2: 名無しさん 21/08/22(日)11:45:02 ID:LtTj


「突然ですが皆様は、以下の一節をご存知でしょうか」

“The loveliness of May stirs him the more deeply because he knows that it is fading even as he looks at it. It is not that the thought of universal mortality gives him pleasure, but that he hugs the pleasure all the more closely because he knows it cannot be his for long. The Peal of Bells (1925), Robert Lynd”

「著者のロバート・リンドはアイルランド生まれのエッセイストでした。この一説の重さを感じ取ることは並大抵のことではありませんが、ここではあえて浅学非才を顧みず、私なりの解釈をつけさせていただきたいと思います」

「まず、少し補足をせねばなりません。ここで代名詞になっている “he” とは、『詩人』のことを指すのです。ここでは誰か一人の詩人の顔と名前を思い浮かべるのではなく、詩人という総体を指していると考えられます」

「この前に書かれている文章には、詩人は、すぐに枯れてしまう花々やあまりに早く過ぎ去ってしまう春を見つめ続けている。だからこそ世界は美しい姿を詩人の前に現すのだ、ということが書いてあります。それを受けての本文です」

引用元: ・【モバマスss】過ぎゆくものの美しさよ【鷺沢文香】

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3: 名無しさん 21/08/22(日)11:45:54 ID:LtTj


「The loveliness of May stirs him the more deeply ──『五月の美しさは、彼……すなわち詩人をより一層感動させる。』それはどうしてか、という理由が後ろの節で語られます」

「because he knows that it is fading even as he looks at it. ──『なぜなら、詩人は知っているからだ。詩人が五月を眺めている間、その途中であっても、五月は色褪せてしまうことを』」

「考えてみれば、当たり前のことを言っているのかもしれません。私たちが思うか思わざるかに関わらず、時は刻一刻と過ぎていく。
 五月──それはたまたま選ばれたに過ぎません。消えていくもの。移ろいゆくもの。そのありふれた比喩として使われています」

「でも詩人にとっては、それがそうであるが故に、より一層感動を運ぶのだと語られています。more deeply … はそういう意図を表していますね。
 ここで重要なのは因果関係──すなわち because という語が使われていることです」

「英語は論理的な言語です。もちろん言語である以上例外的な曖昧さはどうしても残ってしまうものですが、形から機能が決まる、とりわけ語と語、句と句、節と節の関係は厳密な関係で繋がれています。
 ここでは、『見ているうちから消えていってしまう、そしてそのことは充分承知している』ということが、『詩人をより感動させる』という関係を定義していることが重要なのです」

4: 名無しさん 21/08/22(日)11:46:25 ID:LtTj
「人間ならば、誰しもが感動を得ます。とりわけ詩人がそれに敏感なのはいうまでもないでしょう。そして誰かが詩人に問うたのです」

『ねえ君、どうして五月というのは綺麗なんだろうね』

「そう聞かれ、詩人はどんな表情を浮かべたでしょうか。遠くを見るようにしみじみとした表情をしていたかもしれません。なんでそんなこともわからないんだいと皮肉めいた表情を浮かべているかもしれません。
 彼の、彼女の表情は皆様方の心の中に、心の数だけあるものです」

「しかし、その詩人は言うのです──」

『それはね、今この時と同じ瞬間がないからなんだ。私が見ていた五月は、私が見ている五月とは違って──そして、明日見ることになるであろうものとも違うんだ』

『だから』

『私たちは、それを美しいと思うんだよ』

5: 名無しさん 21/08/22(日)11:47:01 ID:LtTj
「つまり、この文章は。変わっていくもの、消えていくもの──死んでいくもの。それを知っているからこそ、最期に垣間見た輝きが美しいのだと。
 一秒だって同じ姿を取らない不定形だからこそ、自分の前に現れた無常な瞬間が寂しく、そして愛おしく見えるのだと───そう言っているように思えませんか?」

「……ごめんなさい。私、少し意地悪をしてしまいました。茜さんとお話しした時は、ここで素直に『そうなんですね!』と喜んでくれましたが……あっ今のは茜さんの声真似じゃなくて……こ、こほん」

「───意地悪、というのはあえて嘘をついたということです。いえ、それも正確ではありませんね。そう思うように誘導した、と言うべきでしょうか」

「実際、次の文を読むと筆者は『そうは思っていない』ことがわかります。どこが、どのように違うのでしょうか。それでは、次の文を読み進めていきましょう」

6: 名無しさん 21/08/22(日)11:47:53 ID:LtTj
「It is not that the thought of universal mortality gives him pleasure ──ここで区切りが良さそうに思えますが、ダメです。次の but 以下まで含めて『関係性』が定義されているのです」

「少し脱線になってしまいますが、英語では否定しっぱなしということは少なくともビジネスやアカデミックの世界ではありません。
 『not…but』という言葉がある通り、否定の次には建設的な意見を述べるのが暗黙の了解になっています」

「何故否定をしたのか? そうする必要があったのか? ……それは、否定を受ける内容がありふれていて、理解しやすくて、そして皆が重要だと考えているからです。
 すなわち一般論。
 それを敢えて否定することで……後に続く自らの意見の意義と価値を際立たせる。それが論理的な言語である英語の一つの定型なのです」

「一般論では、どう述べているか。それが It is not that the thought of universal mortality gives him pleasure, の部分です。
 もちろん聡明な方はこの文に既に前文の内容を否定する but ……いえ、However くらいでしょうか、が隠れていることにお気づきになられたかと思います」

「振り返ってみましょう。
 前文では『見ている側から色褪せていく。そんな事実を知っているからこそ、五月の美しさは詩人をより一層感動させるのである』と述べています。
 ですからここで私たちは次のように想像する。『ああ、消えていくことの無常にこそ感動を憶えているのだ』と。そう、予感しながら読まねばならないのです」

「そして次の文では、この予感は違うのだ、と繋がっているのです」

7: 名無しさん 21/08/22(日)11:49:06 ID:LtTj
「the thought of universal mortality ── 直訳すれば『普遍的な死への想い』となるでしょう。
 しかしここでは『生きとし生けるものが、全て死に繋がっていると考えること』くらいに考えておく方が内容が掴みやすいかもしれません」

「the thought of universal mortality gives him pleasure ──『生きとし生けるものが、全て死に繋がっていると考えることが、詩人に喜びを与える』。
 まさに、前文を読んだときに私たちが予感した内容とまったく同じ内容が書かれています」

「しかし、私たちはこの文章の意味をとった瞬間に、『そうではないんだ』ということを知っています。なぜなら、It is not that… that 以下の内容『ではない』と最初に銘打たれているからです」

「英語は論理的な文章と言いました。それは、because や not … but という姿に現れているかと思います。しかし、それが明示的に書かれていないはずの一文目と二文目も、実は有機的に繋がっているのです。
 見えない論理関係を探す──英語の文章を読み書きするときは、どうしても障害になってしまう箇所ですね」

「さて、それではいよいよ but の方──詩人が感動を感じる『本当の理由』を探っていきましょう」

「but that he hugs the pleasure all the more closely because he knows it cannot be his for long. ──この文にも because が出てきていますね。
 ここではしかも、前文の because とまったく同じ役割を果たしているということも、この文の美しさに拍車をかけています……こほん。それはさておき」

「『しかし、そうではない。詩人はだからより一層喜びを感じるのだ』──ここでの all は the more closely を修飾する副詞の役割で、だから、と強調する役割を果たしています──そして、喜びを感じる理由。
 それは『ずっとそれが詩人のものではないと知っているから』ということです」

「つまり、『ずっと自分のものであり続けるわけではない。その事実こそがより一層、詩人に喜びを抱かせているのである』というのが but 以下の意味です。
 これは、前文と同じことを言っているような気がします。もちろん関係はあります。でも同じではないのです」

「その答えは、全体を通して見て初めて浮き上がるものです」

「それでは『not but』を意識して、この文章全体を整えて訳してみましょう」

8: 名無しさん 21/08/22(日)11:49:37 ID:LtTj


“The loveliness of May stirs him the more deeply because he knows that it is fading even as he looks at it. It is not that the thought of universal mortality gives him pleasure, but that he hugs the pleasure all the more closely because he knows it cannot be his for long.”

「五月の美しさは、それが見ているうちから色褪せてしまうものだと知っているからこそより一層、詩人の心を動かすのである。
 しかし詩人は、生きとし生けるものがみな死に向かうと考えているから心動かされるのではなく、それがいつまでも自分の中に残り続けることがないという事実を知っていることにこそ喜びを抱くのである」

9: 名無しさん 21/08/22(日)11:49:57 ID:LtTj


「……以上が、拙いですが、私なりの訳でしょうか」

「消えてしまうから。亡くなってしまうから。この文章が言うには、詩人はそういう無常から美しさを感じているのではないのです」

「そうではなく──」

「そうではなく。長く心に在り続けるわけではないからこそ、その一瞬を尊んで美しさを見出す。あるいは、その一瞬の輝きにこそ喜びを抱く」

「なぜ過ぎゆくものが美しいか」

「その答えの一端を、私たちは少しだけ得ることができたのではないでしょうか」

「詩人、という主語を私たち、と置き換えることは十分に可能だと考えます」

「なぜなら、人は皆憐憫を抱いて生きているからです」

「詩人は──私たちは、力強く生きているものに憧れる」

「換言すればこれこそが──この文章で不器用にしか書かれなかった、でもどうしても伝えたい熱いもの。メッセージ、だと思うのです」

「───ずっと残るものではないからこそ、この一瞬の魔法を愛する」

「魔法の名前は、シンデレラ」

「そう読み解くと──ふふ、案外、詩人とアイドルは似ているのかもしれませんね」

10: 名無しさん 21/08/22(日)11:50:10 ID:LtTj
「もちろんそうは思わない。それは違う。そう思われる方も当然、多くいらっしゃると思います」

「英文法を間違えてしまったかもしれません。日本語の解釈が違うのかもしれません。はたまた、文章の内容に賛成できないのかもしれません──でも、それでいいと思うのです」

「ですから」

「ですから今度は、あなたが美しいと思ったことについて教えていただけると嬉しいです」

「本当は、この文章の前の部分についてもご紹介したいところではあるのですが、残念ながら時間が来てしまったようですね」

「それでは皆さま。本日は、この文章への私の個人的な感想に長々と付き合っていただきありがとうございました」

「心に触れる文章に出会った時に、再びお会いできればと思います」

「以上───鷺沢文香の四方山話でございました」

11: 名無しさん 21/08/22(日)11:52:02 ID:LtTj
以上です。
毎度ながら、趣味全開であまり盛り上がりのないssを自己満足のままに書いています。
直近の過去作は次の3つです。こちらも、もし良ければ。

【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;坦々麺【幕間】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1629598984/l10

【シャニマスss】夜に会いに【SHHis】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1625565739/l10

【シャニマスss】夕暮れに咲く花は【透・真乃】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1618373519/l50