1: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:02:17.884 ID:UKyn7bts0
ある日の暮れ方の事である。一人の魔法少女が、羅生門の下で雨やみを待っていた。

引用元: ・まちかどまぞくで『羅生門』

2: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:03:30.765 ID:UKyn7bts0
桃「ここ、どこだろう? たぶん昔の日本だよね…。私、社会科目は世界史だから、あんまり日本史についてわからないんだけど」

広い門の下には、この魔法少女のほかに誰もいない。
ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路にある以上は、この魔法少女のほかにも、雨やみをする人が、もう二、三人はありそうなものである。
それが、この魔法少女の他には誰もいない。

3: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:04:07.303 ID:UKyn7bts0
桃「なんかすごい荒れ果てているな…人影もあんまりないし。まあ修行するにはいい感じの場所かも」

しかし、魔法少女は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿論、自分の家へ帰るべき筈である。
所がその、四、五日前からこの時代にタイムトラベルしていた。
だから「魔法少女が雨やみを待っていた」と云うよりも「タイムトラブルしてきたうえに雨にふりこめられた魔法少女が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。
ふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。
そこで、魔法少女は、何をおいても差当り明日の暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

6: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:06:03.324 ID:UKyn7bts0
雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。
夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した甍(いらか。瓦の屋根を意) の先に、重たくうす暗い雲を支えている。
どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる暇はない。選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、饑死をするばかりである。
そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――魔法少女の考えは、何度も同じ道を低徊した揚句に、やっとこの局所へ逢着した。

桃「こんなに町が荒れ果てているのはきっと悪い金持ちがいるにちがいない。その人は魔族かもしれない。ここのところちょっと平和ボケしていたのかも」

7: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:06:33.982 ID:UKyn7bts0
魔法少女は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、「こういうのって歴史的にどうなんだろう。干渉したらこの後の歴史が変わったりするんだっけ? 」と云う事を、考えて行動する勇気が出ずにいたのである。
桃「悪い奴らと倒しに行ってもいいけど、魔族じゃなかったら一般人を一方的にこらしめるんだし、本来歴史上ではありえないと、いうことになるのかな。するとこの行為は、闇落ちになるのかも。シャミ子のために闇落ちするのはやぶさかじゃなかったけど、これには自分のため 闇落ちするんだから魔法少女的にはOUTの気がする」

8: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:09:52.432 ID:UKyn7bts0
魔法少女は、大きなあくびをして、それから、大儀そうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。

桃「寒い。せめて風がしのげるところがないのかな」

すると、さっきまで眼に入っていなかった門の上の楼へ上る幅の広い、これも丹を塗った梯子が眼についた。

桃「上なら、どうせ人もいないし、一夜くらい雨露や風をしのぐにはいいかも。けど、死体とかいっぱいあったらヤダな。さすがに一夜と言っても死体と世を明かすのはイヤだ」

魔法少女は気をつけながら、その梯子の一番下の段へふみかけた。

9: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:12:37.279 ID:UKyn7bts0
それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の魔法少女が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の様子を窺っていた。
魔法少女は、始めから、この上にいる者は、どうせ死人ばかりだと高を括っていた。
それが、梯子を二、三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。
これは、その濁った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。

10: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:12:57.936 ID:UKyn7bts0
この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。
魔法少女は、一応変身して猫のように足音をぬすんで、急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。
そうして体を出来るだけ、平にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗いて見た。

12: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:24:16.912 ID:UKyn7bts0
見ると、楼の内には、幾つかの死骸が、無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。

桃「ええ…私も今ここで、死んだらこの上に放置されるのか…。それはちょっとキツイ」



魔法少女は気味が悪かったが、よく中を観察すると、その中の死骸はどれも着物を着ていた。中には女も男もまじっているらしい。
魔法少女は、それらの死骸の腐爛した臭気に思わず、鼻を掩った。
しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとく、この魔法少女の嗅覚を奪ってしまったからだ。
魔法少女の眼は、その時、はじめてその死骸の中にうずくっている人間を見た。

桃「(あれ? あの姿はシャミ子? なんでこんなにシャミ子が? ん?でもなにか違和感が)」

そこには角も尻尾も生えていないが檜皮色の着物を着た、ウェーブがかった長い茶髪で小柄、巨乳のシャミ子のような少女がいた。

13: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:25:14.743 ID:UKyn7bts0
少女は、右の手に火をともした松の木片を持って、その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。
魔法少女は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、しばらく呼吸をするのさえ忘れていた。
すると少女は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子がシラミをとるように、その長い髪の毛を丁寧に手で梳いて三つの毛束を作り、三つ編みにし始めた。
その様子をみていた魔法少女の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。
そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしいほっこり感が、少しずつ動いて来た。
――いや、この少女に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、シャミ子に感じていたやさしい気持ちが、一分毎に思いだされ、強さを増して来たのである。

14: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:25:58.568 ID:UKyn7bts0
この時、さっき門の下でこの魔法少女が考えていた、饑死をするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。
それほど、この魔法少女が犯すかもしれない罪に対する嫌悪感は、少女の床に挿した松の木片のように、勢いよく燃え上り出していたのである。
魔法少女には、勿論、何故少女が死人の髪の毛を三つ編みにするのかわからなかった。
従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。
しかし少女が、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を三つ編みにするということはなんとなく倫理に反するように思えた。
勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。

15: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:26:56.909 ID:UKyn7bts0
そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。
そうして大股に少女の前へ歩みよった。少女は驚いたのは云うまでもない。
少女は、一目下人を見ると、まるで弩にでも弾かれたように、飛び上った。


少女「うわぁ!!! 死体が生き返った!!」

桃「えっ? 私? 私は死体じゃないよ?」

少女「なんかわからないけど、私の本能が逃げろと言っています! 全力で逃げます!」

桃「シャミ…じゃなかった。ちょっと待って!どこに行くの!?」


魔法少女は、少女が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう言った。

16: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:27:47.267 ID:UKyn7bts0
桃「あなたここでなにをしているの? 理由はわかならいけど、死体をいじくるのは倫理的にoutだよ」

少女「はい?」

少女は、それでも魔法少女をつきのけて行こうとする。

桃「(なんか逃げ方が、シャミ子っぽい)」

少女「ほげぇ!貴様、なにをする!? はなしてください」
桃「理由を聞くまで逃がさないよ」

魔法少女は少女を逃がすまいとして少女の片腕をつかむ。少女は逃げようと魔法少女の肩をポコポコとたたく

17: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:28:40.302 ID:UKyn7bts0
少女「(なにこの人…全然微動だにしない。よく見たら髪もピンクだし・・・怖い!)」

少女「あの…もしかして神仏というか観音さまですか?」

桃「えっ? 違うけど」

少女「なにそれ!もっと怖い!!じゃ、あなたは普通の人間なんですか!?」

桃「う~ん。それも厳密にいったら違うかな」

少女「そんなことがありえるんですか!?」

桃「その、魔法少女って知ってるかな?」

少女「わかりません。けどなんだか漢字四文字でかっこいい」

18: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:28:57.419 ID:UKyn7bts0
二人は死骸の中で、つかみ合った。しかし勝敗は、はじめからわかっている。
少女はとうとう、疲れて倒れこんだ。貧弱で白い腕である。

桃「思ったより弱い。しかも小さい子」

少女「ぽっこー! 小さい子ー!!ぽっこー!ぷしゅー」」

桃「なにか既視感があるような」

少女「なにを言っているんです。私は怒ってるんです」

少女は両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、顔を紅潮している。
これを見ると、魔法少女は改めてこの少女がシャミ子に似ていると感じ、後に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足と安心感があるばかりである。

19: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:29:16.867 ID:UKyn7bts0
そこで、魔法少女は、少女に声を柔らげてこう云った。

桃「私は警察とかではないよ。あっ、でもこの時代にって警察っていうのかな? わからないけど、あなたに危害を加える気はないよ」

すると、少女は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっと魔法少女を見つめると、瞼の赤くなったその大きな目から涙を流し、気が抜けたようにへたり込んだ

桃「あれ? 泣いてるの?」

少女「泣いていません。これは目汁です。なんか変な棒を持っているし、すこしびっくりしただけです」

桃「強がらなくてもいいよ。で、あなたはここでなにをしていたのかな?」

少女「あぁ、これですか?私は体も弱いし、体力もないので、こうやって死体を見つけても穴を掘って埋葬することもできません。だからせめて、美しい姿で朽ちてほしいと、髪を三つ編みにしていたんです。」

「えぇ…なにそれ。やさしいけど…すごく怖い!それにさっきも言ったけど、死体をいじくるのは倫理的にoutのような気がする。」

20: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:29:43.796 ID:UKyn7bts0
魔法少女は、少女の答えが思った以上に斜め上であったことに、ドン引きした。
そうしてドン引きすると、その気色が、先方へも通じたのであろう。少女は、口ごもりながら、こんな事を云った。

少女「成程です。死んだ人の髪の毛を三つ編みにすると云う事は、たしかに倫理的にoutかもしれませんかもしれません。
ですが、ここにいる死人たちは、皆、そのくらい身だしなみは整っていていい人間ばかりなんです。
実はわたしが今、髪を結っている子は蛇を12㎝ばかりずつに切って干したのを、干魚だと言ってて、太刀帯の陣へ売りに行っていました。疫病にかかって死ななかったら、今でも売りに行っていたと思います。
それでも、この子の売る干魚は、味がいいと言って、太刀帯たちが、欠かさず菜料に買っていたそうです。これは立派な詐欺です。
だけど、この子がした事が悪いとは思っていません。没落した貴族の娘である私に仕えていたこの子は、体の弱い私のためにこうまでして面倒を見てくれました。
だから、饑死しないために、仕方がなくした事なんです。
それに、ここにある死体は罪人はいません。みんな病気で死んでいった私の顔見知りばかりです。だからせめて死体を荒らされないようここで保管していたんです」

21: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:30:03.940 ID:UKyn7bts0
少女は、大体こんな意味の事を云った。
下人は、冷然として、この話を聞いていた。そして、これを聞いている中に、魔法少女の心には、ある勇気が生まれて来た。
それは、さっき門の下で、この魔法少女には欠けていた勇気である。
そうして、またさっきこの門の上へ上って、この少女を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。
下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。
その時のこの魔法少女の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。

22: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:30:22.660 ID:UKyn7bts0
桃「それってなにか意味あるのかな? 死体なんだから持ちものを探って奪い取って転売したり身ぐるみをはがして着物を売ったり、もっとすることがあるんじゃないの?」

少女「な、なにを言っているんですか、あなた悪魔ですか?そげんこつ私にはできません」

桃「そう。でも、そうでもしないとあなたも飢えて死んじゃうんだよ」

少女「それはそれでしかないことです。私は生まれつき体も弱く体力もないので、むしろ今日まで生きて来れたことが奇跡です。それでもきっと大人までは生きれないでしょう。だから死ぬまでは悪いことはせずに自由に生きるんです」

少女の話が終わると、魔法少女は少女にこう云った。

23: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:30:39.296 ID:UKyn7bts0
桃「やさしいんだね。ちょっと変わっているけど私の親友にそっくりだよ。もしかしたらシャミ子の先祖なのかも。だからこれもなにかの縁だと思う。
私はこの時代に干渉することに勇気が持てなかったけどこの時代にいる以上はあなたが死なないように自分のことは自分で守れるようもに鍛えてあげる」

すると魔法少女は、すばやく、少女の長い髪を三つ編みにした。そして目にも止まらぬ早さで取り出した鏡に少女の姿を映した。
そして、唖然としてしいる少女にこう言い放った。


桃「逃げようとしても無駄だよ」

少女「おねえさん…・・・。怖い。それに三つ編みはあんまり上手じゃないいんですね」

桃「そこは気にしないで」

外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。

二人の行方は、誰も知らない。

24: 名無しさん 2020/06/24(水) 00:30:55.776 ID:UKyn7bts0
終わり