1: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 23:20:49.92 ID:OhZfhjiWo
【復活】
ユダヤ・キリスト教で人間が肉体の死後、
新たな命を授かる事。


これは、それと限りなく近い必然を獲得した
名前を捨てた少年の物語。


※前作 とある彷徨の一方通行
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363885856/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1369923649


引用元: ・とある復活の一方通行

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2: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/30(木) 23:25:19.29 ID:OhZfhjiWo
【注意事項】

・安心のキャラ崩壊(主に一方通行、それと一方通行、あと一方通行)

・時系列が原作よりやばい(ハードスケジュール的な意味で)

・原作準拠という名の原作ブレイク(?)

・一方通行はこんなキャラじゃねえだよ!
 一方通行嫌いなんだけど?
 もやしな男ってだせえwwwwwwww
 上記の方はそっとじ推奨

8: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:32:25.47 ID:47PH6SDNo
結標は安全なルートを通って学園都市の端まで辿り着いた。
全身に貫通傷があり、息遣いは荒く、
その視線は絶えず辺りを彷徨っていた。


「連絡……」


目的を失った彼女は心の破片をかき集め
無理矢理、目的を作り出す。


「そうだ、連絡しなきゃ……、
 私を必要としてくれてるのだから」


小型の無線機を取り出し子供のような笑みを浮かべて
外部組織との通信を開始した。


「こちらA001より、M000へ、
 符丁の確認の後、状況報告に―――」

9: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:32:51.89 ID:47PH6SDNo

『ギャアアアアアアアアアアアア!!!』


返ってきたのはマニュアルに沿った受け答えではなく、
絶叫と肉を貫くおぞましい効果音だった。


『受け取り……の……は殲滅した。
 これより、追撃を……何?
 分かっ……、これ……帰還……』


通信機の向こうからとぎれとぎれの音声が響く。
恐らく、その声の持ち主が外部組織を壊滅させたのだろう。

10: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:34:10.56 ID:47PH6SDNo


「誰!?」

『何だ……? そうか、貴様が座標移動か。
 たった今、貴様が合流するはずだった
 外部組織の人間は全て殺した。
 大人しく諦めるといい』


返ってきたのは感情の無い声。
その言葉に結標の顔は真っ青になった。


「それじゃ……、あの子たちは……」

『安心しろ、能力者は誰も死んではいない。
 座標移動を縛る鎖を壊すなという命令だ。
 貴様も下らん妄想は捨てて合理的に―――』


結標は耐え切れなくなり無線機を地面に投げつけた。
重大な悲劇は免れたものの、目的がまた一つ結標から
目的が消えていた。


「どうすれば……、どうすればいい?」

11: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:34:37.98 ID:47PH6SDNo


そんな彼女を遠くから補足する影が三つあった。
上条と三二号と四五一〇号だ。

座標移動の餌食になりかけていた白井を助け、
そのまま美琴に白井を任せると
三人はそのまま、結標の逃亡の予想ルートにそって
追跡していた。

ようやく目標を見つけ、突撃しようとしたとき


前方からこの世界の闇を収束したような
凄まじい殺気が三人に襲い掛かる。

12: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:35:33.70 ID:47PH6SDNo

「「「!!!」」」


三人は咄嗟にに建物の陰に隠れた。
怖い、と思う前に体が勝手に動いていた。

しかし、それは結標から放たれたものでもなければ、
3人に向けられたものでもない。
向けられた対象は結標だった。
その証拠に結標は震えてその場で歩みが止まっていた。

そして、その源からカツッ!カツッ!という足音が
闇に解き放たれる。

13: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:36:12.22 ID:47PH6SDNo


「つーかよォ」


白熱した狂気、灼熱の殺気が結標に襲い掛かる。


「生き返ったばっかで、リハビリ中の身だってのに
 戦闘服も着ないで、無理して出てきてみればよォ
 何だァ!? このバカみてェな三下はァ!?
 女殴らねェのが唯一の自慢だったのに
 今日で、もう無くなっちまうじゃねェかよ!
 迷惑なンだっつの! お前みたいなの!!」


暗がりに出てきたのは、学園都市最強の超能力者。
本名不詳、通称一方通行と呼ばれる少年が立っていた。

14: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:37:07.67 ID:47PH6SDNo


「ひ……は……!?」


結標の呼吸と心臓が一瞬止まる。


(う、ウソでしょ? 劣化版ですら超電磁砲を圧倒するのに……
 ―――劣化版? そうよ、まだ勝ち目がある!)


結標は知っている。
七月二八日と八月10日の出来事を


「こ、こんなところで奇遇ね、第一位。
 あなたにも興味ない? 力を得た理由は―――」

「ねェな」

「……、もしかしたら、こんな目に遭わなくて
 良かったかもしれないのよ? その是非を知る事が出来るのよ?」

「くっだらねェ」


一方通行は、取り合わない。
心の底からどうでもよさそうに

15: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:37:38.67 ID:47PH6SDNo


「現実と向き合えねェ奴が、真実と向き合える訳ねェだろ」


放たれた言葉に、結標は激昂した。


「ハハッ! 人が下手に出たからって調子乗ってるんじゃないわよ!
 現実と向き合うべきなのはあなたよ!」


絶大な狂気と殺気に結標は嘲りの宣告を告げる。


「知ってるわ! あなたは七月二八日から能力が弱体化している。
 八月十日には劣化版にすら負けるほどにね!
 今じゃもうほとんど無能力に近いんじゃないの?」

「哀れだなァお前、本気で言ってンだとしたら
 抱きしめたくなっちまう哀れだわ」


一方通行は両手を広げ、結標に言う。
その眼は虚勢ではなく余裕に満ち溢れていた。

16: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:38:22.57 ID:47PH6SDNo

「確かに、俺はあの日以来『空間掌握』を完全に失った。
 今じゃ電撃や炎は使えねェし、
 0から風を作る事さえ出来ねェ―――」


その言葉に安堵するべき結標は震えていた。
彼女の直感が何かが違うと叫んでいる。


「―――だがな、いくら俺が弱くなったところで
 別にお前が強くなったわけじゃねェだろォがよ。あァ!?」


瞬間、一方通行の足が地面を思いっきり踏みつけた。
男性とは思えない細い足による震脚は、
道路に放射線状の亀裂を作り、
更には周囲のビルの窓ガラスを豪快を破壊する結果を生み出した。

17: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:39:45.13 ID:47PH6SDNo

その惨状に一瞬、結標の思考が停止するが
目の前に迫りくる脅威から逃れようとキャリーケースを掴み
咄嗟に上空へと転移した。

湧き上がる吐き気を抑え込み何とかビルの屋上へと
転移しようと考えたところで思考が止まる。


「あはぎゃはっ!! 無様なローアングルだなァ!
 今日は良い風が吹いてますってなァ!!!」


目に飛び込んできたのは背中に4つの巨大な竜巻を接続し
ガラスの雨の層を食い破り、突撃する姿だった。

計算式を組み立てようとしたときにはもう遅い。
既に一方通行の拳の間合いに入っていた。

18: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/05/31(金) 21:40:46.09 ID:47PH6SDNo

もはや冷静でいられるはずもなかった。
結標は咄嗟にキャリーケースで自分の体を守ろうとする。

しかし、宇宙空間でも耐えられるはずのキャリーケースは
一方通行の拳に当たった瞬間、紙きれのように砕け散り
無数の破片が桜吹雪のように結標の手から落ちていく。


「悪りィが、こっから先は一方通行だ!
 大人しく尻尾巻きつつ泣いて
 無様に元の居場所に引き返しやがれェ!!」


一方通行の拳が今度こそ結標の顔面に壮絶な速度でぶつかり
轟音と共に結標の体が勢いよく吹き飛ばされ
ビルの屋上の金網のフェンスにぶつかり、
そのまま、フェンスの根元を引き切り
ビルの屋上に、投げ出された。


「その貫通傷負わせた奴に感謝しな。
 でなきゃお前は今頃ミンチだよ」


そして一方通行が地面に降り立つと
その華奢な体はそのまま支えを無くし地面に崩れ落ちた。

60: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 14:41:43.08 ID:nMHWjF/Ao
八月二三日 午前九時 とある病室


「パソコンだけ残して、君の姿が無くなっていた時は
 本当に驚いたもんだね?
 妙に無茶するのは一人だけでいいんだけどね?」

「うるせェ」


一方通行は不機嫌そうにベッドに仰向けになっており
それをカエル顔の医者は困ったように見ていた。


「今回は大事に至らなかったら良かったものの
 君の脳は長い間、『空間掌握』という毒に侵されていた。
 僕が治療をしたところで、その事実は変わらない。
 しばらくの間、能力を使うのは最低でも一分以内。
 それ以上は君の脳が壊れる可能性がある。
 君だってもう簡単に死ぬわけには行かないんだろう?」


いつもの軽い調子とは異なり、その声には
医者としての威厳を感じるものがあった。

61: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 14:43:05.68 ID:nMHWjF/Ao


「……分かってンだよ、ンな事は」

「なら、いいんだね?
 あ、そうそう結標淡希の病室は三〇五号室だからね?」

「聞いてねェよ」

「どうせ行くんだろう?」

「チッ」


この医者と仲良く喋れる日は永遠に来ないだろう、と
一方通行は強く思った。


「それと」

「まだ何かあンのかよ?」

「建築士として覚悟は出来ているんだろうね?」

「……はァ?」

「ということで、僕はこれで失礼するよ?
 多分、すぐ戻るだろうけど?」

「いや待て、何が建築士だ。
 一級建築士の資格なンざ余裕だが、取る気はねェ
 ……って本当に行きやがったあのクソ医者」


一方通行は医者の最後の台詞を馬鹿馬鹿しいと
思いながらも、どこか気になっていた。

その答えを探るべく学園都市最高の頭脳が
動き出すのと同時に、病室の扉が開かれた。

62: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 14:43:46.28 ID:nMHWjF/Ao


「第一位様はいるかしら~?」


そこに、いつもと違う様子の食蜂が入ってきた
語尾に☆は無く、その笑顔は満面のように見えるが
視力の良いものには、少し引き攣っているのが分かるだろう。

そんな彼女に一方通行は何故か恐怖を抱いた。
正直、彼にとって今の彼女が猟犬部隊より怖い。


「ど、どォした食蜂。
 こンな朝早くか―――」

「第一位様の馬鹿ぁぁぁあああああああ!!!」


ドゴッ!と鈍い音が響く。
食蜂のいつも使ってるリモコンが一方通行の腹に突き刺さる。

63: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 14:44:36.46 ID:nMHWjF/Ao

「うぐっ!」

「簡単に! 死なないって!! 約束したじゃない!!!」

「げふっ、がふっ、ごふっ……」


例え、精神感応系の中学生の女子の攻撃でも
今まで体質に全責任を押し付け鍛えなかった
一方通行には深く突き刺さる。


「こっちが!!! どれだけ心配し―――」


そこまで言いかけて突然ハッとしたように、
食蜂の動きが止まる。

64: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 14:45:20.79 ID:nMHWjF/Ao


(いけないわ、思わず感情が籠りすぎてしまったわ)


食蜂の作戦はこうだ。

心配させた事について怒る
→そして泣く
→謝罪として今度デートに行くことを要求

一方通行が女性の涙に弱いのは、
七月二十五日の出来事で証明済みだ。


(まったく、あの日は結局あの露出狂に取られちゃったしぃ。
 別に、いらいらしてないけどね。別に)


だったら、そのキャラ崩壊は何だというのだろうか。


(さあて、涙出さなきゃ……ってもう出てた。
 よぉし、これで―――え?)

65: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 14:46:12.84 ID:nMHWjF/Ao


例えば、こんな光景を想像してほしい。


主人公がヒロインの為に戦い、
ボロボロになって帰ってきたところを
「バカバカ!!」等と言いながら力なく叩くシーンがあるだろう。

王道中の王道のシーン。
屈強の戦士にか弱い女性の拳は当然効かないが
主人公は、申し訳なさそうにヒロインを見つめるのが見どころである。

しかし、この男はどうだろう?
その身一つで立ち向かうのではなく、
演算と道具を武器に、ゴキブリのようにカサカサと動き回る彼に
偉大な先人達のようにふるまえるのだろうか?

66: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 14:46:43.16 ID:nMHWjF/Ao


「良い人生だった……」

「第一位様!?」


結果的に、食蜂の目に飛び込んできたのは
そのまま、意識を失う一方通行の姿だった。

体術のみで猟犬部隊を殲滅したはずの男は、
精神操作系の女子の拳によって倒された。

ナースコールが鳴り響き、医者と看護師が駆け付ける
迅速な対応の甲斐あって、一方通行は事無きを得た。

そして、カエル顔の医者は食蜂の顔を見た後、
一方通行を困った顔で見た。


「………爆発してくれないかい?」

「黙れクソジジイ。
 その単語だけは俺の前で言うな」

72: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 21:03:00.48 ID:nMHWjF/Ao
~人物紹介~


・一方通行
  本作の主人公。
  超能力第一位の『空間掌握』だと思われていたが、 
  実際は、実験で無理矢理移植されたものだった。
  第二次計画で生み出された新たな『空間掌握』に重傷を負わされ
  逃亡するも暗部の確認部隊によって確認された。

  しかし、実は生きており
  残骸事件の際には、おいしいところだけを見事にもっていた。

  能力名は一方通行。
  おなじみのベクトル操作。
  現在では一分以内という枷がついている。

  性格はSSでおなじみの原作より少々丸くなっておりフェミニスト。
  上条と出会って以降それに加速度がついた。
  ただし、逆鱗に触れた場合は―――

  原作と同様にもやしではあるが、
  ゴキブリのようにカサカサ動き回る演算体術で結構強い。

  ここまで書けば無双のように思えるだろう。
  実際シリアス場面でかなり強い。
  が、ギャグ補正がプラスではなく
  有り得ない程マイナスに傾くため、一般老人並に弱くなる。

  フラグ能力は上条から分捕ったようで結構高い。
  冥土返し曰く「一級建築士」

73: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 21:03:39.15 ID:nMHWjF/Ao



・上条当麻
  男女平等を説いているお馴染みの主人公。

  原作通り、記憶喪失なう。
  基本、相手を『倒す』事はあっても、『殺す』事は絶対にしない。
  しかし、空間掌握に対しては憎しみを露わにし、
  真意は定かではないが「殺してやる」と言い放っている。

  異能相手の戦闘能力はかなり高い
  (一方通行曰く「プロの傭兵」、本人曰く「ただ不幸だっただけ」)

  能力名は安定の『幻想殺し』
  異能の力を打ち消す能力だが、空間掌握によって
  腕を切り落とされたときに、竜王の顎が顕著した(本人は無意識)

  フラグ能力は、一方通行に分捕られたが
  それでも尚高い建築能力を持つ。


・神裂火織
  本作の魔術サイドのメインヒロイン

  聖人でロンドンで一〇本の指に入る魔術師

  一方通行にフラグを建てられた最初の一人
  過去に何かがあった様子で、一方通行に何かの負い目を感じている。

  しかし、最近は空気


・ステイル
  愛すべき噛ませ犬(現段階)
  重要キャラになるはずだが、
  未だその時はこない。

74: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 21:04:34.28 ID:nMHWjF/Ao


・食蜂操祈
  本作の科学サイドのメインヒロイン

  超能力者第五位の『心理掌握』

  一方通行に出合い頭にフラグを建設されかけ
  その後いろいろあって建築された(適当)
  後の展開で描写予定。

  余談だが唯一、能力無しで一方通行を倒した女性。


・御坂美琴  
  超能力者第三位『超電磁砲』

  量産能力計画のオリジナルであり
  その計画を引き金にして起こる事件に翻弄される。

  上条にフラグを立てられる。


・禁書目録
  一〇万三〇〇〇冊の魔導書を記憶している少女。
  一年ごとに、記憶を失う過酷な運命を背負っていたが
  上条と愉快な仲間たちによる尽力でそれから解き放たれる。

  上条によってフラグが建てられた最初の一人(?)

  出番は少ないが決して>>1がディスってるわけではない。
  むしろ食べても太らないという点に共感を覚えているぐらいだ。

75: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/02(日) 21:06:02.88 ID:nMHWjF/Ao

・空間掌握
  オリキャラ(噛ませ)。
 
  第二次・超能力進化計画で生み出された超能力者で
  学園都市の利益を重点に置いた合理的思考を持つ。

  超能力者三人にリンチにされたはずだが
  何故か生きている。

  あふれ出る噛ませ臭が定評に。



・>>1
  本作の作者

  (現在の)
  身長170cm
  体重44kg
  体脂肪率9%
  ウエスト58cmとかなりのもやしである。

  その為か、北斗の拳やキン肉マンが読めない。
  (理由は、なんか悔しくなるから)

  豆腐メンタルかつ若干の中二病で最近悩んでいることは
  「L座りばっかやってたら椅子がボロボロになったこと」 

81: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:39:42.21 ID:cAggG8BWo
「割と酷い目にあった……」


幸か不幸か食蜂のリモコンが鳩尾に入り
そのまま倒れてしまった一方通行。
それでも、女子中学生とのデートの約束が出来たのだから
同情の余地はない。

爆発しろという言葉は無意味だ。
既に並行世界の彼が爆発済みである。

と、そこに―――


「その幻想をぶち殺す!!」

「そげぶ!?」

「とうま!?」


更なる暴力が一方通行に降りかかる。
その正体は言わずと知れたヒーローである

82: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:40:11.14 ID:cAggG8BWo


「テメェあんな遺書みたいなメッセージ残しやがって!
 こっちがどれだけ心配―――」

「うるせェ!!」

「ねぼしッ!?」

「ちょっと!! とうま何いきなり怪我人攻撃してるのかな!?
 それに、あくせられーたも何でそんな暗殺技つかってるの!?」


一方通行の手刀が上条の喉に突き刺さる。
こればかりは力は関係ない。

言ってることは、食蜂とそう変わらないのに
相変わらず男に対しては容赦のない一方通行であった。

83: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:41:47.10 ID:cAggG8BWo

「うぐっ、げほっ……、まあ、無事で何よりだったよ」

「まァな、心配かけた。それより旅行か?」

「え? 何でわかった?」

「ンな大荷物見て気づかねェほど馬鹿じゃねェよ」


上条とインデックスの後ろにはキャリーケースが積まれていた。
奇しくも十数時間前に一方通行が破壊したものと同様のもので
一方通行は一瞬、湧き上がった破壊衝動を何とか抑えた


「まあな、第一位を倒したのが広まっちゃってな」

(広まった? 俺がこいつに倒された二回はまったく広まらなかった。
 なのに、何故よりもよって室内で行われた戦闘が広まっていやがる?)


情報の意図的な封鎖と拡散。
事件が解決したのにも拘わらず、
学園都市の闇は気配を立つことを知らない。

84: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:42:50.40 ID:cAggG8BWo

「どうした? 一方通行」

「いや、何でもねェ」


その事に上条は何故か気づいていない。
これ以上考えるのは面倒なので、
上条だからの一言で解決することにした。


「じゃあな、………気を付けろよ」

「? ああ、分かった。また今度な」


そう言い、上条は病室を後にした。
上条が出ていた後も一方通行はしばらく
考えを張り巡らしていた。


(大体、何で量産能力計画が第三位なンだ?
 俺や垣根じゃなく、俺たちの足元にも
 及ばない超電磁砲が採用された?
 愛玩目的……はまずねェな、研究者共は人間の欲も心も
 捨てきって、実験に全てを懸けている。
 そもそも、何でまだ超能力にも達していないガキの
 DNAなンか―――)

85: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:43:28.14 ID:cAggG8BWo


「失礼します、とミサカはノックをしても
 返事がないので突入します」

「うおッ!」


突然の来客に思わず思考を中断して
一方通行は防御を取った。


「何をそんなに警戒しているのですか?、と
 ミサカはカルテを盾にしている一方通行に問いかけます」

「何でもねェよ、それで何の用だァ?」


カルテをもとの場所に戻しながら一方通行は聞いた。


「助けていただきありがとうございました、と
 ミサカはまず平身低頭にお礼を言います」

「別にしたくてやったことだ。
 お前らの気にすることじゃねェよ。ンで次は?」


”まず”という事はまだ何かあるのだろう。
そう思い一方通行は先を促した。

86: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:44:28.55 ID:cAggG8BWo


「ミサカ達はこれから先生きる意味があるのでしょうか?
 と、ミサカは尋ねます」


質問は予想外のものだった。
思わず一方通行は息を呑んだ。


「あなたはミサカ達を助けてくれました。
 でも、ミサカ達はあなたを深く傷つけました。
 あの少年もまたミサカ達を助けてくれました。
 と、ミサカは淡々と事実を述べます」


一方通行は黙ってそれを聞いている。
口をはさむべきではないと判断したからだ。


「あの少年やあなたが傷つく中、私たちは何も出来ませんでした。
 私たちはあれから自我というものに目覚め始めました。
 だからこそ、思うのです。
 このまま生きて、また誰かに迷惑をかけてしまわないのかと。
 だからあなたに聞きたい。
 私たちの存在理由がこの世にあるのですか?、と
 ミサカは全妹達の意思を伝えました」


全妹達の意思。
命を助けたところで、少女たちはどうしていいか分からない。
だからこそ、聞きたかった。
この件で一番迷惑を被っているはずの少年に

87: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:45:30.85 ID:cAggG8BWo

「仮によォ、俺がここでないって言ったらどォすンだ?」

「存在理由がないのでは、生きる意味がありません、と
 ミサカは―――」

「ふざけンな」


一方通行は最後まで言わせない。
言わせるわけにはいかなかった。


「他人に決められた理由なンざ、生きる理由にすンな。
 生まれたてのガキが、生きる意味がないだなンてほざくな。
 人間生きてりゃ、自然と他人に迷惑をかける。
 気にするなとは言わねェが、そこまで深刻に考える必要はねェ。
 それでも、まだ俺や上条に申し訳ねェと思ってンなら生きろ。
 たとえどんなに苦しくても悩んでも傷ついても生きろ」

88: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:47:04.51 ID:cAggG8BWo

一方通行は続ける。
まるで自分自身にも言い聞かせるように


「絶対的な幸せになンかこだわるな。
 例え、俺や上条に否定されたとしても、
 胸を張って言い返せるような人生を
 お前自身の手でつかみ取れ。
 その為なら何だってしてやる」


まだ彼女には分からない。
自らの存在理由が

それでも一方通行の言葉は深く胸に届いた。

そんな気がした。

89: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/03(月) 20:47:41.84 ID:cAggG8BWo

「分かりました全妹達にあなたの意思を伝えます、と
 ミサカは病室を後にします」

「あン? もォ行くのか―――って行きやがった。
 まァ伝わったならそれでいいか」


そう言ってそのまま二度寝するため
一方通行は目を閉じた。

一方、病室の外では


(一方通行さんかっこいいです、と
 ミサミサミサカは……)


しっかりとフラグが建設されていた。
ちなみに彼女の検体番号は四五一〇号である。

97: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:38:34.25 ID:0gGVYrSXo
「殴って悪かった」

「はぁ?」

「チッ、反省してまァす」


計画は頓挫し、ボロボロになりながら彷徨っていたところを
第一位に止めを刺され、気づけばベッドの上で寝かされており
不安に駆られる中、現われた第一位。

今度こそ止めを刺しに来たかと思ったその時
発せられた言葉は予想外のものだった。


「いや、え? あなたそんなキャラだっけ?
 恐ろしく似合わないわね」

「あァ? 人の唯一の美点を疑ってンじゃねェぞ三下」

「意外な一面ね」

98: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:39:32.28 ID:0gGVYrSXo


まさに意外な一面。
もちろん、一方通行がそんな一面を持つのにも理由があった。

数年前、イギリスで強盗事件が起きた。
しかし、その強盗犯は逃走する際
御婦人にバッグで叩かれまくるという不幸に見舞われた。

しかし、強盗は決してやり返さず
そのままやられるだけやられて逃走したという。

その事に「これが一流の悪党か」と感銘を受け、
以降、女性に暴力に振るわない事を行動指針としている。

99: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:40:03.13 ID:0gGVYrSXo

「はぁ、そんな風に前向きに考えることができて幸せね
 私は悩むことしか出来なかったわ」


超能力。
そんな自分より強大な力を持っておきながら
迷うことなく向き合える事が羨ましかった。


「そォか? 俺は逆にお前が羨ましいけどな」

「え?」

「悩めるだけの余裕なンて俺には無かった。
 馬鹿みてェに悩ンで、答えを模索できる時間が。
 今となっては分からねェ、咄嗟に出した答えが正しいかなンて、
 だから悩め、お前は俺と違ってまだ選択の余地があるンだからよ」


それでも悪くはない、と一方通行は思った。
色んな別れがあった、それでもそれ以上に出会いがあった。
色んな不幸があった、それでもそれ以上に幸せがあった。

だからこそ、この残酷な世界はとても美しく見えた。


「………ねぇ、一方通行」

「何だ?」


結標が悪意などないにっこりとした顔で話しかける。
まるで憑き物がとれたかのように

100: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:40:31.19 ID:0gGVYrSXo




「ちょっとお姉ちゃんって呼んでみてくれない?」



「えっ」

101: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:42:37.43 ID:0gGVYrSXo
付いていけない人の為に
時間を5秒ほど巻き戻して結標視線でお送りしよう


(殺気が消えると、こいつ中々ね。
 ショタとしての素質があるのかしら?
 歳は一応私より下だし………イケる!!!)


結果


「ちょっとお姉ちゃんって呼んでみてくれない?」

「えっ」


こうなったのである。

102: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:43:45.59 ID:0gGVYrSXo

「すまン、俺は幻聴を患ってるみてェだ。
 ちょっと冥土帰しのとこに―――」

「いいじゃない、丁度殴った代償として、ね?」


じりじりと結標が一方通行に迫る。
まるで獲物を食べようとする獣のように


「く、来ンな。こっちにくンなよ?」

「怯えてる姿はさらにいいわね。
 さあ、もっと怯えなさい!!
 お姉ちゃんと呼びなさい!!!早く!!」


一応、念の為に言っていく。
もやし爆発しろと思った人は少なからずいるだろう。多分
結標だって美人の部類に入るだろう。

それでも、価値観は人それぞれだ、
例え一方通行が鈍感でなかったとしても
結果は変わらないだろう。

103: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:46:03.96 ID:0gGVYrSXo
こんな光景を思い浮かべてみよう。


例えば、仲の良い幼馴染Aがいたとして、
Aがある女Bによって虐められているという
情報を得て、早速女Bに報復として殴り飛ばす。

そして次の日、
さすがに殴るのはやりすぎた、と思い
Bのもとに謝りにいったと思ったら

いきなり「お姉ちゃんって呼んでみて」と
寒気を感じる獣の目で聞いてきたとしよう。


例えが悪いかもしれないがこれはこういった類の物語である。
正直、かなりのホラーだ。


これでも、爆発(ryと思う人はBを口裂け女に置き換えて欲しい。
恐らくそれで一方通行の心境が分かるはずだ。

その場にいるものしか分からない恐怖。
この状況がまさにそれだった。

105: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:47:31.51 ID:0gGVYrSXo
「うォォォおおおおおッ!!!」


一方通行にとって、それはギャグではなくシリアスそのものだ。
よって今の彼にギャグ補正は通用しない。

一方通行は全演算能力を注ぎ込み、
結標の手を振り払う動作の一瞬で生体電気を操り
そのまま気絶させ、逃げる様に自分の病室へと逃げた。


「僕だったら喜んでイk……行くんだけどね?」

「じゃあ、お前が行ってきやがれ!!!
 ついでに頭の方を治療してやれ!!!」

106: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/04(火) 21:51:18.26 ID:0gGVYrSXo
あ わ き ん は ぶ れ な い

なんか書けた。
後悔も反省もしていない。

次回は真面目にやります。はい

それではまた一週間以内に会いましょう

111: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:07:48.21 ID:8LuC+usJo
一方通行「どォも一方通行です」

一方通行「あの後、暇だったから残骸事件に使った
       パソコンであs……調べものしてたンだ」

一方通行「それで自分がタイトルのスレッドを見つけたンだ」


【学園都市第一位】一方通行の服装wwwwww【厨二病患者】


一方通行「何なンですかァ、これはァ!!!」

112: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:09:02.17 ID:8LuC+usJo


1:名前:名無しにかわりまして能力者がお送りします
あのウルトラマン服wwwwww
どこで売ってるんだ?wwww


2:名前:名無しにかわりまして能力者がお送りします
確かに店にないな……
手www作wwwりwwwすwwwかwww


3:名無しにかわりまして能力者がお送りします
類は友を呼ぶって言うけど、さすがにいないよなwww


4:名無しにかわりまして能力者がお送りします
いや、この前センターマンレベルの露出狂の女と一緒に居たぞ
ちなみに胸は大きい。


5:名無しにかわりまして能力者がお送りします
えっ


6:名無しにかわりまして能力者がお送りします
えっ

113: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:09:45.11 ID:8LuC+usJo


7:名無しにかわりまして能力者がお送りします
冗談……だろ?


8:名無しにかわりまして能力者がお送りしますにゃー
serokaori.jpg


9:名無しにかわりまして能力者がお送りします
爆発しろ!
ついでに紹介してくれ!


10:名無しにかわりまして能力者がお送りします
>>9 やめとけ!
こないだその女に絡もうとしたH面がやられたから!


11:名無しにかわりまして能力者がお送りします
略し方wwwww
特定しますた

にしても第一位の目の前でとか勇気あるな

114: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:13:14.95 ID:8LuC+usJo

12:名無しにかわりまして能力者がお送りします
いや女に


13:名無しにかわりまして能力者がお送りします
だせえwwww


14:名無しにかわりまして能力者がお送りします
いや、あれは女がおかしい。

一蹴りで、しかもノーバウンドで20メートルぐらいぶっ飛ばしてた


15:名無しにかわりまして能力者がお送りします
一方通行並の強さじゃねーかwww
にしても学生じゃねーよなコイツ


16:名無しにかわりまして能力者がお送りします
まさか、一方通行は年増が好みだったとはなwww
ずっとロリコンかと思ってた


17:名無しにかわりまして能力者がお送りします
これで18とかだったらウケるんだけどさwwww


18:名無しにかわりまして能力者がお送りします
絶対ねーわwwww
よくて24だろwwww

115: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:14:42.05 ID:8LuC+usJo

18:上条当麻
おい、テメエら!
人の事をからかうのもいい加減しろ!
情けなくないのか? こんな本人のいないとこで
陰口叩きまくって!
確かにあの服はださい!
でもだからってな、バカにしていい訳ねえだろ!
それに女の人も気にしてるんだぞ!
どう見ても結婚適齢期過ぎてるようにしか見えねえけど!

例え、アイツがどんなにダサい服を来てようと!
例え、どんなに30過ぎてるように見えなくても!

だからって陰口叩いていいはずねえだろうが!

いいぜ、このまま馬鹿にし続けるってんなら
まずはその幻想をぶち殺す!


19:名無しにかわりまして能力者がお送りします
そういえば、第五位とも一緒にいたな


20:名無しにかわりまして能力者がお送りします
マジかよ、あの白髪爆発しねえかな

116: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:16:16.26 ID:8LuC+usJo


22;上条当麻
あれ? 書き込み失敗したかな


23:名無しにかわりまして能力者がお送りします
話がズレてないか?
服の話だろ


24:名無しにかわりまして能力者がお送りします
そうだったな
そういえば一回マトリックスのネオみたいな恰好してるのは
見た事あるわ


25:名無しにかわりまして能力者がお送りします
厨二病wwwwwwww


26:上条当麻
おーい………









1000:名無しにかわりまして能力者がお送りします
1000なら、世界中の人間の外見と中身が入れ替わる!

117: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:16:58.29 ID:8LuC+usJo

「こいつら後で住所特定して死なす。
 後、上条はスクラップ確定だクソ野郎。
 誰のファッションセンスがねェンだコラ。
 分かるっかな~、分かンねェだろォな」


たった一つの幻想を守るため、
ブツブツとつぶやく一方通行は、
普段なら気付くはずの病室の静かに扉が開く音に
気付けなかった。


(何を一人で騒いでるのかしら?)


侵入者の正体は結標淡希だった。
しかし、その顔はふざけなど一切なく
手には軍用ライトが握られていた。


「まあ、いいわ。恨まないで頂戴ね」

「……え?」

118: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/05(水) 19:17:28.47 ID:8LuC+usJo


声に気付き、一方通行が能力を発動するより先に
座標移動は発動し一方通行はある場所に転移された。

反転した視界を目を閉じることで正常へと戻し、
そして再び目を開けた。


「何だ……、これは?」


血管のようにはった無数のコードやケーブル。
室内灯のない部屋を照らすモニタやボタン。
それらの中心にいるビーカーの中にいる逆さまの人間。

科学に慣れているはずの一方通行でも
戸惑わずにはいられない光景だった。

頭の中を必死で整理しようとした瞬間、
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも、
見えるその『人間』は口を開いた。


「初めまして、とでも言っておこうか。
 第一候補<<メインプラン>>」

135: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/06(木) 22:09:27.22 ID:qSQIVD1Mo
「誰だ?」

「学園都市の統括理事長と言えば分かるかね?」


男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも
見える『人間』はそう言った瞬間、
ありとあらゆる力の塊がビーカーを直撃した。

凄まじい轟音が鳴り響く。
それでも、ビーカーには傷一つ付かなかった。


「どうした? 君らしくない非合理的な行動だな」


普段の一方通行ならまず状況を整理しただろう。
だが、今の彼にそんな事はどうでもよかった。


「あァン? 何知った口聞いてンだコラ。
 よォやく、諸悪の根源にたどり着けたンだ。
 ”今”の俺に善悪の判断がつくと思うなよクソ野郎」

136: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/06(木) 22:11:17.05 ID:qSQIVD1Mo

一方通行の顔には浮かんでいるのは
怒りでも悲しみでも苦しみでもなかった。

狂気。

湧き上がる殺意が一方通行の体を支配し、顔は憎しみに歪んでいた。
しかし、それとは対照的にアレイスターの顔には
一切の感情の起伏が生まれなかった。


「ふっ、そんなに実験が嫌だったかね?
 別の君は喜んで受けたというのに」

「あァ? あンな雑魚と対比すンじゃねェ。
 そもそも、喜ぶも何もない野郎だろォが」

「意味を理解していない様だな。
 まあそれでいいのだが、少し落ち着き給え。
 その状態で戻ってはせっかくの友に幻滅されてしまうだろう」


その瞬間、絶対的な防御に守られているはずの
一方通行の体は崩れ落ちた。
まるで糸が切れた人形のように

137: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/06(木) 22:12:22.11 ID:qSQIVD1Mo


「あの世界では実におしいところまでいっていたのだがね」


広い空間に響き渡る声は誰にも届かない。
それでもアレイスターは気にも留めず話し続ける。


「君は素晴らしい働きをしてくれた。
 しかし、幻想殺しも浜面仕上も君と違って余計な事をする。
 誤差の範囲ならまったく構わないのだが、
 もはや許容できる範囲を超えてしまった。
 おかげで私のプランはあの段階で永遠に潰えてしまったよ」


ほんの一瞬。
アレイスターの表情が残念そうに歪み、
そして、微かにほほ笑んだ。

まるで、古い玩具が壊れて落ち込み
新しい玩具が与えられ喜ぶ子供の様に


「だから、この世界の君に期待することにしたよ一方通行」

138: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/06(木) 22:12:58.52 ID:qSQIVD1Mo

―――――――――――――――――――

――――――――――――――――――

―――――――――――――――――



「もう朝か……いつ寝たっけか?」


夜の記憶があやふやだったが、
恐らく眠くなって寝たのだろう。


「コーヒーでも飲んで目を覚ますか」


この後、彼の身に降りかかる事件については
彼の名誉に関わるので、伏せておこう。

強いて言うならば、彼が鉄壁の要塞に居る間、
ある意味において残酷非道な魔術が世界規模で
発動してしまったということだ。

150: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/07(金) 23:30:35.95 ID:XBTpKFvOo
「どうなっている……、
 一体何が………?」


目を覚ましたら、訳の分からない世界になっていた。
そんな非現実的な現実に上条当麻は頭を悩ましていた。

とりあえず家族(仮)に命じられた通り
海辺にパラソルを立てようと
海パンに着替えようとしたその時、
不意に携帯の着信音がなった。


「何だ? ……一方通行から?」


とりあえず、メールを開き中身を確認すると

151: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/07(金) 23:33:13.79 ID:XBTpKFvOo


【date】8/24 10:00
【from】金持ち第一位
【to】上条当麻
【sub】どうやら
-------------------------
この世界は俺を置いて、
逆に回転しちまったらしい。

俺にはこの世界で生きる
資格がないのかもしれない。

超電磁砲は……、別にいいか。
俺あいつ嫌いだし

神裂と食蜂と妹達に
幸せになれとだけ
言っといてくれ

じゃあな
お前も幸せになれよ

----------END----------




「一方通行ァァァあああああああああああああ!!!」

152: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/07(金) 23:33:50.68 ID:XBTpKFvOo

その後、上条の電話による説得で何とか
重大な第二次被害は防がれた。

何が起きたのかは、前回でも述べたように
彼の名誉に関わるので伏せておこう。

ただ抽象的に言うならば、

一方通行は記憶が無いが朝まで、
あらゆる干渉を防ぐ鉄壁の要塞に居た事。
そして、この日の一方通行は上条当麻より不幸だった事。
この二点のみだ。

つまり何が言いたいかというと
御使堕しは凶悪な魔術だということだ。

153: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/07(金) 23:34:50.37 ID:XBTpKFvOo


『つまりィ、お前も同じ状況ってことはァ
 ま・じゅ・つって事でいいンだよなァ?
 あはぎゃはははっ!!誰だ、誰だよ、誰ですかァ!?
 そンな愉快な素敵な事をしてくれたのはよォ!!!』

「お、落ち着け一方通行。
 まだ魔術だと決まったわけじゃ―――」

『これが落ち着いてられっかよォ!!!』


一体何があったのだろうか、と上条は疑問を抱いた。
しかし何故か絶対に聞いてはいけないよう気がした。


『……まァ、このぐらいにしとくかァ。
 とにかくお前と合流するわ。
 何故か外出届あるし、丁度「外」に用事あったしな』

「えっ、おい待てって―――って切れやがった
 まったくアイツは一体―――」

「待てってくれたんだね、とうま!!!」


忘れてはいけない。
一方通行がどんなに不幸な目にあったとしても、
その分、上条当麻に幸福が来るということではない事を

154: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/07(金) 23:36:06.95 ID:XBTpKFvOo

2時間後


「そンで着いた訳なんだが、ソレは何だ?」


一方通行が指差した方向には、
気絶した青髪ピアスが埋められていた。


「気にするな、見たら色んな物を失う」

「はァ」


訳の分からない説明だったが
気持ち悪いぐらい不思議と納得できるので
一方通行はソレ以上追及しなかった。

何が起きてるのか、整理しようとしたところで


「うにゃーっ! カミやーん、やっと見つけ……一方通行!?」


突然、奇妙な猫ボイスが響いた。
男性のモノと思われる声色がさらに奇妙さを増幅させていた。

155: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/07(金) 23:37:12.39 ID:XBTpKFvOo

「何だ? この馬鹿みてェな喋り方した三下は?」

「ああ、そいつは土御門っていってな―――」

「自己紹介とツッコミは後だにゃー!
 というより、やはりお前には何の変化もないのか!
 まあいい、とにかく今すぐ逃げ―――」


「見つけましたよ上j……一方通行!?」


憎しみの篭った声と同時に神裂が現れたが、
視線の対象は即座に一方通行に移された。


「……生きていたのですか?」


その目にはもう憎しみは無く涙が零れ落ちていた。
しかし、それにしてもなぜだろう。
感動の再会のはずなのに一方通行は身の危険を感じていた


「一方通行ァァァあああああああああああああ!!!!」

「ま、待て。俺今空間掌握とか使えな……
 ぎゃァァァあああああああああああああああ!!!」


163: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:54:27.90 ID:C5s0Cc7/o
「死ぬかと思った……
 すげェ既視感を感じる」

「すいません!すいません!」


ぐったりと倒れる一方通行に
神裂がひたすら謝り続ける光景は
上条や土御門は無論、
恐らくほかの人間から見ても奇妙だったことだろう。

164: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:54:59.44 ID:C5s0Cc7/o

「聖人の全力使って抱きしめるって
 殺す気だったのかにゃー?
 肉体的にも社会的にも」

「社会的? どういう事だ土御門」

「ん? ああ、今カミやんと一方通行以外の人間からは
 ねーちんは違う人間として見られてるんだぜい」

「別の人間? つまりは?」


そう聞いた瞬間、神裂の肩がフルフルと震えた。
怒りと悲しみが混じった声が神裂の口から洩れる

165: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:55:38.21 ID:C5s0Cc7/o

「………グヌスです」

「え? 何? よく聞こえ―――」


「ステイル=マグネスだっつてんだよ! このド素人が!」


咆哮と同時に、特にない理由の暴力(鞘)が上条を襲う。


「そげぶ!?」


上条の体は見事に宙に浮き、
そのまま地面と豪快なキスをした。

166: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:56:13.22 ID:C5s0Cc7/o

「手洗いや更衣室に入っただけで警察を呼ばれる!
 電車に揺られてるだけで痴漢に間違われる!
 世界のすべてが私に喧嘩を売ってる様でしたよ!」

「分かった、落ちつ―――」

「分かるぜェ!」


今まで死んだように横たわっていた男が起き上がった。
”世界のすべてが喧嘩を売っている”
という部分に反応したようだ。


「分かってくれますか!?」

「決まってンだろォが!
 よォし、この術仕掛けたヤツを血祭りにすンぞォ!」

「「お―!!!」」


超能力者第一位と聖人の心が一つになった瞬間だった。

168: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:56:40.35 ID:C5s0Cc7/o


「えっと説明するとだな
 この術は御使堕しと言っ―――」

「よォし、土御門とやらァ!
 ア行から順に容疑者言ってけェ!
 そいつから聞いた方が早いからよォ!」

「分かったにゃー、丁度最初の奴が一番可能性があるし
 残りは俺と上やんがやるから任せたぜい」

「分かりました。
 それで、その人の名前は?」

169: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:57:25.66 ID:C5s0Cc7/o





「一方通行」




170: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:58:13.09 ID:C5s0Cc7/o
「「………」」


硬直。
暴走していた二人のテンションは
急ブレーキをかけたかのように停止した。


「能力者が魔術を使うと拒絶反応が起こる
 それが無かったら白だにゃー。
 それじゃ、上やん行くぞ」

「お、おう」


と言い、上条と土御門はそのままどこかに行ってしまった。

そして、困惑する二人がその場にポツンと残された。

171: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/08(土) 23:58:49.50 ID:C5s0Cc7/o


「………そういうことなら仕方ありませんね」

「えっ」


神奈川県の某海岸にて、とある少年に不幸な出来事が起きた。
その顛末は想像にお任せしよう。

ただ、一つ言えるとしたら
ベクトル操作によって3人の記憶が改竄されたぐらいだろう。

178: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:41:39.35 ID:nZKAhfH4o
「さて、ここが一方通行の部屋か」

「おい、ほかの容疑者がいるんじゃないのかよ?」


上条と土御門は、海の家『わだつみ』のとある一室に来ていた。
そこは、上条達が取っている部屋ではなく
一方通行がチェックインしている部屋だった。


「まあ、上やんの事なんだけどにゃー。
 それは無いって確証はあるからこうして
 ここにきてるんだけどにゃー」


そういって、部屋の隅に置かれているキャリーケースを
土御門はピッキングで勝手に空けた。

179: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:42:23.56 ID:nZKAhfH4o


「お、オイ! そんな事していいのかよ?」

「まあ、仕方の無いことなんだにゃー。
 ところで上やん、死神部隊って知ってるか?」


キャリーケースの開き、中身を取り出しながら
土御門は言い続ける。
ただし、その口調は遊びのないものへとなっていた。


「えっと、確か一方通行の所属していた組織だったけ?」

「そうだ。穢れを一手に引き受ける必要悪の教会と違って
 穢れを一切引き受けずに魔術師を殺すための組織だ」


魔術師が敵を討った際、敵の魔術を吸収して
一人の力が強力になることもある。

その点では、魔術を知らない死神部隊は
上層部にとって、都合の駒だった.

180: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:42:57.57 ID:nZKAhfH4o

「表向きの理由は、一方通行の危険視だ」

「? 何故、一方通行を?」

「不思議に思ったことはないか?
 アウレオルスやステイル以外の禁書目録の
 保護者が何も接触もしてこないことに」


そういえばそうだ、と上条は思った。
ステイルとアウレオルスだけが熱狂していたとは思えない。
では、その人たちは今―――


「全員、虐殺されたんだよ。一方通行の手によってな」


告げられたのは衝撃の事実だった。
上条の呼吸が止まりかけた。

181: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:43:31.41 ID:nZKAhfH4o

「俺はその時、学園都市に居て
 写真でしか確認してないが酷いありさまだった。
 合理的に死なない様に計算されながらも、
 徹底的に潰れる様に計算されている。
 正直、しばらく食事する気分にはなれなかった。
 息を吸って吐くだけの肉塊にされたそいつらは
 3ヵ月間生かされ、そして死んでいった」


上条の震えが止まらなかった。
一方通行は非情な一面があるとは思っていたが
そこまでとは思わなかったからだ。


「な、何でそんなことを?」

「自分たちに掛けられていた意識操作系魔術を解き、
 真実を知った彼らは、上層部に
 インデックスに掛けられている魔術を
 解除するように要求した。
 死神部隊の人間を5人程殺してな」

182: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:44:07.53 ID:nZKAhfH4o

つまり、それはテロだった。
対魔術のプロである彼らを殺す事で
力を見せつけようとしたのだ。


「しかし、それが一方通行の逆鱗に触れる結果へとなった。
 上が命令を下す前に一方通行は独断で行動を起こしてしまった。
 上層部はその狂気が国に向けられる事を恐れ、
 死神部隊を粛清した―――」

183: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:44:35.25 ID:nZKAhfH4o


「―――ってのが、建て前だ」

「は? 建て前?」

「最初に言った通り、表向きの理由に過ぎない。
 第一それが本当の理由だとするならば、
 全員を粛清する理由にはならない」


復讐はあくまで一方通行の単独行動だ。
それだけで、上層部が都合のいい駒を手放すはずがない。

184: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:45:14.46 ID:nZKAhfH4o

「実は死神部隊の誰かが魔術の技術を盗んだ疑いがある。
 でも誰かまでは分からない。
 一人かもしれないし、全員かもしれない。
 そこで造反を恐れた上層部は一方通行を言い訳に使って
 全員、抹消したんだ。
 一方通行を含めた数人は、逃れた訳なんだけどな」


そこまで言い切り、土御門は取り出したものを
キャリーケースの中に再び元通りに詰めなおした。


「ま、一方通行は白だ。
 装備に霊装の類はなかった」

「……そういうお前はお前で何者だよ?」

185: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:46:03.71 ID:nZKAhfH4o


ここまでの情報を『ただの隣人』が知っているとは思えなかった。


「俺は『必要悪の教会』の一員だぜい。
 半端につけた無能力のせいで
 魔術も能力も使えないけどにゃー」


土御門の口調が遊びのあるものに戻る。
それでも上条の動悸は止まらなかった。

自らの周りの日常が壊れていくような気がして


「世の中に信頼を得る為五〇年も潜ってる奴もいる。
 この程度でビビってるんじゃ世界を知らなさすぎだぜ?」

186: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:46:30.56 ID:nZKAhfH4o

衝撃を受ける上条を見て、土御門はそう言い
さらにもう一度、遊びのない口調でつづけた。


「上やん、日常が惜しいなら
 俺や一方通行ともう関わるな」


突きつけられたのは、選択。
今の上条に記憶はないが、
少なくとも闇の世界にはいなかった事は分かる。
ここで引けば、もう傷つかずに済む。
もう闘わなくて済む。
誰も争うことなく、誰もが笑っていける日常。
そんな世界で生きることができるなら
どれほど幸せなことだろうか。

だから、上条の選択は―――

187: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:47:15.36 ID:nZKAhfH4o





「やだね」



―――簡単に決まった。




「確かに俺は日常を望んでいる」

188: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/09(日) 22:54:42.62 ID:nZKAhfH4o


でもな、と上条は一拍おいて


「そこにはお前や一方通行がいなきゃダメなんだ。
 お前らを犠牲にした平穏なんていらない。
 お前らがどんな深い闇に沈んでようと、
 絶対に引き揚げて見せる」


強い覚悟をもってそう答えた。


「……そうか」


その答えに満足げに軽く笑うと


「そいじゃ、戻りますか。
 今頃おもしろいことにな
 ってるころだからにゃー」

「……殺されても知らねえぞ?」


そういって、二人は一方通行達へと戻っていった。

195: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:49:15.89 ID:i9J/HY8yo
「……ここ30分の記憶は無かったことにしねェか?」

「……同意します」


一方通行と神裂が互いに背中を預ける姿勢で
砂浜に座っていた。

果たして何が起こったのか
それは顔が少し赤くなっている二人と
その近くにいる目の焦点が合ってない3人の
人間から想像していただきたい。


「おーい、お楽しみの時間は過ごせたかにゃー?」

「「そういうことか! 死ねクソグラサン!!」」

「にゃああああああああああああああ!?」


状況を瞬時に察した科学サイドと魔術サイドの猛者によって
哀れな土御門は空高く舞いあがった。
まあ、自業自得と言えばそれまでなのだが

196: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:50:03.19 ID:i9J/HY8yo


―――
――


夏の夜は午後八時になって訪れた
海の家の1階に集まったへんてこな面子の上条家に
上条の友人として一方通行と神裂が座っていた。


「あらあら、それにしても白い肌ね~
 本当に男の子なのかしら?」

「はい、気にしているのでその手の話題は
 控えていただけると、有難いです」


上条は一方通行が敬語を使うのに素直に驚いた。
とても、そんなキャラだとは思わなかったからだ。

197: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:51:23.08 ID:i9J/HY8yo


(……お前って敬語使えるんだな?)

(……さすがに使わなきゃマズいだろ。
 まァ、なれねェから話す内容を全部
 神裂の言葉遣いに変換して、
 喋ってるだけなンだけどな)

(さすが第一位。
 考えることが違うな)


テレビでは火野神作という死刑囚が脱獄したという
報道が小萌先生ボイスで流れているため
話題にはならない。

特に話題もないまま上条当麻の父である
上条刀夜は一方通行に話しかけた

198: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:52:47.48 ID:i9J/HY8yo


「そうか、君が当麻の友達の一方通行君だね?
 いつも、当麻が世話になってるよ」

「あ、いえこちらこそ――」


今、一方通行の脳内では台詞を脳内に止め
それを神裂の言葉に変換してから、
口に出す、という作業を行っていた。

正直、慣れない言葉遣いと演算に
一方通行は疲れていた。

そんな彼の疲れに加速度をつける存在がいた。

199: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:53:59.04 ID:i9J/HY8yo

「アンタさ、言葉も見た目も女っぽいね」


殺すぞこの三下、という言葉を飲み込んで
一方通行は耐える。


「やかましい、このド素人がァ!」

(あ、やべェ)


一方通行は自ら進んで敬語を使ったわけではない。
神裂の言葉を完全にトレースした為、
こうなってしまったのである。

200: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:54:30.03 ID:i9J/HY8yo

「なにおう! 私より細い腕の癖に
 調子に調子乗ってんじゃないわよ、
 このもやし!」


ブチっと血管が破れる音が鳴った。
要因は二つ。
一方通行はもやしと呼ばれるのを嫌っていること。
そして、御坂美琴が嫌いと言うこと。

その二つが、一方通行の枷をぶち壊す。

201: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:56:27.06 ID:i9J/HY8yo


「こっから先は―――」


灼熱の殺気を纏いながら、
一方通行が静かに立ち上がろうとする。
しかし、それを上条当麻が必死に止めた。


「待て、落ち着け! 落ち着くんだ!
 お前も言い過ぎだぞ謝れ!」

「うっ、ごめんなさい」


心の一方レベルの殺気に怯えたのか、
さすがに言いすぎたと反省したのか
何れかは不明だが少女は素直に謝った。

一方通行もそれに応じ、事無きを得た。

202: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:57:01.21 ID:i9J/HY8yo



―――
――



「あァ、疲れた。
 慣れねェことはするもンじゃねェな」


敬語を使うことに疲れたのか、一方通行は
食事のテーブルから離れ、
そのまま逃げる様に目的地もなく
自分の部屋に戻って寝ようかとでも
考えると、神裂がついてきた。


「お疲れ様です。
 ところで頼みたい事があるのですが
 いいでしょうか?」

「叶えられる範疇ならな」

「実はトラブル続きで湯浴みできてないので
 風呂に入りたいのです」

203: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:57:39.61 ID:i9J/HY8yo

海の家には風呂がある。
塩水を体から洗い流すためのものだ。


「まァ、そりゃそォだがお前にしては珍しく
 のンびりしてねェか?
 別に責めてる訳じゃねェが」

「ええ、まあ……」


神裂の口調は何かを言い淀むようだった。


「……、私情を挟んでいられる事態ではないのは
 分かっているのですが、あの子に笑顔を向けられることに
 どうしてもなれることができない。
 私にはそんな資格はありません」

204: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:58:12.26 ID:i9J/HY8yo

「……そォかい」


何れ向き合うべきだとは思う。
しかし、今はその時ではないと一方通行は察した。


「ンで、俺は何すりゃいいンだ?
 背中でも洗えってかァ?」

「いえ、それはまだ早いです」


何やらいろいろツッコミどころが
満載だったような気がしないでもないが
一方通行は無視することにした。

205: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/10(月) 23:58:42.50 ID:i9J/HY8yo

「御使堕しの影響で私は男性に見られてるので
 見張りを頼みたいのです」

「あァ、そォか。
 了解した、早く済ませてこい」

「では頼みましたよ」


そういって、神裂は曇りガラスの向こうへと消えていった。


(あれ? これ女どもが来て
 「男同士だから行って来い」って言われたら終わりじゃね?)

297: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:05:45.98 ID:jpRCEN0go
予想通りの展開が起きた、と一方通行は思った。


「「………」」


密室に降りるのは沈黙の重圧。
誰が、どんな状態でいるのかは
記すまでもないだろう。

だが、少年は覚悟を決めていた


「……殺れ、一思いにな」


直後、細い可憐な体は、
黒鞘によって一閃された。


「ひでぶ!?」


298: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:06:18.95 ID:jpRCEN0go



―――
――



「いくら何でもあまりじゃないのかにゃー?」

「……、仕方がないでしょう」

「ぷっ、実は見られる喜びを―――
 冗談です。冗談ですのでその刀に掛けた手を
 収めてください、ねーちん」


分かっていますよ、と神裂はつまらなそうにいい
溜息をついた。


「やはり、あの少年が犯人だとは思えません」

「実行する理由も無さそうだしにゃー、
 やるとしてもアイツは自分自身で片を付ける
 天使頼みだなんてアイツらしくないにゃー」

299: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:07:10.72 ID:jpRCEN0go

一方通行は、基本的にどんな最悪な手段を用いたとしても
自分の事は自分で片をつける人間だ。
その過程で力を望むことはありえる話だが
天使を傀儡にすることは有り得なかった。

上条当麻に至っては論外。
理由もないし、一か月前までは魔術のまの字も
知らなかった人間だ。

ただ、そうなると容疑者は皆無。
考えても分からない現実は、、
いつしか二人の会話を別のベクトルへと導いていく。

300: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:07:39.72 ID:jpRCEN0go


「それにしても既成事実ぐらい
 作ればよかったなんじゃないのかにゃー?」

「黙りなさい、土御門。
 その歪んだ根性ごと切り裂いてあげましょうか?」

「そんな余裕全開でいいのかにゃー?
 アレはもうただのコミュ症じゃない。
 ライバルがいなくて、サポーターばかりの
 あのころとは違うんだぜい?」


ぐぐっと、神裂は奥歯を噛みしめて土御門を睨んだ。

301: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:08:14.84 ID:jpRCEN0go


同時刻、『わだつみの家』一階


「あァ、まだ体が痛む……」

「大丈夫か? つか潔すぎだろお前」


火野神作のニュースが小萌先生ボイスで流れる空間
には灯りこそ付いているものの二人の少年以外に
誰もいなかった。

恐らく上の階でトランプでもしているのだろう


「お前なら何て言った?」

「……新感覚日本刀ツッコミアクション?」

「地味にセンスあって悔しいじゃねェか」

302: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:08:44.95 ID:jpRCEN0go


そんな雑談をしている無防備な二人の
少年を狂気で淀んだ視線が射抜いていた。


「―――では、今回もイケニエを捧げればいいんですね?」


そういって『視線の主』―――火野神作は
床下を走る太い電気ケーブルへナイフを突き立てた。

303: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:09:12.03 ID:jpRCEN0go


バチッ、と突然二人の少年がいた空間が暗転した。
月明かりのおかげでそう真っ暗闇というわけではなかったが。

上条はつい光を失った蛍光灯へ目を向けようとして


「その場を離れろォ!」


一方通行の怒号に上条が驚き少し後ずさりした瞬間、
そこから勢いよくナイフが生えてきた。

突然のことに思考が追い付かない。
それでも、冷静を取り戻しかけた上条に
あるものが視界に入ってくる。

床下の隙間から血走ったような
狂った眼球を

304: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:09:40.94 ID:jpRCEN0go



「ヒッ」


思わず足がもつれ、立ち上がろうとするが
その足首は何かにつかみ取られた。

ある爪は割れ、ある爪は剥がされ
グジュグジュになったボロボロの手に


「い、ひっ……」


理屈では分かっていはいても
打ち消すことはできない悪寒や震え。

皮肉だが、この精神異常者に
人殺しの才能があるようだった。


「チッ―――!?」


一方通行が能力を発動し、襲撃者を粉砕しようとしたところで
その横を何かが通り過ぎた。

一方通行がそれを少女を認識するまで数秒の時間を要した。

305: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:10:06.85 ID:jpRCEN0go

そして、赤い少女はL字の釘抜きを引き抜き
上条の腕を掴みそのまま襲撃者の腕に振り落した。

聞いただけで不快感を催すような鈍い音が響き
襲撃者の腕があらぬ方向へと曲がった。

折れた、というよりも
千切れそうになったという方が正しいだろう。


「ぐがぁ!」


襲撃者は手をひっこめ、床下に逃げ込むが
少女は釘抜きを放り投げ金槌で床下に穴をあけ
金槌を放り棄て、ペンチをもって大穴へと入り込んだ。

306: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:10:36.85 ID:jpRCEN0go

床下からの戦闘音が鳴り響く。
そんな中、一方通行は軽い頭痛を感じた。


(チッ、ふざけすぎたか。
 何が一分以下だあのクソ医者
 30秒ももたねェじゃねェか)


とはいえ、目の前の脅威は、
魔術師や能力者の類ではない。

幸い、能力を使うまでもないだろう
と一方通行は判断した。

307: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:11:15.39 ID:jpRCEN0go


しばらくして、ズバン!と爆発するように床板がはじけ飛ぶ。
中から出てきたのは少女ではなく黒い影。

一目でわかる不審者は上条に覆いかぶさろうとする。

しかし、一方通行は上条当麻を突き飛ばし
そのままバク転で男の顎を蹴り飛ばし、
バランスを崩し床に倒れた勢いを利用し
床を転がるように男との距離を取る。

警戒する一方通行だが追撃は無かった。


「どうなっている! 答えろよ!
 エンゼルさま!」

308: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:11:53.73 ID:jpRCEN0go


そう言うと襲撃者は自身の胸にナイフを突き刺した。
それはガリガリと男の体を削り
ある文字が浮かび上がった。


GO ESCAPE


文法も何もないただの言葉。
しかし、それを見た瞬間
切羽詰まっていた男の表情が
一気に和らいだ。

309: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 00:12:32.93 ID:jpRCEN0go

瞬間、少女が床板をぶち破り
上条と火野の間に入り
ペンチで挟んでいた小さい
白い何かを砕いた。

歯が不自然に欠けた男は気にせずに
1,2歩下がり湿った革布でナイフの血をふき
そのまま、それを少女に向かって投げた。

赤い少女はそれを首を振って簡単に避けるが
標的を失ったナイフは上条の頬をかすめた。

たったそれだけのはずなのに
上条の体が崩れ落ちた。


「! 毒か!?」


狂気の笑いを上げながら火野は、
海の家の外へと飛び出していった。

分が悪いと踏んだのか一方通行は火野を追いかけなかった。
そして少女も追うかどうか迷ったようだが
上条の方へと駆け寄った。

318: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 21:48:59.21 ID:jpRCEN0go
わだつみの2階、
一方通行は自室で着替えていた。

忍者の武装を科学的な視点から解析し
自分なりに改造した戦闘服を身に纏い、
そこに銃や小太刀を暗器の様に忍ばせていた。

一方通行の細い腕でも扱えるように
銃は威力ではなく反動の軽減を、
小太刀は長さではなく重量の軽減を、
それぞれ威力ではなく、
動きやすさを追求した品だった。


「………28人か」


ふと一方通行は鏡を見た。
反転した世界の自分を見ながら
何を考えたのか

それは誰にも分からない。

319: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 21:49:58.11 ID:jpRCEN0go

行間


時は、一方通行が一方通行と呼ばれる前で
場所はとある森の中の小屋だった。


「ハァ、ハァ、ハァ………」


少年は荒い息遣いは止まらなかった。
息切れによるものでもあったが、
それ以上に精神的な影響が大きかった。

そんな少年の周りには
修道服を着た5人の大人がいた。



大量の血を流し、うつろな目を開いた
もうすでに息のない死体となって

320: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 21:50:42.27 ID:jpRCEN0go


「ぐっ……、あぐ……」


熱せられるような吐き気が
一方通行を襲う。

それに耐えようとしたとき、
不意に月明かりが辺りを照らした。


「貴様がやったのか!」

「ッ!」


現われたのは死体と同じ格好をした男だった。
恐らく5人の仲間だろう。

男はブツブツと呪文を紡いだ後、
男の手を噴射点として、衝撃波が放たれた。

321: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 21:51:15.70 ID:jpRCEN0go

轟音が森全体の空気を揺らす。
衝撃波の威力は中にいる人間を
山小屋ごと吹き飛ばしていたように見えた。


「くそっ……、死神ど、ぐっ!」


男が忌々しげにそう呟いた瞬間、
背後から何者かが小太刀を突き立てた。

月明かりに照らされたその姿は山小屋と共に
吹き飛ばされたはずの少年だった。

322: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 21:52:41.66 ID:jpRCEN0go


「あぐっ、が! ぐ、くそ……」


男はその手を背後にいる一方通行に
必死に伸ばそうと足掻く。

しかし、激痛によって唇は震え
まともな言葉を紡ぐことさえ出来なかった。


「ぐっ……! ぐっ……」

「あ、が。ご、がァ」


少年は全身の力を振り絞り、
男の腹に刺した小太刀をそのまま
上へと押し上げ、一気に切り裂いた。

323: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 21:53:10.06 ID:jpRCEN0go


「あ……、が……」


消え入るような雑音を口からもらしながら
男の体は力なくその場に倒れた。


「うぅぅぅううううううううう」


少年の紅い双眼から暖かい液体が流れ落ちる。
月明かりは無情に、泣き続ける白髪の少年を
照らし続けていた。

324: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/12(水) 21:54:28.04 ID:jpRCEN0go
(くっだらねェ)


込み上げる思いをその一言で一蹴すると
一方通行は部屋から出た。

一階に戻ろうとする階段を降りたその時
上条当麻が凄まじい勢いで
階段を駆け上がっていた。


「……何してンだ、アイツ?」


一方通行は知らない。
上条当麻は今、深刻な状況に
立ち向かっていることを

331: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:14:47.26 ID:pn0OdJLSo
翌朝……をすぎた昼ごろ


上条の家族とインデックスが砂浜に出かけたのと同時に
神裂と土御門とミーシャの3人がわだつみにやってきた。

土御門は今、スキャンダル中のアイドルと
入れ替わっているため、下手に見つかると
騒ぎになる恐れがある。

よって作戦会議は上条の部屋で行われることになった。
そこには一足先に一方通行がおり
ノートパソコンを壊れる勢いで操作していた。

本当は早朝にでも作戦会議を行う予定だが
上条が睡眠不足と水分不足による夏バテを
引き起こしていたので、お昼まで
時間が延び延びになってしまったのだ。

332: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:16:05.55 ID:pn0OdJLSo


「まったく何を考えているですか、あなたは」

「まァ、後で俺が言ってやるから、
 そこらへんにしといてやれェ」


呆れるようなそれでいて心配するような声をだす神裂を
制すると、一方通行は本題へと入っていた。


「それより、犯人は火野神作でいいンだな?」

「ああ、昨日の俺と御坂妹の目撃情報から
 火野は入れ替わってない―――って
 何やってんだ? お前」


話している間も一方通行はすさまじい勢いで
キーボードをたたいていく。
正直、気になってしょうがなかった。


「ふゥー、ん? これか?
  丁度、今終わったところだ」


そういって一方通行がエンタキーを押すと
パソコンから音声が流れた。

333: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:17:17.62 ID:pn0OdJLSo

『こちら本部、容疑者が潜伏していると思われる
 民家の周辺600mの封鎖を完了。
 犯人の数、人質の有無は不明。
 α、βは犯人を刺激しないよう
 引き続き現状を維持せよ』

『こちらα、了解』

『こちらβ、了解』


ノイズ交じりの音声は、ドラマなどで
流れる機動隊の会話のようだった。

しかし、残念ながら今はドラマを
見てるわけでも、撮影してるわけでもない


「何してんのお前!?」

「見てわからねェか?」

「分かりたくないってほうが正しいな」

334: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:18:22.73 ID:pn0OdJLSo

上条も馬鹿ではない。
例え、パソコンの画面に並んでいる
記号の意味が分からなくても、
平成11年8月13日法律128号に、
反するモノだということは分かった。


「そんな事で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

「ならいいんだぜい」

「もうやだこの人たち」


上条当麻は友人の外れっぷりに
心の底から呆れた。

335: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:18:51.88 ID:pn0OdJLSo


一方通行が(不正に)入手した情報をもとに
現場を特定した土御門達は
タクシーで包囲網のすぐ傍まで行き
住居を利用して警官の包囲網を突破した。

しかし、上条の家の周りには警官ではなく
装甲服と透明な盾で武装している機動隊が包囲していた。


「玄関周りに見えてるのがαチーム
 ンで、裏にいるのがβチームだ」


恐らく、αチームは陽動で
主力部隊はβチームだろう。

336: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:19:18.14 ID:pn0OdJLSo


「ここで眠らせても奴らは五分に一回
 定期連絡を作戦本部に送る。
 下手したら俺らは火野の仲間ってことで
 ブタ箱行きなンだがどォするよ?」

「それでは、禁糸結界はどうでしょうか。
 対象者の意識を操作―――つまりは、
 機動隊に、『全然違う家』を『上条当麻の実家』
 だと錯覚させます」


ヒュン、と風を斬る音が聞こえ
神裂の周辺に透明な鋼糸が現れた。


「準備に二〇分程かかるので、
 その間はどこかに身を隠していてください」


あいあいさー、と土御門は軽く返事をした。

337: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:19:48.53 ID:pn0OdJLSo


「念の為に言っておきますが、上条当麻。
 あなたは糸に触らないでください。
 魔術が解けてしまう恐れがあるので」

「触ろうとさえ思わねーよ。
 前にも右腕斬られたばっかなのに、
 そう簡単にバラバラになったら
 『不幸だから』の一言で済む問題じゃねーだろ」


ぴく、と神裂の顔から表情が消えた。


「うにゃー、でも空間掌握戦じゃ
 それが『不幸中の幸い』にならなかったけ?」


上条と土御門はそんな神裂の微細な変化に気付かない。
一方通行は黙ってその様子を見ていた。

338: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:20:19.89 ID:pn0OdJLSo


「念の為に言っておきますが、上条当麻。
 あなたは糸に触らないでください。
 魔術が解けてしまう恐れがあるので」

「触ろうとさえ思わねーよ。
 前にも右腕斬られたばっかなのに、
 そう簡単にバラバラになったら
 『不幸だから』の一言で済む問題じゃねーだろ」


ぴく、と神裂の顔から表情が消えた。


「うにゃー、でも空間掌握戦じゃ
 それが『不幸中の幸い』にならなかったけ?」


上条と土御門はそんな神裂の微細な変化に気付かない。
一方通行は黙ってその様子を見ていた。

339: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/13(木) 21:20:47.10 ID:pn0OdJLSo

「何だそれ? 正直あんま覚えてねーし
 ったく、あの合理野郎め。
 あんなもんに遭遇しちまったのが
 すでに『不幸だった』んだよ」


カツン、とブーツを鳴らし神裂は
ものすごい勢いで走り去った。


「……ったく、面倒くせェ」


呆気にとられる上条を尻目に
一方通行も神裂を追いかける様に
上条達の元から立ち去った。

348: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/14(金) 23:18:45.95 ID:ipsZmmooo
「何だったんだあいつら?」

「一方通行は知らねーけど、
 神裂ねーちんは『不幸』って言葉に
 反応したと思うんだぜい」

「不幸? 言ったけかな?」


上条は首を傾げながらいった。
ふとミーシャの方を見るが、
黙っているところを見るに
彼女は会話に参加する気はないようだ。

349: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/14(金) 23:19:25.11 ID:ipsZmmooo

「神裂ねーちんは『幸運』だった。
 でもそのせいで、周りの人間が
 『不幸』を押し付けてしまったんだ」

「不幸を押し付ける?」

「そ、強すぎる幸運は言い換えれば、
 その代償は周りの不幸な人間に行く。
 神裂ねーちんが外道なら何も迷わなかった。
 でも、アレは周りの人間が大切だった。
 だからこそ、自分が許せなかったんだ」


神裂は元々、天草式の女教皇だったという。
しかし、今イギリス清教に居るということは
そこから去ったのだろう。

大切な仲間を自分の『幸運』で
振り回さない為に

350: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/14(金) 23:20:01.80 ID:ipsZmmooo



「例を一つ上げるとするなら、
 一方通行を英国に連れてきたのは神裂だ。
 しかし、一方通行は暗部にぶち込まれ
 その功績として地位が上がった。
 迫害されてた奴をただ救いたかっただけなのに」

「そんな……」

「でも、一方通行はそれでも神裂を支え続けたんだ。
 本当に奴が生きていて良かったよ。
 じゃなきゃ、今頃どうなっていたことか」

351: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/14(金) 23:21:18.17 ID:ipsZmmooo

同時刻、少し離れた場所


神裂は電柱を利用して結界を張ろうとしたが、
予想外な事に一方通行がついてきていた。


「……何の用ですか?」

「さっきの気にしてねェかなと思ってな」

「気にしてない、と言えば嘘になりますが
 彼は悪くありません。
 彼を責めるのは筋違いです」


そういって、神裂は背を向ける。
これ以上話すことは無いとでもいうように

352: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/14(金) 23:22:26.50 ID:ipsZmmooo


「そォかい、じゃあ俺からも言っておこうか」


一方通行はそれに構わずつづけた。


「俺は幸福や不幸に振り回さる程、弱くはない」


一方通行から神裂の表情は見えない。
それでも、一方通行は気にも留めなかった。


「もう聞き飽きたかもしれねェが、
 えーと、その、何だ、うン……
 『お前と出会えてよかった』
 そう思ってる事は忘れるな」


最後の台詞がよほど恥ずかしかったのだろうか
一方通行の頬は赤く染まっていた。

353: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/14(金) 23:22:58.31 ID:ipsZmmooo


「あァ―、じゃあ俺は戻るぞ?
 能力もいつまでもつわけじゃ―――」


一方通行は背を向け上条たちの元へ戻ろうとするが
ガシッとその細い手が強く握られた。


「だったら―――」


神裂の声は震えていて、
その眼は今にも泣きそうだった。


「―――二度と死なないでください。
 私は、もう何も失いたくない」

「……あァ、約束する」

「分かりました、その言葉信じます」


神裂は最後にそっと微笑むと
そのまま、結界を張りに駈け出した。

余談だが、能力の限界は5秒後に訪れることになる。

359: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:19:14.71 ID:11XmvHdZo
「―――って事があったんだぜい。
 あの時の一方通行の舞いっぷりがすごかったぜい」


シリアスだった話はいつの間にか英国での
コメディ話へと化していた。

何故、こうなったのか。
それは誰にも分からない。


「あっはははははは!! 何だそりゃ、
 筋金入りの鈍感じゃねえか」

「……上やんがそれ言うと
 かなりのブーメランな気がするぜい」

「え? 何で?」

「駄目だコイツ、早くなんとかしないと」

360: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:19:45.64 ID:11XmvHdZo


くだらない雑談に花を咲かせていると
そこに近づく影があった。


「何話してンだお前ら?」


ヒョッコリと姿をのぞかせたのは一方通行だった。


「何でもないんだぜい、それより話は済んだか?」

「まァな」


そうこうしてるうちに神裂も帰ってきた。


「禁糸結界、起動完了しました。
 機動隊は300m離れた家に
 移動しました」


その姿にはもう冷静さを取り戻して
動揺してる様子など微塵も無かった。


「さて、がら空きになった上やん家に突撃しますかにゃー」


その言葉を合図に、
全員は再び動き始めた。

361: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:20:13.70 ID:11XmvHdZo



8月25日 午後1時30分


上条家は平凡に見える2階建ての木造建築だった。
しかし、真夏の炎天下の真昼間から
全ての窓を雨戸とカーテンで覆っている光景と
殺人鬼がいるという事実が、
日常とはかけ離れた狂気の詰まった家へと
変貌させていた。


「ンじゃ、火野を確保するから
 お前らここで待機してろ」

「何を言ってるのですか!?」


一方通行の単独行動宣言に
神裂は反発した。

だが、一方通行は別にかっこつけるために
言ったわけではない。

362: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:20:57.37 ID:11XmvHdZo


「火野神作をただの精神異常者じゃねェ。
 アレはプロの暗殺者だ。
 味方同士をぶつけるなンて造作もねェはずだ。
 だから一人で行くつってンだ」


神裂やミーシャなど味方が頼もしい分、
同士討ちになった時のリスクは計り知れない。

そして火野の強さは、
物理的な者でなく、精神的なものだ。
なまじ力が強いより神裂達より、
暗殺に手馴れている一方通行の方が
割かし相性はいいはずだ。

だからこそ、一方通行は単独で行くと宣言したのだ。

363: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:21:51.46 ID:11XmvHdZo

土御門は少し考え、同じ結論を出したようだ。


「まあ、この中で言ったら
 何だかんだで一方通行が適任だしにゃー。
 じゃあこれ鍵な」


あれ!?と上条は慌ててポケットをまさぐるが
そこにはもう鍵は無かった。

無駄な手癖に呆れつつも一方通行は
首を横に振った。


「いらねェ、ンじゃ行ってくる」


そういって、一方通行は上条家の庭へ入ろうとする。
そこでふとある視線に気づいた。

364: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:22:20.66 ID:11XmvHdZo


「どォした? 神裂」

「……必ず帰ってきてください」

「ンな大げさな―――分かった、分かりましたよォ
 すぐ終わらせるから安心しとけっつの」


一方通行ははぐらかそうとしたが
神裂がジト目で睨んできたので辞めることにした。

どうも、女のジト目は苦手だと一方通行は思った。
男だったら殺すに違いないが

365: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:22:57.54 ID:11XmvHdZo
―――
――



才能があるな、と一方通行は
同じ精神攻撃を得意とする者としてそう感じた。

カーテンはどれも窓ガラスを完全には覆ってはいない。
恐らく、中は完全な暗闇ではなく
僅かに光が漏れる薄暗闇だろう。

だからこそ、恐怖が増長させ
同士討ちのリスクを高める。


(まァ、俺にはきかねェけど)


366: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:23:40.88 ID:11XmvHdZo

そう思いながら、一方通行は懐から小太刀を取り出し
そのまま小太刀の柄で庭の窓ガラスに傷をつけ始めた。

ガリガリと内側の鍵の周りを中心に見立て
半円を描くように傷をつけると
小太刀の柄で窓ガラスを叩き割り
そのまま中に手を入れ内側から鍵を回して
窓ガラスを開け、中に侵入した。

一方通行の獲物は主に拳銃と小太刀の二種類だが
この場合、奇襲に備えられるように
一方通行は小太刀を選択した。

367: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:24:11.79 ID:11XmvHdZo



(このカーテンすげェ防音性高ェの
 使ってンな、ピアノでもすンのか?)


そう思いながら一方通行はコートのポケットに手を入れ
小型の超音波発生装置を取り出そうとしたが
あることに気付いた。


(この匂い……プロパンガスか?
 逃げてここを爆破するつもりか?)


そう思った直後に一方通行は自分の考えを否定した。

そんなものは火野らしくない。
そして、自分なら絶対にしない。

368: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:25:02.17 ID:11XmvHdZo


精神攻撃を得意とする者が求めるのは拠点だ。
奇襲を仕掛ける者に回らなければ不利だからである。

一方通行は、慎重に火花を立てない様に
絨毯に超音波発生装置を投げ、
そのまま壁を這うように動き始めた。


(カーテンのおかげで演算が楽だ。
 人がいるのは……台所?
 ―――やっべ!)


一方通行は慌てて壁から離れた。
壁だと思っていた場所は台所への襖だったのだ。

ビリィ、と紙が破れる音が響く。
さっきまで一方通行がいたところから
ナイフが勢いよく生えてきた。

369: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:26:05.06 ID:11XmvHdZo


そして、襖を豪快に蹴り破り
火野が姿を現した。


「ギビィ!」


獣のようなうなりを上げながら、
火野が一方通行に襲い掛かった。

打ち合うわけには行かない。
火花が少しでも上がれば爆発が起きるからだ。

一方通行は火野の乱暴な横へのナイフを
身を低く沈め、紙一重で躱し、
そのまま鳩尾に小太刀の柄を突き立てようとする。

370: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/15(土) 23:26:31.31 ID:11XmvHdZo

決まった。
そう思った瞬間、信じられないことが起こった。


火野が左手首でその一撃を受け止めたのだ。


ぐちゅり、という腐った果実を潰す音が響き
血を飛び散りさせながら火野は渾身の力で、
一方通行の手から小太刀を叩き落とした。


「ギギィ!」


そして、そのまま三日月ナイフが一方通行にせまり
ズブッ!と人肉を引き裂く音が鈍く響いた。

376: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:19:24.10 ID:iDlBJQ2Qo
上条の携帯が勢いよく鳴り響く。

それを合図に全員が動きだす。
神裂とミーシャは身体能力を生かして
2階に飛び移り、そこから入り
上条と土御門はそのまま玄関から、
全員が同時に突入した。

玄関から家に入った上条は、
鼻をつんざくような異臭に顔をしかめた。

丁度その時、気配に気づいた一方通行が
大声で指示をだした。


「今すぐ窓を開けて喚起しろ!
 爆死なンざ冗談じゃねェ!」

377: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:20:22.66 ID:iDlBJQ2Qo



その声に慌てて土御門と上条は、
玄関を開けたままにして、
要所を巡り窓を開放していく。

一通り窓を開けられるだけ開けると
リビングへと向かった。

既にカーテンが開けられ、
平凡を取り戻した空間には
気絶している火野と
血を流す一方通行がいた。

378: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:20:56.47 ID:iDlBJQ2Qo



少し前の出来事


火野の三日月ナイフが振り上げられ。
そのままナイフが一方通行に突き刺さった。


正確には一方通行の左腕に


咄嗟にコートの捲り自ら
突き刺さるように腕を差し出したのだ。


「はァ!」


そのまま突き刺さった腕を
思いっきり振り回し、火野からナイフを奪うと
そのまま左の脇腹辺りに仕込んだ小太刀を掴み
一瞬の逡巡もなく、柄で火野の顎を突き上げた。

379: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:21:27.62 ID:iDlBJQ2Qo

わだつみで放った蹴りとは違い、
打撃ポイントが緻密に演算された一撃は、
そのまま火野の意識を奪った。


「ぐっ……!」


一方通行の行動は素早かった。
腕の痛みに耐えながら、
一方通行は絨毯に転がっている
超音波発生装置を踏み壊し、
台所へ向かい、ガスの元栓を閉め
上条の携帯に掛けながら、
リビングのカーテンを開けた。


そして、現在に至る。

380: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:22:01.17 ID:iDlBJQ2Qo


「おい、大丈夫か?」

「うっせェ、ンな大事じゃねェよ
 ―――痛ッ! クソ」


腕に刺さっている三日月ナイフを腕から抜き
溢れる血を抑える様に、一方通行は
本来、ズボンを足に締め付ける為のベルトを
外し、傷口を覆うように様に巻き、きつく締めた。


「無事ですか!? 一方通行!」


2階から降りてきた神裂とミーシャも
リビングに集まる。


「その傷………」

「大したことねェから安心しろ」

「何だ、この扱いの差」


上条は少しばかり不満を抱いたが
今はふざけている場合ではない。

御使堕しを起こした犯人が目の前にいるのだから

381: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:22:27.77 ID:iDlBJQ2Qo

「起きろ」


一方通行が火野の腰を蹴る。
ピクッと火野が目を覚ました。


「な、何だお前ら」

「御使堕しの儀式場を吐け」

「何だよそ―――」


グシャッ、と鈍い音が鳴り響く。
一方通行が小太刀の柄で
火野の潰れかけていた左手首を潰したのだ。

返り血が飛び散るが一方通行は気にも留めない。

382: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:23:02.44 ID:iDlBJQ2Qo

「場所は?」

「コイツらナニいって―――」


今度はグチュリッという音が鳴り響く。
何度も潰され、火野の左手首はもはや使い物に
ならないように思えた。


「お、おい―――」


上条が止めに入ろうとすると
土御門は黙ってそれを制した。

サングラスの奥の瞳は
『邪魔をするな』と言っているようだった。

383: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:23:29.27 ID:iDlBJQ2Qo

あまりの激痛に、火野は床を這って
逃げようとするも、その先に戸棚がある為、
あっけなくその逃走劇は幕を閉じた。


「しらない。しらない。しらな―――」


ブッシャァ、と血飛沫が上がった。
一方通行は火野の頬を切り裂いたのだ。

火野は頬を左手で抑えようとするが
既に使い物にならない手首は曲がらず
うまく抑えることが出来なかった。


「助けて、エンゼルさま……」

「エンゼルさまっつゥのは誰のことだ?」

「それは……」

384: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:24:24.22 ID:iDlBJQ2Qo



火野の言葉に空白が生まれる。
それは話すことを躊躇っているわけではない。
話す内容を整理しようとしているのだろう。

だが、そんなことは一方通行にとってどうでもいい。

躊躇なく、小太刀の柄で火野の頬の切り傷を
更に抉るように切り裂いた。


「アギャァ、え、エンゼルさまは正しいんだ。
 えんぜるさまは私の心の中にいて、
 私が望めば何でも答えてくれる。
 エンゼルさまに従っていれば幸せになれる」


もう傷つけられるのは御免だとばかりに
火野の口調が早くなった。

恐らく、今の火野は質問されれば
どんな質問に即座に答えるだろう。

385: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:25:01.94 ID:iDlBJQ2Qo

「何かもエンゼルさまの指示っつゥ訳か?」

「そ、そうだ。
 エンゼルさまはいつも正しい。
 ガスの元栓を開けて、救急車を呼べば
 助かるってエンゼルさまが言ったから」


火野の腹には、ナイフでつけた切り傷で
『CALL AN AMBULANCE』
と彫られていた。

頑丈な場所に避難し、機動隊が来ると同時に爆破。
そして、機動隊の装備を奪って負傷者を装い
救急車に駆け込む。

恐らくそんな作戦だったのだろう、と上条は思った。

そして、火野は右手で
指が折れる程の強さで床に文字を書こうとする。

386: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:26:04.20 ID:iDlBJQ2Qo

それに気づいた一方通行が警戒して、
彼の顔に何度も小太刀で斬りつける。


「と、止ま、ギャアァ、ら、グガァ、ないんだ。
 ガアァ、エン、ゼルさまは、グアァ、
 止められ、ギイィ、ないんだ」


無数の切り傷を刻まれ、
顔を自らの血で染めながらも
右手だけが別の生き物のように動いていた。

疑問に思った一方通行は小太刀を
思いっきり火野の右手に突き刺した。

ザシュッ!という音が響く。
血を流し、皮膚が赤く染まり
激痛で右手が震えていた。

387: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:26:30.27 ID:iDlBJQ2Qo


「だから、エンゼルさまはとめられないんだ」


火野の声は何故か平然としていた。
今までの攻撃はあんなに痛がっていたのに拘わらず。

まるで右手だけ痛覚がないように
もしくは、別人のもののように。


「―――二重人格?」


上条がふとそんなつぶやきを漏らした。
一方通行も同じ結論に達したのか
上条の言わんとすることが理解できた。


「二重人格―――つまり『人格A』と『人格B』が
 存在すると仮定して、そいつらだけで
 入れ替わってるだけっつゥわけか、
 その場合、どォなるンだ?」

388: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:28:57.85 ID:iDlBJQ2Qo



一方通行は神裂にそう聞いた。
しかし、答えたのは火野神作だった。


「ふざ、ふざふざふざふざけるなよ!
 おま、おま、お前もアレか!
 あの妙なチンチクリンな医者と同じことを言うのか!?」


予想外の人物から返答が帰ってきたが
その答えは確信へと導くものだった。


「医者? 医者にそォ言われたのか?
 あなたのエンゼルさまはただの二重人格だってかァ?」

「ち、違―――」


一方通行は血まみれに染まった頬を平手打ちした。
一般人にさえ効かないであろう攻撃は
今の火野にとって、激痛を発生させるものだった。

389: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/16(日) 20:32:55.86 ID:iDlBJQ2Qo


「やめ、やめろ! そんな目で俺を見るな
 あの医者は―――」


暴力を受けることも厭わず火野は反論した。
恐らく、エンゼルさまを否定されることは
今の彼にとって死ぬより苦痛なのだろう。

そんな子供のように震える火野の顎を
一方通行は小太刀の柄で容赦なく殴り、
気絶させた。


「そォいうことか」

「……ああ」


上条は一方通行の暴挙を糾弾せず、
苦々しい声で一方通行に応じた。

目の前の光景を受け入れた訳ではないが、
それよりも厄介な真相があきらかになったからだ。


「火野神作は『御使堕し』の犯人なんかじゃない」

397: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:45:41.35 ID:DrBkhpBto
火野が犯人ではなかった。
その事実を前に、全員の動きが固まる。

最初に動いたのは一方通行だ。


「換気も済ンだだろォし、
 一応殺しとくか」


そういって一方通行は懐から小太刀ではなく、
拳銃を取り出し火野に向けた。

398: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:46:34.63 ID:DrBkhpBto

「死ね」

「ッ! やめなさい!」


間一髪のところで、神裂が一方通行の腕を掴み
思いっきり持ち上げた。

バシュッ、という銃声が響き
弾丸は壁に突き刺さる。


たったそれだけのはずだった。


幸か不幸か、
偶然か必然か、

銃口から漏れた光は残酷な真実を照らし出した。

399: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:47:29.55 ID:DrBkhpBto

「そ、んな―――」


上条に見えたのは、家族写真。

御使堕しの影響を受けず、
本来の姿を映しているはずの思い出。

上条の母親は、インデックスではなく
上条刀夜は――――


「何で、『入れ替わって』無いんだよ!」


―――今の姿とまったく変わりないものだった。

400: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:48:00.25 ID:DrBkhpBto


その言葉を受け、全員が上条を見た後
視線の先にある家族写真を見た。

全員が御使堕しの影響下の上条刀夜の姿を
見ているからこそ、容易に真実を理解できた。


「解答一。自己解答。標的を特定完了、
 ………残りは解の証明のみ。
 私見一、とてもつまらない解だった」

「待て!」


そう言うや否や窓から飛び出したミーシャに向かって
一方通行は銃を発砲するが、当たる事は無かった。


「なあ、土御門。
 俺や一方通行みたいに難を逃れた人間は
 そんなに珍しいのか?」


上条は縋るように土御門に質問する。
その声は、自分の物かどうか怪しいぐらい
震えていることに上条は気が付かなかった。

401: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:48:32.37 ID:DrBkhpBto


「ていうか、二人しかいないはず。
 上やんは右手のおかげだし、
 一方通行は、世界一安全な場所にいたんだ。
 ―――あまり詳しくは言えないが」


返ってきたのは、救いの無い言葉だった。


「ちくしょう!」


犯人は上条刀夜。
揺るぎの無い真実が、
上条は憎たらしくてしょうがなかった。

402: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:49:01.40 ID:DrBkhpBto

―――
――



「ここは俺が調べる。
 お前たちは戻って上条刀夜を保護しろ」


『保護』という言葉に上条は戦慄した。
一方通行による火野への拷問がフラッシュバックされる。
まさか、あれを。
もしくは、それ以上のものを。
自分の父親にやるのだろうか


「ちくしょう、ふざけやがって!」


怒りをぶつける相手は
もう、ここにはいなかった。

403: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:49:40.54 ID:DrBkhpBto

―――
――



帰りのタクシーの中、3人は無言だった。

上条当麻はすっかりと意気消沈しており
神裂と一方通行は、かける言葉を探すも
見つかりそうがなかった。

全てを守ろうとする慈悲をもっても、
如何なる事象を演算する脳をもっても、

答えが出るはず等無かった。

404: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:50:12.91 ID:DrBkhpBto


―――
――



上条たちがわだつみに帰ってきたときには
辺りは夕暮れに染まっていた。

タクシーから降りると
上条が一目散にわだつみに走っていた。

一方通行と神裂が慌てて追いかけるが
上条はそれに見向きもしなかった。


「あれー? おにーちゃんどこに行ってたの?」


海の家に入ると、そんな美琴の声が聞こえてきた。
上条に気付いた美琴はいろいろと愚痴をこぼすが
今の上条にとって、雑音でしかなかった。

405: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:51:44.78 ID:DrBkhpBto

「父さんはどこにいる?」


言葉を遮られた美琴は目を丸くして驚いた。
今の上条の声は今にも泣きそうで、
顔はしわくちゃに歪んでいた。


「浜辺じゃないかな?」


美琴のその後の言葉はどこか遠く聞こえた。
そして、そのまま浜辺に向かおうとする。
これから自分のすることを自覚しながら

406: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:52:12.66 ID:DrBkhpBto



「後は私の仕事です。あなたは―――」

「やめろ、神裂」


父親と対立させたくないというやさしさ故の
神裂の言葉を一方通行は制した。


「行けよ、たった一人の父親だろ?」

「しかし……」

「俺もお前も所詮は他人だ。
 こっから先は、俺達が
 入っていい領域じゃねェ」

407: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:52:59.38 ID:DrBkhpBto


お前が決めろ、と一方通行は暗に告げていた。
上条当麻の答えは決まっていた。


「俺一人でいく―――」


その判断がどんなに辛いものだとしても


「―――上条刀夜は俺が救う!」

408: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:53:26.07 ID:DrBkhpBto



上条が浜辺に走っていた後、
一方通行は二階へと上がった。

神裂は一瞬迷った末、
一方通行についていくことにした。


「立派な判断です。……私は、自分の優しさを
 押し付けることしか出来なかった」

「違ェよ」


え、と神裂が一方通行の顔を見ると
苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

409: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/17(月) 21:55:17.31 ID:DrBkhpBto


「お前は、立派な善人だ。
 それと比べ俺は最低のクズ野郎だ。
 自分でも虫唾が走る」


そう言うと自室に入り、神裂を招くように
扉を開けたまま、部屋に入った。

それに従い、神裂も部屋に入り
扉を閉めた。


「何とでも思ってくれて構わねェよ」


そういって、一方通行はパソコンを起動し、
ある画面を開いた。

<<SOUND ONLY>>という白い文字だけの
黒い画面からは、波の音と
砂の上を走る音が聞こえてきた。

415: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/18(火) 21:04:33.17 ID:5ar8POWBo
「それは……?」

「科学に疎いお前でも分かンだろォ?」


<<SOUND ONLY>>と表示されている画面からは
砂浜を走る音と、波の音に加え
少年の息切れする声が聞こえてきた。


「……盗聴器!?」

「正解ィ。どォせ、こォなるだろォから
 帰りのタクシーで仕掛けておいた」


そういって一方通行は、自身のトランクのカギをあけ
中から何かの部品を取り出す。

416: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/18(火) 21:06:44.33 ID:5ar8POWBo

「どうせ? こうなることが分かっていたんですか?」

「あァ、アイツは正しいかどうかより
 自分が納得できるかどうかで判断する人間だ。
 だから、俺が止めなくてもアイツの選択は変わらねェ。
 たとえ、神様が別の選択を提示しても
 アイツの意思を曲げることは出来ねェよ」


一方通行はそういいながら、
トランクから出した部品を組み立て始めた。


「ですが、一介の高校生に
 そんな判断ができるでしょうか?」

「上条当麻はただの高校生じゃねェよ」

417: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/18(火) 21:07:30.18 ID:5ar8POWBo

一方通行の返答に神裂は驚いた。
内容に驚いたわけではない。
その声が憐れみを含むものだったからだ。


「異能の力を打ち消す右手を持つ。
 たったそれだけの人間だと思うか?」


一方通行は開かれた窓の方を見ているので
神裂には一方通行の表情が見えなかった。


「それだけじゃねェンだ。
 アイツはぬるま湯に浸かってるただの人間じゃねェ」

「……上条当麻に暗い過去があったとでも?」

「いや、そンなもンはねェよ」

418: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/18(火) 21:08:03.57 ID:5ar8POWBo

なぜそこまで断言できるのか神裂には分からない。
きっと調べたのだろう、と神裂は納得したが
そうでは無かった。

一方通行は知っているのだ。
上条当麻に起きたある出来事を


「にも拘わらず、素人であるアイツに
 プロであるはずの俺やステイルが
 負けたのは何故だ?」


例え、上条と同じ右手をもったとしても
空間掌握の全力を捌ききれるはずがないし
魔女狩りの王と渡り合えるはずもない。

419: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/18(火) 21:08:47.76 ID:5ar8POWBo

「結論を達したと思ったが、違うと気付いた。
 アイツを突き動かしているものは何だ?
 アイツを追い詰めているものは何だ?
 色ンな仮説を立てた。
 でも、どれも解じゃねェ」


最初は、才能による前兆の予知
その次は、大量の悪意をぶつけられたことによる
生存本能による危険察知能力

解としては限りなく近く感じるのだが、
合っているとは思えなかった。


「学園都市第一位の頭脳を以ってしても、
 片鱗さえつかめない。
 アイツは、そォいう次元の人間だ。
 っと、無駄話はここまでだ」

420: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/18(火) 21:09:18.72 ID:5ar8POWBo


盗聴器から、人の声が聞こえてくる。
それを聞いた一方通行は話を中断させ、
取り出した部品を組み立てたものを窓の外に向けた。


「何をしているのですか!?」

「仮にも、俺達はプロだ。
 そして今、私情を挟ンでいる余裕はねェ」


完成したのはボルトアクションの狙撃銃。
そこに弾を込めた一方通行は双眼鏡を除き
上条刀夜の姿を確認すると、
銃の照準をその体に向けた。

421: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/18(火) 21:09:45.01 ID:5ar8POWBo

「一方通行!」

「今すぐ撃ったりはしねェよ。
 上条刀夜が犯人だった場合、
 例え息子でも襲うかもしれねェ。
 その場合、急所は避けて怯ませるから
 その間にお前が取り押さえればいい」

「ですが……」

「素人に任せて、怪我されちゃ
 プロとしての面目が丸潰れだろォ」


その意見に賛成したのか、
神裂はそれ以上口出しせず、
窓の外を見ながら、
パソコンから流れる音声に耳を傾けた。



427: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:23:07.98 ID:zkKX5wTXo
上条当麻が父親を見つけるのにそう時間は掛からなかった。

上条刀夜は重たい足を引き摺る様に
浜辺を歩いていた。

いなくなった上条当麻を探すために、
走り回ったのだろうか。

その顔には疲れが見えており、体がびっしょりだ。
にも拘わらず、彼は足を止めなかった。

その姿は、ステイルのような魔術師ではない。
一方通行のような暗殺者でもない。
我が子を心配する『父親』としてのそれだった。

428: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:23:45.26 ID:zkKX5wTXo


「……父さん」


上条のその呼びかけに反応して振り返った
刀夜の顔から疲れが薄れ、
安堵の表情に変わっていく。


「  !   。」


その後、慌てたように怒りの表情を見せるが
後半の言葉は、上条を労わる言葉に変わっていった。

いつもなら、普通に謝って終わるだろう。
しかし、今の状況下では
上条の胸を苦しめるものだった。

上条には『御使堕し』を解決しなかればならない。
例え、家族らしい会話ができなくなるとしても
例え、実の父親に憎まれることになっても

上条刀夜を救わなくてはならない。

429: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:24:11.11 ID:zkKX5wTXo

「何で、だよ―――」


震えそうになる声を落ち着かせ
あふれ出そうになる涙を抑えながら
上条は言葉を紡いでいく。


「何でアンタが非日常にいるんだよ。
 アンタは日常の人間だろうが。
 つまんねえオカルトにはまりやがって
 何やってんだよクソ親父」

「? 何をいってるんだ?」

「誤魔化してんじゃねえ!
 何で魔法使いの真似事なんかしたんだ!」


ふと上条刀夜の顔から表情が消えた。
だが、それは危険を感じた表情ではない。
息子に知られてはいけないことを知られたようで
何かの仮面をつけたようだった。

430: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:24:37.63 ID:zkKX5wTXo


「……答える前に一つ聞かせてくれ
 体は大丈夫か? 痛むところは無いか?」


上条当麻は面食らった。
真実を知られてしまったはずの刀夜は
相も変わらず上条の身を心配していた。


「その様子なら問題ないな
 ―――さて、何から話そうか」


胸が締め付けられ、かける言葉が出そうもない。
それでも、上条当麻は視線を外さなかった。

視線の先は父親からは表情が消え、
一〇年の歳を取ったかのように老けて見えた。

431: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:25:05.41 ID:zkKX5wTXo

「あんな方法に頼るなんて
 自分でも馬鹿みたいだ」


上条刀夜の言葉が紡がれる。
その姿は昼間の彼とは別人のようだった。


「なあ、当麻。卒園と同時に学園都市に
 送られたお前は覚えていないと思うが
 お前がこちらに居た頃、周りの人たちに
 なんて呼ばれていたか分かるか?」


上条当麻は記憶喪失だ。
そんなものを覚えているはずもない。

上条刀夜は、喉に詰まったものを
一気に吐き出すようにいった。


「疫病神、さ」

432: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:25:34.76 ID:zkKX5wTXo


瞬間、刀夜は己の舌を噛み切るような表情になった。

実の息子にそんな言葉を掛けたくなかったのだろう。
その思いが痛々しいほど伝わってくる。


「分かるかい、当麻。
 お前には確かに生まれつき『不幸』だった。
 だから、そんな呼び方をされたのだろう。
 しかし、幼い子供たちだけではなく、
 大の大人までもお前をそう呼んだ。
 理由も原因もない、ただ『不幸』だから。
 たったそれだけで、だ」


感情の無いはずの刀夜の声からは
静かな怒りが感じられた。

433: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:26:00.54 ID:zkKX5wTXo


「子供たちは、お前の顔を見るだけで
 顔に石を投げた。
 そして、大人たちはそれを止めなかった。
 当麻の体に出来た傷を見て、奴らは
 哀しむどころか、嘲笑った。
 もっとひどい傷を追わせろ、と急き立てる様に」


隠しきれない感情が、仮面の奥からはみ出す。
それでも、刀夜の仮面は外れない。

その裏に渦巻く激情を我が子に見せたくないのだろう。

434: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:26:34.87 ID:zkKX5wTXo

「それだけじゃない。
 借金を抱えた男に追い掛け回され刺されたこともある。
 テレビ局の人間がお前の顔をカメラに映して
 化け物のように扱った。
 ただ『不幸』だったというだけで」


夕暮れに沈みかけた太陽が、
浜辺をオレンジ色に照らす。


「私は無力だった。
 父親でありながら、そんな理不尽から
 我が子を守れなかった。
 無力さを呪いながら、
 ただ慰めることしかできなかった」

435: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:27:01.28 ID:zkKX5wTXo


燃え盛る炎のように照らされた浜辺で、
男は凍えるような表情をしていた。


「だから、お前を学園都市に送った。
 怖かったんだ、そんな迷信のせいで
 当然のように暴力を振るわれ
 お前が殺されてしまいそうで」


妻と泣きながら、学園都市への入学手続きを
決めたことを、上条刀夜は昨日のことのように
思い出していた。


「それでも、科学の最先端でも
 お前は『不幸な人間』として扱われてきた。
 さすがに以前ほどの陰湿な暴力はなかったようだが
 私はそれでは満足できなかった」

436: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:27:28.22 ID:zkKX5wTXo


刀夜の願いは上条当麻の『不幸』そのものを
消し去りたかった。
それでも、叶わぬ願いだった。

叶えたい願いをかなえられない。
神に祈っても、助けてもらえない。

そうやって行き場を無くした人間が
最後に縋りつくものを人は―――


「残された道は一つしかない。
 私はオカルトに手を染める事にした」


―――人は『魔術』と呼ぶ。

437: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:28:01.39 ID:zkKX5wTXo


同時刻、海の家「わだつみ」


一方通行は、狙撃銃のスコープから
目を離し、銃を窓際に置いた。


「万が一の為に備えるのでは?」

「……撃てるわけねェだろ、あンなの」


一方通行は、ずっと裏社会で生きてきた。
生きるために人殺しさえ厭わなかった。

しかし、子供を守ろうとする親を
その子供の前で傷つけることだけは
絶対に出来なかった。

自らの身をもって、
その悲劇を経験してるからだろうか

例え、世界がどうなろうと、
自分の生死が掛かっていても、
それは変わることは永遠にないだろう。

438: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/19(水) 22:29:37.78 ID:zkKX5wTXo


「聞いてあきれんだろォ?
 これじゃ素人じゃねェか」

「私は、あなたらしくて安心しましたよ」


自嘲に対して、神裂は微笑みで返した。

怖かったのだ。
目の前の少年が闇に
染まりきってしまうことが。

だからこそ嬉しかった。
非情に徹しようとしても
なりきれないその姿が


「ンな事いうのはお前だけだっつの」


まだ、救いようがある。
だからこそ、この少年を絶対に救わなければならない。
神に見放され、人を殺めざるを得なくなった少年を
もう誰も殺さなくていいようにしてみると、
神裂は改めて決意した。

442: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:56:27.33 ID:d2gNVrlSo
そこで断ち切られた言葉の意味を考える。

御使堕しの影響は、全世界に及んでいる。
もしも、上条に『幻想殺し』がなければ、
彼も誰かと入れ替わっていた。

そう、『上条当麻』という不幸な存在では
なくなるということだ。

だが、それは幻想に過ぎない。

いくら、外見を入れ替えたとしても
上条当麻という中身は消えない。

外見がいくら変わろうが所詮は
上条当麻という存在なのだ。

御使堕しをやったところで、
その存在が救われるわけではない。

443: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:56:56.87 ID:d2gNVrlSo


「……ふざけやがって」


だから、上条当麻は許せない。
自分の父親がそんなことも分からなくなるほど
追い詰められていたことが


「確かに俺は『不幸』な出来事を送った。
 でも、俺は後悔なんざしてねえ!!」


上条は確かに『不幸』だった。
幸運であったならば、と思うことはある。
平穏への憧れがないわけでもない。

それでも、後悔だけはしていなかった。

444: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:57:23.60 ID:d2gNVrlSo


「今更、幸運なんざ押し付けんな!
 俺は今、幸せなんだ!
 助けてくれる友達がいて!
 守りたいものがあって!」


そして、と上条は一拍置き


「不幸な俺を心配してくれる両親が
 いるから、俺は幸せなんだ!
 不幸だなんて見下すな!」


震える声は収まり、
涙を我慢する必要もなくなった。

上条は笑っていた。
心の底から笑っていた。

445: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:57:49.86 ID:d2gNVrlSo


「―――そうか」


上条刀夜は一瞬大きく目を見開いた後、
小さく笑っていた。

もうその顔に仮面などなかった。


「なんだ、幸せだったのか。
 私は『父親』になれていたのか」


ああ、と上条が頷く。

瞬間、刀夜の顔から疲れが抜ける。
その表情は肩の荷が下りたようだった


446: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:58:16.78 ID:d2gNVrlSo

「馬鹿だな、本当に。
 そんな事にも気付かず、
 意味もないおみやげを集めるなんて」

「え?」


上条は自分の耳を疑った。
―――何の意味もない?

上条刀夜は息子のそんな様子に気付かない。


「もうおみやげを買い漁るのはやめるよ。
 お菓子でも買った方が母さんも喜ぶ」

「ちょ、ちょっと待―――」


何かがおかしいと思い、
上条刀夜に儀式場を聞こうとした瞬間
さくっ、という砂を踏む音がなった。

447: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:58:52.03 ID:d2gNVrlSo

「……ミーシャ=クロイツェフ」


遮蔽物が何もない浜辺に
少女は空間転移したかのように現われた。

そう最悪の事態が起きてしまったのだ。


「待ってくれ。ミー……」


まだ、話し合いで何とかなる、と
そう上条は誤解してしまった。

448: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:59:19.10 ID:d2gNVrlSo

返答は殺気で返された。

あまりの鋭さに、痛覚が刺激され
刀で斬られたような錯覚さえ覚える。

ステイルや一方通行の殺気も凄まじかったが
それと比べようもない程、目の前のソレは
尋常ではなかった。

ゆっくりとL字の釘抜きを抜
ミーシャの前髪がゆらりと揺れる。

その奥に垣間見えた目はあまりにも無機質だった。

かつて、上条と対峙した空間掌握という少年も
感情の無い目をしていたが、
それすらも感情豊かに思えるほどだった。

449: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 22:59:44.58 ID:d2gNVrlSo

「待、て、話を―――」


それでも上条は何とか声をかけようとする。
瞬間、バシュッ、と殺気を打ち破る様に
銃弾が少女の足の膝に直撃した。

正確に関節を打ち抜くところを見ると
相当のプロだろう。

しかし、ミーシャの姿勢は崩れなかった。
関節を砕くはずの銃弾は空しく地面に砂浜に落ちた。

450: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 23:00:10.23 ID:d2gNVrlSo

「離れなさい! 上条当麻!」


ミーシャが銃弾に気をとられた一瞬で
神裂が、ミーシャと上条の間に割って入った。


「おい、神裂。あれは一体なんだ!?」


ミーシャ=クロイツェフ。
その姿はまるで、すべてにおいて
人間を超越しているようだった。

451: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 23:00:36.29 ID:d2gNVrlSo


「簡単な事です。
 人間がどんなに足掻いても、
 たどり着けない領域に位置し、
 『御使堕し』によって、
 この世界に引きずりおろされた存在」


轟音と共に、太陽は消え、
オレンジ色に染まっていた空が
一瞬で、星空へと変わる。

それは人には出来ない事だった。

452: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/20(木) 23:01:18.25 ID:d2gNVrlSo


「あの様子を見る限り、
 水の象徴にして青を司り、
 月の守護者にして後方を加護し、
 旧約においては、堕落都市ゴモラを
 火の矢の雨で焼き払い、、
 新約においては、聖母に
 神の子の受胎を告知した者」


天使。
神に仕えしもので、
すべての十字教徒の力の源。


「―――『神の力』、常に神の左手に侍る双翼の大天使」


それは、覚醒した。

459: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:03:50.10 ID:h/EFc+9to
天体制御<<アストロインハンド>>

それは、まさしく世界を終わらせる力だ。

遙か昔、地球に隕石がぶつかった。
その規模は、その隕石のほんの一部が
月になったと言えばわかるだろうか。

凄まじい衝撃波は、
地球の地軸は約23、5°傾けた。

その奇跡によって、地球に四季が生まれ
生物が誕生したのである。

しかし、天体制御を使えば、
その奇跡を消し去ることなど容易だ。

四季は消滅し、地球の環境は過酷なものになる。

少なくとも人は生きていけないだろう。

460: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:04:15.68 ID:h/EFc+9to

「上条当麻。刀夜氏を連れて逃げなさい。
 天使の足止めは私がしますので」

「ふざけんな! あんなの相手に―――」

「それ以外の選択肢は、
 刀夜をこの場で斬ることですが、如何でしょう?」


上条の呼吸が止まりかけた。
もう事態は、取り返しのつかない展開へと
駆けだしている。

461: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:04:42.40 ID:h/EFc+9to


「今、天使が行っている術式は『一掃』
 発動されれば、人類は滅びます。
 ですが、発動までに三〇分の猶予がある。
 その間に儀式場を破壊してください」

「でも俺だって―――」

「あなたがいても足手まといです。
 あなたには、あなたの役目がある。
 それを果たすことが最終的に
 私が生存できる道です」


上条は、何かを言おうと思ったが
踏みとどまった。

ここで時間をロスしてしまうことは
神裂の生存確率を引き下げてしまう。

462: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:05:08.73 ID:h/EFc+9to

残り時間は三〇分。
それまでに儀式場を破壊しなければ!

上条は、展開についていけず
唖然としている刀夜を引っ張り
海の家へと引き返した。

ミーシャがゆっくりとその後姿に
L字の釘抜きの先端を突きつけた瞬間、
バシュッ、という銃声が響き
釘抜きは、バラバラの鉄の粒と化して
地面に落ちた。

463: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:05:34.92 ID:h/EFc+9to


「―――few敵fe」


天使がノイズ交じりの人外の声を発した瞬間
ズバン!という音と共に背中が爆発した。

そこに生えているのは、何トンもの水が
孔雀の翼のように山の様に展開された
巨大な水の翼だった。

一本の大きさは50m~70m。

勝てる、勝てないの問題ではない。
それ以前に、人の身でそれに挑むことが
馬鹿らしく思える程、格が違った。

水翼の一本が、星の光を微かに反射する銃の
元へと向かった。

464: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:06:01.11 ID:h/EFc+9to


恐らく、上条刀夜を殺す前に
妨害者である狙撃手と神裂を殺すつもりだろう。

銃弾を遙かに超える速度と威力。

それが放たれたならば、
狙撃手の人生はそこで終わりだろう。
だが、彼の人生は終わることはなかった。


スパン!と小気味のいい音と共に
水翼が横一線に切断された。

465: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:06:27.27 ID:h/EFc+9to


「警告します」


人の身を遙かに超える天使に対して
神裂は一切の躊躇いもなく伝えた。


「これ以上、あの少年を傷つけるのならば
 私はあなたを殺してしまうかもしれない」

「―――q愚劣rw」


そして、神裂は己の身と心と魂に
刻み付けた言葉を告げる。


「salvere000<<救われぬものに救いの手を>>」

466: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:06:56.03 ID:h/EFc+9to


同時刻、海の家『わだつみ』2階


狙撃手、一方通行は神裂と天使が
闘い始めたのを確認すると、
スコープから目をはなし、
狙撃銃をてきとうに放り投げた。


(昔、上条刀夜の家に置いてある置物と
 同じものを魔術師の本拠地で見たことがある)


一方通行は魔術師ではない。
しかし、それでも判断材料はそろっていた。


(儀式場は、あの家。
 だが、上条刀夜に自覚はねェ。
 偽物でも相当の数だ。
 どンな大魔術が起きても不思議じゃねェ。
 御使堕しなンてまだマシな方だろォ)


467: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/21(金) 20:07:57.95 ID:h/EFc+9to

学園都市第一位の頭脳は
正確に答えを導き出していく。


(御使堕しを止め、さらには
 二次被害を防ぐためには
 上条刀夜を殺すか、儀式場を完全に壊すか)


そこまで考えて一方通行は


「……アハ」


笑った。
その笑みは決して諦めから
来るものではない。


「オイオイ、すげェな。
 今日の俺はとことンついてンぞ。
 こりゃ神様に感謝しなくちゃなァ」


思考が思わず口に漏れる程、
一方通行のテンションは上がっていた。

誰も犠牲になる必要はないのだから

笑いを抑えながら一方通行は
どこかに電話を掛けた。

473: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:44:00.64 ID:H3y8LwMto
「はァァァああああああああ!!!」

「―――、lkチィ!」


神裂と天使は人の域を超えた
闘いを繰り広げていた。

神裂の術式は天草式十字凄教のものだ。

江戸時代、理不尽な弾圧を受けながらも
それでも、神を敬うために作られたそれは
様々な宗教が融合した創作宗教だ。

唯閃

神裂はその特性を生かし、
様々な術式を迂回して
放たれる技は、神をも殺す術式と化していた。

それにより十字教の力では立ち向かえない天使と
互角に渡り合っているのだ。

474: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:45:01.87 ID:H3y8LwMto

「……くっ」


だが、それは諸刃の剣だった。
唯閃は聖人の力を大きく引き出す為、
体に相当な負荷がかかるため
本来、短時間しか使えないのだ。

神裂の体から滝の様に汗があふれ出る。
それは、神裂の体が悲鳴を上げている証拠だった。

それでも、神裂は止まらない。


救われぬものに救いの手を


その為に、今ここにいるのだから
もう自分のせいで傷つく人間を見たくないのだから


475: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:45:47.35 ID:H3y8LwMto
―――
――




神裂と天使が人の次元を超えた
闘いを繰り広げているとき、
上条親子はわだつみに駈け込んでいた。


「と、当麻! 待ってくれ、休ませてくれないか
 アレは何だ? 映画の撮影か何かか?」


刀夜は、何が起こったのか把握できていなかった。
事件の張本人であるはずにも拘わらず

上条は思わず怒鳴り付けそうになるが
ふと視界に違和感を感じた。

それは、丸いテーブルに隠れる様に
うつぶせに倒れている美琴の姿だった。


476: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:46:13.69 ID:H3y8LwMto

「おい、大丈夫か!?」


安否を確認しようと、駆け寄った瞬間
微かな異臭が鼻の中に入った。

それに気づいた上条が慌てて呼吸を止める。
CHC13、クロロホルムだ。


「く……、あ…」


吸い込んだ化学物質が脳に入り込み
一瞬、ぐらりとゆれる上条だが、
微量だった為、意識が落ちる事はなかった。

477: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:46:43.61 ID:H3y8LwMto

「待ったぜ、上やん」


何とか意識を覚醒させた上条の耳に
入ったのは聞き覚えのある声だった。


「土御門? これは一体―――」


刹那、上条の体は倒れていた。

何が起きたのかまったく分からない。
気付いた時には、その状態だった。

起き上がろうとするも、起き上がれない。
三半規管が狂ったのか、視界が歪む。
少しでも動こうとするたび
体が悲鳴をあげるのを感じた。

478: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:47:12.20 ID:H3y8LwMto

土御門は、ステイルのように魔術を使ったわけでも
一方通行のように音速で動いたわけでもない。

土御門の連撃に上条の脳がついていけなかった。
ただ、それだけのことだった。


「話している余裕も時間もない。
 そこで大人しく寝ていろ、素人が」

「何をする、貴様!」


吐き捨てる様にいった土御門に
怒号をあげたのは刀夜だった。

479: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:47:40.62 ID:H3y8LwMto


「いいか、息子は今『幸せ』なんだ!
 それを邪魔するなら、私はお前を許さない。
 これ以上、息子に手を出すなら、
 私は一生お前を許さない」

「笑わせる、本気で怒った程度で
 俺に勝てるとでも?」

「思わないさ、私はただの中年だ。
 それでも、お前を許さない。
 私には、引き際も交渉の余地もない。
 例え、敵わず敗北しようが殺されようが
 何十年何百年かけてもお前を追う」


今まで、平和な世界で生きてきた上条刀夜。
片や、裏社会で生きてきた土御門元春。

勝敗など、考える必要もないだろう。
それでも、刀夜は諦めない。

480: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:48:14.27 ID:H3y8LwMto

「へぇ、立派な父親だな」

「いいや、それは違う。
 私は、謂れのない暴力から当麻を
 守れなかったどころか、学園都市に放り込んだ。
 云わば最低の父親だ」


それでも、と刀夜は続け


「私は、上条当麻の『父親』だ。
 その事を誇りに思って生きている」


もう、その姿は駄目な中年ではない。
命を賭して、息子を守ろうとする
『父親』そのものだった。


「十五年間、私は何も出来なかった。
 だからこそ、もう何人たりとも
 当麻に手を出させるものか!」

481: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:49:19.20 ID:H3y8LwMto
「良い目だ」


プロの魔術師は、素人の父親にそういった。


「いいぜ、認める。
 上条刀夜は、土御門元春の―――」


敵だ、という言葉を続けようとしたとき
カチリ、という小さい金属音がなった。

上条当麻や刀夜には分からない。
それでも土御門には分かった。

それが、拳銃のハンマーが落とされる音だと


「弱いものいじめはいけねェよなァ? 土御門くゥン」


そこには、銃口を土御門に
突きつける一方通行が立っていた。

482: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:49:48.78 ID:H3y8LwMto

「何の真似だ、一方通行」

「言うまでもねェだろ」


それが合図となった。

土御門が勢いよく振り返り、
一方通行に向かって裏拳を放つ。

拳銃を振り落す為の一撃。
しかし、その攻撃が来る前に
一方通行はあっさりと拳銃を放り棄てた。

そして、懐に手を入れ小太刀を取り出そうとする。
土御門はその隙を見逃さず一方通行を親指を
思いっきり踏み潰しにかかる。

483: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:50:31.17 ID:H3y8LwMto


しかし、土御門の足に伝わったのは
骨を潰す感覚ではなく、
床を踏みつける感覚だった。

土御門の視界の端が捉えたのは
当たる直前に、一方通行の足が
親指一つ分くらい後ろにひいた光景だった。


「アハ!」


嬉しそうに、一方通行は笑う。
まるで、罠にかかった獲物を見る様に

そして、一方通行は抜刀術のように
小太刀を引き抜いた。
土御門は間一髪で交わし、
一方通行との距離をとった。

484: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:53:17.47 ID:H3y8LwMto


「さすがは元死神部隊、
 この程度は効かんか」


一方通行はその問いに答えず
土御門の元へ突撃した。

小太刀が空をきる音と
拳が空気をふるう音が響く。

神裂と天使の闘いが人を超えたものならば
土御門と一方通行の闘いは
人間を高めた闘いだった。

一方通行が横一閃に斬撃を放つ。
土御門はその手首を裏拳で叩いて防ぎ
そのまま一方通行の耳に一撃を仕掛ける。

485: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:53:44.37 ID:H3y8LwMto

しかし、一方通行の顔に狼狽はない。
土御門が一瞬の疑問を抱いた瞬間、
一方通行は左手で小太刀を引き抜き
そのまま、そのまま土御門の胴体を
切り裂くべく襲い掛かる。


「チッ」


攻撃を諦め、土御門は跳躍し
その場を離れた。

その間に一方通行は右手に持っていた小太刀を
捨て、左手の小太刀を右手に持ち替えた。

486: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:54:18.65 ID:H3y8LwMto


「……、両利きか。面倒だ」

「面倒で済ンだらいいよなァ?」


土御門は、その場から再び
一方通行との距離を詰める。

限界まで近づき、土御門が拳を放つ。
半月を描くような、大振りなフック。
―――にみせかけた後頭部への一撃。

後頭部一撃<<ブレインシェイカー>>

後遺症の危険があるため、
如何なるスポーツでも攻撃するのは
反則とされている部位への
容赦ない一撃。

487: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:54:57.09 ID:H3y8LwMto

そんな反則技に対し、一方通行は体を
低く歪め、無防備な足を抱き着くように
掴み、掬い上げた。

バランスを大きく崩し倒れそうになるが
必死にバランスを整え
ハンドスプリングの要領で体制を整えた。

そして、転がるように床を転がり
土御門はあるものを拾い上げた。

一方通行が投げ捨てた拳銃だ。

そのまま、トリガーに指を掛け
その銃口を一方通行に突きつける。

488: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:55:23.85 ID:H3y8LwMto

それに気付いたかのか
一方通行も懐から銃を取り出す。

だが、土御門の方が早かった。


「終わりだ、一方通行」


土御門がトリガーを引いた瞬間、
カチッという音が虚しく響いた。

直後、バシュッという音が響き、
土御門の膝から血が流れた。


「く、そ……」


土御門も時に銃を使用する。
だが、それは一方通行の使っている銃より
規格が大きいものだ。

489: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:55:50.61 ID:H3y8LwMto

だからこそ気が付けなかった。
空銃だったことに


「……お前も卑怯だな」

「何が?」


土御門は格闘技から反則技だけをかき集め
一つの形に整えた死突殺断という
戦闘スタイルをとっている。

それに対し、一方通行にはルールという
概念そのものが存在していない。
だから、反則という考え方が無いのだ。

490: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:56:27.43 ID:H3y8LwMto

サッカーに例えるならば、
土御門は、レフェリーの目を盗んだ上で、
相手の足を蹴り飛ばすのに対し
一方通行は、相手を殺し
堂々とボールを手に持って
ゴール目がけて駆けだすようなものだ。

例え、レフェリーに止められようが
「ボールをあのかごに入れればいいんだろ?」
と平然とした顔で言い返すだろう。

死神部隊。

魔術などという究極の裏技を使用している
相手と闘うために、彼らは独学で
ルール無用の殺人術を鍛え上げたのだ。

491: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 21:57:09.45 ID:H3y8LwMto

「お前は何を考えている。
 一人の為に世界を犠牲にするなど
 素人に許された行動だろう。
 それを抑制し、感情を捨て、体面を捨て
 罪を被り、世界を救うのがプロの使命だろう。
 そんなことも忘れたか?」


土御門はにらみつける。
素人である上条親子とは違って
プロであるはずの一方通行を

492: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 22:00:10.67 ID:H3y8LwMto


「あァン? じゃあ聞くが」


土御門を睨み返し、
一方通行はこういった。


「誰にも犠牲になる必要はねェのに
 犠牲にさせるなンて、プロ素人以前に
 そいつはもう人間じゃねェよ」


は? と土御門が自身の耳を疑った。

493: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 22:01:34.66 ID:H3y8LwMto

少し間が空いて、ズドオオオン!と遠くの方で爆発音が響いた。
それと同時に、空に浮かんでいる術式が消え
倒れている美琴とインデックスの外見が
別の女性のモノへと変わった。


「おォおォ、思ったより早ェな。
 さすが学園都市。
 必死すぎて笑えてくンなオイ」

「……何をした?」

494: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/22(土) 22:02:34.04 ID:H3y8LwMto

一方通行は学園都市第一位ではあるが
実際には暗部とは一切関わり合いが無い。

よって、彼が学園都市の部隊を
動かすことは不可能のはずだ。


「別に、命令も脅迫もしてねェ。
 ただ、イイコト教えただけだ」

501: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:48:50.34 ID:0C5GW8BQo
8月26日 とある病院のロビー


(元に戻ってる……、
 良かった、本当に良かった)


御使堕しが解除され、
見た目と中身がもとに戻った光景に
一方通行は心から感動していた。

どのくらい感動していたかというと
気を抜けば、泣きそうなぐらいだった。

502: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:49:19.87 ID:0C5GW8BQo

「おー、一方通行君じゃないか」

「うお!? ……アンタか」


一方通行に声を掛けたのは上条刀夜だ。
突然の声に驚きながらも、
一方通行は気持ちを整えて応じた。


「息子と私を守ってくれてありがとう。
 君にはとても感謝している」

「正気か? 拳銃を躊躇なく撃つ人間が
 息子の友人として近くにいるンだぞ?
 どこに感謝する要素が?」


わだつみでの土御門の戦闘を刀夜は見ているはずだ。
つまり、一方通行の裏の面は既に知られている。

普通の親ならば、友達付き合いを
辞めさせるのが妥当だろう。

503: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:51:08.92 ID:0C5GW8BQo

「いいや、君は息子を守れた。
 守れなかった私にどうこう言う資格はない」


上条刀夜は自分を責めていた。
あの場面でさえも自分に何も出来なかったのだ。


「俺が生まれたとき、すでに父親はいなかった」


その様子に軽く舌打ちしながら一方通行は口を開いた。


「だから、父親がどんな存在か俺は知らねェ」


それでも、と一方通行はつづけ


「お前は立派な父親だと俺は思う」

504: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:52:18.46 ID:0C5GW8BQo
そんな一方通行の不器用なフォローに
刀夜は、顔に笑みを浮かべた。


「―――はっは、その言葉は受け取っておこう。
 言葉遣いを治してほしいところだが」

「ほっとけ、後これ家の弁償代だ。
 はした金だが受け取っとけ。
 返しに来たら殺す」

「え? ちょっと待―――」


一方通行は小切手を刀夜の手に押し付け
そのまま病室へと向かっていた。

ちらりと見えた小切手に書かれていたのは


『¥300000000』


(………当麻、お前は随分と
 すごい友達をもったようだな)

505: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:54:08.65 ID:0C5GW8BQo


―――
――

5分後、上条の病室


「おー、待ってたんだぜい」


そこには既に土御門はいた。
御使堕しの真相についての説明だろうか
だが、それは既に終わってる様だった。


「なあ、何で学園都市の部隊が
 俺の家ぶっ飛ばしたんだ?
 お前と仲悪かったじゃん」

「そうだにゃー、聞こうとしたら
 ねーちん口説きに行くもんだから
 気になって眠れなかったんだぜい」

「口説いてねェ、労わりにいっただけだ。
 眠れねェなら、永眠させンぞコラ。
 つか、昨日の昼何が起きたかを
 考えれば分かンだろォ?」

506: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:54:43.95 ID:0C5GW8BQo

そう言われて昨日の昼の出来事を思い出す。

火野がいる自分の自宅に火野を
一方通行が確保したことだろうか

確か、一方通行はその際
左腕を刺され―――


「……まさか!?」

「そォだ、あの時、上条の実家には
 学園都市第一位の血液が落ちていた。
 しかも、直に警察が来る状況で」

507: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:55:15.48 ID:0C5GW8BQo

学園都市に住んでいる能力者は
学園都市の外に出ることを制限されている。

超能力者は滅多に外出できず
無能力者でさえ、書類を3枚書き
ナノデバイスを体に入れる程だ。

その理由は、毛髪一つ落ちただけで
DNAが解析されかねないからである。

もちろん、毛髪で解析できるのならば
血液であっても変わらないだろう。

それが、警察という大義名分のもとに
行われてしまうとなれば、
学園都市にとって芳しくない事だろう。

508: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:56:29.49 ID:0C5GW8BQo

「最初は奴らも余裕だったンだが、
 ナノデバイスの反応した位置が
 携帯から割り出した位置とは違う場所に
 あることを知った奴らは
 面白ェぐれェに焦った。
 だから、10分以内に警察が
 くるって言えばチェックメイトだ」


もちろん、それだけではない。
その近くには火野がいた。

恐らく学園都市は、家を爆破し
火野を精神系能力者を使い
記憶を改ざんし、
あたかも「火野が自爆を図った」ように
偽装するだろう。

火野のこれまでの犯行を踏まえれば
疑う者など誰もいない。

だからこそ、必然と上条の実家は
一気に全破壊される事を
確信できたのである。

509: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:56:56.44 ID:0C5GW8BQo


「―――いや、ちょっと待て。
 だったら何故、私こと上条当麻は
 ぼこぼこにされたのでしょう?」


上条がそう聞いた瞬間、
土御門と一方通行の二人は
揃って上条から顔を背けた。


「オイ!」

「そうそう、御使堕しの影響で
 入れ替わってる人の記憶は
 中身に分類されるから気をつけるぜよ」


つまり、AさんがBさんと入れ替わっても
Bさんに入れ替わってる間の記憶は
Aさんに移る、ということだ。

そんなことかな、と上条が納得した時
既に二人は病室にいなかった。

510: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:57:39.59 ID:0C5GW8BQo


「あ、ちょっと待てコ―――」


言葉は続かなかった。

異様な殺気を身に纏い、
ゆっくりと死神のように
近づいてくる者がいたからだ。

その髪は、銀髪。
その姿は、白装束の修道服を来た少女。


「トウマニ、ブタレタ!
 ゼッタイニユルサナイ!」


病院全体の空気を揺らすように
少年の断末魔の声が響いた。

511: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/23(日) 16:58:24.49 ID:0C5GW8BQo

ちなみにこの日も
一方通行が上条より不幸だった。

縦ロールの少女とゴーグルをつけた少女を
中心とした常盤台生のグループに
襲撃され、一方通行の体が
第七学区の公園の木に吊るされたのは
それから約二〇分後の出来事だった。

御使堕しは本当に恐ろしい魔術である。

519: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:01:04.64 ID:HfVb4PF/o
一方通行は色んな修羅場をくぐり抜けてきた人間だ。

運が良かった時もあるが、その大半は
冷静な判断によるものが多い。

イギリス暗部で鍛え上げた精神力は
並大抵のものではない。

しかし、そんな彼にとって
人生ベスト3に入るくらいの危機が差し迫っていた

520: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:01:32.34 ID:HfVb4PF/o

「……」


一方通行は木に吊るされていた。
そりゃもう縄でグルングルンに

縄に細工でもしてあるのか
能力を使うことも出来なかった。

もちろん、彼は蓑虫の気持ちを知りたい訳でも
新たな世界に目覚めた訳でもない。

そもそも、一人でそんな事が
出来るはずもなかった。

一方通行の周りには縦ロールの少女をはじめとした
大能力者級と推定される少女たちと
サブマシンガンを装備した何人かの妹達がいた。


521: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:02:04.67 ID:HfVb4PF/o

「今どんな気持ちですか? 一方通行様」

「来世は蓑虫ってのも悪くは―――」


スパン、と落ちていた石が突然
弾丸のような速度で一方通行の頬を掠めた。

ツー、と当たった部位から血が流れる。
一方通行からは見えないが
白い肌のせいか、それはかなり
目立って見えていた。

恐らく、念力使いだろうか。
しかし、この場にそれと同程度の
能力を使用できる人間が複数おり、
さらには、銃器で武装している少女もいる。

ちょっとしたジョークさえも許されない。
この場の主導権は1割も一方通行に無かった。
さながらイギリス清教の拷問のようだった。

522: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:02:31.03 ID:HfVb4PF/o

「何故、こんな目にあってるかは
 言う必要はありませんね?」

(まったく分かンねェ)


一方通行は襲撃されたとき、
暗部だと思ったが、すぐに違うと気付いた。

縦ロールの少女と周りの少女たちは
食蜂の側近みたいなものだとは記憶しているし
残りは、学園都市に残った妹達だというとも
容易に推測できた。

一方通行は必死に脳内を検索する。
しかし、特に何も出てこない。
そこで彼は思い出す。

二日前の忌まわしき出来事を―――

523: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:03:06.54 ID:HfVb4PF/o

(なンかすンげェ常盤台の制服で女装した
 二人のおっさんがすンげェ絡んできて
 思わず能力でぶっ飛ば―――あ)


そこで彼は気づいた。
世界で何が起きてきたのかを


「食蜂様を全力でお殴りになったのは、
 どういった真意で?」

「同じく春厨をぶっ飛ばした事についても
 、とミサカは先を越された質問に便乗します」

(アイツらだったのかァァァああああああああああああ!!!)


524: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:03:55.40 ID:HfVb4PF/o


ひとまず、真相は判明した。
だが、そこからどうすればいいのか分からない


(どォすンだ、これ!
 御使堕しなンて言うわけにもいか―――)

「御使堕しってなぁに?」

「あァ、それはだなァ 
 世界中の人間の外見と中身が
 入れ替わ―――ン?」


ふと落ち着きを取り戻して前を見れば
真っ赤に目をはらした食蜂が
木の裏側から一方通行を見ていた。

525: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:04:22.23 ID:HfVb4PF/o


(やべェェェええええええええええ!!!
 土御門くンでもいいから、助けてく―――)

「ふふふ、『土御門』ね。
 男だから兄の方かしら」

「いや、待て。これには訳が―――」

「ふふふ、理解したわぁ。
 あなたは悪くない。あなたは」


顔は笑っているが目が笑っていなかった。

食蜂は超能力者だ。
一方通行程ではないとしても
高い演算能力を持っている。

526: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:04:49.47 ID:HfVb4PF/o


『御使堕しだとは言えない』
『土御門』

この二つの単語から、

『御使堕しという能力を使い
 土御門が一方通行に悪戯した』

という(誤った)結論を出してしまったのである。

一方通行の強靭な精神力か、それとも
AIM拡散力場のどっちが影響したのか、
断片的な読心しか出来なかったのがさらに仇となった。


「さぁて、行くわよ。
 すべての元凶の元へ!」

「「「sir!yes sir!!」」」

527: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/24(月) 22:05:25.99 ID:HfVb4PF/o


そう叫んだ少女の軍隊は、
そのままどこかへ消えてしまった。

―――縛られたままの一方通行を残して

助けにいこうにも、能力が使えないため
それは叶わぬ夢だった。


「―――すまねェ、土御門」


30分後、第七学区のとある学生寮で

『にゃおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!!』

という、3人目の不幸な人間の絶叫が流れた

536: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:37:09.94 ID:+LGJsttao
特に理由の無い粛清が土御門を襲った30分後

一方通行は無事に縄を解かれ、
蓑虫から人間へと戻ることができた。

だが、状況が好転したわけではない。


「ふふふ」


目の前には満面の笑みを浮かべた食蜂。
完璧なはずの笑顔は
何故か、獣を連想させた。

537: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:38:03.30 ID:+LGJsttao
しばらく経った後


一方通行は、セブンスミストに向かっていた。

普段の彼には有り得ないことだ。
一方通行は一般的なファッションセンスを
熟知しているが自分の気に入った服が、
それとは、かけ離れていることに、
嫌気がさしているので、
あまり服に興味が無いのだ。

それでも、一方通行は服屋を
目指して、歩き続ける。

学園都市超能力者第五位の食蜂操祈に
思いっきり抱き着かれながら

538: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:38:47.92 ID:+LGJsttao

「♪~」

(何故こうなった……)


あの後、解放されたのだが
後ろめたさがあったのか、それとも
食蜂の笑みに怖気づいたのか
はたまたその両方か

”今日一日何でも言うことを聞いてやる”

と言ったのである。

その結果、こうなったのだ。

539: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:39:14.86 ID:+LGJsttao

「つか、セブンスミストって庶民向けじゃねェか?
 お前が行くトコとは思えねェンだが?」

「確か、高級ブランドもいいけどぉ。
 可愛さを目指すなら庶民向けもいいのよ?」

「まァ、そンなもンか。
 にしても、くっつきすぎじゃねェか。
 少し離れ―――」

「あーあー、殴られたとこが痛むんダゾ☆」


そう言われてしまえば引き下がるしかない。
仕方なく、一方通行は羨まけしからん状況を
素直に受け入れる事にした。

540: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:40:19.89 ID:+LGJsttao


一方その頃、とはる建築途中のビルにて


先程まで団結していたとある少女の軍団は
食蜂の行動によって、対立をしていた。


「条約違反です、とミサカはサブマシンガンを構えます」

「よろしい、ならば戦争です!」


瞬間、少女のサブマシンガンが火が噴いた。

とは言っても実弾ではない。
警備員が使っている対犯罪者用のゴム弾だ。

だが、銃声と同じ音と共に何かの壁にはじかれ
金属音を鳴らしながら空しく地面に落ちた。

541: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:40:53.31 ID:+LGJsttao

もはや少女たちに言葉は必要ない。

妹達の一人があるものを投げた。
念力使いの能力者がそれを防ごうとするが
能力が発動する前にそれは煙を上げた。

催眠煙幕<<スリーパー>>

中に入っているものは、
揮発性が非常に高いクロロホルムを
手榴弾にできるまで、揮発性を低めたものだ。

元々、ある研究所が開発していたもので
担当者曰く「寝て起きたら完成していた」
という謎の多い逸品である。


「さて、これで制圧完―――」

542: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:41:22.89 ID:+LGJsttao


咄嗟にガスマスクをつけ、
勝利宣言を行おうとした妹達だったが
何かの気配を察してその場を離れた。

すると、すぐその場で小さい舌打ちがする。


「今の避けるとはさすがですね」


声のした方向を振り返ると、そこには
縦ロールの少女が立っていた。

その周辺には妹達が倒れている。
恐らく気絶させられたのだろう。

これで1対1

緊張の中、勝負が幕をあけ(ry

543: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:41:48.95 ID:+LGJsttao

―――
――


10分後、セブンスミストにて


道行く男たちの殺気じみた視線に
辟易しながらも目的地についた一方通行は
食蜂の服選びに付き合わされていた。


「これなんかどうかしらぁ?」

「まァ、いいンじゃねェのか」

「もぉー! そんなテキトーだと
 またリモコンで殴っちゃうゾ☆」


ビクッ、と一方通行の肩が若干震えた。
リモコンの尖った角が鳩尾に刺さる感触は
一方通行にとってトラウマになっていた。

544: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:42:15.39 ID:+LGJsttao


「……それは派手すぎねェか?
 それより、これ来てみろ」

「……はぁーい」


不満こそあるが彼なりの
ちゃんとした返答に納得したのか
食蜂はそのまま試着室へ戻っていた。


「あれ、一方通行か?」


ほっと一息ついていると、
声を掛けられた。

声のした方向を振り返ると
そこには見覚えのある金髪の少年がいた。

545: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:43:32.35 ID:+LGJsttao


「あン、垣根君じゃねェか。
 こンなところでどォした?」

「それは、こっちの台詞でもあるんだが
 まあ、お姫様の使い?」

「似たようなもンだ」


それから他愛のない話が続く。
その様子は普通の友人同士のようだった。

546: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:44:01.48 ID:+LGJsttao

しばらく経つと、垣根の名を呼ぶ声が聞こえた。


「おっと、お姫様がお呼びなんで失礼するさ」

「言い方がいちいちメルヘンだな」

「心配するな、自覚はある」


そういって、垣根はドレスの少女の元へ
走っていき、二言三言交わした後
人ごみへと消えていった。

ふと先程の自然なやり取りに違和感を感じたが、
深く思考する前に試着室が空いた。


「どうかしらぁ?」

「まァいいン―――、
 何で下着で出てくンだよ!」

547: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:44:37.31 ID:+LGJsttao

―――
――


あれから4時間が経過し、
ようやく服選びを終え二人は
帰路についていた。

耐えることが出来たのは、
よほど、後ろめたさがあるのだろうか
それとも別の……

そこまで考えて一方通行は思考を放棄した。
あまりにも疲れたので、
余計な事は考えたくないようだ。


「今日は楽しかったわぁ~☆」

「何つーか変わったなお前」

548: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:45:11.07 ID:+LGJsttao


そんな食蜂を見て、ふと一方通行がそう言った。


「変わったぁ?」

「派閥の奴らを、学園都市中の大食い大会
 に出場させていたのが嘘みてェだ」


うっ……、と悪いことがバレた小学生の様に
食蜂の表情がバツの悪いものになる。


「も、もうそんなことしないもん!
 ちゃんと変わったもん!」

「ハイハイ、分かってますよォ」

549: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/25(火) 21:45:52.91 ID:+LGJsttao

「う~」


軽く流された事に対して怒っているのか
食蜂は頬を膨らませて睨んできた。

しかし、まったく迫力がないので
そこまで怒っていないのだろう。

しかし、本人はそうでも周りは違う。
再び、派閥に襲撃されることを恐れ
軽く謝罪し、世間話をしていると
分かれ道に差し掛かった。


「じゃあ俺こっちだからな」

「またね~、第一位様」


そういって二人は
それぞれの帰路についた。

560: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:12:09.49 ID:gE9o9OMCo

一方、MNWにおいて

【無罪】逆転通行【判決】


1、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:00032
  なんか土御門というヤツに悪戯されて
  俺らが別の奴に見えていたらしい。
  ちなみに心理掌握による再現でよるとこうなってた
  1枚目が食蜂、2枚目が04510号

  Biagio.jpg
terra.jpg


2、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:00432
  こwwwwwwwwれwwwwwwwwはwwwwwwww


3、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:03423
  よく殴っただけで済んだなwwwwwwww

561: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:13:31.54 ID:gE9o9OMCo


4、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04510
  し、信じてたし


5、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04889
  散々泣きわめいていた癖に何言ってんだ。
  黙って居住地変われ


6、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:08532
  そこまで責めなくても……
  あ……(察し)


7、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04510
  変わんねーよ!
  さて、元凶を片付けたし
  一方通行さんの縄を解きにいこうかな

562: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:14:09.42 ID:gE9o9OMCo


8、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:07600
  緊急事態発生。
  第五位が抜け駆けした模様。

  shouakutuukou.jpg


9、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04510
  また粛清しないといけないのか


10、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04889
  GO AHEAD!


11、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:07600
  ふふふ……女は信用しないことだ。

563: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:14:37.75 ID:gE9o9OMCo

12、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:00032
  後はお前らだけでやれ
  一方通行に罪が無いなら、それでいい。
  それより上条さんはよ


13、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:00039
  はげど


14、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04889
  なら隣の部屋に突撃しろ


15、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:00032
  留守だったわ。
  どこにいるんだろ


16、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:06321
  したんかい!

564: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:15:05.81 ID:gE9o9OMCo


17、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:09982
  漏れも上条派かな。
  一方通行怖いし、重機投げられる夢みたし


18、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:09090
  確かに怖いですもんね……


19、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04510
  じゃあ、全員上条を狙っとけ!
  漏れは一人で一方通行さんの方にいくからな!
  ばーか! ばーか!

  accel-smile.jpg


20、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04440
  誰この爽やかイケメン

565: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:15:49.34 ID:gE9o9OMCo

21、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04889
  少しばかり会うのが早かったからって調子に乗るなよ
  それと写真はもっと貼れ


22、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:10000
  ペロペロしたいお


23、以下名無しに変わりましてミサカがお送りします ID:04889
  >>22
  屋上



その後、MNWは荒れるに荒れたのち
1000に達した。

566: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:16:58.21 ID:gE9o9OMCo


8月26日 夜7時


一方通行は自宅への帰路へとついていた。
完全下校時刻を完全に過ぎているが
彼はそんな事を気にする人間ではない。

それよりも彼にとって気になることが一つあった。


(最近、襲撃されなくなったなァ)


そう、以前の彼は毎日のように、
最強の名を欲する者に襲撃されていたのだが
不思議な事に、今はそんなことは無かった。

今の彼は、『空間掌握』は完全に失い、
取り戻した『一方通行』は1分程しか使えない。

567: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:17:31.97 ID:gE9o9OMCo

絶好のチャンスのはずだ、と思うはずだ。
勿論、一方通行にとって敵ではないのだが

一方通行は知らない。

自身の知り合いの超能力者第五位の少女が
二階堂兵法『心の一方』を習得したことを

そして、一方通行を襲撃しようとした多くの者が
その技の餌食になっていることを

しかし、その背中を睨む影がいた。

568: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:18:03.24 ID:gE9o9OMCo

(くくく、何とか第五位に会わずに済んだぜ。
 さあて、最強の名も今日で終わりだ。
 いくぞ、野郎ど―――)


ポン、と男の肩に手が置かれた。
あれ?と男が振り返ったとき、
予想した光景とは違い、仲間が倒されており
無機質な少女の顔が目の前にあった。


「な、なんだテメ―――」

「貴様らに笑みなど似合わない」


瞬間、男の身体は地面に倒れた。

569: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:18:30.20 ID:gE9o9OMCo


―――
――



(? さっき殺気がしたような)


決してダジャレではない。
一方通行が振り返るが、
そこには誰もいなかった。


「気のせ―――うお!?」


再び前を向くと、そこには妹達の一人がいた。


「こ、こんばんは、とミサカは高鳴る心臓を抑え
 あなたに挨拶をします」

「お、おォ」

570: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:19:15.85 ID:gE9o9OMCo


そう短く返し、一方通行は
そのまま自宅に向かおうとするが
少女がジッとこちらを見つめていることに気づいた。


「何か用ですかァ?」

「え、えっとミサカの願い事も
 その、えっと……」

「……一応聞くが、数日前俺に殴られた個体か?」

「うう」


コクッ、と少女が軽く頷く。

当時のことを思い出したのだろうか
少女の顔が今にも泣きそうなものになる。

571: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:20:19.86 ID:gE9o9OMCo

「あ、あァ、悪かった。
 何でも一つ言うこと聞くから泣くな。
 フリじゃねェからな?」


泣きそうになる少女を見て
一方通行が慌ててそれを制した。

それにしても、この男。
抱えるトラウマの9割方が女関連とは
どうなのだろうか。


「じ、じゃあ」


一方通行の台詞を聞いて
少女はパァァ、と顔を綻ばた。

572: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:20:46.47 ID:gE9o9OMCo

「携帯のアドレスください、と
 ミサカはあなたに願いをいいます」


そンなンでいいのか?というセリフを
一方通行は脳内で押しとどめた。

余計なことを言ってしまえば
面倒なことになると思ったからだ。

心の中でホッとしながら、
赤外線通信を終える。


「そ、それでは失礼します!」


語尾を言うことなく、そのまま
風のように去っていった。

573: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/26(水) 20:21:30.57 ID:gE9o9OMCo



(……もォ何もつっこまねェ。
 何も考えねェ。
 何も演算しねェ)


よほど疲れたのだろうか、
心の中でそう決めると
そのまま自宅に入り
静かな眠りについた。

580: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:06:10.44 ID:JRGa0ZhLo
8月30日 午後3時 とある学生寮


夏の夕方、昼と変わらぬ陽光が部屋を照らす仲
一方通行はソファに寝っ転がっていた。

不意に携帯電話が鳴り響く。
一方通行は、着信音に顔をしかめながら
携帯電話を手に取った。

それが闇に誘うものだとしらずに―――

581: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:06:50.15 ID:JRGa0ZhLo

携帯を開くと、表示されていたのは
知らない番号だった。

しかし、一方通行はそれに見覚えがあった。
天井亜雄からの連絡と同じ番号だ。

あまりいい印象を受けていないのだろうか、
一方通行の表情に僅かな怒りが生まれる。


『久しぶりデスネ、一方通行』


通話ボタンを押すと聞こえてきたのは
外国人と思われる片言の日本語だった。

582: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:07:22.58 ID:JRGa0ZhLo

「いまさら何の用だ」

『私の実験に加わって頂きたいと思いまシテ』

「断る」

『やはり、そう来マスカ』


片言の男は、一方通行の返答を
予測していたのか、動揺は一切なかった。


「これ以上学園都市の人形になるつもりはねェ」

『いえ、学園都市はあなたを放っておくつもりデス。
 ですが、あなたのしたことは、
 私たちに大きな損害をもたらした』

583: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:07:51.10 ID:JRGa0ZhLo

片言の男は学園都市とは関係なく
一方通行を狙っている。

当然、策は弄しているはずだ。
でなければ電話をする意味がない。

そして、次の言葉は一方通行が
予想した中で最悪のものだった。


『ならば、仕方がありません。
 妹達を代用するとしマス。
 何人か死んでしまいマスが
 どうせボタン一つで作れるのデスから
 問題はないデスかね?』

584: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:08:54.26 ID:JRGa0ZhLo

「……」

『君が来るなら妹達は使いません。
 早くしてくださいネ。
 私はどちらでもいいのデスから。
 それと私を殺そうとすれば
 妹達の一人を手始めに殺しマス』


一方的にそう言い、通話は切られた。
しばらく、一方通行は思考し


持っていた携帯を思いっきり壁に投げつけた。


ガシャッ、と何かが割れる音が響き
携帯は壊れなかったものの液晶が割れ
亀裂の中心が黒く染まる。

まるで、今の一方通行の心の様に


「アハ、久々に最悪の気分だ」

585: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:09:32.62 ID:JRGa0ZhLo

行間


二人の魔術師は、廃工場の中を走っていた。
その体は汗が吹き出し、顔には焦燥の色しかなかった。

30分前は数十人程いた頼もしい仲間は
地面に転がっていた。

自身の血で出来た血溜まりに沈みながら


「はあはあはあ、おい、こっちだ。
 こっちなら―――」


先を行く男が角を曲がった瞬間
シュルシュルシュル!とワイヤーが
彼の体に巻きついてく。

586: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:10:04.27 ID:JRGa0ZhLo

しかし、ワイヤーの切れ味が悪いのか
ミシミシと締め付ける音がなるが
体を真っ二つにすることは無かった。


「ひっ! ひぃぃ!」


それでも、男は怯えていた。
知っているからだ。

3分前に自分と同じ目にあった
男の末路を―――


587: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:10:32.08 ID:JRGa0ZhLo


「う、あ……」


締め付けられてない男の方も怯えて声が出ない。
ワイヤーに切れ味は無い。

だが、それは手に食い込み、足に食い込み、
目に食い込み、耳に食い込み、
そして、浸食を止める事は無かった。

ミシミシ、という音はやがて
ギチギチ!という音となり人肉に深く悔いこむ。

588: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:11:53.08 ID:JRGa0ZhLo

「い、嫌だ! 助けて!
 助けてくれええええええええええええ!!!」


皮膚からにじみ出た血がしたたり落ちる中
男が最後の叫びをあげる。

その瞬間、ブチブチッ!という音と共に
人肉が引き裂かれ、男の身体が地面に落ちる。

グシャッ!と人体の欠片が落ちることが響く。


「う……、あ……」


それでも、男は生きている。
あらゆる部分を削られながらも、

歩くことも、食べることも、喋ることも
昨日まで出来た当たり前のことが出来なくなっても

男の呼吸が途絶えることが無かった。

589: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:12:27.95 ID:JRGa0ZhLo

「ひ、ひィィ!」


最後の一人となった男はその場に座り込んだ。
すぐに立とうとするも、立つことは出来なかった。


「アハギャハハハハハハ!
 怯えろォ! 怯えろォ!
 生きるか死ぬかは選ばせてやるからよォ!」


頭上のどこかから少年の狂気が
染み込んだ声が響く。

声がした方向を考える程男に余裕は無い。
それよりも、少年の言葉の意味が
男の心に深く突き刺さる。

つまりこう言っているのだ。
”助かりたければ死ね”と

590: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:12:54.64 ID:JRGa0ZhLo


「う、わあああああああああああああああああ!!!」


男の精神は限界を迎えた。

救おうとするものがあった。
何を壊そうとも
誰を殺そうとも
命を賭して

だが、その信念は恐怖によって捻じ曲げられた。
もうそんなことは彼にとってどうでもいい。

ただこの場から逃げる。
その為に自分は生まれてきたのだとさえ思った。


591: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:13:40.40 ID:JRGa0ZhLo

「はあ、はあ、はあ……出口だ!」


薄ぐら闇の中、ドアから漏れる月明かりを見て
男の顔が輝くような笑顔になる。


「やったぞおおおおおおおおおお!!!」


幼い子供のように喜び
出口に向かって一直線に走る。

592: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:14:07.82 ID:JRGa0ZhLo

出口まであと一歩のところまで来たとき
ズガンッ!という音が響いた。

男の思考に空白が生じ、
状況判断能力が鈍る。

その音の正体が、自分に向けられた銃弾だと
気が付くのに数秒の時間を要した。


「遅ェな、お前……ヒャハッ!」


少年は這いずる男の足の付け根に
ショットガンを押し付け、そのまま引き金を引いた。

重々しい銃声と同時にグチャリと肉が
潰れる音が鈍く鳴る。

593: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:14:34.85 ID:JRGa0ZhLo


「ご、がぁ……ぎぃぃ」

「喋ンならちゃンと喋ろよ。
 大の大人がみっともねェっつの!」


少年は、潰れた人肉を突き刺すように
ショットガンに力を籠め、空いた手で
そのまま男の片脚をむしり取った。

抜かれた足と、男の足の付け根から血が溢れる。
少年の白い肌を穢すように、血が掛かるが
気に留めず、狂ったように笑い続ける。

594: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:15:03.69 ID:JRGa0ZhLo

それでも、男は出口を目指して
潰れた腕で冷たくてザラザラとした床を這いずる。

ようやく手がドアに触れた瞬間、同時に男の手に
糸を触るような感覚が伝わった。

刹那、ガゴンッ!という音と共に
天井から国語辞典ほどの大きさの金属塊が
落下し、男の手を潰した。

595: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:15:32.78 ID:JRGa0ZhLo

「あぎゃああああああああ!!!」

「あはぎゃははははは!
 悪ィ悪ィ! そこに罠仕掛けたの忘れてたわァ」


ガチャリ、とドアの鍵を閉める金属音がなった。
それは、男の最後の希望を潰す音だった。


「ま、待てくれ。俺が悪かった!
 ごめんなさいぃ! ごめんなさいぃぃ!」


絶望に追い込まれ、子供のように
泣きじゃくりながら謝る男を見て
一方通行は更に笑みを深めた。

596: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:16:03.46 ID:JRGa0ZhLo

「アヒャ! 頑張って生きろォ。
 俺だってお前に死ンで欲しくねェンだからよ!」


夜の廃工場に重々しい銃声が鳴り響く。


何度も


何度も


597: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:16:34.12 ID:JRGa0ZhLo

8月30日 午後7時


研究所の責任者は一方通行を待っていた。

一方通行はは、妹達を人質となれば、
どんな要求でも呑みこむに違いない。

そう考えた途端、彼の頭に
様々な実験のアイデアが浮かんだ。

どれも人道的か否かを問わなければ、
研究者にとって魅力的なものだった。

598: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:17:00.48 ID:JRGa0ZhLo

そんな事を考えている矢先だった。


「がァァァあああああああああああ!!!」


研究所の職員が次々と絶叫を上げ
床をのたうちまわったのは


「コレは……一方通行の仕業なのカ?」


片言の男はそう結論付け
携帯をとりだし、あるところに電話を掛けた。

連絡先は、とある狙撃手
―――妹達殺害を依頼した人物だった。

数コールの着信音の後に、
電話がつながる音が聞こえた。

599: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:17:32.84 ID:JRGa0ZhLo


『はァい、こンばンはァ』


聞こえたのは、殺し屋よりも
恐ろしい少年の声だった。

男はそれを聞いた瞬間、電話を切った。

身の危険を感じ、
即座に研究所を脱出するため
部屋を飛び出す。

そして廊下を曲がろうとしたところで

ズガン!と銃声と共に男の身体が吹き飛ばされた。

600: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:17:58.71 ID:JRGa0ZhLo

「オイオイ、挨拶は応じなきゃダメだろォ?
 研究者以外としてもイロイロやってンだから」


痛みに耐えながら、声のした方向をみた
片言の男の目に写ったのは、ショットガンを携えた
黒い目に黒い髪の白衣をきた少年だった。

誰だ、と片言の男の気持ちを感じ取ったように
黒髪のかつらとカラーコンタクトが宙を舞い
真っ白な髪の毛と紅い光彩が露わになる。

601: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:18:25.44 ID:JRGa0ZhLo

「ここのセキュルティは甘ェな、ほンと。
 つか、お前どこにいたわけ?
 差し入れのコーヒー渡せなかったじゃねェか。
 おいしすぎて、しびれるぜ?」


新人の研究者を装って、差し入れと称して
毒入りコーヒーを飲ます。

長い間、暗殺者として生きてきた一方通行にとって
容易いものだった。

602: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/27(木) 22:18:51.62 ID:JRGa0ZhLo


「さァて、どォ料理しよォかなァ」


顔を引き延ばし、残酷な笑みを浮かべながら
一方通行は男にショットガンを向ける。

だが、引かれる直前、
一方通行の体が停止した。


「まったく、どこにいるのかと
 思えば、こんなところで
 何してるのかしらぁ?」


そこには、超能力者第五位である
食蜂操祈が立っていた。

610: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:37:35.44 ID:g0N40Gk4o
一方通行の体は、完全に止められていた。
声のした方向を振り向くことは出来ない。

しかし、声の持ち主は一方通行が
良く知っている少女だった。


「……何の真似だ? 食蜂」


唯一動かせる口から出てきたのは
酷く冷徹な声だった。

611: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:38:03.54 ID:g0N40Gk4o

「妹達にストーカーしていた虫は駆除したから
 もうその男を殺す意味はないんだゾ☆」


一方通行は酷く動揺したが、
それはほんの一瞬の出来事だった。


「く、はははははははは!
 まだ俺が善人だと思ってンのかァ?
 悪ィな、期待外れでよォ」


体に纏わりつく漆黒の狂気。
狂笑の陰に隠れる灼熱の憤怒。
体全体からにじみ出る冷徹な殺気。

その姿は、まるで別人のように見えた。

612: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:38:36.73 ID:g0N40Gk4o

「失せろ」


瞬間、一方通行を縛り付けていた力が解かれる。

反射

絶対的な第一位の力に
心理掌握を跳ね返された食蜂は、
ハンマーで頭を殴られたような頭痛を感じた。


「邪魔すンなら、お前だって……殺す」


一方通行は左手で、懐の拳銃を引き抜き
天井に向かって発砲し、
そのまま、銃口を食蜂に向けた。

613: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:39:10.55 ID:g0N40Gk4o



悲劇がまた繰り返されるかもしれないという恐怖に
一方通行は、冷静的な判断を完全に失っていた。

今の彼には何も見えていない。

―――過去も
―――未来も
―――周りの人々も

614: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:39:37.14 ID:g0N40Gk4o


しかし、食蜂はその姿に怯むことは無かった。

食蜂は、そのまま一方通行に向かって歩いていく。
銃声が何度も鳴り響き、銃弾が食蜂の体を掠めるが
彼女は一切の動揺も見せなかった。

一向に怯まない食蜂に
一方通行は僅かに動揺した。

拳銃の弾丸が空になった時、
食蜂は一方通行の目と鼻の先にいた。

そして、そのままショットガンの銃身を掴み
自らの腹に押し付けた。

615: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:40:04.93 ID:g0N40Gk4o

「! 何を!?」

「善悪の判断がつかないってぇ?
 だったら、今すぐ私の体を
 容赦なく撃ちぬきなさい!」


一方通行の動きが止まった。
今度は心理掌握によるものではない。

動揺し、次の動きを考えられなくなっているのだ。


「……何故、そこまですンだ?
 俺は―――」

616: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:40:32.03 ID:g0N40Gk4o


パァァァン!と大きな音が木霊した。
食蜂が思いっきり一方通行の頬を平手打ちした音だ。


「ここの研究所の全員半殺しにした後、
 どうなるか分かってるわよねぇ?」

「暗部堕ち、だろォな。
 まァ、俺にとってそれが相応――」

「ふざけないで!」


食蜂が声を荒げた。
普段の彼女からは絶対に想像できない姿だった。


617: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:40:58.84 ID:g0N40Gk4o

「確かにあなたは悪人だったのかもしれない!
 それでも、あなたは私を救ってくれた!
 私はもう、自分の人生に言い訳して、
 醜く生きる弱い女の子じゃない!
 世界中の人間があなたを見捨てても
 私があなたを見捨てたりなんかしない!」


叫び食蜂は、真っ直ぐと一方通行を見ていた。

その眼光は、かつて彼女が灯していたものより
遙かに輝いていた。

一方通行は静かにそれを見つめていた。

熱気を帯びた狂気が冷やされ、
徐々に正気へと戻っていく。

618: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:41:27.40 ID:g0N40Gk4o

「だから、闇に行かないで……、
 私を……一人にしないで……」


叫びすぎたのが災いしたのか、
最後の言葉は消え入るようだった。

荒い息を吐きながらも、
食蜂はショットガンを掴む手を離さなかった。

一方通行は食蜂の手を
優しく振りほどき、
そのままショットガンを床に放り投げた。

619: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:41:58.96 ID:g0N40Gk4o

「……チッ、白けた」


そう言い、頭をかく姿は
いつもの一方通行の姿だった。


「はあ……良か―――!?」


その様子を見て、
食蜂が胸をなでおろした時
一方通行が食蜂を強引に抱き寄せた。


「……ありがとな」


一方通行はそれだけ言うと、食蜂から手を離し
スタスタと研究所の出口へ向かった。

620: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:42:51.31 ID:g0N40Gk4o

「ち、ちょっとぉ~!
 もうちょっと何かあるでしょ!」


食蜂も慌ててその後姿を追いかける。

やがて、その姿を消えるさまを
片言の男はずっと見ていた。

異常なまでに強く歯を食いしばりながら


「……一方通行、心理掌握。
 絶対に許さナイ」

621: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:43:31.46 ID:g0N40Gk4o


憤怒の形相で、そう呟く片言の男の耳に
コツコツ、という足音が響く。

見上げると、そこには少年が立っていた。

キッチリとした黒髪。
感情のない無機質な青い瞳。
黒い半袖のシャツに黒いズボン。

その姿は片言の男がよく知っている人物だった。


「! 空間掌握……!
 生きていたのデスカ。
 早速―――」

「一方通行への干渉未遂で
 貴様を殺せ、と命令が出た」

622: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:44:09.30 ID:g0N40Gk4o


告げられたのは、死刑宣告。
それでも、片言の男は諦めない。


「私の元に付きなサイ。
 報酬、待遇共に今より良いものを用意しマス。
 合理的に考え―――」

「くだらん、合理的に考えて
 学園都市に背く理由にならない」

623: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:44:39.92 ID:g0N40Gk4o

にべもない答えを返し、
空間掌握は片言の男の顔に足を置いた。


「あくまで学園都市の至上として
 合理的に考えマスカ。
 さすがは学園都市の狗ダ」


そんな皮肉に空間掌握は動じない。
片言の男はそれを分かっていながら
言わずにはいられなかった。

624: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:45:36.19 ID:g0N40Gk4o

そんな男に、合理的な化け物は
静かに語りかける。


「いずれにせよ、貴様はここで終わりだ。
 これは非合理的な人間を
 見たからこそ言える言葉だが、
 仮に、私が合理的で無かったとしても、
 きっと貴様をこうするだろう」


グシャリッ、と片言の男の頭が
熟れたトマトのように潰れ、
人の頭蓋骨の中身が、
あたり一帯にまき散らされた。

625: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:46:09.20 ID:g0N40Gk4o

しかし、空間掌握の体に
返り血は一切付かなかった。

空間掌握は、そのまま歩き出し
あるところに電話を掛けた。


「ここの職員は全員殺した。
 もう一つの研究所にいる
 天井亜雄と芳川桔梗はどうする?」

『ご苦労。
 その二人は放っておけ。
 今回の任務はこれにて終了だ』

「了解」


それだけ言うと通話を切り、
空間掌握は研究所の外に出た。

626: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/28(金) 20:46:41.58 ID:g0N40Gk4o


一方、その頃英国では


「ハッ、私の役目が盗られたような気が!
 今すぐ学園都市に行かぬば!」

「ど、どうした? 神裂。
 とにかくおちつk……
 ぎゃあああああああああああああ!!!」


とある聖人が国外へ脱出しようとし
謹慎処分を受ける事件がおきていた。

634: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:31:23.01 ID:05uyzRIGo
8月30日 午後8時ジャスト


食蜂を常盤台の寮に送った後、
一方通行は自宅へと帰る途中だった。

帰宅途中の彼はPDAを見ながら
ある事を考えていた


(空間掌握……、お前は誰だ)


超能力進化計画で一方通行の次
に成績が良かった者で、
彼に変わって絶対能力進化計画に参加した人物だ。

635: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:32:17.49 ID:05uyzRIGo

その人物―――空間掌握には奇妙な点があった。
彼は、学園都市で生まれたことになっているが
超能力進化計画に参加し能力を得るまでの
記録が一切無かった。

隠されているのではない。
存在すらしていないのだ。

まるで、突然現れたような
―――そんな経歴だった。

そこまで考えて、一方通行の携帯が
勢いよく振動した。

液晶に亀裂が入り、黒ずんでいるせいで
表示先が見えないが、一方通行は
とりあえず電話に出ることにした

636: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:33:05.86 ID:05uyzRIGo
―――
――

20分後


一方通行は、学生寮の前にいた。
しかし、それは長点上機学園の寮ではなく
とある学校の寮だ。

にもかかわず、彼がいる理由は一つ。
ある友人に呼び出されたからだ。

7階までエレベーターで行き
ある一室の前でチャイムを鳴らす。

するとドタドタッ!という
騒がしい足音と共に家主がドアを開けた。

上条当麻。
先日、退院したばかりの少年だ。

637: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:33:31.50 ID:05uyzRIGo


「来たか、一方通行」


深刻な顔でそう言い、上条は急ぐように手招きをする。
一方通行はそれに応じ、中に入った。


「今、一刻を争う危機に直面している」


上条は静かにそう言った。
その静かさが、今の上条の状況の深刻さを
如実に表していた。

638: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:34:05.18 ID:05uyzRIGo


「そンなにやべェのか?」

「ああ、俺の右手もまったく役に立たない」


上条の右手は、魔術・能力問わずに
異能の力であれば何でも打ち消せる。

今回、それが役に立たないということは
異能の力が絡まない相手だろうか、
と一方通行はぼんやりと予想した。

639: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:34:32.61 ID:05uyzRIGo


「この夏休み最大の敵だ。
 だが、俺は何としても明日までに
 そいつを倒さないといけない」


一方通行は戦慄した。
上条がこの夏休みで闘った(内で記憶がある)のは
アウレオルス、一方通行、
空間掌握、土御門の4人だ。

つまり、自分を含めたそれら4人を超える敵なのだ。


640: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:35:52.73 ID:05uyzRIGo


「お前の力が必要なんだ、一方通行」

「……そいつは誰なンだ?」

「ああ、その正体は古来から存在する
 我々学生の永遠の宿敵、即ち夏休みの宿題で
 ―――あ、オイ! 黙って帰ろうとするな!
 いや、しないでください!」


部屋を爆散させなかったのは、
本当に成長したものだ、と一方通行は思った。


641: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:36:59.91 ID:05uyzRIGo


同時刻、とある歩道


空間掌握は自宅までの道のりを歩いていた。

能力を使えば、一分以内でつくのだが
そうすると目立ってしまう。

空間掌握の存在は、上層部に黙認されているが
公に公表されて良いものではない。

その事が分かっている彼は、
敢えて歩くということを選択していた。

どんなことが起きるかは
容易に想像できるのだが

642: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:37:27.17 ID:05uyzRIGo

「くだらない」


凶悪な怒号が鳴り響く、
悪意に満ちた攻撃が空間掌握を襲う。

しかし、それらは一切届かない。

殴った者は拳を痛め、
バットやナイフは折れ、
能力は相殺された。


「本当にくだらない」

643: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:37:53.34 ID:05uyzRIGo


そうつぶやいた瞬間、
暴風が空間掌握を包み込み
周りにいた人間を蹴散らした。

誰も死んでいないところを見ると
きっと手加減したのだろう。

痛みにのたうち回る彼らを無視して
空間掌握は歩き出した。

644: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:38:19.29 ID:05uyzRIGo

学園都市の闇を一切知らない者たちの間で
空間掌握は、『無能力者に負けた第六位の超能力者』
と噂されていた。

第六位という格付けが弱く見えたのか
無能力者に負けた事実があるのだからなのか
どちらか、もしくは両方なのかもしれないが
そのせいで空間掌握は毎日襲撃されていた。

最初は、皆殺しにしたものの
上層部に咎められてからは、
先程の様に気絶させるだけにとどめている。
それが、襲撃者が増えている原因でもあるのだが。

645: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:39:38.68 ID:05uyzRIGo

別段、空間掌握はそれを気にすることは無かった。
襲撃されても傷つくことはない。
撃退するのに、少しの苦労もいらないからだ。

ただ、毎日襲撃される内に
空間掌握は、彼らに呆れていた。
目的も何もなく非合理的な行動に

そこまで考えて彼には一つ思うことはある。
彼自身も彼らと同様に目的が無いのだ。

646: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:40:04.69 ID:05uyzRIGo

学園都市の利益向上というものもあるが
彼は幻想殺しという存在を知ってしまった。

自分など居ても居なくても
学園都市の利益は揺らがない

そんな風に彼は考え始めていた。
今の仕事も上層部が処分に困っての事だろう
そう考え始めていた。

647: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:40:51.51 ID:05uyzRIGo

(以前の私なら、こんな事など考えなかった)


研究員たちの支持の元、クローンを使った実験に
参加していた時は、何も考えていなかった。

考える様になった要因は、
環境の変化だけではなかった。

となると、やはり―――


(出会った人間か……)

648: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:41:27.56 ID:05uyzRIGo

研究員たちに、標的のクローン達。
彼らは皆、自身と同じように合理的だった
と空間掌握は思う。

次に、一方通行、超電磁砲、幻想殺し
彼らは、空間掌握と敵対した者たちだ。


(まったく以って非合理的な奴らだ。
 ……それとも、至上としているものが
 私とは違うだけなのだろうか)


649: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:42:24.57 ID:05uyzRIGo

分からない、分からない、ワカラナイ

しかし、一つだけ分かることがある。
確実に、空間掌握の中で何かが変わったのだ。

『人間的な感情を取り戻しました』なんて美談ではない。
そんな非合理的な感情を取り戻した覚えなど
空間掌握には無い。


(……何なんだ、まったく)


一〇〇歩譲って、『イライラする』という感情なら
手に入れたような気がした。

650: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 16:42:56.73 ID:05uyzRIGo

いつまで経っても答えの出ない思考は
合理的ではないと判断したのか
空間掌握は思考を振り切る。

そこで彼は音が聞こえていないことに気付いた。
思考の深みに嵌り、無意識に
音を遮断していたのだろうか

だからこそ気づくのが遅れた。

何者かが自身の背中に張り付きながら
何かを叫んでいることに

656: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:23:49.31 ID:05uyzRIGo
空間掌握は肩越しに背後を見る。

見えたのは、奇妙な人間だった。
頭から汚い水色の毛布で、
すっぽりと全身を覆っている。

身長は、空間掌握の腰ほどしかない。
恐らく、10歳前後の子供だろうか
毛布のせいで性別が分からないが

657: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:24:15.78 ID:05uyzRIGo

(何だ? この非合理的な怪人チビ毛布は)

「―――――、……ッ!」


怪人ちび毛布は、必死に叫んでいる様子だが
空間掌握には、ただ口を大きく
パクパクさせているようにしか見えなかった。

しばらくして、空間掌握は自分のせいだと気付いた。

能力の防護対象から『音』を外すと
甲高く、どこか平淡な声が響いた

658: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:24:47.42 ID:05uyzRIGo


「いやー、なんというかここまで
 完全完璧無反応だとむしろ清々しいというか
 でも悪意を持ってるにしては歩くペースが普通だし
 もしかして究極の天然さんなのかなー
 ってミサカはミサカは首をかしげてみたり」


声からして少女だろう。
非合理的な語尾だな、と空間掌握は思った。

659: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:25:30.41 ID:05uyzRIGo


「おーい、聞こえてますかー合理的な人ー
 ってミサカはミサカは一発芸してみたり」


空間掌握はそれを無視して歩き続ける。


「もしかして合理的に無視してるかなー、
 それだけじゃ生きていけないよーって
 ミサカはミサカは非合理的な決断を勧めてみたり」

「……ミサカ?」

660: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:25:58.79 ID:05uyzRIGo

空間掌握の足がピタリと止まる。
何が嬉しいのか、それだけで
小走りで空間掌握の前に立ちどまった。


「おおっ、ようやくミサカの存在が認められたよ
 わーいってミサカはミサカは自画自賛してみたり」

「顔を見せてみろ」


そう言い、空間掌握は少女の毛布に手を掛ける。


「って、え? ぇと? ちょっと待―――」


少女の声を無視して、
空間掌握は毛布の頭の部分を捲り
顔を確認する。

661: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:26:42.49 ID:05uyzRIGo

「妹達……のようだな。
 だが、おかしいな。
 貴様らは14歳の肉体のはずだが?」

「う、ぅぅ」


質問をしても、嗚咽をもらすだけで
返答は返ってこなかった。


「…どうした?」

「裸にされるかと思ったってミサカはミサカは―――」

「そんな非合理的な真似はせん!!!」


合理的な化け物が、生涯で
初めて声を荒げた瞬間だった。

662: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:27:10.01 ID:05uyzRIGo

―――
――



少女の説明を聞いて、
空間掌握は大体の事情を察した。

少女の名前は打ち止めというらしく
実験が中断され、途中で培養器から
放り出されたため、肉体が小さいのだという。

妹達は別の組織に保護されたと聞くが
なにしろ数は1万弱だ。
一人ぐらい溢れても不思議はない。

663: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:27:37.24 ID:05uyzRIGo


「それで、私にどうしろと?」

「あなたは研究員と繋がりがあるだろうから
 コンタクトをとってほしいかな、
 ってミサカはミサカはお願いしてみたり」


恐らく、肉体面と人格面が不安定なので
もう一度培養器に入り『完成』させたいのだろう。

664: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:28:04.69 ID:05uyzRIGo

「断る」


だが、空間掌握にとって、どうでもよかった。

単価18万で作れる蛋白質の塊。
所詮その程度の認識でしかなかった。


「いえーい即答速攻大否定、って
 ミサカはミサカはヤケクソ気味に叫んでみたり。
 でも他に行く当てもないから
 ミサカはミサカは諦められないんだから」

「………」

665: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:28:31.43 ID:05uyzRIGo


合理的なのか、と空間掌握は思う。
非合理的な人間ばかり見てきたせいだろうか
それに違和感を感じずにはいられなかった。

(本当に)何故か辟易する空間掌握は、
実験中の妹達の合理性とは違うものを感じていた。

666: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:28:58.37 ID:05uyzRIGo

―――
――



結局、打ち止めは空間掌握から離れず
空間掌握もそれを止めようとはしなかった。

空間掌握は気づいていない。
自分の中の合理性が揺らいでいることに

それでも、彼はまだ
自分が合理的であると信じていた。

打ち止めの言葉をテキトーに受け流し
自室の前までたどり着き歩みを止めた。

667: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:29:41.28 ID:05uyzRIGo


「はあ、馬鹿どもが」


感情の希薄な空間掌握でさえため息をつくほど
部屋の惨状は酷いものだった。

まずドアが消滅していた。
次に家具、床板、壁紙……
部屋の全てのものが破壊され
更にはいたるところに、
スプレーによる落書きがあった。

668: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:30:08.48 ID:05uyzRIGo

「えと。えっと、えーっと。
 あの、これって警備員や風紀委員に
 通報しなくていいの、って
 ミサカはミサカは要らぬ世話を焼いてみるんだけど」

「意味がない」


通報したところで、精々今回の実行犯が捕まる程度だ。
襲撃が一切無くなるとは思えない。
それに、空間掌握の存在は公にしていいものじゃない。
つまるところ、するだけ無駄なのだ。

しかし、空間掌握に怒りは無い。
怒ったところで部屋が元通りになるわけでもない。
つまり合理的ではないのだ。


669: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:30:43.59 ID:05uyzRIGo


「貴様はどうするつもりだ?
 幼いとは云えど、仮にも女だ。
 状況によって、そこの家具より
 酷い末路を辿る羽目になると思うが?」


空間掌握は自分の居場所について
淡々と評価を述べる。


「うーん。それでもミサカはやっぱり
 お世話になりたいかな
 ってミサカはミサカは頼み込んでみたり」

「何故?」

「誰かと一緒に居たいから、って
 ミサカはミサカはビシッと即答してみたり」

670: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/29(土) 23:31:12.66 ID:05uyzRIGo

「……勝手にしろ」


そして、空間掌握は目を閉じた。
何やら随分と不名誉な事を言われたような気がしたが
空間掌握は合理的にそれを無視した。

空間掌握は自分でも驚くほど
疲労が溜まっているような気がした。


(そういえば、初めてだな)


睡魔に囚われ、意識を闇に落ちる間際
合理的な怪物はぼんやりと想う。


(邪気のない声をかけられたのは)

676: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:09:43.70 ID:foDlyMlRo
8月31日 午前8時 とある学生寮


「ん? あれ、ここは………、
 ああああああああああああああああああああああ!!!
 寝落ちしたァァァあああああああああああ!!!」


そう絶叫するのは上条当麻。

彼の前に立ちふさがるのは夏休みの宿題達。
そして、補修の課題も積み重なった結果
厚さにして約3cmとなったそれは
上条を危機的状況に追いやっていた。

677: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:10:12.33 ID:foDlyMlRo

これまでの夏休みがバイオレンスだったとか
色んな人を救ってきたとか
入院生活が長かったとか
そんな言い訳は通用しない。

ちなみに昨日で終わらせたのは
0,2cm分である。


678: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:10:55.64 ID:foDlyMlRo

―――
――



上条当麻は街を歩いていた。

それは協力者が

『缶コーヒー買い占めてこい。
 金はこれで合わせろ。
 釣りはくれてやる』

といって諭吉さんを20枚ぐらい
上条に渡したからである。

宿題が追われている中、引き受けたのは
束の間の現実逃避だろう、きっと。

679: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:11:26.86 ID:foDlyMlRo


まあ、缶コーヒーで目を覚ますかと
上条は自分にそう釈明し
コンビニへと向かう。


「ごめーん、待ったー?」


災厄(?)が待っているとは知らず

680: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:11:55.98 ID:foDlyMlRo

―――
――


上条当麻は思う

何故、こうなった。

今頃、寮に帰って宿題をしているはずだ。
普通ならもう諦めているところだが
既に学園都市最優秀の頭脳が味方に付いている。

よって、今からやれば不可能ではない。
にも拘わらず、宿題の完遂成功率は
どんどん下がっていく。

681: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:12:23.34 ID:foDlyMlRo


「で、なんか感想とか質問ある?」

「……不幸だ」

「アンタねぇ~」


ベンチで一個二〇〇〇円のホットドッグを食していた。
その隣には御坂美琴が座っている。

どうやら、付き纏われている男がいて
そいつを振り払うために、
恋人役を演じてほしい、ということだった。

682: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:12:49.57 ID:foDlyMlRo

当然、断りたかった上条だが
断れば二四時間耐久の喧嘩になりそうな気がする。

負ける気はしないが、無駄に長引くはずだ。
一方通行に助けを求める事も考えたが
何故か容赦なく美琴のプライドを粉砕する
一方通行の映像が鮮明に浮かんだ。

結局、上条はいろいろ考えた挙句
合理的に受け入れることにしたって訳よ。

683: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:13:16.04 ID:foDlyMlRo

とはいっても、宿題の脅威が無くなるわけではない。
ズボンのポケットから折り畳んだ紙の束を取り出した。

その正体は古文か何かのプリントの束だ。
上条はシャーペンを取り出し、それに取り掛かった。


「……趣旨理解してる?
 アンタと私は今恋人同士なんだけど?」

「ドキドキお勉強イベント!
 学園生活風物詩として受け取ってください!
 こっちは今夏休みの宿題が終わらなくて
 修羅道に片足突っ込んでんだよ!」

684: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:13:46.33 ID:foDlyMlRo

「? 夏休みの宿題って……ああ
 気が緩まない様に夏休みに出る課題ね。
 別に必要ないと思うけどね」

「なん……だと……」


常盤台には夏休みの宿題が無いらしい。
そういえば一方通行も無かった、と上条は思った。
最も、彼の場合不登校なだけなのだが

685: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:14:12.71 ID:foDlyMlRo

「まあ、ちょっと見せてみなさいよ」


そう言い、美琴が身をのりだし、
プリントの束を覗き込んだ。

突然の接近に上条は驚いた。
上条当麻は記憶喪失だ。
女性経験が無いに等しいのだ。
最も、あったらあったで
困る事この上ないのだが

686: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:14:50.09 ID:foDlyMlRo


「ふーん、古文の問題ねえ。
 何だ簡単じゃない」


え? と驚く上条からシャーペンを引ったくり
スラスラと答えを書き込んでいく。


「……何で解けるの?」

「何でアンタは解けないの?」


687: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:15:21.24 ID:foDlyMlRo


嫌味でもなく何でもなく、
素の表情で美琴にそう切り返した。

一方通行にも同じようにそう言われたことがある。

だが、その時は気にしなかった。
同学年というのもあるが、
何しろ相対性理論を一分で理解する男だ。

そんな奴がいう当然などあてにはならない。

だが、今度は中学生だ。
いくら相手がお嬢様学校で
心にくるものがあった。

688: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:15:47.79 ID:foDlyMlRo

無言で逃げ出そうとする上条を
美琴は必死に取り押さえる。


「だ、誰にでも得意不得意はあるわよ」

「はは、どうせ上条さんは出来て当然の事が
 不得意な無能力者ですよ」

「お、落ち着いて。依頼の料金として
 この問題の答え教えてあげるから」

「勉強の事で中学生に諭される高校生って……」


ドンヨリ、と枯れ木がさらに枯れそうな
負のオーラが上条の体があふれ出る。

689: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:16:14.64 ID:foDlyMlRo


「あ、はは。気分転換にジュース買ってくるわねー、
 それ飲んだら宿題片付けるわよ」


その負のオーラに耐え切れなかったのか
美琴は苦笑しながらベンチから立ち上がり
上条を置いてどこかに行ってしまった。


「あ、おい―――って足速ッ!」


ベンチに取り残された上条は
負のオーラを収束させ
古文のプリントに目を落とした。

690: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:16:40.93 ID:foDlyMlRo

どう考えても日本語とは思えない。
そもそも、学ぶ意味があるのだろうか
現代でまさか使っている人間はいないだろ。
いたらかなりの変人だ。

そんな風に現実逃避する上条の目の前を
首に散歩用の手綱を付けた小型犬が目の前を通った。

飼い主の手から逃げてしまったのだろうか
そんな風に考えていると、その犬を追いかける様に
爽やかな男が通り過ぎた。

691: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:17:49.48 ID:foDlyMlRo

その男は手際よく手綱をつかみ取る
そして、それを遅れて現れた小学生くらいの男子に
手綱を渡し、二言三言告げていた。


(何という爽やか。何故か輝いて見える)


そんな風に考えていると、
不意に男と目があった。

692: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:18:15.78 ID:foDlyMlRo


上条はその男に見覚えがあった。

海原光貴
―――美琴に付き纏っている男だ。

海原も上条の顔を記憶しているのだろうか、
小さく苦笑しながら上条まで近づいた。


「初めまして、海原光貴と言います。
 ええと、貴方の名はなんと呼べばいいでしょうか?」

「あ、ああ俺の名は上条当麻だ」

693: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:18:41.96 ID:foDlyMlRo


予想通りの爽やかな挨拶に上条は面食らった。
最近、爽やかから程遠いバイオレンスな人達と
過ごしてきたせいだろうか、と上条は思った。


「で、俺に何か用か?」

「いえ用という程の事ではないのですが
 差し支えなければ、教えていただきたいのですが
 あなたは御坂さんのお友達なんですか?」

「気になんの?」

「…、ええ。自分の好きな人の側にいる
 男性ととなれば、当然」

694: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:19:10.94 ID:foDlyMlRo


へぇ、と上条は海原を見た。
その眼は濁りのない純粋なものだった。

上条の中のこの男の印象が大きく変わった。
上条はこういう人間が大好きなのだ。


(ふむ)


上条はある事を思い出した。
美琴にこの男を諦めさせるように
頼まれているからである。

695: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 13:19:58.24 ID:foDlyMlRo

「なあ、アンタはどっちの答えを望んでるんだ?
 予想してる答えか、予想外の答えか」

「どちらでも自分の答えは変わりませんよ」


海原光貴は即答した。
その姿からは陰湿なものは一切
感じられなかった。

702: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:52:37.78 ID:foDlyMlRo
結論から海原光貴はイイ奴だった。

お金持ちで常盤台中学の孫、と聞いて
嫌味な上流階級の人間と思った上条だが
その予想は大きく外れた。

少なくともストーカーを働く人間とは思えなかった。


「だからね、御坂さんは『好き』と『嫌い』を
 はっきり言うべきだと思うんですよ。
 『好き』に越したことはありませんが
 たとえ『嫌い』でも本気で言ってほしいものです。
 あ、そこの答えは④です。②は引っ掛けですよ」

703: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:53:06.31 ID:foDlyMlRo

「せんきゅー、けどお前もすげー覚悟だな。
 普通なら中々出来ないぜ?」


それは、弾が何発入っているか分からない
ロシアンルーレットのようなものだ。

答えは二つだが、確率が半分とは限らない。


「『普通』だったら、ね。
 でも、僕だって怖くないわけじゃない。
 彼女から直接拒絶されてしまったら、
 この心がどうなってしまうか分からない」

704: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:53:32.58 ID:foDlyMlRo

でもね、と海原は一拍置いて


「無理ですよ。彼女が泣くと分かっていて、
 それでも尚彼女を奪おうと考えるなんて。
 僕が願っているのは御坂さんの幸せなんです。
 僕がどんなに幸せになろうとしたところで
 彼女がそうでなければ、何の意味もないんですから」


チッ、と上条は心の中で舌打ちした。
この男を応援してやりたいが、解は既に出ている。

705: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:54:03.80 ID:foDlyMlRo

『演技』で騙そうとした自分に腹が立った。

不意に横合いから足音が響いた。

上条がそちらを見るとペットボトルを
二つ抱えた美琴が立っていた。
何か驚いたような表情でこちらを見ていた。


「あん? どうしたんだお前―――」


上条が疑問を言う前に
美琴はズカズカとベンチに近づき
上条に顎で『立て』とジェスチャーで示した。

706: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:54:31.49 ID:foDlyMlRo

そして、ぎこちない笑顔で海原に言う


「ごめんなさい、私今日この人と
 外せない用事があるの」


そうですか、と海原の返事に答えず
美琴は背を向けて歩き出した。

ここまで無下にされても海原は食い掛からない。

どうしようか判断できずに
その場で立ち往生してる上条に
海原は「行ってあげてください」と笑って言った。


707: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:55:13.22 ID:foDlyMlRo

―――
――


「ったく、アンタねえ! どういうつもり!?
 本当に趣旨分かってるわけ?」


無言で路地裏まで歩き、
美琴は上条にそう叫んだ。

だが上条は一切うろたえなかった。


「悪い、御坂。アイツは真剣で、しかも純粋に
 お前のことを考えているんだ。
 そんな人間を騙すなんて俺には出来ない」

708: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:55:46.51 ID:foDlyMlRo

「何よ、それ……」


美琴は何か、驚いたような
びっくりしたような顔で上条を見た。


「つか何で海原を嫌うんだ?
 別に好きになれとは言うつもりじゃねえけど
 なんか理由とかあんの?」


そう聞く上条は美琴は何か
言いたげな目でジッと睨んだ。

しかし、彼女の口からは言葉どころか
吐息さえも出なかった。

709: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:56:19.03 ID:foDlyMlRo

居心地の悪い沈黙が続き
やがて美琴がポツリとつぶやいた。


「アンタは……」

「?」

「……そうよね、なんでもないわ」


思い切って言おうとした言葉を
強引に打ち切るように美琴はそう告げた。

彼女は笑っているように見えたが
どこか寂しそうに瞳の色が揺らいでいるように見えた。

710: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:56:46.90 ID:foDlyMlRo

―――
――



「んじゃ、これで恋人ごっこは終わりにしますか
 んじゃ、最後に何か奢ってあげるわ。
 あそこのファーストフード店でいいわよね?」

「まだ食うのか!? もうい―――って足速ッ!?」


美琴は何か吹っ切れたようにそう言い
大勢の人でごった返している
ファーストフード店の中に突撃した。

711: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:57:15.36 ID:foDlyMlRo

自分の中のとある感情が噴き出しそうだった。

少年にとって自分が特別な存在ではなかった。

たったそれだけの事実がとある感情を刺激し
自分の心を甚振っていた。

その正体不明の痛みから逃げられたはずなのに
美琴の心はその事をひどく後悔していた。

彼女はまだ知る由もない。
自身の中にあるとある感情の正体を

712: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:58:01.68 ID:foDlyMlRo


同時刻


上条当麻はある事を考えていた。


(宿題どうしよう……)


ただその事だけを考え太陽を見上げる。
と、そんな上条の前に見慣れた顔が現れた。

海原光貴だ。

713: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:58:27.86 ID:foDlyMlRo


「あれ、こちらに来ていたんですか?
 お一人という事は用はもう済んだのですか?」

「あー、御坂ならあの人ごみの中で格闘ナウ。
 つか話してくか? 今ならあいつも落ち着いてるし
 言葉のキャッチボールが出来るぞ」

「いえ、大丈夫でしょうか。
 先程は随分怒っていたようですが」


気楽にいう上条に対し、
海原は困ったように返した。

714: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:58:53.43 ID:foDlyMlRo


「大丈夫、大丈夫。
 あ、古文の宿題はサンキューな」


炎天下の歩道で会話のネタの無さに
困った上条がそんなことを言った。

すると、灼熱の道路の真ん中で
清々しい程の爽やかな笑顔を浮かべ


「いえいえ。自分の出来ることを
 やっただけですから」


頭のいい奴が必ずしも人格に
問題があるわけじゃないんだな、と
思いながら上条は何気なく
ファーストフード店の方を見た。

715: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:59:24.69 ID:foDlyMlRo

昼時のせいだろうか、人混みにも拘わらず
歩いている学生が一人二人と列に加わる。

そこまでは問題ない。
しかし、その一人の中に海原光貴がいた。

他人の空似かな、と上条は思ったが
顔立ち、背格好、服装……
どれをとっても海原光貴本人だった。
あえて違うところを上げるとするならば
目が血走っていることぐらいだろうか

驚いた上条に気付いたのか
そばにいる海原も上条の視線を目で追いかけ
ファーストフード店の方をみた。

だが男は既に人ごみに紛れていた。

716: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 22:59:52.82 ID:foDlyMlRo

「なあ、お前って兄弟とかいんの?」

「いえ、自分は一人っ子ですけど。
 それがどうかしたんですか?」

「いや、さっきお前とそっくりの奴が
 店に入ったからさ」


その言葉に素早く反応し、
海原はファーストフード店の凝視した。

あまりに気迫に上条は少したじろいだ。

717: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:00:53.72 ID:foDlyMlRo


「ま、まあ他人の空似かもしれないし
 気にすることは―――」

「いえ、いけません!
 実は肉体変化を持つ能力者に
 私は狙われておりまして―――」

「! それはじゃ、奴は!」


肉体変化―――その名の通り
自身の肉体を自在に変化し、
他人のものに変わることが出来る。

718: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:01:27.66 ID:foDlyMlRo

そして、上条は思い出す。
ファーストフード店に入った
海原光貴の血走った眼を


「いけない、美琴を助け―――」


直後、ドン!!という背中の真ん中あたりへの一撃。
一瞬、上条は自分の身に起きた事が理解できなかった。


719: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:01:54.16 ID:foDlyMlRo

「初めて上手くいきました、
 人を騙すって事は」


肺の中の空気がごっそりと抜かれ、
悲鳴どころか呼吸さえ困難になる中で
見えたのは、海原光貴の凍える目だった。
その手には何か刃物のようなものを持っていた。

720: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:02:22.56 ID:foDlyMlRo


「ッ!!」


突き出された刃物を
上条はかろうじて避けきれた。

後数秒遅れてたら……、
そう思うと冷汗が止まらなかった。

一度肺の中の空気を抜かし、
ナイフで刺し殺す

自滅覚悟の衝動殺人ではなく、
その後を見据えた暗殺術。

721: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:02:49.37 ID:foDlyMlRo


白昼堂々での犯行。
だが、騒ぎは起こらない。
その現象は海原の実力を示していた。

バランス感覚が狂い、
本人は距離をとっているつもりでも
上条の立ち位置は海原を中心に
円を描くようにしか変わらない。

722: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:03:15.98 ID:foDlyMlRo

「な、んで……」

「何で、ですか。言う義理はないですね。
 ちなみに自分では海原光貴とは一切関係ありません。
 科学では肉体変化という方法がありますが
 それ以外でも似た事は出来るんですよ?」


海原の手には黒い石を砕いて
作られたような刃物が握られていた。
見た目が武器らしくないせいか
周りの人々は騒がなかった。

723: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:03:46.01 ID:foDlyMlRo

海原は黒い刃物を振るう。
斬りかかるのではなく
天に翳すように

ゾン!!と上条の顔の横を何かが通り抜けた。

刃物から飛び出た見えないレーザーのようなものは
違法駐車の自動車に当たり、
ドアに複雑な刻印が刻まれた。

724: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:04:21.99 ID:foDlyMlRo

瞬間、上条当麻は本能的に全てを察した。

科学以外の方法で姿を変える存在
科学では説明できない現象を起こす存在

魔術師

一瞬の空白の後、ゴンガン!という轟音が鳴る。

自動車が分解された。
武器で壊したような感じではない。

溶接部分やネジやボルトなどの
部品と部品の結合部分が綺麗に取り外れている。

それが人体に当たればどうなるか、
想像するのは容易かった。

725: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:04:51.07 ID:foDlyMlRo

今度こそ騒ぎが起きる。
それでも、周りの人間はそれが
人為的なものだとは気付いていなかった。


「くっ……」


上条の全身から嫌な汗が噴き出た。

電撃の槍のように目に見えない。
その上、空気の槍のように
予備動作があるわけでもない。

挙句の果てに、狙いが大雑把。
これでは周囲の人間が巻き込まれてしまう。

そう考え路地裏に入り込む。
背中から見えざる武器をもつ敵の
足音がヒタヒタと追ってくる。

726: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:05:21.94 ID:foDlyMlRo

同時刻、とある学生寮


「ごちそうさまなんだよ!」

「お粗末さまでしたァ」


余りにも上条が遅い為、
嫌がらせに冷蔵庫の中身をすべて使い
料理を作ったのだ。

決して、噛み付き攻撃を恐れたわけはない
―――本人曰く

727: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:05:48.53 ID:foDlyMlRo

「あくせられーた、料理できたんだね」

「材料を入れる順序、タイミング、組み合わせ
 それら全てを演算すりゃ誰にも出来る」

「……料理という概念を根本的に
 誤っている気がするんだよ」

「おいしけりゃ問題ねェだろ?」

「そうなんだよ!」

「ンじゃコーヒー買いにいってくるわ
 上条の馬鹿は当てにならねェし」


そう言い残し一方通行が部屋を出た瞬間だった。
上条家の受話器がなったのは

728: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:06:15.06 ID:foDlyMlRo


―――
――



「くそっ、魔術師ってのは
 どいつもこいつもいかれてやがる!」

『とうま、その言葉は職業差別じゃ――』


電話を切り、インデックスから得た情報を整理する。

一方通行の手によって冷蔵庫が全滅。
そして、一方通行は今部屋にいない

729: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:06:40.91 ID:foDlyMlRo

……じゃなかった。

相手はアステカの魔術師で、
皮膚を剥がして、その人物になることが出来る。
技の正体は『トラウィスパンテクウトリの槍』
金星の光を黒曜石のナイフで反射させて
攻撃しているという事だ。

そうこう考えている内にも
背後でゾンザン!という何かを分解する
不気味な音が響く。

730: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:07:06.87 ID:foDlyMlRo


効果範囲が分からない以上、
建物や地下街に逃げ込むは危険だ。

逃げる中で上条には一つ分からないことがある。

何故、海原光貴に化けたのか
美琴はともかく、上条や禁書目録と
何の接点もないはずなのに……

そんなことを考えながら
路地裏の角を勢いよく曲がる

731: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:07:52.69 ID:foDlyMlRo

「くそっ!」


そこで上条は盛大に舌打ちをした。

ビルの工事中で通行止めになっていた。
狭い路地をシャベルやセメント袋、建築機材が
占拠しておりまともに通れるはずもない。

作りかけの屋上部分には
クレーンが設置されてるのか
巨大なアームが覆いかぶさっていた、

敵の足音は近づく。
それでも逃げ場はもうない。

732: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:08:19.29 ID:foDlyMlRo


(どうする? どうする俺!?)


路地裏の角から海原が現れた。
上条の姿を見つけるや否や
黒曜石のナイフを振り上げる。

互いの距離は5m。

上条は咄嗟にシャベルを手に取った。
しかし、海原を殴るためではない。

上条はシャベルを思いっきりセメント袋に
突き刺し、それを勢いよく振り回した。

733: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:08:47.52 ID:foDlyMlRo

辺り一帯の空間がセメントのカーテンに覆われ
灰色に染め上げられていく。

当然、金星の光も遮られている為
槍は発動するはずもない。

槍が発動しない原因をそのように
予測した海原の横を何かが突き抜けた。

シャベルか、と海原が身構えた瞬間

734: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:09:13.65 ID:foDlyMlRo


「おォア!」


セメントのカーテンを突き破るように
真正面から上条の右手が海原を狙う。

海原は身を屈めてそれを躱し
ナイフで反撃を図るが
不安定な体勢が災いし、
上条の体を傷つけることは無かった。

そして上条は思いっきり
海原の腹を蹴り上げた。

735: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:09:39.61 ID:foDlyMlRo

海原は後ろへ飛び、
ダメージを軽減させる。

後退を始める海原に、
上条は前進して近づく。

当然、上条の方が早いわけで
一気に距離が詰められる。

瞬間、ビュウ、と突風が突き抜け
セメントのカーテンを薙ぎ払った。

736: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:10:05.32 ID:foDlyMlRo


勝った、と海原は確信した。
だが、攻撃を行ったはずなのに
上条当麻の体は無事だった。

何故だ、と海原が強く疑問に思った瞬間
その原因に気付いた。

ナイフにセメントの粉末がこびり付いているのだ。
これでは、金星の光を受け付けることは出来ない。

737: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:10:32.55 ID:foDlyMlRo

海原は慌ててそれを拭き取ろうとする。
だが、それが致命的なミスだった。
危機的状況に置かれながらも
否、むしろ置かれているからこそ
彼は誘惑に負けてしまったのだ。

少しでも拭き取れば勝てる、という誘惑に
その小さな隙が致命的になるとも知らずに

ゴン!と誘惑に踊らされた魔術師の顔を
上条が思いっきり殴り飛ばした。

そして、海原が最後まで執着していた
黒曜石のナイフが空しく地面に落ちた。

738: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:11:00.13 ID:foDlyMlRo

―――
――


同時刻、とある歩道


一方通行は突然横合いへ飛んだ。
その行動に周りにいた人々が怪訝な顔をした。
だが、その疑問は一秒も経たず消化された。

ズバァ!!という轟音と共に不健康な光の束が
先程まで一方通行がいた空間を蹂躙した。

騒ぎが起こり、人々が逃げ惑う中
一人、一方通行を睨む女がいた。

恐らく、彼女の仕業だろう。
一方通行は彼女の顔に見覚えがあった


「久しぶりねえ、第一位。
 ちょっと憂さ晴らしに、
 付き合ってくれないかしらね!」


そこには超能力者第四位
―――麦野沈利が立っていた。


739: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:11:26.03 ID:foDlyMlRo

―――
――



上条当麻は海原を見下ろしていた。

幻想殺しの効果で魔術が解除され
露わになった顔は海原より幼く見え、
肌は浅黒かった。
日焼けの後のようにところどころに
海原の皮膚が残っているのが不思議だった。


「さぁって答えてもらうぜ。
 何故、海原に化けた?」

740: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:11:53.46 ID:foDlyMlRo


「一〇万三〇〇〇冊の魔導書を持つ禁書目録
 常盤台の超能力者第三位の超電磁砲、
 吸血鬼に対する切り札である吸血殺し」


立ち上がりながら海原は平淡な声で、
上条が知っている人物を列挙した。


「全ての能力者の頂点に立つ一方通行。
 それに付随する形で
 人の心を自在に操作する心理掌握。
 神をも切り裂く極東の聖人」

741: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:12:20.71 ID:foDlyMlRo

「何が言いたい?」

「分かりませんか?
 あなたがその気になれば
 国一つを相手に出来る組織が出来る訳ですよ。
 世界のパワーバランスを崩すほどのね。
 自分のいる『組織』はそれを危険視した」


組織。
それは学園都市か、魔術結社か
はたまたどこかの経済大国か

742: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:12:46.33 ID:foDlyMlRo

「だから、自分が送り込まれた。
 と言っても、来たのはほんの一か月前。
 海原に化けたのは一か月前。
 任務の内容もただの監視。
 上条勢力といっても、あなたに
 組織を作る気が無いでしょう?
 問題ナシ、
 その一言で済むはずだったんです」


ギリッと魔術師は奥歯を噛みしめ
上条を射抜くように睨みつける。

743: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:13:20.86 ID:foDlyMlRo


「でも、あなたは実績を残してしまった。
 この夏休みだけで、いくつかの『組織』を
 壊滅させたらしいじゃないですか!
 そのうえ、あなたの『力』は
 金や圧力で掌握することは出来ない。
 すべてあなた一人の独断だ。
 そんなものを上が危険視しないわけないでしょう」

「じゃあ、お前は……」

744: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:13:46.76 ID:foDlyMlRo

「ええ、自分の標的は『上条当麻』個人ではなく
 『上条勢力』全員です。
 あなた一人が死んだところで
 もう『上条勢力』は止まりませんから」


相手の勢力の一人の顔を被って
味方間の信頼を崩していく。

内部腐敗

昔から多くの組織を壊滅させた手段だ。

745: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:14:55.88 ID:foDlyMlRo

「―――、なんだよそれ」


上条にとってそんな事はどうでもよかった。
それよりも許せないことがあった。


「全部、嘘だったのかよ!
 俺に語った御坂への想いは!」


746: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:15:23.64 ID:foDlyMlRo

そういって、上条は勢いよく
右手を振り被って、海原に殴り掛かる。

海原は右手の先を掴み、
ハンマーの投げの要領で押し返した。

ゴロゴロと上条の体が転がる


「……嘘な訳ないでしょう」


回転する視界の中で
上条に見えたのは
辛そうな魔術師の顔だった。

747: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:16:12.74 ID:foDlyMlRo

「ここに来る前、学園都市が嫌いでした。
 神の恩恵を否定して、科学に頼るこの町が」


でもね、と海原は自分の言葉を否定した。


「それは私の偏見でした。
 予想に反してこの町は素晴らしかった。
 そして、最初に調べたのは御坂美琴でした。
 彼女は素晴らしい人間だ。
 幸せになるのに相応しいと思った。
 要するにこの街が好きなんですよ。
 たとえ、住人になれないとしても
 御坂さんの住んでいるこの街が大好きなんです」

748: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:16:42.42 ID:foDlyMlRo


でもね、と再び海原は自分の言葉を否定した。


「上が危険だと判断してしまったんです。
 ですから、私は何の罪もない幸せになるべき
 少女の世界に傷をつける羽目になった。
 ねえ、分かりますか?
 自分がどんな気持ちでそれをやったか?」

749: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:17:08.29 ID:foDlyMlRo


海原は激情を込めて叫んだ。


「わかる筈がない!
 あなたが全部壊したんだ!
 あなたが穏便でいてくれたら、
 自分は引き下がれたのに!
 海原を傷つけることも、
 御坂さんをだますことも無かったのに!
 今の自分はあなた方の『敵』です!
 でも、そうなってしまったのは誰のせいだ!?」


八つ当たりだ、と海原自身そう感じていた。

上条当麻は大切なものの為に立ち上がっただけだ。
決して海原を貶める為の行動ではない。

それでも、分かっていても糾弾せずにはいられなかった。
人はそこまで合理的にはなれない。

750: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:17:36.00 ID:foDlyMlRo

「お前の気持ちは本当なのか?
 御坂の世界を守りたかったのか?」


ええ、と海原は即答する。
でもね、と再度自分の言葉を否定した。


「無理ですよ、自分には。
 そんなヒーローじゃないんですから。
 正しいと思った事を肯定できて、
 悪いと思った事を否定できる。
 それが当たり前だと思っているようですが
 その事がどれだけ幸せか分かっていますか?
 もっとも、自分はまだマシな方ですが」

751: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/06/30(日) 23:18:01.88 ID:foDlyMlRo

これが魔術師の本音だった。
恐らく彼が許せないのは
他でもない自分自身だ。

自分の弱さを呪いながら、
したくもしないことをする羽目になった。


「それじゃ仕方ねえな」


上条当麻は拳を握る。
闘う理由なら十分すぎるぐらいあった。


「だったら仕方ねえ。
 殺してやるよ、お前のその幻想を」

759: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:06:37.23 ID:zEjurMn5o
海原が渾身の力で上条に殴り掛かる。

顔面を狙う横殴りの一撃。
上条はそれを左手で掴んで止める。

そこに海原は左手で上条に殴り掛かるも
上条はそれを避け、カウンターのごとく
海原の顔面に向かって右手を突き出した。

760: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:07:04.99 ID:zEjurMn5o

ゴッ!と鈍い音が響き、
海原が再び殴り飛ばされる。

だが、今度は倒れずに
海原は後退するも倒れることはなかった。

そこへ上条が右手で横殴りの追撃を掛ける。
海原はそれを左腕で受け止め
がら空きになった上条の顔面を殴り飛ばす。

その威力は、魔術に頼っているか
素人並のものだが、上条と張り合うには充分だった。

761: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:07:31.25 ID:zEjurMn5o


「中々やります、ね!」


収縮されたバネが弾けるように
海原は上条との距離を詰める。

上条は咄嗟に右手で迎撃しようとするが
それを屈んでよけ、右手で正拳突きを繰り出す。

呻く上条に構わず、海原はそのまま
体を捻じり、左手で正拳突きを決め
右手で上条の顔面を殴り飛ばした。

762: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:08:15.08 ID:zEjurMn5o


「ぐっ……、お前も、な!」


海原の左フックを身を屈め躱し
上条は敢えて左手で海原の腹を殴り
そのまま、右手で顎を殴り飛ばした。

顎を殴られ、海原の意識が揺れ始める。
その証拠に、海原の足取りはおぼつかなった。

だが、上条はその隙を逃さず
容赦なく回転蹴りを入れる。

手加減できない理由がそこにはあった。

763: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:09:16.31 ID:zEjurMn5o

「くっ……」


地面を転がり、意識が揺らぐ中
必死に立ち上がろうとした海原の目に映ったのは、
先程、落とした黒曜石のナイフだ。

海原は咄嗟にそれに手を伸ばし
汚れを拭い、上条に向けて槍を放った。

764: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:09:42.56 ID:zEjurMn5o

だが、ろくに狙いをつけていない槍は
見当違いの方向へ飛んでいく。

今度こそ正確に上条に狙いを定めるが
槍が発動するより前に、
上条の正拳突きがナイフに当たる。

ガラスが割れるような音が鳴り
黒曜石のナイフがバラバラに砕かれた。


765: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:10:09.29 ID:zEjurMn5o


「フンッ!」


海原はそのまま上条の腹に膝蹴りを入れ
右手で上条の首を掴み、押し倒した。

そのまま、海原は倒れた上条の上に
覆いかぶさり、首を絞めようとする。

だが、その時上条の目は海原を見ていなかった。
彼は空を見ていたのだ。

雨のように無数に鉄骨降り注ぐ空を

766: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:10:39.55 ID:zEjurMn5o

その様子に海原は気づいていない。
先程の効果でどこかのビルが崩れているのだと

海原も、ビルが崩れていることに気付いていたが
その頭上に危機が迫っていることに気付いていない。


「こんの、馬鹿が!」


馬乗りになっている海原を
上条は渾身の力で蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされ、仰向けに倒れたことで
海原もやっと事態に気付いた。

767: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:11:06.19 ID:zEjurMn5o

避けようと思えば避けられる。

海原は何故か避ける気が起らなかった。
この戦いに勝利することに意味を
見いだせたくなっていたからだ。


(結局、こうなりますか。
 どうせこうなるのなら、ヒーローよろしく
 組織並の人数に一人で戦って死んだ方が
 良かったのでしょうかね)


走馬灯さえ見える中、自身の腕をつかむ者がいた。

768: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:11:32.30 ID:zEjurMn5o

上条当麻だ。

海原は目を見開き、驚いた。


(馬鹿な!? 自分は敵なのに?
 一人で逃げれば間に合うのかもしれないのに!?
 見捨てたところで誰も蔑まないのに!?)


そして、海原は気づいた。


(そうか、だからヒーローになれるのか……)


そして、大量の鉄骨が降り注ぎ
地面が盛大に振動した。

769: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:11:59.96 ID:zEjurMn5o

―――
――



結果的に言えば、悲劇は起こらなかった。

上条に一切鉄骨は刺さっていない。

海原も挟まれてはいるが、潰されてはおらず、
手錠をつけている感じのようだった。


(運が良かった―――な訳ねーか。
 さっきも殴り飛ばした先に
 武器があったなんて不幸に見舞われたし
 ―――あの超能力者だろうな)


そう、”運が良かった”の一言で納得できる規模ではない。
外部からの力が加わったと考えるのが妥当だろう。

770: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:12:30.26 ID:zEjurMn5o

「負けましたか、か。
 はは、当然だ、勝てるわけがない」


魔術師は小さく笑っていた。
悪意などなく純粋に


「初めてですよ、まったく。
 負けてこんなに嬉しいのは」


この戦いで海原は手加減していた。
何度も殺す機会があったのに、
それをわざと逃している節があった。

771: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:12:56.72 ID:zEjurMn5o

きっと止めて欲しかったのだろう。
組織のいう事を聞くしかない弱い自分を


「きっとね、襲撃は今回だけではありません。
 自分のような下っ端が失敗したごときで
 上が諦めるとは思えない。
 あなたや御坂さんの元に、
 より強い刺客が現れるでしょう」


上条は黙って、海原の言葉を聞いていた。

772: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:13:23.52 ID:zEjurMn5o


「いつでも、どこでも、誰からも、何度も。
 まるで都合の良いヒーローのように駆けつけて
 彼女を守ってくれると約束してくれませんか?
 自分の夢を―――自分に出来なかったことを
 やってくれませんか?」


上条は一言だけ言うと、首を縦に振った。

最後まで身勝手ですみませんね、と
魔術師は苦笑しながら呟いた。

773: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:13:49.96 ID:zEjurMn5o


―――
――



御坂美琴はハンバーガーの入った袋を持ちながら、
壁に背を預け彼らの会話を聞いていた。

最初から最後まで聞いたわけはないが
断片的な会話からすべてを察した。

彼らが何故全力でぶつかり合ったのか。
誰を巡って、誰の為に

美琴はブンブンブン!と勢いよく首を横に振る。

774: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/01(月) 20:14:15.97 ID:zEjurMn5o

(か、勘違いよ、勘違い。
 アイツは無自覚はああいうことをいうヤツで
 私はちっとも特別じゃ―――)


そこまで考えて首の動きが止まる。
否定したくない気持ちがそこにはあった。


(うう………)


自身の顔がどれだけ赤いか
鏡を見なくても分かる。

それが分かっているからこそ
彼女はそこから出ていくことが出来なかった。


781: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:12:36.31 ID:qWytUDpIo

―――
――

同時刻、とある路地裏


そこには白い少年と、10メートル離れて
地面に倒れている女がいた。


「拍子抜けだなァ、ホント」

「黙れ!」


782: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:13:02.19 ID:qWytUDpIo


白い少年の名は一方通行。
倒れている女の名は麦野沈利。

麦野は立つことが出来なくなっていた。
命に関わる部位以外の関節がすべて外されていたのだ。

何故こうなった、と麦野は思う。

途中までは完全にこちらが有利だった。
追う者追われる者
―――その関係は永遠かと思われた。

だが気づけば、背後を取られ
後ろから蹴りを入れられ
決着は一瞬でついた。


783: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:14:08.80 ID:qWytUDpIo


「ンで、誰からの依頼だ?」


一方通行はそう言い、麦野に銃を向ける。
本来ならば麦野にとって何の脅威もないはずだが
動けない状態で攻撃を放てば
死ぬのは彼女の方だ、


「ハッ、自意識過剰もいい加減にしてくれる?
 どこの組織もアンタの事なんか気にしてないわよ。
 ただ目の前に見知った童貞が歩いていたから
 掃除しようと思っただけよ」

「そォかい」


麦野の罵詈雑言に対し言い返すことなく
一方通行は拳銃のハンマーを落とした。

784: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:14:34.70 ID:qWytUDpIo


「お前と同じ人間を昔、見たことがある」


ゆっくりと頭に狙いをつけながら、
一方通行は静かに語りかける。


「お前自身はプライドを守っていると
 勘違いしてるよォだが、
 それは、ただの子供の駄々と何も変わらねェ。
 それに気づかねェからお前は雑魚なンだ。
 いつまで下らねェもンに縋ってるから
 こンな風に犬死すンだよ」


引き金を引く直前、カン、と金属音が鳴り
一方通行と麦野の間に何かが投げ込まれた。


785: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:16:55.11 ID:qWytUDpIo

(閃光弾!?)


咄嗟に音と光を反射するも、
その代償に視界が真っ黒に染まる。

反射を解除し、咄嗟に引き金を撃つが
それは麦野に当たることなく、
中学生ぐらいの少女に当たった瞬間
銃弾は勢いを失い、地面に落ちた。

よく見ると少女のほかに麦野を庇うように、
一方通行の前に、もう二人の少女が
立ち上がっていた。

786: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:17:46.83 ID:qWytUDpIo
立ち上がっていた→立ちふさがっていた、です


――――――――――――――――――――――



「……増援か」

「待ってください、こちらに
 戦闘意思は超ありません」

「あン?」

「交渉の時間って訳よ」


交渉―――戦闘しても双方に利得が無い場合
話し合いで事を収め、痛み分けをする。

暗部でよく行われることだ。

787: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:18:13.40 ID:qWytUDpIo


「内容は?」

「あなたは、ここで黙って立ち去る。
 私たちはそれを追わず、麦野は瀕死の超重傷を
 負わされた、ということにする。
 超悪くない交渉だと思いますが?」


一方通行はしばらく考える。

交渉を飲みこめば、
『第四位を倒した第一位』として
能力が復活した、と暗部に誤解させることができる

交渉を蹴った場合、
当然、目の前の少女らと闘うことになる。
3人とも瞬殺こそできるが
伏兵が潜んでいるかもしれない。
使用制限は一分以内。

双方の場合を考えた結果
一方通行は答えを出した。

788: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:18:39.41 ID:qWytUDpIo


「ありがてェ交渉だ」


一方通行はそう言い、拳銃を捨て
その場から走り去った。

時同じくして、閃光弾でダメージを負った
麦野の五感が元に戻る。

彼女は目の前の光景を見て全てを察した。

789: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:19:45.02 ID:qWytUDpIo

「何のつもりだ、テメェら!
 あれじゃナメられたまんまだろォォが!」

「超冷静に考えれば分かるでしょう!
 超能力第一位で、能力無しで暗部の部隊を殲滅して
 挙句の果てには、殺しても死なない男ですよ!?
 超勝てる訳がないでしょう!?」

「んだと、テメ―――」

「やめて、ふたりとも」


大声を挙げて言いあう二人を
ピンク色のジャージをきた少女が
ゆったりとした声で止めた。

790: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:20:12.88 ID:qWytUDpIo


大声を挙げて言いあう二人を
ピンク色のジャージをきた少女が
ゆったりとした声で止めた。


「きぬはたもふれんだも私も、
 むぎのが心配だから止めただけ」

「余計な世話だよ!
 誰がいつそんなこと頼―――」

「だって、私たちは、むぎのの仲間だから。
 仲間だから守るのは当然だよ。
 それとも、むぎのにとって
 私たちは仲間じゃないの?」

791: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:20:40.74 ID:qWytUDpIo

「それは……」

「違うの?」


麦野を落ち着かせたのは、
自信を見つめる少女の純粋な瞳だった。

その瞳に、邪気は一切なく
心無く麦野のことを心配していた。


「チッ、はいはい。
 悪かったわよ、怒鳴ったりして」

「麦野のデレキタ!
 おいしくいただくって訳よ!」

792: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/02(火) 20:21:06.58 ID:qWytUDpIo

金髪の少女が、麦野にとびかかる。
しかし、それを麦野は唯一動かせる
頭を使い、迎撃した。


「テメェは! 閃光弾を!投げる位置を!
 考えろ! 何で! 中間に! 投げんだよ!」


ゴンゴン!!と麦野が少女に頭突きをする音が
路地裏に何度も響き渡る。


「大丈夫、そんな風に調子にのって
 痛い目をみるふれんだを応援している」

「応援しないで助け……痛い、痛い!」

799: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:44:19.44 ID:4NybXuUxo
空間掌握は夢を見た。

自分自身の体が、勝手に動き
目の前の少女を惨殺する。

行動を見る限り、『実験』の最中だった。
だが、自分の行動を合理的だとは思えなかった。

自分の体を操っている誰かが
実験をする理由が分からないまま
彼の意識は現実へと引き戻された。

800: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:45:01.37 ID:4NybXuUxo


八月三一日 午後二時


その時刻に空間掌握は目覚めた。

起きたばかりなのだろうか
思考がゆっくりとしか動かない。

こればかりは合理的にいくものではない。


「おおっ、人の寝顔って素直になるもんどすえー、
 ミサカはミサカは似非京都弁を使ってみたり。
 普段が無表情すぎるから、ギャップが出ていてこれまたよし、
 ってミサカはミサカはにんまりしてみたり」

「……まだいたのか貴様」

801: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:45:57.13 ID:4NybXuUxo


思考がもとに戻り、状況判断能力が復活すると
空間掌握は深く溜息をついた。


「おはよーございますってかこんにちはの時間なんだけど
 ってミサカミサカはぺこりと頭を下げてみたり。
 お腹が空いたので、何かご飯を作ってくれると
 幸せ指数が三〇程アップしてみたり」

「なんだその非合理的なものの合理的な数値は」


802: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:46:26.42 ID:4NybXuUxo

そういって、冷蔵庫を見る。
確か、買い置きの冷凍食品があったはずだ。

だが、冷蔵庫が破壊されているところを
見るともはや期待は出来ないだろう。

この蛋白質の塊を捨てよう、と空間掌握は立ち上がる。
ついでに栄養を摂取するか、と空間掌握は玄関に向かう。

803: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:46:52.21 ID:4NybXuUxo

「あれー? 台所はそっちじゃないよ
 ってミサカはミサカは正しい方向を
 指差してみたり」

「私は料理をしない」

「えー、そこは合理的クッキングをしようよ
 ってミサカはミサカはぶーたれてみたり」


空間掌握は無視して外に出る。
打ち止めは慌てたようにそれについていった。

804: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:47:18.67 ID:4NybXuUxo

―――
――



「どうして起きるのが遅かったのって
 ミサカはミサカは素朴な疑問を言ってみる」


道を歩く中、少女がそんな事を聞いてきた。
普段なら無視する空間掌握だが
答えない方が疲れると思い
彼は合理的に考えて答えることにした。

805: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:47:44.88 ID:4NybXuUxo

「私は元々大能力者なんだ。
 それを無理に超能力にしたものだから
 その弊害で常人の二倍の睡眠時間を
 必要としなければならないんだ」


何かがおかしい、と空間掌握は思った。
自分の何かが、前提となっているものが揺らいでいる。
―――そんな気がした。

806: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:48:12.68 ID:4NybXuUxo

「もしもし? ってミサカはミサカは確認してみる。
 何か考え事? ってミサカはミサカは
 あなたの顔を覗き込んでみる」

「……その服装で店に入れるのだろうか、
 という事を合理的に」

「もしかして、ミサカだけ拒否られた場合は―――」

「私には関係ない」

「いやっほう、冷徹がデフォなのか!
 ってミサカはミサカは叫んでみたり」


一人の人間とこれ程長く話したのは
初めてだな、と空間掌握は思った。

807: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:48:41.77 ID:4NybXuUxo

八月三一日 午後三時 とあるファミレス


「いらっしゃいませー、二名様でよろしいですか?」


結果的に、何の問題もなく
二人は店内へと入った。

そのアルバイトの行動は合理的にも拘わらず
何故か空間掌握は違和感を抱いた。

八月三一日―――その日は、学生が
部屋にこもって宿題を終わらせる日らしい。

空間掌握は宿題という物を知らないが、
毎日合理的にやれば終わるのにも拘わらず
非合理的な生活を送ってきた代償なのだろう、
全学生に喧嘩を売る感想を抱いた。

808: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:49:38.23 ID:4NybXuUxo

空間掌握はふと窓の外を見る。
丁度、その時通りを背を丸めながら
歩く白衣の男と目があった。


(天井亜雄、か?)


確か異様なまでに絶対能力進化計画に執着していた人間だ。

確か、宣伝披露や第二次計画は彼が発案者で
結果的に、『樹形図の設計者』で証明された、
という事を彼は知らされていた。

空間掌握という存在がその証だ。
結局、計画は途中で頓挫したが

809: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:50:06.58 ID:4NybXuUxo

天井は目があった事に気付くと
そのままスポーツカーに入り込み
逃げる様にその場から去った。


「何見てるの? ってミサカはミサカは聞いてみたり」

「貴様の今一番の目的は?」

「え、ご飯食べることだけどって
 ミサカはミサカは即答してみたり
 あ、これは何頼んでもいいよ君みたいな
 展開かもってミサカはミサカは期待してみたり」

「ならそれでいい」


当初の目的が完全に消えているが
空間掌握にとって、どうでもよかった。

810: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:50:51.04 ID:4NybXuUxo

水を運んできた店員に空間掌握は
適当に注文を言い渡す。

ふと打ち止めの方を見ると
彼女は目の下をごしごしと擦っていた。

よく見るとその体が左右に揺れている。


「ううむ、最近寝ても疲れが取れない
 ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

「目を擦れば、目の表面に傷がつき
 感染症にかかったりクマが出来るぞ」

「おおっ、ようやくデレがきた、
 ってミサカはミサカは歓喜してみたり」

「非合理的な行動にイラついただけだ」

811: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:51:17.46 ID:4NybXuUxo

本当にそれだけか、と空間掌握は思った。
そもそもイラつくという感情を抱くことがおかしい。

合理的に考えて無視するという選択が
最良のはずなのに、彼はそれを選ばなかった。

ただ、言わずにはいられなかった。

その行動の意味が、
その行動の根源となった感情が
空間掌握には理解できなかった。

812: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:51:51.45 ID:4NybXuUxo

「あっ、きたきたやっときたきたって
 ミサカはミサカはウェイトレスさんを指さしてみたり
 わーい、ミサカがミサカが一番乗り」


ウェイトレスが打ち止めの注文した料理を
テーブルに並べていく。

どうやら、空間掌握の分はまだ時間がかかるようだ。

813: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:52:22.15 ID:4NybXuUxo

「おお、あったかいご飯ってこれが初めてだったり、
 ってミサカはミサカははしゃいでみたり。
 すごいお皿からほこほこ湯気とか出てる
 ってミサカはミサカは凝視してみる」


栄養摂取において、栄養とは関係ないもので
よく喜んでいられるな、と空間掌握は思った。
もっとも、彼自身が喜んだことは一度もないのだが

814: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:52:54.31 ID:4NybXuUxo

そんなことを考えていると、空間掌握は気づいた。
彼女の方から何かを食べることがしないことに

料理に飛びかかる衝動を抑え、
打ち止めは行儀よく空間掌握を見ていた。


「どうした? 食べないのか?
 あんなに歓喜していたはずだが?」

「でも、誰かとご飯を食べるのも初めてだったり、
 ってミサカはミサカは答えてみたり。
 いただきまーす、っていうのを聞いたことがある
 ってミサカはミサカは思い出してみたり
 あれやってみたい、って
 ミサカはミサカは希望を言ってみたり」

815: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/03(水) 18:53:29.08 ID:4NybXuUxo

本当に妹達の一人か、と空間掌握は本気で疑った。

空間掌握が今まで見てきた
合理的な人間と非合理的な人間。

彼女はそのどちらにも当てはまらなかった。

しばらく経って空間掌握の料理が運ばれた。
その時には既に打ち止めの料理からは湯気が消えていた。
それでも、彼女は笑っていた。

料理が運ばれてきた時よりも嬉しそうに

821: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:50:37.91 ID:8xXd1QmTo
8月31日 午後3時30分


レストランに入ってしばらく経って
空間掌握と打ち止めは食事をすることができた。

打ち止めはナイフやフォークはおろか
スプーンや箸すら使い慣れていないようで
白いご飯の上にフォークを突き刺している。

空間掌握の場合はというと
ナイフで切るのは非合理的だと判断したのか
能力で透明な空気の刃を作り出し、肉を切り分けた。
当然、他の人間からは肉が独りでに
分裂するようにしか見えない。

二人の食事風景は傍から見ると
かなり目立つものだった。

822: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:51:11.75 ID:8xXd1QmTo


「美味しい美味しいって、
 ミサカはミサカは評価を下してみたり」

「そんなものはどうでもいいだろう。
 美味しかろうが不味かろうが、
 栄養摂取には関係ないだろう」

「でも、美味しいものは美味しいし、
 ってミサカはミサカは満足してみたり。
 それに誰かと食べる御飯っていうのは感覚が違う物
 ってミサカはミサカは精神論を述べてみたり」


空間掌握は初めて頭を抱えた。
目の前の少女が合理的な人間か否かの判断が
どうにもつかなかった。

823: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:51:43.24 ID:8xXd1QmTo


「貴様らがそんな感性を抱くとはな。
 単価十八万でいくらでも作れる
 蛋白質の塊のくせに」

「そんな風に考えてた時期がミサカにもあった、
 ってミサカはミサカは過去を回想してみる。
 でも、ミサカは知ったってミサカはミサカは
 違う過去を回想してみる。
 ミサカ単体の為に、命を賭して戦ってくれたり
 涙を流してくれる人がいることを知った、
 ってミサカはミサカは胸を張って宣言する。
 だからミサカは死なない、
 これ以上一人だって死んでやることはできない
 ってミサカはミサカは考えてる」


目の前の少女は、真っ直ぐと空間掌握を見た。

824: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:52:30.95 ID:8xXd1QmTo

それは一つの宣告。
空間掌握のやってきたことを許さないという、
一生あの時のことを忘れないという、恨みの宣告。

だが、空間掌握に動揺は一切なかった。
正確に言えば、動揺するだけの感性が彼には無かった。


「それで、私に謝罪しろとでも?
 残念だが、私にそうする気は微塵もない。
 報復したければ、好きにすればいい。
 貴様らなら殺しても問題ないだろう」

825: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:52:57.78 ID:8xXd1QmTo


こうでも言えば帰るだろう、と空間掌握は思った。

言っていることは、本音のはずだ。
彼にしてみれば、合理的に実験をしただけで
罪の意識は微塵もなかった。

それなのに、空間掌握の胸が痛んだ。
肉体的ではなく、精神的に
チクリ、と刺すように痛んだ。

826: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:53:24.11 ID:8xXd1QmTo


(何故だ、私は間違ってない。
 間違っていないはず……なのに)


合理的に考えてきた空間掌握にとって
それは未知なる非合理的なものだった。

好奇心を持ち合わせていない彼は
代わりに気味の悪さを抱いた。

ふと打ち止めの方を見ると
彼女は空間掌握を見ていた。

その目は、恨みの感情など微塵もなかった。
憐れむようにジッと空間掌握を見ていた。

827: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:53:50.69 ID:8xXd1QmTo


「何だ、その目は」

「確かに、あなたはミサカ達を殺した
 ってミサカはミサカは事実を述べてみる。
 でも、殺す側と殺される側という違いを除いて
 あなたも実験に機械のように利用されただけ
 ってミサカはミサカは違う事実を述べてみる」


打ち止めはそう言った。
空間掌握に同情するようにとてもやわらかい声で
その事が何故か空間掌握をイライラさせていた。

828: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:54:16.75 ID:8xXd1QmTo

「まったくもって、合理的ではないな。
 殺す側と殺される側という違いは決定的なものだ。
 貴様らからしてみれば私は憎き大量虐殺者だろう」


自分の口から出てくる言葉が非合理的なものだと感じても
空間掌握は何故か正論のように感じた。


「ミサカ達があの時、自分たちの価値に気が付けなかったように
 あなたもミサカ達の価値に気が付けなかった、
 ってミサカはミサカは過去を振り返ってみる」

「私は今でも、貴様らの事を―――」

「あなただけなんだよ」

829: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:54:43.30 ID:8xXd1QmTo


その先の言葉は十分わかっているのだろうか、
打ち止めは空間掌握の言葉を遮った。


「『実験』は凍結されて、ミサカ達の安全は保障された。
 お姉様も実験を止めてくれた二人も日常に帰っている
 そんな中で、あなただけが救われてない、
 ってミサカはミサカは現状を見つめてみる」

「では、お前は研究員も救うのか?
 所詮、私は加害者側だ。
 貴様らに救われる覚えはない」

830: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:55:11.08 ID:8xXd1QmTo



そう、何をどういったところで空間掌握は
妹達を容赦なく殺した。

例え、『死にたくない』という声を聞いたとしても
きっと構わず殺していただろう。


「そう、あなたを加害者にして糾弾しても、
 誰も蔑まないし、疑問に思わない、
 ってミサカはミサカは予測してみたり。
 でも、本当にそれでいいのかな、
 ってミ、サカは……ミサ、カは
 疑、……問を抱い……てみ……」

831: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:55:38.62 ID:8xXd1QmTo

言葉は最後まで続かず、
ごとん、という鈍い音が響く。

見ると、打ち止めはテーブルに突っ伏していた。
眠いとか疲れているとかそんな次元ではなく
彼女の身体からは全身の力が抜けきっていた。

空間掌握は思い出す。

彼女は『未完成』だと、
その為に研究所とコンタクトを
取りたがっていたことを

それはきっとこうなることを
防ぐ為だったのだろうか。

832: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:56:06.40 ID:8xXd1QmTo

「おい」

「―――――――ん、なになになんなの
 ってミサカはミサカは訊ねてみたり」


反応が返ってくるまでに3秒の空白が生じた。
それでも、少女は笑っていた。
今にも死にそうな程辛い声を出しながら
空間掌握に笑いかけていた。

空間掌握の顔に変化は一切ない。
打ち止めの様子をしばらく見つめた後
彼は無言で席を立った。

833: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:56:32.39 ID:8xXd1QmTo


打ち止めは倒れたまま、
視線を空間掌握に向ける。


「あれ、どっか行っちゃうの?
 ってミサカはミサカは訪ねてみる。
 まだ、ご飯残っているのに」

「……食欲がなくなった。
 今、食べるのは合理的では無い」

「そっか……ごちそうさまっていうのも言ってみたかった
 ってミサカはミサカは溜息をついてみる」

「それはすまなかったな」


空間掌握は伝票を掴み、その場から立ち去った。
打ち止めを残して

834: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:57:10.23 ID:8xXd1QmTo


―――
――

8月31日 午後5時30分



寮に帰る途中だった、と空間掌握は思案する。
だが、行きついたのは空間掌握の寮ではなく
巨大な立体駐車場のような外観をした
とある研究所の前だった。

絶対能力進化計画の本拠地である
この研究所なら、培養液があるだろう。

そして、それさえあれば打ち止めは助かる。

空間掌握は自分の行動が理解できなかった。
それでも、彼は研究所の前まで歩く。

835: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:57:50.54 ID:8xXd1QmTo

ドアには電子ロックが掛かっていた。
だが、空間掌握はそれを蹴り破った。
IDを使うことも、電気を使うことも考えず

研究所内を進んでいくと、
『計算室』と書かれた札と
その下に入り口となる扉があった。

空間掌握はノックもせずにそのドアを開ける。
鍵はかかっていなかった。
掛かっていたとしても、彼の能力の前では無意味なのだが

836: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:58:18.08 ID:8xXd1QmTo

ドアを開けると、そこは不気味な空間だった。

窓の無い部屋をモニタの光が照らし
冷却用のファンがの音が室内を満たす中
椅子ではなくテーブルにに座り、蛇のように吐き出され、
床が見えなくなる程埋め尽くされたデータ用紙に
一人黙々と赤ペンでしるしをつけている女がいた。


「うん? あら、空間掌握じゃない。
 ということはそろそろ私も粛清されるのかしら?」


芳川桔梗。
絶対能力進化計画に携わっていた研究者の一人だ。

837: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:58:46.80 ID:8xXd1QmTo

「そんな命令は出ていない。
 それよりも、妹達の検体調整用の
 マニュアルと設備一式をよこせ。
 理由は聞くな、ただし逆らえば殺す」


その言葉に芳川は驚いた顔をした。


「少し待ちなさいな、どうして君が知ってるのかしら?
 私ですらも、3時間前にやっと気づいたというのに」

「何?」

「だから、これの事でしょうに」

838: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:59:15.86 ID:8xXd1QmTo

―――
――


話は空間掌握が思ったよりも複雑だった。

打ち止めは、妹達の制御役で
未完成なのは、作為的なものらしい。

そして、どうやら天井亜雄という男が
打ち止めにウイルスを仕掛けたらしい。

ウイルスは発動すれば、打ち止めを介して
ミサカネットワークに蔓延して、
妹達が暴走し、人間に対し無差別攻撃をするらしい

839: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 20:59:43.81 ID:8xXd1QmTo

当然、その事は学園都市はおろか
世界にとっても、大きな影響をもたらす。

当然、是が非でも捜索しなければならないのだが
事が事だけに、警備員や風紀委員は頼れない。
そして、代わりの猟犬部隊は、
一方通行によって殲滅されている。

皮肉なものだな、と空間掌握は思った。

840: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:00:10.51 ID:8xXd1QmTo

「だが、することに変わりはないのだろう?」

「まあ、落ち着きなさいな。
 君に出来ることは二つ。
 一つは天井亜雄を捉え、ウイルスの仕組みを吐かせること
 もう一つはウイルスを抱えた最終信号を保護すること。
 どちらか、好きな方を合理的に選びなさいな」


そういって、空間掌握に二つの封筒が提示される。

左の封筒は、天井亜雄捕縛に役立つ資料
右の封筒は、感染前のデータスティックと
それを読み込むための電子ブックだ。

841: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:00:38.33 ID:8xXd1QmTo

空間掌握は躊躇なく、右の封筒を手に取った。


「時間が無い、私は自身の目的を果たそう。
 ただし、その分、貴様にも働いてもらおう」

「ええ、あの子の肉体の調整なら任せなさいな」


そして、空間掌握はそのまま
研究所を立ち去った。

842: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:01:04.57 ID:8xXd1QmTo


―――
――


誰もいなかった研究所で一人、
芳川桔梗は溜息をついた。

彼女は甘い人間であって
優しい人間ではない。

例えば、雨の日に濡れている子犬がいたとして
『かわいそう』とは思えても
『拾ってあげよう』とは思えない。

妹達の時だって、
顔を区別しようとしたり、
人間らしい名前をつけようとしたのだが、
最終的に実験を止めようとは思わなかった。

843: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:01:31.57 ID:8xXd1QmTo

常にリスクとチャンスを天秤にかける。
それが彼女の思考パターンだった。
そんな風に考えて、人生に見切りをつけていた
彼女だが、あるものを目撃した。

空間掌握が合理的思考から抜け出す瞬間を

全ての感情をリセットされ、
合理的思考を詰め込まれたにも拘わらず
彼はそれをかなぐり捨てた。

そうまでしても、打ち止めを救おうとした。
単価18万円の蛋白質の塊と呼んでいた少女を

844: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:01:57.79 ID:8xXd1QmTo

普通に考えて、それは有り得ない事だった。
そうさせない為に、研究員は全力を尽くしたのだ。

それでも、空間掌握はそれに打ち勝った。
その事実が芳川桔梗という人間を変えつつあった。


「さて、わたしもわたしで自分を壊す時がやってきたのかしらね」


彼女もまた前を向くことを決意した。
嫌いな自分を殺す為に

845: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:02:33.34 ID:8xXd1QmTo

―――
――


轟!!!と空間が揺れ、
辺り一帯に衝撃がまき散らされた。

どよめく人々を無視して
音速を超えて進む者がいた。

空間掌握―――そう呼ばれた人物には
人間としての名が無かった。

そして、回想すべき過去もない。

846: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:03:08.76 ID:8xXd1QmTo

気付いた時には、能力を手に入れ
気付いた時には、合理的に考えるようになった。

誰もが彼の事を道具として扱い
もしくは、敵として認識した。

その事に何の疑問も、憤りも、哀しみも湧かなかった。
それは幸か不幸か、それは誰にも分からない。
そんな彼にとって、世界は錆びついていた。

しかし、小さな少女に人間として認めてもらった時
空間掌握は自分の中の感情が動くのを感じた。
錆びついていた世界が動き出すのを感じた。

彼は向かう、少女と別れたファミレスへ

847: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/04(木) 21:03:36.47 ID:8xXd1QmTo





彼は理解できない。
―――自分が何故こんなにも必死になっているのかを





彼は覚えている
―――自分は少女とよく似た顔の少女を殺した事を


867: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:20:16.99 ID:ZeTEAN87o
8月31日 6時40分 とあるファミレス


走り続け、ようやく空間掌握はファミレスにたどり着いた。

本当は、もっと早く着く予定だったのだが
途中、警備員の姿を見つけた為
音速での移動を断念したのだ。

どうやら、何者かが学園都市のセキュルティを
突破し、中に侵入したようだ。

天井亜雄の仕業か、と一瞬空間掌握は考えたが
ひとまず打ち止めの方を先決と考え
保留することにした。

868: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:20:42.62 ID:ZeTEAN87o

ファミレスの中は、昼間とは別世界のようだった。

ファミレスの一角がテロでも起きたかのように破壊され、
未だに平穏は取り戻せない店内は騒然としていた。

そして、周囲を見渡しても打ち止めの姿は見えなかった。
空間掌握は、情報を収集するために
一人のウェイトレスに話しかけた。

869: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:21:08.83 ID:ZeTEAN87o

「おい」

「え、あ、は、はい。いらっしゃ―――」

「私は客ではない。人を探している。
 空色の毛布を頭から被った一〇歳程度の子供だ。
 三時ぐらいに私ときたはずだ」

「えーっと……」


小柄で中学生にも間違えられそうなウェイトレスは
空間掌握の感情の無い声に驚きながらも
慌てて何かを思い出したように言った。


「あ、そうです。四時ごろぐらいでしょうか、
 白衣をきたお客様が身内だとおっしゃっていたので
 お引渡ししたのですが……」


少女がそこまで喋った時には
目の前に誰もいなかった。

870: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:21:35.04 ID:ZeTEAN87o

―――
――



『何ですって? 天井が最終信号を連れいった?』

「聞いた話だ、確証はない。
 ただし、可能性はかなり高いだろう
 それで、貴様はどう思う?」


天井亜雄は学園都市を敵に回した身だ。
ならば、学園都市から離れるはずだ。
いつまでも留まっているのは
非合理的にも程がある。

871: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:22:02.13 ID:ZeTEAN87o


『天井を学園都市に留まらせる何かがあるのかしら?
 まあ、今はどうだっていいけど』

「それよりも、学園都市の警備がいつになく
 厳戒態勢になっているが?」

『ええ、昼間にいくつか騒ぎがあってね。
 そのおかげで彼は今、学園都市の外どころか
 一学区からも出られないわ』

「ならば、最も可能性が高いのは―――」


空間掌握は一つの建物の名前を告げた。
芳川桔梗は驚いたように声をあげた。 


872: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:22:27.28 ID:ZeTEAN87o

『ちょっと、待ちなさい。
 確かに天井亜雄はそこには一度も近づいてないわね。
 彼なら真っ先に向かいそうなのに』

「だからこそ、だろう。
 だが、人間は追い詰められたとき
 合理的な判断を出来なくなる」


そういって、空間掌握は再び走り出した。
かつて、超能力者『超電磁砲』の量産型能力者の
開発を行っていた施設だった。

873: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:22:56.67 ID:ZeTEAN87o

―――
――

八月三十一日 午後八時三十分 とある研究所跡地


「見つけた」


ある研究所跡地の側にとめてある
一台のスポーツカーを空間掌握が視認するのと、
車のエンジンが吹き込まれ始めるのは同時の出来事だった。

だが、空間掌握は動じない。

空間掌握は何かを握るように、
手を半分ほど開きながら腕を振り上げた。

874: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:23:22.67 ID:ZeTEAN87o

握られているのは空気の槍。

分子間力を限界まで高めたその槍は
戦闘機の装甲すら軽々と突き破る。

やがて、車が走り始める。
空間掌握はゆっくりとその姿を見据え、
天井の車のホイールを空気の槍で打ち抜いた。

シュゥウウ、とホイールから空気が抜け
バランスの崩した車は速度を失くし半回転する。

メキッ、と音と共に空間掌握はボンネットの上に飛び乗った。
車体は軽く歪み、フロントガラスが亀裂が入る程度で済んだものの
ホイールが卵型に歪んで、泥除けに食い込んでいる。
もう走行するのは不可能だろう。

その事に気が付かない天井は、
アクセルを鬼の形相で踏み続ける。

875: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:23:48.89 ID:ZeTEAN87o


「醜いな、今まで見てきた非合理的な人間の誰よりも」


バリバリッ!とフレームが歪んだ屋根を
空間掌握は一気に絆創膏を剥がすように毟り取った。

そのまま、空間掌握は天井の服を掴み、
思いっきり振り上げ、そのまま勢いよく
地面に叩きつけた。

グシャッ、と骨が折れることがしたが
空間掌握は気にせずそこから飛び降りると
助手席の側に近い道路に着地した。

打ち止めに怪我がないのを確認すると
携帯電話を取りだした


「芳川桔梗か、打ち止めを保護した」

876: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:24:31.59 ID:ZeTEAN87o


―――
――


「生体数値が絶望的な数値を示しているが
 大丈夫なのか、これは?」

『今、培養液と学習装置を積んでそっちに向かってるわ。
 その方が合理的でしょうし、
 逃げようとしたら補足して頂戴ね』


よって、今の状況で空間掌握に出来ることは待つことだけだった。
その事が無性に彼を苛立たせていた。

877: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:25:01.04 ID:ZeTEAN87o

天井亜雄の身体でも切り刻んでおこうか、と考えたとき
打ち止めの絶叫が響いた。


「       !」


どこの世界でもない言葉が
打ち止めの口から大音量で奏でられる。

華奢な体が打ち上げられた魚の様に暴れ回る。
ギシギシと骨や筋肉がきしむ音が鈍く響く。

それに反して、少女の顔は歓喜に満ちていた。
―――激痛に耐えるよう涙をにじませた目を除いて

その声は電話の向こうへと届いているだろう。
芳川のうろたえる声が聞こえる。

878: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:25:27.04 ID:ZeTEAN87o

瞬間、空間掌握は全てを悟った。

ウイルスコードが起動した、と
予め知りえた時刻はダミーだったのだ。

ノートパソコンのモニタの中で、
警告文が暴れ回るように増加する。

BC稼働率―――脳細胞の稼働率を示す数値が
急上昇し、一〇〇%を超えても上昇する。

やがて、BC稼働率さえも警告文に埋め尽くされる。

879: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:26:08.73 ID:ZeTEAN87o

『聞きなさい、空間掌握。
 まだ、手はあるわ』

「……まだ手があるのか!?」

『ウイルスコードを上位命令文に書き換える期間があるの。
 その期間は僅か一〇分。
 その間に、その子を殺しなさい』


空間掌握は硬直した。
だが、それは僅かな時間だった。

880: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:26:38.95 ID:ZeTEAN87o

5秒の空白の後に、空間掌握の手に空気の槍が形成される。

後は、少女の体を貫くだけでいい。
戦闘機の装甲すらも敗れるのだから、
貫けないはずがない。

881: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:27:13.45 ID:ZeTEAN87o


「これは……合理的な選択だ」


空間掌握の口から、思考が漏れる、
その声は自分に言い聞かせるようだった。


「私は……間違っていない」


空間掌握の腕が振り上げられる。
車のホイールを貫いた時のように


「たかが……一体のクローンだろう……、
 単価十八万円の蛋白質の、塊……」

882: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:27:39.81 ID:ZeTEAN87o


だが、空気の槍は振り下ろされない。

何故だろうか、と空間掌握は微かに思う。
蛋白質の塊のはずの彼女はこんなにも愛おしく
錆びついていた世界は何よりも輝いていた。


「くそ……」


今まで決して叫んだことのない空間掌握の口から
心の底からの絶叫が奏でられる


「くっそォォォおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


空気の槍が放たれ、直撃した部分を貫いた。

883: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:28:06.18 ID:ZeTEAN87o

―――地面を覆うアスファルトの一部分を


殺す、という合理的選択が取り上げられた瞬間
合理的な怪物が合理的ではなくなった瞬間

彼は、新たな選択肢を獲得した。


『いいから、はやく殺しなさい!
 時間が―――』

「黙れ! 私は、超能力者だ! 空間掌握だ!
 たった一人で世界を掌握することだって出来る!
 貴様らみたいなカスどもに、指図される覚えはない!」

884: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:28:33.84 ID:ZeTEAN87o

空間掌握は電話を放り棄て、
封筒をビリビリに破くとデータスティックを取り出した。
感染前の打ち止めの人格データだ。
それを使い、打ち止めの脳の異常なデータを洗い出し
正常なデータを上書きすれば打ち止めは助かる。

彼は、データスティックを電子ブックに差し込まず
能力を使い中身のデータを直接、自分の脳内に詰め込んだ。

885: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:28:59.90 ID:ZeTEAN87o

「がっ、は……」


直後、ハンマーで頭を殴られたような頭痛と
強烈な吐き気が空間掌握を襲う。

だが、それでも空間掌握は立ち止まらない。
空間掌握は打ち止めの頭を掴み、
生体電気を掌握した右手で
打ち止めの脳内構造を掌握する。

打ち止めの脳内の構造を暴き、
データスティックとの相違点を洗い出し
異常なデータを正常なデータに書き換える。

886: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:29:28.20 ID:ZeTEAN87o

本来、空間掌握の演算能力ではそれは不可能なことだ。
空間掌握の性能は一方通行の劣化版に過ぎない。
だからこそ、彼は文字通り自分を犠牲にした。

瞬間、空間掌握の五感がすべて消え去った。
そして、体の動きが停止した。

空間掌握は、自らの生命維持に必要な脳の活動を停止させ
その分を演算に生かすことで、
爆発的に演算能力を高めていた。

887: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:29:53.92 ID:ZeTEAN87o


電話の向こうから芳川の声が響く。

やがて、打ち止めの言葉が意味不明の言語から
日本語へと変換されていく。

防御能力を発動していない為、
空間掌握の体に不快な汗がまとわりつく。

だが、それも空間掌握には一切届かない。
今の彼は人体学的に『死んでいる』と言っても過言ではない。

それでも彼は生きている
―――打ち止めを救う為だけに

888: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:30:19.58 ID:ZeTEAN87o


瞬間、ズガン!という銃声と同時に
空間掌握の体が再起動する。


(何が……)


急に回復したことによって、体に負荷が掛かったせいか
まるで心臓が口から出そうな感覚が空間掌握を襲う。

889: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:30:54.71 ID:ZeTEAN87o

取り戻した痛覚は、左肩に激痛を
取り戻した視覚は、自身に向けられた拳銃を
取り戻した聴覚は、天井亜雄の震える声を
取り戻した嗅覚は、硝煙の匂いを
取り戻した味覚は、血の味を

空間掌握の脳に正確に伝達した。

890: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:31:22.45 ID:ZeTEAN87o

「あぐァ、ぐがぎィ」


内部から広がるように拡散する痛みが
集中力を低下させ、演算効率を下げた。

急所は外れている。
今からでも、ウイルスコードを削除するのを中断すれば
銃弾を防ぐことも、止血することも出来る。

そして、彼は選択した。

891: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:31:48.74 ID:ZeTEAN87o


自らの肉体を再び仮死状態にすることを

残りコード数は残りわずか。
彼は、まさしく全身全霊で仕上げにかかる。

そして

銃声が何度も響き、銃弾が空間掌握の体を貫いた。


892: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:32:18.16 ID:ZeTEAN87o

―――
――



「やった? ははは、やった、ぞ。
 はははは! 私は生きている!」


天井亜雄は心から歓喜した。
何故、空間掌握が防御にでなかったか
そんな事は彼にとってはどうでもいい。

何であれ、銃弾は空間掌握の体を貫いた。
しかも、貫いたのは普通の弾丸ではない。

893: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:32:43.44 ID:ZeTEAN87o

衝槍弾頭

現在対暴走能力者用に開発が進められている特殊弾頭であり
表面に特殊な溝を刻む事で、銃弾をなぞるように迫る
『衝撃波の槍』を生成し、破壊力を何倍も増幅させている。

弾丸が空気との摩擦で発生する熱で溝は消滅する為
敵対組織に回収されても仕組みを解析させないという利点もある。


894: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:33:11.12 ID:ZeTEAN87o


「そうだ、最終信号は、ウイルスコードは!?」


慌てたように助手席で寝かされている少女を見る。


「Error.Break_code_No000001_to_No357081.
 不正な処理により、上位命令文は中止されました。
 通常記述に従い検体番号二〇〇〇一号は再覚醒します」

895: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:33:38.09 ID:ZeTEAN87o

天井の全身の水分が、汗となって噴き出す。

それは通告だった。
天井亜雄の人生の終わりを告げる

敵対組織と学園都市に板挟みにされた彼に
もう希望など微塵も残っていない

震える体で、数歩下がると天井は絶叫する。

896: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:34:08.70 ID:ZeTEAN87o

「は、はは。ぅ、う、うォォォおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


錯乱し、天井は打ち止めに向けて拳銃を向ける。
引き金を指に掛けた瞬間、

空間掌握が立ち上がった。

897: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:34:49.46 ID:ZeTEAN87o


「させるはずがないだろう!」


瞬間、空気の刃が天井の手首を切断した。
持ち主を失った手は、拳銃を握ったまま
五メートル先の道端に落ちた。


「ァァァあああああああああああ!!!」


手を失った腕から滝の様に血が流れる。

痛みよりも、『手を失った』という事実が
天井を精神的に追い詰め、
気を抜けばショック死しそうだった。

898: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:35:17.82 ID:ZeTEAN87o


(何故だ、どういう理屈で生きている!?)


天井の銃弾は、空間掌握に大打撃を与えていた。
しかし、どれも急所は外されて居る為
致命傷には繋がらなかった。

それでも、ショックで意識を失ってないのが
おかしいのだが、そこは彼の精神力といったところだろうか

899: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:35:46.12 ID:ZeTEAN87o

その光景は、天井亜雄に壮大な恐怖を与えていた。
一人の人間との対峙にしては、
それはあまりにもスケールが大きすぎた。

唯一、残された左手で天井は予備の拳銃を引き抜く。
利き腕でない上に、精神的に追い詰められていたこともあって
天井の左手は不自然に震えていた。

絶対的不利と知りながら、もしくは知ったからこそだろうか
天井は、ヤケクソになるように言う

900: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:36:15.29 ID:ZeTEAN87o

「ハハッ、何をしているつもりなのだ?
 自分のしたことを覚えてないのか?」

「確かに、私の行動はまったくもって合理的ではない。
 私は二一人の妹達を殺したし、
 打ち止めにしたってボタン一つで替えが効く
 蛋白質の塊に過ぎない」

901: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:36:41.35 ID:ZeTEAN87o


語られる言葉は少し前の空間掌握の本心だった。
彼は自らの鎖を全て断ち切るように言う。


「だから?」


空間掌握は歩き出す。
全身から血を流しながらも


「それは、こいつを見捨てる理由はならない!
 なってたまるものか!」

902: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:37:07.88 ID:ZeTEAN87o



もう一度、空気の刃を生み出そうとして
空間掌握はあることに気付いた。



痛みで集中力がかき乱され、
演算式が組み立てられないことに

903: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:37:36.92 ID:ZeTEAN87o

それでも、空間掌握に動揺は無い。

だからどうしたと言わんばかりに
空間掌握は右手でフロントがランスを割り
雨よけの為のバイパーを右手に差し込み、
そのまま右手を振り回し、引きちぎった。

手から血が滴りおちるおぞましい光景に
天井は心臓が凍りそうになった。

尖った先端が月明かりを受け、怪しく光る。

904: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:38:08.98 ID:ZeTEAN87o

天井亜雄は震える左腕でようやく
銃弾の引き金を引いた。

ズガン!という銃声と共に、
空間掌握の腹に風穴があいた。

それでも、彼は止まらない。
辺りに血の海を作り上げながら
咆哮をあげ、天井に襲い掛かる。

天井の体は金縛りでもあったかのように動かない。

905: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:38:38.47 ID:ZeTEAN87o

しかし、後一歩のところで、空間掌握の体が
力を失ったかのように倒れた。


「な、何だ、私は助かったのか……」


その事実がようやく天井の心に束の間の平穏がもたらす。

もっとも、今の彼の状況を踏まえれば
そんな事は無いのだが彼にはもう現実と
向き合うだけの精神力は残っていなかった。

906: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:39:04.43 ID:ZeTEAN87o

「ハハッ、大人しく合理的にすればいいものを!
 下らん感情を抱くからこうなるんだ!
 よくも私の人生を壊してくれた報いだ! ざまぁみろ!」


天井は引き金に力を込める。
だが、銃声は天井の銃からは響かなかった。

天井は、何とか体を動かし
ゆっくりと振り返る。

907: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:39:30.37 ID:ZeTEAN87o

少し離れたところに、中古のステーションワゴンが停まっており
下りてきたのは、玩具のような弾が二発しか入らない
護身用の銃を手に持った女だった。

その銃からはゆらりと白煙が昇っていた。


「……芳川、桔梗」


絞り出すような天井の問いに
白衣の女は答えなかった。

908: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:39:59.50 ID:ZeTEAN87o


八月三一日 午後八時四〇分


意識を取り戻した天井が目にしたのは
誰もいない自身の車の助手席と、
ステーションワゴンで培養器の操作をしている
芳川桔梗の姿だった。

作業を終え、振り返った芳川と目があう。
二人は同時に銃を構えた。
天井はイタリア製の軍用拳銃を
芳川は玩具のような護身用の銃を

909: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:40:25.34 ID:ZeTEAN87o


芳川は微笑みを浮かべながら、
ゆっくりと天井に近づいていく。


「ごめんなさいね、私って優しくなくて甘いから。
 急所に当てる度胸もない癖に見逃そうとも思えなかったみたい。
 意味もなく苦痛を引き延ばすって、
 もしかしたら残酷な程甘い選択だったかもしれないわね」

910: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:40:54.41 ID:ZeTEAN87o


いつ暴発してもおかしくない銃口を向けられても、
芳川の歩みは止まらなかった。

自らの危険を顧みずに、子供たちを守るために


「何故だ、理解できない。
 それはお前の思考パターンではない。
 常にリスクとチャンスを秤にかけることしか
 できなかったお前の人格では不可能な判断だ。
 それともこの行為に、秤が傾く程のチャンスがあるのか?」

911: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:41:20.13 ID:ZeTEAN87o

「強いて答えるなら、私はその思考パターンが嫌いだった。
 そうやって成功する自分を見たくなかった。
 こんな事しか出来ないって言い訳してたのだけれど
 彼がそれを変えてしまったのよ」


そういって、芳川は母親のような目で空間掌握を見た。

合理的な選択をしていれば、傷一つ負わなかったくせに
今、自身の血の海に埋もれている少年を

912: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:41:47.74 ID:ZeTEAN87o


「私はね、研究者ではなく学校の先生になりたかった。
 生徒の顔を一人一人覚えていって、
 困ったことがあったら何でも相談を受けて、
 たった一人の子供の為に奔走して
 見返りを求めず強く笑って、
 卒業式で泣いてる姿を見られてからかわれるような
 そんな優しい先生になりたかった。
 もっとも、こんな性格だから断念したけどね」


やがて、天井との距離が1メートルまで狭まり
倒れている天井と視線を合わせる様に芳川は立膝をついた。

913: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:42:44.64 ID:ZeTEAN87o


「でも、私にはまだ未練が残っていた。
 だからこそ、今ここでそれを晴らすわ。
 天井亜雄、一人で死ぬのが怖いのなら私を選びなさい。
 これ以上子供たちに手を出すことは私が絶対に許さない。
 この身にやどるただ一度の優しさにかけて」

「やはり、お前にやさしさは似合わない、
 お前のそれは強さだよ」

914: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:43:10.94 ID:ZeTEAN87o




互いに向けられた銃の引き金に力が籠った瞬間、
ズルッ、と天井亜雄の体が後ろに引きずられていた。


見れば、空間掌握が血まみれの左腕で
天井亜雄の体を引き摺っていた。

915: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:43:59.28 ID:ZeTEAN87o

「なれ、るさ」


空間掌握は口に溜まった血を吐き出しながら、
震える声で必死に言葉を紡いでく。


「そんな非、合理的な判、断が出来、るならな」


直後、空間掌握は。電流操作によって
生体電気を逆流させた。

天井亜雄、そして自身の体のを

916: モヤシンズグリード ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 22:44:27.01 ID:ZeTEAN87o

大量の血が流れる上に、生体電流が逆流され
絶対に抗えない死へと向かいながら空間掌握は想う。

自分は何故、こんなことをしたのか


(もう……合理的になることもないか)


空間掌握の目から血と一緒に
生暖かい液体があふれ出す。

それでいて、彼は笑っていた。
弱く、それでいて人間らしく笑っていた。

そして、今度こそ彼の全身から力が抜け
彼の意思とは関係なく心臓の動きがとまった。