1: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:31:35.02 ID:z07AMiQQO
その日、氷川紗夜はラーメンが食べたかった。
きっかけがなんだったのかはわからない。朝起きて、朝食を摂っている時に見たニュース番組のグルメ特集だったかもしれないし、氷川日菜が隣で「ら、ら、ら、らーめん~♪」という謎の歌を口ずさんでいたからかもしれない。
理由はともあれ、とにかく紗夜はラーメンが食べたかったのだ。
いつも通りの時間に通学路を歩き、いつも通りの時間に学校へたどり着き、いつも通りに教室の自分の席に座り、目の前で繰り広げられる白鷺千聖と松原花音の「クラゲと紅茶の類似性」という議論を聞き流しながら過ごしている間にも、その想いは募るばかりだった。
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2: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:33:21.76 ID:z07AMiQQO
今日の放課後、ラーメン屋に寄っていこうかしら。
チャイムの音と共にやってきた担任。「朝のホームルームを始めます」という平坦なその声を聞きながら、そんなことを思う。けれどすぐに紗夜は首を振った。
別に放課後の買い食いが禁止されているわけではない。だけど、風紀委員として、それはあまり褒められた行動ではないだろう。……それに。
ホームルームが瞬く間に終わって、千聖と花音の議論に白金燐子が加わる。「クラゲで吸収と言えども、確実に風味やらなんやらは口に入るだろう」という静かな第一声が議論をより混沌へと陥らせる。それを目にしながら、頭には想像を浮かべる。
ロゼリアのギターがひとりでラーメン屋に入ってラーメンをすするという光景。立ち上る湯気に汗をかき、つるつると麺を食み、レンゲに掬ったスープを喉へ流し込むという姿。
それは些か、氷川紗夜という人物のイメージとは離れてしまうだろう。顔を出して世界観を創って演奏している手前、そういうのはあまりよろしくない。
3: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:34:41.38 ID:z07AMiQQO
では誰かを誘って行けばいいじゃないか、と心無い人は言うだろう。しかしそれも今日の紗夜にとっては論外だ。何故なら、彼女の胃袋は、一対一の真剣勝負を望んでいた。
ご飯を食べている時は、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。どこぞのグルメが放った言葉が紗夜の頭に浮かぶ。まさにそんな気分だ。いわば私対ラーメンなのだ。そういうツーマンの対バンなのだ。
だから放課後に行くならひとりで……いえ、駄目よ。こういう思考はいけない。やめて、それ以上いけない。
再び頭を振った。ラーメンの誘惑を打ち消す。そうしているうちに予鈴が鳴る。目の前で繰り広げられている議論の議題は「頭にチョココロネをつけたマフィアについて」に変わっていた。
……………………
4: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:35:22.23 ID:z07AMiQQO
紗夜がラーメンに対する想いを胸に秘めているうちに、時計の針はあっという間に進んでいく。
気付いたら昼休みだった。ラーメンのことは忘れようと、紗夜は燐子と一緒に教室でお弁当を食べていた。
しかし、口に食べ物を入れて咀嚼するごとに、心と身体が全て遠き理想郷を欲してしまっていた。
――アツアツスープによく合うワカメ。特製醤油ダレのかけられた白髪ネギ。チャーシューは脂身が控えめで歯ごたえがあり、噛むたびにお肉の美味しさが口に広がる。そして、とろろ。
つい先日、宇田川あこと一緒に行ったラーメン屋を思い出す。
5: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:35:49.49 ID:z07AMiQQO
商店街の南の方にあるお店だ。カウンター席が16席。ボタン式の自動ドアを開くと麺とスープの匂いがふわりと鼻をくすぐる。
「おねーちゃんとたまに来るんですよ!」と言うあこにオススメを聞くと、「ネギとろろ」と言われて困惑した。ラーメンにとろろ? そんな馬鹿な。
しかしどうしたことだろうか。店員さんからも「当店イチオシは券売機の一番左上、ネギとろチャーシュー!」だなんて威勢よく言われてしまったから、紗夜は大人しくその一番高いラーメンを注文した。
結果、世界が変わった。
6: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:36:26.23 ID:z07AMiQQO
ラーメンにとろろ。すり下ろしたものではなく、かなり小さく短冊切りされた長芋。
これが意外なほどマッチするのだ。
味が濃いスープや、どんぶりに一輪の花が咲くように盛りつけられたチャーシュー。本来なら乙女の胃袋をもたれさせるのに十分な重さを持つそれらが、とろろのさっぱりした食感と絶妙に絡み合って、するするとお腹に消えていく。
アクセントの白髪ネギもいい。
ネギ本来の辛みと混ざり合う醤油ダレ。それを間に挟むと一向に飽きが来ない。箸が止まらない。気付いた時には、ラーメンの全てが紗夜の中に注ぎこまれていた。
こんな世界があったのか。完食を果たした彼女の心には、新しい世界への扉を開け放った気持ちがあったのは言うまでもない。
7: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:37:16.39 ID:z07AMiQQO
「……氷川さん?」
と、静かな声でエルシオンから花女の教室へ紗夜は帰ってくる。眼前にはきょとんとした燐子の顔があった。愛想よく笑う店員さんの姿はない。机に目を向けても、そこにはどんぶりなんてない。一昨年くらいに日菜がくれた(正確には強引に押し付けてきた)姉妹でお揃いの淡い青色をしたお弁当箱しかない。
「上の空でしたけど……大丈夫……ですか……?」
「ええ、大丈夫」日菜の声が紗夜の頭に浮かぶ。『ら、ら、ら、らーめん~♪』……やめて日菜、その歌は私に効く。やめてちょうだい。「ラーメンなんて食べたくないわ」
「……はい?」
「ネギととろろのシンフォニーなんて気にしてないですから」
「あの……保健室、行きますか……?」
燐子は本気で紗夜を心配した。
どこか虚ろな目でいきなり変なことを言い出した風紀委員長。もしかしてそれはギャグで言ってるのかな……という思いがなくもないけれど、根っから真面目な紗夜が上の空の様相で「ラーメン、ネギ、とろろ」と繰り返す様は、どう見たって異常事態だ。
8: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:37:50.34 ID:z07AMiQQO
「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう」
「……そう、ですか……」
けれど紗夜は何ともない風に言って、箸を再び動かす。
正直、日菜とお揃いのお弁当箱を見ているだけで、ハロウィンの小悪魔コスプレをした妹が『らーめん♪ らーめん♪』と歌って踊っている幻覚を見ているような気分になるけれど、そこは弓道で鍛えた鋼の精神力で乗り切った。
「……あ、そういえば……この前あこちゃんと……ご飯を食べに行ったんですよ……」
燐子はまだまだ紗夜が心配だったから、ラーメンから話を変えるように、あことふたりでファミレスに行った話をした。
だけどそれは逆効果だった。
9: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:38:38.34 ID:z07AMiQQO
あこと一緒にご飯を食べに行く、というワードは紗夜の脳内で全て『ラーメン』に書き換えられる。日菜に混じってあこまで『らーめん♪ らーめん♪』と踊りだす。加えて燐子まで静かなウィスパーボイスで『らーめん……らーめん……』と言うんだからもう堪ったものじゃない。
目の前の友人に悪気があるわけじゃないのはもちろんわかっている。だけど、それでも恨みがましい思いを抱かずにはいられない。
誤魔化すように、紗夜はお弁当箱のふりかけご飯とハンバーグを口に放り込んだ。ラーメンになんて負けるものか! と強く意気込む。
そんな紗夜をやっぱり燐子は心配そうな目で見続けた。『話題は“ときめきエクスペリエンスと黄金体験の違いについて”の方がよかったかな……』と思い続けた。
……………………
10: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:39:22.23 ID:z07AMiQQO
放課後になっても紗夜の激動は収まる兆しを見せなかった。
静かな生徒会室で風紀委員の書類仕事をやっつけている今も、心の中には淡い聖杯が浮かぶ。そこから漂う湯気と濃厚なスープの匂いが浮かぶ。
頭を振った。気分を変えよう、と紗夜は思う。
ペンを机の上に放って、窓の外を見る。今日は朝から快晴だった。遠い空は藍色。たなびく白い雲。窓を開けているから、そこから吹き込む春の風にカーテンが微かにそよぐ。射し込む陽だまりが揺れる。生徒会室にできた、白い陽だまり。その中にいるラーメンと私……
違う、そうじゃない。
大きく息を吸い込んで、ため息にも似た深呼吸をする。このアンニュイを如何にするべきか。
11: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:40:00.00 ID:z07AMiQQO
そんな風に窓の外を眺める紗夜を遠巻きに見つめる影がふたつあった。名もなき生徒会役員と風紀委員である。彼女たちの思いは同じだった。
――いつも凛々しくまっすぐ未来を見据えるその眼差しが、今日はどこか遠くへ向けられている。ちらりと窺える横顔には愁眉。きっと何か貴い物思いに耽っているに違いない。昨今の世界情勢だろうか、貧困に喘ぐ国の子供たちの未来を憂いているのだろうか、それとも、わたくしたちのような下賤の身では到底思い至らない宇宙の真理に想いを馳せているのだろうか。風にそよぐカーテンと揺れる陽射しに照らされたその姿は、まるで一枚の絵画だ。イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢にも負けず劣らずの肖像だ。ガールズバンド時代が生み出した高貴な青薔薇の花……ああ、なんて素敵なんだ。それを手が届きそうな距離から見守れる以上の幸福がこの世界にあるだろうか? いや、ない。あるわけがない――なんて、そんな風に紗夜の姿に見惚れて、やんごとなき憧憬と尊敬と情熱を込めたため息を揃って吐き出す。
12: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:40:50.86 ID:z07AMiQQO
だけど紗夜の頭にあるのは自分対ラーメンの様相だった。ネギととろろとチャーシューを率いたラーメン軍の一大決戦。天下分け目の関ケ原である。
いっそもう、行ってしまおうか。
ラーメン軍の怒涛の兵糧攻めに、紗夜の気持ちは揺らぎに揺らぐ。というかもう折れかかっていて、『……そうだ、こんなに悩むくらいなら、行ってしまえばいいんだ』なんてことを思いだした。
無駄なプライドなんて邪魔なだけだというのはもうとっくのとうに知っているし、学校帰りにひとりでラーメンを食べたというところでそれがなんだと言うのだ。私のことをまるで俗世から離れた天女のように崇める人間なんかいるわけがない。もしも私をそんな目で見る人間がいるなら今すぐにでも黄色い救急車を呼ぼう。私だってひとりの人間だ。ポテトを食べたくもなればラーメンだって食べたくなる。これはいわば生理現象だ。人間の三大欲求のひとつだ。仕方のないことなのだ。それにラーメンは友達だ。怖くない。友達がテーブルの上にいてくれるなら、ひとりじゃないなら、辛くなんてないし悲しくなんてない。だから、行こう――!
13: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:41:27.47 ID:z07AMiQQO
とうとう紗夜はラーメン軍との和睦を果たした。するとどうしたことか、先ほどまでやけに重たかった頭も肩も一気に軽くなった。その勢いのまま、机に広げた書類をやっつける。
兵は神速を尊ぶ。善は急げ。思い立ったが吉日。兵法の基本だ。風林火山だ。古代中国の孫子の兵法だ。
疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く……と、そこまで考えて、手と思考が止まる。頭の中につい先日の生徒会室での一幕が広がる。
あれは仕事に一区切りがついて、休憩をしようという流れになった時のことだ。
14: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:42:12.84 ID:z07AMiQQO
『はぁー……やっぱ書類仕事ってすげー肩が凝りますよね』と伸びをする市ヶ谷有咲。
『ええ……ゲームや読書をしている時も……』と困ったような笑顔を浮かべる燐子。
『そうですよね。姿勢が悪いのかなぁ』『それはあるかもしれませんね……キーボードを弾いてる時は……そうでもありませんけど……』『ですねぇ』『はい……』
そんな肩凝りあるあるを話すふたりを見つめている紗夜は、その時何を思っていたか。
……おや? 書類仕事にしてもNFOにしても、私はそこまで肩が凝った覚えはないのだけれど……と考えていたことは覚えている。それからふたりの胸に目が行ったところで、ブツリと記憶が途絶えていた。
15: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:42:52.19 ID:z07AMiQQO
「…………」
座ったまま姿勢を正す。顔だけを真下に向ける。特に何にも邪魔されることなく机の書類が見えた。
風林火山。
これなら作業も疾きこと風の如く侵掠すること火の如く片付く。
軽く身じろぎをしてみる。
特に何もなかった。徐かなること林の如く動かざること山の如……
「くっ……!」
ナニかに負けた気がした。そのナニかが何なのかは皆目見当もつかなくて全然これっぽっちもわからないけど、別に、気にしてないわ。そうよ。別になんともないわ。太らない体質だし弓道には有利だしギターを弾くに当たってもあれは邪魔なだけでしょう別に全然負けてないわ。
16: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:44:08.08 ID:z07AMiQQO
そうは思うけれど、それでも一抹の悲しさが紗夜の寂しい胸中に去来する。
でも、泣くことならたやすいけれど、悲しみには流されない。流されてたまるものか。
そういう決意を小さく胸に秘めて、紗夜は立ち上がる。目指すはあの店、蒼いどんぶり。下なんか向いてる暇はない。食べきれるか少しばかり不安だけれど、今日はネギとろチャーシュー麺中盛りを注文してやるんだ。大盛りは流石に無理でも中盛りくらいになら私だってなれるはずだ。
「お先に失礼します。戸締りをお願いします」
そうして、生徒会室にやって来てから仕事もせずにずっと熱っぽい瞳で紗夜を見つめていた名もなきふたりに声をかける。
「はいっ、お疲れさまでしたっ」
「お気をつけて……っ」
ふたりは感極まったように声を返した。やたら仕事が遅いのもそんな風な返事をするのもいつものことだから、紗夜は気にせず強い足取りで昇降口を目指した。
……………………
17: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:45:10.44 ID:z07AMiQQO
午後四時を過ぎたころ、花崎川商店街は活気に満ちていた。
昔ながらの個人商店が並ぶ通りには、夕飯の買い出しだろう主婦や、制服姿のまま買い食いや寄り道に勤しもうという若人たちの姿がたくさん見受けられる。
商店街のアーチをくぐってからは、時おりスピーカーから戸山香澄の歌声も聞こえてきた。そうだ! 愛も幸せもコロッケパンもたくさん、My home street!
18: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:45:47.77 ID:z07AMiQQO
その軽快に弾むメロディに乗って、紗夜の行軍は続く。
もう迷うことはないけれど、それでも彼女の胸には小さな悩みの種があった。
――もしも今、この状況を知り合いに見つかったら、なんて言って切り抜けるべきだろうか。
生徒会室であの大盛りキーボーディストたちの会話を思い起こしてから、決意はした。だけど流石に知り合いに面と向かって「ええ、これからラーメンに。ラーメンは友達ですから」とはちょっぴり言い辛い。
ラーメン屋まで距離のあるところでエンカウントしたなら言い訳はいくつでも作れるけれど、もしも目前にして会敵した場合はどうするべきか。そういう可能性は低いけれど、なにぶんこの商店街には知り合いが多く住むから、あらゆる状況を考えておかなければならない。
なんて思うけれど、正直、もうここまで来てしまうと紗夜の頭の中の9割はラーメンに染められていた。もしも今この場で事の是非を問われたら、
「ラーメンですがなにか? 悪い? 私がラーメンを食べたらいけないの? あなたの理想を私に押し付けないで」
と一昔前の氷の風紀委員が顔を出しそうな勢いだった。それでも一応考える。
19: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:46:18.19 ID:z07AMiQQO
……まぁ、そうは言っても、商店街でエンカウント率アップする人物ならその数は限られてくるわね。
手を繋いで微笑み合いながら歩いている女子高生ふたりとすれ違いながら、紗夜は頭の中に知り合いの顔を浮かべる。
まず、商店街と言えばアフターグロウ。美竹さんは踏み込んでくるタイプじゃないし、青葉さんもあれでそういう空気は察してくれるタイプだ。
上原さんは適当な言い訳を並べればあっさり信じてくれることだろう。
巴さんは宇田川さんの名前を出せばいい。
羽沢さんは……どうしよう。
ちょうどいい距離から自分を尊敬してくれている風な後輩ポジションの羽沢つぐみ。彼女には何を言えばいいだろうか。正直に話しても誤魔化しても、氷川紗夜のイメージが崩れるような気がしてならない。上手い言葉が見つからない。
20: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:46:44.79 ID:z07AMiQQO
考えていても仕方ないわね。紗夜は羽沢つぐみを頭の隅に押し込めて、別の人物の対処法を思案する。
北沢さんは純粋だから「これからご飯を食べに行く」とだけ言えばいい。余計なことは聞いてこないだろう。
山吹さんは青葉さんと同じくエアリード能力に長けているタイプだ。それとない雰囲気を匂わせればすぐに察してくれる。
宇田川さんに会ったら正直に言えばいい。「あそこのラーメン、気に入ってくれたんですね!」と無邪気に喜んでくれることだろう。
歩を進めるごとに解決策が浮かぶ。これならイケるという確信が小さく胸に根を張っていく。
21: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:47:20.27 ID:z07AMiQQO
羽沢つぐみに対しての的確な言い訳は思い浮かびそうになかったけれど、それでも、と紗夜は思う。
確率的に言えば彼女とピンポイントで出会ってしまう可能性は低い。花女と羽丘の下校時間は少しズレているし、生徒会の仕事と風紀委員の仕事でのズレだって生じる。そう、こんなところで、数多の可能性の中から羽沢さんとだけエンカウントしてしまうだなんて、もうそれは奇跡の類の話だ。運命的な出会いだ。今日はラーメンを食べてはいけませんよ、という神のお告げ的な何かだ。それであれば仕方がない、諦めよう。
……なんだ、考えてみれば全部が簡単なことじゃないか。簡単なことを難しく考えるのは、もうやめだ。紗夜は悩みの種をすっかり消化した気分になって、軽い足取りでラーメン屋を目指す。
22: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:48:17.56 ID:z07AMiQQO
八百屋さんや本屋さん、魚屋さんの軒先が連なる通り。そこを抜けて、銀河青果店も通り過ぎて、商店街の南を目指す。
通りがかった電気屋さんの店頭に置かれたスピーカーからはラジオが流れていた。
いつか見た希望には辿り着いたかい?
君が見たステージへ辿り着いたかい?
函館のボーイズバンドの曲らしい。ラジオDJがのんびりした声で曲名とバンド名、それとその由来を紹介していた。ギリシャ神話の船を象った南天星座、アルゴ船座。
確か今はもうそう呼ばないんだったわね、と日菜のために読んだ星座の本を思い出しながらも、足は止まらない。針路は南、宜候!
23: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:48:48.24 ID:z07AMiQQO
やがて目的のラーメン屋が視界に映る。
小さな店構え。
行列ができるような超有名店というわけでもないから、入り口にかかった黄色い暖簾がよく見える。それが紗夜の海馬に刻まれたラーメンを蘇らせる。ああ、もうすぐだ。もうすぐ、恋焦がれたあの一杯と――
「あれ、紗夜さん?」
――と、恍惚とした表情を浮かべかけたところで、後ろから声をかけられた。
足が止まる。表情も固まる。まさか、そんな。鈴を転がしたような可愛いらしい声。それが紗夜の思い出を想起させて、ひとつの人影を浮かび上がらせる。
ぎぎぎ、と古ぼけたブリキ人形のような鈍い動きで身体を反転させる。振り返った視界の先には、羽丘女子学園の制服を身にまとい、きょとんと首を傾げる羽沢つぐみがいた。
24: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:49:31.69 ID:z07AMiQQO
「こんにちは。珍しいですね、商店街のこの辺りにいるのって」
「え、ええ、そう……ですね……」
紗夜は平静を装って頷くけれど、心の内では地団駄を踏み、髪を掻きむしっていた。ああ! ラーメン屋まであと十歩もなかったのに! よりにもよってこんな場所で羽沢さんと出くわすなんて!
「お散歩ですか?」
当の羽沢つぐみはいつも通りに軽やかな声を転がす。知り合い、先輩後輩、友人同士の世間話に興じようとする。普段であればなんとも思わないけれど、今の紗夜にとってのそれは天使のような笑顔を浮かべた悪魔のイジワルにしか思えない。
「ええ、まぁ……その、はい」
これが運命だというのだろうか。これが世界の選択だというのだろうか。
確かに先ほどは羽沢つぐみと出会ったらこれも運命だと割り切って諦めようとは思っていた。だけど、こんな、あとちょっとでたどり着く場所まで希望を持たせてこれはないでしょう!
紗夜の脳内で歌声が響く。ばっちりキマってるカッコいいMV。男性ボーカル。ラップ。こぞって探すelysionの扉、目前で逃す!
頭を抱えたくなる。必死で集め彷徨った空っぽのストーリーが、手のひらから笑って落ちていく綺麗に。そんな気分だった。
25: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:50:20.19 ID:z07AMiQQO
「……なんだか元気がなさそうですけど、大丈夫ですか?」
羽沢つぐみはそんな紗夜を心配そうに見つめる。何か力になれることがあるなら手伝いたいという気持ちになっていた。
「…………」
対する紗夜は、そんな風な顔を見せられるともうどうしたらいいのかわからなくなる。
それは主に羽沢さんのせいなんですよ……と言いたい。そう、言いたい。でも言えない。言えるわけがない。ただでさえ日菜が日頃から迷惑をかけているのに、『ラーメン屋にひとりで入るところを後輩に見られるのが照れくさい』だなんて口が裂けても言えない。
どうしよう。本当にどうしようか。紗夜は悩む。
やっぱり諦めるべきなのか。この運命はdestinyの方じゃなくfateの方だったんだと、そう割り切れということなのか。そうなのか。もし神様が本当にいるとしたら、なんてタイミングで私と彼女を引き合わせるのだろうか。きっと神様というのは生粋のサディストか性悪なんだろう。
そう悶々と思い惑う紗夜に、救いの手は思わぬ形で差し伸べられた。
26: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:50:57.56 ID:z07AMiQQO
「あれー、つぐちゃんにおねーちゃん!」
あっけらかんとした明るいハスキーボイス。羽沢つぐみの後ろから、ショートカットの髪を弾ませながら歩いてくる氷川日菜の姿があった。
「あ、日菜先輩。さっきぶりですね」
羽沢つぐみが振り返る。日菜も「さっきぶり~!」と無邪気な笑顔で言う。紗夜は余計に場がこんがらがりそうで気が気じゃなかった……けど。
「どうしたんですか? 日菜先輩もお散歩ですか?」
「あはは、全然違うよー。ほら、あたし、ラーメン食べたいってずっと言ってたでしょ?」
「はい。今日一日、ずーっと言ってましたね」
「だから食べに来たんだ! ほら、あそこのラーメン屋さんに!」
その妹の言葉に、紗夜は思う。強く思う。『私に天使が舞い降りた……!』と。
27: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:51:37.29 ID:z07AMiQQO
「実は」乗るしかない、この流れに。機を見るに敏な紗夜は迷わず口を開く。「私もそうなんですよ、羽沢さん」
そうだ、こう言っておけばいい。なにせ私と日菜は双子だ。生まれる前から一緒なのだ。そんなふたりが同じことを思って同じ場所にいる。それなら何もおかしなことはない。いい意味での、destinyの方での運命的でドラマチックなフタゴリズム。情に篤い羽沢さんだ、これを聞けば何も言わずに引くだろうし、日菜だって乗ってくるはずだ。ひとりでラーメンが食べられないのはこの際仕方ない。背に腹は代えられないし、この理論で言えば日菜と私はいわば一心同体の運命共同体だからセーフ……と、紗夜は口に蜜あり腹に剣ありの様相を呈す。
「おねーちゃんもなんだ! えへへ~、お揃いだねっ!」
「ええ、そうね。せっかくだから一緒に食べましょうか」
「わーい、おねーちゃんとラーメン! るるるるるんっ♪ だね!」
「また貴女はよくわからないことを……まったく、ふふ」
そんな仲睦まじい様子を見せつけられた羽沢つぐみは、「あっ」と思う。
28: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:52:42.68 ID:z07AMiQQO
彼女の瞳には、紗夜と日菜の間に様々なお花が咲き乱れているような幻覚が映っていた。それはピンク色したスイートピーだったり、紫色したチューリップだったり、イチゴだったり、ミツマタだったり、ゼニアオイだったりした。
それが何を意味するのかはわからなかった。でも、羽沢つぐみの脳内に住むいつもの5割増しにクールな美竹蘭が「3月20日の誕生花だよ。花言葉は……まぁ、たくさんあるから、自分で調べて好きなのを選べばいいんじゃない」とイケボで囁いた。なるほど、つまりそういうことなんだね、蘭ちゃん。
羽沢つぐみは、何か特別で素敵なものを見つけられたような気分になっていた。聖域とはこういうものなんだろうか。目の前にある花園は、なにものにも侵されてはいけない、遠目で見守るべき領域だ。
音の地平線から語り部の声がする。
退廃〈デカダンス〉へと至る幻想。背徳を紡ぎ続ける恋物語〈ロマンス〉。痛みを抱く為に生まれてくる悲しみ。第四の地平線――その楽園の名は『ELYSION』……。
羽沢つぐみは察した。ふたりの間に、自分という存在が介していてはいけない。そうしてしまうと、特別で素敵な何かが色を失ってしまうんだ。
だから、今この場で私が取るべき行動は、クールに去ることだけだ。そうだよね、蘭ちゃん。
29: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:53:51.55 ID:z07AMiQQO
「よかったですね、日菜先輩」
「うん! あ、つぐちゃんも」
「それには及びません」日菜の言葉を遮り、羽沢つぐみは口を開く。紗夜は『計画通り……』と内心であくどい笑みを浮かべた。「実はこれから、蘭ちゃんたちと予定があるので」
嘘である。でも、こう言っておけば紗夜も日菜も何も気兼ねせずにelysionの扉を開けると思ったから、罪悪感とかそういうものはクロアシネコの小指の爪ほども覚えなかった。
「そっかぁ。それじゃあしょうがないね」
「そうね。ふたりで行きましょうか」
「はい。どうかお幸せに」
頷き合う双子を見つめて、羽沢つぐみは聖母のごとく穏やかでたおやかな笑みを浮かべた。
日菜はそれをまったく気にしなかった。おねーちゃんとラーメン! と思った。
紗夜はちょっとだけ気にしたけど、それよりもラーメンが優先だったから気にしないことにした。
この日以来、やたらと羽沢つぐみが紗夜と日菜がふたりでいるところを見つけてはとても優しい笑顔を浮かべることになるけれど、それはまた別の話である。
……………………
30: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:54:34.04 ID:z07AMiQQO
長い一日だったわね。
券売機でネギとろチャーシュー麺の券を買って店員さんに渡し、カウンター席に座って、日菜が用意してくれたセルフサービスのお水を一口飲み込み、紗夜は長い息を吐き出した。
カウンター席の向こうには厨房が広がる。いつも元気がいい店員さんが――なんて常連ぶってみるけど、紗夜はまだ2回目の来店である――、これでもかというくらい白髪ネギに醤油ダレをかけまくって、かき混ぜていた。
もうすぐだ。もうすぐ、あの味が食べられる。
そう思うと今日のこれまでの苦労が全て報われた気分になった。胸が躍る。
31: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:55:23.74 ID:z07AMiQQO
「でも珍しいね。おねーちゃんがラーメン食べたいって」
「そういう日菜もじゃない。どういう風の吹き回し?」
紗夜は朗らかな気持ちを抱えたまま、右隣の席の日菜に言葉を返す。
「あこちゃんからね、おねーちゃんとラーメン食べに行ったって聞いたんだ。そしたらなんかあたしも食べたくなってきちゃってさ」
「そうだったのね」
「おねーちゃんは?」
「私も似たようなものよ。宇田川さんと一緒に食べたここのお店のラーメンがふと食べたくなって」
「そっか! おそろいだねっ」
「そうね。おそろいね」
視線を交わし合って、言葉を交わし合って、ふたりは笑顔を浮かべる。
32: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:55:50.52 ID:z07AMiQQO
食というのは不思議なものだな、と紗夜は思う。
美味しいものを食べている時は、難しい悩みごとも、忘れたいことも忘れたくないことも、意識の外に置いておける。世界平和が訪れる。今であれば、どんぶりに咲く一輪のチャーシューとネギととろろのコラボレーション以外に何もいらないという気持ちになれる。穏やかに日菜と向き合える。ラーメンというのは奥深い食べ物なのね。
対する日菜は、ずっと『るんっ♪』としていた。
おそろい。朝からずっとおねーちゃんとおそろい。なんて素晴らしい響きだろう! つまりあたしはおねーちゃんでおねーちゃんはあたし。おはようからおやすみまで暮らしを見つめる運命共同体。心にるんっ♪二乗。ああ、もうこれは決まりだ。『今週のおねーちゃん』のコーナーで話す話題はこれに決まりだ。これでまたひとつ、おねーちゃんの素晴らしさが世界に届いちゃうっ!
33: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:56:32.55 ID:z07AMiQQO
――『今週のおねーちゃん』とは、パステルパレットのインターネット配信番組の中で、日菜が受け持つレギュラーコーナーである。紗夜がパステルパレット関連のものはあまり目にしないのをいいことに、日菜が紗夜の素晴らしさを色々と脚色しながら滔々と語る10分間である。
そのコーナーは、日菜が紗夜の写真を視聴者に見せるところから始まる。その写真も、その週に撮って『るんっ♪』ときたものが使われている。
そしてその写真に向けて、とてもいい笑顔を浮かべた日菜が、今週はおねーちゃんとあんなことをしたね、こんなことをしたね、おねーちゃん大好きだよ、と語り始める……それが主な内容だった。
主な視聴者は、花咲川女子学園の名もなき生徒会役員&風紀委員や、ちょっとアレな波動に目覚めた羽沢つぐみのような人物である。そのコーナーのおかげでロゼリアのファン層にもちょっとアレな人が増えつつあることを湊友希那たちはまだ知らない。
また、このコーナーのおかげで、自分の顔が全国区レベルで知れ渡り、何をするのにも完璧にそつなくこなして、自分自身にも他人にもとても厳しく、だけど妹だけには超絶甘々で、カッコよくて優しい『おねーちゃんの理想像』を煮詰めて純度を高めた上澄みだけを綺麗に抽出したようなパーフェクトおねーちゃんであると多くの人に思われていることも、紗夜はまだ知らない。
34: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:57:03.28 ID:z07AMiQQO
「はい、ネギとろチャーシュー、お待ち!」
そんなことは知らぬが仏、紗夜の目の前には恋焦がれたラーメンがやってきた。お腹が『くぅ』となる。そいつを早く寄越せとせがんでくる。
「まずはスープからどうぞ!」
「ええ、いただきます」
割り箸を縦に割り、お行儀よく一礼。そして言われた通りにレンゲを手にして、まずはアツアツスープを口に入れた。
世界平和が広がる。
紗夜の口の中は今、完全平和主義だった。理論武装解除。宇宙の心宣言。今ならわかる。宇宙の心はこの一杯だったんだ――。
35: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:57:31.53 ID:z07AMiQQO
目を細め、噛みしめるように最初の一口を飲み込んだ紗夜に、日菜はスマートフォンのカメラを向けていた。ラーメンを味わう、いつもとは違った、なんだか無防備で可愛げのある姉の姿を写真ではなく動画に収めていた。
日菜の前にも、もうラーメンは運ばれてきていた。だけど彼女はまだ食い気より姉。ラーメンより紗夜だった。
「ねぇねぇおねーちゃん」
「どうしたの、日菜?」
いつもの7割増しで柔らかく優しい声。それを聞いて日菜は嬉しくなる。
「おねーちゃんのこと、撮ってもいい?」
「お店の人に迷惑がかからないならいいわよ」
「ありがとー! ……えへへ、実はもう撮っちゃってるんだけどねっ」
「まったく、しょうがない子ね」
紗夜はスマートフォンのレンズに向かって、通常の3倍ほど優しく穏やかな笑顔を浮かべて見せた。カメラ越しに画面の中の姉と目が合う日菜は、もう踊りだしそうなくらいに『るるるんるるるんるんるんるんっ♪』としていた。
36: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:57:59.53 ID:z07AMiQQO
「おねーちゃん、ラーメン、好き?」
その激流に身を任せるうちに、ひとつの案を思い付いたから、日菜はそう紗夜に尋ねる。
「そうね。好きよ」
「大好き?」
「……ええ、大好き、よ」
紗夜は理論武装をとっくに解除していたから、愛を囁くようにそう答える。日菜はグッとガッツポーズした。
事務所のスタッフさんに頼んで、この動画を編集してもらおう。そう思う。
それで『ラーメン』のとこを『あたし』に差し替えてもらおう。そう強く思う。
そうして完成した動画を、脳裏に描き出す。
37: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:58:27.42 ID:z07AMiQQO
『おねーちゃん、あたしのこと、好き?』
『そうね。好きよ』
『大好き?』
『……ええ、大好き、よ』
――『るんっ♪』て来たってレベルじゃないよこれ!!
38: 名無しさん 2020/03/19(木) 22:59:13.99 ID:z07AMiQQO
「あたしも大好きだよ、おねーちゃんっ!」
「そう。やっぱり日菜は私の妹ね」
「うんっ! おねーちゃん、だーいすき!」
「ラーメンの話でしょうに……ふふ、日菜はいつまでも日菜ね」
「おねーちゃんもいつまでもおねーちゃんだよっ♪」
そうして、穏やかに笑い合って、ラーメンを食べる。紗夜も日菜も、今日以上に美味しいラーメンは食べたことがないと、ふたりそろって同じことを思うのだった。
後日、『今週のおねーちゃん』で無事に編集が終わったラーメン屋での動画が流されて、名もなき生徒会役員&風紀委員や羽沢つぐみのような人物が色々と危篤な状態に陥ってしまうけれど、それもまた別のお話。紗夜のまったく与り知らないところでの出来事である。
おわり
39: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:00:07.53 ID:z07AMiQQO
参考にしました
壱発ラーメン http://ippatsu.co.jp/
D4DJ両日、アルゴナビス両日、メラドと、全てのライブで最速先行にてチケットが当選しました。コロナウイルスはさっさと終息してくれないかなぁと願う日々です。
皆さま方も体調には充分お気をつけてお過ごしください。
40: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:41:40.56 ID:z07AMiQQO
おまけ
氷川紗夜「双子葉」
41: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:42:25.93 ID:z07AMiQQO
冬の終わり、もうすぐ春になろうという三月の夜の空気は、どこか懐かしさを孕んでいるような気がした。自室の窓から外を眺めてそんなことを思ったのは、もう間もなく十代に別れを告げるからだろうか。
壁にかけた時計の針は、十時を半ば過ぎたところを指している。三月十九日と十九歳の夜がもうすぐ終わる。九十分後の三月二十日には、私は二十歳。名実ともに『大人』に分類されることになる。
ふぅ、と息を吐き出して、ベッドに腰かけた。それから顔を動かして、部屋の隅に置いてあるギタースタンドへ目をやる。
紺色のボディ。十代の日々を、劣等に苛まれた鬱屈を、大切な仲間たちと手に入れた栄光を、数えきれないほどの喜びと悲しみを、青春を共にした、M‐Ⅱ。「色々あったな」では済まされない色々の一つ一つが、その各所には刻み込まれている。こんなノスタルジックに浸された夜にはそれがやけに顕著だ。
42: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:43:05.03 ID:z07AMiQQO
――コンコン、と、不意に響いたノックの音に、頭に浮かぶ過去の風景画が色を失う。
「おねーちゃーん、まだ起きてるよねー?」
続いて聞こえたいつもの明るい声と、返事も待たずに開かれる扉。その先には、右手に大きなビニール袋を下げて、左手にグラスを二つ持った日菜がいた。
「起きてるわよ。何か用?」
いつも通り、少し呆れたように声をかける。
「うん! お酒飲も、おねーちゃん!」
するとそんな言葉が返ってきた。それにやっぱり私は呆れるしかない。
「お酒って、私たちはまだ十九歳よ」
「一日くらい誤差だよ、誤差! 閏年とかあるんだし!」
日菜は聞く耳を持たず、笑顔でそう言う。閏年は増えた一日も含めて一年でしょう、と返したくなるけれど、やめる。こういう時の日菜はどうあっても引かない。私が本気で嫌がることでなければぐいぐいと要望を押し通す。それが分かるから、言葉の代わりにため息と首肯を返した。
「わかったわよ」
「そうこなくっちゃ!」
ぱたぱたと上機嫌な足取りで、日菜は私の部屋に足を踏み入れる。そして、部屋の中央に設けてあるローテーブルの上にビニール袋とグラスを置いた。
43: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:43:33.60 ID:z07AMiQQO
「お酒、買えたの?」
「彩ちゃんに買ってもらった!」
なるほど、自分たち遅生まれと違って、青春を共にした同級生たちはとっくのとうに大人の仲間入りを果たしている。それなら問題なく買えただろう。
「彩ちゃん、年齢確認されないかなってちょっとそわそわしてたなぁ。結局されなくてさ、『私ももう大人に見えるってことだね!』なんて胸張ってたんだよ。相変わらず面白いよね~」
楽しそうに言いながら、テーブルの傍に座って、日菜は袋の中からお酒を取り出す。
CMでよく目にする缶ビールだとか、発泡酒だとか、小さな瓶に入ったワインだとかウイスキーだとか、紙パックに入った焼酎だとか、割材にするための炭酸水だとかウーロン茶だとかジュースだとか。
それからおつまみのつもりだろうポテトチップス(うすしお、コンソメ、のり塩、ガーリックの四袋が入ったアソートパックだ)まで取り出して、「準備オッケー!」と鼻を鳴らす。私は日菜の対面に腰を下ろす。
44: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:44:02.40 ID:z07AMiQQO
「随分買ってきたわね」
「せっかくだからね!」
「なんのせっかくよ」
「んー、おねーちゃんとの初体験のせっかく?」
「……この場でなら百歩譲るけど、そういう言い方は絶対にあなたのファンの前でしないでおきなさい」
「…………」
「待ちなさい、どうして無言になるの」
「てへっ」
「はぁ……」
「でもでも、ライブのMCで言うとね、すっごい盛り上がるんだよ?」
「パステルパレットのファン層が心配だわ」
「女の子が四割、男の子が六割くらいだよ。どっちかって言うと、女の子の方が喜んでるかなぁ? だから心配しないでね!」
「余計に心配よ」
45: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:45:21.55 ID:z07AMiQQO
そんな無駄話をしながら、日菜は銀色の缶ビールのプルタブを引く。カシュッ、と炭酸の抜ける勢いがいい音。その勢いのままグラスにビールを注いで、
「うわぁ、すっごい泡立つ」
白い泡と黄金の液体が半分半分になった。テレビなんかで見るビールとは大きく違った様相だ。日菜は不思議そうに首を傾げている。
「静かに入れないからでしょう」
お酒の席での一杯目はビールがいい、というのは未成年の私でもよく耳にしていた。日菜から缶ビールを受け取って、傾けたグラスにゆっくりと注いでいく。すると、泡が一割、残りがビールという塩梅になった。これも思い描いていた理想のビール像と違って、少しだけ悔しい気持ちになる。
「味は変わらないだろうし、まーいっか」
「……そうね」
日菜の言葉に頷く。それから互いに、ちぐはぐなグラスを手に持った。
「それじゃあ、かんぱーい!」
「ええ、乾杯」
そしてその音頭に合わせてグラスをこちんと合わせる。若干のフライングだけど、大人の仲間入りを果たした気持ちになった。
その気持ちのまま、私たちはビールを飲む。
「……にがっ」
「……苦いわね」
二人して同じ感想を言った。それがちょっとおかしくて笑う。
46: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:46:37.76 ID:z07AMiQQO
「えー、CMとかだとあんなに美味しそうなのにー……」
「飲み方があるのかしら」
「あっ、そういえばそうかも! ビールは一気に飲み込むものだ、なんてお父さんも昔に言ってた気がする!」
「CMでもやたら喉越しが強調されているし、それがいいのかもしれないわね」
「それじゃあおねーちゃん! レッツトライ!」
「どうして私が」
「おねーちゃんの、ちょっとイイトコ見てみたーい!」
「一気飲みなんてしないわよ」
47: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:48:03.88 ID:z07AMiQQO
グラスにはまだビールがたくさん残っている。こうしてみると、泡だらけの日菜の方がまだマシだったかもしれないな。そう思いながら、再びグラスに口をつけて一口、今度は一息にビールを喉へ通す。
炭酸が喉を抜けて、少し熱く感じるアルコールが身体の中にすっと落ちていく。苦味は感じるけれど、少しクセになりそうな感覚だった。
「……確かにこっちの方が飲みやすいわね」
「ホント? あたしもやってみよーっと」
私の真似をして、日菜はぐいとグラスを呷る。そして残ったビールを一気に全部飲み込んだ。
「ちょっと日菜、そんなに一気に飲んで大丈夫なの?」
「んー、多分ヘーキ。おねーちゃんの言う通り、こっちの方が飲みやすいね」
そうして日菜は笑う。その上唇に、白いヒゲが出来ていた。思わず噴き出す。
「どったの?」
「……泡が付いてるわよ」真面目くさった声で言いつつ、ティッシュを取って渡す。「鼻の下、拭いておきなさい」
「ありがと。おねーちゃんも付けてみる?」
「遠慮しておくわ」
「ちぇー……」
「どうして残念そうなのよ、まったく……」
言葉を交わす。杯を交わす。そうして時間は過ぎていく。
48: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:49:05.12 ID:z07AMiQQO
ビールを飲み切って、各々目についたお酒をグラスに注ぐ。日菜は楽しそうな顔をして焼酎をジュースで割って飲み、私はウイスキーという響きにそこはかとない大人っぽさを感じて、それを炭酸で割って飲む。
確かこういうのはハイボールと呼ぶんだったかしら。うすしおとコンソメのポテチを開封しようとしている日菜を見ながら思う。口から鼻に抜けていく燻されたような風味と喉を通り抜ける炭酸の刺激が、なかなか好みだった。
「んー? なんだか開けにくい……」
うすしおの袋はあっさりと開封できたけれど、コンソメの袋はなかなか手強いらしい。日菜は首を傾げながらポテチと格闘している。放っておくと開封の勢いにあまったポテチが飛び散ってしまう可能性があった。
「横から開ければいいでしょう」
そう言って、日菜に手を伸ばし、ポテチを受け取る。ギザギザの切り口から袋を開封する。
「ありがと」「ええ」
短い言葉を交わして、開けたばかりの袋からコンソメ味を一枚、口に放った。昔から何も変わらない味だ。懐かしい気持ちになって、頭にはいつかの遠い記憶が浮かぶ。
49: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:50:01.93 ID:z07AMiQQO
「海」
「うん?」
「昔のことを思いだしたわ」
「それで海?」
「ええ」
「海っていうと、家族みんなで行った時の?」
「それじゃなくて」
「ああ、おねーちゃんと一緒に行った時の」
「……一緒、というより、あなたが勝手についてきたんじゃない」
「そうだっけ」
「そうよ。あれは……中学一年生の、夏の前よね」
「あれ、春でしょ」
「夏でしょう」
「春だよ~。あの時、誕生日が近いなぁ、今年は何を買ってもらおうかなぁ、って思ってたし」
「……そうだったかしら」
50: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:51:03.27 ID:z07AMiQQO
その日を頭に思い浮かべる。
中学生という、純粋な子供から小賢しい子供への過渡。思春期真っただ中の自意識はやけに神経過敏で、特に劣等なんていう厄介なものを一つ屋根の下に感じ続けていた私は、毎日を面白くない顔で過ごしていたことだろう。
どっちが上でどっちが下か、日菜が勝ってて私が負けてるだとか。今にして思えば、なんて小さなことで悩んでいたんだろうか、という気持ちだ。そんなことに頭を抱えていたのが自分自身でなければ、微笑ましくもある。
けれど当時の私には、それ以上の悩みなんてなかった。毎日毎日、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているような気分だった。
そういう神経過敏を拗らせた私は、ある日、何か大きなことをしてやろうと思い立ったのだ。学校の友達や先輩、そして誰より、日菜にもできない何かをしてやるんだ……と。
51: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:52:10.11 ID:z07AMiQQO
そして思いついたのが、ひとりで海に行くこと。お父さんやお母さんの手も借りず、友達の手も借りず、自分だけの力で特別を成し遂げるんだ――なんていう一世一代の決意を秘めた逃避行。
なんともまぁ、可愛らしい決起だ。
初夏のころだと思っていたけれど、日菜が言うのであればきっと今くらいの時期だろう。
学校から帰ってきてスクールバッグを部屋に放った私は、息を殺して廊下に出た。そして制服のまま、誰にも見つからないようどきどきしながら忍び足で家の中を歩き、玄関の扉を静かに開いた。
だけどその先にはよりにもよって日菜がいて、「おねーちゃん、どこか行くの? あたしも一緒に行く!」と言って聞かない声に、いつお母さんがこの逃避行に気付くのかとびくびくした私は、結局同行を許さざるを得なかった。
「……いいけど、絶対に誰にも言わないで。内緒の話だから」と言って、私は渋々頷いた記憶がある。
「内緒! おねーちゃんと内緒のおでかけ!」日菜はそう言って、楽しそうに笑っていた。
52: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:53:08.18 ID:z07AMiQQO
そうして私たちは、普段はあまり使わない電車に乗って、神奈川県の海を目指した。
心配性な両親に私たちはスマートフォンを持たされていたし、何かあった時のためにと交通ICカードのアプリにもある程度の金額がチャージされていた。だから移動手段の確保には苦労しなかった。
だけど、お父さんとお母さんの優しさをこんな形で消費してしまうことに、私は罪悪感を覚えていた。それと、途中で電車の乗り継ぎがわからなくなってしまって悩む私を尻目に、日菜が気さくに駅員さんに声をかけてあっさり問題を解決したことで、また面白くない気分になっていた。
私だってひとりで解決できたのに、どうして日菜はいつも邪魔するの? ……なんて、罪悪感を胸中の恨み節で塗りつぶしながら、「あっちだって! 行こ、おねーちゃん!」ときらきらした顔で私の手を引く日菜についていった。
そうしてたどり着いた湘南の浜辺。そこで嗅いだ潮の香りと、やけに楽しそうな日菜の顔。それはよく覚えているけれど、その時、それらを嗅ぎ、見て、私自身が何を思っていたのかは覚えていない。
達成感だったような気もするし、また日菜に対する敗北感と劣等感が募った気もするし、夕方にこんな遠くまで来てしまったことに怖くなっていた気もするし、帰ったらお父さんに怒られるんじゃないかという心配があった気もするし、その全部がいっぺんにやってきていた気もする。
53: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:54:11.23 ID:z07AMiQQO
そんなものなんだろうな、と、十九歳の私は思う。
当時はそれが全てだと思っていた鬱屈も、時間が経てばちっぽけなことに感じてしまう。決意の逃避行だって子供が背伸びしてるだけの微笑ましいおでかけになる。それは、成長していく過程でもっと大きな問題に直面したから相対的に小さくなったのか、はたまた私自身がその鬱屈を解消できたからちっぽけなものだと思えるようになったのか。
……どっちでもいいか。春でも夏でも、達成感でも敗北感でも。考えながら、グラスに残ったハイボールを飲み干す。次は何を飲もうかしら、とテーブルに目を移すと、なんだかぼぅっとしたような顔の日菜が視界の隅に映る。
54: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:55:04.84 ID:z07AMiQQO
「どうしたの?」
「んー、なんか……」
「なんか?」
「お酒飲んでるおねーちゃん、カッコいいなぁって」
「そう」いつものことか。紙パックの焼酎に手を伸ばす。
「あ、ついであげるよ」
「ありがとう。お願いするわ」
「なんかで割る?」
「そうね……ウーロン茶で」
「ん、りょーかい」日菜はこくんと頷いて、グラスに焼酎を注ぐ。透明のお酒が三分の一くらいまで満たされて、そこにウーロン茶が混ぜられる。適当で、適当な目分量。「はい、どーぞ」
「日菜も何か飲む?」
グラスを受け取って、言葉を返す。
「いいのー? それじゃー、おねーちゃんとおんなじの!」
「……ハイボールの方でいいの?」
「うんっ、それ!」
「わかったわ」
日菜のグラスにウイスキーを、おおよそ五分の一弱くらい。それからそっと炭酸水を注ぐ。いつもとそこまで変わった様子ではないけれど、どうにも酔っ払っていそうだ。少し薄めの方がいいだろう。
55: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:55:33.26 ID:z07AMiQQO
「どうぞ」
「ありがと。んふふ、なんかいいなぁ~」
「なにが?」
「おねーちゃんとお酒飲むの。不思議な感じがする」
「不思議、ね。なんとなくわかるわ」
気付けばもう間もなく二十歳。けれどそんな実感は驚くくらいに僅かなもので、小さな時間を積み重ねているうちに、いつのまにかこんな場所まで来ていたというような感覚だ。
私は昔から私だし、日菜は昔から日菜。変わったと感じるところももちろんあるけれど、変わっていないというところの方がたくさん目につく。
だから不思議だ。
56: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:57:04.60 ID:z07AMiQQO
いつまでも甘えたがりで、良くも悪くも無邪気な女の子だった日菜が、こうして私とお酒を飲んでいる。自分の中に抱える日菜の想像と現実の日菜の実像が、酔いにかき回される。どこか懐かしくて、どこか寂しくなるような、決して悪くはない気持ちが胸をくすぐる。
「おねーちゃんはずっとおねーちゃんだもんね」
日菜も同じ気持ちなのだろう。やや上気した頬を緩ませて、甘えるような声で言う。
「そうね。日菜もずっと日菜のままよ」
そう返して、グラスに口をつけた。
そうして、私たちは昔も今も、言葉を交わす。生まれる前からふたりで、生まれた後もふたりで、意味があったりなかったりする思い出を重ねて、覚えていたり忘れていたりする『今日』を重ねて、言葉を交わす。
十九歳最後の夜にお酒を飲んだこと、昔の話をしたこと。この日の特別だっていつの日かに思い返せば薄れているだろうし、きっと、今日にとってのあの日のように、お酒の席の肴になるんだろう。
57: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:58:02.20 ID:z07AMiQQO
「んー……おねーちゃーん……」
「はいはい、ここにいるわよ」
ハイボールを飲み終わって、もう一度私が作った焼酎のウーロン茶割りを飲み切って、とうとう日菜はテーブルに突っ伏した。寝言のように私を呼ぶ。それに呆れたような声で返す。
これがお酒に潰れるという状態なんだな、と思いながら、私は部屋の窓を開けた。
晩冬と初春の狭間の夜空。そこを吹き抜ける風はまだ少し冷たくて、アルコールで火照った身体にはちょうどいい。
その風を浴びながら、いつかの私へ、今の私は言葉を投げる。
「よかったわね。お酒の強さに関してなら、私は日菜に圧勝できるわよ」
それを聞いて、あの日の私はなんて言うだろうか。これを見て、未来の私はなんて言うだろうか。
考えようとして、すぐにやめる。
外の夜景から部屋の壁掛け時計に目を移す。もう間もなく、日付が変わるところだった。
「日菜、大丈夫?」
「だぁいじゅぉーぶ……」
「そう。大丈夫じゃなさそうね」
日菜の隣にまで足を運んで座り、なんとはなしにその髪を撫でる。「んへへぇ」と緩みきった笑い声が聞こえてきて、私の頬も緩む。
58: 名無しさん 2020/03/19(木) 23:59:05.83 ID:z07AMiQQO
日菜はいつまでも日菜だし、私はいつまでも私だ。
こうして日菜の髪を撫でてやったのはいつ振りだろうか、というのは思い出せないけれど、でも、最後にそうした時も、こうして私たちは笑っていた気がする。
それもこれも、下らないかもしれないし、詰まらないかもしれない、なんてことない日常の一幕だ。
それでも、もしかしたら私にとって、日菜にとって、こういう一幕はかけがえがないのかもしれない。
だけどこの一瞬を特別に大切にしようとは思わない。きっと、本当に大切なら自然とそうなっているのだろう。「色々あったな」では済まされない色々の一つ一つとして、勝手に私の中に居座るのだろう。
だから――
59: 名無しさん 2020/03/20(金) 00:00:04.21 ID:DikEE9E9O
時計の針が頂点で重なる。日付が変わった。
60: 名無しさん 2020/03/20(金) 00:00:43.33 ID:DikEE9E9O
――だから、大人になった私も、下らないかもしれないし詰まらないかもしれない今日を、今まで通り重ねていこう。
「誕生日おめでとう、日菜」
「うん……おねーちゃんもねぇ……」
半分以上眠っていそうな、いつまでも甘えたがりの無邪気で可愛い妹の声。
それを聞きながら、そうしよう、と呟いた。
おわり
61: 名無しさん 2020/03/20(金) 00:01:48.94 ID:DikEE9E9O
参考にしました
ASIAN KUNG-FU GENERATION 『双子葉』
お誕生日おめでとうございます、紗夜さん、日菜ちゃん。
そして今週のバンドリただの神回でしたね。温泉最高です。
HTML化依頼出してきます。
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