1: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:11:18.551 ID:ZlvdvGGX0
男「あんた……さっき俺が助けた爺さん!?」

社長「君は命の恩人だ。ぜひともお礼がしたい。何でもいってくれたまえ」

誰もが一度はこんなシチュエーションに憧れ、妄想したことがあるだろう。



さて、ここに一人の老人がいる。

老人「う、うぐぐぐ……!」

老人「胸が……苦しい! あぐぐ……ぐぁぁ……!」

老人「うぐぁぁぁぁぁ……!」

ちなみにこの老人、いたって健康であり、まして偉くもなんともない。

引用元: ・老人「いかにも“実は偉い人”なオーラ出しつつ、道ばたで苦しむフリするの楽しすぎw」

4: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:14:41.832 ID:ZlvdvGGX0
老人「ううっ、ぐぐぐっ……!」

老人(ワシは今日、無理してちょっといいスーツを着ている……)

老人(観察眼のある奴なら“実は偉い人”と思い込むに違いない)

老人(そして、ワシを助けてお礼を期待する。……が、そこでネタばらし!)

老人(ワシの正体はただのしょぼくれジジイ。助けた相手はガッカリする、という寸法よ!)

老人(なぜ、こんなことをしているかというと――)

老人(ワシは若い頃、詐欺にあって大金を騙し取られて以来、人を信じられなくなった)

老人(そのせいでろくな仕事にありつけず、結婚もできず、今やカツカツ年金暮らしの身)

老人(だから人生の最後に、こういう嫌がらせをしてやろうと思い立ったのよ!)

6: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:17:32.054 ID:ZlvdvGGX0
青年「あの……」

老人(ほら来た! 釣れた! 卑しい奴め!)

青年「大丈夫ですか?」

老人「ああ……ありがとう」

青年「今救急車を……」

老人「呼ばんでいい! 呼ばんでいい!」

青年「だけどだいぶ苦しそうでしたけど……」

老人「い、いや……もう治ったよ。ほらこの通り! いっちに、いっちに!」

老人(あぶねえ、救急車なんて呼ばれたら大騒ぎになってしまう)

7: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:20:25.506 ID:ZlvdvGGX0
老人「君には世話になったね……」

青年「いえ、そんな」

老人「なにかお礼をしたいし、連絡先を交換しないかね?」

青年「分かりました、いいですよ」

老人(下心が見え透いてるよ。きっとワシを大企業の社長かなんかと思ってるんだろう)

青年「私の連絡先は――」

老人「ワシの連絡先は――」

連絡先を交換し、二人は別れた。

8: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:23:28.525 ID:ZlvdvGGX0
老人「あーあ、金ねぇなぁ。仕事もねえ」

老人(おかげで今日もスーパーの終わり際に駆け込んで、安い惣菜ゲットしないと……)

老人(最近半額シール貼るの遅いんだよなぁ……)

プルルルルル…

老人「電話だ」

老人「もしもし」

青年『この間はどうも。よかったらもう一度会えませんか』

老人(バカが釣れたー!)

老人(きっとワシがものすごいジジイだと勘違いしとるんだろうなぁ)

老人(よーし、ここらでネタばらしといくか!)

9: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:26:26.795 ID:ZlvdvGGX0
老人(ここが待ち合わせ場所……)

老人(今日はスーツでなく、普段着で来てやったぞ。みすぼらしいことこの上ない)

老人(あの青年はガッカリするに違いない。『すごい爺さんなのを期待してたのに大したことねえ!』ってな)

老人(あ~、楽しみ!)

ブロロロロロ…

老人「ん? なんだ、あの高級車は」

ガチャッ

青年「どうも!」

老人「えっ!?」

10: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:29:34.525 ID:ZlvdvGGX0
ブロロロロロ…

老人(なんなのこの青年、まさかこんな高級車で現れるなんて……)

青年「これから私のオフィスに行きませんか?」

老人「オフィス? 君が勤めてる会社かね?」

青年「そうですね。勤めてるというより……経営してますけど」

老人「経営!? ってことは君はまさか……社長さん?」

青年「そうです」

老人「えええええ!?」

老人(まさか……ワシを助けてくれた人は“実は偉い人”だったなんて!)

12: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:32:14.443 ID:ZlvdvGGX0
青年「ここです」

老人「ふええ……立派なオフィスじゃないか」

老人「ちなみになんの会社?」

青年「医療機器メーカーです。亡くなった父が体が弱かったもので……それで医療に興味を持って……」

老人「泣かせる話だねえ」グスッ

老人(親の七光りじゃなく、しっかりした青年じゃないか……)

13: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:36:36.644 ID:ZlvdvGGX0
青年「これが我が社で最近開発した、AI搭載の診察マシンです」

老人「あ、テレビで見たことあるゥ!」

青年「……と、会社の説明ばかり聞いててもつまらないですよね」

老人「いや、そんなことないけどね」

青年「よろしければ、この後一緒に食事でもどうです?」

老人「しかし、持ち合わせが……」

青年「招待した側ですから、もちろん料金はこちら持ちですよ」

老人「こりゃどうも!」

老人(他人の金で食う飯ほどうまいもんはない)

15: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:39:32.443 ID:ZlvdvGGX0
高級レストラン――

老人(なにこれ、このお肉超うまい!)モグッ

老人(口の中でとろけるぅ~。ふっわふわ~)

老人「と、すまんね。こんなにバクバク食べて。あまりにおいしいもんで」

青年「いえいえ、どんどん食べて下さい」

老人「じゃ、遠慮なく……」

青年「そうだ、ワインもどうです?」

老人「飲みます!」

17: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:42:22.963 ID:ZlvdvGGX0
ブロロロロ… キキッ

老人「ありがとうね、家まで送ってもらって」

青年「いえいえ」

青年「あの……これからも末長くお付き合いをして頂けませんか?」

老人「そりゃかまわんけど……」

青年「それじゃまた今度、食事をしましょう!」

老人「あ、ああ」

老人(今のは社交辞令だろうが、今時こんな立派な若者もいるんだな)

18: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:47:36.256 ID:ZlvdvGGX0
数日後――

プルルルルル…

老人「ん?」

青年『また一緒にお食事しませんか?』

老人「え、かまわんけど……」

青年『それではまたお迎えに行きますので』

老人(てっきりあれっきりの仲かと思ったが、また誘われるとは)

老人(なんなのこの青年? まさかワシに気があるとか? だとしたらどうしよう……)

20: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:49:25.474 ID:ZlvdvGGX0
青年「この店はいかがです?」

老人「うまぁい! 普段は200円を超える品は口にしてなかったからのう!」

青年「今お仕事はされてるんですか?」

老人「いや、無職だよ無職。年金だけじゃ苦しくて、バイトぐらいしたいが」

老人「ワシなんざ雇ってくれるとこなんてないからのう」

青年「ご結婚は……」

老人「してないしてない! できるわけないだろ!」

老人「それに……するつもりもなかったしな」

青年「どういうことです?」

21: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:52:34.160 ID:ZlvdvGGX0
老人「ワシは若い頃、詐欺にあったんだよ」

青年「詐欺に……どのような?」

老人「知り合いから、子供の手術費に大金がいる、と頼まれてな」

老人「ワシは同情して、全財産といっていいぐらいの金を貸してやったんだよ」

老人「そしたらそいつ、そのまま音信不通になってしまった」

老人「もちろん、金なんか一銭も返ってこない。ようするに全てデタラメだったんだ」

青年「ひどい話ですね」

老人「まったくだ。それ以来、ワシは人と深く付き合うことができなくなってしまってな」

老人「みんな詐欺師か何かに見えてしまって……こんなんじゃまともに人付き合いなんてできんし」

老人「ましてや恋愛なんて絶対無理だ。おかげでこの年まで独身だし、友達すらおらん」

青年「さぞ、その詐欺師を恨んでることでしょう」

老人「そりゃね。恨みまくりだよ」

25: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:55:24.317 ID:ZlvdvGGX0
老人「だがね、今にして思うとこうなったのは結局自分のせいなんだよ」

老人「詐欺にはあったが、まだ若かったし再起不能の大ダメージというわけではなかった」

老人「しかし、ワシは被害者ぶって……自分の殻に閉じこもってしまった」

老人「“一度騙されたぐらいでなんだ!”と奮起してれば、違う人生もあったはずなのに」

老人「それを怠ったから、こんな冴えない老後を送るはめになってしまったんだよ」

青年「……」

青年「仕事でお困りでしたら……」

老人「?」

青年「うちの会社で働きませんか?」

老人「へ?」

27: 名無しさん 2021/06/04(金) 18:58:19.480 ID:ZlvdvGGX0
老人「いやいやいや、無理だよ! ワシ、医療の知識なんてないし!」

老人「最近まで細菌とウイルスが同じものだって思ってたぐらいだし!」

青年「必要ありませんよ。社内の見回り程度の仕事ですから」

青年「しかし、それなりの給料を用意できると思います」

老人「だったら……お願いしちゃおうかな」

青年「はい、手続きをしたら、すぐ働いて頂きます」

老人「なんだか悪いねえ」

28: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:01:29.492 ID:ZlvdvGGX0
青年「それと、まだご結婚したいという気持ちはありますか?」

老人「え! そりゃないことはないけど……。相手も出会いもないよ……」

青年「今はご年配同士が婚活するケースも多いんです」

青年「そういったツテもありますので、よかったらチャレンジしてみませんか?」

青年「たとえ結婚までいかなくとも、交友関係は広がると思いますし……」

老人「そ、そうね。やってみようかな」

青年「では、こちらも手配しておきます」

老人「いやー、至れり尽くせりですみません」

29: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:04:26.774 ID:ZlvdvGGX0
それから――

老人(社内の見回り、見回り……)

社員A「こんにちは」

社員B「いつもお疲れ様です」

老人「お仕事頑張れよ!」

老人(この会社の社員は教育が行き届いていて、気持ちいい挨拶してくれるわい)



老人(給料は、と……)

老人「え、こんなに振り込まれてる!」

老人「いいのかなぁ、こんなにもらって。会社の中を徘徊してただけなのに……」

30: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:08:01.844 ID:ZlvdvGGX0
婚活も始め――

老人「ど、どうも」

老婦人「初めまして」

老人(ワシと同い年とは思えない美人じゃないか)

老人「恥ずかしながら、あまり女性と話したことなくて……」

老婦人「私も似たようなものですよ」クスッ



老人(結婚までいくかは分からんが、生涯付き合えそうな女性とは巡り合えた……)

31: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:11:26.761 ID:ZlvdvGGX0
青年「やぁ、どうも」

老人「おお、君かね」

青年「お仕事は順調ですか?」

老人「見回りとはいえ役割ができたからか、人生にハリが出てきたよ」

青年「もし何かあったらすぐにいって下さいね。対処しますから」

老人「う、うん」

老人(なに? なんなのこの子? いくらなんでもサービスよすぎで怖いよ……)

老人(ジジイ助けが趣味な変人なのか、それとも何らかの理由でワシを騙してるのか)

老人(こんな好青年を疑いたくはないけど……どこかで確かめねばならんな)

33: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:14:38.603 ID:ZlvdvGGX0
ある日――

青年「これ、歌舞伎のチケットです」

青年「二人分ありますので、よかったらどなたかとどうぞ」

老人「じゃあ、遠慮なく」

老人「……」

青年「どうしました?」

老人「なぁ、君はなぜワシなんかにここまで尽くしてくれるんだ?」

青年「!」

老人「ワシは君を見たことすらなかったし、こうまで尽くされる覚えが全くないのだ」

青年「……」

老人「頼む、理由があるなら教えてくれ! 身に覚えがないから、かえって不安になってしまって……」

34: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:18:05.365 ID:ZlvdvGGX0
青年「あなたは私を見たことがないといいましたが、本当ですか?」

老人「ホントだって!」

青年「私の顔……誰かの面影を感じませんか?」

老人「面影……?」

老人「……」

老人「あっ!」

老人「ワシを……騙したあいつ……(に似てるかも……)」

青年「そうです」

青年「かつてあなたから金を借り、行方をくらました男は……私の祖父です」

老人「な、なんだと!?」

37: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:21:39.781 ID:ZlvdvGGX0
青年「祖父の息子……つまり私の父が幼い頃、大病を患っていたのは本当です」

青年「手術には莫大な費用がかかることも……」

老人「え、本当だったの!?」

青年「祖父があなたから借りたお金で、幼かった父は当時最先端の手術を受けることができ……」

青年「そして助かったのです」

老人「……」

青年「ですが、祖父にそれを返すあてはまるでなかった」

青年「素直にそれをいえばまた違う結末もあったのかもしれませんが……祖父は最悪の道を選んだ」

青年「あなたに合わせる顔がないと……逃げてしまったのです」

青年「祖父は死ぬ間際まで、それを後悔していたそうです」

老人「……」

38: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:25:02.750 ID:ZlvdvGGX0
青年「祖父から得た手掛かりを元に、父もあなたを捜したそうです」

青年「しかし、時間が経ちすぎていて、やはり見つからなかった」

青年「やがて、病弱だった父も早くに亡くなり……」

青年「残された私は、祖父からの三代の恩を返すべく、あなたを捜しました」

青年「医療機器メーカーを建てたのは正解でした。おかげで人脈が広がり、人捜しの手段も増えた」

青年「そして……ついにあなたを見つけたのです」

老人「ってことは、ワシがうぐぐぐ言ってる時に話しかけたのは偶然じゃなく……」

青年「はい、最初からあなたのことを知ってました」

老人「そうだったのか……」

老人「ワシに色々と便宜を図ってくれたのも……」

青年「恩返しのためです。しかし、真実を話す勇気がなかなか出ず……困惑させてしまったようですね」

青年「申し訳ありませんでした」

39: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:27:56.442 ID:ZlvdvGGX0
青年「あなたの人生は祖父のせいで大きく狂ってしまった」

青年「今さら取り返しはつきませんが……私は償うためならばなんだってやるつもりです」

青年「なんならこのことを世間に公表してもかまいません」

青年「私にできることなら……なんでもおっしゃって下さい!」

老人「……」

老人「いや、君に償ってもらうことなど何もないよ」

青年「しかし……!」

老人「だってワシは、今とても幸せなんだからね」

40: 名無しさん 2021/06/04(金) 19:30:31.138 ID:ZlvdvGGX0
老人「ワシがあの時金を出したおかげで、君の父は救われ、君という素晴らしい青年が生まれた」

老人「人生の終わり際に、ワシは自分が“実は偉い人”だったということが分かった」

老人「これほど幸せなことはないよ」







― END ―