1: 名無しさん 2020/09/11(金) 22:56:55.153 ID:9sirEyG40
俺は泣き腫らしていた。

昔住んでいた小さなマンションの小さな部屋。暴れたせいで壁のいたるところに傷がついている。奥の回転椅子に、突っ伏すようにしてうなだれる俺から、すすり泣きが聞こえた。

「あれ~?」

俺はすっとぼけてそんな声を出す。

「……誰?」

俺は真っ赤な顔をして、そう言った。

引用元: ・俺(26)「あれ~?」俺(14)「……誰?」

5: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:00:56.309 ID:9sirEyG40
「誰だと思う?」

俺は挑発的に、薄ら笑いを浮かべた。でも内心焦りまくっている。なぜならタイムスリップに失敗したからだ。ほんとうなら3年前か、いっそのこと生まれ直すぐらいのことができたらと思っていたのに。

「……」

俺は答えない。当時、俺は母親以外とは口を利かなかった。そうだろうな、と思う。俺には過去の俺のことが分かる。過去の俺に未来の俺は分からないが、顔ぐらいは分かるだろう。

俺なんだから。

7: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:06:01.599 ID:9sirEyG40
「……なにしに来たんだ」

「いや~ちょっと失敗して」

俺は頭を掻いた。事実だった。俺に成功なんて数えるほどしかなく、そしてタイムスリップは一世一代のラストチャンスのはずだった。けれど俺はそれにすら失敗したのだ。

「俺」は俺を睨んだ。病気のせいで目ん玉が変な方向を向いている。親が歯の矯正をしろと言ったのはちょうどこのとき辺りだったが、俺は斜視を治しかった。

結局、矯正もせず斜視も治していない。ズルズルと生きて、ズルズルと歳をとっている。

9: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:12:17.415 ID:9sirEyG40
「話をしようや」

俺は「俺」の布団に寝転がった。俺たちは見つめあったが、視線が合っているのかは疑問だった。斜視とはこういう風に見えるのか、と感心すらして、そしてどうでもいい気がしてきた。

「私、あなたの目がとても好き」

小説のワンフレーズを思い出して、いまの「俺」はそれを持っていないことに気がついた。

「……話すことなんてない」

もう売ってしまった漫画がある。今となっては懐かしいが、メルカリでも使えばすぐに買い戻せる。

このわずかな期間で、時代は急速に蠢いたのだ。

「……学校行けよ、お前」

こんなことを言いにきたはずではなかった。会社を半ばバックレで辞めたのは3日前だ。

10: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:19:44.444 ID:9sirEyG40
「……いじめられてるもんなあ」

俺は言って、「俺」にティッシュを渡した。そして俺と同じかみかたで鼻をかみ、今は棄ててしまったゴミ箱に投げ入れる。

「そのゴミ箱」

「……なに」

「大学のときおしっこ間に合わなくてそれにして、んで棄てた」

笑い話だが、「俺」は深刻な顔をした。

「進行してるのか?」

「ああ。ま、なんとかやってるけど」

「俺」が使っている器具は、今の俺より古いタイプだろうと思った。

「医療も進歩するから大丈夫。いいことあるよ、生きてさえいれば」

嘘かもしれない、と感づき始めていた。だからこそタイムマシンという禁じ手に手を出したはずだった。

帰りの燃料があったかどうかわからない。俺は2009年に取り残されて死ぬのだろうか。

11: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:24:14.466 ID:9sirEyG40
「小学生のときは楽しかったよなあ」

俺は何気ない話をしながら、2009年以降に何があったのか考えた。真っ先に思い付いたのは震災だが、俺には止めることはできない。

異世界転生みたいにはうまくいかないものだ。机の上にはハルヒが置いてあって、ラノベなんて言う言葉が流行りだした頃だったのを思い出す。

12: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:27:24.913 ID:9sirEyG40
「恋愛なんかもしてさ」

小学5年生の頃、好きだった女の子は社会科係だった。もう名前も忘れた彼女から、50点のテストを返されて恥ずかしくて顔を真っ赤にしたことを覚えている。

「前川くんにしては珍しいね」

そう女の子は言って笑った。

13: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:35:55.028 ID:9sirEyG40
「今でも、好きな娘いるだろう、本当は」

Sさん、と言うと「俺」は驚いた顔をした。

「うまくいってるのか?」

少し期待をした「俺」に、俺は言った。

「まさか。話しかけたことなんて一度もない。たぶん気味悪がられてたよ。告白する勇気があれば、してみてほしいけど」

ずぴ、と「俺」は鼻を出した。

「……なにしに来たんだよ、ちょっとは楽しい話してくれないと、希望がなくなっちゃうよ……」

「そうだなあ。俺もお前に死なれちゃ困るし」

タイムパラドックスが頭をよぎった。中学生の「俺」が今死ねば、俺は死ぬのだろうか。

「失敗した」

と「俺」は言った。

「お前に自殺はできない。断言する」

「俺」は絶望に歪んだ顔をして、そして大声で泣いた。

14: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:39:21.603 ID:9sirEyG40
「いじめに対する俺の考察だが」

「聞きたくない」

「まあ自分にも原因はある」

「聞きたくない!」

「俺」は叫んだ。かわいそうに、と俺はどこか他人行儀な心境だった。

「学校行って欲しいから、俺は」

15: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:48:09.829 ID:9sirEyG40
「いじめに対する俺の考察だが」

同じ言葉を繰り返した。

「仮に原因があったとして、それを理由にしていいのか、とは思うよ」

「……」

「誰でも弱いじゃん、俺も弱いよ、相変わらず。でもそれをからかうようなやつらに負けないで欲しいんだよ、俺は」

「もう手遅れだよ」

「俺」は言った。本当に手遅れなのは俺の方だった。

正直、中学生が不登校でもなんとかなるのは確かだ。最後の最後で適当に通学すれば、義務教育というバリアが卒業まで導いてくれる。

「このまま行かねえと、小卒だぞ」

真実は伝えなかった。ここが人生の分岐点だとしたら、巻き返しを図れる可能性はあった。

不登校系youtuberなんてのはこの時代にはいない。自分がやれば莫大な利益が入るだろうか。いや、ないだろうな。

16: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:53:58.020 ID:9sirEyG40
「どうすればいいの」

「なにもしないでいいんだよ、ただ授業を受けて、家に帰る。帰宅部だろ?」

「やすみ時間に殴られたりする。お金を盗まれる。テレフォンカードも」

テレフォンカード! 懐かしすぎる。携帯禁止の中学校で親が持たせてくれたが、財布と一緒に盗まれたのを思い出す。

「いいんだよ、それで。反抗しなくてもいい」

「やられっぱなしじゃないか」

「将来やつらを見返せるようになればいいんだよ。すごい仕事についてさ」

コンビニを辞めたニートが、中学生に言った。

17: 名無しさん 2020/09/11(金) 23:59:07.838 ID:9sirEyG40
「まあ、頑張れ」

俺は「俺」に手を降って、部屋からでた。外の風景はかわり映えせず、相変わらずの糞田舎だと消沈した。

部屋を出る前、「俺」は

「今何してるの? 小説家に、なってる?」と訊いた。

「ああ、学校行けばなれる」



次の新人賞までに間に合うか、不安だ。せめて一次は突破したいけれど。




おわり