※前作
ハルヒ「IBN5100を探しに行くわよ!」3


762: ×2年生宇宙人 ○3年生宇宙人 ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 20:14:41.02 ID:LMzppfs/0



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◇Chapter.10 涼宮ハルヒのスコトーマ◇ 
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2010.08.16 (Mon) 10:34 
有明 東京ビッグサイト 









                                        引用元: ・ハルヒ「IBN5100を探しに行くわよ!」
763: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 20:17:22.79 ID:LMzppfs/0
コミマ2日目。相も変わらずハルヒは吸気絞り弁全力全開のフルスロットルだった。 

1日経ってそのミクロコスモスやヒエラルヒーに慣れたのか、ハルヒは持ち前の傲岸不遜ぶりを発揮し、サークル出店している店子さんたちにおおなおおな話しかけまくった。 

その奇行の理由はなんとなく俺にもわかる。パッと見、そいつらは全員が全員揃いも揃って変人奇人に見えた。 

中にはどうしてこんなおとなしそうな顔の青年がドギツいR18-Gを扱っているのかと疑いたくなるような店があったり、あるいは自主制作CDを販売している売り子がまるで仙人のような白髪白髭の御仁であるなど、とにかく平凡の二字から縁遠い小世界が数mおきに並んでいたのだ。俺でさえその中に宇宙人が一人ぐらいいてもおかしくないと思えた。 

さて、今日は椎名さんがコミマに来ているらしい。レイヤー仲間とコスプレ広場にいるとの情報を得たハルヒは、昼飯ついでに移動することにした。 

椎名さん……。一応この世界線では明日死ぬことが運命づけられている。そんな悲劇の彼女とようやく再会できる。どうしてそんな彼女に限って金髪ポニーテールなのか……。 

彼女についに出会った俺は追っ付け意気阻喪することになる。まぁ、その後ちょっとしたビックリが待ってたんだけどさ。 

764: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 20:20:56.83 ID:LMzppfs/0
2010.08.16 (Mon) 11:15 
コスプレ広場 


ハルヒ「まゆりー!! 遊びに来たわよーッ!!」 

キョン(ハルヒのメガホンボイスを聞いて、俺はいったいどこに金髪ポニーテールこと椎名まゆりさんがいるのかという疑問が浮かんだ。もしかして俺に視認できない透明人間なのか、とさえ疑ったほどである) 

まゆり「ハルにゃーん!! 来てくれてありがとう、うれしいなぁえへへ」 

キョン(しかしそんな俺の箆棒な妄想は一瞬で砕け散り、そして俺は見つめるべき現実を超速理解した) 

みくる「わぁ! フリルがいっぱいでかわいいですねぇ。魔法少女ですかぁ?」 

キョン(俺がかつての世界線で見たあの伝説の金髪ポニーテールは……) 

まゆり「そうだよー、ちょっと恥ずかしいけどねー。ミクルンのキラリちゃんも似合ってるよー♪ あとで一緒に写真撮ろー!」 

キョン(ウィッグだったのだ……)ガクッ 

古泉「おや、どうされました?」 

長門「……ドンマイ」 

765: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 20:48:49.87 ID:LMzppfs/0
ハルヒ「もう、まゆりはかわいいわねー。うちの高校の部室に持って帰りたいわ!」 

キョン(実際椎名さんのコスプレは若干、いやかなり目のやり場に困るものだった。スカート丈は短く、露出も多い。何よりその豊満なバストとキュートなくびれを最大限に見せつけるチューブトップが俺の大脳辺縁系を刺激した) 

フブキ「そ、それは困るよハルにゃん! マユシィを家に持って帰ってずっとペロペロするのはあたしの役目だよ!」 

まゆり「まゆしぃが困るなぁ」 

フブキ「困ってもいいから結婚してくれーっ!」 

キョン(この健全なお方が昨日お会いした例のフブキさんだ。この娘も魔法少女のコスプレをしている。椎名さんとは対照的でボーイッシュであり、どこか大人びて見える。なんとなく、古泉を女体化させたらこんな感じだろうなとチラと思ったが気持ち悪いうぇぇゲロゲロ) 

まゆり「今度はユキリンもコスしようねー♪」 

長門「ユキリン……」 

キョン(長門はどうやらあだ名で呼ばれて心から嬉しく思っているらしい。表情筋が1ミクロンほど緩んでいる) 

フブキ「マユシィの帽子、くんかくんか」 

まゆり「や、やめてよー、フブキちゃん。もー、ウィッグがずれちゃったよ」 

キョン(コスの帽子を取り上げるフブキさん。同時にウィッグがずれたらしい椎名さんは、そのピンク色セミロングのウィッグを直すため、一旦ウィッグを頭から外したのだった) 

キョン(そこで俺は椎名さんの地毛をウィッグネット越しに初めて確認した。ついでに言えばこの時、初めて彼女のあだ名を知った) 

キョン(その瞬間、俺のエピソード記憶の貯蔵庫に納入されて以来ずっと放置されっぱなしでほこりをかぶっていたソレが、アセチルコリン量の増大に伴って峻烈に働き始めたトップダウン信号により引っ張り出された) 

キョン(髪の色、マユシィという名前、鼻立ち、話し方、雰囲気、立ち振る舞い……) 



キョン「あれ、もしかしてお前、マユシィか?」 



766: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 20:56:55.69 ID:LMzppfs/0
ハルヒ「へ……?」 

キョン(一番に反応したのは調子っぱずれな声を出したハルヒだった。そりゃそうだろう、どうして俺はこの椎名さん、もといマユシィのことを知ってるのかって話だもんな) 

キョン(まぁ一応8月7日にあのメイド喫茶で会っているっちゃ会っているが、俺の反応は旧友に駅前で偶然出会った時のそれである) 

まゆり「んー? あーっ!!! キョンくんだ!!! もう何年ぶりかなー。こんなところで会えるなんてねー!」 

キョン「おぉ、やっぱりマユシィか。元気してたか? って、現在進行形でしてるよな」ハハ 

キョン(いやーしかし、懐かしい顔だ) 

フブキ「えっと、感動の再会ってやつ?」 

まゆり「あ、でも恥ずかしいなこの恰好……///」 

キョン「あれから随分大きくなったなぁ、お前」 

キョン(もちろん、身長が、だ) 

767: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:12:28.23 ID:LMzppfs/0
ハルヒ「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい!! どういうことなの、キョンとまゆりは昔からの知り合いなの!?」 

古泉「さすがに椎名さんについては機関も調べが及んでいませんでした、これは失態ですね……」 

みくる「ふ、ふぇぇ……」 

長門「…………」 

まゆり「えっとね、まゆしぃのおばあちゃんちがキョンくんのおばあちゃんちのご近所さんでねー」 

キョン「正確には母親の実家の田舎であり、マユシィの祖父母の出身地の近所なんだけどさ」 

キョン(ハルヒのやつが周章狼狽しているな。いや、俺だって驚いてるんだ。話に聞いてた椎名まゆりがマユシィのことだったなんて) 

古泉「もしよろしければお二人が出会った時のことを教えていただきたいのですが」 

まゆり「そうだねぇ、まゆしぃもキョンくんといろいろお話がしたいなー」 

キョン「ここじゃ暑いし、立ち話になっちまうからな。どっかレストランでも入ろうぜ。ついでに飯も食おう」 

キョン(それにハルヒのやつが鼻を鳴らしているからな、その内頭から湯気が出るやもしれん) 

768: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:14:10.69 ID:LMzppfs/0
2010.08.16 (Mon) 11:45 
東京ビッグサイト レストラン 


キョン(本来ならどこもかしこも人で溢れかえっていて、コスプレを着替えるのも、食事処の席を確保するのも死ぬほど大変な状況なはずなのだが、一体全体どういうわけか理論上の最短時間で席に着くことができた。このVIP待遇もどきは誰の仕業だろうね、ハハ) 

ハルヒ「それでッ!! まゆりとキョンはどういう関係なのッ!!」ガタッ 

キョン(一瞬脳裏にD世界線の嫉妬深いハルヒの姿がよぎった。でもそれはハルヒの誤解だ。誤解だってば) 

フブキ「あたしも気になるなー! マユシィまさかの二股! オカリンさんとの関係は一体どうなってしまうのか!」 

まゆり「フブキちゃん! だからオカリンはまゆしぃの彼氏じゃないってばー」 

みくる「そ、そーゆーのはよくないと思います!」 

キョン「いや、なんだその、決してやましいことは何一つとしてないんだ。あの頃はまだ男女の区別もないようなガキの頃だったしな」 

古泉「男女の区別がつかない、ほう」 

キョン「やめろ。お前は何がしたいんだ」 

古泉「ふふっ。強いて挙げるならば、いつぞやの仕返しでしょうか」 

まゆり「いっちゃん? キョンくんをいじめちゃだめなんだよー?」 

古泉「い、いっちゃん……」 

長門「…………」モグモグ 

まゆり「えっとねー、あれはおばあちゃんが生きてる頃だったから……」 

キョン「なにッ? あの婆さん死んじまったのか? あ、いや、それは、ご愁傷様だったというか、なんと言うか……」 

まゆり「ううん、もういいんだー。オカリンのおかげでまゆしぃね、元気出せたから」 

キョン「そっか、思い出したぞ。あの時マユシィが話してた男の子ってのは岡部さんのことだったのか。やっぱり岡部さんはいい人だったんだなぁ」 

フブキ「毒電波垂れ流しのイッちゃってる人だけどねー」プププ 

ハルヒ「は な し を す す め ろ ー ! ! ! ! !」バンッ!! バンッ!! 

769: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:22:50.75 ID:LMzppfs/0
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あれはたしか、今から6年前。西暦で言うと2004年の夏、お盆の時期だった。正確な日付までは毫も覚えてない。俺はまだ小学5年生の鼻垂れ小僧だった。 

俺の家は毎年夏になると家族総出で母親の実家がある田舎まで避暑と先祖供養を兼ねて遠出していた。 

田舎に帰った俺はいつも従兄弟どもと遊ぶのが、まぁ鬱陶しくもあったが存外これが楽しみだった。 

だが、それ以上に俺は田舎の夜空を眺めるのが好きだった。 

あのスペクタクルは人里離れた土地でしか観測できない。 

ただ、ひたすらに宇宙。 

見つめているだけで、自分が宇宙に吸い込まれていくような、あるいは宇宙が自分に溶け込んでくるような、そんな時間と空間、主体と客体が混ざり合う感覚がたまらなく好きだった。 

なんと魅力的だったことか。俺は夢見がちな子どもだった。 

心の底から、宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいた。宇宙を見つめているとまるで異世界に飛ばされた気分に浸れたのさ。 

俺の天文的知識はそのほとんどを年の離れた従姉妹のねーちゃんに教えてもらった。無秩序としか思えない夜空の星々を魔法のように的確にマッピングしていく姿にまだ純朴だった少年は憧れを抱いた。 

どうでもいいが、そのねーちゃんはそんな俺の幼少期の甘酸っぱい記憶など綺麗さっぱり脱ぎ捨てて大学デビューとやらを果たした後、ロクでもない男と駆け落ちすることになる。 

770: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:23:56.71 ID:LMzppfs/0
その日も俺は従兄弟どもを寝付かせて、一人こっそりでっかい楠の木のある裏山に登った。小さな祠の先には見晴らしの良い開けた場所があった。 

ここが当時の俺が開拓した中で絶好のスポットだった。お気に入りの場所、秘密基地、隠れ家、そんな感じの場所。 

当然、誰もいないはずの場所だ。大人は虫に噛まれたり蛇に遭遇するのを嫌がって来ないし、いや、俺だって蛇は怖かったんだがそれよりも好奇心が勝った。 

だが、その日だけは先客がいた。 


「…………」 


小さい女の子が体育座りをしていた。 

第一印象は、なんだか辛気臭いやつがいるな、って思ったんだ。そしてそれ以上に俺だけの場所を断りもなく占有していることにムカついてしまった。 


「おい、そこは俺の場所だ。どけよ」 


何度でも言い訳させてもらうが、この時俺は腕白な小学5年生である。説教をしたくなったとしたらそれはお門違いってやつだ。 

771: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:31:17.91 ID:LMzppfs/0
「だれ……」 

その女の子は、涙こそ流していなかったが悲壮な感じが伝わってくる風柄だった。月明かりに照らされているという劇場効果のせいかもしれない。 

「名前なんてどうでもいいだろ。ここは俺が天体観測をする場所なんだ」 

「てんたいかんそく……?」 

「星とか、月とかを眺めるんだよ」 

「ながめてどうするの……?」 

矢継ぎ早に質問されることにもイライラしていたんだが、この質問に対して当時の俺は頭に来た。それは例えるならプレステで遊んでいる時に『ファミコンばっかりいじって何が楽しいの!』と母親に言われる感覚に似ていた。

「全く、わかってないな。天体観測ってのは、宇宙の神秘なんだぜ」 

「しんぴ……?」 

とにかく盛大なことを言って自分の権威を高めようとする行為、虎の威を借る狐、一種の自己顕示欲であり、光背効果<ハローエフェクト>の利己的利用だ。 

「仕方ねぇな、お前にも教えてやるよ」 

なんのかんの言って小さい子の世話が好きだったからか、あるいは人から教えてもらったことを人に教える優越感を味わいたかったからか、俺はこの見知らぬ来訪者に対して夜の星空教室を開講することになった。 

772: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:32:17.69 ID:LMzppfs/0
「あの真上にあるのがベガ、こと座の一等星、いわゆる織姫様だ。それで、天の川を挟んで対岸にいるのがアルタイル、わし座の一等星、彦星様。それで、この二つの星と、川の中州にある星で三角形を作って、これが夏の大三角形」 

ちなみにこの辺の知識はねーちゃんが駆け落ちした辺りですっかり頭から消え去った。そういや去年の夏にハルヒから教え直してもらったりしたな。どうも俺は必要が無くなった記憶は片っ端から朝7時の巡回ゴミ収集車へとダストシュートする習性があるらしい。 

「あのほしのなまえは?」 

「デネブ。はくちょう座の一等星」 

「へんななまえだねー」 

「そんなこと言うなよ。たしか、鳥のしっぽって意味だったかな。ほら、織姫と彦星を繋ぐのにカササギって鳥が橋をかけるだろ?」 

「いいなー、おりひめさまは」 

「なんで?」 

「だって、カサササギさんがひこぼしさまのところにつれていってくれるんでしょー? まゆしぃもつれていってほしいなーって」 

「カササギだって」 

774: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:33:28.32 ID:LMzppfs/0
「彦星に会いたいのか?」 

「ううん。そうじゃなくてね。まゆしぃね、きんじょの男の子がおはなししてくれなくなっちゃって……」 

「あー、それはだな。『女なんかと遊んでられるか!』ってやつだ」 

「しってるの!?」 

そこで初めてマユシィと自称する少女は顔を上げた。答えのない迷路を歩いていて急に光が差し込んだような、暗闇から希望をつかもうとする顔だった。 

「俺の周りの友達は結構その病気にかかってるな。俺は小さい妹がいるから、女の子だからって別段どうとも思わないけど、そういうもんらしい」 

「びょうき……オカリンびょうきだったんだ……」 

顔を上げたと思ったらまたさっきのダウナーモードに戻った。さっきより落ち込んでいる。 

「病気って言っても大したもんじゃない。病院に行かなくても治るしな。その男の子と仲良かったのか?」 

「うん……いつもいっしょにあそんでたのに、とつぜん男の子たちだけであそぶようになっちゃって……ヒグッ……グスッ……」ウルッ 

声がどんどん涙ぐんでいった。セリフの後半はもうほとんど嗚咽で何を言っているかわからなかった。 

776: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:36:41.05 ID:LMzppfs/0
「な、泣くな! 大丈夫だって、その男の子は絶対マユシィのこと好きだから!」 

「ホ、ホント?」ウルッ 

「あぁ。その病気っていうのはケッタイな病気でな、心で思ってることと言動が反対になっちまうんだ」 

「げんどう、ってなに?」 

「えっと、言葉とか、行動とかだよ。つまり、好きなのに嫌いって言ったり、一緒に帰りたいのに一緒に帰らなかったり、あとは……反対言葉じゃなくて強がりの時もあるな。側に居たいだけなのになんだかんだと言い訳したりさ」 

「そ、そうなんだ……。よかった、まゆしぃ、オカリンにきらわれちゃったわけじゃなかったんだ……」 

「お前みたいな暗いやつは嫌われちまうかも知れないけどな」ハハ 

「えーっ、ひどいなぁもう」 

このセリフを言う頃にはすっかり笑顔になっていた。どうやら俺の献身的な臨床心理的アプローチによって、彼女は自分の置かれた状況を納得することに成功したらしい。 

俺はというと、彼女が笑ったことで少しいい気になっていた。まぁ、こうやって夜空を見上げながらだったから、話すうちに楽しくなっていたのかもしれない。 

777: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:45:00.30 ID:LMzppfs/0
「おまじないを教えてやろう」 

俺はキメ顔でそう言った。 

「えーっ、おまじない!? どんな、どんな!」 

だいたいこの年頃の女の子ってのは、こっくりさんだったり占いだったり少し不思議なことが大好きなのである。 

「もし自分が誰かに助けてほしい時、こうやって空に手を伸ばすんだ」 

言いながら夏の大三角形の重心めがけて右手を突き出す。いや、垂心くらいかな? 

「うんうん!」 

熱心に聞き入っている。なんとなく、秘密組織の秘密会議って感じで俺も話しながらワクワクし始めていた。ひみつってのはいいよな。 

「そして心の中で、『答えはいつも私の胸に』って唱える。そうすると、異世界への扉が開いて思いが通じるんだ。それで誰かがピンチを助けてくれるんだよ」 

受け売りである。俺が自分で発見したものではなく、近所の知らない女の子から半ば無理やり教えられたものだ。 

だがそんな嫌々教えられたものをどうしてこの当時の俺が盲目的に信仰していたか、というとだ。 

「実は昔、っつってもそんな昔でもないけど、俺、ドブに落っこちたことがあってさ」 

このドブというのは側溝のことではない。いわゆる生活用水路だ。当時の俺の体格からすればそれはちょっとしたクレバスである。 

「正直、落ちる瞬間死んだと思った。水もほとんど流れてなかったし、すげー高さだったし。それで、とっさにこのおまじないを思い出してさ、空に向かって唱えたんだ。そしたら奇跡的に3針縫っただけで助かった。たぶん、異世界の誰かが助けてくれたんだと思う」 

そんな奇跡が実は起きていた。いや、3針も縫ったのだから相当重症だったわけだが。ちなみにこのまじないのことは半年と経たずして記憶からすっかり抜け落ちてしまった。 

779: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:48:27.66 ID:LMzppfs/0
「いせかいってなぁに?」 

「異世界ってのは、違う世界のことだよ。えーっとだな……、例えば、天国とか地獄とか」 

「すごい! じゃぁさ、じゃぁさ、まゆしぃもこうやってると、おもいがとどくかなぁ」 

そう言ってマユシィは星空に目いっぱい手を伸ばした。あれはベガ、別名アークライトだな。 

「きっと届く。彦星と織姫ってのは、地球から何十光年っていうとんでもない距離離れてるんだ。だけど、それでも7月7日になれば二人は会えてるからな。それと一緒だよ」 

「でも、おひるはおほしさまがいないからかなえてくれないんだね……」 

俺は別に星空の下でなければいけないなどという限定条件は言ってなかったはずだが、流れ星伝説や織姫彦星話とごっちゃになってしまったらしい。 

「そんなことはない。昼間だって、目に見えてないだけで星はあるんだぜ? 知らないのか」 

「えーっ、そうなの?」 

「太陽がまぶしいから星の光が弱くなって見えにくくなるけど、高い望遠鏡を使えば昼間でも天体観測できるんだって」 

これもねーちゃんからの受け売りである。実際は天文台などでなければそれなりに煩雑だ。 

780: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:50:28.20 ID:LMzppfs/0
「あーっ、もうこんなじかん!」 

突然マユシィは少女が持ち歩くには奢侈な懐中時計を取り出して時間を確認した。気付けば結構な時間が過ぎていたようだ。 

「家まで連れて行ってやるよ。ほら、手を貸せ」 

「う、うん。ありがとう」 

とまぁ、こんな感じが俺とマユシィのファーストコンタクトだった。手を繋いだりしてるが深い意味などない。妹にだってしてたからな。 

その後、田舎に滞在してる間は毎晩二人で山へ行って夜空を眺めた。俺が星の話をするたびにマユシィは『へー』だの『すごいねー』だのわかってるんだかわかってないんだかわからんような返事をした。 

マユシィが懐中時計を取り出して、そのタイミングで天文学講義は次回に持ち越しとなる。その年の夏はそんな感じで過ごしてたんだ。 

782: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:57:54.79 ID:LMzppfs/0
盆が終わって家族が地元に帰ることになった。 

毎晩マユシィの泊まってた家に行ってたから、一言さよならを言おうと思って訪ねたんだが、そしたらそこの婆さんが、 

「ごめんねぇ。今あの娘、お父さんたちと川へ遊びに出かけてるのよ。帰ってきたらバイバイって伝えておくからね」 

と謝った。だいたいどこの家も帰省という名の家族旅行なのだ、川遊びしたっていいじゃないか。謝る必要はなかろうよ。 

そんなわけで俺はマユシィに別れを告げることなく去って行った。その次の年の盆にはもう会えなかったのは、そうかこの婆さんがおっちんじまってたからだったんだろうな。 




まゆり「えへへー、実はこの話には続きがあるのです」 




783: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 21:58:58.17 ID:LMzppfs/0
まゆり「おばあちゃんただいまー! まゆしぃね、さんしょーおーさんみつけたよ! あとカイちゅ~かしてくれてありがとー♪」 

祖母「あぁ、まゆりちゃん。お帰り。そう言えばさっきね、あの子が来てたわよ。毎晩まゆりちゃんを送ってくれた子」 

まゆり「え、そうなの?」 

祖母「今日で帰るからバイバイだって」 

まゆり「え……。おばあちゃん、ばしょわかる?」 

祖母「○○さん家の? えっとたしか……」 


・・・・・・ 


まゆり「はぁ……、はぁ……。こ、こんにちわー! だれかいませんかー!」 

キョンの叔母「はいはい。あら、たしか、椎名さんとこの分家のお孫さんじゃない。どしたの?」 

まゆり「えっと、えっと……」 




まゆり「キョンくんいますか!」 




784: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:02:10.71 ID:LMzppfs/0
キョンの叔母「キョン……? もしかして、姉さんとこの長男坊かい?」 

まゆり「まゆしぃにバイバイ言いにきたってきいたんですけど……」 

キョンの叔母「あぁ、姉夫婦はもう帰っちまったよ」 

まゆり「え……。う、うぅ……」ウルッ 

キョンの叔母「あらあらまあまあ。大丈夫よ、また来年来るって。家に着く頃合いに電話しておくからね、マユシィちゃんがバイバイ言いに来てくれたって」 

まゆり「うん……。ありがとうございます……」トボトボ 

キョンの叔母「それにしても、『キョンくん』ねえ。なかなかいいあだ名を付けてもらったじゃないか」 


・・・・・・ 


キョンの叔母「もしもし? あぁおばちゃんだけどね、お前の兄さんのキョンくんは居るかい?」 

妹『キョンくんー? へんななまえ! キョンくんでんわー』 



785: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:08:12.36 ID:LMzppfs/0
キョン「……幼稚園の年長だった妹が俺を変なあだ名で呼ぶようになったのにはそんな経緯があったのか」 

まゆり「キョンくん、あれから背が伸びたねー♪」 

キョン「マユシィも、岡部さんと仲直りできてよかったな」 

フブキ「人に歴史あり、ってやつだね」 

古泉「大変興味深い話を聞けましたよ。まさに創世神話です」ンフ 

みくる「えっと、涼宮さん、大丈夫ですかぁ?」 

ハルヒ「…………」 

キョン(なんて表現したらいいか……。ハルヒはそのアヒル口を阿呆みたいに半分開けて、目を力なく見開いて、まさに唖然と言った感じでボーッとしていた。おーい、帰ってこーい) 

786: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:09:44.09 ID:LMzppfs/0
古泉「よかったですね、涼宮さん。彼の貴重な過去を知ることができました。それもこれも、椎名さんのおかげです」 

キョン(洗脳じみた解説によるフォローが入った) 

ハルヒ「そ、そうね。まゆり、ありがとう、こいつにその、えっと……」 

キョン(ひどく混乱していらっしゃる) 

ハルヒ「……まゆり。倫太郎と仲良くなれたのは、キョンのおかげなの?」 

まゆり「うーん、そうとも言えるかなー。色々あったんだー」 

ハルヒ「もし良ければ聞かせて、その時のこと」 

フブキ「あ、あたしもその話は聞いたことないかも! オカリンさんとの馴れ初めかー」 

まゆり「うん、フブキちゃんには教えてあげないけど、ハルにゃんには教えてあげるね」 

フブキ「はぅっ! まゆりにイジメられて感じちゃう! ビクンビクン」 

キョン(……ノーコメントで) 

787: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:12:23.79 ID:LMzppfs/0
まゆしぃのうちはね、お父さんもお母さんも働いてて、さっきの夏休みの家族旅行はホントに最初で最後だったんだ。 

お父さんもお母さんもいつもお家にいなくて、でもお婆ちゃんがいつも側に居てくれた。オカリンと遊ばなくなっちゃってからはずっとお婆ちゃんと二人っきりだったんだー。 

オカリンと遊んでた頃はねー、よくテレビを一緒に見てて、オカリンいつも悪役ばっかり応援してたんだよー。そこにお婆ちゃんがお菓子を持って来てくれたりしたなー。 

まゆしぃが11歳の時、たぶん冬の頃だったと思うけど、お婆ちゃんは死んじゃった。 

まゆしぃはすっごく悲しくて、でもそれを誰にも言うことができなくて、毎日毎日お婆ちゃんのお墓の前に行って、お星さまになったお婆ちゃんのことを考えてて……。 

あれは梅雨の時期だったのかな。雨の日だったんだけど、その時、急にお空がぱーっと眩しくなって、雲と雲の間から光が差し込んできたの。 

ふっと思い出して、おまじないをね、してみたんだ。空に手を伸ばしてね、心の中で唱えたの。 

誰かにまゆしぃの言葉を聞いてほしいなー、って。まゆしぃの思いを、お婆ちゃんに届けてほしいなーって。 

そしたらね、オカリンはまゆしぃを抱き留めてくれて……。 

今でも覚えてるよー、あの時のオカリン。『どこにも行かせないぞー、連れてなんていかせないぞー。まゆりは俺の人質だ、ふーははは』って、特撮ヒーローの悪役のセリフでね。恥ずかしそうに言ったんだ。 

まゆしぃはとっても嬉しかったのです。とっても、とっても。1年もお話できてなかったオカリンとまた話せるようになって、きっとお婆ちゃんが助けてくれたんだなーって思って。 

その時からオカリンの病気を理解してあげられるようになったんだよー。だからまゆしぃはオカリンの人質なんだーえへへー。 

788: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:14:15.94 ID:LMzppfs/0
……最近またオカリンと話す時間が減っちゃった。なんとなく、オカリンとお話できなかった頃を思い出しちゃうんだ……。 

でも、もうまゆしぃも高校2年生だからね、オカリンに甘えてばかりはいられないのはわかってるのです。 

もしかしたら、もしかしたらだけど、オカリンはまゆしぃがいるから、最近苦しそうな顔をしてるのかなって思う時があってね。 

オカリンには大切な人がいっぱいいるから……。 

昨日オカリンにお墓で会って、その時も話したんだけど……。 

それだったら、まゆしぃはオカリンの近くにいないほうがいいのかなって……。 



ハルヒ「それは違うわ」 



789: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:21:33.36 ID:LMzppfs/0
ハルヒ「まゆり、大好きな人の側に居れるっていうのは素敵なことよ。幸せなことなの」 

ハルヒ「アンタは、誰よりも人を愛せる子。だから、誰からも愛されるべきなの」 

ハルヒ「世界から、宇宙から愛されるべきよ」 

ハルヒ「それをまゆりから手放すなんて間違ってる。そんなのは不幸の始まりにしかならない」 

ハルヒ「大好きな人が遠いとね……泣きたくなるの。さみしくなって、きっとアンタは一緒に見た特撮ドラマでも見るんでしょう」 

ハルヒ「いつまでも探してしまうの。大好きな人の幻を」 

ハルヒ「アンタは倫太郎に支えられてることを重荷に思ってるのかも知れないけど、それは逆よ。アイツだってまゆりに支えられているはずだもの」 

ハルヒ「アイツだって、まゆりに頼られることを幸せに思ってるのよ」 

ハルヒ「だから、側にいてあげなさい。甘えてもいいから、ただ、一緒にいてあげなさい」 

ハルヒ「明日目が覚めたらほら、希望が生まれるかも知れないわっ」

790: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:22:15.40 ID:LMzppfs/0
まゆり「う、うん……。ありがと、ハルにゃん」 

キョン(コイツの言葉には有無を言わせない説得力があるんだよな……) 

みくる「涼宮さん、素敵ですぅ」 

フブキ「ハルにゃんカッケー……。あたしなんか、早くオカリンさんが犯リンさんにならないかなってばっかり考えてたのに」 

キョン(最悪だコイツ!) 

古泉「なるほど、こういうことでしたか……」 

キョン(そして古泉は飽きもせずに意在言外な頷きをしてやがる) 

ハルヒ「でもね、まゆりのそんなところも好きよ」 

まゆり「……えへへ、ありがと、ハルにゃん」 

791: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:23:25.49 ID:LMzppfs/0
??「あっ、まゆりちゃん、フブキちゃん。ここに居たんだ、もう探しちゃったよ」 

まゆり「あーっ、カエデちゃん! おつかれー」 

フブキ「よっすカエデ! じゃー面白い話もたくさん聞けたし、あたしたちはコスプレしに戻るよ! ありがとう、キョン!」 

キョン「お、おう」 

カエデ「あ、いいの? えっと、フブキちゃんとまゆりちゃんがお世話になったみたいで……。失礼しますね」 

ハルヒ「こちらこそ、二人を連れてきちゃってごめんね。また後で会いましょう!」 

まゆり「あ、フブキちゃん待ってよー! それじゃ、まゆしぃたちは行くね。ばいばーい」 

みくる「ばいばーい」 

キョン(あのカエデって人、現役女子大生グラビアアイドルか何かか?) 

792: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:34:41.80 ID:LMzppfs/0
2010.08.16 (Mon) 22:51 
湯島某所 男子部屋 


キョン「得てして自分がよく知ってると思ってるやつの知らない話を聞かされるとなんとなく面食らうもんである」 

古泉「佐々木さんの時もそうでしたからね。今回は不機嫌にはなられていないようですけど」 

キョン「まぁ、マユシィとハルヒがこっち来てから仲良くなってたからだろう。それにマユシィはなんだか子どもっぽいし、岡部さんがいるしな。嫉妬する要素はないだろ」 

古泉「あなたもだいぶ隠さずに話されるようになりましたね」ンフ 

キョン「なんていうかな、もう俺たちは結構な年月を一緒に過ごしてるんだ。ここでわざと朴念仁のフリしたらそのほうが滑稽だろ。いつまでもハーレムアニメの主人公じゃないってこった」 

古泉「割り切られていらっしゃいますね。まぁ、僕もそのほうが対応しやすくて助かります」 

キョン「こうやって人間の機微っていうやつが失われていくのかね……」 

古泉「成長段階ごとに心にとって重要なものが変わっていくだけですよ。きっとそれは悲しむべきことではないはずです」 

793: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:35:56.41 ID:LMzppfs/0
古泉「むしろ僕は今のあなたの精神状態のほうが不安です」 

キョン「ん? なにがだ」 

古泉「……まさかとは思いますが、あなた、子どもの頃に田舎で過ごしたという夏休みの思い出の中の少女と再会できたという奇跡的な体験に感動して、気もそぞろになっていませんか?」 

キョン「……すまん、今お前に指摘されてようやく思い出した」 

キョン「そうか、あのマユシィが……、椎名まゆりなんだったな……」 

古泉「あなたにとってもβ世界線へ移動せねばならない強い動機づけができたようですね」 

キョン「なんだろうなこの……、おさまりどころの無い感じは」 

古泉「世界線とは斯くも没義道であるものでしょうか」 

794: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:37:19.95 ID:LMzppfs/0
キョン「明日の19時半過ぎになればマユシィは死ぬ……。その時、俺たちはどうすればいい」 

古泉「そんなことは起こりませんよ。おそらく」 

キョン「だが、この世界線の未来として確定してるんだ。朝比奈さん(大)だってα世界線の住人だ」 

キョン「ハルヒは、この世界線の未来のハルヒは、マユシィの死を受け入れられるのか……」 

古泉「……潮時ですかね、これ以上隠すのはあまり意味が無さそうです。ひとくさりネタばらしをしましょう」 

キョン「……なんの話だ?」 

古泉「この世界線の椎名さんが必ず救われる理由について」 

古泉「結論から言います。これは涼宮さんの願望実現能力です。それも2010年8月現在のものではなく、2009年7月の、能力全盛期と言っても過言ではない時代の」 

キョン「2009年7月……? またあの短冊の話か?」 

古泉「鋭いですね。そうです、2025年に実現される、『地球の自転を反対にしてほしい』という願望」 

795: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:52:33.86 ID:LMzppfs/0
キョン「話が全く見えん。何をどう間違ったら地球の自転とマユシィの運命に因果関係が結ばれるんだ。デウス・エクス・マキナか?」 

古泉「スーパーマン、というキャラクターをご存知ですか」 

キョン「……またぞろ斜め上な話を振りやがって」 

古泉「失礼、あなたは知っているはずでしたね。この間僕とキャッチボールをした時にあなたの口から出た例え話でした」 

古泉「あなたはスーパーマンの能力があったらダークヒーローに身を落とすと言った」 

キョン(かつて俺は実にらしくない夢想に浸ったことがあった。SOS団以外のすべてのよくわからんやつらを俺のヒーローパワーで可視範囲内から追い出してやろうと思って、思い直した) 

キョン(俺でなくても超絶ヒーローの役割を果たせるやつがいるんじゃないかと。他でもない、ただ一人、あいつが。いや、あいつこそが、と) 

キョン「口に出して説明するのも内心忸怩たる思いがあるが、敢えて言ってやろう。スーパーマンってのは、アメコミヒーローの風雲児だ。鳥だ、飛行機だ、いやスーパーマンだ、とかいう」 

古泉「そうです。原作は1938年から始まるアメリカン・コミックス初のスーパーヒーローです。主人公は元々異星人でしたが、地球人夫妻に育てられ、仕事とスーパーマンを両立する生活をはじめます」 

キョン「この話、まともに取り合ったほうがいいのか?」 

古泉「あなたは、スーパーマンの呪い、というものをご存じですか?」 

キョン「知らん」 

古泉「テレビドラマシリーズや映画において、スーパーマン役を演じた俳優に降りかかった災厄のジンクスのことです。ジョージ・リーヴスは結婚を目前にして射殺、クリウトファー・リーヴは落馬して首を骨折、半身不随となり、後に心臓発作で亡くなる」 

古泉「世界をその超人的パワーで救っていくスーパーヒーローが、呪いのように殺されていくのです。まるでなにかに似ていませんか?」 

キョン「…………」 

796: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:56:13.26 ID:LMzppfs/0
古泉「さて、朝比奈さん(大)から頂いたヒントでもありますが、1978年公開の映画『スーパーマン』は映画史にその名を残すほどの映画作品として誕生しました。それは基本的には称賛を浴びるものでした。ラストシーンを除いては」 

キョン「ラストシーン?」 

古泉「亡くなったヒロインを救うために地球の自転を逆回転させ過去へ行き、そしてヒロインを生還させるのです。ちなみにこれ、公式設定ですよ」 

キョン「そりゃ、また、とんでもないな。物理法則も因果関係もあったもんじゃねぇ」 

キョン「……一応、話はハドロンレベルでつながったな。つまり、ハルヒの『地球の自転云々』の願いが、ヒロイン生還に繋がるってことか。そりゃ、あれだ。織姫様、どんだけアメコミギークなんだよって話だ」 

古泉「もちろん涼宮さんはこの映画を去年の七夕以前に見ています。そしておそらく今日、2010年8月16日、その願いの具体的な内容が決定したのです。救うべきヒロインは椎名まゆりであり、スーパーヒーローは岡部倫太郎であると」 

古泉「涼宮さんは無意識のうちに椎名さんの運命を感じ取ったのでしょう。そしてそれを救える人物の心当たりについても」 

キョン「お前も焼きが回ったみたいだな。さすかに妄想の域を出ない話だ」 

古泉「その結果、2025年から椎名さんを救うためのメッセージが送られてきたのです。覚えてませんか?」 

キョン「そんなのあったか……?」 

古泉「長門さんが岡部さんのケータイから見つけた、あの文字化けメールですよ」 

797: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 22:59:18.30 ID:LMzppfs/0
古泉「あのメールには無意識野に刻まれる指令コードが添付されていました。それは見る者に自然と行動を促すものです。2010年7月28日から2025年に至るまで、岡部さんが意識的に選択した行動が最終的に椎名さんを救う結果となるよう、ある種宿命的な力が働いていたのです」 

キョン「ちょ、ちょっと待て。あれは33、4歳の岡部さんが送ったものなんだろ?」 

古泉「2025年に岡部さんが文字化けDメールを送るよう導いたのも織姫様の力。そしてそのメールに実質的な効力を仕込んだのも織姫様の力です」 

キョン「わかった、わかった。とりあえずハルヒの力だってのはいいが、だがウルトラCでは世界線変更などできないと言ったのはお前じゃないか」 

古泉「さっきも言いましたが、この願いは涼宮さん全盛期の能力です。感情的なものほど、その力は強くなる時代の」 

古泉「それにこの願いは世界線の変更、世界改変がメインの目的ではありません。椎名さんが運命から救出されるよう岡部さんを導くだけ、です。それ以上でも以下でもありません」 

古泉「世界改変それ自体はIBN5100によるクラッキングによって発動するのです。ここには涼宮さんの能力は一切かかわっていません」 

キョン「……長門が、岡部さんの意識を変容させる、っつってたのは、そういうことか」 

古泉「ここにきて100%椎名さんが運命から解放されることが確定しました。よかったですね」 

キョン「意地の悪い野郎だ。俺にわざわざ心配させた上で、この話をしてくるかよ……」 

古泉「上げて落とすよりは良心的かと思いますが」ンフ 

798: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 23:08:57.47 ID:LMzppfs/0
キョン「このことは岡部さんには」 

古泉「言っても言わなくても変わらないと思いますよ。僕たちの口から涼宮さんにそういう力があると言っても信じてもらえませんでしょうし、仮に信じたとしても、椎名さんが運命を脱したという事実をその目で確かめるまで安心できないでしょう」 

キョン「そっか、そうだよな……」 

古泉「あなたも今日は一日いろいろあってお疲れのはず。明日は情報制御空間での異能バトルが待っていますからね、ゆっくり寝ましょう」 

キョン「はぁ、お前のせいでどっと疲れが出たぜ。安心したら気が抜けちまった」 

キョン「……ちょっとハルヒと話をしてくる」 

古泉「もうお休みになられているかもしれませんが、どうぞいってらっしゃませ」 

799: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 23:10:09.40 ID:LMzppfs/0
2010.08.16 (Mon) 23:27 
湯島某所 女子部屋 


キョン「」コンコン 

キョン(無言で二回ノックしてみる) 

ガチャ 

キョン(しばらくして、どういうわけか扉が開いた) 

ハルヒ「……なによ」 

キョン(寝間着でも着てるかと思ったら短パンにTシャツ姿であった。全く色気に欠ける) 

キョン「あぁ、いや、なに。ちょっと今日のことで話がしたくてな」 

ハルヒ「は、はぁ?……ちょっとみくるちゃんの体調が心配だけど、しっかり寝てるし。別にいいけど」 

キョン「じゃ、決まりだ。ほら、来い」 

800: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 23:12:29.55 ID:LMzppfs/0
2010.08.16 (Mon) 23:34 
湯島某所 談話室 


キョン「俺の昔話を聞いた気分はどうだ」 

ハルヒ「は? なにそれ。別になにも思ってないわよ。ただちょっと思いもつかない人と繋がってたからビックリしちゃっただけ。誰だってそうでしょ。それに、恋人が実は血のつながった妹だったとか、世界一の大怪盗が実は自分の父親だったり、よくある話じゃない。確かに偶然の力には驚かされたわよ、まゆりが、ねぇ。まさかあんたと知り合っていたなんて。でも、こんなのただの偶然よ。ただの偶然に対して宗教的な畏怖を抱くような人間じゃないわ、あたしは。それはただの偶然であって、それ以上でも以下でもないの。スピリチュアルでもオーラでも波長でも守護霊でも共時性でもなんでもないわ! 運命なんてのはね、自分で切り開いていくものなのよ。そうじゃなかったら人間なんのために生まれてきたのかわからないでしょ? それが運命だからって言い訳するのは奴隷根性もいいところだわ! 決定論者も同じよ。今から100年も前にこの宇宙は量子レベルであまねく確率的だってことが指摘されてるんだから。アインシュタインは局所実在論にこだわって変なパラドックスを生み出しちゃったみたいだけど。とにかく、アンタとまゆりが昔知り合いだったってことは確率的には起こって然るべきだし、驚く点なんて無限遠点に至るまでどこにもないの。だいたいあたしが」 

キョン「わ、わかったから、落ち着け。いやなに、俺が話したんだから、ハルヒの昔話も聞きたいと思ってな」 

ハルヒ「あたしの?」 

キョン「お前、佐々木と同じ小学校だったんだろ? その時の話とかないのか?」 

ハルヒ「へ?……そうなの?」 

キョン「……気づいてないのは知っていたが、キッカケを作ってやっても思い出せないか」 

ハルヒ「う、うん……多分、記憶に無いわ。違うクラスだったのかしら?」 

801: ◆/CNkusgt9A 2015/08/17(月) 23:15:10.23 ID:LMzppfs/0
キョン「聞いた話だと、佐々木はお前と同じクラスになりたいと思うほどには慕っていたらしいぞ」 

ハルヒ「あ、あの時のあたしを!?……佐々木さんって、やっぱりちょっと変わってるわね」 

キョン「あー、そう言えば家庭の事情で苗字が変わったとか、長かった髪を切ったとか言ってたな。ちなみにその長かった髪はお前を憧れてのことだそうだ」 

ハルヒ「へ、へぇ……。そ、そうなんだ……」 

キョン(ハルヒの顔はにやけを無理やり我慢した、ぐにゃぐにゃした表情になっていた) 

キョン「ま、そんな感じでだな、知らないところで人間関係というものは様々に交差しているのさ。考えてみればそれは当然のことだ。この世界にはごまんという人間がいて、それぞれがあちらこちらで無数の人間と離合集散してる。そしてその度にドラマが生まれているんだ」 

ハルヒ「まるでブラウン運動<ブラウニアンモーション>。“アインシュタインの奇跡”と呼ばれる1905年に彼が理論レベルで証明したやつね。ついでに原子とか分子とか、それまで概念上の設定でしかなかったものが現実に存在することも証明したんだっけ」 

キョン「へぇ、アインシュタインってのはすごい人だったんだな」 

ハルヒ「やめなさいよ、いい歳して小学5年生みたいな反応」 

キョン「まぁ、ミクロの話をマクロで例えるとだな、俺たちの存在証明に必要なのは、色んな人間と接して、色んな歴史を作っていくってことなのさ」 

キョン(さて、俺的に綺麗にまとめたところでそろそろ寝るとしよう。明日もコミマに筋トレしに行かねばならないからな。決してこれ以上ハルヒと科学的トークをして論破されるのが怖いからではないとだけ付言しておこう) 

806: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 08:58:27.72 ID:6+zjQOQ+0



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◇Chapter.11 牧瀬紅莉栖のリインカーネイション◇ 
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D 0.571046% 
2010.08.17 (Tue) 10:21 
湯島某所 



807: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:01:52.04 ID:6+zjQOQ+0
キョン(蒸し風呂地獄と言っても過言ではないこの大東京の炎天下にあって、2日連続で局所的人口過密地域と化した芋洗い会場に足を運んだ朝比奈さんは今日の朝から本当に体調をくずしてしまった) 

キョン(昨日は突然のスコールめいた豪雨もあった上に、気温は稀覯の35℃超えであった。地球温暖化の影響だろうか、数年後の未来ではゲリラ豪雨や35℃以上をマークする猛暑日が日常的になっているのかもしれないな) 

キョン(そんなわけでコミマ最終日である今日はSOS団のコミマ参戦は取りやめとなった。今はハルヒが女子部屋で朝比奈さんの看病をしていることだろう) 

キョン「しかし、まだなのか岡部さんは……。大丈夫だとわかってはいるが、それでも落ち着かないぜ……」 

古泉「焦る気持ちもわかりますが、こればかりは強要しても仕方のないことです。彼なりに心の整理がつかなければ」 

古泉「それに、本日は椎名さんのデッドライン。20時までには決着をつけていただけるでしょう」 

キョン「……今、ラボの様子はどんなだ」 

古泉「岡部さんが椎名さんと橋田さんをコミマに行かないよう説得し、そして今まで自分が体験してきた世界線漂流のすべて、そしてこれから自分が体験することになるであろうβ世界線について、説明されています」 

キョン「そっか……。β世界線はどんな世界なんだろうな」 

古泉「現状判明していることは、ジョン・タイターが2010年ではなく2000年のアメリカに現れるということ。それはすなわち、ディストピアにならず、阿万音鈴羽さんが2010年に来ないということ」 

キョン「ってことは橋田鈴さんの悲劇はなかったことになるんだよな。IBN5100を入手して2036年に帰ったはずなんだ、あっちのジョン・タイターは」 

キョン「ん?」 

キョン「あれ、ってことはだ。阿万音さんが1975年から地に足を付けて生活しないってことは、物理学教授橋田鈴が誕生しない……?」 

古泉「そうなると相対性理論超越委員会は結成されないか、学生二人で結成されるか、あるいは他の教授が埋め合わせされるか。牧瀬章一も、秋葉幸高も、天王寺裕吾も、今宮綴も、すべてが今まで我々が体験してきた世界線のリーディングシュタイナーを発動させるなら、歴史の修正力のようなものによって未来ガジェット研究所は変わらず例の場所に誕生するのかもしれません。SERNへの直通回路、42型ブラウン管テレビとIBN5100を完備の上で」 

キョン「……まさかとは思うが、αからβへ移動することも宿命論的な因果構造になってるのか?」 

古泉「それはつまり、因果律を成り立たせるための因果、というメタ的視点、あるいは形而上の構造ですね。さぁ、それは僕たちが未来――この場合、世界線的物理的未来ではなく、人間的感覚的時間についての未来ですが――来るべき状況を観測しなければ、なんとも言えないことです」 

808: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:03:52.88 ID:6+zjQOQ+0
キョン「最終的にシュタインズゲート世界線に行くとしても一旦βに寄らなきゃならないってことは、どのみち牧瀬さんは一回死ぬことになるわけだ。今頃どんな気持ちなんだろうな……」 

古泉「どうやら牧瀬さんは現在フェイリスさんと二人でNR秋葉原駅のホームにいらっしゃるようです」 

キョン「……どうしてわかる」ゾクッ 

古泉「いえ、さすがに盗聴器は設置してませんよ。この世界線でも黒木という執事さんが機関に協力してくれることを約束してくださいましてね。電話をお繋ぎしましょう」プルルルル 

キョン「あの新川さんの戦友か」 

黒木『もしもし、古泉さん。その節はお世話になっております』 

古泉「いえ、こちらこそ。それで、牧瀬さんのご様子は」 

黒木『お嬢様のプライベートに関わることですので詳しくは申し上げられませんが、お二人は今大切な思い出を語り合っておられるようでございます』 

キョン「大切な思い出、ねぇ……」 

809: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:04:54.90 ID:6+zjQOQ+0
古泉「ありがとうございました、それでは失礼します。……さて、お二人の大切な思い出とはなんでしょうね」 

キョン「そんなところまで詮索するつもりかお前は」 

古泉「簡単な話ですよ。牧瀬章一氏と秋葉幸高氏は大学時代からの親友です。それもタイムマシン研究という特大の秘密を共有している」 

キョン「そうか、ってことは娘同士顔を合わせることがあってもおかしくない」 

古泉「おそらく、牧瀬紅莉栖さんと秋葉留未穂さんは幼少の頃からの友人なのでしょう」 

キョン「思い出話に花を咲かせてるってわけだ」 

古泉「いいえ、それだけではないはずです。このタイミングで、どうして秋葉留未穂さんが登場するのか」 

キョン「……?」 

古泉「幸高氏は電化製品の収集家と言っていましたね。おそらくオープンリールやカセットテープ、あるいは8mmフィルムなども持っていたことでしょう」 

キョン「……そうか、親父たちの研究時代の生の記録を再生してるのか」 

810: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:07:16.36 ID:6+zjQOQ+0
古泉「勝手ながら牧瀬家について機関のほうで調べさせていただきました。奥様は現在マンハッタンで敏腕弁護士として活動されており、ニューヨーク州ウェストチェスターにて紅莉栖さんと同居中。一方の章一氏は青森の実家に戻っており、つまり夫妻は別居状態です」 

キョン「別居ねぇ。夫婦仲が悪かったのか?」 

古泉「娘さんが誕生するのが1992年7月25日、相対性理論超越委員会によるタイムマシン研究が資金難によりとん挫するのが1994年10月3日です。その後、章一氏は現在に至るまでタイムマシン研究を続けられています」

キョン「さすがにこれは俺でもわかったぞ。つまり、親父は稼ぎのほとんどをマシン研究に費やして、家に金を入れなかったんだな」 

古泉「その結果2003年7月25日、当時東京にあった牧瀬家を一人出ていくこととなります。近所の方がよく覚えていましたよ、大声で怒鳴り散らして居を後にする章一氏の半狂乱な姿を」 

キョン「家族を捨てて研究を取ったのかよ、とんでもねぇマッドサイエンティストだ。どうしてそんなにのめりこんだんだろうな」 

古泉「おそらくこういうことでしょう。彼の生涯を通して大切な人物を、彼は2000年に二人も失っているのです。4月3日に親友の秋葉幸高氏。5月19日に恩師の橋田鈴氏。想像を絶する悲しみが彼を襲ったと同時に一縷の望みに手を伸ばしてしまった。掴まざるを得なかった。それは―――」 

古泉「―――タイムマシンで、二人を生き返らせる」 

キョン「…………」 

キョン(……絶句した。これが、これがタイムマシン研究の本質だってことか。つまりそれは、どうあがいたって希望という名の絶望なんだ……) 

811: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:09:21.73 ID:6+zjQOQ+0
キョン「だが、だが仮にも娘は天才だったわけだ。どうして共同研究をしなかったんだ?」 

古泉「それは正直わかりませんが、例えば紅莉栖さんの天才性はもっと後年から発揮された、あるいはそもそも人間関係がこじれていた」 

古泉「ですが、父親がタイムマシン研究に一心不乱に取り組んでいたという事実は、幼少期の紅莉栖さんにとって重要な意味を持っているのでしょう。知識的な意味でも、感情的な意味でも」 

キョン「その経験が今の未来ガジェット研究所でのマシン開発、そして将来的にSERNでのマシン開発につながるんだな。そうか、やっぱり橋田教授の存在はマシン開発にとって不可欠だったのか」 

古泉「あるいは宿命的であった。あるいは収束であった。あるいは、因果が円環的に閉じていた」 

キョン「……ラーメン屋の厨房の油汚れみたいに頑固な野郎だな、世界線さんとやらは」 

古泉「あんまり悪口を言うとアインシュタインに怒られますよ」 

キョン「ん、どうしてそこでアルベルトさんが出てくるんだ?」 

古泉「そもそも世界線という概念はアインシュタインによって提唱されたものです。ゆえにα世界線とβ世界線のハザマの世界線のことを、アインシュタイン理論の抜け穴、『シュタインズゲート』と呼ぶのですよ。半ば決定論的な世界から脱出する、世界線理論への反逆という意味合いも込められていることでしょう」 

キョン「ちょ、ちょっと待て。あれは岡部さんの妄言だったはずで、意味なんかないんじゃないのか」 

古泉「意味がないことに意味があるのです。それが、シュタインズゲートの選択」ンフ 

キョン「お前の場合、意味深長なことを言っとけばそれっぽいってだけだろうが」 

古泉「岡部さんをリスペクトしただけですよ」 

812: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:12:53.58 ID:6+zjQOQ+0
古泉「これで一つ、牧瀬さんがDメール実験の被験者として自分を選ばなかった理由がわかりましたね」 

キョン「……なんでだ?」 

古泉「収束によってそもそも彼女はDメールを送れなったのです。世界がそれを拒否していた」 

キョン「……あまりにも荒誕な物語だが、納得できる自分が嫌になるぜ」 

古泉「幼少期の彼女にとって両親の別居はトラウマものでしょう。あるいはネグレクトがあったかも知れません。そんな過去はやり直したいと思うものです」 

古泉「しかし、やり直すことはできない。仮に牧瀬家が一家団欒を現在まで続けていれば、それは巡り巡って橋田鈴が1975年にタイムトラベルしてくる未来を打ち消すことになるのでしょう。逆説的にやり直しは不可能と言えます」 

古泉「牧瀬さんにとって幸福な世界へと改変するために過去事象の変更をするとしたら、暗がりで針の穴に糸を通すレベルの精密さが要求されるはずです。それもたった全角18文字で」 

キョン「……運命なんてもんはクソの役にも立たねぇな」 



紅莉栖「そんなの、やってみなくちゃわからないわッ!!」 



813: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:13:28.74 ID:6+zjQOQ+0



紅莉栖「ハァ……ハァ……」 

キョン「ま、牧瀬さん!? ど、どうしてここに……」 




紅莉栖「今すぐタイムリープマシンを貸してッ! 私を、2000年に飛ばしてッ!」 




814: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 09:39:22.42 ID:6+zjQOQ+0

--- 

カチッ ジー…… 

章一『第……えー……第……何回目だったかな。とにかく、「相対性理論……超越委員会」……』 

章一『もう……幸高も橋田教授もいない……』 

章一『2人とも……亡くなってしまった……』 

章一『あの頃の私たちはあんなにも……タイムマシンを作ろうという夢に溢れていたのにな……』 

章一『あの頃に……戻りたいよ……そうしたら今度こそ絶対にタイムマシンを作ってみせる』 

章一『娘に論破されないような……完璧なタイムマシンを……』 

章一『……なあ……幸高……それでな……私は……』 

章一『俺はッ……』 

章一『タイムマシンを使ってやりたいことがあるんだ……』 

章一『今日娘にひどいことを言ってしまった』 

章一『あの瞬間に戻って自分に言ってやるんだ』 

章一『娘を、紅莉栖を……傷付けるな、と……』 

章一『感情に身を任せて、家族の絆を壊すな……と……』 

章一『俺は……あんなことッ……言いたくなかったんだ……ッ!』 

……カチャ 




紅莉栖「……パパ、届いたよ。パパの言えなかった言葉。伝えられなかった気持ちが……」 

紅莉栖「今、私の心に―――――」 




紅莉栖「パパの願い、叶えてあげる」 



--- 

818: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 19:51:16.70 ID:6+zjQOQ+0
長門「リープマシンはここにある」スッ 

キョン「お、おい」 

古泉「ここの場所は黒木さんに聞いたのですね」 

紅莉栖「4月2日、いえ、準備する時間が欲しい……、4月1日なら、エイプリルフールだし、私の挙動に少しおかしいところがあっても……」ブツブツ 


キョン「……長門、ホントにやるのか?」 

長門「この絵を見て」 

キョン「絵……? 長門が描いたのか。なんというか、例の宇宙語みたいな絵だな」 

長門「これであなたの脳内に、牧瀬紅莉栖が仮に2010年7月28日に秋葉原にいなくても未来ガジェット研究所がこの世界線の本来の歴史を歩める保険となるデータが挿入された。あとは航時機で7月28日に戻り、わたしに記憶を見せてくれればいい」 

キョン「だが、その場合岡部さんは牧瀬さんと出会わなくなる。岡部さんがβ世界線に行った後、牧瀬さんを救う動機がなくなる」 

キョン「シュタインズゲートへは、到達できない……」 

長門「それが、牧瀬紅莉栖の選択」 

キョン「…………」 

819: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 19:52:28.42 ID:6+zjQOQ+0
古泉「もう一度言いますが、僕たちが立てた仮説ではあなたが2000年にタイムリープしたところで事象のほとんどは変更できないはずです」 

紅莉栖「それは理論レベルの話。実証するには実験するしかない。私が証明してみせるわ、タイムリープで過去を変えられることを」 

長門「装着して」 

紅莉栖「うん、ありがとう有希」スチャ 


キョン「……ホントにいいんですね」 

紅莉栖「言っとくけど、私は岡部に忘れてもらうためでも、岡部を忘れるためにやるでもない」 

紅莉栖「岡部を、信じるために。岡部に、見つけてもらうために」 

長門「2000年4月1日午前6時丁度へ送る。いい?」 

紅莉栖「……いいわ」 

キョン「……わかりました。長門、頼む」 

長門「わかった」フッ 

紅莉栖「ぐっ……っぁぁぁぁああああああッ!!!!」 

キョン「……ッ!? な、なんでリーディングシュタイナ―――――――――――――― 

820: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 19:53:21.34 ID:6+zjQOQ+0
D 0.592869% 
2010.08.17 (Tue) 10:21 
湯島某所 


――――――――――ッ!!! ど、どうしてリーディングシュタイナーが!?」 

紅莉栖「……来たのね、キョン」 

古泉「なるほど、これが彼のリーディングシュタイナーですか」 

長門「…………」 

キョン「ま、牧瀬さん!? 2000年に飛んだんじゃ……、ってことは、10年を生きて、戻ってきたんですね」 

紅莉栖「そう。そうよ、私は、ようやく戻って来れた。この地平に……」 

紅莉栖「ありがとう、有希。キョン。古泉くん」 

紅莉栖「私は、長い長い旅をしてきた。そこで得たものは本当に素敵で、尊くて、美しい……」 



紅莉栖「残酷な、夢だった……ッ!!」ポロポロ 

キョン「なっ……」 

821: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 19:55:23.24 ID:6+zjQOQ+0
紅莉栖「お願い、有希……グスッ……。私が、私が選択した2000年へのタイムリープの記憶を消して……ヒグッ……。すべて、徹底的に、デジャヴにもならないほどに……」ポロッ 

キョン「牧瀬さん、長門の正体を知って……、そうか、どこかでバレちまったのか。でも、記憶を消して本当にいいんですか」 

紅莉栖「……私は、満足した。そして、間違ってた……。このまま記憶を消してくれれば、きっと私はラボに向かって走り出す……」 

紅莉栖「さぁ早く!!! 私がこの瞬間をどれだけ待ち望んだか……ッ!!! 時間がないのッ!!!!」バンッ! 

キョン「ッ……。なぁ、長門。牧瀬さんの言う通り記憶を世界外記憶領域からも消去することは可能か?」 

長門「可能」 

キョン「……消したように見せかけて、俺に見せてくれないか?」ヒソヒソ 

長門「……世界外記憶領域からコピー&ペーストしたものを情報統合思念体に圧縮して一時保存する。これで牧瀬紅莉栖は永久に記憶を取り出せなくなる」 

キョン「よし……わかった。やってくれ」 

長門「」コクッ 

紅莉栖「ありがとう……。ありがとう、ありがとう……」ウルッ 

822: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 19:57:11.71 ID:6+zjQOQ+0
紅莉栖「――――――あれ……、私、なんでここに……」 

古泉「……ラボに急がなくてはいけないのでは?」 

紅莉栖「そ、そうだった。ラボに行かないと……、岡部に気持ちを伝えないと……ッ!!」ガララッ 


キョン「古泉、お前、既に記憶を引き継いでるのか?」 

古泉「牧瀬さんからリーディングシュタイナーについて長門さんに説明がありましてね。長門さんには僕の記憶をコピペしていただきました」 

キョン「なら話が早い。俺は牧瀬さんの歴史を知りたい」 

古泉「僕は遠慮しておきます。推理だけで十分ですし、β世界線に移動するにあたって不要な行為だ」 

キョン(そういやコイツ、タイムトラベル以外の不思議現象にはむしろ消極的だったな……) 

キョン「……わかった。ここ、閉めるぞ」ピシャ 

古泉「……いってらっしゃませ」 


キョン「それで、この談話室の外を時間凍結できるか?」 

長門「わたしの能力は既に喜緑江美里に制限解除してもらった」 

長門「この談話室内を操作的不干渉相対時間領域に設定する。外での1秒がここでの1日になる」スッ 

キョン「よし。これで時間は稼げた」 

キョン「正直言おう。俺は、牧瀬さんがどんな旅をしてきたのかを知りたい」 

キョン「そこでは何が起こって、何が起こらなかったのか」 

キョン「興味本位じゃないと言えば嘘になる。だが、誰かが観測しておかないといけない気がするんだ」 

キョン「この世界の仕組みを、牧瀬さんの決意を……」 

823: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 19:58:55.91 ID:6+zjQOQ+0
長門「容量が多いので小規模情報制御空間を展開し、重要と思われる断片的データをブロック化、情報移動を最適化するためデフラグメンテーションを行う」 

キョン「つまりどうやって牧瀬さんの記憶を見るんだ?」 

長門「時間の流れを空間的に表現する。詳しくは、行けばわかる」 

キョン「……まぁ、これは俺のわがままだ。お前に任せる」 

長門「こっち」スッ 

キョン(長門の指差す先を見ると、それまでただの壁だったところに謎の通路が出来ていた。床や壁はクリムゾンレッドを基調としているが、随分先が長いらしく奥は真っ暗闇だ) 

キョン「ここに入るのか……」 

長門「わたしも行く」 

824: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:07:30.01 ID:6+zjQOQ+0
2010.08.17 (Tue) XX:XX 
時の回廊 


キョン(中に入ると洋館の廊下のようだった。いつか雪山で遭難した際に侵入してしまった天蓋領域による異空間を思い出す) 

キョン(1分も歩かないうちに突然目の前に扉が現れた。えっと、これはどうみてもエレベーターの扉だ。しかも内側、箱の中から見た側の扉だ。小奇麗である) 

キョン(よく見ると扉の上部の電光掲示板のようなところ、本来なら階数のナンバーが左から昇順で書かれているであろう場所に、“2000年4月2日”と書かれていた) 

キョン「なるほどな、視覚的に時間を表現するってのはこういうことか。俺みたいな三次元を絵に描くのが苦手なやつにはわかりやすくて助かるよ」 

長門「ここは記憶、過去の世界。ゆえにわたしたちの存在はこの場のすべての事物に影響を及ぼさない。例えるなら、ファントム」 

キョン「誰かに話しかけても独り言になるわけだな」 

キョン(このエレベータードアの向こうに行くにはどうすればいいのだろう。どういう訳かコントロールパネルには最上階のボタンしか設置されていなかったので、俺はなんとはなしにそれを押した) 

キョン(チーンなんていう古臭い音はせず、その扉は静かな機械音を上げながら左右に収納されていった) 

825: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:10:55.90 ID:6+zjQOQ+0

--- 
----- 



留未穂「クリスちゃん! 今日は来てくれてありがとうッ!」ダキッ 

紅莉栖「る、留未穂ちゃん、急に、抱き着くの、禁止!」 

留未穂「えぇーいいでしょー! クリスちゃんから来てくれたんだからッ! クリスちゃんだーいすきッ!!」 

紅莉栖「も、もう……。そういうのはあなたのパパにやりなさいよ」 

留未穂「パパは今日も遅いもん。それにいつも約束を破るし……」 

紅莉栖「……お仕事で忙しいから仕方ないのよ」 

留未穂「わかってるよ……。ね、それよりほら、一緒に飾り付け作ろう! こうやってねー、切った折り紙に、ノリをつけて……」 

幸高「ただいま留未穂」ガチャ 

留未穂「!! おかえりなさいパパ! 待ってたよっ」タタタッ 

幸高「ははは。留未穂の言ってたケーキ買えたよ」 

留未穂「ありがとうっ。でも私ッ……。パパが帰ってきてくれたことが一番嬉しいッ……!」ダキッ 

幸高「そう言って貰えてパパも嬉しいよ」 

幸高「それから、紅莉栖ちゃん。留未穂の誕生日会に来てくれてありがとう」 

紅莉栖「いえ、私が来たかっただけですから……」 

幸高「おや、見ないうちに随分大人っぽくなったね」 

留未穂「んんー? クリスちゃん、天邪鬼! ホントは私のこと好きなくせにー」 

紅莉栖「は、はぁ!? 勘違いしないでよね! べ、別にるみほちゃんのことが好きだから……。ううん、るみほちゃんのこと、好きよ」 

留未穂「私もだいすきー!」 

幸高「紅莉栖ちゃんの分のケーキもあるからね。さ、みんなで夕食にしようか」 

826: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:13:16.70 ID:6+zjQOQ+0
キョン(その後は和気藹々とした幸せな食卓が展開された。あれがフェイリスさんのお母さんか、初めて見るな) 

キョン(誰も彼も幸せそうだ) 

幸高「この飾り、全部留未穂が? すごいな……」 

留未穂「うん、紅莉栖ちゃんも、黒木も手伝ってくれたよ!」 

紅莉栖「そうね、楽しかったわね」 

留未穂「……ねぇパパ。明日は2人でどこに行きたい?」 

幸高「留未穂が行きたいところならパパはどこでも嬉しいよ」 

留未穂「私もね、パパと一緒ならどこだって楽しいよ!」 

留未穂「じゃぁね、お城が見たいな! 私がお姫様でパパが王子様で……」 


プルルルルル プルルルル 


紅莉栖「…………」 


キョン(牧瀬さんはこの幸福の応酬に胃潰瘍でも発症しているのかもしれない。ホント神様ってやつは上げて落とす天才だな) 

827: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:14:39.81 ID:6+zjQOQ+0
黒木「はいもしもし。……」 

黒木「……旦那様。会社からお電話です」 

幸高「今日は無理だ。断ってくれ」 

黒木「しかし……」 

電話相手『社長! 例の件で問題が起きました! 今すぐ社長を呼べとお怒りでしてッ……!』 

幸高「……ッ!? 何ッ……」 

電話相手『いらっしゃるのは分かっています、社長!』 

幸高「…………」チラッ 

留未穂「…………」 

キョン(娘の不安そうな顔。なるほどな、こういうことだったのか) 

電話相手『お願いです……!!』 

幸高「くッ……!!」ガバッ 

留未穂(パ……パパ……!?) 

紅莉栖「待ってください幸高さん!!!!」グイッ 

828: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:17:22.91 ID:6+zjQOQ+0
幸高「……ッ! 今君に構っているヒマは……」 

紅莉栖「聞いて!! あなたは後悔することになる!!」 

留未穂「ク、クリスちゃん……」 

紅莉栖「娘の8歳の誕生日の約束を無視して……、留未穂がどんだけ楽しみにしてたか……!!」 

幸高「……仕事なんだ、どうしても責任を取らなければ」 

紅莉栖「仕事とッ! アンタの血が入った実の娘とッ! どっちが大事なのよッ!!!」 

幸高「ッ!!!」 

紅莉栖「アンタ、仮にも社長でしょ! 自分が行かないでなんとかなる方法を考えなさいよ!!」 

紅莉栖「それとも、娘の心に一生物のトラウマを植え付けるつもり!?」 

幸高「……もしもし。私だ。会社へは行けない。以下の部署に連絡してくれ……」 

紅莉栖「まったく、父親ってどうして揃いも揃って……」 

留未穂「ク、クリスちゃん……?」 

紅莉栖「大きな声出してごめんね、るみほちゃん。あなたのパパは、約束を守る世界一素敵なパパだわ」 

留未穂「う、うんッ!!! パパ、大好きッ!!!!」 



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829: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:18:37.48 ID:6+zjQOQ+0


ウィーン 


キョン(突然背後に例の機械的なエレベータードアが出現し、扉が閉まった。気づくと俺と長門はエレベーターの外側、つまり廊下の途中に立っていた。どうなってるんだこれ?) 

長門「この記憶はここまで。次へ」 

キョン「お、おう……」 

キョン(長門に催促されるままに薄暗い廊下を歩き出した。この廊下の光源はいったいどこから来てるんだろうな) 

キョン(途中、絵画が掛けられていた。洋館に良く似合う雰囲気の、それでいて写真のような絵だ) 

キョン(額縁には絵のタイトルの代わりに2000年5月12日と書かれている) 

キョン「ん……これって……」 

キョン(よく見ると絵でも写真ではなく、景色そのものだった。まるで窓だ) 

長門「そこから覗くと改変後の世界を断片的に観察できる」 

キョン(なるほど、さらに限定的な記憶情報ってことか。どれ……) 

830: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:20:38.84 ID:6+zjQOQ+0

--- 

紅莉栖「嘘でしょ……。るみほちゃんのパパの会社が、倒産……!?」 

留未穂「うん……。だからね、これから私たち引っ越さないといけないの……。お金が払えないんだって……」 

紅莉栖「そ、そんな、ダメよ! 2010年までは秋葉原に住んでないと……。待って、もしかして、自己破産したの……?」 

留未穂「じこはさん?」 

黒木「はい、そうなります。私も本日付けで解雇されます」 

紅莉栖「ま、待って待って! 家を手放したってことは、家財は……」 

黒木「旦那様はその一切を手放しました。趣味で集めておられたレトロな電化製品までも」 

紅莉栖「そ、それじゃ、IBN5100は……」 

黒木「それが最も資産価値の高かったものでございました」 

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831: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:22:07.12 ID:6+zjQOQ+0
キョン(……古泉も言ってたじゃねーか。結局、タイムトラベルってのはそういうことなんだって) 

キョン(……くそッ! なんなんだこの無力感は……、ふざけんなよ……) 

長門「これは過去の映像。感情的になる意味はない。次へ」 

キョン「……まだ次があるのか?」 

長門「まだたくさんある」 

キョン(どういうことだ? 今ので世界線は確定したも同然なんじゃないのか) 

キョン(1分ほど歩いたところで俺は驚嘆した。まったく同じ扉が俺たちの前に立ちふさがったのだ……) 

キョン「お、おい長門。これって、さっきのエレベーターじゃ……」 

長門「違う。牧瀬紅莉栖は10年間人生を過ごし、またわたしのタイムリープマシンで過去へ飛んだ。この扉の先に至るまでに計3回」 

キョン「そ、そんな……嘘だろ……。リープのためだけに30年を過ごしたってことか……」 

長門「さぁ、ボタンを」 

キョン「……わかった。見よう。牧瀬さんの執念を」ポチッ 

832: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:23:20.13 ID:6+zjQOQ+0

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幸高「この飾り、全部留未穂が?すごいな……」 

留未穂「うん、クリスちゃんも、黒木も手伝ってくれたよ!」 

紅莉栖「…………」 

留未穂「……ねぇパパ。明日は2人でどこに行きたい?」 

幸高「留未穂が行きたいところならパパはどこでも嬉しいよ」 

留未穂「私もね、パパと一緒ならどこだって楽しいよ!」 

留未穂「じゃぁね、お城が見たいな! 私がお姫様でパパが王子様で……」 

紅莉栖「…………」 

キョン(あ、あれ? 電話が鳴らない?) 

833: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:27:49.50 ID:6+zjQOQ+0
幸高「しかし、まさか章一のやつが私の仕事の問題点を言い当てるとはビックリしたよ。研究しかできない唐変木かと思っていたが、今度飲みにでも連れて行ってやらないとな」 

留未穂「クリスちゃんのパパすごーい!」 

紅莉栖「じゃ、じゃぁ、例の件について、問題は起きてないのね……!」 

幸高「あぁ、そうだよ。これで私も留未穂との時間が約束された」 

紅莉栖「……グスッ……ヒグッ……うぇぇぇぇぇん……うわぁぁぁぁん……」ボロボロ 

留未穂「ど、どうしたのクリスちゃん!? お腹痛いの?」 

幸高「まさか、ケーキに当たって……」 

章一「おい幸高ァッ!! 俺がトイレに行ってる間にうちの娘を泣かせるとは、貴様、覚悟はできているんだろうなァッ!!」 

幸高「お、落ち着け章一! 紅莉栖ちゃん、ホント、どこか痛いところがあるのかい!?」 

紅莉栖「グスッ……フ、フフフ……あは、あはははははッ!!!」 

章一「ど、どうした紅莉栖?」 

紅莉栖「ううん、なんでもないよ、パパ。留未穂と留未穂のパパが、幸せそうでいいなって、そう思っただけ」ニコ 

章一「なんだ人騒がせな娘だな。まったく、誰に似たんだか」 

幸高「人騒がせってところは章一以外の誰でもないと思うけどね」 

章一「なにをーッ!?」 

留未穂「アハハッ! クリスちゃんのパパおかしい!」 



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834: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:29:50.71 ID:6+zjQOQ+0


ウィーン 


キョン「……この記憶があるってことは、つまり牧瀬さんはタイムリープで幸高氏の生存かつIBN5100の存続を達成したってことか」 

キョン「しかし、よく幸高氏の会社の内情まで把握できたな……。もしかしたら古泉あたりからフォローが入ったのかもしれない」 

長門「次へ」 

キョン(長門が俺のことを急かすのは、おそらく俺の精神衛生面を考慮してなんだろう。そうだ、これは客観的叙事であって、世界の法則についての変なリリシズムが介入する余地は無いんだ) 

キョン(またしばらく歩くと例の絵がかけてあった。俺はまじまじとその中身を見つめた) 

キョン(そこには舞浜ランドのシンデレラ城で撮ったであろう幸高氏とフェイリスさんの写真を眺める牧瀬さんの姿があった。ここはこれ以上のぞいても仕方ないな) 

キョン(ちょっと離れたところにもう一枚絵が飾ってあった。そこにはフェイリスさんと一緒になって幸高氏に萌えの素晴らしさ、将来性、経済性などを説得する牧瀬さんが居た。かつてハルヒと交わした物理学講座の時のような論破力にかかれば幸高氏を説得することに成功してしまうんだろう) 

キョン(さて、またしても1分ほど歩いたところで扉に突き当たった。今度は見るからに病室の、スライド式のドアだ) 

キョン(入院患者名が記載されているプレートの上に、2000年5月18日と書いてある。そしてその入院患者は、) 


ガララッ 


835: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:47:22.49 ID:6+zjQOQ+0

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章一「その後、具合はどうですかな教授」 

鈴羽「珍しいこともあるもんだ。君がタイムマシンよりもあたしを気遣ってくれるなんてね」 

章一「いや、それが娘に頼まれましてな。どうしても私の師である教授とタイムマシンについて話がしてみたいのだとか」 

鈴羽「……そうか。君の娘はまだ7歳だろ? もしあたしと渡り合えたら天才じゃないか」 

章一「どうせ病室でヒマをしておられるのでしょう? でしたら、我が娘のために特別講義を開くべきですな。チョプティックによる宇宙検閲官仮説の破れあたりからでしたら導入に丁度いいのでは?」 

鈴羽「どうしてそうなるんだよ……。それで、君が牧瀬紅莉栖か。初めまして、だね」 

紅莉栖「……初めまして、橋田さん」 

章一「どうした紅莉栖、もっと喜びなさい! ここに偉大なる物理学者の師がいらっしゃるのだからな!」 

鈴羽「家にまともに金も入れないくせに、偉大なる物理学者が聞いてあきれるよ」 

章一「ぐぬぅ、その話はなかったことに……」 

836: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:49:25.22 ID:6+zjQOQ+0
紅莉栖「パパ、ごめん。えっと、橋田さんと二人きりでお話ししたいことがあるの」 

章一「二人きり?」 

鈴羽「……?」 

紅莉栖「乙女の秘密! ほら、早く出てって。大好きだから」 

章一「お、おい。押すな! わかった、わかったから。それでは教授、修行の件、よろしくお願いしますぞ」 

鈴羽「授業がどうして修行に変わっちまったんだか。それで、お嬢ちゃん。話したいことってなんだい?」 

紅莉栖「……私は、タイムリープしてきた。あなたに会うために。阿万音鈴羽さん」 

鈴羽「ッ!?!?」 

鈴羽「……ここにきてSERNの手先がやってくるとは。あたしはほっといても死ぬよ。IBN5100の場所も教える気は無い」 

紅莉栖「違うの! 聞いて、鈴羽さん! 岡部は、岡部倫太郎は、IBN5100の受け取りに成功したッ!!」 

鈴羽「……ほ、本当? って、病人を前にして嘘を吐く意味もないか……」 

紅莉栖「正確には、あとはあなたが秋葉幸高さんにIBN5100を柳林神社に奉納するよう指示すること、それから42型ブラウン管を天王寺裕吾に譲るよう伝えること」 

紅莉栖「そうすれば橋田が、えっと、あなたのお父さんがSERNをハッキングして、エシュロンに捕えられたDメールを削除すれば、世界線はβへと移動する。ディストピアを回避できる!」 

鈴羽「は……はは……。やっぱり橋田至があたしの父さんだったんだね。でもどうして、牧瀬紅莉栖が、あの牧瀬紅莉栖がそれをわざわざ言いに来たんだ……」 

紅莉栖「……あなたが、大切なラボメンだからよ。バカ」 


キョン(この時牧瀬さんは7歳、阿万音さんは43歳、その歳の差は36歳にもなるが、しかし同じ時間を共有していたラボの仲間である) 


紅莉栖「あなたは成功した。あなたのおかげで、ディストピアは回避された」 

紅莉栖「あなたの人生に、意味はあったのよ。阿万音鈴羽……」ダキッ 

鈴羽「……うわぁぁぁぁぁぁぁッ……うぐぅ、うわぁぁぁぁ……」ポロポロ 

837: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:51:37.06 ID:6+zjQOQ+0
章一「何事ですか教授! まさか、病状が進行して……、す、すぐにナースコールを!」 

鈴羽「うぅっ……ち、違うんだ、牧瀬章一……。あたしは、ついに……うぅっ……」 

鈴羽「……ユリイカッ!!!」 

章一「!?」 

鈴羽「あたしは、ついに、ついに到達したんだ……」グッ 

章一「な、なににです?」 

鈴羽「この子が、牧瀬紅莉栖がたった今、あたしが人生をかけて解けなかった時空間理論を、解明してくれたのさ……。この子は、本当に天才だ。あぁ、人類の歴史を左右するほどの大天才なんだ……」 

紅莉栖「阿万音さん……」 

章一「な、なんですと!? 紅莉栖、後で私にも教えてくれ! 益々タイムマシン開発の助けに……」 

鈴羽「牧瀬章一ッ!! 前から言ってるけどね、タイムマシン研究なんてきれいさっぱりやめちまえ! 君が家族をないがしろにするようじゃあたしは死んでも死にきれない。お嬢ちゃんを幸せにできないって言うなら、化けて出てきてやるからね!」 

章一「何故ですか教授! それにしても、教授にしては非科学的な意見ですな」 

紅莉栖「……私はパパに研究を続けてほしいよ。貧乏でもいいから、一緒にタイムマシンを作りたい」 

鈴羽「牧瀬紅莉栖……。君は、それでいいのか……」 

章一「ほら教授! 聞きましたかな? やっぱり紅莉栖は私の娘だ! いずれ二人でタイムマシンを完成させ、未来の医療で教授を未知の病魔から救って見せましょう! そしたらあと、50年、いや100年は長生きできるはずだ! ハッハッハ」 

鈴羽「君はあたしをフランケンシュタインにしたいのか?」フッ 

838: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:53:39.81 ID:6+zjQOQ+0
綴「こんにちは~」 

綯「わ~」 

鈴羽「ああ……よく来たね。綯~、元気~?」ナデナデ 

綯「んぅ」 

章一「それでは我々は退散しますかな。ほら、紅莉栖。お別れの挨拶をしなさい」 

紅莉栖「……橋田さん、またね。綯も、またね」 

鈴羽「……またね、牧瀬紅莉栖。10年後に、また」 

綯「だぁ」 

綴「あら、ありがとうお嬢ちゃん」 

紅莉栖「……ごめんね、天王寺さん」タッ 

綴「?」 



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839: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:54:49.12 ID:6+zjQOQ+0
キョン(『せめて幸せな最期を』、か。これでよかったんだろうか) 

キョン「牧瀬さんは天王寺綴さんを救えなかったんだな。その、過去3回のリープの中で」 

長門「彼女および彼女のお腹に宿っていた胎児をSERNによる暗殺から救うことは当時7歳の彼女には不可能だった」 

キョン「……次に行こう。いちいち考えてたらキリがねぇ」 

キョン(またしても絵画がかかっていた。この世界線での未来、だったな。そこには2000年5月19日と書かれていた。翌日か) 

キョン(そこは俺と古泉が以前訪れた御徒町の家だ。だがどことなく厳かな雰囲気、そして仏壇に飾られた数々の花々……) 

840: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:57:36.07 ID:6+zjQOQ+0

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章一「まさか昨日の今日でこんなことになるなんてな……」 

天王寺「ご香典ありがとうございます」 


キョン(天王寺さんに毛が生えてやがる……それもロン毛だ。一体なにがあってあんなハゲ頭に……) 

キョン(この時天王寺さんは22歳だったな。ちょっと想像しにくいが、あのオッサンの青年時代ということになる) 


章一「あんたは、教授の親族か?」 

天王寺「いえ、ただの居候です。ここで一緒に暮らしていたので……」 

章一「そうか。教授の家族についてはついぞ話を聞かなかったな……」 


留未穂「なえちゃんかわいいな~♪」 

綯「んぁぅ」 

紅莉栖「あんまりいじったらダメよ、ちゃんとあやすようにしないと……」 

綴「よかったね綯、おともだちができて」ウフフ 


幸高「あれ、ひょっとしてあんた、天王寺さんかい?」 

天王寺「はい、そうですが、それがなにか」 

幸高「いやね、私が秋葉、秋葉幸高だ。42型ブラウン管を教授に頼まれて君に譲ることになっていてね。今度送るよ」 

天王寺「な、なんですって!? 42型を……ゴクリ。42型は、イイ……実に素晴らしいですよ、最高傑作だ」 

幸高「なるほど、教授も適材適所を考えたわけだ。今廃品回収業をやってるんだったかな」 

天王寺「はいッ! もしかして秋葉さんもソッチの人間で?」 

幸高「君とは話が合いそうだね。ここで会ったのも何かの縁だ。おい、章一! 俺のおごりで飲まないか。弔問客も少ないようだし、3人で橋田教授の思い出でも語り合おうじゃないか」 

章一「幸高にしては冴えた提案だな。よかろう、手向けの香華代わりだ。あの人も賑やかなのが好きだったしな。天王寺君、酒を用意したまえ!」 

天王寺「お、おう!」 

841: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 20:59:44.19 ID:6+zjQOQ+0

・・・・・・ 

紅莉栖「パパ、ママに迎えにくるよう連絡しておいたからね」 

章一「私はパパではない、ドクター中鉢だ……ムニャムニャ」 

天王寺「いやあ、秋葉原に来て本当によかった! あなたみたいな人間がやっぱり居るんですね。今度お宝を見せてもらっても」 

幸高「構わないよ。妻に見せてもガラクタとしてあしらわれるだけだからね。私のコレクションも君みたいな人に見てもらえれば幸せだろう」 

幸高「コレクションと言えば、昨日教授が変なことを言いだしてね。元々教授からIBN5100を譲ってもらった時点で変なんだが、それを柳林神社に奉納しろってのさ。不思議だろ?」 

天王寺「鈴さんは時々不思議なことを言う人だった……。い、今なんて言った、あ、IBN5100、だと……!?」 

幸高「お、さすがにわかるか。コンピュータの技術的画期、市場を震撼させた伝説、あの幻のレトロPCだ。あの時代から比べると随分世界が変わってしまったね」 

天王寺「いや、それは、そうなんだが……それも幸高さんのコレクションに?」 

幸高「昨日の今日だからね、まだ神社へは奉納してないよ。そうだね、君に見てもらってから教授の遺言を実行しようかな」 

天王寺「IBN5100……そんなところに……」 

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842: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:00:56.43 ID:6+zjQOQ+0
キョン(古泉の言ってた天王寺橋田問題は、阿万音さんが上手いことかわすことで成り立ってた、らしい) 

キョン(そして橋田さんの死後、幸高さんが生存している場合、二人は出会ってしまう。自宅をSERNに監視されてる天王寺さんは、これでIBN5100を強奪しなければならなくなった) 

キョン(自分の家族を守るために……) 

長門「牧瀬紅莉栖はまた10年を繰り返した。牧瀬章一および秋葉幸高を通夜へ行かせないよう誘導した」 

キョン「それによってIBN5100が天王寺さんの手に渡ることを回避したのか」 

長門「そう。次へ」 

キョン(それからまた1分ほど歩くと扉が現れた。今度はうってかわってアンティーク調の扉だ。書斎かなにかだろう) 

キョン(扉には『Sep. 25, 2003』とデザイン風にあしらわれた文字が刻み込まれていた。つまり、この先は2003年7月25日だってことだ) 

キョン「親父が家出した日、だったか」 

長門「牧瀬紅莉栖の11歳の誕生日」 

キョン(長門の視線に促されるようにして、俺はそのドアノブをひねった) 

843: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:02:28.40 ID:6+zjQOQ+0

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キョン(ここは牧瀬さんの自室らしい。女の子的雰囲気が無いではないが、まるで図書館の一角のような部屋だった) 


牧瀬母「珍しいわね。スカートなんて」 

牧瀬母「誕生日だからってめかしこんじゃって……」フフッ 

紅莉栖「それだけじゃないわ。パパに見てもらいたいものができたのっ」 

牧瀬母「忙しいんだからあんまり邪魔しちゃダメよ?」 

紅莉栖「うんっ」 


キョン(牧瀬さんが二の句をつごうとした瞬間、場面が変わった。部屋が移動したらしい。どうやら今度は章一氏の書斎だ) 


紅莉栖「パパ?」 

章一「紅莉栖か? おお、お姫様みたいだな。お前の幼い頃を思い出すよ」 


キョン(この時章一氏は36歳か) 


紅莉栖「えへへっ。あのね、聞いてっ」 

章一「なんだ?」 

紅莉栖「この間パパが発表したタイムマシンに関する論文を読んでみたの。すごく面白かったんだけど……」 

紅莉栖「私はね、タイムマシンは絶対に作れると思うの」ハイッ 

章一「…………」ピクッ 

844: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:05:33.13 ID:6+zjQOQ+0
紅莉栖「理由もちゃんとまとめてきたわ! パパの間違いも全部直してきたの。パパの役に立ちたくて!」 

章一「…………」ググッ 

紅莉栖「……パパ?」 

章一「タイムマシンは、可能……か……。論文も、悪くない……」 

紅莉栖「……うん、可能。だって、橋田教授から教えてもらったから」 

章一「そうか……」ボロッ 

紅莉栖「パ、パパ!? 泣いてるの……?」 

章一「……泣いてなどいない。泣いてなど……ッ!!!」 

章一「ママ!! ママすぐに来てくれ!! 今日の夕食は盛大に祝うぞ!! 開発評議会だ!! 同時に誕生日会もやろう!! ほら、プレゼントも用意してあるぞ!! うちの娘は、俺たちの宝物は、ついに、人類の夢、科学の頂点、タイムマシンの開発にこぎつけたのだッ!!!!」 

牧瀬母「私はあなたのママじゃありませんよ。はいはい、いつものやつね」ンフ 



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キョン(古泉よ、これでは橋田鈴さんの存在が消えてしまうのではなかったのか?) 

長門「次へ」 

キョン(さて、次はどんな絵画がぶらさがってるのかねぇ。そこには2003年8月21日と書かれた絵が飾ってあった) 

845: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:07:45.38 ID:6+zjQOQ+0

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章一「あぁ、幸高!! なんという僥倖だ!! そうだ、そうだよ、そのために橋田教授はお前にソレを……柳林神社? いや、それはわからんが、しかしタイムマシンが完成するんだぞ! 1億では足りないが、いずれは神岡鉱山のような廃鉱を買い取って、地下にハドロン衝突型の加速器を作ってだな……」 

章一「……まずは幸高から提供された資金を元手に小規模なタイムトラベル実験を学会のやつらに認めさせる! 俺を馬鹿にしたことを後悔させてやるのだ! そうすれば潤沢な研究資金が流れ込むこと間違いなしだッ!! 幸高、お前はやはり最高の仲間だ! 状況は追って連絡する!」ガチャン 

紅莉栖「パ、パパ? 今幸高さんと……?」 

章一「あぁ! あいつが教授から貰っていたというパソコンを売って私たちの研究資金を用意してくれたんだ! 1億円だぞ!! これだけあれば何度でも実験が可能になるッ!!」 

紅莉栖「そ、それって、もしかして、IBN……」 

章一「ん? あぁ、そんな名前のパソコンだったな。だが今の世の中不思議なものだ、たかだか古いパソコンにそんな大枚をはたく阿呆がいるとは。フランス人の実業家に物好きが居たらしくてな、いやしかし助かった! ハッハッハ!」 

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846: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:08:40.45 ID:6+zjQOQ+0
キョン(そろそろ俺はこの世界の理不尽さに慣れてきてしまったようだ。あぁ、やっぱりそうなったか、というレベルの感傷しか抱けなかった) 

キョン「ってことは、次の扉もアンティーク調の重厚な扉なんだな」 

長門「そう」 

キョン(あの人は……、一体何年の時を過ごしたというんだ……) 




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紅莉栖「パパ?」 

章一「紅莉栖か? おお、お姫様みたいだな。お前の幼い頃を思い出すよ」 

紅莉栖「……あのね、聞いて」 

章一「なんだ?」 

紅莉栖「この間パパが発表したタイムマシンに関する論文を読んでみたの。すごく面白かったんだけど……」 

紅莉栖「私には、全然理解できなかった」 

章一「…………」ピクッ 

847: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:10:44.64 ID:6+zjQOQ+0
紅莉栖「もしかしたら理論物理学の才能は私には無いかも知れない。だからそっちは諦めて今日からは別分野の研究に着手したいの」 

章一「……お前は、天才なのだ」 

紅莉栖「……パパ?」 

章一「橋田教授に認められた、稀代の天才なのだ。時空間理論の、天才なのだ……」ガシッ 

紅莉栖「……あっ、い、痛いよ、パパ」 

章一「簡単に無理だと決めつけるな……そこに可能性があるなら、挑戦するのが科学者だ……」ボロッ 

紅莉栖「で、でも私……」 

章一「お前は実験を何万回試した? お前は研究を何十年続けた? まだやれることがあるはずだ……」 

牧瀬母「あなた。紅莉栖が別の道を歩みたいって言ってるの。どうして認めてあげられないの?」 

章一「それはッ!……どうしても、タイムマシン完成には紅莉栖が、紅莉栖の頭脳が必要だからだッ!」 


キョン(この頃の章一氏は自らの才能に限界を感じていたのだろう。同時に天才的な娘の頭脳に希望を抱いていたはずだ) 

長門「牧瀬章一は経営主体の研究機関職員というより天才型の研究者。若い頃は才能に身を任せて論文を書き上げ、それが評価されることで彼の人格が形成されていた」 

848: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:11:42.50 ID:6+zjQOQ+0
キョン「だが生まれた時代が不幸だったな。なんとか委員会ってのを結成した頃は独善的でよかったんだろうが、それから平成大不況、どこの研究機関もタイムマシン研究なんかに金を出せなくなったんだろう」 

キョン「それに2003年頃ってのはITバブルがはじけた景気後退期だ。この頃の章一氏にとっては、すがれるものは我が娘だけだったのかもしれない」 


牧瀬母「……娘の人生まで研究のための資源だとでも言うの? もういい加減にしてッ!!」 

章一「何も……何も知らんくせに。私がこれまで長い年月と仲間たちの協力の下で……どんな思いを胸に……」

章一「タイムマシンを作ろうとしているのか知りもしないくせにッ!!」 

牧瀬母「知りたくもないわ!! 今日は紅莉栖の誕生日なのよ!? あんたなんか、父親失格よ!! 研究と娘と、どっちが大事なの!?」 

章一「……何が、誕生日だ。タイムマシン研究もできない娘など、生まれてこなければよかったのだ……」 

牧瀬母「!!??」 

紅莉栖「…………」 



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849: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:12:51.50 ID:6+zjQOQ+0
キョン(二度目の部屋を抜けて、俺はこれが牧瀬さんの最後の解なのだと思い込んでいた) 

キョン「嘘だろ……」 

キョン(俺は驚いた。先ほどと全く同じ扉が目の前に立ちはだかっていたからだ) 

キョン「3回目……」 

長門「……ここがこの日における最後の記憶」 

キョン(ってことは、最低でも体感で54年は経過してることになるぞ……精神年齢は72歳以上ってことかよ……) 

850: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:13:40.98 ID:6+zjQOQ+0

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紅莉栖「パパ?」 

章一「紅莉栖か? おお、お姫様みたいだな。お前の幼い頃を思い出すよ」 

紅莉栖「……あのね、聞いて」 

章一「なんだ?」 

紅莉栖「この間パパが発表したタイムマシンに関する論文を読んでみたの。すごく面白かったんだけど……」 

紅莉栖「ここと、ここがわからなかったの。だから、ちょっと教えてほしいな」ニコッ 

章一「あぁ、我が愛しの娘よ! その歳でカー・ニューマン・ブラックホール解に興味を持つとは! よし、この天才物理学者ドクター中鉢が特別に教鞭を取ってやろう! 感謝するのだ、ハッハッハ」 

紅莉栖「うんっ! ありがと、パパ! 大好き!」ダキッ 



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851: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:15:42.14 ID:6+zjQOQ+0
キョン(……まぁ、無難な結論ではあるのか。要は本当の自分を殺して道化を演じることに徹したわけだ) 

キョン(あの人はたぶん、人の手を借りることが苦手、というか不要だったんだろう。そんな性格まで矯正したってことか) 

キョン「それで、今度の絵には何が映ってるんだろうな」 

長門「……牧瀬紅莉栖が望んだ、幸せな世界」 

キョン(絵画をのぞくと、そこには章一氏に肩車される牧瀬さんが居た。その横では母親が微笑んでいる。なんとも仲睦まじい家族ではないか) 

キョン「これが、牧瀬さんが人生を賭けて得たかったもの、なんだよな」 

長門「これ以降牧瀬紅莉栖は未来ガジェット研究所のラボメンとなることはなかった。電話レンジおよびタイムリープマシンの開発に携わったのはわたし」 

キョン(まぁ、脳科学者にはなれなかったんだろう。親父との関係で。たしか牧瀬さんが秋葉原に来たのはアキハバラ・テクノフォーラムで講演をやって、そこで岡部さんと出会ったのだと聞いている) 

キョン「だが、それだと橋田鈴が誕生する因果がおかしなことにならないか? SERNはどうやって牧瀬さんを拉致したんだ?」 

長門「たとえ牧瀬紅莉栖がタイムリープマシンを完成させなくとも、家族の支えを得た牧瀬章一は2010年にタイムトラベル理論を完成させる。そこへラウンダーが襲撃し、牧瀬章一は娘を守ろうとして殺害される。そして牧瀬紅莉栖が拉致され、タイムマシンの母となる」 

キョン(……ダメだ、いちいち感傷に浸る意味なんて無いんだって、俺) 

長門「次へ」 

キョン「まだ次があるのか。そろそろ終わりだと思っていたんだが……」 

キョン(そこには小さな自動ドア、というかこれはバスの降車口か? だがそのドアの窓には駅のホームのようなものが映っている。あれか、これは路面電車の内側か) 

キョン(ホームの柱の、普通は駅名がひらがな表記されているだろうところに、2005年6月30日と縦書きで書いてあった) 

キョン(鳥の鳴き声のような電子音がピピピと鳴り、ウィーンと扉が開く。これはどうもチンチンと音が鳴る前に降りたほうがいいらしい) 

852: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:16:35.72 ID:6+zjQOQ+0

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岡部「……迷子ですか」 

紅莉栖「…………」 

岡部「……僕も、小さい頃から知ってる女の子が、ずっとふさぎ込んでて、なんて言ってあげたらいいかわからなくて、自分には、何もできないのかなって」 

紅莉栖「……『鳳凰院凶真』。知ってる?」 

岡部「......ほうおういん?」 

紅莉栖「科学者なの。でも、ただの科学者じゃなく、マッドサイエンティスト。それも飛び切りの」 

紅莉栖「彼の言動は滅茶苦茶で、みんなからはいつも馬鹿にされてた」 

紅莉栖「誰も彼が言うことも、その研究も、彼が発見したものも、信じなかった」 

紅莉栖「でもね、彼が見つけたものは、誰の目にも見えないものだったの。彼だけに見えるもの」 

紅莉栖「彼はそれは、人を苦しめ、傷つけ、時に世界を壊してしまうものだと気付いたの」 

紅莉栖「だから、一生懸命みんなを守ろうとして、なんとか世界を救おうと戦い続けた」 

紅莉栖「でも、そのことを知る人は誰もいないの」 

紅莉栖「彼はずっと、マッドサイエンティストのまま。ずっとみんなに馬鹿にされ続けたまま」 

岡部「……悲しい、話ですね」 

紅莉栖「そう? 私は素敵な話だと思う」スッ 

岡部「……!」チュ 

紅莉栖「……ほら、行きなさい。あんたを待ってる人がきっといるから」 

岡部「…………」ダッ 



岡部「まゆりッ!!」ダキッ 

まゆり「……オカリン」 

岡部「連れてなんていかせない……。まゆりは俺の人質だッ! 人体実験の、生贄なんだ……ッ!」 


紅莉栖「…………」 



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853: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:18:51.52 ID:6+zjQOQ+0


チンチン プシュー ツギハーオオツカエキマエー 


キョン(どこかおかしい、と感じた。だってそうじゃないか。仮にこの記憶が生じる世界線じゃなくても、岡部さんは“鳳凰院”を名乗るんだ) 

キョン(この記憶は、どこかがおかしい) 

長門「今回の情報セグメントが最終。この後、牧瀬紅莉栖は2010年まで戻り、そこから再度7年間タイムリープし、リープ開始以前の通りに歴史を再現した」 

キョン「……牧瀬家の家庭問題を再現したってわけか。でも、幸高氏は生存できたんだな」 

長門「IBN5100を確保したまま秋葉幸高氏生存を達成したことによりわずかに世界線が移動した」 

キョン(牧瀬さんはそれでも友人の父親を死から救うことに成功していたのか。凄いな……) 

キョン「よくわかった。ありがとうな長門、俺のわがままにつきあってくれて」 

長門「いい」 

キョン(無心に廊下を歩いていた俺たちだが、気付けばそこはいつもの談話室に戻っていた。壁を見やっても変な通路は跡形も無かった) 

長門「操作的不干渉相対時間領域を解除、通常の時間流へと状態を回復する」 



??「久しぶり、キョンくん」 



854: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:20:49.05 ID:6+zjQOQ+0
キョン(その声に寒気がした) 

キョン(俺の真後ろから聞こえた声は、凛とした自信に満ち、そこはかとない明るさを持っていた) 

朝倉「大丈夫、今はあなたを獲物だなんて思ってもいないことになってるわ。わたしも色々あったのよ……喜緑さんと一緒に暮らしたりして、色々……」 

キョン(含みのある言い方は身の毛がよだつのでやめていただきたい色んな意味で) 

??「お久しぶりです。キョンさん」 

キョン(そのたおやかな微笑はかつて生徒会長の横に立っていた頃と寸分たがわない。さすが現状維持派だ。そういやこの人とはD世界線で一度会ってたな) 

喜緑「わたしにできることは多くありませんが、インターフェイスが逸脱行為をしようとするのを止める権限くらいはあります」 

キョン(それはつまり、朝倉が凶行に及んだ場合止めてやるよ、と言っているのだろう。緊張感MAXのセーフティネットだ) 

朝倉「長門さん、臨時要請を出してくれてありがとう。頼まれたからには全力で頑張るわ。空間の情報制御はわたしの得意だからね」ウフ 

長門「ありがとう」 

朝倉「……あの長門さんが、わたしに『ありがとう』ねぇ。なんというか、感慨深いわ。わかる? 喜緑さん。自律進化の可能性がどこにあるのかを」 

喜緑「あなたをカナダから帰国させることはわたしが許しません」 

キョン(宇宙人は3人集まると井戸端会議を始めるという法則でもあるんだろうか。特に喜緑さんと朝倉の視殺戦は見ているだけで恐怖心が湧き上がるのでご遠慮願いたい) 

長門「そろそろ時間。岡部倫太郎が作戦実行の詠唱モードに入った」 

朝倉「詠唱? 普通の人間が情報操作なんてできるわけないじゃない」 

長門「彼は詠唱によって脳内物質の分泌量を調整している」 

朝倉「あー、自分に酔ってるってことね」 

855: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:25:04.55 ID:6+zjQOQ+0
長門「それでは手筈通りに。作戦の開始と同時に操作的不干渉相対時間領域を再度展開する」 

キョン「まさに世界線が改変されるその何兆分の一秒の時間を相当に引き延ばすってことか」 

長門「そう」 

朝倉「長門さんに頼まれたからには完璧にこなすわ。じゃ、キョンくん。頑張ってね♪」 

キョン「語尾に八分音符をつけられても皮肉にしか思えん」 

朝倉「もう。相変わらず失礼しちゃうわ」 

キョン(しかし、これからホントに異能バトルが始まるというのか? 展開が唐突すぎてついていけないが、諦めるしかないか……) 

喜緑「……世界外記憶領域における情報制御の展開まで、さん」 

朝倉「にー♪」 

長門「いち」 



―――――――――――――----------‐‐‐‐‐‐‐・・・・ 



856: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:31:23.71 ID:6+zjQOQ+0
そこは、白の空間だった。 

床はある。だがあとは無限の白が広がっていた。あれだ、マトリックスで見たことあるぞこの景色。 

気温は外の世界とあんまり変わっていないようだが、かと言って汗が垂れるほど蒸し暑くはない。そもそもどうしてそんなものを感じることができるんだろうね。 

これが世界外記憶領域ってやつなんだろう。俺は直感的に、走馬灯とか三途の川とかっつー臨死体験はここの景色のことなんじゃないかと思った。 

古泉「そうと決まったわけではありませんが、非常に興味をそそられる仮説ですね」 

キョン「うわ、急に現れやがって。お前が最初の登場か」 

キョン(どういうわけかこいつは北高の制服を着ていた。さわやかスマイルに似合う夏服だ) 

キョン(と、今気づいたらいつの間にか俺も制服姿になっていた。どういうことだ?) 

古泉「きっと僕たちの服装で最も印象深いものが制服だった、ということなのでしょう。ここは記憶の世界ですからね」 

古泉「じきに皆さん揃われると思いますよ。やはりこの空間では僕の超能力が使えるようです」 

古泉「以前4月の事件の時に僕は夢が叶うラストチャンスと言いましたが、まさかアンコールが待っていようとは」シュ ボゥ 

キョン(古泉の右手に浮かんだ火球を無視してふと背後を振り返ってみると、そこには立方体に区切られた空間が浮かんでいた) 

キョン(どういうわけかその中身を見たいと思うだけでルーペのように景色が拡大された) 

古泉「まるでアリス症候群ですね」 

キョン「……もしかして、俺の脳内モノローグはすべて外に漏れているのか?」 

古泉「そのようです」ンフ 

857: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:46:11.11 ID:6+zjQOQ+0
キョン(ともかく、あの立方体がメイドイン朝倉の情報制御空間とやらなんだろう。内側の情報制御空間内に二人の牧瀬さんが見える) 

古泉「おそらく、片方が人間の牧瀬さんで、もう片方がAIの牧瀬さんでしょう。人間のほうは間違いなくα世界線、つまり僕たちがさっきまで接触していたほうの自我だと思いますが、AIのほうはαとβ、果たしてどちらなのでしょうね。もしかしたら両方が合体したものかもしれない」 

キョン(なんとなく俺は、写し鏡となった二人が何を話しているか気になった。途端、二人の声が俺の耳に届いた)



紅莉栖(AI)「解釈なしには、すべては成り立たない。逆に言えば、解釈することそのものが世界を認識する手段―――観測のための必須要件ということ。解釈の出来ない者は、観測者たり得ない。……ただ、騙されるだけで目を開くことも出来ずに終わる」 

紅莉栖「あら、そういうことなら私は観測者の資格ありということかしら?」 



キョン(騙されている可能性、か。俺は大丈夫だよな、長門?) 

キョン(まぁ、俺もかつて似たようなことを考えたことがある。基本的に俺が知覚できないものは物語にならないって事だ) 

キョン(例えば岡部さんがどんな世界線漂流をしてきたのか、長門が朝比奈さんとタイムトラベルをしてどんな体験をしたのか。その辺は観測しようがない) 

キョン(観測しようはないが、一方で俺の身の回りにいろいろと不思議なことが起きるのは俺が存在するからだ。なんか哲学的だな) 

キョン(まぁ、仮に俺が死ぬ、なんていうとんでもハップンなことが発生したら、代わりに古泉あたりがストーリーテラーに名乗りをあげるんじゃないか) 

キョン(これをメタ発言と捉えるかどうかだって、それは観測者次第で歪みを見せるってもんさ) 

858: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:47:16.29 ID:6+zjQOQ+0
紅莉栖(AI)「あなたは知る必要がある、シュタインズ・ゲートのことを」 

紅莉栖「シュタインズ・ゲート?」 



キョン(少しくその様子を眺めていると、マユシィが牧瀬さんに説教したり、βの阿万音さんがアドバイスをしたり、フェイリスさんがニャンニャン言ったり、そして―――) 

キョン(スクリーン上に岡部さんが現れた) 

古泉「その風貌からして30代半ば、と言ったところでしょうか」 

キョン「ん? 待てよ、たとえβ世界線と連結しているとしても、2010年8月17日より未来の情報があるわけがない。ここは記憶の世界、ありとあらゆる情報が過去の世界なんじゃなかったのか」 

古泉「話は簡単です。岡部さんはあの歳になって過去方向へ物理的タイムトラベルをした、ということでしょう。仮にそれが7000万年前の地球であってもいいんです。過去でさえあればこの空間に誕生することは理論上可能なのですから」 

キョン「タイムマシンってのは時間の概念そのものを根底から覆すアイテムなんだな」 

古泉「今更な気もしますが、その通りかと」 

859: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:49:09.17 ID:6+zjQOQ+0
みくる「ひゃぁっ!……ここどこですかぁ、なにがどうなってるんですかぁ」 

キョン(そこに愛くるしい我らがマスコット朝比奈みくるさんが現れた。一か月ぶりに見る制服姿だ、これがこの人にとっての基底状態なのだろう) 

キョン「朝比奈さん、お疲れ様です。ええっとここは、去年のカマドウマ空間みたいなところです」 

みくる「え、えぇぇぇっ!? またあれと闘うんですかぁ……。わかりました、あたし、がんばりますっ!」 

キョン(いったい何が彼女をやる気にさせたのだろうか) 

長門「…………」 

キョン(長門は気配もなく物音も立てず、そこにいるのが当然であったかのように存在していた。そして当然夏仕様の制服姿である。メガネは無い) 

キョン「おお、長門も来たか……って、長門は長門であって長門じゃないんだったな」 

長門「大丈夫。あなたの記憶の中のわたしは、最強」 

キョン(あぁ、こいつはやっぱり長門じゃないな。頼もしいことこの上ないけどさ) 

ハルヒ「…………」 

キョン(女の子座りをしながら目を白黒させているのが我らが団長様だ。ローファーに黄色いカチューシャ、そして例にもれず夏用制服姿である。今年から2年生扱いとなったソレだ) 

キョン「ようハルヒ。ここで会うのは久しぶりだな」 

ハルヒ「……夢?」 

キョン「正解だ。これは明晰夢、お前の脳内から発生してる信号で出来上がった電波世界だ。だからお前が望む現象はなんでも発生する」 

古泉「ですからこのように僕は超能力者となってエネルギー球を飛ばすことができます」スッ 

ハルヒ「……じゃぁ、みくるちゃんは、時間操作ができるのね?」 

みくる「へ?……は、はい。あれ、なんでだろう、自由に時間平面を移動できるようになってる……」 

ハルヒ「それで有希は、ディラックの海を利用してエネルギーの発生と消滅を操れる」 

長門「朝飯前」 

ハルヒ「……キョンは、特に無しで」 

キョン「お心遣い痛み入るぜこの野郎」 

860: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:51:11.01 ID:6+zjQOQ+0
キョン(さて、敵さんはまだかね、などと余裕をぶっこいて再度あの立方体のほうを見ると、30代半ばの岡部さんが何やら話していた) 



岡部「お前が観測したデータは、俺が電気信号に変え、ムービーメールの形で岡部倫太郎に送る。そのメールを見た岡部倫太郎の脳には、無意識野に“決して変えられない事象”と、“変えることのできる事象”の見極めが刻まれるだろう」 

紅莉栖「……けれど、あんまり過信しないでよ? 今までにこんなこと、一回もやったことないんだから」 



キョン「なるほど、これが長門の言ってた作戦ってわけだ。だがメールを使って無意識野に行動選択を刻み込むってのは、ハルヒの織姫様への願いを使った現象だったんじゃなかったのか?」 

古泉「その世界線の岡部さんは僕たちからそのことについて説明を受けていたのでしょう」 

キョン「……待て待て。ってことはなにか? 世界線が変わればハルヒの七夕短冊の願いも変わるってことか?」 

古泉「それは当然、そうなるかと。β世界線において、ヒロインを救う願望の対象は椎名さんから牧瀬さんへ。2034年に叶う願いの件についてもポジティブなものに変わっていると思いますよ。例えば、“SOS団に深く関わっている超常現象のみの実体化”など」 

キョン「……βのジョン・タイター、おそらく阿万音さんだが、彼女はSOS団と深く関わると?」 

古泉「αでも未来ガジェット研究所とSOS団は深く関わりましたし、可能性はあるのでは?」 

キョン「それはわかった。だが、あの岡部さんの口ぶりと、2025年メールのことを考えると、仮に必要な情報を見つけたとして、どうやって2025年から無意識野ムービーメールを2010年7月28日に送るってんだ? また岡部さんは15年間以上を生きるのか?」 

古泉「記憶というのは過去を思い出すことです。リーディングシュタイナー保有者にとっては理論的に過去の記憶は常に現在と繋がっている。ゆえに、今回この世界外記憶領域における過去改変が発生することで、2025年の岡部さんも情報を受信できるのです」 

キョン「……ややこしすぎるな。えっと、タイムマシンとリーディングシュタイナーっていうビックリツールがあるせいで時間の進行が二重三重になってるってことだな?」 

古泉「もはや時間という概念が不要なのかもしれませんね」ンフ 

861: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:53:45.58 ID:6+zjQOQ+0
長門「……浸透膜の破壊を確認、これより侵入者の実体化が始まる」 

キョン(とまあ、古泉とのおしゃべりをもてあそんでいたところに黒幕さんとやらが顔を出しなすった) 

ハルヒ「へぇ、この夢って異能バトルものだったのね……。わくわくするじゃない!」 

キョン「さあ、どんな野郎かそのツラ拝ませてもらおうじゃねぇか」 

みくる「キョンくん、こわいですぅ」 

キョン(俺たちの目の前でいかにも悪、と言った感じの黒いもやもやが地面の辺りで渦巻いている) 

キョン(それは次第に人の形を成していき、そして人体に悪影響を及ぼしそうなエアロゾルの中から、ソイツが姿を現した) 

キョン「……お、お前はッ!?」 

古泉「……ッ!!」 

みくる「え、え? な、なにがどうなってるんですかぁ」 

長門「…………」 

ハルヒ「……ナニコレ、どういうこと? 幽体離脱? ドッペルゲンガー?」 




キョン(俺たちの良く見知った顔、いや、誰よりも良く知っている顔) 

キョン(涼宮ハルヒが、そこにいた) 




862: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 21:57:05.81 ID:6+zjQOQ+0
ハルヒ(黒)「…………」 

キョン「おいおい、嘘だろ。お前が黒幕だってことかよ……」 

キョン(どことなく目が虚ろな、去年の夏休み、学校の七不思議の時の昇降口の鏡に映ったアイツに似ている。やっぱり制服姿だ) 

古泉「ちょっとこれは想定外ですね。仮に本物の涼宮さんと同程度の能力を有しているとしたら僕たちも策を練る必要がある」 

ハルヒ「あ、あんたはいったい……」 

ハルヒ(黒)「あたしは、涼宮ハルヒだったもの。一応言っておくけど、キョン。ヤスミちゃんとは関係ないわよ」 

キョン(こいつ読心術の持ち主かよ……。しまった、今俺はサトラレ状態なんだった) 

ハルヒ(黒)「あたしは、あたしが大人になる過程で切り離した自我。ハリネズミだった頃のあたしの残滓」 

キョン(そういやハルヒには渡橋泰水のように新しい自我を作り出す能力があったんだったな。自分の自我を切り離すくらいわけないのか) 

ハルヒ「は、はぁ? まだあたしは大人になんかなってないわよ」 

ハルヒ(黒)「そう思えるのは、このあたしの存在証明になるから、別にいいけど」 

古泉「……つまり、涼宮さんは自分の自我の一部を切除、破棄していた、ということですか。僕たちの記憶が正しければそれはおそらく去年の冬頃でしょう。そして独自の進化を遂げてしまったと」 

キョン(無性生殖ヒトデみたいに言うな) 

863: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 22:07:42.80 ID:6+zjQOQ+0
キョン「それで、お前は何しに来た。どうしてシュタインズ・ゲートへ移動するのを邪魔するんだ」 

ハルヒ(黒)「別に、シュタインズ・ゲートとかはどうでもいい。それはあたしが有希を騙すためのフェイク情報」 

キョン「宇宙人三人娘を騙した、だと?」 

ハルヒ(黒)「情報統合思念体が干渉できる空間に居るあたしが、どうして彼女たちを逆探知できないと思う?」 

古泉「どうやら相当意識的に涼宮さんの力を使えるようですね……。しかも僕たちの記憶が既に筒抜けのようです」 

ハルヒ(黒)「あたしの意志は、そこのあんたの意志でもある」 

ハルヒ「あ、あたし……?」 

ハルヒ(黒)「あんたは心の底から願っている。いつまでもSOS団で楽しく過ごしていたいと」 

ハルヒ「は、恥ずかしいこと言わないでよ……。まぁ、そうだけど」 

キョン「すればいいじゃないか。何が不満なんだ」 

ハルヒ(黒)「あと半年もすればみくるちゃんも、鶴屋さんも居なくなる」 

みくる「ひっ……。ご、ごめんなさい、あたしだけ3年生で……」 

キョン「会いたい時に会えばいい」 

ハルヒ(黒)「来年もSOS団は存続できるのかしらね。そんな不安定な状態で」 

キョン「おいペシミストハルヒ。そんなまどろっこしい話し方をしてたら口内炎になるぞ。お前の目的をスッパリ言ったらどうだ」 

ハルヒ(黒)「簡単な話。いつまでもSOS団で楽しく過ごす方法、それは―――」 

ハルヒ(黒)「命の時間を止めればいい。それは永遠に素敵な思い出になる」 

ハルヒ「何言ってるのよあたし……やめてよ……」 

古泉「……思ったよりヤバい思想の持主みたいですね。この人は今ここで我々全員を殺害するつもりらしいです」 

キョン「時間を止めるってんならできればかつて“一日団員”だった三栖丸嬢改めヘンテコ宇宙人もどきの時空間凍結あたりで手を打ってもらいたいね。だいたいこの記憶の世界で俺たちを殺すなんてことは可能なのか?」 

古泉「今僕らは肉体を持たない自我だけの存在ですからね、それを切断する能力の持ち主であれば、消滅と言っていいほどに切り刻むことは可能でしょう」 

キョン(コイツは一度世界をぶっ壊そうとしたハルヒの進化した存在ってことか。ハルヒの能力が俺たちに刃を向ける日が来るとはね……) 

864: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 22:10:04.24 ID:6+zjQOQ+0
ハルヒ(黒)「フランク・ティプラーって知ってる?」 

キョン「出し抜けに何の話だ」 

古泉「……タイムマシンが発明された場合、特異点が形成されることを証明した人物ですね」 

ハルヒ(黒)「それだけじゃないわ。人間が加速度的にコンピュータの性能をあげていけば、いずれ全宇宙の知的生命体をシミュレーションできるようになる。彼はこのバーチャルリアリティを死者の復活と呼び、その不死性をオメガ点と名付け、それを神であるとした」 

キョン「神を作った人間ってことか。トンデモの傑作だな」 

ハルヒ(黒)「あたしが言いたいのは、人間である以上いずれ死ぬんだから、SOS団でいつまでも永遠に楽しく過ごすためにはどうすればいいかってことよ」 

ハルヒ「…………」 

キョン「おいおい、誰もそこまで極論は言っちゃいねーだろうが」 

古泉「つまり、SOS団が自然崩壊する前に僕らの記憶更新を止めてしまえばいい。過去世界に固定化すれば、それは永遠と同義である」 

ハルヒ(黒)「さっすが古泉くん。それが不死性ということよ」 

キョン「ハルヒの願望実現能力が不死を願うとはな……始皇帝も腰を抜かすだろうよ」 

865: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 22:12:43.61 ID:6+zjQOQ+0
ハルヒ(黒)「それで、辞世の句は読み終わったかしら?」ゴゴゴ…… 

キョン(黒ハルヒが右手を上げると《神人》が3体現れた。現れた、というか、そこに元々居たかのように認識させられている) 

古泉「先手必勝! セカンドレイドッ!!」スッ 

ドォォォォン 

キョン(爆炎が上がる。そしてその中へと球体になった古泉が果敢にも突っ込んだ。《神人》退治は専門家に任せよう) 

ハルヒ(黒)「あんたたち、わかってないようね。あたしが意識的にこの能力を使えるってことに疑問を持たないの?」 

キョン「要はお前はハルヒの能力の進化に必要だったモノなんだろ。蛇が脱皮したり、蛹が蝶になる時に残った余りものだ」 

ハルヒ(黒)「キョンにしては名推理じゃない。古泉くんと一緒に居たおかげかしら」スッ 

ハルヒ(黒)「悪いけど、あんたの記憶、コピーさせてもらったわ。あんただけは事前に手に入れようがなかったからね」 

ハルヒ「なっ……勝手に何してくれてんのよ!」 

ハルヒ(黒)「それじゃ、適当に闘って頂戴」スッ 

キョン(コイツが記憶をハルヒと共有してるってことは、出てくる敵はおのずと限られてくる) 

キョン(ホームランバットを構えた野球チーム、よくわからんがビームやミサイルを放つコンピ研の面々、魔女っ娘コスプレの上に三毛猫を乗せた長門、中河、佐々木、ついでに谷口、そして一番厄介そうな男である生徒会長がなんの脈絡も無く横並び一直線に整列している。なんだここは、涼宮ハルヒ博物館かなにかか?) 

キョン「それで、これはなんの真似だ」 

ハルヒ(黒)「あたしがこいつらを操ってる。ちなみにこれ、有希以外はホンモノだから」 

キョン「……マジ、なのか?」 

キョン(それって、手出しができなくないか……) 

866: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 22:13:49.79 ID:6+zjQOQ+0
ハルヒ「全員ぶっ殺すわよ!!!」 

キョン(敵は本陣にあり!) 

キョン「ま、待て待てハルヒ! お前がここでそういうことを言うとマジでシャレにならんのだって! 第一回北高チキチキ殺戮スプラッター祭が突如として始まってもおかしくない!」 

ハルヒ「だってあいつ、ムカつくじゃない! 偉そうな口聞いて!」 

みくる「お、落ち着いてください涼宮さぁん」 

キョン「取りあえず長門、前衛だけでもなんとかしてくれ」 

長門「既に行動制御しているが、あの涼宮ハルヒの制御力のほうが強い」 

キョン「……これは本格的にヤバいかもしれない」 

ハルヒ(黒)「じゃぁ、まずはあなたを消すわ」シュン 

ハルヒ「えっ……」シュン 

キョン(アイツ、テレポートじみた速度で移動できるのかよ。……あれ、こっちのハルヒはどこへ行った?) 

ハルヒ(黒)「ちっ、逃がしたみたいね。さすがよ、みくるちゃん」 

みくる「はぁ……はぁ……。な、なんなんですかぁ……」 

ハルヒ「あ、あれ? なにが、どうなったの?」 

キョン(そしてこっちはタイムトラベルの応用のテレポーテーションだ。逃げることはできるらしい。しかし、俺たちに勝機はあるのか……) 

867: ◆/CNkusgt9A 2015/08/18(火) 22:24:24.81 ID:6+zjQOQ+0
ハルヒ(黒)「元々あんたたちに勝ち目なんて無いのよ。そろそろ時間、あたしがこの情報制御空間を支配できないとでも思った?」 

キョン(……まさか、現実世界で頑張ってる宇宙人三人娘の力を上回るってのか?) 

ハルヒ(黒)「それじゃ、茶番は終わり。全てをなかったことにしましょう?」 


スゥ----------- 


キョン(黒ハルヒがそう言うと、途端に世界が青みがかり始めた) 

キョン「……ハルヒッ!!! なんとかしてくれッ!!!!」 

ハルヒ「は、はぁ!? あたしに何ができるっていうのよ……」 

ハルヒ(黒)「全てを、綺麗な思い出にするために……」スッ 


ゴゴゴゴゴ…… 


キョン(そこにはまるでブラックホールのような、いや、おそらくマジモンのブラックホールがあった) 

キョン(事象の水平線<イベント・ホライズン>に飛ばされでもしたら……それを超えたとしてもそこは時間と空間の役割が入れ替わって、時間だけが永遠と引き延ばされていて……) 

ハルヒ「あ、だめ、吸い込まれて……」 

キョン(ハルヒの華奢な体が宙に舞う。俺は、無我夢中でその右手を突き出し、ハルヒの手を引っ掴んだ) 

キョン「……俺たちは、まだIBN5100を手に入れていねーだろうがッ!!!! ハル―――――――――― 

870: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/19(水) 02:24:16.68 ID:vLQuPkeAO
乙です。つまりこの物語はオカリンという観測者とキョンという観測者の二人の観測が交わりつつも肝心な部分は決して重なる事の無い物語、という事か。 

ちょっと気になるのはキョン側がオカリン側の手助けを色々出来る反面、オカリン側からキョン側に出来る手助けが少ない点かなぁ…パワーバランス的に仕方ないんだろうけど。

871: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/19(水) 04:29:08.10 ID:Dr0HzSTno
精神年齢は72歳…… 
どの世界線でもこの数字はついて回るのか

872: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 07:52:04.73 ID:tKp692Bs0
>>870 
そろそろシュタゲ側がハルヒ側のピンチを手助けするかも 

>>871 
くっ 

再開します

873: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 07:52:31.47 ID:tKp692Bs0



---------------------------------------------------------- 
◇Chapter.12 涼宮ハルヒのインセプション◇ 
---------------------------------------------------------- 



874: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 07:53:44.04 ID:tKp692Bs0

―――――― 



ハルヒ「はいオッケーッ!」 

キョン(高らかにハルヒは叫んで、メガホンを打ち鳴らした) 

ハルヒ「お疲れさーん! これで全部の撮影は終了よ! みんなよくがんばってくれたわ! 特にあたしは自分を褒めてやりたいわ! うん、あたしスゴイ。GJ!」 

みくる「ふぇぇぇぇぇん」ピィィ 

ハルヒ「みくるちゃん、泣くのはまだ早いわよ。その涙はパルムドールかオスカーを授与されるその日まで取っておくの。みんなで幸せになりましょう!」 

ハルヒ「これで完壁ね。すごいイイ映画が撮れたわ。ハリウッドに持ち込んだら。バイヤーたちが雪崩を打って飛びつくわね! まず腕利きのエージェントと契約しないといけないわ!」 


古泉「やっと終わってくれましたか。しかし終わってみれば一瞬だった気もしますね。楽しい時間は経つのが早いと言いますか、さて、楽しんでいたのは誰なんでしょう」 

キョン「さあね」 

古泉「後のことはあなたにお任せしてもいいですか? 今や僕はクラスの舞台劇のほうで頭がいっぱいなのですよ。映画と違って、そっちではセリフをトチってやり直しというわけにはいきませんからね」 

キョン「やれやれ」 

キョン(俺は足元にビデオカメラを置いて座り込んだ。古泉と長門と朝比奈さんにとっては終わりで合っているだろう。だが、俺にとってはこれは終わりの始まりだ。まだやるべきことは残っている) 

キョン(俺が記録した膨大なデジタルビデオ映像の数々、このジャンクな駄デジタル情報の集積物を何とか“映画”の体裁を取るまでにしなければならないのだ。それが誰の仕事なのか、さすがに言われなくとも解っていた。) 

875: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 07:55:16.27 ID:tKp692Bs0
キョン(正直言って、とうとう最後まで俺にはハルヒが何の映画を撮っているのかピクセル単位で解らなかった。モニタに映っているウェイトレスと死神少女とニヤケ少年の三人は頭がおかしいのか?) 

キョン(当然のことだが、ビジュアルエフェクトをかます時間などどこを探しても余っておらず元々そんな技術もない。このまま無加工無添加の素映像をそのまま垂れ流さざるをえまい) 

ハルヒ「そんな未完成なのを出展するわけにはいかないわ! なんとかしなさいよ!」 

キョン「んなこと言ってもだな、文化祭は明日で、俺はもうイッパイイッパイだ。お前の思いつきストーリーをどうにかこうにか繋がるように編集しただけでもう限界だっての。当分どんな映画も観たくはねえ」 

ハルヒ「徹夜ですれば間に合うんじゃないの? ここに泊まり込んでやればいいじゃない」 

ハルヒ「あたしも手伝うから」 

キョン(結論から言うとハルヒは何の役にも立たなかった。しばらくは俺の背後でうろちょろ口出ししていたが、1時間もしないうちに机に突っ伏し寝息を立て始めやがったんでね) 

キョン(ついでに言うと俺もその後まもなく眠ってしまったようだった。目を開けたら朝になってて顔半分にキーボードの跡がついていたからな) 

キョン(したがって、泊まり込みの意味はなかった。映画は未完成のままである。どうにかこうにか切り貼りして三十分に収めたが、見るも無惨な駄作の出来上がりだ) 

876: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 07:55:51.37 ID:tKp692Bs0



ところで、人が夢を見る仕組みをご存じだろうか。 


睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠とがあって周期的に繰り返され、身体は眠っているが脳は軽く活動しているレム睡眠時に我々は夢を見るわけだ。 



877: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 07:57:09.22 ID:tKp692Bs0
キョン(朝方、先に目覚めたハルヒが俺を起こした) 

ハルヒ「ねえ、どうなった?」 

キョン「……見るか?」 

キョン(ハルヒが俺の肩越しにモニタを覗き込み、俺はしかたなくマウスを動かした) 

ハルヒ「……へえ? つまり、アンタはずっと寝てたのね?」 

キョン(お前だってそうだろ、とは俺は言わなかった) 

ハルヒ「もーっ! 明日は文化祭なのよ! 時間にしてあと24時間! いったいどうするつもりなのよ」 

キョン「時間の許す限りやるしかないだろ」 

ハルヒ「……そうだっ! まだ24時間もあるんだから、もう少し撮影したいシーンを撮っちゃいましょう! キョン、SOS団全員に集合をかけといて!」 

キョン(あいつらだって各々のクラスの出し物の準備で忙しいだろうに。仕方ない、苦しみを共有させてやろう) 

878: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:06:50.53 ID:tKp692Bs0
ハルヒ「はいオッケーッ!」 

キョン(高らかにハルヒは叫んで、メガホンを打ち鳴らした) 

ハルヒ「お疲れさーん! これで全部の撮影は終了よ! みんなよくがんばってくれたわ! 特にあたしは自分を褒めてやりたいわ! うん、あたしスゴイ。GJ!」 

みくる「ふぇぇぇぇぇん」ピィィ 

ハルヒ「みくるちゃん、泣くのはまだ早いわよ。目指すはハリウッド、ブロックバスター! はい、みくるちゃんも!」

みくる「め、めざすはハリウッド、えっと、ロブスター?」 

キョン「やれやれ」 


古泉「今日もお二人は部室でお泊りデートですか」 

キョン(そのニヤケ顔をやめろ。腹立たしい) 

古泉「んっふ。しかし、仲が良いことは望ましいことです。我々としても、僕個人としてもね」 

キョン「そうかい」 

古泉「それでは、僕はこれで」 

キョン「おい古泉。舞台劇のセリフを覚えるくらいなら部室でもできるだろ?」 

古泉「僕がお二人の邪魔をしてもよろしいので?」 

キョン「むしろコンビニに行ってエネルギー補給用の飲食物を買ってきてくれ。どうも俺はすぐ眠っちまうからな」 

古泉「使いパシリですか。まぁ、あなたが良いと言うのであればそれでも構いませんよ」 

ハルヒ「あら、古泉くんが行くことはないわよ。あなたは副団長なのよ? 使いっぱなんてキョンにやらせるべきよ」 

キョン「お前は話を聞いてなかったのか。映像編集をするのは俺だぞ」 

ハルヒ「大丈夫よ、まだ文化祭まで時間があるわ。いい加減早く仕上げちゃいなさいよ」 

キョン「いったいいつになったら文化祭が来てくれるんだろうな」 

879: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:09:27.94 ID:tKp692Bs0
キョン(そんなわけで俺は近くのコンビニまで買い出しに行くこととなった。軽いハイキングである) 

キョン(コンビニまで来たところで、そう言えばうちに親戚からもらった時期外れの250mlジュース缶詰め合わせがあったことを思い出した。残暑見舞いの在庫が余ったとかで回ってきたものだ) 

キョン(俺の寂しいフトコロ事情を考えれば、たとえ時間がかかろうと家まで帰ってチャリンコの籠に荷物を載せこの山道をゆっくり手押しで歩いたほうがいい) 

キョン(古泉には悪いが、ハルヒのなだめ役はお前に任せた。もし余裕があるなら映像編集をしててもいいんだぞ) 


キョン「さて、久しぶりの我が家だな。もう何日学校に泊まったんだろうか。もちろん大した日数は経ってないはずだが、時間を感じる能力が麻痺しちまったんだろう。相対性理論ってのは残酷だな」 

キョン「ただいまーっと……。あれ、鍵が掛かってる? 出掛けてるのか」 

キョン(そう言って俺は自分の鍵で玄関の戸を開ける。そこには、) 

キョン「な、なんだこりゃ……。ほこりまみれじゃないか……」 

キョン(まるで何十年も留守にした空き家のような、到底人間が生活しているとは思えない光景が目の前に広がっていた) 

880: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:11:28.25 ID:tKp692Bs0
キョン「近所のガキのいたずらか? それともこれもハルヒの変態パワーなのか? 嫌がらせにもほどがある」 

キョン(靴下が汚れるのを諦めて取りあえず家の中に入った俺は、一応目下の目的であるところの缶ジュースが入った段ボール箱を探していた。しかし、戸棚を開けた中にキノコが生えているのを発見し、精神的ダメージを受けた俺は捜索を断念した) 

キョン(おかしい。あまりにもおかしい。これは疑問に思うまでも無くなんらかの不思議現象が発生している) 

キョン(取り合えず困った時の長門頼みだ。今頃は自宅マンションでゆっくりしてるのだろうか。俺は自然と自転車にまたがった) 

キョン(が、俺の愛用の自転車がどこもかしこもサビだらけになっていて使い物にならなかった。仕方ない、親からもらった二本の足で歩こう) 


キョン(何度か訪れたことがあり、そして実時間で3年を過ごしたことになっているこの長門のマンションでも不思議現象が起こっていた) 

キョン(入口の自動ドアが開きっぱなしのまま壊れていたのでそのまま入った。管理人のスケベじじいは居た。居るには居たが、なんだかボーッと遠くを見つめていて、俺が目の前を横切ってもなんの反応も示さなかった) 

881: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:12:46.46 ID:tKp692Bs0
キョン(7階の708号室。その部屋の前に長門は居た) 

キョン「よっ。どうした? 部屋に入らないのか?」 

長門「入れない」 

キョン「は?」 

長門「本来ここにはわたしの部屋があるはず。だがこの扉を挟んで空間そのものが存在していない」 

キョン(なんだってそんなことになったんだ。まさかハルヒの役作りの影響か? 悪い宇宙人の魔法使いなんていう三文芝居設定が長門を通常の生活から文字通り追い出したってことか) 

キョン「それじゃ、文化祭準備期間の間、どこで過ごしてたんだ?」 

長門「ここ」 

キョン(ここってのはつまり、玄関前の共用通路のことだろう。よく他の住人の迷惑にならなかったな、じゃなくて) 

キョン「そんなんじゃ体を壊すぞ。せめて部室で寝泊まりしろ、な」 

長門「」コクッ 

キョン(小さく頷いた宇宙人だか魔法使いだかは、手に持った魔法棒を固く握りしめながらその場を去った) 

882: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:14:11.77 ID:tKp692Bs0
キョン(もしかしたら朝比奈さんも同じ状況に陥っているのかも知れないと思った俺はケータイに電話を掛けた) 

みくる『キョンくぅん……おうちが、おうちがありませぇん……ヒグッ……グスッ……』 

キョン(やっぱりか。この分だと古泉の家も地球上から消滅しているかもしれない。今日はSOS団全員で難民キャンプだな) 

キョン「朝比奈さん、とりあえず部室に来てください。そこで寝泊まりしましょう」 

みくる『……えっと、キョンくんと二人きり?』 

キョン(この上なく魅力的な提案だが、それはそれで世界が崩壊してしまう気がしたので俺は小学5年生の妹でもわかるよう丁寧に事情を説明した) 

キョン「さて、俺も部室へ戻るか。長門のマンションから学校に行くとなると、以前ハルヒと二人で朝倉探しのために歩いたあの道だな」 

キョン(あまり歩きなれているとは言えない道を一人進んでいた時、そもそも俺は宿泊用の買い出しに出ていたことを思い出した) 

キョン「えっと、ここからコンビニに行くには、こっちか? あんまりこの辺は詳しくないが、たぶんあってるだろう」 

キョン(そんな感じで路地を曲がったんだが……) 

キョン「……おいおい、一体なにがどうなってるんだ」 

キョン(そこには、ただひたすらに暗黒が広がっていた) 

883: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:22:56.37 ID:tKp692Bs0
キョン「もしかしてこれが長門の言ってた“空間が無い”ってやつか?」 

キョン「空間が無いってことは時間も無いんだろう。迂闊に足を踏み入れることはできないな。かと言って俺以外の誰かが間違って突入でもしたら超次元的大参事だ、取りあえず古泉に連絡して機関に対処させよう」 

キョン(そう思ってケータイを取り出したんだが、画面を見た瞬間違和感があった。何かが足りない) 

キョン「……日付と時刻の表示がなくなってるじゃねえか。どうして今まで気づかなかったんだ」 

キョン(メニューを開き、ツールからカレンダーを探した。しかし、このケータイには、メールの受信履歴にも、着信履歴にも、どこにも日付と時刻が書かれていなかった) 

古泉「ようやくお気づきになられましたか」 

キョン「!? こ、古泉、お前……」 

古泉「僕も今の今まで気づかなかったとは、まんまと嵌められましたよ。おそらく、この世界には時間という概念が無い」 

キョン「……そんなわけあるか。太陽は今まさに沈んでいるだろうが」 

古泉「それは映画のフィルムのように映写されているだけで、この世界の人々の脳内には人類の英知が生み出した時間という概念が無いのですよ。暦や時計といったものが存在していない」 

キョン「そんなんで現代文明が維持できるわけねえだろ」 

古泉「必要がないのでしょう。思い出してみてください、僕たちは一体何日間文化祭準備をやっているのです?」 

884: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:31:04.88 ID:tKp692Bs0
キョン「それは……えっと、昨日は泊まったから最低2日、いや一昨日も泊まったか? あれ……」 

古泉「日付に関することを考えようとするだけでストッパーがかかるようになっている。一体誰がこのような世界を望んだのか」 

古泉「そのヒントはこの漆黒です。なぜここに空間が無いのか。いえ、ここだけではありません。試しにこのお宅にお邪魔してみましょう」 

キョン(そういうと古泉は知らない人の家の敷地にずかずかと侵入した) 

キョン「お、おい。何してるんだお前」 

古泉「やはり……。来てみてください、おもしろいことになっていますよ」 

キョン「何……な、なんだこりゃ……」 

キョン(その誰ともわからん家のブロック塀の内側は漆黒で満たされていた。外の道路から見えない場所は全部真っ黒くろすけだったってわけだ) 

キョン「まるでハリボテだな」 

古泉「これでこの世界の仕組みについてだいたい予想できました」 

古泉「おそらくここはある人物の記憶の世界、夢の世界です。時間が無い世界、そして記憶に無いところはハリボテ状態になっている世界。さて、この永遠に美しい夢を見ている人物とは、一体誰なのでしょうね」 

キョン「またハルヒの夢の中なのか」 

古泉「あの時は、夢だった、ということにしただけで、閉鎖空間もすべて現実のものですけどね」 

キョン「ってことはこの世界は竜宮城へ向かうカメの甲羅の上に存在してるとでも言うのか? 時間を忘れて鯛やヒラメの舞踊りを楽しんでろってわけかよ」 

古泉「案外そうかもしれませんよ。それを確かめるにはその漆黒に身を投げいれればいい」 

キョン「やなこった」 

885: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:34:41.21 ID:tKp692Bs0
古泉「取りあえず、お姫様を起こしにいきましょう。もしかしたら夢の外側にいる人物がヒントを残してくれているかもしれない」 

キョン「俺がさっき会った長門はハルヒの記憶の中の存在だったってことか? いや、そうでなくては俺が困るんだが」 

古泉「電話して聞いてみてはいかがですか?」 

キョン「一応緊急事態だろうからな」ピッ 

プルルルル ピッ 

キョン「長門か? 長門、情報統合思念体はこの世界に存在しているか?」 

長門『していない。わたしは若干の魔法が使えるだけの存在になっている』 

キョン(やっぱり配役効果か) 

キョン「変な質問をするが、長門。お前は、ホンモノの長門なんだよな? ハルヒの記憶の中の存在じゃなくて」 

長門『図書館の貸し出しカード、朝倉涼子の連結解除、メガネがないほうが似合っている、sleeping beauty』 

キョン「オーケー、お前はホンモノの長門だ」 

キョン(俺と長門しか知らない記憶を持ってるってことは、そういうことだろう) 

キョン(ということはおそらく朝比奈さんは未来と連絡ができなくなっているに違いない) 

886: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:41:27.25 ID:tKp692Bs0
キョン「それじゃ、俺たちはこれから部室に向かうよ。何か買ってきてほしいものはあるか」 

ケータイ『…………』 

キョン「ないのか?」 

ケータイ『…………』 

キョン「長門? もしもし?」 

ケータイ『…………』 

キョン「なんだ? ついに電波の概念まで消滅しちまったのか? まぁいいか。それじゃ古泉、こんな薄気味悪いところとっとと離れようぜ……」 

キョン「あれ、古泉? もう先に行ったのか。全く、どこまでも勝手なやつだ」 


ゴゴゴ…… 


キョン(その時、唐突に地響きが聞こえた。それはまるで、俺が2歳の時の唯一記憶であるあの地響きに似ていた) 

キョン「嘘だろ、夢の中でどうして地震が……」 


ゴゴゴゴゴゴゴ…… 


キョン(それはだんだんと俺のほうに近づいてくる。次第に足元も揺れ始めた。窓ガラスはカタカタ鳴り、電線は振り子のようになびいている) 

キョン「ただの地震じゃねえな……何がどうなってやがる……」 

キョン(ヤバい。直感的に生命の危機を感じた俺は、吹きだす汗を拭うのも忘れて全力で学校までの登山道を駆け上がった) 

キョン(とにかくハルヒだ、ハルヒの元へ行けばたいていのことはなんとかなるはずだ) 

887: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:43:16.78 ID:tKp692Bs0
北高 


キョン(校門をくぐると途端に地鳴りは止んだ。ここがいわゆる結界になっているんだろう。見るからに門外の街は微振動している。海側の街の何カ所かでは既に明らかな崩壊が始まっていた) 

キョン(校内は平和そのものだ。みんながみんな明日の文化祭準備に励んでいる。今まさに世界が崩壊しようとしているなどと誰もが思うまい) 

キョン(もしかしてこれはハルヒが夢から目覚めようとしている兆候なんだろうか、などと考えながら俺はハルヒによっていじめ抜かれた部室のドアをやさしく開けた) 

ハルヒ「んぅ……。すぅ……」zzz 

キョン(夢の中で寝るとは器用なやつだ。きっと映画撮影の疲れが出ているんだろう。ナルコレプシーでないことを祈る) 

キョン(古泉も、長門も、朝比奈さんもまだ部室に来ていなかった。もしかしたら早々にこの夢の世界から退場したんだろうか。そうだとしたら一刻も早くサルベージしていただきたい) 

888: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:46:00.28 ID:tKp692Bs0
キョン(それはほどなく発見された。本に挟まれたしおりでもなく、PCに映し出されるメッセージでもなく、いわんや七夕の短冊でもなく、世界の外部から挿入されたと思われる不思議なもの) 

キョン(掃除用具入れを開けたらソレが入っていた。なんでまたこんなところに、と思いながらホコリを払いのけて机の上に置く。俺の家がホコリの名産地となっていたことと比べれば比較的新しく設置されたものだろう) 

キョン(なんだこれ。パンダとクマの中間的生物をあしらったデザインの直径約30cmほどのクッションなのはわかるが、一体これをどうしろと?) 

キョン(もしかして、あれか。未来的青狸の道具にあった、えーっと名前は……“うつつ枕”だっけ。最終的に夢なのか現実なのかわからなくなる、アレだ) 

キョン(これをハルヒのよだれ溜まりに挿入してやればいいってことか) 

キョン「せっかくぐーぐー寝てるんだから、今起きるんじゃないぞ。よっこいしょ」 

ハルヒ「んむぅ……」フカッ 

キョン(しかし、ハルヒの寝顔を見るのは何度目だろうね。SOS団二度目の夏を迎えて愈々蠱惑的になりつつあることについては発言を自粛させていただきたい) 

キョン(あぁ、クラッときた。頑張れ俺の大脳新皮質、めまいが―――――――――――――――― 

889: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 08:51:10.14 ID:tKp692Bs0
――――――――――――ッ!!!!! な、なんだこれ、リーディングシュタイナーが発動した!?」 

ハルヒ「うるさいわね……なによ、もう編集終わったの?」 

キョン「い、いや、でもなんでだ、ここの世界の記憶も持ってるぞ? えっと、うちがホコリまみれで、長門と朝比奈さんの家が無くて、団員が居なくなって……」 

キョン(いやいや、あの長門は俺の記憶の中の長門のはずだ! ということはこのクッションは外の長門が……?) 

キョン(いや、あのブラックホールを通して干渉なんて、宇宙人パワーであれば黒ハルヒが妨害するに決まってる。なら一体誰がブラックホール越しに記憶を転送したってんだ……?) 

ハルヒ「何寝言言ってんの……ムニャムニャ」 

キョン「お、おいハルヒ! 起きろ! 早くこの夢から覚めてくれ!」 

ハルヒ「はぁ? あたし今起きたところなんだけど」 

キョン「そうなんだけど、そうじゃないんだよ!! 早く世界外記憶領域に戻ってハルヒを倒さないと……」 

ハルヒ「あたしを倒すですって? ふーん、下剋上ってわけ。いいわよ、いつでもかかってきなさい!」 

キョン「そうじゃなくてだな!! ああもう、説明役がいないとこんなにも面倒くさいものかよ! 古泉たちはどこへ行っちまったんだ!!」 

ハルヒ「……なにこれ、う~ぱクッションじゃない。どうしてこれが部室に――――――――――――― 

890: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 09:00:50.95 ID:tKp692Bs0
また夜に再開します レスありがとう

893: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:14:21.75 ID:tKp692Bs0
――――――――――――ッ!?!? な、なにこれ!? どうしてあたしたち、去年の文化祭準備なんかやってるの!?」 

キョン「ハルヒにも発動したか……。どうやらお前の夢が反旗を翻して、俺たちを現実に帰さないつもりらしい」 

ハルヒ「はぁ!? あたしの夢のくせに生意気ね、とっとと起きなさいよ、現実のあたし!!」 

キョン(いやしかしこれは、あの黒ハルヒも言ってたが目の前にいるコイツの願望でもあるんだよな……SOS団がいつまでも楽しくっていう、アレだ) 

キョン(思えばかつて文芸部の機関誌にコイツが書いたのは他でもない、SOS団を恒久的に存続させるためになにやら考えてみたという内容のモノだった。まさかそれが読んで字の如くの代物だったとはね) 

ハルヒ「キョン! ちょっとほっぺつねらせなさい!」 

キョン(ということは、だ。コイツの中の二律背反な心理的原因を取り去ってやらないとこの夢からのエスケープは不可能、ということか。いてて、つねるなバカハルヒ!) 

キョン「落ち着け! 今脱出の方法を考えてるんだから」 

キョン(結局それは去年の5月の時のソレと同じだ。コイツが一つ成長しようとしてもがいている証なんだ) 

キョン(どうしてまたこんなにも面倒臭いことになってるかっては、古泉も言ってたが別にハルヒのせいじゃない。ハルヒに変な力を与えた神様とやらが全面的に悪いのであって、ハルヒはただ普通に大人になろうとしているだけなんだ) 

キョン(考えてみればそのヒントはこの夏のさなかにそこら中にあった。あの大学生サークルと出会ったことが契機だったんだろう。もはや俺は長門や古泉、朝比奈さんの助けが不要なまでに十分な判断材料を得ているんだ)

ハルヒ「一体どうしたら目を覚ましてくれるってのよ、あたし……。もう何日もこの夢の世界で過ごしてるわ……」 

キョン(窓を開けてみる。とっぷりと日の暮れた街のそこかしこから轟音が聞こえてくる) 

キョン(多分北高の外側の世界が壊滅しているのだろう。俺が変に冒険しちまったもんだから、もうこの世界は北高だけあればいいとでも考えたらしいな) 

キョン「なぁ、ハルヒ。散歩でもしないか」 

ハルヒ「はぁ? この緊急事態に悠長なこと言ってんじゃないわよ!」 

キョン「どうもこの夢はお前の深層心理が原因らしい。それを探っていこうじゃないか」 

ハルヒ「……夢の中で夢分析をやるってことね。フロイトとユング、どっちにする?」 

キョン「どっちでもいい。お前の解釈次第だ」 

894: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:19:02.75 ID:tKp692Bs0


コツコツ…… コツコツ…… 


キョン(こんな破滅的状況下において俺もハルヒも異常なまでに冷静なのは、やはり似たような経験を過去に共有していたという事実がデカいだろう) 

キョン(それにどうやらハルヒのほうはあの世界外記憶領域での出来事を覚えていないらしい。例の黒ハルヒさんが都合の悪い記憶を抹消したのか、あるいは情報統合思念体にバックアップされていたハルヒの記憶が長門の手によって戻されたか) 

キョン(校内をしばらく歩くととある異変に気付いた。さっきまで看板に釘を打ち付けていたり、椅子と机を運んでいたり、あるいは装飾の手伝いをサボってふざけあっていたり、そんな北高の生徒たちが一斉に消失してしまっていた) 

キョン(この様子じゃ古泉たちも消失してるんだろう。つっても日が昇るころには記憶がいい具合にリセットされて復活するんだろうが) 

キョン(たぶん、今この世界に居るのは俺とハルヒだけだ。こんな状況に慣れてしまっている自分が嫌になる) 

キョン(チャンスは一度きりだが、まあなんとかなるだろ。ハルヒだしな) 

ハルヒ「ねえ、校庭に行きましょ」グイッ 

キョン(そういうとハルヒのやつは俺の腕をひっつかみ、俺のことをチラとも見ずに足早に歩きだした。去年の5月の時は自分からは腕にしがみついてくれなかったわけだが、どういう風の吹き回しかねぇ) 

895: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:20:38.71 ID:tKp692Bs0
校庭 


ゴゴゴゴゴ…… 


ハルヒ「なんだかすごい音がするわね……」ギュッ 

キョン「世界が崩壊してるんだろう。お前が目を覚ます一歩手前ってところか」 

ハルヒ「ねえ……。あんた、あたしの夢の中のキョンなのよね?」 

キョン「ああ、そうだ。お前が夢から覚めた時目の前にいるだろう俺は現実の俺であってこの俺とは別人、どこか似てたとしてもそれは他人の空似だ」 

キョン(工業用空気圧コイル釘打銃でガッチリと釘を刺しておかないとな。向こうでどんな仕打ちが待っているかわかったもんじゃない) 

ハルヒ「じゃあさ、去年の5月、ここであんたがあたしに何をしでかしたかも覚えてるわよね」 

キョン(し、しまった!) 

キョン「……あ、当たり前だ。俺はお前の夢の中の記憶なのだからな」 

ハルヒ「だったら……言わせてもらうけど、あれは中々良いシチュエーションだったわ」 

キョン(やめろ! それ以上口を開くな! 恥ずか死ぬ!!!) 

ハルヒ「今思えばあたしの我がままをいさめてくれて、それで世界の崩壊と同時にキス。完璧よ、もしこれが現実のあんただったら平団員から昇格させてあげたのに」 

キョン(高評価だった! いや、そりゃまあ結局現実に回帰したんだから高評価なんだろうが……) 

ハルヒ「だけど、最後のポニテ萌えってのは余計だったわね。あんなくしびな状況下で俗物超特急なこと言われたら、ミステリアスな気分が冷めちゃうわよ……嬉しかったけど」 

キョン(冷めてもらって良かったよ、そうじゃなかったら今頃ノアの箱舟の中だろうからな) 

896: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:23:16.95 ID:tKp692Bs0
ハルヒ「ねぇ、またキスしない? そしたら今回も目が覚めるかも」 

キョン(あれはまだSOS団を設立したばかりの頃の話だ。ハルヒは言っていた。『あたしだってね、たまーにだけどそんな気分になったりするわよ。そりゃ健康な若い女なんだし、身体を持て余したりもするわ』、と!) 

キョン「それじゃ何も成長してないじゃないか。ムードはどこに行ったんだ」 

ハルヒ「古代人類が開発した超巨人兵器はいないけど、似たような状況じゃない」チラッ 

キョン(頼むからブルーフィルム的雰囲気を醸し出すのをやめてくれ! 挑戦的な目をするな顔が近い!) 

キョン「そんなにキスしたいなら現実世界の俺にしてやってくれ。今年の夏は色々あって、今ならお前でもコロッと落とせるかもしれないぞ」 

ハルヒ「はあ? あたしがどうしてキョンなんかに媚びないといけないのよ」 

キョン(今考えるとD世界線のハルヒは相当に正直者だったんだな……) 

キョン「俺はお前の記憶の中の存在だからな、嘘を吐く意味なんてないぞ。ハルヒが実は脳内ラブコメ星人であることは百も承知だ」 

ハルヒ「…………」 

キョン(黙りこくっちまった。心理カウンセラーっていうのは大変なお仕事なんだな) 

897: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:25:51.36 ID:tKp692Bs0
ハルヒ「……ねぇ、キョン。あんたは、あたしといつまで一緒に居てくれる?」 

キョン(いよいよ話のキモに入ったらしい) 

キョン「逆にお前はどうしたいんだ」 

ハルヒ「質問に質問で返すやつは……って、これはあたしの夢分析だったわね」 

ハルヒ「でも、自問自答しても答えが出ないからあんたに聞いてるのよ」 

キョン「なら聞くが、お前はいつまでもSOS団の仲間と楽しくやっていきたいんだろ?」 

ハルヒ「それはまぁ、できるならそうだけど……」 

キョン(そう、ここなんだ。この話の肝心要は。部員内に高校3年生が居る弱小団体なら、この気持ちをわかってもらえるんじゃなかろうか) 

キョン「ならハルヒ。その小せえ耳の穴かっぽじって最後までよく聞け」 

キョン「お前が何に悩み、立ち止っているか、そしてどうすれば前に進めるのかを教えてやる」 

キョン(若干説教臭くなるが、我らが愛しの団長様のためだ。ひと肌脱いでやろうじゃないか) 

キョン(さて、以下に展開されるは相変わらずの長台詞だ。これが俺のアイデンティティなんでね、ご了承下さい)

898: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:28:10.91 ID:tKp692Bs0

お前は、SOS団が大好きなんだ。 

北高の、文芸部室で、5人が揃った空間が大好きなんだ。そこに鶴屋さんや国木田たちを入れてやってもいい。 

いつものメンバーでそれぞれが取り留めもないことに興じたり、みんなで揃って年中行事を遂行したり、たまには合宿をやったりして、そんな日常がお前は大好きなんだ。 

そこに非日常を求めた昔のお前は居ない。お前は大切な日常を自分の手で勝ち取ったんだ。 

だが、それを宝物というならばそれはナマモノだ。光陰矢のごとく足が早い。 

考えてみれば当たり前の話だ。あと半年もしないうちにSOS団は1人欠ける。 

一応素行が悪かったり出席が足りなかったりすることは無いだろうから、まぁ朝比奈さんはめでたく北高をご卒業になられるわけだ。 

更に1年もすればSOS団は自然崩壊する。現役生じゃないOBがいつまでも文芸部室にたむろできないからな。 

高校を卒業した後、この街に残らないやつがいるかも知れん。 

もちろん、機会さえ設ければ5人集まることはできるだろう。だが、それはお前の中では違うんだろ? 俺もそう思う。 

それはSOS団じゃない気がするんだ。もはやそれは生きた日常じゃなくなってるんだ。 

何より根本的なのは―――― 

899: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:43:20.05 ID:tKp692Bs0

時間経過とともに俺たちが変わりつつあるということだ。個人としても、二者関係としても、集団関係としても。 

長門はなんだか人間味のある面白いやつになりつつある。 

最初俺たちが文芸部室であいつに出会った時とは真逆の属性のはずなんだが、今となっては長門の冗談や心遣いを楽しみにしている俺がいる。 

古泉の野郎は気持ちが悪いほどその冷徹な仮面を剥いじまったらしい。 

近しいかと思えばそれは打算で、どこか距離を置いていたあの頃とは違って、今はなんだがただじゃれてるだけの存在になっちまった。男子高校生としては精神的にも肉体的にも無病息災なんだと思うぜ。ダチってやつさ。 

朝比奈さんに至っては困難に自分から立ち向かうことが多くなった。 

ハルヒに色々強要されることに対して恐怖や服従を示していた時と比べるとなんだか普通の友達レベルに馴染んできたみたいだ。まぁ、もしかしたらMっ気が開花しただけなのかもしれんが……仮にそうだとしたら全責任はお前が取れよ。 

俺だって自分ではよくわからんが、さすがに去年の俺とはどこか変わってると言えるね。人智を超えた現象が起こったっていつまでも受け身でいる俺じゃないんだ。 

そして誰よりハルヒ自身が変わりつつある。だからこそ今こうして悩んでいる。 

ハルヒは、それが怖かったんだろう。SOS団が次第に変わっていくのが。 

長門が軽快にジョークを飛ばし、古泉が無警戒になれなれしくなり、そして一番は、朝比奈さんが自分の意志で、自分の将来を決めて、自らの足で行動すること……。 

きっとそれはいいことだし、人間の成長や社会適合を考えれば当然の摂理だ。 

それに抗おうとするのは不思議探索でもなんでもないぜ。 

日常を壊さず、目標を作らず、そういった世界への消極的な抵抗なんてのは、一番SOS団の理念からみて対極の存在だからな。 

この夢の世界は記憶の世界、過去の世界だ。 

いつまでも昔の記憶にすがって、あの時はよかっただなんだとオヤジ臭いことを言って幸せに浸るだけの世界。そこに変革は訪れないし、未来もない。 

だがお前はそれを選んだ。 

理由は……、あの天上天下唯我独尊傲岸不遜独立独歩のハルヒが、とは思うが……。 

つまり、変化を拒否したんだ。 

俺たちが、俺たちの関係がゆるりゆるりと変わりつつあることにどこかで恐怖していた。違うか? 

900: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:51:15.73 ID:tKp692Bs0

特にお前は朝比奈さんに対して複雑な感情を抱いていたはずだ。 

メイドの修行だの巫女の訓練だの雷ネットの練習だの、必要以上に“何者か”になることを強要していたからな。 

同時にお前は朝比奈さんの自主性を重んじたいとも思っていた。朝比奈さん自身の言葉を聞きたいと思っていた。 

それを引き出すために色んなことに挑戦させてたってわけだ。 

いずれ進路選択が待っている。 

おかしいと思ったんだ、この期に及んで俺は朝比奈さんの第一志望を知らないどころか、知りたいとも思わない。というより、頭の中にそんなことが思い浮かばないようになってたんだ。不思議だな。 

(今思えばバレンタインの時、チョコを掘り返すまで頭にバの字が浮かばなかったのはコイツのせいなのかも知れない) 

普通進路選択ってのは、就職か進学か、文系か理系か、専門か一般か、AOかセンター利用か、国立か私立か、遠方か通いか、あるいは国内か海外かくらいのもんだろうが、こと朝比奈さんに関しては巨大な人生の進路選択が待っている。 

(それは、現代か未来か、という取捨選択だ) 

(朝比奈さんはかつて言っていた。いつか未来に帰らねばならないと。そのために今いるこの時代で誰かを好きになることはできないのだと) 

(それが高校卒業と同時なのか、あるいは社会人になる程度までは居る必要があるのか、それはわからん) 

(それは裏を返せば、本音ではいつまでもこの時代に居たいと思う節があるということなんだ。誰かを好きになりたいとさえ望んでいるんだ。考えてみれば当たり前のことだ) 

朝比奈さんは朝比奈さんで自分のことは自分で決めたいと強く願っている。ハルヒも気づいてんだろ。 

だけどお前の本音は違う。朝比奈さんには自分が行きたい大学に入ってほしい。ともにキャンパスライフを送りたい。 

可能なら留年でも浪人でもなんでもさせて、1年でも長く一緒に居たい。SOS団を続けてもらいたい。違うか? 

まあ、そんな命令は誰が考えたってワガママ極まれりだ。人の人生を潰してまで自分が幸せになりたいなんて不道徳だ。お前が考えてるのはそんなところだろう。 

901: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 22:55:37.08 ID:tKp692Bs0

だけどな、ハルヒ。間違ってるぜ。 

こういうのは岡目八目っつってな、悩んでドツボに嵌ったお前よりも俺のほうが物事を冷静に判断できるってもんさ。 

一度、朝比奈さんと相談しろ。 

なんならSOS団全員でこの話をしてもいい。俺たちの将来について、SOS団の未来について。 

不安に思うことなんてないさ。俺たちはいつだってお前の味方だったんだ。もちろん、ムカつくことがあれば怒るけどな。 

お前と過ごしたこの1年半は、あっという間のようでとにかく長かった。実時間にして何十年と経過した気がするね。 

間違いなく世界中の人間が体感した1年半の中で誰よりも密度の濃いものだったと断言できる。 

ハルヒのくせに人に気を使ってんじゃねえ。変なところまで大人になりやがって。頭がいいんだかバカなんだか、ホントに紙一重なやつだな。 

お前は俺の口から以下のセリフを聞きたかっただけなんじゃないか。古泉のおかげで俺の推理力が鍛えられただけであって、決してナルシストというわけではないんだ、そこは踏まえてほしい。 

……なぁ、ハルヒ。多分、古泉と長門は大丈夫だ。朝比奈さんは、そもそもどうしてSOS団で一人だけ1年ずれているのかと日頃疑問に思っていたんだが、きっとそれは必要なことなんだ。実年齢より若く見えるしな。 

(ハルヒは進学するのか否かというクエスションには既に解が出ている。大学生ハルヒを俺はかつてこの目で目撃しているからだ) 

ハルヒ。俺に引き続き勉強を教えてくれ。俺だけじゃない、朝比奈さんにもだ。 

お前が期待さえしてくれればピグマリオン効果で俺たちの学力はうなぎ上り間違いなしだ。 

そして、お前が行きたいと心から願う大学に俺たちを道連れにしてくれ。巻き込んでくれ。そしてその時は―――― 



――――新生SOS団の旗揚げを、高らかに宣言しようじゃないか。 



902: ◆/CNkusgt9A 2015/08/19(水) 23:00:00.69 ID:tKp692Bs0
ハルヒ「……あれ、なんであたしこんなくだらないことで悩んでたんだろ」 

キョン「そういうもんだ。他人にとって大したことが無くても、未来の俺たちにとって笑えるほどでも、今のお前にとっては人生を変えるほどに、そして世界を停止させるほどに大問題なのさ」 

キョン「こんな無理な楽園を終わらせようぜ。未来はその辺にあるはずだ。憂鬱なお前が望むならば、俺が明日を楽しくさせる扉のカギになってやってもいい」 

キョン「ほら、約束だ」スッ 

キョン(そういって俺は右手をパーにして前に突き出した) 

ハルヒ「……?」 

キョン「人間ってのはなんでも儀式が必要な生き物らしい。2年後も3年後も5年後も、俺たちが俺たちであるためには。それには、俺たちが協力する必要があるだろ?」 

キョン「さあ、この手を取ってくれ。未来へ進むぞ、ハルヒ」 

ハルヒ「……うん」スッ ギュッ 


ピキッ 

ビキビキッ 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…… 


キョン(これがハルヒにとってのイニシエーションだったのかはわからない。ともかく、俺たちの握手をトリガーとしてこの夢の世界からの脱出が達成されたらしい) 

キョン(急激に下に落ちていく感覚、といっても重力じゃない、なんというか、高いところから落ちる夢を見ているかような感覚に襲われた。視界が暗転し、気付くとそこは――――― 

915: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 20:56:16.02 ID:aDVFv5V+0
以下注意 
キョンの妹のキャラが若干崩れます。いつもの妹ちゃんしか認めない!という方は注意 

再開します レス励みになります 

916: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 20:58:22.30 ID:aDVFv5V+0



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◇Chapter.13 涼宮ハルヒのアムネジア◇ 
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D 1.127435 492062656C6965766520796F75% 
2010.08.17 (Tue) 10:41 
湯島某所 



917: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 20:59:49.85 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「やくそく、よ……んぁ? あたし、寝てた……」ゴシゴシ 

みくる「あ、涼宮さん。おはようございます」ニコ 

ハルヒ「あれ、みくるちゃん……。そっか、あたし、みくるちゃんの看病の途中で二度寝しちゃったのね」 

ハルヒ「もう体のほうは大丈夫なの?」 

みくる「はい。あたしのせいでコミマに行けなくなっちゃってごめんなさいでしたぁ」 

ハルヒ「ううん、いいのよ別に。ほら、ちょっと遅くなったけど一緒に朝ごはん食べましょ」 

みくる「はぁい」 

918: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:01:21.48 ID:aDVFv5V+0

・・・ 

みくる「ごちそうさまでしたぁ」 

ハルヒ「みくるちゃん、ホントに大丈夫? 無理しなくていいのよ」 

古泉「病み上がりでこの炎天下の東京を歩き回るのは良い考えとは言えません。宿で待機するか、どこか涼しい場所で過ごしませんか?」 

ハルヒ「それじゃ、家電量販店の1階に入ってたスタベに行きましょう。キャラメルマキアートでもマンゴーフラペチーノでもなんでも、甘いものをクイッとイケば元気がカァッと出るはずよ!」 

みくる「おいしそうな名前ですねぇ。想像しただけで元気が出てきました」エヘヘ 

長門「……気になる」 

古泉「それではタクシーを手配しておきましょう。大した距離ではないのでお金はお気になさらず」 

ハルヒ「そう? じゃ古泉くんに任せたわ!」 

919: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:02:26.42 ID:aDVFv5V+0

ピンポーン 

古泉「おや、来客とは珍しいですね。ラボの方でしょうか」ガララッ 

岡部「おお、少年エスパー戦隊か。その節は世話になったな」 

古泉「その節……とは、この10日間の付き合いのことですか? 水臭いですね」 

ハルヒ「そうよ、倫太郎。別に世話してやった覚えはないわ!」 

岡部「……そうか、お前たちも記憶が無くなっているんだったな。ああ、いや、なんでもない。こっちの話だ」 

みくる「?」 

ハルヒ「またアレなの、あんたの妄想話。わざわざそのためにここまで来るなんて、途轍もない暇人ね」 

岡部「いや、そういうわけでは……。ところで、キョン少年の姿が見当たらないが、やつはどこにだ? 彼と少し話が出来ればと思うのだが」 

ハルヒ「キョン少年? 変な名前」 

岡部「そう言えば俺はあいつの本名を聞いていなかったな……。涼宮団長殿、SOS団の平団員は今どこにいるのだ」 

ハルヒ「平団員? SOS団には、文芸部部長と、副団長と、副々団長しか居ないわよ。鹿なんて飼ってないわ」 

岡部「いやだからそうじゃなくてだな、お前がキョンと呼び続けていたあの少年は今どうしているのだ? そろそろ冗談はいいから真面目に教えてくれ」 

古泉「えっと、それはなにかの暗号、なのでしょうか」 

みくる「キョン、くん……?」 

ハルヒ「あんた頭大丈夫?」 

長門「そのような人物は知らない」 

岡部「な、何を言って……お前たちの仲間だろう!?」 

920: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:03:42.25 ID:aDVFv5V+0
岡部「俺は世界線を移動してきた! 過去を、未来を変えることによって世界を改変してきた! そしてついにこの世界、β世界線にたどり着いたんだ!」 

ハルヒ「はいはい、おもしろい話ね。これから喫茶店に行くから、また後でいいかしら?」 

岡部「いや、待て! 聞いてくれ! かつて俺が居た世界、α世界線にはキョンと呼ばれる少年が居たんだ! このSOS団のメンバーとして!」 

みくる「ひぅっ……」 

古泉「SOS団は結成当初から4人のままです。名誉顧問の方が居たり、臨時部員が居たこともありますし、今年の頭、新入部員が入部しそうになりましたが」 

ハルヒ「あんまり適当なこと言うと蹴るわよ? それにみくるちゃんの体長がまだ万全じゃないんだから、変なこと言って混乱させないでよね」 

岡部「信じてくれ!! お前たちにはかげがえのない仲間が居たはずなんだ!!!」 

長門「……SOS団は4人」 

古泉「失礼ですが、“狼と羊飼い”、あるいは“オオカミ少年”というイソップ寓話をご存じでしょうか」 

岡部「……、くそッ……。わかった、日を改める……」 

ハルヒ「いい歳してTPOくらいわきまえなさいよ。それじゃ、あたしたちは出かけるから」 

岡部「あぁ……、すまなかったな……」ガララッ 

みくる「変な岡部さんですぅ」 

ハルヒ「倫太郎はいつも変でしょ?」 

922: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:08:58.53 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 12:32 
秋葉原 ヨドダシカメラ スタベ 


古泉「この暑い東京にあってマンゴーフラペチーノとは、まるで甘味の結晶フラクタルと言ったところでしょうか」 

みくる「はうぅ……あまいですぅ、おいしいですぅ」ウフフ 

ハルヒ「みくるちゃんが元気になってくれてよかったわ! 有希もおいしそうに飲んでるわね」 

長門「…………」ゴクゴク 

みくる「しあわせですぅ。でもこんなにおいしいものをいただいていいんでしょうか」ウフフ 

ハルヒ「いいのよ、どうせおごりなんだから!」 

古泉「……えっと、僕のおごりですか?」 

ハルヒ「あれ? そうよね、古泉くんのおごりになるのかしら。でも無理しなくていいわよ?」 

みくる「涼宮さん、言ってることおかしいですよぉ」ウフフ 

ハルヒ「……おかしい、わよね。なんかこう、鯛の鯛が喉に刺さったみたいな、ブラインドを隔てて政府要人の乗った黒塗りの公用車をアサルトライフルでスナイプしてる感じっていうか」 

古泉「もしかして、岡部さんの言っていた“キョン”という謎の人物Xのことでしょうか」 

ハルヒ「キョン……キョン、そうね。確かにキョンだったらおごらせても罪悪感が無いかも」 

みくる「キョンくんってどなたなんですかぁ」 

ハルヒ「そんなやつ知らない。でも変にしっくりくる……」 

ハルヒ「!!!!」ガタッ 

みくる「ひぅっ」 

924: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:12:26.63 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「不思議だわ! 異変だわ! もしかしたら陰謀かも! あるいは超常現象よ!」 

ハルヒ「あたしたちの知らない人間が、さも存在したかのように振る舞っている!」 

ハルヒ「一体“キョン”とは何者なのか、このあたしを前にして姿を現さないなんて許されないわ! きっと事件の重要参考人に違いないわね! あるいは宇宙人か、超能力者か、未来人か、異世界人か、地底人か! 幽霊や妖怪、怪異やUMAの類でも、透明人間でも改造人間でもミュータントでもアンドロイドでもいいわ! SOS団の総力をあげて徹底的に調査する必要があるわね!」 

古泉「なるほど、僕たちの記憶に無いのに、さも居たように振る舞っている人物ですか……まるで幻影だ」 

古泉「つまりこれは、単純に人間が消滅するという神隠し的な、あるいは冬山集団催眠事件の際に現れたマリー・セレスト号のような洋館でも、フィラデルフィア・エクスペリメントのようなステルス消滅ものでもなく、もっと根本的な部分」 

古泉「僕たちの記憶から消滅してしまったということなのでしょう。しかしその痕跡は存在している」 

ハルヒ「ってことは陰謀説が本命グリグリね! 悪の科学者が毒電波を飛ばして脳波コントロールをしているとか! 超常現象が対抗、未来人が連下、超能力者が単穴、異世界人が大穴ってところね」 

古泉「本来あった記憶がどの程度改ざんされているのか……。ちょっと調べてみましょう」ンフ 

ハルヒ「古泉特別捜査官、諜報活動は頼んだわよ! あたしたちは足で稼ぎましょう! いくわよ、みくるちゃん! 有希! 取りあえずあの倫太郎のホラ話から真実を導き出さないと! どんなおとぎ話や神話だって、その多くは創作だったり想像の塊だけど、いくつかは歴史的事実が紛れ込んでるものなのよ!」 

みくる「ま、待ってくださぁい」 

長門「…………」ジュゴー 

925: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:14:37.19 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 13:00 
秋葉原 UPX前 


まゆり「あ、ハルにゃんにミクルンにユキリンだー♪ トゥットゥルー☆」 

るか「みなさん、こんにちは」 

みくる「こんにちはですぅ」 

長門「……こんにちは」 

ハルヒ「あら、まゆり。るか。これからどこか行くの?」 

まゆり「えっとねー、まゆしぃはさっきまでラボに居たんだけど、オカリンがもうコミマに行っていいよーって言うからるかくんを誘おうと思って」 

るか「ぼ、僕は遠慮してるんですけど」 

まゆり「えー、大丈夫だよ、るかくんはコスプレしなくていいよー。見に来るだけでいいから、先っぽだけー」 

るか「え、ええっ!? ///」 

ハルヒ「……どこでそんな言葉覚えたのよ、って言おうと思ったけどまゆりの世界ってそんなんばっかりだったわね」ハァ 

926: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:15:38.47 ID:aDVFv5V+0
るか「それで、涼宮さんたちは何をされてるんですか?」 

ハルヒ「そうだ! 二人とも、“キョン”っていう名前に心当たりは無い? 多分人の名前、あるいはコードネーム、もしかしたら暗号かも知れないんだけど」 

まゆり「んー? キョン?」 

るか「なんだかまゆりちゃんの付けたニックネームみたいですね」 

まゆり「そうかなー……あーっ! そうだよ、るかくん! キョンくんだよ! 懐かしいなぁー……あれ、なんで懐かしいんだろう?」 

ハルヒ「知ってるのね、まゆり! ってことはラボ関係者ってことかしら」 

るか「いえ、ラボにはそのような名前の人は……。でも、何度かうちの神社に来ていただいたと思います」 

ハルヒ「ほうほう、ということは少なくともこの秋葉原に潜伏しているってわけね!」 

るか「あれ、でもたしか遠方から来られた方だったような……」 

ハルヒ「むむむ……情報が錯そうしてるわね……。情報提供感謝するわ! まだまだ捜査は始まったばかりよ!」 

927: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:19:07.19 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 13:31 
秋葉原 末広町交差点 


古泉「遅れてすいません、裏を取るのに時間がかかってしまいまして……、おや、その腕章は」 


   [ 心 霊 探 偵 ] 


ハルヒ「妙な主観を交えず、事実だけを話してくれ。でないと真実が見えなくなる」フッ 

古泉(僕みたいな声色ですね)フフ 

みくる「えっと、さっきドンキホーテでお買い物してきたんですぅ。左目の赤いカラコンも」 

古泉「いやしかし、探偵腕章とは懐かしいですね。無人島クローズドサークルがつい先日のことのように思い出されます。そういえば僕はその時の功績を讃えられて副団長に昇格したのでしたね」 

ハルヒ「それで、調査結果はどうだったの?」 

古泉「キョンという少年について記憶が抜け落ちているのは本当に僕たち4人だけなのか疑問に思いまして、『元々SOS団の団員であった』、という岡部さんの言から北高生に目星をつけ、SOS団の身近に存在した北高生徒及び教師32名にお話をうかがいました」 

古泉「問い合わせたところ、やはり“キョン”というあだ名を持った少年は知らないと全員が返答しました。おそらく、僕らの周辺の人間の記憶からキョン少年は消滅している」 

ハルヒ「でもまゆりやるかの記憶にはあったわ」 

古泉「例えば記憶を消した犯人が居るとして、北高周辺の人物までは手が回ったが東京遠征までは処理できなかった」 

ハルヒ「なるほど……、ってことは、あたしたちが東京に来てから関わった人物に話を聞く必要があるわね!」 

フェイリス「なーに話してるニャーン?」 

ハルヒ「フェイリス! ちょうどいいところに来てくれたわ。これから仕事?」 

フェイリス「今日はお仕事を午前中で終わりにして、これから最終日のコミマに行こうと思ってるニャ!」 

古泉「噂をすれば、ですね。フェイリスさん、“キョン”という名前の少年に心当たりはありませんか?」 

フェイリス「暗黒面に堕ちたかつての“七英雄”の一人の、村人に扮装した時の偽名がそんニャだったような……あーっ! 思い出したニャ!」 

928: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:20:33.08 ID:aDVFv5V+0
フェイリス「キョンは霊媒師ニャ! フェイリスのパパの霊を降臨させて、現世<うつしよ>のフェイリスと会話してくれたんだニャ!」 

ハルヒ「……そう。ありがとう、フェイリス」 

みくる(あの涼宮さんが一歩引いている!?) 

フェイリス「ホ、ホントだニャー! ハルニャン、信じてほしいニャー!」 

長門「彼女に嘘を吐いている様子はない」 

ハルヒ「そうなの? うーん、でもそうなると犯人像が複雑なことになってきたわね……」 

古泉「元SOS団団員であり、秋葉原に潜伏。そのあだ名は椎名さんがつけたものであり、神社へお参りする程度には信心深く、霊媒師である、と」 

ハルヒ「心霊現象は確かに興味深いけど、いざ探偵するとなると雲をつかむ話になっちゃうわねー」ブー 

古泉「そろそろ調査対象も無くなってきましたし、岡部さんのお話を聞きにいきませんか?」 

ハルヒ「アイツの話を真面目に聞かないといけないなんてなんか負けた気がするけど、この際背に腹は代えられないわ。じゃぁね、フェイリス。あたしたちはこれからラボに行くわ」 

フェイリス「きっとキョンは見つかるニャ! フェイリスはSOS団の味方ニャー!」 

929: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:22:11.09 ID:aDVFv5V+0


プルルルル プルルルル 


ハルヒ「ん? 非通知で電話……。一体誰かしら」 

ハルヒ「もしかしたら犯人からの要求電話!? 脅迫メッセージ!? それとも霊界からの直通電話!? 古泉くん、逆探知の用意よ!」 


プルルルル プルルルル 


古泉「了解しました。失礼ながら、ケータイをお借りします……設置完了です、合図と同時に通話に出てください」 

みくる(あるんだ逆探知器……) 


プルルルル プルルルル 


古泉「さん、に、いち……」スッ 


ピッ 


ハルヒ「もしもし。どちらさまかしら」 

??『涼宮ハルヒだね? これから岡部倫太郎のところへ行こうとしている』 

ハルヒ「若い女の声よ、しかもあたしたちの行動が監視されてるわ」ヒソヒソ 

みくる「え、ええぇーっ!?」 

長門「…………」 

??『正直行かなくていいよ、どうせ説明されても受け入れられないだろうし。それより、君たちは北高に戻ったほうがいい』 

ハルヒ「北高!? なんでよ!」 

??『あたしは今北高の屋上に居る。戦火をかいくぐってココまでヘリで運んでもらうのは大変だったよ……。とにかく、キョンが居たっていう痕跡をたどるんだ』 

??『その鍵は君、涼宮ハルヒが握っている』ピッ 

930: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:26:03.80 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「……どういうこと?」 

古泉「逆探知成功しました。やはり僕らの街から通話していたようですね」 

ハルヒ「倫太郎の話を聞くより、北口駅に戻ったほうがいいってことかしら」 

古泉「それが敵の罠かもしれませんが、ここはまんまと乗せられてもいいかも知れません。なにせ、僕たちのホームグラウンドですからね」 

ハルヒ「うーん、ちょっと予定がくるっちゃうけど、元SOS団の幽霊を調べるためには確かに戻ったほうがいいかも知れないわ。やっぱり幽霊って言ったら部室に住み着いてるものだしね!」 

みくる「幽霊ですかぁ……ちょっと怖いですぅ」 

ハルヒ「大丈夫よみくるちゃん。キョンとかいう間抜けた名前の幽霊なんだから、きっと人畜無害だわ。それに名前がある幽霊なんてちゃんちゃらおかしいわ! ね、有希」 

長門「……名前がないから、幽霊。昔のわたしのように」 

931: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:27:22.15 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 17:42 
北高 屋上 


ハルヒ「ここに来るのは久しぶりね、アクションシーン撮影のために侵入して以来かしら」ガチャ 

??「早かったね。来てくれてよかった」 

古泉「それで、あなたは一体誰なのですか?」 

??「君たちの味方だよ。名前は……阿万音鈴羽」 

古泉(偽名でしょうね……) 

ハルヒ「それで、阿万音さん? そのミリタリールックはどうしたの? ミリオタなの? にしてはどこの国の軍隊の服装とも思えないけど」 

鈴羽「ああ、これ? これはね、民間軍事会社SOS団の軍服だよ」 

ハルヒ「……は?」 

鈴羽「あたしはね、2036年から来た未来人なんだ。この世界線の未来を救うためにね」 

みくる「え……えええええっ!?!?」 

932: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:30:06.85 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「み、未来人……。ホ、ホントのホントに未来人だって言うの!? そんなの信じられないわ! それだけで信じる人が居たら日本の詐欺事件被害者数は百万倍に増えるわよ! 証拠を見せなさい、証拠を!!」 

鈴羽「一応あたしは2000年にアメリカの掲示板にジョン・タイターって名前で書き込みしたことがあるんだけど、知らないかな?」 

ハルヒ「あ、あのジョン・タイターがアンタだっての!? でも、それだと色々おかしいわ!」 

鈴羽「あそこに書いたあたしのプロフィールはほとんどが嘘だよ。2038年問題ってのもちょっと嘘」 

鈴羽「君たちには、第三次世界大戦を回避する未来を築いてほしいんだ」 

ハルヒ「第三次世界大戦ですって……!!」 

古泉「ちょっと待ってください。まだあなたはあなたが未来人である証明を行っていない」 

鈴羽「おっとそうだった。えっと、古泉一樹は《神人》を倒す超能力者、朝比奈みくるはあたしよりもっと未来から来た未来人、そして長門有希は宇宙人に作られたヒューマノイドインターフェイス。そして涼宮ハルヒは」 

古泉「わかりました、それで十分です」 

ハルヒ「えっと、それって前に誰かがあたしに話した冗談よね?」 

古泉「そうです。冗談です」 

鈴羽「それは誰なんだろうね」 

みくる(?) 

鈴羽「それから、向こうに置いてあるアレがタイムマシンだよ。父さんの傑作さ」 

みくる「あれが、タイムマシン……」 

ハルヒ「シボレーじゃなかったの? あれじゃ人工衛星か給水塔みたいじゃない」 

933: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:35:39.25 ID:aDVFv5V+0
鈴羽「君たちSOS団の未来を教えるよ」 

鈴羽「2025年に岡部倫太郎が死亡することで未来ガジェット研究所は自然解体、その後反政府組織ワルキューレが父さんを中心になって立ち上がるけど、軍事力は無いに等しかった」 

鈴羽「それで前から父さんたちと交流のあったSOS団の初期メンバーが軍事会社を立ち上げて傭兵部隊育成とか諜報戦とかやることになった。手を組んだってわけ」 

鈴羽「それから数年して日本国政府軍を裏切ったあたしはSOS団で引き続き訓練を受けることになった。と言っても軍属出身のあたしはほとんど後輩育成だったけど」 

古泉「日本国政府軍? 自衛隊ではないのですか」 

鈴羽「そんな未来なんだよ。ともかく、SOS団の最高責任者が君だったんだ。涼宮ハルヒ。みんなは団長って呼んでた」 

ハルヒ「ホントにそれが、あたしの未来だっていうの……!?」 

鈴羽「まったく、涼宮ハルヒ団長は社長のくせに鬼軍曹だったよ。限界を迎えてる兵士にさらに追い打ちをかけたり、目標が達成できないと気絶するまで懲罰を加えたり、ホント地獄だった」ケラケラ 

古泉(涼宮さんが教官の部隊にだけは配属されたくないですね……) 

鈴羽「まあ、そのおかげで各国の軍隊からマシンを守れるくらいには強くなったから、本当に感謝してる。……ご指導ご鞭撻、ありがとうございました、団長殿」ビシッ 

ハルヒ「敬礼されても、まだあたしはなにもやってないわよ……」 

鈴羽「はは……。それじゃ、長門有希にちょっと見せたいモノがあるんだけど、いいかな?」 

長門「…………」 

934: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:42:30.93 ID:aDVFv5V+0
鈴羽「これ」ピラッ 

古泉(子どもの落書きのような絵ですね……、非常に形容しがたい) 

ハルヒ「なにこれ? 何かの暗号?」 

長門「……了解した」 

長門「朝比奈みくる、古泉一樹の両名の記憶を世界改変前のものと置換する」スッ 

鈴羽「涼宮ハルヒはまだダメなんだ、この改変後の世界線の記憶が必要だからね」 

ハルヒ「世界改変!?」 

鈴羽「君の気づかないうちに世界は改変されていたのさ。それでこの世界の人間の記憶に齟齬が発生した。一部を除いて」 

鈴羽「その一部ってのは岡部倫太郎とプラスアルファ」 

鈴羽「長門有希が改変前の世界でプラスアルファに対して記憶をデジャヴとして受信するよう設定したのさ。肉体だけでなく意識のほうにも働きかけてね。その対象者は、椎名まゆり、漆原るか、秋葉留未穂の3名」 

ハルヒ「……キョン!!」 

鈴羽「そう。そのキョンを救うことが第三次世界大戦を回避するためのカギとなってる。そしてそれを実行できるのは、涼宮ハルヒ。君だけだ」 

935: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:44:54.95 ID:aDVFv5V+0
長門「…………」スッ 

古泉「――――――――――ッ、涼宮さんッ!!! おっと、大声を出してしまい失礼しました。ここがβですね」 

みくる「――――――――――す、涼宮さぁん!!! あ、あれ? どうしてあたしここに……」 

ハルヒ「何よ、そんなに大声で呼んで。うちの団員はみんなしてあたしのことが大好きなのかしら」プッ 

古泉「否定はできませんね。それが僕たちがここにいる存在証明なのですから」ンフ 

みくる「も、もちろんです! あたし、涼宮さんのこと……大好きですぅ!! ふぇぇぇぇん!!」ヒシッ 

ハルヒ「ちょ、ちょっとみくるちゃん!? 一体どうしたってのよ!?」ヨシヨシ 

古泉「ちょっとした悪夢を見ていたのですよ。あなたがブラックホールに吸い込まれてしまう夢、と言ったところでしょうか」 

長門「朝比奈みくる、古泉一樹。あなたたちの記憶をコピーさせてほしい」 

古泉「アレですね、了解です」ピトッ 

ハルヒ「ちょ、ちょっと二人とも! キスはあたしの居ないところでコッソリやりなさいよ!……あ、おでこのくっつけ合い」 

みくる「えっと、あたしもですか? 長門さん、その、待って、心の準備が、ひぃっ!」ゴツッ 

ハルヒ(痛そう) 

長門「……状況を理解した」 

鈴羽「さすが長門有希。SOS団の魔術師」 

936: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:47:06.65 ID:aDVFv5V+0
古泉「タイムマシンがラジ館ではなく北高にあるなんて、なんだか不思議ですね」 

みくる「前見た時より少し綺麗になってますねぇ、タイムマシンさん」 

古泉「もう一つ驚きです、まさかβ世界線でも阿万音さんにお会いできるとは。やはりあなたがジョン・タイターでしたか。お久しぶりです」 

鈴羽「そっちの世界線の話は知らないよ、興味も無い」 

古泉「そう言えば彼はどこへ行かれたのでしょう。このメンバーでここにいて、彼が居ないのは珍しいですね」 

ハルヒ「キョンね!! 古泉くん、キョンのことなのね!!」 

古泉「え、ええ。そうですよ、それが何か?」 

ハルヒ「それが何かじゃないわよ!! キョンって一体誰なのよ、教えなさいッ!!」 

みくる「えっ?」 

古泉「……なるほど、そういう世界に改変されてしまいましたか。正直言って最悪の事態ですね」 

古泉「しかしそれはおかしい。鍵となる彼が居ない状況で僕たちSOS団がここまでうまく回っているはずがない」 

鈴羽「そう、この世界線はちょっとおかしいんだ。まるで彼の幻影がそこかしこで動き回っている」 

ハルヒ「出たわね、幻影……!」 

みくる「ど、どういうことですかぁ。キョンくんが、幻影……?」 

937: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:48:57.76 ID:aDVFv5V+0
古泉「涼宮さん、どうしてあなたは北高に入学しようと思ったのですか?」 

ハルヒ「へ?……えっと、家から近かったし、別に進学校に行きたいと思わなかったからよ」 

古泉「どうして中学の頃まで長かった髪を高校に入って切ったのです?」 

ハルヒ「えっと、なんとなくよ。なんとなく」 

古泉「SOS団を設立したのは?」 

ハルヒ「もちろんあたしよ! 発案も、準備も、ネーミングも、ぜーんぶあたし!」 

古泉「去年の5月、青い巨人の夢を見ましたよね?」 

ハルヒ「話したっけ? そうね、見たわ。不思議な夢だったわね」 

古泉「ジョン・スミスという名前に憶えは?」 

ハルヒ「ジョン……? ジョン・タイターじゃなくて?」 

古泉「……これ以上質問してもあまり意味がなさそうですね。それで、阿万音さん。今彼はどこに?」 

鈴羽「墓の中さ。2004年2月、彼は小学4年生にして夭逝している」 

938: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:52:14.01 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「やっぱり幽霊だったのね!!」 

古泉「なっ……」 

みくる「キョ、キョンくんが……!? 嘘……!!」 

長門「…………」 

鈴羽「転落死。頭の打ちどころが悪かったみたい。まぁ、あたしの口から言っても信じられないだろうから、直接確かめに行くといいよ。彼の自宅にさ」 

古泉「それであなたは彼の命を救うために2036年からここへやってきたと」 

鈴羽「そう。涼宮ハルヒを連れて2004年へ飛ぶためにね」 

ハルヒ「あ、あたしがタイムトラベルするの!?」 

鈴羽「君ってそういうの好きだったんだって? 夢が叶ってよかったじゃないか。でも、それに浮かれてミッションを失敗しないでね」 

ハルヒ「あ、当たり前じゃない! このあたしが失敗なんてありえないわ!」 

鈴羽「ミッションに当たって、この世界線についてのアトラクタフィールド理論的説明はしたほうがいいかな?」 

古泉「そうですね……。涼宮さん、この事件の仕組みについて、少し長い話になりそうなのですがよろしいでしょうか」 

ハルヒ「なんだか頭の中が糸くずみたいにこんがらがってきたわ。なんとかして解いてほしいのだけれど」 

古泉「了解しました。それでは阿万音さん、よろしくお願いします」 

939: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 21:55:09.90 ID:aDVFv5V+0
鈴羽「そもそもキョンはβ世界線において生きてるか死んでるか50%の存在、シュレーディンガーの猫状態だったんだ」 

鈴羽「ある世界線ではエネルギーの励起状態で生存、その隣の世界線では基底状態で死亡、これが交互に重なり合ってアトラクタフィールドを構成していた」 

鈴羽「エネルギー準位の関係で、本来死亡してるはずの世界線でも生存していた場合の事象が因果に組み込まれている場合がある。これが幻影の正体」 

古泉「僕たちが7月28日以前に居た世界線は励起状態の世界線だった、ということでしょうか」 

古泉「そして状態ベクトルの線形結合による干渉効果が発生していた、と。ということは、量子デコヒーレンスによって干渉項を消す必要がある」 

鈴羽「猫状態を解消し、キョンの生存を古典状態へと決定しないといけない。世界の分岐点におけるデコヒーレンス観測点となりうるのが、涼宮ハルヒ」 

古泉「ですが、たとえこの世界線で彼の命を救ったとしても、重なり合いによって世界線の因果は不安定なままなのでは?」 

鈴羽「そう。だから涼宮ハルヒはこの特殊な世界線、β´世界線を生み出した」 

ハルヒ「あ、あたしが?」 

940: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:00:11.11 ID:aDVFv5V+0
鈴羽「この世界線はね、すべてのβ世界線の因果に干渉し得るアトラクタフィールド上に存在する」 

鈴羽「アトラクタフィールドβを一枚の紙だとすると、アトラクタフィールドβ´はその一枚の紙に綺麗に交差するような平面になっている」 

古泉「その断面はアルファベットの“X”のようになっているのですね」 

鈴羽「そしてその平面はβと完全に重ならない限りにおいて移動可能性、可動域を持ってるんだ。つまり、一本の直線を以って交差しているアトラクタフィールドβをすべて網羅している。ここはβ´世界線という一本の世界線でありながら、アトラクタフィールドβという一枚の面でもあるんだ」 

古泉「つまり、“X”の状態から“T”から“⊥”までに移動するような影響を与えることができると」 

鈴羽「だから、ひとつのβ´世界線の事象を変更するだけで全てのβ世界線の事象が変更されるってわけさ」 

古泉(ということはこのβ´世界線では、涼宮さんの織姫への願いはおそらく、“涼宮さんというヒーローが過去へ行き彼というヒロインを蘇らせる”、ということになるのでしょう) 

古泉(しかし、2004年というのは困りましたね。朝比奈さんはタイムトラベルできず、情報統合思念体は地球に目を付けていない。機関は存在せず、現地の僕はごく普通の小学生だ) 

古泉(2004年の現地での行動は阿万音さんに頼るしかありませんね……) 

鈴羽「これで理論的な説明は十分かな。あとは具体的にどうやって彼を救うかって話だけど……これはそっちの領分だね」 

古泉「……まずは詳しい死の状況について調査しましょう。彼の自宅の場所はしっかり覚えていますよ」 

ハルヒ「いよいよ事件の核心に迫るってわけね! さあ、ズバッと参上ズバッと解決しちゃいましょう!」 

941: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:02:20.23 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 18:13 
キョン宅 


ピンポーン 


古泉「ここが彼の自宅になります」 

みくる「キョンくん……グスッ……」 

ハルヒ「ほら、みくるちゃん。いい加減泣き止みなさい? そんなにいい人だったの?」 

長門「…………」 


キョン母「はぁい。あら、かわいいお客様ね。どちら様?」 

ハルヒ「お夕飯時に失礼します。あたしたち北高の生徒で、SOS団という奉仕団体です。部活動の一環で近所で起きた事件を調査してるんですけど、インタビューさせていただけないでしょうか」 

キョン母「事件? 最近この辺で事件なんてあったかしら」 

古泉「ご無礼を承知で申し上げますが、ご長男のことについて。彼のような被害者を二度と出さないためにも、ご協力お願いできませんでしょうか」 

キョン母「ああ……そういうこと。いいわよ、どうぞあがって。あの子について話ができるなんて、いつぶりかしら」

みくる「お邪魔します」 

古泉(おや、靴が一足多いですね。女性モノ、来客でしょうか) 

942: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:05:12.30 ID:aDVFv5V+0
キョン母「あれは寒い冬の日だったわ。うちの娘がね、まだ幼稚園の頃の話だけど、お兄ちゃんと一緒に散歩してたらしいの」 

キョン母「そしたらあの娘、買ってあげたばかりの靴をドブ川に落としちゃったみたいでね、それでお兄ちゃんが探そうとして、橋の欄干によじ登って、そのまま滑って下に落ちちゃったらしいわ」 

みくる「そうだったんですかぁ……グスッ……」 

古泉「そうでしたか……あの彼がそんなことに……」 

ハルヒ「不慮の事故だった、ってことですね。その後、妹さんは? もしよければお話したいのですが」 

キョン母「娘はそれからふさぎ込んじゃってね……話せるかどうか……」 

みくる「えっ?」 

??「すいません、お話が聞こえてしまいまして……。大丈夫、話せる?」 

キョン妹「……」コクッ 

古泉(あれは、彼の妹さん。どうして車椅子に……) 

みくる(虚ろな目……) 

943: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:06:57.88 ID:aDVFv5V+0
ミヨキチ「初めまして、わたしは吉村美代子と言います。彼女の、物心つかない時からの友人です」 

古泉(この方がかつて彼が恋愛小説に描いたミヨキチさんですか。たしかに小学6年生にしては大人びた風貌だ)

キョン妹「…………」 

古泉「……彼女は、ストレス性失声症、でしょうか」 

キョン母「医者にはそう言われたわ」 

みくる(そんな……) 


古泉「長門さん、少しでも彼女にお話してもらうようにできないでしょうか」ヒソヒソ 

長門「やってみる。脳神経の緊張を解き、声帯を正常に近づける」スッ 


キョン妹「カハッ……が、あだじ……あの時、聞いだの……ゴホッ……」 

みくる(しゃがれ声……) 

ミヨキチ「だ、大丈夫!? 無理しなくていいよ」 

キョン妹「ううん、今日は調子がいいみだい。ありがどう、ミヨギヂ」 

ミヨキチ「はぁぁ……ッ! 久しぶりに名前呼んでくれたね、ありがとう……!!」ウルッ 

ハルヒ「それで、妹さんは何を見たの?」 

キョン妹「あの時、お兄ぢゃんが落ちだのは原因があっだ……」 

944: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:14:14.27 ID:aDVFv5V+0
キョン妹「突然、大きな声がしだの。女の人の声だっだど思う。その声のするほうを振り返っだお兄ちゃんは手を滑らせで……」 

キョン妹「ゴホッ……ぐ、ぐどぅじぃだ、だで……ゲホッ……」 

キョン妹「…………」パクパク 

長門「……これ以上は危険」スッ 

ハルヒ「ありがとう、妹さん。伝えてくれて」 

古泉「これで僕たちの行動指針が見えてきましたね」 

みくる「あの、お線香あげさせてください」 

キョン母「ええ、ありがとう。こっちが仏壇よ」 


古泉「彼の遺影に位牌、ですか」 

長門「…………」チーン 

ハルヒ「この子がキョンくんですか。温厚そうなお子さんですね」 

キョン母「そうねぇ、誰に対しても優しい子だったわ。でもちょっとませてたかも」ウフフ 

ハルヒ「ほら、みんな。お線香あげた? それじゃ手を合わせて黙祷しましょ」 

みくる「うぅ……キョンくぅん……」グスッ 

古泉「…………」 

長門「…………」 

945: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:16:14.88 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「お母様、貴重なお話を本当にありがとうございました」 

古泉「子どもが安心安全に暮らせる地域の街づくりを訴えていきたいと思います。そろそろおいとましますね」 

キョン母「そうね……きっとあの子も喜ぶわ……」 

古泉(しかし妹さんについて、少し不思議ですね。愛する兄の死がPTSDとなったことは間違いないでしょうが、それが6年間も失声症になるほどのものでしょうか) 

みくる「お邪魔しました……」 

キョン妹「…………」フリフリ 

ミヨキチ「うん、バイバイだね。みなさん、もしよかったらまたおしゃべりしに来てくださいね」 

長門「わかった」 

キョン妹「…………」 





キョン妹(……似てる) 





946: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:18:45.69 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 19:12 
北高 屋上 


鈴羽「それで、過去へ行って彼の命を救う準備はできたかな?」 

ハルヒ「ええ、情報も仕入れたし、きっと大丈夫よ。あたしたちSOS団にかかればできないことは何一つないわ!」 

鈴羽「申し訳ないけど、このタイムマシンは2人乗りなんだ。だから過去へ行くのは操縦者のあたしを除いて一人だけ。君だけなんだ、涼宮ハルヒ」 

ハルヒ「……まあいいわ。みんな、待っててね。過去をサクッと変えてきてあげるから!」 

ハルヒ「それに、あたしが長年望んだ超常的イベントなんだもの……失敗なんてするわけない」 

みくる「ごめんなさい、涼宮さん……あたしが至らないばっかりに……」グスッ 

ハルヒ「どうしてみくるちゃんが泣くのよ? 心配しないで、大丈夫よ」 

鈴羽「このマシンは“ココ”と2004年を2往復しかできない。チャンスは2回だけ」 

ハルヒ「上等よ。初心の人二つの矢を持つことなかれ、この一矢に定むべしってね。一発で決めてやるわ!」 

鈴羽「ケータイは置いていって。2004年に居る小学4年生の涼宮ハルヒがまだケータイを持ってないのは知ってるけど、その番号は別の人が使ってる時代だから」 

ハルヒ「なるほどー、いよいよらしくなってきたわね! 古泉くん、預かっといて」ポイッ 

古泉「同じ携帯電話番号が同じ時間軸上に2つ存在する場合、どちらが鳴るのか予想がつかない、ですか。『プライマー』でもあった問題ですね」 

古泉「涼宮さん、先ほどご自宅に寄られた時に持ってきた冬物の衣服です。僕たちの分は無駄になってしまいましたが、ご武運を」 

長門「……きっと大丈夫」 

ハルヒ「ありがと、二人とも」 

鈴羽「それじゃ、乗って」 

ハルヒ「……」ワクワク ドキドキ 

947: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:24:10.42 ID:aDVFv5V+0
タイムマシン内部 


ハルヒ「へー、これが、タイムマシン。ほー、ふーん」 

鈴羽「計器には触らないでね。それから妄想話も禁止。君は興奮すると収まりがつかなくなるんだろ?」ピッ ピッ

ハルヒ「……わかってるんだったらその上から目線をやめなさいよ」 

鈴羽「実際上からの通達だからね。あたしの上官、涼宮ハルヒ団長からのキツい言いつけさ」ピッ ピッ 

ハルヒ「あ、あたしからの……」 

鈴羽「あたしは君以上に君のことを知ってると思うよ。このミッションの成功のために徹底的に叩き込まれたからね」ピッ ピッ 

鈴羽「さあ、準備ができた。シートベルトを締めて、酸素マスクを着用して。急激にGがかかるから、身体でふんばるようにしてね」 

ハルヒ「いよいよってわけね……」ゴクリ 

鈴羽「それじゃいくよ」ピッ 

キラキラキラキラ…… 

ハルヒ「なにこれ……チャフ? ユキンコ? それともケセランパサラン?」 

鈴羽「時のかけらみたいなもの。綺麗でしょ?」 

ハルヒ「不思議ね……なんだか、不思議」 

ハルヒ「きっとこの不思議体験は、キョンってやつが導いてくれたのね。感謝してやらなくもないわ。SOS団に生還したら二階級特進させてあげましょう!」 

鈴羽「はは、縁起でもないね」 



―――――――― 
―――― 
― 

948: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:30:41.13 ID:aDVFv5V+0
D 1.127437 492062656C6965766520796F75% 
2004.02.13 (Fri) 15:32 
北高 屋上 


シュゥゥゥゥゥン…… 


鈴羽「着いたよ、涼宮ハルヒ。ほら、起きて。初めてのタイムトラベルのはずなのに、よく2G荷重の中で眠れるね」 

ハルヒ「んぁ……もう着いたの? うぅ、さぶっ」 

ハルヒ「……ホントにここが過去? 気温以外なにも変わってないじゃない」 

鈴羽「うーん、例えばこの真下の旧館が、今はまだ旧じゃない、ってくらいかな」 

ハルヒ「へえ。ってことはここに文芸部の大先輩方がいらっしゃるのね。感謝するわ、あなたたちがここで文芸部をやってくれたおかげで有希と出会えたんだもの」 

生徒『なんの音だ!? おい、屋上への扉、鍵かかってるぞ! 誰か職員室行って取ってこい!』 

鈴羽「さ、そっちにロープを垂らしておいたからそこから脱出して。あたしはこのマシンをブルーシートで隠してから行くよ。貯水タンク工事中って書いてね」 

ハルヒ「そんなんで大丈夫なの?」 

鈴羽「それから、この時代の君自身との接触は避けて。パラドックスが発生するから」 

ハルヒ「わかったわ! ここはあたしに任せなさいっ!」

951: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:36:03.00 ID:aDVFv5V+0
2004.02.13 (Fri) 15:51 
ドブ川沿い 


ハルヒ「全然タイムトラベルしてきたって感じが無いわ……。この街って昔からあんまり変わってないのね」 

ハルヒ「せっかくだったらもっと壮大なタイムトラベルをしたかったわ! 恐竜の時代に行って卵を持ち帰るとか、戦国時代で天下を統一するとか、超未来に行って新人類と対話するとか! 邪馬台国畿内説を証明しにいくってのも捨てがたいわね……」 

ハルヒ「それに13日の金曜日だなんて縁起が悪いわ。あたしだったら大安吉日の天赦日で一粒万倍日を選ぶのに」 

ハルヒ「……それで、この辺よね。そのキョンってやつが死んじゃうのって」 

ハルヒ「あたしが助ければそいつがSOS団団員として素知らぬ顔して振る舞ってる……なんか変な話」 

ハルヒ「おっとっ。噂をすれば早速……あのちっちゃい妹さんと歩いてるのがキョンくんね」 


キョン「それで、どの辺で失くしたんだ?」 

キョン妹「グスッ……グスン……うぇぇぇぇん……」 

キョン「しょうがないな、ほら。お兄ちゃんが見つけてやるから」 

キョン妹「ヒグッ……うん……」 

キョン「この辺に無いとなると、なんかの弾みでドブへ落ちたか……。くそ、橋の真下がのぞけないじゃないか。登るか、よっこいしょっと」 

952: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:37:44.73 ID:aDVFv5V+0
>>950 
お前は15年後に殺す

954: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:40:04.35 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「危ないことしちゃって。一言説教してやらないといけなさそうだわ。こら――――――」 


ブロロロ…… 


ハルヒ「ッ! 危ないトラックね……」 


ハルヒ(小)「待ちなさい!!!!!!」 


ハルヒ「!? あ、あたしの声!?」 


キョン「!?」クルッ 

キョン「あっ」ズルッ 


ハルヒ「えっ」 



ヒュー 




ドンッ 




955: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:42:16.36 ID:aDVFv5V+0

ハルヒ(小)「あれ? トラックに隠れて消えた!? そっか、トラックに飛び移って逃げたのね! 待ちなさーいそこのトラックー!」タッタッタッ 


ハルヒ「……うそ、あそこに居たのって、“あたし”!?」 

鈴羽「……ミッションに失敗したようだね。とにかく一度2010年に戻ろう」 

ハルヒ「嘘、でしょ……ってことは、キョンくんを殺したのは、あたし……!?」 

鈴羽「ほら、団長。立つんだ。この時空にあまり長居はできない」 


キョン妹「お兄ちゃん? お兄ちゃんどこぉ……?」 

キョン妹「あっ、お兄ちゃん……? お兄ちゃん!? お兄ちゃん!!」 

キョン妹「だれか、だれかたすけてぇ!! だれか……おにいぢゃぁぁぁぁぁ……うぇぇぇぇぇぇん……」ポロポロ 


ハルヒ「待って!! まだ救急車を呼べば助かるかも知れない!! 今からあたしがあそこに行って身体を拾って!!」 

鈴羽「駄目だ、既に因果は完結した。君は失敗したんだよ、涼宮ハルヒ!」ガシッ 

ハルヒ「うるさいッ!!! 今すぐその手を放しなさい!!! あんた、あたしの部下なんでしょ!? あたしの命令が聞けないの!?」 

鈴羽「あたしの上官はあんたみたいにガキじゃなかった。まだもう一回チャンスは残ってる」 

ハルヒ「そんな、嘘よ嘘よ嘘よ!! なんで、なんであたしが、あたしが……ッ!!!」 

鈴羽「……ごめんね、団長」シュッ 

ハルヒ「ぐはっ!?」バタン 

ハルヒ「…………」 

鈴羽「よっと。この頃の団長は軽いなぁ。そりゃ、あの時だってスレンダー美人だったけどさ……」 



―――――――― 
―――― 
―― 

956: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:44:10.63 ID:aDVFv5V+0
D 1.128737 492062656C6965766520796F75% 
2010.08.17 (Tue) 19:13 
北高 屋上 


古泉「……気が付かれましたか? 涼宮さん」 

ハルヒ「んん……ここは……?」 

古泉「ここは2010年です。あなたが過去へ飛んでから1分後の世界ですよ。預かっていたケータイ、お返ししますね」 

ハルヒ「過去へ……? あ……」 

ハルヒ「……そうだ、あたしが、殺したんだ。子どもの頃の、あたしが……」 

古泉「落ち着いてください。深呼吸をして」 

ハルヒ「で、でもあんなの事故じゃない!! キョンが欄干なんかに身を乗り出してるのが元々悪いんだし、あたしは、あたしは悪くない!! あは、なんだ、あはは!! あたしは悪くないじゃない!!」 

古泉「……時間移動および世界線移動の影響か、少々錯乱しているようです。もう少し時間を置いてからのほうがいいかと」 

鈴羽「一応、あと1年くらいは待てる程度の燃料は積んであるけど、この北高の屋上にタイムマシンを隠すことを考えたら夏休みが終わるまでにはなんとかしてほしい」 

古泉「わかりました、ご配慮ありがとうございます。涼宮さん、お辛いでしょうが、一旦体を休めましょう」 

ハルヒ「あたしが……あたしが……」ガクガク 

長門「……手を貸す」 

957: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:45:58.72 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 19:20 
文芸部室 


古泉「……涼宮さんのご自宅には連絡を入れておきました。学校側にも許可を取らせましたので、今日はここで1泊ですね」 

古泉「涼宮さんが落ち着いてから何か手を考えましょう」 

みくる「涼宮さん……」 

ハルヒ「何よその憐みの目は……あ、あたしは人なんて殺してないわよ!? あたしは人殺しじゃない!! 不慮の事故!! ご愁傷様!! それに、どうしてあたしがあんな子どもを助けなきゃいけないのよ! 古泉くんあたりがやればいいじゃない! どうしてあたしじゃなきゃいけないの!?」 

古泉「……あなたが、選ばれた人間だからです」 

ハルヒ「誰よそのあたしを選んだのって!? 神様!? ハッ、選民思想なんてくだらないわ。それとも未来のあたし!? 知らないわよ未来のことなんて!! そもそもあんな男の子を生き返らせたところで何がどうなるって言うのよ! そんなに重要人物なの!? ジョン・コナーかなにか!? なんで未来人じゃなくて、あたしがなんとかしないといけないのよ!! あたしだってね、わかってるのよホントは! あたしだって、一人の、ちっぽけな、人間……」 

古泉(もしかすると無意識のうちに世界の収束について悟っているのでしょうか。しかし、今回の事象については収束確率は50%……いえ、50%となるのが100%なのでした) 

古泉(ということはやはり、涼宮さんの無から有を生み出す能力によって世界線の収束そのものを破壊しなければ彼は救えない……) 

958: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:49:29.02 ID:aDVFv5V+0
ハルヒ「うぅぅぅぅぅ……。なんなの、この気持ちは……。どうして、知らない男の子のことなのに、こんなに胸が痛むの……」ポロポロ 


古泉「……長門さん?」 

長門「わたしではない。彼女は自律的にソレを発動させようとしている。一つの自律進化」 

古泉「確かに、トリガーは嫌と言うほどありましたね。仮に涼宮さんがリーディングシュタイナーを覚醒させたら、現在過去未来すべての記憶を恣意的にダウンロードできるようになるのでしょうね」 

長門「わたしの力は必要ない」 


みくる「でも、でも! まだもう一回チャンスが……」 

ハルヒ「もう一回? もう一回ですって? たった一回の間違いでしょ!? あたしが次失敗したら、永遠にあの子は救えない! ホントのホントに死んじゃうのよ!?」 

ハルヒ「なんであたしなのよ、なんであの子を殺したあたしが救わなきゃいけないのよ! 元々あたしさえ居なければあの子の命が助かってたんじゃない!! いや、あたしは殺してない、あたしは……もういや……こんなの……やりたくない、やりたくないよぉ……」ガクガク 

ハルヒ「あたしが、生まれてこなければよかったのにぃ……うぅぅぅっ……」ポロポロ 

みくる「……ッ!!」 

959: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:50:40.15 ID:aDVFv5V+0




みくる「バカぁっ!!!!!」バシーン!! 

ハルヒ「ッ!?!?」バターン 





古泉「……朝比奈さんの、涼宮さんへの、ビンタ、ですか。始末書モノでしょうね、グッジョブです」 

長門「…………」 


960: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:51:56.05 ID:aDVFv5V+0
みくる「涼宮さんは、あたしの知ってる涼宮さんはそんなことを言う人じゃないですっ!」 

ハルヒ「…………」ジンジン 

みくる「あなたにしかできないことなんですっ! 涼宮さんならできるんですっ!」 

みくる「あたしには過去を変えられなくても、あなたには過去を変える力があるんですっ!」 

みくる「涼宮さんは、すごい人なんですっ! 誰が相手だって、神様にだって、過去にだって、幽霊にだって、宇宙にだって、世界にだって勝てちゃう人なんですっ!」 

みくる「だってキョンくんは、涼宮さんにとって大切な人だからっ!」 

みくる「誰にもできないことをやり遂げてしまう、そんな涼宮さんがぁ、あたしは大好きなんですぅ……うわぁぁぁぁぁん……」ダキッ 

ハルヒ「みくるちゃん……」 

ハルヒ「……みぐるぢゃぁぁぁん!! うわぁぁぁぁぁぁん!!」ダキッ 




古泉「僕たちは退散したほうがよさそうですね」 

長門「泣いてスッキリ」 


961: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:54:31.39 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 19:31 
北高 屋上 


古泉「阿万音さん。いくつかお聞きしたいことがあります」 

鈴羽「なんだい?」 

古泉「と、その前に。もしかして今日はタイムマシンでご一泊される予定ですか?」 

鈴羽「今日は、というか、これから毎日そうなるだろうね」 

古泉「それでは色々難儀でしょう。もしよければ長門さんのご自宅に泊まられては」 

長門「セキュリティは万全」 

鈴羽「でもあたしはこのタイムマシンを隠し通さないと……」 

長門「不可視遮音フィールド展開」スッ 

鈴羽「……そうだった。長門有希は宇宙人だったね。正直、今でも信じられないけど」 

古泉「では場所を移動しましょう。あまり外に漏れても困る話なので」 

963: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 22:57:28.89 ID:aDVFv5V+0
2010.08.17 (Tue) 20:04 
長門の部屋 708号室 


鈴羽「結構いいところに住んでるね」 

長門「飲んで」コトッ 

鈴羽「……それで、話ってなんだい」 

古泉「大丈夫です、毒など入っていませんよ。では、本題といきましょう」 

古泉「“涼宮ハルヒが一度彼の救出に失敗する”、は既定事項だった……違いますか?」 

鈴羽「……鋭いね。さすがSOS団の智将。正直、気持ちのいい話じゃないから気付いてほしくなかったよ」 

古泉「つまり、あなたは過去を変えるためにまず未来を変えた……。涼宮さんが、“自分が彼を殺していた”という事実を認識させることで、彼女がその罪悪を約四半世紀背負い込む歴史を作った」 

鈴羽「あんまりいじめないでほしいな。必要なことなんだ」 

古泉「いいえ、そうやって言い逃れするのは許しません。あなたも共犯なのです、等しくその業を背負うべきだ」 

鈴羽「……α世界線のあたしの顔を立ててやってほしいんだけど」 

古泉「失礼、僕があまり表情に出ないタイプなので伝わらなかったですかね。僕はあなたに対して怒っているのです」 

鈴羽「…………」 

964: ×涼宮さんが○涼宮さんに ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 23:00:10.43 ID:aDVFv5V+0
古泉「それが必要なことだからと言って、あなたが良心の呵責を感じないはずがない」 

古泉「あなただってつらいはずだ。何故一人でダークヒーローぶってるんですか」 

古泉「あなたの記憶にある未来の僕たちも同じ僕たちです。同じように信用していただきたいものですね、仲間として」 

鈴羽「……はは、こりゃしてやられたかな。ありがとうございます、古泉一樹さん……」 

長門「飲んで」 

鈴羽「い、いただきます、ユキねえさん……」ゴクン 

長門「敬語は不要」 

古泉「そうですね、僕はもう癖のような感じですのでこんな話し方ですが、あなたはむしろ楽なほうで構いませんよ」 

鈴羽「う、うん……」 

965: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 23:03:00.40 ID:aDVFv5V+0
古泉「さて、いくつか聞いておきたいことがあります。どうしてあなたが登場した最初の世界線では涼宮さんの2025年の願い、織姫様の力は発動しなかったのか」 

鈴羽「してたんだよ。このあたしを2036年から2010に飛ばすために必要なことが2025年に起きた」 

古泉「それは岡部さんの死、ですか。それによってSOS団とワルキューレが手を結ぶ必要性が生じた」 

鈴羽「それもあるけど、2025年以降のDメールおよびタイムリープ機能の無効化が発動したんだ」 

鈴羽「この先の未来ではDメールを送れるのは未来ガジェット研究所だけじゃない。例えば2010年のクリスマスにはロシアが世界線の改変実験に成功している」 

鈴羽「2025年以降にこの機能、というか世界のシステムが停止されていることで、自責の念を背負っていない状態の涼宮さんでもワルキューレを守ることができた。一応あたしが2036年からタイムトラベルする、ってのは世界線の収束らしいけど、“飛べる”敵に対して生存収束はあまり意味が無い」 

古泉「なるほど、それで“先の世界線”では未来からのメールが届かなかったというわけですか」 

古泉「ということは、“この世界線”では2025年からのDメール、すなわち“織姫の願い”が届くのですね?」 

鈴羽「……未来の古泉一樹さんの推測によると、そういうことになるみたい。それに添付された無意識野に刻まれる指令コードによって涼宮ハルヒは彼を救うことができるようになる。ミッションコンプリート、ってわけさ」 

古泉「その言を聞けてようやく安心できましたよ。これですべてが繋がりました」 

966: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 23:06:14.82 ID:aDVFv5V+0
鈴羽「この世界線の未来のあたしも2036年から2010年の北高にタイムトラベルしてきて、涼宮ハルヒを過去に連れていく」 

古泉「それは先ほど僕がこの目で確認しました。物理的タイムトラベルをしたあなたと涼宮さんはともかく、僕たち3人の記憶は世界線移動していませんからね」 

鈴羽「つまり、この世界線の団長、キョンの復活を成し遂げようとする執念を持った団長なら他国軍のDメール系世界改変攻撃から防衛できる。これでDメール系を2025年以降生かしたまま、あたしが2036年からタイムトラベルする因果ができる」 

古泉「それによって織姫の願いが有効になる。彼を救うことが達成される」 

鈴羽「そうだね」 

古泉「彼の生存を古典的に決定したアトラクタフィールドβの作成に成功することで、2025年以降もDメールおよびタイムリープが使える状態でありながら、かつ織姫の願いをフリーにした状態で、2036年にあなたが過去へ飛べる状況を作り出すことができる」 

鈴羽「そういうこと。彼が居ることによって涼宮ハルヒは民間軍事会社を設立しないし、また彼女が持つ本来の能力を発揮できる。その能力のほうでワルキューレを守ってもらえばいい」 

古泉「その世界線ではおそらく、2025年に岡部さんの手によってDメールが送られ、これによって牧瀬さんの救出が達成されるという織姫の願いが発動する」 

鈴羽「そう。牧瀬紅莉栖の死亡が第三次世界大戦の遠因の一つでもあるから。根本的な原因はもう一つあるけど」 

古泉「その根本的なほうに関してはα世界線の長門さんたちの手によってなんとかなりそうですよ。キーアイテムが見つかっていれば、ですが」 

古泉「そしてようやく世界大戦の勃発しないシュタインズゲートへと到着……ですか。随分とまあ、長い道のりですね」 

鈴羽「世界を自分の都合のいいように変えるんだ、そのくらいの手間は必要さ。神様じゃないんだから」 

古泉(かつて一晩のうちに世界を自分の都合のいいように変えようとした愛すべきお方が居るのですけどね)ンフ 

古泉「ですが牧瀬さんの救出の際も猫状態が発生するのでは?」 

鈴羽「今回の改変でβ´は消滅するはずだから、牧瀬紅莉栖救出作戦に同じ手法は使えない。また別の手段を考えないとね」 

古泉「その辺は未来の僕らに任せましょうか」 

967: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 23:09:57.08 ID:aDVFv5V+0
長門「カレー。食べて」コトッ 

鈴羽「ああっ、ユキねえさん! お手間をかけさせてすいません! いやあ、あたし、ユキねえさんのカレー好きなんですよ! レーションでしたけど」ジュルリ 

長門「これはレトルト」 

古泉(そう言えば未来でも長門さんの見た目はほとんど変わっていないのでしょうね。それで敬語でしたか) 

鈴羽「でも、いいんですか? 団長たちを置いてきちゃって」 

古泉「ご飯は機関の者に運ばせました。それにおそらく長門さんが、」 

長門「部外者に侵入されないよう保護フィールドを展開した」 

鈴羽「さすがユキねえさん! すごいです! 尊敬します!」 

長門「それほどでもない」 

古泉「さて、僕は帰ります。長門さん、阿万音さんをよろしくお願いしますよ」 

長門「あなたも食べていって」 

古泉「……嬉しい限りですね。せっかくなのでご相伴にあずからせていただきましょうか」ンフ 

968: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 23:11:50.67 ID:aDVFv5V+0
鈴羽「ロシア軍のヘリをまんまと騙して! あの時は痛快だったなー」 

古泉「なんだが自分の功績を聞かされるのは気恥ずかしいですね」 

・・・ 

鈴羽「それでストラトフォーによる洗脳作戦がお釈迦になったってわけです」 

長門「ユニーク」 

・・・ 

鈴羽「SERNへのスパイ作戦のカギはやっぱり諜報力でしたね」 

古泉「機関がそこまで巨大組織になっていようとは……」 

・・・ 

鈴羽「あたしのぉ、母さんがぁ、無人機の機銃掃射で撃ち殺されて……ウグッ……ヒグッ……」 

長門「よしよし」 

古泉「しかし、そうなると300人委員会はどこで何をしていたのか……。大戦そのものが陰謀の渦中にあったのかも知れませんね……」 

・・・ 

鈴羽「すぅ……すぅ……」 

長門「興味深い話が聞けた」 

古泉「ですね。それでは僕は帰りますよ」 

長門「なぜ」 

古泉「……まあ、この世界線では彼も居ませんし、1泊ぐらいしても怒られないでしょうか」 

970: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 23:15:33.51 ID:aDVFv5V+0
古泉「実はもう一つ気になることがあります。多分これは阿万音さんに聞かせられない次元の話、つまり自我に関わる問題だと思うのですが……、そもそもどうして彼は猫状態になってしまったのか」 

長門「世界外記憶領域で擬似ブラックホールに飲み込まれたことによって彼の自我が量子化し、その影響が実世界に表出したものと思われる」 

古泉「やはりそうですか……。あそこに吸い込まれたのは涼宮さんと彼の二人。僕と朝比奈さんは気付いた時にはこの世界線に着陸していました」 

古泉「この世界線に着陸できた、ということは、結果的に彼の手によってあのブラックホールが消滅させられた、ということなのでしょう。一体どれほどの時間がかかったかはわかりませんが」 

長門「本来あれは涼宮ハルヒの記憶の世界の時間を無限遠へと引き延ばすための装置。しかし、そこに部外者である彼が闖入してしまった」 

長門「結果、本来なら涼宮ハルヒの記憶情報から構成される彼の情報と、本物の彼の意識とが混在することとなった」 

古泉「つまり、2009年4月に初めて彼を認識した涼宮さんの記憶と、生まれてこの方ずっと自分の存在を認識してきた彼の自我が合体した……。それでアトラクタフィールドβの世界線のうちの半分が2009年4月以前に彼が存在しなかったかのように再構成されてしまった」 

長門「彼の本物の意識の中で最も自分が死亡することに違和感の無い事象が今回の事件」 

古泉「それは裏を返せば僕たちSOS団を信頼して頂いていたということにもなりますが、皮肉なものですね」 

972: ◆/CNkusgt9A 2015/08/21(金) 23:31:47.81 ID:aDVFv5V+0
ここでキリがいいので次スレ 

ハルヒ「IBN5100を探しに行くわよ!」後編 
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1440167272/ 

ちょっと1時間ほど離席します