527: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:27:36.84 ID:s5CXhTaf0

    ◇数日後

司祭「やれやれ、どうにか路銀は確保できたか」

勇者「といっても余裕はないけどね。船だって、貨物を運ぶついでに乗せてもらって、その代わりにと値引きしてもらったんだし」

女傭兵「あと二日、か。そこであんたらとはお別れだよ。世話になったな」

魔女「港までついてきたけど、あなたも別の大陸に行くのかしら?」

女傭兵「南の大陸に行くつもりだよ。魔王がいるっつう噂の開拓地から離れると魔物が弱くなるらしいから、前は興味なかったんだけどな」

司祭「それがいまさら、どうして行く気になったんだ?」

女傭兵「勇者と魔剣士はそこで戦い方を教わったんだろ? 騎士団の強さでも見てこようかと思ってな」

勇者「行ったところで戦えないと思うけど」

女傭兵「挑まれた勝負からは逃げられないだろ? 騎士の誇りっつうもんがあるんだからさ」

魔剣士「……団長さんたちが不憫ね」

勇者「僕と魔剣士は恩があるし、できればやめてほしいかな」

女傭兵「勇者があたしと戦ってくれるなら考え直すぜ?」

勇者「あー、まだ僕と戦いたいのか……勘弁してほしいな」

魔剣士「させないわ」

司祭「む?」

魔剣士「あなたと勇者は戦わせない」

女傭兵「――――へえ? ま、あんたがそう言うなら好きにすればいいさ」

勇者「魔剣士、相手しなくていいよ。どうせ僕は断るんだしさ」

魔女(魔剣士ちゃん……)


引用元: ・勇者「僕は魔王を殺せない」

528: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:29:22.81 ID:s5CXhTaf0

    ◇夕方

勇者「話って何?」

魔女「魔剣士ちゃんのことよ? わかってるでしょう?」

勇者「まあ、ね。そうじゃなければ良かったんだけど」

魔女「……魔剣士ちゃん、明日、傭兵ちゃんと戦うつもりよ?」

勇者「え? どういうこと?」

魔女「依頼の報酬を全てあげるから、代わりに戦えって言われていたのよ?」

勇者「魔剣士は、なんて?」

魔女「受けて立つみたいね?」

勇者「……二人とも、何を考えてるんだよ。魔剣士が本調子じゃないのに、戦ってどうするのさ」

魔女「ごめんなさいね、言うのが遅れちゃって。わたしもどうしたらいいか、ずっと考えていたのよ?」

勇者「謝らなくていいよ。僕だって、神性のことがなければ止めなかっただろうから」

勇者「――――魔女さん。今夜、魔剣士の相手をよろしくね」

魔女「勇者くんは?」

勇者「司祭さんと一緒に傭兵さんのところへ行ってくる」

魔女「……戦うのかしら?」

勇者「今の魔剣士と戦うことは認められない」


529: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:31:34.74 ID:s5CXhTaf0

    ◇夜

勇者「だから、代わりに僕が相手をするよ」

女傭兵「はん、戦ってくれるならどっちでもいいさ。今の勇者の方が手応えはありそうだけどな」

勇者「君の期待には添えないと思うけどね」

女傭兵「ずいぶんと謙遜するじゃねえか」

勇者「謙遜? 真逆だよ」

勇者「傭兵さんは、自分が勝てる程度の強者を求めてるんでしょ。――負ける戦いはお望みじゃない、僕はそう思っていたけど?」

女傭兵「……言ってくれるじゃねえか。負けた後、吠え面かくなよ!」

司祭「二人とも落ち着け。確認するが、勇者の得物は木剣、魔法は使わない」

司祭「傭兵の得物は刃の潰れた練習用の大斧。勝敗は私が決める。それに異存はないな?」

女傭兵「あたしはないね。そんなひょろっちい武器を負けた理由にしないなら、なんでもいいさ」

勇者「ごたくは並べなくていい。司祭さん、はじめてよ」

司祭「頼むから怪我はしてくれるな。――――はじめ!」

女傭兵「うらあ!!」ブォンッ

勇者「……」スッ

女傭兵「んだよっ、向かってこねえのか!?」ブンッ!

勇者「やっぱり受けるんじゃなかったな」スッ

女傭兵「いまさら泣き言かよ!」

勇者「泣き言? 傭兵さん、さっきから誤解が多いね」

勇者「こんなつまらない戦い、受けなきゃよかったと嘆いてるだけなのに」ガッ

女傭兵「ちっ……てめえ……」

女傭兵(斧を振り上げきった時を狙って、肘を打ってきやがった!)

530: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:33:06.76 ID:s5CXhTaf0

勇者「腕が痺れただろうに、武器を落とさなかっただけ凄いね」

勇者「……でもそれだけだよ。武器に振り回されるような人に、僕や魔剣士が負けるわけない」

女傭兵「うるせえ! 勝負はまだこれからだ!」ギュッ

勇者「僕の忠告を聞いてた? 片手持ちで、しかも柄の末端をつかむなんて、勝負を捨てるつもり?」

女傭兵「だっ、らあ!」ブンッ!

勇者「刃が潰れていても、これなら当たりどころによっては死ぬかな」スッ

勇者「当てられるつもりはないけどね」

女傭兵「ごちゃごちゃうるさいんだよ!」ブォンッ

勇者「…………二の剣、空縫い」

女傭兵「ぐっ」ガシャン

勇者「武器を落とした。僕の勝ちだね」

女傭兵「まだだ! 武器さえ拾えば……っ」ズキッ

勇者「腕、痺れたままでしょ。今回はそれなりに強く打ったからね」

女傭兵「くっ……そ!」

女傭兵「あたしはまだ弱いのかよ! 早く、早く強くならなきゃいけないってのに!」

勇者「傭兵さん。あなたは何のために強くなろうとしているの?」

女傭兵「……自分のために決まってるだろ。勇者だってそうじゃねえのかよ」

勇者「僕は違う」

女傭兵「なら世界のため、魔王を倒すためってか? おべんちゃらでも言ってやるよ、すばらしいこころざしですね!」

勇者「そういうのでもないよ。僕はただ、魔剣士を守れるくらいの力が欲しかったんだ」

女傭兵「強くなる理由を他人に求めんじゃねえよ。反吐が出る」


531: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:34:56.90 ID:s5CXhTaf0

勇者「傭兵さんの言うことは正しいのかもしれない。でも、僕だって自分の理由は間違ってないと思ってる」

女傭兵「けっ」

勇者「――――強くなければ、命を奪う資格はない。こんな言葉が伝わる部族なら、考えは僕寄りなんじゃないのかな」

女傭兵「どういうことだよ?」

勇者「言わないつもりだったけど、餞別として教える」

勇者「命を奪われる相手にも、色んな事情や気持ちがあるはずなんだ。子供が餌を待っている。狩りのやり方を見せなきゃいけない」

女傭兵「…………」

勇者「動物たちの抱える色んなことを踏みにじって、僕たちは動物を殺す。その肉を食べ、皮をはぎ、骨を砕いて肥料にする」

女傭兵「それがどうしたんだよ。そんなの、負ける方が悪いんだろ」

勇者「だとしても、僕たちは共生できなければ、いつかどちらも絶滅してしまう」

勇者「僕たちは強くなきゃいけない。家族を守るために、動物を狩る強さが必要だった」

勇者「動物を殺しすぎないために、無駄に傷つけることなく殺す技術が必要だった」

女傭兵「そんなの、建前だろ」

勇者「かもしれない。それでも、そんな強さは間違いだと断じれば、部族は集団じゃいられない。君の部族にだって、弱い人はいたはずだよ」

女傭兵「それは……でも……」

勇者「傭兵さんの考えが間違いだとは思わないよ」

勇者「けど、その生き方は他人と切磋琢磨することはできても、手を取り合うことはできない。どこまでも、一人で生きることになる」

勇者「それは部族としての生き方じゃない」

女傭兵「…………あたしは、族長の娘だったんだよ」

女傭兵「だから誰よりも強くなった。親父から斧も受け継いだ」

女傭兵「でも次の族長に選ばれたのは、あたしより弱い、皆から慕われる男だった」

勇者「傭兵さんは皆を見返してやろうと強さを求めてたの?」

女傭兵「そうだよ。あたしの考え方がダメなんて、思ってもみなかった」

女傭兵「親父はひどいよな。戦い方だけじゃなく、そういう心構えも教えてくれたっていいじゃないか……」

532: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:36:12.24 ID:s5CXhTaf0

    ◇翌日

魔剣士「ちょっと出かけてくるわ」

勇者「一緒に行こうか?」

魔剣士「ううん、いい。お昼過ぎには帰るもの、それまで待ってて」

勇者「わかった。いってらっしゃい」

ガチャ、バタン

司祭「……ふう。これでひとまずは安心か」

魔女「待ち合わせの場所には誰もいないものね? 待ちぼうけすることになる魔剣士ちゃんがかわいそうかな?」

勇者「そこはちょっと罪悪感あるよ。でも余計なこと言うと、僕が何かしたってばれるだろうし」

魔女「あの傭兵の子、もう魔剣士ちゃんと戦おうとしないのよね?」

司祭「そう約束してくれたからな。これから親元に戻って、族長にはなれずとも一からやり直すと言っていたが」

勇者「どちらにせよ、あとは魔剣士の神性を回復させるだけだね」

勇者「開拓地の向こうに何があるかはわからない。せめて万全の状態で挑まないと」

533: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:37:05.26 ID:s5CXhTaf0

    ◇翌日

魔剣士「ちょっと出かけてくるわ」

勇者「一緒に行こうか?」

魔剣士「ううん、いい。お昼過ぎには帰るもの、それまで待ってて」

勇者「わかった。いってらっしゃい」

ガチャ、バタン

司祭「……ふう。これでひとまずは安心か」

魔女「待ち合わせの場所には誰もいないものね? 待ちぼうけすることになる魔剣士ちゃんがかわいそうかな?」

勇者「そこはちょっと罪悪感あるよ。でも余計なこと言うと、僕が何かしたってばれるだろうし」

魔女「あの傭兵の子、もう魔剣士ちゃんと戦おうとしないのよね?」

司祭「そう約束してくれたからな。これから親元に戻って、族長にはなれずとも一からやり直すと言っていたが」

勇者「どちらにせよ、あとは魔剣士の神性を回復させるだけだね」

勇者「開拓地の向こうに何があるかはわからない。せめて万全の状態で挑まないと」

534: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:38:21.92 ID:s5CXhTaf0

    ◇町外れ

女傭兵「よう、遅かったじゃねえか」

魔剣士「時間ぴったりだもの、文句は言わないでくれる?」

魔剣士(これから戦うっていうのに、ぜんぜん意気込んでないみたい。今のあたし相手じゃ、しょうがないのかしらね……)

女傭兵「ふぁ~あ。さて、どうしたもんかな」

魔剣士「勇者に見つかる前に終わらせたいの。早く用意してくれる?」

女傭兵「悪いが、あんたと戦うって話はなしだ」

魔剣士「……どういうこと? あなたが持ちかけた話じゃない」

女傭兵「仕方ねえだろ。勇者のやつがやめろと言ってきたんだよ」

魔剣士「勇者が?」

女傭兵「昨夜の話だぜ、知らなかったか? ……ああ、きっちり魔剣士には隠してたってことか。だから会うなってわけね。そういう了見か」

魔剣士「一人で納得しないで。勇者に何を言われたのよ」

女傭兵「あんたの代わりに自分が相手になる、とさ。で、負けたあたしは、あんたに会わないよう言われてたわけさ」

魔剣士「……昨日の夜、司祭とお酒を飲むって話は嘘だったのね」

女傭兵「ずいぶん怒ってるじゃねえか。一応、勇者の奴はあんたのためにあたしと戦ったんだぜ?」

魔剣士「あたしはそんな優しさ欲しくない!」

女傭兵「…………」

魔剣士「……ごめんなさい。あなたに怒鳴ることじゃないわよね」

女傭兵「ま、あたしの行動が原因だからな。それくらいは我慢するさ」

535: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:40:27.54 ID:s5CXhTaf0

魔剣士「――勇者から会うなって言われたのよね? なら、あなたはどうしてここにいるの?」

女傭兵「気に入った奴に、別れの挨拶くらいしてってもいいだろうさ」

魔剣士「傭兵とそこまで親しくした覚えはないわ」

女傭兵「あたしゃ強い奴が好きなんだよ。過ごした時間なんて関係ねえな」

魔剣士「……そうね。そうだったわ。あたし、ずっと自分を見失っていたみたい」

女傭兵「あん?」

魔剣士「あなたが最初に戦いを申し込んだのは、あたしだった。断ったし、弱い部分も見せたのに、それでも申し込んできた」

女傭兵「ったりめえだろ。それは、」

魔剣士「あたしが強いから」

女傭兵「……へっ、なんだよ。わかってるじゃねえか」

魔剣士「でも忘れていたのよ。今の今まで。あたしは勇者を守る剣になると決めたのに」

女傭兵「勇者の野郎と同じこと言うんだな。あいつもあんたを守りたいんだとよ」

魔剣士「好きにしたらいいわ。でもあたしは守られる女になりたくない。背中を見ているつもりはないの」

魔剣士「あたしはいつだって勇者の隣にいる。魔物がいれば前に出て、勇者より早く剣を振るう」

魔剣士「あたしは誰よりも強くなる。勇者の剣でいるために」

女傭兵「へえ……いい目をするじゃねえか。ぞくぞくする」

魔剣士「あなたのおかげだわ。目が覚めた。いくらお礼を言っても足りないくらい」

ジリッ

魔剣士「だからこれはそのお礼よ。あたしと戦いたいのなら、全力で打ち負かしてあげる」

女傭兵「へっ……ちょっと元気が出たくらいで、あたしに勝てると思われたくねえな!」

536: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:42:53.23 ID:s5CXhTaf0

    ◇宿

魔女「あら? 魔剣士ちゃん、おかえりなさい?」

司祭「思ったより早かったな。用事とやらはもう……」

司祭(魔剣士、か? 昼前と雰囲気が違う)

魔剣士「勇者」

勇者「おかえり。……? どうしたのさ、怖い顔して」

魔剣士「傭兵に会ったわ。それだけ言えばいいかしら」

勇者「――――そっか。ごめん、余計なことをしたかな?」

魔剣士「それはもういいの。あたしの心が弱かったせいだから」

魔女「魔剣士、ちゃん?」

魔剣士「だとしても、勇者は忘れているようだから思い出させてあげる」


魔剣士「あたしは勇者よりも強いんだって」


勇者(強い眼差し。僕が何かをしなくても、自信を取り戻せたみたいだ)

勇者(……なら、僕だって黙ってるわけにはいかない)

勇者「へえ。元気になってくれたのは良いけど、そんなおかしなことを言われるとは思わなかった」

勇者「魔剣士が僕より強い? とんだ思い上がりだよ」

魔剣士「口では何とでも言えるじゃない」

勇者「お互いにね」

魔剣士「それでもあたしは言わせてもらうわ」
勇者「それでも僕は言わせてもらうよ」

魔剣士「あたしは勇者より強いんだって」
勇者「僕は魔剣士より強いんだって」

537: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:44:24.87 ID:s5CXhTaf0

    ◇壁外

  魔女「司祭くん、二人を止めて?」

  司祭「無茶を言うな……ここに来るまで、私たちの言葉に一つも耳を貸さないんだぞ?」

  魔女「二人の間に立ちはだかるとかあるでしょう?」

  司祭「私に死ねというのか? 結界<グレース>さえ突き破りそうな雰囲気なんだぞ」

勇者「外野がうるさいな。別についてこなくてよかったのに」

魔剣士「もう負けた言い訳を探してるの? なら戦わないであげましょうか?」

勇者「まさか。戦いたくないのはそっちでしょ」

魔剣士「笑えない冗談だわ。勇者を倒したい気持ちなら、魔王にだって負けない自信があるもの」

勇者「……そこまで言うなら手加減はしない」

魔剣士「だから勇者は甘いのよ。手加減してあたしに勝とうだなんて、ね」

勇者「……」ジリッ
魔剣士「……」ジリッ

魔剣士「…………はっ!」ブンッ

勇者(早い)カンッ

勇者「炎魔<フォーカ>! 雷魔<ビリム>!」

魔剣士「食らわないわよ!」ジャリッ

勇者「避けるか。なら――――」

魔剣士「やっ!」

勇者「風魔<ヒューイ>」

魔剣士「!?」バッ

魔剣士(木剣が弾かれた?)

538: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:46:16.39 ID:s5CXhTaf0

勇者「魔剣士相手に魔法を使っても避けられるからね」

勇者「なら、避けられないように使えばいい」

  魔女「自分の体に風魔<ヒューイ>を張り付けたみたいね? 金属の剣ならともかく、あれじゃ木剣は弾かれるかしら?」

  司祭「のんきに解説している場合か! 始まってしまったんだぞ!?」

  魔女「司祭くんはもっと落ち着きなさいね? ……二人の隙をついて氷魔<シャーリ>で足を固めるつもりよ? だから今は黙っていて?」

魔剣士「……あまり時間をかけると邪魔が入るみたいだわ」

勇者「好きにさせればいいよ。僕が勝つことに変わりはないんだから」

魔剣士「ちょっと攻撃を防いだくらいで、調子に乗らないで!」ダッ

魔剣士(いくら風をまとったところで、木剣での突きなら破れる……!)

勇者「氷魔<シャーリ>」

魔剣士「っ!」ガキッ

魔剣士(体を氷で覆った?)

勇者「魔剣士の考えくらいお見通しだよ!」ババッ

魔剣士「こ、の……!」カッ、カンッ

勇者「攻め込むのは得意でも、攻め込まれた経験はほとんどない。それが魔剣士の敗因だね」

魔剣士「勝手に決めつけないで!」

勇者「氷魔<シャーリ>。高炎魔<エクス・フォーカ>」

  司祭「霧が……?」

  魔女「氷魔法を炎で蒸発させたみたい……面白い使い方かしらね?」

魔剣士(背後!)ブンッ

勇者「…………三の剣、影払い」

魔剣士(右足を払われた……っ)グラッ

539: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:48:11.06 ID:s5CXhTaf0

勇者「…………逆手。影踏み」ブンッ!

魔剣士「そこまで、食らわないわよ!」ドンッ

勇者「くっ……」バッ

魔剣士「いたた――体当たりなんて、久々にやったわ」

勇者「こっちはあれで終わらせるつもりだったけど、ね」

魔剣士「あんな技の使い方じゃ、勝てるわけないわ。忘れたの? 勇者は踏み込みが甘いのよ」

魔剣士(……強がっても、追い込まれているのはあたし。払われた右足は感覚がないもの)

勇者「忘れてないよ。魔剣士の言葉は覚えてる。足りない距離は魔法で補えばいい」

勇者「氷魔<シャーリ>、雷魔<ビリム>」

魔剣士(光が、乱反射してる? まぶしくて、目が……!)

魔剣士「っ! そこっ」ブンッ

勇者「どうして目が見えない状態で僕の剣を防ぐかな!」カッ

魔剣士「言った、でしょ。あたしは勇者より強いからよ!」

魔剣士(右足……まだ感覚が戻らない)

勇者「なら、防げなくなるまで何度でも繰り返す」

勇者「氷魔<シャーリ>、高雷魔<エクス・ビリム>」

魔剣士「同じ手を何度も……!」

勇者「油断したね?」

魔剣士(雷……氷を避けてこっちに!)バッ

勇者「右足が動かないのはわかってる。これで終わりにする!」ブンッ

540: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:50:14.71 ID:s5CXhTaf0

魔剣士「――――右足が動かせない、なんて誰が言ったかしら?」ダンッ

魔剣士(地面を踏んだ感覚はない……けど!)

魔剣士「やあ!」カンッ

勇者「くっ……氷魔<シャーリ>!」

魔剣士「そこで守りに入るからダメなのよっ!」ブンッ!

勇者(読み違えた! 氷で守った肩じゃなく、僕の手首を……!)カラン

  司祭「勇者が剣を落とした!」

  魔女「よかった……これで終わりよね?」

魔剣士「――――まだよ!」

勇者「こっ、の!」グッ

魔剣士(……懐かしい。そう思っちゃダメかしら)

魔剣士(旅に出たばかりの頃、こんな風に戦った時に、勇者は自分から剣を捨てて私を倒しに来た)

魔剣士(あの時の焼き直しになったのは、偶然? それとも……)カラン

  魔女「魔剣士ちゃん、剣を捨てて……?」

魔剣士「…………無手。右目遮り」ゴッ

勇者「っ!?」ガクッ

勇者「げほっ、ごほっ! ……かはっ」ピチャ

  司祭「っ、馬鹿が! 吐血するまでやる奴があるか!」ダッ

  魔女「勇者くん!?」

勇者「来るな!」

勇者「……来ないで。まだ勝負は終わってない」

魔剣士「終わりよ。首に剣をあてがっているもの。あたしは、勇者の首を落とすだけの余裕があった」

541: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:51:40.66 ID:s5CXhTaf0

勇者「くっ……」ヨロ、、、

勇者「どうして、だよ」ギュッ

勇者「魔剣士が苦しんでいる時くらい、僕が守らなきゃと思った」

勇者「魔物と戦う時、僕はいつも魔剣士の背中を追いかけてる。だから今くらい、そう思ったんだ」

勇者「なのに魔剣士は、どうしてそれさえ許してくれないんだよ……!」

魔剣士「バカ。守ってもらえて、嬉しくない女がいると思うの?」

魔剣士「勇者があたしのために動いてるって知って、あたし、とても嬉しかった」

勇者「なら!」

魔剣士「でもっ!」

魔剣士「……それならこそこそせず、堂々とあたしの前に立って欲しかった」

魔剣士「あたしのために勇者が傷ついても、あたしはお礼さえ言えないのよ? そんなのってある?」

勇者「僕がはっきり魔剣士を守れば、魔剣士は守られてる自分を責めると思った。違うかな?」

魔剣士「違わない。勇者の背中を見ながら、自分は役立たずだって悔しがるわ」

勇者「……なら、僕が間違ってるわけじゃない気がする」

魔剣士「それでもダメなのよ。きっと」

魔剣士「勇者はあたしの前に立つべきだったの」

魔剣士「弱音をこぼすなら唇を塞いで、逃げようとするなら抱きすくめて、無理矢理わからせればいいんだわ」

魔剣士「勇者は、どんなあたしでも離さないんだって」

勇者「…………そっか。次があるなら覚えとくよ」

魔剣士「もうないわ。あたしはもう、自分の弱さと強さを疑わない」

魔剣士「…………ねえ勇者。怪我、大丈夫?」

勇者「駄目かも。右手首は折れてるし、さっきから呼吸するだけで内蔵が痛い。司祭さんに治してもらわなきゃ」

魔剣士「ううん、いい。あたしが治す」

542: ◆AYcToR0oTg 2014/12/08(月) 22:54:41.30 ID:s5CXhTaf0

魔剣士(何でかしら。あたしの神性は落ちてるから、回復魔法の効果は弱くなっているのに……きっと治せる、そんな自信がある)

魔剣士「――――高回復<ハイト・イエル>」ポォ

勇者「…………」

魔剣士「どう?」

勇者「痛みがすっかり消えた。右手は普通に動かせるし、呼吸をしても苦しくない」

魔剣士「そう。良かった」

魔剣士「……本当に、良かった」グスッ

勇者「泣かないでよ。僕に勝ったんだから笑えばいいでしょ」

魔剣士「だって……だってっ」

勇者「――――魔剣士はもう、ほとんど神性を取り戻しているよ」

魔剣士「どういう、こと?」

勇者「色んな人に聞いてみたんだけど、神性ってどうも心の強さによって増減するみたいなんだ」

勇者「動揺したり不安になれば神性は下がる。でも心をしっかり強く持てば、神性は元通りになるよ」

魔剣士(あ……理非の鎧の時も、だから神性が上下して?)

勇者「だから焦らないで。魔剣士が元気じゃないと、僕まで落ち込んじゃうよ」

魔剣士「ユウ、者……ぐすっ、ぅぁぁ……!」ボロボロ

勇者「泣くなら胸を貸すよ。オサナの泣き顔、他の誰にも見せたくない」

548: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:39:58.21 ID:e9XBKE6Q0

――――恋する魔剣

司祭「…………」ジーッ
魔女「…………」ソワソワ
勇者「…………」ゴクッ

魔剣士「……三人とも、あたしを凝視するの止めて。気が散る」

魔剣士(まったく、何が勇者は過保護だー、よ。魔女も司祭も変わらないじゃない)

魔剣『――――』

魔剣士「……大丈夫、よね」ピトッ

魔剣『――――』

魔女「喋らない、みたいね? ふふ、安心しちゃったな?」

司祭「しかし何だろうな、この気持ちは。初めて歩こうとする赤子を見ている時が近いか?」

勇者「すっごい失礼なこと言ってるね。魔剣士に剣でひっぱたかれて骨が折れちゃうよ?」

魔剣士「…………」

勇者「魔剣士、どうかした? ずっと黙ってるけど」

魔剣士「ふふ……ふっふっふ……やったわ! これでまた魔剣を使えるのね!」

魔剣士「待たせちゃってごめんね! これからはたくさん血を吸わせてあげるからね!!」ホオズリ

549: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:40:47.44 ID:e9XBKE6Q0

勇者・司祭・魔女「…………」

魔剣士「……何よ三人とも。冗談に決まってるでしょ」

司祭「嘘だな。目が本気だった」

魔女「魔剣士ちゃん、ずっと前からアレな子だとは思ってたけど、本当に駄目みたいね?」

魔剣士「アレって何よ! というか勇者も同じようなこと思ってるの!?」

勇者「あー、ごめん。僕は何も見なかった。聞かなかったから」

魔剣士「目をそらすのやめて! あたしの目を見てしっかり言って!」

勇者「あー、うん。そうする」

勇者「――――あのね、魔剣士。僕は魔剣士のことが」

魔剣士「なにか違うこと言おうとしてるわよね!?」

司祭「平和だな」

魔女「そうね?」

司祭「あの二人を見ていると、この前の決闘に私たちはどうしてついていったのかを考えさせられる」

魔女「司祭くん、言わないで? わたしたちが帰ったことさえ気づかないこと、思い出したら悲しくなっちゃうな?」

勇者「……あのさ。そうやって何度も僕らを責め立てるの、やめてくれないかな?」


550: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:41:44.63 ID:e9XBKE6Q0

――――閑話8

魔剣士「魔女と司祭の弱みを握るわ」

勇者「急に何を言い出すかな……」

魔剣士「勇者は気にならないの!? 来る日も来る日も同じことでからかわれて!」

勇者「そうは言っても、僕と魔剣士が戦った後、二人が帰ったのもわからなかったのは事実だし」

魔剣士「事実だからって何度も蒸し返されるのはイヤなの!」

勇者「それにしたって弱みを握らなくてもさ」

魔剣士「勇者が乗り気じゃないならあたしだけで探すわ。もう我慢の限界よ」

勇者(魔剣士を一人にしたら事態がこじれそうな気がする……)

勇者「そういうことならわかったよ、僕もついていくから」


551: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:42:43.66 ID:e9XBKE6Q0

    ◇市場

魔女「司祭くん?」

司祭「駄目だ」

魔女「わたし、まだ何も言ってないのにな?」

司祭「余計な物を買おうとしているんだろう? 駄目だ」

魔女「余計かしらね? ほら、きれいなヤギの頭蓋骨なのよ?」

司祭「手に取るな。私に見せるな。そんな物は買わない」

魔女「うーん、司祭くんってケチだなあ?」

司祭「忘れているようだから言っておくが、私たちはまだ金欠なんだ。船代だけでも出費がかさんだし、無駄遣いする余裕はない」

魔女「でもね司祭くん? 一見無駄なものに囲まれた生活で、人間は豊かになっていくのよ?」

司祭「そんな理論は私の人生に存在しない。節制に努め、堅実に生き、質素な毎日を送る」

魔女「ふふ、司祭くんらしいのね?」

司祭「褒め言葉のつもりか?」

魔女「そのつもりよ? 尊敬する、って言ってるのにな?」


552: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:43:49.85 ID:e9XBKE6Q0

勇者「やっぱりこそこそ付け回るのは気が進まないな」

魔剣士「何よ、あたしの神性が下がって困ってる時は、こそこそと動き回ってたじゃない」

勇者「あの時は必要だと思っていたからね」

魔剣士「二人の尾行はあたしにとって必要なの。わかって」

勇者「いや、だってさ。もし見つかったら、二人の楽しみに水を差すことになるし」

魔剣士「ばれなきゃ大丈夫でしょ?」

勇者「その自信はどこからくるのさ……」


司祭「やれやれ、騒がしいことだ」

魔女「何の話かしら?」

司祭「暇な二人組のことだ」

魔女「んー? その子たちはきっと、そういうお遊びも楽しめる年頃なのね? 見守ってあげましょ?」

司祭「だが、こちらが気遣って二人にしてやった意味がないだろう」

魔女「ふーん、ひどいのね? わたしと一緒にいても楽しくないなんて……」

司祭「何も書かれていない言葉の裏を読もうとするな。私もこれはこれで楽しんでいるんだ」

553: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:45:01.42 ID:e9XBKE6Q0

――――空までの距離

室長「勇者さん! お待ちしていました」

勇者「こちらは変わりないようですね。安心しました」

室長「ええ。ですが東は大変だったのでしょう? お話は伺っています」

勇者「……すみませんでした。もう聞いてはいるでしょうけど、みなさんと作った飛行機を守れませんでした」

室長「いいえ。むしろ我々としては誇り高いくらいです」

勇者「それはどうして?」

室長「飛行中に魔物から襲われたにも関わらず、勇者さんたちに怪我をさせることなく、地面に不時着できたのです」

室長「自分たちの技術に自信が持てました」

勇者「――――そう、ですか。なら良かった」

室長「それにあれは試作機。我々が目指す量産のための礎にはなりましたし、壊れた試作機には別の生き方が与えられるようですよ?」

勇者「どういうことですか?」

室長「こちらの王と東の女王が話し合った結果、壊れた試作機は東の城下町で展示するそうです」

室長「勇者さんが命を賭してでも国を守ろうとした証にするとか」

勇者「……こう言うとよく思われないでしょうが、止めてほしいですね。今後、二度と東の大陸に行けなくなります」

室長「はは、いいじゃありませんか。ちやほやされるのも英雄の仕事です」

勇者「僕の柄じゃないんですよ。もてはやされるのって」


554: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:47:01.74 ID:e9XBKE6Q0

室長「さて……勇者さんがここを離れてから、魔石の出力を上げるなどいくつかの改善は行っています。おそらく崖は越えられますよ」

勇者「本当ですか? 助かります」

室長「ただ試験飛行の回数が少ないんですよ。技研の人間はどうも操縦が下手ですし」

室長「かといって操縦できそうな人は、操作方法をいまいち覚えてくれませんで……」

勇者「あー……もうちょっと操縦系統を簡略化しないとですね。僕も操縦していて、不便なところはいくつかありましたし」

室長「そこはおいおい調整するとしましょう」

勇者「いつになるかわかりませんけどね」

室長「勇者さんが魔王を倒した後にでも、技研に来てもらえればいいんですよ」

室長「……救世の勇者を独占なんてしたら、王は方々から文句を言われるでしょうが」

勇者「魔王を倒した後のことは考えてませんでしたけど、やっぱり自由はなくなりそうですね」

室長「存在だけでも政治的な意味を持ってしまうでしょうしね」

室長「上手に立ち回る必要は出てきますか。不敬かもしれませんが、我らの王も勇者さんを狙っていますしね」

勇者「そうなんですか? いざとなったら、名前を偽ってのんびり暮らすことも考えたいですね……静かに暮らせれば、それでいいですし」

室長「では静かな暮らしのため、今できることを頑張りましょう。旅の疲れもあるでしょうから、試験飛行の準備だけ進めておきますよ」

勇者「お願いします。あ、改善箇所ってまとめてありますか? 飛ぶ前に目を通したいですね」

室長「勇者さんはなんというか……旅人にしておくのがもったいない人ですよ」

555: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:47:54.62 ID:e9XBKE6Q0

    ◇仮住まい

魔剣士「しばらく放っておいたのに、ホコリの一つも落ちてないわね」

司祭「勇者の仮住まいだからと気を使われたのかもな。ありがたいことだ」

魔女「ふふ、善意だけならいいけれどね?」

司祭「どういう意味だ?」

魔女「囲い込むなら足場から、ということかしら?」

魔剣士「何よそれ。意味がわからないわ」

魔女「勇者くんが教えてくれると思うのよ? ねー?」

勇者「……まあそうだね。今のうちに言っておこうか」

魔剣士「何よ、何の話?」

勇者「まずね、ここはもう仮住まいじゃない。僕名義の家になってる」

    ◇勇者の家

魔剣士「――――はい?」

556: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:49:10.92 ID:e9XBKE6Q0

勇者「本当に迂闊だった。正直、奴隷を売買してた貴族のこともあったし、西の王からは疎まれてると思ったから……」

司祭「私たちにわかるように説明してくれ。どういうことだ?」

勇者「勇者は手元に置いておくだけで色々と役に立つでしょ? 外交でも政治でも、ちょっとした手札に利用できる」

勇者「だから住まいとか居心地のいい働く場所を与えて、手元に置こうとしてるみたいなんだ」

魔女「ふふ、やっぱりね? 飛行機を作っている時から、待遇が良すぎると思ったもの」

勇者「教えてくれたら良かったのに……そしたらもっとうまく立ち回ってたよ」

魔女「つーん。だって勇者くんってば、飛行機を作るか魔剣士ちゃんといちゃいちゃしてばっかりなんだもの。魔女ちゃんは拗ねちゃったのよ?」

司祭「自分の名前をちゃん付けするな。鳥肌が立つ」

魔剣士「もう文句を言うのも疲れたわ」

勇者「まあ、そういうわけでさ。皆も気をつけた方がいいよ」

勇者「気がついたら騎士団長だの教会の大司教だの魔術顧問だのの役職を与えられかねない」

勇者「ちなみに僕は、新しく創設する技研の室長とかいう立場を与えられそうになって、今さっき断ってきた」

司祭「そこまで徹底しているなら、もはや笑えてくるな」

魔剣士「あたしはひたすら腹が立つわ。勇者のことをちっとも見てないじゃない」

魔女「魔剣士ちゃんって、本当に勇者くん思いよねえ?」


557: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:50:24.85 ID:e9XBKE6Q0

勇者「魔女さん、おちゃらけるのは後でね」

勇者「そういうわけで、新しい飛行機の試験が終わり次第、すぐに出発したいんだ」

司祭「いつ頃になりそうだ?」

勇者「二週間くらいだと思う。それまでに食料とか必要なものを用意しておかなきゃ。……お金、足りるかな」

魔女「ふふ、西の王におねだりする?」

魔剣士「絶対にしないわよっ。勇者をどうするかわかったものじゃないわ!」

勇者「いや、うん……西の王も悪人ってわけじゃないけどね。利益とか効率至上主義なだけでさ」

司祭「浪費家な魔女あたりには良さそうだしな。金払いもそこまで悪くないだろう」

魔女「でもわたしってお嫁さんになるのが夢だから、真面目に働く気はないのよ?」

勇者「何その夢。初めて聞いたんだけど」

魔剣士「浪費家の妻とか誰が望むのよ」

司祭「だいたい魔女は料理がいまいちだろう」

魔女「ぐすん――――みんなひどいのね? 結婚してすぐ倦怠期になる呪いをかけちゃうんだからっ」

558: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:51:16.58 ID:e9XBKE6Q0

    ◇出発

勇者「こうして飛び立つのは二度目ですね」

室長「今回も帰りを待ってますよ、『室長』?」

勇者「誰から聞いたんです、それ……」

室長「王が色んなところで言いふらしてますよ? 勇者さんは断ったことを伏せてるようですね」

勇者「僕が戻りたくない理由を増やさないで欲しいんですけどね。技研で聞きたいことはたくさんありますし」

室長「王にその苦情を伝えておきますよ。耳に入れてはくれないでしょうけど」

魔剣士「もう、いつまで話してるのよ。どうせ一度は戻ってくるんだもの、話はその時に取っておきなさいよね」

室長「おやおや、勇者さんは早くも尻に敷かれてますね」

勇者「今まさしく尻に敷かれてる室長には言われたくありませんね」

室長「…………」
勇者「…………」

室長「では、またいつか」グッ

勇者「ええ、いってきます」グッ

559: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:52:23.36 ID:e9XBKE6Q0

    ◇飛行中

魔剣士「ここから崖まで一直線に行くの?」

勇者「疲れちゃうからそれは無理かな。一度、開拓地の手前にある町で下りて、一晩休んでから出発するつもり」

司祭「こうして座っているだけでも体が痛くなるしな。急ぐ理由がないのだし、万全を期してもいいだろう」

魔女「…………」Zzz

魔剣士「魔女ってばずっと寝てるのね。気持ち悪くならないのかしら」

司祭「呪いで寝ているからな。解呪するまでは起きないぞ」

勇者「え、そうなの? 何でそんなことしたのさ」

司祭「寝ていれば酔わないだろう? よっぽど船や飛行機が嫌いなんだな。出発するまでの間、既存の呪いを必死に調べていたんだ」

魔剣士「魔女の努力の仕方ってなんかおかしいと思うわ」

560: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:53:45.11 ID:e9XBKE6Q0

    ◇開拓跡地

司祭「そろそろ崖が見えてくるか」

勇者「高度は……これなら大丈夫かな。いざとなればもうちょっと高く飛べるし」

魔剣士「いよいよね。崖の向こうってどうなってるのかしら」

勇者「そればっかりは見るまでわからないね。誰も見たことない景色だろうから、ちょっと期待しちゃうな」

魔女「んっ……」Zzz

司祭(隣でもぞもぞされると気が散るな)

司祭「あれは……ようやく見えてきたか」

勇者「高度は問題ないね。このまま飛び越えるよ」

魔剣士(この先に魔王がいるなら、あたしたちの旅はもうすぐ終わる)

魔剣士(旅の終わり、それがようやく見えてきたのよね)

魔剣士(これから何が起きるかはわからないのに、どうしてかしら、ちっとも怖くないわ)

魔剣士(あたしのやることは決まってる。勇者の剣として戦って、勇者と一緒に村に帰る)

魔剣士(生きて帰った勇者はいない、なんて言い伝えはひっくり返してやるわ)

勇者「あれは――――」

司祭「廃れた城のように見えるが……周囲を覆う黒いもやはなんだ?」

魔剣士「何でかしら、胸がざわつく」

勇者「城の周囲は森ばかりだね。これじゃ着陸できない」

魔剣士「あれ……ねえ勇者、城の手前。あそこ、何か建物っぽいのあるわよ?」

司祭「人が住んでいる、のか? この高さからではわからないな」

勇者「崖を越えてすぐの場所は開けているから、そこに着陸するよ。ちょっと距離があるけど、歩いて確認しに行こう」

561: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:54:30.49 ID:e9XBKE6Q0

――――小国の波乱

司祭「驚いたな。本当に人が住んでいるとは」

魔剣士「でも疑いの視線ばかり向けられてるわよ? 話しかけようとしたら逃げられるし」

魔女「司祭くんの見た目って怖いものね? 勇者くんみたいな可愛らしさがないもの?」

勇者「何で僕をけなしてきたのかわからないんだけど」

魔女「ふふ、そんなつもりないのになあ?」

司祭「無駄話は後にしろ。数人がこちらに向かってきている」

魔剣士「歓迎にしては遅かったわね。あまり派手じゃなきゃいいんだけど」

魔女「んー? 魔力から敵意は感じないし、魔剣士ちゃんの期待するような歓迎はないと思うな?」

勇者「とりあえず僕が話を聞いてみるよ。三人は見守ってて」

562: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:55:05.21 ID:e9XBKE6Q0

大臣「ここでは見ない顔ですね。あなたたちは何者でしょう」

勇者「南の大陸、と言ってわかるでしょうか。遠い場所から、崖を越えてこちらにやってきました」

大臣「南の大陸……存じませんね。崖を越えたというのも疑わしい。あれは人の力で越えられるものではありません」

勇者「崖を越えた方法は証明できますが、そこは重要じゃないでしょう?」

大臣「ふむ――失礼、私は大臣と言います。あなたは?」

勇者「勇者と呼ばれています。勇者に関してはご存知で?」

大臣「……噂でなら。では目的は、この村の北にできた城ですね?」

勇者「ええ。僕たちは魔王を倒しにここまで来たんです」

大臣「ならば、こちらへ。私たちの王をお呼びしましょう」

勇者「王、ですか?」

大臣「昔からの慣習です。ここは国で、取り仕切るのは王。どれだけ規模が小さくても、私たちはそう呼んでいます」

勇者「わかりました。謁見の許可を頂き、ありがとうございます」


563: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:57:12.01 ID:e9XBKE6Q0

    ◇議場

魔剣士「話は順調、なのかしら」

勇者「たぶんね。考えていた最悪よりはずっといいかな」

魔女「ふーん? どんなことを考えていたの?」

勇者「言葉は通じない。顔を見るなり敵と認定されて攻撃してくる、かな」

司祭「えらく物騒だな。そんなこと早々と起きないだろう」

魔女「そうでもないのよ? 以前ね、顔を見るなり盗賊扱いされたもの?」

魔剣士「あー、あったわね。言葉が通じないというか、話が通じない感じで」

勇者「僕はそこで女の敵だなんだと罵倒されたよ。ひどい言いがかりだった」

司祭「…………身内の恥だ、忘れてくれ」


?「かかっ、面白い奴らだな」


?「さて待たせたか。なにぶん、大臣の奴がうるさくてな」

勇者「あなたがこの国の王、ですか?」

小王「ああ。つっても村って呼ぶのが相応しいような、小国の王様だがな」

魔剣士「やけに親しみやすい感じの王様ね?」ヒソヒソ

魔女「雰囲気は王様よりも盗賊の親分かしら?」ヒソヒソ

司祭「バカ、聞こえたらどうする。失礼だろう」ヒソヒソ

小王「ははは、聞こえてるぞ。王様らしく処刑宣言とかしてやろうか?」

勇者「それ、冗談が通じない相手には言わない方がいいですよ」

564: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 22:58:33.48 ID:e9XBKE6Q0

小王「言う相手は弁えるさ。これから腹を割って話す相手なんだ、この程度の軽口を叩けなきゃ、話が進まんだろう?」

勇者「……そうですね。僕もいくつか質問があります」

小王「ならまず質問に答えよう。何が聞きたいんだ?」

勇者「僕たちと同じ言葉を話せるということは、はじめはどこかの大陸で生きていた人たちなんですよね?」

小王「その当たりは国の成り立ちが関係する。ざっくり説明するとだな」

小王「私たちの祖先は革命を起こそうとして失敗、洞窟を通って逃げてきたのがこの地だったんだ」

司祭「革命……? そんな出来事、聞いたことがないな」

小王「昔のことだし、前例があるとわかれば革命を画策する人間も現れる。記録には残さなかったのかもな」

小王「初めて勇者が生まれた頃の話だったか」

魔女「本当に大昔なのね?」

小王「そうだな。洞窟があった周囲は魔王が現れた時に沈み、洞窟は崩落」

小王「私たちは外に出ることさえできなくなり、歴史の闇に埋もれたってわけさ」

魔剣士「ここを国と呼んだり王を名乗るのは、革命に失敗したからってこと?」

小王「ほう、君は冴えてるね。良かったら私の妻にどうだ?」

魔剣士「近寄ったら斬るわ。触ろうものなら腕の一本は覚悟することね」

小王「ははは、気の強い女性だな。実にいい」

勇者「話を続けていいでしょうか?」

小王「ん? ああ、いいぞ。あとは何が知りたい?」

565: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 23:00:12.35 ID:e9XBKE6Q0

勇者「魔王が現れていると、動物の半分弱が魔物に変わります」

勇者「魔王の居場所に近づくほど魔物は強くなるはずですが、どうやって国を守っているんですか?」

小王「…………そこは私からの要求と重なる話だ。他に質問がなければ話すが、どうする?」

勇者「他に急ぐ質問はありません。話して頂けますか?」

小王「そうか」

小王「――――どうしてこの国が守られているか。それは簡単だ、この国は魔物に襲われないんだ」

小王「魔王は人間を食べるらしい。この国は、魔王が腹を減らした時のために保存されているんだよ」

魔剣士「なんですって?」

小王「今はまだ国民に被害が出ていない。だが時間の問題だろう。いつになるかはわからないがな」

司祭「……対策は、どうしている?」

小王「有効なものは一つもない。私たちは森に隠れ住む魔物を倒す力さえないんだからな」

勇者「逃げようにも周囲は崖に囲まれている。崩落した洞窟は今も閉ざされたまま。他に打つ手はないということですね?」

小王「洞窟の復旧は行わなかった。なにせ元が革命に失敗した罪人が集まって作られた国だからな」

小王「閉ざされたなら都合がいいと考えていたこともある。今では仇となったが」

勇者「現状はわかりました。勇者への要求とはなんでしょうか?」

小王「魔王を倒すという話を、私たちはすぐに承諾できない」

566: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 23:01:37.52 ID:e9XBKE6Q0

魔剣士「っ……どうしてよ!」

小王「君たちが倒せなかった場合、魔王が約束を反故にし、国を魔物に襲わせるかもしれないからだ」

魔剣士「だからって、何もしなかったら魔王はあなたたちを食べるのよ!?」

小王「わかっている。だから『すぐには』と言った」

勇者「危険が迫るまで、魔王を刺激しないでほしいということですね?」

小王「そうだ。私たちを保護すると言ったのは、魔王自身じゃなく部下のマーリアという魔物だが、その約束に嘘はないからな」

小王「事実、魔王が現れてから今日まで、この国は平和を保っている」

勇者「それは見せかけの平和です」

小王「わかっている。だが私たちは、国民が死ぬ可能性のある策を選ぶわけにはいかない。……そもそも選べる方針など一つしかないんだ」

司祭「私たちが要求を突っぱねたらどうするつもりだ?」

小王「どうもしないな」

司祭「……どういうことだ?」

小王「この国はとにかく人がいない。暮らしていくだけで精一杯だ。私は王を名乗っちゃいるが、普段は農作業に勤しんでいる庶民派なんだ」

小王「当然、兵士なんて大それた人間もいない。自警団はあるが、みんな生産職との掛け持ちさ」

小王「魔物と戦ってきた人間を止められはしないだろう」

567: ◆AYcToR0oTg 2014/12/09(火) 23:02:30.46 ID:e9XBKE6Q0

勇者「…………事情はわかりました」

小王「そうか」

勇者「ですが、要求に応えられるかは別問題です」

勇者「この国は無事でも、魔物に襲われあわや滅亡かと思われた国もありますから、静観はできません」

小王「いや、いいさ。要求とは言ったが、要求を通すだけの権威がないことは自分でもわかっている」

魔剣士(単純に魔王を倒して終わり、とはいかないものね。どうするのが正しいのかしら)

勇者「王様。一つお願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」

小王「申してみろ」

勇者「この国に滞在する許可をください。今後どうするか、話し合う時間が必要です」

小王「それくらいならお安いご用さ。食事の保証はできないがね」

勇者「構いません。ありがとうございます」

574: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:16:54.82 ID:lAm1gI7w0

――――祈りは奇跡に届かない

司祭「さて、これからどうするか」

勇者「これまで使ってきた地図と引き替えに大臣さんからお金をもらえたし、この国を見て回るのもいいかもね」

魔剣士「でも王様の話じゃ、ここからでも見える城に魔王がいるんでしょ? あまりのんびりしているのも落ち着かないわよ」

魔女「そうはいっても、すぐ乗り込むって話にはならないものね? 勇者くんと王様の話し合いに期待しましょ?」

司祭「…………すまないが、私は別行動で構わないか?」

勇者「いいけど、どうかした?」

司祭「少し考え事がしたくてな。一人になりたいだけだ」

魔剣士「あら、魔女はつれていかないの?」

魔女「どうしてわたしの名前が出るのかしらね?」

司祭「余計な気を回すな。本当に一人になりたいんだ」

575: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:18:09.82 ID:lAm1gI7w0

……


司祭「さて」

司祭(蘇生魔法、復活<ソシエ>か。未だに使うことができていない)

司祭(魔王や、王の話に出ていたマーリアという魔物も気になる。何が起きるかわからない以上、復活<ソシエ>は有効な魔法だが……)

司祭「ソシエ」

司祭「……駄目か」

司祭(そこまで難しい構成、というわけでもないんだが)

司祭「極回復<フィニ・イエル>」ポォ

司祭「こちらは使えるというのにな」

司祭(わからない。難しさは同等のはずだが、どうして復活<ソシエ>だけが使えないんだ?)

576: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:20:24.15 ID:lAm1gI7w0

    ◆魔王城

マーリア「あともう少しで完成、といったところだが」

 ン ィビ「  」
  ェス「  」

マーリア「間に合わなかったか。七日もあればできあがるが、勇者たちが城に乗り込んでくる方が早い、か」

マーリア「しかたない、時間稼ぎくらいは押しつけるか」

……


マーリア「魔王、いるな?」

開拓者「    」

魔王「――――」グチュ、クチャ

マーリア「また食事中か。食欲旺盛なことだな」

マーリア「だがその食事は中断されるだろう。もうすぐ勇者が訪れる。戦わなければいけないからな」

マーリア「足止めは期待するな。俺は今、自分の仕事に忙しいんだ。自分の身は自分で守れ」

マーリア「それさえイヤなら、魔物を生み出して勇者の相手をさせるんだな」

577: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:21:24.63 ID:lAm1gI7w0

魔王「――――」クッチャ、、、

魔王「――――」

魔王「――――」ズズズ、、、

マーリア「む?」

マーリア(魔力を垂れ流して……何をしている?)

ギギッ

マーリア「これは……?」

虫A「…………」ズブ、グチャ
虫B「…………」ズチュ
虫C「…………」ピキッ

マーリア「ほう?」

マーリア「でたらめな魔性を付加したものだな。この虫ども、死ぬ寸前だったぞ?」


 三匹の虫は命を燃やし、全く別の生命へと生まれ変わる。
 セクタ、そう名付けられた三匹の甲虫は、魔王の城を飛び去っていく。
 そして虫たちは、空の上から遙か地面を見下ろす。
 眼下に納めた人里と、生い茂った深い森の上空で、ヴヴヴと羽を振るわせた。

578: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:23:37.20 ID:lAm1gI7w0

    ◇小国

勇者「復活<ソシエ>か。魔法の構成だけ見ると、既存の回復魔法とは系統が違うみたいだね」

魔女「わたしはそれよりも、構成のでたらめさが気になるかしら? 無駄だったり意味のない部分が多すぎるものね?」

司祭「やはり二人にも難しいか。せめてこの魔法は覚えたいところなんだがな」

勇者「うーん……ソシエ」

魔女「ふふ、わたしも試そうかしらね……ソシエ」

司祭「……ソシエ」

司祭「駄目だな、全く手応えがない」

魔女「勇者くん、神性の高い魔剣士ちゃんならどうだと思う?」

勇者「さっきも言ったけど、普通の回復魔法とは別物だから、神性には影響しないと思うんだよね」

勇者「でも試すだけ試そうか。ちょっと魔剣士を呼んでくるよ」

司祭「仮に魔剣士が使えたとして、私が使えなきゃ意味がないんだがな」

魔女「その時は他の魔法を覚えましょ? 司祭くんって攻撃に使える魔法はないんだし、回復にこだわらなくてもいいでしょう?」

司祭「仮にも聖職者だから、あまり攻撃に積極的なのはな……」

魔女「ならそうね、相手の自滅を誘う魔法なんてどうかしら?」

579: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:24:46.07 ID:lAm1gI7w0

    ◆森

 三匹の内二匹は、自らの命の短さを悟り、子を為すために繁殖を繰り返していた。
 周囲には卵が散乱し、今にも孵化しようと半透明の殻の中で命がうごめいている。

セクタC「…………」ブブブブ

 そしてあぶれた一匹は、与えられた力を持て余していた。
 その力の矛先は、やはり与えられた本能によって小国に向けられる。
 飛び立つ時、まぐわう同種が放つ異臭が、知性のないセクタの本能に暗い炎を宿していった。

580: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:25:41.21 ID:lAm1gI7w0

    ◇小国

カンカンカンカン!!

魔剣士「この音は……?」

勇者「外に出てくる。魔剣士、一緒に来て」

魔剣士「わかった」バッ

司祭「何だ? 何が起こっている?」

魔女「考えるのは後にしましょ? このままじゃ勇者くんたちに置いてかれちゃうものね?」


キャァ!
ウワァ!?

勇者「みんな、逃げ出してる?」

勇者(王様の話だと魔物はこの国を襲わないはず……ならこれは?)

魔剣士「っ? 勇者、あそこ!」

セクタC「…………」ブブ

勇者「でかい、ね」チャキ

魔剣士「堅そうな体。斬れればいいんだけど」チャッ

581: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:26:22.81 ID:lAm1gI7w0

セクタC「…………」ギョロ

勇者「魔剣士、合わせて! 高氷魔<エクス・シャーリ>!」

魔剣士「しっ……やっ!」ブンッ

セクタC「…………!?」ガキッ

魔剣士「堅っ……なら、お腹の方ならどう!?」ズバッ

セクタC「…………ッ!」ブブブ!

勇者「魔剣士、よけて!」

魔剣士「っと、わっ!?」ズジャッ

勇者「大丈夫?」

魔剣士「かすっただけ。また空中で体当たりされたら、次は避けられないわよ?」


司祭「なら空から引きずりおろすまでだ」

魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>!」

セクタC「…………!?」ブブ、、、

582: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:27:14.57 ID:lAm1gI7w0

司祭「補力<ベーゴ>、補早<オニーゴ>!」

勇者「共鳴!」ブォン

魔剣士「すぅ……」ブォン

魔剣士「やあ!!」ブンッ!

セクタC「……  」グシャ

司祭「すまない、遅くなった」

魔女「ふふ、おいしいところは頂いちゃったかしら?」

魔剣士「勝手に持ってけばいいわ。それより、襲ってきた魔物はこの一匹だけ?」

勇者「空を見渡す限りじゃいないけど、探してみようか。この国に入ってきているなら、倒さないと」

583: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:28:15.10 ID:lAm1gI7w0

男「頼む、目を開けてくれ!」

女「嘘、うそでしょ? ねえ!?」

少女「    」

司祭「……その子は?」

女「虫の魔物に襲われて、そのまま……っ、ああっ」

司祭「極回復<フィニ・イエル>」ポォ

司祭(息をしていない……回復<イエル>だけでは回復しないか? なら……)

司祭「ソシエ」

司祭「っ……ソシエ」

少女「    」

司祭「…………すまない」

女「いや、いやよぉ! お願い、目を覚まして!」

男「娘が、この子が何をしたって言うんだ!」

司祭「すまない」

魔女「司祭くん……」

584: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:29:43.77 ID:lAm1gI7w0

    ◇議場

小王「魔物を倒してくれたことには礼を言おう。心から感謝する」

勇者「いえ……ですが」

小王「言うな。少なくとも、国民の前で口を滑らせることは許さない」

小王「自分たちのせいで魔物が襲ってきた、そんなことを打ち明けてもお前たちの良心が満たされるだけだ」

勇者「……僕たちがこの国に到着してから半日ほどの出来事です。あまりにも対応が早い」

勇者「約束を反故にするにはいささか短絡的だとは思いますが」

小王「それだけお前たちが魔王にとって脅威ということだ」

小王「それに、立場に差がありすぎる約束など信用はできなかった。事態が動けば覆されて当然だ」

小王「こうなった以上、私は国を守る術を考えなきゃいけない。勇者たちの知恵は役立つだろう、悔やむなら尽力をしてくれ」

勇者「わかりました。僕たちにできることなら」

小王「……女の子が一人、亡くなったそうだな」

小王「この国は小さい、全員が顔見知りだ。私もその子と遊んだことがある。明るくて、おしゃまなことばかり言うが、いい子だった」

勇者「…………」

585: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:31:46.61 ID:lAm1gI7w0

小王「魔王が人間を食べるというなら、私が最初に食べられる予定だったんだ」

小王「その後は老いたものから順番に、子供は最後まで生かさなきゃいけないからな」

小王「なのに、最初の犠牲者が子供だ。私たちの踏みにじられた決意は、どこに矛先を向ければいい?」

小王「厳しい中を生活してきて、挙げ句にこんな仕打ちを受けるのか?」

勇者「……今がこの国にとって夜だとしても、いつか必ず日は上ります」

勇者「それは僕たちが魔王を倒すからではなく、この国の人たちが明日を生きようとするからです」

勇者「僕たちはこの国が夜明けを迎えられるよう、火の番をし、野犬を追い払うくらいしかできません」

勇者「その程度だとしても、この国に希望を灯す火種になれたなら、と思います」

小王「希望、か。久しく聞かなかった言葉だ」

小王「そうだな。いつか失う命だというなら、懸命に抗うのもいいだろう」

勇者「もう失わせません」

小王「ああ、それがいい。誰かの悲しむ顔を見るのはたくさんだ」

小王「私は一度、国民と改めて話し合おう。冷え切った夜の時間を過ごすのは終わりだ。朝日を見るために、戦う力を持つ人員を募ろう」

勇者「それなら、魔法に長けた者を集めて頂けますか?」

小王「ふむ、何かするのか?」

勇者「結界魔法、というものがあります。この国を覆うなら、一〇人ほどの人員が必要です」

小王「知らない魔法だな……わかった、魔法に覚えのあるものを見繕っておく」

勇者「ありがとうございます。その間に、僕たちはこの国の北側を探索してきます」

小王「何かあったか?」

勇者「虫の魔物は北から現れたそうです。あの一匹で終わりなのか、調べたいと思っています」

586: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:32:46.77 ID:lAm1gI7w0

    ◇森

魔剣士「話し合い、ね。どうなるかしら」

勇者「わからない。僕たちが来たことと魔物が襲ってきたことを結びつける人はいるだろうし、難航するとは思うけど」

魔女「王様の手腕に期待ね? ふふ、国から追い出されなければいいのだけど?」

司祭「…………」

魔女「司祭くん?」

司祭「なんだ?」

魔女「元気がないのね? ……女の子を助けられなかったこと、気に病んでいて?」

司祭「そうだな。わだかまりを捨てろというのは無理だ」

勇者「……僕たちは、同じ事が二度と起きないよう、魔物を倒すしかないよ」

魔剣士「ええ。あの国に魔物が入るのは許さないわ」

魔女「司祭くんのせいじゃないんだもの。あまり気負わないで?」

司祭「あれくらいの子供が孤児院には多かった。どうしても姿が重なってしまうのは止められない」

司祭「助けられなかったのは私の未熟だ。だからせめて、あの子のために戦おうと思っている。それくらいは許してくれ」

魔剣士「あら、いい顔するわね。魔女が惚れ直すんじゃない?」

司祭「何を言い出すんだ魔剣士は?」

魔剣士「そんなに変なこと言った? だって、」

587: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:33:56.16 ID:lAm1gI7w0

魔女「――――止まって」

魔女「この数は……駄目、いくつあるかわからない。魔力の雰囲気は、さっきの魔物と同じ……?」

司祭「どうした?」

魔女「……この先に、さっきの魔物がいるみたいね? でも数が尋常じゃないのよ? 一〇〇を越えてる、と思うの」

魔剣士「ちょっと――正気? そんな数が相手って……」

勇者「できれば信じたくないね。逃げることのできない戦いなのに」

司祭「普通に戦っていては勝ち目がないな。勇者や魔女の魔法で一気に数を減らすしかないだろう?」

魔女「ふふ、そうね。わたしの魔力が尽きちゃったら、あとはお願いするのよ?」

勇者「司祭さん、魔女さんから離れないようにして。魔女さんが倒れたら、間違いなく負ける」

司祭「わかった、なんとしても守ろう」

魔女「あら、ちょっと嬉しいかしらね?」

魔剣士「冗談を言う余裕があるならいいわ。でも本当に気をつけなさいよね?」

588: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:34:59.61 ID:lAm1gI7w0

    ◇森 繁殖地

セクタA「…………」ブブブ

セクタB「…………」ギョロッ

魔剣士「ちょっと、魔女……一〇〇とかそんな数じゃきかないわよ、これ」

勇者「共鳴」ブォン

魔女「ふふ、ありがとね勇者くん」ブォン

司祭「三人とも構えろ! 来るぞ!」

子セクタBOF「……」ブン
子セクタFF「……」ブブッ
子セクタDQ「……」ビュッ

勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

魔剣士「やっ、はっ!」

魔剣士(小さい虫はそこまで堅くない! けど、こんなの剣で相手してたら日が暮れるわよっ)

子セクタWA「……」ガブッ

魔剣士「ぅぁ!」

勇者「魔剣士!?」

魔剣士「大丈夫、ちょっと噛まれただけ!」

司祭「毒はなさそうだが、油断するな! 完全に囲まれている!」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極風魔<グラン・ヒューイ>」

魔女「……ちっとも減らないのね。それどころか、卵からどんどん孵化していくなんて」

589: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:36:29.77 ID:lAm1gI7w0

子セクタRO「……」ブブ

司祭「くっ!」ザクッ

魔女「司祭くんっ?」

司祭「私は気にするな! 大した怪我じゃない!」

魔女「この……司祭くんをよくも……極炎魔<グラン・フォーカ>!」

司祭「守りきれるか自信がない。結界<グレース>をかけておくが、過信はするな」ポォ

魔女「ふふ、ありがとね」シャラン

司祭「痛っ……」

魔女「司祭くん?」

司祭「まずいな、敵の数が多すぎる。予知<コクーサ>で頭が割れそうだ」

勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」

魔剣士「司祭、無理しないでよ!?」ズバッ

司祭「わかっている、今回は予知を切るぞ! 警戒を忘れないでくれ!」

セクタA「…………」ブブブブ!

勇者「っ、この!」ブンッ

セクタA「…………」ヒュン、ザクッ

勇者「ち……っ!」

勇者「やっ!」ザンッ

セクタA「…………」ブブ、ブブブブ

魔剣士「勇者!」

590: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:38:16.57 ID:lAm1gI7w0

勇者「魔剣士、伏せて! 高雷魔<エクス・ビリム>!」

セクタB「…………」ヒョイ

魔剣士「このっ……高回復<ハイト・イエル>!」

勇者「ありがと、助かる」

魔剣士「勇者に余計な魔力を使わせられないわよ」

勇者「……怪我は大丈夫? あちこち虫に食われてる」

魔剣士「勇者も同じでしょ。正直、治してもきりがないわ」

勇者「魔剣士は僕の背中を守って。小さい虫なら僕の魔法でも倒していけるから」

魔剣士「わかった。何とかやってみる」

勇者「数が多すぎる、全部は倒せないよ。自分を守るついでに僕を守ってくれればいいから」

勇者「……近づくな! 高風魔<エクス・ヒューイ>!」

魔剣士「…………四の剣、死点繋ぎ」バババッ

子セクタPK「……」ブブ
子セクタTOF「……」ブブブ
子セクタLO「……」ブブッ

勇者(魔力はもう半分を切った……なのに、魔物は半分も倒せてない)

勇者「まずい、な……」


591: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:39:23.83 ID:lAm1gI7w0

司祭「勇者、魔剣士! 一度戻れ! 補助をかけ直す!」

魔剣士「魔力に余裕があるわけ!?」

司祭「回復する回数がかさむよりマシだ!」

勇者「わかった、そっちに……っ!?」

セクタB「…………」ビュンッ

魔剣士「こ、のぉ!」ブンッ

子セクタCM「……」ガブッ
子セクタTO「……」ガブッ
子セクタPP「……」ガブッ
子セクタRC「……」ガブッ
子セクタAS「……」ガブッ

魔剣士「っ、ああ!?」

勇者「魔剣士!?」

セクタA「…………!」ズブッ

勇者「あぐっ!?」

司祭「勇者、魔剣士!」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>ぁ!」

司祭「今なら……極回復<フィニ・イエル>!」

勇者「ぐっ……ごめん、助かった」

魔剣士「げほっ、ごほっ」

592: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:40:31.87 ID:lAm1gI7w0

司祭「……魔女、魔力はまだあるか?」

魔女「さっき、魔力の水晶体を使ったの。余裕よ?」

司祭「ならいい。ようやく半分、と言ったところか。いけるか?」

魔女「ふふ、ええ。司祭くんが守ってくれるならね?」

司祭「重要な役目だな。気合いが入る」

魔女(もう……強がっちゃって)

魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>!」

子セクタHG「……」ブブ

魔女「きゃっ」シャラン

司祭「無事か!?」

魔女「みたい、ね? 結界<グレース>のおかげ」

魔女「……勇者くん! 魔剣士ちゃん! こっちに!」

魔女「すぅ――――」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極氷魔<グラン・シャーリ>。極風魔<グラン・ヒューイ>。極雷魔<グラン・ビリム>!」

勇者「はは、相変わらず容赦ない威力だね」

魔剣士「頼もしくていいじゃない」クス

セクタA「…………」ギョロ
セクタB「…………」ギョロ

魔女「っ……?」

魔女(わたしを見た? それとも司祭くん?)

593: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:41:52.53 ID:lAm1gI7w0

セクタA「ギギィ!」

子セクタ「「「「「 ! 」」」」」

勇者(動きが、変わった?)

司祭「ぬあ!?」

子セクタDT「……」ブブ
子セクタUI「……」ブブ
子セクタBJ「……」ブブ

司祭「くそっ、集まってくるな!」

魔剣士「司祭!」

魔女「司祭くんにまとわりつかないで! 極炎魔<グラン・フォーカ>!」

魔女「離れろって言ってるの! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」

魔女(ダメ、司祭くんに群がる数が多すぎる、倒しきれない……っ)

セクタB「…………」カシュカシュ

セクタB「…………!」ブンッ!!

魔女「!? 来るなぁ! 極炎魔<グラン・フォーカ>!!」

セクタB「…………ッ!」ブワッ

魔女(炎を抜けてきた!? 間に合わな……っ)

魔女「司祭くん、ダメっ!」シャラン


パリン

ズブッ


魔女「…………ぅ、ぁ?」

594: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:43:54.52 ID:lAm1gI7w0

魔女「…………」ガクッ

魔女「…………」ドクドク、、、

魔剣士「魔、女?」

勇者「魔女さん!?」

司祭「っ! どうし、た……?」

魔女「    」

司祭「……魔女?」

魔剣士「う、ああぁ! よくも魔女を!」ブンッ

セクタB「……!?」ブブブ

勇者「く、っそ! 高炎魔<エクス・フォーカ>!」

セクタB「!?、!?」

セクタB「    」

セクタA「っ!」ブブブッ

勇者「あぐっ!?」ドン

魔剣士「勇者っ!」

魔女「    」

司祭「なあ、おい。嘘だろう?」

595: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:44:54.00 ID:lAm1gI7w0

司祭「何を倒れている。悪い冗談だ、今は戦闘中だぞ?」

子セクタIP「……」ガブッ
子セクタMN「……」ガブッ

司祭「勇者が言っていただろう? この戦いは魔女が重要なんだ。申し訳ないが休ませる暇はない」

子セクタAP「……」ガブッ
子セクタMN「……」グチャ、グチュ
子セクタOR「……」ガブッ

司祭「なあ、早く立ってくれ。私は今日、魔女を守るために戦っているんだ」

子セクタXO「……」ガブッ
子セクタJC「……」ガブッ
子セクタWW「……」ガブッ

ガブッ
ガブッ
ガジッ

司祭「魔女……」

勇者「司祭さん!」

司祭「っ!」

司祭「ちっ、私が取り乱してどうする!」

司祭「さっさと目を覚ませ! 極回復<フィニ・イエル>!」ポォ

魔女「    」

司祭「一度じゃ足りないか!? ならもう一度だ、極回復<フィニ・イエル>!」

魔女「    」

596: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:45:59.53 ID:lAm1gI7w0

魔剣士「司祭! せめて虫を払って! このままじゃあなたまで殺さ」

司祭「魔女は死んでなどいない!」

勇者「くそっ……魔剣士、司祭さんのとこまで行くよ! あのままじゃ死ぬ、回復しなきゃ!」

セクタA「…………!」ブンッ

勇者「っの……邪魔するなぁ!」ズバッ

司祭「くっ……違う、違う! 死んでなどいない!」

司祭「死なせなどするものか! 私は、私は……!」

司祭「――――ソシエ!」

魔女「    」

司祭「ソシエ!」

魔女「    」

司祭「ソシエっ!」

魔女「    」

司祭「何故だ! 何故使えない!? ふざけるな、今使えなければ何の意味もないだろう!?」

司祭「ソシエ!!」

597: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:47:09.78 ID:lAm1gI7w0

~~~

魔女『いいじゃない? 仲間になりたいと言ってくれてるんだもの。司祭くんだってそれなりの覚悟があるんだと思うな?』

魔女『毒? 司祭くん、わたしの体は見るに耐えないものだって言いたいのよね?』

魔女『……ふん、だ。ほんと、バカなんだから……』

魔女『ねえ司祭くん? わたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのかなあ?』クスクス

魔女『告白を断ったの、後悔してあげてね』

魔女『もう、ひどいなあ? わたしって頼まれたらきちんと仕事をこなすのよ?』スタスタ

魔女『あらあら? ぐすん、司祭くん? みんなから怒られちゃうのよ?』

魔女『ふざけないで。司祭くんは自分が間違っていたと思うの? あの子を助けたいと思った気持ちまで否定するの?』

魔女『うーん? 前途多難、かしらね?』

魔女『――――ふふ。だったらいいなって、わたしは思ってるのよ?』

魔女『…………』コクッ

魔女『っ、は…………極風<グラン・ヒ…………』ガクッ

魔女『その言葉、忘れないで? わたしもすぐに戻ってくるの、それまで待ってて』

魔女『司祭くんってわりと短気よね? 聖職者のわりに』

魔女『あら知らなかった? わたしって浪費家なのよ?』

魔女『二人の間に立ちはだかるとかあるでしょう?』

魔女『ふーん、ひどいのね? わたしと一緒にいても楽しくないなんて……』

598: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:48:22.28 ID:lAm1gI7w0

魔女『司祭くんにまとわりつかないで!』

魔女『離れろって言ってるの!』

魔女『来るなぁ!』

魔女『司祭くん、ダメっ!』

~~~

司祭「何故だ、どうしてだ? どうして魔女の言葉ばかり思い出す!?」

司祭「くそ――――ソシエ! ソシエ! ソシエっ!!」

司祭(いつからか、胸の中に見慣れない感情が居座っていた)

司祭(それはたやすく膨らみ、熱を持ち、堅くなっては小さくなる)

司祭(感情に名前を付けることはしなかった。どう扱えばいいかわからなかったからだ)

司祭「頼む、届いてくれ! ソシエ!」

司祭(だが今、こんなことになってようやく、私は感情の一部を理解した)

司祭(これは魔女のために生まれた感情で、魔女によって振り回されるものだ)

司祭「私は、魔女を……!」

司祭(もはや名付けるまでもない)

司祭「ソシエ!」

司祭(本当は最初からどんな感情かを理解していたし、)

司祭「ソシエ――――!」

司祭(もはや無意味なものであることを知ってしまった)

司祭「違う! 無意味になどしてたまるものか!」

599: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:49:05.17 ID:lAm1gI7w0

祈りは奇跡に届かない。
女神は人に手を伸べないし、死と生は一対であることを知っている。
だから、女神による救済など存在しない。










それでも奇跡を願うなら。
奇跡を引き起こすのは、女神の気まぐれなどじゃなく。
いつだって人間の執念だった。

600: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:50:37.39 ID:lAm1gI7w0

司祭「…………ああ、なぜだろうな。もう何度失敗したかわからないが、今ならできる気がするんだ」

司祭「魔女。私は言いたいことがある。このまま死なせなどするものか」

司祭「――――復活<ソシエ>」パァァ!

魔女「    」

魔女「   …」

魔女「……っ」

魔女「けほっ……」

司祭「は、はは……やったぞ?」

魔剣士「っ、勇者! 魔女が!」

勇者「よかった……くっ、魔物が多すぎるんだよ! 目をこする暇もないな!」

魔女「司祭、くん……?」

司祭「お目覚めか、魔女」

魔女「ふふ、よかった……わたしだって、司祭くんを守れるんだからね?」

司祭「っの、バカが……私は魔女さえ守れれば、それでいいんだ」

魔女「もう……ひどい、な? せっかくがんばったのに、わたし」

司祭「魔女は魔法を頑張ればいい。私が魔女を守るんだ。何があろうとな」

601: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:51:32.50 ID:lAm1gI7w0

魔女「なら頑張ろうかしら? なんだかね、今はとても調子がいいのよ?」

司祭「頼むぞ。そろそろ私たちの体力も限界だ」

魔女「任せて? 大きい虫が一匹に、小さい虫が……数えるのはやめましょうか? どれだけいようと変わらないもの」

魔女(わたしの中に別の魔力があるみたい)

魔女(これは司祭くんの魔力? わたしの魔力に寄り添って、手を引いてくれる)

魔女(でもどうしてかしら。ちっともイヤじゃない)

魔女(ううん、それどころか……)

魔女「わたしの思いをあらわして? ――――極炎魔<グラン・フォーカ>」

子セクタ「「「「「 !? 」」」」」

セクタA「っ!?」

魔剣士「ちょ、あたしたちにまで来てる!?」

勇者「うわっ!? ……あれ、熱くない?」

魔女「ふふ? こんなに細かく制御できたの、初めてだな?」

司祭「全て、燃やしたのか?」

魔女「みたいね? 確認してみましょうか?」

司祭「いや、魔女は休んでいろ。生き返ったばかりなんだ」

602: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:52:16.56 ID:lAm1gI7w0

魔女「……おかしいとは思ったの。わたし、やっぱり死んでいたのね?」

司祭「あまり思い出すなよ。いい記憶じゃないはずだ」

魔女「ううん、大丈夫。わたしの中にはね、司祭くんの魔力が宿ったみたいだもの。ちょっとくらいの辛さ、なんともないのよ?」

司祭「そうか」

魔女「ところで司祭くん? 司祭くんの魔力って、なんだかとても熱を持ってるの」

魔女「わたしを焦がしちゃいそうなくらい。どんな思いで魔力を込めてくれたのかしら?」

司祭「…………」

司祭「さあな。いつまで休んでいるつもりだ、そう怒っていた覚えはあるが」

魔女「あらそう? なら、今はそういうことにしておこうかしらね?」

603: ◆AYcToR0oTg 2014/12/10(水) 21:53:59.82 ID:lAm1gI7w0

    ◇小国

司祭「ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ……くっ、ようやくか。――――復活<ソシエ>」パァァ

少女「    …………んぅ、いたい、よぉ……?」

女「ああ、ああ……良かった、良かったっ!」

男「ありがとうございます! なんと、なんとお礼を言ったらいいか……っ!」


魔剣士「使えるようになったのはいいけど、変な魔法ね、復活<ソシエ>って」

勇者「こうして見てわかったけど、使う魔力が大きすぎるんだね」

勇者「何度も空打ちして魔力を流し込んでいかなきゃ、復活の奇跡には届かないみたいだ」

魔剣士「でも魔法に使うだけの魔力はあるんでしょ? 一度に溜められないのかしら」

勇者「そうだね……口の狭いビンとかを想像するといいかな。ビンを水で一杯にしようとしても、一度に入れられる水の量は増えないでしょ?」

魔剣士「でもそしたら、魔法を使う時だって同じよね?」

勇者「水が入ってるビンを割っちゃえば、水を一度に使えるっていう感じだよ」

魔剣士「口を大きくすることはできないわけ?」

勇者「うーん、たぶんね」

魔剣士「そう……ま、いいわ。そういうもの、ってことにしとく」

魔女「ふふ、もっと簡単に考えていいと思うのよ?」

勇者「どういうこと?」

魔女「諦めなかった人間だけが奇跡を掴める。祈ってばかりじゃ届かない。そういうことでしょう?」

610: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 21:51:11.15 ID:qAbCa3620

――――寧日の夜は

小王「大臣と一緒に魔物の死骸は見てきた。凄まじい数だったな、あれが町を襲ったと考えたら血が凍る思いだ。本当に、よくやってくれた」

勇者「僕たちなりのけじめでもありましたからね。……協力は、してもらえるでしょうか?」

小王「ああ、約束を取り付けた。魔法が得意なものを一〇人選出したから、結界の魔法……グレースだったか? 徹底的に教え込むといい」

勇者「ありがとうございます。魔法が完成しだい、僕たちは魔王の城に攻め込みますが、構いませんね?」

小王「歓迎するよ。私たちだってもともと、魔王に命を握られた状況を良しとはしていないからな」

小王「とはいっても、今回の君たちの活躍がなければ、やはり賛成はできなかったろう」

小王「特に亡くなった女の子を生き返らせてくれたのが大きかった」

勇者「……そうですね。仲間に恵まれました」

小王「そうだな。だが仲間をここまで導いたのは勇者たる君だろう? もっと誇ったらどうだ?」

勇者「苦手なんですよ。人の前で堂々とするのって」

小王「勇者がそれではいかんなあ。よし、どうせならこの国の王になってはどうだ?」

勇者「勘弁してもらえませんか?」

小王「かかっ」

611: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 21:54:51.66 ID:qAbCa3620

    ◇広場

司祭「これで全員か」

魔女「魔法の適性はみんな小粒、かしら? あとは司祭くんが悪鬼のように鍛え上げれば、きっと立派な魔法使いになるのよね?」

司祭「私の印象を変に与えるな。やりづらくなるだろう」

魔女「ふふ? 司祭くんが厳しく教え、わたしが心にトドメを刺すって配置でいきましょう?」

司祭「みんな、よくわかったな。魔女の発言には耳を貸さなくていい」

「「「「はいっ」」」」

魔女「ひどい。きずついちゃうな?」

司祭「まずは一人ずつグレースをどこまで再現できるか挑戦してもらう。気合いのある者から前に出てほしい」

青年「はいっ」

少女「はい」

司祭「……君は生き返ったばかりだろう。それでも参加するのか?」

少女「あたしにできることなら、がんばりたいっ」

司祭「そうか。ならやってみるといい」

少女「ねえねえ、成功できたらちゅってしてくれる?」

司祭「しないな」

少女「えー、パパとママはいつもちゅっちゅしてるのに」

クスクス

魔女「ふふ、いいじゃないキスしてあげたら」

司祭「するわけないだろう」

魔女「あ、もしかして魔術師ちゃんのこと思い出してるの? 唇を奪われちゃったものね?」

司祭「そういう理由じゃない! もういい、知るか!」

魔女「あら、怒られちゃったな……そんなに怒鳴らなくてもいいと思わない?」

612: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 21:58:05.90 ID:qAbCa3620

魔剣士「何でかしら、二人に任せるのはとっても不安だわ」

勇者「うーん、まあ何とかしてくれるでしょ。ここは任せるよ」

魔剣士「魔女はいまいち不真面目だし、魔女と二人でいる時の司祭って信用ならないのよねー。勇者と司祭で教えた方が良かったんじゃない?」

勇者「僕も最初はそうしようと思ったんだけど、空を飛ぶのも一人でやったんだから休めって言われたよ。働きづめだと思われてるみたいだ」

魔剣士「確かに勇者は休んだ方がいいわよ? ほっとくと倒れちゃいそうだもの」

勇者「ひどい誤解だな」

魔剣士「もう、いいじゃないたまには。せっかく二人きりなんだもの、この小さな国を見て回りましょうよ」

勇者「……ん、そうだね。独自の文化が育ってるみたいだから、楽しめそうかな」

魔剣士「そうそう、息抜きは大事よ?」

……


魔剣士「勇者はやくー! すっごいおいしそうな香りするわよ!」

勇者「僕を置いていかないでよ! まったくもう……」

老婆「楽しそうじゃの、兄さん」

勇者「僕ですか?」

老婆「そうじゃよ」

勇者「……ええ、そうですね。彼女と一緒にいる時は、自分が世界で一番幸せなんじゃないかって思えるんです」

老婆「ほっほ、いいのう若いって」

勇者「ここは何のお店ですか?」

老婆「装飾品じゃな。いくつか揃えとるよ」

613: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 21:59:59.73 ID:qAbCa3620

勇者「へえ……。……これ、綺麗な紫色ですね」

老婆「よいじゃろ? 太陽の光でちょっと色褪せるが、ここいらじゃ産出しやすいでの。こんな婆の店に置けるくらいじゃ」

勇者「――――買います」

老婆「ほっほ、毎度。お前さん、女心を捕まえるのがうまいのう」

勇者「はは……褒められた気がしません」

  魔剣士「勇者ー!!」

勇者「うわ、もうあんな遠くにいる。ちょっとは待ってくれてもいいのに。……それじゃおばあさん、またいつか」

老婆「くたばってなきゃ会えるかいの」

老婆「……素直な子じゃね。魔王を倒そうなんて、嘘のように思えるわい」

……


魔剣士「あー楽しんだわ!」

勇者「そっか、なら良かったよ」

魔剣士「……その、ごめんなさい。わがままばかり言ってたわ」

勇者「いいよ。僕も合間にお店を見てたから」

魔剣士「あたし、ダメだなあ。勇者といると、ついはしゃいじゃうの。もっとお淑やかにしたいって思うのに」

勇者「魔剣士らしいのが一番だよ」

魔剣士「そう? うーん、でもやっぱりもうちょっと落ち着きたいわ」

勇者「魔剣士がそうなりたいなら止めないけどね。……ところでさ、ちょっと目を閉じてよ」

魔剣士「目? 別にいいわ、よ……。……?」

614: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:03:37.45 ID:qAbCa3620

魔剣士(うそ……目を閉じろって、つまりそういうことよね? うわ、うわあ! こんなの予想してなかった!)

魔剣士(ああでも今ってそれっぽい雰囲気よね! 夕暮れだし! 二人きりだし! もっと意識しておけばよかった!)

魔剣士(落ち着いて、落ち着くのよ魔剣士! 大丈夫、想像でなら百戦錬磨! 勇者はいつだってあたしの虜だったじゃない!)

魔剣士「…………んっ」

勇者(唇を突き出してる。目を閉じてとは言ったけど、なんか誤解してるっぽいな)

魔剣士(ふふ、ふふふっ! もうすぐ魔王と戦うんだもの、心残りはなくしておきたいわよね!)

魔剣士(ああでも、その前に抱きしめてくれたら嬉しいなっ)

勇者(えーっと、髪にひっかけないようにと)

魔剣士(? 首がもぞもぞする……うなじの辺りを手で支えながらがいいのかしら? 逃がさないぞ、みたいな?)

勇者(留め金が小さいから付けにくいな。よっと……)

魔剣士(りょ、両手!? どんだけ激しくしたいのよ? 勇者って思ったより大胆……。でも、あたし逃げたりしないのにな)

勇者「よし、できた」

魔剣士(なにがよ?)

勇者「魔剣士、目を開けていいよ」

魔剣士「え? だってまだ何も……」

魔剣士「――――この首飾り、は?」

勇者「思ったとおりだ。似合うよ。橙色の髪と紫色の宝石が、お互いを引き立ててるかな」

魔剣士「これ、どうしたの?」

勇者「魔剣士にあげようと思って買ったんだよ。気に入らない?」

魔剣士「そんなわけない! すごく嬉しい!」

勇者「なら良かった。それじゃ帰ろうか」

魔剣士「……うん」

魔剣士(嬉しいけど、でもな。あたし、今日は勇者を振り回してばかりなのに、勇者はちゃんとあたしのこと思ってくれてる)

魔剣士(あたし、どうしたら勇者を笑わせられるかな?)


615: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:06:00.44 ID:qAbCa3620

    ◇夜 宿

勇者「うーん、なるほどね……」

司祭「どうだろうか」

勇者「結界<グレース>をいじるのが一番早いと思う。それでやってみる?」

司祭「具体的にはどうするんだ?」

勇者「弾く、っていうのを意識してみた方がいいかな。えーっと、構成をいじるなら……」



魔剣士「二人とも、膝を突き合わせて何を話してるのかしらね」

魔女「今はそれどころじゃないのよ? このままじゃ、わたしの作った料理は大失敗なんだものね?」

魔剣士「って、ちょっと! なんで煮えるのが早い野菜ばっかり鍋に入ってるのよ!」

魔女「溶けちゃった方がおいしくなるでしょう?」

魔剣士「どんだけぐつぐつ煮るのよ! ああもうしょうがないわねっ、一回鍋から上げちゃって!」



司祭「夕食は食べられるものが出るんだろうかな」

勇者「僕は何も聞いてないことにする」

616: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:08:02.61 ID:qAbCa3620

    ◇数日後 広場

司祭「よし、では全員で試してみるか。失敗を恐れる必要はない、何度でも挑戦できるんだからな。肩肘を張らずやってみるといい」

魔女「意訳すると、できなかったらわかってるなお前等? になるのよ?」

司祭「よし、はじめ!」

魔女「ひどいなあ……最近は誰も反応してくれないのね?」

司祭(相手をしないでいたら、意味のわからない言動に拍車がかかったからだと思うがな)

「「「「高度結界<カーサ・グレース>!」」」」

シャラランッ!

司祭「…………」

司祭「よくやった! 成功だ!」

ワーワーッ!

魔女「ふふ、お疲れさま」

司祭「確かに大変だったが、充実した時間を過ごせたな。……魔女は本格的に何もしなかったがな」

魔女「あたしって理論派じゃなくて感覚派だもの? 教えるのは苦手なのよ?」

司祭「頭脳派だという自己紹介はどこに行ったんだ?」

青年「魔法の練習しているより、二人が喋ってる時間の方が長かったな」

少女「思春期なんだよきっと!」

壮年「いやいや、あの司祭って奴は三〇過ぎだろ? 思春期はとうの昔じゃないか」

好々爺「いくつになっても若いとは羨ましいの」

司祭「……言っておくが、私はまだ二七だ」

魔女「司祭くん、あまり大きく年齢詐称しちゃダメよ?」

司祭「誤解を招くことを言うなっ!」


魔剣士「何やってんのかしらね、あの二人。魔法を教えるのさぼって」

勇者「生徒が熱心なおかげで勝手に覚えてくれたんだし、まあ良かったんじゃないかな?」

617: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:10:54.24 ID:qAbCa3620

    ◇夜 宿

魔女「司祭くーん?」ケラケラ

司祭「……酒臭いな。酔ってるのか?」

魔女「まだ酔ってないのよ? わたし、お酒には強いんだもの?」

司祭「ならいいがな。それにしたって、酒をビンごと持ち歩くな。まだ飲むつもりか?」

魔女「もう、察しが悪いのね? 一緒に飲みましょうってことよ?」

司祭「少しならな。あまり騒いでは勇者と魔剣士に迷惑をかける」

魔女「二人なら出かけたのよ?」

司祭「何? 魔王と戦うのは明日だろう。早めに寝て疲れを取るべきだと思うが」

魔女「心残りを抱えたまま戦うよりはいいでしょう? あの二人、旅をしている間にちっとも関係が進まないんだものね?」

司祭「まあな。それこそ若い証拠だろう?」

魔女「ふふ、司祭くんが年上っぽいこと言ってるな? 自分は恋愛経験ないのにね?」

司祭「…………」

魔女「どうかしたの? 黙っちゃって」

司祭「いや。そういう時分もあったかと思ってな」

魔女「ふーん? 変なの?」

618: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:13:33.48 ID:qAbCa3620

    ◇夜 森

勇者「こんなところまで連れてきてどうしたのさ」

魔剣士「魔女と司祭から逃げるためよ。特に魔女。見つかったら何年も何年もからかわれるに決まってるわ」

勇者「魔女さんの言葉は程良く聞き流したほうがいいよ」

魔剣士「それができたら苦労しないわよ」

勇者「魔剣士、そういうとこ不器用だよね」

魔剣士「何よ、文句あるの?」

勇者「そうじゃないよ。どんな時でも一生懸命なのって、なんかいいなって思うよ」

魔剣士「……そう? ならいいんだけど」

勇者「それで、用事は何? 魔女さんから逃げるためってことしか聞いてないんだけど」

魔剣士「その、ね? ほら、この前あたしに首飾りくれたじゃない?」

勇者「うん。やっぱりよく似合ってるよ」

魔剣士「も、もう! そういうことは言わなくていいのっ! ……でもありがと」

勇者(魔剣士の女心って難しいな)


619: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:14:59.04 ID:qAbCa3620

    ◇夜 宿

司祭「魔王を倒したら、か?」

魔女「そう。司祭くんは何かやりたいことはあるの?」

司祭「これと言ってないが……しかし、そうだな。女術士や男闘士から幸せを見つけてこいと追い出されたんだ。何か私なりの幸せを探すか」

魔女「ふふ、目的があるっていいことよ? わたしなんて、帰る場所さえないんだものね?」

司祭「少しは話を聞いているが、故郷と折り合いが悪いんだったか?」

魔女「そうね。魔女は呪いを司る女なんだもの?」

司祭「ふ、なら私も似たようなものだ。孤児院が故郷みたいなものだが、帰ったら追い出されてしまうだろう。寂しいことだがな」

魔女「――――そうね。わたしも寂しいな」

司祭「お互いに迷子のようだな」

魔女「…………はあ」

司祭「急に溜息をついてどうしたんだ?」

魔女「司祭くん、ちょっと立ってみてくれる」ガタッ

司祭「構わないが。なんだ?」ガタッ

魔女「……えい」

司祭「おっと」ボフン

620: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:16:27.53 ID:qAbCa3620

魔女「司祭くん、一つだけ教えてあげようかしら」

司祭「何をだ?」

魔女「女が寂しいって言ってるのよ? なら男の言うことは決まってるじゃない」

魔女「オレのものになれって、女を組み敷くものでしょ?」

司祭「――――」

魔女「…………」

司祭「なるほど。そういうもの、かっ」グルン

魔女「きゃっ」ボフン

司祭「魔女に組み敷かれる趣味はない」

魔女「でも司祭くんはわたしを組み敷くのね?」

魔女「……ふふ。わたし、どうなっちゃうのかしら?」

621: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:17:52.65 ID:qAbCa3620

    ◇夜 森

魔剣士「えっと、ここまで呼んだのは、つまりね?」

勇者「うん」

魔剣士「その……これ! あげる!」

勇者「小さい箱だね。ここで開けちゃっていい?」

魔剣士「むしろここじゃなきゃダメ! 宿で開けたりしたら張っ倒すんだから!」

勇者「興奮しない、どうどう」ガサガサ

勇者「…………これ、指輪?」

魔剣士「うん。あたしの悪夢の指輪と、同じような形のものを選んでもらったの」

勇者「僕のやつの方が色合いは優しいね。ありがと、大切にするよ」

魔剣士「ん……指輪、貸して。つけてあげる」

勇者「はい」

魔剣士「……そっちじゃない。左手」

勇者「利き手の方がいいんじゃないかな」

魔剣士「いいのっ!」

勇者「そう? なら、はい」

622: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:19:49.21 ID:qAbCa3620

魔剣士「――――っ」キュ

勇者「薬指?」

魔剣士「あたしも悪夢の指輪、左手の薬指に付け替えるわ」

勇者「魔剣士さ、結婚を申し込むんじゃないんだから、左手の薬指は空けときなよ」

魔剣士「…………あたしはっ。そのつもりだけどっ?」

勇者「魔剣、士?」

魔剣士「――――ユウ。あたしじゃ、やだ?」

勇者「いやじゃない。いやなわけ、ない」

勇者「でも、ああ、しまったな。こんな時まで踏み込みが甘いなんて、自分を殴りたくなる」

魔剣士「何が不満なのよ?」ムスッ

勇者「僕の方から言い出したかったんだよ。魔王を倒したら、って思ってたのに。先を越されちゃったな」

魔剣士「そうなの? ……どうしよ、やり直す?」

勇者「さすがに締まらないし……返事だけは保留にさせて。魔王を倒したら、僕から改めて申し込むから」

魔剣士「ほん、と?」

勇者「本当。僕にはオサナしかいないから」ギュ、、、

魔剣士「……うん。ならあたし、待ってる」ギュッ


623: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:21:38.79 ID:qAbCa3620

    ◇翌朝 広場

少女「司祭さん! あたし、がんばるよっ。上手にできたらチュウしてね?」

司祭「しないと言っているだろう?」

魔女「意気地なし」ボソ

司祭「…………」

    ◇議場

小王「やあやあ司祭くん! 準備は万全かい?」

司祭「大丈夫だ。この国の人間が結界を張るんだからな」

魔女「へたれ」ボソ

司祭「…………」

小王「ん? どうかしたかい?」

    ◇森

壮年「よっしゃ! いっちょかましてやるか!」

司祭「期待している。どうか頑張ってほしい」

魔女「あそこまでして何もしないなんて」ボソ

司祭「…………」

壮年「やあ、血がたぎるってもんだなあ! はっはっは」

624: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:22:57.07 ID:qAbCa3620

司祭「なあ魔女。後で話があるんだが」

魔女「あたしはないもの」ムス

司祭「最後の戦いなんだ。万が一の時に後悔したくない。そう拗ねないでくれ」

魔女「戦いはこれで最後ね。でもわたしたちの人生はこれからだもの」

司祭「だから、せめて話は聞いてくれ。私だって色々と考えたんだ」

魔女「聞いてあげない」

司祭「魔女……」

魔女「甘やかしてくれなきゃ、聞いてあげないんだから」

司祭「わかった。頑張らせてもらおう」

魔女「ふん、だ。司祭くんのバカッ」


魔剣士「何なんのかしらね、あの二人」

勇者「さあ?」

625: ◆AYcToR0oTg 2014/12/11(木) 22:26:23.70 ID:qAbCa3620

    ◇

「「「「 高度結界<カーサ・グレース>! 」」」」シャラン

勇者「小国をすっぽりと覆えた、かな」

魔剣士「この堅さなら魔物も簡単には破れないでしょうね」コンコン

小王「勇者たちには色々とお世話になったな。ここで褒美の一つも出せれば王様としての威厳が保てるが……」

魔剣士「最初の方から王様の威厳はなかったわよ? 諦めたら?」

小王「はは、相変わらず手厳しい。やはり妻に欲しいな!」

勇者「魔剣士は渡しません」

小王「ふむ……?」

魔女「あらあら?」

小王「うむ、そう真剣にならないでほしい。ちょっとした冗談だ」

勇者「ならいいのですが」

司祭「ずいぶんと過剰に反応するんだな」

魔剣士(勇者のバカ……嬉しいけど)

小王「では、ここでしばしお別れだ。次に会うのは魔王を倒した後だろうな?」

勇者「そのつもりです。きちんと生きて帰ってきますよ」

小王「かかっ、当然だ。まだ君らとは酒も飲んでないからな!」

司祭「せいぜい上物を用意しておくことだ。こちらの女性陣は酒にうるさいからな」

魔剣士「それは魔女だけでしょ! あたしを巻き込まないでっ」

魔女「ふふ? 魔剣士ちゃん、一緒に酒豪を名乗りましょ?」

小王「――――愉快なことだな。これから魔王を倒すんだろう?」

勇者「ええ。こちらの女性陣は空気を読まない分、男性陣で緊張を保っています」

魔剣士「どういう意味よ!?」

勇者「では、そろそろ」

小王「帰りを待っているぞ、異国の友人たちよ」

630: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:21:15.55 ID:4QsWts6R0

アンフィビ「――――」

アヴェス「――――」

司祭「……バカな。どちらも確実に死んだはずだ。人間に戻るところも確認している」

魔女「よくできた作り物みたいね?」

マーリア「その通り、作り物だ。だが本物と同程度の能力はあるし、知性がなくとも人間を殺すことはできる」

マーリア「行け。外の人間を殺してこい」

アンフィビ「――――」

アヴェス「――――」

カツン、カツン

魔剣士「っ! 待ちなさいよ!」

マーリア「さて、では始めようか。お前たちがのんびり俺と戦っている間に、あの二つは大勢の人間を殺すだろう。どうでもいいことにな」

勇者「……それを僕たちに教える理由は?」

マーリア「勇者以外の三人はあれらを追っても構わない。他の人間を見殺しにするか、勇者を見殺しにするか選ぶがいい」

魔剣士「ふざけるんじゃないわ――――時間の無駄よ、さっさとあなたを斬り捨てる!」チャキッ

勇者「魔剣士、待って」

勇者「全員で戦えば、あの魔物たちが外に行くのを防げない。追いかけるしかないよ」

司祭「……そうだな」

魔女「ええ、そうね」

司祭「魔女」

魔女「わかってるのよ?」

631: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:22:53.02 ID:4QsWts6R0

勇者「僕は残る。自分で回復もできる魔剣士がアンフィビを、司祭さんと魔女さんでアヴェスを追いかけて。そうすれば」

司祭「では行くか」

魔女「ふふ、張り切っちゃおうかしら」

魔剣士「ちょっと! 勇者を一人にする気!?」

司祭「そんなわけがない。追いかけるのは私と魔女だけで十分だ」

魔女「わたしがアンフィビと戦えばいいのよね?」

司祭「それがいいだろうな。私はアヴェスの相手をしよう」

勇者「ちょっと待ってよ!」

マーリア「仲間割れをしていいのか? そら、奴らが外にでてしまうぞ」

勇者「くっ……」

司祭「安心しろ、無事に倒して戻ってくる」

魔女「どうしても心配なら、早く追いかけてきなさいね?」

タッタッタ、、、

魔剣士「勇者、あの二人……」

勇者「司祭さんは相手を攻撃する手段が乏しいし、魔女さんは自分の身を守る力がない。一人で戦わせるわけにはいかないのに……!」

魔剣士「――――いいわ、ならさっさと倒して助けに行きましょうか」チャキッ

マーリア「ふん、来るがいい。集団を組まなきゃ魔物に対抗できないことを思い知らせてやる」

勇者(共鳴)ブォン

勇者「その思い上がりを叩き潰す」ダッ

632: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:23:32.49 ID:4QsWts6R0

司祭「魔女、持っていけ」

魔女「これは?」

司祭「高回復<ハイト・イエル>の効果がある魔石だ。数は多くないが足しにはなるだろう」

魔女「ふふ、ありがとうね?」

司祭「……死ぬなよ」

魔女「あら、魔女は死なないのよ? 司祭くんをもっとからかわなきゃいけないものね?」

司祭「せいぜいからかわれよう。……また後でな」

633: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:24:36.16 ID:4QsWts6R0

    ◇左の塔

魔女「さて、追いついたみたいね?」

アンフィビ「――――」

魔女「あなたは乾燥に弱かったのよね? なら炎と風の魔法を中心に責め立てましょうか」

アンフィビ「――極雷魔<グラン・ビリム>」

魔女「っ、極氷魔<グラン・シャーリ>!」

アンフィビ「――――!」ダンッ

魔女(早……っ。拳、よけきれな――)

魔女「っ、かは……極炎魔<グラン・フォーカ>、極風魔<グラン・ヒューイ>!」

アンフィビ「――――!?」ドンッ

魔女(壁に激突させたけど……このまま立ち上がらないでもらえたらいいのに)

魔女「ふ、ぅ……高回復<ハイト・イエル>」パァ

魔女「やっぱり、近寄らせちゃダメね……一度殴られるだけで、立ち上がれなくなりそうだもの」

アンフィビ「――――」

魔女「あなたは軽く立ち上がるのね? ならありとあらゆる魔法をぶつけてあげようかしら?」

634: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:25:22.98 ID:4QsWts6R0

    ◇右の塔

司祭「この狭い部屋でなら、自慢の機動力も役に立たないだろう」

司祭「予知<コクーサ>、補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>」

司祭「行くぞ」

アヴェス「――――」ヒュッ

司祭(突進してくる)スッ

司祭(反転し、跳躍。天井から床に向かっての急降下)

司祭「っ、そこだ!」ブンッ

アヴェス「――――?」メキッ

司祭「ち、翼を折るほどではないか」

アヴェス「――――」バサッ

アヴェス「――――!」バババッ

司祭「くっ」

司祭(羽を飛ばしてきた、か)ガクッ

アヴェス「――――?」

司祭「極解毒<フィニ・キヨム>」パァ

司祭「……同じ毒に負けてたまるか。悔しい思いは一度で十分だからな」

635: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:26:23.07 ID:4QsWts6R0

    ◇広間

魔剣士「やぁ!」ブンッ

マーリア「ふん」キンッ

勇者(背後が空いた!)

勇者「……しっ!」ヒュッ

マーリア「遅い」カンッ

マーリア「四本目」ギギッ

魔剣士(こいつ、また剣を作り出した……!)

マーリア「そらっ!」ビュンッ

勇者「くっ、だあぁ!」ガキンッ

勇者(やりづらい……武器を自在に生み出す能力、なのかな。武器をちゅうちょせず投げつけてくるし、近寄った瞬間には別の剣を握っている)

勇者(おまけに、魔剣士が攻めあぐねるほど剣術が巧みだなんて)

マーリア「どうした? 俺などさっさと殺して仲間を助けに行くんだろう?」

魔剣士「わかってるなら寝てなさいよ!」ブンッ

マーリア「そうはいかない」キンッ

マーリア「俺は勇者を殺さなければいけないからな」

勇者「高氷魔<エクス・シャーリ>!」

マーリア「せやっ!」シャキンッ

勇者(氷じゃ切り裂かれる、か)

マーリア「二本。追加、三本」ギギッ

マーリア「串刺しになるがいい!」ビュンッ

636: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:28:25.20 ID:4QsWts6R0

勇者(数が多い! 回避しつつはじき落として……!)カンッ、カキンッ

マーリア「六本目」ギギッ

勇者(手元に出していない? どこに……)

魔剣士「勇者、後ろ!」

勇者「く、のっ!」バッ

マーリア「しぶといな。さっさと命を諦めたらどうだ」

勇者「うるさい……僕は魔王を倒して、生きて帰ると決めているんだ」

勇者「邪魔はさせない」

マーリア「無理だな」

マーリア「お前は魔王を殺せないし、お前が生きている内に平和な世界が来ることはない」

魔剣士「変なことを言わないで!」ブンッ!

マーリア「おっと。今のは危なかったか」バッ

勇者「はっ!」ブンッ

マーリア「すっ……破っ!」ドンッ

勇者「がっ!?」

勇者「げほっ、ごほっ……くっ」

マーリア「死ね。世界と仲間のために死ね。お前が生きている限り、――――――――――――」

魔剣士「……?」

勇者(世界の果てで会った悪魔と同じ……何かを言おうとして、声が出なくなっている?)

637: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:29:29.42 ID:4QsWts6R0

勇者「……あなたの言葉に嘘がないとしても、僕は立ち止まらない」

勇者「はじめは父さんを見つけたいだけだった。世界を救ってやろうなんて大それたことは、今だって思えない」チャキッ

勇者「それでも僕は、自分にできることをやる。望まれるなら勇者になるし、魔王を倒そうとだってする」

勇者「――――世界が僕を勇者としてしか見なくても、僕のことをきちんと見てくれる人がいる。だから僕は、こうしてここまで来れたんだ」

マーリア「くだらんな」

勇者「そうかもしれない。でも僕にとっては、いちばん大切な理由だから」

魔剣士「――――」

勇者「もう話は必要ない。僕はあなたを倒す。魔王を倒す。それだけだよ」

マーリア「いいだろう。ならば殺してやる」

マーリア「両生類のアンフィビ、鳥類のアヴェス、それぞれを倒した程度でうぬぼれるな」

マーリア「俺は哺乳類の覇者、マーリア。一介の人間になど殺されるものか!」

魔剣士「勇者」

勇者「うん」

魔剣士「必ず届くわ。信じて」

勇者「頼りにしてるよ」

魔剣士(あたしたちには帰る場所がある。旅の終わりが見えている)

魔剣士(勇者が首飾りをくれるような、そんな日常が未来にある。そのために、こんなところで負けられない)

魔剣士「ねえ、血塗りの魔剣。あなたはもう、満足するだけの血は吸ったかしら?」

魔剣士「もし足りないのなら、あたしの血まで飲んでしまえばいいわ。だから、あいつを倒せるだけの力を出して」

魔剣士「あたしたちは、ここを進まなければいけないの」

638: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:30:54.77 ID:4QsWts6R0

    ◇左の塔

魔女(そろそろ厳しい、な?)

アンフィビ「――――」ブンッ

魔女「極氷魔<グラン・シャーリ>!」

魔女(攻撃は氷で防いで、距離を取る。ふふ、勇者くんの戦い方みたい)

魔女「でも、あたしと勇者くんは違うものね。近寄って剣を振る力はないもの。遠くから、相手の攻撃を受けずに魔法を打ち込むの」

魔女「さっきのでは足りなかったのよね? だからもう一度よ?」

魔女「――――すぅ」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>、極風魔<グラン・ヒューイ>、極炎魔<グラン・フォーカ>」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>、極炎魔<グラン・フォーカ>!」

アンフィビ「――――!」

魔女(このまま、押し切れば……!)

魔女「極雷魔<グラン・ビリム>、極風魔<グラン・ヒューイ>、極炎魔<グラン・フォーカ>!」

アンフィビ「…………」

魔女「動かない、かしら。倒し、た?」

アンフィビ「…………」ギョロ

魔女「っ!?」

魔女(まだ生きて……!)

アンフィビ「――――っ!!??」ビュンッ

魔女(早……間に合わ)


639: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:31:42.65 ID:4QsWts6R0

魔女「氷魔<シャーリ>!」

パリン

アンフィビ「――――っ!」ブンッ

ドンッ

魔女「っ!」

ゴッ
ガッ

魔女「かはっ、うぐっ!?」

ドゴッ

魔女「極、風魔<グラン、ヒューイ>っ!」

アンフィビ「――――!?」

魔女「けほっ――――うぇ……」

魔女(まだ生き……てる……)

魔女(魔石……司祭くんの魔法……)

魔女(高回復<ハイト・イエル>……)パァ

魔女「はっ――はぁ――」

魔女(ダメ、ね……威力がたりない。殺しきれない)

アンフィビ「――――」ムクッ

魔女「魔石、使い切っちゃったな? ふふ、どうしようかしら」

640: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:32:48.86 ID:4QsWts6R0

魔女(もっと……もっと火力が必要ね)

魔女「ふふ、贅沢な魔女だなあ? 今まで火力が足りないと思ったことなんてなかったのに」

魔女「これ以上、魔法の威力を上げる方法なんて……」

魔女「……何も」

魔女(そういえば、あるみたい。一つだけ)

魔女「思えば、あなたと戦うために必要だったのよね、この呪い」

魔女「消費する魔力を制限するものなの。これがなかったら、今のあたしだとどうなっちゃうのかな?」

魔女「試してみようかしら。あなたの、体で」

魔女(解呪)パァ

魔女「――――出し惜しみはなしよ? 魔力の全てを注いであげる」

魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>、極風魔<グラン・ヒューイ>、極氷魔<グラン・シャーリ>、極雷魔<グラン・ビリム>!!」

魔女「…………ふふ、わたしってばすごいな?」

アンフィビ「!?」

魔女「体、残ったら褒めてあげるのよ?」

アンフィビ「――

シュボッ

魔女「…………」

魔女「勝った、のよね? 今度こそ」

魔女「…………ふふ。ちょっと疲れちゃった、な」

641: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:33:53.45 ID:4QsWts6R0

    ◇右の塔

司祭(右から体当たり……!)

司祭「しつこい!」ゴンッ

アヴェス「――――!」グッ!

司祭(接近した状態から、次は……、……!?)

司祭「くっ……離れろ!」

アヴェス「――――ぺっ!」

司祭(毒……! 腕で防いだ、が……っ)ガクッ

アヴェス「――――!」ゲシッ、ゲシッ

司祭「かはっ、ぐっ……極解毒<フィニ・キヨム>……!」

司祭「だあっ!」ブンッ

アヴェス「――――」

司祭「はあ、はあ……!」

司祭(あらかた防いだはずだが、それでも毒が回ったのか? 体力をごっそりもっていかれた)

司祭「……それにしても、お前が肉弾戦を好むとは知らなかったな。魔女相手にはさんざん魔法を打っただろう?」

アヴェス「――――」

司祭「なるほど、知性がないせいか? 魔法を使うだけの頭はないらしい」

アヴェス「――――」バサバサッ

司祭(挑発は意味がない、か?)

642: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:34:46.79 ID:4QsWts6R0

アヴェス「――――っ」ビュンッ

司祭(低空飛行……跳んで避ける!)バッ

司祭(壁を蹴り、反転……残っていた左の羽を飛ばしてくる)

司祭「そう何度も当たらない」スッ

司祭(次は……ちっ!)

司祭「結界<グレース>!」

アヴェス「極風魔<グラン・ヒューイ>」

司祭(風で毒の羽を巻き上げる……!)

司祭(……結界<グレース>を、壊す)パリン

司祭「ぐっ……!」サクサクッ

司祭「っ、ふっ……」ガクッ

司祭「極解毒<フィニ・キヨム>……」ポォ

司祭(そら、今のやり方はうまくいったぞ。繰り返せ)

アヴェス「――――」

司祭(来る、か?)


643: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:35:29.13 ID:4QsWts6R0

アヴェス「――――」バサバサッ

司祭(翼を羽ばたかせる。が、それは仕掛けるふり)

アヴェス「――――!」

司祭(ここだっ!)

アヴェス「極風<グラン・ヒュ」

司祭「反射結界<ウー・ラグレース>!」

アヴェス「魔<ーイ>」ブワッ

アヴェス「――――!?」ザクザクザクッ

司祭「自分の魔法を受けてみるのはどんな気分だ?」

アヴェス「――――っ!」グシャツ

司祭「翼さえも切り刻まれた。これで終わりだ」

司祭「ふんっ!」ドゴンッ

アヴェス「っ――  」

司祭「ふぅ……」

司祭「魔女と勇者に感謝しなければいけないな」

司祭(自滅を誘う魔法、か。聖職者が使うにはどうかと思うが)

司祭「……他の三人は、どうなっている?」

644: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:36:39.12 ID:4QsWts6R0

    ◇広間

魔剣士「……三の剣、影払い」ズバッ

勇者「……二の剣、空縫い」ザクッ

マーリア「くっ……五本、六本、七本、突き刺せっ!」

魔剣士「っ……やっ、たっ!」カン、カン

勇者「魔剣士、後ろ!」

魔剣士「こっ、の……! あぐっ」グサッ

勇者「高回復<ハイト・イエル>!」

マーリア「死ねえ!」ブンッ

勇者「ぐっ……」スパッ

勇者「高風魔<エクス・ヒューイ>っ!」

マーリア「ちっ……!」バッ

魔剣士「勇者!」

勇者「浅く斬られただけ、大丈夫」

魔剣士「……参ったわね。ここまで手こずるなんて」

勇者「魔女さんと司祭さんがいれば、なんて弱音をこぼしたくなるよ」

マーリア「ふん。今頃その二人は殺されているだろう。後を追って四人で仲良くしてればいい」

魔剣士「あなたは何もわかってないわね」

マーリア「なんだと?」

魔剣士「魔女と司祭がそう簡単に死ぬわけないじゃない。死んでたら叩き起こしてやるわ」

勇者(…………)

645: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:37:37.98 ID:4QsWts6R0

勇者「でも、そうだね。どうせなら二人の力も借りようか」

魔剣士「え?」

勇者「すぅ…………共鳴」ブォン

    ◇左の塔

魔女「ん……何、かしら?」ブォン

    ◇右の塔

司祭「これは?」ブォン

    ◇広間

勇者「…………繋がった。二人とも無事みたいだ」

マーリア「何だ? 貴様、何をしている?」

勇者「あなたが言ったんだよ。僕は仲間がいなければ戦えない」

勇者「その通りだった。僕はみんながいるから、こうして自分以上の力を持つことができる」

勇者「魔剣士! 補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>!」

魔剣士「っ……!」

魔剣士(補助魔法、勇者は使えなかったはずなのに!)

魔剣士「しっ……やっ!」ズバッ

マーリア「ぐっ……早い、が、この程度で!」

勇者「落ちろ。極雷魔<グラン・ビリム>!」バチバチ

マーリア「がっ!?」

勇者「魔女さんはすごいね。ずっと前からこの威力の魔法を使えたなんて」

勇者「僕はいまだに、高雷魔<エクス・ビリム>しか撃てないのに」

646: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:38:48.49 ID:4QsWts6R0

マーリア「何を、した……何をした勇者っ!」

勇者「ここにはいない二人の力を借りているだけだよ」ブォン

勇者「僕は一人じゃない。司祭さんがいる。魔女さんがいる。隣には、誰よりも頼れる僕の剣がいる」

勇者「だから、あなたなんかに負けはしない」

魔剣士「……一の剣、左目穿ち」ザクッ

マーリア「っが……! こ、のっ、二本、三本!」

勇者「反射結界<ウー・ラグレース>!」

マーリア「があっ!?」グサグサッ

魔剣士「……逆手。右目遮り」ザンッ!

マーリア「げふっ……!?」

魔剣士「ようやく届いたわ。あたし、まだまだ弱かったみたいね」

マーリア「黙れ、黙れぇ!?」ブンッ

魔剣士「今なら見える。あなたの剣は避けられるわ」バッ

魔剣士「――――あたしは剣よ。司祭のために、魔女のために戦う剣。そして、あたしだけの勇者のために振るわれる剣なの」

魔剣士「アンフィビ。アヴェス。そしてあなた、マーリア。最初から三人で襲いかかっていれば、あたしたちはきっと勝てなかった」

魔剣士「でもそれをしなかったのは、あなたたちの弱さと傲慢よ」

勇者「手を取り合うのが人間の力だっていうなら、僕たちはどこまでも人間らしく戦う」

魔剣士「あたしたちは、仲間だから!」

647: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:40:34.66 ID:4QsWts6R0

魔剣士「やっ!」ビュンッ


共鳴の力は、女神に与えられた神性も高めていく。
そうして極まった神性は、呪いを次々と浄化していった。


魔剣士「勇者、合わせて!」ダッ

魔剣士・勇者「……二の剣。空縫い」ズバッ


悪夢の指輪は魔剣士の体を刻々と癒していき、
理非の鎧は知性と五感を研ぎ澄ませ、
血塗りの魔剣は血色の剣身を青く透き通らせる。


魔剣士・勇者「……逆手。空破り」ザクッ


浄化された魔剣は、もう言葉を喋らない。
その代わり、一つの未来を魔剣士に見せた。


魔剣士「………………え?」



勇者がいなくなった世界で。
魔剣を自らの胸に突き刺す姿を。


648: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:41:42.68 ID:4QsWts6R0

マーリア「ふざけるなよ……自分の終わり方は自分で決める! 貴様らになど殺されてやるものかっ!」

勇者「抵抗は好きにすればいいよ。でも、次で終わらせる」

勇者「魔剣士、行くよ」

魔剣士「…………」

勇者「魔剣士?」

魔剣士「なんでも、ない。ええ、行きましょう」

魔剣士(今のは何? あたしはどうしてあんなことを?)

魔剣士(わからないけど……あたしが自殺なんてするわけないわ)

魔剣士(忘れる……忘れた。もう気にならない。気にしない)

魔剣士「これで、終わり……!」チャキッ

マーリア「あああ!? 七本、八本、九本!!」ギギッ

マーリア「貫けえっ!!」ビュビュンッ

魔剣士「遅い」バッ

勇者「当たりはしない」スッ

マーリア「死、ねえぇ!?」ブンッ

魔剣士「てやっ!」カキンッ

魔剣士(剣は弾いた! 別の剣を出す前に……!)

勇者「……四の剣、死点繋ぎ」ババッ

魔剣士「……逆手。死点一決」グサッ

マーリア「か、はっ――――」

649: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:42:51.42 ID:4QsWts6R0

マーリア「    」

勇者「勝った、ね」

魔剣士「あとは魔王で終わりだわ」

勇者「大丈夫、勝てるよ。僕たちなら」

魔剣士「ええ、あたしも信じてる」

モクモク

勇者「……人間に戻る、か」

魔剣士「魔物だったからって、人間同士で殺し合っていたなんて考えたくないわね……」

ブワッ

勇者(煙が吹き飛んだ。せめて死を祈るくらいは……)

勇者「っ!?」

魔剣士「ゆ…ユウ、者。この人、」

勇者「魔王……倒す理由が増えたな」

勇者「絶対に許さない」

魔剣士「おじさんの……?」

勇者「そうだね。一緒に開拓に行ってた、父さんの親友だ」

勇者「……助け、られなかった。まだ生きていたのに」

魔剣士「ひどいわよ……どうしてこんな……」

勇者「――――行こう。供養するのは全てが終わってからだよ」

勇者「僕たちは生きている。前に進むしかないんだ」


650: ◆AYcToR0oTg 2014/12/12(金) 21:44:28.44 ID:4QsWts6R0

    ◇回廊

司祭「遅かったな。こちらは魔物を倒してしまったぞ」

魔女「ふふ、魔女ってば頼りになるお姉さんだなあ?」

魔剣士「……悪かったわよ、間に合わなくて」

勇者「――――」

司祭「どうかしたのか? 怖い顔をしているが」

勇者「いや……後で話すよ。ところで、こんなところで休憩?」

魔女「枯れた庭園を見ながら休む趣味はないのよ?」

司祭「マーリアの魔力が消えたと魔女に言われてな。ここまで来るのを待っていたんだ」

魔剣士「ちぇ。勇者と二人がかりだったのに、倒したのはあたしたちが最後だったのね」

魔女「一度戦った相手だもの? 遅れを取ったりしないのよ?」

勇者「それにしては、魔女さんの服がぼろぼろだけど」

魔剣士「ちょっと勇者。どこ見てるわけ?」

司祭「まったく……私たちはどこにいてもこんなやりとりばかりか」

勇者「確かにね。もうすぐ魔王と戦うっていうのに」

魔剣士「いいじゃない。緊張して体が動かないよりマシよ」

魔女「わたしたちってば心がたくましいのよ?」

勇者「心強い限りだね。いい具合に肩の力が抜けるよ」

勇者「――――それじゃ、行こうか。これを最後の戦いにしよう」

655: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:41:05.80 ID:oOlmUUNN0

――――決戦

    ◇魔王の間

魔女「うっ……」ゾクッ

司祭「どうした?」

魔女「魔王、かしら? とても、強い魔力……こんなことってあるのね? ふふ、魔力を感じただけで、殺されるって思っちゃったのよ?」

魔剣士「へえ、よっぽど強いみたいね。魔王の名前は飾りじゃないみたい」

勇者「どれだけ強くても関係ないよ。僕たちなら倒せる。ここでつまずくことなんてない」

勇者「共鳴」ブォン

魔剣士「ええ。あたしは勇者を信じてるもの」ブォン

魔女「……ふふ。二人がそう言うなら、わたしも信じてみようかな?」ブォン

司祭「魔物との戦いはここで終わらせよう。明日からは、平和な世界で幸せになる戦いをすればいい」ブォン

勇者「そうだね。魔王を倒すためじゃなく、幸せな世界のために戦う勇者になりたいと思う」

魔剣士「なれるわよ。勇者ならきっと」

勇者「……うん」

勇者「よし、行こう」

656: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:42:02.10 ID:oOlmUUNN0

コツン、コツン

勇者(この一室だけ空気が冷え切っている。吐く息が白くなるくらいだ)

勇者(床がむき出しで何もない部屋だけど、奥に大きな椅子が見える)

勇者(あそこに座っているのが、きっと)

魔王「――――」

勇者(……松ぼっくりみたいな表皮が鎧に見える。人型みたいだ)

勇者(表情は仮面をつけているみたいに堅い。知性はある、のかな)

魔王「――――」ガタッ

司祭「……っ! 気をつけろ、来」

魔王「――――」ヒュッ

司祭「る!?」

司祭(どうして目のま)

魔王「――――」ブンッ

司祭「    」ドゴッ

魔剣士「…………え?」

勇者(動きがちっとも見えなかった……!?)

勇者「まずい……ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ……!」

657: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:42:53.55 ID:oOlmUUNN0

魔女「よくも司祭くんを……! 極氷魔<グラン・シャーリ>!!」

魔王「――――」カキンッ

魔王「――――」パリン

魔女「なっ!?」

勇者(魔女さんの氷をあっさりと砕いた……?)

魔王「――――」ドンッ

魔女「あぐっ!?」グシャッ

魔女「    」バタッ

魔剣士「こ、っのお!」チャキッ

魔王「――――」ギョロ

魔剣士「やっ、はあ!!」ブンッ

魔王「――――」カンッ

魔剣士(くっ……刃がちっとも立ってない!)

勇者「復活<ソシエ>!」ポォ

司祭「ぐっ……くふっ……」

勇者「司祭さんは魔女さんの蘇生を! 早くっ!」

魔王「――――」ドガッ

魔剣士「ぎっ!? ……っ、らあ!」ブンッ

魔王「――――」ギチギチギチ

勇者(表皮の一部が変形して、剣に……!)

658: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:43:44.39 ID:oOlmUUNN0

魔王「――――」ブンッ!

魔剣士「くっ……!」キンッ

勇者「はあっ!」ビュンッ

魔王「――――」シュッ

勇者「ぐっ!?」ドンッ

勇者(魔剣士と剣を合わせている途中に、どうして足が出てくるのさ……!)

司祭「ソシエ、ソシエ……復活<ソシエ>!」ポォ

魔女「……っ、けふ」

勇者「……一の剣。左目穿ち!」ブンッ

魔剣士「……逆手。右目遮り!」ブンッ

魔王「――――」ババッ

魔王「――――」ギチギチギチッ

勇者(剣を両手に持った……!)

魔王「――――!」ザクザクッ!

勇者「んぎっ!?」

魔剣士「ああっ!?」

司祭「くっ……極回復<フィニ・イエル>!」パァッ!

魔女「今度こそ……! 魔力をもっと込めて……極炎魔<グラン・フォーカ>ぁ!!」ゴオッ!!

魔王「――――」

659: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:44:31.11 ID:oOlmUUNN0

魔王「――――」ブンッ

魔女「そ、んな……剣の一振りで、炎を消したの……?」

魔王「――――」ダッ

司祭「魔女! くっ、結界<グレース>!」

魔王「――――」ドンッ

パリンッ

魔王「――――」ズバッ

魔女「っ!?」グチュッ

魔女「    」

司祭「くっ……ソシエ、ソシエ……!」

勇者(まずい……強すぎる……!)

魔剣士「何なのよ、こいつは……!」

魔王「――――」ジロッ

勇者(っ……目が合った)

魔王「――――」スッ

魔王「――――」ヒュッ

勇者「は、やっ!?」キィンッ

魔王「――――」ブンッ

勇者「くっ」パキンッ

勇者「剣が、折れ……!」

660: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:45:08.31 ID:oOlmUUNN0

魔王「――――」ビュンッ

勇者「え、高風魔<エクス・ヒューイ>!!」

魔王「――――」ダンッ!

勇者(身じろぎさえしないなんて……っ)

魔王「――――」ブンッ!!

ブォン
パリン

勇者(女神の加護が砕けた……みんなとの共鳴が……!)

魔剣士「このっ……はあっ!」ブンッ

勇者「魔剣士っ!」

魔王「――――」ドゴッ

魔剣士「あぐっ!?」

司祭「復活<ソシエ>!」ポォ!

魔女「えふっ……はっ……」

勇者(まずい、このままじゃ負ける)

勇者(どうすればいい? この場は逃げる? でも逃げられるかは……)

勇者(くそっ……どうしたらいいんだよ!)

661: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:45:45.91 ID:oOlmUUNN0


旅人「よう。ずいぶんと楽しそうじゃねえか」


662: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:46:58.45 ID:oOlmUUNN0

魔王「――――」ギロッ

旅人「おーおー、おっかねえ顔してるな。お互い女神を嫌ってる仲じゃねえか、そう邪険にすんなよ」

勇者「旅人、さん。どうしてここに?」

旅人「テメエのおかげでここまで来れたんだよ。ようやく世界の全てを歩いてやったぜ。だから感謝してやる」

旅人「さて」スタスタ

勇者「危な……離れて!」

旅人「お前はかわいそうな奴だよな。魔王」

旅人「声を出せないのは取り上げられているからか? 知性はあるはずだ、目を見ればわかる」

魔王「――――」ボガッ

旅人「ふん……右腕をちぎりやがって。旅の終わりじゃなきゃ、殺してやるところだ」ボタボタ

旅人「まあいい。さんざん運命を狂わされたんだ、それくらいのワガママは許してやるよ」

魔王「――――」ググッ

旅人「本当に、お前はかわいそうな奴だよ。勇者を殺そうとお前が勝つことはできない。お前は死ぬために生み出された魔王だからな」

旅人「だからこれはちょっとした同情だ」

魔王「――――」ググッ!!

旅人「受け取れ。単語の制限までは消せねえが、ちったあ喋れるようになるだろ」

旅人「……じゃあな勇者。テメエのこと、そこまで嫌いじゃなかったぜ?」

魔王「――――!」ブンッ

旅人「    」グシャッ

グシャッ、グチャ
ダンッ
グチュ

663: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:47:42.04 ID:oOlmUUNN0

魔剣士「あれじゃ、もう……」

勇者(体が残ってなきゃ、蘇生はできない……)

魔王「――――ノ、せイ、ダ」

魔王「おまエのせい、ダ。ユウ者」

勇者「…………」

魔王「ユウ者がメ神を信奉しなケレば。旅に出ルことなく、さッさと自殺していれバ。こんなことにはナらなかった」

魔王「お前が! ユウ者、お前が多くの人間を殺したんだ!」

魔王「死ね、死ね、死ね。殺された人間の悲しみ苦しみ痛みを味わいながら死ね」

魔王「殺す、殺す、殺す。この運命をオレに与えたお前を、ユウ者を、オレは、俺……は?」

魔王「ぐっ、がっ、ああああ!?」

664: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:48:44.67 ID:oOlmUUNN0

魔剣士「言いたいことはそれだけかしら」

魔剣士「どんな言い訳をしようが、あなたが魔物に人間を殺させたことは変わらない」

魔剣士「勇者が人間を守るため、魔物と戦ってきたことは変わらないわ」

魔剣士「だからあたしは勇者のために戦う。魔王を倒す。勇者を悪くは言わせない」チャキッ

魔女「魔剣士ちゃんの言うとおりね?」

魔女「魔王の罪を誰かにすり替えることはできないもの。それに、勇者くんを殺していい理由にもならないのよ?」

魔女「……わたしは魔物に友達を殺されたの。あなたに勇者くんを殺されて、同じ思いを二度も味わいたくないものね?」

司祭「仮に。もし仮に、勇者が全ての原因だったとして、だ」

司祭「それでも勇者は、旅の途中で多くの人を救ってきた。その気持ちは、行動は否定できない。誰にもさせはしない」

司祭「魔王。お前が勇者を殺すと言うなら、私が立ちはだかる。お前が勇者の罪をうたうなら、私は勇者の善行を誇る」

勇者「…………」

勇者「僕は……本当に、仲間に恵まれたみたいだ」

魔王「ぐ、ぎ……どうしテ、お前だけが……!」

勇者「――――魔王。僕はまだ、あなたの言い分を全ては聞いていない。もしかしたら、あなたの言うように僕は罪人なのかもしれない」

勇者「だとしても、あなたは僕の仲間を傷つけた。旅人さんを殺した。その時点で、あなたの主張は全ての正当性を失っている」

勇者「その一点だけでも、僕はあなたを許せない」

勇者「だから、ここで全てを終わらせる」ブォン

665: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:50:07.14 ID:oOlmUUNN0

魔王「があああ!」ヒュンッ!!

司祭「がッ!?」ボゴッ

司祭「……バカ、め。近づいたな?」ガシッ

司祭「魔女! 私が魔王を押さえている間に!」

魔女「……ごめんなさいね、司祭くん。あなたの命、わたしにちょうだい?」

司祭「くれてやる。だから、最後に見せてみろ」グッ

司祭「最高最大の魔法を、な」ニッ

魔王「ぐっ、がっ」ドッ、ガッ

魔女「炎は消え、氷は溶け、風は止み、雷は地に吸われる」

魔女「魔法の全てが無に帰るなら、無は終わりにして最後の魔法」

魔女「――――滅びなさい。終魔<グラン・マジナ>」

司祭(懐かしい、な。魔女の言霊を思い出させる色だ)

司祭(魔女の全力の魔法を、無駄になどするものか)

司祭「道連れだ、魔王。私と共に死ね」

司祭「反射結界<ウー・ラグレース>!」

勇者(自分と魔王の周囲に結界を張った!?)

勇者「司祭さん!」

ジジ、ジジジ
シュー、、、
ドンッ!!

司祭「    」

魔王「ガフッ……はあ、はあ」ボタボタ、、、

666: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:50:55.17 ID:oOlmUUNN0

魔女「……ごめんなさいね、司祭くん。足りなかったみたい」

魔王「死、ねええ!?」ブンッ

魔女「あぐっ!」ドンッ

魔女「    」

勇者「魔女さん!? くっ、そ……ソシエ、ソシエ、ソシエ」

魔剣士「もう、二人とも無茶ばかりするんだから」

魔剣士「そういうことはあたしの役目なのよ」

魔王「ぐっ、かはっ……」

魔剣士「魔女の魔法、ずいぶんと効いたみたいね。魔法を閉じこめるために司祭が結界まで張ったから、体の殻までぼろぼろよ?」

魔剣士「これなら、あたしの剣も届く」

魔剣士(死を恐れずに踏み込めるなら)

667: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:52:04.22 ID:oOlmUUNN0

魔王「あああ!?」ブンッ

魔剣士「……一の剣。左目穿ち」グサッ

魔王「くっ……殺す!」ズバッ

魔剣士「……二の剣」ドクドク

魔剣士「空縫い」ザンッ

魔王「がっ、ああ!?」ドゴッ、ボガッ

魔剣士「……三の、剣っ」ポキッ

魔剣士「影払い!」

魔王「ああ、ああ、あああ!?」ザクッ

魔剣士「ふっ、ぐっ……四の、つるぎ……」ダラッ

魔剣士「逆手。死点一決」ザシュッ

魔剣士(左手……上がらない。動かない)

魔王「が、ああ!? 凍炎<シャリアフォーカ>!!」

魔剣士「っ……やあっ!」スパッ

魔剣士(魔法を斬った……魔剣には驚かされてばかりだわ)

魔剣士(でも、これで最後。防ぎきれなかった魔法のせいで、足が動かない)

魔剣士「五の剣、奥義」

魔剣士「――――太陽砕き」グサッ!!

魔王「がッ……あ」グッ

魔剣士(胸を貫いた……それでもまだ死なないなんて)

魔剣士「……勇者、ごめんね」

668: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:53:02.11 ID:oOlmUUNN0

魔王「死、ね」ドゴッ

グキッ

魔剣士「   」

勇者「っ……! 復活<ソシエ>」ポォ

司祭「くっ……がふっ……」

勇者「魔力がもうない! 司祭さん、魔女さんと魔剣士を早く!」

魔王「殺す……殺す殺す殺す!」グッ、、、ブシャ

魔王「オレは、ユウ者、を……!」カラン

勇者「魔剣士の、剣」

勇者「返してもらう……!」ダッ

魔王「がああ!?」ブンッ

勇者「ふっ……!」スッ

勇者「やっ!」チャキッ

勇者(呪いがなくなったおかげで、僕でも魔剣を扱える)

勇者「まだ魔剣士との共鳴は切れてない。魔剣士の気持ちは僕に届いてる」

勇者「行くよ。僕の剣は、ここにある」

669: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:54:05.72 ID:oOlmUUNN0

魔王「くたばれぇ!」ブンッ

勇者「やっ!」キンッ

魔剣士『あたしは勇者だけの剣なの』

勇者「ら、ぁあああ!!」ズバッ

魔王「ぐっ……ぐふっ」


勇者(魔剣士の言葉。嬉しかったけど、後悔している部分もある)


勇者「届、けっ!」グサッ

魔王「がっ、ああっ!」ブンッ

勇者「くっ」バッ


勇者(僕の剣であろうとする魔剣士は、女の子であるオサナを胸の奥にしまってしまうから)


魔王「くた、ばれ……風雷<ヒュービリィ>!」

勇者「あぐっ!?」ダンッ

勇者「く……そっ」ビリビリ


勇者(僕は、魔王が現れなかった世界でのオサナを取り戻す)

勇者(勝ち気で、料理をしたことなくて、僕が手を握ると頬を赤くするような、そんな日々を手に入れる)


勇者「だから、負けるわけにはいかないんだ」グッ

670: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:55:56.54 ID:oOlmUUNN0

勇者「……魔剣士。いつも僕に言っていたね。勇者は踏み込みが甘い、って」

魔王「ああ! やあっ!」ブブンッ

勇者「なら、踏み込んでみせる!」カキンッ

勇者「はっ!」ザクッ


勇者(もっと)


勇者「やっ……!」ズバッ

勇者「こ、のっ……」ブンッ

魔王「がっ!」ドゴッ

勇者「がふっ……っ!」ダンッ

勇者「倒れて、たまるか……ぁ!」バッ


勇者(もっと深く!)


勇者「ふ……しっ!」グサッ

勇者「らあぁ!」ザシュッ

魔王「ぐ……氷炎風雷<マーゼナル>!」

ドンドンドンッ!!

勇者「がッ!?」

勇者(なんだよ、今の魔法……爆発? 床や壁ごと体を吹き飛ばされた)

勇者「く、っそ……まだ、まだだ!」

魔王「死ね、死ね、死ねええぇぇ!」ブンッ!

勇者「うるさい!」カキンッ

勇者「はぁぁ――!」

魔王「氷炎風雷<マーゼナル>!!」

勇者「魔剣士ならできた。僕だって魔法を切れる……っ!」スパッ

魔王「!?」

勇者(懐に入った……これでっ)

魔剣士『五の剣、奥義』

勇者「五の剣、対技(ついぎ)」

魔剣士『――――太陽砕き』

勇者「――――月別ち」ザンッ!!

671: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:56:47.31 ID:oOlmUUNN0

魔王「が……ふっ……」ガクッ

勇者「これでもまだ死なないなんて……けど、もう動けないでしょ」

勇者「今度こそ、殺す」チャキッ

魔王(ああ……ユウ、者)

勇者「はっ!」ヒュンッ

魔王(大きく、なった……な)ザクッ

ゴロン

672: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:57:30.60 ID:oOlmUUNN0

――――再会は突然に、

司祭「復活<ソシエ>!」パァ

魔女「くはっ……」

司祭「はあ、はあ……次は魔剣士、だな。どうにか魔力は持つか」

魔女「魔王、は……?」

司祭「勇者が首を切り落とした。私たちの勝ちだ」

勇者「ふ、う……」ガクッ

勇者(魔力も、体力も……全部使い切った。傷はいくつか負ったけど、何とか死ぬほどじゃない、かな)

モクモク

勇者「…………え?」

モクモクモク

勇者「この煙は……だって、これは……」

勇者「魔物が、人間に戻る時のものじゃ……!」

ブワッ!!

司祭「な、んだ?」

魔女「司祭くん……?」

勇者「そ、んな……」

勇者「なんで……どうして?」

勇者父「    」

勇者「どうして魔王が父さんなんだよ!!」

673: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:58:37.92 ID:oOlmUUNN0

――――そして別れは必然に。

勇者「僕は……僕は! ああ、ああ、あああ!?」

勇者「父さんの、首を……僕が! 違う、僕は父さんに殺されそうになって」

勇者「でも父さんが僕を殺そうとしたのは魔王だからで、父さんが悪い訳じゃ」

勇者「なにが……何がどうなってるんだよ……」カラン、、、

魔女「どういう、こと? 探してたお父さんが……?」

司祭「わからん……ひとまず、今は魔剣士を蘇生させる」ソシエ、ソシエ

勇者「う……くっ……!」

?『――――』

勇者「…………?」

?『魔王の死亡、勇者の存命を確認』

勇者「なんだよ、この声……」

魔女「勇者くん?」

?『文明発展度、小。更なる発展を希望』

勇者「聞こえないの!? 何か、変な声が……!」

魔女「ごめん、なさい。わたしには、さっぱり……」

勇者「……待って。同じことが、ずっと、前にも……」

?『女神に申請……許可。これより魔王を選定する』

勇者「な、にを……?」

勇者「待って……待てよ! どういうことだよそれは!?」

司祭「ソシエ、ソシエ、ソシエ……よし、これで……」

ドクンッ

674: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 18:59:28.07 ID:oOlmUUNN0

魔剣士「    」ムクッ

司祭「な……? まだ復活<ソシエ>を使う前だぞ……?」

魔剣士「    」グチャッ

魔女「え?」

グチャグチャ
ギチギチギチッ!!
ピキッ
ピキピキッ

勇者「や、めろ……やめろよ……」

魔女「魔剣士、ちゃん?」

司祭「バカな……あれじゃあ、まるで」



司祭「魔王、じゃないか」



魔剣士「    」

魔王「  ――」

魔王「――――」

勇者「魔剣士……オサナ!!」

勇者「ダメだ、正気に戻って! オサナは魔王なんかじゃない!」

勇者「オサナ!」ダッ

675: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 19:00:20.24 ID:oOlmUUNN0

司祭「ま、待て勇者!」ガシッ

勇者「離、して……っ。離せ!」

司祭「事情はわからん! だが今、魔剣士は魔王の姿になっている! 不用意に近づくな!」

勇者「オサナが魔王なわけあるか! オサナは僕が、僕の……!」

魔女「勇者くん、冷静になって! 魔剣士ちゃんを助けるんでしょ!」

勇者「……! くっ……いったん、城を出る! 休んだら、またすぐに……っ」

女神『魔王の討伐、お疲れさまでした』

勇者「っ!」

司祭「勇者? 急に上を見て、何を……」

勇者「さっきの声はどういうことだっ!」

女神『今は新しい魔王と戦う余力がないでしょう。あなたが旅を始めた地まで送り届けます』

勇者「な……ふざけるな! 僕は魔剣士を助けなきゃいけないんだ!」

女神『それでは、また後ほど。あなたの活躍を見守っていますよ、私の勇者』

勇者「待 」

    ◇南の大陸 城門

勇者「 て!」

司祭「な……?」

魔女「ここ、南の大陸の城、よね?」

676: ◆AYcToR0oTg 2014/12/13(土) 19:01:16.71 ID:oOlmUUNN0

    ◇謁見

勇者(詳しく話をする機会も与えられないまま、僕は王の前まで通された)

勇者(こんなことに時間を使っている暇は、ないっていうのに)

南の王「よくぞ戻った、勇者よ」

南の王「旅の噂はこの大陸まで轟いている。聞けば、空を飛ぶ機械を作り上げ、誰も知らない北の大陸の果てまで向かったという」

南の王「先程から、各地の魔物が動物に戻ったという話を聞いている。勇者、お前は見事、魔王を討ち果たしたのだな」

勇者「――――まだ終わっていません」

南の王「何?」

勇者「このままでは、遠からず動物は魔物に変わっていくでしょう」

勇者「倒すべき敵を、倒していない」

南の王「なんと……もしや、別の魔王が現れたのか?」

勇者「オサナは魔王じゃない!!」

南の王「勇者……?」

勇者「っ……」

魔女「勇者くん、落ち着いて?」コソコソ

司祭「話すなよ、ややこしくなる」ボソッ

南の王「ふむ……何か気に病むことがあるか?」

勇者「――――すみません、取り乱しました」

勇者「なにぶん、魔王を決死の思いで倒した直後、女神の言葉により別の敵がいることを知りました。心の余裕を失っていました」

南の王「よい。勇者とは重責だ。魔王が現れてから二年が近づこうとしている。その間、勇者として存分に勤め上げていたゆえだろうからな」

南の王「……では、勇者よ。世界を救うため、また剣を手に取ってくれるな?」

勇者「はい」

勇者「平和な世界を取り戻すため、僕は必ず敵を倒します」

685: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:42:21.24 ID:GFcZPnn80

――――女神様、どうか命を落とし給え

    ◇夢

女神「こうして会うのは久しぶりですね、私の勇者」

勇者「…………」ジロッ

女神「何か言いたいことがあるのでしょうか。ご自由にどうぞ」

勇者「どういうことだ」

女神「どう、とは?」

勇者「どうしてオサナが魔王になるんだ!」

女神「勇者の手により魔王が殺されました。そのため、次の魔王を必要としていたのです。あなたには世界の声が聞こえていたはずですが?」

勇者「世界……世界が、魔王を望むだって……?」

女神「厳密には違います」

女神「魔王が望まれているわけじゃなく、目的を遂げる手段として魔王という役割が選ばれたのです」

勇者「…………」

女神「私は以前、言いましたね? 私が話しかけるだけでも、人間に与える影響は大きすぎる」

女神「力に目覚める前のあなたに話しかければ、あなたが人間を滅ぼしかねないのだ、と」

女神「人間が作られてしばらくしてから、私は一人の人間に話しかけました。その結果が勇者であり、魔王なのです」

勇者「……意味が、わからない」

686: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:44:37.01 ID:GFcZPnn80

女神「ふふ。そうでしょうね。では順を追って話しましょう」

女神「この世界を作り、人間が生まれ、私はしばらく世界を観察していました」

女神「ですが、世界は何一つ進歩しなかった」

勇者「…………」

女神「人間とは、自らの力で成長することのない、愚鈍な我が子だったのですよ」

勇者「そんなわけ、あるか。僕の周囲だけでも成長はいくつもある。魔剣士、司祭さん、魔女さんは自分の意志で強くなったんだ」

女神「個々での成長には重きを置いていません。重要なのは種として、総体としての人類の成長です」

女神「私は文明の発生、発展を願って一人の人間に話しかけた。それにより選ばれたのが最初の勇者なのです」

女神「そして、勇者に近しいものから一人が選ばれ、魔王となります。魔王、それは勇者が立ち上がるための理由づけですね」

勇者「どうしてそんなことをしたんだよ?」

女神「私が決めたわけではありません。世界は私が作りましたが、私が自由に干渉できないよう自律していますからね」

女神「私の目的に沿うよう、世界が勇者と魔王の役割を望んだのです」

女神「そして目的は適いました。あなたも耳にしたでしょう? 『勇者は文明の発展と共にあった』です」

女神「確認されている勇者はあなたで八人目ですが、勇者という呼称がつく以前から、同様の役割を持った人物はいたのです」

勇者「……文明の発展。そんなもののために、魔剣士を魔王にしたのか」

女神「そんなもの、でしょうか? 人類という視点で見れば、一つの転換点となるほど大きな流れです」

女神「――――あなたたち人間は、植物を育てる時、密集していたら一部の植物を間引きますね? それと一緒のことですよ」

女神「勇者や魔王という人間を間引いて、人類を正しく生育するのです」

勇者「……もういい。理由は聞き飽きた」

687: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:46:31.09 ID:GFcZPnn80

勇者「だとしても、どうして魔剣士なんだよ。魔剣士の神性はとても高い。魔物になることはないはずでしょ」

女神「魔王の力によって魔物になることはないでしょう。ですが魔王を選ぶのは私の力の一端です」

女神「無意識に与えるような神性では防げないでしょうね」

勇者「なら、助ける方法は? 文明の発展ならいくらでも力を尽くす。生涯を全て捧げてもいい」

勇者「魔剣士が無事で、魔王として人を殺さずに済むなら、だ」

女神「ありません」

勇者「……ふざけるな」

女神「ふざける理由がありません。私は至って真面目です」

女神「勇者は、元が親族であれ想い人であれ、魔王を救うことはできません」

女神「勇者とは、魔王を殺す者ですよ」

勇者「――――」

勇者「そう、か。はは、そうだったんだ」

女神「…………」

勇者「僕はずっと間違っていた。旅人さんの言うとおりだ」

勇者「女神は、人類のためなら人間なんてどうでもいい、最低最悪のアバズレだった」

女神「不遜な物言いを罪に付することはしません。私の勇者、あなたはまだまだ有益です」

女神「いつか、人類が自らの足で歩き出す日まで。人類のために、あなたは全てを失いなさい」

勇者「……僕の反応を見て、言うことがそれか」

勇者「もういい」チャキッ

勇者「くたばれ」

688: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:47:52.20 ID:GFcZPnn80

    ◇城内

魔女「勇者くん? 勇者くん……しっかりして?」

勇者「う……? 魔女、さん」

魔女「ふふ、よかった。うなされてたのよ? 何か悪い夢でも見たの?」

勇者「ああ。大したことないよ」

勇者「女神に何度も殺されただけだから」

魔女「…………そう」

勇者「司祭さんはいる?」

勇者「これからのことを話したいんだ」

689: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:49:29.24 ID:GFcZPnn80

司祭「時間が欲しい、か」

魔女「どういうこと? 魔剣士ちゃんをそのままにはしておけないのよね?」

勇者「そうだけど、正直どうすれば魔剣士を助けられるかわからない。考える時間が欲しいんだ」

司祭「しかしそうは言っても、ずっと休んでいるわけにはいかないだろう?」

勇者「うん。僕だってじっとはしてられない」

勇者「だから明日、朝早くには出発しようと思ってる」

魔女「……ふふ。魔剣士ちゃんのこと、迎えに行かなきゃいけないかしら?」

勇者「そのためにも、一日だけしっかり休まなきゃと思って」

勇者「昨日は色んなことが起こりすぎたよ。正直、今も頭がこんがらがってる」

司祭「……そうか、わかった。なら旅の支度だけは私が進めておく」

勇者「それくらいなら部下さんが引き受けてくれると思うよ」

勇者「旅に出る前、色々とお世話になったんだけどね。目端の利く人だから、任せても大丈夫」

司祭「しかしな……」

勇者「頼るのは気が進まないかもしれないけど、今は静養に努めて。明日からは、時間を惜しんで北の大陸まで向かうから」

司祭「そう、だな。勇者の言うとおりにしよう」

690: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:50:40.89 ID:GFcZPnn80

魔女「わたしもちょっと疲れちゃったな? 二人に遅れないよう、体力を回復しなくちゃね?」

司祭「そこまで無理をさせるつもりはないがな」

勇者「はは」

勇者「…………」

勇者「二人に言っておきたいことがあるんだけどさ」

魔女「何かしら?」

勇者「実はさ、(僕と一緒にいたら魔王になる可能性があるんだ。それでもついてきてくれる)?」

司祭「すまない、聞こえなかった。今なにか言ったのか?」

勇者(悪魔さんやマーリアと同じ状況、かな。僕の言葉は二人に届かないんだ)

勇者「――いや、何でもないんだ。忘れて」

魔女「そう?」

勇者「疲れてるみたい。夢見も悪かったし、少し休んでるよ」

司祭「…………勇者。私たちもいるんだ、一人で気負うなよ?」

勇者「わかってる。頼りにしてるよ」


691: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:51:37.18 ID:GFcZPnn80

    ◇城外

勇者「さて」

勇者「僕がいなくなったことに、二人が気づくのはいつだろ。今夜か、明日の朝か……」

勇者「できるだけ遅いとありがたいんだけど」

勇者(僕に近しい人が魔王になるっていうなら、二人を側には置いておけない)

勇者(効果は薄いかもしれないけど、危険を伝えられないんじゃ置いていくしかないし)

勇者「――――っと。出発する前に、さっさとやっておかなきゃね」

ブォン

勇者「女神の加護。さんざん世話になったけど、さ!」

ズバッ
ガシャン

勇者「もうその顔を見たくないんだよ。僕の周囲からいなくなれ」

692: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:52:38.75 ID:GFcZPnn80

勇者(これで、聞けなかった言葉を思い出せるかな)


~~~

悪魔『――――――――――――――――――――――――――?』

マーリア『死ね。世界と仲間のために死ね。お前が生きている限り、――――――――――――』

~~~


勇者「…………」


~~~

悪魔『勇者と魔王を犠牲にして人類を成長させようとしてんだぞ?』

マーリア『死ね。世界と仲間のために死ね。お前が生きている限り、魔王も魔物も死ねないんだ』

~~~


勇者「……はは。遅いんだよ、僕はいつだって」

勇者「さっさと女神の加護を切り捨てておけば、二人の言葉も聞こえたのに」

勇者「……何もかも間に合わなかったけど、でもこれだけは譲れない」

勇者「僕は、オサナを……」

693: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:56:40.54 ID:GFcZPnn80

――――さよなら

    ◇瘴気の森

勇者「ようやく見つけた」

勇者「すっかり魔王の風格だね、オサナ」

魔王「――――」

勇者「そっか、言葉は失われてるのかな。旅人さんが生きてれば、言葉を取り戻せたかもしれないけど」

勇者「…………ここに来るまでに、色々あったんだ」

勇者「オサナは魔王の城で待っていると思ってた。だから崖の向こうに行こうと頑張ったんだよ」

勇者「崩落した隧道(トンネル)を見つけて、氷魔<シャーリ>で新しく壁を作りながら掘り進めたりね」

勇者「でもさ、そこまでして城に行ったのに、オサナがいないから焦ったよ」

魔王「――――」ブンッ

勇者「おっと」サッ

勇者「オサナに殺されたりはしないよ。そんなこと、オサナにさせない」

勇者「……それからは飛行機で各地を飛び回った。途中、女神の思惑どおり、文明の発展に携わったりもしたよ」

勇者「海に現れた魔物のせいで水害が酷い地域では、治水に精を出した」

勇者「見上げるくらい大きな魔物が歩き回るところではさ、頻繁な地響きでも家が倒れないような建築方法を探したりさ」

勇者「……別にね、世界なんてどうでもよかったのに。だから中途半端にしか関わってないんだけど、風の噂じゃどれもうまくいったらしいよ」

勇者「――――寄り道ばかりして、でも、ようやくオサナを見つけられた」


694: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:57:36.58 ID:GFcZPnn80

魔王「――――」ダッ

勇者「氷炎<シャリアフォーカ>」

魔王「――――っ」ピタッ

勇者「司祭さんも魔女さんも置いて、一人でいることに決めた。そしたらさ、鍛えてもいないのにどんどん勇者の力が強くなるんだ」

勇者「女神の加護を砕いたのに、僕はそれでも勇者らしい」

勇者「笑っちゃうよね。僕は魔剣士だけの勇者なのにさ」

魔王「――――」チャキッ

勇者「……魔王になっても、やっぱりオサナはオサナだね。剣の構え方が変わってない」

魔王「――――!」ブンッ

勇者「ごめんね。勇者は魔王を救えないらしいんだ」スッ

勇者「だからできることは一つだけなんだよ」

勇者「オサナ」チャキッ

勇者「それでも僕は、もう覚悟を決めているんだ」


695: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 17:59:14.19 ID:GFcZPnn80

    ◇数日後

魔女「司祭くん!」

司祭「どうしたんだ、慌てたりして。勇者の居場所が見つかったか?」

魔女「違うの……そうじゃないの! これ、勇者くんからの手紙……」

司祭「読ませてくれ」


『司祭さんと魔女さんへ

 急にいなくなったことを、二人は怒っているかもしれない。

 すまないと思ってる。でも、僕にも言えないことや、伝えたくても伝えられないことがあったんだ。

 言い訳になるけれど、それでも許してほしい。


 この手紙は、各国の王にわがままを言って、二人に届けてもらったんだ。

 自分一人で何とかする、そんなことはできないとわかっていたからね。

 今、僕はオサナと会いに行く前にこの手紙を書いている。この手紙が届いたら、どうか僕を拾いに来てほしい。

 その時もう、僕はこの世にいないから。』


696: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 18:00:06.60 ID:GFcZPnn80

    ◇数日前 瘴気の森

勇者「良かった。氷を砕かれるようならどうしようかと思ってたんだ」

魔王「――――」

勇者「僕の魔力を全て注いだ氷魔<シャーリ>だよ、これならもう動けない」

勇者「冷たくはないよね? 首から下は氷漬けだけど、常温で凍るように魔法をいじってあるんだ」

勇者「……これなら、もし僕が失敗しても、魔王は誰かを傷つけない」

勇者「さて」

勇者「本当にごめん。僕はこれから、オサナにひどいことをする」


697: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 18:01:02.18 ID:GFcZPnn80

『僕はこれから自殺する。どうしてか、目的はここに記さない。僕の書いた文字にも制限がかかっているだろうからね。

 司祭さんと魔女さんには、手紙に同封した地図の森まで来てほしい。

 そこで、勇者がまだ必要とされる状況なら、僕を生き返らせてもらいたいんだ。

 ただし、僕の思惑どおりに事が進んで、勇者を必要としない状況なら、僕をそのまま葬ってほしい。

 僕の数少ないわがままを、どうか聞いてくれないだろうか。



 追伸。

 もしも勇者が必要ない状況だとしたら、僕が謝っていたと、オサナにそう伝えてほしい。

 オサナが幸せになることを、心から願ってる。』

698: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 18:04:29.64 ID:GFcZPnn80

    ◇瘴気の森

勇者「僕は魔王を殺せない。勇者が魔王を殺したところで、また別の魔王が生まれるだけだからね」

勇者「だから」

勇者「僕は勇者を殺す。魔王が死んで魔物が動物に戻ったように、勇者という始まりがなくなれば魔王は人間に戻れる、かもしれないんだ」

勇者「僕が死んで、それでもオサナが魔王のままなら、生き返らせてくれるよう司祭さんに頼んである」

勇者「その時は、オサナ。僕と一緒に死んでほしい」

勇者「世界から勇者と魔王がいなくなるには、そのどちらかの方法しかないんだ」

勇者「オサナを殺すなんて僕にできるとは思えない。でも、それがオサナを救うただ一つの方法なら、僕はそうする」

勇者「そのためになら、僕の心なんて砕けてしまえばいい」

勇者「……けどね、そうならないんじゃないかって、何となく思うんだ。これでオサナは救われる」

勇者「僕がいない世界は、少し寂しいかもしれないけどさ」


勇者(僕が死んだらどうなるかを確かめるだけなら、こんなところまで来なくてよかった)

勇者(せめてオサナの近くで死にたい。これは僕の弱さだろうな)

勇者(でも、オサナに見えない場所で死ぬことは、優しさなのかな?)


勇者「――――さよなら」

勇者「……そうそう、言い忘れてたけど」

勇者「似合わないよ、その首飾り」

699: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 18:05:20.40 ID:GFcZPnn80

    ◆

悪魔「死にやがったか。予定通りにごくろうさん、っと!」

ガシッ
グイッ!


700: ◆AYcToR0oTg 2014/12/14(日) 18:06:20.43 ID:GFcZPnn80

    ◇世界の果て

勇者「…………」

勇者「……、っ……?」

勇者「ここ、は」

悪魔「よう。目覚めはどうだよ、勇者様」

勇者「……君、生きてたのか」

悪魔「あん? オレが死ぬかよ」

勇者「でも君、魔王に潰されて挽き肉になったじゃないか」

悪魔「ありゃあオレじゃねえよ」

勇者「そう、なの? 女神の悪口とか、色々共通点があったけど」

悪魔「そりゃあたまたまだな。オレの性格とあいつの性格が似ていただけだ」

悪魔「何しろ、オレとあいつは種族からして違う」

悪魔「旅人を名乗っていたあいつは悪魔で、」

悪魔「オレは人間、七代目の勇者だからな」

709: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:39:27.46 ID:eW5IiDHS0

――――救われぬ勇者たち

勇者「七代目……先代の勇者?」

悪魔「ああ。色々あってな、一〇〇年ばかり悪魔をやってんだよ」

勇者「……ああもう、なんなんだよ。魔王を倒してからこっち、意味のわからないことばかりだ」

悪魔「はっ、そう嘆くなよ。てめえにもわかるように説明してやるさ」

……


悪魔「始まりは、世界の果てに幽閉された悪魔の気まぐれだとよ」

悪魔「退屈してたアイツは、魔王を滅ぼすために自殺を選んだ勇者をここに連れ込んだんだ」

悪魔「そして言ったんだよ。『テメエを救ってやるから、お前はおれを救え』ってな」

勇者「いつかの君と同じ言葉だね」

悪魔「そりゃそうだ、やりとりは踏襲してるからな」

悪魔「……で、その取引の内容が肝だった」

悪魔「悪魔が与えるのは、勇者という役割の撤廃。悪魔が求めるのは、勇者が自分の代わりにここで幽閉されることだった」

勇者「それ、取引として成立しないよね? いくら勇者じゃなくなったところで、元の世界に戻れなきゃ意味がない」

悪魔「ああ。その質問はオレも持ったさ。そんなオレに、先代……六代目の勇者は言ったよ」

悪魔「同じ取引を、自分の次の勇者に持ちかければいい、ってな」

勇者「……いや。やっぱりおかしい。君が戻りたいのは一〇〇年も前の世界でしょ? 僕のいた世界に戻っても意味がないよ」

悪魔「それは大丈夫なんだとよ。ここに入った時点の世界に戻されるそうだからな」

710: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:41:39.02 ID:eW5IiDHS0

勇者「――――なら、生きて戻った勇者がいない理由は? ここを出た後、勇者が元の世界に戻れたなら、そんな言い伝えは残らない」

悪魔「出来事が確定しているから、だな。オレがいないままお前という勇者が生まれ、魔王を倒しただろ?」

悪魔「そういう大まかな出来事は改変できねえんだよ」

悪魔「だが、細かい部分……女神にとってどうでもいいことは違う」

悪魔「オレが生きて帰れば、あいつは自分を不死化しない。一〇〇年も待たせずに済むんだ」

勇者「修道女さん、だね」

勇者「そっか、それで。不思議だったんだ、悪魔には似つかわしくない首飾りだなって。悪魔は十字架に弱かったりしないの?」

悪魔「ただの迷信じゃねえか。……仮にこれがオレの肌を焼くとしても、あいつの思い出を手放したりしねえがな」

勇者「お熱いことだね」

悪魔「てめえに言われたかねえよ。オレは勇者の動向を見てるんだぞ? 唇を奪うことさえできない根性なしのくせにいちゃいちゃしやがって」

勇者「……不毛な言い争いになりそうだし、やめようよ」

悪魔「はっ、だな」

勇者「――――取引は行うよ。僕にとっても悪い話じゃない」

悪魔「毎度あり」

勇者「ところで、君は悪魔から人間にどうやって戻るの? そのまま世界に戻ったら、悪魔祓いされちゃうんじゃない?」

悪魔「余計なお世話だタコ。……人間に戻る方法なんてねえよ。角も尻尾も青い肌も、悪魔の力で隠すだけだ」

勇者「大変だろうけど頑張って」

悪魔「そりゃあてめえの方だろ。次の勇者が現れるまで、だいたい一〇〇年。それまで、てめえは何もないこの世界で生きるんだからな」

勇者「……覚悟してる」

勇者「でも、たったそれっぽっちの我慢で自分の死を取り消せるんでしょ? 安い買い物だと思うな」

悪魔「はっ、その強がりをいつまで言えるか楽しみにしてやるよ」

711: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:43:45.99 ID:eW5IiDHS0

悪魔「それじゃま、いくぞ。てめえから女神の神託を消滅させる」

勇者「構わない。やって」

悪魔「っ!? …………」

勇者「?」

悪魔「…………」

勇者「どうしたのさ。やりなよ」

悪魔「…………」

勇者「悪魔さん?」

悪魔「オレは……てめえを……」

勇者「僕を救ってくれるんでしょ? 僕も悪魔さんを救うからさ」

悪魔「くそ……くそっ!」

悪魔「いいか勇者! 拒むな逃げるな受け入れろ! ――――背者<セーレント>!」モワモワ

勇者「んぐっ……」ビクッ

勇者「げほっ……なんだこれ、まず……口の中が苦い……」

悪魔「吐き出すなよ。ちょっとでも煙を吐き出せばやり直しだ」

勇者「もっとマシなやり方を用意しといてよ……」

悪魔「うるせえ。オレだって味わったんだ、てめえも我慢しやがれ」

勇者「ん、ごくっ……ぉぇ」

悪魔「よし、飲んだな。これでてめえはただの人間に戻ったわけだ」

712: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:45:36.10 ID:eW5IiDHS0

悪魔「それじゃ……行くか。獄門<パラドーア>」

ジジ

悪魔「おい勇者。悪いがオレの背中を押してくれ」

勇「どうして?」

悪魔「悪魔はここに幽閉されてんだぞ? 自分の意志で出ていけたらまずいじゃねえか」

悪魔「オレがここから出るには、他人の意志が必要なんだよ」

勇「なるほどね、そういう規則があるんだ」

悪魔「……おめでたい奴だな、てめえは」

悪魔「オレの背中を押さず、さっさとこの門をくぐれば、勇者じゃなくなったてめえは助かることができるんだぞ?」

勇「だろうね」

勇「だからってそんなことはしないけど。君のおかげで、僕は助かる可能性が出てきたんだしさ」

悪魔「……はっ。てめえはどこまでもお人好しだな」

勇「僕を迷わせようとする君に言われたくないな。さっさと修道女さんを迎えに行きな、よっ!」ドンッ

悪魔「てめ

ジジ、、、

バシュンッ

勇「さよなら。お幸せに」

勇「…………一〇〇年か。長いな、ほんと」

713: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:47:05.31 ID:eW5IiDHS0

――――希望の最果て

勇(何もない世界で生きるのは苦痛だった)

勇(夜空よりもずっと真っ黒な空)

勇(どろどろとした重たい水の流れる小川)

勇(雑草の一つも生えない痩せた大地)

勇(ほんの数分でぐるっと一周してしまうほど、小さく狭く完結した世界)

勇(何もすることがないし、寝ていようと思った)

……


悪魔(起きた時には、肌が青くなり尻尾が生えていた。きっと頭には角もあるだろう)

悪魔(この世界は、留まっているだけで人間を変質させてしまうらしい)

悪魔(世界の果て。よくできた世界だなと思う)

悪魔(性悪な女神が作ったのだろうから、それも当然だろう)

悪魔(……空腹や眠気などが無くなり、僕は正真正銘、何もすることがなくなった)

悪魔(一〇〇年もの時間を無為に過ごしながら、時々、オサナのことを思い出す)

悪魔(僕のいない世界で、オサナはどんな風に幸せになったのだろう)

悪魔(オサナの笑顔を独り占めする誰かに、僕は嫉妬してしまう)

……


………
……


714: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:47:47.80 ID:eW5IiDHS0

悪魔「…………ん」

悪魔「ようやく、か」

悪魔(勇者の存在を感じる。幽閉されている世界の果てまで届くほど、勇者という存在は世界の不純物みたいだ)

悪魔「……?」

悪魔「なんだ、これ……視界が、勇者に繋がった?」

悪魔「――――ま、いいか。人間だったらとっくに死んじゃうくらい、退屈していたところだし」


715: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:49:12.32 ID:eW5IiDHS0

    ◆

勇者「で、どうしてユミがついてくるんだよ?」

弓使「だって小王さまが勇くんと一緒に行けって……」

勇者「オレは一人でいいって言ったのになあ」

弓使「ひ、ひどいよ……あたし、一緒にいちゃダメ?」

716: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:49:38.96 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「小国、一〇〇年の間に栄えたんだ」

悪魔「これならもう、王を名乗ることに気後れしないかな」


717: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:50:30.81 ID:eW5IiDHS0

    ◆

弓使「…………!」バシュッ

勇者「おお、一撃で射抜いたな」

弓使「あ、あたしだってやればできるんだもん」

勇者「そうこなくっちゃな。期待してるぞ」ナデナデ

弓使「ん……っ/// ……あ、頭なでないでよぉ!」ジタバタ

………
……


勇者「魔剣!?」

勇者「ふふふ、勇者として女神に惚れられたオレの力の見せ所だな!」

弓使「や、やめようよ? 魔剣なんて持ったら呪われちゃうよ?」

勇者「いいや、オレなら大丈夫だ。話を聞きに行くぞ」スタスタ

弓使「ま、待ってよ勇くんっ」パタパタ


718: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:50:58.31 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「魔剣、か。……オサナ」

719: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:51:44.41 ID:eW5IiDHS0

    ◆

老父「なるほど、お話はわかりました」

勇者「じゃあ!」

老父「亡き祖父母も、勇者に渡すとなれば反対しないでしょうしね」

老父「何しろ、勇者と一緒に旅をした司祭と魔女なんですから」

720: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:52:21.55 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「!? このおじいさんが、司祭さんと魔女さんの孫……?」

悪魔「うわ、なんだろ、なんか懐かしくて嬉しくなってきた!」


721: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:54:09.31 ID:eW5IiDHS0

    ◆

老父「ですがその前に、お二人には聞いてもらいたい話があります」

弓使「な、なんですか?」オドオド

老父「――――先代勇者と、この魔剣を振るっていた人の最期です」

勇者「街で話は聞いたよ。魔剣士って人なんだろ?」

老父「ええ。……勇者と魔剣士、二人に関して祖父母の口は重かった」

老父「魔剣の管理を引き継ぐに当たっても、最低限しか教えられていません。わたしの話は、多くの人の言葉を継ぎ接ぎにしたものです」

老父「まずは勇者。こちらはお二人もご存知ですね?」

勇者「ああ。魔王を倒して戻ってはきたが、すぐに現れた次の魔王を倒しに行って、それっきりなんだろ」

弓使「……魔王を倒して、生きて帰った勇者はいない、だもんね」

老父「ええ。ただ、最初に魔王を倒した後の彼の行動には疑問が多く残ります」

老父「祖父と祖母を、そして魔剣士の女性を置いて、どうして一人で行動したのか」

老父「伝聞による性格の違いも気になります。当初、彼は人々のために力を尽くす勇者でした」

老父「が。最初の魔王を倒してからの彼は、他の何かに気を取られているようでした。上辺だけの尽力、そんな印象を受けます」

老父「見捨てたというほどではないのですが」

勇者「なんだかな。勇者ならきっちり救えってんだ」

弓使「勇くん、そういうこと言うのはやめようよ……」

老父「そうですね。勇者くん、あなたも同じようになるかもしれませんよ」

老父「他の全てを捨ててでも、守りたい何かが見つかったりすれば」

勇者「頭の片隅で覚えとくよ。……で? 魔剣士の最期はどうだったんだ?」


722: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:54:45.36 ID:eW5IiDHS0

老父「魔剣士。彼女は、勇者が死んだことを知ると、自らの魔剣で自殺しました」

723: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:56:02.45 ID:eW5IiDHS0

勇者「……おい。冗談だよな?」

老父「祖父は蘇生魔法を使えましたが、発見が遅く、生き返らせることはできなかったと聞いています」

老父「血塗りの魔剣。それが彼女の振るった剣の名です。彼女は最期、自らの血を剣に飲ませ、その生涯を終えたのです」

勇者「…………」

老父「魔剣は今も赤く輝いています。呪いのせいで触れられず、手入れはしていないのですが、今にも切り裂きそうな雰囲気をまとっています」

老父「先代勇者の剣を自負した彼女、魔剣士の血が今も染み込んでいるからかもしれませんね」

勇者「ユミ。帰るぞ」

老父「魔剣はよろしいので?」

勇者「オレが見ていいような、ましてや振るっていいような剣じゃない」

老父「……ふふ。あなたもやはり、勇者くんでしたね」

勇者「ふん」スタスタ

弓使「ゆ、勇くん! 待ってよぉ!」パタパタ

ガチャ、ギィィ

老父「血塗りの魔剣。そんな名前にしては、多くの人に思われる代物となりましたね」

老父「さて、魔剣の結界を張り直しにいきましょうか」



老父「――――バカな。結界が破られている? 魔剣もない」

724: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:56:46.79 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「オサナ……どうして死んだのさ」

ギュッ

悪魔「また呪われてる。オサナが自殺したから、なのかな」

悪魔「……僕のことなんて忘れて、幸せになれば良かったんだよ」

725: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:57:23.94 ID:eW5IiDHS0

    ◆

勇者「バカが! オレをかばってお前がケガしてどうすんだよ!」

……


弓使「動かないで。それ以上勇くんに近づけば、あたしはあなたを射る」

……


弓使「ゆ、勇くん……来ちゃ、ダメ……っ!」

勇者「うるさい。おとなしく待ってろ。いいな?」

……


勇者「オレは、勇者に憧れてただけの子供じゃねえか……!」

弓使「そんなことない。あたしはずっと、勇くんの背中を見てきたんだよ?」

……


726: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:58:34.34 ID:eW5IiDHS0

勇者「沼地と陸地が入り乱れすぎだろ。ここを普通の装備で渡るのは無理だな」

弓使「なんとかならないかな……?」

勇者「氷魔<シャーリ>を使えりゃいいんだが、この辺りは魔力の流れがきつすぎて無理だ。過去に何があったんだか」

勇者「……普通の泥水じゃない。この粘度じゃ泳ごうとしても沈むのがオチだ」

勇者「沼と陸、どちらも進めるような乗り物でもあれば、森の奥まで行けるんだろうが」

弓使「水の上と土の上を……そんなことできないよ」

勇者「諦めが早い奴だなあ。そこを何とかするのが勇者ってもんだろ」

……


女神「おや、やったことはありませんか? 石を回転させながら投げると、」

チャプッ、チャプッ

女神「このように、水の上を跳ねていくでしょう?」

……


勇者「沼地を越える方法を思いついた」

弓使「おぉ、勇くんってすごいね。どうやるの?」

勇者「乗り物を作ってもらう。水や土の上を跳ねるような感じで移動するやつをな」

727: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 22:59:36.69 ID:eW5IiDHS0

勇者「南の大陸に渡るぞ」

弓使「え? 森の奥には行かないの?」

勇者「オレの考えた乗り物、作るのに時間がかかるんだとよ。それまで、魔物の被害が大きい南の大陸を何とかしたいからな」

弓使「あの森の奥に魔王がいるかもしれないのにね……」

勇者「仕方ねえさ。魔物にしたって、空でも飛べなきゃあの沼地は越えられない。今は見過ごすしかないだろ」

……


旅人「よう勇者」

勇者「馴れ馴れしい奴だな。誰だよあんた」

旅人「ずいぶん威嚇してくるじゃねえか。女神に尻尾降ってる子犬のくせしやがって」

728: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:01:00.94 ID:eW5IiDHS0
修正
旅人「ずいぶん威嚇してくるじゃねえか。女神に尻尾降ってる子犬のくせしやがって」
→旅人「ずいぶん噛みついてくるじゃねえか。女神に尻尾振ってる子犬のくせしやがって」

729: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:01:29.69 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「……生きてたんだ。というか、百年後でも生きてるんだ、旅人さん」

悪魔「本物の悪魔は寿命とか違うのかな」

730: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:02:38.65 ID:eW5IiDHS0

   ◆

勇者「くそっ! なんなんだよこの国は! オレをいつまでも城に閉じこめやがって!」

弓使「し、仕方ないよ。勇くんがいなきゃ襲ってくる魔物を追い払えないんだし」

勇者「だからってじっとしててどうすんだよっ。いつまでも襲われ続けるだけじゃねえか!」

弓使「結界魔法とか、使える人いないのかなあ?」

……


勇者「今日は城の外で勇者の顔見せだとよ……」

弓使「ゆ、勇くん? 我慢しなきゃダメだよ?」

勇者「わあってるよ。勇者がいると知って安心する奴もいるんだ。魔物をどうにかするまでは人形になってやるさ」

弓使「もう、そんなことばかり言うんだから。……でも、無理はしないでね? イヤなら、一緒に城を抜け出しちゃお?」

勇者「ユミも肝がすわってきたなあ」

弓使「うん……勇くんのせいだけどね。絶対」

……


姫「ゆーうしゃーさまっ!」ダキッ

勇者「こ、っの! 離しやがれ!」

姫「もう、どうしてわたしを邪険に扱いますの?」

弓使(いつ見ても、きれいな人……)

弓使(こんな美人に好かれてるのに、どうして勇くんは嫌がるんだろ)

弓使「はあ」

姫「…………」クスッ


731: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:04:21.40 ID:eW5IiDHS0

弓使「あの、あたしにお話って……?」

姫「勇者さまには、旅のお供として腕の立つ兵士を何人か提供しようと考えています」

姫「世界の希望である勇者さまが、命を落とされては大変でしょう?」

弓使「えっと。そう、ですね」

姫「ならわかっておいでよね? あなたが勇者さまの仲間に相応しくないってことも」

弓使「――――はい」

姫「弓の腕はそれなりのようですが、後ろから矢を射ることしかできないあなたじゃ、勇者さまをお守りすることはできないでしょう?」

姫「わたしの未来の夫を、守ることはできない」

弓使「……どうしてかはわかりませんけど、勇くんは、あなたとだけは結婚しないと思います」

姫「なんですって?」

……


弓使(この模擬戦で勝って、あたしは勇くんの仲間として認めてもらう)

弓使(相手は剣士。距離はほとんどない。あたしが不利だけど、それでも勝たなきゃ……!)

……


勇者「おい! どういうことだよこれは!」

弓使「来ない、で」

勇者「待ってろ! 今助け」

弓使「来ないで!」

弓使「だいじょうぶ、だから。あたし、勝って、証明するよ」

弓使「勇くんと一緒に、戦えるんだって」

732: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:05:38.87 ID:eW5IiDHS0

……


弓使「勝、った?」

勇者「当たり前だろ。ユミは、オレの頼れる仲間じゃねえか」

勇者「……お前、どんな体勢からでも矢を放てるだろ。窮地に陥った時ほど、ユミの存在が頼もしいんだよ」

勇者「――――だからなあ! ユミを傷つける奴は、全員オレの敵だ。南の王の娘である姫、お前だろうとな」

姫「……わかりませんわ。どうしてわたしより、そんな女のことを大切にしますの?」

勇者「そんなこともわからねえか? 決まってるだろ」

勇者「オレはユミのことが好きなんだよ」

勇者「惚れた女のためなら、国が相手だろうと戦ってやる」

733: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:06:23.94 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「……見てるのが面映ゆくなってきた」

悪魔「僕を見ていた七代目の勇者も、こんな気持ちだったのかな」

悪魔「見てるのも見られてたのも恥ずかしくてしょうがないよ」


734: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:07:55.64 ID:eW5IiDHS0

    ◆

弓使「お城、追い出されちゃったね」

勇者「くそ、オレの頑張りはなんだったんだよ。結局、姫のわがままで城に逗留させられてただけじゃねえか……」

弓使「……ねえ勇くん。さっきの、本当?」

勇者「どのさっきだよ」

弓使「あたしを、その、好きだっていうの」

勇者「信じられないか?」

弓使「だってあたし、いつも勇くんの足を引っ張ってる」

勇者「――――来いよ。証明してやるから」

……


弓使「ここ、教会?」

勇者「ユミさえよければ、すぐにでも夫婦の誓いを交わしたい」

勇者「オレのこと、好きか?」

弓使「……あたしで、いいの?」

勇者「ユミがいいんだよ」

勇者「で? オレのことはどう思ってるんだよ」

弓使「い、言わなくても、わかってるよね?」

勇者「ちゃんと言葉で聞きたい」

弓使「も、もう……勇くんって本当に、バカなんだから……」

735: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:09:15.14 ID:eW5IiDHS0

………
……


勇者「南の大陸に凶暴な魔物が多い元凶がこんな子供、ねえ」

悪魔娘「…………」

弓使「どうする、の? まさか」

勇者「どうもしねえよ。物騒なこと考えんな」

勇者「これまでの話から考えりゃ、周りのバカな奴らがこいつを迫害したのが原因だろ」

勇者「こいつの恐怖が伝播して魔物に伝わった、っつうことか」

弓使「この子、角や尻尾が生えてるし……魔物、なのかな?」

悪魔娘「……やだ」

悪魔娘「来ないで……痛い、やだ……」

弓使「――――」

弓使「大丈夫」ギュッ

悪魔娘「っ!?」ビクッ

弓使「もう痛くない。温かいよね? 安心して」

弓使「あたしがあなたを守るから。ね?」

736: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:10:12.96 ID:eW5IiDHS0

……


悪魔娘「ママ」

弓使「えっと、あたし、かな? はいはい?」

悪魔娘「パパ」

勇者「オレかよ。まだそんな年食ってねえのに」

悪魔娘「だめ?」

弓使「勇くん……」

勇者「わかった、わかったよ。好きに呼べって」

悪魔娘「ありがと、パパ」

勇者「結婚式より前に娘ができるとはなあ」

……


悪魔娘「パパ……ママ――――助けるっ」

バチバチバチッ

霊獣『フウゥゥゥ……!』

弓使「わぁ!? 勇くん何あれ! 怖いこわい!」ギュッ

勇者「アホ、戦闘中に抱きつくな! ……ってか何だあれ、かっけえ」

737: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:11:15.72 ID:eW5IiDHS0

………
……


弓使「この変な乗り物で沼を越えられるの?」

勇者「オレの考えた通りに作られてればな」

悪魔娘「すぅ……すぅ……」

弓使「ふふ。寝ちゃってる。かわいい」

勇者「にしても、娘を魔王との戦いに連れてくのは気が引けるな」

弓使「それはそうだけど……でも、そんなこと言ってると勇くんはまた霊獣と戦うことになるよ?」

勇者「わあってるよ。どっちにしろ、オレが守ればいいんだしな」

弓使「よかったね、娘ちゃん」

……


勇者「さて娘。オレたちはユミに内緒で事を進めなきゃいけない」

悪魔娘「ん」

勇者「オレは方々と話を詰めてくる。その間、ママの相手は頼んだぞ?」

悪魔娘「まかせて。がんばる」

……


738: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:12:19.28 ID:eW5IiDHS0

弓使「最近、勇くんがあたしの相手をしてくれないよね」

悪魔娘「そんなこと、ない」

弓使「そうかなあ? 気がついたら出かけちゃってるし……浮気、とか? うぅ、やだよぉ……」

悪魔娘「ママ、心弱い」

弓使「だ、だって……」

悪魔娘「ん。その心配、明日、終わる」

弓使「どういうこと?」

悪魔娘「くす。内緒」

……


黒服「弓使い様、悪魔娘様、お迎えに上がりました」

弓使「はえ!? だ、誰です何です!?」

悪魔娘「ん」スタスタ

弓使「む、娘ちゃん! 知らない人に付いてっちゃダメだよ!」

黒服「ご安心を。勇者様がお待ちです」

弓使「へ?」キョトン

739: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:13:42.12 ID:eW5IiDHS0

勇者「よう、オレのお嫁さん。とんでもない美人に仕立ててもらったな」

弓使「っ/// ……はっ。そ、そうじゃないよ勇くん! これどういうこと!?」

勇者「いやあ、結婚式挙げたいなあと思ってさ」

弓使「聞いてないよっ」

勇者「だってユミが嫌がるし、なら強行してやろうと思ったんだよ」

弓使「だ、だって……」

弓使「勇くんには、もっと素敵な人がいると思うもん……」

弓使「あたしより可愛くて、優しくて、強くて、家事ができて、手にタコがなくて、胸が大きくて、そういう……女の子らしい子が」

弓使「あたしは遊びでもいいの。気の迷いで十分だもん……だから」

勇者「オレを何だと思ってんだよお前……自分では一途な男だと思ってんだがなあ」

勇者「――――いいか、よく聞け」

勇者「ユミより可愛かったり胸が大きかったりする女はいくらでもいる。ああいや、ユミより可愛い女なんているのか? いないよな」

弓使「む、胸も否定してよっ」

勇者「それは無理だ」

勇者「……自信を持て、なんて言わない。不安は不安のままでもいい」

勇者「だとしても、オレなしじゃ生きてられないくらい、たっぷり愛情を注いでやる」

勇者「世界で一番いい女じゃなくても、世界で一番幸せな女だと思えるくらいにな」

弓使「ば、ばかっ……」ボロボロ

弓使「あたし……あたしっ」

勇者「あーあー泣いちゃって。化粧が崩れるぞ。せっかくいつもの五割増しで美人なのに」

740: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:14:46.87 ID:eW5IiDHS0

………
……


勇者「よし、沼地を軽々と進んでいけるな」

弓使「すごいねこれ……どうやってるの?」

勇者「ざっくり言うと、下に空気を噴射して浮き上がってる」

悪魔娘「この先、魔王、いる?」

勇者「ああ」

勇者「――――勝つぞ。平和な世界で、ユミと娘と仲良く暮らすんだからな」

……



……

勇者「ふざけるな! 何が起きてんだよ!」

悪魔娘「ママ……ママっ!」

勇者「ユミ! くそっ……必ず助けるからな!」

741: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:15:25.75 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「…………」

悪魔「いよいよ、か」

742: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:15:56.74 ID:eW5IiDHS0

    ◆

勇者「娘」

悪魔娘「ん。ママ、助け、行く?」

勇者「ああ」

勇者「…………娘」ギュッ

悪魔娘「ん。なに、パパ」

勇者「ママと、仲良くな?」


743: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:17:04.86 ID:eW5IiDHS0

    ◇

悪魔「せー、のっ!」

ガシッ
グイッ

勇者「うお!?」

悪魔「久しぶり。また会ったね」

勇者「お前は……て、てめえ何しやがる! オレが死ななきゃユミを助けられねえじゃねえか! 早く戻せよ!」

悪魔「そう慌てないで。今の君は魂だけの存在で、残してきた肉体はちゃんと死んでるよ。安心して」

……


744: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:18:21.98 ID:eW5IiDHS0

元勇者「うぇぇ……何だよこの味……」

悪魔「まっずいよねそれ。よく頑張ったよ。何にせよ、これで君は人間に戻った」

悪魔「あとは、」


弓使『勇くん、やだ、やだよぉ、目を開けてよっ!』

悪魔娘『パパ……パパ……!』


悪魔「!?」

悪魔(勇者が死んだのに、どうしてまだ視界が繋がるんだよ!)

悪魔(……いや、違うか。繋がってるのは、元魔王の弓使に?)

元勇者「あとは、何だよ? 何をすればいいんだ?」


弓使『…………』

悪魔娘『ママ……ママ、元気、出して?』

弓使『勇くんを殺した魔王、どこにいるのかな』

弓使『――――殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる』

悪魔娘『マ、マ……』

悪魔(時間の進み方が早すぎる……これは、今じゃない……勇者が死んだ場合の、未来?)

悪魔娘『不死、化?』

弓使『そう。どうしてだろうね。魔法なんてこれっぽっちも使えなかったのに、伝承にしか残ってないような魔法を使えるなんて』

弓使『……勇くんと魔王は相打ちだったんだよね? でも、魔王は何度でも現れる。歴史が証明してる』

弓使『勇くんが命をかけて手に入れた平和を、他の誰にも邪魔させない。人間にも、魔物にも』

弓使『だからあたしは不死になるよ。体が朽ちるその日まで、ね』

745: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:19:43.23 ID:eW5IiDHS0

悪魔娘『ママ……』

弓使『大丈夫、悲しまないで? 娘ちゃん、もう自分の力で角や尻尾を隠せるでしょ?』

弓使『娘ちゃんはかわいいもの。きっと、愛してくれる人が見つかるから』

悪魔娘『ママは、もうあたしを愛してくれないの?』

弓使『ううん。そんなわけない。娘ちゃんが大好きだよ。勇くんの次だから、二番目ね』


元勇者「おい悪魔さんよ。早く言ってくれよな。黙られると不安になってくるだろ」


弓使『不死化……本当にひどい魔法だよね。死んだ人の肉しか食べられないなんて』

弓使『そういえば、魔王も人間を食べていたんだっけ』

弓使『あたしも魔王と同じなんだ』

悪魔(まさか……不死化の魔法が使える条件は……)

弓使『あらいらっしゃい、娘ちゃん』

悪魔娘『お母さん……もうやめよ? こんなことしても、パパが悲しむだけだよ』

弓使『やめないよ』

弓使『娘ちゃんのお願いでも、これだけは譲れない。……ごめんね。ダメなママでごめん』

弓使(夢を見た。勇くんを殺す夢)

弓使(夢の中のあたしは魔王で、勇くんの胸に剣を突き立てている)

弓使(勇くんは……避けようともせず、それどころかあたしを抱きしめて、笑った)

弓使(ああ、ああ――――どうして気づかなかったんだろう)

弓使(勇くんを殺したのは、あたしだ)

弓使『あたしが殺してやりたかったのは、自分だ』

746: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:20:21.30 ID:eW5IiDHS0

弓使『あたしのせいで、勇くんが死んだんだ』




魔剣士『あたしのせいで、ユウが死んだんだ』



747: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:20:53.87 ID:eW5IiDHS0

弓使『…………あは』

弓使『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!』


748: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:21:56.07 ID:eW5IiDHS0

悪魔「…………」

元勇者「ったく、いつまでもだんまりしやがって。不気味すぎるだろ」

悪魔「獄門<パラドーア>」

元勇者「うおっ。びっくりすんだろ、急に魔法を使うなよ!」

悪魔「この門をくぐれば、元いた世界に戻れるよ」


悪魔(何を……僕は何を言っている?)


元勇者「いや、このまま戻ってもオレは死んだままじゃねえか」

悪魔「ああ、そっか。君は普通の人間で、悪魔じゃないしね」


悪魔(待て……待ってよ! そんなことしたら、僕は……!)


悪魔「即席で不死化の魔法をかけて……っと。これで君は一日だけ不死身だよ。戻ってすぐ体を回復させれば、まあ死なないんじゃないかな」

元勇者「おいおい、本当に大丈夫なのかよ」

悪魔「さあ? ま、ダメだったらまた助けてあげるよ」


悪魔(違う! 助かるのは僕だ! 僕はオサナを助けないといけないんだよっ)


元勇者「くそ、不安を煽るなよな」

元勇者「……で、オレはどうやってお前を助ければいいんだ?」


悪魔(言え……言うんだ! ここで一〇〇年絶望してろって!)


悪魔「そんなことも言ったっけ。でも君に助けてもらうほど落ちぶれちゃいないかな」

元勇者「おいおい……あんたにゃ感謝してもしきれないけど、それにしたってひどくねえか?」

悪魔「うるさいな、さっさと行きなよ。それで戻ってくるな」


悪魔(違う、行くな! 僕の代わりにここで……!)

749: ◆AYcToR0oTg 2014/12/17(水) 23:23:05.95 ID:eW5IiDHS0

元勇者「なんかすっきりしねえけど……まあいいか。世話になったな、悪魔さんよ」

元勇者「世界に戻ったら、悪魔の美談を広めといてやる」

悪魔「期待しないでおく。さよなら」


悪魔(待って! お願いだ、僕を助けてくれよ! もうこんな世界はイヤなんだ! オサナと一緒にいたいんだよ!)


元勇者「じゃあな」

バシュンッ

悪魔「あ……」

悪魔「ああああ!!」

悪魔「バカか……バカなのか僕は! 何のために一〇〇年も待ったんだよ!」

悪魔「くそ――――まだだ、まだ機会はある」

悪魔「一〇〇年後、次の勇者こそ、僕の身代わりにすればいい」

悪魔「今度こそ、きっと……!」

755: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:39:08.87 ID:OGILtQOo0

    ◆

小王「なるほど。この話は他の誰にもしていないな」

元勇者「してねえよ」

小王「よし、ならそのまま口をつぐんでいろ。何でかはわかるな?」

元勇者「勇者のせいで魔王が現れる、なんてわかれば勇者は人柱にされちまうからだろ?」

小王「ああ。お前を助けたっていう悪魔が毎回助けてくれるとは限らないからな」

小王「次の勇者が現れたら、真っ先にこの国まで来てもらう。そしてその時代の小王に話を託せばいい」

小王「……王の判断としては間違っているだろうが」

元勇者「悪いな、余計な悩みを増やしちまったか?」

小王「はは、気にするな。お前がはなたれ小僧だった時から困らされっぱなしなんだ、一つ増えたところでへっちゃらだ」

元勇者「うっせえな、早く忘れとけよ!」

元勇者「……世話になる。アニキ」

小王「いいさ。……お姉さんのこと、残念だったな」

元勇者「亡骸が戻ってきただけ良かっただろ。……魔王になっていたことや、オレが死ねば助けられたって、もっと早くわかってればな」

小王「言うな。お前のおかげで、救われた命がいくつもあるんだからな」

756: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:39:54.59 ID:OGILtQOo0

弓使「勇くん、遅かったね」

元勇者「小王の話が長えんだよ。いつもいつもな」

弓使「もう、そういうこと言わないんだよ?」

悪魔娘「パパ、ママ、ご飯……」

元勇者「おっと、腹減ったか? よおし、今日くらい奮発してやっかな!」



旅人「へえ? 世界で初めて生還した勇者、か」

旅人「となると、頑張ったのは先代の勇者……あの優男か」

旅人「ちょっくら挨拶してやるかな」


757: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:41:57.25 ID:OGILtQOo0

    ◇世界の果て

旅人「よう」

悪魔「…………」

旅人「けっ、眠れないからって意識を落としてやがるな。この世界で一〇〇年過ごすための知恵ってか?」

旅人「おい起きろ勇者。八代目勇者。現悪魔。おーいっ」ゲシゲシ

悪魔「…………だれ、だ」

旅人「久しぶりだな。すっかり悪魔が板についたじゃねえか」

悪魔「旅人、さん?」

旅人「んだよ、悪魔らしいのは見た目だけか? 言葉遣いは変わってねえじゃねえか」

悪魔「性格までそう易々と変えたくないよ」

悪魔「それより、どうしてここに?」

旅人「いやな、不思議だったんだよ。おれが考えた取引を続けてくなら、テメエら勇者はいつまでも救われないはずだからな」

旅人「だがお前は当代の勇者を救っちまった。別に文句はないが、どうしてそんなことしたのかと思ってな」

悪魔「うるさいな。僕にだってわからないよ」

悪魔「――――好きな人を殺してしまったことに、心が壊れたみたいに笑う弓使の姿を見た」

悪魔「そんな光景のせいかもしれないけど、でも僕は、オサナとあの女の子なら、オサナを選ぶ」

悪魔「選ぶ、はずなのにさ」

旅人「ふうん? テメエ、どうしてわざわざ魔王になった女の最期なんて見たんだよ」

悪魔「見たくて見たんじゃないよ。勇者をこの世界に引っ張り込んだ後、勝手に未来が見えちゃったんだから」

旅人「そんなことあるわけ……あ、やべ、それおれのせいかもな」

758: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:44:18.18 ID:OGILtQOo0

悪魔「は? どういうことさ」

旅人「初代勇者が死んだ後にな、魔王から人間に戻った女の一生も眺めてたんだよ」

旅人「テメエら勇者は出来損ないの悪魔だしな、おれがこの世界で取った行動に強く影響でもうけるんじゃねえか?」

悪魔「……なんだよそれ。君の軽はずみな行動のせいで、僕は苦しんだっていうのか?」

旅人「そうは言うがなあ。テメエ以外の勇者は、自分の大切な人のために他の人間は見捨ててるだろ?」

旅人「テメエだけできなかった理屈にはならねえよ」

悪魔「――――わかった、そのことはもういい」

悪魔「それより、僕の代わりにこの世界にいてくれないか?」

悪魔「ずっととは言わない。オサナか僕が寿命を終える頃に、また君の代わりに悪魔になる」

悪魔「だから、僕をこの世界から出してほしいんだ」

旅人「おお、なかなか自分本位な奴になってきたな」

旅人「だが悪いな、おれはテメエを助ける理由がない」

悪魔「どうして!」

旅人「いいか? 悪魔が勇者と交わしてきた取引は、どれも『自分が相手を助けるから、相手も自分を助けろ』ってやつだ」

旅人「だがテメエは一方的に助かろうとしている。それが気に入らない」

悪魔「君が始めたことだろ!?」

旅人「わかってねえなあテメエは」

旅人「あのなあ、おれは救済と絶望を同時に与えられるって悪趣味から勇者を助けたんだ」

旅人「おれがいなきゃ、歴代の勇者はただ死ぬだけだ。何も得られずにな」

旅人「おれの意図が何であれ、それが過去の勇者を救ったことに代わりはねえよ」

旅人「それを非難するテメエはなんだ? 女神のような独善者か? 他人のために自分を切り捨てる偽善者か?」


759: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:45:44.81 ID:OGILtQOo0

悪魔「……僕、は」

旅人「本当に助かりてえなら、次の勇者を生け贄にするんだな」

旅人「ま、テメエはもう助かることはできねえよ」

旅人「頭に刻んどけ、おれが呪いを与えてやる」

旅人「今回の勇者は助けたのに、次の勇者は見捨てるのか?」

悪魔「うるさい……うるさい! 誰が苦しもうと関係ないっ、僕はオサナを助けるんだ!」

旅人「期待してやるよ。終わらない絶望と、声にもならない悲鳴をな」

……


悪魔「僕はオサナを助けるんだ」ブツブツ

悪魔「オサナを助けて、そして……」

悪魔「違う、僕が助かりたいわけじゃない」

悪魔「助けて、僕を助けてよ、誰か」

悪魔「僕は――――」

760: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:46:26.53 ID:OGILtQOo0

    ◆一〇七年後

悪魔「最後の時、僕は君を助けるよ。だから君には、僕を助けてほしいんだ」

悪魔「今度こそ」

……


勇者「やはり、な」ペラッ

勇者(あの悪魔が抱えていたのは、失われた血塗りの魔剣で間違いない)

勇者(だがどうして、悪魔が魔剣を大事そうに抱えている?)

………
……


761: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:47:22.99 ID:OGILtQOo0

勇者「少し気は引けますが……必要なことならやりましょう」

ブォン

ズバッ

勇者「女神の加護を切りました。これで今度は話を聞けるんですね?」

……


小王「これが、九代目の勇者から聞いた世界の真実だ」

勇者「バカな……なら今の魔王は、行方不明になった私の友人、ですか?」

小王「君には辛い決断を迫ることになる。悪魔による救済など本当にあるかわからないからな」

勇者「いえ――悪魔は確かにいるようです。以前、悪魔が住むという世界の果てに呼ばれたことがあります」

小王「ほう? 悪魔というのはどんな性格なんだ? 暴力的で人を食ったような性格をしているという偏見はあるが」

勇者「そういった印象はありませんね。優男、といった感じです」

小王「ずいぶんと軟弱な感じだな。……そんな奴が女神に喧嘩を売るものか?」

勇者「確かに……」

762: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:48:25.40 ID:OGILtQOo0

勇者妹「お兄ちゃん、急に帰ってきたと思ったら、勇者様なのに家にこもってばかりだね……」

勇者「調べたいことがあるんだ。それが終わったら勇者らしく行動するさ」

勇者妹「でも、あまり危険なことはしないでよ?」

勇者「わかってる。心配してくれてありがとな」ナデナデ

勇者妹「んー、えへへ」

勇者(趣味で勇者のことを調べていたら、こんなところで役立つとはな)

勇者(……言い伝えとは異なり、魔王を倒して生還した九代目勇者)

勇者(そして、八代目)

勇者「魔王討伐に成功するが、新たに現れた魔王との戦いで命を落とす」

勇者「優男で、人につけこまれそうな雰囲気がある」

勇者「血塗りの魔剣を振るった魔剣士とは懇意で、仲睦まじい様子が多くの街で目撃されている、か」

勇者(なぜか助かった九代目。優男。そして魔剣)

勇者(憶測にすぎないが、それにしては符合する事柄が多い)

勇者「あの悪魔は、八代目勇者なのか?」


763: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:49:35.77 ID:OGILtQOo0

    ◇

勇者「げほっ、げほ……」

悪魔「無茶するね。魔王相手に単身で説得しようなんて」

勇者「元が私の親友なら届くかもしれない、そう思ったから、な」

悪魔「だからって、あそこまで切り刻まれても立ち上がったのには尊敬するよ」

……


悪魔「これで君は半分だけ救われた」

元勇者「んっ……そう、か。我慢したかいがあったな」

悪魔「あとは」

悪魔「君が、僕を」

悪魔「…………」

元勇者「……八代目勇者」

悪魔「何かな」

元勇者「やはり、か」

元勇者「あなたはどうしてこんな場所にいる?」

元勇者「どうして九代目、私の前の勇者は生きて帰ってこられたんだ?」

悪魔「僕が助けた。それだけだよ」

元勇者「その返答には不足が多すぎる」


764: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:50:56.70 ID:OGILtQOo0

悪魔「……獄門<パラドーア>」

悪魔「僕から話すことは何もない。さっさと行きなよ」

元勇者「まだ話は終わってない」

元勇者「あなたは私を助けると言った。私にあなたを助けろと言った。その言葉はどこにいったんだ?」

悪魔「うるさいな……君が僕を助けるだって? 思い上がるな」

元勇者「私に取引を持ちかけたのはあなただ。なのにあなたは、自分の言葉を反故にしようとしている」

元勇者「あなたは語らないことが多すぎる。どうして自分で全てを抱え込むんだ」

魔剣士『一人で抱え込んだりしないで。ね?』

悪魔「っ」

元勇者「教えてくれ。私は何をすればいい?」

司祭『どうして教えてくれなかったんだ。私たちは仲間だろう』

元勇者「どんなことでも力を貸そう。私を頼ってくれていい」

魔女『わたしを頼ってくれていいと思うな?』

元勇者「だから、」

悪魔「うるさいっ。うるさいんだよ!」

元勇者「話を」

悪魔「出てけ……出てけぇ!」ドンッ

バシュン

悪魔「はあ……はあ……」

悪魔「――――はは」

悪魔「僕は心が弱いんだ、きっと。他人の不幸も踏みにじれないくらい」

765: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:51:43.28 ID:OGILtQOo0

    ◆

元勇者「…………」

勇者妹「お兄ちゃん、元気ないね?」

元勇者「ちょっとな。すまない、心配をかけた」

勇者妹「そんなことないよ。お兄ちゃん、魔王を倒したりで大変だったもんね」

勇者妹「友達も見つかったんだし、これからはのんびりしてね?」

元勇者「ふっ、そうだな」

元勇者「……そのためにも、早く悩み事を片づけたいか」

勇者妹「お兄ちゃんならできるよっ」

勇者妹「…………あ!?」

元勇者「どうした?」

勇者妹「お兄ちゃんにお客さんが来てたの忘れてた!」

元勇者「おいおい……早く通してやってくれ」

勇者妹「わかったー」

元勇者「ところで誰が来たんだ?」

勇者妹「えっとねー、旅人さんって言ってたよ」

766: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:52:50.19 ID:OGILtQOo0

……


旅人「ってえわけだ。どうだ、参考になったか?」

元勇者「…………」

旅人「んだよ黙り込みやがって」

元勇者「あなたの話を疑うわけじゃない。だが、だとしたら彼は何をしているんだ」

元勇者「どうして自分だけが苦しもうとしている?」

旅人「そんなのわかりやすいじゃねえか」

旅人「偽善者なんだよ、アイツは」

元勇者「……恩人を悪く言われて、私が気を害さないと思うか?」

旅人「テメエの気持ちなんざどうでもいいな。おれはおれの心に従うまでだ」

旅人「惚れた女を助けず、ちょっと人生を眺めた程度の奴を相手に自分を犠牲にするバカを、他になんて呼べばいいんだ?」

元勇者「なるほどな、あなたは確かに悪魔らしい」

元勇者「しかし、どうして私にこんな話をしにきた? それこそ、あなたは偽善者でもないだろうに」

旅人「なあに、難しく考えんなよ」

旅人「おれの話を聞けば、テメエは何かを変えようと動くだろ?」

旅人「人間がもがく姿を見る、これほど楽しいことがあるか?」

767: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:54:14.85 ID:OGILtQOo0

    ◆五二年後 会談

西の王「更なる援助、か」

東の王「そうは言うが、北の大陸は人と物資の中継地として十分に栄えてきたと思うが?」

小王「北はもともと領主が存在せず、それぞれの地域が独立した治世を行ってきました」

小王「それを王に属し、一つの国とするには多くの苦労と根回しが必要だったのですよ」

西の王(ちっ、狸め。王位を継いだばかりの若造のくせにふてぶてしい)

南の女王「だとしても、それをこの場で議題にする理由はない。それぞれの国と個別に話し合って援助を請うのが筋だと思うが?」

小王「もちろん、ここでこうして話さなければいけなかった理由があります」

小王「何しろこれは重大な機密のため、皆さんへお話するのに順序をつけるわけにはいかなかったのですよ」

東の王「そこまでしてもったいぶるとはな。どんな内容なんだ?」

小王「勇者と魔王が選ばれる理由、ですよ」

西の王「……なんだそれは。ばかばかしい。魔王が現れたから、それを倒すために勇者が選ばれる。それだけのことだろう」

小王「それは大きな誤解ですね」

小王「まず勇者が女神様から神託を受け、その数日後、魔王が発生する。きちんと因果関係を探れば、その流れだと確認が取れますよ」

南の女王「もしそれが本当なら、これまでの世界の認識がひっくり返るな」

西の王(小王の目的は援助だが、問題は話の内容だな)

東の王(国民に開示しなければいけない情報だとしたら、援助を断ったとしても他国から話が流れてくる)

南の女王(ここまでもったいぶるのだし、先に提示してきた高額な援助を思えば重要性は相当に高いはず)

小王(ここからが肝要、だな。まずはなんとしても援助の確約を取り付ける)

768: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:56:20.06 ID:OGILtQOo0

小王(四国会談の場で表明したことを撤回すれば、他国から大きな反感を買う)

小王(ただし三国が団結して支援を固辞するなら、小国が不当な支援を申し出たのだと疑う向きも出てくる)

小王(まずは痛くない程度の腹を一国に切らせる。そうすれば、自分だけ支出したという立場から撤回の反対派に回る)

小王「時に東の王。以前から話が進んでいた、結界魔法の技術協力は今回の援助の一部に盛り込んでも構いませんか?」

東の王(前回の勇者のおかげで、魔物に襲われることは防げない結界魔法に代わり、敵意に反応して自動で攻撃する防衛魔法が作られている)

東の王(一時代前の結界魔法を教えて援助の額を削れるなら悪くない)

東の王「いいだろう。勇者と魔王の理由とやらはまだわからないが、そちらの国を守る一助になるなら拒む理由がない」

西の王(バカが、自国のことだけを考えて承諾したな。相手の思惑を読む力もないか)

西の王(これだから外交音痴は困る……こちらから穏便に話を白紙に戻せるか?)

西の王「結界魔法のことはこちらも小耳に挟んでいるが、ここで決めてしまえば王の手柄になってしまうだろう?」

西の王「これまで調整を続けてきた大使が報われない。決定するのは尚早じゃないかと、大使たちの人柄を思えばこそ懸念に思うが?」

南の女王(まったく、くだらないな)

南の女王(各国の思惑が透けて見えすぎている。それだけ勇者という手札が大きいことの証左ではあるが)

南の女王(……勇者と魔王が選ばれる理由、か。いったいどんなものなんだ?)


会談後、三国は小国――後の北の国への経済支援を確約する。
また、存命している勇者の親族を保護、それぞれの王城でかくまうと、時を置かずに国民へ勇者の秘密が開示された。
その情報は人々を混乱させたが、徐々に受け入れられていく。

勇者が選ばれるまで、あと半世紀。
次代の勇者は、英雄ではなく罪人となる未来が確定された。

769: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:56:52.60 ID:OGILtQOo0

    ◆六七年後 市場

主婦1「このまま勇者が現れなければいいけどねえ」

主婦2「ホントよ。勇者が生きている限り、魔王はいくらでも現れるんでしょ?」

少女「…………」スタスタ

770: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:57:36.00 ID:OGILtQOo0

    ◆自宅

少女「はあ。気が滅入っちゃうな」ボスン

少女「……やな感じ。みんな、直接は言わないけど、勇者が死んでくれることを期待してる」

少女「勇者に選ばれるのは自分かもしれない、自分の大切な人かもしれないのに。どうしてみんなは平気なんだろ」

女神『……者よ』

少女「?」

女神『勇者よ』

少女「っ」ビク

女神『あなたには、私の力を託します』

少女「う、そ」

勇者「あたしが、勇者なの?」

771: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:58:53.40 ID:OGILtQOo0

    ◆数日後

少女兄「最近顔色が悪いな。具合でも悪いのか?」

勇者「ううん、そういうんじゃないの……大丈夫だから」

勇者(勇者に選ばれたら、すぐに名乗り出るよう決められてるけど……そんなの無理だよ。殺されちゃう)

勇者(助かる方法があるって言われても、それを信じて王城に出頭するなんてできない)

勇者(やだ、やだよ。怖い)

少女兄「……そうだ。少女、俺はこれから出かけてくるよ」

勇者「何か用事?」

少女兄「ちょっとな」

少女兄(少女は夜の花が好きだしな。取ってくれば、ちょっとは元気になってくれるかもしれない)

……


少女友「あ、お兄さん」

少女兄「久しぶり。最近は会ってなかったかな」

少女友「お兄さんって忙しいですもんねー。まだ若いのに剣術の師範代ですし」

少女兄「若手に経験させようって、実力が伴わなくても名前を押しつけられてるだけだよ。俺はまだまだ青二才だから」

少女友「またそんなこと言っちゃって。少女に怒られちゃいますよ?」クス

少女兄「妹は俺を過大評価しすぎなんだよ」クス

少女友「今日はどこにお出かけですか?」

少女兄「町の西にある山にちょっとね。夜の花を摘んでこようと思うんだ」

772: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 10:59:44.98 ID:OGILtQOo0

少女友「少女ー? いるー?」

勇者「待って、今出るから」

ガチャガチャ

少女友「最近、人付き合いが悪くなったって聞いたから遊びにきちゃった」

勇者「そう、なの? ごめん、ちょっと元気が出なくて……それだけだよ」

少女友「確かに顔色が良くないよねー。……はっはあ。それでお兄さん、出かけたのか」

勇者「兄さんに会ったの?」

少女友「これから夜の花を取りに行くんだって。誰かさんの好きな花を、ねー?」

勇者「あたし……のこと?」

少女友「元気づけたいってことでしょ? いいお兄さんだねー」

勇者「兄さん……」

ゴゴゴ、、、

少女友「んー?」

勇者「家が揺れてる……?」

勇者「――――それだけじゃない! 空が、急に暗く……っ!」

少女友「な、なにこれ? 少女、何が起こってるの?」

勇者「わからない、よ」

勇者「一度広場に行こう? みんなに話を聞かないと」

773: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 11:00:37.21 ID:OGILtQOo0

主婦1「や、山が……山が黒い何かに覆われて……!」

勇者「!?」

少女友「しょ、少女……あそこ、今、お兄さんが」

主婦2「あ、ああ……なに、なんなの、あれは」

少女友「山……頂上が消えて、お城になった」

勇者「…………」

勇者「あたしの、せいだ」ボソ

勇者「っ」ダッ

少女友「少女!?」


勇者(怖かった。ずっと怖かった)

勇者(勇者だってばれたら殺されちゃう。みんなに死ねって言われることを想像したら、自分じゃ何もできなくなっていた)

勇者(そんな自分のことしか考えられないあたしだから、今の今まで思い出せなかった)

勇者(魔王は、勇者に近しい人から選ばれるんだって)

勇者「……っ」

勇者「ごめん、ごめんね兄さん。すぐ助けるから……!

774: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 11:01:35.84 ID:OGILtQOo0

    ◇世界の果て

悪魔「目は覚めた?」

勇者「ここは……」

悪魔「びっくりしたよ。君が急に自殺するから。お兄さんを助けるのと、自殺するのって普通なら繋がらないからね」

勇者「あなた、は?」

悪魔「初めまして、勇者さん。僕は訳あって悪魔をやっているんだ」

勇者「……っ。兄さん、兄さんはどうなったの!?」

悪魔「安心して、生きてるよ。君が自殺したことで魔王じゃなくなった」

勇者「……良かった。兄さん、無事なんだ」

悪魔「落ち着いたところで、聞かせてくれないかな」

悪魔「勇者が死ねば魔王は救われる。どうして君はそれを知っていたんだい?」

……


悪魔「なるほどね。そうなることは予想していたけど、思ったよりは早かったかな」

勇者「予想してた、って。あなた、何者なの?」

悪魔「どこにでもいる悪魔だよ。ちょっとだけ物知りな、ね」

……


775: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 11:03:03.18 ID:OGILtQOo0

少女「うぇぇ……」グスグス

悪魔「戻さないでよ。やり直すことになったら大変なのは君なんだから」

少女「どうしてこんな、殺意を感じるまずさなの……」

悪魔「そういえば僕、暇だったのにその魔法を改善しようとはちっとも思わなかったな」

少女「どうして?」

悪魔「これから救われていく勇者への嫌がらせ、じゃないかな」

少女「……変なの。助けたり、嫌がらせしたり、忙しいのね」

悪魔「そういうのが人間らしさだしね」

少女「あなた、悪魔でしょ」

悪魔「おっとそうだった」

少女「ふふ、面白い人」

悪魔「そんなことを言われたのは久しぶりかな」


女神「楽しく話しているところを、お邪魔させてもらいましょうか」


悪魔「……ま、いつかこうなるとは思ってたよ」

女神「文明の発展が全く行われないまま勇者が落命する。異常な事態ですからね」

女神「そして勇者の痕跡をたどった結果、あなたが見つかった」

女神「久しぶりですね、八代目勇者。そして初めまして、元勇者のあなた」

少女「この声……あなた、あたしに呼びかけた……」

女神「本当なら、あなたに会うのはもっと先のことでした」

女神「八代目勇者。あなたさえ余計なことをしなければ」

悪魔「おお怖い。やめてよ、女神に殺された記憶がよみがえっちゃいそうだ」

776: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 11:04:48.28 ID:OGILtQOo0

女神「あなたは自分が何をしたのかわかっているのですか?」

悪魔「もちろん。そうすることで困るのは誰か。本当に困るのは誰か。全部よくわかってる」

女神「でしたら話は早いですね。あなたには神罰を受けてもらいましょう」

悪魔「へえ。どんな?」

女神「この世界を完全に孤立させます。ここから人間に干渉する方法はなくし、何もないここで、あなたには永遠を生きてもらいましょう」

女神「死ねばいい、などと甘い考えは許しません。強固な自己修復力、再現力を世界に持たせ、いつまでも代わり映えしない世界を維持します」

女神「あなたは、永遠と孤独の虜囚です」

少女「待ってください!」

少女「この悪魔さんはあたしを助けてくれました! 悪い人じゃありません!」

女神「あなたの目にはそう映るでしょう。ですが彼は、人類に刃向かった。確かな未来を阻みました」

女神「それは許されない大罪です」

悪魔「多くの人間を殺してきたあなたに、そんなことを言われるとはね」

悪魔「ちゃんちゃらおかしい。長生きしてみるもんだな」

少女「悪魔さん、挑発しないでください!」

悪魔「……いいんだよ。どうせ結末が変わらないなら、これくらい言っておかなきゃやりきれない」

少女「どうして諦めちゃうんですか!」

悪魔「勇者や魔王という役割が世界に知られた以上、もう次の勇者は生まないだろうから」

悪魔「僕みたいに、大切な人を失う誰かはもういない。それくらいが落としどころかなって」

女神「そうですね。勇者と魔王を利用した文明の発展は行えません」

女神「本当に、残念でなりません」

777: ◆AYcToR0oTg 2014/12/18(木) 11:05:42.61 ID:OGILtQOo0

女神「では罰を与えましょう」

悪魔「どうぞ?」

女神「いつかの時のように私を殺そうとしても構いませんが?」

悪魔「無駄なことはしない主義なんだ」

女神「そうですか」

女神「ですが」

女神「あなたの人生は、無駄でしかありませんでしたね」

少女「どうして、どうしてそんなひどいことを言うんですか!」

少女「あなたはいったい、」

女神「さようなら。八代目勇者」

バシュン

悪魔「…………」

悪魔「あの子、ちゃんと世界に帰ることができたかな」

悪魔「…………」

悪魔「……やだよ」

悪魔「いやだ……いやなんだ。本当に悪かったと思ってる」

悪魔「だから、だからさ」

悪魔「僕はもういい。せめてオサナだけでも、あなたの力で助けてよ!」

789: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:26:08.70 ID:3Go+nxyP0

――――あたしは勇者じゃないけれど

    ◆自宅

少女兄「まだ顔色が良くないな。具合が悪いわけじゃないんだろ?」

少女「うん……」

少女兄「お前が勇者になって、俺が魔王になって、そしてすぐに元通り、か。得難い経験をした、と思うことにしているけど」

少女兄「悩んでいるのは、それに関係することなのか?」

少女「あたしを助けてくれた悪魔さんのこと、話したでしょ?」

少女兄「ああ。名前負けした優しい人だったんだろ」

少女「助けてもらったのに、あたしはあの人を助けてあげられないのかなって」

少女兄「……国からのお触れで、勇者は助かる方法があるって言ってたよな。その方法が悪魔さんのことだとしたら」

少女兄「悪魔さんに救われたのは、少女だけじゃない。そしたら、同じように悪魔さんを助けたいって人もいるんじゃないか?」

少女「兄さん……」

少女「そっか。そうだね。そうだよね! 兄さん、今すごくいいこと言った!」

少女兄「そうか? まあ助けられた人は生きちゃいないだろうから、その子孫の人に話を聞いてもらうだけでも、気持ちが楽に」

少女「あたしお城に行って王様に会ってくる!」

少女兄「え?」

少女「そうだよ、何もしないうちから諦めちゃダメだよね! あたし、悪魔さんを助けるんだ!」

少女「兄さんありがと! いってきます!」

少女兄「……いってらっしゃい」

タッタッタ

少女兄「んー。恩に感じてるだけならいいけど。悪魔に一目惚れとかは、兄として応援できないから勘弁してほしいな」


790: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:27:24.61 ID:3Go+nxyP0

    ◆結社

学士「王から紹介は聞いている。君が今回の勇者だったらしいな」

少女「ええ。……悪魔さんに、助けられました」

学士「悪魔か。人からその名前を聞くのは久しぶりだな」

学士「まずは自己紹介をしておこう。私は学士。君の先代、一〇代目勇者の子孫だ」

少女「え? 勇者の血筋の方って、みんなお城にいるんじゃないんですか?」

学士「勇者と魔王の関係が明かされた当時はそうらしいな」

学士「だが、前回の勇者が没してから一〇〇年以上が過ぎている。魔王や勇者に恨みを持つ人は少数だろう」

学士「勇者の血筋であることさえ隠せば、城の中という窮屈な世界にいる理由がない」

少女「はあ。でも、お城の中なら不自由しませんよね?」

学士「不自由しかないだろう? 私は養われる豚として一生を終える気はない」

学士「君の場合、被害を受けた人はいないようだが……似たような思いだから、城に保護されるのは拒んだんじゃないのか?」

少女「あたしは……やることがありますから」

学士「悪魔か」

少女「はい。あたし、絶対に悪魔さんを助けたいんです」

学士「わかった。私の持っている情報を全て教えよう」

学士「悪魔の救済は先祖の悲願でもある。彼を……八代目勇者を、一緒に救う方法を考えよう」

791: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:28:34.33 ID:3Go+nxyP0

学士「…………」

少女「…………」

学士「なるほどな」

少女「どうすればいいでしょうか?」

学士「まず必要なのは悪魔を世界の外に出す方法か。この時、悪魔が助けを拒まないよう、誰かが犠牲になる方法は選べない」

学士「そしてもう一つ。こちらは杞憂だと思いたいが、女神が私たちの行動を見逃すか、だな」

少女「許してもらえない、でしょうか?」

学士「何とも言えない。女神はそこまで一個人にこだわらないはずだが」

少女(女神さま……世界を閉ざした、あの人が)

少女「――――あれ?」

少女「あの、大事なことを忘れてます」

少女「あたしたち、悪魔さんのいる場所に行く方法がありません」

学士「……それか」

学士「幸か不幸か、協力者がいる。彼の気が向けば何とかなるだろう」

少女「どうしてそんなに嫌そうな顔なんですか?」

学士「私は彼が苦手なんだ。できることなら会いたくもないんだが」


旅人「おいおい、ひでえ言い草じゃねえか」


792: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:29:55.97 ID:3Go+nxyP0

学士「来るのが遅い。時間を聞いていなかったのか?」

旅人「聞いちゃいたがな。どうせまだ本題に入ってねえんだろ?」

学士「ちっ。その見透かしたような言葉でさえ腹が立つ」

少女「あの……?」

旅人「ふーん? なんだよ、ずいぶんと小さいやつだな。こんなんを勇者にするとか、あの若作りババアもついにボケたのかね」

学士「こいつの言葉の八割は聞き流していい。愚にもつかない悪口だからな」

学士「嫌々ながら紹介する。彼は旅人、この結社に一〇〇年もいる古株だ」

少女「? あの、ごめんなさい。言ってる意味がよくわからないです」

旅人「だとよ。おれが説明してやっから、テメエは外で時間でも潰してこい」

学士「……取って食ったりはしないだろうな?」

旅人「こんな乳臭えガキにそんなことするかよ」

学士「何かあったら叫んでくれ。そう遠くには行かない、すぐに駆けつける」

少女「えっと。その、二人って仲良しなんですね」

学士「やめてくれ。吐き気がする」

793: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:30:42.81 ID:3Go+nxyP0

……


旅人「アイツにはない羽まで見せてやったんだ。おれが悪魔だってことは信じるな?」

少女「うん……」

旅人「で、だ。女神のヤツがどんな細工をしたか知らねえが、あの優男のとこに送ってやってもいい」

少女「本当!?」

旅人「おれがしてやるのはそこまでだ。女神の細工は自分らで何とかしやがれ」

旅人「そこまで面倒を見てやる筋合いはねえし、おれの力じゃ女神には勝てねえからな」

少女「あの……質問、してもいいですか?」

旅人「なんだよ」

少女「どうしてそこまでしてくれるんですか? 女神さまに逆らったら、またひどいことされちゃうのに」

旅人「――――別に深い理由なんてねえよ」

旅人「おれの古いねぐらで泣きべそかいてるヤツがいるから、さっさと追い出したいだけだ」

794: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:31:51.62 ID:3Go+nxyP0

……


少女「一つ質問してもいいですか?」

旅人「いやだね」

少女「旅人さんって、どうして女神さまに歯向かったんですか?」

旅人「ちっ……どんどんふてぶてしくなりやがるな、このガキ」

少女「どうして?」

旅人「あーあーうっせえな! 答えてやるから静かにしやがれっ」

旅人「……女神に声をかけられたヤツが勇者って名前になる前の話だがな」

旅人「魔物を捕まえようと四苦八苦しているヤツがいて、その姿が笑えたから、ちょっとからかってやろうと思ったんだよ」

少女「性格が悪いですね」

旅人「うるせえ、黙って聞け」

旅人「……だから言ってやったんだ。おれを楽しませることができたら、魔物を捕まえる方法を教えてやるってな」

旅人「そしたらそいつはな、しばらく考えてからアホなことを言い出しやがった」

旅人「『僕と友達になろう』だとよ」

少女「悪魔と友達になりたいなんて、面白い人ですね」

旅人「言っとくが、そいつなりに理由があってのことだぞ」

旅人「友達付き合いしていく中でなら、おれを笑わせられることがあるだろうからってな」

旅人「ま、理由はどうあれそのアホっぷりが楽しめたし、約束は守ってやるかと罠魔<トラトラ>を教えてやったんだ」


795: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:33:22.45 ID:3Go+nxyP0

旅人「そしたらよ、女神のババアが激怒しやがってな」

少女「どうしてですか?」

旅人「邪魔するな、だとよ。おれが人間にいろいろ教えちまうと、文明の発展の仕方が歪んじまうらしい」

少女「はあ。いろいろ難しいんですね」

旅人「そうみたいだが、おれには関係ない話だったからな。無視して魔法をいくつか教えてたら、世界の果てに投げ込まれちまったんだ」

少女「そうだったんですか。旅人さんも大変だったんですね」

旅人「まあな」

少女「ところで旅人さん、お願いしたいことがあるんです」

旅人「いやだね」

少女「悪魔さんを世界の果てから逃がすには、どうしたらいいでしょう?」

旅人「お願いは聞かねえっつってんだろうが」

旅人「……だいたい、あのブスの小細工をなんとかできるなら、おれは一人で勝手に抜け出してんだよ」

旅人「おれの力だけじゃどうにもならなかったから、勇者どもを利用したんだ」

少女「そうですか……んー、困りましたね」

旅人「わかったらあっち行ってろ。しっしっ」

少女「…………旅人さんの力だけじゃダメだったんだし。うん、そうしよう!」

旅人「あん? なんだ急に」

少女「あたし、みんなに手紙を出してきますっ」

旅人「はあ?」

796: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:34:33.94 ID:3Go+nxyP0

『  勇者に救われた方たちへ


 はじめまして。あたしは今回の勇者だった少女といいます。

 突然のお手紙をお許しください。どうしても、皆さんにあたしの声を届けたかったのです。

 今、あたしたちは八代目の勇者を助けるための活動をしています。

 自分を犠牲にして九代目、一〇代目の勇者を救った彼は悪魔となり、女神様に刃向かった罰として孤独な世界に幽閉されています。

 すでに世界では広く知られている、勇者と魔王の関係を壊した罪によってです。

 女神様にも事情はおありでしょう。思うところがあるでしょう。

 けどそれでも、あたしは悪魔さんを助けたいと思いました。

 皆さんはどうでしょう。悪魔さんが一人苦しむのを、良しとできるでしょうか。

 良しとできなかったあたしは今、悪魔さんを救う方法を探しています。

 ですが、あたし一人では何もできません。

 勇者の力にさえ目覚めなかったあたしは、これまでの勇者のように、文明の発展を促す力がないからです。

 だけどあたしは信じています。

 いつかきっと、悪魔さんを助けられるのだと。

 もしも皆さんがあたしと同じ気持ちなら、どうか力を貸してください。

 あたしたち結社『祈りの魔剣』は、多くの力を必要としています。

 皆さんの思いが、悪魔さんを助ける救いの手になることを願って。


   悪魔さんを助けたい一人の少女より』

827: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 12:17:14.22 ID:3Go+nxyP0

    ◆

女神「これは――」


どうやって文明の発展を促そうか。その方策を考えていた女神は、人類の転換点にようやく気がついた。
勇者として目覚めなかった少女を中心に、人々の知恵が集まっていく。
悪魔、八代目勇者を助けようと立ち上がった彼らの想いは、一つの形を作っていく。
女神は時間の流れを速め、結末を観測しようと躍起になった。


女神「……まさか」


何千年と手をかけてきた女神からすれば、ほんの一かけらに過ぎない時間。
たったそれだけの間に、人間たちは一つの魔法と技術を手に入れた。
女神の差し伸べた手を振り払うように、人間はもう女神の前に進んでいる。


旅人「はっ、とんだ間抜け面だな。テメエにはお似合いだよ」

女神「あなたは……久しいですね」

旅人「おれとしちゃ、このまま会わないでいたかったんだがな」

女神「でしたら、どうしてここに?」

旅人「そらよ」ポイッ

女神「……これは?」

旅人「わかってんだろ。人間が自分たちの力で作り上げた代物だよ。テメエが失敗した証だ」

女神「――――」

旅人「子供が巣立った気分はどうだよ。泣き言でもこぼして、おれを楽しませてくれ」

女神「私が間違っていたとでも?」

旅人「そこまでは言わねえが、干渉が過ぎるんだよ。うぜえったらありゃしねえ」

旅人「もっと放っときゃいいんだよ。テメエがいちいち言わなくたって、自分に何が必要かくらい人間もわかってんだろ」

女神「では、人間の悪友であったあなたが正しいと?」

旅人「人間の口うるさい母親だったテメエが正しいってのか?」

女神「…………」

旅人「…………ふん。こんなことを話に来たんじゃねえ。さっさと人間に敗北宣言しろよ」

女神「ところで、一つ質問があるのですが」

旅人「なんだよ」

女神「これは、どうやって使うものでしょう」


797: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:35:41.19 ID:3Go+nxyP0

    ◇一三年後

悪魔「――――」

悪魔「――――」

悪魔「――――」

悪魔「――――」

バリバリッ!

悪魔「――――?」

悪魔「――――」

悪魔「――――」

?「ようやくここまで来られました」

悪魔「…………?」

?「お久しぶりです、悪魔さん」

悪魔「……少、女?」

女「少女なんて、もうそんな年齢じゃありませんよ?」

女「昔はあんなに大きく見えた悪魔さんが、今では可愛らしく見えちゃいます。あたしって大人になったんですね」

悪魔「そんな……どうして、ここへ?」

女「決まってるじゃありませんか」


女「あなたを助けに来たんです」


悪魔「だって、ここは……女神が、世界を閉ざして」

女「ええ、そうみたいですね。世界の果てを目指してるはずなのに、氷だらけだったり雲の上だったりに繋がって、とっても大変でした」


798: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:37:02.75 ID:3Go+nxyP0

女「でも、ようやくここまで来られたんです」

悪魔「ダメ、だ……早く、出ないと。この世界は、変わることを許さない。昨日までいなかった君がここにいたら、どんなことになるか……」

悪魔「僕なら大丈夫だから、早く逃げて……っ」

女「そう、ですか。まさか強がるとは思いませんでした」

女「一人になった直後は、助けてくれって泣き言をこぼしていると聞きましたけど」

悪魔「…………」

悪魔「……何の話かな。そんなことより、早く逃げなって」

女「すっとぼけますか。旅人さんが聞いたらなんて言うでしょうね」

女「泣き虫がいっぱしの口を叩きやがる、でしょうか」

悪魔「な……」

女「ふふ、顔を赤くしましたね? 肌が青いから、とても目立ちますよ」

悪魔「ち、違うっ。僕は助けなんて求めてない!」

女「……そうですか。じゃあ助けなくていい、と」

女「でもあたし、悪魔さんのわがままは聞いてあげないんです」

女「孤独、永遠、背反せよ。――――調律<リライト>」


799: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:38:09.24 ID:3Go+nxyP0

悪魔「な……?」

悪魔(目を疑った。いや、しばらくは目を開けることさえできなかった)

悪魔(黒一色に慣れきった目では、目の前の変化についていけなかった)

悪魔(夜空よりもずっと真っ黒な空は、胸がすくほどの青さで僕らを包んでいる)

悪魔(どろどろとした重たい水の流れる小川は、川の底が透きとおって見えるほど清く澄んでいる)

悪魔(雑草の一つも生えない痩せた大地は、柔らかな草が生い茂り豊かな季節を予感させる)

悪魔(ほんの数分でぐるっと一周してしまうほど、小さく狭く完結した世界だったはずなのに)

悪魔(どこまでも自由なんじゃないかというほど、世界には奥行きが感じられた)

女「良かった。どれくらい保てるかわかりませんけど、これもうまくいきましたね」

悪魔「そんな……どうやって?」

女「なんちゃって創世魔法、調律<リライト>です。覚えるの大変だったんですよ?」

悪魔「はは。どうやら君って、すっごく優秀な勇者みたいだね。僕、そんな魔法は覚えられなかったよ」

女「……悪魔さんって、やっぱり勇者に意識を囚われてるんですね」

悪魔「どういうこと?」


800: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:39:34.06 ID:3Go+nxyP0

女「悪魔さんは勇者だからあたしたちを助けられたんじゃありません」

女「あたしは勇者だから悪魔さんを助けられたんじゃないんですよ」

女「悪魔さんが助けた多くの人が、悪魔さんのことを助けたいと思った」

女「悪魔さんのことを知らない人でも、多くの人が悪魔さんを助けるために力を貸してくれました」

女「あたしは勇者じゃないけれど、それでも悪魔さんを助ける力があると信じてた」

女「あたしたちは人間だから、苦しんでいる誰かの力になりたかったんです」

悪魔「…………」

女「悪魔さんは多くの人を救ってきました。今度は悪魔さんが、救われてもいいんじゃありませんか?」

悪魔「……違う。違うんだよ」

悪魔「僕はそんな立派な人間じゃない。ずっとずっと、次の勇者を犠牲にして自分は助かろうと考えてた」

悪魔「ただ弱かっただけなんだ。自分にしか救えない人がいるとわかってるのに、どうしても他の勇者や魔王を見捨てることができなかった」

悪魔「僕は、ただの偽善者だ」

女「…………」

女「悪魔さんの行動は、見かけだけでしたか?」

女「あたしたちを助ける時に、助けたいという気持ちはちっともありませんでしたか?」

女「悪魔さんが何を言っても、あたしたちが悪魔さんに救われたことは変わりません」

女「悪魔さん、あなたはあたしたちの恩人です」

悪魔「でも、でも!」

女「あたしだって同じですよ?」

女「悪魔さんを助けたいと思った。でもそれは善意より、好きになった人を助けたいという気持ちが強かったんです」

女「あたしも偽善者だって、悪魔さんは思いますか?」

悪魔「……そんなわけない。だって、君は僕と違って」

女「違いません! 駄々ばっかりこねてると魔法でぶっ飛ばしますよ!」

801: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:41:01.76 ID:3Go+nxyP0

悪魔「…………」

悪魔「……くく」

悪魔「はは、ははは!」

女「何がおかしいんですかっ!」

悪魔「そりゃおかしいよ。……おっかしいなあ。甘えたり駄々をこねるのはオサナで、僕の役目じゃないのにな」

女「魔剣士さんのことですね?」

悪魔「うん。僕の大切な人なんだ」

女「きっと素敵な人なんでしょうね」

悪魔「もちろん。……だからさ、君の気持ちにはちょっと応えられないかな」

女「…………ぷっ」

女「やだもう、悪魔さんったら! あたし、二四歳ですよ? 小さい頃の初恋を引きずったりしませんよっ」

悪魔「それもそう、だよね。しまったな、恥ずかしいことを言った」

女「ホントですよ。……それにあたし、略奪愛に燃えられるほど悪女じゃありませんし」

悪魔「なら良かった。君が優しい人で」

女「あたしも嬉しかったです。初恋のあなたがやっぱり優しい人で」

悪魔「君の初恋を汚さずに済んだなら誇らしい、かな」


802: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:41:39.13 ID:3Go+nxyP0

女「名残惜しいですけど、そろそろお別れしましょうか」

悪魔「そうだね。君にはいくらお礼を言っても足りないよ。ありがとう」

女「それはあたしたちの言葉です。あなたへの感謝は、あたし一人じゃ伝えきれません」

女「――――だから、持って来ちゃいました」

悪魔「え?」

女「これは西の大陸の方々の、努力と技術の結晶です」

カチッ

803: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:42:24.44 ID:3Go+nxyP0

『…………女術士と』『男闘士の子孫だ』『『助けてくれてありがとう、勇者さん』』

『御者の子孫です。ふがいない先祖が迷惑をかけました』

『九代目勇者の養子、悪魔娘を知っていますか? あなたのおかげで幸せに暮らしたそうです。ありがとうございました』

『あなたたちに会った新米騎士は、三番隊の隊長を任されるほどたくましくなったんですよ!』

『勇者さんと一緒に飛行機を開発したのだと、三〇〇年過ぎた今でも語り草になってるんです』

『勇者様に魔剣をお渡しできたことが、家名の誇りとして伝えられています』

『勝ち逃げは許さねえ、そういう族長はとても嬉しそうだったと聞いています』

『あなたに救われた一〇代目勇者の悲願は、あなたを助けたいというものでした』

『テメエのおかげで世界の全てを歩けたんだ。感謝してやるよ、泣き虫』

『小国の繁栄は、勇者様が見つけてくださった日から始まったのでしょう』

『この町が水害対策の見本になったのは勇者様のお力添えのおかげです』

『親から子に、ずっと伝えられてきました。勇者さんのおかげで生き返ることができたから、今のあなたがここにいるんだと』

『勇者さん』

『ありがとうございました』


804: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:43:36.93 ID:3Go+nxyP0

悪魔「僕、は……」

悪魔「僕は……!」ポロポロ

『……』ジジ

女「?」

『人類がようやく歩き出したのはあなたのおかげです。ありがとう、私の勇者』

女(誰だろ、今の。あたしは録音した覚えないのに)

女「…………」

女「悪魔さん。あなたはなんでも一人で抱え込んでしまうらしいですね」

女「でもね、それじゃダメなんですよ」

女「助けてほしいと言ってくれなきゃ、あなたが苦しんでいることに誰も気づけません」

悪魔「……そう、だね」

悪魔「弱いところは見せられない。僕は勇者だから。ずっとそう思ってたんだ」

悪魔「旅の途中でも、あれだけ皆から言われたのにね」

女「なら、そろそろ考えは変わりませんか?」

悪魔「わからない。でも、変わらなきゃいけないなって思う」

悪魔「意地を張った結果が、この三〇〇年だった。ほんと、バカなことをしたなって」

悪魔「この世界に残るにしても、きちんと次の勇者たちに話しておけばよかったんだ」

女「そう思ってくれるなら、お姉さんらしく説教した甲斐がありましたね」

悪魔「はは、うん……だからさ、いまさらだけど言わせてよ」


悪魔「僕を、助けてくれないか?」


女「もちろん。あたしたちは、そのためにここまで来たんです」

805: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:44:18.53 ID:3Go+nxyP0

ビビビ

女「……そろそろ調律<リライト>も限界みたいですね。そろそろ行きましょうか」

悪魔「わかった」

悪魔「その、さ。旅人さんに伝えてくれないかな。情けないところを見せて悪かったって」

女「伝えます。鼻で笑われるんじゃないかと思いますけど」

悪魔「あの人、どうにも素直じゃないからね」



女「それじゃあ悪魔さん、さようなら。またいつか」

悪魔「さようなら。またいつか」

悪魔「――――ありがとう。君たちのおかげで、僕はようやく前に進める」

女「こちらこそ。幸せに生きてくださいね、悪魔さん」

女「……」

女「ばいばい、あたしの初恋さん」

806: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:45:18.43 ID:3Go+nxyP0

――――さよならは言わせない

    ◇瘴気の森

魔剣士「勇者。勇者はどこ?」

魔女「魔剣士ちゃん、そのね。落ち着いて聞いてほしいのよ?」

司祭「長い話になるんだ」

魔剣士「そんなこと聞いてない。ねえ、勇者はどこ。どこにいるの?」

魔女「勇者くんは、もう……」

魔剣士「――――信じない。信じないわそんなの」

魔剣士「だってユウは言ってくれたもの。魔王を倒したら、あたしの気持ちに応えてくれるって」

魔剣士「ユウは約束を破ったりしない。だから、司祭たちが何を言ったってあたしは聞かない」

司祭「……私たちだって本当は助けたいんだ。復活<ソシエ>もある。時間の経過が気になるが、まだ間に合うはずだ」

司祭「だがそれでは、勇者の気持ちが報われないだろう……!」

魔剣士「何よ、それ……そんなの知らないわよ!」

魔女「魔剣士、ちゃん」

魔剣士「お願いよ、ユウ! 見てるんでしょ? 聞こえてるんでしょ? ならあたしの前に現れなさいよ!」

魔剣士「あたし、ダメなのよ。ユウがいなきゃ、立ってられない。どこにいればいいかもわからない」

魔剣士「だってあたしは、ユウだけの――」

魔剣士「ユウはあたしだけの勇者、なんでしょ」

魔剣士「なら、お願い……あたしを、一人にしないで……!」

魔剣士「あたしと、ずっと一緒にいてよぉ!」

807: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:45:48.91 ID:3Go+nxyP0


勇「わかった。一緒にいる」

808: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:47:09.74 ID:3Go+nxyP0

司祭「な……?」

魔女「勇者、くん?」

勇「まいったな、泣かせるつもりなかったのに。生き返るのがこんなに大変だと思わなかったよ」

魔剣士「…………」

魔剣士(気がつけば、あたしは走り出していた)

魔剣士(魔剣はもう手の中にない。あたしが手にしたいのは魔剣じゃないからだ)

幼(だってあたしはずっと、ユウだけの女の子になりたかった)

幼「バカ……バカっ!」ギュッ

勇「うん、知ってる。僕はバカなんだ。オサナを迎えにくるのが二〇〇年も遅れるくらい」

幼(ユウの言うことはよくわからなかった)

幼(でも、ユウの言いたいことはよくわかった)

勇「ただいま」

幼「――――おかえりなさいっ」

幼(どうしてだろう。魔王と戦って、気がついたら見知らぬ森にいたはずなのに、変なことを思ってしまう)

幼(長い時間をかけて、あたしはようやくユウに会えたんだ)


810: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:58:21.46 ID:3Go+nxyP0

――――旅の終わりは

幼「こんなところにいた」

勇「よく見つけたね」

幼「ユウが夜に出歩くことは知ってるもの」

幼「それで? これまでは特訓のためだったけど、今回は何のために宿を抜け出したの?」

勇「オサナに見つけてもらうため、かな」

幼「変なの。なにそれ」

勇「いいでしょ別に。こうして見つけてもらえたんだし」

勇「それにさ、二人きりになりたかったから」

幼「……それは、なんのために?」

勇「いつかの返事をするために」

勇「いや、違うかな。僕の気持ちを伝えるために」

幼「あたし、ずっと待ってたわ」

勇「ごめんね、待たせてた。でもだから、もう逃げたり隠したりしない」


勇「オサナ。僕と結婚してくれないか」


幼「――――うん」

勇「ずっと、ずっとオサナが好きだった」

勇「魔王を倒せば旅の終わりじゃない。オサナの隣に帰ることが、僕にとっての旅の終わりだったんだ」

幼「バカ。終わりじゃないわよ」

幼「あたしとユウの旅はこれからなの。苦しいことや辛いこと、嬉しいことや幸せなことがいつくも待ってる」

幼「これは旅の始まりなの。そうでしょ?」

勇「はは、そうだね。――――うん、長い長い旅になりそうだな」

幼「どこまでも一緒に生きましょ。きっと二人なら楽しいし、どんなことでも乗り越えられる」

勇「どこまでも一緒に行こう。これから見つける色んな景色も、これから出会う人たちも、オサナと二人で分かち合いたい」

幼「だってあたしは、ユウだけの――」
勇「だって僕は、オサナだけの――」

811: ◆AYcToR0oTg 2014/12/19(金) 04:59:04.95 ID:3Go+nxyP0
以上で終わります。
長らくおつきあいいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけたなら幸いです。