1: 名無しさん 21/08/26(木)00:37:01 ID:4RKx
アイドルマスターシンデレラガールズです。
黒埼ちとせさんのお話です

引用元: ・黒埼ちとせ「死神と出会う話」

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2: 名無しさん 21/08/26(木)00:37:36 ID:4RKx
「黒埼ちとせさんでお間違いありませんか!」

「え、えぇ……そう、だけど……」

 そう私に声をかけてきたのは、どこからどう見ても死神としか言えないような存在だった。全身黒づくめで顔にはドクロの仮面。手には私の背よりも大きな鎌も持っている。

 なかなか寝付けずに窓の外に浮かぶ月を眺めながら月光浴をしていた時だった。ふいに背後から声をかけられた。千夜ちゃんはもう眠っているはずだし、何より声が千夜ちゃんとは全然違う。初めて聞く声。

 そんな謎の声に若干の恐怖を覚えながら振り返ってみると、この人(?)が居た。

「は、初めまして! 私、死神と言います!」

 衝撃過ぎるほどストレートな挨拶だった。

3: 名無しさん 21/08/26(木)00:38:17 ID:4RKx
「この度、黒埼ちとせさんの担当になる事になりました! よろしくお願いします!」

「あ、えっと……。ご丁寧にありがとうございます……?」

 あまりにも現実離れした出来事に頭の処理がついていかない。これは夢、なのだろうか。いや、夢にしてはやけに現実感が強いし、何より私は眠れなくて起きていたはずだ、

「あ、あのっ!」

 死神が大きな声を出しながらそろりそろりと近づいてくる。近づいてくるにつれ、緊張しているのだろう様子が見て取れた。

「ふふっ。なぁに?」

 あまりにも非現実的な出来事ではあったのだが、その緊張している様子の死神を見ているとなんだか冷静になれる気がした。あ、あんまり大きい声は千夜ちゃんを起こしてしまうからやめてもらわないといけないか。

「わ、私ですね! 黒埼ちとせさんが初仕事になります! 色々ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします!」

 そう言うと死神はとても綺麗なお辞儀をしてくれた。色々変わったアイドルが多く在籍している事務所だけど、死神にお辞儀をされたアイドルなんて私くらいだろう。

「そうなんだ。じゃあよろしくね♪」

 死神が目の前に現れた、という事はきっとそういう事なのだろうけど、ずっと昔から心のどこかでは覚悟していたし、何よりこんな可愛らしい死神を見ていたら恐怖と言った感情はどこかへ消えてしまった。

4: 名無しさん 21/08/26(木)00:38:44 ID:4RKx
「ねぇ、死神さん」

「な、なんでしょうか!」

「あ、あんまり大きい声はやめてね? 千夜ちゃんが起きちゃうから」

「す、すみません……」

 ふふっ。やっぱりこの死神さんはかわいらしい。とても素直だし、仮面で表情は分かり辛いけど、態度で感情が伝わってくるし。今はとてもしゅんとしているようだ。

「少しだけ、お話しない?」

 私に残された時間があとどれくらいあるかはわからないけど、どうせなら笑顔のままで最期を迎えたい。千夜ちゃんが悲しまないように笑顔のままで終わってしまいたい。

「私、とですか?」

「うん。そうだよ。せっかく私の事を担当してくれるんだもん。私だって死神さんの事を知っておきたいな」

「えっと……、じゃあ、はい。黒埼ちとせさんを楽しませられる話が出来るかはわかりませんけど……」

 これは照れてるのかな? やっぱり可愛いな。それにとっても良い子みたい。

5: 名無しさん 21/08/26(木)00:39:15 ID:4RKx
「じゃあ、とりあえず座って? お茶でもどうって言ってあげたいけど、普段千夜ちゃんが淹れてくれるから私では無理なんだ。ごめんね」

「いえ! お構いなく!」

 私が椅子を勧めると死神さんはちょこんと椅子に座った。こうして座っていると何かのキャラクターみたいな印象すら覚える。手に持った大きな鎌も見ようによっては可愛らしいのかもしれない。

「死神さん、私が初仕事って言ってたよね」

「はい! 私の初めての担当になります! なので至らない部分は多いかもしれません……」

「死神さん、お仕事するまでは何をしていたの?」

「学校に通っていました!」

 学校。思いもよらない単語にちょっとびっくりしてしまう。

「へぇ、学校があるんだ。私も今学校に通ってるんだよ。一年留年しちゃってるけど」

「あ、私も留年してたんで同じですね」

「ふふっ、そうなんだ」

 死神の口から留年なんて言葉を聞く日が来るとは思いもしなかった。なんだかすごくおかしい。

6: 名無しさん 21/08/26(木)00:39:52 ID:4RKx
「じゃあ死神さん、学校を卒業して……えっと、就職? したみたいな感じかな?」

「そうです! 私達は学校を卒業するとそのまま就職して、新人のうちは一人の人間を担当するんです。ベテランの死神になると1000人以上の人間を担当するんですよ!」

 鎌を持っていない方の手をぶんぶんと動かしてボディランゲージも交えて力説してくれる様子はなんとも不思議ではあるけどやはり可愛く見えてしまう。足……は見えないけど、きっと見えていたらバタバタとしていたに違いない。

「新人のうちは担当の人間が一人だけなので、先輩やベテランの死神について色々教えてもらうんです。そうやって仕事を覚えて、一人の人間をちゃんと送り出せると一人前の死神になれるんです!」

 送り出す、という言葉に私の表情が少し曇ってしまう。きっと死神さんには深い意図はないのだろうけど、私にとってはとても大きな意味のある言葉だ。

「黒埼ちとせさん?」

 死神さんに名前を呼ばれて顔を上げると、どこか物悲しそうに見える死神さんの顔がそこにはあった。

「ううん。なんでもないよ。それよりも、私の事は『ちとせ』って呼んでほしいな。せっかくだし、もっと仲良くなろう?」

「は、はい! えっと……ちとせ、さん」

 きっとこのドクロの仮面の向こうでは照れながら笑顔を浮かべているのだろうな、と思うと本来は怖い存在のはずのこの子がどんどん愛おしくなっていくのを感じる。

7: 名無しさん 21/08/26(木)00:40:18 ID:4RKx
「そういえばあなたの名前は?」

「死神です!」

 私が名前を気になって尋ねると、死神さんは元気よくそう答えてくれた。

「そうじゃなくて、あなたのお名前が知りたいの」

「だから死神です!」

「それは私が『人間』って言うようなものでしょう? そうじゃなくて、私でいう所の『ちとせ』みたいな名前を聞きたいの」

「あ! そういう事ですか!」

 すると死神は合点がいったと言わんばかりに手を軽くポンと合わせた。

「私達に個別の名前はないんです。私も、先輩もベテランもみんな『死神』って名前なんですよ!」

「それは不便じゃない?」

 みんながみんな同じ名前だとどうやって区別したらいいのかわからないのではないだろうか。死神さんの話だと学校や会社のようなものもあるみたいだし、少なくとも複数死神が存在しているのは間違いないはずなのだ。

8: 名無しさん 21/08/26(木)00:40:59 ID:4RKx
「そうでもないですよ。私達には区別がついてますし。あれ? でもよく考えたら不便かも知れません。あはは」

「ふーん……。それじゃあ私が死んだあとに死神さんに会いに行くのは大変かもしれないね」

 私がそう言うと死神さんは途端に暗い顔になってしまった。何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。

「私とちとせさんが会えるのはここでだけです。ちとせさんを送り出した後は、ちとせさんは私達とは違う世界に行くので、二度と会えません」

「そう……なんだ」

 死後の世界にも色々あるらしい。私はなんとなく漠然と死んだら死神さんと同じ世界に行くのだと思っていたのだけど、どうやら違うらしい。

「私達死神は、人間を送り出す時にしか人間と接触できません。送り出した先は私達死神が干渉できる世界ではないのです」

 暗い顔をしたままの死神さんの顔が徐々に徐々にうつむきがちになる。

「えっと……そう、なんだ」

「はい……。管轄が違うと学校では習いました」

 管轄。まるでお役所みたいな事を言うのだなと思うとちょっとおかしい。

9: 名無しさん 21/08/26(木)00:41:38 ID:4RKx
「学校って死神の学校なの?」

「はい! えっと……人間の言葉だと養成所とかそういう感じです」

 なるほど、どうやら死神は学校で色々と勉強やレッスンを受けているらしい。きっとそこで一定以上の成績を修めないとさっき死神さんが言ったように留年していまうのだろう。まるで人間と変わらないな。

「じゃあ死神さんは学校で色々勉強してきたんだ?」

「それはもう! 優秀な死神になるためにたくさん勉強もしましたし、試験もたくさん受けました。一回留年しちゃいましたけど……」

「そっか。それじゃあ死神さんは優秀な死神になれたんだね」

 私がそういうと死神さんは首を左右にふるふると力なく振った。

「いえ……私は優秀な死神にはなれませんでした。落ちこぼれなんです」

「落ちこぼれって……。それならどんな死神が優秀なの?」

「学校では、人間と関わらず淡々と仕事をこなすのが優秀な死神と習いました。実際、ベテランの死神は送り出す人間の事を最低限のプロフィールしか知りません。その人間がどんな人なのか、どんな人生だったのかなんて気にもしないんです」

 ワーカーホリック、とはまたちょっと違うかも知れない。畜産農家と言った方が近いのかも。

10: 名無しさん 21/08/26(木)00:42:30 ID:4RKx
「……じゃあ、どうして死神さんは私とお話してくれるの?」

「人間が、好きなんです。私。他の死神からは変わってるって言われるんですけどね」

「ううん。そんな事ない。とっても素敵だよ」

「ありがとうございます。でも、私は死神としては落ちこぼれで。学校も留年しちゃうし。やっと卒業して、張り切って仕事を始めたら他の死神からは変わってるって言われちゃうし」

 死神の世界にも色々あるのだろう。まるで人間みたいだね、って言ったらこの死神さんは喜ぶのだろうか。

「きっとこれからどんどん仕事を覚えていくにつれて忙しくなっていくと思います。ベテラン死神みたいに1000人以上も担当していたら人間と接する時間は取れなくなるだろうなって」

 死神さんは私の顔を見据えて、優しく微笑んでくれた。

 ドクロの仮面だから見た目には変化なんてしていないのだけど、私にはしっかりと優しい微笑みが見えたのだ。

「だから……最初の一人とだけは私が納得できるまで向き合って接しようって決めてたんです」

「……そっか。うん。とっても素敵だと思うよ」

11: 名無しさん 21/08/26(木)00:42:55 ID:4RKx
 きっとこの死神さんは自分の仕事に誇りを持っているのだろう。人間が好きなのも嘘なんかじゃないし、同じくらい死神の仕事も好きなんだろう。まるで魔法使いさんみたい……なーんて。

「ありがとうございます。そう言ってくれるのちとせさんだけでした。私の初めての担当がちとせさんで良かった」

「私も、死神さんが担当で良かった。これなら悔いなく逝けるよ」

 窓の外が段々と明るくなっているのがわかる。……もうそろそろ時間なのだろう。

「じゃあ、そろそろ行こっか」

 悔いがない、と言えば嘘になる。やっと前を向いて生きて行こうと思えたのに。でも……一番心配だった千夜ちゃんはもう大丈夫。素敵な仲間もできたし、何より魔法使いさんが居る。この死神さんみたいに優しいあの人なら、千夜ちゃんは大丈夫。

 千夜ちゃんが大丈夫なら……それ以上は望まない。

 こういう時、どうするのが作法なのかわからない私は、とりあえず死神さんに向かって手を伸ばしてみる。あぁ、痛いのは嫌だからそこはお願いしようかな。

12: 名無しさん 21/08/26(木)00:43:24 ID:4RKx
「え? どこにですか?」

「へ?」

 私が覚悟を決めて死神さんに手を伸ばすと、死神さんはびっくりしたのか拍子抜けしたかのような声をあげた。

「え? 私の担当、なんだよね?」

「はい! ちとせさんの担当です!」

「……ん?」

 なんだか話がかみ合ってるようでかみ合っていないようだ。

「えっと……私を送り出すために、来てくれたんだよね?」

「はい! そうです! それが私の仕事なので!」

「あ、そういうこと? 一緒には行かないってことね?」

「え? お出かけするんですか? まだ夜ですよ?」

 やはり話がかみ合っていない。かわいらしく小首を傾げている死神さんと同じように私も首を傾げてみる。

13: 名無しさん 21/08/26(木)00:44:26 ID:4RKx
「私……もうすぐ死ぬんだよね?」

「はい! あと72年と86日後なんでもうすぐですね!」

「……はい?」

「あっ! すみません! 今の忘れてください! 人間に死ぬ日を教えるのはご法度なんです!」

 この死神、72年とか言った気がする。

「ねぇ、死神さん。死神さんにとって70年ってもうすぐなの?」

「あわわ……お願いなんで忘れてください~……! ……んん? だって70年ですよ? もうすぐじゃないですか」

 あぁ……そういう事か。

「死神さんって何年くらい生きるの?」

「んー、個体差もありますけど、大体1万年とかですかね」

「死神さん、いまいくつなの?」

「私ですか? えっと240歳です! だからまだまだ全然ひよっこですね!」

14: 名無しさん 21/08/26(木)00:45:17 ID:4RKx
「あはっ♪ あっはははは!」

「え!? どうしたんですか!?」

 なんだそういうことだったのか。通りで話が噛み合わないわけだ。

「あのね、死神さん。人間にとって70年は全然『もうすぐ』じゃないの」

「そ、そうなんですか!?」

 きっと死神は人間が死ぬ間際にしか現れないのだろう。でも、その死ぬ間際と言うのはあくまでも人間基準であって死神基準ではない。

 この死神さんはおっちょこちょいなのだろう。自分でも留年していたとか落ちこぼれとか言っていたけど、こういう些細な事が積み重なった末の評価に違いない。

「うん♪ 人間にとってのもうすぐってのは長くても1日とかかな? 私の感覚だとこの日が昇り切るまでとか」

「えぇ!? そんなの一瞬じゃないですか!」

 やっぱり感覚がだいぶ違うらしい。あはは。おっかしい。笑いが止めれられない。

「あはっ♪ 人間は100年程度しか生きないから。死神さんとは時間の感覚が随分違うんだね」

「あぅぅ……、だからちとせさんの所に仕事に行くって言ったら先輩が変な顔してたのかぁ……。恥ずかしい……」

 椅子の上に器用に縮こまって鎌を大事そうに抱きかかえる死神さん。先輩さんもきっとびっくりしすぎてこの死神さんを止めれられなかったみたい。

15: 名無しさん 21/08/26(木)00:45:41 ID:4RKx
「でも、死神さんがおっちょこちょいだったから、こうやって私は死神さんとお話出来たんだし。私はとっても嬉しいよ♪」

 いろんなアイドルが居る事務所だけど、死神と仲良くなったのなんてきっと私だけだもの。

「……あのぅ、ちとせさん」

「なぁに?」

 死神さんは上目遣いで恐る恐ると言った感じで口を開いた。

「私の事……他の人間に言わないでくださいね? 私達死神は本当は人間に存在を知られてはいけないので……」

 世界中に死神伝説が多く残っている事は秘密にしておこう。

「うん。わかった。私と死神さんの秘密ね?」

 きっと話しても誰も信じてくれないだろうし。……いや、あの事務所なら信じてくれるかもしれない。

「ありがとうございます!」

16: 名無しさん 21/08/26(木)00:46:10 ID:4RKx
「眩しっ……」

 カーテンの隙間から月よりも明るい太陽の光が差し込んでくる。

「それじゃあまた、その時に来ます。それまで人生を楽しんでください」

 日の光に意識を持っていかれて窓に顔を向けた私が振り返るとそこにはもう誰も居なかった。

 あるのはさっきまで死神さんが座っていた椅子だけ。

 もうどこにも死神さんの姿は見当たらなかった。

「あはっ♪」

 きっともう一度会えるのだろう。私にとってはずっと先の未来で。死神さんにとってはもうすぐ先の未来で。

 また会えた時には今日みたいに話が出来れば良いなと思う。

 人間が好きだと言ったあの優しい死神さんに、私の歩んだ人生を話してあげよう。

 70年以上も先に会える友達のために、たくさんお土産話を用意しておこう。きっと喜んでくれるはずだから。

End

17: 名無しさん 21/08/26(木)00:49:43 ID:4RKx
以上です。

VOY@GERすごかったですね。
あれを見たらいてもたってもいられなかったです。

デレステももうすぐ6周年ですし、時の流れはあっという間です。

色々な事態に見舞われている昨今ですが、皆様くれぐれも気を付けてください。健康こそが何より必要だと思いますので。

それではお読み頂ければ幸いです。