1: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:38:38 ID:FS6i

最果てまで、行きたいわ。

貴女はそう仰る。どこまでも聡い貴女、最果てなど無いと知っているのに。
貴女がご存知なのはただ頂点のみ。それ以外はふさわしくない。

どこまでも共にあると、誓ったのではなくて?

幼少の頃の約束、どこまで覚えてらっしゃるのか。
わたくしは、貴女の下僕であることを誓いました。

引用元: ・【デレマス】執事、吠える

2: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:39:17 ID:FS6i

健やかなるお嬢様は、いずれ家を継がれるべく勉学に励まれ、やがて東京の大学へ進学されて行きました。

わたくしは幸運にも東京の別邸で引き続きお嬢様にお仕えする機会を得ました。

勉学を修めつつ、ご学友との触れ合いや新たな社交の場にて人脈を広げるお嬢様のお側に侍ります。

とは言え、平穏ばかりではありません。

家のお世継ぎであられるお嬢様には、その恩恵にあずかろうと近づく輩もおります。

また、醜聞を漁ろうとする下卑た者共も姿を現し始めました。

我々執事には、そのような輩をお嬢様の前から排除する役目もございます。

お嬢様は大変に賢いお方であるため、通常はそのような輩は近づくことも出来ません。

3: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:39:40 ID:FS6i

しかしながら、英邁なるお嬢様とは言えいまだ学生の身。

お嬢様の慧眼をもってしても近づかれてしまう事がありました。

そのような場合、邸宅の執事長の指示の下、我々が動くこととなります。

幼少の頃より家に仕え年齢も近かったため、光栄にもお嬢様の話し相手となることが多いわたくしは、雑談の中でそれとなく相手の素性が怪しからんことをお嬢様にお伝えします。

お察しされたお嬢様が相手と距離を置き始めたところで、我々がしかるべく処理させていただくのです。

4: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:39:59 ID:FS6i

お嬢様が成人を迎えられる頃には、お嬢様ご自身から執事長へ直々に怪しきものへの調査指示をお出しするようになりました。

お夕食後に、不届き者へどのような罰を下すかをお嬢様と語り合う日が増えてまいりました。

その際の、お嬢様の楽しげなお顔を拝見でき、わたくしも他人事と思えないほど喜ばしく思いました。

5: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:40:22 ID:FS6i

やがて、秋を迎え、冬が過ぎ、春に至り、お嬢様が21歳のお誕生日を迎えられました。

これまでと変わらぬ忠誠を。

パーティーの後、膝を付き、胸に手を当て、毎年のお誕生日と同様に変わらぬ誓いを立てました。

嗚呼、その際に気付くべきであったのでしょうか。

お嬢様の表情が、どこかしら、退屈そうであったことを。

6: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:40:46 ID:FS6i

わたくしは初夏に半月ほどの休暇を頂きました。

それまで2年と数ヶ月の間、お嬢様に付き従いつつ、お嬢様のご帰郷の際のみ、共に帰郷させていただいておりました。

これほどの長い休暇を取ることはめったにありませんでした。

とは言え、執事長を始め同僚の執事、メイド達も信頼の置ける者ばかり。

何の憂いもなく、故郷の両親へ久々の親孝行ができると帰郷することにしました。

7: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:41:05 ID:FS6i

両親ともに家に仕え多大なる恩を受けた家系です。

わたくしの土産話を、お嬢様のご成長を、とても喜んで頂けました。

様子が変わったのはわたくしがお嬢様の元へ帰還する2日前のことでした。

何の前振りもなく、お嬢様が帰郷されたとの連絡を受けました。

1人の、女性を伴って。

8: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:41:23 ID:FS6i

知らせを受けたわたくしは、急いで屋敷へと馳せ参じました。

本来であれば、お嬢様は大学の休校に合わせ、執事長の事前の連絡の元、わたくしを始め複数の護衛とともに帰郷されておりました。

それが今回、何の連絡もなくご帰郷されたとの連絡に耳を疑いました。

ましてや、連れ立ったわたくしと同世代の女性は、今まで我々が把握しているお嬢様の交友関係には一切存在しなかった女性だというのです。

9: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:41:43 ID:FS6i

何があったのか?何が起こったのか?

屋敷の大広間に着いたわたくしの眼前に、屋敷の執事やメイドが旦那様の執務室を眺めている光景でした。

皆が心配そうに見上げる中、わたくしはメイドの1人に尋ねました。何があったのか、と。

分かりません。お嬢様が突然お帰りになり、旦那様と奥様とお話に。

どれくらい時間が経ったのか?

その間にも冷や汗はとめどなく流れます。

10: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:42:04 ID:FS6i

2時間ほどでございます。

たいした時間ではない。だが、お嬢様と連れ立ってやってきた女というのは?

共に旦那様のお部屋へ。

何ということだ!素性の知らぬ輩を旦那様と奥様に引き合わせるなど!

思わず声を荒げていました。感情を表に出すなど執事としてあってはならないというのに。

11: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:42:14 ID:FS6i

そこまでにしなさい。

12: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:42:33 ID:FS6i

よく通る美しい声。皆の視線が階上に集まりました。

執務室の扉は開け放たれ、そこには麗しきお嬢様の姿が我々の目に入りました。

その脇に、黒いスーツを来た女が控えている。

全身の毛が逆立つような感覚を覚えました。

お嬢様は優雅に階下に降りられると、わたくし達を一通り眺められました。

皆、時折のご帰郷時、旦那様や奥様と共にお食事をされる光景を眺めつつ、いつかお嬢様がお帰りになり、家の後を継がれるその日を一日千秋の思いで待ち続けていた者たちです。

13: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:42:47 ID:FS6i

聞きなさい。

私は、アイドルになるわ。

14: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:43:16 ID:FS6i

目の前が漆黒の帳に覆われたような気がしました。

なんと、なんと仰せられたのでしょうか?

お嬢様の行くべき道は輝かしき祝福に満ちた場所。

アイドルなどという軽薄な道など、お嬢様に相応しくありません!

心のなかで咆哮しました。この場で声を荒げる様な下品な行為はお嬢様が最もお嫌いであること。

ただただ、拳を握りしめ、歯を食いしばり耐えておりました。

誰もが動揺を覚えているのは伝わります。

しかし、そこは本邸で務めを行う者たちです。

皆一様に沈黙し、ただただお嬢様の御意志を測りかねているばかりでした。

15: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:43:40 ID:FS6i

執事長、メイド長がそれぞれに解散を命じます。

足早に広間を去る仲間たちとは違い、わたくしはしばらくお嬢様を見上げておりました。

いや、正確にはお嬢様の隣に侍る女を睨みつけていたのかもしれません。

女は、ただお嬢様の端正なお顔を眺めているだけでした。

そしてお嬢様は...わたくしを見ておいででした。

何という粗相を!わたくしはすぐさま跪き、顔を伏せました。

近づいてくる2つの足音。それがわたくしの前で止まります。

16: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:43:55 ID:FS6i

ついてきなさい。

17: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:44:14 ID:FS6i

ご指示をいただき、立ち上がりました。

いつものようにお嬢様の左後ろに立ち、後を歩きます。

右隣の得体の知れない女のことは、しばし忘れることとしました。

中庭。よく整備された花々、白く装飾されたテーブルと椅子。

ご在宅の際、お嬢様はよくここで書物などをお読みになりながら過ごしていました。

幼少の頃から、ここで紅茶を嗜まれるお嬢様と、書物について様々、話をしていたものです。

お嬢様が腰を掛けられました。

わたくしが膝を曲げようとするより先に、隣の女が地に伏しました。

18: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:44:23 ID:FS6i

豚。

19: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:44:37 ID:FS6i

お嬢様は目尻を下げられました。

お嬢様が特に親しい御学友にのみ呼ばれていた言葉。

この女がそれに相応しいのか。

20: ◆xMUmPABXRw 22/12/29(木) 23:44:48 ID:FS6i

自己紹介をなさい。彼が私の、一番の下僕よ。

21: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:39:55 ID:Frdl

一番とは、なんと恐れ多いことでございましょう。

幼少の頃よりお嬢様に生涯を捧げる事を誓い、今なおそう呼んでいただけるとは。

女は、身を伏したまま、声を上ずらせ自らの素性を述べ始めました。

女の自己紹介の内容はそこまで変わったものではございません。

勤めるプロダクション名、肩書、年齢。信じられないことにわたくしと同い年でした。

名刺の差し出し方は礼儀に適っており、わたくしも請われるがまま名刺を差し出しました。

22: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:41:03 ID:Frdl

芸事には疎いわたくしですが、女の素性はさほど怪しいものではないと感じます。

失礼します。

メイドの1人が紅茶を運んできました。

テーブルの上には3つ、ティーカップが並べられ、芳しい香りが漂います。

メイドは去り際に、わたくしに小声で告げました。

彼女は決して身元の怪しいものではありません、と。

23: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:41:26 ID:Frdl

豚、顔を上げることを許すわ。

24: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:42:00 ID:Frdl

お嬢様のなんと嬉しそうな声音。

何時ぶりであったでしょうか。

女は顔を上げ、立ち上がりました。

25: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:42:20 ID:Frdl

聞きなさい。

私は最果てに行く。

誰も見ることの出来ない、その果てへ。

26: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:43:14 ID:Frdl

お嬢様は、仰っしゃりました。

先程の広間での言葉より、もっと力強く、優雅に、そして妖艶に。

27: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:43:36 ID:Frdl

頂上にあり続けることには飽きた。そう言っているの。

頂上の先へ、この豚はアイドルになればそれがあると言うわ。

面白くなくて?

28: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:43:56 ID:Frdl

女がどのようにしてお嬢様を拐かしたのかが分かりました。

頂点のその先など、奈落への坂道ではございませんか?

ふと、わたくしは言葉を発してしまいました。

29: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:44:22 ID:Frdl

そんなことはありません!

シンデレラガールになれば、まるで羽が生えたかのようにより高みへと昇っていくんです!

私は見たいんです!こんな高貴な方が、もっともっと輝いていく姿を!

唐突に女が口を開く。頂点のその先など、考えたこともありませんでした。

30: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:44:38 ID:Frdl

貴方の忠節、疑うべくもないわ。

31: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:45:11 ID:Frdl

過分なお言葉にございます。

この体、この心、全てはお嬢様に捧げました。

お嬢様をお守りし、お嬢様の眼前の塵を払う。それこそが生涯の誓い。

やがてお嬢様が家を継がれ、相応しいお方と結ばれたその先であっても……。

ドクン、と心臓の音が響きました。

否、わたくしがただそう感じただけなのでしょう。

32: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:45:31 ID:Frdl

来なさい。そこの豚とともに。

33: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:46:06 ID:Frdl

異存はありません。貴女となら、貴女と共に在るならば。

だがなぜ、なぜこの女と共に来いと!?

隣の女は、何故かにこやかに微笑んでいる。何故だ。分からない。

こんな頼もしい方と一緒なら、これからも安心ですね!

何を言っているのだ?分からない。だが、この女は気に喰わない。

同時に、何故か、お嬢様を頂点の先、最果てに導くのは、わたくしでななければならないと、わたくし達でならなければならないと、何故だ、何故か。

34: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:46:23 ID:Frdl

貴方達、随分と気が合うようね。

私が見込んだだけの事はあるわ。

明日の朝、ここを発つから準備をなさい。

35: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:46:47 ID:Frdl

お嬢様はそう告げ、立ち上がり、メイドを引き連れお屋敷に戻られました。

わたくしはというと、ただ呆然と立ち尽くしておりました。
女は、何故か嬉しそうにこちらを眺めております。

睨みつけたのかもしれません。

また明日、と告げて女はメイドに連れられて場を後にしました。

36: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:47:15 ID:Frdl

お嬢様を頂点のその先に。

ただ一つの光芒を、延々に輝かしむ陽光へと。

わたくしは、わたくしは、初めてお会いし、忠誠を誓ったあの日に思いを馳せました。

英邁明察にして、羞花閉月の美貌を得るに至るまで、戦乙女が勇者たちを誘う様な歌声を奏でるその美声まで、全てを、ともにして歩んできました。

37: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 00:47:58 ID:Frdl

お嬢様は、いずれ家を継ぎ、才覚あるものと結ばれる未来へ、否、を告げられた。

この胸に潜め続けた想い、幾星霜の思慕。

お嬢様は誰の物にもならないと、頂点の更に天上で君臨すると宣言されました。

ならばわたくしは、お嬢様を、あの女と共に、どこまでも高い空に。

去り際に女はこう告げました。

38: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 06:22:25 ID:Frdl

大好きな女(ひと)と同じ夢を見ましょう!

39: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 06:25:19 ID:Frdl

この想い、そろそろ認めてもいいのでしょうか?

40: ◆xMUmPABXRw 22/12/30(金) 06:25:36 ID:Frdl
(おわり)