394: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 14:09:27.65 ID:MbpXGHsDO
さやか編第三話


恭介「ははっ、なんですか、それって?」


説明にはなっていないが、黒猫の言葉に笑みがこぼれた。
こんな、あり得ない状況に置かれながら恭介は黒猫に対して、恐怖や嫌悪は全く湧いてこなかった。


妙に人間臭い黒猫の雰囲気は、とても受け入れやすいものだったからだ。


恭介「名前は何ていうんですか?」


そう言えば、ここまで話していながら、自己紹介をしていないことに気付く。


お互いに言葉という意思の伝達能力がありながら、これは礼儀に失したことをしてしまった。
しかし、たぶん目の前の黒猫は毛程も気にしてはいないだろうが。


恭介「すみません、名前はなんですか?」


クロ「クロ、だ。お前は?」


自己紹介にしても、人に名前を聴くにしても、左手で耳を掻きながら、という態度はあまり適当ではない。
しかし、まだ会ったばかりなのに、それが彼──クロの素なのだと、あっさりと受け入れることができた。


そういう猫なのだと、思わさせられた、というべきだろう。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1345289024

引用元: ・クロ「魔法少女?」

395: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 14:29:03.03 ID:MbpXGHsDO
恭介「あ、あの!」


クロ「あん?」


しかし、それでも聞きたいことがあった。
こんな不思議な出来事なんて、人生でそうあることではない。
これに至っては、奇跡の出会いである。
だから、聞けるうちに、聞けるだけ聞いておきたかった。


恭介「あなたは、なんなんですか?」


クロ「なんだっつってもなー、まぁ、かいつまんで言うとだなぁ」


やれやれ、と言うようにクロは、貯水槽から飛び降りて恭介がいる場所まで歩いてきた。
割と小さな身体や、顔がよく見えるほど近くにクロは来てくれた。


恭介は、興味津々にクロを見つめるが、どこから見ても、ただの黒猫である。



そして、ようやく恭介は、黒猫から様々な説明を受けた。
理解しがたいことから、興味深いことまで、しかしそれを全部語るには時間がかかるので、ここは『かくかくしかじか』ということで許してほしい。


恭介「異世界?サイボーグ?すごい!そんなにロボット技術が発達した世界が存在するなんて!」


一通り聞いた後、彼は興奮したように顔を赤らめた。
彼は普段から病院にいるため白い肌で、更にそれは強調されている。

397: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 15:02:24.83 ID:MbpXGHsDO
いつの世も、どこの世も、ロボットや機械の身体というものは少年達の心をくすぐるコンテンツらしい。
だが、クロにはあまり理解できない、生身の身体の方がずっといいと思うからだ。
やはり、なんやかんやで平凡が一番なのだ。


恭介「じゃあ、どうして病院にいるんですか?ここに何かあるんですか?」


クロ「たいしたこたねーよ」


興奮して恭介は車椅子から身を乗り出すが、バランスが悪く、落ちてしまいそうだ。
しかし、あまり気にもならないようで、クロの答えを今か今かと待っている。


クロ「……病院に来る用事なんて一つだけだろ?」


恭介は、緊張したのかゴクリと唾を飲み込んだ。


クロ「見舞いだ」


へ?というような顔をしている恭介に思わず呆れる。
病院に表れるサイボーグの全てがボディガードをしたり、患者を救いに来たりする訳ではない。


クロ「なんだ、期待外れみてーな顔しやがって。腹立つな」


ガン!ガン!と車椅子のタイヤをクロは何度も蹴った。


恭介「うわっ!?ちょ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

398: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 15:15:44.23 ID:MbpXGHsDO
あまりに傍若無人、車椅子を使っている人間に対して、ここまで遠慮をしない人も珍しい。


人ではないけれど。


クロ「アーッハハ!揺れるぞ?揺れるぞ?」


楽しそうに車椅子のタイヤを蹴り続けるクロを見ていると、懐かしい気持ちになった。
しかし、クロは勿論初対面だし、こんな経験はそうないことだ。


一体どうしてこんな気持ちになったのかを考えると、思い当たることがあった。


恭介(そっか、いつ以来だろう。───僕の目の前でこんなに賑やかな笑い声を聞いたのは)


いつもお見舞いにくる人は、友達も家族ですらも、ここ最近はあまり目立って笑うことはしなくなっていた。
楽しげに笑うことが、悪だとでも言うのだろうか。
それともそうすることで、自分が傷つくと思っているのだろうか。


そんな気遣いなんて、いらないのに。


恭介「や、やめてくださいって!」


口ではそう言いつつも、クロにつられて困ったように笑った。
久しぶりに、楽しくて笑った気がした。



399: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 20:02:32.46 ID:MbpXGHsDO
相手が人であれば、恐怖を感じたかもしれないが、車椅子を蹴っているのが猫の姿をしているため、威圧感もそれほどないことも影響したかもしれない。


クロ「あー、退屈ってのは嫌なもんだな」


ひとしきり蹴った後で飽きたのだろう、足を下ろすと、クロは退屈そうに空を仰いだ。
そして、頃合いを見て恭介は話し掛けた。


恭介「ところで、お見舞いって、友達か誰かがここにいるんですか?」


クロ「おうよ」


友達、という言葉を聞いて、昨日の事を思い出した。
あの日、廃工場での出来事により、事は、こじれにこじれてしまっていた。


その日の事に、クロは思いを巡らせた。



──── 一日前 廃工場


さやかに絶叫を真っ正直からぶつけられたクロは、それでも動じることはなく、逆に、激情に燃えるさやかの瞳を、睨み返していた。


クロ「オイラは、ヒーローになった覚えはねーさ。そうだって言ったこともないぜ?」


言って聴かせるように、クロはさやかに自分の考えを伝えた。

400: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 20:34:39.51 ID:MbpXGHsDO
その言い方が、更にさやかを焚き付ける。


さやか「魔女と戦うっていうことは、正義の味方になるっていうことじゃないか!マミさんは、あんなに一生懸命戦っていたのに、あんたは自分の欲求を満たしたいだけじゃないか!」


クロへ対する、怒りが、不信感が、さやかの中で爆発した。
暇潰しだと言っては戦いに首を突っ込み、場をかき乱す。
自分勝手な理由で、明確な目的も感じられない。


さやか「マミさんだって、あんたと関わってからあんな調子だし!」


別に、マミが入院生活から抜け出せなくなったのはクロのせいではない。
それでも、人間には言ってしまいたいことがある。
叫んでしまいたいことがある。


それを、クロは心の底から理解しており、だから、その言葉を受け入れる事は雑作もなかった。


さやか「あんたが来てから何もかもおかしくなったんだ!この疫病神!!」


だから、次の瞬間、まどかがさやかの頬を平手で打った事に、クロは素直に驚いてしまった。

401: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 21:03:37.67 ID:MbpXGHsDO
さやか「え?」


パァンと渇いた音が鳴り響いた。
さやかの頬は赤く腫れており、強い力で叩かれたことが分かる。
いつの間に、そこにいたのか、まどかは右手を振り下ろしたような格好から動けないようだった。


頬を押さえながら、さやかは、ゆっくりとまどかの顔を見た。
まどかは、荒い息を吐きながら、泣きそうな声でさやかに叫んだ。


まどか「どうして?どうしてそんなこと言うの!クロちゃんは戦ってくれたよ?守ってくれたよ?さやかちゃんだって分かるでしょ!?」


その言葉に、突然、さやかは火が点いたように怒鳴り返した。


さやか「分かれ?分かってるのは、あいつがどんな奴かよ!まどかこそ、分かってない。アイツは人を殺してるんだよ!!」


その言葉は、さやかにとっては決定打であるつもりだった。
それを突き付ければ、まどかはクロに対する認識を変えるだろうと、目を覚ますことができると思っていたのだ。


しかし、まどかは、ただ、さやかの目を見据えた。


まどか「関係ないよ。クロちゃんに昔何があっても、何をしていても。私は、今日まで私の隣にいたクロちゃんを信じる」

403: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 21:37:02.69 ID:MbpXGHsDO
その言葉は、さやかの心を激しくえぐり、揺さぶり、苛立たせた。


さやか「へぇ、やっぱりそうなんだ」


ギッと、鋭くまどかを睨むその瞳には、マグマのように暗い感情が渦巻いている。
気味が悪いほど、冷めたような顔付きでさやかはまどかを睨んでいた。


さやか「私なんかより、やっぱりそっち?自分を守ってくれるような強い奴の方がいいんだ。ふーん、そんなものだよね」


やってられるか、そう言って、さやかは足早に、廃工場から去っていった。
後ろを振り返るようなことはついぞなかった。


まどかは、ずっとそこに立ち尽くしていた。


クロ「おい、まどか?」


呆然、と言った方がいいだろう。
まどかは、夢から覚めたような顔で、さやかを殴った手を見ていた。


まどか「クロ、ちゃん」


そして、自分の側まで来ていたクロを、ぎこちない動きでゆっくりと見た。
顔面蒼白で、唇も震えている彼女も、ついに我慢が限界に達した。

404: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/28(金) 22:18:28.59 ID:MbpXGHsDO
まどか「クロちゃああああん!」


クロ「どわっ!?」


突然、クロに駆け寄ってきたまどかは、しゃがみこんでクロに抱きついてきた。


まどか「どうしようっ、どうしようっ!さやかちゃん、叩いちゃったぁ」


小さなクロの身体を押しつぶさんばかりに抱き締めたまどかは、狼狽と興奮から抜け出せず。
力の手加減が全くできていなかった。


クロ「離せって、バカ!このバカ!」


まどか「バカだよぉ。私、あんなことしちゃって、本当にバカだよぉ!」


クロは助太刀を求めて、ほむらを見たが、彼女はおもしろくなさそうな顔で、口をヘの字に曲げている。


その後、クロはなんとか、まどかをなだめすかして、落ち着かせることに成功した。
まだスンスンと鼻を鳴らしている、まどかと、その彼女を心配そうに見つめる、かぐらとほむらを連れ、家に帰りついたのであった。


家に帰った時、知久や詢子がしつこく問いただしてこなかったことが、せめてもの救いだった。

408: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 12:43:12.96 ID:d9TnhUADO
────現在 見滝原総合病院・屋上


という昨日の神経すり減る出来事を思い出すクロであった。
あの後も、グズるまどかを寝かしつけ、グズるかぐらとほむらを寝かしつけて、猫にしては異常な深夜にようやく寝ることができたりと、クロは、自分が母親にでもなった気分だった。


恭介「クロさん、どうしました?」


あまりにも渋い表情をしていたクロに、恭介は怪訝そうに聞いた。
疲れと苛立ちを露にした顔付きになっている黒猫は感情をさらすことに全く躊躇いはないようだ。


クロ「疲れてんだよ」


恭介「疲れ……ますよね。生きてれば誰だって」


恭介は、暗い顔をして俯いた。
先ほどの陰鬱とした気持ちがぶり返してきたのだ。


クロ「お前は、ここで何してんだ?」


今度は、クロが質問をしてきた。
少し、顔を向けてみるとそこには、意外にも柔らかく笑う顔があった。
優しげで、ただ相手の言葉を待つ温かさも感じられる。


恭介「僕は────何もしていないんです」


だから、ポツリと恭介は自分の弱さをこぼしてしまった。

409: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 13:04:30.09 ID:d9TnhUADO
ひとつ、こぼせばそれは、並々と溢れてきた。
奥から、底から、次々と吐き出ててくる。


恭介「僕、事故に遭ったんです。もう死ぬかもしれなかったくらいに大きな」


その弱さを、恭介は止める術を知らなかった。
何故なら、彼はずっと、この思いから避けていたからだ。
直視すれば、自分の心すらダメになりそうなくらいに。


恭介「その日から左半身が動かなくなって、今もまだ、ここでリハビリをしてるんです」


その言葉を、クロは黙って聞いていた。
目をつぶって、腕を組み、車椅子に背をもたれかけて、恭介の言葉の一つ一つを聞いていく。


恭介「なんにもないような繰り返しで、ずっとここにいなきゃいけないのかなって思って……」


クロ「面倒くせー奴だな」


恭介「え?」


クロは、恭介を遮るように言葉を発した。
いや、もう大体のことを理解したゆえの行動でもあっただろう。


クロ「結局、お前は何がしてーんだよ」


恭介「え?それは、腕が動かせるようになりたい……とか」


その言葉に、クロは呆れたように首を振る。
そして、身体を車椅子から離して、恭介の前を歩いていく。


背中を向け、首を軽く恭介に向けながら、彼は言った。


クロ「そんなんじゃねーだろ。どうしたいかなんて、腕が動かなくたって決められるだろ?」


410: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 13:20:32.85 ID:d9TnhUADO
恭介は、その言葉に目を丸くした。
自分が、何をしたいか。
腕の事を度外視して、考えろなど、そんなこと誰も言わなかったことだった。


恭介「クロ、さん」


だからこそ、恭介はその言葉に答えを返せなかった。
頭が真っ白になってしまったのだ。


クロ「じゃな、また会おうぜ」


そう言って駆け出したクロはトンと軽く足を踏み込み空に跳んだ。


恭介「あ……」


真っ青な空に、しなやかに黒猫が浮かび上がっていく様を、恭介は惚けたように見ていた。


自由が、そこにあった。


屋上から落ちていくクロを、恭介はただ見ていることしかできないでいた。




────見滝原総合病院・マミの病室


ゴキン、という凄まじい衝撃音に危うくマミは飲んでいた紅茶を吹きこぼしそうになった。


マミ「て、敵襲!?」


慌てて衝撃音のした方に、顔を向けると開け放した窓の枠の部分に黒猫がぶらさがっていた。

412: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 15:26:06.31 ID:d9TnhUADO
マミ「きゃあああ!どうしたのよクロ!?」


慌ててベッドから飛び出してクロの下にパタパタと駆け寄った。
両脇に手を差し込んで自分の顔の前に持ってくれば、クロは苦悶の表情を浮かべていた。


マミ「どうしたの!?」


クロ「いや、ちょっと見栄を張った立ち去り方をしたものの、うまいこと着地する方法が見つからなかっただけだ……」


マミ「そ、そう」


心配するなと片手をあげるクロに、マミは怪しみながらも一応納得することにした。
彼女も付き合いがそうそう浅い訳ではない、恐らく何かがあったのだろう。


しかし、クロがいいと言う以上は心配はしない。
きっと、大丈夫だろうからだ。


マミ「また、何かあったの?」


抱き上げて、その顔を覗き込みながらマミは聞いた。


クロ「また?なんだそりゃ、オイラがいつ『何か』したっていうんだ」


マミをからかっているのか、それとも誤魔化しているのか分からない。
しかし、ニヤニヤと笑っている時ほどクロは何かを隠していることがある。
比較的正直だが、素直ではない黒猫の意外な一面だと、マミは思う。

415: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 19:44:02.38 ID:d9TnhUADO
マミ「ふふっ、相変わらずね」


クロ「へっ、いちいち会うたびに性格変わってたまるかっつーの。それといい加減おろせ」


クロの抗議を受け、マミは「はいはい」といいながら、クロを自分の寝るベッドの上におろした。


どこか、マミの自分にたいする扱いが上手くなっている気がして、少し居心地が悪いクロは顔をそらした。


マミ「お茶菓子食べる?」


クロ「……おう」


はい、とクッキーの入った手渡される。
手を伸ばして受け取ろうとすると、ニコニコと微笑むマミの顔があった。
バッ、と奪うようにして袋を掴み貪るようにクッキーを口にほおりこんだ。


クロ「~~~~っ、お前なぁ!」


ニコニコと笑いながら、クッキーを食べるクロを見ているマミに対して、なんだか一言二言でも言ってやりたくなったクロだった。


しかし


マミ「何?お茶でも飲む?」


そんな風に言ってやりたい気持ちを、見事にマミの無邪気な顔に制されてしまう。


クロ「別に、いらん」


モゴモゴと、クッキーを噛みながら言葉を濁すクロをマミはやはり笑って見ていた。

416: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 20:08:55.18 ID:d9TnhUADO
マミ「おいしい?」


クロ「……うまい」


マミ「そう、良かったわ」


ともすれば、語尾に音符のマークでも付きそうなくらいご機嫌なマミを、怪訝な顔でクロは見返す。


マミ「あら?もっと別のお菓子がほしい、のむぐっ!?」


腹が立ったので、手に持ったクッキーを腕を伸ばして、笑みで開いていたマミの口の中に押し込んでやった。


マミ「……せっかく、いい雰囲気だったのに」


こくんと、噛み砕いたクッキーを飲み込んだマミは唇をとがらせた。
猫にどんな期待をしているんだとクロはため息をついてクッキーをまた一つ頬張った。


クロ「ったく、けったいな奴から、厄介な奴までいんのな。この街ってのはつくづくややこしい街だな」


眉間にシワを寄せながら言うその言葉には、クロの考えていた以上に愚痴のよいな響きが含まれており、マミはその子供のような雰囲気を意図的に抑えた。


マミ「色々、大変だったみたいね」


そして、クロをねぎらうような言葉もかけた。
実際に、色々大変でこれからも大変なのは間違いのないことではあったが、少し妙だった。

417: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 20:25:58.09 ID:d9TnhUADO
色々?大変?どうしてそれをマミが知っているのだろう。
昨日の今日で、あんなえげつない話を病人にするほど自分は暇人じゃない。


────じゃあ一体


クロ「お前、色々って、誰からその話を聞いたんだよ?」


マミ「誰って……、あの人から」


あの人と、マミが指をさした先にあったのは、マミのベッドの右斜め前にあるベッドであった。
今日ずっと空きベッドだったそこに、今はなんと人が横になっている。


しかも、それは


暁美「あうーー」


黒髪で(元)謎めいた少女・暁美ほむらその人だったのである。
思わず、クロはずっこけてしまった。


クロ「お前、なにやってんだ!こんな所で!!」


点滴を打ちながら、ベッドに完全に身体を横たえているほむらは、普段から元気のない目から、更に生気を抜いたような顔でクロに顔を向けた。


ほむら「こんにちわ、クロ。元気だったかしら」


クロ「いや、元気だったかとか聞かれても」



418: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 20:42:17.73 ID:d9TnhUADO
本気で体調が悪そうな人に聞かれても、なんだか元気ですと言うのも変な感じがした。


クロ「……何があったんだよ」


とりあえず、話だけでも聞いてやろうと、クロはほむらの言葉に耳を傾けてやることにした。


ほむら「……ぃぃゎ」


クロ「なんて?声ちっさ!」

────暁美ほむらの回想


廃工場で、クロやまどか達が去った後の話である。
救急車を呼んだ後、ほむらは考えた。


ほむら「……」


今目の前にある、混ぜるな危険の洗剤入りのバケツ二つ。
これを処分しなければならないのではないか。
ここにいる人間全員が、集団自殺か何かを疑われたら色々と面倒な事になる。


しかも、ここにいる人間のうちの一人はまどかの友達である。
あまり話を大きくして、まどかやその周辺を刺激するのは得策ではない。


そこで、ほむらは両手にバケツを持って、工場の外に運び出した。
えっちらほっちらと、危なっかしく歩き、工場のから出た時だ、それは起きた。


ほむら「はれ!?」


コツン、とほむらは石につまずいて転けた。


ほむら「ぶっ!?」


ベチャ、とほむらは完全に地に伏した。


ほむら「んなぁっ!?」


ガチャン、とバケツは二つとも倒れ、中身が溢れだした。
そして、混ぜるな危険が────混ざった。

420: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 20:58:31.97 ID:d9TnhUADO
────現在


ほむら「気付いたら病院にいたわ。風が強かった事と、救急車の到着が早かった事が幸いしたそうよ」


しみじみと言う、ほむらの顔は九死に一生を得た人がインタビューを受けている間のやったった感がでている顔をしており、非常に、なんというか


クロ「バカみたいだな」


ほむら「はうっ!?」


痛いところを突かれたようで、ほむらはベッドの上で固まってしまっている。


マミ「クロ、あんまり苛めないであげて?話すと割りと可愛いとこあるのよ(バカで)」


ほむら「巴マミ!今あなた括弧付けたでしょう!?何を入れた!括弧の中に何を入れたのよ!」


マミの言葉に、ほむらが食って掛かるも、ホホホと笑うばかりでマミは真面目にほむらに取り合わなかった。


クロ「病院で声を張るな、バーカ!」


ほむら「む、むぅ~」


そして、クロの一喝で、ほむらは大人しく引き下がった。
ブスッと頬を膨らませてベッドに身体を沈める。

421: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 21:18:17.66 ID:d9TnhUADO
そんな様子に、マミは心から微笑ましくなった。
ほむらがここに来た時、それはそれは、自分は警戒した。
何かの罠ではないかと思ったくらいだ。


しかし、こんな偶然もなく、割と本当に辛そうな顔を見ていると心配にもなり話を聞かないこともないと思った。


そして、クロの周りで起きた騒動を聞いた時、さやかとクロの話は本当に胸が痛んだが、ほむらは冷静を装いながら、一生懸命クロの潔白を説明しようとしてくれた。


何でもないと言いながら、あなたには関係ないかもと言いながら、彼女は必死だった。


だから、ほむらもまた、クロの協力者なのだろうとマミは結論することできたのだ。


ほむら「あまりバカにしないでくれる。こう見えて私は、割と凄いのよ!」


クロ「OK、いい子だから、勘弁してくれ」


ほむら「い、いい子……!」


満足したようだが、それでいいのか謎の少女とクロは思わない事もなかったが、ずっとあんな態度でこられるより、今のような性格の方がやりやすい。


クロの視線の先で暁美ほむらという少女が照れながら澄まし顔という複雑な顔をしていた。

428: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/30(日) 12:21:50.56 ID:ciQGdfNDO
彼女は、今日まで一週間以上は学校を休んでしまっている。
ただでさえ、学校では人を避けて過ごしていた自分が突然休み、そして突然登校すれば、更に好奇の目で見られるかもしれない。
もっと言えば、もはや皆に自分がいないことなど、どうでもよく思われているのではないか。


そんな疑心が、マミの心に重く立ちこめていた。


クロ「行くだけ行ってみろ」


そんな、マミの心が理解できた訳ではなかっただろうが、クロは静かに口を開いた。


クロ「一つにびびってたらなんでもかんでも怖く見えちまうけどな、見えちまうだけだぜ?案外、なんでもねーもんさ」


マミ「クロ、ちゃん」


クロ「どうしてもってんなら」


少しイタズラっぽく笑ってウインクをする。
そんなクロにポカンとした顔を見せるマミに、クロは言った。


クロ「オイラを呼べばいい。そんじょそこらの奴よりは頼りになるぜ?」


その言葉を聞いたマミは、心に温かいものが溢れてくるのを感じた。
ポトポトと布団に、小さな雫が落ちていく、あぁ、自分は今泣いているのだとマミは知った。



429: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/30(日) 12:40:00.33 ID:ciQGdfNDO
クロ「お、おい、マミ?」


心配というよりは、動揺したような顔でクロはマミの顔を覗き込んだ。
本当に、この強い猫にも、こんな弱った顔があるのだな、とマミはそれを知れて本当に嬉しかった。


マミ「……大丈夫、私は……一人じゃないから」


涙をごしごしと袖で拭って、ニコッとマミは笑った。
ふん、と鼻をならしてクロは顔を明後日の方向に向ける。


ほむら「むー」


そこには、どういう訳か頬を膨らませて不機嫌そうな顔をしているほむらがいたが無視した。


クロ「……じゃあ、オイラは帰るぜ」


ベッドからひょいと飛び降りたクロは、窓の枠の上にまた飛び乗って、マミに顔を向けた。


クロ「んじゃな、マミ」


マミ「えぇ、また」


ほむら「……無視するのね。ふーんだ」


いじけたように布団を両手いじり、顔を下に向けるほむら。


クロ「またな、ほむら」


だったが、クロの声を聞いた瞬間に慌てて顔を上げる。
しかし、そこにはもう、黒猫の姿はなかった。
それでも、ほむらは目を丸くして、頬を上気させていた。

437: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 19:54:27.78 ID:Fs0Fl9oDO



屋上から、黒猫が落ちていく姿が頭から離れず恭介は、しばらくその場から動けずにいた。


そして、彼の言葉もずっと頭の中を駆け巡っていた。


『どうしたいかなんて、腕が動かなくたって決められるだろ?』


その言葉に対する答えは、自分の中で堂々巡りに行き交って、最終的には『言い訳』になって返ってくる。
どうしようもない、という思いだけが恭介の今の気持ちだった。


でも、明らかにそれは問題だと分かる。
このまま、そんな言い訳に流されてしまえば自分は取り返しのつかない場所まで流されてしまうのではないかと思ったのだ。


恭介「……それでも、僕は……」


しかし、踏ん切りがつかない。
いざとなると、どうすれば良いのか、何も考え付かないのだ。


「恭介?」


急に後ろから飛んできた言葉に、思考の渦に沈んでいく意識が浮かび上がった。
それは、よく知る人物の言葉だった。


恭介「さやか?こんな所に何か用かい?」


さやか「まぁ、その、迎えに来たよ」

438: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 20:14:59.90 ID:Fs0Fl9oDO
恭介「迎え?看護婦さんはどうしたのかい」


さやか「いや、なんか……、その、『行ってこい』って言われて……」


少しだけ、俯いて恥ずかしそうにモゴモゴと口を動かしているさやかに、恭介は大体の察しが付く。
大方、自分たちの中を深読みした看護婦が、からかいがてらにさやかをよこしたのだろう。


少しだけ、恭介は苦笑した。


恭介「ありがとう、よろしく頼むよ」


さやか「うん」


さやかは、嬉しそうに頷いき、近寄って車椅子のグリップを握った。
軽い揺れを感じる、ゆっくりと動かそうとするさやかの優しさを感じる。


本当に、いい友人を得たのだと思った。


さやか「恭介、なにか嬉しそうだね」


恭介「そ、そうかな?ハハハ」


色々悩む言葉をかけられたものの、やはりあの黒猫との出会いは自分にとって嬉しいものだったのだろうか。
自分が顔にでやすいタイプの人間だとは思わず慌てて誤魔化した。


恭介(さすがに、サイボーグの猫に会ったなんて事は言えないよな)



439: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 20:42:39.36 ID:Fs0Fl9oDO
自分の下手な誤魔化しだったが、さやかは「そっか」と納得してくれたようだった。
このまま、普段の会話にしていこうと、恭介はさやかに声をかける。


恭介「さやかは、最近どうかな?学校とか、友達とか」


さやか「……友達」


なんでもない言葉のはずだった。
しかし、後ろに感じるさやかの空気が変わり、なにやら沈んだような雰囲気を感じる。
彼女の呟きが、さらにそれを強く意識させた。


恭介「さやか?」


一体何があったのだろうかと恭介は思いを巡らすも、いかんせん自分は長らく病院にいる身で彼女に大した助言をかけられる身ではない。


さやか「大丈夫大丈夫!なんでも、ないから」


恭介「……そう」


その言葉は、果たして彼女自身を守る言葉か恭介を気遣った言葉か。
しかし、恭介は何も言わず、何も言えず。
ただ車椅子に揺られて運ばれていくだけだった。


誰かの痛みを知らぬ二人が、それぞれの想いを抱えながら屋上を後にする。


────他愛のない言葉を掛け合いながら。

440: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 20:55:44.17 ID:Fs0Fl9oDO



第三話「それでも、僕は」 完


次回予告


クロ「なんだこりゃ、手紙?」


詢子「友達が目の前で泣いているのに逃げていい理由なんて存在しない」


恭介「僕は……僕は!!」


第四話「進みたいなら」


即時投稿

441: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 21:13:21.59 ID:Fs0Fl9oDO



クロが病院から鹿目宅までたどり着いたのは夕暮れ時であった。
別に大した用事もなければ、何かの感傷に浸るような事もなかった。
ただ、なんとなく遅くなった、これは人間にもよくある事ではないか。


扉の前に立つと、手をグンッと伸ばしてドアノブを握る。
この時間帯であれば知久もいるだろうし、鹿目嫁もいるはずだ、因みにまどかは調子を崩して今日は学校を休んでいる。


つまり、家に人があるなら鍵は開いている。
クロはそのまま、ドアノブを捻り扉を開けた。


クロ「ただいまーってか?」


少なくとも自分が喋れることを知らないであろう鹿目嫁・詢子がいる可能性があるなら、と小さな声でクロは呟く。
それに答える者はいないであろうことは分かっていたので、クロはそのまま家の中に入った。


「待てーー!」


『待て待てー!』


しかし、そんなクロの言葉が聞こえた訳ではないだろうが、大きな足音が近づいてきた。
大きな人間の足音が一つに、小さな獣の足音が一つ。


『うわああああ!』


いや、一つ。


念のために、四足歩行の姿勢をとったクロに、その足音と声の主が近づいてきた。


クロ「いっ?!」


一つは、虎猫ほむらの姿だった。
しかし、何かから逃げるように走り回る姿にクロは思わず声を上げてしまった。

442: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 21:34:22.16 ID:Fs0Fl9oDO
普段と変わらない臭いに、普段とは明らかに違うその姿。
ほむらは、なんと小さな身体にピッタリと合うようなフリフリが付いた人間でいうワンピースのような衣装を纏っていたのだ。


ほむら『あぁっ!良いところにいた、あんた助けろよ!』


大慌てでクロの背中に回り込んだほむらは、そのまま身体を必死にクロで隠していた。


クロ「……なんだ?お洒落に目覚めたか、雌に目覚めたか、どっちだ?」


ほむら『どっちも違う!』


かぐら『あぁ!?ほむら発見!!』


ヒィっ、とその声に更に怯えるほむらだったが、声の主は彼もクロもよく知るかぐらの声であった。


クロ「お前もか」


そしてクロの言葉が示す通り、かぐらもまたほむらと同じ衣装を身にまとっていた。
ほむらとは違い、色違いの白いワンピースだったが。


「見つけた見つけた!よーし、お手柄だぞぉ、かぐらちゃん」


更に、後ろから現れたのは一人の女性であった。
この家の家計を恐らくは一人でまかなっているであろう人物で、最も重要な人間。


知久の嫁で、まどかの母である詢子が、小さな手のひらサイズの麦わら帽子を持ちながら現れた。


かぐら『詢子!捕まえよう!お兄ちゃんそこどいて、ほむらに帽子かぶせられない!』


かぐらが、詢子が喜色満面の様相でクロに迫ってきた。

443: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 21:59:23.52 ID:Fs0Fl9oDO
つまり、そういう事だ。
ほむらは詢子に服を着せられそうになって慌てて逃げていたのだろう、まぁ半分以上は手遅れだが。
後は、帽子をのみというところで脱走。
すでに服を身にまとい、しかも気に入ってしまったかぐらと、どうしても帽子をかぶせたい詢子が結託して追いかけまわしていたのだろう。


まぁ、ほむらの思う所も十分に理解できる。
人間の趣味の一つで、自分達の衣服をわざわざ動物に着せるというものがあるらしい。
まず服というものはお洒落ではなく体温調節のためにあるもので、体毛がある動物には必要ないのだが、人間の趣味思考とはよく分からない。
かぐらは、順応しすぎている。


詢子「そんなに嫌がるなよぉ。絶対に可愛いからさ」


かぐら『そうだよ、ほむら。後は帽子だけだよ?』


クロ(そういう問題じゃねーだろ)


ほむら『嫌だよ!』


それはそうだ。
まだ幼いとはいえ群れに属していた野良猫である。
いちいち人間の趣味に振り回されることはない。

444: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 23:17:01.67 ID:Fs0Fl9oDO
ほむら『女物なんて嫌だ!俺は男なんだぞ!!』


クロ(そっちかい)


存外、彼はゆとりだった。
クロはそのままとっとと歩いて、背中にいるほむらをかぐら・詢子の両名の前にさらした。
彼にとっては割りとどうでもいいことだったからだ。


ほむら『あぁ!?卑怯者!!』


少し後ろを振り向いて意地悪くニタリと笑ってクロはその場から離れる。


詢子「いよーし、感謝するよクロ。さぁ、ほむら~、覚悟しろー」


かぐら『可愛くお着替えしましょうね~』


詢子・かぐら「『うーふーふーふー』」


不気味な笑い声の後に聞こえてきた悲鳴を背に、クロはまどかの部屋に向かう。
すると、その途中に廊下に妙な物が落ちている事に気付いた。


クロ「これは、帽子?」


それは見てみれば分かる事なのだが、気になるのはそのサイズ。
小さいのだ、人間の頭にはまるような幅をしていないし、帽子の両側には大きめの穴が二つ開いている。


クロ「おいおい、まさかオイラの分じゃねーよな」



445: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/01(月) 23:51:08.07 ID:Fs0Fl9oDO
よく探偵物のドラマで見るようなシルクハットタイプの帽子だった。
色は黒で、赤いリボンが巻いてある。


クロ「……」


ちょっと気になって試しにそれを被ってみると、なるほどサイズは見事にピッタリである。
なんの気もないような顔をしながらポンポンと帽子を触り、脱ぐこともなくクロはまたまどかの部屋に向かって歩いた。


────まどかの部屋


今日、まどかは学校を休んだ。
ここ最近では珍しく風邪をひいてしまったからである。
しかしこれは、単なる体調管理の不備によるものだけではなかった。


まどか「はぁ……」


深く吐いたため息と共に、思いを巡らせるのは友達のこと。
意見の相違も初めてならばケンカをしたのも初めてだったまどかにとって、さやかとの出来事は彼女に動揺を与えることになった。


所謂、知恵熱というものだろうか。
頭の痛みや腹痛などの目立った症状はなく、当初は発熱と身体のだるさだけがあった。


しかし、今では熱も下がり身体のだるさも少しではあるが取れつつある。


まどか「はぁ……」


とは言え、身体の快調が、そのまま心に表れるとは言えないのもまた、事実であった。

446: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 00:09:54.03 ID:q4zYpUIDO
鬱々と思い悩むまどかであったが、自分の部屋の扉ががチャリと開く音を聞き首をドアの方へ向けた。
しかし、そこを見ても、誰も見えない。


風のイタズラか何かかと、首を傾げたが、いきなりベッドの下から黒い影が飛び出してきた。


まどか「うひゃあっ」


思わず悲鳴を上げたまどかだったが、すぐにその影の正体に気が付いた。


まどか「ク、クロちゃん、おかえり」


クロ「ただいま。そんでビビりすぎだ」


自分の視界ではベッドの下はちょうど死角になっていたので、ビビるのも許してほしかったが顔を出したクロをよく見ると、それどころではなかった。


まどか「……クロちゃん、その帽子」


いつもの呆れたような顔の上には、いつもとは違う帽子が乗っかっていた。


クロ「拾ったんだよ」


事もなげに告げるクロを見て、まどかはプルプルと震えはじめた。
なんだなんだと、クロも多少の緊張を禁じ得ない。
が、それはすぐに杞憂に変わった。


まどか「……か」


クロ「か?」


まどか「格好いいーー!!」


突然の大声と共に、クロの身体を抱き上げたのだ。


まどか「わぁ、凄い似合ってるよクロちゃん!」


クロ「そ、そうか」


多少なりと、クロも万更ではないらしく、まどかに好きにさせている。
格好いいと褒められる分にはクロも多少は気分はいいのだ。


まどか「ねぇ、さぁ、お前の罪を数えろって言ってよ!」


クロ「嫌だよ」

447: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 00:10:59.71 ID:q4zYpUIDO
今日はここまで、明日はまた人目を忍んで昼頃から投稿開始です。

452: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 12:20:35.02 ID:q4zYpUIDO
まどか「えー……」


えー、じゃねぇよと言いながらクロは白い目をしている。
さすがに、そこまで彼女の趣味に付き合ってやる必要はない、第一そんなこっ恥ずかしいことをノリノリで出来るような性格をしていない。


まどか「そうだ、マミさんは元気してた?」


クロ「同じく体調不良の人間が何言ってやがる」


クロをそっとベッドの上に降ろしながらまどかは、決まり悪そうに笑った。
しかし、これも彼女らしいと言えばらしい。
自分のワガママ以上に他人を優先させる性格を持っているのだろう。


故に、さやかに対して突発的にとは言えとってしまった行動に戸惑ったのかもしれない。


まどか「クロちゃん?」


クロ「あぁ?……まぁ、元気そうだったぜ」


入院している奴に元気だったと言うのも変な話だが、本当に元気なのだから仕方がない。


まどか「そっか、良かった」


本当に、嬉しそうに彼女は笑うのだ。
他人の小さな喜びを幸せに感じ、他人の幸せを喜びとする、今どき珍しい人間だ。

453: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 13:50:49.54 ID:q4zYpUIDO
そんな人間は苦手ではあるが、好ましくない訳でもない。
それに、今回の件に関してはまどかを自分の個人的な事情に巻き込んでしまった面もある。
クロ自身も無関係の顔をするつもりはなかった。


クロ「さやかとは連絡とれたか?」


だから、彼は少し踏み込んでみた。
取り敢えず目指すところは、まどかとさやかの仲直りが先決であるが、いかんせん年頃の少女達のケンカに首を突っ込むのは盛りのついた雄猫同士のケンカの仲裁以上に辛そうだ。


まどか「ううん……全然取れない」


クロ「まっ、そりゃそうか。昨日の今日だもんな」


しかも、クロにはこんな経験はさらさらない。
あったとしても、喧嘩両成敗で無関係な者達すら巻き込んで気付けば有耶無耶になってたというパターンくらいだった。
参考にはならないだろう。


クロ「まぁ、しょーがねーだろ。明日学校にでも行って──」


まどか「学校行きたくない」


「オメーもかよ」とクロは頭を掻いた。


454: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 14:06:45.42 ID:q4zYpUIDO
クロ「そうも言ってらんねーだろうが、元気になりゃ学校に行く!中学生が甘えんなっつーの」


枕を抱きかかえて、駄々っ子のように唇を尖らせるまどかにクロはめんどくさそうではあるが、諫言めいた言葉をかけた。


まったく彼は今朝から何から彼自身が考えるらしくない行動を取りっぱなしだったが、いまいち「なら、ほっとけるか?」と聞かれたら言葉を濁してしまうような気持ちだった。


しかし、元来彼は根っからのお人好しであり、トラブルメーカーでありながら同時に、解決も行う『トラブルワーカー』という特殊な属性でもある。
つまり、何が言いたいかと言えば、クロはまったく素直ではないというこだ。


まどか「……ふーん」


と、何やら顔を伏せたまどかが分かったように声をもらし、それに気付いたクロは彼女を見る。


クロ「なんだよ」


まどか「私には、マミさんに言ってくれたみたいな格好いい事言ってくれないの?」


はぁ?と、思わず声を荒げるようにまどかに聞き返すも、今更そんな事で怯むような彼女ではなくなっていた。

455: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 14:26:40.14 ID:q4zYpUIDO
まどか「『行くだけ行ってみろ』」


クロ「……」


まどか「『どうしてもってんなら、オイラを呼べばいい。そんじょそこらの奴よりは頼りになるぜ?』」


何故、あの時マミにかけた言葉が一字一句違わず、まどかに伝わっているのだろうか。


クロ「テメー、誰から聞いた」


もはや、先ほどの雰囲気はどこへやらで、まどかの事もテメー呼ばわりである。


まどか「マミさんから、メールで」


チッ、と舌打ちするクロに、ニヤニヤしながらまどかが顔を寄せる。
こんな顔をする奴だったかと、クロは軽く距離をとった。


まどか「いいなぁ、私も言われてみたいな~。こんな事言われたら学校どころかどこにだって着いていくのにな~」


クロをからかうように、わざらとらしくねちっこい言い方をするまどかだったが、そこそこ彼の我慢の限界を超えたらしい。


クロ「よーし、じゃあ言ってやるぜ」


まどか「へっ?っていひゃいいひゃいいひゃい!?」


クロは伸ばした左手で、彼女の左頬をつねった。


クロ「まずは、黙ってくれねーとな。なんだっけ?行くだけ行ってみろ?だよな」


ニヤニヤと邪悪に笑いながらクロはまどかの頬を伸ばし、それに比例して彼女は涙目になって絶叫する。


まどか「すみまふぇん!もう二度といいまふぇんふぉで!!」


拷問は、10分ほど続いた。

456: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 14:58:36.33 ID:q4zYpUIDO
まどか「うぅ……酷いよぉ、クロちゃん」


クロ「ふん、オイラにちょっかいかけるなんざ百年はえーよ」


頬を押さえてヨヨヨと、片手を着くまどかの隣で、クロは腕を組む。
はたから見ればクロの横暴さだけが目立つが、実際はやり返されることが分かっているくせにちょっかいをかけたまどかにも責任があったりする。


まどか「んー、頬っぺた伸びた気がするよ」


自分の頬を揉み解すようにマッサージをするまどかに謝るつもりなどないクロは話題を変える。


クロ「んじゃ、この話は終わりだ」


まどか「えっ?私の学校は?」


クロ「行きたきゃ行けばいーだろ」


余りにも適当な返答で、しかも望んだ言葉はかけられずがっくりとなるも、一応は従う。
この適当のようで、すっぱりとした性格を持つ猫には後になってああだこうだと言うのではダメなのだと、また一つまどかは学んだ。


クロ「お前、ちょっと手伝え」


まどか「手伝い?」


病み上がりの自分に彼の手伝いで出来る事があるのだろうかと、まどかは首を傾げた。


クロ「あぁ、腹ん中の整理だ」

457: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 20:10:43.36 ID:q4zYpUIDO
まどか「お腹の整理?」


おう、と頷いた彼は腹についたハッチを開き、左手を突っ込んだ。
そして、ゴソゴソと中を漁るような動作を見せている。
まどかは興味津々でその様子を見ていた。


クロ「おぉ、あったあった」


そういってズルリと取り出したものはマシンガンのような形をした銃である。
分かる人が見ればどんなタイプの銃かは分かるのだろうが、まどかにはそんな知識はないため名称は分からなかった。


クロ「こいつはとっておきだぜ」


まどか「とっておき?」


まどかが首を傾げた時、彼女には嫌な瞬間がしたが既に遅かった。
クロはニヤリと笑い、まどかに銃口を向けた。
更に銃身の部分がパカリと開いたかと思えば、そこにはミサイルが並んでいる。


まどか「あわわわわわわ!?」


悲鳴をあげながらベッドの端まで後退りし、壁にぺったりと身体を押し付けるまどかを、クロはケタケタと笑う。
どうやら、またからかわれただけらしい。



458: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 20:34:51.22 ID:q4zYpUIDO
まどか「もう……クロちゃんってば、ホントに心臓に悪いドラえも○なんだから……」


クロ「んだよ、冗談だぜ冗談」


マシンガンのミサイルを収めるクロ、ニヒルな笑みと黒い帽子はやはり相性は抜群でいつも以上に意地悪な印象を受ける。
そして、そのマシンガンをベッドの上に置いた。


クロ「まず、一つ」


まどか「ほぇー、まだあるの?」


またもやまどかが、おそるおそる近づいてクロの作業を覗きこんでくる。
それを横目で見ながらクロはまた、腹の中をまさぐる。


クロ「あっ」


そして、左手を抜き去り、またもやまどかに向けた。
今度はいつも使っているガトリングではなく、四角い形をした二つの大きな銃口がついた銃火器であった。
またもや、まどかは悲鳴をあげて後退るはめになる。


クロ「なっつかしーなー、まだあったのか」


まどか「いちいちこっちに向けないでよ!!」


思い出に浸るような笑みをクロは浮かべるが、それに反してまどかは涙目で抗議した。
まさか引き金を引くなんてことは───下手したらあるかもしれないが、弾を当てることはないだろう。
しかし、怖いものは怖かった。

459: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 21:02:12.65 ID:q4zYpUIDO
その後も、次々とベッドの上にならべられる、ガトリング・剣・銃・ニワトリの着ぐるみ等々、その一つ一つにリアクションを起こしたり、大袈裟に驚いている間に時間は過ぎていった。


クロ「まぁ、こんなもんだろ」


まどか「これで全部?」


よくもまぁ、これほどの量の物が入っているものだと、まどかは感心する。
まさかとは思うが、あの腹は四次元ポケットなのではないだろうか、以前クロに聞いた否定されだが。


クロ「右手の代わりになるもんでもありゃいいと思ったんだけどな」


クロのぼやきも耳には入っているが、今現在まどかが気になっているのはクロのあのお腹である。
中はどうなっているんだろう、もう一つの入り口に繋がっているのだろうか。


気になる


クロ「ま、無い物ねだりはどうしよーもねーか」


気になる


クロ「まどか、入れ直すの手伝え……ってまどか?」


気になる


まどか「クロちゃん!御免!!」



460: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 21:15:46.32 ID:q4zYpUIDO
謝罪の言葉というより、侍が斬り掛かってくるような意味合いで叫びながらまどかはクロに飛び掛かって、クロの腹に手を突っ込んだ。


クロ「おまっ、バカ!ダッハハハハハ、くすぐったいくすぐったいって!!」


まどか「よいではないかー、よいではないかー」


腹の中を触りたくられるくすぐったさに大笑いするクロに、飛び掛かったまま攻勢を崩さないまどか。
彼女にとっては行き過ぎた悪ノリではあったが、同時に意地悪に対する仕返しでもあった。


まどか「クロちゃーん、もっとお腹を見せてよー!」


クロの身体を押さえ込み、顔をぐぐっと近付けて、まどかは顔を覗きこむ。
どこが学校に行きたくなくてへこんでいる少女なのかと思う程ニコニコとしてる。
が、今は関係のないことだった。


クロ「ギャハハハハハって!いい加減に……しろー!!」


グンっと身体を折り曲げて、まどかのおでこに向けて放つヘディングは見事に成功した。
ゴキンと、金属が何かにぶち当たったような激しい音がなり響き、まどかは糸がきれたように倒れた。

461: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 21:36:26.38 ID:q4zYpUIDO
クロ「はーはーっ!なんなんだよこいつは……」


大きく荒い息をしながら、自分の腹に手を突っ込んだまま、身体の上に倒れこんだまどかに毒づいた。
初めて出会った時の控えめで静かだった頃の彼女はどこにもいなかった。
似たようなキャラの変貌を遂げた知り合いはいるにはいたが。


とにもかくにも、クロは彼女から自分の身体をひっこぬくことにした。
一応意識も確認したが、額にたんこぶを作って目を回しているだけなので大丈夫だろう。


クロ「どっこらしょっと」


ズルズルと手や足を動かして、身体をずらしながら抜け出す。
割とまどかの全体重が乗っかっていたので、やっとのことで身体が解放されたときは、ふーと額の汗を拭うほどだった。


クロ「あん?」


しかし身体は抜いたが、未だに彼女の腕は深く自分の身体の中に入ってしまっている。


クロ「なんもねーっつーの」


むしろ自分だって、自分の身体の仕組みを知れるなら知りたいが、全てを知っているのはあのハゲなのだ。
どうしたって、自分ではあずかり知れない何かが身体のどこかにあるのだろう。

462: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 21:48:29.57 ID:q4zYpUIDO
少し、自分の身体について不安になるが、考えたって仕方がない。
まどかの腕を腹から抜き取った、その時だった。


クロ「ん?」


もう全て腹から荷物は取り出したはずだった。
しかし、まどかの手には銀色の機械のパーツが握られている。
まどかの指から、それをもぎとってみる。


まだ、何かが自分の腹に入れられている。
しかも、自分が知らない間に。


慌てて、クロは腹の中をかき回してみると、やはりまだたくさんの機械のパーツを取り出すことができた。


クロ「おいおい、誰のイタズラだこれは」


彼は普段は、自分の整備は自分で行うし、身体に何を入れるかはほとんど自分の判断で決めている。
ハゲや、その他の人物には手も口もださせていないのだ。


ということは、つまり、これはクロ自身が決定して入れたことになる。
しかし、クロにはその記憶が一切ないのだ。


そして、この部品の一つ一つ、これだけはクロには記憶がある。
確実に、自分はこれを使った覚えがあったからだ。


クロ「無限……エネルギー装置」

463: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 22:00:12.60 ID:q4zYpUIDO
この時、クロは動揺を隠せなかった。
何故、なんのためにコレを自分が所有しているのか、あの戦いの後、確かにこれは『彼』がバラバラにして隠したはずだった。
人類が、正しく力を扱えるようになるまでにと。


一つ一つの部品を手にとってみても、それが確かな本物でフェイクではない事は身体が知っていた。
しかし、それが逆に『ならば何故?』という謎を読んでいる。


クロ「ん?」


と、一つの部品を手に取った瞬間に紙のようなものがヒラリと落ちた。
部品の裏に張りつけてあったものらしい、何かヒントになるようなメッセージが残されていたのかと、それを広いあげて目を通した。


クロ「げっ」


しかし、そこに書かれていたのは紙面に並べられた数字の数々であった。
暗号ということなのか、はたまた何かの数値をさしているのかは分からなかったが、今のクロにはそれだけが頼りだった。


クロ「とは言ってもなぁ」


紙を覗いて眉間に皺をよせても答えが浮かんでくる訳はなく。
更にこんなガチの頭脳勝負での謎解きは専門外であり、どうすることもできない。

464: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 22:11:36.57 ID:q4zYpUIDO
まどか「痛たー、もうクロちゃんは、本当に……」


まどかが額を撫でながら、クラクラする頭を揺らしながら起き上がると、クロは紙面とにらめっこをしている最中だった。


まどか「どうしたの、クロちゃん?」


クロ「謎解き中だ」


邪魔だ話し掛けるなと言わんばかりの態度だったが、まどかは構わずクロが読んでいる紙を覗きこむ。


クロ「読んだって分かんねーだろ」


これは相当に練りなられたはずの暗号であり、まどかは勿論、自分だって解ける訳がないとクロは考えていた。
もう少し頭のいい人間に、明日あたりマミにでも相談しようと、クロが心に決めた時だった。


まどか「あっ、できるよコレ。私、解読できる」


クロ「当たり前だ。できる訳がねー、できる?」


信じられない言葉を聞いたクロは、首をまどかに向けて唖然とした顔になる。


クロ「えっ?お前、マジで」


まどか「うん」


何がどういう訳なのか、さっきから驚くようなことばかりが起きている。
しかし、とにもかくにも、今はこの暗号の解読が急務であった。

465: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/02(火) 22:24:05.73 ID:q4zYpUIDO
まどか「これはね、ゲマトリア解読法とグロンギ文字を組み合わせた暗号なの」


どうやら、ウルトラマンと仮面ライダーを見ている者はあっさりと暗号を見抜く力があるらしい、まぁ、恐らくは彼女だけだと思うが。


クロ「読めたか」


まどか「ちょっと、待って。後、もうちょっとだから」


こんな遊びめいた暗号を残す人間には心当たりがあった。
恐らくは、『コタロー』である。
無限エネルギー装置の開発者の息子であり、今現在の装置の責任者でもある、『科学者』だ。


これで、間違いない。
この一連の出来事には、なんらかの意味があることなのだろう。


────それが、指すものは一体なんなのか


まどか「読めた!」


まどかの声が上がり、取り敢えず思考を本題に傾ける。


まどか「えーと、『最後のピースは女神の手に』」


随分と、抽象的な書き方であり、こんな時に限って中二を発病させるんじゃねーと怒鳴り散らしたくなる。


クロ「くっそー!訳が分からん!!」


まどか「待って、まだ続きがある」


まどかの言葉に、クロを耳を傾け、そして困惑を浮かべる事になってしまう。
結論から言えば、謎はやはり深まることになったのだった。


最後、メモにはこう記されていた。


『魔法少女を救え』

472: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/03(水) 21:06:14.66 ID:MB7kKNrDO
まどか「クロちゃん…これって、どういうこと?」


クロ「さぁな」


誰がなんのために入れたのか分からない無限エネルギー装置に、誰がなんのために書いたのか分からないメッセージメモ。
しかも、そのメッセージに書かれていたあまりにもタイムリーなワードである『魔法少女』という言葉。 まどかが疑問に思うのも当然の事であった。


まどか「でも、これってクロちゃんがここに来る前に入れておいた物なんでしょ?だったら」


クロ「さぁな」


しかし、クロは生返事を繰り返すばかりでまともな答えは返ってこない、それ以上に彼自身も困惑の表情を露にしている。


まどか「さぁなって…じゃあここに来る前はどうしてたの?」


クロ「さぁな」


この質問にまでその返事で返ってくるとは思わず、まどかは「えっ」という驚きの声を上げた。


クロ「覚えてねーんだよ、ここに来る直前に何をしていたのか」


それは彼自身疑問に思うこともなく、故にこれまで考えずにいたことだった。

473: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/03(水) 21:24:45.99 ID:MB7kKNrDO
まどか「そんなっ!じゃあクロちゃん、記憶喪失ってこと!?」


クロ「それはねーな。元の世界の事は覚えている。でも問題はここに来る直前の記憶だ」


何故全く気にしなかったのだろうか。
そもそも、どうやって自分はこの世界に来たのか?


原因は?方法は?意図的か?偶発的か?


分からない。


いや、分からなかったというべきだろう。
間違いなく意図的に、目的を持ってクロは『見滝原』に送り込まれた。


じゃあ、誰に?ハゲか、コタローか?
だが、彼等がそこまでしてこの街に入れ込むような事情はないはずだ、いや、事情が突然『できた』可能性も捨てきれない。


じゃあ、それは何だ?


情報量と物的証拠のバランスが悪過ぎて、答えが出ない、頭が回らない。
これでは、水にこぼれたコーヒーをすくえと言うような物である。


つまり


クロ「分からん」


もはや、それだけで充分だった。
クロは、メモをグシャグシャに握り締めると腹の中に入れてしまった。
そして、ガチャガチャと武器の数々を入れはじめる。

474: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/03(水) 22:00:05.38 ID:MB7kKNrDO
まどか「い、いいの?これって凄く大事なことなんじゃないの?」


クロ「いいんだよ、こんなもんで一々悩んだってしょうがねーさ」


まどかは心配そうにクロに訊ねるも、彼はなんでもなさそうな顔をしている。
クロとしては、それは少しくらいは気になるが、分からない以上どうしようもないというのが本音だ。


クロ「そもそも、何が魔法少女を救えだぁ、命令すんなっつーの気にくわねー奴だぜ。そんくらい自分で決めるわ」


心底嫌そうな顔をしているクロを不思議そうにまどかは見ていた。
というのも、彼は充分にこのメモの言葉通りに『魔法少女』を救っているのではないかと思ったからだ。


未だマミ一人にしか彼は会っていないが、彼女も救われたと言えるのではないか。
そして既に自分で決める、その言葉が表すままに彼は自ら進んで魔女との戦いに巻き込まれている。


クロは今、一つ一つの武器を形を確かめるように握り締めては、身体の中に押し込んでいる。


まどか「クロちゃん……」


まどかの言葉にクロが振り向くと、そこには銃を差し出している彼女の姿があった。
クロは黙ってそれを受け取る。


クロ「ちっ、面倒なことになってきやがったぜ」


吐き捨てるようなクロの言葉が、まどかにはとても頼もしかった。

477: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/04(木) 13:40:21.92 ID:bTe+u3hDO
武器の整理が終わり、まどかとクロはリビングまで降りることにした。
結局、何も解決などしていないが空腹という新たな問題がでてきたので取り敢えずは、そっちが先決であった。
気付けば、もう夕飯時である。


知久「まどか、クロくん、もう用は済んだのかい?」


いつの間に家にいたのだろう、知久が声をかけてきた。
最も、彼は大抵家の中ではリビングが主戦場である。
別に、その辺を見かけなくてもなんらかの家事をしているはずで、いちいち姿を見なくても気にすることはない。


まどか「うん、お腹空いちゃったよ~」


既にテーブルには夕食が並んでいる、豪勢ではないにしても随分と凝った料理の数々だ。
まどかは、ふらふらとそっちのように誘われるように歩いていく。


詢子「いやぁ、いいねー」


かぐら『いいよ、凄くいいよ、ほむら!』


そして、もう一方では先刻の騒動の決着がついたらしい。
案の定ほむらが見事なコーディネートに彩られ、それを見ながら詢子とかぐらは歓声をあげていた。

478: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/04(木) 13:52:51.32 ID:bTe+u3hDO
ほむら『ちくしょう、ちくしょうっ……!』


当の本人は暗い影のさした顔で俯いていたが、見ている分には5分は大爆笑できる。
しかし、詢子や息子の『タツヤ』がいる限り、声を出すことは憚られた。


まどか「クロちゃーん、何やってるの?って、あ、あれは!?」


食事のシュミレーションと称して幾分かのつまみ食いを終えたまどかが見たものは、ワンピースを着せられているかぐらと、ほむらであった。
そして、クロの方を勢い良く振り向くと、何故か目を輝かしながら何かに期待するようにそわそわしながらほむら達に目をチラチラと向ける。


クロ「いいんじゃーの?」


どうして、自分に許しを得ようとするのかは分からなかったが、クロはゴーサインを出した。
すると、パァと顔をほころばし、まどかはほむら達に駆け寄っていく。


母と共に顔を見合わせて、子猫達を抱き上げたり、ケータイの写メで写真を撮ったりしている。
時たま、『こっちの方が可愛い』と言う言葉も聞こえてきたが聞き流した。

479: 訂正クロ「いいんじゃねーの」 2012/10/04(木) 18:47:43.58 ID:bTe+u3hDO
クロ(猫と人を比べてやるなよ)


まどかとほむら(人)の関係性というものは決して悪いものではない。
最初の最悪の邂逅から今日までの日々で、まどかの側に変化があったのかは分からない。
まどかはほむらを邪険にも扱わず、必要以上に関わろうともしない、いい距離感を保てている。


知久「クロくん、ご飯の用意が出来たよ」


クロがぼんやりと考えていると、知久がクロにだけ聞こえるくらいの大きさで語り掛けてきた。
クロも返事を返さず、軽く頷くだけで済ます。
その視線は、猫達と楽しそうに戯れるまどかを追っていた。


知久「いつも世話をかけるね。最近、まどかもイキイキしているよ」


ここ最近は元気はないけど、と知久は続けた。
やはり、娘の変化には敏感なのだろう。
彼女が最近悩みを抱えていることに気付いているようだ。


知久「詢子さんも、詢子さんなりにあの子を元気付けようとしてくれているみたいだ」


まどかと一緒になって、ほむら(猫)を抱き上げたり帽子を被せたりする詢子。
彼女もまた楽しそうに笑っている。

480: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/04(木) 19:15:40.45 ID:bTe+u3hDO
声にならないほむら(猫)の悲鳴が聞こえた気がした。


知久「……まぁ、少しほむら君には気の毒だけどね」


今日はご飯を多めにあげることにしようと、彼は穏やかに笑った。
思えば、彼はいつも笑っている気がする。
まどかが家を出ても、詢子が家を出ても、ただ笑って彼女達の帰りを待っているのだ。


何が、彼をそうさせているのだろう。
ただ単に根っからの善人なんてものはいないが、芯がある人間は進んで善を為せるものであり、逆に芯がなければ悪業だってこなせないものだ。


クロは、鹿目知久という男に興味を抱き始めていた。


知久「はいはい、そろそろ皆でご飯を食べよう」



タツヤ「おなかへったー」


知久の声に触発されたのか、タツヤも食卓につかない母と姉に抗議するように声を上げる。
確かに、リビングについてからかれこれ30分はたとうとしている、いい加減にクロも食事にありつきたかった。


まどか・詢子・かぐら「「『はーい』」」


なんとも元気な返事と共に三人娘が移動を開始する。


ほむら『……』


そして、後にはヨロヨロと立ち尽くすだけの虎猫が残されていた。

483: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/04(木) 21:29:19.78 ID:bTe+u3hDO
クロ達の食事はテーブルから少し離れた、あまり人が所用で通らないような邪魔にならない場所に皿が三つ並べられている。
献立はというと、クロには柔らかくほぐした焼き魚が、ほむらとかぐらにはミルク粥である。


食事の温度といい、柔らかさといい中々に猫の舌にも調度よく、クロの魚に至っては毎日新鮮なものが皿に乗っかっている。
まさに、『主夫』の面目躍如と言ったところか。


そんな美味しい料理でも、猫達はただ黙って皿に顔を突っ込んで食べている。
感想や会話など今は必要ない。
感性や感情は単純化させてしまえば、猫も人間も大差ないが、本能の面で獣として生きる以上、食事は早めに終わらせるという癖がついているのだ。


片や、人間達の食事というものは大分趣きが違う。
クロも分かり切った事だが、人間の食事には『コミュニケーション』という新たな役割が存在する。
ただ黙ってする食事というものを味気ないとする風潮、もはやウン百年とつちかってきた風習の域である。



484: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/04(木) 21:53:27.32 ID:bTe+u3hDO
知久「まどか、身体はどうだい?」


まどか「うん、もう平気だよ。明日は学校に行けそう」


詢子「それでも、今日のうちにしっかり身体休ませな」


タツヤ「まろかー、しょうゆー」


まどか「タッくん、醤油をかける料理はないよ」


とまぁ、こんな感じで鹿目家の食事の風景は過ぎていく、なんら特別な事はない普通の家族である。


かぐら『お兄ちゃん、お兄ちゃん』


かぐらが小さな声でクロを呼ぶ、彼女の言葉が彼等に理解できる事はないと思うが、かぐらなりに気を使ったのだろう。


クロ「なんだよ」


クロも、かぐらに合わせて声を潜める。


かぐら『どうして、まどかちゃんやマザー達は口に皿をつけて食べないの?お行儀が悪いよ』


はぁ?と思わず声が漏れそうになったがなんとか抑える。
そして、かぐらの疑問もまた彼女の中では当然なのだろう。
これまで、なんどか鹿目家の食事風景を見ていただろうことから、ずっと気になっていたのかもしれない。


485: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/04(木) 22:17:54.31 ID:bTe+u3hDO
かぐら『タッくんが真似しちゃダメなんじゃないかな』


首を傾ける、かぐら。
顔を皿に近付けてはいるが、ほむらもまた聞き耳を立てている。
ふぅ、とため息をクロは吐いた。


クロ「あいつらの手元。見えるだろ?木の枝みたいなヤツ」


かぐら『うん、あれって何?』


クロ「箸だ」


かぐらは『端っこ?』と検討外れの疑問を抱き始めている。
変な勘違いをさせる前に一気に説明した方が良さそうである。


クロ「違う、箸だ、ハ・シ。あれで飯を挟んで食うのが人間の礼儀なんだよ」


かぐら『じゃあ、あれで食べた方がいいの?』


クロ「あんなんで飯食える猫なんて──」


いねーよ、そう続けようと思ったが残念ながら一匹、異様に箸の使い方が上手い化け猫が頭に浮かんだ。
兄貴面でいつも自分の側にいた虎猫、箸の使い方や食料の見張り役がいない時間帯はアイツから教わった。


かぐら「お兄ちゃん?」


クロ「───教えてやろうか?あれの使い方」


ピコン、とかぐらの尻尾が立ち、ほむらもまた顔を上げる。
どうやら二匹共、興味があるようだった。


かぐら『本当!?』


目を輝かすかぐらに、さりげなくだが、クロをチラチラと見ているほむら。
反応は上々だった。

491: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 13:16:52.26 ID:n86DsGnDO

もしも、知り合いにこの事を突っ込まれたらなんと言って誤魔化そうか、チビ達の暇潰しか自分にとっての暇潰しか。
なんにしても、今になって『かつての』兄貴分の真似事でもしてみくなっただけなのかもしれない。


じゃあ、今は兄貴分ではないのかと聞かれれば少しニュアンスが違う。


自分が、もはや弟分ではないのだ。


かぐら『ほむら、ハシの使い方教えてもらえるんだって、やったね!』


ほむら『ふ、ふん、まぁ興味はないけど、やる価値はありそうだね』


無邪気に語らう二匹を、クロはじっと見つめる。
ほんの好奇心だ。
自分から進んで何かを教えるという事がどういうものなのかを少し知りたい、それだけ。
もし、それ以外に理由があるとするなら、この小さな黒猫と虎猫に、いつかの黒猫と虎猫を思い出した。 みたいな事なのかもしれない。


クロ「なんつってな」


あくまでも、仮定の話としてだが。
いつの間にか、皿に入っていた魚はなくなっている。


クロ「ごちそうさん」


知久の方を向かい、小さな声で言うと、彼はこちらに目をやり、ウインクをしてきた。
どうやら聞いていたらしい。

492: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 13:41:06.81 ID:n86DsGnDO
まどかや詢子にも、怪しまれていないところを見ると、どれだけ自然な動作でウインクをしたのかという事になるし、そもそも他の人間に聞こえていないのに、どうして聞こえたのかとも思う。
変なベクトルで底知れぬ男である。


知久「ところで、まどかは最近学校はどうかな?」


まどか「うーん…普通、かな」


向こうの家族の団らんは続いていたようだ。
しかし、口に物を入れたまま食べる事なく、きちんと飲み込んでから話しているのは、知久の教育の賜物か、それとも詢子の指導の賜物か気になる。


詢子「へぇ、友達となんかあったの」


まどか「!?」


まどかは不意討ちをくらい言葉に詰まった。
クロはクロで、よく分かるものだと目を丸くした。
学校の事を聞いて普通と答えるのも中々怪しいが、それで友達関係だと気付くのもなんとも……鹿目詢子、鋭い女である。


まどか「それは、ちょっと、色々あったかな。話せないけど…」


傍から聞いていても、多少の良心の呵責を感じた。
まぁ、呵責を感じるだけでそれが良心かはまた別問題だが。



493: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 14:10:49.17 ID:n86DsGnDO
詢子「色々、ねぇ…、まどかも悩むようになったか」


まどか「そんな、まるで私が悩んでこたなかったみたいな言い方しないでよ」


失礼な、と言いたげなまどかを見て、知久と詢子は愉快そうに笑う。
その瞳には柔らかな光をたたえている。


知久「そうじゃないよ、ただ友達の事で悩んだり傷付いたりするのは、その人の事を本気で考えてなかったら出来ない事だからね。
まどかにも、それができるようになった事が嬉しいんだ」


ニコニコと笑う知久は、まず父親としての気遣いの言葉をかける。


知久「でも、何かあったら直ぐに僕達に言ってくれ。できうる限りの力を貸すよ」


そして面白いそうに笑う詢子は、母親として背中を押すような言葉をかける。


詢子「友達が目の前で泣いているのに逃げていい理由なんて存在しないよ。今こそしっかりその友達と向き合うんだ」


まどか「うん、でも泣いているというより、怒っているというか」


知久「涙が見えたから、泣いているとは限らないよ。一体何を思っているのかを考えないと」

494: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 19:26:01.49 ID:n86DsGnDO
まどか「パパ…、うん、分かった」


なんとも気を休めることだけしか価値のない言葉だが、しかし家族という身近な人間からの言葉である分にはその言葉には意味があるものだった。
しかも、見るからにお人好しの知久と、その嫁の言葉である。
少なくとも嘘ではないだろう。


クロ(バ家族だな、バ家族)


ここにいる父から娘までがこうなのだから、タツヤもきっと、そんな人間になるのだろう。
しかし、見ていて悪い気はしないのだから、この『家族』は不思議だ。


彼らの食事が終わるまで、クロはずっとその様子を見ていた。


────三時間後


かぐら『うにゃー、ハシ…ハシぃ』


ほむら『ダメだよぉ、かぐらぁ』


クロ「あぁっ、クソっ」


まどか達の食事やお茶が終わり、まどかも病み上がりのため一応早めの就寝となった。
しかし、時間も遅く、満腹になったせいもあってか子猫達も眠りについてしまったので、まどかはかぐらを抱き、クロはほむらをおぶってまどかの寝室まで向かっている。

495: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 20:05:48.28 ID:n86DsGnDO
まどか「皆よく寝てるね。抱っこしてても起きないんだもん」


クロ「そーだな」


小声でひそひそ話をするまどかに、クロもまた声を抑えて手短に返事をする。
楽しげに遊んでいたかと思えば糸が切れたように眠る。
この頃の猫は誰だってそんなものだ。


まどか「着いたよ、開けるね?」


自分の部屋の扉の前に立って、まどかはクロ確認する。
あまり電気をつけて子猫達を驚かせないように月明かりを頼りにドアノブを探し、腕をあまり使わないように肘に引っ掛けて、まどかはドアを開けた。


まどか「お先にどうぞ」


まどかは肘で器用にドアノブを押さえながら、扉を開いた状態に保つ、彼女の厚意を受け入れてクロが先に入る。


クロ「ん…」


中は光があまり通っていないのか、自分の目では真っ暗な部屋に見える。
やはり、夜目が効かないというものは不便だった。


まどか「ごめん、クロちゃん。暗かった?」


まとかが電気のスイッチを調節したのだろう。
軽い、目に焼き付かない程度のオレンジ色の灯りが点いた。
その光を頼りにして猫用の簡易ベッドを探して、ほむらをそっとそこに寝かせる。



496: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 20:29:29.70 ID:n86DsGnDO
まどか「よいしょっと」


気合いを入れるような声とは裏腹に、まどかもまた、ほむらが眠っている場所と同じところにかぐらをそっと寝かせる。
子猫達は、二匹ならんで先ほどの身体の揺れを物ともせずに熟睡しており、まどかとしては心落ち着く瞬間であった。


クロ「ったく、今日はすんなりと寝やがったか。このままずっと寝てくれりゃ気も楽だぜ」


しかし、クロはガリガリと頭を掻いて毒づいている。
見知らぬ人が聞けば笑えない冗談だが、そんな言い草でもしっかりと子猫達のために声を潜めている所から、彼の人(猫?)となりを知ることができる。


まどか「ふふっ、でもクロちゃん、可愛い寝顔だよー」


クロ「けっ、そうかいそうかい。じゃ、こいつらを見習ってとっと寝ようぜ」


ググッと身体を伸ばしながら言うクロに、まどかは少し屈んで顔を寄せ、じっとクロを見た。
何か言いたげである。
そして、クロの「なんだよ?」という言葉にふにゃっと顔を笑顔にする。


まどか「なんだかさっきのやりとり、新婚さんみたいだったね」


クロ「うるさいわ」


ビシッと軽いのチョップがまどかの頭にゴツンとあたり、軽い悲鳴を彼女はあげた。

497: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 20:44:48.45 ID:n86DsGnDO
まどか「うぅ、DVだ、ドメスティック・バイオレンスだ」


涙目になりながら頭を自分で擦っているまどかを見ながらフンっと鼻を鳴らすクロ。
下手な冗談の類には誰よりも厳しく接するのが彼なりの流儀であった。


クロ「寝るぞ、とっととな」


はーい、とやはり少し疲れが出てきたのか間延びした声で返事をしながら、まどかはベッドに向かっていく。


少し、考えてクロは今のうちに彼女に言っておきたいことを言うことにした。
それは、さやかとまどかが揉めてから考えていたことでもあったこと。


クロ「なぁ、まどか」


まどか「なに?」


クロ「お前、オイラに一々付き合う必要はないんだぜ?明日さやかに友達に戻ろうって言えよ。あんな黒猫を信用するの止めるからってよ」


口にして、なんとも馬鹿らしい提案だと自分でも思う。
鹿目まどかに、そんなことが言えるわけがないことくらい自分でも分かっているはずだ。


甘ちゃんで、お人好しで、優しすぎる彼女にそんなことはできない。
ただ心を悩ますだけのことだ。
忘れてくれ、そう言うつもりだった。

498: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/05(金) 21:24:06.89 ID:n86DsGnDO
まどか「ううん、そんな事しないよ」


きっぱりと断られる。
彼にしては珍しく言ってしまった言葉に後悔を覚えた。


まどか「そんなの嘘だから、私クロちゃんの事が大好きだよ。そんな事は言わない」


クロは、まどかに背中を向けたまま、その言葉を聞いていた。


まどか「それに、さやかちゃんは友達なんだ。友達には嘘はつけない。だから明日ちゃんと話すの、クロちゃんの事も私の気持ちも」


背中で聞いていても、彼女の強い気持ちが感じられた。
いつの間に、これほどまでに強情になってしまったのか。


まどか「たぶん、クロちゃんの影響かな?」


クロ「地の文を読むな。……ふぁ、とっとと寝るぞ」


大きく欠伸をしたクロは、ゴロンとその場で横になってしまった。
シーツも座布団もない床の真上にである。


まどか「クロちゃん。そこじゃなくてさ、私のベッドで寝てもいいんだよ」


クロ「やなこった、チンチクリン」


「チンチク……」と、絶句するまどかを無視して、クロは目を閉じた。


510: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 13:35:09.23 ID:UsWududDO
夜が明けたらしい。


チュクチュクと小鳥の鳴く声が耳を打つ。
彼らの井戸端会議は人間には朝を告げる耳心地の良い目覚しになるだろうが、クロからすれば、朝から不快な与太話で目を覚まさなければならないのだ。
鬱陶しいったらありゃしなかった。


クロ「うぁー、この世界の鳥はよく喋るもんだ」


重い目蓋を持ち上げると、目の前では子猫二匹が折り重なって眠っていた。
身体を捻るついでにまどかのベッドを確認すると、そこに彼女の姿はなく、すでに学校に向かった事が分かる。


クロ「……」


無言のまま立ち上がったクロは、そのまま警戒心もなく二本足で歩き、まどかの部屋を出た。
そして、階段を降りてリビングに向かう。
まどかがいないという事は詢子もいないという事である。
と言う事は、ここにいるのは知久とタツヤだけになるので別に二本足で歩いても問題はない。


知久「やぁ、おはようクロくん。よく眠れたかな?」


案の定、というべきかいつものエプロンスタイルで食器を片付けている知久に出会った。
よくもまぁ、朝からそんな笑顔を見せられるものである。



511: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 13:53:01.06 ID:UsWududDO
クロ「おはようさん。あんたはいつも楽しそうだな。なんか良い事あったのか?」


未だ眠気と身体のダルさが離れてくれないクロは呆れと驚きをないまぜにしたような口調になっている。
知久がいつ見てもあぁなのは人間のバイタリティ的にも異常ではないのか。


知久「これと言ってはなかったかな。強いて言えば、まどかと詢子さんが元気そうだった事だよ」


タツヤ「パパぁ、はやくー」


「あと、タツヤもね」と、テーブルに座って父親を急かしているタツヤを見て、知久は言う。
もはや、完璧なまでの優男である。
一般的に見れば、「だから主導権を嫁に取られているんだ」とタジマヨーコが聞けばこれまた怒り狂いそうな言葉を彼は浴びてしまいそうだが。


しかし、『群れ』として考えた場合、あえてNo.2に属するという行為は割と無駄ではなかったりするのだが、それに対する考察以上に、クロは今空腹だった。


クロ「パパー、オイラも腹減ったー」


冗談っぽく、気の抜けたような言い方で知久に今日の朝食をねだる。
「はいはい」と笑いながら、彼はキッチンに向かった。

512: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 14:09:18.79 ID:UsWududDO
クロ「隣、失礼するぜ?」


クロが着席する椅子に選んだのは、タツヤの右隣である。
これから保育園に向かうのだろう、しっかりと服も着替えて準備も万端というところだ。


タツヤ「くおー、おはよー」


クロ「おぅ、おはよー」


上手く発音できないのか、舌足らずに名前を呼ばれる。
しかし、挨拶をしている事は分かるので、ちゃんと返してやる。
ついでに、頭にポンポンと手を乗せてやるとキャッキャッと嬉しそうに笑う。


クロ「お前も保育園か、朝から大変だな」


タツヤ「たいへんたいへん」


大変という事を分かっているのだろうか?大きく頷くタツヤを見て、そう思わずにいられないクロだった。
この家に来てから数日、勿論タツヤとも接点がないはずがなく、時間がある日や両親が側にいれない時は、まどかやクロが遊び相手になっていたのだ。
同年代や、ある一定の年に達しているならまだしも、子供相手に何かされたところで怒るようなクロではなく、そこはうまくやっている。



513: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 14:38:24.05 ID:UsWududDO
そして、今まさにタツヤが髭を引っ張ってるが怒鳴り散らしたりはしない。
勿論痛みを感じない事もそれなりに理由になるし、まどか辺りがしてきたら鉄拳制裁を行使するが。


タツヤ「くおー、あそぼー」


クロ「お前は保育園に行くっつー使命に殉じろ」


髭や耳を引っ張られてもどこ吹く風のクロである。
そこに、朝食を乗せたおぼんを持った知久が現れた。
つい先ほどの顔をそのまま張りつけたような、しかしそれでいて心からの笑顔である。


知久「ハハッ、随分とタツヤも懐いたみたいだね」


愉快そうな多少の悪戯っぽさをブレンドしたような言い方である。
はいはい、言いたい事は分かりますよーと言わんばかりの顔をするクロであったが、相変わらずタツヤに好き勝手にされていた。


クロ「あぁ、『母親』が二人もいりゃ、元気に育ちもするだろうさ」

514: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 19:36:29.55 ID:UsWududDO

猫達の救世主『マザー』、彼がそう呼ばれている事をクロはからかった。



知久「やめてくれよ、ここ最近まで忘れていたのに」


知久が困ったように笑う。彼の表情は楽しそうに笑うか、嬉しそうに笑うか、哀しそうに笑うかのどっちかで、きっと喜怒哀楽を笑顔で表現できるのだとクロは思った。
今度まどかに怒った時はどうだったのか聞いてみよう。


クロ「あんたが忘れたって、恩義を忘れねー奴がいる限りずっと覚えられてんだろ」


受けた恩や義理なんてものは、中々忘れられる物ではない。
それに応えられるかどうかは別として、やはり記憶のどこかにこびりついているのだろう。


知久「恩義なんて……そんな特別なことじゃない。でも、とても難しいことだけど僕は皆の居場所を守りたいだけなんだ」


少しだけ、笑顔が消えた。
変わりに一瞬だけ覗いたのは、決意の表情。
優しげで、厳しくて、凛々しくて、温かい。
そんな顔に、クロは呆気に取られた。


タツヤ「パパぁ?」


そして、待ちくたびれたタツヤの急かす声に、クロも知久も我に返った。

515: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 19:48:28.49 ID:UsWududDO
知久「おっといけないな。クロくん、タツヤを保育園に送ってくるよ。ご飯はこれ」


知久は手に持ったままだったおぼんをようやくクロの前に並べる。
魚と、味噌汁とご飯、そして魚とご飯を混ぜ合わせた離乳食が二つあった。


知久「この二つはかぐらちゃんとほむらくんのだよ」


さぁ、行こうかと言いながらタツヤを抱き上げる知久、そこそこ急ぎらしいがタツヤはそんな事は関係ないらしく笑顔だった、知久もだが。


クロ「行ってらっしゃい」


リビングから廊下に出る知久に向かってそう言うと、彼は身体ごと振り返った。


知久「うん、行ってくるよ。タツヤもほら、お兄ちゃんに行ってきますって」


タツヤ「いってきまーす」


何をわざわざ子供に言わすのかとも思うが小さな手のひらがクロにブンブンと振られているため、クロも軽く手を振ってやる。
満足したタツヤに満足した知久は姿を廊下に消してパタパタという足音とガチャッという玄関の扉を開閉した音だけを残していった。


クロ「誰がお兄ちゃんだ」

517: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 20:12:44.21 ID:UsWududDO
小さな声で突っ込みをいれるが聞く人間など誰もいやしない。
クロは黙ってテーブルの上に置いてある箸立てに手を伸ばし箸を手に取った。


クロ「いただきます」


一言日本人ならでは礼を済ませ、それから皿を手に持ち米を口に運ぶ。
これが全て猫のとった行動なのだと、この文章だけでは信じてもらえないだろう。


クロ「あ、米の炊き方いい」


米を気に入ったクロは、今度は味噌汁にも手を伸ばしズズっとすする。
ほぅっと思わず息が漏れてしまうほどだった。


クロ「うわっ、うめぇ。ミーくんよりうめぇ」


料理もできて家事もできるとなれば完全なる超人である。
有能な人間が家に一人いるだけで随分と助かるものだ。


例えば、『アイツ』がそうだったように。


役に立ち、能力と実力のある者が頂点に立てばいい訳ではない。
敢えて出しゃばらず、上を目指さない事で『群れ』そのものを生かす。


知久の生き方は、グレーに似ている。


クロ「……まさかな」


かつて感じたあの感覚が、またクロの頭によぎるも自ら否定した。


519: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 20:41:23.67 ID:UsWududDO
黙りこくったクロは今度は魚に箸を伸ばした。
なるほど、よく焼かれているし良いものを選んでいるからだろうか身が柔らかい。
口にほおりこんで噛みしめると味が舌に染みる。


クロ「ちょっと待てよ、本当にうまいぞこれ」


驚きながら箸を動かしていると、リビングに近付いてくる二匹分の音と臭いがある。


かぐら『あぁ、お兄ちゃんだぁ。おはよー』


ほむら『うーん』


眠たそうにフラフラと歩いている二匹は舌がもたつくような喋り方になっている。


クロ「むしろどうやって起きたんだよ」


かぐら『うー、鳥さんが、鳥さんがぁ』


ほむら『酷かったんだ』


あぁ、あれかとクロも納得する。
確かにあれは、言葉にする事すらはばかられるほど酷い話だった、二度と語られることもないし伏線にもならない程だ。
あれを聞けば流石の彼らも目を覚ますだろう。


クロ「お前ら飯くえ。出かけんぞ」


目を細めて眠たげに唸っている二匹のうち、ほむらが不機嫌になる。


ほむら『出かけるって、まさか病院じゃないよな』


クロ「正解」

520: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 21:17:07.07 ID:UsWududDO
ほむら『やっぱり』


ガクリと顔を下げるほむら。
因みに断ったところで、無理矢理にでも連れていかれそうなので拒否はしない。


かぐら『また、マミってお姉ちゃんのところ?』


首を傾げて眠そうではあるが、疑問を身体で表現しながらかぐらは聞く。
クロはその姿を横目で見ながら味噌汁をすすった。


クロ「いや、今回はまず違う奴に会いに行く」


かぐら・ほむら『『違う奴?』』


クロの視界の端で、二匹が顔を見合わせた。



─────見滝原中学校


まどかは、学校に着いてからずっと深呼吸をかかしていない。
一度、廊下を歩いてすれ違った先生から過呼吸を疑われてしまう程だった。
それくらい、彼女はずっと緊張していたのだ。


美樹さやかと話す。
そしてクロの事を理解してもらい、仲直りもする
それが、まどかが自らに与えた史上命題であった。


だが


いざ、教室に入りその姿を確認すると、どうにも話しかけずらかったのだ。


背中を見かける度に肩を叩いてみようと思った。
すれ違う度に話しかけなければと思った。


だが結局、妙な誤魔化しをいれてしまい、どうにも実行できないでいた。

521: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 23:14:47.29 ID:UsWududDO
まどか(大丈夫、絶対に大丈夫。昨日あれだけ寝ているクロちゃんを抱き締めたりして勇気をもらったんだ。やれるっ……やれるよ、私)


クロが聞いたらなんらかの制裁は避けられないであろうを事を胸の中で唱えながらまどかは自分を鼓舞する。


これから昼食である。
その時間を利用してさやかに話しかける、問題はない。
よしっと頬を両手でペシンっと叩いて気合いをいれた時だった。


さやか「まどか?」


まどか「いやあああああっ!!」


とてもじゃないが普通に驚いたとは思えない絶叫を上げたまどかに後ろから話しかけたさやかは驚愕の表情を浮かべる。


さやか「えぇっ!?いや、ちょっとあんたこっちに来なさいよ!!」


突然現れたさやかに腕を掴まれたまどかは、あれよあれよと言う間もなく屋上に連れていかれてしまった。
鉄の扉を開けて外に出ると空は青く、風が顔を撫でる。


少しだけ息を乱しているさやかがゆっくりとまどかの顔を見やる。
そこにあったのは浮かない顔で彼女自身も勢いに任したものの、どうすればいいか分からないようだ。


本当は自分がここに連れてこなければならなかったのだが、こうなってしまった以上腹を括るしかない。



522: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 23:30:05.87 ID:UsWududDO
まどか「さやかちゃんっ!」


さやか「分かってるよ」


意を決したまどかの言葉にさやかが呟くような声を漏らした。
まるで疲れ切ってしまった響きからは、それでも彼女の真意を読み取る事はできない。


さやか「流石に、あの猫を信じているだけであんたと縁を切るなんておかしな話だ。まどかは好きにすればいい、でも私は───」


まどか「さやかちゃん!私は、私だけの問題を解決しにきたんじゃない」


やはり、まだ。


まだ彼女は分かってはいなかった。
これはただ、さやかとずっと友達でいようと言うために彼女と話したかったのではない。


まどか「確かに、さやかちゃんとはずっと友達でいたい。絶対にそれは譲れない。でも、それはクロちゃんにだって言える事なんだ」


適当に、投げやりに「ごめん、やっぱり友達でもいいよ」とさやかは言ってきたも同然だった。
しかし、序盤こそもたついたがまどかは「絶対に友達になる」という確固たる想いを固めていたのだ。


まどか「クロちゃんは確かに人を殺したよ。でも、何か事情があったかもしれない。そうじゃなきゃ、クロちゃんは適当な理由なんかじゃあんな事しない」

523: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/07(日) 23:47:06.28 ID:UsWududDO
さやか「そんな理由はなかったら?ただ単に殺したかったから、殺したんじゃなくて?」


まどか「そんなつまらない事はクロちゃんはしない。絶対にしないっ!!」


きっぱりと言い放つ彼女にさやかは面食らったのか黙っている。
ここ数日をクロと共に暮らしていたまどかだからこそ断言できることだった。


さやか「そうだね、あんたが言うならそうなんだろうさ」


まどか「さやかちゃん…」


やっと、少しだけ気持ちが通じたのかと思い彼女に歩み寄ろうとした時だった。
まどかは気付いた、さやかが達観し、疲れたような顔をしていることに。


まどか「さやか、ちゃん?」


さやか「分かってたんだ。本当はただ理由が欲しかっただけで、なんでも良かったんだ」


どうしたのだろうか、次の瞬間には笑い出してしまいそうでありながら、泣き出しそうな空気を纏って彼女はブツブツと呟いている。


さやか「悪いヤツがいれば、もっと楽に心が決まると思ったんだ。そうすれば、正義の味方になることなんて恐くないって……」


まどかは、さやかの考えている事が分かってしまった。
そして、どうすればいいのかも分からなかった。


さやか「まどか、私は……私は魔法少女になりたい」

527: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/08(月) 21:20:03.51 ID:egHI/JdDO
とうとう、この瞬間が来たと言えるかもしれなかった。
まどかは、さやかの抱える事情を知る数少ない人間の一人である。


魔法少女になるという事、そしてその報酬とも言える『願い』の名に恥じぬ願望がある事も分かる。


まどか「で、でも、あんなに危険なんだよ!?マミさんだってあんな目にあって……、さやかちゃんだってどうなるか」


さやか「そう、だから今までずっと悩んでいた」


たった一つの願いを叶えれば、そこから先は戦いの日々。
自分の願いは叶える価値も、そのために戦う価値だってある。
そんなの、分かっているのに────怖いのだ。


怖くて怖くて、仕方がない。
だからこそ、彼女は欲したのだ


さやか「私はアイツとは違う。アイツにほだされたマミさんとも違う……、そう思えば魔法少女になる事なんて怖くないって思ったんだ」


戦う理由を、正義の意義を、己のきっかけを。


しかし、それでも、何度言い聞かせてもその一歩を踏み出すことができないでいた。


恐怖と願いと理想と幻想の中で、さやかはただただ悩み続けている。

528: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/08(月) 21:54:03.55 ID:egHI/JdDO
さやか「それに、見ちゃったんだ……」


ここで、初めて彼女は笑顔を見せた。
自らを嘲笑い、傷付け、心をズタズタに引き裂くような、そんな笑顔を。


さやか「昨日、アイツと恭介が話していたのを」


まどかは、目を丸くした。
病院に行っていることは分かっていたが、まさか恭介とも出会っていたとは知らなかった。
彼は、そこまで多弁ではないことをしっかり理解しておくべきだったのに。


さやか「アイツと話している時の恭介、すごく楽しそうだった」


彼の、あんな笑顔弾けた笑みを見たのは、初めてだったかもしれず、さやかは


その笑顔を見て、寂しい自分が悔しかった。

その笑顔を見て、嬉しい自分が悔しかった。

その笑顔を見て、悲しい自分が悔しかった。

その笑顔を見て、妬ましい自分が悔しかった。


悔しかったことが、悔しかった。
その笑顔を見れた、自らの喜びを押し流すように溢れてきたその感情に、さやかは飲み込まれてしまった。


さやか「恭介を守ってあげられるのは私だけなんだ。私じゃなきゃダメ……、そうじゃなきゃ嫌なの!!」

529: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/08(月) 22:17:18.80 ID:egHI/JdDO
まどか「甘ったれるなぁっ!!」


さやか「!?」


まどか「そんなの、そんなのただ自分可愛さで周りを見ていないだけじゃない!好きな人に振り向いてほしいから願いを叶えたい?勝手にしなよ、でもその思いの結果で傷付く人だっている事も分かってよ!」


突然、堰を切ったように叫びだしたまどかに、さやかは圧倒された。
今まで一緒に過ごしてきて、彼女のこんな姿を見たのは初めてだった。


まどか「魔法少女になるっていう事がどういうものかは分からない。でも、今さやかちゃんがしようとしていることは絶対に違う!」


さやか「あ、あんたに何が分かるのよ!関わらないでよ!!」


まどか「分からないけど、関わるもん!私は友達だから!!」


叫びを終えたまどかは、力が抜けたように座りこみ、荒い息をついた。
茫然自失になってしまったのか、それとも叫びと一緒に魂まで抜けてしまったのだろうか。
それは、さやかも同じで、彼女もまた言葉を紡ぐ事ができずにいた。


まどか「ハァ、ハァ……なんて、クロちゃんなら言うかもね。何も言わないかもしれないけど、そう思うよ」



530: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/08(月) 22:36:14.93 ID:egHI/JdDO
まどか「私は、いっつもさやかちゃんに、守られてばかりだった」


さやかに必要なのは取り繕った言葉なんかではない。まどかはポツリポツリと語り出した。


まどか「何も言えないけど、ただ黙っていても楽しかった。だってさやかちゃんが楽しいお話を一杯聞かせてくれたから。危ない時も、さやかちゃんが側にいてくれるだけで安心できて……だけど!」


まどかはさやかに駆け寄り、その肩を掴んだ。
その顔は、ぼやけてしまう。
感情が高まると、悲しくなくても涙が出るのだとまどかは初めて知った。


まどか「マミさんと会って、クロちゃんと会って、戦うってどういう事なのか……守るってどういう事なのかを知ったの」


あれだけ可憐で落ち着いていたマミはただの少女だった。
恐怖を、悲哀をたった一人で押し隠して、それでも戦うことしか道がなかった。


あれだけ飄々としたクロでさえも苦しみを抱えていた。
あの時の魔女との戦いで見た映像から察するに、彼もまた失い続けた末にあがき続ける者だった。


まどか「私だって戦う。さやかちゃんのその辛いとか、苦しいっていう感情を少しでも楽にしてあげたい」

531: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/08(月) 23:01:03.40 ID:egHI/JdDO
そんな気持ちで、魔法少女になってほしくなかった。
あんな血を流し続ける戦いに、友達を行かせたくなかった。
それが、どんなに甘っちょろくて、利己的で偽善と欺瞞に溢れた感情か、まどかには考える余裕もない。
しかし、例え彼女自身が理解していても、躊躇いはしなかっただろう。


さやか「……でも、でもそれじゃあ、何も変わらない。変わらないんだ」


両肩を掴まれたまま力なく呟かれたさやかの言葉が、まどかの胸に鈍く刺さる。


さやか「あんたは、何も分かっていない。私の願いは確かにワガママだけど、それだけでもないっ!」


ドンっと肩を突き飛ばされたまどかは、為す術もなく地面に転がる。
その行為は、深くまどかを傷付ける結果となった。
この瞬間、まどかはさやかに全てを拒絶されたのだ。
親愛を、警告を────友情を。


走り出したさやかの背中をただ見ることしかできないでいたまどかは、しばしその場で凍り付いていた。


しかし


まどか「……負けるもんか」


ゴシゴシと袖で涙を拭って、まどかはふらつきながらも立ち上がった。


さっき言ったばかりではないか、友達なのだと。

537: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 13:56:01.08 ID:mLRClCHDO
─────見滝原総合病院


ベッドの上で、一人の少年が自分の左腕を見ていた。
ダラリと力なく白いシーツの上に垂れ下がっているそれは、どんなに力を込めても微動だにしない。
思いを込めたところで反応だって返りやしなかった。


唇を噛み締める。
嗚咽のような呻き声が漏れた。
出来ることならこの苛立ちに身を任せてこの腕をを叩きつけてしまいたい。


しかし、それすらも叶わない。


いらない、こんなもの、もういらない。
これがあれば望んでしまう。
『いつかきっと』と、しかしそれはもう、ありえない。


「う、う、うぅ……、ああああ!!」


右手を拳に固めて、思いっきり左腕を殴り付ける。
二度、三度、四度、痛みはない。
なのに、涙が止まらない。


「なんで、なんでだよぉ!!なんで、僕だけが、こんなっ……!」


虚しさからか、とうとう彼はそうする事すらやめて、シーツをギュッと握り締めた。


「うるせぇな、ここは病院だぞ」


ふと、聞き覚えのある声が耳を打ち、少年は顔を上げた。


「クロ、さん?」


「よう、恭介」

538: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 14:26:50.64 ID:mLRClCHDO
クロ「昨日ぶりだな。もしかしなくてもなんかあったろ」


何故彼が、ここにいるのか。
そして何故病室の扉から普通に入っているのか、恭介には分からなかった。
しかし、今は疑問より、驚きの方が大きい。


恭介「どうして、ここが?」


クロ「臭いだ」


臭い?と力なく疑問を呟く彼に、クロはニタリと笑う。


クロ「あぁ、辛気臭ぇってヤツさ。そいつを追い掛けてたらここに来た」


冗談めかしているようで、本気でクロは言っていると感じた。
事実、自分もこの瞬間なら病院で一番辛気臭いかもしれないという、そんな暗い自信がある。


恭介「何しにきたんですか?すみません、今日は誰かと話す気分じゃないんです…」


クロ「そう言うなよ」


今はとてもじゃないが、誰かと話したりできるような気持ちではなく、クロには帰って欲しかった。
それと、今の自分のこんな情けない姿をクロに見られたくないという気持ちもあるにはあった。


しかし、そんな事くらいで帰るような男でもなかった。


クロ「アニマルテラピーってヤツだ。どうだ?」

541: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 20:15:54.15 ID:mLRClCHDO
恭介「……テラピーではなく、セラピーでは?」


クロ「あぁ、そうか。ちっ、慣れねー言葉を使うもんじゃねーな」


ガリガリと頭を掻き毟りながら苛立つそぶりを見せるクロ、彼はいつも通りだった。


恭介「ん?」


ふと、クロの後ろに小さな二つの影が並んでいることに気付いた。
よく見ると、二匹の子猫がこちらを見ている。
アニマルセラピーというものをクロが全うするとは思えないが、もしかしたらこの二匹にそれをさせると言うのだろうか。


クロ「こいつらはオイラが世話んなってる所で預かっているチビだ」


オイ、と首を下に向けて呼びかけるも、恭介を警戒しているのかクロの前には出ていこうとはしない。
その様子が、なんだかあまりに人間臭くて温かい、ほんの少しだけ恭介は心の平穏を取り戻した。


クロ「あー、分かったよ。その辺にいろ」


来る前に説明はしたってのによ、とため息を吐きながらクロは、なんの気なしに恭介のベッドの横まで歩く。


すると、そこにはゴミ箱があった。


中を覗く。


そこには、沢山のCDケースが投げ込まれていた。

542: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 20:35:06.31 ID:mLRClCHDO
いや、ゴミ箱に入っている物が全てではない。
よく見るとゴミ箱の周りにも沢山のCDケースが散らばっていた。
CDケースだけではなく、写真立てまで転がっている。


広い上げて覗き見る。


クロ「へぇ」


そこにいたのは一人の少年だった。
格調高いスーツを着て、バイオリンを握っていた。
隣にいるのは母親だろうか、恐らくは彼が手に入れたであろうトロフィーを持っている。


しかし、それ以上に目を引くのはその少年の自信に満ちあふれた表情だ。
自分に進む道には阻む物などひとかけらもないと、その視界を曇らせるものは一点もないと言うような輝きを持つ顔をしていた。


クロ「今じゃ似ても似つかねーな」


しかし、彼は興味がなかったようにその写真立てを投げ捨てた。
がシャンと音を上げてガラスが割れる音が響く。
恭介は、黙ってその音を聞いていた。


クロ「……腕、動かねーって言われたのか」


背中を恭介に向けて、ゴミ箱を漁りながらクロは言う。
流石に、こんなに荒れた自分を見せれば分かるだろうか、相変わらず適当なようで見ている所は見ているようだ。

543: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 21:04:19.44 ID:mLRClCHDO
恭介「……もう、どんなにリハビリをしても駄目だそうです。奇跡か魔法でも起こらない限り動かないって、先生に言われました」


力なく、という言葉がそのまま当てはまるような言い方だった。
覇気もなく、意気もない。
その言葉にはなんら意味が無いのではないかと錯覚を起こしてしまいそうなほどだ。


クロ「それ、さやかには言ってねーだろうな」


しかし、クロが一番最初に発した言葉は意外な人間の名前だった。
恭介にとっては聞き馴染みのある美樹さやかと、恐らくクロの言う『さやか』は同一人物だろう。


では、何故?


恭介「なんで、さやかがこの病室に出入りしている事を知ってるんですか?」


その言葉を聞いて、ようやく彼はこちらを振り向いた。
左手でCDをつまみながらプラプラと揺らすという見るからに軽薄な態度でありながら、明らかに彼は威圧をしている。


クロ「会った時に少しだけ臭いがあったし、ここに来てからも臭いがした。それと、このCDにもな」


特に、CDには沢山の臭いが染み付いていた。


例えに過ぎないが


店の棚に並んでいたCDを手にとっては戻し手にとっては戻しとすれば、これほど臭いがつくのではないか。


ようやく選んだ一点物を、これから届ける人間を思って胸に抱きしめれば、これほど臭いがつくのではないか。

544: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 21:21:33.15 ID:mLRClCHDO
恭介「……無理なんですよ。僕には、もうさやかの期待に応える事はできないんだ」


あぁ、ダメだ。
押さえられない。
弱い自分が、汚い自分が溢れだしてくる。


恭介「さやかは絶対にバイオリンが弾ける僕だけを欲している!今のこの僕なんて誰も求めちゃいない!!指が動かない僕なんて誰も認めちゃくれないさ!!さやかだけじゃない、父さんも母さんも!みんなも!!」


奇跡?魔法?それはきっと、自分の指が動くようにとでも誰かが祈るのだろうか。
自分だって、できる事ならそうしたい。
でもそれは、逆に言えば指が動かない自分は、バイオリンを弾けない自分には何の価値なんて存在しない事の証明にも繋がる。


恭介「クロさん、あなただけは違った。あなたは僕に言ってくれた。『腕が動かなくても出来る事を考えろ』って」


クロは、あの時何も知らないであろう自分に、寄り添ってくれた。
彼だけは、自分に適当な優しさで擦り寄ろうとしなかった。


恭介「でも、でも、僕に出来ることなんてバイオリンくらいで……、何かをしようなんて何も思いつかない」


弾けもしないバイオリンのCDも、どこまで言っても着いてまわるかつての栄光も、忘れてしまいたいのに捨てられない。


545: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 21:43:54.23 ID:mLRClCHDO
恭介「……今日、さやかが来なくて良かった。来ていたら僕は絶対にあたり散らしていたから」


そう言ってクロの方を見た恭介が見たものは、迫り来る黒い足だった。


恭介「ぶっ!?」


激しい衝撃で脳が揺れた。
口一杯に痺れた感覚と、鉄の味が広がる。
鼻もツンと痛み、身体がもんどりうってベッドから転げ落ちる。


全身を激しい衝撃が打った。


恭介「う、ぐっ。はっ」


クロ「奇跡に魔法?冗談キツいぜ。そんなもん使ったところでテメーのその性根は直らねーだろうさ」


未だ息が乱れ、身体の痛みが取れないが、その胸の上にドスンと足が乗っけられる。
涙が出てしまったのか、はたまた少し眼のピントが狂ってしまったのかは分からないが、自分を見下ろしているであろうその顔はどうにもぼやけて見ることがっきない。


クロ「テメーの考えてることくらい分かるぜ。理屈こねたところで、結局は向き合うのが恐いんだろ?バイオリンのCDを聴いて、結局は弾けないことを確認する事が恐くて恐くて仕方がない、ちげーのか?あぁ!?」


グッと、足に力が込められる。
息が詰まる。
まだ、その表情を知ることはできない。


クロ「オイラの場合も似たよーなもんだ。目ん玉えぐられても会いにくるんだもんなぁ」

546: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 21:59:50.57 ID:mLRClCHDO
彼が何を言っているのかは分からない。
どんな顔をしているのかも見えない。


クロ「でも、それでも見なきゃなんねーんだ!どんなに適当な事言ってもケリはつける。一生かかってもな」


恭介「な、んの、話ですかっ!?」


息も絶え絶えになりながら恭介は訊ねた。
こんな状態でありながら、クロの話に興味を覚えたのだ。


すると、急に胸を強く圧迫していた力がなくなった。
クロが足を退けたらしい。


クロ「昔の話だ。オイラは友達の目ん玉取っちまった」


字面に並べると、なんとも投げやりに言っているように見えた。
しかし、その言い方は真っ白で、どんな感情も込められていない。
裁判官が罪状を読み上げるような、そんな言い方だった。


クロ「その時はもう、何がなんだか分かんなくなっちまった。ずっと一緒にいたヤツをオイラは自分で不幸にしちまった」


何で、こんな所で自分語りをしなきゃならないのか、クロはそれに対する明確な答えを持っていない。


クロ「でもな、そいつはその後、死ぬような目にあって、それでもオイラに会いにきたんだ」

547: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 22:17:39.37 ID:mLRClCHDO
あの時、自分であの出来事を事故だと言ったのは、恐らく彼は事故だと思っているからだと考えたからだった。


少し、意地の張り合いのようなもので戦いになったが、しかし、その頃には、クロは彼の復讐をその身に受け止めることすらできなくなっていた。


自分の首が落ちたのは、そういう事だったのかもしれない。


クロ「だから、オイラは死ぬまでアイツの眼帯を見てやる。アイツがいなけりゃ、今のオイラはいねーんだ」


恭介「……」


彼の昔話は壮絶で、それが自分と当てはまっているのかなんて分からなかった。
すると、胸の上に無造作に投げ込まれた物があった。動く右腕でそれを握る。


クロ「テメーには、それが見なきゃいけないもんじゃねーのか?今は弾けないバイオリンだが、今日まで気持ちを保たせてきたのは何だ?」


恭介「さやか……」


そっと、恭介はCDを握りしめる。
これは、過去だ。
今となっては重苦しく、冷たい他人のような過去。
こうなってしまえば、いっそ未来を見据えた方が幸せなのに、この黒猫は過去すら眺めろと言う。


一生悩め、と言うのではなく、いつか決着をつけるためにそうしろと言う。


548: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/09(火) 22:37:31.11 ID:mLRClCHDO
こんなに説教臭いのは、最初で最後だとクロは思う。
全く、本当にらしくないことを自分は平気でしている。
しかし、これは男としてやらなくてはいけなかった事でもある。


誇りを忘れた男に対して、必要だった事だと思う。
だから、言った言葉に後悔はしない。
恭介に自分の過去を明かしたことだって、そうである。


恭介「僕は……僕は!どうしたら!」


恭介の瞳から、ついにボロボロと涙が溢れる。
顔面は腫れ上がり、口元や鼻から血が出ている。
なんと情けない姿だろうか。


クロ「足が動かなかろーが、腕が動かなかろーが、望むなら這ってでも前に進める。生きてりゃなんだってできるさ」


ただ力強い声だけが恭介の鼓膜を震わせ、胸を打った。
今、この世界にはクロと自分しかいないような気持ちになる。


クロ「どーしてもしんどけりゃオイラに言え。行きたい場所に連れてってやるよ、引きずり回してでもな」


恭介「……クロさん。ん?」


自分の頬の辺りをザラリとしたものが撫でていた。
目だけを動かしてそこを見ると、さっきの子猫の一匹が舐めていた。
クロより小さな黒猫である。


恭介「ははっ、ありがとう」

552: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/10(水) 00:22:11.55 ID:0eOtbcBDO
>>551


いやー、まどポはやったことがなくてですね。


アニメやドラマCDの微かな記憶を頼りになんとか書いてます。

560: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/10(水) 23:03:21.17 ID:0eOtbcBDO
力なく笑みが零れる。
自分を嘲笑うような冷たい意味を込めて。
しかし、それでも胸に込み上げてくる温もりが確かにあった。
自分に寄り添う柔らかな感触がそれを教えてくれる。


恭介「……情けないなぁ、僕は…助けられてばかりだ」


天井を眺める。
先ほどまで、訳も分からないような涙が視界を阻んでいたというのに、今はもうそんなものは存在していない。


泣くなら今のうちだというのに、ここから先は地獄のような日々が続く。
ならば、とっとと泣いて、涙枯れるまで泣いてしまえば、もう涙なんて流さなくてすむかもしれないのに。


しかし、どうやら自分の心は決まってしまったらしい。


クロ「恭介……」


恭介「今日から、大変ですね」


クロは、そっと恭介の顔を覗き込んだ。
彼の今の感情を知るために、自らを曝け出した彼の出した『答え』を知るために。


恭介「クロさんも、よろしくお願いします」


その、少しだけ困ったような頼りない笑顔を見たクロは、ニヤリと笑って「おう」と応えた。
絶望に立ち向かう第一の準備を恭介は整えたのだ。

562: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/10(水) 23:36:16.56 ID:0eOtbcBDO
クロ「さぁてと、そろそろ行くかね」


よいしょっ、と言いながら背筋をググッと伸ばしたクロがそのまま扉に向かって歩きだした。
その突然の行為に、床に転がったままの恭介が声を上げた。


恭介「クロさん、どうしたんですか?何か用事でも」


クロ「あぁ、後こいつらも預かっててくれ」


驚きの声を上げる恭介に、クロは足下にいたもう一匹の虎猫をつまみ上げひょいと放った。
慌てて、なんとか右腕で優しく受け止めるも流石に全ての衝撃を和らげることはできない。


ほむら『にゃぎゅっ!』


小猫の口から空気が漏れるような悲鳴が上がる。
心配になって首を動かして見てみるとそこには凄まじい怒気をクロに発している虎猫がいた。
一応は元気らしい。


しかし、それは置いといて彼はクロに確認しなければならない事があった。


恭介「どこへ行くんですか?」


クロ「用事ができた。厄介な臭いが出てきやがったからな」


厄介な臭い?それがどう言うことなのかは分からないが、彼が突然纏った空気は恭介にとって今まで一度も感じた事がないようなひりつくような雰囲気を醸し出している。
少しダルそうな態度でありながら、隙のない姿だった。

563: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/10(水) 23:49:11.55 ID:0eOtbcBDO
クロ「あぁ、後もう一つは知った臭いがするな」


と、ここに来てクロが、今まで見たことのない類の笑みを深めだした。
なにやらイタズラを思いついたようなそんな顔で恭介の顔を見る。


恭介「知った、臭い?」


クロ「おうよ、さやかだ。美樹さやか、知り合いか?」


さっきまでその人物の話をしていた事くらいクロだって分かっている。
しかし、その挑発に恭介は気付かない。
胸の上に置いているCDケースに手をやった。


まぶたを閉じれば、すぐにこれを持ってきた時の彼女の顔が浮かんできた。


いつだって笑って、彼女はそのまぶたの裏にいた。


クロ「んじゃ、オイラは行ってくるぜ───」


クルリと恭介に背を向けたクロは、外に出ようと扉に手を掛ける────その時だった


恭介「待ってください!!」


クロの手が止まった。
声のする方、後ろに身体を向けるとそこには、恭介がいた。


恭介「んぅ、はっ。はぁっ、っはぁ」


いつの間にか身体をうつ伏せにしたらしい彼は、右腕と右足で地面を掻くようにしてクロのいる所まで這ってこようとしていた。



564: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 00:05:58.47 ID:uMvngx8DO
クロ「なんのつもりだ?」


恭介「僕も、連れてって下さいっ」


クロ「はぁ?」


長らく運動をしてこなかったせいもあるだろう。
恭介は息切れをしながら、時には上手く床に足や手が引っ掛からず無様にカエルのようにのた打ち回っているようにしか見えなくても、それでも確実にクロに向かって進んでいた。


クロ「お前な、足手まといって知ってるか?手も足もまともに動かせねーお前に何ができるって?寝てりゃいいんだよ」


しかし、クロは恭介に厳しい言葉を投げつけるだけだ。
実は、確かにクロは恭介を試した。
しかし、それはさやかの危機に対してどんな態度をとるかを見るためのもので、まさか恭介が「一緒に行く」と言いだすとは思ってもいなかったのだ。


故に、クロは今現在苦虫を噛み潰したような顔をしている。


クロ「お前がここにいれば、さやかを連れて戻ってきてやるからよ」


少しだけ、子供に言い聞かせるような物言いでクロはなんとか恭介を病室に置いていこうとするが。
そうこうするうちに、恭介はクロに手を伸ばせば届く距離まで来ていた。


恭介「はぁ、はぁ、おかしいですね……クロさん、言ったでしょ」


息切れを起こして、顔を赤らめ、途中で唾を飲み込みながら彼は言った。
少しだけ、ニヤリと笑いながら。


恭介「僕の行きたい場所に、連れていってくれるんでしょ?」


その得意気な顔に、クロは舌打ちを打った。
どうやら抜かった、詰めが甘かったようだ。


クロ「後悔すんなよ?」


そして、クロの腹も決まった。

565: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 00:36:56.32 ID:uMvngx8DO
────見滝原総合病院・受付


広いロビーには、今日も病院に用がある沢山の人が椅子に座ったり、うろついたりしている。
看護婦の一人はそれを見て、誰にも気付かれないようにため息を吐いた。


心中では、今日もこんなに人がいると嘆いていたり、はやく月末のコンパの日になれば良いのにと愚痴っていたりと荒れに荒れていた。


故に、突然風のようにロビーを駆け抜けていった一台の車椅子に彼女は凄まじく反応した。


看護婦「コラァっ!!そんなスピードで車椅子を走らせる馬鹿がいますかぁ!!」


「すみませーん、すぐに帰りますんで!」


と、気の弱そうな声が、さながら救急車のドップラー効果のように遠ざかっていった。
というより、あの車椅子に乗った少年はどこかで見た事があるような。


そして、最も気になるのは車椅子の下に張り付いていた影───あれは、確か


看護婦「猫?」


首を捻っても口からは答えはガチャポンのようには出てこない。
しかも、考えれば考えるほど、なんだか、こう。


看護婦「主任、今日はもう帰っていいですか?はい、疲れてるみたいなんです。幻覚が」

566: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 00:37:57.60 ID:uMvngx8DO
今日は以上です。次は昼頃から投稿開始です!


一応日付けは変わっているので、また今度!

569: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 12:38:39.23 ID:uMvngx8DO
その猛スピードで走る車椅子は、土煙を上げながら住宅密集地を駆け抜けていた。


恭介「わっ、わ、わ、わ」


ガタンと激しい揺れが身体を上下に振り回す度に、恭介はなんとか身体をその衝撃に合わせて身体を動かし、車椅子から振り飛ばされないようにする。
念のために備え付けのシートベルトを腰に強く巻いているが、それでも不安感は拭いきれなかった。


恭介「で、でもクロさん!厄介事って結局なんなんですか!?」


大声を上げて、後ろの方で車椅子を押しているであろうクロに声をかけた。
耳元で風が横切る音がひっきりなしに聞こえる。
普通の音量では自分の声など掻き消えてしまうだろう。


クロ「厄介事は厄介だ!後悔しねーつったのはお前だぞ!?腹ぁくくれよ!!」


苛立ちと、威勢の良さが込められた叫びが返ってくる。
彼の態度や急いでいる様から、さやかに確かな危機が迫っている事を感じ取れる。


恭介「さやか……」


クロ「けっ、いっちょ前に心配とかしてんじゃねーよ!!役立たずのくせしやがって!!」


自分の呟きはどういう訳かクロには筒抜けだったらしく、わざわざ聞こえやすいようにと返事は大声である。


クロ「根性は認めてやるけどな」


恭介「えっ、今なんて」


クロが何かを言った気がしたが、恭介は聞こえなかったらしく、クロもまた二度も言う気はない。


クロ「黙ってな、舌噛むぜ!?」


グンっと、またスピードが上がった。

570: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 13:41:35.10 ID:uMvngx8DO
恭介「あのっ、もう少しゆっくり行けませんか!?僕は大丈夫ですけどこの子達がっ!!」


恭介の両膝には子猫が必死になってしがみ付いていた。
彼らは振り落とされまいと、爪をズボンを越えて太ももにまで食い込ませており非常に痛かったが気持ちは理解できる。


クロ「そいつらは鍛えてんだよ!───それにもうそろそろ着くぞ」


そう叫ぶと、突然車椅子のスピードがガクンと落ちた。
随分と無茶なブレーキをクロはかけたらしく、その反動としわ寄せは一気に座っている恭介を襲った。
上体が前のめりになり、シートベルトで腹部が締め付けられ激しい圧迫に痛みが走る。
咄嗟に恭介は、右腕を使い子猫二匹を一気に抱き締め、なんとか彼らが弾き出される事を防いだ。


恭介「痛っ、だ、大丈夫?」


どうにか車椅子から振り落とされずに済んだ恭介は、急いで腕に抱いた二匹の猫を見る。


かぐら『きゅう~……』


ほむら『ニャー(もう少しで脳ミソ吐くところだった)』


二匹とも目を回してはいるが無事らしい。
しかし、鍛えている訳ではない事は明白だった。

571: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 21:21:57.52 ID:uMvngx8DO
車椅子が止まった場所は、普段よく見るような住宅街の中であった。
よく見ると言っても、中々病院の外には出ない恭介にとっては久方ぶりの光景ではあったが。


クロ「臭いは、ここだな」


やれやれ、とボヤキながらクロは辺りを歩き回り始めた。
恭介は、ただ黙ってその行為を端から見ている。
その周囲を見回しながら、ただ見える物に目を向けるのではなく、その見える物の向こうまで覗かんとする眼光に、彼は物を言えなくなってしまったのだ。


クロ「間違いねー、さやかの臭いはここで途切れてる。ってこたー、もう結界の中かよ」


頭をガリガリと掻きながら彼は佇んだ。
恭介はその様子に少しヤキモキとしだしてきた。
彼の言を借りるなら、今こうしている間にもさやかが厄介事に巻き込まれているかもしれないのに。


早く、早く合わなければ、会って、会って?


恭介(僕は、さやかに会ってどうしたいんだろう?)


一つの疑念が湧いた。
ここに来ることと、これからさやかに会いに行くこと。
その事自体にはなんの迷いもない。
しかし、彼女に会ったその時の自分の為すべきこととはなんなのだろうか。

572: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 22:02:10.69 ID:uMvngx8DO
「中に行くというのなら手を貸すわ」


クロ「あぁ?」


突然、背後から声は聞こえた。
透き通るようで、重く鋭い響きを持ったその声の方にクロは顔を向ける。
恭介は、身体の自由があまり効かず、なんとか首の捻りだけでその声の主の姿を見た。


その黒髪の少女、暁美ほむらの姿を。


クロ「よう、お前身体はいいのか?」


ほむら「えぇ、どうせ退院の手続きなんてまともに取れないもの。抜け出してきたわ」


恭介にしてみたら、中々に理解し難い言葉を言いながらほむらはクロに近づいていく。
途中、少しだけ彼女から視線を向けられたがそれも一瞬だけ、すぐにほむらという少女はクロを見た。


自分に向けられたその視線の冷たさを考えると、彼女のクロに対する温かさと柔らかさは別人のように感じられるレベルである。


恭介「あの、クロさん……この方は?」


クロ「あぁ、暁美ほむら。今どき風の魔女っ娘だ」


ほむら「魔女っ娘ではない、魔法少女よ。断じて違うわ」


クロの適当な紹介を軽く受け流すほむらであったが、恭介にとってはそんなに簡単に無視できるはずがない単語があった。

573: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 22:51:15.26 ID:uMvngx8DO
恭介「ま、魔法少女?何ですかそれ……、厄介事って一体……」


ほむら「黙りなさい」


疑問点を解決したい恭介は声を張り上げてほむらに向かって質問するが、彼女はそれを一言で切り捨てる。流石に、恭介もそれ以上は言葉を続けられず、なんだかよく分からないうちに「ごめんなさい」という謝罪までしてしまった。


そして、ここぞとばかりにほむらは畳み掛けようと口を開く


ほむら「大体、貴方に説明した所でどうなると言うの?足を引っ張る前に帰りなさ、キャンッ!?」


が、突然彼女の身体が沈んだ。
いや、いきなり膝が曲がり身体がバランスを崩しただけのようである。


膝カックンという奴だろうか、まだ元気だった頃に学校で流行っていたあれをクロがハイキックをほむらの膝裏に食らわす事で再現したのだ。


クロ「アホな事言ってんじゃねー」


驚きとある種の抗議からか、うーと唸りながらほむらはしゃがみこんでクロを睨んでいる。


ほむら「だってそいつのおかげでどれ程苦労したことか……」


呟きは、恭介には聞こえなかったがクロにはよく聞こえた。
事情も理由も分からないが、ほむらは恭介を嫌っているようだ。


574: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 23:24:35.13 ID:uMvngx8DO
しかし、そこまではクロも関わるつもりはなかった。
自分はお人好しでもなければ、便利屋でもないのだから、というのがクロの言い分だろうか。


クロ「そろそろ行かねーと。ヤバそうだぜ」


恭介の焦燥と不安がヒゲにチリチリと焼け付くように嗅ぎとれる。
もう、遊びは無用。
ここからは、本気だ。
拗ねていたほむらも、いつの間にか立ち上がり真面目な顔をしている。


ほむら「じゃあ結界を開くわ。後は、分かるわね?」


クロ「OK、楽勝だぜ。中にいる化け物をぶっ殺すついでに生意気少女を引っ張り出してくるだけの簡単なお仕事だろ?」


ほむらの言葉のほとんどの意味を恭介は未だ理解できていない。
「結界」も「開く」ということもよく分かっていない。
しかし、クロの軽いノリで放たれる不穏な言葉に身体は緊張に包まれた。


ほむら「最後に一つ、忠告するわ」


ほむらが口を開いた。
その忠告という物には、恐らく自分は含まれていないのだろうが、恭介は黙って聞く。


ほむら「お人好しも大概にしないと、あなた、いつか死ぬわよ」


やはり、それはクロに向けられた言葉であった。
忠告ではあったが、その表情からはその真意は読み取れなかった。


恭介「え?」


突如として身体が沈んでいくような感覚が意識ではなく肌を襲ってきた。更に、視界は徐々に闇に飲み込まれようとしており、ほむらの姿が遠ざかっていくように見えた。


クロ「オイラが?冗談じゃねーよ。生きてやるさ、死ぬまでな」


しかし、その異変を意に介さないクロのその言葉と共に、視界は完全に闇に沈んだ。


575: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/11(木) 23:38:29.90 ID:uMvngx8DO
少女は、一人残された道の上で顔を伏せたままで呟いた。


ポツリ、ポツリと、雨が雫が落ちるように『─』を流すように。


ほむら「『キッド』は嘘つきだったわ。あなたはどうなのかしら『クロ』」


そして首を振って顔を上げる頃には気持ちは落ち着いたようだった。


ほむら「私には、私のするべき事がある」


そう言って、その姿は消えた。




次回予告


さやか「私は、選びたいんだ!」


恭介「掴み取ってみせるさ!僕の生きる僕の明日を!」


クロ「マタタビィィーー!!」


さやか「決めたよキュウべえ──」



次回 さやか編 完結


今日の投稿は以上になります。
読んでいただきまして、ありがとうございます!
そして、お疲れ様です!

578: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 13:05:28.89 ID:VPvfAYcDO
恭介「ここは、一体……?」


惚けたように吐いた息は、知らず知らずに自らの脳裏に浮かんだ疑問文を読み上げた形になった。
眼前に広がるその世界は、未知の闇と未開の光が広がる荒唐無稽な無秩序な光景で埋めつくされている。


美術の本に載っている『シュール・リアリズム』そのものである。
そして、足下には遥か下方へ伸びる一本道があった。


クロ「んじゃ、行くぞ!」


ガクンっと身体が後ろに引っ張られる感覚がする。
またもや、クロが車椅子を押し始めたようだ。
風を切る感覚には爽快感はなく。
ただひたすらに闇の中に飛び込んでいくだけの言い様のない不安があった。


恭介「ク、クロさんっ!」


クロ「なんだ?これ以上のサービスは扱ってねーぞ!!」


クロの絶叫が聞こえるのとほぼ同時に、恭介の背中で激しい火花と破裂音が響いた。
驚きから反射的に顔を前に向ける。
しかし、そこには更なる驚愕があった。


『───────!』


『───────!?』


異形、それだけで十二分なほど説明がつくであろう者がそこにいた。

579: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 13:24:06.61 ID:VPvfAYcDO
恭介「うわああああっ!?」


大量の化け物達が、一度に飛び掛かってくる。
まるで、自分を覆い隠そうとするように。


恐怖、驚愕、嫌悪、絶望、それら全てを絶叫に塗りこめても足りない。
それだけの感情が一度に湧き、パニック状態に陥りかける。


何とかして、逃げたい。


ここから、逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい!!


クロ「うるせえ、突っ切るぞ」


さっきよりも長めの激しい銃声と、妙にはっきりと聞こえたクロの言葉で恭介は自分を取り戻した。
そっと瞼を開くと、そこにいたはずの化け物達はすでに消え去っていた。


少し、気になって身体を捻って後ろを見ると、体全体を使って車椅子を押しながら左手に何か銃火器のような物(先ほどの音から想像するにガトリングのようなものだろうか)を取り付けたクロがいた。


クロ「くっそ!片手がねーのはもうウンザリだっ!!これが終わったら絶対なんとかしてやる!」

580: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 13:56:27.89 ID:VPvfAYcDO
目の前にいるのは得体の知れぬ化け物で、後ろにいるのは底の知れぬ黒猫で、恭介は自分が今巻き込まれている世界の特異性を思い知り戦慄きながらも、どこかで眠っていたところを起こされるような感覚を抱いていた。


銃声が鳴り響き、異形は霧散する。
その世界を、今、自分は直進しているのだ、どこにも行けなかった自分が。


恭介(後、少しだ。後少しで僕は掴める。掴めるはずだ)


何を?────それは


クロ「見えたぞ、扉ぁ!!」


恭介「えっ?」


恭介の思考はクロの叫びにより途切れる事になってしまった。
目の前に突如として現れたと言った方が正確だろう。
ここまでの道順などあってないような物だったからだ。


そのおあつらえたような扉は、自分達を待っていたように開いた。


──────住宅街


ほむら(もうそろそろ、最深部に着いた頃かしら?)


結界の外で佇みながらほむらはあの時のクロの表情を思い出していた。
ある程度は、余裕を持って行動する彼があそこまで急いでいるところを見ると、早々に魔女の所までたどり着きそうである。


ほむら「はぁ」


巴マミの次は、まどか、更には美樹さやかに上条恭介と、彼のお人好しは最限がない。
ため息だって出るというものだ。

585: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 20:49:54.81 ID:VPvfAYcDO
彼は明らかに関わりすぎている。
この世界、この時間でも、その行動原理は変わらない。


それでいて、予測はつかない。
かつて経験した『最悪のハッピーエンド』はその中で生まれた。


だからこそ


ほむら「やりとげてみせる」


言葉に出して、自らを奮い立たせる。
今度こそ、これは最後のチャンスなのだ。


「ほむらちゃーん!!」


思考と記憶の渦に飲み込まれかけていた自意識が、その声に反応した。
顔を上げると、道路の向こうから駆け寄ってくる人物がいた。
鹿目まどかである。


まどか「はぁっ、はぁ、いい、良いところに」


肩で息を繰り返し、あばらの辺りが痛むのかしきりに押さえている。
どれだけの距離を走ってきたのか、それとも単純に体力がないのかは分からなかったが、とても喋れそうな状態ではなさそうだ。
ほむらは、問を待たずに答えだけを告げた。


ほむら「美樹さやかなら、魔女の結界に閉じ込められたわ。今、クロが助けに向かっている」



586: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 21:19:40.25 ID:VPvfAYcDO
まどかの顔は、ジェットコースターのように青ざめてから少し落ち着きを取り戻していくという変化を見せた。


まどか「そ、そんな事に……。でも、一応クロちゃんがいるなら安心かな」


安堵の表情を浮かべるまどかに、それこそほむらもまた安堵した。
彼がいると、まどかの動揺も押えられる。


まどか「ところでほむらちゃんはどうしたの?また足手まとい?」


何故だろう、どういう因果でこんな事を言えるようになったのだろう。
クロの影響か、はたまた『幾度となく繰り返した末に起きる偶然』の一つなのだろうか。


取り敢えず無言で、まどかのこめかみを両手の拳骨でグリグリと押さえ込む。


まどか「にゃああああっ!」


ほむら「あら?おかしいわね。某クレヨン五才児でもこうしたらごめんなさいできるのに、あなたからは猫の鳴き声が聞こえる」


押すとこ間違えたかしらと、さらに押さえ込む。
悲鳴のレベルが一段と上がった。


「へぇ、楽しそうだね」


成長期に入る前の少年のような中性的な声がほむらの耳の鼓膜に響いた。
不愉快な思いが増す。


ほむら「えぇ、だから邪魔しないうちにとっとと消えてくれるかしら。キュウべえ」

587: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 22:13:26.45 ID:VPvfAYcDO
扉を開いた先にはぽっかりと開いた空間があった。


恭介「子供、部屋?」


果たしてそれは恭介の見立てた通りであった。
その空間には、そこら中に子供がクレヨンで書き殴ったような落書きがちりばめられている。
そして、大小様々な積み木が積み重ねられており、城の形を型取ったもの、適当に積み重ねられたものがあった。


その様は、玩具の牢獄。

クロは恭介の車椅子に駆け上がり、ひじ掛けの上に飛び乗り、感覚を研ぎ澄ませる。


クロ「いた。生きてるぞ」


クロの声、そして視線の向く先に集中する。
そこにあったのは、積み木の塊。
その陰から、一人の少女が飛び足してきた。


恭介「さやか……さやかっ!?」


クロに口を押えられる。
慌てて彼の顔を見ると、黙れと目で合図を送られた。
血相を変えたさやかは気付かずに目の前を走ってる。まるで、何かから逃げているように。


クロ「団体さん、来るぜ」


その声がまるで合図だったかのように、さやかの背後の積み木の山が弾けるように吹き飛んだ。
まるで遊びに飽きた子供が蹴り飛ばしたかのように、乱雑な軌道を描いて巨大な積み木があちらこちらに飛び散っていく。


恭介「あれは、さっきの!!」

588: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 22:28:11.61 ID:VPvfAYcDO
先ほどは、そんな余裕などなかったため、姿をよく見る事はしなかった───確認する前にクロが倒していた事も原因の一つだったが────のだが、今ではその全貌を知ることができる。


その一つ、一つは形が違うが、小さな子供のような形をした人型が玩具の飛行機や機関車に乗せただけの粗雑なデザインをしている。
もはや、それ自体が子供の落書きその物のような。


大量のそれが、今まさに、さやかを飲み込もうとしていた。
もしあれが、さやかに辿り着いたらどうなるのか?
考えたくもなかった。


さやか「きゃああああ!」


クロ「行ってこい!!」


考える暇もなかった。


恭介「へっ?」


激しい衝撃と共に、車椅子はもうスピードで動き出した。
どういう事なのかは恭介には分からないが、クロには分かっていた。
彼が全力で蹴り飛ばしたからである。


恭介「うわああああああ!!」


徐々に近付くさやかの姿、その絶叫に彼女も恭介に気付く。
「あっ!」とも、勿論「どうして」とも言う間もなく少年と少女は追突した。



589: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/12(金) 22:53:18.33 ID:VPvfAYcDO
ガチャンッという激しい音が鳴る。
そして、反動で恭介は前のめりに倒れ、さやかに覆いかぶさるようにぶつかった。


それが、互いに強制的に身体を地面に伏せさせるような形になり、目前に迫っていた化け物達は彼らの頭上を飛び越していった。
そして、それらはそのまま『彼』の的になる。


クロ「ヒャッハー!!」


耳をつんざく歓声と、銃声。
小さな爆発音が重なり、最終的には空中から激しい爆風も感じた。


クロ「終わったぜ、お二人さん」


その彼女にとっては今一番聞きたくない声のする方をキッと睨むと、そこには左手にガトリングをつけたクロが倒れた車椅子の上でポーズを決めていた。


さやか「あんたねぇっ、もう、本当に信じられない!どういうつもりなのよ!恭介まで連れてきて」


クロ「ピーチクパーチク、るっせーな。後、その恭介だがお前の貧相な胸で溺死しかけてんぞ」


「何を!」と食ってかかろうとした彼女だったが、気付けば確かに恭介はその顔をさやかの胸に埋めていた。
身体の自由が効かない彼は先刻からずっとそのままだったようである。


さやか「ひゃああああ!?」


慌てて恭介の肩を掴んで離す。
現れたその彼の顔は全体的に真っ赤であり、鏡を持っていないが分からないが自分だって同じくらい赤い事は分かった。

590: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/13(土) 02:18:27.32 ID:ZUeHd6nDO
クロ「お二人さん、ラブコメってんのは良いけどよー」


倒れた車椅子に腰を下ろしたクロはケタケタ笑いながら二人に野次を飛ばした。
本人は実に愉快そうに小馬鹿にした態度に出ているが、さやかにしたらたまったものではなく、キッと鋭い眼光をクロに向ける。


さやか「うるさい!あんたには言いたい事があるんだ」


クロ「後にしろよ。先客だ」


相も変わらずニタついた顔のままだったがその視線はさやかを見てはいない。
クロから見て前方、自分たちの後方に顔を向けた。


さやか「アイツは……魔女っ」


恭介「魔、女?あれが?」


さやかは奥歯を噛みしめ、恭介はまた新たに聞いた単語に目を丸くするばかりである。
彼の中にある『魔女』というイメージにそれは合致する事はなかったからだ。


そこにいた『それ』は、あくまで少女の形をしていた。
少女という線の中に、狂ったように色彩を放り込んだというべきだろうか。


その少女に近い何かはうずくまって、地面に何かの絵を描いていた。
一心不乱に、いや、もはやそれは心乱れるほどと言ってしまえるくらいに。

592: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/13(土) 15:11:55.92 ID:ZUeHd6nDO
クロ「どっか隠れてろ」


さやか「ちょっ、あんた何を勝手に、ってうおっ!?」


邪険に扱われることにはっきりと抗議をぶつけようとしたさやかに、それを遮るように二つの小さな影が山なりに飛んでくる、子猫達である。
慌てて、さやかは彼らを両腕で出来るだけ衝撃を吸収できるように捕まえた。


さやか「あぁっ、もう!」


確かにあの黒猫は嫌いだが、この子猫とましてや恭介を自分の意地に巻き込む事はさやかも良しにはできない。
彼女は持ち前の決断の早さで猫達を左腕に抱き、右肩でグイッと恭介の動かない左側の身体を支えるように肩を抱いた。


恭介「あ、ありがとう、さやか」


さやか「ううん、ごめんね。こんなことになっちゃって」


お互いに申し訳なさそうな顔をしている。
恭介にとってはさやかに伝えたい事があるのに、今はそれどこれではなくなってしまった。
ただ、黙って恭介は左半身をさやかに支えられながらその場から一歩、また一歩と離れるしかない。


またもや、自分の力の無さを痛感するばかりだ。
クロを背中に置いて、さやかに連れられて歩きながら奥歯を噛みこむ、痛いほど。

596: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/13(土) 21:54:54.36 ID:ZUeHd6nDO
クロ「さぁて、待たせたな」


ゆっくりと腰を上げて、車椅子の上から悠然と魔女を見下ろす。
未だ顔も上げずに熱心に落書きを繰り返す魔女、しかし残念だが今はこっちに付き合ってもらおう。


クロ「遊ぼうぜー?」


迷いなく構えられたガトリングが火を吹いた。





─────住宅街


キュウべえ「やれやれ、やっぱり間に合わなかったか。毎度毎度、君の妨害には手を焼かされるよ……暁美ほむら」


その白い影は、どこから現れたのか、いつからそこにいたのかは分からない。
しかし、それを考えるのは『これ』にとっては全てが無意味だった。
ほむらは、考える事は諦めている。
いつだったか、これを説得しようとした事もあったが、今なら文字通りの嘲笑い話だ。


まどか「キュウべえっ、今までどこ行ってたの!?大変なの、さやかちゃんが魔女の結界にッ!」


まどかの必死な叫びは、沈痛極まりない響きを持っていた。
悪ふざけをしていても友達が一人危険な目にあっているのだ、クロという保険があったとしても心配にもなるだろう。


ほむら(大丈夫、理解できる。落ち着け、誤るな。目の前の事に集中しろ)

599: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/13(土) 22:44:17.84 ID:ZUeHd6nDO
QB「まどか、ボクだってさやかを助けたいのは山々なんだけどね、暁美ほむらは許してくれないんだ。さっきから邪魔ばかりしてくるんだ」


彼の言葉が信じられないのか、自分が信じられないのか鹿目まどかがショックを受けたような顔でこちらを見た。


心が騒めくが関係ない。
一応は、彼の邪魔はさせないために結界内にコイツを入れる事は防ぐ事はできたのだ。


ほむら「助けたい?驚いたわ。あなたも冗談が言えるようになったのかしら、インキュベーター」


まどか「インキュ、ベーター?」


自分の知り得ないキュウべえの名称を聞いたまどかは理解が追い付かないようだったが、当のキュウべえは「へえ」と納得したような声を出した。


QB「うん、キミはどういう訳か『知っている』という事か。理解し難いけど」


真の名前を呼んでみても動じていないようだ。
動揺もなく焦りもない。
まどかには混乱があったが、これはいつもそうだ。
ただひたすらに人の心を掻き乱し、最悪の結果を招く。
あの黒猫とは真逆の存在だ。


ほむら「今回はあなたも仕事はないだろうし、見逃してあげるわ。だからとっとと私の視界から消えなさい」



601: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 01:17:58.86 ID:hmV8JwfDO
QB「そうだね、残念ながらボクはこの中には手を出せない───でも、『ボク』ならどうかな」


妙な言い回しにまどかは完全についていけないが、ほむらは歯噛みする。
自らの思慮の浅さをめたくそに殴り付けてやりたい気分だった。


ほむら「まさか、あなたッ……」


QB「準備はいくらでもしておくべきだよ。この世界の初等教育で学ばなかったのかい?一足先に入り込まさせてもらったよ」


捨て台詞ではない、完全なる勝ち名乗りを残すような形でキュウべえはコンクリート堀の向こうに一足で飛び越してて消えた。


ほむら「待ちなさいッ!」


その姿に黙っていられなくなったほむらは追い掛けようとしたが袖を掴まれ、その身体は後ろに引っ張られた。
思わず睨むようにその手の主を見れば、鹿目まどかもまたこちらを睨んでいた。


ほむら「離しなさい。今はあなたに構ってる暇はない」


まどか「嫌だ」


強気な態度と真っ直ぐな瞳に気押される。
いつの間に、こんな顔ができるようになったのだろうか。


ほむら「……当然ね。私の事なんて信用できるはずがないわ」


当て付けのようになった
その言葉は、もしかしなくてもまどかを傷付けるかもしれなかった。
しかし、しっかりとまどかはそんなほむらを見据えていた。


まどか「そういう事じゃないよ。でも、どういう事なのかは知りたい」



602: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 13:06:00.67 ID:hmV8JwfDO
まどか「ほむらちゃんの目的は何?どうしたいの?私はそれが知りたい」


まどかは、ただ知ろうとしていた。
いくら彼女に近付くために無理矢理にからかったところで本当の理解には足りないのだ。
だから、ここでこの手を離してはいけない。
自分には知らなければいけないことがあるのだから。


その言葉を聞いた暁美ほむらは驚き、目を丸くしてまどかを見つめた。
しかし、そっと目を伏せて首を振る。


ほむら「……ごめんなさい。今はまだその時ではないの」


まどか「そんな……」


その言葉にまどかは握りしめたその手の力が抜けていく。
ほむらは優しくまどかの手を握り、そっと引き離す。
しかし、その握った手を離すことはなかった。


ほむら「私の事はいつか必ず説明するわ。今は、クロを信じてあげて」


まどか「クロちゃんを?」


それは言われなくても自分はそうするが、どうしてほむらはそんな事を言うのだろうか。
そもそも、彼女はいつだってクロに対して親しみを持っているような気がする。
自分や他人を拒絶する彼女は、クロに関しては全てを受け入れている。


ほむら「あの子はああだから、なんにでも首を突っ込んで最後まで関わろうとするわ。だから、あんまり無茶しないようにたまには叱ってあげて。お願い」

603: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 19:57:33.86 ID:hmV8JwfDO
まどか「ほむらちゃん…?」


ほむら「ここで待っていてあげて……クロのことを」


まるで昔の文集の感想を述べるような温かい感傷と痛々しいまでの懐古に満ちたその言葉を残して、今度こそほむらは駆けていった。


まどか「……」


その背中を、まどかはただ見つめることしかできなかった。
そして、ここにいても自分にできる事は『クロを信じて待つ』『さやかの無事を祈る』という事だけである事が無性に切ない事のように思えて、胸の辺りにそっと手をやった。


まどか「……お願い」


誰に願ったのだろう。


でもそれが神でない事だけは確かだった。


─────結界内


クロ「死ねぇぇぇぇ!!」


基本的には、死んだような沈黙を保っている魔女の結界という空間であるが、今はとんでもなく野蛮な暴言と、激しい銃声が響き渡っている。


クロの放ったガトリング弾は空気を引き裂きながら直進し目の前にそそりたつ巨大な積み木の山を粉々にした。
破片が降り注ぐも、クロは構わずその崩れる積み木の山を睨み付けている。


クロ「ちっ、外れか」


やがて、ガトリングの狙いと視線を外し周囲に注意を巡らせる。

604: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 20:15:33.54 ID:hmV8JwfDO
クロ「魔女とかくれんぼかよ。こーゆう悪ふざけは宇宙人だけにしとけっつーの」


グルリと周囲を見回しながら、それでもしっかりとクロは悪態を吐く。
戦闘を開始しようと魔女に近付いた瞬間に、魔女は自分の気配に気付いたのか落書きを止め、大量の積み木がアートのように積み重なった場所に消えた。

逃げたのかと思い後を追い掛けたが、どうにも違うらしい。


『───────!!』


声が聞こえる、周囲に広がる積み木の山の何処かからか響き渡る笑い声。
子供がイタズラを仕掛けた時、それに引っ掛かる大人を見て喜ぶような邪気の無い声、それ故にこの状況の悪意は比例していく。


クロ「そこかッ!」


真横から感じたザワザワとした気配に銃口を向け、またもや一つの山を撃ち崩しすも、そこに居たのは魔女ではない。
大量の使い魔であった。


『──────!』


まるで『残念、ハズレでした!』とでも言うような、さっきよりも一際大きな笑い声が聞こえる。


ひどく、カンに触った。


クロ「こ、なクソォォォッ!!」


飛び掛かってくる使い魔に向けても大量のガトリング弾を発射する。
向かってくる使い魔達は、皆一様に笑いながら、子供のような歓声を上げながら一匹残らず撃ち落とされた。

605: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 21:07:23.19 ID:hmV8JwfDO
クロ「ゼェ、ゼェ、ゼェ。ちっくしょう、舐めやがって」


バタバタと撃ち落とされて墜ちていく使い魔を見ながら乱れた息を整わせる。
疲れてなければ歯を食い縛っているところだが、息をするために今は開けっ放しにしなければならない。


このまま、考えなしに弾丸を撃ち続けたところで単なる弾の無駄であり、もはや本当に残りの弾数は少なくなっている。
今ここで馬鹿みたいに撃ちまくるのは得策ではない。

必要なのは、頭を使って撃ちまくることなのだ。


自分を取り囲む積み木の山、どこからともなく聞こえる笑い声。


見えないなら、見えるようにすればいい。
邪魔な物があるなら、ただ退ければいい。


クロは、ガトリングを左手をプラプラと振りながら地面に投げた。
別に捨てる訳じゃない、今これからする事には必要ないだけだった。


クロ「遊びは、終わりだあぁぁッ!!」


高めに高めた気合いを爆発させるが如くクロは激烈たる叫びと共に身体中に備えられた砲門を開き、ありったけのミサイルを発射した。





先の銃撃とは比べものにならない程の火炎と爆風が巻き起こった。

606: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 22:19:26.32 ID:hmV8JwfDO
さやか「きゃああああっ!?」


恭介「うわああああっ!!」


かぐら『荒れてるねー』


ほむら『アイツには加減ってものはないのかよ』


人間二人の悲鳴と、彼らには理解はできないであろう呟きが大きな岩ほどの大きさをした積み木の後ろから聞こえた。
さやか、恭介、かぐら、ほむらの二人と二匹である。


当初は、少し離れた大量の積み木が置かれている場所から聞こえる銃声や、クロの物とおぼしき声と魔女の笑い声に時折その身体をびくつかせている程度だったが、とうとう起きた爆風と熱風は不安と恐怖を煽るものだった。


さやか「馬鹿じゃないのアイツ!め、滅茶苦茶じゃない!!」


腰が抜けたのか地面にお尻をついたままさやかは動けなくなってしまった。
あんな激しい爆発はハリウッド映画でしか見たことはなく、現実に体感する事になろうとは思ってもみなかったことである。


さやか「恭介ッ!大丈夫!?」


物陰に隠れているとはいえ爆風の煽りは少なからず受けた。
身体のバランスが取れなくなった恭介は地面に突っ伏してしまっている。


恭介「う、うん、平気。ハハッ、凄いなぁクロさんは」



611: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/15(月) 17:21:01.07 ID:HJYENQZDO
地面にひっくり返りながらも困ったように、それでも確かにこんな状況でありかながら恭介は笑っていた。
そんな姿にさやかは戸惑いながら彼を助け起こす。


何故だろう、あの姿を見ても尚、恭介のクロに対する嫌悪は感じられない。


いや、まどかに言ってしまった事を今一度認めなければならないのだろう。


クロに敵がい心は《自分が魔法少女になる、という決断を取りやすくするために無理矢理に敵対心を持っている部分もある事》を、《『願い』の代償に対する恐怖を誤魔化すための行為だという事》を。


そして、そこまでしても気持ちに踏ん切りがつかない事にさやかは恐怖すら抱いている。


恭介を救うという行為をすんなりと行えない自分は、やはりまどかに『ただのワガママではない』と言ったところで単なる見返りを求めているだけではないのか、そんな気持ちのまま魔女と戦う事ができるのか。 そんな考えばかりがさやかの頭の中に巡っていた。


恭介「───さやか、君に言わなきゃいけないことがあるんだ」


と、ふいに身体を支えている恭介がこちらに顔を向けてきた。
至近距離で、しかもかなり真剣な顔でこちらを見つめていた。
緊張で胸が高鳴った。


さやか「な、なに?」


恭介「実は───」


恭介がその言葉を告げようとした時、激しい激突音が彼の言葉を阻んだ。



612: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/15(月) 19:23:12.17 ID:HJYENQZDO
その瞬間、確かに障害物は取り払われたはずだった。


クロ「どこだぁッ!?」


その瞬間、確かに舞い上がる土煙の中に動く影を見たはずだった。


クロ「見ーっけ!」


────そして、それは間違いなく目当てにしていた魔女で、腹の武器庫から剣を抜きさりながら飛び掛かって、そうそうにトドメをさせるはずだった。


────足に、何かが絡み付く感覚を感じるまでは。


クロ「んなッ!?」


後、もう数メートル近付けば剣が届く距離に来たのに足が引っ張られた。
右足は踏み込んだままで異変はない、後ろ側に残した左足を見る。


黒い枝のような形をした何かがまとわりついている。


そして、それは凄まじい力で突如としてクロを後ろに投げ飛ばした。


クロ「うわああああっ」


壁に激突するまで、回避や受け身をとる暇など、ましてやそれを考える事すらできない。
無抵抗のまま、己が壁にめり込むほどの衝撃をその背中に受ける事になった。


クロ「がっ、はぁッ!」


あまりの衝撃に肺に溜め込んだ酸素を全て吐き出す。
身体中の筋肉が緩み左手から剣がこぼれ落ちる。
そして、自身も重力に従い壁からズルリと滑り落ちた。

613: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/15(月) 20:04:33.26 ID:HJYENQZDO
後もう少しだった。
何が自分の邪魔をした?
あの魔女の能力か何かか?
自分は何を読み違えた。

片手をついて身体をお越し、前を睨む。
そして、その光景はクロにとっては驚きだった。


クロ「おいおい、マジかよ」


そこにいたのは隠れんぼで見つかった事でする事がなくなったのか命を落とす寸前だったとも知らず、先程の魔女が落書きをしている。


そして、もう一つ


まるで神に祈りを捧げるような姿をしているその身体は炎に焼かれた人柱の如く真っ黒に染められている。
そして、身体中からは木の枝のよく似た形をした触手が何本も枝分かれしながら生えている。


クロ「……魔女が二匹も出るなんて聞いてねーぞ」


自分は魔女の事などよく分からない。
しかし、これは恐らく十分に異例の現象ではないだろうか。


一つの結界は、一匹の魔女が形作る。
一匹の魔女は、己の世界を一つの結界に投影する。


これは、一体なんだ。


クロ「しかしまぁ、やるっきゃねーよな」


地面に落ちたままの剣を拾いあげる。
戦いはもう始まっているのだ。
今更、敵の数が増えようがどうなろうがそれは、敗北の理由にはならない。



614: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/15(月) 22:45:48.34 ID:HJYENQZDO
まだ身体からは痺れは取れていないが、構わず駆ける。
一歩でも早く、二歩目より早く、三歩目の足を踏み込む。


『──────!!』


影のような魔女が、こちらに向かって枝を伸ばしてきた。
一線で両断するも、それだけで終わらずに次から次ぎへと呑み込まんばかりに襲い掛かる触手にクロは徐々に押され始める。


クロ「うおッ!?」


そして、首に巻き付いた触手に身体ごと持ち上げられる。
首から下の全ての部位に走る衝撃の反動で、思わず武器が手から離れた。


クロ「やば、しくじっ──」


そのまま空中に放り投げられた。
身体を包む浮遊感の中、次の一手のためになんとか腹に手を突っ込むも。


『─────!!』


まるで子供がはしゃぐような声が聞こえたと思ったら浮いた身体を掴まれた。
飛行機のプロペラが回る音がして、これはあの落書きのような使い魔だと知る。


クロ「うおッ?おおおお!?」


アクロバット飛行のまさにそれだった。
空中を一回転しながら使い魔はそのまま地面に直行していく。


クロ「マズい!マズい!!マズいって!!!」


空中では喚いても、もがいてもどうしようもなく。
抵抗もできないまま地面に叩きつけられた。

616: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/17(水) 14:21:37.14 ID:FC2nmbwDO
『─────』


下半身がおもちゃの飛行機の使い魔が、自分の勝利を無邪気に喜び地面に倒れたまま動かないクロの頭上でクルクルと飛び回っていた。


まるで、幼児が大人を相手にしたプロレスでの勝利を誇っているようなケラケラと喧しい笑い声が──────


『────!?』


────────突然、黒い小さな手が伸びてきて、使い魔の首を握りしめた事により止まった。


クロ「ケタケタやかましいんだよ……人の頭の上で」


クロがゆっくりと立ち上がる。
多少、身体に負荷がかかったものの戦えない程のダメージではなかった。
しかし、それでも随分とサンドバックになってしまったものだ。
沸き上がる腹立たしさから腕に中にいる使い魔を渾身の力で握り、締め殺した。


騒いでいたソレは、大人しくなりクロの手の中で霧散する。
しかし、まだだ、まだ足りない。
コケにされた事も痛め付けられた事も、この落とし前を付けなければ一生の悔いになる。


クロ「つっても大分面倒だけどな」


自分の欠けた右腕を見やる。
なるほど、雑魚相手ではない戦いになると厄介な事この上ない。

618: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/17(水) 21:24:48.61 ID:FC2nmbwDO
クロ「……よし、楽勝だ。二本あるうちの一本だろ?ハンデにもなりゃしねー」


さっきから身体が痺れている。
受けた一撃一撃が重かったせいだろうか人工筋肉や関節あたりが軋む。


しかし弱音は口に合わないし、手を抜くのは柄じゃない。
やるしかないのだ自分は。それに、今はただの戦いじゃない。
恭介、さやか、かぐら、ほむら───彼らをここから生きて帰す、そこまでやらなければならない。


クロ「ホント、飽きねーなここは」


虚勢を張れ、余裕を取り繕え、弱音には唾を吐け、言い訳は踏み躙れ、生きる事を諦めた奴は死ぬ、生きる、生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる。


クロ「オイラは、負けねー!!」


荒い息を吐き、強い意気を撒き散らしてクロはその一歩を踏み込んだ。
前へ、ただそのスピードだけが、己の力を表す。
走りながら胸の中に腕を突っ込んで新たな武器を抜き出す。


クロ「食らえよ、取って置き───ッ!?」


が、どこからともなく伸びてきた触手がまたしてもクロの腕を鋭く弾いた。
せっかくの取って置きは出番の時もなく、何処に飛んでいく。


かなり、ヤバかった。

619: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/17(水) 22:03:34.18 ID:FC2nmbwDO
ほむら『おい、アイツかなりマズいんじゃないのか!?』


かぐら『……』


二匹は、積み木の物陰から多少びくつきながらもクロの戦況を見守っていた。
最初の化け物を相手にしていた時、まだ彼は勝機を逸してはいなかったが、今の二対一の状況では大変な苦戦を強いられていた。


黒い触手による、息もつかせない程の攻撃をなんとか掻い潜るのがやっとのようだ。


かぐら『───ッ!!』


それを見ていたかぐらは、突然駆け出した。
それも壁の前の方へと。
慌てて、その後を大急ぎでほむらは追う。


そして、その背中に飛び掛かってかぐらを地面に押さえ込んだ。


かぐら『離して!離してよほむら!!』


ほむら『ふざけるな!お前があそこに行ったところでどうなるんだよ!?』


押さえ込まれながらも必死で身体をよじり、さらには地面に爪を食い込ませて彼女は前に進もう進もうとする。
しかし、ほむらもほむらでそれをなんとか防ごうと渾身の力を腕と足に込めた。


かぐら『お兄ちゃんに武器を持っていってあげなきゃ……、急がないと』


ほむら『バカッ、危険だ!あんなところに行ったらただじゃ済まないぞ!?』

620: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/17(水) 22:21:39.40 ID:FC2nmbwDO
かぐら『お兄ちゃんはボクを助けてくれんだ!だから今度は』


ほむら『足手まといになるだけだ!お前なんかに何ができるんだよ!?』


叫び合う二匹の想いは平行線のままだった。
かぐらをクロを想い、ほむらはかぐらを想う。
そこにあるモノの重みや意味合いはどれも同じではあったが、そうであるが故ににベクトルが違えばそれは反発しあうだけだった。


かぐら『……バカ』


ほむら『え?』


かぐら『ほむらのバカバカバカァ!弱虫!!もう知らない!!』


その言葉の全てが幼いほむらの心を抉る。
ほむらにしたら、自分の大切な妹分を守りたいというそんな想い一心で、他にはなんの他意もなかった。
この瞬間は、かぐらから絶大な信頼を得ているクロに対する少年としての嫉妬心も彼女に言われたような臆病もない。


それなのに、かぐらからぶつけられた罵詈雑言は彼を茫然自失とさせてしまった。


さやか「あっ!こら猫ちゃん!?」


時間に換算すればほんの一瞬、しかし確かにほむらの身体から力は抜けた。
その隙を見逃さず、かぐらはほむらを蹴り飛ばし駆け出していった。

622: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/17(水) 23:08:57.93 ID:FC2nmbwDO
かぐらが脱兎の如く駆け出し、少し遅れた後にほむらも走った。
彼女の進行方向に見えたそれは普段クロが使用しているガトリングである。


なんと幼く、向こう見ずな決断であろうか。
あんなにもクロと化け物の戦いが起きている場所のすぐ近くまで接近して命の補償はまずないのに。


しかし、かぐらは駆ける。


だから、ほむらもまた追う。


ほむら『かぐらー!止まれー!!』


かぐらは、実を言うと何も考えてはいなかった。
ただクロの役に立ちたくて、行動を起こすことが正しいのだと思い込んでいて───そこから先のことなんて考えてもいない。


だんだんと目当てのガトリングに近づいてきた。


後もう少し、後もう少しでそれに手が届く。
あれさえあれば、クロを助けることができる。
その一心だけで、彼女を進んだ。


そして


かぐら『やった!』


そこまで、たどり着いた彼女は


まさか背後に、黒い触手が自らを狙って踊りかかろうとしていたことなんて知りもしなかっただろう。


ほむら『かぐら───!!』


そんな自分を守ろうと、ほむらがその身で守らんと覆いかぶさるようにして自分の前に立ちふさがろうとは夢にも思わなかったろう


────そして、それは最悪の結果を呼んだ。

623: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/17(水) 23:15:20.17 ID:FC2nmbwDO
それを見た彼は、ただ走った。






彼には分かったのだ、行かせてはいけないことが。






だから、彼は全力で走った。







守りたくて、守りたくて、自分の目の前であんな光景を見ることはもうごめんだったから。








影が過った。 頭の中。 消えていった影が。









ダメだ、それだけはダメだ。ダメだ。ダメだ。
やめてくれ。やめてくれ。お願いだ。動け、もっと早く。頼む。








足が動く、前に、前に、その影のためなのか、今見える光景のためなのか分からない。









クロ「マタタビィィーーー!!!!!」








624: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/17(水) 23:38:25.39 ID:FC2nmbwDO
かぐら『あ、あああ……あぁ』


ほむら『かぐ、ら。かぐら!大丈夫か!?』


無我夢中でかぐらに覆いかぶさった。
少し後ろを走っていた自分には彼女に迫る触手が見えていたからだ。
とにかく全力で走って、後はもう必死で彼女を守っただけだった。
少し見れば彼女が無傷であることは分かるが、しかしかぐらは目を見開いてガタガタと震えている。


何故、だろう。


かぐら『お、お兄、ちゃ』


背筋に悪寒が走った。
まさかと思い、後ろを振り向いた。
そこには、最もあってはならない光景が広がっていた。


クロ「ば、ばっきゃろ……。な、なに、うろつい、てんだ、よ。チビ、共……」


息も絶え絶えのクロが、自分達の前に立ちふさがっている。
その胸には、鋭く尖ったような黒い触手が深く突き刺さっていた。


ほむら『あ、あんた……』


かぐら『い、いや、いや、嫌』


クロ「行け、ほむら。かぐらを連れて、逃げ」


必死でほむらに言葉を伝えようとするも上手く形にならない。


クロ「ぐあああああ!」


それどころか、化け物はクロを貫いたその触手を、クロごと天高く掲げるように上へと運んだ。
まるで神に捧げる供物のように、そして皮肉にもその化け物の姿は天に祈る少女の姿をしていた。


クロ「ハッ、ハッ、ハッ……ハッ」


自分の身体を貫通した触手をどうにかしようとしていたのか、クロの左手はそれを力強く握り締めていた。


かぐら『いや、いやだ。いやだよぅ』


だが、やがてその腕は、力なくダラリと垂れ下がった。
それが何を指すのか、もう分からない者はいなかった。


かぐら『嫌だああああああああ!!』

635: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/19(金) 21:55:53.55 ID:1LOGC8VDO
さやか「なに、今の…、どうなったの?」


分からない。
その全ての前にさやかは立ち尽くす事しかできなかった。
故に、理解が追い付かない。
頭がその情報による答えを出すことができないのだ。


さやか「まさか、あいつ死───」


舌が痺れる、頭の麻痺がそのまま移ってしまったようだった。
その言葉を、決定的な結論を付ける言葉を


「死んでいる、と言えるだろうね。いや、正確には止まっているの方が良いかな」


変わりに口にする者がいた。


さやか「キュウべえ!?」


白い毛色に細い体躯をした彼は、まるで影のようにさやかの後ろに立っていた。
その姿には『いつから』や『どうして』という疑問全てを有耶無耶にしてしまう程の存在の希薄さと、それに矛盾する存在感がある。


さやかは、簡単に彼がいることを受け入れてしまった。


さやか「死んだ?アイツが……」


さやかは、目を見開いて力なく呟いた。
死んだ、死んだ?
どういう事だ、だって生きてたじゃないか。
さっきまで、生きて、戦っていたのに。


身体から力が抜ける。


さやか(え?どうして、私)


膝が砕けた。

636: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/19(金) 22:17:37.22 ID:1LOGC8VDO
かぐら『お兄ちゃん!お兄ちゃん!!うわああああ!!』


ほむら『落ち着け!行くぞ、かぐら!!』


かぐらは半狂乱になっていた。
無理もない、とほむらは思う。
目の前で、『死』といものを見たのはきっとかぐらは初めてだったのだから。
それも、クロはほむらから見て、彼女の親以外でかぐらが最も慕っていた猫であることは間違いない。


その混乱は図り知れず、今自分が少しでも身体の力を抜けば彼女はすぐに自分を突飛ばし、彼の下へ走りだすだろう。
そうなれば、まず命はない。


ほむら『落ち着け!行こう、逃げなきゃ!!』


自分だって平静を装っているが内心では泣き叫びたい気分だ。
嫌い、という程ではないが彼を見れば悔しかった。
かといって好きでもない。でも、『いつか』と思うくらいには憧れていた。


そんな存在が突然死んでしまった。
それも、自分達を庇って。


しかし、自分は泣くわけにはいかない。
立ち止まるわけにはいかない。


逃げろ、と言われた。
かぐらを連れていけと、つまり自分は託されたのだ。

637: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/19(金) 23:31:44.40 ID:1LOGC8VDO
ほむら『かぐら!!行くぞ、走れ!!』


託された、自分は。
彼に言われるまでもなく自分は彼女を守らなければならない。
しかし、クロはその身を呈して本来自分が為すべきはずだった事を果たした。


やはり悔しくて、でもそれ以上にほむらは今自分がやらなければならない事を真剣に考えていた。
今度こそ自分が……、彼に託された自分だからこそやらなければならないと。


かぐら『ほむら、どうしよう!?お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!!』


ほむら『今はそんな場合じゃない!!』


ほむらは上を見上げた。
魔女達は物珍しそうに掲げているクロを見ており、こちらを見ている。
逃げるならば今しかないのだ。
ほむらは、かぐらの目をギッと睨むように覗き込む。


ほむら『いいか、かぐら。今ここで俺たちが生きてここから出られなきゃ、アイツがなんのために命をかけたの分からなくなるぞ!?』


身体を震わせているかぐらだったが、次から次へと涙が溢れている瞳に多少の落ち着きが出てくる。


それがチャンスだった。
ほむらはかぐらの首の後ろ側を噛んで、身体中の力を総動員して彼女を引きずるようにしながら走った。

639: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/20(土) 10:18:40.74 ID:pDYXvipDO
かぐら『ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』


走っている間、ずっと耳元で聞こえる力ない呟きはいちいちほむらの胸を抉った。
それでも立ち止まるつもりはなかった。


ほむら(守るんだ。俺がかぐらを守る!)


それができなくて、何が兄貴分なのか。
ほむらは人間達がいるであろう場所に向かって走った。


恭介「さやか!どうしたの!?ねぇ、さやか!」


さやか「死んだ、アイツが?でも、それじゃあ、私は」


さっきから、さやかの様子がおかしい。
虚空を見つめて、二言三言誰かと話していたかと思えば、ついには崩れ落ちてしまった。


自分はと言えば、その拍子に手がすり抜けてしまい地べたに倒れ込んでいる。
痛みは勿論あるが、今は自分の事よりさやかの方が気がかりであった。


恭介「さやか、しっかりして!さやか!!」


さやか「……」


ダメだ、まったく耳に入っていない。
右手右足で身体をなんとかずらして、魔女を仰ぎ見る。
こんな時、最も頼りになる存在はそこでピクリとも動かない。


恭介「……クロさん」


うつむく、彼なしではあのような化け物を追い払うことなどできないだろう。
彼のような強さを持った者はここにはいない。
ヒーローなんて、どこにもいない。
奇跡も、魔法もありはしない事なんて、自分が一番知っているのに。


恭介「?」


と、うちひしがれている彼の視線の端っこにそれが写った。
クロが使おうとしていた銃器、それが少し遠いが確かにそこにある。


恭介「……よし」


恭介は行動を開始した。

640: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/20(土) 10:48:12.27 ID:pDYXvipDO
QB「彼はもう動けない。もしここから出れたとしたら確かに彼をどうにかする手段はあるかもしれない」


さやかの周りをグルグルと周りながら、その『声』は前から後ろから、右から左からと彼女を縛りあげるように語り掛けてくる。


QB「しかしそれは、ここから出られたらの話だよ。このままではここにいる全員が死ぬことになるだろうね」


さやか「……死ぬ?」


ダメだ、それはダメだ。
死ぬのはダメ。
でも、このままでは。


このままでは─────だったら


QB「それを避けることができるのは、君の選択次第だよ」


選択、それが指すものなど考えなくても分かった。


さやか「……契約して、魔法少女になる」


なんだ、簡単じゃないか。
そうすれば良いのだ。
確かに、クロを失ってしまった事で反面教師的に考えていたヒーロー像が無くなりパニックに陥ったが、そんなの関係ない。


自分が魔法少女になり、戦えばいい。
まどかの言葉もどうでもいい、願いを叶えてしまおう。
願い、自分の願いは。


さやか「恭介───!?」


その姿を確認しようとしたさやかは、驚愕した。
彼は、そこにいなかったのだ。
背中に氷を突っ込まれたような感覚が走る。
まさかと思い、首を巡らせると彼はここから少し離れた場所の地面を這いずっている。
一も二もなく、さやかは飛び出していった。

643: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/23(火) 14:13:52.42 ID:e2M1jR3DO
右足と、右手だけで前に進む事はなんと難しいのだろう。
そしてきっと、今の自分の姿は滑稽で情けないものになっているだろう。


右足を地面に引っ掛けてみても足が滑ってしまう。
右手の場合もそうで、しかも長年の運動不足のせいか息が激しく乱れる─────それでも身体は止まらない。
前に進むことを止めようとしない。


何で───決めたから


何を───進むことを


どうして────それは、それは何故だろう。


いや、分かっているはずだ。
分かっていなければならないんだ。


「恭介ッ!?」


自分を呼び止める声が聞こえたが、それでも恭介は這う事はやめなかった。
聞こえてはいても、彼にはそれにどう反応すればいいかを判断できる余裕がないのだ。
すると、突然かき抱くような強さで肩を掴まれ、我に返ったように恭介は止まった。


さやか「恭介、止まって!恭介!!」


顔を上げて確認すればそこにいるのは今にも泣き出しそうな顔で怒鳴るさやかの姿がある。
恭介は、まるで信じられないようなものを見たような顔でさやかの顔を見た。


恭介「さやか……、何やってるんだよ。ここにいたら危ないよ!!」



644: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/23(火) 21:27:18.82 ID:e2M1jR3DO
さやか「それはこっちのセリフよ!あんなとこに行ってどうするつもりなの!?」


恭介の言葉にさやかはただただ驚き、彼女の彼に対する態度にしては珍しく語気を荒げている。
彼の言葉も今のこの行動もさやかには理解ができないでいた。


自分は決めた。 願いを決めた。
だから、彼はもう傷付かなくてもいい。
明日になれば、きっと今までよりも幸せになれる。
あの化け物だって倒してみせる。


恭介「僕は、僕はクロさんを助ける」


しかし、その思いも言葉も振り切るように恭介はまた身体を動かし始めた。
業を煮やしたさやかはとうとう恭介の服を思い切り握りしめてその動きを止める。


さやか「なんで見れば分かるでしょ!?アイツは……アイツはもう死んでいるんだ!動けないんだ!」


あれが分からないのかとさやかは魔女により吊り上ゲられたままのクロを指差して叫んだ。
自らの言葉の残酷さも、それを恭介に突き付ける汚さも十分理解しての行為だった。


恭介「そんなのまだ分からないじゃないか!このままじゃ皆死ぬ。でもクロさんならなんとかしてくれる!」


さやか「ッ!……いい恭介、もしそうだとしても恭介がやる必要はないんだよ?」

645: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/23(火) 23:51:25.41 ID:e2M1jR3DO
信じて欲しかった。
恭介を救えるのは自分なのだと。
信じて欲しかった。
ヒーローはもう存在するのだと。


さやか「腕も足もきっと良くなるよ」


気味が悪い程の優しい声が恭介の耳を打つ。
その時初めて恭介はじっくりとさやかの顔を見る事ができた。


恭介「さやか?」


その顔に、その瞳に恭介は言葉に詰まった。
彼女の顔には媚びるような笑顔が張りついていて、目には輝きが失せ濁っている。
恭介は、そんなさやかを今まで見たことがなかった。


さやか「ね、私がなんとかするから。アイツなんかいなくてもヒーローなら私がなれるよ。恭介は私が守ってあげる」


恭介「さやか、何言って」


ゾッとするような空々しいような響きを持つ言葉を繰り返すさやか。
まるで黙ってしまえば恭介がどこに行ってしまうのではないかと思っているようにも見えた。


さやか「奇跡も魔法もあるんだよ?だから───」


恭介「───さやか」


恭介はさやかの言葉を遮る。


もう十分だった。


彼女の言葉の意味まではよく分からなくても良かった。
自分の弱さが、彼女に対する甘えが彼女をこんな風にしたのだ。

646: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/24(水) 21:19:28.13 ID:3DYO31+DO
恭介「僕には、魔法も奇跡も必要ない」


さやか「……え?」


そんな言葉を受けるとは全く予想していなかったのだろうか、さやかはポカンと口を開けている。
構わず恭介は言葉を続けた。
伝えなければならない事を。


恭介「もしも……もしもの話だけど、さやかが魔法や奇跡で僕の身体を元に戻してくれたとしてもそれは意味がない事なんだよ」


それは宣戦布告であった。
これから先の未来への、ここから先の苦難への


恭介「僕自身が決めて僕自身の為に動いていく事が大切なんだ。その為にはそれこそ這ってでも前に進んでいく……だから」


それは宣言であった。
自分の傍にいてくれた。
自分に夢を諦めないようにと言い続けてくれていた優しい少女への。


恭介「だから、そこで見ていてほしいんだ。さやか」


恭介の真っ直ぐな瞳に射ぬかれたさやかは今度こそ力が抜けてしまったのか、スルスルと恭介から手を離した。
恭介はまた身体を必死で動かして前に進んでいく。


足掻くような藻掻くような、ゆっくりとしか進めていないその様は、しかしさやかにとってはまるで遥か彼方に走り去って行ってしまうようなそんな奇妙な気持ちにさせられるものだった。

647: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/24(水) 22:38:25.86 ID:3DYO31+DO
さやか「恭介……じゃあ私は、私はどうすればいいのさ」


自らの未来を彼は自分で掴むと言った。
しかしそれなら自分はどうだと、さやかは茫然自失の中で思った。
彼ばかりが進んでしまえば、自分がこれから歩む道には何一つとして意味はない。


自分の願いは彼の願いであるはずで、彼の願いで自分はこれからの日々を繋いでいけると思っていた。


だが、彼はそんな願いを置いて行ってしまったのだ、いや違う。
置いて行かれたのは、自分の願いだ。


さやか「はは、ハハハ。なんだ、やっぱりそうだったのか、まどかの言う通りだ……」


さやかは、ここに来て自分のがいかに独り善がりの行動に出ようとしていたのかを知った。
たとえ恭介の身体を元に戻したとしても結局彼の生き方にまでは干渉できない。


彼は彼として考えて生きるだろうし、自分はきっとそんな恭介を見ている事しかできないのだ。


さやか「私はバカだ。大バカだ……やっぱり見返りが欲しかっただけじゃないか」


恭介はゆっくりと、だが確かに前に進んでいく姿をさやかに見せている。
あのベッドの上にいたはかなげな少年の姿はそこになく。
ただ遥か、ただ遥かを目指して進む力強さをみなぎらしていた。

648: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/24(水) 23:04:42.34 ID:3DYO31+DO
さやか「私の願い。願いってなんなんだろう」


自分の望みは当の本人に拒絶された。
ならもう自分には願いも戦う理由もなくなったはずだった。
しかし、必死になって前に進もうとしている恭介を見る、クロを弄ぶように吊り上げている魔女を見る。


さやか(戦うという事……)


あの脅威が、あの化け物がいつ恭介に牙をむくのか分からない。


さやか(守るという事……)


自らを盾にしてまで子猫達を守り抜こうとしていたクロ。
自分にはあるのだろうか、その覚悟があるのだろうか。


QB「さやか、願いは決まったかい?」


キュウべえの声が後ろから聞こえた。
いつの間にか近づいていたらしい。


QB「あの少年はああ言っていたけどね。それでもどうするかは君次第だ。彼は心に決めたままの行動を取った。なら君も心が定めた道を進めばいい」


キュウべえの言いたい事は分かる。
でもダメだ。
もう決まってしまったらしい。
それこそ、心が叫ぶのだ。


その望みを────


さやか「決まったよ、キュウべえ。でもね」


QB「?」


さやか「決まったのは、願いじゃない。────覚悟だ」

652: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/25(木) 20:33:53.80 ID:a/AS3QkDO
恭介「はぁ、はぁ、ッはぁ────」


激しい息の乱れにも多少は慣れてきたようだ。
口の中で粘つき呼吸を妨げる唾を軽く飲み込み、気合いを入れ直して恭介は目の前にあるマシンガンのような武器に向かって進み続ける。


自分がやらなければならないこと。
勿論それは、あの武器を使ってあの化け物を倒すなどという自惚れた考えを指してはいない。


とにかく、クロの戒めを解く。
それが今最も最優先されるべき行動、いやそれ以上に自分が一番やりたいことだった。


そうしたいという思いは、それが無駄かどうかでは止められない。
例えクロが本当に死んでしまっていたとしても


恭介「痛!?ッ──」


考えが途切れる。
地面に引っ掛かった爪がそのまま剥がれてしまったようだ。
病院の中であまり爪を機会もなく伸ばしっぱなしにしていたことを鈍痛と共に後悔した。


それでも、腕を伸ばす事を止めるわけにはいかない。
足で地面を蹴る事を止めるわけにはいかない。


しかし、やはり地面に手を付ける度にズキン、ズキンと指先が痛む。
だんだんと足も重くなる。

身体が止まった。
その瞬間に身体でだましだましにしていた疲労が一気に込み上げてくる。

653: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/25(木) 21:22:35.99 ID:a/AS3QkDO
思わず俯く。
今まさに、自分はこの瞬間にも諦めようとしている事が分かったからだ。
痛みと疲れ、情けなくもそれは致命的に自らも歩みを止めている。
それが本当に情けなくて涙が出そうだった。


でも、かつての自分はそこで終わっていたが、今は違う。
違うと証明しなければならない。
もう一度と思い、腕に力を込めようとした時だった。


恭介「ん?」


─────ふと、服の右袖が引っ張られるような感覚がした。
誰かが小さな力で前の方に連れていこうとしているような。


その現象の正体を確認するために恭介は顔を上げた。


恭介「君は……」






そこにいたのは、一匹の小さな虎猫だった。
その虎猫はその小さな口で恭介の袖に噛み付いて後ろ向きのまま必死になって引っ張ろうとしていた。


自分はきっと彼の体重の何十倍はあるだろう。
腕を引っ張るだけでもとんでもない力を有するはずで、それでも彼は一心不乱に恭介を前に連れていこうとしていた。


恭介「君も、手伝ってくれるのかい?」


無言、返事や反応はない。
ただ子猫は、その必死な様を見せるだけである。
それだけで十分過ぎるほどだった。


654: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/26(金) 12:48:02.11 ID:1ZKgqqrDO
恭介「……よしっ!」


心の中に、とても熱いものが流れ込んでくるのを感じる。
自分を手伝おうとしている子猫の姿に今までにない気持ちが生まれたのだ。


恭介(負けたくない、負けるもんかッ!)


自分の中にこんな感情があるなんて思いもしなかった。
地面を掻き進みながら恭介は考えていた。


恭介(進め、進め……、もう二度と立ち止まるな。進めぇッ!!)


かつてバイオリンで目指した栄光、そこから蹴落とされた挫折。
今もまだ完全に振り切ったとは言えないかもしれない。


それでも、今は逃げてはいけない。
理屈などない。
逃げたくないから、逃げない。


恭介(もう少し、もう少しだ)


ほむら『がんばれ!もうちょっとの辛抱だぞ!』


ほむらは、目の前の少年にかけていた。
かぐらはもう既に安全な場所に隠れさせている。
しかし今は、それだけではいけない事くらい分かっていた。


そんな中で、何かをしようとしている少年を見つけたのだ。
がむしゃらに無茶苦茶でも行動に出ようとしている姿、そして彼の視線の先にはクロが使用していた武器がある。


ほむらもまた迷わなかった。

655: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/26(金) 13:44:59.18 ID:1ZKgqqrDO
かぐらは言った。
ほむらは弱虫だと、だから証明したかったのだ。
自分の中に燃える意地を、それこそ意固地になってやりとげて見せたかった。


恭介(行ける、僕は進む。そして届かせてみせる!!)

反骨と逆襲を掲げた一人と一匹、その遅々としてしか進んでいなかった歩みは確実にその距離を縮め、そして────


恭介「よしッ!!」


その手はようやく目標物に届いた。
クロが落とした武器、もしかしたら自分に残してくれたのかもしれないとさえ思えるほどに胸が熱くなった。


恭介「後は、これで……」


ギッ、と化け物を睨む。
一匹はただひたすらに地面に落書きを繰り返し、もう一匹はまるで新しい玩具を自慢するようにクロをぶら下げていた。


もう一度、手元にある銃を見る。
そして確認する。
何をすべきか、何をしたいか。
ギュッと銃のグリップを握り締めた。
そして、それをクロを捕らえている化け物に向けようとして───


恭介「お、重いッ!?」


あまりの重みについ悲鳴が出た。
流石に金属の塊であるそれを自分が簡単に持ち上げられるとは思っていなかったが、それでも信じられない程の重力を感じる。


恭介「こんな重いものを、クロさんはあんな簡単に持ち上げていたのか……」

657: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/30(火) 16:02:40.89 ID:pNxIW9DDO
掴み上げる度に擦り抜けるように自分の手から落ちてしまう。
長年の入院生活はおおよそまともな握力を奪い去ってしまっていた。


恭介「くっそおォッ!!」


あの辛く単調なくせにきつかったリハビリとはなんだったのか、こんな時に役に立たないでいつ役に立つものなのか。
理不尽な怒りすら沸く中で、しかし恭介は諦めるつもりもなかった。


恭介「上がれ、上がれ!」


もはやその怒りすらも腕に力を込める。
今まで何一つ掴み取る事ができなかった分の思いも込めて、しがみ付いているとすら形容できそうな程の力で彼は銃を握り締めていた。


恭介「諦めない……!僕は、絶対に諦めないぞ!」


爪が剥がれた指から血がダクダクと流れる。
銃も右手もすでに血塗れだ。
でも今はそんな事すらどうでもいい、彼は力を込め続けた。


恭介「うおおおッ!」


やがて、思いは形として現れはじめた。
ゆっくりと銃が持ち上がりだしたのだ。


恭介「もっと!もっとだ!上がれぇッ……」


声がかすれる。
グリップを握り締める手からは血がしたたり落ちていく。

658: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/30(火) 21:26:10.50 ID:pNxIW9DDO
血で指が滑りそうになる、しかも重みで腕がおかしくなりそうだ。
プルプルと震えながら腕は上がる。
銃口が持ち上がり、標準がなんとか化け物に合いそうになる。


その瞬間だった。


恭介「───え?」


突然腕の力が抜ける。
限界、どんなに気持ちでカバーしたところで曲げられない現実だった。
元々のスタミナの不足と今現在まで感じていた疲れは容赦無く恭介から腕の力を奪ったのだ。


恭介(そんな、こんなところで。嘘……だろ)


ゆっくりと腕が下がっていく、銃はなんとか握り締めているが腕を上に向けて維持する力がない。
まるでスローモーションのような時間の中で、恭介は絶望に顔を青ざめる。


恭介(もう少しなのに、もう少しで僕は、届くのに、そんな……)


銃の重みと己の弱さで下がっていく腕、それが


恭介(!?)


下がっていく、その途中で止まった。
地面に完全に落ちるその前に、その腕を必死に踏み締めて支える彼によって


ほむら『うっ、うわあああああ!!』


先程まで恭介を引っ張っていた小さな虎猫は今度は恭介の腕の真下に立ち、彼の腕を支えていた。
銃の重みと恭介の腕の重み、そのどちらにも耐え、ほむらは自分の為すべき事を為していた。


恭介「……ありがとう。本当に、ありがとう……、また助けられたね」


その姿にほんの少しだけ笑みを向けた恭介は、今度こそ、化け物に向けてその瞳をぶつけた。


覚悟と決意を、そして、恭介の腕は先程とは比べものにならないくらい滑らかに動き、その銃口を────そこに向けた。


恭介「いっけぇぇぇーーー!僕は僕自身の未来を掴み取ってみせる!!」

659: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/30(火) 23:21:00.57 ID:pNxIW9DDO
引き金を引いたその瞬間、腕が砕けてしまったかのような衝撃が走った。
いやそれは、もはや『腕が中から爆発したような』感覚とも言えた。


その激しすぎる反動は恭介の身体を、そしてほむらの小さな身体も突き飛ばし地面に転がす。
それもそうだろう。
マシンガンから飛び出していったものは弾丸などではなく、マシンガンの奇妙に迫り出した部位がパカリと開いた場所から発射された六発程の小型ミサイルだったからである。


ほむらは気絶した。
そして恭介は、先程までの威勢の良さも熱い程の覇気も抜け落ちてしまったような顔でそのミサイルの軌道を目で追う。


恭介は見た。ミサイルは、まるで我先にと獲物に群がるように化け物に向かって飛んでいき───そして、その身体に着弾した。


閃光、加えて爆炎


その光景は恭介の網膜に焼き付いた。
しかし、見た。
化け物がその触手からクロを取り落とす瞬間を、クロが地面に向かって落ちていく光景を。


そして、クロが一瞬だけ光に包まれた事を。


痛みか驚きか、激しく身体をよじらした化け物は自らに危害を加えたらしき恭介に向かって触手を伸ばしてきた。
もはや躱せる訳もなく、ただぼんやりと恭介はその様を見ていた。


猛烈な勢いでせまる、その『死』に恭介は冷静とも呼べる面持ちだった。


たとえ、ここで死んだとしても、もしかしたら後悔はないかもしれないとさえ思えるほどだった。

660: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/30(火) 23:38:35.25 ID:pNxIW9DDO
────『彼』が目覚めたのは降下の途中だった。
自らが空を切り裂く感覚に、妙に居心地の悪い浮遊感から彼は全てを察した。


どうやら死にぞこなったらしい。


地面が近い、彼は体勢を変えて地面に降り立つ準備を取る。


苛立ちがあった。


情けなさがあった。


だが、今はそんな事はどうでも良かった。


ダン!と音がする程の激しい着地。
右手の辺りを見ると、そこには『さっきまでは』なかった右手があった。
ギュッと力強く握り締めた拳で、取り敢えず近くにいた『それ』をぶん殴る。


その小さな身体からは想像もできないほどの渾身の力が込められた拳をぶつけられたその黒い影のような化け物は吹っ飛んでいき、反対側の壁に直撃した。


恭介「やった……、やったあッ!!」


少年は待ちわびた。
その姿を信じていた。


その小さな姿、そのおよそ危機的状況には似合わない面倒くさそうな態度。


クロ「待たせたな」


その『男』の帰還を。

662: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/31(水) 21:46:45.90 ID:uEovAr5DO
ゆっくりとクロは自分の右手をもう一度見る。
何かを確認するように握って、開く。
そして、ため息を吐いた。


クロ「完全に直ってるってことは……情けねーな」


こうなる事は避けたかった。
いや、こうしない為に自分はここまで来たのに、それができなかった。
これに関しては、誰に何を言うこともできない。


自分の背負うべきヘマである。


クロ「んじゃ、やるか」


素早く顔を上げると、そこには迫り来るたくさんの触手があった。
その先は鋭利に尖っており、殺傷力を高めている。


クロ「うおおおお!!」


しかし、迷わずクロは突っ込んでいく。
それはただの勢いや気合いに任せた行動ではない。
いわば賭けであり、彼女を信頼しての行為。


そして、クロはその賭けに勝った。


「はああああッ!!」


猛然と走るクロの前に、更に躍り出る影があった。


白いマントがはためき、青みがかった髪が揺れている。
ファンシーなスカートのような衣装と、それによく似合う西洋のサーベルを握り締めていた。


美樹さやか────それは、魔法少女の姿だった。

663: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/31(水) 22:24:33.56 ID:uEovAr5DO
踊りかかる黒い触手を、さやかは手に握るサーベルを振り回して切り落としていく。
大きくもなく重量感もないサーベルは、次から次へと魔女の魔手を打ち払い続ける。


そのスピードは、有体に言って高速。
目にも止まらぬ速度で繰り出される剣撃は、その魔女の攻撃全てをその場にて切り捨てることを可能としていた。


型もなく、殺陣もない。


どこか自身の胸にある感情を叩きつけるような荒々しさすら感じた。


さやか「はあああああッ」


彼女はその攻撃を文字通りさばくだけが精一杯であり、その場から動く事はできないでいた。


しかし、変わりに退かなかった。
臆さなかった。


逃げなかった。


クロ「背中借りんぞおッ!!」


彼女の後ろを駈けていたクロはそのまま地を蹴り、さやかの背中を蹴り空中にその身を投げ出した。


そして、クロは魔女に向かって跳んだ。


魔女の攻撃、そのほとんどを受けているのはさやかである。
しかも、攻撃をすればするほどダメージも受けている。


勿論それだけでは決定的な攻撃とはならない。
ならば決定打を与える第三者が登場すればいいのだ。


宙に舞うクロは腹を開き、そこから箱型のツインキャノンを取り出し右手にはめる。

665: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/01(木) 01:02:34.27 ID:kMGO1+QDO
さすがに魔女も異変に気付いたのか触手をクロに飛ばしてくる。
が、その攻撃の意識をさやかに向けていたためか、先程の攻撃に比べれば手数は少ない。


クロ(飛んでくるのは五本、なら二本目を躱した時に……!)


あらかじめ狙いを定めておく。
ここから先にどんな体勢になって撃ち込むための行動を決めるために。
元々クロもスナイパータイプではない。
故に、己の直感と行動に全てを賭けるのだ。


クロ(───きたッ)


触手がクロの身体を捕らえんと向かってくるのが見える。
タイミング、それがこの瞬間における唯一無二の勝利の鍵。


一本目、空中で身体を捻ってやり過ごす。
耳元で触手が通り過ぎたのか風を切る音が聞こえる。


二本目、既に地面に着地をしているクロは、身を屈めて触手を避け、そして全力疾走で走る。


武器を取り付けた右腕を伸ばす。


何かを察したのか魔女は身体の周囲に網状に触手を張り巡らした。
守りを固めるつもりらしい。


だが、もはやそれに意味などないのだ。
クロが伸ばしたその腕は、右腕。


さやかが願いを捨ててまで取り戻した腕である。


熱くならない訳がなかった。


クロ「ぶち抜けぇッ!!」


二つ分の銃声は、魔女の触手と砕き、そして魔女の本体を貫いた。


666: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/01(木) 01:24:08.69 ID:kMGO1+QDO
黒い魔女の身体に、二つの穴が空いていた。
細いその身体は肉片をえぐり取られ、ヨロヨロとよろめき、次の瞬間には木の枝のように折れてしまいそうだ。


そして


『──────!』


それは、断末魔だったのだろうか。
それに痛みや絶望を感じ取る程の感情があったのかは分からないが、確かに殺した。
それだけは、確かだった。


霧散していく魔女の姿を静かに佇みながら、クロはジッと見つめていた。


クロ「……後は」


魔女の消滅を確認した後、顔を反らしてもう一体の魔女がいる方向に目をやった。
そこには、自分の意識が途切れる前と変わらぬ姿で床に落書きをしている魔女がいる。


クロ「まだいたのか?逃げりゃいいのによ」


喧騒も殺し合いも、それには全くもって意味をなさないものなのかもしれなかった。


これがしている事は、ただ、絵を描くだけである。
しかしそれが使い魔を生み出し、人を殺す。
無邪気な邪気と言えばいいだろうか。


だが、これには、心がない。
どんなに探ってみても何も感じないのだ。


どんなに殺意を向けても

どんなに怒りを向けても


空々しいばかりであり


魔女、というものの不可思議さは際立つばかりである。


少女の姿をして遊戯にふける魔女。
思えば、最初の鬼ごっこすらこれにとってはほんのじゃれ合いだったのだろう。


でも、殺す。


クロは初めて、言い様のない思いを感じた。
いや、どんな気持ちなのかは分かる。


なんというか───哀れだった。





銃声

667: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/01(木) 02:52:49.00 ID:kMGO1+QDO
クロ「……良かったのか?」


後ろは振り返らずに、クロは訊ねた。
本人にはちゃんと聞こえるだろうか。
それ以前に自分の言葉に聞く耳を持ってくれているかも分からない。


さやか「バカな事を聞かないでよ。アンタが動けなきゃこの場の全員は死んでた」


機械的な返事が帰ってくる。
模範解答なら丸が付くだろうが、感想文なら残念ながら0だろう。
だが、それがさやかの精一杯である事も分かっている。


クロ「恭介の腕……どうするつもりだ?」


さやかが言葉に詰まる様子が背中を向けていても分かった。
そもそも、クロは恭介とさやかには現状維持でなんとかするつもりでいた。
さやかを魔法少女にしないために、その主たる理由になるであろう恭介の方からさやかを説得すればいいはずだった。


だが、甘かった。


とことん甘く、そして上手くいかなかった。


さやか「恭介が言ったんだ」


ポツリと呟くさやかの声をクロは黙って聞く。


さやか「魔法にも奇跡にも頼らないで前に進むって。なら、私がそれを邪魔しちゃいけないでしょ。信じなきゃ駄目でしょ。だって……だって、大好きなんだもん。頑張るって決めた男の子に、下手な手伝いはいらないと思ったんだ」


668: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/01(木) 19:57:51.00 ID:kMGO1+QDO
その言葉を聴いたクロは腕組みをしてため息を吐いた。
その行為はわざとらしく、それは彼なりの誤魔化しだったのだろう。
人に弱みを見せたくない彼らしさ。


その『らしさ』を理解しているが故にさやかはもう、そんな態度に苛立ちを覚える事はなかった。


さやか「ねぇ、クロ。私って本当にバカだね」


クロ「おぉ、とんだ大バカだぜ。折角の願いだっつーのに得体の知れない化け猫を助けた。どうしようもないお人好しだ」


言葉が堰を切ったように溢れた。
いや違う、言いたい事はそういう事ではなくて。
でも、なんというかそこまではっきり言うのも違うのだ。


つまり


クロ「……借りは返すぜ。百倍くらいにして」


これくらいが、一番だろう。


さやか「は、あははは!」


自分なりに納得できる答えを返せたと思っていたが、突然笑いだしたさやかにクロは少し納得がいかず怪訝な顔をしてさやかに顔を向けた。


クロ「テメー、なに笑って……げっ」


あまりに愉快そうな声で笑っていたから、クロはその驚きに固る。
彼にとって一番苦手とする物がそこにはあった。


さやかは笑いながら、涙を流していたのだ。

669: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/01(木) 21:25:02.64 ID:kMGO1+QDO
さやか「やっぱ、格好良いよ、あんた……。そりゃ恭介も慕うわ」


クロ「お、おい。大丈夫か?どっか痛むか?」


さやか「は?あんた何言って……て、あれ?どうしたのかな。これ、なんで、涙が」


ポロポロと零れる涙を止めようと必死に目をこするさやかだが、一向にその涙が止まる様子はなかった。
やがて、魔法少女の姿も解け元の制服に戻ったが、彼女はそれに気付かずに涙を流し続けている。


クロ「えーと、あれだ!ありがとう。ありがとうございました!ほれ、ちゃんと礼を言ったぞ?珍しくな。だから泣くな……って訳わかんねーか。あぁッ、くそったれ」


今にも唾を吐き捨ててしまいかねない物言いをしながらも、彼にしては非常にてんやわんやとした態度を見せている。
誰かを面と向かって慰めるということはクロの苦手分野なのだ。


『さやか!!』


どうしたものかと首を捻っていたクロの耳に、その声は届いた。
あん?と顔をそちらに向ければいつの間にか『彼』が直ぐ近くに来ていた。


さやか「恭介?───恭介ッ!」


そしてクロ以上にその声に反応を示したのは勿論さやかであった。
こちら側になんとか歩腹前進で近づこうとしている恭介に向かってさやかは駆け出した。


クロ「ったく。やっと適役が来たか」


やはり自分はどうにもこうにも役者として不足しているようだ。

670: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 13:27:21.04 ID:fX/PHNcDO
遠くから駆け寄ってくる少女はいつもの姿に戻っていた。
今日一日だけでも、随分と特異な時間を過ごしたものだ。
化け物に、それを相手どって戦うサイボーグの猫。
そして、変身ヒーローのように姿を変えて戦うさやか。


こんなにも不思議な世界が自分の知らない所に広がっているなんて。


さやか「……恭介」


恭介「さやか!凄いじゃないか!さっきのはなんだい?教えてくれないかな?」


すぐ近くまで来てくれたさやかに恭介は好奇心を露にして語り掛けた。
知りたい事と聞きたい事が山ほどあった。
だが、彼女の様子がおかしい。


うつむいたままで髪に隠されているのかその表情を覗き見る事はできない。
さらに、その肩は小刻みに震えていた。


恭介「さやか?……あれ、雨?」


ポタポタと自分のすぐ近くに水滴が落ちてきた。
こうして地面に這いつくばっている自分でなければ気付けないほど少量の。


こんな所に雨が降るわけがなく、確かめるために恭介は顔を上げた。


恭介「泣いているの?さやか」


その言葉がきっかけになったのだろうか。
糸が切れたように、さやかは膝をついた。
顔が近くなり、やっとその表情を恭介は見ることができた。


さやか「恭介……ごめん」


思った通りの泣き顔がそこにはあった。
病院に来た時にいつも見せる笑顔ではなく。
顔をくしゃくしゃにして、流れる涙を拭おうともしない。


恭介「……さやか、いいんだよ」


さやか「ごめん…、ごめんね。ごめんね。ごめんね」


恭介「いいよ。泣かないで」


右手を支えにしてなんとか顔を上げた。
こんな時、左手が使えたら彼女の涙を拭う事も、抱き締める事もできたのに、そんな事を少しだけ恭介は思った。


でも恭介は嬉しかった。
今までずっと笑顔を見せて自分を励まし続けた彼女が、こんな強い感情を見せてくれたのだ。

671: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 13:46:35.43 ID:fX/PHNcDO
長い入院生活の中ではあまり他人から感情をぶつけられる事はない。
皆が気をつかうからだ。
誰かに頼られる事もなければ、弱音を吐かれる事もない。
少しだけうそ臭い人間関係。


でも今は、ずっと自分の側にいてくれた少女が涙を流している。
理由は正直よく分からない。
しかしこの瞬間、彼女は正直な素直な心を見せてくれているのだ。


恭介「いいよ。さやか、もう、いいんだよ」


それでもやっぱり、笑ってほしい。
恭介はごめんと繰り返す彼女の肩に額を当てた。


抱き締める事ができない自分にできる精一杯であった。
さやかは、そんな恭介を強く抱き締める。


涙を流しながら、強く。強く。
やっと探し人に会えた迷子の子供が握った手を離さないみたいに。


恭介「ありがとう、さやか。助かったよ。そして、ありがとう。今まで僕の隣にいてくれて本当にありがとう」


さやか「恭介……恭介ぇ。うぅッ……うわあああん」


恭介「それを伝えたかったんだ。ずっとずっと伝えなきゃいけなかったのに、忘れていたんだ。今日、やっと言えたよ」


さやかは泣いた。
恭介も笑いながら、少しだけ泣いた。


クロは離れた所で、少しだけ照れくさそうに明後日の方向に顔を向けていた。


そして、弾けるように結界が解けた。

672: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 17:39:15.09 ID:fX/PHNcDO
道路の上で、ずっとまどかは待ち続けていた。
祈るような気持ちを越えて、もうすでによく分からない神様にまでも祈りを捧げる程に。
どれくらいたったのかは分からない。
もう何時間もたっているような気もするが、時計は見る気にならない。


だから、彼女はずっと待った。
友達を、信じて、絶対に帰ってくると。


クロ「よう、どうした」


まどか「きゃああああ!?」


が、なんの脈絡もなく話し掛けられ、まどかは思わずその場から飛び上がった。
心臓が爆発するくらいに高鳴っている。


まどか「ク、クククロちゃん!?帰ってきたの!?」


後ろから呼び掛けてきたのは待ち人の一匹であるクロだった。
帰ってくる事を信じていたものの、いざ急にとなると驚きを隠せないものである。


クロ「あんだよ、帰っちゃダメだったか?くたばった方が良いってか」


まどか「そんなんじゃないよ!!」


こちらの心配もつゆしらずに軽口を叩くクロに少しだけまどかは怒る。
クロもそれを察したのか軽い調子ながらも「へいへい」と諫めた。


まどかだって結界にありながら心配して不安にもなっていたのだ。
その怒りだって当然だ。
コホンと咳払いをしてまどかは仕切りなおす。

673: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 17:57:57.15 ID:fX/PHNcDO
まどか「じゃあ……改めて、お帰りなさい。クロちゃん」


ニッコリとまどかは笑った。
クロはなにやら面白くなさそうな顔をする。
どうにも、こういうのは落ち着かない。
普段なら誰ぞやを蹴り飛ばしたりして誤魔化すところだが気も進まない。


仕方なく、仕方なくだ。


クロ「ただいま。まどか」


まどかはとても満足そうである。
そして、クロの更に後ろの方を見て目を丸くした。


まどか「うわっ!さやかちゃんが恭介くんと抱き合ってる!?」


クロ「おぉ、ま、言いたいことはあるだろうが。今はほっといてやれよ」


恭介がさやかに身を委ね、さやかが恭介を抱き締めるという奇妙な、でも甘い光景がそこにはあった。


果たして結界の中で何があったのかは見当もつかないが、きっと捨てたものではない事が起きたのだろう。
まどかは、そんな二人を見てそう思った。


しかし、ずっとそんなのを見ていると気恥ずかしくなってくるもので、まどかはクロの方を見ることにした。
と、さっきは気付かなかったがその背中で二匹の子猫がおぶっている事を知った。

675: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 18:10:15.98 ID:fX/PHNcDO
まどか「クロちゃん、その子達は大丈夫だった?」


クロ「さてね。確かめてみるか」


少しダルそうに、クロは背中におんぶしている二匹を身体を揺らして起こそうとする。
しかし、その揺らし方も乱暴なものではなくまるであやすように揺らしている。
別に起きなくてもいいのかもしれないと思うと、まどかは目を細めた。


しかし、割りと眠りは浅かったのかすぐに二匹は身じろぎをし始めた。


ほむら『ん、んう』


かぐら『うぅん』


クロ「……目覚めたか?ならとっとと背中から降りろチビ共」


ほむら・かぐら『……………………』


寝呆け眼から一転二匹は目をまん丸として言葉に詰まった。
ここで説明しておくと、ほむらはミサイル発射の風圧にやらる気絶をしていたし、かぐらはかぐらで早々にほむらに隠された安全な場所でショックを受けて気を失っていた。


クロが復活した際、二匹には意識はなく。
また、眠っている間にクロに救出されたため、今この瞬間が一度死んでからの初顔合わせであった。


故に、二匹の反応は驚愕以外のなにものでもなかった。

677: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 20:38:54.41 ID:fX/PHNcDO
ほむら『わああああああああ!?化け物!?お化け!?お化けー!!』


かぐら『お化け!?お化け!?すっごい!!』


ほむらには恐慌状態で、かぐらに至っては一周して興奮状態になっている。
背中でヤイノヤイノと暴れる二匹に更に輪をかけてクロは面倒そうな顔になかった。


クロ「やかましい、背中であばれ」


かぐら『うわーーん!!』

るなよ、とクロは口の中で呟いた。
さっきまで騒いでいたかぐらが、今度は泣きだしてしまったのだ。
泣いて、泣いて、顔を背中に押し付けている。
クロはあっけに取られてしまった。


かぐら『ごめんなさい!ごめんなさい!ボクのせいで死んじゃったから。お兄ちゃんお化けになっちゃったんでしょ!うわーん!!』


クロ「あ?誰が死んだ……って一回死んだか。でも今は生きて」


まどか「クロちゃん!死んだってどういう事!?」


クロ「は、はぁ?」


なんとかかぐらに対して取り繕おうとしたが、今度はまどかがくってかかってきてしまった。
死んだ、という単語が聞き捨てならなかったようだ。
保健委員の血が騒いだのかもしれない。


まどか「だだだ、大丈夫なの!?ゾンビ?サイボーグゾンビになったの!?」


クロ「テメーは何を言ってやがる。だから死んだけど今は生きてるから平気だっつーの!!」


かぐら『ゾンビになっちゃたんだーーー!』


話しを聞けーーーー!!


少しだけ、ちゃんと泣いてる人を落ち着かせるくらいはできるようになっておこう。
泣きじゃくるかぐらとまどかをあやしながらクロは思った。

678: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 20:59:52.59 ID:fX/PHNcDO
遠くから聞こえてくる喧騒を聞きながら、暁美ほむらは闇の中に佇んでいた。
上手くいかなかった事もあったが、しかしそれは前回の時よりは少しだけ展開が違った。


その変化は、少しだけ、ほんの少しだけだが彼女に希望を持たせた。
もしかしたら今度は、変えられるかもしれない、と。


ほむら(いや、まだ。全てが終わるまでは)


首を振って自分を諫める。


落ち着かなければ、まだ誰も救われていないのだから。


「意外だったね。彼女があんな形で契約を結ぶなんて」


ほむら「───ふん、思い通りにならなくて残念ね。あなた事だから、散々彼女にとって都合の良い事ばかり言って契約させたかったんでしょう」


QB「人聞きの悪い事を言わないでくれ。ボクは強制はしないよ。一つの考えを述べたまでさ」


闇の中で鈍く赤い二つの目が光る。
少年のような、少女のような聞きやすく、耳馴染みによい声。
ずっと聞いていたいと思わせてしまうその声は、下手すれば誰かに狂えと言えば狂い。
死ねと言えば死んでしまうかもしれない。


魔力や、魔術ではない。
そうなるように計算されつくされたような物を感じる。
『いつだって』。


ほむら「でも、クロがいるからそう大した工作もできない。困ったものねインキュベーター」


QB「困ったものは君も同じだよ。そこまで知ってるとなると、流石のボクも気味が悪いよ」


お前が言うな、そう言ってやりたかったが、これに怒りをぶつけても仕方がないのだ。

679: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 21:10:48.26 ID:fX/PHNcDO
QB「一体ボクはいつ君と契約したんだろうね。もしも過去に戻れるならボクは過去のボクを止めるだろうに」


────いや、大丈夫だ。気付いている訳ではない。
恐らく『よく分からなくて困ってしまったから冗談を言った自分』を演出して擦り寄ってみようとしたのだろう。


自分で考察をして虫酸が走った。


ほむら「魔法少女勧誘をとっとと諦めろって言った方が早いんじゃないかしら」


QB「なるほど、それもありだね」


今度の言葉をほむらは受け流す事はできなかった。
あまりの驚愕に、キュウべえに詰め寄ろうとさえしそうになったが、慌てて堪える。


ほむら「……どういう事?」


QB「まぁ、あくまで保険だけどね。最近良いものを見つけたんだよ。絶望の卵なんてものじゃない────絶望そのものをね」


なんだこれは、違う。


今までとは、違う。


ほむら「なにを、言って……」


はっきりとした姿を見せないまま。
気配だけが遠ざかっていく。
闇が深い。


そして、さらに深く、濃くなった。
その中でほむらは立ち尽くすばかりだった。



さやか編 完


680: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/02(金) 21:17:32.11 ID:fX/PHNcDO
次回予告





杏子「正式手続きをして私のお兄ちゃんになってくれよ!!」


クロ「はぁ?」


まどか「パパって……何者なんだろう」


かぐら『それがマザー、母なる場所』




知久「それが、居場所を守る理由」


クロ「お前、まさか」




明日の昼ぐらいに投稿します。



クロ「杏子、お前に見せたいものがある」





少しもたつきましたが、これからも続きますので、よろしくお願いします!
ではお疲れ!また明日!!