1: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:16:12 ID:5mo
どうも、森久保乃々です。
現在、ちょっとした大きな悩みを抱えています。
……って、一行で矛盾していますね。
お仕事には特に関係ないことですが、私たちの交友関係が大きく変化してしまうかもしれない、そんな悩みです。

私たち、というのは、もりくぼと美玲ちゃんのことです。

お仕事が終わってから事務所で休んでいたら、美玲ちゃんから満面の笑みをもって、スマホの画面を見せられ、こう言われました。

「ウチ、最近この小説投稿サイトにハマってるんだけど、すごく面白い詩を書く人を見つけたんだ! この人の詩、ノノも好きそうな感じだから、読んでみてくれ!」

そう言って見せられたものは、もりくぼが見飽きるくらい見たことのある画面でした。

……『編集』や『削除』という項目が無いことを除いて。

引用元: ・森久保「詩を投稿していたら美玲ちゃんがファンになっていました」

2: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:17:06 ID:5mo
「……ノノ? 大丈夫か?」

「あっ……はい、大丈夫です。ええと…………美玲ちゃんから詩を紹介してもらうなんて、想像もしてなかったので……ちょっと、驚いていました」

ちょっと、ではないですね。
とても驚きました。
もりくぼの知り合いが読んでいるとは、思ってもいませんでした。しかもそれが、美玲ちゃんとは。

最初は、「これノノが書いたんだろ?」と聞かれるのかと思いました。
でも、美玲ちゃんはそんなことを考えていなさそうです。単純に好きなものをオススメするような、真っすぐな笑顔をしていました。

3: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:21:25 ID:5mo
もりくぼは、とっさに、第二のもりくぼ……このサイトすら知らないもりくぼを、脳内に作り出して、会話することにしました。

「タイトルが興味をそそられますね……『小さな森のポエム帳』だなんて、もりくぼ好みな雰囲気です。でも、小説投稿サイト……ですよね? なのに、どうして詩なんでしょう……?」

美玲ちゃんは、その質問を待ってましたとばかりに、口を開きました。

「それなんだよ! このサイト、小説投稿サイトのはずなのに、このRISUって人は、詩だけを投稿してるんだよ! それも、投稿している三十本全て! すごいよな! 個性を貫き通しているみたいで、尊敬できるぞ!」

「そ……そうですね……RISUさん、凄い精神力ですね……」

褒められてるんですよね……? 凄い精神力といっても、RISUさんは、ただ好きなものを好きなように上げているだけだと思うんですけど…… 思う、というより、実際そうなんですが。

「まあ時々文字数制限の関係なのか、詩の前後に短い小説がつくときもあるんだけどな! それも凄くて、詩の解説なんかしないんだよこの人! 詩の前後のストーリーみたいなのをつけるんだよ! それも、詩に近い感じで!」

「あ、ああぁぁ……えっと、その、それ以上話されると、困るんですけど……」

美玲ちゃんがどんどん語りだしてしまい、もりくぼは顔から火が出そうになりました。これ以上続けられると、顔が山火事です。森も焼け落ちてしまいます。
なので、つい、話を遮ってしまいました。

4: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:22:27 ID:5mo
「困る……って、どういうことだ?」

美玲ちゃんは不思議そうな顔をしていました。
もりくぼは、色々考えて、答えをひねり出しました。

「えっと……その…………ねたばれぇ……」

「ああ、そうだよな! じゃあこれ、後で読んでくれよな! 感想待ってるぞ!」

なんとか窮地を脱することができました。
でも、小説ならともかく、詩でネタバレなんてあるのでしょうか。
一応、薄いストーリーの繋がりはありますけど……
ごまかせたから、良しとしましょう。

美玲ちゃんは、先に帰っていきました。
よくよく考えれば、今日の美玲ちゃんはレッスンもお仕事も入っていなかったはずです。
なのに、事務所に入ってもりくぼを見つけて、例の詩を紹介したら、すぐ帰りました。

その様子を見て、もりくぼは、頭を伏せて、ため息をつきました。

5: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:25:31 ID:5mo
もりくぼの頭の中には、色々なことが、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる……と、回っています。

美玲ちゃんが読んでいてくれて、もりくぼの書いた詩を好きになってもらえたのは、……嬉しいです。
でも、やっぱり恥ずかしさと不安の方が先行してしまいます。

美玲ちゃんは、どうやらRISUという人に対して、尊敬の念を抱いていたようでした。
それを壊してしまうのは、美玲ちゃんにとって、とても悪いことなんじゃないかと思います。

なので、もりくぼにとっても、美玲ちゃんにとっても、言わないでおいたほうが、幸せです。うぃんうぃんの関係です。うぃんくぼです。
ウィンクするわけではありませんけど……ウィンクなんて、そんなの、むーりぃー……。この前の写真撮影で、させられましたけど……恥ずかしすぎました……

話が脱線してしまいました。
そうです。ほんの少しだけ後ろめたい気持ちはありますけれど、隠しましょう。
バレたときのことを考えると怖いですが……隠し通してやります。

詩を投稿したときは、こんなことになるとは、思わなかったんですけど……

6: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:32:35 ID:5mo
詩をこのサイトに投稿するようになったのは、今から3ヶ月前くらいのことでしょうか。

学校のご友人が、小説を誰でも自由に投稿できるサイトがあって、そこに小説を投稿している、と話をしていたのを聞きました。

そのご友人の作品を見るべく、その小説投稿サイトを開いたのですが、そこには思っていたよりたくさんの人が小説を投稿していて、本当に多くの作品がありました。

最近よく見る、異世界に転生するお話は、アニメや本になるほど有名なものから、見たこともないけど面白そうなものまで、本当にたくさんありました。
ライトノベルのような文章のお話が多いのかと思っていましたし、実際多いのですが、それだけではありませんでした。全て台詞で書かれたお話や、逆に純文学のような硬い文章のお話もあります。さらにはお話だけでなく、小説を書く人向けの文章もありました。
ジャンルもファンタジーから恋愛モノから何から何まで、多岐に渡っています。

さすがに全ては読めません。そんなの、もりくぼが百人いたって、無理でしょう。いえ、もりくぼが百人いたら、別の事をすると思いますけど。
もりくぼが百人いたら、森を切り拓いて、もりくぼだけで生活できるでしょうか。……これを真面目に考えたら、ここに投稿できるお話になるでしょうね。
もりくぼは小説を書いたことがないので、やめておきますが。
ポエムなら書いていますけどね。

……あ……ポエム……詩なら……

小説投稿サイトは、どうやら詩さえもカバーしているようでした。

7: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:39:07 ID:5mo
恥ずかしさや不安よりも、好奇心のほうが勝ちました。
気付いたら、もりくぼは、詩を投稿していました。

作品のタイトルは、"小さな森のポエム帳"です。これは譲れません。
ポエム帳の中にある、一番の自信作を上げました。今まで見た人が全員絶賛している作品です。まだこの世で一人にしか見せていませんけど。

名前は……本名は、まずいですよね……他の人にバレたら、恥ずかしすぎて、生きていけません……。
お仕事的にも、ダメかもしれません。……いえ、あのプロデューサーさんなら、許してもらえるでしょうけど。でも、プロデューサーさんにこんなこと話すなんて、むーりぃー……
なので、ペンネーム……本名に全く関係なくて、もりくぼの代名詞になるような……

前に、お仕事で、リスの格好をしたことがあるのを、思い出しました。
森に住む小さな生き物ですし、リスなら、もりくぼにはピッタリです。可愛さは及びませんけど。

ええ、リスにしましょう。
ちょっとかっこつけて、英語で……Squirrelですか……読めませんし、馴染みもありませんし、やめておきましょう。
やっぱりローマ字で。RISUにしました。

パッと見、アリスとも似ていますし、気に入りました。
小説投稿サイトというワンダーランドに飛び込みますので、アリスも、もりくぼにはピッタリかもしれません。可愛さは及びませんけど。

8: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:45:57 ID:5mo
こうして最初の詩を上げてから、その日はすぐ寝ました。
翌日、サイトを確認すると、一通だけ感想が来ていました。
自分が書いた物を、誰かに読んでもらえて、感想をいただけるなんて……もりくぼは、自分でも分かるくらい、顔を赤くして、ニヤついていました。。

昔、まだ小学生だった頃に、絵の見せ合いっこをしていたことを、思い出しました。
自分の描いた物を、人に見てもらって、反応を貰うのは、楽しいものです。

最近は、目の前で見られることの恥ずかしさの方が上回ってしまいましたが……

そうして、ストックのあるものを上げてみたり、思いついたものを上げてみたり……
人知れず、ひっそりとインターネットの隅っこで詩を作りつづけるのが、趣味になっていました。

もちろん、誰にも見せたくない詩もありますので、ポエム帳にあるものを全部上げているわけではありませんが……それでも、かなりの量を上げていたと思います。
美玲ちゃんに言われて気付きましたが、ちょうど三十本あるそうです。
三日にひとつ……驚異的なペースだと思います。机の下では二番目に筆が早い自信があります。まゆさんには到底及びませんけど。……あの日記帳、毎月のように新品になっているの、おかしいと思います。

9: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:49:59 ID:5mo
……そういえば、美玲ちゃんに読まれて、確か、もりくぼにも読んでくれと言われて、感想を求められましたね。

自分で自分の作品の感想を考えるのは、とても大変だと思います。
下手に褒めすぎると、なんだか自画自賛しているようで、むーりぃー……
ですが、つまらなかったと言っても、美玲ちゃんに悪い気がします……

あ……自分の作品の感想、自分で見れましたね。改めて、それを例文にしながら、考えることにします……

今気付きましたが、昨日の夜中に、新しい感想が来ていました。
一人称が"ウチ"の方が、とても面白いと絶賛していました。お友達に、弱気で森で静かに暮らすのが大好きな子がいて、その子を思い出したとか、そんなことも書いています。

この方の感想を参考にするのは、ちょっとやめておきましょう……それに"子"ってなんですか……もりくぼの方が年上なんですけど。一応。

さっきから、顔だけ暑い気がするんですけど……もう冬なのにぃ……


それから、プロデューサーさんが帰ってくるまで、今まで来ていた感想を見続けていました。

「なんか物凄いニヤついてるけど何見てたんだ?」

「ひぃっ!」

デリカシーのかけらもない方です。絶対に教えませんけど。
もりくぼは、悲鳴を上げながら、そんなことを思っていました。

10: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:51:54 ID:5mo
美玲ちゃんに送る感想文は、『もりくぼの趣味にピッタリで、面白いですね』とだけ、メッセージを送りました。
好きなものの感想なんて、こんなものでいいんです。作者は、これだけで嬉しいのですから。

美玲ちゃんからは、長々と感想文が送られていますけど……とても嬉しいのですが、恥ずかしすぎます。それに、その感想、もう見ましたし。……なんてことは、当然、言えませんけど。

ですが、これで一件落着ですね。

11: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)14:56:56 ID:5mo
「ノノ、おはよう!」

翌朝、事務所に来ると、真っ先に美玲ちゃんからの挨拶が飛んできました。

「美玲ちゃん、おはようございます。……プロデューサーさんも、おはようございます」

今日は、美玲ちゃんと輝子ちゃん、そしてもりくぼの3人で一緒のお仕事があります。
でも、輝子ちゃんはまだ来ていないようですね。まだ集合時間よりもだいぶ早いので、当たり前といえば当たり前ですが。

「おはよう、森久保。って、今日はずいぶん早いんだな」

プロデューサーさんが、パソコンのキーボードを叩く手を止めて、こちらへと振り向きました。

「ええ。叔父のお仕事が、早い時間からだったので……」

「ああ、叔父様に送ってもらったのね。てっきり美玲とお喋りするために早く来たのかと」

プロデューサーさんは、美玲ちゃんの方を見ながら、そう言いました。
そんなことは無いはずなんですけど……でも、どうして美玲ちゃんはこんなに早く来ているのでしょう。もりくぼも疑問に思っていました。

美玲ちゃんは首を振りながら、こんなことを言いました。

「そんな話はしてないぞ! ウチはプロデューサーに、あの作品を布教するために、早く来たんだ!」

もりくぼは、青ざめた顔をしていたことでしょう。

……"あの作品"って、もしかしなくても、『小さな森のポエム帳』のことですよね……?

13: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)15:01:57 ID:5mo
一瞬頭の中が真っ白になりました。頭からキノコでも生えてきそうです。

……いえ、美玲ちゃんも気付かなかったので、ニブチンなプロデューサーさんにも気付かないでしょう。
もりくぼが自分にそう言い聞かせているうちに、美玲ちゃんは席を外しました。
どうやらお手洗いに行ったみたいです。

プロデューサーさんは、美玲ちゃんが部屋から出て、扉が閉まったのを確認してから、口を開きました。

「美玲は気付いていないみたいだけど、あれの作者って……」

「ひぃっ! ……なんでプロデューサーさんは気付くんですか……!?」

デリカシーのかけらもない方です。絶対に教えたくなかったんですけど。
もりくぼは、悲鳴を上げながら、そんなことを思っていました。


12: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)15:00:41 ID:5mo
もりくぼは、机の下に移動しました。
それも、プロデューサーさんから顔を見られないよう、後ろ向きに。
無理です。今プロデューサーさんの顔を見ることはできません。

「プロデューサーさんに、あれがもりくぼが書いたものだとバレたうえで、全部見られていたなんて……もうむーりぃー……きえてしまいたい……」

「ああ、いや……さすがに森久保が嫌がると思ってな、最初の三行くらいで気付いて、すぐ読むの止めたから、大丈夫だぞ?」

プロデューサーさんが、優しい声で、もりくぼに話しかけてきました。

「うそです。たった三行なんかで、ニブチンなプロデューサーさんが気付くわけないです。もうもりくぼのことは煮るなり焼くなり脅迫するなりしてください……」

「脅迫なんてしねえよ! 酷い言いようだな森久保ォ!」

プロデューサーはツッコミを入れた後、呼吸を挟んでから、こう言いました。

「最初の詩って、あれ、森久保が前に見せてくれたやつだろ? だからすぐ分かったんだよ」

そうでした。
プロデューサーさんには、ひとつだけ、詩を見せたことがありました。
あのサイトに最初に上げた詩は、それです。

唯一、人に見せたことがあって、唯一、褒められた作品だったので。

14: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)15:03:41 ID:5mo
「……ぜったい、それ以上、読まないでくださいね……」

もりくぼは、顔をプロデューサーさんの方へ、おそるおそる向けてみました。

「分かってるよ」

プロデューサーは、いじわるそうな顔なんてせずに、真面目な顔をしていました。この顔のときは冗談なんて言わないことは、よく分かっています。
もりくぼは、息をゆっくり吐きました。肩の力が抜けたようでした。

「プロデューサーさんは、優しいですね。いつもはヘンなお仕事ばっかりやらせるのに……」

「はは、それとこれとは別だよ。今日もちゃんと仕事やれよ?」

「一回くらいは逃げますけど……ふふふ……」

お互い、少しだけ笑いながら、いつものようなやり取りをします。
プロデューサーさんは、もりくぼの髪を、いつもより少しだけ優しく、くしゃくしゃに撫でました。


「……二人だけの、秘密ですからね……」


おしまい

15: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)15:18:14 ID:5mo
おまけ


「美玲ちゃんは、どうやってこれを見つけたんですか?」

「3日前くらいにアスカからこのサイトのこと教えてもらって、なんか面白いやつがないか探してたんだ! そしたらたまたま、ノノみたいな雰囲気のタイトルを見つけてさ!」

3日前くらいに丁度上げていましたね。過去のもりくぼを責めそうになりました。
……飛鳥さんから教えてもらって、ですか。

飛鳥さんも書いていたら面白いと思いましたが、さすがに"二宮飛鳥"では出ませんでした。
ですが、飛鳥さんのイメージに合うような小説は、見たことがありますね。
ペンネームも"片翼の観測者"と、飛鳥さんにピッタリなものでした。

ですが、ただでさえ忙しい現役アイドルが、半年で50話も書けるわけないですよね……

そんなことを考えながら、美玲ちゃんに薦めてみました。

16: ◆qTT9TbrQGQ 2018/12/22(土)15:20:37 ID:5mo
後日、飛鳥さんが物凄い形相でスマホ画面を見つめているのを見かけました。
美玲ちゃんに教えてもらったのでしょうか。

もりくぼは……ノーコメントくぼになります。


おしまい