174: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:33:00.19 ID:M8lWXEdT0
久美子「あ、あの、いーですか?」 


あすか「ん、なに?」 


久美子「なんでおんぶしてるんですか?」 


あすか「これ? ……地面に寝かすのはちょっと気が引けたから、わたしがおぶってた。……黄前ちゃんが起きたんだから、代わりにそこに寝かせようか。」 


久美子「あ、いや、そーじゃなくてですね……。」 


あすか「ん?」 


 あすか先輩は、けろりとした表情だった。 
 質問の仕方を間違えた。 
 この顔を見るに、私がなにを知りたいのかを知っている癖に、恍けて楽しんでいるのだ。この人は時々、そういう事をする。 
 もう一度だ。 


久美子「あの、吉川先輩はなんで眠ってるんですか?」 


あすか「あ、これは眠ってるんじゃなくて、実は気絶してるんだけ――」 


久美子「なんで気絶してるんですか?」 


 私が語気を強めると、あすか先輩はにんまりと笑い、 


引用元: ・【リョナ注意】緑輝「歯形祭り。」葉月「はっ?」【響け!ユーフォニアム】

175: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:41:00.67 ID:M8lWXEdT0
あすか「あれえ? 黄前ちゃんちょっと怖い。怒ってる?」 


 と、心から楽しそうに言う。 
 ああ、この人めんどくさい。 


久美子「怒ってませんー。……で、なんで気絶してるんですか?」 


あすか「うん、それはね……。」 


 そこで、ふっと笑みが消える。 


あすか「人間に戻された所為だよ。」 


久美子「……え?」 


あすか「人間に戻された所為。……吸血鬼から人間に戻されると、一時的に気を失うんだ。……そっちの麗奈ちゃんもね。」 


久美子「……。」 


 言葉が出ない。 
 疑問はいくつも浮かんだが、先ずはこれだろう。 


久美子「あの、あすか先輩、吸血鬼ハンターだったんですか?」 

176: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:42:00.22 ID:M8lWXEdT0
あすか「わたし? わたしはハンターじゃないよ。……わたしの『友達が』吸血鬼ハンターなんだ。」 


 それはそれで問題な様な。 


久美子「それって言っていいんですか?」 


あすか「それ? それってどれ?」 


久美子「自分がハンターだって事、人に言っていいんですか?」 


あすか「良くないねえ……。」 


久美子「じゃあ――」 


あすか「わたしの場合は特別。……吸血鬼と戦っている場面を目撃しちゃったから。しょうがない。……それで、下手に隠すより、正直に打ち明けて黙っていて貰った方が得策って思ったんじゃないかな。……ま、今のはわたしの推測だけど。」 


久美子「そーなんですか……。」 


あすか「そ。……だから、最初にわたしに近付いて来たのも、わたしを監視するのが目的だったんじゃないかな。」 


久美子「監視……。」 

177: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:42:29.68 ID:M8lWXEdT0
あすか「うん。……あとは、機関への勧誘かな。ハンターにならない? ってさそわれたから。……今では普通に友情が芽生えていると思うんだけどねー。」 


 あすか先輩は事も無げに言う。 
 色々あったらしい。しかし…… 


久美子「それ、私に言っていいんですか?」 


あすか「ん、別にいーよ。どーせ黄前ちゃんの記憶……。あのさ、吸血鬼から人間に戻されるとそのあいだの記憶は全部消えるって麗奈ちゃんから聞いてる?」 


久美子「あ、はい。聞きました。」 


あすか「そう、なら話は早い。噛まれる直前の記憶も含めて綺麗さっぱり消えるから、なーんの問題も無いよ。……怖い?」 


久美子「いや、別に怖くは……。」 


あすか「どーして。人間に戻されちゃうんだよ。」 


久美子「人間に戻っても不都合は無いんじゃないですか? 今までなにも困ってませんでしたし。」 


あすか「うーん、さばさばしてるね。絆が途切れたからかな。」 


久美子「……絆?」 

178: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:43:00.62 ID:M8lWXEdT0
あすか「うん。噛んだ側と噛まれた側のあいだにだけ存在する、精神的な繋がりの事だよ。……黄前ちゃん、さっきまで麗奈ちゃんに絶対服従だったんじゃない?」 


久美子「あ、はい。そんな感じでした。」 


あすか「吸血鬼の能力の一つだよ。……強力な主従関係が強制的に生まれて、眷族は主人に逆らえないんだ。……どーだった? 楽しかった?」 


久美子「最悪でした!」 


あすか「あはは、面白いね。でも繋がっている時は楽しかったでしょ? ……幸せだったでしょ? ……気持ち良かったでしょ?」 


久美子「……知りませんー。」 


 とゆーか一刻も早く忘れたい。さっさと人間に戻して。 


あすか「えー? 神聖な神社の境内でおしっこするの気持ち良くなかったのー?」 


久美子(!) 


あすか「神聖な神社の境内で裸を露出したりー、神聖な神社の境内で愛する麗奈ちゃんとあーんな事やこーんな事をするの気持ち良くなかったのー?」 


久美子「……。」 


 まさか高坂さんが洗い浚い喋ったのか。 
 終わった。私の人生終わった。 

179: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:43:30.14 ID:M8lWXEdT0
久美子「あの、あすか先輩……。」 


あすか「ん、なに?」 


久美子「殺して下さい。」 


あすか「殺さないってば。……随分短絡的だね、黄前ちゃん。」 


久美子「そ、……先輩は当事者じゃないからそーゆー事が言えるんです……。私、もー御嫁にいけません……。」 


あすか「そっちじゃない。」 


 先輩は、はっきりくっきり発音した。 
 私が先輩の顔にまじまじと目を遣ると、先輩は、一呼吸置いてから口を開いた。 


あすか「ねえ黄前ちゃん。……黄前ちゃんと麗奈ちゃんはね、わたし達が来た時には既に服を着ていたんだよ。……それにね、二人がなにをしていたかは、別に麗奈ちゃんの口から直接聞いた訳じゃないんだ。……わたしがなにを言いたいのか分かる?」 


久美子「……いえ。」 


 若干首を振る。 


あすか「よし、いい事教えて上げる。……普通の人間が吸血鬼になった時にはね、先ず好きな人を噛む傾向があるんだ。理由はなんだと思う?」 

180: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:44:00.38 ID:M8lWXEdT0
久美子「知りません……。」 


 いいから先を言ってよ。 


あすか「一つ目は、言うなれば親切心から。……筋力も持久力も遥かに向上するし、傷は数十秒で消えるし毒も効かないし病気にもならない。……なにより主人と精神的に繋がって気分がいい。……だから、この素晴らしい状態を是非ともあの人にも体験させて上げよう、と思う。」 

あすか「で、二つ目は性的な欲望から。……眷族は主人に忠実って、自分も吸血鬼になって身を以て知っているからこそ、それを利用して思いを晴らそうとするんだ。……詰まりだね、噛まれた直後の眷族と、その主人が裸で居る事は別に珍しくないんだよ。勿論、そうじゃない事もあるけど、黄前ちゃんは裸になった。……でしょ?」 


久美子「……あ。」 


あすか「うん、気付いたね。……それにね、おしっこした跡があるからと言って、黄前ちゃんの物とは限らないじゃないか。……若しかしたら麗奈ちゃんのかも知れないし。……でしょ?」 


 あすか先輩が、その美しい顔貌に、微笑を浮かべる。 


久美子「ああ……。」 


 やられた。まんまと口車に乗ってしまった。 
 なんと狡賢い。 


久美子「先輩、はめましたね。」 


あすか「はまっちゃうのが悪い。面白いくらいに顔に出てたよ。……で、どんな感じだったの? 御姉さんに詳しく聴かせて?」 

181: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:44:29.60 ID:M8lWXEdT0
久美子「……黙秘します。」 


あすか「えー? けちけちしないで話してよ。わたしも色々教えて上げてるじゃない。」 


久美子「……嫌です。」 


あすか「……あっそ。じゃあいいや。麗奈ちゃんに訊くから。」 


久美子「え? ……さっき、記憶は全部消えるって……。」 


あすか「うん。思い出させる方法があるんだ。あとで見せて上げる。」 


 酷い。そんなの反則だ。 


久美子「見せてくれなくていいです……。」 


あすか「ふっふっふー。そうはいかんざき。」 


久美子「……。」 


 最悪だ。この状況……とギャグ。 
 なんとか出来ないのか。 
 強制的に阻止する為には……。 

182: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:45:00.55 ID:M8lWXEdT0
久美子(あ。) 


 閃いた。遣らせない方法があった。 
 思わず、笑みがこぼれる。 


久美子「ねえ先輩。」 


あすか「ん、どしたの?」 


久美子「余計な事、しないでくれません?」 


あすか「なんだよ急ににやにやして。気持ち悪いな。」 


久美子「えー? だって、想像したら楽しくなって来ちゃってー♪」 


あすか「あー、なんか良からぬ事を企んでるな。」 


久美子「いえいえ、とってもいい事ですよ。」 


あすか「ふーん。で、なに考えてるの?」 


久美子「先輩、私に噛まれません?」 

183: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:45:30.03 ID:M8lWXEdT0
あすか「噛まれる? なんでさ。」 


久美子「だって、そうしたら私の命令には逆らえないでしょ?」 


あすか「そうなると思う?」 


久美子「あー駄目駄目。抵抗しても無駄ですよー。……背中に吉川先輩が居て、逃げる事も戦う事も出来ないじゃないですか。先輩無防備過ぎですよー♪」 


 しかもこっちにはナイフまである。 


あすか「無防備ねえ……。これ見て。」 


久美子「ん? ……うあっ!」 


 強烈な目眩。体が強張る。 
 その場に、がくんと両膝と両手を突く。 
 目前で石畳が揺れていた。両腕で体を支えて持ち堪え、なんとか倒れずに済んでいる。 
 上半身から冷や汗が噴き出しているのを感じる。 


久美子「はあ……、はあ……。」 


 なにかとても嫌な物を見てしまった気がする。凄まじい嫌悪感。なんだ今のは。 
 心臓が早鐘の様に鳴っている。 
 頭がぐらぐらする。 
 不安で堪らない。 

184: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:45:59.28 ID:M8lWXEdT0
あすか「あーあ。」 


久美子「はあ……、先輩……、今のは……。」 


あすか「十字架だよ。人間上がりの半端な吸血鬼には良く効くんだ。真性の吸血鬼にはぜーんぜん効かないけど。」 


久美子「……真性?」 


あすか「生まれながらの吸血鬼って事。……面白いよね。唯のステンレスなのにこーんなに嫌がるんだから。」 


 ちっとも面白くない。 


久美子「先輩……、それ、仕舞って下さい。」 


あすか「もー仕舞ってあるよん。だから、という訳じゃないけどもう立てる筈だよ。……どっち道十字架の効き目は長くは持たないんだ。多分刺激に慣れちゃうんだ。脳が。」 


久美子「……脳?」 


あすか「そう。十字架に特別な仕掛けは無いし、実験では印刷された十字架を見せた場合でも、本物の十字架と誤認させる事が出来た場合にのみ、効果があった。……詰まりだね、十字架じゃなくて、十字架を見る者の心理の方に問題があるって事。……仕組みに就いては、目下研究中。」 

あすか「唯、人間上がりの吸血鬼が主人に捨てられた時の反応に良く似ているから、多分、同じ機序が関連している。それなら真性の吸血鬼に効かないのも説明が付くしね。……真性吸血鬼には主人が居ないから、そもそもその反応を起こすメカニズムが存在しない。だから効かない。最大の疑問は、その引き金がなぜ十字架なのか、という事だね。」 

185: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:46:29.87 ID:M8lWXEdT0
 ようやく気分が改善する。立ち上がりながら訊く。 


久美子「詳しいですね。それもハンターの友達に聞いたんですか?」 


あすか「んーん、これは母親から。」 


久美子「母親?」 


あすか「うん、研究員だったんだよ。政府の極秘施設で来る日も来る日も実験してた。……と言っても、もー二十年以上前の話だけどね。」 


久美子「……。」 


 今日一番リアクションに困る話を聞いた気がする。 


あすか「だから、わたしの知ってる情報はちょっと古いかも知れない。……まー大して進歩してるとは思えないけど。」 


久美子「……それは、どーしてですか?」 


あすか「ん、わたしの勘。」 


久美子「勘ですか……。」 

186: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:47:00.83 ID:M8lWXEdT0
あすか「うん。……ねえ黄前ちゃん、吸血鬼の力の源泉ってなんだと思う?」 


久美子「……さあ?」 


あすか「お、ある意味正解。」 


久美子「え?」 


あすか「不明なんだよ。全く解明出来てない。……体の外から謎のエネルギーを得て、体のどっかに謎のエネルギーを蓄積して、緊急時には謎のエネルギーで筋力を増大して、傷付いた時には謎のエネルギーで傷が消えるんだけど、体は普通の人間と全く変わり無いんだ。もう御手上げ状態。」 

あすか「苦し紛れに呪いの力、『呪力』って呼んでる。……磁力じゃないよ。じゅ、りょ、く。……そんな掴み所の無い存在だから、ここ二十年あまりの科学技術の進歩程度で研究が一気に進んでるとは思えないんだよねー。……まあ、劇的に進んでる可能性も無くは無いけど。」 

あすか「……因みにこのエネルギー、実は普通の人間の体の中にもあって、多分血液の中に最も多く含まれてる。……だから吸血鬼は人間の血液をおいしく感じるんだね。……因みにおいしく感じる理由もやっぱり不明。舌の構造も普通の人間と全く変わりが無い。」 

あすか「……というか吸血鬼の体は多分普通の人間の体と全く同じだよ。……真性、人間上がりを問わずにね。だから人間と交わって子供を作る事が出来るし、人間と同じ物を食べる事が出来る。……フィクションだと血液しか摂取出来ない、なーんて設定も見掛けるけど、我々は、じゃなかった、我々の世界ではそんな事は無いね。」 

あすか「……大体血液だけでは生きるのに必要なエネルギーを賄えないと思うんだけど、その辺はどーなってんだろうね。どっかから謎のエネルギーでも得ているのかな。……あとはニンニクが駄目とか、不老不死だとか、鏡に映らないだとか、日光を浴びると砂になるとかあるけど、そーゆー事も一切無いね。」 

あすか「大体なんで砂になるんだろうね。……体を構成している物質が砂になるんだとしたら、人間の体とは組成が大きく異なっているという事になるけど、そこん所はどうなんだろ。……それとも体は人間と同じで、物理法則の方が我々の世界とは異なっているのかな。……まあフィクションだからいいのか。」 

あすか「……脱線したね。なんの話してたっけ。呪力だっけ。……呪力という謎のエネルギーが吸血鬼の体の中にあって、人間の体の中にもあって、人間の体の中では多分血液に最も多く存在しているんだけど、実は動物の血液だとぜーんぜん駄目なんだよねーこれが。血を飲んでも全く呪力を補充出来ない。」 

あすか「この辺は実際に吸血鬼の体で実験してるらしい。……但し血液以外からも微量の呪力を得ているらしくて、体内の呪力が枯渇した状態の吸血鬼に水と食事しか与えなかった場合でも、直に呪力は回復するんだ。回復量はあまり多くはないけどね。」 

187: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:47:31.36 ID:M8lWXEdT0
あすか「……因みに水と食事を与えなかった場合でも呪力は回復する。体は人間と同じだから当然脱水症状で死に懸けになるけど。……この辺り人間だったら深刻な人権蹂躙だよね。……まあ吸血鬼は人間じゃないからオーケー、ってスタンスなんだろうけど。」 

あすか「とにかく吸血鬼の周りに呪力が無い状態、というのを作り出せないんだよね、現在の科学技術では。……分厚い鉛の壁で囲ってみたり、魔法瓶みたいに周りを真空にしてみたりしても、監禁している吸血鬼の呪力の回復速度は全く変わらなかったらしい。」 

あすか「……結構喋ったね。あー疲れた。……とにかく吸血鬼の研究に就いてはこんな感じだね。これでもまだ本の一部だけど。……ここまでで質問は? 良く分からなかった所とか。」 


久美子「あの、良く分からなかった所だらけなんですけど……。」 


あすか「じゃー却下。」 


久美子「え。」 


あすか「わたしも個人的に考えたい事とか遣りたい事があるからね。……特に麗奈ちゃんが意識を取り戻す前に済ませておきたい。」 


久美子「あの、じゃあ一つだけいいですか?」 


あすか「ん、なんだね?」 


久美子「さっきからずっと気になってたんですけど……、あすか先輩って高坂さんと仲良かったでしたっけ? ……その、いつから『麗奈ちゃん』って……。」 


あすか「うん、まあ色々あってね。」 


久美子「色々ですか……。」 

188: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:48:29.88 ID:M8lWXEdT0
あすか「うん。色々。……黄前ちゃんの事も名字じゃなくて名前で呼んで上げよーか? ね、久美子ちゃん。」 


 そう言って微笑む。 
 なんか違和感。 


久美子「……名字でいいです。」 


あすか「あら、つれないね。……所で黄前ちゃん、もう一度目を見せてくれないかな。」 


久美子「え、さっきみたいにですか?」 


あすか「うん。さっきみたいに。」 


久美子「いいですけど……。」 


あすか「よし。」 


 あすか先輩はそう言うと、遠慮無くずいと迫って来る。 
 再び、至近距離から覗き込むと、 


あすか「えーと? そーか、違和感か。……で、一八六の三四五。三百四十五分の百八十六か。……ちょっと進んだな。……で、日付け、ん? 水曜になってる。六日、二十二時四十八分か。……次の日か。……うーん、ありがと。もういいや。」 


 なにかを確認してから、顔を離す。 
 私も緊張を解く。 

189: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:48:59.81 ID:M8lWXEdT0
久美子「あの、これほんとになんなんですか?」 


あすか「ん? なんなんだろうね。」 


 あすか先輩は適当にそう言うと、微笑を浮かべ、 


あすか「ねえ黄前ちゃん、ちょっと目を閉じてくれないかな。」 


 と、次の注文を出して来る。 


久美子「目ですか?」 


あすか「うん。」 


 閉じると―― 
          * 
 少し体が揺れた気がした。 
 目の前に、あすか先輩の姿。 


あすか「やあ、気分は?」 


久美子「え? いや、普通ですけど……。」 


あすか「そう。なにかおかしな所とか無い?」 

190: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:49:29.86 ID:M8lWXEdT0
久美子「おかしな所?」 


あすか「そうそう。……特にわたしの姿を見てなにか思わない?」 


 私服姿のあすか先輩。変な所は無い。 


久美子「いえ……。」 


あすか「そう。……これでも?」 


 くるりと振り返って、背中を見せて来る。 
 何の変哲も無い後ろ姿だ。 


あすか「どお?」 


久美子「いえ、特におかしい所は……。」 


あすか「そっか。」 


 こっちに向き直る。 
 丸で試着室から出てきて感想を訊いているみたいだ。 


久美子「似合ってますよ?」 

191: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:49:59.76 ID:M8lWXEdT0
あすか「ふふっ、ちょろい。」 


久美子「え?」 


あすか「いや、なんでも無いよ。」 


久美子「そーですか。」 


 なんでも無いならいいんだ。 


あすか「じゃあ黄前ちゃん、また目を見せて。」 


 あすか先輩が迫って来る。 


久美子「あ。」 


 あれか。 
 顔が眼前に近付く。 


あすか「えーと? ……一八九。三百四十五分の百八十九か。……日付と時刻は……こっちもあんまり変わってないな。……あ、もういいや。」 


 顔が離れてゆく。 
 一息つく。 

192: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:50:29.86 ID:M8lWXEdT0
あすか「所で黄前ちゃん、そのナイフなに?」 


久美子「え、これですか?」 


 右手を胸の高さまで持ち上げる。 


あすか「うん。随分物騒な物持ってるね。」 


久美子「あ、えーっと……、ちょっと足でも刺してみようかなー、と思いまして……。」 


あすか「足? ……誰の足?」 


久美子「私です。」 


あすか「なんで。」 


久美子「その……、腕より足の方がいーかなー、って。」 


あすか「なにそれ意味分かんない。」 


久美子「いや……、自分の体が吸血鬼かどーか確かめたくてですね……。」 


あすか「ああ、そーゆー事か。……じゃあもう刺す必要は無くなったね。十字架がばっちり効いた。……普通の人間だったらああはならないよ。」 

193: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:50:59.82 ID:M8lWXEdT0
久美子「そーですね……。」 


 噛もうとした矢先に、護身用の十字架を見せられ、酷い苦痛を味わった。忌々しい。 
 その先輩の体を繁々と見遣る。 
 同性の私から見ても惚れ惚れする様な、実にいい体だ。 


久美子(ん?) 


 今ならいける様な。 


久美子「ねえ先輩。」 


あすか「ん?」 


久美子「先輩って凄く美人ですよね。」 


あすか「なんだい藪から棒に。」 


久美子「おっぱい大きいですよね。」 


あすか「うわ、それセクハラー。」 


 その言葉に、思わず笑みがこぼれる。 

194: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:51:29.91 ID:M8lWXEdT0
久美子「ねえ先輩♪」 


 視線がこちらを向く。 


久美子「やっぱり私の物になりません?」 


あすか「……あっ。」 


 右手が動く。 


久美子「そこか!」 


 腹に一撃。 
 先輩の動きが止まる。 


あすか「……あ……あ。」 


 上半身を前のめりに丸め、立ったまま痛みに耐えている。普通の人間の体に、吸血鬼の拳はさぞかしきつかろう。 
 しかし、猶も、右手をゆっくりと動かす。 


久美子「動くな! ……動くと刺します。」 


 完全に静止した。 

195: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:51:59.84 ID:M8lWXEdT0
久美子「分かってますよ? 右のポケットに十字架があるんですよねー♪」 


あすか「さあ? ……どうかな!」 


 右手を素早く動かす。 
 下腹部を一突き。 
 確かな手応え。 


あすか「あ……あ……黄前ちゃんあっ!」 


 ナイフを引き抜く。 


久美子「動くと刺す、って言いましたよね?」 


あすか「う……うあ……。なんて事を……。」 


久美子「だいじょーぶですよ。私が噛めば直ぐに治りますから。」 


あすか「……いや、黄前ちゃん、……君は重大な勘違いをしている。」 


久美子「はい?」 

196: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:52:29.80 ID:M8lWXEdT0
あすか「よくも……、よくも……。くっ、くははははは。」 


久美子「は?」 


 なぜか笑い出す。どうしてこうなった? 
 あすか先輩はそのまま、不気味な笑みを浮かべながら、背筋をぴんと伸ばす。 


あすか「よくもわたしのお気に入りの服に孔を開けてくれたね。」 


久美子「え? ……え?」 


 いや、服より御中でしょ。 


久美子「なんで先輩……、御中は……。」 


あすか「御中? 御中がどうかした?」 


 そう言って、Tシャツをめくる。 


あすか「……なんとも無いよ?」 


 確かに、傷一つ無い。 

197: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:52:59.57 ID:M8lWXEdT0
久美子「あ……。」 


 シャツの裾を戻す。 


あすか「くふふっ。」 


久美子「先輩、まさか……。」 


あすか「ん? どーしたの?」 


久美子「吸血鬼……。」 


あすか「ふふっ。……あれー? いつからわたしが真性吸血鬼じゃなくて唯の人間だと錯覚してたー?」 


久美子「最初からです……。」 


あすか「きひひっ。……いい顔だ。……所で黄前ちゃん、覚悟は出来てる?」 


久美子「……覚悟?」 


あすか「そお。……たーっぷり御仕置きして上げる♪」 


 はっとした。ナイフを突き付ける。 

198: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:53:29.84 ID:M8lWXEdT0
久美子「来ないで下さい。」 


あすか「んふふっ。……まーだ彼我の戦力差が分かってないよーだねー。……ナイフ如きがわたしに通用すると思ってる。……でも。」 


 突如、金属音が鳴り響く。はっとして下を見た。 


久美子「え?」 


 ナイフの刃が無い。 
 というか、刃の部分だけ石畳に落ちていた。 


あすか「ひひひひひ。……刃の無いナイフでわたしと戦う?」 


 いや、それは不味い。根拠は無いが、とても戦える相手ではない。 
 一刻も早く逃げなければ。 
 振り返る。 


久美子「あっ!」 


 突然、下半身が圧迫される。 
 手を遣ると、なにかに触れる。 


久美子「え? なんだこれ!」 

199: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:53:59.87 ID:M8lWXEdT0
 しかし、手はなにかに触れるのに、なにも見えない。 
 なにも見えないのに、両脚がなにかに締め付けられていて、全く動かない。 


久美子「なにこれ! どーなってんの!」 


 目に見えない「なにか」が、私の両脚を取り巻いている。 


あすか「あはははは。落ち着きなよ黄前ちゃん。……ほら。」 


 見えない「なにか」によって私の体が若干持ち上がり、体の向きが強制的に戻される。 


あすか「やあ。」 


 あすか先輩と、再び対面。 


久美子「これ、あすか先輩が?」 


あすか「これ? これってなに? ペットボトルの事?」 


久美子「はい? ……あ。」 


 ペットボトルが、ふわふわと空中を移動していた。 
 そして、あすか先輩の目の前で止まる。 
 先輩はそのペットボトルのキャップを左手で撮むと、嗜虐的な笑みを浮かべながら、ゆっくりと右手を近付ける。 

200: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:54:29.88 ID:M8lWXEdT0
あすか「がしっ。」 


 そうして、ボトルの下半分を、勢い良く鷲掴みにする。 


あすか「これが黄前ちゃんの今の状態だよん♪」 


 という事は、私の両脚を束縛しているのは、見えない巨大な手なのか。俄かには信じがたい。 


あすか「どお? 真性吸血鬼って便利でしょ。……イメージするだけで人間を握り殺せるんだぜ? ひひひっ。」 


 なんだと? 
 やばい。殺されるかも知れない。 


あすか「なんで人間上がりにはこの能力が無いんだろうねー。……がしっ。」 


久美子(!) 


 今度は、上半身だった。あすか先輩が左手でボトルの上半分を掴むと同時に、私の上半身も、「手」に握られたのだった。 
 殺される! 逃げないと殺される! 


久美子「く……あ……。」 


 全力で抵抗を試みるが、「手」はひくりとも動かない。吸血鬼になって、私の力も増している筈なのに! 

201: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:54:59.82 ID:M8lWXEdT0
あすか「あはは、無駄だよーん。」 


 ふっと、下半身が「手」から解放される。 
 良かった、先輩の右手もボトルから離れ―― 


あすか「がしっ。」 


久美子(!) 


 頭だった。先輩の右手も、親指を下にした状態で、キャップを握っていた。「手」が私の目に見えないから、頭を握られているのに、先輩の姿がはっきりと見える。でも、確かに私の頭は、「手」に握られていた。圧迫されているのを感じるし、なにより息が出来ない。 
 あすか先輩と目が合う。 
 彼女は、態と目が合うのを待っていたのかも知れない。先輩は目を細めると、ゆっくりと舌舐りをし、微苦笑を浮かべる。 
 ……ああ、これは間違い無い。先輩は、私を肉体的、精神的に苛めて、楽しんでいる。真性の吸血鬼は、同時に真性のサディストだったのだ。 
 その表情はおもむろに変化していき、実にうっとりと、物欲しげな顔付きで、私に悩ましい視線を向けて来る。体が小刻みに揺れ、呼吸も乱れている様だった。詰まり、端的に言って、興奮していた。性的快感が、彼女の思考を支配していた。丸で、先輩の心の声が聴こえて来るようだった。ぞくぞくする。我慢出来ない。滅茶苦茶に壊したい。 
 胸の高さで保持していたペットボトルを、徐々に、顔の高さまで持ち上げてゆく。 
 気持ちいい。これ以上は耐えられない。もういきそう。顔には、そう書いてあった。 
 きっと、私をぶち殺した瞬間にオーガズムを迎えるのだ。 
 終わった。これは絶対殺される。 
 恍惚の表情が、最高潮を迎える。それまで小刻みに体を動かし、忙しなく呼吸していたのに、一転、胸式呼吸で、大きく息を吸う。 


久美子(あ、やられる。) 


 先輩が、キャップを捻る。 


久美子(……。) 

202: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:55:29.91 ID:M8lWXEdT0
 しかし、私の頭はなんとも無い。豈図らんや、回さないとは。 
 そのまま、何事も無かったかの様な表情で、キャップを取り外す。 
 なんとも驚きである。今まで見せていた表情が、全て演技だったとは。 
 私の驚いた顔を見て満足しているのか、白い歯を見せて、下びた笑みを浮かべ始める。 
 ああ、この人性格悪い。 
 しかし、なにはともあれ一安心。 
 冷静に考えてみれば、私達は同じ部活で同じ楽器を担当する者同士なのだ。殺す訳が―― 
 ゴキゴキ。 


久美子(!) 


 ブチ、ブチブチ、という音と共に、世界が回る。 
 ある程度回した所で、垂直に、一気に視界が動く。高い。 


久美子(あーあ……。) 


 多分、私の頭が、完全に胴体と離れた。本日二回目。 
 少しのあいだ、その位置で静止したあとに、私の頭が下方に動かされる。首を失ったにも関わらず倒れていない私の体と、あすか先輩の姿が目に入る。 
 その先輩が、私の顔を見詰めて来る。彼女の顔には、恍惚の表情が再来していて、その顔の側には、キャップを外したペットボトルが、最前と同じ恰好で保持されていた。 
 あすか先輩は、そのペットボトルを唇に近付けると、ゆっくりと飲み口にキスをし、なんと、舌先で舐め回し始めた。完全に間接キスである。 
 しかし、彼女は間接キスなど全く意に介しないのか、こちらを見遣りながら飲み口にしゃぶりつくと、緩やかに傾ける。 
 見せ付ける様に、ごくり、ごくり、と体内に送り込んでゆく。 
 飲み終わると口を離し、 


あすか「あはあ……。」 


 と、態とがましく息を吐く。 
 一つ一つの仕種がなんとも扇情的だ。実は、私と間接キスをしていると、知っているのかも知れない。 
 先輩は、高ぶった顔に微笑を浮かべると、 

203: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:56:00.07 ID:M8lWXEdT0
あすか「壊しちゃえ……。」 


 だらしの無い声で、本音をぶちまける。 
 その姿は、悪魔の様に残虐なのに、官能的で美しい。 
 私の体が、ふわりと浮かび上がる。 
 そして、急降下。 
 バン、と鼓膜を劈く様な、けたたましい音が鳴り響く。 


あすか「ああ……。」 


 あすか先輩が、悦楽の声を漏らす。 
 私の体が、再び上昇を始める。 


あすか「いーよね、もーいーよね。……もーぐちゃぐちゃに壊しちゃってもいーよね。」 


 言い終わるや否や、落下。今度は―― 


あすか「あっ! ……あっ! ……あっ!」 


 バン、バン、バン、バン、バン、バン、と続け様に滅多打ちだった。体が叩き付けられる音の合間に、快楽を享受する、悦びの声が聴こえた。 
 間を置かず、私の頭が上昇を始める。 


あすか「フィニッシュだ……。」 


 こんな行為で性的快感を得ているのだから、完全に狂っている。こんな人間(……じゃなくて吸血鬼)と二か月近くも付き合ってきたのに、異常性に全く気付けなかったなんて、私の目は完全に節穴だ。 
 頭が静止する。 

204: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:56:30.07 ID:M8lWXEdT0
あすか「黄前ちゃん、派手にいこーね。」 


 びゅう! と音が聴こえ―― 
          * 
 はっとした。 


久美子「あ……。」 


あすか「お、目が覚めたね。」 


 石畳に仰向けに寝ていた。近くにあすか先輩が立っている。 


久美子「私……。」 


 悪夢を見ていた気がする。 


あすか「だいじょーぶ?」 


久美子「あ、はい。」 


 取り敢えず上半身を起こす。 
 辺りは、目覚める前と同じ、神社の境内だった。 
 あすか先輩が、私の側にしゃがんで来る。 


あすか「魘されてたよ?」 

205: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:56:59.77 ID:M8lWXEdT0
久美子「あ、その……、なんか、酷く悪い夢を見ていた気がします。」 


あすか「そー。どんな夢?」 


久美子「それは……、あはは、なんと言いますか……。」 


 あすか先輩に惨殺される夢です、とは、少し言いにくい。 
 先輩の顔から目を逸らし、左側に視線を向けると…… 


久美子(ん?) 


 石畳の上に、変な物体が―― 


久美子(あ。) 


 さっき手元から落ちた「ナイフの刃の部分」だった。 
 やばい、あれは夢じゃなかった。 
 一瞬で気が重くなる。 
 私は、この状況をどうしたらいいんだ……。 
 しかし―― 


あすか「黄前ちゃん?」 


 なにを考える間も無く、呼ばれてしまった。 
 正直、気は進まない。しかし、ゆっくりと、あすか先輩の方に目を向ける。 
 端整な顔に、にこやかな笑みが浮かんでいた。 

206: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:57:31.09 ID:M8lWXEdT0
久美子(あ……。) 


 気付かれた。絶対に気付かれた。私が気付いてしまったと、気付かれてしまった。 
 不自然なまでに優しげで穏やかな顔付きが、なにもかも御見通しだぞ、と如実に物語っていた。きっとこの美しい笑顔が、残虐な本性を綺麗さっぱり覆い隠す、最強最悪の仮面なのだ。 


久美子(……いや、ナイフは――) 


 そこで、ようやく気付いた。そうではなかった。あすか先輩は、気付かれてしまった事に気付いているのに、気付いていない振りをしているのではない。そもそも、ナイフの刃は隠す事も出来た筈なのだ。詰まり、あれは、態と見付かり易い場所に放置してあったのだ。その上で恍けているのは、なんの為か。 
 決まっている。私は遊ばれているのだ。彼女の悪趣味な「遊び」は、まだ終わっていないのだ。 


あすか「だいじょーぶ?」 


久美子「あ、はい……。」 


 精神的には、大丈夫とは言いがたい。 


あすか「ねえ、どんな夢だったの? おねーさんに教えて?」 


久美子「すいません夢じゃなかったかも……。」 


あすか「えーなにそれ。……若しかして寝惚けてる? ……顔でも洗う?」 

207: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:57:59.82 ID:M8lWXEdT0
久美子「あ、……それはいいですね。……私、ちょっと水道捜して来ます。」 


 そそくさと立ち上がる。 


あすか「黄前ちゃん。」 


 どきんとした。 


久美子「……はい。」 


 駄目だ、歩き出す前に呼び止められてしまった。ですよね、逃がしてなんて貰えませんよね。 
 あすか先輩が、ゆっくりと立ち上がる。 


あすか「黄前ちゃん、顔ならここで洗えばいいよ。」 


久美子「……え?」 


 ここで? 


久美子「でも水は……。」 


あすか「見て。」 


 こっちを向いていたあすか先輩が、私と同じ方向を向く。 

208: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:58:29.89 ID:M8lWXEdT0
あすか「いくよ……!」 


 パチパチ、と音がした。 
 次の瞬間、正面の石畳が赤く光った。 


久美子(!) 


あすか「ほおら、あそこにあったかい『御湯』があるよ?」 


久美子「……え? ……御湯?」 


 まさか、溶岩? 


久美子「……あれ御湯じゃないですよね?」 


あすか「だいじょーぶ。どっち道目は覚めるから。……でしょお?」 


 はっとした。最後の一声に、邪悪さが戻っていた。 


久美子「あ……、御免なさい殺さないで下さい……。」 


あすか「んー、なんの事?」 


久美子「死にたくない……。」 

209: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:58:59.85 ID:M8lWXEdT0
あすか「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと顔を浸けるだけだから。……ほら。」 


久美子「あ! 来ないで下さい!」 


 先輩が身を乗り出したのに対して、思わず、一歩後しざる。 


あすか「あれ? 若しかして黄前ちゃんわたしの事が怖いの?」 


 なにも返答出来ない。 


あすか「あはは、ちょっと威しただけ。そんなに脅えないで。……ほら、握手しよ?」 


 右手を伸ばして来る。 


あすか「だいじょーぶ、苛めたりしないから。……先輩を信じて? ……ね?」 


久美子「……ほ、ほんとに苛めないですか?」 


あすか「うん。これでなにもかも元通りだよ?」 


 私も、恐る恐る右手を伸ばす。 

210: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:59:29.79 ID:M8lWXEdT0
あすか「よしよし。……さ、握手だ。」 


 先輩の両手が、私の右手を優しくつつむ。 


あすか「ほら、怖くないでしょ?」 


久美子「はい……。」 


 嘘です。恐ろしくて堪らない。 


あすか「うーん、黄前ちゃんって可愛いねー。こんなに簡単に騙されちゃうなんて。」 


久美子「……はい? ……あ。」 


 先輩が、握った手を放してくれない。 


久美子「先輩、放して。手を放して下さい。」 


あすか「……あは♪」 


 やばい。 

211: 名無しさん 2018/06/06(水) 22:59:59.79 ID:M8lWXEdT0
久美子「放して! なんで! 苛めないって言ったじゃないですか!」 


 全力で引っ張るも、びくともしない。 


あすか「ああん……、苛めない。ちょっと壊すだけ……。」 


久美子「嫌です嫌です! 絶対嫌です! 放し――」 


 衝撃と共に、私の体が先輩から離れた。 


あすか「……あん♪」 


久美子「うわあ!」 


 右腕が無かった。 
 ……というか、先輩が持っていた。 


久美子「先輩、それ……。」 


あすか「だいじょーぶ。……こっちへ御出で? おねーさんがくっつけて上げる……。」 


 冗談じゃない。右腕より命だ。 
 さっきみたいに私を拘束しないという事は、あの見えない「手」の使用には制限があるのかも知れない。今の内に逃げよう。 
 駆け出す。 
 透かさず、立て続けに衝撃が走る。 

212: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:00:29.78 ID:M8lWXEdT0
久美子(あ。) 


 直ぐに理解した。遣られた。 
 残っていた左腕と両脚を全部取られて、私の上体だけが、見えない大きな「手」に握られていた。一瞬の出来事だった。なんという手際。 


あすか「わたしからは逃げられない。」 


 私の体が、移動を開始する。 


あすか「黄前ちゃん、目が覚めるよ……。」 


久美子「あ……。」 


 先程の様に光は発していなかったが、直ぐに分かった。灼熱の石畳に向かっていた。 
 そして、その側で止まる。 


あすか「ふふっ、冷めちゃったね。……もう一度だ。」 


 再び赤熱する。 
 冷めても数百度はあっただろうに……。 


あすか「いくよ……。」 


 そうして、ゆっくりと私の顔が近付けられていく。 

213: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:00:59.79 ID:M8lWXEdT0
久美子「あ、熱い。……うあ。」 


 目を開けていられなくなる。 


久美子「あ! ……あ!」 


 頭だけでも目一杯動かす。せめてもの抵抗だ。 


久美子(!) 


 しかし、その頭も、なにかに押さえ付けられる。 


あすか「駄目だよ黄前ちゃん。いくら不死身の吸血鬼でも焼けた髪の毛は戻らないんだから。」 


 多分、もう一つ「手」を出して、指で撮んだのだ。 


あすか「じゃ、いくよー。……それ♪」 


 ジュー! という音と共に、熱い、という感覚が無くなる。 
 息が出来ない。 


久美子(あ……!) 


 頭が痛む。 
 頭が―― 

214: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:01:30.25 ID:M8lWXEdT0
          * 
 はっとした。 
 起き―― 


久美子「……あ!」 


 仰向けで寝ていた。そして、両手両脚が無かった。 


あすか「お、目が覚めたね。」 


 先輩の顔が、私の視界に入って来る。 


久美子「先輩、私……。」 


あすか「どーしたの? 溶けた石に顔を突っ込まれて脳味噌が沸騰する夢でも見た?」 


久美子「え……。」 


 一気に、顔面から血の気が引いていく感じがした。 
 恐ろしい。今はこの美しい人が、恐ろしくて堪らない。 


久美子「先輩、……私、私の手足は……。」 

215: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:01:59.78 ID:M8lWXEdT0
あすか「だいじょーぶ。黄前ちゃんの分もあるよん♪」 


久美子「……え?」 


 私の分? なんだその言い方は。 


あすか「ほら、起こして上げよう。」 


 先輩が、「手」で、私の体を起こす。 
 真っ赤な石畳の上に、なにかが浮かんで―― 


久美子「……あ。」 


 脚だった。私の脚だった。 


あすか「もー直ぐ焼き上がるよん、黄前ちゃんの股肉。」 


久美子「……は?」 


あすか「遠赤外線で外はこんがり、中はじっくり芯まで♪」 


 先輩は、事も無げに言う。 
 信じられない。ここまでするとは。 

216: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:02:29.75 ID:M8lWXEdT0
久美子「嘘……でしょ……。」 


あすか「ね、人の肉って食べた事ある?」 


 楽しげに訊いてくる。 
 熱い物が込み上げて来る。 


久美子「先輩、御免なさい……。」 


あすか「ん?」 


久美子「御免なさい、もー許して下さい……。」 


あすか「えー? これからがいーとこなのに。」 


 最悪だ。 


久美子「嫌です。もー嫌です。……ごべんなさい。……ごべんなふぁい。……うっ。……うあっ。……あああ……。」 


 涙がこぼれて来る。 


あすか「あらら、泣いちゃった。……ちょっと遣り過ぎたかな?」 


 どう考えても「ちょっと」じゃない。言わないけど。 

217: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:02:59.85 ID:M8lWXEdT0
あすか「だいじょぶだよ、黄前ちゃん。……次に目が覚めた時には、体はぜーんぶ元通りになってるから。」 


久美子「……ほんどですか?」 


あすか「ほんとほんと。生まれたままの姿になってるから。……だから、目を閉じて。」 


 言われた通り、目を閉じる。 


あすか「直ぐに気持ち良くなるよ……。」 


 すると、 


久美子(あ……。) 


 すっと、気分が楽になり……―― 
          * 
 はっとした。 
 仰向けに寝ていた。起き上が―― 


久美子「……ええっ?」 


 なぜか全裸だった。手足が戻った代わりに、服が全て無くなっていた。あすか先輩が、寝ている私の腰の辺りに、臀部を密着させた状態で座っていて、同じく全裸の様だった。 
 その彼女が、顔だけこちらに向けて 

218: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:03:29.88 ID:M8lWXEdT0
あすか「や、目が覚めたね。」 


 と話し掛けて来る。 


あすか「じゃー始めよっか。」 


久美子「え、なにを? ……って、ここどこですか。」 


 石畳の上ではなかった。高かった。良く見たら「地面」が透明だった。 


あすか「わたしの『手』の上だよ。」 


久美子「『手』……。」 


あすか「うん。逃げようとしたら握り潰すよ。」 


久美子「……。」 


 先輩が、見えない巨大な「手」を、ベッドの様に使っているのだった。暗くて見にくいが、周りの風景から察するに、「ベッド」は地上から何メートルも離れていた。そして、私をその上に寝かせ、自身は椅子に座るみたいに、「ベッド」に腰掛けていた。 
 その先輩が、少し居住まいを修正してから、私に覆い被さる様に、顔と上半身を近付けて来る。嫌でも目に入る。おっぱいでけえ! 
 先輩は、辺りを見る為に若干持ち上げていた私の上体と頭を、「ベッド」に押し倒すと、満足そうな笑みを浮かべる。 

219: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:03:59.30 ID:M8lWXEdT0
あすか「うーん、おいしそーだ……。」 


久美子「え……。」 


 不穏な台詞を聴いてしまった様な。 


久美子「た、食べないで下さい……。」 


あすか「あははー。却下♪」 


 そう言うと先輩は、私の左頬っぺを、舌でべろりと舐める。 
 その感触と行為のおぞましさに、心底、ぞくっとした。 
 先輩は微笑を浮かべると、 


あすか「生だけど、いいよね。」 


 と、実に楽しそうに言う。 


久美子「……生あ?」 


 絶望的な気分になった。悪夢が終わらない。 
 あすか先輩は、私の体を、生のままで食べる気なのだ。私の手足を戻したのは、実は、新鮮な生肉を、思う存分食べる為だったのだ。 

220: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:04:30.12 ID:M8lWXEdT0
あすか「だいじょーぶ、そんなに心配しないで。責任はちゃーんと取るから。」 


久美子「責任って……。」 


 自首して刑務所にでも入るのか? 


あすか「じゃ、いっただっきまーす。」 


 先輩の口が、私の顔に迫る。今度こそ終わった。 
 唇と唇が重なり、こすれ…… 


久美子(……ん?) 


 透かさず、舌が入って来る。 


あすか「ん……、ああ……。」 


久美子(これ……。) 


あすか「ん……、んー……。」 


 世間一般で言う所の「ディープキス」だった。 

221: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:04:59.80 ID:M8lWXEdT0
あすか「あ……、あー……。」 


 なんでキスされてるのかは知らないけど、とにかく激しい。 
 そして、気持ちがいい。 


あすか「あん……、黄前……ちゃん……、あ……。」 


 興奮する。 
 いや、こんな美貌の持ち主から濃厚かつ熱烈にキスをされて、興奮しない方がおかしい。 


あすか「あん……。」 


 したい。 


あすか「んー……、あーん……。」 


 そうだ。私がしたくなったのは全部先輩の所為だ。先輩が悪い。 
 腕に力を入れる。 


あすか「ん……、んあ……。」 


 先輩が悪い。私は悪くない。仕方無いんだ。 
 両手を、あすか先輩の頭に、ゆっくりと近付けてゆく。 

222: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:05:29.88 ID:M8lWXEdT0
あすか「あ……、ん……。」 


 そうして、先輩の後頭部を、優しく挟む。 


あすか「ん?」 


 先輩の動きが止まる。 
 舌を押し込む。 


あすか「!」 


 麗しきあすか先輩の口内を、犯す。掻き回す。 
 さしもの先輩も少しは面食らったのか、数秒止まっていたが…… 


あすか「ん……。」 


 程無く、動きを再開する。 
 すると、二人の舌が、触れる。こすれ合う。 
 直ぐ様、猛烈に絡み始める。 


あすか「んー……。」 


 それは、必然の結果だったのかも知れない。舌は、丸で、一つの小さな生命体だった。繊細で、機敏で、柔らかく、触り心地が良く、自由自在に動いた。だから、面白かった。気持ちが良かった。私の官能を頗る刺激し、私を、益々行為に没入させた。 

223: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:05:59.77 ID:M8lWXEdT0
久美子「へんぱい……。」 


 舌を突き出しながら言う。今、私は、「舌」という小さな生き物に、体を乗っ取られていた。私に舌が付いているのではなく、舌に私が付いているのだった。舌が、私を従えていた。舌を出しながら発言する様は、はたから見たら滑稽だったかも知れないが、別に、構わなかった。快楽が、全てに優先していた。 


あすか「おーまえひゃん……。」 


 あすか先輩も、私同様、舌に体を支配されていた。丸で、発情期を迎えた二つの小さな寄生生物が、二人の体を乗っ取り、交尾の前に、互いの愛情を確かめ合っている様だった。 
 そして、私達は、唯々、その奇妙な生き物に従っていた。寄生生物達は、宿主達に大量の快楽物質を与えていた。だから私達は、舌が戯れ付くのを、とめられなかった。とめる気も無かった。 
 それだけにとどまらない。 
 軈て、小さな寄生生物達は、周りの器官をも侵食して行った。 
 その為、私達は、舌を使い、唇を使い、時には前歯を優しく使い、激しく、深く、愛撫しうる範囲を、残さず愛し合った。甘ったるく喘ぎながら、なにも言わずに、御互いを貪った。 
 私は先輩を強く求め、先輩は私を強く求めていた。 
 今日初めて、二人の気持ちが、掛け値無しに一つになっていた。 
 宛ら、肉体の一部が一時的に解け合うと同時に、精神の一部も解け合っていた。 
 だから、先輩のキスが勢いを失う時が、私のキスが勢いを失う時であり、先輩が唇を離したくなる時が、私が唇を離したくなる時だった。 
 最後に、チュッ、と音を立てて口付けをし、一先ずキスが終わる。それは、二人が同時に望んでいた事だった。 
 名残惜しいけど、それは必要な別離であり、二人共それを理解していた。 


あすか「黄前ちゃん、『下の御口』、いいかな?」 


久美子「はい。」 


 私も子供じゃない。当然、次の段階に進む事は分かっていた。 

224: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:06:29.76 ID:M8lWXEdT0
あすか「コンドーム無いけど、いいよね?」 


久美子「……はい?」 


 その発言は、予想だにしていなかった。 


あすか「あ、わたし、『ふたなり』なんだ。」 


久美子「……ふたなり?」 


あすか「男性器と女性器が両方あるって事。」 


 あすか先輩はそう言うと、覆い被さっていた私の上半身から、体を離す。 
 私が上体と頭を持ち上げるのと、先輩の体がすっと上空に浮き上がるのは、ほぼ同時だった。 


あすか「ほら。もーがちがち。」 


 確かに、あった。先輩の白い下腹部をバックに、逞しく、屹立しているのが見えた。そしてなにより、彼女の全裸は美しかった。私と同じホモ・サピエンスとは思えなかった。 
 その体が、重力を全く感じさせずに、ふんわりと、私の脚の方へと移動を始める。 


あすか「あるとは思わなかった?」 


久美子「はい……。」 

225: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:06:59.91 ID:M8lWXEdT0
 ちょっと恥ずかしかった。私が出会った中で、最も才知に恵まれ、最も美しく、最も強い、正に人類の理想を体現したとも言える、完全無欠のあすか先輩が、なぜ男性生殖器を欠いているなどと思ってしまったのだろう。 
 先輩が、私の脚のあいだに、ふわりと膝を突き、覆い被さって来る。 
 それに合わせて、私は、上半身の力を抜き、「ベッド」に完全に体を預けた。それは同時に、眼前のあすか先輩に、私の体と、私の心を、全て委ねる事を意味していた。 
 「先輩」が、私の割れ目に触れる。こすれる。 


あすか「ほら、これなーんだ。」 


 思わず、失笑してしまう。 


久美子「ちょっと……、私に言わせないで下さいよ……。」 


あすか「えー? 言ってよ。……ほら、黄前ちゃんの下の御口にキスしてるのは、わたしのなに?」 


 しょうがない人だ。 


久美子「……先輩の、……おちんちんです。」 


あすか「ピンポーン。……じゃ、黄前ちゃんの初めて、わたしが貰うね。」 


久美子「はい。」 


 遂に、私にも、この時が来た。まさか、相手があすか先輩だとは、夢にも思わなかった。 

226: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:07:29.85 ID:M8lWXEdT0
あすか「いくよ……。」 


 先輩の先端が、私の開口部を、ゆっくりと押し広げてゆく。変な感触だ。 


あすか「お、亀頭全部入った。……このまま一気にいくね♪」 


 先輩の一物が、ずんずと押し込まれる。 


久美子「あ……。」 


あすか「うーん、奥まで入った。気持ちいー。……黄前ちゃん、大人の階段上っちゃったね。」 


久美子「はい……。」 


 なんとも言えない感覚だった。というか若干気持ち悪い気もする。これが、秘所の深奥を触られる感覚なのか。 


あすか「じゃ、動くね。」 


 先輩がゆっくりと男根を引き…… 
 ずんずんと、往復運動を始める。 
 すると、膣が、 


久美子「あ、なんですか、これ。」 


 若干気持ち良かった。 

227: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:07:59.77 ID:M8lWXEdT0
あすか「これって?」 


久美子「初めてなのに、なんか気持ちいいです。……それに、初めてなのに、全然痛くないです。」 


あすか「あはは、なんだ。吸血鬼だから痛みの感覚がにぶいんだよ。忘れてたの?」 


久美子「あ。」 


 忘れてた。 


あすか「裂けた膜も元通りになるよ。……だからエッチした事は誰にもばれない。……初めてなのに気持ちいい理由はね……。」 


 そこまで言った所で、現前のあすか先輩は、微笑を浮かべる。 
 自分の唇を、ぺろりと舐めながら、すっと、両腕で私の頭を挟み、 


あすか「わたしとしてるのに気持ち良くない訳無いじゃないか。」 


 私の唇を奪う。 
 なんという、理屈が通っていないにも関わらず、心の底から納得出来る理由であろうか。私も、舌を突き出す。 


あすか「ん……、んー♪」 


 再び、熱狂的な接吻が始まった。 
 但し、今度は、「舌」が主導しているのではなかった。「私」が、主体的に官能を貪っていた。「私」が、濃厚なキスを行うと同時に、それまで弛緩していた腕を動かし、先輩の背中をいだいていた。「私」こそが、指の腹で、掌で、先輩の背中を、腰を、脇腹を、肩を、首を、頭を、二の腕を、優しくさすっていた。 

228: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:08:32.52 ID:M8lWXEdT0
あすか「ん……、あ……、ああん!」 


 その愛撫が、性感帯を上手く刺激すると、あすか先輩は、一際大きな声で悦んでくれた。実にぞくぞくした。ゆえに私は、その声を頼りに、先輩の興奮が高まる位置を探った。 


久美子「ん……、ん……、んん!」 


 同時にあすか先輩も、正常位で私を突きながら、濃密な口付けを行いつつ、両手で、私の体を愛撫してくれていた。私の頭を、首を、肩を、二の腕を、脇腹を、御中を、腰を、太股を、たっぷり愛してくれた。だから、私も性感帯を刺激された際には、悦楽の声という形で、「そこ、とてもいいよ。」と答えた。 
 素晴らしい時間だった。 
 思うに、二人の気持ちは、再び一つになっていた。端的に言えば、二人共、肉体的な快楽の奴隷と化していた。私が先輩に快楽を与え、先輩が私に快楽を与えていた。そして、私は快楽の擒であり、先輩も、快楽の擒だった。だから、御互いに、快楽が欲しいからこそ、快楽を与える事に躍起になっていた。 
 同時に、精神的な快楽の奴隷でもあった。 
 私が先輩に与え、彼女が悦びの声を上げると、その声で、私は興奮した。その美声は、私の脳髄に、覿面に突き刺さった。しかし、話はそこで終わらない。先輩に与えている、と思うと、私は無償の悦びを得、先輩が私の愛撫で声を漏らしてしまっている、と思うと、あの超人的なあすか先輩を手玉に取っている、と、下びた悦びを得る事が出来た。 
 私は、セックスの極意を、身を以て感じていた。 
 多分、先輩も同じだった。精神的な快感と、肉体的な快感。無償の快感と、有償の快感が混じり合い、私達を突き動かしていた。二匹の奴隷が、卑しく求め合っていた。 


あすか「ん……。」 


久美子「あ、先輩……、あ……。」 


 程無く、あすか先輩が、次の段階に踏み出した。 
 これまで、手だけで愛撫していた私の体を、唇と舌でも、愛し始めたのだった。 
 私の首を唇でこすり、舌で舐め、鎖骨の感触を味わうと、二の腕に頬摺りした。続けて右手で私の二の腕を掴み、手を上げさせると、なんと、腋の下を、舐め回した。 


久美子「ああ……、先輩、駄目です……。ああ……。」 


 単純に、凄い、と思った。私も、先輩の美しい体を、隅々まで舐め回したかった。二人で、とことんまで堕ちたかった。悦楽の限りを、尽くしたかった。 

229: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:09:05.78 ID:M8lWXEdT0
あすか「メインディッシュだ……。」 


 次に先輩に狙われたのは、胸だった。先輩は、私の平らな左の胸に、顎を、頬っぺたをすりつけてから、小さな突起に、思いっ切りしゃぶりついた。舌先で小刻みに刺激したり、逆に、ゆっくりとべろりと舐めて、女の子にとって大切な部分を、翻弄した。 
 続けて、右の乳首も標的となった。それは、見なくとも、吐き掛けられる呼気で判った。 


あすか「可愛いねえ……。いただきまーす。」 


 その台詞の直後、餌食となった。先輩の手に落ちた事が、とても嬉しく感じられた。 


久美子「先輩……、私も……。」 


 食べたい。 
 そう口に出さずとも、あすか先輩は察してくれた。彼女は上体を起こしてから、しゃぶりつこうとする私の上半身を両手で補助して、自分の胸へといざなってくれた。 
 あすか先輩の美巨乳に、下から、顔を押し付ける。 
 それは凄く柔らかくて、弾力があった。そして、なにかが、おかしかった。 


久美子(……ん?) 


 私が顔面で押すと、先輩の胸は、原形に戻ろうとした。その力を感じた。というか、私は、その力しか感じる事が出来なかった。先輩程の大きさであれば、当然、相当な質量である筈なのに、本来であれば感じる筈の、「重さ」という物を全くを感じなかった。先輩の胸は、なぜか、地球に引っ張られてはいなかった。 
 さっきから先輩の体がふわふわしていたのは、見えない「手」かなにかに体を支えて貰っている、とか、そういう事ではなかった。そもそも、重力が仕事をしていなかった。きっと、あすか先輩が解雇してしまったのだ。最早、先輩は物理法則に従ってはいなかった。寧ろ、物理法則が、先輩に従っていた。 
 一旦胸から顔を離し、話し掛ける。 

230: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:09:33.81 ID:M8lWXEdT0
久美子「先輩……、先輩の体……。」 


 すると、あすか先輩は柔和に微笑み、口を開いた。 


あすか「うん、浮いてるよ。ってゆーかさっきからずっと浮いてるよ? ……あれ、言ってなかったっけ? 真性の吸血鬼は空を自在に飛べるって。」 


久美子「言ってませんよ……。」 


 苦笑いで答える。 
 全く、この人は分かっていて恍けてるんだから……。 
 でも、そんな所も好き。 


あすか「ほら、疑問は解けた? ……じゃ、食べて♪」 


 先輩が、胸を差し出して来る。 


久美子「はい。」 


 遂に、先輩の胸をほしいままにする時が来た。右胸に、顔を押し付ける。柔らかい。 


久美子「先輩……。」 


 そして、私は、頬摺りをした。鼻で、先輩の乳首をこすりながら、匂いを味わった。態と、生暖かい吐息を浴びせ掛けた。顎で、目蓋で、おでこで、先輩の感触を、温もりを、存分に感じた。それと同時に、右手も使って、先輩の左胸を、揉んで遣った。態と、指先を軽く触れさせ、擽って遣った。乳首を、指の腹で、撫でて遣った。 

231: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:10:02.78 ID:M8lWXEdT0
あすか「あん……、黄前ちゃん、焦らさないで……。食べて……。一思いに、食べて……。」 


 遣ってやる! 


久美子「あーん♪」 


あすか「ああ!」 


 先ずは唇で、乳頭を挟む。直ぐ様、舌で押す。先端を、乳輪を、舌先で、ちろちろと刺激する。唇を窄めて、乳首を、押す。そのまま、ぎゅうと、乳房がひしゃげるのも構わずに、限界まで押し込む。逆に、乳輪に唇を密着させて、皮下の肉ごと、思いっ切り吸う。口内に請じ入れた乳頭の先端を、舌先で持て成す。 


あすか「あ……、黄前ちゃん凄い……。鬼畜……。」 


久美子(……ん?) 


 鬼畜はどう考えてもあすか先輩の方だ。もっと攻めてやれ。 


あすか「あん……凄い……。おねーさん感激しちゃう……。ねえ、左も……。左もしゃぶり尽くしてえ……。」 


 右の乳首を口に含みながら、横目で「次の獲物」を視界に捉える。 
 口を離し、空恍けてみせる。 


久美子「左? 左ってなんの事ですか?」 

232: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:10:30.80 ID:M8lWXEdT0
 すると、あすか先輩の顔に、喜色が浮かぶ。 


あすか「あーん。黄前ちゃんいけずう……。左と言ったら……、左のおっぱいなの……。哺乳類が赤ちゃんを育てる為に持ってる、大事な大事な乳首を……、黄前ちゃんに犯して欲しいの……。」 


久美子「あー、これですか。」 


 右手の人差指で、先端をこすりながら、言う。 


あすか「あん! それ。……それを、黄前ちゃんに食べて欲しいの。」 


久美子「はーい、いーですよー♪」 


 しかし、まだ食べない。「獲物」に目を向け、 


久美子「……うーん、君、可愛いねー。……どんな味がするのかなー? 人差指で、『すりすり』されるのは気持ちいいでちゅかー? ……ん? ……ほらほら♪」 


 一定のリズムで、執拗に、嬲り続ける。 
 刺激を続けながら、あすか先輩の顔に目を遣り、にやりと笑う。 
 すると、あすか先輩の顔は益々うっとりし、 


あすか「ああ……、黄前ちゃんがここまで遣ってくれるとは思わなかったの……。おねーさん凄く興奮しちゃう……。いい……、気持ちいい……、出ちゃう……。」 


 俄かに、腰の動きが速くなる。 

233: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:10:59.80 ID:M8lWXEdT0
久美子「……え? ……出るって――」 


あすか「射精しちゃうー!」 


 ぎょっとした。 


あすか「ああ、黄前ちゃんのおまんこ気持ちいい。もー駄目、もーいっちゃう。いーよね! 中でいーよね!」 


久美子「だ、駄目です、抜いて下さい!」 


あすか「えー? 却下あ。だって中でいく方が絶対気持ちいーもん。だからいーよね、いーよね、びゅっびゅって出しちゃっていーよね!」 


久美子「駄目です駄目です! 吸血鬼でも子供が出来るって言ってたじゃないですか!」 


あすか「だいじょーぶ責任ならわたしが取るから、ああ……。」 


久美子「どーやって責任取るんですか! 妊娠するのは私なんですよ!」 


あすか「だいじょぶだいじょぶ何とかなるから。だから! だから!」 


久美子「何とかって――」 


あすか「ああ、込み上げて来た! いくいく! いくよ!」 

234: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:11:29.72 ID:M8lWXEdT0
久美子「駄目ー!」 


 私の叫びのさなか、先輩は、背中を仰け反らせ、動きをとめた。 
 遣られた。 


久美子(ああ……。) 


 終わった。色んな意味で終わった。 
 先輩の顔が、ゆっくりとこちらを向く。ぽかんとした顔付きだった。 


あすか「黄前ちゃん……。」 


 そこで、急に真顔に戻る。 


あすか「嘘。」 


久美子「……え?」 


あすか「嘘だよ嘘。射精したなんて嘘。……ちょっと黄前ちゃんの脅える顔が見たかっただけ。……やっぱり嫌がる女の子を無理矢理犯すのってさいっこーに楽しいよね♪」 


久美子「はあ……。」 


 気が抜けてしまった。 

235: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:11:59.79 ID:M8lWXEdT0
あすか「大体わたしが一人でいく訳無いじゃないか。いく時は、黄前ちゃんも一緒だよ。」 


久美子「え、私ですか? ……私、初めてなのにいけるんですか?」 


あすか「うん、いけるいける。約束する。」 


久美子「約束って……。」 


あすか「あ、信じてないな? ……じゃーいい事教えて上げよう。実はね……。」 


 先輩の顔が、急に凄みを帯びる。 


あすか「わたしはこの世界の言わば『神』なんだよ。」 


久美子「……はい?」 


あすか「だから、この世界でわたしの思い通りにならない事はなにも無いんだ。黄前ちゃんを天国に連れて行って上げる事くらい、訳無いんだよ。」 


 そこで表情が普段通りに戻り、 


あすか「……って言ったら信じる?」 


 と、けろりと言う。 

236: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:12:29.82 ID:M8lWXEdT0
久美子「えーっと……。」 


あすか「あ、信じてないな。……じゃあ信じさせて上げる。いくよ……。」 


 そう言うと、あすか先輩はゆっくりと腰を引き、 


あすか「うりゃっ♪」 


 再び往復運動を始めた。 


久美子「あ、なにこれ。……気持ちいい、気持ちいい。さっきより全然気持ちいいです!」 


あすか「でしょお? さっきは手加減してたんだぜ♪」 


久美子「ああ、凄い。……先輩ってほんと凄い。」 


あすか「ふっふっふー、もっと褒めるがよい。……所で黄前ちゃん、なんか忘れてる事があるんじゃない?」 


久美子「……え?」 


 あすか先輩は、無言で自分の左胸を見た。 


久美子「あ。」 

237: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:12:59.74 ID:M8lWXEdT0
あすか「ふふっ。キスして。」 


久美子「はい。」 


 チュッ、とソフトに唇を触れさせ、先輩の顔を見上げる。 


あすか「よしよし、良く出来ました。……じゃー寝て。」 


 肘を突いた状態で起こしていた上半身を、「ベッド」に横たえる。 
 透かさず、先輩も覆い被さって来て、チュッ、と私の唇を奪う。 


あすか「一緒にいこうね。」 


久美子「はい。」 


 そうして、私達は、再び唇を重ねた。 
 同時に、私は、先輩の体を抱いた。撫で回した。 
 先輩も、私の体を、撫で回した。 
 もう、慣れた物だった。私の官能は、一気に燃え上がった。 


久美子「あ……、先輩……、ああ……。」 


あすか「ん……、んー……、ここがいいんでしょ? あっ……。」 


久美子「はい……、あ……、先輩……。」 

238: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:13:29.76 ID:M8lWXEdT0
 いや、若しかしたら慣れではなく、膣からの快感が、詰まり、この素晴らしい先輩の技量が私を猛烈に高めてくれているのかも知れない、などと、ふと思ったが、定かではなかった。どちらにせよ、先輩が言う所の「天国」が、確実に、私へ近付いているのを感じた。まだ見ぬ新世界が、てぐすねひいて私を待っているのを、ひしひしと感じた。 


久美子「先輩、先輩……、気持ちいいです……。」 


あすか「ん? 気持ちいいの? 黄前ちゃんいっちゃうの?」 


久美子「はい、多分、私……、いっちゃいます。……初めてなのにいっちゃいます。」 


あすか「そーなの。」 


 途端に、先輩が動きをやめる。 
 一気に、興奮が冷めてゆく。 


久美子「え……、なんで……。」 


あすか「黄前ちゃん、気持ち良くして欲しい?」 


久美子「はい。」 


 当然だ。 
 すると、先輩は、うっすらと下びた笑みを含み、 


あすか「だったら、わたしの奴隷になって♪」 


 と言う。 

239: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:13:59.87 ID:M8lWXEdT0
久美子「……え?」 


あすか「ど、れ、い。……黄前ちゃん、わたしの所有物になりなよ。そしたら気持ち良くして上げる。」 


 行き成りのとんでもない提案に、言葉が出ない。 


あすか「……あれ? 気持ち良くなりたくないの?」 


久美子「だって、そんな、奴隷なんて……。」 


あすか「だいじょぶだよ、ちょっと一生わたしの所有物になるだけだから。」 


 それ、大丈夫じゃない気がする。 


あすか「んー? どーしたの? 頭で考えても結論が出せない? だったらヴァギナで考えなっ!」 


 猛烈に突いて来る。 


久美子「あっあっ、気持ちいい! 気持ちいいです!」 


あすか「そーでしょ? 気持ちいいでしょ? もっと良くなりたいでしょ?」 


久美子「はい! なりたいです!」 

240: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:14:29.81 ID:M8lWXEdT0
あすか「だったらわたしの物になっちゃいなよ♪」 


久美子「それは駄目ですう!」 


あすか「どーして? 一生わたしの命令に従うだけじゃない。……ね? 奴隷になろ?」 


久美子「ああ、許して下さい……。」 


あすか「えー? なーんか人聞きが悪いなー。わたしが黄前ちゃんを苛めてるみたいじゃないか。……そーなの?」 


久美子「そうじゃないですそうじゃないですう……。」 


あすか「そっか、じゃー問題無いね。気持ちいい事一杯しよ?」 


久美子「はい……。」 


あすか「奴隷になろ?」 


久美子「駄目え……。」 


あすか「あれ? 今ので堕ちると思ったのに。……意外としぶといね。じゃー駄目押しに快感をもう少し強くしよっか。……ほれ♪」 

241: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:14:59.83 ID:M8lWXEdT0
久美子「ああ、凄い……。」 


 本当になにもかも思い通りになるんだ。 


あすか「ね? もっともっと気持ち良くなろ?」 


久美子「はい……。」 


あすか「奴隷になろ?」 


久美子「……はい。」 


 言ってしまった……。 


あすか「あはあ……。ねえ、もっかい言って? 黄前ちゃんはおねーさんの奴隷に?」 


久美子「なる! なりますう!」 


あすか「んー? 『なります』じゃないでしょ? 人に御願いする時は?」 


久美子「ならして下さい御願いします……。」 


あすか「なんか変な頼み方だねえ……。」 

242: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:15:30.32 ID:M8lWXEdT0
久美子「私を! 先輩の! 性奴隷に! して下さい!」 


あすか「あはは! 『性奴隷』とは一言も言ってないじゃないか! 黄前ちゃん本音だだ漏れだねー。そんなに気持ちいいの?」 


久美子「はい、気持ちいいですう……。」 


あすか「そっか。じゃーもー一回御願いしよっか。」 


久美子「はい……。」 


 先輩が、私の左耳に口を近付けて、囁く。 


あすか「続けて言って? わたしを。」 


久美子「私を……。」 


あすか「あすか御姉様の。」 


久美子「あすか御姉様の……。」 


あすか「奴隷に。」 


久美子「奴隷に……ああ……。」 

243: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:16:00.14 ID:M8lWXEdT0
あすか「して下さい。」 


久美子「して下さい……。」 


 先輩が、耳から顔を離し、声量を戻す。 


あすか「今の、繋げて一息に言って?」 


久美子「私をあすか御姉様の奴隷にして下さい……。」 


あすか「良く出来ましたー。……じゃ、奴隷の黄前ちゃんに最初の命令だ。おねーさんの愛情たっぷり濃厚ザーメンをぜーんぶ中で受け止めて。とーぜん出来るよね?」 


久美子「はい、出来ます……。」 


 どうしてこうなった。 


あすか「よしよし。じゃ、一緒にいこうね、いこうね!」 


 一気に抽送が激しくなる。 


久美子「あ、あ、先輩、気持ちいい、気持ちいい!」 

244: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:16:29.81 ID:M8lWXEdT0
あすか「ん? 『先輩』じゃないでしょ? 『御姉様』でしょ?」 


久美子「あ、はい、御姉様……。」 


あすか「あれー? ミスした時はなんて言うんだっけ。」 


久美子「あ、御免なさい……。」 


あすか「んーん、そういう時は、『御許し下さい御姉様。』ってしおらしく言うの。分かった?」 


久美子「はい。御許し下さい御姉様……。」 


あすか「よし。……じゃ、いこっか。」 


久美子「はい……。」 


あすか「いくよー、一滴残らず全部出すからねー♪」 


久美子「はい、御姉様。……ああ!」 


あすか「いいね、急に素直になった。……所でさ、『今膣内射精したら妊娠する』って言ったらどうする?」 


久美子「え?」 

245: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:16:59.87 ID:M8lWXEdT0
 急に、目が覚めた気がした。 


あすか「に、ん、し、ん。……したいよね? したいよね?」 


久美子「ええ? 困ります! 困ります!」 


あすか「うん。困る顔が見たかったんだー。……おねーさん他人を隷属させるのも蹂躙するのもだーい好きなんだ。だから、覚悟してね♪」 


久美子「だ、駄目ですよお……。」 


あすか「あはは。奴隷に拒否権は無いの。黄前ちゃんのマタニティドレス姿が目に浮かぶよ……。」 


久美子「そんな……。」 


あすか「だいじょーぶ。おねーさんが囲って上げるから。……黄前ちゃんは安心して子育てに励めばいいよ。」 


 頭から血の気が引く気がした。 


久美子「御姉様……。」 


あすか「ああん、その顔。……その自分ではなーんにも出来なくてわたしに哀願するその顔、おねーさん大好き。ぞくぞくしちゃう♪」 


久美子「……。」 

246: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:17:29.00 ID:M8lWXEdT0
 駄目だ。私に出来る事はなにも無い。 
 多分、本当に、この世界は全て、あすか先輩の思い通りになるのだ。先輩が「妊娠させる」と言うなら、私は、子種を注がれて孕む。それは、もう、さけられないのだ。 
 ならば私は、奴隷の本分を全うするしかない。 


久美子「……御姉様。」 


あすか「ん?」 


久美子「して下さい。……久美子の膣内に、射精して下さい。」 


あすか「うん、素直で宜しい。……じゃ、いこうね。……一杯気持ち良くなろうね。」 


久美子「はい、御姉様。一杯気持ち良くして下さい。」 


あすか「うんうん。黄前ちゃんは快楽に忠実で実に扱い易い。おねーさんが直ぐに気持ち良くして上げる。」 


久美子「はい。……ああ、ほんとだ。ほんとに気持ちいい……。」 


あすか「でしょでしょ? エッチに集中して? もーなにも心配しなくていいからね? 余計な事はなにも考えないで、わたしと幸せになる事だけを考えて♪」 


久美子「はい。」 

247: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:17:59.90 ID:M8lWXEdT0
あすか「だいじょーぶ。黄前ちゃんも黄前ちゃんの子供も、わたしが死ぬまで守って上げるから。……だから安心して中出しされようね。中出しされたいでしょ?」 


久美子「はい。中出しされたいです! ……ああ!」 


あすか「うん、セックス気持ちいいよね。わたしも黄前ちゃんのおまんこにちんちん搾られるの、とっても気持ちいーよ? 黄前ちゃんは御主人様思いの献身的な奴隷だね。黄前ちゃんがいく時には、わたしもびゅっびゅって射精するからね。黄前ちゃんのおまんこで、一杯いーっぱい気持ち良くなるからね♪」 


久美子「はい。……ああ。……ああ!」 


あすか「わたしの事、好き?」 


久美子「はい……。」 


あすか「どのくらい好き?」 


久美子「……世界で、世界で一番好きです!」 


あすか「わーお! 嬉しいねえ。……ずっと一緒だよ?」 


久美子「はい、御姉様……。」 


あすか「一緒にいこーね。」 


久美子「はい。……ああ、気持ちいい、気持ちいい!」 

248: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:18:29.79 ID:M8lWXEdT0
あすか「うん。もっと気持ち良くして上げるからね。……ほおら。」 


 最後の一声と共に、快感が異様に強まり始める。 
 全身がぞくぞくする。 


久美子「ああ、御姉様、気持ちいい……。凄い、凄い……。怖い……。」 


あすか「んー怖くない怖くない。気持ち良くなるだけだよ? 気持ちいいの好きでしょ?」 


久美子「はい……。」 


あすか「だったらいいじゃん。」 


久美子「でも、気持ち良過ぎて……。私、私……、やっぱり駄目です! もー駄目です!」 


あすか「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと限界まで気持ち良くなるだけだから。……限界を越えて精神が壊れちゃったら、その時は御免ね♪」 


久美子「やだっやだっ! 壊れたくない! 壊れたくない! もーやめて下さい……。もー気持ち良くしないで下さい……。」 


あすか「まだいけるよね?」 


久美子「ああ! やだあ! 気持ちいい! 気持ちいい! 死にたくない……。」 

249: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:18:59.70 ID:M8lWXEdT0
あすか「死なない死なない。ちょっと別の『天国』にはいくけど。……いきたいよね?」 


久美子「いきたくないですう……。」 


あすか「ああん。そんなに脅えられるとおねーさん益々興奮しちゃう。ちょっとくらいなら壊れてもいいよね? ……ほらあ♪」 


久美子「ああ! 鬼畜! 先輩は鬼畜です! もーやだあ……。」 


あすか「んー? 『先輩』なの?」 


 はっとした。 


久美子「ああ、御姉様、御免なさい、御免なさい。……上手く謝れなくて御免なさい……。」 


あすか「そっか、黄前ちゃんは謝罪の言葉も満足に憶えられないんだ。駄目な奴隷だね。」 


久美子「はい、駄目な奴隷です……。久美子は駄目な奴隷です……。」 


あすか「じゃ、壊されちゃっても文句は言えないよね。……ね?」 


 快感が―― 


久美子「あ……ああ……。」 

250: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:19:29.83 ID:M8lWXEdT0
あすか「……ん? そろそろ快感の事しか考えられなくなった? ……喋れない? ……おーまえちゃーん。」 


 御姉様が呼んでる? 


あすか「おーい、おーまえちゃーん。」 


久美子「……あい……。」 


あすか「お、返事は出来る。いい感じ。……じゃ、いこっか。……いくよー!」 


 御姉様が激しくなる。 


あすか「うーん、黄前ちゃんのおまんこ気持ちいー。宣言通り中で出すからね? ……ああん♪」 


 御姉様が悦んでる。 


あすか「いい、気持ちいい……。とっても、とっても、気持ちいいの……。黄前ちゃんの中に出したくて、ちんちんがうずうずしてるの……。切なくて堪らないの……。」 


 悦んでる御姉様は凄い人。 


あすか「黄前ちゃんがいくのと同時に、わたしもいくからね? おちんぽミルクびゅびゅっとぶちまけるからね? ……あーん、気持ちいい。黄前ちゃん、いっちゃえ♪」 


 おね―― 

251: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:20:00.98 ID:M8lWXEdT0
あすか「……あは! いってるいってる! わたしも! わたしも! あっ! あっ! まだ出あっ!」 


 御姉様の勢いが弱まる。 


あすか「……全部出すよ……あっ! ……あっ……はあ……。」 


 御姉様が、止まる。 
 止まった御姉様は、美しい人。 
 その御姉様の美しい顔が、ゆっくりと下りて来る。 
 私の唇に優しく口付けをし、舌を入れて来る。 
 私も、舌で応える。 
 丁寧に、舌を絡ませ、愛情を確かめ合う。 


久美子(御姉様……。) 


 今、私は、世界で一番幸福な奴隷だった。 
 美しい御主人様から、蕩ける様な愛情を、たっぷりと注がれていた。 
 その御姉様が、チュパッ、と音を立てて、唇を離す。 
 そのまま顔は離さずに、私の口元に、はあー、と生暖かい息を吐き掛けて来る。 
 惜しい、と思った。その素晴らしい吐息を、全部吸い込んでしまいたかった。 


あすか「黄前ちゃん、気持ち良かった?」 


 その囁きに伴い、御姉様の息が、再び私の口元に掛かる。 


久美子「……はい。」 

252: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:20:29.69 ID:M8lWXEdT0
 多分、私の息も、御姉様の口元に届いている。 
 私の返事を聴いた御姉様は、優しく微笑み、 


あすか「わたしもとっても気持ち良かったよ? 一杯出ちゃった♪」 


 と、御言葉と呼気を掛けて下さる。 


久美子「ああ……。」 


 感激してしまう。御姉様に至福の悦びを与えた事が、この上なく誇らしかった。 


あすか「元気な赤ちゃん産もうね。」 


久美子「はい。」 


あすか「可愛い服も一杯着せて、三人で姉妹みたいに遊ぼうね。」 


久美子「はい。」 


 返事をしてから、はたと気付いた。 


久美子「……え、女の子なんですか?」 


あすか「そーだよー?」 

253: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:20:59.74 ID:M8lWXEdT0
 御姉様がそう言うなら、そうなんだろう。 
 きっと、全知全能のあすか御姉様には、子供の産み分けくらい造作無い事なのだ。或いは、未来が見えているのかも知れない。 


あすか「黄前ちゃん、黄前ちゃんの瞳ってとっても綺麗だね。」 


久美子「えー、そんな……。」 


 照れ臭い。 


あすか「おねーさんに良く見せて。」 


 御姉様の美しい瞳が、私の右目を凝視する。 


あすか「……ふふっ、全知全能って……。で、三四五の、二五一。結構進んだな。」 


 また、意味不明な奴だった。 


久美子「……あの、それなんですか?」 


 さっきからちょいちょい気になっていた。 
 しかし、御姉様は微笑を浮かべ、 


あすか「だいじょーぶ、気にしないで。」 


 と、軽くあしらう。 

254: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:21:29.71 ID:M8lWXEdT0
久美子「はあ……。」 


 気にしないで、と言われても、気になる物は気になる。 
 しかし、私は奴隷なのだから、分は弁えねばなるまい。 
 御姉様が、私の右目に視線を戻す。 


あすか「ねえ、楽しかった?」 


久美子「あ、はい。とっても――」 


あすか「しー。」 


 御姉様が、人差指を口の前に立てて、私の発言を制止する。 
 そうして指を立てたまま、私の右目を凝視し、囁きを続ける。 


あすか「……ねえ、そっちは映像は見えてないんでしょ? ……見えてたら文章は要らないもんね。……音声も多分無いよね? ……小説みたいな形なんだよね?」 


 御姉様の発言は、全く以て意味不明だった。 


あすか「へへっ、驚いた? わたしにはそっちの姿が見えてるんだよ。……ずっと見てたよね? ……わたしも最初に見えた時には驚いたんだから。……黄前ちゃんの目の中に得体の知れない物があったからね。……でもそういう事なんだよね? ……『黄前ちゃんの視点』なんだよね? ……ね? ……じゃ、またあとでね。……読者さん。」 


 そう囁くと御姉様は、人差指を立てるのをやめて、私の右目ではなく、「私」に目を向けて、 

255: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:21:59.85 ID:M8lWXEdT0
あすか「ねえ黄前ちゃん、目を閉じて。」 


 と言う。 
 納得がいかない。私は完全に蚊帳の外だった。 
 私が指示に従わない事に疑問をいだいたのか、御姉様が優しく、 


あすか「ん? どーしたの?」 


 と訊いてくる。 
 私は、つい僭越ながら、 


久美子「ずるいです御姉様。私にも教えて下さい。」 


 と漏らしてしまった。 
 しかし御姉様は、私を叱る事はせずに、微笑を浮かべ、 


あすか「ずるいとは人聞きが悪いね。……だいじょーぶ、黄前ちゃんにもあとで教えて上げるから。……だから、今は目を閉じて?」 


 と、宥める様に言って来る。 
 それでもまだ納得がいかない。 


久美子「嫌です。」 


あすか「ん?」 

256: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:22:30.26 ID:M8lWXEdT0
 優しい御姉様に、思いっ切り甘える。 


久美子「私の事も『黄前ちゃん』じゃなくて、名前で呼んで下さい。……御姉様に名前で呼ばれたいです。」 


 すると御姉様は楽しげに、 


あすか「あれー? 奴隷の癖に生意気だぞ? ……どーしてくれよーか♪」 


 と威して来る。 
 しまった。出過ぎた真似をしてしまった。しかし―― 


久美子「その……。」 


 私は謝罪の言葉を憶えていなかった。 
 すると、御姉様は優しく微笑み、 


あすか「『御許し下さい』。」 


 と助け船を出してくれる。 
 私は、身も心もあすか御姉様の奴隷だった。教えられた言葉で、 


久美子「御許し下さい御姉様。」 


 と、許しを乞う。 
 奴隷としての最低限の義務すら満足に果たせない私に、御姉様は寛容だった 

257: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:22:59.85 ID:M8lWXEdT0
あすか「うん、許して上げる。……『久美子ちゃん』。」 


 それを聴いた途端、頭がはっきりした。その時、私は、生まれて初めて目が覚めた気分になった。 
 今までの人生は、全て、夢だった。私は、今、初めて、この世界に誕生したのだった。 
 覚醒したばかりの脳で、生まれたばかりの口で、愛する人に呼び掛ける。 


久美子「御姉様。」 


あすか「久美子ちゃん。」 


 一つになりたい。 


久美子「御姉様。」 


あすか「久美子ちゃん。」 


 二人の唇が、再び重なる。今の私達に、余計な言葉は不要だった。 
 舌と舌を、絡ませる。 
 私達の心は、再び、一つになっていた。 
 御主人様と、奴隷。御姉様は、私を、一生飼う事を望んでいた。私は、御姉様に、一生飼われる事を望んでいた。 
 黄前久美子という平凡な女の人生は、今日、終わりを告げた。代わりに、新しく、あすか御姉様の奴隷としての幸福な人生が、始まるのだった。 
 今、私は、それを再認識していた。 


あすか「ん……、ん……。」 

258: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:23:29.80 ID:M8lWXEdT0
 私は、美しいあすか御姉様の存在を、耳で、匂いで、味で、肌で、粘膜で感じていた。そしてなにより、崇高な愛を、たましいで感じていた。 
 私は、世界一幸福な奴隷だった。それ処か、未来永劫、私より幸福な奴隷は現れない。そんな根拠の無い確信さえあった。 


久美子(ああ、気持ちいい……。) 


 それは、体と意識がふわふわと漂う様な感覚だった。 
 上の口と下の口の両方で繋がったまま眠りに落ちてゆくその感覚は、最高に心地好かった。 
          * 
 はっとした。 


久美子「あれ?」 


 おんぶされていた。 


麗奈 「あ、久美子、目が覚めたのね。」 


あすか「あ? さっき黙ってろっつったよね?」 


久美子(こえー!) 


 なんで私はこんな怖い人の背中に居るのか。 
 なぜか、今、私は、あすか先輩の背中に居た。目の前にはシートがあって、さっきあすか先輩の背中に居た吉川先輩は、さっき私が寝ていた辺りに寝ていて、さっき気絶していた高坂さんは、今は目を覚ましていて、体を起こしてシートの上に座っていた。どうしてこうなった。 

259: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:23:59.85 ID:M8lWXEdT0
あすか「じゃ、下りて。」 


 しかし、考える間も無く指示が来る。 
 私がその通りにすると、次にあすか先輩は、無言で私の背後に回って、私の両肩を両手で掴み、私の立っている位置を少し調整してから、 


あすか「しゃがんで。」 


 と、更に指示する。 
 私は、丁度、起きて座っている高坂さんの目の前に、しゃがむ恰好になった。 
 すると、あすか先輩も私の背後にしゃがんで、私の両肩に手を置く。そして、私の顔の右斜め後ろから、 


あすか「麗奈ちゃん、発言を許可する。なにが見える?」 


 と、冷たく問い掛ける。 


麗奈 「なにがって……。」 


あすか「あっそ、なにも見えないんだったらいいや。」 


 そう言うとあすか先輩は無言で立ち上がり、シートの脇を歩き始める。 


麗奈 「あの、もう動いてもいいんですか?」 


あすか「ん、まだ駄目。」 

260: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:24:29.83 ID:M8lWXEdT0
 今度は、高坂さんの背後で立ち止まり、シートに膝を突く。 


麗奈 「じゃあせめてこの状況に就いて――」 


 問答無用と言わんばかりに、両手で両肩を掴み、顔を左肩に近付ける。 


麗奈 「なにするんですか。」 


あすか「思い出させて上げる。」 


麗奈 「はい? あ……。」 


 一瞬だった。肩に口が触れた、と思った次の瞬間には、あすか先輩は顔を離していた。なんという手並み。 
 あすか先輩は怪しい笑顔を作りながら、 


あすか「いーっぱい気持ち良くなるよ?」 


 と言うと、力の抜けた高坂さんの体を、シートに寝かせる。 


あすか「御ゆっくり♪」 


 あすか先輩の顔が、私を向く。 

261: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:24:59.83 ID:M8lWXEdT0
あすか「じゃ、次はこっちだ。」 


久美子「あ……。」 


 先輩が立ち上がって歩き始める。不味い。なんかされる。 


久美子「あ、あの、あすか先輩、私――」 


あすか「あれえー?」 


 はっとした。 


久美子(……しまった。) 


 やばい、夢だけど、夢じゃなかった。 


久美子(えーっと、こういう時、こういう時はえーっと、「御免なさい」じゃなくてえーっと――) 


あすか「ねえ久美子ちゃん。」 


 私の背後で立ち止まったあすか先輩が、しゃがんでいる私の背中に向かって、声を掛けて来る。 


久美子「……はい。」 

262: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:25:29.78 ID:M8lWXEdT0
あすか「久美子ちゃんはわたしの事をなんて呼ぶんだったっけ?」 


久美子「……『あすか御姉様』です。」 


あすか「だよねえ。……久美子ちゃんはわたしのなんだったっけ?」 


久美子「……え?」 


麗奈 「あっ。」 


 その時、高坂さんが突然声を上げた。少し、ぎょっとしてしまった。 


あすか「うーん、麗奈ちゃん気持ち良さそー♪」 


麗奈 「あっ。」 


あすか「また来るよー?」 


麗奈 「あっ。」 


あすか「ほーら。」 


麗奈 「あっ。」 

263: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:25:59.96 ID:M8lWXEdT0
あすか「ね?」 


麗奈 「あっ。」 


あすか「フィニッシュ♪」 


 あっ、あっ、あっ、と声を漏らしながら、高坂さんはひくひくと痙攣し、軈て、完全に沈黙した。 


あすか「うーん、いつ見てもいい光景だ。……で、久美子ちゃんも? ……あんな風に? ……気持ちいい事がいーっぱいしたくて? ……おねーさんのなにに?」 


久美子「……奴隷です。」 


あすか「ああん……。興奮しちゃう……。」 


久美子(……え?) 


 今のどこに興奮する要素があったのか。とまれ、更に絶望的な気分になってくる。 


あすか「ねえ……、久美子ちゃんは……、ミスをした時に……ああん……、おねーさんになんて謝るんだったっけ?」 


 不味い。完全にやばいスイッチが入ってしまった……。 


久美子「ご、御免なさい憶えてません……。」 

264: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:26:30.22 ID:M8lWXEdT0
あすか「ああん駄目駄目……、そんなに脅えた声を出さないで。……おねーさんぞくぞくしちゃうの。真性吸血鬼の血が、とーっても疼いちゃうの……。ああん!」 


 そうか、じゃあ喋らなければいいんだ。 


あすか「ねえ、今から……、おねーさんがちょーっと背中から近付くけど、……脅えないでね? ……びっくりしないでね? ……逃げようとしないでね? ……おねーさん咄嗟に、……条件反射的に、……あん、……いけない事しちゃうかも知れないから。」 


 その台詞と共に、先輩の体が、ゆっくりと私に近付いているのを感じた。言われなくても、とっくに身は竦んでいた。振り向く事すら出来ない。 
 私の左肩に、先輩の手が触れる。 


あすか「おねーさんが悪い訳じゃないのよ? ……恐怖に駆られて逃げ惑う人間を、……追い回して、……捕まえて、……蹂躙して、……生き血を啜るのは、……吸血鬼の性なの。……しょうがない事なの。……久美子ちゃんの背中も、……とーってもそそるけど、……今はまだなにもしないからね? ……ほら。」 


 最後の一声と共に、先輩が背中に抱き付いて来る。 
 丁度、先輩の口元が、私の耳元に来た。先輩の呼吸は、はあ、はあ、と乱れていた。そして、先輩に覆い被さられた背中に、素晴らしい重圧を感じた。これは間違い無い。胸の重さだった。先程は先輩に解雇されて仕事をしていなかった重力が、今は復職して仕事をしていた。私も巨乳になりたい。まだ死にたくない。 
 そうして、先輩の左手が、おもむろに私の両目を覆う。 


あすか「だいじょーぶ、怖くないからねー。……ちょっと待っててねー。……ほら、準備が出来た。……じゃあ、手を離したら、ぱっちりと目を開けてカメラを見てね。」 


 先輩が、私の顔から手を離す。 
 恐る恐る目を開ける。 
 すると、目の前にケータイがあった。私の顔が映っている。 

265: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:26:59.98 ID:M8lWXEdT0
あすか「ふむ、映ってないな。」 


久美子(?) 


 私の顔は映っている。なにが映っていないと言うのか。 


あすか「ねえ、カメラを見てじっとしてて。」 


 言われた通りにする。 
 カシャリ。 
 先輩が、私の後ろで画像を確認する。 


あすか「まあこんなもんか。でもやっぱりなにも無いな。……やっぱわたしの目で直接見ないと駄目なのかな。……よし、次だ。立って。」 


 先輩がそう言って立ち上がったので、私も立ち上がった。ありがたい事に、彼女の興奮は完全に静まっている様だった。命拾いした。 


あすか「こっち向いて。」 


 私が回れ右をすると、いつもの奴が始まった。 


あすか「やっほー、読者さん、まだ見てたんだね。で、……ふむ、映ってないな、か。……で、三四五の、二六三。……まあこんなもんか。」 


 と言って、私の右目から顔を離す。 
 そして、高坂さんの方に向かって、歩きながら、 

266: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:27:29.84 ID:M8lWXEdT0
あすか「ほら、ふて腐れてないで起きなよ。時間が無いんだから。」 


 と呼び掛ける。 


麗奈 「別にふて腐れてません。」 


 私が振り向くと、丁度、高坂さんが起き上がる所だった。 


あすか「えー? じゃあなんでふて寝してたのー? わたしと久美子ちゃんがとーっても仲良しだから、妬いてたんでしょー?」 


麗奈 「妬いてません。」 


あすか「じゃあ怒ってたの?」 


麗奈 「怒ってません。」 


あすか「……じゃあ、つらかったんだ。」 


 その言葉を聴いた途端、高坂さんの顔色が、若干変わった。 


あすか「怖かった? ハンターには全く歯が立たなかったもんね。まさか吸血鬼と吸血鬼ハンターが友達とも思わなかったよね。しかも自分が遣られているのに、全く助けて貰えなかったもんね。……つらかった? さびしかった? マスターに捨てられたと思った? でも偉かったよね。一言もわたしに『助けて』って言わなかったもんね。」 

267: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:27:59.79 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「私、私は……。」 


あすか「御出で?」 


麗奈 「御姉様あ!」 


 高坂さんが立ち上がり、あすか先輩に抱き付く。 


あすか「おーよしよし。」 


麗奈 「私、わだしは、御姉様に、御姉様と、もう一生、こうして抱き合えないと、もう一生、こうして、会話出来ないと、あの時、思って、でも、御姉様は平然としてて、――」 


あすか「んーん、そんな事無いよ。わたしだって眷族が人間に戻されちゃうのは悲しいんだから。……麗奈ちゃんも悲しかったよね? でも約束を守ってくれたよね。おねーさん、そこはとっても嬉しかったんだから。……偉い偉い。」 


麗奈 「ああっ……、御姉様ああ……あっあっ……、あっ……。」 


優子 「え、どーなってんの?」 


 声がして気付いた。吉川先輩が目を覚まし、上体を起こしていた。 


あすか「あー、起きちゃったかー。……じゃあしょうがない。……優子ちゃん、ちょっとそこで待っててね。……麗奈ちゃん? ちょっと強引だけど、おねーさんが涙をとめて上げる。……いくよ?」 

268: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:28:29.87 ID:M8lWXEdT0
 次の瞬間、高坂さんの体が、がくんと力を失う。あすか先輩を抱き締めていた高坂さんの両腕が、だらりと垂れ下がる。 
 丸で、立ったまま眠ってしまったみたいだった。それでも倒れていないのは、先輩が上手く抱き締めて、支えているからだろう。 


久美子「それ、御姉様が?」 


あすか「うん。……や、おはよう。」 


麗奈 「あ。」 


 高坂さんが目を覚まし、「自立」する。 


あすか「気分は?」 


麗奈 「落ち着きました。」 


 なんと便利な能力。 


あすか「そっか。じゃー涙拭く? タオルなら一杯あるから、遠慮無く使って?」 


麗奈 「ちょっ……、それ私が持って来たタオルです。」 


あすか「うん、そーだね。……まさかシートまで持参してるとは思わなかったよ。言い付けを守る為だね?」 


麗奈 「はい!」 

269: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:29:00.07 ID:M8lWXEdT0
あすか「ちょっと、褒めてないよ。……一遍に複数の人に見られでもしたら、どうする積もりだったんだい?」 


麗奈 「頑張って全員噛みます。」 


あすか「まあ、そんなとこだろうと思ってた。……じゃあ涙を拭いて。そしたらちょっと働いて貰うから。」 


麗奈 「はい。」 


あすか「成る可く急いで。」 


 あすか先輩は高坂さんの背中に声を掛けると、自身はその場にしゃがみ、 


あすか「……じゃ、優子ちゃん、ちょっとこっちへ御出で。」 


 と手招きをする。 


 吉川先輩が、シートの上を少し躄り、あすか先輩に近付く。 


優子 「あの、これはどういう事なんですか?」 


あすか「ん? まあ説明すると長くなるんだよね。お、速かったね。」 


麗奈 「急いで拭きましたから。」 

270: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:29:29.77 ID:M8lWXEdT0
あすか「そっか、じゃあ始めよっか。……麗奈ちゃん、そっちへ。優子ちゃんは体の向きをこう。」 


 あすか先輩は、自分に向かって座っている吉川先輩の体の向きを九十度変えさせ、高坂さんを吉川先輩の背後に移動させると、 


あすか「麗奈ちゃん、さっきわたしが遣ったみたいに出来る?」 


 と訊く。 
 シートに膝を突き、吉川先輩の両肩に手を置いた高坂さんが、左肩に顔を近付け、 


麗奈 「こうですか?」 


 と答えると、 


あすか「いや、今度は右肩がいいんだよねー。」 


 と注文を出す。 
 高坂さんが指示に従うと、 


あすか「そうそう、そんな感じ。」 


 と言って、ケータイを取り出し、撮影の準備を始める。 


優子 「あの、なんなんですか?」 


あすか「ん? 直ぐに分かるよ。」 

271: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:30:05.00 ID:M8lWXEdT0
 あすか先輩は、二人の正面に移動すると、カメラを構える。 


あすか「お、よし、いい感じ。じゃあ遣ろっか。……麗奈ちゃん、優子ちゃんの右肩を、噛め!」 


麗奈 「はい。」 


優子 「え? あっ! ちょっと! あんた! なに! なにしてんのよ! 痛い! 痛いってば! やめて! やめてよ! こ……。」 


 吉川先輩が蕩けた。数秒で終わった。 
 あすか先輩には遠く及ばないが、私の時より遥かに速かった。高坂さんは、吸血鬼としての技術が格段に向上していた。 


あすか「いいね。じゃあそのまま静止画も何枚か撮らせて。」 


麗奈 「ふぁい。」 


 あすか先輩は、角度を変えながら、何枚か写真を撮った。 
 撮り終わると、立ち上がって顎に手を当てながら、 


あすか「うーん、やっぱり美少女が美少女を噛んでいる姿はいいね!」 


 と言った。 


久美子(……ん?) 


 言外に、「君は美少女じゃない。」と言われている気がした。実際その通りだけど。 

272: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:30:34.95 ID:M8lWXEdT0
          * 
 吉川先輩は、高坂さんに支えられて座ったまま痙攣し、軈て、正常な意識を取り戻した。 


優子 「あ。」 


麗奈 「……おはよう、優子。」 


優子 「え? ……あなた後輩でしょう?」 


麗奈 「そうね。」 


優子 「なんで呼び捨てなの……。」 


麗奈 「それは、優子が私の眷族だから。私が優子の、御主人様だから。これ以上明快な理由が、ある?」 


優子 「そうだけど、私先輩……。」 


麗奈 「嫌なの?」 


優子 「え?」 


麗奈 「嫌ならそれでもいいわ。もう『優子』とは呼ばない。その代わり、今後一生話し掛けないけど。」 


優子 「ええ?」 

273: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:31:04.39 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「別にいいわよね?」 


優子 「それは駄目よ……。」 


麗奈 「ん? どうして?」 


優子 「それは、その……。」 


麗奈 「理由があるならはっきり言ったら?」 


優子 「私……私……。」 


麗奈 「私の事が好きなの?」 


優子 「……はい。」 


あすか「ひひひっ。」 


 あすか先輩が下びた笑い声を上げる。私もこの状況はおかしくて堪らない。 


麗奈 「好きで好きで堪らないの?」 


優子 「……はい。」 

274: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:31:33.67 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「そうね。眷族なんだから当然よね。……じゃあ、『優子』って呼んでもいいわよね?」 


優子 「はい、御主人様……。」 


麗奈 「んーん。今日から私の事は、『麗奈様』と呼ぶの。分かった?」 


優子 「はい、麗奈様……。」 


麗奈 「よしよし。」 


 高坂さんは、吉川先輩の頭を、リボンの上から撫でた。 


優子 「ああ……。」 


麗奈 「じゃあ、具体的にどこが好き?」 


優子 「……え?」 


 吉川先輩が、高坂さんの顔を振り向いた状態で固まる。 
 なんという無理な質問。吉川先輩が高坂さんを好いてしまったのは噛まれたからだ。理由があって好きになった訳ではない。 


麗奈 「どこが好き?」 


優子 「それは……。」 

275: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:32:02.70 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「言って?」 


優子 「澄んだ瞳。……整った顔。……白い肌。……それに髪も。」 


 吉川先輩は、高坂さんの顔を見詰めたまま答える。まあ、無難な解答だろう。 


麗奈 「そうね。じゃあ前を向いて。……久美子の姿を見て。」 


優子 「はい。」 


麗奈 「じゃあ、目を閉じて。」 


 そう言うと高坂さんは、更に念入りに、吉川先輩の両目を左手で覆う。 


優子 「あ……。」 


麗奈 「大丈夫。リラックスして? ……最愛の人の姿を思い浮かべて?」 


優子 「はい。」 


麗奈 「思い浮かべた? ……じゃあ答えて。他にはどこが好き?」 


 難易度が上がった。 

276: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:32:31.81 ID:M8lWXEdT0
優子 「手も。……足も。……指も。……全部好き。……ほくろ。左目の下のほくろが好き。」 


久美子「え?」 


あすか「あはははは! 遣っちゃったね!」 


優子 「……あ。」 


 高坂さんが、左手を離し、 


麗奈 「優子ちゃーん?」 


 と嬉しそうに言う。 


優子 「あああ御免なさい御免なさい御免なさい!」 


 吉川先輩の可愛らしい顔が、一気に恐怖で歪む。 
 高坂さんは、唇をぺろりと舐めながら、 


麗奈 「んーん、許さない。」 


 と、にこやかに言う。 

277: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:33:00.89 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「いーっぱい御仕置きして上げる♪」 


優子 「……御仕置き?」 


麗奈 「うん。……じゃ、取り敢えず、指、切ろっか。」 


優子 「……え?」 


麗奈 「指を切って『御免なさい』するの。丁度ニッパーもあるわよ?」 


優子 「そんな……。」 


麗奈 「大丈夫。どうせ優子がトランペットを吹けなくても、滝先生は困らないわ。……ね? 指切って『御免なさい』しましょう。」 


優子 「無理よ無理よ絶対無理……。」 


 吉川先輩は、本気で戦いていた。 
 若しかしたら、彼女は吸血鬼の異常な回復能力の事を知らないのかも知れない。 
 しかし、教える気は起こらなかった。そんな事をしたら面白くない。 


麗奈 「……じゃあ私達の関係はもうこれで終わりね。一生口を利かない。」 


優子 「それはもっと嫌あ……。」 


 吉川先輩は今にも泣き出しそうだった。 

278: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:33:30.49 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「どうせなら指じゃなくて首を切ろうかしら。」 


優子 「……首?」 


麗奈 「首を切断してホルマリンに漬けて、私の部屋に飾るの。いいと思わない?」 


優子 「……それ私死ぬんですけど……。」 


麗奈 「いいじゃない私が楽しいんだから。」 


優子 「麗奈様あ……。」 


麗奈 「大丈夫。私の部屋に飾れば、私とずっと一緒に居られるわ。」 


優子 「ずっと一緒……。」 


麗奈 「飾って欲しいよね?」 


優子 「……飾って欲しいです……。」 


 眷族はつらい。 
 それでも、なぜか同情する気は全く起こらない。 


麗奈 「じゃあ決まりね。……所で私のナイフは? さっき置いた場所に無いんだけど。」 

279: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:34:02.31 ID:M8lWXEdT0
あすか「ああ、わたしが預かってるよ。」 


麗奈 「あ、御姉様、ナイフを……。」 


あすか「駄目。……麗奈ちゃんは全然懲りてないねえ。さっき『久美子の意識が戻らない』って泣き付いて来たばかりじゃないか。」 


麗奈 「大丈夫です。今度は上手く遣りますから。」 


あすか「却下。……調子乗ってると、わたしが麗奈ちゃんの首を切るよ。」 


麗奈 「御姉様が!」 


 なぜ喜ぶ。 


麗奈 「あ、御姉様に首を切られるの、とっても怖いですう……。」 


あすか「あー、さっきの会話を聴いてたからか。全然怖そうに見えないけど。」 


麗奈 「ひー! 切らないで下さいー……。」 


あすか「下手だねえ……。大体ね、脅えている様に見えてもなにもしないからね? わたしだって二十四時間三百六十五日殺戮したい、って思ってる訳じゃ無いんだから。衝動の殆どは理性でコントロール出来るのよ? 麗奈ちゃんだって空腹時においしそうな匂いを嗅いだって、我を忘れて飛び付かないでしょ? それと同じよ。」 


麗奈 「はあ……。」 

280: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:34:30.75 ID:M8lWXEdT0
 高坂さんは、なぜか心底残念そうだった。 


あすか「遣るなら久美子ちゃんくらい上手く脅えないと。……ねえ?」 


 先輩の鋭い眼光を浴び、思わず、ぎょっとした。 


あすか「そうそう、久美子ちゃんは脅えるのが実に上手い。……あは♪」 


 いや、演技じゃねーよ。 


麗奈 「久美子、ずるいわ。」 


 しかも謎の非難を浴びる。 


あすか「大丈夫、切って上げるから。可愛い眷族の望みは叶えて上げなきゃ。」 


麗奈 「ほんとですか!」 


あすか「ええ。じゃー立って。」 


麗奈 「はい!」 


優子 「あ……。」 

281: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:34:59.86 ID:M8lWXEdT0
 高坂さんが立ち上がるのに合わせて、ずっと泣きそうな顔で困惑していた吉川先輩が、声を漏らす。 
 最前よりその仕種は、丸で捨てられた子犬の様だった。多分これから、もっと酷い事になる。 


あすか「優子ちゃんは見るのは初めてだね。真性吸血鬼はね……がし!」 


麗奈 「あっ♪」 


 高坂さんが、見えない「手」に掴まれる。 


あすか「イメージしただけで人が殺せるんだぜ?」 


 その言葉と共に、高坂さんの体がゆっくりと上昇する。そして、空中に仰向けに静止する。 


麗奈 「あ、凄い……。」 


 その姿は、見えない俎板の上に載っているみたいだった。 


優子 「え……、麗奈様……、なんで浮いて……。」 


あすか「じゃー切っちゃおっか。」 


麗奈 「ああ……、御姉様に殺される、殺される……。」 


 ほんとになんで喜んでるんだろ、この人。 

282: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:35:29.73 ID:M8lWXEdT0
あすか「ふふっ。相当変態だよ、やっぱり。」 


 ん? 丸で自分は変態ではないみたいな口振りだ。 


麗奈 「はい、変態です。私は、御姉様に首を切られる様を想像して興奮する変態です……。」 


あすか「よしよし、正直だ。……いくよ? 今私がイメージしているのは巨大な包丁だ。……ギロチンみたいに一気に落として上げるからね?」 


麗奈 「はい♪」 


あすか「カウントダウン。……さん、……にい――」 


 首が落ち、シートの上へ。 


あすか「ひひひひひひ。」 


 うーん、遣ると思った。 


優子 「あー! 嫌あー! 麗奈様あー!」 


 そして、半狂乱。 

283: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:35:59.67 ID:M8lWXEdT0
優子 「ああ、どうして、どうしてこんな――」 


あすか「優子ちゃん! ……落ち着きなよ、生きてるから。」 


優子 「……え?」 


あすか「顔を見て御覧よ。」 


 吉川先輩が、高坂さんの頭を、恐る恐る手に取る。 


あすか「麗奈ちゃん、笑いな。」 


優子 「あ……。」 


あすか「舌を出しな。」 


優子 「ああ……。」 


あすか「ね?」 


優子 「ああ良かったあああ……。」 


 それまでの緊張が一気に解けたのか、吉川先輩は泣き出した。 

284: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:36:29.69 ID:M8lWXEdT0
          * 
 あすか先輩は、首を持ったまま泣いている吉川先輩の横に高坂さんの体を寝かせ、私に向き合った。 


あすか「じゃあ、ちょっと話をしようか。色々訊きたい事もあるでしょ?」 


久美子「はい。」 


あすか「なにから訊きたい?」 


久美子「さっきのは夢なんですよね?」 


あすか「さっきって?」 


 そう来るか。 


久美子「その……、私、妊娠させられたかと思いましたよ。」 


あすか「ああ、それね。……でも、気持ち良かったでしょ?」 


久美子「はい。」 


あすか「じゃーいーじゃん。」 

285: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:36:59.72 ID:M8lWXEdT0
久美子「ちょっ……。」 


 どういう理屈だ。 


久美子「だいじょぶですよね? 私、妊娠してないですよね?」 


あすか「うん、してないよ。……久美子ちゃんはずっと寝てただけだよ。わたしの背中でね。」 


久美子「そーですか。」 


 一安心。 


久美子「あの、因みに、さっき高坂さんを立ったまま眠らせたのと同じ力ですか?」 


あすか「うん、そうだよ。ちょっと調べたい事があったから眠って貰ったんだ。あんなに遊ぶ事になるとは思わなかったけど。」 


久美子「はあ……。」 


 遊ばなければ良かったのに。 


あすか「眠らせる、と言わずに勝手に眠らせた事に就いては御免ね。もーしない。」 


久美子「はい。……でも、調べたい事があったんですよね? じゃあ仕方無かったんじゃないですか?」 

286: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:37:29.82 ID:M8lWXEdT0
あすか「ん? うーん、そーなんだけどー……。あとから考えると事前の予告の有無はあんまり関係無かったみたいでさ。」 


久美子「そうなんですか。」 


あすか「うん。」 


久美子「で、調べたかった事ってなんなんですか?」 


あすか「いや、その前に吸血鬼の話をしよう。そっちの二人も興味があるでしょ?」 


 あすか先輩がシートの上の二人に声を掛けると、既に泣きやんでいた吉川先輩は、首を持ったまま、おもむろに振り向いた。 


優子 「麗奈様は――」 


あすか「あ、だいじょぶ。麗奈ちゃんの意思を確認する必要は無いよ。真性吸血鬼は自分の眷族とテレパシーで会話出来るんだ。」 


久美子「……え?」 


あすか「驚いた? 便利でしょ。……実は離れている時にもこの能力でたまーに眷族達と連絡を取ってたんだ。だから久美子ちゃん達が神社の境内で全裸で内臓を引っ張り出してた事も、あの時点では既に知ってたんだよね。御免ね。……因みに、わたし達の到着までに二人に服を着せる様に指示したのも、実はわたしだったんだ。」 


久美子「そーだったんですか。……所で、『あの時点』っていつでしたっけ?」 

287: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:37:59.95 ID:M8lWXEdT0
あすか「あ、憶えてないならいいや。今日は色んな事があったからね。」 


久美子「はあ……。」 


あすか「ちょっと脱線したね。この能力は対象の脳に作用する、という点では人間を眠らせる能力と似ている。但し人間を眠らせる場合には脳が無防備になった瞬間を狙う必要があるんだ。だから常に警戒している人間には使えない。吸血鬼ハンターなんか、特にそうだね。それ以外の普通の人間だったら、割と簡単に眠らせられる。」 

あすか「元々これは吸血をスムーズに行う為の能力だろうね。起きている人間の皮膚を傷付けて血を飲むよりも、眠っている人間の皮膚を傷付けて血を飲む方が、断然遣り易いだろうから。……しかも、若しかしたら対象に、『吸血鬼に遭遇した』と知られずに血を飲む事が出来るかも知れない。」 

あすか「詰まり、『目が覚めたら体に傷が付いてた。寝ているあいだになにかで切ったかな?』とでも思わせる事が出来れば、完璧。但し、眠らせるのにも呪力を消費するから、そーほいほいとは使えないよ? ……あ、呪力というのは吸血鬼が特殊な能力を使う際の、エネルギーの事ね。呪いの力、で呪力。磁力じゃないよ?」 

あすか「……まあ、自分の近くに居る普通の人間を眠らせるだけなら、消費量はそう大した事は無いよ。但し、対象との距離が長くなればなる程、消費量は増える。あと、消費量は対象の脳の警戒具合にも因るね。これが面白い所で、常に警戒状態の人とか、常に無防備状態の人というのは、滅多に居ない。」 

あすか「大抵の人は警戒と無防備の状態が目まぐるしく入れ替わっていて、能力を発動しても、警戒が解けている瞬間じゃないと眠らせられない。しかも、警戒しているか否かは外からは判別出来ない。だから、仮に常に警戒状態の人をそうとは知らずに眠らせようとした場合、消費量が無駄に増えるだけ、という空しい事になる。」 

あすか「因みに、眠らせるのが一番簡単なのは、近くに居る一般人……ではなく、実は自分の眷族なんだな。……眷族は、主人からの能力の使用に対しては、常に全くの無防備なんだ。だから眷族とのテレパシーも好きな時に使えるんだろうね。で、その理屈だと、常に無防備状態の人になら、眷族でなくてもテレパシーが使える筈だよね?」 

あすか「多分、そうなんだろうね。個人的には一度も遭遇した事は無いけど。……因みにテレパシーを使うには、相手の居る方向を正確に知っておく必要がある。この点、真性吸血鬼にはソナーみたいな能力も同時に備わっていて、自分の眷族がどっちの方向に居るのかは、簡単に感じる事が出来るんだ。益々便利でしょ。」 

あすか「……因みに、眷族以外の吸血鬼や普通の人間の位置も、簡単じゃないけど感じる事が出来る。但しどっちにしろ呪力は消費するよ? ……まあ、『ソナー』の消費量は、テレパシーで会話をするのに比べたら微々たる物だけどね。で、方向が判ったら、その方向に対して脳内から声を出す、みたいな感じかな。」 

あすか「当然、遠くの人間に伝えるには『大きな声』を出す必要があるから、呪力の消費量は増える。但し、障害物に邪魔される事は無いんだ。『ソナー』で方向が判ると同時に、そこに居るのが誰なのか、という事も呪力的に、と言うとなんか変だけど、感じる事が出来て、その個人にだけ伝わる声を出す、みたいな感じかな。」 

あすか「だから、あいだに他の眷族が居ても、『混線』する事は無いんだ。逆に言うと、同時に複数の相手に呼び掛ける事は出来ない。……いや、若しかしたら出来る人も居るのかも知れないけど、少なくとも今のわたしには出来ないね。これは人を眠らせる時や、眠らせた人に夢を見せる時も同じ。」 

288: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:38:29.78 ID:M8lWXEdT0
あすか「だから、複数の人間を眠らせたいと思ったら、一人ずつ順番に眠らせなければならない。で、仮に何人か眠らせたとしても、『いい夢』を見させて上げられるのはその内の一人だけって訳。あと、テレパシーで会話をするのと同じで、夢を見せる場合でも、消費量は、距離が長くなればなる程増える。」 

あすか「だから、長時間『夢』で遊ぼうと思ったら、対象の脳と自分の脳を思いっ切り近付ける必要がある。まあ、そうでなくても呪力の無駄遣いはさけたいから近付けるけどね。久美子ちゃんに夢を見せる時には、おんぶして互いの頭を近付けてから夢を見せた。目が覚めてわたしの背中に居たから、びっくりしたでしょ。」 


久美子「はい。」 


 そりゃもう。 


あすか「わたしも、対象をおんぶした状態で『夢』の世界に意識を集中する、というのは初めての経験だったよ。……遣ろうと思えば出来るもんだね。普通は眠っている対象の横に寝て遣るんだけどね。……今回は野外だし立っていたから、あんまり楽しめなかったよ。……次は布団を敷いて思いっ切り楽しもうね、久美子ちゃん♪」 


久美子「……。」 


 素直に「はい。」とは言いにくい。 
 というか、あれで「楽しめなかった」とはどれだけ阿漕なのか。 


あすか「……あれ? 嫌なの?」 


久美子「いえ、そういう訳じゃ……。」 


あすか「嫌がられると、益々燃えちゃう♪」 


 やばい。話が変な方向に進んでいる。 

289: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:38:59.82 ID:M8lWXEdT0
久美子「……あの、呪力って限りがあるんですよね? そんなに無駄遣いしちゃって大丈夫なんですか?」 


あすか「ああ、だいじょぶだいじょぶ。対象の五感を全てコントロールする、と言うと凄そうに聴こえるかも知れないけど、なぜか消費量はそれ程多くないんだよね。……多分、人間の脳には元々、『眠っているあいだに夢を見る』という機能があるから、それを使わせて貰ってるんだろうね。」 

あすか「因みに、今更かも知れないけど、今言った能力は全て真性吸血鬼にしか使えない。人間上がりはちょっと力が強くなって傷や病気にならなくなって、死ぬまで主人に仕えるだけ。言わば、兵隊みたいな感じだね。実際そうして来たんだろうね。人間の血を安定的に確保する為には、広い『縄張り』が必要だろうから。」 

あすか「『ソナー』で人間と吸血鬼の位置を把握したり、テレパシーで好きな時に眷族と情報を交換したり、夢の中に入って相手から情報を引き出したりするのは、全部『戦争』に適した能力だ。……イメージしただけで相手を攻撃出来る、なんてのはその最たる例だね。しかも見えない物体で、音も無く攻撃出来る。」 

あすか「詰まり、わたしの能力は、全部古の吸血鬼達の血みどろの『軍拡競争』の果てにある、と言っても過言では無いんだよ。……端的に言えば、強い個体が子孫を残した。但しこれは、わたし達が『進化して能力を獲得したならば』の話だけど。……うーん、結構話したね。久美子ちゃん、優子ちゃん、付いて来れてる?」 


久美子「いえ、あんまり。」 


優子 「……同じく。」 


あすか「そっか。麗奈ちゃん。」 


 そう言うと、あすか先輩は十秒程沈黙した。多分、テレパシーで会話していた。 


あすか「……じゃあ話題を変えよう。……わたしは真性吸血鬼の父親と、人間の母親のあいだに生まれた、生まれながらの吸血鬼だ。……噛まれて後天的に吸血鬼になった訳じゃない。だから、体のどこにも歯形は無い。ここら辺はいいよね?」 


 誰も声を上げない。沈黙は同意を意味していた。 

290: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:39:29.72 ID:M8lWXEdT0
あすか「そして、久美子ちゃんにはさっき話したよね。……わたしの母親は政府の研究所で吸血鬼の研究を行っていた、って。……実はね、その研究所にはわたしの父親も居たんだ。……但し、研究員としてではない。わたしの父親は、政府の実験用のモルモットとして、研究所に存在していたんだ。……わたしの父親と母親はね、」 


 そこまで言うと、あすか先輩は思わせ振りに私達の顔に目を遣ってから、 


あすか「その研究所を破壊して駆け落ちしたんだよ。」 


 と、続けた。 


あすか「派手に遣ったらしい。普通の事件事故であれば大々的に報道されたんだろうけど、この世界では吸血鬼の存在その物がトップシークレットだからね。当然、隠蔽された。とゆーか、吸血鬼絡みの事件事故はぜーんぶ隠蔽されてるけど。……で、二人は千葉の研究所を離れて、京都の地に潜伏した。もう二十年以上前の話だ。」 

あすか「だから、わたしの両親も、わたしも、本来は世間には存在しない筈の人間なんだ。……というか、その内の二人は吸血鬼だけど。……でも、存在しない筈にも関わらず、わたしには戸籍がある。……久美子ちゃんにはさっき言ったよね? 吸血鬼ハンターの友達から、ハンターにならないか? って勧誘されたって。」 


 頷く。 


あすか「ここら辺、結構厳しいからね? 勧誘に際しては、徹底的に身辺調査される。それにも関わらず、わたしはクリーンな人間として、政府の秘密機関から御誘いを受けたんだ。詰まり、なにを言いたいかと言うとだね……、わたしの両親は、駆け落ち直後に、なーんの関係も無い赤の他人を殺して、戸籍を奪ったのさ。」 

あすか「……まあ、正確には殺したとは断言出来ないんだけどね。なんせわたしが生まれる前の話だし。……でも、母親に訊いても答えてくれなかったし、深く追求しようとすると怒られたし。……それって滅茶苦茶怪しいよね。だって吸血鬼の研究の事とかは答えてくれるのに、駆け落ち直後の事は一切話してくれないんだから。」 

あすか「一応、吸血鬼の体に就いて知る必要があるから研究の内容を話す、というのは筋が通っていると思うよ? でも駆け落ち直後に戸籍をどうしたのか、とか、わたしが生まれた病院はどこなのか、とかは全然話してくれないんだから。……当然、わたしの出生時にもなにか後ろ暗い事があったんだろうな、と思うよね?」 

あすか「……で、前に図書館で借りた本で、偶然に知ったんだよね。生まれて来たばかりの赤ちゃんは、全員足の裏に針を刺して、血液を採取して検査をしなければならない、ってさ。『新生児マススクリーニング』って言うらしいよ? ……駄目じゃん、って思うよね? だって、吸血鬼の体は全く出血しないんだから。」 

291: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:39:59.69 ID:M8lWXEdT0
あすか「それなのに、わたしは生まれた時から吸血鬼なんだよ。詰まり、血液を採取して検査しようにも、そもそも血が一滴も出ないんだ。こりゃあ、医療関係者を買収したな、と思うよね? というか、早い話が噛んで眷族にして隠蔽させたな、と思うよね? ……で、その後は関係者全員が不審な死を遂げれば、ぜーんぶ解決。」 

あすか「勿論、これは全部わたしの推測だよ? 証拠はなんにも無い。でも、そうとしか思えないんだよね。だって、三人共実感してるよね? 眷族は主人の為なら死をも厭わない。だったら、人間上がりの状態で街をうろうろされるよりも、死んで貰った方が『安心』なんだよね。だって、街には吸血鬼ハンターだって居るんだから。」 

あすか「はっきり言って、研究所から逃走する際に既に何人も、……いや、多分何十人も殺してしまっているから、もう心理的に抵抗が無くなってたんじゃないかな。……そうして、わたしはなんの問題も無いクリーンな記録を持った真性の吸血鬼、という珍しい存在として、この世界を生きる事になったって訳。」 

あすか「多分だけど、母はわたしに普通の人間として生きて欲しかったみたい。でもその為に吸血鬼を人体実験に使っていた様な人達はともかく、なんの罪も無い人達を何人も殺した、というのはねえ……。但し、物心がついてからは、こういう事は無かったと思うよ? 代わりにわたしが痛い思いをしたんだ。……どういう意味か分かる?」 


 二人で首を振った。高坂さんがどう思ったのかは不明。 


あすか「わたしは時々『人間』になってたんだよ。……吸血鬼の体から傷が消えるのは呪力の御蔭、というのは知ってるよね? ……いや、優子ちゃんは見た事が無いか。さっきも全く抵抗せずに人間に戻されてたもんね。……よし、麗奈ちゃんの首をくっつけて御覧。数十秒で完全に繋がるから。」 


 吉川先輩が高坂さんの首を怖ず怖ずと切断面に宛がうと、果たして、あすか先輩の言った通りになった。吉川先輩は、その様子を、固唾を呑んで見守っていた。可愛いなあ。 


麗奈 「おはよう、優子。」 


優子 「麗奈様……。」 


あすか「これが吸血鬼の回復能力だよ。どんな損傷でも完全に元通りになる。実は治りが速い訳じゃないんだよね。……治ってるんじゃなくて、傷付く前の『正常な状態』に戻ってるんだ。この能力が吸血鬼にとって最も重要な意味を持っている。いい意味でも悪い意味でもね。……優子ちゃん、麗奈ちゃんの首をじっくり見て御覧。」 


 吉川先輩が、言われた通りに覗き込む。 

292: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:40:29.99 ID:M8lWXEdT0
あすか「傷の痕は全く無いでしょう?」 


優子 「はい。」 


あすか「人間だったら傷痕が残る様な深い傷でも、吸血鬼の場合は瘢痕も癒着も全く無い。体の傷は、『治る』んじゃなくて『戻る』んだ。しかも、それはたったの数十秒で終わる。その上、血管が傷付いた時にも、出血は全く起こらない。毛細血管だろうと、頸動脈だろうとね。これらは全部『呪力』という不思議な力の御蔭。」 

あすか「そして、これらの現象のどちらも、自分の意思では制御する事が出来ないんだ。吸血鬼は、呪力で体から傷が消える状態を、やめる事が出来ない。呪力で体から出血が抑えられている状態を、やめる事が出来ない。だから、予防接種で注射針を刺せば、立ち所に吸血鬼だとばれてしまう。……通常であれば。」 

あすか「……しかし、例外がある。さっきもちょっと話した通り、吸血鬼の体内の呪力のストックには、限りがある。詰まり、呪力がすっからかんになるまで消費し尽くせば?」 


麗奈 「傷は消えないし、出血もする。」 


あすか「その通り。体内の呪力が枯渇した場合には、傷の状態は普通の人間と同じになるんだ。それが、わたしが予防接種の注射を『普通の人間として』乗り切る為の手段だったって訳。……因みに、吸血鬼が大して痛みを感じないのは、傷が直ぐに消えるからだ。ここら辺、麗奈ちゃんには学校で説明したよね?」 


麗奈 「はい。」 


久美子(……ん?) 


 そうか、あすか先輩は、高坂さんを学校で噛んだのか。 


麗奈 「御姉様、あの時私を騙しましたよね?」 

293: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:40:59.75 ID:M8lWXEdT0
あすか「えー? 騙してないよ。……意図的に説明が足りなかっただけ♪」 


麗奈 「ちょ……自覚してたんじゃないですか。」 


あすか「うん♪」 


 訳が判らん。 


久美子「……あの、なんの話ですか?」 


麗奈 「久美子、さっき私が話したでしょ? 痛みは生物にとっての危険信号。でも、吸血鬼は傷が直ぐに消えるから、痛みを感じる必要があんまり無い。」 


あすか「めでたしめでたし。」 


久美子・優子・麗奈「……。」 


 口には出さないが、恐らく全員が非難する気持ちだった。 


あすか「続きが聴きたいな♪」 


 自分で中断させた癖に。 

294: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:41:30.52 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「……問題は、命に危険が及びかねない重大な傷の場合でも、痛みの感覚が全然足りないって事ね。久美子も身を以て実感したでしょ? 人間上がりの吸血鬼は、首を切断されたら手も足も出ない。首をくっつけてくれる仲間が他に居なければ、唯、死を待つのみ。……にも関わらず、ナイフで首を切られている時の痛みは?」 


久美子「……全然痛くなかった。」 


麗奈 「でしょ? 私も首を切って貰って実感したわ。若しこれが真性の吸血鬼だったら、イメージしただけで物が動かせるから、自分で対処出来るんでしょうね。だから首を切断されても、なにも問題は無い。傷付けられた事を自覚出来る程度の痛覚があればいい。……でも、私達は? というかそれは、さっきの話の中に殆ど答えがあったわね。」 

麗奈 「詰まり、私達人間上がりの吸血鬼は、真性の吸血鬼にとっては唯の戦争の為の兵隊だから、幾ら死んでも構わないって事なのね。だから、命に関わる様な重大な傷を負った場合でも、痛みの感覚は麻痺したまま。……だって、代わりの人間なんて他に幾らでも居るんだから、また噛んで眷族にすればいい。……そーゆー事なんですよね?」 


あすか「うん、そーなんだろうね。個人的にはあんまり言いたくはなかったんだけど。……どお? 自分が使い捨ての道具みたいな存在だと知って、がっかりした?」 


麗奈 「いいえ、御姉様の為なら喜んで使い捨てられます。」 


あすか「だよね。……で、なんの話だったっけ? 予防接種だったっけ。……呪力をすっからかんになるまで消費すれば、傷は消えないし、出血もする。元々吸血鬼の痛覚が他の動物と比べて極めてにぶいのは、傷が直ぐに消えるから、痛みを感じる必要が無いからだ。じゃあ、呪力が枯渇して、傷の治りが普通の人間と同じ状態になったら?」 


麗奈 「傷の痛みも、普通の人間と同じになるんですね?」 


あすか「ピンポン。というか、多分、体の全ての機能が普通の人間と同じになる。……但し、人間の血液を飲まなくても体内の呪力はちょっとずつ回復する。これも自分の意思ではとめる事が出来ない。だから、回復した呪力を傷の消失に使わせない為には、常に呪力を他のなにかで消費せざるを得ない状況を作り出す必要がある。」 

あすか「それはなんでしょう? ……答え、体の別の部分に、予め傷を付けておく、でした。……しょうがないんだよね。だって他の能力の発動にはもっと多くの呪力を必要とするんだもん。……実感として、一番消費量が少ないのは身体能力の強化なんだけど、じゃあ呪力が底を突きそうな時に傷を付けられたら、筋力は?」 

295: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:41:59.81 ID:M8lWXEdT0
あすか「……強化出来ない。残り少ない呪力で強い力を出そうと思っても、出す事は出来ないんだ。詰まり、傷の消失は優先順位が高いんだね。だから、注射針の傷が消えない様にする為には、いや、正確には、傷の消失速度を遅くするには、他の部分に傷を付けておくしかないんだ。例えば、予め待針で数十回刺しておく、とかね。」 


 げっ。 


あすか「そうすると注射針で刺されても、その傷の消える速度はとても緩やかになる。仮に枯渇した状態で五十回刺しておけば、大気中や食事から、或いは他のどこかから微量の呪力を得たとしても、五十一個の傷に配分されるから、傷の消失はかなり緩やかになる。傷と同様、完全に普通の人間と同じではないんだろうけど、出血もする。」 

あすか「この能力は、傷が勝手に消えて、呪力が勝手に消費されてしまう、というのが味噌でね。この特徴を使って、研究所の吸血鬼を拘束しているんだ。詰まり、」 


 そこまで言うと、先輩は、また思わせ振りに一呼吸置いた。 


あすか「……研究所の吸血鬼の体には、常に生傷が付けられているんだ。その上で、自殺防止の為の拘束が行われ、監禁されている。当然、普通の人間の様に痛みがある。更にその上で、各種の人体実験が行われているんだ。……酷い話だと思わない? わたしも最初に聞いた時には憤慨したよ。」 

あすか「だからわたしは、そんな状況を変えたかった。吸血鬼と人間が共存出来る、新しい世界を作りたかった。その為に結構勉強もしてるし、吸血鬼ハンターとも友達になった。吸血鬼と人間が手を取り合って暮らしていけると、証明したかった。行く行くは総理大臣になって、この国を、そして世界を、変えたいと思っていた。」 


 単純に、凄い、と思った。 


久美子「出来ますよ、御姉様なら。」 


あすか「いいや、出来ない。」 


 強い口調で即座に否定され、若干面食らった。 
 あすか先輩の顔は、更に真剣さを増していた。 

296: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:42:29.82 ID:M8lWXEdT0
あすか「いいかいみんな良く聴きな? ……この世界は、もう直ぐ終わる。」 


久美子「……はい?」 


あすか「この世界はね、フィクションの世界なんだよ。物語の世界なんだよ。……そして物語には、必ず終わりが来る。」 


 なに言ってんだこの人は。 


あすか「大体だね、吸血鬼なんておかしい存在が、現実世界にある訳無いじゃないか。全部この世界を作った人、詰まり、『作者』の、想像の産物なのさ。」 


 また私達をからかっている? 


あすか「ねえ、三人が『吸血鬼がこの世界に実在する』と知ったのはいつだい? 今日だろう? ……なーんで今日なのさ。政府が隠蔽している、なんて設定……もう遠慮せずに『設定』って言うよ? 政府が隠蔽しているから民間人は知らなかった、なんて陳腐な設定を、本気で信じてた? ……そんなの、隠せる訳無いじゃないか。」 

あすか「大体三人共見たでしょう? 私のでたらめな能力を。……こんなのがこの地球にはごろごろしてるんだよ? しかも、揃いも揃って殺戮と血が大好物。その中にちょーっと自制心の足りないのが居て御覧? あっと言う間にその国は地獄絵図だよ。……もー凄く楽しそうだよ。想像しただけで涎が出ちゃう♪」 

あすか「……じゃなかった。なんで誰も殺戮の誘惑に負けてない訳? 大体わたしだってね、社会を変える為に総理大臣になる、なんて間怠っこい事をするよりも、この国の政治家全員を噛んだ方が遥かに手っ取り早いよ。それ処か、首脳会談の度に各国の首脳をこっそりと噛んでいけば、数年で地球を支配出来るよ。」 

あすか「なんで過去のわたしはそれを実行に移さなかったの? ってゆーか、なんで誰も実行に移さなかったの? 世界中から戦争を根絶出来たのに。……はっきり言ってね、戦争の為に人間達が血を流す、なんてのは馬鹿げてるよ。実に勿体無い。……全ての人間は吸血鬼の家畜になって、血を捧げながら平和に生きるべきなんだよ。」 

あすか「……とゆーのはわたしの意見じゃなくて、一般論だからね? 勘違いしないでよね? ……とにかく、真性の吸血鬼がちょっと上手く立ち回れば、国家どころかこの地球の全てが手に入るよ。……なのに、どうしてそうなっていないんだい? そうなっていないからには、そうならない理由が、なにかある筈だよね?」 

297: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:42:59.80 ID:M8lWXEdT0
あすか「じゃあちょっと自分で自分に反論しようか? 現代の真性吸血鬼も、その眷族も、みんな自制心が強いから殺戮の誘惑には負けていないんだ、と。その可能性は無くは無いね。個人的には全世界の全ての吸血鬼が欲求を押し殺して生活し続ける事が出来るなんて、到底思えないんだけどね。まあ、それが出来ているんだ、と考えよう。」 

あすか「次。……じゃあ、なんで誰も国家や世界を征服しようとは思わなかったの? 失敗して殺されるのを恐れた? そうかも知れないね。そりゃ、現代の兵器は怖いからね。吸血鬼が住んでいる街を、民間人ごと焼き尽くす気があるなら、さすがに真性も死ぬかも知れない。……だから誰も遣らなかった? わたしの感覚では『ノー』だね。」 

あすか「わたしだったら成功する方に全財産を賭けるよ。なにせ、賭けに勝てば世界の全てが手に入るんだから。仮に失敗した場合には、戦争だろう。人類対吸血鬼のね。最悪の場合は、全面核戦争だ。文明は崩壊する。……でも、その後の核の冬がどの程度かは知らないけど、まあ、人類が絶滅する事は無いでしょう。そして、わたしも死なない。」 

あすか「とゆーか、死なない様に予め準備をしておくから。……そして、ここからが重要だ。わたしがこう考えるって事は、同じ能力を持った他の真性吸血鬼達も、こう考える筈なんだ。詰まり、『表が出れば吸血鬼の勝ち、裏が出れば人類の負け』ってね。こんな状況で他の吸血鬼達が一人も『賭け』に出ていないなんて、不自然極まり無いね。」 

あすか「それだけじゃない。通常兵器だろうと、NBC兵器だろうと、事前に準備をしておけば、先ず死ぬ事は無いだろう。……しかし、なにも準備をしていない状態で他人の戦争に巻き込まれたら? 不意に核ミサイルの直撃を受けたら? 死ぬかも知れないよね? だったら、他の真性が行動を起こす前に、自分も準備をしておいた方がいい。」 

あすか「その為の準備は非常に大掛かりな物になる筈だ。なんせ、最悪の場合には核戦争と核の冬を乗り切らなければならないんだから、膨大な備蓄が必要な事は想像に難くない。……でも、我々の場合は噛むだけで物資も優秀な人材も容易く手に入るから、それ自体はさのみ問題ではない。問題は、そんな状態は長くは秘匿出来ない、という事だ。」 

あすか「眷族を増やせば増やす程より多くの物資が必要になって、露見の可能性も高まる。すると、今度は自分が『賭け』に出ざるを得なくなる。だって、膨大な物資と眷族を抱えたまま、唯なにもせずにばれるのを待つよりも、さっさと『賭け』を始めてしまう方が遥かに合理的だもん。……縦え最初に自分が支配を企てていなかったとしても、ね。」 

あすか「理由はまだある。科学技術は日進月歩だ。世界を引っ繰り返すなら早い方がいい。……あ、だって、呪力や吸血鬼の研究が進んだら、いずれ強力な対吸血鬼兵器が開発されてしまうかも知れないでしょう? だったら、早い方がいい。少なくともわたしならそう考えるね。……でも、そうはなっていない。誰も行動を起こしてはいない。」 

あすか「なんでだろう? これだけ強力に『行動を起こさせる誘因』が存在しているのに、なんで誰も今の世界を変えようとは思わなかったんだろう。……今の生活が好きだから? 核戦争で文明が崩壊するのを恐れた? そうかも知れないね。そりゃあ、現代社会の暮らしは快適だからね。わたしもこの生活好きだよ? ……じゃあ、過去の人達は?」 

あすか「兵器の性能が今よりずっと低かった時代には、そんな心配をする必要は無いよね? 別に遠慮は要らないよね? 征服して上げるのが筋だよね? ……というか、そもそもわたし達の先祖って、古から現代に至るまで、ずっと人間を狩って来たんだよね? だからその為の能力が発達してるし、人間を虐待する事を好む。……いや、正確には逆だね。」 

あすか「人間を多く殺して多くの血を飲む事を好んだ個体程、多くの呪力を獲得出来たから、生存率が高まったんだ。結果、より殺戮を好む個体程、多くの子孫を残した。同様に、他の真性吸血鬼やその眷族を殺す事を好み、且つ強い個体程、より広い『縄張り』を確保出来たから、より多くの人間、というよりより多くの呪力を獲得し、子孫を残した。」 

あすか「だから、それを受け継いだ我々は非常に好戦的だし、戦闘の能力が異常に高いし、人間だけじゃなくて、他の吸血鬼をばらすのも大好き。……で、この『縄張り争い』には兵隊が居た方が有利だから、噛んで眷族を増やす事を好んだ個体も、やはり同様に生存率が上がって、子孫を残した。だから、わたし達は他人を隷属させる事も、結構好き。」 

298: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:43:29.83 ID:M8lWXEdT0
あすか「きっと過去には、支配した土地で、真性吸血鬼を頂点とした『王国』を築いていたんだろうね。……という『設定』だったよね? ……で、なんでそれがわたし達の歴史の教科書に全く載ってないのさ。のちの政府が隠蔽したから? 世界中の全ての政府が全ての歴史書から記述を消し去ったの? なんで真実を伝える国が一つも無いの?」 

あすか「そもそも、全ての国、地域で歴史を抹消するなんて出来る訳が無い。する意味も無い。……と言うと、また反論する事は出来るよ? 抹消出来たから今の状態になっているんだ、とね。……結局、水掛け論なんだよね。『設定』の不備に就いてなにを言っても、この世界がフィクションの世界である、と証明する事は出来ないんだ。」 

あすか「それよりも、もっと重大な事実がある。……いいかい、みんな、わたしにはね、」 


 そう言うと、また思わせ振りに一呼吸置いてから、 


あすか「……この世界を基にしたであろう『物語』と、その物語を見ているであろう『読者』の存在が、見えるんだよ。」 


 と続けた。 


あすか「ん、そんな訳無い、と思ってるね? ……へへっ。今も読者さんはわたし達の事を見てるんだぜ? 読者さんは……そこに居る。」 


 と言って、あすか先輩は、私の顔を指差した。 


久美子「私? ……私ですか?」 


あすか「んーん、そうじゃない。読者さんは、久美子ちゃんの目の中に居るんだ。わたしには久美子ちゃんの目の中に、小さい『宇宙人』が見えるんだ。」 


久美子「……宇宙人?」 


あすか「そう。」 

299: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:43:59.75 ID:M8lWXEdT0
久美子「……どんな宇宙人なんですか?」 


あすか「『クイクイ星人』。」 


久美子「はい? ……なんですかそれ。」 


あすか「わたしも知らない。とにかく、久美子ちゃんの目の中の小人の様に小さい『読者』を見た瞬間、わたしの頭には『クイクイ星人』という言葉が思い浮かんだんだ。きっと、この世界を作った『作者』が、わたしの頭にインプットしたんだろう。この『物語の世界』の『安っぽい設定』と共にね。因みに、二人には見えていない。……でしょ?」 


 吉川先輩と高坂さんは、無言で頷いた。 


あすか「最初に見た時にはびっくりしたんだから。久美子ちゃんの目に『変な人』が映っていて、しかも、更に近付いて良く見ると左右が逆の文章まで映っているんだから。……御札に偽造防止の為にえがかれている文字みたいな大きさだったから読むのは大変だったけど、わたしの台詞や、地の文が書かれている事は判った。」 

あすか「多分、小説みたいな形で『物語』がえがかれているんだろうね。ちょっと改行が多いのは気になったけど、『作者の世界』では、これが普通なのかも。あと、良く分かんない数字や、ランダムっぽい文字列や、年月日や時刻も見えたんだ。そこには二千十八年六月五日の、火曜日と書いてあった。この曜日は、我々の世界の曜日と一致する。」 

あすか「……というか、逆だね。作者や読者達の世界がわたし達の世界と同じなんじゃなくて、わたし達の世界が作者達の世界、詰まり『現実の世界』を元に作られているんだろうね。だから西暦による年月日と曜日が一致するんだ。……今からはわたし達の世界を『物語の世界』、それを見ている読者や作者達の世界を『現実の世界』と呼ぼうか。」 

あすか「……で、わたしはちょっと実験したんだ。久美子ちゃんの目の中にわたし達の世界、詰まり『物語の世界』を見ている『読者』が映っていて、読者の為の文章も映っているなら、この物語は誰の物語なのだろうか? そう思ったわたしは、久美子ちゃんを眠らせた。そして、意識が無い状態の久美子ちゃんの目蓋を、無理矢理抉じ開けた。」 


久美子「……え?」 


あすか「御免ね。……するとどうだろう。そこには、『読者』の姿も、文章も、全く無かったんだ。単に、目があるだけだった。だからわたしは、今度は、眠っている久美子ちゃんに夢を見せてみたんだ。そこで、詰まり『夢の世界の中』で、わたしが久美子ちゃんの目を覗き込むと、果たしてそれはあった。」 

300: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:44:29.64 ID:M8lWXEdT0
あすか「詰まりね、久美子ちゃんの意識がある時には『物語』は存在していて、『読者』も見ている。久美子ちゃんの意識が無い時には『物語』は存在していなくて、『読者』も見ていない。では、なぜ久美子ちゃんの意識が無い時には『物語』が存在しないのか。それはね、久美子ちゃんの意識が無い時には、『物語』が存在出来ないからなんだよ。」 

あすか「要するに、これは久美子ちゃんの物語なんだよ。久美子ちゃんの認識を元にえがかれる、『黄前久美子視点』の物語なんだよ。……久美子ちゃん、この世界、詰まりこの『物語の世界』の主人公は、君なんだよ。」 


久美子「……なんで私?」 


あすか「さあ、なんでだろうね。……とゆーかそれを言ったら、なんでわたしにだけ『物語』と『読者』の存在が見えるんだろうね。……いや、そうじゃないな。『見える』んじゃなくて、『見せられている』んだ。……だって、これはこの世界の『作者』が意図的に遣っている事なんだから。……そっか、じゃあなにか明確な理由がある筈なんだ。」 

あすか「……なんだろ。……なんでわたしにだけ『物語』と『読者』の存在を『見せた』んだろ。……気付いて欲しかった? フィクションだと? ……でも、こんな杜撰な設定なら遅かれ早かれ気付いていたと思うんだけどな……。見縊られた? ……それとも、早く気付いて欲しかった? あ、時間制限か。そっか、言ってなかった。」 

あすか「なんでこの『物語の世界』がもう直ぐ終わるのか、三人には根拠を言ってなかったね。……なんでそれが判るかと言うとね、……日付けの右側、詰まり読者さんから見た時に左側に、ページ数みたいな物も書いてあってね、その進行の具合からすると……。」 


 と言いながら歩いて来て、また、私の目を覗き込む。 


あすか「三四五の二九八か。……あと数十分で終わるよ。」 


久美子「数十分?」 


あすか「うん、多分。……わたしが最初にこれを見た時には三百四十五分の百七十で、物語は既に中盤だったんだ。それから一時間くらいしか経たずにこの数字だから、この『物語の世界』は今日始まって今日終わる、という事が推測出来る。……因みに、始まったのは夕方以降。多分夜だ。少なくとも昼の時点では、まだ始まってはいなかった。」 

あすか「だって、今日学校で久美子ちゃんと会った時には、まだ久美子ちゃんの目の中に『宇宙人』は居なかったもん。……詰まり、昼の時点ではまだ『物語』は存在してはいなかったのさ。……だから、証拠は無いけど、今わたし達が居るこの世界その物も、昼の時点では、まだ存在してはいなかったんだろうね。信じられないかも知れないけど。」 

301: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:44:59.76 ID:M8lWXEdT0
あすか「……というか、わたしにも信じられない。この世界が作り物だなんてね。……わたしはここに居て、息を吸って、空気を肌で感じて、世界を見ている。……時間があって、空間があって、星空が無限に広がっている。この宇宙が作り物だとは思えないね。それに、わたしの体が作り物だとも思えないし、三人が作り物だとも思えない。」 

あすか「でもフィクションだ。作り話の世界なんだ。そして、この世界を基に物語を書いている『作者』が、どこかの世界に存在しているんだ。多分、わたし達が知覚する事の出来ない、異次元の世界にね。……ねえ、なんか変な気分になってこない? 若しかしたら、わたし達が今まで何気無く読んでいた小説や漫画も、全部こうだったのかも知れない。」 

あすか「だって、小説や漫画の世界の登場人物達も、みんなわたし達と同じ様に、物語の世界の中で息をしていた筈でしょ? 物語の世界の中で、生身の体を持っていた筈でしょ? わたし達と同じ様に、登場人物達にも、物が見えて、意識があって、思考があって、感情があった筈でしょ? ……というか、そうでなければ人間とは呼べないよね?」 

あすか「そして、わたし達の世界と同じ様に、それら物語の世界の中にも、時間があって、空間があった筈でしょ? ……これも至極当然だよね? だって、時間と空間が存在しない世界では、そもそも人間は活動が出来ないもん。……詰まり、今まで読んできた小説や漫画の世界でも、我々の世界と同じ様に、宇宙空間が無限に広がっていた筈だよね?」 

あすか「でも、わたし達から見たら、それらは唯の紙だった。平面に、文字や絵が印刷されているだけだった。そこにリアルな人間なんて居ないし、時間も空間も存在してはいなかった。……当たり前だよね? だって唯の紙だもん。……でも、わたし達から見たら唯の紙だったけど、そこには、実は物語の数だけ、広大な宇宙が存在していたんだよ!」 

あすか「若干気が遠くなるね。世界に存在している小説や漫画の数だけ、異次元に宇宙空間が存在していたなんて。……いや、こうなってくるともう小説や漫画だけとは言い切れないよね。アニメも、ドラマも、映画も、実はみんなこうだったのかも知れない。紙だろうと映像だろうと、物語の裏で、新しい宇宙が異次元空間に誕生していたんだよ。」 

あすか「だって、『そうでない』と誰が否定出来る? ……若しかしたら、『単に物語を作っているだけだ。宇宙など誕生してはいない。』とか、『宇宙を誕生させるなんて制作者は神か?』と反論する人が居るかも知れない。でも、そうじゃない。それら異次元空間の『宇宙』は、制作者の意図とは関係無く、物語を作る度に勝手に誕生しているんだから。」 

あすか「だから、制作者に宇宙物理学の知識が無くたって、関係無いんだ。なぜなら、宇宙は勝手に生まれて来るんだから。同様に、地球惑星科学の知識が無くたって、関係無い。医学の知識が無くたって、関係無い。地球も、ヒトも、制作者が望めば、唯それだけで、制作者が望んだ通りに、なーんの問題も無く完璧に機能してくれるんだから。」 

あすか「だって、そうでなかったら物語の世界の中で、登場人物達が生きられないでしょう? だから、制作者が表現したい物を、表現し易い方法で表現すれば、それだけでいいんだ。表現しにくい物、表現したくない物は、表現しなくたって構わない。縦え制作者が恣意的に物語を作っても、全てが調和した完璧な世界が、勝手に存在してくれる。」 

あすか「だから、わたしもこの世界に存在している。……いや、わたしだけじゃなく、この世界その物がおかしな事だらけなのに、なんの問題も無く存在して、機能している。もお、設定のおかしさなんか、屁でもないね。……フィクション万歳! フィクションの世界よ、永遠なれ! ……と、言いたい所だけど、もう直ぐ終わるんだよねー。」 

あすか「……どーも、こればっかりはさけられそうにない。……多分、どこにも逃げられない。……わたし達が見ているこの星々も、わたし達も、この地球も、多分、宇宙ごと崩壊する。物語の終わりと共にね。……だって、物語が終わったら、存続する理由が無いもん。……勿論、ここでも異論を唱える事は出来るよ?」 

あすか「例えば、『物語の作成によって異次元に宇宙空間が生まれるけど、その後は物語が終了しても、なにも影響を受けない。』とかね。……よーするに、物語を作るとなんらかのエネルギー、物語のエネルギー? とでも言うべき物によって異次元に宇宙空間が創造されて、その後は最初に与えられたエネルギーによって宇宙が持続する、という説。」 

302: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:45:30.27 ID:M8lWXEdT0
あすか「……うん、『よーするに』と言ったのに、全然要約になってない。……詰まりだね、どんなにおかしな宇宙であろうと、始まってしまった以上は、存在し続ける、という説。……ビッグバンのあとに膨張をし続ける、我々の宇宙と同じ様な感じだね。……まあ、我々の宇宙は今日の夜に出来た筈だから、ビッグバンは無かった筈なんだけど。」 

あすか「……で、この世界はそうなるだろうか。……否。多分、ならない。だって、我々の宇宙を創造してくれたであろう『物語のエネルギー』は、多分、宇宙の創造だけではなく、修正にも使われているだろうから。でないと、こんな『でたらめな世界』は立ち所に崩壊してしまい、作者の思った通りに維持し続ける事なんて、到底出来ないだろう。」 

あすか「だから、『物語のエネルギー』が尽きたら、この宇宙は崩壊する。それがどんな惨状かは知らないけど、宇宙が崩壊するなら、その住人である我々が無事に済む筈は無い。……では、その『物語のエネルギー』は尽きるのだろうか。……尽きる。近い内に。なぜなら、『物語のエネルギー』の供給源である、物語その物が終わりを迎えるから。」 

あすか「……そして、これは実はあんまり言いたくはないんだけど、この考えを進めると、もっと大胆な説が浮上してくる。……わたしは既に、少なくとも一回以上は、宇宙ごと崩壊している。……どうしてそう思えるか。……それは、さっきわたしが久美子ちゃんの目蓋を抉じ開けた時に、『物語』も、『読者』も、存在してはいなかったから。」 

あすか「『物語』が存在していなかったなら、この世界を維持している『物語のエネルギー』もまた、存在してはいなかっただろう。ではその時、この世界はどうなっていたのか。何事も無く継続していたのだろうか。継続している中で、わたしは久美子ちゃんの目蓋を抉じ開けたのだろうか。その時の記憶が、わたしの頭の中にあるのだろうか。」 

あすか「……それとも、わたしが久美子ちゃんを眠らせた直後に、宇宙は既に崩壊していたのだろうか。目蓋を抉じ開けた『わたし』など、実はどこにも、……詰まり、この宇宙は勿論、今までに創造された、どの異次元の宇宙にも、存在してはいなかったのか。単に『目蓋を抉じ開けた』という偽の記憶だけが、わたしの頭の中にあるのだろうか。」 

あすか「……証拠は無いけど、わたしは後者だと思ってる。だって、わたし達はそれを既に経験しているから。少なくとも一回はね。わたし達は、今日までの十数年分の『贋の記憶』を創造主によって植え付けられた状態で、今日の夜、この世界に、……宇宙ごと誕生した。……だから、今日の夜からこの世界は、おかしな事だらけだ。」 

あすか「それと同じ事が二度と起こっていない、なんて保証は、どこにも無い。寧ろ、何度も繰り返されていたとしても、なんの不思議も無い。若しかしたら、五分とか十分といった、もっと短いスパンで起こっているのかも知れないし、それ処か、五秒や十秒かも知れない。宇宙の創造から終焉は、かなり限定的な、一過性の現象なのかも知れない。」 

あすか「……なんて言うと、ちょっと頭がおかしくなってきそうだよ。……ねえ、『わたし』ってなんなんだろう。と、こう考えている今のわたしも、若しかしたら五秒後には崩壊、消滅して、別の異次元の宇宙に、同じ記憶、同じ感情を持った状態で、再び創造されているのかも知れない。宇宙ごとね。……そうでないという証拠は、どこにも無い。」 

あすか「ねえ、そしたら、その異次元の宇宙って、過去なんだろうか、未来なんだろうか。実はわたしは、色々な場所に遍在しているのだろうか。……と考えると、また新しい仮説が涌いてくる。……若しかしたら、物語の世界を創造する『物語のエネルギー』は、実は物語を作った時ではなく、物語を見ている時に発生しているのではなかろうか。」 

あすか「……例えばある人が、映画を中盤から五秒間だけ再生して、停止する。発生した『物語のエネルギー』によって、宇宙がいずこかに誕生して、消える。……またある人が、小説を五行だけ読んで、閉じる。物語の世界がいずこかに誕生して、消える。……ねえ、この考えって、我々が今居る世界の仕組みと、凄くマッチしている気がしない?」 

あすか「……例えば、ある人が、家で映画を観ている最中に、十秒戻したとしよう。すると、それまで存在していた物語の世界が消滅して、十秒前の世界が、新しく誕生する。ねえ、これってどういう事なんだろう。過去が未来にあるんだろうか。でも、その同じ過去は実は過去にもあった筈だよね? 十秒戻したんだから、十秒前にもあった筈だよね?」 

303: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:45:59.85 ID:M8lWXEdT0
あすか「じゃあ、物語の世界って、いつの時間に存在しているのだろうか。いつの時間にでも存在しているのだろうか。それだけじゃない。その映画を観られるのは、一人だけじゃないよね? 世界中で大勢の人が観た筈だよね? じゃあ、物語の世界って、同時に複数存在していたのだろうか。極論すれば、どこにでも存在しているのだろうか。」 

あすか「詰まり、どんな場所にでも、どんな時間にでも、物語の世界は存在しているのだろうか。そして、それは我々の世界でも同じなのだろうか。わたしは、いや、わたし達は、『物語』を『読者』に見られる度に、夥しい数の誕生と消滅を、そうとは気付かずに、繰り返し続けているのだろうか。……多分、そうなんだろうね。」 

あすか「……ねえ、わたし達ってなんなんだろうね。なんの為に存在しているんだろう。……特にわたしは、『読者』と『物語』が見える、という変な能力と、どう考えても過剰な戦闘能力と、それらとは相反する贋の記憶を植え付けられて生み出されてしまった所為で、ずっと、この『物語の世界』と、その『終末』に就いて、考え続けている。」 

あすか「ねえ、なんで、この世界の『作者』は、こんな世界、こんなわたし達にしたんだろう。……きっと、なにか意味がある筈だよね? だから、実はそれをみんなにも考えて欲しいんだ。わたし達の『存在意義』という奴をね。……特に久美子ちゃん、君にはそれを一番真剣に考えて欲しい。だって、この『物語の世界』の主人公は、君なんだから。」 


久美子「……はあ。」 


 そう言われても、全然「主人公」の実感は無い。 
 それに、あすか先輩の今までの話を半分くらいしか理解出来なかった私が、「存在意義」とやらに気付けるのだろうか。甚だ以て疑わしい。 


あすか「ねえ、怖くない? ……わたし達って、なんの為に生まれて、なんの為に死ぬんだろう。それすらも分からないのに、終わりの時間だけは刻々と近付いてくるんだよ。……わたしは……、嫌だし、怖いね。……でも、幸い一人ではなかった。……久美子ちゃん、……麗奈ちゃん、……優子ちゃん、……その時が来たら、一緒に死のうね。」 


麗奈 「はい!」 


あすか「……ん、返事の数が足りない。……頼むよ、おねーさんをこれ以上さびしい思いにしないで?」 


久美子「はい。」 


優子 「……はい。」 

304: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:46:30.07 ID:M8lWXEdT0
あすか「うん。……じゃ、思い残す事が無い様に、今の内に家族に電話でもしとく?」 


久美子「あ、私、ケータイありません。」 


あすか「なんで。……久美子ちゃん、ケータイは携帯しとかなき――」 


久美子「気付いたら無かったんです。……ケータイがあったら助けが呼べて、噛まれなくて済んだかも知れないんですけど。」 


あすか「あー。……じゃあ助けが呼べない様に隠されたんだね。」 


久美子「え? 誰に……。」 


あすか「そんなの、この『物語の世界』の『作者』に決まってるじゃないか。……仮に警察にでも通報されたら、厄介な事になるだろうからね。……色んな意味で。……使いたいんだったらわたしのを貸すよ?」 


久美子「いえ……。」 


あすか「そっか。……じゃ、わたしから電話しよっかな。ちょっと静かにしててね。」 


 と言いながらケータイを取り出す。 


久美子「ちょっと離れたらいいんじゃないですか?」 


 私がそういうと、先輩は態と顎を引き、若干上目遣いで 

305: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:46:59.70 ID:M8lWXEdT0
あすか「やだ。さびしい。……一人にしないで?」 


 と、甘えた声を出した。 
 一瞬ぞくっとした。犯したい。 
 しかし、理性の方が強かった。私は踏み止まった。 
 私の内心を知ってか知らでか、先輩は怪しい微笑を私に投げ掛けてから、ケータイを弄り始めた。 
 危険な人だと、改めて思った。万一襲い掛かっていたとしたら、逆に私が襲われていた筈だ。或いは眠らされて、魘われていた事だろう。 
 先輩が、ケータイに向かって話し始める。 


あすか「あ、もしもし。……あのね、今から自衛隊の駐屯地に行って、司令を噛んで来るから。」 


 なんですと? 


あすか「それで、機会を見計らって総理大臣を噛んでから、ジートゥウェンティーの首脳会合で、世界の指導者達を一網打尽にするから。……うん。この惑星はわたしが支配するから。……うん。じゃあねー。」 


 そう言って、あすか先輩はケータイを顔から離した。 
 そして、私達の顔を見遣ってから、自嘲する様に小さく笑った。 


久美子「電話してませんね?」 


あすか「うん。だって、なにを話せばいいのさ。……わたしの両親だったら少し話せば理解してくれるかも知れないけど、わざわざ死の恐怖を与えて脅えさせるのも気が引けるしね。……別れの挨拶をしないんだったら、『今までありがとう。』と言うのも変だし。……というか、わたしが泣いちゃうかも知れないし。……あーあ、死にたくないなー。」 


 その時、ラインの通知音が鳴った。 

306: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:47:29.74 ID:M8lWXEdT0
あすか「お! やっとか!」 


 そう言って、あすか先輩はケータイを見始めた。 


あすか「……ふむふむ。……よし!」 


 あすか先輩はそう独り言つと、なにやら返事を送り始めた。 
 それは、とても楽しげな様子だった。今までの『くよくよ』はどこへ行ってしまったのやら。 
 ケータイをポケットに仕舞う。 


あすか「じゃ、麗奈ちゃん、タオルを一枚いいかな? ちょっと汚れるけど。」 


麗奈 「はい、御姉様。」 


 高坂さんがタオルを一枚取って、あすか先輩に渡そうとすると、彼女は、 


あすか「いや、使うのはわたしじゃないんだ。……お、来たな。……全く、タイミング良過ぎでしょ。絶対『作者』に仕組まれてる。」 


 と言って、にやつきながら、かなたへと目を遣る。 
 私もその方向を見る。 
 二人分の人影。 


久美子「……あ。」 

307: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:48:00.65 ID:M8lWXEdT0
 仲良く並んで歩いて来たのは、ミドリちゃんと葉月ちゃんだった。 


葉月 「お、あすか先輩だ。……あと久美子! ……久美子お、さっきは良くも見捨てて逃げてくれたねー。……御蔭で私、吸血鬼になっちゃったよー。」 


 と、戯けて言う。 


あすか「ナ、ナンダッテー?」 


 なぜか、あすか先輩が棒読み。 


あすか「いくんだ久美子ちゃん! 麗奈ちゃん! ここはわたしに任せて!」 


久美子「え?」 


葉月 「おや、いいんですか? 今の私は不死身の吸血鬼。力があふれて来るんですよー? 普段の私とは一味も二味も違うんですよ?」 


あすか「さあ二人共! 早くいくんだ!」 


久美子「いや、でも……。」 


あすか「いいから!」 


 良くない。このままだと葉月ちゃんが殺される。 

308: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:48:30.25 ID:M8lWXEdT0
葉月 「ふっふっふー♪」 


麗奈 「さあ、いきましょう。」 


久美子「あ……。」 


 高坂さんに促されたので、仕方無く、私も歩き始めた。 


あすか「走れ!」 


 仕方無く、走り始めた。 


久美子(ああ……。) 


 さよなら葉月ちゃん、君の事はとわに忘れないよ……。 
          * 


麗奈 「あったわ。」 


 走っていた高坂さんはそう言うと、立ち止まった。 
 私も立ち止まると、高坂さんは私に教える様に、指を指した。 
 その先を見遣る。 
 水道の蛇口だった。 

309: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:48:59.73 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「いきましょう。」 


久美子「え、いくって……。」 


麗奈 「御姉様からの指示よ。太股にこびりついた血を洗いなさいって。」 


久美子「あ……。」 


 そういう事か。 
 高坂さんの後ろに付いて、水道に向かって歩く。 


久美子「その『指示』って、テレパシーで?」 


麗奈 「ええ。」 


久美子「そっか。……でも、それ勝手に使っちゃっていいのかな?」 


麗奈 「いいでしょ。御姉様が洗えって言ったんだから。」 


久美子「……え?」 


 どういう理屈だ。 
 水道にゆき着いた高坂さんが、蛇口の取っ手を捻る。 

310: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:49:29.76 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「さあ洗って。タオルもあるわ。」 


久美子「ああ。」 


 その為のタオルだったのか。 
 水はじゃあじゃあと流れていた。もう後戻りは出来ない。 


久美子「じゃあ……。」 


 いいのかな? と思いつつ、不請不請、手に水を付けた。 
          * 
 洗っていると、出し抜けに、 


麗奈 「久美子、マーライオンだわ。」 


 と声を掛けられた。 


久美子「……え?」 


麗奈 「マーライオン。シンガポールにある、石像みたいな奴。」 


久美子(石像……。) 

久美子「……ああ、あれね。……ピラミッドの横にある。」 

311: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:49:59.75 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「それはスフィンクスよ! ……マーライオンよ。口から水を吐いてる奴。」 


久美子「ああ、そっちか。」 


 ようやく頭の中に、白くて水を吐いている像が浮かんだ。 


久美子「……で、それがどうしたの?」 


麗奈 「うん、吸血鬼の不死身の体なら、さっきみたいに小腸を切って蛇口に繋いで水を注いでも、死なないわよね。」 


久美子「うん。」 


麗奈 「その状態で水圧を最大にしたら、マーライオンみたいに、口から水が勢い良く出るんじゃないかしら。」 


久美子「……うん。」 


 高坂さんがそう言うなら、そうなんだろう。 
 だからどうしたと言うのか。 


麗奈 「久美子。」 


 高坂さんが、目をきらきらと輝かせながらこっちを見て来る。 
 はっとした。 


久美子「……あ! 遣らないよ? 絶対遣らないからね?」 

312: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:50:29.73 ID:M8lWXEdT0
          * 
 洗い終わってタオルで拭くと、 


麗奈 「じゃあいきましょう。もう一つ指示があるの。」 


 と言われ、来た方向とは反対側に、更に導かれた。 
 歩いていると、進む先に突然人が現れ、 


香織 「あれー? 歯形が付いてるー。今度は誰に噛まれたのかなー?」 


 と、態とらしく声を出して来た。 
 それは、良く知った顔だった。そして、背中に誰かをおぶっていた。 


麗奈 「香織先輩……。」 


 高坂さんの声と表情に、警戒がにじみ出ていた。しかも、香織先輩の発言は……。 
 更に、物陰からもう一人、歩いて出て来る。 


遥香 「あすかの言ってた『御使い』ってこれの事ね。」 


 小笠原先輩だった。彼女も、誰かをおぶっていた。 


香織 「そっか。じゃあ働いて貰おっか。……ね? 吸血鬼の高坂さん。」 

313: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:50:59.75 ID:M8lWXEdT0
麗奈 「さっきはよくも……。」 


香織 「んー? なーんか反抗的ー。……遥香。」 


遥香 「しょうがない。……ってゆーかさっさとなんとかしなさいよ。服務規程違反よ?」 


 そう言いながら、小笠原先輩は背中に誰かをおぶったまま、右手を首に遣り、なにかを―― 


久美子「あっ!」 


 目が回る。体が強張る。 
 十字架は嫌い。わたしはバンパイア。 
 次の瞬間―― 


久美子「お。」 


 体に衝撃が走り、思わず声が出る。 
 浮遊感。 
 そして、衝撃。 
 数秒経ってから気付いた。私は、蹴られて地面に引っ繰り返り、天を仰いでいたのだった。 
 その視界に、小笠原先輩が現れ、 


遥香 「じゃ、黄前さん、この子運んで貰える?」 


 と言った。 
 そこでようやく顔が見え、小笠原先輩が誰をせおっているのかが判った。夏紀先輩だった。 

314: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:51:29.71 ID:M8lWXEdT0
          * 
 二人の吸血鬼ハンターは、私達に、気絶している二年生二人を、あすか先輩達の居る場所まで運ばせた。 
 あすか先輩は、案の定、葉月ちゃんの首を手にしていた。 


香織 「あすかー、久し振りー。噛んでー♪」 


あすか「噛まないよー? 久し振りって言ってもまだ一時間数十分しか経ってないよ。……や、御疲れ。」 


 先輩は、私達の顔を見ると、労いの言葉を掛けた。 


遥香 「御楽しみだったみたいね。」 


あすか「ん、ちょっとね。……じゃーサファイヤ川島、カトちゃんの手足をくっつけて上げな。」 


 あすか先輩の脇に佇んでいたミドリちゃんが、文句も言わずに働き始める。良く見ると、シートの上には葉月ちゃんのばらばら死体があった。 


麗奈 「あの、御姉様……、二人共、……知ってたんですか?」 


 高坂さんは、なにかにショックを受けていた。 


香織 「そーだよー? 私達の方がずっと付き合い長いんだから。……我慢して損した? せっかく黙ってたのにねー♪」 


麗奈 「ぐう……。」 


 今度は、謎の理由で怒っていた。但し、怒りの対象ははっきりしている様に思われた。 

315: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:51:59.81 ID:M8lWXEdT0
あすか「ああ、もういいよ。あとはわたしが遣るから。下がって。」 


 ミドリちゃんが身を退くと、葉月ちゃんの首無し死体が不気味に浮き上がり、あすか先輩の側に移動した。 
 先輩はふわりと浮き上がると、葉月ちゃんの平らな肩の上に首を置き、何事も無かったかの様に、元の位置に着地した。 


あすか「じゃー二人をシートの上に寝かせようか。……所で、先に気絶から回復するのは夏紀かな?」 


遥香 「え? 先に人間に戻したのは中川さんの方だったから、多分そうだと思うけど……。」 


あすか「そっか、やっぱりか。……麗奈ちゃん、御出で。」 


麗奈 「はい。」 


遥香 「……なんで分かったの?」 


あすか「ん? まあ、久美子ちゃんがヒロインだからね。」 


遥香 「はい? ……所であすか、なんか処分対象が増えてるんだけど……。」 


香織 「そうそう、優子ちゃんもまた吸血鬼に戻ってるし。せっかく私が人間に戻して上げたのに。……ねえ?」 


優子 「え……、なんで分かったんですか……。」 

316: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:52:29.81 ID:M8lWXEdT0
あすか「そりゃ、優子ちゃんが香織を見ておどおどしているからだよ。誰だって、さっきの記憶が戻っていると気付くさ。……次、久美子ちゃん。」 


香織 「うん。……大丈夫、さっきはびっくりしたよね? 怖い記憶は全部私が消して上げる。御出で?」 


麗奈 「優子、行っちゃ駄目よ。」 


香織 「あー、今度の御主人様は高坂さんだったんだねー。……優子ちゃん、私と高坂さん、どっちが好き?」 


優子 「え……、それは……。」 


麗奈 「考えないの。そこは即答しなさい。」 


優子 「はい、麗奈様……。」 


久美子「うーん!」 


 伸びをする。ようやく肩の荷が下りた。 
 ふと葉月ちゃんの顔を見ると、首を動かしてこちらを見詰め返して来る。もう体は全て治っているみたいだった。 


久美子「あの、御姉様、葉月ちゃん……。」 


あすか「ああ、そうだね。ほら。」 


 空中で直立していた葉月ちゃんの体が、すとんと地面に落ちる。 

317: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:52:59.76 ID:M8lWXEdT0
久美子「ねえ、大丈夫?」 


葉月 「……。」 


 しかし、返事は無かった。その場に立ったまま、猜疑と怒りが入り交じった様な表情で首を小さく動かし、私を見たり、周りに目を遣っていた。 


あすか「楽しかったねカトちゃん。また遊ぼうね。」 


 葉月ちゃんの視線が、あすか先輩に釘付けになる。 


あすか「……それとも、今遊ぶ?」 


 釘付けのまま、表情が恐怖と絶望に変わってゆく。 


あすか「……今遊ぼっか♪」 


遥香 「こらこら、あんまり苛めないの。」 


あすか「えー? 苛めてないよ。カトちゃんだってあんなに遊びたそーな顔をしているじゃないか。」 


遥香 「……あれが『遊びたそーな顔』?」 

318: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:53:29.74 ID:M8lWXEdT0
あすか「そーだよ。わたしの事が嫌だったらとっくに居なくなっている筈だよ。……でしょ?」 


 あすか先輩が、葉月ちゃんに呼び掛ける。 
 しかし、最前より葉月ちゃんは、蛇に見込まれた蛙の如く、唯じっと立っているのみだった。その行いに好悪の感情が関係していない事は、誰の目から見ても明らかだった。 


あすか「……ま、居なくなったらなったで、代わりにマスターをばらして遊ぶけど。ねえ?」 


 そう言って、あすか先輩はミドリちゃんを引き寄せた。えげつなっ。 


遥香 「あー、そーゆー主従関係か。」 


あすか「ほおら。」 


 あすか先輩が、ミドリちゃんを後ろから抱き締める。 


あすか「ね? カトちゃん、……わたしの事、……嫌いじゃないよね?」 


 ミドリちゃんの体を、両手で撫で回しながら訊く。 


あすか「ねえ返事は? ……嫌いじゃないよね?」 


葉月 「……はい。」 


 葉月ちゃんの声は、若干上擦っていた。 

319: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:53:59.73 ID:M8lWXEdT0
あすか「じゃあ、こっちへ御出で?」 


 葉月ちゃんが、ゆっくりと歩き始める。 
 私には、その様子を黙って見ている事しか出来なかった。御免、葉月ちゃん……。 
 二人の手前で、葉月ちゃんが立ち止まる。 
 すると、あすか先輩は、笑みを浮かべながら人質の体を解放し、葉月ちゃんに向かって 


あすか「よしよし。」 


 と言ってから、おもむろに振り返った。 
 ミドリちゃんも、若干振り向く。 


あすか「ねえ、夏紀を『処分』したのって、正確には何分くらい前だった?」 


 すると、その発言を待っていたかの様に、ミドリちゃんがこちらに振り向き、口に左手の人差指を当てる。 
 「しー。」と音は出さないが、葉月ちゃんや私に対して、発言をしない様に促す仕種だった。 


遥香 「何分って言われても……。」 


 ミドリちゃんが葉月ちゃんの手を取り、こっそりと、歩き始める。 


遥香 「……ん?」 


 小笠原先輩も気付いた様だった。 
 しかし、あすか先輩は、振り返らない。 
 二人が駆け出す。 
 誰も追い掛けない。 

320: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:54:29.84 ID:M8lWXEdT0
遥香 「……あーあ。……ほんっと鬼畜ね。」 


香織 「そおかな? 私だったら大歓迎だよ? ……どおかな?」 


 香織先輩が科を作って水を向けるが、あすか先輩は黙ったままだった。 
 状況がさっぱり分からん。誰か説明してくれ。 
 あすか先輩が、こちらに振り返る。 


久美子(!) 


 彼女の嗜虐的な表情を目にして、ようやく、はたと気付いた。見す見す見逃した責任を、追及されるかも知れない。 


久美子「あの……、逃げちゃいました……。」 


あすか「んーん、逃げちゃったんじゃなくて、わたしがカトちゃんを連れてこっそり走り去る様に、事前にテレパシーで命令しておいたんだよ。だから、ぜーんぶ指示通り。」 


麗奈 「……やっぱり御姉様が噛んでたんですね。」 


 高坂さんが、非難がましくぽつりと漏らす。 


あすか「うん。……麗奈ちゃんを噛んだ時には、まだ噛んでなかったけどね。」 


麗奈 「分かってますよ……。」 


 高坂さんは、明らかに不機嫌だった。 

321: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:54:59.80 ID:M8lWXEdT0
あすか「じゃ、いこっかな。」 


 そう言ったあすか先輩の体が、緩やかに上昇してゆく。 
 空中で止まり、体の向きを変え、 


あすか「あっちに居る。」 


 指差したのは、逃げ去って行ったのとは全く別の方向だった。 


あすか「じゃあ行ってくるね。三十秒で戻るよ。」 


 次の瞬間、びゅう! という音と共に、あすか先輩は消えた。注視していたのに、わたしの目には残像すら残らなかった。 
          * 
 無防備な夏紀先輩の寝顔が、なんともいとおしい。 
 悪戯したい、と思いながら眺めていると、 


香織 「あ、帰って来た♪」 


 と声がした。 
 顔を上げる。どこだ。 


あすか「ただいまー。」 


 後ろだった。振り向く。 
 いつの間にか、あすか先輩が立っていた。 
 両脇に、葉月ちゃんとミドリちゃんを抱えている。 

322: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:55:29.75 ID:M8lWXEdT0
あすか「もー動いていいよん。」 


 その言葉と共に、二人がおもむろに体を動かし始め、ぎごちなく着地する。 


あすか「また遊ぼうね。……次は『かくれんぼ』じゃなくて『鬼ごっこ』をしよう。……全力で逃げてね♪」 


 あすか先輩は、そう言って葉月ちゃんを更に脅えさせてから、わたし達の方に向かって、歩き始めた。 
 哀れな葉月ちゃんは、その場に立ち尽くすのみだった。 
 逃げる事も出来ない。隠れる事も出来ない。況して、戦うなんて以ての外。しかも、恐らくミドリちゃんは、あすか先輩に口止めされていて、なにも話して遣る事が出来ないのだ。 
 代わりに私が慰めにいこうか。 
 しかし、そう思った矢先―― 


夏紀 「ん?」 


久美子「ん? ……あ。」 


 夏紀先輩が、目を覚ました。 


久美子「御姉様! 夏紀先輩が起きました!」 


あすか「おー、そうか。」 


夏紀 「なにこれ……。」 


遥香 「ん? 予想より大分早い……。」 

323: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:55:59.77 ID:M8lWXEdT0
あすか「いーじゃん、一杯居た方がゲームは盛り上がるよ?」 


久美子「ゲーム?」 


あすか「そう。吸血鬼ハンター対、吸血鬼のね。……やあ、夏紀、気分は?」 


遥香 「別にそんな遊びに付き合う気は全然無いんだけど。」 


夏紀 「あ、あすか先輩、これは……。」 


香織 「えー? じゃあなんで来たの?」 


あすか「ん、だいじょーぶ。じっとしてな。」 


遥香 「……私は、香織がいくならいくわよ。相棒だし。」 


夏紀 「その、私、なにがなんだか……。」 


香織 「またまたあ。ほんとは遥香もあすかの事好きなんでしょ? 正直に言っちゃいなよー。」 


あすか「平気、直ぐに思い出させて上げるよ?」 


遥香 「正直にって……こらそこ! ……おっ。」 

324: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:56:29.78 ID:M8lWXEdT0
 その時、突如として小笠原先輩がこちらに向かって突進し、見えないなにかにぶつかった。 


遥香 「このお!」 


 小笠原先輩が、見えない「なにか」を全力で押す。 


夏紀 「な……。」 


遥香 「ううー!」 


あすか「お? 結構力が増したんじゃない?」 


 あすか先輩はそう言ったが、見えない「なにか」を押す小笠原先輩の体は、全く前進してはいなかった。 


遥香 「このっ! このっ! このっ! あっ!」 


 小笠原先輩が見えない「なにか」に三度体当たりした所で、体を「手」にでも握られたのか、全く動けなくなった。 


あすか「まあ落ち着きなよ。そこで吸血鬼が増える様を、じっくり見てるんだ。特等席だよ?」 


 あすか先輩の顔には、若干嗜虐的な笑みが浮かんでいた。 
 逆に、小笠原先輩は、苦虫を噛み潰した様な顔だった。 

325: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:56:59.87 ID:M8lWXEdT0
あすか「じゃ、思い出そっか。」 


夏紀 「え、思い出すってなにを……。」 


 夏紀先輩が(略)。 
          * 


あすか「おはよう、夏紀。」 


夏紀 「あ……、御姉様……。」 


 夏紀先輩が、意識を回復した。言われなくても最初から「御姉様」と呼んでいる辺り、前の主人もあすか先輩だったのかも知れない。 


あすか「全く、どうしてあんなに離れたんだい? 歯形祭りのルールを忘れたの?」 


久美子(ん?) 


夏紀 「あ……、御許し下さい御姉様。逃げるのに必死で、つい……。」 


あすか「全くだよ。あの二人が一時間近くも掛かるんだから。」 


久美子「御姉様、今『はがた』って言いませんでした?」 

326: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:57:29.86 ID:M8lWXEdT0
あすか「そうだよ。県祭りの夜に吸血鬼が歯形を付ける! 詰まり、歯形祭り!」 


香織 「んー、そのセンスはどうかと思うよ?」 


遥香 「うん。」 


 全くだ。「チュパカブラ」で「大きなカブ」くらい酷い。 


あすか「えー? ……ま、とにかく遣ろうよ。……第一回歯形祭りのフィナーレ、吸血鬼対吸血鬼ハンターのバトル!」 


遥香 「余程気に入ってるみたいね。……所で、加部さんは?」 


あすか「ああ、多分起きないよ。もう直ぐ物語の終わりだし。」 


遥香 「……はい?」 


あすか「久美子ちゃん、御出で。」 


久美子「はい。」 


 いつもの。 


あすか「んー、三四五の三二四か。今回はあんまり進んでないね。……でも、そろそろだね。」 

327: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:57:59.83 ID:M8lWXEdT0
久美子「はい……。」 


 終わりが来たらどうなるんだろう。 


遥香 「……え? 今のなに?」 


香織 「……さあ? ……黄前さんを拷問してみたら、なにか判るかも。」 


 不吉な単語が聴こえてしまった。目を合わせない様にしよう……。 


あすか「で、ルールは? なにをされたら負けにする? ボディーに一撃を食らったり押さえ込まれたらでいい? ……あ、勿論わたしは筋力強化以外に呪力は使わないよ?」 


遥香 「は? 舐めんじゃないわよ。いいから全力で来なさいよ。じゃないと真性に対する実践的な訓練にならないでしょう?」 


 さっき手も足も出なかったのに、偉く血気盛んだった。それぐらいじゃないと吸血鬼ハンターは務まらないのかも知れない。 


あすか「じゃあ遥香はそれでいいね。香織は?」 


香織 「噛まれたら負け♪」 


あすか「却下。」 

328: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:58:29.86 ID:M8lWXEdT0
香織 「えー? 噛んでよお。」 


 こっちはこっちで真性吸血鬼にめろめろだった。なんでこんな人に吸血鬼ハンターが務まっているのだろうか。 


あすか「じゃあ、遥香はルール無用で、香織は素手の格闘でいいね。……十字架は?」 


遥香 「こんな雑魚共には必要無い。」 


あすか「使った方が実践的じゃないの?」 


遥香 「うるさい黙れ。」 


あすか「まあ、前にそれで失敗してるしね。……で、ルールは決まった。チームは人間上がりの……いち、にい、さん、しい、ごお、六人と、ハンター二人の二チームでいいよね?」 


久美子「あの、」 


遥香 「え、あすかは?」 


あすか・久美子・遥香「……。」 


 殆ど同時の発音だったが、若干私の方が早かった。 

329: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:58:59.81 ID:M8lWXEdT0
あすか「……なんだね? 久美子ちゃん。」 


 よし。 


久美子「……なんで私まで?」 


あすか「えー? 遣りたくないの? ……戦闘だよ? 徒手空拳の格闘だよ? ……どお? 吸血鬼の血が騒いでこない?」 


久美子「……いえ、全然。」 


あすか「んー? そんな事は無いでしょ。だって、人間上がりは兵隊として戦う為に、心と体が攻撃的になってる筈だもん。……自覚無いの?」 


久美子「いや……?」 


 首を傾げる。 
 他の人はいざ知らず、私はそれ程攻撃的にはなっていないと思う。 


あすか「で、わたしがなに?」 


遥香 「あすかは遣らないの?」 


あすか「勝った方と戦う。それとも、一対八で戦う? わたしは別にそれでもいいけど。」 

330: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:59:29.78 ID:M8lWXEdT0
遥香 「良くない。二対六で遣ったあとに、二対一で遣る。」 


 だからなんで私まで……。 
 それに、葉月ちゃんが戦えるとは思えない。 


あすか「そっか、じゃあ決まりだね。……という訳だ。みんな聞いたね? 十字架を心配する必要は無い。一気に突っ込んじゃいな。ばらけてると各個撃破されるよ? じゃあ、時間も無い事だしさっさと始めようか。レディー……ゴー!」 


麗奈 「やっ!」 


 高坂さんが、一気に駆け出す。 


香織 「はっ! 甘い! てやっ!」 


 相手は香織先輩だった。 


あすか・久美子・緑輝・夏紀・葉月・遥香・優子「……。」 


 そして、他は誰も動かなかった。 


遥香 「……いくわよ。」 


 一瞬で距離を詰め、吉川先輩を沈める。 

331: 名無しさん 2018/06/06(水) 23:59:59.62 ID:M8lWXEdT0
遥香 「ぼさっとすんな!」 


久美子「ひっ。」 


 次は私だった。 
 顎に、一撃。 
 体の自由が利かない。 


夏紀 「おごっ。」 


 側に居た夏紀先輩の声。 
 私の体が倒れる。 


緑輝 「あっ、葉月ちゃんは駄目え! ……げっ。」 


葉月 「緑っ!」 


遥香 「ああ?」 


葉月 「ひっ。」 


遥香 「ふんっ、臆病者め。……あすかあー!」 

332: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:00:29.77 ID:ScalZ/xB0
香織 「いくよっ!」 


あすか「ははっ。やっぱりそう来た!」 


遥香 「速い! 不味い!」 


あすか「そら♪」 


遥香 「ぐっ。」 


あすか「ほら、……御出で?」 


香織 「……てやっ!」 


あすか「ははっ。……ほらっ。ほらっ。……そりゃっ! つっかまえたー♪」 


 体を起こす。 
 そして周りを見る。全てが終わっていた。 
 人間上がりの『雑魚共』は全員地面に転がっていて、小笠原先輩は、案の定「手」に体を掴まれたと思しき状態で、足が若干地面から浮いていた。香織先輩は、あすか先輩に、正面から体を抱き締められていた。腕が全く使えない状態だった。 


あすか「一応、これで勝負ありなのかな。」 


香織 「ええ。」 

333: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:00:59.95 ID:ScalZ/xB0
遥香 「……完敗ね。」 


香織 「うん。……去なすだけで、殴ろうともしなかったね。」 


あすか「そりゃ、こんな可愛い子を殴るなんて、振りでも出来ないさ。」 


香織 「まあ、紳士。」 


あすか「まあね。……遥香は――」 


香織 「ん。」 


 あすか先輩が言い掛けた所で、香織先輩がその唇に、軽く口付けを交わした。 
 先輩の動きが止まる。 


あすか「……わ、わたしの初めて。」 


久美子「え?」 


香織 「んー。」 


 香織先輩は、躊躇わずに二発目を繰り出した。 

334: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:01:29.87 ID:ScalZ/xB0
香織 「ん……、あ……。」 


 しかも、今度はディープキスだった。 


香織 「ん……、んー……。」 


 あすか先輩は相当ショックが大きかったのか、されるがままになっている。 
 なんという攻撃。さすが吸血鬼ハンター。 


香織 「ん……、ん?」 


 香織先輩を拘束していた、腕の力が緩む。戦意喪失か。 


香織 「あは♪」 


あすか「ん……、ん……、んあ……。」 


 いや、そうではなかった。あすか先輩の応戦が、既に始まっていたのだった。彼女の両腕が、ゆっくりと上昇してゆき、 


あすか「ん……、あはあ……。」 


 両手が、香織先輩の頭部を、優しくつつむ。 
 そうして、一気に貪り始める。 

335: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:01:59.75 ID:ScalZ/xB0
あすか「んー……、んー……、かおい……、んー……。」 


 猛攻。 
 なんだ、やはり吸血鬼ハンターよりも、真性吸血鬼の方が強かったのだ。 
 香織先輩は、防戦一方だった。 
 というより、攻撃されるのを楽しんでいる様に見えた。 


あすか「あはあ……、はあ……、はあ……。」 


 吹部のマドンナの唇を堪能したあすか先輩が、唇を離す。 


あすか「……香織、結婚しよ?」 


 そして、プロポーズ……って、なんで? 


香織 「……はい。」 


 しかも、婚約が成立。 
 ファーストキスから一分くらいしか経っていないというのに、二人は婚約してしまった。いいのか? そんなに簡単に決めてしまって。……本当にいいのか? 
 などと思いながら見ていると、不意に、体がふわりと浮きあがる様な、妙な感覚に襲われた。 


久美子「え?」 


 どんどん、体が軽くなっている。 

336: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:02:30.16 ID:ScalZ/xB0
久美子「なにこれ、御姉様が?」 


あすか「いや、わたしはなにもしてない。」 


 直後、完全な闇が訪れる。 


久美子「え、今度はなんですか!」 


あすか「あ、そうか! 始まったんだ! 世界の『崩壊』が始まったんだ! 『物語の世界』の、終わりが来たんだよ!」 


久美子「え! ……あ。」 


 遂に、私の足が、地面から浮き上がってしまう。 


遥香 「なに! どういう事なの! あすか!」 


あすか「説明している暇は無い! 全員ケータイを出して! 明かりで位置を確認するから!」 


久美子「ちょっ! ケータイありません!」 


あすか「そーだった! ……ん? なんだこれ!」 


遥香 「どーしたの!」 

337: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:02:59.75 ID:ScalZ/xB0
 しかし、あすか先輩の返事は無い。 
 近くが光る。 
 夏紀先輩だった。 


夏紀 「お、圏外だ。」 


 どうやら基地局は「崩壊」してしまったらしい。 
 直後に、高坂さんと吉川先輩も、立て続けに暗闇の中に浮かび上がった。ケータイの画面程度の明るさでも、完全な暗闇の中では、かなり明るく感じられた。しかし、彼女達が辺りを照らし出してくれても、香織先輩とあすか先輩の姿は、どこにも見出せなかった。二人は、どこかへと消えてしまっていた。 


あすか「駄目だ、居ない! 人が居ない! わたし達以外に、一人も人が居ない! なにも感じないよ!」 


 声は、上の方からだった。 


遥香 「なんですって?」 


あすか「取り敢えず、香織を頼むよ。一緒に居て。」 


 今度は後ろの方からだった。あちこち飛び回っているらしい。忙しい人だ。 


あすか「しまった! 居ない!」 


 また上からだった。 


遥香 「え、今度はなに!」 

338: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:03:29.83 ID:ScalZ/xB0
あすか「……サファイヤ川島だ! サファイヤ川島とカトちゃんが、もうこの世界のどこにも居ない! 消えちゃった!」 


 なんだって? 
 それまで二人が居た方向に、目を向ける。 
 直後、視界の中に、あすか先輩が下りて来る。 
 先輩がケータイの光を向けると、そこには地面と、地面の「ふち」があった。そこから上は、完全なる闇だった。 


あすか「やっぱりそうだ!」 


 なにかに気付いたらしい。 
 直ぐ様、こちらへ向かって飛んでくる。 


あすか「タオル一枚貰うよっ!」 


 その言葉と共に、踵を返す。 
 今度は地面摩れ摩れを、割合ゆっくりと進んでゆく。 
 程無く、そのままの高さで静止し、 


あすか「そらっ!」 


 タオルを振る。 


あすか「……やっぱり!」 


 なにかに納得したあすか先輩が、今度は、私達の頭上に素早く遣って来て、止まる。 

339: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:03:59.99 ID:ScalZ/xB0
あすか「いくよ……!」 


 なにかを始めたらしい。 


香織 「遥香、あれ!」 


遥香 「……え、ちょっと! なに遣ってんの! あすかー!」 


あすか「見れば分かるでしょ! 石畳を融かしてるのさ!」 


遥香 「だからなんで!」 


あすか「見てれば分かる! 一番遠い溶岩にだけ注目してて! 今度はこっち!」 


 その言葉の直後、私の前方の石畳が、部分的に、明々と光った。十メートルくらい先だろうか。 
 更に、一メートルずつくらいの間隔をあけて、石畳の上に、赤い「飛び石」が次々と形成されていった。それは丸で、見えないなにかが、一歩一歩進んでいるかの様だった。仮に、透明なゾウが蓄光塗料を踏んだ状態で真っ直ぐに歩いて行ったなら、こんな感じの足跡が、残されてゆくのかも知れない。 


あすか「ここまでかな。」 


 その言葉と共に、ゾウの歩みが止まる。 


あすか「四人共、良く見ていて御覧。一番遠くの部分だ。」 


 言われなくても、みんな既に目を注いでいた。 

340: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:04:29.84 ID:ScalZ/xB0
麗奈 「あ。」 


 私より前方の空中を漂っていた高坂さんが、声を上げる。 
 間も無く、私にも分かった。立ち止まったゾウの前足が、爪先側から消えていたのだった。 
 軈て、その溶岩は、完全に消え去った。 


あすか「みんな見えたね? 真っ黒い闇が、ちょっとずつこの世界を侵食している。しかも、あの『闇』に触れた物質は、この世界から消滅してしまうんだ。……それは、さっき麗奈ちゃんのタオルを使って確かめたから、間違い無い。……御免、麗奈ちゃん。タオルが一枚、少し短くなっちゃった。」 


 こんな時にタオルの話か。 


あすか「あの『闇』が、地球の殆どの物質を、あっという間に消し去ってしまったらしい。だから重力が存在しない。……というか、多分物質だけではなく、時間と空間も消滅している。あの『闇』の向こうには、もう我々の知っている宇宙は存在してはいないだろう。……あと、上から石畳を見ていて、確認出来た事が一つある。」 

あすか「実は、一直線に伸びた石畳の、『闇』に触れている両端の部分から、最も遠い場所に……、久美子ちゃんが居る。……多分、主人公だから、特別扱いされているんだ。だから、今から久美子ちゃんの周りに、全員を集める。以上! ……香織と遥香と夏紀には意味不明だろうけど、質問は認めない。」 


 あすか先輩はそう捲し立てると、ハンター二人の方へと飛んだ。 


あすか「んー! 御免ね、香織、さびしかった? 二度と離さないよ?」 


香織 「うん、あすか、愛してる……。」 


 そういえば、あすか先輩にはフィアンセが居たのだった。 

341: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:04:59.92 ID:ScalZ/xB0
遥香 「いや、抱き付いてないで、早くなんとかしなさいよ。自由に動けるのはあすかだけなんだから。」 


あすか「分かってるって。……ほら、優子ちゃんを捕まえな。」 


 その台詞を聞いて顔を前に戻すと、高坂さんの体が吉川先輩の近くにあって、二人が御互いの手を掴む場面だった。両者共に、手にケータイを持っていたので、少し遣りにくそうだった。 


あすか「よし。次は夏紀だ。」 


 二人の体が、夏紀先輩に向かって動いてゆく。 


あすか「夏紀、優子ちゃんを掴め!」 


 夏紀先輩が、吉川先輩の腰に、手を伸ばす。 


あすか「よし! いいぞ! ……しっかり掴んで、絶対離すな?」 


 夏紀先輩は、吉川先輩の腰回りに、きつく抱き付いた。 
 その上で、あすか先輩の方へ、顔を向ける。 


夏紀 「御姉様、早く! 近くまで来てます!」 


遥香 「そーよ。さっさと終わらせなさいよ。」 

342: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:05:29.80 ID:ScalZ/xB0
 振り向いた。 
 確かに、世界を終わらせる「闇」が、かなり側まで、迫っていた。 
 悠長に頭上で長話なんかしているから、こうなるのだ。 


あすか「だいじょーぶ! 『闇』の進行はどんどんペースが落ちてるから。だから地球の殆どは最初の数秒で消滅しちゃったのに、わたし達は今でも生きてる。……多分、久美子ちゃんに近付けば近付く程、なにか抵抗する力が強くなるのかも知れないね。このペースなら……、ここまで来るのにあと十秒は掛かるよ。わたしなら余裕で――」 


久美子(!) 


夏紀 「あっ!」 


 それは死亡フラグです! と警告する間も無く、あすか先輩がこちらに顔を戻した直後に、「闇」が一気に侵食し、三人はこの世から消え去った。 
 なんという事だ。 


麗奈 「不味いわね……。」 


 全くだ。あすか先輩はこの中で、一番消えてはいけない存在だった。 


麗奈 「ねえ優子、手を離して。」 


優子 「え?」 


麗奈 「早く!」 


優子 「あ、はい……。」 

343: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:05:59.89 ID:ScalZ/xB0
 吉川先輩が手を離すと、高坂さんが、吉川先輩の体を掴む。 


麗奈 「出来るだけ動かないで。」 


優子 「はい……。」 


久美子(え? あれってまさか……。) 


 次の瞬間、高坂さんは、吉川先輩の上半身を両手で押して、その体から離れた。 
 高坂さんの体が、こちらへ向かって来る。 


優子 「……え? ……え?」 


 吉川先輩は、信じられない、といった表情だった。しかも、押された所為で、ゆっくり回転しながら移動していた。 
 高坂さんが、わたしに抱き付く。 
 私の体もまた、ゆっくりと二人から離れ始めた。 


久美子「ちょっと! 酷くない?」 


麗奈 「なに言ってんの久美子。その為の眷族じゃない。」 


久美子「そーだけど! ……でも、夏紀先輩は……。」 


麗奈 「大丈夫。彼女も、優子を踏み台にすればこっちに来られるわ。」 

344: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:06:29.81 ID:ScalZ/xB0
優子 「ちょっと! 夏紀もその積もりなの?」 


麗奈 「さあ、手遅れになる前に、早く。」 


夏紀 「……いや、私はいかないよ。友達を死なせてまで生きようとは思わないし。しかも、既に結構離れてしまって、成功するとも限らないし。更に言えば、成功してもどっち道、この世界では生きられないでしょ。……それに、さっきあすか先輩に『絶対離すな』って言われたしね。……私は優子と死ぬ事にするよ。」 


優子 「夏紀……。」 


夏紀 「優子……。」 


優子 「あー! やだー! なんで夏紀なのー! 香織先輩か麗奈様と一緒が良かったー!」 


 せっかくの夏紀先輩の覚悟が、台無しだった。 


麗奈 「優子!」 


 高坂さんが一喝。 


優子 「はい……。」 


麗奈 「見苦しいわ、優子。静かに死になさい。」 


優子 「麗奈様……。」 

345: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:06:59.83 ID:ScalZ/xB0
麗奈 「大丈夫、どうせ私も直ぐに死ぬわ。……あの世で一緒にトランペットを吹きましょう。」 


優子 「……はい!」 


 その直後だった。 


夏紀 「あ……。」 


優子 「え? あ……。」 


 二人の姿が、「闇」のかなたへと消えていった。 


久美子「……二人だけになっちゃったね。」 


麗奈 「いいえ、多分まだ三人よ。……直に二人だけになるでしょうけど。」 


久美子「……ああ。」 


 そういえば、トランペットの先輩がもう一人居たのだった。 
 彼女は、目覚めずに死んでゆくのだろうか。それとも、目覚めてから死んでゆくのだろうか。仮に体が普通の人間に戻っているのだとしたら、前者の方が幸いであろう。 
 ならば、彼女の悲鳴が聴こえて来ない事を祈ろう。若しも苦痛を感じる為だけにここに存在しているのだとしたら、それはあまりにも悲しい。 
 そう思って、はたと気付いた。 

346: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:07:29.72 ID:ScalZ/xB0
久美子「ねえ、結局、私達の『存在意義』ってなんだったんだろうね。」 


麗奈 「ああ、あの、久美子が主人公だから、っていう?」 


久美子「うん。」 


麗奈 「まあ、確かに、こんな状況でもまだ生きているんだから、というか、生かされ続けているんだから、久美子にはまだなにか特別な理由、あの人が言っていた『存在意義』という物が、あるのかも知れないわね。……なにかしら。」 


 そう言って、彼女は考え始めた。 


麗奈 「この状況でも出来る事……、久美子が、こんな状況でも出来る事……。」 


 ケータイの明かりに浮かび上がるその表情は、真剣その物だった。 


麗奈 「今まで久美子が敢えて遣らなかった事で、こんな状況でも……あ。」 


久美子「え、なに?」 


麗奈 「あ、いえ、なんでも無いわ。」 


久美子「んーん、言って。それが答えかも知れないし。」 

347: 名無しさん 2018/06/07(木) 00:07:57.86 ID:ScalZ/xB0
麗奈 「いや、絶対違うし……。」 


久美子「全然構わないよ! それに、それがなにかヒントになるかも知れないしさ。」 


麗奈 「そっか、なら言うけど、……見当違いでも怒ったりしない?」 


久美子「しないしない!」 


 寧ろ、早く言わないと怒る。 


麗奈 「そう。……じゃあ言うわね。私……。」 


 高坂さんはそこまで言うと、大きく息を吸った。 
 そして、こちらを見てくる。 
 美しい高坂さんの瞳と目が合い、少しどきりとした。 


麗奈 「私、やっぱり久美子のマーライオンが見たかったわ。」 


久美子「……ちょ、もー! 今それ言う?」 


〈了〉