分に対し『座標移動』を実行。

3秒後、全員の体が建設途中のビルに転移した。
仲間たちが、結標の行動を疑問に思う前に

先程まで結標たちが乗っていたマイクロバスが、
電撃によって横転した。

あのまま乗っていれば命に別状はないが気絶は免れなかっただろう。

電撃を使うもので、自分たちを妨害する者を彼らは一人知っている。

849: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:25:45.65 ID:xmBGbT46o


超能力者第三位、超電磁砲。


それが分かっているからこそ、彼らの行動は早かった。
全員が鉄骨に身を隠し
ある者は銃を
そして、残りの者は能力を使い
襲撃者に対して反撃しようとした。

その数、ざっと三〇名。
彼らと襲撃者の間に遮蔽物は無い。

普通の人間が見たら、勝負は決まったというだろう。
遮蔽物があったら、少しは違った結果になるかもしれない、と

さて、ここでどちらが負けると言っただろうか?
襲撃者が負けると言っているわけではない。
そもそも、遮蔽物はどちらにとって必要なものなのだろうか?

850: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:26:26.84 ID:xmBGbT46o

襲撃者、御坂美琴の指先から閃光があふれ出す。

音速の三倍で放たれたコインは分厚い鉄骨を軽々と突き破る。
その余波の煽りをうけ銃を構えた男たちは薙ぎ払われ、
上階で狙っていた能力者は足場を失い真下へと呑みこまれていった。
残った者たちに追撃をかける様に電撃の槍が放たれ、
それは鉄骨に当たった瞬間、建物全体を駆け巡った。

奇跡的にそれを免れた能力者たちが巻き返しを図る。
念力使いによる木の杭が
風力使いによる真空刃が
電撃使いによる電撃が
膨大な数となって美琴の体に襲い掛かる。

しかし、それらは超電磁砲によって瞬時に無効化された。

これが学園都市の頂点に君臨する超能力者。
そもそも、数で勝とうとしたのが間違いだったのだ。

死者が出ていないのが奇跡に思えるが、
これは美琴による配慮の賜物だった。

851: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:27:02.12 ID:xmBGbT46o

「出てきなさい、卑怯者。
 仲間の体をクッションにするなんて感心できないわね」

「仲間の死を無駄にしない、なんていう美談はどうかしら?
 丁度、今のあなたみたいに」


侮蔑の声に対して、返された答えにはまだ余裕が残っている。
結標は建物の三階部分に現われた。
周囲で倒れている男たちを見る限り、おそらく
文字通り『盾』に使ったのだろう。


「悪党は言うことも小さいわね。
 まさか今ので超電磁砲を攻略したとでも?」

「いいえ、貴方が本気を出していれば、
 この辺りは壊滅してるでしょうね」


結標は、キャリーケースを固定させそこに腰かけた。

852: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:27:35.01 ID:xmBGbT46o

「別にそう焦らなくていいんじゃない?
 何もしなくても、第一次、第二次の時のように
 誰かが勝手に犠牲になってくれるはずだわ。
 一方通行の次は誰が死ぬでしょうね?
 あの合理的な男かしら? それともソレを倒した無能力者かしら?」

「……、言葉の汚い女は黙ってなさい」


美琴の前髪がバチバチと放電する。
それでも、結標は一切怯えない。


「うふふ、どうせ今”自分の事かっこいー”とか思ってるんでしょう?
 あなたは単に正義ごっこがしたいだけよ。別に悪い事じゃないわ、
 自分の中にあるモノに対して我慢する方がおかしいのよ。
 そうでしょう?」

「……、確かにそうかもしれないわね」


嘲りの言葉に帰ってきたのは小さい悟ったような笑いだった。

853: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:28:00.94 ID:xmBGbT46o

「それでもね、そんな事に巻き込まれて怪我して
 医者に行かず下手な手当までしてまだ抗おうとして、
 自分の身を気にしないで私を心配する馬鹿な後輩がいるのよ!」


中学生とは思えない鋭い眼光が、結標を睨みつける。


「私は今ムカついてるわ!
 完璧すぎて馬鹿馬鹿しい後輩と、
 それを傷つけやがったクズ女と
 何よりも、自己満足で元凶になった自分自身に!」


全ては自分のせいだと、
だからこそ止める、と美琴は強く宣言した。


「あら、立派な覚悟ね
 ―――でも、私は捕まるわけにはいかない。
 誰を犠牲にしても、どんな手を使っても逃げさせて頂くわ」


854: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:28:53.41 ID:xmBGbT46o

ふざけるような口調の結標だったが
この言葉だけはそんな雰囲気を感じなかった。

美琴が電撃の槍を撃とうと身構える。
それに対し、結標は薄く笑った。
しかし、視力が良いものには分かったかもしれない。
彼女の手が震えていることに

美琴は分かっていた。
―――結標は自分の体を転移するのに三秒のラグを要することに
結標は分かっていた。
―――自身の弱点を知られていることに


結標が懐中電灯を動かした瞬間、
結標の盾になるように一〇人の男女がかき集められた。

人間を使った盾だが、人間はぬりかべのように平たい形はしていない。
どんなに寄せ集めたところで必ず隙間ができてしまう。

855: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/26(日) 22:29:51.24 ID:xmBGbT46o

「さて、問題。
 この中には、私たちとは関係ない一般人が
 何人混じっているでしょう?」


場違いなほど明るい言葉に込められた悪意が
美琴の動きにブレーキをかけてしまい
結果、ほんの三秒のラグを埋めてしまう結果になった。


「チィッ!!!」


舌打ちし、周りを見渡すもそこには気絶した人間しかいない。
何しろ相手は空間移動だ。
どんなに急いでももう追うのは無理だろう。

自分の無力さに思わず美琴は
地面を殴っていた。


そして、その光景を終始見ていた少女が
自分の役目を再確認して虚空へと消えた。

875: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/27(月) 20:12:05.71 ID:7OrwOL5so
行間


月明かりが闇を照らす中、二人の少女が走っていた。
二人は御坂美琴にそっくりだがどこか違う。
彼女たちは、美琴の遺伝子を作って造られたクローンで
携帯番号はそれぞれ三二号と四五一〇号という。

彼女たちを急かしているのは世界各地から送られてくる情報だ。
それは、最悪の場合実験が再開される可能性へと
繋がるものだった。

その為、三二号―――つまり御坂妹は是が非でも止めたかった。
とある少年とそう約束したのだから。

そう決心して、医者から教えてもらった少年の住所に
急ぐ彼女たちだったが
もう一方の妹達は違うことを考えていた。


(一方通行……、あなたもあの少年と同じ思いだったのでしょうか?、
 とミサカはもはや答える相手のいない疑問を抱きます)


第一次実験の被験者だったが、直接では無いものの
実験を凍結させたと言って過言ではない人物。

四五一〇号は忘れられない。
最後に会った時、彼の笑っているように見える顔が
思い出すたびに何故か胸が痛む。
それでも忘れられずにはいられなかった。

876: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/27(月) 20:12:59.41 ID:7OrwOL5so
(例えクローンだとしても、
 あなたが命を賭しても守りたかったものだとするならば
 簡単に死ぬわけには行きません、とミサカは決意を新たにします)


もっと早くにできれば、と思うこともある。
それでも、もう失ったものは取り戻せない。
彼女はただひたすら、今できることをする為に走り出す。


目的地の部屋に到着、御坂妹が少年に対して何かを言おうとした瞬間
四五一〇号はそれを押し退けて、旅行の荷造りと思われる作業中の
茫然としているツンツン頭の少年に言った。


「一方通行の遺志を守ってください、と
 ミサカはあなたに向けて頭を下げます」


少年は疑問を抱かず、荷造りを放り出して
少女へと付いていった。

887: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/29(水) 20:31:39.90 ID:1JA7df8uo
(……うっぷ!)


強烈な吐き気に耐え、喉元まで来たものを抑えると
結標淡希は表面上事なきを得た。
ただし、全身が冷汗でびっしょりとしていた。

結標が転移したのは大学生や教員向けの高級ピザの店だった。
明らかに、中高生向けとは思えない値段設定だが
結標が突然虚空から現れた事に対して驚かないところは
やはり学園都市といったところだろう。

そこから外を見下ろすと、美琴が所々を見渡した後
そのまま細い道へと入っていくのが見えた。

888: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/29(水) 20:32:13.17 ID:1JA7df8uo


(は……)


結標はようやく安堵を感じることができた。
超能力者にとって、間合いなどという言葉は意味を持たない。
彼らはあらゆる間合いを一瞬で詰める攻撃手段など、
幾らでも持ち合わせてるからだ。

―――距離に関係なくできるだけ、死角に入る事
―――そして、それを安全に確認できること

それが超能力者と対峙し、逃げ延びるために結標が出した答えだ。
そして、そのために彼女は『上』を選んだ。


(くそ。こんな目に遭うだなんて……)


結標は自分自身の転移を躊躇うようになったのは、
2年前のある日の事件からだ。

時間割りで自分自身を鍵のかかった部屋に転移した際に
間違って自分の足を壁に埋まる形で転移してしまったのだ。
痛みを感じなかったのが、今では災いの様に感じられる。

ギザギザとした建材が足の皮膚を削る感触。
そして、皮膚が完全にはがれ、血管と肉が剥き出しに―――

889: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/29(水) 20:32:54.97 ID:1JA7df8uo

「ぎ、ぎ、ぎぎ……ッ!」


そこまで考えて、彼女は強烈な吐き気に襲われた
思い出しただけでこの吐き気だ。
それだけ、彼女の中でその事故が心的外傷になっていた。

一先ず、落ち着きどう逃げるか思考を強引に誘導したところで


ドブッ!と結標の右肩に高級品のコルク抜きが貫通した。


「な……!?」

「素敵な贈り物ですが、あまりにもセンスが
 無さすぎるのでお返ししますわ。
 ついでにこちらも」


声と同時に、鈍い音と同時に
結標の脇腹、ふともも、ふくらはぎ。
心当たりがある場所に金属矢が貫いた。


「は……が……」


結標は窓から店内へと視線を移した。

困惑する一般人の中に、ただ一人
上品に腰かけ、不敵な笑みを浮かべる少女がいた。

890: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/29(水) 20:33:34.54 ID:1JA7df8uo


「慌てる必要はありませんわよ。
 あなたとまったく同じように急所は外しましたの。
 ああ、そうでしたわね」


そう言うと、わざとらしく白井がポケットに手を突っ込んだ。
結標は警戒したが出てきたのは武器ではない。

白井が使ったのと同様の風紀委員に支給されている
応急キットのチューブ型止血剤だ。

白井がそれを乱暴に床に投げると
止血剤は結標の足元に落ちた。

そして、白井は世界一と言っても過言ではない
残酷な笑みを浮かべた。


「どうぞ、ご自由に使いなさって?
 身に着けているものを全て取って、
 無様に這いつくばって傷の手当てをしてくださいな
 そこまでやってようやくおあいこですのよクズ野郎」

891: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/29(水) 20:34:03.53 ID:1JA7df8uo


その言葉が自分に向けられるのを恐れた客や店員たちは
一斉に出口へと駆け出した。


「……やってくれたわね。
 でも、こういう子供みたいな仕返しは、嫌いじゃないわ」


残された二人の少女はお互いに睨みあう。
両者ともに、お互いに同じ傷を負っている。
相手のダメージの深さを考える程度は
自分の傷を考えるだけで事足りだろう。

しかし、彼女たちは3次元空間以外での
移動手段を所持している。


「まずいですわよね?
 こんな騒ぎに、してしまったら
 お姉様はすぐにでもここに駆けつけてしまいますの」

「だから、私をここで足止めして第三位を到着するの待つ。
 仮に逃げても、同系統の能力者としての心理構造から
 逃亡先を暴ける、とでも言いたいのかしら?」

「同じ場所を怪我して、さらに特定しやすくなりましたわ。
 あなたの勝利条件は、お姉様が来る前に私を排除すること
 対して私は二つ。
 貴方を直接倒すか、お姉様の登場を待つのみ
 どちらが優位だと思いますの?」

892: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/29(水) 20:34:30.79 ID:1JA7df8uo

「私の方が有利よ」


勝利宣言に対して返されたのは同じく勝利宣言だった。
結標は虚勢を張っているわけではない。
気付いたのだ。
白井の論理にいくつかの綻びがあることに


「貴方のミスは二つ。
 超電磁砲をここに連れてこなかったこと。
 もう一つは私を殺さなかったこと。
 この場合、わざとだからミスではないのかしら」


結標は笑う。
自分の優位と敵の無謀さに


「命を懸けて守るほど大事かしら?
 超電磁砲が身勝手た描いた世界が」

「……守りたいに決まってますわ」


傷口をふさいだとはいえ、応急処置をして程度だ。
そのうえ、結標を追跡したのだから体力は残り僅かになっている。
それでも彼女はそれを振り絞って叫んだ。

893: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/29(水) 20:35:35.77 ID:1JA7df8uo


「どれだけ身勝手であったとしても、
 誰もが争わず、笑って行けることを!
 私はもちろん、ここまでやらかしたあなたを含めて!」


白井は天使のように笑い、言葉をつづける。


「怒りを覚えないはずはないのに、
 こんな状況なんて5秒で粉々にできる癖に
 ―――だからこそ、それをしない。
 この期に及んで余計な苦労を一人で背負ってまでも!」

「…、」

「そんな思いを蹴るとお思いですの?
 たかが自分の保身のためだけに、
 そんなお姉様の夢を汚すとでもお思いですの!?」


意識は朦朧とし、足は震える。
それでも、白井黒子は立ち上がった。


「これから、あなたを日常に返してあげますわ。
 どこかで誰かが願い、このわたくしが
 賛同した通りに」

「ならば、それを裏切れば私の勝ちかしら?」


結標は、付き合う気はないと言わんばかりに
キャリーケースの上に腰かけたまま答えた。

914: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:50:56.40 ID:OhZfhjiWo
話は簡単だ。
白井と結標はお互いに深手を負っている。
恐らく、床に転んだだけでももう動けなくなるだろう。
お互いに同じ傷を負っているが故、
二人はそのことを深く理解していた。

二人の大能力者が睨みあう戦場に、
場違いな店内放送が流れ、窓からは雑多な音が入り込む。

美琴の乱撃したビルの鉄骨の一部が崩れたのか
鐘を鳴らすような音が一際轟いた。


そして、それが合図となった。

915: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:51:24.18 ID:OhZfhjiWo

白井は、手元にあった皿に拳を叩き込んだ。
皮膚が避ける感覚を耐え、そのままその破片を掴み、
そのまま、真横へ空間転移した。

刹那、先程まで白井がいた空間に銀のトレイが出現した。
そのまま、そこに居れば間違いなく
白井の体は真っ二つになっていただろう。

結標の力は絶大だが、標準を合わせる為か
軍用ライトを動かす癖がある。

よって白井にとって、彼女の攻撃を転移するのは容易だ。

916: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:51:50.24 ID:OhZfhjiWo

「チッ!」


その事を理解した結標が次の一手を繰り出す。
軍用ライトを振り回すと、周りにあった六脚が虚空へと消え
結標の前へと出現し結標の体を覆うように積み上げられた。

転移ミスではない。
空間転移は点と点の移動であるため、
目標の座標が少し違っただけで攻撃に失敗する。
その為の目くらましだった。


(なら!!)


数時間前に同じ手を喰らった白井は、それを悟り
食器の破片を持ったまま、自分の体を転移させた。

917: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:52:18.04 ID:OhZfhjiWo

これでもはや結標を隠す壁は無い。
そう思い、結標の体に狙いを定めようとした瞬間


軍用ライトを咥え、両手でキャリ―ケースの取っ手を掴み
白井に向かって、横殴りの一撃を入れようとしている光景が見えた。

予測していたとは思えない。
恐らくは、予め保険を掛けていたのだろう。

白井は咄嗟に、破片を空間転移させた。
キャリーケースの取っ手が切断されるような座標へ

キャリーケースがあらぬ方向にとばされ、
結標の顔が驚愕に染まる。

918: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:52:46.54 ID:OhZfhjiWo

(これで……!)


白井は残された体力を右腕に収束させ
小さな拳を握る。
この距離ならば、演算をするより殴った方が早いだろう。

しかし、結標は軍用ライトを咥えたまま
僅かにあごを手前に引いた。


「ッ!」


全身に悪寒が走り、咄嗟に後ずさった白井の眼前が
真っ白に埋め尽くされた。

座標移動で転移されたキャリーケースは
吹き飛ばされた勢いを殺さず、
そのまま白井の顔面に突き刺さった。

それでも、マシな方だろう。
あのまま、動かなければ白井の体は
キャリーケースに喰われていたかもしれない

919: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:53:31.82 ID:OhZfhjiWo

重い一撃を受け、全身の傷が開きかけ
そのまま、地面に倒れそうになりながらも
まだ、白井が諦めなかった。

瞬間、白井が後ろ向きのまま結標の背後に出現した。
そして、そのまま倒れる勢いを利用して放たれたひじ打ちが
結標の体に容赦なく突き刺さる。

結標が自分で作ったテーブルの山へ突っ込むのと同時に
白井の体が床に落ち、そのまま傷口が完全に開いた。


「ぎっ………あ……」


白井は残り僅かな体力を振り絞り、
自分が切断したキャリーケースの取っ手を
転移させ決着を付けようとした。

920: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:54:03.37 ID:OhZfhjiWo

しかし、握られた取っ手は何時までたっても動かない。
戸惑っているわけではない。
そもそも、殺すつもりもなく、急所を外しての攻撃を
考えている白井に戸惑いなどあるはずがない。

出来ないのだ。
湧き上がる激痛と焦りが集中力を削ぎ
頭の中の演算式を崩壊させる。


(そ、んな――――)


その事がさらに白井を焦燥の闇へと突き落とす。
少しでも落ち着こうと結標は能力は使えないはずだと
楽観的な思考に入ろうとした瞬間、

921: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:54:31.84 ID:OhZfhjiWo

耳に飛び込んできたのは、ヒュン、という音。
目に飛び込んできたのは、結標の真上のテーブルが消え
結標が串焼きの肉を食らうように軍用ライトを、
口から引き抜いたと思われる光景だった。

生存本能が悲鳴を上げ、
咄嗟に転がって避けようとするも
白井の体に容赦なく次々と降りかかる。

鈍器のような重い攻撃がただでさえ開いた傷口を追撃する。
のたうち回りたい衝動が白井の体内を駆け巡るも
のしかかる重力がそれを抑え込む。

狭まる視界の中、巻き込まれない様に床を蹴って
後ろに下がったのが見えた。

傷が広がり激痛に彼女は絶叫しながらも
座標移動でキャリーケースを手元に転移させ
それに寄りかかり白井の様子を窺う。

922: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:54:59.88 ID:OhZfhjiWo


「避けなきゃ死ぬわよ?」


結標はゆっくりと軍用ライトを白井に向けた。
白井の顔が真っ青になるが、彼女はもう空間転移を使うことは出来ない。

震える白井の真横に椅子が出現した。
テーブルが押しつぶされ、雪崩を起こすも
それでも、依然として白井の動きを封じていることに
変わりはなかった。


「ふうん、これだけやっても動けないところを見ると
 もう空間転移は使えないのね」


結標の顔から緊張が取れ、笑いが浮かぶ。
満身創痍を傷を負っているのにも拘わらず
勝利したという事実が結標を歓喜へと導いた


「ねえ白井さん、こんな話は知ってるかしら?」


そして、彼女は余裕を見せるように
自らの行動理由を話し始めた。

923: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:56:00.36 ID:OhZfhjiWo


―――――――――――――――
――――――――――――
―――――――――――


「これさえあれば知ることが出来る。
 私たちが何故強大な力を得てしまったのか、
 何故苦しまなければならなかったか!」

「それでも……」

「人格さえあれば、問題ないとでも?
 あなただって気付いているでしょう?
 自分が畏怖の目で見られることに」


結標はさらに続ける。
その眼に妄執の光を放ちながら

924: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:56:35.54 ID:OhZfhjiWo


「気持ち悪いのよ、私たちは。
 1年前、貴方たち風紀委員は警備員と共に
 第六位の少年を半殺しにした。
 皮肉にもより上位の力を手にして復活したのだけれど
 怖かったのでしょう? 自分たちを簡単に壊せる力が。
 同じような感情を自分よりレベルの低い者たちが
 持たないだなんて思ってるようならがっかりだわ」


白井はあることを思い出した。
あの後、風紀委員のサーバーに保存されていた事件の資料に目を通した。
資料に添付されていた写真に写っていたのは、
半殺しという表現が軽々しく感じるような凄惨な光景だった。
生きてるのが信じられないぐらい少年の体は血塗られていた。

925: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:57:02.25 ID:OhZfhjiWo

「どんな綺麗事を言ったところで貴方は私と同じ。
 馬鹿にはしないわ。
 私だって同じ事をして、悩んできたのだから。
 あの第一位だってそう思ってるに違いないわ。
 どう? 共に真実を知る気があるのなら、
 私は喜んで私はあなたを招待するわ」


結標の言葉は、能力者なら一度は抱いたことがあるかもしれない。
それは、能力が強ければ強い程、膨れ上がっただろう。

ある者は、周囲になじむことが出来なかった。
ある者は、光の世界で生きる道を無くした。
ある者は、歪んだ悪意に傷つけられ続けた。

何故自分がこんな思いをしなければならない?
何故自分がこんな目に遭わなければならない?
何故自分がこんな力を目覚めさせなければならない?

926: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:57:31.70 ID:OhZfhjiWo


その理由。
そうならずに済んだかもしれない理由。

白井は、自分の心を支える土台が揺らぐのを感じた。


「お断りですわ、そんなもの」


それでも、土台は崩れなかった。
テーブルに押しつぶされたまま、それでも
白井は鋭い眼光で結標を睨む。


「何を言い出すのかと思えば、そんな下らない事ですか?
 お姉様の言う通り悪党は言うことも小さいですわね」

「何、ですって……?」

927: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:57:59.74 ID:OhZfhjiWo

「当たり前の事にいちいち反応しないでくださいな。
 確かに、風紀委員は何の罪もない少年を半殺しにしましたわ。
 でも、それは振るう力の方向を間違っていたからですわ。
 あなただって、そうでしょう?
 傷つけたのは能力のせいではなく、
 あなたが人を傷つける人間だからですの」


ぐらぐら、と少女を押しつぶすテーブルが揺れる。
どんなに血が流れても少女の力は緩まない。


「能力が人を傷つける?
 その言い方が既に破綻してる事にまだ気づきませんか?
 だったらこの私に負わせた怪我は、
 あなたの意志じゃないとでも?」


テーブルが崩れていく。
あれだけ少女を押さえつけていた重しが崩れていく。

928: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:58:39.59 ID:OhZfhjiWo


「自分は特別で周りは凡庸。
 その見下し精神はここで捨てなさい。
 平凡な私に倒されることで自分の凡俗ぶりを自覚して
 凡俗な日常へと帰りなさい!」


白井黒子は全身を血まみれにしながらも立ち上がった。
その手にフロアランプを掴み、そのまま結標の元へと
とぼとぼとそれでも力強く走り出す。

結標は恐怖した。
非合理的な直感が、彼女を怯えさせる。

929: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:59:07.84 ID:OhZfhjiWo



そして気づけば、外部組織に与えられた拳銃が手にあり
思考を再開させたときには、引き金は引かれていた。

ズドン!という小さい爆発音。
それと同時に、白井の体に風穴があいていた。


「あ、……あ」


結標は触れてしまった。
真実ではなく、現実に
今まで、人を傷つけてしまったのは
能力を持っているという真実ではなく、
自分のせいだという現実に

930: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 21:59:36.45 ID:OhZfhjiWo


「いやァァァァァあああああああああああああああああ!!!!」


その瞬間が、結標の能力が暴走した瞬間だった。
結標の半径5メートル以内の倒れて動かない白井の体以外の
全ての物体が吹き飛ばされた。

物体が物体を侵食し、破壊の音楽は続いていく。
しばらく、それは続いたがやがて音楽は鳴りやんだ。


「殺す……」


低く唸るような歪んだ声。
それは結標の胸をじりじりと焼くようにあふれ出る。

931: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 22:00:03.41 ID:OhZfhjiWo

「絶対殺す! よくも私を壊してくれたわね!
 あなたも御坂美琴も一方通行も!!!
 化け物の癖に、偉そうに!!!」


そのふざけた言い分に白井は薄く笑う。
そんな白井に結標は首を絞めようと、
覆いかぶさろうとしたがふと動きを止めた。

遠くから騒ぎを聞きつけたのか、
警備員のパトカーのサイレンが聞こえた。


「私の座標移動の最大重量は四二五〇kg
 逃げながら、ここに何度でもぶち込んであげるわ。
 あなたの体はどこまで壊れてくれるかしら?
 しっかりと、お返しさせていただくわ」

932: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 22:00:30.81 ID:OhZfhjiWo

それだけ言うと結標は取っ手の外れたキャリーケースを見つけて


「あら……、まだ必要だったんですの、それ?」


死人のように天井を見つめながらも、白井は笑っていた。
絶対に屈しないと言わんばかりに

結標はそんな少女の脇腹を思いっきり蹴とばした。
そして、そのまま血を撒いて転がる少女に目もくれず
結標はぐちゃぐちゃの表情と思考のまま、
キャリーケースと共に虚空へと消えた。

933: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 22:01:01.19 ID:OhZfhjiWo

行間



白い道、青い夜空の道の中一方通行は歩いていた。

自分は死んだのだろうか?
ここは死後の世界なのか?

様々な想いが一方通行の脳内を駆け巡る。
歩き続ける中、一方通行は自分の足が重くなってることに気付いた。

疲労ではない。
それは自分の意思によるものだった。


何故だ?


一方通行は考える。


もうこんな世界に未練なんて―――

934: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 22:02:36.44 ID:OhZfhjiWo

「あるに決まってるでしょう?」


透き通った女性の声が空間に響く。
すると、一方通行の目の前にある女性が現れた。
その声は、その顔は、
一方通行が忘れように忘れられるはずもない声だった。


ここはリアルに死後の世界って訳か……

「引き返したい?」

分かンねェよ、ンなもン……

「あの子たちと一緒にいたいんでしょう?」

どォせ、守れねェよ

「答えになってないわよ」

確かに、一緒に居て楽しかったのは認める。
でもな―――

「ストップ。
 そう思うんだったら、行きなさい。
 例え、茨の道でも私が見守ってて上げるわ」


何故かはわからない。
それでも、何故か何だってできる気がした

935: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 22:04:12.81 ID:OhZfhjiWo




「また、ここに来るまでに貴方なりの答えを見つけてきなさい。
懲りずにしょうもないことで来たら起こるわよ?」

「叶わねェなちくしょう」


そう言い、一方通行は体の向きを180度変え
そのまま歩き出した。


「いってらしゃい」

「……いってきます」


歩みが走りへと変わっていく。
一方通行は一度だけ後ろを振り向いた。

見えたのは女性が嬉しいような寂しいような表情を浮かべていた。
やがて、その姿は虚空へと消えてしまった。


「愚かな妄想でも、儚い幻想でも構わない」


一方通行の走りは更に早くなる。
歩いている道を引き返しているのにも拘わらず
その道の先が目的地のように感じる。


「ありがとう」


それが少年が母親に向けた言葉だった。

696: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/19(日) 23:02:26.52 ID:YECxqed2o

おまけ  とある古典の一方通行


一方「あァ~疲れた。アレイスターのクソ野郎め
   どンだけ俺を働かせる気だ。
   まァ、ようやく帰れたしいいか」



■■■■■■■■■一方の家だったもの■■■■■■■■■


一方「」

697: 梨と桃の楽園 ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/19(日) 23:03:04.01 ID:YECxqed2o


お隣さんの家

一方「垣根ェェええええええええええええええ!!!
   ちゃンと手入れしとけつったろォォおおおおおおおおお!!!」

垣根「ごめん、お前の家だと思ったらつい……」

一方「inbf殺wq」

垣根「うお、黒翼はシャレになら―――」


■■■■■■■■■垣根の家だったもの■■■■■■■■■


垣根「てめェェええええええええええええ!!!
   俺の本気見せてやるぜェェええええええええええええええええ!!!」

一方「yjrp悪qw」


その時、神話が創世されたという。