841: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:11:08.80 ID:2y6+cHNn0

後日談1
――――司祭「私は魔女に敵わない」

    ◇孤児院

コンコン

男闘士「はいはい、今出るよー」ガチャ

司祭「久しぶり、だな。ずいぶん背が伸びたじゃないか」

男闘士「司祭さん! 帰ってきたんだ!」

魔女「はいはーい、魔女お母さんも一緒よ?」スッ

男闘士「……?」

魔女(固まっちゃってるのね。司祭くんと腕を組んでみましょうか)ギュッ

男闘士「…………う」

司祭「う?」

男闘士「うわあああ! 司祭さんが若い女にたぶらかされて帰ってきたああ!?」

バタバタ
ドンッ
ガラガラ、、、

司祭「    」

魔女「司祭くん? あなた、子供たちにどういう教育をしてきたの?」


引用元: ・勇者「僕は魔王を殺せない」

842: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:12:15.80 ID:2y6+cHNn0

女術士「…………司祭さん。おかえりなさい」

司祭「ただいま。特に問題はなかったか?」

女術士「…………うん。みんな、いい子」

女術士「…………司祭さんも、幸せそうで良かった」

司祭「そう、だな。孤児院にいた時とは、また違う幸せを見つけられたように思う」

子供2「ねえねえ、あたらしいお母さんになるってホント?」

魔女「ふふ、どうかしら。司祭くん次第なのよねー?」チラッ

子供4「司祭さん、またお父さんにもどるの?」

魔女「ここで暮らすようになるのはもうちょっと先よ? それまでは、司祭くんとわたしの二人っきりにさせてくれる?」

子供1「まずおれが魔女さんに話しかけるだろ?」ヒソヒソ

子供3「それで後ろからしのびよったぼくが、ばさっとだね」ヒソヒソ

子供1,3「……」グッ

843: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:13:05.45 ID:2y6+cHNn0

子供1「魔女さん魔女さん!」

魔女「あら、大きくなったのね? 何かご用事?」

子供3(よしっ!)ダッ

司祭「結界<グレース>」シャラン

子供3「いてっ!?」ゴンッ

子供1「えっ!」

司祭「お前もだ」ゴツン

子供1「いってえぇ!」

司祭「さあ、何をしようとした。言ってみろ」

子供1「べ、べつに……」

子供3「ぼくたちは何も……」

司祭「一発では足りなかったか。なら拳骨をもう一度だ」

子供1「ご、ごめんなさいっ」

子供3「魔女さんのスカートをめくろうとしました!」

魔女「あら?」

司祭「全く。だいたい、魔女もそんな隙の多い服装をしているからそうなるんだ」

魔女「あらあら? とんだとばっちりみたいね?」

844: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:13:59.92 ID:2y6+cHNn0

女術士「…………今の司祭さんの言葉ね、そういう服は自分の前で着ろってなる」

男闘士「おお、なるほど。大人の会話だ」

司祭「男闘士、女術士! お前たちがいながら子供1と子供3の悪童ぶりはどういうことだっ」

女術士「…………だ、だって」オロオロ

男闘士「し、しつけとかは苦手なんだよ……」

司祭「私はお前たちに孤児院を任せたんだ。ただ守ればいいというものじゃない」

司祭「きちんと皆を育てられないなら、二人がまだまだ子供だったということだ」

司祭「その場合、仕方ない。私は今すぐにでも孤児院に戻るが?」

男闘士「わかったよっ。今度は大丈夫だから!」

女術士「…………ん。厳しく育てる」

司祭「ならいい。頑張ってくれ、期待している」

845: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:15:00.80 ID:2y6+cHNn0

魔女「ふふ? 司祭くんが保護者の顔をするの、久々に見ちゃったな?」

女術士「…………? 普段はこうじゃないの?」

魔女「年長者としての顔も見せるけど、怒りっぽかったり、意気地なしだったりするのよ?」

男闘士「ふうん? 司祭さん、意気地なしって感じはないけど」

司祭「おい、魔女」

魔女「何かしら?」

司祭「根に持つのはいい。だが誤解を招くようなことを言うな」

魔女「だって司祭くん、あれからわたしに何も言ってくれないんだもの?」

司祭「状況が状況だ、仕方ないだろう。勇者と魔剣士のことがあったんだからな」

魔女「だからってあんまりだと思うのよ? 魔女ちゃんだってすねちゃうんだからっ?」

男闘士「なあ、二人は何を言ってんだ?」ヒソヒソ

女術士「…………大人の話。聞いちゃダメ」ヒソヒソ

男闘士「よしわかった、聞かなかったことにする」ヒソヒソ

男闘士「ところで、今日は勇者様と魔剣士さんってどうしたんだ?」

司祭「あいつらか……」

司祭「あいつらは死んだ」

846: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:16:23.53 ID:2y6+cHNn0

女術士「…………え?」

司祭「私たちのよく知る勇者と魔剣士はもういない」

男闘士「待ってくれよ! それ、どういう」

魔女「司祭くんのおバカ」ペシッ

司祭「……人のデコを叩くな」

魔女「誤解を招くことを言うんじゃないのよ? ほら、説明してあげて?」

司祭「あの二人はもうダメだ」

司祭「朝から晩まで人目もはばからずイチャイチャ、イチャイチャと。付き合ってられん」

魔女「というわけなのよ? 孤児院にも顔を出したかったから、ちょうど良かったかしらね?」

男闘士「ほえー、あの鬼のような特訓をしてくる魔剣士さんが……人って変わるもんだなあ」

女術士「…………ん。魔剣士さん、前からそんな感じだったと思う」

司祭「いや、女術士の想像を軽く越えてくるはずだ。我慢してやった自分を褒めたいくらいだ」

魔女「二人には悪いけど、確かにその通りよね? しばらくは二人に近寄りたくないもの」

男闘士「何があったのか想像できねえ……」

司祭「するな。胸焼けしたいなら話は別だがな」


847: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:17:07.60 ID:2y6+cHNn0

女術士「…………なら、司祭さんと魔女さん、どこで暮らすの?」

魔女「そうねえ。せっかくだし、この近くで住むところを探そうかしら?」

司祭「男闘士と女術士が苦労するためにも、私はここにいない方がいいだろうからな」

男闘士「なんだよ、司祭さんも俺らには期待してるってことだな!」

司祭「調子に乗りたいならそれだけの成果を見せてみろ」

男闘士「任せとけって!」

女術士「…………ん、頑張る」

魔女「ふふ、二人は頼もしくなったのね。お姉さんも嬉しいな?」


848: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:17:56.63 ID:2y6+cHNn0

    ◇借家

魔女「へえ? いいお家ね?」

司祭「二人で使うには手狭な気もするがな」

魔女「そう? こういうところにいろんな物を置いてごちゃごちゃにするの、わたしは好きよ?」

司祭「よくわかった、掃除や片づけは私がするとしよう」

魔女「わたしは何をしようかしらねー」

司祭「そうだな……料理と、洗濯くらいか? 買い物は魔女に任せられないからな」

魔女「そんなところよねえ。あとは、」ススッ

魔女「司祭くんに甘えたり、かしら――?」

司祭「……」

魔女「司祭くんの胸の中を、わたしの帰る場所にしていいのよね?」ギュッ

司祭「そうすればいい。魔女一人くらい、受け入れられるつもりだ」

魔女「わたしね、とっても寂しがり屋なのよ? 知ってるかしら?」

司祭「知らなかった。私はまだ、魔女の多くを知らないでいるようだ」

魔女「それならね、わたしの心を暴いてくれる?」

司祭「魔女……」ギュッ

魔女「もっと、名前を呼んでほしいな?」

849: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:18:59.58 ID:2y6+cHNn0

男闘士「  」

女術士「……」

司祭「っ!?」バッ

魔女「あっ、急に離れるなんてひど――」

魔女「――いな?」

女術士「…………ごめんなさい、おじゃましました」

男闘士「あー、その、あー。引っ越し祝い、また明日にするから。二人は続けててくれよ、うん」

司祭「できるかっ!」

魔女「あーあ、ようやく司祭くんが踏み込んでくれたのになあ」

女術士「…………もしかして、まだ?」

司祭「何の話だっ。それに魔女も変なことを言い出すな!」

男闘士「司祭さんが独身だった理由、なんかわかったよ。本当に意気地なしだったんだな……」

司祭「っ! どうしてくれるんだ魔女! 私の人物像が歪んでいるだろうがっ」

魔女「わたしに言われても困っちゃうのよ?」

850: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:20:29.90 ID:2y6+cHNn0

    ◇兄と弟(義理)

男闘士「そういえば、司祭さんって魔女さんのどこに惚れたんだ?」

司祭「何を急に言い出すんだ」

男闘士「だってさ、魔女さんや女術士がいない時でもなきゃ聞けないし」

男闘士「で、どうなんだよ。やっぱりあのでっかいおっぱいなのか」

司祭「殴るぞ」ゴツン

男闘士「いってええ!」

司祭「今わかったんだがな、魔女をそういう目でしか見ない奴が、私は心底から嫌いらしい。男闘士でなければ顔面に拳を叩き込むところだ」

男闘士「こ、これまでの何倍も力を込めといて、よく言うよな……」ズキズキ

司祭「魔女の外面だけ見て評価されたら、本気で怒っても仕方ないだろう」

司祭「――――魔女はな、とても弱いんだ」

司祭「からかうような口調に隠れているが、魔女の心はとても柔らかい」

司祭「私が無遠慮に触れば、あっという間に壊れるくらいにな」

司祭「……魔女は私を意気地なしだと言うが、本当に怖がってるのは魔女の方だぞ」

男闘士「そうなんだ」

851: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:21:56.68 ID:2y6+cHNn0

司祭「心が通じ合っているとわかっていて、怖じ気づく理由がないだろう」

司祭「だが、それでも魔女は怖がっている。私が頬に手を伸ばせば体を震わすし、私の言葉を冗談にしてはぐらかしてしまう」

司祭「聖職者は禁欲に努めるべきだろうが、それにしたって限度がある」

司祭「――――そう思うのは否定しないがな、このままでもいいと思うんだ」

司祭「魔女が私に笑いかけてくれる。それ以上の何かが必要だとは思えない」

男闘士「ああ、うん」

司祭「私だって、偉そうに言えるほど強い人間じゃないが」

司祭「それでも、魔女の前では強い人間でありたいと思うんだ」

司祭「私にこういう気持ちを知ってもらうために、孤児院から出るよう促したのだろう? 男闘士と女術士には感謝している」

男闘士「そっかあ、うん」

司祭「魔女と出会っていなければ、私はどうなっていたんだろうな。もう想像もつかない」

司祭「だがきっと、魔王が現れなかったとしても、私と魔女はどこかで出会っていただろう。そういう運命なんだと私は信じている」

男闘士(司祭さん、めちゃくちゃ惚れ込んでるなあ。こうなるって誰が想像できるんだよ)

男闘士(……うん、だから俺は悪くないな)

852: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:22:52.00 ID:2y6+cHNn0

    ◇母と娘(仮)

魔女「司祭くんのどこを好きになったか?」

女術士「…………ん。好きな人ができた時のためにも、知りたい」

魔女「そうねー……」

魔女「最初に心を持っていかれたのは、きちんと叱ってくれた時かしら」

女術士「…………叱られたのに、好きになったの?」

魔女「その時ね、色々と調べることがあって、酔っぱらった男たちを体で誘おうとしたのよ?」

魔女「もちろん体を許すつもりはなかったのだけど、やっぱり危ないじゃない?」

魔女「そのことで叱られたのよ? きっとあの時からね、わたしは司祭くんから目が離せなくなったの」

女術士「…………大切に思われてるから、叱られた」

魔女「ええ。そういう形の優しさもあるのよね。――わたし、知らなかったなあ」

女術士「…………他には?」

魔女「それからは小さいことの積み重ねよ? だから余計に、わたしは司祭くんを好きになっちゃったのよねー」

女術士「…………日常って、大事」

魔女「ふふ、そうね?」

魔女「日常が大切だと思えるなら、わたしはもっと司祭くんを好きになれる」

魔女「これって幸せなことだと思うもの」

853: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:23:43.56 ID:2y6+cHNn0

女術士「…………司祭さん、優しい?」

魔女「ええ、とってもね? わたしにはもったいないくらい」

女術士「…………それ、司祭さんが聞いたら怒ると思う」

魔女「口を滑らせちゃったな? 黙っててくれる?」

女術士「…………ん。いつか、私の恋愛相談に乗ってくれるなら」

魔女「それくらいなら引き受けられるのよ?」

魔女「何しろわたし、一戦錬磨だものね?」

854: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:24:31.69 ID:2y6+cHNn0

    ◇夜

司祭「男闘士と女術士が来ただけで、ずいぶん騒がしかったな」

魔女「あら、騒がしいのは苦手?」

司祭「そういうわけじゃないがな。落ち着いた時間は必要だろう?」

魔女「そうね?」

魔女「……司祭くん? わたし、してもらいたいことがあるのよ?」

司祭「なんだ?」

魔女「わたしがベッドに座るから、後ろから抱きしめてほしいな?」

司祭「魔女がしたいなら構わないが」

魔女「ん……」

司祭「こうか?」ギュッ

魔女「ええ。そのままでお願いね……」

司祭「今日は怯えないんだな」

魔女「もう……そんなふうにいじめたくなっていいじゃない?」

司祭「普段はからかわれっぱなしだからな。仕返しだ」

魔女「ダメよ。人をからかうのは魔女の専売特許だもの?」

855: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:25:36.71 ID:2y6+cHNn0

魔女「こうしているとね、とても落ち着くの」

魔女「司祭くんは違って?」

司祭「私は不安になってくる」

司祭「この腕を緩めてしまえば、魔女がそのままいなくなるんじゃないか、とな」

魔女「もう、わたしがどこに行けるのよ?」

司祭「わかっている。魔女はいなくなったりしないだろう」

司祭「ただ、そうだな……こうして感じている温もりが、今だけしか手に入らないものだから、それが寂しいのかもしれない」

魔女「……そう。ならね、もっとわたしを抱きしめて? いろんな所に触れてみて?」

魔女「手を伸ばせばすぐ手に入るものだったら、寂しくならないでしょう?」

司祭「そうか。なら触るとしよう」ツツ、、、

魔女「んっ……ふとももを最初に触るのね? ふふ、変なの」

司祭「産毛の感触があるな」

魔女「もうっ」ペシン

司祭「人の手を叩くな」

魔女「そういうこと言うから、司祭くんは女心がわかってないって言われるのよっ?」

司祭「魔女にしか言われないがな」

856: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:26:42.16 ID:2y6+cHNn0

魔女「ふんだ、もう触らせてあげないんだから」

司祭「なあ、魔女」

魔女「なによっ?」

司祭「…………」クイッ

魔女「……!?」チュ

司祭「……今日は唇だけで我慢しておくとしよう」

魔女「……――」ワナワナ

司祭「どうかしたのか?」

魔女「勝手に始めて勝手に終わろうとしないでっ! 司祭くんのおバカっ」

857: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:27:22.40 ID:2y6+cHNn0

魔女「…………ん……」

魔女(もう朝。まだちょっと眠いかしら)

司祭「zzz」

魔女(司祭くんはまだ寝てるのね。……なら、今のうちに朝ご飯を用意しましょうか)

魔女「服……」

魔女(あら?)

魔女(変ね……わたしの服だし、変わったところもないのよね?)

魔女(なのにどうしてかしら。着るの恥ずかしい)

魔女(こんな、誘ってるみたいな服……)

魔女(――別の服、確かこの辺りに)ガサゴソ

858: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:28:20.77 ID:2y6+cHNn0

司祭「おはよう」

魔女「あら司祭くん、おはよう。ちょうど起こそうと思っていたのよ?」

司祭「なら良か……魔女、どうかしたのか?」

魔女「どうもしないけれど?」

司祭「いや、今日はずいぶんと大人しい服装だからな……正直、見違えた」

魔女「そう? どっちの方が司祭くんの好みかしらね?」

司祭「どちらも似合ってはいたが……そうだな、今の方が安心はしていられる」

司祭「これまでの服は、やはり露出が過剰だったからな」

魔女「そう……なら、これからはこういう服装でいいのよね?」

司祭「魔女の好きにすればいいが……何かあったか?」

魔女「なんでもないのよ?」

司祭(どういう心境の変化があったやら)

魔女「ふふ、こういう服装の方が美人だなんて褒められたら、魔女ちゃんは困っちゃうな?」

司祭「まだそこまでは言ってなかったろう」

魔女「……何よ、言ってくれないの?」

司祭「朝から言わせようとするのは勘弁してくれ。気が動転しかねない」

魔女「司祭くんってば、そういうところがダメなのよ?」

859: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:29:40.07 ID:2y6+cHNn0

司祭「いただきます」

魔女「召し上がれ?」

司祭「朝からずいぶんと手が込んでいるな」

魔女「愛情たっぷりなのよ?」

司祭「ありがたい限りだ」

魔女「魔剣士ちゃんに味では負けてるかもだけどね?」

司祭「そこはまあ、仕方ないだろう」

魔女「む……」

魔女「何よもうっ。そこはわたしの方がおいしいって言うべきところよ?」

司祭「嘘をついてどうする」

司祭「だいたい、魔剣士の料理は確かにおいしいが、食べて幸せになれるのは魔女の料理だ。比べるものが違うだろう」

魔女「…………っ」

魔女「ふん、だ。司祭くんなんて知らないんだからっ」

司祭「頬が緩んだまま言われてもな」


860: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:31:08.86 ID:2y6+cHNn0

魔女「ふふふふ~ふ~ふ~ふ~ふっふふ~ん♪」

司祭「……なあ」

魔女「動かないで?」

魔女「たららたったったった~♪」

司祭「…………なあ」

魔女「もう、さっきから何? あまり邪魔しないでほしいのよ?」

司祭「私はいつまでじっとしてればいいんだ?」

魔女「あと半刻もあれば書き終わるかしらねー?」

司祭「勘弁してくれ……」

魔女「何よ、協力してくれるって言ったのは司祭くんじゃない?」

司祭「だからって、こんなに時間がかかるとは聞いてない」

司祭「呪われようとしている私の立場にもなってくれ」

魔女「まじない師の練習台になってくれるんでしょう? ならね、もうちょっと辛抱して?」

魔女「えーっと、ここは……」カキカキ

司祭「―――っくふ」ムズムズ

魔女「あ、もう。動かないでくれる? やり直しなのよ?」

司祭「背骨に書くのはやめてくれ。くすぐったくてしょうがない」

魔女「そう。司祭くんってそこが弱いのね」

魔女「ん……」ペロッ

司祭「っ!?」

861: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:32:01.01 ID:2y6+cHNn0

司祭「な、何をするんだいきなり!」

魔女「試してみただけなのよ?」

魔女「でも、ふふ? 司祭くんの弱いところは覚えちゃったんだから?」

司祭「くっ……やるなら早く終わらせろ! そろそろ我慢の限界だ!」

魔女「そう急かさないのよ? 気持ちがどうあろうと、時間は同じ間隔で流れているんだもの?」

……


魔女「これで完成、ね」

司祭「やっとか」

司祭「で? これはどういう呪いなんだ?」

魔女「んー、どうかしらね? しばらく経ってみないと効果はわからないのよ?」

司祭「そんなものでいいのか? こんなに時間をかけるうえ、効果は未知数なおまじないをやりたい人間がどこにいる?」

魔女「あら、その辺りは考えているのよ? まじない師として売り出す呪いなら、ほら、わたしの手の甲に描いた小さい絵なの」

魔女「幸運のおまじない。これなら三〇分もあれば描けるし、ちょっとしたいいことが起こるはずよ?」

司祭「……待て。なら私の背中に練習と称して書いたのは何なんだ?」

862: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:33:03.97 ID:2y6+cHNn0

魔女「ふふ、知りたい?」

司祭「当たり前だ。自分がどんな呪いを受けたのかわからなければ、おちおち休むことさえできない」

魔女「ずっとね、考えていたの。司祭くんを幸せにしたいなって」

魔女「でもね、わたしって浪費家だし、料理も上手じゃないし、女としての魅力って体がほとんどなのよね?」

司祭「そんなわかりやすい部分だけを見て、私が魔女を好きになったと思うのか?」

魔女「ううん、そうじゃないとはわかってるのよ? でもね、わたしってやっぱり、愛される自信はなかったの」

魔女「わたしが自信を持てるのは、誰よりも司祭くんを愛するってことだけね?」

魔女「だから、そんなわたしにできる精一杯のおまじないをしたの」

司祭「ずいぶんな力作だったからな」

魔女「くす、そうね? 司祭くんの背中全部を使ったのよ?」

魔女「――――注がれた愛情が、あなたの幸せになりますように」

魔女「これならきっと、わたしは司祭くんを幸せにできるものね」

司祭「…………」

司祭(全く。魔女には敵わないな)

司祭(だが、やられっぱなしでいる気もない)

司祭「なるほど。なら、効果のほどは永遠にわからないままだな」

魔女「むっ、どうしてよ?」

司祭「魔女に愛されていれば、幸せに決まっているだろう?」


863: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:34:09.08 ID:2y6+cHNn0

魔女「――――」

魔女「もう……司祭くんってば、そうやっていつもわたしを喜ばせるのね?」

司祭「素直な気持ちだ、何が悪い」

魔女「おバカさん。好きだって気持ちが止まらなくなっちゃうじゃない? 司祭くん、責任を取ってくれるの?」

司祭「当たり前だ。その覚悟はある」

魔女「ふふ、そう……」

魔女「ねえ司祭くん。来週にでも、勇者くんと魔剣士ちゃんの様子を見に行きましょうか?」

司祭「急にどうしたんだ」

魔女「今ならね、あの二人を見てもやきもきしないで済みそうだもの。司祭くんもそうじゃないかしら?」

司祭「……そうだな。二人を好意的に見られる気がする」

魔女「良かった。じゃあ、いっそ今から出かけたりする?」

司祭「いや、明日だ」

魔女「きゃっ?」ボフン

司祭「今日は魔女を一秒も離さない」

魔女「…………もう、司祭くんってば。わたし、どうなっちゃうのかしら?」

司祭「どうにでもなってしまえばいい。私もきっと、正気じゃいられないからな」

864: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:36:09.73 ID:2y6+cHNn0

後日談2
――――魔剣士「あたしは勇者を離さない」

    ◇一か月前 南の大陸・港

魔剣士「今日のお昼はどうしようかしらね?」

勇者「作るのが面倒なら外で食べてもいいんじゃないかな」

魔剣士「ううん、作るのはいいのよ。ただこう、何を作ろうか具体的に思いつかないのよねー」

魔剣士「魔女、何か食べたいものはある?」

魔女「…………別にないのよ?」

魔剣士「そう。じゃあ司祭は?」

司祭「…………私も特にない」

魔剣士「んー、何もないっていうのが一番困るのよねー。勇者は?」

勇者「そうだな……お魚を煮たものが食べたいけど、できそう?」

魔剣士「せっかく港町なんだもの、味の染みやすい魚を選べばすぐ作れるわよ?」

魔剣士「司祭と魔女もそれでいい?」

司祭「…………ああ」

魔女「…………それでいいと思うのよ?」

魔剣士「ならいいけど。というか二人とも、さっきから何でそんなに返事が遅いのよ。しかも目をそらすし」

魔剣士「あたし、二人に何かした?」


865: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:38:15.96 ID:2y6+cHNn0

司祭「…………なら言わせてもらうが」

司祭「勇者の膝の上に座って、抱きしめながら話しかけるのをやめてくれ。直視できない」

魔女「ホントよね? 甘すぎて胸焼けしちゃいそう……」

魔剣士「なっ!? だ、だってしかたないじゃないっ」

魔剣士「今の勇者、こうしていないとすぐに眠っちゃうんだものっ!」

勇者「はは……二人ともごめんね、僕のせいで。何もしてないと、意識を落とす癖がついちゃって」

司祭「いや、三〇〇年も何もないところで過ごしたんだろう? むしろ、その程度の問題で済んで良かったと思うが」

魔女「今の勇者くん、人間じゃなくて悪魔なんだものね……こうしているとわからないけれど」

勇者「角や尻尾を隠すことができるからね。見た目にはわからないはずだよ」

司祭「……だからと言ってだな。今の勇者と魔剣士は目に余る」

魔女「そんな風にずっとべったりしていたら、勇者くんだって困るのよね?」

勇者「僕は別に。魔剣士の心臓の音を聞いている間は、何もしてなくても意識を失わないでいられるし」

司祭(それは魔剣士に抱きしめられて興奮しているからだろう!? バカか? バカなのか!)

魔剣士「ほら、あたしの行動は間違ってないじゃない。文句ある?」

魔女(あるに決まってるのよ!? いっそ宿のお部屋を別にしてくれた方が清々しいくらいっ!)

勇者「ごめんね。魔剣士にはしばらく迷惑をかけると思う」

魔剣士「ううん、気にしないで。」

勇者「……ありがと」

魔剣士「いいの」

勇者「――――」クスッ

魔剣士「――――」フフッ


866: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:39:09.72 ID:2y6+cHNn0

司祭「魔女」

魔女「言わないで? たぶん、気持ちは同じだもの?」

867: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:40:34.13 ID:2y6+cHNn0

魔剣士「勇者、大変っ!」

魔剣士「……って、また意識を失ってるのね。もう」

魔剣士「よいしょ……んっ」ギュッ

魔剣士「勇者、起きて……?」コソッ

魔剣士「起きてくれなきゃ、恥ずかしいことしちゃうんだから……ね?」

勇者「――――…………ん」

勇者「魔剣士、か。どうしたの?」

魔剣士「えっと、大変なの。ほら、これ」

勇者「なにそれ、手紙? ごめん、魔剣士の胸が顔の前にあるから、ちょっと読めない」

魔剣士「そういえばそうよね。待って、読んであげる」

魔剣士「えーっと、『もう耐えられません。実家に帰らせてもらいます。追いかけてこないでください』ですって」

勇者「何それ? 耐えられないって、何がだろ」

魔剣士「さあ……変な二人よね」

勇者「早く帰りたい理由でもあったのかな。僕たちの村に帰る途中で、孤児院とかには寄れるのに」

魔剣士「ま、いいじゃない。きっとほら、二人きりになりたいとか、そういう理由があったのよ」

勇者「ああ、そういうことか……もうちょっと気を回してあげればよかったな」

魔剣士「……もう。今は魔女と司祭のことより、あたしのことを見てほしいな」

勇者「大丈夫だよ。僕はもともと、魔剣士のことしか見えてないから」


868: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:41:37.40 ID:2y6+cHNn0

    ◇帰路

魔剣士「魔物がいないだけで、こんなに進むのが楽になるのね」

勇者「この調子なら、村に帰れる日も近いかな。……ところでさ」

魔剣士「なに?」

勇者「僕の腕を抱きしめながら歩くの、大変じゃない? そんなにくっつかなくても、今なら意識を失ったりしないよ」

魔剣士「んー……でもいいのよ。こうしている方が楽しいわ」

勇者「そう?」

魔剣士「それにほら……あたしってば勇者の奥さんなわけじゃない? 新妻として夫に甘えたいなって」

勇者「受け止めるのが夫としての器量、かな」

魔剣士「そうそう。でも勇者だって、あたしにしたいことがあればしていいわよ?」

勇者「したいこと、か……」


勇者「そうだな。僕は魔剣士との子供が欲しい」


魔剣士「  」ボフッ

勇者「僕の次の勇者ってさ、弓使と悪魔娘の三人で親子みたいに暮らしてたんだよ。それにちょっと憧れてるんだ」

勇者「別にそれだけが理由ってわけじゃないけど。……魔剣士?」

魔剣士「  」

勇者「顔、真っ赤だよ? 大丈夫?」

魔剣士「だ、だいじょう、ぶ」


869: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:42:41.65 ID:2y6+cHNn0

魔剣士(勇者はこんな明るい時間から何を言い出すのっ!?)

魔剣士(だって子供って……子供って!)

魔剣士(いえ、でも、そうよね。夫婦なんだし、そういうこと、するわよね)

魔剣士(あー、あー、でもどうしたらいいのよっ。いくら新妻だからって、そういうこと妻から誘ったりはしないわよねっ? たぶんっ)

魔剣士(でもなら、あたしは勇者の言葉を待って、覚悟を決めろってことかしら)

魔剣士(覚悟……うん、できる。あたしは心も体も全部、勇者のものになりたい)

魔剣士(けど腕の筋肉とか、わりとしっかりついちゃってるのよね……これでも勇者は興奮してくれる?)

魔剣士(あたしは魔女と比べちゃうと、どうしても女らしさに欠けちゃうし……)

魔剣士(……ううん、しっかりしてあたしっ。勇者はあたしを選んだんだもの!)

870: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:43:33.78 ID:2y6+cHNn0

勇者(何を考えてるんだろ。こういう時の魔剣士って、だいたい空回りするんだけど)

勇者「そろそろ正気に戻ってほしいな。魔剣士ー?」

魔剣士「――――う、うん。大丈夫。だいじょうぶ」

魔剣士「日が暮れちゃう前に、早く、進まなきゃよね」

勇者「わざわざ野宿する必要もないからね。ちゃんと体を休めたいし」

魔剣士「そう、よね。休む――  」ボフッ

勇者「しばらくダメっぽいかな」


871: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:46:04.69 ID:2y6+cHNn0

    ◇宿

勇者「全部の大陸を歩き回ったけどさ、やっぱりパンが一番おいしいのは南の大陸だよね。農業立国なだけあるよ」

魔剣士「他のとこだと、割高だし味がイマイチだしで残念だったわよね」

勇者「うん。僕はもう食欲がないけど、それでも食べていて楽しくなるからね」

魔剣士「ああ……悪魔になっちゃったせいで、眠ることもできないのよね」

勇者「意識をなくすのも眠ってるようなものなんじゃないかな? ほら、食欲はないけど食事はするし」

魔剣士「そうなの? ならいいんだけど」

魔剣士(……あれ? 三大欲求って、食欲、睡眠欲、……、よね?)

魔剣士(三つともなくなってるなら、別にそういうことはしたくないってこと……よね?)

勇者「それにほら、必要ないことをするのは贅沢だって見方もあるし。食事をするだけで贅沢してるようなものだから、楽しめてるよ」

魔剣士「…………」

勇者「あれ? おーい、魔剣士?」

魔剣士「えっ。な、なに?」

勇者「いや、大した用事はないんだけど。どうかした?」

魔剣士「…………何でもないわ。うん、気にしないで」

魔剣士(……聞けない。聞けないわよっ)

魔剣士(恥ずかしすぎるでしょっ。どんな顔で質問すればいいのよ!)


872: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:46:52.03 ID:2y6+cHNn0

    ◇朝

魔剣士「……はあ」

魔剣士(結局、何もないままぐっすり寝ちゃった)

魔剣士(二人きりなのにこれなんだから、やっぱり今の勇者って……なのよね)

魔剣士(イヤってほどでもないし、あたしは勇者と一緒にいられればそれでいいけど……やっぱり、寂しいわよ)

魔剣士「んっ。勇者、ほら、起きて」ギュッ

魔剣士「…………えへへ」

魔剣士(あたし、単純だな。いろいろ悩んでるのに、勇者を抱きしめてるだけで、他のことがどうでもよくなってくる)

魔剣士(……もっと強く抱きしめても、いいわよね?)ギュゥッ

勇者「魔剣、士……っ」ギュッ

魔剣士「起きた? それじゃ、朝ご飯を食べに行きましょうよ」

873: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:48:33.90 ID:2y6+cHNn0

    ◇孤児院 外

魔剣士「みんな、元気そうで良かったわね」

勇者「うん。男闘士と女術士の二人はすごいね。きちんと小さい子供をしつけながら、孤児院を守ってるんだから」

魔剣士「けど男闘士はまだまだね。修行が足りてないわ。素手のあたし相手にちっとも手が出ないんだもの」

勇者「魔剣士が相手じゃ、男闘士の分が悪すぎるよ。もうちょっと手加減してあげればいいのに」

魔剣士「それは男闘士に失礼だもの。それにあたし、子供に厳しい方よ?」

勇者「じゃあ子供が産まれた時は、魔剣士に教育を任せることになるかな。僕はたぶん甘やかしちゃうし、子供と一緒に怒られると思う」

魔剣士「え、っと……うん、そうよね」

勇者(歯切れが悪くなった。……子供? …………ああ、そういうことか)

勇者(村に帰るまで、話題に出すのはやめておこう)

勇者「そういえばさ、司祭さんたちってこの近くに住むらしいね。聞いた?」

魔剣士「ああ、その話……女術士から聞いたわよ。挨拶しようか考えてるって言ったら、やめた方がいいって止められたわ」

勇者「僕も男闘士に止められちゃったよ。水入らずを邪魔するなってことかな」

魔剣士「まあいいんじゃない? あたしたちがいる場所だけ伝えてもらえれば」

魔剣士「ところで勇者、二人の態度ってよそよそしくなかった?」

勇者「あ、やっぱり? 勘違いかとも思ったんだけど」

魔剣士「何なのかしらね?」

勇者「うーん、なんだろ」


874: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:49:41.51 ID:2y6+cHNn0

    ◇夜

魔剣士「…………うわ、何よこれ、すっごい恥ずかしい」

魔剣士(魔女と同じ服装……あたし用にあつらえるまではよかったけど)

魔剣士(無理、こんなので飛んだり跳ねたりできない。服がすとんって脱げかねないもの……)

魔剣士(魔女はこれでどうやって動き回ってたのよ。謎だわ)

魔剣士「うぅ、どうしよ。普段の服を着る? でも、どうせなら勇者を喜ばせたいし……」

魔剣士「……喜んで、くれるわよね。たぶん」

魔剣士「ああもう、知らないっ。なるようになるわよきっと!」

ガチャ

勇者「着替え、ずいぶん騒がしかったね。まあおかげで寝ちゃわずにすんだ……」

勇者「……どうしたの、その格好」

魔剣士「ちょ、ちょっと、気分転換?」

勇者「…………そう」

魔剣士(も、もっと何か言ってっ。沈黙に耐えられないっ)

勇者「宿の中ならいいけど、その服装で外に出ないでよ? 他の男の視線が集まるの、正直イヤだし」

魔剣士「ん、わかった。今だけ、今だけね?」

勇者「そうしてくれるとありがたいよ」

勇者「…………」

875: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:50:31.45 ID:2y6+cHNn0

魔剣士(思ったより反応、薄いわね。はあ、失敗だわ)

魔剣士「勇者、こっち来て。膝の上に座るから」

勇者「え? 待ってよ、その格好で座るの?」

魔剣士「せっかく着替えたんだもの。あたし用に縫い直すの、わりと大変だったし。着ないともったいないでしょ?」

勇者「まあ……そうだけどさ」

魔剣士「よいしょっと」

魔剣士「んっ」ギュ

勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「今日は大丈夫みたいだから、やめよう」

魔剣士「え?」

勇者「意識がなくなるの、直ってきたみたいだから。魔剣士に抱きしめられてなくても大丈夫か、試したい」

魔剣士「でも……」

勇者「平気。僕は平気だから」

勇者(平気じゃなくなる前に降りてほしい)

魔剣士「うーん……勇者がそう言うなら、いいけど」

勇者(魔女さんの服装、あんな破壊力あると思わなかった……司祭さん、よく平気でいられたな)


876: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:51:29.20 ID:2y6+cHNn0

    ◇数日後

魔剣士「――――懐かしい。村を出た頃のままね、何も変わってない」

勇者「うん。正直、ちょっと安心した」

魔剣士「どうしてよ?」

勇者「あまり見違えてると、帰ってきたんだって気持ちが薄れちゃいそうだから」

魔剣士「……そっか」

魔剣士「ねえ、せっかくだし村を見て回らない? 引っ越してきた人とかいるかもしれないし」

勇者「今日は忙しくなりそうだし、どうだろ」

魔剣士「ああ――おじさんのこと、教えなきゃだもんね……」

勇者「それもあるけど、魔剣士のご両親に挨拶しないとでしょ?」

勇者「娘さんを僕にくださいって」

魔剣士「…………それ、今日じゃなきゃダメ?」

勇者「早く認めてもらいたいからね。魔剣士だって、僕の母さんに挨拶するんだよ?」

魔剣士「どうしよ、緊張してきた……」

勇者「僕が先に挨拶するから、それまでは気を楽にしていいと思うけど」


877: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:52:56.61 ID:2y6+cHNn0

    ◇魔剣士 実家

魔剣士(ああもうだめ。もう無理。どうやって呼吸していいかもわからない)

魔剣士父「それにしても、まさか本当に君がウチのじゃじゃ馬をもらってくれるなんてなあ」

魔剣士母「ホントよねえ。この子ったら、外で遊んでばっかりで家のことをちっとも覚えないんだもの」

魔剣士母「勇者くんがいなかったら、結婚の心配で夜も眠れないところよ」

勇者「でも魔剣士さんは、旅の間に家事をこなせるようになりましたよ」

魔剣士父「ああ勇者くん、いいよ、普段どおりで。知った仲なんだ、かしこまれるともぞもぞしてしまう」

魔剣士(というか勇者、覚悟を決めるのが早すぎなのよ……)

魔剣士母「でも勇者くんの言うとおりかもねえ。この子ったら、さっきから子猫みたいに縮こまってるわ」

魔剣士(どうして……って考えると、やっぱり子供が欲しいから? 確かに結婚してからじゃないと、うん、世間体が悪いわよね)

勇者「実家に帰ってきたら直るかとも思ったんですけどね。魔剣士、最近はずっとこんな感じなんです」

魔剣士(色々と不安はあるけど、きちんと勇者に打ち明けて、あたしも本当に覚悟を決めないと! うんっ)

魔剣士父「魔剣士。一応は質問するぞ。お前は勇者くんの妻になる覚悟があるんだな?」

魔剣士(覚悟……言わなきゃ!)


魔剣士「あ、あたし、ちゃんと勇者の子供を産むわ!」


魔剣士父母「  」

勇者「…………」

魔剣士「―――え? あれ……ぅぁ……違、待って! 今のなしっ」

878: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:53:58.75 ID:2y6+cHNn0

魔剣士父「……ま、まあ、娘の気持ちは確認できたし、良しとするか」

魔剣士「待って!? 違うの、話を聞いてっ」

魔剣士母「全くこの子は……勇者くん。こんなんだけど、お願いね?」

勇者「はは……いえ、こちらこそ」

魔剣士母「勇者くんとこのお母さんにはもう挨拶したの?」

勇者「これからですよ。まずは僕の方からかなと」

魔剣士母「そう。じゃ、話が終わったころそっちに行くわ。二人のこと、祝わなくっちゃね」

勇者「ありがとうございます。母も喜びますよ、きっと」

魔剣士父「――なあ。勇者父のやつは、やっぱり……か?」

魔剣士母「ちょっとあなたっ」

勇者「大丈夫ですよ。いつ切り出そうか、僕も悩んでいましたから」

勇者「……よろしければ、悼んでもらえますか?」

魔剣士父「ああ。明日にでも、な」


879: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:54:59.57 ID:2y6+cHNn0

    ◇勇者実家

勇者母「あらあらやっぱり? わたしね、魔剣士ちゃんみたいな娘がずっと欲しかったわ~」

魔剣士「あ、ありがとうございます。これからは、その、お義母様と呼べばいい、かしら?」

勇者母「やーよぉ、水くさい。わたしと魔剣士ちゃんの仲じゃない」

勇者「……ま、わかってたことだけど。全面的に賛成だったね」

勇者母「勇者、魔剣士ちゃんを幸せにしなさいね? 泣かせたらあの世からお父さんを呼んで叱ってもらうわ~」

勇者「――――母さん。父さんのことだけど、さ」

勇者母「わかってるわよ。大丈夫」

勇者母「ホント、あの人は抜けてるんだから。ちょっと稼いでくるさ、なんて軽い調子で出て行っちゃって」

勇者母「そのまま、戻らないんだもの」

魔剣士(……強いのね、母親って)

魔剣士(辛いに決まってるのに、涙一つ見せないなんて)

魔剣士(勇者がいない、そう聞かされたあたしは泣き叫ぶしかなかったのに……)

魔剣士(――――うん)

魔剣士(おばさんみたいに、あたしも強くなる)

魔剣士「おばさん」

勇者母「もう、めっ。お義母さん、でしょ?」

勇者「はは……」


880: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:56:14.54 ID:2y6+cHNn0

魔剣士「……お義母さん」

魔剣士「もしこの村を出ることがあっても、あたしたちは必ずここに帰ってくるわ」

魔剣士「勇者と、あたしと、きっとすぐ生まれる子供と、三人で」

魔剣士「だからお願いします。あたしと家族になってください」

勇者「魔剣士……」

勇者母「ふふ……っ。ふふ」

勇者母「やだもう、年かしら。目が痛くなってきちゃった。ちょっと待っていてくれる?」


勇者「魔剣士」

魔剣士「なに?」

勇者「ありがとう」

魔剣士「ううん、いいの」

魔剣士「だってあたしたち、家族でしょ」


881: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:57:09.51 ID:2y6+cHNn0

    ◇深夜

勇者「あー……頭、ぐらぐらする」

魔剣士「大丈夫? すっごい飲まされてたわよね、うちの親に」

勇者「そういう魔剣士もけろっとしてるしね……酒豪の一族だ……」

魔剣士「勇者のところが弱いだけじゃない? お義母さんも、ちょっとお酒を舐めただけで寝ちゃったし」

魔剣士「ほら、大丈夫? ちゃんと自分で寝られる?」

勇者「それくらい……っと」クラッ

魔剣士「ダメじゃないの。ほら、手を取って。寝かせてあげる」

魔剣士「よいしょ……」

勇者「……」グイ

魔剣士「わっ」

魔剣士(……どうしてあたしを引き倒すのよ、もう)

勇者「これからのこと、話していい?」

魔剣士「どうかしたの? 急にそんなこと言い出すなんて」

勇者「うん――みんなに祝ってもらったら、自然と頭に浮かんできてさ」

魔剣士「そう……聞かせて。勇者とあたしの、これから」

882: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:58:03.42 ID:2y6+cHNn0

勇者「母さんに寂しい思いをさせちゃったしね。しばらくは村にいようと思うんだ」

魔剣士「どれくらい?」

勇者「まだわからない。子供が産まれて、大きくなるまで……かな」

勇者「その後はどうだろう。旅に出るのか、どこか他の大陸に移住してみるのか……」

魔剣士「何かやりたいことはあるの?」

勇者「やりたいことはあったよ。いろんなことを知りたい。誰も見たことのない何かを見つけたい」

勇者「――――でもさ、そんな漠然としたものより、僕は魔剣士を幸せにしたい」

魔剣士「……うん。幸せにして?」

勇者「頑張るよ。そのためにも、まずは意識を失わないようにしなくちゃね」

魔剣士「協力するわ。頑張って」

魔剣士「……ところで、ね」

魔剣士「勇者って、食欲や睡眠欲を失ってるのよね?」

勇者「そうだよ」

魔剣士「その……もう一個の方も、なくなってるのよ、ね?」

勇者「もう一個?」

勇者「…………」

勇者「……あ」

魔剣士「その、言わせないで」


883: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:58:42.36 ID:2y6+cHNn0

勇者「いや、うん、察した」

勇者「……まさかそんな心配されてると思わなかったけどさ」

魔剣士「だ、だって!」

勇者「心配しないでよ。大丈夫、男として枯れてないから」

魔剣士「し、心配とかそういうんじゃない、もの」

勇者「いいんじゃないかな、そういう心配もさ。夫婦になるんだし」

勇者「子供を作るためって理由だけじゃ悲しすぎるよ」

魔剣士「……ばか」

勇者「魔剣士」

魔剣士「……うん」

勇者「きれいだよ。月もかすんじゃうくらい」

884: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 21:59:43.55 ID:2y6+cHNn0

    ◇数日後

司祭「そろそろ二人の育った村か」

魔女「ふふ、ちょっとは落ち着いたかしらね?」

司祭「それはそうだろう。あれから一ヶ月も経っているんだ」

魔女「そうよね。司祭くんだって、一頃と比べたらとっても落ち着いたもの?」

司祭「余計なことを言うな。……頼むから、勇者たちの前で言うなよ?」

魔女「どうでしょうね? 司祭くんの心がけ次第よ?」

司祭「まったく……あまり無駄な買い物はさせられないぞ。あとで話だけ聞く」

魔女「ふふ? 司祭くんのそういうところ、わたし、好きよ?」

司祭「ちっとも褒められている気がしないな……」

885: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 22:00:21.54 ID:2y6+cHNn0

    ◆

魔術師「ここなら二人に気づかれない、よね?」

魔術師「……司祭さん、お幸せに」

886: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 22:01:07.00 ID:2y6+cHNn0

    ◇

司祭「……見えてきた。洗濯物を干しているのは魔剣士、か?」

魔女「あら、服を飛ばされちゃってるのね? なんだか気が抜けてるみたい」

司祭「やれやれ。またぞろ勇者と喧嘩したんじゃないだろうな?」

魔女「どうかしら。とりあえず、服を拾っていってあげましょ?」

魔剣士「――――」

魔女「魔剣士ちゃーん?」

魔剣士「――――魔女。司祭も」

司祭「元気がなさそうだな。どうしたんだ?」

魔剣士「あたし……あたし」


魔剣士「どうしよう!? あたしと勇者の子供、なんて名前にしたらいいと思う!?」


魔女・司祭「  」

魔剣士「ダメっ、いくら考えてもまとまらないの!」

司祭「さて行くか、魔女」クル

魔女「そうね、ここに来るのは早かったみたい」クル

司祭「いっそ二人で東の大陸まで行ってみるか?」

魔女「いい提案ね? そうしようかしら?」

887: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 22:01:42.23 ID:2y6+cHNn0

魔剣士「ちょっと!? なんで帰ろうとするわけ!?」

勇者「騒がしいと思えば……何してるのさ、三人とも」

魔剣士「ゆ、勇者……」

勇者「ほら、行くよ。二人を追いかけないと」

魔剣士「だってっ」

勇者「司祭さんたちも積もる話があるだろうしね。四人で色々と話そうよ」

魔剣士「……うん」

魔剣士「そうよね。行きましょ、勇者!」


魔剣士(勇者の手を取って走り出す)

魔剣士(握られた指先に、あたしはそっと力を込めた)

888: ◆AYcToR0oTg 2014/12/25(木) 22:02:58.08 ID:2y6+cHNn0
これにて本当におしまいです。
ありがとうございました。