1: 名無しさん 2022/12/25(日) 02:04:44.36 ID:5WLZequMO
「ごめん、西片。おまたせ」

校門の前で待っていたオレに小走りで駆け寄り謝罪を口にする高木さん。季節はすっかり冬で彼女の吐息は白かった。オレも同じく。

「ううん、全然気にしてないよ」

白い吐息と共に吐き出すのは真っ赤な嘘で。

「じゃあ、帰ろうか」
「うん」

高木さんと並んで帰路につきながら考える。
どうしてオレは一緒に帰っているんだろう。
別に付き合っているわけでもないのに彼女の用事が終わるのを待ってまでどうして、と。

「西片、やっぱり怒ってる?」
「え? いや、怒ってはないよ」
「じゃあ、退屈だったとか?」

退屈。たしかにオレは退屈だった。しかしただ退屈なら余程マシというもので、待っている間、オレは葛藤していた。待つか帰るか。高木さんは用事が終わるまでオレに待っていて欲しい頼んでいたが、正直帰りたかった。

「ほんとごめんね。無理に引き止めるつもりはなかったんだけどさ」

嘘だ。真っ白な吐息は真っ赤な嘘に染まっている。だって高木さんはオレにこう言ったのだ。「ラブレター貰ったから返事をしてくるね」と。だからオレに選択肢などなかった。

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引用元: ・高木さん「うん。西片とお幸せに、だって」西片「っ……からかわれても、困るよ」

2: 名無しさん 2022/12/25(日) 02:08:08.40 ID:5WLZequMO
「それで、その……」
「ん? なぁに?」

オレは怒っていない。ただ不安だったのだ。
まさか盗み聞きするわけにも行かず、校舎の裏に消えた高木さんを待つために校門へと向かい、あとはひたすらカカシに徹していた。

「こ、告白の、返事は……?」

生唾を飲み込む。馬鹿馬鹿しい。どうしてオレが覚悟を決める必要があるのか。別にオレたちは付き合っているわけではない。ただ席が隣同士なだけで。いやせめて友達ではあって欲しいと思う。じゃないと、あまりにも。

「気になる?」
「そりゃあっ! ……まあ」

くそっ。思わず感情的になりかけて、反省。
白い溜息を吐き出して、気を落ち着かせる。
オレは待った。なら結末を聞く権利はある。

「ねえ、西片」
「な、なに……?」
「西片は誰かを好きになったことある?」
「…………」

ない、と思う。少なくとも、自覚的には。

3: 名無しさん 2022/12/25(日) 02:12:08.22 ID:5WLZequMO
「今日告白してくれた人はわたしが下校中に西片と帰っているところを見かけて、慌てて告白しようと決心したんだって」
「へ、へぇ……」

高木さんがオレの沈黙をどう受け取ったのかはわからないけれど、告白までの経緯を教えてくれた。好きな人が別の男と下校してたらそりゃあ焦る。オレだって、焦ると思う。

「つまりその人にとっての恋愛感情は外的要因に左右されるものだったってことだよね」
「それは、そうかも知れないけど……」

というかそもそも恋愛感情なんて対象が存在する時点で自分だけでは完結することが出来ないのだから外的要因も何もない気がする。

「高木さんは、どうなの……?」
「わたし?」
「好きな人が他の人と帰ってたらさ」

気になって訊ねてみると、高木さんは立ち止まってしばらく考えてから、何故かオレの顔を見つめてニヤリと笑う。たぶん、嘲笑だ。

「わたしならそうならないように手を打つ」
「手を打つって……」
「西片は諦めるの?」

どうだろう。その時になってみないとなぁ。

4: 名無しさん 2022/12/25(日) 02:14:40.57 ID:5WLZequMO
「ちょっと落ち着いて話そっか」

そう言って高木さんは屋根付きのバス停を指差した。丁度、誰もおらず座って話すには良さそうだ。オレがベンチに座るも彼女は立ったままだったので怪訝に思って訊いてみる。

「座らないの?」
「西片はずっと立って待ってたんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「だからわたしはこのままでいいよ」

これは高木さんなりの誠意なのだろうか。でもきっと彼女はオレが座って欲しいと言っても座らない。だからたぶん、これは意思だ。

「わたしが西片と下校するのはわたしがそう決めたからだとして、西片はそれに従ってるだけなの?」
「へ?」

一緒、何を言われているのかよく分からなかった。たしかにオレは高木さんに待つように言われた。けれど帰る選択肢もあるわけで。

「……違うよ。オレが待つって決めたんだ」
「そっか。ちなみにどうして?」
「どうしてって……」

告白の返事をするって言われたから。それはそうだけどそれが理由だろうか。もっと根本的にだからどうしてオレは待ったんだろう。

5: 名無しさん 2022/12/25(日) 02:18:55.08 ID:5WLZequMO
「オレが高木さんを待ちたかったから」

まるで子供みたいな言い分だ。もちろん彼女はそんなことを聞きたかったわけではないだろうがそれでもそれ以上追求はしなかった。

「ありがと、西片」

柔らかく微笑み、前屈みになって目と目を合わせてくる。丸い額にかかる髪を耳にかけるとまるで歳上の女性のようでドギマギした。

「待っててくれて、嬉しかった」
「それは、どうして……?」

意趣返しというわけではないが、訊ねると。

「振るってことは人を傷つけるから」
「え?」
「悪いことをした時は、落ち込むでしょ」

要するに高木さんは罪悪感に苛まれているらしく、それはつまり告白の相手を振ったからに他ならず。その事実にオレは、どうして。

「……はあ」

人の不幸に寄り添えない自分に嫌悪が募る。

6: 名無しさん 2022/12/25(日) 02:22:12.03 ID:5WLZequMO
「どうして西片まで落ち込んでるの?」

きょとんと首を傾げる彼女は不思議そうだ。
オレは振られた名も知らぬ人に対し同情することが出来なかった。そんな自分が嫌いだ。

「高木さん」
「なに?」
「やっぱり隣に座ってくれない?」

こちらだけ座っていると見上げる形となってさっきから歳上にしか見えない。彼女には隣に居て欲しかった。隣の席の高木さんには。

「…………」
「…………」

意外と素直に座ってくれた隣の席の高木さんと黙って道ゆく車を眺める時間はそう悪いものではなかった。先程より気分が良くなり。

「ところで振られた人は大丈夫だった?」

ようやく不幸なその人に気遣いが出来るくらい回復したことを、質問を通じてアピールすると、高木さんも調子を取り戻したらしく。

「うん。西片とお幸せに、だって」
「っ……からかわれても、困るよ」

そう言ってからかうように笑う高木さんにオレは何と返せば良いのか。わからない。わからないけど少なくとも気分は悪くなかった。

「でもやっぱりショックだったみたいでさ」
「……そっか」
「泣きながら脱糞されるとは思わなかった」
「フハッ!」

申し訳ない。それでも、この愉悦はオレだけのもので外的要因によるものではない。オレの頭がおかしいことを謹んで、謝罪しよう。

謝った上でその不幸を嗤い飛ばしてやろう。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「ふふふ。待ってた甲斐があったね、西片」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

止めどなく吐き出される哄笑という名の愉悦は寒気で白く染まり、少なくとも真っ赤な嘘よりは綺麗なものだと、オレはそう思った。


【待たせ上手な高木さん】


FIN

7: 名無しさん 2022/12/25(日) 02:35:06.23 ID:5WLZequMO
どうも。メリークリスマスですね。SS本編とは全く関係ありませんが、今年の個人的なクリスマスプレゼントは『ミモザの告白 3巻』でした。相変わらず、無駄のない文章とよく練られた設定と構成で惚れ惚れする完成度です。一昨年のクリスマスプレゼントの『涼宮ハルヒの直感』もそうですが文章が美しく、物語自体の完成度が高い作品が大好きです。

興味のある方は是非是非『ミモザの告白』を手に取って読んでみて頂ければ嬉しいです。

最後までお読みくださりありがとうございました!