770: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:29:12 ID:PHnQenq6
………………問.168後 某日 唯我家

文乃 「………………」

水希 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

チクタクチクタク……

文乃 「あっ……な、成幸くん、帰ってくるの遅いね」

水希 「………………」

チラッ

水希 「……そうですね」

文乃 「あ……あはは……」

文乃 (きっ……きまずい……!)

文乃 (なんでこんなことに……?)

文乃 (今日、わたし……)

文乃 (わたし、誕生日なのにーーーーー!!!)

引用元: ・【ぼく勉】 文乃 「今週末、天体観測に行くんだよ」

771: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:32:12 ID:PHnQenq6
………………少し前

成幸 「誕生日おめでとう、文乃」

文乃 「えへへ、ありがとう、成幸くん」

成幸 「早速だけど、はい、プレゼント」

文乃 「わぁ! 本当に作ってきてくれたんだ!!」

文乃 「ねぇねぇ! 着てみていい?」

成幸 「ああ、もちろん」

成幸 「……でも良かったのか? 誕生日プレゼント、そんなので」

成幸 「俺の手作りのエプロンがいいなんて……」

文乃 「“そんなの” じゃないよ」

シュルシュル……スッ

文乃 「世界で一着だけの、わたしの彼氏さんが作ってくれたエプロンだよっ」

文乃 「えへへ、どうかな? 似合う?」 クルッ

成幸 「っ……」

772: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:32:56 ID:PHnQenq6
文乃 「? どうかした、成幸くん?」

成幸 「い、いや……///」

成幸 (ま、まずい。せっかく文乃に着てもらうんだからと、これでもかと可愛く作ったから……)

成幸 「可愛すぎる……っ」

文乃 「へえっ……?///」

成幸 「あっ……」 (口に出してしまった……)

文乃 「……えへへ。嬉しいな」

成幸 「いや、こちらこそ、そんなに可愛く着てくれて嬉しいよ」

文乃 「もうっ、成幸くんったら……///」

成幸 「いや、ほんとに……///」

水希 「………………」

文乃 「えへへ……」

成幸 「はは……」

水希 「………………」

文乃 「……!?」 バッ 「み、水希ちゃん!? いたの!?」

773: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:33:35 ID:PHnQenq6
水希 「……はい、こんにちは、古橋さん」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

水希 「もちろんいますよ。ここは私の家ですから」

文乃 「あ、それはそうだよね……」

成幸 「帰ってたのか。早かったな、水希。おかえり」

水希 「うん、ただいま、お兄ちゃん」

文乃 (あれ……? わたしにツンケンするのはいつものことだけど……)

文乃 (なんでだろう? 大好きなお兄ちゃんを相手にしても、なんか表情が暗い……?)

水希 「……お兄ちゃん」

成幸 「ん?」

水希 「ちょっとお遣い頼んでもいいかな。ちょっと今日は部活で疲れちゃったんだ」

成幸 「あ、ああ。俺は構わないけど……」 チラッ

文乃 「……わたしは大丈夫だよ。待ってるよ」

成幸 「ん。悪いな、文乃。水希、何を買ってきたらいいんだ?」

水希 「……うん。えっとね……」

774: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:34:10 ID:PHnQenq6
………………現在

文乃 (……そして今、わたしは水希ちゃんとふたりきり、顔をつきあわせている)

水希 「………………」

文乃 (いつもなら……)


―――― 水希 『やっと兄と交際を始めて半年くらいでしょうか?』

―――― 水希 『まぁよく保った方だと思いますよ。兄の我慢あってのことでしょうけどね!』


文乃 (……って感じで直接ツンケンしてくるけど)

文乃 (今日はなんか、怒ってる……? というよりは、苦しそうというか、悲しそうというか……)

文乃 (……どうしたんだろう?)

水希 「………………」

文乃 (……よしっ)

グッ

文乃 (わたしはもう成幸くんの彼女さん! と、いうことは、水希ちゃんは妹同然!)

文乃 (なら、わたしが水希ちゃんのお悩みを解決してあげなくちゃ!!)

775: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:34:42 ID:PHnQenq6
文乃 「あ、あのさ、水希ちゃん」

水希 「……なんでしょうか」

文乃 「どうかしたのかな? なんか表情が優れないけど……」

水希 「………………」

プイッ

水希 「……べつに何もありませんけど」

文乃 「いやぁ……」

文乃 「……嘘がヘタだなぁ。お兄ちゃんそっくりだね」

水希 「っ……」

水希 「……べつにあなたには関係ないでしょう」

文乃 「いやいやいや、関係ないわけないでしょ」

文乃 「わたしは成幸くんの彼女だよ! そして水希ちゃんは成幸くんの妹さん!」

文乃 「ってことは、水希ちゃんはわたしの妹みたいなものだからね!!」

水希 「古橋さん……」

776: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:35:25 ID:PHnQenq6
文乃 (……ふふ。我ながらキマったね。良い姉できたね……――)

水希 「――……彼女になった程度でもう兄の妻気取りですか……?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (あーーーーー!!! 地雷だったーーーーーー!!!)

水希 「………………」

ハァ

水希 「……まぁ、あなたと兄がくだらない理由で別れるなんてことはないでしょうから」

水希 「あなたはいずれ、本当に私の姉になるんでしょうね」

文乃 「へ……?」

カァアアアア……

文乃 「あ、あはは……/// そ、そうなったらわたしは、うん……嬉しいけど……」

水希 「………………」

文乃 「……?」 (水希ちゃん、まだ暗いままだ……)

文乃 (うーん……)

777: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:36:22 ID:PHnQenq6
文乃 「……お友達と喧嘩した?」

水希 「仲良しです。良い友達に恵まれました」

文乃 「お母さんか、葉月ちゃん和樹くんと何かあった?」

水希 「そんなわけがないでしょう」

文乃 (……うーん)

文乃 「水泳のタイムが伸びない、とか……?」

水希 「………………」

ハァ

水希 「しらみつぶしですね。違います」

水希 「……もう。お節介。本当に……」

文乃 「ん……ごめん」

水希 「……本当に、そういうところが、兄を惹きつけたんでしょうね」

水希 「そしてきっと、その兄に似ている、私やお母さん、葉月と和樹も……」

文乃 「……?」

778: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:36:55 ID:PHnQenq6
水希 「………………」

文乃 「水希ちゃん……?」

水希 「……古橋さん、最初に謝っておきます。ごめんなさい」

文乃 「へ? へ?」

水希 「それから……」 スッ 「誕生日おめでとうございます」

文乃 「へっ……? へぇ!?」

文乃 「わ……わたしへの誕生日プレゼント!? 水希ちゃんが!?」

水希 「……私が? 私がプレゼントを用意したら何かおかしいですか?」

文乃 「う、ううん。すごく嬉しいよ! 嬉しい……」

文乃 「本当に……」 クスッ 「嬉しいんだよ、水希ちゃん。ありがとう」

水希 「……いえ」

文乃 「ねぇ、開けてもいい?」

水希 「っ……」

コクリ

水希 「……はい」

779: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:37:47 ID:PHnQenq6
文乃 「なんだろうなぁ~♪」

ガサガサ……

文乃 「……ん? 包丁?」

文乃 「………………」

水希 「……あ、あの」

水希 「ちがうんです! その……私……」

水希 「包丁がそういうものだって知らなくて……」

水希 「常識知らずだって言われたらそれまでですけど、本当に……」

水希 「……知らなくて」

780: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:38:28 ID:PHnQenq6
………………数日前

成幸 「………………」

ガガガガガガガガ……!!!!

水希 「……? お兄ちゃん、何作ってるの?」

成幸 「ん? 文乃への誕生日プレゼントだよ」

水希 「ん……そっか、古橋さん、そろそろ誕生日なんだ」

成幸 「何がほしいか聞いたら、俺手作りのエプロンがいいってさ」

成幸 「まぁ、水希のおかげで文乃も料理がどんどん上手くなってるからな」

成幸 「キッチンに立つのが楽しいみたいだ」

水希 「ふーん。そっか……」

成幸 「なんか、包丁も新しいのを買おうとか言ってたな。出刃包丁とか……」

成幸 「水希が使ってるのを見て欲しくなったとか言ってたぞ」

水希 「……ふーん。古橋さん、包丁がほしいんだ。出刃包丁かぁ」

781: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:39:02 ID:PHnQenq6
………………

水希 (高校に入ってからバイトもしてるし、家計の分を引いても……)

水希 (……うん。古橋さんへのプレゼントのお金を出しても問題ない)

水希 (古橋さん、お料理上手くなってきたけど、まだ疎いから)

水希 (……えへへ。喜んでくれるかな)

水希 「すみません、この左利き用の包丁いただけますか?」

782: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:39:36 ID:PHnQenq6
………………現在

水希 「……それで、その後、テレビで包丁はプレゼントしちゃダメだって知って」

水希 「“縁を切ることを表すから” って……」

水希 「私、いつも古橋さんにきつく当たってるから……」

水希 「包丁なんかプレゼントしたら、古橋さんを嫌な気持ちにさせちゃうかもしれないし……」

水希 「でも、せっかくバイト代で買ったものだから、相応しい人に使ってほしいし……」

水希 「それで、その……――」


文乃 「――――すっごーーーーーーーい!!!!!」 ガバッ


水希 「へ……?」

文乃 「すごいよ水希ちゃん!  これ私が欲しかった出刃包丁だね!? この包丁すごく高そうだけど大丈夫!?」

文乃 「えっ!? っていうかパッケージに左利き用って書いてある!? 包丁に利き手って関係あるの!?」

文乃 「たしかにハサミは左利き用じゃないと切りにくいけど、包丁は考えたことなかったよ!」

水希 「い、いや、あの……」 カァアアアア…… 「そんなに、まくし立てられても答えられないっていうか……」

水希 「ち、近い、です……///」

783: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:42:22 ID:PHnQenq6
文乃 「あっ……ごめんごめん」

文乃 「つい興奮しちゃったよ。水希ちゃんからプレゼントがもらえるなんて思ってなかったから……」

文乃 「……すごく、嬉しくって」 ニコッ

水希 「っ……///」

水希 「……バイトしてますから、お金はお気になさらずに。大丈夫です」

水希 「あと、普通の包丁は、あんまり利き手は関係ないですけど……」

水希 「古橋さんが欲しがってた出刃は、片刃なので……」

水希 「左利き用じゃないと多分、切りにくいと思います」

文乃 「はぇ~、そうなんだ。危ない危ない。普通の買うとこだったよ……」

水希 「あと、古橋さんが包丁を欲しがっているのは、兄から聞いていたので……」

文乃 「そうなのかぁ。なんか、成幸くん経由でねだっちゃったみたいになっちゃったなぁ……」

文乃 「でも、本当にありがとう。すごく嬉しいよ、水希ちゃん。えへへ」

水希 「ん……どういたしまして、です」

784: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:43:02 ID:PHnQenq6
文乃 「……っていうことは、ひょっとして、水希ちゃんが今日暗かったのは、」

文乃 「包丁のプレゼントはあまり縁起が良くないってことを知って、悩んでたから……?」

水希 「ん……」

水希 「……ごめんなさい」

文乃 「なんで謝るの? わたしはすごく嬉しいから何の問題もないよ」

水希 「でも……」

文乃 「………………」 クスッ 「……水希ちゃんは優しいね」

水希 「……?」

文乃 「包丁のプレゼントが縁起が悪くて、そのせいでわたしと成幸くんがどうにかなったら嫌だ、ってこと?」

文乃 「そうだね。たしかに、わたしと成幸くんに万が一何かがあって、それで水希ちゃんが気に病むのはわたしも嫌だなぁ」

文乃 「……ってことで、こうしましょう」 ゴソゴソ……

水希 「……?」 (お財布……?)

文乃 「おっ、よかったよかった。あった」

文乃 「水希ちゃん、包丁ありがとう。大切に使うね」 スッ 「その代わり、はい、この五円玉を差し上げます」

785: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:45:44 ID:PHnQenq6
水希 「五円玉……? なんで……?」

文乃 「ふふふ、わたしはこれでも “文学の森の眠り姫” なんてあだ名で呼ばれていたこともあってね」

文乃 「おまじないやしきたりにも詳しかったりするんだよ」

文乃 「刃物をプレゼントされたら、五円玉を相手に渡すんだ」

文乃 「そうすると、縁起の悪い “切った” 御縁を結び直すことができるんだ」

文乃 「これでわたしたちは今まで以上に強固な関係で結ばれたよ!」

文乃 「だから、大丈夫。これで何も縁起が悪いことはなくなったよ。新しい縁を結んだからね」

文乃 「ありがとう、水希ちゃん。この包丁、大切に使わせてもらうね!」

水希 「……古橋さん」

水希 (この人は、ああ、本当に……)

水希 (すごい人だ)

水希 「……はいっ!! 古橋さん!」

786: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:46:21 ID:PHnQenq6
………………

文乃 「……えっと、こう、かな」

ガッ……

文乃 「うぅ、また骨に引っかかった……」

水希 「お魚はもっと、こう……」

ググッ……ゴッ……

水希 「……です」

文乃 「む、難しいんだよ……」

文乃 「……でもせっかく水希ちゃんがプレゼントしてくれた包丁だし、がんばるね!」

ググ……ゴッ……

文乃 「……!? できたー!」

水希 「……やれやれ。頭を落としただけでそんなに喜んじゃって」

水希 「いつまでもメシマズのままじゃ、兄に愛想尽かされちゃいますよー?」 プークスクス

文乃 「最近はちゃんと口内出血しないもの作ってるもん!!!」

水希 「そんなの当たり前なんですよ!!!」

787: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:46:52 ID:PHnQenq6
文乃 「……ま、まったく、水希ちゃんは本当に口が減らないんだから」

水希 「古橋さんこそ、いつまで兄の彼女面してるつもりですか」

文乃 「だから本当に彼女なんだってばー!」

水希 「………………」


―――― 『刃物をプレゼントされたら、五円玉を相手に渡すんだ』

―――― 『そうすると、縁起の悪い “切った” 御縁を結び直すことができるんだ』

―――― 『これでわたしたちは今まで以上に強固な関係で結ばれたよ!』

―――― 『だから、大丈夫。これで何も縁起が悪いことはなくなったよ。新しい縁を結んだからね』


水希 (“新しい縁” “今まで以上の関係” かぁ……)

水希 「そ、そうですか。彼女ですか。じゃあ、早く魚くらいさばけるようにならないとですね」

水希 「ふっ……」

カァアアアア……

水希 「……文乃、お姉ちゃん」

文乃 「!?」

788: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:47:39 ID:PHnQenq6
………………

成幸 「ただいまー」 (……ふー。遠くのスーパーじゃないと買えないようなものばっかりだったから大変だったな)

ドタドタドタドタ!!!!

成幸 「ん……?」

文乃 「お帰り成幸くん!! ねぇ聞いて聞いて聞いて成幸くん聞いて!!!」

成幸 「のわっ!? いきなりどうした、文乃」

文乃 「あのね!!! 水希ちゃんがね!!! わたしのこと、お姉ちゃんって……!!!」

水希 「だああああああ!!! 何でお兄ちゃんに言うんですかバカー!!」

水希 「文乃お姉ちゃんのバカーーーー!!!」

文乃 「また言ったーー!! ねぇねぇすごくない!? すごいよね成幸くん!!」

水希 「もういいです!! これからもそう呼ぶって決めましたから恥ずかしくないです!!」

水希 「その代わり、私が姉と呼ぶんですから、兄と別れたりしたら承知しませんからね!!」

成幸 「あーー……」 (一体俺は何を見せられているんだろうか……)

成幸 (でも、まぁ……水希も文乃も嬉しそうだし、いいか……)

おわり

789: 名無しさん 2020/08/13(木) 21:48:14 ID:PHnQenq6
………………幕間 『それは』

文乃 「ん? ひょっとして今までわたしがお料理ベタだったのは、包丁が合っていなかったからなのでは?」

水希 「いえ、それは関係ないと思います」

成幸 「そういうレベルの料理ベタじゃなかったしな」

文乃 「冗談だよ!! そんな兄妹そろってバッサリ切ることないでしょーー!!」

おわり