205: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:44:13.79 ID:vjZ8y7M0
イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」

外伝 ~砦ドラゴンと少女~ 1

―クックの巣―

クック 「ふぁぁぁ……あ゛っ! 最近この辺りも寒くなってきたな」
少女 「おじさん、毛布が出来たよ!(バサッ)」
クック 「おお。少女は器用だな。私にもそのような指があれば手伝ってやれたのだが」
少女 「大丈夫。ハンマーさん達が、色々生活に役立つものをくれたから、心配ないよ」
少女 「うーん……まだ少し薄いかな……」
少女 「ナナ先生のたてがみが、まだちょっとあまってるから詰めてみよう」
クック 「少女、火の加減はどうだい? 寒かったらもう少し薪を足そう」
少女 「オオナズチさんがまた新しい皮をくれたから、私はへっちゃらだよ」
クック 「いや、風邪を引いたら困る。それならもっと私の近くに寄りなさい」
少女 「うん(ごそごそ)おじさんは寒くない?」
クック 「私は大丈夫。皮が厚いからな」


引用元: ・イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」 3
引用元: ・イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」 4

206: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:45:11.29 ID:vjZ8y7M0
クック 「ん?」
少女 「おじさん?」
クック 「誰かが登ってくる。大きい足音が二つだ」
少女 「! きっとティガさんたちだ!」
クック 「夜も遅いというのに、どうしたんだろう」
少女 「私、お迎えに行ってくる」
クック 「待ちなさい。私も一緒に行こう」
少女 「うん………………わ、ここでも雪が降ってる……」
クック 「道理で寒いわけだ。樹海ももう冬か……」
クック 「ン……少女の勘はすごいな。ティガ君たちだ」
ティガ兄 「ふぅ……ふぅ……」
ティガ弟 「兄者。最近少し太りすぎなんじゃないか?」
ティガ兄 「じゃぁかしいわ。冬に備えて……脂肪を蓄えてる……計画的な増量と言え……」
ティガ弟 「こんな坂ぐらいで息切れしてたら、これからやってけねぇよ」
ティガ弟 「俺たちの無敗伝説に傷がつくようなことがあったら、兄弟コンビ解散だぜ?」
ティガ兄 「うるせぇ……てめぇにはわからねぇよ……冬篭りの重要性がなぁ…………!」
ティガ弟 「俺たち冬眠する必要ないじゃん。また、そうやって桜との関係悪化の度に爆食されたらたまんねぇぜ」

207: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:46:04.00 ID:vjZ8y7M0
―クックの巣、玄関―

少女 「ティガさんたち、こんばんは!」
ティガ兄 「うわぁびっくらこいた!」
ティガ弟 「ンだコラァ! ヤんのかオルァ!!」
クック 「おいおい、久しぶりだというのに突然どうしたんだ」
ティガ弟 「何だ、少女とおっさんか。おどかすなよ」
ティガ弟 「とりあえずびっくりしたら威嚇することにしてんだよ」
ティガ兄 「それが俺たちのライフスタイルだ」
クック 「そうかそうか。ここじゃ冷えるだろう。家に入らないか?」
ティガ兄 「願ったりだ。こちとらこの零下の中飛んできたから、すっかり冷え込んじまった」
ティガ弟 「今年の寒さは異常だぜ。見ろ。鼻水が凍って息が苦しい」
少女 「お家の中には焚き火もあるから、あったかいよ」
ティガ兄 「ひゅぅ! おめぇらのとこに来て正解だぜ!」
ティガ弟 「いきなり元気になったな兄者。だが火に当たれるのは嬉しいぜ」
少女 「本当。鼻の先が凍ってる……」
クック 「少女、中に入ろう。ティガ君たちもおいで。狂走エキスの酒でも飲めば、一気に寒さなんて吹っ飛ぶさ」
ティガ兄 「ああ。寒さが洒落になんねぇ。お言葉に甘えさせてもらうぜ」
ティガ弟 「俺も甘えさせてもらうぜ」

208: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:47:24.61 ID:vjZ8y7M0
―クックの巣―

ティガ兄 「………………ぷはぁ! あったまったぁ!」
ティガ弟 「火とお湯で酒を熱くするなんて、少女は器用なことしやがるぜ!!」
クック 「私も、このような方法があることを聞いて驚いたよ」
少女 「里の人が教えてくれたの。こうすると、普通にお酒を飲むよりあったまるって」
ティガ兄 「ケェ! 人間の癖に時たま役に立ちやがる!」
ティガ弟 「やっと鼻が通った。息が出来るぜ!」
クック 「そうだ、先日トトスさんにもらった、珍しいオオシッポガエルがあるんだが、食べるかい?」
ティガ兄 「何ィ!? オオシッポガエルがあるのか!?」
クック 「我が家ではカエルは食べなくてね。干物にしておいたんだが、よければ火で炙ろう」
ティガ弟 「あー……兄者は今減量中だから。俺が食うわ」
ティガ兄 「じゃかしゃぁわ! 減量がなんぼものんじゃい! 減量が恐くてメシが食えるかってんだよ」
ティガ弟 「兄者。言ってることが遂に滅茶苦茶だぜ」
少女 「お兄さんも食べるの? じゃあ二つ焼くね」
ティガ兄 「ひゃぁ! ついてるぜ!」
ティガ弟 「はぁ……」

209: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:48:43.19 ID:vjZ8y7M0
クック 「ところで、どうしてこんな夜遅く? 君たちは、今はレウスさんのところで暮らしてるんじゃなかったかい」
ティガ弟 「いや、たいしたことはねぇ。桜レイアと兄者がまた喧嘩してな」
クック 「あぁ……またなのかい」
ティガ兄 「っるせぇ! 俺は何も悪くねぇ!」
ティガ弟 「はいはい。分かった分かった」
ティガ兄 「少し太ったくらいで何だ! 家の半分を吹っ飛ばすくらい俺、悪いことしたか!?」
少女 「半分……」
ティガ弟 「でも俺から見ても兄者は太りすぎだぜ。桜はそういうのに敏感だからな……」
ティガ弟 「おまけにレイアさんの血を受け継いで凶暴ときてる。たまんねぇよ」
ティガ兄 「てめぇ! 桜レイアちゃんの悪口を言うな!!」
ティガ弟 「おいおい、俺は、じゃあどうすればいいんだよ」
ティガ弟 「元はといえば、兄者が……桜がダイエットの終わりに食べようとしてた極上モスの肉を勝手に食ったから……」
ティガ兄 「畜生。何だよ。何か異様に腹が立つぜ。モスの肉が何だ! 極上も並も大してかわンねぇだろうが」
ティガ兄 「おい少女。それに俺はそんなに太ったか!?」
少女 「弟さんと見分けがつくから、私はそれでいいと思うよ」
ティガ弟 「マジでか!? 遂に少女にさえ見分けられるようになっちまったぜ!!」
少女 「だってお兄さんの方が一回り大きいもん」

210: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:49:35.64 ID:vjZ8y7M0
クック 「……それで喧嘩の末家を飛び出してきたっていうわけか」
ティガ弟 「まぁこんな時間だからフルフルばばあの所には行けねぇしな」
ティガ兄 「おめぇらならお手ごろかと思ったわけよ」
少女 「はい。オオシッポガエルが焼けたよ」
ティガ兄 「びゃぁぁぁ! 肉汁が滴るぜ!!」
ティガ弟 「鼻が通ったら、濃厚な肉の臭いが飛び込んできやがった……!!」
少女 「カエル、美味しい?」
ティガ兄 「(もぐもぐ)この弾力がたまんねぇ!!」
ティガ弟 「(もぐもぐ)オオシッポガエルなんて滅多に獲れるもんじゃねぇから、久しぶりだぜ」
ティガ弟 「(もぐもぐ)カエルを食わねぇなんて、お前らは不幸せな人生を歩んでるンだな」
クック 「はは。オオシッポガエルほどじゃないが、トトスさんがくれる釣りカエルなら干してあるのがまだある」
クック 「何なら食べていってくれていいよ」
少女 「私、とってくる」
クック 「転ばないように気をつけてな」
ティガ兄 「(げぷぅ)ふぅ。ンまかった。しかしこの『火』ってやつは便利だな」
ティガ弟 「(げぷぅ)俺らももっと早く使ってればよかったな」
クック 「いや、どうにも焚き火を起こして、そして『料理』をするというのは難しくてね……」
クック 「少女ほどの器用さがないと、私たちモンスターでは無理だろうと思う」

211: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:50:26.06 ID:vjZ8y7M0
ティガ兄 「ふーん。まぁいいや。あぁ゛~~、和むッ。あったけぇ。俺今日からここに住むわ」
クック 「まぁ、喧嘩が収まるくらいまでなら私はかまわないよ」
少女 「おじさん、カエルこんなに溜まってた(ドサッ)」
ティガ兄 「イエスッ! 今夜はカエルパーリィだ!」
ティガ弟 「あぁもう……兄者、減量の件は……もういいか」
少女 「じゃあ焼くね。お酒ももっと飲む?」
ティガ兄 「じゃんじゃん焼け! 酒も全部だしやがれ! 俺は今飢えてるんだ、愛に!」
ティガ弟 「何言ってんだよ」
クック 「しかしこう寒いと、狩りにも出れないし、体がなまってしまうな。すごい雪だ」
ティガ弟 「だなァ。この前雪山の裏が、積もった雪で崩れて、アゴ野郎に掘りなおしてもらったくらいだ」
クック 「アゴ美さんがここまで出てきたのか。それは大変だったなぁ」
ティガ弟 「レイアさんの家は、色々干しモノとかもあるし快適なんだが、何せ最近兄者と桜が不仲でさ」
ティガ弟 「やれクシャルが色目を使っただの、やれ腹が出てきて気に食わないだの、毎日喧嘩三昧よ」
ティガ兄 「るせぇ。俺は何も悪くねぇ(もぐもぐ)」
クック 「まぁ、若い頃のレイアさんも過激だったと聞くからね。桜ちゃんにもしっかり遺伝してるんだろう」
クック 「(しかし家が半壊か……レウスさんは大丈夫だろうか……)」

212: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:51:55.25 ID:vjZ8y7M0
少女 「おじさんも何か食べる?」
クック 「そうだな……私たちも夜食としようか。サシミウオがあっただろう?」
少女 「じゃあ、鍋にするね」
ティガ兄 「ナベ?」
少女 「うん。色々入れて、お湯で煮込んでスープにするの」
ティガ弟 「よくわかんねぇが、それで美味くなんのか?」
少女 「美味しくなるっていうか……食べやすくなるかな」
ティガ兄 「よし決まりだ。そのナベってやつにカエル全部入れろ」
少女 「えぇ? カエルはあんまりいいダシがとれないから、焼いた方が美味しいよ」
ティガ兄 「そうなのか? じゃあどっちでもいいからとっとと作れや」
ティガ弟 「いい加減だなぁ兄者は」
クック 「なぁ、最近雪山に行っていないんだが、フルフルさんの様子はどうだい?」
ティガ兄 「あ? あぁ……もうモウロクしたかと思ってたが、ありゃ駄目だ。ベビーフルフルにぞっこんだ」
ティガ弟 「おまけに、俺たちに規律ある、正しい大人の見本になれとかうるせぇんだよ」
ティガ兄 「知ったこっちゃねぇよなぁぁ。俺たちはいつでもッフリーダムッ」
ティガ弟 「兄者は、最近もう少しアンフリーダムになった方がいいぜ」

213: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:52:47.31 ID:vjZ8y7M0
少女 「ベビーフルフルちゃん、元気なんだぁ。良かった」
ティガ兄 「ちゃんはねぇだろ。あれでもれっきとしたオスだぜ」
ティガ弟 「まぁオスだかメスだかわかんねぇ顔してやがるがな」
ティガ兄 「違ェねえ。ゲヘヘ!!」
ティガ兄 「そういえば少女、俺の腹の皮が剥けそうだ。やるよ」
少女 「本当!? 嬉しいな。とっていい?」
ティガ兄 「ああ。その代わりジャンジャンカエルを焼け!」
少女 「うん! ここかな?(バリバリ)」
ティガ弟 「兄者は最近成長期過ぎるんだよ。また脱皮か」
ティガ兄 「計画的な増量と言え」
少女 「ティガさんの皮は硬いから、コートに出来るね!」
クック 「良かったな少女。兄君、ありがとう」
ティガ兄 「何、てめえらにはいつもなんだかんだで世話になってるからな」
ティガ弟 「全くだ。ま、俺は今やれるようなものは何一つとしてないがな!!」
クック 「こうやってたまに元気な顔を見せに来てくれるだけでもありがたいことだよ」
ティガ弟 「ケェ。おためごかしで腹は膨れねぇぜ」
ティガ兄 「全くだ(もぐもぐ)ン、こっちの釣りカエルもイケるぜ!」
ティガ弟 「(もぐもぐ)カエル食えねぇなんて、おまえらホント残念な人生歩んでるな」

214: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:53:41.17 ID:vjZ8y7M0
少女 「私たちはお魚で大丈夫だもん。おじさん、サシミウオのスープが出来たよ」
クック 「どれ、私たちも食事としようか」
少女 「うん!」
クック 「(ズズズズ)うむ、美味い」
少女 「美味しいね!」
少女 「食べ終わったら、早速コートを作るよ!」
ティガ兄 「ああ作れ作れ。ふぅ。腹の剥けかけ皮が消えてすっきりしたぜ」
ティガ弟 「それにしてもスゲェ雪だ。洞窟の奥だってのに、ここまで吹き込んできやがる」
クック 「砂漠の方も、今年は寒波に襲われているらしいな」
少女 「うん。紫ちゃん達はお家を旧火山に移したって、この前言ってた」
ティガ兄 「ケッ。弱い奴らだぜ。大体俺はカニは好かね……はっ、バッ……ぶえっくしょ!!」
ティガ弟 「おいおい、唾こっちに飛ばすなよ」
ティガ兄 「ああ、すまねぇ(ズズ)」
クック 「風邪かい? 外で体を冷やしすぎたんだね」
ティガ兄 「バッカ言ってんじゃねぇ。俺様が風邪になんてやられ……ぶっくしょ!!」
少女 「これ、今私が作った毛布なの。お兄さんにかけてあげるね」
ティガ兄 「何ィ? モウフって何だ?」
少女 「これ(バサッ)」
ティガ兄 「おお、こりゃ快適だ。あったけぇぜ!!」
ティガ弟 「すまねぇな。あれお前が寝るときに使うんじゃねぇのか」
少女 「私はおじさんと寝るから大丈夫だよ」

215: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:54:33.86 ID:vjZ8y7M0
クック 「うむ。しかし風邪に効く薬は……あったかな……」
少女 「ヤマツカミ様なら持ってそうだけれど……」
クック 「こう寒波ではヤマツカミ様も外には出れないだろうな……」
クック 「そうだ、風邪にはニトロダケとロイヤルカブトの粉末が効くと、昔聴いたことがある」
少女 「それなら奥の方にしまってあったはずだよ。とってくる!」
クック 「ああ、頼む」
ティガ兄 「(ズズ……)あぁ゛~……酔っ払ってきたら体が重くなってきやがったぜ」
ティガ弟 「マジで風邪引いたのかよ。おいおいおい、無敵の俺たちが病原菌に負けてちゃ話になんねぇよ」
ティガ兄 「うるせぇ……誰が病原菌に負けるか……(ズズ……)」
クック 「まぁ、無理はしない方がいいだろう」
少女 「おじさん、あったよ。ロイヤルカブトも干したのがあった!」

216: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:55:25.31 ID:vjZ8y7M0
ティガ弟 「お前ら何でも干すんだな」
少女 「これを、すり鉢に入れてゴリゴリするね」
クック 「うむ。少女に任せるよ」
クック 「ん?」
ティガ弟 「……ンン?」
クック 「何だ、今日は忙しい日だな」
ティガ弟 「誰か来るぜ」
少女 「誰だろ? 吹雪もすごいのに」
クック 「私が見てこよう。みんなはここでゆっくりしていてくれ」
少女 「うん、お兄さんの薬作ってる」
ティガ弟 「言葉に甘えさせてもらうぜ。レイアさん家の誰かだったら、俺らは死んだって伝えてくれ」
クック 「はは、まぁ程ほどに話をしておくよ」

217: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:56:16.13 ID:vjZ8y7M0
―クックの巣、玄関―

クック 「ん? あれは……」
キリン 「おじ様、ごきげんよう! 夜分遅くに失礼だとは思ったのだけれど……」
クック 「キリンちゃん! それに背中に……」
キングチャチャブー 「…………」
クック 「珍しい組み合わせだな。どうしたんだい?」
キリン 「キングのおじ様と、ふもとの海岸で偶然鉢合わせしたの。あそこからなら、おじ様の家が一番近いから……」
キングチャチャブー 「邪魔するぜ……」
クック 「ああ、かまわないよ。先客がいるけれど気にしないでくれ」
キリン 「あ、おじ様。これ、ゲリョス君から預かってた狂走エキス。お酒に使ってくださる?」
クック 「おおありがたい。在庫がなくなっていたところなんだ」
キングチャチャブー 「とにかく、中に入れろや……こう吹雪いてちゃァ、おちおち話もできやしねぇ」
クック 「そうだな、こっちだ。足元に気をつけて」

218: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:57:08.58 ID:vjZ8y7M0
―クックの巣―

少女 「わー!! お姉ちゃん!! それにキングさんも!!」
キリン 「少女ちゃん! お久しぶり!!」
キングチャチャブー 「…………」
ティガ弟 「ゲェ! 雷女!!」
ティガ兄 「また俺たちを感電させにきやがったか……!(ズズ……)」
キリン 「あら、地獄兄弟さん達。どうかなさったの?」
キングチャチャブー 「先客たぁ、坊主どものことか」
ティガ弟 「ンだこらァ! やんのかオルァ!」
ティガ兄 「ヤんのかオッ……ゲフッ……! ゴホッ、ゴホッ」
キリン 「まぁ、お兄さん、風邪?」
ティガ弟 「おいおい、雷女にさえも見分けられたぜ。だから兄者、太りすぎだっつぅんだよ」
少女 「今お兄さんのお薬を作ってるところなの」
キリン 「少女ちゃんは何でもできるのねぇ」
クック 「自由に座ってくれ。キング、その焚き火の隅に、お湯に入ったとっくりがあるだろう?」
キングチャチャブー 「…………何してやがるんだこれは」
クック 「熱燗というらしい。暖かい酒だよ。百聞は一見にしかずと言うだろう、飲んでみてくれ」
キングチャチャブー 「(グビリ)……へェ」
キングチャチャブー 「珍しいことしやがる」

219: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:58:16.55 ID:vjZ8y7M0
キリン 「はぁ、さすがに寒くて寒くて。私の雷膜でも防げないほどの寒波よ」
キングチャチャブー 「…………(グビリ)」
クック 「そうかい。海岸ぞいなんて、潮風が強くて出れないだろう」
クック 「二人とも、どうしたんだい?」
キング 「…………難しいことは言わねぇ。てめぇ、ちょっくら今から海岸に下りて手伝え」
クック 「今から? や、私は別に構わないが……」
ティガ弟 「ケェェ! マジかよ。おっさん一人でやれよな。俺たち関係ねー」
キングチャチャブー 「…………」
クック 「何だい? 訳アリなのかい」
キリン 「ええ。私たちじゃ、ちょっと運べなくて……」
クック 「?」
キングチャチャブー 「部族の見張りが発見してな……ついさっきのことだ」
キングチャチャブー 「近くの洞窟には運び込んだんだが、カッチンコッチンに凍ってやがって動かせねぇ」
キングチャチャブー 「生きてることには生きてるみてぇだが」
クック 「話が見えないんだが、とにかく、その海岸に漂着したモノを、私の家に運びこみたいというわけかい?」
キングチャチャブー 「砕けて話しゃぁそういうことだ」
キリン 「おじ様、駄目かしら? 私も、何だか見捨てておけなくて……」

220: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 17:59:11.54 ID:vjZ8y7M0
クック 「誰かが凍っているというなら大事だ。早く温めてあげよう」
クック 「で、誰がそんな目に……」
キングチャチャブー 「見たことのねぇ野郎だ。この辺りのモンじゃねぇな」
キリン 「私も、はじめて見るモンスターよ」
クック 「そうか……もしかしたら、あっちの大陸から来たのかもしれないな」
クック 「よし、行こう。少女はティガ君たちと留守番をしていてくれ」
少女 「うん、おじさん、気をつけてね」
ティガ弟 「ああせいぜい気をつけな」
キリン 「……弟さんは風邪を引いてないんですよね?」
ティガ弟 「な……何だよその目は」
キリン 「クックおじ様に行かせて、自分はぬくぬくするのって、最強っていえるのかしら……」
ティガ弟 「! ンだこらァ! 文句あんのか!!」

221: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 18:00:15.32 ID:vjZ8y7M0
キリン 「弟さんも手伝ってくださったら楽なのになぁ……って…………」
ティガ弟 「…………」
キリン 「…………(パリ……)」
ティガ弟 「OK分かった。雷はやめろ…………」
ティガ弟 「………………しゃぁぁぁぁねぇぇぇぇなぁぁ! 俺も行くよ!!」
クック 「そうか、それはとても助かる」
ティガ弟 「(チッ)感電させられちゃたまんねぇからな。あれは腰に響く」
キリン 「だから地獄兄弟さん達って好きよ」
ティガ弟 「ゲェェエ! 吐き気がわいてきた!」
ティガ弟 「兄者はここで寝てろや……ってもう寝てやがるな」
ティガ兄 「ガァァァ~~ッ! ゴォォォォ~~ッ!!」
ティガ弟 「フリーダム過ぎるぜ……」
キングチャチャブー 「じゃぁな少女。クックの野郎を借りてくぜ……」
少女 「うん! あ……キングさんカエル食べる?」
キングチャチャブー 「…………」
少女 「じゃ、焼いておくね。戻ったら沢山食べて!」
キングチャチャブー 「……ああ……」

222: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 18:01:13.75 ID:vjZ8y7M0
―海岸―

クック 「(それにしてもすごい吹雪だ……例年にない豪雪だぞ、これは……)」
キングチャチャブー 「…………」
キングチャチャブー 「砦ドラゴンが……来てるのかもしれねぇな」
クック 「? 砦ドラゴン?」
キングチャチャブー 「……あァ、この異常な零下、そう考えても不思議はねぇ」
クック 「キング、砦ドラゴンなんて迷信上の生き物じゃないか。本当に存在しているのか?」
キングチャチャブー 「…………さぁな」
キングチャチャブー 「ただ、俺がまだガキの時分……同じような寒波に襲われたことがある……」
キングチャチャブー 「…………そのとき、俺ァ見た」
クック 「…………」
キングチャチャブー 「ラオシャンロンを遥かに超える、巨大な竜の姿を、霞の向こうにな……」
クック 「砦ドラゴン……季節を呼ぶ、巨大な、神に近い生き物だと聞くが……」
クック 「だが、確かにここ最近の寒波は異常だ」
クック 「何かが起こっているのかもしれないな……」
キングチャチャブー 「…………」

223: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 18:02:11.66 ID:vjZ8y7M0
ティガ弟 「カァァァーッ! 寒いッ!! 何だァ!? 雪が凍って雹になってやがる!!」
キリン 「ほ、本当。あ痛っ」
ティガ弟 「どーせ死んでるって。溺死体なんてうっちゃってとっとと帰ろうぜェ」
キリン 「そんな……困っている人を見捨てたら、地獄兄弟さんの正義の名前に傷がつきますよ」
ティガ弟 「ンだとォ? 俺らがいつ正義の味方になったってンだ? 俺たちは地獄の使いなんだぜ!」
キリン 「子供たちの間では、お二人は立派な正義の味方なんですから。いい歳して駄目な行動しちゃいけません」
ティガ弟 「うぉぉ今ゾッとした。聞き捨てならねぇな。ガキどもの見本なんて御免だ。考えただけで悪寒が走る」
キングチャチャブー 「……ここだ」
クック 「確かに、この洞窟ならある程度雪は避けられるな」
ティガ弟 「ケッ! でも満ち潮になったら、こんな場所一気に海に飲まれちまうぜ」
チャチャブーA 「ビィ! キング、クランケが意識を取り戻しました!」
チャチャブーB 「早急にここから退避する必要があるかと!!」
キングチャチャブー 「……生きてやがったか。まぁ上等だ」
クック 「火をたいて温めてあげていたのか。良かった」
キングチャチャブー 「以前にも別大陸から来た奴がいたからな……即殺すのは控えさせた……」
×××××× 「(ガタガタガタガタ)」

224: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/22(木) 18:03:05.01 ID:vjZ8y7M0
クック 「見たことのないモンスターだな……おい君、話は出来るかい?」
×××××× 「…………(カチカチカチ)」
クック 「これはまずい。早くここから避難して、もっと大きな火で温めてやろう」
キリン 「あなた、歩ける? すごく震えてる……無理もないわ、凍っていたんですもの」
ティガ弟 「はぁぁ……しゃぁねぇな。俺がおぶってやんよ」
ティガ弟 「おいボサッとしてんな! 名前くらい名乗れ!」
×××××× 「き…………君達は、こ、この土地のモンスター…………かい?」
ティガ弟 「あぁん? 何言ってやがるんだ。俺は生まれも育ちもこの土地よ!」
クック 「ああ。君は向こう側の大陸から来たのか?」
×××××× 「ぼ……僕の名前は……ロアルドロス…………ラギアクルス団長の使いで……ここに……」
クック 「何と。ラギアさんの使いか!」
ロアルドロス 「途中で…………意識がなくなってしまって…………うう、寒い…………」
クック 「とりあえず私の家に運ぼう。弟君、よろしくお願いできるかい?」
ティガ弟 「仕方ねぇからやってやんよ……よいしょ」
ロアルドロス 「す…………すまない…………」
キングチャチャブー 「撤収だ。お前たちは先に里に戻れ」
チャチャブーA&B 「ビィ!」

235: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:33:30.71 ID:BEEeVHQ0
~外伝第1話 その2~

―クックの巣―

ティガ弟 「ふぅ……ふぅ……どぅりゃ!」
ロアルドロス 「うわっ(ゴロンッドガッ)」
キリン 「ちょっと、弟さん。乱暴よ!」
ティガ弟 「知るかァ! こちとら鼻水が凍ってさっきから息が出来なくて大変なんだよ!!」
クック 「雪が益々強くなってきた……キング、キリンちゃん。今日は私の家に泊まっていったほうがいいだろう」
キリン 「……え、ええ。そうね……お言葉に甘えさせていただくわ。この雹の吹雪、何だかおかしいわ」
キングチャチャブー 「………………」
少女 「おじさん! おかえりなさい! ……!?」
ロアルドロス 「あぁ……僕の美麗な浮き袋が……こんなにしおしおになってしまって……」
少女 「?? どちら様?」
ロアルドロス 「ひゃぁぁぁんっ! 人間!」
クック 「それだけ騒げるなら、命に問題はないな。大丈夫。私の娘だよ」
ロアルドロス 「あ……もしかして、団長が言っていた人の子って……」
少女 「団長さん? ラギアクルスさんのこと?」
ロアルドロス 「そうそう。じゃあ、あなたがウラガンキン様の……」

236: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:34:38.91 ID:BEEeVHQ0
少女 「うん! ウラちゃんは元気!?」
ロアルドロス 「ウラガンキン様も、ボルボロス様も元気だよ……だけどちょっといいかな……寒くて意識が……」
クック 「こっちに来るといいだろう。先客がいるが、気にしないでくれ」
ロアルドロス 「おお! 火がある!! ありがたいよぉぉ!」
ティガ兄 「グガァァァァァ……!! グガァァァァ……!!」
ロアルドロス 「(ビクッ)」
ティガ弟 「俺を見るな。兄貴だよ」
少女 「わ、すごく体が冷たい。大丈夫?」
ロアルドロス 「ちょっと大丈夫じゃ……ないかも……」
少女 「毛布、つくりかけだけどもう一枚あるの。こっちに来て」
ロアルドロス 「うん、こっちかい?」
少女 「よいしょ(バサッ)」
ロアルドロス 「!! これは……古龍の毛皮か! 暖かい……」
クック 「しばらくそうしていれば、すぐに体が温まるさ。君、お酒は飲めるかい?」
ロアルドロス 「あ、お構いなく……僕は酒はやらないので……」

237: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:35:51.56 ID:BEEeVHQ0
キングチャチャブー 「…………ふん、つまらねぇ野郎だ(グビリ)」
キングチャチャブー 「少女……この熱燗とやら、イケるぜ」
少女 「わぁ、嬉しい。キングさん、弟さん、カエル沢山焼いておいたよ!」
ティガ弟 「その前に俺にも酒をよこせ。俺を労え!!」
クック 「焦らなくてもなくなりはしないさ。ほら」
ティガ弟 「……ックゥゥゥゥゥ!! 冷えた体に効くぜ!」
キリン 「ロアルドロスさんという方で、向こうの大陸からいらっしゃったらしいの」
少女 「そうなんだあ。こんなに寒いときに、大丈夫だった?」
ロアルドロス 「大丈夫じゃなかったみたいだよ……(ガタガタ)」
少女 「何か、あったまるものないかな……あ! サシミウオのスープがまだあった!」
少女 「これ飲んで。暖まるよ」
ロアルドロス 「すまないねぇ、かわいらしいバンビーナ(お嬢さん)」
ティガ弟 「ケェェ! 人間のガキだぜ!? 何がかわいらしいだ? ばんびーなァァ?」
ロアルドロス 「バンビーナはバンビーナじゃないか」
少女 「可愛いなんて……他人(ひと)から言われると照れるな」
キリン 「少女ちゃんは十分可愛いわよ。もっと自分に自信を持っていいのよ?」
ロアルドロス 「……(グビッ)うん! 美味い!! 我が部族にはない食べ方だ!!(ズルズル)」

238: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:36:55.75 ID:BEEeVHQ0
―しばらく後―

ロアルドロス 「……………………ふぅぅぅ…………大分温まった……」
ロアルドロス 「小さなバンビーナ、白いバンビーナ、僕を助けてくれてありがとう。心からお礼を言わせてください」
キリン 「白いバンビーナって私のことかしら?」
キングチャチャブー 「…………」
ティガ弟 「男には礼はなしか。いけすかねぇ野郎だ」
ロアルドロス 「教えられた通りの道を通ってきたんだけれど、途中で氷河に入り込んでしまって……」
ティガ弟 「無視かよ」
クック 「氷河!? そんな、ここ辺りの海でそんなものは冬でも出来ないはずだぞ」
ロアルドロス 「僕も訳が分からなくて、とにかく抜け出そうとはしたんです」
ロアルドロス 「しかし、急に海が氷のように冷たくなってしまい、動けなくなって……」
ティガ弟 「ケッ! 軟弱な野郎だ!」
キリン 「ちょっと弟さん、言葉遣いが乱暴ですよ」
キングチャチャブー 「……で、てめぇは運良くこのあたりの海岸に打ち上げられたっつうわけか」
ロアルドロス 「ええ。幸運だった。あなた方に運んでいただけなかったら、凍死していたところでした」
クック 「これも何かの縁だろう。外は出れないほどの吹雪だし、落ち着くまで私の家にいてくれていいよ」
ロアルドロス 「ありがとう、小さなバンビーナのお父さん」
ロアルドロス 「しかし、冬とはいえ……向こうの大陸では、ここまですさまじくはありませんでした」

239: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:38:00.93 ID:BEEeVHQ0
クック 「や、ここ最近の寒波が度を越しているという部分が大きいんだ。私たちも困っている所さ」
クック 「ところで、ここには君一人で? もしかしてはぐれた仲間がいるとか、そういうことはないかい?」
ロアルドロス 「簡単な旅だと思っていたので、僕一人で。かえってその方がよかった……」
クック 「全くだ。ラギアクルスさんの使いと言っていたが……」
ロアルドロス 「あぁ、あなた方に、向こうの大陸から色々と届け物があるんです」
ロアルドロス 「あの事件の時には、僕は参加できなかったので、あなた方の顔を一度見てみたいと思いまして」
クック 「そうだったのか。わざわざすまないことだねぇ」
ロアルドロス 「よっと……団長から、シーブライト鉱石、デプスライト鉱石の贈り物です」
少女 「わぁ、綺麗!」
キリン 「透き通っているわ。普通の鉱石じゃないのかしら」
ロアルドロス 「海の力を持っているといわれる石です。持っていると幸運を呼ぶと言われますよ」
ロアルドロス 「そして、少女さんにはこちら。ウラガンキン様から、上鱗の贈り物です」
少女 「! これ、ウラちゃんの……」
クック 「生え変わった鱗を取っておいてくれたのか! 順調に育ってくれているようで、とても安心したよ」
少女 「ウラちゃん、何してるかな。会いたいな」
クック 「春になったら、また行けばいいさ」
少女 「うん。この鱗は、お兄さんがくれた皮に縫い付けてコートの材料にするよ」

240: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:38:53.73 ID:BEEeVHQ0
ロアルドロス 「他にも色々、珍しいものをお持ちしました。皆さんで分けてください」
ティガ弟 「ケッ、くだらねぇ。俺は向こうの大陸になんて興味はねぇ。前だってつれてってもらえなかったしな!」
クック 「まぁそう言わないで。向こうの仲間も、いいモンスターばかりだよ」
キリン 「届け物をしにきてくださっただけなのに、災難でしたわねぇ」
ロアルドロス 「いやはやまったく……その通りです」
少女 「あ! ロアルさんが持ってきてくれた荷物の中に、オオシッポガエルがある!」
ティガ弟 「!」
キングチャチャブー 「ほう?」
少女 「ロアルさん、これみんなで食べていい?」
ロアルドロス 「どうぞどうぞ。こっちのものとは少し味が違うかもしれないけど」
ティガ弟 「どうしてもってんなら食ってやらんこともねぇぜ」
キリン 「素直に食べたいって言えないんですか?」
ティガ弟 「………………」
キングチャチャブー 「(グビリ)」
クック 「どれ、私も一献(グビリ)……うむ、やはり温めた方が体が温まるなぁ」
少女 「サシミウオのスープも、もっと沢山作るね」
ロアルドロス 「いいのかい? 君は、ウラガンキン様の仰るとおり、素敵なバンビーナなんだね」
少女 「素敵って……そんな」
ティガ弟 「ケェェ。少女。そんなカマ野郎うっちゃって、とっとと焼け」
ロアルドロス 「…………」
少女 「うん。あ、その前にお兄さんの薬、作ったの」

241: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:40:09.00 ID:BEEeVHQ0
少女 「お兄さんに飲ませたいんだけど……」
クック 「起きたらでいいだろう。随分といい夢を見ているようだ」
ティガ兄 「グガァァァァ……グガァァァァァ……」
ロアルドロス 「それにしても……この辺りには、ジエン様と並ぶほどの大きな方がいらっしゃるんですね」
キングチャチャブー 「?」
クック 「ジエン老と? いや、ラオシャンロンは確かに大きいが、ジエン老程はないと思うよ」
ロアルドロス 「ん? お知り合いじゃなかったのですか?」
キリン 「誰とかしら?」
ロアルドロス 「氷河に呑まれて意識を失う少し前に、海を泳ぐ巨大な影を目にしたんです」
ロアルドロス 「まるで暗闇の山が動いているようでした」
ロアルドロス 「最初は山かと思ったくらいです」
ティガ弟 「そんなにでかいのが水に浮くかよ。寝ぼけて幻でも見たんじゃねぇか?」
ロアルドロス 「失敬な。あのとき感じた鼓動や重量は、生き物のものでした」
ロアルドロス 「この辺りの海の神かと思い、挨拶をしようとしたのですが適いませんでした」
クック 「ふむ…………ラオシャンロンがこの最中泳ぐとは考えづらいしな……」

242: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:41:53.53 ID:BEEeVHQ0
キングチャチャブー 「砦ドラゴン……」
クック 「!」
キングチャチャブー 「(グビリ)奴が、冬を運んできやがったんだ……」
ロアルドロス 「砦ドラゴン……とは?」
ティガ弟 「おいおい、じじい。そんなの迷信だろ」
ティガ弟 「何よりも大きく、何よりも強い太古のドラゴンなんているわけねぇんだよ」
クック 「ふむ……いや、この大陸のモンスターに伝わる、伝説のドラゴンでね」
クック 「季節を背負ってつれてくると言われているものなんだ」
クック 「その大きさは、太陽や月を隠してしまうとまで言われている」
キリン 「私も、小さい頃聞いたことがあるわ」
キリン 「何でも、春夏秋冬四匹の砦ドラゴンがいて、それぞれの季節を背中に乗せて歩いているって」
キリン 「でもそれって、お話の中のことでしょう?」
キングチャチャブー 「………………(グビリ)」
キングチャチャブー 「お話……お話の中のこと……な」
キングチャチャブー 「そのお話を作った奴に、てめぇは真偽を聞いたことがあんのかよ……?」
キリン 「それは……」
ティガ弟 「ねーものはねーんだよ。世の中そういうもんだ」
キングチャチャブー 「ふん………………(グビリ)」
キングチャチャブー 「そう思うなら、そうなんだろうさ……」

243: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:42:48.47 ID:BEEeVHQ0
ロアルドロス 「うーん……じゃあ僕が見たものは何だったんだろう……」
少女 「はい! ロアルさん。サシミウオのスープがまたできたよ!」
ロアルドロス 「おおお! ありがとう(ズズズ)くぅぅ! 温まる!」
少女 「オオシッポガエルも、みんなに均等に分けるね」
キリン 「私もサシミウオのスープをいただこうかしら」
クック 「私もスープでいいな」
少女 「うん、分かった!」
ティガ弟 「(もぐもぐ)この脂身がたまんねぇ……!!」
キングチャチャブー 「………………(もぐもぐ)」
クック 「とりあえず、みんなで十分体を温めたら、今日は休もう」
クック 「明日になれば寒波も少しは収まっているかもしれないしね」

244: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/24(土) 16:44:25.42 ID:BEEeVHQ0
ティガ弟 「そうだな。連日この雹吹雪が続くとは思いたくねぇ」
少女 「キングさん用のベッド、こっちに用意してあるよ!」
キングチャチャブー 「…………あぁ。ご苦労」
キリン 「少女ちゃん、私と一緒に寝ましょう」
クック 「ああ、それがいい。行っておいで」
少女 「うん! ありがとうおねえちゃん!」
ロアルドロス 「クックさん、それでは少しお世話になります」
クック 「気にしないでくれ。困ったときはお互い様さ」
クック 「(しかし……ロアルさんが見たという巨大な影……気になるな……)」
クック 「(キングの言うとおり、砦ドラゴンが本当に存在しているのだとしたら……)」
クック 「(そのドラゴンのせいで、この寒波が……?)」
クック 「(だとしたら、何かが起こっているのかもしれない……)」
クック 「(何事もなければいいが…………)」

251: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:05:23.91 ID:yBtv3UY0
-真夜中-

少女 「(ん……)」
少女 「(風が玄関から吹き込んできてる……)」
少女 「(この前作った、葦の扉を使ってみようかな……)
クック 「グガァ……グガァ……」
キリン 「スゥ……スゥ……」
少女 「(確か玄関の近くに置いておいたはずだから……)」
少女 「(もぞもぞ)」
少女 「(お姉ちゃん、すぐ戻るね)」

252: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:09:46.25 ID:yBtv3UY0
-クックの巣、玄関-

少女 「うわ……っ! こんなところまで雪が入り込んでる……」
少女 「すごい吹雪……さ、寒い……」
キングチャチャブー 「ン……少女か……」
少女 「キングさん!? どうしてこんなところに? 寒くない?」
キングチャチャブー 「俺の仮面は燃えてるからな……寒さには強ェ」
少女 「そ……そうなんだ。でも、この吹雪じゃ、頭が無事でも体の方が凍っちゃうよ。一緒に中に入ろう?」
キングチャチャブー 「…………」
少女 「?」
キングチャチャブー 「闇の中を、何かが動くのが見えた」
少女 「え? 海岸の方?」
キングチャチャブー 「あァ。何かいやがるな……」
少女 「私には何も見えないけど……」
少女 「……ッ!!」
少女 「(何だろう……今、体に電気みたいな、ピリッとした衝撃が……)」
キングチャチャブー 「どうした?」
少女 「え……うぅん、何でもないよ」
少女 「それより、早く扉をしよう。キングさん、手伝ってくれる?」
キングチャチャブー 「扉?」
少女 「葦で編んでみたの。洞窟の入り口に蓋ができるように」
キングチャチャブー 「器用な野郎だ……」

253: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:10:37.10 ID:yBtv3UY0
キングチャチャブー 「…………こんなもんか」
少女 「わあ、キングさん、ありがとう。これで中に雪が吹き込んでこないね」
キングチャチャブー 「……」
少女 「ね、キングさん」
キングチャチャブー 「?」
少女 「砦ドラゴンって、おっきいの? ラオ様より?」
キングチャチャブー 「ラオシャンロンなんざ、目じゃねぇな……」
キングチャチャブー 「……俺がガキの時分の話だ」
キングチャチャブー 「あのときもひどい寒波で……一族の半分が死んだ」
キングチャチャブー 「丁度疫病が重なってな……」
少女 「そうなんだ……」
キングチャチャブー 「俺も高熱で苦しんでいたが……その時、海の向こうに奴の姿を見た」
キングチャチャブー 「月を覆い隠すほどの、巨大な竜の姿をな……」
キングチャチャブー 「陸に上がったそいつは、やがて俺の頭の上を通っていって、そして消えた」
キングチャチャブー 「……一族の中で、あれを見たのは俺一人だ」

254: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:11:36.05 ID:yBtv3UY0
キングチャチャブー 「誰もがヨタ話と笑ったが、あの時感じた力強い鼓動……」
キングチャチャブー 「すさまじい存在感……」
キングチャチャブー 「魂を振るわす、生命の足音……」
キングチャチャブー 「あれは夢じゃねぇ」
キングチャチャブー 「だから俺ァ、冬になるといつも海を見るのさ」
キングチャチャブー 「また、奴が現れるんじゃないかとな……」
少女 「……」
キングチャチャブー 「しゃべりすぎたか……寝るぜ」
少女 「私、キングさんの言うこと信じるよ」
キングチャチャブー 「…………」
少女 「ロアルさんも何かを見たって言ってたし、私も、海の方に何かがいるのを感じるの」
キングチャチャブー 「……そうか」
少女 「もし本当に、砦ドラゴンさんがいるのなら、お話してみたいな」
キングチャチャブー 「…………」
少女 「キングさん、どうしたの?」
キングチャチャブー 「……いや、昔、てめぇと同じようなことを言った奴がいてな……」
キングチャチャブー 「何でもねぇ。気にするな……」
少女 「? ……うん! ほら、キングさん。奥に行かないと凍えちゃうよ」
キングチャチャブー 「………………(スタスタ)」
キングチャチャブー 「(もし本当に砦ドラゴンだとしたら……)」
キングチャチャブー 「(茶アイルー…………)」
キングチャチャブー 「(お前もそこにいるのか……)」

255: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:14:06.16 ID:yBtv3UY0
―雪山―

ノノ・オルガロン 「あなた、雪が強いわ」
カム・オルガロン 「ああ、雪が強すぎるな」
ノノ・オルガロン 「あなた、これ以上は無理よ。火山への入り口が分からないわ」
カム・オルガロン 「ふむ……これ以上進むのは無理か。火山への入り口が分からない」
ノノ・オルガロン 「困ったわ。旅から戻ったばかりだというのに」
カム・オルガロン 「困ったな。旅から戻ったばかりだというのに」
ノノ・オルガロン 「!! 誰か来る!」
カム・オルガロン 「!! ノノ、私のそばを離れるな!」
ノノ・オルガロン 「ええ、カム。あなたのそばを離れないわ」
テオ・テスカトル 「……っ、くっ。すさまじい吹雪だ……」
カム・オルガロン 「その声は……テオ・テスカトル!」
ノノ・オルガロン 「テオ・テスカトル!? 良かった!」
テオ・テスカトル 「カム、ノノ!! 久しぶりだ! よく戻ってきたなぁ!!」
テオ・テスカトル 「懐かしい気配がしたので、見回りもかねて外に出てきたんだ。いやぁ、偶然だな!」

256: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:15:21.19 ID:yBtv3UY0
カム・オルガロン 「テオ。この寒波はどうしたことだ? こちらの大陸に入る前は何ともなかったのだが」
ノノ・オルガロン 「ええ。何ともなかったわ」
テオ・テスカトル 「私たちも、この異常事態に戸惑っている。ともかく火山に入ろう」
テオ・テスカトル 「私の炎でも、冷風を完全に防げない……君たちでは凍ってしまう」
ノノ・オルガロン 「そうね、カム。今は避難を優先しましょう」
カム・オルガロン 「そうだな、ノノ。今は避難を優先しよう」
テオ・テスカトル 「いつもの火山への出入り口は凍り付いてしまった」
テオ・テスカトル 「こちらに、急遽用意した入り口がある」
カム・オルガロン 「おお、そうだったのか」
ノノ・オルガロン 「やはり移動していたのね」
テオ・テスカトル 「この辺りの者はみな、火山に避難を始めている。だんだん凍り付いているようだ」
カム・オルガロン 「数刻前から突然雪が、倍近くに強くなった」
ノノ・オルガロン 「そうね。数刻前から突然、倍近くにひどくなったわ」
テオ・テスカトル 「……何かが起こっているのかもしれない。さ。こっちだ」
カム・オルガロン 「ありがたい。ノノ、行くぞ」
ノノ・オルガロン 「ええ。ありがたいわ。行きましょう。カム」

257: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:16:32.69 ID:yBtv3UY0
―旧火山、テオとナナの巣―

カム・オルガロン 「…………ふむ。大分体が温まった」
ノノ・オルガロン 「そうね。体が温まったわ。火山はちゃんと活動しているようで良かったわ」
ナナ・テスカトリ 「お魚が焼けました。どうぞ召し上がってください」
ノノ・オルガロン 「ありがとう、ナナ。おなかがぺこぺこなの。いただくとするわ」
カム・オルガロン 「そうだな。おなかがぺこぺこだ。いただくとしよう(もぐもぐ)」
テオ・テスカトル 「クック殿からいただいた酒がまだ余っていただろう。二人に振舞ってやってくれないか?」
ナナ・テスカトリ 「ええ。分かりました(ごそごそ)」
テオ・テスカトル 「修行の旅はどうだった? そろそろ今年も君たちが戻る時期だとは思っていたんだ」
カム・オルガロン 「……森の奥地に行ってみたが、いつもと同じだ」
ノノ・オルガロン 「ええ、いつもと同じ。あまりいい成果は得られなかったわ」
テオ・テスカトル 「そうか。まだ私たち以外の古龍や新種のモンスターがいるかと思っていたが……」
テオ・テスカトル 「やはりこの大陸では、もうこの辺りにしかモンスターは生息していないのか……」
カム・オルガロン 「代わりに人間の村が増えていた」
ノノ・オルガロン 「人間は森を切り、焼いて居住空間を広げていたわ」
ノノ・オルガロン 「私とカムは、沢山の森が人間の住処になっているのを見てきたわ」
カム・オルガロン 「そうだな。沢山の森が人間の住処になっていた」

258: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:17:35.40 ID:yBtv3UY0
ナナ・テスカトリ 「そうですか……ラオシャンロン様が、この土地を動かないようにとみなに厳命しているのは……」
テオ・テスカトル 「ああ。やはり、年々我らが移住できる土地は減っているからだろうな」
ノノ・オルガロン 「こちらはどうですか? 子供たちは?」
カム・オルガロン 「そうだな。子供たちのことが気になる」
テオ・テスカトル 「みんな順調に成長しているよ。一人も欠けていない」
テオ・テスカトル 「それに、フルフルさんの卵が見つかってな、息子さんが生まれて大きくなってきているんだ」
カム・オルガロン 「なんと!」
ノノ・オルガロン 「それはめでたいわ、カム」
カム・オルガロン 「そうだな、めでたいな、ノノ。あとで挨拶に行かなければ」
テオ・テスカトル 「今はこの寒波のため、登校できない生徒も多いが、君たちが顔を見せてくれれば火山の子供たちは喜ぶだろう」
ナナ・テスカトリ 「はい、どうぞ。狂走エキスの熱燗です」
ノノ・オルガロン 「あつかん?」
カム・オルガロン 「あつかんとは?」
ナナ・テスカトリ 「ある優秀な子が教えてくれた方法です。お湯でお酒を温めると、体の温まり方が全然違うんですよ」

259: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:18:27.29 ID:yBtv3UY0
ノノ・オルガロン 「温かい酒……(ぐびり)……~~ッ!!」
カム・オルガロン 「ノノ、どうした? ノノ?」
ノノ・オルガロン 「非常に美味だわ! カム。あなたも飲んでみて」
カム・オルガロン 「分かった(ぐびり)…………~~ッ!!」
カム・オルガロン 「カァァッ! 効くなぁ!」
カム・オルガロン 「優秀な子がいるのだな。こんな方法を思いつくとは」
ノノ・オルガロン 「ええ、優秀な子ね」
ナナ・テスカトリ 「ふふ。とてもかわいらしい、自慢の生徒です」
カム・オルガロン 「一体どこの子がこんな方法を?(ぐびり)」
ナナ・テスカトリ 「話すと長いのですが……」
テオ・テスカトル 「そうだな。私から話そう。その前に、二人とも体は大丈夫か? 火をもっと強くするか?」
カム・オルガロン 「火山の熱気でほてってきたくらいだ。問題はない」
ノノ・オルガロン 「そうね、問題はないわ」
テオ・テスカトル 「そうか。君たちが旅に出ている間、いろいろなことがあってね……」

260: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:21:18.27 ID:yBtv3UY0
カム・オルガロン 「………………では人間の子を、あのクックさんが育てているというのか」
ノノ・オルガロン 「珍しいこと……」
ナナ・テスカトリ 「もう人間というよりは、私たちモンスターに近い子なのですけれどね」
テオ・テスカトル 「いい子だ。我らに仇なす子ではない。それは私の名にかけて誓おう」
カム・オルガロン 「テオ・テスカトルがそこまで言うというのであれば、私は信じよう。ノノはいかにする?」
ノノ・オルガロン 「私も信じましょう。カムのように」
カム・オルガロン 「そうだな。一度会ってみたいものだ」
ノノ・オルガロン 「そうね。会ってみたいものです」
テオ・テスカトル 「この大吹雪がやめば、すぐにでも顔を見ることが出来るさ」
テオ・テスカトル 「それにしても……今年の寒波はおかしいな。雪はやむどころか、益々強さを増しているような気がする」
テオ・テスカトル 「これでは狩りにも出れない。生活に支障が出てくる者もいるだろう」
テオ・テスカトル 「とりわけ、森林と樹海に住む者が心配だ」
テオ・テスカトル 「一部の民族はこの旧火山に避難をさせたが、いまだ連絡の取れない者も多い」
テオ・テスカトル 「カム、ノノ。出来れば明日から、その者たちを探して、避難させる作業を手伝ってもらいたい」
カム・オルガロン 「構わない。どちらにせよ、樹海のヤマツカミ様にお会いしなければいけない」
ノノ・オルガロン 「そうね、ヤマツカミ様にお会いしなければ」

261: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:22:10.83 ID:yBtv3UY0
テオ・テスカトル 「……私たちが子供の頃、このような寒波がここを襲ったことがあった……」
ナナ・テスカトリ 「あの時は、沢山の仲間が犠牲になりました……」
テオ・テスカトル 「だが今回は避難経路をきちんと用意しておいたおかげで、備えることが出来たのはいいが……」
テオ・テスカトル 「何か、私は自然以外の者の力を感じるのだ」
カム・オルガロン 「………………」
ノノ・オルガロン 「そうね……カム」
カム・オルガロン 「ああ、ノノ」
テオ・テスカトル 「?」
カム・オルガロン 「おぬし達には言っておいたほうがいいだろう」
カム・オルガロン 「何かが海岸にいる」
テオ・テスカトル 「何かとは?」
ノノ・オルガロン 「得体の知れない何かよ。決して、いいものではないわ」
カム・オルガロン 「そう。得体の知れない何か。いいものではない」
カム・オルガロン 「私たちは吹雪の中、一瞬だけ何かが、海に潜るのを見た」
カム・オルガロン 「あれが何だったのかは分からないが……」
カム・オルガロン 「今でも、手の震えが止まらない」
ノノ・オルガロン 「ええ。震えがとまらないわ……」

262: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:23:27.58 ID:yBtv3UY0
ナナ・テスカトリ 「別大陸からの方でしょうか……?」
テオ・テスカトル 「いや……カムとノノは、人一倍敏感だからな。何かを感じ取っているのかもしれない」
テオ・テスカトル 「我々モンスターを超越した何かを……」
テオ・テスカトル 「寒波は、ここから、人間の里に向かって降りていっているようだ」
ナナ・テスカトリ 「……まさか……」
テオ・テスカトル 「ああ。子供の時と同じことが今、起こっているのかもしれない」
テオ・テスカトル 「もしかしたら、モンスター以上の力を持つ何かが、この寒波を呼んでいるのだとしたら……」
ナナ・テスカトリ 「今回も、沢山の犠牲が出るかもしれませんね……」
テオ・テスカトル 「いかにも。これは、何とかヤマツカミ様とラオシャンロン様にご相談しなければ」
カム・オルガロン 「樹海は今どうなっているのだ? テオ」
ノノ・オルガロン 「この雪で、私たちは迷ってしまったの」
カム・オルガロン 「ああ、迷ってしまってたどり着けなかった」
テオ・テスカトル 「昼間に行こうとしたのだが、通り道がふさがってしまい確認できなかった」
テオ・テスカトル 「夜が開けたら、また向かうつもりだ」
カム・オルガロン 「お前もだったのか。ならば明日、雪が収まっていることを祈るばかりだな」
ノノ・オルガロン 「ええ、祈るばかりね」
テオ・テスカトル 「(いずれにせよ、あの頃のような寒波だとすると、これは天災に近いものがある……)」
テオ・テスカトル 「(止められるものなら何とか止めたいものではあるが……)」

263: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/10/28(水) 16:25:27.80 ID:yBtv3UY0
―海岸―

ラージャン 「……………………」
ブランゴA 「キィ! ボス、雪が強い! ここは避難するべきだ!!」
ブランゴB 「鼻の穴まで凍っちまった!!」
ブランゴC 「だんだん風も強くなってきやがる!!」
ラージャン 「…………来る…………」
ブランゴA 「は? 何がですかい?」
ババコンガ 「族長、民の避難は完了しました!」
ラージャン 「…………そうか」
ラージャン 「日が昇り次第、樹海のもっと奥、火山へ移動する……」
ババコンガ 「了解です。しかし何なのでしょう、この猛吹雪は……」
ラージャン 「……お前たちには見えないのか……」
ババコンガ 「? 何がでございますか?」
ラージャン 「いや…………良い…………」
ラージャン 「………………」
砦ドラゴン 「(ズズズズズズズズズ)」

272: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:18:33.13 ID:MLHU/1g0
イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」

外伝 ~砦ドラゴンと少女~ 第2話

-三十年前、樹海-

黒チャチャブー 「…………ケッ」
チャチャブー達 「黒チャチャブー様が逃げたぞー!!」
チャチャブー達 「ビィ! 捕まえろー! また何をなされるかわからないぞー!」
黒チャチャブー 「(役立たずどもが……一生そこで俺を捜し続けてろ)」
黒チャチャブー 「…………(ササッ)」
チャチャブー達 「外に出すなー!! 絶対に見つけるんだー!!」
チャチャブー達 「ビィッ!!」

273: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:19:53.32 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「…………(タタタタタタッ)」
黒チャチャブー 「はぁ……はぁ(ドサッ)」
黒チャチャブー 「これで俺は自由だ……!!」
黒チャチャブー 「ははっ。自由だ!!」
黒チャチャブー 「(王家の奴らめ! ここまでは追ってこれまい)」
黒チャチャブー 「(窮屈な王家の暮らしなんざ、金輪際ごめんだ!)」
黒チャチャブー 「(そんなのやりたい奴だけでやればいい)」
黒チャチャブー 「(俺はもっと自由に生きるんだ。そう、自由に!!)」
黒チャチャブー 「(がんじがらめの王族なんて、もうまっぴらだ!!)」
黒チャチャブー 「(とっととこんな所、出ていって……)」
黒チャチャブー 「!! (誰かいる!?)」

274: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:20:45.77 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「(追っ手か……!?)」
黒チャチャブー 「(…………いや、違う……?)」
黒チャチャブー 「(こんな夜更けに、歌……)」
黒チャチャブー 「(女の声……)」
黒チャチャブー 「(ここから、たいして離れてない……)」
黒チャチャブー 「(澄んだ、まるで鈴の音のような声だ……)」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(だが、はかなく消えてしまいそうな……)
黒チャチャブー 「(何て悲しい声で歌う女だ……)」
黒チャチャブー 「(こんな歌、聞いたことがない)」
黒チャチャブー 「(悲しくて、辛くて、ひとりぼっちで……)」
黒チャチャブー 「(でも、美しい歌だ……)」
黒チャチャブー 「(美しい、歌……)」
黒チャチャブー 「…………」

275: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:22:03.55 ID:MLHU/1g0
-樹海、秘境の泉-

茶アイルー 「~~♪ ~~♪」
黒チャチャブー 「(猫族の小娘か……)」
黒チャチャブー 「(だがこんな夜中に一人、ここで何をしている……)」
黒チャチャブー 「(ガサッ)」
茶アイルー 「!!」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「だ……誰……?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「ひっ……チャチャブー…………」
黒チャチャブー 「…………」
チャチャブー達 「こっちから物音がしたぞ!!」
チャチャブー達 「探せー!! 是が非にでも探し出せー!!」
黒チャチャブー 「!!」

276: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:23:16.81 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「チッ……」
茶アイルー 「追われてるの……?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「こっち。ここの穴に隠れて……」
黒チャチャブー 「…………」
チャチャブー達 「誰かいるぞ!!」
チャチャブー達 「全員ここに集まれー!!」
黒チャチャブー 「(ササッ)」
茶アイルー 「…………」
チャチャブー達 「……(ガサッ)あぁん? 何だァ。猫の小娘だ!!」
チャチャブー達 「ビィ! 猫がこんなところで何をしている!!」
茶アイルー 「…………」
チャチャブー達 「答えないつもりか! 猫のくせに!(ドンッ!)」
茶アイルー 「きゃっ!(ドサッ)」
チャチャブー達 「このあたりで別の人影を見なかったか? 答えろ猫」

277: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:24:10.51 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「わ……私は、水を汲みにきただけで……」
茶アイルー 「誰も、見てません……」
チャチャブー達 「猫は信用できねぇ。捕まえて絞り込んでやった方が……」
茶アイルー 「(ブルブル)」
チャチャブー達 「いや、待て。嘘をつけるような猫にも見えない」
チャチャブー達 「おい猫!」
茶アイルー 「は……はい」
チャチャブー達 「このあたりで怪しい人影を見かけたら、すぐ奇面族の里に知らせよ」
チャチャブー族 「仲間にも伝えろ! 分かったな!!(グイッ)」
茶アイルー 「わ……わかり……ました(ブルブル)」
チャチャブー達 「ふんっ(パッ)」
茶アイルー 「ケホ……ケホ……」
チャチャブー達 「もっと下に降りていったのかもしれない! 下るぞ!!」
チャチャブー達 「ビィ!!!」

278: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:25:01.61 ID:MLHU/1g0
-しばらく後-

茶アイルー 「あなたを捜している様子だった人は、もう別の場所に行きましたよ」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(ノソノソ)……貴様、何のつもりだ?」
茶アイルー 「?」
黒チャチャブー 「誰が助けてほしいと頼んだ? 俺は、お前に助けてほしいなんて頼んでいないぞ」
茶アイルー 「でも、追われていたのでしょう?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私のことなら、心配はいりません……誰にもしゃべりません」
茶アイルー 「ケホ……ケホ……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「しゃべる……人も、いませんし……」

279: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:27:15.77 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「貴様、病気なのか」
茶アイルー 「気に……しないでください。ケホッ、ケホッ……ケホッ」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「診せてみろ。俺は薬術師について勉強をしたこともある」
茶アイルー 「本当に……何でもありませんから……」
黒チャチャブー 「その咳……痰病か」
茶アイルー 「!」
黒チャチャブー 「おおかた、仲間から隔離されてこんなところに、といった具合か?」
茶アイルー 「あなたには、関係がありません……それに、そこまで分かっているのなら、早くここを立ち去ってください」
茶アイルー 「この病は、伝染ります……」
黒チャチャブー 「ふん……(ぐいっ)」
茶アイルー 「!!」
黒チャチャブー 「この病は伝染らん。猫どもの医術は、俺たちの医術よりだいぶ遅れているようだな」

280: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:28:24.79 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「え……伝染らない……?」
黒チャチャブー 「ふむ……だいぶ喉が腫れているな……」
黒チャチャブー 「(ごそごそ)この薬草の粉末を水に溶かして飲めば、かなり楽になるはずだ」
黒チャチャブー 「どうした? 早くしろ」
茶アイルー 「あ……ありがとうございます……」
茶アイルー 「(ごそごそ)……(ごくり)」
茶アイルー 「…………苦…………」
黒チャチャブー 「薬は苦い。当たり前だろう」
黒チャチャブー 「効き目は一時間ほどであらわれるはずだ。しかし、もう冬も近いというのにここに野ざらしか?」
茶アイルー 「いえ……少し離れた所に洞窟があります……」
茶アイルー 「私は、少し前からそこに住んでるんです……」
黒チャチャブー 「…………しっかりと治療をすれば治らない病ではない。猫は遅れているな」
茶アイルー 「あの……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「ありがとう…………私は、茶アイルー。あなたは、どちら様ですか?」
黒チャチャブー 「俺は……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……俺は……俺だ」

281: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:29:23.57 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「……?」
黒チャチャブー 「俺は俺だ。名前は捨てた。戻る家ももうない」
茶アイルー 「ふふ……おかしな人ですね……」
茶アイルー 「でも。私と同じ……」
黒チャチャブー 「……?」
茶アイルー 「私も、もう帰る家がないんです」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「家族もこの病で死にました。一族のみんなは、私からこの病が伝染るのを恐れています……」
黒チャチャブー 「この病は遺伝性で発症する。人から人へ伝染らないことは、実証されている事実だ」
茶アイルー 「本当……ですか?」
黒チャチャブー 「ああ。お前の場合はたまたま悲運な偶然が重なったと考えていいだろう」
黒チャチャブー 「もう少し詳しく診察させてくれ」
茶アイルー 「あ……はい……」
黒チャチャブー 「(…………喉の腫れが尋常ではないな…………)」
黒チャチャブー 「(間に合わせの薬草では効き目は薄い……)」
黒チャチャブー 「(屋敷に戻れば、効き目の強い薬草を持ってくることが出来る)」
黒チャチャブー 「(………………)」
茶アイルー 「どう……ですか?」

282: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:31:42.88 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「喉の腫れから炎症が広がっているな。もう少し強い薬が必要だ」
茶アイルー 「薬……でも、そんなの私、交換できるものは何も持っていません……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(屋敷に戻れば……)」
黒チャチャブー 「(…………戻れば…………)」
黒チャチャブー 「(………………)」
黒チャチャブー 「(……こいつ……仲間に隔離されて、家族もいなくて……こんな場所に一人で……)」
黒チャチャブー 「(俺と同じ……?)」
黒チャチャブー 「(いや、違う……俺とは……違う)」
黒チャチャブー 「(俺は……俺は何をしている……)」
黒チャチャブー 「(王家の暮らしが嫌になって、逃げ出しただけだ)」
黒チャチャブー 「(俺には家もある。家族もいる……)」
黒チャチャブー 「(俺にはまだ、部族がある……)」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「どうか、しましたか?」
黒チャチャブー 「……いや…………なんでもない」

283: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:32:42.54 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「猫族にはちゃんと診察のできる医者はいないのか?」
茶アイルー 「私たちは、基本、神様に祈りますから……」
茶アイルー 「それでも祈りが届かなければ、そこが私の天命なのでしょう」
黒チャチャブー 「ケッ!」
茶アイルー 「……?」
黒チャチャブー 「祈りが何だ? 神様になんて祈っても、願っても、何もくれはしない!」
黒チャチャブー 「神様なんてこの世にはいない。猫は本当にくだらない生き物だな!」
茶アイルー 「それは違いますよ」
黒アイルー 「何がだ?」
茶アイルー 「神様はこの世にちゃんといます。いて、私達を見ています」
茶アイルー 「今この瞬間も……私の病気も、神様が与えた困難なんです」
茶アイルー 「だから、祈りが無駄になることはありませんよ……」
黒チャチャブー 「神が何だ。何をしてくれる? お前の病気を治してくれるとでも言うのか?」
茶アイルー 「それは…………」
黒チャチャブー 「ふん……っ。くだらねぇ。居もしない神にすがる死にぞこないくらい見苦しいものはないぜ」

284: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:33:36.08 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「死にぞこない……そうかもしれませんね……」
茶アイルー 「早く居なくなった方が、部族のためにもなるかもしれないし……」
茶アイルー 「…………あなたの言う通りかもしれません…………」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「…………ケホッ、ケホッ…………」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「~~~ッ!!!(ガシガシ)」
茶アイルー 「!?」
黒チャチャブー 「お前のような者を見ているとイライラする!!」
茶アイルー 「……ご、ごめんなさい……」
黒チャチャブー 「お前はここに住んでいるんだな!?」
茶アイルー 「は……はい。近くの洞窟に……」
黒チャチャブー 「ならすぐ戻って、火を焚きなるべく体を温めろ。水分を多くとるんだ。これを混ぜて(ポイッ)!」
茶アイルー 「(パシッ)…………え……でも、私……」
黒チャチャブー 「やかましい、言うとおりにしろ。それだと効き目が弱いから、俺が今から効き目の強い薬を取ってきてやる」

285: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:34:41.24 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「そんな……見ず知らずのあなたに、そんなこと……」
茶アイルー 「それに私、お返しできるようなものは何も……」
黒チャチャブー 「誰が見返りを期待した? 俺をバカにするのも大概にしろよ」
黒チャチャブー 「俺は…………」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「俺は、奇面族の一の王子、黒チャチャブーだ! 下賎の民からの礼物などいらぬわ!」
茶アイルー 「……チャ、チャチャブーの王子様…………でもさっきは、名前を捨てたって…………」
黒チャチャブー 「……気が変わった。ともかく、お前は俺が来るまで洞窟の中で静かにしているんだ」
黒チャチャブー 「こんな夜中に湖のほとりに出てくるなんて自殺行為もいい所だ。体を温めろ」
茶アイルー 「は……はい。分かりました」
黒チャチャブー 「それに、見返りならもうもらった」
茶アイルー 「……?」
黒チャチャブー 「俺はお前に庇われた。王族が下賎の民に庇われるなど、本来あってはならないことだ」
黒チャチャブー 「分かったか? 俺にはお前を治療する義務がある!」
茶アイルー 「よく分かりませんけれど……あなたは、私が恐くないのですか……?」

286: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:35:55.26 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「恐い……?」
茶アイルー 「もしかしたら……何かが、伝染ってしまうかもしれません……」
茶アイルー 「私は病人なんですよ……?」
茶アイルー 「病人の近くに居たら、病気になってしまいます」
茶アイルー 「ですから……」
黒チャチャブー 「ケッ。だからといって神に祈ったって何も変わりはしないぜ」
黒チャチャブー 「それに恐いだと? 病気が恐くて、病気を治せるか!」
黒チャチャブー 「そんなことで一族を守れるとでも…………!」
黒チャチャブー 「…………守れるとでも…………」
黒チャチャブー 「………………」

287: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:38:13.10 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「(俺は…………)」
黒チャチャブー 「(俺は、全てを捨てて逃げ出そうとしていた…………)」
黒チャチャブー 「(一族も、何もかも捨てて…………)」
黒チャチャブー 「(誇りさえも捨てて……)」
黒チャチャブー 「(何を守って、何のために生きるのか分からなかったからだ……)」
黒チャチャブー 「(だから、俺は…………)」
茶アイルー 「ケホッ、ケホッ」
黒チャチャブー 「…………待ってろ。ガタガタ言わずにな」
茶アイルー 「……はい……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「神様は、やっぱり居ますよ」
茶アイルー 「私と黒チャチャブーさんを、出会わせてくださったじゃないですか」
黒チャチャブー 「…………ケッ(タタタタッ)」

288: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:39:07.35 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「どこを探している! 黒チャチャブーはここにいるぞ!」
チャチャブー達 「ビィ! 坊ちゃま!!」
チャチャブー達 「どこにいらっしゃったのですか!? あれほど勝手に里を出てはならぬと……」
黒チャチャブー 「うるさい! 興が削がれた。帰る!」
チャチャブー達 「そんな、子供のような……あっ、お待ちください!」
チャチャブー達 「我々もお供します!」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「(…………)」
茶アイルー 「(本当にチャチャブーの王子様なんだ……)」
茶アイルー 「(チャチャブーは粗野で乱暴だって聞いてたけれど……)」
茶アイルー 「(そんなに悪い人には見えなかった……)」
茶アイルー 「(…………)」
茶アイルー 「(ゴソゴソ)……お薬……」
茶アイルー 「(ゴクリ)……苦っ…………」

289: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:40:05.88 ID:MLHU/1g0
―二日後、夜―

黒チャチャブー 「(派手に脱走しすぎたからな……警戒が厳しい……)」
黒チャチャブー 「(見つからずにここまで来るだけで、随分時間を食ってしまった……)」
黒チャチャブー 「(あいつ……)」
黒チャチャブー 「(あの猫……無事でいるだろうか……)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(待てよ……何で俺は、あんな身も知らない猫のことを心配してるんだ……?)」
黒チャチャブー 「(俺には関係ないことじゃないか……)」
黒チャチャブー 「(それに、もしかしたら場所を変えてるかもしれない……)」
黒チャチャブー 「(チャチャブーと猫は仲が悪いからな……)」
黒チャチャブー 「(俺から言わせればどちらも同レベルのような気がするが……)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(……俺は、何真面目に、また里を抜け出して……)」
黒チャチャブー 「(逃げ出すんじゃなくて、奴の看病に行こうとしてるんだ……)」
黒チャチャブー 「(俺は、何をしてるんだ……)」

290: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:40:59.46 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「(俺は……)」
茶アイルー 「……あ…………」
黒チャチャブー 「…………よ、よう」
茶アイルー 「(ニコリ)こんばんは」
茶アイルー 「私、言われたとおりに火で体を温めて、あなたのくれた薬を飲んでいました」
茶アイルー 「そうしたら、少し楽になったような気がします」
黒チャチャブー 「(こいつ……)」
黒チャチャブー 「(二日間、ずっと俺を待っていたのか……)」
黒チャチャブー 「(だまされているかもしれないとは考えなかったのか……)」
黒チャチャブー 「(……いや、考えられるはずがない……)」
黒チャチャブー 「(こいつにはもう、帰るところがない……)」
黒チャチャブー 「(俺と、違って……)」
黒チャチャブー 「(ぬくぬくと生きてきた俺と違って……)」

291: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:41:54.17 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「? どうかしましたか?」
黒チャチャブー 「……いや、薬を持ってきた(ガサッ)」
黒チャチャブー 「見張りに金をつかませて、少しの時間だけここに来たんだ」
茶アイルー 「何だか……申し訳ありません」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「私なんかを気にかけなくて、あそこで逃げ出していれば、別の所にいけたかもしれないのに……」
黒チャチャブー 「…………別のところか…………」
黒チャチャブー 「俺は、それを夢見ていた」
黒チャチャブー 「どこか別の、ここじゃない別の場所……」
黒チャチャブー 「そこではきっと、俺を俺と認めてくれる人がいるかもしれない……」
黒チャチャブー 「そんなことを思っていた」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「だけど……それって全部、空虚な妄想なんだよな……」
黒チャチャブー 「自分でも何となく分かっていた。外の世界なんて存在してないって」
黒チャチャブー 「逃げ出した先には何もないって」
黒チャチャブー 「…………お前を見て、そう思った」

292: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:43:00.51 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「……そうですか……気にされていないんなら、いいんです」
黒チャチャブー 「喉を見せろ。俺がじきじきに診てやる」
茶アイルー 「はい……」
黒チャチャブー 「(炎症は引いているが、前より腫れが大きくなっている……)」
黒チャチャブー 「(これは単なる痰病ではない……もっと別の何かだ……)」
黒チャチャブー 「(違う病気も併発しているんだ……体の免疫力が低下して……)」
黒チャチャブー 「(治せるのか、俺に……)」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「……どう、ですか?」
黒チャチャブー 「とりあえず、痰病に効く薬を飲め。後は喉もとのマッサージを少しするから」
茶アイルー 「はい……」
黒チャチャブー 「お前、ちゃんと食事はしているのか?」
茶アイルー 「干し魚を少し……」
黒チャチャブー 「……チッ。そういうことだろうと思って、色々持ってきた」
黒チャチャブー 「食欲がなくても食わなければ、治るものも治らないぞ」

293: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:43:58.36 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「…………ありがとうございます。だいぶ楽になりました」
黒チャチャブー 「じゃあ、この粥を食え。その後にこの薬を飲むんだ」
茶アイルー 「分かりました」
黒チャチャブー 「それじゃ。俺は戻るから……」
茶アイルー 「あ……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「あ……いえ……」
茶アイルー 「戻らなければ、いけないんですよね……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……もう少しここにいる」
茶アイルー 「…………ありがとうございます…………」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「(もぐもぐ)」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「あの…………」

294: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:44:56.99 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「何だ?」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんは、どうして里を抜け出そうとしたんですか?」
黒チャチャブー 「…………嫌になっただけだ」
茶アイルー 「?」
黒チャチャブー 「俺は、生まれたときから次期キングになることが決まっている」
黒チャチャブー 「周りの奴らは俺をもてはやす」
黒チャチャブー 「そして俺を大切にする」
黒チャチャブー 「俺は、足りないものなど何一つとしてない生活をしている」
黒チャチャブー 「ほしいものがあれば、言えばすぐ誰かが持ってきてくれる」
黒チャチャブー 「俺が、偉いからだ」
茶アイルー 「その、何がいけなかったんですか?」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「誰も、俺を見ていない……」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「誰もが見ているのは、次代キングという俺の偶像だ」
黒チャチャブー 「俺が頼んでキングになるわけではない。誰かが勝手に決めたことだ」
黒チャチャブー 「そして、みんなその、誰かが勝手に決めたキングという偶像に俺を当てはめようとする」

295: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:45:47.41 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「その中に、俺はどこにいる?」
黒チャチャブー 「誰の中にも俺はいない」
黒チャチャブー 「あるのは空っぽの偶像だけだ」
黒チャチャブー 「だから逃げようと思った。逃げて、遠くに行けば……」
黒チャチャブー 「誰も俺のことを知らない場所に行けば、本当の俺が見つかるんじゃないかと思った」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「…………何を言っているんだろうな、俺は」
黒チャチャブー 「猫なんかに話しても、どうなるものでもないのにな…………」
茶アイルー 「本当の自分……」
茶アイルー 「それって、探しに行かなければ見つからないんでしょうか……」
黒チャチャブー 「……?」
茶アイルー 「だって、私から見た黒チャチャブーさんは、今、この目の前にいます」
茶アイルー 「手を伸ばして……?」
黒チャチャブー 「? こうか?」

296: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:50:13.09 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「(ぎゅ……)」
茶アイルー 「私の手、あなたの手よりだいぶ小さいけれど、温かいでしょう?」
茶アイルー 「私は今、ここに居ます。生きています」
茶アイルー 「あなたの手も温かい……」
茶アイルー 「あなたは、今、ここに居ます……」
茶アイルー 「私とおなじ場所に居ます」
茶アイルー 「自分は、探しに行くものじゃないんです。見つけてあげるものじゃないでしょうか」
茶アイルー 「すぐそこにいる自分を、見つけてあげるものなんじゃないでしょうか……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私の、この目の前には……」
茶アイルー 「少し恥ずかしがり屋だけれど、真面目で、優しくて、頭のいいチャチャブーさんが一人います」
茶アイルー 「私には、そう見えますよ……」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「逃げる必要なんてどこにもないんです……」
茶アイルー 「だってあなたは、こんなに優しいじゃないですか……」
茶アイルー 「優しいあなたは、今、ここにいますよ……」

297: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:52:05.28 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「……時間だ」
茶アイルー 「はい(にこり)……ありがとうございました……」
黒チャチャブー 「明日、また来る。同じ時間に」
黒チャチャブー 「それとこれ、毛布をもってきた」
茶アイルー 「わぁ、嬉しいです……!」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私、待ってます。ここにいます。どこにも行きませんから」
茶アイルー 「また、来てくださいね……」
黒チャチャブー 「ああ。また来る」
黒チャチャブー 「それじゃ……(ガサガサ)」
黒チャチャブー 「(自分はここにいる……)」
黒チャチャブー 「(どこにも探しに行かなくていい……)」
黒チャチャブー 「(本当の自分……ここにいる自分……)」
黒チャチャブー 「(それでいいのか……)」
黒チャチャブー 「(そんな単純なことで、俺は本当にいいのか……)」
黒チャチャブー 「(俺は…………)」
黒チャチャブー 「(……………………)」

309: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:25:47.64 ID:3a6EclQ0
―数日後―

黒チャチャブー 「(腫れが一向に引かない……もしかしたら、この病は……)」
茶アイルー 「……私、どうですか?」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「…………良くなってる。心配せずに薬を飲んでればいい」
茶アイルー 「そう、ですか……」
黒チャチャブー 「何だ? どうしてそんな顔をする」
茶アイルー 「いえ……ありがとうございます(にこり)」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんがいなければ、私はもっと早くに死んでしまっていました」
茶アイルー 「独りぼっちのまま、死んでしまっていました……」
茶アイルー 「それってとっても、寂しいことだなあって思って……」
黒チャチャブー 「……まるでもうじき死んでしまうかのような口ぶりだな」
茶アイルー 「……! …………」
黒チャチャブー 「俺がじきじきに治療しているんだ。そう簡単には殺さん」
黒チャチャブー 「それとも、俺が信用できないのか?」
茶アイルー 「……(にこり)いいえ、あなたを信用しています……」

310: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:26:44.70 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(釈然としない……)」
黒チャチャブー 「(……こいつ……薄々気づいているんだ……)」
黒チャチャブー 「(この病は、痰病だけという単純なものじゃないこと……)」
黒チャチャブー 「(そしてそれが、おそらくは…………)」
黒チャチャブー 「(………………)」
黒チャチャブー 「(なのに何故、笑っていられる……?)」
黒チャチャブー 「(何故俺に対して、笑いかけてくれる……)」
黒チャチャブー 「(俺には出来ない……)」
黒チャチャブー 「(俺には……)」
茶アイルー 「あとはこのお薬を飲めば、いいんですね?」
黒チャチャブー 「あ……ああ」
茶アイルー 「(ゴクリ)…………やっぱり苦いです」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん」
黒チャチャブー 「何だ?」

311: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:27:39.48 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「黒チャチャブーさんは、どうしてこんなに親切なんですか?」
黒チャチャブー 「親切……?」
黒チャチャブー 「馬鹿言うな。俺は、お前に借りを返すために……」
茶アイルー 「借り……なら、もう十分返していただきました……」
茶アイルー 「でも、まだ……こうして何回も私のところに来てくれて、一緒にお食事もしてくれて……」
茶アイルー 「私は、もう十分です……」
茶アイルー 「なのに、どうして?」
黒チャチャブー 「(……間違いない。こいつは……)」
黒チャチャブー 「(気づいている)」
黒チャチャブー 「(自分がもう……)
黒チャチャブー 「(…………多分、助からないことを…………)」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(だが、俺は……)」
黒チャチャブー 「…………お前が、気になる……」

312: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:28:50.16 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「私が……?」
黒チャチャブー 「寝ていても、覚めていても……頭の中は、お前のことばかりだ……」
黒チャチャブー 「生きているだろうか、死んだのだろうか……」
黒チャチャブー 「俺の頭の中を、お前という存在が引っ掻き回していく」
黒チャチャブー 「だから俺はここに来るんだ……」
黒チャチャブー 「そう、ただ俺は単純に、お前が気になる……」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「生まれて初めてなんだ……」
黒チャチャブー 「俺をキング扱いしない者は……」
黒チャチャブー 「こうして対等に話をできるのが……」
黒チャチャブー 「あるいは、もっと単純な、何ともない理由なのかもしれない……」
黒チャチャブー 「特に……深い理由がない……」
茶アイルー 「(くすり)」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「私と、同じですね……」

313: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:29:56.25 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「私を毛嫌いしない人と、こうして対等におしゃべりできるのって、生まれて初めてのことなんです……」
茶アイルー 「私も寝ていても、起きていても……頭の中はあなたのことばかりです……」
茶アイルー 「あなたは、また来てくれるだろうか……」
茶アイルー 「私は、また、明日の朝日を見れるんだろうか……」
黒チャチャブー 「!」
茶アイルー 「(にこり)そればっかりです」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(まただ……)」
黒チャチャブー 「(何故笑う……何故、そうやって笑っていられる……)」
黒チャチャブー 「(まるで今すぐにでも消えてしまいそうな、儚い笑みだ……)」
黒チャチャブー 「……(すっ)」
茶アイルー 「……? 手を……」
黒チャチャブー 「(ぎゅっ)こうして触れていれば、そんなに哀しそうに笑わないか?」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「……お前は、自分は今ここにいる自分、それそのものだと俺に教えてくれた」
黒チャチャブー 「なら今度は、お前が自分のそれを受け入れる番だ」
黒チャチャブー 「お前にどんな未来があろうとも、お前は今、ここで……」
黒チャチャブー 「俺と手を繋いでいるお前は、今ここで、確かにか生きている」
黒チャチャブー 「それではいけないのか……?」

314: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:31:04.80 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「そう、ですね……」
茶アイルー 「私は今、あなたの目の前で生きているんですね……」
茶アイルー 「……忘れてしまう所でした……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「俺の手は、温かいだろう?」
茶アイルー 「ええ、とっても」
黒チャチャブー 「小さい頃からそうなんだ。俺の父も……もう死んでしまったが、俺が泣いているとよく、こうしてくれた」
黒チャチャブー 「その時の父の手は、温かくて大きくて……」
黒チャチャブー 「触れていると何故か安心して、胸の動悸が収まっていくのを感じた覚えがある」
黒チャチャブー 「人は、誰かの中にいなければ生きていると、そう感じることが出来ないらしい」
黒チャチャブー 「その時の父は、そう言っていた」
黒チャチャブー 「誰かの中に鏡のように映っている自分を見ることが出来なければ、生きている実感を得ることは出来ないと」
黒チャチャブー 「どうだ? お前は今、確かに俺の中に映っていることを、感じることが出来るか?」
黒チャチャブー 「それで少しは、恐いのがなくなるか……?」
茶アイルー 「…………はい…………(ぎゅっ)」
茶アイルー 「そうですね……少しは、恐いのがなくなりました………」
茶アイルー 「ありがとうございます……」
茶アイルー 「……私たち、お互い意外と、お似合いなのかもしれませんね(にこり)」

315: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:32:03.99 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(笑顔に、少しだけ温かみが出てきた……)」
黒チャチャブー 「(良かった……)」
黒チャチャブー 「……ああ、そうなのかもしれないな……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん、私、あなたに何もお礼が出来ないのですけれど……」
茶アイルー 「もし、良かったら、一緒に朝日を見ませんか?」
黒チャチャブー 「朝日を……?」
茶アイルー 「ええ。この近くの枝の上から見える朝日は、格別なんです」
茶アイルー 「何もかも全て、洗い流してくれるような光なんです」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……分かった。夜明けまで、ここにいるよ」
茶アイルー 「……(にこり)ありがとうございます」
黒チャチャブー 「(にこり)」
茶アイルー 「あ……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「今、初めて笑ってくれた……」
黒チャチャブー 「俺が……笑った?」
茶アイルー 「うふふ……笑った顔は、可愛いんですね」
黒チャチャブー 「……ふん、茶化すな……」

316: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:33:29.74 ID:3a6EclQ0
―朝、茶アイルーの洞窟近くの木の上―

黒チャチャブー 「大丈夫か? こんな所に登って……」
茶アイルー 「私は木登りは得意なんですよ。これくらい平気平気……(ずるっ)」
黒チャチャブー 「(がしっ)何してるんだ。ほら、俺にしっかり掴まれ」
茶アイルー 「ご……ごめんなさい……」
茶アイルー 「よいしょ……」
黒チャチャブー 「(だいぶ体が弱っている……)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(こいつの病には、おそらく特効薬はない……)」
黒チャチャブー 「(段々と体の免疫力が低下していき、いずれ別の合併症で死亡する……)」
黒チャチャブー 「(痰病は、単なる合併症だったんだ……)」
黒チャチャブー 「(免疫力が低下してるから、痰病も治らない…………)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(俺は、こいつになにもしてやれないのか……?)」
黒チャチャブー 「(治してやれないのか……?)」
黒チャチャブー 「(俺は…………何もできないのか……?)」

317: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:34:22.45 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「ほら、黒チャチャブーさん、この枝からの眺めが一番いいんです」
黒チャチャブー 「…………ああ(どかり)」
黒チャチャブー 「朝方冷えるようになってきたな……」
黒チャチャブー 「もっと俺にくっつくんだ(ぐいっ)」
茶アイルー 「は……はい……」
茶アイルー 「(くすり)」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「ふふ……こうしていると、恋人同士みたいですね」
黒チャチャブー 「…………ふん……」
黒チャチャブー 「恋人か……」
黒チャチャブー 「そんなこと、考えたこともなかった……」
黒チャチャブー 「俺は今まで、与えられたものしか、考えたことがなかった……」
黒チャチャブー 「自分の手で何かを掴むことなんて、考えもしなかった……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……でも、今、自分の手で掴みたいと、生まれて初めて思った」

318: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:35:19.93 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「何をですか?」
黒チャチャブー 「……俺は、お前を掴みたい」
茶アイルー 「…………私を……?」
黒チャチャブー 「お前のことをもっと知りたい……」
黒チャチャブー 「これから先もずっと、お前のことを知っていきたい……」
黒チャチャブー 「与えられるんではなくて、俺自身の手で、お前の生を掴みたい……」
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「もしも……」
茶アイルー 「もしも、私がこれから先も生きることができて……」
茶アイルー 「あなたの傍に、居ることが出来るんだとしたら……」
茶アイルー 「それほど、幸せなことはないでしょうね……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「あ……ほら……」
黒チャチャブー 「!」
茶アイルー 「太陽が昇ってきます。地平線の向こうがオレンジ色に光って……」
茶アイルー 「まるで、光の海が出来たみたい……」

319: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:36:51.40 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(本当だ……)」
黒チャチャブー 「(昇ってくる太陽の光が、色んなところに乱反射して、まるでこの世のものではないかのような……)」
黒チャチャブー 「(神秘的な光景だ……)」
茶アイルー 「ね……黒チャチャブーさん」
茶アイルー 「こんな話を知っていますか?」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「この世には、四匹の、大きな、大きなドラゴンがいるんです」
茶アイルー 「それぞれのドラゴンは、太陽をお父さん、月をお母さんとして生まれて……」
茶アイルー 「背中に、春夏秋冬の季節を乗せて、いろいろな所を歩き回っているそうなんです……」
黒チャチャブー 「……聞いたことがある……」
黒チャチャブー 「ドラゴンは、太陽や月に会いに行こうと、いつもどこかをさまよっていると……」
黒チャチャブー 「しかし地上にいる限り、絶対に父母に会うことは出来ない……」
黒チャチャブー 「だから、その四匹のドラゴンは、移動を続ける。永遠に……」
黒チャチャブー 「哀しいおとぎ話だ」

320: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:37:44.19 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「……砦ドラゴンが地上をさまよっているのは、お父さんやお母さんを探す他の理由もあるんです。ご存知ですか?」
黒チャチャブー 「違う理由?」
茶アイルー 「その大きな背中に、生き物の魂を乗せて、いつか天に昇るときに一緒に連れて行ってあげるために……」
茶アイルー 「そんな、仲間達を集めているんです……」
茶アイルー 「砦ドラゴンも、独りはきっと、辛いんですよ……」
茶アイルー 「私、一度でいいから、砦ドラゴンに会ってみたいと思っていました」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「そうすれば、独りじゃなくなるんじゃないかなって、思っていました……」
茶アイルー 「今、この瞬間にも、どこかにいるかもしれない……」
茶アイルー 「命をなくしても、独りにならずに済むんです」
茶アイルー 「そんな素敵なことって、他にないと思いませんか?」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「ああ……そうかもしれないな……」
黒チャチャブー 「……だが、見てみろ」
黒チャチャブー 「……この朝日、今、ここにある朝日は俺たち二人のものだ」
黒チャチャブー 「もう、お前一人のものじゃない……」
黒チャチャブー 「それだけじゃ、不服なのか……?」

321: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:39:21.65 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「いいえ……これで十分です(にこり)」
茶アイルー 「…………コホッ、コホッ……」
黒チャチャブー 「(ぐいっ)」
黒チャチャブー 「(砦ドラゴン……)」
黒チャチャブー 「(魂を連れて行くドラゴン…………)」
黒チャチャブー 「(茶アイルーを渡すものか……)」
黒チャチャブー 「(砦ドラゴンなんかに、この子を渡すものか……!!)」
黒チャチャブー 「(この子を治してやりたい…………)」
黒チャチャブー 「(出来るなら、俺が……)」
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「綺麗な朝日……」
茶アイルー 「今までで、一番…………」

322: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:41:31.83 ID:3a6EclQ0
―数日後、チャチャブーの里、黒チャチャブーの屋敷―

黒チャチャブー 「(何だ……妙に寒いな……)」
黒チャチャブー 「(ガサガサ)」
黒チャチャブー 「!!」
黒チャチャブー 「(何!? 雪だと!?)」
黒チャチャブー 「(いくら冬だといえ、昨日までは快晴だったじゃないか……!!)」
黒チャチャブー 「(くそっ! 吹雪いてる……!!)」
チャチャブーA 「ビィ! 坊ちゃま!」
黒チャチャブー 「チャチャブーAか! 何だ、この雪は……!?」
チャチャブーA 「我々にも……突然の寒波です!」
チャチャブーA 「朝方、いきなりのことで、民の避難が滞っています!」
黒チャチャブー 「屋敷を空けて、とにかく中に人を入れるんだ!」

323: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:42:44.04 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(…………!!!!!)」
黒チャチャブー 「(茶アイルー!!!)」
黒チャチャブー 「(あいつは……!!)」
黒チャチャブー 「(ダダッ)」
チャチャブーA 「坊ちゃま!」
黒チャチャブー 「すぐ戻る!」
黒チャチャブー 「…………(ふらっ)…………!!」
黒チャチャブー 「(な……何だ……? 今、目の前がぐらって…………)」
黒チャチャブー 「(俺……もしかして…………)」
チャチャブーA 「坊ちゃま! 不用意な行動は……」
黒チャチャブー 「……(ダダダダッ)」
チャチャブーA 「坊ちゃま!!」

324: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:43:39.49 ID:3a6EclQ0
―チャチャブーの里―

黒チャチャブー 「くそっ……ものすごい雪の量だ……」
チャチャブーB 「坊ちゃま! こんなときに、どこへ……」
黒チャチャブー 「お前たちには関係ない!」
チャチャブーB 「ダメです! 雪で里の外の通路は全て凍り付いてしまっています」
チャチャブーB 「こんな中出て行ったら、遭難してしまいますよ!!」
黒チャチャブー 「………チッ」
黒チャチャブー 「(雪が腰の辺りまで……)」
黒チャチャブー 「(何だこの降雪量は…………!?)」
黒チャチャブー 「(ぐらっ……)」
黒チャチャブー 「!!」
チャチャブーB 「坊ちゃま、顔が真っ赤ですぞ!」
チャチャブーB 「まさか、熱病に……」
黒チャチャブー 「…………どけっ!」
チャチャブーB 「坊ちゃま!? 坊ちゃまー!!」
黒チャチャブー 「(くそっ……昨日診察した熱病の患者から、伝染ったか……!)」
黒チャチャブー 「(…………いや、しかし今は茶アイルーだ……!!)」
黒チャチャブー 「(この雪の中、まさか…………)」
黒チャチャブー 「(待ってろ……今行ってやる!!)」

325: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:44:47.47 ID:3a6EclQ0
―樹海、秘境の泉―

茶アイルー 「(ガタガタ)さ……寒い…………」
茶アイルー 「(黒チャチャブーさんがくれた毛布に、もっとくるまって……)」
茶アイルー 「(火を焚いてるのに、凍えそう…………)」
茶アイルー 「ゴホッ……ゴホッ…………」
茶アイルー 「(黒チャチャブーさん…………)」
茶アイルー 「(どうしてだろう……私、今……)」
茶アイルー 「(すごく、黒チャチャブーさんに、会いたい……)」
茶アイルー 「(う……こんな所まで雪が……)」
茶アイルー 「(体が……動かないよ……)」
茶アイルー 「(寒くて……意識が……)」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん…………」

326: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:46:24.59 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「茶アイルー!!!」
茶アイルー 「!!」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん…………」
黒チャチャブー 「どうした、しっかりしろ!!(バッ)」
茶アイルー 「あ……本当に……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんだ………………」
茶アイルー 「ケホッ……ケホッ…………」
茶アイルー 「ごめんなさい…………」
茶アイルー 「お薬飲んだんだけれど……」
茶アイルー 「それでも、寒くて……私…………」
黒チャチャブー 「すぐにここを出る。俺におぶされ。早く!」
茶アイルー 「(よろよろ)……は、はい…………」
 >ビュゥゥゥッゥゥゥゥゥゥゥッ
黒チャチャブー 「(ぐっ…………何とかここまでたどり着いたが……)」
黒チャチャブー 「(一寸先も見えないほどの吹雪だ……)」
黒チャチャブー 「(それに、俺も熱で、意識が…………)」
黒チャチャブー 「(……ダメだ! すぐに茶アイルーを里に避難させなければ……!!)」
黒チャチャブー 「(部族の争い云々の場合ではない。このままでは間違いなく……)」

327: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:48:16.53 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「………………」
黒チャチャブー 「!? 茶アイルー! 返事をしろ!!(ゆさゆさ)」
茶アイルー 「…………う……うう……」
黒チャチャブー 「(体が氷のように冷たい…………)」
黒チャチャブー 「(顔色も悪い……この急激な寒波で、病気が一気に悪化したんだ!!)」
黒チャチャブー 「くそっ!!!(ダダダッ)」
黒チャチャブー 「ぐっ……前が見えない…………」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥッ!!!
黒チャチャブー 「(これは……ここから出てしまったら遭難する……)」
黒チャチャブー 「(洞窟の奥に逃げるしかない!!)」
黒チャチャブー 「(ダダダダッ)」
茶アイルー 「う……黒チャチャブーさん…………」
黒チャチャブー 「外の吹雪が尋常じゃない。ここを離れられなくなってしまった……!!」
黒チャチャブー 「(火なんてとうの昔に吹き消されてしまっている……!!)」
黒チャチャブー 「(毛布だけではこいつを温めることはできない……)」
黒チャチャブー 「(……ぎゅぅぅぅぅ)」
黒チャチャブー 「(こうして、抱きしめてやれば…………)」
茶アイルー 「…………(ぎゅ……)」

328: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:49:55.07 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「…………黒チャチャブーさん……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「ありがとう……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「……………………私、お父さんも、お母さんも死んじゃって…………」
茶アイルー 「……友達も、誰も居なくて…………」
茶アイルー 「独りぼっちで…………死んでしまうところでした……」
茶アイルー 「…………でも、黒チャチャブーさんは、私をそんなところから救い出してくれた…………」
茶アイルー 「私を…………独りぼっちじゃないところに、持ち上げてくれた…………」
茶アイルー 「私……嬉しかった……とっても……」
茶アイルー 「今日も……ちゃんと、来てくれた…………」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「ケホッ……ケホッ…………」
黒チャチャブー 「………………(ぎゅぅぅぅっ)」
茶アイルー 「私、知ってるんです……」
茶アイルー 「自分の……体のことですもの……」
茶アイルー 「この病は……黒チャチャブーさんでもきっと……治せないってこと……」
茶アイルー 「でも、黒チャチャブーさんは、あきらめなくて……」
茶アイルー 「私なんかに、こんなに世話をかけて……くれて…………」

329: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:50:47.64 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「もういい、もうしゃべるな……」
茶アイルー 「………………」
茶アイルー 「ねぇ、黒チャチャブーさん…………」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私が見たかったもの……」
茶アイルー 「私が体験したかったこと…………
茶アイルー 「全部、もらってくれますか……?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「この先もずっと、ずっと生きて……」
茶アイルー 「私が生きたかった全てを、引き受けてくれませんか…………?」
黒チャチャブー 「……………………………………」
茶アイルー 「て……ふふ……都合の、いい話かもしれませんね…………」
黒チャチャブー 「…………分かった…………」
黒チャチャブー 「お前の全てを、俺は引き受ける…………」
黒チャチャブー 「お前が見たかったもの……体験したかったもの……生きたかったこと……全て生きてやる…………」
黒チャチャブー 「生きてやる……だから……!!!」
茶アイルー 「ふふ……嬉しい……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんの体……温かい…………」
茶アイルー 「……………………」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「………………」

330: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:52:26.40 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「茶アイルー!! 茶アイルー!!!!」
茶アイルー 「………………」
黒チャチャブー 「(脈が……脈が段々と弱まっていく……!!)」
黒チャチャブー 「うおおおお!! 死ぬな!!」
黒チャチャブー 「死なないでくれ!!!」
黒チャチャブー 「(ぎゅぅぅぅぅぅ)茶アイルー!! 戻って来い!!」
黒チャチャブー 「戻って来い!!!」
茶アイルー 「………………」
黒チャチャブー 「う……嘘だろ…………!?」
黒チャチャブー 「さっきまで…………」
黒チャチャブー 「うおおおおおお!!!!」
黒チャチャブー 「ゲホッ…………ゲホッ…………!!!」
黒チャチャブー 「ぐ…………」
黒チャチャブー 「(俺…………も……寒さで意識が………………)」
黒チャチャブー 「(ぐううう…………茶アイルー!!)」
黒チャチャブー 「(俺に大切なことを教えてくれた、茶アイルー!!)」

331: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:53:25.84 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(こんなに簡単なのか!?)」
黒チャチャブー 「(人の命って、こんなに簡単なものなのか!?)」
黒チャチャブー 「(負けるか……!!!)」
黒チャチャブー 「(こんな寒波に、俺は負けない…………!!!)」
黒チャチャブー 「(俺は……!!!!!)」
黒チャチャブー 「(負けてたまるかァァ!!!!!)」
 >ズゥゥゥゥン………………
黒チャチャブー 「!!!!」
 >ズゥゥゥゥン………………
黒チャチャブー 「な………………何だ…………あれは………………」
 >ズゥゥゥゥン……………………ズゥゥゥゥン………………

332: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:54:26.11 ID:3a6EclQ0
熱に浮かされた幻かもしれなかった。
絶望が見せた幻影かもしれなかった。
だが、そのとき黒チャチャブーが見たものは。
山よりも大きく。
天を隠すほどの大きさの。
巨大な。
龍の、姿だった。

333: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:55:17.87 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(砦……ドラゴン…………!?)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
黒チャチャブー 「(吹雪が……! 洞窟の中にまで…………!!)」
黒チャチャブー 「(体が……凍りつく…………)」
黒チャチャブー 「(茶アイル……)」
 >ズゥゥゥゥン…………
 >ズゥゥゥゥン…………
 >ズゥゥゥゥン…………
黒チャチャブー 「(茶…………アイ………………ル………………)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
黒チャチャブー 「…………………………」

334: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 22:56:08.78 ID:3a6EclQ0
―現在、クックの巣、朝方―

キングチャチャブー 「……………………」
キングチャチャブー 「(砦ドラゴン……もし、奴だとしたら……)」
キングチャチャブー 「(俺は奴を許せねェ…………)」
クック 「ふぁぁぁぁぁ……あ゛っ」
クック 「(ドス、ドス)キング、どうしてそんな所に? もしかして寝ていなかったのか?」
クック 「……! 入り口にふたをしてくれたのか。しかし……」
キングチャチャブー 「あァ。吹雪は止む様子がない」
キングチャチャブー 「逆に益々強くなってきてやがる……」
キングチャチャブー 「あの時と同じだ……」
クック 「あの時?」
キングチャチャブー 「部族が気になる。俺ァ一旦里に戻るぜ」
クック 「この雪の中を? 昨日よりも強いじゃないか」
キングチャチャブー 「この吹雪が、三十年前と同じものだとすると、まだ犠牲が出る可能性がある……」
キングチャチャブー 「それに……個人的に気になることもあるもんでな……」
クック 「…………私も、樹海のヤマツカミ様が気になる。同行してもかまわないだろうか?」
キングチャチャブー 「好きにしろ」
キングチャチャブー 「(……砦ドラゴン…………)」
キングチャチャブー 「(…………)」

335: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/07(土) 23:04:00.62 ID:3a6EclQ0
お疲れ様でした。次回へ続かせていただきます。

no title


11月から12月にかけて、私の生活環境が変わるということもあり、かなり低速になるかもしれません。
皆さんで雑談などをされて、気長にお待ちいただけますと嬉しいです。ご了承ください。

348: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:16:55.46 ID:RbEmICU0
イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」

外伝 ~砦ドラゴンと少女~ 第3話

-旧火山、朝-

テオ・テスカトル 「(吹雪というより暴風雨だ……やはり、嵐は格段に強くなっている……)」
テオ・テスカトル 「(早く皆の避難を完了させなければ……)
ナナ・テスカトリ 「あなた様、雪は……」
テオ・テスカトル 「うむ。昨日よりさらに激しさを増している。樹海や密林の者達が心配だ。早く向かわねばなるまい」
カム・オルガロン 「テオ。やはり雪はまだ止んでいなかったか」
テオ・テスカトル 「カム、ノノ、起きたか……ああ、残念なことに、今年の寒波は三十年前のあの時を思い出させる」
ナナ・テスカトリ 「三十年前……先代のテスカトリは、あの時の寒波が元で亡くなってしまいました……」
テオ・テスカトル 「…………ああ。彼女は良きテスカトリだった……」

349: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:18:15.36 ID:RbEmICU0
カム・オルガロン 「……して、いかにする、テオ」
ノノ・オルガロン 「ヤマツカミ様がご無事だと良いのですが……」
カム・オルガロン 「そうだな。ヤマツカミ様がご無事であることを祈るばかりだ」
テオ・テスカトル 「ヤマツカミ様のところにはオオナズチ君もいる。きちんと対策を立ててくれているはずだ」
ナナ・テスカトリ 「あの子は、ああ見えてもしっかり者ですからね」
テオ・テスカトル 「ああ、そうだな」
テオ・テスカトル 「とにかく、遭難すると元も子もない。私とナナの炎の力で道を切り開く。カムとノノはついてきてくれ」
テオ・テスカトル 「まずは旧密林から見回ろう。そして樹海のヤマツカミ様のところへ。それでよろしいか?」
カム・オルガロン 「意義はない。ノノは?」
ノノ・オルガロン 「ええ。意義はないわ」

350: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:19:22.97 ID:RbEmICU0
ガノトトス 「校長先生、ナナ先生、おはようございます」
テオ・テスカトル 「! ガノトトス君!」
翠トトス 「おはようございます」
ナナ・テスカトリ 「翠トトスちゃんも。おはよう」
カム・オルガロン 「ガノ、翠、久方ぶりだな」
ノノ・オルガロン 「ええ、久方ぶりね」
翠トトス 「カム先生にノノ先生!! いつこちらに?」
ガノトトス 「お久しぶりです!!」
カム・オルガロン 「昨日、旅より戻った。二人とも大きくなったな」
ノノ・オルガロン 「ええ、大きくなって」
ガノトトス 「先生方。僕たち、正式に結婚したんです」

351: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:20:27.07 ID:RbEmICU0
翠トトス 「ええ。先生達にも報告したかったんですの」
カム・オルガロン 「なんと! ついに結婚したか!!」
ノノ・オルガロン 「それはめでたいわ。いつの話?」
翠トトス 「つい二ヶ月ほど前のことです。彼の家族にもよくしてもらっています」
カム・オルガロン 「後ほど、正式にお祝いの品を持参しよう」
ノノ・オルガロン 「そうね。お祝いの品を持参しなきゃね」
ガノトトス 「そんな、あまりお気になさらないでください」
テオ・テスカトル 「火山はどうだい? 君たちにとっては慣れない環境で辛いだろうが……」
ガノトトス 「いえいえ。ここに避難させていただいて助かっています」
翠トトス 「そうでなければ、今頃一族全員氷漬けになってしまっていましたわ」

352: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:21:18.55 ID:RbEmICU0
ガノトトス 「先生方は、これからどこへ?」
テオ・テスカトル 「まだ避難ができていない部族がいるかもしれない。見回りにな」
ガノトトス 「そうですか……お手伝いできればいいんですが、僕たちは雪には弱くて……」
テオ・テスカトル 「いや、その気持ちだけで十分だ。君たちは、私たちに代わって子供達の相手をしてくれないか?」
ナナ・テスカトリ 「ええ。そうしていただけると、すごく助かります」
翠トトス 「喜んで! 先生方、お気をつけて……」
テオ・テスカトル 「よければ低学年の子達のために授業をしてもらえると助かる」
ガノトトス 「はい、わかりました!」
カム・オルガロン 「テオ、それでは行こうか」
テオ・テスカトル 「ああ。すまないな二人とも。話は戻ってからゆっくりとらせてもらうこととしよう」
ガノトトス 「ええ。お待ちしています」

353: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:22:37.04 ID:RbEmICU0
-雪山-

テオ・テスカトル 「……ぐっ。なんだこの吹雪は……」
ナナ・テスカトリ 「まるで吹雪自体が意志を持っているかのような……」
テオ・テスカトル 「この寒波では、人間達の村も危ないかもしれぬ」
カム・オルガロン 「三十年前もそうだった……人間達は寒波で大きく数を減らしたが……」
ノノ・オルガロン 「私たちに与えられた被害も甚大だったわ」
カム・オルガロン 「そうだ。甚大だった」
テオ・テスカトル 「カム、ノノ、何かを感じるか?」
カム・オルガロン 「視界が定かではないが、海岸の方に何か、巨大な者がいるのを感じる」
ノノ・オルガロン 「そうね……あまりいい気分はしないわ」
テオ・テスカトル 「……もしかしたら、その『超自然的な何か』がこの寒波を発生させているのかもしれない」
ナナ・テスカトリ 「あなた様……と、申しますと?」
テオ・テスカトル 「……砦ドラゴン……」

354: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:23:30.33 ID:RbEmICU0
テオ・テスカトル 「先代のテスカトルから、一度だけ話を聞いたことがある」
テオ・テスカトル 「あの童話は、真実であると」
ナナ・テスカトリ 「確かに……先代のテスカトリも、三十年前にそのようなことを仰っておりました」
カム・オルガロン 「…………」
ノノ・オルガロン 「…………」
テオ・テスカトル 「もしかしたら、冬の砦ドラゴンが、何らかの理由で力を振るっているのかもしれぬ」
カム・オルガロン 「テオ、だとしたらどうする?」
テオ・テスカトル 「言い伝えの通りだとすると、砦ドラゴンは、すでにモンスターの枠を越えた、神格化された存在だ。話が通じるとは思えない……」
カム・オルガロン 「いずれにせよ、避難を続けるしかないということか……」
テオ・テスカトル 「そうなるな……」
テオ・テスカトル 「考えていても埒があかない。まずは樹海だ。その後に、海岸に向かってみよう」
カム・オルガロン 「了解した」
ノノ・オルガロン 「ええ、了解したわ」
ナナ・テスカトリ 「(砦ドラゴン……)」
ナナ・テスカトリ 「(もしそれがこの猛吹雪を起こしているのだとしたら……一体なぜ……?)」

355: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:24:25.13 ID:RbEmICU0
-樹海、入り口近くの森-

ヒプノック 「Oooooh, シット! さ、さ、さ、寒ゥゥゥゥ!!」
ガルルガ 「ぐおおおおお!! 耳が凍るぅぅぅ!!」
ヒプノック 「Hey! ブラザー! 本当にゲリョ公の家はこっちであってるんだろうな!?」
ヒプノック 「遭難なんてマジ勘弁してほしいぜ!!!」
ガルルガ 「うるせぇ! 俺だって好きでこんな目に遭ってるんじゃねぇ!」
ガルルガ 「俺たちの洞窟が雪で埋まっちまったから、仕方なく出てきたんじゃねぇか!!」
ヒプノック 「My GOD……だから俺は、クックの家みてぇに入り口を塞いでおこうぜって提案したんだ!!」
ガルルガ 「そんな人間みてぇな真似、死んでもできるか!!」

356: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:25:36.78 ID:RbEmICU0
ヒプノック希少種 「お、お……お兄ちゃん。言い争いはいいから早く避難しようよ……」
ヒプノック 「見ろ! マイシスターがすでに半死半生だ!」
ヒプノック希少種 「ガルルガさん……本当にこっちで道は合ってるの……?(ブルブル) 何だか、樹海から遠ざかってる気が……」
ガルルガ 「俺の方向感覚をナメんなよ。確かにここが、ゲリョ公の家の近道なんだよ」
ヒプノック 「マイシスター、俺にもっとくっつくんだ!!」
ヒプノック希少種 「い……今だけはお兄ちゃんの暑苦しさがありがたいわ……!!」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
ヒプノック 「Aaaaaah! 遭難するゥゥゥ!! 寒い! くちばしが凍るぅぅぅ!!」
ヒプノック希少種 「お兄ちゃん、温かいけどうるさい!!」
ガルルガ 「少しは静かにできねぇのか!!」
ヒプノック 「で……でもよ、このままじゃ本当に遭難しそうな……」
ガルルガ 「!! おい、見ろ!」
 >ピカッ! ピカッ!
ガルルガ 「あれはゲリョ公のライトクリスタルの光だ!」
ヒプノック 「Oh、Yes!! どんぴしゃか!?」
ガルルガ 「とりあえずあそこに向かって走るぞ!!」
ヒプノック 「OK行くぞ妹よ!!」
ヒプノック希少種 「あ、待って!」
ヒプノック希少種 「…………?」
ヒプノック希少種 「……何かしら、あれ……?」

357: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:26:33.62 ID:RbEmICU0
-樹海、ゲリョスの巣-

ゲリョス 「(ピカッ、ピカッ)」
ガルルガ 「うおっまぶしっ! ゲリョ公、オレ達だ。光を止めやがれ」
ゲリョス 「………………」
ゲリョス 「ガルルガ……ヒプノックに妹。来ると思ってた」
ゲリョス 「ここは寒い。中に入ろう」
ヒプノック 「ヒュゥ! 助かったぜ。俺たちのために外で待っててくれたのか、ブラザー」
ゲリョス 「……ママの占いは良く当たるから……」
紫ゲリョス 「あら! まぁ本当に来たわ!」
紫ゲリョス 「みんな中に入って。凄い吹雪だったでしょお~~?」
ガルルガ 「ケェ! 俺たちが来るのはお見通しかよ」
紫ゲリョス 「ちょっと気になって占ってみたら、あなたたちが来るって出たのよう~~。用意しといてよかったわぁ」
紫ゲリョス 「さ、洞窟の奥に」
ガルルガ 「ああ、助かるぜおばさん!」

358: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:27:24.38 ID:RbEmICU0
ヒプノック 「やれやれ、やっとこれで一息つける……」
ヒプノック希少種 「………………」
ヒプノック 「Hey、マイシスター。どうした?」
ヒプノック希少種 「お兄ちゃん、何か変な感じがしない?」
ヒプノック 「変な感じ?」
ヒプノック希少種 「うん……何か、誰かに見られてるような……」
ヒプノック 「おいおい寒さでイカれたかい? この吹雪の中で歩く馬鹿は俺たちだけで十分さ」
ヒプノック希少種 「そういうことじゃなくて……何だか懐かしい感じが……」
ヒプノック希少種 「それに、海岸の方で何かが動くのが見えたの」
ヒプノック 「吹雪の塊だろ? ほら、中に入るぜ」
ヒプノック希少種 「あ、待ってよお兄ちゃん!」

359: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:28:18.04 ID:RbEmICU0
―ゲリョスの巣、中―

紫ゲリョス 「それにしてもすごい吹雪ねぇ。あ、希少種ちゃん、大丈夫? 風邪とか引いてない?」
ヒプノック希少種 「(ブルブル)だ……大丈夫だとおも……ふえっくしょっ!」
ヒプノック 「Oh,シット! マイシスター!!」
ヒプノック希少種 「大げさだよ。くしゃみしただけだし」
紫ゲリョス 「とにかく三人とも、狂走エキスのお酒をぐいっとおやり。そしたら体があったまるよ」
ガルルガ 「そうさせてもらうぜ(ぐびり)……ッカァ!」
ヒプノック 「(グビグビ)」
ヒプノック希少種 「(チビリ)……それにしても、紫ゲリョスさんのお宅にたどり着けてよかったわ……」
ヒプノック希少種 「兄たちじゃ、どうにも頼りなくて……」
ヒプノック 「マイシスター! 兄が頼りないとは聞き捨てならないぞ」
ガルルガ 「ケッ。くっついてくるしか能がねぇくせに言いやがる」
ヒプノック希少種 「私たちの巣は浅いんだから、蓋をしなくちゃいけなかったの。それに反対するから、雪で埋まっちゃったんじゃない」
紫ゲリョス 「あらあらまぁまぁ。巣が雪で埋まっちゃったの? 良くここまで無事で来れたわねぇ~~」

360: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:29:19.98 ID:RbEmICU0
ガルルガ 「チッ。余計なこと言いやがって」
紫ゲリョス 「でもこの雪は変よぉ。いつもこんなに降り積もったりしないのにねぇ」
紫ゲリョス 「ま、ゲリョの友達なら大歓迎よ。しばらくここにいなさいな」
ゲリョス 「(こくり)」
ヒプノック 「YO、頼れるぜおばさん!」
ヒプノック希少種 「すみません、お世話になります」
ガルルガ 「…………?」
ヒプノック希少種 「……? ガルルガさん?」
ガルルガ 「いや……何か、今誰かに呼ばれたような……」
ヒプノック 「吹雪が吹き込んできてる。空耳だろ?」
ガルルガ 「………………」
ガルルガ 「(……空耳……? いや、それにしてははっきりと聞こえた)」
ガルルガ 「(それに、あの声は…………)」
ガルルガ 「(いや、そんなはずはない……だって…………)」

361: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:30:11.15 ID:RbEmICU0
紫ゲリョス 「さぁさ、体が温まった所でご飯にしようかね! ゲリョ、奥からモス肉を取ってきておくれ」
ゲリョス 「(こくり)」
ヒプノック 「Oh、YES!! 最近モス肉を食ってなかったんだ!! ありがたいぜ!!」
ヒプノック希少種 「ふぅ……私、安心したらなんだか眠くなってきちゃった……」
ヒプノック 「マイシスター、ほら、兄の胸の中で眠ってもいいんだぞ。ほら。ほら! COME OooooN!!」
ヒプノック希少種 「うるさい、お兄ちゃん」
ヒプノック 「…………」
ヒプノック希少種 「おば様、どこもこんなに酷い吹雪なのかしら?」
紫ゲリョス 「ああ、多分ね。あたしの占いじゃ、あと一週間は続くねぇ」
ゲリョス 「(ドサッ)ママ、肉持って来た……」
ヒプノック 「ちょっと凍ってるけどまぁいいぜ! いただきまーすッ!!(もぐもぐ)」
ヒプノック希少種 「お兄ちゃん……すみませんこんな兄で」
紫ゲリョス 「いいのよいいのよ。希少種ちゃんもおあがりなさいな」
ヒプノック希少種 「……はい!(シャク……)……」
ヒプノック希少種 「(本当に凍ってる…………)」
ヒプノック希少種 「ガルルガさん、焼いてくれない? ……ガルルガさん?」
ガルルガ 「………………あ? ああ…………」

362: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:31:20.34 ID:RbEmICU0
―ゲリョスの巣、夜―

ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「(やはりあの声……気になる……)」
ガルルガ 「(あれは確かに、かかさまの声だった……)」
ガルルガ 「(他の誰の声と間違うはずもねぇ。かかさまの声は、俺がこの世で一番よく覚えてる)」
ガルルガ 「(空耳なんかでもねぇ……)」
ガルルガ 「(…………だが、どうしてこんな吹雪の日に…………)」
ガルルガ 「(何かの悪ふざけか? いや…………そんなことをするメリットなんざ、どこにもねぇだろ……)」
ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「(希少種が、海岸で何かを見たとか言ってたな……)」
ガルルガ 「(むくり)」
ヒプノック 「GUGAAAAA! GUGAAAAA!」
ヒプノック妹 「すぅ……すぅ……」
ゲリョス 「ぐぅ…………ぐぅ…………」
紫ゲリョス 「グガァ…………グガァ…………」
ガルルガ 「(まだ夜早いが、酒のせいで全員眠ってる……)」
ガルルガ 「(少しだけ見に行っても、文句を言う奴はいねぇ……)」

363: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:33:41.53 ID:RbEmICU0
―樹海、海岸沿い―

 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ガルルガ 「(……ぐっ! 何て風だ!!)」
ガルルガ 「(まるで俺たち全員をブッ殺そうとしてるかのような……)」
ガルルガ 「(凶暴な…………)」
 >……! ……!!
ガルルガ 「!!」
ガルルガ 「(……まただ……)」
ガルルガ 「(冷たい風に混じって、声が聞こえる…………)」
ガルルガ 「(かかさまの声だ……!!!)」
ガルルガ 「(だが、何を言っているのかわからねぇ……)」
ガルルガ 「(それに、風と雪が強すぎて、どこから聞こえてくるのかもわからねぇ……!!)」
ガルルガ 「(どういうことだ……?)」
ガルルガ 「……かかさまーッ!!!」
ガルルガ 「かかさまですか!? それともタチの悪ィ悪戯か!!!」
 >・……!! ……!!!
ガルルガ 「う……っ! 雹が目に…………」

364: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:34:40.73 ID:RbEmICU0
ガルルガ 「! (何か、海岸の方で動いてる……)」
ガルルガ 「(…………何か、光のようなものが、海岸の方に……)」
ガルルガ 「(一つ……二つ……)」
ガルルガ 「(…………)」
ガルルガ 「(踊るようにくるくる回ってる……沢山の、青白い光だ……)」
ガルルガ 「(……ッ!!)」
ガルルガ 「(何……だ、あれ……!!!)」
ガルルガ 「(山? あんな所に山なんてなかったはず……)」
ガルルガ 「(いや……違う!!)」
ガルルガ 「(大きな…………天を衝くほどの大きさの、ドラゴン…………?)」
ガルルガ 「(ドラゴンが、海に浮かんでるんだ……!!!)」
ガルルガ 「(くそっ…………吹雪でよく見えない…………)」
 >……!! …………!!!
ガルルガ 「(また聞こえる……)」
ガルルガ 「(!!!!!!)」

365: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:35:31.27 ID:RbEmICU0
ガルルガ 「(何だ……!? 一瞬、あのドラゴンの方から……見えた……)」
ガルルガ 「(かかさまの姿だ……!!!)」
ガルルガ 「(間違いない!! かかさまが、あそこにいた……!!!)」
ガルルガ 「かかさまーッ!!!(ダダダッ)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ガルルガ 「かかさまーッ!!!! 俺です! ガルルガです!!!」
ガルルガ 「返事をしてください! かかさまーッ!!!」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ガルルガ 「クッ!(ダダダダダッ)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ガルルガ 「うわっ……!!!(雪が、体に、絡みつくように…………)」
ガルルガ 「(ドサッ)……ガッ!!」
ガルルガ 「ちっ……こ、転んじまった…………」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ガルルガ 「(ブルブル)…………! こ、ここはどこだ…………」
ガルルガ 「(いつの間にか、妙な光も巨大なドラゴンも見えなくなってる……)」
ガルルガ 「(かかさまも……!!)」

366: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:36:22.07 ID:RbEmICU0
ガルルガ 「ううううう……寒っ………………」
ガルルガ 「(ガクガク)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ガルルガ 「(か……体が凍る…………)」
ガルルガ 「(は、早くここから離れないと…………)」
ガルルガ 「!! (翼が凍って動かねぇ!!!)」
ガルルガ 「く……そ…………」
ガルルガ 「こんな……ところで……」
ガルルガ 「(意識が……ヤバくなってきやがった…………)」
ガルルガ 「(か…………)」
ガルルガ 「(かかさま………………)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ガルルガ 「…………(ガクリ)」
ガルルガ 「……………………」
××××× 「(ドスンッ!!)」
××××× 「………………」
××××× 「(ぐいっ…………!!)」

367: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:37:15.22 ID:RbEmICU0
―樹海、火山近く―

テオ・テスカトル 「……あとは奇面族の村と、樹海の海岸近くに住んでいる者の確認だな」
ナナ・テスカトリ 「あなた様、この猛吹雪では……」
テオ・テスカトル 「………………」
カム・オルガロン 「ああ。ナナの言うとおりだ」
ノノ・オルガロン 「そうね、ナナの言うとおりだわ」
カム・オルガロン 「これ以上は我々の身も危ない。今のところは、一時撤収が妥当な所だろう」
テオ・テスカトル 「……やむをえないか……ぬ?」
ナナ・テスカトリ 「……! 誰か来ます」
××××× 「(ズンッ、ズンッ、ズンッ)」
テオ・テスカトル 「あれは…………」
ラージャン 「(ズシャァッ)………………(ポイッ)」
ガルルガ 「(ドサッ)………………」
ラージャン 「海岸沿いで気絶していた…………酷い凍傷になっている……」
ナナ・テスカトリ 「……ガルルガ君!」
ナナ・テスカトリ 「ラージャン君……彼を助けてくれたの?」
ラージャン 「………………」
ラージャン 「俺の民を火山に避難させた。俺も、行かねばならない……」
テオ・テスカトル 「………………」

368: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:38:09.72 ID:RbEmICU0
ラージャン 「…………それじゃ…………」
テオ・テスカトル 「待て、ラージャン君」
ラージャン 「……?」
テオ・テスカトル 「仲間を救ってくれて、ありがとう。ガルルガ君は、私たちが責任を持って治療するよ」
ラージャン 「………………」
ラージャン 「海岸に……何かいる」
カム・オルガロン 「……!!」
ノノ・オルガロン 「……!!」
ラージャン 「俺もそれに、取り込まれかけた……」
ラージャン 「先生方も、十二分に気をつけることだ……」
ラージャン 「(シュバッッ!!)」
テオ・テスカトル 「海岸……やはり、海岸か……!!」
ナナ・テスカトリ 「あなた様、とりあえず、ガルルガ君を近くの火山洞に運びましょう」
ナナ・テスカトリ 「大変……翼の先まで凍りついてしまっているわ」
テオ・テスカトル 「ああ。そうだな。カム、手伝ってもらえるか?」
カム・オルガロン 「分かった」

369: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:39:00.81 ID:RbEmICU0
―クックの巣、少し前―

少女 「よし、出来たっ!(バサッ)」
キリン 「少女ちゃんは器用ねぇ」
ティガ弟 「へぇ。それが、兄者の皮とウラガンキンとやらの鱗を使った『服』か」
少女 「うん。フードもつけたから、これを着てれば外に出ても寒くないよ」
ロアルドロス 「人ってこうやって毛皮を入れ替えるんだねぇ」
少女 「私たちは鱗や毛がないから、こうやって体を守るんだよ」
クック 「少女、準備は出来たか?」
キングチャチャブー 「…………」
少女 「うん! おじさん、これどうかな?」
クック 「おお、いい感じにもこもこになったじゃないか」
クック 「しかし……この吹雪だ。少女は留守番をしていてもいいんだぞ?」
少女 「でも、私もヤマツカミ様やオオナズチさんが気になるよ」
ロアルドロス 「勇敢なバンビーナが行くというのであれば、僕も留守番をしているわけにはいかないな」
キリン 「弟さんは……来ますよね」
ティガ弟 「俺もかよ! 何でゾロゾロ総出で、あのクソジジイに会いに行かなきゃいけないんだよ!」

370: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:40:15.63 ID:RbEmICU0
キリン 「だって、こんなに小さな少女ちゃんが頑張ってるっていうのに、弟さんはクックさんの家でぬくぬくとしているつもりなんですか?」
ティガ弟 「そのつもりだったよ!」
キリン 「いいからいいから。行きましょう」
ティガ弟 「何がいいんだかよくわかんねーよ。この雪の中、出かけようとする神経を疑うぜ」
クック 「無理には誘わないよ。ゆっくりしていってくれていい」
ティガ弟 「ほれみろ!」
キリン 「……情けない……」
ティガ弟 「!」
キリン 「いいですよ。少女ちゃんは私が、責任を持って守ってきますから……」
キリン 「あなた方に期待した私が間違っていました……」
ティガ弟 「聞き捨てならねぇな。俺は卑怯なことはするが、情けないことはした覚えがねぇ」
ティガ弟 「……ケェ。気分が悪ィ。少女。俺の背中に乗れ」
少女 「弟さん、来るの?」
ティガ弟 「どうせここに居ても、寝ぼけた兄者と二人きりだからな。それに情けないとまで言われて、だまってぬくぬくしてるわけにはいかねぇよ」
ティガ兄 「グガァァ……グガァァァ…………」
キリン 「(くすり)」

371: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:41:11.02 ID:RbEmICU0
クック 「どうするキング。真正面から樹海の奥に抜けるのは、少しばかり厳しいぞ」
キングチャチャブー 「裏道を使う」
クック 「裏道?」
キングチャチャブー 「本来は俺たち奇面族専用なんだが、まぁいいだろう。火山洞から旧火山を抜けて樹海奥に入る」
クック 「そんな道があったのか。ロアルさん、大丈夫かい? 火山に入るまでは雪の中を通ることになるが……」
ロアルドロス 「一晩休んですっかり良くなりました。それに、折角この大陸に来たからには、主様にも挨拶をしなければいけませんからね。ヘバってもいられませんよ」
クック 「そうか。それじゃ、みんな。雪ではぐれないように、キングの後についてきてくれ」
キングチャチャブー 「じゃあ、行くぜ」
ティガ弟 「はぁ……気が乗らねぇ(ドスドス)」
少女 「弟さんの背中は、視線が低いからちょうどいいよ」
ティガ弟 「そんなもん褒められたって嬉しくもなんともねーや」
キリン 「私が、皆さんの周りにも雷の膜を張ります。少しは雪を防げるでしょう」
クック 「助かる。ありがとうキリンちゃん」

372: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:42:02.16 ID:RbEmICU0
―クックの巣、外―

キングチャチャブー 「…………」
キングチャチャブー 「(殺人的な大雪だな……太陽がどこにあるのかさえわからねぇ……)」
キングチャチャブー 「(砦ドラゴン……何が目的だ……?)」
キングチャチャブー 「(てめぇは俺から、茶アイルーを奪っていった……)」
キングチャチャブー 「(その借りをまだ返していねぇ……)」
クック 「……うわぁ! やはり外に出ると違うな……」
少女 「凄い雪……」
ティガ弟 「ケッ、やってらんねぇぜ」
少女 「お兄さんには何も言わなくて大丈夫かな?」
クック 「薬を置いてきたし、よく眠っているから大丈夫だろう。それに、こんな雪の中外に出たら風邪が悪化してしまう」
クック 「私たちが早く帰るようにすれば済む話さ」
ロアルドロス 「前が見えないけど……そんなに寒くないな。白いバンビーナの力かい? ブリリアント!」
キリン 「褒めてくださってありがとう。もうちょっと中に寄ったほうがいいですよ」
キングチャチャブー 「………………」
キングチャチャブー 「……? (何だ……? 何か聞こえる……)」
キングチャチャブー 「(この声は…………)」
キングチャチャブー 「……!! (まさか……!!)」

373: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2009/11/16(月) 18:42:54.96 ID:RbEmICU0
キングチャチャブー 「………………(いや、そんなはずはない……)」
キングチャチャブー 「(冷静になってみれば、吹雪の音が重なって、そう聞こえただけだ……)」
キングチャチャブー 「…………」
キングチャチャブー 「ついて来い」
クック 「ああ。みんな、行こう」
ロアルドロス 「ここからじゃ、海岸は見えないねぇ」
少女 「ロアルさんが見たのって、一体何だったんだろうね」
少女 「本当に砦ドラゴンだったりして」
ティガ弟 「そんなもんはこの世にいねぇよ。いつまでもガキのたわごとを信じてるんじゃねぇ」
キングチャチャブー 「………………」
ロアルドロス 「うーん……確かに大きなものがいた気がしたんだけれど……」
少女 「何か他に、特徴みたいなものはなかったの?」
ロアルドロス 「あ……! 何だか、懐かしい感じがしたな」
少女 「懐かしい感じ……」
ロアルドロス 「前に一度、どこかで会ったことがあるような……そんな不思議な感覚だったよ」
少女 「(砦ドラゴン……)」
少女 「(もし、キングさんの言うとおり、本当に砦ドラゴンがこの近くに来ているんだとしたら……)」
少女 「(お話、してみたいな…………)」
少女 「(そうしたら、この吹雪も止めてもらえるかも…………)」

430: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:21:46.02 ID:9PdQ5L60
-しばらく後、樹海、火山に通じる洞窟-

キングチャチャブー 「ここだ」
クック 「こんなところに抜け道があったなんて……知らなかった」
キングチャチャブー 「だろうな……俺もここを通るのは久しぶりのことだ」
少女 「ロアルさん、大丈夫?」
ロアルドロス 「白いバンビーナのおかげで、たいして寒くはなかったよ」
キリン 「それはよかったわ。それにしても……狭い洞窟ね」
ティガ弟 「ケェ! 外は吹雪いていやがるし洞窟は狭いときやがる。最悪だぜ」
クック 「まぁそう言わないで。火山に入れば今よりはましになるだろう」
キングチャチャブー 「……」
クック 「キング、砦ドラゴンのことを気にしているのか?」
キングチャチャブー 「てめぇらには関係がない話だ……」
少女 「…………」
ティガ弟 「ずいぶんとこだわってるようだが、おとぎ話はおとぎ話だろ。本当に見たってのか?」
キングチャチャブー 「…………」
ティガ弟 「ヘッ。だんまりかよ」

431: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:22:53.72 ID:9PdQ5L60
少女 「でも、もしそんなにおっきなドラゴンさんがいるなら私、お話してみたいな」
クック 「そうだな。ジエン・モーラン老も話してみれば意外に気さくな方だった」
クック 「砦ドラゴンも、もし話すことができたならこの吹雪を止めてくれるかもしれない」
キングチャチャブー 「そいつは無理な相談だな……」
クック 「? どういうことだ?」
キングチャチャブー 「砦ドラゴンは、伊達や酔狂のために吹雪を起こしているんじゃぁねぇ……」
キングチャチャブー 「……そんな生やさしい話じゃねぇよ」
キングチャチャブー 「…………」
ティガ弟 「……ま、もしそんなのがいるとしたら、よほど性格がねじ曲がってやがるんだろうな」
ティガ弟 「こんな吹雪じゃ、人間たちだってヤバいんじゃねぇ?」
少女 「(……! ハンマーさん達、大丈夫かな……)」
ティガ弟 「俺たちだってヤバかったぜ。嫌がらせ以外の何者でもねえな」

432: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:23:49.53 ID:9PdQ5L60
―旧火山―

キングチャチャブー 「……出口だ」
クック 「ここから火山に入れるのか。よっこらしょと。少女、掴まるんだ」
少女 「うん! ……わ、いきなり暑くなった」
ロアルドロス 「こいつはありがたい!」
キリン 「ふぅ、やっとついたわね……」
ティガ弟 「お、鼻水がみるみる溶けていくぜ!」
クック 「ん? あそこに誰かいるな……」
キングチャチャブー 「…………」
キリン 「あれはテオ様とナナ様だわ。それに……」
クック 「おお! カムさんとノノさんじゃないか!!」
カム・オルガロン 「……! その声は、イャンクック」
ノノ・オルガロン 「久しいわ、イャンクックよ」
クック 「ずいぶんと久しぶりだなぁ。旅から戻ったのですか」
カム・オルガロン 「ああ。先刻な」
ノノ・オルガロン 「ええ、つい昨日戻ったの」
キリン 「先生方、お久しぶりです」
カム・オルガロン 「おお、君はキリン!」
ノノ・オルガロン 「綺麗になって。見違えたわ」
カム・オルガロン 「ああ、見違えたな。綺麗になった」
キリン 「うふふ、ありがとうございます」
ティガ弟 「(こそこそ)」

433: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:26:38.23 ID:9PdQ5L60
テオ・テスカトル 「クック殿? 皆お揃いで、避難に来られたか」
ナナ・テスカトリ 「まぁ、よかった。心配していていたところだったのです……あら、そちらの方は?」
ロアルドロス 「向こうの大陸からきましたロアルドロスと申します、マダム。先日氷に囚われたところを、ここにいる方々に助けていただきました」
ナナ・テスカトリ 「この寒さの中大変だったでしょう。無事でよかった……」
カム・オルガロン 「……ふむ。これが少女か」
ノノ・オルガロン 「人間の少女ね。テオとナナの話にあった」
少女 「あ……こ、こんにちは。少女っていいます」
クック 「カムさん、ノノさん。今は私の娘として育てているんだ。大丈夫、害はないよ」
カム・オルガロン 「そのようだな。私の名前はカム。カム・オルガロン。こちらは妻の」
ノノ・オルガロン 「ノノ。ノノ・オルガロンよ」
キリン 「お二人は、学校で授業も教えてくださっていたのよ」
少女 「そうなんだ。じゃあ、カム先生とノノ先生だね」
カム・オルガロン 「うむ。今度授業を聞きに来るがいい」
ノノ・オルガロン 「そうね、一緒に授業に参加するといいわ」

434: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:27:31.91 ID:9PdQ5L60
ティガ弟 「(こそこそ)」
カム・オルガロン 「そういえばあそこにいるのは……」
ノノ・オルガロン 「地獄兄弟の片方だわ」
ティガ弟 「(ビクッ)」
カム・オルガロン 「そうだな、地獄兄弟の片方だ」
ティガ弟 「チッ……見つかっちまった…………」
カム・オルガロン 「悪戯坊主、こっちに来るがいい」
ノノ・オルガロン 「ええ、悪戯坊主。何をこそこそ隠れているのです?」
ティガ弟 「誰が坊主だ! 俺はれっきとした地獄の……」
カム・オルガロン 「ああ、地獄の使者か。それを名乗るにはまだ三十年は早いな」
ノノ・オルガロン 「ええ、三十年は早いわ」
ティガ弟 「………………」
少女 「カム先生、ノノ先生、いたずらぼうずって?」
ティガ弟 「そんなところに反応せんでいいわ!」
カム・オルガロン 「その喋り方は弟の方か。いや、何。こやつ等は私達の教え子でもあるのだ」
ノノ・オルガロン 「いたずらばっかりして、授業を聞かない子達でした」
カム・オルガロン 「そうだな。授業を聞かない子達だった」
少女 「そうなんだぁ。ダメだよ弟さん、お授業はちゃんと聞かなきゃ」
ティガ弟 「余計なお世話だ」

435: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:28:36.32 ID:9PdQ5L60
ノノ・オルガロン 「兄の方はいないのですか?」
少女 「うん。風邪を引いちゃって、今は私たちのお家で寝てるよ」
ノノ・オルガロン 「まぁ……バカと何とかは風邪を引かないと言うことわざもあるのに」
カム・オルガロン 「そうだな。バカと何とかは風邪を引かないらしいのに、珍しいこともあるものだ」
ティガ弟 「じゃかしいわ。バカって言うなバカって」
クック 「そういえば、テオ殿方はここで一体何を?」
テオ・テスカトル 「まだ避難していない者が居ないかどうか、見回っていたのだ」
ナナ・テスカトリ 「樹海の奥にも行きたかったのですが、どうにも吹雪が強すぎて進めないので戻ってきた所です」
キングチャチャブー 「…………」
カム・オルガロン 「そこにいるのはキングチャチャブー」
ノノ・オルガロン 「ええ、キングチャチャブーよ。お久しぶり。奇面族の王」
キングチャチャブー 「……ああ」
ロアルドロス 「ねぇ、少女(こそこそ)」
少女 「ん? なぁに?」
ロアルドロス 「あの綺麗な炎獣さんは、あっちの格好いい炎獣さんの奥さんかい?」
少女 「うん。ナナ先生とテオ先生は夫婦だよ」
ロアルドロス 「何だ……ふぅ、残念だな……」
少女 「?」

436: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:29:56.99 ID:9PdQ5L60
クック 「そうか、これ以上奥には進めないか……」
テオ・テスカトル 「避難しに来たのではないのか? みなで一体どうしたのですか?」
クック 「ヤマツカミ様のところに行こうと思って。ロアルさんが挨拶をしたいと言っているし、安否が気になる……」
カム・オルガロン 「ヤマツカミ様は我々も気になる」
ノノ・オルガロン 「そうね。気になるわ」
キリン 「オオナズチ君がいるので大丈夫だとは思いますけれど……この寒波、心配だわ……」
ナナ・テスカトリ 「とにかく今日は、これ以上樹海の奥に進まない方がいいでしょう。皆様、少し暖を取っていかれたほうがいいわ」
ロアルドロス 「そうさせてもらいます、マドモアゼル。ふぅ……やっと水かきの氷が溶けてきた……」
少女 「ヤマツカミ様、大丈夫かな……?」
クック 「……? そういえば、誰かが寝かされているようだが……」
テオ・テスカトル 「ああ。ラージャン君が連れてきてくれた。猛吹雪の中で意識を失っていたらしい」
テオ・テスカトル 「私とナナの炎で温めて、容態が安定したので今は温かい場所に寝かせているんだ」
クック 「……ガルルガさん!? 一体なんだってこの吹雪の中……」
ナナ・テスカトリ 「それが……ラージャン君は雪の中見つけたとしか言わなかったので理由が分からないのです」
ナナ・テスカトリ 「それに、体はもう十分温まったはずなのに目を覚ましません」
少女 「ガルルガさんだ……」
ガルルガ 「………………」
少女 「……怪我してるの?」
ナナ・テスカトリ 「見たところ、所々の凍傷以外には怪我は見当たりません……」
カム・オルガロン 「うむ。我々も困っている。まるで眠っているようだ。しかし起きぬ」
ノノ・オルガロン 「そうね、眠っているようなのに起きないわ」
テオ・テスカトル 「とりあえずもっと体を温める場所に運ぼうとしていたところなのだ」

437: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:31:41.09 ID:9PdQ5L60
ロアルドロス 「ちょっと見せてください」
テオ・テスカトル 「ロアルさんとやら。医術の心得があるのか?」
ロアルドロス 「ええ。少し。勉強したことがあります」
ロアルドロス 「ふぅむ………………」
ロアルドロス 「動悸も正常だし、瞳孔だってちゃんと閉じてる。確かに、まるで夢を見ているかのような状況ですね……」
ロアルドロス 「どうしてこんなことになったのか……」
ロアルドロス 「体を押しても反応はないのは、魂だけ抜け出しているかのようです」
ティガ弟 「ケェ、魂だけ? そんなバカな話があるかよ」
キリン 「ガルルガさん……一体どうしちゃったんでしょう……」
ロアルドロス 「……私たちの部族の中では、時折このような症状を発する者が出ることがあります」
テオ・テスカトル 「そうなのか……して、どうすれば治すことが出来るか、わかりますか?」
ロアルドロス 「残念ながら……」
ロアルドロス 「原因も、その治療法も分かっていないのです。私たちはこの状況を『魂抜き』と呼びます」
少女 「たましいぬき……」
ロアルドロス 「ある日突然目を覚ます者もいれば、一生涯目を覚まさない者もいます」
ロアルドロス 「本当に、魂だけどこかをさまよっているのかもしれません」
ティガ弟 「…………難しいことはよくわからねぇが、生きてんだろ?」
ロアルドロス 「はい。間違いなく生きてはいますが……」
ティガ弟 「ならブッ叩きゃ起きるんじゃねぇのか? おるぁ!!(ドゴッ!)」
ガルルガ 「…………」
キリン 「ちょっ……弟さん、乱暴ですよ!」
ナナ・テスカトリ 「そうですよ、弟君。いきなり何をするんですか」
ノノ・オルガロン 「粗暴なところは相変わらずだな……」
ティガ弟 「総バッシングかよ。でもこれで、寝てるんなら目を覚ますだろ」
ガルルガ 「………………」
キリン 「……うんともすんとも言いませんね……」
ティガ弟 「シカトブッこいてんじゃねぇぞ! もう一撃……」
テオ・テスカトル 「…………やめるんだ、弟君。これは本当に、ロアルさんの言うとおり『魂抜き』の状態なのかもしれない」
キングチャチャブー 「………………」

438: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:33:06.69 ID:9PdQ5L60
キングチャチャブー 「……砦ドラゴンに連れてかれたな……」
カム・オルガロン 「!!」
ノノ・オルガロン 「!!」
テオ・テスカトル 「キング、今何と?」
キングチャチャブー 「砦ドラゴンがガルルガの魂を連れてったと考えるのが妥当だろうよ……」
キングチャチャブー 「今頃は奴の背中をさまよってるのかもしれねぇ」
ティガ弟 「いい加減にしろよおっさん!」
キングチャチャブー 「…………」
ティガ弟 「御伽噺みてぇな話に執着しやがって。俺はそーいう根拠のない話が一番嫌いなんだ」
ティガ弟 「何ならその砦ドラゴンとやらをここに連れてこいや。そしたら納得してやらぁ」
ティガ弟 「あぁ、海岸に何かいるとか言ってたな。だったら俺がちょっくら行って見てきて……」
テオ・テスカトル 「……ダメだ。海岸には近づかない方がいいだろう」
ティガ弟 「おいおい先生まで、臆病風にふかれたか?」
テオ・テスカトル 「そういうわけではないが、確かにこの寒波は異常だ。それに砦ドラゴンの伝承は、先代のテスカトルからも聞いたことがある」
テオ・テスカトル 「幾百、幾万の魂を背中に乗せて歩き回る、神のような存在だとな」
キングチャチャブー 「…………」
テオ・テスカトル 「もしいるとすれば、何故この場所でこんなにとどまっているのか分からないが……」
テオ・テスカトル 「とにかく、どちらにせよ外は危険だ。危うきには近づかない方が吉だろう」
ティガ弟 「まぁ……そう言うなら俺はそれでもいいがよ……」

439: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:33:57.67 ID:9PdQ5L60
キングチャチャブー 「……(スッ)」
テオ・テスカトル 「キング、何か分かるのですか?」
ガルルガ 「…………」
キングチャチャブー 「確かに、魂が抜けたような状況だ……」
キングチャチャブー 「三十年前にも、ウチの部族にこのような症状を発した奴がいた……」
キングチャチャブー 「………………」
クック 「キング、何とか治してやれないか?」
キングチャチャブー 「…………こいつは自分の意思で、砦ドラゴンの背中に乗ってやがるんだ……」
クック 「……? どういうことだ?」
キングチャチャブー 「降りてくるのはこいつの心次第ってことだ……」
キングチャチャブー 「脇でやいのやいの騒いでも仕方がねぇ……」
キングチャチャブー 「…………俺は里に戻るぜ」
テオ・テスカトル 「待ってください、キング。何か知っているなら教えてください」
テオ・テスカトル 「ガルルガ君も大事な教え子だ。出来ることなら助けてやりたい」
キングチャチャブー 「助けるも何も……その手段がねぇ……」
キングチャチャブー 「こいつが自分の意思で『戻る』と思ったとき、初めて砦ドラゴンの背中から戻ることが出来る……」
キングチャチャブー 「…………」
キングチャチャブー 「俺ァ三十年前、砦ドラゴンの背中に乗ったことがある……」
ティガ弟 「……!!」
キリン 「背中って……本当に、実在してるの……砦ドラゴン……」

440: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:36:03.76 ID:9PdQ5L60
キングチャチャブー 「『いる』のか『いない』のか、そういう話は知らねぇ」
キングチャチャブー 「ただ、俺は盗られたものを取り返そうと、三日三晩奴の背中の上をさ迷い歩いた……」
キングチャチャブー 「その結果気づいたことがある……」
キングチャチャブー 「砦ドラゴンというものが、自然現象であろうと、何であろうと……」
キングチャチャブー 「戻らねぇものは戻らねぇし、戻るものは戻る……」
キングチャチャブー 「それが、『死ぬ』ってことなんだってな……」
キングチャチャブー 「じゃあな(スタスタ)」
クック 「……行ってしまった。話はよく分からなかったが……無事に里にたどり着けるだろうか。心配だな……」
少女 「ガルルガさん、起きて。私だよ、少女だよ。分かる?」
ガルルガ 「…………」
少女 「おじさん、ダメだよ。ガルルガさん、ちっとも目を覚まさない」
ナナ・テスカトリ 「とにかく、もう少し奥に移動しましょう」
ナナ・テスカトリ 「グラビモス夫妻の所に、今夜は泊めてもらおうと思っています。先ほど承諾もいただいてきました」
少女 「! バサル君のお家だ!」
ナナ・テスカトリ 「ふふ。ザザミ一家のみなさんもいらっしゃるわよ」
少女 「紫ガミザミちゃんとも、久しぶりに会えるんだ! わぁ、嬉しいな」
クック 「うむ。そう決まっているのなら、我々も今日は厄介になってもいいだろうか」
テオ・テスカトル 「グラビ殿には私から話をしよう。避難所にもなっているから大丈夫だ」
キリン 「ガルルガさん……無事に目を覚ましてくれるといいけれど……」
ティガ弟 「………………」

441: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:37:02.07 ID:9PdQ5L60
―砦ドラゴンの背の上―

ガルルガ 「…………ッ…………」
ガルルガ 「……(何だ……?)」
ガルルガ 「(何だって、俺ァこんなところに…………)」
ガルルガ 「(一面真っ白だ……雪か? でも、不思議と全く寒くねぇ……)」
ガルルガ 「(端が見えねぇ……)」
ガルルガ 「(どこまでも白い空間が続いてやがる…………)」
ガルルガ 「(ここはどこだ……)」
ガルルガ 「(かかさまの声が聞こえて……外に出て、俺は意識を失っちまったんだ……)」
ガルルガ 「(だがおかしいぞ……)」
ガルルガ 「(凍傷の一つや二つは出来ててもおかしくないのに、体は全く正常だ……)」
ガルルガ 「(それに、逆にポカポカと温かい…………)」
ガルルガ 「(いや…………)」
ガルルガ 「(温かいのは、地面だ……)」
ガルルガ 「(こんなに雪が積もっているはずなのに、温かい…………)」

442: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:37:53.33 ID:9PdQ5L60
ガルルガ 「(とにかく、ここはどこだ……?)」
ガルルガ 「(早くゲリョの巣に戻らねぇと……)」
ガルルガ 「!!!」
ガルルガ 「(雪の向こうに、何かが見える…………)」
ガルルガ 「(あれは…………!!!!)」
×××××× 「………………」
ガルルガ 「なっ…………!!!」
両耳ガルルガ 「………………」
ガルルガ 「(ふらっ)」
両耳ガルルガ 「………………」
ガルルガ 「…………かっ…………………………かかさまぁぁー!!!!」
両耳ガルルガ 「(にこり)」
ガルルガ 「(ダダダダダッ)」
ガルルガ 「(ガシッ)」
ガルルガ 「こっ……この感じ……本物……?」
ガルルガ 「本物のかかさまだ!!!!」
ガルルガ 「本物!? 本物だ!!!」
ガルルガ 「ど……………………どうして!!!?」

443: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:39:31.99 ID:9PdQ5L60
両耳ガルルガ 「(ぎゅう)」
ガルルガ 「う…………」
両耳ガルルガ 「ガル……こんなに大きくなって…………」
両耳ガルルガ 「寂しかったでしょう……独りで……」
ガルルガ 「………………」
ガルルガ 「………………(じわり)」
ガルルガ 「…………かかさま…………(ぎゅ……)」
両耳ガルルガ 「………………(撫で撫で)」
両耳ガルルガ 「ガル……私の子……」
両耳ガルルガ 「ねぇ、こっちを見て」
ガルルガ 「…………」
両耳ガルルガ 「……泣いてるの? 大丈夫、顔を見せて……」
ガルルガ 「(ぐしっ……)」
両耳ガルルガ 「(にこり)」
ガルルガ 「ど…………どうして、かかさまがここに…………」
両耳ガルルガ 「ガル……よく聞いて……」
両耳ガルルガ 「……ここは、生と死を繋ぐ場所なの……」
ガルルガ 「……???」
両耳ガルルガ 「そしてあなたは選ばなくてはいけないわ……」
両耳ガルルガ 「『戻る』か……『共に来る』か……」
両耳ガルルガ 「そのどちらかを…………」

444: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:40:29.44 ID:9PdQ5L60
―旧火山、避難所、子供たちの部屋―

バサルモス 「ぐぅ……ぐぅ…………」
紫ガミザミ 「すぅ……すぅ…………」
少女 「(うつら……うつら……)」
少女 「(バサル君も紫ちゃんも元気でよかった……)」
少女 「(家のティガ兄さんが気になるけど、今日は疲れたしここで休もう…………)」
少女 「………………」
 >………………!! ……!!!!
少女 「……?」
 >………………!!!! …………!!!
少女 「(何……この声……)」
少女 「(この声……まさか…………)」
 >…………!! …………!!!!

445: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:41:20.01 ID:9PdQ5L60
―四年前、シュレイド城―

父 「ダメだ……今回の戦いには幼女を連れて行くことはできない」
母 「そんなことを言ったって……私も出て行ったら、この子を守る人はもういないのよ……!」
父 「そうならないように、二人で戦いに出るんじゃないか!」
父 「幼女、よく聞くんだ」
父 「お父さんとお母さんは、これからモンスターを倒しに戦いに出る」
父 「二人とも、ハンター……モンスターハンターなんだ」
父 「だから戦わなくちゃいけない」
父 「幼女。お前はここで、俺たちが戻るのを待っているんだ」
母 「…………」
父 「大丈夫。こんな戦争、すぐに終わるさ。俺たちの力があれば……!!!」

446: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:42:29.76 ID:9PdQ5L60
―三年前、街―

行きかう人々 「(ひそひそ)お父さんが脱走兵ですって……」
行きかう人々 「(ひそひそ)登録された正式なハンターだったんでしょう? それが敵前逃亡とはね……」
行きかう人々 「(ひそひそ)噂では山の向こうに逃げたって話だけど、奥さんもつれて、こんな小さな子供を置いて……」
幼女 「………………」
行きかう人々 「(ひそひそ)前線のハンターが逃亡なんてしなかったら、砦にまでモンスターが攻め込んでくることはなかったんじゃないかしら」
行きかう人々 「(ひそひそ)しっ……こっちを見てるよ」
幼女 「……………………」
行きかう人々 「(ひそひそ)あぁやだやだ。脱走兵の娘なんて。ウチじゃ絶対引き取りたくないね」
行きかう人々 「(ひそひそ)全くだよ。ハンターの風上にも置けないじゃないか」
幼女 「……………………」
幼女 「(お父さん、お母さん…………)」
幼女 「(お父さんは逃げたの……?)」
幼女 「(お母さんも逃げたの……?)」
幼女 「(私を置いて……)」
幼女 「(どうして…………???)」
幼女 「(どうして…………………………?)」

447: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/01/03(日) 16:43:20.77 ID:9PdQ5L60
―現在、旧火山、子供たちの部屋―

少女 「(…………ッ……!!)」
少女 「(思い出したくない……)」
少女 「(そんなこと、思い出したくない…………)」
 >…………!!! …………!!!!!
少女 「(何……?)」
少女 「(何なの、この声…………)」
少女 「(まるで私に、嫌なことを思い出させるように………………)」
 >おいで………………
少女 「(嫌…………行きたくない………………)」
 >ここには君の望む世界がある…………
 >さぁ、おいで…………!!!
少女 「(この声…………)」
少女 「(お父さんの、声…………!!!)」

476: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:17:14.51 ID:8QIg/VA0
イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」

外伝 砦ドラゴンと少女 第4話

―四年前―

大剣 「幼女は連れて行けない。何度言ったら分かるんだ」
ランス 「でも……私、心配なの。私たちや、もしかしてあの子に……もしものことが起こったら…………」
大剣 「…………」
ランス 「最悪のことはいつ起こっても不思議じゃない。ハンターとしてのあなたの口癖じゃない」
大剣 「……そのときのために、街の親戚に預けようと言っているんじゃないか」
ランス 「親を亡くして、あの子が無事に育つとでも思うの?」
大剣 「まるで今回の戦いは死ににいくのと同じであるかのような言い方をするんだな。それとも三人で逃げようというつもりか?」
ランス 「そこまでは言っていないわ。でも……」
大剣 「…………」
ランス 「先遣隊は既に連絡を絶って数日も経ってるわ。ギルドはハンターを募ってるけど、実際は脱走兵が増えてきたことを隠そうとしてるだけ」
ランス 「あなた……今回のモンスターの勢いは異常よ。何か狂気じみたものを感じるわ」

477: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:19:00.37 ID:8QIg/VA0
ランス 「それを肌で感じたから、前線のハンターが次々に逃げ出してる」
ランス 「私も、昨日増援に行った時に戦ったモンスターの狂い方を感じたわ」
ランス 「まるで爆弾みたいに……自分の命なんて一切気にせずに向かってきたわ」
ランス 「ガミザミの子供もよ。前まではそんなことはなかったのに……」
大剣 「…………何かが起ころうとしている。それは、俺もわかる」
ランス 「…………」
大剣 「だからこそ、俺たちが行かなければ。行って、前線のハンター達を鼓舞して指揮しなければ」
大剣 「お前は、戦っている仲間を見捨てるとでも言うのか?」
ランス 「それは違うわ……」
大剣 「…………」
ランス 「でも……恐ろしいの」
大剣 「恐ろしい?」
ランス 「ええ。私たちはハンターよ。モンスターハンター。恐れずに巨大な化け物に向かっていく戦士よ」
ランス 「でも、私は昨日、初めてモンスターを恐ろしいと思った……」
ランス 「死を恐れずに向かってくる狂気を肌で感じて、それを怖い、とそう思ったの」
ランス 「見て……さっきから体が小さく震えてる」

478: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:20:16.90 ID:8QIg/VA0
大剣 「…………臆病風にふかれたと言うなら……」
ランス 「……ええ。そうかもしれない」
大剣 「…………」
ランス 「私は臆病風にふかれたのかもしれない……」
大剣 「…………」
ランス 「自分でも、信じられないことだけれど……」
大剣 「……お前は残れ。俺が行く」
ランス 「それは出来ないわ……あなたの背中は私が守る。それは絶対に曲げられないルールよ」
大剣 「……ならどうしろと言うんだ。お前の言うとおりに、前線の仲間たちを見捨てると言うのか?」
ランス 「……」
ランス 「自分の命なんて、全く惜しくない。そうじゃなきゃハンターはやっていけないもの」
ランス 「でも、私たちには幼女がいるのよ」
大剣 「…………」
ランス 「幼女には誰かがついていないといけないわ。親と言う存在が」
大剣 「俺も、お前も生きて帰ってくる。そうすればいいだけの話だ」
ランス 「…………そうね…………確かに、その通りだわ……」

479: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:21:45.22 ID:8QIg/VA0
大剣 「何を弱気になっているんだ。お前らしくもない」
ランス 「…………」
大剣 「モンスターは敵だ。俺たちは敵を倒す。この手で。この武器で。俺たちにはそれが出来るんだ」
ランス 「ええ……どんな強いモンスターが現れようと、私たちさえいれば……」
大剣 「ならば何を恐れることがある?」
大剣 「恐れは死に繋がる。そんな弱気な考えは捨てるんだ」
大剣 「襲ってきたモンスターは撃退したんだろう? なら……」
ランス 「確かに撃退したわ。でも、倒したのは……子供のガミザミとコンガばかりだった……」
ランス 「親と共に突撃してきたわ。命なんて、全く惜しくないといわんばかりに……」
ランス 「…………私には出来ない。幼女を危険な目に合わせてまで、共に戦うなんて……」
大剣 「しかし、お前は幼女を連れて行きたがっている。言っていることが矛盾しているぞ」
ランス 「……そうね、矛盾しているのかもしれない」
ランス 「でも、子供を殺されてもなお向かってくる親を見たときに、ふと思ったの」
ランス 「こんな光景は、もう見たくないって」
ランス 「私は、こんな光景を見るためにハンターになったんじゃないって」
ランス 「私は……違う。こんなことのためじゃなくて、守りたいものを守るために、力を使うべきなんじゃないかって」
ランス 「そう、思ったの」

480: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:22:48.32 ID:8QIg/VA0
ランス 「だから、幼女を手放すことが、不安でたまらないの」
ランス 「幼女を守るためじゃなくて、何かを殺すために力を使ってしまいそうで……」
ランス 「私は……そう、私自身が怖いのかもしれない……」
ランス 「私のエゴなのかもしれないわ……」
ランス 「でも、幼女と離れたくないの」
大剣 「…………」
大剣 「しかし、戦場に幼女を連れて行くのは不可能だ」
大剣 「仲間も守る、自分を守る、子供も守るでは通用しない」
大剣 「必ず何かを犠牲にしなくてはならなくなる」
大剣 「その場合、お前は何をとるんだ」
ランス 「…………」
大剣 「聞き分けてくれ。ランス。俺たちはハンターだ」
大剣 「戦う理由なんて、戦った後についてくるものだ。まずは目の前の敵を倒す。今までもそうしてきたじゃないか」
ランス 「でも、私は……」
 >ガチャリ
幼女 「……お父さん、お母さん……?」
大剣 「……!」
ランス 「……! 幼女……どうしたの?」
幼女 「ねれなくて……」
幼女 「とおくで、モンスターのなきごえがする……」
幼女 「こわい……」
ランス 「こっちにおいで。お母さんの膝の上に」
幼女 「うん……(よじよじ)」
ランス 「(なでなで)」

482: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:24:00.55 ID:8QIg/VA0
大剣 「…………何か飲み物でも作ってこよう。最近は夜、冷えるようになってきた」
ランス 「私とこの子には濃いココアをお願い」
大剣 「ああ。少し待っていなさい」
幼女 「うん……」
ランス 「……? 幼女?」
幼女 「お母さん……」
ランス 「何?」
幼女 「お母さん、お父さんも……どこにもいかないよね……」
ランス 「!!」
ランス 「………………」
ランス 「……ええ、どこにもいかないわ。どこにも……」
幼女 「(ホッ)…………(ぎゅっ)」
幼女 「このとりでにいれば、あんぜんなんだよね……」
幼女 「だから、ここで三人でくらすんだよね……」
ランス 「ええ、そうよ……」
ランス 「ここにいれば安全よ。ここに、いれば…………」
幼女 「…………うん……」

483: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:24:50.19 ID:8QIg/VA0
大剣 「ほら、ココアだ。こぼさないように注意するんだ」
幼女 「ありがとう、お父さん」
ランス 「ありがとう。あなた、これを飲んだら、今日は私たちも寝ましょう」
幼女 「わたし、お母さんといっしょにねていい?」
ランス 「ええ、いいわよ。今日は一緒に寝ましょうね」
大剣 「……そうするか。今日はもう休もう。この屯所にも、いつ救援要請が来てもおかしくないからな……」
幼女 「きゅうえんようせい?」
ランス 「……子供は知らなくてもいいことよ。ほら、冷めないうちに飲んでしまいなさい」
幼女 「うん……(ゴクゴク)」
大剣 「…………」
大剣 「ランス。話はまた今度にしよう。今はお互い疲れているようだ」
大剣 「体を休めることに集中しよう」
ランス 「……ええ。そうね。水掛け論をいくら続けても仕方がないわ」
大剣 「…………」
幼女 「(プハッ)ごちそうさま」
大剣 「口の端についてるぞ(ゴシゴシ)」
幼女 「くすぐったいよ、お父さん」
大剣 「……(ニコリ)俺は寝床の用意をしてくる。少し待っていなさい」

484: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:25:55.94 ID:8QIg/VA0
―数日後、夜―

>ドタドタドタッ!
新米ハンター 「……だ、大剣さん! ……大剣さん!!」
>ドンッ、ドンッ、ドンッ!
新米ハンター 「大剣さん!!」
大剣 「何だ……この真夜中に!? (ガチャリ)…………! どうしたんだ、その傷は!!」
ランス 「! た、大変……早く手当てをしなくちゃ……!!」
新米ハンター 「今はそんな場合じゃ……ぐっ……」
大剣 「とにかく中に入るんだ。ランス、応急薬をありったけ持ってくるんだ!」
ランス 「ええ!」
新米ハンター 「俺だけ……逃げて……」
大剣 「喋るな。出血が激しい……痛むだろうが縛るぞ!」
新米ハンター 「(ギュッ)ぐぁ……ッ!!」
ランス 「あなた、応急薬よ!」
大剣 「よし、歯を食いしばれ……!」
新米ハンター 「(バシャッ)……ッ!!」
ランス 「これは……蟹にやられた傷だわ……でも、傷の具合が、圧倒的に深くて大きい……」
新米ハンター 「俺たちだけじゃ……どうしようもなくて……」
新米ハンター 「俺だけ逃げてきた……俺だけ……!!」

485: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:26:41.46 ID:8QIg/VA0
新米ハンター 「くそっ…………くそっ!!」
ランス 「落ち着いて。あなたは重症なのよ」
大剣 「ここでは応急処置しか出来ない。街まで下ろさなければ……」
ランス 「私、今からギルドに行って応援を呼んでくるわ」
新米ハンター 「ま……待ってください……」
ランス 「……?」
新米ハンター 「……俺……逃げてきました……」
新米ハンター 「ギルドのルール……敵に背中を見せたら、脱走の罪で…………」
ランス 「そんなことを言ってる場合!? あなたはこのままだと間違いなく死んでしまうわ!」
新米ハンター 「………………」
新米ハンター 「でも…………逃げるしかなかった…………」
新米ハンター 「(ギリ……)俺たち新米じゃ、どうしようもなかった……!!」
新米ハンター 「前線の仲間達はみんなやられました…………」
新米ハンター 「じきに……ここにもモンスターが攻め込んでくる…………」

486: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:27:28.81 ID:8QIg/VA0
ランス 「!!」
大剣 「何だって……? 前線が突破されたのか!?」
新米ハンター 「………………くそ!!」
新米ハンター 「……ギルドがおかしいんだ……!!」
新米ハンター 「俺たち新米に大金だけ渡して、前線に追いやって…………」
新米ハンター 「応援も物資もまともによこさないで…………!!」
新米ハンター 「そんな状況で、一体何をしろっていうんですか……!!!」
大剣 「…………」
大剣 「とにかく、落ち着いて話をしよう。内容によってはすぐにギルドに連絡しなければいけない」
新米ハンター 「……!!!」
ランス 「血が中々止まらないわ……」
大剣 「脇の下から圧迫しよう。お前はそっちを抑えてくれ。もっときつく縛る」
ランス 「ええ」
新米ハンター 「………………ぐっ………………」
ランス 「傷口から毒が入ったら大変よ。でも今は薬を塗って包帯を巻くくらいしか……」
大剣 「応急処置ならそれで十分だ」

487: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:28:23.13 ID:8QIg/VA0
大剣 「新米ハンター君。落ち着いて答えて欲しい」
大剣 「この傷は何につけられたものだ? 俺たちは見たことがない傷痕だ」
新米ハンター 「…………お……俺にも…………」
大剣 「?」
新米ハンター 「(ブルブル)俺にもわからないんです………………」
大剣 「分からないとは? 君は、戦ってこうなったんだろう?」
新米ハンター 「分からないんです、何に襲われたのか!」
新米ハンター 「そいつは火球を飛ばして、俺たちを散り散りにさせて……」
新米ハンター 「俺は何とか……撃とうとしたけど……」
新米ハンター 「大きすぎて、何が何だか…………」
ランス 「…………」
新米ハンター 「気がついたら、そいつに踏みつけられてて…………アリみたいに……」
新米ハンター 「くそっ…………!!」
ランス 「……関節の軋み音を聞かなかった……?」
新米ハンター 「……!! 聞きました……まるで木をこすり合わせてるような音が……」
大剣 「…………! まさか…………」
新米ハンター 「大剣さん……俺、どうしたら…………」

488: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:29:21.98 ID:8QIg/VA0
ランス 「もしかしたら、砦蟹…………?」
大剣 「……だとしたら新米ハンターだけでは……いや、俺たちだけが行っても太刀打ちできる相手じゃないぞ……!?」
ランス 「大至急ギルドに応援を頼みましょう。迷っている時間はないわ」
新米ハンター 「そ……そんな……」
ランス 「あなたもハンターなら、しっかりしなさい!」
新米ハンター 「!」
ランス 「あなたの役目は何? 砦や街に住む人を守ることよ。あなたは立派に戻ってきたわ」
ランス 「あなたは、立派に役目を果たしたのよ」
ランス 「誰もそれを責めないわ。だから、ギルドを恐れることなんて何一つとしてないのよ!」
新米ハンター 「でも……俺、逃げて……」
大剣 「いや、君一人だけでも戻ってきてくれてよかった。砦蟹だったら、早く動かなければとんでもないことになる」
新米ハンター 「砦……蟹?」
大剣 「……古い文献の中にある。砦よりも大きい蟹のモンスターが存在していると。俺たちも、聞いた話だが……」
新米ハンター 「あんな大きなモンスター……どうしろっていうんですか……」
新米ハンター 「それに、他にも、もっと前線から来た奴が、山みたいな竜を見たっていう話も……」
大剣 「…………(チッ)俺はギルドに行ってくる。ランス、新米ハンター君の処置をしたら、幼女を街に避難させるんだ」
ランス 「あなた、幼女は……」

489: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:30:10.13 ID:8QIg/VA0
>ガチャリ
幼女 「……お父さん、お母さん……だれかきてるの?」
ランス 「幼女……! 今はダメよ、寝てなさい!」
幼女 「……!! ひっ! 血……!!!」
幼女 「血……血が…………」
大剣 「落ち着け、幼女。大丈夫だ。お父さんとお母さんがついてる」
幼女 「(なでなで)…………う、うん…………」
新米ハンター 「くそ…………」
新米ハンター 「俺………………情けないです…………」
大剣 「泣いている暇があったら、自分の傷の処置を少しは手伝うべきだ。すぐに人を呼んでくる(ガチャリ)」
新米ハンター 「………………」
ランス 「幼女、さ……奥に入って。寝ていていいのよ」
幼女 「わ、わたしもなにかてつだう……」
ランス 「(ニコリ)ありがとう。でもいいのよ。あなたは、お父さんとお母さんが必ず守るから。寝室に戻っていなさい」
幼女 「…………うん…………」
幼女 「(おとうさん、おかあさん……)」
幼女 「(なんだか、とってもこわいかおをしてる……)」
幼女 「(なんだか、いやなかんじがする……)」
幼女 「(むねのおくが、しめつけられるみたいな…………)」

490: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:30:58.58 ID:8QIg/VA0
―しばらく後―

>ガヤガヤガヤガヤ
幼女 「………………」
幼女 「(ひとが、たくさんあつまってきた……)」
幼女 「(雨…………)」
幼女 「(なまぬるい雨がふってる…………)」

―屯所入り口―

中堅ハンター達 「今からの避難は無理だ! 夜遅すぎる。こんな暗い中、警鐘を鳴らしたら街はパニックになるぞ!」
大剣 「だが放っておいたら砦蟹に踏み潰されて終わるぞ。それでもいいというのか?」
中堅ハンター達 「そんなことは……」
中堅ハンター達 「でも、ならどうしたら…………」
ランス 「…………砦の中に誘い込みましょう」
中堅ハンター達 「!? 砦の中に? 誘い込んでどうするっていうんですか!」
中堅ハンター達 「残っている俺たちだけじゃ、どっちにしろ太刀打ちできずに終わっちまう!」
ランス 「……毒を使いましょう」
大剣 「…………!!」
ランス 「痺れ玉と毒玉を調合したものが、砦の倉庫にしまってあるわ」
ランス 「それに、竜撃戦車を出すのよ」
中堅ハンター達 「竜撃戦車……でもあれは、また未完成で……」
ランス 「構わないわ。この機会に使わずに、いつ使うっていうの?」

491: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:34:32.49 ID:8QIg/VA0
大剣 「…………聞いての通りだ。毒痺れ玉をありったけと、竜撃戦車の準備をするんだ」
中堅ハンター達 「…………」
大剣 「どうした、早く動け!」
中堅ハンター達 「毒って……俺たちはハンターだ。ギルドから、厳しい処分が……」
中堅ハンター達 「毒の仕様は禁止されてるはずです……それはいくらなんでもまずいですよ……」
大剣 「何を怖気づいてる!? そんなことを気にしている場合か!」
中堅ハンター達 「……………………」
中堅ハンター達 「ギルドにたてつくことはできないですよ……」
中堅ハンター達 「俺たちにだって生活があるんだ……」
大剣 「(ギリ……)…………(ズダンッ)」
中堅ハンター達 「(ビクッ)」
ランス 「(あなた……武器を床に……)」
大剣 「ならば俺は、今ここでギルドを抜ける! ギルドの者の指示でないとすれば、やれるだろう! 俺の独断ということにすればいい!」
中堅ハンター達 「! な、何言ってるんですか、大剣さん!」
ランス 「…………」
大剣 「すまない、ランス。俺は……」
ランス 「(ズンッ)……」
大剣 「!!」
ランス「私もギルドを抜けるわ。これからの行動の責任は、全て私たちが取る……!」
大剣 「……お前……」

492: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:35:30.54 ID:8QIg/VA0
>シャァォォォォォォォォ!!
中堅ハンター達 「なっ……何だ!? 今の叫び声!!」
中堅ハンター達 「聞いたことがねぇ声だ!!」
大剣 「チッ……もうすぐそこまで来てるってのか!」
ランス 「暗闇に隠れてよく見えないけど……この臭い…………」
大剣 「ぐずぐずしている暇はないな。俺たちは前線に支援に行く。お前たちは砦の中に誘い込んで、モンスター達を食い止めろ!」
ランス 「ギルドには私たちが、勝手に責任を放棄して、独断で行ったことだと言いなさい。早く!」
中堅ハンター達 「大剣さん……ランスさん……」
中堅ハンター達 「お……おいあれ…………」
>ギギ……ギ……ギ…………
ランス 「…………くっ…………大きい…………!!」
大剣 「俺も今、チラッとだが見えた。何だ……あの大きさは…………」
大剣 「だが、臆している時間はない。やつらがここまで侵攻してきたってことは……」
大剣 「前線のハンター達が皆やられてしまったということだ……!!」
ランス 「……!!」
大剣 「…………俺たちだけでも前に……前に行かなければ…………!!!」

493: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:36:18.41 ID:8QIg/VA0
―屯所の中―

幼女 「お父さん……お母さん!(パタパタ)」
大剣 「幼女……! まだ、街に避難させていなかったのか!」
ランス 「………………」
ランス 「(ガチャガチャ)」
幼女 「(お母さんが……よろいを着てる…………)」
ランス 「(ガチャリ)」
ランス 「あなた……どうしても、幼女は……」
大剣 「ダメだ……今回の戦いには幼女を連れて行くことはできない」
ランス 「そんなことを言ったって……私も出て行ったら、この子を守る人はもういないのよ……!」
大剣 「そうならないように、二人で戦いに出るんじゃないか!」
大剣 「幼女、よく聞くんだ」
大剣 「お父さんとお母さんは、これからモンスターを倒しに戦いに出る」
大剣 「二人とも、ハンター……モンスターハンターなんだ」
大剣 「だから戦わなくちゃいけない」
大剣 「幼女。お前はここで、俺たちが戻るのを待っているんだ」
ランス 「…………」
大剣 「大丈夫。こんな戦争、すぐに終わるさ。俺たちの力があれば……!!!」

494: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:37:08.95 ID:8QIg/VA0
幼女 「お父さん、お母さん、いっちゃうの……?」
大剣 「…………ああ。俺たちは行く」
ランス 「幼女。ごめんなさい……私たちは行くわ」
大剣 「たとえ勝ち目がない戦いだったとしても……敵がどんなに強大でも……」
大剣 「俺たちは前に進んできた。どんな卑怯な手を使っても、勝ち続けてきた」
大剣 「だから今回も勝つ! 勝って、お前の所に戻ってくる!!」
ランス 「幼女、街のおばさんのところには、一人で行けるわね?」
幼女 「(ビクッ)……わ、わたし……あそこ、いや……」
ランス 「聞き分けて。あそこがあなたが一番安全に過ごせる場所なのよ」
大剣 「(サラサラ)この文書を持って行け。それに、これはお金だ(ジャララ)おばさんに渡しなさい」
幼女 「お父さん……お母さん、いやだよ……」
大剣 「…………」
幼女 「わたしもいく。お父さんたちといっしょにいく」
大剣 「それはできない」
幼女 「どうして!? わたし、じゃまにならないようにするよ。いい子にしてるよ!」

495: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/07(日) 22:38:25.33 ID:8QIg/VA0
ランス 「………………(スッ)」
幼女 「(なでなで)…………」
ランス 「ごめんなさいね……幼女。でも、私たちはこれから戦いに行くのよ」
ランス 「なりふり構わない戦いに行くの……」
ランス 「色々考えたわ……」
ランス 「色々考えたけれど……」
ランス 「そんな姿、やっぱりあなたに見せたくない…………」
幼女 「おかあさん…………言ってることが、よくわからないよ……」
ランス 「今は分からなくてもいいの。いつかきっと、お父さんとお母さんの心が、あなたにもわかる時が来るわ」
 >シャォォォォォォォォォ!!
幼女 「(ビクッ)……!!!」
大剣 「近いな……ギルドが応援を送ってこない所を見ると、奴らは本当に森に火を放つつもりか……!!」
ランス 「くっ……そんなことをしても何も解決しないのに……」
大剣 「行くんだ、幼女。明日だ、明日……また会おう」
ランス 「ええ、きっと。明日。明日また……」
幼女 「ほんとう? ほんとうにあした、お父さんとお母さんはむかえにきてくれるの?」
大剣 「ああ、約束だ!」
ランス 「ええ!」
大剣 「行け! 振り返るんじゃないぞ!」
幼女 「…………(ぐしっ……)」
幼女 「(タタタタッ)」
幼女 「(雨が……なまぬるい…………)」
幼女 「(お父さん……お母さん…………)」
幼女 「(どうしてだろう……)」
幼女 「(なみだが……とまらない…………)」

5: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:12:49.18 ID:mhWuZD.0
次の日の朝、幼女が聞いたのは、咆哮。
地面を揺るがす何者かの足音。
そして、倒壊する建物、崩れる轟音。

その目に見えたのは、父が、母が守ろうとした砦を踏み潰す巨大な砦蟹。
逃げ惑う人々の中に揉まれながら。

幼女は、ただひたすらに呆然として、目の前の光景を見ていた。

生ぬるい雨が降っていた。

いつの間にか、街には誰もいなかった。
ぬかるみの中にしゃがみこみ、幼女は一人、大きな声で泣いていた。

いつの間にか、モンスターの怒号、地鳴りは止んでいた。
何が起こって、そしてどうなったのか。
幼女には知る由もなかった。

6: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:13:26.88 ID:mhWuZD.0
しかし、幼女は本能的な部分で、察していた。

父と母は、遠い場所に行ってしまったのだと。
自分を置いて、行ってしまったのだと。

それを認める心と、認めない心がせめぎあい、幼女の中でどろどろとした泥に変わっていく。
それを吐き出すように。
一滴残らず、体の中を覆う泥を吐き出すように。

幼女は、泥と雨にまみれながら、ただ、大きな声で泣いた。

街には、幼女の声しか聞こえなかった。
モンスターの声も、人間の声も聞こえなかった。
ずっと、小さな女の子の声がこだましていた。

7: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:14:05.83 ID:mhWuZD.0
幼女は、自分がどうして泣くのか、理解が出来なかった。
分からないまま、大きな声で泣くしかなかった。

崩れた瓦礫の山を見ながら、彼女は。
父と母が向こうから、泣き声を聞きつけてやってきてくれるように。
心のどこかでそう願っていたのかもしれない。

しかし、生ぬるい雨は止まなかった。
ただ、止まなかった。

幼女は、ずっと。
街の人達が一人、また一人と戻ってきてもずっと。

泥にまみれて、一人のままだった。

8: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:14:33.08 ID:mhWuZD.0
―現在、砦ドラゴンの背の上―

ガルルガ 「生と死を繋ぐ場所……?」
ガルルガ 「かかさま……何を言って……」
両耳ガルルガ 「ガル、真実は真実として受け入れなければいけないわ」
両耳ガルルガ 「私は確かに、あなたの目の前で死んだわ」
両耳ガルルガ 「私は死んだ後の存在なのよ」
ガルルガ 「そんなこと……だって、かかさまはここにいるじゃないか!」
ガルルガ 「……温かい! かかさまの感触だ! 冗談言わないでくれ!」
両耳ガルルガ 「…………」
両耳ガルルガ 「ガル、聞きなさい」
両耳ガルルガ 「私が死の後の存在なら、あなたとこうして喋れていること、おかしいと思わない?」
ガルルガ 「何言って……」
両耳ガルルガ 「何故喋れるのか……それはね、あなたも、今死にかかっているからなの」
ガルルガ 「!!」
両耳ガルルガ 「分かる? あなたは、魂だけで私に会いにきた……」
両耳ガルルガ 「『彼』の上にいる私に……」

9: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:15:11.81 ID:mhWuZD.0
ガルルガ 「『彼』……?」
両耳ガルルガ 「あなたも感じない? 私たちの足元で震えている彼……」
ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「…………あ、ああ。感じる……」
ガルルガ 「何か大きくて……計り知れないくらい巨大な……でも……」
ガルルガ 「とても、寂しそうだ……」
両耳ガルルガ 「私は、『彼』の背中の上で、今とも昔ともつかない時間を過ごしたわ」
両耳ガルルガ 「ここは、背中の上……」
両耳ガルルガ 「彼は、私たちを乗せて、震えながら歩き続けているの……」
ガルルガ 「彼って……一体、誰なんだ……?」
両耳ガルルガ 「砦ドラゴン……と、私は小さい頃に聞いたことがあるわ」
両耳ガルルガ 「世界には春夏秋冬、四匹の砦ドラゴンが存在していたの」
両耳ガルルガ 「彼らは、魂を集めて、『向こう側』に運ぶ役割を負っているの」
両耳ガルルガ 「彼らは歩き続けたわ……」
両耳ガルルガ 「世界中から魂を集めて、そして『向こう側』に送り届ける……」
両耳ガルルガ 「それが、彼らにとって、喜びの時間でもあったの……」
ガルルガ 「…………」

10: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:15:49.01 ID:mhWuZD.0
両耳ガルルガ 「でも、ある日を境に、彼は、歩くことに疲れてしまったの……」
ガルルガ 「ある日……?」
両耳ガルルガ 「世界中の魂を集めて送ることは、無限に、この世界がある限りいつまでも続くわ」
両耳ガルルガ 「……その長い時間の中で、彼らは体を失い、魂だけになって……」
両耳ガルルガ 「その魂も、擦り切れて、一匹、また一匹といなくなっていったの」
両耳ガルルガ 「足元の『彼』は、その、最後の一人よ……」
両耳ガルルガ 「彼は、一人で歩くことに疲れてしまった……」
両耳ガルルガ 「いくら魂を集めても、いくら『向こう側』に送っても、彼の孤独は癒えることはない……」
両耳ガルルガ 「分かる? 孤独というのは、どんなに体が大きくても、どんなに勇猛な心を持っていても、とても辛いものよ」
ガルルガ 「…………」
両耳ガルルガ 「…………いつしか、彼は魂を送ることさえやめてしまった…………」
両耳ガルルガ 「そして、逆に背中に魂を集め始めたの……」
両耳ガルルガ 「その、冬の力を持って……」
ガルルガ 「何で……かかさまが、そんなことを知ってるんだ……?」
両耳ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「あんた……誰だ?」
両耳ガルルガ 「あなたの母、だった存在よ……」
両耳ガルルガ 「今は、『彼』と半分ほど溶け合って、気持ちを、ほんの少しだけれど共有してる……」
両耳ガルルガ 「だから、今、あなたの母か? と聞かれると、そうではないと答えるしかないの」

11: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:16:23.68 ID:mhWuZD.0
ガルルガ 「謎かけみたいな話はやめてくれ!」
両耳ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「かかさまはかかさまだ。俺の目の前にいる!」
ガルルガ 「それ以上、俺は何も望むものはねぇんだ!」
ガルルガ 「じゃあそれでいいじゃないか! かかさま、家に帰ろう!!」
ガルルガ 「さぁ、俺の手を握って!!」
両耳ガルルガ 「……………………」
ガルルガ 「どうして!?」
両耳ガルルガ 「ダメよ、ガル……」
両耳ガルルガ 「私はここから動くことが出来ないの……」
両耳ガルルガ 「『彼』が、私の魂と同化し始めているわ……」
両耳ガルルガ 「私はいずれ、彼の中に溶け込んで、砦ドラゴンという存在の一つになるわ」
両耳ガルルガ 「彼が、私たち魂を、『向こう側』に送ってくれない限り、私たちは彼の一部になるしか、道はないの……」
両耳ガルルガ 「そして、彼の孤独を癒すための、糧となるのよ……」
ガルルガ 「何だ!? 何だその理屈!!」
ガルルガ 「わけがわかんねぇ! いきなり現れて、わけのわかんねぇことを並べてたてて……!!」
ガルルガ 「本当に俺のかかさまなら、この手が握れるはずだ!」
ガルルガ 「さぁ! こんなところ、一緒に出よう!!」

12: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:16:58.51 ID:mhWuZD.0
両耳ガルルガ 「あなたの手なら、いくらでも握れる……でも……」
 >ぎゅ……
ガルルガ 「……!! よし、こっちに……」
ガルルガ 「な……何だ!?」
ガルルガ 「石……みてぇに動かねぇ…………」
ガルルガ 「柔らかくて……温かい感触なのに……」
ガルルガ 「何でだ……!!!」
両耳ガルルガ 「それは、私も彼の体の一部になりかかっているからなの」
両耳ガルルガ 「ガル……よく聞いて」
ガルルガ 「………………」
両耳ガルルガ 「放っておいたら、あなたも、魂を彼に吸われてしまうわ」
両耳ガルルガ 「あなたが選択できるのは、ここから去るか、ここで、私と共に彼の一部となるか……」
両耳ガルルガ 「彼の孤独が癒えない限り、それしか選択肢はないの……」
両耳ガルルガ 「そして、その孤独は癒えることはないわ……」
両耳ガルルガ 「幾千、幾万の時の流れが、彼の心を削り取ってしまった……」
両耳ガルルガ 「もう、『向こう側』へ行く門は開かない……」
両耳ガルルガ 「彼は、魂を吸い続けて、いつか限界を迎えて……」
両耳ガルルガ 「そして、弾けて、泡になって消えてしまうでしょう……」
両耳ガルルガ 「集めた沢山の魂と共に……」
両耳ガルルガ 「それが、彼が望んでいることなのかもしれないわ……」

13: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:17:27.87 ID:mhWuZD.0
ガルルガ 「彼、彼、彼って……!!」
ガルルガ 「こいつがそんなに偉いのか!!!」
 >ドンッ! ドンッ!!
両耳ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「俺のかかさまをどうにかできるほど偉いのか!! こいつが! こいつが!!!」
 >ドンッ! ドンッ!!!
両耳ガルルガ 「やめなさい、ガル……」
ガルルガ 「ハーッ……ハーッ……」
両耳ガルルガ 「あなたの心の痛みは、よく感じるわ。でも、彼を傷つけるというのは、同時に私を傷つけることでもあるの……」
ガルルガ 「!!!」
ガルルガ 「かかさまの耳から、血が……!!」
ガルルガ 「お……俺…………」
両耳ガルルガ 「これくらい、すぐに治るわ……」
ガルルガ 「かかさま…………俺、そんなつもりじゃ…………」
両耳ガルルガ 「いいのよ。誰だって、初めてここに来たときはそう。みんな、彼を傷つけようとする」
ガルルガ 「誰だって……?」
両耳ガルルガ 「周りを見てごらんなさい」
ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「何も見えねぇ……」
ガルルガ 「ただ、しろいもやがどこまでも続いてるだけだ……」

14: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:17:58.05 ID:mhWuZD.0
両耳ガルルガ 「見えないだけよ……」
両耳ガルルガ 「そのしろいもやの粒子、一つ一つが私たちと同じ魂なの」
ガルルガ 「!!!!
ガルルガ 「こんなに……こんなに沢山……!?」
ガルルガ 「一体どれだけの命を、こいつは吸ってるんだ!!」
両耳ガルルガ 「彼には、既に自分の意思はないわ……」
両耳ガルルガ 「あるのはただ、寂しいという気持ちだけ。摩擦した心の中で残ったのは、ただ孤独だけ……」
両耳ガルルガ 「分かる? ……それほど、彼は悲しい存在なのよ……」
両耳ガルルガ 「私たちには、推し量ることもできないくらい……」
ガルルガ 「わ……わかんねぇーよ!!」
ガルルガ 「じゃあかかさまは、このまま魂まで消えてなくなっていいってのか!!」
ガルルガ 「俺はいやだ! かかさまが別の何かに変わっちまうんなんて嫌だ!!」
ガルルガ 「折角……折角こうして再開できたんじゃないか!!!」
両耳ガルルガ 「ふふ……」
ガルルガ 「!」
両耳ガルルガ 「優しい子……言葉遣いは荒っぽいけど、根はいい子なのよね……」
ガルルガ 「な……っ、何だよいきなり……」
両耳ガルルガ 「ガル、変化って何だと思う?」
ガルルガ 「変化……?」

15: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:18:40.82 ID:mhWuZD.0
両耳ガルルガ 「魂が何かに変化すること……それを恐れていてはいけないわ……」
両耳ガルルガ 「だって、私はもうすでに死んでしまっているんですもの……」
両耳ガルルガ 「死も変化だと受け入れれば、その後どう変わってしまおうが、それが魂の運命なのよ」
ガルルガ 「じゃ……じゃあかかさまは、このままこいつの一部になることが運命だってのか!」
両耳ガルルガ 「ええ……決まるべくして決まっていたことなのかもしれないわ……」
両耳ガルルガ 「たとえ『向こう側』にいったとしても、そこで起こる変化と、ここで起こる変化に何か違いがあるかしら?」
両耳ガルルガ 「私という『個』は失われても、『存在』は残ったままよ……」
両耳ガルルガ 「だから、変化を恐れることは、何もないの……」
両耳ガルルガ 「存在まで消えてしまうわけではないのだから……」
ガルルガ 「わかんねぇ……わかんねぇよ……」
ガルルガ 「俺は……」
ガルルガ 「俺は、どうすればいい……?」
両耳ガルルガ 「…………」
両耳ガルルガ 「自分で決めなさい……」
ガルルガ 「……!!」
両耳ガルルガ 「ここから去るか、私と共に彼の一部となるか……」
両耳ガルルガ 「それは、あなた自身が選択しなさい」
ガルルガ 「そんな……俺は、そんなこと選べない……」
ガルルガ 「かかさま、一緒に来いって言ってくれ!」
両耳ガルルガ 「…………」
ガルルガ 「そうすれば俺は勇気をもらえる! 変わることにだって立ち向かっていける!」
ガルルガ 「一言でいいんだ! 一緒に来いって……」
両耳ガルルガ 「………………」
ガルルガ 「何で!?」

16: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:19:19.19 ID:mhWuZD.0
両耳ガルルガ 「あなたの存在まで、私の好きに出来るわけがないわ……」
両耳ガルルガ 「自分自身の『存在』のあり方は、自分自身で決めなくてはいけないことなの」
両耳ガルルガ 「厳しいようだけれど、それがここにあり続けることのルールよ」
ガルルガ 「…………」
両耳ガルルガ 「あなたが、自分の存在を捨ててまで私と一緒に来るというのなら、それはそれでいいでしょう」
両耳ガルルガ 「でも……去るというのなら、私はそれを止めたりはしないわ」
両耳ガルルガ 「あなたには、あなたの人生があるの……」
ガルルガ 「じゃあ……俺に戻れって言うのか……?」
両耳ガルルガ 「それも、あなたが選ばなきゃいけない……」
ガルルガ 「かかさまの意思はどこにあるんだ!!」
両耳ガルルガ 「!!」
ガルルガ 「それじゃ……それじゃまるで、かかさまがかかさまじゃなくなって、この得体の知れないもんになっちまったようじゃねぇか!!」
ガルルガ 「それだけは断じて認めねぇぞ! かかさまは、俺のかかさまだ!!」
ガルルガ 「俺……こいつと話してくる!!!」
両耳ガルルガ 「!? ガル、何を……」
ガルルガ 「かかさまを離して、『向こう側』への門を開くようにって言ってくる!!」
ガルルガ 「かかさまがかかさまじゃなくなるなんて嫌だ!」
ガルルガ 「そうしたら俺も……俺も一緒に向こう側に行くんだ!!(ダダッ!)」
両耳ガルルガ 「ガル! ここで私を見失ったら……」
ガルルガ 「(ダダダッ)」
両耳ガルルガ 「ガルー!!!」

17: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:19:47.53 ID:mhWuZD.0
―旧火山、避難所、子供たちの部屋―

少女 「(お父さん……)」
 >…………! …………!!
少女 「(お父さんの声が、聴こえる……)」
少女 「(うぅん……この声は……お母さん!?)」
少女 「(何なの……お父さんの声も、お母さんの声も聴こえる……)」
少女 「(何を言ってるのか分からないけれど……)」
少女 「(でも、確かに、お父さんとお母さんの声……)」
少女 「(お父さん……)」
少女 「(お母さん……)」
少女 「(私を置いて、遠くに行った、お父さんとお母さん……)」
少女 「(………………)」
 >…………!! …………!!!
少女 「(まるで、私を誘ってるみたい……)」
少女 「(洞窟の外から聞こえる……)」

18: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:20:15.47 ID:mhWuZD.0
少女 「(ふらり)」
少女 「(吹雪の向こう側から……)」
少女 「(私を呼ぶみたいに……)」
少女 「(私、行かなきゃ……)」
少女 「(お父さんと、お母さんの所に……)」
少女 「(…………)」
少女 「(行かなきゃ…………)」
少女 「(呼ばれてる……)」
少女 「(お父さんとお母さんが……呼んでる……)」

19: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:21:00.01 ID:mhWuZD.0
―休火山、グラビモス夫妻の家―

クック 「キングは無事に里にたどり着けただろうか。心配だ……」
ナナ・テスカトリ 「子供たちの様子を見てきました。少女ちゃんも、ちゃんとぐっすり寝ていますよ」
クック 「良かった。それにしても……」
テオ・テスカトル 「うむ。彼をどうするべきか……」
ガルルガ 「…………」
ロアルドロス 「魂抜きになってしまった者に対する処置策はありません……」
ロアルドロス 「自然に目を覚ますまで、待つしかないのが現状です」
ロアルドロス 「せめて体が凍えないように、火の近くに置いてあげてください」
カム・オルガロン 「魂が戻ってくればいいが……」
ノノ・オルガロン 「そうね、戻ってくればいいのだけれど……」
黒グラビモス 「ガルルガ君……」
グラビモス 「何かしてやりてぇが、俺らじゃ手の下しようがねぇな……」
ティガ弟 「よくわかんねぇが、その魂ってのを探してきて、無理やりにでも連れ戻せばいいんじゃねぇのか?」
キリン 「それが出来ないから困ってるんじゃないですか」
ダイミョウザザミ 「………………」
ダイミョウザザミ 「我が……部族からも、数人同じようなことになっている者が……出ている」
紫ダイミョウザザミ 「…………(コクリ)」

20: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:21:56.54 ID:mhWuZD.0
テオ・テスカトル 「……ふむ……やはり、私とナナで海岸だけでも確認してくることとしよう」
ナナ・テスカトリ 「そうですね……私たちの炎の力なら、この猛吹雪を少しは耐え切れるでしょうし……」
ナナ・テスカトリ 「もしガルルガ君のこの状況が、海岸にいる『何か』のせいだったとするなら、やめさせなければなりません」
テオ・テスカトル 「そうだな。何がいるのかはまず置いておいて、とりあえず確認をすることにしよう」
クック 「私も少しばかり気になる。一緒に行ってもいいだろうか」
テオ・テスカトル 「クック殿も? 構わんが、大丈夫か?」
クック 「私にも少しは炎の力がある。これくらの吹雪で凍えはしないよ」
グラビモス 「俺も行きてぇところだが……古傷の具合が悪い。すまねぇな」
黒グラビモス 「でしたら、代わりに私がご一緒しましょう。私にも炎の力があります。お役に立てるかもしれません」
キリン 「私も……」
クック 「キリンちゃんとティガ弟君はここに残ってくれ。子供たちのことを見てやっていて欲しい」
ダイミョウザザミ 「すまないが……我らは寒さに弱い。ご遠慮つかまつる……」
紫ダイミョウザザミ 「(コクリ)」
テオ・テスカトル 「いや、元々私の、単なる思いつきだ。気に病む必要はありません。カムとノノも、子供たちを見ていてくれ」
カム・オルガロン 「うむ」
ノノ・オルガロン 「ええ」
テオ・テスカトル 「それでは、黒グラビ殿、クック殿、行くとするか」
クック 「承知した」
黒グラビモス 「はい!」
キリン 「おじさま……気をつけて」
クック 「私は大丈夫。少女を頼むよ」

21: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:22:26.02 ID:mhWuZD.0
―砦ドラゴンの背の上―

少女 「(………………)」
少女 「(ハッ……!)」
少女 「(私、いつの間にこんなところに……)」
少女 「(ここ、どこ……?)」
少女 「(夢……?)」
少女 「(お父さんとお母さんの声が聞こえて……)」
少女 「(外に出ようと思ったら……ここに……)」
少女 「(周り全部……雪…………)」
少女 「(でもどうしてだろう……全然寒くない。むしろ温かいような……)」
少女 「(…………雪が降ってる…………)」
少女 「(…………?)」
少女 「(これ、雪じゃ…………)」

22: 三毛猫 ◆58jPV91aG. 2010/02/28(日) 19:22:55.03 ID:mhWuZD.0
少女 「……!!」
少女 「(誰かが……私をまた呼んでる……)」
少女 「(後ろから……)」
少女 「(………………)」
少女 「(…………!!!)」
大剣 「…………」
ランス 「…………」
少女 「お父さん……?」
少女 「お母さん……?」
大剣 「(にこり)」
ランス 「(にこり)」
少女 「…………」
少女 「お……お父さん!! お母さん!!!」
大剣 「…………」
ランス 「…………」
少女 「お父さん……!! ……お母さん!!!!」