八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「これで最後、だね」(前編)

701
:2014/07/24(木) 01:31:14.64 ID:
未央「……ありがとね、プロデューサー」

八幡「えっ? あ、あぁ……」



不意に声をかけられるもんだから、思わず変な声を出してしまう。
俺は何とか取り繕い、言葉を続ける。



八幡「別に気にすんなよ。こんくらいなら千葉県民として当然のことだ」

未央「あはは、そっちじゃなくってさ。……まぁ、それもあるんだけど、それとはまた別のこと」

八幡「別のこと?」



何だろう。何かお礼を言われるような事をしただろうか。
この間凛のブロマイドあげたけど……でも代わりに凛の写メ貰ったしなぁ。あれじゃないか。



未央「忘れてないよね? 宣材写真だよ」

八幡「宣材写真って……あの、初めて会った時の事か?」

未央「うんっ。しぶりんとしまむーと……私たちの、初めてのアイドル活動」



初めてのアイドル活動。

確かに今にして思えば、あれが俺にとっても最初のプロデュースだった。



八幡「そういや、お前らが初の臨時プロデュースだったな。つっても写真撮っただけだが」


702: :2014/07/24(木) 01:33:28.39 ID:
思わず、俺も懐かしむように思い出す。 

あれをきっかけに、奉仕部のデレプロ支部として活動するようになったんだよな。 
まぁ最初の臨時プロデュースと言っても、俺は精々見てたくらいだが。 

しかし本田はと言うと、俺の言葉に対し首を振る。 



未央「ううん。確かに写真を撮っただけだったけど……でも、私たちにとっては大切な第一歩だったんだよ」 

八幡「……第一歩、ね」 

未央「うん! しまむーも、同じことを感じてると思う」 



そう言う本田の言葉に、妙に納得してしまう。 
確かに、島村なら同じような事を言いそうだ。 



未央「そりゃプロデューサーにとっては、たくさん臨時プロデュースしてきたアイドルの一人かもしれないけど……私たちにとっては、ただ一人のプロデューサーなんだよ?」 



俺の目を見つめて、そんな事を平然と宣う。 



未央「たぶんこれは、臨時プロデュースしてもらったアイドルみんなが感じてると思う」 



そう言って、本田はまた微笑んだ。 



……中学の時にこいつに出会わなくて良かったな。 
危なく、勘違いで好きになってしまいそうだ。 


703: :2014/07/24(木) 01:34:55.64 ID:
八幡「……その内、お前らにも新しいプロデューサーがつくさ」 

未央「フフフ……実は私たちがそれを断ってるって言ったら……?」 

八幡「えっ」 



ニヤリ、という擬音がこれでもかと思うほど似合う表情。 
いやいや、まさか、ねぇ。 



八幡「……冗談だよな?」 

未央「さて、どうだろうね♪」 



いやそんな可愛く舌出しても騙されんぞ。 
まぁでもさすがに冗談だろ。あいつらがプロデューサー断ってるとか……冗談だよね? ね。 

と、俺が悶々と深みに嵌っていると、本田が思い出したように口にする。 



未央「そうだ、プロデューサーにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」 

八幡「お願い?」 



お願い。なんだろう、ついこの間もそのワードを聞いた気がする。 
しかし俺が思い出す暇もなく、本田は俺に面と向かって口を開く。 


704: :2014/07/24(木) 01:37:29.35 ID:
未央「しぶりんの事、よろしくね」 



そして言われたのは、ある意味では予想通りのものだった。 
まさにデジャヴ。 



八幡「……それ、この間も別の奴に言われたぞ」 

未央「え、ホント? そっかぁ、やっぱり私だけじゃなかったんだね」 



そう言う本田は、納得したように一人でうんうん頷いている。 
いやどういうわけよ。 



未央「なんだろうね。二人を見てると、頑張ってほしいなって思うというか、心配になるっていうか……」 

八幡「オカンかお前は」 



そんな親心みたいな心境で見られてたのか俺たちは。 
なんとも恥ずかしいものである。 



未央「まぁそういうわけで、よろしくお願いね。それと……」 



スッ、と。不意に右手が差し出される。 
それは小さく奇麗な本田の手で、握手を求められているという事に気付くのに、数瞬かかった。 


705
:2014/07/24(木) 01:40:00.64 ID:
未央「私たち臨時アイドルの事も、これからもよろしくね♪」

八幡「…………おう」



それは、これからも奉仕部として頑張ってくださいという意味でいいのだろうか。
そう思うと中々に複雑な心境であったが、まぁ、ここは良しとしておこう。

ただ恥ずかしいものは恥ずかしいので、握手した後はすぐに手を離した。
やべぇな。手汗とか大丈夫だろうか。


とりあえず、平静を装って話題を変える。
幸いにも、到着まで間もなくだ。



八幡「ほら、そろそろ着くぞ。安倍さんは……なんかブツブツ言ってるから起きてるな。本田、奈緒のこと起こしてやってくれ」

未央「むむむ……」



と、ここで何故かしかめっ面の本田。



未央「プロデューサー、もっかい言ってくれる?」

八幡「あ? いやだから、奈緒を起こしてくれって…」

未央「……そうじゃなくて、もっかい呼んでみて」

八幡「呼んでみろって…………本田?」


706:2014/07/24(木) 01:42:43.00 ID:
俺が若干困惑気味に呼ぶと、本田はあからさまに肩をすくめながら溜め息を吐く。
今にもやれやれだぜと言いそうな雰囲気だ。何だオイ。



未央「そうかぁ……やっぱり私としまむーは、まだその段階まで達してないって事か。道のりは長そうだなぁ……」

八幡「何の話だ?」



一人でブツブツ言っている本田に俺が訊くと、一度だけこっちをチラッと見る。
そしてその後、フッと鼻で笑う。え、何この子。



未央「あーいいよいいよ~その感じ。正にラノベ主人公って感じ? きゃーモッテモテー☆」ふっふー♪

八幡「バカにしてんだろオイ」






その後ヒートアップした会話のうるささで奈緒が起きるのだが、まぁ手間が省けたという事にしておこう。
スタッフさんには迷惑をかけたので、後で菓子折りでも送っておく。


けど、今日はやっぱ同行して良かったな。


こうして臨時プロデュースしたアイドルたちの現状を知れるという意味では、貴重な機会だ。
もちろん、本人たちの前では口が割けても言わんがな。


しっかし、本田には困ったもんだ。どっちが鈍感なのやら。



………………改めて呼び方変えるの、恥ずかしいだろ。察しろっつーの。






728:2014/07/28(月) 00:39:59.48 ID:
ー 土曜 saturday ー









東京都内にそびえ立つ一つのビル。


総勢200人以上ものアイドルと社員を抱える、ご存知シンデレラプロダクションだ。

その姿はコンクリートジャングルの景観の中、周りにとけ込み過ぎる程にとけ込んでいる。
しかしそれは如何せん地味という意味であり、別に立派だとか、外観が美しいとかいう意味ではない。

しかも一階は喫茶店。小奇麗で良い店ではあるのだが、それがまた芸能プロダクションらしさを打ち消しているような気もする。
コーヒーも美味いし、ウェイトレスさんも可愛い。けれど、何だか締まらない。ちなみに可愛いウェイトレスさんはこの間社長にスカウトされてアイドルになりました。もう提携でも結んどけ。


だがそんな何とも言えないうちの会社も、その地味さから未だファンからあまり場所が特定されていない。
いや、ホームページとかに普通に住所は載っているんだけどな。ファンが押し掛けてきたりもあんましない。

たぶん実際にアイドルに会いに来ても「あれ? ここであってる、よな……?」とかってなって、いまいち確信が持てないのかもしれない。やったね。良いカモフラージュになってるね。


とまぁ、そんなお世辞にも豪華な装いとは言えないシンデレラプロダクション本社だが(別に支店とかは無い)、それでも俺は評価している点はある。


729:2014/07/28(月) 00:42:06.19 ID:
例えば、冬場はコタツが出る。今はソファーだが、これも中々良い。時系列とかは気にしちゃいけない。
休憩所は奪い合いになるからな。杏あたりに奪われると5時間は動かない事を覚悟せねばならない。でも俺が座ってると皆座ろうとしなくなるんだよね。不思議ダネ。

例えば、嫌な上司がいない。というか、俺は一般Pだから直属の上司がそもそもいない。金銭面にがめつい事に目を瞑れば、奇麗な事務員さんはいるよ。
ちなみによく求人票とかに「アットホームな職場です!」とか書いてあるけど気をつけろよ。あれは嘘だ。


そして俺が最も評価している点。それは……






ガコンッ、と。一本の缶が取り出し口に落ちてくる。



その黄色く細長い。特徴的な缶。
俺のマイフェイバリットドリンク。



八幡「やっぱこれだね。MAXコーヒー」



一口飲み、口の中いっぱいに広がるその甘さ。
こいつを買える自販機が置いてあるんだから、分かってる会社だぜ。

心の中でサムズアップをし、社内へと戻るのであった。



……外に無ければもっと良いんだがな。


730:2014/07/28(月) 00:44:14.67 ID:
今日は土曜日。

一般Pとしてこの会社へやってくる前であれば、今頃は家で休日を満喫していただろう。

だが、今では立派な社畜。
当時の俺からすれば、目を疑うような状況だ。
が、それに慣れてしまったのだからそれが一番恐ろしい。

階段を上りながらそんな事を考えていたら、心なし足が重くなっていうような気がした。
やべぇな、俺もう歳じゃね? アンチエイジングしなきゃなんじゃね? 平塚先生なんじゃね? ……いや、俺はまだ大丈夫だな。

そんな失礼な事を考えて少し楽になり、俺は会社への扉を開く。


会社の中へと戻ると、そこにはソファーでくつろぐアイドルの姿が。

一応言っておくが、杏ではない。



美嘉「おっ、プロデューサーじゃん。お疲れ~★」

卯月「お疲れ様です、プロデューサーさん♪」



こちらを見るやヒラヒラと手を振ってくる美嘉に、ペコッと軽く礼をしてくる島村。
この組み合わせがいるって事は……



八幡「お疲れさん。お前らはデレラジの収録帰りか?」

美嘉「うん。今さっき帰ってきた所」

卯月「今日も楽しかったです」


731:2014/07/28(月) 00:47:05.10 ID:
満面の笑みの島村。

その反応を見れば、建前とかではなく本当に楽しかった事が伝わってくる。
うむ。仕事を楽しめるというのは良い事だ。杏に爪の垢でも煎じて飲ませたれ。



八幡「…………」



しかし、あれだな。
このメンバーだと、ついついアイツがいないかと思っちまうな。

そんな事はありえないと分かっていつつ、俺はなんとなしに空いたソファーを見てしまう。
そしてふと、視線を戻した時に美嘉と目が合った。



美嘉「? 凛ならいないよ?」

八幡「……いや、知ってるが」



え、なに。今の視線の動きだけで察したの?



八幡「そんな事言われんでも、あいつのスケジュールくらい把握してる」

美嘉「ふーん? まぁ別にいいけどさ。なんか凛いないのかなーって顔してたから」

八幡「なに言ってんだ。しちぇるわけねーだろ」

卯月「かみかみですね」



女の勘って怖い。
改めてそう思いました。


ちなみに今頃凛は海の向こうへ行っているだろう。いや、別に世界レベルさんとかじゃなく。

今回は輝子と一緒に海外ロケ。あの例のキノコ採取番組のゲストとかで、輝子が嬉しそうにしていたのを思い出す。
それに対し凛の表情は複雑そうだったがな。南無三。


732:2014/07/28(月) 00:49:28.36 ID:
八幡「そういや凛がいない代わりに代行としてデレラジに一人着くって聞いたが、誰だったんだ?」

卯月「ちひろさんですよ」

八幡「…………は?」



え? 今なんて言った?



八幡「鬼?」

美嘉「いやだから、ちひろさん」

八幡「あ、そうか悪魔か。なに、蘭子の奴ついに召還術でも会得したのか」

卯月「そろそろ怒られますよ?」



さすがに呆れた様子の島村。

いやだって、ねぇ?

当然アイドルが代わりに出ると思ってたのに、まさかの事務員ちひろさん。
いや、確かに美人だけどね? 確かにサトリナボイスだけどね?

さすがにこれは予想外である。



美嘉「スケジュール的に代わりに出てくれそうなアイドルがいなくってさ。もうこの際アイドルじゃなくてもいいかって話になって」

卯月「そこで、普段お世話になってるデレプロ関係の人って事で…」

八幡「ちひろさんが選ばれたわけ、ね」



まぁ確かにアイドル意外でとなれば無難な選択と言えるな。
アニメのラジオとかでも原作者や監督が呼ばれる事は多々ある事だ。面白いかどうかは別として。

733:2014/07/28(月) 00:51:33.19 ID:
八幡「けど、よくちひろさんもOKしたな」



断言は出来ないが、あの人はあまり目立つのは好きそうにないと思ったんだがな。
俺の疑問に、美嘉は何とも言えない表情をする。



美嘉「あー……ちひろさんもね、最初はしぶってたんだけど…………お給料を弾むよって社長に言われたら…」

卯月「快く引き受けてくれました♪」

八幡「さすが、さすがだちひろさん……!」



やっぱブレねぇなあの人は!
もはやここまでくれば、平塚先生とは別の意味で心配になってくる。誰か早く養ってあげてよぉ!



美嘉「でも今思えば、プロデューサーでも良かったかもね」

八幡「は?」



俺でも良かったって、それはつまりデレラジのゲストって事だよな。



卯月「あ、それもいいね! どうですか? プロデューサーさんもその内ゲストととして出演するのは」

八幡「いや、無理だろ。普通に考えて」



一体何を妙案みたいな感じで言っているんだコイツらは。
俺が? ラジオのゲスト? どう考えたってあり得ないだろ。



八幡「十時のプロデューサーとかならともかく、俺みたいな捻くれ卑屈プロデューサーの話聞いたってなんも面白くないだろ」

美嘉「あ、自覚はちゃんとあるんだ」



今この子サラッと酷い事言いませんでした?
いや自分で言った事だから別に良いんだけどさ。


734:2014/07/28(月) 00:53:19.59 ID:
美嘉「んーでも、プロデューサーの話もそれはそれで面白いと思うけどなぁ」

卯月「そうですよ。前のライブの時みたいに、凛ちゃんの魅力を沢山話してくれれば!」

八幡「もうその話はよしてくれ……」



そういやこいつ総武高校のライブ見に来てたんだったな。
確かにあれのせいで俺の事を知ってる一部の奴らはいるかもしれんが、それでもほんの一握りだ。需要があるとは思えん。


八幡「大体、そのせいでリスクを増やす必要もない」

卯月「リスク?」

八幡「俺と凛の事だよ」



決して多くはないだろうが、それでもつまらない因縁をつけてくるファンは少なからずいるだろう。
つまり、俺と凛の関係を勘繰る奴らだ。



八幡「アイドルのファンって奴は、少しでも男の陰を見ると疑ってかかるもんなんだよ。俺みたいな若い男が凛のプロデューサーだと広めて、いらん誤解を招くのも面倒だろ」

美嘉「はーなるほどね。そんなものかぁ」

八幡「そんなもんなんだよ」



よくブログやらツイッターで「弟と~」とか言ってるアイドルがいるが、あんなん疑ってくれと言ってるようなもんだ。どんだけアイドルの皆さんは弟と仲良いの? 弟とそんなしょっちゅう遊びに行くの? 絶対嘘だろ。ただしやよいちゃんには当て嵌まらないがな!



八幡「お前らも気をつけろ。不用意に男の名前とか出すなよ」

美嘉「心配しなくても、そんな相手いないよ」

卯月「……」


735:2014/07/28(月) 00:56:11.69 ID:
しかし俺の忠告に対し、美嘉とは違い島村は俯き無言のままだった。
え、もしかしてそういう相手いんの?


と、俺が若干不安になっていると、突如軽快なメロディがその場に流れ出す。
恐らくはケータイの着信。もちろん俺ではない。



美嘉「あ、ごめんアタシだ。……って、嘘!? もうそんな時間!?」

卯月「美嘉ちゃん?」

美嘉「ゴメン卯月、プロデューサー! アタシ莉嘉の迎え行かなきゃだから、もう行くね!」



言うや否や、美嘉はカバンを引っ掴むと慌てて事務所を後にした。
大方、莉嘉からの催促のメールでも来たのだろう。相変わらず仲の良い姉妹である。



八幡「ったく、あんな変装も碌にしないで帰りやがって。もう少し自分の知名度を自覚しろよな」

卯月「そ、そうですね。あはは……」



俺の呟きに対し、島村は言葉を返すもどこかぎこちない。
……なんなんだ一体。

いつもの天真爛漫を絵に描いたような島村を知っている為、今の状態はどうもやり辛い。
やっぱ、さっきの話が原因か?


まぁそうだとしても、俺にはどうする事も出来ないし、どうしようとする気もない。
仮にそんな相手がいた所で、それは島村の問題だ。俺がどうこう言う理由もないしな。

あくまで俺は、凛のプロデューサーだ。









ふとーー




そこで、一瞬だけ頭を過った。



736:2014/07/28(月) 00:57:53.85 ID:
もしも。



もしも凛に、そんな相手がいたら?

いる事を知ってしまったら?



そんな考えが一瞬だけ思い浮かんで、そして、直ぐに頭から追いやった。

そんな事を考えた所で、意味は無い。
例え現実逃避だと言われようと、その時に考えればいい事だ。



だから。



だから、一瞬胸の内に宿った黒い感情は、気のせいだ。



きっとこれも、ただの気の迷いで、無視していい感情だから。






八幡「お前も気をつけて帰れよ」



そう一言だけ言い残し、俺は事務スペースへと戻る事にする。
余計な事に気を割く余裕は無い。さっさと事務処理を終わらせて、今日は帰って寝るとしよう。



卯月「ーープロデューサーさん」



だが、そんな俺を島村は呼び止めた。


737:2014/07/28(月) 01:00:39.18 ID:
振り返り、島村へと視線を向ける。
その表情は、以前として暗いままだった。



八幡「どうした?」

卯月「プロデューサーさんは、さっき自分はラジオには出ない方が良いって言いましたよね」

八幡「……ああ」

卯月「私は、そうは思いません」



そう言った島村の顔は、さっきまでの暗い表情から一転、強い意志を感じさせるものとなる。
まるで俺の言葉は間違っていると、そんな想いが込められているように見えた。



卯月「プロデューサーさんは凛ちゃんの事を大事にしてて、いつだって一生懸命にプロデュースしてて、だからきっと、ファンの皆さんも分かってくれるはずです。だって」



だって、私がそうだからーー

島村は、そう言った。


けれどそれは、都合の良い理想だろう。
エゴと言ってもいい。自分の考えが、全て周りに分かってもらえるなど勘違いもいいところだ。


彼女は優しい。

優しいから、それだけに他の者とは違う。


皆そんな風にはなれないんだ。
そんな風に優しくなれないから、彼女の優しさは特別で、分かってもらえない。

そうあれたらいいとは思う。
けどきっと多くの人は、思うだけなんだ。


だから俺は、ゆっくりと首を振った。


738:2014/07/28(月) 01:02:52.03 ID:
八幡「……悪いな。お前がそう言ってくれても、皆そうじゃないんだよ。諦めてくれ」

卯月「そんな……」



あからさまに落ち込んだ様子の島村。
こいつも本田も、どうしてこんなに気遣ってくれんのかね。



八幡「……けどまぁ、その言葉はありがたく受け取っとくよ」



らしくもなく、フォローを入れてしまう。
そんな顔をずっとされてたんじゃ、こっちの気が滅入っちまうからな。

それで幾分かは立ち直ったのか、島村はコクンと頷いた。

未だ納得はしていない様子だったが、それでも折り合いはつけられたようだ。
やがて島村を顔を上げ、口を開いた。



卯月「じゃあ、これだけは言わせてください」



ここに来て、一体何を言うというのか。
俺は少々身構えつつ、島村に聞き返す。



八幡「なんだ?」

卯月「あの時は、ありがとうございました」


739:2014/07/28(月) 01:04:57.04 ID:
そう言って、島村は頭を下げた。
いきなりの行動だったので、俺は思わずぎょっとする。


あ、あの時? あの時ってーと、やっぱ初めて臨時プロデュースした時の事か?
昨日の本田との会話を思い出し、その件だろうと見切りをつける。

だが、実際はそうではなかった。



八幡「あ、あぁ。宣材写真の時の事か? 別に礼を言われるような事は…」

卯月「それもありますけど……私が言ってるのは、個性の話の時のことです」



そう言って、島村は微笑んだ。

個性の話……?
そう言えば、なんかそんな話をした時もあったような……

俺が頭を捻っていると、島村は胸に手を当て、目を閉じ、思い出すように呟いた。



卯月「『お前が普段通りに振る舞って、普段通りに笑っていれば、それはもうお前の個性で、魅力なんだよ』……って、プロデューサーさん言ってくれましたよね」

八幡「……俺、そんなこっぱずかしい事言ったのか?」

卯月「はい♪」



嫌になるくらいの笑顔だった。



八幡「悪い、よく覚えてない……」

卯月「いいんです。何気ない会話の中だったですし、あの後色々あったみたいですから」


740:2014/07/28(月) 01:08:08.06 ID:
「でも……」と、島村は続ける。



卯月「あの時、ああ言ってくれたから私は自信が持てたんです。私は、私のままで良いんだって。私のままで頑張れば、それが魅力になるんだって」

八幡「……」

卯月「だから、ありがとうございます」



そうして、島村はまた笑った。


その言葉を聞いて、俺は素直に受け取る事が出来なかった。

正直に言えば、買い被りもいい所だと思う。
実際俺はよく覚えていないし、その時大した意味も無くそう言ったんだろう。

けれど、島村はそれでもいいと言うだろう。
そんな事はどうでもよく、自分が元気付けられたのだと。

彼女は、そう言ってくれる。


いつだったか、「自分の言葉に責任を持て」と言われた事がある。
プロデューサーという仕事は、正にその言葉の通りなのではないだろうか。


俺の発言が、その言葉が。

アイドルという他の誰かの糧ともなり、枷ともなる。

だから、責任を持たなければならない。



その言葉に。


741:2014/07/28(月) 01:10:34.72 ID:
八幡「……ラジオは無理だ」

卯月「え?」

八幡「ラジオは無理だが…………まぁ、雑誌のインタビューくらいなら、まだいいかもな」



俺は明後日の方向へ視線を向け、言う。



八幡「俺なんかがプロデューサーをやってるって、わざわざ伝える必要もないけどよ。それでもまぁ、俺がプロデューサーだって知られて、お前らが恥ずかしくないような奴には、なろうと……思う……なれたらいいなぁ」



最後の方はちょっと願望になってしまったが、今はこれが精一杯。
何より、恥ずかし過ぎる。



八幡「……お前らが胸を張れるようなプロデューサーになるから…………それまで待っといてくれ」



もう聞こえないんじゃないかというくらいの小声で、なんとかそこまで言葉に出来た。
なんぞこれ。何の羞恥プレイ? 絶対帰ったら枕に顔埋めて足パタパタコースだよ……


そして島村はと言えば、最初はぱちぱちと目を瞬かせていたものの、その後すぐに笑顔になり、元気に応えた。






卯月「ーーはいっ♪」






ほんと、これだから優しい女の子はダメなんだ。


柄にもなく頑張ろうとか考えちゃってるのだから、我ながら情けない。



742:2014/07/28(月) 01:16:07.13 ID:
八幡「じゃ、じゃあ俺はまだ仕事が残ってっから」



とりあえずこの場に留まるのは限界だったので、俺は逃げるようにそそくさとその場を後にする、
が、島村はなおも着いてくる。



卯月「あっ、プロデューサーさん! それともう一つお願いがあって…」

八幡「どうせ凛のことだろう」

卯月「え! なんで分かったんですか!?」

八幡「そのくだりはもう既にさんざんやった」



というかなんで着いてくるんですかねぇこの子は!


その後もうっかり島村と呼んでしまったせいで、本田の時みたく名前呼びがどーのという話になってしまった。
いい加減俺に仕事をさせてくれ。いややりたくはないんですけどね!

……でも、淹れてくれたお茶は美味かったな。

最近、俺の思考回路が単純になってきている気がする。



全くもって、アイドルというのは面倒くさい。
誰よりも面倒くさい俺が言うのだから、きっと間違いないんだろう。


けどそれ以上に、彼女たちは純真で、懸命で、本物だ。


誰よりも腐った目の俺が言うのだから、きっとそれも、真実なのだろう。



743:2014/07/28(月) 01:17:46.22 ID:
だから俺は今日も、プロデューサーとして仕事をし、家に帰って休息を取る。

明日は日曜日。相も変わらず休みは無いが、一週間も明日で終わり。



明日を乗り切れば、凛とも、また会える。



会社を出て、階段を降りる。
自販機の前を通り過ぎようとして、ふと立ち止まる。

俺は財布から小銭を取り出し、MAXコーヒーを買う。


一口飲めば、その甘さが、一日の疲れを癒してくれるようだった。



……なんだ、やっぱ良い会社じゃねぇか。






762:2014/08/01(金) 01:13:27.76 ID:
ー 日曜 sunday ー









「「「かんぱーいっ!」」」



グラスとグラスがかち合う、軽快が音が響き渡る。

僅かに飛び散る冷たい雫。
一息にあおれば、乾いた喉を潤してくれる。

見れば、皆一様に思わず声を漏らしていた。
やはり仕事終わりのビールというのは、格別らしい。

……まぁ、俺はソフトドリンクなんだがな。


場所は都内にあるとある居酒屋。
どこか昔懐かしいオープンな店構えで、席と席との間にも僅かな仕切りしかない。

至る所からワイワイと賑やかな声が聞こえ、時たま耳を塞ぎたくなる程の笑い声も飛んでくる。
まさにTHE・居酒屋といった印象。正直静かな店の方が好みではあるが……まぁ、たまにはこういった店も悪くはない。


763:2014/08/01(金) 01:15:50.36 ID:
時刻は8時を回った所。

無事に会社での仕事を終え、俺は大人組の打ち上げへと付き合わされていた。
一応言及しておくが、俺は断った。断ったのだが、それは特に意味を成さなかった。何故だ。

座敷の席でテープルを囲む4人。



楓「今日はお疲れさま比企谷くん」

八幡「え、ええ。楓さんもお疲れさまです」



俺の隣で美味しそうにお酒を飲んでいるのは高垣楓さん。
おちょこで熱燗を飲むその姿は、何とも様になっている。
しかし、今日は酒場放浪記のロケ終わりと聞いたんだが、まだ飲むのかこの人は……



ちひろ「ぷはー! 店員さん、生おかわりお願いします!」



そして楓さんの前、俺の斜め向かいに座っているのはご存知千川ちひろさん。
勢いよくビールを空にし、なんかもう既に顔が赤い。もしかしてこの人お酒弱いのか?


そしてそして、問題なのがこの人。
俺の目の前に座る良く見知ったこの人物。



平塚「いやーやっぱ仕事終わりの一杯は最高だなぁ……比企谷、お前も働くようになったから分かるだろう?」

八幡「いや、俺ウーロン茶ですし」



我が担任であり、元祖奉仕部顧問、平塚教諭である。何故またいるし……

なんでも元々ちひろさんと飲む約束をしていたらしく、そこに丁度帰ろうと思っていた俺が通りかかりさぁ大変。もうなすがままです。途中ロケ終わりの楓さんをお供に、居酒屋へと乗り込むのでした。だから何でだよ。


764:2014/08/01(金) 01:18:24.74 ID:
そしてその平塚先生はと言うと、ビールを始め次ぎ次ぎにお酒を飲んでいる。

もの凄い勢いでハイボールをおかわりし、煙草をくわえるその姿はまさにオッs……あ、いえ。なんでもないです。
やべぇな、今スゲー眼光で睨まれた。声に出てた?


とまぁ、今日はこのようなメンバーでお送りしている。
いつぞやのラーメン一行だな。もしかしてこの後また行くのか?

と、俺がそれなら腹開けとかないとなーとか考えていると、楓さんが肩をつついてくる。
出来ればその仕草はやめて頂きたい。なんかこう、色々くるものがある。



楓「比企谷くん、今日は会議に出ていたみたいだけど、何を話していたの?」

八幡「あぁ、アニバーサリーライブの事ですよ。もうあまり日もありませんから」



思い出すは、今日行われたプロデューサーと会社の上役による会議。

ライブの概要や、会場準備、演目の確認、音響や衣装の事までとにかく打ち合わせを行った。

まぁ、基本的には一般Pはサポートが主な内容になるがな。
会社の正式なプロデューサーたちが中心となり、ライブを形にしていくといった所だ。

さすがに一年もたたない一般Pたちでは、不安も大きいからな。当然と言えば当然である。
もっとも、もう既に大分形にはなっている。後はライブに備え、滞りなく準備していくだけだ。



八幡「慣れない事ばっかりで、正直てんやわんやですけど……まぁ、なんとかなるでしょう」

平塚「ほう? 君も言うようになったじゃないか」



そう言って平塚先生はもう一杯ハイボールを頼む。
つーかそれ何杯目だアンタ。隣のちひろさんなんてもう既に眠そうだぞ……



765:2014/08/01(金) 01:20:58.99 ID:
八幡「ちひろさん、あんま飲み過ぎない方がいいですよ。明日も仕事でしょう」

ちひろ「ら~に言ってんれすか……これくらい大丈夫ですっ!」



ビシッと何故か敬礼するちひろさん。ダメだこいつ…早くなんとかしないと……



ちひろ「それに、さすがに全員揃うまでは帰れませんよ~」

八幡「は?」



全員揃うって……え? なに、まだ増えるの?
てっきりこれでフルメンバーだと思っていた俺は思わず面食らう。



楓「それでしたら、もう少しで到着するってさっきメールがありました」



ケータイを見ながら言う楓さん。
だから、一体誰が……

そう声を出そうとした時だった。

その人の声が聞こえてきたのは。






「ごめんなさい、遅くなってしまって」



八幡「ッ!? 由比…が…はま……?」






何処かデジャヴを感じるこの展開。

声のした方に振り返る。
が、そこにいたのは、もちろん由比ヶ浜結衣ではなかった。


768:2014/08/01(金) 01:23:12.31 ID:
そう言ったのは、20代……恐らく後半の、大人の女性であった。

例によって、とびきり美人の。



瑞樹「隣、いいかしら?」

八幡「え? あぁ、どうぞ……」



いやよくねーだろ!
なに、俺の隣座んの? いやちょ、平塚先生の隣も空いてますよ!

しかし俺の心の中の叫びも虚しく、川島さんは隣に座ってしまった。

いやそんな事よりも、俺が驚いたのは……声だ。



……由比ヶ浜そっくりですのだ。



楓さんの時もそうだったが、思わずアテレコしてんじゃないかっていうレベル。
まぁよく聞けば違いもあるのだが、やはり根本的に声質が似ている気がする。

なんというか、大人になった由比ヶ浜? ってな感じだ。
実は由比ヶ浜の母親だったり? ……さすがにねーか。



楓「前の仕事が長引いていたんですか?」

瑞樹「ええ。ちょっと撮影が中々終わらなくてね……でも、その分お酒が美味しくなりそうだわ」

楓「ふふ……最初はビールにしますか?」

瑞樹「そうね。楓ちゃん、店員さん呼んでもらえる?」

楓「はい♪」

八幡「…………」


769:2014/08/01(金) 01:24:54.89 ID:
頼むから、俺を挟んで会話をするな!


なんなんだこれは……
穏やかになった雪ノ下と、大人っぽい由比ヶ浜が会話してる……ようにしか聞こえん。

しかも話の内容があの二人では絶対しなさそうなものなので、余計に違和感を感じる。
どうしよう、録音してあの二人に聞かせてやりたい。


実際、川島さんの事は前々から知っていた。
うちのアイドルたちの中でも有名な方だし、何度か見かけた事もある。

しかし、声をちゃんと聞いたのは今回が初めてだ。
まさか、ここまで由比ヶ浜と似ているとはな。


と、ここで何処か不穏が空気を感じる。
それは俺の前の席。平塚先生からのものだった。

その目は真剣で、真っ直ぐに川島さんへと向かっている。



平塚「……はじめまして。そこの比企谷の担任の平塚です」

瑞樹「っ! ……こちらこそ。川島です」



そして対する川島さんも、真剣な表情で相対する。
お互いがお互いを、睨むように見据えていた。

え? 決闘でも始まるの? と戦々恐々とする俺。


770:2014/08/01(金) 01:27:23.85 ID:
しかし、その緊張感も長くは続かなかった。

二人は無言で動かなかったと思うと、瞬時に右手を差し出し合う。



それは別に突きを放ったわけではない。二人は差し出した合ったその手で……






熱い熱い、握手を交わした。なんだこれ。






平塚「何か、あなたとは通じ合うものを感じました……!」


瑞樹「わかるわ。あなたも、苦労なさっているようで」



うんうんと頷き合う二人。
心無しかさっきよりもイキイキして見える。あれですかね。アラサー同士だから通じる何かなんですかね。

そしてそんな場を収めるはちひろさん。どうやらお酒が来たようだ。



ちひろ「まぁまぁお二人とも座って♪ ビールが来たので、また皆で乾杯をし直しましょう! それじゃ、せーの…」






「「「かんぱーいっ!!」」」






だから俺、ウーロン茶なんですけど。



とまぁ途中茶番もあったりしたが、なんだかんだ楽しく飲んでいるようだった。

そしていくつか話が弾んだ後、川島さんがふと思い出したように言った。


771:2014/08/01(金) 01:29:53.91 ID:
川島「そう言えば、今日は凛ちゃんは来れなかったの?」

八幡「凛、ですか?」



日本酒を飲みながら話すその姿は、何処か色っぽい。
ちょっとだけ目を逸らしつつ、俺は質問へ答える。



八幡「ちょっと3日前から海外ロケへ出てまして。今日帰ってくる予定らしいですけどね」

瑞樹「そう、久しぶりに合いたかったわね」



残念そうに言う川島さん。

この人も結構飲んではいるはずだが、あまり大きな変化は見られない。
たぶん楓さんタイプで、お酒には強いんだろうな。ちなみにちひろさんは既にネクタイが頭に巻いてある。



瑞樹「……これは余計なお節介かもしれないけれど、ひとついいかしら?」



不意に、川島さんが真面目な表情になる。
その顔を見て、なんとなく俺もふざける場面ではない事を悟り身構える。



八幡「……なんでしょうか」

瑞樹「あまり、気を張りすぎないようにね」

八幡「…………はい?」



思わず変な声を出してしまった。
気を張りすぎ……と言っても、特にそんな気もないのだが。何に対しての事だ?

俺がよく分かっていないのが伝わったのか、川島さんはクスリと小さく笑い、もう一度話し始める。



瑞樹「プロデュース業のことよ。相手を……凛ちゃんを信用するのは良い事だけど、それだけに見えていない部分が見えた時がね」

八幡「見えて、いない部分……」


772:2014/08/01(金) 01:32:44.22 ID:
瑞樹「そう。あなたと凛ちゃんは強い信頼で結ばれてるように思うけど、それが逆に心配でもあるの」



信頼で結ばれてるとは、またえらい大袈裟な表現を使うものだ。
だが、川島さんは本気で俺に忠告をしているようだ。

その顔を見れば、分かる。



瑞樹「その信頼がある故に、何かあった時の結果が怖い。……まぁ、そう感じてるのは私くらいかもしれないけどね」

そう言って、川島さんはお酒に口を付けた。


何かあった時、ね。

その何かが何を意味するのかは分からないが、それでも、確かに川島さんの言う事は妙に納得出来た。
今のような関係も、環境も、状況も、いずれは変わって、無くなってしまう。

それが何かのきっかけによるものなのか、はたまた自然に瓦解するようなものなのか。それは分からない。


そしてその時、俺と凛はどうなってしまうのか。


考えても仕方のないことだと分かっていても、頭を過ってしまう。

それはきっと、決して避けては通れない道だろうから。

とりあえず今は、川島さんの言葉を素直に受け取っておく事にした。


……つーか、また凛との事を心配されてんのか。
一体全体、皆して何だと言うのか。さすがに心配し過ぎィ!


773:2014/08/01(金) 01:34:40.55 ID:
楓「ふふ……私も負けていられませんね」

八幡「そうですよ。うっかりしてたら、俺が凛をシンデレラガールにしちゃいますんで」



俺がやや挑発的にそう言うと、そこで何故か平塚先生がニヤリと笑う。



平塚「なら、こんな所でのんびりしている暇は無いんじゃないのかね?」

八幡「は?」

平塚「さっきから、時計ばかり気にしてるじゃないか」



ぎくっ。

な、何でそんな事が分かんだよ……
確かに見てはいたが、気付くような素振りは見せなかったぞ?



平塚「確か、渋谷は今日帰ってくるんだったよな?」

八幡「…………」

平塚「何時の便だね?」

八幡「……21時です」



そう言うと、平塚先生はまた笑った。



平塚「なら行きたまえ。今からならまだ間に合う」

八幡「は!?」


774:2014/08/01(金) 01:37:07.22 ID:
いや間に合うって、空港までって事ですのん?



八幡「いやでも、どうせ後で会えるし、わざわざ仕事終わりに会わなくても……」

平塚「何を言う」



俺の言葉に、平塚先生はちゃんちゃらおかしいと笑う。
その姿は、正に威風堂々とした様子だ。



平塚「仕事以外で会っちゃいかんと誰が決めた? アイドルとプロデューサーである前に、君たちは人と人だろう?」



やだカッコイイ。惚れそう。
俺が思わず呆然としていると、ちひろさんがそれにならう。



ちひろ「今日は私たちの奢りですから、気にせず行って来てください♪」



左右を見れば、楓さんも川島さんも笑顔で頷く。
……これ、もう行かなきゃいけないパターンじゃね?



八幡「…………ハァ、わかりました」



俺は立ち上がり、荷物をまとめてその場を後にする事にする。

帰り際、残った4人に向かって頭を下げた。



八幡「ゴチになります」



どうしてこうも、大人ってのは粋な事をしてくれるのかね。

四人の生暖かい視線を背中に受け、俺は歩き出した。






775:2014/08/01(金) 01:39:20.59 ID:










歩く、歩く。

普段来る事の無い場所で、それなりの人ごみに流されないよう、注意を払って歩いていく。



歩く、歩く。

先程、連絡をとっておいた。このまま迷わず行ければ、そこで待っているはず。



歩く、歩く。そしてふと、立ち止まる。

待合室の柱に寄りかかり、虚空を見つめている少女を一人、見つける。


大きなキャリーバックを携えている辺り、遠くへ行っていたという事実を如実に感じさせる。



そして彼女は、俺に気付いた。



凛「……わざわざ迎えに来るなんて、どうしたの?」



なんでもなさそうにそう言う凛。

最初に会って言う言葉がそれかよ。
と思わないでもなかったが、まぁ、素直に挨拶出来ない点で言えば俺もどっこいどっこいなので良しとする。


776:2014/08/01(金) 01:40:53.96 ID:
八幡「別に、仕事以外で会っちゃ行けないなんて決まりはないだろ」



特に何の言い訳も考えてなかったので、平塚先生の言葉を借りる。

それを聞いた凛は、少しだけ意外そうにした。



凛「ふーん。……まぁ、プロデューサーがそう言うんなら良いけどさ」



凛はそう言うと、キャリーを引っぱりながら歩き出す。心なし、機嫌は良さそうだ。
俺もそれに習い、隣に立って歩き出す。



凛「でも事務所に行く手間が省けて良かったよ。こっからじゃ結構遠いし」

八幡「? お前は直帰の予定だったよな。事務所に何か用事でもあったのか?」

凛「あ、いやそれは…」



俺が訊くと、何故か顔を赤くしてドモり始める凛。



八幡「それに手間が省けたって…」

凛「な、なんでもない! それより、一週間の間何かあった?」

八幡「特ニ何モ無カッタヨ」

凛「……なんで片言なの?」



777:2014/08/01(金) 01:42:47.86 ID:
その後、他愛の無い話をしつつ凛を家まで送った。

どんな事をしてきたのか、アニバーサリーライブでは何をしたいか、話題はいくらでもある。


この一週間、色んなアイドルと過ごし、凛とは会わずに過ごして来た。
だがそれでも、会っていない時の方が、より凛の存在を意識したような気がする。


それが何を意味するかは分からない。

まぁ、余計な事は後で考えればいいだろう。


ただ今はーー



隣を歩く彼女の声に、耳を傾けていよう。









凛「ねぇプロデューサー、聞いてる?」

八幡「あ? あ、あぁ悪い悪い。どうしたんだ?」

凛「だから、この前のお返しの事。プロデューサーの家に遊びに行くってだけでいいよ」


八幡「………………は?」


凛「今度の休み、行くから」



満面の笑みで、彼女はそう言った。



……来週も、一筋縄ではいかなそうだ。






800:2014/08/04(月) 03:06:23.70 ID:












この世の中において、一番大事なものとは一体なんなのだろうか。


突然何を、と思うやもしれんが、俺は今だからこそそれを問いかけたい。

大事なものなんて、結局は人それぞれ。
そう言ってしまえば、実際はそれで済む問題だ。今更、議論する余地すらないものかもしれない。

だがそれでも、俺はまだ答えを出せずにいる。

俺は、今でもそれを探し続けている。


よく耳にするのは、お金か愛か、という月並みな台詞。

愛はお金では買えないが、愛以外はお金で買える。
これだって、状況によって答えなんて変わっていくものだ。

世の中、愛に飢えた女教師もいれば、お金に執着する事務員もいる。そんなものだ。誰か早く貰ってあげて!

お金か愛か、それとも地位か名声か、その人にとっての大事なものなど、やはりそれぞれだとしか言えない。
誰だって自分の考えはあるし、それを共有出来る時もあれば、誰にも分かって貰えない事だってある。


だがここで重要になってくるのは、何が自分にとって一番大事なのか、それをハッキリと答えられるかどうかだ。


802:2014/08/04(月) 03:08:18.25 ID:
“本当に大事なものは、失ってから気付くもの”。



よく聞く言葉だが、実際の所真理でもある。
当然だ。いつだって人は幸福を日常と捉え、不幸を非日常とする。

自分にとっての“当たり前”が恵まれているという事に、人は気付けない。


ならば、俺はどうか?


俺にとっての大事なものとは何で、失いたくないものとは、なんなのか。

昔の俺ならば、それは家族と答えたかもしれない。
いや、もちろん今でも言える。だが昔と違うのは……


俺なんかの事を見てくれる、そんな奇特な奴らが増えたという事。


友達と言ってくれる奴らもいた。

信じてくれる奴らもいた。

……俺に、見ていてほしいと言ってくれる奴も、いた。


そんな奴らが出来て、俺にも失いたくないものがあるんだと、最近になって自覚する事が出来た。
それは他の奴らからすれば何て事の無い存在なのかもしれない。いて当然の関係だと言うかもしれない。

だが、俺には分かる。

彼らがいてくれる、その大切さを。
いてくれる、その尊さを俺は知っている。

いて当たり前なんて事は、決してないんだ。


803:2014/08/04(月) 03:09:45.66 ID:
こんな事、本人たちの前では口が裂けても言えはしまい。
言えたとしても、いつものように捻くれた物言いになってしまうだろう。


だがいつかは。

いつかは、ちゃんと言葉に出来たらと思う。


あいつらの存在が。

どれだけ、俺を救ってくれたのかを。



……まぁ、その内な。



それと、最近他にも大事なものを一つ自覚した。
それもある意味では尊く得難いもので、誰しもが望むものとも言える。

以前の俺であれば、そう難しくなく得る事が出来たのだが、今ではそれも無理だ。

本当に、大事なものは失ってからしか気付けない。


その大事なものとはーー









小町「お兄ちゃん! そろそろ凛さん来るんでしょ! ほらさっさと着替える!」

八幡「……なんでお前が張り切ってんだよ」



休み、休日、ブレイクタイム?
なんでもいいから、たまにはゴロゴロさせてくれ……


804:2014/08/04(月) 03:12:05.82 ID:
場所は千葉県某所にある比企谷家。

久方ぶりの休日に、俺は心行くまでゴロゴロしようと思っていたのだが……



小町「凛さん、夕飯も食べてくの? なら買い物行っておいた方がいいかな」

八幡「別にいーだろ。食う事になっても、最悪外食すりゃいいし」

小町「何言ってんのもう、これだからゴミいちゃんはダメなんだよ!」

八幡「なんで今俺罵倒されたの……」



話の通り、今日は凛が家にやってくる。

久しぶりに休みを満喫できると思っていたのだが……まぁ、仕方あるまい。
お返しを考えるのも面倒だったし、これで済むなら安いもんかもしれんしな。

ともすれば、一番面倒なのはこの妹かもしない。



小町「いい? 彼女が家に行きたいって言ってる、それはつまり、彼氏の家でのんびりしたいっていう意味なんだよ? なのに外食なんてしたらいつもと変わらないでしょ。OK?」

八幡「OKじゃないが。つーかそもそも彼女じゃない」

何故こうもノリノリなのだろうかこの妹様は。
それと彼女が彼氏の家に行きたいとか、その話はやめろ。いつぞやのクイズを思い出す。



小町「そんな細かい事はいーの! お兄ちゃんも一応料理出来るんだから、ここは振る舞ってしかるべきだよ!」

全然細かくない。
つーか、え? 俺が料理すんの? 何それ最高に面倒くさい。


805:2014/08/04(月) 03:13:44.22 ID:
八幡「何でわざわざ俺が作らなにゃならんのだ。尚更外食を推すぞ」

小町「減るもんじゃないし、いいじゃん。それにここで家庭的な面を凛さん達にアピールすれば、専業主夫を目指すお兄ちゃんとしても好都合でしょ?」

八幡「好都合とか言うな。まぁ確かに俺の主夫度を見せてやるのもいいかもしれんが……ん? 凛さん“達”?」

小町「あ、やばっ」



俺が言われた台詞に疑問符を浮かべていると、小町は慌てて口を抑える。いや露骨過ぎんだろ。



八幡「……お前、何か隠してるだろ」

小町「な、何を仰ってるか分かりませんなぁ」



面白いくらいに目を泳がせる小町。
怪しい。もう何が怪しいって姉ヶ崎のバスト逆サバ疑惑くらい怪しい。

俺がもう一度問いつめようとすると、しかしそこで我が家のチャイムが鳴る。
それに反応する小町。功を奏したとばかりに、その場から逃げる。



小町「あ、凛さんもう来ちゃったね! 小町お出迎えしてくる~☆」

八幡「あ、おいこら」



俺の静止虚しく、小町はたったかと行ってしまった。
激しく嫌な予感がするが……まぁどうしようもないか。


とりあえずリビングで待機。
その辺の雑誌を片付けつつ、気持ちを落ち着ける。

小町のせいで、何か俺まで緊張してきた。
いや、別に遊びにくるだけだからね? 深い意味は無いからね?


806:2014/08/04(月) 03:14:52.28 ID:
そうだ。両親も帰ってくるし、小町だっている。
……逆に言えば、夜まで両親は帰ってこないし、小町が出かけれガ二人っきりだな。



八幡「…………」



おおおおおお落ち着け俺。
そうだ、雑誌でも呼んで待とう。すげー自然だろ、うん。

テーブルの上に投げ出された雑誌を手に取り、その表紙を見る。



『彼氏必見! 女の子をお家に招いた時の必勝法特集?』



何を読んでんだあの妹はぁ!?
いや完全にこれ俺への当てつけですよね!

や、やばいぞ。こんなん凛に見つかったら何を勘違いされるか。決して俺が買ったわけじゃないのよ?

とりあえず、その雑誌は本棚のジャンプに挟んで隠しておく。
なんかエロ本を買う時のカモフラージュみたいで嫌だが、今はこうするしかあるまい。


と、ここでリビングのドアが開けられる。
危なかった……



小町「さぁさ、どうぞどうぞ~」



最初に小町が入ってきて、その後に来客者を招き入れる。



八幡「おう、遅かった…な……」



だが、リビングへと入ってきたのは凛だけではなかった。


807:2014/08/04(月) 03:16:20.23 ID:
奈緒「うーっす」

加蓮「お邪魔しまーす」

卯月「こんにちはプロデューサーさん」

未央「やっはろー☆」

輝子「フヒ……ここが、八幡の家……」

凛「あはは……お邪魔するね、プロデューサー」



八幡「…………」






うわっ…俺のお客さん…多すぎ…?

なんて言っている場合ではない。何でこんなにいるのん!?



八幡「凛、いや小町。どういう事だこれは?」

小町「そこで小町に聞いちゃう辺り、信頼されてるなぁ」

八幡「ある意味ではな」



つーかこんな事態、お前意外に考えられないですしおすし。



小町「そりゃ小町だって、本当は凛さんと二人っきりにさせてあげたかったですよ? 凛さんだって勇気を出して言ったわけですし」

凛「いや、私は別にそんな…」



なんか凛が顔を赤くしながら抗議しているが、小町はそのまま続ける。
絶対悪いと思ってないだろ。


808:2014/08/04(月) 03:18:10.72 ID:
小町「だけどそこで考えたわけですよ。もしも、もっとアイドルの皆さんが来たら、どうなるか……」

奈緒「どうなるんだ?」

未央「最高に面白そう!」

小町「Yes!」



最低にはた迷惑です。本当にありがとうございました。
YesじゃねーよYesじゃ!



卯月「でもえっと、小町ちゃんは悪くないんですよ?」

未央「元は凛から聞いて、私たちも行きたい! って言ったのが発端だからね」



小町をフォローするように言う二人。
なるほど。それで小町へ連絡して、OKを貰えたと。いや小町がOKしてる時点でおかしいけどね? 俺に聞いて!

つーか、いつの間に連絡先を交換してたんだこいつらは……



加蓮「えーっと、なんかゴメンね凛」

凛「別に大丈夫だよ、多い方が楽しいし。……ていうか、そもそも二人っきりになりたかったわけじゃないし」



申し訳なさそうに言う加蓮に対し、凛は気にしてないという風に返す。
が、最後の方は拗ねた風だった。

いや、分かってはいたけどね。うん。そんなはっきり否定されるとちょっと傷つく……



輝子「八幡、キノコはどこに置けば……?」

八幡「え? あ、あぁ。とりあえずそっちの隅の方に…………って何ナチュラルに持って来てんだお前は」

輝子「フヒ……ロケに行った時の、お土産……」


809:2014/08/04(月) 03:19:35.02 ID:
え? なにそれくれんの?
滅茶苦茶いらないが、滅茶苦茶断り辛い。どうしよう。



八幡「なんかすっごい緑色なんだが……」

輝子「フフフ、八幡をイメージしてみた」

八幡「お前の俺へのイメージって苔が生えてんの?」



仕方ない、受け取るだけ受け取っておこう。
なんか凛が遠い目でキノコを見つめているが、トラウマは刺激してやらないのが吉だ。そっとしておいてやろう。



卯月「でも、突然こんなに押し掛けて本当に良かったんでしょうか……?」



島村が今更ながら遠慮がちに問うてくる。



八幡「まぁ……………………………………いいわ。どうでも」

奈緒「めっちゃ間を開けた割に投げやりだ!?」



そら投げやりにもなるわ。
むしろ不貞寝しないだけ褒めてほしいレベル。



小町「まぁまぁ、とりあえず皆さん座ってください♪ 今お茶でも出しますから」



小町に促され、皆一様にソファへと座っていく。
つーか席足りるか?

俺がテーブルの椅子を持ってこようかと思っていると、キッチンへ向かう小町の独り言が聞こえてきた。



小町「なるほど、人数が多いとお兄ちゃんの部屋へ招けないわけか……これは後々の反省点として…」ブツブツ



妹って怖い。
本気でそう思いました。


810:2014/08/04(月) 03:21:12.65 ID:
その後はお茶を飲みながら雑談に花を咲かせ、ゆったりとした時間が流れていた。

途中俺が隠した雑誌を見つけられて焦ったが、別に俺が買った訳じゃないし? ちょっと読んでみたいとか思ってないし?
奈緒がジャンプ読もうとしたのは誤算だったな……


そして1時間程たった頃、小町が時計を見てこんな事を呟いた。



小町「そろそろ着く頃かなー……」



瞬間、俺は背筋に冷たいものを感じた。

そろそろ、着く……?
なんだそれは。それでは、まるでーー



他に誰か、この家に向かって来ているようではないかーー?



いや待て、もしかしたら宅配便とかかもしれない。
まだ可能性はある。Amazonで何か頼んだとか、きっとそんな所だ。そうに違いない!



と、そこでピンポーンとチャイムが鳴る。



小町「あ、結衣さんたち来た」



やっぱりなのぉーーーー!!?????



八幡「あ、俺そろそろ夏イベ始まるからオリョクルしてk…」 ガッ

凛「どこ行くの? プロデューサー」ニッコリ

奈緒「お前この前資材は充分だって言ってなかったか?」



凛の握力が強い。
畜生! そこは目を瞑ってくれよ神谷提督!


811:2014/08/04(月) 03:22:48.12 ID:
やがて、出迎えに行った小町と共に新たな客人がやって来る。
まぁ、その面子はある意味では予想通りであったが。



由比ヶ浜「やっはろー! ってうわっ! アイドルがいっぱいいる!?」

雪ノ下「……こんにちわ。お邪魔するわ」



元祖奉仕部こと、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣であった。

しかし由比ヶ浜はともかく、まさか雪ノ下も来るとはな……



八幡「お前らまで何しn…」

奈緒「おっ! 雪乃に結衣じゃん、久しぶりだな!」

加蓮「こんにちわ。結衣さん雪乃さん」



俺が話かけるよりも前に、わいわいと挨拶を始める面々。完全に家主が置いてけぼりであった。
そうか、そういやお前らも顔見知りだったな……



未央「ねぇねぇ、プロデューサー。あの可愛い人たちとは一体どんな関係なの?」

八幡「そんな嬉々として訊いてくるな。……あいつらが総武高の奉仕部だよ」

卯月「あ、そうなんですね! 噂には聞いてましたけど、奇麗な人たちですね~」



ここで普通の奴ならお世辞と思うだろうが、言ったのが島村だからな。きっと本心で言っているのだろう。
さすがは雪ノ下に由比ヶ浜。アイドルからお墨付きを頂いたぞ。


812:2014/08/04(月) 03:23:51.93 ID:
由比ヶ浜「わわっ、未央ちゃんに卯月ちゃん、輝子ちゃんまでいるよゆきのん! どどど、どうしよう!」

雪ノ下「分かった、分かったわ由比ヶ浜さん。だから肩をそんなに揺すらないで……」



さっきから由比ヶ浜のテンションが凄い。
まぁ、確かに一般の人からすれば中々お目にかかれない光景だわな。

つーか、更に人数が増えてもうどうしていいか分かりません。



……こうなりゃ、もうやけになるか。



小町「あれ? お兄ちゃんどうしたのケータイなんか取り出して」

八幡「いや、なんかもう折角だから俺も呼ぼうかと」

小町「え? 呼ぶって……誰を?」

八幡「友達」



そう言った瞬間、雪ノ下と由比ヶ浜が目を剥くくらい驚いていたが、それはこの際置いておく。






813:2014/08/04(月) 03:25:02.94 ID:











戸塚「こ、こんにちは」



そう言って遠慮がちに入ってくるのは、マイエンジェル戸塚たん。
呼んで良かった。掛け値なしに。



八幡「戸塚、良く来てくれた」

戸塚「ううん、遊びに誘ってくれて嬉しかったよ。……ちょっと女の子が多くて緊張しちゃうけど」



そう言って照れたように笑う戸塚。
あー癒されるー、ノンケになるーって元々ノンケだった。



八幡「……で、なんでこいつまでいんの?」

材木座「クックック……呼ばれて飛び出て、剣豪将軍良輝ゥゥウウウウ、っ参上!!」

八幡「いや呼んでないし」



別に飛び出てもいなかった。



戸塚「来る途中で会って、折角だから一緒に遊んだら楽しいかと思ったんだけど…」

八幡「……まぁ、戸塚がそう言うんならいいか」



と、そこでまたも本田が興味津々といった様子で訊いてくる。
内容は先程と同じ質問。


814:2014/08/04(月) 03:26:43.10 ID:
未央「それでそれで? その可愛い人とプロデューサーはどんな関係なの?」

八幡「一番大切な人だ」

由比ヶ浜「即答だ!?」



驚く由比ヶ浜を皮切りに、一同が驚愕する。
え? 俺なんか変な事言った?



凛「い、一番、大切な人…………ふーん、そっか。そうなんだ……」



中でも凛は特に衝撃を受けたご様子。
というか、妙にギラついた目で戸塚を見つめていた。



凛「戸塚さん、だっけ? 私は渋谷凛。よろしくね」

戸塚「え? あ、うん。こちらこそよろしく……」



何故か知らんが燃えている凛に、たどたどしく挨拶を返す戸塚。

……まさか、凛のやつ戸塚を狙ってるわけじゃあるまいな。許さない! そんなの八幡許しませんよ!



由比ヶ浜「いやいや、なんか皆勘違いしてるけど、彩ちゃんおt…」

未央「おぉーっと!? これはもの凄く面白い展開だぁーーー!!」

小町「ええ! 小町は全部知ってるけど、とりあえず面白そうなんで黙っておきますよぉ!!」



なんか由比ヶ浜が言おうとしたが、テンションの高い二人に遮られる。
お前ら気が合いそうね……


815:2014/08/04(月) 03:28:08.53 ID:
加蓮「八幡さん、あんなに可愛い彼女さんいたんだ……」

奈緒「えぇ!? いや、でも彼女とはまだ言ってないし…」

卯月「でも、一番大切な人って言ってたよ?」

奈緒「ぐっ、確かに……」



あっちはあっちでなんか盛り上がってるし。
あれ、そういや輝子と雪ノ下は……?



雪ノ下「あら。シイノトモシビタケなんて珍しいわね」

輝子「フヒヒ…これがわかるなんて、中々やる……」



……そっとしておこう。



戸塚「八幡から聞いてるよ。渋谷さんが八幡の担当アイドルなんだよね」

凛「な、名前呼び……!? う、うん。そうなんだ」



こっちでは相変わらず戸塚と凛が相対している。
なのに温度差が違うのが何とも言えない。



戸塚「ふふふ。お互い信頼し合える関係って、羨ましいなぁ」キラキラ

凛「ま、眩しい……!」



戸塚のエンジェルオーラにやられたのか、その場にガクっと膝を着く凛。
なんか「ま、負けた……」とか呟いてるが、その体勢はアイドルとしてどうなんだ。


816:2014/08/04(月) 03:30:09.63 ID:
しばらくそんなやり取りは続いたが、由比ヶ浜の「だから、彩ちゃん男の子だし!」という一言でその場は落ち着いた。
そして、材木座が終始空気だった。だから、何で来たんだよお前。


その後、とりあえず俺たちは人でいっぱいになったリビングでゲームをする事になった。
だがテレビゲームでは、一度でやれて多くて精々4人だ。交代制にしたって他がさすがに暇過ぎる。

つーか今ここに12人もいるんだよな。どう考えたって多過ぎる。

そこで、小町が考案したのがこれ。



小町「『ドキっ! アイドルだらけの人生プロデュースゲーム』~☆」

未央「イェーーイっ!!」



どんどんぱふぱふーと聞こえてきそうなテンションで盛り上げる二人。
その手には、一見普通の人生ゲームを持っていた。



卯月「人生……」

加蓮「プロデュースゲーム……?」

奈緒「それって、普通の人生ゲームとは違うのか?」



思った事をそのまま聞いてくれる奈緒。
進行が楽になる良い質問ですね。



小町「基本的には普通の人生ゲームと一緒です。ただし、ちょ~っとばかり小町が細工してありますけどね♪」

八幡「昨日夜中までコソコソ作業してたのはそれか……」


珍しく勉強頑張ってるのかと思ったら、そんな事をやっていたとはな。
俺の労いを返して!


817:2014/08/04(月) 03:31:29.08 ID:
雪ノ下「人生ゲーム……それはつまり、生涯をかけて勝負する、という事で良いのかしら?」

由比ヶ浜「だから、そういうゲームじゃないから!」


そして相変わらず燃えている雪ノ下であった。
猫とパンさんと勝負事の時ばかりは本気を出さずにはいられないらしい。



小町「先にルールを説明しておくと、まず二人一組を作ります」

輝子・材木座「「えっ?」」

八幡「落ち着け。これは遊びだから。はぶられる事は無いから」



とはいえ俺も二人と一緒に少々過敏に反応してしまった。
全く、ぼっちにとって『二人一組』なんて言うもんじゃない。怯えちゃうでしょうが。



小町「アイドルとプロデューサーで役割を分け、そのコンビでゲームを進めて行くわけですね」

未央「それじゃあ、組み合わせはどうするの?」

八幡「戸塚、俺と組もう」

由比ヶ浜「答えを聞く前に!?」



いやだって碌な選別方法じゃなさそうなんだもん。
断言出来るが、戸塚とは組めそうにない。ならこれくらいはやって然るべきだ!



小町「私と未央さんは進行&銀行役なので、他の皆さんでくじを引いてもらいます」



人生ゲームに進行って必要なの? というツッコミはさておき、なんだ。意外とまとも…



小町「お兄ちゃんと凛さん意外は!」

八幡・凛「「えっ?」」


818:2014/08/04(月) 03:33:03.27 ID:
戸塚と組める可能性があると安堵した途端のこれだ。

え、つまり俺と凛は強制的にコンビって事?



小町「だって、お兄ちゃんは凛さんのプロデューサーでしょ? ならやっぱりゲームでもそうじゃないとね」

凛「……私は、それでもいいけど?」



と、どこか期待の眼差しでこちらを見る凛。
いやこれ断れる雰囲気じゃなくね? ……まぁ、別に断る理由も無いのだが。



八幡「……ま、いいんじゃねーの。それで」

小町「はい! 双方の了解を得られましたので、他の方はこちらのくじを引いてください~」



そしてくじを引いていく面々。

由比ヶ浜はなんか「むー」っと唸り、凛は小さくガッツポをしていたが、まぁ、気にせずにいこう。



ちなみに組み合わせはこんな感じ。


819:2014/08/04(月) 03:34:28.20 ID:
奈緒「お、雪乃か。よろしくな」

雪ノ下「ええ。私がプロデューサーになったからには、あなたを必ずトップアイドルしてみせるわ」

奈緒「お、おう。……これ、ゲームだからな?」



由比ヶ浜「よ、よろしくね卯月ちゃん!」

卯月「うん! 頑張ろうね結衣ちゃん」

由比ヶ浜「う、うわ~本物だよ~……緊張してきた…」



戸塚「えっと、輝子ちゃん、でいいのかな?」

輝子「う、ん。……彩加って、呼んでもいい……?」

戸塚「もちろん!」



材木座「クックック、お主が今宵のパートナーか。我と共に勝利を掴み取ろうぞ!!」

加蓮「ぷっ…アハハ、何それ? 面白い人だね。まぁ一つよろしく♪」

材木座「…………」



ダダダダダっと駆け寄ってくる材木座。
いや近い、すっごい近いから。



在木材「八幡! 八幡っ! 我の事引かなかったよ!? これ来たんちゃうん!? 今度こそ春が来たんちゃうん!?」

八幡「だから落ち着け材木座! 今のを翻訳するとだな……『うわ何言ってんの? マジキモい。これ以降は関わらないでねムリ☆キモい』って意味だ」

材木座「なん…だと……?」

加蓮「いや違うからね!?」



とまぁこんな感じでコンビは決まった。

良いなぁ、輝子……


820:2014/08/04(月) 03:38:00.36 ID:
その後はダラダラと人生ゲームを楽しんだ……と思う。……楽しめたのか…?
まぁ所詮は人生ゲーム。小町が細工を施したからといって大きくは変わらない。

以下、プレイ中から抜粋。



雪ノ下「どうして株の種類がこれしか無いのかしら? これでは少な過ぎると思うのだけど」

奈緒「いやだってゲームだし、そんな忠実じゃなくていいだろ」

雪ノ下「それに保険には一度しか入れないし、一度使用したらもう入れないというのも納得いかないわ」

奈緒「作った会社に言ってください……」



とりあえず奈緒が大変そうでした。



卯月「結衣ちゃん、その髪型可愛いね。毎日自分でやってるの?」

由比ヶ浜「あ、ありがとう。朝早く起きてセットしてるんだ~」

卯月「へぇ~、私も今度やってみようかな?」

由比ヶ浜「あ、じゃあアタシがやってあげようか? 今日じゃなくても、また遊べたら…」

卯月「本当? 楽しみにしてるね♪」

由比ヶ浜「う、うん!」



ゲームやれ。



戸塚「あ、輝子ちゃん。お家買えるよ。どこがいいかな?」

輝子「出来れば、キノコが沢山置ける所……」

戸塚「そっか、それじゃあマンションは厳しいかもね。でも大き過ぎるとお金が足りないし……あ、こことか丁度良いんじゃないかな?」

輝子「フフ……彩加はやり繰り上手」



混ぜてください(切実)。


821:2014/08/04(月) 03:39:26.72 ID:
加蓮「1、2、3……『ライブを行い大成功。100,000円稼ぐ』だって! やったね!」

材木座「お、おう。これくらい、加蓮嬢の力にかかれば雑作もない事よ」

加蓮「何言ってるの、私たちの……でしょ?」ニコッ

材木座「……は、はちまーーん!」



いやもうそのくだりはいいから。



八幡「……お、結婚だ。…………え、これ結婚のシステムあんの?」

小町「そりゃありますとも。ほら、車にピンさして」

八幡「いや、もう既に俺と凛の分刺さってるんだが」

小町「別にアイドルとプロデューサーったって、結婚は普通にするでしょ? 小町何かおかしい事言ってる?」

凛「ふーん? ……隣に担当アイドルがいるのに、プロデューサー結婚するんだ?」

未央「おおう、しぶりんチームの車が修羅場に……」



え、これ俺が悪いの?



そんな感じで、人生ゲームは終わったのだった。

ちなみに一着は島村・由比ヶ浜チーム。雪ノ下が悔しそうにしてたが、まぁ、いずれリベンジしとけ。
またやるかは微妙だけどな。



気付けば時間も遅くなってきている。
……そろそろ頃合いか。

俺が遅くならない内に、と声をかけ、お開きとあいなった。

それぞれが帰路につく準備を始め、玄関へと向かう。


822:2014/08/04(月) 03:41:07.68 ID:
小町「ほら、お兄ちゃん送っていかなきゃ」

八幡「……まぁ、しょうがないか」



今回ばかりはな。

元々お返しの意味合いで招待したののに、終始騒がしいだけで終わってしまった。

玄関の外へ出ると、そこには既に雪ノ下と由比ヶ浜、そして凛しかいなかった。
てっきりアイドル組が一緒に駅まで行くと思ってたんだけどな。千葉在住の奈緒は別にして。



雪ノ下「それじゃあ比企谷くん。渋谷さんをお願いね」



言うと、雪ノ下は由比ヶ浜を引っぱりその場を後にする。



由比ヶ浜「え? ちょっ、じゃ、じゃあねヒッキー! 待ってゆきのん~!」

雪ノ下「……案外、家に遊びに行くというのも楽しめたわ」



言い残して、彼女らは去って行った。

そういや、何気にあいつが俺の家来たの初めてだったんだな。人数のインパクトのせいで気付かなかったが。

しかし雪ノ下が由比ヶ浜を連れて行くというのも中々珍しい光景だ。
……変な気ぃ遣いやがって。



八幡「……そんじゃ、行くか」

凛「……うん」



その場に残された凛と共に、駅へと歩いて行く。


823:2014/08/04(月) 03:42:45.44 ID:
道中、特に会話も無く歩いていく。
こうしていると、いつぞやの帰り道を思い出す。

あの時も、雪ノ下と由比ヶ浜に見送られて帰ったっけな。


その時はまだ凛は名も知れてないアイドルで、俺も、右も左も分からないプロデューサーだった。
それから徐々に成功を重ねて、少しずつ成長していった。

今では凛も、トップアイドルに行かないまでも、大分有名になったと思う。


……早いもんだな、月日が流れるってのは。


俺がそんな事を考えていると、不意に凛が声を出す。



凛「プロデューサー」



隣へと、顔を向ける。

凛は、その透き通るような瞳で俺を見ていた。



八幡「なんだ?」



俺が聞き返すと、凛は何か言いそうになって、



何も言わず、首を振って微笑んだ。



824:2014/08/04(月) 03:43:58.57 ID:
凛「ううん。なんでもない」

八幡「なんだよ、それ」



つられて、俺も笑いを零す。



凛が何を言いたかったのか、俺には分からない。
けれど、不思議とお互いが感じてる事は一緒なような気がした。


通じ合っている、とまでは言わない。



それでも何処か、感じる所はあるんだ。



……まさか、俺がこんな事を思うなんてな。
1年前の俺に、聞かせてやりたいものだ。






凛「……ずっと」

八幡「ん?」

凛「ずっと……こんな日が続くといいね」



空の果てを見つめながら、凛は呟く。




825:2014/08/04(月) 03:45:24.79 ID:
八幡「……そう、だな」



俺も、これに応える。



実際の所、それは叶わないのだろう。



いつかは終わりがやってくるし、俺たちは、それが3ヶ月後だと知っている。

けれどだからこそ、俺たちはその歩みを止められない。


この日々を、無駄にしない為にも。


凛を、トップアイドルへとする為に。



俺は、俺たちは歩いて行く。






先の見えない、この道を。









俺のアイドルプロデュースは、終わらない。









826:2014/08/04(月) 03:46:25.63 ID:
「ふざけんな、クソ野郎」




















827:2014/08/04(月) 03:48:06.66 ID:
俺に向かってそう言ったのは、名前も知らない一般Pだった。



いつも通りの朝、会社へと出社し、事務所へと入った所。

すれ違い様、そいつは俺に怒りを隠そうともせず、その言葉を吐いて会社を出て行った。



初め、理解するのに時間を要した。

呆然とその場に立ちすくみ、しばらくは頭が処理出来なかった。

だが、やがて俺へ向けられるいくつもの視線に気付く。
軽蔑、憎悪、唾棄するような、その視線。


覚えが、ある。

この、悪意に満ちた視線を。


そして脳が活動を始めた所で、社内がやけに騒がしい事にも気がついた。


鳴り止まない電話。
止まらないFAX。


社員が対応に追われる中、ちひろさんが俺に気付き、やってくる。



828:2014/08/04(月) 03:50:14.48 ID:
ちひろ「比企谷くん……」



そう言って、悲痛そうな面持ちで俺に一冊の週刊誌を渡してくる。



上手く、受け取れない。

手が震えているのが、分かる。

受け取った雑誌の表紙には、こう書いてあった。









『人気アイドル渋谷凛、プロデューサーとの熱愛発覚!?』









頭が、真っ白になった。



そのまま、雑誌を捲っていく。
内容は、俺と凛に対するバッシング。いや、比率的には、俺への方が圧倒的に多い。



凛と俺が自宅前にいる写真が、記載されていた。






『担当アイドルを自宅へと招く下種プロデューサー』


『それだけにあきたらず、他の何人ものアイドルに手を出しているという話も』


『社内での評判も悪く、また不正な取引の疑惑までもが上がっている』






凛も、他のアイドルまでもが、いいように晒されていた。






これは、誰が招いた結果だ?




829:2014/08/04(月) 03:52:15.34 ID:
いや、そんな事は分かり切っている。




思わず、乾いた笑いが漏れそうになった。




本当に。

本当に無様で、滑稽じゃないか。




あれだけ凛の成功を願っていたのに。

誰よりも、凛の手助けをしたいと思っていたのに。

他の誰でもない。






俺がーー




俺が、あいつの道を鎖してしまった。






……なんだよ、気付いてなんかいなかったじゃねーか。

全然気付いてなんかいなかった。



本当に大事なものは、









失ってからしか、気付けないんだ。











865:2014/08/09(土) 01:48:58.53 ID:











酷く、喉が乾く。


やけに胸の奥の辺りが気持ち悪いし、頭が痛い気もする。
ただ立っているだけの事が、辛い。

出来る事なら、今すぐにでもベッドに倒れ込みたいくらいだった。

だが、ここは俺の部屋ではないし、そんな事をしていられる余裕もない。
取り返しのつかない事を、してしまったから。


今目の前に座っている一人の男。
俺をこの業界へと誘った張本人。

彼がいなければ、俺はプロデューサーになる事はなかった。


そして凛に出会う事も、なかった。


シンデレラプロダクション社長。

未だ静かに座る彼は、意を決したかのように、俺に向かってこう言った。



社長「……何か、申し開きはあるかね?」



866:2014/08/09(土) 01:51:51.26 ID:
重く、静かに耳へと届く言葉。

俺は、何と答えればいい?



八幡「……」



……言える事など、ない。

口を開いてしまえば、情けない言い訳をべらべらと喋ってしまいそうだったから。
まともな答えを返す事が、出来ない。

口を鎖し、奥歯を噛み締める事しか、出来なかった。



社長「……キミも、まだ心の整理が出来ていないだろう」



酷く悲しそうな顔で、話す社長。



社長「キミがあの週刊誌の通りのような人間でない事は、私は理解している。だが、アイドルを自宅に招き、それを目撃されたのも事実……」



辛い選択をするように、言葉を言い淀む。
やがて社長は俺の方を見据え、ハッキリと言った。



社長「……比企谷くん。キミはしばらく、自宅謹慎だ」

八幡「ッ!」

社長「渋谷くんにも動揺の処置を取る。しばらくは会う事も禁止だ。キミ達の処分は上層部で取り決め次第追って連絡するから、それまでは待機していてくれ」



自宅…謹慎……?

俺が驚きを隠せずにいると、社長は尚も続ける。



社長「安心したまえ、決して悪い結果にはならないよう尽力する。所詮は週刊誌のゴシップ記事。ほとぼりも冷めれば、また仕事を始められるだろう。まぁ一応責任を取るという形で謹慎はしてもらうがね」


867:2014/08/09(土) 01:54:33.23 ID:
そう言う社長の言葉を、正直俺は信じられずにいた。

てっきり俺は、



クビを切られると。



本気でそう、思っていた。



八幡「……何でですか?」

社長「……それは、どういう意味だね?」



気付けば、言葉が口から出ていた。



八幡「いくら結果をそれなりに出していたとしても、所詮は一般応募のプロデューサーですよ? 正式な社員じゃない。俺の代わりなんて、それこそ掃いて捨てる程いるはずだ」



プロデューサー大作戦という企画に、一体どれだけの人材が募ったか。
その中には、俺よりも優秀な奴などいくらでもいるだろう。



八幡「はっきり言って、クビにされない方が不思議なくらいです。俺なんかは切り捨てて、新しいプロデューサーを凛につけた方がいい」

社長「……」



俺の言葉を、社長は黙って聞いている。

俺の言っている事は、正しいはずだ。だからこそ社長の決断が分からない。

俺なんかはさっさとクビにてして……



クビに、して……






……違う。






違うだろ。
俺が言いたい事は、そんな事じゃない。



クビにしてほしいわけが、ない。


868:2014/08/09(土) 01:56:29.78 ID:
……けど、




そう言わなくちゃ、いけないんだ。




俺は、責任を取らないと。



社長「……比企谷くん」



気付ば、俺は顔を俯かせていた。

言葉をかけられ、顔を上げる。
社長は、薄く微笑んでいた。



社長「キミをここに呼ぶ前に、実は他のプロデューサーと少し話をしていてね」

八幡「他の、プロデューサー?」

社長「ああ。前川くんと新田くんのプロデューサーだよ」



前川と新田のプロデューサー。
一般Pの中では、珍しくも俺とまともに関わりがあった二人。

その二人が、社長と何を……?



社長「開口一番、怒鳴られたよ。『アイツはあんな事をするような奴じゃない』とね」

八幡「ッ!」



あの二人が?
俺を、庇って……



社長「私も一緒だよ」



社長は椅子から立ち上がると、俺の前へと歩み寄ってくる。


869:2014/08/09(土) 01:59:19.16 ID:
社長「あれだけのアイドルを笑顔に出来るキミが、こんなくだらない事でクビになる必要はない。……それが、アイドルプロダクションの社長をやっている私の決断だ」

八幡「……」

社長「甘い考えだと社員たちには怒られてしまうかもしれんがね。生憎とこれが私なんだ」



苦笑しつつ、彼は俺へとそう言ってくれる。
その言葉には優しさが含まれているのを、今の俺はかろうじて感じ取れた。

ホントに、本当に、甘い。



社長「今日はもう帰りなさい。親御さんも心配しているだろう」



俺の肩へ手を置き、そう言う社長。
ただただ単純に、暖かいなと、そんな気持ちがポツリと湧いて出た。



社長「外には記者達がいるかもしれんし、車を出そう。幸い、腕ききのドライバーが我が社にはいるからね。まぁ彼女もアイドルなんだが」

八幡「……」



俺は、社長の言葉に甘えるしかなかった。
情けないが、今の俺じゃ碌に考える事も出来ない。

社長の言葉に無言で頷ずくと、重い足取りで社長室を後にする。




その後の事は、正直よく覚えてはいない。

事務所にいた何人かのアイドルに声をかけられたが、大した返事も出来なかったと思う。
車で送ってくれた女性にも、言葉少なくお礼を言ったのみだ。

ただ、その中でも覚えているのは……



会社に凛は、いなかった。



ただそれだけは、漠然と覚えていた。





870:2014/08/09(土) 02:01:13.19 ID:











渋谷凛のスキャンダルは、瞬く間に広がっていった。


社長は直ぐにほとぼりも冷めると言ったが、俺には、そんな楽観的には考えられない。
担当プロデューサーとしての贔屓を抜きにしても、凛は既に一人前のアイドルだとはっきり言える。


素顔で街を歩けば声をかけられ。

ライブを開催すれば直ぐにチケットは売り切れ。

シンデレラプロダクションの中でも、5本の指に入る程の人気と言ってもいい。



そんな彼女が。

そんな彼女が、スキャンダルを起こしたのだ。



平和に解決する筈がない。



誰よりも応援しているつもりだった。
あいつをトップアイドルに、頂きへと導いてやりたいと本気で思っていた。

その想いは、紛れも無い本物だった。


871:2014/08/09(土) 02:03:56.88 ID:
そんな、そんな俺が。

スキャンダルを引き起こした張本人。

あろうことか、凛のスキャンダルの相手になってしまった。


なんとも、皮肉な話だ。
滑稽ですらある。


世にいる凛のファン達は、俺を殺したいくらい憎んでるかもな。
やっぱり、どこにいっても憎まれ役は変わらないらしい。

ある意味では、古巣に帰ってきたって感じだ。

以前まで当然だったこの立場が、今は酷く懐かしい。


最近の俺は、周りのアイドルたちのおかげで少々舞い上がっていたんだと思う。

本当に、ここまで悪意を集中的に受けたのは久しぶりだ。



だが、そんな事はどうでもいいんだ。

俺の事情なんかどうだっていい。

極端に言うなら、ゴシップ記事を書いた奴らだってそこまで憎んではいない。
いや、確かに怒りは湧く。

既にアニバーサリーライブまで一ヶ月を切った。
何故そんな時期に、わざわざやらかしてくれるのかと。

色々と言いたい事はあるが、そんな事よりもーー



自分自身に、怒りが湧いて仕方が無い。



872:2014/08/09(土) 02:06:37.18 ID:
こんな事、気をつければいくらでも予想できた事だ。
さっきも言ったように、凛は既に名の売れたアイドル。


なら、自宅に招くなんて自殺行為だ。そんなの、少し考えれば分かる事だろ?

なんでそんな、バカな真似をした。


例え結果論だったとしても、そう思わずにはいられない。


何度も何度も……



後悔して、仕方が無かった。



行きたいと言った凛も、それに乗じたアイドルたちも、許可した小町も、俺には責められない。
俺が、責められるわけがない。

俺はプロデューサーなんだ。俺がプロデューサーとして、断るべきだったんだ。


本当に、



何をやってんだ、俺は。






八幡「…………」



ソファーへと寝転び、ただ呆然と天井を見上げる。


薄暗いリビングの中、聞こえるのは時計の秒針の音のみ。

ただ何の気無しに、手元にあるケータイを見る。
画面には、何件もメールや着信の知らせが表示されていた。


873:2014/08/09(土) 02:08:50.18 ID:
……由比ヶ浜の奴、連絡よこし過ぎだろ。迷惑メールに登録したくなるレベル。

一個だけ知らない番号から着信があるが、まぁ、どうせ間違い電話だろう。


他にはアイドルたちや戸塚、材木座からも来ている。どんだけ心配してくれてんだよ。泣くぞ。嬉しくて。
だが俺はそのどれ一つにも連絡を返す事なく、ケータイをテーブルの上に放る。

リビングに、カツンという小さな音が響いた。



最近の俺は、ずっとこんな感じであった。

会社は勿論、学校にも行かず、家からは一歩も出ない。
自宅謹慎なのだから当然とも言えるが、俺のそれは違う。


何に対しても気力が湧かず、ただ怠惰に時間を浪費する。

食うか寝るか、本を読む事もテレビを見る事もせず、ただただ呆然と過ごしているだけ。

心配してくれている奴らにも、何も返せずにいた。


それでも、伝えなきゃならない事はと思い、謹慎を言い渡された日にそれぞれメールを送っておいた。

今回の件は俺が招いた事だから、お前らが責任を感じる必要は無いと。
俺のせいで、お前らの顔に泥を塗ってしまってすまないと。

そう伝えておいた。


……まぁ、その後の反感のメールが凄かったんだけどな。
結局それらにも、返事は返していない。


そんな生活も、一週間近くたとうとしていた。


最初家に帰った時は、えらく両親に心配されたものだ。
気に病む必要は無いと、世間など関係無いと。

俺が無気力な生活を送っていても、何も言ってこない。
ホント、迷惑をかけてばっかりだな俺は。

謝るべきは、俺なのに。



そして小町は…………泣いていた。



874:2014/08/09(土) 02:10:37.91 ID:
八幡「……あいつの泣き顔、久しぶりに見たな」



ぽつりと、何処からとも無く言葉が漏れる。

小町は泣きながら、俺に謝ってきた。
何度も何度も、自分のせいだと。


俺は、お前からそんな言葉を聞きたいわけじゃないのに。

ただそうさせた自分自身が、情けなかった。


一体何人に迷惑をかけるつもりだろうか。
今までは、ぼっちだったが故にこんな事は無かった。

こんなにも、誰かに対して申し訳ないと思った事は無かった。



八幡「…………」



凛とは、家に来たあの日から会っていない。

会う事が禁止されている今、あいつからの連絡は二つのみだった。


自宅謹慎を告げられた日、一度だけ着信。

俺は何を言えばいいか分からず、電話に出られなかった。
謝る事も出来ず、ただただ怖かった。


そして、その後に一通だけのメール。



『ごめんね』と。



それだけ、送られてきた。


875:2014/08/09(土) 02:12:06.57 ID:
俺は、どうすればいいんだろうな。



凛に謝ればいいのか?

凛のファンたちに謝ればいいのか?

謝って済む、問題なのか?



ずっとずっと、自問自答を繰り返す。
答えの見えない迷路を彷徨うように。


……いや、本当は分かってるんだ。


俺が出すべき答えは、もう分かり切っている。

だが俺は、その選択をーー






ふと、物音が聞こえてきた。



ドアを静かに開ける音だ。

この時間帯、親は仕事に出ている。
つまりリビングに入ってくる人物はただ一人。



小町「……お兄ちゃん」



物憂げな顔で、小町はやってきた。

俺はソファから上体を起こし、顔を小町へと向ける。



八幡「……どうした?」



俺が訊くと、小町は一度小さく深呼吸をし、真剣な表情をつくる。
そして、不意に予想外の行動をおこした。


876:2014/08/09(土) 02:13:43.99 ID:
小町「この間はお恥ずかしい所をお見せしてしまい、真に申し訳ありませんでした」



そう言って、ぺこっと頭を下げたのである。

……え? どうした急に?


俺が目を丸くして見ていると、頭を上げた小町は照れくさそうに言う。



小町「いやーちょっとあまりの事態に小町も取り乱しちゃいまして。我ながらお恥ずかしい」



そして、また悲しそうな顔になる。



小町「……本当に、ごめんね」

八幡「……だから、この間も言っただろ」



俺はやれやれと、わざとおどけた風に言ってみせる。



八幡「お前を責めたら、来たいって言ったあいつらも、それを許した俺も責められなくちゃいけねぇよ。……だから、気にすんな」



そう言って、笑ってやる。

空元気のように思われるかもしれないが、それでも言った事は本心だ。



小町「お兄ちゃん……」



小町は目を見開き、やがて告げる。



小町「こんなに優しいお兄ちゃんなんて、お兄ちゃんじゃない……!」

八幡「あれ、この子反省してない?」



折角の良いお兄ちゃんで応えたのにこの仕打ち。
あんまりじゃない!?


877:2014/08/09(土) 02:16:57.90 ID:
小町「……ぷっ」

八幡「くく……」



そして小町が不意に吹き出し、俺もつられたように笑いを零す。

なんか久しぶりに笑った気がすんな。
……ありがとよ、小町。


口にするのは恥ずかしいので、俺は心の中でお礼を言った。



小町「隣、座っても?」

八幡「ご自由に。コーヒー、沸かすか?」

小町「お願いします」



小町がソファーへと座るのと入れ替わるように、立ち上がりキッチンへ向かう。
コーヒーを用意し、二人分のマグカップを持ってリビングへ戻った。

そして、一息つく。



小町「……何か、小町に出来ることは無いかな?」



ぽつりと、呟く小町。
虚空を見つめる視線。その表情は思い詰めるようで。

何か自分に出来る事は無いかと、俺に訴えかけていた。



八幡「そうだな……」



考える。

小町の事だけじゃなく、俺に出来る、俺が出来ること。
いや、何度考えたって答えは同じだろう。

俺はとっくに、その解を出している。

なら、頼める事は一つに決まってる。


……小町のおかげで、決心がついた。


878:2014/08/09(土) 02:18:27.20 ID:
八幡「小町、一つ頼めるか」

小町「っ! なに?」



食いつくように反応する小町。
だが、俺の頼みにそんなに気構える必要はない。

頼む事はただ一つ。



八幡「俺がする事を、何も言わずに見届けてくれ」

小町「……えっ…?それって……」



俺の言葉を聞き、表情を険しくしていく小町。



小町「お兄ちゃん、まさかまた……」



“また”、というワードに思わず苦笑が出る。
確かに、そう言われても仕方ないな。



八幡「また、悲しませるような事になるかもしれん。……それでも、止めないでいてくれるか?」



小町は俯き、少しだけ迷うような素振りを見せる。
だが直ぐに顔を上げ、真っ直ぐな瞳で訊いてきた。



小町「それしか、方法は無いの?」

八幡「分からん。けど、俺がやりたいんだ」

小町「……そっか。じゃあ、小町は止められないかな」



言って、また微笑む。

それは無理につくったような笑顔で、さっきの表情よりも、余計哀しさを感じさせた。


879:2014/08/09(土) 02:20:13.02 ID:
八幡「……悪いな」

小町「いいですよ。小町はお兄ちゃんの妹だからね。あ、今の小町的に…」

八幡「ポイント高ぇよ。八幡的にもな」

小町「あはは♪」



こうして何気ない日常を送るだけで、少し勇気が貰えた気がする。
きっと、あの日家に来たアイドルたちは皆一様に小町のような責任を感じているのだろう。

だが、これは俺がけじめをつける問題なんだ。


だから後は、選択をするだけ。



その後は雑談も程々に、部屋へ戻る。

クローゼットを開けると、そこには一着のスーツ。
こいつを着るのも、おそらくは明日で最後だな。

まぁ、卒業して就職すれば着る事もあるかもしれんが。


それでも、一つの意味で、こいつを着る事はもう最後だろう。



本当にーー






八幡「本当に、一年間ありがとな」






優しくクローゼットに戻し、決意を固める。



俺はケータイを取り出して、一本の電話をかけた。




880:2014/08/09(土) 02:23:07.41 ID:












社長「……それで、話というのは何かね?」



場所はシンデレラプロダクション社長室。

一週間前と同じ場所。


そしてこの人と相対するのも、同じ状況だ。


本当であれば俺は謹慎中。
社長に無理を言って、この場を設けてもらった。

今会社には、恐らく俺と社長のみ。


他の社員やアイドル、パパラッチなんかに見つかったら面倒だからな。
人目につかないよう、営業時間外の夜に訪れた。



八幡「今日は、お願いがあってきました」



881:2014/08/09(土) 02:24:46.50 ID:
真っ直ぐに相手を見据え、拳を握りしめる。


言うべき事は決まっている。
俺が導き出した答え。



これが、俺の最後のプロデュース。



俺が凛にしてやれる最後の事で。

これしか、もう俺にしてやれる事は無い。


目を閉じ、数泊置いて、ゆっくりと開く。



俺は、その言葉を告げる。





















八幡「俺はーーーーこの会社を、辞めます」
















自分でも不思議なくらい、すんなりと言葉は出てくれた。



これが、俺の出した答えだ。



882:2014/08/09(土) 02:26:55.31 ID:
社長「…………一応、訊いてもいいかね?」



ある程度は予想していたのか、以前落ち着いた様子で話す社長。



八幡「どうぞ」

社長「確かに責任は取らねばならない。だが、私はそこまでする必要は無いと先日言ったね」

八幡「ええ」

社長「なら、何故自分からわざわざそう言い出すのかね?」



その真意が分からないと、社長は眉をよせる。

確かに、その疑問はもっともだ。


社長が辞めなくていいと言っているのに、自分からそれを申し出る。
別に俺はこの会社に不満も無いし、辞めたいとも思っていなかった。

なら何故か。

答えは単純。






八幡「凛の、ファンの為です」






俺の言葉に、社長は一瞬だけ目を見開く。
だが俺のその言葉に思い当たる事があるのか、そのまま黙って話の続きを待ってくれた。


883:2014/08/09(土) 02:29:22.61 ID:
八幡「今俺は、凛のファンにとっちゃ邪魔でしょうがない存在でしょう。妬ましくて、恨めしくて、消えてほしい。そう思われていても何ら不思議はない。あなたなら分かる筈です」



俺の言葉に、社長は何も言わない。



八幡「そんな俺が、たかが自宅謹慎程度で復帰して、何食わぬ顔で凛のプロデュースを続けて、……ファンがそれで黙ってるわけがないですよ」

社長「……」

八幡「謹慎なんて軽い処置じゃダメなんです。俺が辞めて、凛ともう関わらないと言わなければ、彼らは納得しない」



俺がずっと応援していた765プロのやよいちゃん。
そんな彼女に手を出した輩がいるとすれば、俺はそいつを絶対に憎むだろう。



……いや、違う。



今は、凛の話だ。




八幡「もしも、もしも俺が凛のプロデューサーじゃなくただのファンの一人だったとして」



これは仮定の話。

だが、絶対と言っていい程に断言できる。



八幡「凛が顔も知らないプロデューサーとスキャンダルを起こしたなんて聞いたら…………きっと、俺は絶対にそいつを許しません」

社長「……ッ…」

八幡「そして俺は、今、その立場にいる」



ファンからの敵意を一身に受ける、その立場に。



884:2014/08/09(土) 02:31:10.13 ID:
実際、男の存在を一切感じさせない事など不可能なのだろう。
アイドルとて一人の女の子。恋もすれば、いずれは結婚だってする。

仮に全ての恋愛感情を捨て、アイドルに徹したとしても、それでもそれは全員には伝わらない。


家族が。

兄弟が。

共演者が。

業界人が。

……プロデューサーが。


その存在が、実は、本当は、裏では、という考えを生み出す。
男の陰を排除し切る等、不可能なんだ。



八幡「だから、俺は辞めるべきなんです。俺が辞めるだけで、ファンの憤りも多少は軽減できるでしょう」



それでも全てのファンは納得させられないだろう。
スキャンダルを起こした事実は変わらないし、凛への不信感も拭い切れない。

だが、謹慎だけなんていう生温い処置よりは圧倒的にマシな筈だ。


これが、俺に出来る最善の手なんだ。



社長「……確かに、キミの言う通りなのは認めよう。そうした方が、ファンにとってもいいのは事実だ」



そう言って苦い顔をする社長。



社長「……だが」



それでも、何処か納得をしていない様子であった。



社長「キミが辞めてしまえば、それこそあの記者達の思う壷だろう!? あそこに書かれていた嘘の報道まで認めるようなものじゃないか!」

八幡「……」

社長「確かにスキャンダルは起こしたが、それでも受け入れる必要のない虚偽を抱え込む事はないんだ」


885:2014/08/09(土) 02:33:03.95 ID:
社長は、俺を説得するように必死に訴えかける。

尚も、俺に言葉をぶつけてくる。



社長「確かに自宅には招いたが、記事に書かれたような嘘の事実は無かったと、そう公表しよう。きちんと謝罪すれば、きっと全員でなくともファンは分かってくれる」

八幡「……」

社長「キミが辞める必要は無いんだよ。比企谷くん」



社長の言う事は、ある意味では正攻法だろう。
俺が辞める意外の選択で言えば、一番の手だと言える。

だが、



それでも俺は、その手は使えないんだ。



八幡「すいませんが、それだけは出来ません」

社長「っ! 何故だ?」



理解に苦しむように、俺へ問いかける社長。

けど、俺が取れる選択は一つだけ。



八幡「確かにあの記事は嘘だらけで、それを認める必要はないと思います」

社長「なら……!」

八幡「全部が嘘、ならの話です」


886:2014/08/09(土) 02:35:05.92 ID:
その言葉に、社長の顔が驚愕に歪む。
だが、勘違いしてもらっては困る。



八幡「安心してください。前に説明した通り、あの日はゲームをやったくらいでやましい事は一切していません。凛とも、交際なんてしていない」



ならば、一体何が問題なのか。

答えは単純。



八幡「問題なのは……俺の、気持ちです」

社長「……どういう、意味だね」

八幡「あの記事が全部デタラメで、俺と凛はただのプロデューサーとアイドルで、仕事上だけの関係なら、俺は社長の言った通りの手を取ったでしょう」



だが、そうじゃない。

実際には、そうじゃないんだ。



凛は、アイドルだ。

俺はプロデューサーで、仕事の上での関係なんだ。



けどーー






















八幡「けど俺はーーーー仕事なんて関係なく、あいつの側にいたいと思ってしまった」


















887:2014/08/09(土) 02:37:16.19 ID:
特別な感情を、抱いてしまった。



あいつは本当に真っ直ぐで。

こんな俺を信じてくれて。

ずっと隣に立っていてやりたくて。

いつまでも支えてやりたくて。




だからこそ、俺は顔向けが出来ない。

凛の、ファンたちに。



八幡「そんな俺が、あの記事は全部嘘だと、凛とは何も無いと、言えるわけがないんだ」



言ってしまえば、それが嘘になってしまう。


そんな事、と言われるかもしれない。
些細な事、と思われるかもしれない。


だが、俺にとっては譲れない事だ。



八幡「俺があいつに向けちまった感情は、誤摩化していいものじゃない。そこに嘘をついたら、それこそファンを裏切る事になる」



プロデューサーがアイドルに、そんな感情を抱くなんてあってはならない。
そしてそれを、無かった事になんて出来る筈がない。

だから、俺は責任を取らなければならない。



凛の、プロデューサーとして。



888:2014/08/09(土) 02:39:06.97 ID:
社長「比企谷くん……」



何も言えず、ただただ俺を見つめる社長。
そんな社長の前に、俺は膝をつく。



社長「っ!? 比企谷くん、何を……!」



社長が止めにかかるが、そんなものはお構いなしだ。
地面に手を置き、俺は頭を垂れる。



八幡「お願いです社長。まだ俺をプロデューサーだと思ってくれてるなら、俺の我が侭をきいて下さい…」


社長「比企谷くん!」


八幡「初めてなんです…ッ……誰かの為に、何をしてでも護りたいと思ったのは……!」



みっともなく、懇願する。

声に、嗚咽が混じっていくのが自分でも分かる。






八幡「俺は、プロデューサー失格だッ……だから……これが、俺の出来る最後のプロデュースなんですッ……!」






こんな時でも、思い浮かぶのは彼女の顔。


その表情はいつも笑顔で、だからこそ、それを失わせていい訳がないと思った。









八幡「お願いしますッ……社長ッ!!」









本当に、らしくない。

こんなにも惨めったらしく喚くなんて。



それだけ、大切なものが出来るなんて。



889:2014/08/09(土) 02:41:45.80 ID:
社長「……」



俺の凶弾を聞いた社長は、静かに佇むままだった。

やがて、歩み寄ってくるのを足音で感じる。
俺の近くまで来ると、かがみ込み、肩へと手を手を添えるのを感じた。



社長「比企谷くん、顔を上げてくれ」



その言葉で俺は頭を上げ、社長に支えられるようにして立ち上がる。



社長「……キミの気持ちは分かった」



俺に対し、ただ静かにそう告げる。
そして苦笑したかと思うと、哀しそうに、言う。



社長「自分が情けないね……社員一人の生活も、守ってやれないとは」

八幡「社長……」

社長「……比企谷くん。キミの最後のプロデュースを認めよう」



そう言うと、社長は俺に真っ直ぐに向き合い、俺の目を見る。



社長「しかし条件もある。あのゴシップ記事の記載は誤りで、キミはアイドルを自宅に招いたという事実への責任で自主退社する。……それで会見を開く。それでいいね?」

八幡「……はい」



俺は、静かに頷く。


890:2014/08/09(土) 02:44:02.50 ID:
本当であれば、何の説明もせずに懲戒免職にした方が世間への効果はある。

俺が無理矢理アイドルに手を出したと、そういった憶測が飛び交ってくれるから。
アイドルへの不信も、そうすれば多少は減るだろう。


だが、社長はそれでも俺の身を案じてくれた。
少しでも俺の身を守ろうと、今言った手段で手を打ってくれたのだ。

アイドルプロダクションの社長としては、甘い処置もいい所。

正式な社員でもない、俺なんかを心配してくれる。


そんな気持ちが、俺には嬉しかった。



八幡「これまで、お世話になりました……それと」



深く礼をし、一年近く前の事を思い出す。
いつもの、学校からの何気ない帰り道。

ともすれば、全てのきっかけとも言える出会い。






八幡「あの日、俺を誘ってくれて……ありがとうございました」






本当に、感謝してもしきれない。


この人のおかげで、俺は大切なものを沢山貰えたのだから。

社長は俺の言葉に目を丸くし、そして、微笑む。






社長「いつか、キミが成人したら飲みに行こう。もちろん私の奢りでね」






その申し出に、俺は無言で頷いた。









891:2014/08/09(土) 02:45:30.04 ID:












薄暗い事務所内。


もう既に社員もアイドルたちも帰り、静けさが残るばかり。
ここに来る事も、もう二度と無いだろう。

今の内に私物は持って帰らないとな。
事務スペースへ行き、自分のデスクを見る。


……まぁ、元々俺の席ではないのだが。


ここにいると、これまでの事を必然的に思い出してしまう。
アイドルと、プロデューサーと、事務員と。

まるで部活でもやっているかのような居場所。

仕事は辛かったが、それでも、楽しいと感じる時はいくらでもあった。


おっと、ダメだな。
思いを馳せている場合ではない。

誰か来ないとも限らないからな。
さっさと片付けて、この場を後にしよう。


892:2014/08/09(土) 02:46:54.35 ID:
改めてデスクを見る。

しかし私物と言っても、殆どが仕事関係の物ばかり。
持って帰るような物は僅かしか無かった。



八幡「筆記用具に、充電器、後は何があったか……」






と、そこで気配を感じる。




気付けば、彼女はそこにいた。

手に持つのは、俺の数少ない私物の一つ。






ちひろ「マグカップ、忘れてますよ」






千川ちひろさんが、立っていた。



八幡「ちひろ、さん……」

ちひろ「社長に聞きましたよ。本当、何も相談せずに決めちゃうんですから」



腰に手を当て、ぷんぷんと怒ったように言うちひろさん。
しかし、その仕草は何処か芝居がかっている。



ちひろ「そうだ! 折角ですし、最後にスタドリでも…」

八幡「結構です」


894:2014/08/09(土) 02:48:23.18 ID:
折角の申し出を、即答で拒否する。
それを聞いたちひろさんは大袈裟過ぎる程にショックを受け、項垂れる。



ちひろ「そ、そうですか。残念でs…」

八幡「ちひろさん」



俺は、不意に声をかける。
いや、気付いたら呼びかけていたと言った方が正しい。

そんなつもりは無かったのに、言葉を口をついて出ていた。



八幡「コーヒー、淹れてもらえますか?」

ちひろ「……ッ…………はいっ」



ちひろさんは、すぐに用意してくれた。

持ち帰る予定だったマグカップに、コーヒーが注がれる。



八幡「ありがとうございます」

ちひろ「いえいえ」



ちひろさんも自分のマグカップに注ぎ、お互い、向かい合うように席へと座る。
この位置で、ずっと一年近くもやってきた。


カップに口を付け、一口飲む。

その暖かさが、何故だか懐かしく感じた。


895:2014/08/09(土) 02:50:13.48 ID:
ちひろ「……本当に、辞めちゃうんですね」



不意に、ちひろさんが呟いた。
それに対し、俺は一言だけ返す。



八幡「ええ」



俺のそんな憮然とした態度にちひろさんは苦笑すると、昔を懐かしむように話し出す。



ちひろ「初めて比企谷くんが来た時は、色んな意味で印象的だったな~」

八幡「どうせ、目が腐ってると思ったんでしょう?」



大体俺の第一印象はそれである。
正直眼鏡でも使おうか真剣に悩む所。男の眼鏡が果たして上条さんに需要はあるのだろうか。



ちひろ「まぁそれもありますけど……」



やっぱあるんですね。
だが、その次にちひろさんは続ける。



ちひろ「どうして、いつもそんなに辛そうな顔してるのかなって、そう思ったんです」

八幡「辛そうな、顔?」



マジか。自分では分からなかったが、俺そんな顔してたの?
初めて言われた事実に俺が困惑していると、ちひろさんは笑いながら問うてくる。



ちひろ「ねぇ、比企谷くんは私の第一印象はどうだった?」

八幡「は?」



ちひろさんの第一印象?
そんなの、言えるわけが……

……いや。



八幡「美人な人だなーと、思いました」



敢えての直球で言ってみる。


896:2014/08/09(土) 02:51:49.79 ID:
ちひろ「え? は!? いや、その、ぅ……お、お世辞はいいですって!」



面白いくらいに顔を赤くして狼狽するちひろさん。
だがまぁ、実際事実だしなぁ。



八幡「俺が今までにお世辞言った事、ありました?」

ちひろ「うっ……そう言われると確かに…………あ、ありがとう、ございます……?」



いや、別に俺を言われるような事ではないんだがな。
俺は、正直に答えただけだ。


……こうして、ちひろさんと話すのも最後になる。

なら、きちんと伝えておくべき事は、今伝えるべきだ。



ちひろ「比企谷くん?」



俺は無言で椅子から立ち上がり、ちひろさんに向かって頭を下げる。



八幡「今まで、ありがとうございました」

ちひろ「えっ?」



呆けた様子のちひろさん。
俺はそのまま話続ける。



八幡「ちひろさんのおかげで、これまで仕事をこなせてきました。席を頂けた事にも感謝しています」

ちひろ「ちょ、ちょっと待って比企谷くん…」

八幡「俺がプロデューサーとして無事やってこれたのも、ちひろさんのおかげです」

ちひろ「だから……!」

八幡「迷惑も沢山かけて、申し訳なく…」

ちひろ「比企谷くんっ!!」


897:2014/08/09(土) 02:53:27.00 ID:
その大きな声で、俺は思わず言葉を止める。

ちひろさんも立ち上がり、少し怒ったように言ってきた。



ちひろ「何なんですか比企谷くん。さっきからまるで今生の別れみたいに喋って!」

八幡「いや、もう辞めるから、最後にお礼を…」

ちひろ「だからって、もう会えなくなるわけじゃないでしょう!」



俺へ向けるその目から、ちひろさんが本当に怒ってるのが分かる。
そんな事は言ってほしくないと、暗に告げているような気がした。



八幡「……俺がシンデレラプロダクションの関係者と会うのは、もう極力避けた方が良い。なら、ちひろさんとだって…」






ふっ、と。

突然、暖かい感触が身体を包み込んだ。






ちひろ「そんなの、どうとでもなります」



ちひろさんが抱きしめてくれていると気付くのに、そう時間はかからなかった。

まるで子供をあやすように、優しく頭を撫でてくれた。



……俺の方が背高いのに、無理をする。



ちひろ「バレないように会えばいいし、ほとぼりが冷めれば、私みたいな事務員ぐらい会えますよ」



普段なら、羞恥から直ぐに振りほどいていただろう。

だが、何故か今はそれが出来ない。



898:2014/08/09(土) 02:55:29.09 ID:
ちひろ「お茶でもいいですし、大人になったら、お酒も酌み交わしましょう。……だから、これで最後だなんて言わないでください」

八幡「……はい」



お互い、顔は見えない。
だが、不思議とどんな顔をしているかは想像できた。

きっと、相手も。






八幡「コーヒー、ごちそうさまでした」

ちひろ「こちらこそ、お粗末様でした。……また、いつでも淹れますよ」



私物を片付け、洗ってもらったマグカップも持ち、帰る仕度を整える。

ちひろさんは、最後まで付き合ってくれた。



ちひろ「比企谷くん」

八幡「はい?」



事務所を出ようとした所で、声をかけられる。
俺が振り向き聞き返すと、ちひろさんは照れたように言ってくる。



ちひろ「さっきはああ言いましたけど……お礼、嬉しかったです」



微笑み、そう言ってくれる。



ちひろ「こちらこそ、ありがとうございました。……また会いましょう♪」

八幡「……はい」



俺も思わず笑いを零し、その場を後にした。



899:2014/08/09(土) 02:57:17.36 ID:
会社を出ると、ひんやりとした風が頬を撫でる。


もう既に時間も遅く、辺りは暗かった。
まぁ電車には余裕で乗れる。特に急ぐ必要もない。

最後にシンデレラプロダクションを目に焼き付け、足を踏み出そうとーー
























「ーーーープロデューサーっ!!」

















その声に、足が止まった。



いや、足だけではない。
身体が、思考が、一瞬止まる。

聞き間違えるわけがない。


ゆっくりと、振り返る。


ぜぇぜぇと息を切らし、膝に手を付いて立っている少女。



渋谷凛は、俺の事を真っ直ぐに見ていた。




900:2014/08/09(土) 03:00:43.71 ID:
八幡「……凛」



俺は、咄嗟に何も言う事が出来なかった。

こんな所を目撃されれば、またいらぬ誤解を招く。
早く立ち去らないといけない。

だが、足は動かない。

言葉も、出てこない。


何で来たんだ……



もう、会うつもりは無かったのに。



凛「……ちひろさんから、連絡を貰ったんだ」



落ち着いたのか、髪を払い、そう言う凛。

そうか、ちひろさんが呼んだのか。
……本当に、最後までお節介な人だ。



凛「全部、聞いたよ」



その言葉で、理解する。

既に凛は、俺がプロデューサーを辞める事を知っている。


なら、俺の意図する事も分かる筈だ。


901:2014/08/09(土) 03:02:23.11 ID:
だが、凛の表情は読めない。


怒っているようで。

悲しんでるようで。

呆れているようで。


そんな色んな感情がない交ぜになった顔で、俺を見る。



凛「……私には、何も相談してくれないんだね」



目を伏せる凛。

そんな姿を見て、胸が痛む。



心が、痛むのが分かる。



八幡「……必要ないからな」

凛「え……?」



だが俺は、ここで甘えた言葉を返すわけにはいかない。

ここで凛の未練を作っちゃ、いけないんだ。



八幡「これは俺がしでかした事だ。だからお前が責任を感じる必要も無いし、俺が辞めるのも気に病まなくていい」

凛「そん、な……でもっ……!」


902:2014/08/09(土) 03:04:43.78 ID:
それでも食い下がる凛を、

俺は拒絶する。






八幡「だから、俺なんかはとっとと切り捨てて……お前はトップアイドルを目指せ」


凛「ーーッ」


八幡「道から外れた奴を、振り返る暇なんてねぇだろ」





凛の顔が歪んでいくのが分かる。
だが俺は、踵を返してその場を後にしようとする。



凛「っ! ま、待って!」



凛は俺の前に周り込み、両肩を掴んで止めようとしてくる。

必死に、離しはしないようにと。




凛「私は、私はプロデューサーと夢を追いかけたくて……!」



その声は、悲痛な叫びだった。

一言一言が俺の胸に刺さって、心を、傷つけてやまない。



凛「プロデューサーは、これでいいって言うの? これで終わりでいいって、本当に思って……」


八幡「ああ。そうだ」


凛「ッ……」



903:2014/08/09(土) 03:11:16.48 ID:
それでも、俺の答えは変わらない。

俺の選択は、覆らない。


凛は俺の言葉に目を見開き、俯く。

脱力したように肩から手を離し、立ちすくむ。




凛「……プロデューサーは、それでいいんだ」


八幡「ああ」


凛「……私が、トップアイドルになれれば、それでいいんだ」


八幡「……ああ」


凛「…………そっか」



凛は、ゆっくりと顔を上げる


俺はその表情を一生忘れないだろう。




凛は、笑っていた。















凛「なら…………私、頑張るから」













こんなに哀しい笑顔があっていいのかと、そう思った。



904:2014/08/09(土) 03:13:03.15 ID:
凛「さよなら」



そう言って、凛はすれ違うように去っていく。

俺は振り返らないし、きっと凛も振り返らない。



……これでいいんだ。



プロデューサーとして、俺は出来る事をやった。

これが、俺に出来る最後のプロデュース。

これで、正しいんだ。



そう自分に言い聞かせ、俺は足を踏み出す。

だが、迷いと振り切ろうと踏み出す毎に、足はどんどん重くなっていくように感じる。


頭の中に、ずっと残って離れない。



懸命に笑う彼女の、






頬を伝う、その雫が。









905:2014/08/09(土) 03:14:57.77 ID:









それから、また日は流れていく。


テレビやニュースで、俺が会社を辞めた事は公表された。
社長の言う通り、一応の責任を取る形で発表されたようだ。

思惑通り、少しはファンの落ち着きも取り戻せた様子。


そして、もう一つ懸念していた問題。



それが、凛のアニバーサリーライブの参加だ。



あんな事件を起こした手前、本来であれば自粛するのが当然だろう。
だが、俺はその件についても社長にお願いをしておいた。

出来る事なら、凛にも参加させてやってほしい。


既にシンデレラガールの投票まで時間もない。
であれば、このライブを逃すのは完全な痛手だ。


ファンが落ち着き、ライブに支障が無いようであれば参加させる。


それが会社の条件だったが、この分じゃ大丈夫そうだ。


906:2014/08/09(土) 03:16:11.84 ID:
本当に、社長には感謝してもしきれない。

そして、俺が今何をしているかと言えば……



絶賛引きこもり中である。



正式に会社を辞めた事で、本来であれば学校に行かなければならないのだが……
生憎と、そんな気も起きない。

今は奉仕部の二人に会う事すら億劫だった。


相変わらず家でダラダラと過ごし、ただ時間が過ぎるのを傍受していた。
さすがに、小町にそろそろ怒られそうだな。


……だが、俺がした事には何も言わず、許容してくれた。

こんな時、そんな存在が本当にありがたい。



もっと良い方法があったのかもしれない。

けど、



これが俺の選んだ選択なんだ。



907:2014/08/09(土) 03:17:57.91 ID:
『○月△日! シンデレラプロダクション、アニバーサリーライブ!!』



八幡「っ……」



テレビから流れてきたワードで、思わず顔をしかめる。


最近、やたらCMを目にするな。
さすがはシンデレラプロダクション。まさかこんな所でその有名ぶりを思い知らされる事になるとは。

正直、見る度にHPを削られる思いである。



と、そんな時にケータイにメールが届く。

それは今まで散々無視して来た一人、平塚先生からのものであった。

内容は、土曜日に学校で行われる補習の事。
と言っても、参加者は俺だけらしいが。

文面を読むに、生徒があまりいない方が来やすいのではないか、という平塚先生の配慮らしい。


おお、ちょっと感動するな。
あの人なら、どっちかってーと直接家まで殴り込んで来て連れ出しそうなイメージだが。

一応、気を遣ってもらってるらしい。


確かに土曜ならあの二人もいないし、何かと気が楽だ。



八幡「ん、この日付……」



908:2014/08/09(土) 03:19:12.08 ID:
そしてメールを読んでいる内に気付く。


補習は、件のアニバーサリーライブと同じ日付であった。


果たしてわざとなのか……
いや、平塚先生が単純に気付いていないだけか。



八幡「……行くか」



どうせ、家にいても気になってモヤモヤしてしょうがないんだろう。

なら、まだ何かしていた方がマシだし、気が紛れるってもんだ。


俺は、参加するとメールで平塚先生に送る。
その後怖いくらい早く返事が返ってくるが、まぁそこは目を瞑る事にする。

送った後、本当にこれで良かったのかと、一瞬だけ脳裏を過った。


……いや、良いに決まってる。
別に、問題なんてない。


今の俺は、プロデューサーじゃないんだ。


ライブのなんて気にする必要もない。
見に行く必要もない。

あいつは、凛は、他のプロデューサーと頑張ってる。

なら、そこに俺が付け入る隙はもう無い。



あいつは、頑張ると言ったんだ。



909:2014/08/09(土) 03:20:39.36 ID:
だから、俺はただ、陰ながら応援するだけ。



俺はケータイの電源を切り、机の上に置く。

ベッドへ向かい、その身体を預けた。

もう今日は寝てしまおう。

目を瞑る。



そうすると、またあの子の顔が思い出される。



だが、俺にはどうする事できない。






こうして、









俺の最後のプロデュースは、終わった。












925:2014/08/09(土) 21:06:45.46 ID:
×



  ×


     ×

   ×

 ×

  ×






「キミ、アイドルのプロデューサーをやってみないかね?」



「お兄ちゃん! やろうよ! 小町が応募しておくよ?」



「そっか……私、個性が無かったんだ……確かに薄々…」



「それにしても、プロデューサーの制服姿ってなんか新鮮だね。似合ってるよ♪」



「久々に会った人には、最初に言う言葉があるでしょう。そんな事も分からないのかしら」



「…っあ! そっか! やっはろーヒッキー!」



「私も……プロデューサーついてないんですよ?」



「嫌いにも、なれそうにない」



「……私の言葉、表と裏……どっちだと思う?」



「確かに、専業主夫なら奥さんがアイドルでもやっていけるもんね」



「“友達”だからに、決まってんだろッ!!!」



「あーあー、いつになったら印税生活出来るんだろう」



「そうだねーっ! 杏ちゃんはすっごく頑張ってるよねー☆」



926:2014/08/09(土) 21:07:43.99 ID:
「私が顧問をしている部活を訪ねてみるといい。あそこには、頼れる子たちが揃っているよ」



「あったまえじゃん。お姉ちゃんがアイドルなんだよ? なら、アタシもアイドルになる」



「うん。……すっごい優しそうに笑うんだなーって、思った記憶がある」



「僕が、102回目だからね」



「さぁ、我が舞台の幕開けだ。……その能力、私に捧げてくれるか? 眷属よ」



「いやあなたですしおすし」



「他の人がどう言ってても、みくもPちゃんも、ヒッキーの事ちゃんと分かってるから!」



「……うん。プロデューサーさんは、私に色んなものをくれたから」



「その信頼がある故に、何かあった時の結果が怖い。……まぁ、そう感じているのは私くらいかもしれないけどね」



「お茶でもいいですし、大人になったら、お酒も酌み交わしましょう。……だから、これで最後だなんて言わないでください」



「さよなら」






「やはり、俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」






946:2014/08/11(月) 01:14:51.73 ID:










凛「歌いたい曲?」



目をパチクリと瞬かせ、疑問符を浮かべる凛。



八幡「ああ。曲のリストはもう貰ったよな」

凛「うん。これでしょ?」



ファイルから取り出した数枚の資料を、俺へと見せる。
そこには、ライブで歌う曲が記載されていた。



八幡「ユニットで歌うのが『お願い!シンデレラ』、『輝く世界の魔法』、『Nation Blue』、『ススメ☆オトメ~jewel parade~』」

凛「そしてソロで歌うのが『Never say never』とカバーの『蒼穹』、だね」

八幡「そうだ。そんで、上位枠はそれにプラスでもう一曲歌えるんだよ」



ソロの曲を持つアイドルは何人かいるが、上位枠でライブに参加するアイドルは少数だ。
その限られたアイドルには、更にもう一曲歌える権利を貰える。



八幡「『蒼穹』と一緒でカバー曲になるが、何か歌いたい曲はあるか?」

凛「歌いたい、曲か。そうだなぁ……」



うーんと唸る凛。

まぁ、大事なライブの一曲だ。そう簡単には思い浮かぶまい。


947:2014/08/11(月) 01:16:14.74 ID:
八幡「『蒼い鳥』とかは無しな」

凛「えっ、なんで!?」



いやホントに考えてたのかよ……



八幡「そりゃ、他のプロダクションの曲を歌えるわけねぇだろ。総武高の時とは違うんだぞ?」

凛「そ、そっか、うーん……」

八幡「……ま、ゆっくり考えとけ」



これは、いつかの思い出。



いつもの事務所で、いつもの二人で。

たまにちひろさんがコーヒーを淹れてくれて。

他のアイドルたちが絡んできたりもして。



今にして思えば、あの居場所がかけがえの無いものだったんだと分かる。



だがそれは、もう取り戻せないものだ。

だからこれは、思い出でしかない。



凛「あ……そういえば、個人的に好きな歌があって…」

八幡「へぇ、なんて曲なんだ?」



いつしか、この光景も忘れていくのだろう。

なら、気にする事はない。

ただただ、その時を待つだけの事。



ただ、その時を。






948:2014/08/11(月) 01:18:07.15 ID:










アニバーサリーライブ当日。


天気は快晴。ドームなのだから関係ないが、実にライブ日和の良い天候である。

だが、俺には本当に関係ない。
俺にとっちゃ、ただの補習当日である。


久しぶりに総武高校の制服に身を包み、ネクタイをしようとして、違和感を覚える。
そういや、俺学校じゃネクタイしてなかったな。していたのは最初の頃だけだ。

ここ最近、ずっとスーツだったから思わず手が動いていた。

俺はモヤモヤとした気持ちをネクタイと共にクローゼットに放り込み、部屋を出る。


リビングへは向かわず、そのまま玄関へと一直線に向かう。
朝飯も今日はいらない。

補習で出かける事も、小町には言っていなかった。


家の外に停めてあるチャリを用意し、サドルに跨がる。
そういや、こいつに乗るのも久しぶりだな。

いざ行かん、と漕ぎだした瞬間だった。






……チェーンが外れた。



八幡「………………歩くか」



949:2014/08/11(月) 01:19:20.23 ID:
仕方なしに、自転車を置いていく。

まぁ、別に補習だし、間に合わなくてもいいだろ。



てくてくと、道を一人で歩いていく。

普段であれば通学する生徒がいくらかいるもんだが、今日は日曜日。
生徒もいないし、道往く人も心なし少ない。


そうやって歩いていると、自然と考え事をしてしまう。
そして考えてしまうのは、やはり決まって一つだけ。

あの時の笑顔が、鮮明に映し出される。



八幡「……くそっ」



イライラする。
無性に苛立って仕方が無い。

気を紛らわせようにも、頭から離れない。

俺に、どうしろってんだ。



歩き歩き、ふと、立ち止まる。



…………なんか、補習とかアホらしくなってきたな。



950:2014/08/11(月) 01:21:36.00 ID:
よく考えたら、学校に行くのが面倒なのに何故休みの土曜にわざわざ行こうとしているのか。
それも、行けば平塚先生と二人きりでの補習。

人がいないというメリットも、元々ぼっちなのだから人がいようといまいと関係ない。


そう考えたら、途端に面倒くさくなってきた。



八幡「……行かなくていいか。別に」



俺は方向を変え、街の方へと向かう事にする。


気を紛らわせるなら、別に補習なんて嫌な事をする必要もない。
テキトーに街をふらついて、遊んだり買い物したりすればいい。


……おお、そう考えたらなんかウキウキしてきた。


よっしゃ、休みを満喫するぞー!


と、それまで引きこもり生活を送っていた事を完全に忘れ、俺は歩き始める。
本屋か、ゲーセンか、漫画喫茶か。アニメイトでも、とらのあなでも、なんだっていい。


とにかく、何か他の事をしていたい。


そんな俺の意味のない希望は、しかし叶う事は無かった。



951:2014/08/11(月) 01:22:56.13 ID:
電車に乗れば。


ポスター『○月△日! シンデレラプロダクション アニバーサリーライブ!!』

八幡「……」




店に入れば。


ラジオ『今日、あのデレプロのアニバーサリーライブなんですよ~』

八幡「…………」




街を歩けば。


街頭テレビ『いよいよ本日、シンデレラプロダクションのアニバーサリーライブ! 皆さん見に来てくださいね♪』

八幡「………………」




完全チケット制なんだから、当日に見に行けるわけないだろぉぉおおおッ!!!!

と、思わず心の中で島村にツッコミを入れてしまった。


本当に一体なんなんだ……
今日は、どこへ行ってもこんな感じだ。


いたる所でその広告を目にし。

どこへ行ってもその名を耳にする。


本当に、一流のアイドルプロダクションだ。
元社員であった俺が言うんだから、間違いない。


……それだけに、鬱陶しい


952:2014/08/11(月) 01:24:03.04 ID:
ケータイを見て、時間を確認する。

ライブ開始まで、残り一時間ちょっと。
今は東京都内まで出ているから、ここからなら普通に間に合うな。



八幡「……なに考えてんだよ。この期に及んで」



行ってどうするというのだ。
行ったって、俺には何もする事はない。


何も、出来はしない。


俺はもうただの一般人で、プロデューサーどころか関係者でもない。
というか、行ったりしたらまたマスコミに何を言われるか。

そうだ、無駄な考えては捨てろ。

その為にも……



俺は、アニバーサリーライブの会場とは逆方向へと向かう。
バスでも、電車でも、タクシーでも、なんだっていい。

とにかく、違う場所へ。


間に合わない、所へ。



953:2014/08/11(月) 01:25:51.20 ID:
それから気付けば、どこかの駅にいた。
テキトーな場所で電車を降りてしまった為、駅名もよく確認していない。

一応都内ではあるようだが、正直初めて降りた駅なのであまり分からない。


ふらふらと歩き、待合室のような開けた空間を見つける。
人の少ない手頃な所に向かい、椅子へ座った。


時計を見る。
ここからなら、どうやったって間に合わない。

もうじきライブも始まる。
後は、時がたつのを待つだけ。


俺は一息つくと、背もたれに背中を預け、顔を上げた。












テレビ『さぁアニバーサリーライブの開演です! これからこの時間は、その様子を中継していきたいと思います!!』


八幡「……………………」









ここの駅は、待合室に大きなテレビが設置されていた。

いや完全に嫌がらせですよね?


そういや、確かにライブの一部を中継するみたいな事は言ってたな……
企画段階ではそんな話を聞いていたが、俺はあの事件のせいで途中から参加していなかった。

まさか、本当にやっていたとは……


954:2014/08/11(月) 01:27:05.46 ID:
正直、本当に嫌でしょうがない仕打ちだが、ここまで来ればもう関係ない。
何かの拍子に血迷ったとしても、ここからでは何も出来ない。


……ある意味では、これが俺に対する罰なのかもな。


何も出来ず、ただその光景を見せられる。

あいつの、歌う所を見る。


それは、今の俺にとっては地獄のような状況だと言えた。
なら、俺はそれを甘んじて受けるべきかもしれない。


椅子へと座ったまま、画面へとジッと目を向ける。
まだ、開演には幾ばくかの時間があった。


……凛のソロは、何曲目だったか。


無意味な思考を振り切るように。



俺は、その目を閉じた。










955:2014/08/11(月) 01:28:16.33 ID:









暗闇だ。



真っ暗で、何も見えない。


当たり前だ。目を閉じているのだから。

そうしていると、やけに耳に入ってくる音が鮮明になる。

自分が駅にいるという事を実感させる喧噪。

テレビから聞こえてくる、ライブ開演までの、中継模様。



そして、






「あー! も、もうライブ始まっちゃうよぉ……」






女の子の、声だった。



八幡「……」



その声に、思わず目を開ける。

特に大きな声ではなかったが、やけに通る声だった。


見ると、そこにいたのは一人の女の子。


956:2014/08/11(月) 01:30:06.52 ID:
歳は俺と同じくらい。私服だが、恐らくは女子高生。

キャスケット帽を被り、黒ぶちのメガネをかけている。
テレビ画面へと視線を向けているので顔はよく見えないが、たぶん可愛い。

印象としては、どこにでもいる普通の女の子。

島村を、なんとなく思い出した。



「はぁ、折角招待して貰えたのに……まだお仕事長引いてるのかな」



独り言を呟きながら、ケータイを見ている。
恐らくは誰かと待ち合わせをしていて、もう一人が遅れているのだろう。

しかしライブに招待して貰えるって……関係者か何かか?

するとその女の子はメールでも送り終えたのか、ケータイ(今時ガラケー)をしまうと、あろうことか俺の近くまで歩いてくる。
そして、二つ程離れた席に座るのだった。びっくりした……


どうでもいいが、座った時に帽子の隙間から赤いリボンが見え隠れしていた。
その様子に、なーんか既視感を覚えるのだが……思い出せん。



と、そこでテレビ画面から開幕の音楽が流れてくる。

いよいよ、アニバーサリーライブが始まるらしい。


隣では先程の女の子が「始まっちゃった……」と呟いている。
しかし、そちらへ視線を向ける余裕は無い。



ちひろさんが、アナウンスをしていた。



……あの人、事務員なのにそんな事までしてんのか。



957:2014/08/11(月) 01:31:51.37 ID:
後半は殆ど企画会議には参加していなかったとはいえ、さすがにこれは驚いた。
また、お給料弾むよとか言われたのだろうか。


ちひろさんのアナウンスが終わると、やがて、あのよく知ったメロディーが聞こえたきた。

やっぱり、最初の曲はおねシンみたいだな。



八幡「…………」



いた。

全員で歌う中、凛の姿を見つける。
会場からも特に野次などは無さそうだ。

その様子を見て、安堵と共に不安が募ってくる。


何処か、凛の調子が悪い。


見れば分かる。
動きはぎこちないし、声にも覇気が無い。

他の奴にとっては些細な違いかもしれないが、俺には分かる。


そりゃ、あんな事があったんだ。元のようにやる方が難しいのは分かる。
だがそれでも、何をしているんだという気持ちが湧いて出てくる。

そうさせたのは、俺なのに。



八幡「チッ……」



気付けば、拳を強く握っていた。



「あの、どうかしたんですか……?」

八幡「ッ!」



958:2014/08/11(月) 01:33:51.24 ID:
隣からの声に、思わずハッとなる。

見ると、先程の少女が心配そうな顔で俺の事を見ていた。



「凄く辛そうな顔で画面を見てましたけど……」

八幡「……いえ、大丈夫です」



平静を装い、その少女に対し言葉を返す。
どうやら、思わず声をかけられる程に酷い顔をしていたらしい。

だがそれにしたって、見ず知らずに人間にいきなり声をかけるなんてな。

余程のお人好しか、変わり者だろう。



「……アイドル、苦手なんですか?」



そのまま、少女は俺に話を振ってくる。
声にはどこか不安を混ぜたようなニュアンスがあり、同時に、俺を気遣ってるようにも感じた。

正直、話しかけられのは若干鬱陶しいが……今の俺は、どうかしていたらしい。



八幡「……好きだよ。自分で自分に引くくらいな」



正直に、そのまま言葉が口から出ていた。
同年代だし、敬語を使うのもアホらしかった。



「へ、へぇ…そ、そうなんだ……」



そして、女の子も引いていた。あっるぇー?

つーかお前も敬語無くなってんぞ……


959:2014/08/11(月) 01:35:23.94 ID:
俺が思わずジト目で睨むと、少女は慌てて弁解しだす。



「あ、あぁいや! い、良いと思うよ! きっとそう言って貰えるアイドルも嬉しいよ! うん!」



手をわたわたと振り、うんうんと頷いてみせる。
いや必死過ぎない? なんか逆にその気遣いが痛い。
 


八幡「……そんなの、本人じゃないと分からないだろ。気持ち悪いと思って…」

「分かるよ」

八幡「っ……」

「私には、分かる」



思わず、目を見開く。
そう言った少女の顔が、いつぞやのアイドルたちと一緒で。

俺は、押し黙るしかなかった。



八幡「……そうか」



俺はぼつりと呟き、その後少しの間沈黙が続く。

そして、再び少女は俺に問うてきた。



「……ねぇ、あなたは、ライブへは行かなくて良かったの?」

八幡「……チケットが取れなかったんだよ」

「……そっか」



無論、嘘だ。
そもそもプロデューサーを続けていたら、顔パスで会場へ入れただろう。

だが、今は関係無い。


960:2014/08/11(月) 01:36:52.83 ID:
しかし少女は、俺のその答えでは満足出来なかったようだ。



「……本当に、それだけ?」



もう一度、俺に問いかける。



八幡「……何が言いたいんだよ」

「えっと…………何だか、私にはそう思えなかったから、かな」



言葉を選ぶように、ゆっくり話す少女。

本当に余計なお節介だ。
普段なら、無視していたって不思議じゃない。

……けれど、気付けば俺の口は勝手に開いていた。



八幡「……あんたなら」

「え?」

八幡「あんたなら、どうする?」



不思議と、俺は話しだしていた。



八幡「誰かの為に行動を起こして、でもそれは相手にとっては望んでいない事で、それでも止めるわけにはいかなくて……」



何がそうさせたのかは分からない。
それでも、俺は何故か少女に言葉をかけていた。



八幡「……合わせる顔が無い。あんたなら、どうする」


961:2014/08/11(月) 01:38:20.26 ID:
それはたぶん、懺悔のようなものだ。
まともな返しなんて求めちゃいない。

何故なら、俺はもう選択してしまったから。

だから、今更何を言われようが、変わる事はない。



「…………」



そして俺の言葉を聞いた少女は、俯いていた。

目を伏せ、口をつぐんでいる。

そして顔を上げたかと思うと、彼女はこう言った。






「わからない」

八幡「…………は?」



至極単純なその答え。
思わず、間抜けな声を出してしまった。

少女はタハハと笑い、頭をかいている。

いや、わからないて……



「……その時になってみないと、私がどうするかなんて分からないよ」



八幡「いやまぁ、そりゃそうなんだが…」

「でも、これだけは言えるかな」



少女は、俺を真っ直ぐに見つめ、その口を開いた。



「私はきっと、その人にも分かって貰おうとするよ」



少女は、微笑んでいた。


962:2014/08/11(月) 01:40:02.29 ID:
「その人が望んでいなくても、自分でやりたいと思ったから行動したんでしょ? なら、それを分かってもらおうと頑張るよ。私なら」

八幡「……思いっきり否定されても、か?」

「思いっきり否定されても、だよ」



そう言って、少女はまた笑う。


何故、そこまではっきり言えるのか。
仮定の話だから、そんな事が言えるんじゃないか。

最初はそう思った。だが、彼女の言葉には強い意志が感じられた。


俺なんかよりも、辛い事や大変な事を何度も乗り越えた、そんな強い意志が。



……けど、



八幡「……もう、遅いよ」

「え?」

八幡「俺は、もう選択しちまった。俺があいつに出来る事は、もう無い」



あいつの、凛の為に、俺はプロデューサーをやめた。
そしてそれが俺に出来る最後のプロデュースで、

プロデューサーを辞めた今、俺には何も出来ない。


しかし、それでも少女は言う。



「そんな事ないよ」



笑って、俺の背中を押すように。

言葉を、投げかける。



963:2014/08/11(月) 01:41:55.22 ID:
「その人の為にあなたは頑張った。……なら、次はあなたの為に何かすればいいよ」

八幡「俺の、為……?」



少女は、虚空を見つめ、懐かしむように言う。



「『未来は今の延長……だからこそ、今を大切に。悔いの無いように』」



静かに、それでも良く通る声で、彼女は言った。

その言葉は、すんなりと俺の胸の内へと入ってくる。



「……今のは、私の大切な人に言われた台詞なんだ」



そう言って、照れくさそうに笑う少女。



「その人がいたから、今の私がいる。……でも、その人が遠くにいっちゃう事になってね」

八幡「…………」

「その時、今の台詞を言われて……それがずっと、私の支えになってくれた」



改めて、俺に向き合う少女。
その瞳の奥には、確かな輝きが見えた。



「あなたは、今を大切にしてる?」

八幡「……俺は」



俺は、今を大切にしているのだろうか。



凛の為に。

凛のファンの為に。

凛の、将来の為に。


964:2014/08/11(月) 01:44:21.72 ID:
俺は大切にしてきた筈だ。

大切だから、俺は責任を取った。
……だがそれは、あくまでプロデューサーとして。


プロデューサーだから、俺は凛に、余計な感情を抱いちゃいけなかった。

プロデューサーとして、俺は責任を取ったんだ。


なら、今の俺は?


プロデューサーとして、俺にもう出来ることはない。

なら、比企谷八幡としての俺には、もう出来ることは無いのか?


……そんな事は、ない。

そんな事はないはずだ。


プロデューサーではなく、ただの比企谷八幡として。


俺の為に。

比企谷八幡として。

俺に、出来ること。



八幡「……未来は今の延長。だからこそ、今を大切に。悔いの無いように…」



なら……



俺は、どうしたい?



965:2014/08/11(月) 01:45:50.75 ID:
「おーいっ!」



その時、改札側から呼びかける声が聞こえてくる。

小走りで駆け寄ってくるのは、一人の若い男性。

スーツ姿でメガネをかけており、爽やかな印象。
何となく、十時愛梨のプロデューサーを思い出した。


恐らく、彼が待ち合わせをしていた相手なんだろう。



「あっ、もう! 遅いですよ!」



椅子から立ち上がり、抗議するように言う少女。
だが、別に本気で怒っているわけではないらしい。

何となく、俺もつられて椅子から立ち上がる。



「すまんすまん、前の仕事が長引いてな……あれ、そちらの方は……?」



その青年は俺に気付くと、それとなく少女に訪ねる。



「ふふ、熱心なアイドルファンです」



設置されたテレビに視線を向けつつ、ご丁寧にそう説明してくれる彼女。
いやいやいや。その説明だと俺完全にただのアイドルオタクみたいじゃないですか。否定できないけど。

俺が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、青年は目を丸くし、その後微笑む。



「……そうか」



その様子は、何かに気付いたようでもあった。


966:2014/08/11(月) 01:47:18.20 ID:
「……なぁ、ちょっと音無さんに遅れるって電話してきて貰えるか?」

「え? 私がですか?」

「あぁ。……俺がすると、怒られそうだろ?」


もう仕分け無さそうに頼む青年を見て、少女は「分かりました」と言って頷く。
ケータイを取り出し、少し離れた所まで歩いて電話をかけ始めた。

その場には、俺と青年が取り残される。



「……その格好、今日は学校に?」



青年は、そう言って俺に訪ねてくる。
言葉には何となく、優しさが含まれているような気がした。



「ええ。……まぁ、行く途中で嫌になってサボっちゃいましたけど」

「それは頂けないな」



苦笑し、テレビへと視線を向ける青年。



「……ここにいて、いいのかい?」

八幡「…………」



微笑みながら、青年は問いかける。

俺は、沈黙で答えるのみ。



八幡「…………一個、訊いてもいいですか?」

逆に俺は、青年へと問うた。


967:2014/08/11(月) 01:48:57.50 ID:
「なんだい?」

八幡「あなたから見て、俺のやった事は……正しいと思いますか?」

「……そうだね」



とても難しい質問をされたように、彼は目を伏せる。

だが、答えは存外すぐに返ってきた。



「思うよ。君は、正しい事をしたと思う」

八幡「……」

「プロデューサーとして、ね」



彼は俺の方へと向き合い、真っ直ぐにその瞳を向けてくる。



「プロデューサーとして、最善の手だったと俺は思う」



それはつまり、個人の気持ちは捨ててという事。
彼は、暗にそう告げていた。



八幡「プロデューサーとして、ですか」

「ああ」

八幡「……なら、俺自身にとっての答えって、なんなんでしょうね」



俺の呟きに、しかし彼は笑って言う。



「……もう、答えは出てるんじゃないのか?」



968:2014/08/11(月) 01:50:36.76 ID:
それは、答え合わせのようなもの。



そうだ。

初めから、本当に最初っから。

俺は、ずっと気付いていた。



なら……






俺は、こんな所で何をしている?






そう思った瞬間、俺は動く。

青年へと真っ正面に向き合い、深く頭を下げる。
その行動に青年は面食らうが、お構い無しに告げる。



八幡「ありがとうございました」



しっかりと、お礼を言い、頭を上げる。



八幡「……彼女にも、お礼を言っておいてくれますか?」



その一言で、彼には伝わったようだ。
チラッとだけ電話をしている少女に視線を向け、その後微笑み、頷く。



「ああ。ちゃんと伝えておくよ」



その言葉に、思わず俺も笑いを零す。

すると、青年はポツリと呟いた。



「……君は、良い目をしているね」


969:2014/08/11(月) 01:51:51.19 ID:
思わず、目を見開く。
まさか、俺のこの目を褒めてくれる奴がいようとは。



八幡「皮肉ですか?」

「まさか。……大事なものを見据えている、良い目だよ」

八幡「……そんな事言われたの、初めてですよ」



俺は苦笑し、また軽く頭を下げる。



八幡「それじゃ、失礼します」



俺は、その場を後にする。



走れ。



とにかく走れ。






まだ、終わっちゃいないーー!








970:2014/08/11(月) 01:53:26.58 ID:
× × ×









「行ったか……」



青年は、以前微笑みながらその背中を見送る。



「あれ、もう行っちゃったんですか?」



背後からの声に青年が振り向くと、そこには電話を終えたのか、リボンの少女が立っていた。



「ああ。……春香にお礼を言っておいてくれって頼まれたよ」

「そうですか……私なんかの言葉が力になってくれたんなら、嬉しいな」



微笑み、少女は照れくさそうに言う。



「彼を見てたら、昔の自分を思い出したよ。頑張ってほしいなぁ」

「プロデューサーさんったら。そんな事言って、今後強力なライバルとなって立ち塞がるかもしれませんよ?」

「あはは、それは大変だ。敵に塩を送るような真似しちゃったかな……?」



そう言いつつも、二人の表情は明るい。

まるで、あり得たかもしれない未来の共演を、楽しみにするかのように。



一人の少年を、見守るのだった。






971:2014/08/11(月) 01:54:59.97 ID:
× × ×









走る。



駅の中を駆け、とにかく急ぐ。

足が、止まるなと勝手に動く。


正直、虫の良い話なんだとは思う。
俺はプロデューサーとして責任を取って、もう凛にしてやれる事はない。

そう、思っていた。

けれど、俺個人として。
比企谷八幡として、まだ出来る事があるんじゃないか。
かけてやれる言葉があるんじゃないか。


……いや違う。


俺が、俺の為にしたいのだ。
大した事じゃなくっても、とにかく、行動したい。

そう思ったら、いても立ってもいられなかった。

そうだ。
俺はプロデューサーである前に、


比企谷八幡なのだ。


なら、後は行動するだけだろう。

走れ。



とにかくーー走れ!



972:2014/08/11(月) 01:56:35.54 ID:
駅の中で、時刻表と駅周辺の見取り図を見つける。
それを確認し、現在の時刻と照らし合わせる。


もう既にライブは始まっている。
だが、凛のソロまではいくらか時間はある筈だ。


それまでに、あいつが歌う前に、何としてでも会いたい。

あいつに、この気持ちを伝えたい。


時刻表と時計を見ながら、算段を立てる。


電車は……ダメだな。次のに乗っても間に合わない。
しかも駅からもそれなりに距離があるし、そっからの足も問題になる。

バスも恐らくは似たようなもの。
会場近くまでは直接行けても、時間がかかるようじゃ意味がない。

なら、タクシーはどうだ?

……いや、距離があり過ぎる。超かっ飛ばしたとしてもギリギリだ。
今日は土曜。どう考えたって混むし、会場付近となったら尚更だ。









…………あれ?









八幡「……………………」






どう考えたって、間に合わなくね?






一瞬、思考が止まる。






間に合わねぇぇええええええええええッ!!???



973:2014/08/11(月) 01:58:13.24 ID:
思わず、その場でリアルに頭を抱えてしまった。


え、え、あんだけ威勢良く走り出しといて、間に合わないの?
何それ格好悪過ぎる。


いやいや、んな事言ってる場合ではない。
どうにかして、どうにかしてこの状況を打破しなければ。

どうする。考えろ、考えろマグカイバー……!



八幡「……………そういや」



そこで、思い出す。

あいつらにも、チケットは送っておいた。
なら、きっと会場にいる筈。


俺はケータイを取り出すと、スパムメールのような登録名を選択する。


……総武高の困った奴は、ここに頼むんだよな。
今にして思えば、確かに、あいつらは頼れる存在かもしれない。

なら、俺が頼み事をするのも、当然のことだ。



俺は、電話をかけた。



…………。



何度も、コール音が鳴り響く。



……出ないな。



と、俺が諦めかけた時だった。

子気味良い音と共に、着信に応答した旨が、画面に表示された。


974:2014/08/11(月) 02:00:28.34 ID:
由比ヶ浜『ヒッキー!? ヒッキーなのッ!?』



思わず耳から電話を離したくなる程の声量。
だが、こいつなら出てくれるって思ってたぜ。



八幡「ああ。そのヒッキーだ」

由比ヶ浜『もう! 心配したんだよ! 何も連絡寄越さないし! ってか、今どこ!? ライブには来ないの!?』



だから声デケーって。
いや、ライブ会場にいるから声大きくしてんのか?

……それはねーか。電話するんなら、さすがに会場は出ないと迷惑だろう。



八幡「落ち着け。それより、そこに雪ノ下はいるか?」

由比ヶ浜『え? ゆきのん? いるけど…』

八幡「代わってくれ」



由比ヶ浜づてでも良かってが、如何せん今は時間が無い。
とにかく、早く事を運びたかった。

由比ヶ浜は若干不服そうにしながらも、すんなり代わってくれた。



雪ノ下『もしもし。比企谷くん?』

八幡「雪ノ下。頼みがある」

雪ノ下『……代わってそうそう、いきなりね』



その声には呆れが多分に含まれていたが、どこか、安堵したような声音も感じる。
いや、雪ノ下に限ってそれはねぇか。



八幡「悪いが、時間が無いんだ。頼む」

雪ノ下『……なら、一つだけ確認させて貰えるかしら』



975:2014/08/11(月) 02:01:49.59 ID:
そう言った雪ノ下は、相変わらず良く通る声で俺に尋ねる。



雪ノ下『その頼みは、奉仕部への依頼? それとも、プロデューサーとしての頼み?』

八幡「……いや」



その問いに対する答えは決まっている。
俺は、はっきりと言葉を返す。



八幡「俺個人の、お前らへの頼みだよ」



奉仕部も関係なければ、俺はプロデューサーでもない。
これは、単なる俺の我が侭だ。

だから、こいつらしか頼めない。



雪ノ下『そう……』



俺の言葉を聞いて、なんとなく、雪ノ下は笑っているような気がした。
電話越しなのだから、実際どんな顔をしているかは分からない。

けれど、不思議とそう感じた。



雪ノ下『分かったわ。それで、頼みというのは?』

八幡「ああ。まず、どうにかして凛のソロの前に会場へ行きたい」



その後は簡潔に状況を説明する。

今現在いる場所。利用出来る交通手段では間に合わない事。
そして、凛のソロまでの恐らくの時間。

それを聞いた雪ノ下は、少しだけ考えた後呟く。


976:2014/08/11(月) 02:03:19.06 ID:
雪ノ下『まず無理ね』



ですよねー。

思わず、口からついて出そうになった。



雪ノ下『……けれど、どうにかするわ』



しかしそこはそれ。
やはり、雪ノ下雪乃は有能であった。



雪ノ下『発想の転換で、プログラムの方を変更して貰いましょう』



……は?

今、こいつは何と言った?



八幡「プログラムの変更って……お前、曲順を変えるって事か?」

雪ノ下『そのつもりで言ったのだけれど?』



いやいや、そんなしれっと言いのけられても。



雪ノ下『あまり使いたくは無い手段ではあるけど、アイドルの子たちにお願いしてみるわ』

八幡「お願いしてみるわって……あーでも、アイツらなら普通に承諾しそうで怖い……」



なんとなく、その光景が目に浮かぶ。
だがアイドルが良いと言ったからって、そんなに簡単に通るとも思えない。

しかし意外な事に、雪ノ下は自身満々に言う。



雪ノ下『あなたの名前を出せば、少しは良い返事を期待できるんじゃないかしら』



思わず、言葉を飲み込んでしまった。
まさか雪ノ下から、そんな事を言われる日が来るとは。


977:2014/08/11(月) 02:04:25.65 ID:
八幡「……どうだろうな。逆に反対意見が出るかもしれないぞ」

雪ノ下『さて、どうかしらね』



ふふっと、彼女は今度こそ確かに笑った。
全く……

ホントにこいつには、敵わない。



雪ノ下『それじゃあ時間も無いし、早速こっちは行動に移るわ』

八幡「ああ。すまんが頼む」

雪ノ下『それと最短の移動手段だけど、こちらで準備が出来次第連絡するから、そのまま待機していて頂戴』



は? 準備出来次第って、何を準備するんだ?

それを確認しようと口を開くが、しかし電話の向こうで相手が代わってしまう。



由比ヶ浜『ヒッキー! なんだかよく分からないけど、アタシも手伝うから!』



必死にそう告げる彼女の声を聞いて、思わず苦笑が漏れる。
ホント、どこまで行っても“優しい女の子”だな。お前は。



八幡「……ああ。頼む」

由比ヶ浜『っ! ……うん!』



嬉しそうに返事をする由比ヶ浜を最後に、電話は切れる。

アイツらなら、きっと大丈夫だろう。
そんな気持ちが、確かにあった。




978:2014/08/11(月) 02:05:41.92 ID:








『西側駅出入口の駐車場にて待機』



由比ヶ浜のアドレスからそうメールが届いてきたのは、電話を切って10分後の事であった。

この簡潔なメール、明らかに雪ノ下が打ったものだと分かる。
まぁ、今は状況が状況だからな。


その命令通り、俺は指定された場所に立つ。

しかし雪ノ下が準備すると言った辺り、あいつが足を用意したって事だよな?
そうなると、まさかリムジンがお出迎えしてくれたりするんだろうか。

しかし、俺のその予想はある意味で大きく外れる事になる。



気付けば、猛スピードで近づいてくる車が一台。

駅前の急カーブをものともせず、まさかのドリフト。
そのまま俺の眼前へピタリと駐車し、エンジン音を唸らせる。



彼女は、その姿を現した。






平塚「乗りたまえ。急いでいるんだろう?」






いや、格好良過ぎねぇ? いやマジで。

今回ばかりは、惚れても仕方が無い。


979:2014/08/11(月) 02:07:15.67 ID:
その劇的過ぎる登場に俺は最初硬直していたが、ハッと我に帰り、ドアを開けて車に乗り込む。
直後、車は直ぐに発進しだす。



八幡「あの、場所は…」

平塚「心配ない。雪ノ下から聞いてるよ」



進行方向から目を離さず、そのまま答える平塚先生。
口には煙草をくわえており、それがまた相変わらずカッコイイ。


なるほどな。雪ノ下の言っていた移動手段とはこれの事か。
確かに、平塚先生の車なら並の車よりずっと速い。

でも、それならまだタクシーのが早かったんじゃ?



平塚「今日はライブの他にも、色々とイベントをやってるらしくてね。中々タクシーも拾えないそうだ」



と、まるで俺の心を読んだかのようなタイミングで声をかけてくる平塚先生。
そして、チラッと俺へと視線を向ける。



平塚「それとも、私の運転では不満かな?」

八幡「め、滅相も無い」



ふるふると首を振り、否定する。
やべぇな、やり辛い。


俺は一体いつあの話を振られるのかと、内心ビクビクしていた。

いや感謝もしているのだが、それ以上におっかなかった。


980:2014/08/11(月) 02:08:43.50 ID:
平塚「比企谷」

八幡「っ!」ビクッ

平塚「……何か、言う事があるんじゃないのかね?」



き、来たァ!!

やべぇよ、これ完全に怒ってるよ……
仕方あるまい。これ以上怒らせる前に、正直に謝っておいた方が吉だ。



八幡「…………ほ」

平塚「ほ?」

八幡「補習サボってすいませんでしたぁっ!!」

平塚「そっちじゃなぁーーーいいッ!!!」



瞬間、真横から拳骨が飛んできた。
ビルドナックルもびっくりの威力である。

俺が打たれた側頭部をさすっていると、平塚先生が呆れたように言ってくる。



平塚「私が言っているのは、君がプロデューサーとしてやった事だ」

八幡「……」

平塚「それ自体は咎めたりはしない。……だが、一言くらい相談してくれても良かっただろう」



そう言う平塚先生は、怒っているというよりは、悲しんでいるようだった。
どうして、生徒が先生に相談してくれないのかと。

まるでそう言うように。



八幡「……すいません」

平塚「……まぁ、いいさ。今はこうして力になれるのだから」


981:2014/08/11(月) 02:10:26.63 ID:
平塚先生は、笑う。

本当に、迷惑をかけてばっかりだ。


そしてふと、ケータイが鳴る。
着信は由比ヶ浜から。まぁ、雪ノ下からという可能性もあるが。

俺は確認の意味で平塚先生に視線を向けると、先生は構わないと首肯する。

画面をスライドさせ、俺は電話に出た。



八幡「もしもし」



ちひろ『もしもし? 比企谷くん?』

未央『本当に出た!』

卯月『由比ヶ浜さんからの着信だと、ちゃんと出るんですね~』

加蓮『もしかして、実はそういう関係だったり?』

奈緒『なっ……た、確かに前々から怪しいとは思ってはいたが…』

由比ヶ浜『え、えぇ!? いや、別にそういうんじゃなくて…』

美嘉『なんか、そうやって必死に言い訳する方が怪しいような~?』

輝子『フヒ……八幡、こっちに来るの……?』

雪ノ下『ええ。……だから、そろそろ本題に移ってもいいかしら?』



電話に出たらアイドルだらけであった。

いや、お前らライブ中だろ!?


時間を確認する。
今のメンバーから考えて、恐らく今は楓さんが歌ってるのか?


982:2014/08/11(月) 02:11:39.73 ID:
ちひろ『比企谷くん。雪ノ下さん達からお願いされた通り、曲順は何とか変更出来そうです』

八幡「そうですか。……本当にありがとうございます」



またも、この人に迷惑をかけてしまった。
だが、ちひろさんは笑いながら言ってくれる。



ちひろ『何言ってるんですか。私と比企谷くんの仲ですよ♪』

その言葉に、俺も思わず笑みを零す。



八幡「……はい。……そういや、凛は?」

雪ノ下『安心して。ここにはいないし、事情も説明していないわ』

由比ヶ浜『一応、演出の手違いって事にして貰ったから!』



それは、また何とも不安になる言い訳だな。
だが、凛に言っていないのは助かった。

出来れば、俺の口から直接言いたい。



奈緒『そういうわけだから、早く来い!』

加蓮『それと、後でちゃんと説明して貰うからね?』

美嘉『そーそー。プロデューサー辞めるとか、アタシたちも納得してないし?』

輝子『八幡……待ってるから』

未央『まだまだ、言ってやりたい事がいっぱいあるんだから!』

卯月『凛ちゃんも、きっと待ってますよ!』

八幡「……お前ら」



983:2014/08/11(月) 02:12:59.63 ID:
その言葉を聞いて、感情が昂る自分を感じる。
今更、本当に今更なのに。

こいつらの臨時プロデュースをして、本当に良かった。



蘭子『……プロデューサー』

八幡「っ!」



そこで、初めて蘭子の声を聞く。
てっきり、別室で準備していると思ったのだが。



蘭子『その魂……解き放てっ!!』



顔が見えなくても、ノリノリで言ってるのが分かる。
……ホントに、意味分かんねぇよ。


けど、



八幡「……ああ。ありがとな」



充分、伝わった。



すると、電話の向こうで「デレたープロデューサーがデレたー」と大騒ぎ。
いやデレてねぇし。ただちょっと素直に感謝しただけだし。

……いや、それがデレたって言うのか。


思わず、自分で自分に笑ってしまった。



雪ノ下『そういうわけだから、あなたも急いで頂戴。変更したとはいえ、それでも時間ギリギリよ』

八幡『ああ。分かった』

由比ヶ浜『ヒッキー、頑張ってね!』


984:2014/08/11(月) 02:14:40.94 ID:
そして、電話は切れた。

あいつらに頼んで本当に良かった。
時間もそうだが……


こんなに、勇気を貰えるなんて。


と、そこで平塚先生がもう仕分け無さそうに言う。



平塚「比企谷。悪いが、私に出来るのはここまでのようだ」



言われて見ると、辺りは酷い渋滞。
これでは、もうまともに動けない。



平塚「ここからなら、直接走った方がまだ早い。行きたまえ」

八幡「分かりました。……平塚先生、本当にありがとうございました」



シートベルトを外し、お礼を言う。
だが、平塚先生はそれを何て事のないように笑い飛ばす。



平塚「何を言う。私は当然の事をしたまでだ」

八幡「教師が生徒の背中を押すのは当然の事……ですか?」



いつか、俺がプロデューサーになるのを悩んでいた時に言われた言葉だ。
普段のお返しとばかりに、俺は先回りして言ってやる。



平塚「いいや、違うな」



しかし、平塚先生はそれすらも違うと言う。


985:2014/08/11(月) 02:15:47.42 ID:
平塚「……“私”が“比企谷”を助けたいんだよ。当たり前だろう?」



そう言って、彼女は笑った。



八幡「……っ」



本当に、何でこの人は……



俺は無言で車から降り、扉を閉める前に言ってやる。



八幡「本当に、何で結婚出来ないんだよあんた!」



そして、思いっきりドアを閉めて走り出した。



後ろからは「な!? ちょっ、後で覚えてろよ比企谷ァー!!」という怒鳴り声が聞こえてくる。
が、俺はそれを無視。

そのまま走り続ける。



本当に、ありがとうございます。

……そろそろ、俺が貰っちまうぞマジで。






986:2014/08/11(月) 02:17:11.34 ID:









ケータイの地図をチェックしつつ、その足は止めない。


人の多い道を、ぶつからないように気を配りつつ、とにかく走る。
途中何度かぶつかりそうになり、転びそうになりつつも、それでも止まらない。


急げ、急げ!


息を切らしながら、俺は走り続ける。


時間を確認。
くそっ、このペースだとヤバイな……!


思ったよりも渋滞が酷かった為、雪ノ下の計算よりも近くまで車で行けなかった。
さっき平塚先生が言っていた通り、他のイベントやらが影響しているのだろう。

どうする? どうすれば……


と、そこで不意に声を聞く。






「お兄ちゃーーんっ!!」






それは、絶対に聞き逃す事も、聞き間違える事もない声。

声がした方を振り向けば、やはり、彼女が立っていた。


987:2014/08/11(月) 02:18:26.42 ID:
小町「お兄ちゃん! こっちこっち!」



妹の、小町だ。



八幡「小町!? なんでここに…」



とりあえず、近くまで走り寄る。
すると、そこで気付くが、小町はある物を携えていた。



八幡「これって…」

小町「うん。お兄ちゃんの自転車」



そこにあったのは、俺が今朝自宅に置いてきたチャリだった。
チェーンは、直っている。



小町「お母さんがお父さんに頼んで、直しといてくれたんだ。折角の休みにーってぼやいてたけど」



そう言って、クスクスと笑う。
っていうか、なんでお前…



八幡「由比ヶ浜に、聞いたのか?」

小町「うん。ここまでは、雪乃さんの家のリムジンで来たんだ」



小町が視線を向けた方を見れば、そこには黒いリムジンが停めてあった。
雪ノ下の奴、ここまで考えていたとはな……

さすがの俺も、舌を巻く。


988:2014/08/11(月) 02:19:39.19 ID:
小町「ほらほら、早くしないと!」



小町に促され、俺は自転車に跨がる。
確かにこれなら、こっからでも間に合うかもしれない。



小町「あっ! そうだそうだ。あとこれ……はいっ」



何かを思い出したかのように、小町は持っていたカバンからそれを取り出す。

それは、一本のネクタイとネクタイピンだった。



八幡「お前、これ……」

小町「さすがにスーツは無理だったけど……それ着けて、ビシッと行ってきなよ」



俺がプロデューサーになると決まった時、小町に選んでもらったネクタイ。

だけど、俺は……



八幡「けど、俺もうプロデューサーじゃねぇし…」

小町「なーに言ってんの」



小町は、俺の戸惑いを物ともせずに言う。



小町「小町はお兄ちゃんにそれを選んであげたんだから。だから、そんなの関係ないよ」



子憎たらしいくらい、可愛くウィンクしてそう言った。



989:2014/08/11(月) 02:20:34.89 ID:
八幡「……おうっ」



その場で、素早くネクタイを締める。

もうこの作業も慣れたものだ。
30秒とかからず終え、ネクタイピンで留める。



小町「さぁ、とっとと行っちゃえ!」

八幡「おうっ!」



思いっきり、ペダルを漕ぐ。

全力で、俺は自転車を走らせた。



八幡「愛してるぜ、小町!」

小町「私もだよ、お兄ちゃん! 特別に今だけ!」



俺の魂の叫びに対する答えはそっけなく、思わず泣きそうになったが、


それでも、今は背中を押してくれる。



なら、俺は頑張れる!