1: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 07:40:13.92 ID:1jwIqnS10


その駅でおりた。


海の近くだったと思う。


眠りの淵にぽっかりとあいた遺失物のような、

その駅でおりた。



客 「お願いします、駅員さま。お願いします」

客 「大切なものなのです」

客 「何かは思い出せないけれど、大切なものなのです」



あれはいつだったか。

たしか、自分に名前が無いことにも
気がついていなかったころだと思う。





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引用元: ・無名夢歩き「ライフサイクルコスト駅」「鳥のひなの死骸です」

2: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 07:57:58.07 ID:1jwIqnS10


駅員 「ご愁傷さまです」


客 「ああ、どうか、どうか」

客 「前の駅だったと思うのです」

客 「あれがないと私は破滅だ」



きっと、たいして失敗もしてこなかったのだろう。

とくに不自由の見当たらない小ぎれいな客は、

自分がいかにみじめで、誠実で、

あわれみを受けるべき人間かを、這いつくばって訴えていた。



駅員 「ご愁傷さまです」

駅員 「ああ、それは大変だ」

駅員 「ええ、ええ、お察しいたしますよ」

駅員 「ご愁傷さまです」

駅員 「ご愁傷さまです……」




3: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 08:09:30.93 ID:1jwIqnS10


ここへ来たのは大陸を縦断する列車だったか、

それとも飛行船だったか。



客 「うう、うううう……」



もろもろが去った駅で、客は赤ん坊のようにうずくまって泣いていた。



客 「大事なものだったんだ」

客 「あれだ、あれなんだ。ああ、あれだ」

客 「名前も思い出せないけれど、忘れちゃいけないものだったんだ」

客 「前の駅に戻れば、きっと取り戻せるんだ」



この駅に、くだりの乗り物は来ない。




4: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 08:35:13.87 ID:1jwIqnS10


リイン ゴオン


すすり泣くように鐘が鳴る。



無名夢歩き 「やあ、もう夕方だ」



どこかに、

涸れた城の廃墟から始まった小さな町があるという。


寂しがりやの城主は、誰でも受け入れてくれるのだという。


はぐれ者しか見つけることのできないその町を探す途上に、

ここはあったのだ。




5: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 08:40:39.31 ID:1jwIqnS10


大きな橋の手前で、乳母車を押す男と会った。



無名夢歩き 「もし」


山高帽 「…………」


無名夢歩き 「もし、そこの人」


山高帽 「……何かね」


無名夢歩き 「ここは何というところでしょう」


山高帽 「君は何かね」


無名夢歩き 「私は夢歩きです」


山高帽 「そんなものいないよ」



男は大きな橋の手前で言って、

大きな橋を渡っていった。



6: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 08:42:50.61 ID:1jwIqnS10




橋の途中で乳母車は赤ん坊をこぼし、

橋を渡りきったところで男は乳母車を投げ捨てた





7: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 08:53:26.96 ID:1jwIqnS10



二階調の紳士A 「やあ、何か落ちているぞ」


二階調の紳士B 「何だろう、泣いている。赤ん坊かな」


二階調の紳士C 「違うよ、鳥の雛の死骸だ」

二階調の紳士C 「目のあたりが、鳥の雛の死骸にそっくりじゃないか」


二階調の紳士B 「なあんだ。鳥の雛の死骸が鳴いているのか」


二階調の紳士C 「気をつけたまえ。きみはこの手の間違いが多い」


二階調の紳士A 「は、は、は」



その後、たくさんの人が橋を渡り、

その人たちに宗教家や哲学者らしき人たちが愛について語った。


赤ん坊はそのままだった。




8: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 09:00:12.80 ID:1jwIqnS10


無名夢歩き 「もし」


老婆 「…………」


無名夢歩き 「もし、向こうから橋を渡ってきたおばあさん」


老婆 「……何ですね」


無名夢歩き 「もしや、あそこに落ちているのは赤ん坊ではありませんか」


老婆 「ああ、ああ、その通り、その通り」

老婆 「とんでもない人もいたものですよ」



それ以上は勘弁とばかりに手を振って、

老婆は足早に去った。





9: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 09:23:16.33 ID:1jwIqnS10


夜が近づき人通りの増えた橋。

二回往復して、三回目の復路で赤ん坊のそばに寄った。



赤ん坊 「あー」

赤ん坊 「あー」



赤ん坊は生きてきた。

裸であおむけに、口をひらいていた。

死にかけの虫のように手足を動かして、しかし必死に生きていたのだ。




10: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 09:27:05.38 ID:1jwIqnS10




小さくもたくましい命に涙を流して、


私はそっと、


それを股ごした。







11: シャルロッ亭きゅっぷい ◆tHMiOqNMgmiR 2014/03/21(金) 09:34:13.53 ID:1jwIqnS10
ど完
ありがとうござ淫魔